ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─ (てんたくろー/天鐸龍)
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第一章 冒険者"杭打ち"と新世界旅団
失恋したよー
夕暮れ時の教室。忘れ物を取りに戻った僕は見てしまった。
真面目で堅物で、でもおさげが可愛いメガネの委員長ジュリアちゃんが、学校一の人気者オーランドくんとキスしているところを。
つまり、そう。
僕ことソウマ・グンダリはまたしても失恋してしまったというオハナシでした。
「ああああまた振られちゃったああああ」
「何日ぶりの何回目かなソウマくん」
「さすがに失恋のスパン短すぎるでしょソウマくん」
その翌日の放課後、僕は文芸部の部室で悪友二人を交えて盛大に失恋の痛みに咽び泣いていた。
痩せぎす眼鏡のケルヴィンくんと、太っちょ大男のセルシスくんだ。今年の春からの知り合いでそれぞれ僕がスラム出身、ケルヴィンくんが平民、セルシスくんがお貴族様と身分自体が違うというのに、なんでかすっかりとは気が合う親友同士になっている。
そんな親友達でも僕の、入学3ヶ月目にして通算10度目の失恋ともなるとすっかり慣れた反応しか返してくれなくなっている。薄情な話だ。
まあまあ聞いてよー、と二人を呼び止めて僕は大好きだったジュリアちゃんが昨日の夕方、教室でオーランドくんとイチャイチャしていて僕の心が粉砕されちゃったという悲劇について詳らかに説明した。
「──というわけなんだけど分かる? 僕のこの苦しみと痛み」
「毎度のこと過ぎてなんとも。というかまたオーランドか」
「何人引っ掛けてんだあのクズ。そして何人惚れた女掠め取られてるんだソウマくん」
「言わないでもらえます!? 8人目だよー!!」
たまたま、本当にたまたまだけど!
この迷宮都市第一総合学園に入学してからの3ヶ月で、僕が惚れた女の子の実に8割が例のオーランドくんと交際しているという事実!
いやどーなってんだろうねホント。いつからこの世界はハーレム野郎の天下になってしまったんだろうねー。
心優しいセルシスくんをしてあのクズ呼ばわりするほどの例の彼。オーランド・グレイタスという名のとんでもない女誑し。
彼はなんと世界的にも有名なSランク冒険者を両親に持ち、自身もすでにAランク冒険者として世界に名を馳せているというスーパー御曹司くんだったりする。
それゆえかやたら言動が高慢でナルシストで、しかも美女美少女と見れば見境のない脳味噌下半身野郎ときた。
彼もこの学校に通っているわけだけど、すでに学校中のめぼしい美人どころは大体彼にロックオンされているという凄まじさ。特に同学年の子は大体堕ちていて、ジュリアちゃんもその一人というわけだった。泣きそうだよー。
当たり前だけどそんなだから男子学生、教員、あと彼の眼鏡に適わなかった女子達から蛇蝎のように嫌われているんだけれど……親の名声とAランク冒険者という立場がハンパないみたいで、誰も何も言えないという地獄めいた有様になっている。
僕も一応冒険者してるし、彼のご両親とは知り合いなんだけど会う機会がないからなあ。一度マジでチクってやりたい気持ちで一杯なんだけど、その日はいつになったら来るのだろうか。
はあ、とため息を吐いて僕は窓から外を見た。夕焼けが迷宮都市を鮮やかに照らす光景は美しいけど、僕の心は晴れないままだ。
肩を落として涙する僕に、ケルヴィンくんもセルシスくんもやれやれと首を振る。
「ソウマくん、オーランドのことは除いたとしても君も君で少し、惚れやすすぎるし理想が高すぎるぞ」
「オーランドに見初められるようなレベルの女子が、言っちゃ悪いが君を選ぶ理由なんてないだろ。学生としては元より冒険者としても、社会的には向こうのほうが上なのはたしかなんだから」
「ああああ容赦ない御指摘いいいい」
直球で身の程を知れと言われてしまって心が苦しい。ああっ、情緒が不安定になっていくよー!
たしかにそうだけど! 僕は同年代に比べても小柄だし童顔だしヒョロいし、イケメンでもないし頭もそんなに良くないし! 冒険者としても、やっこさんはAランクだけどこっちはDランクだし!
いや、ランクについては明確に向こうがズルしてるんだけどね? 普通、18歳を迎えて成人するまでは誰であれDランクが上限として定められているし。
多分親御さんが動いた結果のAランクだと思うんだけど、これについてもあの人達にいずれ抗議したい。これはやっかみとか抜きにしても酷いし。頑張ってる僕とか同年代の冒険者達が馬鹿みたいじゃないか。
「大体、僕の見立てでアレだけど彼にAランクになるだけの実力なんてないよ。ぶっちゃけ僕より弱いと思うよ、彼」
「ものすごい願望混じりの予測だし、なんの比較対象にもなってないぞ"杭打ち"殿」
「ソウマくんが地味ながら将来有望な冒険者らしいのは僕らも知っているけど、どのくらい信憑性のある見立てなんだろうねえ」
「ぐうの音も出ないよー。ていうかそんな有望でもないんだよなあ僕ぅ……」
僕も僕なりに10歳から今に至るまでの5年、頑張って冒険者をしてきたからかいつの間にやら"杭打ち"なんて異名で呼ばれるようになっていたりする。
Dランクとはいえ実力はもっと上にあってもおかしくないと自負しているけれど、それでも誰かに期待されるほどの器でもない。どこから出たんだろ、将来有望だなんてさ。
「ま、次からはもう少し地に足の付いた理想を懐き給えよ親友。今回のことは早めに忘れろ、はなから高望みだったのさ」
「それこそ明日の休みに迷宮に潜るんだろ? ストレス発散に暴れてきたらいいさ。そしたら来週明け、また元気な姿を見せてくれ、親友」
「うう、友情が夕焼けより目に染みる……」
肩を叩いて慰めてくれる、親友達にただ感謝を抱く夕暮れ時。
世界最大級ともされる地下迷宮が存在する都市、ゆえに迷宮都市と呼ばれるこの町で、僕の人生はまた一つ傷と癒やしを刻むこととなった。
スキルがポエミーと並行しつつやっていきますー
よろしくお願いしますー
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ギルドに行くよー
翌日の朝、休みということで僕は冒険者としての活動を行うことにした。戦闘用の装束に身を包み、相棒の武器を携えて学校近くに借りてる宿を出たのだ。
真っ黒な上下の服を着て、その上に真っ黒な外套を目元まで隠すように纏う。おまけに真っ黒な帽子を目深に被って両手まで厚手のグローブで覆えば、あっという間に冒険者ソウマ・グンダリの完成だ。
そこに僕の背丈より大きな鋼鉄の塊、対モンスター用にカスタマイズした杭打機こと通称"杭打ちくん3号"を背負えばDランク冒険者"杭打ち"が出来上がりってわけだね。つまりは杭打機こそが僕の象徴ってことだ。
言うまでもないけど不審者の見た目をしているため、目立つことこの上ない。毎度ながら道行く人々の好奇の視線を独り占めな僕だ。
「おい……見ろよ、杭打ちだ」
「よくあんなデカい鉄の塊、軽々持ってるな……」
まあ、僕ってか僕の背中の鉄の塊こそが興味の対象なんだけどね。さすがにこんなもん武器にして振り回す変態は僕しかいないから、必然こうなるよ。
スラムにいた頃、たまたま土木工事用の杭を見つけたのがきっかけでなんやかんやあり、知り合いの技術者さんに兵器としての杭打機を開発してもらったわけなんだけど……冒険者としてずーっと使い続けているから、今さら普通の剣だの槍だの弓だのを使う気にもなれないってのが本音だ。
大体もう二つ名までつけられてるし、もはや僕のトレードマークそのものだからね。
杭打機こそが冒険者ソウマ・グンダリそのものなんだと思うことにして、半ば心中する心地でいる僕だった。
「……っと、着いたー」
歩くことしばらくして、冒険者ギルドに到着。冒険者としてのお仕事を、依頼という形で受け付けてくれる便利なところだ。
迷宮への冒険や特定モンスターの部位の調達、だけでなく近隣のモンスターの駆除とか、町に迷い込むモンスターの討伐とか。あと町中の清掃とかまでいろいろ依頼があるから結構楽しいんだ。
もっぱら僕は、モンスター退治の専門だけどねー。受付のカウンターまで行って、スタッフの人に話しかける。
「こんにちはー。迷宮関係の依頼、ありますかー?」
「おはよ、ソウマくん。今日もまあまああるわよ、いろいろね」
受付嬢のリリーさん。5年前に冒険者デビューを果たした頃からお世話になっている、半ば専属に近い感じになってくれてるスタッフさんだ。
桃色の髪がかわいらしい美人のお姉さんで、結構仲良くさせてもらっている。
ぶっちゃけ惚れてた時期もあったし今でもチャンスがあるなら全然いきたいとこだけど、さすがに僕ももう15歳だ。
お世話になっているスタッフさんとの関係性をぶち壊しかねない軽挙妄動は慎まざるを得ないんだよねー。そもそもこんな美人さんに、彼氏がいないはずもないんだし。
うん……
「ああああ僕が先に好きだったのにいいいい」
「何よ唐突に、またフラれたの? ちょっと、あなた学校に入ってこれで何回目?」
「10回目ですぅ……」
リリーさんにパートナーがいるかもってことで脳が破壊されかけていると、つい声に出てしまっていた。
僕のこの数ヶ月に亘る悲劇の数々を、仲が良いから当然知っている彼女が呆れたようにため息を漏らして僕を見る。いやたしかにフラれましたけど、今回のこれはまだ見ぬあなたのパートナーへのアレコレなんですー。
「なんだかソウマくん、思春期に入ってものすごく惚れっぽくなったのねえ。まあ、恋することが悪いこととは言わないけれど……あんまりあちこち女の子に目移りしてると、ちゃらんぽらんで軽薄な男の子だって思われちゃうわよ? 例のオーランドくんみたいに」
「実際に手を出してる彼と、そもそもチャンスすらない僕を一緒くたにしてほしくないですぅ……」
「まあ、実害がない分それはそうだけど……というか、チャンスなんて作るものよソウマくん? 待ってるだけで女の子が寄ってくるなんて、なかなかないわよそんなこと」
「知ってますぅ……」
正論が刺さるー……この手の話になると基本、僕には勝ち目なんてないから困るよー。
何もせず彼女ができるなんてあり得ない、それはよく分かる話だ。でも僕だって何か行動を起こそうと思うんだけど、その矢先に概ねオーランドくんが手を出してるシーンに出くわしてしまうのだ。なんだよこの間の悪さ!
はぁ、いらないことを口走っちゃったせいで朝から気分も下降気味だ。マントと帽子のお陰で表情は見えてないだろうから良かったけど、ぶっちゃけ半べそかいてるもん僕。
でも長い付き合いのリリーさんには雰囲気で気づかれちゃって、なんだか気まずそうにフォローを入れられてしまった。
「あー、ごめんねいろいろ言っちゃって。でも、言わせてもらえばもったいないことしてるなって思うのよ?」
「ぅ……もったいない、ですか?」
「ぶっちゃけ、冒険者"杭打ち"としてのソウマくんをもっと前面に押し出せば、あっという間にモテモテになれると私は思うのよ。ねえ、マントはともかく帽子は別に、被る必要ないんじゃない?」
思わぬ提案。帽子を外せばモテモテに? 呪われてるんだろうかこの帽子。
僕がこうして、顔すら他人に悟られないほど着込んでいるのはそれ相応の理由があってのことなんだけど、今の話を聞くとなんだか迷いが出てきた。帽子、少なくとも町中では外したほうがいいのかな? モテルのかな、そしたら。
「ソウマくん、幼気な顔立ちですごく可愛らしいし。でも杭打機なんてわけの分からないものを自在に操って暴れ倒すってギャップがあるんだから、そこに惹かれる子は多いわよ、きっと」
「ああああまさかのギャップ萌え狙いいいいい」
モテるっていうか意外と暴れるマスコットくん的なやつじゃないですかそれー!
もっとこう、真っ当にイケメン扱いされたい僕なのに!
ブックマークと評価のほうよろしくお願いしますー
なろうさんのほうがメンテナンス中なのでこっちは先行投稿ですー
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ハーレムだよー(泣)
ギャップとかじゃなくてー。僕のこのダンディーさでモテたいんですぅー。男の魅力でモテたいんですぅー。
って言ったら死ぬほど鼻で笑われた。ひどいやリリーさん。
「はいはい。そしたら今日の依頼はこれだけね。えーっと迷宮内でゴールドドラゴンの奥歯、もしくはウォーターゴーレムの排水溝を2つずつ」
「あー、じゃあゴールドドラゴンで」
「相変わらず即決ねえ。お金?」
「お金」
提示された依頼の中でも一際難易度が高く、でもその分実入りのいいゴールドドラゴンの討伐を選択する。言うまでもないけどお金が儲けられる方を選ぶ、それが僕のスタンスだ。
こう言うと僕が守銭奴に思われかねないんだけどそんなことはない。一応、僕を育ててくれたスラム内の孤児院に多少なりとも援助するためというとても素晴らしい目的があるのだ。
まあ、それはそれとして浮いたお金は自由に使うんだけどねー、と。
その辺の事情だってご存知のリリーさんはさすが、何も言わずに依頼受諾処理をしてくれた。
ゴールドドラゴンっていうのは迷宮の、到達済み階層の中でも割と最下層に生息しているモンスターだ。
本来なら僕みたいなDランク冒険者が相手取るなんて無茶もいいところだって判断されるのが普通なんだけど、この人は僕の腕前を信じているから融通してくれるのだ。
ありがたいー。惚れ直してしまいそうー。
「はい、受諾完了。じゃあ頑張ってきてね、冒険者"杭打ち"さん」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
用も済んだし早速、ギルドを出る……出ようとする。受付から離れて出入口へ向かおうとした、その矢先だ。
冒険者パーティーの一団が、ちょうど入ってきて僕と面向かう形になったのだ。
「あん? "杭打ち"?」
「…………」
若い、僕と同い年くらいの金髪の青年。不敵な笑みを浮かべたイケメンくんで、背が高くて体もがっしりしてる。背中には大剣を背負っていて、服装もなんだか綺羅びやかに輝いた上質の鎧を着込んでいる。
よく知る顔だ──オーランドくん。僕から計10人の好きだった女の子をかっ攫っていった憎いあんちくしょう。いや、別に付き合ってたとかじゃないから、これは完全に僕の僻みなのだけど。
とにかく女誑しで親の七光りな天才くんが、仲間を引き連れてお越しになられたのだ。
そして僕を見るなり、嫌悪と敵意を剥き出しにした小憎たらしい目で睨みつけてくる。
「チッ……朝から嫌な奴に。どけチビ、Dランクが偉そうに歩いてんじゃねえぞ」
「…………」
「黙りか、馬鹿にしやがって……」
なんかやたら僕を敵視してくる彼だけど、特に因縁ないはずなんだよね、僕らは。精々彼の親とそこそこ仲良くさせてもらっているくらいで。
僕が顔含めた身体全体を隠すような格好だから、実は同じ学校に通う同学年のソウマ・グンダリだなんて気づいてもないみたいだし……となると本当になんで、ここまで敵視されてるんだか理解できなくて困る。
泣く子も黙るAランクさんがこんな、Dランクの小石にイキらないでよ怖いよー。
声を出すと正体がバレないとも限らないので黙っていると、それもまた気に入らないようだった。舌打ちをしてさらに、睨みつけてくる。
こんなところで揉めたくもないので僕は黙ったままだ。もし正体がバレたら、明日から学校で凄惨ないじめが始まるかもしれない。嫌だよー。
「……………………」
「オーランド、そんな輩に何をムキになっている? ふふ、可愛いやつめ」
「あ? ……ムキになってねえよ、リンダ」
もういいから行きなさいよーって祈ってたら、オーランドくんの後ろにいる女性陣の一人が面白そうに笑い、彼をからかう。
こちらも見た顔だ……うちの学校の3年生、剣術部部長のリンダ先輩。他にも生徒会の会長シアン様とか副会長イスマ先輩、会計のシフォンちゃんもいる。
全員美少女だ。うん、もっと言うとね?
────全員僕が好きだった女の子だ!!
ああああ脳破壊ハーレムパーティーいいいい!!
なんの嫌がらせなのおおおお脳が砕け散るうううう!
「……………………っ」
「Dランク程度で二つ名を授かりいい気になっている、ただの野良犬。"杭打ち"など……物珍しい得物を使うだけで実力など大したことはないさ、オーランド」
「分かってるけどよ、こんなやつがデカい面して冒険者気取ってるってのがどうにも我慢できねえんだよ。なんせ俺は、Sランク冒険者を両親に持つからなァ」
「ああ、分かっている。冒険者としての誇りを大事にするからこそ、このような輩がのさばっているのが許せないのだな。真面目で立派だぞ」
「へっ、よせやい」
「………………………………」
ああああ心無い言葉が突き刺さるうううう!!
好きだった子からの罵詈雑言が心を砕くうううう!!
も、もう勘弁してほしい……死ぬ。このままだと身体より先に心が死ぬぅ!
リンダ先輩のあんまりな言葉に帽子とマントの奥、僕の素顔は涙目もいいところだ。なんでこんなに嫌われてんの僕? なんかしたっけ冒険者"杭打ち"?
しかも僕の悪口をダシにいちゃついてるし。拷問じゃんこれ。思春期を殺す拷問じゃないかよこれ。
しんどいなー。
迷宮に入る前からもう気分はどんよりドン底だ、今すぐ帰って不貞寝したくなってきた。
なんだろう今日、厄日だよー。
「……………………」
「んんん? 急に何を、入口の前で立ち止まっとるんでござるかガキンチョども?」
地獄のような空気を切り裂くように、朗らかな声が不意に響いた。オーランドくんハーレムパーティーの後ろからだ。
見れば特徴的な、民族衣装を身に纏った美人のお姉さんがキョトンとして、僕達を見ていた。
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修羅場だよー
「…………ふむ。ガキンチョどもがなんぞ、不躾なことをしでかしとるようでござるな」
「……………………」
急に脳破壊パーティーの後ろからやってきたすごい美女さん。しっとりした黒髪を長く垂らして、胸元を大胆に開いた民族衣装がすごい視線を誘導してくる。
たしかこの服、海の向こうにある島国のものだったかな。ヒノモト、だっけ? そこから来たんだろうか、ずいぶん遠いところからお越しだね。
腰に提げてる剣っぽい武器も前に見たことがある。
カタナ、とかいうヒノモト固有の武器だ。それを操る手練れのことを巷ではえーっと、ナントカ言うそうだけど忘れちゃった。
とにかくそんな美女さんは、僕をまじまじと見てからおもむろにオーランドくんとリンダ先輩を見やり、叱り始めたのだった。
「お主ら……一応聞いておくでござるが。なんのつもりでこちらの御仁に絡んだ? 言うまでもないほどに問題行為であると、なにゆえ思わなんだでござるか?」
「サクラ先生、誤解だぜ。そいつは冒険者の風上にも置けないやつだ、俺達は冒険者として正しいことをしてたんだ」
明らかにキレる寸前、みたいなその女の人に、オーランドくんは勇気があるんだか無謀なんだかヘラヘラ笑って反論していく。
あー怖い。怖いよー。僕は身をすくめて気配を消して、さりげな~く壁際に隠れる。話の流れからして絶対揉めるやつじゃん、巻き込まれそうなのやだよー。
……入口付近に待機しているハーレム要員の一人、生徒会長さんと目が合ってしまった。おずおずと会釈。ニッコリと微笑まれた、やさしー。
さきほどの罵詈雑言で、傷を受けた心にスーッと効く。
癒やしを得た心地でいると、オーランドくんによる冒険者の風上にも置けないらしい僕の解説が始まった。
「大した実力もないのに冒険者気取って、何をしたのかギルドの女に取り入って優遇されていやがる。あまつさえセンス0とはいえ二つ名までもらってよ」
「二つ名?」
「"杭打ち"だとさ。なんでもモンスターに対して杭を打って戦うんだとかよ、馬鹿にしてるぜ。工事現場でやれってんだ」
「…………杭打ち、とな。この御仁が」
目を丸くして僕を見るその女の人、サクラ先生? だっけ。
悪意を持っている感じではないけどなんとなく威圧感を覚える。どこか、見定めるような視線に思える瞳だ。
とりあえず会釈すると、失礼、とサクラ先生さんも会釈を返してくれた。続いてリンダ先輩が、忌々しいもののように僕を指差す。
「我々冒険者は誇り高き、モンスターとの誉れある戦いを使命とする集団です。そんな中にこのような、土木作業と勘違いしたような者が混ざるなど。ましてや、そこの輩は」
「輩は……なんでござる?」
「……スラム出身なのですよ?」
あー、なるほど僕の出身が気に入らないタイプの人なのかーリンダ先輩ってばー。
スラム出身はたしかに、この町においては貧民としてちょくちょく悪い扱いを受けがちな立ち位置ではある。
比較的そういう差別とかクソじゃん! って理念を掲げる冒険者界隈にあっても、でもやっぱりスラムのやつはちょっと……みたいな扱いを受ける時はあるね。
でもなー。質実剛健で誰にでも優しい戦乙女って言われてるリンダ先輩がなー。なんかショックだ、うへー。
「貧民とはいえ息をするくらいであれば構わないと思いますが、さすがに冒険者を名乗るな、ど────!?」
────なんてことを思っていた、その時だ。
サクラ先生さんが即座に腰に提げた、カタナってやつを抜き放ってリンダ先輩の首筋に突きつけた!
えっ早!? ていうかなんで、危なっ!?
「!?」
「サクラ先生!?」
「黙れ、ガキども。これ以上下らぬ口を叩くなら、貴様らこそ二度と冒険者を名乗れぬ身体にしてくれるぞ」
「なっ……!?」
えぇ……? なんか想定外なブチギレ方してらっしゃるぅ……
めちゃくちゃ険しい顔して、殺意まで出してリンダ先輩にカタナを突きつけるサクラ先生さん。
あまりにも早業過ぎて目にも止まらなかった。これ、ヒノモトの剣術の一つなのかな。相当な腕前の人みたいだけど、だからこそこんなところで何してんの感がすごいや。
一気に緊迫する空気。見ればオーランドくんのハーレムパーティーのみならず近くにいた冒険者の方々も、目を丸くして汗を一筋垂らしている。
荒事は割と日常のこととはいえ、ギルド内でここまで唐突に修羅場に突入するなんて予想だにもしてなかったんだからそりゃビビるよね。怖いねー。
「冒険者に序列はあれど貴賎なし。生まれ育ちが異なれど、未知なる世界を踏破せんとするならば我ら、ともに歩む同胞なり」
「な……さ、サクラ、先生」
「スラム生まれだからどうした。貧民育ちだからどうした。どうあれ同じく冒険者であれば、たとえ生まれ育ちがどうであろうが、振るう武器がなんであろうが一定の敬意を払わねばならぬ。それを貴様ら、どこまでも杭打ち殿を愚弄し腐りおって……!!」
「っ……」
あ、これやばい。止めないと本当にリンダ先輩の片腕くらいは持っていかれる。
僕への言動について怒ってくださっているので、止めるのはなんだか申しわけなさがあるけれど……さすがにこんなことで刃傷沙汰は良くないよー。
というわけで僕はすぐさま、サクラ先生さんに近づいてその肩を叩いた。
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逃げたよー
ものすごく怖いし、次の瞬間僕の首から上が胴体と永久のお別れになってしまうんじゃないかという危惧もあるけれど、僕は一歩踏み出した。
さすがにこれ以上はいけないと思うので、努めて気配を消しつつサクラ先生さんの肩を叩いたのだ。同時に即座に、背負った杭打機の鉄塊を後ろ手に握って防御行動に移れるように備える。
「────む。杭打ち殿、どうなされた」
「…………」
幸いなことに、反射でカタナを振るうほどのキレ加減ではなかったらしい。意外なまでに冷静に穏やかに、彼女は僕のほうを向いて尋ねてくれた。
ただし、カタナは変わらずリンダ先輩の首筋に当てられたままだ。これ、すぐにでも致命傷を与えられちゃうやつじゃん。怖いー。
なんなら未だ、殺意自体は振りまいてるしこの人。
どうしたものかなーと思いながらも僕は、どうにか会話で解決できないかと思って手招きのジェスチャーをした。
チョイチョイっと手をこっちに動かして、耳を貸してほしい旨を伝える。
「? ……その場を動くなよガキども、逃げても逃さぬでござるからな」
「う……」
子供達に本気の威圧をかけて動きを封じ、サクラ先生さんは僕に顔を寄せてきた。お綺麗な顔がすごい近くに来てびっくりするくらい胸が高鳴るけど、さすがにこの状況で一目惚れしましたとは言えない。
ああああいい匂いするうううう! なんだろこれお花のいい匂いいいいい!
「……どうされたでござるか、杭打ち殿? こやつらの蛮行の謝罪は後ほど、こやつらをとっちめてからさせていただきたいのでござるが」
「!」
いけないいけない、すごいいい匂いに意識が吹っ飛んじゃってた。サクラ先生さんの訝しげな顔さえ綺麗だ、惚れるぅー。
昨日ぶり11度目の初恋に胸が高鳴るのを抑えつつ、僕は彼女に小声で囁きかけた。なんか密着してのひそひそ話ってイチャイチャ感がしていいよね。
『……えっと。お気遣いありがたいのですが、少しやりすぎかなって。僕は気にしていませんのでどうか、この辺で矛を収めていただけませんでしょうか?』
『! ……お主よもや、このガキどもとそう変わらぬ年頃でござるか? それによく見ればその眼差しは、女子?』
『男ですぅ……たまに言われますけど、15歳男子ですぅ……』
僕に合わせて小声で返してくれたのはありがたいけど、いくらなんでも女子認定はひどいよー。
たしかに小柄だし、女装したら似合いそうって言われがちだけど僕は男だよー。家一軒分並に重い杭打機だって片手で持てちゃうマッチョくんなんですよー。
さすがに抗議すると、サクラ先生さんは息を呑んだ。ちょっとキリッとした表情で言ったから、きっと僕の男の魅力ってやつが伝わったんだと思う。ダンディズム。
『そ、そうでござるか。失礼……いや、それはさておき。その、お主この者らを許すのでござるか? 舐められるのは冒険者的によろしくないでござるぞ?』
『揉めるほうが嫌ですし……白状すると僕、彼らと同じ学校に通う学生冒険者なんですよね。なんで揉めると万一、正体がバレた時にどんな目に遭うか分からなくって』
『なんと……! それゆえ顔も声すらも隠しておられるのか。なんという不憫な……!!』
えぇ……なんか別な方向に怒り出した……
恥を忍んで身の上を話し、ことなかれで収めたい旨を伝えたつもりが彼女の怒りに火を注いでしまったみたいだ。なんで?
なんかこう、直情的な正義の冒険者さんっぽいんだねサクラ先生さん。でもこの場合、それをやられると僕が困る。
彼女にを宥めるつもりで、僕はまあまあと声をかけた。
『そもそもオーランドくん達とは滅多なことで会いませんから、隠すと言ってもそんなに負担じゃないんですよ。それでそのー、そういう事情もあってですね、あんまりことを荒立てたくはなくって』
『むう……しかし、あそこまで舐めた口を叩いておるのを野放しにしては、それこそ冒険者全体にとっての沽券に関わること。鼻っ柱を折るくらいはせねば、こちらとて申しわけもなく』
『穏便な範囲で説教するとかならいいとは思いますけど、今みたいにカタナ? でしたっけ。そんなものを振り回しだすのはちょっと』
『むー、でござる』
むくれる姿さえかわいいってどういうことだろう。ときめいちゃうんですけどー?
美人系の顔立ちなのに、表情が結構ころころ変わるから幼さもあって、むしろ愛嬌があるように見えるから女の人ってすごい。
少しの間、見つめ合う。本当に美人さんだから目をまっすぐ見つめることさえ緊張して顔が熱くなってくる。
もうそろそろ限界だ逸らしそう、ああもったいない! って時になって、やっとこサクラ先生さんは渋々ながら頷いた。オーランドくん達、殺気に当てられて動けない周囲にも聞こえるように告げる。
「承知した、杭打ち殿。寛大なるお言葉、まことにありがたく」
「………………」
「む、これから依頼のために迷宮へ赴かれるでござるか! それは益々失礼仕った。ほれガキども、阿呆みたいに固まっとらんでどかぬか、出入口を塞ぐでないでござるよ、迷惑な!」
「り、理不尽だぜ……」
お説教とかそういうのはそちらのほうでやっといてもらって、僕は僕で今から依頼なので……と、こっちは相変わらず小声で彼女にだけ聞こえるように伝えたところ、恐ろしく理不尽な指示がオーランドくん達を襲っていた。怖いー。
困惑と恐怖と恥辱に顔を、真っ青にしたり真っ赤にしたりしているオーランドくんとリンダ先輩がこちらを睨んでいる。いやもう、退散するから許してください。
「それではご武運を、杭打ち殿! ──おうアホガキども、お主らの実力確認なんぞもうどうでもいいでござる、そこに直れ説教でござる」
「な、なんだよそれ!?」
「冒険者以前に人としてカスなその性根から、叩き直してやろうと言ってるんでござるよっ!!」
ああああ修羅場が発生してるうううう!
本格的にガチ説教が始まろうとしていく空気の中、僕はこれ以上こんなとこいられないや! と、ギルドを早足で出て町の外、迷宮へと一路向かうのだった。
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迷宮だよー
あわわわわ、大変な目にあったよー。
いつも通りのギルドでの依頼受諾ってだけの流れが、なんでか地獄のガチ説教大会開幕の流れになっちゃった。これ僕悪くないよねたぶん。逃げてもいいよねー?
というわけでそそくさと施設を離れて町の外へ。迷宮都市は簡単に言うとピザみたいな形をしていて、耳の部分にあたる外周部には城塞が建っている。
その城塞の、東西南北四方にある門から外に出て僕ら冒険者は迷宮へと向かうのだ。いつからあったのか、どこまで深いのかもまるで分からない世界最大級の迷宮へとね。
「おっ、杭打ち。今日も迷宮か? おつかれさん」
「お疲れ様でーす」
街の内外を隔てる門を守る守衛さんと、軽くやり取りをして外へ。冒険者をやってる以上、門番さんとは仲良くしておくに越したことないよねー。
数日ぶりの町の外はいつもどおり、風が気持ちよく吹き抜けるなだらかな大草原だ。でもよく見るとあちこちに穴ぼこが空いていて、それって言うのが実のところ、全部迷宮への入り口だったりするんだよね。
穴のそばには看板が立てられていて、その穴から迷宮のどのあたりに侵入できるかの簡単な説明書きが添えられている。
地下○階直通とかね。まあ、そもそも迷宮の構造自体がまだまだ研究途上にあるようだから往々にして、間違った情報が書かれていたりするけど……
それでも実際に潜ってみた上での情報がそれなりに書かれているから、迷宮での冒険においては極めて重要な情報の一つと言えるだろう。
あちこち空いてる入口をすべて、素通りして僕は草原を歩く。この近辺の入り口は浅層に通じているものばかりで、今回僕が狙っているゴールドドラゴンがいる階層には到達できないのだ。
そもそも、いきなりそんなショートカットができる入口ってのがまず珍しい。運良く発見できたとして、現状人間が到達できている最深部に近い領域への直通ルートなんて、危険すぎてあまり近寄りたくないのが普通なのよね。
それにそういうところって大体、高ランクパーティーによって私物化、もとい厳重な管理の上での運用がされているため、僕みたいな個人勢がアクセスできるような代物でないのがほとんどなのが現実だ。
だけど今回、僕は迷いない足取りでそうしたレア入口を求めて進んでいる。わざわざ迷宮の深部に行かなきゃいけないような依頼を受けたのも、そもそもあてがあるからなんだよねー。
草原を行けばそのうち、森が見えてくる。町の姿もまだまだ大きく見える程度の距離にある、そんなに大きくはない森だ。
狩りの依頼を受けているのか冒険者もちらほら見える。弓矢を持ってうろつく姿は町中だったら通報ものだなーと思いつつも、僕はそうした人達を抜けて森の奥へと向かった。
人のよく通る道を逸れた、獣道とさえ言えない道なき道をひたすら歩く。
「…………あったー」
隠し地点、というにはまあまあ分かりやすいけれど。進んでいくと少しばかり拓けた、そして清らかで綺麗な水を湛える泉が見える土地に辿り着いた。
ここが今回の目的地だ。泉のそばに、迷宮への出入り口があって──なんとそこから一気に地下、86階にまで下ることができるのだ。
現在公的な資料における、迷宮最下層到達地点は88階だ。そこから約3年、冒険者は足踏みしまくっているわけだけど……つまりは最下層到達地点に近い階層にまで、ここの出入口を使えば一気に侵入できるってわけだった。
僕の他、Aランク冒険者やその知り合いの何人かしか知らない、まさに隠し出入り口なのである。
「知ってたとして、こんなところ利用する冒険者も一握りだもんなー。地下86階なんて、まあまあ地獄だし」
地下迷宮は10階ごとに出てくるモンスターの強さとか分布が変わる。80階台ともなるとAランク冒険者のパーティーでも気を抜くと、全滅しかねないような化け物が屯して襲いかかってくるのだ。
そんなだからこの出入口が仮に周知されたとして、Aランクの中でも特に迷宮攻略に精を出すタイプの人達くらいしか使ったりはしないだろう。立ててある看板にもほら、ドクロにばってんマークがついてる。"危険! 入ると死ぬよ? "ってやつだ。
「よし、じゃあ行きましょっかねー」
そんな危ない出入り口に、躊躇することなく僕は入っていった。
緩やかな斜面を滑り台みたいに下っていくと、ひんやりした暗くて冷たい闇の中をどこまでもどこまでも……底無しってくらいどこまでものんびり滑る。
帰りはこの斜面を登っていくわけなので、行きはいいんだけど帰りこそが辛いんだよね、深い階層への出入口は。でも正規ルートを逆走するってなるとどんなに急いでも一日二日じゃ利かなくなるから、結局のところそうするしかない。
『────!? ──! ──────!!』
『! ──!! ────!!』
「────ん、声? なんだろ、戦ってるー?」
結構な時間滑ってると、なんか密やかに声が聞こえてきた。滑っている先から聞こえてくるんだけど、何やら切羽詰まっているというか、阿鼻叫喚な感じがする。
辿り着いた先で誰か何かやってるのかな? 先客がいるって結構珍しいけど、知り合いの冒険者パーティーの人達だろうか。でも変に焦ってるし、ちょっと考えにくいかも。
『────やばい──塞がれた!!』
『──逃げ────駄目よ嘘、ここ本当に86階なの!?』
「えー……?」
段々ハッキリと聞こえてきた声だけど、思った以上にアレな単語を拾ってしまった。
察するにたまたま見つけた出入口に好奇心半分で入ってみて、それでモンスターに襲われてるっぽいよねこれ、しかも複数人。
何してんのさもう、入ると死ぬのにー。
そろそろ斜面の下りも終わりに近い。出口が見えてきたけど何か、モンスターっぽいのが塞いでいるね。こいつをどうにもできないから阿鼻叫喚なわけか。
僕が来てよかったね、誰かさん達か知らないけど。後で特上ステーキ奢ってくれたらチャラにしてあげよう。じゅるり。
「ステーキ、素敵……さーやろっかあ」
杭打機を右手に装備して、息を整える。
まさかこの流れは予想しなかったけど──穴の出口。
僕は即座に飛び跳ねて、自慢の相棒を出口の前に陣取っているモンスターの後頭部に叩き込んだ!
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血塗れだよー
僕の相棒の杭打機、通称"杭打ちくん3号"は一見すると巨大な鉄の塊なんだけど、当たり前ながら内部には鉄の杭が仕込まれている。なんせ杭打機ですから。
装着する僕の右腕、ちょうどパンチの感覚で当てられるよう調整された位置に射出口があり、そこから杭を発射するのだ。
まずは一発。出入口から勢いよく飛び出た僕は右腕を振り上げた。こちらに背を向けるモンスターの後頭部に向け、思いっきり殴りかかる要領だ。
当然、杭打機のもっと言えば射出口だってそれに合わせて振り下ろされる。そう、これは別に僕が直接パンチする動作でなく、杭打機の射出口をやつの頭に叩きつけるためのものである。
「っ!!」
「ぐげがっ!?」
ドゴッ、と鈍い音を立てて後頭部に鉄の塊が叩き込まれる。大の男が10人がかりでもまともに持つことのできない馬鹿みたいな重量が、それなりの速度で直撃したんだからその威力は僕が言うのもなんだけど筋金入りだ。
すでにモンスターの頭部が凹み、内部に至るまでグチャグチャになった感触が伝わる。短い叫びをあげるのが非常に生々しくて嫌だ。
だけどまだ足りない、まだ致命傷じゃない。
こんな程度で仕留められるなら、今頃冒険者はみんなこの迷宮の最下層まで辿り着けてるよ。
さらにもう一手、必殺の追撃が必要なんだ。
「────っ!!」
だから僕は、右手に握る杭打機の取っ手──射出口の進行方向に動くレバーを、殴り抜ける勢いそのままに押し込んだ。
瞬間、飛び出る鉄。僕の背の丈よりも大きな杭打機と、ほぼ同じ長さの巨大な鉄杭が鋭い切っ先を剥き出しにしたのだ!
「ガボォア────ッ!?」
「な、なんだァ!?」
「え……い、いやぁぁぁぁぁぁっ!?」
鈍い音と、頭蓋が貫かれて砕かれ、中身を散々にかき混ぜてぶちまける音が響く。同時に襲われているんだろう冒険者達の、困惑と恐怖の叫びも。
目の前でいきなりモンスターの、頭が弾け飛んでザクロかひき肉かってことになったらそりゃあびびるよー。まして血も肉もぶっしゃあああーって言いながら撒き散らされているので、たぶんもろに真紅を頭から被っちゃってるだろうし。
かく言う僕のほうも、返り血とか脳漿とかが身体中にべったりだ。これだよこれ、こういうことになるから僕は帽子とマントを常時装着してるんだ。
別にオーランドくんはじめ同学のみなさんから正体を隠すためでは断じてないのだ。いや、最近はむしろそっちのがメインの用途になってることは否めないけど。腹黒ハーレムイケメンさんは難儀だなー。
目の前でミンチにしたモンスターよりも学園生活の闇のほうがずっと怖い。そう思いながら僕は、倒れゆくモンスターの背を蹴って飛んだ。空中高くで身を震わせて返り血やら肉片やらを払いながら、件の冒険者達の元へ着地する。
ズドン! ──と。杭打機の重量が重量だし大きな音を立ててしまうのは仕方ない。
周囲を見回して、さっき仕留めたモンスターの他に脅威がいないかを確認する。
いない、ヨシ。この確認を怠ると地味に命に関わるので、慣れた冒険者ほどしっかりやる作業だ。命あっての物種だからねー。
「……………………」
「あ、あんたは……杭打ち!?」
「?」
何やら名前を呼ばれて振り向く。同年代くらいの少年少女が3人と、10歳くらいの子供が2人そこにいた。
いやいやいやいや、ほかはともかく子供は何? なぜこんなところに? 連れてきちゃいけない場所だよさすがに、ここ地下86階なんですが?
「…………!!」
「ええっ!? お、ちょ、待って杭打ちさん!? なんかキレてる!?」
「ままま、待って! な、なんか誤解してる気がするの! はな、話し合いましょう!?」
「ひぃぃぃ……」
助けに入ったつもりが、児童虐待ないし誘拐の疑惑が出てきてしまった。年端も行かない子をこんな地獄に連れてきてこの人達、何をしようとしてたんだ。
警戒も露わに杭打ちくん3号を構える。レバーは内蔵してあるバネによって原点位置に戻り、それに伴い杭も引っ込められている。
僕の攻撃はつまるところこの繰り返しだ。殴って、ぶち抜いて、戻す。それだけ。でもこれでここまで来られたんだから、まあそんなに卑下するようなもんでもないとは思う。
互いに血と肉まみれの中、三人組はあからさまにうろたえて何やら叫んできた。
子供2人がキョトンとして、僕と彼らを繰り返し見てくるのを横に、少年が慌てて弁明する。
「こ、この子達は最初からこの辺をうろついてたんだ! 本当に!」
「たまたま、マジで偶然森に迷ってたら見つけちゃって出入口を!! こここ、好奇心からついここまで下りちゃったんだけど、そしたらその子達がモンスターに襲われてるの見ちゃって! つい、敵いもしないのに突っ込んじゃって!!」
「ぴぇぇぇぇぇぇ……!!」
「……………………?」
嘘をつくにしたってもうちょい現実味のある嘘をつくよね、普通? いやでも、そう思わせてのあえてぶっ飛んだ嘘をついたせんもあるのかな?
こんなとこにこんな小さな子が二人きりで、お散歩なんてそんなわけないじゃん。いくらなんでも現実味ないんだけど、とはいえ三人組のあまりに迫真の様子にちょっと戸惑う。必死さがガチだしマジ泣きしてる子までいるんだけど、どうなんだろう……?
「あのー、すみませーん。私達、この人達とは初対面です……」
「そちらのお兄さん達は本当のこと言ってるよ、えーっと杭打ち? さん。ひとまず話を聞いてもらっていいかな、この場にいる全員」
と、周囲を見ていた子供達が不意にそんなことを言う。幼げな顔立ちと背丈、瓜二つの姿なんだけどどこか、大人びた印象を受ける。
…………人間かどうかも怪しくなってきたなあ。僕は警戒を緩めないまま、とりあえず頷くことにした。
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双子だよー
警戒を一切解かないのは、目の前の三人組が未だに人攫いではないのかという可能性を捨てきれないのともう一つ。それはそれとして瓜二つの子供二人が本当に、人間なのかどうかが疑わしくもあるからだ。
いるんだよね、たまに。人間の姿に擬態してくるモンスターってやつが。迷宮の地下10階あたりに多くて、初心者を脱した冒険者にとっての最初の難関だなんて扱いをされがちなやつらだ。
「…………」
「ヒカリ、私達警戒されてるね、杭打ちの人に」
「そうだね、ヤミ。どうしたら信じてもらえるかな、僕達の身の上を」
そういうモンスターの擬態は大体、どことなく違和感があるものだけどこの双子……双子? にはそうしたものが感じられない。パッと見てもジックリ見ても完全に人間の子供だ。
そもそもこの階層にそんな、擬態するモンスターがいるなんて話は聞いたことないし。となるとやはりこの子達は人間で、三人組が掻っ攫って来たって話になるかもだけど。
「ちょ、ちょっとヤバいわよ……! 杭打ちめっちゃ怖いじゃん、ていうかなんであんなに強いのよ、Dランクが!」
「き、聞いたことがある。杭打ちは実はまだ子供で、年齢的な問題からDランクなだけで実力自体はSランクにも引けを取らないとかなんとか。そん時はまたまたァーって笑ってたけど、ま、まさかマジとは」
「命ばかりは、命ばかりはァァァ……ぐしゅぐしゅ、ぴぇぇぇ……」
ビビり倒してるツインテールの可愛い女の子に、密着されてひそひそ話してるすっごい羨ましい爽やかイケメンくん。そしてさっきからひたすら泣いて許しを請うている小柄な女の子。
なんとも賑やかというか、ついさっきまで危機的状況だったって自覚あるのかなーって思っちゃうほどに脳天気な彼や彼女達が、わざわざ子供を攫ってこんなところに来る理由も薄い。
それこそ面白半分、虐待目的とかなら話は別だけど……他ならぬ子供達の証言もあるし、何より自分達も死にかねないところでそんなことするはずもないか。
彼らの様子を見て、ある程度信用はできると思って僕は杭打機を下ろした。とはいえいつでも殴り殺せるように、最低限の構えはしてるけど。
ともかく落ち着いて事情を聞く必要がある。
僕は仕方なし、彼らに話しかけた。
「…………話を聞きたい。説明できる人、いる?」
「!? 杭打ちの声、若っ!?」
「こ、子供の声……マジで未成年だったりするのか、杭打ち!?」
「ぐしゅぐしゅ……巷で流れてる杭打ちさん美少女説はホントでしゅかぁ……?」
ひとまず事情を聴こうと口を開いたらこれだよ、僕の話なんて今はどうでもいいでしょうに。
そして何さ美少女説って、初めて聞いたんだけど。帽子とマントに覆われた僕の本体はいつからミステリアスな美少女になったんだろうか、僕は男だよ!
少なくともこの三人は今は駄目だ、気が動転してるのか話になりそうもない。
どうしたもんかと考えて、僕は先にヒカリ、ヤミと互いを呼び合っていた子達に話しかけた。
「……説明できる?」
「あー、僕ら視点からの話でなら。お兄さん達の事情はそれこそ知らないよ、さっき出くわしたばかりなんだから」
「それでいい……そっちの三人も、後で話は聞く」
「は、はひぃっ!!」
三人組とは打って変わって大変落ち着き払った様子の双子。まずはこちらから話を聞いて、それから冒険者達の話を聞いたほうがいいだろう。
一つ頷いて促すと、ヒカリと呼ばれた子供が話し始めた。ヤミと呼ばれているほうもだけど幼いからか、中性的で男の子か女の子かも判然としないなあ。来ている服も、なんだかこの辺じゃあまり見ない小綺麗なローブだし。
「まず、自己紹介からさせてほしい……僕はヤミ。こっちはヒカリ。二卵性双生児のいわゆる双子で、珍しいことに二卵性なのに瓜二つなのが自慢でもありコンプレックスでもあるよ。序列を言うなら僕は弟、彼女は姉となるね」
「私が妹でヤミがお兄ちゃんなほうが合ってると思うんだけどね。頼り甲斐とか、頭のよさとかさ」
「小賢しいだけの子供だよ、僕も。実際、さっきまでの状況には普通に途方に暮れてたしね。あ、ちなみに10歳だよ、よろしくね杭打ちさん」
ハハハと笑うヤミくんにヒカリちゃんが唇を尖らせる。実に仲のいい双子って感じだ。ニランセーソーセージ? なんかよくわかんないけど難しそうなこと知ってる子だねー。
そして僕の見立てどおり、10歳だったことにまたしても疑問が沸き起こる。そんな子供がこんなところで何をしていたんだ? 本当に。
僕だけでなく三人組の冒険者達も唖然と、というか戸惑ったように双子を見ている。
そうした視線を受け、ヒカリちゃんはヤミくんの後ろ背に隠れ、ヤミくんはそんなヒカリちゃんに苦笑しつつも肩をすくめた。
なるほど、これは兄妹だ。納得する僕に、彼はさらに言った。
「さて、そんな僕ら双子なんだけれどね……元はこの迷宮内でコールドスリープ、ええと長い眠りについていたんだ。どれくらいかは分からないけど、本当に長い期間をね。ね、ヒカリ」
「う、うん……眠りにつく前のことも、もうほとんど何も思い出せないくらい長かったみたい」
「…………それは、まさか」
記憶喪失……?
今度こそ呆然と、双子を見やる。飄々としつつもどこか、不安げに二人の瞳が揺れていた。
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ロマンだよー!(喜)
ソウマがスラムで生まれ育ったことになってましたがこれは誤りです。今後のストーリー展開にも関わるため該当文章部分を削除して訂正いたします。
お手数おかけしますがよろしくお願いしますー
気づいた時には、双子のヤミくんとヒカリちゃんはこの迷宮地下86階のとある部屋の中、棺にも似た鉄の箱の中に入っていたらしい。
僕もその部屋には足を踏み入れたことがあるから分かる。床も壁も硬い赤い土、不思議とどこからか光が放たれて決して暗くもないフロアの中で唯一、人工的な鉄の壁で他と区別されていた地点だ。
「強引にぶち抜いて進入した記憶はある……3年前に。頑丈そうな箱が並んでた」
「無茶苦茶だね、杭打ちさん……記憶はないけど知識はあるから言えるんだけど、あの壁ははるか昔の世界にあっても極めて硬くて頑丈な材質でできていたんだ。それをまさか、ぶち抜くって」
「ああ、道理で……」
あんまり硬かったから、先代の杭打機が壊れちゃって大変だったよー。
思い出すのは"杭打ちくん2号"ご臨終の瞬間だ。あんまり硬くて頑丈な壁だったから、もうゴリ押しちゃえと無理くり、何度も何十発も杭を叩き込んでやったんだ。
当時一緒に迷宮に潜ってた人達に心底馬鹿を見る目で見られてた気がするなー。今頃何してるかなみんな、何人かは今でもこの町にいるんだけどねー。
それはさておき。まあそんなわけで僕も一応存在は知っていた部屋の、安置されていた箱の中から双子は起き上がり、這い出てきたのだとか。
すごい長いこと眠っていたらしいけど、別に二人はモンスターとかではない普通の人間だそうで。なんでも超大昔にあった国の技術は、そういう冬眠みたいなことをさせてしまえるくらいすごいものだったらしい。
マジかー、ちょっと滾ってきたー。
超古代文明とかめっちゃ好物だよー。冒険者になってお金を稼ぐようになって初めて買った雑誌がその手の雑誌でその名も"ミステリアスワールド"なんだよー。
今でも定期購読してるんだよー!!
「嘘だろ、俺の大好きなオカルト雑誌"ミステリアスワールド"のネタじゃんか……実在したのか、メルトルーデシア神聖キングダム!!」
「……………………!!」
「そーいうの良いからちょっと黙ってて。与太話とたまたま一致しそうな部分があるからってはしゃがないの」
「えー。いいじゃんちょっとくらい」
「……………………」
えー。いいじゃんちょっとくらいー。
っていうか三人組の男の人、同好の士だったのか! 疑ってごめんなさい、オカルト好きに悪い冒険者はいないんだ。
ぜひとも失われた超古代文明とか、どこかにあると言われている異世界への扉とか、実際にそこからやってきたと噂されている勇者とかいう存在について大いに語りたいところだけど、今はさすがにそんなことしてる場合じゃないよね。
残念だー。あー残念、ホント無念だ。あーあー。
「…………」
「ぴぇっ……杭打ちしゃん、なんか震えてるぅ……?」
傍目にも落ち込んでるのが見て取れてしまったみたいで、さっきからピーピー泣いてる女の子が僕を見てまた、涙目で震えだしてしまった。
シスター服が清楚な感じ、だろうたぶん。今は僕が仕留めたモンスターの血肉を引っ被ってまあ、酷いことになってるから想像するしかないけど、しっかり着こなしている。
おそらくは神官系の冒険者だろう。神への祈りを力に変えて、悪しきものを浄化したり人々の傷を癒やしたりする専門職だね。
小柄だけど出るところは出てる、控え味に見てもかなりの美少女さんだ。こんな状況じゃなければ即座に惚れてしまいそう。かわいいー。
「えーっと、杭打ちさんどうかした?」
「……大丈夫。続けて」
12回目の初恋の予感を、ここ地下86階なんですけどーという現実の過酷さでどうにか抑えていると双子がキョトンとした顔で尋ねてきた。危ない危ない。
リリーさんの言うとおり、めちゃくちゃ惚れっぽいなと自分でも思う。でも仕方ないじゃんこの世は素敵な女の人に溢れかえっているんだもの! と内心反論しながらも僕は、そんな下心はおくびにも出さないで続きを促した。
ヤミくんが、少しばかり戸惑いながらも言う。
「あ、うん。えと……そう、とにかくそういう棺の中で寝てた僕らはつい昨日、目を覚ましたわけなんだけどさ。どうしてこんなところで眠ることになったのか、眠る前に何があったのかとかすべて忘れてしまっていたんだ」
「記憶喪失……おそらくは永く眠っていたことの副作用とは思うんです。残っているかつての知識が、そんな可能性に思い至ってますから」
そもそもなんでこんな、迷宮の奥深くで眠りにつくことになったのか。はるかな昔の超古代文明に一体、何が起きたのか。
その辺の詳しいことを、目が覚めた時には忘れてしまっていたらしい。双子は憂鬱そうに俯き、唇をかみしめてもどかしそうにしている。
知識はある分、まだマシなんだろうけど……自分の来歴が分からないってのは怖いよね。僕も自分の親とか先祖とかのルーツなんて一つも知らないから、ちょっと気持ちが分かるかもしれない。
三人組も、気遣わしげな目でヤミくんとヒカリちゃんを見ている。この状況でそういう顔ができるのは、ブラフじゃなければ相当なお人好しに違いないね。冒険者として、なんだかんだと義理人情は大切な要素だから、この人達は今後伸びるかも。
「状況が何も分からないまま、それでも僕達は外に出てみることにした。情報を少しでも集めたかったし、誰か人に出会って保護と救助を求める必要もあったから」
「まさか、えっと迷宮? の地下86階なんて奥深い場所だとは思いもしませんでしたけどね……モンスターがあちこちにいて、必死に身を隠しながらの探索をしていました」
「なるほど! それで彷徨いてたところを俺達がたまたま、通りがかったわけだな」
三人組のイケメン君が、納得したように頷いた。
なるほど……そもそもの状況からして異常なのを除けば、この人達は割とファインプレーをしていたわけだ。モンスターに襲われて、まとめて死にそうになっていたのがアレだけれども。
となると、今度はこの三人の話を聞いたほうがいいね。
僕はまた、彼らに向き直った。
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帰るよー
「俺らのほうはマジで、一つも大した話じゃないんだよ。森に迷い込んで見つけた先に、泉と出入口があって」
「なんか大層なこと書いてる看板があったから、何それオモロってなって……」
「わ、私は止めたんでしゅ……なのにお二人が、ちょっと覗くだけってぇ〜……!」
超古代文明からの生き残り、というハチャメチャロマンあふれる身の上っぽい双子兄妹のヤミくんヒカリちゃんに比べて、この三人組の話は本当に大したもんじゃなかった。
偶然見つけた穴に、危険標識があるのを分かった上で、仲間の制止さえ振り切って入って行ったと。言葉にすればこれだけの、なんとも呆れた話である。
「そしたらなんか、めっちゃ深いところまで潜れちゃってさあ! オイオイオイマジかよ~ってなってたら、なんか子供が彷徨いてるの見つけちゃって!」
「やっと見つけた人間ってことで助けを求めたら、モンスターに見つかってまとめて逃げる羽目になっちゃってね。この人達、あんな化物と戦える人間なんてこの世にいるかーってさっさと僕らを抱えて逃げたんだ」
「……………………」
逃げる判断が早いのは偉いけど、そこに至るまでがなあ……内心、割と本気でドン引き。
そもそも看板を無視するなって話だし、仲間の制止を振り切るばかりか巻き込むんじゃないよって話でもあるよね。その結果双子を発見できたのは偶然でしかないし、そもそもこの階層のモンスターに襲われたら君達ごと全滅だったじゃん! ってのもある。
全体的に結果よければ感漂う、なんとも無謀な一連の流れだった。冒険と無謀を履き違えてはいけないなーと、この三人組を見ていると初心を思い出す気分だ。
とはいえ、この人達がいなければ双子は双子で、誰にも出会えないままどこぞかで野垂れ死んでいた可能性だってあるんだ。巡り合せの数奇というか、これも運命ってやつかな?
オカルトー。
「どうにか出入口まで逃げようって、せめてこの子達とうちのプリースト……マナだけはって思ってたんだけど、道を塞がれてもう駄目だ! ってなってたんだよ。そんな時だ、あんたが来てくれたのは」
「ホンットにありがとう! 助かったわ心から感謝してる! アンタは私達の命の恩人よ!」
「そこは私達からもありがとうございます。いましたね、あんな化物でも粉砕できる人間さん」
「……………………どうも」
直球の感謝、照れるー。黒髪ロングの軽装備の女の子、ツンツンというかサバサバしてて美人系だなー。惚れそう。
でもさっきの泣き虫プリースト、マナちゃんだっけ? も合わせてどーせ、イケメンくんに惚れてるんだろうなー。恋の鞘当てとかしちゃってるんだろうなー。僕とかお邪魔虫なんだろーなー。
「……………………」
「どうかした? 杭打ちさん。なんかちょっと、気落ち気味?」
「も、もしかして怪我とかしてます?」
ああああ間男にすらなれないいいいい! と、内心絶叫してるとヤミくんとヒカリちゃんに心配されてしまった。慌てて首を左右に振る。
イケメンめー! って嫉妬の炎をメラメラ燃やすのはこの場ではやらないほうがいい。いくらなんでも命取りだ、地下86階だよここ。
どうあれ両者の事情は分かったし、どちらの言葉にも嘘は感じられなかった。双子についてはそれでも信憑性が乏しいから、件の眠っていたとかいう部屋に改めて後日、調べに行くとするか。
そうでなくともどうせ、こんな話を聞けば国の調査隊が動くだろうけどね。僕は杭打機を下ろして、みんなに言った。
「……帰って、ギルドに報告を。双子についてはおそらく、国預かりになる」
「く、国ぃ!?」
「でしょうねー……迷宮からやってきた謎の双子、こりゃセンセーショナルだわ」
話が国レベルに広がったことに慄くイケメン君だけど、逆になぜ内輪で終わると思ったのかこっちが聞きたい。
この迷宮都市が属するエウリデ連合王国は、特にここの迷宮攻略にやたら精を出しているのは周知のことだ。冒険者を多く誘致してもいるし、学校なんかでも学生の冒険者活動を応援したりある程度援助したりもしている。
僕こと"杭打ち"ソウマ・グンダリも、冒険者優遇制度を使って学校に通えてるようなものだしね。
とにかくそのくらい国の関心が今、迷宮に向けられているんだ。そんな折に現れたこの双子を、放置しておく道理はないだろう。
「あー……やっぱり大事になるよね。なんかそんな気はしてたよ」
「や、ヤミ……私達、これからどうなっちゃうの……?」
「…………分からない。もしかしたら、僕らは……」
不安げに瞳を揺らすヒカリちゃん。ヤミくんも冷静ながら口籠るあたり、内心は妹同様に不安でいっぱいなのかもしれない。
あまり、酷い扱いを受けないとは思いたいけれど……何せ前例がないからなんとも言えないね、こればっかりは。
「ヤミくん、ヒカリちゃん……」
「可愛そうですぅ……」
「せめて離れ離れにならなければいいのだけれど……ね」
三人組はそんな双子の姿に、ひどく同情して気の毒そうな眼差しを向けている。
やっぱり僕の見た通り、相当な人情家パーティーみたいだね。今回みたいな馬鹿をやらずに順当にキャリアを積めば、すごいところまで行きそうな予感がなんとなくする。
未来の英雄に会っちゃったかも? 自慢話になるといいなー。
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ドラゴンだよー
事情も粗方分かったし、となればこんなところに長居するのもどうかと思う。僕は三人組と双子を促し、出入口へと向かわせる。
ゴールドドラゴンについては明日にしよう。さすがにこの状況、この人達だけ返したら僕が怒られる。一応助けに入った時点でもう当事者なんだから、最低限ギルドに報告するところまではご一緒しないとね。
「いや、マジで助かったぜ杭打ちさん! 噂に聞いてたけどアンタ、マジ強いんだな!!」
「…………」
「あっ、そういやまだ名乗ってなかったな、俺はレオン! レオン・アルステラ・マルキゴスだ! こないだから学生しながら冒険者やってんだ、よろしくな杭打ち!!」
「…………」
イケメン冒険者くんことレオンくんにちょ~距離を詰めてこられている。怖いよー。すごいグイグイ来るんだけどこの人、距離感についての考え方が僕とは違うー。
しかも名前から察するにこの人、お貴族様じゃん。あっぶなー、余計なこと口走らなくて助かったよー。たとえば一言"馬鹿じゃないの? "とか言ってたら、下手したら後日貴族とことを構える羽目になっちゃってた。
さすがにそれは面倒くさいしね。"杭打ち"として他人と会話する時、口数が減るのが習性になっててよかった。本当に良かったー。
「何やってんだお前ら、命の恩人に名乗るくらいしないと!」
「わかってるわよ! ……あー、改めてありがとね、杭打ちさん。私はそこの馬鹿の古馴染み、同じく学生冒険者のノノ・ノーデンよ。よろしくね」
「ぁ、ぁぅぅ……ま、マナ・レゾナンスですぅ……」
「…………よろしく」
黒髪の子とプリーストの子もそれぞれ名乗ってくれるけど、こちらの二人は平民のようだ。お貴族ハーレムパーティーじゃないか、ウハウハしてるなあ。
ちなみに同じハーレムパーティーでもオーランドくんは純然たる平民だ。でもたしか、生徒会長と副会長がお貴族様だったと記憶してるからそういう意味ではこのパーティーとは間逆なわけだね。
おーこわ、お貴族様の令嬢を侍らせるとか、S級冒険者の息子さんじゃなかったら不審死ものだよ。それを考えると、想うだけだったとはいえ会長に懸想していた僕も大概命知らずではあったんだけどねー。
出入口に着いた。まずは双子から脱出するよう言うと、ヒカリちゃん、ヤミくんの順でえっちらおっちらと穴を登り始める。
そんな急な斜面でないにしろ、アトラクションの滑り台みたいにうねったりしてるからね、気をつけて登ってほしい。
「よし、じゃあ次はマナだ。今さらだけど悪かったよ、お前の制止も聞かずに……」
「ごめんね、マナ。私達が馬鹿だった。反省してるわ……」
「ぁぅ……こ、こちらこそぉ……! な、泣いてばかりでごめんなしゃいぃ……!!」
順番的に次、マナちゃんを先に脱出させるらしい三人組が、何やら互いに反省しきりに謝り倒している。
まあ、生きてるんだしいいんじゃないかなー? 死んだらそこまでだけど、生きてればいつでもそこから始まるんだし。
マナちゃん、ノノさんの順で女性陣が穴を登る。殿にレオンくん、僕と続く形になるね。
ちなみに女性陣の最後尾、ノノさんは短パンに今はモンスターの血まみれ肉まみれなので登ってる最中、見上げたところでグロテスクなものしか拝めない。残念だったねレオンくん!
「よし、じゃあお先に失礼するぜ、杭打ち」
「…………」
「へへっ。あんた無口だけどなんか、嫌な感じがしないから不思議だ……帰ったらステーキでも奢らせてくれよ。最高級のを振る舞うぜ」
「!!」
おおっステーキ! しかも最高級とは!
コクコクと力強く頷く。やったー! ホントに素敵なステーキだよー!
依頼遂行って点では紛れもなく無駄足だったけど、これは思わぬ収穫だ。自分の金じゃあステーキなんて、二の足踏んじゃうからねー。
助けに入ってよかったー。もう帰るのに、今からテンション上がってきたよー。今ならゴールドドラゴンの100体でも200体でもいくらでもぶち抜けそうだ。
「────グルゥゥゥゥゥゥゥゥオオオアアァァァッ!!」
「なっ!?」
「!」
と、そんな時だ。噂をすれば影がさすというか、強烈な叫び声が迷宮に響き渡った。慣れっこの僕はともかく、レオンくんが気圧されてその場にへたり込む。
凶悪モンスターともなればその叫び、その視線一つにも威圧を込めてくるからなー。大体地下20階を降りたあたりからは、そうした威圧に対して耐性を身に付けないと冒険どころじゃなかったりするのだ。
新人さん冒険者のレオンくんは、だからこんな階層にまで足を踏み入れるべきじゃなかったんだよ。
むしろ意識があるのが大したものなくらいだ。彼は顔を青ざめさせて、震える声でつぶやいた。
「こ、これ……さっきの化け物に、睨まれた時と同じ……!」
「…………」
さっき襲われてた時にも似たような目に遭っていたのか。それでも生き延びているあたり、本当に運がいいなー。
冒険者には何より必要な素質だ。どれだけ実力が高くとも、どれだけ経験があろうとも、運が悪ければそれだけで簡単に人生は終わりを迎えるんだから。
やっぱり、見込みがあるなー……思わずして将来有望な冒険者さんに出会えたこと、そしてその危機を救えたことになんだか鼻が高くなるよ。
だから、ついつい僕もこんなことを言ってしまうのでした。
「……見ていて」
「え、あ? 杭、打ち?」
「迷宮の深くに潜るなら、このくらいはできるようにならないといけない……一つの目標として。この戦いを、見ていて」
「……!!」
今でなくともいつの日か。すぐでなくともいつか必ず。
今度はたしかな実力を備えて、彼らがここに来ることを信じて。
「ぐるぅぅぅぅぅぅァァァああああああっ!!」
「…………!!」
少なくとも数歩は先を行っている先輩冒険者として、僕は杭打機を構えて。
一足に空高く、遠くから姿を見せた巨大なモンスターへと殴りかかった!
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竜退治だよー
姿を見せたのは、巨大な翼を広げたドラゴンだ。緑色の皮膚のあちこちが黄金に輝くのは、その部分がそのまま純金になっているからだね。
皮膚から内臓から、どこかしらが一部黄金になっているドラゴン。ゆえにゴールドドラゴン。この迷宮の中でも現状、金策するには一番うってつけのモンスターである。
「ウグルォォォォオアアアアアッ!!」
「…………!」
地下86階層を闊歩する化物を、倒し切るだけの実力があればの話だけれどね!
天高く飛びかかる僕に向け、やつは大きな口を開いてそこから、燃え盛る灼熱を放射した。ドラゴンにありがちな技なんだけどさすがにこのレベルの化物ともなると、浅い階層で出てくる翼の生えたトカゲの小火とは一線を画する。
何しろ3年前、初めて相対した時にはそのあまりの威力に当時の仲間含めて全員、危うく全滅しかけたからね。今でこそ慣れた感じに杭打ちくん3号を盾にしてやり過ごせるけど、当時はマジもうこれ無理ーってなったもん。
というわけで盾にした杭打機で炎を掻き分け、ドラゴンへと迫る。目と口の構造的にこいつ、炎を吐いてる時はまともにこっちを見れてないんだよね。
だからこそこうして真っ向から、炎にも負けず突っ込んでいくのが一番手っ取り早いのだ!
「…………っ!!」
「ぐ────るぁぁあああっ!?」
一定時間放射された炎が収まる。これでしばらくドラゴンは炎を吐けない。今が好機だ。
よく熱された杭打機を前に、突き進んでいった先には炎を吐き終えて閉じられようとする大きな口内。奥歯に煌めくのはこのドラゴンの中でも最も価値のある、純金の巨大な奥歯。今回の依頼にもある、僕の獲物だ。
よーしよし、ここからは話が早いぞー。
僕はこのままドラゴンの口内に入り込み、大きくて固くてなんか変な匂いのする舌の上に着地した。
同時に閉じられゆく顎に向け、思い切り杭打機を振りかぶり──地面を殴るように、全身のばねを使って鉄塊を叩きつける!!
「っ!!」
「!? ぐるぁぎゃあああああああっ!?」
痛いと、モンスターでもギャーって言うんだよね。これ豆知識。
閉じられようとしていた口が、鉄塊を叩き込んだ衝撃で下顎ごと吹き飛ばされる。ベキバキボキバキ、骨の砕け散る音が小気味いいんだか気持ち悪いんだか。
だけどまだ終わらない。ここからさらに、行く手を阻むすべてをぶち抜くからこその僕、冒険者"杭打ち"なんだ!
「──ふっ!!」
「ッ!? ガ、ハゴァッ────!?」
舌ごと下顎を殴った、反動で僕は今度は口腔内の上顎部分へと飛ぶ。杭打機なんてものを効率よく扱う都合上、動き方の基本は殴りつつ反動を活かして移動する、これの繰り返しだ。
身を翻して今度は逆方向、天井にも似た広くて硬い肉質に狙いを定める。下顎を砕かれた痛みと衝撃でドラゴンが混乱しているところに、追撃で致命打まで持っていくのが僕の編み出したセオリーだ。
反動で回転までつけた鉄塊を、上下さえ分からなくなる感覚の中でも狙った位置へと叩き込む。ズドンッ──響く鈍い、それでいて強い音。
今度は叩きつけるだけに留めない、レバーを一気に殴り下ろす。僕の象徴、自慢の杭が飛び出て、ドラゴンの上顎をぶち抜いて風穴を開ける!
「グンギャアァアァアァアァアァアアアアッ!?」
肉も骨も何もかも貫き、ドラゴンの顔に大きな穴が開く。そこを通って口内から抜け出た僕は、間髪入れずやつの顔の上を駆け抜けた。
トカゲの顔ってのは鼻が先にあってそこから口、目と続く。つまり口をぶち抜いて出た先には、必然的に丸々とした目があるわけで。
こんな目立つ標的もないよね。僕は僕から見て右目のほうに、杭打機を叩き込み一気に杭までぶっ放した。
「!!」
「ゴギャ────!?」
ズドンッ! といういつもの音と並んでグジュリ、ブチブチ。これまたいや~な音が響く。
ドラゴンともなれば鉄かな? ってくらい目玉も硬いんだけど、さすがに僕と杭打ちくん3号の前にはなんの意味もない。
当然のように右目は完全に破壊され、ドラゴンは小さく呻きをあげた。たぶん目どころか脳にまで杭がイッてるからね、ここまで来たらこっちのものさ。
「っ!」
「────────」
杭を引き戻し、軽くジャンプして今度は脳天に。
もうドラゴンはなんの反応もしない、できない。口内と片目、脳の一部まで破壊されたんだからそんなすぐに何かができるはずもない。
でもまだ生きている以上、常に戦っている僕は命の危機に晒されているというのも純然たる事実。だから最後の最後まで決して気を抜かない。迅速に、丁寧に、確実に。倒すも決めたら倒し切る、冒険者の鉄則だ。
「……終わりっ!!」
最後の一撃。狙うは脳天から直下、脳みそ。
いつも通りの全身全霊をかけた杭打機による一撃が、あっけないほど綺麗にゴールドドラゴンを直撃し。
「ガ────ア」
そうしてゆっくりと、ドラゴンが横崩れに倒れていくのを、僕は飛び降りて先に着地しつつも眺めるのだった。
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依頼達成だよー
倒れたゴールドドラゴンに、僕はすぐさま駆け寄った。幾度となく繰り返して作業に近くなったジャイアントキリングなんだから、一々勝利の余韻とかに浸ってもいられない。
ましてや今回はレオンくんもいるわけで、ぼさっとしてたらまたモンスターが寄ってきかねない。それも面倒だしね。
「……あった、あった」
完全に息絶えて、横たわるドラゴンの顔面。グッチャグチャのズッタズタになってはいるものの、今回の目的である歯の部分については一切手を付けてないから綺麗なままだ。
不揃いなギザギザした歯が並ぶ下顎の左奥、黄金に輝く歯をすぐに見つける。同時に踏み込んで僕は、その黄金の付け根、歯茎に杭打機を叩きつけた。
「…………ド~ン。はい、もう一発ー」
歯肉をぶち抜いて、黄金の奥歯を抜きやすくする。これが案外繊細な作業で、狙い所を間違えると傷が入って大きく価値を損ねてしまうのだ。
とはいえこの階層に来てから概ね3年、ずーっとやり続けてきて勝手はとっくに把握している。もう一点、右奥の対照となる位置にも問題なく杭を叩き込む。
これだけですっかり奥歯が二本とも、付け根まで露出して取り出しやすくなった。慌てず焦らずけれど迅速に、どちらも引き抜いて持ってきた鞄に収納する。
結構なサイズで、空っぽだったのがギッシリ詰め込む形になっちゃったー。
よし、これでオーケー依頼達成。
あとはちゃっちゃとレオンくんを連れて外界へと戻るだけだ。本当ならドラゴンの皮膚とか内蔵とかで黄金になってる部分も回収したいけど、さすがにそれは今は欲目が張りすぎている。命が最優先だね。
一息にジャンプして、元いたレオンくんのところ、出入口付近まで戻る。
しれっとやってるけどこの跳躍力も、冒険者としてやっていくのであればいずれは身に付けないといけない技術の一つだったりする。
具体的に言うと地下10階あたりから空を飛ぶモンスターが出てくるせいで、近距離戦専門家はそれまで同様のノリで進むと普通に詰むのだ。
遠距離攻撃技術を持つ冒険者ならともかく、近距離戦一辺倒でやってきた者はそこで一旦足止めを食らわざるを得ない。
結局そうなると大体のパーティーは町に戻り、"迷宮攻略法"と呼ばれる冒険者専門の戦闘技術を学ぶ必要に迫られるわけだねー。
平たく言うと地下10階まで到達して初めて、一端の冒険者になるチャンスが得られるって話でもあるんだけど、まあその辺の話は追々するとして。
僕は問題なくレオンくんの傍に帰り、小さいながらも彼に告げた。
「……………………ただいま」
「……お、おかえり。いや、すっげえ……すげえよ、うん。すげえ、マジすげえ杭打ちー!!」
「!?」
え、何ー? 急にテンションがすごいことになってるよー。
すごいすごいとはしゃぐレオンくんにビックリ。たしかに新人さんからすれば結構いろいろ、珍しいものを見せたとは思うけど……この反応は予想外だ。
瞳を煌めかせて、イケメンくんが僕にずずい! と顔を寄せてきた。あっ、素顔見られるヤバ!
「…………っ」
「やべーよ杭打ち、なんかもう見てて俺とは全然違かったし! なんであんなに跳べたんだ? どんな技であのドラゴンを倒したんだ?! あの炎熱くなかったのかよ、火傷とかしてないのか!?」
「…………」
「くーっ! たまんねえ! 俺が夢見た冒険者の姿そのまんまだった!! 巨大なドラゴンと渡り合い、殴り倒し、そして宝を手に入れる! マジやべえ、ヒーローだ!!」
咄嗟に俯いて目元から顔から隠すけど、一切気づいた様子もなくレオンくんがやたらめったら褒めてきた。て、照れるぅー。
実際のところ、今の戦闘で見せた技術はほんの一部だけだしちょっと迷宮を潜ればすぐ、身につける必要に迫られるものばかりだ。
だからレオンくんも割と近いうち、技術自体は大したことないって気づくんじゃないかなぁー。まあ、練度は段違いだと思うからそこで僕のすごさを感じ取ってもらえればって感じですけどー。どやー。
「なあなあ! 教えてくれよ、どうしたらあんたみたいになれる!? 俺、あんたみたいになりてえよ杭打ち!」
「…………挑み続ける。それだけ、かな」
「挑み続ける……! 熱い! 熱いぜ杭打ち! 無口でクールなのに、腹の中はそんな熱を持ってるんだな!!」
「…………?」
どうしたら僕みたいになれるか、なんて僕にとってはこの世のどんなことより難しい質問が飛んできて、当たり障りのない答えしか提示できなかったんだけどお気に召したみたいだ。
無口でクールなのはまあ、正体バレをあまりしたくないからそう思われるのは想定済みだけど。実は心は熱いんだーなんて評価は意外だね。
昔の仲間達からも"人の心を持たない哀しい生物"とまで言われてたのにー。いや言い過ぎだよねあの人達、今度会ったら殴っとこう。
やいのやいの囃し立てるレオンくんを、もういいから出入口を登りなよと背中を押して促しながらも、僕はそんなことを考えるのでした。
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帰ってきたよー
僕の何がお気に召したか、しきりに褒め称えてくれるイケメン新人冒険者のレオンくんはさておき、僕らは出入口を登って地上に向けて、えっちらおっちら登り始めた。
とはいえ何しろ地下86階からの地上目指しての道程だ、ちょっとやそっとじゃなかなか辿り着けるものじゃない。緩やかでも斜面を這って登るというのは、慣れっこの僕はともかくレオンくんにとってはそこそこな重労働みたいだった。
「っ……やべー、しんどい。これ先に行った連中もバテてるんじゃないのか?」
「…………」
「さすがに力尽きたからって逆滑りしてまた地下86階へ、なんてことにはならなさそうな角度の斜面で助かるけどさ、結構精神的に来るなぁ……上も下も暗闇の坂を、ひたすら登り続けるってのは」
「…………」
ひたすらブツブツ言ってるけれど、返す言葉に困るから返事は期待しないでもらいたい。というか喋ればその分体力を使うわけだし、余計にしんどくなるからあまりオススメできないんどけどね。
気を紛らわせる意味では有効だろうけど……と、内心でレオンくんの独り言に付き合う。地下86階なんて普通にめちゃくちゃな深度なんだから、行きの時点で帰りを考えたらヤバいってことは気づいておいても良かったんじゃないかなあ。
ちなみに僕を含めたここの出入口を常用する冒険者は基本、ダッシュで一気に地上まで駆け上る。
ただの脱出で時間かけてもいられないし、通常86階層まで降りる頃には体力的にも技術的にも、さっさと走り抜けたほうがまだマシな速さって程度には鍛えられているからね。
とはいえそれはそれで辛いものがあるから結局しんどいのはたしかだ。つまるところ、そもそもの距離がハンパじゃない時点で何をしたってしんどいってわけだった。
その後もしばらく、たぶん一時間近くは登り続けたと思う。地上の光が見え始めた頃には、レオンくんがすっかり疲労困憊って感じになってしまっていた。
「ぜぇ、ぜぇ……し、しんど……」
「…………あともうちょっと。頑張って」
「な、なんであんたは全然平気なんだ、杭打ち……そんな重そうな、荷物ばっか持ってるのに……」
「…………」
慣れてるのと特殊な技法を使ってるから、としか言いようがない。さすがにデビューしたての新人さんと肩を並べて、息を切らしてなんていられないよー。
いやでも、レオンくんは実際超頑張ったと思う。前衛だろう彼は先んじた四人に比べて明らかに重装だ、鎧まで着てるし。そんなだから、滑り台程度の斜面とはいえ一時間近くも登り続けるのは辛かったろうな。
各種技法を身に付けて強くなったら、僕より体力お化けにだってなるかもね。なんだかんだ基礎と素質は間違いなくあるし、レオンくんは。
期待の新人さんを応援するつもりで、彼の隣にまでよじ登って背中を叩く。あともうちょいだよ、頑張ってー。
「く、杭打ち……そう、だな。ここまできて、力尽きたはダセーもんな!」
「…………」
別にダサいとか思いはしないんだけど……なんか一人で発奮しだしたレオンくんに首を傾げる。
力を振り絞るように勢いよく登っていく彼の姿は、なんだか見た目以上に子供っぽい。イケメンなのにそういうところがあるギャップがモテの秘訣なのかな。でもギャップ萌えを狙うのはちょっと、僕の理想とするモテ具合ではないかなー。
そもそも僕はイケメンじゃないだろ、という哀しい事実は無視して僕も後を追って地上へと向かう。出口に見える陽の光が段々大きくなっていくのは、いつ見てもホッとする素敵な光景だ。
レオンくんは一足先に外に出られたみたいだ、よかったー。なんだかんだあったけど、依頼も達成できたし人助けもできたし僕としては大満足の一日だった。
達成感を胸に出入口から外界へと顔を出す。来た時と同じく森の中の泉の近く、深い緑の匂いが風に乗って運ばれてきた。
はー、帰ってきたー。
何度も繰り返して慣れっこだけど、それでもこの、日常という安全地帯に戻ってこれたという安心感は癖になるねー。
「……………………」
「お、杭打ち! いやーいいもんだな、お日様って! 生き返った気分だぜ!」
レオンくんが出入口の付近、草原に身体を投げ出して仰向けに寝転がって僕に話しかけてきた。
お日様に照らされると改めて分かるけど、僕が仕留めたモンスターの血や肉で真っ赤っ赤だなー。
僕も返り血を浴びてるけど、真っ黒なマントや帽子のおかげでそこまで目立ってはいない。反面、杭でぶち抜いた先にいた彼はまあまあ酷いことになっている。
これ、泉で身体や装備品を洗ってからじゃないととてもじゃないけど町に帰れないねー。レオンくんもそれは分かってるみたいで、寝転びながらも器用に鎧を外して身軽になっていく。
「ノノやマナ、ヤミにヒカリは先に泉に入ってるだろうな。俺らも行かなきゃ」
「…………」
先に地上に戻った四人はもう、泉で身体を洗っているみたいだ。僕らも最低限、血を落とすくらいはしないといけないから泉へと向かうことにする。
……女性陣、まさか服まで脱いでたりとかしないよね? 無防備を何より嫌う冒険者の特性上、そんなことはありえないってわかってるんだけどちょっとドキドキするー。
高鳴る胸を抑えつつ、僕とレオンくんは帰還した地上を歩き始めた。
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イケメンばっかりだよー
もしかしたら万が一にでも、あられもない格好で水浴びしている女性陣と鉢合わせちゃうかもしれない。
いやー参ったねいやー、でも僕らも身体洗わないといけないしなー、かー参ったなー。
と、内心で白々しいことを考えつつも僕は高揚を抑えながらも泉の、人の声がするほうに向かう。もちろんレオンくんも一緒だ、いざとなったら彼にすべてを押し付けて僕は素知らぬ顔をしよう。
何せ巷じゃ年齢も性別も不明瞭な謎の冒険者さんだからね"杭打ち"は。ミステリアスさでどーにか乗り切りたいー。
『────あはははっ! もう、やったわねこのー!』
『きゃははははっ! えーい!!』
「! …………!!」
責任転嫁の算段をつけていた、我ながらクズってるなーって感じの僕だけど。泉の畔を辿って進む先、岩陰の向こうから何やら楽園に住まう天使のような楽しげなやり取りを耳にして一際心臓が鼓動を打った。
女の子達の楽しそうな声。水を掛け合っているのか、バシャバシャと音がする。これは……遊んでいらっしゃるのかな?
冒険者"杭打ち"としては素人ですねとしか言えないけれど、学生ソウマ・グンダリとしてはうおおー! ってテンションの高くなる瞬間だ。
いやまあ、マジであられもない姿を晒していたとしたら、さすがにこれ以上は踏み込めないけどねー。冒険者"杭打ち"が覗き行為だなんて笑い話にもならないしー。
でもなんかこう、声だけでもこう、ときめくものはあるよねー。
帽子とマントに隠された僕の顔がだらしなーく緩む。週明けケルヴィンくんとセルシスくんに、僕だって甘酸っぱい青春の1ページくらいは刻めたんだよーって自慢しよーっと。
「……なんか楽しそうな声してんな。まさか呑気に水遊びとかしてるんじゃないだろうな、ノノにマナのやつ」
「…………」
「ヤミとヒカリもいるし、そこまで警戒心がないやつらじゃないとは思うけど……と。どうした杭打ち、なんかそわそわしてないか?」
「!?」
レオンくんも岩陰の向こう、何やらはしゃいでる空気を感じ取ったのか訝しみながらも僕を見た。そして内心、本当にはしゃいでる僕の様子にも目を丸くして尋ねてくる。
そそそそそんなことないよよよよよー? ぼほぼぼ僕はクールだよよよよよー?!
まさかの図星を突かれて、慌てて僕は首を左右に振る。
決して疚しい行為に及ぼうなどとは考えてないんだ、それは本当なんだ。ただ疚しい光景を想像して鼻の下を伸ばしていただけなんだ、それも本当なんだ。
「……! ……!」
「? ……あー、そっか呑気すぎるし気になるよな。悪い、面目次第もねえよ。新人だからって、冒険者としての気構えってやつが抜け落ち過ぎだぜ、うちのパーティーメンバーは」
「…………」
レオンくんはきょとんとしながらも、何やらいいように解釈してくれたみたいだった。どうやら僕が、推定水浴びしているらしい彼女達に対して冒険者として憤っていると勘違いしてくれたみたいだ。
うへー。ありがたい気もするけど、意識の高くて面倒くさい冒険者みたいな感じに捉えられないかちょっと心配だよー。そういう冒険者もいるにはいるけど、僕は別に、結果さえ出せるならどんなやり方でもいいじゃんって思うほうなんだけどなー。
でもここでいえ誤解ですーってなったら、それこそ僕がよからぬ妄想に身を浸していたことに気づかれちゃうかもしれない。
ここはあえて、意味深に黙りこくっておこう……
「……………………」
「おーいノノ、マナ! 戻ってきたぞ、今そっちで何してるー!?」
『あら? ……レオン、おかえり! 今ヒカリちゃんとマナと身体を清めてるの、ヤミくんが見張りしてくれてるー!』
「やあ。どうもおかえりなさいレオンさん、杭打ちさん」
レオンくんが岩陰の向こうに声を投げかける。するとすぐに仲間のノノさんから返事がきた。どうやら本当に、女性陣だけで水浴びしているみたいだ。
そして見張りをしていたらしいヤミくんも同時に、近くの茂みから姿を表した。こちらはまだ身体を洗っていないみたいで、ローブのあちこちが血で赤く染まっていた。さすがに肉片はもう落としているね。
「おう、ヤミ。無事だったか……っていうか何、子供に番させてんだあいつら」
「僕から言い出したんだよ。お二人が来てなかった以上、僕以外みんな女性だしね。あとで男が揃ったら交代して水浴びするってことで、まあ見張りくらいなら誰でもできるはずだから」
「そう、か……悪い、俺らが遅くなったから、そんなことをさせちまったんだな」
「気にしない気にしない。僕らはしばらく運命共同体ってやつだからね。助け合いこそ肝要だと心得てるよ」
大人びた笑みを浮かべるヤミくん。女性陣への配慮と言いレオンくんの質問に答える落ち着き払った態度と言い、なんだか大物って感じだよー。
レオンくんがその頭に手を置き、やさしく撫でる。そこでようやく年相応の無邪気な照れ笑いを浮かべる少年は、あと5年もしたらイケメンとして人気を博しそうな中性的な顔つきだ。
こっちもイケメンかー。なんだか今日はイケメンとばっかり会うなー。
ケルヴィンくんとセルシスくんの普通の顔が恋しい。平々凡々な顔つきの僕としては、なんだかコンプレックスを覚える光景だよー。
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ロリコンじゃないよー
何はともあれ一同無事に、迷宮は地下86階層という地獄の底から帰還した僕達。いつも通りの一日と思っていたのに、なんだかおかしな成り行きになったなー。
この後は女性陣と交代して身を清めて血を落としたら町へと帰還だ。ヤミくんとヒカリちゃんの双子をすぐさまギルドに連れて行って、ことの仔細を説明しなきゃいけない。主に新人冒険者のレオンくん、ノノさん、マナちゃんの三人がね。
説明の過程でたぶん、なんの警戒心もなくたまたま見つけた出入口に潜って死にかけたってところについてしこたま怒られるだろうけど頑張ってほしい。そこは紛れもなくそちらさんサイドのミスですから。
僕については、依頼のために赴いたらなんか拾った、くらいの説明だけで解放されるだろう。だって本質的に僕、部外者だしね。
助けに入った以上、連れ帰るまでは付き合う義務と責任があったからそれを果たすけど。それ以上のことについてはノータッチだ。下手しなくても国が出張ってくる案件になんて関わってられないよ、面倒くさい。
「ハーイ、お待たせー。改めておかえりレオン、それに杭打ちさん」
「…………」
ということをつらつら考えていると、ノノさん、マナちゃん、ヒカリちゃんの女性陣が水浴びを終えて帰ってきた。
血をすっかり落とした清潔な服もだけど、さっきまで水浴びをしていたとは思えないくらい水気のない姿だ。たぶんマナちゃんのプリーストとしての能力、通称"法術"によるものだろう。
傷を癒やしたり風を巻き起こしたりするだけでなく飲み水を出したり、水気を飛ばしたりと生活に役立つ術が多いからね。
「おう、ただいま! いやーすごかったぜ杭打ち! なんせ追ってきたでっけードラゴンをその手に持った鉄の塊でだな──」
「はいはい、そういう話は後にしてあんた達も水浴びしてきなさいよ。ヤミくんもありがと、ごめんね? 見張りをお願いしちゃって」
「ヤミ、ありがとう!」
「どういたしまして。こういうのってお互い様だからね」
僕の見せたドラゴン退治が、よほどレオンくんのお気に召したのかな。熱っぽい様子で語り始めようとした彼を押し留め、ノノさんは今度は僕らに水浴びを勧めてくれた。
見ればヒカリちゃんもすっかり綺麗な姿だ。将来イケメンだろうなって感じのヤミくんと同じ顔だから当たり前なんだけど、すっごい美少女だ。かわいい! 惚れちゃいそう!!
13回目の初恋の予感。でもさすがにまずいよ、だって相手は10歳だ。
恋に年齢なんて関係ないってかつての仲間が言ってたのを思い出す。その時はあっそふーんそうなんだすごいねーで済ませてた人の心ゼロの僕だったけど今ならそうだね! その通りだねー! と諸手を挙げて賛成できる。とはいえそれはそれとして10歳は法律的にまずい、捕まるー。
あーでもなー。めっちゃかわいいなー。
透き通るような青色の髪を伸ばして、あどけない顔立ちが無垢で無邪気だ。ヤミくんよりかは目元が下がりがちなのも儚げな印象があっていいよねー、もちろんヤミくんはヤミくんで、クールな感じがしてカッコいいんだけども。
こんな子に毎日、家に帰ったらおかえりなさいとか言われたいよー。家を出る時いってらっしゃいって言われたいよー。うー。
「? どうしました、杭打ちさん。なんだか、私を見てます?」
「!? …………」
バレないように横目で双子の美貌に想いを馳せてたら、邪さが伝わったのか視線に気づかれた! 意味ありげに首を振って、僕は慌てた感を極力出さないように努めつつ誤魔化す。
首を傾げるヒカリちゃんがかわいい。
くっ! あと5歳若ければ……! と思うものの、その頃の僕なんて正真正銘の杭を打つだけの装置だったので、たぶん双子どころかレオンくん達にだって目もくれずに仕事だけして帰っていただろうね。
人の心を持たない化物とまで呼ばれたのは伊達じゃないのだ。よくここまで持ち直せたなーと我ながらびっくりだよー。
「よしっ! そんじゃあ今度は俺らが水浴びすっか! 見張り頼むぜノノ、マナ! すぐ終わるからよ!」
「はいはいごゆっくりー」
「か、帰ってきたら法術で乾かしますからねー……」
レオンくんに呼びかけられて、僕とヤミくんも水浴びのため泉へと向かう。選択し終えた服やら鎧やらは、マナちゃんの法術で乾かしてもらえるのか、便利ー。
先程までと他立ち位置交代。女性陣が僕らのいたところで見張りをして、男性陣がさっきまで彼女らが水浴びをしていたところまで向かう。
美しく澄みきった泉は、多少の汚れを落としたところではいささかの濁りも見せない。
冷たい水は夏場の今には心地よさそうだ。レオンくんとヤミくんがさっそく、服を脱いで上半身裸になった。
「俺達はさすがにノノ達ほど無防備にはなれないな。軽く体を拭いて、服と鎧を水で浄めて終いってところか」
「今さらだけど、今の世界って文明的にどんなものなんだろう? シャワーとかシャンプーとかお風呂とかあるのかな?」
「……………………?」
畔でチャプチャプと、服やら鎧を洗い出す二人。とりわけヤミくんの言葉に僕は少なくない驚きを覚える。
シャワーにシャンプーにお風呂。はるか昔の超古代文明においてもそうしたものが存在していたのか、という驚愕である。
これら入浴関係の文化については少なくとも、エウリデ連合王国内では浸透している文化だ。
シャワーはさすがに貴族の館くらいにしかないけど、風呂だのシャンプーについては大衆浴場があるし、平民でも民家に備え付けている家も少なくはない。
ヤミくんの想像しているものもきっと、質の良し悪しはあれどすぐに町で見つかることだろう。
でもまさか、太古の昔にもまるで同じものがあったなんてなー。存在さえ眉唾とされている文明との奇妙な共通点に、僕はオカルト愛好家として好奇心を抱かずにいられないでいた。
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身を浄めるよー
モンスターの返り血がべっとりついた、帽子やマントを水で濡らしたタオルで拭く。ちょっとの部分だけでもタオルが真紅に染まる程度には、僕も血塗れだったみたいだ。
レオンくんやヤミくんとは異なり、僕は一切脱衣しないまま血を落としていた。
スラム出身の冒険者"杭打ち"が実は子供だってのは結構知ってる人もいたりするからそこまではいいんだけど、さすがに第一総合学園は1年3組のソウマ・グンダリくん15歳だというところまでバレちゃうと割と面倒なことになるからね。
代表的なところではやはり、オーランドくんだろうか……あとリンダ先輩。
そうでなくともスラム出身への風当たりは残念ながら強いのが現実だし、人の良さそうなレオンくんだってどんな反応をするのか分からないし。
別に、スラム出身だから嫌いって言うならそれはそれで一つの考え方だから仕方ないんだけど、なんか排斥してこようとする人もたまにいるからなー。
そんな揉め方するくらいなら黙って何も言わず、正体不明の冒険者として生きていったほうがずっといいと思うんだよね。
ことなかれ主義サイコー。
「……………………」
「杭打ち……さすがに脱いだらどうだ? その、もし顔を見られたくないとかならあっち向いとくからよ」
「僕らと違って血を浴びてる部分が少ないけど、それでも着たまま拭くのは大変でしょ。あ、僕手伝うよ杭打ちさん」
そういった諸事情から頑なに服を脱がずに血を拭う僕を見かねてか、レオンくんは気を遣って提案してくれる。
ヤミくんに至ってはいくつか用意していたタオルを手に取り、甲斐甲斐しくも僕の身体を拭き始めてくれるほどだ。やさしー。
「んしょ、んしょ……杭打ちさん、あの鉄の塊のほうも拭くの?」
「…………表面だけ。内部にまで入り込んでたら、メンテナンスに回す」
帽子やマントの血を概ね拭いながら尋ねてくるヤミくんは、近くにおいてある杭打ちくん3号に視線を向けている。アレも結構血塗れだしね、気になるよねー。
メンテナンス……自分でやらないこともないけど、表面や杭の掃除とかレバーに油を差すとか簡単なものがほとんどで、バネがどうとか、内部に仕込んであるあれやこれやについては専門家に任せることにしている。
そう、つまりはこの杭打機を造ってくれた、開発者の人のところだね。
その人は僕の通う迷宮都市第一総合学園で教授をやっている。
なんかよく分からないけど浪漫を大切にしているらしく、実用性より見栄えと伊達と酔狂を優先した兵器を開発するのが趣味というちょっと面白い人だ。
廃材品の杭を片手に勝手に迷宮に潜っていた幼い頃の僕を見出したのもその人で、学園での僕の私生活を援助してくれてもいるので完全に恩人だね。まったく頭が下がらないよ。
「……こちらでやる。大丈夫」
「そう? 杭打ちさんには命を助けてもらったんだから、できることならなんでも手伝うよ。いつでも言ってほしい」
「…………ありがとう、ヤミくん」
いい子だー。ほんといい子だよヤミくんー。
10歳でこれはマジですごい、こんな思いやりは同じ年齢の頃の僕には欠片もなかった。なんなら感情だってなかった。爪の垢を煎じて飲みたいくらいだよー。
感動しつつも僕は、ある程度身綺麗になった帽子とマントを軽く叩いて次、杭打機にべっとりついた血を拭う。こっちは大雑把だ、どうせメンテの際に外装部も洗浄消毒するからね。
レオンくんも鎧や剣の血を落としてるけど、まあどうしたって汚れは残る。ちょっと赤黒いムラができた装備品を見て、彼は肩を落としていた。
「はぁ、最近買ったばっかなんだけどな、これ……ま、冒険者やってりゃ仕方ないか。あんまり小綺麗だと、それはそれで迫力ってやつがないしな」
「そういうものなの? 綺麗なほうがいいと思うけど」
「切った張ったが日常の仕事で、あんまり清潔なままだと"こいつ仕事してないんじゃないのか"とか"あんまり経験がないんじゃないか"とか疑われるからなあ。世の中、なんでも綺麗にしてたらいいってわけでもないってことだな」
「へぇ……杭打ちさん的にもそうなの?」
今まで長いこと寝てたみたいだし、当然ながら冒険者という職業について疎いヤミくんの質問がこっちに来た。まあ、レオンくんの言ってることは概ね正しいよねと頷く。
迷宮に潜るにしろ、町の治安を守るにしろ大草原で薬草採取だの溝浚いだの要人警護だのするにしろ、冒険者は肉体労働だもの。そりゃ汚れたり傷ついたりはするよ。
特にモンスターとの戦いなんてのはほぼ日常茶飯事と言っていいし、そんなだから今回みたく返り血を浴びて真っ赤っ赤、なんてこともある。
それを汚いからって一々神経質に洗ったり、毎度装備を買い直してたりなんてとてもやってられないからね。
何よりレオンくんの言うように、血で汚れてるってのはイコールそれだけ経験を積んでいるってことでもあるし。
実力を誇示したい冒険者の中にはわざとモンスターの血を浴びたりする人もいるほどだ。まあ、そこまで行くと逆にバカ扱いされるけどね。
とにかく、清潔さってのが必ずしもいい扱いをされる界隈でもないってのが冒険者という業種なわけだねー。
あ、もちろん単純に無精からの不潔や不衛生なんてのは問題視されるよー。僕にはまだ縁遠いけど、高ランク冒険者なんてのはイメージ商売なところもあるからねー。
「…………歴戦感を演出するのも大事」
「だろー? まあ、理解できないかもだけどさ、ヤミ。そういう世界もあるってことさ」
「へえ……興味深いや。教えてくれてありがとうね、二人とも」
端的にレオンくんを肯定した僕に、ヤミくんは感嘆の吐息を漏らした。ヒカリちゃんもだけど、何も知らない分からないはるかな未来に二人ぼっちなんだ。いろんなことを知っていかないとね。
しきりに感心する少年を、なんだか優しい目で見る。そうしつつも身を浄め終えた僕達は、立ち上がって女性陣と合流するのだった。
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報告するよー
「────と、言うわけでかくかくしかじか。地下86階層でまさかの新人さんパーティーと超古代文明からやってきた双子を連れ帰ってきた次第ですー」
「待って。理解が追いつかないわ、何と何から何を何?」
水浴びも終え、そこから先はあっという間だった。
元々が町の近くの森の中だからね。道も勝手も知り尽くした僕からしてみればほんの庭先、町まで帰るなんて朝飯前ってやつでしたよ。今もう昼過ぎだけどね。
さっそくギルドに戻ってリリーさんを呼び出し、レオンくん達をひとまず施設内の喫茶エリアに突っ込んで僕はひそひそと事情を説明したのが今しがたのことだ。
そしたら案の定というべきか、彼女は何それ理解不能とばかりにすっかり混乱してしまった。気持ちは分かるけど紛れもない現実なんだよと、彼女の肩を揺すって正気に戻す。
「リリーさん、リリーさん。気持ちは分かるけど割と一大事だよ、国が動くよたぶんー」
「ああっ、もうちょっと現実逃避させてっ! 例の最下層エリアにあった玄室から人が出てきたなんて、どう考えても迷宮都市に激震が走るもの! できればもみ消したいレベルだもの残業が増えるもの!!」
「わーブラックー」
ギルド職員の業務が過酷なのは割と周知だけど、実際に目の前でブラックさに喘ぐ知人を見るとなんとも居た堪れない気持ちだー。
実際、双子の出所について国が知れば迷宮都市はさらなる賑わいを見せるだろうね。迷宮の奥底に古代文明の何かがあるってのは前から知られていたことだけど、まさか生きた人間が出てくるなんて想像もできない話だ。
この分だとさらなる何か、未知なる伝説の遺跡が迷宮には眠っているはずなんだ。漠然と冒険者達が追い求めてきた夢と浪漫が、ここに来てにわかに現実味を増してきたわけである。
そりゃー盛り上がるよ! 冒険者がこぞってこの町を訪れるに違いないよ! そしてギルドの職員達は激務に陥るのだ!
「……まー、人員だって増えるよきっと。ギルド長も鬼じゃないと思うしー」
「ぁぅぅぅぅぅぅ……何より国のお偉方が視察に来るのがやだぁぁぁぁぁぁ」
「そっちは僕にはちょっと、何もできませんね……」
「ぅぁぁぁぁぁぁ……っ」
机に突っ伏して咽び泣く、リリーさんのこんな姿も可愛くて惚れ直しそう。
国の偉いさん方が視察に来るかあ、ろくでもなさそー。みんながみんなってわけじゃないけど、たまにカスとしか言えないのがいたりするしねー。
前にパーティーを組んでいた時、ちょくちょく変な絡まれ方をしたもんだとつい懐かしむ。あの頃はまだなんとも思わない僕だったけど、今の僕だったらもうちょっと何かしら思うところはありそうだ。
変なことに巻き込まれないよう、そのお偉いさん方が視察とやらに来てる時にはギルドに近寄らないことにしよー。触らぬ神に祟りなし、とはこのことだねー。
いやまあ、貴族を神だなんて死んでも思いはしないけどもー。
「とにかくリリーさん。僕からの状況説明は以上だし、後はレオンくん達とヤミくんヒカリちゃんから話を聞いてよ」
「ぅぅ、ギルド長呼ばなきゃ……ソウマくんも来るわよね?」
「いえ、帰りますけどー」
「なんで!?」
なんでと仰られましても、もう責任も義理も果たしたので無関係だからとしか言いようがないですねー……
僕は救助者としての責務を果たしきった。経緯説明まで含め、通常こうした遭難者救助において負うべき責任と義務をすべて遂行したのだ。
だからもう自由の身なんだ。さっさと帰って厄介事とはおさらばしちゃうんだ。今日は善行したからステーキ食べよーっと。
「というわけで帰りますー。あ、これ依頼の品ですぅー」
「くう、素気ない反応っ。たしかに受け取りました……報酬金、持ってきますぅ……」
変に譲歩の余地を見せるとなあなあで流されちゃいそうだからねー。最低限のことだけ済ませてさっさと帰る、これが変なことに巻き込まれないための鉄則なのだ。
今回の依頼品、ゴールドドラゴンの金奥歯二本。対していただく報酬は金貨100枚。これだけで大の大人が2ヶ月は余裕を持って暮らせる額だから、さすが黄金で出来てるだけはある。
金色に輝く貨幣を100枚、トレイに乗せてリリーさんが戻ってきた。うんうん、いつ見てもいい光景だー。
どこか名残惜しそうに、恨めしげに僕を見つつ彼女が渡してくる金貨を、僕は丁重に袋の中へと詰め込む。えへへー、お金持ちだよー。
「どーもですー。さー帰ろ帰ろ」
「本当に帰るんだ……ねえ、せめてギルド長には顔見せてきたら? ついでにあなたも話し合いの場に参加しましょうよ」
「絶対嫌ですー」
満腹になった袋を懐にしまい、ホクホク顔で帰ろうとする僕を未だにリリーさんが留めようとする。
とにかく巻き込もうとしてるなあ……こういう時のリリーさんは割合面倒だし、もうさっさと帰ろう。
「ギルド長にもよろしく言っておいてください。それじゃ、失礼しましたー」
「ああっ、ちょ、ちょっとー!」
すっかり満腹になったカバンを撫でて、にっこりと笑いかける。
そうして僕はレオンくん達にも軽く会釈して、その場を去るのだった。
土日は昼12時にも更新しますー
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まさかの再会だよー
翌々日、週が明けての登校日。
時節は夏でもうすぐ長期休暇が訪れる、そんな時期。教室にて僕は、クラスメートでもある悪友二人と休み期間中の予定について話をしていた。
「夏休みといえばやっぱり海! あばんちゅーる! だよねー! ああ、出会いの季節が到来!」
「出会いはしてもそこから先は望めないだろソウマくん」
「振られすぎたショックで砂浜で体育座りしてそうだなソウマくん」
「何をー!?」
開口一番とんでもない罵詈雑言を投げかけてくる我が親友達、ケルヴィンくんとセルシスくん。いつも通りの辛辣さだけど、夏休みというビッグチャンスを前にした僕はまだまだへっちゃらだ。
今に見てろよ、この夏で僕は可愛い彼女を作って、秋には生まれ変わったソウマ・グンダリをお見せしてやるからなー!
「振られまくって生まれ変わったみたいにダウナーになってるソウマくんなら見られそうだ」
「まあ元気だせよ秋頃のソウマくん、夏が駄目でもチャンスはあるって」
「未来の僕を励まさないで!?」
二人揃ってまるっきり、僕の夏休みを虚無扱いしてくるよー!? 抗議する僕に、悪友達はそっぽを向いて口笛を吹いた。わーひどーい。
こんな感じでいつも通りの馬鹿話だけど、やっぱり休み前か僕のテンションは否が応でも高くなってる。教室内を見渡せばみんなウキウキ気分でソワソワしてるよ、あっジュリアちゃんだかわいー!
「あージュリアちゃん、オーランドくんと別れたりとかしないかなー」
「仮にそうなったとして君に振り向く確率はまあまあゼロだぞソウマくん」
「まず他人の破局を願うそのスタンスからして夏休み中も絶望的なのがわかってしまうなソウマくん」
「うっ……失言でしたー」
さすがにジュリアちゃんの不幸を願ったり、喜んだりするのは良くないよね、はい……反省しますー。
頭を掻いて机に突っ伏す。そんな僕を元気づけるつもりでか、ケルヴィンくんは背中を軽く叩いて明るめの声色で話題を変えてくれる。
「そう言えばソウマくん、知ってるか? 夏休みも目前にしてこの学校、特別講師を迎えたらしいぞ」
「ん……特別講師ー?」
「ああ。なんでも元は迷宮都市外の冒険者らしい。誰ぞか新米冒険者を指導しに来たんだがその新米が気に入らなかったらしく、代わりにうちの学校に赴任したんだと」
「……なんで? 話繋がってなくないケルヴィンくん?」
「意味がわからないぞケルヴィンくん」
指導する予定だった新米くんと仲違いしたからって、代わりに学校の特別講師になるなんてことないでしょ。いくらなんでもガセだよそれ、ケルヴィンくん。セルシスくんも怪訝な面持ちで話の信憑性を疑ってるし。
ガセでしょ普通に。そもそも今この時期って。訝しむ僕とセルシスくんに、ケルヴィンくんは肩をすくめてどこか、皮肉げに笑った。
「詳しいことは俺も知らないけど、知り合いの冒険者からの話だ、たしかな筋だよ……どこぞの"杭打ち"さんも噛んでるって聞いたんだけど、どうなんだろうな?」
「え……え。あ、え?」
「うん? おやおや?」
急に出てきた僕の……冒険者"杭打ち"の名前。えっ、何?
なんかしたっけ僕、別に指導者っぽい人とか学校の先生みたいな人と最近、会った覚えなんて────
「あ、もしかして」
「おう生徒諸君、ホームルーム始めるぞ」
たった一つだけ心当たりといえば心当たりと言える、そんな人に思い至った矢先。先生がやってきて僕らは話を中断して全員が席に着いた。
うちのクラスの担任は国語教師のハルワン・ナルタケ先生だ。そこそこ年嵩の男性教諭なんだけど、スラム出身な僕にも分け隔てなく接してくれる素敵な先生だ。
そんな先生だけど、今回はもう一人、女性を連れてやってきていた。教壇に立つナルタケ先生の斜め前に立つその姿に、僕のみならずクラスの生徒みんなが目を奪われる。
ヒノモトの民族衣装、和服というらしいそれに身を包みカタナを提げた、艶やかな黒髪を長く垂らして美しくも色っぽい美女。なんなら胸元がやたら開いていて、男子諸君はガッツリ目を奪われている。
あー! 女子の視線が冷たいー!
「あー、唐突な美女の登場に気持ちはわかるが盛るな男子。女子の目を気にしろ、そんなだからモテないんだぞ」
『ヴッ』
クリティカルヒット! 先生の容赦ない言葉に男子全員ダメージを受けて視線を逸らす! ああっ、僕もなんだか心が痛いよー!
初対面の時に僕もガッツリ見ちゃってたもんなー! こんなだからモテないのか、そっかー! 泣きそう。
そう、突如現れた美女を僕は知っている。ほんの少しだけだが先日、喋った仲だ。
オーランドくんハーレムパーティーと同行しつつも、彼らの僕への言動に怒ってくださった女の人だねー。こんなところで何してるんだろう? ナルタケ先生が続けて話すのを聞く。
「あー、夏休み前のこの時期になんだが剣術授業の特別講師としてお越しになった、サクラ・ジンダイ先生だ。紹介がてら今日は一日、各教室に挨拶して回る。先生、自己紹介をどうぞ」
「かたじけない──初めましてでござる、諸君。今しがたご紹介に預かった、Sランク冒険者のサクラ・ジンダイでござる。夏明けから剣術科目を担当するでござるから、よろしくでござるねー」
促されて名乗るその人、サクラ・ジンダイ先生。
実力者とは思ってたけどまさかのSランク冒険者だよ。僕はついビックリして、彼女をじっと凝視してしまった。
あっ! 目が合った!
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訪問者だよー
何がどうしてこうなったのか、うちの学校の剣術科目の特別講師なんてものになってやってきたオーランドくんゆかりのヒノモトの美女・サクラ先生。
日常で美女を拝むことができるんだからそれはとてもうれしー! ってなるんだけど、なんで……? って思いもある。
首を傾げながらもついつい、またしても胸元に視線を吸い込まれそうになってしまうのを抑えていたら、ふとした拍子に目が合ってしまった。わあ、ちょっと紫がかったきれいな瞳ー。
「────え」
「?」
と、何やらサクラ先生の様子がおかしい。僕の顔を見るなり目を見開いて、呆けたように動きを硬直させている。
もしかしたら僕が先日、オーランドくん達に絡まれていた哀れなか弱いDランク冒険者"杭打ち"だと気づいたのかな? かなり至近距離でひそひそ話したし、目元とかもじっくり見られてたから勘の良い人だと分かっちゃってもおかしくない。
「…………」
「! …………」
念のため、小さく唇に指を当ててしーっ、黙っててねとジェスチャーを示す。伝わるかどうか不安だけれど、今はこれに賭けるしかない。
一応僕が、正体バレを望んでないってのは知ってるはずだ、彼女も! っていうかこないだそれでキレてたんだから、知らなかったでござるは許さないでござるよー!
祈るような一瞬。たしかに僕とサクラ先生は目と目で意思疎通を果たした……ように思う。
少しの硬直を訝しんだか、ナルタケ先生が先生に尋ねた。
「ジンダイ先生? どうされました?」
「えっ……あ、いえ。なんでもないでござるよー。いやー、拙者もなかなか天運に恵まれてるでござるとつい、悦に浸ったでござるー」
「は、はあ……天運?」
「ござるー」
よっしゃ勝ったー! 僕の正体は守られた、サクラ先生は空気の読めるタイプの美女だった! わーい!
内心大はしゃぎの僕。これで近くに誰もいなかったら喜びの杭打ちダンスを披露してたよー。
いや~よかったー。本当に助かった、僕の学生生活はこれで安泰だよー。
限りない感謝をサクラ先生に捧ぐ。美人な上に僕のことを助けてくれるとか女神じゃん、告白するしかないよこんなのー。
「おーし紹介も終わったしホームルーム始めるぞー。えーと、まずもうあと一週間で夏休みだが────」
挨拶の終わったサクラ先生は脇に控えて、ナルタケ先生によるいつも通りのホームルームが始まる。
でも僕はすっかり胸が高鳴っちゃって、先生をチラチラ見てばかりでぜーんぜん、ホームルームの内容なんて耳に入らないのでしたー。
そして放課後、いつもの文芸部の部室。
僕とケルヴィンくんとセルシスくんは今日も今日とて放課後1時間くらい、ダラダラお菓子でもつまみながら雑談するという堕落しきった部活動を行っていた。
「それで? ソウマくんは一体いつの間にあんな、ヒノモト美人とお知り合いになってたのかな?」
「ジンダイ先生、ホームルーム中ずっと君を見てたぞ? いやあ羨ましいよ親友にもついに春がきたのかーはははー」
「棒読みやめてー? 心にもないこと言うにしても、せめて感情は込めてー?」
僕ら3人だけの部室内。今回の話題はといえばもちろん、サクラ先生と僕の関係についてだ。悪友二人の楽しそうというか、玩具にしてやろうって感じの爽やかな笑みが実に友情を感じさせるね。
いやー、でもなんか優越感だなー。ミステリアスでエキゾチックな美女とお知り合いの僕! かーっ、いやもう照れちゃうねっへへへー。
まあ実際のところは知り合いと言うにも当たらない、本当にいくつか会話しただけの相手だけどね? これで根も葉もないデタラメを並び立てたら、たぶん当のサクラ先生ご本人様にカタナでぶった斬られちゃいそうだ。
というわけで満更でもない素振りもほどほどにして、僕は二人に事情を説明した。数日前にばったり出くわしちゃったオーランドくんハーレムパーティーとのいざこざの中で、庇ってもらっただけの関係なのですよー、と。
「かくかくしかじかあれこれどれそれ──ってわけでね? 残念ながらなんていうか、そんなに大した関係でもないんだよねー、実はさ」
「だろうとは思ってた。本当にただならぬ仲だったら君、朝一にドヤ顔して自慢しに来てたはずだしね」
「そうだな。そして勝手に思い込んで告るね! とか言って放課後突撃した挙げ句、オーランドとのキスシーンを目撃してしまい泣きながら帰ってくるまでがお約束だ」
「どんなお約束!? ジュリアちゃんの話はやめてよー!!」
ああああ未だ傷心癒えぬ僕の心に塩を塗りたくって友人達が、悪魔の笑みを浮かべているうううう!
ジュリアちゃん相手に失恋した日の前日、彼女とたまたま帰り道が一緒になって談笑しながら帰ったことで浮かれきった僕の黒歴史を、これでもかと擦ってくるとはなんて友人達だ!
今になって冷静に振り返ると自分でも、高々一緒に帰ったくらいであのレベルの突っ走り方はないなーって思っちゃってるから余計にダメージだよー!
「ああああ穴があったら入りたいいいいい」
「ほぼ毎日入ってるじゃないかソウマくん」
「町の外の至る所に空いてるぞソウマくん」
「ああああそうだよ入ってるんだった僕うううう」
そうだったー! 恥を忍ぶにはうってつけだよね、この町。
とまあこんな感じのいつものやり取りを、お菓子を頬張り紅茶を飲みつつ楽しんでいたその時だ。
唐突に部室のドアがノックされ、僕らはそちらを振り向いた。
「こんちは~でござるー。杭打ち殿いらっしゃるかなーでごーざーるー」
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改めて自己紹介だよー
しん……と静まり返る部室、というか僕ら。ドアの向こう側から唐突に冒険者としての僕を名指しで呼ぶ声は、ござるって語尾から考えても間違いなく噂のサクラ・ジンダイ先生だった。
なんなの急に、しかも廊下を構わず杭打ちなんて呼んでくれちゃって。誰かに聞かれてたら事だよ? 迷わずケルヴィンくんあたりをスケープゴートにしようとは思うけどもさ。
「…………え、と」
「入ってもいいでござるかー? くーいうーちくーん、あーそびーましょーでごーざーるー」
「えぇ……?」
なんかちょっと怖いよー。執拗に杭打ちの名を呼ぶのは、僕の名前を知らないのを差し引いてもねちっこさを若干感じちゃう。
僕はおずおずとドアまで赴いて、恐る恐る開く。一応、サクラ先生が何をしてきても対応できるように臨戦態勢は整えておく……この手の高ランク冒険者って割とお遊びで仕掛けてくる人が多いから、念のためね。
後ろでいろいろ察した悪友二人が部屋の隅っこに避難してるのは、さすがの危機察知能力だと思う。
乾いた音を立ててスライドするドア。開けた先にはやはりサクラ先生がいて、こちらを見て輝かしい笑顔を浮かべて瞳を爛々とさせている。
とりあえずカタナに手は伸びてないからそこは良かった、ホント良かったー。
「おいーっすでござる。杭打ち殿、さすがでござるなーこんなところでも不意打ちを警戒するとは」
「…………どうも。とりあえず杭打ちはやめてもらっていいですか? 隠してますから、学校では」
にこやかに僕の臨戦態勢を看破して、あまつさえ褒めてくるこの人はさすがSランク冒険者らしいだけのことはある。
高ランク冒険者ってみんな大体、常在戦場当たり前の哀しい生き物だったりするからねー。
あ、もちろん僕はそんなことはない。だってそもそもDランクですから。大体そんな堅苦しいこと、したって楽しくないしね。
日常生活すらまともにリラックスできなさそうなサクラ先生に生温い目を向けつつ、僕はさしあたり"杭打ち"呼びは勘弁して〜と頼んでみる。
わざとやってるのかな? と一瞬疑いはしたんだけれど思いの外、素直に先生は苦笑いして謝意を示してきた。
「なんなら冒険者界隈でも割と秘匿してるみたいでござるね……困らせるつもりもなかったでござるが、なんせ名前を知らないもので。申しわけないでござる」
「……僕の本名はソウマ・グンダリと言いますから、できればそちらのほうでお願いします」
まあ、本名知らないなら杭打ちと呼ぶしかないよね。そこは名乗らなかった僕のほうにも落ち度はある。名乗るタイミングとか意味とか、あの時点ではほぼなかったけども。
ともあれこうして特別講師として、うちの学校に来るようになった以上は僕だって名前を教えることを躊躇うことはない。
いつから名乗り始めたのかも定かじゃないけど、少なくとも物心付いた時にはソウマ・グンダリという名前でやらせてもらっていました。どーぞよろしく。
「ソウマ・グンダリ……ではソウマ殿と。ヒノモト的な語感でござるが、もしや同郷にござるかね?」
「……どう、ですかね? 言われてみれば、どことなくヒノモトっぽいかもしれませんけど」
思わぬ指摘。僕の名前がヒノモト的とは、その視点はなかった。
たしかにサクラ・ジンダイというサンプル的ヒノモトネーミングと比して、ソウマ・グンダリってのはどことなく似通う響きを感じなくもないねー。
たしかヒノモトだとファミリーネームが先にくるって聞いたことがあるから、サクラ先生は本来はジンダイ・サクラなんだろうし、照らし合わせると僕だってグンダリ・ソウマということになる。
わお、たしかにヒノモト的だあ。
なんかちょっとした感動を覚えつつも、僕はサクラ先生に答えた。
「詳しいことはなんとも……物心ついた時には一人でしたから、親の顔も名前も知りませんし。まあとりあえず部屋に入ってください、詳しい話はそこでしましょうよ先生」
「む……またしても失言でござった。すまぬでござる、まこと申しわけない。あー、失礼するでござる。あと先生でなくサクラでいいでござるよー」
自分のルーツとか、親すら知らんのに分かるわけないんだよー。
という旨を述べたところ、サクラ先生もといサクラさんは気にしてしまったみたいだ。しきりに謝り、気まずそうに頭を下げている。
真面目な上に気にしがちな人だなー。僕は全然気にしてないし、むしろサクラさんほどの美人さんをそんなに落ち込ませてしまったことに逆に落ち込んじゃうよ。
彼女を椅子に座らせ、落ち着かせる。空気を察知していたのか悪友二人がすぐさま、彼女の前にお菓子と紅茶を運んできてくれた。さすがケルヴィンくんとセルシスくんだ、気の遣い方が天才的だね。
「まあまあ落ち着いてこちらをどーぞ」
「かたじけない……いかんでござるね拙者も、気をつけてもどうにもデリカシーがない言動になってしまって」
「気にしてませんし構いませんよ、そんなの……それでそのー、一体僕になんの御用で?」
紅茶を勧めつつ気にしてないことを告げると、サクラさんはそれでも恥じ入るように笑う。うーん、もっとこう、天真爛漫な笑顔が見たいよー。
あまりこの辺の話を長引かせるのもまずそうだと、あえて僕は話題を変えようと試みた。そもそもなんで僕を訪ねて来たのか聞いてみたのだ。
「…………あっ。そうだそうだ、それでござった! いやー、拙者それなりに積もる話がござるでごさってなー!」
反応は劇的で、何やら山程話したいことがあるらしいのを身振り手振りでわちゃわちゃ伝えてくる。
ほんと、感情表現豊かだなー。僕よりそれなりに歳上だろうにそれでも学生同然に見える、かわいらしい仕草だった。
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謝罪を受けるよー
なんか僕に用があるらしいサクラさん。とりあえず臨戦態勢も終わったことだしケルヴィンくんとセルシスくんも元の位置に戻って、いつもの3人で僕らは彼女の話を聞くことにした。
彼らは悪友にして僕の正体を知る、レアな人達だからね。僕には思いつかないアドバイスをくれたりするから、ちょくちょく冒険者としての相談事とかもしてたりしている。だから今回もちょっと、お知恵を拝借しましょうかねー。
「まずはソウマ殿。先日は拙者が同行していたガキんちょどもが行った失礼な言動の数々、改めて謝罪させてほしいでござる。大変申しわけなかったでござる、謹んでお詫び申し上げまする」
開口一番そう言って、深々頭を下げるサクラさん。こないだ僕があれこれ絡まれたこと、彼女はあんまり関係ないのにやたら気にしてるみたいだ。
律儀だなー。別に冒険者だもの、あのくらいの煽りは気にしてられないのに。
冒険者って戦闘職だから当然のごとく物騒だし、はっきり言って喧嘩が起きやすい治安の悪い側面もたしかにある。まして僕なんて治安の終わってるスラム出身だもの、オーランドくんやリンダ先輩にされた以上の絡まれ方をしたことだってそれなりにある。
全部返り討ちにしたけどね。だからその辺の界隈の事情もあり、済んだことを一々気にする感じでもないんだよねー、僕個人としては。
「い、いえいえ。その、僕は気にしてませんし。もう済んだことですしー」
「それでは拙者の気が収まらぬでござるよ。本来であればガキどもをここに連れてきて謝罪させるのが真に筋と言えるのでござるがあのアホども、反省はしたようでござるが謝罪は頑としてしようとせず」
「プライド高いだろうしなあ、オーランドのやつ」
呆れ返ってケルヴィンくんが皮肉るけど、まあだろうなって僕も思う。
オーランドくんは典型的な俺様タイプのイケメンさんなので、自分に非があったとして頭を下げるってのはなかなかしづらいんだろう。
人としてはどうなのって感じだけど男としては自信満々な様子が評判いいらしく、そこも女の子にモテる要因になってる気がしている。俺様系かー、僕も僕様系になれるかなー?
無理かー。内心ガックリ来る僕をよそにセルシスくんが、ため息混じりに巨体を揺らして呻く。
「反省したってのも心底からかどうか、怪しいところですね……本当に反省したなら率先して謝りに来るくらいはしてもいいと思うのですが」
「オーランドのほうはまだ、それなりに悪いことを言った自覚はあったみたいでござるね。ただ、あの女……リンダのほうが、スラム出身冒険者への隔意が強いようで。なんか不貞腐れながら反省してあげますとかなんとか、若干ヤケクソな態度でほざいてたでござる」
「マジかー、リンダ先輩ー……」
割と本気でスラム出身の杭打ちを毛嫌いしていたらしい、かつで好きだった先輩の様子にうっかり目が潤む。ううっ、悲しいよー。
あっ、ちなみにリンダ先輩は僕の3度目の初恋の人だ。学内でたまたま見かけて、その凛とした雰囲気の美人さに一目惚れしたのだ。
まあその直後にオーランドくんと腕を組み、ラブラブしながら下校するところを見てしまい見事に玉砕したんだけどね!
ああああ脳が崩壊するうううう!
「ううう……」
「……その、本当に申しわけないでござる。オーランドの親に"息子とその仲間達を鍛えてやってくれ"と頼まれてこの都市に来たのでござるが、その連中がよもやあのようなゲスどもだったなどとは露とも思わず。結果的に加担したのは拙者とて同じ、何卒お許しいただきたい」
「い、いえー。そこは全然気にしてませんしー……」
なんならそんなのどーでもいいよー。うう、リンダ先輩ー……
ガチめに凹む僕に、サクラさんもちょっとタジタジみたいで所在なさげに視線をあちこち動かしている。美人が戸惑う姿ってなんか、いいなー。
と、そんな僕らを見かねてかケルヴィンくんとセルシスくんが、口を揃えて言ってきた。
「その辺にしときなよソウマくん、いつまでも失恋を引きずってちゃ駄目だぜ」
「すみませんねサクラ先生、こいつリンダ先輩に惚れてた時期があったんですよ。まあ惚れた瞬間爆死したわけですが」
「爆死って言うなよー!」
せめて恋敗れたとかそーいう、ロマンチックな物言いにしてよー!
サクラさんにバッチリかつての麗しい恋の遍歴を一部知られてしまったわけだけど、それはそれとして今はサクラさんにも初恋してるから誤解しないでほしいよね。
11回目の初恋、しかもなんだかんだリンダ先輩が導いてくれたところはあるからこれはきっと運命ってやつだと思う。
まあその運命さん今、すっごい気の毒そうな顔して僕を見てきてるんだけどねー。
「そうでござったか……それはまた、御愁傷様でござる。いやでもむしろ良かったでござろ、あんなのと万一男女の仲になっていたとしても、ソウマ殿の正体を知ればその時点でご破算でござろうし」
「うっ……た、たしかにー」
「世の中、あんなのより素敵な女は山ほどいるでござる。元気出すでござるよ、ソウマ殿ー」
ああああめっちゃ励ましてくれるうううう! これ絶対脈あるってこれええええ!
思いの外感触が良くて僕の胸がときめく。こ、これはまさに僕の夏休みが今、幕を開けるのではなかろうか!!
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僕のこと知られてるよー?
ヒノモト美女のサクラさんが、しきりに僕を気にしてくれてるよー!
これは一言で言えば恋の予感ではないでしょうか!?
「はいはい落ち着けソウマくん、今感じてるそれはいつもの早とちりだから」
「爆死するにしてもせめて段階を踏むことを覚えようなソウマくん。毎度同じ流れで爆死してるぞソウマくん」
「むぐぐぐー!?」
ときめく胸キュン体験に紛れもなくこれは運命だよー! といきり立とうとしたところ、即座にケルヴィンくんとセルシスくんに取り押さえられてしまった。
そして二人がかりで窘めてくるのを、ぐうの音も出ないと過去10回の失恋経験から悟り冷静さを取り戻す。いけないいけない、また同じ過ちを繰り返すところだったよー。
騒ぐ僕達3人に対して、サクラさんは目を丸くしてキョトンとしている。かわいい!
そしておずおずと、困惑も露わに僕達に対して、愛想笑いを浮かべて話しかけてくる。
「…………えーと? でござる。急に戯れだして、仲が良さそうで何よりでござるなー」
「いえいえお気になさらず。ソウマくんのいつものやつが発動しただけですから」
「ソウマくんは恋に恋するお年頃みたいなんですよ。だからすぐに女の子に惚れては突撃して返り討ちに遭うんです」
「ああああまさかの暴露おおおお!?」
言いやがったー!? 悪友達が僕の秘密を暴露したよー!?
恋に恋するお年頃だなんてそんな、ロマンチックな物言いをされたけどちゃんと人を見て恋してますから! その上でときめきのままに突っ込もうとして概ねオーランドくんに掻っ攫われているだけですから!
ていうか唐突にこんな話を聞かされてサクラさん、僕にドン引きしてないかなー!? これで恋が破れたらただじゃおかないぞ二人とも、具体的には最高級ステーキ10枚くらい奢ってもらうからなー!
がうがう吠える僕に、友人達はなんとも腹の立つ透き通ったいい笑顔を浮かべて言ってくる。
「さすがに冒険者として知り合いの人には言っといたほうがいいだろ、杭打ちくん? 君の失恋癖は何も知らない人からするとドン引きものなんだぞ」
「どうせ今後も美人と見るや、何回目だかの初恋だよーとか騒ぐ奇行に及ぶんだから早い段階でカミングアウトしときなよ杭打ちくん。今ならまだ傷は浅くて済むぞ」
「失恋癖ってなんだよー!? せめて初恋癖って言ってよー!」
失恋を前提にして話するのやめろー! 僕の初恋が成就することはないって言いたいのかー!!
謂れなき誹謗中傷には断固として抗議するよー!
うがーうがーと喚く僕と、はいはいと肩や背中をぱしぱし叩く悪友二人。そして夕焼けに染まる部室内、しばらくそうやって騒いだ後に静けさが少しばかり漂う。
沈黙の中サクラさんが、不意に声を上げて笑い出した。
「くっ……くくくっ、あはははははは!」
「えぇ……?」
「なるほどなるほど、初恋癖でござるかー! 聞いてた話を総合すると、なるほど! 杭打ち殿は恋をしたいのでござるねー。そっかそっかでござるー」
なんかすごいウケた。馬鹿にしてるとかって感じでもなく、純粋に楽しそうに嬉しそうに笑っている感じだ。
急に何……? っていうか聞いてた話? 何それ。誰かに僕について聞いてたのかな? 町の冒険者とか?
疑問符の並ぶ状況。一頻り笑ってから、サクラさんは涙すら滲んだ目を拭いつつ、ひどく優しい目で僕を見た。
「えーと、サクラさん?」
「この町に来るのを決めたのは、オーランドの両親であるグレイタス夫妻に頼まれたというのもあるでござるが……個人的に杭打ち殿、貴殿の話をいろいろ聞かせてもらっていたからというのもあるんでござるよ」
「僕の話……」
「そう──たとえば貴殿がかつてパーティーに所属していた頃について、とかでござるなー」
目を細めて微笑みかけてくるサクラ先生。あっ、胸がまたドキドキしちゃうー。
っていうか僕の話ってそういうアレかー。グレイタス夫妻とも一時期一緒のパーティーだったし、当時の僕のことをどうやらこの人、いろいろ知ってるみたいだね。
でもぶっちゃけ、だからどしたの感はある。だって結局僕ってば、最終的にそのパーティーには最初から存在してなかったってこととして処理されたし。
代わりにたんまりお金は貰ったからその辺について文句も特にないんだけど……見ればサクラさんはどこか、怖い声音で続けて話す。
「……貴殿ほどの神童を、下らぬ理由で存在ごとなかったことにして隠蔽した連合王国を拙者は許さぬ」
「えっ……」
「冒険者"杭打ち"に本来与えられるべきであった栄光と未来が踏み躙られたこと、貴殿は納得ずくなのであろうが拙者はじめ、事情を知る冒険者達はみな断じて納得しておらぬのでござるよ。知らなかったでござろうが」
「は、はあ」
全然これっぽっちも知らないよ、そんなこと。
僕のことで僕の知らないところで何やらカッカしてる人達がいるなんて、予想もしてないことだよー?
そもそも僕に本来、与えられるべきだったものなんて金以外にないよ。あのパーティーに所属してたのも金払いが良かったってだけの話でしかないのに。
双方納得ずくの話でも許されないとか、エウリデ連合王国くんたら普段の行いが悪いねー。いやまあ、トータルで見たら僕もこの国のお偉いさんは嫌いだし気持ちは分かるけどー。
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拗らせてないよー!
「オーランド達の指導は結果として破談になったとはいえ、リンダの親父殿に頼まれる形で町に留まり総合学園の剣術指導役に着いたわけでござるが……こうしてソウマ殿と知り合えたわけだから結果オーライでござるねー。いやはや、よもやこんなに早く杭打ちの正体に辿り着けるとは」
そう言ってサクラさんは朗らかに笑った。
僕の来歴について、少なくとも過去にとあるパーティーに所属していた頃のことを誰かから聞いているらしい彼女。
だから初対面の時点から相当友好的だったのかと納得する気持ちはあるけど、そもそも何をそんなに入れ込んでるのかという疑問が先立って素直に喜んだりはできないよねー。
なんか連合王国を許さないとか物騒なこと言ってるし。僕みたいな低ランクがそれを言ったところでただの愚痴か文句だけど、Sランク冒険者様がそんなことを言ったらまずいよ。最悪国からの追手が飛ぶ。
ましてやここにはお貴族様の息子さんがいるんだからさあ。身分違いなんて気にせず接してくれる心優しい彼でもこれにはちょっと、ってなるだろうし。
そう思って恐る恐るセルシスくんを見ると……なんかウンウン頷いてるー!
サクラさんの危険な発言に、よりによって貴族のお坊っちゃまが賛意を示していた!
「俺も貴族ではありますから、ソウマくんの過去についてはある程度知っています。国政に携わる家の者の一員として、恥ずかしく思いますね……冒険者の活動によって経済的な基盤を大きく支えられているというのに、その冒険者の中でも飛び抜けて有望な若者を一人、下らない見栄と面子で潰すなど」
「む、貴族の子息でござったか」
「まあ、一応ながら。ソウマくんとは身分など関係なく友誼を結んでおりますから、なおのこと友として過去、この国が行ったことについては忸怩たる思いがありますよ」
大人びた笑みを浮かべるセルシスくんを、ケルヴィンくんと二人で唖然とした顔で眺める。誰この太っちょ、まるでお貴族様じゃん。いやまあ、お貴族様なんだけど。
ていうか僕の昔についてそんなこと思ってたんだねー。ケルヴィンくんともども、僕の正体を明かすタイミングであれこれ話した覚えはあるけど、その時にはそっか大変だったなー位のものだったのに。
なんか恥ずかしく思うとか言い出してるよー。
そして何よりだけど、友達って言い切ってくれるのは嬉しいよねやっぱり。
僕はスラム出身だし孤児だし、それ以前にいろいろ珍妙な生まれだから友達なんて全然いなかったんだ。孤児院にも結局2年くらいしかいなかったし、前いたパーティーは年上ばかりだったしね。
だからセルシスくんとケルヴィンくんが事実上、僕にとって生まれて初めてできた友人ってことになる、と勝手に思っていたんだ。それを、向こうも認めてくれたことがとても嬉しい。
「セルシスくん……」
「ソウマくん、今ばかりは貴族として言わせてもらうが君はもっと評価されていい。あのパーティーに所属していたメンバーは君以外、みんな生きた伝説扱いされているんだぞ」
「いやー、まあ。そこは、別にー」
「女にもモテるぞ?」
「んー……んー」
名誉とか栄光はともかくモテると聞くと一瞬なびいちゃうなー。いやでも、それは僕の求めるものじゃないからとなんとか耐える。
モテたいのは人間ソウマ・グンダリであって冒険者"杭打ち"ではないんだよね。杭打ちだからモテるよってなると、じゃあ杭打ちじゃない僕にはなんの値打ちもないのか? って話になっちゃうし。
僕の主体は杭じゃなくてソウマ・グンダリなんだよなあー。
「杭打ちじゃないところを見てくれる人にこそ、モテたいんだよねー」
「相変わらず拗らせてるなあソウマくん」
「拗らせすぎだろソウマくん」
「拗らせまくってるでござるなーソウマ殿」
「サクラさん!?」
まさかの大人まで! 僕は拗らせてませんー!
真実の愛を求める求道者になんて言い草だろう、泣いちゃうぞー? 猛然と抗議する僕に、けれどサクラさんは笑って言うのだった。
「まあ、伝え聞いている話から考えればなんとなく、ソウマ殿の想いも分かるでござるよ……とはいえ先達として言わせてもらえば、杭打ちとて貴殿の一部に過ぎぬでござる」
「一部……?」
「杭打ちあってこそのソウマ殿ではない、ソウマ殿あっての杭打ちなのでござるよ。貴殿がそう思えない理由ももちろん理解するでござるが……もう少し、己を肯定的に捉えても良いのではないかと拙者は思うでござるよ」
「は、はあ」
なんかサクラさん、マジで詳しいところまで話を聞いてるんだなー。グレイタス夫妻からだけじゃないでしょ、しかも。
明らかにあの人達から聞いた話だけでは僕について、そういう解釈はできないし。パーティーの中核メンバー……僕を除いた七人の冒険者の何人かとも話をしてそうだ。
「なんでしたっけ、あの死ぬほどダサい名前……れ、レジェー、レジェジェ?」
「…………"レジェンダリーセブン"でござるなー。今や知らぬ者のいない英雄、伝説のパーティーの中核を担った冒険者七人衆。その総称をしてダサいなど、さすが杭打ち殿は言うことが違うでござる」
「あ、それだ。あの人らの誰かとも話をしてたりしますよね、サクラさん」
「いかにも。具体的に誰かについてはソウマ殿には話すなと、口止めされてるので言えぬでござるが」
レジェンダリーセブンって。いやダサいよ、心底ダサい。
かつてパーティー内でも特に仲良しだったあの人達がまとめてそんな呼ばれ方してるのがなんとも笑えて、僕はつい口元をニヤニヤさせてしまうのだった。
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大チャンス?だよー!
結局サクラさんは今回、先日の件の謝罪と僕への挨拶をしに、わざわざ部室にまで来てくださったみたいだった。
まだ他にも話したいことはあるでござるけどー、と言いながらも立ち上がる彼女を、僕はキョトンと見上げた。
「急に乗り込んできてあれこれ矢継ぎ早に話すのも不躾でござろ? また後日、こちらの部室か冒険者ギルドでお見かけしたときには他のことについても話すでござるよ」
「あ、はい。分かりました」
「ちなみに拙者はここの学校の生徒会の副顧問でもあるゆえ、そちらから会いに来てくださるならいつでも生徒会室を訪ねてくれるといいでござるよー」
「あ、いえ。それは止めときますー」
生徒会室って生徒会長いるじゃん……僕の一度目の初恋の人じゃん……
入学式で見た姿に即一目惚れした僕を、即オーランドくんと目の前で楽しげに話し始めたことで即失恋させるに至った何もかもが即時即殺なスピードスター生徒会長。
割とマジで過去一の美女だったけど、だからこそ僕なんかが懸想するなんてそもそもおこがましい相手だったのだ。
ちなみに生徒会長については、僕の他にも似たような感じで即一目惚れして即失恋した男子学生がわんさかいて今ではモテないくんグループとしてたまに慰労会をする仲だ。
僕と同学年である以上、必然的にオーランドくんの被害者という仲間意識を持つ他ないからね!
脳味噌を粉砕された仲間として強い絆で結ばれた集まりなものの、そもそもそんなことで集うなよって感じもみんな自覚しているため集まる頻度はそこまで高くはない。
集まったところで辛気くさい話しかできないからねー……あっ涙出そう。
「急に目を潤ませてどうしたでござるか……え、拙者と離れるの嫌でござるの? ちょっと惚れっぽすぎやせぬでござる?」
「あ、いえこれはちがくて、でもサクラさん美人だしお付き合いしたい気持ちはあります!!」
「いや拙者特別講師でござるし。生徒とそういうのはちょっと……」
「ああああモラルの壁ええええ」
ぐうの音も出ない! 人間はそういうの大事にするんだよねー、もう!
はいはい11度目の失恋ですー! あー! あー! なんか叫びたいなー! あー!
「ほれ見たことかソウマくん! 言わんこっちゃない!」
「3日ぶり11回目、これはひどい……」
「ううううううううー! うえええええええー!!」
ケルヴィンくんとセルシスくんが庇うようにひしと抱き着いてくるけどなんにも嬉しくないー!
そして3日ぶりって言うなよジュリアちゃんのこと思い出して余計ダメージくらうだろー! うあー!!
机に突っ伏して泣く僕と、僕を庇ってくれるけど夏だし密着するのは暑苦しいからやめてほしいケルヴィンくんとセルシスくん。
馬鹿三人組としか言いようのない我ながら酷いものを披露してしまってるけど、サクラ先生は呆れたため息を吐きながらけれど、優しい声色でそんな僕らに声をかけてくれた。
「別に嫌いとは言ってないでござるよ、ソウマ殿」
「うえ……?」
「さっき言ったでごさるが拙者は講師でござるから、生徒とそういうのは無理でござる。ただ、今回についてはそういう理由なだけでソウマ殿個人についてはむしろ好感が持てると思ってるでござるよー」
「……うええ!?」
ま、まさかのお言葉! そそそそれってつまり、立場的に駄目なだけでそれがなければ行けるってことー!?
バッと身を起こしてサクラさんを見る。絶望から希望、あまりの移り変わりの速さに見るからに苦笑を浮かべている彼女は、不意に僕の頭に掌を載せてきた。
小さい、けれど温かくて柔らかい掌。
「ソウマ殿について、いろいろな人から話を聞いてある程度、どういう状況にあるのか知っている拙者だからこそ言わせてもらうでござるが……お主はもっとたくさん、恋をするべきでござるよ」
「え、えぇ……?」
「実るにせよ実らぬにせよ、あるいは別の形に落ち着くにせよ。その経験がきっとソウマ殿を豊かにしてくれるでござる」
僕のことを……ソウマ・グンダリという一個人を見て言ってくれているのが伝わってくる、とても優しい眼差し。
オーランドくんやリンダ先輩にキレていたのと同じ目なのこれ? ってくらい柔らかな慈愛を湛えた瞳が、僕をまっすぐに捉える。
恋をしなさい、実るかどうかはさておいて。
そう告げる彼女はそして、いたずらげに笑って言うのだった。
「拙者は……そうさなあ。ソウマ殿がたくさんの経験を得て、たくさん素敵な思い出を得て。そうして素敵な学園生活を過ごしていくのを見守りたいでござるねー。お主の歩む、かけがえのないこの3年という青春を、でござるなー」
「え。って、てことはもし、素敵な学園生活ってのを過ごした上で僕が好きって言ったら……」
「ん……その時はしっかり受け止めて、考えさせてもらうでござるよ。生徒としてでなく、一人の人間として」
「…………!!」
ふぉおおおおっ!! これっ、これは好感触なんじゃないかでござるよー!?
まさかの条件達成までチャンス据え置き! これはまたとないアピールチャンスではないでしょうか!?
「ケルヴィンくん! セルシスくん! 青春を楽しめたら僕にも春が!!」
「ハハハ、良かったなソウマくん。これほどの美人がそうなるまでにフリーでいるとも思わないけどな」
「ははは、なんなら今この時点でも実はちゃんとパートナーの人がいて君をあしらってるだけの可能性だって大いにあるぞソウマくん」
「ああああどーしてそういうこと言うのおおおお!?」
あしらわれているだけなんてそんなことは分かってるよー! ちょっとくらい夢見せろよー!!
どこまでも現実を突き付けてくる悪友二人に、僕はやはりうがー! と叫ぶのだった!
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秘密基地だよー
大チャンス、あるかもしれない! という大いなる希望を授けてくれたサクラさんはあれからすぐに部室を出て行って、僕らもまあそろそろ帰ろっかーということで帰路に着くことにした。
ケルヴィンくんとセルシスくんはともかく、僕は家に帰った後はお仕事の時間だ。冒険者でもあるからね、平日でも夕方から夜にかけて冒険したりもするのだ。
ちなみに平日は大体3日ほど使って、1日目はギルドで依頼を受けて終わり、2日目で現地に直行して依頼を遂行して家に直帰し、3日目にギルドに向かい報告して終わり、というパターンになりがちだ。
報告後に続けて依頼を受ける形で、連続して依頼を受けることはしない。それをすると本気で僕の余暇がなくなるからね、僕だって学生生活の暇な部分は満喫したいし。
週に2日ある休日のうち、1日は丸々冒険者として活動することも含めて考えると僕は概ね一週間のうち4日、冒険者として活動する日があって残り3日を学生として遊ぶ日を設けていることになる。
すごくバランスが取れている感じがして今のところ大満足だ。入学前は休み無しで冒険者やってたからね、余暇があるって素晴らしいよー!
「ただいまー!」
街の中心部近くにある学校から1時間ほど歩くと辿り着ける住宅区。その中でも端っこのほうに僕の家はある。
豪勢なことに一軒家で、お風呂とお庭付きというリッチさ! もちろん元から僕の家ってわけでなくあくまで借家だけどね。
僕の杭打機を拵えてくれた教授さんに、学生生活を始めるにあたって貸していただけたのだ。いくらなんでもスラムから通うのはやめといたほうがいいって、めちゃくちゃ心配してくれていた。ありがたいねー。
さておき玄関の鍵を開けてそのまま中へ。リビングを通らず自室に行ってすぐ荷物を下ろし、学生服を脱いで上下黒の服に着替える。
そして洗濯した上で室内干ししていた僕の、冒険者"杭打ち"としてのマントと帽子を手に取り身に纏えばー……はい完成! これで僕は今から杭打ちです。わーい。
「…………行くかぁ」
服装によってテンション変わることってあると思うんだけど、まさに僕の場合はこのマントと帽子がそうだ。これらを身に着けることで精神的な切り替わりが起きて、学生から冒険者に気持ちがスッパリ変わるんだよね。
具体的には口数が減る。すっごい減る。僕の正体を知っている人相手には変わらないんだけど、知らない人が近くにいると途端に無口になっちゃう。
こうなったのもひとえに、正体がバレないようにって強く思っていたら自然とそうなっていた感じかなー。
そうでなくとも昔の僕は、そもそも感情もなければ言葉の概念もなかったし、何より何かを話す誰かがどこにもいなかった。だからもしかしたらその頃の名残だったりするかもしれないねー。
さて、そんなことはさておいて僕はお庭に出た。
そこまで広いわけじゃないけど、夕暮れを呑気に涼むにはちょうどいい塩梅のサイズのそこには、鍵のかかった床扉が一枚、設置してある。
解錠して開けると、人間一人が楽に入り込めるサイズで結構、っていうかめちゃくちゃ深い穴が空いていたりする。
これは僕が空けたもので、潜ると僕専用の秘密基地と、そこから地下を通って旧くに使われていた地下道に出ることができる。さらにその道を進めばスラム街にある、使用されなくなった井戸の底に辿り着けるのだ。
要するに杭打ちの姿をして家を出入りすると確実にバレるから、誰にも気取られないように外部に出ようと思って作ってみた隠しルートなわけだねー。
このルートの実用性は結構ガチで、秘密基地なんて家のリビングにも負けないくらい住心地がいいほどだ。
さらに元からあった地下道を経由するため、未だ試したことはないけどスラム以外のいろんな場所にも行けちゃうんじゃないかなー。
とまあこんな感じで、冒険者"杭打ち"の拠点として素晴らしい場所なのだ。
「よいしょー」
というわけで早速行きましょうかねー。僕は底知れない深さの穴へと入る。
入口付近にのみ短い梯子が取り付けてあるのでそれを頼りに中に入り、扉を閉めて鍵を閉める。万一誰か、敷地内に入ってきた人が間違って落ちちゃったら死ぬからね、怖い怖いー。
しっかり施錠できたのを確認したらさあ出陣だ、僕は手を離し、重力に任せはるか穴の底にまで落ちていく。
体感何秒くらいかな? まあ大した長さじゃないけど、それだけの時間をかけて下りた地下の底へと僕は無事に着地する。
常人なら死ぬ高さだけれど、一応迷宮攻略法の中でも身体強化と重力制御に関する技術を体得している冒険者だったら全然余裕なはずだ。
まあ、その辺の技術は攻略法の中でも相当難度の高い技術だし、身につけるだけで一苦労だろうけどねー。
「…………ヨシ」
下りた先、真っ暗闇な部屋が広がる。ここでも迷宮攻略法の一つ、暗視に関する技術を身に着けとかないと光源を用意しなきゃいけなくなるから大変なのだ。
当然体得してるからその辺はクリアしている僕は、問題なく室内を見回す。ソファベッド、保存食、へそくり、なんとなく気に入って買ったのはいいものの後からイマイチかもってなって地下送りにしたインテリア。
そして……僕の相棒・杭打ちくん3号。
家並みに重い鉄の塊をまさか家の中やらお庭にやら置いておくわけにもいかないので、大体いつもここに保管してあるのだ。
うん……いつもの秘密基地だ。
異変がないことを確認して、僕は満足して頷いた。
しばらく12時にも更新しますー
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トラブルだよー?
地下に拵えた僕だけの秘密基地。そこに安置していた杭打ちくん3号を軽々と手に取って背負い、僕は早速地下道に出ることにした。
基地には地上と行き来するための穴が一つと、地下道へ向かうための通路が一つきりある。どちらも僕が自力で作り上げた空間で、それぞれ創り上げるのに丸々一日がかりの、大変な作業だったのを思い出す。
なんなら秘密基地に至っては広々した地下空間を形成するまでに一週間は費やしたからねー。例の教授とか知り合いっていうか、前いたパーティーの人も何人か駆り出しての、ほとんど工事みたいな様相だったよー。
その結果近くにある地下道と直結する形に収まったことについてはみんな大喜びで、ぜひ探検させろと言ってくる始末だ。
一応僕が内部の安全をある程度確保してからにしようって言ったことで、ひとまず落ち着いてはいるものの……早晩サクッと一通り調査しないと、我先にとここから愉快な人達が迷宮都市の地下道に侵入することになるんだろうなー。
「さて……」
言いながら部屋を出て地下道へ。僕が大雑把に掘った道を歩くと数分して辿り着けるそこは、ひどく暗くてジメッとしていて、何より廃れている広い空間だ。
虫だの蝙蝠だの鼠だのがわんさといるけど、迷宮攻略法の一つである威嚇を使って軒並み退避させると平穏な光景だ。水路だったと思しき中央のへこみに左右の歩道が、延々と続きつつ要所で枝分かれを繰り返している。
まあ見ての通りでおそらく、旧下水道とかそんな感じの空間なんだろう。打ち捨てられた看板とかに、どことなくそれっぽいことも書いてあるし。
この町もなんだかんだ数百年の歴史があるそうだからねー。基本的に迷宮のお陰で寂れたことはないにせよ、いろいろあってなかったこと扱いにしたものごとの数は多く、また証拠を隠滅した形跡もそれなりにある。
この地下道なんてまんま、何かあった末に管理運営を放棄されてるっぽい感じだし。数年前の僕と同じだね、仲間ー。
そこはかとなく仲間意識を持ちつつも僕は道なりに歩く。スラム内の井戸まではこれまたそんなに遠くはなくて、精々歩いて一時間程度のところにあった。
空高くにうっすら、地上の光が差し込む狭い井戸の底に這い出る。狭いよー、この狭さだけはちょっと不満だー。杭打機がゴリゴリ行っててギリギリだよー、狭いー。
うんざりするような井戸の中身。でも構わずに僕はそこから、まっすぐ上に飛んだ。単なるジャンプだけど迷宮攻略法の一つ、身体強化を使用しているため僕はまるで、バネ仕掛けのおもちゃのように勢いよく、一気に地上まで跳んだのだ!
「────!」
本来水が出るはずのところから人が出てくる。なんともおかしな話だけど、すでに涸れ井戸だからね。多少の滑稽さは堪忍してほしいところだよー。
一息に井戸から飛び出て地上に降り立つ。いつも通り、スラムの中でも一際廃れて人も大して寄り付かない正真正銘の廃墟だ。周辺の索敵も同時に行い、生き物がいないことも確認。
ん、よし。
無事に問題なく、自宅からスラムまでの移動完了ってわけだねー。
ちなみに帰りもこの路を逆に進んで帰る。そうしないことには杭打機を秘密基地に戻せないし、何より正体がバレかねないし。多少面倒でも往復するのが、僕こと冒険者"杭打ち"の通勤退勤ルートであった。
「行くかぁ」
一言呟いて僕は、スラムを後にしてギルドへと向かう。ここからだとそう遠くないところにある冒険者ギルドは、ぼちぼち日も暮れゆく夏の夕暮れともなると賑わってるんだろうなあ。
こないだみたくまた、オーランドくん達と鉢合わせたりしなければいいんだけれどね。ああでも、もしかしたらサクラさんとまたお会いできるかも。
運命かもしれない人だからねー。そのくらいの奇跡は期待してもいいのかもしれないねー。
スラムを抜けて市街地へ。そしてそこから町の中央部近く、誰が見ても分かるように"冒険者ギルド"と銘打ってある大きな看板を掲げた施設を目指して進む。
今日はなんの依頼があるかなー。また来ないかな、ゴールドドラゴンの討伐依頼とか。遂行しつつ、ついでにヤミくんとヒカリちゃんがいた地下86階層を再度、くまなく調査できるのにねー。
「……ん? なんかしてる?」
と、ギルドに近付くにつれて様子がおかしくなっていってるのを感じる。空気がなんか、ピリついてる? 喧嘩かな?
荒くれの多い冒険者達のお膝元でやらかすなんて、大したやんちゃさん達もいたもんだなと感心しちゃうよ。最悪ギルド長が出張ってきたら半殺しにされるのに、よくやるよー。
『──これは命令だっ! そちらの双子を寄越せ、冒険者ども!!』
『──うるせえっ! てめえらなんぞにこの子達を渡せるもんかよ!!』
なんならそこそこ距離のあるここからでも、揉め事の様子が耳に入ってくる。けどー……なんか、聞き覚えのある声?
なんか嫌な予感がする。双子を寄越せと要求する、冒険者じゃない人? それに抗う聞き覚えのある男の人の声?
次の角を曲がれば冒険者ギルドだ。でもなんだろう、あんまり曲がりたくない。
でも依頼も受けたいから仕方なし、大人しく角を曲がる。ことは冒険者ギルドの中で起きているようで中から怒声の応酬が聞こえてくるし、追い出されたのか大勢の冒険者達が屯している。
何より、遠くからでも見えるギルドの中に、いたのは。
「レオンくん達……と、ヤミくんヒカリちゃん。それに、騎士団かぁ……」
先日ご縁のあった少年少女新米冒険者パーティーの面々と、超古代文明の生き残りらしい双子の兄妹。
そして彼らに相対するように並ぶ、エウリデ連合王国が誇る騎士団連中の姿だった。
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騎士団(笑)だよー
エウリデ連合王国騎士団。エウリデ連合王国の武威を一手に担う、国最強の戦力……ってことになっている人達だ。
白銀の鎧に剣、盾が夕暮れにも眩しい、威風堂々たる姿はたしかに国を代表するにふさわしい姿かもしれないね。姿だけは。
でも実際の中身はといえばここ数年はなんともはや残念なもので、一言でいうとお貴族様のボンボンによる部活動みたいなものになっちゃってたりする。
騎士団長とか一部の古株を除けば、迷宮攻略法を少しも体得してない冒険者達とドッコイという残念なレベルの集団だもの。例外である騎士団長なんかは、それこそSランク冒険者並に強いから組織内の実力の差がすごすぎるねー。
で、そんな哀しい実情なのにボンボンさん達なもんだからそんなことにも気づかず、今みたいに市民に対してひたすら傲慢に振る舞うから好感度も低いという始末。
もう君たち何が取り柄なんだよ~って言いたくなる集団、それが栄えあるエウリデ連合王国騎士団なのでした。
「その双子は、はるかな太古に失われた超古代文明の生き証人だ! ゆえ、国の所有物として研究機関に持ち帰り研究と実験の対象とする!」
「っざけんな!! 所有物だと、持ち帰るだと! この子達は物じゃねえ!」
「それに研究に実験!? 冗談じゃないわよ、この子達をどうする気!?」
「冒険者風情が気にすることか! いいから渡せ蛮族どもが、国に楯突くか!!」
「……………………」
うわー、めっちゃバチバチしてるー。
相変わらずなんのつもり? って言いたくなるくらい態度の終わってる騎士団のボンボン達に、ブチギレちゃって吼えに吼えるレオンくんとノノさん。
マナちゃんに抱きしめられて庇われているヤミくんヒカリちゃんは可哀想に、身を寄せ合って震えて怯えている。レオン君も言ってたけど物扱いとか研究だの実験とか、そんなの言われたら無理もないよねー。
「引っ込めボンボンども! ここは迷宮都市だ、冒険者の町だぞコラァ!!」
「剣もまともに使えねーガキどもが、国の威を借りて粋がってんじゃねー!!」
「それにそこのレオンは貴族だぞおい! てめーら貴族でも冒険者だったら蛮族ってのか!? あぁっ!?」
「……………………」
うーん蛮族。屯する冒険者達も冒険者達で、ヒートアップしてめちゃくちゃ喧嘩売ってる。
でもたしかに、迷宮都市は冒険者の町だ。治安維持とかインフラ維持だって冒険者が行ってるし、騎士団なんてやる気のない駐在──でも騎士に珍しく人柄はトコトン良いから、冒険者達のみんなも愛してやまない名物騎士だ──が一人、たまに町中をうろついてるくらいかな。
そんなだからこんな時にばかりノコノコやってきて好き勝手なことを言う騎士団なんて、そりゃー好かれる要素ないもんね。
あとレオンくんの件については僕も同感だ。彼、名前からして貴族なのに蛮族扱いしちゃっていいんだろうかね、ボンボンくん達?
にわかに気にしていると、騎士の集団の先頭、一際背丈の高い金髪のお坊ちゃんがあからさまな嘲笑を浮かべて言い放った。
「関係あるものか! 騎士団に逆らった時点で国の敵、反逆者だ!!」
「いい機会だ、貴様ら全員引っ捕らえて立場の違いを分からせてやろう! 無論、そこの古代民どもはこちらで持ち帰る!」
「んだテメェら! やるってかコラァ!!」
「上等だ偉そうにしやがって、国がどーしたこっちは冒険者だぞオラァァ!!」
「……………………」
あー、これヤバいね、乱闘になるわー。
極端な物言いをした騎士団ももちろんアレだけど、それを受けて真っ向から国相手に喧嘩するのも辞さない冒険者達も冒険者達だよー。
一触即発の空気。こんなところで騎士団と冒険者がぶつかったら、まあ普通に冒険者が勝つだろうけど周辺被害が大変なことになる。何より国に対してマジで喧嘩を売ることになるのでややこしいことになっちゃうし。
そうなると最終的に困るのは冒険者達、ひいては僕だ。エウリデって国も騎士団のお坊っちゃま達も心底どうでもいいけれど、さすがに割って入ったほうがいいかもねー。
「や、ヤミ……!」
「大丈夫。大丈夫だよ、ヒカリ……!」
「……………………!!」
それに何より。
あんなに健気で優しい双子に、寄る辺なく不安にしているだけの兄妹に。所有物として持ち帰るだの研究だの実験だの……
絶対にかけていい言葉じゃないんだよね! 騎士団どもはさあ!!
僕は、怒りに任せて腕を大きく振りかぶった!!
「舐めるなっ粗忽者どもっ!! 総員、かか────」
「────ッ!!」
いよいよ衝突が始まりかけた瞬間、僕は行動に打って出た。ギルド前に群がる冒険者達の、少し後方に立って杭打ちくん3号を思い切り、地面に向けてぶっ放したのだ!
ズドーン! どころじゃない。
ズドォォォォォォンッ!! って轟音が響き渡り、局地的に大地さえ揺るぐ衝撃が一帯に広がる。本気で打ち込むと真面目にいろいろ大変な被害になるからある程度抑えたけれど、バッチシいい感じに音と振動を引き起こせたみたいだ。
「なっ……なんだぁっ!?」
「へぁあっ!? ……うおっ、杭打ちぃっ!?」
突然の事態に騎士団連中も冒険者達もみな、体勢を崩してその場に伏せる。よーしよし、これでひとまず衝突は回避だよー。
とっさに後ろを振り向いた何人かの冒険者が、僕に気づいて声を上げた。それに従うように段々、みんながこちらを見てくる。
いやだなーこの注目感。どうせなら道行く学生の女の子達に見られたいなー。
「く、杭打ち!? 今のお前か!!」
「………………」
「……っ!? おい、みんな道開けろ! 杭打ちがキレてる、やべーぞ!」
僕の様子に気づいた冒険者が大声で叫び、蜘蛛の子を散らすようにみんなが離れていく。
たぶん、昔の僕を知っている人による叫びだろう。何人か顔を真っ青にして逃げ出していくしね。
まあ、つまりはそういうことで。
今しがたのボンボン達の物言いに、僕もそれなりに怒っているということでした。
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殺す気でいくよー
ギルドに足を踏み入れる。凍り付いたように動かない一同を見回して、僕は両者のちょうど中間の位置に立ち止まった。
僕が結構怒ってるのはみんなもう、分かってしまっているんだろう。自然と漏れ出る威圧が、騎士団にしろ冒険者にしろ周囲の人間を竦ませちゃってるしね。
「く、杭打ち……」
「杭打ちさん……!」
「……」
レオンくんとヤミくんが僕の名を呼ぶ。それだけで少し、ささくれた気分が晴れる気がする。
心無い言葉と権力に晒され、それでも一緒にいようとしたヤミくんとヒカリちゃん。兄妹を護ろうと、真っ向から騎士団と対峙したレオンくん達。
どっちも本当に偉いと思う。僕は心から尊敬して、彼らに深く頷いた……そして騎士団に視線を向ける。
「く、う……杭打ちだと……!?」
「スラムの生ゴミ、国の恥部……!!」
「……………………」
ひどくない? そこまで言うことなくない?
またしても気分がささくれ立つのを感じる。この人達、日頃剣術じゃなくて悪口の練習でもしてるの? 結構やるじゃん泣きそう。
騎士団員ってさっきも言ったけど大体貴族のお子ちゃま連中だし、スラムに住む人間なんて雑草以下くらいにしか思ってないやつらばかりだ。
ましてや僕なんて、元いたパーティーの絡みもあるから貴族からのウケはまあまあ悪いし余計、気に入らないのかもしれないねー。
「おのれ、底辺が我らに盾突きやがって……!!」
「怯むな、総員! こいつは国の敵だ、犯罪者だっ! 捕らえろ、殺せ、八つ裂きにして貴族の威信を示せぇっ!!」
「…………」
物騒すぎるー……どっちが蛮族なんですかね? と言いたくなるほどのえげつない物言い。八つ裂きなんて言葉、本当に使う人いたんだなーと変な感心さえ覚えてしまう。
にしても、本当に低劣というか質が悪いなー今の騎士団……パワーバランス的に冒険者が強すぎて他が空気な土地柄なのもあるけど、それにしたってこれは酷い。
国営山賊なんて言われてるのも伊達じゃないねー。
さておき、この期に及んでやるってんなら僕も容赦は……容赦はする。殺すのはさすがにやばいし。
でも半殺し程度にはするよ。国とことを構えるのは極力避けたかったけどこうなったらもう仕方ない、逆に行けるところまで行こうじゃないか!
そう考え、杭打機を構える!
「…………!!」
「総員、突げ────」
「────止まれ。新米共、一体何をしている」
騎士団の連中、大体10名くらいが抜剣してくるのを、さあ来い片っ端から顔面グッチャグチャにしてやると意気込んで鉄塊を振り上げる僕。
そんな時だった。2階に上がる階段から一人、女騎士が降りてきた。金色の鎧を身に纏った、青い髪を後ろに結った凛とした印象の美人だ。鋭い目つきが、今は絶対零度の凍てつきを湛えている。
ぶっちゃけ知り合いだけど、今気軽に片手を挙げてヤッホーとか言える空気でもノリでもテンションでもない。
むしろ下手するとこの状況、戦わなきゃいけないかもしれないのだ。うへー、他はともかくこの人だけは骨が折れるよー。
彼女──エウリデ連合王国騎士団団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿に、部下だろう団員達が次々と助けを求めて叫んだ。
「団長!!」
「おお、団長! 見て下さいこの冒険者どもめ、我らの任務遂行を邪魔せんと、卑劣極まる妨害の数々を!!」
「貴族の恥に平民ども! 挙げ句にスラムのゴミまでもが、我らがエウリデ連合王国に楯突いているのです!」
「指示を! 奴ら図に乗った俗物共を殺し尽くし貴族の威光を示す許可をください、団長!」
「…………」
えぇ……? どっちかっていうと卑劣な物言いしたのはそちらさん達のほうなんですが……?
あまりにカスい言い分に、僕はもちろんレオンくん達はおろか、外で様子を見ていた冒険者達も中にいるリリーさんはじめスタッフさん達もドン引きしてボンボン達を見ている。
そんなことあるんだ? 自分達から仕掛けておいて、まるで一方的な被害者みたいに振る舞って……すごい面の皮だ、逆にすごいよー。
怒りとか呆れとかぶっちぎちゃって、もうすっかり一同ポカーンって感じ。親の顔が見てみたいってこういう時に使うのかな、どうせろくでなしの貴族が雁首揃えるんだろうし見たくもないけどさー。
で、助けを求められた団長ことシミラ卿はどうするんだろう? 一応部下だろうし、このまま加勢してくるかな?
そうなったら悪いけど僕も加減してられないや、本気で殺すつもりでやらせてもらうよー。もちろん部下どももまとめてね。
でもその前に、レオンくん達やギルドスタッフさん達には退去してもらわないと。
僕は周囲を見回し、みんなに話しかける。
「…………みんな、逃げて」
「く、杭打ち?」
「杭打ちさん?!」
「……彼女と戦うとなると、どうしても規模が派手になる。この建物から出て。早く」
「!! よ、よっしゃみんな、今のうちだぜ! 逃げろ逃げろ!!」
僕の口振りからヤバい相手だと察してくれた、レオンくんは本当は判断力あるんだねと驚く。それでなんで好奇心に負けて地下86階層まで降りちゃったの? 不思議ー。
ともあれリリーさんも施設内にいる全員に呼びかけ、この場を僕と騎士団どもだけにするへく脱出しようと動き出す。
そーそーそれでいいよー。本気でやるから悪いけどこの建物は今日を限りでオシャカだけれど、無関係の人を巻き込むわけにはいかないからねー。
そういえば上の階にギルド長いるのかな……いるだろうな。あの人は別にいいか、殺しても死にそうにないし。
「双子が逃げるぞ!」
「ちいっ! 逃がすものか、──!?」
「……ここから先は通さない。一歩も、一秒も」
この期に及んで兄妹を狙おうと、逃げる彼らに追手を差し向けようとするのを僕は視線で牽制した。迷宮攻略法の一つである、物理的圧迫感さえ伴う特殊な威圧を込めての睨みつけだ。
君ら、僕をどうにかできないうちは絶対に彼らを追えないんだよ。追いたいなら先に、僕をどうにかするといい。
できるものならね。
騎士団どもに、僕は告げる。
「全員、ここで死ぬつもりでいて……」
「何を……!!」
「…………殺すつもりでいくって言ってる」
今も昔も僕がそう宣言したからには、お前らはもう殺されるつもりでいるしかないんだよ。
杭打ちくんを構えて、僕は敵に向けて歩き出す──
「────待て、杭打ち。お前に暴れられては困る、話し合いでどうにかできないか」
──つもりでいたんだけれど。
階段を降りてきてこちらにやってきた、シミラ卿に止められて、僕は彼女の美しいお顔に視線を向けた。
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騎士団長だよー
「久し振りだな、杭打ち。一年ぶりか、大きくなった」
「…………」
えぇ……? この状況でそれを言うの、シミラ卿……?
話し合いを提案してきたかと思えば唐突に、親しげに片手を挙げて挨拶してきたエウリデ連合王国騎士団長様に僕も騎士団員のボンクラどもも唖然としている。
今まさに僕達、殺し合いしようとしてたよねー?
少なくとも超古代文明から来た双子ちゃん達をつけ狙うボンボンどもはそのつもりだったし、僕もシミラ卿が来たってんならやむ無しのつもりで杭打機を構えていたんだけれど。
すべてはシミラ卿の出方次第という場面で、しかし彼女はすっとぼけたことを言い出しているというのが今この時だった。
「相変わらず元気そうに杭打ちくんを振るっているな。かつては剣を握ってこそお前の美しい天賦の才能は煌めくと思い込んでいたが、やはり5年もするとその姿が馴染んでしまうものだ……わたしももう23歳、光陰とは正しく矢の如しなのだな」
「…………」
「そう言えば聞いたぞ、教授の支援を受けて独り立ちしたそうだな。水くさいやつだ、言ってくれれば借家と言わずお前のための家を用意、いやむしろ我がワルンフォルース家に迎え入れたというものを。お前は弟のようなものなのだ、思う存分に甘え倒してくれればよかったというのに……姉として寂しいぞ。ああ寂しいとも」
「……………………」
シミラ卿、いつから僕のお姉ちゃんになったんだろ? どっちかって言うと今なら恋人になって欲しいかなって僕はげふんげふん。今それどころじゃないよー。
成り行きのすべてを無視した、私事を延々無表情で喋り倒す彼女。でもうっすら額に汗が滲んでいるのを僕は見逃さない……この人、緊張してるね。
争い事を回避するために、せめて僕から殺意を取り除くためにあえて道化じみた振る舞いをしているのか。
この分だと彼女には僕と、本気で殺り合う気はなさそうだ。もっとも、だからと言って気を抜くと次の瞬間、ノータイムで致命打を放ってくる危険性は常にあるのが実力派って呼ばれる連中なんだけれどね。
そんな涙ぐましい団長殿の努力を、敵側の僕は理解できたのに味方側の団員は理解してあげられなかったみたいだ。
今のやり取りを聞き、みんなして顔真っ赤にしてシミラ卿に詰め寄っている。
「だ、団長!? おかしなことを、そのような輩に何を!?」
「乱心されたのですか、ワルンフォルース団長!!」
「そこなスラムの生ゴミとかくも親しげに! これは国に対する重大な背信行為ですぞ、シミラ・サクレード・ワルンフォルースッ!!」
わあ、騎士団長を呼び捨てー。増長しきった成れの果て、みたいなみっともない姿に笑いも出ないや、ウケるー。
上下関係とかも結局、この連中にとってはごっこ遊びの一環とかなのかもしれないね。
昔、先代の騎士団長が騎士団は一糸乱れぬ統率と連携と忠誠こそが最大の武器であるとかなんとか仰ってたけど……はははー、いつの間に、どこで武器を落っことして来ちゃったのかなー?
呆れた姿に、遠巻きに眺めている冒険者達もドン引きだ。
冒険者も大概反骨的だし、そもそもギルドからして偉いやつに噛みついてこその冒険者だろがい! って反権力的なスタンスを持っている有様なんだけど、そんな彼らから見てさえ、ボンボン達の醜態は酒の肴にもならないらしかった。
そんな見苦しい連中に、シミラ卿は冷たい一瞥を一つくれた。絶対零度の視線が、人によってはご褒美になると昔聞いたことがある。世の中って広いね。
っていうかこれ、彼女キレてますねー。静かに両手が強く握られるのを目敏い僕は逃さず見つけた。マジ切れまで秒読みだ。
「──ああ、心は乱れているな。主に貴様らのせいで」
「だんちょ、ヴッ!?」
静かにつぶやく彼女が、何を言っているのかと先頭の男が顔を寄せる──瞬間、拳がその顔面にめり込んだ。裏拳だ。
シミラ卿の握り拳が思いっきり叩き込まれたのだ。鼻血を吹き出しながら吹き飛んでいくボンボンくん。死ぬどころか跡を遺すような威力ですらないあたり、相当手加減してるみたいだねー。
「ごえが、ぐばぁっ──!?」
「じ、ジーン!?」
「何をする、ワルンフォルース!!」
「貴様らこそ何をしている、クズども」
急に振るわれた圧倒手に暴力。涼しい顔して一人の男の顔面を破壊し尽くしたシミラ卿に、団員達は恐れ慄きながらもいよいよ、彼女に対する怒りを隠さず叫んだ。
だけどそれに対して彼女の、透き通るような凛とした声が投げかけられて場の空気が一段と冷えた。
迷宮攻略法の一つ、声による威圧か。対策してない騎士団員達には為す術もない。
恐怖に固まる狼藉者達へ、団長の静かな叱責が飛んだ。
「誰が無理くりに双子を連れ帰れと指示した。誰が冒険者達とことを構えろなどと言った。挙げ句に杭打ちに虐殺される一歩手前まで至るなど」
「そ、それは! しかし持ち帰ればそれが一番、手っ取り早いと」
「勝手な判断で動き、招いたのが冒険者との抗争か。ギルド長との会談に臨む私に付き従うだけの簡単な任務も貴様らはこなせない、と。恥ずかしい貴族もいたものだな」
なるほどー、元々はシミラ卿がギルド長とお話するためにこの町に来ていて、こいつらはその従者として同行してきたってことかー。
それだけのこともこなせず、暴走した挙げ句こんなことしてたらそりゃー怒られるし殴られるよねー。今もなんか、か細い抗弁をしているけれど……正直、貴族としても騎士としてもダメダメだよーこの人達。
「き、貴様……我々をどこの家の者だと……!」
「たとえ王族だろうが騎士ならば騎士らしく振る舞え、それができなければ消え失せろ。貴様らガキどもに……騎士たる資格はない」
終いには自分達の家柄にまで縋ろうと口を開いた、騎士団ごっこのお坊っちゃま方。
あーあ、そういうのシミラ卿が一番嫌うのに。やっちゃったねー。
思わず目を覆いたくなる戯言を、騎士もどきの一人が言った直後。
シミラ卿はその男の顔にも、極力加減した力加減と速度でだけど、拳を突き立てていた。
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粛清だよー(怯)
次々振るわれる拳。向かう先は騎士ですらない、鎧を着たボンボン達の顔面だ。
それなりに整っているのからあんまり……って感じのまで、等しく顔に一発ずつ叩き込まれて殴り飛ばされていく。本気でやってたら今頃首無し死体の山なので、精々派手にぶっ飛んで人によっては鼻血を流している程度で済んでるのはすごい優しいと思うよ、実際。
「……だから、貴族のガキどもを入れるのは嫌だったんだ」
「ぐぇぁばっ!」
「……我儘で、傲慢で、他者へのいたわり一つ持たない甘やかされきった精神的養豚で」
「ごぶぁぁっ!?」
「……自分達をまるで神が何かと勘違いした愚か者ども。こんな連中を育てた親の世代も、そいつらを育てた祖父母の世代も」
「うぎょえぇぇぇあっ!!」
ひ、ひどい光景だー。完全に粛清の場と化してしまった、シミラ卿による単純暴力が振るわれてぶっ飛ばされていく騎士団達を見る。
新人らしいけど目に余る暴走っぷりだ、こうなるのもある程度は仕方ないんだけどねー……王城だか拠点だかに帰ってからやってくれないかなぁ。
殴り飛ばす度、鼻血が点々とギルドの中に散らばって非常に見苦しいことになっていくもの。これ、清掃するスタッフさんによってはショックでトラウマになっちゃうんじゃないかなー。
リリーさんとかあれで案外、荒事に弱い可愛いところとかあるからね。付き合いたいー。
まあそれはともかく、無表情で淡々と騎士団の新米を殴っていくシミラ卿もシミラ卿でちょっと怖い。
なんかストレス溜まってる感じなんだろうか、さっきからブツブツ言ってるし。どうにも情緒不安定になってるっぽいよー?
怖いよー。もう帰りたいよー。レオンくん達は逃げられたんだし、結果として僕を蚊帳の外にして目の前で粛清が行われてるし、僕ももういいよねー?
どうせ後でまた国が喧嘩売ってくるだろうけど、それはそれとして今日はもう帰りたい。依頼を受けるだけの話がとんだことになっちゃったよー。まあ、ヤミくんヒカリちゃんを助けるためなら何百回でも同じことをすると思うけど。
こっそり後退りする。タイミングを見て逃げられるよう、力を溜めておこう。昔ならいざしらず、今のシミラ卿相手に逃げ切れるかは不明だけど。
機を伺っている僕に構わず、なおもブツブツ言いながらシミラ卿は、最後のボンボンを殴り飛ばそうとしていた。
「全員。全員が糞だ。こんな奴らを騎士団に入れさせたやつらも、断りきれなかった私も、国も王も貴族も何もかも……糞ったれどもの掃き溜めだ」
「や、止め、やめてくださ──!?」
「私が信じていた国も、騎士団もとうに喪われた。3年前、あのパーティーが伝説となった時に。ああ、なのになぜ私はそれに気づかず意気揚々と騎士団長になどなってしまったのか──なあ、杭打ち」
「!?」
なんか全員殴り飛ばして気絶させた後、急に僕を名指ししてきたもんだから反射的にビクついちゃった。超怖いよーこの人ー!
3年前、僕が元いたパーティーが解散したのを切っ掛けにこの人は騎士団長に就任したわけだけど……何か悩みでもあるのか、今ではそのことを後悔しているみたいだね。
それはまあ大変ですねお気の毒ですーって感じですけど、そこでなんで僕を呼ぶの? 勘弁してよ巻き込まないでー、マントと帽子の下では僕、ずっとドン引きしてるんですよー。
「お前も3年前はこんな気持ちだったのか? すべてを奪われ尊厳を踏み躙られて、どうしようもない虚無を抱えてそれでも今、そうして立ち直っているのか? ……どうしてそんなに、強くあれるんだ?」
「…………いや、僕は」
「言わなくていい、みなまで言うな。そうだった、お前は強い子だ。凄惨な生まれ育ちをしてもなお、感情を持つ機会さえ与えられなくともなお、お前は清らかで優しい心を持ち続けた。そんなお前だからこそ、再起ができたのだろうな」
「あの…………」
「私は……私にはできそうもない。少なくとももう、騎士団長としては無理だ。一縷の望みをかけて今回、こいつらを教育しようと連れてきたが結果的に吹っ切れたよ。ありがとう、杭打ち」
「………………………………」
人の話を聞いてよー! そしてさり気なく僕のお陰でこの蛮行に至れたみたいに言わないでよ、罪の擦り付けだよそれはー!!
何やら共感を求めてきている? のだけれど、そもそも僕はシミラ卿の言う虚無なんてものを抱いた覚えはない。
奪われたとか踏み躙られたとかなんの話ってなものだし、なんなら勝手に挫折してそこから這い上がったみたいな扱いをされてることにこそ若干ショックを受けてるんですけど。
挙げ句になんか吹っ切れたみたいに言ってくるんだから何をどう言えば良いのやら。なんかすごいアレな方向に吹っ切れちゃってそうな予感がヒシヒシとするんだけど、これ僕にも飛び火しないかなー。
というか頼むから、ここまでやっといて自分の中で何やら満足したように自己解決するよやめてよー。事情がさっぱり分からなくて困るよー。
「双子についてはギルド長と連携が取れた。基本的にはギルド預かりで面倒を見つつ、時折国からの調査員が聞き取りや聴取などを行う形になる。間違っても今回のような手荒な真似はしないしさせない。それなら杭打ち、お前も杭を引き下げてくれるか?」
「……………………」
「無論今回の馬鹿どもの狼藉による被害、損害の賠償は行う。後日また、ギルド長と話を付けなければな……ああ、追加でコイツらを蹴りたくなってきた」
ため息混じりに説明するシミラ卿。本当に心労すごそうだなー……宮仕えなんてするもんじゃないね、心がいくつあったって足りやしない。
でもまあ、ヤミくんヒカリちゃんをなるべく、尊重する形で動いてくれてたんだねこの人は。下が馬鹿すぎて傲慢すぎただけで。
かつては仲間だったこの人まで、人を人とも思わない輩になっちゃったのかなーって思ってちょっと悲しい思いをしそうだったけど、そうでもなくてよかったー。
僕は満足して頷き、そっと杭打ちくん3号を下ろした。
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冒険者の絆だよー
騎士団長によるまさかの団員粛清により、平穏と平和が取り戻されたギルド内。急ぎスタッフ達も戻ってきて、ものの見事にノされた団員達を簀巻きにして外に蹴り出すところまで含めての業務復帰活動が行われていた。
同時に屯してた冒険者達も帰ってきたし、レオンくん達やヤミくん、ヒカリちゃんも嵐が過ぎ去ったのを見てか、またやって来る。
完全にいつも通り、とは行かないけどどうにか元通りになれそうな塩梅だね。
「改めてヤミさん、ヒカリさん両名および冒険者の皆様。ならびにギルドスタッフの方々に至るまで、この度は騎士団の新米騎士共が大変なことをした。心よりお詫び申し上げる」
「え、えーと?」
「は、はあ……」
騎士団員達の溢した鼻血やらをモップ掛けするスタッフさん達や、すっかり元通りで酒なんか飲み交わそうとしている冒険者達を前に大きな声でシミラ卿はそう言い、一連の事件について謝罪した。
騎士団長という、連合王国を代表する存在の一角とも言える方からの謝罪は……事実上、国が謝罪したにも匹敵するインパクトがあるねー。
呆気に取られた冒険者達が、しかし次第に囃し立て始めた。
「お、おう……まったく、ペーペーの躾くらいちゃんとしとけや、騎士団長様よお!!」
「返す言葉もない。奴らの処分は帰還後、厳正に行う」
「貴族ってだけで調子乗りやがって、あんたもどうせ心ん中じゃ同じように思ってんだろ、あぁ!?」
「そんなことはない、と言っても信じてもらえないことは承知している。申しわけない、としか言えない」
「こんだけやらかしといて謝罪だけで済まそうってかい! 賠償しろや賠償!」
「ギルドへの謝罪と賠償については後日、法に則って行う」
「誠意が見えないんだよ誠意が、分かってんのか!?」
「すまない。心よりお詫びする」
「……………………」
うわー、こっちはこっちで即座に調子に乗ってるよ、冒険者の中でもろくでもない連中ばかりが。
騎士団員も大概だったけど、こうなると冒険者も他所のこと言えないんだよねー。精々ちょっと酒呑んで管巻く時間が減っただけの連中が、一体何を謝罪と賠償させるんだか。
シミラ卿はそうした野次の声にも粛々と答えていく。末端こそアレだけど、騎士団長はじめ騎士団のトップはまだまだこういう高潔な人がいてくれるから、どうにかギリギリ面目を保ててるところはあるよねー。
そんな彼女になおも暴言を吐こうとする、自分達は見ているだけで何もしなかった連中。彼らにも、鉄槌が下されようとしていた。
「今ここですぐ! 土下座しろや!! なんなら服も──ぐぇぇっ!?」
「金持って来い、賠償し、ぐぎゃあっ!?」
「いい加減にしやがれ、糞ったれども!!」
見苦しく聞き苦しい連中へと次々、黙って聞いていた他の冒険者達に殴り飛ばされていく。なんならシミラ卿がやったより苛烈で、壁や床に叩きつけられているのもいるね。
やったのはベテラン冒険者、特にAランク付近の人達だ。この人達は長いことこの仕事してるから、シミラ卿のことも知ってるしね。
かつては冒険者とともに迷宮最深部を目指していた、旧騎士団の最後の世代筆頭。
シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿は彼らにとって、未だに冒険仲間なのだ。そんな彼女を侮辱するなら、そりゃやる気もなく日がな一日酒を飲んでるだけのやつらなんて問答無用でボコるよねー。
「な、なに……しやがる……」
「シミラのお嬢はテメェの拳で落とし前つけてテメェの責任で頭ぁ下げた! だったら俺らの話はそれで終いなんだよ、グダグダ絡んでんじゃねえクズどもが!!」
「てめえら知ってんだろーが、お嬢は3年前のあのパーティーにいたんだよ!! "レジェンダリーセブン"でこそないが、それでも騎士で貴族なのに俺達とも酒を酌み交わした、親愛なる友人なんだぞ!!」
「大体、周りで見てただけの俺らに何が言える……この場で物申せるのはレオン達と、杭打ちだけだ」
……冒険者というのは、当たり前だけど命懸けのお仕事だ。
大体の依頼が荒事だし、迷宮のどこかで何かをしてこいって感じのが多い。必然的にモンスターとも戦うし、そうなるとどうしても殺される人だって後を絶たないんだよね。
世界最大級の迷宮を抱えるここ、迷宮都市の冒険者であるんならなおのことだ。
そんな仕事だからか、僕らは"ともに命を懸けた"人に対してひどく重い友誼を抱く。
立場や身分も関係なし、一緒に挑戦し一緒に冒険して一緒に死線を越えて……そして一緒に切り抜けたのなら、それはもう家族にも負けない絆を得たとする風潮があるんだ。
それはレオンくん達みたいな新人さんでも変わりない。だからヤミくんヒカリちゃんを、身を挺してでも護ろうとしたわけだしね。
──そして。
だからこそ、ベテラン冒険者達はシミラ卿だって赦すのだ。
「"大迷宮深層調査戦隊"──そこの杭打ちと同じで、シミラのお嬢も伝説の一員なんだよ。俺やお前らとは格が違うんだ」
かつて迷宮最深部を目指し、騎士も冒険者も貴族も平民も、スラムの者でさえも関係なく世界中のエキスパートが集結したあのパーティーにシミラ卿が在籍していたことを、彼らは知っているから。
それまでの歴史で20階層程度までしか開拓できなかった迷宮を、一気に88階層まで攻略し……迷宮攻略法という、冒険者全体の実力を底上げした技術体系を編み出した。そんな伝説的なパーティーに彼女がいたことを、彼らは覚えているから。
そんなシミラ卿を、彼らは心から尊敬しているから赦すんだねー。
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父性が湧くよー
大迷宮深層調査戦隊の元メンバーだったシミラ卿への擁護はその後も続き、結果として馬鹿みたいな野次を飛ばしていた冒険者達は、そそくさと逃げ帰ることになった。
まあ、彼らもお調子乗りなだけで極端なワルってわけでもないし。また明日にでもやってきて、いつもの通りダラダラ酒を呑んで管を巻くんだろう。そしてそれを、殴り飛ばした側の冒険者達も受け入れるのだ。
遺恨は残さない。これもまた、冒険者達の鉄則なんだよねー。
「庇っていただき感謝する……本当に、ありがとう。今回の件については追って報告するが、今回のところはこれにて失礼する。改めて、ご迷惑をおかけしました」
そんな絆を重んじる冒険者達の姿に、シミラ卿もどこか目尻を光らせながら再度頭を下げ、叩き出されたボンボン共を馬車まで引きずって帰っていったのが印象的だ。
随分精神的に疲れてるみたいだったけど、この後どうせ王城でボンボンを殴り倒したことでネチネチいびられるんだろう、大変だー。
「騎士団長なんて糞面倒な仕事さっさとやめて、お嬢も冒険者になりゃーいいんだよ。どうせ貴族なんざ私腹を肥やすことしか考えてないゴミ以下のクズばっかなんだし、そんな連中のためにあそこまでくたびれちまうことねーんだって」
「つーかお嬢があそこまで思い詰めた感じになるとか、何してくれてんだよスカタン政治屋どもは。調査戦隊にいた頃の自信家が見る影もねえじゃねーか」
「気の毒な話だぜ、なあ杭打ち」
「……………………………」
酒を呑みながらシミラ卿に想いを馳せるベテラン冒険者に、僕も内心で頷く。近くでは当時を知らない若手冒険者達もいて、しきりに僕のほうを見て瞳を煌めかせながら先輩達の話に耳を傾けているね。
察するにシミラ卿だけじゃなく、僕も同じパーティーにいたってのを耳にして、何やら思っていらっしゃるみたいだ。
このことは冒険者"杭打ち"としてあまり、大っぴらにはしてなかった経歴だ。何せ周囲への影響力がかなり高くなっちゃう類の話だからね。
変に大層な扱いをされるのもゴメンなのでそれなりに隠してきたわけだし、今回初めて知ったって人がいるのもおかしくはないんだけれど。
あんまり大々的に拡散してほしくないというか、公的には僕だけはあのパーティーにそもそも参加してなかったことになってるから、吹聴するとお偉いさんがまたぞろちょっかい出してきそうで嫌なんだよねー。
まあ、その辺のしがらみもベテラン達が説明してくれるだろうからそこまで心配はしてないけれど。
それに政治家どもも、今さら僕相手に労力を割くなんてしたくないだろうしね。何せスラムの虫けらですからー。
「わ、ワルンフォルース騎士団長はともかく杭打ち。あ、あんたも調査戦隊の元メンバーだったんだな……」
「道理であんな、地下86階層なんて最深部を我が物顔でうろついてたわけだわ……」
「ピィィィ……も、もしかしてレジェンダリーセブンだったりしますかぁ……?」
「? ……………………」
不意に声をかけられて振り向くと、レオンくん達やヤミくん、ヒカリちゃんも戻ってきて僕を見ていた。
何やら唖然として僕の来歴、つまりシミラ卿同様に大迷宮深層調査戦隊のメンバーだというのが本当なのか聞いてきている。彼らもやはり、そこを気にするみたいだ。
略して調査戦隊と呼ばれるその集団は、3年前に解散して以降、主要メンバーが世界中に散り散りになったことも含めて今や、世界の歴史に名を刻むような伝説的パーティーだからね。
そんなのにスラム出身の、しかもまだ子供だと思しき杭打ちが参加していたなんて信じられない話だろう。けれどレオンくん達の場合、実際に迷宮最下層部でモンスターを倒す僕を見ているわけだし……納得するしかないけどそれでも疑わしいってところかなー。
あとマナちゃん、僕をあのダサいネーミングの七人組に入れないでほしい。そもそも公的には冒険者"杭打ち"は調査戦隊には属してなかったことになってるんだから、レジェンダリーセブンとかいう爆笑ものの集団になんて入っているわけがないんだよー。
というかそもそも、そんなことよりヤミくんとヒカリちゃんだよね先に。
僕は二人の前でしゃがみ、その顔を覗き込んだ。怖い連中が去って安堵している様子に、こっちもひとまず安心する。
「…………二人とも、大丈夫?」
「杭打ちさん……はい、お陰様で。あの、ありがとうございます」
「……また助けられちゃったね、杭打ちさん。この御恩は、返しきれるものじゃないかも……このお礼は必ず、どれだけ時間をかけてもするからね」
二人して感謝してきた。やはり10歳の双子としては真面目すぎるくらい真面目に、健気に寄り添って頭を下げてくる。
こんないい子達を、あのボンボンどもは物扱いしてあまつさえ、ろくでもない研究者どもの玩具にさせようとしてたんだから胸が悪くなるものを覚えるよー。
やっぱり端的に言って終わってるね、エウリデのお偉い連中は。
できればもう二度と僕の人生に関わってきてほしくないと思いながらも、僕は双子の頭にそれぞれ片手を載せ、撫でくりまわして言うのだった。
「……恩に着る必要も、礼をする必要もないから」
「杭打ちさん……」
「正体がなんであれ、君達は、君達のままでいい。無事で良かった」
「……ありがとう」
涙を流して僕に抱きついてくる双子。あー、なんかこう庇護欲が湧くよー。
人の親ってこんな気持ちなのかな? 子供なんていないしなんなら親だっていないからまるで分かんないけど、この子達のためなら王城の壁という壁をぶち抜いていいかなーって気になってくる。
まあ必要もないのにそんなことしないけどねー。
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調査戦隊はすごかったんだよー(自慢)
さてこれで、予期せぬ冒険者と騎士団のトラブルもひとまず一件落着した。ここからは予定通り、僕も依頼を受けることができるよー。
「と、いうわけでなんかちょーだいリリーさーん」
「緩いわねー。とてもさっきまで、あのワルンフォルース卿相手に真っ向から戦おうとしてたとは思えないくらい緩いわよ、ソウマくん?」
「えへー」
頭をポリポリと掻く。あーいうのは本当は見せたくないんだよね、こんな場所でさー。
物騒だし、怖がられるし、そうなるとモテないからねー。
何より迷宮内だと一瞬の油断が命取りになるわけだから、否応なしに四六時中殺気立ってないとやってられないわけでして。
だからこそせめて地上ではゆるーくゆるーく、やっていきたい僕なのだ。
ギルドの受付、端っこのほう。僕とリリーさんのいつもの定位置で二人、誰にも聞かれない程度に密やかな声で話す。
かといって密談って雰囲気もない、単に声が小さい人同士の会話って程度だ。でも酒呑んで騒いでる人達にはこれくらいでもまったく聞こえないから、僕の声から万一にもソウマ・グンダリに到達することはないと思う。
そもそも聞き耳を立てるような輩がいたら、即座に気づいてるしねー。
リリーさんが、先程の一件を振り返ってしみじみ語る。
「でもほんと、さっきは助かったわ。あなたがいてくれなかったら確実に冒険者と騎士団が衝突してたでしょうし、そうなってからだとワルンフォルース卿も強硬手段を取らざるを得なかったから」
「そうなるとシミラ卿が両者全員叩きのめして終わりだったと思うよー。あの様子だと自分とこの若手にも相当頭に来てたみたいだし、かといって喧嘩に乗った冒険者達もただでは済ませられなかったろうし」
「破壊神かしらあの女……部下の顔面を次々殴り飛ばしてたところなんて私、遠巻きに見ながら震えが止まらなかったわよ、怖くて」
小刻みに震える手を見せてくるリリーさん。よっぽどシミラ卿による新米騎士達への粛清の光景が恐ろしかったみたいだ。
いつも勝気だけど、内面的にはすごく繊細だもんねこの人、かわいい! まああの時のシミラ卿は僕でも怖かったし、そりゃそうなるよねー。
ふう、と可憐にため息を吐いて、彼女はさらに尋ねてきた。
「あんな狂気の拳骨女でも、大迷宮深層調査戦隊の中では全然上澄みじゃなかったって聞くわね……本当なの? にわかには信じがたいんだけど」
「ん……まあ当時はあの人も、まだ騎士団長じゃなかったからねー」
昔を振り返りつつ考える。シミラ卿も5年前と今とじゃ、当たり前だけど全然実力が違ってるからねー。
5年前、迷宮都市の迷宮を攻略することを目的に世界中の手練を100人以上もの数、集める形で結成された大迷宮深層調査戦隊。
メンバーはもちろん冒険者が多かったものの、騎士だの海賊だの山賊だの、鍛治師や錬金術師、教授だの、果ては杭を振り回すスラムの欠食児童だのと変わり種もチラホラいたのが特長といえば特長の、大規模パーティーでもあったんだよね。
そしてパトロンとして金銭的支援を行っていたエウリデ連合王国からも、先代の騎士団長と当時期待の次期幹部候補と言われていたシミラ卿が参加していたんだ。
そんな彼女の強さは、最初こそそこらの冒険者よりは強いかな? 程度だったけど最終的には当時の騎士団長級の、Aランク冒険者にも匹敵する強さを身に着けていたはずだったように記憶している。
ただまあ、調査戦隊って上記の経緯で発足されたからか、異常なまでに層が厚いんだよねー。
残念ながら今のシミラ卿でさえ、あのパーティーの中ではトップ層はおろか、上澄みとされる上位20名の中にも入れないだろうってほどだ。
あれこれ考えつつもリリーさんに答える。
「今のあの人だったらそうだなあ、戦闘員の中で言うと50位くらいには食い込めそうかも。あの頃は解散間際でも下から数えたほうが早かったし、3年でとんでもなく強くなってるよねー」
「それでも50位って……さすが調査戦隊、層が厚すぎるわ。まあ、そのくらいじゃないとたった2年で迷宮を60階層も攻略するなんて、できなかったんでしょうけど」
「迷宮攻略法を編み出しながらの強行軍だったしねー。特に戦闘要員は結構、無茶なスケジュールで迷宮に潜ってたよー」
「ついでに受けていく依頼の数とペースも、あの頃とんでもなかったものねえ」
当時を思い出し、なんであんなに頑張ってたんだろう? と不思議にすら思う僕だ。働きすぎだよー。
みんなで迷宮に潜っていた日々は、血と生死の境に彩られていたけど楽しかったとは思う。あれはあれで一つの青春だったのかなとさえ、今の僕なら思えるほどだ。
でもまあ、どうせならやっぱり学園で恋に溢れた青春がいいよねー! 可愛い女の子達とキャッキャウフフと騒いで送る学園の日々! これですよこれー!
「はあ、それで送れそうなのかしら? その日々は」
「ああああ灰色の青春んんんん」
必死になってリリーさんに、僕の夢見る愛と幸福に満ちた青春を語ったところそんなことを言われ、僕は見事に撃沈した。
くそー! いつの日か、いつの日か僕にもアオハルがー!!
タイトルとあらすじちょっと変えましたー
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恩返しだよー
僕のアオハルについてはともかく、無事に依頼も受けたので帰ることにするー。
迷宮地下3階、自生している薬草の採取依頼だ。すっごい楽ちんというか最下層まで潜れるやつが受けるような依頼じゃないんだけど……これには事情がありまして。
実を言うと僕が8歳から10歳までお世話になったスラムの孤児院からの依頼なんだよねー。
「ほとんど無償に近い慈善事業を、一部とはいえ確実にこなしてくれるのなんてソウマくんしかいないから助かるわ」
「恩返しですからね、孤児院への。これくらいはしますともー」
リリーさんに褒めてもらってちょっと、気分を良くしながらギルドを出る。明日はサクッと薬草を取って孤児院行って、ついでに月ごとの仕送りも渡していこう。
こないだのゴールドドラゴンの依頼など、実入りのいい仕事を率先して受けている理由は前にも述べた気がするけど孤児院への援助が主な理由だ。
何せスラムの孤児院ってことで物珍しさはあるけど、実態は常に資金難で火の車の極貧児童施設だ。
僕がやって来た時にもまともにご飯にもありつけない始末で、院長先生が必死で働いてなお、どうにもならないというアレな惨状だったんだから大変だったねー。
それでも僕が冒険者として活動を初めてからは仕送りを続けているから、随分暮らし向きも変わってきたみたい。元々あった莫大な借金も返せて普通にご飯は出るし、週に一度は町の公衆浴場にだって入ることができるらしい。
一応、院長先生も冒険者だったりするんだけど……あんまり荒事に向いてない人だからね。採取系や街の掃除とかの平和な依頼だけではどうしても収支を賄えないところはあったから、そういう意味で僕からの支援は神の恵みって感じだったろうねー。
「でもソウマくん、稼ぎのほとんどを孤児院に送ってるみたいだけど大丈夫? 自分の生活をこそ第一に考えてほしいってこないだ、あそこの院長さんわざわざギルドの私のところにまで相談しに来て泣いて訴えてたわよ」
「えっ……」
まさかの指摘を受けてたじろぐ。泣いてた? 院長先生が?
たしかに稼いだお金の半分以上、孤児院や周辺のインフラ整備とかに突っ込んで少しでもあそこに住む子達が楽になれるよう、振る舞ってはいるけれど……
それはそれとして僕は僕でめちゃくちゃ稼いでるから、めちゃくちゃ貯金できてるんだよねー。なんなら孤児院への寄付金をもうちょい増やしたっていいくらいだ。まあさすがに、それをすると院長先生が畏まり過ぎちゃうからしないけどさ。
にしたって何も、リリーさんに相談を持ちかけた挙げ句そんな号泣しなくたってよくない? 何、そんなに僕貧相に見えるかな?
たしかにオシャレに気を使っているとは言えないけど、清潔感は頑張って保ってるんだけどなあ。今着けてる帽子にマントだって、昨日洗ったばっかりだし。毎日お風呂に入ったりしてるんだから案外、綺麗好きなんだよー?
「全然余裕で遊べるお金は確保してるし、それは院長先生にも言ってるんだけどなぁ……」
「本人の自己申告じゃ信じられないくらい、あなたが貢いでる額がとんでもないってことでしょう?」
「そう言われても、ほぼ毎週迷宮最深部にしか存在してない希少素材を納めてるわけだし。寄付金だってあのくらいにはなるのになー」
「そこからしてまず現実味がないのねきっと。院長さん、まだあなたのこと本当に調査戦隊メンバーだったのか半信半疑みたいだし」
「孤児院にリーダーと副リーダーまで連れて行ったのに!?」
なんでだよー!? と叫ぶとリリーさんは苦笑いして肩をすくめる。院長先生、なんのかんの根本から僕の話を話半分で聞いてたんじゃないかー! ひどいよー!
院長先生は当然、僕が大迷宮深層調査戦隊に加入していたことを聞いている。
というか当時のリーダーと副リーダーが二人がかりで僕をスカウトして、その流れで冒険者としてギルドに登録してそのままデビューしたって感じだったりするのだ。
最初は院長先生も猛反対してたんだけど、リーダーの粘り強い説得と副リーダーによる、孤児院の経済的状況を冷徹にネチネチ指摘される波状攻撃が何時間にもおよび行われ。
泣く泣く僕の調査戦隊入りを認めたという経緯があったりしたのだ。だから院長先生、僕がメンバーだったこと自体は知ってるはずなんだけどなー……
「っていうかリーダーと副リーダーまで疑ってるってこと? 逆にすごいよねそれー」
「あー、そこは疑う余地はないって言ってたわ。要はソウマくんが、あの英雄達と肩を並べて迷宮を攻略した上、国や貴族にも警戒されてしまうような超危険人物になったってところに疑いがあるみたいね」
「超危険人物って……ひどくない、リリーさん?」
「国が名指しで存在しなかったことにしようとした人間なんて長い王国歴でもあなただけよ。その時点で何も言えないわねー」
ぐえー。言われてみればそんなところもある、ぐうの音が出づらいー。
僕そのものの危険度はそんなに高くないとは思うんだけど、僕の出自とかが国の権威を貶めるとかうんたらかんたら。そんな理屈が罷り通っちゃうのが王国上層部の世界ってんだから怖いねー。
「はー、院長先生がそんな風に思ってたなんてー……」
「一回彼女連れて迷宮でも連れて行ったら? 実力を見せたら考えも変わるでしょ」
「危ないよー」
たしかに手っ取り早いかもだけど、院長先生の身に万が一があるといけない。
あの孤児院だけは、そこに住む人達だけはなるべく危険なことには手を染めてほしくないからねー。僕の数少ない、絶対的なものと定めたルールのひとつなわけだねー。
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憶測が飛び交ってるよー
翌日、学校を恙無く終えて放課後。昨日よろしく地下道を通って冒険者"杭打ち"として参上した僕は、その足でギルドではなく迷宮都市外部へと向かった。
依頼を受けた、迷宮地下3階での薬草採取をこなすのだ。ぶっちゃけ朝飯前なんだけど、院長先生含めた孤児院のスタッフさん達にとっては内職のポーション作りに必須な重要素材なので、しっかりこなさないとね。頑張るぞー!
「おう杭打ち、今日も精が出るなあ」
「どもどもー」
いつもの門番さんと軽い挨拶を交わして外へ。今日は森の中までは行かず、近場に迷宮への入り口があるのでそこへと向かう。
各階層へ直通している穴でない、地下一階の一番最初の地点から始めるためのいわば、迷宮そのものの入口。学校で言えば正門と言ったところかな。それを使ってみようと思うのだ。
草原を少し歩くと、小高い丘に挟まれたなだらかな地面がある。そこに、大仰な装飾の施された、いかにも迷宮の入り口はここですーって感じの大穴が空いているのだ。
これこそが迷宮の正規の入り口なわけだね。最近は大体直通のルートを使うのが当たり前になってるから、わざわざ一から冒険を始めようってのは新人さんか、あるいは僕みたいに浅層に用事のある人くらいしかいない。
「ね、ねえ。あれ、あのマントの人……」
「え……あ! すご、マジ? く、杭打ちさん!?」
「…………?」
入口の近く、総じて新人さんだろうパーティーが複数いる。屯してそれぞれに準備を整えていたところ、そのうちの一組が僕に気づいて指を差してきた。
なんだろ、僕に何かあるのかな? 少なくともこれまで、何度もこんな場面に出くわしてきたけどここまで過剰な反応をされた覚えはないんだけど。
万一ということがないとも限らないし、露骨にならない程度の警戒はしつつ近づく。新米のフリしてこっちに仕掛けてくるとかマジでヤバい連中だけど、そんな悪辣さは今のところ感じられないね。
なんかみんなして僕を見ている。共通しているのは目がどこキラキラして、やけに初々しい感じなところくらいかなー?
ああ、あと何人かは昨日、騎士団騒ぎの後で見た気がするなあ。ってことはもしかしたら、この人達のこの視線って……
「あの伝説のパーティー、大迷宮深層調査戦隊の一員……! 杭打ちさんがまさか、そんなすげー人だったなんて!」
「それもただのメンバーじゃなくて、レジェンダリーセブンにも匹敵する実力を持った最強格って話よ! あまりに強すぎたから国や貴族に危険視されて、追放の憂き目に遭ってしまったっていうけど……」
「俺が聞いた話だと、調査戦隊リーダーのレイア・アールバドと冒険者性の違いを巡って対立、敗れて追放されたって聞くぜ。いつも帽子とマントで顔を見えなくしてるのも、その時の傷のついた顔を見られたくないからとか」
「あれ? たしか私が聞いたところによると、迷宮最深部で発見した未知のエネルギーをどう扱うかで揉めて調査戦隊ごと解散になったとかって」
「どの説も聞いたことあるなー。ただ、杭打ちさんの離脱こそが調査戦隊崩壊のトリガーになってるってのは共通してるみたいだけど」
「………………………………」
えぇ……なんか大事になってるー……
明らかにこれ昨日の騒ぎが引き金だけど、調子に乗ったベテランが酒に任せて出鱈目半分吹き込んだと見たよー。何してくれてんのさ一体ー。
今までは割と、事情というか経緯を知ってる冒険者達は空気を読んで黙っていてくれてたのになんで今さらペラペラと、あることないこと喋ってるんだろ?
アレかな、ペーペー騎士団員の横暴に加えてシミラ卿がストレスで大変なことになってそうなところに、僕までしゃしゃり出ちゃったもんでいろいろテンションおかしくなっちゃったのかなー。迷惑ー。
3年前から概ね"一年中ずーっと顔を隠している年齢不詳性別不明の変な人"というイメージだったのが、すっかり"大迷宮深層調査戦隊をなんかの理由で追放された変な人"になってしまったよー。
っていうかね、せめてどれか一つくらい正解が混じっててほしいんですよと僕は言いたい。貴族に金払うから出て行けって言われたから出ていっただけなのが、なんで強すぎて追放されただのリーダーと喧嘩しただの尾鰭が付きまくってるんだよー。
「伝説のパーティーの中核・レジェンダリーセブンにも肩を並べる正体不明の実力者……そんな人がずっとDランク止まりなのも、何か事情があるのか」
「まだ未成年だって噂もあるけど、まさかね」
「美少女説なんかもあるよなあ」
「子供? 美少女? 馬鹿な……5年前にはもう冒険者として活動してるんだぞ」
「! …………」
おっと言った途端にドンピシャ! そーですよ僕、実はまだ15歳なんですよー! 男だけどね! 美少女じゃないから!!
ちょっと楽しくなってきちゃった。デタラメの中に真実が混じってるの、なんか嬉しいかも。
「……………………」
「迷宮に入るのかな……おい道開けろお前ら、杭打ちさんが通るぞ!」
「つーかやべぇなあの背中の鉄の塊。昨日地面に叩きつけてたけど見たか? 地面奥深くまでぶち抜いて、周囲にゃクレーターまでできてたんだぜ」
「なんでも噂じゃあ大の大人が束になっても持ち上げられないほどの重さだとか。そんなもん軽々背負ったりぶん回したり、やっぱ違うわ調査戦隊メンバーは」
最後まで聞いててむず痒くなること言ってくれちゃうなあ、この新人さん達!
正直顔がニヤけすぎて気持ち悪いことになってる。褒めてもらうのってなんであれ嬉しくなっちゃうよ、うへへへー。
これから迷宮に潜るのに、浮かれ気分になりすぎるのはまずい。
僕はまだもーちょっとだけ褒めてくれてるのを聞きたいなーという想いを圧し殺しながらも、ありがたく道を開けてくれた新人さん達を通り過ぎて迷宮へと進入していった。
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モンスターすら避けて通るよー
迷宮の正門を入り、一番最初に見えてくるのは階段だ。仄暗い地下へと続くそれは底知れない不気味さを湛えるけれど、まあぶっちゃけ雰囲気だけのものだ。
地下10階までは別段、新米さんでもあまり梃子摺ることなく進める程度の難度でしかないからねー。
出てくるモンスターも雑魚いし、階層自体に何倍もの重力がかかってるとか、異様な寒暖の差とか異常気象とかって怪奇現象があるわけでもない。
ある意味一番、世間一般的に考える迷宮のイメージに近いのが地下10階層までなのかもしれないほどだ。
「…………」
「ぴぎ!? ぴぎ、ぴぎぎ」
「ごげ!? ご、ごげご」
「ぎゃあああああ! ぎゃぎゃああああああ!!」
「……………………」
そんな浅層部、生息しているモンスターにとっては僕こそがまさしくモンスターなのだ、ということなんだろう。
さっきから見かけるモンスターみんなして、僕を感知するなり悲鳴をあげて逃げていく。ただの一匹たりとて、僕に殴りかかるどころか近寄ることさえしないのだ。
さすが野生ってところかな、実力差を即座に理解して一目散にその場を離脱するってわけだねー。
大体地下50階層を降りたあたりから、僕に限らず大迷宮深層調査戦隊のほとんどのメンバーはこんな感じに、浅層のモンスターから避けられるようになってしまった。
おそらくはそのあたりの階層を攻略するために身に着けた迷宮攻略法・威圧を与えたり身に纏ったりする技術による副作用だろう。
アレを常時発動できるようにならないと、一歩だって前に進めない環境だったからね……迷宮内では無意識下でも威圧法を発動していられるよう訓練したのが仇になった形だ。
ちなみにこの威圧法は迷宮の外では意識しないと使えないし、そもそも人間相手にはよほど強く威圧しないと効果が薄かったりするよー。
本気でかけたら迷宮最深部の化物まで退散させられるような威圧に対して、全然感知するところのない人間の鈍感さを嘆くべきなのかな?
そんな感じに主張する仲間が昔いたけれど、僕としてはむしろ威圧や威嚇に耐性があるんだと解釈して、人間の適応力ってすごい! って内心で思っていたんだけどねー。
どちらが正しいか、それは未だに分からないことだ。
「…………」
ともあれそんな感じで、いっさいモンスターに近寄られることもなく戦闘なんて全然起きない、平和な迷宮ピクニックと化した道を僕は進んだ。
マントの上から提げた紐付きの携帯ランタンが照らすのは、狭い通路広い通路。そして小さな部屋大きな部屋。
時折分岐路もあったりするのを、迷いなく下階への最短距離で突き進む。かつての迷宮攻略にあたり、地下30階くらいまでの最短距離は頭の中に叩き込んだからね。
それ以降は地図がないと普通に迷うけど、少なくとも地下3階くらいまでなら問題ないや。
地下2階もとりたてて特筆すべきこともなくさらに地下へ。途中、入り口同様新米さんらしきパーティーと出くわしたけど僕がモンスターにさえ怯えられていることに気づき、すげーやべーの大合唱だった。
才能と意欲があればそのうち辿り着けるから今のうち、浅層のモンスターとの戦いを頭に焼き付けといたほうがいいよと内心でつぶやく。マジで相手しなくなるから、記憶も朧気になってなんか切なさがこみ上げる時があるんだよねー。
ああ、僕ってば遠くまで来ちゃったなー、みたいなー。
今でもたまに会う、元調査戦隊メンバーにそんなことを言ったら鼻で笑われたけど。ひどいよー。
かつての仲間に憤りつつさらに下階へ。はい、地下3階に到着ですー。この階層あたりからしばらく、件の薬草が自生してるねー。
「……………………」
ほうらさっそく、道端に生えてる草発見。一見なんてことのない普通の草で、ともすれば雑草と一括りに言われてしまいがちなんだけど実はこれ、薬草なんですねー。
まずは一草ゲット。この調子であちこちに生えてるからいただこう。この階層に生えてる草だけで、目標とする量は取れちゃいそうだ。
モンスターもバッチリビビって襲ってこないし、僕は余裕綽々で薬草を摘み、10本単位で束にして持参した袋に詰めていく。
これを10束。つまり100本分の薬草をゲットすればいいだけなのだ。すごい楽ー。ガンガン取るよ、サクサク摘むよー!
意気込んで僕は3階中の部屋、道、壁などに自然と生えている薬草を丁寧に摘んでいく。
途中、地中奥深くや壁の中にぎっちり根を張ってるようなものもあるけど、そんな時のための杭打ちくんだからね。問題なく杭でぶち抜いてゲットしていく。
床はともかく壁は、場所によってはぶち抜いた先に別の道なり部屋なりにつながることもあり得るから、一応ぶち抜く前に軽く叩いて、向こうにいるかもしれない人達に警告しておく。はい、コンコン。
『あら? …………えっ? あら!』
『……なんだ、今の音?』
『そこの壁からだな。調べてみるか?』
おっとまさかのドンピシャリー。向こうの空間に誰かいて、今僕の起こした音に反応してるね。
男の声と女の声。二人組? さすがに壁を隔てた空間の気配までは読み取れないねー。
壁を調べようとしているみたいだけど、むしろ離れてもらえると助かるんだけどね。声掛けでもしようかな?
そう思って口を開こうとした瞬間、別の女の人っぽい声が聞こえてきた。
『……いえ。むしろ離れたほうが良いでしょう』
『何? なんかあんのかよ』
『ええ、私の推測が正しければ──距離は取りました! どうぞ遠慮なく来てください!』
「!? …………!!」
え。何? もしかして僕だと気づいてる!?
まさかの呼び声に一瞬、僕は目を見開いた。
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まさかの再会だよー(泣)
若い女の人が、明らかにこちらに向けて壁越しに声をかけてきている。ちょっとこれは想定外だ、なんだ、誰だろ? 知り合い? こんなところで?
『き、急になんだよ! 何がいるのか? モンスターか!?』
『ふふ、今にわかります』
『か、かいちょ〜……?』
『ふふふふふふ!』
何やら向こうが騒がしい。最初二人だけかと思ってたけど最低四人はいるみたいだ。
新人さんパーティーかな? というかどうであれ、壁からコンコン音が聞こえただけで僕だって気付けるようなものなんだろうか? なんか不気味ー。
「……………………」
とはいえせっかく言ってもらったんだし、気にもなるしとりあえず杭打機を振りかぶる。
ここの迷宮はちょっとそっと壁や床を壊した程度なら、時間経過で修復される不思議な仕組みをしてるからどこをどうぶっ壊しても遺恨が発生しないのが最高だよねー!
遠慮なしに壁を、一息にぶち抜く!!
「────!!」
「うおおおおっ!? な、なんだ!?」
「か、壁が!?」
「ふふ……さすがですね」
スドォォォォォォン! と轟音を立てて壁が崩れる。鉄の塊がまずヒットして、矢継ぎ早に飛び出た杭が直後にヒット。
多段式の衝撃と破壊力は折り紙付きだ。迷宮の壁程度なら全然余裕でぶち抜ける。こんな風にねー。
瓦礫と砂埃舞う中、壁に埋まった薬草を取り出してはい、収穫完了! これで概ね10束だから、後は帰って孤児院に届けに行くだけだねー。
と、その前に例のパーティーさん達にお騒がせしたことを謝罪しないとね。普通、迷宮の壁がぶっ壊れてそこから人がぬっと出てくるなんて考えにくいもんねー。
「……おさわが──」
「杭打ち!? なんでこんなところに!?」
「!?」
お騒がせしてごめーんね! みたいなことを言おうと思った矢先、聞き覚えのある声が聞こえて僕は帽子とマントの奥で密やかに目を剥き口を噤んだ。
この声……! まさか、このパーティーって!?
愕然とする思いで、僕は声の方を振り向く。そこには。
「貴様……野良犬め、また冒険者気取りで……!!」
「か、会長。杭打ちさんだってもしかして知ってたんですか!?」
「うふふ。どうかしら」
「………………………………っ!?」
ああああ脳破壊パーティー再びいいいい!!
視界に入る見覚えのあるハーレムパーティーに、僕の情緒はあえなくグチャグチャになってしまった。
思わず叫び声をあげなかっただけでも褒めてほしいくらいだ。"杭打ち"状態だとあんまり声を出さなくなるってのが習慣づいていてよかった、本当に良かったよー!
そう、僕が遭遇した壁の向かい側のパーティーってのが、まさかのゆかりの人達!
僕の一度目の初恋のシアン生徒会長様! 3度目の初恋のリンダ剣術部長様! あと生徒会長副会長と会計の子。見たことない美人さんもいるね。
そしてにっくきあんちくしょう! 僕の宿敵、10人いた初恋の子の実に8人も落としていったやべースケコマシ!!
なんちゃってAランク冒険者、オーランド・グレイタスその人が自慢気に女の子達を侍らせちゃったりなんかしちゃってるのだー!!
ああああ出会いたくなかったいろんな意味でええええ!!
「…………」
「お前……なんのつもりだこんな浅い階層をうろつきやがって。仮にも元・調査戦隊メンバーなのに何やってんだこんなところで!」
早速噛み付いてきたよーやだよー怖いよー。
調査戦隊メンバーだったことを当て擦った物言いをしてくるけど、彼の場合前から知ってたんだろうなって思う。だってオーランドくんの両親のグレイタス夫妻も元調査戦隊メンバーだったからねー。
夫婦揃ってレジェンダリーセブン──すっかり当たり前みたいに使ってるけど本当に笑えるネーミングだ──ではないものの、戦闘要員の中でも上位30名くらいの中には入ってる程度にはお強い人達だ。今のシミラ卿くらいかな?
気のいい夫妻なんだけど度を超えた親バカなのが珠の傷だって、他のメンバーにもからかわれてたんだけどねー。今となっては本当に珠の傷だから笑えないよー。
息子の教育ちゃんとしてほしかった、切に。コネ使ってインチキAランクになんてしてちゃ駄目だよってほんと、今度出くわしたら説教しちゃうかもしれないねー。
と、そんなことを考えてると前と同じでリンダ先輩が、オーランドくんに話しかけている。あっ、やな予感。
「オーランド、お前まであのような下らぬ噂を信じているのか? 調査戦隊メンバーなどと……スラムの野良犬が冒険者を騙っているだけでも腹立たしいというのに、よくもまあそんな嘘八百を並べたものだ」
「……………………」
「いや……そこは前からうちの親が、杭打ちとは同じパーティーだったって話してたからな。調査戦隊以前の話だと思ってたが……まさかマジに元メンバーなんてな。公的にはメンバー扱いされてないって話だが」
「当たり前だ。世界中の腕利きが結集した現代の神話集団・大迷宮深層調査戦隊。栄光に満ちた彼らとその道程に、スラムの犬が紛れ込んでいたなどと後世には残せるはずもない。国は正しい選択をしたよ」
「………………………………」
ああああ的中したああああ!!
どーしてそんな僕のこと毛嫌いするのおおおお!?
相変わらずの心なさすぎる発言の数々に膝をつきそうになる。なんで? 僕なんかした? それなりに弁えて静かに生きてるのにー。
うう、厄日だよー。っていうか昨日からなんか、厄日だよー。
内心すっごいブロークンハート。僕の三度目の初恋は何度失恋したら終わりを迎えられるのかしら。え、もう死んでる? うっさいよー。
なんてことを涙を呑んで思いつつ彼らを眺めてどんよりしていると、不意にそんな二人に声が投げかけられた。
「────いい加減にしてもらえますか? グレイタスくん、リンダ」
「あの……そんな言い方、そちらの方に失礼すぎると思いますが」
「!?」
まさかの援軍。
それは彼らの側にいる、美少女二人からの叱責だった。
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一触即発だよー
まさかの僕への擁護。それもオーランドくんのパーティーメンバーの女性達、すなわちハーレムメンバーの中からときた。
えっ、何? もしかして僕きっかけに修羅場りそうなの? これ僕にとばっちりくるやつじゃない? 大丈夫?
「し、シアン会長……それに、マーテル?」
「……何を言う、生徒会長。急にどうした」
「…………」
我らが第一総合学園生徒会長シアン・フォン・エーデルライト様。僕の初めての初恋であり、秒で失恋を経験させてもくれたスピードスターその人と。
金髪をやたら長く伸ばし、どこかヤミくんヒカリちゃんの着ているのと似た意匠の服を着ているマーテルというらしい美女さんと。
どちらも絶世と言うにふさわしい壮絶な美人さんが、なんとオーランドくんとリンダ先輩に真っ向から否やを唱えたのである。
戸惑うオーランドくんと呆気に取られた様子で尋ねるリンダ先輩。二人からしてもこれは意外だったんだね。
取り巻きの生徒会副会長と会計と、あとついでに僕も内心でオロオロする中。シアン会長とマーテルさんとやらはそんな二人に毅然とした態度で反論した。
「前々から思っていましたが、あなた達の杭打ちさんへの態度は目に余るものがあります……サクラ・ジンダイ先生にあれだけ叱られてなお、それを改めないことへの嫌悪と軽蔑も。あなた達はあれから何も学ばなかったのですか」
「なんだと……? おい、一体どうしたと言うんだ。まさかあの偉そうなヒノモト人の物言いに、本気で感銘を受けたとでも言うのか」
「先生に何か言われるまでもなく、不満に思っていましたよ。冒険者とも思えない姿を晒しているのは、あなたのほうですリンダ・ガル。頭を冷やしなさい」
「貴様、ふざけたことを……!!」
ひえー、女の戦いだよー! なんか目線がバチバチぶつかってるよー。
サクラ先生にすいぶん説教されたはずなのに、全然堪えてない感じのリンダ先輩はすごく悲しい。でもシアン会長が真面目に僕のこと庇ってくれて、それ以上に嬉しい! わーい!
喜びつつ悲しみつつ怖がりつつ忙しいよー。情緒不安定になりかける複雑な心境で今度はオーランドくんのほうを見る。
生徒会長と剣術部部長の、視線でやり合う苛烈なバトルと異なりマーテルさんとやらは、ただひたすらに哀しみを宿した目で彼を見、訴えかけていた。
「ずっと前から、さっきのような酷いことを言い続けていたんですか? ……どうして」
「マ、マーテル。たしかにその、俺はこないだ杭打ちに嫌味言って先生に愛想尽かされちまったよ。だけど今回はそんなに──」
「ですが、リンダの物言いを咎めたりはしてませんよね……? いつも自分はAランクだ、誇り高い冒険者なんだと言ってますけど、そんな人が今の言い分を何一つ否定しないものなのですか……? その、当世の倫理というものは分かりかねますが、おかしいと思います、オーランドさん」
「な、あ。う……それ、は」
「………………………………」
ありゃ、さしものオーランドくんも絶句しちゃってる。マーテルさんの正論? というか理屈に彼自身、思うところがあるのか普通に論破されちゃってるみたいだ。
でもたしかに、こないだに比べてずいぶん敵意は薄くなってるとは思うよね。サクラさんも彼は反省したって言ってたし、こっぴどく叱られたらしいのが相当堪えたみたいだ。
僕としては揉め事がとにかく嫌なので助かるよー。
ただまあ、彼はともかく問題は……
「野良犬を庇うなど博愛精神も大概にしておけよ、偽善者ども……!」
「ま、マーテル、俺は、その」
「…………」
あーあ、一触即発。ショックを受けて項垂れるオーランドくんはともかくリンダ先輩、キレて剣を抜いちゃった。
それは駄目だよー。僕はすぐさま彼女の近くに移動して、手にした剣の刃の部分を掴み、思い切り握りしめた。
「!? い、いつの間に、は、離せっ!!」
「…………!」
いくら喧嘩しててもね、友達だかハーレム要員だかの間で刃傷沙汰は駄目だよー!
軽々しくラインを超えかけたリンダ先輩の剣を完全に拘束する。刃を握り締めているため、常人なら血が出るしこの状態で刃を引きでもしたら指とおさらばしなくちゃいけないかもだ。
でも僕は常人じゃないからねー。これこのとおり、逆にリンダ先輩が一つも動けないくらいガッツリ掴んでるよー。
持っててよかった迷宮攻略法。改めて入ってよかった調査戦隊。いやまあ、一般には影も形もない存在だけどね、ぼくは。
とにかくリンダ先輩の凶行は未然に防いだ。これ以上何かする気なら、悪いけどこの剣へし折ってから意識を刈り取るよ。
「……………………!」
「っ!? あ、ぁぅ……っ!?」
今ここにいる僕は学生ソウマ・グンダリでなく冒険者"杭打ち"だからねー。やらかしてる冒険者が目の前にいるなら、多少の実力行使も辞さないよー?
少しの威圧を込めてリンダ先輩を睨みつけると、それだけで彼女は意気を削がれたらしかった。息を呑み、へなへなとその場に崩れ落ちる。
あれ、もしかして耐性ないのか。ってことは地下20階層には到達してないんだな、この人達。
威圧を与えるほうはともかく、威圧を受けてなお平常でいるための迷宮攻略法は割と早期で身につける必要に迫られる技術だ。
地下20階層を過ぎたあたりから、意識的に威圧してくるモンスターが増えるからね。そいつらに気圧されないために、そこまで到達した冒険者は迷宮攻略法・威圧耐性の獲得のために今一度の訓練を強いられるんだ。
その耐性がなさそうってことはずばり、オーランドくん達は実はまだ、地下20階層まで到達してないってことになる。
さっき僕を揶揄ってたけどAランクのくせにこんな浅層をうろついてるとか、君こそどーなってるんだと思ったけど納得だ。下手するとこの辺が実力相応なのかもしれないわけだねー。
うーん名ありて実なし。とは言いつつ彼の場合、評判もあまりよろしくはないんだけどさ。
ちょっといくらなんでもお粗末すぎないだろうか? グレイタス夫妻、さすがにこれは真面目にお話しなきゃいけないかもねー。
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※ただしイケメンにかぎるよー
「生徒会メンバーが二人も参加するならばと、半ば目付けの役割でしばらくこのパーティーにお邪魔していましたが……」
僕がリンダ先輩を威嚇し、マーテルさんがオーランドくんを諭して黙らせて見事に凍りついちゃった迷宮地下3階層のとある通路。集めて束にした薬草もこんな空気じゃあしおしおになっちゃいそうだ、どうしたものかなー。
悩んでいる僕がそれでもリンダ先輩を止めている間、喋りだしたのはシアン会長様だ。
美しくキュートな桃色髪がよく似合う、ちょっと小悪魔チックな微笑みを浮かべつつそれでも清楚感がたっぷりなすっごい美少女。
ちょっとスレンダー気味なのもどこかボーイッシュさを感じさせていい気もする今日この頃。そんな彼女はオーランドくん達を見据えて、微笑みのままに爆弾発言を場に投下した。
「もう限界です。今限りをもって私はあなた達のパーティーを離脱します。短い間でしたがお世話になりました」
「な……」
「か、会長。何を馬鹿な」
「ピノ副会長、オールスミス会計。私がご一緒するのはここまでです……夏季休暇が明ければ私の会長としての任期も終わりますから、実質これが私の、生徒会長として最後の言葉になりましょう」
「…………」
ニッコリ笑ってるけどどこか笑顔が暗い。怒ってませんかこれ、怒ってますよねこれ? 怖いよー!
唖然とするのはオーランドくん以上に、同じ生徒会メンバーの副会長さんと会計さんのお二人だ。僕は勝手に、この二人はシアン会長の取り巻きだと思っていたんだけれど……話を聞くに実は逆というか違くて、オーランドくんについていった二人につきそう形で同行していたのがシアン会長らしい。
でもこの人はこの人で春先、オーランドくんと早々にイチャコラしだして僕含めた男子勢の初恋を速攻粉砕してたような気がするんだけど。
他ならぬ粉砕された側だし、あのショックはなかなか忘れられない。あっあっ、脳がまた崩れていきそうだよー!!
「……付き合う相手は見定めなさい。グレイタスくんはまだ芽があると思いますが、リンダ・ガルは処置なしです。ジンダイ先生のお言葉の意味を、そこの二人だけでなくあなた達もよくよく考えるべきですね」
「シアン会長、待ってくれ! お、俺は」
「それとグレイタスくん。最後なので言っておきますが、私は結局あなたのことを好きにはなれませんでした」
「!?」
「!?」
!? え、あ、う!?
ま、まさかのオーランドくん爆沈!? え、どーいうこと? それどっちかって言うと僕の役回りじゃない!? 言ってて泣きたくなってきた。
オーランドくんとリンダ先輩を突き放し、副会長と会計の二人を何処か憐れむような視線と言葉を放ち。
そうして次、引き留めようとするオーランドくんにまさかのカミングアウトをかました凛とした姿に一同呆然愕然だよー。え、修羅場は修羅場なんだけどこの方向性はちょーっと、予想してなかったなー僕。
ヤバい、未知の体験すぎてどう動けばいいのか分かんないよー。
内心超混乱している僕のことなど露知らず、シアン会長はさらにオーランドくんへ、どこか慰めるように労るように言葉を重ねる。
「Sランク冒険者の息子、かつAランク冒険者ということである程度仲良くすべきと考え、これまでそれなりに行動をともにしてきましたが……別段つきあってもいない女性に構わず接近していく姿勢は、あなたの一番良くないところです。猛省してください」
「あ、ぅ」
「……ただ、そちらのマーテルさんを私心抜きに助けたところはさすが、誇りある冒険者を自称するだけはありました。人を見下す癖を直し、謙虚さを得、そして親の威光に縋ることから卒業すればきっと、あなたは本当のAランクにもなれると信じます」
「……………………」
が、ガチ説教……若干フォローも入れてるのが余計にマジな感じを醸し出す、そんなレベルのガチ説教だよー……
案の定と言うべきかなあ、女関係のアレさをガッツリ叱られてるけど、それはそれとしてマーテルさんとやらは何やら純粋な正義感とかで何かから助けたって感じなのかな。
いまいち話が見えてないけど、今聞いた話の範疇だけならなるほど、オーランドくんも冒険者としては結構やるじゃんって感じもする。
ただ、やっぱりAランクは時期尚早だよねー。
これについてはグレイタス夫妻の責任が大きいと思うけど、立場にあぐらをかいて好き放題してきた本人も本人だし。
今どこをほっつき歩いてるんだか知らないけどあの夫婦、今度帰ってきたら針の筵になるかもしれないねー。
「オーランドさん……」
「ま、マーテル……」
と、マーテルさんが愕然とするオーランドくんに寄り添い、その手を握りしめた。
いいなー! 美少女に手を握りしめられつつ慰められるとかいいなぁー!! すごい羨ましすぎてつい、剣を握る手に力が籠もる。
「その……私は、あの時手を差し伸べてくれたあなたを信じてます。あなたは本当は優しくて、誰よりも心の強い人だって信じてます」
「マーテル、俺は……俺は」
「よくないところ、直していけるのなら直していきませんか……? いいところ、伸ばしていけるのなら伸ばしていきませんか……! わ、私にできることがあるなら手伝いますから! オーランドさんが誤解されたままなのは、嫌です!」
「………………………………」
本当にオーランドくん、なんかしらんけど困ってる彼女を助けたんだね。そこはすごいと思うし、同じ冒険者として尊敬するよ。
でもね、だからって即座にそんな感じにいい関係性を築けるのはおかしいと思う! ズルいよ僕が同じことしてもたぶんそんな風にはしてもらえないもの!
イケメンにしか許されないのかそういうアレはー!
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初恋が蘇ったよー!?(歓喜)
謎の美少女を助け、そのまま恋愛関係に発展していくラブストーリー。
そんな王道のボーイミーツガールを地で行っちゃってるらしいオーランドくんとマーテルさんに、全身が震え戦慄くほどの衝撃を覚える僕は、もうそろそろいいかなとリンダ先輩への威圧を解きつつ剣から手を離し、その場を離脱しようと動き出した。
あまりに居た堪れないのとあまりに羨ましすぎて、もう一分一秒だってこの場にいたくなかったのだ。
「…………」
ズルすぎるよー……泣けてくるほど羨ましいよー。
たまたま助けたのが美少女で、しかもめっちゃ好感度高くて懐いてきて?
自分のいいところを伸ばして悪いところを諌めようとしてくれて、支えようとしてくれて? え、何それ女神か何かです?
この世に神様ってやつがいるなら今すぐ出てきてほしい、全身全霊力の限りを尽くして叫ぶから、不公平だーって!
こっちはこの3ヶ月で10回失恋してるんですよ! こないだのサクラさんへの告白だって華麗にスルーされたし、それ含めたら通算11回だ! だのにオーランドくんはハーレムパーティーを結成して挙げ句、コッテコテのボーイミーツガールー!?
何それ何それ! ズルいよズルいよズールーいーよー!!
「マーテル……俺、やり直せるかな。マーテルと一緒になら……」
「やり直せます。私や、私だけでなくみんながいてくれますもの。ね?」
「っ…………」
「…………!!」
ああああ僕よりよっぽど青春してるうううう!
挫折から女の子達に支えられつつ再起するってマジそれ僕がやってみたかったやつうううう!!
後ろで繰り広げられている心底羨ましいアオハル風景を、僕はとてもじゃないけど見ていられない。視界に入れたら本当に死ぬかもしれない、耳に入ってくるやり取りだけで血反吐が出そうなのにー。
うう、うううー。僕は結局、死ぬまで一人で杭を打つしかないのだろうか? 調査戦隊の頃や孤児院以前の時期じゃあるまいし、もうそろそろ血と肉片と迷宮色でしかない青春とか嫌なんですけどー!
…………でもまあ、仕方ないよねー。僕なんて、そもそも生まれ育ちからしておかしいもの。調査戦隊のみんなにいろいろ常識とか普通を教わったけど、根っこのところはやっぱり異常なんだもの。
誰にも相手されないのも当然だよねー。うへー、しんどいよー……
「…………」
あまりにアオハルが遠すぎて、いよいよネガティブモードに浸りかけていた僕。
自分で自分を痛めつけるのって、密やかで昏い慰めになるんだよねー……こういうことしてるから駄目なんだって、分かってるんだけどねー。
「どうされました、杭打ちさん。もしかして何か、落ち込んでいらっしゃいます?」
「…………、……………………?」
と、そんな時だった。唐突に声がかけられて、僕は振り向きたくもない後ろをチラッとだけ振り向く。敵意はなさそうだけど、念のため迎撃の準備を即座に整えながら。
するとそこには、先程オーランドくんにガチ説教をかましたシアン生徒会長その人が。僕のほうに悠々と歩いてきて、なぜかやたら親しげに手を振っている!?
「……………………!?」
「うふふ、お帰りになられるのでしょう? ご一緒させていただいてもいいでしょうか……いろいろ、お話したいこともありますし。ね?」
「!!」
まさかのお誘い! 嘘ぉ!? 一度目の初恋が不死鳥のごとく蘇ったー!?
慌てて力強く何度も頷く僕。そんな姿に、シアン会長はクスクス笑って僕に寄ってきた。
ああああ憧れの生徒会長が至近距離いいいい! めっちゃ綺麗でお美しいしいい匂いするし瞳が透き通るような空の色だ! うわー! うわわー!!
「ふふ、それでは一緒に帰りましょう……それでは皆様、私達はこれにて。今までありがとうございました」
「か、会長……!」
「し、シアン様……っ」
「さ、行きましょう杭打ちさん」
「!」
最後に元パーティーに別れを告げつつ、シアン会長は僕を促した。すぐに頷き、僕は彼女と歩き出す!
わーいデート……じゃないけど帰り道をご一緒だー! 迷宮でも学校でも帰路は帰路だし、ドキドキの青春の一幕だよー!
まさに夢心地、天にも昇る心地ってこういうことかもしれない。幸せな気持ちで胸が一杯になりながら、僕はシアン会長と迷宮の来た道を戻り始めた。
道中も当たり前ながらモンスターは寄ってこない。今日ほど威圧法を体得していてよかったと思えた日はないよ。だって迷宮の外まで会長をエスコートするのにうってつけの、安全安心の迷宮攻略法だものー!
「……! ……!」
「どうされましたか? 何か、嬉しそうですね?」
「! …………」
人生稀に見るはしゃぎっぷりの内面が、外にも漏れちゃってたんだろうか。シアン会長が僕を見て、ひどく優しくもいたずらっぽい笑顔を向けてくる。
ああああ嬉しいけど恥ずかしいよおおおお! すぐにスンッ……と静かにすると、何がおかしいのかまたしてもクスクスと会長に笑われてしまった。
「フフフッ! なんだか楽しそうで嬉しいです、杭打ちさん。お顔は見えませんが、不思議と気持ちが伝わってくるのは……あなたの素振りがそれだけ純粋で、感情表現が率直なのかなと私には思えます」
「……………………」
「誰もが大人になっていくにつれて隠したり、なかったことにしようとしたりする大切なものを、杭打ちさんはなんの衒いもなく、精一杯に表現し続けているのですね。素敵だと思います、本当に」
「!!」
す、素敵! ステーキじゃなくて素敵! シアン会長が、僕のことを素敵ってー!?
衝撃に次ぐ衝撃。あまりに嬉しい、夢のようなことが立て続けに起きてもう、これが夢か現実か分かんなくなってきちゃったよー……
クラクラしそうな茹だる頭で、それでもどうにか迷宮の帰路を辿る僕と会長さんでした!
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デート?だよー!(歓喜)
信じられないことが起きているよー! 僕がなんとあの、シアン生徒会長と二人で迷宮を歩いているのだ!
それも横並びで、ちょっとした拍子に肩が当たるくらいの近さで! 僕のほうがちょっぴり背が低いのが悔しいけど、このシチュエーションは夢にまで見た青春の1シーンと言って過言ではないのではないでしょうか!?
「…………っ」
なるべくこの、幸せーな時間が長く続くようにと願い、遅延にならない程度に心なしかゆっくりめに歩く。やばいー、頬が緩んで仕方ないよー。
横目で見るシアン会長のお姿がホントもう、美しいのなんのって。携帯ランタンは会長ももちろん使ってるんだけど、胸元の少し下らへんに提げているそれが、仄かな暖かみのある光を放ち彼女を照らしている。
すると結果として少し陰の差したお顔に見えるわけで、それがまた大人びていて素敵なんだよなー。
こんな機会、今後生きていて二度もあるなんて思えないからしっかり目に焼き付けとかなきゃね!
「杭打ちさんといると、モンスターが逃げていくんですね……そういう技術があると聞いたことはありますが、もしかして迷宮攻略法だったりするんですか?」
「! …………」
はははは話しかけられちゃった! あのシアン様と世間話してるよ、この僕がー!
お淑やかって言葉をそのまま声にしたような、澄みきった冬の空を思わせる涼やかな振動が耳朶を打つ。はー、幸せー。
内心で感激に震えながらも、興奮を抑えて僕は頷く。
いけない、これ以上妙ちきりんな反応をして怪しまれてももったいない。僕側の都合で正体を明かせないのが心底惜しいけれど、さすがに会長といえど同じ学校の人だし仕方ない。
シアン様はそんな僕の葛藤をよそに、またも麗しく微笑み返してくれる。
「すごいです……さすがです、杭打ちさん」
「……!」
「それに……ふふ。昔と変わりませんね。頼りになるのにどこか可愛らしい、でもなんだか切なくも感じる姿。あの時見た姿と、まるで変わりませんね」
「?」
褒めてくれるのはすごく、すっごーく! 嬉しいんだけどー……
え、なんか昔から僕を知ってるみたいに言ってくるよー? なんだろ、関わりなんてこれまでなかったはずなんだけど。もし知り合いだったら入学式の時点でそういう関係を前面に押し出してアプローチしてるもの。
調査戦隊時代にどこかですれ違ったりしたのかな? あの頃はメンバー共通の拠点と迷宮をひたすら行き来するだけの生活だったから、あるとしたらその道中のどこかでだろうけど。
でもシアン会長様ほど美しくてオーラのある素敵な女性を見て覚えてないなんてこと……あるねー。その頃の僕ならあり得るねー。
うわーもしかしたらもったいないことしてた!? 僕、幼き日の出会いイベントスルーしちゃってたー!?
そういうところだよー昔の僕ー。後でこうして悔いる羽目になるんだから、少なくとも可愛い人には注目しておかなきゃいけなかったんだよー。
あーあー逃しちゃってた、特大のチャンス……
「……………………」
「ふふふっ! 今度はまた、なんだか落ち込んでますね。本当、分かりやすいくらい分かっちゃって可愛いですよ。私と何処かで会ったか悩んでますか?」
「……」
落ち込んでいるのが分かりやすすぎたのかもしれない。またしてもクスクス笑ってシアン会長は、僕を伺うように見つめている。
ちょっと小悪魔っぽいのいいなあ……かわいい。こんな人が毎日隣で笑ってくれていたら、どんなにか僕の人生は幸せに満たされるんだろう。ちょっと想像もつかないや。
ついつい見惚れてしまういい笑顔。そんな顔をして会長は、僕との出会いについて仄めかす。
「それは……迷宮から出て別れ際、お教えしますね。私にとっても大事な、本当に大切な思い出ですから。道すがら、雑談程度に話したいことでもありませんので」
やっぱり、本当に昔どこかでお会いしたことがあるみたいだ。それもこの人にとって本当に大切な思い出だからときた。
なんでそんな大切なことを僕は覚えてないの? 馬鹿なのかな昔の僕、絶対馬鹿だったよ昔の僕。
気になるし早く話を聞きたいけれど、できればもうちょいシアン会長と二人で歩いていたい! 相反する心!
それでも時間とは無情なもので、ゆっくり目に歩いても地下3階程度なら、あっという間に地上に出られるくらいの距離しかない。
わざと道に迷うとかってのは冒険者としても人間としてもアウトだし、最短距離で向かうしかなかった……ああ、お日様が見えるー。
来た時に出入り口で見た新人さんパーティーといくつかすれ違いながら──とんでもない美少女を連れて歩いていたからか、しきりに視線を向けられていた。ちょっと嬉しい! ──出口へ到達する。
草の匂いも深く、青空には太陽の煌めく爽やかな夏の日。ぼくとシアン会長との二人きりのドキドキ迷宮探索が、儚くも終わってしまったのだ。
「…………」
「到着、ですね……ありがとうございました、杭打ちさん。お陰で無事に外界へ戻れました」
「……………………」
名残惜しいよー。寂しいよー。
夢のような時間が終わっちゃって、僕は頷きながらも、どうしようもなく切ない気持ちに胸が一杯になっていた。
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バレてるよー!?
柔らかに吹き抜ける風。草原、迷宮への出入り口を出て少し歩いたところで二人、僕とシアン会長は向き直っている。
なんでもここで待っていたらじき、彼女のお家の馬車が迎えに来るらしい。もちろんシアン会長だけのね。
僕はこのあと孤児院のあるスラムに行くから、ここでお別れだ。寂しいよー。
元々予定していた時間より大分早く、着いたみたいなのでそれまではこうしていようと思う。シアン会長とお話していたいし、さっき言ってた話も気になるからねー。
「今日は本当にありがとうございました、杭打ちさん……それと、先日に大変な失礼をしてしまったことについても謝罪させてください」
「?」
いきなり何やら謝りたいって言ってきたけど、シアン会長に何がされたっけ僕? 数ヶ月前に他の男子達に混ざって恋心が爆散させられちゃったことだろうか? でも先日の話だからなー。
ふと思いつくのはこないだ、オーランドくんに絡まれてサクラさんがめっちゃキレた時くらいかな? でもあの時は会長、別に何も嫌なことをしなかったしむしろ優しく笑いかけてくれたから、嬉しかったくらいなんだけど。
不思議に首を傾げていると、シアン会長はおもむろに頭を下げ、折り目正しい謝罪を示してきて言うのだった。
「グレイタスくんに絡まれた時、助けに入れたものを助けに入らなかった。結果的に彼とリンダ・ガルのあなたに対する失礼極まる物言いに、まるで私まで賛同しているかのような誤解を与えてしまいました。本当に、申しわけありませんでした」
「!?」
えぇ……すごい真面目だ……
助けに入らなかったからあの二人と同類に思われたかもしれない、だなんて気にし過ぎだよー。
別にあの場にいたハーレムパーティーメンバーで、僕に直接あれこれ言ってきたリンダ先輩以外も同じタイプだーなんて思ってやしないのに。ずっと気にしてたんだねー。
「あなたがあの場を離れたあと、私含めパーティーの全員がジンダイ先生から改めて、冒険者とは身分や出自に依らずみな、公平であることをレクチャーしていただきました。残念ながらリンダ・ガルには効果は薄かったようですが……」
「…………」
「そう、気落ちなさらないでください。他のメンバーはグレイタスくん含め、みんなサクラ先生のレクチャーを受けて深く反省しました。彼女のような者ばかりとはどうか、思わないでいただけると嬉しいです」
別に気落ちはしてないけれど……サクラ先生、シアン会長達にも説教かましたんだなーって驚きのほうがどっちかというと大きい。
新米だからこそ、あえてやらかしてようがそうでなかろうが、まとめて言い含めようってつもりだったんだろうか。
本当に正義感が強いタイプの冒険者だね、サクラさん!
そしてそれを受けての、シアン会長の生真面目さだってこれでもかと伝わってくる。素敵だー。
鼻で笑われがちな理想論を本気で受け止める姿勢がまず尊敬に値するし、それもあって僕のことをこんなにも気にかけてくれてるんだなーって喜びがジワジワ湧いてくるよー。
内心テレテレしながら聞いてる僕。いやーサクラさんに感謝だなー! えへ、えへへ!
顔が盛大に緩むのを感じながらも、僕はそれでもこればかりは、言葉にして伝えないといけないと思い、口を開いた。
「……ありがとう」
「! 杭打ち、さん?」
「…………別に、彼らのことを気にしてはいなかった、けど……そう言ってくれたことが、とても、とても嬉しい……です」
ソウマ・グンダリとして伝えたかったけど、さすがに同じ学校の人だしまずいと自重する。
特に会長は喧嘩別れこそしたけどオーランドくんのパーティーメンバーだったし、現メンバーの副会長や会計の人とも今後も交流自体はあるだろうし、僕の正体についてその辺から漏れられても困るからねー。
だから冒険者として"杭打ち"として、せめて辿々しさでどうにか誤魔化せないかなーと祈りながらぽつりぽつり、声をかける。
オーランドくんやリンダ先輩に怒ってくれたことじゃない。僕のことをどんな形であれ尊重してくれた、そのことそのものが心から嬉しいよー。
本当にありがとうございます、シアン会長!
「はい。私も、そう言ってくださってとても、とても嬉しいです。ありがとうございます、杭打ちさん……いえ、いいえ」
「……?」
ニッコリ笑って、でも少し言い淀んで俯くシアン会長。
どうしたのかな……もしまたお会いできないかとか尋ねられたりしたらどうしよう、うへへー。
あ、なんなら今度一緒に、秘密基地直結の地下道を探検したりなんかしちゃったりしてー。自分で思いついといてなんだけどなんていいアイディア!
ひたすら自分に都合の良い妄想を展開する僕。いいじゃん思うだけならタダだし、誰にも迷惑かけないしー。
実際は当然そういう話じゃ無さそうなんだけどね。シアン会長が、にわかに頬を染めてはにかみ、僕に告げた。
「驚くでしょうが、それでもあえてこの名を呼ばせてください────ソウマ・グンダリくん」
「…………!? えっ、は、え!?」
ええええ正体バレてるうううう!?
なんで!? どーいうことー!?
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まさかまさかのご縁があったよー!?
いきなり僕の本名、冒険者"杭打ち"の正体であるソウマ・グンダリの名を呼ぶシアン会長に、僕はかつてないほどに驚き、そして絶句していた。
これほどまでに驚いたのは生まれて初めてだ……生まれて初めて戦いに敗けた時よりも、初めて迷宮地下最深部に下りた時よりも、調査戦隊が解散したことを教授から聞かされた時よりももっともーっと、驚いている。
「え……は、え……っ!?」
「……ようやく、本当のあなたに会えた気がします」
驚きに呻く僕を見て、なぜだか嬉しそうに笑うシアン会長。
そのまま僕のほうに歩いてくるのを、悲しいかな冒険者としての警戒心からつい、後退ってしまう。
正体が思いっきり露見していることを受けて、どうやら本能的にシアン会長を敵……とまでは言わずとも、警戒すべき相手と認識しているみたいだ。
いや、さすがに明確に敵対してるわけじゃなし、杭打機を取り出したりはしないけど。
それでもこれまで大体の人にバレてなかった僕の名前を、こうもいきなりズバリと言い当てられては身構えざるを得ないよ。
どういうんだ、シアン会長?
「…………!」
「いきなり不躾に名前をお呼びして申しわけありません。ようやくあなたとお話できて、少し高ぶってしまっているみたいです」
「…………」
「なぜ、あなたの名前を私が知っているのか。その理由を今、お話したく思います。どうかお聞きください。あなたに助けられた、幼き日の少女の話を」
滔々と淀みなく話す会長の姿は、警戒していてもなお目も心も奪われてしまいそうなほどに美しい。頬が紅潮して目も若干潤んでるのがなんとも言えず色っぽいよー、かわいいよー。
そして僕に助けられた? やはりというか僕が昔に関わったことのある人らしいけど、こっちにはまるで記憶がない。
たぶん調査戦隊にいた頃だと思うけど、なんかあったっけなそんな、大袈裟なくらい感謝されるようなこと……
思わず記憶を漁るけど、こんな美少女とお知り合いになれるチャンスをみすみす、ふいにした覚えがまったく無くて困る。
もしかして人違いとか? いや、名前まで知られててそれはないなー。
訝しむ僕もよそに、会長はどこかうっとりした様子で胸の前で手を組み、熱に浮かされたように話し始めた。
「そう……それは5年前。当時13歳だった私が、好奇心から家を抜け出し、迷宮に一人で入り込んでしまった時のことでした」
「…………」
「地下1階。出てくるモンスターも冒険者にとっては他愛のないモノですが、蝶よ花よと育てられた我儘な小娘にとってはまさしく悪漢にも勝る暴力の化身です。すぐに襲われてしまい、私は殺されそうになっていました」
「……………………」
うーん……5年前かぁ。調査戦隊に入るか入らないかくらいのの頃だね。なんなら孤児院にもいた頃合いかもしれない。
ぶっちゃけ孤児院にいた頃からみんなに内緒で迷宮潜ってたりしたから、5年前と一括りに言ってもタイミング次第でいろいろ状況が違う時期なんだよねー。
どうにかシアン会長との関係を運命的なものだと思いたいから、必死になって記憶を探るけどなかなか思い出せないー。
あの頃は調査戦隊のリーダー達と揉めたり戦ったり勝ったり負けたり、その末に調査戦隊に入らされたりして目まぐるしかったから記憶がごちゃまぜだよー。
誰かを迷宮内で助けたこともそれなりにあるし、一々覚えてもいなかったしね。あー、今にして思えばもったいないことしたなー!
「そんな時、颯爽と現れて助けてくださったのが杭打ちさん、あなたです。今お持ちのものとは違う杭で、あっという間に並み居るモンスター達を蹴散らし、穿ち」
「…………」
「そうしてモンスターを倒し終えた後、あなたの仲間の方が来てくださって私は家に戻されました……あなたの名前をお伺いしたところ、お仲間の方から"ソウマ・グンダリ"だと教わり、その素敵な名前を今に至るまでずっと、大事に覚えてきたのです」
本当に大事な、宝物のような思い出なんだろう。シアン会長ら瞳を閉じて、神々しささえ感じる静寂な表情で祈るように腕を組んでいる。
当時、たしかに僕は杭打ちくん3号じゃなくて初代杭打ちくん──もはや単なる木の杭をガンガン振り回すだけのもの──を使用していた。会長の言う助けに入った冒険者は、僕で間違いないんだろうね。
でも、僕の名前を教えたって仲間は誰なんだろう?
調査戦隊メンバーなのは間違いないけど、リーダーの意向から僕の名前はあんまり広めないって方向に、入隊初期の時点で決まっていたのに。
僕の出自の厄介さや、まだ歳幼い子供を迷宮内に連れ出すことへの批判を恐れて、ソウマ・グンダリの名と姿は隠蔽して"杭打ち"として売り出していくってのは前提条件だったはずだ。
それを破ってわざわざフルネームでシアン会長に教えたって、誰だ? っていうかどれだ? 心当たりがそれなりにあるよー。
堪らず僕は、シアン会長に問い質した。
「…………その仲間って、ちなみにどんな感じの人です?」
「金と青のオッドアイで、美しい金色の髪を長く伸ばした長身の女性でした。送り届けていただいただけですので、名前までは……」
「…………リューゼかー……!」
あいつか! オッドアイの調査戦隊メンバーなんて、あいつしかいないよー!
大迷宮深層調査戦隊が誇った最高戦力の一人による仕業だと確信して僕は、何やってんだあいつ! と小さく叫んだ。
Sランク冒険者、その名もリューゼ……リューゼリア・ラウドプラウズ。
今ではたしか"戦慄の冒険令嬢"とか言われている、かつての調査戦隊中核メンバーの一人。
すなわちレジェンダリーセブンの一員が、シアン会長に僕のフルネームを教えていたみたいだ!
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一世一代の告白……の、はずだったよー……
レジェンダリーセブンの一人、リューゼリア・ラウドプラウズ。かつては調査戦隊の中でも特に僕と仲が良くて、今は遠くにある海洋国家で活動してたりする女傑だ。
あいつがどうやら僕の正体を、シアン会長にバラしていたみたいだ。うーん、やってくれやがってたよー、思わず頭を抱える。
「何してんの、リューゼ……5年も前のことを今言うのもなんだけどー……」
「リューゼ……リューゼリア? "戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズさんだったのですか、あの方が!」
「……お、おそらく。調査戦隊に、オッドアイはあいつしかいませんでしたし」
「すごいです! そんな方と、そんな風にお知り合いなんですね、グンダリくん!」
瞳をキラキラさせてくる会長。かわいいよー。かわいいけど、反応に困るよー。
当たり前のように"杭打ち"をグンダリと呼んできているけど、杭打ちスタイルでそれは止めてくれと言う他ないから困る。あと、どーせ呼ぶなら親しみと愛情をたっぷり込めてソウマって呼んでほしいです、切に!
「あ、あの……僕の名前をご存知な理由は分かりましたから、すみませんけど今は杭打ちとだけお呼びいただけないかな、と……」
「あ……ご、ごめんなさい。そうですよね、あなたは名と姿を隠して活動してらっしゃいますものね。失礼しました」
「いえ……ご理解いただいて、ありがたいです……」
会話がぎこちないー。明らかに僕を意識してくれてる感じの会長さんと、どう反応すればいいのか分からない僕とでコミュニケーションがお互い難しい感じだよー。
暫しの沈黙。どうしたものか、少し考える。
たぶん、この様子だとシアン会長は僕の正体について、隠してくれと頼めばその通りにしてくれるだろうと思う。今の今までオーランドくん達にもバレてないのが証拠だし、何より僕は彼女にとって命の恩人らしいからね。
なんなら学校では普通にソウマくんって愛を込めて囁いてくれても全然構わないわけだし、となるとこれは、僕にとってものすごいチャンスなのではないかと思うんだ。
憧れの人にして一度目の初恋の人、シアン・フォン・エーデルライト様。
信じられないことだ。僕は今、彼女とお近づきになれる絶好極まる機会を得ているんだよー! ジワジワ沸き起こる好機の実感と期待、そして裏腹の不安と焦燥を感じ取り、一筋汗を垂らす。
こ、ここは慎重にことを運ぶんだ……シアン会長との縁を、これ限りで終わらせちゃいけない。繋ぐんだ、今後に、これからの学園生活に!
シアン会長は3年生、今年度で卒業なんだ。この機会を逃したらきっともう二度と、この人と僕がこんな風に顔を合わせる機会なんてない。だからこそ、これが最初で最後のお近づきチャンスなんだ!
紛れもなく一世一代の勝負どころだ。かつてこんなにも気合いを入れて誰かと向き合うなんてしたことがない。
怖い、嫌われるかもしれない。でも怖がってもいられない、好かれたい。
僕のそばにいてほしい、僕とお話ししてほしい。僕もそばにいたいから、僕ももっとお話したいから!
好きな人達に囲まれて、少しでも楽しい人生を、青春を生きていきたいから!
だから、僕は勇気を振り絞って話しかけた!
「あ、あの──」
「お嬢様ーっ! お嬢様、シアンお嬢様ーっ!!」
「────っ!?」
ああああまさかの横槍いいいい!?
何!? なんなの誰!? ちょっと今大事なところなんでそーゆーの止めてもらっていいですかーっ!?
信じたくないタイミングでの突然の横槍。いきなり遠くから聞こえてきた叫びに目を剥き、僕はそっちを振り向く。
猛烈な勢いで馬車がまっすぐこっちに走ってきて、御者らしい執事服の少女……男装かな? が、大きな声で会長の名を呼んでいる。
シアン会長が、手を振ってその声に応えた。
「サリア! 来てくれたのね、私の執事」
「お嬢様! あなたの第一の従者サリア・メルケルスがただいまお迎えに上がりました、シアンお嬢様っ!」
「…………」
すごいハイテンションで、男装した少女執事、サリアさんが僕らの前に馬車を停めた。豪華な造りの馬車に背の高い、毛並みのよく整った馬が2頭。見るからにいいお家のものだと分かる高級馬車だね。
そして会長の下まで降りてきて跪く彼女。金髪を後ろに結って、パッと見服装もあって中性的な美少年って感じだ。誤魔化せないくらいにはスタイルが豊かだから女性だって分かるけど。
「よく来てくれました。いつもありがとうね、サリア」
「もったいないお言葉! ところで……こちらの方は、察するところ冒険者"杭打ち"様とお見受けしました。ついにあの日のことをお伝えできたのですね、お嬢様」
「ええ。感謝を伝えるのに、5年もかけてしまいましたがようやく達成できました。やはりこの方は私の知る中で、一番素敵な冒険者ね」
「左様でございますか。お嬢様」
結果的に僕の邪魔をする形になった美少女執事さんは、会長の事情を知っているのか満足げに頷いている。
そしておもむろに立ち上がると僕の前にやってきて、優雅に一礼して礼儀正しい作法とともに、笑顔で言うのだった。
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夢みたいなことが起きたよー……
「あなたが杭打ち様でございますね? お初にお目にかかります、私はシアン・フォン・エーデルライト様にお仕えする執事、サリア・メルケルスと申します」
「…………」
「そのご様子ですとすでに、ことのあらましはご存知かと思います……5年前、迷宮に潜られたお嬢様をモンスターどもの魔の手からお救いくださったこと、今さらではございますが厚く御礼申し上げます。本当に、その節はありがとうございました!!」
「……………………いえ」
誠実に、忠義溢れる佇まいの執事サリアさんは、そう言って僕に頭を下げた。あまりに潔く勢いもいい感謝っぷりに、思わず小声ながら反応する。
うん、良い人だ……僕相手にも躊躇なく頭を下げるところとか、シアン会長に何よりもの忠誠を誓っていそうなところとかすごく素敵。金髪を後ろに束ねて執事服で男装してるってのも、顔立ちの整い方から不思議と似合うしどこか、背徳的な魅力と色気を感じるよー。
14度目の初恋の予感。するにはするけど、今はそれよりシアン会長への決死の提案に水を差されたことへのショックのほうが大きい。
別に怒りはない、というかまごまごしてた僕のヘタレ方が悪いから、サリアさんに何か思うなんてお門違いもいいところだ。
でもそれはそれ、やはり残念というか無念さは遺る。僕の青春は、トライする前に玉砕したのかー……
後から仲良しなのがバレるとかならともかく、仲良くしたいってのを従者のいる前で言うのは、会長がお貴族様なのを踏まえるとリスクが高い。縁がなかった、そう思うしかないよー。
「……………………」
うう、うう。でも、でもー。
でも悔しいよー、僕いつもこんなんじゃん。何か伝えようとした矢先、オーランドくんだったりサリアさんだったりがすでにそこにいて、縁がないことを嫌でも突きつけられて、諦めて。
その度に泣いて、落ち込んで、友達に慰められて。この3ヶ月ずーっとそんな感じだよー。
もしかして僕の学園生活、ずーっとこんな感じなのかな。これからもたくさん恋をして、告白しようとするのにその度に障害に立ちはだかられて苦い諦めを抱くのかなぁ。
いや、もしかしたら学園卒業以降もずっと、人生ずーっとこんな風に? ……地獄だよー。そんなの地獄だよー!
「……………………」
「……杭打ちさん」
「杭打ち様? どうされました?」
一世一代と意気込んでも、こうしてちょっとでも邪魔が入るとすぐ諦める。どうしても身分の差を気にする僕は、ひたすらネガティブな想いに浸らざるを得ない。
安寧にも似た自虐だけが、心の痛みともに僕を慰めてくれる。そんな僕をどこか心配がちに気にしてくるシアン会長とサリアさんの姿さえ、今の僕にとってはどうにもつらくて堪らなかった。
そんな時だ。
シアン会長が、僕に近寄ってきた。
その瞳にはどこか、強い緊張と不安、そして決意の光が宿っている。
「杭打ちさん……私は、あなたとこれだけの縁で終わりたくありません」
「…………?」
「いえ終わらせません。絶対に繋げます……動かないでくださいね? えいっ!」
少しばかりの掛け声とともに、言うやいなやシアン会長はとんでもない行動に出た。
なんと僕の頭を胸元で包むように、抱きついてきたのだ!!
「!? っ!? え、あ!?」
「お……お嬢様っ! なんと大胆、ああいえもといもとい、なんとはしたない!」
まったく予想だにしない行動。僕は今、何をされている?
動かないでと言われて本当に動かないなんて柄にもないし、そのつもりもなかったのに動けなかった。完全に彼女の強い光を湛えた瞳に、心を奪われていて反応が遅れた。
でもその結果、こうなったのは良かったのかもしれない……どころじゃない!
すすす、すごいよー!? だ、だ、抱きしめられてる! 僕今、憧れのシアン会長に抱きしめられてるよー!!
服越しに伝わるぬくもり、柔らかさが僕のすべてを包み込む。
生まれてから、何度かされたことがある。抱擁……何かしら、優しい想いを込めて行う行為だ。それを今、シアン会長が僕にしてくれているんだ。
ど、どうしよう。もう、何が何やら。悲しかったり嬉しかったり、情緒がグチャグチャだよー……!
頭の中が大混乱。どうしようもなくなされるがまま、頭を包む素敵なぬくもりを思考停止状態でそれでも堪能していると、さらに追撃がしかけられた。
なんと僕の耳元に、会長が囁いてきたのだ!
『────グンダリくん。今度の放課後、あなたに会いに行きます』
「……!!」
『私達の今後について、これからについて、お話しましょう……ちょうど学園には、お話しなければいけない方もいらっしゃいますからね』
「は、は、はひ……」
ああああ耳に吐息がかかって幸せええええ!
生まれてきてよかったよおおおお!
熱く、どこか濡れた吐息が耳を撃つ。ああっなんて嬉しいこそばゆさ!
そして何より今度の放課後、なんと会長が会いに来てくださるのだ! 縁が続く! まだチャンスがあるんだよー!?
もはや何か、良すぎる夢を見ているに過ぎないんじゃないかな?
思わずそう疑ってしまうほどに都合のいい成り行きに、僕はもう頭真っ白で呻く他ない。
そんな姿を見て、シアン会長は楽しげに、嬉しげに笑みをこぼすのだった。
「ふふっ……! それではそろそろ行きますね。今日の、そして5年前は本当にありがとうございました! またお会いしましょう!」
「はっ! …………はいぃ」
「それではこれにて失礼いたします、杭打ち様。お嬢様、こちらへどうぞ」
サリアさんの誘導を受け、会長が馬車に乗り去っていく。
それでも車内からこちらに向け、手を振ってくるのを僕は──ひたすら呆然としたまま、ぼーっとその場に立ち尽くして見送っていった。
そして馬車が見えなくなってから、夢現とばかりのふわーとした調子でスラムに赴き、孤児院に薬草を卸して依頼を達成したのでした。
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身分とか知らないよー!
「よくできた作り話だけど虚しくないのかソウマくん……」
「そんな妄想をしないといけないくらい追い詰められていたのかソウマくん……今度ステーキでも奢るぞソウマくん……」
「なんでそーなるのー!? 違うよ本当にあったことだよー!!」
翌日、放課後の文芸部室。僕は親友のケルヴィンくんとセルシスくんから心ない疑いをかけられたことに憤慨し、力いっぱいの抗議をしていた。
僕自身、夢だったんじゃないのかって疑わしいほどだけど本当にあったんだよー。本当にあの、シアン会長様とお知り合いになれたんだよー!
迷宮内でのオーランドくんハーレムパーティーとの遭遇から、まさかのシアン会長のパーティー離脱と僕との帰還デート。
そして外に出てからのやり取りなんてもう、一生の思い出だよー。まさか5年前に僕と会長が、助け助けられの縁で繋がってたなんて思いもしてなかった! っていうか今も思い出せてない!
「これはもはや運命なんだよー! 分かる二人とも? 悪いけど僕、ついに青春をこの手にしちゃうからねー!」
「別に悪くはないが……大丈夫か? なんか騙されたりしてないかソウマくん?」
「そうでなくともシアン会長ったら君、貴族の中でも特に上澄みの侯爵……つまり王侯貴族の次に偉い家柄だ。貴族に手を出すなんてなかなかに命知らずだな、ソウマくん」
「う……」
痛いところを突かれた。貴族であるセルシスくんにはなるほど、そういう視点になるよねそりゃあね。
おっしゃる通りでシアン会長──シアン・フォン・エーデルライトは侯爵貴族エーデルライト家の三女ということでも有名だ。
このエーデルライト家ってのがいわゆる名門貴族で、貴族としてはもちろん歴史的な冒険者も数多く輩出してきた冒険者貴族の名家でもある。そういう事情もあり、本来深窓の令嬢やっててもおかしくない会長も貴族でありながら、冒険者をやっているわけだね。
で、そういう話だから僕と会長の間にはとんでもなく深い溝がある。言わずもがな身分という名の溝だ。
僕が単なる平民なら良かったけれど、実際にはほとんど棄民に近い形で打ち捨てられたスラム地区の出だし、さらに元を辿ればもっときな臭い出自にまで遡れてしまう。
そんなわけで通常であれば僕なんて、会長ほどの方からすれば視界に入れることさえないような路傍の石なのだねー。
「い、いやでも! 冒険者の間に身分はないから! 今はシアン会長も冒険者なんだし、冒険者としての間柄がどんなものであろうとそこに貴族とかスラムとか関係ないから!」
「気持ちは分かるがそれって建前じゃないのか? ソウマくん……」
「いや……この国は冒険者の立場が強いからどうだろうなケルヴィンくん。国だろうが王だろうが貴族だろうが、気に入らなければ殴りにかかる大変な連中という一面もあるからな、彼ら冒険者は」
比較的冒険者のありようには詳しくないケルヴィンくんにセルシスくんが語るように、この国では冒険者の立場がとにかく強い。
この迷宮都市の存在により世界中から冒険者が挙って押し寄せてきたという長い歴史があり、その中で冒険者達がギルドを結成して自分達の権威や権力、権限をじわじわ拡大してきたそうだからね。
今やこの都市の治安は事実上、冒険者達によって護られているという状態からしてもその歪さはわかるよ。
加えてこれは手前味噌な話かもしれないけれど、やはり大迷宮深層調査戦隊の存在が一際大きい。
わずか数年で世界最大級の迷宮の、極めて深い部分までを攻略してみせた調査戦隊は世界中に冒険者ブームを引き起こし、各地で迷宮攻略への機運を高めた。
迷宮攻略法という、今までは個人の技量に依るところが大きかった迷宮踏破のノウハウを体系化させた技法を編み出したというのが特に重大だったねー。
あれ以前と以後で明確に、世界中の冒険者界隈が完全に別物になったとすら言われてるそうだし。調査戦隊の功績の半分くらいが実のところ、迷宮攻略法の確立だとさえ言われてるからね。
話が若干逸れたけど、つまりはそうした永年の積み重ねもあって、今やエウリデ連合王国における冒険者の立ち位置ってのは、そんじょそこらの貴族にも負けないほど重いものなのだ。
しかも根底から反骨精神旺盛、長いものには巻かれるな偉いものにはとりあえず噛みつきに行けってのが信条な連中だから、当然のように貴族連中とは敵対している。
僕だってこの際明言するけど、貴族であることを笠に着て、ふんぞり返ってるような連中は好きじゃないしね。こないだの騎士団連中みたいにさ。
「あー……こないだもなんか、騎士団相手に揉めたんだって? ソウマくんいやさ杭打ち殿も関与してたって聞いたけど」
「まあねー。アレはあいつらが悪い、騎士団長の言うことも聞かずに暴走して、年端も行かない子供を玩具にしようとしてさ」
「貴族達の間でも噂はすでに広がってるな。ワルンフォルース卿、ずいぶん詰められてるみたいだ……立派な方だというのに、愚かな話だよ」
一昨日あたりに起きた、騎士団との揉めごとについてはすでに迷宮都市中に広まっているみたいだ。僕の名前も出されてるのはちょっとやだなー。
でもそれ以上に案の定、シミラ卿が貴族に責められてるっぽいのがイラッとくるよー。悪いのは好き放題してたボンボン騎士のほうなのにねー。
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褒められて嬉しいよー!
シミラ卿への貴族どもの対応が、おそらく叱責だらけだろうことに内心で苛つきを覚えていると不意に、文芸部室のドアがノックされた。
誰だろう? ……なーんて、白々しい物言いはしません! 昨日の今日だもの、誰がお越しになったかなんてすぐに分かることだよー!
さっきまでのイライラもさておいて僕は、内面の喜びが目一杯表に出たような声色でノックの主に告げた。
「はーい、どうぞー!」
「浮かれてるなあソウマくん」
「分かりやすくウキウキしてるなあソウマくん」
「うるさいよー!」
一々茶化すなよー、二人とも来客があるって知ってるでしょー!?
あくまでも僕をイジるつもりなケルヴィンくんとセルシスくんはこの際無視、無視! 僕はこれから素敵な時間を過ごすんだ、わーい!
僕の言葉を受けてドアが開かれる。予想通りにやってきたのは、何度見てもいつ見てもお美しい桃色の髪の美少女。
迷宮都市第一総合学園が誇る文武両道、美しさまで兼ね揃えた生徒会長!
シアン・フォン・エーデルライト様のお越しですー!
「失礼します……ふふ。昨日ぶりですねグンダリくん」
「やっほーでごーざるー。一昨日ぶりにサクラ・ジンダイ参上でござるよー」
「……あれ? え、サクラさんも!?」
おっとまさかの特別ゲスト!? シアン会長とともに意気揚々と入室してきたその人に、僕はびっくりして声を上げる。
夏休み直前の今になってこの第一学園に赴任してきた剣術師範、サクラ・ジンダイ先生その人が、ひらひらと手を振りながら陽気に笑ってそこにいたのだ。
「え、サクラさんがどうしてここに? エーデルライト会長とご一緒なんて、なんていうか、異色のコンビというか」
「案外そーでもござらんよソウマ殿。なんせ拙者ってば一応ながら、生徒会の副顧問でござるしねー」
「そういえばそんなこと仰ってたな、こないだ……」
「あ、あー……」
一昨日、サクラさんとお話した際にそんなこと言ってた気がするー。そうか生徒会副顧問ってことで、生徒会長たるシアン様とはそれなりに接点あるんだねー。
納得していると、サクラさんはさらに笑ってシアン会長の肩を軽く叩いた。それを受けて彼女も微笑んで言う。
「それ以前に私の場合、グレイタスくん絡みでもジンダイ先生とはお話していましたからね。先生、その節は大変なご迷惑をおかけしました」
「いやいやこちらこそ、とんだ早とちりで関係ないお主にまで変な上から説教をかましてしまい、申しわけないでござるよー。いやまさか、お主がソウマ殿とかような縁を持っていたとは露にも思わず!」
「グンダリくん本人に直接お礼を言うまではと、誰にも打ち明けませんでしたから。本当に大事で大切な記憶を……彼に逢うまでは私だけの素敵な宝物として、取っておきたかった想いもあります」
「うひゃーっ乙女でござるなー! ソウマ殿ソウマ殿、これはなかなかに春でござるなー? このこの、果報者めでござるーっ」
えぇ……なんか肘鉄してくるよー……
ニヤニヤしながらからかう感じに擦り寄ってくるサクラさんに僕はタジタジだ。一気に打ち解けてきたなーこの人、かわいい。
でも正直、僕もなんだかニヤニヤしちゃうよー。僕に助けられたことを、そんな大事に思ってくれてるなんてすごく嬉しいもの。
迷宮遭難者の救助は冒険者であれば当然のことだけど、だからこそお互い当たり前のこと過ぎて、割と互いのノリが軽くなりがちなんだよねー。
"おーう大丈夫かー? "と"おーうすまねえなー"、こんな感じのフラットなやり取りが常だものー。まあ毎度毎度一々、俺はお前の救世主だー! とかあんたは俺の命の恩人だー! とか重苦しいこと言い合ってらんないしね。
助けて、助けられて、軽くお礼を言って、受け取って。そしたら後は帰って酒を飲み交わす。
冒険者同士の相互互助なんてのはその程度なのが普通だ。
だからこそ今回ってか5年前、一度きり助けた程度のことをここまで大切な記憶として抱えてもらっていたのは、なんていうか嬉しさとか恐縮さとか、やっぱり嬉しいさがある。
こんなに感謝してもらえるなんて滅多なことじゃないよ。もしかしたら生まれて初めてかもしれないってくらいに感謝されちゃってるよー。
「えへ、えへへへ」
「照れるな照れるなソウマくん。君、マジに会長を助けてたんだな」
「素晴らしいことじゃないかソウマくん。君はこの迷宮都市の誇る才女の未来を人知れず護っていたんだぜ。尊敬するよ」
「えへへへー!!」
ケルヴィンくんとセルシスくんにも褒められちゃって、もー照れるったらないよー!
憧れの1度目の初恋の人に大事に思われて、運命の11回目の初恋の人に気さくに絡まれて、大切な友達二人からは褒められて!
あー、なんか心が満たされるよー。青春してる気がするよー!
「えへへへへへへ!」
「分かりやすく照れてるなー」
「まるで15歳にも見えないな、10歳くらいにすら見えるあどけなさだ」
「あー……情緒的にはそんなもんでござろうしなあ」
「うふふ! かわいいです、グンダリくん!」
テレテレと自分の頭を撫でつける、照れ隠しをする僕。
改めてこの学校に入れてよかったなーって、心からそう思えているよー。
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意外な提案だよー?
シアン会長とサクラさんをこないだよろしく席に案内し、ケルヴィンくんの淹れた紅茶とセルシスくんの買ってきた茶菓子でもてなす。
ケルヴィンくんは紅茶を淹れるのがとても上手で、文芸部でお話する時の楽しみにもなっているほどの腕前だ。そしてセルシスくんは実家の伝で美味しいお菓子を頻繁に持ってきてくれて、これがまたお茶に合うこと!
「とても美味しいわ。淹れ方がお上手なのね」
「いやはや、お褒めに預かり恐縮ですよ会長」
「んー美味しいでござるー。貴族印のお茶菓子は、さすがに砂糖もドッサリ使ってそうでござるねー」
「私自身はあまり、甘みのきついものは好みではないのですがね……ほぼ毎日ソウマくんが美味しそうに食べてくれますから、こちらとしても持参し甲斐がありますよ」
「い、言わないでよー。美味しいのはもちろんそうだけどー……」
素敵な友達二人の強力タッグによる、素晴らしいティータイム。シアン会長もサクラさんも、紅茶とお菓子に舌鼓を打って楽しんでいる。
美味しいでしょー! 友人達が褒められて、僕もなんだか鼻が高いや!
放課後、お仕事に向かう前のほんの一時間程度をこうして友人達と過ごすのは今や僕の生活の中で外せない時間だ。
僕は冒険者だしケルヴィンくん、セルシスくんも学内外に他の交友関係があったりするので毎日ってわけにはいかないけど、それでも3人集まれる時にはこうしてのんびりするのが日々の楽しみになっている。
そんな憩いの時間をシアン会長、サクラさんとも共有できるなんてとても光栄なことだ。
僕らは顔を見合わせて、誰からともなく笑い合った。
「本当に仲のいい三人組でござるねー」
「ふふ、なんだか羨ましいです」
ゲストのお二人もそんな僕らを見て笑い合う。なんだかすごく、すごーくいい感じの空気。
いつまでもこの時間が続けばいいのにーってつい、思っちゃうくらい素敵な時間だよー。でもあくまでお二人はゲストで、特にシアン会長は僕に何やら用事があってお越しになったんだ。どうしたって、その話はしなきゃいけないよね。
「ふう。さて、そろそろ本題に入りましょうか」
紅茶の入った来客用のティーカップを静かに、物音一つ立てず机に置いて、シアン会長がそう切り出した。
それに伴い緩みきっていた空気がぱしーっと引き締まり、僕含めみんな、サクラさんさえもおやと目を丸くしつつ居住まいを正す。
すごいなー、これが会長のカリスマってやつかー。
おそらくは侯爵貴族の令嬢としての振る舞いから自然と放たれるものなんだろうけど、気品や優雅さがすごいから自然と気圧される感じだよー。
冒険者として、新人でこのレベルの威圧ができるのはとてつもないアドバンテージだろうねー。ある程度実力差がある相手には通じないだろうけど、そうでなければモロに威圧を受けて動けなくなっていると思うし。
まあでも今のところ、その肝心の実力が心もとなさそうだしね。単純な地力を伸ばしてこそ、シアン会長の貴族としてのカリスマは実用性のある武器として機能する、という感じだろうなー。
冒険者としての視点からついつい、シアン会長の今の威圧について感想を抱く。
けれど次の瞬間、僕はまたソウマ・グンダリに戻されることになるのだった。
「グンダリくん……いえ、この際その、ソウマくんとお呼びしても? 私だけグンダリくんと呼ぶのは、仲間はずれのようで寂しいですから」
「! ぜ、ぜひぜひ! ぼぼぼくはソウマです! ソウマくんですー!」
「ありがとうございます、ソウマくん。私のこともエーデルライトでなく、シアンと呼んでくださいね。会長をつける必要もありませんから」
「は、はいー!」
ふわわわ! お、お互い名前呼びだよー!?
シアン会長、いやさシアンさん! 僕のこともソウマくんって!!
これもういけるんじゃないかな、いっていいんじゃないかな!? 僕、青春に手が届くんじゃないかなー!?
「今のうちに言っておくが早とちりするなよソウマくん」
「何考えてるのか丸わかりだけどソウマくん、こないだの先走った挙げ句の爆死を思い返せよソウマくん」
「なんとなく二人の物言いから察せるでござるが、ソウマ殿は前のめりな姿勢をもうちょい糾すべきかもでござるねー」
「ああああ何も言ってないのに総ツッコミいいいい」
たぶん言われちゃうだろうなって気はしてたけど! サクラさんにまで言われるとは思わなかったからダメージはいつもの1.3倍だよー!?
一瞬浮かれて勢いのままに告白まで行きそうになったけど、3人がかりの制止にどうにか我に返る。爆死呼ばわりは遺憾ながら、たしかにこの場面でそんな焦ってもろくな未来を迎えない気がしてならない。
危ないところだったよー……友人達とサクラさんに感謝感謝。
ふうーと胸を撫で下ろすと、シアンさんはまたクスクス笑って、僕達へと言った。
「本当に、昔からのご友人みたいに仲が良いですね……これでしたら、私の提案に皆さんも参加していただいたほうがいいかもしれません」
「て、提案?」
「ええ」
そこで一度切ってから、シアンさんは真剣な眼差しを向けてくる。
強い想いの籠もった眼差しだ。彼女はそして、その瞳のままに僕へと提案したのだった。
「ソウマくん。私の構想する、新しい大迷宮深層調査戦隊に入りませんか?」
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今思えばアレは脅迫だったよー
「新しい……調査戦隊?」
「ええ」
唐突な提案。3年前に解散したきりの大規模パーティー・大迷宮深層調査戦隊の新しいバージョンを、僕を中心に作る?
ええと、ええ? なんだって?
困惑が勝り、反応に困る僕。
見ればケルヴィンくんとセルシスくんも同様だけど、サクラさんだけは前から知ってたのかな、特に反応を示さず僕の様子を窺っていた。
な、なんで、そんなこと言い出したんだろー……
まずは理由を聞いてみないと、こちらとしても反応のしようがない。どうにか平静を取り戻して質問すれば、シアンさんはまたもやニッコリ笑って僕に、そんな発想に至った経緯を話し始めてくれた。
「今や最も新しく、そして偉大な神話とも称される大迷宮深層調査戦隊。"絆の英雄"レイア・アールバドを筆頭に"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズなど……今世界各地で名を挙げ覇を唱えている冒険者達はその多くが、かつて調査戦隊に参加していた者達です」
「レジェンダリーセブンの連中は特に大暴れでござるなー。拙者の知り合いにも一人いるでござるが、今やヒノモトを牛耳る勢いでござるよ」
「……もしかして、ワカバ姉?」
「御名答でござるー。さすがは杭打ち殿にござるなー」
サクラさんの言葉にふと反応すると、見事正解を言い当ててしまった。
ワカバ……ワカバ・ヒイラギ。調査戦隊でも屈指の実力者の一人で、サクラさんも言ってるけどレジェンダリーセブンの一員だ。昔はいろいろ話をしたりした、僕にとっても仲の良かったメンバーだ。
あの人そう言えばヒノモト人だったなー。カタナって武器とかもそうだけど和服と呼ばれるヒノモト衣装とか、今目の前にいるサクラさんに通じる格好をしていたよー。
同じヒノモト人の同じSランク冒険者同士、仲良しさんなのは頷ける話だね、サクラさんとワカバさん。
「そうした調査戦隊は3年前、ある王国の卑劣な策略によって瓦解しました……メンバー最年少、それでいてパーティーの最高戦力とさえ言われていたとある冒険者を一方的かつ差別的な理由で蔑み、排し、追放したのです。その結果を受けて調査戦隊は崩壊。解散の憂き目に遭いました」
「え。あ、あのー……い、一方的というのは少し語弊が」
「金をくれてやるから、と言われたのでござろ?」
3年前の調査戦隊解散まわりの話に触れた途端、シアンさんの放つオーラが冷たく怖いものになったよー。ある王国ってエウリデのことだし、卑劣な策略って侯爵家の令嬢が言っちゃっていいことなのかなー……
そしてサクラさんも地味に怖い。ニッコリ笑顔で僕に尋ねてくるけど、目がうっすら開いてて鋭い。笑ってない、笑ってないよそれ! 笑顔って言わないよその表情ー!?
ビビっちゃう僕。ケルヴィンくんとセルシスくんなんて早々に席を少し空けて、ボードゲームなんて始めちゃってる。
くう、危機管理能力の高さ! 君たちってばいつもそうだね賢い!
僕もそっちに行きたいけれど、当事者だから叶わないー。サクラさんがさらに圧を高めに話してくるよー。
「当時、首が回らないでいた孤児院の、借金を全額返済できる額を提示されて貴殿は追放を呑んだ。そもそも調査戦隊にいた記録さえ抹消され、2年間の経歴をすべてなかったことにさせられたのでござろう。とんでもないふざけた脅迫でござるよ」
「そ、それはそうですけどそのー……最終的には僕自身の判断と意志によるものですしー。国は嫌いですけど、そこは一方的ってわけでもないかなーってー」
「スラム出身の者が調査戦隊に在籍している、という事実をなかったことにするためだけにわざわざそんな提案をしたのでござるよ、連中は。それにどうせ、大臣にでも言われたのでござろう? お主が在籍していると調査戦隊に迷惑がかかるだのなんだの、勝手なことを」
「それ、は」
……言われたねー。
"未来ある冒険者集団に、お前のような野良犬がいたなどとても公表できない"とか"金ならいくらでもやるから消え失せろ、スラムの虫けらが"とか。"呑まなければ孤児院がどうなっても構わないものと見做すぞ"とまで言われたなー。
思い返すと最後のは完全に脅迫だね。
国を敵に回して孤児院に害が及ぶのと、借金完済と引き換えに僕が調査戦隊を抜けるのと……天秤にかけるまでもない。
あの2年間で僕は、十分に人間扱いしてもらえた。人としてのいろんなことを教わったし、みんなと生きていくことの素晴らしさを知った。
だからこそ、僕は最後には提案を呑んで金を受け取り、大迷宮深層調査戦隊という栄光と希望に満ちた表舞台から去ったんだ。人として大事なものを守るために、孤児院のみんなの生活を、護るために。
「……まあ、まさか僕が脱退したことで調査戦隊そのものが解散するだなんてまるで予想もしてなかったんですけどね! なんかそのー、国のそういうアレがバレたんでしたっけ?」
「ワカバ姫の言からするとそのようでござるな。エウリデへの報復をするかしないか、ソウマ殿を連れ戻すか否かを巡って調査戦隊内で対立が起き、即日空中分解したとか」
「エウリデ連合王国の無体による調査戦隊の解散劇は瞬く間に世界各国に知れ渡り、エウリデは激しい非難に晒されました。すべて因果応報ですね……」
僕の言葉に、サクラさんもシアンさんも肩をすくめてどこか、エウリデ連合王国への含みを持たせる感じで話す。
相当怒ってるんだね、僕の離脱を促して結果的に調査戦隊を崩壊に導いたこと……だからって新しい調査戦隊を作るってのは、ちょっとよくわからないけどー。
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偽物祭りだよー!?
過去のアレコレを踏まえてじゃあ、なんで今になって新しい調査戦隊を組織したいのか。
僕の率直な疑問にシアンさんは、強い熱の籠もった視線を僕に投げかけながら続けて言った。
「一国家の下らない思惑で崩壊の憂き目を見ることとなった大迷宮深層調査戦隊。今、世界ではどこの国も新たなる調査戦隊を作り上げようと必死なのはソウマくん、ご存知でしたか?」
「えぇ……? いえ、まったくこれっぽっちも知りませんね……」
「ソウマくんに限らず普通は、勤勉な平民や貴族でもない限りよその国がどうのこうのなんて基本、気にしませんからねえ」
次から次へと出てくる新事実に、一応関係者だったはずの僕が何も知らなさすぎてちょっと気まずいよー。
ケルヴィンくんが言う通り平民やスラムの者にとってはそんな国際情勢、知ったこっちゃないんだから気にしろって言われても知らないよー、としか言えないんだけどね。
無知すぎる自身に内心ショックを受けつつ開き直りつつなんだけど、けれどサクラさんは気にせず頷いた。シアンさんに向け、僕とケルヴィンくんの見解を引き継いで話す。
「これについては正直、どこの国でも似たようなもんでござる。貧すれば鈍する、とまでは言わぬでござるが……日常生活に大きく関わりないのであれば、誰も気にしないのが普通の民草というものでござるよ、生徒会長」
「でしょうね。まあそこは想定していました……つまりはソウマくん。各国は伝説を再現し、今度は自国こそが冒険者達にとっての理想郷であると強調したいのですよ」
シアンさんの語るところによると、つまりはこういうことらしい。
──調査戦隊崩壊後、元メンバーは散り散りとなりそれぞれの故郷や拠点、あるいは新天地へと向かった。迷宮なんてこの地以外にも腐る程あるわけだし、新たな活躍場所を求めて旅立っていったのだ。
そして、そうなると動き出すのはエウリデ以外の各国なわけで。
これまでは迷宮を擁する関係上エウリデに独占されていた調査戦隊メンバーだけど、解散したとなると話は別だ。元メンバーを一人でも多く擁して、その者を旗頭とした新たなる大迷宮深層調査戦隊を組織しようと目論んでいる国が数多、台頭してきたそうなのだ。
なんでも、大迷宮深層調査戦隊の志を継ぐとかって謳い文句であちこち、本家だの元祖だのニューだのネオだのセカンドだのが生まれては消えているのだとか。
終いにはニセ調査戦隊メンバーなんて馬鹿な詐欺師も出てきてるそうで、どうにも収拾のつかない事態になりつつあるというのが現状だそうだった。
正直そんな、ガワにばかり執着してても仕方ないんじゃない? って思うけどー……
それだけ、大迷宮深層調査戦隊の遺した功績という名の爪痕は大きかったのだとシアンさん、サクラさんは口を揃えて語る。
「大迷宮深層調査戦隊の活躍によりエウリデは一気に冒険者国家として大成。経済的にも国力的にも大幅な増強を成し遂げました」
「まあ自分の手でそれを壊したのでござるけどねー。で、そんな調査戦隊の後釜を擁することができれば、次のエウリデになれるかもしれない──と、各国は考えているのでござるよ。ゆえに現状、調査戦隊の後継を名乗るパーティーが乱立して互いに互いを潰し合う、ある種の代理戦争になっちゃってるのでござる」
「俺も聞いたことあるな……エウリデも再び調査戦隊を発足させようとして、しかし過去の行状から冒険者達に総スカンを食らったとか。自業自得だがそうせざるを得ない理由はあったってことか」
「えぇ……?」
エウリデの面の皮の厚さもそうだけど、しれっと調査戦隊の後釜を狙ってくる各国も中々に抜け目ないというか、生き馬の目を抜くような話というか。
ていうか代理戦争って何? 冒険者なんだからパーティー間の潰し合いとかしてないで迷宮潜ろうよー。いやまあ、結果的にこういう状況を招いちゃった元凶である僕に、言えた義理じゃないけどもさー。
「えっとー、それで、シアンさんも調査戦隊の後釜を作りたい、と?」
「似て非なるものですね。後釜でなく新規に、かつての調査戦隊以上のパーティーを作りたいと思っています。そのためにもソウマくん、あなたの協力は半ば絶対条件なんですよ」
「なんでー……?」
「そりゃーもちろん、貴殿の来歴ゆえでござるよ」
後釜でも新規でも、調査戦隊をモロに意識したパーティーづくりをするならそれは大差なく、ポスト調査戦隊ってことになると思うんですけどー……シアンさん的にはこだわりのある違いみたいだ。
それにしたって僕の協力がパーティー構築の絶対条件っていうのは、いまいちピンとこない話なんだけどね? 僕を必要としてもらえるのは本当に嬉しいけれど、もしかして"杭打ち"っていう冒険者のネームバリューだけ求めてるのかと思っちゃうもん。
せっかくお近づきになれた1度目の初恋の人に、そういう扱いをされるのはちょっと寂しいかもー。
我ながら贅沢なことを思っていると、サクラさんが何やら苦笑いしながら僕に、話しかけてくる。
「たぶん今、相当拗らせた考えをしてそうでござるから言っておくでござるよソウマ殿。生徒会長は、杭打ちとしての貴殿を含めたソウマ・グンダリそのものを欲しがっているんでござるからねー?」
「え……」
「まあまあ、ここは一つ拙者が説明してご覧に入れるでござるー」
ござござーと、何やら楽しげにつぶやきながらもサクラさんは、僕にシアンさんの考えを説明し始めた。
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タイトル回収だよー
文芸部の窓から見える空は青くて曇りなく、日が照って結構気温も高めだ。
放課後もそろそろ一時間ほど経過しそうな頃合いに、サクラさんの説明がさらに続いていく。
後釜? 新規? どっちでもいいけど新しい調査戦隊を作りたいらしいシアンさんは、そのために僕に協力してほしいらしい。
杭打ちのネームバリューだけが目当てなのかなーとちょっぴりショボーンってなってた僕だけど、サクラさんがすかさずそれは違うでござるーと、シアンさんに代わってその意図するところを話し始めてくれた。
「つまるところ"杭打ち"としての貴殿を含めた総合的な素質、素養──すなわち実力と人格、辿ってきた経歴。そして何よりエウリデ政府と決定的な因縁があること。これらすべてが好条件なのでござるよ、生徒会長にとっては」
「好条件……って、新調査戦隊を作るためのですよね?」
「そうでござる。ねっ、生徒会長?」
サクラさんがそう言って水を向けると、シアンさんは深く頷いた。
そしておもむろに立ち上がり僕の前に来ると、跪いて両手を握ってくるって、ええええっ!?
や、柔らかいよー温かいよー!? 急なふれあい、スキンシップに心臓がバクバク言うよー!?
顔が赤くなるのを自覚する。ガチガチに緊張する身体を、せめて手だけでも解すかのように両手を握り、あまつさえちょっと揉んでくるシアンさんにあわあわしていると、彼女はひどく落ち込んだ様子で僕に、頭を下げてきた!
「ソウマくんにいらぬ誤解をさせてしまったのであれば、深くお詫びします。すみません……私は杭打ちさんとしてだけでなく、ソウマくんという人間を必要としているんです」
「そ、そそそそうなんですか!? あの、その、こ、こちらのお手々は何故にどうして!?」
「……せめて、温もりだけでもたしかに伝えたくて。形はどうあれ私はあなたを利用しようとしています。疑われても当然ですから」
動揺する僕とは裏腹に酷く静かに、俯きがちにぽつぽつ語るシアンさん。
僕を利用……まあ、それは別にどうでもいいというか、シアンさんのためならエーンヤコーラーってなくらいの勢いではあるんだけれど。
疑うほどでないにしろなんで僕? って思うところはたしかにある。
それを気にしてシアンさんってば、僕の手を握ってきたんだろうか? いまいちよく分かんないけど間違いなく役得なので黙っておくよー。
ほら見てよケルヴィンくんとセルシスくんてば、呆れがちな中にちょっと羨ましそうに僕を見ている! いかにも恋とか興味ないねーみたいな態度してるけど、やっぱり中身は僕と同じで思春期なんだもんね!
「青春……と言っていいのか分からんが間違いなく、いい思いはしてるなソウマくんのやつ」
「友として喜ぶべきなんだろうが、さすがに会長ほどの美人に言い寄られている姿はちょっと腹立つなソウマくんめ」
「っていうか笑いを噛み殺し過ぎでござるよソウマ殿。ちょっと面白い顔になってるでござるよソウマ殿」
「う……」
えへへへ、ちょっと優越感ー。まあまあ二人にもそのうち春が来るってば! えへへへへ!
ニンマリしそうになる顔をどうにか押し殺して余計、気持ち悪いニチャッとした笑顔になってる自覚はある。それをサクラさんに指摘されてスン……とはなったものの、それでも口元は弧を描かざるを得ないよー。
めっちゃ嬉しい僕を見て、けれどシアンさんは至極真面目に真剣な表情を浮かべる。
「この身の誠実、我が身の潔白を伝えることはできなくとも。せめてあなたを必要とする私の熱を、少しでも伝えられればと思うのです」
「し、シアンさん……」
「あなたが必要です。実力と人格を兼ね揃えてかつ、エウリデ連合王国と致命的な形で物別れしているあなたという存在こそが、新しい大迷宮深層調査戦隊には不可欠なのです」
熱意の燃える姿とその瞳。涼やかな空色なのに、どこかギラギラした太陽を思わせるその目は、僕もかつて何度か目にしたことがある。これは……
カリスマとともに放たれる凄絶な気迫に息を呑む。凄味というのかな、この熱はそんじょそこらの冒険者に出せるものじゃない。
明確な信念と勇気、そして何より不退転の野望と野心がなくては出せないものだ。
かつては調査戦隊のリーダー、レイア・アールバドがよく見せていたモノ。それと同質のものを目の前のシアンさんに感じ取り、僕は表情を引き締めた。
この人は間違いなく何か、とんでもないプランを持っている。それを見極めようと思ったのだ。
「……連合王国と仲が悪い僕を必要としているのはどうしてですか?」
「私の構想する新調査戦隊は、あらゆる国、あらゆる地域に属しません。あらゆる権力権威と距離を起き、一箇所に留まらず世界を巡り、あらゆる未知を探索し調査する集団としたいのです。政治的思惑の横槍を挟まれたがゆえに、旧調査戦隊は崩壊の憂き目を見たのですから。エウリデと袂を分かった過去を持つあなたこそは、完全独立の象徴たるに相応しい」
3年前。調査戦隊はスラム出身の僕を疎んだエウリデ連合王国の策謀により、結果的に崩壊した。
パトロンでもあった国からの横槍、そして僕個人への脅迫を前に対抗できず、空中分解してしまったのだ。
それを踏まえてシアンさんは、そうしたパトロンを抜きにしたパーティーを構築しようと言う。
完全に独立独歩、あらゆる思想や体制、他者の思惑に振り回されないための構造を持つそれは、もはやパーティーの定義さえ超えている。
「そう。私の思い描く新たなる調査戦隊はパーティーの規模を大きく超える、まさしく組織──言うなれば"新世界旅団"、プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"!」
「新世界旅団……!」
「ニューワールド・ブリゲイド……」
「そしてソウマくんには、旅団の初期メンバーおよび中核としての役割を担っていただきたいのです。私の理想とする、未知なる世界を探求する組織のために」
なんら隠すことなく野心と野望を秘めた瞳で僕を勧誘する、シアン・フォン・エーデルライト。
彼女の姿に僕は圧倒されるものを覚えながらも、どこか、胸が疼くのを感じていた。
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さすがに相談するよー
シアンさんの提唱するプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"──あらゆる組織、あらゆる勢力から独立した冒険者達のための機構、新世界旅団構想。
たしかに胸を熱くするものを与えてくれた、その計画の展望について。けれど僕は即答やその場での明言を避け、ひとまず検討するとだけ答えてその日は帰ることにした。
正直、すごく面白そうだし楽しそうな話だと思う。実現すれば間違いなく歴史に名を残すだろうそのプロジェクトに、他ならぬ僕なんかを絶対必要条件としてくれていることも含めてあまりにも魅力的なお話だ。
でも、だからこそ……安易なその場の勢いやノリでなく、しっかり考えた末に僕自身の意志と言葉で、彼女の求めに応じるか否かの答えを示さなきゃいけないと思ったのだ。
ソウマ・グンダリとして。冒険者として。そして何より、かつて結果的に大迷宮深層調査戦隊を崩壊させるに至った原因として。
今一度、パーティーを組んで良いものなのか。それをしばらく考え抜きたいと思うわけだね。
「と、いうわけでリリーさんのご意見を聞きたいですー」
「新世界旅団構想ねえ……エーデルライト家の三女さん、ずいぶんと野心家なことにまずはびっくりだわ」
話を持ち帰っての夕方、冒険者ギルドにて。
冒険者としても人間としても厚く信頼を寄せているギルドの受付スタッフ、リリーさんにここだけの話として相談したところ、すぐさま面談用の個室に通されての今はじっくり相談タイムー。
曰く"ソウマくんが相談事をしてくるなんて珍しいから、こういう時こそ全力で対応させてもらう"とのことー。
あー惚れそう〜。僕を特別視してくれてるよねこれ! 絶対そうだよリリーさん、僕だからこんなにも手厚く対応してくれるんだよー!
心の中はまたしても新たな初恋の予感と青春の香りにご満悦なんだけど、実際問題シアンさんの構想についての話は割と重大事だ。何しろことと次第によっては今後の、僕の人生そのものに関わってくるからね。
なので僕が冒険者としてデビューして以来、ずーっとお世話になっている姉のような恋人にしたい人リリーさんに悩みを打ち明けたわけだ。
孤児院の院長先生と並んで僕にとっては家族同然の女の人は、しばらく考えた末に真剣極まる顔をして、僕にこう言うのだった。
「率直に言うわね。その構想、エーデルライトさんに確固たる信念があるというのなら受けてみてもいいとは思う」
「あの野望と野心の熱量は本物だよ、リリーさん。レイアにも劣らないくらい、目がギラついてる」
「ソウマくんにそこまで言わせるならなおのこと、ね……ただ、懸念事項がいくつもあるからそこは考えないといけないけれど」
そう言って、リリーさんは腕組みをして難しげに唸った。
シアンさんの野心、野望とそこにかける熱意は紛れもなく本物だ。どこまでも高みを目指し、そのためにはあらゆることをしてみせる覚悟と凄味が彼女には見受けられた。
思わずレイアを思い出して懐かしい気持ちになったくらいだよー。彼女今、どこで何してるのかなー。元気にしてるといいなー。
若干浸りかけるのを努めて抑えて、僕はリリーさんに問いかける。
懸念事項。いくつもあるというそれを、まずは一つ一つ確認していかないとね。
「懸念事項っていうと?」
「まずは何をおいても、エーデルライトさん自身の能力ね。言い方は悪いけど無能が大層な夢だけ抱いて、あなたを担ぎ上げようとしていないとも限らない。それって詐欺同然だもの、私としては認めるわけにはいかないわよね」
「能力、かー……カリスマ的な威圧はすでに備えてるみたいだよー? 僕やサクラさんにまで感知させるレベルの影響力を放つのって、結構なことだと思うけど」
戦闘力って面だと現状じゃあ夢のまた夢だ、それは分かり切っている。なんたってそもそもがオーランドくんのパーティーにくっついていた程度のものでしかないわけだしね。
ただ、それを差し引いても貴族としてのものだろうか、放つカリスマについては天賦のものだと言うしかない。
他者を魅了し圧倒するオーラや気迫ってのは、よほど強い意志を抱いた上で根底に才能がなければ身に纏えない類のものだ。そういう意味ではシアンさんは立派に天才の部類と言えるだろう。
僕もそうだしサクラさんだって今日のお話し中、彼女のそうしたオーラは感じ取れていた。自分で言うのもなんだけどこのレベルの冒険者にも感じ取らせるだけのものを放つって、相当なことなんだよね実のところ。
リリーさんもそれには頷き、そして答える。
「あなたやサクラ・ジンダイさんにも分かるほどのカリスマ……うーん、それはよろしいけれどもう一手何か欲しいところね。率直に言うと単純実力、戦闘力ね」
「そこは問題ないよ、それこそ僕なりサクラさんなりで鍛えていけばいいし。僕が卒業するまでには、最強とまではいかずとも調査戦隊下位に食い込める程度にはできると思うよ、たぶん」
「さらっと言うけどそれはそれですごいわね……」
戦闘力的な部分なんて今後、冒険者やってれば嫌でも身につくものだしね。僕やサクラさん、今後新世界旅団に参加するかもしれないベテラン達に教わっていけばきっと、シアンさんもたちまち強くなれるだろう。
そう、サクラさん。
しれっと言ったけど、彼女もシアンさんが提唱する新世界旅団の話に僕同様、乗っかるつもりでいるのだ。
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国にとってのトラウマだよー
シアンさんの新世界旅団に、僕より前に賛同を示していたのが実のところ、サクラさんだったりする。
僕への説明の時にもタッグを組んで来てたしね。後で聞いてみたらどうも彼女自身、部室に来る前のタイミングでシアンさんから説明されたそうなんだけど……なんと即断即決で新世界旅団への参加を表明したのだ。
『くだらないしがらみを振り切って未知なる世界を切り拓く! これは冒険者の本懐でござろう? 今のところ小娘の戯言に過ぎぬでござるが、こんな大それた夢を掲げること自体に価値があるでござるし、せっかくなんで乗ってみようと思うでござるよー』
『自覚はありますが直球で小娘の戯言と言われると少し、ショックですね……』
『事実でござる。今は悔しくとも受け止めるでござるよー』
──とまあ、そんなやり取りを二人でしていたねー。
これにより現状、新世界旅団が本格的に組織された時に確定で入団してるのは団長のシアンさんとサクラさんの二人になる。つまり事実上、暫定副団長はサクラさんになるってことになるね。
言う事ばかりは壮大な、野心溢れる新米リーダーとそれを支えるベテラン副リーダー。なんていうか物語の導入部みたいで、結構ワクワクしたところはあるよー。
「そんなわけなので僕が入る入らないにしろ、確定でサクラさんはシアンさんを鍛えるつもりだと思うんだよねー」
「ってことはどうあっても、新世界旅団のパーティーとしての存在感は確立されていきそうね……将来性もありそうってのは大きいわよ、ソウマくん」
「ねー」
入ったは良いものの実力不足、あるいは求心力不足で芽が出ないまま終わる……なんてことはこの際、可能性が低いと見ていいだろう。
僕抜きにしてもカリスマのシアンさんと武力のサクラさんがツートップなんだから、その時点である程度上を目指せるのは間違いない。なんならバディでも大成しそうなくらいだ、シアンさんの戦闘力の伸びにもよるけど。
そんな旅団に僕が求められてるところは、戦闘力とか性格面もあるけど、やはり一番大きいのは"国と揉めて追放された元調査戦隊メンバー"という来歴がゆえなんだろうね。
おそらくリリーさんにとっての懸念の一つだろうそれを、僕はつらつら語っていく。
「3年前の調査戦隊解散の時、エウリデ連合王国は僕を追放してなかったことにした。スラム出身の冒険者が調査戦隊に所属しているという事実を、国として絶対に認めることができなかったんだね」
「何度聞いても腹立たしい話だけど、急にどうしたの?」
「僕が旅団に必要とされている理由だよー。つまるところエウリデ内でポスト調査戦隊を掲げたいシアンさんは、そうすると絶対に擦り寄ってくるだろう国や貴族連中に対して僕っていうカードを持ちたいんだと思うんだよねー」
エウリデは調査戦隊解散を引き起こしたことで各国からのバッシングを受け、冒険者達からも総スカンを食らう羽目になった。
そのため昨今、世界各国で行われているポスト調査戦隊パーティーの擁立に関して一切手立てを打てないでいるらしいんだよね。
エウリデ内の冒険者達からしたら、国内でポスト調査戦隊パーティーを組んだら国に横槍を入れられかねないからとてもじゃないけどできない。またパーティーを崩壊させられるかもしれないわけだしね。
仮に組みたいのならば国の干渉に対して、ある程度撥ねつけられるだけの手札がないといけない。
そう、たとえば……スラム出身の冒険者で、しかもかつて脅迫してまで追放した挙げ句、最悪の結果を誘発させてしまったような輩とか、ね。
「国の横槍、あるいは嫌がらせってのはリリーさんにとっても懸念だったと思うけど、その辺は僕が入団すればある程度は避けられる」
「……まあ、たしかにそこが一番大きな心配事だったわ。でもどうしてかしら?」
「昔は借金完済分のお金って餌もあったけど、今はもうそれもないからねー。かと言ってたとえば孤児院に手を出そうとでもすればそれこそ本末転倒だ、新世界旅団はどんな手を使ってもエウリデを排除しにかかるだろうし」
結局のところ僕があの時、追放命令に応じたのは孤児院の借金を完済できるだけの金が引き換えだったのと、拒んだら国によって孤児院に危害が加えられてしまうからだ。
危害のほうは僕一人でもどうにかできたのかもしれないけど、あくまで可能性の話だ。一人でも護るとか息巻いて結局孤児院に被害が出たりしたら話にならない。
それに借金の完済も割と急務だったからねー。そうした事情もあって僕は、調査戦隊を抜けたわけだ。
でも今回、それらの要素は一切関係ない。
孤児院の借金はもうないし、国とやり合うかもしれない件についても、僕を国への手札として囲う以上は旅団全体の問題として扱われるだろうし。つまりは仲間達とともに対策を練ることだってできるってわけだねー。
そもそも、今さら国が僕に関わりたいとも思えないのでスルーしてくる可能性さえあるんだし。
とにかくそんな感じで、3年前に比べて状況は明らかに僕有利なのだ。
付け加えるようにリリーさんも、鼻息を荒くして言う。
「大体そんな真似したら、今度こそ冒険者達が黙ってないわよ……! 3年前の真相、あなたが孤児院を盾に取られて脅迫を受けた話はもう、公然の秘密同然で冒険者中に広まってるんだから」
「教授がずいぶん細工したみたいだねー。あれはあの人も怒ってたからねー」
「冒険者"杭打ち"の踏み躙られた尊厳と誇り、未来と栄光。ベテランや話を聞いた新米冒険者は次、同じことがあれば武力蜂起さえ厭わないでしょうね。だってあなたが受けた仕打ちは、もしかしたら彼らにだって降りかかるかもしれないことなのだもの」
出自を理由に、脅迫してまでパーティーから追放する──僕に起きたことはつまるところそういうことなので、大概の冒険者にとっては割と他人事じゃない。
だって貴族もちらほらいるにせよ、大体が平民かスラム出身の冒険者ばかりだからね。
国が脅迫してきたら一個人では太刀打ちできないのも事実だし、他のことはともかく対エウリデ連合王国という観点においては、やたら連携しがちなのが迷宮都市の冒険者達なのだった。
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急な呼び出しだよー?
新世界旅団構想についての懸念とその対応から、割と真面目にエウリデ連合王国が冒険者界隈から嫌われてるってのは浮き彫りになってきたわけだけど……
そうした事実を踏まえて僕は、改めてリリーさんに自分の意志を伝えた。正直迷っちゃってたところもあるんだけど、相談して話し合う中で自然と考えがまとまっていった感じだねー。
「……うん、決めた。シアンさんの作るパーティー、いや組織"新世界旅団"に、僕も入団しようと思う」
「ソウマくんがそれを望み、決めたのなら私が反対する理由はないわね。未知数の要素は多いけど、だからこそやる甲斐があるって考えるのが冒険者だものね」
「そうだねー。なんだかんだ僕もすっかり、冒険者気質だよー」
二人、顔を見合わせて笑い合う。
調査戦隊解散から3年、もう二度と誰かとパーティーやそれに類する組織に属することはないだろうなって思っていたけど、人生って分からないもんだね。
ましてやそのきっかけとなった人は昔、僕がこの手で助けたことのある女の子だって言うんだから、人生万事塞翁が馬、あるいは情けは人の為ならずってところかな。面白いね、世の中ってさ!
「ヒノモト出身のSランク、ジンダイさんに知る人ぞ知る無銘の伝説"杭打ち"……とんでもない2枚看板ね。正直エーデルライトさんがある程度見込み外れでも、あなた達だけで余裕でエウリデ随一のパーティーになるでしょうね」
「サクラさんはともかく僕のことは買い被りすぎだよ、リリーさん。まだまだDランク、世間的には未成年のペーペーなんだから」
「公的書類上の扱いと実際の扱いと、あと本人の認識とでこうまで齟齬のある冒険者も珍しいわね、本当に……あら?」
「うん?」
僕の言葉にリリーさんが苦笑いしていると、不意に面談室のドアがノックされた。なんだろ、誰だー?
リリーさんが促すとドアが開いて、事務員の男の人が入ってきた。その顔はどこか緊張を帯び、汗も一筋垂らしている。
その人は僕とリリーさんを見るなり、真剣のそのものの様子で言う。
「面談中のところ失礼します、杭打ち様……ギルド長がお呼びです。先日弊ギルドにて起きた騎士団との騒ぎに進展が見られたと」
「ギルド長……?」
「はい。加えてSランク冒険者サクラ・ジンダイ様、並びに騎士団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース様もお越しになっています」
「はあ!? な、何それ錚々たる面子じゃない!」
ギルド長とシミラ卿だけならまだしも、サクラさん? こないだの騒ぎに彼女は何一つ関与してなかったはずだけど、なんで?
リリーさんが叫んだとおり、中々の豪華メンバーというか……ギルド長自身もSランク冒険者だし、そんなところにのこのこ行かなきゃいけない僕だけが場違いじゃないかなこれー。
「…………何かあった?」
「ハ……いえ、詳しくはその、ギルド長のほうから説明いたします。ただ、杭打ち様のお力を、助力を必要としていることだけはたしかです」
「……………………」
うわー! なんか嫌な予感しかしないー!
ものすごく厄介ごとの香りがするよー。しかもこれ、ギルド長が絡んでる時点で逃げるに逃げられないよー。詰みだよー!
ギルド長とは昔から持ちつ持たれつな関係なんだけど、それはそれとしてうまいこと冒険者を手玉に取る百戦錬磨の老爺さんなんだよね。
だから僕なんて戦闘力ばかりで学も教養もないからカモの中のカモ、毎度うまいこと煽てられて持ち上げられて、気がついたら火中の栗を拾う羽目になってるのがこれまで結構あったりするんだ。
そんなギルド長が直々に僕を名指ししている……うわー!
「……わかりました。伺います。ギルド長室で?」
「はい! ありがとうございます!」
「声だけでも本気で嫌そう……大変ねー杭打ちさんも」
「……………………」
そう言うんなら付き添いしてよー! と視線で語るものの、リリーさんはフッ、と笑ってそのままそっぽを向く。知らんぷりは良くないぞー!
言っても仕方なし、立ち上がる。スタッフの男性に付き添われつつも部屋を出て僕は、施設の二階、最奥にあるギルド長室を訪ねて歩いた。
こないだの騒ぎでの話なんて、精々騎士団からギルドへの謝罪と賠償くらいしか思いつかないんだけどなー。もしかしたら僕への詫び料も払ってくれるとか? エウリデだしないか、そんなこと。
あるとしたらむしろ逆で、スラム出身の冒険者風情が何してくれてんだって喧嘩を売りに来たってところだろうか?
もしそうだとしたらシミラ卿がそんなことノリノリでやるわけないし、こないだ貴族のボンボンを殴ったペナルティで来てたりとかして。
ご愁傷さまだねー。こないだのベテランさんじゃないけどもう、騎士団長止めて冒険者にでも転職してもいいと思うよ、そんな扱いされるくらいなら。
あれこれ予想を立てつつギルド長室のドアに到着。えーっとノックは何回だっけ3回? 4回? まあいいやテキトーで、コンコンコンコンコーン!
『5回? ……まあ杭打ちのやることか。入りなさい』
「……………………」
僕のやることだから何? なんなの? ちょっと気になるんですけど!
絶妙にぼかした物言いをしながら入室を促す、男の人の声に従って僕はドアを開けた。
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またしても古代文明だよー
「…………失礼しまーす」
中に誰がいるとも分からないし、一応冒険者"杭打ち"として入室したものの。見れば僕の正体を知っている人達が勢揃いだったことからすぐに、ソウマ・グンダリとしての素で話すことにした。
部屋の奥のデスクに座るギルド長、横に控える秘書さん。
手前のソファに座るサクラさんとなんでここにいるの? シアンさん。
そして今回の一連の騒動においてたぶん、一番気の毒な立ち位置にいるのだろうシミラ卿。こちらの5人だけが部屋の中にいたのだ。
みんな気軽な様子で、軽快に僕に声をかけてくる。
「やっほーでごーざるー。さっきぶりでござるねソウマ殿、ござござー」
「先程ぶりです、ソウマくん。ジンダイ先生に連れてこられる形で来てしまいました。さすがにまだ、今の私にはこのメンバーの話し合いに混ざるには力不足と思うのですけどね」
「ヒノモトから来たSランクに、エーデルライト家の三女……ソウマと関係があったか。これは話が早いな、ギルド長?」
「そう思ったからこそのこのメンバーなのですなあ、フフフフ」
古くからの知り合いと、最近知り合った人が並んで話してるのってなんか違和感というか、変な感じするねー。
というかシアンさんはサクラさんに連れてこられたのか。本人が言うようにちょっとまだ早くないかなー? 場合によってはその場で戦闘まで起きかねないのがSランクやそれに相当する連中の物騒なところだし、何かあってからでは遅いと思うんだけど。
まあ、本当にこの場で殴り合い斬り合いが発生しそうならその時には謹んで僕がシアンさんのナイトを務めさせてもらおうかなー!
憧れの人を護って戦えるとか青春極まる話だよー、この場のSランクがまとめて向かってきても余裕で全員殴り飛ばせそう。
「まあまあ、よく来たなグンダリ。ワルンフォルース卿の隣が空いているからそこに座りなさい」
「なんなら膝の上でもいいぞ、ソウマ。一年ぶりに姉に甘えるがいい」
「弟になった覚えがないので遠慮しますー。よいしょっと」
白髪を長く伸ばしてオールバック気味に後ろに流した、スーツ姿の老爺。すなわち迷宮都市の冒険者ギルドを束ねるギルド長ベルアニーさんの指示に従いソファに座る。
シミラ卿がまたなんか言ってるけど、僕的には弟より彼氏になりたいところだよね。調査戦隊時代はそもそも恋とか青春とかどうでも良かった僕だから弟役でも良かったかもだけど、今の僕は最高に青春したいからね!
まあ、今は厄介ごとの匂いがプンプンしている現場ですから自重するけども。
杭打ちくんを床に置いて、フカフカのソファに腰を沈めて一息つく。するとギルド長が頃合いかと呟いて口火を切った。
「揃ったな。それでは諸君、問題発生だ。平たく言うと政治屋どもがまたぞろ、古代文明の生き残りを求めて騎士団を動かそうとしている。それも今度は穏便な形でなく、武力行使も厭わないとまで指示が下りているそうだ」
「古代文明の生き残り……ヤミくんとヒカリちゃん? またあの双子を狙ってるの、シミラ卿?」
問題発生とか言う割に妙に機嫌の良いギルド長。楽しそうに愉快そうに笑って経緯を説明するけれど、その目だけはまるで笑ってないから腸が煮えくり返ってるんだろうなって僕には察せる。
古代文明の生き残り。僕の知る限りでは地下86階層の奇妙な部屋で眠っていたらしい双子、ヤミくんとヒカリちゃんが該当する。
まだまだ幼い二人を狙い、物扱いした挙げ句に実験材料だの研究素材だのふざけたことを言ってのけたのが騎士団の新米達だ。そこにたまたま居合わせた僕が助太刀に入ったのがこないだの話だねー。
最終的には団長のシミラ卿自ら、新米のボンボン達を片っ端から殴り飛ばして連れ帰ったわけだけど……性懲りもなくまだやろうって言うんだね、あいつら。
当事者の片割れである騎士団を率いる、シミラ卿御本人に尋ねてみる。すると意外な答えが返ってきて、僕は驚くこととなった。
「いや。今回のターゲットは別の人物、別の生き残りとされる女だ」
「……他にもいたんだ、超古代文明人って」
案外いるもんなんだねー、何千年もの時を超えてやってきた、古代文明からの使者ってのは。
どうにもオカルト満載な話で僕としては嬉しい限りだけど、ギルド長やサクラさんなんかはいかにも半信半疑って感じだよー。シアンさんはなんとなく納得してる風だけど、彼女ももしかしたら超古代文明とか好きなタイプの人なのかもしれない。
趣味が合う美少女! 運命だよこれは、きっと運命に違いない!
内心はしゃぐ僕をよそに、シミラ卿は話を続けた。どこか頭が痛そうに──実際悩みの種は尽きないのだろうねー──言ってくる。
「その女は先日の騒動と前後して存在が確認された。運が良いのか悪いのか、どうやら迷宮浅層を彷徨いていたところを冒険者パーティーに保護されていたらしい。双子の確保が失敗した今、次はその女というわけだ」
「いかにも訳アリとは思っていましたが……まさか超古代文明の生き残り、といういわくつきの方でしたか。本当に運が良いのか悪いのか、判断に困りますね」
「…………え?」
「一応、あなたもご存知ですよソウマくん」
何やら事情通みたいなことを言い出したよ、僕も知ってる人だって? でもそんな人と会う機会なんてどこで────あっ!?
不意に直感で悟る。そういえば直近で一人、シアンさんの近くで素性の知れない女の人を見かけたじゃないか。
まさか、あの人が?
視線で問うと、シアンさんは真剣な顔で頷き、僕の推測を肯定した。
「グレイタスくんのパーティーの新規メンバーでこの間、彼を諭し励ましていたマーテルさん。どうやら彼女こそ、数万年前の超古代文明の生き残りらしいのです」
やっぱり!
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案の定だよー(呆)
予感的中、だけど困惑は普通にしてしまう。意外と近くにいるものなんだね、超古代文明からの使者さんって。
マーテルさんという名前のその人は以前、オーランドくんのパーティーの一員としてお見かけした人だ。僕を庇ってオーランドくんを更生させようとしていた、女神級に心やさしい美人さんだねー。
なんでも、オーランドくんに助けてもらったことでハーレムパーティー入りしたーみたいなことをこないだのやり取りから察することはできたけど、まさか何万年ぶりの寝起きに迷宮を遭難していたところを助けられましたーなんてのは予想外だよー。
戸惑う僕に、シアンさんが続けて経緯を説明した。
「先週、ソウマくんに会った翌日です。暴言を吐いたグレイタスくんやリンダ・ガルともどもジンダイ先生からレクチャー受けた次の日に、私達はまた迷宮に潜りました」
「……そこでその、マーテルさんを見かけたと?」
「ええ。ひどく弱っていたこともありましたから、グレイタスくんは彼女をすぐさま救助しました。さすがに緊急時だと悪癖も発露せず、助け終えてから美貌に見惚れていましたね、彼」
「普段からそのくらい自重できていれば、まだもうちょい立場に見合った見られ方をしてるでござろうに。もったいないでござるなー」
サクラさんが呆れた口調でオーランドくんを評する。こないだシアンさんも言ってたけど、どうやら本当に彼は私心抜きにマーテルさんを救助したらしい。
美人と見ればすかさず手を付けにかかるコナかけ癖も、人命の前にはひとまず収まるわけだね。冒険者として立派なんだけど、言われてるように普段からそうしていてくれないかなーって言わざるを得ない。
特に僕なんか8回も彼のお手つき癖で失恋してるからねー。シアンさんは誤解だったけど、うううー。思い出したら涙が出そうだよー。
「オーランド・グレイタス……チャールズとミランダの息子か。親バカにすっかり甘やかされて、年にも実力にも見合わぬAランクとして放蕩三昧と聞いていたが」
「概ね合ってるでござるよギルド長。少なくとも冒険者としては素人同然、意気込みとプライドだけのボンクラ息子でござるね」
「……まあ、人助けしたのは冒険者として、人として立派ですし。ランクについては、そもそもなんでギルドが認めたのかってところから疑問ですよ、ベルアニーさん」
あんまりボロカス言われてるから、ついフォローに入っちゃったよー。
サクラさんはいいにしても、ギルド長は彼にAランク冒険者ライセンスを与えた組織の長としてそこはあんまり人のこと、言えないんじゃないかなー?
ちょっと気になったしツッコんでみる。偉い人相手だからってスルーするわけないんだよね、冒険者的には。
サクラさんもシアンさんも、なんならシミラ卿もそこは同意なのかじーっとギルド長を見つめる。彼は汗を垂らして若干、焦った調子で弁明した。
「私じゃあない、よそのギルドでAランク認定を取らせたんだよ、あの夫妻は。このギルドだと何があってもそんなことは許容しないが、他のギルドだとままある……金を積めばSランクは無理にせよ、AだのBだのまでは認可してしまうという馬鹿な事態がな」
「ヒノモトでもそんな話は罷り通ってるでござるが、まったく呆れた話でござるよ……実力以上の評価をされたところで、ボロが出ないはずもないのに」
「グレイタス夫妻は実力、人格、評判も揃って上々のよくできたSランク夫妻だが、身内のことになると途端に馬鹿になってしまうのがな……杭打ちくんやワルンフォルース卿にも覚えはあると思うが」
「……………………」
「私からはなんとも。あの夫妻には過日、世話になっていますので」
僕もシミラ卿も、そっぽを向いてノーコメントの体勢だ。
かつての仲間を内心でどう思っていようが口に出したくはないからね……まあ、言い換えるとつまりはそうしないといけないくらいあの人達、親としててんでダメなわけなんだけどねー。
調査戦隊にいた頃も常々、いかに自分の倅が可愛いか最高かひたすら主張してたもんなー。
その時はオーランドくんがまさかこんな感じになるとは思ってなかったし、はいはいごちそうさまーって感じで他のメンバーも苦笑いで済ませていたんだけれど……さすがにギルドに金を積んでAランクライセンスを買い与えるのはやりすぎだよね。
「コホン。グレイタス夫妻のことはそこそこにして、件の女マーテルがオーランドのパーティーにいるのはたしかだ。そして国からは双子の代わりに、彼女を確保して持ち帰るように指示が下りている」
「研究、実験のためですか……それで、シミラ卿はギルドに協力を依頼しにでも来たとか?」
「この間の今日でそんな恥知らずなことはできるか……と言いたいがな。そこも国の指示だ」
ため息を噛み殺しつつ、シミラ卿が答えた。もはや苦悩とか鬱憤を通り越した、本当になんだか吹っ切れた顔をしてるよー……
生真面目で神経質なこの人が、こういう顔をしだすと大分危ない。調査戦隊時代も何度があったけど、腹を括るとそれまでの我慢から一転して大爆発するタイプの人だからね。
たぶん、もう心境的には覚悟を決めちゃってるんだろうなー。
それを感じ取ってか、ギルド長もチラチラとシミラ卿を伺うようにしつつ、しかし国を相手に鼻で笑って言った。
「双子を見逃してやるのだからマーテル確保には協力しろ、と。金も出すのだから文句はあるまい、とそういう理屈らしい。相変わらず冒険者もギルドも舐め腐ってくれているようで何よりだ」
「うわぁ」
「冒険者をなんだと思ってるんでござるかねえ」
案の定って感じだけど、本当に下に見てくるなあ、国の連中。双子を見逃してやるって、あの場で見逃してあげたのはむしろ冒険者側のほうだと思うんだけどねー。
ギルド長が明かす国の言い分に、僕もサクラさんもシアンさんも呆れた顔を隠せずにいるのだった。
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心が二つあるよー(悩)
マーテルさんの確保……っていうかもうはっきり言うけど誘拐だよねこれ。誘拐に際して冒険者を使うつもりらしい国の言い分に、誰あろうシミラ卿が大きくも深ーいため息を吐いた。
「先日の騒動について、エウリデ連合王国政府としては迷宮都市の冒険者ギルドに対し、反逆罪を適用することさえ視野に入れていた。双子の引き渡しに反抗したばかりか、騎士団員が負傷して帰ってきたことで随分と大臣が吠えていたよ」
「騎士団員はシミラ卿がやったじゃないのー」
「表沙汰にできないから冒険者の仕業ということにする、だそうだ。ちなみに杭打ち、お前については誰からも一言たりとも言及はなかったぞ。3年前にお前の取り扱いを間違えて最悪の事態を招いてしまったこと、彼らは半ばトラウマにしてしまっているのさ」
「それを聞かされて僕にどうしろと……」
お偉いさん達が僕にビビってる、なんて聞かされても反応に困るよー。さぞかし微妙な顔と反応をしたんだろう僕に、シミラ卿は喉を鳴らしてくつくつと笑った。
久々に見る楽しそうな笑みだ。本当に今の、騎士団長って役割は彼女にとって不相応なんだなと痛感するよ。
調査戦隊に所属していた彼女だから、国側の人材でありながらも価値観や考え方はむしろ冒険者に近いんだよね。
そうでなくとも元々の気質が騎士的じゃないっていうか、案外はっちゃけるタイプのお姉様だから余計、今のこの立ち位置が窮屈なんじゃないかなって思う。
さておき、ギルド長は椅子にもたれかかり頭を掻いた。いかにも紳士然とした格好と態度なんだけど、これで実はここのギルドで一番血の気が多いんだから面倒くさいんだよこの人ー。
今もほら、何でもない風だけど青筋立ててるし。絶対キレてるよこれー!
静かに、けれど気迫を込めながら老爺は僕らに告げる。
「言うまでもないがそのような魂胆に加担するつもりはない。冒険者を人攫いか何かと勘違いされてもらっては困るのだし、そもそもマーテルとやらはオーランド・グレイタスの保護下で冒険者登録もすでに済ませてある。つまりは同胞だ」
「同胞を、平気で人を物扱いしたり脅迫して追放したりする連中に売り渡すなどと……それこそ冒険者の名折れでござるなぁ」
「そういうことだ。ましてや我々を、未知を求めるのが本懐の冒険者を金で動かそうなど言語道断であろう」
「……………………」
グサー! 3年前ものの見事にお金に釣られて調査戦隊追放を受け入れた僕の心に大ダメージ!!
サクラさんはともかくギルド長、これ僕への当てつけとしても言ってない? 帽子とマントの奥から彼に視線を向けると、いやらしい話でこのおじいさん、ニヤリと僕に笑いかけてきた。
ほらやっぱりじゃんヤダー!
だからあんまり会いたくないんだよこの人、3年前のことで国はもちろん僕に対しても思うところあるみたいなんだもんー!!
一気にアウェイ感を増した部屋から、僕は今すぐにでも退散して家に帰ってお風呂入って美味しいご飯を食べてぬくぬくのベッドでぐっすり寝て次の日の朝日を最高な気分で拝みたくなる。
そもそもなんで僕を呼んだのこれー。意味が分からないよこれー。
シアンさんの次くらいに無関係だと思うー、と内心で思っていると、ギルド長が続けて言った。
「我々はもう二度と、卑劣に屈する同胞を出してはならない。たとえ国が相手であろうともだ。よってこの依頼は当然、引き受けない……と、言いたいところだが」
「ござ? 何か問題でも?」
「ここで別の問題が起きた。そのマーテルが事態を察知し、逃亡を図っているのだ。おそらく彼女を保護したとかいう、グレイタスの倅も一緒にな」
その言葉に、少しの沈黙が部屋を包んだ。僕も絶句というか、反応に困っちゃって何も言えないでいるよー。
どうやら事態はすでに動き出してるらしい。ていうかオーランドくん、今日普通に学校で見かけたんだけどなあ。学校が終わってから逃亡を開始したってことなのかな?
気になる仔細をギルド長に代わり、シミラ卿が説明する。
「2時間前、それらしき二人組が街の外へ出たと先程、迷宮都市の駐在騎士から連絡があった。先日の双子を巡る騒動を知って、次は自分とでも思ったのかもしれん。北口から出たところから察するに行き先は……」
「……国境。エウリデから北上して海洋国家トルア・クルアに向かうつもりでござるな。そこから海路を使って大陸脱出でも図るんでござろうか?」
内陸国であるエウリデ連合王国は、四方を別の国に囲まれているわけだけど……
その中でも北部に隣接しているトルア・クルアという国は迷宮都市からも比較的近く、今からここを出発しても一日くらいで国境を越えられるくらいの距離しかない。
そしてそのトルア・クルアはサクラさんの言う通り海洋国家で、面した海から世界各地に交易路を作って船による行き来を盛大に行っている貿易大国なんだよね。
当然旅客船なんかも毎日とんでもない数、行き来しているわけなのでそれにさえ乗ればもう、エウリデの追手なんて知ったこっちゃなくなる。
マーテルさんと一緒に逃げているらしい推定オーランドくんはたぶん、それを狙ってるんだろうねー。一緒に行くのか船に乗せるだけ乗せて帰るつもりなのかは知らないけれど、中々いい判断だし好感の持てる行動だと思う。
そうだよねー誰が好き好んで物扱いしてくるような連中に、助けた人をむざむざと渡すもんか。今回ばかりは彼にこそ義があるよー。
冒険者として強い共感を得ていると、向かいのシアンさんが困惑もしきりにつぶやくのが見えた。
「グレイタスくんも、船旅に付き合うつもりでしょうか……まさかそんな、彼は冒険者であると同時に学生ですよ?」
「助けた女とともに理不尽な国からの逃避行。冒険者の、それも年頃の男としては燃えるシチュエーションでござろうなあ。ましてやあのガキンチョはほれ、スケコマシでござるし」
「………………………………!」
ちょ……ちょ、超! 羨ましいよー!!
え、何その青春劇! ボーイミーツガールからの逃避行って、もはや物語じゃん! こってこてのジュブナイルじゃん!!
オーランドくんを支持するのはするのだけど、僕の憧れる青春をことごとく見せつけてくるのはつらいよー。
応援したい気持ちと応援したくない気持ちがせめぎ合うー! 僕にもそんなイベント起きないかなー! と、そんなことをついつい思っちゃうよー。
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やけっぱちになってるよー
どこまで行ってもハーレム主人公気質らしいオーランドくんへの嫉妬でどうにかなりそうながらも、僕としてもマーテルさん達を国に渡したくない思いは一緒だ。
なんならシミラ卿だって乗り気じゃないんだろう。ここにいるってことはつまりそういうことだからねー。
「はっきり言うが騎士団長たる私も、副団長もその他の幹部格も、マーテル確保などしたくないのが本音だ。死ぬより酷い目に遭わされるだろう国の研究機関に誰が罪なき者を引き渡したいものか、それは騎士以前にまともな人間のやることではない」
「だったら別に、適当に追ったところで見失いましたーでいいんでないのでござるかー?」
「そうしたいところだがな……まったく残念だがこういう時ばかり、勤務に忠実で熱心な部下というものもそれなりにいるのさ」
肩をすくめていかにも皮肉げに彼女は嗤う。
超古代文明の生き残りってだけで、通常罪人が送られてそのままあの世行きになっちゃうような、闇の深い研究施設送りになるなんてあってはならないことだからねー。
騎士としての誇りも高いシミラ卿以下騎士団の幹部陣はその辺、一歩も退く気はないんだろうけど。まあ、組織ってどうしても一枚岩じゃないかー。
「無駄に勤務年数だけ重ねたような下っ端どもは、今回の任に異様に気炎を上げている。相手はか弱い小娘、引っ捕らえて使命を果たせば上の覚えもめでたく立身出世の道も拓ける、と」
「栄達のためなら多少の犠牲もやむなしか。立派な騎士様もいたものですな」
「なんなら生意気な小娘騎士団長を蹴落とすことにも繋がるだろうから、いつになく精力的に取り組んでいるよ。上の指示を待たずして出撃する程度にはね」
「えぇ……? 部下の教育どーなってるの、シミラさん……」
「貴族の子息だ、名ばかりしかいないんだよソウマ。私の憧れた騎士団は、今や退廃してしまった。私のせいだろうな」
ギルド長の皮肉にも乾いた笑みを浮かべて嘯くしかない、シミラ卿の姿はあまりに無力感に満ちている。
部下の教育含め、騎士団をそこまで腐敗させたのは国の意向も貴族のボンボンの性根もあるだろうけど、結局のところ責任の所在はこうなるまでに手を打てなかったシミラ卿達自身にある、とするしかないから難しいところだよー。
悔しいだろうなー……先代騎士団長を慕って、彼女の跡を継いで騎士団をより立派な組織にするのだと理想を掲げていたのがこの人なのに。今やかつての姿はもう、すっかりと色褪せてしまっている。
今ここにいるのは、自身の力不足も含めたすべてに嫌気が差した女の人でしかなかった。
「というか、もうすでに出撃してるってことはオーランド達を追ってるのでござるか? それもう捕まってないでござるか?」
「マーテルが出立したのが2時間前、馬鹿どもが無断出撃したのがその一時間後……どちらも馬を使用しているのだとして、いずれ捕捉するだろうがまだそこまで追い縋ってはいまい。そしてその程度であれば、迷宮攻略法を修めている者であれば容易に辿り着ける」
「…………あー。つまりシミラ卿、僕らに連中を止めてほしいってこと?」
部下が暴走しているのを止められずにいる彼女がここにいる理由なんて、そのくらいしか思いつかない。
迷宮攻略法をある程度でも習得している僕やサクラさんを呼んだのは、立場上身動きが取れない自分の代わりに連中を止めてくれと、場合によっては武力行使をもってでもと、そういうことなんじゃないかなー。
そんな僕の推測を、シミラ卿はしかし頭を振って答えた。
「いや、半分当たりで半分違う。連中に追いつくまではいいとして、そこからだ」
「ふむ?」
「ソウマとジンダイ殿には連中と争う形で、私と一芝居打っていただきたいのだ。Sランク冒険者に相当する実力者が3人、本気で撃ち合えば嫌でも騎士団の動きは止まる。その上で私が敗れ、そちら側に"マーテルには手出し無用"とでも言ってもらえれば今後、国としてもマーテル追跡には二の脚を踏むと思われる」
「……茶番で騎士団と、その後ろにいるエウリデ政府をも脅しつける、かあ」
「自身の敗北を前提とする策でござるか。中々捨て身でござるなー」
サクラさんが呆れの混じった表情と声色でシミラ卿に言う。いや実際その通りで、半分自爆行為めいたやり方を提示してきてるね、彼女。
現状、求心力やカリスマはなくともシミラ・サクレード・ワルンフォルースはエウリデ連合王国最強の戦力だ。なんせ先代が冒険者になってとんずらこいたもんだから、それまで騎士団の中で二番目の実力者だった彼女がそのままトップ戦力になるわけなんだよねー。
そんな彼女が任務の途中、冒険者に負ける。それはすなわち国そのものの威厳や威光を大きく損なう緊急事態だ。
それをもってして、彼女は国を止めるつもりなんだ。マーテルはすでに冒険者だ、深追いすればシミラ卿以上の戦力を保持する集団が敵に回るぞって。
自身の首が飛ぶことさえ覚悟してるね、これは……冒険者に負けるような騎士団長を、エウリデは許しはしないだろうし。
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舐めてもらっちゃ困るよー
シミラ卿の提案──騎士団と国を相手に一芝居打ち、マーテルさんがすでに冒険者のバックアップを受けていることを、武力行使を持って示すことで連中を牽制する──の最大の問題点は紛れもなく、シミラ卿自身の命が懸かってしまうことだ。
僕ら冒険者は、依頼に失敗しようが殺されるなんてことはないし、あったとしてもギルド総出で返り討ちにしてやるけれどシミラ卿はそうはいかない。
騎士団長として敗北を喫すれば国は恥をかかされたとして始末にかかるだろうし、その時彼女の味方は誰もいないんだ。
その辺、どう考えているんだろうかシミラ卿は。
真剣に語る彼女の言葉に、僕も真剣に耳を傾けた。
「これがおそらく最善だ、流血を最小限に留めつつマーテルを他国に逃がすことができる。国と冒険者ギルドが本格的に対立するだろうが……そこは今さらだろう」
「ま、そうですなあ。我々としても、金さえ積めば汚れ仕事でもさせていいとのぼせ上がっている輩どもとは仲良くする気はありませんよ」
「それはそうでござるがなシミラ卿、貴殿の進退はどうされるおつもりでござる? そちらの案でいくと、貴殿の身に危害が及ぶでござろうが……」
サクラさんも僕と同じことを考えていたみたいだ。シミラ卿に鋭い視線を向け、疑問を投げかける。
最善……最善といえば最善なんだろうね、少なくともシミラ卿にとっては。建前上は国に従いつつもマーテルさんを逃がせて、かつそれでもまだ追撃するようなら冒険者が黙っていないという実例を示すことにも繋がる。
ただ、そこに彼女自身は勘定に入ってないんだ。
シミラ卿はあっけらかんと、清々しそうに笑ってサクラさんに答えた。
「この件が片付いたらどの道、騎士団長は辞めるつもりでいる。そちらのクビはいくらでも飛ばしてやるさ。物理的に首を飛ばしたいというのなら、別にそれでも構わない……ただまあ、私とて黙ってやられはすまいが」
「……国とやり合うでござるか? 面白そうでござるし加勢するでござるよ?」
「結構だ。これも私の不徳が招いた事態なのだから、余人は巻き込まず最期までやり遂げてみせるさ」
「………………………………」
うーん、やっぱりいろいろ腹を括ってるね、これは。やる気満々な彼女の姿はどこか透明感さえ備えた気迫を纏っている。自身の死さえ織り込んで、命の使い所を見つけちゃってるみたいだ。
これやばいよー。今まで我慢してきた分、もういいんだってなったら本当に、国全部を敵に回して死ぬまで暴れちゃいかねないよー、シミラ卿ー。
少しの沈黙が流れる中、僕はどうにかできないか必死に頭を回した。出来の悪いオツムでも、どうにかしないとシミラ卿が大変なことになっちゃうよー。
────不意に、シアンさんとサクラさんの言葉を思い出して僕は閃くものを得た。
そうだ、そうだよこれなら行けるかもしれない!
「すみませんが、こちらからも提案があります」
「ソウマ?」
「シミラ卿をこんなことで、あんな連中の手で終わらせちゃいけない。さっきの計画、少し変更しましょう」
シミラ卿をまっすぐ見据えながら、僕はみんなにそう言った。
さすがに、そんなことで命を投げ捨てさせる訳にはいかない。かつての仲間として今の友として、僕はシミラ卿のプランに横槍を入れるよー。
「騎士団と冒険者は国の思惑通りに組んで、一緒にオーランドくん達を追うんです。特にシミラ卿とサクラさんはタッグを組むのがいい──そこに、僕が邪魔立てします」
「……ソウマくん!?」
僕の即興のとっておきプランに、即座にシアンさんがその意図するところを察したのか叫んだ。
まあ言っちゃうとシミラ卿のプランにおける、国を牽制する冒険者の武力って部分をそっくりそのまま、僕の暴力に置き換えるんだねー。
"僕は存在そのものがエウリデ連合王国に対して牽制となり得る"。
放課後、部室でシアンさんとサクラさんが熱く語ってくれた僕の評判を思い出して、この作戦は考えつけたのだ。
かつて手を出した挙げ句痛い目を見たスラムの野良犬が、今度は明確に自分達に牙を剥いてきた。なーんてのは今も調査戦隊絡みで苦い思いをしているらしいエウリデからすると、嫌でも対応せざるを得ないだろうしねー。
シミラ卿にとってはサクラさんはじめ冒険者達と責任を折半できるし、冒険者達も表立って国と対立構造を本格化させるのも避けられるし。僕としても、3年前のちょっとした心のしこりを取り除けるかもだし、いいことづくめだよー。
ホクホク顔を浮かべる僕に、けれどサクラさんとシミラ卿が難しい顔をして唸る。
「……エウリデ対冒険者の構図にはせず、エウリデ・冒険者連合対冒険者"杭打ち"の構図にすると? いくらなんでもそれは貴殿に負担がかかり過ぎでござろう」
「そうだぞ、ソウマ。私のことを気遣ってくれるのはありがたいが、いくらなんでもそれは無茶だ。そもそも一人で叛逆など、そんなことができるわけが」
「舐めてもらっちゃ困るよー」
うーん、サクラさんは仕方ないにしてもシミラ卿、ちょっと見ないうちに僕のこと忘れちゃったのかなー。ちょっと寂しいけど一年ぶりだからねー仕方ないや。
思い出してもらうつもりで、僕は二人に限定して威圧をかけた──騎士団員のボンボンにしたのとはわけが違う、調査戦隊副リーダー仕込みのマジ威圧だ。
瞬間、二人の息が止まった。
僕の本気の威圧に、否応なしに身体が反応したんだ。
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こんな茶番は引っ掻き回してやるよー
「…………!?」
「っ! ソ、ソウマ……!?」
僕の意気を受けてサクラさんもシミラ卿も動きが止まり、唖然とした様子でこちらを見る。
威圧の対象となっているのは二人だけだし、シアンさんに害が及ばないようにこちらで制御してるから彼女はかわいくキョトンとしてるけど、その辺は割とどうでもいいギルド長と隣で控えてる秘書さんはギョッと目を剥いているねー。
サクラさんとシアンさん以外の3人は僕のことを少なからず知っているはずなんだけど、やはり3年も時間が経つといろいろ、忘れちゃうところはあるのかもしれない。
サクラさんにしたところで、いきなりシミラ卿と自分のタッグを一人で相手するよーとか言い出した僕には、懐疑的になってもおかしくはないしねー。
こうなるともう、多少乱暴だけど身をもって僕の実力の一端を知ってもらう、あるいは思い出してもらうのがいいんだろう。言葉じゃ納得してもらえないだろうし。
そう思ってのガチな威圧は、予想以上に効果を発揮して二人のみならずギルド長達までも戦慄させたみたいだ。
彼女らをまとめて牽制したまま、僕は告げる。
「サクラさんはともかくシミラ卿、僕を誰だと思ってるのー? 調査戦隊に入った成り行きも、入ってからの働きも知らないとは言わせないよー」
調査戦隊に入る際リーダーと副リーダー、および幹部格をまとめて一度は完膚なきまでに叩きのめした。まあその後のリベンジ戦で完全に対策取られて逆に叩きのめされたけどー。
そして調査戦隊所属中は迷宮攻略法をいくつも考案し、今やレジェンダリーセブンとか言われてる人達にも手ずから教えた。まあ彼らからも同じくらいいろんなことを教わったから、正味トントンだけどー。
「大迷宮深層調査戦隊の中でも、単純な強さだけなら誰にも引けを取らなかった……今もそうだよシミラ卿。サクラさんと二人がかりで来ようが、僕相手に簡単に押し切れるとか夢にも思わないほうがいいねー」
「…………!!」
傲慢なまでの絶対的な自信。他のことは譲れてもこれだけは譲れない。
心配されるほど弱くはない。僕は強いよー?
ニコリと笑うと視線に晒された、二人の美女は息を呑み汗を一筋、垂らしていた。
「こ、れは……! ワカバ姫から聞いていたでござるが、なるほど。相手にとって不足なしというわけでござるか……!!」
「……不覚にも、記憶を摩耗させてしまっていたか。そうだったな、ソウマ。調査戦隊にあってお前は、中核メンバーの一人として迷宮最下層にまで到達したのだったな」
「久しぶりだが悍ましい威圧だな、直接の対象でもないのに殺されるかと思ったよ……グンダリ、やるなら事前に断りを入れてからやりなさい。老人の心臓を今ここで止めるつもりかね」
「止めたところで死にそうもないくせに……でもごめんなさいギルド長、時間もないし手っ取り早く話を通そうと思ってー」
冷汗を拭う素振りをしているギルド長に謝るけれど、実のところこのおじいちゃんもこれでSランクだからねー。
現場こそ引退しているから迷宮攻略法の習得もしてないけれど、長らく冒険者やってきたから胆力は折り紙付きだし、僕の威圧だってなんとも思ってないはずだ。
そのくせ虐められたか弱いおじーちゃんのフリをして来るんだから、食えないよねー。
ま、とにかく話はこれで決まりだ。騎士団は予定通り冒険者ギルドと組んでオーランドくんとマーテルさんを追いかけ、先行部隊と合流したあたりで僕こと"杭打ち"の奇襲に遭う。
そして現状最高戦力であるシミラ卿とサクラさんの二人がかりで僕と戦う中で僕優勢、くらいの形で終わってマーテルさんへの手出し無用って宣言をするわけだ。
これなら冒険者ギルドが全面的に国とやり合うこともないし、迷宮都市に騒乱が巻き起こる可能性も低くなるだろうね。
後から"乱入して邪魔してきたとはいえ杭打ちも同胞だから……"みたいな言い訳をして国の協力には今後、応じない構えを示せばもう完璧だよー。
ビックリするくらい一から十まで茶番だけれど、そもそも超古代文明の生き残りを捕らえて実験動物にする時点で茶番未満の出来の悪いシナリオなんだ、僕がわやくちゃにしてやったほうが面白い見世物になるでしょー。
早速僕は立ち上がり、みんなを見回して言った。
「都合上、僕が先行してないと話にならないので先に失礼しますよー。先走った連中が万一オーランドくん達に追いつこうとしていた場合、彼らをある程度黙らせるつもりではいますからそのおつもりでー」
「ああ、そこは構わない。ただ殺しはするなよ、さすがにそこまで至ってしまうと国もお前を腫れ物扱いする程度に収めてはおけないはずだ」
「そこはもちろん。自慢じゃないけど僕、手加減は得意なんですよー」
モンスターと違って人間は脆いからねー。
そうとだけつぶやいて僕は、ギルドの外へと出た。
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空だって飛んじゃうよー!
ギルド施設の外に出て、僕は一息に大地を蹴って飛んだ。
そう、飛んだ。跳んだでも翔んだでもなく飛んだんだ。強化した肉体による第一歩で高く舞い上がり、重力制御法で僕が進む方向、進みたい道筋へと一直線へ向かう。
傍から見れば空を飛んでいるみたいに見えるだろう。だから言うのさ、飛んだってねー。
この技術は迷宮攻略法を修めようとする者達にとっては今や、極点にあるとされる技法の一つだ。身体強化も重力制御もあまりに習得難度が高すぎて、未だに世界各国にそれぞれ片手くらいしか体得済みの冒険者はいないらしい。
ましてやその2つを掛け合せたこの飛翔法なんて、調査戦隊が最高戦力として誇ったレジェンダリーセブンの中でも1人しか使えなかった代物だ。
「…………」
あっという間に砦の壁を高々越えて町の外へ。なんら遮るもののない空を快適に行く感覚は爽快かつ迅速だ。
当然馬より早いから、余裕で先行した騎士達に追いつけるだろう。場合によってはオーランドくん達とも出くわすかもだけど、そうなったらより好都合だ。マーテルさんを逃がすことに協力を表明できるからねー。
「……………………」
猛スピードで北へ向かう中、そう言えばシミラ卿なんかはかつて、やたらと羨ましがってたなあと昔を思い出す。
あの頃は迷宮攻略法の初歩である熱耐性さえ身につけるのがやっとって感じだったけど、今はどうなんだろう。
ていうか、これからサクラさんともどもまとめて相手しないといけないけれど、いまいち両方とも実力のほどは分かってないなーって今頃気づいちゃったよー。
まあ、戦う相手の実力なんて分からなくて当然なんだし別に構う話でもないかなー。
勝てそうなら勝てばいい、負けそうならそれでもどうにか相討ちに持ち込めればいい。
今回の敗北条件は僕がなすすべもなくあの二人に敗れてしまって、騎士団や国に対してマーテルさんに手を出すことのリスクを示せないことだけだ。つまり負けなきゃ勝ちなんだから安いよねー。
「…………簡単に負けてやるつもりはないよー」
さっきは啖呵を切ったものの、実際サクラさんもシミラ卿もSランク相当の十二分な化け物だ。迷宮攻略法の習熟状況に依らず、培ってきた技術と経験はまかり間違えばレジェンダリーセブンとか言われてるあの人達にだって負けない部分はあるだろう。
元調査戦隊のシミラ卿に、レジェンダリーセブンの一人と友人なサクラさん。どれほどのものかなー、場合によっては殺すつもりでいかないとまともな勝負にさえ持ち込めないかもねと、ちょっと不安気味になりそう。
いやでも、あんな大言壮語吐いといて大したことありませんよ僕ーってのはダサすぎる。
調査戦隊を抜けてからも迷宮最下層付近でずーっと金策してきたし、実力だってその頃よりも上がってるとは思うけど……対人経験についてはほとんど経験を積んできてないからね。そこを攻められるとちょっと辛いかも。
「……でも、もしこれでカッコよーくみんなの前であの二人を倒せればー。きゅふ、くふふふー!」
逆にあの二人が組んでなお、僕がスマートにかっこよくクールに首尾よく倒せたとしたら。そこまで考えて僕の顔が緩んだ。
めちゃくちゃカッコいいんじゃないかな、謎の冒険者"杭打ち"、Sランク冒険者とエウリデ連合王国騎士団長のタッグさえ軽々打ち破る、とかさー! えへへ、モテモテ間違いなしだよこれはー!!
いまいち僕の実力を疑ってるっぽかったサクラさんや、そもそも上位冒険者の実力について大した知見のなさそうなシアンさん。そして今の僕の実力を測りかねているシミラ卿。
この3人だって僕がマジに強くてカッコいいんだぞーって分からせられれば、きっとメロメロになるよねー! 大体の場合、冒険者は強いほど人気が出るものだしね! えへ、えへへへ!
「……よーし、頑張るぞー!」
マーテルさんを助けるのがもちろん第一の理由だけれど、それはそれとして僕としてはカッコいいところをみんなに見せてすげー! かっこいいすきー! って言われたい!
だからそのためにも気合を入れつつ飛んでいると、遥か見下ろす地上にて、馬に乗って駆け抜ける騎士の部隊を発見した。さらにその進行方向の先に一頭、必死にかける馬に乗る二人組も。
町を出て大体10分ほどくらいかなぁ、結構遠くまで来たけど、どうにか捕捉できたみたいだ。
タイミング的にギリギリだったみたいだねー。運がいいのは何よりだよ、オーランドくん。
「……かるーく、肩慣らしするかなー」
騎士団員のみなさん方には悪いけど、これから実力者二人を相手取るからね、ウォーミングアップはしておきたい。
久々の対人戦、少しでも勘を取り戻しておきたいところもあるからねー。そう思って僕は急降下した。
オーランドくん達が駆る馬の進行方向、まるで流れ星のように猛烈な勢いで地上に向かい、杭打ちくんを構えて地面に叩きつけたのだ!
「────!!」
「何っ!?」
「きゃあっ!?」
「なんだあっ!?」
スドォォォォォォンッ!! と、大地を大きく抉り揺らす衝撃。僕にとってはいつものことだけど、オーランドくんやマーテルさん、騎士団の人達にはまるで未知の事態だろうね。
馬を止め、困惑しきりに土煙に埋もれる僕を見る彼ら。言っちゃ悪いけど騎士団の連中はこの時点でダメダメだ。
様子をうかがう前にまずは剣を抜いて構えなきゃ。何が起きてもおかしくないなら、空からいきなり敵が降ってくるのもおかしくないのにー。
オーランドくん達もこの隙に逃げることを考えるのがベストなんだけど、なんちゃってAランクのぺーぺーくんだからね。助けた女の子を逃がすって選択肢を取れただけ、及第点なんじゃないかなー?
やがて土煙が晴れていき、彼らは僕の姿をしっかり捉える。
目を見開き驚く一同に、僕はマントと帽子に隠された奥で一人、ニヤリと笑った。
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"君だけの冒険"の、はじまりだよ
「貴様……"杭打ち"か! 我らを妨害にでも来たか!」
「スラムのゴミが、この数相手に何ができる!」
「この間はよくも新米を! 冒険者め、八つ裂きにしてくれる!!」
まー吠える吠える、騎士団員達のみっともない姿を見て僕はやっぱり、呆れ返った。
何が崇高なる使命なんだろうねー、寄る辺ない女性や子供を拉致して地獄に連れ込む外道がさ。
こないだのボンボンを殴り倒したこと、聞いてはいたけどシミラ卿じゃなくて僕……というか冒険者がやったことになってるし。恨み骨髄って感じだけれど、何から何まで自業自得なんだよねー。
「杭打ち……なんで、ここに!?」
「杭打ちさん? ……この間の、シアン生徒会長さんと一緒に帰っていった人、ですよね?」
「……………………」
マーテルさんの問いに、僕は無言で頷く。オーランドくんは驚きつつもそれでも素早く後ろに乗せた彼女を庇い、周囲を見回している。逃走できないか、活路を見出してるのかなー?
隙を伺うの、結構いいねー。さすがに両親が両親なだけあってセンスはあるってことだろう。今は時期尚早すぎるだけで、潜在的にはAランクにも届き得るものはあるのかもねー。
警戒しつつ逃走の機会を探るオーランドくんに、僕は静かに、できれば正体が悟られないようにと祈りながら語りかけた。
さすがにこの状況を無言で進めるのは無理だしね。
「…………グレイタスの息子。その子を逃がすのかい?」
「喋った!? それにその声……?」
「……助けたにせよ、逆に言えばそれだけだろう? なぜ、国や騎士団を敵に回すリスクさえ負ってその子を逃がすんだ? 冒険者ギルドさえ、君達の味方にはならないかもしれないのに」
「っ、それは」
あえての意地悪な質問。どうしても僕は、オーランド・グレイタスという冒険者を見定めたかった。
僕を嫌う、親の七光りに頼るだけ小物に過ぎないと思いきや。冒険者としての意識は案外高く、それに沿った行動もし、そして今またすべてを敵に回してでも追われる身の少女を助けようとしている。
なんとも謎な人間性だ。どういう意図でマーテルさんを今、助けるつもりでいる?
同じ冒険者として、どうしてもそこだけは確認したい。
尋ねる僕に、オーランドくんは強い眼差しで吼えた。
「……マーテルを! この子を助けたいからだ!! 他に理由なんてあるもんかよ!」
「その子を引き渡せば、君自身は助かるかもしれないのに?」
「人を地獄に落として得られる安寧なんざ、それこそ俺に取っちゃ地獄だ!!」
「彼女は超古代文明の民かもしれない。その研究、調査は国のためになるのかもしれなくても?」
「ちょっと長い眠りから覚めただけの女の子を、ひでえ目に遭わせて何が国のためだ! そんな国ろくなもんじゃねえ!」
「なんだと貴様──ううっ!?」
「騎士様方は黙っていろ」
今あんたらに用はないんだよ。ボンボンだか飼い犬だか風情が、引っ込んでろ。
ひと睨みで騎士団員を全員黙らせて、再び僕はオーランドくんを見た。自分の信じる道をひたむきに進もうとする、信念の光を宿した瞳。
……悪くない。こんな瞳をした冒険者を、僕はかつて大勢見た。オーランドくんの親もまた、その中にいたよ。
あながち親バカじゃないのかもねー、あの夫妻。いやAランクについては確実に親バカだわ、オーランドくんはともかくあの二人は今度見かけたら反省会だよー。
内心でバカ親二人を思い浮かべながらも、僕は告げる。
「……君は正しいよ、オーランド・グレイタス」
「! く、杭打ち……」
「目の前で理不尽に晒される人を助けたいと願う、君の姿は人として。国だろうが騎士だろうが構わず己の筋を通したいと想う、その姿は冒険者として正しい。ご両親に似ているよ……血は争えないってこと、なんだろうね」
「親父と、お袋……」
「オーランドの、ご両親……ですか?」
僕の初恋を8回も台無しにしたことはこの際、置いておいてあげるよ。"杭打ち"が嫌いなのだって個々人の考えだ、好きにするといい。
ここにいる僕は、そうしている君を……今この時ばかりは手助けしよう。君がどうあれマーテルさんは助けるつもりしてたけど、今の答えを聞けた以上は二人まとめて受け持つよ。
杭打ちくんを、元々彼らが進んでいた先に伸ばして指し示す。
「……行け。そのまままっすぐ進めば、トルア・クルアの関所に辿り着く。オーランド・グレイタス、君も彼女とともに海を往くのかい?」
「ああ! もちろんだ、宛もある!」
「ならよし、さあ行くんだ──君は今、ついに冒険者になる!」
こんな日が来るなんてねー、まさかこの僕が……新人さんの旅立ちを、祝福とともに見送るなんて。
オーランドくんはまさしくこの時より"冒険の旅"を始めるんだ。未知を求め未知に触れ、己の道を確固たる足取りで進む大偉業を、彼自身の意志と魂で歩み始める。
その第一歩目に、不肖ながらこの僕が先導役を務めさせてもらうよ。
かつて僕自身、レイアにもらった宝物の言葉だ……今の、その目をした君になら贈ったっていいさ。
「冒険とは、未知なる世界に触れること! 冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること!」
「…………!!」
「君の冒険は今から始まる! そのために必要な露払いは引き受けよう──冒険者"杭打ち"、君より少しだけ先を行く者として!」
そしてソウマ・グンダリ──"君"と同じ場所にいた者として。
僕は、騎士団に向けて杭打ちくんを構えた!
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ウォーミングアップにもならないよー(呆)
「助かる、杭打ち……さん!」
咄嗟に馬を走らせて、オーランドくんはすれ違いざまにそう叫んだ。決意の眼差しは、一瞬見えたけれどにわかに涙で滲んでいる。
バカにしている僕に励まされて悔しいのかな? と一瞬思ったけど、そうじゃないみたいだ。
駆け抜けていく彼らの後ろ姿から、続けて声が響いたのだから。
「いつかまた会えた時に言わせてくれ! 今日という日の感謝を! これまでの日々に対する、心からの謝罪を!!」
「ありがとうございます、杭打ちさん!!」
今までのことをどうやら反省し始めているみたいだ、オーランドくん。マーテルさんの感謝も併せて、なんだかくすぐったいねー。
でも、悪くない気分だ。僕がこの手で初めて見送れた冒険者。これからいろんな未知に触れるんだろう、可能性の塊。
いつの日かまた逢えることを信じて、僕も叫ぶ。
「楽しみにしている! 君達の旅路に、幸あれ!」
「ぐっ──冒険者ども! 何が冒険の旅だ、ふざけるなぁっ!!」
「あの女は捕らえて研究所送りだっ!! ガキのほうは切り刻んで豚の餌だっ!!」
「そして貴様はこの場で処刑だ! 国を、騎士団を舐めたな、下郎がーッ!!」
と……爽やかーなやり取りを一気に汚してくれる、ツッコんでもツッコミ足りないお馬鹿さん達の妄言。威圧を緩めたからか、騎士連中がまたぞろ吠えだしたねー。
まともに相手するだけ無駄と、地面に大きく作ったクレーターの真ん中で僕は構えた。
ここからはなんの慈悲もない時間だよー。都合、命だけは取らないけどそれ以外は何一つ保証しないからよろしくねー?
「…………さて」
構えつつ思う。さっきも言ったが対人戦は久しぶりだ、加減をトチると殺してしまう。
さすがに意味のない人殺しなんてゴメンだし、かと言って加減しすぎると目の前の彼らはともかくシミラ卿、サクラさんは躊躇なくその隙に合わせて致命打を放ってくるだろう。
だからここで調整しなきゃね。殺さず、かと言って温すぎない加減を彼ら相手で思い出すんだ。
これ、骨が折れるぞー。内心気を張りながら僕は一歩、踏み出した。即座に抜剣し、場上から構える騎士団員。
「全員構えろ! 敵は一人だが油断するな、相手は非公式とはいえ元、調査戦隊メンバーだ!!」
「…………」
だから。
遅いんだってばー。剣を抜くならとっくに抜いて、吠えてないで斬りかからなきゃ意味がないんだよー。
いくらでも先手を打てたものを、結局後手に回るんだったらどうぞ殺してくださいって言ってるようなものなんだよー?
こんな風にね。
僕は一気に踏み込んで、一番先頭の馬の場上から見下ろす騎士の、目と鼻の先にまで距離を詰めた。
「っ!? き──」
「遅い」
急接近した僕を認識するのも遅ければ、そこから剣を振るい対応しようとするのも遅い。とてもじゃないけど待ってはあげられないよ。
手にした剣を動かそうとした騎士に構わず、僕は杭打ちくんを持つ右手を振るった。
まるで力を入れていない、手首のスナップだけ利かせた僅かなジャブ。ましてや杭なんて使わない、杭打ちくん本体そのものだけでの殴打。角を当てにすら行ってない、生温さの極みみたいな加減ぶり。
だけど彼らにとってはこんなんでさえ、喰らえば終わりの代物なんだよねー。
「ガッ!?」
「た、班長ォォォ!?」
「き、貴様っ!! 杭打ちぃぃぃ!!」
「…………」
そんな程度の低い一撃をプレートの上から腹に受けただけで、大仰に吹き飛んで地面に落ちる騎士の班長とやら。続けて僕は、次の騎士の元へ距離を詰めて腕を振るう。
それだけでまた一人、鎧を破壊されながら落馬していく。
その繰り返しですぐ、10人いた騎士が軒並み馬から落ちた。半数は立つこともできずに呻いて、もう半分は剣を杖代わりにしてどうにか立ち上がったけれど足がガクガクと震えている始末だ。
あまりにあっけない始末に、馬を散らして逃しながら僕は内心で愚痴った。
弱いー……本当に弱いよー。弱すぎるよいくらなんでもー。
なんで今のをまともに食らうのさ。最初のやつは腕の動きに合わせてカウンター気味に打ち込んだから別として、他のは十分に防御可能なタイミングだったはずだよー?
それがなんで全員、モロに攻撃食らって落馬してるんだか。せめて初撃を防御しつつ馬を反転させて僕のバランスを崩しつつ、反撃を仕掛けるくらいの動きはしてほしかったなー。
「つ、つよい。つよすぎる……!!」
「ば、ば、化け物だ……!」
「人間じゃない……っ!!」
「………………………………はぁ」
どうにか立ち上がった連中の、愕然としつつも怯えきった表情に意気を削がれそうになって僕はため息をこぼした。
まともな訓練も受けてないのが丸分かりで、なんならすでにメンタル的に駄目になってる。シミラ卿が訓練することさえ放棄してたとは考えにくいし、サボってたんだろうねー。
……ろくに積み重ねてもないくせに強すぎるだの、化け物だの人間じゃないだの。そんなセリフは百年早いよー。
でももう、何も言う気にもならない。ウォーミングアップにもなれないなら悪いけどこの人達に用はない。速やかに気絶していただいて、本命である後続の騎士団・冒険者連合を待つことにしようかなー。
「くっ……!」
「…………」
もうすっかりやる気をなくしかけてた僕だけど、一人だけ剣を構え直した騎士がいて少し、目を見開いた。
一番最初に殴った騎士だ。ボロボロで使い物にならない鎧を脱ぎ捨て、落馬した時に頭を打ったのか血を流しながらそれでも立ち上がり、僕に剣を向けた。
「は、班長……!」
「総員、下がれ……逃げろ! この化け物は俺が食い止める!!」
「は、はい!!」
「…………」
へえ……一番ダメそうだったのが、案外一番元気なのかー。
防御、というよりとっさに打点をずらしたかな? 意識的にしろ無意識的にしろ結構やるねー。
そして部下に対して逃げろと命じている。これも結構いいね、今さらだけど判断そのものは正しい。命令を受けて迷いもせず即座に逃げ出す部下はちょっとアレだけど、この班長さんは低いハードルなりにいい感じかもしれない。
僕は班長さんのみ、相手足り得る者として敬意を払い構え直した。言動はいけ好かないけど、勝てないなりにやるべきことをやろうとするのは尊敬に値する。
「くっ……! 杭打ち、騎士を舐めるなっ!!」
「…………舐められるほうが悪い」
この期に及んで吠える威勢は買うよ。それに、少なくとも今なお僕とやり合うつもりのあなたには、そう吠えるだけの資格はある。
実力はともかく、言動はともかく、心構えはそれなりに騎士なのかもね?
……よかったよー、これでウォーミングアップができる。
「…………加減、トチったらごめんね」
「──!! ふざっけるなぁぁぁぁぁぁ!!」
ボソリと先に謝っておくと、班長さんは激高して切りかかってきた。
出来は悪いけど気炎の籠もった良い一撃だ、そうこなくっちゃね!
僕は口元が歪むのを自覚しながら、杭打ちくんを振るった。
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いよいよ本番だよー
──そして、一時間後。
ようやくやってきた騎士団の本隊と冒険者ギルドの面々を前に、僕は待ちくたびれたと言わんばかりに告げていた。
いや本当に長いよー。もうちょっとパパっときて欲しいなー。もうそろそろ夕暮れだよ、日が沈むよー?
言いたいことはいくらでもあった僕だけど、とにかくようやっと騎士団も冒険者達も到着だ。
ここは大人しくして、彼らの出方を見ましょうかねー。
「遅い……」
「く、杭打ち……!? なぜここに!?」
「まさか妨害に来た!? マーテルと繋がっていたのか!?」
地面に突き刺した杭打ちくんの上に腰掛けて足を組み、悠然と待ち構えていた僕。冒険者"杭打ち"の姿に、騎士団の面々がどよめくのを聞く。
反面冒険者達は静かなままだ。ベテランはどこか興奮に目を輝かせてるし、ギルドでよく見る新米さん達もいるけど、彼らはどこか期待の眼差しで僕を見ている。
なんならレオンくんたちのパーティーとかヨルくん、ヒカリちゃんもいるね。
なんで? って感じだけど察するに、騎士団と組むにあたってその時ギルド施設にいた者を総動員したみたいだ、ギルド長は。
そしておそらくその時に事情は伝えてるんだろう……面白がってるんだもんな全体的に。大方、杭打ちvsシミラ卿、サクラさんの戦いが見れるってんで嬉々として参加してる感じかなー。
元調査戦隊メンバー同士に、片割れのほうにはSランク冒険者までついての大喧嘩。茶番にしても齧り付きで見たいものなんだろうねー。
当のシミラ卿とサクラさんは静かに僕を見たまま、闘気と戦意と殺意を練り上げている。いい気迫だ、それはそうとしてシアンさんまで連れてきたんだね。サクラさんが何やら語りかけている。
「……生徒会長、いやさシアン団長。これからの戦いをよーく目ぇかっぽじって見るでござるよ。紛れもなく冒険者界隈における、最強の座をかけたタイトルマッチの一つがこれから行われるでござる」
「はい。旅団を率いるにあたって私が今後、見据えていかねばならない頂の世界。どこまで理解できるか分かりませんが、必ず無為にはいたしません」
ずいぶん大仰なこと言うね、サクラさん。
最強をかけたタイトルマッチって、興行用スポーツじゃないんだからさあ。何をもって最強の冒険者とするのかって話は割とデリケートなんだし、やめといたほうが無難だと僕は思うよー?
シアンさんもシアンさんで、ひたすら真面目に頷いてるし。
別に今からやる戦いなんて今後、僕やサクラさんが入団するんだからいつでも見られるんだしそんなマジで齧り付かなくてもいいのに。
でもこれはこれで好都合だ、彼女に僕のかっこいいところをお見せできちゃうもんねー!
「いい心構えでござる。杭打ち殿を御するのであれば常に頂を意識せねばならぬでござるからね……でござろ、シミラ卿?」
「うむ。やつこそは大迷宮深層調査戦隊にあってもなお、最強クラスとして扱われていた者だ。そんな杭打ちを今後従えるのであれば、今現在の強さよりもこれから先の展望を、己の器を常に磨いていかねばなるまい。少なくともレイアリーダーは、それを意識しておられた」
「………………………………」
今度はシミラ卿とサクラさんがやり取りしているわけだけど、頼むからシアンさんに無茶振りするのはやめてあげてほしいよー。
いくら彼女が文武両道美貌もカリスマもある天才だからって、いきなりレイアの後追いは難しいと思うよー。
っていうかレイア、そんなこと意識してたんだ? 別に僕だって器で彼女についていったわけじゃないんだけど、そんな風に思ってたんだとしたらちょっとショックー。
今度なにかの拍子に出くわすことがあったら聞いてみたいなー。まあたぶん、調査戦隊解散の引き金を引いた僕は殺したいほど憎まれてるだろうから無理だと思うけど。
さておき、そろそろ会話もやめようか。本当に身体が冷える。
せっかく班長さんに手伝ってもらって、どうにか人間相手の加減を調節できたんだからねー。感謝しつつも僕は、杭打ちくんから降りて着地した。
そしてそのまま杭打ちくんに隠れて彼らには見えない死角から、すっかりズタボロになって気を失ってる班長さんを抱えてみせた。
「…………」
「!? クロスド班長!」
「先行していた班長が、先に杭打ちとも交戦してたのか!?」
「何という酷い姿に……! おのれ杭打ちぃー!!」
「……………………」
特に騎士団員の反応は劇的で、ボンボンの集まりみたい連中が一気に僕に殺意のこもった目で見てきた。やめなよ通りもしない殺意なんて、なんの役にも立ちはしないのに。
ていうかクロスドっていうんだね? この班長さん。僕のウォーミングアップに最後まで付き合ってくれたから感謝してるくらいなんだけど、ま、もう用はないし返すよ。
騒然とする騎士団達に、僕は班長さんをポーイと投げ渡した。完全にぐったりして力が抜けているし、死んでるんじゃないかと一見不安になると思うけど全然生きてるから大丈夫だよー。
慌てて騎士団員達が班長さんの介抱にかかるのを意にも介せず、シミラ卿とサクラさんが徐々に距離詰めてきた。周囲に被害が及んでも人を巻き込まない程度まで、お互い牽制しながら移動する。
「さて。杭打ち殿……どれほどのものでござるかね」
「油断していると一撃で破られるぞ、気をつけてくれよジンダイ殿」
「…………」
さてここからはジョーク抜きだ。草原の中、広々とした空間にて。僕とシミラ卿、サクラさんは適度な距離をおいて向かい合う。
一気に場の空気が引き締まり、凍りついたものへと変化する。当たり前だ。今からSランク相当の戦士が3人、暴れるんだからね。
精々、巻き込まれないように気をつけてねー。
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開戦だよー!
さて……戦う前にも一応、茶番はしておかないとねー。
決して腕試しの場じゃない、れっきとした人助けの場面なんだし。手抜かりはないようにしないとー。
「……グレイタスとマーテルから手を引け。国の出しゃばる幕じゃない」
「何を言うー。貴様ー、我々騎士団にー逆らうのかー」
「えぇ……?」
それなりに芝居するつもりだったのに一気に肩の力が抜けるよー。シミラ卿、大根にもほどがあるでしょー?
剣を抜きつつカッコよく僕と対峙するはずの場面が、まさかの完全に棒読みすぎて反応しづらい。隣でカタナを抜き放つサクラさんも唖然としてシミラ卿を見てるよつらいー。
頭を抱えたくなるのを必死で堪え、僕はどうにか茶番を形だけでも整えようと試みる。
もーシミラ卿ー、いくらなんでも腹芸くらいはできるようになっててよー。何年騎士団長やってんのさ、もー!
「……引かないなら、結果としてそうなる。超古代文明の生き残りだろうとなんだろうと、彼らを害する権利はどこの誰にもない」
「しかしな杭打ち殿、これは冒険者ギルドも絡む依頼にてござる。これに背きたるは貴殿、えーとギルドともやり合うつもりでござるか? 正気でござる?」
「……関係なし。今まさに"冒険"に出る彼らを邪魔する、これこそ冒険者として恥ずべきふるまいだ」
下手くそシミラ卿に代わりサクラさんがフォローを入れてくれる。えーと、とか言ってるけどそれなりに自然な演技で助かるー。
でもね後ろの冒険者達ー? 僕の言い分のほうが好みだからってうんうん頷くのやめよっかー、今どっちの味方かな君達はー。
ともかく、このくらいのやり取りでいいかな? 僕は構える。
あんまり長引かせると本当にシミラ卿がボロを出しかねない。いやもう、すでにボロが出てるっていうか最初からボロボロだけどー、さすがにこの茶番劇の裏を見抜かれるレベルでやらされると困るからねー。
切り上げて戦闘態勢に移行する僕に、二人もようやくって感じで構えた。
「ふう、仕方ねーでござるね……悪いがこちらも仕事ゆえ、押し通らせていただくでござるよ」
「き、騎士の前に敵はないと知れー……杭打ち、本気で行くが悪く思うな」
「……………………」
だから下手だよシミラ卿、演技と素の切り替わりが露骨ー!
これはことが終わったあと反省会だねー……堅物なのは知ってたけどひどいよ、一生のネタだよこれー。
棒読みから一気にいつもの抑揚になる騎士団長様に呆れつつ、三者構える。さあ、ここからだ。
「…………」
気迫がそれぞれ立ち昇り、周囲に風を巻き起こしていく。お互いの迷宮攻略法、威圧同士がぶつかっているんだ。
各々の纏う風がぶつかり合い、バチバチと音を立てて稲妻を生み出す。この時点ですでに騎士団や冒険者達には超常めいているだろうけど、Sランク冒険者同士がやり合うとなると割とお馴染みの光景なんだよね、これ。
「…………」
ジリジリとにじり寄り、ぶつかる風は激しさを増す。
僕、シミラ卿、サクラさん……誰から仕掛けるか。勝負はまず初撃が肝心だ。一撃を繰り出すほう、それを受けるほう。それぞれの動きで大体の実力差、格の違いが分かる。
固唾を呑んで見守る騎士団、冒険者ギルドの面々。滅多に見られるものじゃないからねー、いい思い出にして帰るといいよー。
────一歩、踏み出す!
「…………!!」
「っ!」
「ハァッ!!」
真っ先に動き出したのは僕だ、即座にサクラさんの元まで駆け抜けて懐に潜り込む。すでに杭打ちくんは振りかぶっている、狙いはボディ、僕から見て右脇腹へのフック!
同時にサクラさんも動いた。問題なくカタナの切っ先を揺らし、細かく振るう……軌道を誤魔化すためのフェイントを織り交ぜつつの狙いは、杭打ちくんを持つ僕の指か。
問題ない。僕は杭打ちくんを持つ右腕を振り抜いた。
ただし脇腹めがけてのフックの軌道を、途中で極端に肘を折り曲げることで強引に変更。僕の指を狙っていたカタナに合わせ、かち合う形で振り抜く。
「……っ!!」
「っと、ぐうぅっ!?」
カタナは美しく鋭い斬撃主体の武器だけど、僕の杭打ちくんは粗雑で大雑把な打撃にも使える。しかも根本的に重量がとんでもないため、普通に撃ち合えば大概押し勝てるだけの威力は、杭を使わずとも常に秘めている。
つまり、サクラさんのカタナはあえなく腕ごと横にぶっ飛ばされ。体勢を崩したサクラさんの右半身が、今度こそがら空きってわけだね。
「────」
「!? は、や──!」
即座に──重量物を持ったまま振り抜いたにしては通常、ありえない速度で再び杭打ちくんを振りかぶる。ゾッとしたのか青ざめた様子で、サクラさんが呻くのが聞こえたね。
どうせこの得物の重さ、一発防げばしばらく時間も稼げるとか思ってたんだろう。甘いよー、アマチャズル茶のように甘い。
迷宮攻略法、重力制御。
現状の地下最深部、88階層に存在するとある地点へたどり着くために必要な技術であり、現時点では迷宮攻略法最難度の技術と言える。
文字通り僕の周囲の重力負荷を増減させる技で、これを使えば家一軒分はある重さの杭打ちくんもほとんどストローみたいな軽さになる。おかげでこの通り、習得前にはできなかった動きができるから助かるよー。
「────!!」
「させんっ!!」
「っ!?」
とりあえず一撃、挨拶代わりにかましとこうかとサクラさんの脇腹めがけて再度、杭打ちくんを振り抜こうとした、その時だ。
横合いからシミラ卿が、手にしたレイピアで僕の顔面めがけて突きを放ってきた!
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久しぶりの対人戦、楽しいよー!
サクラさんへの絶好の攻撃タイミングを、すかさずカットしにかかるシミラ卿。即席のコンビネーションだけど当然、このくらいはしてくるよねー。
横目でわずかに視認できた騎士団長殿は、閃光がきらめくようなスピードと鋭さの突きを放ってくる。狙いは紛れもなく僕の顔。
遠慮なしだね! まるで問題なく首だけ僅かに逸らしスレスレを回避。
狙いが正確すぎるとね、逆に避けるのだけなら簡単なんだよー!
「…………!」
「っ! しかし!!」
鼻先スレスレに回避したレイピアの、しかし刃は横を向いた水平状態だ。避けられても薙ぎ払う形で追撃をしてくるつもりだろう。基本だね。
シミラ卿は努力の人だ。特別な才覚がなくとも積み重ねた修練で基本の技を必殺となるまで練り上げる。だから今の突きもここからの薙ぎも、すさまじい練度を誇る一撃必殺級の剣技と言えるだろう。
──僕クラスが相手でなければの話だけどねー。
これさえ問題ない。僕は最初の突きを回避すると同時に腰を落とし、身を屈めた反動で思い切り頭を振ってレイピアを掻い潜る!
「!!」
「ちいっ──!?」
即座に体勢を入れ替え体重移動、振り子の要領でレイピアの下を左右にステップしながらシミラ卿に接近、杭打ちくんをその体、みぞおちに密着させる。
わずか1cm程度の隙間、これさえあれば上等さ──そこから腰、肩、腕、そして手首のスナップをフル回転させて鉄の塊を打ち込む!
「させんでござーる!!」
「!?」
超至近距離からでも確殺を見込める打法技術を繰り出そうとした瞬間、今度はサクラさんがカットに入った。
横合いから杭打ちくんめがけての大斬撃。大きくバネをつけて振り上げたカタナで、技術もへったくれもないとばかりに渾身の力で叩きつけてくる!
ズガァァァン!! と轟音を立てて杭打ちくんが叩き落され打点がずれる、僕の体勢も同時に崩れる。
そしてそこをすかさずシミラ卿のレイピアが煌めく。隙は逃さないよね、そりゃあさ!
「はあああああっ!!」
「…………!!」
連撃連閃、無数の刺突の狙う先は寸分違わず僕の顔、それも右目か。マジで遠慮ないね、身体強化してるから突き刺さりはしないだろうけど、痛いものは痛いし怖いものは怖いんだけどー!?
思わず顔を引きつらせながらしかし回避。頭を左右に振れば、先程同様狙いが正確すぎる攻撃だから簡単に避けれる。
もっとフェイントとか入れなきゃモロバレだよ、モンスター相手ならともかくさあ!
「シャアアアアッ!!」
「っ!!」
次いでサクラさんの斬撃も別方向、僕の側面から飛んでくる。こっちのほうがよほど手強い、いちいちフェイントを織り交ぜてくる!
あなたはあなたで対人戦に慣れ過ぎだよー! 杭打ちくんを手首のスナップを利かせた高速ジャブで振り回して対応。ほぼ一瞬にして何発も飛んでくる斬撃をすべて撃ち落とす。
「す、すげえ……!」
「は、早すぎて見えねえけどとんでもねえのは分かる……こ、これがSランククラスのぶつかり合いかよ」
「杭打ちのやつ、Sランク並のを二人相手にして一歩も引いてねえ! なんであいつDランクなんだよ、おかしいだろ!?」
「杭打ちさん……! 頑張れ、杭打ちさん!」
外野の声、特に冒険者達の歓声を聞く。はしゃいでるねー、まったく!
そして最後のはヤミくんかな? 応援ありがたいけど騎士に聞かれたらまずいからそれ以上は止めとこうねー。
でも、なんだか燃えてきたよー!
さすがに二人がかりはキツいけど、逆に言うとこのくらいじゃないと張り合いがない。僕は目に力を込めながらもニヤリと口元を歪ませて、昂ぶる心を解き放つ心地でさらに動いた!!
「っ!!」
「何っ!?」
ジャブで繰り出した杭打ちくんがサクラさんの斬撃を撃ち落とす、まさにヒットの瞬間に僕は動いた。
一気に踏み込み、超加速のままにサクラさんに密着──押し込む形になるため必然的に、手に持つ刀は杭打ちくんで弾かれることになる。
杭打ちくんの側面部分がサクラさんの眼前に迫る、このタイミング!!
僕はそのタイミングで腕を折り曲げ、杭打ちくんの本体部分をサクラさんのこめかみに思い切りヒットさせた!
肘打ちの要領だ、鉄の塊が彼女の側頭部を強かに打つ!
「は、あ──がっ!?」
「っ……終わり」
ガッツリ当たって吹き飛ばされるサクラさん。しばらく、って言っても数秒程度かな? は脳震盪でも起こして動けないだろう。
次いですぐさまシミラ卿へ向き直る。サクラさんが数秒でも動けない今、僕の相手は彼女一人だ。
お行儀のいい剣術は、僕にとっては格好の獲物だよー……!
なおも突きを放つ彼女の、レイピアに合わせて僕は杭打ちくんを振るった!
「なっ!?」
「────!!」
レイピアの真っ直ぐな軌道に、上段からの振り下ろしでタイミングを合わせる。必然、シミラ卿の攻撃は杭打ちくんに阻まれ軌道を逸らす。そこが狙い目だ。
そのまま僕は一気に右腕を振り上げた! 逸れたレイピアが彼女の腕ごと跳ね上がり、顔から胸元にかけてがら空きになる。
そして振り上げた右腕、杭打ちくんの先端が指し示すのは──
「っ杭打ちぃっ!?」
「!!」
──完全に隙を見せたその、胸元!
ステップ気味に足を踏み入れ、同時に腰、肩、腕を回して斜めに振り下ろす右腕。
「がっ────は、ぁあっ!?」
吸い込まれるように叩き込まれる杭打ちくん。吹き飛ばされるシミラ卿。
これで終わりだ……僕の目の前に、二人のSランク相当の実力者が転げ倒れ伏す。その姿に僕は、内心の冷や汗を拭う気持ちでそっと息を吐くのだった。
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さすがに殺し合いはナシだよー
倒れ伏す最強格二人。一歩間違えれば逆だったかもしれない光景に、冷や汗を流しながらも僕はそっと安堵の息を吐いた。
いやー……二人がかりは予想以上にキツかったねー。サクラさんもシミラ卿も、僕の想定よりずっと強くて怖かったなー。
ワカバ姉の居合斬撃術とはまるで異なる、抜身の刃を正確無比かつ剛腕をもって振るうサクラさん。
よっぽど対人経験豊富なんだろうね、息をするのと同じくらいの頻度でフェイントを仕掛けてくるから対処しづらいのなんのって。対人戦にそこまで精通してない僕には、勉強になりつつも相性が悪すぎて普通にヤバい場面がいくつもあったよー。
特に最後ら辺に見せた連続斬撃。アレ実際のところは8割方、僕の隙を引き出すための嘘の攻撃だったんだろうね。
ぶっちゃけまるで虚実の区別がつかなかったから全部叩き落したけど、もうちょっと長引いてたら押し負けてただろう。そしたら一発二発は食らってたかもねー。
「く、う……! こ、これほどまでに差があるとは……!!」
呻きながらどうにか立ち上がるけど、側頭部からは血が流れているサクラさん。結構良い感じにヒットしちゃったしね、逆にその程度の負傷で済んでるのは彼女の実力の高さの裏付けとも言える。
そもそも、ここまでスムーズに側頭部にヒットさせられたのは僕が杭打ちくんという、彼女の知らないタイプの武器を使っていたのが大きい。まさかトンファーめいた使用法までしてくるとは、ある程度推測していたとしても実感はなかったろうしね。
もしも次、またやり合うことがあったら今度はこのスタイルだと負けかねないなー。
ヒノモトのSランク冒険者、サクラ・ジンダイの実力の高さに、僕は舌を巻く思いでいた。
「が、ぁ……! っぐ、うぅ……」
そしてもう一人。サクラさんとそれなりに見事な連携で追随してきたシミラ卿についても、率直に感心する僕だ。
3年前の時点よりはるかに強くなっている。少なくともあの時点の先代騎士団長には勝ってるよ、単純な実力では。
よっぽど努力を積み重ねたんだろう、単なる突きが完全に一撃必殺の奥義に変貌を遂げていたんだから背筋が寒くなるよー。速度も威力も正確さも、ゾッとするほどに極まっているなんてとんでもないことだ。
ただまあ、彼女についてはちょっと素直すぎたところはあるね。サクラさんのような、平気で攻撃に嘘を織り交ぜる悪辣さに欠けるから攻撃してくる箇所はひどく読みやすい。
逆に言えばその辺の対人テクニックを習得すれば、その時点でシミラ卿の実力はさらに跳ね上がるねー。あそこまで頭を振って撹乱していた僕の、右目だけを毎回確実に狙って来るなんて化け物めいた技術だもの。
そこにフェイントまで混ぜられたら確実に被弾は免れないだろう。
「……………………僕の、勝ち」
まあ、お二人が仮にそれぞれの課題を克服してさらに強くなったとしても、こっちだって全然今のやり取りは全力じゃなかったからねー。
そもそも殺し合いじゃないから杭は封印してたし、迷宮攻略法も身体強化と重力制御しか使ってない。何よりかつての僕の……いや、これは置いておこうか。
ともかく僕だってまだまだ引き出しがあるわけなので、もし次に二人相手に戦う時が来たとしてもそんな、ハイそうですかと素直に負けてやる気はサラサラないのだ。
僕も割合負けず嫌いだなーって自覚を持ちながらも、僕は二人に話しかけた。
「……この場は勝負ありだ。これ以上やるなら命の保証はお互い、できなくなると思うが」
「…………で、ござるな」
互いに全然、本腰を入れた殺し合いじゃないわけなんだけどまだ続けるとなるとそうなっちゃうよー? と釘を刺す。
あくまでこれは茶番だからね。裏で示し合わせた上での戦いだってのを踏まえた規模に留めないと、マジでただの冒険者同士の殺し合いに発展しちゃうものねー。
サクラさんも、今ようやく悶えながら身を起こしたシミラ卿もそこは分かってくれている。
それでも悔しそうにしながら、呻いてはいるけれど。
「悔しーでござるー……けど、さすがに数秒もダウンしてたら文句も言えないでござるよー……!」
「杭打ちめ、3年前よりやはり強くなっているではないか……! 私の連続刺突を避けつつジンダイの攻撃をすべて叩き落とすなど、おそらくはレジェンダリーセブンにさえできる者は少ない……!」
二人とも、たっぷり10秒は寝そべってたからねー。仮に殺し合いならもう死んでるし殺してるよー。
殺伐とした話だけどその辺は当然、理解しているお二人の顔には終戦に対する否やも何もない。これ以上望むのは本来の趣旨に完全に外れると、彼女達も理解しているのだ。
そうなれば対外的な勝利宣言を、僭越ながら僕のほうからさせてもらいましょうかねー。
仕上げとばかりに威圧をフルで込めて一同、特に騎士団連中を念入りに脅しかけつつ僕は、彼らに対して宣言した。
「エウリデ連合王国および騎士団、冒険者ギルドに告ぐ。オーランド・グレイタスおよびマーテルに手を出すな。出せばこの"杭打ち"が相手になろう──Sランク冒険者と騎士団長のタッグにさえ打ち勝つこの僕は、国が相手となれば存分に杭を使うぞ?」
「ヒッ────!?」
「総員、退却! 帰って王城に戻り、今回の事態を伝えきれ!」
「急げ急げ! もう勝負は付いたでござる、逃げるでござるよーっ!!」
サクラさんとシミラ卿が続いて叫び逃げを指示すれば、騎士団員はそりゃもう蜘蛛の子を散らすような勢いで去っていく。シミラ卿と一部の古参だけ置いてだ。ホント組織としてどうなのー……?
ま、ともかくとしてあっという間に訪れる平穏。
すべての事情を察して協力してくれた冒険者に労われる形で、マーテルさん逃亡幇助計画はひとまず、終わりを告げたのだった。
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入団するよー!!
騎士団の大半が逃げ去って、残るは僕と一部の騎士、冒険者達だけになった草原。
夕陽もいよいよ地平線に吸い込まれていって、夜空が見えてきた頃合い。涼やかな風が吹くのを心地よく感じながら、僕はシミラ卿とサクラさんに告げた。
「……今回は諸々こちらに好条件だったから勝利を拾えたものの、次はこうはならないだろうと正直に言って今、戦慄してる」
「そりゃこっちのセリフでござるよー。好条件って、二人がかりの時点でそれに勝る有利はなかったでござるのにこうまであっさり打ち負けて、立つ瀬ないったらもー! でござる」
「……それを言えばこちらも、あなたにとって馴染みのない得物や技術を使っていたというところもあるよ。それを初見であそこまで粘られるのでは、立つ瀬がないのはお互い様でしょ」
「むー! 頑固でござるなあ!」
「……そちらこそ」
下手にいつもの敬語なんか使って、サクラさんとの関わりを疑られても困るからあえてタメ口。その辺気にしない感じの人で助かるよ、サクラさん。
でもそこまで一方的な戦いでもなかったのに、完全敗北しちゃったって感じを出すのはやめてよー。フォローしたら拗ねたみたいに唇を尖らせるし、かわいいけど頑固だよー。
そしてもう一人、頑固というか生真面目な人のほうも僕を見て、未だ痛むのか胸を押さえて呻く。
こちらは元々、同じ調査戦隊メンバー同士ということは周知されてるんだしそんな口調を変えなくてもいいから楽だねー。
「くっ……3年経って、少しは追い縋れたかと思っていたのだが。やはり遠いな、一人でレジェンダリーセブンにも匹敵するお前の位置は」
「……こちらも3年分、積み重ねたものもあるから。でも、確実に距離は縮まってたよ。全力だとあんな突き、まともに食らってあげられないよシミラ卿」
「…………ふふ。お前に褒められるのは何年ぶりかな。酷く懐かしく、酷く嬉しい気持ちになる。ああ、こんな風に笑うことさえ、何年ぶりかなあ」
力なく笑うシミラ卿に、こちらの胸が痛くなる。見れば介抱しに来ている古参の騎士達も痛ましげに彼女を見ているんだけど、彼らは今、シミラ卿が精神的に追い込まれているのを知っているんだろう。
あまり、人様の事情に関わるべきではないけれど……僕はシミラ卿の傍まで行ってしゃがみ、彼女と目を合わせて言った。
「……騎士が、国が嫌になったら冒険者として僕らのところにおいでよ。今、エウリデにも新しい調査戦隊ができようとしている」
「ニューワールド・ブリゲイド──新世界旅団か。ジンダイとエーデルライト殿から構想のみ聞かされたが、お前も?」
「……うん。この際だ、宣言しよう」
僕は立ち上がり、シアンさんを見た。今しがたの短く、けれど濃密な激戦を目の当たりにして彼女は目を輝かせ、熱の籠もった表情で僕を見ている。
えへ、照れるよそんな目で見つめられるとー。えへへ、頑張った甲斐があったなあ、こんな表情を見られただけでももろもろの苦労にお釣りが来るよー。
──っといけないいけない、今それどころじゃないよー。
コホンと咳払いして顔の緩みを抑えつつ、僕は高らかに宣言した。
「シアン・フォン・エーデルライト!」
「! ……なんでしょう、冒険者"杭打ち"さん」
「先の勧誘に対する答えを言おう──応じさせてもらう。僕は今より、あなたが組織しようとしているパーティー・新世界旅団の一員になることをここに宣言する!!」
「────!!」
「おおっ! ついに決心したでござるかソ、そ、っそっそーのよいよいよい殿!」
「誰ー!?」
ソウマと言いかけて止まったのはいいけど意味不明な名前をつけるのやめてー! そっそっそーのよいよいよいさんなんて人、この世のどこにいるんだよー!!
思わず叫んでしまった、駄目だ駄目だ冷静にクールに落ち着いて。
周囲の冒険者や騎士の中でも、とりわけ僕の声を初めて聞く人達がえっ若い!? とかえっ子供!? とかざわついてるけど無視、無視。
気を取り直して僕は、シアンさんに続けて告げる。
「正式な手続きや今後の予定については後日詰めることにして、エーデルライト……いいや団長」
「はい、なんでしょうか杭打ちさん」
「……おめでとう。先のオーランド・グレイタス同様、君も本当の意味での冒険者になる」
マーテルさんを助け、ともに行こうとするオーランドくん。
僕やサクラさんを率い、みんなで行こうとするシアンさん。
規模や経緯は違えど一つだけ、共通していることがある。
────二人とも今日、はっきりと己の志す理想に向けての第一歩を踏み出したんだ。
オーランドくんにも授けた言葉をもって、シアンさんに伝える。
「冒険とは、未知なる世界に触れること。冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること」
「それは、リーダーの……レイアさんの、言葉」
「そうだ、シミラ卿。かつて世界中の才能をかき集め、未知の果てに手をかけながらも志半ばにて崩壊した当世の神話・大迷宮深層調査戦隊。そのリーダーたるレイア・アールバドが僕にくれた、宝物の言葉だ」
シミラ卿だって知ってるよね、当然。
そう、これはレイアがかつて何度となく繰り返し口にして、そして己ばかりか調査戦隊メンバー全員を幾度となく奮い立たせてきた魂のメッセージ。
とりわけ僕にとっては特別な、金銀財宝にも勝る宝物の言葉だ。
レイアから僕へ。そして僕から二人の新人冒険者へ。
今こそこの言葉を、彼と彼女に伝えよう。
「団長。あなたにとっての冒険は今から始まるんだ。未知なる世界に触れて、冷たい風を受けて、それでもなお燃え盛る胸の篝火で航路を照らし進み続ける、永遠の冒険航路」
「…………」
「だからオーランドくん同様に、僕から今の言葉を捧げよう──君と僕達の冒険に、幸あらんことを祈って!」
「────ありがとうございます。授かった金言に恥じぬよう、新世界旅団団長たるこのシアン・フォン・エーデルライトは全身全霊を尽くして精進いたします!!」
僕の口を通して出るレイアの、調査戦隊の魂の言葉に強く頷くシアンさん。
こうして、僕はパーティー・新世界旅団への所属を果たしたのだった。
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青春するよー!
「と! いうわけで僕の青春もいよいよ本格始動するわけだよー! 羨ましい? 羨ましいー?」
「むしろその浮かれっぷりに心配になってくるぞソウマくん」
「うまく話が進んだのは結構だけど、調子に乗ってるとまたソウマっちゃうぞソウマくん」
「ソウマっちゃうって何ー!? ひどいよ二人ともー!!」
騒動から一夜明けての学校。今日は一学期の終業式だけして後の時間は放課後なので、昼前に早々と文芸部室に集合しているよー。
明日からは夏休み! 今が7月中旬だし、9月になるまでざっくり1ヶ月半はたっぷりお休みなわけだねー。
ソウマっちゃうなどと謎かつ意味不明、かつびっくりするほど僕に失礼な発言をしてくるケルヴィンくんとセルシスくんと3人、例によってお菓子をつまんでお紅茶なんてしてるわけだけどー。
今日はそれに加えてシアンさんとサクラさん、つまりいよいよ発足する新世界旅団の団長と副団長もお出でだったりする。
僕ら同様にお菓子をつまみながら、サクラさんが僕に話しかけてきた。
「にしてもソウマ殿、いくらなんでも強すぎでござるよー。拙者ほぼなす術なくやられたではござらぬかー」
「昨日も言ったでしょ、あれは時の運や条件有利なのもあったってー。それにあのまま続けてたらもしかしたら逆転されてたかも」
「10秒近くも行動不能にされた時点で続きなんて無理筋にござるって知ってるでござろ! 意地悪でござるなあ、もー!」
ぷんすかしている。かわいい!
彼女ってば昨日の戦いを未だに引きずってるみたいで、主に僕の強さが想定を遥かに上回っていたことに驚いているみたいだよー。
それでいて僕がいやいやそんなそんなと謙虚に振る舞ってるのが不満みたい。ヒノモト人は勝者はふんぞり返るものなのかもしれないけれど、僕にはできそうにないねー。
「大体、拙者の斬撃を全部撃ち落とした時点で実力差は明白でござるよ。アレ普通にほぼ全部ダミーでござったのに、それごとまとめて対応し切るとかさすがに落ち込ませてほしいでござる。ござござ……」
「ダミー……フェイントかしら? あれだけすさまじい勢いで繰り出していた斬撃の、ほぼすべての軌道がフェイントだったの? サクラ」
紅茶を飲みつつシアンさんが、落ち込むサクラさんに尋ねる。
サクラさんも入団して団長・副団長の関係になったこともあり、学校での立場を超えて二人は友情を結んだみたいだ。
まだまだ新人だけど向上心豊かに強くなるための教えを請うてくる友人に、Sランク冒険者は然りと頷く。
「ござござ。殺気と動作の最適化、あと錯覚を利用することを極めればあのくらいは造作もないでござるよ。フェイント技術の極地と、昨日までは思っていたのでござるがねー」
「実際に極地だと思うけれど……ソウマくんはそれを上回る実力があっただけで」
「ござござー……」
言われてまた落ち込むけれど、そこはシアンさんの言う通りなんだよね。あの無数の斬撃こそはSランク冒険者サクラ・ジンダイくらいにしかできない、極めきったフェイントテクニックの賜物だ。
無数の斬撃の視覚的威圧感は半端じゃないし、大体の相手はまずそこで圧倒されて冷静でなくなる。見切れたとして、そのほぼすべてがフェイントなため今度は本命の斬撃を見つけて対応しないといけない。
そして本命を見つけたところで対応できるかも微妙だもの。速度はそこそこながら威力がすごかったからね。
シミラ卿に密着するまで持っていけた僕の杭打ちくんを、無理矢理打点をずらさせるなんて半端な膂力じゃ無理だし。
Sランク冒険者はすべてにおいて頂点だけれど、さらに各々そこから得意分野が変わってくる。サクラさんはその得意分野が対人テクニックとパワーにあるってことだねー。
「そういえばそうだ、シミラ卿どうなるかなあ。一応思惑通りにいったわけだし、そうそう最悪の事態にまで追い込まれるとは思わないけどー」
「なんぞ朗らかな笑みを浮かべていたでござるし、まあ大丈夫でござらぬか?」
話をする中でふと、シミラ卿の安否が気にかかる。計画どおりにはいったわけだし、マーテルさん逃走についての責任は冒険者ギルドとも折半になったから最悪には至らないと思いたい。
でもエウリデだしなー、不安は残る。サクラさんもそこについては同感らしいけど、逆に楽しそうに獰猛な笑みを浮かべていた。
「それに仮に国が彼女を追い詰めるとなれば、そこは冒険者達も喜々として殴り込みにかかるでござるよ。もちろん拙者も、一回くらいは偉そうにふんぞり返ってるクソどもの根城をぶった斬ってやりたいと思ってるでござるしねー」
「シミラ卿に害が及ぶなら僕も動くかなー。3年前、本当はあの城の壁という壁をぶち抜きたくって仕方なかったんだー」
「貴族としてはなんとも反応に困る話をするなあ、ソウマくんもサクラ先生も……」
「あはは……」
冒険者らしい反骨心をむき出しに笑い合う僕らに、貴族のセルシスくんと冒険者だけど貴族のシアンさんが苦く笑う。
別に全部の貴族に噛みつくわけじゃなし、相手は選ぶよー。政治屋とか大臣とか、国王とかね。
だから安心してーって言ったらなおのこと苦笑いされちゃった!
ここまで第一章、次から第二章ですー
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第二章 冒険者"杭打ち"と夏休みの日々
再びの地下86階だよー
騎士団に冒険者ギルドまで巻き込んだ壮大な茶番劇から数日。
すっかり夏休みに突入した僕ことソウマ・グンダリは、相変わらずの帽子にマント姿で顔を隠した冒険者"杭打ち"スタイルで、相棒の杭打ちくん3号を持って地下迷宮は86階層をうろちょろしていた。
「……おわり!」
「ぐるぎゃああああああっ!?」
狙い撃つはいつも同様ゴールドドラゴン。好事家の依頼が珍しく重なって、食い扶持を多く稼げる僕としてはホクホクだよー。
脳天に叩き込んだ杭は瞬く間にゴールドドラゴンの命を奪い去り、その巨体を赤土の床に倒れ伏せさせた。これで本日2匹目、依頼達成だねー。
「……よーしよしよし」
倒れたドラゴンの口を強引に開けて、奥歯にある黄金でできた歯を抜き取る。あと体中、あちこち黄金になっている皮膚や内臓も可能な限り抜き取るよー。
依頼人は奥歯だけでなくゴールドドラゴンの黄金ならなんでも引き取って気前よくお金をくれるから、地味だけど大切な作業なんだよねー。
持ってきた鞄が黄金で一杯になるくらいにドラゴンの骸を解体して、僕は満足してその場を立ち去る。死体は別なモンスターが食べるなりなんなりして、すぐになくなるから迷宮内も弱肉強食の食物連鎖ってやつがあるんだと感心しちゃうよー。
「ふー……さてと」
依頼も達成したし後は帰るだけ……とは今回ならない。実のところ他にも目的があって、僕はこんな地下深くまで潜っていたりする。
それっていうのもぶっちゃけ、こないだからやたら縁のある超古代文明に関しての独自調査をするつもりでいるんだよねー。
レオンくんパーティーのとこのヤミくんとヒカリちゃん。オーランドくんと今頃船の上かな? マーテルさん。
この3人は自称、超古代文明からはるかな時を経てやって来た古代人だ。ホラにしては迷宮深層を彷徨いてたりエウリデ連合王国が確保しようとしてたりと、きな臭さがつきまとっているのがなんとも怪しいね。
僕としてはロマンのある話だし状況証拠もあるので大いに信じたいわけだけど。それはそれとして、裏付けを取れるならそれに越したことはないとも考えている。
そんなわけでヤミくんとヒカリちゃんが彷徨いていたという地下86階層まで来ているんだ。あの子達が眠っていたという、迷宮内でも特に異質な玄室を調査するためにね。
「……どっちだったかなー」
道を覚えてないよー、忘れちゃったよー。
赤土の床と壁、広く高い空間にいくつと伸びる道のどこを進めばそこに辿り着けるのか。最後に行ったのが何年も前のことだからすっかりルートの記憶が頭から抜け落ちてしまった。いけないいけない。
念のため持って来といた地図を懐から出して確認する。調査戦隊時代終盤の頃に作成されたこの地図の通りなら、おそらく最短距離はー、と。
「…………こっちかー」
地図に記してあるマーク、なんかよくわからない部屋だし"?"マークをつけてるそこに向かって歩き出す。
道中、一つ目巨人のサイクロプスとか爪の鋭いデーモンドラグーンとかに出くわすけど気配を隠して通り過ぎる。一々構ってやれないよー。
やがて赤土の壁が一箇所だけ、大きく銀色の金属にすり替わっている地点に辿り着く。ここだ……僕が杭打ちでむりやりぶち抜いて開けた穴がある。
ヤミくんとヒカリちゃんの口ぶりでは、この穴の中の部屋にある棺のようなものの中で二人とマーテルさんは寝ていたことになる。つまりは3年前に来た時よりも3つ分、棺が開いているはずなのだ。
「…………ちょっと怖いかもー」
いや、むしろかなり怖いかもー。ロマンはロマンとしてあるけどホラーチックな話でもあるからね、こんなのー。
これで追加で棺が開いてたりしたらもう目も当てられない、つまりは古代文明人がもう何人かいて、迷宮をうろついてるなり下手をするともう地上に出てるかもしれないってことだもの。
というかそれ以前に。
「3年前の時点でいくつか、開いてたんだよねー棺……」
今回調査するにあたり過去の記録を引っ張り出して再確認したところ、当時その部屋に足を踏み入れた僕含めた調査戦隊メンバーはたしかに、棺らしき箱がある事自体は把握していた。
全部で10個。そのうち5個が開封済みで、残る5個が未開封。当時の資料にはそうした報告がたしかに記載されていたのだ。
それはすなわち3年前にはすでに、5人の古代文明人が覚醒してあの場所を出ていたということを示唆している。そして今なお、未覚醒の古代文明人が2人、眠っているはずなのだ。
「先に目覚めた5人は、どこに行ったのー……?」
なんともホラーだよー。怖いよー。
ついこないだまでなんとも思わなかった迷宮が、なんだかひどく恐ろしいものに見えてきた。まあ、何が出ようと僕は杭でぶち抜くだけなんだけど。
それでも嫌な想像とかしちゃってゾワゾワするところはある。鳥肌を立てつつ僕は、古代文明人の眠る玄室へと急いだ。
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蘇りだよー!?(怖)
しばらく進むと、3年前と変わらない鉄製の壁が見えてきた。もっというと当時僕が無理矢理ぶち抜いた結果、杭打ちくん2号の尊い犠牲と引き換えにできた侵入口も依然として健在だ。
迷宮の床や壁はどれだけぶち抜いたり削ったりしてもすぐ元通りになるのに、ここは3年経ってもそのまんまなんだねー。人工物だからかなー?
「…………失礼しまーす」
ちょっぴりホラーな妄想に身を浸していたこともあり、おっかなびっくり部屋に入るよー。もしこれで誰かが急に出てきたりしたら、怖いねー。
でもさすがにそんなことはなかったみたいで、まるで無人で人の気配もない空間が広がっていた。鉄っぽい金属でできた床や壁、よくわからない箱がいくつも壁に並んでて、中央には棺が円形状に並んでいる。
例の、双子やマーテルさんが出てきた棺だねー……ゴクリと喉を鳴らしつつ、数を数えていく。
ひとつ、ふたつ、みーっつ、よーっつ────
「…………開封済み、8つ。たしかに3つ、新しく開いてるねー」
未開封の棺が2つにまで減っている。間違いなく、あの3人はこの部屋の棺から出てきたんだろう。
とりあえず追加でもう1つ2つ開いてるとかそういうことがなくてよかったー。ホッと息を吐きつつ、僕は未開封の棺に近づく。
横たわる長方形の箱で、側面からいくつも金属製の管が繋がっている。これはいずれの棺も同じだね。それぞれ大きさも同じで大体2m程度の横長さになっている。ほとんどの人が入って寝ることのできるサイズだ。
表面には文様が刻んであるし、何やら文字も書いてあるけど古代文字だから僕には読めない。教授が目下解読中らしいけど、なんて書いてあるんだろうねー。
外観からは内部の様子が窺えない棺を僕は覗き込む。3年前、僕は杭打ちくん2号が犠牲になったショックからあんまり見たり触ったりしてないんだよね、これー。
この中に人がいて、何千何万という時を眠ったままでいるなんて不思議だよー、ロマンだよー。ちょっぴりテンション高くして、あちこち触ってみる。
────すると、不意に棺が光り始めた。文様が輝き始め、にわかに震えだしたのだ!
「……えっ!? ふええ!?」
思わず間抜けな声を出しつつ後ずさる僕。慌てて杭打ちくんを装備して構える。
ヤバ、なんか変なとこ触っちゃったかな!? でもそんなこと言ったらそもそもこの棺そのものが変なものだよね!? 内心で焦りながら言いわけを重ねる。
そうしている間にも棺は振動し続けていく。少しずつ、棺の蓋が横にズレ、中身が露見していった。
「…………え。お、女の人?」
「……………………」
中にいる、横たわって眠っているのは女の人だった。それも大人のおねーさんだ。
金色の長い髪、ピンクのカチューシャが特徴的で、シミラ卿やサクラさんよりちょっと年上くらいかも。緑のローブに身を包み、目を閉じて死んだように眠っている。
ていうか呼吸してる様子がないんだけど。これ、まさかと思うけど死んでません?
「えぇ……? ま、マジですか? 僕なんか、やっちゃいました……?」
さすがに僕が何かしたからこの人がこうなってるとは考えづらいし考えたくないよー。いくらなんでもこんな形で人殺しはやだよー!
恐る恐る近づき、おねーさんの首元の脈を取る。ない。体温も恐ろしく低くて、まるで冬みたいだ。今ってまだ夏なのに。
やば、死んでるし……本当に息どころか脈もないことにいよいよ、僕も焦りだす。汗が一筋垂れるのを自覚する。
こ、これ、どうしよー?
「………………………………ぅ」
「…………!? え、は!?」
静かにパニックに陥っていたその時だ。不意に、おねーさんが呻いた。
そんな馬鹿な! 驚き唖然とする僕をよそに、だんだん彼女の身体に変化が訪れていく。
首元に触れている手が、脈を感知する。少しずつゆっくりと、体温が高まっていく。呼吸も、胸元が緩やかに上下していって、生者のそれと大差なくなっていく。
「よ、蘇り……だよー!?」
今度こそ身体全体が恐怖で総毛立ち、鳥肌が立つのを感じながらも僕はその場を飛び退いた。
どう考えてもおかしいよ、異常だよー! 今の今まで完全に死んでた人が、なんで巻き戻るように体温も呼吸も脈も取り戻していくんだよー!?
まるで未知の現象。いくら冒険者だからってこういう未知はキツイよー。
ゾッとする思いで、けれど何があってもぶち抜けるように杭打ちくんだけは構えておく。たとえ敵わなくても、絶対に一発は叩き込んでやるよー……!!
「ぁ……う、うう?」
「…………!!」
「こ、こは……? わ、たしは……う、う。こ、れは?」
おねーさんがゆっくりと起き上がり、片手で頭を押さえながら自分の手元、周囲を見回す。
……完全に普通の人間って感じだ。言葉も通じるし、見た目も特に変なところがない。仕草も、清楚で素敵な年上の女性だよー。
警戒しつつも淑やかな所作にちょっぴり初恋しかけていると、彼女が僕を見た。
通算4人目、なんだろうね。超古代文明からやって来た人との、ファーストコンタクトだった。
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数万年の眠り姫だよー
まさかの遭遇、というか覚醒、かなー? 起き上がった金髪のおねーさんに僕は杭打ちくんを構えたまま、思わずその美しさに見惚れちゃう。
眠ってた時は生気のなさからくる静けさが逆に、ものすごい色っぽい感じだったんだけど、起きて目を開けたその姿は別方向に美しい。
お日様……それも真夏の太陽でない、冬に旅人を暖かく照らしてくれる陽光のような柔らかみのある優しさを備えた美人さんだ。
緑がかった青い瞳を僕に向け、その女の人はおずおずと話しかけてくる。
「……ぉはよう、ござます」
「…………」
「ぅ……ふぁあ〜っ。ここ、えーと? 誰だっけ私。ええと、ええと?」
うまく思い出せないなー、と自分の頭をしきりに撫でさせる女の人。どうやら記憶が朧気みたいだ。
たしかヤミくんとヒカリちゃん、それにマーテルさんも記憶喪失って言ってたもんねー……永すぎる眠りの中で、寝てる間にもいろいろポロポロ落ちちゃったんだろうか、思い出とか。
それは正直、気の毒な話だよー。警戒しつつも僕は、ついついいたわる声を遠くから投げた。
「……落ち着いて。目を閉じて深呼吸して、まずは冷静になって」
「ぁ……え、ええ。わかった……すー、はー。すーはー。すーはー! すーっ! はーっ!」
「…………」
深呼吸しろって言ったのに、やたら鼻息が荒いよー。何この人、変だよー。
当たり前だけどヤミくんやヒカリちゃんとはまた、異なるタイプの性格みたいだ。明るめなのは助かるかなー、これで沈みがちな人だとこっちもコミュニケーションに困るからねー。
しばらく深呼吸ともいえない呼吸を繰り返して、それでも女の人は一応でも落ち着いたみたいだった。目を開けて、さっきよりはクールな瞳で棺から出てくる。
……永らく寝てても力や体力が落ちてる様子はないね。超古代文明人がそういう特別な体をしてるのか、棺そのものに何か仕込んであるのか。たぶん後者だろうね。
具に観察しながら彼女の起き上がるのを待って、僕は再度話しかける。
「……ええと、おはよう。あなたは今、いつのどこにいるどなた様か言えるかな?」
「ん……と。いつかは分からないわ、遠い未来っぽいなーとは思うけど。場所は私が眠る前と同じなら、えーとなんか、シェルター? の霊安室だと思うけど」
「……シェルター。霊安室、か」
なんとも意味深なことを言うね、この人。シェルターだの霊安室だのときたかー。
どちらも今現在でも使われている言葉だ。何かしらの災害から身を守るための避難先、そして死んだ者を安置する場所。
つまりこの部屋は何かの災害から避難してきた人達のための施設の、さらに死人を置く場所ってことか。いや、実際に置かれてたのは死体どころか眠り姫さんなわけだから、その名称にはちょっと疑問が残るけどねー。
物騒なことを口走る彼女は、次いで自分の名前をも言ってくる。
「それで私の名前が、レリエ。下の名前もあったと思うけど、なんかうまく思い出せないわ」
「レリエ……か」
「かく言うあなたはどちら様かしら? 結構永く眠ってたんだろうとは思うけれど、私のいた時代にはあなたみたいな風貌の人、なかなかお目にかかれないんじゃないかしら? 記憶はないんだけどなんとなく、残ってる常識や知識がそんな感じのことを言ってるわ」
記憶や思い出というより知識や身につけた常識からそんなことを言ってくる彼女、レリエさん。
ヤミくんもそんなこと言ってたな……記憶はないけど知識はあるとかなんとか。そんなことあるものなのか? と思ってたけど、この調子だと本当に知識や常識は残ってるみたいだねー。おそらくマーテルさんも同じ塩梅なんだろう。
どうしたものかなー。平たく言って扱いに困って僕は悩む。
さしあたって僕が知っている超古代文明関係のことや今、彼女を取り巻いていくだろう事態──こないだの茶番みたくエウリデがちょっかいかけてくるとかね──を説明するのは別に構わないというか、してあげないとこの人本当に一人ぼっちで当て所なく、知らない世界の知らない時代を彷徨う羽目になる。
さすがにそんなの胸が悪くなるからねー。
僕はレリエさんに、せめて現状を伝えるくらいはここでするべきだと口を開いた。
「……落ち着いて聞いてほしい。あなたは数万年前とされる超古代文明の生き残りであると推測される」
「数万年……!? そんなに経ったの!? というかそんな機能してたんだ、このコールドカプセル! 耐用年数完全にぶっちぎっちゃってるけど!」
「コールド……?」
「あ……そっかだから私の記憶こんなズタボロなんだ。耐用年数内に起きられなかったから、命はともかく記憶は奪われる……だっけ? 変な副作用もあったもんだわ、まったく」
「…………?」
なんかブツブツ言い出したよー? コールドカプセル? なんかよくわからないけど、棺の正式名称らしいねー。
それの調子がおかしかったから何万年も寝て、挙げ句起きたら記憶喪失になってたって感じなのかな。
よく分かんないやー。
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またフラレちゃったよー!(泣)
何はともあれ、まずはレリエさんにあれこれ説明しないといけない。
本格的な詳細説明はこの後、ギルドに彼女を連れて行ってリリーさんなりギルド長なりにお願いするとして、簡単な説明くらいはしておこうかなー。
「……まず僕についてから。冒険者をしていて"杭打ち"と呼ばれています。レリエさんもそう呼んでいただければ」
「冒険者……えっ、そんなファンタジーな感じの世界なの、今って」
「僕から見れば超古代文明のほうが、よほどファンタジーですけどね」
お互いにお互いをファンタジー世界の住人だと捉えてるみたいだけど、まあ仕方ないよねー。
僕からしてみれば彼女はじめ超古代文明絡みの存在なんてロマンもいいところだけど、向こうからすれば僕らははるか未来の住人だ。これはこれでロマンチックなのだろうし。
世界中の地下に眠る迷宮や、未だ人類が到達できていない未踏地域に挑まんとする僕達冒険者は今や世界の一大ムーブメントだ。
前からそこそこ人気の職業だったのが調査戦隊の活躍と解散、それに伴う迷宮攻略法の世界的伝播によって一気に流行し始めたのが3年前。
今じゃ自由とロマンを求めて好きに生きるべく冒険者になろうとする人達が後を絶たないって状況なんだからすごいよねー。
そんな感じで冒険者界隈の現在を中心にレリエさんに説明すると、彼女は顎に手を当てふむふむと頷いた。
「なるほどなるほど? ……何万年経っても案外人類って行ったり来たりなのね。てっきりもう、宇宙にだって行ってるんじゃないかと思ったけど」
「……行けるものなの? 天体学者さんなんかは、こーんな大きな望遠鏡で四六時中空ばかり見てるけど」
「私達の時代だと割と行けたりしたわね。さすがによその星に定住するとかはできなかったけど、資源や燃料を採掘したりしてたわね」
「へえ……へえーっ!? すご、すごいよー!?」
ものすごい話を聞いちゃった! ひっくり返るような心地でつい素で驚いちゃったよー!?
星って、あの星だよね夜空に瞬いてるあの!? あそこ人行けるの!? 行けたの!? っていうか行ってなんか採掘とかしてたの、あれ石とか土とかで出来てるのー!?
とんでもないな超古代文明! 本当だとしたら世界中大騒ぎになる話だよー!
これはすごい……エウリデが古代人を欲しがる理由がちょっぴり分かっちゃうくらいすごいよー。いやまあ、それでも人を拉致して研究とは名ばかりの玩具扱いにするなんて絶対に許されないからそういうのは断固阻止するけどー。
「へぁー……お星様にまで行ってたんだ、昔の人ー……」
「……ちょ、ちょっと待ってあなた。ちょっとごめんね!?」
「え? ……ふわわー?」
感動に浸ってるとなんかいきなり、ガシッと両肩を掴まれたよー? 敵意はないけどなんだろ。レリエさんどうしたのかなー?
思わずビックリして固くなる僕だけど、そんなことはお構いなしとばかりに彼女は僕の肩や背中、杭打ちくんを持つ腕を触る。
ちょっとくすぐったいし照れるしドキドキするよー! 15回目の初恋だよー!?
「……も、もしかして僕のこと好きですか!? もしよければ僕とお付き合いしませんか!?」
「え!? ……え? いやその、それはちょっと」
「ああああ瞬殺されちゃったああああ」
「!?」
ああああフラレちゃったああああ!
まただよー通算11回目だよー。こんないきなりさわさわしてくるから絶対脈あるよーって思ったら脈なかったよー、っていうかフラレて僕の脈がなくなりそうだよー。
思わず目が潤む。いいもん僕にはシアンさんとサクラさんがいるもん、あとリリーさんとシミラ卿もー。
この人達にはまだ告白してないからチャンスあるもん、まだ脈あるもん! だからへっちゃらだよー……
「…………うう」
「あ、あの杭打ち? さんだっけ。いきなり触られたから勘違いしちゃったのかな、ごめんなさいね? あの、気になることがあったからつい調べちゃって」
「気になる、こと?」
「うん、もしかして君まだ子供、それも女の子なんじゃないかなーって」
「ああああ男であることさえ否定されたああああ」
「!?」
ひどすぎるよー!? 子供扱いはともかく女の子疑惑はいくらなんでもありえませんよー!?
別に女の子に対して思うところはないっていうかむしろお付き合いしたくて堪んないけど、さすがに男の子だから女の子でしょって言われるのは心外だよー……
でもケルヴィンくんやセルシスくんの言うところによると僕、とても15歳には見えないくらい幼気で童顔らしいものなー。
クラスの友達にも時折からかわれるしー、もしかして角度によっては女の子みたいに見えちゃうところはほんのちょっぴりくらいはあるのかもしれない。
うーん、でもやっぱり男の子として見てほしいよー。こんな美人な人ならなおのことー。
せめてもうちょいガッシリめの体格に生まれたかったよーと思いながらも、僕はレリエさんに自分が男であることを主張したのでしたー。
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気を取り直して帰るよー
「ご、ごめんねー? つい声と体格で判断しちゃって……っていうか15歳でも冒険者ってやれちゃうものなんだ。あの、すごいね?」
「…………うううー」
必死に訴えた結果、僕がれっきとした男であることを認めてもらえたわけだけどー。それでも声と体格だけで女の子と勘違いされたのはショックすぎて呻くよー。
なんなら顔まで見せたのにまだ疑われてたからね、どうしろってんだよもうー。結局学生証見せちゃったし、僕の本名だって当たり前のようにバレちゃったものー。
「ソウマ・グンダリくん……か。本当にごめんなさい、失礼にも程があるわよね……無くしたのは記憶だけかと思ってたけど、どうやら配慮とかデリカシーとかも失くしちゃってるみたい。駄目ね私」
「……いえ、いいんです。男だって分かってもらえればそれでー。あと、僕というか"杭打ち"がソウマ・グンダリだってのは他言無用でお願いできますか?」
「もちろん! ……でも、隠すようなことなの?」
「いろいろありましてー」
オーランドくんがなんかこう、いい感じに更生しそうな気配を醸しながらもマーテルさんとイチャイチャ青春冒険旅を始めたわけで、そうなると別にもう僕も正体を隠さなくたっていいんじゃないの? って思われるかもだけど。
残念ながらそうもいかないんだよねー。まだまだ"杭打ち"=ソウマってのがバレると学園生活が大変なことになるだろう火種はいくつかあったりするし、引き続いて隠していかなきゃ行けないところなのだ。
そもそも"杭打ち"としてでない僕のことを求めてくれる誰かがいてくれればなーって思いもあって、あえて伏せている部分もあるから余計にバレるのは困るしー。
必要なのと僕個人の思惑とが重なってるから、積極的に隠したいことって言い換えてもいいかもしれないねー。
まあその辺を詳しく話す必要もないし、それじゃあサクッと今後について説明しますか。
「今からレリエさんを地上に送り、近くの町の冒険者ギルドにまでお連れします。ひとまず冒険者登録をする形で身分と所属を確定させますから、そうすればとりあえずの社会的な立ち位置は保証できますよ」
「本当!? 助かるわ、数万年も経ってたら私なんて、何者でもないものね。はあ、目が覚めてすぐ近くに、君みたいな優しくて素敵な男の子がいてくれて助かったわ、本当」
「…………えへ。いえいえそんなあ。えへへ」
褒められちゃったよーえへへ! 照れくさくて帽子の上から頭を掻く。
さっきフラレちゃった……っていうか僕の告白があまりにも唐突で、脈絡がない上に会って間もないから素でスルーされちゃったわけだけど。それはそれとしてレリエさんほどの美女に褒められると舞い上がっちゃうよー!
ウキウキしつつもレリエさんを、ギルドに連れて行くべく僕は動き出した。
残る一つの未開封な棺についても一応、触ってみたんだけどてんで動きやしない。レリエさんなら何か知ってるかとも思ったんだけど、首を振って残念そうに自分にも無理だって言う。
「コールドカプセルの開封は何かしら不具合が起きるか、もしくは定められた権限者による解除措置でしか開かないって知識があるの。私は権限者じゃないから無理ね」
「じゃあ、なんでレリエさんのカプセルは開いたんだろう?」
「触ってたら開いたのよね? たぶん変なところ触って不具合が起きたんじゃない? あ、だからってその棺に何か無茶なことしたら、下手すると中の人死ぬかもよ。オススメしないわ」
「しないよー」
人が死ぬかもしれないなら迂闊に触れないし、そもそも万一開封できたとして、そうなると僕は超古代文明絡みのトラブルの種をもう一個抱え込む羽目になる。それはゴメンだよー。
ただでさえ何故かここ半月くらいで、やたら古代人と関わっちゃってるんだ。そろそろあらぬ疑いを国あたりからかけられてもおかしくない。
そうなったらそうなったでぶち抜き上等だけど、まあ最終手段だしねー。
そんなわけで最後の棺はそのまま置いておくとして、僕はレリエさんを連れて部屋を出て迷宮に戻る。赤土でできた床と壁、そしてあちこち遠くに見えるモンスターを見て、彼女は何やら絶句しているみたいだ。
どうしたのかな?
「……これは」
「? どうしたの、レリエさん」
「…………い、いえ。あの、ここって本当に地下奥深く、なのよね?」
「そうだよー? 今のところ人類が到達できてる最深層の一歩手前、地下86階層だよー」
さっき説明したのにまた聞いてきたよ。首を傾げつつ再度今いるこの場所について説明すると、レリエさんはまたも顎に手を当て考え始めた。
ざっくばらんなお姉さんって感じだったけど、結構インテリ系な感じなのかな? メガネとか掛けたら似合いそう。
「プロジェクト……成功? したってことかしら。でもアレが普通に闊歩してるのは……っていうかソウマくん、あの化物達相手に全然ビビってないけど、平気なの?」
「え?」
「アレがなんなのか……あなたは、あなた達は理解してるの?」
これまた、不思議な質問をしてきたなー。
モンスターを指してアレは何?って聞いてくるレリエさんに、僕はただただ困惑していた。
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やりすぎちゃったよー
アレがなんなのか分かってるの? と聞かれたところで、アレはモンスターですよーとしか答えられない。
むしろそれ以外になんかあるのー? と言いたい気持ちで、僕はレリエさんに向け、戸惑いながらも質問に答えた。
「ええとー、あれってモンスターのこと、だよねー?」
「ええ。アレがどういう性質のものなのか、どこから来たなんなのかとか……現代ではどのくらいまで研究できてるの?」
「さ、さあ……? どこの迷宮にも出てくる、冒険者の獲物で飯の種ってくらいしか、僕には分かんないけどー」
大変ざっくりした説明で申しわけないけどー、実際僕っていうか冒険者目線だとこう言うしかないんだよねー。
モンスターがどこから来て何をしにどこへ向かうのかー、とかどうでもいいしねー。迷宮をうろついていて僕らの邪魔をする、場合によってはお金になったりご飯になったりする化物達。そのくらいの認識しかないしねー。
逆にレリエさんは何を御存知なんだろう? ていうかモンスターって超古代文明からすでにいるものなんだ? すごいねー。
尋ねてみると彼女は難しい顔をして、けれどゆっくりと頭を振った。話せることは少ないと、口を開く。
「……記憶が虫食い状態だからなんとも言えないわ。ただ、アレはかつて私達を滅ぼしたモノ達の末裔であるのは間違いないわね」
「…………モンスターによって滅ぼされたの? 超古代文明って!」
「モンスター、なんて呼び方でさえ当時はされてなかった覚えはあるんだけれどね……怪物か。皮肉な名称だこと」
鼻で笑い──馬鹿にするよりかはむしろ哀しげな、自嘲するような笑みだ──レリエさんは遠くにいるモンスターを見る。
超古代文明がモンスターによって滅ぼされたっていう衝撃の事実は僕もビックリだけど、それはそれとしてあんまりここでアンニュイされてても困るんだけどねー。なんたって地下86階層の地獄ですしー。
とにかく外に出なくちゃと、彼女を連れてショートカットの出入り口へと向かう。いつも使ってる、この階層へと直通している穴だねー。
物思いに耽るのは地上に出てからでも全然遅くない。むしろこんなところでやってることこそ手遅れになりかねない。そう言って彼女を慎重に導く僕だ。
道中出てくるモンスターは倒す。ひたすら倒す。
ゴールドドラゴンみたいなデカブツは避けつつ、小型から中型くらいのやつが出てきたら即座に杭打ちくんで殴り飛ばし、杭でぶち抜いていくよー。
「──!!」
「ぐぎぎゃああああああっ!?」
「え、すご……」
地中から出てくるミミズ、正式名称はなんだっけウワバミズチ? とかだった気がする。そいつの頭部を杭でぶち抜いて遠くに放り投げると、レリエさんの賞賛が耳に入って僕は鼻息を荒くした。
むふー、もっと褒めて褒めて! そーだよ僕はかっこいいんだよー? 今すぐにモテモテになってもおかしくないんだよー!
めっちゃテンションの上がる僕。そうだよ、一度振られたからって諦めることないんだ。こうやっていいところを見せていって、いつかは高嶺の花にも手を届かせるんだよー!
塵も積もれば山となるー! 千里の道も一歩からー! と格言を内心で繰り返しつつ、ふんすふんすと杭打ちくんを振るう。震えば振るうだけモンスターがぶち抜かれて息絶えていく、モノ言わぬナニカに変わっていくのを見て、レリエさんは改めて言うのだった。
「いやこっわ……現代ってこんな子供がここまでやれちゃうんだー……本当に数万年も時代が移っちゃってるのねえ……」
「ドン引きー!?」
しまったやりすぎたー!?
僕を見る彼女の目は控えめに言っても引きまくっている。現れるモンスターを片っ端から杭打ちしていく僕に、割と本気で怯えてるみたい。
やらかしちゃったよー!!
とはいえこの場で手加減なんてするわけにもいかない。まごついてたら何かの拍子にレリエさんにまで害が及ぶかもしれないからねー。
っていうかヤミくんとヒカリちゃん、あとマーテルさんもか。彼ら彼女らだけでよく迷宮内をうろつけたもんだねーと不思議に思う。どんな階層であれ確実にモンスターは現れるわけなので、彷徨ってるだけでも命の危機だったろうに。
ちょっぴり奇跡を感じながらも無事、出入り口の穴へ。ここからしばらく登っていかなきゃいけないわけだけど、僕がいるなら話は早いよー。
レリエさんに問いかける。
「着いたー。この穴を登っていかなきゃいけないんだけど、普通に行くと一時間くらいかかるよー」
「えっ……そんなに? 途中で落ちたりしないのそれ」
「落ちるほどの傾斜はないからそこは安心だよー。でも今回は僕がいるから、1分くらいで着くよー。失礼しまーす」
「へ?」
そう言って彼女の手を取る。やわらかーいあったかーい。
と、痴漢みたいな考えはこの際抜きだよ、僕は迷宮攻略法を発動した。
重力制御。僕や僕の身の回りの重力を自在に操作する技法である。
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ジェネレーションギャップだよー
ふわ~っと浮かび上がる僕とレリエさん。迷宮攻略法の中でも最高難度である重力制御を使用したことにより、一時的に重力の縛りから逃れたのだ。
さすがに鳥みたいに自由自在とはいかないけれど、ある程度空を飛んだり、とてつもない高さまで飛び跳ねたりできるわけだねー。これを身に着けてから僕の人生がまるごと変わったとさえ言えるほどの、超便利な技法だよー。
「!? え、は? ちょ、え、浮いてる!?」
「舌噛まないように口閉じててねー。一気に地上に出るよ、よいしょー!」
「ちょっ、待っ、てへええぇぇぇ────!?」
腕を掴んだレリエさんごと浮いた僕は、彼女を半ば抱き寄せる形で一気に出入り口を上昇していく。初めてのことであわあわしてるレリエさんかわいいよーってホッコリしながらも、僕は細かく重力を制御していった。
この技法、やり方さえ覚えれば割と簡単にあれこれ重力に干渉できるんだけどー、コントロールそのものはとてつもなくシビアだから結構、集中力が要るんだよねー。
在りし日の調査戦隊を思い返す。
レジェンダリーセブンの中でもレイアとリューゼの二人が同じく重力制御を会得してたけど、リューゼのほうは僕ほど上手じゃなかったから空を飛んでは墜落したり、攻撃に利用しようとしてはトチったり散々失敗してたなー。
逆にレイアは僕より上手で、重力を武器に集中させた結果なんかすごい、すべてを吸い込む謎の現象を引き起こして他のメンバーにしこたま怒られてたっけ。懐かしいよー。
「よーっと! はい、とうちゃーく!」
「────ぇぇええぇぇえええへぇへへへえっ!?」
やっぱり人を抱えているからいつもよりはデリケートに操作して遅くなっちゃった。大体3分ほどかけてのんびりと出入り口から出ると、見知った泉の畔、森の上空にまで身を踊らせる。
レリエさん、ずーっと叫びっぱなしだったよー。喉枯れないかな、心配だ。とりあえず地上に降りて、レリエさんを落ち着かせる。
この様子だと彼女、初めて飛んだみたいだねー。超古代文明には重力制御、もっというと迷宮攻略法みたいなものはなかったのかなー。
懐からコーヒー入りの水筒を取り出す。朝、商店街を寄った時に珈琲屋さんに水筒に目一杯入れてもらった、ちょっと水っぽいけど安くて美味しいという僕の愛飲品だ。
それを渡すと叫び疲れたのか、一気に疲れた顔になった彼女はチビチビと呑み始めた。
「んく、んく……ぷは! な、何よあれ!? なんで何もないのに飛んだの!? 超能力!? もしかしてエスパーなのソウマくん!?」
「エスパー? 冒険者だけどー……超能力ってのがなんなのか分からないけど、今のは人間が努力で身につけられる技術の範疇だと思うよー?」
「いや無理だから! 何をどう努力したら人間が重力に干渉したりできるわけー!?」
うがーっ! と叫ぶレリエさん。どうやら古代文明では今みたいな技法、存在しないものみたいだ。
さすがに重力制御はレアにしたって、身体強化や環境適応なんかもなかったのかな? と疑問に思って聞いてみると、なんだか微妙にキレ気味に返事されちゃった。
「あ、あのね……! その、迷宮攻略法? なんて数万年前には影も形もなかったし、あっても漫画やアニメやアクション映画の話だったわよ!」
「漫画、アニメ? アクション映画?」
「え、あーと……つまりー、そう! 娯楽作品の中だけの話ってこと! この時代にもあるでしょそういう、なんか作り話とか!」
「あー」
言われて思い浮かべるのは、僕のお気に入りの小説だ。
機械っていう不思議で便利な動力機構が発達したファンタジー世界を舞台にしての、冒険したり青春したりとなんだかとっても楽しいお話だねー。
たとえば僕がそのファンタジー世界に行ったとして、"君の世界には機械がなかったのー? "って聞かれたら、あるわけないだろー! って叫んじゃうかもしれない。
そう考えるとレリエさんの反応にも納得がいくよー。彼女にとっての迷宮攻略法が、僕にとっての機械なんだねー。
「身体が鋼鉄より固くなるとか、どんな暑さ寒さもへっちゃらになるとか……! 見ただけ話しただけで敵を気絶させるとか意味が分かんない! 私ってば一体、どーゆー時代に起きちゃったのー!?」
「ま、まあまあ。レリエさんも冒険者として登録するんだから、気が向いたら迷宮攻略法を修得してみればいいんだよー」
「できるの!? できるものなの、生身で空を飛ぶとかそんなことが人間に!?」
「できなかったら僕は一体なんなのかなー!?」
あまりに現実を受け入れられないからって、何も僕を人外扱いしようとしなくたっていいじゃん!
そんなに変なものなんだね、迷宮攻略法……いやまあ、重力制御なんかは世界でも僕、レイア、リューゼの3人しか体得してないかもだし変といえば変かもだけど。
ジェネレーション? あるいはカルチャー? とにかくギャップを感じるよー。
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古代から来たお友達だよー!
迷宮攻略法を巡る考え方のギャップに二人、しばらくギャーギャー騒いで。
とりあえず森を出て町に行こうよーってことになって、僕とレリエさんは森を抜けて草原へ出た。
朝一に迷宮に潜ったからまだ昼前時だ。町に着く頃にはちょうどランチタイムかな。
杭打ちの格好でなければレリエさんとちょっと寄り道してデート気分でお昼ごはん! なーんてできたんだけどねー。ま、仕方ないか。
「…………」
「……レリエさん?」
はるか吹き抜ける風に揺れる大草原。あちこちに迷宮へつながる穴が空いていることを除けば、至って普通の風景をボーッと眺めるレリエさんの様子が妙で、僕は声をかけた。
すると──途端に彼女は滂沱の涙を流し始めて、その場に崩れ落ちた!
えっなんで!? 僕が話しかけるの嫌だった!?
「れ、れれ、レレレリエさん!? どうしたのー!?」
「っ……どうして、こうなれなかったの、私達はっ……」
「えぇ……?」
慌てて声をかけるも、何も聞こえてない様子でひたすらなんかつぶやいてるよー、こわいよー。
私達って物言い的に昔の、超古代文明の頃を思い返して何やら感極まってるんだと思うけど、傍から見たら急に泣き出した人とそれをじーっと見守る冒険者"杭打ち"の姿でしかないよー。
ううー、これ誰か見てたら、僕が泣かせたみたいに思われないよねー?
女泣かせーだなんてそんなオーランドくんじゃあるまいし、冗談じゃないよー。頼むから世間体を気にして時と場所を選んで泣いてほしいよー。
完全に困り果てて固まる僕。レリエさんはなおも泣きながら、ひたすらに何かの想いを、遠いところの誰かさんだかに投げかけている。
「人は……人類は、こうなれたのよっ! 縋らなくたって、遠すぎるほどの時間をかけてでもこうなれたっ! なのに……ただただ逃げることばかりを考えて、そのためにっ、取り返しのつかないことをっ……!!」
「………………………………」
「挙げ句に遺された者達ばかりがこんな、間違えた私達がこんなっ、間違えなかった人達の正解を見せつけられてっ!! うっ、くっう……!! あんまりよ、あんまりよ、こんなの……!!」
「…………う、うー。あー、うー」
あまりに悲痛な声で悲嘆に暮れるから、聞いてて僕まで哀しくなってきたよー。
数万年前に何があったんだか知らないけど、そんな嘆かないでー。言っちゃなんだけど済んだ話だよー?
彼女の傍にしゃがんで背中を擦る。こういう時、どうしたらいいのか分からないから困るねー。
なんかよく分かんないけど元気出してー。レリエさんは笑顔が一番素敵だよー。
「…………ごめん、なさい、いきなりこんな、泣き出してしまって」
「……別にいいけど。大丈夫ー?」
「ええ……いえ。正直、まだ全然泣き足りないけどそれは後で一人になってからするわ。今を生きるあなたにはまるで関係のない、もうはるかな昔に終わった話だもの」
「そっかー……」
どうにか元気を取り戻したみたいだけど、それでも後で泣くみたいだ。ここでカッコよく"僕の胸でお泣き"なーんて言えたら良かったんだけど、残念ながらそこまでの度胸が僕にはないよー。
遠い過去からやって来て、全然気持ちの整理とかついてないんだろうな。その辺は僕には何も言えないし慰めようもない。ただ、泣くだけ泣いたら自暴自棄にならず前を向いてくれることを祈るばかりだ。
とにかく町へ行こう。僕は彼女を先導する形で歩き始めた。ここからだとそう遠くないしすぐにたどり着ける。
なるべく彼女を明るい気持ちにさせようと軽く雑談でもしながら、僕らは歩く。
「……えっと。ギルドについたら僕もお世話になってる、受付のリリーさんって人におまかせするよ。優しい人だし、レリエさんにも親身になって接してくれると思う」
「それなら安心ね……本音を言えばソウマくん、あなたにも今後のことを助けてほしいんだけど」
「……即答するのは難しいねー。いやまあ、保護者になるのはもちろん良いんだけど」
ギルドについてからはひとまずリリーさん預かりだ。こないだもあんな茶番があったわけだし、ギルドもレリエさん保護に向けて動き出すだろうねー。
僕は僕で、レリエさんに求められるのは本当に嬉しいし断るつもりもない。とはいえそこから先はさすがに、入りたてのパーティー・新世界旅団のみんなの意向も聞いておきたい。
だから一旦みんなに彼女を紹介して、どうするかを話し合うって流れになるかなー。
「……というわけで、どんな形に収まるかは仲間達次第ってことでー」
「よかったわ、私が嫌ってわけじゃないのね……だったら待ってるわ。私の、この時代での初めての友達。ソウマくん、ありがとう」
「えへ、えへへ……!」
初めての友達! 僕がだってー!
なんとも嬉しいことを言ってくれて、やっぱりこれは15回目の初恋だよーと確信して僕は、照れ笑いなんか浮かべちゃうのだった。
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ギルドとの話し合いだよー
「というわけで超古代文明人のレリエさんですー」
「レリエでーっす! 年は数万と25歳、スリーサイズはないしょ! よろしくー!」
「待って待って待って待っておかしいおかしいおかしいおかしい」
ギルドについてリリーさんを訪ねて、ちょっとギルド長も交えてお話がありますーって言って。そうしてギルド長室でベルアニーさんとその秘書さんも同席しての事情説明。
こーゆーのはノリで押し切るものだって聞くから、レリエさんと息を合わせてテンポよく軽妙に喋ったところ、即座にリリーさんのツッコミを食らってしまった。
ベルアニーさんは唖然としつつ頭を押さえている。なんでー?
「グンダリ……ジョークを飛ばせるほどの人間性を獲得してくれたことは素直に喜ばしいが、そういうのは時と場合を考えてくれるか? TPOをわきまえるのも常識の範疇だぞ」
「最近ようやく人間らしくなってきたからって、こんなことでジョークをかます僕じゃないって知ってるでしょギルド長ー。ましてこないだの今日で、そんな質悪いこと言うわけないじゃん」
「……………………本当、なんだな」
「正真正銘、地下86階のあの玄室にあった箱から出てきたお姫様だよー。僕も、正直ビックリしてるけどねー」
肩をすくめる。僕が冗談を言ったわけではないと確信したようで、ギルド長の眉間にシワが寄っている。
まあ、言いたくなる気持ちも分かるよー。こないだ古代人絡みで2回も立て続けに騒動が起きて、しかもその内の2回目ではSランク冒険者レベルの存在が3人ぶつかりあったからねー。
特に僕とサクラさん、シミラ卿の激突ってのが実はかなり大事で、話を聞きつけた他所の地域や国のジャーナリストが連日このギルドに押しかけていたりするよー。
酒盛りしてる冒険者達が口を滑らせてたりするみたいだし、早晩世界中にあの茶番が出回るだろうねー。僕こと冒険者"杭打ち"の存在や来歴、超古代文明からやって来た双子や女の人についてなんかは、かなりセンセーショナルだと思うよー。
そんな騒動の中、さらに姿を見せた4人目の超古代文明人。
レリエさんは申しわけなさそうに頬をかきつつ、ギルド長に答えた。
「ええと……すみません、ご迷惑をおかけします。どうやら私の同胞がすでに何人か、そちら様のお世話になっているようで」
「ああ、いやいや。こちらこそ不躾な発言を謝罪します、レリエさん。いかにも、あなたに先んじて3人、おそらくはご同輩かと思しき者達が当ギルドにて冒険者登録を行いましたが……なあに迷惑だなどととんでもない」
レリエさんの言葉に紳士然として答えるギルド長。あからさまにカッコつけた振る舞いに、僕はおろかリリーさんも脇に控える秘書さんも白けた視線を向けている。
この人、美人相手にはカッコつけたがるからねー。男なんてみんなそうだろって言われたらうんそうだよー? って答えちゃうけど、この人の場合はカッコつけ方が微妙にナルシストっぽいんだよー。
今もホラ、角度つけて髪かきあげてちょっとワルっぽいオジサンぶろうとしてるー。渋いのは渋いけど毎回美女を見るなりそんなことするから、もうすっかり呆れられてるって気づいてほしいよー。
ニヒルな笑みを浮かべてカッコつけギルド長は、いかにも大物っぽい余裕ある笑みを浮かべて続けた。
「3人のうち1人は今やこの国を出立していますが、残る双子のヤミくんとヒカリさんにつきましては、我々同様冒険者としての道を歩み始めています。利発で聡明、かつ愛らしい」
「ヤミ……ヒカリ……うっすら覚えがあります。コールドカプセルに入る直前に、少しだけ話をしたような覚えが……そうですか、元気にしているんですね。よかった」
「同じ年の頃、一切の感情を持たず可愛げの欠片もなかったどこぞの杭打ちに比べて、冒険者達から愛されるマスコットのようにさえなってくれていますよ。私にとっても、まるで孫のような存在に思えておりますとも」
「ぶち抜くよー?」
何かにつけて当てつけてくるよー、腹立つよー!
3年前の調査戦隊解散の件をどれだけ根に持ってるんだよー、めんどくさいよーこの爺さんー!
あからさまに僕を見て微笑むギルド長。からかい半分で皮肉ってるのは前からのことだけど、レリエさんの前ではやらないでよーって感じー。
別に僕も全然気にしてないし、いつもの軽口の応酬ではあるんだけどねー。レリエさん、意外そうに僕を見てるよー。
というか、僕への発言についてリリーさんのほうが怒り出してる。ああ、虎の尾を踏んだねベルアニーさん。
「……ギルド長。ソウマくんの事情を御存知のはずですよね? それなのにそのようなことを仰るのは、彼の担当受付として聞き流せませんが」
「別に本気で言ってはおらんよ、リリーくん。私にとって、グンダリは冒険者として唯一対等に接せる相手だとさえ思っているのだ。このくらいの軽口はスキンシップとして聞き流してほしいね」
「その言葉、3年前のレイア・アールバドはじめレジェンダリーセブンの面々の前で言えます?」
「言えるわけ無いだろう、杭打ちを溺愛していた集団なのだよ? それこそTPOというやつだともさ」
リリーさんに痛いところを突かれて、乾いた笑いを浮かべるギルド長。
今はどうか知らないし下手しなくても憎まれてるだろうけど、当時は良くしてもらってたからね、レイア達には。僕への揶揄はジョークとして受け取られなかった可能性は、大いにあるよねー。
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この世界は楽園、らしいよー?
ギルド長のからかいだか皮肉だかスキンシップだかもテキトーに受け流すことにして、僕は今回ここにレリエさんをお連れした理由についてお話した。
つまり先の三人の古代人同様に冒険者登録をしてもらい、正式な冒険者になることでギルドの庇護下、保護下という扱いにしてもらえないかというお願いだねー。
「ヤミくん、ヒカリちゃん、マーテルさんに続いて確認できる4人目の古代人。在野に置いてたら間違いなくエウリデがこないだよろしく確保に来るだろうし、ギルドで押さえといてほしいなーって」
「それと、現代における最低限の身分保障も登録すれば成立するとお聞きしました。数万年もの古から目覚めた私は、当然寄る辺のない逸れものですから……社会に溶け込めるだけの、基盤がほしいのです」
「でしょうな。先だってのあなたのご同輩方も、発見した冒険者を頼って登録しに来ましたから事情はもちろん理解します。我々ギルドは喜んで受付いたしますとも。ですが……」
社会的立ち位置を獲得したいというレリエさんの頼み、それそのものは快く受け入れつつもしかし、ギルド長は彼女と並んでソファに座る僕に視線を向けた。
うん……? レリエさんじゃなく、僕のほうに何かあるのかな? 首を傾げていると、リリーさんが何か察してギルド長の言葉に続く。
「……これまでの古代人の方々は、いずれも冒険者登録後には第一発見者のパーティーに身を寄せています。ヤミくんヒカリちゃん兄妹はレオン・アルステラ・マルキゴス率いるパーティーに、マーテルさんはオーランド・グレイタスの元に。その流れで行くとレリエさんはソウマくんの庇護下に置かれるわけだけど」
「彼は彼でややこしい身の上だからな。冒険者として、戦士としては間違いなく世界で五本の指に入る天才だが、来歴ゆえの因縁があちらこちらにありすぎる火薬庫のような男でもある」
「世界で五本!? ソウマくん、そんなすごい人なんですか!?」
「えへー!」
レリエさんの驚きの視線が心地よくて照れちゃう。そーなの僕ってばこれでも強いんだよー! それはそれとして叩けばいろいろ埃が出てきたりもするけどー。
ことここに至ればさすがに、僕の何が問題なのかも分かってくるよー。つまるところレリエさんという問題のある立場の人間が、僕という問題しかない立ち位置の人間と行動をともにすることで起きるトラブルがネックなんだねー。
自慢じゃないけど、僕ほど方々から恨みを買ってそうな冒険者もそうそういない気がするよー。
というのが概ね調査戦隊解散に端を発していて、エウリデ連合王国内の政治屋はせっかくの調査戦隊を失ったことで恨んでくるし、騎士団連中は言わずもがなだし。
大半の冒険者達は同情したり味方してくれてはいるけれど、いつかは調査戦隊入りしたかったのにーって恨んでくる人はやっぱりいる。
加えてこれは推測だけど、その調査戦隊の元メンバー達からも憎まれてるんだろう。少なくとも好かれている理由も自信もないしー。
「とまあ、こんな感じで3年前の調査戦隊解散からこっち、僕ってばちょっぴり嫌われ者だったりするんですよー」
「調査戦隊についてはともかくそれ以外は概ね事実です、レリエさん。彼は不可抗力とはいえ一つのパーティーを崩す選択をして、その結果少なくない人達の不興を買ってるの」
「そんな……脅迫されてそんなの、そんなことって……!」
そんな話を、過去のアレコレについてもかるーく説明しながらお話しすると、レリエさんはありがたいことに僕の側に立った目線でいてくれるみたいだった。
優しい人だよー、これはやはり15回目の初恋だよー。僕の現状に憤ってくださる姿はとても素敵だ。さすが古代人は優しいんだねー。何がさすがなのかは知らないけどー。
よっぽど僕を気の毒がってくれているのか、優しく肩に手を置いたりてくれてるよー! うひょー!
「この子はまだ子供じゃないですか……! それを寄ってたかって追い詰めて、酷すぎませんか? それとも当世では、これが普通なのですか?」
「酷すぎるし普通じゃないわ、レリエさん。だから大多数の冒険者は彼に対して、子供であることは知らないにしても極めて同情的よ。いつかは自分達も同じ目に遭わされるんじゃないかって恐れもあるから、国に対して反抗的な姿勢を先鋭化させてもいるわね」
「ただ、そもそもグンダリ自体が普通ではないからこそ引き起こされたことでもあるのだ。強すぎた、目立ちすぎた、特殊すぎた。出る杭は打たれるという、世の必然が彼にも当て嵌まったということになる」
「調査戦隊でも完全に特別枠だったからねー、僕。戦隊内でも不満を持たれてたところはあるよー」
入団の経緯からして僕だけなんか、おかしい成り行きだったらしいからねー。
スカウトされた人自体はたくさんいるけど、リーダーと副リーダーがしつこく通い詰めた挙げ句最終的には当時の戦力を総動員して抑えにかかったのなんて僕だけらしいし。
レイアに少年愛疑惑がかけられたくらいには執着されてた自覚はある。
そういうところとか、やっぱり僕の異様な強さや生まれ育ちが積み重なってあの脅迫に繋がっちゃったんじゃないかなーって思うところも、今の僕にはあるねー。
「いつの時代も、人は人を排斥する……たとえそこが楽園であっても、ですか」
「楽園に住む者にとり、今いるそこが楽園だという実感もありはしないということです。あなたから見てこの世界は、楽園なのですかな?」
「間違いなく。私達がかつて夢見て、しかし届かなかった場所そのものに思えます。緑なす大地、風吹く世界。私達が、壊してしまう前の世界」
ベルアニーさんの質問に、レリエさんはまた泣きそうな顔をしてつぶやく。
ああっ、泣かないでー! 何があったか知らないけど笑っててよー! 僕は肩に置かれた手に自分の手を重ねて、慰めるように擦る。
彼女は少し、笑いかけてくれた。
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美女の揃い踏みだよー!(歓喜)
結局、レリエさんの冒険者登録については本人の強い意志もあり、僕を保護者とする形で冒険者登録が行われた。
年齢的には完全に逆転してるんだけど、冒険者にはまあまああり得る現象だからあまり気にはされてないねー。ましてや僕は"杭打ち"、世間的には年齢不詳素顔不明の謎の存在だもの。その辺は特に問題視されることもなく、スムーズに冒険者になれた形だ。
「もっとも僕の抱える因縁から、変な言いがかりを誰かからつけられる可能性だってあるからねー。申しわけないけど最低限、自衛能力は持っといてもらいたいところなんだよねー」
「なるほど、それでシアン同様にトレーニングをさせたいわけでござるかー」
「急にとんでもない美女を連れてきた時はなんの冗談かと思ったぞソウマくん」
「どう考えても何かのドッキリにしか思えなかったぞソウマくん」
「なんでだよー!?」
ケルヴィンくんとセルシスくんの言葉に憤慨する。ひどいよー! なんで僕がきれーなおねーさん連れてきたら冗談かドッキリかになっちゃうんだよー!?
冒険者ギルドを訪ねた次の日の昼前、僕はギルド職員用の女子寮で一夜を過ごしたレリエさんを連れて第一総合学園の文芸部室にやって来た。
夏休みでも学園自体は開いていて、勉強したり部活動したりする学生がそれなりにいるのだ。
そして部外者のレリエさんでも、学生である僕が申請して同行していればある程度、自由に学園に入れたりする。
なので夏休み中、堕落を貪るつもり満々の僕の親友二人と、冒険者としてのトレーニングを積んでいる我らが団長と、そのコーチングをしている副団長が屯している文芸部室に連れてきたわけだねー。
先述の通り、最低限の自衛手段としてレリエさんにも戦えるようになってもらいたい。
そんな僕の頼みごとにサクラさんは納得して頷き、破顔一笑して応える。
「他ならぬソウマ殿の頼みで、しかも古代人の面倒を見るなんて滅多にない話でござる! どうせ暇でござるし喜んで引き受けるでござるよー」
「ほんと!? ありがとう、サクラさんー!」
「なあに、つまるところ新世界旅団の記念すべき一般団員、その第一号ってことでござろ? 未熟な団長ともども鍛える甲斐はあるでござるよ。シアンもそう思うでござるよねー?」
僕の保護下にある形で冒険者となったレリエさんは、必然的に僕が所属するパーティー・新世界旅団の新メンバーってことになる。
それもあって副団長のサクラさんとしてはテンションが上がってるみたいだった。しれっと団長のシアンさんに未熟って言いつつも同意を求めると、ジャージ姿で息を切らしたシアンさんが机に突っ伏しながらも呻く。
「そ……そう、ね……み、未熟と呼ばれるのは悔しいけど、団員が増えるのは、喜ばしいことね……」
「だ、大丈夫? シアンさんー。かなりハードなトレーニングでもしてたのー?」
「そうでもござらぬよー。朝一から校庭を全力で30周して、そこから拙者相手に打ち込みの練習をひたすらしてただけでござるから」
「えぇ……?」
「こちらからは一切反撃しておらぬでござる。めちゃくちゃ優しいメニューでござるよー」
優しいってなんだろうねー? いやまあ、サクラさんのこれも愛あるトレーニングだろうとは思うけどー。
それなりに場数を踏んだ冒険者なら普通にこなせるだろうけど、ギルドに登録して間もないシアンさんには相当キツイでしょうに。何よりひたすら全力ダッシュは鬼だよー。
剣術のほうは、彼女もお家の貴族剣術を仕込まれてるそうだし何よりサクラさんからの反撃がない段階だしでうまいことやるんだろうけど、前段階の全力ダッシュで校庭30周はほぼ拷問だ。
その時点でヘロヘロだろうに、そこから数時間ひたすら剣を振るったんならそりゃグロッキーにもなるよねー。
「は、ふ、ぅ……ふう。ええと、レリエさん、でしたか」
「は、はい」
「お見苦しいところをお見せしていますね……初めまして。私はあなたの保護者である"杭打ち"ことソウマ・グンダリが所属する冒険者パーティー・新世界旅団の団長シアン・フォン・エーデルライトと申します」
「同じく新世界旅団副団長のサクラ・ジンダイでござるよー。よろしくーござござー」
「あ……れ、レリエです! 下の名前は、すみません記憶を失っております。数万年前にあった、超古代文明と当世では呼ばれている時代からやって来た、古代人です。よろしくお願いします」
息を整え、貴族令嬢らしい優雅な振る舞いで名乗るシアンさん。ジャージ姿でもなお気高く美しいよー、かっこよくてかわいくて素敵だよー!
サクラさんも同様に、こっちはかるーいノリで名乗りを上げる。胸元の大きく空いたヒノモト服が色っぽいよー、いたずらっぽい笑顔が幼くも見えてかわいいよー!
美女二人の挨拶にレリエさんも慌てて名乗る。こちらも言わずとしれた美女さんで、雪のような肌に金髪が映えてお話に出てくる妖精さんのようだよー。
ああ……こんなきれーなおねーさん達の揃い踏みが見られるなんて、僕ってラッキーだなあ。しみじみ思うよー。
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嫌な予感がするよー……
美女3人による幸せ自己紹介が行われた矢先、僕の親友二人も挙手して名乗りを挙げた。
なんだかんだ彼らも美女には弱いんだ、僕は知ってるよー。入学式の日にシアンさんに惚れて突撃した結果、見事に即撃沈した男子学生諸君の中に君たちも混ざってたろー。仲間ー。
「はじめましてレリエさん、僕はケルヴィン・ラルコン。そこなソウマくんの親友です。以後お見知りおきを」
燻った金髪を眉にかかる程度に伸ばした少年、ケルヴィンくん。平民の立場だけど勉強家で、嘘か真か入試の成績一桁台だって噂もある秀才だ。
ちょっと皮肉っぽい顔つきとキザでクールな態度が特徴的で、僕はかっこよくて好きだけど鼻につくから嫌いって人もいるみたい。でもそういうのも含めて面白いって笑ってるあたり、大器だなーって思うね。
「どうもはじめまして。セルシス・プルーフ・アルトビアです。ソウマくんとケルヴィンくんとは今年春からの親友です。よろしく」
大柄で結構厳つい体つきだけど、温和な表情を湛えるべき少年セルシスくん。貴族の、たしか公爵だったかな? の長男さんでつまりは次期当主というすごい立場の人だよー。
だから正直、こんなスラムの野良犬と関わってるとまずいんじゃ? とは今でもたまに思うんだけど、"身分や立場を越えてともに立つ者こそが本当の友だ"という彼の男前な発言を聞いて、思わず尊敬の念を抱いちゃったのは内緒だ。
二人の丁寧な名乗りを受けてレリエさんも自己紹介して、一同ひとまず席についた。
今ここにこのメンツで文芸部室にいる名目も、一応は文芸部活動ってことにはなってるけど……事実上、新世界旅団の集会だよねー、これー。
「さて、レリエさん。我々新世界旅団はあなたを歓迎します。ともに未知なる世界を旅し、冒険に挑み続けましょう」
「は、はい。私にとってはすべてが未知ですから、望むところです、団長」
「ふふ、そう固くならないでください……そうは言っても我々の当面の活動は、新世界旅団発足に向けての準備なのですから」
「え?」
首を傾げるレリエさん。そりゃそうだよー、冒険に挑みましょう! って言った矢先にその前に発足準備するけど! って言われたらえ? ってなるよねー。
でもこればっかりは仕方ないのだ、だってこの新世界旅団ってば、そもそもまだギルドに結成申請すらしてない口だけパーティーだしー。
なんならシアンさんが構想を僕に明かしたのさえ数日前だしね。サクラさんもほぼ同じタイミングで聞かされてそこから話に乗ったってだけなので、文字通りの白紙の状態に近いんだよねー。
だからレリエさんを加えるこの際、その辺の話もしっかりしとかないといけないなーって団長は思ってるんだと思うよー。
「実のところ、新世界旅団を結成するとソウマくんとサクラに告げて、勧誘したのがつい数日前のこと。つまりまだまだ、構想途中のパーティーなんですよ」
「そうなんですね……それで準備と。メンバーの確保とかですか?」
「それもありますし、私自身の実力をある程度のラインまで引き上げることも前提です。非力なままでは、新世界旅団団長として失格だと思いますから」
お恥ずかしい話ですが、と苦笑いするシアンさんは心底から自分の弱さを嘆いているようだった。ちょっと自信喪失気味?
サクラさん相手に打ち込み修行したって話だし、たぶん数時間ひたすらいなされたんだろうねー。落ち込むのは分かるけど、誰だって最初はそんなもんだしそんな気にしないでほしいよー。
「別に僕は構わないんだけどなー。強さだけがリーダーの素質じゃないし。あとシアンさん、落ち込む必要ないよー」
「ソウマくん……ですが、私は」
「サクラさんと自分を比べてるんだと思うけど、ペーペーがSランク相手に落ち込むなんて10年は早いよー。まだまだこれからこれから、今はまだスタート地点にすぎないんだからさー」
「そのとおりでござるよ、シアン」
ちょっと手厳しいというか、シアンさんにとって悔しいだろう言葉を投げちゃったけど事実は事実だ。受け止めてもらわないと、勝手に思い詰めて潰れられても困るしねー。
そう思っての僕の言葉に、サクラさんも乗っかってきた。うんうんと頷き、シアンさんの現状について語る。
「今日、シアンの太刀筋を見る限りでは素質は十分にあるでござる。エーデルライト家仕込みの戦闘術も体格によく合ってるでござるし、あとは心身が伴えば技量を引き出していけるでござろう。日々精進あるのみでござるよー」
「それは……いつか私も、あなたやソウマくんにも追いつけるってこと?」
「んー、努力次第で拙者にはいけるでござるがソウマ殿はさすがに無理でござる。ありゃ拙者やシミラ卿でも一生かけて辿り着けるかどうかって次元でござるし」
「そんなわけないよー!?」
サクラさんどんだけこないだの茶番を引きずってるのー!? いくらなんでも彼女やシミラ卿が一生掛けなきゃならないような領域には僕、いないはずだけどー!?
唖然としてツッコミを入れるも、サクラさんは真顔でこちらを指差すままだ。そして間髪入れず、僕に言ってきた。
「実際に見てみるのが早いでござるね。ちょっとソウマ殿、立ってほしいでござるよ」
「えぇ……?」
何を証明するつもりなんだか。嫌な予感しかしないよー。
それでも言われるがまま、僕は席を立ちちょっと離れた、空きスペースに立つのだった。
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急に試されたよー
立てと言われて立ち上がり、広い文芸部室の空いてるところに移動する。するとサクラさんもやってきてお互い、ちょっと間隔を空けて向かい合う形になる。
もうじきお昼だし、そろそろ下校してみんなで親睦を深める意味でもご飯を食べるとかしたいねー、などと考えているとサクラさんはその状態で、シアンさんに話しかけた。
「まず言っとくと、ソウマ殿……冒険者"杭打ち"は天才の中の天才でござる」
「えっ……」
「さっきシアンにも素質があると言いはしたものの、ソウマ殿と比べりゃないにも等しいでござる。なんなら拙者とてシミラ卿とてワカバ姫でさえ、彼の持つ狂気的なまでの才能の前には無能と大差ないでござるよ」
「とんでもない過剰評価だよー!?」
信じられないこと言うねこの人! 僕をなんだと思ってるのさ!
天才とか言われて褒められるのは嬉しいけどこれは行き過ぎだよ、狂気的とか僕の前には全員無能とか、表現が傲慢すぎて逆に悪口みたいになってるよー!
何、実はこないだのこと恨んでるの? アレそんなに引きずることじゃないでしょ、さすがにー。
「うん?」
────と、突然サクラさんの右腕がブレた。僕めがけて拳を振るってきたのだ。
目にも止まらぬ速さのジャブだけど問題ない、僕は首を逸して回避する。鋭く風を切る音が部屋中に響き、衝撃で軽い突風も巻き起こる。
唖然としてみんなが見る中、僕は一言尋ねた。
「え、何いきなりー?」
「これでござるよ……堪んねーでござるねー!」
やるせなさと、それ以上に嬉しさを秘めた声色で笑みを浮かべてさらにパンチを投げてくる。敵意も殺気もないからシアンさんへの講義の一環なんだろう、続けて首を左右に逸らすだけで避ける。
早いのは早いけど単調だし狙いも顔だから避けやすい。シミラ卿の突きと同じだね、フェイントを織り交ぜてきたらまたちょっと対応も変わるだろうけど、このくらいは普通に対応できるよー。
「っしゃあっ!!」
「スキありー」
あんまり避けてくるからちょっとイラッと来たみたいだ、当てるつもりもないくせに動作がほんの少しだけ大振りになる。
さすがにそれは見逃せませんねお客さんー。僕は即座に腰を落として左脚を彼女の側面に踏み出し、腰の回転を効かせた右腕を一つ振るって鞭のようにしならせた。
パンチを最小限の動きで回避しつつ、アッパーをサクラさんの顎へと打ち上げる形で放つ──寸前で止める。
勝負ありってところかな? 急に始まったから何をもって勝ち負けが決まるのかは分からないけど、実戦なら僕がカウンターで顎を撃ち抜き、それでサクラさんは行動不能だ。
あとは煮るなり焼くなり僕の自在となる。
まあ本気で実戦って話をしだすとそもそも得物を持ったり迷宮攻略法を使ったりと条件が大きく変わってくるからなんとも言えないけどねー。
ともあれ右腕を戻して体勢を戻すと、サクラさんは一筋汗を垂らしながら僕に詫びを入れてきた。
「ふう、失礼仕ったソウマ殿。シアンには見せるが早いと思ったゆえ。怪我は……当然ノーダメージでござるよね」
「首痛いですー、後で擦ってほしいですー」
「良いでござるよー。付き合ってもらった礼にそのくらいさせていただくでござる。さてシアン、あるいは他の方々もでござるが、今のやり取りを見て思ったことはあるでござるか?」
やった! サクラさんに首を擦ってもらえるよー!!
思わぬ展開だけど最高の報酬ゲット! 今日の僕はついてるよ、わーい!
内心はしゃぐ僕に構わずサクラさんは、シアンさんはじめ今のやり取りを見ていた者達に尋ねる。まるで講師……っていうか実際に講師なんだけど、師匠らしい振る舞いが似合うなー。
さておき急な流れと質問。けれど真剣に見学していたシアンさんが、今の質問に答える。
「……まずは動体視力の異常さ、かしら。唐突な奇襲、しかも至近距離からの拳に対して対応しきった。そこに意識が向いたわ」
「避け方、すごいですね……体を軽く、クイクイってするだけで今のとんでもない速さのパンチを次々避けるなんて……」
「動きが若干気持ち悪かったぞソウマくん」
「というか何がなんだか分からなかったぞソウマくん」
「それは僕に言わないでよー!」
いきなりしかけてきたサクラさんに言いなよー! 冒険者じゃない親友二人はそこまで真剣に見てないから、概ね僕へのからかいに留まるねー。空気が和むから助かるよー。
でもシアンさんとレリエさんは、今後強くなる必要が明確にあるから真面目に答えてきた。動体視力と効率のいい回避法、どっちも大切だねー。
サクラさんも一つ頷き、答える。
「突発的な攻撃をも完全に見切る目の良さ。そしてそれを最低限の動きでのみ回避する体捌き。それらもあるでござるね」
「……他にもある、のよね? サクラ」
「無論──彼の本当に凄まじい点。それは一言でいうと心構えでござる」
そう言ってサクラさんは僕の手を取り、また席に戻った。デモンストレーションはしたから、あとは座学での授業みたいだ。
でも心構えかー……前にもレイア達にその辺を言われたことはたしかにあるねー。着眼点が同じってあたり、やっぱりサクラさんもSランクとして相応しい実力者なんだよー。
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天才らしいよー?
「ソウマ殿の本当に恐ろしい才能、素質とはズバリ、突き抜けた"常在戦場"の心構えにあるでござる」
席に戻って紅茶を飲んで、軽く一息ついてからサクラさんはそう切り出した。先程の唐突な軽いやり合いを受けての僕解説に、同じ旅団メンバーのシアンさんレリエさんはおろかケルヴィンくん、セルシスくんも興味津々に彼女を見ているよー。
だけど、常在戦場かー。ワカバ姉も言ってたな、そんなことー。懐かしい記憶を蘇らせつつも、続けて耳を傾ける。
「常在、戦場……」
「我、日々常に戦場に在り。ヒノモトで古来より言われている戦士の心構えの要諦にござるが、これをソウマ殿は自覚さえ持たないレベルで身につけているのでござる。つまり御仁にとり、今こうしている時でさえも戦場にいる心地と変わらぬ心境であるということ」
「そ、そうなのですかソウマくん……?」
「え……ど、どうだろー……?」
似たようなことは以前、かつての仲間達から言われたこともあるので納得はするけど……実際どうなのってところは聞かれたって自分じゃわからないよー。僕的には十分リラックスしてるつもりなんだけどねー?
それにどこでも戦場って地味にやだよ、僕にも平穏がほしいよー。
困惑しつつもいやそれ違うよー、とか言ってサクラさんに恥をかかせるのもどうかと思うしって悩んでいると、意外な人が挙手をした。
セルシスくんが真剣な表情で僕を見つつ、気づいたことを話し始めたのだ。
「それは……常に戦場にいるということではなく、日常も戦場もソウマくんにとっては変わりがない、ということでしょうかサクラ先生」
「おっ……よく気づいたでござるね。やはりそんな節が見受けられたでござるか?」
「いえ、俺やケルヴィンくんはソウマくんの戦場での姿を見たことがありませんし。ただ……先程、先生のパンチを避けている彼の姿は、今アホ面晒して紅茶を啜り菓子を齧っている姿と大差がないので」
「アホ面ってなんだよー!」
真面目な話ししてる時にそーゆーこと言うなー! 思わず叫ぶと、けれどセルシスくんは真顔でやはり僕を見る。な、なんだよー……ちょっと怖いよー?
それに続いて何かに気付いた、シアンさんが息を呑んでやはりこちらを見てきた。
「日常と非日常の境界線が、彼の中では存在していないということ? ソウマくんにとってモンスターや人間と戦う時間と、こうして身内で揃って語らう時間も感覚としてはイコールになっているって、ことなの……?」
「本人すら無自覚でござろうがおそらくは。信じられない話でござるよ……常在戦場の理念自体はSランク冒険者であれば大体身につけてるでござるが、無意識レベルにまで落とし込んでいるケースなどソウマ殿くらいでござるからね」
なんだか大層なことを言われてるけど、割と普通のことな気がするんだけどなー……ベクトルが違うだけで、のんびり過ごす時も戦う時も、僕は僕のノリを貫くよーってだけだし。
それにむしろ、僕は他の人って疲れないのかなって、感心してるくらいなんだけどねー。
だって一々分けて考えるのとか面倒じゃん。お風呂入ってる時に敵が襲ってくるかもしれないし、敵と戦ってる時にお腹空いたりするかもしれないんだからさ。どっちも生活の一部なんだから、毎度メンタルを切り替える必要とかないと思うんだよね。
と、まあこんな感じの言いわけをしてみたんだけれど。理解されるどころか逆に変な生き物を見る目で見られてしまったよー。
調査戦隊メンバーからも向けられたことのある目だ、理解不能ながら同情とか憐憫が含められていて、正直ちょっぴり苦手な目だよー。
中には直球で"そうならざるを得ない人生を過ごしてきたのね、まだ10歳なのに……"とか言ってきた先代騎士団長さんとかもいたなあ。
あの人は今、どこで何してるんだろ。シミラ卿が疲れ果ててるんだからちょっとくらい顔を見せてもいいと思うよー。
「……やはり、と言うべきでござるかな。ソウマ殿は日常の中にあってなお鉄火場を駆け、鉄火場の中にあってなお日常を憩うている。そしてそれを当然のこととして受け入れているのでござる。狂気的ですらあるでござるよこんなの、精神ぶっ壊れてるでござる」
「ひ、ひどいよー……」
「ヒノモトにおける戦闘者のあるべき姿、ともされる常在戦場の心構えでござるが、実際に突き詰め極めるとこうなるのかと……心底から羨ましく、しかし心底から恐ろしい話にござるよ。いやはや拙者も天才だとか言われて持て囃されてはいたでござるが、井の中の蛙もいいところでござったよ、ござござ」
軽いノリで笑うサクラさん。いやそんな、高々考え方の違いくらいでそこまで自嘲しなくても……
あくまで僕はこう思って生きてるってだけだし、むしろ日常と戦闘を切り離して考えられる人達は効率が良くて頭いいなーって思うし。そこは単にそれを真似できない僕がアレなだけだよ。狂気的ってのはさすがにひどいけどー。
「分かったでござるか? シアン。ソウマ殿の天才とはすなわちメンタルの異質さ。常に戦場に身を置くがゆえにいかなる場面でも一切油断せず、奇襲されてもまったく動じずに対応する本能そのものでござるよ。身体機能や反射神経は鍛えられてもメンタルは中々そうはいかないでござる」
「まさしく才能……ある種の天才というわけですね。野生にも似た本能の賜物と言えるのかもしれません。なるほど、たしかにこれは真似できそうにありません」
得心したとばかりに微笑むシアンさん。ただし頬には一筋の汗が流れ、僕をとてつもない何かに向ける視線で見てきている。
別に真似なんてしなくても、シアンさんなら遠からず僕相手にも戦えるようになるかもしれないんだから……あまり他の冒険者と自分を比較して、落ち込むのは止めてほしいよねー。
今日明日と2日間、6時間おきに更新しますー
よろしくお願いしますー
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ヒノモトの人は割と怖いかもー
僕のなんかすごいとこー、という名目でただただ異常者扱いされただけな気がする一時から解放されて、僕らは下校することにした。
昼からは軽く冒険しよっかーって話をしてるので、みんなで仲良くお昼ごはんを食べてから新世界旅団だけで迷宮に潜るんだねー。ちなみにギルドにパーティーとしての登録はしてないからこれは完全に自主的な活動の名目になるよー。
「モンスターの素材とかゲットしても依頼主がいないから換金はしづらいけど、代わりに素材を自由に使えるから武器や防具といった装備品に使えるわけだねー」
「なるほど……日々の生活を依頼をこなす形で賄いつつ、より上を目指すために自主的な迷宮探索を行う必要があるわけね、ソウマくん」
下校してすぐのところにある商店街の学生用定食屋で、向かい合って僕はレリエさんに軽い説明をしていた。それぞれ目の前にはででーん! ととんでもない量のパンとスープとステーキ。
普通のお店なら3人前はあろうかという量なんだけどこれでこの店だと1人前なんだからすごいよね。なんでも体育会系の学生や学生冒険者に向けて量を盛っていった結果こうなったらしいけど、それでいて料金は学生用の据え置き価格なんだから庶民の味方だよー。
とはいえこんな量食えるか! ってことでケルヴィンくんとセルシス、レリエさんは3人で分け合ってるねー。せっせと小皿に分けて親友達に食事を与えているレリエさんが甲斐甲斐しくてかわいいよー、青春の光景だよー。
反面に僕とサクラさん、あとジャージから冒険者用の軽装に着替えたシアンさんは普通にこの量を一人で食べきれる。冒険者は身体を動かすからね、食べてなんぼな世界でもあるわけだし、食べる時はとことん食べるのが鉄則なんだねー。
「私も、無理してでも食べきったほうがいいかもしれないけど……」
「そこまでする必要はないでござるよー。食えもしないのに詰め込んで、逆に体調崩しながら迷宮に潜るほうがよっぽどやべーでござるし、そこの判断は自分でするでござるよー」
「そうね、レリエさんの食べられる量でいいのよ。私だって普段はここまで食べないのよ? ……朝から死ぬほど動いて、お腹ペコペコだから食べるだけで」
昨日なったばかりとはいえ、冒険者として生きることになったレリエさんがそんなことを気にして言う。真面目さんですごく素敵だけど、サクラさんやシアンさんの言う通り無理してまで食べる必要なんてどこにもないんだよー。
必要な分だけ食べればいいんだよー。そしてシアンさん、お腹を擦りながら恥ずかしそうに頬を赤くしてるのがかわいいよー。サクラさんをちょっぴり恨めしげに見てるあたり、文武両道で品格兼ね備えた完璧生徒会長さんでも朝からの訓練は相当ハードだったってことだろう。
視線を受けてサクラさんがケラケラ笑って答える。
「シアンは今後この量がデフォルトになるでござるから腹ァ括るでござるよー? オフならともかく、冒険に赴くのに少食のSランク冒険者なんて聞いたことないでござるからねー。最低限そのくらいには到達してほしいでござるから、今のうちにエネルギーを蓄える癖をつけとくでござるよー」
「わかってるわよ。はあ、太らないかしら……」
「太るほど生温い訓練をさせるつもりもないでござるー。覚悟するでござるよー、ござござー」
冗談めかして言うけど、これガチなやつだねー。
サクラさんは本気でシアンさんを、可及的速やかにSランククラスの実力者に仕立てるつもりでいるよこれー……
僕としてもそりゃあ、団長として見込んだ人が強さ的にも上になってくれるんならそれに越したことはないんだけど、無理や無茶をさせないかと気が気じゃないよー。
だってヒノモトの戦士はやりすぎがどーした! ってのがポリシーなところあるしねー。ワカバ姉とかひどかったもん、新入りにひたすら訓練課して扱き倒して、見かねたレイアとウェルドナーのおじさん──レジェンダリーセブンの一人でかつて調査戦隊の副リーダーだった人だ──に止められたりしててさー。
それと同じことが今、眼前で繰り広げられるんじゃないかと内心で冷や冷やだよー。
ヒノモトの気質を知ってるのかケルヴィンくんとセルシスくんともども怖怖と見守っていると、サクラさんはそんな視線に気づいて慌てて両手を振ってきた。
「な、なんか勘違いしてるでござろ!? 拙者そこまで無茶な特訓はさせないでござるよ!?」
「もうその言い方からして怪しい」
「怖い」
「ヒノモト人は最初は優しいのに、慣れてきたら豹変するって実体験からの確信が僕にはありましてー」
「どこのどいつでござるかそんな陰湿なヒノモト人は! って……ワカバ姫でござるよねそれ……」
「うん」
僕の中でヒノモト人のイメージが深刻に汚染されていることを受けて、サクラさんがガックリと肩を落とした。原因が彼女もよく知るヒノモトのSランク冒険者にあるんだからそりゃー、ねえ?
落ち込むサクラさんを慰めるべきか、それともヒノモト人の苛烈さが今後自分を襲うかもしれないことに怯えるべきか。微妙な顔をするシアンさんにもまとめて生暖かい目を向けて僕は、特盛のステーキを口にした。
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シアンさんの修行その1だよー!
山盛りのパンもステーキももちろんスープもしっかり平らげて、僕らはお昼ごはんを終えた。はー、美味しかったーってみんなでごちそうさますると、店主のおじさんおばさんがすごくいい笑顔でサムズアップしてくれたのが印象的だよー。
さて、そうなるとお次はいよいよ迷宮探索だ。ケルヴィンくんとセルシスくんの二人とはここでお別れして、僕らは町の外へと向かう。途中、適当な路地裏で"杭打ち"の装束に着替えての道程だ。
持ってきたバッグの中、折り畳んだマントとあと帽子を取り出して身につける。おしまい。
たったこれだけで冒険者"杭打ち"の完成だ。本当は上着や下着も黒装束なんだけど、今回はそもそも僕が戦うことはないからね。こんなくらいの変装でも全然問題ないのだ。
「帽子とマントを装着すれば出来上がり。手早い割にしっかり正体を隠せるのは便利でござるなー」
「ですが杭打機は今日は持ってきてないのですね」
「使う予定がないからねー。地下5階くらいまでを行ったり来たりするんでしょ? シアンさんの対モンスター訓練のために」
さすがに学生ソウマ・グンダリが杭打ちくんを担いでたら一発でバレる。なので今回は相棒にはお休みいただき、帽子とマントだけの簡易"杭打ち"スタイルだ。
というのも今言った通り、シアンさんがモンスター相手に頑張るのを見届けるために随行するってだけだからねー。地下5階までなんて僕の出る幕じゃないし、そもそもモンスターが威圧に負けて近寄ってこないしで杭打ちくんなんて必要ないわけだねー。
「ござござ。あとせっかくなのでレリエ殿にも、冒険者ってのが具体的にどんな感じでモンスターと戦うのかを確認してもらうでござるよ。いいでござる?」
「ええ、もちろん……一応私が目覚めてすぐ、ソウマくんがモンスターをやっつけるところは見たけど」
「多分それ、ずいぶん上のランクにいかないとなんの参考にもならないバトルでござる。記憶から抹消するのをおすすめするでござるよー、拙者でもたぶん理解できない技術を使ってたと思うでござるし」
苦笑いしてそんなことを言うサクラさん。まあ、レリエさんについては正直そう言うしかないよねー。
地下86階層から彼女を連れ出す時に何体かモンスターをやっつけたけど、あいつらだって普通に出くわすとサクラさんやシミラ卿でも危ないかもしれないやばーい奴らだし。
迷宮攻略法を駆使しまくった僕だからこそサクッと殺れたわけで、つまりはSランクの中でもさらに上澄み、それこそレジェンダリーセブン級じゃないと同じことはなかなか、難しいかもしれない。
そんな戦いをレリエさんが真似したり参考にしたりなんて土台無理な話だよー。だからサクラさんの言うように、あーゆーものは忘れるに限るんだ。ドン引きされたアレな記憶ってのもあるし、本当に忘れてほしいよー。
「でしょうね……とにかくすごいってことしか分からなかったもの。どんな分野でもトップクラスに位置する天才は、何してるか分かんないのよね凡人から見ると」
「拙者とてSランクなだけの力はあると自負してるでござるが……こと専門のはずの近接戦でドン引きものの動きをこないだ、他ならぬ杭打ち殿に見せつけられて負けたでござる。天才というのも細かく段階分けされてるんだなーってしみじみ思ったでござるよ」
「いや……あの、だからさ。あの時についてはともかく僕とサクラさんの間にそんな差はないってばー」
青い青い空を見上げてどこか吹っ切れたように、いい笑顔で笑うのはかわいいからいいんだけどー……サクラさんってばすっかり僕には敵わないって思っちゃってるよー。
正直あんな程度で優劣なんかつくわけないと思うんだけど、サクラさんはサクラさんで僕に理解できない感覚や能力をいくつも持つ世界トップクラスの実力派だし、その感性で僕にある何かを感じ取っちゃったのかもしれない。それでここまで心が折れちゃってるのかもー。
全然自覚ないけど、ホントに悪いことした気分になるから勘弁してほしいよー。
微妙な心境に一人、陥りながらも町を出て草原に出る。穴だらけの草原は相変わらず冒険者がそこそこ行き交っていて、依頼にせよ自主活動にせよ、迷宮探索にそれぞれ精を出しているのが分かる。
その中でも僕らが向かうのはやはり正規ルート、地下一階から始める正門だ。一応他にも地下一階に降りる穴はいくつかあるけど、わざわざそっちを使う意味も薄いしねー。
しばらく歩くと正門に辿り着いた。前と同じ、古びてはいるもののしっかりした造りの立派な門だ。
じゃあ入ろっかーって段になって、事前に打ち合わせていた段取りを改めてサクラさんが、シアンさんへと確認した。
「迷宮に入ったらシアン以外は距離を置くでござるから、しばらく一人で進むでござるよ」
「ええ、分かったわ……万一の時のフォローよろしくね、みんな」
僕とサクラさんが近くにいると、モンスターが逃げて行っちゃうからねー。だから見学のレリエさんともども遠巻きに眺めて、シアンさんの戦いを見守らせてもらうんだよー。
シアンさんが若干、緊張した面持ちで迷宮へと一歩踏み出した。さあ、修行の始まりだよー!
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意外と安全志向の師弟だよー
一人先を行くシアンさんを、十分に距離を取って見守る僕とサクラさんとレリエさん。
今は地下一階の通路をウロウロしている最中で、すでにモンスターとは何体か遭遇している。なんなら今も戦闘中だねー。
「きぴー! きぴ、きぴぴー!!」
「たぁーっ!!」
角の生えたウサギ型モンスター、ホーンラビットを相手に華麗な剣が舞った。柄に華美な装飾の護拳を備えたブロードソードで、騎士団装備のレイピアよりは斬撃用途も想定している幅の刃が鋭く振るわれる。
飛びかかる寸前のホーンラビットに先んじて接近して一閃目、角を切断して破壊力を封じつつ減速しつつ側面に回り込む。
「きぴ……!?」
「てぁーっ!!」
混乱している敵の横っ面から二閃目、首を切り落とす。血を吹き出しながら倒れるホーンラビットから意識を逸らさずに目だけで周囲を確認するシアンさん。
そうして敵がいないことを確認してそこでふうと息を吐いた。戦闘終了だねー、お疲れさまですー。
「……ふむ」
「杭打ち殿的に、今のはどんなもんでござった?」
シアンさんの今しがたの戦いを見てちょっと、頭の中でいろいろ考えているとサクラさんが尋ねてきた。
一応の師匠として、僕の意見も聞いておきたいとのことだ。こちらとしてもただレリエさんを守って眺めてるだけってのも味気ないし、せっかくなので思うところは都度言ってたりするねー。
そしてそんな僕からしたら、今の戦闘で一番引っかかったのはやはり時間かな。
敵を視認して 駆け出すのに3秒。接近するのに3秒かかり、一撃目から二撃目の体勢までに5秒。そしてトドメからここに至るまで3秒かかった。
つまりは計13秒だね。これを早いと取るか遅いと取るかは人によるけど、僕としてはどうせならもうちょい効率よく動けそうな気はしたかなー。
というかできることなら一撃目で仕留めたいところだよー。
反撃させずに仕留めるつもりなら、反撃された時のことなんて考えて敵の無力化をしよう、なんて考える必要はないはずだし。
やるにしても初撃の致命打が失敗した、返す刀で角を落として離脱するほうが理には適うと思う。今回は一匹だけだったから良かったものの、例えば二匹目がいた場合には今みたいな流れの攻撃だと1アクション分、後手に回ることになるしねー。
「……って感じでもうちょいって感じ。サクラさん的には?」
「んー、逆に及第点でござるねー。杭打ち殿とは逆で先に無力化してから倒すってやり方を堅実だと評価したいところでござるよ。なんせ拙者も同じ考え方するでござるしー」
「似た者師弟なのはいいね、お互いやりやすそう」
「でござろー? ござござー」
師弟揃って安全を先に確保したがる質らしい、サクラさんの言葉に僕はなるほどと納得した。
教える側と教わる側のスタンスが似てるのは一番良い。同じ方向を向いてるからどちらもやりやすいだろうし、何より師弟仲が良くなる。
ただでさえ団長と副団長ってことで相性の良さが求められるわけだし、そういう意味でも抜群の組み合わせだね、この二人ー。
シアンさんが再び迷宮を歩き始めた。付かず離れずで僕達も追う。
熱心にシアンさんの動きを見学するレリエさんにもちょくちょく解説を挟みつつも、もっぱら僕とサクラさんの話題は互いの立ち回り方の特徴についてだ。
「杭打ち殿はとにかく狙えるなら本体を仕留めたい派で、拙者とシアンはなるべく確殺できる状況を作ってから本体を仕留めたい派、と。性格でござるねえ」
「……こないだの茶番、シミラ卿を押さえに行った僕をカットした時も杭打ちくんを狙ってたもんね、そういえば。アレは僕ならシミラ卿に構わず本体に仕掛けてたよ」
「シミラ卿も拙者へのフォローをした際には直接杭打ち殿を狙ってたでござるね。調査戦隊仕込みでござるか?」
「…………いや、どっちも素の性格」
僕の場合はさっさと終わらせて次の敵を殺りたいから。シミラ卿の場合はたぶん、負けん気のキツさから。それぞれの性格的特徴ゆえに、僕らは仲間を助けるより先に敵を仕留めることを優先しがちだ。
一方でサクラさんは分かりやすく安全志向なのと、あとなんだかんだ優しい人だからねー。仲間がピンチって時にはまずそちらにカットを入れてから反撃に加勢するみたいだ。
「どっちが良い悪いじゃないし、どっちもいることでむしろ幅が生まれてるところはある……そうなると、レリエさんはどっちかな? って思っちゃうわけだけど」
「え、私?」
「ござござ。たとえば味方が敵に襲われている時、レリエ殿は次のうちどちらを選ぶでござる? 間に入って攻撃を受けるか、襲っているところを背後から倒すか」
僕とサクラさんにじーっと見られ、レリエさんが困ったように笑った。
実際、割と大切な選択なんだけどねこれー。どちらのタイプか、あるいはまた別のタイプかによって彼女の鍛え方も大きく変わるし。
どちらにせよ見守ることに変わりはないけど、どうせなら僕のほうを選んでほしいなーとは思う。
若干だけ固唾を呑んで見守る僕を尻目に、レリエさんはおずおずと答えた。
「え、あ……そうね。私的には後者かしらね、基本的には」
「ほほー? ちなみに理由は?」
「防御したり身代わりになったところでジリ貧だもの、攻撃している間は隙だらけだし、それなら攻撃して倒したほうが結果的に、味方を助けることにつながるかもって思うから……」
「なるほど、なるほど……つまりは杭打ち殿タイプというわけでござるねー」
やったー! 気が合う男女ってこれもう付き合ってるも同然なんじゃないでしょうか!? 15度目の初恋、セカンドチャンス来ちゃいますー!?
まさかの2対2。これで形勢は互角だねー。などと別に張り合ってもないけどちょっとドヤ顔を浮かべる僕である。
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楽園への侵入者だよー……
その後も特に問題なく、出てくるモンスターを冷静に倒していくシアンさん。多くの冒険者を輩出しているエーデルライトの家系だからだろうか、元からしてそれなりに高度な戦闘訓練は受けているみたいだ。
鋭い剣の技の冴えももちろんながら、体捌きも貴族剣術らしいお上品さがあって優美だ。何よりそれらをうまく駆使できるシアンさんの身体能力の高さや賢さは、さすがは文武両道才色兼備の天才生徒会長なだけはあるよー。
総じて天才扱いできるだけの素質があり、しかもそれに驕ることなく努力を重ねられる心根の真面目さもある。継承した技術の質も申し分なく、今後ますますの発展が見込めそうな逸材と言えるねー。
「……鍛えに鍛えたらサクラさんにも並べそうじゃない? 相当先の話になるとは思うけどさ」
「やっぱそう思うでござる? 剣の素質はそこそこ止まりでござるが、体捌きと直観的な動きについてはなかなかのもんでござろ。なんのかんの最低限、鍛えてはいたみたいでござるしね」
「朝一からハードトレーニングした後にあれだけ動けるんだから間違いないねー。体幹も体重移動も慣れてるし、かなり仕込まれてると思うよー」
サクラさんと二人、シアンさんの伸び代について初見を述べ合う。視線の先では彼女がゴブリン3体相手にうまく立ち回っているところだ。
棍棒で殴りかかってきた一匹目をステップして躱し、その際に腕を切りつける。腱が切れたか棍棒を落としたその隙に、直近の二匹目へと接近して袈裟懸けに切る。
「はあっ!!」
「ぐぎゃあっ!?」
肩から心臓部にかけてざっくり深く斬り込んだのち、二匹目のゴブリンを豪快に後ろに蹴り倒して剣を引き抜く。そして三匹目、シアンさんを背後から襲おうとしていたやつに反転して斬りかかった。
スピードはともかく動き自体はいいね、かなりいい。二匹目を攻撃してから三匹目に移行するまでの流れが似つかわしくないほどにワイルドだけど、あれ多分エーデルライトの剣技だろうね。引き抜きからの連撃って動きは、シアンさん本人の剣技より数段クオリティが高いし。
「とどめっ!!」
「ぐげげぁっ!!」
三匹目を制した後、最初に斬りかかりつつも最後に残った一匹目に剣を振るう。利き手が潰されたゴブリンなんて赤子同然だ、瞬く間に首を跳ね飛ばされて倒せた。
完全勝利だ。朝から運動して疲れていてもなおここまで動けるんなら、体調が万全なら地下10階層までくらいならどうにかいけるかもしれないねー。
それでもこれで実に10連戦目、単純にそろそろ疲労困憊だ。
僕らは頃合いと見てシアンさんに近づいた。サクラさんが果実水の入った水筒を渡しつつ彼女をねぎらう。
「おっつかれーでござるー。いやいや、見事にござったよシアン、拙者や杭打ち殿の期待以上でござったよ」
「お、お疲れさま……んく、んく。ふう、ふう。体力もさることながら、一人で戦うのはやはり気力を使うわね……んく、んく」
汗だくになりつつも果実水を飲み、息も絶え絶えにどうにか回復を試みるシアンさん。体力的な消耗もだけど、気力的なところで相当疲れちゃったみたいだねー。
一人でモンスターと戦う、なんてのはパーティー組んでるとなかなか機会がないし、それだけで重圧感あるしね。特に敵が複数で来るさっきみたいなパターンの場合、動きをトチるとそれが命取りになりかねないし。
まあでもそれを踏まえても相当な動きを見せてくれたと思うよねー。
素敵だなーと内心で拍手してると、レリエさんがシアンさんの滴る汗をハンカチで拭きながらねぎらいの言葉をかけていた。
「お疲れさまです、団長。大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よレリエさん。ありがとう……シアンでいいし敬語もいらないわよ。堅苦しいもの」
「え? は、はあ……分かったわ、シアン。あの、私のことレリエって呼び捨てで呼んで? なんだか申しわけないわ」
「ふふ、分かったわレリエ」
「あ、じゃあ拙者とも呼び捨てタメ口でよろしくでござるよレリエー」
「………………………………」
ぼ、僕の眼の前で美女3人が交流してるよー……! なんて素敵な光景だろう、地下なのに天国みたいだよー!
相性がいいのか3人ともがすっかり打ち解けている。特にレリエさんは古代人ってこともあってどうかなー? と思ってたんだけど……相当賢いお人みたいだから、文化の違いを十分に踏まえた上で理解を示して歩み寄ってくれてるみたいだ。
そしてそれを分かっているからこそシアンさんもサクラさんも、仲良くするために歩み寄っていってるんだねー。
はあ、尊い……この世のものとは思えない天上の光景だよー。
ほのぼのしつつも3歩くらい下がったところで見守る、そんな僕の耳にふと、何者かの呼び声が聞こえてきた。
「杭打ち!! 見つけたぞ、オーランドを返せぇっ!!」
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初恋が穢れていくよー
迷宮内に轟く怒りの叫び。何かな? と思って振り向けばそこには以前、見た覚えがある顔ぶれ。
みんなよーく知ってるよ、だって僕の初恋の人達だもん、特に三度目の人ー。凛とした佇まいながら怒りに染まった顔をして、僕を真っ直ぐに睨みつけている。
第一総合学園3年生、剣術部部長リンダ・ガル先輩。
オーランドくんのハーレムパーティーに所属していた彼女が、同じく取り巻きの生徒会副会長イスマさんと会計シフォンちゃんの二人を連れてお出まししていた。
シアンさんが唖然として尋ねる。
「リンダ・ガル……なぜここに? いえ、それ以前に何をしに?」
「知れたこと! そこな野良犬によって拉致されたオーランドを助け出しに来たのだ!!」
「…………?」
えぇ……? 何言ってるのかなこの人、僕がオーランドくんを拉致した? なんで?
とんでもない言いがかりにしばし呆然とする。見ればシアンさんもサクラさんもレリエさんも、戸惑うっていうかは? って顔をしているねー。
何かの行き違い、あるいは誤解があるんだろうか。
とりあえず僕はリンダ先輩に、事情を聞こうと話しかけた。
「…………どこからそんなデタラメを?」
「黙れ野良犬が、薄汚い鳴き声で吠えるな! 黙ってオーランドの居所だけ示せ、どうせスラムのどこぞかに幽閉しているのだろうがな!」
「最低……!!」
「オーランド様を返して!」
「……………………」
ああああ聞く耳一つ持ってくれないよおおおお!! どーしてそんなこと言うのおおおお!?
かつてなくひどいよ3人とも、なんでそこまで当たりキツイの!? って、愛しのオーランドくんを拉致してるって思い込んでるんだからそうもなるのかー。
にしたって辛辣にすぎる、完全に野良犬扱いで人間ですらないよー。これはいくらなんでもひどいよー、うううー。
「…………ふざけているのですか、リンダ・ガル。それにピノ副会長、オールスミス会計……!!」
「なんとなく予想はつくでござるが、本当に悪手を打つでござるな……清々しくもシンプルに苛つくでござるよ、その愚図ぶりに」
「いきなり現れてなんなの? この人達……! 大丈夫、杭打ちさん?」
落ち込む僕とは裏腹に、女性陣がいたくご立腹だよー。特に生徒会の二人もいるからかシアンさんのキレ方がガチだよー、怖いよー。
サクラさんも結構キテるみたいだし、威圧が吹き出してるしー。困惑しつつも僕を気遣ってくれるレリエさんが癒やしだよー。
ものすごく怒った顔で、リンダ先輩というか生徒会の二人を睨みつけるシアンさん。敬愛してるだろう生徒会長の本気の怒りに慄く彼女らに、そのまま疑問と叱咤が呈される。
「グレイタスくんならマーテルさんを助けるため、ともに他国に渡りました。冒険者であるならば事の顛末は知っているはずでは? 何よりなぜ杭打ちさんが彼を拉致したことになっているのか、はっきり言って理解に苦しみますね。馬鹿なのですか?」
「か、会長……会長は騙されているんです、そこの杭打ちに!」
「たしかな情報筋から私達は真実を掴んでいます! オーランド様の逃走は虚報で、真実は杭打ちが拉致しているのだと!!」
「助けたふりをしてマーテルは国に引き渡し、目障りなオーランドは拉致して監禁……! やはり貴様は冒険者などではない! いいや人ですらないゴミクズだ、今からこのリンダ・ガルが正義の名の下に成敗してくれる!!」
とんでもないデマを堂々と吹聴してくる3人組。でも至って本人達は真剣そのものなあたり、明らかに誰か悪意のある第三者に吹き込まれてるっぽいねー。
思えばあの時の茶番劇の際、リンダ先輩達の姿はなかった。となると人伝に事態を把握するしかできないわけだから……都合のいい話が耳に入れば、そのまま信じちゃうってわけか。
にしても誰がそんなわけの分からないデマを吹き込んだんだろー。心当たりが多すぎて絞り込めないよー。
マントと帽子に隠れた奥で僕は目を閉じて記憶を探る。いかんせん僕にこの手の嫌がらせをしてくる連中なんて山程いたっておかしくないから特定が難しい。うーん、もうちょいヒントほしい!
「……………………開いた口が塞がらないとは、このことですね。あまりの愚かさに、秋と言わず今すぐ生徒会長を辞したくなってきました」
「オーランドはちっとはマシになりそうな気配があったのに、こっちは相変わらずのコレでござるか。相変わらず身分で人を見るあたり、本当に冒険者としての才に乏しいでござるなあ」
「黙れヒノモトの悪女が! 貴様が来てからオーランドはおかしくなったのだ、マーテルなどという得体の知れぬ女を助け、庇い……! その果てに杭打ちごときDランクに拉致されてしまった! あいつは15歳にしてAランクになった天才冒険者だぞ、負けるはずがないっ! そこのゴミが、何か卑怯な手を使ったに違いないのだっ!!」
「…………」
そろそろ幻滅してきたよー……僕の三度目と四度目と八度目の初恋がー……
フラレたらフラレたでせめて綺麗な思い出であってほしいよー、なんで自分から幻想を打ち砕きに来るのー……
ガックリくる。僕だけならまだしもさすがにサクラさんまで侮辱するのはないよ、あり得ない。
シアンさんもサクラさんもレリエさんもこれには呆れ果てて、真顔でリンダ先輩を見据えるばかりだったよー。
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まさかの決闘だよー
百年の恋も余裕で冷める、そんな醜態を晒してくれるリンダ・ガル先輩。
僕はともかくシアンさんやサクラさんまでも侮辱するその姿はぶっちゃけ美女なのに醜い。ああ、僕の美しい二度目の初恋の思い出が穢れちゃったよー……
「…………」
「さあ吐け、野良犬! 今すべてを白状し罪を償うならば、命までは取らないでおいてやろう!」
「会長! そんな人達から離れて私達とまた一緒に過ごしましょう!」
「オーランド様の元で、みんなで楽しく……仲良しだったあの頃に帰るんです、シアン様!!」
「アホでござる」
すっかり正義は我にありってな感じに叫んでくるリンダ先輩と、その後ろからワチャワチャ吠えてるイスマさんとシフォンちゃん。
情報の精査もせずによくここまで人伝の話にのめりこめるねー……ギルドで酒呑んでる冒険者に適当に聞けば即バレる嘘なのに、この人達はさー。
あまりのお粗末ぶりにサクラさんも完全に呆れ返って一言吐き捨てるだけだ。もう反論するのも馬鹿らしいんだろうね、同感だよー。
ただ、シアンさんとレリエさんは未だ全然マジギレしてるみたいだ。3人を睨みつけて、言葉を叩きつける。
「ありもしない罪を着せて断罪するなど言語道断! まして彼はすでに私達のパーティー・新世界旅団の一員です! その彼を愚弄するならば団長としてリンダ・ガル、あなた方を排除することも厭いません!!」
「あんた達ちょっとどうかしてるんじゃないの!? さっきから話聞いてただけでも異常よ異常、言ってること無茶苦茶よ!!」
「誰だ貴様、部外者は黙っていろ!!」
「私だって新世界旅団のメンバーよ! 新入りだけど!」
おお、レリエさんが意外と猛っているよー。戦う力もないのにものすごくリンダ先輩に噛みついてる。
普段は明るく朗らかって感じだけど、敵を前にすると強い気性が出るんだねー。
いいねこっちも、冒険者向きだよー。いつでも牙を剥き出しにしてるような狂犬じゃ駄目だけど、優しいだけ明るいだけでもなかなか務まりにくいからねー。
平時は普通だけど、気に入らないことがあれば噛み付きに行く。そのくらいの塩梅がちょうどいいんだよー。僕や他の冒険者達も概ね、そんなとこあるしねー。
「チッ……! シアン・フォン・エーデルライト!! 貴様は前から気に食わなかったのだ、貴族のくせに冒険者になろうという愚かな一族の女め!」
「奇遇ですね、私もあなたのことが気に入りませんでしたよ最初から。人を出自で判断し見下し、あまつさえ私の大切な恩人でもある団員をかくも悪し様に侮蔑する。この世のどんなものより薄汚い女があなたです」
「抜かしたな! ならば!!」
「今ここで白黒つけようと! 私は構いません!!」
「えぇ……?」
言い合いの勢いのままに双方、刀とブロードソードを抜き放っちゃったよ。これヤバいね、決闘騒ぎだよー!
普通この手のって木剣なり素手なりで、殺し合いにならない程度にやるのが常なんだけどー……駄目だね、すっかり興奮しちゃってるよー。
地味に途中から僕云々じゃなくてお互いの好き嫌いの話になったりして、すっかり女の戦いって感じになっちゃった。怖いよー。
さすがに殺し合いは冗談じゃないし止めに入ろうかとサクラさんを見ると、彼女は一切動く気もなく面白がって囃し立ててる始末。
「やっちまえでござるよシアンー、ヒノモト気取りのエセ女の刀なんざ叩き折っちまえでござるーござござー」
「頑張ってシアン! そんな嫌な子、やっつけちゃえー!」
「………………………………」
これだからヒノモト人は怖いんだよ。
日常的に殺し合いする生活らしいから、決闘騒ぎだって酒のおつまみみたいにしか思ってないしー。
レリエさんもレリエさんですっかり興奮しきっちゃってるしー。ああ駄目だ、これ止めるの僕しかいないよー。
「はあ…………」
「ちょっと待つでござるよ杭打ち殿ー。せめて数合は打ち合わせてやろうではござらぬかー」
「えっ?」
ため息を吐いて仕方なし、止めに入るかーと一歩踏み出した途端サクラさんに呼び止められた。そしてちょっぴりでいいからやり合わせてあげてくれなどと、とてもシアンさんのコーチとも言えない物騒なことを言い出す。
いくらなんでもそりゃー無茶だよー。朝からこっち、昼ご飯を除いてずーっと動き通しなんだよー? さすがに体力的にはもう限界のはずだろうし、気力だって厳しいはずだよ。
こういう時に戦わせてあげたいのは分からなくもないけど、そもそもフェアじゃない状態だからね? それを踏まえるとさっさと終わらせるべきなんだけど……それでもサクラさんは首を縦に振らない。
どゆことー?
「拙者の見立てではシアンはもうちょいで一皮剥けるでござる。何かしらの窮地を乗り越えれば、グーンと伸びるでござろうね」
「…………そんなイチかバチかはさすがに許さないよ、僕も」
「無論ヤバいなら止めに入るでござる。杭打ち殿でなく拙者でも、あっちのアホの首なんぞ一秒で刎ねれるでござるし。しかしてだからちょっとだけ、ほんのちょっとだけ! シアンのためにも頼むでござるよー」
「…………やっぱりヒノモト人じゃないか、もー」
案の定極端なことを言い出したサクラさん。まんまワカバ姉なんだよね、やり口が。
こうなるとヒノモト人は梃子でも動かないし、困ったもんだよー。仕方なし僕は、一旦身を引いて様子をうかがうことにした。
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初恋の人同士の対決!だよー
対峙するシアンさんとリンダ先輩。お互いに抜き身の刃を手にしての睨み合いは、明らかに殺し合いの予兆を感じさせる。
たしかに僕やサクラさんなら、たとえどちらかの武器がどちらかの命を奪うその寸前になったところからでも、問題なく無力化して強制終了させられるけどー……
「……やっぱり危険すぎないかなー、無茶だよー。危機的状況で限界突破を見込むのは分かるけど、相手はモンスターじゃなくて人間なんだよー?」
「敵として得物抜いて来てる以上そんなもん、人もモンスターも同じでござろー? いい感じに因縁があっていい感じに負けたくない、そしていい感じにぶっ殺しちゃっても問題ないアホがのこのこ現れたんでござるから、こりゃ千載一遇でござるよ」
「ぶっ殺すのは問題あるよー……!」
サクラさんと密着して、小声でヒソヒソと話し合う。こんな状況じゃなきゃめちゃくちゃ嬉しくて舞い上がるんだけど、こんな状況だからねー。
そしてもはや完全に、リンダ先輩のことをシアンさんが壁を超えるための踏み台として認識してるんだけどこの人。仮にも第一総合学園剣術科目の特別講師でしょうに、そんな軽々しく生徒相手にぶっ殺しちゃってもーなんて言わないでよー。
もはやワカバ姉にも匹敵するヒノモトスピリッツを剥き出しにしてるやばーいサクラさんは、次いで僕の肩を叩いてシアンさんのほうを指差す。
いつ始まるかも知れない戦闘に、緊張を極限まで高めた凛とした姿だ。それを呑気なノリでにこやかに示して彼女は言う。
「何よりシアンがやる気満々でござる。杭打ち殿をコケにされてよほどトサカにきてるでござるねー。このこの、愛されてるでござるなぁ!」
「えっほんとー!? い、今なら告白したらいけるかなー!?」
「食いつき早っ。さすがにそれは無理でござるよー。特別に想っているのは間違いないでござろうが、色恋沙汰にうつつを抜かしてる時期じゃないでござるしー」
「がくー」
知ってた! 愛されてるって言われて思わず舞い上がっちゃったけど知ってたよー!
シアンさんは新世界旅団の団長として、発足するまでに十分な実力をつけなきゃいけないものねー。そりゃ告るとか告らないとか以前に、忙しすぎるよねー。
でもちょっとガックリ……ではなく! シアンさんを見ればたしかにやる気満々って感じで、本気で怒ってるからかカリスマが暴発して威圧の形でリンダ先輩と取り巻き達を襲ってるよ。
後ろの二人はもちろんのこと、剣術部の部長さんな先輩までもが思わず気圧されるほどのプレッシャーだ。うん、やっぱりシアンさんの一番の強みだねー、あのカリスマは。あれ一つで多少実力が低かろうが余裕でお釣りが来ると思う。
「あそこまでやる気なんでござるから、少しは発散させてやらないと溜め込む一方でそれこそ酷にござるよ。ストレス過多で倒れるシアンを見たいでござるか?」
「いやまあ、それは嫌だけど……うーん。不安だなあ」
「かくいう杭打ち殿は案外、過保護でござるなあ」
けらけら笑うサクラさん。さすがにそっちが過激すぎるんだと思うよー。
さておき、たしかに今すぐ戦いを止めたらシアンさんが不完全燃焼感を抱いちゃいそうなところはあるね。冒険者としての事実上の第一歩目をそんな感じに終わらせるのは、ちょっと不憫だと僕も思う。
なるべく悔いの残らない形で決着がつきそうなタイミングで、止めに入るかなー……レリエさんが一心不乱に見守るのを隣で見つつ、僕とサクラさんも向き合う二人を見る。
カリスマからくる威圧にもそろそろ慣れてきたか、リンダ先輩が大きく吠えた!
「貴族が、何が新世界旅団だっ! ──お遊びで冒険者をやるなぁーっ!!」
「ッ……!!」
気迫の籠もった叫び。あるいは憎悪さえ感じる声とともに、彼女はシアンさんへと飛びかかった!
大層なことを言うだけはあり、力強い踏み込みからの加速がスムーズで、あっという間に距離を詰める。
そうして接近して振り下ろす一撃必殺の太刀、脳天袈裟懸けの大斬撃。力まかせの粗雑な振るい方だけど狙いはしっかりしているあたり、よっぽど慣れたムーヴなんだろう。体に染み付いた基本動作になってるってことだねー。
「覚悟っ!!」
「なんの……!!」
剛撃をブロードソードで受けようと防御の構えをして──あまりの勢いに押し負けるととっさに判断したのか、シアンさんの剣筋が変化した。
横一文字にしていた自身の武器に角度をつけ、ヒットした瞬間に横滑りさせることで斬撃の軌道を反らしにかかったのだ。力ある攻撃ほどこの手の誘導には弱い、本命な分いなされちゃうと致命的な隙を生むからね。
ガキィン!! と金属同士のぶつかる音が火花を散らして轟く。一撃目、仕掛ける先輩と受けるシアンさん!
案の定やはりというべきか、凄まじい勢いと込められた膂力、気迫そのものの太刀筋にブロードソードでは太刀打ちできないみたいだった。弾かれそうになりつつもどうにか軌道が逸らされる。
とっさに角度をずらしていなす判断をしたのは正解だったねー。まともに受けてたらそこで終わってたよー。
「ううっ!?」
「くっ……隙あり!」
力を込めての斬撃があらぬ方向に流され、リンダ先輩の首筋から胸元にかけてががら空きになる。
絶好の攻め時だ──同じく思ったのか、シアンさんが一気に剣を振るう。先程とは逆に、先輩の隙を突く斬撃を放ったのだ!
明日月曜から平日は0時更新、土日は0時、6時、12時、18時に分けて更新しますー
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思想はともかく才能は本物だよー
攻撃を逸して生まれた隙に放たれる、シアンさんの斬撃。
大斬撃の直後でかつ、いなされてしまったゆえにリンダ先輩の動きは完全に止まっている。すなわちタイミング的にはバッチリカウンターじみた絶好の攻撃だ!
「っ……まだまだぁっ!!」
「!?」
「へえ」
しかしリンダ先輩もなかなかに良い動きを見せた。咄嗟に身体を横に飛んで攻撃を回避。シアンさんから一旦距離を置き、またしても構える。
普通なら横に飛んだ時点で地面に転がるものだけど、今ほとんど曲芸みたいな動きでバランスを維持したねー。刀の切っ先を地面に刺し、それを基点に身体をひねりにひねらせ回転させて、無理くり体勢を整えたんだ。
そしてまた、飛び込んで上段からの大斬撃を放つ!
「チェィサァァァァァァッ!!」
「くっ! こ、の……!!」
常に一撃必殺狙いの、後先なんて関係ない自爆めいた突撃。リンダ先輩、ここまで猪突猛進な戦い方をするのか……
今度はブロードソードを両手で構えて斬撃を防ぐシアンさん。ヒットの瞬間に体を逸してやはり攻撃を逸らすも、またリンダ先輩は飛び跳ねて離脱。刀の切っ先を床に軽く突き刺してそこを軸にグルグル回って体勢を整える。
まるでサーカスの曲芸だ。
無駄に回りすぎだからそこは明確に未熟だと言えるけど、それでもかなり高度な技術を使用していることに、僕は息を呑んだ。
武器を支柱にしてムービングの一助にする。これは僕やサクラさんもちょくちょくやる動きの、基礎中の基礎みたいな技だ。
リンダ先輩もやってること自体は同じなわけで、つまりSランク相当の冒険者の技術の一端に手をかけているってことになる。
さすが剣術部部長ってことだろうね、並の人じゃあなかなかできないよこんなことー。そもそも努力以前に、素質がないとできない類の技術だし。
サクラさんも今のには微かに感心の吐息を漏らしてるね。
「ほー……やるでござるなあのアホも。素質自体は方向は違えどシアンにも匹敵するってわけでござるか」
「思い切りの良い斬撃を連発できるのも頷けるねー。外れたとしても適当に飛んで回避すれば、すぐさま体勢を整えて反撃できる、と。まあ、動きそのものは全然未熟だけど」
「拙者なら刀の周りでグルグルしてる時点で殺してるでござるね。杭打ち殿なら?」
「そもそもあんな大斬撃自体させないかな、悪いけど」
初撃に備えて構え出す、その前に接近して肝臓あたりでもぶち抜いて終わりだよー。あんな悠長な動きにつきあってもあげられないし。
攻撃や体捌きの速度で言えばシアンさんも十分、それに近い先手を打てるはずなんだけどねー。彼女を見ると足がガクガク震え、息を荒くしている。
「っ……はあ、はあ、くぅっ……!」
「シアン!?」
朝から校庭を30周全力で走り、数時間サクラさん相手に打ち込み修行して。ついさっきまでモンスター相手に一人で特訓を重ねて、そして今ではリンダ先輩の大斬撃を幾度となくいなしている。
すでにシアンさんの体力は限界だ、だから言わんこっちゃないって話なんだけど……裏腹に彼女の顔は闘志に満ちている。目に光があり、全然まだやるぞという気迫を湛えてるねー。
レリエさんが思わず駆け寄ろうとするも、シアンさんの眼光とリンダ先輩の殺気に阻まれて近づけないでいる。それで正解だよ、万一彼女が巻き込まれるとなったら僕は一も二もなく止めにかかるよ。
唇を噛みしめる彼女がこちらに戻ってくるのを、軽く肩を叩いて慰める。一方でサクラさんの、なんともヒノモト人らしい楽しげな声が響いた。
「ここに来て体力が底をついたでござるな。ここからここからーでござるー」
「気楽に言うね、ホント」
「サクラ、本当に大丈夫なの……? もう戦えそうにないとしか私には見えないけど」
むしろここからが本番だと囃すサクラさんに、僕は呆れてレリエさんは心配から質問を投げかける。
シアンさんは誰がどこからどう見てももう限界だ。体力を使い果たして気力だけで立っているに近い。反面リンダ先輩は依然健在のまま、殺気を剥き出しにまたしても大斬撃の構えに移行している。
下手すると次で決まってしまうかもね、シアンさんの負けって形で。
案じる僕らをしかし、笑い飛ばすようにサクラさんが豪快に言った。
「貴殿らシアンを、いいや追い詰められた人間の恐ろしさを知らぬでござる。ここからが正念場なんでござるよ、シアンはもちろんあそこのアホにとっても」
「…………」
本当かなー? やけに自信たっぷりって感じだけどなんとも僕には言いにくい。追い詰められたこともあまりないし、追い詰めた人間のやることなんてこれまでしょうもない苦し紛れの反撃しか見てこなかったからねー。
でもここまで言うからには何か、何かがあるのだろう。さしあたりレリエさんと二人、信じて待つのみだ。
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乗り越えるべき試練だよー!
どうあれ体力的にはシアンさんは、次に打てる一手が最後ってところだろう。それ以上は精神論とかではどうにもできない、物理的に無理な話になってくる。
対するリンダ先輩は全然体力を消費しているわけでもない。まあいつものスタイルで戦っているんだとしたら当然だよね。
斬り掛かって跳ねてグルグル踊ってるの繰り返しで激しく身体を動かすわけだから少しは疲れたりしないかなー? と期待を持ってみたものの、息一つ切らしてないから参るねー。
レリエさんが歯噛みして呻いた。
「もう勝負は歴然じゃないの……! これ以上はシアンが危ないわよ!?」
「ま、次の打ち合いが最後ってところでござるかね。起死回生できなければシアンの負け、それ以外だとアホの勝ちと。分かりやすいでござるねー」
「サクラ! あんな子に負けちゃうなんてヤバいわよ、どうするの!?」
飄々と軽く喋るサクラさんにも噛みつく、レリエさんは祈るようにシアンさんの無事を祈っているものの、勝利については諦めているみたいだ。
僕も正直、これもう無理じゃない? って気はしている。例えシアンさんの起死回生の何か一手が炸裂したとして、それだけでリンダ先輩が戦闘不能に陥るとも思えないんだよね。
まあサクラさん的には、とにかくギリギリの状況の中で死線を越え、壁を超えてほしいんだろうけど……見てるこっちはひたすらハラハラするよー。
「うーん……本当ならもう止めたいところだけどー……シアンさんの目が、あと一撃だけって言ってるもんなー……」
「それにシアンにも意地ってもんがあるでござる。団長として、団員をああも愚弄されたでは黙って済ませられないのは当然のこと。その心意気も汲んでやってほしいでござるよ、あと一撃だけ」
「あと、一撃……」
ゴクリとつばを飲み、心配そうにシアンさんを見るレリエさん。僕もそれに倣い、彼女を見守る。
力はまだ拙くても、団長としての責任を果たそうとしてくれているんだ。今回で言えばあらぬ罪を着せられて弾劾されかけている、僕のために。
本当、レイアとよく似てるよ……彼女も団員に危害が及ぼされたら、誰よりも率先して立ち向かっていってたなー。
カリスマある人物ってのは、やっぱり似通うところがあるのかもしれないねー。
息も絶え絶えになって、それでも構えるシアンさんをリンダ先輩が冷たく見据えた。
そして鼻で笑い、嘲るように言葉を投げつける。
「どうした生徒会長、文武両道ではなかったのか? 冒険者を輩出してきた貴族の家系ではなかったのか? ええ?」
「くっ……!」
「貴族が遊び半分で、誇り高い冒険者の真似事をしているからこうなる。真の戦士、真の冒険者の前にはお遊戯なのだ! 貴様も、貴様のパーティーとやらも!」
「…………っ!!」
シアンさんのすべてを侮辱する言葉。真の戦士、真の冒険者とやらなら到底言わないだろう聞くに堪えない罵詈雑言の数々に、シアンさんが怒りに震えてブロードソードを握る手に力を込めた。
しかしやけに、貴族だっていうところをあげつらうね……僕のスラム出身なのもしつこく嫌ってるし、平民以外が冒険者をやることに否定的なんだろうか?
って言っても冒険者なんて、身分の関係なしにただ冒険を志ざせばいつでもどこでも誰でもなれるものってのが大原則だしなあ。
なんとなくコンプレックスめいたものを感じて首を傾げているうちに、リンダ先輩の言葉の刃は今度、こちらを向いてきた。
憎悪に染まる瞳で僕らを睨み、告げる。
「貴様を潰せば次は杭打ちだ! エセ調査戦隊のゴミに天誅を下し、オーランドを救出する! ヒノモト女もついでに叩き切ってくれるわ、偉そうに冒険者を語る悪女め!!」
「おめーじゃ無理でござる」
「最短で5年鍛えて、やっとこ一撃入れられるかどうかってとこかなー」
出来もしないことを吠える先輩にサクラさんがバッサリ。素質があろうが現時点で僕らを仕留めるなんて無理なもんは無理なので、僕としても具体的な長期展望をつぶやく程度に留める。
まあ小声なんで聞こえてないみたいだ、それ以前に極度に興奮してるみたいだしね。カッカしすぎだよー、これオーランドくんも苦労したのかなー、ちょっと同情ー。
「私は……負けない」
と、シアンさんが息を整えつつつぶやいた。相変わらず活きた目が爛々と輝き、リンダ先輩をまっすぐに見る。
放たれる威圧は勢いを弱めるどころかむしろ強さを増し、近くを通りかかったモンスター達が慌てて逃げ出すほどだ。危機的状況にあって、秘められた才能が今まさに開花しつつあるようにすら思える。
これを見込んでいたのかと、サクラさんの慧眼に感心するよー。でもやり方は行き当たりばったりで無茶苦茶すぎるから、二度目はさせたりしないけどねー。
ともあれ壁を超えつつある彼女が、気炎を吐いた。
「負けるわけには、いかない……! 私の夢、野望、そして大切な仲間達……! そのすべてをかけたこの戦いで、負けてなんていられるものかっ!!」
「いいやもう負けだっ!! この一撃でーっ!!」
リンダ先輩の、勝利を確信した咆哮。同時に再び突進を始め、大斬撃が繰り出される。
これを逸らすだけの体力がもう、シアンさんにはあるのかどうか……あったとしてもその後に何かしら手を打てなければジリ貧だ、どうあれ勝ち目はない。
どうする!?
「私は負けない、私は勝つ……お前に、絶対に勝つっ!!」
強く叫び意志を示す。
シアン・フォン・エーデルライトの最初の試練が今、訪れていた。
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一歩目を踏み出す勇気、だよー
シアンさんにとって、冒険者としての一番最初の難敵。それがリンダ先輩だったことは果たして喜ぶべきことなのか哀しむべきことなのかは僕にはもう、判断できない。
ただ現実の話として今、まさしくリンダ先輩の大斬撃を最後の力を振り絞って打ち破ろうとする、彼女を応援しなくてはならない局面であることは間違いなかった。
「キェェェアァァァァァァッ!!」
「…………ッ!!」
猿叫──ヒノモトの剣術の一派で用いられるという、まさしく猿にも似た雄叫びをあげてリンダ先輩が突進する。その勢い、速度はこれまでよりもなお一段と早い。
ここに来てトップスピードで来たかー!
「シアンッ!!」
「思い出すでござる、シアン! 冒険者に一番必要なものを!!」
「…………」
レリエさんとサクラさんの声を受け、シアンさんがまっすぐに構える。その瞳はなおも内なる焔に煌めき、最後までチャンスは逃すまいという闘志で溢れている。
冒険者に一番必要なもの……そうだ、それだよー。今のシアンさんがリンダ先輩に勝てるとしたら、その差でしかない。逆に言えば、そこで上回れば、あるいは!
「……団長、行け! 今があなたの最初の冒険だ!!」
「っ──ぁ、ああああああっ!!」
「!?」
僕からの声をも受けて、シアンさんはついに行動に出た──勢いよく、前のめりに突撃する。
リンダ先輩の上段に対して、極めて低空姿勢で駆け出したのだ! 大斬撃を前になお恐れない、勇気ある突進!
これだ! この勇気こそ、彼女がたった一つ撃てる最後の一撃!!
「何ッ!? くうっ!?」
振り下ろす前に接近されて、リンダ先輩の目論見が完全に外れた! 咄嗟にブレーキをかけて横に飛び退こうとするももう遅い、そこはシアンさんの反撃圏内だ!
「おおおおおおっ!!」
「っ、貴様、エーデルライトッ!?」
左手で、飛び跳ねようとする先輩の服を掴み引き寄せる。バランスを崩して今度こそ倒れ込む彼女の、顔めがけてブロードソードが突きつけられる!
しかしリンダ先輩も黙ってやられはしない、咄嗟に体を回転させて左手を弾き、土壇場で剣を回避。カウンターで刀を、横薙ぎに放とうとして────
「甘いっ!!」
「ウグッ!? ────か、ハァッ!?」
それさえ読んでいたシアンさんが、足を引っ掛けてリンダ先輩を足元から崩した。回転の軸となった右足を刈り取られれば、あっけないほどにこけて地面に倒れ込む。衝撃に刀さえ手からこぼれ落ちて、完全に無防備な状態だ。
あとはもう終わりだね。ブロードソードの切っ先を今度こそ先輩の眼前に突きつけて…………勝者は、高らかに叫んだ。
「私の勝ちだ……リンダ・ガル!!」
「な、ぁ…………」
呆然とした決着。敗者たるリンダ先輩は、今何が起きたのかまるで理解できない様子だ。
それでも目の前の剣が、少しでも動けば次の瞬間自分は死ぬということは理解していて動けない。身動きを封じられた以上、これは紛れもなく勝敗が決まったと言えた。
「せ、先輩……!?」
「会長、そんな……そんな……!!」
後ろで生徒会の二人が唖然とつぶやくのも遠く聞こえる。僕も今、感動にも近い安堵が胸いっぱいに広がっていた。
勝ち負けがどうのより、まずはシアンさんが無事だったことが何より喜ばしいよー。そして、彼女が一つの壁を乗り越えたこともね。
サクラさんがホッと息を吐きつつ、満面の笑みで言う。
「やり遂げたでござるな……今まさに、シアンは冒険者に最も必要なもの、勇気を手にしたでござる」
「勇気……?」
高らかにシアンさんが得たもの、見出した新たな境地を語る。僕も頷いて同意すると、レリエさんが首を傾げて疑問符を頭に浮かべていた。
勇気。言葉にすれば簡単なそれは、けれど真の意味で体得するのはひどく難しい。何をもって勇気とするのか、その判断基準が曖昧だってこともあるしね。
ただ、今回の場合で言う勇気とは至って単純な定義ではある。冒険者にとっての勇気、という意味ならとてもシンプルなものだからねー。
「たとえ死地にあっても前に踏み込み、僅かな希望にすべてをかける心持ち。言うは易く行うは難しの典型でござってなこれ、実際にできるかどうかって話だと案外、難しいことなんでござるよね」
「……そうだね。今の踏み込みだって、同じことができる冒険者がどれだけいることか」
視線を前に、怯むことなく前に進める精神性。眼の前に広がる未知に怖がることなく、道なき道を歩いていける信念。それこそが僕達冒険者にとっての"勇気"なんだ。
そしてそれを今、シアンさんは見事なまでに示して見せてくれた。リンダ先輩の一撃必殺の大斬撃に、あえて突進することでね。
振り下ろされる前に極端に密接して攻撃を封じつつ牽制と攻撃に転ずる──理屈通りで言えばこれ以上ない大斬撃対策だ。すさまじいスピードで馬鹿げた威力の斬撃を繰り出してくる敵に、正面から挑める度胸があればね。
普通の冒険者はなかなか、そこまでの度胸は持てないだろう。無謀と紙一重だもの、気持ちはわかる。
けどそれを思いつき、実際に行動に移せる者にこそ未知なる景色が広がっているんじゃないかと思うんだよねー。勇気こそが冒険者の道行きを照らす、一筋の光なのだから。
そういう意味で今回、シアンさんはそれこそ真の冒険者としての第一歩を踏み出せたんだと思うよー。
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まさかのデマの出処だよー
「ぐ、ぅ……! おのれ、エーデルライト……!!」
「勝負……あり、です。武器を、捨て……投降、なさい……リンダ・ガル!」
悔しげに、憎悪さえ込めた視線を投げかけるリンダ先輩へと、なお油断することなく剣を突きつけて投降を呼びかけるシアンさん。
息こそ切らしてないものの体が微かにふらついている。今度こそもう限界だな、これは。僕とサクラさん、レリエさんは彼女に近づく。
サクラさんが戦い終えた勇気ある冒険者の肩を抱き、優しく引き寄せた。
心からの嬉しさと敬意を込めた声で、話しかける。
「よくやったでござる、シアン。あとは拙者らでテキトーに手打ちしておくでござるよ」
「サクラ……か、勝てたわ、なんとか……」
「見てたでござるよ、大したもんでござるー。シアンこそ拙者と杭打ち殿を率いる、新世界旅団の団長に相応しいと確信したでござる。ござござー!」
「あ、りがとう……ふ、ぅ」
「シアン!」
大変な試練を乗り越えた、実感をようやく持てたんだろうねー。糸の切れた人形のように全身の力が抜けたシアンさん。その身体を、レリエさんがすかさず抱きとめる。ナイスー。
そのままお二人さんには後方に下がっていただいて、じゃあここからは僕とサクラさんの出番だねー。
サクラさんによる指導の一環として利用したところはあるけど、それはそれとしてこの狼藉は高くつくよ、先輩方ー?
さしあたって僕はすかさず、地面に落ちた刀に手を伸ばそうとした先輩の足を踏みつけた!
「があっ!? き、貴様……!! よくも私を足蹴に!!」
「先輩! 杭打ち、あなたなんてことを!!」
「最低! やっぱりあなたは冒険者じゃ──」
「うるさいよ」
決着がついてなおキャンキャン吠えるなと、弱めにだけど威圧をかける。それだけで息が止まったみたいに全身を硬直させてしまう程度で、戦いもしなかった人達が粋がってるんじゃあないよー。
取り巻きの二人に比べればまだ、真っ向勝負を挑んだだけリンダ先輩はマシっちゃマシかもね。容赦なく踏みつけてるけどー。
もちろん、仮にも三度目の初恋だった人を踏みつけるのに抵抗がなかったわけじゃない。ただ、今の僕にはもう、この人はシアンさんを傷つけようとした差別主義者でしかないから。
足蹴にして負け犬呼ばわりすることに、大した躊躇もありはしないよ。
「……君の負けだ」
「くっ……!! おのれ、おのれおのれっ!! 貴族に野良犬が、冒険者を騙るクソどもが、よくもこの私をっ!!」
「よくそこまで自分を大層に扱えるもんでござるなー。親の教育ってやつでござるか? いっぺん面ァ見てみたいもんでござるよ、どうやったらここまで見苦しい輩に育てられるのでござるー? って質問したいでござる」
「ヒノモト女ァッ!! 我が両親への侮辱は許さんぞォーッ!!」
じゃあ侮辱されるようなことしないでよ、娘さんのあなたがさー。
ひたすら自分の都合のいいことしか言わないんだから、いい加減嫌になってくるよー。
まあ、サクラさんの物言いもさすがにキツすぎというか。リンダ先輩のことはリンダ先輩の話であって、会ったことも見たこともない親兄弟をあげつらうのも違う気はするよー。
ヒノモト流の煽り文句なんだろうか? ワカバ姉も大概、度を超えた弄りをしがちだったなあって思い返すなあ。それでやりすぎて、レジェンダリーセブンの中でも随一に地雷の多いミストルティンに殴り飛ばされてたんだった。懐かしー。
「……失せろ」
「く、くそっ……」
威圧で抵抗の意志を殺いだことを確認して、先輩の手から足をどける。ついでに転がってる刀は遠くに蹴っ飛ばしておこー。
さすがにここまでされてはすっかり意気も挫けたようで、力なく呻き、彼女はのそのそと這いずって取り巻き二人に介抱された。
率直に言えば惨めったらしい敗者の姿だ。せめてもう少しまともな理由で喧嘩を仕掛けてきていれば、僕だってここまで辛辣にならずに済んだかも知れないのにねー。
本当に残念だよー。
「リンダ・ガル……杭打ちさんは、そして我々新世界旅団はオーランド・グレイタスを拉致などしていない。彼は彼の信念のもと、冒険者としてマーテルさんとともにはるかな旅に出た」
「嘘をつくなっ……杭打ちめが卑劣にも拉致をしたのだ! そう仰っていたのだ、あの方がっ!!」
「あの方……?」
気になることを言うね、あの方ってどちらの方かな?
さっきも思ったことだけど、先輩方にとんでもないデマを吹き込んだ輩が確実にいるようだ。結果として僕らが多大な迷惑を被ってるわけだし、ここはぜひとも聞き出してその方の拠点を杭打ちくんでぶち抜いてやりたいところだよー。
シアンさんやサクラさんもちょっと目を細めて耳を澄ましているね。思うところは僕と似たようなものだろう。特にシアンさんなんて危うく大怪我だ、僕より怒り心頭かもしれない。
唯一、古代人のレリエさんだけはひたすらシアンさんの心配をしている。ああ、優しいよー尊いよー。やっぱり素敵な人だよー惚れそうー惚れてるー。
思わず素敵な彼女に見とれていると、そのうちにリンダ先輩が悔しさと憎しみをまぜこぜにした叫びをあげた。
デマの出処……あの方とやらの名前をついに出したのだ。
「あの方……! プロフェッサー・メルルークが! たしかに仰っていたのだ! 第一総合学園一の天才にしてエウリデ一の賢者の言うことだ、間違いないに決まっている!!」
「…………教授が?」
プロフェッサー・メルルーク──モニカ・メルルーク教授。
僕にとっても馴染み深い名前のその人が、まさかのデマを吹き込んだ犯人だとリンダ先輩は言った。
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過去の因縁だよー
僕がオーランドくんを拉致してマーテルさんを国に引き渡した──なんて、意味の分からないデマをリンダ先輩に吹き込んだ張本人、モニカ・メルルーク教授。
プロフェッサーとも呼ばれて第一総合学園の学生のみならず、エウリデや諸外国の人達からも尊敬されている才女たる彼女は、僕にとっても縁深い人である。
「何しろ彼女も元調査戦隊メンバーで、何を隠そう僕の相棒こと杭打ちくんを製作してくれた人だからねー。今でも週一くらいのペースで杭打ちくんのメンテナンスや改良をしてもらってるし、仲が悪いって感じでもないよー」
敗北したリンダ先輩を、生徒会の二人がえっちらおっちら担いで遁走して後、僕達もシアンさんを担いで迷宮から出て拠点に戻っていた。
サクラさんが借りている一軒家──なんと僕の家のある通りの一つ隣の通りにあるという、まさかのご近所さんだー! ──にお邪魔して、シアンさんの回復を待ちながらもモニカさんについての話をしているのだ。
彼女の来歴と僕とのつながり、特に杭打ちくん絡みで今も親交があることを打ち明けて僕は、だからこそと告げる。
「あの人が僕に対して悪意をもってデマを撒いた、その可能性は限りなく低い……けど」
「けど? 何か懸念があるでござるか?」
「彼女の助手をしている彼がね……モニカ教授のお兄さんで同じく元調査戦隊メンバーの、ガルシア・メルルークっていうんだけど。ぶっちゃけ僕のこと憎んでるんだよねー」
肩をすくめる。そう、あるとすれば教授でなくその兄ガルシアさんだ。彼なら僕に対して悪意ある噂を、僕に対して憎悪を抱く者に吹き込むことだって平然とやるだろう。
彼とのつきあいはそれこそ調査戦隊入ってすぐからのことなんだけど、その時点ですでに僕らの仲は最悪だった。
僕はその頃まともな人間では断じてなかったし、彼は彼で、レイアに淡い想いを抱いているから構われっぱなしの僕は気に入らなかったしで、ひたすら喧嘩を売ってきてたりしていたのだ。
そうなるとその辺の機微を察して適当にあしらう、なんて当時の僕にはできなかったわけなのでまあ……毎回喧嘩を買っちゃうわけでしてー。
そもそもレジェンダリーセブンはおろか調査戦隊メンバーの中でも最下位に近い、ぶっちゃけ教授の助手扱いで入団した彼だ。毎回毎回何をして来ても何一つ問題なく半殺しにできたし実際に半殺しにしちゃっていたんだよね、僕。
今考えるとあの頃の僕はいったい何を考えてたの? と言いたくなるような蛮行で、やる度にレイアはじめ幹部陣から"人間になりたいなら少しは加減しろ! "と叱られてたのも今なら理解できる。我ながら恥ずかしい過去だよー。
しかもそうやって幹部達、とりわけレイアに庇われることさえもガルシアさんには屈辱だったみたいで。さらに憎悪は加速して、結局致命的な仲違いをしたままここまで至ってしまっているってわけだった。
「何回か菓子折持って謝罪に行ったんだけどねー……馬鹿にしてるのかーってそのまま戦闘に持ち込まれて、やむなく防戦しちゃったりしてさ。彼の実力そのものは今でも調査戦隊メンバー最下位クラスだし、どんなに手加減したって負けるつもりでもない限りは勝っちゃうわけでー」
「下らぬ嫉妬ではござらぬか。それで今度はそのことを逆恨みして、ソウマ殿の悪評を撒いていると。カーッ、しょーもねーみみっちーやつでござるなあ!」
「典型的な男女関係のトラブル……ソウマくんにその気はなくても相手方の受け取り方が悪く、拗らせてしまったパターンなのね……そのうち新世界旅団にも同じこと、起こるのかしら」
「うーん、そこはシアンの舵の取り方次第じゃない? あっ、スープできたわよ、飲める?」
「ありがとう、レリエ」
みっともない嫉妬とバッサリ切り捨てるサクラさんと対照的に、いずれ新世界旅団でも似たようなケースが起きるのではないかと危惧するシアンさん。
どこのパーティーにも男女関係の縺れってつきものだからねー。レリエさんが手渡してきたスープを飲みながらも、そうなった時のことを考える彼女の姿はすでに立派な団長だよー。
ともあれ、モニカさんはともかくガルシアさんとはそんな感じで険悪な仲だから、彼がデマの発信源で、それをリンダ先輩はモニカさんの意見だと勘違いした可能性も大いに考えられるわけだねー。
うーん、迷惑ー。そのデマがなければいくら先輩でもピンポイントに僕が犯人だ! なーんて思うことはなかっただろうし、言っちゃうと今回の騒動の元凶がガルシアさんって線もあり得るよー。
「とりあえず今度の日曜、教授のラボに行く予定だからその時に確認してみるよー。場合によっては戦闘になるかもねー」
「それならソウマくん、私ももちろん同行します。リンダ・ガル達を扇動したことについて新世界旅団としても、断固たる態度で抗議する必要がありますので」
「団長が行くってんなら副団長も行かなきゃでござるなー」
「それなら団員も行かなきゃね! 教授かあ、どんな人だろ?」
なんかみんなして一緒にカチコミにいく流れになっちゃった。まあいいけどモニカさん達びっくりするかもねー、Sランク冒険者にエーデルライトのお嬢さんに古代人までやってくるわけだしー。
案外リアクションのいい教授の驚き具合を想像してちょっと楽しみになりながらも、僕らはそうやって3日後、教授のラボを訪ねることとなったのだ。
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清掃活動だよー
翌日、僕は新世界旅団とは関係なしに冒険者活動を行っていた。レリエさんをも引き連れて二人で、爽やかにも朝の町にて清掃活動を行うのだ。
迷宮に潜るだけが冒険者の仕事じゃない。たとえば町の中だけでも美化活動や治安維持活動、あとお使いとか迷子の犬猫探し、果ては欠員が出た現場仕事の助っ人なんかも折に触れて行うことがあるんだよねー。
特にこの町はエウリデでも一番、冒険者が多いもんだから町のどこをどう切り取っても冒険者がいて、何かしら社会貢献系の依頼をこなしている。
今だって僕らの他にも見える範囲に数人、同じ様に清掃活動に従事してる冒険者を見かけるしね。
住民との関係を良好に保つのも冒険者活動には重要だから、顔と名前を売るって意味でもこの手の仕事は地味に大切なんだよーってレリエさんに説明すると、彼女はいたく感心した様子で頷いていた。
「冒険者が日常の、生活基盤の深くまで組み込まれてる社会構造ってわけね……ホント、ファンタジー的な異世界に迷い込んだみたいだわ」
「僕らからしたらレリエさんこそ、ファンタジー的な異世界からやって来た人なんだけどねー。はい、箒と塵取り。ゴミ袋は隅っこに置いてるから、こまめに捨てちゃってねー」
「はーい! いやー、こういう依頼のほうが性に合うかも!」
この手の活動を嫌がったらどうしようかなー、仕方ないし見学でもしといてもらおうかなーって若干不安視してたんだけど、彼女的にはどちらかというとこの手の依頼のほうに適正があるみたいだった。
今後新世界旅団が大規模パーティー化していく上で、こういう町内活動にこそ精を出したいって人の存在はとても重要だから助かるよー。
みんながみんな迷宮! 冒険! 未知! バトル! なーんて脳筋ばかりだとそっち一辺倒になっちゃって、どこの町に移っても近隣住民からの支持を得られにくいかもしれないからね。
冒険者も冒険活動も結局は既存の社会の中に組み込まれたものだから、社会貢献を疎かにして自分達のやりたいことだけをやってるってわけにもいかないんだよねー。
そこを考えると、こっちの仕事を率先して受けてくれるレリエさんのような人は大変に有用だよー。僕もこの手の仕事はしなくもないけど、戦力的価値を考えるとどうしたって冒険メインになるからねー。
これはシアンさんやサクラさんも喜ぶぞー、と思いながらも僕も箒を手に取り、さっささっさと地面に落ちているゴミを纏めていく。いつものマントと帽子、杭打ちくんを背に担いだスタイルで箒を動かしてるのは我ながらコミカルだね。
二人でパパパっと片付けていくと、不意にレリエさんが声を潜めて僕に、話しかけてきた。
「それにしても、ここっていわゆるスラム……なのよね? 行く宛のない人達が辿り着くっていう、難民地区的な」
「そうだねー。事情は人それぞれだけど平民として表をうろつけなかったり、国の政策で追放されたり、そもそも他所の国や地域からやって来て居場所がなかったりする人達が屯して作り上げられた区域だねー」
別段隠す話でもないので頷く。いかにもここは町の中でも特に雰囲気の違う、通称スラム区域だね。
ゆえあって他に行くところのない人間が集まって次第に生活区を形成した、貧民のたまり場みたいな場所だ。貴族でもなければ市民登録をした平民階級でもない、法の外の身分に属する人達が概ね貧民としてこの辺の区域にて過ごしていると思ってもらっていい。
こう言うといかにも治安の悪そうな印象を受けるスラム区域だけれど、実のところそこまで治安が悪いわけでもない。
いや、貴族街や平民区域に比べると明らかに良くないんだけど、道を歩いてたらいきなり襲われてしまう! みたいなこの世の終わり的な光景が広がっているってわけでもないんだねー。
レリエさんが興味深げに、けれど警戒心は保ちつつあたりを見回して言う。
「やっぱり……でも、私の思うスラムとはちょっと違うわね。なんていうか、思ったより綺麗っていうか」
「古代文明にもあったのー? こういうスラムって感じのところー」
「あったし、ものすごかったみたいよ実際。道を歩くだけで身ぐるみ剥がれて乱暴されて殺されて、場合によっては遊び半分で拷問にかけられたりしたとかしないとか。私の知識の中にそういう物騒なの、あるわね」
「ひぇっ……」
怖いよー! 古代文明超怖いよー!?
夢が崩れてくよ、僕の思う古代人ってのは理性的で教養豊かで優しく強い文明人なのにー!
思いもよらない恐ろしい話に、思わずゾッとしてしまうよー。
ああ、よかったー今あるこの世界がそこまで物騒じゃなくてー。古代文明の話を聞くについ、そう思っちゃうねー。
スラムなんてどこの国のどんな町にも大なり小なりあるものだけど、さすがに今聞いたような地獄が広がってる場所はないはずだよー。いや、でもあったらどうしよう、震えるー。
「す……少なくともここのスラムは安全だよー。冒険者達がほぼ毎日治安維持のために巡回してるし、そうでなくともスラムはスラムで経済圏を構築してるしー。平民区域ともコラボしたりすることもあるんだよー?」
「そうなんだ……単に貧民というよりは、比較的貧困層とされる人達の生活圏ってわけね。道理ですれ違う人達がどうも呑気というか、平和な匂いがするなーって思ったのよ」
「そ、そう……なんだ……」
それってつまり、古代文明のスラムは平和じゃない匂いがしてたってことですよねー?
古代文明っていろいろすごい。そんなことを考えながら僕は、箒で掃除を続けるのだった。
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僕の生い立ちだよー
一口にスラムって言っても結構エリアは広いから、僕らをはじめ何人かの冒険者達で分担しての清掃活動を行う。
ちなみにこの活動にはスラム界隈の自治会も参加していて、ある種の交流会も兼ねたりしているよ。
まったくいないとは言い切れないけど、それでも身分を気にしない人が大半な冒険者はそれゆえ、スラム界隈とも割と距離が近いんだねー。
「ふう。この辺もすっかり綺麗だなー」
「ありがとよ冒険者さん、お陰で気持ちよく路上で寝れるぜ」
「いや路上で寝るなよおっさん!」
「ちげぇねえ! ガハハハ!!」
ほら、あんな風に和気藹々と冒険者がスラムのおじさんと談笑している。こうした美化活動を行う上での一番のメリットと言えるのかもしれないねー、この交流ってやつは。
冒険者側としてもスラム側としても、この機会に人脈を広げることは大切だ。どっちも持ちつ持たれつな関係だからね。
とりわけスラムで未だ燻っている有望な人を冒険者にして、仮に大成でもさせられたらどっちも嬉しい話だったりするよー。引き入れた冒険者は自慢の弟子ができて名声も得られるし、スラム側も社会貢献に寄与しつつ大成した冒険者から寄付してもらえたりするからねー。
「実際、スラム出身の冒険者で有名な人も数多いし。玉石混交の可能性を秘めた土地として、このスラムを見込んでいる冒険者もいるよー」
「なるほどねー……それこそ杭打ちくんみたいなパターンもあるわけなんだぁ」
「あー……いや僕はちょっと扱いが違うんだよね、実のところ」
サッサッと箒でゴミを纏めて塵取りで回収し、ゴミ袋に詰めながら僕とレリエさんは話し込む。
この仕事とにかく楽ちんなんだよねー。この手の美化活動は頻繁に行われているから目を疑うほど散らかってるわけじゃないし、さっきも言ったけど治安だってそこまで終わってないから暴漢やら変質者も日中なら出やしない。
ましてや町中なのでモンスターなんてどこにもいないし、まったくもって平和そのものなお仕事なんだ。何も考えず手を動かすだけだし、こうして雑談しながらでもできちゃうほどだ。
そんなわけで話す最中、来歴に軽く触れる感じになったから僕は少しだけ言葉を濁した。
スラム出身の冒険者。たしかに僕はその括りに入るパターンなんだけど、実際のところは違うんだよね。だからスラム内でも僕の扱いは、若干腫れ物って感じだったりもするんだよー。
新世界旅団の団員として、仲間であるレリエさんには少しだけ話しておこうかな。
僕自身にも分からない、僕の生まれ育ちってやつを。
「僕、物心ついて孤児院に流れ着くまでずーっと迷宮内で過ごしてたから、厳密にはスラム出身ですらないんだよねー」
「え……め、迷宮内で過ごしてた? え、どういうこと?」
「そのままの意味。気づいた時には地下40階層半ばにいて、モンスターと戦い勝っては血肉を啜って生きてたの。一人きりでねー」
「な…………!?」
絶句するレリエさん。大体の人がこの話を聞くとこういう風になるから、あんまり話したいことでもないんだよねー。
ぶっちゃけ今でもあの頃はあの頃で普通だったし、別に不憫がられる感じでもなかったと思ってるし。過度に憐憫されがちでちょっと反応に困るのだ。
そう、僕はどうしたことか物心ついた頃には迷宮内にいた。それも当時は人類未踏階層もいいところだった、地下44階という幼子からすれば地獄のような空間に住んでいたんだ。
さらにはそこで数年、モンスターと殺し合いして勝ち続け、彼らの血で喉を潤し肉で飢えを凌いできたわけだね。
マジで僕以外の誰も人間がいた痕跡がなかったあたり、物心つく前からもすでにそういう暮らしをしてたんじゃないかなー?
あの辺のモンスターも大概化物ばかりだったけど、特に苦戦した様子もなく片っ端から殴りつけては解体して食べまくってたし。
「で、そこから何年かしてすくすく育った僕はフラフラ~と上の階層に登っていって地表に出てね? そしてたまたまスラムに流れ着いて、孤児院の人達に保護されたんだー」
「…………そんな、ことが。赤子が、たった一人でそんな迷宮で、生きてきたなんて」
「だから僕はスラムの子とは言いにくいわけ。なんなら迷宮で育ってモンスターを食らってきたわけだし、分類的にはモンスターに含まれかねないよねー。迷宮出身なんて、モンスターくらいなものだしー」
若干の自虐をも込めて笑う。昔こそなんの疑問にも思わなかったし今でもたしかにあの頃の生活を普通に思っているものの、世間一般とは致命的なまでにズレた生まれ育ちをしたって自覚も同時にある。
モンスターを食べるってのも、迷宮内に長期間籠もる場合は選択肢として挙げられがちだけど……さすがにそれを日常とする人なんてどこにもいないからね。まして僕の場合、全部生で食べてたし。まんま、野生の獣だよー。
人間の形をしてるだけで、僕もモンスターなのかもねー?
最近になってちょっと危惧してる僕の正体をあえて軽く告げると、レリエさんは痛ましげに近づいてきて、僕の肩をマントの上から抱き寄せ、顔に顔を寄せてくれた。
顔が近い! 吐息が当たるーいい匂い!
「それを言うなら私だって迷宮出身よ。それもわけも分からず数万年前からやってきた、モンスターより意味不明な存在。ね、お揃いね私達!」
「レリエさん……?」
「……モンスターなんかじゃないわよ、君は。私の恩人で、同僚で先輩で、それでとっても可愛くて強い素敵な男の子だもの。自分で自分をモンスターなんて、言っちゃ駄目なんだからね?」
「…………うん。ありがとー」
励ましてくれる彼女に、ニコリと笑って礼をする。
僕は僕だ、生まれ育ちに関わらずソウマ・グンダリだ。それはわかった上で、でも……
今の、彼女の言葉は優しくて温かかったよー。そのことが嬉しくて、僕は静かに微笑んだ。
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孤児院に行くよー
粗方掃除も終わって、ゴミ袋を回収業者に渡して今回の依頼も終わりだ。スラムの自治会から借り受けていた箒と塵取りを返却して、僕らはんんー! と背筋を伸ばして達成感を味わっていた。
あとはギルドに戻ってリリーさんに報告して、報酬をもらうばかりだね。こうした町内活動は半ば慈善事業のためお金による支払いじゃないんだけれど、代わりに手拭いとかハンカチとか果実水をもらえたりする。
いわゆる現物支給だね。意外と嬉しいものをもらえたりするからこれはこれでありがたいよー。
「さ、それじゃあ帰ろうかしら? 良いことしたあとはきもちいいわねー」
「だねー。でもちょーっと待ってレリエさん、途中で寄りたいところがあるからー」
「へ? 寄るところ?」
目に見える範囲にあるゴミをほとんど回収して、綺麗になった往来に満足げに頷くレリエさんを呼び止める。僕はここからギルドに直帰せず、ある施設を経由して帰りたいと考えていた。
別にこのまま帰ってもいいんだけど、せっかくだし顔を出したいからねー。ついでにレリエさんのことも紹介しておこうかと思うよ、もしもの時の避難先になってくれるかもだし。
訝しむレリエさんに僕は、笑って言った。
「僕が8歳の時からほぼ2年くらい、お世話になってた孤児院が近くにあるんだ。身寄りのないレリエさんのこともある程度紹介したいし、そうすれば帰る場所の一つになってくれるかもしれないしねー」
「孤児院……さっき言ってたわね、迷宮から脱出したあと、その施設の人達に保護されたって。この近くにあるんだ……」
「スラムじゃ唯一の孤児院だよー。身寄りのない子供達を集めて育ててる、地域一帯の中でも不干渉施設に定められてる場所だねー」
軽く説明しながらも案内がてら歩き出す。スラムの中でたった一つ建てられたその孤児院は、3年前から地元一帯の暗黙のルールとして不干渉が定められている。
いくらスラムだからって、身寄りない子供を育ててる施設を巻き込むのは良くないって自治会が保護に動いてるんだねー。
同様の不干渉指定施設は他にもあって、病院など医療施設に教会など宗教施設、学校など教育施設などが当てはまるねー。
その辺への配慮はいろいろあって割と本気で、自治会が予算を割いて冒険者を雇ってたりするほどに真剣に取り組んでたりする。
そうした活動のお陰で何年か前までの孤児院みたく、借金取りがしびれを切らして無法を働く、なんてケースが激減したのは素晴らしい成果と言えるだろう。
社会的に弱い立場の人達が、唯一の居場所でまで脅かされることのないようにしたことで、スラム全体の治安も向上したんだから世の中っていろいろ繋がってるんだなーって感心するよー。
「──着いた。ここだよ、レリエさん」
10分くらい歩くと孤児院に到着した。レリエさんにこちらでございと手で示す。
赤い屋根、白い壁、広いお庭もついた3階建ての大きな施設だ。屋敷と言ってしまってもいいかもしれない。四方を壁に囲まれており、警備の冒険者もいる正門には、ここの孤児院の正式名称が書かれた看板がかけられている。
"オレンジ色孤児院"という名前の書かれた古びた看板だった。
「広い……し、大きいわね。それに綺麗というか、新築? 看板だけがやけに古いけど」
「ご明察ー。実は去年に新築移転してるんだよねー、この孤児院。借金も返済し終えて寄付金を貯めたり使ったりできるようになったからさ、少しでも子供達に住みよい場所にしたいってことで思い切って1から建て替えたんだよー。看板は昔の名残だねー」
やっぱり看板だけは歴史あるものを使いたいからねーと笑う。レリエさんはへぇーって感心しながらも、清潔に保たれた孤児院施設をじっと見ていた。
実のところ、孤児院新築には僕の意向が思いっきり絡んでたりする。何せ借金返済から新築費用まで全部僕が資金源みたいなものだからねー、パトロンって言っちゃってもいいかもしれない。
元々調査戦隊にいた頃から資金援助はしてたんだけど、追放されたと同時に借金を完済でき、以後渡してきたお金はささやかな額ながらすべて院の運営に用いてもらってきた。その一環として僕から、そろそろボロっちいから建て替えなよーって言ったわけなんだねー。
それを受けてここから少し離れた、また別の土地にあった旧孤児院からこちらの新孤児院に移り住んだって流れだ。
土地から建築代、内装工事やお庭の管理維持その他税金関係もろもろの処理まで含めて結構なお値段だったけど、それでも僕が数年間ずーっと渡してきた寄付金でギリギリどうにかなったから良かったよー。
まあ、その辺の詳しい話をレリエさんにしても仕方がないし、内心で自分の成し遂げたことにちょっぴりむふーって悦に浸るに留まる。
新築した孤児院にはこれまでも何度も顔を出してるけど、職員さん達も子供達もみんな明らかに元気そうで楽しそうで、我ながらいいお金の使い方ができたなーって誇らしい。
今日もみんな、笑顔でいてくれるかなーと思いながら、僕はレリエさんを連れて正門へと向かった。
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院長先生だよー!
警備のために正門前に駐在している冒険者達も、僕がここの出身だということは知っていて、冒険者証を見せたら快く門を開けてくれた。
こういう警備関係の依頼を専門に受ける冒険者達もまあまあいる。性質上迷宮に潜ることは少ないけれどその分、治安維持に貢献してくれているってことで町民達からの評判も上々なわけだねー。
「迷宮潜るだけが冒険者の仕事じゃないわけねえ」
「そだねー。レリエさんも迷宮に潜るのがつらいってなったら、こういう護衛とか今日の掃除みたいな、町中の依頼を中心に受けることをオススメするよー。もしくはパーティー運営関係業務につくとかねー」
「運営関係……お金とか事務手続きとかよね。シアンにも一応言ってるのよ、私ってばかつての時代では経理関係の仕事してたみたいだから」
「そうなんだ? すごいよー!」
お庭を通って施設の入り口に向かいながら話す。
数万年前の古代文明時代の頃のお話を聞けたよー、そっかそっかレリエさんってば、昔はお金関係のお仕事してたんだねー。
そこから話を聞いていくと、彼女はいわゆる税金とかその辺の書類関係に携わるお仕事をしてたんだとか。だからシアンさんにも、パーティーの金銭面での管理については知識的な面からフォローできるかもーって言ったんだって。
すごいよー! 古代文明の経済知識が新世界旅団には付いてるってことなんだよ、これー。
オカルト雑誌やファンタジー小説なんかでは、古代文明は極めて高度な社会を築いていて、経済的な面でも今とは比べ物にならないほどに発達していたとされている。
実際、迷宮から出てくる古代文明関係の資料や遺跡、出土品は今の僕らの文明じゃとてもじゃないけど解明できないくらい隔絶したオーバーテクノロジーが用いられてるものが多いからねー。少なくとも超高度文明だったってことには疑う余地がないって、それはどこの学者さんでも認めてる事実だよー。
そんな発達した文明の金融関係の知識をお持ちのレリエさんが、新世界旅団の財政面にアドバイスしてくれるってのはいかにも心強いよ!
……って笑って言ったら、彼女も朗らかに笑ってうなずいて答えた。
「それなりに知識があるってのとおぼろげに記憶が残ってるってだけだから、そんなにお役には立てないかもね……まあサクラからもそれなら頼むって言われたし、いざ旅団が発足した際にはひとまず私は財政係ってことになったわ。ちゃんと現代の財務知識も勉強しないとだし、頑張らないと」
「あー……それに加えて冒険者としての訓練もあるし、大変そうだねー」
「むしろそっちよね、私ってば今まで武器なんて握ったこともないし……喧嘩だってしたことないから」
苦笑いしてそんなことを言う彼女は、たしかに戦い慣れは明らかにしてないしなんなら喧嘩なんて見たこともないって感じだ。
超古代文明、平和なところはとことん平和だったんだねー。さっき聞いたスラムって名前のこの世の終わりといい、場所によって極端すぎるよー。
なんだか不思議な世界らしかったはるかな昔に思いを馳せつつ、僕らは孤児院の入口にて職員さん呼び出しのベルを鳴らした。清潔な白を基調とした屋内、入ってすぐにある受付カウンターの上に置かれたベルだねー。
チリンチリーン、と涼し気な音を鳴らせばすぐ、近くの階段から職員さんが下りてきた。僕もよく知る、痩身の中年女性さんだ。
室内に入ればマントはともかく帽子は脱ぐよ、ここのみんなは"杭打ち"がソウマ・グンダリだって当然知ってるからね。画す必要はないんだよー。
「はーい……あっ、ソウマくん! いらっしゃい、また来てくれたのね!」
「はい、また来ちゃいましたー! 院長先生いますかー?」
「ええ、もちろん。今は子供達と。今日はお仕事のお話? それそちらの方は……」
「そんな感じですー。こちらはレリエさん、僕の仲間の方ですねー」
にこやかに話して笑い合い、レリエさんも紹介する。
普段一人で来訪している僕が珍しく人を、それもこんなに美人でかわいいおねーさんを連れてきたことに職員さんは目を丸くしてたけど……レリエさんがニッコリ笑ってお辞儀をすると、慌ててお辞儀で対応してきたよー。
「初めまして、ソウマくんの仲間といいますか……パーティーメンバーのレリエと申します。彼には日頃、お世話になっております」
「ああ、これはご丁寧にどうも。彼が仲間の方をお連れするなんて、この3年間なかったことですから、つい驚いてしまって……」
「…………そう、なんですね」
職員さんの言葉に、どこか面食らうというかショックを受けたように口を閉じるレリエさん。どしたのー?
こっちをチラッと見て、ちょっと目を細めている。なんか悲しそうにも見えるけど。
「レリエさんー?」
「……ううん、ごめん。なんでもないの」
そう言って無理矢理っぽい感じに笑う彼女が、なおのこと変に思える。
なんだろ?と首を傾げながらも、僕は院長先生までの取次を職員さんに頼むのだった。
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僕は男だよー!
職員さんの案内を受けて施設内を歩く。僕はたしかにかつてここの孤児院で世話になったし今じゃ立派なパトロンだけど、独り立ちしている以上はすでに部外者だ。
つまり一人で勝手に構内をうろつくなんて許されないわけだねー。まあ、そもそもこの新築の施設はあまり詳しくないから、迷子になったりしたら困るのでそんなことはしないしね。
ちなみに杭打ちくんやマントといった"杭打ち"装備は入口前、専用の置き場を作ってもらってるからそこに置いてある。特に杭打ちくんについてはいくらなんでも重すぎるし、何よりも危険物だからねー。
間違って子供が触ったり近づいたりして、大変なことになってもいけない。だからこの施設に入る時は絶対に、最低限杭打ちくんを置いていくのだ。
他にもここに来る時の僕は極力ソウマ・グンダリとして訪れたいって思うからマントや帽子も預けてるよー。
そんなわけでマントの下、黒い戦闘服だけ着た僕はレリエさんと二人、職員さんの後に続いて歩いているのだった。
「何か変わったこととかありました? 困ったことがあったら言ってくださいよ、できる限りのことはしますから」
「ありがとうね、ソウマくん。でも大丈夫よ、相変わらず平和な毎日だし、日常のトラブルはたまにあってもみんなで乗り越えていける程度のものだもの」
「それならいいんですけどー」
僕にとってこの孤児院は、たった2年程度しかいなかったけどたしかな故郷だ。
名もないケダモノとして生まれ育ったあの迷宮じゃなくて、人間としてのすべてを与えてくれたこの場所こそがソウマ・グンダリの生まれ故郷なんだと認識している。
だからこそ故郷に少しでも恩返しがしたくてあれこれさせてもらってるんだけど、さすがにここに暮らす人達はみんな、自分達でできることは自分達でやろうという自立心が旺盛だ。
聞けば内職や出稼ぎ、果ては冒険に行く職員さんも未だいて、なのに僕からの寄付金は子供達関係のこと以外には手を付けず、もしものためにと貯金しているみたい。
だから建物は新しいのに、経営は相変わらず火の車状態なわけだね。なんともはや、無欲すぎてこっちが困っちゃうレベルだよー。
遠慮せずにパーッと贅沢に使ってもらってもいいんだけどね……でも僕が愛したこの孤児院は、そういうことをしないよねって確信もあったりするし。
結局、僕がやってることは余計なことなのかもって気もしてるけど、金はあるに越したことがないからね。また借金をしないようにってだけでも、せっせと仕送りするだけの価値くらいはあるんだと思いたいなー。
「院長先生はただいまこちらのお部屋で、子供達に絵本を読み聞かせているわ」
「いつものやつですねー。じゃあ廊下でちょっと待ってますよ」
「ソウマくんにそんなことさせられるわけないじゃない。院長先生もあなたに会いたくて仕方ないのよ? いいからいいから、入って入って!」
「え、え、ちょ、ちょー?」
子供達にとって院長先生は親のようなものだ、触れ合いを邪魔しちゃいけない。そう思ってちょっと待とうかなーって思ったんだけど、職員さんに半ば強引に部屋の中に押し込まれていくよー。
レリエさんも続けて入ってくる、その部屋はいわゆるお遊戯室だ。積み木や玩具がたくさん置かれていて、その中にたくさんの子供達がいる。
年少組の部屋だねー。僕には縁のない空間だけど、昔の孤児院にもこういう場所はあったよー。
「……? あっ、くいうちのにーちゃん!」
「おねーちゃんだよ!」
「おれしってる、にーちゃんだよにーちゃん! しらないのー?」
「しってるもん! おねーちゃんだもん!!」
「お兄ちゃんです……」
ああああ子供にさえ男かどうか疑わしく思われてるよおおおお!
ここに来る度こんなこと言われてるけどおかしいよー! こんなダンディーな僕を捕まえて男か女か分からないってそんなのないよー!?
さめざめと泣く内心はともかく、部屋に入った途端小さな子供達が僕に寄ってくる。男の子も女の子もみんな5歳までくらいで、純粋無垢な笑顔をみせてきてくれるねー。
時折こうして訪れるってのと、大人達がパトロン扱いしてくるのを見て子供心に敵じゃないって思ってくれてるみたいだ。それは嬉しいよー。でも毎回性別間違えるのは止めてねー?
僕はしゃがんで子供達の頭を撫でてちょっとスキンシップ。
ニッコリ笑うと少年少女達もニッコリ笑ってくれて、なんだか心が温かいやー。
この子達の他にも年長さん、学生下級組さん、上級組さんと年代ごとに分かれてるわけだけどー、やっぱり年をとるに連れて理性的というか、下手すると反抗期的な感じになってきたりもするしこのくらいの子達が一番無邪気だなーって感じはするよー。
そうしてちょっぴりだけみんなと戯れてから、僕はまた立ち上がって奥に座る女性を見た。
サクラさんよりちょっと上くらいの年齢で、黒髪を肩口で切りそろえてカチューシャをつけている。青い目がとても綺麗な、髪の色と合わさって昼と夜の間を思わせる女の人だ。
「やっほー、こんにちは院長先生。元気してたー?」
「ええ、お陰様で。お帰りなさい、ソウマちゃん」
僕が片手を挙げて挨拶すると、その女の人はにこやかに笑って応えてくれる。
そう、この女の人が今この孤児院で院長先生をしている。Eランク冒険者でもあり、自らも薬草採取や町内清掃みたいな軽作業依頼をこなして院の運営を支えてたりするすごい人なのだ。
ミホコ・ナスターシャさん。
先代院長で僕が主にお世話になったメリーさんの義理の娘で、僕にとっても姉のような感覚の人だねー。
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千客万来だよー
「いつも薬草の納品依頼を受けてくれてありがとう、ソウマちゃん。それに寄付金だって、いつも多すぎるくらいにもらっちゃって……」
「恩返しにしてはささやかなくらいだよ、気にしないでー。それよりミホコさんも元気してる?」
「ええ、とっても! それもこれもみんな、あなたのおかげよ……いつも助かってます。本当に、ありがとうございます……!」
「そんな畏まらないでよー」
そう言って律儀に礼を言ってくるミホコさん。ずいぶん申しわけなさそうにしてるのはたぶん、こないだリリーさんから聞いた話が関係してるんだろうね。
なんでも寄付する額が多すぎて、僕が身を削ってやしないかって泣いたって話だし。少しばかりの恩返しのつもりなんだけど、どうも調子の狂う話ではあるよー。
とりあえず茶目っ気めかして笑うと、さすがに泣き出したりはせずに笑い返してくれる。ただ、どうしても眉は下がってるねー。
先代のメリー院長が借金の満額返済を機に引退して後、義理の娘であるミホコさんが院長職を引き継いだ。
彼女も元々ここの孤児院の出なんだけど、独立してからは職員として働き、合間を縫って経営学や経済学を独学で学んで後を継げるよう頑張ってたんだからすごいよねー。
昔はちょっぴりおっちょこちょいな新米先生だったのが、今じゃ立派な院長先生だもの。
メリー元院長もそりゃ安心して後を託すよねー。あの人はあの人で今、悠々自適にご隠居さんしてるって聞いたしまたその内、お会いできるといいなー。
「それで今日はどうしたの? そちらの方は?」
「あ! そうそうそうだった。いや実はねー、こちらの女性、レリエさんについて相談したいことが一つあってー」
「ソウマくんのパーティーメンバーのレリエです、よろしくお願いします」
思いを馳せているとミホコさんから用件を尋ねられて、慌ててレリエさんを紹介する。彼女についての相談が今回、ここに寄らせてもらったメインの目的なんだ。
丁寧にお辞儀するレリエさんはなんていうか、所作の優雅さがまるで王侯貴族みたいにエレガントだよー。
振る舞いの美しさについてはシアンさんやサクラさんも褒めてて、もしかして古代においては名のある貴族とかだったのかと一瞬思ったんだけど。
なんでも古代文明においては結構な数の国がいわゆる身分制度を廃止してるそうで、彼女の振る舞いは誰しもが身につけるマナー教育の一環だそうな。
なんともいろいろとんでもない話に、僕らは目を丸くしてはるか昔の文明に想いを馳せたのも記憶に新しいよー。
こういうちょっとしたエピソードを聞くだけでも値打ちがあるんだから、そりゃー国や貴族も古代人の身柄を抑えたがるよねーと3人、感心とともに納得せざるを得なかったほどだ。
ともかくそんなレベルでしっかりした所作を見せたレリエさんに、ミホコさんは慌てて立ち上がり居住まいを正して返礼した。
貴族だかと勘違いしてるね、これは……本当はもっとぶっとんだ正体なんだから、世の中って未知ばっかりで面白いよー。
「ああ……これはご丁寧に。ありがとうございますレリエさん、私は当院の院長を務めておりますミホコと申します。いつもソウマちゃんがお世話になっています、よろしくお願いします」
「お世話だなんてそんな。むしろ私のほうが、数日前からずーっとお世話になっていまして」
「と、おっしゃいますと?」
「はい、実は私────」
と、言うわけで事情をある程度説明。
レリエさんが古代文明から蘇った人だということ、数日前に迷宮内で僕が見つけて保護したこと、結成予定のパーティー・新世界旅団に新人団員として入団したこと。
そしてそんな中で、帰る場所のない彼女に旅団だけでなく、オレンジ色孤児院を戸籍上の住所や緊急避難先などの、セーフティネットとして利用したいということを話す。
ミホコさんもさすがに目を剥いてビックリしていたけれど、つまるところ8年前の僕と同じようなものだからね。割とすぐに立ち直って理解を示してくれた。
僕の時はめちゃくちゃ怯えてテンパってたのを思うと、年季や経験って凄いなーって思うよー。
「……事情は分かりました。そういうことでしたら私どもに断る理由はありません。何よりもソウマちゃんからの頼み事なんてめったに無いのですから、全力で応じますとも」
「ありがとうございます、ミホコさん!」
「いえいえ、はるか古代から時を超えて来られて、さぞ不安かとは思いますが……私達はいつだって温かいスープと毛布を用意して、あなたをお待ちしていますよ。もちろん、ソウマちゃんもね」
「ありがとー、ミホコさんー!」
そして快くレリエさんを受け入れてくれたことにも改めて感謝するよー。昔のあんな僕でさえ受け入れてくれただけのことはあって、すごくすごーく優しくて温かい人達だねー。
これで万一、新世界旅団に何か不測の事態があったとしても彼女はここを頼ることができる。寄る辺ない古代文明人の、現代における避難先にすることができるわけだね。
ホッと一息つける。レリエさんが優しい瞳で、そんな僕の頭を撫でてくれた。えへ、えへへー!
と、そんな時だ。さっきの職員さんがまたやってきて、ミホコさんに言うのだった。
「院長先生。15年前にここを巣立ったと仰る冒険者の方が、院長先生との面会を希望されているのですが……」
「15年前? ……誰かしら、私と同じくらいの世代だけれど」
首を傾げるミホコさん。
どうやら今日は千客万来って感じみたいだねー、この孤児院。
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タイトルホルダーだよー
僕とレリエさんに続いての来訪者。それも15年前にこの孤児院を巣立ったという、いうなれば僕の大先輩さんとのこと。
ミホコさんとほぼ同じくらいの年代だろうねー、どんな人だろ、気になるー。なんとなしワクワクしながら職員さんとミホコさんのやり取りに耳を傾ける。
「ミシェル・レファルと名乗る女性の方です。冒険者証を確認しましたがB級で、はるばるカミナソールからお越しのようで」
「ミシェル……ミシェル! 聞いた名前ね、たしかに私の友達だったわ。というかカミナソールって、ずいぶん遠くから来たのねえ」
「なんでもパーティーの都合で単身エウリデに来られて、そのついでに当院に寄ったとのことです」
なるほど、どうやら嘘や騙りの可能性も低いみたいだ。本当にこの孤児院を出た方のようだね、しかも院長と同学年。
とはいえカミナソールか、本当に遠くから来たねー……はるか海を越えた先にある大陸の西端、内陸にある大国じゃないか。
距離の関係上エウリデそのものとはトルア・クルアを通しての貿易をそこそこやってるに留まっている、あまり馴染みのないお国だったと記憶してるよー。
そんなところでB級になるまで冒険者をして、それでパーティーの任務か何かでこっちに寄ったってわけかー。
「そういうわけなら応接間に案内してもらえる? 私もすぐに行くから」
「分かりました、そうしますね」
「にしてもミシェル、Bランクかー……頑張ったのね、あの子も」
そうとなればと一も二もなく応対する旨を告げるミホコさんが、懐かしげに遠い目をしてつぶやく。
15年前の旧友かあ、そりゃ懐かしいよねー。しかもBランクってなかなかだよ、少なくとも相当な努力がないと到達できない地点ではあるし。
僕もちょっと、気になってきたなあ。新世界旅団のメンバーとして、カミナソールの現状とかも聞いてみたいし。
もしよければ僕も面談に相席させてもらえないかな、厚かましいかなー? レリエさんをチラ見すると、彼女も知的好奇心を刺激されたのかちょっとワクワクしてるねー。
こうなったらダメ元で相談してみよっか!
「ね、ミホコさん。その人に僕らも会ってみたいんだけど、面会に同席させてもらえたりしないかなー?」
「ソウマくんとレリエさんが? ええと、どうしたの?」
「いやー、カミナソールのこととか気になるし。それにBランクの冒険者さんだから、レリエさんにも見てもらいたいしー」
「お恥ずかしながら登録したてのFランなもので。一人でも多くの先輩から学ばせてほしいんですよ」
息もピッタリに二人で頼み込む。せっかくの機会だ、逃す手はないよねー。
キョトンとしているミホコさんだけど、特にレリエさんのためというところで得心したみたいだ。事情を知れば右も左も分からない新米冒険者の古代人だもの、少しでもためになりそうな機会があるなら経験させてあげたいって思うのが人の情ってやつだよねー。
「そういうことなら構わないわよ。ただ、向こう方が席を外してほしいと言うなら退席してもらわないとだけれど」
「そこはもちろん従うよ」
「私達もそこまで厚かましくありませんからね。ありがとうございます院長先生」
「いえいえ。それじゃあ行きましょうか、もうミシェルさんも面会室にいるでしょうし」
快く受け入れていただいてみんなで部屋の外に出る。入れ違いに別の職員さんに子供達をおまかせするんだけど、みんな僕らがいなくなるのを寂しがっていたのが印象的だ。
一人ずつ軽く頭を撫でて慰めながらも、後ろ髪を引かれる思いを振り切って面談室へ向かう。階段を降りて一階、真っ直ぐ伸びる通路の中央部の部屋だねー。
歩きがてら、軽くレリエさんに説明する。
「Bランクってことは、世界各地の迷宮にもそこそこ潜れるだけの実力があるってことになるね。たぶん、迷宮攻略法も一つくらいは習得してるんじゃないかな」
「迷宮攻略法……迷宮を攻略するために体系化された戦闘技術の総称、よね。大迷宮深層調査戦隊が編纂したっていう」
「そだねー。初めて会った時にもいくつか見せたと思うよ、身体強化とか重力制御とか、あと威圧とかね。あーゆーの」
「人間業じゃないと思うんだけど、あれ普通に身につけられる技術なんだ……」
冒険者のランクって実力とか依頼達成状況、人間性や社会性なんかを総合的に見て決められるものなんだけど、最近だと特に重要なのが迷宮攻略法の習得状況だったりする。
一つでも身に付けてたら大きく査定にプラスされるからねー。Bランクともなれば当然何かしらは持っていてもおかしくないとされだしている今日このごろ、ミシェルさんって方もたぶん威圧なり身体強化なりくらいは持ってるんだろうね。
すでに僕が使うのをいくつか見てるレリエさんはなるほどと頷きつつ、それじゃあと尋ねてきた。
「迷宮攻略法って全部でいくつあるの? ちなみにソウマくんはそのうちどれを使えるのかしら」
「今のところ7つだねー。僕はどれが使えるっていうか、全部使えるよー」
「……………………え? そ、それってめちゃくちゃすごいんじゃ」
「少なくとも3年前の時点では、僕とレイアしか迷宮攻略法をコンプリートした、通称"タイトルホルダー"はいなかったねー。今はどうか知らないけどー」
調査戦隊でも別枠扱いだった僕と、リーダーとして誰よりも精進し続けていたレイア。この二人だけが当時、7つ編み出されて体系化された技能群をすべて習得できていたんだ。
他のレジェンダリーセブンはそれぞれ得意な方面の技術に特化してたし、複数習得してたリューゼやミストルティンとかでも3つが限度ではあったしねー。
3年経過した今ならもしかしたらタイトルホルダーも増えてるかもしれない。その辺も聞きたくてミシェルさんにエウリデの外のお話を聞きたいところもあるわけだね。
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質問するよー?
辿り着いたに面会室、ミホコさんが先頭に立ちドアをノックをする。中にはすでに誰かいるっぽくて、微かに気配を感じるねー。
失礼します、とドアを開ければ中に入る。ミホコさん、僕、レリエさんの順だ。次々入れば室内のソファ、座っていた女性が立ち上がって出迎えてくれた。
院長としてミホコさんが口を開く。
「大変お待たせしました、当院院長のミホコ・ナスターシャです──」
「ミホコ! やっぱりミホコだ! 懐かしい、久しぶり!」
「────ミシェルちゃん!」
丁寧な挨拶と束の間、すぐに女性が興奮したように叫んだ。
ベリーショートの小柄なお姉さんで、狩人めいた軽装のラフな格好だ。かなりの美人さんだねー。
どうやら彼女がミシェルさんらしい、ミホコさんが途端に院長としてでなく孤児院出身の子供としてはしゃぎ始めた。
何年ぶりか、下手すると15年ぶりの再会って感じかー。
「ああ、なんて懐かしい! 元気にしてくれていたのね、ミシェルちゃん!」
「もちろん! ミホコこそ、院長先生だなんて立派になって……! それにこの施設! 前とは比べ物にならない、いつの間に新築を?」
「去年よ、うふふ! 素敵な冒険者さんに資金援助いただいて、借金だって完済していただけたの! おかげさまで今じゃすっかりまともな運営ができているわ!」
「えっ……そ、そうなの!? そんな奇特な、聖人みたいな冒険者がいるんだ……」
「えへへ!」
唐突にめっちゃ褒められて照れちゃう! えへへ、聖人だってさ、この僕が!
急に声を上げて笑いだして、あまつさえ頬を染めて頭を掻く僕は当然ながらとてつもなく目立つ。悪目立ち。ミシェルさんは旧友との再会に水を差した子供の存在に、今気づいたようで戸惑いながらもミホコさんに尋ねた。
「えっと、孤児院の子? 見た感じ年長組さんみたいだけど、まさかあなたの娘とか言わないわよね?」
「ちょ……ちょっと! その子が今言った、素敵な冒険者さんよ! ちなみに男の子ね? そこは気にしてるから間違わないであげて!」
「………エ"ッ"」
「男ですー……15歳冒険者ですぅ……!」
ああああ娘さんって呼ばれちゃったああああ! マントで身体を隠してもないから体格で分かるだろーって思ってたのにいいいい!
しかもサラリと年長さん扱いされてるよー!? 概ね6歳から10歳くらいまでの年代を差す呼称だけど、僕15歳ですけどー!! 普通に独立しててもおかしくないし、なんならもう独り立ちしてますけどー!! けどー!!
す、すごいよこの人、わずか一言で僕の繊細な心をズタズタにしてきたよー……破壊力抜群だ、がくーっ。
その場に膝から崩れ落ちる僕をレリエさんが慌てて支える。ミホコさんは苦笑いしつつミシェルさんを見てるし、空気が一気に変な方向にいっちゃったよー。
「大丈夫、ソウマくん!? 傷は……心はともかく身体は無事よ、安心して!」
「あのね、ミシェルちゃん……この子、ソウマ・グンダリくんはこれで孤児院の借金を完済してくれたり新築費用も出してくれた大切な人なの。何よりも私達と同じでこの孤児院出身の子だから、あまり侮辱するような物言いは止めてもらえるかしら……」
「こ、この子が!? ごめんなさい、ついうっかり見たまま思ったままを口に!」
「ああああ偽りなき真実の感想うううう」
「!?」
完全に素のリアクションってことじゃん! 余計に酷いよ、フォローになってないよー!
今度こそ完全に撃沈したよー、しばらく立ち直れないからレリエさんあとはよろしくー。介抱してくれるレリエさんにそっと身を委ねる。
「あ、い、いやその! ────って、ソウマ・グンダリ!?」
「え?」
思わぬ失言にあたふたしている様子のミシェルさんだったけど、いきなり何が引っかかったのか僕の名前を叫んで驚く。
何、どしたのー? と力なく彼女を見ると、目を見開いてわなわなと震えつつも、僕を指差し弱々しく言った。
「ソウマ・グンダリって……まさか、まさか冒険者"杭打ち"!? なんでここに!?」
「…………誰から聞いたのかなー?」
「っ!?」
いきなり僕の素性を当ててきた彼女に、そっと軽い威圧を与える。唐突にずいぶん怪しいこと言うよね、このお姉さんってばー。
傷心もそのままにレリエさんから離れて立ち上がる。その間もずっと、威圧は与えたままだ。
どうにか自分の威圧で中和しようとしてるみたいだけれど、たとえ軽くてもBランクの人にどうこうできる程度のプレッシャーじゃないんだよ、僕のはさ。
身動きの取れない彼女に近づき、じっと顔を覗き込む。
「こ、れは……! この威圧、この強さは……!?」
「どうしてあなたが"杭打ち"について、そんなところまでご存知なのかなー? いくらなんでもカミナソールの一冒険者の耳にまで入るほど、迂闊な振る舞いはしてないつもりなんだけどー」
「…………!!」
「誰から聞いたんですか? 悪いようにはしませんから、お教え願いたいですねー」
直球で聞く。まず間違いなくこの人にいらないことを吹き込んだ人がいるはずなんだ。
元調査戦隊メンバーか、はたまたエウリデの高官なりか。少なくともこのどちらかとは繋がりがあるはずなんだよー。
じっと見つめる。別に黙秘したところで何かする気はないけど、こういう時は威圧をかけてただジーッと見つめるのが効果的だってウェルドナーのおじさんも言ってたしね。
そしてさすがと言うべきか、ミシェルさんはすぐに詰問に屈してくれた。
自分の持つ情報の出処がどこからなのか、あっけなく吐いてくれたのだ。
「わ、私の、所属するパーティーのリーダー……! 誉れあるレジェンダリーセブンが一人、"戦慄の冒険令嬢"! リュ、リューゼリア・ラウドプラウズ様から話を、話を聞いていましたっ杭打ちさんっ……!!」
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元仲間の仲間だよー
ミシェルさんに僕の、というか"杭打ち"の正体を伝えたその人の名前を聞いて、真っ先に思ったのがまたか! って気持ちだ。
"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズ。レジェンダリーセブンの一人にしてかつては調査戦隊の中にあっても最強格として扱われていた、Sランク冒険者だねー。
「リューゼのパーティー、今カミナソールにいるんですか? ……ていうかペラペラと喋ってるんですかねー、あいつ」
「あっ、いえ! 一応パーティーの幹部クラスにだけ酒の席でコッソリと! かの調査戦隊最強とされた"杭打ち"の正体はソウマ・グンダリなる少年、少年? であると仰られていました!」
「なんで少年であるところに疑わしさを抱いてるのかしら……」
そんなリューゼのパーティーに属しているらしいベリーショートの女冒険者は、興奮とも畏怖ともつかないキラキラした目で僕を見て言う。
レリエさんの言うように、この期に及んでなんで少年ってところに首を傾げてるんだろうねー? 場合によってはこの場でギャン泣きするよー?
ちなみに一応威圧は解いてある。リューゼの縁者ならあまり、乱暴なことをするのもまずいし、何よりミホコさんの目も怖いからね。
彼女も僕が正体を隠して活動してることは承知なので、あっさり言い当てちゃったミシェルさんに対しては吹聴しないよう言い包めてくれたけど……とはいえ旧友を威圧で脅されるのも面白くはないだろうし。
さておき、リューゼがまさかカミナソールにいるとは思ってなかった。あいつ山と海なら海! ってことあるごとに言ってたのに、なんでまた内陸国を拠点にしてるんだろう?
ミシェルさんにいろいろ尋ねてみると、彼女はハキハキした声で喋り始めた。
「リューゼリア様は調査戦隊解散後、各地を転々としつつ仲間を集め、冒険者パーティー"戦慄の群狼"を組織されました! そして2年前に内戦状態だったカミナソールに辿り着き、反乱軍側に与して圧政を強いる政府軍を打倒、あっという間に新政府樹立の立役者になられたのです!」
「…………えぇーっと。冒険者、パーティー、だよねー?」
「なんで革命の手伝いしてるのかしら……」
カミナソールが内戦状態ってのも知らなかったけど、それをなぜかリューゼ率いる"戦慄の群狼"なるパーティーが主導的立場で成し遂げたってこともまったく知らなかったよー。
迷宮や冒険ほっぽらかして何してるんだろうね。前から気の向くままにわけの分からないことをするやつではあったけど、これはとびきり理解不能だ。
さしものレリエさんもミホコさんも絶句してドン引きしている。ミシェルさんだけだよ、やたら自慢げに誇らしげにしてるのは。
そして彼女は続け、胸を張りつつ説明するのだった。
「そこから今日に至るまでカミナソールを拠点として冒険活動を行ってきましたが、つい先般こちらの町にて、気になる事件が起きたとの情報が入り……リューゼリア様直々の命令で不肖、このミシェルが先遣を務めに参った次第です、杭打ちさん!」
「そ、そうなんですかー……気になる事件?」
「はい、他ならぬ杭打ちさんのことです! 調査戦隊解散以降、完全に鳴りを潜めていた冒険者"杭打ち"が騎士団長ワルンフォルースとSランク冒険者サクラ・ジンダイを相手に大暴れし、直後に新世界旅団なるパーティーへの参加を表明したと! そのような報せが冒険者新聞にて届き、動いた次第です!!」
「えぇ……?」
誰だよー! 余計なニュースを国外にまでばら撒いたのはー!
って、言うまでもなく冒険者新聞を発行している冒険新聞社の連中だねー。ギルドで酒を飲んでる酔っ払いに金を払って、あの茶番についての詳しいところを聞き出したと見たよー。
冒険者絡みのスクープを漁っては記事にして世界中にすっぱ抜くハイエナ記者連中は、冒険者達からマジで嫌われていながらも普通に近づいてきてはスルリと懐に入って気を許させて情報を得る手練手管からまんま蛇って揶揄される面倒臭さのプロだ。
僕もかつては正体を暴こうとした記者につきまとわれたもんだよー。面倒だからサクッと撒き続けてたら数ヶ月くらいで去っていったけど、こう来るかぁ……
頭を抱える僕に、反面にやけに嬉しそうな顔でミシェルさんが話を続ける。
「我々"戦慄の群狼"はその報を受け、即座にエウリデに拠点を移すことを決定しました! リューゼリア様の鶴の一声で、新世界旅団なるパーティーを見定める、場合によっては杭打ちさんを取り戻すと仰ったのです!」
「取り戻すって……あいつのものになった記憶なんて一瞬もないのにー……」
「そしてそのためにも一足先に情報収集役が必要ということで私が遣わされました! 故郷ですし、情報部のリーダーということもありますので! まさかこのような形でお会いできるとは思いもしませんでした、杭打ちさん!」
キラキラ輝く笑顔は元気そうでよろしいけれど、来るのかーリューゼ……騒がしくなりそうだよー。
というか冒険者新聞で出回っちゃってるってことは、世界中の冒険者達がもうすでに知ってるってことかー。うーん、なんか嫌な予感しかしないよー。
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冒険者トップ層の現状だよー
世界中に知れ渡ってたこないだの茶番と僕の新世界旅団加入の件。
それを受けてわざわざはるか海の向こうのカミナソールから、リューゼがパーティーを率いてやってくるそうな。なんともはやご苦労様なことだねー。
みんなソファに座ってミシェルさんのお話を聞く。リューゼについてはレリエさんはもちろん、ミホコさんも面識はないんだけれどかつて僕が在籍していた調査戦隊絡みのことだからねー。
そうでなくとも冒険者なら調査戦隊の話は、たとえ関係なくても聞いて損はないって思う人が多いし。僕と関係のあるお二人からしたら、余計に好奇心を掻き立てられるのかもしれなかった。
「私の任務は杭打ちさん、および新世界旅団の様子を確認、観察と、リューゼリア様率いる"戦慄の群狼"本隊に報告することです。よもやこのような形で接触するとは思いませんでした……スラムの孤児院出身とは聞いておりましたので、不思議とは思いませんが」
「大分いろいろ喋ってくれてるねー、リューゼ……」
「飲みの席では特に、あなたのことを中心に話していますよ。自分と唯一同等以上に渡り合う化物で、なのにまるで少女のように可憐な見た目をしている方だ、と」
「……………………」
笑顔で話すミシェルさんには悪いけど、リューゼのやつが今ここにいたら殴りかかってると思う。あいつ何を言ってくれてるんだよー!
まず第一に、あいつと同等以上に渡り合えるのは僕だけじゃなかった。レイアは明確に格上だったし、少なくともミストルティンは互角だった。条件が整えばワカバ姉も十分戦えたと思う。
だのになんで僕だけ指して化物呼ばわりするのさ! しかも少女みたいな見た目なのにって! 僕は男だよー!
……当時は今より幼かっただろうから、黙ってたら万一くらいにはそう見えたかもしれないけれど。それはそれとしてこれには抗議するよー!
「り、リューゼに報告する時についでに抗議しといてもらっていいですかー?」
「えっ……え、わ、私からですか!?」
「"相変わらず羽毛より軽い口だけどそんなんでよくパーティーリーダーとかできるね。勝てないからって人のこと化け物呼ばわりするのダサいと思うんだけどどう思う? っていうか戦慄の冒険令嬢ってそれ何、いつからお嬢様になったのウケるー"……って伝えておいてくださいー」
「無理ですよ!? リューゼリア様はその手の悪口、たとえジョークや軽口でも本気で受け取るんですから!!」
「知ってますー」
口が軽いくせに軽口に本気でキレるんだからちょっとどうかしてるよねー。しかも3年経って直ってないとか、今もう20歳くらいでしょうに何をしてるんだかー。
とはいえあんまりミシェルさんを困らせるのも本意じゃないし、僕はからから笑って言い繕う。
「まあまあ冗談ですよミシェルさん。どうせ来るなら直接会って文句つけますよー、リューゼがどのくらい強くなったかも気になりますしねー」
「あのリューゼリア様に、そこまで対等以上に言えるのもあなたくらいのものでしょうね、杭打ちさん……さすがは世界に3人しかいないとされる、迷宮攻略法タイトルホルダーに数えられるだけはあります」
「3人……一人増えたんですね。僕とレイア以外に誰が?」
タイトルホルダー、すなわち迷宮攻略法をすべて習得した人が僕とレイアの他にもう一人生まれていたことに驚きつつ尋ねる。
世界中に伝播して3年にもなるんだ、すべて習得してる人がいてもおかしくはないのかな。僕もレイアも2年未満でコンプリートしてるしね。
レジェンダリーセブンの誰か、それこそリューゼだったりするのかなーって思ってたら、ミシェルさんはまるで全然知らない人の名前を挙げてきた。
「デルフト・ドットというSランク冒険者ですね。調査戦隊にこそ加入しませんでしたが、地元ラズグリーズ王国の迷宮を軒並み踏破したとされるトップクラスです」
「へえ……意外って言ったらそちらの方に失礼だけど、正直リューゼかミストルティン、そうでなくともレジェンダリーセブンの誰かが3人目になると思ってました」
「少なくともリューゼリア様は悔しがっていましたね。余所者に先を越されたと……以前にお会いした、レジェンダリーセブンの"鉄拳"こと、ガルドサキス・エルドナートさんも同様でした。御方は実際にデルフトさんに会って、実力伯仲の様相を呈したとか」
「ガルドサキスが? それはまた……」
聞いたこともない名前の人だけど、レジェンダリーセブン随一の肉弾戦特化のガルドサキスと同等ってあたり相当な使い手だね、そのデルフトさんって方は。
ただ、すべての迷宮攻略法を使いこなせてるってわけでもないみたいだ。僕やレイアよりかは幾分、習熟できてないと見るよ。
本当にすべてを使いこなせているなら、たぶんタイトルホルダー同士じゃないと勝負にならないはずだしねー。
習得したっていうのと実際に戦闘で活かせるかってのはまた、別問題だし。すべての攻略法に精通はしてるけど、それらを使いこなせてるわけでもないって段階なのかな。
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模擬戦するよー
「あ、あの杭打さん。せっかくお会いできましたのでぜひともお願いしたいことがありまして」
「お願いー?」
リューゼについての話もそこそこにしていると、ミシェルさんが急におずおずと、緊張した様子で僕に向けて挙手をして発言の許可を求めてきた。
なんだろ、何かお願いごとかな? リューゼの好もあるし、ある程度なら聞いちゃうよー。
そう言うと彼女の顔は途端に明るくなった。よっぽど変なお願いごとでもしてきそうな気配だ。
ちょっぴりだけ身構えてると、ミシェルさんはやがてそのお願いとやらを話し始めた。
「その、一手御指南賜りたく! 我らがリーダー・リューゼリア様をして勝てなかったと仰るほどの伝説的最強の冒険者に、ぜひ今の私の実力についてご助言いただければと!」
「あ、いいですよー」
「軽っ」
思ってたよりはるかに普通なお願いごとだ、良かったー迷宮最深部まで連れて行ってくれとかわけ分かんない話じゃなくてー。
即答で頷くとレリエさんが唖然とした様子で呟いた。そりゃ軽いよ、高々模擬戦するくらいだしねー。それに向上心のある冒険者さんみたいだし、僕としては断る理由なんてどこにもないよ。
返答を受けてミシェルさんがパァっと輝く笑みを浮かべてくれた。いい笑顔だ、素敵だねー。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
「僕は今からでも構いませんよ。ミホコさん、外の運動場使っていいですかー? 後片付けはしっかりやりますしー」
「え。い、いいけど……大丈夫なの? ミシェルはBランクよ、相当な手練の冒険者だろうし、ソウマちゃん怪我するかも」
「そっち!?」
思い立ったが吉日、すぐにやろうかとミホコさんに伺いを立てたらなんか、へんてこりんな心配をされちゃった。見ればミシェルさんも唖然として院長先生を見てるし。
そういえばリリーさん言ってたなあ、この人ってば僕が調査戦隊でも最強格だったってのをイマイチ、信じてないって。またまたそんなことあるー? って思ってたけどマジみたいだよー。
「ミホコ、自分で言うのもなんだけど心配するのはむしろこっちのほうなんだけど……」
「えっ……いやでも、ソウマちゃんはまだDランクだし。調査戦隊で強かったって話も、こんな可愛くて小さな子が最強って言われてもイマイチ、ピンとこないし……」
「せめて可愛いはやめてほしいですー……」
「あっ、ごめんなさい! ええと、その、ほ、ほんわかしてる? わよね! ソウマちゃん!」
ああああなんのフォローにもなってないいいい! ほんわかって何いいいい!?
もーちょっとあるでしょこう、カッコいいとかダンディとか渋いとかイケてるとかイケメンとかイケメンとかイケメンとか! なんで可愛いかさもなければほんわかの二択なのー!?
理不尽極まる僕への表現の狭さに思わずガックリする。言っちゃった張本人のミホコさんはアワワワってなってるし、レリエさんは苦笑してるし、ミシェルさんはえぇ……? ってドン引きしてるしー。
収拾つかないよこれー。どうにかメンタルを立て直してついでに立ち上がる。
「うう、行きましょうかミシェルさん……ちょっと僕も身体を動かしたくなってきました……」
「エ"ッ"……あ、あの、当然手加減はしていただけるんですよね?」
「ある程度はしますけど、最初からそれありきで期待しないでほしいですねー」
なんかお願いしといて甘いことを言い出したミシェルさんにやんわり釘を差す。そりゃ、あくまで指導って体だし加減はするけど、ハナからそれを前提にするんだったらやらないほうがマシだよー?
あ、ミシェルさんの顔が盛大に引きつった。リューゼ以上の僕がそんなに優しくする気がないって思って、血の気が引いてるみたいだ。
おかしいな……この手の模擬戦とかって話だとリューゼのほうがまるで遠慮しなさそうなんだけど。
疑問に思って尋ねてみると、むしろミシェルさんたらキョトンとして、何言ってんのかなこの人的な視線を寄越してきた。
え?
「リューゼリア様は実戦こそ苛烈ですが、模擬戦や演習では非常に丁寧、かつ柔らかに教えてくださいますが……調査戦隊時代はそうでなかったのですか?」
「さ、さあ? あの頃はむしろリューゼのほうが、レイアとかウェルドナーのおじさんとかワカバ姉から教わる側だったから。思えば誰かに何かを教えてるところなんて見たことないなー……」
なんとなく、素の性格がとんでもなくワイルドだったから教え方もヤバいのかと勝手に思い込んでたよー。
割と温厚なんだねごめんリューゼ、今度会ったら謝ってみよう。
ちなみにレジェンダリーセブンどころか調査戦隊内で一番指導者として苛烈だったのはやはりワカバ姉だね。
リューゼなんかあんまりな言い草を喰らってブチギレて殴りかかってたくらいめちゃくちゃだった。一番紳士的だったウェルドナーさんまでたまに激怒する物言いだったんだから怖いねー。
「…………サラッとレジェンダリーセブンの半数以上の名前が挙げれられましたね。正直に、興奮を禁じえません。本物の杭打ちさんに今、貴重な機会を頂いているのですね……!!」
「え? そ、そう……ですかー」
いろいろ思い出してたら、ミシェルさんが感激した様子で震えていた。
そんなリアクションされるのは意外だよー……喜んでいい、のかなー?
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瞬殺だよー
ミシェルさんのお願いを聞く形で、彼女と模擬戦を行うことになった僕。時間的には全然余裕あるし彼女もやる気出しでとりあえず外に出て、お互い準備することにした。
玄関に出て帽子にマントを装着して杭打ちくんを手に取る。いつもの"杭打ち"スタイルだねー。一方でミシェルさんはというと、同じく玄関に立てかけていた武器を手にしていた。
「……それ、リューゼのお下がりですよね?」
「あ、はい! どうしてもとお願いしまして、譲っていただきました! まだ使い始めて1ヶ月かそこらですけど……ちなみにそれまでは槍を使っていました!」
嬉しそうに語る彼女の、背丈よりはるかに長い柄と刀身。まるっきり体格に合わない超巨大な武器は、僕にも見覚えがあるものだ。
調査戦隊時代にリューゼが使っていた、ザンバーって名前の武器だね。槍と大剣の間の子みたいな形状で、大雑把なデカさに見合うだけの破壊力とリーチを誇る兵器だ。
これ、身長が2mを超えているリューゼだから無理なく扱えるスケールの武装なんだけど……僕と同じくらいかもうちょっとあるにしても、精々1m55cmくらいのミシェルさんが使うのはだいぶ無理があるよー。柄だけで彼女の身長を大幅に超えちゃってるしー。
観客のミホコさんやレリエさん、屋内から見てくる子供達に果ては警備の冒険者達までもが唖然とする光景。明らかに適切じゃない武器だよそれ、なんでそんなの使うのー?
「……まさかそれで戦っていくつもりなんですか?」
「ええ! リューゼリア様からは無理だから止めておけと言われているのですが、やはり憧れから使いこなせればという気持ちが抑えきれず……相談したところ、もしも杭打ちさんにお会いできたら模擬戦でもしてアドバイスをもらえと言われまして!!」
「あいつ、思いっきり丸投げしてきたよー……!」
察するに、リューゼも無理矢理自分のお下がりを扱おうとする彼女に手を焼いてるんだね。それでエウリデに行く予定に合わせて、体よく僕に押し付けてきたっぽいよー。
自分に憧れてこんなことしてる子だし、下手にキツイこと言って傷つけたくないのは分かるけど、そこはしっかり言わなきゃ駄目だよー……
杭打ちくん3号ほどでないにしろかなりの重量だろうそれを、軽々とは言わないまでも両手で普通に持ちあげているのは、間違いなく迷宮攻略法の一つである身体強化を駆使してるね。
なまじっか持ち上げて振るうくらいならできるから、余計に使いこなしたくなってると見たよ。マジで持てなかったら諦めるだろうしね、さすがに。中途半端に持てちゃうから諦めきれないわけかー。
うーん、悩むなー。
はっきり言ってそんな武器さっさとお蔵入りにして、身の丈に合った武器を使うほうがよほどいいんだけど、本人にそのつもりがサラサラないみたいだしねー。
かと言って彼女の体格でザンバーを扱うにはとにかく背丈が足りない。マジで足りない。こればかりは物理的な原因なので僕にもどうしようもない。
「うーん……まあ、こうしていても始まらないし、と」
「っ……!!」
とりあえず今現状、どのくらい使いこなせるかを確認してみようかな。それによってちょっと、方針を考えてみよっかー。
杭打ちくんを構える。持ち手を前に出していつでも動けるように前傾姿勢、これでいつでも誰とでも殴り合いができるよー。
同時にミシェルさんもザンバーを構えた。腰を落として足を開いて、横薙ぎの斬撃を始動にするのが丸わかりな体勢だねー。
お互い、十分な距離を取って見合っての状態。このまま硬直するのもなんだし、僕から彼女に話しかける。
「とりあえず撃ち合いましょうか……初手譲ります、いつでもどうぞー」
「ありがとうございます、杭打ちさん。リューゼリア様以上のお相手と見込み、今しばらく胸をお借りします……!!」
気合十分、でもそれ以上に警戒心マックスで僕を窺う。リューゼ相手に模擬戦する時以上に、本気で来るみたいだねー。
少しの静寂。
観客が固唾を呑んで見守る中──
「────でぇいやぁぁぁぁぁぁっ!!」
野太い叫びとともに大きく踏み込んで加速し、半ば突撃めいた勢いでミシェルさんが迫ってきた!
同時に、すでにサンバーは横薙ぎに弧を描く軌道で振るわれている。僕を目掛けて飛んでくる!
だけど甘いよ、対応できないわけがないんだ。
一切問題なく僕は杭打ちくんを軽く振るった。狙いはミシェルさんのザンバー、攻撃軌道に真っ向からかち合うように殴りつける!
「…………!!」
「!? 合わされ、たぁっ!?」
見るからにこう来るだろうなーって軌道をドンピシャで、馬鹿正直に沿ってくるんだからこんなもん合わせられなきゃ嘘だよー。
殴りつけた杭打ちくんは当然、ザンバーを簡単に打ち負かして吹き飛ばす。合わせてミシェルさんの体勢も崩れたところをすかさず顔の手前にジャブを寸止めする。
はい、とりあえず一度目の決着。僕の勝ちー。
「…………一度目、終わり」
「ぁ、う……ま、参りました」
突きつけられた杭打ちくんの迫力と僕の言葉に、さしあたり初戦の敗北を認めて項垂れるミシェルさん。
5秒程度のやり取り。だけど今ので十分に、彼女の課題が見えてきたよー。
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ちょっと試すよー
眼前に突きつけられた杭打ちくんの迫力に硬直する、模擬戦相手のミシェルさん。
ザンバーを使った基本の斬撃って感じでそこは普通にいいんだけれど、それ以前のところで率直に言うけどダメダメだねー。
これ、割と深刻な問題だろうしちょっと方針変えて厳し目に言わせてもらおうかな? せっかくの機会だし、ミシェルさんのためになることを言ってあげたいしねー。
杭打ちくんを下ろす。やがておずおずと立ち上がりザンバーを回収する彼女を見つめて、僕は告げた。
「……動きがどうとか威力がどうとか、速度がどうとか以前にそもそも意志が薄い。見た目こそ大層だけど、結局様子見で打った以上の攻撃じゃなかったでしょ、今の」
「う…………!?」
「怖くもなんともない。身の丈に合わない武器を使うのに、せめて意気地で勝とうってところがない。リューゼリア以上の相手ってことで、ハナから勝てない気持ちでいるからこうなる」
迫力こそすごいけど速度はないし威力も低いし、何より絶対に勝つ、殺してでも勝つって怖さが一つもなかったんだよね、さっきの横薙ぎ。
仮にこれがリューゼなら今の一撃目で、僕の命ごと素っ首を刈り取るつもりで来るんだよ。たとえ模擬戦でもね。そこまでやれとは言えないけれど、あんまり意気もなく仕掛けられたって言えることなんて一つしかないんだ。
すなわち……やるってんならちゃんと殺るつもりで来いよってこと。
模擬戦だろうが手を抜いてるんじゃ、何をどう言おうがあなたのためになんてこれっぽっちもならないんだよーってことだねー。
心情を言い当てられて図星だったのか、ぎくりと固まるミシェルさんへと続けて言う。
「リューゼの武器を継ぐんなら、誰相手でも初手から殺し切るつもりでいかなきゃ。あいつのザンバーはそういう性質の武器ですよ、ミシェルさん」
「…………失礼しました。つい、模擬戦だからという甘えと、その、どうせ勝てるはずがないという、諦めで振るっていました」
「厳しいこと言いますけど、それじゃ同格以下はともかく格上には一生勝てないですよー? 模擬戦にかこつけて僕のこと暗殺してやろうってくらいの勢いはほしいですねー」
「無茶なこと言うわね、ソウマくん……」
レリエさんの呆れたようなつぶやきが耳に入る。実際にできるかどうかは別にして、せめてそのくらい殺る気満々で行かないと実力以上の力を出すなんて無理筋ってことですよー。
まあ、今すぐに意識を切り替えるってのも難しいとは思うし。とりあえず模擬戦だからとかって甘えは最低限、捨ててもらいたいよねー。
「……ま、その辺は撃ち合いの中で直していきましょうか。準備できたらもう一度、お願いしまーす」
「わ、分かりました! 今度は最初から、全力で当たって砕けます!!」
「当たって砕けるのは良くないんじゃないかしら、ミシェルちゃん……」
ミホコさんが苦笑いして言うけれど、勢いとしてはそのくらいでちょうどいいよ。
言っちゃ悪いけど僕のほうが確実に強いから、そういう相手をせめて気合の上だけでも上回るってことの意味を今日は再確認していってほしいねー。
さて、二度目だ。また互いに構える。
今度こそミシェルさんの全力が見られるね、お手並みはいけーん!
「────ッァアアァアアアアァアアアアッ!!」
「意気はいいね、今度は」
絶叫に近い叫びとともに、またしても横薙ぎで斬りかかってくる。さっきと違って殺意と勢いを込めた、まあまあ怖さのある一撃だ!
とはいえまた問題なく対応できるんだけど……ここはちょっと、試させてもらおうかなー?
「……そーい」
「っ!? 逸し──!」
斬撃の軌道上に杭打ちくんを斜め気味に当てて、ザンバーの勢いを斜め上に逸らす。ちょうどこの間、シアンさんがリンダ先輩の大斬撃を逸らしたのと同じ塩梅だ。
もちろんBランクな分、ミシェルさんの斬撃のほうがよっぽど逸らしにくいだろう。今現時点のシアンさんでは為す術もないと思うけど、いつかはこんな斬撃だっていなして見せてほしいねー。
僕の頭上高くに切り上げさせられるザンバー、釣られてミシェルさんの体勢だって強制的に上段構えだ、つまりお腹ガラ空きー。
僕が知りたいのはここからだ。リンダ先輩と同じような大斬撃使いでかつ、彼女より数段上の領域にいるあなたはこれをどう切り返す? ミシェルさん。
ついつい浮かんじゃう、笑みを噛み殺しながらも問いかける。
「さ、どうするー? ……即応できなきゃ二度目もすぐに終わるよ」
「ッ! なんの!!」
明らかに試しているのが知れたからか、激高して彼女は切り返しの動作に移行した。
ザンバーの柄、遠心力で威力を高めるために深めに持っていたのを逆手に取って、いわゆる石突の部分を僕にまっすぐ突き返してくる!
「おっ……これは!」
「覚悟ぉぉおおおっ!!」
槍使いがよくやる返しだ、これはリューゼにはなかったやり方だね! 思わず目を見開いて笑みがこぼれちゃう。
一旦飛び退くでも無理矢理太刀筋を取り返すでもなく、自然な動きの流れで武器の構造を最大限利用してきた! いいねこういう合理的なの、僕は好きだよー!!
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致命的な弱点だよー
反撃にまさかの柄、それも先端の石突を利用しての突きの連打。槍を得物にする人がよく使う技術を、極端に柄の長い大剣とも言えるザンバーで応用してきたミシェルさん。
無理な動きのない、素晴らしいムーヴだ。これがリューゼなら間違いなく強引に切り返してくるかもしくは殴りつけてくるかなので、これについては紛れもなく彼女自身のオリジナルと言えるだろう。
けれど突きの精度、速度自体は大したことはない。まったく問題なく避けられる程度だね。
上体をわずかに左に傾けて回避。あえてギリ目に避けてみたけど、なんならこの時点で杭打ちくんを振るったら普通にカウンターで殺れるタイミングまである。
「うあああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……!」
まあ今回はミシェルさんの実力を見させてもらうわけだからねー、そんなことはしないよ。
突きを避けられても彼女の動きは澱みない。そこから自身を基点にして身体ごとその場で一回転し、再び斬撃へと移行する!
回りながら腕を引っ込めて、間合いを至近距離にいる僕に合わせてくるね。コンパクトな動きを心がけてるみたいなのは、これもリューゼにない意識だ。あいつひたすら突っ込んでくるばかりだしねー。
「っらあっ!!」
「……ん」
しかしいくら近距離射程に調整したとて、そもそもザンバーが大きすぎる。ミシェルさんの体格にもまったく合ってないから、物理的にどうにもならない弱点が発生している。
とりあえず目下最大の弱点はここかな? 僕は踏み出した……彼女に真正面から密接し、ピッタリとくっつく!
振るわれるザンバー……射程に入らず!
遠すぎるんじゃなく近すぎるんだ。ここまで接近されたら斬撃の破壊力を生み出す要、回転による遠心力がほぼ死んでいる!
「!?」
「二度目」
────そしてこの距離は、僕からしたら絶好だ。
それこそコンパクトに引っ込めた腕で、杭打ちくんをミシェルさんの脇腹に添える。それで終わりだ、実戦なら後は杭を放って殺すだけ。
二度目の模擬戦終わりー。今度は全力で来てくれたから、こっちとしても明確に指摘できる点が分かったねー。
彼女から離れて杭打ちくんを下ろす。向こうもザンバーを地面に突き刺して手を離し、こちらに一礼してきてくれた。
「はぁ、はぁ……ありがとうございました! 今の自分に出せるトップスピード、トップパワーで挑みましたが……さすがです杭打ちさん!」
「大丈夫、ミシェルちゃん!?」
「お疲れ様、ソウマくん!」
終了を受けて駆け寄ってくる、ミホコさんとレリエさん。ミホコさんはミシェルさんに近づいてハンカチで汗や埃を落としているし、レリエさんは僕のほうに来て水筒をくれる。
ちょっぴり水気で喉を潤し、僕は周りを見た。遠巻きに見ていた警護依頼中の冒険者達や子供達も、興奮したように互いを見ていろいろ話したり騒いだりしてるねー。見世物くらいには値打ちもあったなら何よりだよー。
さて、僕はミシェルさんに近づいた。
本当に本気の全身全霊で二度目の模擬戦に臨んだんだろう、すっかり疲労困憊って様子の彼女を労いの意味も込め、僕は話しかけた。
「お疲れ様ですー。どうでした、二回目ー?」
「は、はい! その、一番に思ったのはやはりザンバーの扱いの難しさでした。槍のように取り回すことを思いついたはいいものの、中々うまい動き方がしづらく」
「あー、たしかにちょっとぎこちなさはありましたもんねー。でも槍の動きを取り入れたのは正解ですよ、あれはいい動きでしたー」
「ほ、本当ですか!?」
顔を明るくする彼女に頷く。ザンバーを槍に見立てた着眼点は大変いいし、多少もたつきが各所にあったけどいなされてからの動きも悪くなかった。
大斬撃直後、いなされたり逸らされたり躱されたりした時に考えなくてはならないのはとにかくカウンターへの対応だ。威力ある攻撃ってのは基本的に隙が大きくなりがちなので、そこを突かれるパターンは考えておきたいところだからね。
リンダ先輩は飛び跳ねて回避、天才的な身のこなしで即座に体勢を整えて再度攻め込む先方を取っていた。
あれもあれで一つの正解なんだけど、ミシェルさんのように隙を生じさせずに連撃に繋げるやり方も正しい路線ではあるねー。
「今後もそれを使って活動していくんなら、スタイルは今のままの形を追求して良いと想いますよー。ただ、その前に致命的な弱点を克服する必要がありますけどー」
「致命的な、弱点……」
「その顔、もうわかってますよねー。最後のやり取り、僕に密着されたのがすべてですよ」
さすがに振るっている本人だ、すでに自分の抱える致命的な弱点は分かっているんだろう。顔が青ざめて、唇を噛んで項垂れている。
ザンバーを槍っぽく使うとか、そういう工夫以前の問題だ。今しがたの模擬戦でも完全に露呈しており、おそらくそこさえ突けば、今のシアンさんやリンダ先輩でも余裕で勝ててしまうだろう弱点。
「至近距離……密着に近い地点にまで詰められると、ザンバーは大味すぎて本領を発揮できない……」
「中距離戦闘者にありがちな、けれど絶対に見過ごしてはおけない弱点ですねー」
ミシェルさんは自白した。
そう、つまりはこの人、密着さえしてしまえれば完封できちゃうんだよね。
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お手本を見せるよー!
背丈に合わない大型武器、ザンバーを振るうミシェルさんの抱える致命的な弱点。
密着されるとザンバーの利点をすべて殺され、かつ無防備な状態を晒す羽目になるという重大な問題点について、彼女自身もすでに自覚はあるみたいだった。
ぽつぽつと話し始める。
「仰る通り……私の最大のウィークポイントは、至近距離まで詰めてきた相手に対して有効打を持てないということ。ちょうど先程、杭打ちさんに接近された時のように何もできなくなってしまうんです」
「悪いけど問題外ですよ、ちょっと近づかれだけで詰むようなら実力以前の問題ですし。リューゼに何か言われたりしなかったんですか?」
「……言われました。杭打ちさんと、ほぼ同じことを」
悔しげに目を閉じ、思い返すようにつぶやく。リューゼにも同様の指摘は受けてたみたいだね、よかったー。
こんなストレートな弱点を指摘一つしてないなら、それはもう甘いとか優しいとかでなくて逆に残酷だ。使い始めてまだ一ヶ月しか経ってないから良かったものの、こんなんで迷宮潜ったら確実に早々と殺されて終わるよー。
あいつが止めた理由が今一度よーく分かったよ、このままじゃどうやってもメイン武器にはできないね。
それでもどうにか使いたいっていうんなら、相当な努力をするしかないだろう。僕はいくらか考える。
「うーん……そのザンバーを元々使ってたリューゼは、そもそもそれを片手で軽々と振るってましたしねー。空いてるほうの腕で近づいてきた敵を殴り殺すとかよくしてましたし、今すぐの参考にはなりませんねー」
「私としましてもいずれは、片手で振るいたく思い精進していますが……まだまだ道は遠いです」
元の持ち主、レジェンダリーセブンの一人でもあるリューゼを参考に考えると、どれだけあいつがメチャクチャな戦い方をしていたのかが改めて分かる。
とにかく強引なんだよねー。2m以上の圧倒的な体躯でザンバーを振り回すし、しかも片手でだ。ミシェルさんみたいな動きの迷いやラグ、隙もないし重量も負担じゃないからわざわざ、腰を深く落としたりもしないしー。
空いてるほうの腕も馬鹿力で、だからさっきみたいにいけると思って距離を詰めると斬撃から打撃で殺されかねないから本当に厄介だったよー。
「あいつの場合、何よりも身体がでたらめな大きさですから。同じことがミシェルさんにもできるとはなかなか、思えないですねー」
「ううっ……」
落ち込むミシェルさんだけど紛れもなく現実だ、強く受け止めてほしいよー。
そもそも身長が違いすぎるからねー。巨人用の武器を人間が使いこなせるなんて中々無理筋ってことだよ。あのザンバーはリューゼにこそ適したものであって、ミシェルさんだと同じ使い方はできないんだねー。
まあ、それでもやりようによってはどうにかなると思うんだけど。
僕は思いついたことを一つ、提案してみた。
「リューゼのやり方とは別になりますが、いっそスピード重視って手もあるかもですよ、ミシェルさん」
「スピード重視……ですか?」
「はい。ちょっと貸してもらっていいですか、それ」
実践してみようと彼女のザンバーを借り受ける。杭打ちくんよりは軽いけど中々のずっしり感だ、身体強化のみで持ち上げる。
たとえばこれを使ってマジで戦えってなったら重力制御まで使って負荷をほぼゼロにするんだけど、そんなのミシェルさんには絶対にできない戦法だからねー。
一応でも身体強化を体得している彼女に合わせた方法を、今回は披露しようというわけだ。
ちょっと離れた運動場の真ん中に立ち、片手でザンバーを何度か振るう。ん、剣を振るうなんて滅多に無いから新鮮だ。案の定、柄の部分だけでも僕の背丈より長いから端っこのほうを握る。こんなやりにくい武器でよくやるよね、ミシェルさん。
「く、杭打ちさん……?」
「ミシェルさんにはこういう動きのほうがたぶん、うまくこいつを扱えると思うんですよ、と……!」
言うやいなや僕は目の前、何もない空間に敵がいるとイメージしてザンバーを振るった。まずは袈裟懸け真っ二つ!
腕力で無理矢理切り返して横薙ぎに振るい──ステップを踏んで軽やかにあちこちに飛び跳ねる!
「はあ!? え、ちょ、えええ!?」
「よっと! よいしょ、っと!!」
前にステップしつつ刺突、横に飛び跳ねてその際に斬撃。バックステップで敵の攻撃を回避しつつ細かく柄で突き、逃げ惑う敵を次々、すれ違いつつ斬撃ー!
まるでザンバーの重さを感じさせない無重力殺法! ぶっつけ本番だけどこれでもたぶん、サクラさん相手にだって何発かは入れられると思うよー! まあトータルで見たら負けると思うけどー。
仮想敵を何回か斬り殺すまで演武めいた斬撃とステップ、ムービングを披露して──僕は止まった。手にしたザンバーを地面に刺して、ミシェルさんを見る。
「要は密着させなければいいんですよ。動き回って回避と斬撃を常に行うことで、相手を撹乱しつつ勝ちを拾いに行く」
「えぇ……?」
「これがミシェルさんにできるだろう、極めればリューゼにも負けないかも? な戦術ですねー」
ニッコリ笑って言ってみる。唖然とした顔が、さらに蒼白になるのがちょっと気の毒だ。
でも仕方ないんだよまじで、このくらい動けないとこんな武器、そもそも使わないほうが良いに決まってるんだからさー。
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真面目にアドバイス!だよー
足を止めて真正面から撃ち合うリューゼリアの戦い方は、それを可能にするほどの才能と修練、何より背丈があって初めてできることだ。それをミシェルさんが真似するなんて、最初から無理がある話だったんだよ。
だから僕は彼女が仮に、今後もザンバーを使い続けるならこうした方が良いって姿を今、示したんだ。腰を据えてのぶつかり合いじゃなく、ヒットアンドアウェイを前提としたスピードで翻弄する戦法をねー。
「相手がカウンターを合わせようとした時にはすでに攻撃を入れて離脱している、そこまでの動きが理想です。必然的に一撃ごとの威力は弱くなりますけど、そもそも適当に振り回すだけで十分脅威的な武器なんですから問題ないはずですよー」
「み、ミホコ院長さん……彼くんが何してたか、見えました?」
「い、いえ何も……ものすごい動きで飛び回って、その間にも武器を振り回していたくらいにしか」
レリエさんとミホコさんの、唖然としたつぶやきが静かな運動場に響き渡る。遠巻きに見てくる子供達や冒険者達も、唖然としたり目を擦ったりしているねー。
ま、身体強化まで使ってるんだし常人の目には中々見切れはしなかっただろうね。下手するとミシェルさんでもトップスピードに差し掛かった僕の姿は、追いきれなかったんじゃないかなと思う。
と言っても動きの要諦なんていたってシンプル、やられる前に攻めて、やられる前に退くってだけ。僕はそもそも剣術なんて修めてないから、どうしたって付け焼き刃だから高等技術だって使えないしね。
それでも今やったことをミシェルさんもできるようになったとしたら、少なくとも戦闘面ではBランクなんて目じゃなくなるのは間違いと思うよー。
ただ、当のミシェルさん本人はひどく焦った様子で顔を引きつらせている。
思ってたのと違うスタイルを推奨されたことに、気持ちが追いついてないのかも。あるいはもしかしたら、リューゼとまるで同じ使い方じゃないと嫌って話なのかな?
だったら悪いけど僕から言えることは何もないけど……やがて彼女がおずおすと、こちらの顔色を伺うようにチラチラ見てきながらも挙手して言ってきた。
「あ、あの! そ、そんなムチャクチャな動き……私にできるわけがないです。理屈はその、分かりますけど」
「できなきゃこんなザンバー、捨てたほうがいいですよ」
「っ……」
思ったよりは乗り気? っぽいけど、これまた甘いことを仰るからバッサリ。
いやーほんとね、あなたはこうでもしない限りどこかで死ぬよ。そのザンバーをその体格で使いこなしたいなら、ムチャでもクチャでもこのくらいは体得してもらいたいところだよー。
それが無理っていうなら、ザンバーの使用そのものを諦めたほうがいいと言わざるを得ない。
僕の有無を言わせない感じの提案に、息を呑んでミシェルさんは立ち尽くす。直球で捨てろって言われたことが地味にショックみたいだねー、そこは申しわけなく思うけど、とはいえさすがに言わないわけにも行かないし。
さらに続けて言う。
「リューゼの後追いしかできないなら、こう言わざるを得ないんです……現状だとあなたは、せっかくの素質や才能、経験を無駄にしているわけですからねー」
「素質や、才能……経験? 私のですか?」
「模擬戦を見るにミシェルさんは、元々使っていた槍のほうに適正があると思います。スピード重視で手数を稼ぎつつ、リーチのある武器で小刻みに削っていくスタイルです。これまでに培ってきた技術が、あなたの最強の武器だと言ってもいい」
「あ。そ、それって今さっきの、杭打ちさんの動き」
気づいてくれたみたいで何よりー。僕は頷く。
さっき見せた僕の動きは紛れもなくミシェルさん、彼女がおそらくは槍使いだった頃にしていただろうものだ。
二度目の模擬戦の時の動きから類推できた以前の彼女を、なんとなーし想像で再現してみた形だねー。
あの時、大斬撃を逸らされた後の彼女の動きは明らかに元々の得物で慣れ親しんだ動きが垣間見えていた。
つまりは槍の、穂先のみならず柄をも使った隙のない挙動だね……もっというと小柄で身軽なんだからたぶん、ザンバーでの戦闘に切り替えるまではスピードで撹乱してきたはずなんだ。ザンバーが重すぎるから、強制的に足を止めての立ち回りをせざるを得なくなっているってわけだね、今は。
それを考えると今は、これまでとまるっきり逆のことをやってるわけで、そんなものがうまくいくはずがないんだよ。
ザンバーを使うにしろ使わないにしろ、今まで身につけたものを蔑ろにしているんじゃ効率も悪いし手間もかかるだけなんだし、まずこれまでの自分のやり方を意識した上で、新しい種類の武器をそこにどう落とし込むかを考えなきゃ。
「槍でBランクにまで登り詰めてきた、そのスタイルをザンバーの扱い方だけでなく動きや体捌きでも活かしていかない限り……得物は槍に戻したほうが無難ですよ」
「私の、これまでを……すべて、活かす」
「…………僕から言えそうなのはここまでですねー。後はどういう選択をするにせよ、ミシェルさん自身が考えて決めることです」
いろいろ偉そうに言っちゃったけど、最終的にはミシェルさん次第だ。進むも変えるも退くも何もかも、彼女の権利の下に行えばいい。
でもま、リューゼも同じことを思ってるだろうけどね……まだまだ伸びるだろう才能を、活かさない手はないってさ。
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悔いなき選択を、だよー
僕が言えるのは概ねこんなところかなーってことで、模擬戦も終えて僕達は帰ることにした。
ミホコさんとミシェルさんの久しぶりの再会、旧交を温める時間をこれ以上邪魔するのも悪いし、こっちはこっちでギルドに向けて、清掃活動終了の報告をしないといけないからねー。
「杭打ちさん、貴重なお時間をいただき本当にありがとうございました。ザンバーとの付き合い方、見えてきた気がします」
「いえ、こちらこそ……偉そうな物言いばかりしてすみません」
意見を求められていた関係から、割と言いたいことを言う形になっちゃったわけだけど。後から思うと偉そうな物言いが多かったところはちょっと反省だ。
でも言わなきゃいけないことだとは思ったからねー。丸投げしてきたリューゼも、もしかしたら似たようなことはやんわり言ってきたのかもしれないし。
それを僕が比較的、キツめに言ったって感じなのかもしれないね。
頭を掻いて申しわけないと言うと、ミシェルさんは慌てて首を横に振った。
とんでもない! と言ってくれた上で、続けて笑ってくれる。
「杭打ちさんには僅かな時間で、あまりにも多くのことを教えていただきました。心構えのこと、ザンバーの扱い方、そしてリューゼリア様との向き合い方」
「……前2つはともかく、リューゼとの向き合い方、ですか?」
「ええ」
どこか憑き物が落ちたみたいに微笑んでるけど、リューゼとの向き合い方なんて一つも言及した覚えないなー。
ずいぶん過剰に懐いてるって思いはあるけど、それはミシェルさんの個人的嗜好とか趣味とかだろうし好きにすればいいとは思うんだけどねー。たぶんザンバー絡みの僕の物言いから、何かいろいろ思うところがあったんだろう。
青い空を見上げて、彼女はつぶやくように言う。
「……敬愛するあの方のかつての武器を、無理を言って私が継承しました。しかしそれは、あの方のやり方までをも継承するということではなかったのだと気付かされたのです。私には、リューゼリア様のような戦い方は逆立ちしてもできませんから」
「まあ、そうですね。あいつは直感で動くのが最適解ですけど、あなたはむしろ筋道立てた理屈、つまり技術を突き詰めたほうがいいと思いますし」
「何より背丈の問題もあります。こればかりは、神からの授かりものですから、ね」
リューゼとミシェルさんじゃ諸々、前提条件が違いすぎる。
何も考えずに感覚と野生、本能、そして持ち前のフィジカルで戦うのがリューゼリアなのに対して、ミシェルさんは明らかにたゆまぬ努力で身につけた技術、理論、哲学や思考で戦う理論派と言える。
まるきり逆のタイプなんだから真似っ子なんてできるはずがないんだよー。自分のタイプに合わせたスタイルを使う、これは戦う人にとっては基本中の基本だね。
そういう意味で言うと、普段の僕の"杭打ち"スタイルは、ミシェルさんにとっても参考になるもののようだった。さっき見せた僕ならこうザンバーを使うよっていうデモンストレーションを受けて、彼女は素直に思うところを告げた。
「こう言ってはなんですがリューゼリア様の動きを真似するよりも、杭打ちさんの教えていただいた動きがしっくり来るだろうなという感覚はたしかにあるのです。おそらくその……背丈が似通っているからでしょう」
「うぐ……ぼ、僕はこれから伸びますしー? リューゼほどでなくてももうあと30cmは伸びますしー?」
「ソウマちゃん……」
「ソウマくん……」
「なんで優しい目を向けてくるのかなー? やめてー?」
現状ミシェルさんよりも背丈の低い僕はそりゃー参考になる動きを見せられただろうけどさー!
ミホコさんとレリエさんの慈愛に満ちた眼差しがグッサリくるよー、普段なら初恋しちゃうよー! ってはしゃぐとこだけどさすがにそんな気にはなれないや。
うう、絶対に30cmは伸ばしてやるんだ。毎日牛乳飲んで大きくなるんだよー! この町の外、草原を少し進んだところにある牧場のミルクを定期契約で毎日もらってる僕だよー。
「え、ええとー。最終的に決めるのはミシェルさん自身ですから、そこは後悔のない道を選んでもらえたらなーって思いますねー」
「はい、ありがとうございます……どちらにしても後悔する部分はそれぞれあると思いますけど、それでもせめて自分自身の意志で納得のいく選択をしたいとは思います」
「…………そう、ですねー」
後悔はどっちみちするだろうけど、納得できるように自分の意志で選択したい、かー。すごいね、心が強いよー。
そうだね、どんな選択にも絶対に"それを選ばなかったらどうなっていただろうか"ってもしもを考える余地はあるし。それに伴う後悔だって常に、つきまとうものなのかもしれない。
そういう選択と後悔に、納得という信念で向き合えるこの人は素敵な大人なんだなって思う。
かつて3年前、本当に心から納得できる選択ができたのかどうか……未だに迷うところのある僕には、とても眩しい姿だよー。
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僕はあなたの味方だよー
粗方用件も済ませたことだし、僕とレリエさんは孤児院を出て帰路についた。
レリエさんのことをミホコさんにお願いできたり、ついでにミシェルさんとも軽く運動できたりとそれなりに充実した時間だったよー。
スラムを抜けて平民街に出る。もうそろそろお昼だしギルドに行く前にどこか、そうだなーこの辺だと最寄りの商店街の中にあるステーキハウスとか行きたいなー。
そんなことレリエさんに提案すると、彼女もそこそこお腹が空いていたのか一も二もなく頷いた。お腹を擦りながらも話す。
「サクラもこの町のお肉は美味しいって言ってたから楽しみだわ! 昨日作ってもらった彼女の料理は、お野菜中心でヘルシーだったし今日のお昼はワイルドに行きたいわね!」
「結局、彼女の家に滞在することになったんだよね。問題なさそう?」
「ええ、余ってる部屋を使わせてもらってるわ。至れり尽くせりで申しわけないくらいよ」
苦笑いしながらも嬉しそうに語る。そう、レリエさんは当面、サクラさんのお家に住まうことになっているのだ。
目覚めて初日こそギルドの仮宿に泊まってもらったりしたんだけれど、もう彼女も新世界旅団のメンバーだからねー。
どなたか団員のお家に転がり込むって選択肢が、パーティー的にもギルド的にも彼女的にもベターだねって話になったんだよー。
僕は男だからさすがに泊めるのはまずいし、シアンさんは貴族のお家だ、いろいろ憚られるし。
そこで同性、かつしがらみの少ないサクラさんのお家で彼女と一緒に暮らすって形になったんだ。いつまでかは分からないけどしばらくはそうなると思うよ、レリエさんの収入だって今のところ、安定してないわけだしね。
「本当に、目覚めて最初に会えたのが杭打ちさんで良かったわ……自分本意な話だけど、こんなにトントン拍子で生活基盤が整ったなんて奇跡的な話だし」
「僕もだよ……というか、目覚めた後のことを考えて眠りについたわけじゃなかったんだ。事前準備とかなかったの?」
「え…………ええと、ね」
嬉しいことを言ってくれるからついマントと帽子の奥、ニヤニヤしちゃう僕だけど気になったことを尋ねてみる。ちょっと気にはなってたんだよね、目覚めた後について何も考えずに寝たのかなーってさ。
さすがに数万年は予想外だったみたいだけれど、それでも数百年くらいは眠ることを想定していたっぽいし。誰も知るもののない世界にタイムスリップするからには、それなりに備えはしていてもおかしくないように思うんだよねー。
そんな僕の質問にレリエさんは一瞬、息を詰まらせたように呻いた。少しの逡巡して、それからぽつぽつ話す。
「もちろんそういうマニュアルはあった……とは思うわ、知識はあるもの。ただ、それどころじゃない状況だったって記憶もうっすら、あったりするのよ」
「それどころじゃなかった?」
「ええ……たしか、そう。私達が眠りにつく時は、もう本当に瀬戸際の……ギリギリって状態だった感覚があるわ。何がギリギリなのかってところは、ごめんなさい覚えてないけど」
申しわけなさそうに言う姿からは、嘘偽りがあるようには見えない。つまりは本当に何かしら、危機的な状況に陥りかけていた中で彼女やヤミくん、ヒカリちゃん、マーテルさんは眠りについたみたいだ。
うーん、ギリギリ……永い眠りにつかなかったらその時点でアウトだったってことかな? となるとそれって、命の危機とかそういうレベルの話にも思えてくるし。
そうなるともしかして、古代文明が滅亡する直前に彼女達は眠りについたってことなんだろうか。
うわーっ! ロマンだよー!!
滅びゆく文明の最後の希望、何人かの人類だけを遺してかつて隆盛を誇った超高度文明が消え去ったなんて、めちゃくちゃワクワクするよーっ!!
いやまあ、レリエさんにはこんなこととてもじゃないけど言えないけれど。僕はあくまでオカルト雑誌から得た情報でミーハー視点からものを言ってるだけだからねー。
本当にすべてを失って何万年という時を超えた彼女のことを思うと、人間かどうかも疑わしい僕でも胸が痛むよー。
何が原因で滅びたのか知らないけれど、せめてレリエさん達だけでも未来に送り届けようとしてくれた古代文明の意志を汲んで、ぜひとも彼女達を受け入れて共存していけたらいいなって思う。
僕はレリエさんに、励ますように声をかけた。
「……僕はあなたの味方だから」
「杭打ちさん……」
「もちろん、新世界旅団のみんなもね。困ったり苦しいことがあったら、迷わず頼ってくれていい」
「…………うん。ありがとう」
目尻に涙すら浮かべて微笑むレリエさん。
これからもっともーっと、彼女の笑顔が見れるといいなって思うよー。
さしあたってまずは、美味しいものを食べた時の笑顔を見たいね。
そして僕らは、歩いているとやがてステーキ店に辿り着くのだった。
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子供扱いだよー
商店街の中にあるステーキハウスは僕の行きつけで、とにかくボリュームたっぷりなビーフステーキを提供してくれる素晴らしいお店だ。
牛ってのも安いのはこの町近郊にある牧場から仕入れているし、高級品になるとはるか海を隔てたヒノモトの和牛をトルア・クルア経由で輸入している。
そんなお店の入り口前、杭打ちくんを専用置き場に置きつつレリエさんにあれこれと説明する。行きつけで店長とも仲が良いので、半ば特別扱いでこうした専用置き場を作ってもらっているんだよね。
僕の正体についてもご存知だから、毎回個室に案内してもらえるほどのVIP待遇だ。最高だよー!
「それでこの和牛が美味しいのなんのって……モンスターの、それも生肉ばかり食べてきた僕が生まれて初めて火の通ったお肉を食べたのもこのお店だったんだけど、泣いたよねーはっきり言って」
「さらりと壮絶なこと言うわよね……」
食えるか食えないかしかなかった僕の味覚が、生命の息吹を吹き込まれた瞬間かもしれない。そのくらい熱くて美味しくて、連れてきてくれた先代院長先生の前で僕と来たら感動のあまり泣いちゃったもの。
なんなら居合わせた店長さんが唖然としつつ、やがてもらい泣きしだしたくらいだ。義理人情に厚い人なんだよ、ここの店主さんは。
噂をしつつ店に入ればほら、すぐに来てくれた。
「おう杭打ち! 今日はまたえらく別嬪さんを連れてきたな!」
「どうも、店長さん」
腕捲くりが力強い印象を与えてくる、大柄な短髪の中年男性。ブランドンさんという、この店の主さんだ。
僕は初対面以来この人に気に入られて、以後度々何かとお世話になっている。3年前の調査戦隊解散後からも僕を気遣ってくれている、まさしくおやっさんって感じの人だ。
ちなみにお嫁さんもいて僕と同い年の息子さん、一つ下の娘さんもいたりするねー。
豪快に笑ってくるブランドンさんに、僕は会釈した。そしてすぐに建屋の2階、4つある個室の一番奥の部屋に案内してもらう。
4人用の席を二人で広々使わせてもらう。窓からは町の様子が遠くまで見えて中々の眺望ってやつだよー。ここなら外から見られる心配もないし、遠慮なくマントも帽子も外せるねー。
すぐに水とお手拭きが配され、ブランドンさんがメニュー表を見せてくる。その中でも僕のお気に入り、2番目にお高い最高級和牛ステーキちゃんをそれぞれ400gずつ注文して、それからレリエさんを紹介することにした。
「こちらレリエさん。僕のパーティーメンバーなんです。最近新しく加入しましてー」
「はじめまして、レリエと申します」
「おう、ここの店主のブランドンだ、よろしくな! ウワサは聞いてるぜ、新世界旅団! エーデルライトのお嬢さんのとこだろ? お前さんの古巣の仲間がこないだも来て言ってたぜ、やっと杭打ちにも帰るところができてよかったってな!」
「え……」
思わぬ言葉。元調査戦隊の何人かが、そんなことを?
解散後にもちょくちょく会う人達だろうか。比較的僕に対して同情的というか、変わらぬ付き合いをしてくれてる元メンバーを思い浮かべる。
新世界旅団入団後にはまだ顔合わせしてないけど、祝福してくれてるのかな……3年前のことで思うところもあるだろうに。
なんだか嬉しさと裏腹の、罪悪感があるよー。
「複雑ー……」
「何言ってんだ、素直に喜んどけ! ……俺も安心してるんだぜ。お国にあんな目に遭わされたお前が、もう誰とも深く関わろうとしないんじゃないかってハラハラしてたんだ」
僕の頭の上に大きな掌を置いて、ぐりぐりと撫で回してくるブランドンさん。あうあう目が回るー。
仰る通り、この人とご家族の皆さんには大変なご心配をかけてた自覚はあるよー。
なんせ調査戦隊解散後、この店には一人でしか来なかったからねー。解散にまつわる話が周知されていくにつれ、ブランドンさんやその奥さん、子供さん達がしきりに励ましてきてくれたのが嬉しいしありがたかった。
そういう意味で、この店の人達も紛れもなく僕の恩人なんだよー。頭をひとしきり撫で回してブランドンさんが、ニヤリと笑う。
「それが3年経って、ようやっとまた誰かと繋がりを持とうとしている。ホッとするぜ……レリエさんだったか」
「え。あ、はい」
「こいつのこと頼むよ。腕っぷしはあるし頭も悪くはないんだが、まだまだ子供でな。そのくせ誰にも頼らず一人で抱え込んじまうから、見てるこっちは生きた心地がしないんだ。悪いが見といてやってくれ、な?」
レリエさんにそんなことを頼んで、たしかに僕はまだまだ子供だけど、一人で抱え込むなんてしないよー!
むしろ新世界旅団のみんなにはめちゃくちゃ頼りそうな気がするし、甘えすぎないように気をつけないとなーって思うほどだよー。
「…………はい! 私だけでなく他のメンバーもみんなで、この子のことは守ります!」
頼まれたほうもやたら、気合の入った返事をするし。
すっかり問題児扱いされちゃってるなあ、僕ー。
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本物の高級お肉だよー!
ブランドンさんとの談笑も少しして、彼は早速ステーキを用意しにかかってくれた。しばしの時間、レリエさんと二人で待つよー。
この待ち時間ってのもまた堪らないんだ、長ければ長いほど期待が膨らむ。空腹を抑えてよだれを垂らす気持ちで待つこのタイミングが、美味しくいただくための最高の調味料と言えるのかもしれないねー。
「あー、まだかなまだかなー」
「もう、ソワソワしないの。さっきまであんなに歴戦のベテラン冒険者だったのが、あっという間に小さな子供さながらねえ」
「えへー」
レリエさんに窘められて照れ笑い。どっちが保護者なんだか分からないね、これー。
でも年齢的には親子というか、年の離れた姉弟って感じなのかな? サクラさんともそんな年齢差だし、なんならシアンさんも年上だし。
そう考えると新世界旅団でも最年少って僕になるんだねー。調査戦隊でももちろんダントツ最年少だったから慣れっこといえば慣れっこなんだけど、うー、そろそろ弟分や妹分が欲しかったりするかもー。
「へいよお待ち! 特上ステーキ400gを2人前だぁ! たっぷり食ってでっかくなれよ!」
と、ついにブランドンさんが料理を持ってきてくれた!
木板に鉄板がはめ込まれたプレート、その上にはでっかいお肉の塊がジュージュー音と煙を上げて美味しそうに焼けているよー!
付け合せにカットしたお野菜もついて見た目も彩り豊かだ。うひゃー美味しそう!
「待ってました!」
「デカっ! っていうか、こないだのステーキもだけどすっごいいい匂い……疑似肉ではありえない、本物の肉の焼ける匂いね……」
「え。疑似肉?」
「なんだそりゃ、なんの肉だいお嬢さん?」
見るからに涎が出る威容に興奮する僕をよそに、レリエさんは大きさもさることながら特に匂いに注目していたみたいだった。
聞いたこともない謎のお肉を引き合いにしてるよ。本物の肉と比較するってことは、偽物の肉ってことー?
ブランドンさんも気になったか質問すれば、彼女は少し考えてから答えてくれた。
「あー……人工的に作った肉と言いますか。豆をすりつぶして捏ねたりいろいろして肉っぽく仕上げたものを私の故郷ではよく食べていたんです。肉の代用品ですね」
「へー、聖職者みたいな食文化してんのな。たしか肉食禁止だったろ、聖ガブラール王国なんかじゃ一般的とは聞くが、そこの出身かい?」
「いえ、もっと田舎の、誰も知らないような小さな国ですよ。ベジタリアンというわけでもありませんしね。ふふ……」
淑やかに笑いつつも詮索しないでーって感じのオーラを振りまくレリエさんに、ブランドンさんも込み入ったものを悟ったのかなるほどと頷く。さすが、察しのいい人だよー。
彼女の故郷、つまりは古代文明だと肉食はあまりされてなかったってことかな。豆を肉のようにして食べるなんて想像もできないけど、なんかすごい技術とかでできちゃうんだろうなー。
さておき、目の前のステーキを冷ます手はなく実食だ。なおも美味しそうな音を立てて焼かれるステーキは、焼き加減はミディアムレアって感じでナイフで切り分けると内部はちょっぴり赤い。
この、ビミョーな火加減が良いんだよねー! 早速一切れ、と言うには大きめに切ったお肉をフォークで刺して口に運ぶ。大口開けて頬張れば、あっという間に口の中に広がる肉汁!
ああ、これだよこれ! 幸せの味が舌の上で弾けてとろけるー!
「んんん! 美味しいー!!」
「いただきます……あむ、っ!?」
噛めば軽い弾力とともにちぎれる柔らかさ、そしてその度あふれる肉のお汁、旨味! 最高だよー!
レリエさんも何やら手を合わせて──なんだろ、古代文明の流儀かな? ──一口サイズに切って食べる。途端に目をカッと見開いて、あまりの美味しさに硬直しちゃった。
たっぷり数秒、固まってから眼下のプレート、焼けるステーキをじっくりと見る。
感動に打ち震えて彼女は、混乱したようにつぶやいた。
「すご、おい、え、美味しい……! 美味しすぎる、嘘、何これ」
「えへへ、最高でしょー!」
「ええ、本当に、信じられない……わ、私が食べてきたものは、あれはあれで美味しかったけど……本物と比べると別物なのだと、これを食べたらすぐに分かっちゃったわ」
僕の言葉に、愕然とかつての食生活を省みてるみたい。唖然としてる姿もかわいいよー、15回目の初恋で胸がドキドキするよー。
驚く彼女はそれだけで見てて楽しい。ステーキは柔らかくて美味しくて食べて楽しいし、ここはまさしく楽園だよー!
「冷めないうちに食べるのが一番美味しいよー。レリエさん、どんどん食べよー!」
「ええ……ええ! 食べるわ! 一口一口よく味わって、食べるわ……!!」
涙すら浮かべてお肉を食べていくレリエさん。疑似肉ってお肉の代用品、いま食べてるこれとはまた違うのかなー? それはそれで気になるよー。
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誇りある冒険だよー
僕にとっては割といつものお肉、でもレリエさんにとっては初めて味わうタイプの高級お肉。感動に震えつつ食べる彼女の姿に見とれつつ、僕も僕でバクバク食べていくよー。
んー、やっぱり火の通ったお肉っておいしいなー! 元々レアっていうか生肉を食べて育ってきたからか、余計に火が通った温かい料理、特にお肉が好みな僕だよ。
「お野菜もよーく焼いて、食べてーと」
「野菜も、なんて新鮮で美味しいの……! 食用プラとはまるで違う! ああ、毎食感動するけど今回はひとしおよ。これが、過ちを犯す前の世界の食事だったのね……!!」
「…………」
えぇ……? 感動してるのはいいんだけどレリエさん、すごい意味深なこと言ってる……
過ちを犯す前の食事って、古代文明でもレリエさんのいた時代は過ちを犯してたってこと、だよねー? そしてそのせいで、お肉もお野菜も本物が食べられなくて、人工の代用品に頼ってたってことー?
何それー超怖いよー! 代用品に依存しなきゃいけないくらいの過ちって何? 恐ろしいよー!
レリエさんの今日までの反応で薄々思ってたけど、数万年前の超古代文明って何かおぞましいことに手を付けて結果、滅亡したんじゃないかって予感がひしひしとするよー。
地下に埋まってる迷宮から古代文明の遺跡とか、出土品が出てくるから考古学者さん達は自然災害で滅んだんじゃ? って言ってるけど……もしかしたら学説が覆るかもしれないんだねー。
「…………うーん」
「? どうしたのソウマくん」
「あ、いえー」
思わず悩んでしまって、美味しそうにお肉を頬張るレリエさんの邪魔をしちゃった。でも本当に悩ましいとこだよこれはー。
っていうのも、貴族に引き渡すのは論外だけど新世界旅団立ち会いのもと、学者さん達を交えて当時のことを聞き出す必要はあるのかもしれないのかなーってことだ。
迷宮そのものについてさえ未だに謎しかない現状、明らかに関わりがあるだろう古代文明について聞き取りを行うのは、冒険者界隈のみならず世界的に意義の大きいことではあると思うんだよねー。
もちろんレリエさんやヤミくんヒカリちゃん、マーテルさんに一切危害が及ばないようにしないといけないし、ましてや欲の皮が突っ張ってる貴族やマッドな頭でっかちの学者どもになんて絶対に近づけさせないけどー……
ただただ純粋に迷宮の謎、古代文明を追い求める僕ら冒険者や学者の人達には、必要なことなんじゃないかって思ったりしちゃうんだよねー。
それがどんなに古代文明から来たこの人達にとってつらいことなのか分かってる上で、それでも考えてしまうんだ。
正直に彼女に白状した上で、僕は頭を下げた。
「……ごめんなさい、レリエさん。なんだかんだ僕も利用することを考えちゃってる。本当にごめんなさい」
「え。いえその……そんなに気にする話じゃないわよ。少なくとも私はどこかのタイミングで、誰かしら信頼できる伝手を頼って私の持つすべてのことを打ち明けるつもりでいたんだもの」
「え……」
「ただ滅亡から免れるだけじゃないのよ、私達が時を超えたことの理由や意味って。あの時何が起きたのか、同じことを繰り返させないために何ができるか……少なくとも私はそれを伝える義務を負ってると自覚しているわ。だから、ソウマくんの提案は渡りに船なのよ」
最低なことを考えていたのに、彼女はあっけらかんと笑い、許してくれる。あまつさえ自分自身、いずれそうするつもりだったって言ってくれるほどだ。
古代文明からのメッセンジャー、少なくともレリエさんは自身をそう位置づけてるってことなんだね。かつて何かが起きて滅んだ世界から来た人として、彼女は自身の責任を果たすつもりでいるんだ。
強い人だね……本当に強いよー。
起きたら数万年前経ってて誰も頼るものがないのに、この人はそれでも自分にできることをちゃんと考えているんだ。
それは紛れもない強さだと思う。戦闘力とかじゃなくて、この人は心が本当に強いんだ。尊敬するよー。
僕の、敬意がこもった視線にレリエさんは照れたように笑った。
次いで僕を見て、信頼の籠もった眼差しで言ってくる。
「っていうか、今まで本当に本腰入れて聞き取るつもりがなかったんだ……真剣に私達のことだけを考えてくれてるのね、ソウマくんは」
「それはそうだよ。古代文明人ってだけで貴族や国から追われかねない身寄りのない人達を、その上冒険者まで利用するなんてそんな惨いことってないし……考えつきはしても、実行に移す人なんてまずいないよ、冒険者ならさ」
「それが、自分達の目的に必要なことだとしても?」
「必要だとしても。そのために犠牲を生み出すやり方はしない」
断言する。僕個人の意見じゃない、これは冒険者なら誰もが抱く思想だよ。
誰かを犠牲にして、そんなことをして目的を果たして何が冒険なの? 危険を冒してでも辿り着きたいから冒険者になったのに、なんで他人を危険に晒したり陥れたりするの?
そんなのは冒険者とは言わない。絶対に。
レイアの言葉を引用して、僕はレリエさんを見て言った。
「僕らは冷たい風の中、それでもまっすぐ歩いて生きたいんだ。急ぐことはできなくても、一歩一歩踏みしめた足取りを誇りに抱いて進んで生きたいから。だから無理矢理情報を聞き出したりはしないよ」
「…………そう。本当に素敵な職業なのね、冒険者って」
「うん! 一生かけて取り組めるお仕事だよー!」
ニッコリ笑う。応じて彼女も笑ってくれた。
また一つお互いのことを知れた、素敵な時間だよー。
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ファーストコンタクトだよー!
話もそこそこにステーキも食べ終わる。僕はもちろんのこと、レリエさんまで400gをぺろりと平らげたのは正直予想外だったよー。
多少余ったら僕がもらおうって思ってたので、こうして完食したってことはそれだけブランドンさんのステーキは最高だったってことだ。僕の好きなお肉をレリエさんにも気に入ってもらえて、なんだかとっても嬉しいよー。
「はふう……ごちそうさまでした。この時代に来てからたくさん美味しいものを食べてきたけど、今回はダントツだったわ」
「えへへ、良かったよー! ごちそうさまー!」
食後のコーヒーをも飲み干して、二人息を吐く。
お互いすっかり満足だ。レリエさんもステーキ自体は学校近くのお店とかで食べてたけど、あっちは量を重視したものに対してこっちは質に拘ってるからねー。
焼き加減の絶妙さもさすがブランドンさん、完璧だった。そりゃー彼女も感動のあまり絶句するよねー。
さておきもうそろそろお昼すぎだ、僕達は席を立った。
このあとはサクラさんのお家に行って新世界旅団のミーティングをして解散だ。向こうは向こうで例によってシアンさんの訓練に精を出してるみたいだし、お互い様の進捗確認ってところかなー。
近々メルルーク教授のラボラトリーに殴り込みをかけるから、その辺の日程調整もしなきゃいけないしねー。
そういうわけでお金をしっかり払って僕らは、ステーキハウスを出たのだ。
「また来てくれよな! 杭打ちにレリエの嬢ちゃん!!」
「ごちそうさまー」
「ありがとうございます、ごちそうさまでした!」
ブランドンさんにも見送られて外へ出る。すでにマントと帽子を装着している"杭打ち"スタイルの僕はまた、外に置いてあった杭打ちくんを背負ってレリエさんと二人、歩き出す。
──と、そんな時だ。向こうから見知った面々が来て、僕は思わず立ち止まった。
「あー腹減ったー、ビフテキ食うぜビフテキ……おっ? 杭打ち?」
「えっ、杭打ちさん?」
「ピェッ!? く、くくく、くいうちしゃん!?」
「……君達は」
若い男一人に女性が二人。あとよく似た顔の子供も二人の計5人。
こないだ知り合ったパーティーだ。アレンくんにノノさん、マナちゃん。そしてヤミくんヒカリちゃん。
5人とも僕を見て驚いている。特にヤミくんなんか目を丸くして、わざわざ僕のところまで駆け寄ってくるよー。言ったらアレだけど子犬みたいでかわいいねー。
「杭打ちさん! 奇遇だねこんなところで、冒険帰り?」
「……まあ、そんなとこかな。ヤミくん達も冒険帰りにお昼ごはん?」
「うん! 僕とヒカリの訓練も兼ねて、地下3階をうろうろしてたよ」
「そっか」
頭を撫でながら話すと、ヤミくんは目を細めてくすぐったそうに僕に抱きついてくる。
なんかえらく懐かれたよー、妹にあたるヒカリちゃんが微笑ましそうにしてるのがなんか、普段と形勢逆転って感じだねー。
と、レリエさんが微かに驚きの気配を見せているのに気づく。見れば双子を見て、息を呑んでるみたいだ。
これは……知ってるんだろうねー、この子達のこと。そう、ヤミくんとヒカリちゃんもレリエさんと同様、古代文明から来た双子だからね。
戸惑う彼女に、ヤミくんとヒカリちゃんも反応した。
「…………? あれ、そっちの女の人、どこかで見た気が」
「ホントだ……あれ、え? 嘘、なんか、眠りにつく前に見た? え?」
「やっぱり……なのね。この子達も、私と同じ」
なるほど、双子のほうも薄っすらながら覚えはあり、か。こうなると今はいないけどマーテルさんもこの3人を覚えている可能性があるねー。
今頃何してるんだろうね、オーランドくんとマーテルさん。精々イチャイチャしながらの青春旅行してるんだろうけど、国の出しゃばりさえなければ4人みんな、古代文明人がこの町で集結してたんだろう。惜しいねー。
「……紹介するよ。こちらは君達と同じ境遇のレリエさん。この前眠りから覚めた、過去からの使者だよ」
「僕らと同じ……!」
「あのマーテルって女の人も併せて、これで4人目……」
つくづく残念だなーって思いつつも、アレンくん達にレリエさんを紹介する。古代文明人同士のファーストコンタクトだ、間違いなく大切な機会だよー。ここ道端だけどー。
双子は息を呑んでレリエさんを見るし、レリエさんも興味深げに双子を見ている。お互いはるかな過去から時を超えてやってきた者同士、何か感じ合うところがあるのかな?
一方で興奮に身を焦がすのがアレンくんだ。僕と同じでオカルト雑誌に傾倒するオカルトマニアだからねー、古代文明人が初対面したこの瞬間は、まさしく感動者の光景だよー。
「おいおい……! こないだのマーテルって子からこっち、また一人現れたってのか! どうなってんだよこんな矢継ぎ早に、何か運命的なものを感じるぜ……!!」
「アレン的にはものすごく好きそうな展開よね……っていうか杭打ちさんと一緒にいるってことは、こちらの方はあなたの保護下にいるってわけ?」
ノノさんが尋ねてくる。彼女やマナさんはあまり興味がないというか、そこまでのめり込んでもないみたいだ。たぶんアレンくんを追っかける形で冒険者やってるんだろう。
いいなー、僕も欲しいよおっかけー。いいなー! 内心でオーランドくんにも負けないイケメンさんのアレンくんに嫉妬しつつも、僕は頷いて答えた。
「そうなるね……冒険者登録も済ませてある。パーティーは僕と同じく、新世界旅団」
「ぴぇぇ……じ、ジンダイさんと杭打ちしゃんを抱えるエーデルライトさんが、さらに古代文明人まで……」
「かーっ! 燃えるぜ、まだギルドには登録してないんだよな新世界旅団! 本格的に発足されたらどんなパーティーになるのか、超! 楽しみだぜ!!」
マナさんが相変わらずピーピー鳴く隣で、アレンくんがなんか燃えてるー。
新世界旅団にやたら期待してるみたいだ。まあ発足までには大分時間がかかるだろうから、気長に待ってほしいよー。
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ギルドの懸念だよー
思わぬ道端での古代文明人同士の初遭遇。本当はもっとロマン溢れる感じのシチュエーションやタイミングで行われるべきなんじゃなかったのかなーと一人、微妙な面持ちになりつつも僕とレリエさんはその場をあとにしたよー。
アレンくん達はこのあと商店街にあるレストランに行くみたいだ。なんでもヒカリちゃんがその店を好んでいるとのことらしい。
てっきりブランドン・ステーキハウスに行くのかと思ったけどよくよく考えるとあのお店、成り立ての冒険者にはお高いからね。
僕だってまだまだDランクだけれど、そこはほらゴールドドラゴン絡みの依頼が現状、僕にしか請け負えない特別依頼だからしこたま儲けさせてもらっているよー。
やっぱり持つべきは金払いのいい顧客だねー。なんてことを考えながらギルドに到着。
いつものギルドの受付嬢リリーさんに報告がてら、世間話ってわけじゃないけど途中で寄った孤児院で会った"戦慄の群狼"のメンバー、ミシェルさんについて話す。
「────というわけで近々、リューゼが一団を率いてこの国のこの町にやって来るってさ。いやー賑やかになるねー」
「とんでもないことをサラリと言うわね……今や世界最高峰の冒険者なのよ、彼女も……」
さっそくリューゼ率いる本隊が来るよーって話をしたら、リリーさんってば案の定頭を抱えちゃった。そりゃそうだよねー。
元調査戦隊メンバー、とりわけレジェンダリーセブンの七人は今や世界に大きな影響をもたらしているって言われているほどにいろんな種類の力を持っている。
政治にせよ、軍事にせよ、あるいは個人の戦力にせよ率いるパーティーの規模にせよ──一挙手一投足がすっかり注目の的になっちゃってるくらいに、様々な意味で重要な存在なわけだねー。
そんなレジェンダリーセブンの一人がエウリデに戻ってくる。それも自らが率いるパーティーを引き連れて、腰を落ち着けるっていうんだ。
当事者国はもちろん、直接関係してない国だっててんやわんやかもしれないよー。これから渦中に突入するだろうこの町の冒険者ギルドとしては、頭を抱えるしかない重大事項なんだろうねー。
みたいなことをリリーさんと二人、つらつら喋っているとレリエさんが純真無垢に、感心した様子でつぶやいた。
「そうなんだぁ。ソウマくんの古馴染みはそういうの多いのね、世界最高とか最強格とか」
「そもそもソウマくん自身が世界5本の指に入る冒険者だもの。見た目はかわいいし、言動はこんなだけど」
「どんなのー?」
見た目がかわいいは余計だよー? と軽口はおいておくにしても、僕の知り合いがやたらすごい感じになってる人ばかりなのは自覚があるよ。
こればっかりは仕方ないよねー。調査戦隊の、特に中枢メンバーの実力と功績はどこの誰が見ても疑いようのないものだし。
そのメンバー達とつるんでた僕だから、どうしても知り合いに化物だらけってことになっちゃうんだねー。
「……とりあえずリューゼリアさんの件についてはギルド長に報告して対応を決めるわ。どのみち彼女に指図するなんて誰にもできないけれど、交渉次第である程度、こちらにも利があるように動いてもらえる可能性もあるしね」
「先に言っとくけど僕を交渉のカードに使うのは止めてねー。昔ならともかく今のリューゼが僕のこと、憎んでないとも限らないから話が拗れるよー」
リリーさんに、というかリリーさんを通じてこの話を知ることになるベルアニーギルド長に釘を差しておく。僕は調査戦隊解散を招いたってことで、元メンバーからは多分嫌われてるからね。
だからたとえば交渉の場に僕を呼び出しでもしたら、下手したらその場で殺し合いだよー。僕だって好きで抜けたわけじゃないから悪いけど抵抗するし、そうなると間違いなく街の一角は消滅しちゃうよー。
そう言うとレリエさんは痛ましげに僕を見るし、リリーさんは目を閉じて悼むように黙り込む。深刻そうだけど、もう全部終わったことだからね、3年前に。
今の僕には新世界旅団がある。だからそんな気の毒げにしてもらわなくてもいいんだけどなー。この人達、美人な上に優しいんだよねー。
しばしの沈黙のあと、リリーさんが肩をすくめて言う。
「レジェンダリーセブンの7人に限って、エウリデを憎みこそすれあなたを憎むなんてないとは思うけど……まあ分かったわ、考慮しとく」
「どうもー。でも向こうが僕を要求してきたらそれには応じるよ。まあいろいろ、募る話もあるかもだし」
「リューゼリアさんが来たら言っておくわ、ソウマくん」
その言葉に頷いて、僕とレリエさんは席を立つ。報告も終わったし報酬ももらえたし、ギルドにいる意味はもう薄いねー。
リリーさんと長々談笑ってのも悪くないんだけれど、新世界旅団のミーティングもあるしね。
帰りましょうかー。
「じゃ、また来まーす」
「お邪魔しましたー」
「はい、お疲れ様。またいつでも来てね、二人とも」
最後にお互い、手を振ってサヨナラする。はー、今日もお仕事終わりだよー。
お疲れ様ーって二人、労いあいつつも僕らはギルドからサクラさんの家に向けて移動するのだった。
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新世界旅団の仮の拠点だよー
ギルドからサクラさんの家までは徒歩で大体30分もかからない。普通に歩いてたらいつの間にかたどり着けるような住宅区で、すぐ近くに僕の家もある。
これが僕の家に帰るって場合、わざわざ遠方のスラムにまで行って涸れ井戸に入って旧地下水道を通り、僕が拵えた秘密基地を経由して帰らないと行けないから大変だよー。
「なんでそんな遠回りを……そうまでして隠さなきゃいけないのかしら、正体」
「絶対に厄介事が起きるからねー。第一総合学園の一年生が"杭打ち"だったなんて、下手すると周辺にも迷惑かかっちゃうし」
どうしようもない時はもう、開き直るしかないかなーって程度の気持ちだけれど。それでも普段から僕の正体がバレないようにはしておきたい気持ちもたしかにある。
国やら貴族やら冒険者やらマスコミやら、うっさいのが多いからね。そういうのに周囲の人を巻き込むのはよくないし。
ま、正体を明かすのは学園を卒業してから、つまりは2年後かなー?
卒業と同時に成人するので、そのタイミングで僕もマントと帽子を脱ぎ捨てようかとは思ってるよ。だからそれまで、変な事件に巻き込まれないことを祈るばかりだよー。もう巻き込まれてる気もするけどー。
「……到着ー」
「はい、お疲れ様。サクラにシアン、もう帰ってきてるみたいね」
話をしているうちにサクラさんのお家に到着ー。僕の家と大差ない二階建ての一軒家に、勝手知ったるとばかりにレリエさんが入っていく。
すでにサクラさんとシアンさんは帰ってきているみたいだ、ドアは施錠されていない。なんなら玄関を開けた時点で居間のほうから声が聞こえてきたんだもの、ドロボーさんじゃないならサクラさんなりシアンさんがいるに決まってるよねー。
「おかえりーでごーざござー」
「ただいまー」
住み慣れてないだろうにやり取りはすでに熟れた感さえある、サクラさんとレリエさんの会話。
玄関口で靴を脱いで居間に向かうと、広々とした空間にソファとテーブル、あとデスクが置かれてあって仕事場も兼ねている雰囲気がするね。
僕の家の居間なんかテーブルと椅子と、後は適当なインテリアばかりで雑多な感じになっちゃってるし、質実剛健って感じの見た目なこの部屋はなんだか性格を感じるよー。
「戻りましたね。お疲れ様ですソウマくん、レリエ」
「おつかれでござるー。市街清掃大義にござったねー」
部屋に入るとシアンさん、サクラさんの二人がねぎらいの言葉をかけてくれる。それに頷いて僕とレリエさんはテーブルの椅子に座り、人心地つけた。
ソファにはサクラさんが、デスクにはシアンさんが座っている。客人のはずのシアンさんがいかにも家の主ですって感じでデスクに座ってるのは、新世界旅団の団長だからってことでサクラさんが強く推してのことだった。
なんでもヒノモトだと、上座に一番偉い人間が座るものだというマナーがあるようで。少なくともエウリデの、それも冒険者の中ではあんまりない風習なんだけど上下関係を明確に可視化するって意味ではまあ有効なのかなーとは思う。
というわけでシアンさんも最初は渋っていたものの、半ば押し切られる形でデスクが定位置になっているわけだねー。
本人は未だに座りが悪いのか、ちょっと気まずそうにしてるのがかわいいよー。
「戻りましたー。いやあ、なんかいろいろ珍しいことが起きちゃいましたよー」
「ソウマくんは今日も大活躍だったわよ、シアン」
「そうなの? こちらはいつもどおりと言っていいのか……相変わらずいなされっぱなしの訓練だったわ」
「始まったばっかでござるからねー。これからこれからーでござるー」
肩を落としてガックリって感じのシアンさんをケラケラ笑って励ますサクラさん。どうやら今日もバッチリ、ヒノモト流の特訓をしたみたいだ。
さすがに実力差が違いすぎるし、シアンさんが今やってる走り込みや打ち込みの訓練を終えて次のステップに向かうまでには結構な時間がかかるかもねー。
明らかに現段階では基礎を作り込んでいる様子だし、ここはしっかりと鍛え抜いてもらいたいよー。
今の頑張りは必ずいつか、遠い未来にシアンさんの強さを支える強靭な屋台骨になってくれるはずだから、ね。
「どんな実力者も結局のところ、最後に物を言うのは土台の体力と基礎技術だからねー。逆にここさえしっかりできてればシアンさんは、今後どんなスタイルの冒険者を志したところで問題なく切り換えられるよ」
「つまりは応用に至る前の、基本をまず極めろ……ということですよね? ソウマくん。サクラにも言われているのですが、どうしてもなかなか焦ってしまって」
「その焦りを鎮めつつ、ひたすら己の研鑽に励めるメンタルを作り上げるのもこの特訓の目的の一つでござるよー。精進精進、でござるー」
身体を鍛え、経験を積ませ技術を高めさせるのみならず精神面を強くするためにも。
サクラさんが楽しげに笑ったように、シアンさんの精進はこれからかなーり続きそうだったよー。
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昔の仲間を、今の仲間達と語るよー
さておき今日あったことをザクッと話すよー。メインはやっぱりミシェルさんのことだねー。
レジェンダリーセブンが一人、リューゼが率いる"戦慄の群狼"の一員で、近々本拠地をこの町に置くらしいってことで偵察がてらやってきた彼女の模擬戦に付き合ったって話をしたら、シアンさんもサクラさんも興味津々に僕を見てくる。
「戦慄の冒険令嬢……リューゼリア・ラウドプラウズ! ついにレジェンダリーセブンの一角がこの町に帰還するのですね」
「ワカバ姫からいくらか話は聞いてるでござるよ、迷宮攻略法でもない何やら面妖な力を使う女傑だとか。調査戦隊の中でもとりわけ強かったと言っていたでござるが……」
リューゼっていうか、世界各地に散らばって今やエウリデには一人もいないレジェンダリーセブンが戻ってくるってところに食いつくシアンさん。
話を聞くに5年前、この人に僕の本名をわざわざバラしたのがあいつみたいだし面識はあるんだよね、一応。向こうはたぶん忘れてるだろうけどさ、興味ないことには一切記憶力が働かない脳みそしてるし。
一方でサクラさんは案の定っていうかなー、まずもって強さが気になってるみたいだ、さすがはヒノモトの冒険者。
ワカバ姉からも話を聞いてるみたいだね、たしかにリューゼは独自の特殊能力をもってるよ。迷宮攻略法みたいな人間の修練で身につけられるものじゃない、どちらかというとプリーストの法術に近しい天然の才能をね。
サクラさんのつぶやきに反応して教える。
「それは間違いないね、保証するよー。リューゼは調査戦隊でも5番目に強い冒険者だった。少なくとも解散時点ではワカバ姉より強かったよー」
「とんでもないでござるなー……姫は拙者をはるかに超えて、押しも押されもせぬヒノモト最強の冒険者でござるのに。それでも調査戦隊の中じゃ五指にも入れなかったんでござるなあ……」
「まあ……世界中から癖の強い人が集まってたからねー」
微妙な面持ちの彼女に、気休め程度だけどフォローしておく。ワカバ姉だってリューゼに近いレベルの実力者だったんだよー? ただまあ、3年前の時点だとちょっと差はあったのもたしかだねー。
僕、レイア、ミストルティン、ガルドサキス、そしてリューゼリア。上からこの順で固定されてたところはあるね、当時の調査戦隊は。少なくとも僕とレイアの二人は完全に不動の同率一位だったはずだよ、迷宮攻略法を獲得する前も後も。
でもあれから3年経って、リューゼももっと強くなってるはずなんだ。そうなると序列も当然変わってるだろう。たぶん鉢合わせたらそのまま戦闘になるだろうし、その時は3年前のリューゼを相手にする感じでいると負けちゃうかもねー。
そうかー、もうじきまた見ることになるのかーあのオッドアイが淡く煌めく幻想的なシーンを。金色と青色で左右それぞれ瞳の色が違う、美しい彼女の両目を幻視する。
「リューゼ……かぁ。ひさしぶりだよ、なんか懐かしいなー」
「…………ソウマくん。かつての仲間についてはさておき、そろそろメルルーク教授の件についてお話しませんか?」
「ん……と、そうですねー? とりあえずそっちが先でしょうしねー」
懐かしんでいると、なんかシアンさんが唇を尖らせてじっとりした目を僕に向けて提案してきた。メルルーク教授──元調査戦隊メンバーのモニカ・メルルークさんだ──について、リンダ先輩にありもしないデマを吹き込んだ疑惑が立っているからその件についての話だね。
いつ来るかも分からないリューゼを気にするよりはこっちのが先だよね。気持ちを切り替えていると、言い出したシアンさんにサクラさん、レリエさんが呆れた声をあげていた。
「団長……意外に縛りたい派でござる?」
「! い、いえ!? そんなことないわよ、サクラ!」
「フォルダ別保存と上書き保存の差、かしら? 数万年経っても、女の子は女の子ってわけね」
「なんの話かしら、レリエ!?」
指摘を受けてすぐさま頬を染め、あからさまにうろたえるシアンさん。なんだろう、珍しくってかわいいよー?
なんの話してるんだか分かんないけど、僕も混ぜてほしいよー。女子3人の息の合ったやりとり、僕も混ざりたいなー。
「ねーねーなんの話ー? 僕も混ぜてよー」
「いいでござるよー。あのねシアンってば、せっかく自分の──」
「サクラストップー! それ以上はダメですー!」
「えー」
「えー? でござござー」
直球で頼んだら意外とサクラさんの口が軽いよー。シアンさんが慌てて止めたけど、僕としては聞きたかったなー。
隣でレリエさんがクスクス笑う。少なくともそんな深刻な話じゃなさそうだし、軽い世間話なのかな。
ともあれストップ食らっちゃったし、僕は肩を落としつつも教授への聞き取り調査の段取りについて話すことにしたよー。
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馴れ初めを話すよー
冒険者"杭打ち"がマーテルさんを国に引き渡し、庇ったオーランドくんを拉致してスラムにて監禁している──なんて、質の悪いデタラメをリンダ先輩と生徒会の二人に吹き込んだらしいモニカ・メルルーク教授。
おそらく兄貴のガルシア・メルルークのほうが下手人なんだろうとは個人的に睨んでいるんだけれど、現時点ではなんとも言えない。
モニカ教授だって何かしら目的があればこのくらいのことは普通にやるし、僕だって誰に何をされてもおかしくないくらいにはあちこちに火種を抱えてるからねー。
さしあたりメルルーク兄妹が怪しいってことで、とりあえず話を伺いたいってのが当面の、僕ら新世界旅団の方針だった。
「教授は平日は総合学園内の実験室に籠もってますけど、休日や祝日になると自宅のラボラトリーで研究活動を行ってます。今は夏休みですし、大概の場合は自宅にいるでしょうねー」
「自宅もすでに調査済みで、第二総合学園──貴族園のすぐ近くにある高級住宅区にあるわね。平民で冒険者が居を構えるなんて異例と言えるでしょう」
「貴族園……あー、いけすかないボンボンどもの学び舎にござるな」
シアンさんのほう、つまりはエーデルライト家でも調査はしていたみたいで、教授の自宅まで特定済みだ。まあ有名だし、調査ってほどのことでもないかもしれない。
第二総合学園という、僕が通う第一総合学園の姉妹校がある。身分問わず入れる第一に比べて貴族身分しか入れないブルジョワ校なんだけど、そこの近くにある貴族街に彼女の家はあるわけだよー。
本来なら平民がそんなところに家建てて住み着くなんてありえないことだけど、いかんせんメルルーク教授はエウリデのみならず世界の至宝とまで言われる天才だからね。
化学、生物学、考古学、医学、哲学、文学、数学、天体学その他諸々の分野で他の追随を許さない功績をあげ続けている、正真正銘の天才ってことでぶっちゃけ、下手な王族よりも重要人物扱いされているほどだ。
そんな彼女だからこそ特別に、貴族街に住むことも許されているってことだろう。下手に扱ってじゃあエウリデから去りまーすとかってなったら大惨事だしね。
ただでさえ各国手ぐすね引いて教授を引き抜こうとしてるんだし、何よりエウリデ自身が調査戦隊絡みで特大の大ポカをやらかしてるからねー。
同じ轍は踏みたくないってんで、教授の囲い込みには必死みたいだよ。
「そんな教授のお家には僕も週一で通ってるし、リンダ先輩のことがなくても元々、明日あたり行こうかなーって思ってたからちょうどいいねー。それじゃ予定通り、みんなで行きましょうか教授のお家ー」
「そうですね……ただ、ふと気になったのですが杭打機のメンテナンスが絡むことなら私達がお邪魔しても良いのでしょうか? 日をずらして伺ったほうがその、ソウマくんとメルルーク教授の関係に影響が薄いのでは?」
「え。いや別にいいですよ、そんなのー」
変に気を使ってきたシアンさんに普通に返す。そもそも今回は完全に僕らが被害者なんだから、被疑者の教授にそこまで配慮する必要なんてないんだよねー。
なんならシアンさんこそ即日、ブチギレてエーデルライト家の貴族としての威光をもってラボラトリーにカチコミかけてたっておかしくないくらい問答無用の被害者だもの。僕に優しくしてくれてすっごく嬉しいけど、そこは気にしないでほしいよー。
それに、僕と教授の関係性についてはこのくらいのことでは揺るがない程度には繋がりがあるからね。
冒険者"杭打ち"だけが持つ、メルルーク教授との特殊な因縁について説明する。
「杭打ちくん関係についてはプライベートっていうより、お互いの利害が一致しているからやってるある意味、お仕事ですしー」
「利害、でござるか?」
「そーそー。っていうのも元々、杭打ちくんは僕が使ってた廃材の杭に目をつけた彼女が自分の欲求だけで造った武器でねー?」
僕と教授の、ある意味馴れ初めって言えるエピソードをみんなに話す。それは遡れば調査戦隊に入る前から始まってたと言えるかもしれない。
まだ孤児院にいた頃、僕は少しでも孤児院の経営が楽になればと思って冒険者でもないのに一人、勝手に迷宮に潜っていた。
モンスターの素材とかがスラムの闇商売で取引されてるのを知って、誰にも内緒で当時最深部に近かった地下15階あたりで戦い続けていたんだよー。
その際、院長先生から人間としての教育を施してもらったことから僕は、人間らしく道具を使うようになっていた。
スラムに転がっていた巨大な杭を素手で握りしめ、モンスターに叩き込んで串刺しにする戦法を取っていたんだ。冒険者"杭打ち"の前身とも言える、初代杭打ちくんの活躍だねー。
「えー、つまりなんでござる? 一桁歳の頃から杭持って迷宮彷徨いてたんでござるか? マジでござる?」
「10歳で冒険者登録からの調査戦隊入りを果たしたのも無茶苦茶だけど……もっと幼い頃からモグリで活動していたなんて。さすがと言うべきかなんというか」
「いやー、あははー……もっと言うとそもそも、迷宮で生まれて迷宮で育ったみたいなもんだからねー」
我ながら荒唐無稽だなーって思うエピソードに、シアンさんもサクラさんも唖然としている。
けど、昼間レリエさんに語ったように元からして僕ってば、人生のほぼすべての時期で迷宮と関わってるからね。
いい機会だし二人にも話しとこうかな。
人間なんだかモンスターなんだか分からない、ソウマ・グンダリと呼ばれる前のケダモノの話を、ねー。
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優しいお姉さん達だよー(感涙)
「つまり……で、ござるよ? ソウマ殿は8歳頃まで迷宮の地下深くにて生まれ育ち、たった一人モンスターの血肉を喰らい啜って生き延びてきた」
「うん」
「そうしながらも地上を目指し、そうして辿り着いた外界にて孤児院に拾われ……2年間人としての教育を受け、大迷宮深層調査戦隊にスカウトされて冒険者"杭打ち"になったと。そういうことでござるね?」
「そーだよー」
丁寧に念押しをするサクラさんに軽い調子で頷く。話を前もって聞いていたレリエさんはともかく、彼女もシアンさんも深刻な顔をして僕の生い立ちについての説明を聞いていた。
新世界旅団メンバーとして深く関わっていく以上、さっさと話しておかないといけない類の話だったことは間違いない。渋くってカッコいい"杭打ち"ことソウマ・グンダリが、実は化物さながらな生まれ育ちをしていたってのを忌み嫌う人達だって、そりゃいるだろうしねー。
なんなら貴族のシアンさんとか、これ聞いたら僕との関係を見直すんじゃないかって正直不安だったけど……
新世界旅団の構築に現状、僕という存在は必要不可欠だから早々切り捨てたりはできないはずだ。そういう打算ももちろん込みで、でもやっぱり不安と恐怖をないまぜにした胸中のまま、すべてを明るみにしたわけだ。
気になる二人の反応は、それぞれ特徴的なものだった。
「…………私にはもはや、想像もつかないほどの境遇ですね。なんと言えば良いのかさえ分かりませんが、その、大変だったのですね、ソウマくん」
「下手すると生まれた時からモンスター相手に戦って勝って生き延びてきたんでござろー? そりゃ拙者やシミラ卿が束になっても敵わねーはずでござるよー! 戦闘歴15年、拙者どころかヒノモトのベテランさえ超えてるとかそんなの詐欺でござる、詐欺でござる!!」
「ひどいよー!?」
同情を示してくれるシアンさんは、やっぱり優しくて素敵な人だよー。好きー。
でもサクラさん、詐欺呼ばわりはやめてほしいよー。勝手にそっちが子供だって侮ってただけじゃないかー! プンスカしてるヒノモト美人のおねーさんに、僕だって若干プンスカだ。
ていうか、二人ともそんなに悪い印象は抱いてないんだね……レリエさんと同じく、どちらかというと僕に寄り添うような感じでいてくれている。
そのことが嬉しいながらも意外で、僕はついつい、問いかける。
「あ、あの……気持ち悪いとか思わないんだ? モンスターを食べて迷宮で育った、この僕のこと」
「馬鹿にしないでください。わざわざ進んでモンスターを喰らいに行くような偏食家ならともかく、あなたはどう考えてもそうせざるを得ないからそうしたのではないですか。他にどうしようもなかったあなたを、誰がなんの権限でどんな理由で非難できましょうか。非難する者こそ、私にとっては悍ましい生き物です」
ムッとしたようにシアンさんが反論してくる。僕に疑われているっぽいのを察して、心外だとばかりに言い放つ。
そこには嘘偽りない本音がありありと表に出ている。そうだよ、この人はそもそもスラム出身者に対しても分け隔てなく接してくれる女神様なんだ……僕の生まれ育ちにしたって、そんなことで今の僕を否定なんてするはずなかったんだ。
エーデルライト家の教育だろうか、こんなに尊敬できる貴族なんて初めてだよー。
感動して思わず目が潤む。そんな僕に、続けてサクラさんも言葉をかけてくれた。
「拙者的にはむしろ、尊敬の念すら湧くでござるなー。ヒノモトも生まれた時から戦士たれって気風でござるが、マジで生まれた時から戦士な環境なんてありえねーでござるしねー。ソウマ殿の強さの秘密というか、天才っぷりを再確認したってくらいでござるよ」
「実際はともかく、そんな気風のヒノモトも大概だと思うよー……」
生まれた時から戦士たれ、なんて恐ろしい気風もあったもんだよー。僕の場合はそうしないと死ぬからってだけなのに、国家の理念レベルで理性的にそういう思想を掲げてるヒノモトはやっぱり恐ろしいねー。
でも、サクラさんが僕を慰めてくれているのは十分に伝わるよ。ヒノモトの理念を結果的に体現したことへの敬意とかは微妙な反応をせざるを得ないけど、純粋な気遣いに対してはやはり、感動と感謝しか抱かない。
「ありがとうございます……本当にありがとう。僕を、人間だって言ってくれて」
「当たり前のことに感謝なんてしないでください。あなたは言うまでもなく人間で、冒険者で、そして私達のかけがえのない仲間です」
「人間、生まれて生きてりゃ死ぬまで何かしら抱えるもんでござる。拙者だってそれなりにいろいろ背負ってるんでござるから、つまりはお互い様でござるよ」
「ソウマくん……私にあなた達がいてくれるように、あなたにも私達がいるのよ。私達は新世界旅団、もうファミリーみたいなものだと思うわ」
心の底からありがとうを告げる僕を、仲間達が次々抱きしめたり撫でたりしてくれる。
調査戦隊解散後はもう二度と、手に入らないと思っていた温もりだ……本当にありがたいよー。
僕もそっと、感謝とともに彼女達を抱きしめ返した。
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僕ってば結構すごいよー
すみません
僕の生い立ちについては話をしたし、次に話すのはいよいよ教授との関係だ。
ここを語る上で、僕の生い立ちについては知っておいてもらう必要があるからねー。何しろ僕が杭打ちくんを扱うようになったのは、冒険者になる前からの話が絡んでるからだね。
「で、話を孤児院時代に戻すんだけどー……迷宮に潜っていた僕を、たまたま教授が見つけて。興味本位でレイアに教えたんだよー。それが調査戦隊との初顔合わせだったねー」
「メルルーク教授がソウマ殿の、第一発見者ってことでござるか」
「そうそう。それでいろいろあって調査戦隊に入ることになったんだけどー、彼女ってば僕が使ってる杭に興味を示してさ」
昔を思い返しながらも話していく。
やー懐かしいよー、迷宮でモンスターを狩ってたらいきなり教授とその取り巻きがやってきたんだ。
当時モグリだった僕だから慌てて隠れたけど、さすがにバレちゃって次の日にはレイアが満面の笑みを浮かべて仁王立ちして迷宮の出入り口前、待ち構えていたのが今でも記憶に残ってるよー。
そこから話し合い、戦い、勝ったり負けたりを経て大迷宮深層調査戦隊への入団となったわけだけど……教授がそこから、やたら僕に絡むようになったんだ。
曰く"君の武器……武器? いや廃材はもっと兵器として美しさと実用性、ロマンを追求する余地がある。可能性の塊と言ってもいい。どうだね私に任せてくれないか? "なんて言ってきてさ。
僕が答える前に暴走して先走って、あっという間に杭打ちくん2号を造ってくれたんだ。
「あ、アグレッシブ……返事も聞かずに造っちゃったのね、その人」
「元から兵器開発に興味津々な人だったしねー。特に何かにつけてロマンを求める人だから、廃材の杭なんてものを使って戦ってた僕は初見から気に入ってたみたい。僕も、より使いやすい強い武器がタダでもらえるんなら願ったり叶ったりだったわけでー」
「造りたい教授と、使いたいソウマくんと。需要と供給が噛み合ったわけね……」
「そしてその関係は今でも続いてるから、僕に関するデマの虚実がどうであれお互いの利害関係は継続されるわけだねー」
杭打機を武器として携行、使用するなんてとびきりの馬鹿は僕くらいなものだ。そう言って教授は僕を、自分のロマンを詰め込んだ武器を使いこなしてくれる逸材として見込んできた。
そして僕は僕で、ピーキーな性能の武器じゃないといまいちしっくりこないからってんで教授を見込んだ。つまりはお互いがお互いを利用し合う形で、一種のビジネス関係を構築したわけだねー。
そしてそれは、今でも続いている関係なのだ。
定期メンテナンスに使用感の報告から新機能の実装、そして──計画途中の新兵器、杭打ちくん4号(仮)。
僕と教授とのある意味、悪巧みめいたオモシロ珍兵器開発の旅はまだまだ途中なわけだね。
「だから正直、リンダ先輩が言ってたみたいにモニカ教授が直接言った線は薄いと思うんだ。やっばり兄のガルシアさんかなーって」
「要はロマン友達なわけでござるか。そりゃーデマを撒く意味がないでござるねー」
「調査戦隊の中でも特に仲が良かったりしたの? 話を聞いてると、レジェンダリーセブンの面々より親しい感じがするけれど」
「そだねー。そもそも僕の戦闘力とかにも最初から目をつけてたみたいだしー」
仲の良さを問われたけれど、ぶっちゃけ調査戦隊の中でもかなり仲良しさんだったことをレリエさんに打ち明ける。
もっとも、研究対象としての興味のほうが強かったとは思うんだけどね、向こうは。
調査戦隊内においては主に兵装開発と戦術考案、及び諸々の研究を請け負っていた教授は、だからこそ喜び勇んで僕の杭打機を造ってくれた。
実験体って言ったらアレなんだけど、わけ分かんない杭打機なんてものを使う僕は格好の研究対象だったんだねー。僕自身、後に迷宮攻略法として扱われる技法を3つほど体得していたからそもそも戦隊内でも優遇気味だったって事情もあるけどね。
そこまで話すとサクラさんが、唖然とした様子で僕を見た。シアンさんも顔色を変えて凝視してくる。
何かなー?
「ちょ、ちょい待ちでござる……ソウマ殿、もしかして貴殿が由来の迷宮攻略法があったりするのでござるか? つまりはその、いくつかの迷宮攻略法のオリジナルが、貴殿であると?」
「あ、うん。身体強化と再生能力、あと環境適応については僕がレイア達に教えたよー。物心ついた頃にはもう身につけてたし、うまく言葉にして伝えるの大変だったよー」
特に隠す話でもなし、話す。
いや実は迷宮攻略法のうち3つは、元々僕が持ってた技術をレジェンダリーセブンはじめ、調査戦隊メンバーに教えたことで伝播してたりするんだよー。今じゃ世界中の冒険者達が身につけたい最高峰技術の一つって扱いなんだから、なんか照れちゃうよねー。
筋力を強化する身体強化に、ある程度の怪我ならすぐに自己再生できる再生能力。そしてあらゆる環境の変化に身体を馴染ませる環境適応。
この3つを僕が教えたことで、今の迷宮攻略法が成立してたりするわけだねー。
「地下20階台は身体強化、30階台は環境適応。そして僕が元々いたっぽい40階台は再生能力がないと突破できない階層だったからねー。僕もうろついてるうちに自然と身に着けたわけで、言語化ってところはできてなかったんだよね、当初は」
「なんと、まあ……」
「元から迷宮攻略法に詳しいだろう人とは認識していたけれど……まさかオリジナルの使い手だなんて。タイトルホルダーなことと言い、つくづく常識外れね、ソウマくん」
「そ、そうですか? えへ、えへへ?」
ドン引きされてる気がするけれど、ここは素直に褒められてるんだってことにしようと思うよー。えへへー。
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貴族街だよー
そんなこんなで次の日曜、僕ら新世界旅団メンバーは貴族街の入口に足を踏み入れていた。
プロフェッサー・メルルークすなわちモニカ教授のお家に乗り込んで、冒険者"杭打ち"に関する誹謗中傷および流言の流布について詳しくお話を伺うんだ。
無論、兄貴にあたるガルシアさんもだねー。
「へー、ここが貴族街でござるか。やっぱどことなく品があるでござるね。中身がどうかはさておくでござるが」
「中身が伴っているかはもちろん別の話ね、サクラ。残念ながら貴族と言っても、ピンからキリまであるものだから」
「そりゃー、エウリデなら特にそうでござろうよ」
整然とした道に屋敷と庭園が並ぶ通り。見れば庭では質のいい服を着た一家がペットの犬と戯れたりして遊んでいる。
言うまでもなく貴族って感じの光景だ。どこを切り取ってみても裕福さがありありと見て取れて、スラムどころか平民街と比べても天上界かな? ってくらいの歴然たる差があるねー。
向こうの屋敷では大人数でバーベキューでもしてるみたいだけど、何人か執事とか衛兵っぽいのが門の前からこっちを見て警戒している。他の屋敷も似たようなもんだね。
僕がここに来る度に毎回、こんな感じで極端に警戒してくるんだからなんていうか呆れちゃうよねー。別に悪事をしにきたわけじゃないのに、なんなら調査戦隊の頃からずーっと通ってるのにいつまで敵視してくるんだか。
こういう露骨な視線なんかも、僕が貴族を嫌いになった遠因の一つと言えるかもしれないよー。
サクラさんも大分、気分を害したみたいだ。朗らかながらも鋭い声と視線で、屋敷を守る連中を見て嗤う。
「おうおう、飼い犬どもが御主人様のために健気な牙を剥くでござるか。見上げた忠誠心でござるなぁ、ござござござござ」
「笑わないの……この国の貴族にとって冒険者らしい風体をしている者達は、もはやモンスターと大差ないのよ。いつでも反抗的な一大勢力の存在に、半ばヒステリック気味になっていると言ってもいいわね」
「身分格差による対立、か。数万年経ってもやっぱりあるわよね。知性体である限りはつきまとう、業のようなものなのかしら」
シアンさんの説明に、レリエさんがボソリとつぶやく。古代文明でも似たようなこと、あったみたいだねー。
ちなみに、なるほどヒステリックなのはその通りなんだけど……恐るべきは目の前の三人の美女と言うことなのかもしれない。
国一番ってくらいの美貌を誇るおねーさん達がこうして一箇所に集まってるものだから、門番や護衛、執事や使用人から果ては貴族の男連中までもがチラチラこっちを見ていたりする。
分かるよー気持ちは分かる。こればっかりは身分とか関係ないよねー。
でも特に貴族の人、隣でパートナーの方がヤッバイ顔してるから気づいて反省したほうがいいよー。超こわいよー。
女の人のヤキモチも、身分とか関係ないんだろうねー……と、マントと帽子の奥で背筋を凍らせつつも僕は先頭に立って貴族街を歩く。もちろん杭打ちくんは背負っている。
教授のお家にごあんなーいってわけだねー。僕に続く美女3人が、相変わらず人目を引くのを感じながらも通りを抜けるよー。
やがて通りの端に差し掛かったあたりに、ひときわ大きな邸宅が見えてきた。
庭園というか運動場みたいな空き地と、その奥に控えるシンプルな屋敷。左右には小屋がいくつも建っていて、それぞれにいろいろ書いてある看板が立てかけられている。
到着だー。僕は門をみんなに指し示して言った。
「……着いた。メルルーク邸はここだよ」
「ん……なんかずいぶんアレでござるな、華美さはないでござるが」
「奥の屋敷にメルルーク家の人達が暮らしてるってだけで、他の建物から敷地から全部研究のためのスペースだからね。研究所に見栄えは関係ないって考えてるから、教授は」
「なるほど。実用性を好む方なのですね……」
「マッドな気配が漂うわねー……」
貴族街どころか、平民街でもスラム街でも異質だろう敷地内の様子に目を丸くする仲間達。レリエさんに至ってはモニカ教授にマッド疑惑をかけてるけれど、さすがにそこまではいかないよー。
家族愛もしっかり持ってる大人の人で、ただちょっと、ちょっぴりだけ自分の好奇心に欲望が強いだけだねー。
屋敷についても、この通りにある他の貴族の家と比べて大分質素というか、言っちゃうとみすぼらしさはあるって話は何年か前に僕自身、彼女に言った覚えはある。
でもモニカ教授は、元々平民生まれの平民街育ちだったことを挙げて、身の丈に合った暮らしをしたいってことであえてこんな屋敷にしたんだそうだ。
仕事場兼一家の住処と考えるとむしろこのくらいで十分だって、彼女の御両親さんも笑っていたからねー。仲のいいご家族みたいだし、なかなかマッドとまではいかないと思うよー。
「きっとみんなとも気が合って、仲良くなれたりするかもねー」
「それはいいわね、ぜひとも新世界旅団にご協力くださると助かるけれど」
「で、ござるなあ。ポスト調査戦隊を気取る以上は、単なる戦闘要員だけではとても足りんでござるし。あらゆる分野で有能な人員をどんどん、引き入れていくでござるよー」
「賑やかになると楽しそうでいいわねえ」
新世界旅団のメンバーに、なんて声も上がってるね。僕もそれはいいアイデアだと思うよー。
いつでも杭打ちくんのメンテがお願いできるなんて願ったり叶ったりだし、ぜひとも勧誘してほしいねー。
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モニカ教授だよー
メルルーク邸の門を守る番人達は、さすがに何年も通い続ける僕に対して友好的だった。
にこやかに笑いかけてきて、あまつさえ普段は一人なのに美女を3人も連れて来ていることについて、からかい気味にさえ声をかけてくるのだ。
「ようこそ杭打ちさん。今日はずいぶんと賑やかですね、中の人が色男にでも変わりました?」
「……中の人なんていないよー」
「いやいるでしょ、モンスターじゃあるまいし」
これまで何年とやり取りしてきたから、僕のほうもここの番人さん達にはそれなりに気安い。
軽口を叩きあいつつ門を開けてもらって中へ。興味深げに今のやり取りを見ていたシアンさんが、歩きながら僕に寄ってきて尋ねてきた。いい匂いがするよー。
「結構気さくで、なんだか意外ですね……もう少し剣呑かと」
「ここの研究所でそんなバチバチに接してくるのなんて、それこそガルシアさんくらいですよー。モニカ教授は言うに及ばずその親御さんまで僕、優しくしてもらってますしー」
「そ、そう……なのですね」
複雑そうなシアンさん。そんなに意外かな? まあ元調査戦隊メンバーならみんな、僕のことを憎んでるはずだって思うのも無理はないかなー。
でも実際、本当に教授周辺の人達はガルシアさんを除いて優しくて温かい人達なんだ。モニカ教授は言うに及ばず同居してる御両親も、事情を知った上で良くしてくださってるし。
研究所で働く所員達やさっきの番人さん達に至るまで、みんな僕に隔意なく接してくれるんだよー。
ここの人達がどれだけ優しいかを力説しつつも屋敷の玄関口に到着。ここに来る度僕はまず、メルルーク家の人達にご挨拶をするんだ。
お邪魔するわけだから当然だよねー。というわけでドアをノックする──すぐに応対があり、ドアを開いて執事さんが顔を見せてくれた。
初老の、オールバックで細身のオジサマだ。ダンディー。
「ようこそおいでくださいました、冒険者"杭打ち"様。そしてパーティー・新世界旅団の皆様方も。旦那様、奥様、モニカお嬢様がお待ちでございます」
「やっぱり予測してたね、今回のこと。ガルシアさんはどうしてます?」
「その件についてもお嬢様からお話があるようです。ひとまずはご案内いたします」
どうやらメルルーク一家総出でお待ちかねみたい。促されるまま屋敷に入り、執事さんについていく。
途中、今度はレリエさんがヒソヒソって小声で僕に尋ねてきた。耳がくすぐったいよー、幸せー。
「ね、ねえソウマくん。予測してたってどういうこと? あなたはともかく私達まで今日ここに来るってこと、分かってたとでも言うの?」
「間違いなくねー。教授は何しろ天才的な頭脳を持ってるからさ、予知めいた予測をちょくちょく立てるんだよー。経済分野でも、投資家として相当に名を馳せてるみたいだし」
「なんでもありね、その人……うわ、なんか会うの怖くなってきた」
「優しいおねーさんだから、取って食われたりやしないよー」
あまりに頭が良すぎて未来を見通す千里眼じみてる教授だけれど、これで意外と子供っぽいというか親しみやすいところのある人なんだ。
実際に会えば分かるはずだよー。執事さんについて歩くと、いよいよリビングに辿り着く。閉ざされていた扉をノックして執事さんが、中にいるメルルーク家の人々に声掛けをする。
「失礼いたします旦那様方。冒険者パーティー・新世界旅団の皆様をお連れしました」
「おお、ぜひに入ってもらってください!」
「かしこまりました……皆様、どうぞお入りください」
中から男の人の返答があり、執事さんは一礼してドアを開けた。
元は平民だから、執事さんや使用人さん相手にも普通に敬語なのがメルルーク家の御両親さんのいいところだよねー。立場柄執事さん達は困ってるっぽいけど、使用側がみんながみんな偉そうにしてないといけない法律もないからねー。
さておき、開かれたドアの中に入る。広々とした室内、テーブルを囲む椅子に一家は座っている。
メルルークのおじさんとおばさんだね。中年の夫婦で、身なりこそ貴族っぽい上質な装いだけど態度は温厚で、僕達を笑顔で迎えてくれたよー。
「おお、ソウマくんよく来てくれた! お仲間の方々も、ようこそ来てくださった」
「お疲れ様ですー。仲間みんなで来ちゃいました、突然すみません」
「いやいや、千客万来だよ。我が家が人で賑わうのはいいことだ! さあさあ、とりあえず座って座って!」
メルルークのおじさんがそう言って、僕らに着席を勧めてくる。断る理由もなく席につくと僕の向かい、おじさんの隣に座る女の人と目が合った。
銀髪を長く伸ばした、僕より頭一つは大きい背丈の女の人だ。ちょっとツリ目のクールな美貌は、シアンさんやサクラさん、レリエさんにも引けを取らない。
そんなびっくりするほどの美人さんが、僕ら新世界旅団を見て言った。
「予測通りだ……ソウマくん、やはり君は新世界旅団を引き連れて我が家をこの日この時間に来訪したね。もちろん用件まで予測できているよ、愚兄の件だろう」
「さっすがー。っていうかそう言うってことはやっぱり?」
「ああ。君の悪評を吹聴したのは私ではなくあの馬鹿だ。その辺を今日は詳しく説明させていただくとも──このモニカ・メルルークがね。よろしく、新世界旅団」
優雅に紅茶なんか飲みながらも、彼女はニヤリと笑った。
そう。彼女こそが元調査戦隊メンバーにして世界最高峰の頭脳を持つとも言われる天才。
モニカ・メルルーク教授その人だねー。
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僕と教授は仲良しだよー
「冒険者"杭打ち"を巡る悪質なデマの流布についてはソウマくん、君の予想通りに愚兄ことガルシア・メルルークの仕業だ。お詫びしようもない話だが、謝罪させてもらいたい。迷惑をかけてすまなかった」
「うちの子が本当に、ごめんなさい」
「申しわけない……」
着席して早々、メルルーク家の人達はそう言って謝罪してきた。開口一番に近い形で、しかも弁明の余地もないと自分達を断じている、完全に自分達にこそ非があるとするスタイルだねー。
喧嘩腰とまではいかないにせよ少しくらいは言いわけしてくるかなー? って思ってたからビックリだよ。隣で新世界旅団の面々も驚いているね。
でもそこでハイそうですか赦します、とは中々言える話でもない。団員に悪意を向けられた、責任者たる団長ならばなおのことだ。
シアンさんは凛とした目をモニカ教授に向けた。歳上で格上、正しく権威たるプロフェッサーを前に一歩も退かない姿勢をもって相対する。
「ひとまずは事情をお聞かせ願います。そちら様、メルルーク教授から我が新世界旅団の団員ソウマ・グンダリへの誹謗中傷があり、それを真に受けた一部の冒険者が迷宮内にて我々を襲撃してきたのです。問題なく撃退できたのは不幸中の幸いでしたが、場合によっては大惨事にも繋がりかねなかった」
「……迷宮内で仕掛けたのか。あの少女達、想像以上に小賢しく予想以上に浅はかで、そして想定以上に愚かだったようだね」
「どういった流れでそのようなことになったのか。ぜひともお聞かせ願いたい──この場にいもしない愚兄とやらにすべて押し付けて終わりにはできないものとお考えください」
「ふむ」
リンダ先輩達のことまで知ってるっぽい以上、間違いなくまったくの無関係ではない。仄めかす教授に、団長は鋭く問い掛けた。
放たれる威圧……エーデルライト家の貴族として、あるいは彼女自身の才覚として放たれる有無を言わさぬカリスマの空気に、教授の顔つきが少し変わった。
意外そうに目を見開いて、興味深くシアンさんを見ている。観察に近い、好奇心を強く秘めた視線だ。
隣で御両親が息を呑み、心配そうに娘を見ている。
それに構わず教授は、ことの仔細を語り始めた。
「説明させてもらうが、そもそも我が兄ガルシアはソウマくんに対して、嫉妬と嫌悪の感情を抱いている。ストレートに言えば嫌っているのだ。調査戦隊時代からずっとな」
「それはソウマくんから聞いていますが、だから今回のようなことを引き起こしたと?」
「端的に言えばね。しかし、実態はもう少し複雑だ。愚兄めは最近、ずいぶんと厄介な連中とつるむようになっていてね」
ふう、と疲れたように一息吐いて教授は手元の紅茶を飲んだ。この人、案外体力ないんだよねー。
根本的に不摂生な生活態度だから、ちょっと動くとすぐに息切れを起こすんだ。調査戦隊時代はフィールドワークもしてたからまあ人並には動けてたんだけど、解散してからは施設に篭って研究ばかりしてるからこうもなるか。
さておき、ガルシアさんの僕への感情は把握していたけれど、単にそれだけで今回の事件を引き起こしたわけでないみたいだ。
詳細を聞くと、教授は肩をすくめて皮肉げに続けた。
「エウリデの外から来て、国内のあちらこちらで反冒険者運動を展開している組織の者達と親しくしているようなのだよ。今回の件は、その組織の者から吹き込まれてやったことと言えようね」
「組織……? いえ、それより根拠はどこにあるのですか。それだけの説明では、ガルシア個人の暴走と解釈するのは容易ですが」
「そこは簡単だよ、エーデルライト殿。あの愚兄にね、ソウマくんと一人で敵対するような度胸はない」
鼻で笑う。ここにいる面々でない、ガルシアさんを嘲笑う仕草と言葉だ。
怖いよー……この人、ガルシアさんには特別辛辣なんだ。兄貴だからって気安さじゃない、本物の怒りと嫌悪があるんだよー。
ガルシアさんはガルシアさんで、よくできた妹に対して愛憎交じりの複雑な感情を持ってるみたいだし、なんだかドロドロ兄妹だねー。
そんな妹さんのほうが、ここにいない兄を小馬鹿にする台詞を続けて言った。
「断言するよ、あれは小物だ。身の程知らずにもレイアリーダー、もといレイアさんに一目惚れしたまではいいものの、彼女がソウマくんを溺愛していると気づくや否や彼のほうに嫌がらせしかしてこなかった臆病な男さ。そんな輩が今さら、新米冒険者にあらぬことを吹き込んでソウマくんに差し向ける? 天地がひっくり返ってもありはしないね、そんなこと」
「いやに辛辣にござるなあ。兄貴のことがそんなに嫌いでござるか?」
「まあね。私だってソウマくんとは親しくやっていきたいんだ、それを邪魔する身内など好きになれる理由がないさ」
「いえーい」
そう言ってウインクしてくる教授に、僕もピースサインして返す。。クールな美貌の割に茶目っ気があるから不思議なギャップがあるよー。
というかまあ、そういうことだね。僕も教授もお互い仲良しさんだから、やっぱり彼女自身が僕に嫌がらせする理由なんてないんだ。
つまりはガルシアさんが、誰かの後ろ盾を得て行為に及んだって線が濃いわけだね。
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御両親の土下座だよー!?(焦)
ガルシアさんが何やらよからぬ組織のバックアップを受け、勢いづいてリンダ先輩を扇動したと主張するモニカ教授。
僕と普通に仲が良いのは今しがたご覧に入れた通りで、教授の御両親もうんうんと頷いていらっしゃる。彼女が腹に一物抱えてるとかでなければ、まぁまぁ信頼できる程度には調査戦隊からのつきあいというのは重みがあると思うんだよねー。
「というわけで、ここはもうガルシアさん当人にお聞きしてみるほうが早いと思うんだけどー」
「そういう話の流れになるとは思ったよ。愚兄ならもうじき来るはずだ。例のお仲間達と昨日ずいぶん、飲み屋街に繰り出してははしゃいでいたみたいだからねえ……帰ってきたのは明け方だよ」
「あれま。ガルシアさんって僕が来る時大体どこかに出払ってるけど、もしかしてその人達と遊んでたりするのかなー」
「一応、私の助手としてフィールドワークをしている時もあるけれど、そればかりしているわけでも当然ないからね。女遊びこそしていないようだが酒と博打に精が出ているみたいだよ」
心底から嘲笑って教授が暴露する。ガルシアさん、偶に出くわすとお酒臭かったからまあ呑んだくれてるんだろうなって思ってはいたけど、そんな裏があったのかー。
調査戦隊にいた頃はそんな感じでもなかったけど、解散が引き金でそうなっちゃったのなら、間接的には僕が原因でそうなっちゃったとも言えるね。彼が僕を恨む理由の一つになってそうだよー。
「ガルシア……ソウマくんを嫌っているのは知っていたけれど、なんて馬鹿な真似を……」
「とてもいい年した大人のやることとも思えん! 本当に申しわけないソウマくん、新世界旅団のみなさん! 愚息に代わりこの通り、お詫びしたい!」
「へ──あわわわわ!? ちょ、ちょっと二人とも何を!?」
と、メルルークのおじさんとおばさんが突然床に膝をつき、土下座をし始めた! 苦渋に満ちた表情で、僕らの前で小さく背中を縮こまらせている!
何をしてるんだよー!? 一気に顔から血の気が引く。
正直、ガルシアさんの件についてはちょっぴりだけ謝罪とかして欲しい気持ちはあったけど、それはさっき言葉で示してもらったし僕としてはもう、それで良しって感じだったんだ。
だのにこんな、土下座だなんてやりすぎだよー! 慌てて僕は二人に駆け寄り、その肩を抱きしめて制止すべく声を張った。
「や、やめてくださいよー! ガルシアさんのことはガルシアさんの話であって、おじさんとおばさんは関係ないじゃないですか!」
「アレをああなったのは、ひとえに我々の教育が悪かったからだ! 他人の悪評を流して貶め、あまつさえ刺客を立てるなど許されることではない! ましてや年端もいかないソウマくんに……! すまない、本当にすまない!」
「ごめんねソウマくん、みなさん……! 本当に、本当に……!」
「お、おじさん、おばさん……!」
悲痛な姿。息子の悪事に心を痛めた初老の夫婦の弱々しい謝罪に、僕のほうこそ申しわけなくて言葉が出ない。
この人達は何も関係ないんだ。ガルシアさんだって少なくとも、調査戦隊にいた頃は僕が絡まなければまともな人だったんだから。
モニカ教授を育て上げたことといい、おじさんとおばさんには親としてなんの責任もありはしないんだと僕は強く思う。
そんな人達に、こんな風に思いつめさせて。何してるんだよガルシアさん。
どうしたらいいか分からなくて慌てる。そんな僕に、シアンさんが後ろから肩を抱きしめてきた。同時にメルルーク夫妻に、ひどく穏やかな声色で話しかける。
「メルルークご夫妻様、どうかお顔をお上げください……お二人のそのお姿こそがすべてを物語っています」
「シアンさん……?」
「此度の件につきましてはガルシア・メルルークの仕業でありますが、逆に言えばそれだけです。モニカ教授もあなた方も普段よりソウマくんに良くしていただいているということ、門外漢たる私の目からもたしかなものと断言できます」
「うむ、でござるね。保身のためならず、心底からソウマ殿への申しわけなさゆえに謝罪なされたそのお姿……たしかな情義を感じる所作でござるよ」
シアンさんもサクラさんも、土下座までしてみせたおじさんとおばさんに対して、何か咎める気なんてないみたいだった。
というか元々からしてガルシアさん、あるいはモニカ教授だけが今回の件の重要人物なんだからこの二人には最初から何か文句をつけるつもりもなかったと思うんだ。もう成人していい年した大人のやること、親を引き合いに出すのもおかしいからね。
カリスマを発揮してシアンさんが、メルルークご夫妻を暖かく見据える。
威厳とさえ言える人間的な魅力を纏う彼女は、この場にいる全員によく聞こえるように声を上げた。新世界旅団団長として高らかに、宣言したのだ。
「本件に関して、我々がメルルークご夫妻を咎めることは決してないと明言いたします。それで良いですね、ソウマくん?」
「もちろんだよー! これはガルシアさんと僕の間の話だし、おじさんにもおばさんにもなんの罪だってありやしないよー!」
「ソウマくん……!」
「どうか気に病まないで……おじさん、おばさん。僕にとって二人は、すごく素敵で立派な人達だよ」
凛とした宣告に、おじさんとおばさんが顔をあげて涙を零している。
僕はそんな二人の両手を握って、気にしてないよーって気持ちが伝わるように優しく笑いかけた。
はー、焦ったけどどうにかシアンさんが納めてくれて助かったよー!
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シアンさんと教授だよー
おじさんとおばさんがまさかの土下座謝罪してくるのを、シアンさんがうまいこと執り成してくれてひとまず落ち着きを取り戻したメルルーク邸、リビング。
一連のやり取りを黙って見ていたモニカ教授が、感心しきりに声を上げていた。
「なるほど、なるほど。シアン・フォン・エーデルライト嬢……新世界旅団の団長として、見事な立ち居振る舞いをされているね」
「……お褒めに預かり恐縮ですが、突然に何を?」
「そう怪訝そうにしないでくれたまえ、本心から褒めているのだから。さすがはソウマくんを引き入れることに成功しただけのことはある。見事なカリスマの発露だったよ」
にやりと笑う教授は、心底から面白そうにしているよー。興味を持った対象によく見せている、ちょっと怪しい笑顔だねー。
台詞と視線から見るにシアンさんを試す……というよりは見定めていたところはありそうだねー。僕が加入したパーティーのリーダーってことで、もしかしたらどんな人物なのか見たがっていたのかもしれない。
一旦、席から離れていた僕やおじさんおばさん、シアンさんが再度着席する。それを見計らって肩をすくめた教授が、やれやれと言わんばかりに両手を振って解説し始めた。
「実を言うとね。愚兄の件は完全に想定外だったものの、いずれは新世界旅団の面々と面会するつもりではあったんだ」
「え。そうなんだ教授、なんか意外だねー」
「当然だろう? 調査戦隊解散以降、完全にソロで活動していた君が3年の沈黙を経て今、パーティーに再び加入したんだからな。君の武器を開発している私としても、当然気にはしていたともさ」
僕が新世界旅団に入団したことは、少なくともすでにエウリデ中の冒険者達が知るところだ。
元調査戦隊メンバーで解散の引き金を弾いて、以後ひたすらあんまり目立たずに3年間活動してきた。そんな冒険者"杭打ち"が何故か今頃になって新たなパーティーに所属するというのだ。
ただでさえなんの関係もない冒険者達にとってセンセーショナルなそんな珍事件を、教授も当然耳に入れていたみたいだ。
そして新世界旅団がどんなパーティーなのか、気になっていたってわけみたいだねー。
「調べてみれば新世界旅団はまだ、ギルドに登録さえしていない。エーデルライト家の御令嬢がリーダーと聞き、率直に言えば怪しく思ったところもある。ソウマくんが少し年上の先輩の色香に惑ったのではないか、とかね」
「ひ、ひどいよー!?」
「お言葉ですがソウマくんはそのようなものに引っかかる人ではありませんよ、教授」
「それは私も思うけど。ただここ最近の彼はどうにも美人に弱くなってきているからね。万一がないとも言い切れなかった」
「えぇ……?」
流れ弾で最近の僕の素行に言及がきちゃったよー、シアンさんが庇ってくれたけどガッツリ女好きみたいに言われちゃった!
たしかに解散後、何がきっかけだったか忘れたけど恋とかしてみたいなーって思ったのが始まりで、教授とかにもずいぶん青春したいーって溢しまくってた覚えはある。
最初は唖然としつつも優しい目をしてくれた教授だったけど、あんまり毎度恋だ青春だ言うからだんだん、雑というかハイハイ分かった分かったって感じの反応になっていったのは忘れるに忘れられないよー。
苦笑いして教授はさらに続けて言う。
「ソウマくんに人間性が発露することは大変喜ばしいことだが、その結果として騙されるようになったりするのでは、私としても面白くない話だからね。だから新世界旅団、とりわけリーダーたる君のことについては調べたいと思っていたわけさ」
「そう、でしたか。それでどうですか、教授? 私はお眼鏡に適いましたか?」
「結論から言えばね。最低ラインは余裕で超えていると判断しているよ」
シアンさんを見て微笑む。教授に認められるってすごいよ、中々ないんだよこういうこと。
そもそも評価しようとか見定めようだなんて、めったに言い出す人じゃないし。見定めるって時点である程度認められてるようなものだよー。
「カリスマがあり、また判断力もある。冷静だが情もあるようだし、かと言って甘くなりすぎない部分もあるように見える。エーデルライトの教育が良かったのかな」
「ありがとうございます。そう言っていただけるとありがたいです」
「とはいえそこで満足しないでほしいね。ソウマくんを手中に収めた以上、君の比較対象はあの"絆の英雄"レイア・アールバドだ。彼女に比べれば君はまだまだ素人同然なのだと、そこは自覚してほしい」
いや別に、僕がいるからってなんでもレイアと比べる必要ないんじゃないかなーって思うんだけど。教授もなんだかんだレイアさんに懐いていたんだし、ついつい比べちゃうのかもしれないねー。
でもそんなのは比べられるほうからすれば堪ったもんじゃない。特に新人冒険者のシアンさんにとっては無理難題もいいとこなんだ。
「ええ……とはいえ、いずれは勝つつもりでいますが。偉大な英雄の後塵を拝するだけの私に、ソウマくんもサクラもレリエもついてはきません」
だってのに彼女はそんなことを言って、燃える瞳でカリスマを発動するんだからすごいよー!
強気すぎて格好良くすら見えるシアンさんに、僕は感嘆の吐息を漏らすばかりだった。
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エウリデ連合王国の事情だよー
今回のデマ流布の件については概ね、ガルシアさん単独の犯行であると看做した僕達新世界旅団。
となると当のガルシアさん本人から事情を聞く必要があるわけなんだけど……彼は今朝方この家に帰ってきて、今もまだ自室で眠っているらしい。
おじさんがおもむろに立ち上がり、めちゃくちゃ怒った様子で僕らに告げてきた。
「あの馬鹿息子を今すぐ連れてくるから待っていてくれ。大迷宮深層調査戦隊が解散してからというもの、ずいぶん見守ってきたつもりだが今回ばかりは我慢ならん!」
「お、おじさん?」
「ガルシア! ガルシアー! 降りてこいっ、ガルシアっ!!」
怒髪天を衝くってこのことかなあ、怒り心頭って感じで息子さんの名前を叫びながらおじさん、リビングを出て行っちゃった。
おばさんはすっかり憔悴しちゃってて気の毒なくらいだ。レリエさんがそっと近づいて彼女の手を握りしめて慰めているけど、この人ホントに聖人みたいないい人だよー、惚れ直すよー。
で、モニカ教授はというと面白がった感じでシアンさんと話をしているし。
こっちはこっちで相変わらずのマイペースだよー。
「ほう? それではソウマくんには5年前からの縁があると。それではエーデルライト家も余計、エウリデによる彼の追放は荒れたことだろうね」
「そうですね……まず祖父が怒り、次いで父が政府に抗議しました。残念ながら解散を止めることはできませんでしたので、意味のないものでしたが」
「どうかな? 今のエウリデの、冒険者界隈そのものに対しての及び腰はおそらくそちら様のお家やその他、一部有力貴族からの抗議も大きく影響していると見るよ、私は」
スラッとした足を組んでセクシーに語る教授。白衣の下はシャツとジーンズとラフな格好で、スレンダーな体型だからすごく映えるねー。
そしてなんか小難しいことを言ってるけど、要するに調査戦隊解散に際してシアンさんのご家族さんはじめとした一部のまともな貴族達の抗議があったからこそ、エウリデ王国は冒険者を恐れてるってことを言いたいみたいだ。
一応そういう貴族がいたって話は僕も、前に聞いたことあるよー。いろんな事情から冒険者について詳しかったり、あるいは友好的だったりする家が僕の調査戦隊追放に激しく抗議してくれたってのも。
まあ結果的に追放は普通にされちゃったし、その直後に調査戦隊も解散しちゃったしであんまり影響なかったって思ってたんだけど、どうやら王国貴族内ではそうでもなかったみたい。
「エーデルライト家以外にもレグノヴィア家、ワルンフォルース家など、調査戦隊に一枚噛んでいた貴族達も揃って抗議したからね。さしものユードラ三世もこれには泡を食ったみたいで、ソウマくん追放を主導した大臣に厳重注意処分としたと聞く」
「その上でさらに、調査戦隊がソウマくん追放を受けてエウリデに対してどう動くかで内部分裂。そのまま空中解散となりましたからね……それで冒険者達に対して強気に出られなくなったと当方は認識しておりますが」
「そこもやはり、大貴族まで冒険者サイドに立ったという事実が影響している。陛下は良くも悪くも平凡だからね、地盤から反抗してきたらご機嫌伺いをせざるを得ないのさ」
そう言ってカラカラ笑う教授。王国騎士とかに聞かれてたら下手すると牢屋行きな国王批判だけど、これも実際、巷じゃ割とよく言われてたりするね。
エウリデ連合王国現国王、ユードラ・リクリグルド・エイデム3世はいつも誰かのご機嫌伺いしかできない風見鶏。なんて、それこそ調査戦隊にいた頃からよく聞いてた話だよー。
いくつもの小国をまとめて連合王国という形にしているこの国の性質上、常にあっちを立てればこっちが立たずって状況が発生している感じではあるんだよねー。
だから難しい舵取りをせざるを得ないらしいけど……歴代連合国王の中でも今の王は相当、バランス取りだけに腐心してるって言われている。
国民に有利な施策を行ったら次は貴族、次は王族、そしてまた国民へと、ローテーションでそれぞれに都合のいい法律を打ち立ててるんだってさ。
そりゃ風見鶏言われちゃうよねー。くすくす嗤って教授はしかして、と続けた。
「もっとも? そんな陛下や大臣、大貴族達をしてなお古代文明の生き残りという者達への欲目は隠せないみたいだが、ね」
「……エーデルライト家は古代文明人の確保には一貫して反対の立場を取っておりますよ」
「あとワルンフォルース家もね。冒険稼業にも手を出している貴族家はさすがに、冒険者の流儀というものを弁えている────と?」
最近になって次々現れている古代文明人の存在には、政治的なあらゆる勢力が等しく目をつけているみたいだ、とまで語ったところでドアの向こう、何やら言い合う声が聞こえてきた。
随分な剣幕で男の人が二人、こっちに向かいながら怒鳴り合ってるみたいだ。
これは……
「お出ましのようだな、浅はかな我が愚兄様が」
来たみたいだね、ガルシアさん。おじさんと喧嘩しながらってのがなんとも不穏だけれど、これで話が進むわけだねー。
靴音がどんどん大きくなっていって、ドアの直前にて一瞬止まる。
そしてそのまま、まるで蹴破るような勢いでドアはぶち開けられた!
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いきなり失礼な人だよー
勢いよく蹴り破られたドア。そして中に入ってきたのは、メルルークのおじさんに引き止められるのを完全に無視する男だ。
長身──羨ましいほどの長身に加えて整った顔立ち。モニカ教授に似たクールな澄まし顔で、普通にめっちゃイケメンだ。
まあ態度は終わってるんだけどねー。
その男の人、ガルシア・メルルークは室内を見渡すなり鼻を鳴らして嘲った。
「なるほど? クズガキと、ソレに丸め込まれたバカ女どもが勢揃いか」
「いきなりなんでござるかこいつ。ぶっ殺していいでござる?」
「さすがにもう少し待ってもらえると助かるかな? ジンダイさん」
殺すのは確定なんだ……怖いよー。静かにカタナに手を添えるサクラさんとそんな彼女に笑いかけるモニカ教授を横目にしつつ、僕は立ち上がる。
いつにも増して口が悪い。少なくとも調査戦隊時にはこんな口の利き方はしてなかったってくらい荒っぽい、ワルの口調で僕をにらみつける彼を見据える。
今の態度で大体分かりきってたことが確定したよー、リンダ先輩にふざけたことを吹き込んだのはこの人だ。
何してくれてるんだかね。バカ女扱いされた女性陣から怒りが立ち上るのを追い風みたいに思いつつ、僕は彼に言った。
「……どうも。デマを垂れ流した馬鹿がこの家にいるとお聞きしまして。話を聞いているとあなたがやったと思われるんですが」
「デマ? なんの話だ、俺はたまたま愚妹に教えを請うてきた女学生相手に少しばかり雑談していただけだが? その中になんらか噂話があったとして、それを真に受けたどこぞのガキが勝手に暴走しただけだろう、俺は悪くない」
「そんな物言いが通ると思っているんですか?」
「通らなかったらなんとする気だ?」
ふん、と鼻で笑ってガルシアさん。いつもこんな調子ではあるんだけど、今回は本当に笑い事では済まされないんだけどねー……
何より僕に向けて明確に、これまで隠してきていただろう憎悪をむき出しにしているのが嫌でも分かる。この人、本気だよ。
はあ、とため息を一つ。おじさんとおばさんが、悔やんでもくやみきれないと俯いて歯を食いしばっている。
反面モニカ教授はニヤニヤ笑っているねー。たぶんこの後の成り行きまで完全に読み切ってるんだとは思うけど、この人はこの人で怖いよねー。
ゾッとするような底冷えする目で見やる妹には気付けずに、兄はなおも嘲笑して僕に告げる。
「暴力でも振るうか、杭でも打つか? 話題の冒険者"杭打ち"が。新世界旅団が! 冒険者でもない俺に、今や貴族階級でもあるメルルーク家の長兄であるこの俺に! 暴力を振るうのかぁっ!?」
「……必要とあれば振るいますよ。僕はそういうのお構いなしなので」
「無様な負け惜しみだな! 暴力を振るった時点でお前の負けなんだぞ。冒険者"杭打ち"はなんの罪もない人間に対して平然と暴力を振るう危険人物だと分かれば、エウリデは今度こそ貴様をこの世から排除しにかかるぞ!!」
ガルシアさんの勝ち誇った笑みに、少しばかり得心する。なるほど、そういう理屈でここまで強気でいられるのか、この人。
冒険者でもなく、メルルーク家の長兄であり、となればたしかにある種の貴族階級でもある。その辺は事実だねー。そしてそうした身分と、僕がお国から危険人物扱いされているのを見越してこんなこと言ってくるわけだ。
あくまで自分は雑談しただけ。その中にたまたま冒険者"杭打ち"に関する噂話が入っていて、リンダ先輩はそれを鵜呑みにして暴走しただけ、と。
そんな論法まで用いて、僕が殴ったら国からも世間からも評判がガタ落ちするのを期待しているんだろうねー。そして自分はやりたい放題言いたい放題って寸法か。
珍しく頭を使ってきたみたいだけどガルシアさん、一言でいうと甘いよー。
「そうなればお前のようなクズを引き取ったなんとかいうパーティーもおしまいだ! かつてのようにお前を過度に甘やかした調査戦隊中枢メンバーももういない! どうする? それでも俺を殴れるというのか!!」
「殴れますけどー」
「は──がぐふぅっ!?」
ドヤ顔でいい加減、鬱陶しくなってきた彼の額に軽くだけどデコピンを放つ。
元より調査戦隊にいた頃から戦闘要員じゃなかったこの人は、当然解散後も大した武術も納めていないみたいで何も反応できないでいる。
そうなると当然、その後の何発かも含めてモロにくらうわけだねー。
1発目が当たると同時に衝撃で後ろにバランスを崩すガルシアさんをさらに追うようにステップで接近。
たかがデコピンでも僕のは特別製だ、まあまあ衝撃があるだろう。大きくのけ反るその姿を見て、すかさず2発目を放つ……速度と狙い最優先、加減も結構した普通のデコピン。
2回も同じ場所にデコピンを受けてはどうしようもない。
今度こそガルシアさんは床の上、モニカ教授の足元に倒れ伏した。
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冒険者の本性だよー
2発の超手加減したデコピンを受け、倒れ伏すガルシアさん。
おばさんが引きつった顔で声にならない悲鳴をあげるのを横目にチラと見て、申しわけなく思うけど……悪いけどここまで舐めてきた相手に、何もしないわけにはいかないんだよねー。
反面、おじさんと教授は平然としているね。いやおじさんは忸怩たるって感じに俯いているけど、教授は完全にニヤニヤしている。面白がっているんだ。
おじさんはともかくモニカ教授、ある意味すごいねー……実の兄が殴り飛ばされてこれとか、普段どれだけ兄妹仲が悪いのか伺えるってものだよー。
「き、貴様っ!? な、何をする、俺を誰だとっ! 誰だと思ってるんだスラムのゴミ風情がっ!!」
尻餅をついたガルシアさんが、唖然とした中にもたしかに恐怖を垣間見せつつ吠える。
まさか本気で、立場や身分をちらつかせれば僕を封殺できると思ってたのかなー。思ってたんだろうなー……この人の中で僕は結局、国の脅迫に屈して調査戦隊を追放されたスラムの子供でしかないみたいだし。
3年前と同じく適当に脅迫しておけば、それで上手くいくとか思っていたとしてもおかしくはない。
まあ普通に誤解なんだけどねー。僕が脅迫に屈する形で調査戦隊を去ったのは、相手が国や貴族だからとか、僕がスラムの生ゴミだからとかじゃない。
僕を、迷宮を彷徨うだけのケダモノを人間にまで育ててくれた孤児院のみんなを、脅しの道具に使われたから。それだけなんだよー。
でも今やあの孤児院には、借金のような明確な弱みはない。
つまりは僕への脅迫材料にはなり得ないわけなので、いよいよ僕がそんなちらつかせに屈する理由もないんだ。
その辺、完全に読み違えしているガルシアさんに僕は応えた。
「あなたが誰か? ……今や貴族階級に相当するメルルーク家のご長男、ガルシア・メルルークさんですよね?」
「そうだっ! その俺に、こんなことをしてただで済むと思ってるのかゴミクズ!! これでお前もなんとかいうクソ喰らえなパーティーの女どももおしまい──」
「逆に」
ポツリとつぶやく。威圧も何も込めてない視線と声だけど、ガルシアさんは自然と押し黙り僕を睨む。
なんでこんな程度で黙る人が、ここまで命知らずな挑発を行えるんだろう? 不思議だよー。
単純な話、この人の理屈は根本から成立していないんだ。
僕は冒険者だ。みんなも冒険者だ。この人だってかつては、調査戦隊に属している間だけだったけど冒険者だったんだ。
なのにどうしてこんなどうしようもない勘違いができたんだろうね? 違和感を抱えたまま、彼へと告げる。
「逆に。そんな程度のことで僕を、冒険者を屈服させられると思ったんですか? ……おめでたいねー」
「何…………!?」
「仮にも調査戦隊にいたのに、どうしてそういう思い違いをするんだか理解ができないよ。冒険者にとって、権威や権力なんて絶好の餌──噛みつき先でしかないのに、ねー」
冒険者にとって権力者や権威ある人物なんてほとんどの場合、自分達の活動すなわちロマン探求をあらゆる形で邪魔立てしてくる鬱陶しい連中だ。
たとえ生まれ育った故郷だろうと、天に座すとされる神様に近い権威を授かっているとされていても……それでやることが自分達の活動を妨害することなら、善悪も損得も義務も権利もすべて脇に置いて牙を剥き出しにして襲いかかる。
それが冒険者だ。
大概の国はそういう狂犬的性質の厄介さとうまいこと付き合いつつ、冒険者が発見する迷宮での各種様々な価値ある発見を上手にガメたりするわけなんだけど。
エウリデは前述の通り、ここに至るまで散々にやらかしているからねー。冒険者とお互いに警戒するのも仕方ないところあるんだよー。
それを何も理解していないご様子のガルシアさんに、僕は呆れつつも問いかける。
「貴族相当だからなんなのかな? 僕らはそんなの気にしないよ。もちろん仲間達だって気にしてないし、他の冒険者達もそう。ましてあなたの場合、妹の成果に乗りかかっただけのイカサマみたいな立ち位置じゃないか」
「なん……だと、貴様ァ!?」
「そもそも冒険者相手に上から目線で偉そうに言う、その時点でアウトなんだよガルシアさん。つまるところ"僕達"は……偉いやつも偉そうなやつも、みんなまとめて噛み砕いてやりたいって危ない連中の集まりなんだから」
とにかく偉そうなやつが気に食わない。本当に偉くても、実は偉くもないのに偉そうにしてるだけでも気に食わない。
気に食わないなら誰であろうと噛み付いてやる。噛み付いて噛みちぎって、その偉そうな顔面に牙を突き立てて食い破ってやる────異常なまでの権威権勢への憎悪、反骨心。
それこそがロマンを追い求める長い歴史の中で常に権力と戦い続ける中で形成されてきた、僕ら冒険者の核心なんだ。
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僕も仲間も冒険者(狂犬)だよー
冒険者の本質──すなわち権威権勢に噛みつきたくてしようがない狂犬としての有り様を説かれて、それでもガルシアさんは憎悪の眼差しで僕へと吠えた。
調査戦隊にいたはずなのに、ここまで冒険者に対する理解がズレているのはなんでだろうねー、と不思議に思うけど、まあ十中八九はレイアに理由があるんだとは推測できるよー。
調査戦隊リーダーとしてレイアは、ただ偉そうなものに噛み付いているだけではいけないって分かっていた。
だから政治的な部分でもよく活動していたし、時には王族や貴族に阿る判断を下すことだって少なくはなかったんだ。
まあそれでも一般的には大分、反抗的なほうだったと思うけどねー。一回彼女に権威を笠にセクハラしようとした貴族が半殺しに遭ったのを思い出すよ。
あの時は調査戦隊がみんなして王城を取り囲んだっけなー。慌てた王がすぐさま下手人の貴族を罰して事なきを得たけど、あそこで僕らを突っぱねていたらその時点でエウリデは歴史上の存在だったのかもしれないね。
ともあれそういう、大人しいいい子ちゃんだったレイアに首ったけだったこの人は、その姿だけを覚えているってことだろう。
あるいは他の冒険者の狼藉を健気にも止めて受け止める可憐なレイアリーダー、くらいに思ってるのかも。割とあいつのほうから焚き付ける事案もあったりしたんだけど、そこはいわゆる恋は盲目ってやつかなー。
うう、僕も気をつけないとー。
「狂っている! 偉そうなら噛みつくだと、それはお前のようなまともな生まれ育ちをしていないケダモノだけの異常だ! ケダモノ風情が、いつまで冒険者の、いいや人間のフリなどしている!」
「それなら拙者もケダモノでござるなあー」
「ひっ!?」
僕の生まれを論ってくるガルシアさん。これをたとえばシアンさんとかに言われたらその場で轟沈しちゃうくらいの精神的ダメージを負っただろうけど、殴られてビビってるこの人が負け惜しみで言ってきたんじゃ大した話でもないねー。
でもサクラさんはすぐさまその暴言に反応してくれた。口調こそ軽いけど冷え切った目でガルシアさんを見下し、納刀したままのカタナの鞘で倒れる彼の目の前に突きつけたのだ。
喉から引き攣った声を上げてガルシアさんが後ずさる。あんまりやるとどっちが悪者なんだか分からなくなりそうだけど、この際別に悪者でもいいや。
咳き込みながら恐怖と困惑、そして憎悪に彼の顔が歪む。そしてまた、懲りずに叫んできたよー。
「な、何をする女っ!? 俺を誰だと思っている!!」
「何って、誰って。冒険者としてアホのボンボンをしばきあげてるだけでござるが」
「なん、だと……!?」
「こーゆーのも冒険者の醍醐味でござるからなあ。舐めたお偉方だかそんなつもりでいるだけの輩に牙を突き立てる──極上の霜降り肉に齧り付くような悦楽でござるよ、ござござ」
ニヤリと笑う彼女は凄絶なまでに綺麗だよー。野性味全開というか、それこそ飢えた獣のように嗜虐を込めた眼差しでガルシアさんを見るサクラさん。
極上のお肉を食べるような感覚……僕としてはそんなのは感じたことないけど、王城の壁を杭打ちくんでぶち抜いたりしたらさぞかしスカッとするだろうなーってたまに妄想するので、そういうのに近い感覚なのかもしれないねー。
近くで、呆れつつもシアンさんが足を組んだ。サクラさんへの視線は柔らかいけど、一方ガルシアさんへ向けた眼差しはもはやモンスター相手と変わりない険しさだ。
団員に関する悪評を撒かれ、そのことを指摘しても謝罪がないばかりか追加で暴言まで吐く始末。生徒会長として公明正大を掲げる彼女からすると、相当に許せない人みたいだねー。
軽口を叩いてサクラさんに応えつつも、ガルシアさんに告げる。
「Sランクともなると表現が独特ね……さておき、私も冒険者としてこの男を懲らしめるべきかしら? エーデルライトの者として、新世界旅団団長としてソウマくんへの侮辱は断じて聞き入れられないけれど」
「っSランク!? それにエーデルライトだと……! 仮にも 冒険者が、仮にも貴族がケダモノ相手に擦り寄るのか!! に、人間としての誇りはないのか!!」
「うわあー……」
「……調査戦隊の汚点とはこの男のことを言うのね、きっと」
ある意味すごいよこの人、躊躇なくエーデルライト家のご令嬢に暴言吐いたよー。仮にもも何も、サクラさんはれっきとしたSランク冒険者でシアンさんは大貴族エーデルライト家の令嬢なのにねー。
ここまで来るといっそ筋が通ってるまであるよー。気に食わなかったら誰相手でも噛みつくあたり、冒険者の素養はあるのかもねー、裏のだけど。
ロマンを追い求める心や冒険に挑戦する精神性を表の冒険者性とするなら、偉そうなものには噛みつくし権威権勢には楯突くって精神性は裏の冒険者性だ。
僕らは別に偉くもなんともないけど、この人からすれば偉そうに見えるだろうから噛みつき相手としてはちょうどいいわけだねー。
意外と元調査戦隊メンバーらしいところを見ちゃってなんだか複雑だ。この人自身には自覚とか、ないんだろうけどねー。
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急襲だよー!
ある意味冒険者的な姿勢──気に入らないなら何がなんでも噛み付くスタンスを頑なに見せるガルシアさんに、僕はいっそ感心しつつも近づいて胸倉を掴んだ。
感心するけどそれはそれとして、僕の仲間まで中傷したのは普通に許せないからねー。さっきから荒事ばかりで嫌な気分にもなるけど、ここで舐められたらそれこそ冒険者の名折れだからねー。
……だからそろそろ、舐めた態度は改めろよガルシアさん。
威圧を込めて睨むと、彼は顔を青ざめさせて引き攣った声を漏らした。
「ひっ──!?」
「僕への罵詈雑言はともかく、団長への、仲間への侮辱は許さない……おじさんおばさん、教授。ご家族にこんなことしてゴメンね。一応謝っておくよ」
「……愚息の自業自得だ」
「が、ガルシア……」
「母さん、今さら止めても無駄だよ。愚兄はとうにラインを越えきっている。手遅れだ、ハハハ」
ガルシアさんはともかくご家族に恨みなんてない。だけど長男坊にこれから危害を加えるわけなので、せめて一言だけでも謝っておきたくて僕は謝罪の言葉を呟いた。
メルルーク家のそれぞれが、三者三様の反応を返す。
おじさんは悔しげに、情けないとばかりに頭を振って彼を見放した。おばさんはそれでも見捨てきれないと、震える声で彼を見た。
そして教授は──そんな母に向けにこやかに笑いつつ、もはや兄が引き返せない段階にまで踏み込んでしまったことを告げた。
いずれにせよガルシアさんを止める声はない。
唖然と、愕然と彼は叫んだ。
「ぐっう……ち、長兄を! メルルークの跡取りを見捨てるのか!? それでも親か、妹かぁっ!?」
「妹の功績を厚かましくも己のものとする、お前こそそれでも兄なのか……行こう。あとのことは、ソウマくん達に任せる」
「レリエさん、おばさんについてあげて」
「分かった……母親にとって子供はやっぱり可愛いものなの、ソウマくん。だから」
「分かってる。僕だって、なるべく尾を引く形にしたくないしねー。二度と僕らに関わらせないようにするだけだよー」
レリエさんの要請に頷く。
別に殺すまで痛めつける気もなし、脅かす程度で収めようと思ってるけど……すっかり憔悴してるおばさんを庇う彼女は、やりすぎないように釘を差してきた形だ。
母親どころか肉親とかもいない、完全に天涯孤独な僕だけど親ってものがどれだけ子供を愛するものなのかは、もちろん分かってる。
どんなに出来が悪くても、子供である限りはいくつになっても心配したり可愛がったりするものだってこともね。だからおばさんはガルシアさんが脅かされるのを、自業自得とは分かっていても受け入れがたいんだろう。
ガルシアさんはともかくおばさんを哀しませるのはしたくない。舐めた真似をしたツケを支払わせないわけには行かないけど、なるべく穏当な形で話をつけたいところだよー。
レリエさんは僕の言葉に頷き、おばさんの背中を擦りながらも部屋の外へと出ていく。
そして残るのは僕とガルシアさん、シアンさん、サクラさんの4人だ。
さて、どう話をつけたものかなー? 未だガルシアさんは敵意と憎悪の視線を向けてきているし、下手な説得は逆効果だろうなー。
もう一回いらないことを言ったら今度こそ、シアンさんとサクラさんが容赦しなくなるだろうし。
そうなるとおばさんが卒倒するようなことになりかねない不安もあるよー。難しいところだねー。
「────っ!? 誰か来る、臨戦態勢!!」
「むむっ!?」
「ソウマくん!?」
考え込んだ瞬間、その時だった。不意に窓の外、屋外から不穏な気配を僕は察知して叫んだ。
──部屋の窓がいきなり叩き割られて何者かが複数人、侵入してきた!
勢いよくガラスをぶち破ってきて、そのまま僕が掴んでいたガルシアさんにぶつかる!
「うわああああっ!?」
「くっ……!?」
いきなり横合いから無理矢理身体を差し込まれて、掴んでいた手が衝撃で外れる。
カットしてきた相手はそのままガルシアさんを抱え、窓の外へと向かっていく。逃げる気!?
「させないよー!?」
「いいや、させてもらおう。我らが足止めでな!!」
追おうとした瞬間、僕の行く手に立ち塞がる者。20代くらいの黒いローブの男が4人、ショートソードで斬り掛かってくる。
手慣れた動き──人殺しの動きだ! 一旦ガルシアさんのことは置いて、すぐさま僕は対応する。
同時に斬り掛かってくる男達の、僕から見て真ん中1人と左側2人の切込みをギリギリ上体を逸らすことで回避。
同タイミングで仕掛けてきた右側の男の、ショートソードを握る手にピンポイントでアッパーを放つ。ヒットした、手応えあり!
「うぐぁぁっ!?」
「どちらさんか知らないけど……!」
手の骨を粉砕した感触が伝わりつつアッパーを振り抜く。これで一人撃破ってところかなー。
敵の手から溢れ落ちたショートソードには目もくれず、そのままステップして敵の側面に回り込む。速度についていけずに驚愕する男の横顔を、右ストレートで殴り抜けながら僕は告げた。
「誰か知らないけど、横槍入れてただで済むと思うな!」
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返り討ちにしてやるよー!
「ガルシアの仲間でござるかっ、貴様ら!!」
「つるんでいた厄介な連中とは、あなた方のことですかっ!!」
襲撃してきた連中に、すぐさま動いたのは僕だけではない。サクラさんにシアンさんもまた、各々の武器を抜きつつ臨戦態勢に入っていた。
とりわけサクラさんの動きはすさまじい。即座にカタナを抜き放ち、ガルシアさんを確保して退散しようとしていた男の退路を塞ぎつつ、その白刃を振るったのだ。
僕相手に戦力の大半を差し向けているこの状況。僕の加勢に入ってもおかしくはないし、実際にシアンさんは剣を抜いてそうしようとしてくれている──ただ別の者の横槍をくらい、そっちはそっちで一対一の状況に持ち込まれている──けど。
サクラさんはそこで当初の目的をまっすぐに見据えていた。ガルシアさんに落とし前をつけさせるというところを念頭に置いて、彼を確保して退散しようとする輩を真っ先に狙うべきと動いたのだ。
「ソウマ殿! 足止めよろしくー!」
「はいはい、任せてー!」
こういう時、やっぱり仲間ってのはいいよねー……打てば響く鐘のように、お互いの意図を即座に察して動き合うやり取り。
かつて調査戦隊にいた時を思い出してちょっぴり懐かしいっていうかセンチメンタルになるよー。でもそれ以上に今、新世界旅団という新天地で新しい仲間達とともにいられることへの喜びと期待、つまりはワクワクがある。
僕はひとりじゃない、そのことが嬉しい!
滾る想いに身を任せるように、眼前の敵へと向き直る!
「三人がかりだからって舐めてたりしないかい──?」
「貴様、杭打ちっ!!」
「素手でも刃向かうかっ!!」
「────ははっ」
素手でも、なんて見当外れなことを言うね。
どんな時でも場合でも、お前らみたいな相手じゃ僕は必ず歯向かうんだよ!
「死ねぇっ!!」
「死んでやれないね、こんなんじゃとても!」
目を見開いて自然と浮かぶ笑み。楽しくて仕方ない、こういうのも意外と僕の好みなんだよー。
一斉に迫りくる敵3人の刺突。一本は顔、一本は首、そして一本は胸へと狙いを定めた、同時三連撃を迎え撃つ。まあまあの速さと狙いだけど僕相手にはまるで足りない、精々Dランク程度の技ってところかな?
仮にも調査戦隊中枢メンバーと肩を並べた、僕相手には通じやしない。僕は足を開いて右足の指先、親指に力を込めてそこを軸とした。
体重移動によりスムーズに体勢を変えつつの縦軸回転。敵の剣閃を完全に視認して3撃ともにギリギリで避け、同時に振るった右フックで右側の男の脇腹を強打する。
「がぐげっ!?」
「……2人目」
さすがに殺すのもまずいので加減はしたけど、それでも肋骨の3本4本はぐちゃぐちゃだろう。先にアッパーで沈めたやつも踏まえて二人目が倒れ伏す。後で法術で治療してもらうといいよ。
間髪入れずその、倒れた男を避けて通るようにステップ。次の獲物の背後に移動する──一瞬。すべてが一瞬の動きだ。敵が仕掛けてきてから3秒だって経過してないほどの時間のうちに、濃密なまでの行動を連続して行う。
つまりは残る二人も未だ、刺突を放った状態から体勢を取り戻せてないってわけだねー。隙だらけで煮るなり焼くなり好き放題だよー。
さらに言えば動いた先、僕が座っていたソファの側には一応持ってきていた相棒、杭打ちくん3号がすぐ近くにあって。
お誂え向きだと僕は右手を伸ばして取っ手を掴み、引き寄せ気味に隙だらけの背中2つを、巻き込むように腕を振るった!
「……よいしょー!」
「あぐげぁっ!?」
「げぼるぉあっ!!」
本気でやるとミンチが出来上がっちゃうので、殴りつけるというよりはこう、押し退けるような感覚でぐいーっと杭打ちくんで薙ぎ払う。
さすがに家一軒より重いからねー、まとめてぶっ飛ばされて壁に叩きつけられ、そのまま気を失っちゃったよ二人とも。
杭打ちくんを持ったまま中に入っても問題ないくらい、頑丈に建てられた家だったのが運が悪かったねー。
さて、僕に向かってきたのは4人全員仕留めたよ。
シアンさんは、と──お、決着間際だね、あっちもー。
「はぁっ! でやぁぁぁっ!!」
「ぐぁ、あっ!?」
ショートソードで敵の攻撃を受け流し、同時に側面に回り込みつつ胴を薙ぐ。滑らかで淀みない素晴らしい動きでの攻撃だ。
何より迷いも恐れもないのがいいねー。踏み込みがこれまでの慎重なものに大胆さが混じってちょうどいい塩梅だよー。
リンダ先輩との戦いで開眼した勇気、ちゃんと身につけて戦えてるんだからすごいよ。サクラさんのやり口は過激だったけど、結果的に見事にシアンさんを一足飛びで一段強くできたんだもんね。
見事に敵を倒した彼女が駆け寄ってくる。カリスマもあってか新人とは思えない風格を醸し出してきている彼女は、けれど新人らしい焦りをもって僕に話しかけてきた。
「ソウマくん、大丈夫ですか!?」
「全然問題ないですよ、シアンさん。よゆーってやつですー」
まずは4人もの不逞の輩に襲われた僕を気遣ってくれるんだから、優しいよー! 惚れるよ、惚れちゃうよ、もう惚れてた!
素敵な初代初恋さんにえへへと笑いつつVサイン。
さすがですねと褒めてくれる彼女にいいとこ見せちゃったー! なんてはしゃぎつつも、僕は並んでサクラさんのほうを見る。
あっちはあっちで、何やら激戦の様相を繰り広げていた。
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暗殺阻止だよー!
ガルシアさんを確保して退散しようとして、そこをサクラさんにカットされることになった襲撃者最後の一人。
これが意外にも僕やシアンさんが相手していたのよりは格上らしく、Sランクにふさわしい威力と速度の斬撃を受け、それでもある程度は対応してくるかなりの手練だった。
「くっ、おのれっ!?」
「ガルシア置いてけでござるー!!」
振るわれるカタナはただひたすらに敵の腕、すなわちガルシアさんを掴んでいる手首をメインに狙う。
彼を連れて逃げられることが今回、一番の敗北になると僕らは考えているためだ。そのためまずは引き離すべくと、サクラさんは神速の剣閃を放っていたわけだねー。
しかし敵も中々やるようで、空いてる手に持ったショートソードを振るいカタナを防いだ。生半可な実力だと見えても反応できないだろう斬撃に、しっかりと対応してきたんだ。
金属同士がぶつかり合って火花を散らす。目と鼻の先で修羅場が展開されていて、当のガルシアさんが恐怖に慄く声がここまで聞こえてきた。
「ひ、ひぃいいいぃっ!?」
「チ、ィ──ッ!!」
「そらそらそらそらそらぁぁぁっ!!」
さっきまでの余裕とか増悪はどこへやら、目の前のリアルにひたすらパニック状態になっている。
仮にも調査戦隊メンバーだったなら、豪快に笑えとまではいかなくても冷静さは保っといてほしいんだけどねー。残念。
ただ、パニックなのは彼だけで闖入者のほうは短く舌打ちするに留まっている。
サクラさんの攻撃を、一撃だけでも防げただけでも大したものなんだけどー……その後に続く連撃にさえ、体はともかく目では追えている。
「おのれ、サクラ・ジンダイ……!!」
「はははー! いい腕してるでござるなあ、いつまで保つか試すでござるよー!!」
真っ先にガルシアさんの確保と逃走のために動いた最後の一人。その男はサクラさんの猛攻に対して、明らかに焦った様子を見せているもののそれなりに凌いでいたりする。
見事! 善悪はともかく備えた力は間違いなく、冒険者でいうならAランクに到達しているよー。少なくともさっき僕が倒した連中よりは遥かに強い。
片手で彼女の斬撃に応じるとか大した技術で、だからこそサクラさんは余計に面白がって燃えちゃってるねこれ。
シアンさんはシアンさんで、最近特訓の中で辛酸を舐めさせられている相手に、防戦一方ながらある程度長引かせているその防御技術をかぶりつきで観察している。
「片手とは思えない……この動きは筋力だけじゃない。速度自体は普通なのに、効率よく動いているからこその動き。無駄を削ぎ落としていった上で、しかも複数の動作を一度に行うことでさらにコンパクトにしている。すごいわね……」
向上心の塊みたいな話だなあ。
単に新世界旅団の団長として、一刻も早く強くなりたいって意志の為せる姿勢でもあるんだろうねー。
ブツブツ言いながらも目の前の、格上を相手に片手でどうにか凌げている男の姿を具に観察して分析しているシアンさん。
とはいえやつのほうは、わざわざこんな風に見世物だかサンプルだかになる気ももちろんない。むしろいい加減分が悪いと見てか、一瞬の逡巡の後についに諦めたようだった。
「ちいっ……!」
「うわっ!? ……へ、お、おおい!?」
そう、やつは諦めた──諦めてガルシアさんを解放したのだ。
ことここに至って、彼を連れて逃走なんてのが不可能になったと判断したんだね。そして、であるならばと己一人の逃走だけは果たすべく、彼を解放して両腕を自由に使えるようにした!
そして飛び込んできた窓へと飛び退きざまに、懐から取り出した何かをガルシアさんに投げつける。
あれは──ナイフ! まっすぐに彼の喉を狙っている!
「連れ帰れねば、お前はここで……!」
「暗殺なんざ、させんでござーる!」
拉致するか、それが叶わなければ殺すか……ってところか。要するに口封じのためにガルシアさんを狙ったみたいだ。どうにも命を軽く見ている連中だねー!
とはいえこれもサクラさんがカット。すかさず間に入り込みカタナを振るい、ナイフを叩き落とす。さすがに殺されるのは寝覚めが悪いしね、ナイスだよサクラさん!
「おのれ、邪魔だてばかり……!」
「ヒノモトの女侍、舐めんなでござるー!!」
苦虫を噛み潰したように顔を歪める男に、サクラさんは格好良く啖呵を切る。
侍──サムライ。ヒノモト独自の戦闘技術を会得している戦士の総称だね。いろいろ好戦的なお国柄らしくて、特に対人技術が発達しているって聞くよ。
サクラさんの異様なまでの対人戦への慣れっぷりは、サムライだからなんだろうねー。
納得しつつも僕はすでに動いていた。サクラさんがガルシアさんを助けに入った時点で、一歩踏み出していたのだ。
逃しはしないよ不埒者。どこのどなたがなんのつもりで何をしようとしたのか、洗い浚い吐いてもらうよ!
「……いただき!」
「な────が、ああっ!?」
暗殺失敗に動揺する男の、反応があからさまに遅れた。
0.01秒でも遅れたなら僕の攻め時だ、容易くいなせるとは思わないでほしいねー!
僕はやつの懐にまで瞬時に潜り込み、天高くへと伸ばすようにアッパーを放った。
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襲撃者達の正体だよー
失神してぐったりした、襲撃者達全員をふん縛って冒険者達に引き渡す。門番とはまた別の、ギルドお抱えの警邏冒険者達だ。
この町の治安維持を事実上、ギルドが業務として行っているためこのようなお抱えさんは結構な数がいたりする。
いわゆる嘱託の形で雇用契約を結んでいて、主な業務は町中、町周辺の犯罪の捜査や犯罪者の引き取り、取り調べと概ね騎士団が本来やるようなことをやってるわけだねー。
普通は騎士団がやるものなんだけど、この町は冒険者が多くて強すぎるから……自然と敵対関係に近い騎士団は撤退していって、今や人のいい騎士さんが一人駐在しているばかりの有様で。
だから自分達の町は自分達で護ろうって話になって、今や冒険者達による治安維持が行われているわけだった。
「ほら、キリキリ歩け犯罪者ども!」
「くっ……」
手錠をかけられ縄で繋がれ、武装した冒険者達に囲まれつつも襲撃者達が引っ立てられていく。
結果的に僕とサクラさんの二人を相手取った、なかなかの腕をしている男も同様だ。僕のアッパーで地に沈んだわけでまだダメージが残っているのかフラフラだけど、それでも忌々しげに僕を睨んでくるあたりまぁまぁ元気みたいで何より。
冒険者達のリーダー役、警部らしいおじさんが、気さくな笑みを浮かべて僕達に笑いかけてきた。
今は屋敷の外、メルルーク一家やレリエさん、ロープで簀巻きにされているガルシアさんもまとめて犯罪者を見送りにここにいる。
門番の冒険者達も襲撃者にやられたようで、揃って負傷したため病院送りらしい。まったく誰も彼も巻き込んでくれたみたいだね、あいつらはー。
苦笑いしつつも警部さんが、頭を掻きながら僕たちへと話す。
「通報を受けて何かと思えば杭打ちさんにメルルーク教授……調査戦隊絡みの案件かとドキリとしましたが、どうもありゃーそんな単純なわけでもなさそうですなあ」
「どうでしょうかね警部さん。元はと言えばうちの愚兄が杭打ちさんに誹謗中傷をしたのが発端なわけですから、アレも一応調査戦隊だったことを踏まえると、やはり調査戦隊絡みの騒動なのかもしれません」
ガルシアさんが僕に私怨で絡んできた以上、どうあがいても元調査戦隊メンバー同士のいざこざ、トラブルという話にしかならないと思うんだけど……警部さんはどこか確信めいた感じでそれだけではないと語る。
そこに食いついたのがモニカ教授だ。気絶している兄をあからさまに見下げつつも持論を語る。概ね僕と同じ意見で、これは結局調査戦隊絡みの騒動の域をでないという意見だねー。
しかし警部さんは首を横に振った。
どこか飄々としたユニークな所作で肩をすくめ、タバコを取り出して人差し指から火を出して吸い始める。法術使えるんだこの人、意外ー。
すぱー、と煙を吐いて、彼は力なく笑う。
「切っ掛けはそうかも知れませんが、あれは調査戦隊アンチなんて連中ではないですよ」
「ふむ? 根拠をお聞きしても?」
「連中の一人、杭打ちさんに顎を打たれて今も足元のおぼつかないやつですがねえ、アイツぁ別の事件にも関係してるってんでこっちも探し回ってたやつなんですよ」
そう言って懐から何やら紙を取り出す──手配書?
見ればさっきの、ガルシアさんを連れ去ろうとしていた男の人相書きだ。あいつ指名手配食らってる名うての犯罪者だったんだー。
道理で他のチンピラよりかは動きが良かったはずだよ、筋金入りのダメな人じゃん。
ほえーってなりながらみんなで覗き込んでると、その手配書をシアンさんに渡しつつ警部さんはさらに続けた。
「ノリス・ノーパート。元はBランク冒険者だったのが何がきっかけか足を洗って、逆転して反冒険者運動家に転向した──ま、ある種の活動家ですな。暴力沙汰も頻繁に起こしてるんで、革命家気取りと言ってもいい」
「反冒険者運動……よその町だとまあまあ活発でござったが、この町ではあんまり見なかったでござるなあ、そういえば」
「ここは調査戦隊発祥の地、いわば聖地扱いですからなあ。連中もなかなか手出ししてこれなかったみたいですが、ついに動き出したということでしょう」
やれやれ、と肩をすくめてタバコを吹かす。警部さんは苦笑いしてるけど、言ってることはかなり大変な事態な気がするよー。
反冒険者運動。まあ字のごとく冒険者や冒険者の活動に対してその存在そのものを否定して妨害するのを目的としている、一種の市民運動だねー。
主に貴族や一部の一般市民から構成されていて、調査戦隊の活躍によりブームが起きて以降、釣られて活動が活発になっているアンチ連中だと聞くよ。
今までそれらしい運動を見たことなかったんだけど、よその町とかだとデモ行進したり時に暴力まで振るってくるから厄介だってギルド長が言ってたねー。
まあ冒険者にそんなことしたら普通に暴力で返り討ちにされるから、なかなか大規模な事態には繋がらないってのも聞いてたけど。
そんな連中がついにこの町に?
僕は目を丸くして、警部さんの話に耳を傾けた。
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貴族達の危機感だよー
「反冒険者運動ってのが各地で本格的に広まったのはちょうど、調査戦隊が解散するかどうかってあたりでしたかねえ……迷宮攻略法が伝播し始めた時期に、火をつけたようにそうした運動も各地で盛んになっていきました」
「調査戦隊そのものより、迷宮攻略法のほうが直接的なトリガーだったとは私も聞いていますね」
襲撃者達、ひいてはガルシアさんのバックについているらしい連中。反冒険者活動団体っていうのかな、とにかく面倒というかややこしい連中みたいだ。
冒険者活動を妨害するのを生き甲斐にしているらしいへんてこなその人達が勢いづいたのは、今しがたのおじさん警部とシアンさんの会話から察するに調査戦隊が解散したのが切っ掛けみたいだ。
あれをトリガーに調査戦隊が構築した、人類史に残る輝ける功績・迷宮攻略法が各地に伝播した。
そして冒険者ブームが始まり、平民でもスラム民でも冒険者として力をつけていけば、やがては超人的な能力を獲得できる時代が到来したんだ。
それを快く思えなかったのが、件の活動家連中というわけみたいだった。
「つまるところ人間がついにたどり着いた、超人へと至る具体的な技術体型の存在に反発したのが彼らであるという主張は、学者連中も研究の末に発表しています。今のところ反冒険者界隈こそ否定してますが公然の秘密扱いですよ」
「小難しいこと言うでござるなあ……よーするに嫉妬でござろ? あと危機感」
「危機感……?」
「冒険者っても大半が平民、あるいはスラム民もまあまあいるわけでござる。そんなのが既存の人間を超えた新たな力を手にする事態、貴族どもは断じて認めるわけにはいかんでござろ? 冒険者以外の平民を扇動して叩くくらいはするでござろうよ」
やれやれ、と両手を振ってサクラさんが語る。ことの本質はつまるところ、嫉妬と危機感……すなわち自分達を凌駕し、既得権益層を破壊しかねない迷宮攻略法の広まりへの恐怖。
反冒険者運動界隈、さらにはそれを裏から支援していると思しき貴族連中の本音はそこにあるんだと、彼女はそう推測してるみたいだ。
他ならぬ貴族への指摘に、自身もエーデルライト家の娘という立場であるシアンさんが俯き、無念そうに吐息を零す。
「人類が新たなステージに上がる機会を得たと言うならば、それを喜ぶべきがノブリス・オブリージュ。嫉妬だの危機感だの抱くなど、全く持って恥ずべき話です」
「ま、推測でござるがねー。もしかしたら全然別の理由から、冒険者に対して妨害工作を多数仕掛けているのやもしれぬでござるしー?」
慰めるようにシアンさんの背中を擦り、軽い調子で嘯くサクラさん。
冒険者でありつつも貴族としての矜持をも持ち合わせるシアンさんにとって、同類たる貴族の大半がくだらないコンプレックスからロマンへの挑戦を妨害して邪魔しにかかる、なんて到底許せないことなんだろうねー。
そしてそれを察してサクラさんも、あくまで推測だからとお茶を濁している。団長と副団長、やっぱり相性は良いコンビみたいだ。
お互いを支え合う関係って感じだし、何よりサクラさんがシアンさんを立てる気満々だ。ここって意外と大事で、ナンバー2がトップを立てない組織なんて割とすぐ瓦解するからねー。
新世界旅団はなかなか、長続きしそうだよー。
「ありがとう、サクラ……けれどおそらくは嫉妬や危機感といった感情が由来で正解ね。私もずいぶん、多くの貴族がそうした感情を冒険者達へ抱いているのを見聞きしてきたもの。間違いないわね、残念ながら」
「ま、シアンやエーデルライト家は当然違うでござろうけどねー」
「それはもちろん。ましてや貴族が、護るべき民を扇動して凶行に走らせているなどと論外よ。冒険者の性質上、何であれ誰であれ売られた喧嘩は買わずにはいられないというのはもはや周知のことでしょうに裏から手を引いて、まったく!」
「完全に活動家連中を走狗扱いにしてるのでござろうなあ。そして用済みになったら消す、と」
民衆を利用して冒険者への攻撃を行っている貴族がいることに憤慨するシアンさんへ、サクラさんは苦笑いを浮かべながらも結構えげつない予想を立てる。
まあ僕もそんなところだろうなーとは思うよー。貴族のみんながみんなってわけじゃないけど、ほとんどは民なんて家畜くらいにしか思っていないんだ。
扇動するだけ扇動して、そこそこのところで梯子を外して殺すくらいはするだろう。いわゆる蜥蜴の尻尾切りってやつだねー。
同じ発想に至ったのか、警部さんはどこか慄くように僕を見、言ってきたよー。
「いやはや、恐ろしいもんですなお貴族様ってのは。真正面から来ずに裏であれこれやらかしてくるから始末に負えない……杭打ちさんも3年前、さぞかし苦しまれたんでしょうなあ」
「……そうですね。それなりにひどい目は見てきましたよ」
ちょっとだけ苦笑い。僕の場合は結局のところ、最後に選択したのが僕自身ってのがあるからねー。
脅されていたとはいえ、最後の一線は自分の意志で超えたんだ。だから調査戦隊絡みについては、一方的な被害者ってわけでもないから反応しづらいよー。
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病んじゃってるよー……(怖)
襲撃者達もひっ捕らえたし、さて今度は話を戻してガルシアさんだ。
あんな連中とつるんでた以上、彼もまた反冒険者界隈に参加していたってことになるわけだけど……元調査戦隊メンバーが何をしてるんだよ、という視線で僕らもご家族も警部おじさんも視線が冷たい。
僕が憎くてついには冒険者そのものまで嫌いになっちゃったのかな?
だからって反冒険者運動に加担するのは極端すぎるけど、この人前から割と極端な人だったしなあ。平和主義を掲げた翌日には主戦論者になったり、その時の気分に合わせて主張を変えるややこしい人なんだよねー。
「さーてボンボンー、お主なんか我々に言うことあるでござろ」
「何がだ……さっさと縄を解け! この俺に何をしてるのか分かっていないのか、ヒノモトのサルが!」
「まだ吠えるのでござるか……」
「ある意味すさまじいわね……」
この期に及んでなお減らず口をたたく、ガルシアさんにそろそろ怒りとか呆れとか超えて感心を抱いちゃいそうなサクラさんとシアンさん。
ここまで無茶苦茶な人だったかなーって僕も首を傾げていると、モニカ教授が愉快そうに笑い、しかし冷たい目で捕縛されている兄を見下ろして言った。
「調査戦隊解散……いや、レイアリーダーとの別離がよほどショックだったんだよこの男は。そしてその引金ともなったソウマくんをひどく憎悪して、憎み続ける中で変質してすべてを憎むようになった。心底薄っぺらい精神性だ、いっそ観察しがいがある」
「変質……?」
「自分の恋がうまく行かなかったのはソウマくんのせいだ。ソウマくんのような人間が持て囃されるのは世の中がおかしいからだ……ってとこかな? 詳しい病理は解明していないがどうでもいい。元から叶わぬ想いだったのを、いつの間にやらこの男の中では勝手に成就寸前になっていたりもするからね」
「えっ……」
そんなバカな。あの頃のレイアってそういう色恋沙汰より、とにかく迷宮の奥への好奇心と強さへの欲求、仲間との冒険に夢中だったのに。
ガルシアさんとか以前に、誰かと惚れた腫れたするなんて感じじゃなかったのは間違いない。だって彼女の傍に一番いたのが僕だし、普通にありえないって分かるよ。
なんならその関係で言えちゃうけど、ガルシアさんはそもそもレイアとろくに話もしてなかったじゃないか。いつも大体僕なりレジェンダリーセブンの誰かと一緒にいるから、用事もなしに話しかけることが難しかったはずだよー。
何言ってるんだろうねこの人。疑問に思っていると当の本人が、声も枯らさんばかりに叫んで応えてきた。
「愚妹がまだ言うか! 俺とレイアは愛し合っていた! それをそこのクソガキクソゴミクソカス野郎が間男になって、全部ぶち壊していって!!」
「えぇ……?」
「レジェンダリーセブンのクソどももだ! あいつらが俺とレイアを引き裂いた!! レイアは、俺を愛していたんだお前らよりずっとずっとぉぉぉぉっ!!」
超怖いよー、何この人ー。今になって見せた腹の中の、あまりに独り善がりかつ意味不明な妄想っぷりに声が出ない。
こ、この人は本気で自分とレイアが恋仲だったって思い込んでいるのかなー? そしてそれを、僕や当時中枢メンバーだった連中が邪魔して引き裂いたって思い込んでいるのかな。
嘘でしょー……?
「ほら見たまえ。これまで君相手には怖くて出せなかった本音がこれだ。馬鹿馬鹿しかろう、一々まともに考察するだけ無駄なのさ」
「こ……この人、完全に妄想で暴走してるってこと?」
「平たく言えば。いつまで経っても近づけないのをレジェンダリーセブンと杭打ちのせいにし続ける、狂人だよもはや」
「頭逝ってるでござるなー……」
呆れ半分嘲笑半分に肩をすくめる教授。心底から実の兄を見下げ果てている様子に、おじさんおばさんが身を寄せ合って沈痛に俯いている。
話を聞いていたレリエさんは顔を青ざめさせていた。サクラさんも、もはやここまで来たら馬鹿にするとかより先に怖くなったみたいで得体の知れないもののようにガルシアさんを見ている。
こちらも慄然とした様子で、警部さんが彼を見てつぶやいた。
「こいつぁ、ちょいと精神的に問題ありですなあ。さきほどの襲撃者どもとの関係も調べにゃなりませんで、彼にもギルドまでご同行願わにゃなりませんが……場合によっちゃその前に心の病院送りもしれませんな」
「哀れな……現実を受け入れることもできず、憎悪だけを拗らせたのですね。調査戦隊にも、このような人がいたなんて」
「私の助手扱いなだけでぶっちゃけ、補欠要員みたいなものだったけどね。ソウマくんはじめ本物の調査戦隊メンバーと同等に扱うこと自体、調査戦隊に対して失礼な話だとさえ個人的には思うよ」
もはや憐れむばかりのシアンさんに、追撃の口撃を放つモニカ教授。
妹だからだろうか、兄相手にキツいねー。まあたしかに、調査戦隊メンバーとしてはあまりパッとしないほうではあったけど、さすがに補欠とまではいう気もないんだけどねー。
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哀れな末路だよー……
「黙れ雌豚どもがぁぁぁっ!! 嘘デタラメを並べるな、俺とレイアは恋人なんだっ! 夫婦になるんだなれたはずなんだっ!! そこの人間のフリをしたモンスターさえいなければぁぁぁっ!!」
もはや憐れまれてさえしまったガルシアさんが、怒りと屈辱、憎悪に顔を真っ赤に染めて叫ぶ。
なんていうか図星を突かれて逆ギレしてる感じがすごいのは、彼自身どこか痛いところを指摘されたって空気を出してしまっているからだろうか。
たぶん最初からこうだったわけじゃないんだよね、この人も。始まりは純粋にレイアに恋して、いつかお近づきになれれば、仲良くなれればって思っていたんだろう。
それが、いろんな事情でなかなかうまく行かなくって……果てにはレイアは遠い他国に行っちゃって。踏み出すことすらできないまま終わった恋の憂さを、僕にぶつけていくうちにこんな風に歪んじゃったのかもしれないよー。
それを、昔の僕ならいざしらず今の僕には笑うことなんてできない。
愛を求め、恋に走るようになった人間としての僕は、もしかしたらこの人みたいになってしまう可能性だってあるんだ。実際、10数回に渡っての初恋はそのいずれもが難航してるし、いくつかに至っては割と残念な感じで終わっちゃったからねー。
人間のフリをしたモンスター。この人にとって僕は、自分の大切なものを取り上げてしまったモンスターなんだ。今も昔も。
だからって同意を返したりはできないけれど、何か言い返す気にもなれない。
気づけば僕も、ただ憐れむ視線で彼を見ているのだった。
「……………………………」
「クズめ! ゴミめ! 人間ごっこをして人の大切なものを踏み躙って楽しいのか!! レイアは、調査戦隊はお前が壊したんだ! 何が脅迫されて追放されただ人でなしが、お前は好き放題して飽きたから調査戦隊を捨てたに過ぎないんだっ! ゴミクズが、ケダモノが、死んでしまえ! お前なんて生きてるだけ世界の無駄なんだ、死ね、死ねっ、死んでしまえーっ!!」
「──いい加減にしなさい! ガルシア・メルルーク!」
「ひぃっ!?」
「黙って聞いていればあなた、何様のつもりなのっ!!」
僕への罵詈雑言も、こうなるとどうしたって虚しく哀しいものにしか思えず何もダメージを負うことはない。
もうこの人にかけるべき言葉も、向けるべき視線もありはしない。終わったんだ、ガルシア・メルルークは。
だけど僕の仲間、新世界旅団のメンバーはそうした言動の数々についに堪忍袋の尾が切れたみたいだった。シアンさんとレリエさんが、二人して激怒して叫び返したんだ。
「現実から目を背け、妄想の世界に生きるのは勝手にすれば良い。しかしそれで私達の仲間、私の大切な団員を侮辱するなど絶対に許しはしません!!」
「き、貴様っ……!!」
「大切なものを2つ、秤にかけてどちらかを選ぶしかできない苦しみがあなたに分かるの!? ソウマくんは、まだ子供なのにそんな目に遭わされてっ! それから何年も、何年も一人ぼっちで過ごして…………!! あなたの想いが叶わなかったそれは不幸よ! でもね、それがソウマくんを糾弾する理由には絶対に、絶対にならない!!」
団長として毅然たる姿勢で臨むシアンさん。大人として、僕の事情を踏まえた上で反論してくれるレリエさん。
二人ともガルシアさんへの怒りを瞳に宿している。僕への一方的な物言いがよっぽど気に障ったみたいだ。なんか……嬉しいよー。
一方でサクラさんは凍てつく瞳で彼を一瞥して、ついで警部さんに話しかける。
こっちもこっちで、一欠片の慈悲もかけるつもりはなさそうだよー。だって殺気すら滲む気配が、周囲に満ちているもの。
「警部殿ー。この男は襲撃者と大きな関わりがあるものと思われるでござる。加えていまご覧になった通り新世界旅団への著しい誹謗中傷行為、いずれも捨て置けるものではないでござるよねー?」
「ま、そうですなあ。事件の捜査もありますし、何よりどう見たってそこの人、正気じゃない。野放しにしていずれ取り返しの付かないことをされちまう前に、一旦ギルドで保護ってのはしといたほうがいいですわなぁ」
それでも努めて冷静に、ガルシアさんの捕縛を確認しているあたりもう、彼女は彼に一欠片ほどの興味もないんだろうねー。
代わりに僕の傍にやってきて、肩を抱き寄せてくれる。慰めてくれてるのかなー、いい匂いだよー。ちょっぴり血の匂いもするのが危なっかしくてミステリアスだよー。
警部さんがガルシアさんを立たせた。これからギルドにまで連れていき、事情聴取をするのだ。事実上の逮捕だねー。
最後に助けを求める眼差しで、家族を見るガルシアさん。けれどおばさんは俯いて涙を流し、モニカ教授はニヤニヤ笑って、そしておじさんは一言、無念そうにだけ呟いた。
「終わりだ、ガルシア」
「お、親父……!!」
「自分を見つめ直せ。お前は、間違えたんだ……踏み込まなければならない時に踏み込まず、踏み込んではいけない一線を踏み込んでしまった。その罪は、お前だけが背負わなければならない」
「…………く、ぐっ、ううううっ! ぐっううううううー……っ!!」
獣の呻きにも似た泣き叫び。
僕への憎悪で半ば狂ってしまった彼は、これから長い時間をかけて自分と向き合わなければならないんだねー……
かつては世界最高峰の冒険者パーティーにいたはずの男の人の、あまりにも哀れな末路だよー。
次話から新エピソードですー
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第三章 冒険者"杭打ち"と集う仲間達
新メンバーの加入だよー!
メルルーク一家を巡っての、ぐったりしちゃいそうなトラブルから早一週間が経過した。
この間、何か際立った出来事があるわけでもなく、僕は夏休みを冒険者活動に勤しみながらも時折、仲間達や友人達と一緒に過ごしていた。
「──と、いうわけで今日から冒険者パーティー・新世界旅団の一員としてお世話になるモニカ・メルルークだ。拠点の一つがまさかの第一学園内にあったことに驚きを禁じ得ないがこれはありがたい。なにとぞよろしくお願いするよ」
そして今、文芸部室にて。
僕、セルシスくんケルヴィンくん、シアンさんサクラさんレリエさんと割といつものメンバーで毎度ながらお茶をしている午前中。
メルルーク教授ことモニカ・メルルークさんが自己紹介とともに新世界旅団への参加を表明し、僕達はそれを拍手とともに受け入れていた。
「いらっしゃーいモニカ教授、調査戦隊以来の同パーティーだね、よろしくー」
「世界にその名を轟かす才媛の知識、技術的サポート期待してるでござるよーござござー」
「よろしく頼むソウマくん、サクラさん。Sランク級のお二人をはじめ団員全員をサポートしきれるよう、最善を尽くそう」
僕やサクラさんは大手を振って彼女を迎える。
戦闘職にとっては彼女のようなサポーターの価値は決して低く見積もれない重要な部分だからねー。
まして僕は実体験から知ってるし、サクラさんはワカバ姉から聞いていたようだけれどもモニカ教授の兵器開発力、および技術開発力は調査戦隊時代からすさまじかった。
レジェンダリーセブンでもレイアやリューゼ筆頭に、彼女に武器を拵えてもらった人も結構いるほどだ。そんなプロの技術者が新世界旅団に早期に加入してくれたのはすごくありがたいよー。
シアンさんやレリエさんも、満面の笑みをもって彼女に握手を差し出した。
「改めて、新世界旅団団長のシアン・フォン・エーデルライトです。この度は勧誘に応じてくれて感謝します、モニカ・メルルーク教授」
「団員で古代文明人のレリエよ、よろしくね!」
「よろしくお願いします、団長、レリエさん。私にも他のメンバーのように接してくれて構わないよ……ふふっ」
握手に応えつつ、モニカさんが軽く微笑んだ。特にシアンさんを見て、何やら得心が行ったって感じに僕をチラ見する。
何ー? なんなのかなー? ちょっと気になるよその視線ー。
いかにも意味深で思わせぶりな視線と仕草に僕は首を傾げる。シアンさんも同じように疑問符を浮かべるのを、教授はやはりクスクス笑って説明した。
「いや失敬。なるほどソウマくんが気に入るわけだと思ってね。美貌は元よりそのリーダーシップ、カリスマ……彼女にも通ずるものを感じるよ、団長」
「……レイア・アールバド。大迷宮深層調査戦隊リーダーですね。かの"絆の英雄"と比較されるなど身に余る話です」
「性格や容姿は当然違うし、今のところ実力など比べるべくもないがね。それでも秘めたる可能性、潜在性は中々に面白そうだ」
モニカ教授もシアンさんに、レイアにも似たものを感じ取ったみたいだ。
もちろんシアンさんはシアンさんだしレイアはレイアだ、二人を比べてどっちがどうのと言う気はさらさらないけれど……纏うカリスマ、放つ威圧がどことなく似てるんだよねー。
冒険者になって間もない新人が、あの調査戦隊リーダーにも近しい何かを持っている。人によってはそれだけで彼女を評価することだろうね。
もっとも僕は一味違う。何せシアンさんは冒険者である前に生徒会長であり僕の最初の初恋の人なんだ。カリスマとか威圧とかより先に見た目の美しさと心の清らかさを評価してるよー。
それに加えて冒険者としては、新世界旅団──プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"を提案して実際に取り組んでいる姿勢が僕的にはすごくいいと思う。
それこそレイアの提唱した冒険、すなわち未知なる世界に触れ、世間の冷たい風に晒されながらもなお、己が焔を抱き続ける姿勢だ。そんなのを見せられて滾らないようでは、調査戦隊員とは言えないよねー。
実際今、モニカ教授もとても楽しそうに笑っているし。
「新世界旅団のコンセプトも中々に素晴らしい。迷宮に限らず未知なるものを求め、あらゆる国家や組織から独立して旗を掲げる冒険機構。ふふふ、レイアリーダーがこの場にいたら瞳を煌めかせているかもな」
「それは……なんだか気が合いそうで楽しみです。いずれはお会いしてみたいですね、アールバドさんとは」
「彼女に会いたいのかい? なら心配ない、近いうちに嫌でも会えるだろうさ」
「…………えっ」
「えっ」
和やかな会話の最中、突然すごい話がぶっこまれたよー。
レイアと近いうちに会える? え、何どういうことー?
話してたシアンさんはもちろん僕も、サクラさんも、レリエさんもケルヴィンくんもセルシスくんも目を丸くして驚いている。
その中で一人、モニカ教授だけはふふふと笑って白衣を揺らしていた。
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恨まれてない、らしいよー?
レイアと近いうち、たとえ嫌でも会うことになる──
なんかやけに確信してる感じでそんなことを予言するモニカ教授に、僕はもちろん他の仲間達も目を丸くして彼女を見ている。
かつて僕と教授が所属していたパーティー、大迷宮深層調査戦隊。3年前に解散して以降、元メンバーは世界各地に散り散りとなり、特に中核メンバーだった7人はレジェンダリーセブンとかってダッサい名前で呼ばれたりするほどなんだけれども。
そんな中でもとりわけリーダーを務めていた彼女とは解散以来、ただの一度も会ったことはないし。そもそもこの町というかエウリデに来たって報せも耳にしたことがないから、たぶん寄り付いてすらいないんじゃないかなーって思うんだよね。
そんな彼女が近いうちにこの町にやってくる? なんでまた?
疑問は尽きない。教授が面白がりながらも、首を傾げる僕らに説明した。
「ソウマくんに続いて私まで新世界旅団に入団するのだ、レジェンダリーセブンはみんなして動き出すだろうさ。ただでさえ私宛に、ソウマくんの動向を窺っていた者までいたほどなんだよ?」
「僕? え、誰?」
「他ならぬレイアさん御本人だよ」
レイアが僕の動向を窺っていた。語る教授に、僕はどきりと心臓が跳ねるのを自覚していた。
まさか、という思いとやはり、という思いとが両方ある。僕こそは彼女の調査戦隊を解散に追いやった張本人なんだ。
ガルシアさんにもこないだ、調査戦隊は僕が壊したって言われたけど……そこについては何一つ異論を挟む余地もない。
脅迫されても、それを実際に選んだのは僕だからねー。孤児院を盾にされていた以上、同じ状況に立たされたなら何千何万だろうと同じ選択をするだろうけど、だからこそ僕は、僕の選択が招いた事態を受け止めようとは思っている。
つまり、元メンバーが僕への復讐を考えているかもしれない、ということを受け止めるってことだねー。
さすがに殺されてなんか絶対にやらないけど、殺そうとしに来るのは受けて立とうと思う。せめてそれが、調査戦隊メンバーだった僕にできる最後のことだと思うから。
レイアもたぶん、そのつもりなんだろう。むしろあいつこそが一番、僕を殺したくて殺したくて堪らないってなっててもおかしくはないんだし。
目を閉じて少し、息を吐く。僕は腹を括って、教授に問を投げた。
「……復讐、だね? 他にもたくさんいるだろうけど、一番真っ先にそれを行う権利があるのは、間違いなくレイアだ」
「は? 復讐?」
「えっ?」
ぽかん、とした様子で教授が口を開いた。突拍子もないことを言われて目を丸くしている。えっ?
シアンさん達も半ば、復讐だと思っていたんだろう。険しい顔をして耳を傾けていたのが、いきなり話が食い違っているらしいことに気づいて唖然としているよー。
復讐じゃない? まさか。そんな馬鹿な。
困惑する僕に、教授は呆れた声を投げかけてきた。
「馬鹿なことを……彼女は調査戦隊解散の引金になった君に対して、むしろ罪悪感を抱いているよ」
「…………いや、さすがにそれは嘘だよ。ありえないってー」
「君の立場ならばなるほど、そう考えるか。先日愚兄に言われたことも関係しているのかもしれないな……つくづく罪深い輩だよ、アレは」
たしかにガルシアさんに言われたことも少しは心に残ってるけど、むしろこれは追放を受け入れてからこっち、ずっと覚悟してきたことなんだけど。
僕はかつての仲間達から復讐されるだけのことをしてしまった。それは事実なんだ。恨まれてないと考えるほうがおかしいんだから。
あんなに素晴らしいパーティーが解散に追いやられて、その原因ともなった僕を恨まない? なんの冗談だよ。
慰めにしても下手っぴすぎる、もうちょいリアリティが欲しかったよと思いながらも思うところを述べると、教授は深々とため息を吐いた。
そしてやれやれと肩をすくめ、言い聞かせるように語りかけてくる。
「いいかい、ソウマくん? たしかに君が追放されて以後の調査戦隊の中には、君に対して恨みを抱える者も出てきた。たとえ事情があるにせよ、君は孤児院と調査戦隊を秤にかけて孤児院を選んだのだからね。調査戦隊を選んでほしかった者達の中には、そう考えるものがいてもおかしくはない」
「そうだねー……」
「だがこの天才メルルークが断言しよう。レイアや他の中核メンバー、レジェンダリーセブンと今では呼ばれている者達は君を恨んでなどいない。君が置かれていた状況、それまでの来歴や事情を詳しく知る者は皆、心無い外道極まる選択を強いられた君を助けることができなかったと今でも心から悔やんでいるよ……無論、私もその一人だ」
どこか懺悔するように、遠い空を仰ぎ見るように部屋の天井を見上げて話す。
モニカ教授はそうして、僕が抜けてからの調査戦隊を語り始めた。
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"あの後"の調査戦隊だよー
「君が追放されてすぐ、レイアリーダーはじめ中枢メンバーはエウリデの王城に呼ばれた。私も一緒だった」
語られ始めた過去は、当然ながら僕が知らない"その後"の調査戦隊についてのものだった。
エウリデ連合王国からの命令、あるいは脅迫を受けて誰にも告げずに調査戦隊を抜けた僕自身はその後、孤児院に借金完済分のお金を渡して一ヶ月くらい迷宮内に籠もって暴れてたんだけど……
一方で調査戦隊のほうはそっちはそっちで、解散に至るまでに相当な揉め方をしていたみたいだった。
教授は遠く、過去を見つめるように虚空を見つめて続けて語る。
「それまでの活動の功績に対しての報奨を与えるとともに、ソウマ・グンダリの追放を彼女に知らしめたのさ……長らく調査戦隊に寄生していたスラムの無能を粛清し追放した、などとふざけたことを事後承諾の形で宣告したんだ」
「寄生……何を、なんて馬鹿なことを。それは王が?」
「それと大臣だね。悪意があればまだ良かったと思えるほどに、自分達は正義を成したとでも言いたげな、苛立たしい顔だったよ」
王族、そして貴族のあんまりな言い分とやり口に、シアンさんが不快感も露に問いかける。それに対して教授は、薄ら寒い笑みを浮かべて答えていた。
たぶん、エウリデ連合王国としては善意からのものだったんだろうねー……悪意がゼロとは言わないけど、貴族からしたらスラム民なんて人間じゃないってことでしかないんだろう。
つまりは調査戦隊という大木に寄生した虫けらを、よかれと思って駆除しただけ、と。そういう理屈で僕を追放したんだから、何が悪いのかってな態度だったんだろう。
ただ、それはあくまで王族や貴族の論理であって冒険者の理屈や流儀では絶対にない。
当然ながらレイアは怒ったろうねー。あいつは誰よりも絆を、仲間を同胞を大切にしてきた"絆の英雄"なんだから。
ただし、だからこそどうにもならなくなることもあるみたいだけれどねー。
追放されたのが仲間なら、残ったのも仲間。残った側に、追放をある意味受け入れる者が現れたなら──レイアはその時点で、どちらかを捨てなければならないのだから。
「言われてその場でレイアリーダーは激高した──しようとしてワカバに止められた」
「ワカバ姫が……まあ、彼女なら止めるでござろうな。いかに不服とも、貴族相手にその場で揉めるのは避けるでござろうし」
「ウェルドナー副リーダーも同じ意見のようで、いきり立つメンバーを押し止めつつ冷静に、その場を収めようとしていたよ……国を相手にするのはいかな調査戦隊でもリスクが高すぎる、という理由だ。まあ、合理的ではあるね」
調査戦隊中枢メンバーの中でも、割と政治とか外交関係について明るかったワカバ姉にウェルドナーおじさん。この二人が咄嗟に止めたと言うんなら、さしものレイアも他のメンバーも止まるよねー、それは。
実際、当時の調査戦隊はエウリデ全体を相手にしたって負けることはなかったと断言できるけど、だからってリスクや失うものがないわけじゃなかっただろうし。
当時の僕はまるでその辺について考えることがなかったから今さらの考察になるけど、エウリデ相手に報復を選んでいたらそれはそれで調査戦隊の色合いというか、性質が変わっちゃってたんじゃないかなとは思うよー。
さりとて報復を選ばなかったらそれはそれで今のとおりだ。詰んでたのかも知れないねー……やるせなさを感じつつ、ふと思ったことを教授に尋ねる。
「ウェルドナーおじさんにワカバ姉が止めたら、他のメンバーもとりあえずは止まるよねー……ちなみにミストルティンは?」
「ミストルティンさんはそもそもその場にいなかった……が。君が追放され、その報復をするか否かで揉めた時にキレていの一番に故郷に帰ったよ。レイアリーダーとウェルドナー副リーダーへの怒りをぶちまけてね」
レジェンダリーセブンの一人、"龍炎女王"ミストルティン。
ドラゴンの炎を宿す不可思議な武器を自在に操る炎の女帝は、気高く誇り高い人だったけどその実、仲間というものや絆ってものを誰よりも強く信じ愛していた。
だからこそレイアの人柄や信念に惹かれて調査戦隊入りしたって経緯を持つ、Sランク最強クラスのトップ冒険者のお姉さんだ。
3年前の時点でもすでに僕とレイアに続いて3番目、ガルドサキスと同格かちょい上くらいの位置にいたほどの実力者で、身内には優しい人柄だったから僕もずいぶん可愛がってもらえたよー。
そんな彼女だから、僕が追放された件でどうするか揉めた調査戦隊には怒り心頭だったんだろうねー。彼女が仮に謁見の場にいたら、ワカバ姉やウェルドナーおじさんのストップも効かずにその場で大暴れは確実だったろうし。
当時を思い出して、怖くなったのかモニカ教授が身震いしながらもミストルティンの激高ぶりを教えてくれたよー。
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調査戦隊崩壊、だよー
『話にならぬ! 絆の英雄、当世の神話などと持て囃された末がこれか!! レイア!! ウェルドナー!!』
『無惨に晒された同胞、絆! それらを護ってこその貴様らであろう、我らであろう! 日和りおって愚か者どもが……そんなに王族貴族の持て成しは心地良かったか!?』
『ミストルティンの目が曇っておったわ! 大迷宮深層調査戦隊など、所詮金と栄光に目が眩んだ豚どもの巣窟に過ぎなんだ! ミストルティンは故郷へ帰る! 精々腐れた栄誉に塗れて過ごせ、偽りの英雄ども!』
「────とまあそんな剣幕で」
「あっちゃあ……」
予想以上のキレっぷりに思わず目を手で覆う。
ミストルティン……よっぽど許せなかったんだね、そもそも報復するしないで揉めたことそのものが。
彼女の中では僕が、というか仲間が権力によって追放されたって話があった時点で、エウリデ連合王国への報復を行うことは既定路線だったんだと思う。
それがいざ調査戦隊で集結してみれば、報復することで生じるリスクを懸念するワカバ姉とウェルドナーおじさんを筆頭に報復反対派が結構いたりした、と。
ケルヴィンくんが話を聞き、ミストルティンのあまりのキレ方に顔を引きつらせている。セルシスくんも無関係ながらどこか畏怖に慄き、呟いていた。
「ミストルティンさん……世界最強格の冒険者として名高い方ですが、本当に苛烈な方なんだなあ」
「彼女は辛辣でこそいたけど、誰よりも仲間や絆を重んじていたからね。卑劣に屈して去らざるを得なかったソウマくんを、護るどころか報復するかさえ定かではないという有様に……結局、誰よりも失望してしまったのがミストルティンさんだった」
しかもレイアまでもがそれに押されてひとまず議論の場を設けたから、それもまた逆鱗に触れたんだろうねー。
他のことでは物言いに反して割と寛大なあの人も、仲間を見捨てる行為には恐ろしく嫌悪感と憎悪を抱く。一度リーダーと仰いでついていった人がそんな選択をしたことに、彼女は我慢ならなかったんだろう。
腕組みをして、難しそうに顔をしかめた教授はそして、分水領を超えた調査戦隊の末路を話す。
「それが契機となり、調査戦隊は一気に崩壊していった。元からしてレイアリーダーのカリスマと絆を重んじるスタンス、そしてウェルドナー副リーダーがそれを補佐する形で成り立っていた集団だったのだから、レイアリーダーのカリスマやスタンスが疑問視されれば後はもう、滅びるしかない」
「前提となる条件が崩れてしまったわけなのね……」
「ミストルティンさんの後、リューゼリア嬢、ガルドサキスくん、カインさんが立て続けて調査戦隊を離脱した。この3人は主に、エウリデへの報復を制止している副リーダーとワカバへの反発を理由としている。カインさんに至っては抜けるにあたり、報復派のほとんどを己のカリスマで引き抜いているね」
「カインさん、元メンバーでパーティー作ったんだねー……」
カイン・ロンディ・バルディエート。レジェンダリーセブンの一人で、シアンさんと同じく貴族の身で冒険者になった人だ。
飄々としたユニークな人柄ながら得物の槍の冴えは凄まじく、模擬戦なんかじゃリューゼにも時折勝ってたほどの人だねー。
貴族だけあってカリスマも中々のもので、たしか元々別のパーティーを率いていたのを、レイアに出会って彼女にパーティーメンバーごとついていったって以前に聞いたことがある。
そのカリスマを用いて分解寸前の調査戦隊から、ごそっと人員を引き抜いて再び別のパーティーを組んだってことなんだろう。そういう強かな動きは貴族的な頭の良さを感じるねー。
「……一気に中枢メンバーが半減、人員も大きく損ねた調査戦隊はそのまま空中分解した。私もカインさんが抜けたあたりで脱退したからそれ以降は知らないが、最終的にレイアリーダーとワカバが反目したことが決定打となり、完全解散へと至ったとは聞くよ」
「姫もその辺はちょいと言ってたでござるなあ。組織としての正解を選んだつもりが、最初の一手から間違えてしまっていたとかなんとか。ソウマ殿にも何度頭を下げても下げきれないと悔やんでいたでござる」
「そんな……」
僕に謝るようなこと、何もありはしないのに。ワカバ姉……サクラさんと同郷のヒノモト戦士の姿を思い出す。
きらびやかな花柄のヒノモト服をたくさん着込みながらも、軽やかにカタナを振るい敵を切り刻む美しい蝶のようなお姉さんだったなあ。
彼女は元々、ヒノモトにおけるやんごとない一族のお姫様だったんだとか。ただ幼い頃から武芸に親しみ、やんちゃを続けていった結果なぜか冒険者になり、半ば出奔の形で国の外へと飛び出したんだとか。
それでレイアと出会い意気投合し、調査戦隊入りしたって成り行きらしいんだねー。
僕にとってもいつも優しくて、よく頭を撫でてくれるいい匂いのするお姉さんだった。
そんな彼女が悔やんでるなんて……改めて、調査戦隊解散の爪痕の深さを感じちゃうよー。
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かつての僕らの過ちだよー
モニカ教授視点での"その後"……僕がいなくなってからの調査戦隊。
それぞれの信じるところによって道を違え、そして崩壊したかつての仲間達の物語に僕はしばらく言葉を発せずにいた。
レイア、ウェルドナーおじさん、ミストルティン、リューゼリア、カインさん、ガルドサキス、そしてワカバ姉。
かつては僕も彼ら彼女らと一緒に苦楽をともにした。一緒に過ごし、一緒に戦いそして絆を深めていった。そんな彼らがお互いを罵り合い否定し合った末に喧嘩別れしたって事実を、これまで以上に深く、重く受け止める。
「…………」
「ソウマくん、大丈夫か? お菓子食うか?」
「紅茶もあるぞ、飲むといい。落ち込んだ時は飲み食いするのが一番だと、この無駄肉だらけの腹が教えてくれる」
「ケルヴィンくん……セルシスくん……」
落ち込む僕を見かねて親友二人が気を遣ってくれる。クッキーを差し出してくれるケルヴィンくんと、ジョークを真顔で述べながら自慢のふっくらお腹を叩いてくれるセルシスくんと。
二人とも軽いノリでいてくれるけど、瞳には隠しようもない心配の色が浮かんでいるねー……
なんだか僕一人、ズルい気がしちゃうよー。
僕こそが調査戦隊の仲間を滅茶苦茶にした張本人なのに、それなのにここでこうして素晴らしい友達や仲間に囲まれてぬくぬくしている。幸せなことだけど、幸せすぎて罪悪感をも抱えちゃうところはあるよ。
そんな僕の心中を察してか、教授が座る僕に近づいてきた。優しく頭の上に手を置き、撫でながら慰めるように言ってくる。
「ま、そんな経緯があってねソウマくん。少なくともレジェンダリーセブンの7人については君そのものというより、初めて起きた外部からの干渉による追放措置を巡ってのイザコザで揉めて物別れになったわけだから、別に君のことを嫌いになっているとかではないんだよ」
「…………でも」
「言っちゃうとね、仮に君でなく誰が追放されてもああなっていたのは想像に難くない。結局調査戦隊は初めから、レイアリーダーの掲げる理想に依存しすぎていたんだよ。絆、友情、仲間……青臭い理想。だからこそその輝きに魅せられて集結して、そしてだからこそその理想に罅が入った時、そこが終焉の時だった」
「………………………………」
言いたいことは、否定したいけど否定しきれないものだと今の僕なら分かるよ。調査戦隊は結局、レイア個人のカリスマと思想に寄りかかりすぎていたんだ。
レイアにもレイア個人の考え方や感じ方、思想やスタンスがあって。でも彼女についていった者達は皆、各々の中のレイアを彼女に当て嵌めて慕ってしまっていた。
優しくて強くて、仲間を大切にする"絆の英雄"。でもそれって誰から見た優しさで、何を基準にした強さで、何をもって仲間を大切にしていると捉えるんだろうね?
そんなのは当然、人によって異なるんだ。なのにあらゆる立場からあらゆる人が、レイアに自分の理想を押し付けた……僕も含めて。
だから現実にいるレイアが一つの選択をした時、それが理想のものと違うって怒り出す人だって出てきたんだ。ミストルティンみたいに。
そんなの、うまくいくわけなかったんだ。
教授の言うように、僕らははじめから彼女に依存しすぎてしまっていたんだ。
とはいえ、と彼女が続けて話す。
「強いて言うならウェルドナー副リーダーだけは別か。あの人だけはレイアリーダーと元から親しかった、さながら親代わりのような人だからね」
「そう……だねー。おじさんだけは調査戦隊組織前からレイアに付き従っていたから。彼だけは、レイアに理想を押し付けずに現実を見ていたんじゃないかなー」
大迷宮深層調査戦隊を一から構築した初期メンバーの一人に数えられるウェルドナーおじさんは、元々別パーティーにいた頃からレイアに付き従って行動していた。
なんでも親戚の関係だそうだけど、おじさんはレイアのことを娘同然に可愛がってた節はある。そんなだからある種保護者的視点で、他の人達よりも彼女のリアルな実像を見ることができていたんじゃないかな。
「今でもリーダーに従い、各地を巡っているとは聞くけれど……」
「レイアでなければ彼がたぶん、一番に僕を恨んでるだろうねー」
「間違いない。娘みたいな子が組織し、栄光を体現していた調査戦隊を崩壊に導いた切っ掛けみたいなものなわけだからね。そうでなくとも君に対しては、レイアさん絡みで冷静な判断を欠く傾向があったし。娘に溺愛される君への、父親代わりらしい嫉妬もあったってことさ」
「たしかに。僕とレイアが二人きりでいたらそれとなーく割って入ってきてたもんねー、あのおじさんー」
今でも思い出すよ。僕っていうか男がレイアと二人きりだとすぐに割って入ってくるんだもん、あの人ー。
それでいて別に男を敵視するわけでなく、むしろ男だけでの宴会なんかを率先して開いてたりしたなあ。なんか懐かしいや、いろいろ。
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全部チクられてたよー!?
調査戦隊の顛末をある程度語り終えて、モニカ教授は本題に戻った。
すなわち元調査戦隊のメンバー、とりわけレイアが近いうちに、嫌でも僕らの前に現れるという発言への根拠についてだ。
席に戻り、紅茶を軽く嗜む教授。
喉を潤しクッキーを食べて小腹を満たしてから、彼女はシアンさんに語った。
「調査戦隊の、少なくとも中枢メンバーはソウマくんに対して基本、悪印象など持っていない。むしろ罪悪感を抱いている者さえいるほどだ……という話を踏まえてだね、団長」
「……ソウマくんに会いに、この町に戻ってくる可能性があると? レイア・アールバドはじめレジェンダリーセブンの面々が」
「その通り。いやはや、さすがにああも長々説明すれば嫌でも分かるかな、ははは」
朗らかに笑う彼女とは裏腹に、シアンさんは緊張というか強張った面持ちで周囲を見回す。明らかに見て取れるのは不安だねー。
古巣の仲間が、僕を目当てにやって来る。なーんて今までの僕ならまず、お礼参りを警戒するところだけど。教授の話を聞くにどうやらそういうわけでもなさそうだよー。
実際すでに、リューゼリアなんて斥候まで寄越してきているからねー。僕と同じ孤児院出身のミシェルさんを思い返す。
なんでも新世界旅団を見定めて、お眼鏡に叶わないなら僕を"戦慄の群狼"だかいう冒険者パーティーに迎え入れるって息巻いてるんだとか言ってたね。
まさかとは思うけど彼女以外にもそんなノリでやってくる人、いるのかなー。新世界旅団をテストしてやる! 的なー。
今でも僕を仲間だと思ってくれているのだとすれば、それはとても嬉しいことだけどさすがに大きなお世話だよー。僕は僕の意志でシアンさんのパーティーに入団することを選択したんだから、そこについてはとやかく言わないでもらえるとありがたいねー。
嬉しさと裏腹の煩わしさも抱えてしまう。
そんな僕を尻目に教授は、さらに続けて言ってきた。
「元よりレイアリーダー、ミストルティンさんの2人は折に触れて私と文通を交わしていた。内容は諸々多岐に渡れど、基本的に一点、ソウマくんの現状については必ずやり取りしていたよ」
「追放されたソウマ殿がその後、無事に暮らせているかどうかの確認……で、ござるな?」
「そう。だから私もね、分かる範囲でこの3年、彼の生活ぶりについてを具にあの2人に教えていたよ」
「…………うん?」
なんか、今、すごいこと言わなかったー?
レイアとミストルティンが? モニカ教授から? 僕について? いろいろ教えられていた? この3年間の暮らしぶりを?
えっ…………
一気に血の気が引く感覚。僕この3年間でずいぶんその、アレな方向に行っちゃってる自覚あるんですけどー。
さすがにガルシアさんほど迷惑な方向じゃないとは思ってるけど、それでも調査戦隊在籍当時からすればほぼ別人ってくらい変わってるくらいは認識してるよー。
そんな僕の変遷を、逐一報告してたの? 教授。
盛大にひきつる僕の顔、を見てにんまり笑みを浮かべて彼女は、それはそれは楽しそうに話してくれたよー。
「孤児院が借金地獄から脱出できた後、しばらく抜け殻のようになってただ迷宮に籠もり続けていたこと。そこから何があったか、恋だの青春だのいきなり言い出して、ろくに言葉も発さなかったのが年の割に幼稚なトーンでペラペラ喋り始めたとか」
「あのっ、ちょっ……!?」
「挙げ句、初恋とか青春したいから学校に行きたい、勉強を教えてほしいとこの天才メルルークに頼み込んできたこと。そして実際教えてみたら、最低限の教育しか受けていないにも関わらずやけに呑み込みの早い地頭の良さがあったこと」
「うーわーでござる。筒抜けでござるなー」
あれこれ羅列されていく、追放後の僕のこれまでの軌跡。
借金完済後はいろいろやるせなさで迷宮に籠もってたわけだけど、そのうちにこのまま腐ってても仕方ないかーって思って、新しい何かを目標にしようと思ったんだよね。
それで思い至ったのが、学生になって恋とか青春を楽しんでみたい。特に恋人、彼女、女の子とイチャイチャしたーい! と欲望が爆発したんだよー。
思えばそれまで殻に閉じこもりがちな僕だったけど、そこを境に今みたいな愉快で素敵なダンディソウマくんになったんだと思う。
しみじみ思い返すけどいやいやそれどころでなくて。
あわあわしながら教授を止めようとするけどすでにもう遅い。ここで止めてももうレイアとミストルティンは知ってるんだものなあ、僕の変化を。
諦めと絶望が綯い交ぜになった心地で教授を見る。トドメとばかりに彼女の言葉が続けて響いた。
「念願叶って学園に入学できたはいいものの、入学初日に初恋と失恋を秒で決め込んだこと。そしてそこから、やれ二度目の初恋だ三度目の初恋だと、明らかに初恋の定義を履き違えたわけの分からない戯言とともに女好きの本性を発露し始めたことまで……ぜーんぶ教えちゃってるんだなあ、これが!」
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全員集合の予感だよー
誰が女好きだよーっ! 僕は純粋に愛と恋と青春を求めてるだけのピュアボーイだよーっ!!
……と、言い返すだけの余力さえない。教授がまさか過去3年のあれやこれやをほぼほぼ、レイアとミストルティンにチクっていたなんて想定外にもほどがあるよー!
学校関係においてはほとんど全部、モニカ教授に教えを請うていたのが裏目に出たよ……杭打ちくんのメンテナンスも含めてこの3年、リリーさんと並んで仲が良かったのは間違いなくこの人だもの。そりゃ筒抜けだよねー。
いやそれでもまるごと全部密告してるのはやりすぎだよー。僕はいきり立って彼女に抗議していた。
「な、ななっ、何てことしてるのさ教授ーっ!?」
「ははははっ! レイア元リーダーもミストルティンもドロドロしたものを隠せない返事をしてきていたよ! 特にシアン団長については確実に目をつけられてるね! 何しろほら、3年ぶりにあのソウマくんを獲得したパーティーの団長なわけだから!」
「あっ……そ、それもあってこちらに来るのですか!? その、う、受けて立ちますけどそういうことでしたら!?」
めちゃくちゃ楽しそうに笑うモニカ教授が恨めしい。この人完全に面白いってだけで全部伝えてたんだよ絶対ー!
調査戦隊時代の頃からみんなのご意見番だったこの人は、裏腹に自分の楽しさとか愉快さを優先して動くこともそれなりにあったんだったよそう言えばー。
にしたってまさか、レイアやミストルティンと文通してたなんて思いもしなかったよー。
シアンさんはシアンさんで、なんかよく分かんないけどいきなり対抗心? らしきものをメラメラーって燃やしだしている。
調査戦隊最強格の二人に目をつけられてるとか普通にまずいんだけど、それでも負けん気を張るうちの団長はさすがだよー、素敵ー。
いやでもドロドロしたものってなんだろう、泥? いまいちレイア達の感情が読めないなー。首を傾げていると、教授がさらに言葉を続ける。
「元々ほとぼりが冷めたら、あの二人は少なくとも頭の一つも下げにこの町に来るつもりしていたみたいだからね。できればそこからまた、彼と組みたいって色気も多少はあったろう」
「はっはーん、さては修羅場でござるなー? 虎視眈々と狙っていたのがよそに掻っ攫われて、英雄も龍炎もそりゃ面白くなかろうでござろう。こうなるとワカバ姫も来るやもしれぬでござるなー」
「レジェンダリーセブンはおそらく全員集まると思うよ、ここに。今言った2人はもちろん、ワカバもリューゼリア嬢も新世界旅団についてはすでに知っているだろうしね」
教授の予想に、シアンさんやレリエさん、ケルヴィンくんにセルシスくんがゴクリと息を呑むのが分かった。レジェンダリーセブン全員集合……それが意味するところは絶大だ。
一人二人がたまたまやって来るならともかく、全員ってのは普通に大事件だからねー。大迷宮深層調査戦隊が解散して以来になるだろうし、噂を聞きつけたなら各マスコミなんかも慌ててこの町付近をうろつき出すのかもしれない。
というか、少なくともそのうちの一人については僕も心当たりがあるからねー。
今や冒険者パーティー"戦慄の群狼"を率いる女帝、"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズ。彼女によって放たれた斥候さんとはこの間、まさかの遭遇を果たしたばかりだよー。
「リューゼは来るみたいだねー。ミシェルさんっていう人を先遣として、この町に寄越してきてたしー」
「ワカバ姫も来るでござろうなあ。教授とのやり取りこそなかったようでござるが、それでもソウマ殿とはもう一度会いたい、できればパーティーを組みたいとしきりに呟いていたでござるし」
「ふむ? リューゼ嬢はさもありなんという感じだが、ワカバは……今はヒノモトに戻っているのではないのかね? また出奔などとできるものなのかい? あの地はとかく立場に縛られる場所と聞くが」
もはや完全に独り立ち、どころか一団を率いて気ままに動けるリューゼとは異なりワカバ姉は元が籠の中の乙女、いいとこのお嬢様だもの。
教授の言う通り、一度帰郷した時点で次はないようにいろいろ、妨害とかされちゃうんじゃないかなあ。
ああでも、あの人をそんな簡単に足止めできるようなら調査戦隊は迷宮地下88階まで踏破なんてできてないからねー。
一度カタナを振るえばあらゆる存在を切り刻む剣の鬼、とまで言われた彼女は、少なくともレジェンダリーセブンの一人に挙げられるほどには強いんだ。
いくらヒノモトの戦士の質が平均的に高くても、世界レベルの上澄みには敵わないでしょー。
「あの姫を、そんな立場なんぞで止められるならそもそも調査戦隊入りもしとらんでござるよー」
「まあ、たしかに。彼女に言うことを聞かせるなら、彼女以上の武力をもって従わせるしかないものな。ヒノモトの流儀は荒くたいが、だからこそヒノモトは彼女に何もできないわけだ」
サクラさんも僕と同じ見解を示し、教授もそれに頷く。
調査戦隊にいるヒノモト人で最強だったってことは、つまりヒノモトにおいて最強ってことだもの。
ヒノモト流で従わせるなんて土台、無理な話なんだよー。
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まさかの事態だよー!?
次々明らかになっていく、レジェンダリーセブン各人の解散後とエウリデはこの町へとやってくるかもしれない疑惑。
サクラさんと同じヒノモトの冒険者であるワカバ姉について、お国の関係者が再度の出奔を阻止するのでは? という疑惑もあったものの……誰がどう阻止できるのー? という話だし、まあ来るよねーって流れになっていたよー。
「出奔前の時点ですでにヒノモト屈指の剣豪だったのが、調査戦隊での日々で完全にぶっちぎり最強の剣神になってるでござる。今の姫をどうにかできる者など、拙者含めてヒノモトにはおらぬでござるなあ」
「サクラより強いのね、ワカバ・ヤマトさんって方は。というか同じS級でも、やっぱり実力差ってあるものなのね」
「そりゃーそうでござるよ、レリエ。こないだもソウマ殿一人に拙者と、あと元調査戦隊のシミラ卿が二人がかりで仕掛けてかるーく捻じ伏せられたでござる。3者ともに実力はSランク相当でござろうが、細かく見るとその中でも上下はあるのでござるねー」
からから笑うサクラさんだけど、どこか悔しさは滲み出ているようにも見える。シミラ卿とのタッグで僕相手に競り負けたの、やっぱり思うところあるみたいだね。
言ってもあんなのほんの小手調べ程度のやり取りだったし、マジで殺るところまで想定してやったら、どうなるかは全然、誰にもわからないと思うんだよー。
ま、それはともかくとして彼女の言う通りたしかに、一口にSランクって言ってもピンからキリまで人はいる。
最上級は間違いなくレイアだろうし、そのあたりのレベルまで来るとぶっちゃけサクラさんでもシミラ卿でも敵わないだろうなーってくらいの領域でもおかしくはないかなー。
ただ、例えばSランクになりたての人とかだとAランクと大差がないっていうか、毛が生えた程度って人もいなくはないからねー。
ひどいのになるとこの昨今でありながら、迷宮攻略法もろくに習得していない人だっているらしいよー? どう考えても腐敗政治の匂いがするんだけれど、エウリデ以外でも大変な国は大変そうだよー。
と、しみじみ考えているとモニカ教授がサクラさんの言葉にふと、ああそうだと反応した。
なんでもないことのように、まるで世間話をするようにあっけらかんと話す。
「そのシミラ卿のこともあるんだよ。リューゼ嬢はおそらく最速で来るだろうね……彼女は当時まだまだ未熟だったあのおかたい騎士様を、相当気に入っていたから」
「? え、シミラ卿に何かあるのー?」
「ん? おや、まだ知らないのかい? 冒険者ギルドにはそろそろお触れが出ていると思うのだけど」
きょとんと答える彼女の姿に、なんだか嫌な予感がしてくる。
リューゼリアがそんなに急いでこないといけないことに、今のシミラ卿は陥っちゃってるの? たしかにあの二人はやたら仲良しさんだったけど、そんな一団の長が最速で来る、なんてくらい急ぐ必要もないと思うんだけど……
こないだの一件もあったし、しばらく禁固刑とかにでもされたりするのかなー? もしそうなら明らかに不当な処分だ、さすがに僕も黙ってやしないよー?
緊張の一瞬。エウリデへの疑念が膨らむ中、教授はしかし予想を遥かに超える最悪な返答を返した。
「シミラ卿、国家反逆罪で処刑されるんだってさ」
「…………はあっ!?」
「馬鹿な!?」
「なんでンなことになってるでござる!?」
処刑!? 嘘だそんな、なんでそんなところにまで話が行くの!?
思わず叫ぶ。見ればシアンさんもサクラさんも驚きのあまり立ち上がり、目を見開いて開いた口が塞がらない様子でいる。
話だけは聞いていたレリエさんやケルヴィンくん、セルシスくんも唖然として教授を見ている。
そりゃそうだよ、ありえないよこんなの!
先日のオーランドくんとマーテルさんの一件はそりゃあ失敗、失態と言ってもいいかもだけど、それにしたって罰が重すぎる! ただの任務失敗で、それがどうして処刑になんてところにまで行き着くのさ!?
激高する僕達。それを眺めて一人、冷静に教授は紅茶を口に含む。
ただし、彼女も怒りを覚えてはいるみたいだ……瞳が極限まで冷たい。ガルシアさんに向けていた視線並みに冷え切った目を、窓から外、この町から離れたところにある王都のある方向に向けながらも淡々と話し始めた。
「こないだの、古代文明人マーテル取り逃がしの件だね……あれに加えて冒険者一人に騎士団がおめおめと引き下がったことも責に問われてのこと、だそうだよ」
「そんな……冒険者ギルドとも組んでる以上、彼女だけの責任だなんてできるはずが」
「そう、普通ならできるはずがない。あの一件は騎士団と冒険者ギルドとの連合での失態なのだから、シミラ卿の責任を追及するにしても同程度にはギルド長の責任も追及されなければならない。そもそもこの程度のことで死刑なんてありえないからね、本来なら」
シアンさんの疑問も、教授の見解も逐一ごもっともな話だ。いくらなんでも死刑なんて、たとえシミラ卿一人のみが総ての責任を取らされる羽目になったとしてもあまりに重すぎるよー。
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見せしめ?だよー
思い返せばオーランドくんとマーテルさんの一件において、シミラ卿は微妙に自身が死罪に問われるのを予見していた節はあった。
どこか儚げだったり、死地を見定めようとしていたりね。そこから彼女はすでに、今回のような目に遭わされることをどこか予想していたんだろうねー。
一応、ここまでのことにならないように冒険者ギルドと組んで責任を分散させる形に持っていたと思っていたんだけど、国にとってはそんなのお構いなしってことらしい。
悍ましいほどのシミラ卿への殺意を感じるよー。
「だけど、一体何を根拠に死刑だなんてするのかな……精々任務に失敗した程度なんだし、どんなに重くても騎士団長をクビとかそんな程度だと思ってたんだけど」
「その認識で大体合ってるぞソウマくん。少なくとも死刑なんてそんな簡単に処されるはずがない。貴族の身としても、これは異常に過ぎる」
独り言ちた僕に、貴族であるセルシスくんが答えてくれる。そうだよねー、常識的に考えてそんなことが罷り通っていいはずないんだよ。
任務に失敗しただけで死刑だなんて法律、今も昔も聞いたことないし。だのに今、彼女は処刑されようとしているんだ。
これ、どう考えても異常だよ。
一体何が起きてるんだろう、エウリデの上層部で……何を考えてるんだろう、王にしろ大臣どもにしろ。
貴族として冒険者として、シアンさんが深刻な面持ちで小さく叫んだ。
「……死刑ありきなのですか? 仮にも法治国家たるエウリデ連合王国が、そのような無法を!?」
「法とは常にそれを知り、上手く使いこなせるものの味方であり……何よりそれを作る側次第なのだよ団長。とはいえ今回はさすがに、あまりにも形振り構わなさすぎている。おおよその予想はつくが、にしても恐ろしく雑だと言わざるを得ないね」
独り言に近いそんな叫びを拾い、応える教授。法という秩序の側面、結局作る側が強いって現実を示しつつも、それでも今回のこの強行ぶりには嫌悪感を抱いているみたいだねー。
雑、とバッサリ言ってしまえるくらいには雑だよ。大したことでもないのに無理やり死刑に、しかも相手は騎士団長で貴族の娘でもあるのに。
上層部の乱心を疑っちゃうよねー。元から乱心してたって言われたらまあ、そうかもだけどー。
「推測できる事情としては、こんなところかな? ──ソウマくんの新世界旅団入りが確定して、お偉方は慌てた」
続けてモニカ教授が語る。シミラ卿処刑に至るまでの事情、エウリデ連合王国の王や大臣達が一体、何を考えてこんな凶行に及ぼうとしているのかについてだ。
「かつて自分達が陥れた、世界最強クラスの冒険者がまた新しいパーティーに……それもよりによってポスト調査戦隊の色が濃い新世界旅団に入団した。そこから彼らはおそらく、君が未だ調査戦隊への未練が強く、そして自分達に恨みを抱えているものと判断したんだろうね」
「まあ、未練はそれなりにあるけどー……そんな恨みってほどのものはないんだけどねー」
「向こうからすれば判別のしようがないからね。そこはそう受け止められても仕方がないのさ」
「実際、マーテルを助けるために騎士団相手に牙を剝いてもいるわけでござるしねー」
マーテルさんについては私怨とかでなく、古代文明人だからって無理矢理実験動物にしようとするエウリデのやり口が普通に気に入らなかったから介入しただけなんだけどねー。
まあ向こうから見たら、僕が怨みから嫌がらせに及んだと見ることもできちゃうのか。過去の遺恨ってこういう場面でも影響しちゃうんだね、なんか複雑だよー。
ともかくエウリデから見て、僕という危険因子がまさかのポスト調査戦隊入りを果たした。それに前後して古代文明人を守るために国に楯突いたなんておまけつきでさえある。
となればエウリデのお偉方がさらなる疑心暗鬼に陥るのは、これも仕方のないことなのかもしれなかった。
「次いで彼らが危惧したのは新世界旅団の下に調査戦隊メンバーが集うことだ。エウリデに恭順する形か、最低限協力的な形で再集結するならいざ知らず、団長の下に集うということはどう考えてもそうではない形になるからね」
「エウリデの介入など断じて新世界旅団は認めません。当然ですね」
「だろう? だから、エウリデとしては出る杭……出てくる杭を打ちたかったのさ。杭打ちじゃないけどね、ははっ」
僕が入った新世界旅団は、調査戦隊の影響をモロに受けてガチガチの冒険者気質の集団になることが今からでも予想できる。
となれば話を聞きつけた元調査戦隊メンバーが再び駆けつけて、次々に入団する可能性だってあり得ると考えたんだろうね、国は。実際どうもレジェンダリーセブンは事情はどうあれ、僕を目当てにこの町に戻ってくるみたいだし。
となると今のうちから少しでも新世界旅団を妨害したり、屈服させるために嫌がらせをしようって考えちゃうこともあるわけなんだね。
そもそもシミラ卿も元調査戦隊メンバーなわけなので……言っちゃうとこれは見せしめをも兼ねた処刑って向きもあると言えるのだった。
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内戦一歩手前、かもだよー
「……いずれ集結するかもしれない元メンバーへの見せしめ? まさかシミラ卿を先に始末することで、新世界旅団に与しようとすればこうなるって言いたくて死刑に処すの?」
あまりにも乱雑なシミラ卿処刑の運び。エウリデが何を考えているのかいっそ不思議なくらいだけれど、あるいは途方もなく短絡的に考え、実行に移したのかも知れなかった。
すなわち近々僕の様子を見にやってくるらしいレジェンダリーセブンのメンバーが、何かの間違いにでも僕達新世界旅団に協力しないようにと釘を差すため、見せしめのためにこんな馬鹿げたことをしてるんじゃないかって疑惑だよー。
「そ、それはさすがに短絡的すぎませんか、メルルーク教授」
「いくらなんでもそんな馬鹿な考えが貴族の中から出てきたなんて、同じ貴族として考えたくはないのですが……」
「いやあー事実って常に残念なものなんだよねえ。私もしょうもない兄を抱える身の上だからセルシスくんの心中察してあまりあるが、まあ概ねこんな感じだと思うよ。ははは!」
「えぇ……?」
シアンさんばかりか直接関係がないにしても貴族であるセルシスくんが唖然としつつも反論している。二人とも貴族だけど僕に優しい良い貴族だから、悪くてお馬鹿な貴族が時には底抜けに馬鹿なことをしでかすってのは認めたくないみたいだねー。
そんな二人を軽快に笑い飛ばすモニカ教授も、自分だってアレなことになっちゃったお兄さんがいるものだからどこか同情気味だよ。身内──貴族のほうは範囲が広すぎる気もするけど──に変な人がいると肩身狭いものなんだねー。
「さっきも言ったけどシミラ卿処刑のニュースは今頃、すでに冒険者ギルドには出回りだしている頃合いだろう。彼女は調査戦隊以外の冒険者達とも仲が良かったからね、いきり立った連中がエウリデ滅ぶべしと叫んでいてもおかしくはない」
「ギルド長もこれはブチギレだろうねー。冒険者を完全に無視してこんなこと、なんならあの人が真っ先に王都まで殴り込んでるまでありえるよー」
「だろう? ぶっちゃけもう、冒険者によるエウリデ連合王国上層部への突撃は不可避だと思うよ」
ギルド長をまるで猪か何かみたいに言ってるけど、実際マジであの人こそが一番沸点が低いから仕方ない。
まあ、反権力精神旺盛な冒険者達をまとめるギルドの長だもの。自分だって権力者でもあるだろうに、そのことを棚に上げてあらゆる権威権力に中指を立てて吠えまくるくらいの狂犬じゃないと務まらないってのはあるねー。
ましてやこの町のギルド長ベルアニーさんは紳士ぶった物腰柔らかな態度や言動と裏腹に、内に秘めた反骨心は若い頃から一つの翳りもないと、以前に大御所なご隠居冒険者さんから聞いたことがあるよ。
なんでも昔、貴族を相手に大暴れして国から追放処分を受けた、なんてことをいろんな国でやってきたそうな。迷宮攻略法もなかった時代からだから筋金入りの反骨心だね。
そんなやると決めたらやりたい放題な爺さんからすれば、元調査戦隊メンバーにして冒険者として同じ釜の飯を食った仲間が見せしめなんかのために殺されようとしてる、なんて速攻キレる案件だろう。
間違いなくギルドを挙げて立ち上がるよー。なんならよその町のギルドなんかもキレてるかもだし、いわゆる一斉蜂起みたいなことになっちゃってもおかしくない。
シアンさんが深刻な面持ちで、その可能性を踏まえて尋ねる。
「シミラ卿の処刑への抗議、そして彼女の解放を求めて、ですか」
「王や騎士団の出方によってはそれ以上になるね。全面衝突だってあり得なくもないよ、ここまで血迷ったことをするんなら、もう何があってもおかしくない」
教授が示唆する、最悪と言ってもいいパターン。シミラ卿処刑への抗議に集った冒険者達を、エウリデ連合王国が総力を挙げて迎え撃つ選択を取る場合、それはすなわち連合王国と冒険者との全面戦争になる。
そうなればエウリデ全土が戦火に晒されるだろう。ただでさえ内乱めいた状態に陥るだろう上に、そんな隙を見せたら間違いなく近隣の国だってちょっかいを出してくる。そうなれば収拾がつかないことになるのは目に見えているしね。
そうなると冒険者側だって冒険なんて言ってる場合じゃないから、全力でさっさと攻め切りたいところだろうけど……エウリデ側の戦力は質こそ低いけど量は当然国だから死ぬほど抱えてるからね。
基本的には質で勝る冒険者対、量で勝るエウリデって感じになって泥沼めいていくだろうねー。
「泥沼……最悪でござるな。どっちもどっちでジリ貧のまま、他国の介入やら傭兵と言う名のハイエナどもに国土を貪られて双方弱っていく、実に頭の悪い構図が目に浮かぶでござるよ」
「なんならレジェンダリーセブンまでもがそのタイミングでエウリデに戻ってくることも考えられる。いやーカオスだねえ、はははは!」
「高らかに言うことじゃないと思うわよ……」
レリエさんがドン引きしつつモニカ教授を嗜める。古代文明人のほうが遥かに常識的で、良識的なのってどうかなって思うよ教授。
あとレリエさん最高、素敵!
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イマイチ胡散臭い教授だよー!
示された最悪の展開。冒険者達とエウリデの全面衝突からの不毛な内乱状態への移行を、万が一の最悪のパターンであったとしても示されて室内はまるで寒い冬のように凍てついている。
みんな、どうしたものかと頭を悩ませているようだった……僕もそうだよ。そもそも今僕らにできることってなんだろう? ってところから悩みだしちゃってるよ、僕ー。
ウンウン悩む一同を眺め、モニカ教授は一つ咳払いをした。集められる視線。
最悪を提示したのが彼女なら、それに対する解決策を用意するのも彼女ってことみたいだった。不敵な笑みを浮かべながらも、シアンさんを見据えて話す。
「さて団長、我らが新世界旅団はどうするね? 一応献策させていただくとすれば、ここは我々にとっては千載一遇のチャンスだ」
「千載一遇? それはどういうことでござる?」
「知れたこと。シミラ卿を救い出し、かつその場で旅団の新メンバーとして加入させるのさ。最悪の事態を回避できるし、我々の戦力もアップするし、知名度も大きく上がる。いいことづくの一石三鳥の策だよ」
「な……」
絶句するシアンさん。モニカ教授が不敵に笑うのと対照的に、思いもしなかったって感じで息を呑んでいる。
シミラ卿を救う、ここまでは考えていたことだと思う。だけどそこからさらに、彼女を新世界旅団に引き入れることで僕らの存在、名前を広める機会に仕立てるなんてのは、真っ直ぐな団長には考えつきもしなかったことなのかもしれない。
その点、僕はこの手の提案に特に驚きはない。
昔から教授って、一手でいくつもの成果を挙げるような策を練りがちだからねー。そして一般にそこまでやる? ってなりそうなことだって躊躇なく提案する、型破りな人でもあるからねー。
ドヤ顔さえ浮かべながらも、教授はつらつらとシミラ卿仲間入りのメリットを述べていく。
「いいかい? 目下のところ我々のやるべきことは戦力の増強だ。新世界旅団を調査戦隊同様、いやさそれさえ超える冒険者集団とするためには、今いる我々だけでは実はともかく量が足りない。圧倒的に足りない」
「それはまあ……そもそも正式登録すらしていませんからね、まだ。追加人員の募集は折を見て、ギルド内にて広く呼びかけようとは思っています」
「公的には新世界旅団はまだ発足すらしていないのが現状なんだ。だが、だからといって呑気していていいはずもない。今のうちから有能な人材をどんどんと集めたほうがいいのは言うまでもない話さ。いわゆる初期メンバー集めだね」
新世界旅団は未だ、冒険者ギルドには登録していないパーティーだ。それっていうのも団長のシアンさんの意向で、最低限彼女が学園を卒業してからの登録にしたいからだね。
曰くエーデルライト家は代々、学業優先にしつつ卒業後は冒険者として本格的に活動するとのことだ。
とても貴族の家訓とは思えないんだけど、ともかくそういう理由から公的にはまだ、僕らはただの冒険者あるいは学生関係者の集まりに過ぎないってことだった。
だからこそ、登録するまでの間に少しでも戦力や体制を整えておきたいってのはシアンさんにもサクラさんにももちろん、あったろう。
でもまさかこの状況、窮地に陥っているらしいシミラ卿をターゲットにするのは、さすがにちょっとって思ってるみたいだねー。両人ともにえっ? て顔をしてるよー。
困惑する2人に代わり、教授との付き合い方には慣れてる僕が尋ねた。
「その初期メンバーに、シミラ卿を加えるってこと? たしかに彼女の実力は調査戦隊時代から大幅に伸びて、Sランク相当とも言えるほどだけど」
「私の考えでは本来の流れで言えば、シミラ卿は騎士団長のまま安泰だったはずだから想定外といえば想定外なのだがね。まあどのみちレジェンダリーセブンを取り込むべきと進言するつもりではいたのだから、この際一人二人増えても問題なかろうってことだよ、はははは」
「やけに調査戦隊の過去を語ると思っていたら、そんなこと提案するつもりだったのねモニカ教授……」
「無益な過去話に花を咲かせる趣味はないよ。ソウマくんが変に思い悩んでいるのもあったし、憑き物落としがてら彼らの勧誘を提案しようってね」
ニコニコ笑う教授は美女だけど、どこか詐欺師っぽさが否めない。この人学者してなかったらペテンで食ってたんじゃないかとは、昔からミストルティンやリューゼも言ってたなあ。
さておき、僕の精神的な憑き物を落とすのと同時に調査戦隊の過去を語り、そこからレジェンダリーセブンがやってくることを予言した一連の流れはすべて彼女が団長に献策するための前フリだったわけだ。
すなわち新世界旅団にレジェンダリーセブンを勧誘して取り込み、質、量ともに一気に増大を図るという策のねー。
いかにもモニカ教授らしい提案に、僕はなんだか昔を思い出しちゃうよ。レイアやレジェンダリーセブンのみんなもこんな風に突拍子もない提案を受けていたなあって。
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質疑応答だよー
なんとも大胆かつストレート、そしてうまく決まればこんなに効果の大きい話もなかなかないんだけれど……シアンさんはそれを聞いてどこか、表情を強張らせていた。
それさえ微笑みの中で冷静に見つめながら、モニカ教授が続けて告げる。
「さて、シアン団長。かつて調査戦隊のブレインを務めたこともあるこのモニカ・メルルークからの提言だよ。やがてこの町にソウマくん目当てで来るだろう、レジェンダリーセブン達を新世界旅団へと勧誘するべきだ。そしてその一環としてまずはシミラ卿を救出がてら団員にするのがいい。いかがかな?」
「……大きな懸念が私の中に一つ、あります。答えてもらえますか? いえ、答えなさいモニカ・メルルーク」
「ふふ、もちろん。良いね団長、遠慮がない君はやはり器を感じさせる。未完ゆえに可能性を感じさせるよ、底知れない大器をね」
もはや敵と相対するにも似た警戒心と真剣度で向き合う団長へ、軽く笑いながらも賞賛を口にするモニカ教授。
あるいはバカにしている、嘲笑っているとさえ見れなくもないけど……この人、本気でシアンさんのこと気に入ってるねー。もしかしたら本当にレイア以上の器だって認めてさえいる可能性まであるよー。
昔からそうなんだけど教授は、本気の本音ほど軽く笑って流すように嘯く時があるからね。
かといって真面目ぶって話す時にも割と本音だし、単純な茶化しでせせら笑ってる時もあったりと読みにくい人なんだ。ミストルティン曰くの"捻くれ者"とはまさに的を射た言葉だねー。
とはいえシアンさんにそんなモニカ教授の内心なんて伝わるはずもないし。彼女は当然、教授への疑念というか、懸念を抱いたままだ。
そしてその懸念とは何か。新世界旅団の今後を左右するだろう質問が、団長の口から示された。
「つまるところ……あなたは調査戦隊を復活させたいだけなのでは? レジェンダリーセブンがいて、その他の元調査戦隊メンバーも多いパーティー……名義のみ新世界旅団でしょうが、それはもはや調査戦隊そのものでしょう」
「違うよ。断言するが、調査戦隊など3年前に滅び朽ち果てた遺物だ。今さら復活させたところでなんの値打ちもありはしない、虚無だ」
即答する教授。だけどシアンさんの抱える疑問を知って僕やサクラさんは、一気にその不安を理解し、そして警戒を強めた。
調査戦隊復活……レジェンダリーセブンを集結させてまとめて取り込もうって話なら、当然考えつく懸念だ。仮に取り込めなかったとしても七人が一箇所に集まる、なんていかにも再集結の兆しみたいだしねー。
あのパーティーを再組織するため、新世界旅団をレジェンダリーセブンを呼び寄せる餌にした。なーんていかにも教授っぽい策な気もしなくないって、僕でさえ思っちゃうよー。
──本当にそうだった場合、僕は迷わず教授を殺すし、集まったレジェンダリーセブンには帰れって言うけどね。
新世界旅団を本気の熱意で組織しようとしているシアンさんの想いを踏みにじるなら、誰が相手でも絶対に容赦はしない。
僕はもう、ソロの冒険者でなければ元調査戦隊ってだけの僕でもないんだ。新世界旅団のメンバーにして象徴を任せられている"杭打ち"、ソウマ・グンダリなんだからね。最優先事項はとにかく新世界旅団だし、もっと言えば団長たるシアンさんなんだよ。
そんな僕の思いを知ってか知らずか、今その辺を疑われまくりのモニカ教授は続けて僕らに言葉を重ねる。
これは新世界旅団のための提言であり、調査戦隊、レジェンダリーセブンのためのものではない、ということをつらつらと。
「新世界旅団の中枢メンバーはあくまで団長、副団長、そしてソウマくんだ。レリエも入れていいかもしれない。レジェンダリーセブンや元調査戦隊メンバーなど、所詮戦闘要員程度に数えてしまってもいいくらいだよ」
「えっ、私も中枢!? ていうかあなた自身はどうなのよ」
「私は初期メンバーには数えられても中枢にはなり得ないだろうね。"この人が抜けたらパーティーは成立しなくなってしまう"という要員を中枢メンバーとするのだから、たまたま早期に加入して策を献じているだけの私はその定義には当てはまらない。調査戦隊在籍時も、私は中枢メンバーではなかったからね」
私がいたところで、調査戦隊も新世界旅団も精々が賢しらな手段が多少打てたというだけの違いしかなかったよ──とまで言って肩をすくめる。
態度とは裏腹に、自分の立ち位置や値打ちについては低めに見てるのもこの人らしいところではある。主観的評価で自分を見るから客観的にどう見られているかについては、ちょっと怪しいところがあるんだよー。
でも、中枢メンバーって誰? って話になるとたしかに現状、僕とシアンさんにサクラさん、あと加えても補欠的な感じでレリエさんの4人ってことになるんだろう。
能力や役職に関係なく、旅団のはじまりはこの4人と言えるからねー。
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レジェンダリーセブンを引き込みたいよー
新世界旅団の中枢メンバー。それはすなわちいまここにいるケルヴィンくんとセルシスくんを除いた面々のうち、さらに自身を差し引いた4人であるとモニカ教授は言う。
爽やかで美しいんだけど、どこか胡散臭い感じもする微笑みを見せつつ僕らを手で指し示していく。
「プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"発起人にして主催者たるシアン団長。そして真っ先にその計画に乗ったナンバー2、サクラ副団長。加えて新世界旅団の、あらゆる組織からの干渉を受けない、自由という信念を象徴するソウマくんとレリエ」
「いつの間にやらレリエさんも象徴だって。お揃いー」
「どうしてそんなことに……えぇ……?」
「まあ、あれこれちょっかい出されそうな二人ではござるからなあ」
知らない間にレリエさんも僕同様、新世界旅団の掲げる"あらゆる国家、組織から独立している冒険者パーティー"という信念の象徴みたいな扱いになってたよー。
しがらみを忌み嫌い自由でいたい、そんな信念を体現してるんだってさ僕ら二人が。前から一応聞かされてたしそのくらいは担がれてあげようと思ってた僕だけど、レリエさんについては初耳だ、スゴいねー。
もっとも当の彼女は思い切り手を両手に振って、イヤイヤないないって否定してるよー。
元々一般団員のつもりだったみたいだしねー。実際、僕が案内したから入団したってだけの人ではあるし。それがたまたま古代文明人だっただけな話で。
そんなつもりでいた彼女も、振って湧いた話に慌てふためき困惑していた。そりゃそうだいきなりパーティーの象徴パート2だって指名されてるんだから、なんのつもりなんだか分からなくてビックリするよね。
そんな視線をも受け止めつつ、教授は彼女に答えて言った。
「スラム民と古代文明人だからね、政治的かつ社会的なメッセージも込めての立場とご理解いただきたい。さて、新世界旅団とは畢竟、この4人こそがオリジンなんだ。私も入団した以上、そこを履き違えるつもりは絶対にないよ」
「つまり、教授殿の提案はあくまで新世界旅団のためだけのものってことでござるか。調査戦隊復活など目論んでいない、と」
「そういうこと! 案ずるのは分かるけど、私だって3年も前に終わりを迎えた連中をいつまでも引きずってなんていないよ」
そう言って紅茶を飲み干す。喉を潤しながら宣言したのは、教授が今や調査戦隊メンバーである以前に一人の人間、そして新世界旅団のメンバーであるということだ。
この3年、杭打ちくんのメンテってことで教授とは定期的に会ってたけど、調査戦隊に対しての気持ちの切り替えはたしかにできていたように思うよー。
レジェンダリーセブン全員勧誘する! なんて乗っ取り目指してるのー? って言われても仕方ないけど、そういうつもりがないらしいのはいい加減伝わってくるところではあるねー。
僕が頷くと、シアンさんはそれを見てどこかホッとしたように、肩の力を抜いて話す。
「……まあ、そもそも勧誘に応じない人のほうが多いでしょうね。レジェンダリーセブンがわざわざ、新人冒険者のパーティーに入る理由もない」
「そこはそうだね。私だってレジェンダリーセブン全員が全員、新世界旅団に加入してくれるとはさすがに考えていないよ。いいとこ一人二人引っかかれば御の字ってとこかな? 現実的に言うとさ」
「すでにパーティーを組んでる者達も多いでござろうしなあ」
レジェンダリーセブンをそもそも全員、仲間に引き入れられる保証だってどこにもないんだよね。
すでに自分の道を見つけて歩んでるんだろうし、中にはパーティーを組み、率いている者だっているし。
そんな彼らが揃ってうちのパーティーに! なんてのは実のところ、可能性は低いと思うよ。
だからといって最悪を想定しない理由はどこにもないけれど、そればかりを前提にすべきでもないよねー。
教授もその辺には理解を示しつつ、けれどと言った。
勧誘が失敗したとしても、それはそれでそれなら次善の策に移ればいいってね。
「とはいえ、すでに別の所属先があるという場合でもソウマくんとは再度友誼を結ぶだろうから、それはそれで人脈構築に大きなプラスになるよ」
「ふむ……たとえばやはり、レイア・アールバド。ウェルドナー・クラウン・バーゼンハイム。ああ、"戦慄の群狼"なんてパーティーを自前で率いているリューゼリア・ラウドプラウズもありえますか」
「協力関係の構築、かあ。向こうがソウマくん目当てにわざわざこの町までやってくるって言うなら、団員に引き込めなくてもその辺の人間関係は手に入るかもってわけね……」
極論、このリューゼともしも縁を結び直せた場合、彼女らのカリスマ、彼女らの戦力にも縁ができるしね。
最低限、どう転んでも得るものがあるように──なんて。いかにも教授らしい、一石で、二鳥にもなり得る策だよー。
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ギルド長と交渉に行くよー
「シアン団長、いかがかな私からの提案は? それなりにメリットのある話だったとは思うが」
「…………」
「新世界旅団を世界最高のパーティーとして、未知なる世界を冒険する集団にするために。わざわざ向こうからやってきてくれるチャンスを逃す手はないと私は思うね」
モニカ教授の、どこかからかうような声色がシアン団長を試す。シミラ卿はおろかレジェンダリーセブンさえも勧誘して入団させようという思惑に、我らがシアンさんは果たしてどこまで乗るのか。
それは僕だけでなく新世界旅団メンバー、どころかケルヴィンくんやセルシスくんにとっても気になるところみたいだよー。固唾を呑んで見守る僕らだ。
事態が事態ゆえ、シミラ卿については教授にとってもイレギュラーみたいだけれど、そうでなくとも元々からレジェンダリーセブンは誘うつもり満々だったみたいだ。
さりとて調査戦隊はきっちり思い出として、今は新世界旅団に利するための方策を練っているってのも本当みたいだ。
自分で言うのは悲しいけど僕じゃ頭の出来が違うから判断がつかない。シアンさんもどう反応したらいいのか考えあぐねていたみたいで、しばらくうつむいていたけれど……
やがては顔を上げ、威厳を宿した強い瞳で教授を見つめ直してくれたよー。
「……人員確保とそれに伴うパーティーそのものの強化はたしかに必要ね。その提案、受ける価値はあるものと判断するわ。レジェンダリーセブンの方々とお会いする機会があれば、勧誘しますし、ワルンフォルース卿はじめ他の調査戦隊メンバーについても同様にしましょう」
教授の案を事実上、ほぼ完全に呑んだ形での宣言だ。それは同時に新世界旅団のシアン団長が、かつての調査戦隊メンバーを自陣営に取り込む方針を示したことをも意味するねー。
これがパーティー結成後、ある程度メンバーが増えていろいろ整ってからのものだったなら一波乱だったろうけど、今はまだまだ黎明期、メンバーの固定化どころかそもそもメンバーの数もろくにいない有様だ。
これはこれで、タイミングとしては逆に良かったのかもしれない。黎明期での揉め事と大規模になってからのそれとでは、発端も原因も対策も大きく変わっていたろうからねー。
最悪のことを考えると今、このタイミングで提案で良かった。団長もそう思ったんだろう、寛容に鷹揚に頷く。上に立つ者としての所作、貴族らしい威厳を放つ姿だ。
それに笑顔で応え、モニカ教授は言った。
「お役に立てそうで良かった。愚兄が迷惑をかけた件もあるからね、こちらも早々に貢献して罪償いをしたいという思いもあったのだよ、はははは」
「兄の罪は兄のものであってあなたのものではないでしょうが……たしかに貢献してくれましたね。ありがとう、モニカ教授」
「いえいえ、とんでもない。さて、そうなると近々にでも冒険者ギルドに行く必要が出てきたわけだけど」
ガルシアさん絡みでのアレコレについての、罪滅ぼしって意味合いもあるみたいだ。モニカ教授がどことなく空元気な感じで笑うのを、僕はなんだか複雑な思いで見ていた。
彼のやらかしたことは大体彼の自業自得だけれど、発端となったのは紛れもなく僕なんだ。そしてその結果、モニカ教授が気まずい思いをしながら関係各所に謝罪を行っている。
ちょっと気まずいねー……表に出すとなおのこと気まずい目に遭うことになりそうだし、なるべく表情にも出さないけれど。
それでも思わず頭を掻いてると、サクラさんが今後の予定について話し始めた。
「ギルド長にもシミラ卿奪還と勧誘についてのプランを説明するんでござるな? 話が行き違うと我々、下手したら双方から責め立てられる立場でござるからね」
「そうだねー……それにギルドがどこまで情報を掴んでいるのか、そしてどう動くのかも含めて話をつけなきゃいけないだろうしー」
「ギルド長ベルアニー氏。私にとっては未だ雲上の人でありますが……新世界旅団団長として、私が話をつけましょう」
何はともあれしばらくはギルドと足並みを揃える必要があるからねー。そこはキッチリ、事前に話し合いをしておかなきゃいけないよー。
シアンさんが団長として、ギルド長と真っ向から交渉するつもりみたいだ。新米冒険者の彼女にはちょっと荷が重いかもだけど、新世界旅団の代表としてここは矢面に立ってもらうべきではあるんだろうねー。
「頑張って、シアン!」
「僕とサクラさん、モニカ教授を囲う団長だし、向こうも無碍にはしないはずだよー。安心して、団長ー」
レリエさんと僕、二人でエールを送る。一応ギルド長だって新世界旅団のことはマークしてるだろうし、ましてその団長であるシアンさんについてはそれなりに重要視してると思うからそこまで無碍にされることはないと思うよー。
まあ、うちの団長を蔑ろにするようなら団員みんなで圧くらいはかけるかもだけどねー。
サクラさんもモニカ教授も不敵に笑っている。ギルド長の出方次第では黙ってないぞーって、感じの顔だねこれはー。
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冒険者達もカンカンだよー
今後の方針は大まかながら決まった。さしあたってはギルド長に面会して、シミラ卿処刑についてどこまで情報を掴んでいるのかの確認、そしてギルドはどう動くのかの思惑まで含めて共有し交渉する必要があるねー。
そんなわけでさっそく次の日の朝、僕ら新世界旅団メンバーはギルドを訪れていた。施設に入るや否や、酒場で呑んでいる冒険者連中が僕を見て叫ぶ。
「おい、杭打ち! 聞いたかやべーぞ、お嬢が消される!!」
「エウリデのやつら、ついにトチ狂っちまいやがった!!」
主に昔からの冒険者で、調査戦隊主催の宴会に参加したりもしていた人達だ。レイアは当時、ギルド施設内で所属関係なしによく酒宴を開いていたからねー。
シミラ卿もそういうのによく参加して、メンバー以外の人とも交流してたから……だからこうしてお嬢なんて呼ばれて、親しみを獲得していたんだよー。
彼らにとっても馴染み深いお嬢が、国の無茶苦茶なやり口で処刑されようとしている。どこからどう考えてもアウトだね、エウリデ。
他の冒険者達もすっかり殺気立って、シミラ卿を助けよう、エウリデ王族貴族を潰そうって声が高らかにあげられていく。
モニカ教授の睨んだ通り、冒険者達は蜂起するかもだよー。施設内を歩く傍ら、そんな確信を抱く。
「エウリデのやつら、もう我慢できねえ! お嬢みたいないい子を追い詰めて、苦しめて、そして最後には用済みだから消すなんざ認められるかってんだ!!」
「ふざけやがって王族貴族のボンボン共が、下手に出てたら図に乗りやがって!!」
「調査戦隊解散のツケを支払わせてやる!!」
ずいぶんヒートアップしてるのも見受けられるよー。調査戦隊解散の件まで含めて、まとめてエウリデへの鬱憤を晴らすつもりの人さえいるねー。
溜まりに溜まった憤りをこの際、上乗せしてキレているような人達も尻目に僕らは、ギルド施設のカウンターにまでやってきた。すぐさまギルド受付嬢のリリーさんが、僕相手ということで対応しにやってきてくれる。
「来てくれたのね、ありがとう……ええと皆様、事情はお分かりで?」
「シミラ卿が半月後、処刑されようとしているってところまでは。それ以外の細かいところを今日、ベルアニーさんと話しさせてもらいに来たんだよー」
「調査戦隊メンバーを複数人抱える新世界旅団として、ギルド長と交渉せねばならないこともまた、ありますので」
シアンさんと並んでリリーさんに向き直り、今日ここに来た理由をざっくりながら伝える。シミラ卿が処刑されるらしいってところ以外、ほぼほぼ情報がないからね、僕達はー。
ギルドの動きとかも教授の推測を聞くばかりで、実際のところが分からなかったし。そうなると今回どう動くのも読みづらいわけなので、その辺の打ち合わせやすり合わせも今回、したかったってのも本音ではあるよー。
リリーさんは僕らの言葉に頷き、すぐに手続きをしますと言って速やかに上階へと向かっていく。
ことがことだけにいつにも増して早いねー。あるいはギルド長、こうなることを予期していたかな? 元が歴戦の古強者な人だから、長年の経験から僕らがやろうとしてることだって見抜いていてもおかしくはないのかもー。
今さらちょっと緊張してきたのか、シアンさんが美しいお顔を憂いと不安に曇らせてきた。
ギルド職員の帰還を待つまでの僅かな時間だけど、彼女はぽつり、小声で内心を吐露した。
「……少し緊張してきました。ギルド長との交渉に臨むなど、普通のパーティーの普通の冒険者であればなかなかする機会のないことですから」
「それは……そう、だねー。あの人、実績があるか可能性に溢れた冒険者とは積極的に絡んでいくんだけどねー」
「ま、よほど大物なパーティーくらいのものだろうね本来は。つまりはソウマくんやサクラ、私を抱え込む程の新世界旅団とあなたは、今でなくともゆくゆくは大物として成長するのだと見込まれていると言えるが」
泣く子も黙るギルド長ベルアニーさんとの交渉が、まだまだ新人なシアンさんには不安なものなんだねー。気持ちは分かるよー。
そもそも普通の冒険者には滅多なことで関わることのない人だ。何しろ実績がある人か今後に期待できる人ばかりを優遇する、これはこれでクセの強い人だからね。
普通の括りに入ってる人には見向きもしない、なんて悪癖があるんだよー。
つまりは今から行う彼との交渉は、新世界旅団というパーティーとその団長、シアン・フォン・エーデルライトの品定めの色合いも含まれているね。
ここで彼に対して自分達の価値を示せないようでは先が思いやられると、そういう話し合いの場でもあるわけだった。
「ギルド長にまで登りつめた傑物の、眼力は本物でござろうなあ。あーあとシアン、おそらく交渉中、お主も何度かは試されるでござろうから気を抜いてはいかんでござるよ?」
「もちろんです。新人でも、いえ新人だからこそ舐められるわけにはいきません……!」
サクラさんの忠告を受けてシアンさんが気合を迸らせる。放つカリスマの強さに、これなら大丈夫だと確信できるよ。
やがてリリーさんが戻ってきて、ギルド長室へと案内しますと告げてきて。僕らはそれに従い、2階へと上がっていった。
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ギルド長との話し合いだよー
大体半月ぶりくらいに入るギルド長室は、当たり前だけど特に代わり映えのない光景だ。
デスクにソファ、テーブル。棚がいくつかと、あと観葉植物の植木鉢が少し。それだけだね。
ただ、一見質素に見えるけどいずれの家具や植物も実は相当なお値打ちものらしいとは以前、リリーさんから聞かされている。
たとえば今、僕ら新世界旅団メンバーとリリーさんが座っているソファなんか、このギルド施設を建てるのよりもお金をかけてるらしいんだから驚きだよー。
現在のギルド長であるベルアニーさんの趣味というか性格に合わせた、シンプルな贅沢ってことなんだろうねー。
彼自身、パッと見普通の老人だけど実はまだまだ現役顔負けの動きができるということを考えると、この部屋こそがギルド長の本質を端的に示していると言えるのかもしれなかった。
「シミラ卿の件についてはこちらでも把握している。まったくエウリデめ、焦りすぎて最悪の一手を打ちおったよ」
そんなギルド長はデスクに座り、ため息混じりに机を指で突いていた。長い白髪をオールバックに流したダンディーな爺様だ。たしか今年で69歳とか言ってたかな。長生きー。
普段はまあまあ好々爺らしく笑みを浮かべている人だけど、今回ばかりは笑顔のかけらもありゃしない。難しげに顔をしかめて、シミラ卿の処刑についてギルドの掴んでいるところを教えてくれたよー。
「日取りは半月後、王都近郊の処刑場にて行われる。こちらもかなりのスピード裁決だな、よほどさっさとシミラ卿を殺したいと見える」
「それなら処刑なんて形式にせず暗殺とかでいいんじゃないのー? いや、時間をかけてもらうほうが僕らとしちゃありがたいけどー」
「単純に見せしめにしたいというのと、そこまでするとそれはそれで、諸外国やレジェンダリーセブンがつけ入る隙になるからだろう。罪無き元調査戦隊メンバーの騎士団長が暗殺されるなど、それこそ第三者からの干渉に対して大義名分を与えてしまうようなものだからな」
僕ら的には準備がはかどるわけなので、処刑なんてものはいくらでも遅らせてもらっても構わないのだけれど……エウリデ側も急いでいるはずなのに、即時即断で処刑に至らないのもなんだか不自然だ。
そう思って尋ねると、思っていたよりは難しい話が出てきたよー。
諸外国やレジェンダリーセブンによる介入を恐れて、無理筋な暗殺には移れなかった可能性がある。なーんて滅茶苦茶な話だよ。
藪をつついて蛇を出したら、それにつられて鬼までやってくるかもーみたいな。何も考えずに出る杭を叩けば良いとか思ってたのかなエウリデは。考えてたんだろうね、エウリデは。
少しの沈黙が流れた。迂闊極まるエウリデの上層部に対して、ギルド長も新世界旅団メンバーの面々も呆れた風に吐息を出していく。
そんな中、意を決したように強張った顔で、シアンさんが挙手してベルアニーさんへと告げた。
「すみませんが、我々新世界旅団はこうしたエウリデの動きに対し、ギルドと連携を取りつつ独自の行動を取りたく思います」
「先程、そちらのリリーくんから話のさわりは伺った。シミラ卿を奪還、解放した上でそちらのパーティーに属させる、か……元よりソウマの時点で特大の厄介であるものを、さらなる火種を抱え込むのかね」
「火種。まあ、火種と言えましょうか。今後レジェンダリーセブンという巨大な英傑達を誘い込むための、灯火になってもらいたいとは思っていますから」
しれっと厄介物扱いされちゃった。まあそうなるよねー。
僕が、冒険者"杭打ち"が所属しているって時点で新世界旅団はとんでもないトラブルの種なんだ。少なくともエウリデにおいては。
それを理解していてもなお受け入れてくれたシアンさんは、利害の一致とか過去の恩とかを抜きにしても相当な器になる可能性を秘めていると思うよー。
僕を利用してレジェンダリーセブンを集結させ、パーティーに勧誘しようって案を示した時にはリリーさんがそれに慌てて声を上げた。
「レジェンダリーセブンをも誘うつもり!? ソウマくんがいるなら乗らなくもないだろうけど、シアンさんあなた、まさか調査戦隊を復活させるつもりなの!?」
「まさか! 我々は新世界旅団、調査戦隊などではありません。我が団のメンバーたるソウマくんを訪ねてやってくる冒険者達を、その機会に勧誘するというだけの話です。そもそも私達の目的は迷宮のみならず、この世に遍くすべての未知を踏破することなのですから」
僕らがモニカ教授に向けたのとまったく同じ疑念、懸念。
やっぱりレジェンダリーセブンはじめ元調査戦隊メンバーを囲うってなったらまず、事実上の調査戦隊復活を想起しちゃうんだろうねー。
でもシアンさんは毅然として答えた。そもそも調査戦隊はこの辺の迷宮を攻略するためだけのもの。迷宮に限らないありとあらゆる未知をターゲットにしている新世界旅団は、スケールが違うんだってね。
うちの団長の考えたプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"はすごいんだ! と、僕は彼女の隣でちょっぴりドヤ顔なんか浮かべちゃったりしていた。
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新世界旅団という希望、だよ
緊張に強張りながらも、それでもギルド長ベルアニーさんに毅然と向き合う我らが新世界旅団団長、シアンさん。
カリスマを放ちながらの宣言は歴戦の、そして老獪なるギルド長をして感嘆させるもののようだった。軽く吐息を一つして、それからジロリとパーティーの面々を一瞥してつぶやく。
「未だ登録もしていないパーティーでよくまあ吠えるものだ……ソウマ、それにサクラ殿にモニカ教授も、この新米冒険者には大言壮語を実現するだけの器があると?」
「あるよ」
「ないわけねーでござろ」
「あるんですよねえ、これが」
Sランク冒険者一人と天才教授、あとついでに僕が3人揃ってシアンさんを肯定する。紛れもなくうちの団長は大器だよー、少なくとも大器になり得る可能性にあふれている。
放つカリスマもそうだけど、何より自身の野望、野心に対してストレートに挑む姿勢が素晴らしい。貴族であること、冒険者であること……僕にかつて助けられたことまで含めてすべて活かして前に進もうとしている。
それは間違いなく素敵なことだ。少なくとも冒険者界隈においては、それもまた一つの冒険として見ることができるだろうねー。
新米で、未熟で、まだまだ課題の多い人だけど。カリスマも威厳もあり、何より未知へ向かおうとする情熱が、ロマンを求める心が誰よりも強い。
僕にせよサクラさんにせよモニカ教授にせよ、そこをまず一番に評価しているわけだよー。
「シアン・フォン・エーデルライトはまさしく英傑の素質を持っていますよベルアニーさん。強さと野心は言わずもがな、宿す力、カリスマは未だ萌芽でしかないものの、すでに私達との縁を手繰り寄せて掴み取るに至っている」
「切った張っただけが強さではござらん。人を動かし、ともに行こうとする力もまた強さでござろう? その点で言えば団長は底知れぬでござるよ。いつか本当に、誰をも連れてどこへも行ける大人物になるのでござろうなあ」
「モニカ……サクラ」
新世界旅団の副団長とブレーンによる賞賛。特に師とも言えるサクラさんに大きな期待を寄せられていることについて、シアンさんが感動の面持ちを見せる。
そうだ。シアンさんにはあるんだよ、そういう空気が。いつかやってくれるんじゃないか、僕らを引き連れて、世界のどこにだって行ってくれるんじゃないかって雰囲気が。
未知なるものへの探究心の強さがそんな空気を醸しているのかもしれない。あるいは名だたる冒険者を輩出してきたエーデルライト家の、教育の賜物なのかもしれない。
どちらにせよ"彼女となら、どこまでも未知を求めて進んでいける"なんて気持ちになれるんだ。レイアにも感じることのなかったものだよ、これは。
僕からもベルアニーさんに話す。
「何よりね。僕はシアンさんに、冒険者の真髄を見たよ」
「ほう? 真髄だと」
「うん。未知を求め、道なき道を行く。冷たい風に晒されても、心に宿した炎は絶えることはない。僕がレイアに、調査戦隊に教わった冒険者の姿そのものなんだよ、うちの団長は」
「ソウマくん……!」
新人ゆえの無知とか、世間知らずゆえの浅はかさだけじゃない。たしかに未知を求めて生きていく覚悟を秘めた情熱を、シアンさんは胸に強く抱いている。
そうでもなきゃ新世界旅団なんて、プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"なんて構想しないからね。
かの計画こそは富より名声より栄誉より何よりも、未知を求めて止まないシアンさんの理想そのもの。
今はまだまだ雛形どころか設計図段階だけれど、完成した暁には果てない夢を載せてどこまでも進んでくれるだろう希望の帆船。
それを数多の縁を用いて実現させようと奮闘するシアン団長は、きっと冒険者としてはレイアとは似ても似つかないんだろう。
でも僕は、そこにたしかにレイアと同じ、いやそれ以上のものを見たんだ。
「"絆の英雄"とは違う。どこまでも仲間を、絆を最優先にしていた彼女と異なり団長はどこまでも未知を、冒険を求めている。その姿勢こそが調査戦隊に足りなかったもの。レイアが失敗した理由でもあるんだろうって思う」
「……なるほど」
「調査戦隊を乗り越えて冒険者達が次に進むためには、新世界旅団が必要なんだ。いつか必ず、"灯火の英雄"となるだろうシアンさんがね。だから僕は彼女の力になる。今回は他の誰でもない、僕だけの選択だよ」
レイアを。絆を大切にしようとしてどうにもならなくなった彼女を──そういう風に僕が追い詰めてしまったところも少なからずある──さえ超えて、シアンさんはそこに辿り着くと確信している。
絆をつなげるだけでなく、繋げた絆を未来へと続けていくための灯火。
大迷宮深層調査戦隊が示したものをさらに先へと進める偉業とは、新世界旅団こそが成し遂げられる。冒険者達を行く先を照らす、篝火になれるはずだ。
他の誰でもなく僕自身がそう信じているんだ。3年前とは違い完全に僕自身の意志で。シアンさんとサクラさん、そしてそこに集う仲間達ならきっと未知なる新世界へ行けるって。
だから僕も、新世界旅団で頑張るんだよ。
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すでに彼女は動いていたよー!
僕の、僕なりの新世界旅団への想い、シアンさんへの期待。
もちろん過度に押し付けるようなことはしたくないしするつもりもないけれど、できるならば……と、抱いている本音の思いはこんなところだねー。
シアンさんも真摯な顔で、僕の言葉に耳を傾けて頷いてくれる。努めて誠実たらんとして、ソファに座りながらも深く頭を下げて応えてくれたのだ。
「ソウマくん……ありがとうございます。あなたがそこまで期待してくれていること、一人の人間として真摯に受け止めます」
「"灯火の英雄"とはこれまたハードル爆上がりでござるなー。そんじょそこらのSランクでも難しい領域でござるよ、シアン」
「そうね、でも……血が滾るものを今、感じています。偉大なる先人の功績を、私なら、私達ならさらなる未来へ繋げていけると他ならぬ先人だった彼が期待してくれている。冒険者として、これに応えない手はないでしょう!」
サクラさんのからかいめいた言葉にも、熱意を燃やして熱く語る。シアン団長、僕の言葉でさらに奮起してくれてるみたいだよー。
でも無理はしないでほしいよね、マイペースマイペース。まあ、彼女が無理をしそうならそれを支えて助けるのが新世界旅団メンバーである僕らの役割だ。
ギルド長ベルアニーさんがくつくつと喉を鳴らして笑った。面白がりつつもどこか、眩しそうに目を細めてシアンさんを見ている。
かつてはレイアにも向けていた目だ。加えて優しい微笑みとともに言ってくる。
「シアン・フォン・エーデルライト。君も大変だな? 癖しかない連中が今後、君の周りをうろついて離れなくなる」
「上等です。私が求める未知に相応しい、素敵な仲間たちでしょう? これが新世界旅団……私の最高の仲間達です!」
「ふっ……ふふ、ふふふふ! エーデルライトは代々腕利きを輩出してきたが今回は別格だ! まさか神話をも超える冒険譚を担う者とはな!!」
力強く仲間を誇る団長に、いよいよ堪えきれぬとベルアニーさんが笑った。ひどく楽しげな、嬉しそうな声。
長いこと生きて長いこと冒険者やってる彼は、シアンさん以前のエーデルライト家の冒険者だって当然知ってるんだろう。歴代の者達と比べて、それでもなおシアンさんの特異性を認めていた。
目尻に涙さえ浮かべながらも彼は笑う。
そしてしばらくしてから、ギルド長として僕ら新世界旅団の面々へと、高らかに告げるのだった。
「良いだろう、君らは君らで好きにやりたまえ! 冒険者ギルドはそちらの都合に合わせて動こうではないか。まあ、こちらも正直な話、連中との正面衝突など損しかないからどうしたものかと考えあぐねていたところなのだ。渡りに船だな、これは」
「あれ? ベルアニーさんあんまり乗り気じゃないんだ? こういう騒ぎになると誰より気が短い人だと思ってたけどー」
「人を見境なくキレる老人みたいに言ってくれるな、小僧……」
なんか意外だ、なんなら率先して武器を持って殴り込みに行きそうくらいまで思ってたんだけどー。
というかいつものベルアニーさんなら確実にそうしてるのに、どうしたんだろ? 高齢からいよいよ身体の調子でも崩したかな。無理のきく歳でもないからねー。
若干心配気味に見ていると、彼は露骨に機嫌を悪くしてふん、と鼻を鳴らした。
年寄り扱いするなとつぶやいて、ひどくつまらなさそうに語る。
「私とて憤っていないわけでもないがな。エウリデは勝手に虎の尾を踏んだのだから、どちらかと言えば殴りに行きたいが巻き添えを食うのが怖い、という思いのほうが強い」
「虎の尾? え、誰かなんかしようとしてるー?」
「ああ。リューゼリア・ラウドプラウズ──そして彼女の率いるパーティー、"戦慄の群狼"がな」
憂鬱そうに告げられたその名前に、なるほどさしものギルド長でも関わり合いになるのを躊躇するよねって僕は瞬間的に思った。
たぶんサクラさんにモニカ教授も同じ思いだろう。ああ……みたいな顔をして、ちょっと面倒そうに顔をしかめていた。
"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア。元調査戦隊メンバーであり、レジェンダリーセブンの一員として今もガッツリ活躍中のSランク冒険者だ。
僕の新世界旅団入りを聞いて何やら動き出したってのは聞いていたけど、シミラ卿とも仲が良かった彼女だからこの件にも関わろうとするよね、そりゃあ。
ベルアニーさんが机の引き出しから一枚、手紙を取り出した。
リューゼリア直筆のサインが記されている。嘆息とともにそれをひらひらと手で揺らす彼は、疲れを覗かせつつもさらに続けて言った。
「豪快で豪胆でしかし、おそるべき野性と本能からくる知略を併せ持つレジェンダリーセブンの一角はすでにシミラ卿処刑のニュースを聞きつけている。ご丁寧に配下の者に手紙を持たせてきたよ、さっそくな」
「早っ! え、早すぎないー?」
「エウリデ内の我々でさえ昨日今日に知ったことを、なぜカミナソールにいる"戦慄の冒険令嬢"がもっと以前から知ってたんでござる……?」
リューゼがこの町に来たがっていること、またそのためにミシェルさんを先んじて来訪させていることも知っている僕達だけど、にしたって耳が早すぎるよー。
どういう情報網を持っているんだろう? 予想以上に動きの早いレジェンダリーセブンの一角に、僕らは驚きを隠せないでいた。
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交渉の場を設けなきゃ、だよー
エウリデの冒険者達も最近知ったような話を、どうやらずいぶんと前から知っていたらしいリューゼリアと"戦慄の群狼"。
遠く離れたカミナソールにいてどうやってそんなことができたのか気になる僕に、モニカ教授が推測になるけど、と前置きして説明する。
「カミナソールの革命騒ぎに深入りしていた、あちらの国の英雄だからね、リューゼ嬢は。当然国ぐるみで付き合いもあるし、情報部から仕入れでもしたんだと思うよ」
「その辺は分からんし気にしても仕方ない。重要なのは、リューゼリアがシミラ卿処刑に激怒してカミナソールを出、エウリデに戻って来ようとしている点だ」
「すでに動いているんですね……正直私としては、処刑騒ぎがどのような形にせよ一段落した段階でくるかと思っていました」
シアンさんが困惑しながらも言う。
正直僕としても同感というか、普通に考えたらシミラ卿の処刑が行われる半月後までにエウリデに到着するなんてどう考えても無理だと思ってたから、まさか間に合いそうだなんて夢にも思わなかったよー。
これって良いのか悪いのか……リューゼリアという戦力が対エウリデ戦線に加わるのはこの上なく頼もしいけど、反面あいつはあいつで暴走するからね。
誰の言うことも聞かない、乱暴者モードになった場合あいつを止められるのはたぶん僕だけだ。最悪のケースは考えとかないといけないねー。
ギルド長も同じ懸念を抱いているらしく、ため息混じりに机を指で叩き、難しい顔をして話す。
「レジェンダリーセブンの動きは私のような者には読めんよ……ともかくだ。彼女がおそらくは激怒して殴り込んでくるからには私はむしろ、エウリデと冒険者ギルドの関係調整を行うべき立場となった」
「ええと……それってその、リューゼリアさんという方がやりすぎてしまう、ということですか?」
レリエさんの質問に彼は無言で頷いた。やっぱり、ギルドとしても感情のままに暴れ倒すリューゼのことは危惧してるんだよー。
調査戦隊時代から彼女と、あとミストルティンの二人はしょっちゅう揉め事を起こしていた。引き起こす当事者だったこともあれば巻き込まれた末、なぜか当事者を差し置いて大暴れするケースだってあったんだ。
当時を思い出してギルド長と顔を見合わせる。モニカ教授も苦笑してるけど、前線に出ない彼女だから苦笑いで済むんであって、僕やベルアニーさんからすれば笑い事じゃないよーって感じだ。
二人、げんなりしつつも振り返る。
「他のメンバーはともかく彼女とミストルティンはな、下手をすれば処刑阻止からそのまま国王の首まで刎ねにかかるぞ。さすがにそこまでするのはまずいのだが、激怒している以上はそんなことを一切気にするやつではあるまい」
「ありえますねー。身内の危機にはミストルティンと並んでやりすぎる、そんなやつでしたしー」
「普段は多少ながら後先を考えられる質ではあろうが、親友とも言うべきシミラ卿が狙われては後先も考えまい。下手をすればエウリデの国体が終わる」
個人によって国そのものが終わる、だなんて大袈裟に思われるかもだけど事実だ。レジェンダリーセブンはそれぞれ、単騎で国を落としてしまえるだけの力があるんだから。
ましてや七人の中でも上位の方に位置するリューゼだ、マジでシミラ卿解放にとどまらずエウリデの貴族という貴族を、王族という王族をどさくさ紛れに始末していったって不思議じゃない。
僕らの真剣さが伝わってか、亡国の気配を感じ取り一同の表情が変わる。
下手すると今いるこの国がなくなりかねないんだ。いくら僕ら冒険者が常に権力に中指立ててるアウトローの集まりであったとしても、社会基盤の崩壊まではさすがに望んじゃいない。
事態の深刻さに、より真剣味を帯びるシアンさんの顔つき。
貴族として国を想い、冒険者として国に逆らう。矛盾した立場にいる彼女にけれど、ベルアニーさんはニヤリと笑った。
今は彼女のような人物こそが必要なのだとつぶやき、そして語る。
「半月後に行われる処刑にタイミングを合わせて"戦慄の群狼"本隊が殴り込みに来るのは容易に想像できる。それまでにこちらのほうで連中にも足並みを揃えるよう、話をつけておきたいが……」
「この町に来ているという斥候役の方と接触する必要がありますね。幸い、ソウマくんがすでに知り合いらしいのでそこは我々が受け持ちましょう」
「頼む。カミナソールからくる場合確実に海路を使いトルア・クルアへ至るはずなので、最悪そこに使者を立てるが……ソウマを間に立てたほうが彼女相手には有効だろう」
何はともあれリューゼリアと交渉しなければならない。その一点で新世界旅団と冒険者ギルドの見解は一致した。
となれば何を置いても"戦慄の群狼"の斥候としてこの町を訪れているミシェルさんを確保し、説得して協力してもらわないといけない。
そう考えてひとまず僕らはミシェルさんを探すことにした。
彼女を通してリューゼとやりとりし、最低限足並みを揃えるように説得するんだねー。
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手分けして動くよー
リューゼリア率いるパーティー・戦慄の群狼の一員にして、斥候としてこの町に滞在中のミシェルさんを確保する。
そして交渉の場を設け、新世界旅団と冒険者ギルド、戦慄の群狼が足並みを揃えてシミラ卿処刑阻止のために動く──そうでしないと十中八九、リューゼが暴走して怒りのままにエウリデ連合王国そのものを崩壊させにかかってしまうから。
概ね以上の方針で僕達はさっそく動くことにした。新世界旅団たる僕達については、主に二手に分かれての行動となる。
ここに残ってギルドとの連携、そしてシミラ卿を取り戻すための作戦を練る側と、ミシェルさんを探してリューゼとの交渉ラインを繋ぐ側とだね。
人員の割り振りはもちろん団長がしてくれてるよー。
「ギルドとの連携の内容、及び処刑阻止に向けての動きを検討するのは私とモニカ、レリエで受け持つわ」
「参謀見習いとしては初仕事だね。気張らせてもらおうじゃないか」
「何ができるわけでもないけど、お茶くらいなら入れられるかも……が、頑張りまーす」
主に作戦会議、話し合いを担当するのはシアンさんにモニカ教授にレリエさん。団長と参謀と古代文明の智慧をお持ちの知識人さんによる、インテリトリオだねー。
モニカ教授は参謀見習いを自称していて、ゆくゆくは新世界旅団内でも参謀、ブレーン的な立ち位置を目指して頑張っていきたいみたいだ。
調査戦隊時代は割と鳴り物入りで入団したものだから、すぐに誰もが認める大参謀役に落ち着いていた彼女だけれど……今回は完全に新参者としてのスタートとなる。
信頼と実績を一から積み上げるなんて初めてかもしれないね、なんて笑っていたあたり心配ご無用って感じの余裕ぶりだよー。教授ならすぐに、団長を支える頭脳になってくれるだろうと期待しているよー。
「ソウマくんとサクラはミシェルさんの捜索、および彼女と接触して交渉の場を設けてほしいわ。実際の交渉は私とソウマくんと……あと、ギルド長も参加でよろしいですか?」
「無論だとも。捜索のほうはうちからもパーティーを見繕っている。好きなように使っていいぞ、ソウマ」
そしてもう片方。僕とサクラさんに加えてギルドが選定したパーティー、いわゆる実働チームによるミシェルさんの捜索だ。
自分で言うのもなんだけど僕にしろサクラさんにしろ、頭脳関係はそんなに……だからね。小難しく考えるのはそれこそインテリチームに任せて、こっちはこっちで足を動かし手を動かし、場合によっては杭を打つなり刀を煌めかせるなりするのが適材適所ってやつなんだろう。
ミシェルさんは元々僕と同じ孤児院出身ってこともあり、ある程度調べる宛があるのは助かる話だよー。
当てずっぽうであちこちうろつかなくても済むのは大変大きい。僕はミシェルさん捜索の相方であるサクラさんへと告げた。
「なるべくさっさと探さなきゃね、時間も限られてるし」
「たしかソウマ殿と出身が同じなのでござったな。それではとりあえずそちらに向かうでござるか」
「そうだねー。あ、でも先に門番さんに確認を取るよ。ザンバー担いだ女の人が出入りしてないかーって。もしかしたらもう、町を出ちゃってるかもだしねー」
「あー、かもしれんでござるね。まずは町の中か外かにざっくり絞る。うん、理に適ってるでござる」
焦りもあってついつい、さっそく孤児院に行きたくなるって場面だけれどここはちょっぴりの遠回りこそが最適解だろう。すなわち絞り込みだ。
ミシェルさんと遭遇してからもう一週間くらいは経過している。この間、用事というか粗方の町の観察を済ませてカミナソールへと戻っていてもおかしくはないからねー。
まだエウリデ国内をうろついている、とかだったら最悪でも僕が単身で空を飛んで確保に動けるけど……国境を出てたらさすがにそれも難しい。
だからさしあたってはまず、この町を囲う砦の四方の門に行って、門番さんにミシェルさんらしき人が出入りしたかを聞くべきなのだ。いきなり孤児院をあたって、その間に彼女がエウリデの外に出てましたーなんて笑い事じゃないし。
これは割と、スピード勝負にもなりかねない。
ギルド長室で話し込んでる場合でもないかもねと、僕は杭打ちを担いで団長達へと言った。
「さしあたりミシェルさんの動向を確認して、可能な限り確保できるように僕らは動くよー。団長、教授、そちらは任せますー」
「ええ、任せてください。そちらもお気をつけて」
「ミシェルさんを確保できるか否かでこちらの策も変わる。なるべく早くの報告を期待するよ、杭打ちくん?」
「任せといてー。こう見えて人探しは結構得意なんだよー」
教授のからかうような声にかるーく返す。
人探しが得意なのは事実だ。迷宮攻略法の一つに感覚強化ってのがあるからねー。
全身の感覚を強化するから、どこに誰がいるのかって探知には非常に便利なんだよー。
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久々に会う人達だよー
「"杭打ち"!? アンタが俺達と一緒に探しものを手伝ってくれるのか!!」
「……レオンくん?」
ミシェルさんを探すにあたり、ギルドの用意したパーティーとも連携を取って探す必要がある。
というわけで一階はギルドの受付まで戻り、件の連中と引き合わせてもらったわけだけど……まさかの知り合い、これは嬉しい誤算だよー!
いつぞや、新米なのに好奇心からいきなり地下86階まで降りて死にかけたというとんでもないエピソードを作っちゃった人達。レオンくんにノノさんにマナちゃん。
さらにはそんな彼らに保護され、今ではパーティーメンバーとして行動をともにしている古代文明人の双子、ヤミくんとヒカリちゃん。
ある意味、新世界旅団並に不思議な面々が今回、僕らと共同でミシェルさんを探すことになったみたいだ。
ベルアニーさん、気を遣ってくれたのかな? まったく見知らぬ人達相手だとやりにくいから助かるよー。
「知り合いにござるか? ソ……ソ、そっとしておきたい杭打ち殿」
「えぇ……?」
とはいえ、サクラさんにとっては当然初対面の相手だ。どうやら僕の知り合いらしいことは察して誰何を問うてくるけれど……誤魔化し方が雑!
ソウマって言いそうになったから慌てて修正したんだろうけど、そっとしておきたい杭打ちって何かな、なんの暗号?
言った本人も若干顔を赤らめている。あ、でも恥じらうサクラさんもかわいいー!!
やっぱり美人の恥じらう姿ってこう、美しいよねーと思っていると、ノノさんがそんなサクラさんに目をつけて仲間内で囁き出した。
「それにSランクのサクラ・ジンダイさんまで……これアレよね、噂のパーティー・新世界旅団が動いてるってこと、よね?」
「ぴぃぃ……や、やややっぱりヤバい案件じゃないですかぁぁぁ……! ギルド長直々の依頼って時点でおかしかったんですよ、ぴぇぇぇ……っ!!」
「つってもお前なあ、マナ……レジェンダリーセブンの遣わした使者を探し出すだけじゃねーか。別に渦中に巻き込まれるわけでないならって、ノノもだけどお前も頷いてたろ」
新世界旅団、分かっちゃいたけどまあまあ腫れ物だねー。僕が属している時点で当たり前なんだけど、それにしたってビビられ方がちょっと過剰だよー。
……いや、マナちゃんはいつでもこんな感じだねー。思えば初めて会った時もずーっとピーピー鳴いてる、小鳥みたいな子だ。
多分、僕より歳上なんだろうけど、よく鳴くもんだから変に幼く見えるから困るよー。
女性陣が不安に慄くのを、レオンくんがなだめるのを見ながら僕も、サクラさんにことのあらましを説明した。
「……以前に知り合った冒険者パーティー。好奇心で地下86階まで潜った挙げ句、彼らも古代文明人の双子を保護してくれてるよー」
「双子ってーと……そこな幼子達でござるか。こないだレリエとも遭遇したとかなんとか、言ってたでござるね」
「……そうだね。久しぶりヤミくん、ヒカリちゃん」
レオンくん達とはこないだ、それこそ孤児院でミシェルさんに遭遇した日にも軽く出くわしているねー。
うちのレリエさんと向こうのヤミくんヒカリちゃん。古代文明人同士のおそらくは史上初めての接触だったんだ。貴重な場面だったよー。
思い返しつつ改めて挨拶すると、ヤミくんがとてとて駆け寄ってきて僕に抱きついてきた。マント、一応洗い立てだけど血とか染み付いてて臭くないだろうか? 消臭はしたと思うけど心配だよー。
どうしたことかヤミくんにはひどく懐かれてるんだよね、僕。何がきっかけかも分からないんだけど、子供に愛されるとっても素敵な杭打ちさんとしては喜ばしいねー。
小柄な子供の頭を優しく撫でる。上目遣いで僕を覗き込み、ヤミくんはへにゃりと笑って応えた。
「久しぶり、杭打ちさん! 会えなくて寂しかったよ、僕」
「もう、ヤミッたらすっかり杭打ちさんに懐いちゃってるんだから!」
「べ、別に懐いちゃいないけど!? ただ、その、そう、尊敬できる冒険者の人だし、レオンさん達にも負けないくらい僕らを護ってくれた人だからってだけだよ!」
「……まあまあ二人とも。元気してた?」
もう誰から見てもあからさまに、完全に懐いてくれてるんだけどー……妹にからかわれるのはやっぱり面白くないみたい。年頃だねー。
必死になって反論するヤミくんの頭を撫でつつ、双子を宥めて最近どう? って聞いてみる。古代文明人と言っても子供なんだから、なるべく健やかに過ごしていてほしいよねー。
そのへん、レオンくんは信頼してもいいと思うし心配はしてないんだけど一応聞いてみる。
ヤミくんが撫でられる頭にくすぐったさを覚えてか微笑みつつ、返事をしてくれた。
「う、うん。元気してた。その、杭打ちさんは? 新世界旅団ってパーティー、どうなの?」
「……素敵だよ、メンバーみんなね。こちらの方もその一人でサクラさんだよ」
「ん、名乗らせてもらうでござるよ? 良いでござる?」
僕のほうも調子を尋ねられたし、良いタイミングだしサクラさんにも自己紹介を促すよー。
これも何かの縁、ましてや彼らパーティーは個人的にも応援している人達だ、サクラさんにも見知っていてほしいからね。
頷く僕に応じて、彼女はヒノモト人らしい所作で居住まいを正し、礼儀正しく名乗り始めた。
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猫被りのサクラさんだよー
「さて、それでは拙者から名乗らせていただこうかでござる。杭打ち殿とそちらのパーティーの方々が知り合いというのであれば、それすなわち拙者にとっても友誼を結ぶに足る存在ということゆえ」
僕に促されて名乗りをあげるサクラさん。ヒノモト式の、前傾に頭を軽く下げての会釈に近い体勢だ。
ワカバ姉も名乗る時はこんな感じだった記憶があるねー。そしてそのまま彼女達は、長口上つきで自らの身元を明かすのだ。
「お初にお目にかかる。生まれ育ちはヒノモト、なれど広き世界を夢見てはるかな大陸に漕ぎ出し早6年。今では一廉の冒険者として、Sランクにも登録されているでござる──サクラ・ジンダイ。日頃杭打ち殿が世話になっているご様子。以後、よろしくお願い申し仕る」
「……あ、こ、これはこれはご丁寧にどうも! まだまだ半年目の新米冒険者、レオン・アルステラ・マルキゴス。よろしくお願いします!」
冒険者の中でもトップ層であるSランクが直々に挨拶してきたんだから、新人さんのレオンくん達はそりゃあ、焦るよね。
この町で活動してる冒険者は実力のアベレージこそ高くて、Aランクもそれなりの数がいたりするんだけれど、Sランクに関しては今や一人もいない有様なのだ。
大体のSランクが調査戦隊メンバーだったし、解散に合わせて各地に散り散りになったからねー。だからサクラさんの存在は割とこの町にとっては貴重で、冒険者ギルドも下に置かない扱いをしてるんだよー。
「初めましてジンダイさん、ご高名はかねがねお伺いしております。ノノ・ノーデンと申します、よろしくお願いします」
「ま、まままマナ・レゾナンスですぅ……よろしくお願いしますぅ……」
「レオン殿に、ノノ殿にマナ殿でござるな。よろしくでござる」
慌てて名乗り返す彼と仲間達。なんかこう、ドタバタしつつも仲の良さが伺えて見てて和むよー。
まずはレオンくんを筆頭に、ノノさん、マナちゃんと続いて挨拶していく。ノノさんは勝気な性格をしているからかしっかりしてるんだけど、マナちゃんは臆病めな性格もあってかなりビビっちゃってるねー。
その後に古代文明から来た双子、ヤミくんとヒカリちゃんのご挨拶だ。未だ抱きついているヤミくんとそれに寄り添うヒカリちゃんの背中を擦って促せば、二人ともおずおずとサクラさんの前に立った。
さっきまではちょっと甘えん坊さんだったけど、普段は大人びた姿を見せるヤミくんが先んじて名乗った。
「ええと、ヤミです。そちらのパーティーにいるレリエさんとは同じ時代に生き、同じ場所からやってきた同胞です。こちらは双子の姉、ヒカリ」
「ヒカリです。ヤミともどもレオンさん達と杭打ちさんに助けてもらって、今はレオンさんのパーティー"煌めけよ光"に属してます」
「この時代にはまだまだ疎く、何か失礼があればすみません。よろしくお願いします、サクラさん」
礼儀正しくしっかりした挨拶。現代にやって来てまだ1ヶ月くらいかな? だっていうのにすごく立派な態度だね、二人とも。
眠りから覚めて早々にエウリデの下衆共に狙われたりして大変な目に遭ってきた子達だけれど、今では頼れる保護者達や優しい大人に囲まれて過ごしているみたいだ。暗いものを感じさせない明るい姿に、思わずホッとするよー。
サクラさんも素敵な双子の姿に、すっかり目を細めて優しい顔つきになっている。ヒノモト人の目にも涙ってところかな。
まあ次の瞬間に殺意を孕んだ睨みつけをしかねないから、あの国のサムライって戦士連中はおっかないんだけど。とはいえ今回はただただ気に入って可愛がりたいみたいで、双子の頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫で回していた。
「それだけしっかり挨拶できるなら失礼や粗相なんてなんのことでもないでござるよ。こちらこそよろしくでござるヤミ殿、ヒカリ殿」
「は、はい!」
「あ、ありがとうございます」
「んー、かわいい盛りでござるなあ。拙者この子らくらいの年にはもう毎日朝から晩まで修行でござったから、なんだかひどく懐かしく、羨ましくも感じるでござるなー」
「しれっとすごいこと言うなあ、このSランク……」
なんでもないことのように、大変おかしな育成を受けていたことを話すサクラさん。聞いていた周囲のレオンくん達がドン引きしてるよー。
ヒノモト人は戦闘職を志すとホント、小さな子供相手でも容赦なく鍛え上げるって聞くからね。地元の姫君だったワカバ姉でさえ、6歳の頃には薙刀を持つ訓練してたって言うし。
ほとんど国ぐるみでヤバい人達だよー。怖いよー。
「ま、よろしく頼むでござるよ二人とも。拙者も杭打ち殿の仲間でござる、信頼してくれていいでござるよ」
「……サクラさんは新世界旅団の副団長だ。Sランクとしても評判がいいから、悪辣さとは無縁と思っていいよ」
恐ろしいヒノモト人の顔をひた隠しにしつつ、僕の仲間であることを強調するサクラさん。
僕も僕で彼女の立ち位置を明言しつつ、お互いに連携が取れるように信頼できる人アピールをするのだった。
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かわいいヤキモチだよー
「……詳細はベルアニーさんから聞いてると思うけど、僕らはこれからリューゼリア・ラウドプラウズが率いる"戦慄の群狼"のメンバーを探し当てる」
互いに挨拶もそこそこにして、僕はレオンくん達のパーティーみんなと改めて情報共有や今後の段取りについて確認していた。
ギルドを出て歩き、町を囲む砦の門へと向かいながらも話していく。
元調査戦隊メンバーにして現エウリデ騎士団長であるシミラ卿の処刑と、それに合わせてやってくるだろうレジェンダリーセブンの一員、リューゼ。
パーティー・戦慄の群狼を率いておそらくは怒りのままに暴れ倒すだろう彼女を制止すべく、今この近辺にやってきている部下ミシェルさんを探し当てるのだ。
サクラさんがこの件の重要性について、僕に続けて語ってくれる。
「ことはシミラ卿の命に関わり、ひいてはエウリデと冒険者ギルドの関係にも、果てはレジェンダリーセブンにさえ絡む案件でござる。迅速に確実にことを運ぶでござるよー」
「ま、マジでやべえ案件なんだな……ギルド長から話を受けた時に大体聞かされてるけど、こいつはワクワクするぜ!」
「ワクワクって、レオンあんたねえ……」
「びゃあああ……狂ってますぅぅ……」
エウリデ連合王国がマジでどうかなってしまう。そんな瀬戸際に一口噛むことになってレオンくんは慄きながらも、それでも瞳を煌めかせて歯を剥き出しにして笑っている。
ノノさんやマナちゃんが呆れというかビビりまくってるのに対して、あまりに豪胆な姿勢と言えるかもねー。
「なんだよ、しないのかよワクワク? 俺はするぜ、めっちゃする。国だのなんだのの規模の話に、一口だけでも噛ませてもらえるなんてマジでエキサイティング! 興奮するぜ!」
興奮して叫ぶ彼を、道行く人達がギョッとして見ているけど……まるで物怖じせずにいる。やっぱり大物、になるかもねこの人ー。
少なくとも冒険者として、すごく良い才能を持ってるのは間違いない。だから僕個人としては、そんな彼には初対面の時点から強く気にしてるんだけどねー。
誰から見ても厄介事なこの案件を前に、ここまでワクワクしていられるなんてのは率直にかなりヤバい。
でも、そのヤバさこそが冒険者の高みには必要なんだ。国をも左右するような事態も冒険と言えるからねー。物怖じしてるようだとなかなか、ロマンってやつを前に動けはしないものだよー。
「……面白いよね、彼。実力はまだまだだけど、アレは絶対に高みに到れるよ」
「で、ござるなあ。新米がこんなことに関わった挙げ句にエキサイティングと言うなんざ、いかにも杭打ち殿が気に入りそうな御仁にござるよ」
「お仲間さん達もなんだかんだついていくあたり、リーダーとしてもなかなか、なかなか……将来性十分って感じだねー」
「…………むう」
サクラさんにもレオンくんを推す僕。シアン団長にも劣らずゆくゆくは大成しそうだって思えるんだよ、レオンくんって冒険者は。
パーティーのリーダーとして、仲間達を引っ張っていく姿も様になっているしね。地下86階まで迂闊に降りてしまったりと判断力は未熟だけれど、それでもみんなで成長していけるタイプの冒険者だねー。
と、そんな風に一人首肯く僕に、隣で歩くヤミくんが尋ねてきた。
見れば唇を軽く尖らせて、どこかムスッとした顔している。どうしたんだろう?
「杭打ちさん、僕は……いや、僕とヒカリはどうかな? 杭打ちさんの目から見て将来性はありそう?」
「……? え、何をいきなり」
本当にどうしたのー、いきなりややこしそうな話を振ってくるんだねー。
将来性の有無なんて軽率に言えるわけもないんだけど、ヤミくんは自分と姉の冒険者としての適性とか、今後について知りたがってるみたいだ。
正直、冒険者になって間もない子供達がそんなことを気にするのは大分早いよー。それに将来性なんて、運と努力である程度はカバーできなくもないと思うし。
そんな感じにぼかしていると、ヒカリちゃんがつぶらな瞳をパチクリさせて双子の弟を見た。意外そうな顔をして、もしかしてって呟いたんだ。
「ヤミ、え……もしかして拗ねてる?」
「……違うよ? 僕らも冒険者になったんだから、そのへんは聞いておきたいだろ? だからだよ別にレオンさんに対抗心とか持ってないから」
「そ、そう……」
……どう見ても拗ねてるねこれー。ヤミくん、僕がレオンくんをかなり真面目に推してるからそれが気に食わないのかー。
可愛らしいヤキモチだねー。っていうかずいぶんと好かれちゃったもんだな、僕。
ヤミくんは割と大人びていて聡明な子ってイメージが強いんだけど、心を許せる人相手には甘えたがりになるのかもしれない。
ヒカリちゃんともどもまだまだ幼いんだ、当たり前だよねー。サクラさんも微笑ましそうに目を細めて、僕の耳元で囁いてくる。
「愛らしい慕われ方してるでござるなー。なんかいい感じのこと、言ったげてもいいのではござらぬか?」
「言われてもね……とりあえずよく食べてよく寝て、よく学んでよく育ちなよ、としか言えないしー……」
「ぼ、冒険以前の問題だった!?」
「いや……だって二人ともまだ10歳とかでしょ?」
冒険者として、というより人間として良い生活を送るのが先決だよ、どう考えてもー。
そう言うと双子は苦笑いした。そもそも子供なのだから、まずは子供らしくすくすく育つべきだからねー。
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情報ゲットだよー
さて、話もそこそこに僕達は町の内外を隔てる門に辿り着いた。四方あるうち、東側の門だね。
スラムから一番近い門がここで、ミシェルさんが孤児院出身であることを加味してまず真っ先にここをあたることにしたんだ。
「スラムに寄ってから外へ出る可能性もあるからね。久しぶりに故郷の地を踏んだ人なら、十分にありえる行動かなって」
「ま、そうでなくとも虱潰しでござるよ。おーい、門番殿ー!」
推測が当たっていれば何よりだけど外れててもそれはそれとして一つ候補が消えるから成果はある。
万一まだ町の中にいて、僕らとすれ違いとか行き違う形で外に出たりする可能性もあるわけだけど……それも見越して門番の人に言伝を頼んでおけば良いだろう。
"ギルド長がギルドまで来てくれって言ってた"とかさ。ミシェルさん真面目そうだし、呼ばれて応じないとかってのはなさそうだしねー。
さておき門が見えてきて、サクラさんが門番さんをさっそく呼び出した。
槍を持った、いかにも暇してますーって感じの死んだ目をした男の人がやって来る。僕ともよく話す人で、やる気はないし金にがめついけどそれなりに腕の立つ人だよー。
そんな彼は渋々といった感じに門前に立ち、僕とサクラさん、レオンくん達を眺め──彼にしては珍しく、目を丸くして怪訝な顔を浮かべた。
驚きも露わに僕へと話しかける。
「んんっ……なんだ杭打ち、えらい大所帯だな今日は。噂の新世界旅団ってやつか?」
「あー、いや……別のパーティーの人もいるけど。それよりちょっと聞きたいことが」
「なんだなんだ? 給料なら低いぞ」
誰も聞いてないし聞くわけもないよ、そんな他人の給料なんてー。ヘラヘラ笑う門番さんに、相変わらずだなあって呆れてしまう。
サクラさんも、レオンくん達も苦笑いしつつも適当に流している。お金の話なんてトラブルの元でしかないんだから、そういうしがらみを割と嫌う冒険者としては反応に困るよね。
変に気を使った結果、お金を集られたりでもしたら洒落にもならないし。
聞かなかったことにして僕は門番さんに人探しの旨を伝えた。ベリーショートの小柄なお姉さん、身の丈よりはるかに大きな剣を担ぐ軽装の冒険者を差がしていて、細かいことは言えないけどギルドからの依頼だって、ねー。
そこまで話したところ、彼はふうむとつぶやいた。そして心当たりのある無しを僕へと語る。
「ザンバー? ってのがイマイチ想像つかんが……身の丈より明らかにデカい得物担いだ、そんな風貌した女なら今朝方通っていったぞ」
「! それでござるな、おそらく」
「さっすが杭打ち、ドンピシャじゃねえか!」
「杭打ちさん、すごいや!」
「えへ……コホン。それでその人は? 町を出発して別の地に向かう感じだった?」
まさかの一発目でビンゴ! ミシェルさん、やっぱりスラムに寄ってから外へ出たんだねー。
レオンくんやヤミくんが尊敬の眼差しで僕を見てくる。どやあ! なんてついつい顔が緩んで素で笑いそうになるけどいけないいけない、我慢我慢。
ソウマ・グンダリならともかく今の僕は冒険者"杭打ち"だからね。クールで寡黙で素敵でミステリアスやプロフェッショナルなんだから、ニヤニヤなんてしてはいけないのだ。モテなさそうだしねー。
さておき、門番さんがさらに続けて語るのに耳を傾ける。
「いや、ありゃあ迷宮に潜る装いだったぜ完全に。ご当人も言ってたしな、久々に迷宮に行くとかなんとか」
「久々……間違いないね、彼女だ」
「お手柄でござるよ門番殿、これちょいとだけお礼でござるー」
「!」
追加で迷宮に潜るのが久々、なんて発言まで出てきたんだからなあ。もはやミシェルさん以外にありえないよ、そんな言葉が出てくる冒険者なんて。
この町に定住して活動している冒険者なら、まず間違いなく迷宮には結構な頻度で潜るからねー。久々、なんて物言いの時点で外部からの来訪者なのは確定なんだよー。
思った以上に良い情報をくれた門番さんに、サクラさんがこそっと懐からコインをいくつか取り出してこそっと渡した。
エウリデにおいて2番目に価値の高いもので、一枚だけでもそこそこ豪遊できちゃう代物だね。
まあ、いわゆる情報料だねー。この手のやり取りは薄給らしい門番にとっては裏の仕事らしくて、この門番さんも例に漏れずいろいろと見聞きしたものを喋ってはそれでお金を受けとったりしている。
冒険者的には全然問題ないんだけど国的にはよろしくないようで、いつもこうして金銭のやり取りについてはなるべくこっそり、ソソクサとが基本みたいだ。
今もほら、お金を受け取った門番さんが素知らぬ顔しながらも嘯いている。
「いやーどうもどうも。今後ともご贔屓にな」
「バレないようにしなよ……冒険者はともかく国はうるさいんだから」
「分かってる分かってる。んじゃな、冒険者諸君。まあ人探し頑張り給えよー」
僕からの忠告に、ひらひらと手を振りながら門番さんは去っていく。
本当に飄飄としてるなあって呆れ混じりに感心する僕だった。
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二手に分かれるよー
門番さんから貴重なミシェルさんの情報を一発ゲットできた。さすが僕だねーってのは、ちょっと言い過ぎかも?
どうやら彼女はリューゼの元に戻ったとかでなく、迷宮へと冒険に繰り出しているみたいだ。まあこの地は冒険者にとっての聖地、ここに来て迷宮に潜らなかったら冒険者としては別の意味でモグリだからねー。
とはいえ今回の場合、僕らの状況的にはちょっぴりよろしくない。居場所は概ね絞り込めたものの、その絞り込んだ先の迷宮そのものが極めて大規模なんだ。
人探しするのにこんなやりづらい場所もなかなかないよ、最悪地下1階から地下88階まで総ざらいすることさえ、選択肢としてはあり得るのだから。
「…………さて。迷宮ともなるとちょっと厄介だ」
「正門から、つまり地下一階から入っていると考えるべきか、ショートカットを使ってある程度深い地点から攻略開始しているか。迷うところでござるなあ」
「ミシェルさんはBランクだ。それに慣れないザンバーを使うのに慣れなきゃいけない修行中でもある。無茶なことはしないと思う……けど」
ミシェルさんの実力、さらには慣れない武器を憧れだけでどうにか使っている現状を考えると、そこまで深い階層には戻っていないのは推測できる。
この間、少しだけ手合わせした感じで言えば本来Bランクであるミシェルさんは槍使いとしての実力で、ザンバーを使ってる今では残念ながら二段階ほど実力が落ちていると言える。
つまりはDランク相当の戦闘力しか持ってないんだよー。そこからある程度、潜っている階層については絞り込めるはずだねー。
僕の話を聞いて、それならとレオンくんが提案した。
「よし! じゃあこうしようぜ杭打ち、ジンダイさん……俺達パーティーが正門から普通に入ってその、ミシェルさんだが言うのを探す。あんたらはショートカットで地下に行って、そこから上に登ってきてくれ」
「挟み撃ちの形でござるな。ちなみにレオン殿達は迷宮はどの程度まで潜れるのでござる?」
「あー……お恥ずかしながら9階層までね。迷宮攻略法が必要になってくる階層まであとわずかに届いてないって感じ」
「新人さんにしては攻略ペース早いね。むしろすごいよ」
パーティー内にベテランがいるとかならともかく、なって間もない冒険者だけの集団なら短期間でそこまで行けるなんてむしろ大変なことだ。
単純に戦闘やダンジョンの環境、ギルドの仕組みや各種依頼のこなし方なんかに慣れていかなきゃいけない段階でもう、迷宮攻略法がどうのって話に手をかけようとしている。
紛れもなく才能がなければできない芸当だ。
サクラさんも感心してしきりに頷いている。シアンさん以外にもすごいルーキーさんっているものなんだって、いかにも言いたげな顔をしてるねー。
最初に目をかけた身としてどこか誇らしい気持ちで、僕は提案を受けてみんなに告げる。
「それじゃあレオンくんの案で行こう……Bランクが潜れる最深部はギリギリ40階ってところかな? そこから彼女を探しながら僕とサクラさんは上に上がる」
「気配感知も使いつつでござるし、まあそれなりに早いスピードで登っていけるかもでござるね。あ、レオン殿達は確実に捜索するでござるよ、せっかく潜るんでござるししっかり修練にも活かすといいでござる」
「そ、そっすか? なんかすみません、足引っ張っちまって」
「……気にしなくていい。くれぐれも怪我や事故のないようにだけ、気をつけて」
足を引っ張るどころか、サクッと方針を決めてくれて助かってくらいだよー。実力なんて死にさえしなきゃ勝手につくんだし、そんなの二の次三の次で良いんだよー。
申しわけなさそうに頭を下げるレオンくんパーティーは、そのまま手はず通りに迷宮の正門へと向かって歩いていく。ここからは二手に分かれての捜索だ、こっちも頑張らなくっちゃね!
さてと僕らも歩き出す。町の外に広がる草原は穴だらけで、そのいずれもが大迷宮のいずれかの階層へのショートカットになっている。
大体の出入り口に何階行きかの看板が立てられているからそれを頼りに、ミシェルさんがギリギリ潜れそうかなーってラインの階層への最短ルートを探すよー。
道すがら、さっき見事な采配を披露してくれたレオンくんについて二人で話す。
「うーむ……シアン以外にも頼もしい新米はいるもんでござるなあ当たり前でござるが」
「でしょでしょー? 何しろ初対面からして豪胆だしね、なんせ好奇心だけで地下86階層まで降りちゃったんだしー」
「そもそもそんな地下までのショートカットがあること自体が驚きでござるよ……よく突っ込んだもんでござるな、そんなとこ」
僕と初めて会った際の、完全に無鉄砲に迷宮最下到達階層までショートカットで突入しちゃってた彼らを思い返す。サクラさんの呆れは当然だよね、そりゃあ。
冒険と無謀はもちろん異なる。だからレオンくんの無謀は改めるべきことではあるんだけれど……反面、そこからでもしっかり生き延びて還った運の良さはまさしく彼らの天性のものだ。
運も実力の内と信じる僕からすると、それだけでも彼らを推せる理由になるよねー。
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迷宮内での人探しだよー
ミシェルさんの実力でギリギリ行けそうな階層までのショートカットを探す道中。あちこち穴はあるけどどれも20階台とかばかりでこの辺、浅層行きのが多いみたいだ。
ちょっと河岸を変えようとしばらく歩く。その間、サクラさんとは他愛もない世間話に興じるよー。
「ちなみにサクラさん、迷宮はどこまで潜ってるの?」
「この地を訪れたのがつい一ヶ月前とかでござるからなあ。まだ50階そこそこでござる。再生能力をやっとこさ体得したところでござるねー」
「あっ、そうなんだ? おめでとうございますー」
地下50階台からは迷宮内の環境が極めて悪辣になってきて、ふとした拍子に大ダメージを負う機会がそれなりに多くなってくる。たとえば毒煙が立ち込めてたり、劇薬の雨が降ってたりね。
それまでの階層で獲得するだろう迷宮攻略法の一つ、環境適応だけでは凌げないほどのダメージを継続して受けることになってしまうんだ。素人が踏み込むと3秒で骨も残らないような場所だからねー。
そういうのをクリアするために必要なのが迷宮攻略法・再生能力なわけなんだけど……サクラさんはまだ体得してなかったみたいだ。
身体強化でゴリ押しできないこともない階層ではあるんだけど、理想を言えばやっぱり再生能力がほしいところだし、それを考えると順当に体得したなーって感じだよー。
そんな話をしつつも適当にほっつき歩くこと10分ちょっと、ようやっといい感じのショートカットを発見した。町の南西側にまで回り込んだあたりにある穴で看板には42階行きと書いてあるねー。
「地下42階行きショートカットルート……この辺からかな」
「純然たる冒険ではないものの、ソウマ殿と迷宮に潜るのは初めてでござるなあ。楽しませてもらうでござるよ」
「こちらこそ。ヒノモトのSランク冒険者の腕前、拝見させてもらいまーす」
軽く言い合って早速入る。何しろすでにレオンくん達は地下1階から侵入しているだろうし、いつまでもモタモタしている場合じゃないんだよ。
僕、サクラさんの順に穴に入ってそのまま滑り落ちる。さすがにお互い慣れたもんで、両足でしっかりバランスを取っていついかなる時でも問題なく回避、ないし反撃に移れるような体勢だ。
とはいえ穴の先にモンスターの気配はない。そのまま数分滑って行って、やがて出口に辿り着いて僕らは飛んだ。大きく弧を描くように宙を舞い、問題なく着地成功。
大迷宮は地下42階。Bランク冒険者だとギリギリのラインかな? って感じの難易度の階層に、今辿り着いたわけだよー。
「ふむ……ま、特に違和感のない感じの迷宮内部でござるな?」
「冒険者の気配はいくつかあるね。この辺だとBランクならギリギリ、行けなくもないからね」
「じゃあ一人ずつあたってみるでござるか。ザンバーなんて珍しいもん持ってるでござるし、判別が付きやすいのは助かるでござるな」
「だねー」
このくらいの階層なら多少は人の気配もするねー。何しろ冒険者の大半はBランクまでだし、ある意味この辺までが迷宮攻略のメインストリームみたいなところあるからね。
ここから先、それこそサクラさんが攻略中の50階層台になると途端に人も減ってきたりするから、僕としてもこのあたりは結構ホッとできる、庭先みたいな感覚の階層だ。
実際に気配を追っていくとほら、さっそく冒険者パーティーと遭遇する。
それなりにベテランって風情のする、使い込まれた装備が渋くてカッコいいいぶし銀な男女混成パーティーだねー。
視認するなり向こうも僕らを見、すぐに誰か判別をつけたみたいだ。目を丸くして、驚きの声を上げている。
「んっ……!? 杭打ちに、サクラ・ジンダイ!?」
「新世界旅団か。よう、お前らも冒険で?」
「いや、ちょっと人探しー」
こちらは彼らのことをあまり存じ上げてないんだけれど、向こうはこちらのことをそれなりに知ってくれてるみたいだよー。
ま、最近のあれやこれやで嫌でも目立ってるしね。それにそれぞれ元調査戦隊メンバーにSランク冒険者だ、何がなくっても目立たないわけもないんだし。
お互いどちら様? ってならないのはありがたい。僕はさっさと用件を告げて、彼らに助力を乞うことにした。
サクラさんが続けて、探し求めているミシェルさんについて尋ねる。
「身の丈より大きなザンバーを担いでる女冒険者を探してるでござるよ。そなたら見かけなんだでござる?」
「ザンバーとはまた、珍しいもん使ってんだな。俺ら35階からここまで降りてきたけど見かけなかったぜ」
「まあ、各階層を隈なく探したってわけでもないから、もしかしたらすれ違ったのに気づかなかっただけかもだがよ」
彼らはミシェルさんを直接見たことはないみたいで、ザンバーという武器種の珍しさに面食らいつつも答えてくれた。
35階層からこっちにかけては望み薄、かあ。
たまたま鉢合わせなかっただけの可能性もあるけど、こちらのパーティーのみなさんも冒険している以上はそれなりにしっかり探索しているだろうし、ねー。
これである程度さらなる絞り込みができた。
ミシェルさん、あるいは30階層より上の階にいるかもしれないんだ。
これ、もしかしたらレオンくん達のが早く接触できちゃうかもねー。
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予想だにしないお客さんだよー!?
冒険者達からの情報でさらにある程度、ミシェルさんのいる階層が絞り込めそうだ。
下手したらレオンくん達のほうに近い位置にいるかもだけど、それならそれで彼らが確保してくれるならそれで良い。
大事なのはとにかく彼女を早期に交渉の場に立たせること。そしてリューゼリアへのメッセンジャーになってもらうことだからねー。
大きく前進した感触に、僕は情報提供者達に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、助かるよ」
「そなたらもしも、件の冒険者を見かけたらギルド長のところに行くよう伝えてもらえるでござるか?」
「おう、そりゃ良いが……なんだ、大事か?」
「まあぼちぼちね」
別に隠すような話じゃないけど、変に歪曲された噂が広まっても困るから黙っておく。どうせそのうち、いやでも分かることになるだろうしねー。
シミラ卿処刑に向けて冒険者ギルドが動いてるのは確定だし、そこに新世界旅団が独自の目的で動くってのも近々分かると思う。
でもさらに加えて、リューゼリア・ラウドプラウズの率いる戦慄の群狼が殴り込んで来るかもーなんてのはさすがに想像できないかもねー。
下手したら大乱戦になるかもしれない処刑阻止当日のことを思いつつ、僕らはその場を立ち去った。気持ち急ぎ足で上階を登って行く。
「んー。もしかして10階までにいたりするのかなー?」
「可能性は大いにあるでござるね。得物の習熟目当てでの冒険なら、余裕を持って戦えるところでやるでござろうし」
「憧れ優先でザンバーを選んだ割に慎重派なところはあったね……あり得るか」
ミシェルさんとは一度きり、少しの間だけの交流だったけど仮にも矛を交えた仲だもの、ある程度分かってるところはある。
基本的な姿勢は保守的、かつ慎重派ながら意外に芯はロマンチスト。尊敬するリューゼの使い古しを、それまでの自身のスタイルを投げ捨ててでも継承したがるというはっちゃけたがりの真面目屋さん。
そんなところだと見えるねー。
だから、彼女が仮に迷宮に潜るとするなら現時点では10階にも満たない浅層まで……ってのはありえちゃうんだよねー。
ロマンチストな一面からザンバーでの冒険を選び、けれど慎重派ゆえに素手でも攻略できそうな階層までに留めておく。
無謀になりすぎないところまでで冒険しようってのは、理屈としては分からなくもないんだよー。
となると地下42階層はさすがに深すぎたかな? って感じだけど、まあ念のためだしね。
今言ったミシェルさん像もあくまで僕の所感に過ぎないから、それを鵜呑みにしすぎるのも良くないし。
でも冒険者達の情報からおそらくはもっと上層のほうにいるっぽいのが分かってきたから、僕の考えがそれなりに信憑性を帯びてきたってわけだねー。
「もうちょいペースあげるでござるかあ」
「だねー」
となればいっそ、一気に上層まで詰めちゃおうかな。
そう思ってスピードを上げる。途中で感知した冒険者達の気配は当然の追いながら、だからトップスピードではないけどそれでもとんでもない速度での逆戻りだ。
地下40階、地下35階、地下30階、地下25階。
テンポよく進んで地下20回も突破し、19階まで登ってきたそのあたりだった。
誰かと誰かが大きな声で言い合うのを、僕とサクラさんの耳は拾い上げた。
『────! ────!?』
『────!!』
「おー?」
「なんか聞こえるでござるなあ」
これまでにない事態だ、冒険者同士で喧嘩? 普通はないんだけどね、迷宮内で。
響いてくる声の高さからしておそらくは女の人が二人ってとこかなー。近づいていくにつれて明瞭に聞こえてくる言い合い。
お互い怒ってるとか対立してるとかではないみたいだけど、困惑? 戸惑い? の感じが強いね、片方は。
もう片方はなんだろ、からかいっぽいというか──面白がってる風に聞こえる声だよー。
「全員置いて一足に来たなんて、無茶ですよ!?」
「カテェこと抜かすな、ミシェル! 楽しい楽しい祭りの前夜だ、ちぃとくれぇ早駆けしたって良いだろがヨォ!!」
「良くないですって!?」
「────は?」
と、不意に聞き覚えがある声だと気づいて動きが止まる。そろそろ言い合う二人の姿が見えてきた、遠くからでも分かる風体に硬直したところもある。
片方は探していたミシェルさんだ。地下19階まで降りていたのか。たしかにこのくらいの深さならザンバーででも余裕を持って戦えるだろうし、その判断は慎重派の面目躍如だよー。
いや。そこじゃない。僕は頭を振った。
問題はもう一人だ。ミシェルさんの倍近くはあるんじゃないかって規格外の背の高さ。そしてそれと同じだけの大きさのザンバーをもう一振り。
見覚えがある。ありすぎる。愕然と立ち止まる僕。サクラさんが怪訝に尋ねてきた。
「ソウマ殿?」
「これじゃ私がなんのために斥候を務めたのか分からなく──?」
「オメェさんの斥候なんざ方便だってんだよ、孤児院行けて嬉しかったろがィ──って、おん?」
言い合いしていた二人が同時に、僕らに気づいて振り向いてくる。間違いなくミシェルさんと、間違いなくもう一人。
いるはずのない女がここにいた。
なんで──
啞然と、愕然と呆然と僕は叫ぶ。かつて仲間だった彼女を、そして今、問題の渦中にいる彼女の名前を。
「…………リューゼリア!?」
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再会=バトル、だよー!
地下19階、ついに見つけたミシェルさん。相変わらず身の丈以上のザンバーを担いでいるのがなんともまあ目立つ姿なんだけど、今はそれどころじゃない。
彼女と言い合いしていた、もう一人のおんなが……ここにいるはずのない人、レジェンダリーセブンが一角。"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズその人だったからだ。
戸惑いを隠せず、僕は呻く。
「リューゼがなんでここに──」
「────ソォォォォォォウゥゥゥマァァァァァァ!!」
「っ!?」
僕が彼女達を見つけたように、彼女達もまた僕を見つける。瞬間、リューゼリアが吼えた。
ウェーブがかった金の長髪。2メートルを超える長身の腰回りまで伸びたそれを昂ぶる感情とともに揺らめかせ、黙っていれば深窓の令嬢にも例えられる美しい顔、整った口元を大きく開けて叫んだんだ。
迷宮全体を揺らしてるんじゃないか、そう思わせる声量。
威圧を込めてるね、それも本気で! 隣のミシェルさんが腰を抜かしているのをよそに、あいつは、リューゼリアは背中に負っていたザンバーを取り出し駆けた。
ミシェルさんの持つソレより、さらにもうちょいだけ長く大きい。けれどリューゼリアの体格にはピッタリだよ、まるで木の枝か何かみたいにブルンブルン振り回してこちらに向かってくる!
言うまでもなく仕掛けてくる気だ! 僕は杭打ちくんを右手に構えて全力迎撃の姿勢を取った。同時にあいつが大きく迷宮の天井スレスレまで飛び上がる。
そしてそこから僕に向け、一直線に降下しつつザンバーを振り下ろしてきたんだ!
「フッ! ッハッハ!! ッハハハハハァーッ!! ひっさしぶりだァ、3年ぶりかゴルァーッ!?」
「っ!!」
「ヤバッ……ソウマ殿!?」
分かりきった太刀筋、正直さはミシェルさんのそれと大差ない。でも攻撃そのものの圧、威しが凄まじい!
サクラさんが咄嗟に飛び跳ねて射程から離れる。僕の名を呼ぶけど、ごめんね避けるつもりなんてないんだ!
振り下ろされるザンバーに真正面から、杭打ちくんの射出口をぶち当てる!
ズドォォォン!! ──轟音とともに生じた衝撃波だけで、周囲の地形がひび割れていく威力。しかも押しも押されもせぬまさしく互角の様相。
ただ、体格ゆえか単純なパワーは向こうのが上だね、やっぱり……!
拮抗状態、やや僕に不利って感じの力比べを維持しながら、僕は笑顔を浮かべてリューゼに笑いかけた。
「くっ……リューゼ! 久しぶりー!!」
「おうよ! 相変わらずちっこくて安心するぜぇっ、ルルァァッ!!」
「なんの!!」
なんとも殺伐とした3年ぶりの挨拶、だけど僕とリューゼはこんなもんだ、昔からね。
躍起になって僕を下そうとする彼女と、それを迎え撃つ僕。まるで変わらない。変わったのは互いの立ち位置だけ。
ザンバーを押し込むリューゼの攻撃を、杭打ちくんの角度をずらして逸らす。普通ならそこで体勢を崩したところをすかさずズドン、だけど相手はさすがにレジェンダリーセブン。
咄嗟に空中で方向転換して僕から離れ、ザンバーを構え直してなお追撃に移ろうとする。
そうはさせない、今度はこっちだよー!
構え直す段階で次は僕が踏み込み、一瞬で距離を詰める。ミシェルさん同様、ザンバーってのは密着されるとやり難いだろ!!
懐に潜り込んでの、密着ブロー! 懐かしい味だろう、喰らえ!!
「っ!!」
「うおっ!? っな、めんなァッ!!」
「何っ!?」
「どつき倒してやらァーッ!!」
動きについて来れないだろうタイミングで放った杭打ちくんによる打撃。それをギリギリのところでリューゼは対応してみせた。
体重移動で軸足を移し、身体を無理矢理反転させて身を翻して回避したんだ。同時にザンバーを手放し、素手で僕の頬っつらめがけて鉄拳を────
「なんのっ!」
「ち、いいいっ!!」
ぶち込もうってんだろうけどそうは行かないよー! 僕もすかさず上体を逸して紙一重で拳を避ける。危なっ、ギリギリだよー!
ここからもう一発、ってできれば良かったんだけど、とはいえお互いこうなると体勢は完全に崩れてしまって、もはや応戦どころじゃない。
仕方なく揃ってバックステップして距離を取り、僕は杭打ちくんを、リューゼリアはザンバーを構え直した。
獰猛な笑みを浮かべてリューゼが聞いてくる。
「ってめえ、そいつぁ杭打ちくんかよ、モニカから聞いてた新型か!?」
「追放されてちょっとしてからね! 杭打ちくん3号だよ、よろしくっ!!」
「……ダーッハッハッハッハッ!! そうこなくちゃなあ、杭打ちぃ!!」
そういえば杭打ちくん3号の開発時期は、調査戦隊を追放されてからしばらくしてからのことだったんだ。リューゼが知るはずもないよねー。
負けじと僕も凶悪だろう笑みを浮かべる。成り行きから完全に戦いになっちゃってるけどこんなのいつものことさ!
声を上げて笑うリューゼもまた、再度突撃を仕掛けてきた! 今度こそ返り討ちだ!!
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サクラさんvsリューゼリアだよー!
ぶつかり合う僕の杭打ちくんとリューゼリアのザンバー。武器強化して身体強化、感覚強化も行ってさらには威圧をフルで発動しての激突は、迷宮地下19階を激しく揺るがせ震わせ破壊している。
互いに迷宮攻略法を駆使してのこの打ち合いは、世界的にも滅多にない最強クラスの中でも特に際立った、まさしくトップクラス同士の貴重な光景だろう。
僕もあいつもまだまだ全力でないものの、それでも一撃ごとに発生する衝撃波が周囲を著しく傷つけていく。
腰を抜かしてへたり込んでいるミシェルさんにも及ぶ危険な真空波を、即座にサクラさんが割って入ってカタナで相殺した。
さすがはSランク、僕とリューゼの戦いにも一切動ぜずだよー。
「ちょいと下がるでござるよ、ミシェル殿……で、ござるな?」
「ぇ、ぁ……あ、は、はい! すみません、離脱します!」
近くにいると間違いなくミシェルさんの身が危険だ。そう判断してサクラさんが彼女を抱えて離れたところへと誘導していく。
ありがたい……っていうかリューゼ、自分の仲間が近くにいるのにお構いなしか、相変わらず雑だね、ホント!
振るわれるザンバー。斬撃にしろ刺突にしろ、狙いは常に的確に僕のわずかな隙を突いてくる。
それを丁寧に合わせて杭打ちくんで迎撃しながらも、僕はリューゼリアへと問いかけた。
「いつここに来たのさ、まさかパーティーを置いて自分だけで来たの、リューゼリア!!」
「ついさっきだよォ! テメェがわけ分からんパーティーに入るだのシミラが殺されるだの聞いて、さっさと来てやったのさ!! 感謝しやがれよ、ソウマァッ!!」
「手間が省ける分には感謝してもいいけど、ねぇっ!!」
さっきこの辺に来て、どうやら落ち合う約束でもしてたのかな? 迷宮内に潜ってミシェルさんと話し合ってたっぽいねー。
とはいえ戦慄の群狼本隊を差し置いてリーダーが単身、乗り込んできたんだからミシェルさんもさぞかし驚いたことだろう。さっきの言い合いはそれゆえのことだろうね。
一々間にメッセンジャーをかませることなく、リューゼリアとダイレクトに交渉できそうなのは助かるよー。
でも感謝を押し付けてこられても困るね、ましてや僕を見るなり切りかかってきておいてそんなこと言われても、知ったこっちゃないんだよー!
「────っしゃあっ!!」
「あん!?」
「不躾でござるなぁ、レジェンダリーセブンッ!!」
と、鍔迫り合いのタイミングでサクラさんが横合いから、リューゼリア相手に斬り掛かってきた。あいつの意識の隙間を突いた、見事なまでの奇襲攻撃。
ミシェルさんを安全な位置に送り届けてからすぐに切り込んできたのか、良いね! 別に一対一で尋常な勝負なんて話でもないのさ、2対1ならリューゼも押し切れるだろ!
「ワカバァ!? ……じゃあねえ、誰だテメェ邪魔すんなァこの野郎があっ!! っしゃらぁぁぁっ!!」
「ぬ──っおおおおぉぉぉっ!!」
唐突な横槍に一瞬、かつてのワカバ姉を思い出したんだろうリューゼリアが素っ頓狂に叫んだ。
調査戦隊時代も喧嘩の最中、ワカバ姉が特に理由もなく横槍を入れて話を掻き回していたからね……気持ちは分かるよー。
それでもすぐに気を取り直してリューゼは吼えた。その場を軽く飛び退き、力任せにザンバーを横薙ぎに振るい僕を牽制。
さらにはサクラさんのカタナを迎撃したんだ。体格が違いすぎる斬撃は威力も桁違いだ、サクラさんが普通に押し負けている!
「コイツぁ、Sランクか! ヒノモトん着物、テメエだなサクラ・ジンダイとやらはァ!! ちったぁやるじゃねぇかっ」
「いかにも……! かくいうそちらは、リューゼリア・ラウドプラウズ殿とお見受けするでござるが!?」
「言うまでもねーだろそんなこと、オレぁいかにもリューゼリア様だよゥ!!」
膂力で勝るリューゼが、力任せにサクラさんを押し切ろうとしている。僕もすかさずカットに入ろうとするけど、それより先にサクラさんが動いた。
流れるような動きでザンバーをいなし、側面に回り込む。水か、あるいは風かを彷彿とさせる滑らかな動きはそれゆえに早い。
そしてそこからリューゼの胴体めがけて突きを放つ! 狙いは肋骨と肋骨の間、護られている内臓か。
ヒノモトの戦士として相当訓練をしたんだろう、悍ましいまでに的確な狙いなのが一瞬ながらに分かるよー。
「死にゃあしないでござろうが、一応加減はするでござるよ──!」
「っ、舐めんなァァァッ!!」
一瞬の交錯。短く嘯くサクラさんにリューゼリアは激昂して叫んだ。
ちょっぴりだけキレたね、今……ザンバーを咄嗟に地面に突き刺し、反動で高く飛び上がる!
リンダ先輩が見せたのと同じ類の技術だけど、練度や完成度は比べ物にならない。
さらに飛び跳ねた反動でザンバーを引き抜き、それをもってサクラさんへと反撃してきたんだ!
回避と攻撃を同タイミングで行う、攻防一体の技だよー!
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女の戦いだよー(怖)
飛び跳ねてサクラさんの刺突を避け、しかも反撃を仕掛けてくるリューゼリア。
慣れきった動きは熟練のもので、リンダ先輩がシアンさん相手に見せた技術を極めるとこんな風なるんだろう、と思える隙のないものだ。
「オルァッ!!」
「なんのっ!!」
反撃のザンバーを紙一重で避け、サクラさんは僕の傍にまで後退した。すかさず僕が彼女の前に立って杭打ちくんを構える。鉄壁の姿勢だ。
リューゼも着地して体勢を整え直す。仕切り直しだ……お互い多少の距離を開けて睨み合う。
僕の後ろにいるサクラさんを真っ直ぐに睨みつけ、レジェンダリーセブンの一角は鼻を鳴らした。
「なかなかやるじゃァねーか、褒めてやるよサクラとやら。だが今はそっちのソウマと旧交ってやつを温めてたんだよ、引っ込んでな。挨拶に横槍入れるなんざヒノモトもんの育ちが知れるぜ?」
挑発するように──いや実際挑発してるんだろうね──サクラさんを嘲る。リューゼはこの際、彼女を敵とまでは言わずとも邪魔者扱いはしているみたいだよー。
たしかに今くらいのやり取りは十分、挨拶の範疇に入るのが調査戦隊時代の僕とあいつの関係だ。だから主張は分からなくもないんだけれどね、それを初見の人に分かれなんてのも無茶なのは気づいてほしいねー。
サクラさんもサクラさんで、いつもの飄々とした素敵な笑顔ながら視線は鋭い。一触即発の冷たさがある眼差しだ。
たとえ挨拶だろうが、身内に刃を向けたからには容赦しないとその目は語っている。それでも見かけ上は物腰穏やかに、肩をすくめて彼女は告げるのだった。
「ずいぶんと過激な挨拶にござるなあ。とはいえソウマ殿はすでに我々新世界旅団の一員でござる。危害を加えるならば拙者、横槍も当然するでござるよ?」
「はぁん? 新世界旅団……しゃらくせーな。ソウマを取り込んで好き勝手やりてえだけと違うのか、しゃしゃり出てんじゃねーぞ雑魚助が。身内のやり取りなんだよこちとら、部外者は去ねや」
「ずいぶんと節穴でござるな、レジェンダリーセブン。拙者を舐めてかかる程度の輩がワカバ姫と同格扱いなど、調査戦隊というのも存外、大したことはなかったんでござるなァ」
「…………アァ?!」
あーあ、売り言葉に買い言葉ってこのことだよー。
リューゼリアがあからさまに新世界旅団を、シアンさんやサクラさんを侮辱した言葉を吐いちゃって、それにサクラさんがすかさず挑発を入れちゃった。
しかもデタラメを並べただけで単なる陰口程度の内容でしかないリューゼと違い、サクラさんはピンポイントであいつのキレるところを突いちゃってるし。
自分自身や調査戦隊を馬鹿にされるのが何より嫌なあいつにとって、サクラさんの今の言葉はダブルで逆鱗だろうねー。
言われたくないならそもそも言うなよって話ではあるんだし、ぶっちゃけ今回も先に舐めた口叩いたのはリューゼだから自業自得感はあるんだけど、そのへんは棚に上げるからねー。
大体、口喧嘩は滅法弱いんだからサクラさん相手に舌戦を挑むなって話だよ。ヒノモト人がやたら言い合いに強いの、ワカバ姉相手に大概分からされてたのにまったくー。
案の定、サクラさんは露骨に馬鹿にしたような笑みを浮かべて反撃していく。
「そ、れ、にー? もうソウマ殿は調査戦隊などではござらん。今や新世界旅団の象徴にして一員、つまりはこちら側でござる。昔の女がどの面提げて来たんだか知らんでござるが、彼女面は控えてほしいでござるなあ?」
「…………ははーん? ジンダイとやら、テメェどうやら死にてえらしいな。取り入るしか能のねえアバズレが、舐めてんじゃねえぞコラ」
「そちらこそどうやら迷宮の肥やしになりたいようでござるなァ。レジェンダリーセブンの一角はさぞかし良い養分となるでござろ、ござござ」
「…………あれぇー?」
もしかして結構どころじゃなく相性悪いのかな、この二人? 思わぬ成り行きの悪さにビックリしちゃった。
なんかめちゃくちゃ殺気立ってきてるよ二人とも、適当なところで言い合いを切り上げるかと思ったらなんかエスカレートしてるんですけどー?
思いの外ガチめなキレ方をしてるリューゼに、笑顔で煽りながらも青筋が立ってきてるサクラさん。揃って殺意込みの威圧を纏って、ちょっと待ってこれもう殺し合いの雰囲気──
「こっからは挨拶じゃ済まさねえ────おっ死ね、雌犬」
「上等でござるよ────死に晒せ、部外者」
蒼と金のオッドアイに殺意を漲らせ、ザンバーを掲げてリューゼリアが突進してきた! 狙いは僕じゃない、サクラさんだ!
こっちもこっちで深く腰を落としてカタナを構えて、返り討ちにしてやるって感じの怖い笑みだよー!?
紛れもなく二人とも殺る気だ、これもう挨拶どころじゃないよー!
一瞬の逡巡。
けれど僕はほぼノータイム、なんら迷うことなく杭打ちくんを構え、一気に踏み込み駆け抜ける!
「──悪いね、リューゼ」
「何っ!?」
狙いはリューゼリアただ一人。殺す気はない、程々の形で制圧して終わらせる。
どちらかを止めるならリューゼを止めるよ、だって僕は新世界旅団のソウマ・グンダリ!
こういう時は必ずサクラさんの味方だからねー!!
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僕は新世界旅団の団員だよ!
「腕が落ちたねーリューゼリア! こんな程度の奇襲に対応できないなんてさぁ!!」
「ぐっ!?」
サクラさんに襲いかかる寸前、動き出す一瞬の間隙を突いて僕は踏み込み突撃した。
杭打ちくんを躊躇なく振るう先、狙いはリューゼリアの胸元だ! さすがにレジェンダリーセブン級ともなると、本気で杭をぶち込もうが一発二発じゃ大したダメージにもならないからすごいよねー!
ギリギリのところでザンバーの柄で杭打ちくんの射出口を遮ってくる。関係ない、撃つよ。
──ヒットの瞬間思いきりグリップを、トリガーを押し込む。そして突き出る杭が、ザンバーごとリューゼリアの胸元を思いきり抜き抜けた!
「ッ──ぉおおおっ!!」
「ぬぐァッ!? テメ、ソウマァァァ!?」
柄くらい真っ二つにしてやれたかと思ったけど存外に硬い。ヒットした感じからしてオリハルコン──世界トップクラスの硬度と強度を誇る素材ででも拵えたか?
迷宮攻略法・武器強化だけなら普通にぶち抜けてるはずだ。ナイフの素材に使うだけでとんでもない値段になるだろうに、その何十倍も量が必要そうなザンバーに用いるなんてね。
カミナソールの国家予算でもパチったのかなー? ありえるねー。
とはいえまったく防がれきったってわけでなく、杭の射出に合わせてリューゼリアは押し込まれて吹き飛ばされる。
サクラさんが迎撃の構えを解いて僕の傍に寄ってくる。さっきとは逆の立場だねー。持ちつ持たれつ、助け合いはいかにもパーティーメンバー感があって楽しさもあるよー。
リューゼも後ろに吹き飛ばされたとはいえ体幹はしっかりしてるんだ、すぐに体勢を整えてバランスを取り、距離を取って構え直す。
その顔に浮かぶのは憤怒。横槍を入れられたこと自体もそうだけど、まさか僕に反抗されるとは思っていなかったってのが大きそうだ。
あいつの認識的には、僕はやはりまだ調査戦隊の一員であり……リューゼとサクラさんなら前者を選ぶって信じてたみたいだしねー。
なわけないだろ。3年のうちに僕を忘れたか、"戦慄の冒険令嬢"。
杭打ちくんを構えたまま告げる。
「挨拶代わりを済ませたからって得物握ってるんだ、僕が手を休めるわけ無いだろ」
「ソウマァ! テメェ、俺ぁ身内──」
「──じゃないよー? 今の僕は新世界旅団の一員だ、僕の身内はサクラさんだ」
たしかにかつては調査戦隊だった。たしかにかつてはリューゼリアの身内だった。かつてはね。
今は違う。調査戦隊からは3年前にいなくなった僕は、つい最近からだけど今は新世界旅団のメンバーだ。
シアンさんを団長として仰ぎ、サクラさんを副団長として。レリエさんを事務要員兼僕が保護する団員とし、そしてモニカ教授を参謀とする、まだまだできたての目も出てない冒険者パーティー。
そんなパーティーのメンバーであるならば、みんなが象徴的存在とまで言ってくれるのならば一も二もないよー。
威圧を全力でかけつつ睨みつける。かつての身内であり、今ではそうでもない人へとね。
「……そんなサクラさんを侮辱しあまつさえ殺意を向けた。ならお前は敵だよリューゼ。昔からそうだけど、僕相手に生半可な説得が通用すると思わないでね」
「────ハッ。そういやそうだったなァ、テメェはそういうやつだった。やたら人間臭くなってっから忘れてたが、テメェは前から、今いるテメェの立ち位置ってやつを最優先するんだったなァ? 優先順位としちゃあ今の女のがオレより高えってわけかィ、寂しいねェソウマァ」
肩をすくめて、言うほど寂しそうには見えない笑顔でリューゼリア。調査戦隊時代から変わらない、僕の本質的なスタンスについて思い出してくれたみたいで何よりだ。
そう、僕は少なくとも敵と味方の区別はキッチリとつける。属している集団に合わせて相対する相手を選ぶんだ。
私情や関係性や昔の好だとかでブレるような精神性でないのは、生まれ育った迷宮を出た時から今に至るまで一切変わっていない。
僕は僕を拾ってくれた者の味方で、その者が敵と見做した者に対しての敵なんだ。たとえそれがかつての同胞であったとしても容赦はしない。そんな程度のことで迷ったり悩んだりしてたら、それこそ誰に対しても面目ってやつが立たないからね。
「そうだよ、リューゼリア・ラウドプラウズ。僕の今の優先は新世界旅団だ」
「…………!」
「団長たるシアンさん、副団長たるサクラさんをはじめ今はまだ始まったばかりだけれど、このパーティーはいずれ世界の未知を踏破する。前人未到の偉業を達成するだろう」
高らかに宣言する。世界の未知の踏破、前人未到の偉業とは我ながら大きく出たけれどそのくらいでなくては、目的なんて遠ざかるばかりだものね。
実際、リューゼリアは面食らいつつもどこか、オッドアイの瞳に興味と関心、好奇心を覗かせている。
それだけでも今は上等だよ。唖然とする彼女に畳み掛けるように続けて告げる。
調査戦隊でない、新世界旅団の一員として。新しい僕のスタンスを久しぶりだ、これでもかってくらいに味わってもらおうか!
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一旦停戦だよー
向かい合う僕とリューゼリア。お互い全力で放つ威圧が、地下19階をフロアごと激しく揺るがしている。
この分だと直上直下の階層も結構揺れてるかもねー。たまたま居合わせてる冒険者がいたならごめんよ、これが世界トップクラス同士の睨み合いなんだ。
新世界旅団の理想、シアン・フォン・エーデルライトの目指す偉業を讃える僕に、リューゼリアはいかにも胡散臭そうな、騙されている憐れなものを見るような目を向けている。
分からなくもないけどね。この3年で、僕の目も少しは人を見る目がついているのさ。そしてその目が言っている──プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"こそ次なる時代の担い手だって、ね。
「かつて調査戦隊でさえ夢見なかった絵空事を、うちの仲間達は揃って夢見ている。痛快だ」
「……それで、こっち側は捨てるってかい」
「それはそっち次第。少なくともシアン団長はそんなつもりでもないみたいだけどね」
厳密にはモニカ教授が発端だけど、まあどちらにしたって構わない。シアン団長は献策を受けて、調査戦隊の元メンバーをできる限り取り込むことに決めているんだ。
新世界旅団にとって調査戦隊は、受け継ぐべき過去であって否定すべきものではない。それを示すためにも、団長は今、目の前にいる巨人めいた体格と風格の女だって勧誘するんだろうさ。
ていうか、なんともはや白々しいこと言うね、リューゼ。
3年前には見られなかった彼女の一面、狡猾な部分に触れて僕はつい頬を緩めた。怪訝そうに眉をひそめる戦慄の群狼リーダーを生温い目で見据えながらも、告げる。
「それに、捨てるだって? 僕が身内? よく言うよ暴れたがりが。お前も今の僕よりそちらのミシェルさん、戦慄の群狼のほうが身内だろう?」
「!」
「思ってもないことを口にしてまでサクラさんを挑発したのは、今ここで新世界旅団相手にマウント取ろうって腹だろう。僕とサクラさんさえ潰してしまえば、新米冒険者の団長なんて武力でどうとでもできるしな」
僕の言葉にリューゼリアは、軽く目を見開いて黙りこくった。
そう。3年前とは明確に違う点だから驚きなんだけど……彼女、これまでの荒くれぶりはおそらく演技だ。別に僕のことを身内と思ってもいなければ、サクラさん相手に本気でキレてたりもしない。
あくまで新世界旅団相手に、自分や戦慄の群狼のほうが格上だと示したくてあえて喧嘩を売ってるんだろうねー……
僕とサクラさんにモニカ教授がいるパーティーだ、警戒した挙げ句に"じゃあさっさと格の違いを見せてやれば良い"くらいに思ったって不思議じゃないよー。
ただし、それを行ったのがリューゼってあたりが個人的にはひどく驚きだ。
3年前の彼女にこんなことを考えて実行するなんてできなかったろう。良くも悪くも単純で、とにかくまっすぐ行くのが心情だったんだからね。
半ば感心して見やれば、さっきまであんなに殺気立ってたやつがほら、まるで水面のように静かに見ている。
マジで、今ここで趨勢を決する腹積もりだったんだねー。
「……」
「この3年でずいぶん腹芸を捏ねくるようになったじゃないか、カミナソールでの革命家ごっこがよっぽど楽しかったのかな?」
「…………ふっ、ふっふふふふっふははははは!!」
僕の皮肉に、リューゼリアはやがて高らかに笑い始めた。楽しくて楽しくて堪らないと、迷宮中に響き渡るような轟く大声だ。
ザンバー地面に刺し、腹を抱えて笑う。殺気も消えて闘志も消えた、これは……ひとまず引き分けで終いってところかな? まあここからいきなり大技をぶっ放してくる可能性もなくはないから、レジェンダリーセブンってのは怖いんだけどねー。
サクラさんも警戒を解かないままカタナを構えているね。こちらはさすがヒノモトの人、さらに容赦がなくて殺気も殺意もそのままだ。
そんなこちらを見ながら笑い、リューゼはやがて笑いを収めて笑顔のまま、話しかけてくる。
友好的だけどどこか薄ら寒い、牙を研ぎ澄ませているような笑顔だ。
「アァ、アァ。久しぶりだが楽しいぜぇソウマァ」
「…………」
「3年前とは違ってオレもちったぁ知恵がついた。テメェの言ってることもまぁまぁ理解出来らぁ……ハァ、今は終いだ、互いに引いとけェソウマ、サクラ・ジンダイ」
「当時は何一つ聞かずにうるせぇ、黙れで終わりだったもんねー……サクラさん、一旦停戦で」
完全に戦意を消して、近くの岩に腰掛けるリューゼリア。ミシェルさんが恐る恐る近づいてきている。間違いなく戦闘終了だね。
僕もサクラさんにカタナを納めるようお願いした。当然僕らはあいつを信じきれるわけじゃないから注意しながらの対応になるけど、ひとまずは話し合いに移行できそうだからねー。
「ン……承知」
サクラさんも戦い時は過ぎたことを察して矛を収める。
はあ、やれやれだよー。いきなり襲ってきていきなりやーめた、なんてリューゼリアめ。
ちょっとは小賢しくなったけど本質的にはやっぱり暴君なんだよねー。ため息を吐く僕を、やはりかつての同胞は笑って見ているのだった。
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意外な成長だよー
「にしてもマジに久々だなぁソウマ! 3年ぶりだがずいぶんなんだ、人間くさくなったじゃねぇか、ウハハハハハ!!」
「え、今から旧友との再会っぽくするの? 無理じゃないー?」
「うるせぇな、白黒つけんのはひとまず後回しになったんだから良いだろぉがよォ!! しょうもねえこと気にしてんじゃねえや、チビスケ! 相変わらず美少女面しやがって!!」
「何をー!?」
迷宮地下19階、ひとまず停戦して集まる僕達新世界旅団とリューゼ達、戦慄の群狼。
今しがたまでいかにもガチな殺し合いを繰り広げようって感じだった空気から一転して、なんとも馴れ馴れしく接してくるリューゼにちょっぴり引き気味の僕だ。こいつ怖いよー。
切り替えの早い性格なのは前からだったけど今はさらに輪をかけてるねー。指摘したら逆ギレまでして、挙げ句には僕というダンディズムに溢れたイケメンを捕まえて美少女面とまで言ってきた!
なんだよこいつ、なんなら今からでもさっきの続きをしてやろうか!? 3年経って僕の強さを忘れてるってんならたっぷり思い出させてやるぞー!
「や、やめてくださいリーダー! 今はそんなことより今後のことを考えるべきです」
「あー? わーってるよ、わーってる!」
「はいはいどうどうソウマ殿、本当のことでござる、諦めるでござるよー」
「サクラさんー!?」
一触即発の様相をそれぞれ、サクラさんとミシェルさんが止めに入ってきた。リューゼリアも今の身内には甘いようで、うるさそうにしながらも戦意をあっさりと引っ込める。
一方で僕もサクラさんに従い退くんだけど、本当のことってそりゃないよ、諦めろって何さー。
思わず非難の目を向けると、彼女は子供をあやすように僕の頭に手を乗せ、軽く叩くのだ。うー、まるっきり子供扱いだよー。
不満というか悔しさに唇を噛む僕はともかくとして、とりあえずお互い話を聞く態勢にはなった。
リューゼリアも僕らが、たまたまここに来たってわけじゃないとは気づいているみたいだ。どかっと地べたに胡座をかいて座り、ワイルドに睨めつけてきつつも聞いてくる。
「けっ……さぁてそいじゃあ話と行こうや新世界旅団。オレらをってか、ミシェルを探してたっぽいな? なんだ、どうした?」
「ミシェルさんっていうか……お前がいるならお前への用向きだよ、リューゼ。シミラ卿の件でギルドと新世界旅団は手を組んだ。戦慄の群狼にも足並みを揃えてほしいから話し合いたいってギルド長とうちの団長が言ってる」
「はぁん? ベルアニーのジジイはともかくてめぇんとこの小娘がァ?」
サクッと話し合いたいからギルドに来てよーって説明すると、リューゼリアは怪訝そうな顔をしてギルド長とうちの団長に悪態をついた。
ベルアニーさんとは昔からの知り合いだから良いんだけど、シアンさんを小娘呼びとはね……まあ年齢的にはそう言われても仕方ないかもだけど、今の物言いは団員としてはちょっとね。
サクラさんもちょっとピキッとキテるけど我慢、我慢。リューゼは前からこんな物言いしかできないしね、気にしても仕方ないんだ。
さり気なく彼女のヒノモト服の袖をくいっと引っ張って止めると、サクラさんは軽く息を吐いて微笑む。そうそう、笑顔が一番だよー。
僕ら新世界旅団のそんな様子を鼻で笑って、リューゼリアは白けた目を向けてきている。ぶっ飛ばすよ?
傍らでミシェルさんがあわあわしてるのがなんとも気の毒だ。面倒っちいでしょそいつー。頑張って宥めすかして抑えといてほしいよー。
やれやれと肩をすくめながらも、リューゼリアはニンマリと微笑む。どこかいたずらっぽい顔。
なんだ? と思う間もなく彼女は話し始めた。驚くべきことにこちらの事情を粗方、言い当てるような物言いだった。
「どうせオレがキレてエウリデを国ごと滅ぼしやしないかって気にしてんだろォ……あとアレか、シアンだか言う小娘は新世界旅団主導でシミラを救出して、あわよくば仲間に引き入れたいってところかァ」
「!」
「エウリデを壊されたくねぇからオレを止めてぇ、ってそんだけなら新世界旅団が出しゃばる理由がねえしなァ。オレや群狼どもが好きに動いた結果、シミラを先んじて取られるのが嫌なわけだ。ハッ! なかなか小賢しいじゃねぇか、救出を出汁に天下の騎士団長を引き込もうたぁよォ!!」
「リューゼリア……」
……すごい。シアンさんっていうかモニカ教授の考えをほぼ見抜いてきてる。リューゼリア、ここまで頭の回るやつだったかな?
3年前はそもそも人の話なんて聞く耳持たずに直球勝負な意見しか言って来なかったのに、今じゃしっかり考えてからものを言っているねー。
これってばカミナソールで革命家をごっこした経験、すなわち政治劇にも少なからず関わってきたってとでいろいろ得るものなあったんだろうか。
僕がこの3年で成長したように、リューゼリアも成長しているんだと、改めて思い知る気分だよー。
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それぞれの物差し、だよー
3年前には見られなかった聡明さ。戦闘面以上に知力の面で大幅にパワーアップしてるような気がするリューゼリアに、僕は少なからぬ衝撃を覚えていた。
こちらの状況、すなわち新世界旅団がギルドと足並みを揃えてシミラ卿の処刑を阻止しようとしているってそれだけの情報から、シアンさんの思惑をおおよそ看破してみせたんだ。
昔のリューゼなら"ハァン? ンだそれ知らねーぶっ殺す! "くらいは言っててもおかしくないのにねー。
それがこれだよ。感心して僕はしみじみつぶやいた。
「……レイアによく言われてたね、勉強しなさいって。真面目にやってたみたいで良かったよ、僕としても安心だ」
「まだまだ姉御の望むところにゃ遠かろうがなァ。そんでもワカバやモニカに煙に巻かれるこたァもうないぜ」
「撒かれとったんでござるか……」
「撒かれてたんですね、リーダー……」
ミシェルさんとサクラさんがなんとも言えない表情で言うけど、実際本当に煙に巻かれてたからねー。
本当に短絡的で直情的で、深く物事を考えない分、行くと決めたら行くところまで行けてしまう恐ろしさがあったのが昔のリューゼリアだ。
でもそんなの、理屈を──時には屁理屈すら交えて──前面に押し出してくるし口も立つワカバ姉やモニカ教授にはまるで通じなかったんだよー。
なんなら手玉に取られてうまいこと口車にノセられ、うまいこと操縦されてたこともしばしばあった。まあ、あんまりやりすぎるとレイアやウェルドナーおじさんが叱ったりしてたんだけどねー。
それを思うと今はまるで、そんな風にいいように操られるような感じじゃないと思える。
最後に会ってから今に至るまで、彼女も彼女でいろんなことを経験してきたってことなんだろうねー。
武力に知力をも備え、いよいよ風格の出ているリューゼリアはどこか面白そうに笑った。
うちの団長の思惑、シミラ卿を救出するついでになし崩しに仲間に引き込んじゃおうっていう作戦を受けて、感心した風に喋る。
「しっかし中々に強かじゃねえか、シアンってのも。テメェやサクラが従うのも納得だぜ、かなりの腹黒と見た」
「頭の回る人ではあるねー。ちなみにモニカ教授もこないだ新世界旅団に入団したよ。うちの団長のカリスマに魅せられてね」
「チッ……テメェ、マジで姉御以外に尻尾振ってんのかィ。モニカもだが何してんだ、ったく……」
こう言うとアレだけど、シアンさんがまあまあ曲者な思考回路をしているのは否定できないねー。
そもそも新世界旅団、ひいてはプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"の構想からしてかなりの異端ぶりだし、それを踏まえて僕やサクラさんを引き込んだのもなかなかの胆力だし。
カリスマってのも種類があるけど、シアンさんはどちらかというとそうした自分の策略、野心をうまいことプレゼンして人を惹きつけるタイプなんだろう。
宣伝がうまいっていうのかな? 僕にしろサクラさんにしろモニカ教授にしろ、彼女が語る野心や冒険心に魅せられたところは大きいわけだからねー。
でもリューゼからしたらそんなこと知ったこっちゃないわけで、傍から見たらレイアからシアンさんに鞍替えして従順な犬に成り下がってるとでも言いたげだ。
誤解だね。そもそも僕はレイアありきの存在なんかじゃないんだよ。不敵に笑って応える。
「レイアにだって尻尾を振った覚えはないねー、僕は僕、ソウマ・グンダリだ……いつだって僕は僕の気に入った人の味方だ。それがかつてはレイアで、今はシアンさんだっていうだけの話だよ」
「けっ……テメェみてえなのは部下に持ちたかねぇなァ。自分の物差しで上を測りやがるから、心から手懐けることができねぇ。テメェ、気に入らなくなったらシアンとやらも切り捨てるだろ」
「そりゃあシアンさんがおかしくなっちゃって、しかも手の施しようがなくなったりしたらね。でもそれは向こうも同じさ、僕に利用価値がなくなったらその時点で、切り捨てはされなくともまあ、目にかけられることはなくなるだろうしー」
リューゼはレイアの影響も受けてるのか、自分のパーティーメンバー、すなわち仲間に対してすごくフレンドリーさやファミリーシップを求めているっぽいけど……
たぶんシアンさんは僕と同じで、そういうのとはちょっと違うんだよねー。
そりゃもちろん、彼女だって団員を大切に思ってはくれてるだろう。なんなら冒険者としては新米もいいところなレリエさんにだって敬意を払い、尊重してくれてたりもするし。
僕だってそんな彼女だからこそ慕い、新世界旅団団員として従っているんだ。そうである限りは、僕らの仲は揺るぎないと思うよー。
ただ、それはそれとして新世界旅団にとって必要かどうかって物差しもたしかに彼女の中にはあって。それに沿うか沿わないかを常に見定めようと努めている節はあるよねー。
特にモニカ教授との問答はそれが如実に現れてたと思うよー。あの時シアンさん、新世界旅団が元調査戦隊メンバーを集めることで乗っ取られやしないかってピリついてたしねー。
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彼女の苦しみ、だよ
僕とシアンさん、あるいは新世界旅団内の人間関係に対してのスタンスについてはともかく。
リューゼリアはひと通り話を受けて納得したのか、軽く鼻で笑ってから傲岸不遜に、不敵な笑みを浮かべて僕らの提案を呑んだ。
冒険者ギルドと新世界旅団の連携に対して、足並みを揃えるか否かの交渉の場に立つことを宣言したのだ。
「フン……まぁ良い、再会記念だ、別に話し合いに応じてやってもいいぜ」
「へぇー素直ー。3年前ならとりあえず逆上してたよね、リューゼ」
「それじゃなんの解決にもなりゃしねえってな、自分で一団率いるようになってようやっと気づいたのさ」
からかい半分、もう半分はやはり驚き。3年前に比べてずいぶん物分りの良くなったと、リューゼをまじまじと見てしまう。
そんな僕の視線が気に入らないのか、半目で睨んできて彼女は言うのだった。
「さっきテメェはオレを革命家気取りみてぇに言いやがったが、そんな御大層なもんでもなかった。巻き込まれに巻き込まれた末、退っ引きならねぇ政治劇に巻き込まれちまったってのが正味な話だ」
「カミナソール……そんなに陰謀渦巻いてたでござるか?」
サクラさんが尋ねる。リューゼ率いるパーティー・戦慄の群狼がつい最近まで滞在し、あまつさえ革命の手伝いまでしていた地、カミナソールについてだ。
革命活動なんて完全に冒険者の領分を超えているし、ましてややったのがあのリューゼなんだ。正直驚くしかないし、なんなら誰ぞか政治屋の陰謀にでも巻き込まれたのかなーって思ってさえいるよー。
実際、彼女の言うにはそのとおりで、本当は戦慄の群狼もカミナソールの革命騒ぎなんて関わりたくなかったみたい。
でも、やっぱり元調査戦隊にして現レジェンダリーセブンの肩書は他所の国でも魅力的なんだろうね。渦巻く野望と陰謀に巻き込まれ、パーティーは望んでもいない革命活動に参加せざるを得なくなったみたいだった。
苦虫を噛み潰したような表情で、リューゼが語る。巻き込まれた末に彼女達は、カミナソールの騒乱の中で権威側が行ってしまった蛮行を目撃したようだった。
「……ああ、もうめちゃくちゃだぜ。貴族や王族のゴミクズどもだけでやってりゃいいものを、やつら平民や貧民をも巻き込んで好き放題さ。さっさと逃げたかったのがオレの本音だが、同時にどうにか革命の手伝いをしてやりてぇって団員も大勢いた。目の前で年端も行かねえ女子供や赤子が、狂った貴族どもに襲われ、殺されるところなんざ見ちまったら、オレだってなァ……」
「そんなことが……」
カミナソールの貴族ども、相当無茶苦茶だったみたいだね。護るべき民を、しかも赤子や女子供を虐殺して回っていたなんて。
憂鬱そうに語るリューゼの、傍らでミシェルさんも俯いている。相当ショッキングなものを見たみたいで、思い返しているだけなのに血の気が引いちゃってるよ。
戦慄の群狼もさっさと国から離れる選択肢はあったんだろう。でも目の前で惨劇を見てしまって、団員の中からも革命賛成派が出たらしい。
そして賛否両論の中、リューゼは決断したんだ。カミナソールに介入し、革命の手助けに入ることを。
選択の是非を未だに悩んでいるのか、難しい顔をして彼女は語る。
「パーティーのことを考えるならあんなもん、無視して離脱が一番だった。少なからずそんな声もあったが……見て見ぬふりは寝覚めが悪い、冒険者でなく人間として貴族どもを許せねえって声もたくさんあった。悩んだよ、人生で一番ってくれぇな」
「それで、革命への手助けを選択した……」
「身内の揉め事も山程起きて、その末にな。姉御の苦労をそん時、初めて思い知ったぜ。あの人はずーっとこんなもん背負ってたのかってな……愕然としたし、最後のほうの姿を思い返して、アレはこういうことだったのかと理解して後悔もした」
「…………レイアの、苦労」
パーティーを率いたことのない僕には決して分からない苦労、苦悩。それを初めて体験して、リューゼもまた思い知ったらしかった。
すなわちかつての僕らのリーダー、"絆の英雄"レイア・アールバドの裏側。真実の、等身大の彼女の悩みや苦しみを。
リューゼが天井を仰ぎ見た。その目に映るのはたぶん、土塊じゃなくて昔日。
崩壊していく調査戦隊を、必死で繋ぎ止めようとしていた頃の……レイアの姿なんだな、きっと。
「テメェが追放された後が特にな。ミストルティンの野郎が勝手抜かして消えやがって、そっからズタボロだ。姉御も奔走していたけどよ、見てられなかったぜ……」
「……そっ、か。僕は……僕が、僕が」
「テメェの事情も分かってらァ、オレからはとやかく言わねえ。だが一つ言うなら、姉御は俺が抜けるってなったその時までずーっとよ、テメェのことだって心配してたんだぜ? そこは知っといてくれや、ソウマ」
「…………うん。それに近く、会うことになるかもしれないからね」
力なく、僕はそう言うしかなかった。
調査戦隊をそんな風にしたのは、レイアをそこまで追い込んだのは……どんな理由があったにせよ、僕なんだから。
たとえ憎まれてなくても嫌われてなくても、未だ想われていても。そこだけは変わらない、事実なんだから。
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豪快なリーダーだよー
「よっしゃ! 辛気臭え話はこの辺にして、とりあえず会いに行くかぁ、ジジイに小娘!!」
湿っぽくなった空気を振り払うようにリューゼは立ち上がり、叫んだ。柄にもない話をした、とは本人も思っているんだろうね、どこか誤魔化しの空気がある。
とはいえ今、すべきは昔話や反省や後悔でなく直近に迫るシミラ卿処刑についての対応。すなわちギルド長とリューゼとうちのシアン団長による三頭会談だ。
三頭会談って言えば聞こえはいいけど、どうしても立場的にはシアンさんが新人すぎるから気圧される場面も出そうだねー。
そこは僕やサクラさん、モニカ教授とレリエさんでフォローしなくちゃ! と鼻息を強くして来たる歴史的会談を思っていると、ミシェルさんが慌てた様子でリューゼを止めた。
どうやら異論があるみたいだねー。
「ま、待ってくださいリーダー! 本隊の到着を待ってからにしたほうが、リーダーだけで決める話ではないと思うのですが!」
「ン……まあ一理あるがよォ」
ずばり、味方が集ってから話し合いに行ったほうが良いんじゃないー? っていう指摘だ。
リューゼが本来率いているパーティー・戦慄の群狼は今まだこの町にどころかエウリデにも到着してないっぽいし、重要な話となれば彼らを待ったほうがいいってのは頷ける話だね。
うーん。ミシェルさん良いね、必要なことをしっかりリューゼに言えてる。
あいつはタッパだけでもとにかく威圧的で言動も基本的に荒々しいから、その辺、萎縮してる人ばかりなんじゃないかと心配だったんだよー。
ミシェルさんがキッチリと、締めるべきところを締めてくれるのなら戦慄の群狼は案外みんな、仲良しさん達なのかもしれないね。
少なくともリューゼリアによる恐怖政治が蔓延る、そっちこそ革命したほうが良いんじゃないのー? って言っちゃえるようなものではなさそうで良かったよー。いや、かつての同胞としてねー?
…………まあ、とはいえミシェルさんの提案は今はちょっと場にそぐわないんだけどね。
平時なら正しいんだけど、今は平時じゃないからさ。リューゼがゆっくりと彼女を見、ニヤリと笑って言う。
「ミーシェールーゥ。今そんなこと言ってる状況じゃねぇんだわ」
「っ……」
「本隊を待ってたらあと2日はかかるんだぜ? トルア・クルアからここまで近いっても、キャラバン単位での移動なんだどーしたって時間はかからァ。チンタラしてたらそれこそお前さん、シミラが殺されちまう。わりいがここは独断専行させてもらうぜェ」
面白がっている風に見えるけど、瞳の奥は笑っていない。怒ってるわけじゃもちろんないけど、リューゼはリューゼでこの状況に焦りというか、急ぐ必要はあると感じているみたいだった。
そう、本隊到着まで待ってたら話がその間、先に進まないんだ。特に何もないタイミングならともかく人の命がかかっている状況でまで杓子定規に動いているのは、少なくとも僕やリューゼからしたら考えられないことではあるんだ。
本隊が到着して、状況を説明して予定を合わせてさあ、話し合いしましょう。そしてそこから処刑阻止に向けて動きましょう──そんなことしてる間にシミラ卿死んじゃうよ。
いくらなんでも悠長すぎる。ここはお行儀よく仲間を待つタイミングじゃない、さっさと準備を整えて、本隊が到着したらすぐさま動けるように整えておくべきなんだ。
せっかくリューゼという、戦慄の群狼の総責任者がいるのにただ待つだけなんてできっこないんだよ。
「た、たしかに……騎士団長処刑まで間がないのは、たしかですが……」
「エウリデの貴族達のことだ、なんの前触れもなく処刑を早めるとかってしかねない。今ここにいない連中を、シミラ卿の命より優先すべき理由は悪いけどないね、ミシェルさん」
「まあ、拙者らは各々の思惑がどうであれ、シミラ卿を助けたいという点については共通しているでござるしな。最低限その辺についてだけはギルドや新世界旅団、戦慄の群狼らで認識を共有しといたほうがいざって時に乱戦せずにすむでござるよ」
「それは…………その、通りです」
僕とサクラさんの意見も受けて、ミシェルさんは自分の提案が少しばかり呑気にすぎるのだと認識したのか、顔を赤らめて俯いた。
仲間内で話し合って決めたいってのは決して悪いことじゃないんだけどねー。結局発言権ってのは渦中にあってこそ与えられるものだからさ。
勝手こいて先行して来たとはいえリューゼがここにいる時点で、戦慄の群狼のメンバーには今は何も言えることはないんだよ。
「すみません、差出口を挟みました……」
「ウハハハハハッ!! 気にすんな、むしろどんどん言ってきなァ! 聞くだけ聞いて、それを活かすか活かさねぇかはオレ様の責任で判断すっからよォ!!」
謝罪するミシェルさんの背中を、バシバシと叩いて大笑するリューゼリア。
彼女らしい物言いだね、意見は聞くけど活かすか活かさないかは自身の責任。潔い姿勢で、そこはリーダーシップってのを感じるよ。
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レジェンダリーセブンと新人さん達だよー
何はともあれ迷宮を上がっていく。ショートカットルートを通ればもっと早くに帰れるんだけど、レオンくん達と合流しないといけないからねー。
地下19階から上の階層なんて、僕やリューゼからしてみれば庭先みたいなものだ。サクラさんも合わせて3人の実力者の気配に、モンスターたちさえすっかり怯えて近寄ってこない。楽に登っていけるよー。
「チッ、相触らずどこの迷宮もモンスターどもめ、オレ様にビビり散らかして近づいてすら来やしねェ。まー今だけは空気読めてるってなもんだけどなァ」
「よその迷宮でも似たようなものなんだ……」
「どこであれモンスターはモンスターでござるからなあ。弱わそうなら襲うでござるし、強そうなら近づかない。利口といえば利口なもんでござるよ」
野生の本能かなー?
生存能力も普通にあるモンスターの生態って不思議だねーみたいな話をしつつさくさく上階へ。襲ってくる連中がいないと滅茶苦茶スムーズに進めるから、あっという間に地下10階まで登ってこれたよー。
そのまま良い感じに9階、8階と進んでいくと、そこでついに僕達は彼らの姿を目にした。
ミシェルさんを上下から挟み撃ちにするつもりで正門、地下1階から冒険を開始していた、レオンくん達パーティーと合流できたんだ。
彼らは彼らで地下8階まで降りてきていたんだね、結構早いよー。
感心しつつ視界に入った彼らに手を振って呼びかけると、レオンくん達もまたこちらに気づき駆け寄ってくる。びっくりするだろうなー、まさかミシェルさんのみならずリューゼまで釣れるなんてさー。
「うわ早っ! もうこっちまで登ってきたのかって──え、デカっ!?」
「え、二人? どっちが探してたミシェルって人なの?」
「あわわはわわ、怖いですぅぅぅ……!」
案の定、レオンくんにマナさんノノちゃんの3人は予想外のもう一人に驚いている。身長の高さやそもそも2人なこと、あるいはとにかくビビってピーピー鳴いてたりするけど概ねビックリって感じだよ。
ともあれザクッと説明する。ミシェルさんを見つけたと思ったらリューゼまでいたから一緒に連れてきた。これから一緒にギルドに行って話し合いするんだよー。
特にレオンくんの反応がすさまじく、瞳を盛大に煌めかせてマジかよ、マジかー! って迷宮内を憚ることなく大声で叫んだんだ。
「ま、ま、マジかよレジェンダリーセブンのひ、一人が! "戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズさんがこんなところに!?」
鳥肌すら立てている様子はまさしく"戦慄"だねー。リューゼのやつ、敵対する連中ばかりかファンまで戦慄させるとは腕を上げたね、やるなー。
その強さ、その姿、その言動をして相対する敵をことごとく戦慄させ震撼させてきた冒険令嬢さんは、ニヤリと笑って腕を組んだ。それなりに豊満なバストが持ち上げられてつい目が行きそうになるけど、バレたら盛大にからかわれるから我慢!
面白がりつつもどこか呆れた調子で、リューゼはレオンくんに応えた。
「おいおいこんなところって、ここはこの辺の冒険者のメイン戦場だろォ? オレ様だって冒険者なんだからよ、この町に来たらこの迷宮に潜るわなァ」
「だからって町にも入らず初っ端から迷宮に潜るなんてお前くらいだよー? そーゆーところは相変わらずの無軌道さだねー」
「うっせーチビ、そういうテメェはずいぶん軽口叩くようになったじゃねぇかよ、ァア? 3年前からは考えられねーぜ」
軽口の応酬。彼女の言う通り3年前には考えられなかったやり取りだ。何せ僕がこんなんじゃなくて、そもそもあんまり会話が成立しなかった口だからねー。
ふんぞり返って話すリューゼだけれど、実際この近辺まで来ておいて町に寄るより先に迷宮に潜るなんて頭がだいぶおかしい。ミシェルさんとの待ち合わせ場所が地下19階だったからと言って、普通は町に寄って準備くらい整えてもおかしくないのに。
まあ、そんな無茶な強行軍でも問題ないってくらい、リューゼの実力が高いってことではあるんだろうけど。リスクは考えたほうがいいとは思うよねー。
仕方ないなあと思っていると、不意にヤミくんがマントをくいくいって引っ張ってきた。何やら気になることがあるみたいだ、なんだろ?
「杭打ちさん。この人が、前にいたパーティーのお仲間さんなの?」
「ん……まあ、ね。今はもしかしたら対立するかもしれないってくらいの、間柄だけど」
「そうなんだ……知り合いが敵になるの、良くないと思うよ」
「仲良くやれるならそれが一番ですよね……」
ヒカリちゃんともども、心配そうに不安気に僕を見上げながら言ってくる。かつての仲間と揉めるかもってことで、僕を気遣ってくれてるみたいだ。
いい子達だよー。優しいよー。レリエさんといいこの子達といい、あるいはマーテルさんといい古代文明の生き残りってみんなこんな素敵な人達なのかなー。
優しく愛らしい双子にほっこりして、僕は薄く笑って二人の頭を撫でる。くすぐったそうにしている姉弟の姿は、迷宮にそぐわぬ平和な光景だった。
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冒険者達の聖地だよー
「っつーか誰だこいつら。こいつらもアレか、新世界旅団のメンツか? まさかシアンとやらはこの中にいやがんのか」
僕らと無事、合流できたレオンくん達を見てリューゼが改めて言った。彼らも新世界旅団のメンバーなのかと思ってるみたいだけど違うよー、単なる知り合いだよー。
ただでさえ2mを超える長身に、それ以上の丈のザンバーを担ぐリューゼリアにひと睨みされては新人冒険者じゃ太刀打ちしようもない。
可哀想にマナちゃんやノノさんは震え上がっちゃって、声を絞ってどうにか弁明するのが精一杯みたい。
「ぴぇっ!? ご、ごごご誤解ですすすぅぅぅ」
「わ、私達はギルドからの依頼で新世界旅団と一緒にミシェルさんを探していた、新人パーティー・煌めけよ光です!」
「…………アァ、ジジイのほうの使い走りか。そりゃ御苦労なこったな」
新世界旅団と関係ない上にベルアニーさんからの使いと聞けば、リューゼもバツが悪そうにそっぽを向いた。弱い者いじめみたいな構図になっちゃってるの、気にしてるみたいだね。
ホッと息をつく二人。ヤミくんとヒカリちゃんについては僕の傍にいるから平気だ。まあこの子達まで睨むようなリューゼじゃなし、睨んでたら僕がただじゃ済まさないしね。
ただ、そうしたリューゼの威圧さえ受け止める新人がこの場に一人いた。
やや震えて足を竦ませながらも、強い光を宿した瞳でまっすぐにリューゼリアを見据える青年。
煌めけよ光のリーダー、レオンくんだね。
「お、俺がリーダーのレオン・アルステラ・マルキゴスです! よろしくお願いしまァすっ!!」
「……なかなか良い威勢じゃねぇか坊主。ペーペーにしちゃ堂々としてやがるな。それにその名前は貴族か、冒険者になるたァ珍しい」
「はい! 俺は後継ぎじゃないんで、だったら冒険者として名を上げたいって思ってるんで! レジェンダリーセブンにだっていつかは肩を並べてみせますっ!!」
「ほぉ」
新人でここまで普通に威圧をレジストしてくるなんて予想外なのか、少しばかり面白そうに口元を歪めるリューゼ。
そうなんだよ、面白いだろ? 彼、レオンくんは僕だって一目置いているんだ。シアンさんにも並ぶかもしれないってほどの可能性の持ち主だと、思える心の強さがすでにあるんだよー。
そしてレオンくん、案の定貴族だったかー。察するに三男坊とかそれ以下の、家の後継ぎにはなれないくらいの位置づけのお坊ちゃんなんだろうねー。
レジェンダリーセブンにも肩を並べる、なんてなかなかの大言壮語だけど、僕は彼ならいずれ本当にそうなれそうな気がしてたりするよ。
なんていうか、うまいこと行けば英雄になれそうな面構えしてるんだよねー。
リューゼもそれを感じ取っているのか、ますます笑みが深まっている。特に彼みたいな、物怖じせずに突っ込んでいくタイプはあいつからしても好みだろうしね。
長身のレオンくんよりなお頭5つ分くらい大きな巨躯が、彼の肩を力強く叩く。
痛がる彼にも構うことなく、リューゼは豪快に笑って言った。
「ガキが一丁前に良い目ェしてらァ。気に入ったぜ坊主、オレ様が率いる戦慄の群狼に──」
「勧誘するならちょいと待つでござるよ冒険令嬢。レオン殿達にはうちの杭打ち殿が先に目をつけてたのでござるが?」
気に入ったからって速攻、勧誘かけていったよこいつ。まるで後先を考えてない即断即決ぶりだ、こういうところは相変わらずだよー。
そしてそれに反射に近い形でサクラさんが横槍を入れた。僕を引き合いに出してリューゼを止めてるけど、別に僕は勧誘目的でレオンくん達に注目してたってわけでもないんだけどなー……
著しく誤解がありそうな気がするよ、僕とサクラさんの間ですら。
後で一応、認識を共有しとかないとなーって思っていると、リューゼが怪訝そうに僕を見てくる。こいつ普通に見てくるだけで眼力すごいから怖いよー。
傍から見たら睨みつけてるも同然の目つきで、彼女はそのまま尋ねてきた。
「はぁ? そーなのかよソウマァ」
「……まあ、目をつけるっていうか見どころあるなとは思ってたよ。彼らには彼らの冒険があるんだから、変に囲い込むつもりもないけどね」
「ほーん。じゃあオレ様が横からしゃしゃるのも野暮かねェ……調査戦隊が解散してからも、この町はそれなりに冒険者に恵まれてるみてーだな」
「調査戦隊のメイン活動拠点だった時点である種の聖地化してるからねーここは。他所からもたくさん人が来てるよ、この数年間は」
レオンくん達に限らず、今やこの町近辺は冒険者にとっては憧れの大都会みたいな感じらしいからねー。
たくさんの冒険者達が方々から来るし、そうなると将来有望な新人や若手だって結構な数いるわけだ。
つまりは冒険者の集う聖地なんだね、エウリデにあるこの町は。調査戦隊の存在が発端だけど、そのうち新世界旅団の存在も聖地化に拍車をかけるはずだよー。
そう言うとリューゼは鼻で笑い、調査戦隊はともかく新世界旅団はどうだかなとか言うのだった。
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僕は快男児だよー!
リューゼ達と適当に話しながら迷宮を逆戻りする。地下9階くらいからならもうショートカットルートを探す手間のが大変なので、普通に地下1階まで戻る予定で進み、今や地下4階にまで至っているよー。
特に問題なくギルドにまで戦慄の群狼の二人を連れていけそうだとちょっぴりホッとする。いやまあ、ここからリューゼが急に気が変わったとか言い出したらまた一悶着だけど。
いくらなんでもそんなことはしないと信じたいよねー。
「あ、あの! 杭打ちさん、ちょっと良い……?」
「……うん? どうしたのヤミくん」
と、軽くだけどいきなりマントを後ろに引っ張られて何かなー? と振り向く。古代文明人の双子、ヤミくんとヒカリちゃんがそこにはいて、二人とも興味津々の様子で僕を見ている。
なんだろー? と首を傾げると、ヤミくんがちょっぴりと緊張した様子で、僕に尋ねてきた。
「あ、あの! そ、ソウマって今、もしかして杭打ちさんの名前なの!?」
「…………あー。まあ、ね。あんまり他言しないでね?」
しまった、さっきリューゼがしれっとソウマとか言ってたね、そう言えば。レオンくん達にとっては初めて聞く名前だろうし、あの"杭打ち"の名前ってなると目を剥くのも無理からぬことだねー。
キラキラした期待の目で見てくる双子。周囲を見ればレオンくんにノノさんやマナちゃんもめちゃくちゃガン見してきてる。
怖……くはないけど、困るよー。顔と形姿、名前については極力隠してるんだから、不用意に漏らさないでよ、リューゼー。
いやまあ、レオンくん達は良い人達だから僕の個人情報を得たからと言って、それで何か悪さするとは思えないんだけど。それでもなるべくなら秘匿しときたかったものでもあるから、対処に困るー。
とはいえ双子相手に本気で"今見聞きしたことは忘れろ"なんて言えないし、仕方ないなあ。
やむなく僕は頷き、ソウマって名前であることを肯定した。続けて頼むから内密にねってお願いすると、さすが双子はいい子達だよ、こくこく何度も頷いてくれたよー。
はあ、これで一安心かな?
そう思ってると巨体が、リューゼリアがつかつかと近寄ってきた。
妙なものを見る目で僕を見つつ、怪訝そうに言ってくる。
「なんだァ、名前隠してんのか? 女みてーなツラ隠すのは分かっけどよ、何もオメーそんなことまで隠さなくてもいいだろォに」
「いろいろあるんだよ……っていうかまた言ったなお前、そろそろ本当に叩きのめすよ!?」
「ヘッ、何言ってんだ、よっ!!」
性懲りもなく僕を女の子みたいに言う! うがーって吠え立てると、リューゼはそれさえ鼻で笑い、僕の頭に手を伸ばす。
何をするつもりか知らないけどどうせろくなことじゃない、そう思って避けようとすると直前でものすごいスピードと力でガシッと、肩を掴んで固定してきた。
こいつ、やっぱりさっきの戦いは本気じゃなかったな!? 予想はしていたけど想定よりも大分早い動きに対応しきれず、目深にかかった帽子にあいつの指がかかる!
あーっまずいー!! 思うもつかの間、あっという間にリューゼは意外に細っこい指で帽子を器用に手繰り寄せ、僕の頭から取り外してしまった。
さすがにこれには慌てて、割と本気で飛びかかる。
「!? おい、帽子返せ!!」
「お前今年で15だろ? なんで3年前とほぼ変化してねーんだよ、成長期どこ行った。変声期も迎えてねーよな、その声」
必死に手を伸ばすもタッパが違う、手を高く伸ばしたリューゼに届かない!
仕方なし勢いよくジャンプして帽子を奪取、何だけどもう遅いよねー……唖然と、ていうか呆然と? してる煌めけよ光の皆さんの視線が痛い。
そしてやらかしてくれたリューゼはリューゼでなんか、化け物を見る目だし。悪かったな15歳にもなってほとんど3年前と変化なくて!
思い切り個人情報をばらまいてくれやがった馬鹿を思い切り睨みつけて僕は叫んだ。
「歳をバラすな!! 真っ最中だよ成長期については! 一応身長伸びてるんだよちょっとだけ、ほっとけよー! ……あと変声期についてはマジで来てなくて自分でもビビってるんだから本当に止めて、話題にさえ出さないで」
「そ、そうかィ……いろいろ大変なんだな、オメーも」
わりーわりー、とここに来て初めて申しわけなさそうに笑うリューゼリア。遅いよー、遅すぎるよー。
……まあ、レオンくん達だけってのは不幸中の幸いだしまだいいんだけどさ。これが不特定多数の衆目の中だったら、本気の本気で殺し合いだったよ。
まったく、憂いに吐息を漏らしてレオンくん達を見る。初めて見る僕の素顔に、彼らは揃って感動気味に興奮していた。
「──子供、それも女の子!?」
「杭打ちの素顔見ちまった……っていうかマジかよ、15歳って」
「ぴぃぃぃ……! し、正体知っちゃいました、消されちゃいましゅぅぅぅ……!!」
「消すわけ無いでしょ!? あと僕は男だ、ダンディな男だよー!!」
失礼すぎるよー!?
こんな快男児捕まえて何が女の子だよー!!
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秘密の共有だよー
「ミシェル殿……おたくんとこのリーダー、思いっきりやらかしてくれてるんでござるが。これどう落とし前つけるんでござる?」
鮮やかなまでに人の隠し事を暴露してくれやがった元仲間、元調査戦隊のリューゼリア。
レオンくん達だけだから良かったもののと頭を抱える僕を心配してか、サクラさんがミシェルさんに抗議した。
静かながら割と本気の声音だ、怒りを感じる……いや、その、そこまで本気でキレられるとこっちとしてもちょっと怖いというか。逆に僕が冷静になっちゃうっていうか。
ましてミシェルさんは直接関係のない立場だし、格上もいいところなSランクに睨まれて冷や汗を流しながら、引きつった顔で何度も頭を下げているよー。
これはこれでいたたまれないー。
「も、申しわけありません……リーダー! やりすぎです、彼には彼の事情があるんですよ!?」
「ン……いや、でもよぉ。勿体ねぇしよ、こいつがコソコソ身を隠してるなんざ」
「でももかかしもありません! 理由があるから隠しているのではないですか! それを無理に暴き立てるなんて、人として恥ずかしいことではないのですか!? それでも一団を率いるリーダーなのですか!?」
お、おおーう。ミシェルさん大激怒だよ、怖いよー。
サクラさんや僕の手前、怒らないってわけにもいかないからあえて過剰にキレて見せているところはあるんだろうけど、必死さがすごくて普通に圧倒されちゃう。
怯えてヤミくんとヒカリちゃんが僕に抱きついてきたよ、よしよし怖くないよ、僕が守るよー。父性が湧くよー。
双子を守るように庇っていると、ミシェルさんの剣幕にリューゼもタジタジだ。
さすがに身内に本気でキレられると慌てるみたいだね。慌てて僕に向け、誤魔化すような笑みとともに頭を下げてきたよー。
「わ、悪かった! わーるかったよソウマァ、勘弁してくれ!」
「まったくガサツな……人の気持ちを考えろってそれ、レイアにもウェルドナーさんはじめ調査戦隊のみんなからいつも言われてたろー!? なんで直ってないんだよー!?」
「苦手なんだよそーいうの……大体隠す理由なんてねェだろ。調査戦隊最強の冒険者がまるで犯罪者みてーに身を隠してるなんざ、オレからしちゃ意味不明すぎて腹立つんだが」
む……思わぬ反論にちょっぴり言葉が詰まる。
リューゼの立場からしてみれば、たしかに僕がここまで徹底して正体を隠しているのは理解不能だろう。まさか"杭打ち"としてでなく僕を見てくれる運命の初恋の人と巡り合いたいからーなんて言っても信じないだろうし、ねー。
まあ、あとは正体バレして学校とかで面倒事に巻き込まれるのは嫌だからってのもあるしー。
目下のところ一番の問題児だったオーランドくんは他国に行っちゃったからアレだけど、どうせ二学期になったら戻ってきてまた、ハーレム野郎になるんだろうしねー。
その辺の複雑極まる事情を逐一、説明するのも大変だ。
僕はいろんな箇所を省いてまとめて簡略化して、端的にリューゼに伝えることにした。
「……今の僕は学校に通ってる。身バレすると後が面倒になるから、それで姿と名前を隠して冒険者"杭打ち"をやってるんだよ」
「あー、モニカの手引だっけか? テメェが学生ねえ、なんの道楽なんだか知らねえが、楽しいかよ?」
「結構楽しいよ、友達もいるし……リューゼは僕くらいの年の頃、学校行ったりはしてなかったの?」
「行ってたが、だいたい喧嘩ばっかしてたからそれ以外の記憶はねぇなぁ」
「えぇ……?」
なんだよそれ、野蛮すぎるよー。チンピラか何かかなー?
完全に不良学生だよ、それも学校を裏で統べてるタイプのやつ。
そんな頃から泣く子も黙らせる"戦慄の冒険令嬢"だったらしいリューゼリアに、僕もミシェルさんも煌めけよ光の面々もドン引きの視線を禁じえない。
唯一サクラさんくらいかな? へぇやるじゃん、くらいに感心してそうなのは。ヒノモトはこれだからズレてるんだよいろいろー。
お互い大変だねー、とミシェルさんを一瞥してから、仕方ないと僕はレオンくんへと言った。
知られちゃったものは仕方ないんだし、せめて広まらないようにお願いだけはしとかないとねー。
「レオンくん達、そういうわけだから……悪いんだけどこのことは誰にも言わないでもらえると、嬉しい」
「あ、ああ! もちろん誰にも言わない! 冒険者として、いや人としてそれは誓うぜ! なあみんな!」
「言えるわけないじゃないこんなこと……言ったらそれこそあとが怖いし……」
「ぴぃぃぃ……わ、忘れたいでしゅぅぅぅ」
まっすぐで熱血で、そしてやはり善人チックに頷いてくれるレオンくんはともかく、ノノさんやマナちゃんのビビり方がエグいよー。
別に広まったとて、二人をどうにかする気はそんなにないのにー。まあ、ビビってるくらいのほうがこういう場合、いいのかもねー。
「あ、あの……! 知ってる人だけのところなら、ぼ、僕もその、言っても良い?! そ、そ……ソウマさん、って」
「……ま、まあそのくらいは。ヤミくんにヒカリちゃんは言いふらしたりしないって信じてるから」
「! う、うん! 絶対に言いふらしたりしないよ、僕と、あいや僕達とソウマさんとの秘密だよ!」
「ふふ、そうねヤミ。私達だけの秘密ねー」
ヤミくん、ヒカリちゃんが興奮からか顔を赤らめて尋ねてくる。
こちらに関しては何でもオーケーだよー、かわいいよー。双子にはついつい甘くなっちゃう僕だよ、なんかパパになった気分になるからねー。
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リーダーの初顔合わせだよー
「パーティーメンバーを探しに行かせた結果、リーダーをも伴って帰参するとはな。話が早くて助かるが、相変わらずの破天荒さだなラウドプラウズ」
レオンくん達とも合流して、無事に町にまで戻ってギルドに辿り着いた僕達。
リューゼの姿を見るなり慌ててギルド長室に通してくれたリリーさんが、戦々恐々って感じの顔をしながら退室していくのを見送ってからすぐ、ギルド長ベルアニーさんがそんなことを言った。
開口一番、皮肉っぽい物言いだよー。
対するリューゼ、これにも鼻で笑うのみだ。3年前なら煽られたと判断してすぐに殴りかかろうとしていたろうねー。このへんはやっぱり、彼女の精神的な成長を感じるよー。
とはいえ気性の荒さは相変わらずだから、皮肉には獰猛な笑みとともに皮肉で返すばかりだ。
「ヘッ、かくいうジジイも未だにピンシャンしてんのかい。そろそろ隠居してもいい時期じゃねえのか? なんならこのギルドオレ様にくれても良いんだぜ、戦慄の群狼に組み込んだらァ」
「それはもはやギルドとは言わん。ギルドの定義から勉強してくるのだな、小娘」
軽口、というには刺々しい言葉の応酬。その場にいるのは迷宮に行ってたメンバーとベルアニーさん、新世界旅団のシアンさん、レリエさん、モニカ教授なわけだけど……特にレリエさんがピリついたやり取りに身をすくませているねー。
反面、団長と教授は特に動揺した様子もなく堂々たるものだ。元より調査戦隊時代にこんな程度のことは当たり前レベルで体験してきた教授はともかく、シアンさんの胆力はすごい。
おそらくはその手の訓練を受けてきたんだろう、エーデルライト家で。貴族ながら冒険者を多く輩出してきた家だからねー、いつかの巣立ちに備えてみっちりと基礎能力を鍛え上げていてもおかしくないよー。
「っ……」
「大丈夫だよレリエ、リューゼリアは見かけによらず時と場合、相手は弁えている。手負いの獣じみた、隙を見せればすぐさま食い千切られかねないような空気は見せかけと言うよりわざと出しているに過ぎない。メンツを気にする子なんだ」
「何があろうと私の団員に手出しはさせません。まして反撃能力を持たないレリエやモニカはなおのことです……安心して、私を信じて」
「え、ええ……信じるわ、シアン」
美しい三輪の花、それらが織りなす友情の姿だよー!
お美しすぎて目が潰れそう。シアンさんにレリエさんは元より、口さえ開かなきゃモニカ教授だって壮絶な美女だからねー。3人でソファに並んで仲睦まじくしている様子は、見ているだけで恋に落ちそうだよー、もう落ちてるー。
素晴らしい光景に目を細めていると、ベルアニーさんが2回、手を打ち鳴らした。じゃれつくのはこの辺にして本題に入ろうって仕草だね。
もうちょっと、もうちょっとこの光景を見たかった……! でもまあ、今後いつでも見られるんだからまあ良いかな。良いものは何度見たって良いんだ、だから何度でも見られる僕はとんでもない幸福な男なんだよー。えへへー。
「新世界旅団の二人、並びに煌めけよ光の面々もご苦労だったな。諸君らは大変大きな功績をあげてくれた、ギルドとして後ほど、報酬を与えよう」
「どもー」
「ござござー」
「あ、ありがとうございますギルド長!!」
まずはミシェルさんを探した結果、まさかの本丸であるリューゼまで引き連れてきた僕達への賞賛が送られた。
褒賞もつくってさ、やったね。
リューゼを引っ張ってきたことで話が数段階、すっ飛ばしで進められるからねー。それはすなわちシミラ卿救出も捗るわけで、そりゃベルアニーさんからすれば拍手の一つもしたいってなものなんだろう。
「やったぜノノ、マナ、ヤミ、ヒカリ! 報酬だ報酬!」
「新世界旅団にどっぷりもたれかかってただけだけど、まあありがたいわよねえ」
「えへ、えへへへ……!」
「ご褒美だってさ、ヒカリ!」
「美味しいもの食べられるね、ヤミ!」
思わぬ報酬にレオンくんや仲間達が浮かれて満面の笑みを浮かべている。新人さんらしくて良い姿だよ、こういうのが冒険者の醍醐味の一つだよねー。
ヤミくんにヒカリちゃんも子供らしく大はしゃぎでほっこりするよー。周りの大人、特にベルアニーさんなんか露骨に目尻が下がってる。おじーちゃんには孫みたいに見えてるのかなー?
とまあ、和む光景もそこそこにして、いよいよ本題に入る。本質的に部外者な煌めけよ光の面々はこれにて退場だ、手伝ってくれてありがとうー!
5人が退室して、スッキリしたギルド長室。ベルアニーさんはそして、さてと前置き程度に分かりきった話をシアンさんへと向けた。
「さて……エーデルライト団長、期せずして戦慄の群狼リーダーであるリューゼリア・ラウドプラウズと今ここで話し合いをできる状況が整ったわけだが……どうするね?」
「しない理由がないでしょう、ベルアニーギルド長。我々はワルンフォルース卿救出のため、打てる手を可能な限り打てるタイミングで打つべきなのですから──その前に自己紹介をさせていただきたくは思いますが」
当然と頷くシアンさん。その瞳は力強い光をもって、リューゼリア相手にも一歩も引かない様相だ。
そして……新世界旅団団長と戦慄の群狼リーダーの、初顔合わせが始まった。
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安っぽい挑発だよー……
向かい合うシアンさんとリューゼリア。
新世界旅団と戦慄の群狼──そのトップが初めて顔を合わせ、そして言葉をかわす瞬間だ。僕はそれを、少しばかりの緊張とともに眺めている。
シアンさんは無表情を貫いているけど、内心の緊張はどうしても雰囲気に出ている。片やリューゼリアのほうは余裕の笑みを浮かべて、物理的な高みから団長を見下ろしている──まさしく子供と大人ってくらいの身長差。
見た目の差がありすぎるくらいある二人。けれど気迫だけは負けないと言わんばかりに、シアンさんは口を開いた。
名乗りを上げる時だ。
「初めましてレジェンダリーセブン、"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズ。私は新世界旅団団長、シアン・フォン・エーデルライトと申します」
「早速会えたなァ小娘。いかにもオレがリューゼ様よ……モニカも久しぶりだな、元気してたか」
「まぁね、身内の恥が物理的に退場してくれてすこぶるいい調子だ。これも我らが団長のおかげと言えるかもしれないね?」
「…………!」
わお。いきなりシアンさんを飛び越して旧知のモニカ教授に行ったね、リューゼ。
つまるところそれは、彼女は面と向かって相手をするに値しないと言っているも同然な、露骨な見下しだ。お前なんかどうでもいいから教授と話させろ、なんて厭味ったらしいのが露骨だよー、ムカつくー。
教授は当然意図を理解していて、最低限のフォローとばかりに団長を持ち上げる。苦笑いしているあたり、リューゼの挑発的言動に思うところはあるみたいだ。
一方でシアンさん、無表情に亀裂が走った。ここまで面と向かって素気なくされたのは中々ない経験だろうし、貴族としてはありえない対応だからね。さすがに顔色だって変わるよー。
……初顔合わせのタイミングじゃなければ、もうこの時点で僕とサクラさんは暴れてる。リューゼリアを叩きのめして地面に這いつくばらせ、土下座させてごめんなさいを100回くらい連呼させてやっている。
僕が見込んだ団長に何してくれてんだ、コイツ。彼女への侮辱は新世界旅団への侮辱、それすなわちは僕への侮辱だ。サクラさんも同様だろう、微笑みの中に殺気が見え隠れしていて、隣のミシェルさんに冷や汗をかかせているね。
一触即発。あからさまにこちらを舐め腐ってくるリューゼに、シアンさんはしかし、毅然とした表情を向ける。
そう、そうだよシアンさん。この局面はリーダー同士のマウントの取り合い、ある種の戦いなんだ。僕らはどうあれあなたの味方だけれど……部外者にも分かりやすくどちらが上でどちらが下かを示すには、やはりあなたが踏ん張るしかない。
これもリーダーの、団長の戦いなんだ。だから頑張って、シアンさん!
祈るように彼女を見ていると、リューゼがそんな団長を見、ふんと鼻を鳴らした。
「フン……目は良いな、そこは認めるぜ。レイアの姉御にも似た、尽きることのねぇ野心の光だ。何度も見てきた、気持ちのいい目だ」
「畏れ入ります」
「……だがそれだけじゃいけねーってのは分かってるよなァ、おい。仮にもソウマを引き入れたんだ、当然、テメェにもなんかあるんだよなァ、えぇ?」
「っ!!」
にわかにシアンさんの瞳、眼差しを褒め──僕と同じに、レイアのソレと同じものを見出したみたいだよー──直後、放たれる威圧。
レジェンダリーセブン、世界屈指のSランク冒険者としての実力をいかんなく発揮した、本物の、本気の威圧だ。全力じゃないだろうけど、新人の娘さんを気絶させるくらいはわけないほどの、慈悲のない威力をリューゼリアは放つ。
威圧自体は何度か経験しているだろうけど、さすがにこのレベルは初めてのはずだ。体験するには時期が早すぎるのもある、そもそもそこまで鍛えきれてもいない!
それでもにわかにたじろぎ、数歩下がっただけで済んだシアンさんをこの場合、褒め称えるべきなんだ……厳然たる事実として、この時点で上下の格付けがついてしまったも同然だとしても。
「くっ……!?」
「どしたィ小娘、反抗できねぇのかァ? ちょいとした威圧程度で音を上げてちゃあ、ソウマが従う理由はねえやなァ」
「…………何、を」
「やっぱソウマ、お前こっちくるか」
蔑むように見下し、たじろぐシアンさんを一瞥してからの、僕への勧誘。
そこに揶揄や冗談、皮肉や嫌味の色はない。完全に、心底に本心から、リューゼは僕を誘っていた。
──戦慄の群狼の鞍替えしないかと、このタイミングで言ってのけたのだ。
「嫌だよバカバカしい。なんでお前の下につかなきゃいけないんだ」
「そりゃオメー、こいつが弱っちいからさ。弱いやつに従うなんざ無駄だ、何もかも。特にお前さんみてぇな、強いやつはな」
「……!!」
打って変わって親しげな笑み。シアンさんをまったく見るべきもののない小物とした瞳で、僕を評価してくる。
それでいてシアンさんを当て擦るような物言いをして、彼女はなおも続けて言った。
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土壇場での覚醒だよー!
「理想だなんだと御託並べても、結局冒険者ってのは力がすべてだ。弱いやつにはなんもできんし、強いやつにはすべてが許される」
「っ……何を」
元調査戦隊最強格たるレジェンダリーセブン、その一角としての力を発露させての威圧。
大人げないほどに自身の武を、威を示すリューゼリアはそんなことをつぶやいて、シアンさんをことさら強く見下した。
侮蔑ではない。これは哀れみの、憐憫の視線。弱い者に向ける強者の、傲慢がにじみ出た苛立たしい目だ。
僕が一番嫌いな目だ……だけどまだ動けない。まだシアンさんは抗っている。新世界旅団団長として、たじろいでも折れるまでは至っていないなら、まだ僕らは成り行きを見守るしかできない。
この問答は謂わばリーダー同士の勝負なのだから、ね。
「その点言えばソウマなんてのは、手に入れた陣営が強制的にトップ層になっちまうほどの力を持つ……だからこそ、テキトーなやつにゃ渡せねえよなあ?」
「私は……適当などでは……!!」
「弱い。威圧も半端。おまけに気圧され方も半人前ときた。これがテキトーじゃなきゃなんだァ? ガキが最強を手にして浮かれてたのが丸分かりだぜ」
威圧を受けて、息をするのも難しい中、それでも反抗の声を上げる団長。大したもんだよ……世界トップクラスに、ここまでやり込められてそれでもまだ闘志を衰えさせていない。
その瞳には変わらず野望の炎が、未知なる冒険への憧れが絶えず燃えているんだ。
シアンさんがそうである以上、僕もサクラさんもレリエさんも、あるいはモニカ教授だって彼女の下は離れないと強く思う。
少なくとも僕は離れないさ、彼女が彼女である限り。それにリューゼリアの戯言なんて関係ないよ、僕は僕がそうしたいからシアンさんについていってるんだ。
そこを勘違いしてるあいつの姿こそ、まだまだ一人前には程遠いね。
冷めた目で見る僕に気づくこともなく、リューゼリアはさらに言葉を重ねる。
「器じゃねえのにソウマを手にするなんざ、運が良かったのは認めてやるがそれもここまでだ。ソウマを手放して新世界旅団は解散しな。安心しろ、テメェも戦慄の群狼には入れてやるよ。トイレ掃除からの見習いでなァ!!」
いろいろラインを超えてくれた発言だ、そろそろ動こうか……サクラさんも無表情になりカタナに手をかけ、隣のミシェルさんが顔面蒼白の様相を呈する中、僕も杭打ちくんに手を伸ばした。
これ以上はリーダー同士のやりとりですらない、一方的な誹謗中傷、暴言、あるいは度を超えた侮辱だ。そこまで許す僕らじゃないよ、当然ね。
──土手っ腹に風穴ブチ空けてやる。
かつての仲間だとかそんなの関係なく殺意を剥き出しにする。今ここでこいつを終わらせて、やってくる戦慄の群狼も殴り倒して逆に吸収してしまえばそれで終わりだ。
リューゼリアこそトイレ掃除がお似合いだ、ていうか昔死ぬほどしてたもんね、やらかしまくりのペナルティとして。
3年のうちにずいぶん、僕が嫌いなタイプの人間になったもんだなと残念に思いつつ仕掛けようとした、その矢先。
「…………ふざけるな」
シアンさんが、静かに一歩前に踏み出した。
おぞましい威圧を受けながら、それでも前に進んだんだ。そして両の足、両の瞳に力を込めて、リューゼリアを思い切りにらみつける!
「おっ……?!」
「わたしを……私を舐めるな、リューゼリア・ラウドプラウズ!!」
「…………!!」
「シアン……!」
──咆哮。これまでにないほどの威圧、カリスマを放ちながらの叫びが室内にいるすべてを圧倒した。
シアンさん、ここに来てまた一つ壁を超えたんだ。直感的に悟り、僕は息を呑んだ。
彼女にとって、この局面は危機だったんだろうね。生命じゃなく、心の、尊厳の、そして夢と野望の危機だ。
リューゼリアの強力な威圧にさらされながら心を折られそうになり、それに抗することさえできないで部下の前で侮辱されそうになって……その土壇場で、潜在的な能力が引き出されたんだろう。
リンダ先輩の時と同様、壁を超えてみせた。
今やリューゼリアに抗えるだけのカリスマを、本能的なところで放つシアンさんは紛れもなく強者の風格を漂わせている。
その風格をさらに意図的に引き出して、彼女は吼えた!
「たとえ新人であっても若手であっても、心は遥かな未知を見据える、私は冒険者だ! 心に宿したこの炎は、たとえレジェンダリーセブンであっても否定はさせない!!」
「テメェ……!」
「あなたこそ、戦慄の群狼こそ我が傘下に加わりなさい! 掃除などはさせません……我が身を侮ったあなたは、その分新世界旅団のために力を尽くすのです!!」
トイレ掃除しろとまでふざけたことを言ってきたリューゼリアに、渾身の力をもって言い返す。
戦闘力に依らない、気迫や威圧の面で言えば……シアンさんは一気に、リューゼにも届きかねないところまで到達したよー!!
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誰もが最初は志だけ、だよー
土壇場での覚醒、と言うよりは元からの底力が引き出されたってところだろうか。
対峙する前より遥かに強い威圧を放つシアンさんは、今やリューゼリア相手にも一歩踏み出せるほどにそのカリスマを拮抗させている。
カリスマ、威圧、あるいは支配力……この手の能力は迷宮攻略法でもある程度までしかカバーできない、半分以上が天性の素質に依る部分だ。
実際、リューゼリアには生まれついてのカリスマなんてありはしなくて、今放ってるのは迷宮攻略法の一つ、威圧法を駆使しての擬似的な支配力だからねー。
逆に天性の素質、貴族としての生まれ育ちに由来するカリスマを持つシアンさんなら、現時点でもある程度は対抗できるんだよー。
もっとも、さっきまではほとんど眠っていた素質で、今も少しばかり引き出したって程度だろう。
目覚めたばかりの力に、意識のほうが少し追いついてなさげだ。脂汗をかく団長を見て、リューゼリアは顔をしかめて告げた。
「オレ様の威圧に抗ったのか、褒めてやらァ……だが志だけ一丁前でもなァ。そんな意気込みだけのカスなんざこの世の中、ごまんといるんだぜ、小娘」
「意気込みだけ、大いに結構っ!!」
なおもシアンさんを見くびる彼女に、けれど返される力強い断言。まさしく開き直りの言葉だけれど、そこに込められた想い、祈りは生半可なものじゃない。
意気込みだけ。たしかに今はそうだろう。シアンさんは今はまだ弱いし、新人さんだし、経験もろくにない。大言壮語と壮大な夢ばかりとカリスマが持ち味の、少し探せばそれなりにいそうな冒険者でしかない。
だけどそんなの、掲げた夢の灯火の前にはなんの理由にもなりはしない。
シアンさんが、燃えるような瞳を宿して力強く言い放つ!
「信念も大義もない、力だけの輩などそれこそ単なる暴力装置! 志あってこその力、理想あってこその現実なのだと知りなさい!」
「…………ほう」
「誰もが最初に掲げるは、力ではなく志のはず! あなたもかつてはそうだったでしょう……己の始まりさえも貶めて、それが冒険者としての姿とでも言うつもりですか、リューゼリア・ラウドプラウズ!!」
今届かないならいつか届かせる。今できないならいつかできるようになる。そのために今、この時を必死に積み重ねる。
誰だって初めは何も持たないんだ。それでも想うところが、目指したい夢があるから進んでいける──レイアやリューゼリア、調査戦隊のみんなもそれは変わらなかっただろう。
鼻で笑った意気込みだけど、誰もがそこから始まったんだ。
どうやらそれを忘れてるらしいかつての同胞をこそ、僕は軽くせせら笑ってやった。
「ハハ……お前の負けだよ、リューゼ」
「…………ソウマ」
「誰もが最初は口だけだ。誰も彼も、始まりは夢みたいな理想だけなんだ。それはお前だって同じだ……お前は自分の起源をもカスと言うのかな?」
「言うわけねぇだろ。つうかそもそもオレ様は最初から強かったっつーの」
強気にふんぞり返るけど、さすがに負けを認めはしたみたいで威圧がすっかり消えていく。代わりに僕を睨んでぼやくんだけど、最初から強かったからってそれが何? って話だよねー。
強さで人を選ぶんなら僕なんかは永遠に一人ぼっちだ。そんなところじゃない部分に価値を見出だせたから今、ここにこうしているんだよね。
弱くても、まだまだこれからでもシアンさんにこそついていきたい。そう思わせてくれるだけでももう、それは僕にとってリューゼにも勝る彼女の魅力なんだ。サクラさんやレリエさん、モニカ教授にとってもそうだろう。
強さに負けない夢を、理想を掲げてくれる団長こそが僕を連れて行ってくれる人だと信じる。
そんな僕の想いをようやく感じ取ったのか、リューゼは肩をすくめた。一触即発の空気が霧散して、シアンさんも緊張から解放されてその場にてふらついていた。
「ぅ……」
「シアン!」
体力も気力もごっそり削られたんだろう、とっさにレリエさんが介抱し、ソファに座らせて優しく背中を撫でさすっている。
お疲れ様……団長。あなたはたしかに新世界旅団のリーダーとして、レジェンダリーセブンにさえ負けない姿を見せてくれたよー。
団員としてとても、誇らしいねー。リューゼがつまらなさそうに呻く。
「ハン…………まあ、それなりにわかったぜ。小娘、テメェはたしかにレイアの姉御に似てるな」
「ソウマくんにもそれは言われますが、そんなになのですか?」
「見た目や声の話じゃねえぞ、性格も違う。だが放つカリスマだけはそっくりだ。ソウマ、モニカ。オメーらもこれに引っかかったのか」
「自分から飛び込んでいったんだよ。彼女とならまた、冒険してもいいってそう思えたからねー」
彼女は彼女なりに、シアンさんを見定めたみたいだ。新米、雑魚。だけど小物でもないって印象かなー。
今はそれでも良いよー。そのうちもっともーっと、団長のすごいところを目の当たりにするんだろうからねー。
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だいたい自業自得だよー
「で、そろそろいいかねじゃれあいは? 若いことで結構だが、時と場合は弁えてもらいたいものだな二人とも」
シアンさんとリューゼリアの睨み合いにも一段落ついた頃合いで、ギルド長のベルアニーさんがそんなことを言ってきた。
いかにも紳士然としているけど声色や口調は皮肉めいている、という表現がぴったりくるねー。
実際、TPOを弁えたやり取りだったかって言うとそれは間違いなく違うからね。吹っかけたのはリューゼだけど乗っかったのはシアンさん、固唾を呑んで見守るだけだったのは僕達みんなだ。
そりゃあ呼びつけた側としては苦言の一つも呈したくなるってなものだろう。本来の目的そっちのけで、なんかパーティー同士の競り合いしてるんだもんねー。
そこは申しわけない話で、シアンさんも慌てて頭を下げた。まだまだ新人、それも育ちのよろしいお貴族さんだし、ギルド長へも礼儀正しいよー。
「失礼しました、ギルド長」
「けっ、何を今さら良識人ぶってんだタヌキジジイが。テメェが一番この手のいちゃもん、あちこち相手にふっかけてきてたろーが昔はよォー」
反面、冒険者として完成されているリューゼリアの態度はビックリするくらい反抗的だ。普通の冒険者でももうちょい丁寧に言い返すものを、歯に衣着せぬってこのことだよねー。
これについては彼女がベルアニーさんを嫌いとかって話ではなく、ギルド長なんて役職付いてるからって調子こいてんじゃねー的な、冒険者特有の反骨心から来るものだ。
冒険者なら大小あれど、概ね偉そうにしているやつなんて立場関係なしに噛みつきたくなるものだからねー。
だからギルド長なんて立場は実のところ、恐ろしいまでに貧乏籤なんだよー。上に立たれたと見るや即座に喉笛を掻き切ってやろうって連中の、明確に上に立とうっていうんだからねー。
どれだけ報酬がよくても、どれだけ特別手当や福利厚生が桁違いでも僕はぜーったいにこんな役職就きたくないや。
今まさに下手なこと言ったら喉笛掻き切ってやるって空気を出しながら獰猛に笑うリューゼリアに、ベルアニーさんは嘆息混じりに答える。
この人くらい肝が座っているなら、たとえリューゼ相手にだって一歩も引かないでいられるわけだねー。
「昔は昔、今は今だ。どこぞの調査戦隊が発足して以降、冒険者のマナーはそれ以前より遥かに向上したのだからな。いつまでも古い時代を引きずっていてはそれこそ老害の誹りは免れまい。おや、小娘の癖をして老害のような真似を今しがた、していた輩がいるな?」
「その煽り方がタヌキなんだよテメェはァ! ソウマァ、おめーもなんか言ってやれェ!!」
言葉じゃ勝てないのによく仕掛けたよ、リューゼ。しかもこれで手を出したらダサいじゃ済まないものね、詰みだ詰みー。
言い負かされて顔を真っ赤にして、僕に助けを求めてくる戦慄の冒険令嬢さん。いや、なんで僕が何かを言わなきゃならないのかな?
冷淡に告げる。
「なんで僕に指図できると思ってるんだよ老害小娘。お前ついさっきまで誰のパーティーの団長に喧嘩売ってたんだか言ってみろよ」
「ソウマァ!?」
「ごーざござござ。元仲間の好もさすがにああまでやらかされては尽きるというものでござろうなあ。一団率いるリーダーとして、そんな程度のことも分からんでござるか、ごーざござござ!!」
「るっせぇぞジンダイ! テメェのざーとらしい笑い声はとにかく腹立つからやめろや!!」
なんで今さっきまでうちの団長に喧嘩売ってた馬鹿に同調しなくちゃいけないんだか。
サクラさんもプークスクスって感じで笑って小馬鹿にすれば、リューゼはこの手の煽りに相変わらず弱くてすかさず吠えた。
ただ、状況の悪さと言うかどっちが悪いかについては明確に自覚があるみたいだ。3年前よりは頭が回ってるし、それならそりゃわかるよねー。
バツが悪そうに舌打ち一つして、そっぽを向いて拗ねたようにぼやいていた。
「チッ……あーはいはいオレが悪かったよ、良いから本題入るぞ、んどくせー」
「お前ほんと、次やらかしたらぶち抜くからねー。ベルアニーさん、とりあえず話を進めましょうかー」
「そうするか。やれやれ、調査戦隊がいた頃がそのまま蘇ったかのような馬鹿馬鹿しい一時だったな」
「そんな頻繁にさっきのようなことが起きていたのですか、調査戦隊とは……」
まるでいつものこと、みたいに扱う僕やベルアニーさんにシアンさんが汗を一筋流してつぶやいた。近くではミシェルさんがドン引きしてるし、レリエさんもなんか首を傾げている。
ぶっちゃけ傍から見たら仲良しさの欠片もない光景だからね、仕方ないよねー。でも少なくともかつての調査戦隊、それもリューゼ絡みの事件においては本当にこんな感じだったんだよ、いつもいつもー。
調査戦隊一のトラブルメーカーっていうのかな。とにかく話をかき回して無茶苦茶にして、最終的には叱られてしょぼんと不貞腐れる。それがリューゼリアの立ち位置だったわけだねー。
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先代騎士団長はスチャラカさんだよー
「さて……それではシミラ卿処刑阻止について打ち合わせを始める。とはいえまずはラウドプラウズ、お前の意志を確認せねばなるまいが」
「あん?」
わちゃわちゃした会話もそろそろいい加減にお開きにして、ベルアニーさんが音頭を取る形で打ち合わせが始まった。
ほぼなし崩しの形でリューゼリアには参加してもらってるけど、向こうとしてもギルドの意向は気になるだろうから利害は今のところ、一致してるねー。
さしあたってまずは彼女の、ひいては戦慄の群狼が今回どういう立ち回りをするかが焦点になるだろう。それゆえギルド長が尋ねると、リューゼリアはデカい図体で足を組み、いかにも荒くれたふてぶてしい態度で眉をひそめる。
それにも構わず、百戦錬磨の老爺は眼光だけを鋭くして問い質した。いい加減な返答は許さないという、尖った威圧を込めている。
「戦慄の群狼がこの町に来るのは、ひいてはお前が先行してまで急ぎやって来たのは彼女を救うためでもある、という認識で良いのだな? 別に興味がないだとか、どうでもいいというわけではないのだな」
「あたりめーだろ……いや、戦慄の群狼ごとこっちに戻ってきたのは偏にソウマとモニカ目当てが元々だったが、途中でシミラのやつが処刑されちまうなんてニュースが耳に入ってよ。そりゃ姉貴分のオレ様としては、助けに行かにゃと思って1人先行したのさ」
威圧をものともせず、むしろ返り討ちにしてやろうって気迫をもって返事をするリューゼリア。
語られる経緯からするに、元々からこの町に来る予定だったのがシミラ卿のニュースを耳にして慌ててこいつだけ来たってことか。迷宮内で言ってたこととほぼ同じだねー。
っていうか姉貴分って、まだ言ってるんだねそんなことー。たしかに3年前からリューゼリアはシミラ卿をやたら可愛がっていて、まさしく妹みたいな扱いをしていたんだけど……まだ続いてたんだね、それー。
ちなみに当のシミラ卿からはひたすら迷惑というか、鬱陶しがられていたのがなかなかアレな関係性だったなー。そもそも彼女にとって姉のような、師匠のような人はもうすでに別にいたからねー。
リューゼめ、都合よくその人のことを忘れてやいないだろうね?
なんだか不安になって、僕は呆れ混じりに彼女に指摘した。
「……まだシミラ卿の姉気取りなのー? 3年前も言ったけど、そこはマルチナ卿のポジションだと思うんだけどー」
「あのスチャラカにゃシミラは渡せねえなァ」
良かった、一応覚えてはいたんだねー。まあ、あんないい加減すぎる人そうそう忘れられるもんじゃないんだけどさー。
リューゼリア曰くのスチャラカさん──元エウリデ騎士団長マルチナ卿。彼女こそがシミラ卿にとっては本来、姉のように慕っていた人なんだよねー。
いやー懐かしいな、なんか。
しみじみとあの、言うことやることほとんどテキトーな美女を思い浮かべているとシアンさんが少しばかり、前のめりになって反応してきた。
マルチナ卿も同じ貴族だし、何より元調査戦隊メンバーだからね。興味を持つのも当然だよー。
「マルチナ……マルチナ・ラスコ・ペイズン卿ですか、先代騎士団長の。たしか調査戦隊解散と同時に騎士団長を辞し、今や世界を旅する冒険者と聞いていますが」
「そうだよー。シミラ卿が一番憧れてる人で、腕前こそレジェンダリーセブンには及ばなかったけどそれ以外の、判断力とか指揮能力、育成能力とかがものすごい人だったんだよー」
「性格はとにかく世の中舐めきってるちゃらけた女だったがな……ソウマが追放食らった後もさっさと荷物まとめて逃げ出しやがったしよォ」
懐かしみつつ団長に教える。元騎士団長、今は世界を旅してるんだね。とりあえず元気そうだし良かった、良かった。
世の中舐めきってるとまで言われるだけのことはあり、ともかくチャランポランな人だけど……どうやら僕が追放された直後にさっさと一抜けを決め込んでいたらしい。
うーん、いかにもあの人らしいよー。
口癖というか、二言目にはすぐ"じゃあ逃げよっか! "って連呼していた曲者極まりない人だったからねー。ワカバ姉も若干やりづらそうにしてたくらいだし、海千山千ぶりがすごかったんだー。
そんな彼女だから、調査戦隊が駄目そうになったらスタコラサッサと逃げるのも頷ける。ついでに前から煩わしいって言ってた騎士団長としての役目も投げ捨てて、まんまと逃げ切ったわけだねー。
「あー……そうなんだ、それでシミラ卿が後釜を。元々騎士団長とか向いてないーって散々言ってたもんね、あの人ー」
「あのアホの尻拭いで団長なんぞになって、さぞかしシミラも苦労したんだろうさ。それでその果てが処刑だなんてのはどう考えても話にならねえ」
「……まあ、最近見たシミラ卿はずいぶんくたびれきってたねー。もう騎士団長なんて辞めちゃえば良いのにとは、僕も思ってたよ」
ヤミくんヒカリちゃん、マーテルさんの騒動の時に見たシミラ卿を思い返す。もう精神的にも大分キていた、悲惨な姿だったよー。
散々苦労して、いろんなもの背負わされて……その先が処刑台だなんて、たしかにありえないよー。
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根底にあるもの、だよー
シミラ卿はそもそも優秀な人だったけど、騎士団長になるにはどう考えても時期尚早な人ではあった。
真面目さこそが彼女の売り、長所ではあったんだけどー……どうしようもない貴族のボンボン達を率いるには適当さが致命的なまでに足りなかったんだよね。
マルチナ卿みたいないい加減さが良くも悪くもなくて、すべてのことに全力投球だったんだ。
少なくとも3年前はそうだったし、最近の様子を見るにその辺の性格や性質はあんまり変わらなかったんだろう。だからあんなにくたびれきって、可哀想に挫折しきっちゃったんだねー。
その辺、こないだの様子も含めてリューゼに教えると、彼女は額に青筋を立てて怒りを堪え、けれどそれをなんらかの形で発散することなく呑み込み、一つ大きな息を吐いた。
そしてやるせなさそうに、力なく呻く。
「上にゃ玉座のゴミと取り巻きのウジ。下にゃボンボンのカスとその親族のクズども。挟まれちまって疲れねえわけねぇんだよ、あいつクソ真面目なんだから。マルチナくらいやる気ねぇやつじゃねーとあんな立ち位置、やってらんねーに決まってらァな。気の毒によぉ、シミラ……」
「最後のほうはなんかもう、見てて辛かったよ。自分の命さえ投げ捨てる勢いで、それでも信念や正義を貫こうとしていて……結果として今、処刑騒動になんてなっちゃってるところはあるよ、間違いなくね」
「古代文明から来たからって実験用の玩具にするなんざ、たとえ上の指示であっても逆らって当然だ。あいつは悪くねぇんだよ。それをエウリデのクソッタレども、舐めた真似をしやがって……!!」
拳を握りしめてシミラ卿の無念を推し量る。
マルチナ卿が逃げたことでいきなり抜擢された役職だけど、それでも理想を実現するんだと燃えてたんだろう彼女が終いには疲れ果て、死んだ瞳で処刑になっても構わない、とでも言いたげだった姿は僕にとっても到底、許容しがたいものだ。
人を人として扱い、護り、助けることがそんなに悪いのか? そんなに赦せないことなのか? エウリデは、そこまでして古代文明を追いたいのか?
僕だって冒険者だ、古代文明には一ファンってこともあり飽くなき探求心がある自覚は持ってるよ。でもこれは違う、絶対に違う。
罪なき者を踏みにじってまで追い求めた先に、本当に価値のあるものなんてありやしない。絶対に、何があってもだ。
それを忘れているのか無視しているのか、エウリデの王族貴族は……金に肥え、飽食に飽き、華美に腐り果てて何が値打ちのあるものなのか分からなくなったのか?
だったら思い出させてやる。生命の大切さ、尊厳の価値を。
内心で沸々と湧き上がる闘志。同じくリューゼもまた、あからさまなまでに闘気を抑えながらも言った。
「ちょうどいい機会だ、エウリデのふんぞり返ってるゴミどもこそオレ様が処刑したらァ。カミナソールみてぇにしてやる、更地だあんな城」
「……案の定、だな」
「案の定だねー」
「案の定でしたね……」
エウリデへの怒りはそれはそれとして、リューゼはリューゼで予想されていた通りの極論に走ったよー。
笑っちゃうくらい想定通りのことを言ったね、エウリデ上層部皆殺しって。
相変わらず短絡的で何よりって感じだけど、ここからこいつを止めなきゃいけないから骨だねー。
さすがにエウリデを亡国にするのはやりすぎだって、僕らの説得で理解してくれれば良いんだけど。
ベルアニーさんが一息置いて、リューゼリアに話しかけた。
「それを止めてほしくて我々はお前を、というかお前との交渉を可能にするミシェルくんを探していたのだ。軽挙妄動からエウリデをかき乱すような真似はしないでほしいと、頼み込むためにな」
「そりゃ予想してたがよォ……一応言っとくがオメェら、何を日和ってんだよ。シミラが殺されようってんだぜ、殺さなきゃ駄目だろ」
「もはや蛮族の思考だよー……」
殺されそうだから止めるってのは僕らの方針でもあるから否定しようがないけど、だから殺すねとはなかなかいかないよー?
あまりに乱暴かつ短絡的な主張をするリューゼリアに周囲も唖然、と言うかドン引きしている。
ただ、モニカ教授だけはいろいろ苦笑いしてるね、文通してたからこういうことを未だに言うやつだって知ってたんだろう、きっと。
コホン、と咳払いをして教授がやんわりと彼女を宥めた。
「殺して、殺し尽くしてそうしたらどうなる? エウリデの平和は瓦解し周辺国家などが早速攻めてくるだろうね。そんなことを引き起こさせるのは、それはそれで冒険者と言えないはずだよ、リューゼリア」
「関係あっかよ、こんな国よそにくれちまえ。オレ達調査戦隊を良いように扱き使った挙げ句勝手して解散させてくれやがった連中に、かけてやる慈悲なんざどこにもねえよ」
にべもない意見。なんていうか、根底にはやっぱりソレがあるんだよね。
すなわち怨恨。調査戦隊解散のきっかけを作ったエウリデって国に、こいつはずっと、ずーっと! 憎み怒り続けているんだよ。
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復讐の範囲、だよー
結局突き詰めると復讐が目的でもある。リューゼにとってこれは、そういう話なんだ。
調査戦隊を瓦解せしめた僕の追放。それを招いたエウリデの脅迫、王族貴族の傲慢、差別意識、そして自己保身に悪意もろもろ──それら含めて、彼女は3年経っても未だ消えることない憎悪を抱き続けているのだ。
「こんな国があるから調査戦隊はあんなことになっちまったんだ、ならいらねーだろそんなもん。多少の混乱がどうした、3年前のオレ達はもっと混乱したってんだよ」
「それが本音か、ラウドプラウズ」
「シミラを助けたいってのが最優先だぜ、もちろんな。だがそれと同時に、どうせやるなら後顧の憂いってやつも絶っておきてえ気持ちがあるってこった。オレ様の怒り、憎しみもここらでスカッとさせときてーしな。シミラとは関係ないところで、オレも頭にきてんだよいろいろ」
ベルアニーさんの苦渋に満ちた顔をせせら笑うように、リューゼはあっけらかんと自身の思うところ、シミラ卿救出と同じくらいに抱えている心の内を明かした。
シミラ卿を救う、これは間違いなく本音だろうねー。でもそれだけじゃない、かつての復讐や意趣返しなんて意図も同時に存在しているんだ。
そしてそれは、シミラ卿救出を邪魔するものでは決してない。
いわばもののついで程度、だけども狙えるならば確実に狙っていきたいくらいの重さはある鬱憤晴らし。
調査戦隊の元メンバー、とりわけ中枢にいたんだからこのくらいは当然、考えているよねー……むしろ何をおいても復讐優先! ってなってない時点でまだ良心的ですらあるよー。
「それは困る、と言ってもお前は聞かないのだろうな……」
「エウリデが混乱に陥れば冒険者の活動も阻害される。そこを考慮に入れてみてはくれないのかい?」
「入れた上で断じるぜ、どーでもいいってな。冒険者なんてのァ別にエウリデじゃなくてもできるこった、せいぜいこの国が滅びて喰い散らかされていくのを外から眺めながら、ほとぼりが冷めるまで他所で迷宮なり未踏破区域なりを攻めていけば良い」
「それはそうかもでござるが……いたずらに被害を拡大させるのもどうかと思うでござるよ?」
「知ったこっちゃねえ。そもそも上層部不在となりゃそんな混乱も起きずに他所の国も食い込んでくるだろ、カミナソールよりかは酷いことにゃならん。それでも出る被害は、まぁアレだ、運が悪かったってやつだな」
うーん、恐ろしく無責任。自分の行動でもたらされるあらゆることを一切頓着せず、背負おうとも抱えようともしない姿はいかにも冒険者なんだけど、少なくとも一団を率いる者の姿じゃないねー。
見れば彼女側であるはずのミシェルさんでさえ、言いたいことをグッとこらえている感じがあるしー。器じゃないのがここに来て露呈してきたね。
少なくとも復讐なんてのはリーダーたる者が口にしちゃいけないって、レイアを見て学ばなかったみたいだよー。
じゃあ、ここは一つ本物のリーダーにお声掛け頂こうかな?
貴族として、新世界旅団団長として風格たっぷりのシアンさんを僕は見た。
──彼女は当たり前に、暴虐を説くリューゼリアを制止していた。
「あなたの復讐にエウリデの民をも巻き込まないでいただきたいですね」
一刀両断。まさにそう呼ぶに相応しい断言をもって、団長はリューゼリアを諌めた。
同時に再度、放つカリスマ。ついさっき他ならぬリューゼ相手に覚醒した威圧は、彼女の言葉に重みを持たせ、聞く耳を持たない女傑にさえも届くだけの力がある。
今度は格下としてでなく、ある程度同格の相手だと見たのだろう。リューゼはまっすぐに忌々しげな目でシアンさんを見つめ、呻いた。
「ンだと……?」
「言い換えましょうか? 八つ当たりと。なるほど経緯を考えればこの国の王族貴族はそうされるだけのことをしました。ですがそれをもってなんら関係ない国の民にまで応報を求めるのは、明らかにあなたに許された復讐の範囲を超えています」
シアンさんの言葉はなおも鋭い。この場にいる誰もが思っていただろう、八つ当たりだろそれ……って思いをハッキリと口にしたよー。
そう、ぶっちゃけリューゼの物言いなんて半分以上が八つ当たりだ。
エウリデの王族貴族への恨み辛みは彼女自身のもので、それ自体は正当なものかもしれないけれど、エウリデ国民にまで波及させてはいけないものであるのもたしかなんだ。
だって調査戦隊の解散にエウリデ国民なんて何一つ関わってないんだし。それで復讐の対象とか言って生活を無茶苦茶にされたら、そんなの良い迷惑ってなもんだからねー。
「やられたらやり返す、にも限度というものがあります。やられた分を超えてやり返せば、その超えた分だけ新たな復讐が生まれる。憎悪が連鎖してしまう。それは、冒険者以前に人が踏みとどまらねばならない一線です」
言い切る団長。
冒険者以前に人として、彼女は謂れなき復讐を否定していた。
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復讐にも限度があるよー
復讐自体はともかく、エウリデという国そのものを破壊せしめるだけの仕返しは容認できない。そう、強く言い切るシアンさん。
単純な暴力ではそれこそ月とスッポンってレベルで差のあるリューゼ相手にも臆することなく向かい合い、威圧を全開にして挑むように見据えている。
ふん、と鼻で笑ってリューゼもまた、威圧を放った──全開ではない。精々がシアンさんに相対できる程度の出力だ。
こいつ、それなりに団長のことは認めているのかもしれないねー。理解はできずとも、話くらいは聞いてやろうって気になっているのかもしれない。
足を組見直す巨体。じろりとオッドアイがシアンさんを睨めつける。
視線だけで人を殺せそうとはまさにこのことか、ってくらいの眼光をもって、彼女は問いかけた。
「人として、ねぇ……ずいぶん吠えるじゃねえか小娘が、ちょっとオレ様並の威圧を扱えるようになったからって即座に調子に乗りやがったなァ?」
「調子に乗る、乗らないの話ではなく。ましてやあなたに極一部だけ拮抗できたからとか、できないからとかそういう話でもありません」
「あァ?」
「たとえあなたに屈服した私でも、ここだけは決して譲らないでしょう。命がある限り、八つ当たりは止めろと叫び続ける。地を這いながらでも、屈辱にまみれながらでも」
何も関係がない国民までも平気で巻き込み滅べと宣う、それがシアンさんの逆鱗に触れたのだろう。この国の貴族にしては割と珍しく、エーデルライト家はまともな教育を施していたみたいだ。
八つ当たりと再度、リューゼリアの復讐を断言して一歩たりとも引かないと言ってみせる。そこには冒険者としてだけでない、貴族としてだけでもない人間としての決意が見える。
こんなところまでレイアそっくりだ……目を細める。
あいつも、単純に人の命や尊厳、生活が脅かされそうになった時はこんな目をして事態に立ち向かっていた。いけ好かない貴族のクズとか、悪辣な不良冒険者とか、あるいは地上に出て暴れようとしていたモンスター相手の時にね。
一歩だって退けない、退いたらそれだけ犠牲が出る。そんな状況でこそ見せていた光が、決意がシアンさんにも見えたよー。
リューゼが、げぇっ! みたいな嫌そうな顔を浮かべた。あいつはどっちかと言うとあんな目をしたレイアに止められる側の人間だったからねー。
何考えてるのか一目瞭然だよー。"なんでこんなとこまでそっくりなんだよ!? "ってところだろう?
人を率いる者同士、こういうところが似通うのかもねー。
シアンさんはそして、毅然とした態度でリューゼへと告げる。
「無実の者にまで被害が及ぶのであれば、その復讐は正当性なき権限を超えた行為に過ぎない。そんなことのためにシミラ卿を出汁にするのは止めてください──いえ、止めなさい」
「…………言ってくれるじゃねえか、ペーペーが。そりゃ貴族流か?」
「そうであるとも言えますし、そうでないとも言えます──エーデルライト初代、貴族にしてS級としても活躍した我が偉大なる祖先による、家訓です。そしてそれ以上に私の心、私の信念による言葉ですよ、リューゼリア・ラウドプラウズ」
エーデルライトの初代、聞いたことないけどS級だったんだね。貴族なのに冒険者になるって時点で相当趣味に生きている人物だったものを、しかもS級にまで登り詰めてるなんて逆にすごいよー。
そしてそんな人だからこそか、子孫にもいい言葉を残してくれているんだね。無実の人にまで害が及ぶなら、その復讐は権限を超えた行為──加害行動に過ぎない、か。
やったらやり返される。そしてまたやり返すの繰り返しがこの世だってのはなんとなく分かってきてる僕だけど。それだけじゃないはずだってのもなんとなく知っている。
そういう負の連鎖にもルールが有るべきで、そこから逸脱すればそれは別口に新しい復讐が生まれるだけなんだろう。永遠に繰り返すばかりか余計な連鎖まで生み出してたら、この世は本当に地獄になっちゃうよ。
それを分かってエーデルライトの初代さんは、子孫にもその危険性を説いたんだろうか。
復讐そのものの是非は問わない、けれどやられた範囲を超えてはそれは、新しい"やった"に繋がるんだって。
そしてそれを受け継いだシアンさんが、リューゼに今、説いているわけなんだねー。
リューゼも過去のS級の言葉となると、さすがに少し考えたようだった。
横柄な言動はそのままに、けれど彼女の声色がそれなりに軟化した。
「フン……黴の生えた家訓なんぞ後生に抱えるか。やっぱ貴族ってのはいけ好かねえが……まぁ良い、我慢してやらァ」
「!」
「助かる話だが……ずいぶん素直だな?」
「オレ様ァいつでも素直だよ。ま、さっきちょっかいかけたこともあるんだ、借りは返すぜ」
さっき挨拶の時、シアンさんに喧嘩吹っかけたことを引き合いに出して折れたよー。まあ体の良い引き下がる言い訳にしたんだろうねー。
一方的に自分の非を認めるのは嫌なんだろう。相変わらず強情だねー。
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シミラ卿の現在だよー
「では、足並み揃ったところで改めて話をするが……シミラ卿処刑は二週間後、正午にて行われる。場所はエウリデ王都は処刑場だが、一般市民に公開というわけではなく貴族のみ限定して観覧が可能とのことらしい」
エウリデ国民をも巻き込む形での騒乱にはしない。と、目下のところ一番その辺が怪しかったリューゼリアからも一応の同意が得られ、ベルアニーさんはことの仔細を説明し始めた。
処刑は半月後、貴族のみが見られる形で行うとのことだね……エウリデは娯楽の一環として罪人の処刑を公開する風土なんだけど、さすがに現役の騎士団長を一般衆目の前で殺すまではいかないか。
僕からすると、人が死ぬところなんて何が楽しいんだそんなもんってな話だ。実際に最近は、そんなに平民達の中でも楽しいものとして捉えられなくなってきてるらしいし。
まあ極論、結局貴族の気分次第で明日には自分達がギロチンの露となるかもしれないわけだからね。明日は我が身って立ち位置では、とてもじゃないけど楽しいものとしては見られないだろうさ。
逆に言えばお貴族様にとっては未来永劫楽しめる最高のコンテンツなのかもしれないけど。趣味悪いねー。
「観覧……人が死ぬところは、死なないことが保証されている立ち位置から見れば娯楽ってことかな。嫌になる話だねー」
「対岸の火事は時として甘美さを伴う。自身の安寧を再確認して、かつ今まさに燃え尽きんとする命を見下し蔑むことで己の魂の優位さを確認できるのだな。下衆な話だ」
ベルアニーさんがチクリと嫌味を呈する。彼から、というか大体死と隣り合わせな冒険者からすれば言いたくもなる程度にはおかしな話だからね。
この場のみんなも大体苦い顔をしているよー。例外と言えばモニカ教授とレリエさんで、前者は社会学者としても活動している関係柄か苦笑いしているし、後者は顔を青くして神よ、とつぶやいている。
「中世の革命頻発期のような話だわ……これが当世の文化なら否定するのは傲慢と思うけれど、個人的にはおぞましさを感じずにはいられないわね」
「大丈夫だよレリエ、昨今ではエウリデ内も含めた世界的な風潮として、この手の文化はドン引きものだからね。というか中世の革命頻発期? 古代文明にも当然ながら年代的区分があったのだね、興味深い。この後ぜひ話を聞かせて欲しいんだけれど」
「え? え、ええ……虫食いみたいな知識で良ければ」
古代文明人の物差しから見ても、エウリデのそういうところは到底受け入れられないみたいだねー。
それでもそれが今の世の中ならばと受け入れようとしてくれているところ、敬意に値すると心から思うよー。
でも教授がフォローがてら話した通り、人を殺してそれが娯楽になるような文化は少なくともこの近辺じゃエウリデ特有なんだよねー。
というか昔はどこでもそうだったみたいだけど、人権的な意識が各地で芽生えた結果そういうのはナシでー、ってなったみたいだよ。
未だに古臭い、血腥い娯楽に手を染めてるのは今やエウリデくらいのものってわけ。しかも国内ですら人権が叫ばれるようになる中で白眼視されてきてる文化だし。
それでも娯楽として扱い続ける上層部はやっぱり相当ズレてるんだよねー。
……と、リューゼがそこで盛大に舌打ちをした。明らかに不機嫌そうに顔をしかめて、隣であわわと固まるミシェルさんにも構わず腕を組んでベルアニーさんを睨んでいる。
まあ、今はどうでもいい話だよね、そりゃあ。処刑が娯楽だの古代文明の中世だのなんて雑談よりか、シミラ卿の話をするのが先月に決まってるんだから。
多少気まずげに鼻の頭をかくギルド長に、リューゼはそのまま噛みつくように切り出した。
「しょうもねー話ばっかしてんなよ、ふざけやがって。んな御託はどーでも良いんだよ、とにかくそれまでにエウリデ王都に殴り込みかけんだろ? まさか処刑ギリギリまで待つ、なんて悠長なこと考えてんじゃねーだろうなァ?」
「もちろんだ、我々はそのようなドラマチックな救出劇など演出するつもりは毛頭ない。そんなことをしている間に処刑が行われでもしたら笑い話にもならん」
処刑実行、すなわち救出までのタイムリミットは半月だ。僕らはその間に準備を整え、動き出さなきゃいけない。
ただ、それは処刑当日までたっぷり時間をかけていいって意味でもないんだ。むしろ短ければ短いほど良い、下手に時間をかけると万一こちらの情報が漏れでもした場合、エウリデが期日を早めにかかる可能性も大いにあるわけで。
それを危惧するのはリューゼもベルアニーさんも同じようだった。認識を同じくしつつも、ベルアニーさんがそれを踏まえての提案を行う。
「準備が整い次第、王都は王城に攻め入りシミラ卿を救出する。すでに彼女が捕縛され、地下牢に捕らえられていることも把握済みだからな」
「だろうな……ってかシミラ、地下牢にブチ込まれてるのかよ! 騎士団長だろ曲がりなりにも、テメエらの守護組織のリーダーをンな扱いしやがってるのかよ、あのゴミども!!」
いわゆる可及的速やかにってやつだねー。準備が整ったらその時点で行動開始だ。一切の猶予もないつもりでいかないといけない。
そして思ったよりシミラ卿の状況が悪い。てっきり家に軟禁程度かと思っていたら、まさか捕縛してあまつさえ地下牢に放り込んでいたなんて、ね。
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エウリデの悪癖だよー
いくら気に食わなくても、いくら罪人扱いしていてもシミラ卿は現役の騎士団長だ。たとえ処刑するにしても捕縛の上、ワルンフォルース家にて監視付きの軟禁くらいの扱いしてるのかと思っていたよー。
それがギルドの掴んだ情報によるとまさかの地下牢に突っ込まれてるなんて。
あそこは大体政治犯とか思想犯、その他重罪を犯した者達が送られるところだって聞くけど、シミラ卿のやったことはそこまで大きなものなんだろうか?
少なくとも僕らにとってはそんなことないだろ、としか言えないよー。貴族たるシアンさんからしても異常な仕打ちみたいで、絶句した様子でそれでも苦しげに呻いている。
「自分達を護る騎士団の長に、そのような仕打ちを加えるとは……!」
「想像以上にイッちゃってるでござるな、この国。まあそんな程度の統治機構ゆえ、ここまで冒険者が力をつけている面もあるから一長一短ってとこでござるが」
「誤解なきよう言っておくと、少数ながらまともな貴族もいるからね、サクラ。それこそエーデルライト家やワルンフォルース家などがそうだ」
呆れ、というか失望だね。エウリデという国にいかにも愛想が尽きたように深くため息を吐くサクラさんに教授が、フォローとしても微妙なフォローを入れる。
エウリデというよりはシアンさんやシミラ卿へのフォローだね……つまるところ彼女ほどの才媛からしても、今のエウリデは一部を除いて救いようがないってことだろう。
淡く苦笑いを浮かべつつ、彼女はさらに続けて言った。
「とはいえ、そうしたまともな家というのは大体煙たがられて、政治中枢からは遠ざけられているのが実情だけれどもね」
「駄目じゃないの、それ」
「駄目だとも。ま、両家ともに今さら連中の尻拭いなどしたくないだろうし、火中のワルンフォルースはともかくエーデルライトは対岸の火事ってところなんじゃないかな? どうなんだいそこのところ、シアン団長?」
「…………ノーコメントで。私とて冒険者ですが貴族、エーデルライトの令嬢です。口にすることが憚られる内容というのは、おそらくみなさんよりも多少はあります」
ちょっと鋭角気味の、際どい質問を投げかけていくねー教授。差し向けられたシアンさんが困ったように口を噤んでいるよー。
エーデルライト家にしろワルンフォルース家にしろ、基本的には国政に関与していない。
シミラ卿が騎士団長として参加しているワルンフォルースは微妙だけど、騎士団長そのものにそこまでの政治的権限がないだろうからねー。どちらにせよ両家ともに、ここに至るまでは第三者に近い立ち位置でいたはずだよー。
それが今回、シミラ卿処刑という形で思いっきりワルンフォルース家が関わることになった。あの家がどう動くかは微妙だけど、まあ普通に考えたら娘を護るために動くんじゃないかとは思うよ。
なんならエーデルライト家だって、今まさにご令嬢が首を突っ込もうとしているわけでそろそろ対岸ってわけでもない。こちらもこちらで、愛娘さんの行動にどう動くかは若干、見ものだねー。
貴族同士のぶつかり合いまで見えてきた構図、正直ちょっと面白さはあるよね。さすがに不謹慎だし言えないけどさ。
コホン、と咳払いしてベルアニーさんが話をまとめる。
「エーデルライトもワルンフォルースも好きにすればいいが、それはそれとしてだ。あくまで我々の目的はシミラ卿の救出のみ。その過程で王城が半壊したり、王族の一人二人が半殺しの憂き目に遭うくらいは構わんが根絶やしは止せ。収拾がつかなくなる」
「半殺しの時点でまったく収拾がつかなくなると思いますけど……」
「こうまであからさまな形で冒険者に喧嘩を売るからそうなる。自業自得だ」
王族半殺しくらいまでは容認するとぶちまけたギルド長に、ドン引きしてレリエさんが指摘する。
いかにも優しい彼女らしい意見だけれど、まあ僕達からすればこれでも温情的な措置なんだよねー。
エウリデからすれば、おそらくはシミラ卿処刑に冒険者はタッチしないとでも思ってるのかもしれない。調査戦隊メンバーだったのは昔の話、今はもうほぼ無関係だから動かないとでも思ってるのかもね。
だってほら、本当に冒険者を警戒するならもうすでにシミラ卿を殺しているもの。わざわざ見せしめにしようって時点でズレてるんだよ、彼らは。
自分達が冒険者よりも上の立場だと思いこんでいるのがそもそもの間違いなんだよー。
主導権はいずれにせよ冒険者側にあるのだと、ベルアニーさんは豪語してみせた。
「ことエウリデという国は冒険者を舐めてかかる癖をして冒険者に依存しすぎた。だからこういう時に決定的に主導権を持てなくなるのだ。愚かしい話だな」
「その辺はやはり、調査戦隊発足で著しく感覚が狂ったところはあるんでしょうね。レイアリーダーは政治的バランスを重視していて、言ってはなんですがことなかれ主義でしたから」
「ああ、ソウマ追放ン時とかなァ……」
今や冒険者を止めることは、少なくともエウリデには難しい。それを未だにわからないのはやっぱり、レイアが貴族や王族達にも優しすぎたからかもしれない。
少なくともモニカ教授やリューゼはそう考えているみたいだったよー。
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損得を超えるものだよー
肥大化したエウリデのエゴ。冒険者を嫌厭しながらもしかし、冒険者に甘え、冒険者に依存することとなった歪極まりない現状の有り様は……他ならぬ調査戦隊リーダー、レイア・アールバドにも一因があるのだとベルアニーさんやモニカ教授は語った。
どういうことかと首を傾げるシアンさんやレリエさんに向け、面白がりつつもどこか、哀しげな目さえも浮かべて教授は語る。
「当世の神話、大迷宮深層調査戦隊。世界各地の英傑達が一堂に会した奇跡のパーティーは、しかし基本的には従順かつ無害、しかして有毒極まりなかったということだよ団長、レリエ」
「従順、かつ無害でありながら有毒?」
「調査戦隊はレイアリーダーの融和的な姿勢、そしてそこからもたらされた莫大な富、利益。エウリデはものの見事に目を曇らせたんだ──冒険者達は自分達にとって良いもの、首輪をつけて制御できるものだと誤認してしまったんだ。リーダー相手の対応が、冒険者全体にも適応できると勘違いをしちゃったんだね」
「調査戦隊以前は冒険者とエウリデの関係はつかず離れず、どちらにとっても益にも害にもならないものだった。それが崩れた結果、エウリデは致命的な思い違いをしてしまったわけだな」
"これまでは互いに不干渉気味だったけど、調査戦隊は従順だし友好的だしこちらにも利益をもたらしてくれた"。
"冒険者というのはつまり、エウリデにとって未開発の鉱山も同然。手つかずの金塊がこんなに近くにいたんだ"。
──"だったら調査戦隊同様、首輪をつけて使い潰してやろう。レイア・アールバドですら従順なのだから、それ以下の冒険者どもなどたちどころに飼い犬に成り下がるはずだ"。
こんなところかな? つまりはエウリデは、レイア個人のスタンスを冒険者全体のスタンスと勘違いしちゃったんだね。
そんな馬鹿な話ある? って感じだけど、実際、調査戦隊以前のエウリデは冒険者についてはそこまでノータッチだった。精々庭先で活動している探検家連中くらいなものだったみたいだし、それがまさか経済的にすさまじい効果を及ぼす底力を秘めていたなんて思いもしていなかったんだろうねー。
まさしく連中からしてみれば冒険者とは大きな金山。国家として従えて上手いこと使えば、相当うまい汁を吸える。
そんな考えで調査戦隊以降も冒険者達を扱おうとしたんだろうけど、その野望は当然のように瓦解した。
当たり前だよね、調査戦隊はレイアじゃないんだ、馬鹿正直に国なんかに従うわけがないんだよ、冒険者なんて人種がさ。
結果としてエウリデは飼い犬候補に幾度となく手を噛まれ、何より調査戦隊解散に伴うあれこれがすっかりトラウマになっちゃって、冒険者相手には敵視と危機感、あわよくば利用したいっていう欲目さえ混じった複雑な視線を寄越すようになったわけだよー。
「そして今、あの頃を忘れられずに一般の冒険者相手に同じ対応をした結果、ものの見事に反発を食らっている……ははは、まるで遅効性の毒だ!」
「結局"絆の英雄"は優しさというより甘すぎたのだろう……ともかくそんなわけで、奴らは冒険者相手にはそこまで強く出られん。実力的にも立ち位置的にもな。だから今回もグンダリを直接処罰せず、シミラ卿に八つ当たりまがいの処刑を行おうというのだ」
嘲笑うモニカ教授に、鼻で嗤うベルアニーさん。二人からしてもこの顛末は、馬鹿馬鹿しいと断ずるに躊躇いはないみたいだ。
実質的にシミラ卿は八つ当たりの対象なんだ。面と向かって僕を相手にしたらレジェンダリーセブンが動くかもだし、そもそも僕個人の戦力だけでも国レベルの脅威だしで直接手出しができないから、鬱憤晴らしも兼ねて彼女の首を落とそうって魂胆なんだね。
気の毒な話だ、だからなんとしてもシミラ卿は助けなきゃ。
エウリデはびっくりするだろう、まさか彼女を助けるために僕を含めた調査戦隊元メンバーにギルドが組んで襲撃するなんてね。
……すべてが欲による物差ししかないだろう貴族の、限界がそこなんだ。仲間を、同胞を護らんとする冒険者の心、絆。そこにまで目が向かないから、こういうことになるのさエウリデは。
「シミラ卿は我々と同じ釜の飯を食った仲間だ。たとえ騎士団長となった今でもそれは変わらん」
「当然だァ。だからあいつが殺されるってんなら、そいつを防いであいつを護る、助ける。そういうこったな」
「そうだ。冒険者は明日をも知れぬ稼業だ。だからこそともに生きる同胞を大事にする……人の心を知らぬはエウリデ。ゆえにやつらに教えてやろう。金より地位より名誉より、大切にせねばならないものこそが人を人たらしめるのだと」
ベルアニーさんの口上に、一同頷く。
それぞれ思うところ、考えることは違うだろうけどその一点だけは一緒だ。脅かされている仲間を助ける。たとえ一戦交えてでも!
損得を超えたところにこそ絆はあるのだと、今一度エウリデに骨の髄まで知らしめてやろうじゃないか!
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腹黒爺さんだよー
「準備が整い次第と言いますが、それはラウドプラウズ殿の」
「リューゼでいいぜ小娘ェ、ラウドプラウズだの殿だのむず痒くって堪らねェ」
「……リューゼのパーティー、戦慄の群狼本隊がこの町に到着するところまで含めてということですか?」
小娘と呼ばれて、無表情ながらシアンさんが少しだけ呼吸を詰めた。ちょっとピキッと来たのが分かるね。この期に及んで小娘呼ばわりされたらそりゃあね。
気安いリューゼの態度からして、向こうに悪気がないのも間違いない。そうそう、昔からあいつは誰に対してもそんなんだったんだよー。例外はそれこそ、レイアくらいなもんだよー。
それでも生まれただろうイラつきとかはぐっと堪えて、彼女はベルアニーさんに尋ねた。
シミラ卿処刑阻止に必要な準備が整い次第──ずいぶんと漠然とした表現だからね。何がどこまでどう整えば準備完了ってことなのか、もう二声くらいは詳細な説明がほしいところだ。
シアンさんが今聞いたように、リューゼのパーティーの本隊がこの町に着くのは条件の一つだろう。手数は多いほうが良いんだし、ここで彼らを無視してことを起こすとリューゼがキレて独自の行動を開始する。それは避けたいからね。
僕の思考を肯定するようにギルド長は頷いた。次いでリューゼを見つつ、話し始める。
「そうなるな。ラウドプラウズ、今本隊はどの辺にいる? お前が先んじてここにこうして来れる位置というのであれば、やはりトルア・クルアか」
「あァ、そうだぜ。大体2日かかるなァ、そっから拠点を構築して荷解きして、長旅の疲れを癒やして体調を整えて──駆け足でやってもまあ、一週間はかかるか」
「結構。となればやはりそのあたりで行動を開始することになるな。ここから王都までは少人数なら半日程度、だが一団率いての行進となればもう少しかかるか」
本隊はすでにトルア・クルアまで来ているみたいだし、それは何より。
今頃はまだ船に揺られて海の上だぜーとか言われたら、港に着き次第さっさと来させろって言わなきゃならないところだったよ。
ただ、やはり単純に移動する人や物資の数がとんでもないから最短でとはいかないみたいだ。話を聞くにパーティーの枠を超えた、傭兵団とかキャラバンめいた規模のようだしそこはしかたないね。
首尾よくトルア・クルアからこの町に来たとて、拠点の準備から書類手続きから、長旅の疲れを癒やすなりもある。そういうところをまとめて込み込みで計算して、やっぱり最速でも一週間後くらいがギリギリのラインっぽかった。
モニカ教授がふむふむ、と関心しきりにつぶやく。
「戦慄の群狼の動きはエウリデも注視しているでしょうし、場合によっては妨害が入るかも知れませんね」
「あるいは、四の五の言わずにさっさとシミラ卿を処刑するかでござろ……ぶっちゃけギルドが怪しい動きをしていると見ればそうするでござろうし、国としては」
今回、一番危惧しなくちゃいけないのは僕らの動きをエウリデに気取られることだ。
あいつら、僕らがシミラ卿奪還に向けて動いていると知ればどんな無茶をしでかさないとも限らない。それこそ処刑を大幅に早めた挙げ句、やって来た僕らに向けてしれっとした顔で彼女の生首を放り投げるくらいしかねないんだ。
そうした危機感は僕だけでなく、リューゼ含めてこの場の誰もが持ち合わせているものだ。
今一度その辺は大丈夫なのかとギルド長に視線が向く。特にリューゼのそれは険しく、そして容赦のない言葉も一緒だ。
「物理的な妨害ならオレ様達が責任もって血祭りにしたるがよォ、さすがに気取られてサクッと始末しましたってのは対応できねぇなぁ。おうジジイ、スパイとかいねぇだろうな、この町に」
「いるかそんなもの。いたとしてもとっくに殺している」
それに対してのベルアニーさんもこれまた、苛烈な返事だよー。スパイとかいないの? に対していたらもう殺してる、はなかなかに血腥いねー。
ま、これでこそのギルド長なんだけどさ。
反骨心の塊を率いる彼は伊達じゃないんだ。味方ならなんとしてでも護るけど、敵ならなんとしてでも潰す。極端なまでの身内主義だからこそ、特にこの町はエウリデ内でも独立主義的でかつ、冒険者の力が一際強いんだねー。
「反冒険者活動家程度なら見逃すが、国家スパイなど私の目の届く範囲には親類縁者一人とて生かしはせんさ」
「あー……もしかしてうちの愚兄、しっかりマークしてたりしました?」
「最低限にはな。グンダリに絡むくらいならば捨て置いたほうが面倒がないと思っていたが。実際、勝手に自滅したわけだからな」
モニカ教授が苦笑い混じりに尋ねると、あっけらかんとギルド長が白状した──ガルシアさんのこと分かってたんだねこの爺さん。
それでも放置してたのは、どうせそのうち僕相手に絡んで自滅するからと踏んでたからかー。
とんでもない腹黒だよー!
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今後の方針だよー
案の定っていうかなー! ガルシアさんを事実上放置して僕に解決させた腹黒ベルアニー爺さんをひと睨みして、それを笑って受け流されたのにこれまたイラッと来ているとレリエさんがため息を漏らすのが横目に見えた。
なんだろ……どこか苦虫を噛み潰したような、複雑な表情をしてるよー。まさかお腹の調子でも悪くしたのかな?
気になって彼女を見ると、顔色は至って健康的だけどやはりどこか元気がない。
僕につられてシアンさんやサクラさんもレリエさんに目を向ける。それら視線に気がつくと彼女は明るく笑って、しかし声色は暗く答えるのだった。
「なんでもないの! ただ……ほんと、全体的には牧歌的なのに、局所的にとても怖いのよね当世って。そんなことをつい思っちゃって」
「ああー……なるほど」
「まあビビるでござるよねー。大丈夫でござるよレリエ、その感性は当世においても一般的なものでござるし」
うーん、どうやらベルアニーさんによる過激な発言が、思ったより彼女を怖がらせていたみたいだよー。
つまりギルド長が悪い! んだけど……正直冒険者の感性的にはまぁまぁ普通なところはあるんだよね。一般市民ならドン引きものだけど、冒険者の内輪でなら精々ブラックジョーク程度というかさ。
この辺、古代文明においてもレリエさんが上等な教育を受けているんだなーって感じられて興味深いよー。
お嬢様ってやつだね、お嬢様。立ち居振る舞いを見ればシアンさんにも負けないくらい洗練された仕草をしてるんだもん、古代文明ってこれが当たり前だったのかな? すごいよー。
とまあ、感心しているけど気まずいのがベルアニーさんだ。
事情を知ってる彼としては、古代文明人に自分が当世代表みたいに思われ、あまつさえ妙な評価を下されるのも嫌なんだろう。乾いた笑みを浮かべて、気持ち早口で釈明してきた。
慌ててるねー。
「怖がらせたようですまんな、レリエ嬢。だがこれが冒険者どもを一応でも束ねる組織というものだ、思うところはあろうが納得はしていただきたい」
「……郷に入っては郷に従えと、かつての文明の一地方においてはそのような格言もあります。昔を押し付けるようなことはしませんよ、ギルド長さん」
恥じ入るように笑いつつ、ギルド長にそう返すレリエさん。大人だよー……これまでの自分の物差しだけじゃ測れないから、新しい物差しを持とうとしてるんだね。
これができない人って案外多いんだよー。たとえばリューゼなんかは典型的で、"物差しが合わない? だったらテメェらがオレ様の物差しを持つようにしやがれ!! "みたいなノリで生きてるからまあ衝突が多いのなんのって。
それを思えばレリエさんのスタンスはすごく聡明で大人で素敵だよー。
改めて惚れ直す思いでいると、ギルド長も感心した様子で穏やかに微笑んだ。偏屈爺さんらしからぬ、好好爺みたいな笑顔で気持ち悪いよー。
「ふむ? その格言こそは当世にも伝わっているが、あくまで民間伝承的なものだ。起源などについては知る由もなかったな──と、まあそんな話はいずれまた、お茶でも飲みながらさせていただきましょうか。レディとの語らいにはティーがつきもの、というのが私のポリシーでしてね」
「あらあら。素敵なポリシーですのね」
そしてさりげなくレディをお茶に誘ってみせた!? 何この爺さん、いい歳こいて何を色気出してるんだよー!?
ダンディに微笑むベルアニーさんは、悔しいけどかなりのイケオジって感じだ。このー、後で奥さんに言いつけてやるー。
悪辣腹黒ダンディおじさんとして名を馳せる彼だけど、唯一自分の奥さんにはてんで弱っちくなるのを知っている僕は、絶対にチクってやろーって決意を胸に固く刻む。
ちょっと背筋に寒気でも感じたのかブルッと震えた彼は、不思議そうに首を傾げつつも話を本筋に戻した。
「さて……それでは戦慄の群狼の2人には一旦、本隊と合流して情報の共有、周知を図ってもらおう。行動開始に間に合うようにパーティーを率いてくれ」
「任せなァー。本隊がこの町に着き次第、もっぺんテメェら呼びつけっからそのつもりでなァ」
豪快に笑ってリューゼが吠えた。隣ではミシェルさんも神妙な顔をして頷いているね。対象的だよー。
パーティー・戦慄の群狼。カミナソールのクーデターを成功に導いたとされる程に精強な連中だから、合流できれば心強い戦力になるのは間違いないね。
ただ、だからこそパーティーを率いるリューゼに主導権を握られないようにしないとね。現状規模で負けてる新世界旅団は、せめて質の高さでイニシアチブを取っていかないと。
シミラ卿をまんまと取られるのも嫌だからねー。
「了解した。次は新世界旅団についてだが……」
「基本的には我々はギルドと行動をともにします。少なくともエウリデ王城に到達するまでは」
「ふむ。そこから先、シミラ卿を救出するのは自己判断で動くつもりかな?」
「無論。彼女を勧誘し我々旅団の仲間に加えるのも、今回の新世界旅団の目的の一つですから」
次いで新世界旅団はシアンさんに確認を取る。
僕らの方針は一貫してるよー。ギルドとともにエウリデ王城を襲撃し、シミラ卿を助け出し、そしてあわよくば仲間に加える。
なんら迷いない、団長以下全員の総意だねー。
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後輩認定?だよー
冒険者ギルドに戦慄の群狼をも交えての話し合いもひとまずは一段落ついた。
何はともあれ、まずはリューゼリアのパーティーがエウリデ入りしないことには話も進まないということで、ひとまずは彼女達の進捗次第ということになったのだ。
その間、ギルドや新世界旅団は英気を養う形になる……来たるエウリデ王城襲撃に向け、心身を整えるわけだねー。
概ね一週間もあればそれなりに備えもできるだろうし、最高のコンディションで臨めるとは思うよー。
「っし、そんじゃァ俺達ゃさっさと動くぜ……ミシェール!」
「あ、はい!」
冒険者ギルドを出てすぐ、リューゼはミシェルさんを伴い一路、町の外へと向かうみたい。このまま本隊のいるトルア・クルアにまで行く気なんだろうか?
今もう夕方で強行軍しても着くのは夜中か明け方かって話なんだけど、まあやるんだろうねこいつのことだから。
何年経ってもこの破天荒さは変わらなさそうだよー。
呆れ半分感心半分で新世界旅団一同、戦慄の冒険令嬢を眺める。彼女はやはり強気で不敵な笑みを浮かべて、僕やシアンさんに力強く笑いかけてきた。
「久しぶりだがいろいろ衰えてなさそうでひとまず安心ってところだぜ、杭打ち! シアンの小娘もまぁまぁって感じで、良いんじゃねぇのか? 新世界旅団もよォ!!」
「判断が遅いねー、ていうか今も団長を舐めてかかってる時点でダメダメだよ、そっちはー」
「舐められたくなけりゃもちっと実力をつけるこったなァ!」
バカ笑いしながらもなお、シアンさんを侮るスタンスは崩さない。精々が生意気なルーキーってくらいの扱いになっただけでも御の字かもだけど、なかなか難しいやつだね。
力こそ正義、力こそすべてな価値観の持ち主だから仕方ないんだけど、結局最後まで新世界旅団とは折り合いが悪そうだよー。
なんならサクラさんとも若干気が合ってなさそうな雰囲気あるし、一応でも足並み揃えなきゃいけないってのが今から不安だねー。
まあ、あんまり足を引っ張るなら今度こそ腹に風穴空けてやるけどね。そこまでやればさすがに数時間は動けなくなるだろうしさ。
内心で密やかに闇討ちする算段をつけている僕には気づかず、リューゼはシアンさんを高みから見下ろして言う。
「テメェ分かってるだろォな、小娘ェ。ソウマにジンダイ、モニカ、あとレリエつったか。そこな古代文明人」
「え。わ、私も?」
「──これだけの連中を現時点でもすでに手札に入れといて、そこで満足して終わるようだったら今すぐくたばっちまえって話なんだよ。そしてそいつらオレ様の戦慄の群狼に寄越せや、小娘の身の丈に合ってねえ野望よりもっと実用的に便利遣いしてやらァ」
「誰がお前なんかに顎で使われるかよー。仮にシアンさんが中途で折れても、お前んとこの野良犬どもとは死んでもつるまないよー」
「ンだとコラァ!?」
……シアンさんそのものでなく、シアンさんを慕い集った僕ら団員にこそ価値を見出すか。パーティーのリーダーとしての目は養っているみたいで何よりだけど、やっぱり物言いが激しすぎるねー。
たとえシアンさんが夢半ばで倒れ、新世界旅団もプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"も頓挫したとしても。こんなやつの下で冒険者やるくらいなら僕はまたソロに戻るかなー。
苦笑いしているモニカ教授やあわあわしててかわいいレリエさんはまだしも、目が笑ってないサクラさんなんかはそれこそシアンさんと運命をともにしそうでこれはこれで怖いよー。
ヒノモト戦士って忠義とか結構ヤバい人もいるって聞くからねー。ワカバ姉はどっちかと言うと忠義を受け取る側だったみたいだからそんな素振りはなかったけど、サクラさんはシアンさんへの義理をしっかり持ってそうだしねー。
さておき、リューゼのありがたくもなんともないお言葉を受けてシアンさんは軽く苦笑いを浮かべた。
けれどほんの一瞬だけだ。さっき獲得し、すでに自在に引き出せるようになっているカリスマによる威圧をフルに放ちつつ、果敢にもリューゼをまっすぐ見据えて彼女は言った。
「…………ありがたい叱咤激励と受け取ります。リューゼリア・ラウドプラウズ」
「あん?」
「そして誓いましょう。私シアン・フォン・エーデルライトは、私を信じて集いし仲間達を決して裏切らない。裏切るくらいなら信念とともに、前のめりになって力尽き果てましょう。なんの力もなければ野望、野心だけが一人前なこの身を、それでも信じてくれた彼らにできる唯一にして最大の、それが返礼と心得ています」
新世界旅団団長としての、それは団員達への宣誓だ。決して裏切らない、裏切る時は死ぬ時だ。そして死ぬ時とてなお、裏切らないまま死んで見せよう、と──
名も無ければ力も持たない自分を信じてくれたことへの、それが唯一の返礼だと。そう言ってみせたんだね。
団員一同、これには笑顔で顔を見合わせて頷く。そう、その心意気がある限り僕らだって彼女を裏切ることはない。
心だけ、野望だけ。上等だよ、彼女こそはまさしく冒険者なんだ。それらかあるなら他は後からついてくるんだ、僕らはそれを信じて支えていけば良い。
それだけでいいんだ。
「───ハッ、期待はしねぇでおくぜ。精々気張るこったな、団長サンよ」
どこか優しい眼差しでシアンさんを見て、最後にそう告げて去っていくリューゼリア。
最後の最後に後輩とだけは認めたかのような、どこか吹っ切れた顔だったよー。
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とりあえず帰るよー
「やれやれ、いろいろ長引いた一日でごさったなーござござ」
「そだねー。まあ8割方リューゼのせいだったわけだけどー」
その後、新世界旅団のみんなとも別れて帰路に着く。普段はスラムの涸れ井戸から地下を通って僕の住居、庭先まで直通の秘密通路を通って帰るんだけど……
今日はいろいろあって疲れたし、家のすぐ近くってことだしサクラさんに併せて普通の道を通って帰っているよー。もう薄暗い夜の頃合い、気配を消していけば普通に見つかることはないからまあ、大丈夫かなーって思う。
さておき、せっかくなのでサクラさんと今日あったことをつらつら話し合う。特に彼女的にはやっぱりリューゼリアが気になっているみたいで、しきりに話に挙げてきているよ。
ただ、気になっているというけど実質的には気に入らないって感じみたいだ。昼間は表に出さなかった不快感を美しい顔に刻んで、唇を尖らせて不満を表明してきた。
「あの御仁、前からあんなんだったんでござる? 言ったらなんでござるが、微妙に拙者とは噛み合わなさそうなタイプでござったよ」
「前はアレよりもっとひどかったし、一応成長はしてるかな? まあアイツと噛み合うタイプなんて三年前もそんなにいなかったし、普通だよサクラさんはー」
傍若無人の暴れん坊。他人のことなど気にしない、身体も態度も放つ言葉さえデカいヤツ──3年前からそんなところはあったけど、今なおそうした性質は健在だった。
なんならアレでも丸くなったほうだよー。3年前ならシアンさん相手にあんな譲歩絶対しなかったし、するにしても僕にボコボコにされてから渋々、あからさまに納得してませーんって感じの空気を出しながらの不貞腐れたものになっていたはずだよー。
そう言うとサクラさんは呆れ果てて、アレが当世最強の冒険者の一角でござるか、と嘆く声色でつぶやく。気持ちはわかるよー。
でも残念ながらアイツの強さそのものはガチだ。かつてより頭を使うようになった分、僕からすれば隙ができたように見えるけど普通の場合でいうと立派な強化だからねー。
サクラさん単独だとたぶん、勝てないんじゃないかなって思うよー。
これは本人には言えないことだけど、彼女自身その自覚はあるみたいで悔しそうにしているね。まだまだこれから、サクラさんならいつかアイツにも勝てるはずだから気にしすぎないでほしいなー。
若干気まずくなった空気を払拭するように、僕は努めて明るく声を張った。
今一番の話題はやはり、シミラ卿絡みだろう。
「ともあれアイツやアイツのパーティーも加われば、エウリデ王城の襲撃もシミラ卿救出もなんとか目処が立ちそうな気はするね。いなくても救出は絶対に成功させていたけど、いることで全体的に楽になるから」
「単純に、あの女の実力一つ取ってみても超一流。下手すると世界でも五本指なわけでござるしなあ。アレがこちら側に付いた時点でエウリデの勝ちの目が薄くなった。詰みでござるね」
「戦慄の群狼そのものよりも、リューゼリア・ラウドプラウズって女のほうがヤバいんだねー武力的にも、政治的にも。ま、レジェンダリーセブンのメンバーならそのくらいの扱いされてても不思議じゃないけどさー」
世界的に見て、レジェンダリーセブンの名前は普通にビッグネームだ。7人が7人とも、国一つくらいわけなく滅ぼせる力を持つんだから当たり前だよね。
その中でもリューゼリアといえば、マジで革命騒ぎに乗っちゃったやつだし。そんなのがエウリデに戻ってきてしかも国に敵対するとなれば、嫌でもその影響力を国は無視できないだろう。
エウリデがリューゼリアの動向に気づいてからの動きが見ものだよー。まさか今さら処刑中止! シミラ卿不問! だなんてプライド的にできしないし。
どんな戯けた反応を返してくれるんだろうねー、みたいな話をしていると、あっという間にサクラさんのお家についた。
ここまで来たら一安心だね。僕のお家はここの通りから一つズレた通りの突き当りにある。ここから歩いて10分かそこらだよー。
「じゃ、そういうわけでしばらくはのんびりだねー。シミラ卿奪還に向け、お互い英気を養いましょー」
「そうでござるなあ。まあ、どうせ明日もあの文芸部室でのんびりシアンを扱きつつ過ごすのでござろう」
「だねー」
となると今日のところはこれでお別れだ。もうちょっとお話したいよーって気持ちはあるけど、もう夜だしねー。
明日から一週間くらいは休息、休みを経て力を蓄える期間だ。シミラ卿処刑阻止、どんな風に話が転がるか僕にも読めないところはあるけれど……一つだけ確定していることはある。
必ず助ける。あの生真面目で堅物で、でも僕のことを弟扱いしてくれる素敵な女の人の命を、国なんぞにくれてやらない。
そんな決意を胸に秘めて、僕は家に帰るのだった。
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急な再会だよー!
「んふーん、ふんふんふふふーん。ふふーんふふーん、ん?」
サクラさんともお別れして、暫しの帰路を一人歩くよー。ちょっと舞い上がる心地で、鼻歌なんか歌っちゃうー。
なんやかや久しぶりにリューゼリアに会えたりしたりして、険悪な場面があったりしたけどそれはそれ。やっぱりかつての仲間との再開ってのは、そしてそれなりな感じでやり取りできたのは普通に嬉しいことではあったよー。
そんなわけでテンションを上げつつ僕の家のすぐ手前まで辿り着く、そんな折だ。
人気のない夜、一人暮らしの僕の家。誰かいるわけなんてあるはずないのに、それでも玄関の前、何やら気配を感知する。
なんだろ、業者さんかな? 玄関前に訪問販売お断りって書いてるんだけどなー、なんて訝しみつつも気配を消して見えてきた玄関を目を凝らしてよく見る。
迷宮攻略法・感覚強化。五感を強化する技法をもって、自分の視覚を強化する。これで僕は広々とした迷宮の、遠く離れた壁に小さく彫られた文字さえも容易に見抜くことができるよー。
さてどちらさまかなー?
「…………くかー。すぴー。ぐおー」
「あれ? え、あれって……」
────思いも寄らない人だった。男が一人、玄関にもたれかかっていびきをかいて寝ている。
金髪の、起きてたらイケメンだろうなって感じの堀が深くて鼻立ちの通った男だ。でも今はアホ面と言うに相応しい大口開けて、無邪気な寝顔を晒しているねー。年は20歳くらい、っていうか今年で23歳とかだったはず。
貴族っぽい上質のスーツに身を包み、武装した様子はない。3年前の得物、細長い棒にも似た槍は今日は持ってきてないみたいだ。
ぶっちゃけ知り合い、どころの話じゃない。
昼のリューゼに続いてのまさかの再会だ。えええ!? と内心で叫びつつ、僕は恐る恐る彼に近づく。
酒は飲んでなさそうだ、酒精の気配がない。でも熟睡してるね、何時間寝てるんだ? この真夏の外で。
呆れ返りながらも僕は、彼の肩を叩き覚醒を促した。
「こんにちは、こんにちは。あ、いやこんばんわかなー? ええと、人の家の前で何してるのー?」
「ん…………? お、おお。なんだ、誰だいきなり。お前は誰だ、ここどこだ」
「えぇ……?」
寝ぼけ眼をこすりながら、寝ぼけたことを言う男。お前は誰だもここは誰だも、僕はソウマでここは僕の家の玄関前だよー。
やっぱ飲んでるのかなー? でも酒の匂いとかしないしなー、ああでもこの人割とこんなんだったなーって思い返しつつ、僕はやれやれと首を振りつつ彼に言い返す。
「僕だよ、ソウマだよ久しぶりー。ここはエウリデにある僕の家の玄関前だよ、どうしたのこんなところでー」
「ん、んん……お、おお! ソウマ、ソウマじゃないか久しいなおい!」
僕だと気づいて──遅いよー──すぐさま起き上がり満面の笑みを浮かべる。ついさっきまで寝ぼけてたくせ、覚醒すると一気に動くんだから元気な人だねー。
ま、そんなとこも含めて3年前と大して変わってなさそうで何よりだよー。
そう、この人も僕の仲間だった人だ。つまりは調査戦隊元メンバー、なんなら今やレジェンダリーセブンの一角たる人でもある。
つまりはリューゼリアのご同類なわけだね。ただ、根本的に粗野なあっちとは異なりこの人は貴族冒険者であるから立ち居振る舞い一つとっても優雅で気品に溢れているよー。
人ん家の玄関前で寝こけてもなおどこか上品さがつきまとうんだから、シアンさんにも負けない貴族オーラ漂ってるんだよね。
そんな彼はニカッとイケメンスマイルを浮かべ自信満々に、僕にとっては3年ぶりの名のりを上げるのだった。
「カイン・ロンディ・バルディエート! レジェンダリーセブンが一員にしてお前さんの第一の友が今、3年ぶりの再会をしに来た! いやー懐かしいカッコをしてるな"杭打ち"、話に聞いちゃいたがまだそのスタイルか」
豪快で、でもどこか戯けて飄々としてる風のような人。カインさん──カイン・ロンディ・バルディエート。
七人の中でもレイアに次いで仲が良く距離も近かった、それこそ友人だった人だ。そんな彼が、まさかのこのタイミングで僕を訪ねてやってきているなんて!
「当たり前。僕の冒険者としての基本だからねー。っていうか声大きいからちょっと静かにしてもらえるかなー?」
内心で驚きに叫びつつ、けれど表には出さず素っ気なく返す。
今もう夜だし、大声すぎる。一応近所にも素性は隠してるんだから、あんまり声高に人の名前だか二つ名だかを叫ばないでほしいよー。
そう思って注意すると、彼は、カインさんはやはり豪快に笑って応えるのだ。
「おお? おお、こりゃすまん。今や俺も一団率いる大将だから、ついつい声を張り上げがちになるんだ。一種の職業病だな。わははは!」
「嘘つけ! 3年前、別に大将でもなかった頃からそんなだったろ!」
「そうだったかぁ? まあまあ気にすんなって、な!」
朗らかに適当なことを言うよね、相変わらずー。
そんなところちさえ懐かしさを覚えつつ、僕はひとまず彼を家に上げるのだった。
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なんか軽いよー!?
まさかまさかの再会。日に2度も、別々なレジェンダリーセブンと3年ぶりに会うとか今日はどうしたんだろう?
運命とか、宿命とか? いやでも僕そういうのあんまり信じたくない派だしなー、とか考えながらも僕は久しぶりに会った友人──だった男──へと話しかけた。
「とりあえず家にあがりなよ。もう夜も更けてきたし、何か話すことがあるからここに来たんでしょ?」
何はどうあれ、話はこんな所でやることじゃない。夜更けまで人の家の前で寝てた時点で大分アレだけど、まあカインさんは昔からそういうことも平然とやるからねー。
恥をかくって感覚を何処かに落としてきたような人なんだよー。豪快さよりは繊細さんというか飄々としたイメージの人なんだけど、変なところで図太いんだねー。
今だって僕の提案を受けて案の定、人懐こい笑みを浮かべてすっとぼけた感じを出してるし。
「応ともよ、邪魔させてもらうぜ! いやー昼間に訪ねたは良いがお前さんがおらんようで往生してな、待ってる間に寝ちまってたわ、ハハハハ!」
「いなさそうってなった時点で一回帰りなよー!」
これだよー。普通に考えて家主不在ってなったら帰るもんだろうに、何を普通にその場で待ってあまつさえ寝こけるんだか。
それもこの炎天下を夜になるまでずっとだ。彼もレジェンダリーセブンなら迷宮攻略法を身に着けてるわけで、命の心配とかはしてないんだけど……だからといって奇行に走らないでほしいねー。
そんなこんなで彼を伴い家に帰宅。杭打ちくんは庭先に置いたよー、明日早朝、改めて秘密基地に戻しに行こう。
家の中は真っ暗だけど問題ない、感覚強化で視界を確保する。通路と、リビングの燭台にそれぞれマッチで火をつければそれなりに明るくなった。大体暗くなったらもうお風呂入って寝るもんだけど、今日は来客があるからね。そうもいかないみたいだよー。
カインさんを椅子に座らせ、僕はコップに水を注いで彼に手渡す。本当は東洋のお茶とか出したかったけどこの時間にそんな手間のかかることしたくない。ごめんねー。
「はい、粗茶だけど」
「ありがとよ……改めてだが久しぶりだな、我が友よ」
「久しぶり。未だに友と呼んでくれるんだね、この僕を」
喉を潤すなり、僕を友と呼んでくる。カインさん……彼もまた、僕には思うところもあるだろうに。
先日モニカ教授から聞いた、調査戦隊解散の顛末。カインさんこそはそのカリスマを用いてレイアに付き合いきれなくなった者達をまとめ、離反したらしいその人だ。
…………そこについて僕から何か言うことはない。言えることがない。その資格がないし、今さら言う意味も薄い。逆ならともかくね。
ただ、それでもこんな僕を友と言ってくれる。そこに対して嬉しさと、申しわけなさが込み上げてくるのは、これはもうどうしようもないことではある、よねー。
にわかに俯く僕。後ろめたさがどうしても、彼と向き合うことを許してくれない。
そんな姿を見るに見かねてかカインさんは大きく息を吐いた。そして呆れたように、でも優しい声色で語りかける。
「当たり前だろう? ……やはり気にしていたか。お前は優しい男だからな」
「優しくなくても気にするでしょー? 僕が、みんなの居場所を壊したも同然なんだし」
あまり、胸中を吐露するなんてこと、したくはないけど。この人相手には別だよ、だって友達だもの。
僕がみんなの居場所を、調査戦隊を壊した。エウリデとかミストルティンとかカインさんみたいな要因は他にもあったけど、まず一手目は僕だったんだ、間違いなく。
そこについては何も弁明の余地がない。
言われたほうがむしろホッとするくらいだ、正直ね。責められて当たり前のことを責められないのは、なんだか座りが悪いし。
カインさんはそんな僕の気持ちを見抜いたように、軽く微笑んでみせつつも、けれど言った。
「違う、と他の連中なら言うだろうがそこは敢えて言おうか。そうだな、お前が大迷宮深層調査戦隊を壊した。エウリデ政府の卑劣な策もあったろうことは理解するが、それでも引き金を引いたのはお前だ、我が友」
「うん。そうだよね。どうあれ引き金は僕だった。僕の意志、僕の選択だった。何もかもとまでは正直思えないけど、それでも結構な割合が僕の責任だと思ってるよ」
直球で言ってくれる、ありがたいね。
未だに友と言ってくれる彼にこんなことを言わせる僕は悪いやつだけど、けれどどうしても感謝の念は絶えない。
そう、ぜんぶ僕のせいとまではさすがに思わない。思わないけど、僕は何も悪くないと言うつもりもない。それだけの話だ。
今さら何をしても手遅れだし、結局前を向くしかない、今できることをするしかないんだけれど。そこだけは誰かの言葉で確認したかったところはある。この期に及んで甘えたがりの、戯言だよね。
苦笑いを零す。
しかし、次の瞬間──僕はカインさんの言葉に、凍りつくこととなる。
「だがなあ、ソウマ。ソレがどうした?」
「…………え」
「それがどうした、と言っている。そんなことをこの3年、ずうっと引きずってきたのか、我が友よ」
呆れたように笑う、僕の友達。
なんか……思っていた以上に、軽いよー!?
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友の言葉だよー
あっけらかんと、歌うように軽やかにそんなことがどうした、と。
言ってのけるカインさんに、絶句するのは僕のほうだった。僕のやったこと、やってしまったことの罪過をたしかに認めてくれたのに、直後になんでそんなことを。
「…………いや、それがどうしたって、あのね」
「調査戦隊が崩壊した、その理由の一端はお前だ。それは間違いない。だがそんなこと、何年も引きずる話じゃないぞ」
「えぇ……」
きっぱりと言い切る彼の顔には、嘘偽りの色はない。心の底から僕の過ちを認めつつ、けれどいつまでも気にすることじゃないと思っているんだ。
何を言っているのか、あんまりな言い分に思考が追いつかない。僕が悪いのに、気にするなって言うの? 僕はずっと引きずってきたのに、あなたは気にするなって言うの?
戸惑う僕へ、優しく笑い。
カインさんは、なおも言った。
「そもそもな。人間関係だの組織だのは常に流動的なのだ、どういうきっかけでどうなろうがそんなもの、誰に分かるはずもない。そういうものは運命とか宿命の領分だろう」
「でも、だからって」
「お前が追放された。結果、調査戦隊が崩壊した。そんなところまで行くとは思っていなかったろう、実際? 精々が多少揉めるか最悪、離反者が出る程度に思ってたんじゃないか? 少なくとも俺は当時、加速度的に崩れていく調査戦隊に対して唖然としたぞ。そこまでのことになっちゃうのかよ、一人追い出された程度で──とな」
「……それは」
ぶっちゃけすぎだろー……でも正味な話、否定できないところはある。
教授から聞かされた事の顛末、そこに対して僕ははっきり言えばドン引きするものを覚えたのは事実だ。
メンバーが一人、外圧によって追い出された。たったそれだけのことで調査戦隊は即日、空中分解したんだ。そんな話ある?
ミストルティンとかカインさんあたりは離反するかも、くらいには思ってたけど組織としての体裁すら保てないレベルで崩壊するなんて思ってもいなかったんだ、さすがに。
こんなこと、僕の立場で言えるわけがないんだから黙ってたし思うこと、考えることだってかつての仲間達に対して失礼だ、と思い思考を止めていたけれど。
他ならぬそのかつての仲間から言われてしまったんだ。いくらなんでも脆すぎじゃない? と。
「まるでドミノ倒しだ。どこからでも一つ衝撃が加われば、そこから先は後戻りできずにゲームセット。レイアのカリスマ、絆という理想に依存しすぎて調査戦隊は気づかない間に、砂上の楼閣へと変わり果ててしまっていた。きっと、お前が来るずっと前からな」
「そんな、ことは……僕が来る前のことは、さすがにわからないけど」
「いつ、何がきっかけでああなってもおかしくなかった。たまたまお前の追放がそうだった。お前の罪過であることは間違いないが、そもそも土台からしてレイアにすべてを依存していた調査戦隊メンバー、全員の罪がそこにあるのだと俺は思うよ」
ない、とは言い切れない。だって僕が来る前の話なんてさすがに知ったこっちゃないし。
でも、レイアに依存しすぎていたってのは紛れもない事実だよ。僕自身、彼女についていけば良いって当時、考えてたもの。
支えることじゃなく、導かれることだけ考えていた。それが調査戦隊メンバーみんなの分だ。さぞかし辛かったろうな、レイア。
だからそこを指摘してカインさんは言うんだ。僕だけじゃない。僕にも罪はあるにせよ、調査戦隊はそもそもからして罪に塗れていたんだ、ってね。
「すべてなるべくしてなったのだ。なった分の罪過を背負い罰を求めるのは好きにすればいいが、それ以上の余計な分まで背負おうとするな。それは余分だ」
「カインさん……」
「お前は追放された後、3年もの期間を冒険者として孤独に過ごしたと聞く。多くの葛藤と苦悩を背負っての選択と末路がそれならば、俺からすればお前は十分に苦しんだのだ。これ以上引きずるな。生きるということに対して不誠実だ」
強めの口調で、けれどどうしても滲み出る優しさ。
カインさんは彼なりに、僕に前を向いて生きろと言ってくれているんだと分かるよー。
「運命や宿命とは儘ならぬものなのだ。救いにせよ報いにせよ釣り合いを取ろうなどと思っては、人は一生苦しむことになる。それではいけない。ましてや我が友にそんな道は歩ませられん」
「…………ありがとう。恨まれていると、思ってたよ」
「お前の事情を知っているのだぞ、恨むものかよ。いいか我が友。良いことも悪いことも、ハナから釣り合いなんぞ取れないものなのだ。それはそういうものだと思って、あまり重く受け取りすぎるな」
ある種の諦観を孕む言葉。カインさんはそうだった、貴族だからか生来の性質なのかわからないけど、こういう達観的なものの見方をする人だったねー。
今回僕にくれた言葉も、なんとも彼らしい物言いだなと思って──僕もようやく、彼に微笑み返すことができたよー。
今日から平日のみの更新となりますー
よろしくお願いしますー
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本題だよー
「と、いう話をしにきただけではないのだ、ソウマ」
「え。っていうと、本題が他に?」
「あたりまえだ。わざわざこんな話をするためだけに来るわけないだろう」
友からの思わぬ、そして温かい言葉受け取って。でも自分が来たのはそれだけではないのだと語るカインさんに、僕も居住まいを正して和んだ空気を引き締める。
嬉しい再会はともかくとして、そりゃそうだよ、彼がわざわざ訪ねるんなら他にも理由があって当たり前だ。
おそらくはシミラ卿についてか、あるいは新世界旅団についてか……どちらも、という線もあるね。
このタイミングでレジェンダリーセブンがやってくるなんてのは結局のところ、リューゼ同様の動機があるからなんだ。そもそもこの人もまた、調査戦隊の元メンバーをごっそり引き抜いてパーティーを形成している一団の長なんだからねー。
案の定、彼は予想通りに口にしたよー。
「シミラ処刑とか新世界旅団については俺もすでに把握している。実のところ、今回それらに絡んだ目的のために訪問したのだ」
「やっぱり。リューゼみたく処刑阻止のために動くとか、シアン団長を試しに来たとかそんなアレ?」
「少し違うアレだ。シミラの処刑阻止には協力するがそんなもん、俺がいようがいまいがどのみち阻止されるだろう。新世界旅団はそもそもどうでもいい。お前が納得ずくならそれでいいからな、我が友」
うん? あれ、この人別にシミラ卿と新世界旅団を目的にエウリデにやって来たってわけでもないんだ。
ちょっと意外だよー、なんならリューゼほどじゃないにせよエウリデ王族皆殺しだ! とか、シアン団長を試してやる! とか多少は思ってるかなーとか思ったし、だからエウリデに舞い戻ったと思ったんだけど。
飄々とした顔つきからはあまり真剣味は覗けないけど、カインさんはこんな顔して万事、軽い調子でことを成すから読みにくいんだよね。
顔色から何かを伺いにくい以上、もう単刀直入に聞いてみるしかないかなー。
「ええと。じゃあ、一体何を目的にエウリデに戻ってきて、しかも僕の家を訪ねてきたのさ」
「ああ、まあ俺自身は単なるメッセンジャーでしかないんだ──レイアにウェルドナーさん、あの2人も俺と同じ目的のためにエウリデに来ている。それを伝えるために今回やって来たのだ」
「────は?」
息が止まる。絶句、とはまさにこのことだろう。
レイアに、ウェルドナーさん? あの二人まで来てるっていうの、このエウリデに?
しかもカインさんともすでにやり取りしていて、あまつさえメッセンジャーに仕立てて僕に接触をさせた?
いや、いやいやいや。何がどーしてそーなってるの?
カインさんって聞くところによると、僕ほどじゃないにせよやらかしてますよね調査戦隊的に? 不満を持ったメンバーをまとめ上げて全員で離反するとか、しちゃってましたよね?
それがなんで仲良しこよし感出してるのさ。意味が分からないよ!?
「き、来てるのレイア、ウェルドナーさんも!? っていうかなんでカインさんが、二人のメッセンジャーなんてことを」
「つい最近再会してな、まあその辺は後で話そう。あの二人もすでにシミラ奪還に向けて動いているが、実のところ戻ってきた理由はそれではない。というか戻ってきた矢先、シミラの話が出てきたもんであの2人も泡を食っているのが実情だ」
「そ、そうなんだ……本筋の目的って、一体」
そもそもエウリデに用があって戻ってきたら、タイミングが良いのか悪いのか、シミラ卿の話が出てきちゃって慌ててこの人を遣いに出したっぽいね、レイア。
たぶん僕や僕を通して新世界旅団にギルドと歩調を合わせて動きたいとかそういうのだろう。状況的に、シミラ卿の件を片付けないことには目的とやらが果たせないと判断したんだろうねー。
となると気になるのはその、本筋の目的とやらだけど……そこについてはカインさんは首を左右に振った。
申しわけなさそうにしつつも、肩をすくめて言ってくる。
「すまんがそこは直接会って聞いてくれ、俺も詳しくない話だからな。ただ一つ言うとすれば、レイアはお前を必要としている。昔以上に強く、お前を求めているのだ」
「!!」
「……とはいえ新世界旅団の邪魔をする気もないようだがな。彼女もいろいろあったようだが、すでに調査戦隊は過去の物として今を生きている。前以上に強くなっているぞ、彼女」
「…………そっか。良かった。僕が言えた義理じゃないけど、本当に良かった」
一瞬、カインさんはともかくレイアはやはり、僕や新世界旅団に対して思うところがあるのかなって考えたけど……
どうやら、すでに彼女は調査戦隊を思い出としていて、今は今で新しい何かのために生きているみたいだ。
思い出にさせてしまった僕が言うのは、あまりに無責任だし最低なんだけど。それでも、本当に良かったと心から思う。
彼女の栄光を、絆を踏みにじってしまった身として。彼女がそれでも立ち直って新たな道を歩んでいることは、とても喜ばしい。
さすがは"絆の英雄"ってことだろうね。
どんなに挫折しても、何があっても……彼女はやっぱり、何度でも立ち上がって前を向いて歩ける人なんだ。
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集結の予感?だよー
リューゼに続いてカインさんまで、と思いきやレイアにウェルドナーさんまですでにエウリデ入りしているらしい、なんてとんでもない話を聞かされて、僕もそろそろ大分混乱している自信がある。
何やら主たる目的は別にあるようだけど、そのためにたまたまエウリデを訪れた矢先にこの騒動なんだからタイミングが良いんだか悪いんだか。調査戦隊らしいといえばらしいのかもしれないけど、ねー。
困惑しきりにカインさんを見る。憎らしいくらい飄々と、なんなら軽い微笑みすら浮かべている彼はそれこそ三年前と変わらない。
貴族的な余裕ってやつ? あるいはモニカ教授やウェルドナーさん以上に冷静冷徹な一面をも持つ男は、やはり軽い調子で僕へと続けて言う。
「おそらくシミラ奪還に際して面合わせすることになるだろう。その時、改めて話をしたいとのことだ。俺は今回それを伝えるために、ここへ来たのだな」
「それで誰もいなかったから、玄関前で寝てたのー……? 一回帰るとかすればよかったんじゃないの?」
「そのつもりだったが、お前の家を眺めているうちにウトウトしてな。いやはや立派な家だ、根本から根無し草だったお前がこのような家に生活できるようになったかと、友として嬉しい限りだ」
「そ、そう……」
褒められるのは嬉しいけど根本から根無し草とか言われるのは複雑だよー。一応僕、孤児院出身ってことで根を張る場所はあったと思うんだけどねー?
というか人の家を眺めてるうちに寝てました、なんてそんなことある? 立派なお家、なーんてお褒めいただきそこは光栄だけども、だからって下手すると半日以上? 炎天下で寝てたってのはいろいろ大丈夫かなこの人、ってなるよー。
しかし、まあ、元気そうで良かった。カインさんにしろレイアにしろ、ウェルドナーさんにしろ。
リューゼも合わせると4人、レジェンダリーセブンがエウリデにいることになるんだよね。実に半数以上も世界最高クラスの冒険者が来訪してるって、かなりのビッグニュースだよねよく考えたら。
そこまで考えてふと、口走る。
「にしても、リューゼにカインさんにレイア、ウェルドナーさんと来たかぁ……これさ。ワカバ姉にミストルティン、ガルドサキスも来そうじゃない? なんとなくだけどさー」
偶然とはいえ4人も集まりつつある以上、ここまで来たら残る3人も来そうな気がしてならない。
いっそレジェンダリーセブン大集結! エウリデ包囲! ってしてやったら、どう考えても彼ら彼女らにトラウマを持ってるだろうエウリデ上流階級としては下手すると即降伏まであるかもしれないねー。
なんてことを冗談めかして言うと、カインさんはふむ、と顎に手をかけ考え込んだ。
どうでもいいけど手足が長い、スラッとしてていかにも男前って感じで見ててムカつく! 絶対に僕の隣に立ってほしくないよ、いやでも比較されそうだからね!
見てろよ僕も大きくなるから! と思わず内心叫んでいると、彼は一つ頷いて僕に応えた。
「可能性は大いにあるな。シミラ処刑の報はすでに耳聡い者であれば、国外の者でも知れる程度には広まっている。情に厚いミストルティン、ガルドサキスに加えて祭りとみればワカバも来るだろう」
「ワカバ姉だけはそういう理由だよねー」
「アレにその辺の情は期待しない方がいい。ヒノモト者は、殺し殺されは世の常だと本気で思い込んでいる連中だからな」
薄く笑ってワカバ姉を揶揄するカインさん。この人、ワカバ姉っていうかヒノモト人を殺戮狂戦士集団くらいにしか見てないんだよね。
主にワカバ姉がたおやかな笑顔でやらかし過ぎたってのもあるんだけれど、他にも調査戦隊に何人かいたヒノモト冒険者の素行も大概アレだったから余計にその考えが補強されちゃってるところはあるね。
まあ、サクラさんとかも割と大概な時があるからあんまり肯定も否定もし辛いんだけど。カインさんが彼女を見たらどうリアクションするかな、ちょっと気になるかもー。
それはさておいて、とにかくレジェンダリーセブンがもしかしたら、何かの間違いででも全員集結しかねない状況ってことなんだね、今は。
残る3人を思い浮かべて天井を仰ぐ。
「となると、レジェンダリーセブン勢揃いかもしれないのかぁ。嬉しいような、気まずいような」
「別に、気まずさを覚える必要もないだろう。思うところがあるのはレイアとウェルドナーさんくらいなもので、それとて今生賭けての恨みつらみというほどでもない」
「そうかなぁー……」
「それに、あまりグダグダ言うならお前を可愛がっていたワカバやミストルティンが黙ってはいないだろうさ」
からかう風に笑ってくるカインさん。ワカバ姉にミストルティン……たしかにいろいろ可愛がってもらった記憶はあるけども。
さすがに今はどうなんだろうね? そこはちょっと気になるところだよー。
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さあ、行くよー!
──そして一週間後。
僕はいよいよ差し迫った対エウリデ、対シミラ卿処刑のために集結した冒険者の一団の中にいた。
町を離れて外の平原、総勢300名もの冒険者達が集まり、隊列を成している。
普段であればこんな軍隊みたいな規律の良さ、死んでも協調しないアウトローたちばかりだけど今回だけは話が別だ。同胞が殺されるかもしれず、それを助けるためと言うなら何だってして見せる冒険者達の身内意識の強さが、異例の集団行動を実現させていたよー。
「よし……冒険者ギルド側は問題ない。新世界旅団、そちらはどうだ?」
冒険者達を率いるギルドの長、ベルアニーさんが一団を眺めつつ隣に並ぶシアン団長に尋ねた。
本来ならシアンさんだってあの一団に入って並んでいてもおかしくない立場なんだけどそこはそれ、率先してギルドと対等の存在として交渉をしてみせたがゆえにパーティーごと、ある種の特異な立ち位置に据わることができていた。
まあ、そもそも僕にサクラさんがいる時点で言い方は悪いかもだけど他所とは格が違うからねー。
いつもの帽子に外套、"杭打ち"スタイルのまま二人を見、集団を見る。あっ、煌めけよ光のみんなだ。ヤミくんが小さく手を振ってるよ、かわいー。僕も手を振っちゃおーっと。
呑気に手を振りあう僕に構わず、シアンさんが緊張を隠せない様子でギルド長に答えた。
「新世界旅団も問題はありません。いつでも行けます。あとは戦慄の群狼と、元調査戦隊メンバー達ですが……」
「バルディエートに加えてアールバドにバーゼンハイム。そしてやつらが率いているだろうパーティーの連中か」
ため息まじり、いかにも厄介者ばかりを想うように吐息をつくベルアニーさん。気持ちは分からなくもないよ、実際この局面においては厄介な要素でしかないからねー、3人とも。
こないだうちに来て、まさかまさかとレイアやウェルドナーさんの来訪を告げていたカインさんは結局、その日は伝えたいことだけ伝えて普通に帰っていった。
"いずれ近いうちにまた、会うことになる"とは彼の言だけどー……おそらくそのタイミングは間違いなく今日、エウリデ王城はシミラ卿を助け出す前後のタイミングなんだろうなって気はしてるよー。向こうが介入してくるとしたら間違いなく、その辺だろうしねー。
ただ、それはそれとしてどうやらギルドにもまったく連絡を入れてないみたいなのは気にかかるよー。
足並みを揃えようって気がないのは、何かしら思惑あってのことだろうけど一体なんなんだろう?
ベルアニーさんも首を傾げつつ、カインさんから直接話を聞いている僕に尋ねてきた。
「やつらは未だこちらに連絡の一つも寄越してきていないが……グンダリ、本当に3人はエウリデにいるんだな?」
「間違いないよー。ていうかカインさん本人が知らせに来てくれたんだ、信じないわけにもいかないよー」
「…………ではなぜ、こちらには連絡の一つも寄越さないのか」
苛立たしげに頭をかく。数日前にもレイア達については伝えてるんだけど、その時には平成を装いつつも喜色満面だったからたぶん、相当アテにしてたんだろうね彼女達のこと。
気持ちは分かるけど、いくら英雄ったってレイアも結局のところ冒険者なんだからねー。あんまり都合よく動いてくれると信じてるとこのとおり、予想が外れる羽目になるから注意すべきだってのはこの人も分かっているだろうに。
レイア・アールバド──大迷宮深層調査戦隊リーダー。絆の英雄。そんな肩書に夢を抱いているのは、たとえ百戦錬磨のギルド長であっても同じってことかー。
まあまあ、と彼を宥めつつ僕も考える。
こっちにカインさんまで派遣しておいて、それでも基本的にはコソコソ動いているその理由。
レイアの動機、それってなんだろう?
「たぶんだけど……そもそもそこまでガッツリ関わるつもりはしてないんじゃないかなぁ、あっちは」
「……なんだと? シミラ卿が処刑されるかもしれないというのにか」
「元々、別な目的のためにエウリデに来てるみたいだし。それってのが何かはいまいち分からないけど、ここまで戦力が集結してる僕らに追加で加わるよりはそっちを優先してもおかしくはないかも」
カインさんは言っていた。元々自分達は別の目的があってエウリデに戻ってきたのだけど、その矢先にシミラ卿の騒ぎが起きて泡を食ったって。
そこから考えるに、シミラ卿に興味がないわけではないとは思うけど……といって、冒険者ギルド+新世界旅団、おまけに戦慄の群狼まで足並みをそろえているこの状況にさらに追加で加わるのはさすがに戦力過剰だと僕から見ても思うわけだよー。
レイアもそう考えているとしたら、ひとまずことの趨勢を見守る形で待機する程度にしときたいんじゃないかなあ。
そして特に問題がなさそうなら自分達は、元々の目的のために動く、と。どうもそこに僕が絡んでそうなのは気になるところだけどねー。
「まったく無関係を決め込む気もないだろうけど。レイアはどこかのタイミングで、僕と接触したがってるみたいだし。たぶんエウリデ王城にまでは来ると思うよ」
推測、だけどレイアの性格が3年前と変わらないならそうなる 可能性は割と高いかもしれない。
僕の考えにベルアニーさんは難しげな顔をして少しだけ黙り込んで、それからやれやれとだけつぶやいて号令を発した。
エウリデ王城へと、進撃開始だ。
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王都前だよー
「王城近くまでは特に何事もなく来れたが、ここからだな問題は……」
「さすがになんの妨害もないのは考えにくいですからね」
出発して一団、馬車を使って進むこと数時間。
半ば期待さえされる形で予想されていた──王城本体に攻め入る前にウォーミングアップくらいしたいのが大半の冒険者達の本音だった──敵方の妨害、ないし防衛行動には終ぞおめにかかることがないまま、僕達はエウリデは王城のある城下町、すなわち王都をはるか前方に見下ろす小高い丘にまで到達できていた。
なんか来い、なんかしてこいとワクワクしていた僕達からすればぶっちゃけ肩透かしなんだけど、さすがに向こうが未だにこちらの動きを把握してないなんてのは考えづらい。
だから何かしら、思惑あってのことだろうとは思うんだけどー、じゃあその思惑って何? ってところについてはさすがに僕はおろかモニカ教授にも分かりかねる。
仕方なし、素通りさせてくれるって言うならありがたくーって塩梅でひとまずその辺の疑問は捨て置くことにした。
ベルアニーさんも同様のようで、そもそも、と顎に手を当て考え込みつつ別の話をしだしていた。
「だが、それにしても解せんのはエウリデだ。保有している最高戦力がシミラ卿だったものを、そのシミラ卿を処刑しようとしている今、一体代わりにどこの誰を用意しているというのか」
「騎士団のどなたさんかじゃないのー? 金とごますりだけ、口車に乗せるのだけが得意な連中多そうじゃない」
「そんな連中に一応の公的な国防の仕切りを任せるのでござるか? ……任せそうでござるなあ」
そもそも現状、エウリデという国が保有する中では最強と言える腕前なのがシミラ卿だ。何せ元調査戦隊メンバーだからねー。
そんな彼女を真っ先に切り捨てた形になる今回の騒動、果たして"その後"のことについてエウリデはどんな絵を描いているんだろう? 具体的に言うと彼女の後釜、次期騎士団長になりそうな人って、彼女と比べて見劣りしないような逸材だったりするんだろうか?
ないねー。絶対にない。
騎士団も古参連中はそれなりだけど、それでもあくまでそれなり終わりだ、シミラ卿には遠く及ばない腕前しかないよー。
大体、今の腐敗しきった騎士団なんてろくなもんじゃなし、どうせ金と貴族敵都合で次が据えられるに決まっている。事実上、シミラ卿こそが最後の"まともな"騎士団長になるだろうってのは、割とそこかしこでも言われてたりするしねー。
エウリデの外からやって来たサクラさんさえ、エウリデの腐りっぷりは苦笑いとともに否定しないレベルだ。
そんな僕らをさておいて、ギルド長は腕組みしてシアン団長に確認した。エウリデ王都までは無事にたどり着けた、となればここから先の動きがいよいよ重要だね。
「再度の確認だ。王城、城下町前まで進んだ時点で方位陣形に移る。町の周辺を囲み、威圧する態勢を整えるのだ」
「戦慄の群狼もここに加わるのでしたね。向こうの首尾は?」
「伝令をやり取りさせているが上々だ。すでに動き出していて、ややもすれば我々より先に陣を広げだすかもしれん。さすがの統率力だな、ラウドプラウズ」
そう言って遠く、王都の向こうを指差す。僕も身体強化で遠視してみると、遥か向こうに僕ら同様、丘にて陣取る一団が見えた。
アレがリューゼの率いる戦慄の群狼ってことだろう。なんか狼の群れ? みたいな旗があちこち掲げられてるよー。パーティーの象徴としての旗、いいねかっこいー!
新世界旅団もなんか旗とかエンブレムとか、あーゆーの見てると欲しくなってくるよー。
仄かな憧れを胸に懐きつつ眺める。その間もモニカ教授やシアン団長による、ここから先の動き方が僕らに示されていく。
「我々とリューゼ嬢側とで町を取り囲んだら次、エウリデ政府に向けて使者を立てるよ。シミラ卿を解放することと、処刑の撤廃と彼女に課した罪過の赦免を要求するんだ」
「この使者というのは冒険者達の主導者の一人として私が務めます。ソウマくん、サクラも来てください。おそらくは決裂するでしょうから、そこを見越しての人選ですね」
なるほど、交渉の使者って形でまずは新世界旅団の3人が王城へと赴くわけか。
これ、表向き使者だけど……事実上は潜入して破壊活動を行う、いわゆる工作員みたいな感じだねー。
口ぶりからして間違いなく話し合いは決裂すると見ているんだろう、団長は。僕も正直そう思う。
だから最初からそこから先、決裂した後の動きを見越して僕とサクラさんを連れて行くんだ。その場を制圧して、すぐさま地下牢まで駆け抜けていけるように。
「最初から没交渉になると想定してるのね。そしてうまくいかないとなればすぐ動けるように、ソウマくんとサクラを伴う、と」
「エウリデが首を縦に振るなど、貴族の身で言うのもなんですが考えにくいことですから。決裂は基本のものとして扱うべきでしょう」
同じく気づいたレリエさんの確認に、団長も頷き答え合わせをする。
つまるところ軽く腹を探りつつ、土手っ腹に一発打ち込んでやろうってことだねー!
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3年ぶりに見る人だよー
交渉が決裂に終わることは予め、織り込んだ上で半ば潜入するような形でエウリデ王城へと向かおうか、ということになり僕ら冒険者達は一旦、王都の門前にまで一気に距離を詰めた。
武力による示威だ──これをもってそもそも交渉をしない、という選択肢をなくさせる。
仮に交渉の場さえ持てない場合、僕ら冒険者に取れる手段はその時点で一つしかなくなる。そう、突っ込んで無理矢理ことを成す、だねー。
さすがに最初の一手から、なんの交渉もなしにそれをやらかすと後から面倒事が噴出しそうだし。最低限"一応話はしたよー? 向こうが頑固で取り付く島もなかっただけでー"という体裁は整えとかないといけないってのが僕ら、新世界旅団と冒険者ギルド、そしてリューゼの戦慄の群狼との共通見解だった。
なんだけどー……
「…………冒険者風情が陛下と、エウリデと交渉だと!? 思い上がるなクズどもが!!」
……とまあ、こんな調子でしてー。
ベルアニーさんとシアンさん、あと新世界旅団の面々や冒険者の何人かを引き連れての交渉の提案を行いに出向いたところ、待ち構えていた騎士団の現状のトップだろう人からこんなことを言われてしまったよ。
シミラ卿やマルチナ卿がいた頃にもいたメンツが見当たらない、というかめちゃくちゃ若い人達で構成されているあたり今の騎士団がどういう状況なのか人目で分かる気がするー。
トップらしい金髪のイケメン以下、後ろに控える連中もあからさまに侮蔑的な表情を隠そうともしてないし。
あちゃー、これはもしかしたら駄目かも知れないねー。
「そもそも交渉すらしないつもりっぽいよー……」
「現場の騎士共が勝手吹いてるだけ、のような気もしなくはないでござるが……」
「それをこちらが考慮してやる必要がないからねえ。彼らは現在進行系で自分達の首をギロチン台にかけようとしているわけだ。ある意味貴重な光景だよ、よく目に焼き付けといたほうがいいかも」
「下っ端の無能の現場判断によって一国が亡ぶ瞬間って? いやま、亡ばれても困るから精々捕縛して傀儡化するくらいだとは思うけどー」
「亡びてるか亡びてないかで言えば9割くらい亡びてるわよね、それ」
新世界旅団の身内達でヒソヒソ話す。モニカ教授の毒舌が結構鋭さを帯びているけど、言いたくもなるよねこんなの、ガルシアさんが何百人といるような光景だものー。
毒を吐く僕にレリエさんもツッコんでるけど割と疲れた感じだ。古代文明の人からしたら、こんなことってなかなかありえないんだろうなーって思うと、なんだか現代人として恥ずかしくなるよ。
さておき、交渉に至るために会話を試みるベルアニーさんを見る。彼も割と辟易していると言うか、アホらしくてやってられなーいって感じがすごく出てるね。ご苦労さまー。
それでも忍耐強く会話はしていかなきゃいけないんだから大変だよー。まあ彼も彼で、言葉の端々にイラツキを隠せてはいないんだけれども。
「我々冒険者はすでに王都を包囲している。号令一つあればすぐにでもこんな町一つ陥落してみせよう。それでもそのような戯言を抜かすかね、お坊ちゃん殿?」
「反逆者どもが調子づきおって……! 徒党を組んだからどうだというのだゴミどもが、今ここで始末してくれるわ!!」
「我々はエウリデ貴族だぞ! 刃向かうな逆らうな、大人しく殺されろ虫けら共がっ!!」
うーん。あからさまに武力をもっての、ここまで来たらただの恫喝な気がしなくもないけど。それだけにベルアニーさんの言葉は本来ならば、自分の意志を通すための必殺級の威力を誇るはずなんだよー。
それが一切通じてないっていうか、彼我の戦力差をまるで理解してなさそうなのがすごいよー。案の定だけど貴族のボンボンだけで固めたみたいだね、今の騎士団。これ、シミラ卿が見たら卒倒するかブチギレるかもだねー。
にらみ合う僕らと彼ら。
もはや衝突もやむなしかな? 向こうに何か隠し玉でもない限り、事実上エウリデは今日終わるねー、なんてことを考えた矢先。
騎士団の後ろ、王都の内部から豪華な馬車が走ってきた。金ピカな装飾過多の、いかにもお偉いさんの乗る趣味の悪いデザインだ。
「なんだ、あの馬車! どなた様だ!?」
「あれは……閣下か!」
馬車は戸惑う騎士団達のすぐ後ろに止まり、客車のドアが開いて中から人が出てくる。うっすら見覚えのある禿げたおじさんだ……誰だっけ?
喉元まで出かかってるんだけど思い出せない、なんかやたら偉そうなその人は戸惑う騎士達に声をかけた。
「────我らが騎士団の誉れある騎士達よ。私は国王陛下の命によってここへ来た。諸君らの忠誠、大儀である」
「っ!! 大臣閣下!」
「我らが騎士達よ、ここは寛大なる姿勢を見せてやるのだ。そこな羽虫どもの囀りを、至尊なる国王陛下は耳で楽しみたいと仰せである」
いかにも大物ぶってそんなことを言う。自称大臣さん──思い出した、3年前に僕に調査戦隊を出てけって言った人だ、この人!
前はフサフサだったのに禿げてるもんだから気づくのが遅れたよー! っていうかわざわざ大臣が動いて、僕らを招きに来たってことかな?
羽虫呼ばわりはイラッと来るけど、どうにか交渉の場は持てそうでよかったよー。
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馬車に乗るよー
突然現れた、3年前に僕を調査戦隊から出ていくよう促したエウリデの大臣さん。前と同じく尊大で居丈高な態度だけど、裏腹に頭の砂漠化は進行しているみたい。大変だねー。
どうやら国王の命によって僕ら、交渉を望む冒険者達を案内しに来たみたいだ。現場の騎士達が一も二もなく跪く中、シアンさんと僕とサクラさんを馬車へと招く。
「こういう馬車に乗るの、初めてだよー」
「これを最後にしたいでござるね。何しろデザインから趣味から最悪でござるし」
「……ノーコメントで」
乗りながらも小声でやり取りする。豪華なのは良いんだけど、いかんせん金ピカすぎて目に悪いしオシャレというより成金的だしで、少なくとも僕とサクラさんの趣味には合わないみたいだよ。
シアンさんだけ微妙な顔をして言及を避けたのは、彼女のセンスもなんだかんだ貴族的ってことなのかな? あるいはもしかしたら、お家の馬車にもこういうのがあるのかもね。
ま、ともあれ僕らは馬車に乗り込んだ。広々とした客車内には大臣と、両脇を固める騎士が二人。
近衛か……表のぼんくらどもよりは多少やるかな? それでも圧倒的に実力差がある僕らに対して侮蔑の視線を隠そうとしないあたり、五十歩百歩って感じではあるけどー。
席につき、同時に馬車が走り出す。
道すがら大臣が僕らに話しかけてくるんだけど……やっぱりこの人、あの時の大臣さんだよー、厭味ったらしいったらないの!
「エーデルライトの小娘に、ふん……3年前に放逐したはずのスラムの虫けらが。なんの因果で結びついたのやら」
「冒険者だからねー。同胞ならどこでどういう風になっておかしくはないんだよ」
スラムの虫けら。前にも聞いたし何度も聞いたフレーズを躊躇なく使うんだから、なんともまあ典型的なエウリデ貴族だよといっそ、感心すら抱くよ。
こんなのは相手するだけ無駄だし、無難に相手をしておく。どうせ王城行って、交渉が決裂したらその時点で敵対するんだ。脅すにしてもそれからでいいだろうしね。
まあ、でもイラッとするのはたしかだし。
軽くカウンターでも入れようかなー? 僕はにっこり笑って大臣さんに話しかけた。
「かくいう大臣さんは、ずいぶん頭が寂しくなりましたねー? そのくせお腹は据え置きで、ははは! まるでダルマさんみたい」
「貴様……」
「ぷふふっ! 達磨とはまた、なんともご利益の有りそうな話でござるなあ」
ちょこっと3年前と比較しただけなんだけど、ずいぶん煽られるのに弱いよねー。真っ赤になってそれこそダルマみたいな大臣さんを見て、くすりと笑う。
サクラさんがそんなやり取りを見て思わず吹き出した。ダルマはたしかヒノモト発祥の文化というか、マスコット? 縁起物? だし、どうにか共感を得られたみたいだよー。
揶揄された大臣と両隣の騎士達が激昂するのを空気で感じる。
シアンさんが隣でため息をつくのを見て、後で謝らなきゃな〜って思っていると、大臣さんは僕よりサクラさんに矛先を向けたみたいだった。
せせら笑って彼女を嘲る。
「ヒノモト人……未開の猿が、高位の人間への接し方も知らぬとは。野蛮人とは哀れなものだな」
「いやー馬鹿やらかして調査戦隊なんていう現代の神話を崩壊せしめたどこぞの豚どもよりかは人間でござるよ。ははははっ! 贅肉だらけの身体以上に、腐れたその魂が何より哀れなもんでござる!」
「貴様っ、我々を舐め──」
「──そりゃこっちのセリフでござる」
売り言葉に買い言葉。未開の猿なんてあからさまな言葉遣いで喧嘩を売った大臣だけど、それ以上に辛辣、かつ直接的なサクラさんの物言いにバッサリと返り討ちに遭っちゃった。
慌てて近衛騎士達が激怒し、威圧的に彼女を脅そうとするものの。こちらはこちらでSランク冒険者の抜き身の殺意、本気の威圧を受けて物理的に黙らされてしまっていた。
「っ、貴様っ……!!」
「政治だの国だのに関わる輩なんざ、いつでもどこでもゴミ以下のカスしかいないもんでござるが。エウリデはなおのこと酷いでござるな、もういっそ滅んだほうがマシでござるかも」
「それは、国家反逆だぞ……!」
「民あっての国でござる。民をないがしろにするなら国ごと滅ぶのが道理でござろ。ま、放っといても早晩自滅するでござろうがなこんな国」
殺気に塗れた笑顔で嗤う、サクラさんはなんなら今すぐにでも暴れかねない迫力を出している。
実際、彼女からしてみればサクッと全員撫で斬りにするのが一番手っ取り早いんだろうなーとは思うよ。ヒノモトの文化的に、基本話が早いほうが性に合うみたいだし。
とはいえこれから交渉の場で、僕らは一応、仮にでも、曲りなりにでも使者としているわけで。
さすがに一線は超えさせられないよとシアンさんが割って入るのだった。
「サクラ、そろそろ止めておきなさい」
「む……」
「一応は交渉するわけなのですから、喧嘩腰はよくありません。それはそちらにも言えますがね、大臣閣下?」
「小娘が……武力を得て思い上がったか、生意気な」
「そう思ってもらって構いません。ふふふ」
サクラさんを止めつつ大臣にもチクリ。
嫌味を言われても意味深に微笑むことでサラリと交わすシアンさんこそ、この中では一番大物然としてる気がするねー。
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王城だよー
「ここが王城でござるか。無駄にでかいでござるなー」
馬車が走ること30分くらい。
どんどんと大きくなってくる王城を、馬車の窓から眺めてサクラさんはつぶやいた。感心している風だけど、声色は割と嗤っているというか、呆れている感じだよー。
美しく巨大で荘厳な城。遠目に見ても壁から柱から何から何までに複雑で精巧な装飾が施されているのは、僕の目からしても見事なもんだと思う。
思うんだけど……そこに居座ってるのが身も心も無駄に肥えた貴族共じゃあ、ねえ。豚に真珠、猫に小判。もったいないにもほどがあるよねー。
まさしく贅沢の極みみたいな王城の門をくぐって馬車はすぐに止まった。中に広がるのはこれまた広くて大きな庭園とその奥に控える城本体。
とりもなおさず馬車を降りる僕らを、すぐさま城の兵士達が緩やかに囲んで警戒していく。
騎士じゃない、平民上がりの連中だねー。貴族のボンボンよりずっと世間を知ってるからか、僕らを見て震え上がってる人も結構いるよー。
冒険者相手に、仕事でも戦わなきゃいけないかもしれないなんてとんでもない話だもんね。それでも仕事だからやらなきゃいけない時はやるしかないのが大変だねって感じだよー。
ま、僕らも弱いものいじめをする気は毛頭ないんだ。いざぶつかるかという時にはちゃんと威圧で意識を刈り取るに留めるよー。
僕らの敵は王であり大臣であり貴族であり騎士だ。もちろんまともなのは除くよ……と、考えているところで大臣が馬車から降り、相変わらず馬鹿にしきった態度で僕らへと指示してくる。
「これより謁見の間へ向かう……武装は王城に入る前に置いていけ、下等生物共」
「ま、当然だよねー」
「拙者らに暴れられたら困るでござろうしなー」
「……ふん。スラムのゴミに野蛮のサルが」
吐き捨てる大臣は後で泣かすにしても、武器を置いていけってのは当然の話だねー。
貴人──こいつらをそう呼ぶこと自体がこの言葉に対して失礼なんだけど──を前に武器を持ったまま、なんて普通に考えて赦されるわけないしねー。
冒険者の身としてはそんな普通知らないよ、がたがた言ってると殺すよーって感じだけど、今回は一応でも使者として来てるからね、ある程度は弁えなきゃ。
言われたとおりすんなりと武装を解除する。僕は杭打ちくん、サクラさんはカタナ、シアンさんはロングソード。
後者二人の得物は普通に受け取った兵士達だけど、僕の杭打ちくんについてはとてもじゃないけど持てないみたいだ。地面においたそれを、兵士が10人がかりで踏ん張ってもびくともしてないよー。
「うおっ、重……!?」
「こ、これが例の"杭打ち"の! こんなもん人間が持てるわけが……」
「やはり化物……っ」
兵士達が散々にぼやきつつ頑張るけど、もうあと20人はほしいかもー。
ま、置いて行けって言ったのは大臣だし、僕は言われたとおりに置いていくわけだし。そこから先、この兵士さん達がどうしようと僕は知らないね。
それに、ここからいよいよお山の大将の面を拝みに行くわけだしねー。
近衛騎士を引き連れ、大臣が僕らを見下しながらも言う。
「ついてこい下民共。ありがたくも陛下が直接謁見してくださるのだ。無謀な反逆など考えずただ、偉大なる貴種の威風の前にひれ伏すが良い」
「へーへー、どーもどーもでござござ」
「おお怖。ははっ」
「…………野蛮なゴミどもめ!」
何が偉大なる貴種だよ。所詮僕らもお前らも人の股ぐらからオギャーっと泣いてこぼれ落ちてきた、単なる人間に過ぎないだろうに。
自分達を神か何かかと勘違いしている物言いは三年前も今も変わらず愚かで滑稽だ。サクラさんともども適当に笑い流せば、大臣はひどく不愉快げに僕らを中傷する。
まったく。これが交渉っていう名目じゃなきゃとっくにこんな城、床と言わず壁と言わず何から何までぶち抜いてるよ。
現在進行系で命拾いしているエウリデ王城──ただしそれももってあと一時間くらいじゃないかな──を歩く。庭園から城本体の内部へと。内装も贅沢に金だの銀だの使って煌めく城内は、兵士達ばかりだけでなく召使いだの貴族の連中だの、特権階級とその従者達が結構な数、いるねー。
歩くことしばらくして、一際大きな扉が見えてきた。三年前にも何度か見たことがある、謁見の間の扉だねー。
この中にこの国で一等、偉そうなやつがふんぞり返って僕らを待ち構えているんだ。ははは、どうなるかなー楽しみ。
先に近衛騎士が入室する。"大臣閣下が冒険者どもをお連れしましたうんぬんかんぬんー"って聞こえてくるから、まあ形式張った報告でもしてるんだろう。
宮仕えってのは大変だねー? さっさと入れば良いのにって馬鹿馬鹿しさを覚えながらも待っていると、ややしてから閉まっている扉の向こうから、男の声が聞こえてきた。
『────入るが良い』
「ははーっ!!」
「ははーだって。ハハッ」
「アホ丸出しでござるなあ」
「二人とも、さすがに少し静かにしていてちょうだい」
それなりにカリスマを感じさせる、威圧的な声だ。それを受けて大臣が恭しく返事をするのが滑稽すぎてつい笑ったけど、さすがにこの場はまずいと団長からストップが入ってしまった。
残念残念、と頭をかきつつ苦笑いしていると扉が開いた。近衛騎士達が開けたんだね。
いよいよご対面ってわけか。大した期待も持てないまま、僕ら3人は大臣に連れられて謁見の間に入室した。
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権威と対峙するよー
開かれる扉、その先、赤い絨毯の向こうにある階段の上。
拵えられた玉座──王冠と併せて決定的な権威の象徴であるそこに座る男を僕は見た。
三年前にも見たことがある、何度かね。
憎たらしい面だ。自分は偉いと、頂点だと信じて疑わないふざけた面構えだ。そのくせ権威を剥ぎ取れば何もないくせに、生まれつきの、祖先からの権威だけで今なお多くの上に立つ生来の王者。
ある程度前に進んだところで、シアンさんが跪いた。貴族として礼を失せぬようにと仕込まれたんだろう、見事な臣下の礼ってやつだ。
……内心のイラツキを押し殺して僕も倣う。今だけはこの頭、下げておくよ。どうせこの一時だけのことだ。シアンさんの顔に泥を塗りたくないからね、何よりもさ。
跪き下げる頭、大臣の声が響くのをただ、耳にする。
「我らが偉大なる陛下に逆らわんとする愚者共、冒険者……その交渉の使者なる者共を連れてまいりました」
「大儀である、大臣」
「ありがたきお言葉」
イラツキが膨れ上がるのを抑える。こいつら、案の定だけどハナからこちらの話なんて一つも聞く気はなさそうだ。
最初から愚者呼びしてくる連中に、なぜ僕はこんな風に頭を下げているんだかね──いろいろともやもやが貯まるけど、それはサクラさん、シアンさんも同じみたいだ。跪く二人の、両手がぐっと握りしめられるのを感じる。
ああ、ああ。
つくづく僕は冒険者なんだと思うよ、こんな時。絶対権威ともされる者を前に、僕はこの牙を、拳を突き立てたくて仕方がない。
最近じゃそれなりに品行方正になった自覚はあるけど、元がモンスター紛い、ダンジョン生まれはダンジョン育ちの獣同然なんだ。教えてもらえた社会秩序や常識、倫理、良心によって鳴りを潜めてはいるものの、それでもこういう時に首をもたげる本性がある。
すなわち理不尽への反抗、反逆。
相手が強ければ強いほど僕はそれを崩したくてたまらなくなる。敵のすべてを蹂躙して、噛み砕いて、僕自身をそれらより上に立たせたくなるんだ。
こういうところが僕はヒトデナシなんだよー。
苦笑いしていると、偉そうに僕らを見下ろす肉の塊は、やはり偉ぶった声で僕らに指図してきた。
「面をあげよ。余こそがエウリデ連王。ラストシーン・ギールティ・エウリデである」
小さく舌打ちして、許可が出たから頭を上げてやる。
ベルアニーさんと同じくらいかな? 見た目は。それなりに年のいった爺さんだ。だけどベルアニーさんよりは図体がデカく、悪趣味なまでに宝石で彩られた服に身をまとっている。
何より……さすがというべきかな?
放つ威圧、カリスマは僕の知る限りでも最大規模、最強規模だ。まともに受けるとSランク冒険者であっても気圧されかねないほどの、物理的圧力さえも伴う威力。
サクラさんが軽く息を呑み、シアンさんは完全に呑まれてしまったものを唇を噛んだようだ。血さえ流して耐えようとしている。
とはいえ僕には全然関係ないけど。
むしろ威圧を受ければ受けるほどイライラが募るほどだ。羽虫が、目の前をチラつくような苛立ちっていうのかなあ。
何偉そうにしてんだ、こいつ? って、どうにも気が昂ぶるのを自覚してるよー。
「名を申せ、冒険者とやら。犬にも名くらいはあろう、聞いてやる」
「尊き血にその穢れた存在を示す名を認めていただけるのだ。涙を流し平伏して心して名乗るが良い」
「────そろそろ良いかな?」
だから。だからこそ、こんな物言いにはもう、うんざりで。
僕は尊き血とやらを自称するただの人間を前に、おもむろに立ち上がった。
警戒も顕に構える兵士達。大臣は唖然としてそして顔を歪めて、ナントカいう国王に至っては愕然と、信じがたいものを見るような顔をしている。
傅かれるのに慣れきってるから、ちょっとの反抗にも下らない動揺を見せるのか。
馬鹿馬鹿しい。何が国王、何が権威だ。そういうのは中身が伴ってこそなんだよと、僕は大いに鼻で笑ってやった。
慌てた様子で団長が声をかけてくる。
「ソウマくん、ちょっと──」
「ごめんねーシアンさん。思ったより限界だったー…………犬だの穢れただの下民だの、どの面下げてほざいてんだかねー、あんた方さあ」
「貴様────!?」
「黙れよ」
未だ僕らにかかる国王の威圧を、それ以上の圧力でかき消し返り討ちにする。
死ぬような思いどころか大した苦労もしてこなかったんだろう輩の威圧なんて、王だとか国だとか気にする人でなければこんなもんだ、たやすく破れる。
つまるところ、単なる幻覚だ。
受け取る側が勝手にそういうものだと受け取って、勝手にそう振る舞うのが当然だと跪くだけのもの──そしてそれを、与える側が自在に利用する詐欺の道具。
僕にとっての権威なんてそんな程度のものでしかない。少なくとも中身が伴ってなければね。
改めて向き直る。
もしかしたら初めてかもしれない、面と向かって反逆してきた僕に対して国王は、醜く顔を歪めて睨みつけてきていた。
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本当の偉さとは、だよ
にらみ合う僕と国王。周囲の有象無象はさっきの大臣もろとも、僕の威圧を受けて一歩だって動けやしていない。
さすがは国王っていうのかなー。目の前の玉座に座ってるおじさんだけは平然としてるけど、それはそれとして放っていたカリスマは完全に呑み込んだ。
カリスマ、威圧、その他オーラとかそういう、対象を圧倒する気迫。そういうののぶつかり合いは結局のところどちらか強いほうが弱いほうを呑み込むようになっているんだ。
つまりはこの場合、一冒険者にすぎない、しかも子供である僕の気迫に一国の王が、国の頂点たる権威とやらが地力で負けてるってことになるんだ。
痛快だね。
僕はニヤリと笑って、国王へと告げた。
「エウリデ王。僕はお前なんかになんの権威も感じやしない」
「…………貴様は」
「お前は偉くなんかない。お前達は偉くなんかない。偉い生き方をしてないんだ、偉いはずがない。たかが生まれがどうのこうので偉い偉くないなんて、そんなの決まるもんか」
過去、出会ってきたいろんな人達を思い返す。
孤児院の先代院長。その後を継いだミホコさん。レイア、ウェルドナーさんはじめ調査戦隊のみんな。ベルアニーさん、リリーさん。
ケルヴィンくん、セルシスくん。サクラさん、シアンさん、オーランドくん、マーテルさん。
ヤミくん、ヒカリちゃん。レオンくん、ノノさん、マナちゃん。その他町の人達、冒険者のみんな。
誰もがそれぞれの立場や生き方があって、それぞれのやり方で生きていて、それぞれに必死なんだ。それはもちろん僕も含めてね。
そして、だからこそ言えることがある。つまり王族だとか貴族だとかは、それそのものが偉いことでは決してないんだ。
どんな立場であれ、偉い人と偉くない人がいて、こいつらは……国王だとか大臣だとかなんてのは、こんなんじゃ偉くもなんともない連中なんだよ。
人間らしい生き方をしてきた数年間の中で、得た答えを語る。帽子を脱いで顔を晒せば、さしもの国王も見覚えがあるのか眉を微かに動かすのが見えた。
「人を生まれ育ちだけで見下して、莫迦にして、苦しめて。頑張ることの凄さも、報われないことの辛さも、救われないことの苦しみも理解しない、寄り添うこともしない。そんなお前達が偉いわけないだろ」
「貴様、その顔……見たことあるぞ。たしか、下民の中でも殊更に賤しい、スラムの虫。調査戦隊に紛れ込んだ、生ゴミか」
「3年ぶりだね愚かな王様。王族に生まれただけで、他の何より自分は偉いと勘違いした哀れなヒト」
ここまで言われてなお見下すことを止めない、その姿勢はいっそ清々しいまであるけどどこまでも愚かだ。
仮にこいつらが、人に対して分け隔てなく接し、どんな身分、立場の人間にも手を差し伸べる心根を持っていたなら、仮に敵対するとしても僕だって敬意を払うくらいはしただろうに。
虫けらに何を言われても動じないということだろう、エウリデ国王は無表情のまま相変わらず僕を見下してくるばかりだ。
ただ大臣や他の貴族連中は違う。この部屋の中には政に関わる連中らしいのが何人もいるけど、いずれも僕の一連の発言が心底気に入らないみたいだ。
視線で人を殺せそうな目で睨んできて、あまつさえこの期に及んでキャンキャンと吠えてきていた。
「不遜……不遜! 不敵、不出来、不快、不愉快! なんたることか、これほどの屈辱、侮辱は初めてだ!!」
「衛兵、始末しろ! いますぐそこな虫けらを刺殺し、切り刻み、あらゆる肉片をスラムに投げ捨ててしまえ!!」
「我ら至尊なる血の流れるエウリデ貴族をなんと心得る!」
ああ、ああ。うるさいなあ、イラッと来るよー。
兵士にまで命令して僕を殺そうとしてるみたいだけど、残念ながらその兵士まで含めて全員僕の威圧にやられて動けやしないんだ。
むしろその状態でよくまあここまで叫べると変に感心するよー。ここまでのことになるのは初めてだろうから、イマイチピンと来てないのかな? 自分達が今、窮地に陥ってるってことを。
……まあいい、と僕はため息を吐いた。
つい苛立ちマックスでいきり立っちゃったけど、一応ながら流れってのは大切だ。ましてまだ、形の上でも交渉しようかーって感じだしねー。
シアン団長を見て、僕は言った。この場を預かる冒険者は、僕でなく彼女であるべきさ。
「ぐちゃぐちゃ言ってないで良いから本題に入るよ……団長。ここまでやらかしといてなんだけど交渉自体はお任せするよ。僕が矢面に立つと、口より先に手が出る」
「そうですね……そのほうがいいでしょう、お互いのためにも」
「ごめんね」
「いえ。貴族の一員として、むしろ申しわけなく思いますから」
僕の独断専行に苦い顔を見せつつ、しかし最後にはどこか吹っ切れた笑顔を見せて団長は立ち上がった。
しゃしゃり出ちゃった僕のターンはこれで終わりだ。さあ、次にお前達を倒すのは僕らの団長だよ、エウリデ。
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交渉という名の脅迫だよー
「貴様は」
「お初にお目にかかります、エウリデ国王陛下。私はエーデルライト家がシアン・フォン・エーデルライト。冒険者パーティー・新世界旅団の団長として今回貴国との交渉の使者として参りました」
ぶっちゃけキレかけて売り言葉に買い言葉、立ち上がって言いたいこと言っちゃった僕がそのままバトンタッチして。それでもシアンさんは毅然と立ち上がり、エウリデ国王と対峙した。
貴族、すなわち臣下としての礼は欠かさず。けれど冒険者、すなわち敵対する者としての矜持は忘れず。凛とした表情のままに応える団長は、僕から見ても立派にカリスマある冒険者だ。
リューゼリアとの経験が、期せずして活きた形になるねー。
国王も彼女の放つ気迫に若干の反応を見せ、目を細め、冷厳なる表情で言葉を放つ。
僕の威圧の影響下にありながらよくやる……他のボンクラどもはさておくにしろ、この王だけはなかなかだと評すしかないねー。
「エーデルライト……青き血でありながら下賤なる道を貴ぶ下衆の家か。貴種が、ゴミ山に染まってゴミ同然となるなど度し難い」
「…………こちらの要求は!」
もはや半分以上意地じゃない? ってくらい引き続いてこっちを見下してくる王に、シアンさんは怒りを露にして叫んだ。
その様子に大臣以下貴族どもがまた憎しみの相を浮かべるけど邪魔っけだ、引っ込んでて。
本来従うべき王に逆らうんだ、恐怖はもちろん団長にもあるんだろう。身体が震えている。
それでも、そんな怯えを冒険者として抑えつけ、克己しているんだ……やっぱり心が強い。権威に屈せず何者にも負けず、真の冒険者かくあるべしって感じの姿だ。
力強く団長は交渉を始める。
まあ、言っても一方的な要求、半ば脅迫みたいな話なんだけどね。
「元騎士団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿の処刑措置撤回と身柄の解放、冒険者への引き渡し。そして冒険者達への今後一切の干渉の禁止! それらを貴国、エウリデ連合王国に対して求めます!」
「ふざけるな! エーデルライトの小娘が、それでも貴族の女か!」
「なぜ蛆虫共にそのような真似をせねばならん! 貴様らこそ謹んで首を差し出し、反逆者ワルンフォルースともども処刑されろ、一匹残らず!!」
「愚かで生意気なゴミどもめ、貴様らの血を根絶やしにしてくれるわ!!」
シミラ卿を解放し、冒険者にしろ。そして今後一歳冒険者に関わるな。
──いやー、実に喧嘩売ってるよね、この内容。エウリデに一つも良いことないもの、戯言だよねー本来なら。
案の定貴族達もふざけんなー! ってなってるし。こればかりは気持ちも分かる。分かるけど、元を糺せばシミラ卿処刑なんて無茶苦茶なことをしようとした君らが悪いんだよー。
なんだっけ、雉も鳴かずば撃たれまい? みたいな。下手なことして虎の尾踏んでたら世話ないんだよね。
「…………愚かなりエーデルライト。貴様らの家は教育を過った。致命的なまでにな」
「いいえ。むしろこの国の貴種においては唯一、成功したのです。それは今、冒険者達によって囲まれ、交渉という名の脅迫を受けているこの国の現状がすべてを物語っている」
「脅迫だと?」
「はい──先に述べた要求が通らない場合、我々は王都を攻撃します」
「何っ!?」
ほら、出たよ虎の本体。大臣が目を剥いて驚きも隠せずにいる。
まさかここまで強硬策に出るとも思わなかったかな? もしかして今、王都を囲む連中はハリボテ、パフォーマンス程度だと思ってたのかも。
ははは、なわけないじゃんすべてがマジだよー。
今や王都は絶体絶命、少なくとも王城に関してはもう待ったなしで崩壊寸前だとも。
まあ、仮に攻撃するとしても言うまでもなく、民は極力巻き込まないようにはするんだけどね。そのために今、僕らが交渉の使者なんて形でここまで潜り込んできてるわけだしー。
とはいえそんなことを知るはずもないエウリデ側は大騒ぎ。
動けないまま狼狽し、なんともみっともなく喚き悲鳴を上げている。
そんな中を、団長は続けて国王へと問うた。簡単な選択──やるか、引くかを。
「さあ、選んでください! 罪なき民をも巻き込んで愚かな処刑を強行するか、否か!」
「ふ……ふふ、ふふふ……」
「…………!?」
強く迫る彼女に、被せられるように響く、笑い声。
エウリデ国王が、肩を震わせ身を震わせ、耐えきれないとばかりに歪んだ笑みを溢している。
心底から愉快というように、けれど不快さを隠さず敵意をむき出しに、団長を見下ろしている。
なんだ? この余裕、なんかあるのかな?
訝しむ僕をもちらりと見つつ、もはや裸の王様も同然のはずの男は、ニタリと嗤い、言った。
「つくづく愚かだ、冒険者というものは。国に、エウリデに逆らうのだから」
「何を……」
「貴様らに勝ち目などない。我らには"神"がついているのだからな」
神。
唐突に出てきたそんな単語に、僕もシアンさんもサクラさんも意味を測りかね、一瞬硬直するのだった。
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エウリデと"神"だよ
「神……?」
「いきなり何言ってんでござる……?」
何やら急に神とか言い出した、この国の最高権力者たるラストシーン・ギールティ・エウリデ国王を見つめて僕とサクラさんは思わずつぶやいた。
交渉というかもはや脅迫みたいな要求を突き付けたシアンさんも、唖然とした様子でやつを見ている。
神。神か。たしかこの国の建国神話とかにもちらっとだけそんな話があるって以前、誰かから聞いた覚えがある。
初代国王が神と契約したんだったかな? そして神のものだった土地を譲渡され、そこに建てられたのがエウリデだとかなんだとか。
自分達の権力の所以に説得力を持たせるための作り話なのは言うに及ばずなんだけど、そんなものを今ここでいきなり持ち出す意味がわからないよー。
もしかして窮地に陥ったことでトチ狂った? いやいやまさかそんな、仮にも国王がいくらなんでもそれはないよねー。
「貴様ら卑賤なる犬に語るも惜しいが冥土の土産だ、教えてやろう……エウリデには神がいる。そしてその神の国を支配する王たる余は、血筋からしてすでに神にも等しい」
「……国王という機関に対しての権威付けの理屈? でもそんなもの、民衆や他国に対しての言いわけでしかないのに何を」
「戯け。そのような話であるものか。これは歴とした事実であり、かつエウリデの真実である」
「………………え、ヤバっ」
ヤバイよー怖いよー、壊れちゃったよこの人ー。
真顔で自分達の正しさをこじつけるために作った神話を"実在する真実"だと語る男の、目がどうにも逝っちゃってるように見えて仕方ない。
シアンさんもサクラさんもドン引きして口元を引きつらせてるし。
明らかに僕達が揃って愕然とする中、なおも国王はつらつらと語る。
ありえない真実──けれどそこから先の話は、よもやと思わせるだけの威力を秘めていた。
「我が王家初代、スタトシン・ペナルティ・エウリデははるかな太古より生き延びた唯一無二の正当なる血族である。巷に言う超古代文明から今に至るまで、この地を支配してきた絶対王政の主だったのだ」
「…………はあっ!? エウリデが、超古代文明由来の!?」
「よくできた創作でござるが、それどこの小説紙に連載されてるでござる?」
出鱈目にしたって唐突に絡めてくるね、僕ら冒険者が求めて止まないロマンの対象、超古代文明を!
……一言で切って捨てたいけれど。しかしてふと、最近の国の動きを思い返してまさか、と思う。
こいつらがヤミくんやヒカリちゃん、マーテルさんといった超古代文明の血を引く者を集めていたのは、そこに自分達の国の興り、ルーツがあると思っているからなのか?
やけに強硬手段で古代文明人を確保しに来るなと疑問に思ってはいたけど、その理由はもしかして、国そのものからして古代文明の末裔だからというところにあるの?
「超古代文明は愚かにも神の怒りに触れて沈んだ。触れてはならぬ業、制御しきれぬモノを支配しようとして滅んだのだ。だが生き残りであったスタトシンは長き時を経てエウリデの国体を再構築し、民草を増やし力を整え、そしてその裏側で少しずつ積み重ねてきた。あの日あの時に失敗した業、神をも屈服する業をな」
「…………まさか」
「永きに亘り代を重ね、ついに今世、余が統治下にてそれは実現した。分かるまい、では言ってやろう────エウリデはもはや、神をも手中に収めた」
立ち上がり、どこか恍惚としてさえいる表情で天を仰ぐ。薄気味の悪いやつだ、さっきから不気味な気がして仕方ないよ。
嫌な予感がしてならない。胸の奥からせり上がってくる吐き気に、ふと僕は直感的な悟りを得る。
──いや、これは予感じゃない。気配だ、と。
瞬間、僕は即座に叫んだ。迷宮攻略法をフル活用して、一気に戦闘態勢を整えながら!
「団長、サクラさん! 何かヤバい、とんでもないのがやって来る!!」
「ソウマくん!?」
「チィッ! まさか与太話が本物!? いや、神に見立てたナニカでござろう、さすがに!!」
僕に遅れること少し、サクラさんも何かを感じ取ってか身構えた。カタナがないけどいけるのかな、いけるでしょたぶん!
彼女にはシアンさんを守るように近くにいてもらって、僕はどこから敵が来ようがすぐさま対応できるように全方位に気配感知の網を張る。
一気に緊迫度を増す僕らに、貴族共は分かっているのだろう、にやにやしている。こいつら、何が来るか知らないけどここにいたらまとめて殺られかねないのに分かってないのか!?
兵士達だけが顔を青褪めさせて身構えるのを視線の端で捉えていると、エウリデ王はなおも高らかに謳うように言う。
「エウリデは今般、神なる力を手にした。それをもって世界にも手をかけてみせよう……だがその前に害虫駆除だ。冒険者、そう名乗る墓荒らし共をまずはこの国から殲滅する」
「何を……!?」
「貴様らの積み重ねは我らが神を手懐けるのに大いに役に立った。調査戦隊などは最高だった、褒めてしんぜよう……だがもう用はない。エウリデの栄光ある億年国家樹立の礎となったことを光栄に思いながら、この時この場にて息絶えよ」
『────ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
言い切るのと同じに、一気に近づくその気配────下か!
瞬間、僕らのいる謁見の間。
玉座から少し離れた場所、貴族連中さえも多く立つあたりを含めて、足元がすべて崩落した!!
次話から最終章ですー
よろしくお願いしますー
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最終章 学生冒険者"杭打ち"の青春
よくわかんないけど化物だよー!?
『ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「何これ! なんだコレー!?」
床を崩落させ、貴族もろとも奈落へ呑み込ませていく得体の知れない何かの化物。黒い泥のような体毛に覆われた、真っ赤な目を2つだけギラリと光らせるおぞましいフォルム。
エウリデ国王に応えるようにいきなり現れたソレは下階から畝り這い出ては、とっさに回避した僕ら目掛けて襲いかかってくる!!
『ウアアアアアアアアアアアアッ!』
「くっ、うう!?」
どういう理屈か、翼もないのに飛び回る流星状の黒い化物が、目を合わせた僕をターゲットに突っ込んでくる。
すでに迷宮攻略法で身体強化を済ませている僕はこれに対して一歩も引くことなく、真正面からがっぷりと組み合う──後ろにはシアンさんはもちろん、カタナがなくて戦力がダウンしてるサクラさんもいる!
カタナがなくてもそこらの騎士やモンスターなら倒せるだろう彼女でも、こんな得体の知れないやつはキツイよー!
直感的にそう判断してのぶつかり合いだったけどこれがどうやら大当たりだ。
ズドンッ!! と響く轟音、空中にて受け止めた衝撃の強さ。それらから即座に判断できたんだ、コイツ下手するといつもの僕よりヤバいって。
「ソウマくん!」
「ソウマ殿!? も、モンスターでござるかこれは!?」
「ぐ、ぅ、うっううううっ……!!」
『ウ、ウアア、ウアアアアアアアアアアッ!!』
僕が自分達を庇ったことを悟ったんだろう、即座に敵の射程から離れてシアンさんとサクラさんが叫ぶ。
モンスター……どうだろうね? 全力で力を込めての組み合いの中、拾った声に内心で答える。なんかこいつ、モンスターとはまたちょっと違う感触なんだよねー。
モンスターと対峙した時に感じるものと印象が異なる。何がどう違うって聞かれると漠然としたものだからうまく答えられそうにないんだけど、ただモンスターとは少し違うってのは確実だと言えるよー。
崩落を免れた地上に降り、なおも化物と取っ組み合う。こいつ、口もなければ鼻もない? 生き物ですらないとでも言うの? そんなバカな!
敵を観察し、そしてその異様さに改めて意味不明であることだけを悟る。
どう攻めたものかと冷静に考えていると、未だ悠然と玉座に座るエウリデ王が、まるで観戦しているかのような呑気さでこちらを嘲笑いつつ言った。
「戯け、言ったであろう、"神"であると」
「馬鹿言うな! こんなモンのどこが神様だ! 普通に考えてモンスターだろうが!!」
「モンスター? フッ……その認識がすでに間違っているのだ、神に逆らう愚か者どもめ」
僕のツッコミにも不敵に嘲笑で返してくる、こいつの余裕……絶対に自分はこの化物のターゲットにならない、という確信があるのか。そしてこいつが、絶対に僕らを殺し切るという確信も。
ふざけるな、返り討ちにしてやるよー! と、叫びたいのをぐっと堪えて化物を殴り飛ばす傍らで耳を澄ませる。自己陶酔したエウリデ王がまたペラペラと、情報を口走ってくれているからだ。
この化物の詳細だけは何がなんでも聞いておかないと、こいつ一体きりという保証もないからねー!
「"天使"。貴様らがこれまでに不遜に挑み倒してきたモノ達は本来そう呼ばれるべき存在。それを倒してきた貴様ら冒険者のあまりに罪業深い所業に、ついに神もお怒りになったのだ……我らが敬虔なるエウリデに、こうして応えられたのだから」
「モンスターを天使だなんて、あなたは何を仰っているのです、陛下!?」
「なんかヤベー宗教にでもドハマリしてるでござるか!? チィ……カタナがあればこんなやつっ!」
「サクラさん、無理はしないで僕に任せて、団長の保護を!」
いよいよわけわかんないことを言ってきた、この国は宗教国家だったりしたのかな、実は!
シアンさんもサクラさんも唐突な神だの天使だのトークに唖然として叫んでいる。気持ちは分かるけどここは僕が受け持つから引き下がっといて欲しい、こいつかなりやばいんだよ!
一度殴り飛ばした化物は、それでも怯むことなくまた僕に突撃してくる。くそ、割と全力で殴ったのにノーダメージはなけなしのプライドが傷つくよー。
……杭打ちくんが必要だ。アレの威力ならおそらくこいつもただじゃ済まないだろうし、表においてきたアレをどうにか確保できれば、一気に押し込める目はある!
「……これぞ我らエウリデが永きにわたり挑み、そして今般ついに実現できた偉業。神を降臨させ、使役したのである! どうだ感想は。偉大なる姿に今にも平伏したくなろう」
「誰が! ……サクラさん、シアンさん聞いて!!」
『ウオアアアアアアアアアアアッ!!』
「お前じゃない、黙ってろ化物ーっ!!」
ゴチャゴチャやかましいんだよエウリデ王! 化物もいちいち叫ぶな、鬱陶しい!
いい加減おかしな宗教話なんか聞きたくないんだ!と叫びながらも僕は、シアンさんとサクラさんへと声をかけた。
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素手でもいけるよー!
叫ぶように名を呼ぶ。化物との取っ組み合いの中、唐突に指名されてシアンさんもサクラさんも一瞬、身体を硬直させたみたいだけど本当に一瞬だ、すぐに再起動して距離を取りながら僕を見てきた。
さっきからも見て分かる通り、今、主に戦っているのは僕だけだ。サクラさんはカタナがないし、シアンさんはそもそも戦力としては数えられない。悪いけどね。
だけど、それがイコール二人にできることがないっていうことに繋がってるわけでもない。
今この状況、だからこそ彼女達にしか任せられないことがあるんだ。僕は続けて言った。
「2人は、地下に行ってシミラ卿の保護を! 今空いた大穴から多分、ショートカットできる!」
「ソウマくん!? でもあなたは──」
「武器がなくてもまともに戦えるのは僕だけだ、ここは僕がやる! ……杭打ちなんて呼ばれる前は、素手でモンスターを殴り飛ばしてきたんだよ。それこそ赤ちゃんの頃からねー」
赤ちゃんは言い過ぎてる──そもそも物心付いてないから覚えてもいないし──んだけど、まあそこはリップサービスってことで。化物を素手で殴りつけながら笑う。
本来の僕は杭打ちくんさえ使わない、完全な徒手での戦闘スタイルだった。それで少なくとも5歳くらいから数年、ダンジョンのモンスターを殴り殺して喰らい殺して生きてきたんだ。
分かるかい? 神様。
つまりは今これこそが僕のオリジン、ソウマになる前の名も無い幼児が、それでも無数の屍を積み上げるに至っていた業だよ!
「っ!!」
『ウァァアアッ!?』
「す、すごい……」
「ハハ……素手で、殴り飛ばしてるでござる……」
自分の何倍、何十倍もあるサイズと相応の重量を、僕は無造作に右拳で殴りつけた。途端、ぶっ飛ばされる化物。
あわよくばぶつけて殺せないかなって、国王のほうに仕向けてみたんだけどさすがに距離が足りないや。自分で開けた床の穴にギリギリ落ちない程度のところに叩き落され、化物はにわかに驚いたみたいだった。
同時に後ろの仲間達からも驚きの吐息が漏れる。へへん、どうよ僕ならこんなもんさ!
……だから、ここは僕に任せて行ってほしい。願いを込めて告げる。
「ここは適材適所だ、2人がシミラ卿を助けて、その間僕はコイツを足止めっていうか仕留める。どう?」
「……いけるでござるか?」
「いけなきゃこんな提案してない、よっ!!」
サクラさんの確認に軽く応えて、僕は地を駆け天へ飛んだ。大穴を超えて、倒れ伏した化物へ追撃を仕掛けるのさ。
拳を勢いよく振り上げていく僕の耳に、サクラさんの決意の声が聞こえた。
「シアン、行くでござる。この場にて拙者らがすべきはここにはあらず、地下牢にこそあれば」
「…………っ、ソウマくん、どうか無事の帰りを! お気をつけて!」
「2人もね! あとリューゼに鉢合わせたらよろしく言っといてー!」
そう、ここに来た本来の目的であるところの、シミラ卿救出。本当はもっと穏便な形で進められれば良かったんだけど、ことこうなればもう、僕が暴れてる間に二人に行ってもらうしか目がない。
下手するとリューゼが先行してるまでありえるしねー。3人揃ってこんなところで足止めは食ってられないんだよー。
そんな僕の意を汲んでくれて、空いた大穴から飛び降りていくシアンさんとサクラさん。見た感じ相当深くまで続いているから、地下牢までは相当な短縮になるだろう。
うまいこと救出できれば良い、その間に僕は、この化物をどうにかするさ。
化物は未だ一切ダメージを受けた様子でもなく、ただ困惑したように僕を見ている。
攻撃を受け止められ、あまつさえ反撃までされたのは始めてだったりするのかな? 神様とやらも戸惑うことがあるんだね、初めて知ったよ。
向き合う僕と化物。それを見ていたエウリデ王が、不愉快げに鼻を鳴らした。
「供物は多ければ多いほど良いものを……未だに足掻くか、愚か者め」
「愚か者はお前だよー……どこでこんなもん拾ってきたのか知らないけど、これが神様? 馬鹿言うな、邪神だってもうちょい可愛げがあるだろうさ」
『ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「可愛げがないからこその神である。古今、反逆者に微笑む神などいたためしはない」
傲然と嘯く国王。こいつ……偉そうにしてくれて、まったく。
まるで神さえ下に見る物言いだ。実際にこの化物をうまく制御できてはいるみたいだから、思い上がるのも無理はないのかもしれないけど。
渾身の力で化物を殴りつける。一撃、二撃、三撃。
泥のような体毛で覆われた黒い影は衝撃こそ通るものの、ダメージを受けた様子はやはりない。
内心で歯噛みしつつも、僕はエウリデ王へと叫んだ。
「じゃあこいつはっ!!」
『ヴァッ!?』
「────こいつは、反逆者じゃなきゃ微笑むことがあるって? なんでも壊すしかできなさそうなこんな、出来の悪いモンスターもどきが?」
「微笑むとも……今まさに、余へと微笑みかけてくれている。余に逆らう者すべてを食らってくれるのだ、これぞ微笑みであろう」
くつくつと喉を鳴らす。エウリデ王の嘲笑は瞳に狂気をも纏い、もはや狂信的としか言いようのない惨い笑顔だった。
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表に出るよー
狂気の笑みを漏らすエウリデ王。どうみてもまともじゃなくなってるけど、さてこれはどういうんだろうね?
この神とやらをどうこうするうちにこうなったのか、こうなっちゃったからこの化物をどうこうしたのか。卵が先が鶏が先か? ……ちょっと違うか。
ともかく今はこんな頭のおかしいおっさんに気を取られてる場合じゃない。どうにかこのタイミングでコイツを仕留めないと、下手に逃しでもしたら話がややこしくなるし何より、犠牲が大きくなる。
だから僕はこみ上げる不快感、苛立ちを込めて国王を罵倒するだけに留めた。本来なら殴り飛ばしているものを、言葉だけで済ませてやったんだ。
「まったく……馬鹿がトチ狂って!!」
『ヴ────』
「コイツを仕留めたら次はアンタだ、国王! ここまでのことをしておいて、ただで済まされると思うな!」
負け惜しみとでも思ったのか、なおもニヤニヤするエウリデ王。ムカつくー、あれ絶対に僕が勝てると思ってない笑顔だよー。
これはなんとしてでも証明しないといけなくなったね、こんな神って名前をしてるだけのモンスター、僕にかかればなんとでもなるってさ!
それきり僕は狂気の王から注意を外し、眼前の化物に向き直った。
やつは未だ現在、何発も何発も殴ったのにぴんしゃんしてくれちゃってる。これは、やっぱり今のままじゃ押しきれないなー。
何より場所も悪い、こんな穴だらけの場所でこんなの相手にしてられないよ。
総合的に判断して僕はすぐさま敵の懐に潜り込んだ。パンチを打ち上げれば上手いこと吹き飛ばせるポジションにて、小さく話しかけるようにつぶやく。
「ここじゃ狭い……表に出るよ」
『ウオアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
「…………ぶっ飛ばされろってんだよー!!」
瞬間、渾身の一撃!
万力込めた握り拳、まっすぐに化物を真正面からぶち抜く! 衝撃はダメージこそ与えられないだろうけど、物理法則までは無視できないのはさっきから度々殴り飛ばしていることから確認済みだよー!
『ヴァッ!?』
「もういっぱーつっ!!」
思い切り殴り飛ばせば壁まで吹き飛ばされる化物。そのまま追撃で接近してもう一発殴り飛ばせば、壁ごとぶち抜いて城の外に叩き出すことができた。
当然僕もぶっ壊れた壁から外へ飛び降りる。謁見の間は王城の3階にあって、当然そこから飛び降りる形になるためかなり高い。
『ウァァアアッ!?』
「この高度、利用しない手はないんだよー!」
落ちながらもモンスターに肉薄する。普通に殴っても壁に叩きつけても駄目なら、大地に叩きつけてやる!
敵も何かしら触手? だか爪? だかをこちらに向けて飛ばしてくるけどとにかく遅い、食らってやれるかそんなもの。
余裕で回避してさらに至近距離に潜り込み、さらに数発拳を叩き込む!
上からの力で思い切り下へ殴り飛ばされる、その先は庭園──衛兵達もそれなりにいる場所は避けて誰もいない、硬い土の上だ!!
「なにっ!?」
「なんだあっ!?」
急に城の壁が崩れて中からモンスターが出てきて、あまつさえついさっき通した冒険者が肉薄して殴りつけては庭園に叩き落したんだ。そりゃビックリするよね。
轟音、衝撃。それらに驚愕して硬直する衛兵達はさておき、神モドキは地面に叩きつけられた。僕もすぐ近くに落着する。
『ヴォア、ウォアアアアアア────』
「よっと! 杭打ちくん……は、さすがに遠いか」
効いてるんだかいないんだか、微妙な呻きをあげる化物はさておき位置取りを確認する。王城は正門からずいぶん離れてるね。
戦闘の中で杭打ちくんを取りに行くってなると結構な手間を食いそうだけど、さてどうするか。僕一人で殺し切るなら杭打ちくんは必須だけど、ぶっちゃけ今回、援軍を大いに期待してたりもするよー。
さしあたってはリューゼだね。あいつがこの場に来てくれれば一旦押し付けて、僕は杭打ちくんを取りに行ける。わざわざ戦いながら移動するなんて珍妙な真似をする必要もないんだし、そりゃそっちのが良いよねー。
ただ、アイツが今どこにいるのかってのがこの場合ネックになる。地下にも当然人の気配はいくつもあるけど、どれが誰かまではわからないからね。
もうすでに地下にいてこっちに戻ってくるか、あるいは今から外野からこっちに来るのか。
その判別がつかないうちは、なかなか大胆な真似をしづらいってのはあった。
「仕方ない、しばらくこのままいなすか……ねえ、兵士さん達」
「ひいっ!? な、なな何者だ!!」
「ただの冒険者。それより一つ聞きたいんだけど、こいつ知ってる?」
と、その前に近くに来て剣を構えてこちらを伺う衛兵に尋ねる。単刀直入に、この眼の前のナニカを知ってるのかどうか。
早い話、知ってたら彼らも敵かもしれないから対応する。知らなかったらまあ、ひとまず中立とみなして逃がす。
軽い口調だけど結構重要な質問だよー。さあ、どう答えるかなー?
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人を守る、彼らを守るよ!
眼の前で蠢くこの、よく分からない化物。エウリデ王曰くの"神"とやら。
そいつをあんたらは知ってたのー? と軽い口調で尋ねると、衛兵達の中でもたぶん上役なんだろうね、兜を被ったおじさんが戸惑い、どもりながら、けれどはっきりと叫んだ。
「し……知るかそんなもの、モンスターだろう! なんでここにいる!?」
「で、であえであえ! モンスターが侵入してきているっ! 冒険者の援護をしろ、町には、民には絶対に危害を加えさせるなーっ!!」
「! …………へえ」
知らないと言う、それ自身を信じるかどうかはともかくとしてその直後、衛兵達が仲間を呼び、慌てて化物に対処しようとしていることに僕は目を剥いた。
王城から離すのでなく、逆にここに閉じ込めてどうにか民を避難させようとしているんだね。王族や貴族より、町の者達に被害がいかないように動いたのか。
衛兵としてはどうなんだって感じ、だけど僕としては思いもよらない光を見つけた気分がして、ひっそりと帽子とマントの奥で微笑んだ。
末端はまだまだ、捨てたもんじゃないってことなんだね、この国も。
「よかった。エウリデも上は腐っていても、末端はまだまだ気概があるみたいだねー」
「お、おい! モンスターだからあんたに相手を任せたい! お、俺達は援護に回るがどうか!?」
「ありがたい、と言いたいけど悪いけどあなた達には無理だよー。こいつ、単純に強すぎる。レジェンダリーセブンが複数人いないとたぶん、押し切れない」
冷静に、僕をメインに据えて自分達は援護に回ろうとするのも好印象だ。
変にでしゃばらず、状況を読んで、しっかり把握した上で自分達にできることをやる。うん、衛兵なんかにしておくのはもったいない人達だ。
でも残念ながら相手が悪い、こいつ相手には下手な数を揃えれば揃えるほど犠牲者がそのままそっくり増えるだけだろう。
負けはしない。今までのやり取りでお互い決め手を欠いていて、いわゆる千日手になっているだけであって、このままだと勝てなさそうだけど負けることもないだろう。
この状況、杭打ちくんもなしに押し切るとなると……やっぱりレジェンダリーセブン級のが数人、せめてあと一人はほしいよー。
得た所感を素直につぶやくと、衛兵達はそれこそ顔を真っ青にして呻く。眼の前のモンスターが予想以上の輩だと、ハッキリ認識したんだねー。
「れ、レジェンダリーセブンが複数人!? む、む、無理だぞそんな!?」
「一応あてはなくもない。でもどうあれ被害は拡大するから、あなた達には僕の援護より民を、住民の避難誘導をお願いしたいんだ。できる?」
「っ……!」
今、地下に向かっているシアンさんとサクラさんがシミラ卿を、あわよくばいるかもしれないリューゼまで引き連れてきてくれればたちまち形成はこちらに有利になること間違いなしだ。
そういう希望があるから、ひとまず僕はこのまま神モドキを足止めして、みんながやって来るのを待つことにする。
衛兵さん達はどちらかと言うと周辺住民の避難、その誘導をお願いしたいね。
万一何かの拍子に僕が突破されたら、その時点で大惨事確定だろうし。そんな思いで指示を投げると、衛兵さんは少し逡巡した上で、決然とした顔つきで部下達へ指示を投げた。
「…………二班だけ援護、残る全班は避難誘導! 王都の外、緊急用の仮設テントを至急張ってそこに可能な限り住民を避難させろ!!」
「王都周辺を今、冒険者ギルドが取り囲んでいる! 彼らにも事情を話して協力を促して! ギルド長ベルアニーあてに、ソウマ・グンダリの名を出せば通るから!」
「はあっ!? なんで冒険者が王都を!?」
「いいから早くっ!」
『ウォアアアアアアアオオオオオオオオッ!!』
幸いにして──っていうかそれが原因でこうなったところもなくはないけど。王都周辺にはすでに数多の冒険者達がいてスタンバっている。
彼らの力も借りれば、ひとまずの避難くらいはできるだろう。僕の本名を出せば、ベルアニーさんなら動いてくれるだろうからね!
「くっ……! 迷ってる場合でも無しか! 全員速やかに動け、動け! モンスターが民を食い殺す前に、一人でも多く一秒でも早く逃がせーっ!!」
『ウォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「させないよ、神様!!」
やはりほとんど迷いなく、僕の言うことを聞く衛兵さん達は間違いなく心から、エウリデの民のために動いている。
一人でも多く、一秒でも早く……立派な、とても立派な人達だ!
そんな彼らをも喰らおうとしてか化物が体勢を整えて迫るのを、僕はまた、ガッツリと体当たりして受け止める。
邪魔はさせない! 彼らが人を救うなら、僕はそんな彼らを救い護ろう!!
「民を守るためにひた走る……あんな人達こそ、国の上にいるべきだったんだよ、エウリデ」
『ウォアアアアアアッ!! ウォアアアアアアッ!!』
「────来いよ神様! 格の違いを思い知らせてやるよー!!」
少しだけ、エウリデ王を憐れんで──こんなモノに縋らなければならなかったなにがしかの事情は、間違いなく憐れだからだ──
僕は、力強く叫びこの拳を振るう!
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援軍だよー!
『ウオアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「うるっさいよー!!」
衛兵達を殺そうと襲い来る、神だかなんだか化物をカウンターで殴りつける!
毛むくじゃらの彗星みたいな体のどこが顔で胴体なのかも分かんないけど、とにかく一番近くて殴りやすいところを殴るよー!
目一杯の力を込めた拳は、手前ごとながら相当な威力があると思うんだけど全然手応えがない。
身体強化はすでに全力だ、となるとここから素手の威力を上げるとなると、単純な筋力ではなく技術、打法を考える必要がある。
殴ると同時に前へステップし、僕は化物の顔? の真下に潜り込んだ。
「素手でも、このくらいは!!」
『ヴォアッ!?』
「っしゃあーっ!!」
身を縮めてコンパクトに、全身の関節を回転。
勢いをつけてつつ真上へと思い切り、右アッパーを突き刺すように伸ばす! 威力と衝撃を突き抜けさせず、相手の体内で反響増幅させる打法を用いての大打撃。
僕が素手で放てる中では一番に近い威力の業だ。
さしもの化物も少しくらい効いてよー、と願いながらのパンチ。けれど当てきった瞬間、大した手応えがないことを直感的に分かってしまった。
皮膚が硬いわけでもない、むしろ柔らかいのにまるでダメージを与えられていない。枯葉を殴るよりも軽くて中身がないよー。
「ちょ、ちょっとは効いてよ、さすがに……」
『ウオアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「…………ああ、もう! 自信がなくなるよー!!」
いい加減しんどくなってきたよー。これ、今の僕だと勝ち目ないよねー?
体力的にはまだまだ問題ないし、敵の攻撃は触手を伸ばして叩いてきたりするだけだから遅くて軽く、避けるにも受けるにも適当にいなせる。
それでもさっきの衛兵さんとかが受けると即死するとは思うけど……僕からしてみれば子供の遊び程度の威力でしかない。だから負けようがないってのは事実だ。
けれど反面、こっちもこっちで攻め手がない。さっきからしこたま殴り倒してなおノーダメージっぽいとなると、少なくとも杭打ちくんを装備していない素手の僕だと倒すどころか痛めつけることさえできないってことだ。
人の最強打法をたやすく無効化してくれてさあ、やってらんないっての、まったく!
ぼやきながら僕はふと、町のほうをちらと見る。
「そろそろ、住民の非難もそれなりに進んでる、かな?」
『ヴォアッ!! ヴォオオオオオオアッ!!』
「くそぅ……杭打ちくん、取りに行こうかなあ……!!」
ウネウネと無数に責め立ててくる毛だか触手だかを余裕で避けつつ、どうしたもんかと考える。
さっき衛兵達が避難誘導に行ってからまだ、そんなに時間は経ってないしろ……冒険者達も協力しだしたらあっという間に町民を安全地帯に逃がすくらいはできるだろう。
気配感知だと結構、町の人達が泡食って逃げまくってる感じはするしね。少なくとも今から王城回りに近づこうってのは感じない。
……と、なると杭打ちくんを取るため、戦線を少しずつ移していくのも選択肢に挙げられるねー。
コイツを殺し切るには杭で体内を直にぶち抜くしかなさそうだ。少なくとも外からの衝撃じゃとても殺れる気はしない。
戦闘中に河岸を移すなんて、迂闊に距離を取ったせいで化物があらぬ方向に行ったりしたら大惨事だからなかなか躊躇われるけど、だからってこのままジリ貧してても仕方ないし。
一か八か、やってみるかな……!
腹を括り、いっちょ狼煙代わりに殴りつけてみるかと構える。
…………そんな矢先、地下からいくつもの気配がやって来るのを感知する。これは。
「────来たか!」
天ならぬ地からの助け! 思わずして小さく叫んだ僕と同時に、王城の壁が吹き飛んだ!
ズガァァァァァァン! と轟音を立てて崩落する白の壁、それに気取られ化物が振り向けば、すぐそこにソイツはいて。
「ダハハハハハハッ!! 死ィィィねや、ゴラァァァァァァッ!!」
『!?』
手にした身の丈ほどのザンバーを思い切り振りかぶり、眼前の敵へと全力で振り下ろしていた!
迷宮攻略法をフルに駆使しての強化された肉体、武器から繰り出される斬撃は圧巻の一言、庭園をまるごと真っ二つにして衝撃が敵を襲うよー!
言うまでもない、レジェンダリーセブンのご登場だ。
案の定王城地下まで忍び込んでたんだなあ、なんて呆れつつも僕は、かつての仲間の名前を叫んだ!
「リューゼ……! リューゼリア・ラウドプラウズ!!」
「ずいぶん梃子摺ってんじゃねえかよ、ええ? ソウマ・グンダリ!」
冒険者パーティー・戦慄の群狼リーダー。戦慄の冒険令嬢。
何よりレジェンダリーセブンが一角である元調査戦隊幹部、リューゼリア・ラウドプラウズ。
2mを超える長身で、不敵に佇む彼女は僕を見て、余裕満々って感じに笑うのだった。
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さすがの騎士団長だよー
「ソウマ殿!」
「ソウマくん!!」
「シアン団長! サクラさん!!」
ジリ貧だった僕に現れてくれた救いの手、援軍。
巨大ザンバーで化物を斬りつけたリューゼに続いて、崩れ落ちた王城の壁から続々とやってくる戦慄の群狼メンバーらしい冒険者達の中、りシアンさんとサクラさんが駆け寄ってくるのを僕は安堵と会心の思いで迎え入れた。
間に合った──その思いで胸がいっぱいになる。
素手の現状では勝ち目がない以上、長々とやつを食い止めていてもどこかで必ず僕は突破されていた。負けたり殺されたりはしないにしても、王都にやつを野放しにしてしまっていた可能性だってあるんだ。
国王はアレを制御できている風に言ってたけれど、正直僕にはまずそこからして疑わしい。
多少は手懐けられているとは思うけど、こいつの本性はハッキリ言って殺戮者だ。誰かに従うなんて考えにくいように思えるんだよー。
僕を殺れなければ代わりとばかりに他に矛先が向かうのは考えられたし、そうなると一応は飼い主だろう王城より人もたくさんいる王都に向かうかも。
そうした確信にも似た予感は、さっきからひたすらこの化物を相手取っていてなんとなく伺いしれたことだ。なんの感情もなくただ、目の前の命を殺し尽くそうという殺意だけをひしひしと感じるからね。
こんな、殺すことしかできないものを生み出すなんてどういうつもりなんだかね、エウリデは……
深まるばかりの謎は一旦、頭の隅っこにおいて僕は団長とサクラさんへと声をかけた。ここからが本番だ、気は抜けないよー。
「ありがとう……やっぱり地下にまで来てたんだね、戦慄の群狼」
「ええ! 地下牢直前で出くわして、状況を説明して手を組んでいます!」
「さすがにソウマ殿が一人で死地を受け持っている場面、揉めてる場合にはござらんからな!」
案の定、先行してシミラ卿を確保しようとしていたんだねリューゼリア。その強かさは認めるべきだし、実際結果的には最善に近い動きだったからひとまず良しとするよ。
それに、新世界旅団ともすんなり組んだのもありがたい。変に揉めてたらそれこそ、取り返しのつかないことになってたかもだし。
あるいはリューゼ流の直感力で、ここは我を張る場面でないと察したのかも知れない。
いずれにせよ本当に助かった。一旦、化物をリューゼに任せて僕は後退し、仕切り直しを図りつつも二人と短く話した。
「それは、助かるよー……っそうだ。シミラ卿は?」
「そちらも無事です。ただ、やはり多少は衰弱してますが……」
「一応立って歩けるだけ、さすがの元調査戦隊メンバーってところでござるな。おーい、シミラ卿ー!! こっちこっち、でござるー!」
王城に来たそもそもの目的、シミラ卿の無事はどうなっているのか。そこを真っ先に確認したところ、サクラさんが大手を振って戦慄の群狼メンバー達に囲まれたその人を呼んだ。
フラフラと、力のない足取りでしかし、一人でどうにか歩いてくる女性。最後に見た時よりだいぶ痩せ細っているのが痛々しくて、エウリデがこれまで彼女にどういう仕打ちをしてきたかが一目瞭然で分かってしまう有り様だ。
シミラ・サクレード・ワルンフォルース。
無事に地下牢から連れ出せた彼女は、飢餓状態を少しずつ回復するためか携帯用のスープをちびちびと飲みながら僕に力なくもたしかな笑顔を見せてくれた。
「…………無事か、ソウマ。手間をかけてすまない、な」
「シミラ卿……大丈夫?」
「本調子とは言えんがそれなりにな。さすがに半月以上も水だけで地下牢にいたのは、堪えるが……!」
『ウォアアアアアア!!』
まったく調子が出てない感じなのが見ているだけでも分かる。そんなシミラ卿はけれど次の瞬間、近くにいた戦慄の群狼メンバーらしい男の人の剣を奪うように取り上げた。
呆気にとられる周囲──瞬間、リューゼが撃ち漏らした化物の触手が何本か襲いかかってきた!
チィッ、と舌打ちするリューゼ。咄嗟に構えるサクラさんや冒険者達。
けれどそれにも増して早く、速く。シミラ卿の腕が閃光を迸らせた。必殺技にまで昇華された、針に糸を通すよりもなお緻密で正確な突きが唸りを上げたのだ。
一撃で3点、別々の箇所を突いた……かのように見えるほどの速度の刺突が触手を貫き、突き刺し弾く。
以前、僕相手に披露した時は狙いが正確すぎて避けやすかった技だけど、モンスター相手となるとこんなに安定していて信頼できる剣もない。必ず当たるし早いし、急所も自由自在に貫けるなんて額面以上の強さがあるからね。
『ウォッ!?』
「この通り、お前の敵を少しばかり受け持つくらいならばできる」
「さっすが騎士団長、やるねー」
微笑む騎士団長を讃える。
元調査戦隊にして国一つを守り続けてきた騎士の中の騎士である彼女の、実直かつ堅実な積み重ねが生んだ剣技の冴え……単なる才能や素質だけでは到達できない力が、そこにはあった。
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杭打ちくんが必要だよー!
華麗にして清廉なる剣技をもって、化物の繰り出す触手攻撃をすべて撃ち落とした騎士団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース。
半月もの間地下牢に押し込まれ、水のみで生き延びることを余儀なくされてなお今の動きを見せられるなんて、とてつもない技量だよー。
才覚もさることながらやっぱり努力、日々の鍛錬をひたすら積み重ねてきたんだろうね。天才では決してないけど、負けないくらいに輝き煌めく秀才の姿がそこにはあるよー。
「おおっ! やるじゃねーかシミラァ!! やっぱテメェは群狼入りだな、決定だ決定!」
「リューゼさん……すみませんがその話はあとにしましょう。言ってる場合でもありません」
『ウォアアアアアア!! ウォアアアアアアッ!!』
シミラ卿の成長ぶりを目の当たりにしてリューゼが吼えた。久しぶりにあった妹分が、予想以上に強くなっていたことが嬉しいんだろうね。
もっとも当のシミラ卿その人からは今それどころじゃないでしょ? と素っ気ない対応。
まあそりゃそうだ、さすがに今はシミラ卿に新世界旅団か戦慄の群狼かどっちにつく? なんて聞いてる場合じゃないからね。
それが証拠にほら、化物が吠えた。凍りつくような雄叫び、どこから出してるんだろうね? 口らしいものもないのに。
改めて、これのどこが"神様"なんだか分からなくなるよー。
内心でエウリデ王のセンスに首を傾げていると、リューゼが不敵に笑ってザンバーを構え直した。
「へっ、バケモンが……! オレ様の斬撃を受けてノーダメたぁ畏れ入るぜ、殺しがいがあらァ!」
「私とジンダイで補助を、攻め手はリューゼさん、任せます……ソウマ!」
「はいっ!? え、何!?」
「杭打ちくんを取りに行け!!」
急な指示にビックリ。シミラ卿、僕に戦線を離脱しろって言うの?
たしかに今しがた、僕はこの化物を道連れてでも杭打ちくんの置いてある場所まで移動しようとしてたけど……この化物を仕留め切るには杭打ちくんを持った僕が必要だと、シミラ卿も咄嗟に判断したって言うの?
戸惑う僕に、リューゼが重ねて声を張った。化物に斬りかかりながら、察しの悪い僕を叱咤するように叫ぶ。
「火力で言えばテメェの杭打ちがトップだ! 見た感じこいつァ相当タフなやつだ、一息に押し切っちまえ!」
「ここは我々が受け持つ! ……姉を頼れ、弟よ」
「…………うん!! ありがとうリューゼ、シミラさん!」
かつての仲間達から激励され、僕は駆け出す。リューゼにまで言われたら動かないわけにもいかないよ、この場面には杭打ちくんが……冒険者"杭打ち"が必要なんだ!
王城正門まで多少の距離があるけど関係ない、全速力だ。風より速く駆け抜ける中で背後、リューゼが部下達に号を放っているのを僕は耳にした。
「っしゃてめぇら、ソウマ一人で食い止めてたんだ! 気合い入れて行くぞオラァッ!!」
「うす、姉御ォ!」
「ヘッ! 杭打ちだかなんだか知りやせんがあんなガキで止めてたような雑魚、俺一人でもぎょええぇえええあ!?」
『ウォオオオオアアアアアアアアアアッ!!』
うわーっ、あからさまなセリフを吐いた人が途端に化物の咆哮とともに断末魔の叫びを上げたーっ!?
死んではなさそうで気配はあるけど、たぶん吹き飛ばされるかなんかしたんだね、声が遠ざかっていく。
僕が一人で、しかも素手で止めてたもんだから油断しちゃったんだねー……
どうあれリューゼからしてみれば恥ずかしいことこの上ないだろう。自慢の部下のつもりが僕も敵も舐めてかかって瞬殺されてるんだもん。
案の定次の瞬間、彼女の怒声が周囲に響き渡った。
「このスカタン! 言ったそばから舐めてかかってんじゃねえ、ぶち殺すぞボケェッ!!」
「しゅ、しゅぃやしぇん……」
「チッ、テメェは引っ込んでろ! 今の見たろてめぇら、腹括れよコラァ!」
「ウッス!!」
さすがにさっきみたいな醜態を2度も晒したら、本気でリューゼに殺されるんだろう。
戦慄の群狼のみなさんの緊張度合いが一気に高まった。もうこれリューゼと化物、どっちがモンスターか分かんないねー。
さておき走り抜ける。まっすぐ行ってこの先、壁に沿って左折すればたぶん正門のはずだ。
杭打ちくんはあの重量だ、まともに持てずに来た時、置いた通りのままにされているはずだ。速やかにそれを回収して、戦線に復帰する!
「行くぜ化物ォォォッ!! ソウマが杭打ちくん持ってくるまでもねェ、オレ様の手でカタァ付けたらァァァッ!!」
『ヴォオオオオアアアアアアアアアアアアッ!!』
「団長に続けいっ! ぶっ殺せーぇっ!!」
「どこだろうとモンスターはモンスターだ! やっちまうぞコラァ!!」
本格的に戦闘を開始したリューゼ達の声を背に僕は走る。
行くよ杭打ちくん、僕の相棒……! 一緒に神様もどきをぶち抜くよー!
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──再会、だよ
「あった! 杭打ちくん3号……!」
駆け抜ける王城の庭園、角を曲がって正門に出る。すでに兵士達も異常に気づいたらしく王城そのものの守りを固め、中にいる貴族連中を守ろうとしている。健気だよー。
そんなのはさておいて僕は杭打ちくんを見つけた。やはり門前に無造作に置かれているよ、誰にも持てなかったんだね。
なんにせよ僕の相棒、僕が最も信頼する武器にまで辿り着けた。いつものように取っ手を手に取り持ち上げる。家一つ並の重さ、常人には相当厳しいそれも僕からしてみれば安心できる心地よい重みだ。
完全武装! これでいつもの僕、これでいつもの冒険者"杭打ち"だ!
「よし! これでやつをぶち抜けば勝てる……!」
「まだちょっと足りないかな。それだけだと決め手に欠けるよ、ソウくん」
「────は?」
勢い込んで嘯いた僕の、背後からかけられる聞き慣れた声。
今ここで、このタイミングで聞くことになるとは思ってもいなかった人の、懐かしい声を耳にして僕は硬直した。
不思議と動かない身体を、それでも無理に動かして振り向く。そこにはたしかに、幻影でも夢でもなく一人の女の子がいる。
サラサラの銀髪を長く揺らした、ドレス姿に鎧を着込んだその姿はまるで童話の戦乙女。
3年の時を経て成長した顔つきはすっかり可愛らしさから美しさに比重が移り、面食いな僕が見ても絶世と言っていいほどに綺麗になっている。
思わず息を呑む僕に微笑み、彼女は続けて言った。
「仮にもかつて世界を滅ぼしたモノ。複製と言えども物理的な威力だけで仕留められるんだったら、メルトルーデシア神聖キングダムは……ううん。古代文明世界は滅んでないもの」
「…………そう、か。このタイミングで会うのは、ある意味予定調和って言えるのかも、ね」
「だね。カインくんから聞いてるとは思うけど、少なくとも私は、ソウくんとはこのあたりのタイミングで鉢合わせるだろうなーって思ってた。イエイ、ドンピシャ!」
「……あは、は」
ああ……3年経ってとても美しく、綺麗になったけど。笑うとやっぱりかつてと同じ、愛らしさの面影があるんだね。
いたずらっぽく笑う彼女に、僕も笑い返そうとするけどうまく笑えてるか自信がないや。代わりに震えるばかりの声で、どうしても尋ねずにはいられないことを、僕は尋ねる。
「僕を、恨んでないの?」
「え」
「君の大切なものを壊した僕を。君は、恨んでないの?」
ずっと、考えていてずっと、聞きたかったことだ。そしてあるいはずっと、裁かれたかったことでもあるのかも知れない。
僕の選択ですべてを奪われた君は、僕を憎んでいますか?
信じてくれたのに君を裏切った僕を、恨んでいますか?
……君と君じゃないものとを天秤にかけて、君を選ばなかった僕を、殺したいですか?
それを、僕はずっと聞きたかったんだ。他ならぬ君自身の口から、君自身の言葉と想いで。
喉が渇くほどの緊張の中、静かに尋ねた僕へ。けれど彼女は、肩をすくめて苦笑いとともに返した。
「それ、こっちの台詞でもあるんだけど……いずれにせよ今、する話じゃないよ? ソウくんにはやるべきことがあるはずで、それを差し置いて問答している場合じゃない。だよね?」
「! …………そうだ、ね」
「動揺してるのは分かるけど落ち着いて。その辺の話は、これが終わってからたっぷり話そ。時間はいくらでもあるからさ」
当たり前の返事だ。今、こんなことを質問するべきじゃない。僕は馬鹿だ、時と場合も弁えずになんてことを聞いてるんだ。
土壇場でやっぱり僕は身勝手だ、自分のことばかり考えている。どんなに人間らしさを身に着けたつもりでも、本音のところはこうなんだから恥ずかしい話だ。
情けなさに顔から火を吹く思いだけれど、ここで俯いていたら本当にただ情けないだけの僕だ。どうにか顔を上げ、気持ちを切り替えて話しかける。
今はあの化物のことが最優先。そしてここに彼女が来た以上、そこには何か意味があるはずなんだ。
「ごめん……ええと、話を戻そう。あの化物をぶち抜きたいんだけど、単純威力だけじゃ足りないものがあるの? 僕で賄えるかな?」
「私並みに重力制御ができるなら。アレはおかしなバリアがあるみたいで、それを突破するのには高密度な超重力時空制御フィールド……つまりはブラックホールが必要なんだよね」
恥を忍んで問いかける僕にニッコリ笑って彼女が答える。バリアか、道理でやけに手応えがないと思ったんだよ。
まともな生き物ならあれだけ殴られたりしてたらちょっとは堪えるだろうに、まるでダメージ皆無だったからね。何かあるとは思っていたけど、まさかバリアなんてね。
そしてそのバリアを突破するには迷宮攻略法が一つ・重力制御が必要ってことか。それもブラックホールを精製するレベルで技術を備えた存在が。
僕の知るところ、そんなのはただ一人しかいない。そう、目の前にいる彼女だ。だから今、このタイミングで接触してきたんだなと察せるよー。
「そんな情報、どこで……いや、今はいいよ。なるほど、それなら僕一人じゃどうあれ突破は難しいね」
「うん、だから私が来たの。ソウくん、いつだって矢面に立つからさ。たぶん今回もあの神を相手に戦ってるんだろうって思ってさ」
そもそもあの化物について何を、どこまで知っているのか。そこは後で聞くことにする。
今は彼女の力が必要だ、やつをここで殺し切るためにね!
はにかむ女の子の前に立つ。
3年前に比べて少しは僕も背が伸びたみたいだ、ほとんど同じ背丈で、視線をぶつけ合う。
しばらくぶりの青い瞳に見惚れる想いを噛み殺しながら、僕は静かに尋ねた。
「力を、貸してくれる?」
「もちろん! 3年ぶりだね、ソウくん」
「ああ、久しぶり。いこう、レイア」
僕──ソウマ・グンダリはそうして、彼女──レイア・アールバドと再会した。
調査戦隊元リーダー、"絆の英雄"が、この町に帰ってきたんだ。
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3年ぶりの共闘だよー!
「ウェルドナーさんにカインさんは?」
「町の外! ベルアニーさんと合流して、町の人達の避難誘導を手伝ってるよ、他の仲間達も一緒だから安心だね!」
信じられないタイミングでの元リーダー、レイアとの合流。どうしてだかあの化物に対する知見や対策を備えているらしい彼女の助力を受けて、僕は杭打ちくんを手に持ち再度来た道を走り戻る。
その間にも気になっていたところ、すなわち彼女と行動をともにしているはずのカインさんやウェルドナーさんについて尋ねたところ、あっけらかんとした答えが返ってきた。
冒険者ギルドと今になって合流したのは良いし、町の人達を守ってくれてるのはありがたいんだけど、少なくともカインさんとウェルドナーさんはちょっとこっち来てほしくないかなー?
レジェンダリーセブンのうち2人して避難誘導ってのもなんだかなーって。いやウェルドナーさんは指揮官タイプだからまだ分かるけど、カインさんは普通にこっち来て一緒に戦おうよーって思っちゃう。
微妙な気持ちのまま僕は、共に駆けるレイアに話しかける。
「あの、他はともかくその二人はこっち来てもらったほうが良いんじゃなかったのかなー……いや僕のとやかく言う話じゃないけどー」
「あの"神"には私とソウくん、あとリューゼちゃんでしか対抗できないからいてもしょうがないし……変に頭数増やして万一の犠牲者を出すくらいなら、最初からいないほうが良いかなって! へへへ、置いてきちゃいました!」
「────」
ニッコリと、いたずらっぽく笑うレイアに僕は息を呑んだ。
3年前、調査戦隊のリーダーをやっていた頃には見ることができなかった年相応、いやそれよりももっと子供っぽい笑顔に、思わず目を疑ったんだ。
それに、数だけいても仕方ないから置いてきちゃったって……そんな判断を、レイアが自発的にしたの?
3年前は可能な限りみんなで一緒に動こうとしていた"絆の英雄"が。仲間達との結束や友情を大切にしすぎるあまり、身動きが取れなくなっちゃっていた彼女が。自分の判断と意志で、仲間達を置いて思う通りの行動ができるようになったって言うのか。
それは、良いことだ。すごく良いことだ。
リーダーって立場に、英雄って称号に雁字搦めにされていた彼女がこうまで自由に振る舞える。そのことが嬉しくて僕は、ひっそりと笑って言った。
「変わったね、レイア。前よりずっと、リーダーっぽくなった」
「え。それって3年前はリーダーっぽくなかったってこと!?」
「今と比べればね……っ! 見えた! 行こうレイア!」
あの頃の……みんなを率いて進むリーダーというより、みんなを宥めて仲を取り持つ調整役であることを求められていた彼女に比べて、今ここにいるレイアはすごく、すごーくリーダーっぽいよー!
うがーっ! と抗議する彼女はひとまずスルーして僕は叫んだ。走り抜ける先、リューゼ達が化物と対峙している現場を見る。僕もレイアもいつでも戦闘態勢だ、いけるよ!
リューゼは部下達とともに化物に切りかかっては、手応えのなさに苛ついた叫びをあげている。
そこから離れたところではシアンさんとサクラさん、シミラ卿の3人が戦慄の群狼メンバー、負傷者を触手から守っては手当を施している。
いずれにせよ予断を許さない状況だ、僕とレイアは一気に飛び上がった!
「後で話すことが一つ増えたかんねソウくん! ええい、行くよー!」
「────ぶち抜け、杭打ちくんっ!!」
軽口を叩きつつ、手にした白亜のロングソードを振り上げ化物に飛びかかるレイア。続いて僕も、同じ軌跡で杭打ちくんを振り抜く。
特にレイアだ──迷宮攻略法・重力制御を駆使して剣に高密度の重力を発生させている。
彼女にしかできない、まさしく必殺技だ!
黒く深い闇と化した刀身が、上空から一息に振り下ろされる。黒い稲妻めいた斬撃の閃光が、化物を袈裟懸けに断ち切る!
吹き出る体液、これは血かな? これまで僕がさんざん殴っても、リューゼが山程斬ってもまるで変化のなかったやつの身体に、たしかな傷がついたんだ。
す、すごい威力だ……! 問答無用、有無を言わせない殺傷力があるよ!
『ヴォオオオオアアアアアッ!?』
「続いて僕だ──!」
間髪入れず、レイアよりさらに接近して僕が躍り出る。杭打ちくん、フルパワーで撃ち抜く構えだ!
狙いはもちろんレイアの斬撃跡、あからさまにダメージを受けた直後の傷口! 一応、僕もできる限り杭打ちくんの杭に重力制御による加工を施しては見たけど、彼女みたいな威力はなかなか出せないだろう。
それでもやらないよりかはマシだ!
渾身の力で振り下ろした鉄の塊が傷口をぶち抜き──更にそこから前に向けレバーを押し込む!
瞬間、突き出た杭がやつの受けた傷をより強く、深く一点集中で貫いた!
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同時攻撃!だよー
『ヴォギャアアアアアアアアッ!!』
「……手応えあり!」
レイアの傷は本当にダメージとして通用していたらしい。追撃の僕の杭が深々と刺さる感触は、先程までの戦いにおいてはなかったものだ。
これまでになく叫ぶ化物。雄叫びじゃない、悲鳴──もしかしたら初めて味わうかも知れない痛みを受けての、それは悲痛なまでの叫びだ。
通った……! レイアの言う通り、こいつは重力制御を用いることで初めてダメージを与えられるタイプのモンスターなんだ!
杭を引き抜き飛び下がる。レイアの隣まで戻り彼女と顔を見合わせると、見惚れるほどに透き通った笑みを浮かべる。
それが嬉しくて僕も微笑み返すと、リューゼがそんな僕らを叫びとともに呼びかけてきた。
「来たかソウマァァァ! ……って、姐さん!? なァんでここに!?」
「やっほ、リューゼちゃん! 手伝いに来たよ!」
「杭打ちくんを取りに行ったら出会った! あの化物、僕とレイアとあとお前でしか倒せない! 部下を下げて!」
「…………っ! チィ、テメェら下がれ! ここはオレ様達が受け持つぜ!!」
リューゼもまさか、この局面でレイアがやって来るとは思ってなかったみたいだ。素っ頓狂な声を上げて驚いてるよー。
呑気に挨拶を返すレイアだけど、正直それどころじゃなくて僕はリューゼに言葉を投げた。端的に言って、重力制御を習得してる僕らにしか倒せないんだから部下達を下げるように言ったんだ。
化物はダメージこそ負ったものの未だ現在、戸惑うように、恐れるようにこちらを伺っているものの殺意だけはまるで変わることなく、いやむしろ増大さえしている。
呆気にとられつつもその辺、リューゼの判断はすごく早い。即座に戦慄の群狼メンバーを退かせ、僕らの戦いに立ち入らせないよう指示を下していた。
一方で僕のほうにも、仲間達から問いかけがくる。
「ソウマくん! そちらの方は、もしや!?」
「お待たせ! 後は僕とリューゼ、あと彼女に──レイア・アールバドに任せて!」
「レイア……!! 大迷宮深層調査戦隊リーダー、絆の英雄!! ついにこの局面にて登場でござるか!」
シアンさんとサクラさんが、初めて見る"絆の英雄"に驚きの声を漏らした。
現代における最高の冒険者だもの、そりゃ驚くし興奮するよね。シミラ卿も隣で目を丸くしてるし。
もっとも当のレイアはそうした視線に慣れてないのか、いかにも照れたようにはにかみ頭を掻いた。そして僕と彼女達を見比べ、シアンさん達に軽く会釈する。
「あ、あはは……なんかすごく緊張しちゃうなあ。いかにも、私がレイアだよー新世界旅団の人達。ソウくんがいつもお世話になってます」
「リーダー……! あなたまで来られていたのですか」
「シミラさん……ご無事のようで良かったです。ええ、はい。元々別件でやって来ていたのですが、あなたのこともありましたからね。来ちゃいました! お久しぶりですね!」
シミラ卿とも何年ぶりかの再会だ、お互いに若干距離のある、けれど隔意のないやり取りを交わしている。
レイアだけじゃなくウェルドナーさんやカインさんも、これが落ち着いたら合流することになるんだろうね……すごいな、元調査戦隊メンバーがどんどんやって来るよー。
懐かしの再会、あるいはそれは僕にとり断罪の時間なのかもしれないけれど、否が応でも期待や興奮は高まる。
だけどその前に一つ、眼の前の化物を対峙してみようか。こいつがいる限り、落ち着いての再会とはならないから、ね。
「さ、話は後です……! 今はこのモノを!」
『ウォオオオアアアアアアアアアア!!』
「…………人の手による罪、そして罰そのもの。あなたはあくまでコピーだし、謝るべきは私じゃないけれど……ごめんね」
『ウァアアアアアアオオオオオオオオオオッ!?』
構えてから、レイアが化け物へとポツリとつぶやいた。
謝罪の言葉──何に対してなのか、本当は誰が謝るべきなのか僕には分からないけれど、たしかにレイアは誰かの代わりにあの化物、"神"と呼ばれるモノに謝った。
レイアは明らかに何かを知っているし、それに絡む話でここまでやってきたのは間違いない。
この化物を飼っているエウリデ王が、どこまでそれに関わってるのかは知らないけれど……こいつを倒し終えたら、アイツもただじゃすまないだろうね。
「ソウくん、リューゼちゃん! 私に波長を合わせて重力制御、武器強化! それで"神"にもダメージが通る!」
「分かった!」
「チィッ! 何がなんだか知らねえがコイツ殺れるってんならやりまさァ、姉御ォ!!」
僕同様に事情を掴みかねているリューゼをも巻き込んで、僕ら3人は攻撃体勢を整える。
重力制御、そして武器強化──さっきのレイアみたいに、重力を可能な限りそれぞれの武器に集中させてのトリプルアタックだ!
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神殺しだよー
3人、息を揃えて走り出す。行き先はいわずもがな"神"。
重力制御によってのみその身に纏うバリアを剥がすことができる、半絶対的防御を備えただけのモンスターへと、僕らは総攻撃を仕掛けようとしていた。
「行くよ、私に合わせて!!」
「トチんなよ、ソウマァッ!!」
「そっちこそ、逸って先走らないでよー!!」
3年前にたくさん交わしたやり取りを、3年経った今でもまた、こうして繰り返す。
他の二人はどうか知らないけれど、僕はそれが堪らなく嬉しい。杭打ちくんに込める力も、これまでにないほどに強く、そして完璧なものになっていくのを感じるよー。
迎え撃つ化物はなおも触手を繰り出してきている。
並のやつならそれでどうにかできたろうけど、あいにく僕らは並じゃないんだ──勝負だ、神様。
なんだか事情があるみたいだけど、それでも敵なら僕は、躊躇なくぶち抜くよ!!
「滅びなさい……遥か残りし罪の残滓!」
「死ねゴラァァァァァァ!!」
「ぶち抜け──杭打ちくん!!」
三者、ともに駆けともに飛びともに肉薄する。
狙うはさっき僕とレイアで裂いた傷口、すごい勢いで治癒しているけど追いついてないところ!
さっきよりもはるかに強くて重い攻撃だ! 喰らって、生き延びられるものか!!
『ヴォギャアアアアアアアアッ!? ウギャッ、ウギャアアアアオオオオ!!』
レイアのロングソードの剣閃が疾走り。
リューゼリアのザンバーの剛剣が唸り。
そして僕の杭打機がすべてをぶち抜く。
3人が繰り出すそれぞれの武器が完全に、寸分違わずタイミングを一致させて傷口をさらに抉り、内部をかき混ぜぶち撒ける。
生物である以上は決して耐えられない手応え──そして化物の断末魔の叫び。
決着だ、と直感して僕は引き下がった。他二人も同様だね。もうこれ以上、痛めつける必要はないと判断したんだよー。
「す、すごい……!! これが、大迷宮深層調査戦隊の」
「とりわけ五本の指に入る強者達の、真の実力でござるか……!」
「そうだ、そうとも……! すべての冒険者達の憧れであるべき、世界最強最高の戦士達こそがあの人達だ!!」
シアンさん達のテンションが爆上がりしてるよー、背後にて興奮の気配を察して内心にて笑う。
特にシミラ卿の勢いってば。元調査戦隊メンバーとしてはやっぱり、3年ぶりのこのトリオは感動モノだったりするのかな? どう見てもはしゃいでるから、後で元気になったらからかってやろーっと。
そんなことを考えつつも、意識はしかし化物へ向かったままだ。レイア、リューゼも構えて、あるかもしれない化物の反撃に備える。
…………でも、もうそれも必要ないみたいだ。やつの身体が少しずつ、灰となって崩れ落ちていく。消滅の兆し。
勝ったんだ。やつは僕らのトリプルアタックに耐えきれず、致命傷を負ったんだね。
触手も萎びて枯れ果てて、大きな毛むくじゃらは地面に倒れ伏した。真っ黒な姿が、体液を垂れ流しながら力なく震え、細かな呻きをあげていた。
『ガ、ガ、ギ、ア……』
「……利用されるしかなかった哀れな命。今、苦しみから解放────」
「馬鹿な!! 貴様ら何たることをッ!?」
「────あなたは」
せめて痛みのないよう、とどめを刺そうとレイアがロングソードを片手に化物へと近づこうとした、その矢先だった。
王城は崩れた壁から一人、男が飛び出てきて僕らを責めるように叫んだ。僕もレイアもリューゼも、他のみんなも揃って顔を顰める。
それは今回の件の元凶。
シミラ卿を処刑せんとし、化物を用いて僕らを殺そうともし──あまつさえ戦禍を王都にまで広げかねなかった稀代の愚王。
ラストシーン・ギールティ・エウリデその人がいくばくかの兵を連れて、顔を真っ赤にしてやってきたのだ。
「エウリデ王……」
「神を、古代文明にて君臨した絶対的な象徴を、弑したというのか! たかが冒険者風情、ただの人間どもが! このエウリデの覇道を照らす神威神権を、否定したとでも言うのかァッ!!」
滅びゆく化物を心底から神様だと信じているらしいその男の、激怒した叫びがあたりに響く。
醜悪に過ぎる、とても国一つ治める王都は思えない面構え。怒りで平静を保てていないのか、謁見の際に放っていた威圧も上手く機能していない。
古代文明に君臨した、神様……今や目の前で灰となりゆく化物がそのコピーだとして、エウリデはそれを政治に利用しようとしていたのだろうか。今の口ぶりからするとそう取れなくもないんだけど。
少なくともアレを用いて何か、世界に対して害をなそうとはしていたっぽいよー。悪役だねー。
「もはや神など必要ない、にも関わらずこのようなモノを引きずり出してきた。ラストシーン・ギールティ・エウリデ王……あなたは超えてはならないラインを超えました」
「貴様ァ……! 絆の英雄、レイア・アールバドッ!!」
「お久しぶりです……3年前はいろいろ、お世話になりましたね」
そんなエウリデ王に、冷静に淡々と声をかけるレイア。さっきまでの朗らかさはどこへやら、ゾッとするほどに冷たい眼差しで彼を見ている。
怒ってるよー……調査戦隊解散の根本原因とも言えるんだから当然だけど、めちゃくちゃ怒ってるよー。
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王の落日、だよー
冷たい怒りを乗せて再会を果たしたレイアとエウリデ王。レイアはもちろんブチギレてるけど、対するエウリデ王だって負けず劣らずキレまくってる。
あの化物──"神"を僕らが倒したのがよほど予定外だったんだろう。顔を真っ赤にしてやつは、3年前に叩き潰した冒険者パーティーのリーダーだった女へと叫んだ。
「レイア・アールバド! 3年前の復讐のつもりかっ……!? 貴様、貴様らは一体自分達が何をしたのか分かっているのかァ!?」
「はるか万年の時を経てなお哀れに利用される命を、魂を解き放ちました。それだけですよ、エウリデ王」
「ふざけるな!! エウリデの夢、エウリデの野望、エウリデの理想!! 我らが脈々と継いできた永遠国家樹立の礎を、そのような戯言でッ!!」
「腐れた夢、呪いのような野望、おぞましい理想。永遠に続くものなんてあっちゃいけないんです。ましてやあなたの血族を永久に頂きに据える、そのような国なんてなおのこと!」
永遠国家……またなんとも、嫌な響きだね。
つまりはこいつ、あの化物を用いて世界征服し、永遠に続くエウリデ王国を形成しようとしていたってことかな? 地獄だよー。
こいつの子孫がこいつよりまともに育つとも思えないし、むしろどんどん劣化していく可能性のほうが高いし。となると支配される民にとっては永遠の苦しみがもたらされるってことになる。
冗談じゃないねー。
レイアも同じく思ったのか、愚にもつかないおぞましい野望を叫んだ男へと一喝する。
「……はっきり言わなければわからないんですか? 恥を知れエウリデ、と!」
「ぬぐぅっ!?」
「私はすでにすべてを知っています! メルトルーデシア神聖キングダム、今ではそう呼ばれているかつての世界にいたあなたの祖先が何をしたのか! 何を創り出してしまい、何を滅ぼしてしまったのか! その上でどのようにしてあなたの一族だけがのうのうと生き延び、こうして厚顔無恥な権威を構築したのか! すべて知っています!!」
「何を、貴様ッ」
…………うーん。さっきからだけどレイア、僕が知らない何かを知ってるよね、コレー。
いやまあそれは当たり前なんだけど、どうもエウリデの成り立ちの真実とか古代文明についてとか、さっきの"神"についてまであらかたのことを全部知ってる気がしてならないよー。
一体どこで知ったんだろう、そんなこと。
膨れ上がる疑問の数々は、他のみんなも同じらしい。シアンさんやサクラさん、シミラ卿はもちろんのことリューゼ以下、戦慄の群狼の面々も何が何やらと首を傾げている。
これは、後で洗い浚い聞かなきゃね。
内心にて決心する中、レイアはエウリデ王に宣言した。
「愚かな王よ、その一族よ! あなた達を今ここで排することは簡単ですが、それを成せばこの地は乱れる! それでは人民の生活は揺るぎ、心は荒み命が危険にさらされてしまう! ゆえに!」
「────あんた方はここから先、冒険者達の傀儡だ。民のための国制が確立するまで精々、うまいこと王様をやっといてくれ」
「!?」
レイアの言葉に合わせるように、王城の崩れた壁から声が聞こえた。同時に奥から冒険者達が次々に駆けつけてきて、王の周りにいた兵士達を次々に薙ぎ倒していく。
これは……レイアを見る。彼女も驚きに目を丸くしているけど、極端に驚いた様子でもない。行動はともかく存在は知っていた、みたいな感触だ。
となれば、この声は。
僕が当たりをつけるのと同じタイミングで、声の主が現れた。手にした鞭を振るってエウリデ王を縛り上げ、そのまま拘束する。
「ぬうう!? 貴様はッ!?」
「騒ぐな、一々。もうじきお飾りになるとはいえ王様がみっともないぞ、ラストシーンさんよ」
「あ、あなたは……!」
慌てふためくエウリデ王を嘲笑う声の主。奥から出てくる彼を、僕はよく知っていた。
40代そこそこのナイスミドルなおじさん。茶髪を刈り上げたマッチョな体格の持ち主で、堀の深い顔は三年前もよく、女の人達にキャーキャー言われてたっけな。当時はともかく今はムカつく。
そう、彼もまた調査戦隊元メンバーの一人。いやそれどころかレジェンダリーセブンの一員にして、レイアの実の叔父であり彼女を支え続けた副長。
僕は震える声で、彼の名をつぶやいた。
「う、ウェルドナーさん……」
「……久しぶりだな、グンダリ。いろいろ複雑な気持ちなんだが、ひとまずは大きくなったことを嬉しく思うよ」
ウェルドナー・クラウン・バーゼンハイム。
元、大迷宮深層調査戦隊の副リーダーが、部下を伴っての登場を果たしていた。
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緩やかな革命だよー
突然現れたレジェンダリーセブンが一角、ウェルドナーさんとその部下達によって次々、王城の者達が捕縛されていく。
衛兵も、貴族も王族もお構いなしだよー……これってまさか、革命とかクーデターとかってやつ? 思ってたよりも過剰な動きに、思わず僕もビビっちゃうよー。
と、そんなウェルドナーさんのすぐ近くにまた一人、知り合いが現れた。巨大な槍を振るって貴族達を軽く吹き飛ばしていく、まるで縦横無尽の嵐。
先日会ったカイン・ロンディ・バルディエートさんその人が、王城制圧がされていく中で再び姿を見せていたんだ。
「やあ、我が友。数日ぶりだね?」
「カインさんも……」
「結局来たの? 二人とも。住民の避難はどうなったの?」
「万事恙無く。ベルアニーさん率いる冒険者ギルドともうまく連携できましたよ」
レイアが呆れたような素振りで二人に問いを投げ、そしてウェルドナーさんとカインさんはそれにしれっと答えを返す。至って自然なやり取りで、そこにさしたる感情はない。
本当に、レイアさえ想定してない動きをこの2人がしていたならば彼女はもっと怒っているだろう。
つまりはこれ、少なくとも流れとしてはそこまで予定を外しているわけでもないってことになるんじゃないかな。
最初からこの3人は、エウリデに戻るとなった時点でこの現状に近い絵を描いていたんだ……エウリデ王族および貴族を確保して、事実上国政を掌握する絵を。
「ぐううっ離せっ! 愚か者め、余を誰だと心得ている!?」
「お山の大将。そして不倶戴天の敵……ってところかね? 少なくともアンタを敬うなんぞする気は一つもない」
「右に同じ。敬われるには徳ってものが、あまりに足りてなかったよあなた方は」
ウェルドナーさんの鞭に拘束されたままそれから逃れようと身を捩らせ、エウリデ王が叫ぶ。己の権威権勢の一切通じない武力の前になすすべのない姿は、いっそ哀しみさえ感じさせるものだよー。
そんな彼に、カインさんも相応に冷たい。貴族であるはずの彼をしてさえ、今のエウリデはもはや忠義を捧げるに値しないってことか。
「…………どうにも複雑ですね、貴族としては」
「騎士としても複雑だ。主君だった方の、終わりをこうして見ることになるとは」
一方でシアンさんやシミラ卿の表情はすごく複雑そうだよー。そりゃそうか、自分達や自分達の家が王と仰いでいた男が今、思い切り追い詰められてるんだもんね。
でも止めたりはしないあたり、二人も納得というか区切りはつけてるんだろう。冒険者として、あるいは処刑寸前まで貶められた元騎士団長として……彼女らにとってもエウリデ王は、許せるラインを超えたって考えても良いのかも知れない。
レイアが今や囚われとなった王を見下ろし、静かに告げた。
「ラストシーン・ギールティ・エウリデ……あなたには今後、民に主権を譲るための法整備を整えていってもらいます。長い年月をかけてゆっくりと、民達に権利意識を浸透させていくのです。広く国民が参加できる議会もじき、作ってください」
「……バカな、民主主義だと!? ふざけるな、愚民どもになぜこの国を、余のエウリデをくれてやらねばならん!? やつらはあくまで余の所有物なのだぞッ!」
まさかの宣言に叫ぶエウリデ王の、気持ちを今回ばかりは僕も理解するよ。シアンさんもサクラさんもシミラ卿も、リューゼさえも目を丸くしてレイアを見ている。もちろん僕もだ。
民主主義──王族貴族だけでなく、あまねく一般市民まで含めたあらゆる民に平等に政治参画権を与える国制度、だったかな。
たしかそれこそリューゼがクーデターに参加したカミナソールが今や民主制国家として動き出しているはずだよー。エウリデもあの国同様、王国民すべてに政治に参加するチャンスを与える国にさせようって言うの?
「あなたが名君なればまだしも、愚にもつかない無能であればこそです。民主主義にも問題はありましょうが、少なくともあなたやあなたの子孫に揃ってひれ伏すよりははるかにマシだと信じます」
「あんた曰くの愚民よりも愚かなんだよ、あんたらは。認めるんだな」
「…………バカなァァァァァァッ!?」
断末魔じみた叫びも、こうなると誰一人としてまともに相手するものはいない。
ラストシーン・ギールティ・エウリデ。その名はおそらく歴史に残るだろうね。連合王国だったエウリデの、主権を国民に譲渡する動きを示した王として。
あるいはエウリデ王国における最後の王としてさえ、語られるようになるかも知れない。
それが名君として語られるのか、あるいは暴君としてか。そこは知らないし後世の歴史家次第なんだろうけど……今ここにいる僕に言えそうなことはたった一つ。
今日、この場、この時において。
エウリデ連合王国が決定的な転機を迎えたのだろうということだけだよー。
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一段落だよー
事実上の傀儡政権。冒険者によるクーデターが今、なしくずし的ではあれど成功しちゃった缶がある。
捕縛されたエウリデ王は今後、王とは名ばかりの存在に過ぎなくなる。レイアはじめそれを望む冒険者達によって偽りの玉座に座り、どれだけ時間がかかるかは分からないけれど国民に主権を移すための法整備、国政制度を整えていくんだ。
カミナソールに続き、民主主義へと向かうのだ。
少しずつ 少しずつ国民に政治意識を浸透させて、参政への意欲を高めさせることでいつか、それが花開くんだ。
シアンさんが唖然としつつもつぶやいた。
「民主主義……それを本当に、この国に導入する、と?」
「何世代もかけて、長い話になるだろうけどね。結局今の民達もなんだかんだと王族貴族に従って生きてきた以上、一朝一夕には政治体制を変えることはできないからさ」
独り言だったろうそれを拾ったのは当のレイアだ。愕然とするシアンさんを見て微笑みつつ、ハッキリとした意志と言葉で応える。
まさにお貴族様でもあるシアンさんにとって、今でなくともいつか国制が国民主体になっていくってのはどうにも受け入れづらいところはあるだろう。それは当然だよー。
彼女に限らずそういう人達はきっと、貴族や市民の中にも大勢いて……
そうした人達のことも考えてレイアは、急速な変革ではなくゆっくり、少しずつ世の中を変えようというんだろうねー。
朗らかな笑顔とともに、シアンさんへと続けて語りかける。
「少しずつ、人々の意識を変える方向にエウリデにはなっていってもらえればなって思うよ……ええとシアンさん、だっけ」
「! ……レイア・アールバドさん」
向き直るレイアとシアンさん。ちょっとお互い距離のある、けれど微笑みあったまま視線を合わせている。
……なんだろう、この緊張感。ちょっと怖いよー?
心なしか周囲の人達が何歩か後退しているし、僕も倣い下がろうとする。
ところがそれを遮るかのようにレイアが発した第一声は、他ならぬ僕の名前だったんだからたまんないよー。
「ソウくんがお世話になってるみたいだね。新世界旅団……なんか悔しいかも」
「えっ」
「ソウくんを立ち直らせるの、私の役目だと思ってたんだけどなあ。勝手によそに女作って、勝手に立ち直ってるなんてショックー。結局私ってばもう、過去の女ってことなのかなー?」
「れ、レイア?」
「おりょ? 修羅場でござる? 修羅場でござるか? ごーざござござ!」
あっ、なんかやばい気がしてきた! 逃げたい、逃げよう、でも逃げられなさそう!
すごく人聞きの悪いことを言うレイアに、シアンさんは相変わらず無言で微笑んだまま。こっちもこっちで怖いよー。
サクラさんはサクラさんで、面白がってへんてこな笑いを漏らしているし! 修羅場を喜ばないでよー!
ござござ笑いのそんな彼女だったけど、それもレイアが反応するまでだった。サクラさんに視線を向けて、朗らかに言い放つ。
「あなたのことも聞いてますよサクラ・ジンダイさん……ワカバからね」
「ござござござ、ござっ!? え、姫が!?」
「ちゃっかりソウくんの隣に居座るとかズルいって、彼女言ってましたよ。あはは、今まさに私も感じてますよ。ずいぶん仲良しさんなんですねー?」
声は笑ってるけど目は笑ってない。そんな笑顔でサクラさんをじっと見つめるレイア。
えぇ……? そんなキャラじゃないでしょ、君ー。演技だろうけど、3年の空白期間に何かがあって本気でこんな顔を見せるようになった可能性もあるから判断がつかない。怖いよー。
可哀想にサクラさんてば、ワカバ姉に陰口叩かれてたのと今のレイアの顔のダブルパンチですっかり硬直しちゃってる。特にワカバ姉が覿面みたいだ。あの人を敵に回すの怖いもんね、分かるよー。
「!? 誤解、誤解でござる!」
「あはは! いやあ愉快だねー新世界旅団って! これがソウくんの新しい仲間達かーあははー!」
「えぇ……?」
慌てて居住まいを正して身の潔白を訴えるサクラさん。今までになく必死なその姿から、何やらこう、いかにワカバ姉に弱いかが伺えるよねー。
で、レイアのほうは案の定というか、普通にジョークだったみたいでいつもの明るいレイアの笑顔に戻る。はあ、良かったよー。
……まあでも、新世界旅団を気に入ったっぽいのは本当みたいだ。仲間達を見る目は優しく温かい。
シアンさん、サクラさん、そして僕。この場にはいないけどモニカ教授にレリエさんもだ。今の僕を支えてくれて、今の僕が守るべき仲間達。パーティメンバー。
かつて彼女こそがその立ち位置だったんだ。レイアと目が合う。
3年前に何度も見つめた青い瞳。誰よりも大切だった、僕の一番の友達で相棒だった人。
今でも大事に思っているのは変わらないよ、たとえもう、そんな資格がなかったとしても。
心を込めて見つめれば、彼女はそっと笑い返してくれる。
久しぶりに見る、透き通った笑みだった。
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話されるべき理由、だよー
久しぶりの再会なのは何もレイアだけじゃない。カインさんとはこないだ会ったばかりだからそれはともかく、ウェルドナーさんのほうは本当にレイア同様、3年ぶりの顔合わせになる。
茶髪の刈り上げルックスのマッチョ、彫りも深くてダンディなナイスミドル。それがウェルドナー・クラウン・バーゼンハイムさんだ。
レイアにとっては実の叔父、そして調査戦隊から今に至るまで変わらず寄り添い続けて支えてきてくれた腹心中の腹心。
そんな彼は当然だけど僕にはあまり、いい顔を向けはしないでいる。ていうか言っちゃうと若干不機嫌だよー。
「グンダリ……3年ぶりだな」
「ご、御無沙汰です、ウェルドナーさん」
厳しい視線を向けてくる彼に、僕はなかなか視線を合わせられない。レイアと同じかそれ以上に僕を恨んでいるだろう人なんだ、どの面下げてって話だよ、ほんとー。
正直、今この場で殴り飛ばされても一発二発は甘んじて受けようとさえ思うよ。それ以上になるとカウンター入れると思うけど、そこまでは彼に与えられて然るべき当然の権利だと思うし。
ごくり、とつばを呑む。
周囲もヒヤヒヤした感じで僕らを見てくる中、ウェルドナーさんはふう、と息を吐き、そして言った。
「お前の事情も分かってる。そこまで怒っちゃいない……まったく怒ってないわけでもないけどな」
「……ご迷惑をおかけしました。レイアも、ごめんなさい。僕は3年前、本当に取り返しの付かないことをしたと──」
「まあまあ! その話はまた後にしよ、ソウくん!」
穏やかな顔つきのウェルドナーさんは、けれど瞳の奥には複雑な色を宿したままだ。いろいろ、我慢してくれてるんだよー。
それが余計申しわけなく、僕は意を決して土下座でもなんでもして謝ろうと口を開いた。その矢先、レイアが割って入って僕に抱きついて制止してくる。
至近距離にとんでもない美女の顔。
普段の僕なら慌てるなり喜ぶなり浮かれるなりだけど、今この時ばかりはそんなリアクションを取ることもできずただ、彼女の顔をすぐ傍から見つめてつぶやくしかできない。
「レイア……いやでも、僕は」
「またまやらなきゃいけないことがあるからさ。ソウくんとの話はそこが一段落してからにしようよ。ねえ、叔父さん?」
「そうだな……俺もレイアも言いたいことは同じだ。全部片付けてからレイアとお前が腹を割って話して、改まった話はそれからにした方が良いさ。お互いにな」
「ウェルドナーさん……」
化物を倒して、エウリデ王を捕らえて、この国が少しずつ変わっていく予感を抱かせて。それでもまだ、僕との決着は後にして、先にやらなきゃいけないようなことがあるんだろうか?
……レイア達がエウリデに舞い戻ってきた理由、それそのものに関することなんだろうね、きっと。
是非もない。そもこの件については僕に意見する権利も資格もないんだ、彼女達の予定に沿って、今は話を聞くことにしよう。
力なくも納得した僕を、一度優しく抱きしめてレイアは離れた。その際に何故かシアンさんとサクラさんを見て笑ってたけどなんなんだろう? 二人の顔がちょっと強張ってるし。こわいよー。
ともあれ数歩分、距離を空けてレイアがウェルドナーさんへと告げた。
「さてと。叔父さん、ここは任せてもいいかな。私はソウくんやソウくんの関係者の人達にあれこれ説明したいし」
「もちろんだ、エウリデについては俺やカインに任せろ……貴族連中もここから制圧して、少しでもマシなやつに国政をさせにゃならん。そのへんの雑務は俺達で請け負うさ」
どうやらこの場はウェルドナーさんに任せて、レイア自身は僕ら相手にいろいろと話しを打ち明けるつもりみたいだ。
わざわさこう言うからには、何かしら協力してほしいことがあったりするんだろうね。
ウェルドナーさんとカインさんも揃って頷き、拘束されているエウリデ王を見やる。完全に心が折れたのか力なく沈む彼の姿は、王の恰好をしただけのただの中年にしか見えない。
すっかり腑抜けた国王に舌打ち一つして、ウェルドナーさんはぼやくように言った。
「まあ看板は変わらずこの馬鹿野郎だから、民達はしばらく変化を実感することはないだろうが……そのくらいゆっくりやらないと、ただただ国が乱れるだけなんだろうな」
「そうだね……政治体制を緩やかに変革するのは、平和裏にやるんだったら長い目で見ていかなきゃならないんだよ。いくつもの国を見てきて、そのことは私達もよく分かってるつもりだよね」
「違いない」
叔父と姪、顔を見合わせて笑う。エウリデをなるべく穏便な形で、緩やかに時間をかけてでも平和的に変えていくことに異論もないようで、周囲の彼女達の部下も頷いている。
この3年、レイア達もレイア達なりにいろいろ見てきたんだろうね……なんとなしそれが伺えるやり取りだよー。
「さて。じゃあソウくんはじめ新世界旅団に戦慄の群狼、あとベルアニーさんにも話をしようか……私達がこのタイミングでエウリデに来た、その理由をね」
翻って僕に告げるレイア。
エウリデへ戻ってきた理由。その目的について、彼女の口からいよいよ聞き出せる時が来たんだね。
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王城フリーパスだよー
レイア達、元調査戦隊中核メンバーがこのタイミングでこの国へと戻ってきた理由。
それをこれから包み隠さず話すと宣言したレイアに、リューゼがおずおずと尋ねた。僕ら相手にはありえないくらい慎重で丁寧な態度だ。
こいつ、昔からレイア相手には単純に舎弟めいた態度だったからねー……3年経って、自分も一団率いるリーダーにまでなったのにそこだけは変わらないみたい。
「あ、姉御……ウェルドナーさんにカインのやつまで含めて、なんでこんな良いタイミングで来たんですかい? 狙ってたとか?」
「さすがに狙ってはないよー。ただちょっと、思ってもない動きがあったから面食らいはしたけど」
そんな彼女にレイアも苦笑いして首を横に振る。
まあさすがにタイミングを見計らってやってきた、なんてことはありえないか。あまりに都合が良かったから若干疑ったけど、今回のエウリデの動きは誰にとっても予想外だったんだね。
「まずは場所、移動しよっか……うーん。ベルアニーさんやモニカ教授にもいてほしいし、あの人も呼んで王城のどこか部屋をお借りしちゃおっか!」
こともなげにレイアが言う。場所を変えるのはそうすべきだけど……王城の適当な部屋を借りるって、かなり突拍子もないよー?
なんか3年前よりずっと奔放な気がするよー、レイア、いろいろ吹っ切れたって感じだねー。僕としては生き生きしてるようだから嬉しい限りだけど、原因を辿ればそもそも僕に行き着くのは複雑だよー。
いろいろもんにょりする内心を押し殺しつつ、僕はレイアに問いかけた。
「お借りしちゃおっかって、レイア……できるの? そんなこと」
「もう王様は実質王様じゃないからいけるでしょ、たぶん!」
「ふ、複雑です……」
「貴族の家の者としては、な……」
あっけらかんと言い放つレイアに、複雑なのがシアンさんとシミラ卿だ。
二人とも貴族の人だものね、仮にも仕えていた主君をこうまで適当に扱われるのは、妥当だと理屈の上では分かっていても、納得に苦しむところもあるんだろう。
ただ、そのへんについては僕らが口を挟める部分でないのもたしかだ。だって僕らは貴族じゃないし、エウリデ国王なんてはじめからどうでもいいと言えばどうでもいい存在だったし。
結局、どうあれ答えを出すのは各々自身しかないんだよー。特に自分の本質的な部分、基盤となる箇所についての悩みならなおのこと、ねー。
「さ、行こうみんな! この世界の成り立ち、そしてさっきの"神"とエウリデ……古代文明。そして何より地下に広がる大迷宮。それらの答え合わせをする時がきたんだ!」
悩める貴族をあえて放置して、レイアは高らかに宣言した。
答え合わせ……これまで世界にとっても謎だった古代文明や大迷宮に対しての、一つの解答をレイアは持っているって言うの?
冒険者として疼く好奇心を抑えられない。それは貴族として悩む二人も同様だ。
こうして僕らはレイアの言葉に、答え合わせに臨むために彼女に続いて王城内へと進入していった。
王城内をずんずん進むレイアに、立ち尽くす兵士達や貴族達も何もできず話せずだ。状況が理解できず、ただ何か、とんでもない異変が起きていることだけは察して動けずにいるんだねー。
そんな彼らに次々と、レイアの部下達が大勢で取り囲んで説得していく。なるべく穏便に済ませたいんだろうけど、武器を片手に話してるんだからほぼ脅迫だよー。
「貴族達もさすがに、多勢に無勢ともなれば大人しいか……」
「あんまり手荒なのは好きくないんだけどね。でもここの貴族だけはこのくらいしないと、ろくに人の話も聞きやしないから」
「あの、アールバドさん。なるべく流血沙汰だけは避けていただけますと……」
「ん、それは任せてシアンちゃん。私達はあくまで彼らに、新しい時代に未来を譲り渡してほしいだけだから。既得権益を多少は崩しちゃうかもだけど、決して誰一人殺しはしないから安心して」
「は、はあ……」
何をどう安心しろっていうんだかね、レイア……シアンさんもあからさまに不安がってるよー。
既得権益を崩すなんて貴族が最も嫌うことだし、今この時は大人しくても絶対あとから騒ぎ出すよ。そしたら内戦かもしれないんだけど、そこんとこどう考えてるんだろう?
思わず質問すると、レイアはあははーと苦く笑いながら、それでもどこか冷たい目で虚空を見つめた。
遠い何処かを眺めるようにしながら、端的に応える。
「そのへん、今から話す内容にもかかるから後で話すけど……間違いなく貴族達は私達の要求に従うよ。従うしかない」
「…………?」
「罪を背負っているのは王族だけじゃないってこと。この国の上層部はね、大体罪塗れなんだよ」
言いながらも僕らは一際大きな扉の前に辿り着く。
覚えのある部屋だ……3年前にも何度か訪れたことのあるサロン、談話室だね。
レイアが勢いよく開けるとそこはもぬけの殻だ、誰もいない。
貴族の一人もいるかと思ったけど、さっきまですぐ近くを化物が暴れてたのにのんきにお話なんてしちゃいないか。
「ん、ここで良いよね。とりあえず座って待っててよ、ベルアニーさんはじめ、関係者の皆さんを呼んでくるから」
僕らを適当な席に座らせ、自分はさっさと部屋を出ていく。
ベルアニーさん達を呼びに行ったんだろうね。フットワークが軽いなー。
結局レイアが戻ってくるのは、そこから十分くらいしてからのことだった。
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大体みんな集結だよー
「ふむ……まさか本当に戻ってきていたか、英雄。変わりないようで何よりだ」
「あははは……お久しぶりです、ギルド長。3年前はいろいろとお世話になりまして」
戻ってきたレイアが談話室に連れてきた、ギルド長ベルアニーさんがレイアに声をかけた。他にも何人もやってきてるんだけど、いずれも席について一息ついてからのやり取りだよー。
ベルアニーさんからしても夢か幻かってとこだろうねー……3年前にあんなことがあったパーティの、元リーダーが今また姿を見せているんだから。
いかにも珍妙なものを見たような顔で、けれど彼の目は鋭く光った。
嘘偽りは許さないと言わんばかりの眼光でレイアを見据え、世間話のようなノリで問いかける。
「バーゼンハイムにバルディエートもきているのだろう? ラウドプラウズにグンダリ、ワルンフォルース卿に教授も含めれば、もはやほとんど調査戦隊が復活するかのような勢いだな、アールバド」
「ありえませんよ。もう調査戦隊はこの世にありません。3年前に解散しました……私達全員の過失によって。それがすべてです」
「レイア、それは」
「まあまあ、良いから良いから」
この場にいる元調査戦隊メンバーの数を思えば、いやもうこれ調査戦隊の復活も同然だよねー? って言いたくなる気持ちも分からなくはないかな。
ただ、レイアはそんな軽口を温和ながら一刀の下に断じた。調査戦隊なんてすでにこの世にはなく、3年前に終わった過去なんだって言い切ったんだ……その責任を、自分達調査戦隊メンバー全員にあるとさえ示唆して。
これには僕も思わず抗議の声をあげたものの、やはり当の本人に宥められてしまった。
自分達全員の過失だなんて、そんなことあるはずないのに。アレは間違いなくエウリデ王と、貴族と、そして僕の三者にすべての責任がある。
どんな事情があろうと絶対にそこだけは変わらないはずなのに……レイアはどうして、こうも頑なに?
理解できずに居た堪れなさだけが募る僕をよそに、彼女はさてと話を変えた。
「それよりも、わざわざこんなところに皆さんをお呼び立てしたのは他でもありません。我々が今般、この国へ戻ってきた本命の理由……その目的を果たすためです」
「目的って……それでなんで俺等が呼ばれるんだ?」
「さすがに場違いよねえ……」
「ぴぇぇぇぇぇぇ」
いよいよ話の核心へと至る……その前に、なんで自分達がここにいるんだろう? ってひそひそ話で怯え竦む声が聞こえた。僕もよく知ってる、友人みたいな冒険者達だ。
"煌めけよ光"のレオンくんをはじめとするみなさんが、何故だかこの場にいるんだ。ヤミくんにヒカリちゃんだっているよー。
まあたぶん、古代文明からやって来たってことで厳密にはこの双子が呼ばれていて、レオンくん達は二人の保護者ってことで随伴してるんだろう。
レイアも申しわけなさそうに微笑みながら、彼らに対して謝罪した。
「ええと、"煌めけよ光"のみなさんには急な話でごめんなさい。ただ、ことはあなた達……ううん。あなた達とともにいるそちらの双子さん達にも関わってるから」
「…………超古代文明のことですね」
「その通り。君は、ええと……お名前を伺っても?」
そんな中、ヤミくんは冷静に事態を把握しているみたいだった。レイアの目的が古代文明絡み、つまりは自分やヒカリちゃんにも関わる話だと察して、レイア相手に落ち着いてコミュニケーションを図ろうとしているよー。
「ヤミです。こちらは姉のヒカリです」
「ヒカリです。よ、よろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとう! 私はレイア・アールバド。よろしくね! ……ごめんね、怖がらせて」
礼儀正しく挨拶する双子に、子供に優しいレイアはそりゃもうほっこりした様子で柔らかく微笑んで応えた。それからすぐに、申しわけなさそうに頭を下げる。
古代文明絡みということで嫌でも緊張せざるを得ない双子を、痛ましく思ったんだろう。努めて誠実な瞳と表情で、彼女は真摯に告げる。
「絶対に君達に危害は加えない。それは私と、私の仲間と、培ってきた絆に誓う」
「姉御が絆に誓うつったらそいつぁ絶対だ。信じて委ねろや、ガキンチョども──あいてっ!?」
「リューゼちゃん、こんな子ども達を怖がらせるようなことはしないの! あなたはもう、3年前からだけど何かあるとすぐに威圧するよね! もう!!」
「す、すんません……」
馬鹿だなあ。いらない軽口を挟んだリューゼってば、当たり前だけどレイアに思い切り頭を叩かれてるよー。
舎弟仕草は良いけど時と場合、相手を考えないと。子供相手にイキって恫喝寸前の物言いをするレジェンダリーセブンなんてありとあらゆる角度からアウトだよねー。
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"それから"の話だよー
次いでレイアは、もう一人この場にいる古代文明人へと目を向けた。
ベルアニーさんや教授とともにやって来ていたレリエさんだ。世界的英雄に見つめられて硬直する彼女に、当のレイアは微笑んで尋ねる。
「それと。ええと、あなたも古代文明から来られた?」
「は、はい。レリエです。ソウマくんのおかげで、数万年の眠りから覚めまして」
「ソウくんが……そっか。そういうことですか」
「……?」
何かを納得した様子で頷く。僕をちらりと見たのが印象的だけど、何? 僕になんかあるのー?
気になるけれど今は我慢だ、どうせもうじきすべてがあきらかになるだろうし、その時に分かるかもしれないし。
っていうかもしかしたら"美人さんにだけ声かけてるよこのスケベ……"的な視線だったかもしれない。怖いよー。
レリエさんはじめ今、僕の周囲にいる人達が揃って美人さんなのは認めるけど偶然だよー。ぶっちゃけ超幸せだけど断固として偶然なんだよー。
視線で言いわけできないかなーと彼女を見るもできるはずもなく、なんならその時にはすでにレイアは別なほうを向いてしまっていた。
レリエさんに向けても、双子同様に自己紹介をしてるね。
「レイア・アールバドです。よろしくお願いしますね、レリエさん」
「よろしく……ええと、敬語はいりませんよ」
「ありがとう! それなら私もいらないよ、レリエさん。お互い対等にいこう?」
「そ、そうね……よろしく、レイアさん」
レリエさんのほうはどうしても緊張してるけど、それでもさすがは"絆の英雄"、さっさと打ち解けようとグイグイ押してるよー。
こういうコミュニケーション力の強さは3年経っても変わらないね。なんだかホッとするー。
ひとしきり笑い合ってから、レイアは一つ咳払いをしていよいよ全員を見回した。僕ら新世界旅団の面々に元調査戦隊メンバー、ベルアニーさん。そして煌めけよ光の人達にレイアの部下が何人か。
大体20人くらいかな、みんな席について彼女が切り出すのを待っている。それを受けて、彼女はついに話を本題へと進めた。
「さて! それじゃあ話を始めましょうか、みなさん。エウリデとか古代文明とか、あと大迷宮についての話を。あ、でもその前に一応まずは私達の3年、調査戦隊解散後のことから話すべきですね。すべてはそこから始まったので」
すべてはそこから始まった。そう語るレイアの表情はひどく静かで凪いでいて、落ち着き払っている堂々とした姿だ。
調査戦隊解散は、少なくとも僕にとってはすべてが終わった事件だったんだけど、レイアにとってはむしろスタート地点だった、と? ……そう思えるだけの何かがきっと、この3年にあったんだろうねー。
そんな立場にいないとは承知しつつも、なんだかワクワクするよ。レイアはこの3年、どんな冒険をしてその末に何を見つけたんだろうか。
僕がこの3年を、少なくとも冒険者としてはほとんど惰性だけで過ごしてきたからすごく興味があるよー。
期待の眼差しで彼女を見る。他の、この場にいる知り合いの人達も大なり小なり似たような感じだ。元調査戦隊リーダーのそれから先の話、なんて垂涎ものだもんね。分かるー。
そうした瞳の数々に、レイアは薄く微笑みながらも続けて話していく。時は遡ること調査戦隊解散後。すべてが一旦終わってからの、彼女視点からの話だ。
「……紆余曲折を経て解散した調査戦隊だけど。その後私は叔父であるウェルドナーさんと一緒に海を渡りました。冒険者として1からスタートを切ろうと思ったんです。キャリアの積み直しってやつですね」
「何故海を……エウリデでもリスタートは図れたろうに。いやむしろ、お前達の名声を考えればまたすぐにでもポスト調査戦隊を作れたはずだ」
「その調査戦隊から、離れるべきだと思ったんですよベルアニーさん」
冒険者としての再起。ウェルドナーさんと二人してのリスタートへの志を、わざわざ心機一転しようと海を越えたレイアにベルアニーさんの困惑気味の問いかけがなされた。
たしかに……再起を図るなら難易度的には間違いなくエウリデ内のほうが低かっただろう。調査戦隊のホームだったわけだし、調査戦隊に入隊を希望していた冒険者もたくさんいたからね。
誰もが思うだろう考えを口にした彼に、レイアはけれどゆるく首を左右に振って否と答えた。
そして頭を掻いて恥ずかしそうに、けれどどこか清々しい表情で語る。
「調査戦隊がなぜ解散したのか。私は、私達は何をどこでどう間違えたのか……それはきっと、エウリデにいたままだと分からない。そう思ったんです。それに正直、私にはもう誰かを率いる資格なんてないって思ってましたし」
「私宛の手紙にも書いていたね。あの時もこう返信したけれど、いくらなんでも極論に過ぎるよ。元リーダー」
「うん、そうだね教授。今だから思うけど、あの辺りの私はちょっと精神的にね。キてたから」
苦笑いするレイアに、誰も何も言えない。
なんだかんだと精神的に追い詰められていたんだ、彼女も……今、明るく語っている姿の裏にどれだけの苦悩や葛藤があったのか。
僕には、想像することさえ憚られるよー。
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はるかなメッセージだよー
調査戦隊解散後、再起をかけて海を渡ったレイア。
一度はすべての冒険者達の頂点にまでなったところからの崩壊は、さしもの彼女をして精神的に大きなダメージを与えてしまっていたみたいだ。
当然だよね。完全に加害者だった僕でさえ、調査戦隊解散は大きな衝撃だったんだ。調査戦隊を発足し、あそこまで大きく偉大な組織にしてみせた彼女が受けた傷は計り知れないよ。
やってしまった側として、何か言う資格はないけれどひたすらに内心、罪悪感に詫びるよ……今はまだ、直接謝るタイミングじゃないみたいだけど、後でその機会が来たらその時は。
覚悟を決めつつ彼女の話に耳を傾ける。
そうして海を渡った後、そこを起点に彼女の新たな冒険は始まったんだ。
「まあ、とにかく。そんなわけで海外にて再起を図った私達ですけど、ぶっちゃけすぐにそれどころじゃなくなりました。たまたま潜った地下迷宮において、とんでもないものを見つけたんです」
「……とんでもない、もの?」
大迷宮を踏破する中、数々のとんでもない経験を積んできたレイアをしてそう言わしめる。それは一体、なんなんだろう?
しかも再起どころじゃないとまで思わせるなんてどう考えてもただごとじゃない。
おそらくは古代文明絡みだろうけど、もしかしてまた新しい古代文明人でも見つけたりしたんだろうか?
何人いるか知らないけど、あの地下82階層の玄室以外にも似たような場所はありそうだし、となると他にも古代文明人が眠ってたりはしそうだものねー。
息を呑み、誰もがレイアを見る。
彼女はそして、厳かに告げるのだった。
「そう……大迷宮についてや古代文明について、多くのことを記録したデータを収めた資料室。あるいは書斎かな? それを発見したんだよね」
「なんだって!?」
「古代文明の資料室だと!?」
ざわめく僕達。古代文明についての資料はこれまで散発的に見つけられてきたものだけど、一部だけでも相当貴重なものだ。
何せ紙切れ一枚でも、発見した国が厳重に保管して研究対象として長く調査しているほどだもの。そんなのがたんまり詰まった資料室なんてのを発見したなんて、一国ばかりか世界が揺るぐ大スクープだよー。
そんなものを何年も前に発見していたの、レイア?
唖然とする僕らを見回して、苦笑いする彼女はさらに続けた。
「言うまでもなく完全に偶然でした。後になってからの調査研究で推測できたのですが、その部屋、その施設は古代文明の生き残り……"眠りにつくことのなかった"生き残り達による情報集積と保管のための玄室だったみたいですね」
「眠りに……コールドスリープしなかった人達がいた!? すべてが沈んだ後に、それでもまだ眠らなかった者達がいるの!?」
「し、しかも、情報を集積してた? 保管?」
「なんのために、そんなことを……」
眠りにつかなかった。それはつまり滅びゆく古代文明と運命をともにした人達ってことか。そんな人達が、自分達について記した情報資料をまとめて保管していた、と。
レリエさんやヤミくん、ヒカリちゃんが愕然とつぶやく。この三人と今ここにはいないけどマーテルさんの4人こそ、いわゆる眠りについたほうの古代文明人だからね……
数万年もの時を経てでも生きながらえるのではなく、資料だけを残して自分達はそこで終わることを選ぶ。
それは、どんな考えと決断、意志のもとに行われたことなんだろう。眠るにせよ眠らないにせよ大変な選択だったのは想像に難くないけど、事実上自分たちの"その後"を放棄するに至った経緯は、正直気になるよ。
レイアもそんな想いを見抜いたかのように、神妙な表情で話す。
調査研究の末に判読できた古代文明の資料、その中の一つに当時の人達の志が記されていたんだ。
「集積していた古代文明人達のリーダー、らしい人が残した手記もあったよ。解読したら、こんな感じのことが書いてあった──"数千、数万、数億かもしれない時の果てに辿り着いた貴方へ。遥かな過去から、貴方が生きる現在に。私達に価値はなかったとしても、意味はあったのだと信じるため、ここに、プレゼントを贈ります"ってね」
「それは、つまり」
「せめて自分達の生きた証を、意味を信じたかったってところかな。自分達自身が生き延びることより、自分達がそれまでに積み重ねてきたものを少しでも多く集め、次に繋げたかったんだよ、きっと。そのために当時のあらゆる資料を記録して、特殊な技術で永久保管したんだね」
すさまじい覚悟だよ、と語るレイアに誰もが頷くほかない。
自分達の命ではなく、古代文明の証をこそ遺す。そのために命を燃やし尽くしたんだろうその人達の覚悟や使命感の強さは、身一つで遥かな時を超えてやってきたレリエさん達にも劣ることはない。
偉大な先人達が身を捨てて遺してくれた、遥かな古代からのプレゼント。
それを現代、英雄と呼ばれるレイアが奇跡的に発見したんだねー。
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さよなら僕のロマンだよー!(泣)
遥かな過去から未来、すなわち現在の僕らへ贈られていたプレゼント。少なくないだろう古代文明人達が、自分達の行く末よりもなお、未来へと遺産を遺すことを優先することで手に入った、情報資料室。
壮絶な覚悟とともに為されたんだろうその事業に、誰よりもまずレリエさんが反応した。凪いだ、静かな瞳と表情で、どこか悼むようにつぶやく。
「…………コールドスリープとは、逆の発想ね」
「レリエさん?」
「意味がなくとも価値はあるはずだと眠った私達と、価値がなかったとしても意味はあったはずだと眠らなかったその人達。ともに意識したのは遥かな未来、だというのにアプローチが決定的に異なっていた結果、私達は私達自身を遺し、彼らはそれまでに古代文明が積み重ねたものを、すべてとは言えないだろうけどある程度遺した」
意味と、価値。似て非なるものをそれぞれ、おそらくは滅亡迫る状況の中で追求して選択したレリエさん達と資料室の主達。
その結果前者は人が残り、命が遺り。後者は情報が残り、過去が遺った。どちらも等しく、偉大すぎるほどに偉大な業績だよー。
天を見上げて、古代文明からの生き残りたる彼女はさらに続けた。
もしかしたら同胞として、生きてこの時代で巡り合うかもしれなかった彼らを想い、静かに涙を一粒流す。
「一体どちらが正しかったか、それは分からないにしても……その人達は生き抜いたのね。自分達の時間の中で、自分達の力を尽くして。限りある生を、意味を残すことで輝かせようとした」
「そうして遥かな時を経て、偶然にもその玄室に私がたどり着けたんだ。いや苦労したよ、地下56階層、隠し扉に気付けなかったら一生たどりつけなかったね」
「す、すごい偶然……」
「悪運だけはすごいからさ、私! 調査戦隊が解散して直後、あんな発見だってするんだから筋金入りだよねー」
しんみりしすぎるのもどうかと思ったのか、レイアは努めて明るく笑った。レリエさんの感傷も分かるけれど、今はとりあえず説明させてほしいなーって感じかな。
実際、そんな形で保管されていた部屋を偶然、よりによって調査戦隊が解散したことで海を渡ったレイアが見つけたってのは運命的なものを感じざるを得ないよ。
まあ、そこまで言うと調査戦隊解散もまるで既定路線みたいになってしまいそうだからそれは違うけど。
アレは僕のせいだ。僕が引き金を引いた、僕の罪で僕の責任だ。だから、運命のせいにしちゃいけないよねー。
改めて自分に言い聞かせつつ、レイアの語る話に耳を傾ける。
「で、その資料室が見つかった国の政府と共同で研究を行ってきたんだよ、この3年。そして一つの結論が得られたのが、大体半年前になる」
「一つの、結論?」
「それこそが古代文明の中核、話の結論だよ。順を追って説明するね、ソウくん」
資料室が見つかった土地の政府とともに、古代文明の調査を行っていたらしいレイアの得た真実……結論とは、一体。
好奇心からついつい逸り気味になってしまう僕をやんわりと宥めながら、彼女は談話室の壁にもたれかかって一同を見回した。
誰もが固唾を飲んで見守っている、耳を澄ましているのを確認して、軽くふう、と息を吐く。
そしてレイアは、古代文明について語りだした。そもそもそれは何なのか、どういった姿だったのかというはじまりの部分から、話し始めたんだ。
「時間にして約4万年前。今では古代文明、一部ではメルトルーデシア神聖キングダムと呼ばれている文明が栄えていた世界があった。まあ、実際はそんな名前の国とか土地は存在してなくて……それどころか単一国家でさえなかったみたい」
「え────ないの!? メルトルーデシア神聖キングダム!?」
「えっ……ソウくん?」
いきなり話に水を差す形になって悪いけど、僕は盛大に叫んだ。
嘘でしょ、そもそも存在すらないの!? メルトルーデシア神聖キングダムって、架空の王国なのー!?
今まで生きてきて一番の衝撃だ。僕はてっきり、オカルト雑誌で書いてあったように古代文明はメルトルーデシア神聖キングダムという単一国家による超巨大国家が文明を築いていたとばかり思ってたんだけどー!?
「そ、そんな……あ、あんなにオカルト雑誌で連呼してたのに、メルトルーデシア、メルトルーデシアって! 嘘でしょそんな、信じてたのに!」
「信じてたの!? オカルト雑誌好きなんだ!?」
「ぼ……僕のロマン! 僕の夢が崩れたよー!!」
思わず椅子から崩れ落ちる。目眩がするよー……周囲の唖然とした空気も構わず僕は、受け入れがたい現実に咽び泣く。
まさか真実を語るって言ったその口から開口一番、僕の夢とかがぶっ壊されるとは思ってなかったよー!
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おぞましい夢、だよー……
「ソウマ……気持ちは分かるぜ。ぶっちゃけ俺も今、すげーガックリ来てる。メルトルーデシア神聖キングダムって名前からして怪しかったのはたしかだけど、こうもあっさり架空とか言われちまうと……くぅっ」
「う、うう、うううー!」
打ちひしがれる僕の傍に来て、レオンくんが肩を抱きしめてともに落ち込んでくれるよー。
メルトルーデシア神聖キングダム……ともにオカルト雑誌愛好家として夢に見ていた古代文明統一王朝の正体が、まさかの夢幻だったことに二人してショックを受けてるんだよー。
落ち込む僕らを見て、慌てたと言うかびっくりしてるっぽいのがレイアだ。
さめざめ泣く姿は3年前の僕からは想像もつかなかったことだろう。ましてや理由がオカルト雑誌がデタラメだったってことだもの。
困惑しきりに、汗を一筋垂らして呻いてるよー。
「えぇ……? な、なんかソウくん、さっきから思ってたけどずいぶんその、ファンキーになってない?
「ええと、その……あなたにあなたなりの3年があったように、ソウマくんにもソウマくんなりの3年があったということですよ、レイアさん。私のような新人の夢に乗ってくれるようになるほどの、3年が」
「…………そ、っか。そうだよね、調査戦隊だった頃から、当然変わりもするか……いやでもここまで号泣するのはおかしくない?」
「あ、あはは……」
今の僕をそれなりによく知ってくれているシアンさんが、レイア相手にフォローを入れてくれている。
そう、レイアにはレイアの3年があったように、僕含めて誰しもにもそれぞれの3年があったんだ。
……まあ、僕の3年間なんて罪悪感に駆られてソロ活動する裏腹で、モテたいからって学校に入学するために勉強してきたって程度のものでしかないから。
3年前にいきなりドンピシャで古代文明への足がかりを手にした彼女とは、まるで天地ほどの差があるんだけどねー。
そろそろショックからも立ち直り席に戻る。周囲の目が呆れ返ってたりドン引きしてたり微笑ましげだったりとするけれど、僕は元気に気分を切り替えた。
メルトルーデシアについては残念だけど、考え方を変えればより謎深く神秘に包まれた古代文明があるってことだよー。
そしてその答えを今からレイアが明かしてくれるんだ。こりゃ耳をかっぽじって聞かなきゃ一生後悔するよー!
「なんか急に元気になったね……ええと、コホン。話を戻すけど古代文明、その実態は多くの大陸に多くの国、地域、地方がありその分だけ自治体が存在していた、今あるこの世界と変わらない様相だったみたい」
「単一国家ではなかったのだな。それだけでもずいぶんな発見だが、それだけではないのだろう?」
「もちろん。そうした古代文明世界に何が起きて今に至っているのかまで、見事にすべて突き止めていますとも」
ベルアニーさんの問いに若干のドヤ顔で答える。よっぽど自信がある時にしか見せなかった顔だ……つまりは本当に、古代文明の核心にたどり着いたっていう確信があるんだろうね。
レイアはそして、表情を引き締めた。同時に引き締まる空気。ここからは茶目っ気なしな話だと言わんばかりの雰囲気が、否が応でも僕らの期待を高めてくれる。
一体、何万年もの昔に何があったの?
それを、レイアは語り始めた。
「ことの始まりは古代文明時代におけるとある国、とある研究所。生物に関する実験を行っていたその施設で、おそらくは偶然だろうね、とんでもないモノが生まれた」
「とんでもない、モノ?」
「うん。半永久的なエネルギーを持つ、まったく新種の生命体……当時の古代文明において課題の一つだったエネルギー不足を解決し得る奇跡の力、無限エネルギーへの取っ掛かりが得られたんだ」
無限エネルギー……! それってつまり、どれだけ使ってもなくならない、そればかりか減ることさえない無尽蔵のエネルギーを持つ生物がいたってこと!?
とんでもない発言に、僕らは絶句した。エネルギー、今この世にあるソレは石油や石炭、木炭なんだけど、いうなればそれらが何もないところからポンッ! と出てくる魔法のような生命体を生み出したってことなのかな、その研究所ってのは。
夢のような話だよー。
けれどそう思う僕に反して、レイアの顔は険しいままだった。おぞましいものを語るかのように、怯えさえ含んだ声色で続ける。
「その生命体は不思議なことに、何もないところからエネルギーを生み出していた。当然ながら普通の生物は生きているから他の何かを食べたり飲んだりして、取り込んだ栄養をエネルギーに変換したりする。でも、件の生物は」
「なんのエネルギーをも必要とせず、完全に何もないところからエネルギーを生み出していた、とでも? 無から有を、生み出していたと」
恐るべき問いかけに、レイアもまた強張った表情で頷く。
何も食べることもなく、しかし無尽蔵のエネルギーを生み出す──謎の生物。
いよいよ奇妙で不気味な存在だ。僕もなんか、背筋が凍るものを覚えてきたよー……
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禁忌中の禁忌だよー
古代文明が偶然到達した、無限エネルギー……その媒介者とも言える謎の生命体。
ありえないはずの理論、ありえないはずの存在がいきなり完成の目をみることとなり、当時の世界も大いに困惑し、けれどあまりに画期的なことに喜びをもって迎えたそうだよー。
「現代においてはもちろん、古代文明においても前代未聞のことだったみたいです。すぐさまその生命体についての研究は進み、あっという間により効率よく、より大きなエネルギーを生み出す個体が製造されていきました」
「……ソレは多種多様な動物の遺伝子を与えられ、次第にサイズを大きなものにしていった。大きければ大きいほどに、ソレが生み出すエネルギーもまた、巨大で強いものになっていたから」
「レリエさん?」
レイアの説明に、レリエさんが補足するように付け足していく。その表情は暗く、どこか陰鬱なものを纏っている。
その生命体については当然、古代文明人であるレリエさんも知ってるんだね……でもヤミくんやヒカリちゃんは微妙に首を傾げている。たぶん双子の場合はしっかりしていてもまだまだ子供だし、よくわからないことも多いんだと思うよー。
本物の古代文明人による話を、聞けるなんて貴重な機会だ。
他の冒険者達も耳を傾ける中、レリエさんはさらに続けて、自嘲するように笑いながら語った。
「やがては犬より少し大きいサイズにまで進化させられたソレを、当時の人類は大量量産した……傲慢にも、命を弄んだのよ。そうして生み出したモノに、皮肉かどうか知らないけれど"神"なんて名前をつけて、ね」
「"神"……って、さっきの!」
タイムリーなんだかどうかは知らないけれど、いろいろ話が繋がってきた感じがあるよー。
さっき僕とリューゼとレイアでやっつけたあの、よくわかんない黒い毛玉の化物の──アレをエウリデ王は"神"だとか抜かしてたけど、そうかそういうことなんだねー。
つまりアレは古代文明にも存在していた生命体で、その名もそのものずばり"神"だったと。
犬より少し大きいサイズって言うけど、さっきのは相当大きかったのは、まあ個体差があるのかもねー。
僕の気づきを、レイアが肯く。
「そう。エウリデはどうやってか"神"を再現してみせた。いえ、再現と言うにはあまりにも杜撰で、かつ完成度の低いものだけど……それでも複製してみせたんだよ。それがさっき、私達でどうにかした化物の正体だね」
「ふむ……しかし、そんな恐ろしいものを生み出していた古代文明がそれでも滅びるか。もしや、それもその神とやらが関わっていたりするか?」
「御名答。関わると言いますか、直接の原因ですけどね」
「…………!?」
続けて明かされる真実。さっきの化物の大元となった"神"こそが、古代文明世界を滅ぼしたっていうの!?
てことは古代文明って、自分達が生み出して便利に使おうとしていた生き物に滅ぼされたってことになるじゃん!
オカルト雑誌なんかだと古代文明の滅亡した原因は自然災害だとも、あるいは最終戦争の果てだとも言われていた。でもまさか、自分達の都合で弄んだ命によって終焉を迎えさせられただなんて……!
愕然とする僕らへ、レイアはなおも続けて告げた。
「そう……古代文明は自ら生み出した"神"に、滅ぼされました。無限エネルギーに目が眩んだ当時の人類が、この資料を遺した者達が書き残していた"禁忌中の禁忌"とやらに触れたのです」
「禁忌?」
「……神とヒトの融合。神にヒトの、遺伝子と呼ばれるなんらかの要素を組み込み、またヒトに神の遺伝子を埋め込んだのです」
語るレイアの表情は常に険しく、対してレリエさんの表情はひどく沈痛だ。どこか恥じ入るようにすら見えるのは、自分達の行いの末路を悔やんでいるからとか、なんだろうか?
遺伝子……なんて聞いたことないものだけど、人間を構成する何かしらを神に投入し、また逆のことも行ったってのはなんとなく把握するよー。
それを禁忌中の禁忌と呼んだ、資料室の主達。どうやら相当エグい、それでいて恐るべきことをしてしまったみたいだね、当時の人類ってのはさあ。
「行った研究所はたった一箇所、たった一人の狂気の科学者による仕業でしたが、それこそが絶対に踏み越えてはならない一線でした。結果として生まれたモノは、神よりも不完全でかつ、人の要素を色濃く受け継いでしまった。つまりね──」
「──食事をする機能があってしまったのよ、その神には」
レイアの言葉を引き継ぐように、レリエさんがその行為、生み出された禁忌の"神"の特性を告げた。
食事をする機能──捕食行為。
その一言で、かつての古代文明の終わりの光景が微かに……ほんのちょっぴりだけど予想がついちゃったよ、僕ー。
お盆休みにつき、次の更新は17日頃になりますー
よろしくお願いいたしますー
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古代文明の失敗だよー
「ヒトの機能を中途半端に受け継いで、捕食機能を受け継いだ。神の機能を中途半端に受け継いで、無限ではない有限エネルギー炉を受け継いだ。結果、生まれた新たなる神は暴走した──己の欲望に任せて、人や他の神、それ以外の命も含めて捕食吸収を始めたの」
禁忌中の禁忌に触れた、古代文明の科学者達。
新たな生命体を生み出したばかりに飽き足らず、今度はそれを便利遣いすべく、様々な生物との交配をさせて──終いには、人間さえも使ってかけ合わせてしまった。
遺伝子とかいう、なんだかすごく大切そうな、そしてヤバそうなものを組み合わせることで生まれてしまった破滅の引き金。
そう、生まれたものには他の生き物を食べる機能がついていたんだ。明確に、他の生命を取り込む力を獲得したんだねー。
「失敗作ができた挙げ句、しかも暴走し始めた、と。現代よりはるかに優れた技術力を持ちながら、ずいぶんとまあ……」
緊張の空気の中、ベルアニーさんが深々とため息を吐きつつも呻いた。みんな、ゲッソリしてるよー。
そりゃあね……はっきり言って古代文明人の自業自得そのものって顛末だもの。神を生み出したのも古代文明なら、それによって取り返しのつかないことをしたのも古代文明。
挙げ句に自分の生み出したものに滅ぼされてるんだから、世話ないって話だよねー。
「何よりも性質が悪かったのは、生まれたその神の捕食対象に、それまでに量産されていた他の神さえ含まれていたことでした。出力は低くとも無限エネルギー炉を取り込めば、必然的に有限エネルギー炉も力を増していく。それを繰り返していけば、やがては」
「何者をも凌駕するエネルギーを無尽蔵に持つ化物が、捕食機能つきで誕生するわけか」
「はい。古代文明世界にそれまで生産されていた神々は、みなわずか数年で食い尽くされたと資料にはあります」
……たしか、相当な数を大量量産したとか言ってなかった? それをわずか数年で、全部食い尽くしたって言うの? レリエさんの話しに慄く。
恐ろしい話だ。古代文明の凄まじい技術力ってやつが完全に暴走しちゃったんだねー。
しかも無限エネルギーの炉を取り込んだことで、その神はどんどんと力をつけていったと。量産された神を食い尽くして唯一無二の存在になったソイツは、さぞかしとんでもない力を持ってたんだろう。
それこそ、古代文明を滅ぼし尽くしてしまうほどに。レイアが続けて言った。
「古代文明人も当然ながら手を拱いていたわけでなく、肥大化し続ける神を止めるべく一丸となって攻撃を仕掛けたようです。ですが……」
「通じなかったんでござるな? 話を聞くに、無限なんてものが相手なわけでござるからなー」
「そう、なります。無限エネルギー炉を一つ取り込んだ時点で、その神を破壊する方法は古代文明には存在しませんでした。相手は無限のエネルギー、つまり常にどこかから生まれ出るエネルギーを用いて、いかなる傷をも瞬時に再生させていたとか」
無限に再生する化物。さっきのコピー品も大概面倒くさかったけど、本体というか本体をさえ食いつくした奴はもう、桁違いの厄介さだったんだね……
古代文明がどれほどの武力を誇っていたかは、オカルト雑誌とかでも触れてるけど相当のものだったことは確実視されている。各地の迷宮から出土している遺産のようなものの中に、壊れて使えないけれどもおそらくは兵器だろうものもあるって話だし。
そんな武力を山程集めても勝てない、そればかりか滅ぼされちゃったなんて。
ごくり、とつばを飲み込む。僕も一応世界最高峰の冒険者って自負はあるけど、いくらなんでも無限相手にイキったりはできない。
加えて神の恐ろしさがそれだけでないって言うならなおのことだよ。レイアは続けて言う。
「次第に神は、自らの手兵を増やしました。無限エネルギーこそないものの自らに似せた異形、そしてソレを祖として進化していく有機生命体……"天使"と呼ばれるモノ達を数多、生み出したんです」
「神が生み出したから天使、ですか。なんだか皮肉が効きすぎているネーミングですね」
「もう自棄っぱちだったのかもね、当時の人類の主導者達も。もしくは自分達が神の怒りに触れたんだって、だから滅びるんだって諦めちゃってたのかも」
神に、天使。自分達を追い詰め滅ぼすモノにつけるにしては、あまりにもあんまりなネーミングな気はするね。
レイアの言う通り、自棄っぱちだとか、諦念があったりとかはしたのかも。今だって実際、レリエさんは深く頷いては苦く笑ってる。
「その通りね……私達は、してはならないことをしてしまった。神の領域を侵してしまった。だから滅ぼされた。本当に、言葉にすればそれだけの、あまりにも愚かな顛末よ」
自嘲とともにつぶやく顔が、あまりに痛々しくて見ていられない。
でも、けれど……それでも彼女はここにいる。ヤミくんもヒカリちゃんも、マーテルさんもだ。
まだ、滅びが確定したあとの話があるんだ。
むしろそこからが本番かもねと笑い、レイアはさらに説明を続けた。
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綱渡りの人類だよー
生命を弄び、結果自らが生み出したモノに追い詰められ、滅びを迎えることとなった古代文明。
レリエさんの悲嘆のこもったつぶやきを、誰もが気の毒に見るしかできない。たしかに古代文明の人達の自業自得なんだろうけど、今ここにいるレリエさんやヤミくんヒカリちゃん、マーテルさんには直接関係のないことだ。
滅びから逃れるために何万年もの時を超えてきた彼女達は、今や現代を生きる僕らの同胞だよー。
そんな思いで見ていると、レイアは次いで説明を続けた。
「ともかく、生み出されたソレらは圧倒的なスピードをもって繁殖、増殖を繰り返し、瞬く間に古代文明世界を埋め尽くしました。人類はそれをもって、決定的な滅亡を迎えたわけですね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
決定的な滅亡。そう聞いてびっくりして声を上げたのがレオンくんだ。
僕もびっくりだよー……人類なら今ここにいるじゃん。今ここにある世界に生きる人間達こそ、なんのかんので生き延びた古代文明人がどうにかこうにか繋げてきたものなんじゃないのー?
「人類が滅んだって、それじゃ今ここにいる俺達はなんなんです? 人類じゃないっていうんですか?」
「いえ、あなた方は人類ですよ、間違いなく……古代文明にとっての最後の希望。それが結実した結果の今。そしてあなた達なんです」
「ちんぷんかんぷんでござるー」
もったいぶる話しぶり。レイアめー、ちょっとネタバラシを楽しんでるだろー!
レオンくんはもちろんのこと、サクラさんだって頭に疑問符を浮かべて首を傾げている。古代文明は滅んだけど僕らは人類。彼らにとっての希望の結実、と。
意味わかんないー。早く説明しろー。
急かすようにレイアを見て唇を尖らせて不満を示すと、彼女は苦笑いとともにやがて、おもむろに語る。
最後の希望。その意図するところを。
「……滅びを迎えることが確定した古代文明人は、せめて人類が残るようにと塔を立てました。世界各地に何本も何本も、天高く、空をも突き抜けるほどに高い塔をね」
「塔……」
「そしてその塔同士を連結させて、ある種のバリアを張ったんです。空から降ってくるあらゆるものをそこで受け止めて堆積する、星そのものを覆う膜という感じですね」
星を覆う、膜……イメージとしてはなんとなく思い浮かぶものがある。球形状のこの星に、大きな袋を覆い被せたって感じだろうか。
でもなんでそんなことを? 膜なんて張っても、神に対してはなんにもならないんじゃないのかなあ?
僕は疑問に思ったけれど、さりとてそうしてる間にも説明は続く。
ひとまずは全部聞き終えてから尋ねることにしよう。もしかしたら後になって膜の秘密が話されるかもだし。いわゆる伏線回収ってやつかなー?
「そして残った人類はみな、その塔に逃げ込んだのです……人類が土壇場で作ることに成功したシェルターとしての、古代文明最後の希望」
「神から逃げ遂せたと言うのか? できたとも思えんが……」
「世界を滅ぼした神も巨大化していたとはいえ、その塔の頂上にまでは届きませんでした。人類にとっては不幸中の幸い、というにはあまりにも遅きに失した話ですけど」
ベルアニーさんによる疑問にも余裕を持って首を横に振る。このへんの質疑応答はしっかり予想してたみたいだね。あるいは彼女自身、過去に疑問視していたのかもしれない。
世界を滅ぼすほどの厄災が、たかだか塔の100や200くらいどうとでもできなかったんだろうか? その答えは、ある意味当たり前といえば当たり前の理由にこそあった。
「早い話、神には飛行能力がなく、ただ捕食できる地上生物を求めるだけの獣に等しかったんです。加えて塔そのものが極めて強固だったというのもあり、突破することができなかった。単純な話ですね」
「塔の強度はともかく、空を飛べなかった? 神というほどならばそのくらいは……いえ。そういうことですか」
納得したようにレイアに理解を示すシアンさん。
飛行能力がないことを訝しむのは彼女だけじゃなかったけれど、彼女は誰より先にそのことを納得したみたいだ。
神、なんて大層な呼ばれ方をしてるのに空も飛べないなんて……と、僕も不思議に思うけど、シアンさんには何かしら理解できるとこがあったんだろう。
彼女は神妙に目を閉じ、諳んじるように自らの考察を口にした。
「結局ソレは本当の神、全知全能たるものなどではなくあくまでも"神"と古代文明に呼称されていたモノに過ぎない、と。客観的に見れば単なる生物の一種に過ぎないのですね」
「うん、そういうことだよシアンさん。神と呼んだモノに追い詰められて滅ぼされた古代文明は、けれど最後の最後、決定的な絶滅だけには抗えたんだ……他ならぬその神の、生物としての不完全性がゆえにね」
なるほど、神って言っても本物じゃないし、当然できることできないこともあるってことか。
そしてそのできないことゆえに古代文明人は、ひいては人類は絶滅を免れたと。なんて綱渡りだったんだかねー、まったく!
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世界の正体、だよ!
自分達の産み出したモノに滅ぼされながらも、けれどその不完全性により種そのものの絶滅だけは辛うじて免れた古代文明人、ひいては人類。
何から何までぜんぶ自業自得としか言いようがないんだけど、それでもその結果として今の僕らに続いたわけなので、不幸中の幸いっていうべきなのかなー?
「塔に避難した人達は、次いで準備を始めた。神の打倒法を模索した者、資料室を遺した人達のように後世の人類のために資料蒐集を試みた者。そして──」
「自分達を直接、神が潰えた後の時代に送り込んで再起を図ろうとした者達。私やそこの双子ちゃんはそのグループになるわね」
資料室に集積された情報を解析したレイアと、古代文明人そのものであるレリエさんがそれから先の、塔に籠もってからの人類についてを話す。
様々なアプローチが試みられたんだね。神の攻略法を探したり、後の世のために資料を残したり、あるいは直接自分達をはるかな未来に送り届けようとしたり。
古代文明が果たすべき最後の責任であり、そして義務。人類を一度は致命的に近いレベルで衰退させてしまった罪を、どうにか未来への種を蒔く事で償おうとした、みたいな。
そんな印象を受ける動きだよー。僕は思わずつぶやいた。
「希望……古代文明人にとっての。レイアが見つけた資料室や僕らが出会った人達は、それぞれがはるか昔に栄えた人達が、滅びに瀕してもなお足掻こうとして生まれた希望なんだね……」
滅びに瀕した中で、それでも人類は諦めなかった。いつかの再興を夢見て、その時が来た時のために自分達にできること、残せるものを模索してきたんだ。
きっかけが自分達のやらかしなのを含めて考えると、リカバリーお見事! って感じかな。
いずれにせよ意味も価値もあったことは、レイアさんやレリエさん、ヤミくんヒカリちゃんが証明してくれているよ。
僕の言葉に軽く微笑み、レリエさんが話を続ける。
「世界中に建てられた塔、そしてその塔同士を繋げる形で覆われた膜。それもまた、次代へ繋げるための希望の一つでした」
「と、いうと?」
「神がいる大地にはもう、人間達は戻れない。ならば新しく大地を作ってしまえば良い、と。空から降り注ぐものすべてを受け止めるその膜は、本当にすべてを受け止めました。雨も、埃も、大気中の成分も、地上から細々と持ち込んだ土や木々、そして生物達さえも。それらを増殖させる、装置まで込みでね」
「……なるほどな。そういうことだったか、迷宮の正体とは」
古代文明のスーパーテクノロジーってやつでこの星を覆ってみせたという、各地の塔から放たれそれぞれに結びついた膜。
それが後の世への希望の布石だったと聞いて、ベルアニーさんが一気にいろいろ勘付いたみたいだ。さっきからずいぶん察しが良いよねこの人、さすがは年の功ってとこかな。
残念ながら彼以外、その膜とやらがどんな形で希望となったのかイマイチピンと来てないみたい。僕も同じく。
そんなだから、一際素直に感情を表しがちなサクラさんがギルド長を称えるのも当然のことではあったよー。
「え。今の情報で分かったんでござるかギルド長殿。すげー、でござるー」
「にわかには信じがたいがな。アールバドよ、つまりはこういうことだろう」
相変わらずダンディ気取っちゃってさあ、この人。若い美女に褒められて目元がピクピクしてるのはわかりきってるんだよ、今度奥さんにチクってやろー。
と、まあそんなイタズラについてはともかくベルアニーさんはどこか、躊躇いがちに床を見た。いや、床というか大地? 遠いところを見る目をしてるから、はるかな地下をも見据えているように思える。
そして彼は確認をした。自分の推測が正しいかどうか、すでに答えに辿り着いている者に。あるいは最初から知っている人に。
古代文明の残した希望、塔と膜。その状態が今、明らかになるのだ。
「────今ある我々の立っているこの大地こそ、その膜の上に成り立っている新たなる土地だと。数万年もの時の中で少しずつ新天地と化した、ここは元々天空だったのだな?」
「御名答。いままで地続きの話だと思われていた古代文明の在り処ってね、結局私達からすればはるかな地下にあったんだ」
息を呑む。今いる僕らのこの世界が、実は古代文明人によって元ある地上からはるか上空に作られた、人工の大地だったって言うの!?
……古代文明が今や地下に埋もれた存在だっていう説は元々、オカルト雑誌とかでも取り上げられていたからある程度は信憑性があるとは思っていたけど。
にしたって、まさかそれどこじゃなくそもそも僕らの世界こそが天空に作られた土地だなんて、そんなの分かるもんかってんだよー!!
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エウリデの真実だよー
とんでもない話だよー。まさか僕等がいるこの大地が、古代文明のいた世界のはるか上空にあったなんて。
それってつまりは元々の大地ってのははるかな地下にあるってことじゃん。僕達何万年と、土地ごと空中浮遊してるようなものってわけだね。
で、となると頭の回りの悪い僕でもピンときちゃうよ。
膜は塔の半ばあたりで展開されていて、そこから長い年月をかけて土やら何やらが堆積していって新しい大地を形成した、と。
つまりそれってさあ。僕はレイアにたしかめた。
「……ちょっと待って。ってことは、今も膜はあって、それを張る塔があるってことだよね? それって、まさか」
「うん、そうだねソウくん……迷宮、と私達が呼ぶ世界各地の地下にある広大な空間。それこそはかつて古代文明人が神の怒りから逃れるために創り上げた塔、その成れの果てだよ」
「迷宮……が、古代文明の建てた、塔!?」
もはや辛抱たまらないと、シアンさんが驚きの叫びをあげた。まさに今、僕ら冒険者達が長い年月をかけて探し求めてきた大迷宮の正体……
そしてそれらがなんのためにあったのか、どのようにしてできたのかが明らかになったんだ。未知なるものを己の力で踏破したい、それゆえに新世界旅団を結成しようとしている彼女からすれば喜びも悔しさも伴う衝撃だろう。
その場のみんな、彼女ほどでないにしろ完全に驚愕と混乱に惑っているように思えるよ。かく言う僕も、察したのは察したけどそれはそれとしてまさか! って気持ちでいっぱいだしー。
僕らを見回して、リアクションに満足したのかレイアは自慢げに語る。
「膜自体が搭の全長に対して半分くらいのところに張られているから、ざっくり半分だけだけどねー。あと当然土に埋もれてるから、なんだかんだ大半は土塊だろうけど」
「道理で、時折人工物が出土するはずだ……古代文明によるなんらかの人工物が関係しているとは予てより噂されていたが、よもやこの大地の成り立ちにも深く関わっているとはな」
「私も初めて聞いた時は驚きました。まあ、すぐに別の驚きに塗り替えられたんですけど」
「まだ何かあるのー……?」
割ともうお腹いっぱいなんだけど、まだなんか明らかにすることあるのかなー。
そろそろ頭がパンクしそうだよ、僕ー。
古代文明人のやらかし、そしてこの世界の正体と大迷宮の真実……今の時点で盛りだくさんの真実なのに、この上さらに何やらあるみたいだ。
苦笑いしながらも、レイアは僕の呻きに答えた。
「むしろここからが核心だよ、ソウくん。だってまだ、肝心な話ししてないじゃない。エウリデ王家と古代文明との関係ってところについてをさ」
「……たしかに。そもそもさっきの化物も王家が拵えたんでしょう、姉御? あんなもん一体、どうやって作ったってんです?」
リューゼリアが僕に代わって尋ねる。そうだ、エウリデについての話がまだ残っていたよー。
古代文明の産み出した罪業そのもの、とさえ言えるモノのコピーをどうやって作り出したのか。当代エウリデ国王、ラストシーンに至るまでにこの国、この土地で何があったのか。
そして何よりおそらくは、古代文明人の遺した資料から真実を掴んでいるだろうレイアについても。
一体何を見つけたのか。調査研究の末、何に気づいてしまったのか。そのへんについて、まだ彼女には説明することがあるんだねー。
「そこは簡単、王家にはノウハウがあったんだよ。連綿と受け継いできた、神を作るための技術がね。材料が揃ったのはつい先日のことみたいだけど」
「受け継いできた、ノウハウ? ──まさか、そんな」
ノウハウが、元々王家には伝わっていた。
それを聞いて様相を一変させたのがシアンさんだ。最初は意味が分かりかねると首を傾げていたけれど、程なくしてすぐに何かを気づいたらしく、顔色を変えてレイアを見つめる。
ただごとじゃない様子だよー……すごく、すごーく、嫌な予感がするー。
身近に迫った危機とかでなく、恐ろしくろくでもない話を耳にしちゃいそうな、胸が悪くなりそうな気のする予感だよー。怪談話を聞かされそうな嫌な予感って言うのかな、季節柄にはピッタリだけど怖いのは嫌だよー。
なんとなし直感的な心地に顔が歪む。エウリデ王国の闇、その奥底のさらに底。
深淵を覗き込むような心地になりながらも、僕はシアンさんを見つめていた。
「──よもやエウリデ王家の正体が、古代文明人の末裔だとでも言うのですか!? エウリデ連合王国を興した初代エウリデ王が、古代文明人だと!?」
「そうだよ、シアンさん。広義の意味では私達みんなが古代文明人の末裔と言えるけど……エウリデ王家の祖は完全にそのもの、古代文明人の生き残りだよ」
はるかな時を経て蘇った古代文明人が、当時この土地にいた先住民を支配し服従させることで、このエウリデ王国を興したんだ。
そう語るレイアにああやっぱりーって、僕は諦めにも似た想いを抱いた。
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"罪の始まり"だよー
エウリデ王国の大祖、初代国王の正体がレリエさん達と同じ、はるか眠りから目覚めていた古代文明人だった!
……いやーさすがのオカルト雑誌でもここまでの与太話は思いついてなかったよね。下手すると王権をも揺るがしかねない話だし、思いついていても検閲がかかってたろうけどー。
そもそもさきほど今の国王、ラストシーン自身がなんかそんな感じのことを言ってたもんね、自分達は古代文明人の末裔だ的なこと。
本人が言うあたり、むしろ王権の所在が王家に有りとするための根拠として捉えているみたいだけど……それでも一般国民には可能性さえ仄めかしたくない話だったのかもしれないね。
「…………コールドスリープ。私達よりもはるかに早く、エウリデ連合王国が出来上がるよりもずっと前にその者は偶然にも目覚めた、と。それもノウハウを持っていたあたり、おそらくは神の製造に直接関与した研究者ってところかしら」
レリエさんが戦慄を顔に張り付かせつつも推測する。初代国王となったかつての同胞の身分を考えているみたいだよー。
古代文明を滅ぼした、神についてのテクノロジーを今代に至るまでエウリデ王家に遺してきた初代国王。その正体はどう考えても古代文明において、神の製造に関与していた人だよねそりゃあ。
レイアも同意するように頷き、自身の発見したところを語る。
「スタトシン・ペナルティ・エウリデ……などと文献には載っていますがね。古代文明においてコールドスリープに就いた者のリストにそんな者の名前はありませんでした。レリエさんやヤミくん、ヒカリちゃんの名前まであったのにです」
「つまりは偽名ってこと? 何から何まで嘘まみれじゃない、エウリデ……」
「おそらくは研究職だったろうこと、エウリデの歴史書に残る初代国王の来歴や年齢の伝説と照らし合わせることでようやく、それらしい候補が一人浮かび上がってきました」
そこで一息置いて、レイアは僕らを見渡した。
ここから告げられるのはきっと、この国の闇の原点。始発点ともいえる元凶の存在だ。
悪意があったのか、あるいはないままに良かれと思って成したのか。そこはわからないけど……
エウリデ王家に神の再現、そしてそれを用いた世界征服だなんて歪んだ野望を抱かせた初代国王の罪は、古代文明人であることも含めてかなり重いよ。とっくに滅んだ文明の、あってはならない技術や知識をわざわざ蘇らせようとしたわけだからね。
1000年続く邪悪な野心を植え付けたその男の真の名前を、レイアは厳かに、そして険しい顔で告げるのだった。
「カネツグ・トキハ──ヒノモト人めいた名前ですが、おそらくはその男こそがスタトシン初代国王の正体。神を作り出した始まりの研究機関の、職員だった男です」
「ヒノモト人……!? まさか、拙者らヒノモトの祖とも関係が!?」
「あるかもしれませんね」
サクラさんが驚きに目を見開く。まさか、ここに来てサクラさんやワカバ姉の出身国であるヒノモトさえも話に絡んでくるなんて!
ただ、直接の関わりはなさそうだよー。精々がその、カネツグ・トキハとかいう男の故郷がヒノモトの元になった土地ってくらいかなー。
ヒノモト自体がここから大分離れた位置にあるし、まさかヒノモトで目覚めてわざわざこっち来て建国したりしたのかな? ありえるの、そんなことー?
イマイチ首を傾げるエウリデ建国周りについて、レイアは何か知ってるかな? と思って見てみるけどあまり確証はないようで、肩をすくめてトキハとかいう男とエウリデとの関係を軽く説明した。
「その男、トキハことスタトシンは今からおよそ1000年前、突如として歴史に姿を見せました。この地に当時存在していた13の部族のうち一つと手を組み、他の部族を次々に征服していったのです」
「知っています。エウリデ建国神話……スタトシン初代国王による奇跡の大征服。神話らしく神の力を借り受けたとも、天よりの導きがあったとも言われていますが」
あー、そのへんは僕も聞いたことあるよ。
なんでも初代国王は戦乱に荒れたこの地に現れ、一つの部族を従えて次々に他の部族を抑え、大地を平定させていったとかなんとか。
そしてその際に神からもらった雷とか、天よりの恵みとして授かった武器とかを駆使したって言い伝えられてるそうな。
「そのエピソードは実話をモチーフにしている、ということだろうな。神の力、天よりの導き。すなわちそれは、当て嵌めるのならば」
「古代文明から引き継いだ、スタトシン自身の知識と知恵、そして力……それを建国神話上における、天だの神だのの正体かもしれないわけですか」
「可能性に過ぎんがな。いずれにせよ、神の製法が継承されていた以上、古代文明ありきでの国家だったのは間違いあるまい」
スタトシンが古代文明人だとすると、そうした神話を現実に即した表現で置き換えられなくもないってことだねー。
実際のところがどうだったのかは誰にも分からないけど……これはこれで、ロマンがある話だよー。
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爆弾発言だよー!?
エウリデ初代国王、スタトシン・ペナルティ・エウリデ──と、名乗り歴史に名を刻んだ古代文明人カネツグ・トキハ。
明らかになんらかの目的意識をもって、エウリデ王家に神という名の化物の製造法を継承してきたその男の人間性とかについては、資料室に保管されていた資料からは読み取れなかったとレイアは言う。
「トキハが何を思って1000年前、エウリデを形成するに至ったのかは分かりません。本来の名を捨てスタトシン・ペナルティ・エウリデを名乗ったのかも。単なる支配欲なのか、あるいは別の思惑があったのか」
「カネツグ・トキハの名は古代文明世界でもそれなりに有名だったわ。件の研究所の所員ということで、神を生み出したスタッフの一員として語られていたわね。まさかあの男が、私達よりずっと早くに蘇ってエウリデを建国していたなんて」
古代文明にあってもそれなりに有名だったんだね、スタトシン初代国王は。
まあ結果的に世界を一度、滅ぼした連中の一員なんだからそりゃ知られててもおかしくはないか。
そんな有名人が、何万年もの時を超えた先の土地で国を起こすなんて、エウリデ王家の悪辣さを除けばまるでおとぎ話だよー。
世界を滅ぼした化物のコピーを生み出そうとしていた国家なんて、控えめに言っても迷惑極まりないから、どうあれ作り話にあっても悪役以外の役割はないんだろうけどねー。
「さっき戦った神モドキも大本は、スタトシンの遺した技術を再現したものなんだろうね。だから素材とか諸々足りず、1000年もの時間がかかった。まさしく王家の悲願ってわけ」
「そこまでして作り上げたカミサマってのがものの見事に瞬殺されたんだ。ラストシーンの狼狽えも分かるってもんだなァ。哀れなもんだが胸がすくぜ」
「あの化物を使って世界を征服して、億年国家樹立とかなんとかわけ分かんないこと言ってたからねー。しょーもない野望が早々に頓挫してくれて、世界的には良かったーってなもんだねー」
リューゼリアが鼻で笑い、エウリデ1000年の末路を揶揄する。憐れむにはあまりにも邪悪な野望だったと思うけど、まあさすがに少しくらいは同情するかも。
たぶんだけどずいぶん永いこと、神の模造に夢を見ていたみたいだしねー。どことなく狂信の入ったラストシーンの姿を見るに、王家の悲願だなんて嘯くレイアの物言いも、強ち間違いじゃなさそうな気はするよ。
と、ここでしばらくの間、沈黙が挟まる。これで一通り説明を受けた形になるのかな?
いろいろと判明したけど、やっぱり一番の驚きは今いる僕らの土地が実は古代文明人による人工物だってことと、大迷宮の正体が彼らの作った塔だってことかな。
オカルト雑誌のデタラメを余裕でぶち抜いてきたよー。これには僕もレオンくんもビックリだねー。
「────さて。エウリデと古代文明の関係性、そして神……今まで説明してきたことを踏まえて、私達がこの国に戻ってきたのには理由があります」
少しばかり休憩めいた一時を挟み、レイアは改めて居住まいを正して僕らに向き合った。
まだ話があるのかな? って一瞬思ったけど、よくよく考えたら結局、レイア達が何しにこの国に戻ってきたのとかがまだ分かってないんだよね。
わざわざ説明だけしに来てくれたとも考えにくいし、何かしらメインの目的があるのは明白だ。
つまりは過去の話ではなくこれからの話だ。耳を傾ける中、レイアはそして、衝撃的なことを言うのだった。
「資料室を研究した結果、3年前に大迷宮深層調査戦隊が攻略できないままに解散の憂き目を見た地点、地下88階層にある開かずの扉を開く方法を突き止めました」
「!!」
「そしてそこを越えればついに、地下世界……本来、人類が生息していた土地。かつて古代文明が栄えていた、本当の意味での世界に到達できるはずです。私達はそれを、見に来ました」
大迷宮地下88階。まさしくかつての僕ら調査戦隊が到達した最高深部であり、そしてまったく何をしても開かない扉を前にそれ以上の攻略ができていなかった地点でもある。
その扉を開くための調査をしよう、とした段階で調査戦隊は解散してしまったんだけど……まさか遠く離れた海の向こうに解決策があったなんて!
「あの扉を、開くっていうの……?」
「うん、そうだよソウくん。そしてそのためにはね、君の力も必要なんだ」
「……え?」
にっこり笑ってレイアが告げた。僕の力が、扉を開くのに必要? なんで?
言うのも悔しいけれど3年前、僕の杭打ちくんでもってしてもあの扉はぶち抜けなかった。何か得体のしれないエネルギーに阻まれて、物理的の傷一つだってつけられなかったんだ。
そんな僕が今さら、なんの力を?
「あの扉を開くために必要なのは、古代文明人による承認を4人分。そしてこの場にいる古代文明人も、4人。レリエさん、ヤミくん、ヒカリちゃん──そして、ソウくん」
「…………!?」
歌うように名前を並べる、今ここにいる古代文明人3人、に並んで僕!?
みんなの視線が僕に集まる。どういうこと? みたいな顔してるけどこっちのセリフだよそれはー!
古代文明人ってここにいる3人と、あとマーテルさんじゃないの? あと強いて言えば1000年前のカネツグ・トキハとか!
唖然としつつ混乱する僕に、そしてレイアは告げるのだ──僕さえ知らない僕の秘密。僕の正体を。
「ソウマ・グンダリ。あなたもはるか彼方、遠い昔からやって来た古代文明人なんだよ」
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集結だよー
──1週間後。
大迷宮は地下86階に続くショートカット出入口前。煌めけよ光のレオンくん達やヤミくんヒカリちゃんと初めて会った日にも利用した、森の中の泉近くにある洞穴の前にて。
僕ことソウマ・グンダリはじめ名だたる冒険者やその関係者のみなさんが勢揃いしていた。人数にして50人くらいいるかな、もっとか。
すごい人数だよー。
「さて、と。3年ぶりのエウリデ大迷宮だね……もっともあの頃と違ってメンツは調査戦隊だけじゃないのが、面白くもあり悔しくもあり、かもだけど」
僕の近くに立つ、絆の英雄レイア・アールバドが腕を組み、出入口を見据えてつぶやいた。遠い瞳はどこか今ではない、過去を思い返しているようにも見える。
彼女にとっても僕にとっても、誰にとっても3年ぶりの本格攻略がこれから始まるんだ。どうしても、感傷めいた心地にはなるのかもしれない。
「地下88階層……私のような未熟者が出歩ける環境なのでしょうか、バーゼンハイム殿。今回の冒険だけは、なんとしても食らいついてでもみなさんに付いていきたいのですが」
「少なくとも80階層以降は環境的には地上と大差ない。ただしモンスターを除けばな」
「今回は事実上の非戦闘員がそれなりにいるけど、大船に乗ったつもりでいると良い。そちらのソウマやジンダイさんや俺達側の元調査戦隊メンバー等々、世界屈指のメンバーが勢揃いしているのだからな」
「ありがとうございます、バルディエートさん」
うちの、新世界旅団の団長シアンさんがウェルドナーさんと話している。こないだ再会してからというもの、微妙に僕と距離を置いているおじさんだけど、さすがに無関係の僕の仲間に対しては紳士的に対応しているねー。
カインさんもそっちにひっついて、新人で明らかに練度不足の身でありながらも迷宮深層に向かうことに不安げな団長を励ましている。
普通なら中々、いきなり深層は地下88階層なんてありえない話だけど……今回ばかりは強いも弱いも立場の違いも関係なく、関係者がほぼ全員参加って形で冒険に臨む。
何しろこれは歴史を変える冒険だからだ。レイアがはるか海の向こうから持ち帰ってきた、大迷宮攻略最後の鍵。古代文明人4人による開かずの扉突破を試みるための一大プロジェクトなんだから。
そしてレイアの見立てではおそらく、その扉を突破した時点で古代文明のあった土地──すなわち地下に広がる本来の大地が見えてくるだろうってことだよ。
そんなだからシアンさんはじめ、深層に行けるような実力はないけど冒険についていきたいって人が結構いるんだよー。
たとえばそう、リューゼリア以外の戦慄の群狼の面々とかねー。
「ダハハハハァッ!! まさかエウリデに来て間ァ無しにこんなことになるたぁな! おうてめぇら、今日は冒険者の歴史が変わる日で、ここにいるオレ様達がその証人だァ!!」
「うおおおおおお姉御サイコオオオオオオ!!」
「いよっ、戦慄の冒険令嬢!」
「俺達が冒険者の歴史に名を残すンすね!?」
「おうともよ! 数万年の謎を解き明かし、そして実際に古代文明を発見するのさ……こいつぁまたとないチャンスだぜ! 腹ァ括って取りかかれよォ!!」
雄叫びをあげるリューゼに、部下達も呼応して吠える。士気の高さはさすがにピカ一だ、さすがはカミナソールのクーデターを成さしめた立役者達なだけはある。
彼らもまた冒険者なら、永年の謎であり冒険者の夢と野望である大迷宮の謎は解き明かしたくてたまらない性質なんだろう。だからこそこの機を逃すまいと全員参加、一歩だって退くものがという気構えでことに臨むつもりみたいだった。
一方でそんなに迷宮そのものには興味がないっていうか、安全第一な人達もいる。立場柄当たり前なんだけどね、煌めけよ光の面々だ。
自分達の実力を冷静に判断しているのは素晴らしいことだ。本来ならば不参加ってことにしときたかったんだろうけど、そこは彼らなりに別口の、冒険に同行するだけの理由があった。
「ぴぇぇぇぇ……! な、なんで私達までぇぇぇぇぇぇ」
「しゃーねーだろマナ、ヤミとヒカリは俺らのパーティメンバーなんだから」
「さすがに双子だけ英雄様方に引き渡してはい、私達はお留守番ーなんてのも冒険者としては、ねー」
「そ、それはそうでしゅけどぉぉぉ……ぐしゅぐしゅぅぅぅ」
ぐずるマナちゃんをどうどうとなだめるレオンくんとノノさん。その口振りからは、自分達が仲間として引き取った双子を案じ、せめて近くにいてあげようって心が見て取れる。
そう、彼らは今回の冒険に必要不可欠なファクターである双子、ヤミくんとヒカリちゃんの傍にいるために参加するんだ。危険を承知の上で、それでも仲間として見送るだけではいられないって思ったんだね。
勇気ある決断だよ。身の程知らずという人もいるかもだけど、僕はあくまで仲間に寄り添おうとするその姿勢を尊重するし敬意を抱く。
当の双子達も、そんな彼らに心からの信頼と感謝を抱いているみたいだ。安心しきった笑顔で、彼らのそばで笑い合っている。
彼ら含めて非戦闘員達には指一本だって危険に触れさせないようにしないとね。
僕は改めてそう思ったよー。
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冒険前のスピーチだよー
大迷宮の現時点での最奥部、開かずの扉を突破して一気に古代文明が眠る地下世界へと辿り着こうとする僕らの中には、当然というべきか冒険者ギルドの姿もあった。
ギルド長ベルアニーさん。それと処刑からの解放後、ひとまずギルド預かりという形で身を寄せているシミラ卿だ。
他にギルドから出向してきた冒険者はいない。完全に二人きりだ。
煌めけよ光の面々も厳密に言えばギルドからの出向と言えなくもないんだけどー……彼らは古代文明人の双子の保護者枠ってことで別口なところがあるからねー。
そんなわけで二人きりのギルド部隊だ。泉のほとり、ベルアニーさんが愚痴をこぼすのが聞こえた。
「ギルドからも精鋭を連れてきたかったが……いかんせん要求されるレベルが高すぎる。Sランク相当の冒険者なぞそうはいない」
「だからひとまずは私がギルドからの出向という扱いで来たのです、ベルアニー殿。あなたも含めた非戦闘員の警護はお任せいただきたい」
今回、非戦闘員がいるからか余計に戦闘要員に求められている能力のハードルが高くなっているのは事実だよー。
そんなだからギルドからだとどうしても人が少なくなっちゃったんだね。腕利きはみーんな調査戦隊に入ってた都合上、解散後はほぼ全員地元を離れたわけだし。
とはいえ、臨時ながらシミラ卿が助力してくれてるんだからそれだけでも割と十分なんだよねー。彼女の実力は折り紙付きだもの、誰でも納得するよ。
「新世界旅団もどちらかと言うと警護される側でござるからねー。なんせ大迷宮深層ともなると、まともな戦力になるのってうちだとソウマ殿かギリギリ拙者かの2人でござるからー」
「そうなる……スマンが頼むぞシミラ卿、ジンダイ」
サクラさんの言う通り、新世界旅団もメンツ的にはベルアニーさんやレオンくん達ともども、身を守られながらことの成り行きを見届ける側だ。
本来ならいないほうが安全なんだけど、そこはやはり身内に絡む話であったり、冒険者として永年の謎を解き明かすチャンスだったりするしで、せっかくの機会はどうあれ逃したくないってことだよねー。
周囲を見回して、僕は各パーティを指折り数えてつぶやいた。
「レイアとウェルドナーさん、カインさんが連れてきた元調査戦隊メンバーと、僕達新世界旅団メンバー。それと煌めけよ光の面々に、ベルアニーさん」
「非戦闘員がちょっと多めだけどいけるよね? ソウくん、ウェルドナーおじさん」
「もちろんだよー」
「任せろ。一人でも犠牲が出るならこの冒険は失敗だ」
レイアの言葉に二人、頷く。若干ギスってる僕とウェルドナーさんだけど、いざ冒険ともなれば個人的な感情は持ち込まない。
ましてや今回はそれなりに護衛対象もいるんだ。彼の言うように、一人でも犠牲が出たらその時点でこの冒険は失敗と見るべきだろう。少なくともそのくらいの覚悟で臨むべきなんだ。
「ふふ、やはり新世界旅団に参加して正解だった……まさかこんな早くに大迷宮の真実に到達する機会を得られるなんてね」
「古代文明の跡地……どうなっているのかしら。いえ、数万年も経っているならすべてが風化しているとは当然、思うけれど」
「それに件の神、古代文明を滅ぼしたモノも気になるね。無限エネルギーとか言ってたけどまさか、今も活動中だったりするんだろうか? ふふふ、ワクワクが止まらないよ」
「……ゾッとしない話は止してよ、モニカ」
意気込む僕の近くでモニカ教授とレリエさんが話し込む。やっぱり教授ってば知的好奇心の鬼だよ、すごく迫力のある笑顔を浮かべていろんな器具やノート、筆記具を詰め込んだリュックを背負ってるもの。
レリエさんもそれには苦笑いしつつ、けれど神の話題となると身を強張らせている。古代文明、すなわち元いた故郷や世界を滅ぼした化物だもの、トラウマなんだろう。
今回の冒険の目的には当然、その神の現状を把握しにいくことも含まれている。
万一にもまだ生きてるってんなら、地下世界は絶対に誰の手も入れられない禁止区域になることは確定だよー。さすがに数万年も生きてるような化物、相手にしてられないしねー。
もっともレイアは何やら確証を得ているような素振りで余裕を見せているんだけど。何かあるのかな?
僕の正体、すなわち古代文明人だってことについても現地で説明するって一点張りだし。何があるんだろうね、地下にはさ。
「────さて。それじゃあそろそろ出発だけど、その前に軽くスピーチなんてしちゃおっかな。主催者としてのある種の義務だしね」
いろんな疑問、疑念、期待、不安。綯い交ぜになった希望ともつかない感情を胸にしつつも、声を上げたレイアを見据える。
誰もが絆の英雄に視線をやる中、彼女はそして、この場にいる全員へとスピーチを始めた。
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ピリオドをつけに行くよー!
集結した、古代文明人や大迷宮と少なからず関わりのある面々を見て、レイアは静かに切り出した。冒険前の、リーダーによるスピーチだ。
3年前、調査戦隊の活動にあってもレイアが参加する場合は必ずこれが前置きとしてあった。彼女なりの思いや注意事項とか、あと連絡事項を伝える時間だね。
調査戦隊は解散しても、それでも残るものは当然ある。レイアにとってはこのスピーチが、かつての栄光に対しての名残のようなものかもしれないよー。
「──古今東西すべての冒険者達が夢見て、そして志半ばで挫折した大迷宮の真相解明。そして古代文明の謎への、答えを見出すこと。多くの先達の果てに、ここにいる私達こそが時代を変える権利を得た」
静かに目を閉じ、つぶやくレイア。成立はその表情からは、抑えきれない熱情が渦巻いて見える。
ことは世界の謎、秘密の解明に繋がる。これは紛れもなく歴史に残る一大プロジェクトなんだ。高揚するなってほうが無理がある。
現に見渡せば、ほとんどの参加者が同じような熱情を、レイアと異なり隠すことなく燃えたぎらせている。
冒険者にとっての夢、浪漫。そのすべてをこれから味わえるかもしれないんだ。老若男女関係なくテンションは上がるよねー。
そんな熱気の高ぶりを、当然見逃すレイアじゃない。
両目をカッと見開き、両腕を掲げる! まさしくスピーチと言うべき、ボディランゲージも加えての思いの伝達だ!
「今! 我々が冒険者を、人類を次のステージに導く役目を背負ってるんだ! これまでのすべてに決着をつけて! これからのすべて、私達のあとに続く者達に未来を紡いでいく!」
「レイア……」
「冒険とは、未知なる世界に触れること! 冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること!」
彼女なりの冒険を定義するその言葉は、出会って間もない僕にもくれたものだ。それから先の僕の人生、冒険者としての道程をずっとずーっと支え続けてきてくれた、魂の言葉。
あの頃と変わったこともたくさんあるけれど。その言葉は今も変わらずに、僕達を結ぶたしかな絆として輝いているんだね。思わずして彼女が眩しく見えるよ。
「……この信念を掲げて幾星霜。辛いことも苦しいこともあったけど辿り着いたこの場所、この絆達に感謝を捧げて今、言うよ」
そうして言葉を切る。誰もが分かりきったその言葉を、誰もが期待を孕んだ面持ちで待ち望む。
──号令だ! レイアは高らかに、大きな声で張り裂けんばかりに檄を飛ばした!
「さあ行こう!! 大迷宮の深層、3年前には届かなかった地点へ! 私達のこれまでとこれからに、つけなければならないピリオドをつけに!!」
「よっしゃあ!! 行くぜ行くぜ行くぜェェェッ!!」
「今日、俺達が歴史を変える……!」
「過去も、現在も、そして未来さえもがこの冒険の次第で……!!」
そして火蓋は切って落とされた。進撃を導くその声に、リューゼリアをはじめ冒険者達が次々と意気軒昂に叫ぶ。
さすがのカリスマだよ、レイア。シアンさんもかなりのものだなと思ってたけど、やっぱり世界最高峰の冒険者集団のリーダーをしていたのは伊達じゃないねー。
とはいえシアンさんもこの域にはいずれ、到達するだろうとは信じているよ。
今の僕が一番に考えるのは、やっぱり新世界旅団だ。団長たるシアンさんにはレイアにも負けない可能性を感じるし、彼女が少しずつ成長していく姿を見ながら冒険者活動を続けるのは、なんていうかすごく生き甲斐になってくれると思うんだ。
かつてのリーダーに感心しつつも、今の団長に期待を寄せる。
なんだか楽しさすら覚えている僕に、レイアはスピーチを終えて僕に話しかけてきた。
「よし、じゃあ行こうかソウくん……露払いは私達でやるよ、最高戦力だからね」
「うん、よろしくねレイア」
「あはは、こないだから引き続き、3年ぶりの共闘だねえ」
並み居る冒険者達の中でも依然、最強格なのはやはり元調査戦隊、とりわけレジェンダリーセブン、もっと言うならレイアだろう。
そこに自分で言うのもなんだけどレイアに唯一比肩する僕、冒険者"杭打ち"が並んでツートップなわけだねー。
ゆえに先陣切るのは最強であるこの二人なんだ。
呑気に微笑むレイアの言うように3年ぶりの本格的な共闘。さっそく血の滾るのを感じさせてくれるよー。
「先にどうぞ、レイア。続けて僕、そこからウェルドナーさん達が続いてショートカットルートに入って」
「おじさん達後続が来るまでに粗方片付ける。できる?」
「余裕。そっちは?」
「もちろんですとも! あはは、楽しくなってきた!」
ざっくり洞穴から地下86階まで侵入する段取りを決めて、レイアと2人で穴の前に立つ。
懐かしくも慣れ親しんだ軽口を交わしながらも、僕らは顔を見合わせて頷いた。
いざ、迷宮へ!
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道を切り拓くよー!
地下86階直通のショートカットルートを、ただひたすらに滑り落ちていく。前に来た時同様、あるいは他のショートカットルート同様、滑り台みたいにうねった土管の中を流れに逆らわずに進んでいく感じだ。
僕にとってはすっかり慣れ親しんだ話なんだけど、ここではしゃいだのが僕の前を行くレイアだ。ズザザザーっと滑っていく感覚の何が面白いんだか、キャーキャー言いながら落ちているよー。
「うわー懐かしい! そうそうこの滑り台的なショートカット、一気にいろいろ思い出しちゃうよー!」
「向こうじゃしなかったのー? ショートカット!」
「そうだねー! 海の向こうにも当然迷宮はあったけど、資料室は割と浅い階層にあったから!」
滑りながら前のレイアと後ろの僕、声を張り上げて話す。どうも海の向こうにあった資料室については、比較的浅い階層にあったみたいでショートカットの必要性もなかったみたいだね。
でもそれって、と考える。
大迷宮の正体が古代文明人の立てた塔だとして。その上層部が僕らの今いる大地の直下にあるとするなら、割と浅いところにあったっていうその資料室は、つまりは……
レイアが頷いて続けた。
「たぶん古代文明人達の気遣いだよー! なるべく人目に触れる可能性が高くなるようにって、ねー!」
「なるほど! 僕らにとっての地下は彼らにとっての天空! 浅い階層ってことは、塔の頂点付近にあったってことだねー!」
僕の大地に近しいところにあるって言うなら、それはすなわち彼らの塔の一番てっぺんとかそれに近いところにあることになる。
つまりはレイアの言うように、古代文明の人達による気遣いってことなのかもしれない。いつかはるかな時の果て、塔がすっぽり新しい大地に埋もれるほどの時間が流れても……なるべく自分達の遺した資料が目につきやすいように。
すこしでも誰かに見つけてもらえる可能性を高めるために、頂上付近に資料をまとめたのかもしれない。
つくづく立派な人達だよ。遠い昔に、自分達の意味を残すためにできることすべてをやりきったんだ。
心からの敬意を抱きながらも滑り落ちていく。結構滑ったから、そろそろ出口も近いかな? 気配もするしね、モンスターの。
「……いるねモンスター! ソウくん、私に続いて!」
「了解!」
僕に感知できてるってことは当然、前を滑るレイアにも感知できているわけで。彼女が僕に呼びかけてくるのを聞き、すぐさま同意を示す。
滑りながらでも闘志を高めていく。迷宮攻略法はすでに身体強化、環境適応、再生能力等々全力全開だ。地下88階までのモンスターだって僕とレイアなら余裕だけど、だからこそ油断なく全力で行く。
ましてや今回は僕らのあとに、非戦闘員達が結構やってくるからねー。
露払いってのはまったくもってその通りで、先を行く僕らがモンスターを一匹でも取り残したらあとの人達が大変な目に遭うかもしれないわけだから、そりゃ手抜かりはできないよー。
そこはレイアも分かっていて、だからこそ僕と同じに全力全開の構えだ。すでに重力制御まで発動してるみたいだ、これはいきなり大技が来てもおかしくないね!
──出口が見えてきた! 案の定結構いるよ、ドラゴンだのオーガキングだのアダマンタイトゴーレムだのと!
「お先に行くよ──でぁああああああっ!!」
「負けてられないね、僕も──!!」
うじゃうじゃ潜む化物どもに、レイアがまずは叫び飛び出した! 出口から勢いよく飛び出るとともに、引き抜いた剣に重力を纏わせる!
続いては僕だ、杭打ちくんを構えて一気にモンスターへと飛び込む! レイアとは異なる軌道だ、二人して同じところに行く必要もないしね!
「──ぉぉぉおおおおおおっ!!」
ちょうど目についたドラゴンの頭部に着地、同時にその眉間に杭打ちくんを叩き込む!
硬い鱗も皮も骨もぶち抜き、ズガァァァンと脳内まで杭が突き抜ける! しかもこの杭には重力制御によるブラックホールを纏わせてある!
レイアほどじゃなくてもこいつの頭の中、脳味噌だけをグチャグチャにかき混ぜて吸い込んで消滅させられるんだ!
「ぐるぉああああああんっ!?」
「こっちも行くよ、でやぁぁぁっ!!」
負けじとレイアも剣を振るう、こっちはより攻撃特化の重力制御だ!
刃そのものがすべてを吸い込む暗黒物質と化している剣、それをアダマンタイトゴーレムに叩きつける!
普通にやれば杭打ちくんでもぶち抜くのに難儀する硬度の身体を、けれど暗黒物質を纏わせた斬撃は容易く切り裂く。
触れれば即座に消滅するんだ、この世の物質じゃどう頑張っても耐えることはできない……レイアの十八番にして絶対威力の必殺剣だ!
あっという間に一人一体モンスターを倒した、出口から飛び出てここまで10秒も経ってない。
さあここからだ!目に映るすべて、感知できる何もかもを綺麗さっぱり根こそぎ倒し尽くして、みんなの進む道を拓くよー!!
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最強タッグ!だよー
みんなの道を切り拓く、その覚悟で目に映るモンスターすべてと相対する。
多少の討ち漏らしがあってもきっと、後からくる戦闘員達がどうとでもしてくれるだろうって信頼はあるけど……だからっていい加減なことはしない。
必ずここで、僕とレイアで全員防ぎ止めてみせよう!
その思いで僕らは瞬間、目を合わせて頷き叫んだ!
「雑魚に用なんてないよ! モンスター、いや……天使!!」
「ぶち抜け杭打ちくん! ──って、えええ!? 天使ぃ!?」
叫びの内容が唐突かつサプライズすぎるよ、レイア!?
天使って何!? モンスターのことをそんな風に呼ぶ人、君で初めてだと思うけどー!!
杭打ちくんを振り抜きモンスターの頭を吹き飛ばし、次のモンスターの頭部へと狙いを定めつつ内心は驚きでいっぱいだ。
たしかこないだのレイアの話で、神が自らを真似て生み出した手先、尖兵の名前が天使だったはずだけど──!?
「ぎゃおああああああっ!?」
「ちょ、今なんてレイア、天使ってまさか」
「数が多いね──」
まさか! って思いで話しかける。その間にも身体は敵の攻撃を掻い潜りつつ直感的に割り当てた急所めがけ、的確に一撃必殺の杭打ちくんでぶち抜き続ける。
ただ、それでも結構な数は残っているよー。それに業を煮やしたか、僕の呼びかけにも応じずにレイアは叫んだ。
手にしたロングソードに、渾身の重力を押し込めてだ!
「──一網打尽! ソウくん離れて!」
「っ、ちいぃっ!!」
「必殺剣! ファイナルソード・ディザスター!!」
大技が来る、それも対単体ようでない、大規模かつ広範囲の超強力な攻撃が!
舌打ちしつつ出入り口まで後退する。さすがにここまで届く攻撃はしないだろうっていうのと、下手に後続がニョッキと出てきて巻き込まれるのを防ぐための堰き止め役だ、僕は。
そうして放たれる、彼女の必殺剣。
極限まで込めた重力、もはやブラックホールと化した超重力フィールドを剣を通して自身の周囲に発生させ、あらゆる命を吸い込み喰らい、すり潰して消滅させる奥義だよー!
「うぼぉぉぉぉぉぉあ!?」
「グルギャアアアアアア!!」
「ぐげげ────」
「相変わらず、出鱈目な!」
レイアを中心に黒い半透明の膜が球形に広がる。僕のいるところまで割とギリギリ、あっぶないよー!?
避けきれず、後退しきれずに広がる膜に触れたモンスターが次々、重力に耐えきれず圧壊して引きずり込まれていく。後に残るものなんて何もない、ある意味この世のどんなものよりも残酷な死に様。
時間にして10秒くらいかな? 短いけれど効果は絶大だ、範囲内の存在を彼女以外完全に、消し去ってしまったんだからね。
視界のほとんどを更地にしてみせた今の恐るべき奥義だけど、それでも何匹かは討ち漏らしがある。運良く逃げ延びたんだねー。
「残り滓、いただきぃっ!!」
「ぐがっげっご!?」
そしたらそいつは僕の相手だ。一瞬でモンスター達に肉薄し、杭打ちくんを振るう。
一つ目巨人、オーバーゴブリン、ゴールドドラゴン、バーサーカー。次々に脳天か眉間、あるいは心臓に杭を打ち込めば、問題なく全部が倒れていく。
戦闘開始から概ね3分。
後続の気配がしてきたあたりで、僕らは無事にモンスターを殲滅したのだった。
「……ふう。お見事! さすがに強くなってるね、ソウくん」
「そっちこそ。研究ばかりしてたって言うけど、前よりずーっと強くなってるじゃないか」
「そりゃねー。いつかこの時が来ると思って、訓練は欠かさずいたし」
「この時……」
駆け寄りながらニッコリ笑うレイアの言葉に、ぎしりと心が軋む。
この時……僕との再会と共闘をどれだけ彼女が待ち望んでいたのか。それが今の一言から痛いほどに伝わってきたからだ。
レイアは薄く微笑んで、続けて言う。
「そう、この時。いつかソウくんとまたね、一緒に頑張れる時がいつかきっと来るって、信じていたから。ソウくんのほうは信じてなかったかもだけど」
「そりゃ……そうだよ。僕がやったことを考えれば、そんな恥知らずな妄想、とても」
「うーん。まあ、そのへんも今回の冒険で一応、決着つけるつもりだからさ。あんまり重くなりすぎないでほしいかなー」
「え……レイア?」
「ん、みんなも来たみたい」
決着……僕とレイアのこれまでのことにも、今回の冒険の中で決着をつけるつもりなの?
まったく聞いてなかった話に彼女の顔を見つめる。けれどレイアは大迷宮の出入り口、続いてやって来たパーティメンバー達を見据え、僕の視線には応えてはくれなかった。
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いよいよ核心!だよー
「無事かレイア、あとグンダリ」
「おう、我が英雄に我が友!」
「おじさん! それにカインも!」
僕とレイアに遅れること数分してからやって来た面子の先頭、事実上の副リーダーにあたるウェルドナーさんとカインさんがみんなを引き連れて僕らのところまでやってきた。
地下86階層までの直通ルート、延々と滑り台を滑るだけの道程は当然ながら元調査戦隊メンバー以外にはほぼ初見のはずだ。
ここからやって来た古代文明人達とか、好奇心だけでこんなとこまでやって来ちゃったレオンくん達とか例外もいるにはいるけどねー。
とはいえ彼らもそう頻繁に往復していたわけではないから、やっぱりみんな、あまりに長いこと滑ってたもんだから若干、地に足の付いた感覚にホッとしてる様子だね。分かるよー。
「さすがだな二人とも、この階層の化物を相手に余裕って感じだが」
「まあねー。一応気配が読み取れる範囲は片付けたよ。でもいつまたやって来るか分かんないし、さっさと進もっか」
「そうだな」
ウェルドナーさんが褒めてくるものの、素っ気なくレイアは返し、すぐさまの行動を促した。冷たい感じに捉えられるかもだけど、この場はそうするに越したことがない。
一応、感知できる範囲のモンスターは軒並み片付けたけどいつまた発生するか分からないからね。どういう仕組なんだか、大迷宮内はモンスターが自然発生するからさ。
さっさと先に進むに限るってわけなんだけど……とはいえさっきの天使とかも気になるし、さしもの僕も苦情を入れた。
一週間前に匂わされた僕古代人説とかもだけど、そろそろ説明してほしいよー。
「ちょ、ちょっとレイア。それもそうだけど、さっき言ってた天使とか、僕の正体についても話してくれてもいいんじゃないのー!?」
「ん……そうだね、スルーしちゃっててごめんね。みんな集合して、歩き出したらその道中に話すよ。モンスターの正体とか、何よりソウくん、君についてもね」
ニッコリ笑うレイア。口振りからしてようやく、そのへんの詳しい話を聞けそうだよー。
特に僕古代人説については僕自身のことだからね、知りたくて知りたくてウズウズしてたんだよー。まったくレイアも昔からだけど演出好きっていうか、ちょっと人を焦らして楽しむのが好きなんだもんなー、もーう!
「──うわぁぁぁぁぁ!? ……っと、到着?」
「おう、到着だ! 久しぶりに来たなあ、地下86階!」
と、話していている間にも続々とパーティのみんなが下りてきた。殿を務めていたリューゼの姿が見えたから、これで全員無事到着かな?
新世界旅団のメンバーも当然姿が見える。みんなも僕を確認するなり、周囲を警戒しつつも駆けつけてきてくれたよー。
「ソウマくん!」
「ソウマ殿、お疲れ様でござるー」
「団長、サクラさん。それに教授にレリエさんもお疲れー」
シアンさん、サクラさん、モニカ教授にレリエさん。僕のかけがえのない今の仲間達で、大切な人達だ。
杭打ちくんを持たないほうの手でハイターッチ! ってすると、みんなでひとしきり笑い合う。そうそうこの感じ、パーティって感じがしていいよねー。
周囲を見回して、シアンさんが緊張しながらもつぶやいた。
「ここが、大迷宮地下最深階層付近……今の私には明らかに無理な場所。ある意味冒険者達の最先端に、こんなに早く挑めるなんて!」
「久しぶりってほどでもないけど、我ながらずいぶん早く戻ってきたわ……相変わらずどことなく薄ら寒い場所」
「こないだここからやって来たんだったね、レリエは。ならたしかに久しぶりでもないか。私はレイアさんと同じく3年ぶりだから、どう考えても久しぶりなんだけどね」
どう考えてもまだ冒険者になりたてのシアンさんには早すぎるステージなんだけど、だからこそ冒険心がくすぐられているのか瞳がキラキラしているね。つくづく冒険者向けの質をしているよー。
一方でレリエさんとモニカ教授も、どことなく懐かしげに周囲を伺っているね。二人とも一応ここには来たことあるから、そこまで物珍しそうでもないや。
「全員いるね? よし! ならさっそくだけど進むよ、私とソウくんで周辺のモンスターは片付けたけど、また次、いつどこから連中が発生するかもわからないからね!」
「進むのはもちろんだけど、説明も頼むよレイア。僕の正体とか、さっきモンスターのことを天使とか呼んだことについても」
レイアが号令を出す。さっきも言ってたけどのんびりしてても仕方ない。このままどんどん進んで、開かずの扉にまで行かないと。
もちろん、道中いろんな秘密のネタバラシをするように頼むのも忘れない。僕が再三頼み込むと、彼女はやはり、朗らかな笑顔で頷くのだった。
「もちろん! みんなも歩きながら聞いてほしい。ここにいるソウマ・グンダリが古代文明人である話と、モンスターの正体について──どっちも私達が今から向かう旧世界、はるか地下に眠る古代文明の核心に至る話だからねー!」
断言して、そして歩き出す。
僕の秘密……ついに明かされる時が来たんだねー。
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なんかよく知らない計画だよー?
「まずはモンスターの正体から話すよ。ソウくんの正体とも割と、密接に絡んでくる話だからね」
「えっ……それって、どういう? もしかして僕もモンスターの一種でしたとか、頼むからそうだとしても嘘をついてほしいんだけどー……」
僕の正体と、あとモンスターの謎。そのへんを歩きながら語り始めるレイア。
周辺を警戒しながら進む僕らも、聞き耳を立てて彼女の言葉を待ち望んでいる。
地下86階から88階までは、実のところそんなに距離があるわけでもない。今回使用したショートカットの出入り口が87階へと下りる道のすぐそばにあるし、87階はほぼ一本道で迷うこともなく進めるからねー。
そして地下88階に至っては……これは辿り着いてからで良いかな。いろいろ驚くべき構造をしてるのだ。それはその時の話だね。
ともあれレイアの話だけど、前置きにやけに不穏なことを聞かされる。
僕とモンスターのルーツに関連性があるってなんだよー。まさかと思うけど、実は僕もモンスターでしたとかやめてよー?
「ソウくんは人間だよ、間違いなくねー。ただ……」
「た、ただ?」
「……そうだね。言うなれば君は、古代文明人の"本当の意味での最後の希望の光"。そして"最期に遺してしまった最悪の罪の象徴"ってことになるかな」
「えぇ……?」
希望はともかく最悪の罪はひどいよー! っていうかマジで意味わかんないしー。
僕の存在そのものがなんか、古代文明にとって意味ありげな感じみたいだけど……なんかイヤーな気分になるねー。
思わずうへー! って苦い食べ物を口にした時みたいに渋い顔をすると、レイアはフフッと笑って僕の頭をポンポンと叩いた。
まるで慰めるようにしてから、続けて明るめの声色で語る。
「ま、とりあえずモンスターについてから聞いてよ。私がなぜ、さっきあの生物群を指して"天使"と呼んだのかをね」
「天使……古代文明を滅ぼした神が生み出した、手駒の総称だったよね、たしか?」
一週間前の話を思い返しつつも確認する。
たしか……古代文明を滅ぼした人造生物、神と呼ばれた化物が暴走した際、生み出した手駒とかなんとかかんとか言ってた気がするー。
それが実はモンスターのことを指していたって言うんなら、またなんともあべこべというか、すごい末路ですねって感じ。
天使とモンスターって正反対に近い存在だと思うし。まあ、そもそもただの手作り化物に神なんて名前をつけた時点でどうにも、名付けた古代文明の趣味があんまりよろしくなかった印象は受けるけどもねー。
「そう。つまりはモンスターは元々神が生み出したモノ達なんだ。無限のエネルギーによって作られた有限生命体。何かを食らうことも生み出すこともなく、ただ生命を殺すだけの殺戮兵器。ヒトに作られたモノが自力で創り上げた、極めて不完全ながら"新たなるヒト"の姿とも言えるかもしれないね」
「それにしては我々とはずいぶん異なるな。神とやらの美的感覚は、どうにもズレたものらしい」
ベルアニーさんが呆れた調子で嗤う。たしかに、ただ殺すしかしないような化物ジュニア達を天使だの、新たなるヒトだの言うのは良いけど……
デザイン的なところも含めて、どうにもそのあり方が今いる僕らとはかけ離れてるからなあ。なんとも言えないよ。
「本来、モンスター達はこの世にはすでにないはずだった。古代文明がすでに滅んで、残った人類がはるか天空に新たに作られた新天地へと移った以上……仮に数万年の時を経て発生していたとしても、それは地下世界のみでの話のはずだったの。神が塔に侵入できない以上、子飼いの天使達も上に上がれるわけがなかったからね」
「……んん? それにしては何故か、大迷宮やら世界各地の迷宮に発生しているでござるな。モンスター、普通に冒険者達の敵でござるよ?」
「うん。そこなんだよジンダイさん。実はここで関係していくのが誰を隠そう、ソウくんなんだ」
歩きながら僕に向く、みんなの視線。
いつもなら注目浴びちゃったえへへー! ってなるところだけど、話題が話題だけにむしろ不安だよー。
なんで僕? 僕なんかしちゃった? 特に心当たりないけどー。
困惑しきりの僕に、レイアもまた視線を向けて──
「ソウくん──いいえ。ソウマ・グンダリが生まれたきっかけである、古代文明人によるラスト・プロジェクト"軍荼利・葬魔計画"。それによっておそらく神は滅び、そして天使達はモンスターとして迷宮内に現れることになったの」
──そして、決定的な真実を言い放った。
古代文明人のラスト・プロジェクト。なんかよくわかんないけど、それが僕のルーツの核心みたいだった。
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葬魔・軍荼利だよー
「ぐんだり、そうま? ……ソウマ・グンダリ?」
「魔を葬ると書いてね。前にソウくんは、なんとなく思い浮かんだからソウマと名乗ってるって言ってたけど……あなたを生み出した計画と同一の名称だったんだ。運命ってあるんだねー」
明かされた古代文明人の最後の計画"軍荼利・葬魔計画"。そのもの僕の名前が使われているのは、むしろ逆で僕がその計画を流用したんだろう。
この名前、初めて地表に出て孤児院の人に尋ねられた時に咄嗟に出た名前なんだよね。そんなものと同一のネーミングなのはさすがに、偶然の一致としては出来すぎてるよー。
とはいえ、その計画が僕の誕生とどう繋がってるのかは見えてきていない。なんとなく計画の一環として僕が生まれましたー、みたいな話っぽい気はしてるけどそれが本当かはまだわからないしねー。
同じ予感を抱いているんだろう、レリエさんがどこか緊張した面持ちでレイアへと尋ねた。
「それで、その計画がどうしたの? それでなんで、ソウマくんが生まれたなんて表現になるの」
「……それはね。彼こそが古代文明が最後に生み出した兵器だからだよ。ソウくんは、古代文明が創り出した最後の生命体、計画によって生み出された、作られた生命なんだ」
「はあ?」
思わず言っちゃった、いやでもはあ? でしょこんなのー。
計画が僕を生んだ、いや作ったのはまあ良いよ。古代文明にとって最後の生命なのも、まあなんかそういうタイミングだったんだねーって感じだし。
でも兵器って……そんな大層な言われ方するようなものじゃないはずだよー。僕は人間だよー。
歩きながらでも戸惑い、意味不明理解不能って視線を送る。もうすぐ地下87階層への道も見えてくる中で、レイアは沈痛な面持ちで僕を見て、言った。
「神を、長い時をかけてでも弱体化させて滅ぼす──その身に宿した無限エネルギーを、横取りする形で吸収する機能を備えた生体兵器による力で。ソウくんは、地下世界に潜む神の力を簒奪して、弱め殺すために産まれた生き物だった」
「……えええっ!? 僕がそんな力をっ!?」
「神の力を、奪う力!?」
「もっとも、おそらくすでに……すべての決着は付いてるんだろうけどね。ソウくん自身にも自覚もないだろうとは思うよ」
肩をすくめるレイアに、僕もみんなも唖然としている。つい立ち止まってしまい、最後尾にいるリューゼに"ぼさっとすんな! "って小突かれている人までいるよ。
いや……実際マジでびっくりだよー。知らない間に神を相手に赤ちゃん僕がなんかしてて、しかも知らない間に終わってたとかー。
全部覚えがない話だしぶっちゃけ、物心つく前のこととか知らないからまるで関係ない他人の話にしか聞こえないや。
なんとも微妙な反応を見せる僕をよそに、レイアの話は続いていく。同時にさらなる地下、87階にまで続く道を僕らは順繰りに進み始めた。
「古代文明人の最後の生き残りに、グンダリという名前の──本名か渾名かはしらないけどね──女がいた。科学者だったその女は古代文明のほとんどが息絶え、あるいは冷凍睡眠に眠る中、一人だけで神殺しの計画を立て、実行した」
「神殺し? まるで英雄だな」
「ただ、やったことは最低でした。神を解析して開発した無限エネルギー吸収能力を、産まれたての赤子に埋め込み……そのまま棺に押し込んで冷凍睡眠させたんです。生き物として、人間としてでなく兵器として、モノとして扱うために」
嫌悪感をむき出しにした物言い。彼女がここまで他者に対して嫌そうな言い方をするのは珍しいや、三年前にはあのエウリデ王にさえにこやかに応答してたのに。
……まあ、気持ちは理解できるけど。無限エネルギー吸収能力を埋め込まれた産まれたての赤子って、それが僕なんでしょ。
「眠らされた赤ん坊は、そのまま数万年、計画のために生かさず殺さずで利用され続けました。神を、気が遠くなるほどの時間をかけてでも弱らせ殺すために……意識がないまま、ただ無限エネルギーを吸収するためだけに無理矢理、冷凍睡眠し続けていたんです」
そんでもってそんな状態の僕を棺──たぶんレリエさん達が眠ってたのと同じタイプのものだろうねー──に押し込んで数万年眠らせた、と。
もう完全に道具とかの扱いだよー。そりゃ怒るよね、レイアもー。
「ソウマくん、物心ついた時にはもう大迷宮の中にいたって、言ってたわよ、ね……」
「そんなことが! 親に棄てられてさえいない、最初から完全に道具扱いで数万年と使われ続けていたなんて……!」
「…………胸糞悪いでござるなあ」
新世界旅団のみなさんもなんだか気の毒そうな顔だったり、やるせない顔だったりしてるー。
うん……まあ、自分でもええー? ってなるけど、それはそれとしてお陰様でみんなにも出会えたからねー。
美人のお姉さん達と出会うために数万年眠ってたんだって考えると、なんだかこれはこれでいいかなとは思うなー。
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身に覚えがないよー……
なんかいろいろ明らかになっていく僕の秘密ー。ええと神の力を横取りする能力があるらしいけど、ぜーんぜん自覚はないよー?
首を傾げる僕だけど、周囲がこちらに向ける視線は概ね同情とか憐憫、あと畏怖とかが混じっている。
気まずいよー。そんな風に可哀想なものを見る目を向けられても、別に実感がないんだからどうしようもないよー。
でも僕を慮ってか新世界旅団の面々、美女の中の美女達が寄り添って頭を撫でたり抱きしめたりしてくれるからこれはこれで、むふー!
最高だよー。素敵な感触、匂いとか手触りに内心大喜びしているのを隠していると、レイアはそんな僕をじーっと見つめたまま話を続けた。
「…………棺には神の無限エネルギーに接続して、それを少しずつ、本当にちょっぴりずつですが吸い取り、塔の膜の上に作られるだろう新天地に流し込むための管がありました」
「流し込む管、だと?」
「はい。海の水を少しずつポンプで汲み取り、砂漠に海そのものを移転させよう、みたいなイメージですね」
訝しむベルアニーさんに例えてみせた彼女だけど、いまいちピンとこないっていうかー……
海そのものを移転させるって途方もなさすぎるよー? 無理でしょそんなのーって思いもするんだけど、途方もないから数万年とかかったと言うと微妙に説得力があるから困るよねー。
話を聞いていたモニカ教授が、愕然とレイアを見た。血の気が引いたような血色で、何か衝撃的な、恐ろしい事実に気づいたような顔をしている。
なんだろ? 見上げる彼女はそのままレイアに問を投げた。
「その例えで言えば、ポンプにあたるのがその赤子……! 何の罪もない幼子を改造した上で仮死状態にして、半永久的に神を弱らせるための装置に仕立て上げたのか!?」
「……うん。そうだよ教授。その計画は何も知らない赤子を神殺しの贄にして数万年使い潰す、悪魔のようなものだったんだ」
「なんてことを考えるんだ……」
「人間のやることじゃねえ……」
カインさんやレオンくんさえ呻く、"軍荼利・葬魔計画"の真髄。赤ん坊に神殺しの機能を埋め込んで、冷凍睡眠させて数万年利用し続けるという恐ろしい内容に、誰もが絶句して二の句を告げない様子だ。
正直、人の心がないよねーそれ考えた科学者の人。
ていうか女の人らしいけど、もしかしてその人自身が産んだ赤ん坊を利用したりしたのかな? 計画の名前もだけど、その人の名前もグンダリだし。
だとしたらその人は僕にとって母親と言えるかもなんだけど、言いたくないかもなんだけどー。
地下87階。上階と変わらない赤茶けた土塊の壁と床が広がる中を、モンスターを適宜感知しながらも進む。
出てくるモンスターを概ね僕とレイアで仕留めながらも、合間合間に明かされていく、僕のルーツ。
「目論見は──おそらく成功しました。ポンプ役だった赤子が役割を終えて今、成長した姿をここに見せているのがその証拠とも言えましょう。残されていた葬魔計画の資料には、神の滅びをもって神殺しの赤子は解き放たれる、ともありました」
「ソウマくんが今ここにいることが、神殺しが果たされたことの証明なのかもしれないと。そういうことなのね……」
「しかし、無限エネルギーを枯渇させて殺すって矛盾ではござらんか? 枯渇しないからこその無限でござろう」
ポンプこと僕が今ここにいる、それそのものが計画が成功に終わった証明なんだとレイアは見ているねー。
たしかに、今の話を聞くにその可能性は大きい。神を殺すことでその赤ん坊が解放されるって計画なら、逆に言えばその赤ん坊がこうしてすくすく育っている時点で古代文明の神も滅んでいるはずだしね。
他方でサクラさんが、そもそも無限エネルギーとか言ってるのにそれを殺せたりするのー? と疑問を呈している。
うん、まあね……そこは気になってたよー。無限なのに殺せるんだ? みたいな。
彼女にもレイアは頷いて答える。
「無限エネルギーと言ってもあくまで古代文明の尺度から見て無限に近かっただけで、実際には数万年もの間吸い取られ続けては、さすがに枯渇したのだと思われます。まあ、それを確認するためにも今、地底世界に向かってるんだけどね」
「数万年、その神はエネルギーを奪い取られ続けたんでござるか……そして同時に、その赤子は数万年もの間、モノ扱いされてきた、と……」
「覚えがないよー……」
「赤ん坊で、しかも冷凍睡眠中のことだったろうからねえ……」
ひたすら憐れまれてるけど、ぜんぜん覚えがないから反応に困るよー。
とはいえたしかに悲惨と言えば悲惨な境遇だとは自分でも思うし……どういう態度でいれば良いのかわかんないし、とりあえず笑顔を浮かべとこうかなー。
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最深部だよー
知らない間にっていうか、物心つかないうちに数万年単位で何やら使われてたらしい赤ちゃんの頃の僕。
普通にドン引き物の計画にみんなもドン引き、僕もドン引きだよー。ほとんど全員が陰鬱な顔をして僕を見つめる中、レイアは締めくくるように言葉を発する。
「……かくして、幼くして神殺しを果たした子供は役割を終え、はるか数万年の果てに眠りから覚めました。それがソウくん、ソウマ・グンダリなのです」
「なんともはや……ダンジョンに生息していた時点でただ者ではないと思っていたが。よもや古代文明による最後の兵器、怨念の結晶とも言うべき復讐装置とはな。道理でいろいろ、人間離れしているわけだ」
「その言い方止めてー?」
ベルアニーさんの率直すぎる言葉が刺さるー。まあ怨念、復讐そのものだよねー、今の話を聞く限りー。
ただ、それとこれとは話が別で僕がダンジョンから這い出てきたって生い立ちや、迷宮攻略法込みでもいろいろ強めな性能しているのはあんまり関係がないと思うんだけどなー?
──と、そんな軽口を叩いたギルド長に剣呑な目が向けられた。取り分けシミラ卿、エウリデの騎士団長だった人が特に厳しい目をしてるよー。
「ギルド長、口が過ぎるぞ……我が友を悪し様に言うのは止してもらおう。今ここでギルド所属を辞め、新世界旅団に入団してもかまわないのだが?」
「ふむ? 別に中傷のつもりもなかったがな……口が過ぎた、すまんなグンダリ」
「はあ」
怨念とか復讐とか言っといてよくもまあぬけぬけと、って感じだけどー……元からして口の悪い冒険者達をさらに束ねているおじさんだからね、この人ー。
本当に中傷の意図はなかったっていうか、そもそも悪意なく客観的に発言していたんだろうなーってのはそれなりに付き合いも長いんだ、分かるよー。
とはいえそういうのが通じない人のほうがここには多い。新世界旅団の面々はじめ、古代文明人、友人達、元調査戦隊メンバー、果てはなんら関わりない冒険者の方々に至るまでみんなしてギルド長を非難がましく見ている。
これには堪らんと、ベルアニーさんは肩をすくめる。
「やれやれ、老いぼれると口もよく滑るようになって困る。いよいよ引退時かね、これは」
「引退は良いけど後任、ちゃんと据えときなよギルド長ー。変なのが後釜になったらそれこそ一大事だよー」
「ふむ。そうさな……アールバドにでも務めてもらえればと個人的には思うのだがね、それこそ3年前のあの事件の前からずっと考えていたことだ」
「あははは! 私まだまだ現役ですから! ウェルドナーおじさんとかどうです? 最近よく腰が痛いとかって言ってますし」
「レイア!?」
鮮やかに面倒ごとを叔父に受け流したレイア、さすがだねー。危機察知と回避能力は英雄の名に恥じないよー。
話を振られてウェルドナーおじさんが慌てふためく。たしかに、おじさんももう40近いお年だし、そろそろ腰を落ち着けるってのも悪くはなさそうなんだよね。
ベルアニーさんもさすがだよ、即座におじさんに視線をやっている。冒険者として、獲物は逃さないって目だねー。割と本気で引退したいみたいだ。
そんなアレコレはさておき、僕らは地下88階への道に到達した。途中襲ってくるモンスターは概ね僕とレイア、あとリューゼやカインさんで薙ぎ払っての、余裕の行軍だ。
3年前、僕ら調査戦隊メンバーが辿り着いた最奥部階層。知れず、パーティメンバーのみんなが息を呑むのを聞き取る。
そうだね、こここそ冒険者達の最前線、誰もが夢見た新天地、一歩手前の地点だよー。
ゆっくり慎重に下り道を進む。それなりに傾斜を滑らないように気をつけながら歩くと、やがて平らな地平に辿り着く。
……ああ。三年前と変わらないね、当たり前だけど。
レイアがしみじみと、みんなに告げた。
「さあ、ついたね地下88階……現時点で私達人類が到達できている、最深階層だよ」
赤茶けた土塊の壁と床は変わらず、けれど眼前に広がるは果てしない湖──そう、地下88階層はどこまでも先の見えない地底湖が広がっているんだ。
だけどそれだけじゃない。はるか向こう、微かに見えるものがある。サクラさんが目を凝らしてポツリ、つぶやいた。
「……扉? なんか柱があるでござる?」
「うん。この階層は広い湖の真ん中、扉の付いた柱があるだけなんだ。そしてその扉がどうしても開けられなくて、3年前僕ら調査戦隊はそれ以上の冒険を断念せざるを得なかった」
湖の先、中央にぽつねんと立つもの、柱。
中に入るための扉が一丁、拵えられてあるだけの簡素な造り。誰がどう見ても、そこからさらなる地下へと進入するんだって分かる、特異な地形だ。
だのに、僕らは3年前ここを突破できなかった。扉をどうやっても開けることができなかったんだ。
その上、破壊しようにもありえないほどに強力な防壁があらゆる攻撃、衝撃を無効化してしまい……調査戦隊はそこで完全に手詰まりになってしまったんだねー。
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重力を操るよー
辿り着いた地下88階層。湖をどうにか渡った先、見える柱の扉を開けられればきっと、さらなる下層へと辿り着けるはずだ。
3年前には断念した地点。今、僕らはまたしてもチャレンジの機会を得ていた。
「さて! それじゃあここからはソウマ大先生、お願いします!」
「はいはーい」
レイアに呼ばれて準備する。湖岸、静かに凪いだ水面へと進む。
ここから先こそ僕の出番だ。件の扉を開くのに僕が必要っていうのとはまた別に、湖の向こうへとこの人数がまとめて進むには現状、僕が必要不可欠なんだ。
いきなり前に出た僕を見て、シアン団長が訝しみながらもレイアに質問する。
「何をするのですか?」
「んふふ。迷宮攻略法・重力制御……今のところ私とソウくん、あと一応リューゼちゃんくらいしかまともに使えないだろう攻略法の奥義を使って、この場のみんなをあの岸にまで移動させてもらうんだ」
「一応はヒデーっすよ姉御ォ。あとちなみにもう一人、Sランクのやつがタイトルホルダーになったみてーっすよ。そいつも使えるんじゃないっすかねえ」
特に隠すことでなし、サラリと答えるけど周囲の冒険者達はどこか息を呑む人が多い。
自分達もいくつか習得している迷宮攻略法の、奥義とまで絆の英雄が言ったんだ。そりゃみんな緊張が走るよねー。
そう、重力制御。これこそが迷宮攻略法最難関の技術にして最奥とも呼べる究極地点だ。
何しろ普段僕らに当たり前に干渉している引き合う力……重力を知覚してそれを操作する感覚が必要だからねー。こう言ったらなんだけど、完全に才能の世界だよー。
現状だとたぶん、僕ら3人とあともう一人、なんとかいう3人目のタイトルホルダーの人しかまともに使うことさえできない技法。けれどその中でも特に僕だけはいろいろ、さらに特殊なところがあるんだ。
レイアが続けて説明してくれるよー。
「重力制御にはタイプがあってね。私のように攻撃方面や防御壁として使うのと、ソウくんみたいに自身の身体を浮かせたりするのとで得意分野が分かれるんだ」
「分かれるって……技術的には同じものなのでしょう?」
「たとえば剣術って言ってもいろいろあるでしょ? 斬撃主体だったり刺突主体だったり、はたまた防御に特化してたり。それと同じだよー。私とリューゼちゃんは攻撃と防御に特化してるんだけど、ソウくんは同じこともできつつさらに重力そのものを自在に操作できるんだねー」
実際のところ、レイアほど派手なブラックホールなんて生成できないんだけどー……まあ縮小版で良ければたしかに、似たようなことはできなくもないよねー。
今説明されたのが大体すべてで、レイアとリューゼが一部分、攻撃に限って言えば僕以上にハチャメチャできるんだけど他はこれと言って何もできない。
逆に僕は、そこまで攻撃に特化してるわけじゃないけど他のことも色々できる。空を飛んだり、浮いたりね。
その辺を指して、リューゼがため息混じりにぼやいた。
「オレ様は姉御と同じタイプだなァ。つうか空飛んだりなんてできるソウマがおかしいんだ。今は4人しかいねーからタイプ分けしてるけどよ、今後使えるやつが増えていったらたぶん、ソウマだけは異端って話に切り替わっていくと思うぜ」
「ひどくないー?」
「まあ……リューゼちゃんの仮説は、私も同意かな。今後迷宮攻略法のタイトルホルダーがたくさん出てきたとしても」
なかなかひどいこと言われた気がするよー? たぶん二人もコツさえ掴めば、空を飛んだりくらいはできると思うんだけどねー。
まあ、今のところ僕にしかできないのは間違いない。だからこうしてさあ行け、さあやれと言われてるわけだしー。
「言っちゃうと対象地点に重力を収束させるって使い方しかできない私達と違って、ソウくんは明らかに自由度の高い干渉の仕方をしてる。なんなら私達にできることだって彼はできるしね。彼にできることを私達ができない以上、自分で言うのもなんだけど結局彼が上位互換なのは間違いないよ」
「誤解だよー。僕はレイアみたいにブラックホールは作れないよー」
「作る場面がないからね。でもさっきだって、やろうと思えばできたでしょ? あのくらい」
「……誤解だよー」
できなくはないけど、レイアを差し置いてやる意味が薄いだけだね。
そこはあまり深堀りされると、ちょっと僕としても気まずい気がするから止めてほしいかなー。
誤魔化すようにけふけふ咳払いしていると、レイアはやはり、優しい微笑みで僕を見やる。
それからニッコリ笑ってシアンさんの方を向いた。
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空の旅だよー
「ともあれそんなわけで。そのへんのソウくんの特異性こそ、私が研究の果てに辿り着いたある仮説を立証している感じはするんだけど──」
「…………?」
シアンさんに語りかけつつ、チラとこちらを見るレイア。なんだろ? ちょっと意味深な視線。
僕が重力制御を多少、人よりは深く理解して使いこなしているっていうのを指して彼女は僕の特異性、ある仮説を立証する要素であると確信しているみたいだ。
とはいえ、それは古代文明にそこまで深く関わる話でもない、のかな?
誤魔化すように彼女は、首を振って僕に指示を下した。
「──ま、それはそれとして! はいソウくん、ちゃっちゃとやっちゃおう! もたついてるとモンスターとか生まれてきちゃうかもだよ!」
「分かった。えーい」
あからさまに怪しいけど、仰るようにそれはそれ、だからねー。今はさっさと先に進むのがきっと、正解だろう。
僕は集中した。僕を、いやみんなを、いやいや世界を取り巻くありとあらゆる重力を知覚して、その手綱を握る。
重力制御──この場にいるすべての人間に、干渉している力の方向性を一時的に変える!
同時に僕は宙に浮いた。他のみんなも同様だ! 誰一人、残さず空を飛んでいる!
「!?」
「うわわ!?」
「ござござ!?」
「ぬぁぁあんじゃぁぁあこりゃあああああっ!?」
驚きに次々、声があがる。叫び過ぎな人さえいるほどだよ、うるさいー。
これが僕にしかできない重力制御の真髄、特に技名とかはないけどまあ、奥義ってことで一つ。重力が関わる物事ならば、僕は大概のものさえ浮かせてみせるよー。
「う、浮いてる、私達!?」
「うわー、3年ぶりだこれ、懐かしいなー」
「うむ……以前にもまして軽やかに浮かされている。こうまで多くの人の重力に干渉するとは」
「グンダリ……ここまでのことができるのか」
初めての人も何度か経験のある人も、それぞれに感想を述べて驚いたり懐かしんだりしている。
僕としても、他人の重力に干渉するのなんか久しぶりだから新鮮な気分だよー。うーん、我ながら前より制御がうまくなってる気がするー。
特に問題なく、危なげなく全員を地面から10メートルは浮かび上がらせた。あんまり高すぎると天井にぶつかると危ないしね。
そのままの浮いた状態で、今度は湖の中心、件の扉のほうへとベクトルを向けて……と。よーしよしよし、いけるね。
僕はみんなに呼びかけた。
「問題なし、そしたら行きますよーみなさーん。特に何もすることないんで、気長に空の旅をお楽しみくださーい。レイアとリューゼは引き続き露払い、必要ならよろしくねー」
「もちろん! ブラックホールを撒くだけの簡単なお仕事だね!」
「オレぁンなことできねえが、まあ……やりようはあんだろ。任せなァ」
干渉しているうちは下手に暴れたりされても困るから、やんわりとみんなの身体を制御している。指先一つ動くだけでもいろいろ面倒なんだよねー、対応するけどー。
とはいえレイアとリューゼは別だ。彼女達には湖の中にいるっぽいモンスター達の相手をしてもらわないと、だからねー。
ブラックホールを生成して湖面にぶっ放すだけの簡単なお仕事とは言うものの、それができるのは紛れもなくこの二人だけだからね。
よろしく頼むよーってお願いした矢先、さっそく水中から迫りくる気配が2つ! モンスターだよ!
「んぎょあらああああああああっ!!」
「ごがげぎががががががい!!」
「おっ、さーっそく来やがったな!! ぶっ飛べやァ!!」
「お仕事お仕事! いくよーブラックホール!!」
海竜っていうのかな? 10メートルを超えてるようなバカでかいウナギが2匹、勢いよく水面から飛び出してきた。
普通に考えれば紛れもなくSランク冒険者が総出で戦わなきゃならない相手だろう、殺気と威圧が半端ない。
──でもまあ、相対するのがこの二人じゃね。
即座にブラックホールをまとわせた剣とザンバーを空中に浮いたまま、振るうはレイアとリューゼリア。
すべてを飲み込む暗黒空洞が2つ、それぞれモンスターへと射出され……その体を、存在を、命ごと飲み込み消し去っていく!
「げげげええええええっ!?」
「がぎがごぐごがぎがぐっ!!」
「す、すごい……」
「……Sランクとは一括りに言っても、やっぱり頂点はやべーでござるなー……」
一瞬で、一撃で敵を消し去る攻撃を放つレジェンダリーセブンの二人に、僕によって空をゆっくりと飛行している冒険者達は呆然とつぶやくばかりだ。
特にサクラさんは自身もSランクだってこともあり、いろいろ思うところがあるみたいだよー。言っても彼女は対人戦闘の腕前がすさまじいから、一概に上下を決められるものじゃないと思うんだけどねー。
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扉の前だよー
レイアとリューゼによる露払いも順調で、その間僕の重力制御もしっかり仕事を果たしている。
こんな大人数を動かすわけだから慎重かつ丁寧に、ゆっくりと進ませていくわけだけどー……それでももうすぐ、柱のところまで辿り着ける地点まで来ていた。
「っしゃあ! オラ行けソウマ、チンタラしてんじゃねえぞオルルァッ!!」
「怖いよー、チンピラだよー……もう着くよー」
がなるリューゼに答えながらも僕はみんなを陸地の真上、全員が無事着地できるだけの拓けた土地にゆっくりと降下させていく。
そんなに高さがないから安心なんだけど、加減を間違えると着地の衝撃で足腰を痛めちゃいかねないからねー。ベルアニーさんとか十分に致命傷になりかねないし、ここもやっぱり安全最優先でいくよー。
「空を飛ぶ、なんて経験……もう二度と味わえねえかもなあ」
「アンタねーレオン。そこは頑張って俺もそのうち重力制御を身に着けられるようになるぜ! くらい言いなさいよ」
「えっ!? で、できっかなあ、俺に。ついさっきまでの絆の英雄の戦いぶりとか、俺にできるかなぁ」
「できると信じてるから私もマナも付いてきてるんでしょうが」
「あわわぴゃわわわ……は、はいぃ。れ、レオンさんなら必ずできますぅぅ」
レオンくん達パーティ・煌めけよ光の面々が名残惜しそうに話し合っているのを耳にする。空中飛行なんてそりゃ、重力制御を身に着けてない限りはなかなか機会がないよねー。
しみじみ語るレオンくんにノノさんが発破をかけてマナちゃんが信頼の言葉を投げかけてるけど、うー。なんだかすごく羨ましいよー? 美少女二人に確固たる信頼を寄せられているレオンくん、立ち居振る舞いも合わさってまるで物語の主役だよー。うー。
「……ありがとよ! そこまで言われちゃ頑張るしかねえよなあ!」
「ま、無理しない程度にね」
「わ、私も頑張りましゅぅぅぅ」
「おう! ありがとな二人とも、俺は最高の仲間を持てたぜ!!」
「……………………うー!」
友人がモテるのは嬉しいけど羨ましいー! 僕も負けてないからねー!
新世界旅団の面々を見る。揃って視線は柱に釘付けだ、いかにも冒険者だけど僕の頑張りも見てくれていいよー?
内心で後で褒めてもーらお! とおねだりを画策しながらも無事、全員を陸地に着地させて重力制御を解除する。うんうん、百点満点パーフェクトー!
「ほいー到着ー。帰りも同じことするからみんなもそのつもりでいてねー」
「あ、ありがとうございます、ソウマくん……その、すごいですね、やっぱり。まさか空を飛ぶ日が来るなんて、思ってもいませんでした」
「え、そうー!? へ、へへ、へへへへー!!」
「…………あなたが団員でいてくれることに、心から感謝します。本当に、ありがとう」
えへへ! 僕だって捨てたもんじゃないね、シアンさんからお褒めの言葉をいただいちゃった!
僕が旅団に入ったことを心から感謝してくれてるけど、それは僕のセリフだよー。根無し草も同然な僕を、3年前にあんなことをしでかした僕をそれでも勧誘してくれて、あまつさえ新世界旅団の象徴とまで言ってくれた。
シアンさんこそ僕の恩人なんだよー。もう一度、前を向いて生きてみるのも悪くないかもーって思わせてくれたんだ。
こちらこそありがとう、だよー。
「さて! ここまで来たらもうあとは流れだよ。私もさすがにここから先は研究による推測でしかないけど、まずは確実に開くだろう扉から答え合わせをしていこうかな」
笑い合っているとレイアが、一同に向けて大声で告げた。まあ当たり前だけど彼女にとってもここから先は未知のエリア、資料室の情報を研究しての推測しかできていないみたいだ。
柱は近くで見ると結構大きくて、円周だけでも僕の家の倍くらいはある。そして僕らの真ん前にある扉も、縦にも横にもとっても広くて一度に5人くらい、一緒に入れそうだよー。
「扉……これが僕と、ヒカリと」
「レリエさんと、ソウマさんの4人で開けることができる、古代文明人の遺した、モノ」
「……驚いた。ここ、ちょうど膜の部分よ」
「え?」
ヤミくんとヒカリちゃんが大きな扉を見上げるのに並び、レリエさんが目を丸くしてボソリとつぶやいた。当然聞こえてる。
膜……膜って言うとたぶん、例のアレだよね。塔の真ん中くらいからこの星を覆うように張られた、今僕らが住んでいる大地形成しているらしい古代文明の超技術。
まさかここ、地下88階層こそがその膜に近い地点なの?
って言うことは今僕達、もう地下世界のすぐ真上くらいのところまで来ているってこと、なのかなー。
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開けゴマ、だよー!
地下88階層。今僕らがやってきているこの地点はレリエさん曰く、なんと塔の真ん中辺りから星を覆うように張られている膜にきわめて近い場所なんだって。
膜って言ったらたしか、僕らの生きるこの大地そのものにも関係するすごーいものだったはずだよー。彼女に尋ねる。
「それってその、今の僕らの世界を支えてるっていう?」
「ええ。この扉というか柱は塔から枝分かれして伸びているはずだけど、そもそも膜の保全作業を行うためにあるものよ。ほら、陸地の淵、梯子がある」
湖岸に立って水面を覗き込むレリエさん。あまり水場の近くにいるとモンスターが急に出てくるかもだし危ないよー、でも話は気になるー。
彼女を護りがてら僕やレイア、主だった冒険者達やモニカ教授みたいな好奇心の権化さん達が同じく湖岸に集まって、直下を覗き込む。透明な水、不思議なまでに透き通る水中……
埋もれた土の中、たしかに梯子っぽい、垂直に等間隔で取り付けられている取ってみたいなのが見えるよー。
「本当だ……!」
「古代文明人はこの扉から外に出て、膜の状態の確認や調整、あと整備を行っていたの。つまり今いるここよりすぐ真下はもう、地下世界が広がってるわけね」
「俺達、今、地面の一番下にいるのかよ!!」
レオンくんが興奮も露わに叫んだ。いや彼だけじゃなく他のみんなもざわついている。そりゃそうだ、こんなこと聞かされて興奮しない冒険者なんていないよー!
つまりはこういうことなんだもの──僕らは地下世界の入口に立っている。件の扉さえ開かれれば、後はもう古代文明世界に辿り着くのみなんだから。
そしてそれは言い換えれば、ここが僕らの生きる大地の、下方向での終着点ということをも意味している。
終わりと始まり。二つの世界の境界線。こちらとあちらの狭間に今、僕らはいることになるんだ。
3年前に来た時はこんなこと思いもしなかったけど、やっぱりいろいろ知ってからだと受ける感慨も全然違うよー、くうーっ!
「なんとも言えん気分だ、ここが我々にとっての地の底とは。その上でさらに潜れば地下空洞的な世界が広がっているのだから、まったく年寄りには衝撃が強い」
「同感です。3年前にもここに来たことはありますがその時には事前知識がなかった。真実を知った今、改めてこの地点に戻ってみると……なんともはや、寒気さえしてくる心地ですよ」
「我々的には冥界とでも言うべき空間かもしれませんからね、地下世界とは。すでに滅び去った文明の土地、死んでしまった世界。まさしく冥府の世界と呼ぶに相応しいでしょう」
ベルアニーさんのぼやきめいた独り言に、ウェルドナーさんやカインさんが反応して3人、会話している。
寒気とか冥界とか、若干ネガティブ寄りな印象を受けているのはやっぱり比較的年長さんだからかなー。いろいろ慎重になるんだろうねー、助かるよー。
──と、言ったところでいよいよ扉へ挑もうか。
指定されているのはもちろん古代文明人、4人。僕、レリエさん、ヤミくん、ヒカリちゃん。
横並びになり、扉の脇に在る台座? の前に立つ。なんでもレリエさん曰く、ここに4人が揃って手を置けばそれで扉のロックが解除されるんだとか。
トンデモ技術だねー。
「……よし、触るよ。何かおかしいと思ったらすぐに下がって。レイア、フォローよろしく。レリエさん達に万一にも危険が及ばないようにね」
「単なる鍵付きの扉で、その鍵が今回の場合古代文明人4人ってだけだし何もないとは思うけど。分かったよソウくん、任せて」
まさか扉の開け閉めでそんなトラップ、ないとは思うけど一応後詰めを頼む。僕はともかく他3人は自衛手段がない、何があっても護らなきゃいけない人達だからねー。
レイアもそれにしっかりと頷いてくれた。よし安全だ、それじゃあいよいよ、行こうかな!
「行くよ……!」
「ヒカリ、手をつなごう……!」
「うん、ヤミ……!」
「私達の生きた遥かなる過去に、今、手が届く……!」
僕だけはイマイチ実感とかないけど、それでも古代文明からやってきた4人だ。
お互いに声を掛け合いながらも、台座に手を伸ばし、置いていく。
そうだ、今こそ開け扉よ。数万年、そして3年の時を経て僕らは帰ってきた。
帰ってきたなら、迎え入れるのが筋ってものだろう!
4人がそれぞれの右手を置いた。何拍か空けて、にわかに震える台座。
そして。
『────ロック解除』
無機質な声が響いて、台座は緑色の光に溢れて。
やがて扉が大きな音を立て、独りでに開き始めたのだった。
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その先へ!だよー
「! 開いた!!」
「本当に開いた……!! 資料は本物だった、私達の研究は間違っていなかった!!」
「す、すごいよー……」
古代文明人4人で台座に手を置いた途端、聞こえてきた無機質な声。
それと同時に今まで何をやっても開くことがなかった扉ガいとも容易く、あっけなく開いたのを受けて僕たちは驚愕に染まった。
開いちゃったよ、本当にー……
正直半信半疑だったけど、僕ってば本当に古代文明人なんだねー。いやまあ、だから何って話ではあるんだけどこう、なんとも言えない感慨があるよー。
だってかつては仲間達と追い求めていた夢とロマンの、実は僕こそが落とし子だったんですよー? そりゃなんていうか、複雑だよー。
微妙な内心。けれどそれ以上の興奮や期待感もたしかに今、僕の胸中にはある。
3年前に進めなかった"その先"。調査戦隊の冒険の続きがまさか今になって行われるなんて、ねー。
感動にも近い情動を覚えつつも、開いた扉の向こう、暗闇の部屋の中を覗き込む。
「こ、これ中に入るの? レイア」
「もちろん。そしたら地下世界はもうすぐそこ、目と鼻の先だよ。ねえ、レリエさん?」
「そうね……その通り」
ここから先はレイアにだって未知だ。いくら前情報がいくらかあったって百聞は一見にしかず。経験者さんがいるならそちらに頼りたいよね。
というわけで今ここにいる、古代文明人の4人の中でも最年長にして最も理知的で才色兼備なおねーさま、レリエさんに質問しちゃうよー。
彼女は至極当然とばかりに頷き、そして静かに、何かを堪えるように告げた。
「私達のかつての世界がもう、すぐ真下にあるわ」
「……古代文明……!!」
「……その名残、さえ残ってないでしょうけどね。数万年という時の、威力は計り知れないもの。おそらくは、すべてが風化しているはず」
切なげに目を伏せる姿が、物寂しくも悲しいよー。レリエさん……古代文明からの生き残りとして、とりわけ大人として、かつての故郷を悼んでるんだねー。
正直僕なんかは古代文明が故郷とか言われても片腹痛いし、たぶんそれはヤミくんヒカリちゃんもほとんど同じだと思う。赤ん坊だった頃の話だったりまだ幼かったりと、単純に時間的な問題で古代文明に対しての愛着は比較的薄いんだ。
だけどレリエさんは違う。彼女は大人になるまでしっかりと古代文明の社会で立派に暮らして来た人なんだ。愛着とかそういうの、ないはずがない。
どんなにか痛いだろう、もう二度と蘇らない故郷を目の当たりにするのって。釣られて僕まで憂鬱な気分になるのを自覚しつつも、僕らは実際に扉の向こう、柱の中に入っていったよー。
中は完全に明かりの一つもない真っ暗闇で、冒険者達がそれぞれ持っているランタンで照らされていく。
白い壁、天井。他にはなにもない。出入り口の他に扉とか階段とかもない、完全にただの部屋だ。
あたりを見回して、レイアに聞いてみる。
「ねえ、これって階段とかないのー? 行き止まりじゃないー?」
「うーん? 古代文明は自動で部屋が動いたりしたらしいから、この部屋ももしかしたらそれなんだろうけど……レリエさん?」
「エレベーターね。本来はその通りで、無限エネルギーを変換した電力を使って動くのよ、この箱。まあ、数万年の間ですっかりエネルギーも枯渇しちゃってるでしょう」
エレベーター? って名前の装置らしい。部屋が動くって、イマイチ想像できないけどどうなんだろ?
というか無限エネルギーを電力とやらに変換して動かすとか、なんていうか本当に神を利用しまくってたんだね古代文明の人達ー。それでいて最後にはその無限エネルギーの化身みたいなのに滅ぼされちゃって、なんだか寓話的だねー。
「電力か……理論だけは私も構築しているけれど、やはり古代文明にも同様の技術があったこと自体はすでに把握できているよ。その力を使ってこの部屋が動く、というのは想像しにくいけれど」
「ええと、スライドするのよ、部屋ごと。実はこの部屋は滑車で上げ下げできる状態になっていて、今は吊り上げられているの」
「ふむ? ならばその滑車を電力で動かすことで、この部屋は柱の中を自在に動くわけか。すごいな……現行文明より500年は先を行っている技術だよ、それ!」
モニカ教授が瞳を煌めかせているけど、古代文明すごーい! ということしか主に伝わらないよー。
部屋を滑車でスライドさせるって理屈は分かったけど、人力でもないのに自動でってのが信じられないや。電力ってそんなにすごいのかなー?
「そういうことなら……ソウくん。ちょっとあちこち触ってみて?」
「え。なんで僕ー?」
「私の推測が合ってるなら、もしかしたらソウくんならこの箱の機能を蘇らせられるかもしれない」
「えぇ……?」
一人でいろいろ考察して納得していたら無茶振りされちゃった。
僕のことなんだと思ってるんだよ、もう! 適当にあちこち触るだけでなんか直るような力があるわけないのにー。
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謎が深まるよー(泣)
なんかエレベーター、とかいうこの部屋の中をあちこち触れて、僕が持つらしいなんかの力で機能を復活させてくれー的なことを言われちゃった。
いや無茶振りだよー。何をどうしたら僕がこんな、見たことも聞いたこともなければもちろん触れたことさえないようなモノをどうにかできると思うんだよー。
ぶつくさつぶやきながらも、僕はとりあえず言われたとおりにあちこちの壁やら床やらを触ってみるよー。
ひんやりと冷たく固い材質は、鉄のようでそうでもなさそうな不思議な触り心地。うーん、これもやっぱり現代にはない、失われた古代文明だけのオーパーツってやつなのかなー。
ロマンだよー!
「ぺたぺた。さわさわ……ええと、具体的にはどこを触ればいいのー? 目安もなく当てずっぽうなんて、そんなの無茶だよー?」
「あはは、ごめんソウくん。私に聞かれてもそれはちょっと……もしかしたらソウくんならって、思いつきに近い推測でのお願いだからさあ」
「えぇ……?」
適当だよー、適当すぎるよレイアー。そう言えばこいつ、前から時折思いつきだけで変な無茶振りを度々してきたんだったよー、なんか思い出してきたー。
なんならさっきの、全員浮かして湖を渡れ作戦もレイアの適当が発端だし。できるかそんなことー! みたいな感じで首を左右に振ってたなあ、あの頃の僕。
まあ結局はやる羽目になって、必死に重力制御を操作してやり遂げたんだけど。
思うに僕が重力制御上手いのって、そういうのがあったからなんじゃないかなー。つまりみんなもおかしな無茶振りされてたらきっと、タイトルホルダーにだってなれると思うよー。
「ふむ? ソウマくん、ならここはどうだい? のっぺりした壁の中、少しだけ変な板が嵌め込んである。ボタンとかもあるね」
「ここー? ……えい、えいえい」
と、モニカ教授が示してきたのは壁のある部分。たしかに何か、板みたいのが嵌めてあってボタンが取り付けられてるよー。
もしかしたらこれかも? えいやぽちぽちっと数度押して見る。
────変化はすぐに訪れた。
デタラメに押したボタンがいきなり光りだし、そして部屋の扉が閉まる。かと思えば全体がパッと真昼のお外のように明るくなって、何やら音を立てて動き出したのだ!
「うわわっ!?」
「なんだ、急に明るくなりやがった!?」
「それに、う、動いているのかこの振動は! 一体何が!?」
ざわつく一同、なにこれなんだこれー!?
もちろん僕にも心当たりなんてないのに、みんなして"何しやがったこいつ! "的な目で見てくるのやめてよー! 無罪だよ、冤罪だよー!
悪いのはあっち! 僕にやれって言ったあっち! とレイアを指差す。
彼女は彼女で僕を見ていた──愕然としつつもどこか、恍惚としたような眼差しと表情で。
何ー!?
「やっぱり……!! ってことはソウくん、君は……!!」
「な、何々なんなんだよぅー!? 僕何も悪いことしてないぞー!?」
「分かってる! 分かってるよソウくん、むしろ君は……本当に……!」
何やら感極まったように、すっかり昂っちゃってるけどこれっぽっちも理由が分からなくて怖いよー。
何? なんなの僕に何があるの? もういいよこれ以上は、僕は数万年眠りこけてた赤ちゃん兵器でしたってだけでお腹いっぱいだよー。
僕のみならず周囲もドン引きしてレイアを見つめる。ウェルドナーさんまでって相当だよ、滅多に見ないよ姪御全肯定おじさんのこんな姿ー。
動き続けるエレベーターの中、奇妙な沈黙が走る。それから少しして、レイアはやっと我に返ってえへへ、と可愛く笑った。
「…………ふう。ごめん、つい興奮しちゃって」
「う、うん?」
「事情は最後に説明するけど、少なくともこれでこの箱、エレベーターとやらは動いてるみたい。ねえレリエさん、これ、どこに行くのかな」
「"ターミナル"……と呼ばれる場所ね。この塔の中枢部分にして、中から外を一望できる展望台でもある。きっと、そこからなら……」
「安全に外を、古代文明世界を覗けるんだね!」
何もなかった風に瞳煌めかせてレリエさんとお話してるけど、明らかに今、彼女の中で何かの答えを得たのは明白だよ。
いや言えよ、せめて僕には! 当事者なんだからさー! ……なんとも言えない目で見つめるとレイアはなんかごめん、と苦笑いしている。
これもまた後ほど説明するってことみたいだ。僕に関してのみ謎が深まるよー……
よっぽどのことなんだろうとは思うけど一体なんなんだろうねー? 我がことだけに気になって仕方ないよー。
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エレベーターだよー!
揺れる部屋、と言ってもそこまで激しい揺れじゃない。馬車とかに比べてもビックリするくらい安心できる振動で、それだけでも古代文明の技術力ってやつが伺い知れるもんだよー。
ターミナルと呼ぶらしい、塔の中央制御エリアに向かっている僕達。その間にもみんな、それぞれに古代文明に今まさに触れていることに反応を示していた。
「しかし、まさか本当に部屋がそのまま動くか……我々の文明に置いても過去、そのような装置を作った形跡はあったと聞くが、それでも奴隷やらを使っての人力だった。だがこれは……」
「電力とやらによる完全自動。いやはや、今日一日で価値観がいろいろと破壊されてしまいますよ」
とりわけその中でも、ベルアニーさんやウェルドナーさんはもはやあまりの情報量にパンク寸前なのか茫然自失一歩手前って様子だよ。
他にもどちらかと言えば年長の人達のほうが、事態についていけずに困惑している人が多いように見える。
やっぱり長く生きている分、培ってきた常識ってやつが自分の感性や価値観に深く根ざしているからこういう新しすぎる──いや実際は古すぎるんだけど──ものを目の当たりにすると、どうしても戸惑っちゃうみたいだよー。
「うおおおお古代文明! 夢にまで見たロマンが今、そこに!!」
「レオン! 恥ずかしいから黙って騒いで!」
「わかったぁっ!! ………………………………!!」
「騒ぐなぁっ!!」
元々オカルト大好きなレオンくんなんかは大はしゃぎで、黙って騒ぐなんていう無茶振りを見事にこなして普通に叱られてるねー。
ああ、隣でマナちゃんがぴーぴー鳴いてる。本来ここにいるのは実力的にちょっと……な新人さん達だけど、ありあまる情熱は人一倍だ。
そうなるとそういうのこそ好ましく思うのが冒険者って人種なもんで、概ね好意的に見られていた。僕としても、なんだかホッコリするよー。
「レリエ、大丈夫でござるか?」
「体調が優れませんか? 相当な地下ですからね、多少空気も淀んでいる感じもしますし、無理もありません」
「大丈夫……ありがとうサクラ、団長。不思議とね、このエレベーターの動きとか見た目とか、明かりとかからでも、いろいろ思い出すことがあって。それで、ちょっと憂鬱になっただけだから」
一方で新世界旅団。レリエさんが俯いて疲れた様子なのを、シアンさんとサクラさんがしきりに気にしている。
彼女にとっては久しぶりに触れる故郷の技術だものね、何かしら想い出を想起するのも当然だよー。さらに地下、待ち受けるだろう今現在の古代文明の様子を見たらどうなっちゃうだろうか、ちょっと心配だ。
と、部屋の振動が収まった。同時に動いている感覚も止まり、扉が開く。
着いたんだね、ターミナルとかって場所に。レイアがまず、一歩を踏み出した。
「……着いた。ソウくんはここで待って不測の事態に待機。最悪の場合、すぐさまエレベーター? を動かして逃げられるようにね。代わりにリューゼちゃんとおじさん、私と一緒にこのエリアの制圧をするよ」
テキパキと指示を出す。まずは未知のエリアだ、戦力をもっての制圧と安全確保が最初だろう。
とはいえ全戦力投入なんてもちろんしない、むしろ最低限の人数の実力者のみでの偵察だ。僕らは多く非戦闘員を抱えているし、そもそもそんな強行軍するような局面でもないからねー。
というわけでレイアが呼びかけたのは僕を除いた元調査戦隊幹部格、レジェンダリーセブンの二人であるリューゼとウェルドナーさんだ。
本来なら僕もついて行ったほうがより確実なんだろうけど、何かあった時の逃走経路が現状エレベーターのみな以上、メンバーの中で唯一これを動かせる僕がここを離れるのは逃げ場がなくなることになって大変危険だ。
だからこそ次点の実力者なわけだね。
カインさんも加えてよかったのかもだけどそこはそれ、レイアのバランス感覚ってやつだ。こればかりは余人に計れるものでなし、大人しく従うべきだねー。
「了解ー。危なくなったらすぐ戻ってきてよー」
「やれやれ、それこそお化けが出てきたりやしないだろうな……真っ暗闇、かつての古代文明人による廃墟、そもそも滅ぼされた世界。条件的にはなんぞ出てもおかしくないのが嫌な話だ」
「ダハハハハ! なんだァおっさん、ビビリは相変わらずかァ! 出るわけねえだろそんなモン! よっしゃ行きましょうぜ姉御ォ、何が出て来ようとブチ殺してやりまさァ!!」
待つも向かうもとりあえず返事。僕、おじさん、リューゼがそれぞれ反応する。
実はお化け関係がまるで駄目なおじさんと、たとえお化けでも殺っちゃうぞーみたいなノリのリューゼが対照的だよー。レイアもそれには苦笑いしつつ、二人を伴ってエレベーターから真っ暗闇の外へと飛び出したのだった。
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覚悟決めていくよー!
レイア、ウェルドナーさん、リューゼの3人が何も見えない暗闇の中をランタンで照らしつつ進んでいった、ほどなく姿が見えなくなる。
彼女らの調査とエリア制圧が終わるまで、僕らはしばらく待機だ。これで万一モンスターとかがいたら、速やかに僕らはエレベーターを閉めて非戦闘員を護るよー。
緊張の空気が流れる中、一人レリエさんはやはり物憂れな様子でいる。古代文明の今、残った痕跡がこれから判明するかもしれないんだ。まだ見ぬロマンを眼前にしている冒険者達よろしく能天気にはしてられないよね。
僕の視線に気づいて、彼女は微笑みを向けてきた。力なくも、新世界旅団の面々に小さくこぼす。
「……さっきも言ったけどターミナルからは、外界が一望できる。もうすぐ分かるのよ、古代文明の、今の姿が」
「レリエ……」
「風化して跡形もなくなっているのは分かる。そこは仕方ない、というよりそれはそれで、って感じなのよ。世界を滅ぼし、しかも蓋までしてしまった罪深い私達だけど……悠久に近い時の果てで、自然に還ることだけは許されたのかなって。安心できるから」
自業自得と言って良い末路を迎えた古代文明。とはいえ一個人であるレリエさんが、生き残りとしてそうまで気に病んでいるのは辛い話だよー。
それに加えてまた別の懸念も、彼女にはあるみたいだった。どこか顔色悪く、深刻な面持ちでつぶやく。
「今、一番怖いのは……神が、もしもまだ少しでも残っていたら。生きていたら、ということ」
「え……でも、ナンタラ言う計画で赤ちゃんソウマ殿がその神の力を封じたと聞くでござるよ? さすがにそんな状態で数万年も生きちゃいないでござろう」
「それはそうなんだけどね? どうしても、過去を思えば思うほどに、死んでないんじゃないか、生きているんじゃないかって想いが、あるのよ……」
……トラウマ、ってやつだねー。レリエさんは古代文明にいた頃、おそらくは神を直に目撃しているんだろう。そしてその不死性、無限性、何よりもすべてを食らうおぞましささえも。
それが傷になっていて、未だに彼女を苦しめているんだ。何万年という時間を過ぎてなお、ソレはまだ健在で牙を研いでいるのではないか、って。
レイアから聞かされたなんか僕に関係してる計画から推測すると、おそらくは僕の目覚めとともに神は滅んでいるはずだ。
はずなんだけど、こればっかりはねー。実際がどうであれ、怖いものは怖いのは仕方ないし。
僕らとしてはもう、レリエさんを気遣って労るしかできないのが悔しいよー。
「みんなー、このエリアは特に問題ないよ、虫の子一匹いなさそう! エレベーターから出てきていいよー」
──と、遠くから聞こえる声。レイアだ。ランタンの灯火とともにうっすら姿が見える。
どうやら異常、というか敵対的なナニモノかはいなさそうだ。まずは一安心だねー。
「わかったー! ……レリエさん、行こう」
「ソウマくん……」
「きっと今日、この時が訣別の時だ。僕にしろレリエさんにしろ、他のこの場にいるみんなにしろ。今までのことに決着をつけて、新しい風を浴びるための今なんだ。勇気を出して、一緒に行こう?」
僕は一歩踏み出して、レリエさんに手を差し出した。一緒に勇気を分かち合おうと、そういう意味さえ込めた手だ。
僕だって正直なところ、不安がなくもない。さっきからやたら後回しにされている僕の秘密の残りとかさ、何が飛び出してきてもおかしくないんだもの。
この期に及んで実はやっぱり僕はモンスターでしたーとか言われたら泣くよ? 年甲斐もなくガチ泣きするよ?
そのくらいやっぱり不安なんだけど、それでも。
それでもこの先、未来を生きていくためには、真実に向き合わなくちゃいけないと思うから。
だからレリエさんにも手を差し伸べるんだ。それぞれ一人なら辛いかもしれない光景だって、二人なら……ううん。
みんなと一緒なら、乗り越えていけると思うから。
「ソウマくん、レリエ。大丈夫、私達が一緒よ」
「新世界旅団はファミリィでござる。一人の問題はみんなの問題、でござるよー」
「そういうこと。みんなで乗り越えていくのがパーティってものだよ、二人とも」
シアンさん、サクラさん、モニカ教授。
少なくともこの3人はいつだって僕らを支えてくれるんだ。そして僕らも、この人達の支えになる。助け合いこそパーティの本質だからね。
だからレリエさんも、ここはありがたく助けてもらうといいんだよー。
「分かった……私だって新世界旅団の一員だもの。今この現代を生きていくために、過去のすべてに決着をつけなきゃ、ね」
みんなの温かな言葉を受けて、ついに覚悟を決めたのかうっすら微笑む。
そして僕らはみんなとともに、エレベーターの外へと出たのだった。
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まさかのお留守番だよー!?
安全が確保できたという報せを受けて、僕らはすぐにエレベーターを出てレイア達の後に続いた。各自の持つランタンが、一つ一つは頼りないけど50も60も集まれば立派な光源になってくれる。
階層全体をとまではいかないものの、目に見える範囲は十分に照らしてくれる光景。そして見えてきたものを、僕は具に観察する。
レリエさん達が眠っていた、棺のある玄室と同質に思える素材の床と壁。何万年と放置され続けたからか埃まみれで、空気も割合澱んでいる。
通路を抜けて見えてきた、広場っていうのかな? 遊び場? なんかよく分かんないけど開けた場所には謎の機器が山程あって、正面には外の景色を一望できる大きな、壁のようなガラスが見えていた。窓、だろうねー。
すごい……光景だよ。この世のものとはとてもじゃないけど思えない。
レオンくん達、一部の冒険者が挙って窓に近づき、そこから外を覗き込んで叫ぶ。
「見てくれみんな、一面ガラス張りだ! ここから外が見える……いや、見えねえ!? 真っ暗だ!」
「そりゃ光も何もない世界だからな、何か見えるはずもない。しっかしとんでもねえ分厚さだな、こりゃ……しかも強度もヤバい。杭打ちくんでもぶち抜けねえんじゃねえか?」
外を見ようにも、何しろ世界丸ごと蓋をされているんだ。光なんて差すはずもなし、そんな状態で世界を眺められるわけもない。
ガックリきてる冒険者達を横目にウェルドナーさんは、ガラスそのものに着目したみたいだった。コンコン、と窓を叩いて感心したようにつぶやく。
そうだね……今の音から察するに、僕の杭打ちくんでもぶち抜けるかどうか。迷宮攻略法を駆使しての全力ならたぶんいけるだろうけど、素の状態だとちょっと厳しいかもねー。
と、レリエさんが機器の前に立った。
どこか険しい顔つきでそれらを見やり、しげしげと眺めつつ──やがてはいくらか、触り始める。
「……間違いなくターミナルね。私は一般市民だからここに立ち入ることは滅多になかったけど、たしか」
「レリエさん? 何かやるのー?」
「ええ、電源がたしか、ここのスイッチ……と。駄目ねやっぱり、エネルギーが枯渇してるのかしら」
どうやらエレベーター同様、動かせないか試しているみたい。でも動く気配も見えないのは、さっきと同じでエネルギーが切れてるからなんだろうか。
でも、そうなると対処法もさっきと同じになるよねー……ふと思いついたのは僕だけではなく、サクラさんもだった。ポンと手を鳴らし、レリエさんに提案している。
「エネルギーの枯渇なら、ソウマ殿でなんとかできるのではござらんか?」
「エレベーターをも動かしたんだし、同じ要領でイケるかもだね」
「えぇ……うーん? やってみるけどー、危なそうならやめるよー?」
モニカ教授にも言われてしまっては断れないよー。うーん、あんまり危なそうなことしたくないんだけどなー。こういうのって冒険というか単なるリスクじゃないー?
ぶつくさ言いつつ、でも僕も機器に触る。まあ言ってもね、ここまで来て僕だって何もしないは通らないからね。
それにエレベーターが動いた以上、たしかに可能性は高い話だしー。
動くかなー? 動くと良いなー? なーんて願いながらも触れば──
『システム・リスタート。BABEL-00001メインターミナル起動します』
「うわっ!?」
「動いた!?」
──唐突に機器が喋った! 同時に僕が触れているところだけでなく機器全体、果ては天井がピッカリと光周囲を明るく照らす!
うわわわ、ランタンの比じゃないよー!? エレベーターもだったけど、お陽様の下みたいに明るいー!
ビックリして思わず機器から離れて距離を取る。するとそれまでついていた各種明かりが消えて、また元の真っ暗闇にランタンばかりが光る有り様に戻っちゃった。
な、何これー? 理解不能なことばっかりで、ことこの場に限ってはモニカ教授よりも詳しいだろうレリエさんに助けの視線を求める。
説明してー!
「……収まった? もしかしてソウくんが触ってないと動かない?」
「というよりはエネルギー切れ……? 十分なエネルギーがあるならしばらく何もなくとも動くだろうけど、それまではソウマくんからのエネルギー供給が必要、とか?」
「えっ」
「ソウマ殿、ここにてしばらく足止めでござる?」
「ええっ!?」
レリエさんの推測とサクラさんの疑問に身体が凍りつく。う、嘘でしょ?
つまりそれってその……明かりがついてみんな自由に塔の中を探検していく中、僕だけここでお留守番ってこと!?
冗談じゃないよー!?
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めちゃくちゃ拗ねるよー!
「ちょ、ちょっとゴメンだけどしばらくそれ触っていて! たぶん一時間くらいで十分に充電できるはずだから!」
「そんなー!?」
ここまで来て僕だけ足止め、というか仕事持ち!? 一時間って結構長いよ、好奇心に支配された冒険者達ならその間に粗方調べ尽くすよー!?
愕然としつつ、けれど頭は冷静に機器に触れ続ける。別段、僕の身体に何か異常があるわけでもないし、ましてや力を吸われていくなんて感覚とかも一切ないんだけど……
とはいえ実際、僕が触れてる間だけはいろいろ塔の仕掛けがまた、動いているのは間違いない。なんならガラスに表示された絵が勝手に動いて、まるで何かを溜め込んでいくような表現をしてるし。
エネルギーをチャージしてるんだろうねー。つまりはこれがいっぱいになるまでの間、僕はここにいなくちゃいけないってことだった。
「そしてこっちは再度システム再起動、っと! そしたら、ええと!」
『塔外周辺探査用サーチライト展開。半径100kmまでの地表を照射します』
「うおっまぶしっ!?」
また動き出した機器に、すかさずレリエさんが手をつける。あちこちの画面を触ったり押したりしてるけど、何がなんだか分かんないやー。
そもそも表示されてる文字とかも、この場で理解できるのはたぶんレリエさんかレイアかモニカ教授だけだろうし。
もうどーにでもしてーって気分で眺めていると、いきなり機器から声がして塔の外がまばゆい光を放った!
何、眩しいっ!? どうにか機器から手を離さずに目を閉じていると、レリエさんの声が周辺に響いた。
「塔の電灯──あたり一面を照らすライトをつけました! これなら」
「外が……地下世界が見られる!! みんな窓に!!」
「ちょっ!? あの! えっ!? 嘘でしょ置いてきぼり!?」
どうやら今の、何かしらの操作によって塔の外につけられてるライト? ランタンだか蝋燭みたいな? 灯りをつけたみたいだ。
これによって外の世界、すなわち真っ暗闇に隠されていた古代文明のあった地下の風景を一望できるかもしれないよー。
さっそくとばかりに挙って、窓に駆け寄る冒険者達。くそーっ、僕も行きたいー!!
でも今、この手を離したら明かりは消えるだろうし。それだと話が進まないよー。
ああ、けど僕も古代文明を心の底からみたいよ、今すぐー!
逸る心、焦る気持ち。
冒険者としての魂の叫びを察してか、新世界旅団の面々だけはここに残って僕を慰めてくれる。
ううっみんな! みんなだけは僕の味方だよー!
「ま、まあまあ。新世界旅団は傍にいますから……」
「言ってシアン、ウズウズしてるの隠せてないでござるけど」
「えっ!?」
「シアンさんー!?」
まさかの裏切りだよー!? 見ればたしかにシアンさんソワソワしてる! みんなと一緒に窓の外を見たがってる!!
サクラさんの指摘にあからさまに動揺して、団長は慌てて手を振り否定するけど──
「い、いえそんなこと──」
「う、うおおおおっ!? マジか、これが古代文明の跡! 本来あった世界の姿かぁっ!!」
「なんという……このようなものに出くわすとは、冒険者として一番の上がりだな」
「────こと、は。くうっ」
「悩んでるー!!」
向こうで盛り上がってる人達をチラと見て悔しそうにしてる時点で説得力がないよー!!
気持ちは分かるけど、今にもあっちに行っちゃいそうだものみんなして、僕を置いて! 僕だけここで健気になんかチャージっぽいことしてるのにー!
なんだか悲しくなってきたよー……
機器に手を置きながら僕は突っ伏した。そして恥も外聞も捨て置いて、全力で不貞腐れてやることにするー!
「ううっ、ううっ! いーよいーよどーせ僕なんか! 見てきたらいーじゃんみんなしてさ! ふーんだ!!」
「あっ、拗ねたでござる。あーあ、シアンのせいでござるー」
「あーあ。悪い団長もいたものだねぇー」
「ち、違っ! 私そんなつもりじゃ──ご、ごめんなさいソウマくん! 別にそういうつもりじゃなくて!」
「拗ねてないもーん! いいよ行ってきなよ僕なんか置いてさ、へーん!」
いやまあ、実際にはめっちゃくちゃ拗ねてますけどねー!
すっかりへそを曲げて駄々をこねる僕にシアンさんは慌てて宥めにかかり、サクラさんとモニカ教授はからかうように笑い声を上げ。
「あはは……もう。ソウマくんも程々にね? ごめんなさい、足止めしてしまって」
そしてレリエさんは、全力で拗ね倒す僕の頭を優しく撫でながらも謝ってくるのだった。
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充電完了!だよー
仲間たちに慰められつつしばらく機器にエネルギーをチャージし続けていると、窓からの眺めを見飽きたのか冒険者達がすごすごと戻ってきた。
好奇心や探究心がすごい分、目移りするのも早いからねー。言っちゃうと熱しやすく冷めやすい質が多いんだよ、冒険者ってー。
だから今回も、粗方眺め回して見てるだけなのに飽きたとかでひとまず戻ってきたのかなー? って思っていたんだけどちょっと様子がおかしい。
なんていうか肩透かし? 拍子抜け? みたいな、残念さが漂う雰囲気だ。え、ちょっやめてよー、僕まだ好奇心ウズウズしっぱなしなんだけどー。
「……どしたのー?」
「うん……いや、まあ見てきたほうが早いかも」
「我々はしばらく塔内を探索するが、お前も充電? とやらが終われば仲間達と見てくると良い。きっと、それで概ね分かるさ」
「……?」
レオンくんやベルアニーさんが難しい顔をして、僕に軽く教えてくれた。嬉しさや達成感、期待感もあるもののちょっと落胆とか安堵とかが混じった、びみょ~な顔だ。
そんなになっちゃう? そんなふうになるような風景なんだ、地下世界って。
うー、気になるよー。
落胆しそうなのはガッカリだけど、それはそれとしてこの目で直接たしかめたいよー。
逸る心を抑えてひたすら時を待つ。
機器の画面に表示されている、チャージ状況? らしい数字は結構溜まってきているっぽい。
そろそろいいかなー? まだかなー? なんてソワソワしつつもレリエさんに僕は尋ねた。
「そろそろ離してもいいかなー?」
「ん……そうね、大丈夫。バッテリーに破損がなければいけるはず」
「やったっ! えーい!!」
少し考えてから、ついにOKを出してくれたよー!
すぐさま機器から手を離す、外の光景が気になるとか以前にずーっと触り続けてるのはしんどかったよー!
かれこれ一時間近くは触れ続けて、別に何かした感じでもないし力を抜かれたような感覚もないんだけどとにかくエネルギーをチャージしたのはたしからしい。
さっきは手を離した途端にパツーンと灯が消えたけど、今回はまるで問題なく明かりがつきっぱなしだよー。
「…………灯りは消えない。なら大丈夫ね。電源がグリーンになったあたり、たぶんもう100年くらいは充電しなくて良いはずよ、ここ」
「そんなにー!?」
「普通はここまで短時間でこうはならないはずなんだけど……?」
一時間だけのチャージで100年!? なんかよく知らないけどすっごい燃費だよー!?
あまりにもあんまりな高速ぶりにレリエさんも奇妙そうな顔をして首を傾げてるよー。怪しげに僕を見るけどやめてよー、僕何もしてないよー!
なんだか悪いことをした気になっちゃってあわあわする僕。レリエさんも慌ててごめんなさいってしてくれるけど、うー。自分でも自分が怪しくなってくるー。
そこをまあまあ、と言ってモニカ教授が割って入ってきた。にこやかに、朗らかに笑って僕を見て言ってくる。
「ホント、何者なんだろうねソウマくん。こんな見るからに巨大な塔を動かすだけの電力をたった一人、ものの一時間程度で賄うなんて。いや、人間なことに疑いはないけど……」
「けど?」
「……件の"軍荼利・葬魔計画"がどこを終着としたか、鍵はそこにある気がする。なんていうかね、ただ神を滅ぼしたかったってだけじゃない気がするんだよ、私には」
これまた意味深なことをー……僕を使った神殺し計画に、さらに奥深い目的があったとでも言うのかな。
だとしたらその目的に、僕が関わってたのはたぶん間違いないよねー。いくらなんでも僕がこんな、古代文明のエネルギーを賄えちゃうなんてどう考えてもおかしいしー。
そもそも、なんで赤ちゃんをわざわざ使う必要があったのかな。別に今見えてる塔内の機器みたいなの使ってさ、人間挟まずにやり遂げたりできなかったのかなー?
僕から取り出せる謎エネルギーについてとか、計画の真の目的? だとか。そのへんについてもレイアはいろいろ知ってるんだろうか。
もうここまで来たんだしそろそろ教えてほしいよねー。
「とにかくソウマ殿の手も空いたでござる。遅ればせながら拙者らも見に行くでござるよー」
「おお、そうだね、そちらがまずは先だ。いやはやついに分かるのか、古代文明の全貌が……!」
「みんなが言葉を濁していたものは、一体……?」
と、サクラさんが僕らに呼びかけてモニカ教授、シアンさんが続いて呼応する。ついに辿り着ける光景への期待に、みんなさっきの冒険者よろしく興奮を隠しきれない様子だよー。
僕とレリエさんも彼女らに続いて窓へと向かう。
さあさ、それじゃあ拝見させてもらうよ、古代文明の世界ってやつをー!
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古代文明の今だよー
仲間達とともに外の世界、地下世界を見る。
塔から放たれる光は暗闇の世界を太陽もないままに強く照らし、はるか地平線の向こうまでさえ明確に映している。
これならずいぶん遠くまで見られそうだよー。
意気揚々と視線を外界へ移す僕達。
するとすぐさま目に見えてわかるほどの異様な光景に、言葉を失うことになってしまった。
「…………!! これ、は」
「……樹海?」
「見渡すばかりの樹々、木々……」
そこにあったのは、一言で言えば自然だ。
濃い緑。地表をどこまでも埋め尽くす、異常繁殖したような木々の連なり。
まさしく樹海だよー。
どこにも人工物は見当たらない。樹海に呑み込まれたのか、はたまた潰されたのか。数万年も立てばそりゃあこうもなるかもしれないね。
古代文明の痕跡どころじゃない、人間の営みの痕跡さえ欠片も残ってないや。なるほど、これは冒険者達も微妙な反応を返すはずだよー。
だけど驚愕はそれだけじゃない。僕達より先に、視線を遠い彼方へ向けていたレリエさんが最初にソレに気付いた。
「あ、あれは……!!」
「レリエさん?」
「どこ向いてるでござる? ずーっと向こ──!?」
震える声で僕らを促す彼女につられ、地平線の彼方を見る。そして目に入ってきた光景に、僕らは今度こそ絶句した。
──暗雲にも似た巨体がある。陸地に大きく聳え立つ、黒い闇の塊だ。
雲じゃない。かといって山でもない。それはおそらく生物だ。顔がどこかとか、胴体とか手足がどこかが判然としないけど、それは明らかに生物のフォルムをしている。
サクラさんが、唖然とした様子で我を取り戻して叫んだ。
「な、なんじゃありゃ!? でござる! 雲!? いやまさか、や、山!?」
「にしては形がおかしい! ……まるで、動物のような」
「虫にも、獣にも、魚にも見える……けど、何か、残骸めいているような気がしますが……?」
黒ずんだ巨体は遠目からでは詳しいところはわからない。近づいて調べる必要があるだろうけど、少なくとも山じゃないのは間違いない。
いろんな動物の面影を残した、合体させたかのような奇妙で恐ろしい、見ているだけで背筋が凍りつくような姿をしてるよー。
アレが何か、知るはずもないけど僕にはなんとなく分かった。
きっとアレなんだ、古代文明を滅ぼしたのは。人に作られ、暴走して、そしてすべてを食らってみせた化物の中の化物。
アレを殺すために、僕はきっと生み出されたんだ。
「まさか、あれが、神?」
「そんな……あのようなモノが、人の手で生み出されたと!?」
「間違いないわ……わ、忘れるわけがない。あの姿、アレは紛れもなく私が、眠りに就く前に見たのと同じモノ。古代文明を滅ぼした、元凶!!」
「無限エネルギーを宿した、神……」
怯えも露にレリエさんが叫んだ。遠く、こちらを見ている冒険者達もやはりか、と息を呑む。
地下世界が作られるきっかけとなった、つまりは僕達の世界を生み出すきっかけとなった生命。あるいは本当に、僕らにとっての神と言えるかもしれない。
そんな生き物の成れの果てが、視界の先に映る巨躯だった。
そう……成れの果て。最初に見た時点でわかっていたけど、改めて認識するよ。
アレはもう、死んでいる。
「死んでる……っぽいでござるな? 劣化はあまりしてないみたいでござるが」
「うん、見るからに生命を感じない。アレは間違いなく死んでるよー」
「あの神の死をもってソウマくんが計画から解き放たれたと考えれば、骸は10年くらい前まで生きてたことになるからね。古代文明の痕跡そのものはどうやら数万年の時に呑まれて樹海に消えたようだけど、アレだけはつい最近まで生きていたことになる」
「劣化のなさはそのせいか……!」
生きている生命が放つ気配を、あの巨躯からは感じられない。もう完全に死んでいるんだと思う。サクラさんも同じ見解だし、そこは間違いないね。
モニカ教授の推論からすると、アレはつい10年前くらいまでは生きていたことになる。ついって言うには長い年月だけど、それ以前に何万年とかけてきたんだから誤差みたいなものではあるよねー。
もしかしたら実はまだ生きてて、僕や他の冒険者総出で戦わなきゃいけないとかって展開あるかも? みたいな心構えは一応してたんだけど、死んでるんならそれに越したことはないよね。
はーよかったーってみんな、安堵のため息を漏らして済ましてるんだけど……ただ一人、レリエさんだけはやっぱり異なる反応を見せた。
静かに跪き、両手を前に組んで祈りを捧げるように俯き出したんだ。
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そろそろ本題?だよー
「最近までずっと、生きていたのね」
「……」
「人の都合で生み出され、人の都合で使われて……天罰のようにすべてを滅ぼしてもなお、人の都合からは逃げられずに何万年も。神は、生き続けさせられたのね。生命を弄ばれて、そうして死ねなかった、ずっと」
跪いて懺悔するレリエさん。祈るように組んだ両手を、涙が何滴も垂れては濡らしていく。
古代文明が健在だった数万年前から、ほんの10年前まで生き続けてきた──生かされ続けた神。
滅ぼすものさえ失ってさまよい続けることとなった、あまりにも無惨で悲しい末路を迎えたその生物兵器の成れの果てが今、地平線の向こうに見える。
そのことに、レリエさんはどうしようもない哀切と罪悪感を握りしめるしかできないみたいだった。
咽びながら、許しを請うように謝り続ける。
「ごめんなさい……神様。私達かつての人間は、本当に愚かでした……!!」
「レリエさん……」
「無限なんてあるはずがないのに、目先の欲に走って……! そのひずみを、歪みをすべて生み出されただけの命に差し向けた! 神様も、ソウマくんも、私達のような愚かな人類がいなければこんな、こんな……!!」
……僕もかー。まあ僕もだよね、同じ名前をした計画の詳細を聞くにさ。
数万年、エネルギーを奪われてじわじわ弱り殺された神と数万年、エネルギーを奪うために眠らされ続けた僕と。どちらも古代文明人の都合によって生み出されて数万年という時に翻弄されたのは一緒と言えるかもしれないね。
でも、僕に関して言えばそんなに気にしないでほしかったりするよー。
彼女の傍に跪いて、その身体を優しく抱きしめる。罪に震えるレリエさんに、僕は語りかけた。
「レリエさん、僕はそれでも生まれてきてよかったって今、思えてるよー?」
「…………」
「あの神は知らないけど、僕については気にしないでよ。あなた達がいなかったら生まれなかった以上、これまでがどうであれ僕はただ、ありがとうってだけなんだからさ」
そもそも古代文明がなかったら、僕という命は今ここにいたかどうか。生まれていたかさえ怪しい。
それを思うと、あんまり卑下されるのもちょっともんにょりっていうか……僕を思うならそれこそ気にしないで欲しいかなーって思うからねー。
「そうだよ、そこはソウくんの言う通りだよレリエさん」
「あ、レイア」
「古代文明の為したこと、その功罪……論ずるには今を生きる私達にはあまりにも情報が足りないけれど。少なくともソウくんを産んでくれたことについて、私はそれだけでかの文明を肯定できる」
慰める僕の前に、他の冒険者達と一緒に塔内探検に出向いていたレイアがやって来た。見れば他の冒険者達も戻ってきてるから、一旦落ち着こうみたいな空気になったのかもねー。
まあ、ここに至るまでいろいろありまくったからここいらで一度地上に戻り、改めて地下世界調査チームを組むってのは必要だと思うし。
レリエさんに落ち着いてもらうためにも、ここはホームに戻るのがいいかも。
それを考えるとちょうどいいタイミングでのフォローだよレイア。グッジョブ!
「……そう。そう、ね。はるかな過去を、その善悪さえ含めて、後世に委ねる。それこそがあの時代を生きた、私の使命なのかもしれません」
「加えてあなたなりの新しい生き方を、できるだけ納得の行く形で過ごすこともね」
「そうだよレリエさん。誰にだって、幸せを求める理由と権利があるんだからさ」
二人がかりでの言葉に、少しは元気を取り戻してくれたみたいだ。レリエさんは軽く微笑みを覗かせて、涙に濡れた顔をハンカチで拭った。
ふー……焦ったよー。美女はやっぱり笑顔が一番、だしねー。
塔のエネルギーチャージなんかよりもよっぽど重要なミッションを成し遂げた達成感がある。レイアもどこか、ホッとしたように笑っている。
そんなレイアが唐突に、大きな声で僕に呼びかけたのはその時だった。
「…………さて! じゃあソウくん、そろそろ本題に入ろうか!」
「……えっ。本題?」
「うん! ここまでずーっとぼかし続けてきた、ソウくんに残された秘密のことだよ!」
今このタイミングでなんか言い出した! いやまあ、たしかにずいぶん待たせるなーって感じだったけどさ。
僕に残された秘密──主に塔のエネルギーを充填できたこととか、ナントカ計画の真の目的とか、かな。そのへんについてはレイア自身、さっきなんらかの確証を得たみたいだったけど。
いわゆる答え合わせ、今から言っちゃうのかなー?
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ラストバトル、だよ
「お、なんだなんだ"杭打ち"の秘密が明かされんのか!」
「塔やらなんやらについては今後ゆっくり調べられっけど、杭打ちの秘密はなかなか聞けねえぜ! おいみんな、杭打ちの隠しごとが明らかになるってよー!!」
「おおー?」
「なんだなんだー?」
話を聞きつけて冒険者達もゾロゾロやって来るよー。本当にもう、無闇矢鱈に好奇心が強いー!
これには新世界旅団の面々も苦笑いだし、レリエさんもあらあらって笑ってる。僕だってつられて曖昧な笑みを浮かべちゃうねー。
「あはは……まあ、どのみちみんなにも立ち会ってもらうつもりだったし良いんだけどね」
「そうなの? ……え?」
聞き捨てならない言葉。立ち会うって、僕の秘密についてかな?
にしてはなんかこう第三者的というか、見学してもらう的なニュアンスじゃなかった? なんだか嫌な予感がしてきたんだけど、レイアを見る。
薄く、優しく──そして闘志を秘めて。
微笑む彼女に全身が粟立って、僕はちょっと待ってと震える声で確認した。
「立ち会い?」
「うん。私とソウくんの、もしかしたら最初で最後になるかもな──決闘のね」
唖然。まさかの喧嘩だよー!?
決闘? 僕とレイアが? なんで? 何を今さらそんなこと、調査戦隊にいた頃だってしたことなかったじゃないか、決闘だなんて!!
意味の分からない提案だ。僕とレイアが戦う意味なんてどこにも少しばかりもない。いや僕が一方的に殴られるならまだしも、僕のほうからレイアに攻撃するなんて恥の上塗りだ、できるわけがないよー!
「決闘!? 戦うの、なんで!? 僕の秘密は!?」
「なんでってそりゃあ、3年前から今までの総決算のため、かなー? あと、ソウくんの謎については戦いながら説明するよ。そっちのが分かりやすいし」
「そっ……それなら、僕は何もしないよ。何もできない。レイアにただ殴られ斬られするよ。戦いにもならない」
意義を問えば総決算、だとか戦いながら説明したほうが分かりやすい、なんて意味ありげな言葉が返る。3年前から今までってことはやっぱり調査戦隊解散にまつわる話なんだろうけど……
それならやっぱり僕にはできないと、首を大きく左右に振る。筋が通らない。
僕は一方的な加害者で、恨まれる側で、何をされても文句一つだって言ってはならない側だ。
本当は再会してすぐに素っ首跳ね飛ばされても文句言えないくらい、レイア達調査戦隊メンバーに対して大きな罪を背負ってしまっている。
そんな僕が、決闘にかこつけて被害者にしてしまった彼女を攻撃する? できないよそんなこと!
だから僕にできるのは、戦いじゃない。ただ斬られ、突かれ殴られ痛みを受けてせめてもの贖いをするだけなんだ。
新世界旅団のためにも命だけはあげられないけど……それ以外ならなんだって差し出しても良いとさえ、今の僕には思えるよー。
「ソウくん……」
「今さら償うなんてできないよ、分かってるそんなこと。でもそれでも、僕にできることがあるならなんでもやるよ。命は、さすがにあげられないけど……」
「ソウくん。そういうところも含めての総決算だよ」
けれどレイアは、そんな僕をこそ否定するように告げた。僕のこういう、償いへの意欲さえ含めて彼女は、この決闘をもってすべてを精算するっていうんだ。
そのまま静かな眼差しで僕を見つめて、続ける。
「3年前。私"達"は過ちを犯した。取り返しのつけられない、大きな過ちを」
「達……って、レイア!」
「それぞれの罪だけじゃなく! 自分一人が悪いと思ってる、そんな君の歪みを正すためにも!」
なんで……自分達も悪かったって言うの? あの解散の流れの中に、レイア達が悪かったところなんて一つもないじゃないか。
ミストルティンがキレて離脱したのだって、僕がそもそもやらかさなければあり得なかったことだ。僕が調査戦隊に入らなければ。レイア達と出会わなければ。今でもみんな、仲良くともに冒険を続けられていたはずなんだ。
僕さえいなければ。
今ここにいること、生まれてきたことを喜ばしく思うけど、それでもたしかにこれも僕の本音だ。
そんな想いさえ見透かすようにして、あなたは……それでも言うの? リーダー。
「……私達が前に進むためにも。この戦いは必要だよ。お互い死力を尽くしてぶつけ合うんだ、何もかもを」
「…………」
「戦おう、ソウくん……ソウマ・グンダリ。私達の止まった時計を今、動かす時が来た」
必死ささえ湛えた目で、僕を見据える。レイアは本気だ、嫌でも分かるよ。
僕たちが、前に進むために。3年前に止まった時間を、動かすために。
──そう言われてしまうともう、僕には頷くしかできなかった。
レイアとの、一世一代の決闘、だよ。
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僕は僕が嫌いだよ
──君みたいな振る舞いをすれば少しは、こんな自分でも好きになれる気がしたんだ。
レイアとの決闘。急に決まったそれは一旦、この地下世界、いや迷宮からも脱出した先……いつもの見慣れた草原に行うこととなった。
紛れもなく大規模な戦闘になるだろうし、発生する被害などを考えると地下でやるのは本当にまずいからだ。
誰も、地下世界に隔離されたり大迷宮内で生き埋めになったりはしたくないからねー。
そんなこんなで地下世界から、えっちらおっちらと這い上がって僕らの一団は今、野外にいる。
気になる調査もろもろは一度切り上げてエレベーターで地下88階層へ戻り、そこから地下86階へ。そしてショートカットの出入り口をえっさおいさと登ってようやく、一人残らずの脱出を果たしたのが今ってわけだねー。
外はすでに夕焼け色、オレンジが空と大地とを染めて雄大だ。
思い切り未知なる冒険をしてきた僕達は、そんな美しい風景をこれ以上ないってほどの満足感と達成感で眺めていた。
「お、おお……懐かしいぜ、陽の光」
「って言ってももう夕方だけどね。でも、一日土竜してたからはんだかホッとするわ」
レオンくんやノノさんがしみじみつぶやく。新米冒険者の彼らにとっては、護られての随行とはいえそれだけでも神経を使い果たしたことだろう。ヤミくんヒカリちゃんの保護者としての参加、お疲れさまでした。
他の面子、新世界旅団のメンバーや戦慄の群狼、冒険者ギルド代表のベルアニーさんやシミラ卿も健在だけど結構くたびれてるみたい。
ヤミくんやヒカリちゃんに至ってはもうおねむみたいで、レリエさんやシアンさんにおんぶされて運ばれてるよー。
羨ましい! 代わって欲しいかもー! ……なんて、冗談ふかしてる場合でもないんだよねー。
草原にて、みんなと距離を取った場所に二人、立つ。
一人は言わずもがな僕、ソウマ・グンダリ。そしてもう一人は"絆の英雄"レイア・アールバド。
これから決闘するだろう僕達だけがみんなの元を離れ、互いさえもそれなりに距離を置き、面と向かい合っていた。
「……さて、ソウくん。準備はいいかな」
愛用のロングソードを抜き放ちながらレイアが話しかけてくる。戦意は十分、用意は万端って感じだ。怖いねー。
こっちなんて準備どころかモチベーションだってろくにないのに。まったくなんでこんなことになったんだよ、意味不明だよー。
ぼやくようにレイアに返事する。
「よくはないよ、いつだって……ねえ、本当にやるの? 僕を一方的に締めてさ、それで手落ちってしない?」
「しません。そんなの単なる八つ当たりだし、私がしたいのはそんなことじゃないからねー」
「八つ当たりって……正当な権利だよ、それは。君は、君達は僕に復讐する権利がある」
レイアだけでない、調査戦隊にいた人達を見て僕は言う。なんでかみんな、僕に対して敵意を持ってはいないけど……彼女だけでなくみんな、本当は僕なんて八つ裂きにしてもし足りないはずだ。
そしてそれは、決して理不尽な八つ当たりなんかじゃない。自分の都合を優先した結果、調査戦隊を破滅に追いやった我儘な子供に対しての正当な復讐だ。
他ならぬその我儘な子供本人がそう認識しているんだから、そこは間違いない。
だって言うのにレイアは悲しげに笑う。ウェルドナーさんも、カインさんもリューゼでさえも、それぞれ俯いたり瞳を閉じたり顔を顰めたりはするけど、殺意や憎悪を向けては来ない。
なんで? 惑う僕に、レイアは首を横に振って告げる。
「ないよ、そんなの……やっぱりソウくん、君は今すごーく歪んでる。自分のしたことを重く捉えすぎて、それに押し潰されちゃってるよ」
「押し潰される資格なんて僕にはないよ。だから調査戦隊を終わらせてしまったあとでも僕はずっと、挑み続けた」
──みんなの冒険を終わらせてしまった僕に、立ち止まる資格はない。
だからせめて迷宮へ挑むことだけは続けたんだ。贖罪ですらない自己満足だけど、それでもいつか、他の冒険者達に何か残せるものを見つけられるように。
せめて大迷宮内のモンスターを掃除くらいすれば、そのうち誰かの役に立てるかもしれないと思ったのもあるし。
新世界旅団に入ったのも、そのへんの想いが関係しているところはあるかもしれない。調査戦隊の後釜になろうってパーティの、冒険者としての後輩、シアンさん。
彼女を見てふとこう思ったのは事実だ──ああせめて、この人のために何かしてあげられたら。少しはあの日の償いになるだろうか。
そんなことを、ね。
「だけど結局、それだって僕の独り善がりだ。いつだって僕は勝手者だ。あの頃も今も、何も変わらない。心底嫌になるよ、こんな自分が」
「そんな自己否定ももう終わりだよ、ソウくん。君と想いを交わして、私達は互いを理解し合って、互いを許し合うんだ──ねえ、だからさあっ! そろそろ私の話を聞いてよっ!!」
俯く僕に、訴えるように叫びながらレイアは駆けた。夕焼けに映える、美しい英雄の姿。
僕もまた、咄嗟に杭打ちくんを構える。ああ、当たり前のように反応してしまうこんな僕が嫌いだよ。素直に斬られてしまえば良いのに。
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重力さえも立ち入れないよ
僕めがけて振るわれるロングソードを、杭打ちくんで受け止める。余裕だ。
レイアにしても小手調べ程度なんだろう、大した威力も込められていない、お遊びの斬撃だけど──
「やる気ないことばかり言って、実際、死にそうな顔しててもさ」
「……!」
「身体は勝手に動くみたいだね! やっぱりソウくん、君は本物の戦士だよ!」
それをもって彼女は僕の、頭ばかりじゃない部分の本音を見透かしたみたいだった。笑顔で指定してくる。
少なくとも身体はこの通り、向けられた攻撃に咄嗟に反応する程度には生きる気があって、活力だってあることを。
嫌になるよ。どんなに理屈こねて自分を否定しても、僕の身体はそれでも動くんだ。
本能の部分が叫んでいるんだよ……戦え! 良いも悪いもなくただ戦え! 生きろ! って。
僕は右手に握る杭打ちくんを振るった。ロングソードごとレイアを弾き返し、そのまま彼女の胴に照準を定める。
「まったく」
「! くっう!?」
「こんなことばかり上手くなる! 罪の償い方さえ知らないくせに、僕ってやつは!!」
嘆きとともに放つ杭打ち。それ相応の威力だけれどこっちだって小手先だ、少なくともレイアにコレは通じない。
ほら、実際に……ヒットの瞬間、彼女は即座に重力制御を用いて防御した。杭打ちくんと自分の間に薄い重力の壁を張って、衝撃を吸収させたんだ。大した技術だ、3年前にはなかったテクニックだね。
そうして僕の一撃を防いだレイアが、側面に回り込んで突きを放つ。シミラ卿かってくらいに正確で速く、そして今度は威力も在る。まともに喰らえばチクッと痛むくらいはするかも。
でも喰らってやれないよ。僕は今しがたレイアが見せてくれた技をそのまま使い返した。
「…………!? ソウくんも同じ技を!?」
「真似してみたよ。意外とやってみるもんだね」
「嘘ぉ!? どんな天才、それとも化物!?」
「化物ー!?」
刺突を完全に視認した。その向かう先を予測して、最低限度のブラックホール・シールドを展開する。
相手が突きを放ち、もう止まれないタイミングに合わせてだ。当然、レイアの攻撃は弾かれる──シールドのある部分めがけて突きを放ってるんだから当然だね。
見様見真似でも案外できちゃうもんなんだ。驚愕に顔を染めるレイアに向けて言ってみると天才はともかく化物扱いされちゃった。
ひどいよー……ひどいからもう一手打っちゃうよー!
「重力制御はお互い、あんまり良くないねこの場合」
「っ、何を」
「互いに攻防自在ってんじゃ千日手だ。だからお互い、強制的に使わないでいようか──!!」
どっちも互いの攻撃を一々重力使って防いでたんじゃ、それこそ日だって暮れるし夜明けも来ちゃう。それはギャラリー的にも良くはないよね。
だから僕は宣言とともに重力制御を使った。エウリデ全土の重力を把握して制御、誰にも何もできないように防備を固めたんだ。
これによりレイアはおろかギャラリーのリューゼだって重力に何もできない。かく言う僕も、エウリデ全土の重力を掌握するのに手一杯で他の操作は何もできそうにない。
よし、成功。これこそがいいんだ。重力制御は互いに禁じ手としたいなら、強制的に誰も使えないようにすればいい。
簡単なことだねー。
「っ!? 重力制御ができない! こ、こんなことまでできるのソウくん!?」
「なんとなくだけどねー。実際、使えないと割と困るでしょ、レイア」
「……だね。まったく、いとも簡単に人の切札を潰してくれるよ」
「レイアが望んだ戦いだからねー」
本当はしたくないけど、やるとなったらやるしかない。少なくとも僕の身体はどうしたって迎撃のために動くし、レイア本人がそれを望んでいる。
心は……痛むけど。素直にやられてしまえってずっと叫んでいるけど。けれど裏腹の、強いやつとの戦いに胸踊る感覚が生まれているのもまた、事実だ。
なんて勝手なやつなんだよ、僕は。あまりに身勝手すぎて、泣きたくなってくるよー。
思わずして、気持ちを吐露する。
「この期に及んでまだ僕は、償うことから逃げてるのかな? ……分からない。どうすれば僕は調査戦隊のみんなに償える? あの時僕は、本当はどうすればよかった? そんなことばかりこの3年、ずっと考えてきた」
「ソウくん」
「もう、自分でも何がなんだかわけがわからないよ。どうすれば僕は、何をすればいい……?」
「──ソウくん!!」
助けを求めてどうなるんだか。そう自嘲しながらも嘯けば、レイアはまたしても斬り掛かってきた。
まるで手を差し伸べるかのようにロングソードが奔る。僕はそれを、まるで手を払い除けるように杭打ちくんで迎え撃った。
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お互いにとっての地獄、だよ
今度は重力制御なんて使っていないけど、身体強化と武器強化は健在だ。こっちも正念を入れて対応しないと杭打ちくんごと押し切られかねない威力。
切札を一つ失ってなお勢いを増すレイアは、攻撃とともに僕に向け、必死に訴えかけてきていた。
僕の犯した罪と、その償いについてを。
「償い方を分からないんじゃないよ、君は! 勝手に罪を重く見て、勝手に背負って、それで本来課されるべきものを見誤ってるだけ!」
「何を……」
「ありもしない罪の幻影に押し潰されて、ありもしない償いを求めるからわけわかんなくなっちゃうんだよ!!」
猛攻、そして叫び。
彼女はまさしく自分の考えを理解してもらうために今、僕に向かってきているんだ。僕は償い方を知らない分からないじゃなくて、まずはそもそものところ、犯した罪は何なのか考えるべきなんだって。
意味が分からない……そんなの明白だ。僕がみんなより孤児院を取って、調査戦隊を壊滅に追いやったこと。それこそが罪だ。
孤児院は見捨てられなかった。そこについて僕は何一つ後悔してないけれど、それでももっと他にやりようはあったんじゃないかって、そこは今でも悩んでいるよ。
そう、だからこそ分からない。調査戦隊を護りつつ孤児院を選べる手はなんだった? 仮にあるとして、その手段をどうやれば僕は、選べた?
そこさえわからないから償うことさえできないでいるんだ。そんな気がする。僕は、振るう杭打ちくんで、レイアを払いながら応えて叫ぶ。
「でもね、現実に僕は調査戦隊を滅ぼした! それがすべてだ、僕の罪だ! だったら償いはなんにせよ、しなくちゃいけないだろ!?」
「そこからして違う!! 君の罪は調査戦隊を解散させたことでもなければ、ましてや孤児院を選んだことでもない!!」
「何を……!」
レイアも僕に打ち払われる度、負けじと超速度で接近してきてはロングソードを振るう。ぶつかり合う得物同士、その度に地面が破れ大地が裂けて、暴風が巻き起こる。
観客の冒険者達も十分な位置を取りつつ、それでも被害を受けている。揺れる地面に足を取られて、吹きすさぶ風に身体を飛ばされて。
「うおああああああっ!?」
「な、なんて戦いだ!? 台風と地震が、いっぺんに!」
「こ、これが冒険者"杭打ち"と"絆の英雄"の戦い……」
「世界最強の2人の、ぶつかり合いでござるか!!」
知った顔も叫べば、知らない顔も喚く。みんな、僕とレイアの戦いの規模に恐々としているみたいだ。
さすがにタイトルホルダー同士はね、ぶつかるとこうもなるんだよ! だから嫌だったんだ、絶対に周囲に被害が及ぶから!!
僕は多少なりとも周囲に気を遣うけど、レイアはまるきり気にせず向かってきてる。
3年前と、立場が逆だ……! あの頃は僕こそ何も考えずに好き放題して、レイアはそれをずっとフォローしてきてくれた!
なんでこんな、合わせ鏡みたいになるのっ!? 混乱と戸惑いの中、杭打ちくんでロングソードを迎え撃つ。
「聞きなさい、ソウくん! 大切なもの二つを秤にかけるのも、より大事なほうを選ぶのも生きてれば当然あるんだよっ! 君だけの話じゃない!!」
「っ!?」
「そして選ばなかったほうがどうなったかを、どうすればよかったかをあとになって悔いることだって当たり前! そんなの罪でもなんでもない、生きてる限りいつだって誰にだってついてまわる話なんだよっ!!」
力強く断言する彼女に、二の句が継げない。
当たり前? こんなことが? 僕のした最低な行為が、そしてその結果生まれた罪悪と後悔さえも生きる上で当然のこと?
……そんなはずがない。あるもんか、そんなこと!
「嘘だ! それは優しい嘘だよレイアの! 僕を慰めるために言っている!!」
「そう思いたいのは分かるよ! 自分で自分がどうしたって許せない君は、どうしても自分を傷つけたがっているから!」
雄叫び否定すれば、倍ほどの声量で言い返される。その声に込められた気迫に、思わず後退りしてしまう!
いけない、ここで気負いで負けるわけにはいくか! 僕の贖罪は、ちょっと優しくされた程度で揺らいで良いものじゃない!
吹き荒れる風に帽子が飛び上がる、素顔が丸見えだけどもう知るもんか。
嵐めいた夕焼けの草原の中、レイアを睨みつければ──負けじと彼女も僕を睨みつけ、射殺さんばかりの眼光とともに続けて叫んだ。
「でも本当だよ! 私だってそうだったからね、この3年!!」
「レイアが? 何を悔やむ必要があるの──!」
「どうすれば調査戦隊の解散を、ソウくんが思い詰めるのを、防ぐことができたのか! リーダーだったくせに何もできず崩壊を見ているだけだった私にとっても、あれからの日々は地獄だった! ……地獄だったんだよ、ソウくん」
「……!!」
もはや感極まってか涙さえ流しながら、レイアは最後には消沈してつぶやいた。
レイア……君がどうして、そんなふうに苦しむの?
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僕が犯した本当の罪
3年前の調査戦隊解散から今に至るまで、地獄だったと泣き叫ぶレイアの姿に僕は、激しく動揺する自分を自覚していた。
あれからの日々……こないだの話からするに、レイアはそれでもうまいこと生きてこれていたはずだ。海を渡って古代文明の資料室を発見して、その研究に注力して謎を解き明かした。
見事なまでに充実した日々に思える。その話を聞いて僕は、こんなことを考えること自体ふざけてるんだけどホッとしたのも事実だよ。
良かったって。レイアはたとえ一度すべてを奪われても、すぐにまた立ち上がることのできる本当の英雄だったって。奪った側が絶対にしちゃいけない考えなのはわかった上で、それでもそう思ってしまったんだよ。
なのに。
なのになんで、この3年を地獄だったと言うの、レイア……!?
「調査戦隊の仲間達が、エウリデ王国への対応をどうするかで分裂して、仲違いして……最後には空中分解しちゃった。それをただ、指を加えて眺めているだけだった、私……!! この3年、後悔ばかりだったのは私もだよっ!!」
「そんなことないだろ!? レイアも必死にみんなを繋ぎ止めようとしていたって、そう話を聞いてる!」
「しようとしていただけだよ!!」
剣戟が、苛烈さを増す。鬱屈した感情が温度を上げるのに比例して、攻撃の鋭さが、強さが、込められた気迫が! 強くなる……!
これは……この威力は、僕をも超える……!?
杭打ちくんが徐々に追いつかなくなる。今はまだ対応できているけど、少しずつ圧倒されていく。
この3年、僕はずっと戦ってきた。反対にレイアは研究に専念してきて、その分だけ実力だって開いているはずだ。なのに押されている。
気持ちで、負けかけている?
斬撃の猛攻に、マントがドンドン傷付けられていくのに焦りを感じる僕へ、レイアは叫びから一転、静かにつぶやくように告げた。
「実際はね、ソウくん。もう諦めてたんだよ、ソウくんが調査戦隊を黙って抜けた時点で。ああ、もう駄目だな、終わりだな──そう確信しちゃって、何もできなくなっちゃった」
「僕が……抜けた時点で」
「だってそうでしょ? リーダーのくせに、仲間のくせに、メンバーが抜けるかもって一大事を何も知らないままだった私達。あとになってどれだけ悔やんだって揉めたって全部手遅れだよ」
涙を流しながら、けれど何も色のない表情。完全なる虚無の顔をして、レイアは凄絶な言葉を放つ。
僕の離脱が、レイアに調査戦隊の存続そのものを諦めさせていた。いろいろ動いていたのも実のところ諦念が先に来ていて、本心からのものではなかった。
信じられないよ、そんなの。
レイアは絆の英雄だ。どんな時でも友愛を重んじ絆を信じ、だからこそ多くの人が、英傑達が彼女を慕ってついていく。金や名誉よりなお尊く輝く絆の集約者──それが彼女のはずだ。
鍔迫り合いの中、愕然と彼女を見る。絆を愛し絆に憧れた、そんな君に誰よりも憧れた。
なのに今では、君は君自身を否定するの? 僕の、せいで?
彼女は薄く笑う。
「"絆の英雄"? 笑わせるよ、何が……助けを求める声にも気づかずに、手遅れになってから騒ぐみんなを見ているしかできなかった分際でさあ。それでそこから先はもうだめ、何をしていてもずっと、あの頃の思い出と後悔が滲んでは染みて……っ!!」
「ち、違う。それは、僕がみんなに何も言わなかっただけで。 僕が悪いんだ! 僕が、誰にも何も言わなかったから」
「そうだよ! そこはそのとおりだっ!!」
震える声でつぶやけば、レイアは激高してさらにロングソードを奔らせる。駄目だ、杭打ちくんが間に合わない!
一閃、二閃。三閃目はどうにか杭打ちくんで払い除ける。けれど二撃も受けてしまった、マントの下、服が破ける。身体強化はしているけど、相手も武器強化しているからダメージは通ってしまった。
血が、滲む。
けれどその痛みやショックさえ気にならないほどの言葉が、彼女の口から発せられていた。
「ソウくん! 君の罪は卑劣な脅しに屈したことでも、その結果調査戦隊を解散させたことでもない!! ────仲間にせめて一言だって、相談しなかったことっ!!」
「!!」
「君さえ言ってくれていれば! せめて助けてくれの言葉さえあれば!! みんなで支えられた! 何か別の方法を考えることができたんだ!!」
調査戦隊と孤児院を秤にかけた。
そして孤児院を取り、調査戦隊を捨てた。
その結果、調査戦隊を解散へと導いてしまった──
それらすべてが問題ではない。
そもそも秤にかけざるを得なくなったこと、どちらかを選ばざるを得なくなったこと。
それらすべてを、誰にも何も相談しなかったこと……それこそが僕の唯一にして最大の過ちだと、レイアは叫ぶ。
「そんなに私は、私達は頼りなかった!? 仲間と思ってたのにそうじゃなかったの!? 君にとって調査戦隊は、信頼もできない間抜けの集まりだったの!?」
「れ、レイア……」
「答えろっ! ソウマ・グンダリーッ!!」
怒りと哀しみの嘆き。
込められた感情の大斬撃を、僕は今度こそ、袈裟懸けに直撃してしまった。
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遅すぎた気づき、だよー
「ぐう────ッ!?」
袈裟懸けに受けた大斬撃。レイアの想いが嫌ってほどに詰め込まれた、怒りと哀しみ、そして嘆きの一撃をもろに受けて僕は吹き飛ばされた。
杭打ちくんをも手放すほどの衝撃、大幅に後退する僕。どうにか倒れることだけは避けて片膝を付けば、直下に生い茂る草原が赤く濡れた。
そして痛み。出血している。
致命傷ではもちろんない……こんな程度で簡単に死にはしない。死にはしないけど、当然ながら傷は負う。
傷を負えばもちろん、血だって出るわけで。そうなるとまあ、痛むくらいはする、よね。
「ソウマくんっ!!」
「ソウマ殿っ!?」
血飛沫を撒きながら草原に膝をつく僕に、シアンさんとサクラさんの悲鳴が聞こえた。
傍から見ればそれなりのダメージだ、叫ぶのも分かるよー……でも大丈夫と、僕は彼女らに向けて手を翳した。制止したんだ。
まだ勝負はついてない。駆け寄ってこられたら、巻き添えになるかもだからさ。
「ッ……」
「答えて。私達調査戦隊は、あなたにとってなんだったの?」
ゆっくりと立ち上がれば、レイアは僕がいた位置に立ったままロングソードの切っ先を向け、静かに問いかける。
僕にとって調査戦隊とはなんだったのか──涙に濡れた痛ましい顔で、そんなことを。
そんなに仲間を信じられなかったのか。なんて、思いもよらない言葉だった。
むしろ逆だった。信じていた。だから僕一人くらい抜けたってなんの問題もないってそう思って、僕はあの脅迫を呑んだんだ。
でも……もしかして、僕は。レイアの言葉にふと、惑う。
何か、取り返しのつかない思い違いを、していたんじゃないのか?
「レイア、僕は……信じていたよ。僕が抜けてもみんな、調査戦隊は大丈夫だって。相談、しなかったのは、それは」
「それは、何?」
「…………みんなの迷惑に、なるから。っ、え?」
震える声で、つぶやく。自分で自分の言葉が、おかしいことに今さら気づく。
みんなの迷惑になると思って僕は誰にも何も言わなかった。それでもみんな、上手くやってくれると信じていた。
でも、それはおかしかったんじゃないの?
みんな上手くやってくれるって本当に信じていたんなら、僕はどうしてみんなの迷惑になる、なんて思った?
みんなのことを信じていたなら、それこそ──
血の気が引く。あまりにも遅い、遅すぎる気づきだった。
僕はみんなに何をした? 秤にかけたとか裏切ったとか、それ以前の問題なんじゃないのか?
僕は────
「────誰のことも信じてなかったから、何も、言おうとしなかっ、た?」
「私は、私達はそう受け取ったよ。ソウくんは実のところ、私達のことなんて仲間とも思ってなかった。彼の信頼は、本当の意味では存在してなかったって」
「ち……ちがう、ぼくは……」
声が震える。足元が覚束ない。視界が、ぐねぐねする。
僕はみんなを、調査戦隊の仲間を仲間だと思ってなかった? だから一切頼らず、何も話さずすべてを勝手に終わらせた?
そんな、だったら、それは──それって、秤にかけたとか以前の問題じゃないか。
もっと前。調査戦隊に入る前。レイアに出会って勧誘された、その時点から僕は。
僕は調査戦隊を、裏切っていたってことなんじゃないか。
「…………分かってる。分かってるよ、ソウくん」
そこで不意に、レイアが微笑んだ。悲しげな笑み。
やるせないとばかりに首を左右に振って、そして告げる。
「ソウくんはね。仲間も、信頼も、本当の意味では理解してなかったんだ。今なら分かるよ」
「…………レイ、ア」
「ずっと一人で生きてきた君に、いきなり他者を信じろ、仲間と思え、絆だと知れ、なんて……あまりにも無茶苦茶な話だった。君の来歴を知れば知るほど、私達の求めたものの傲慢さ、残酷さを知ったよ」
だから、そこはごめんなさい、と。
頭を下げるレイアに、僕はもう、何も言えない。
汗が流れる。息が荒い。僕自身、気づいていなかった僕の過ちに気づいて、目眩がする。
本当の意味では誰も信じていなかったから、僕は、どうせ誰に相談しても意味ないって思っていたから、僕は。
すべてを勝手に決めて、すべてを勝手に終わらせた。そうするべきだと思い込んで、そうして良いんだと勝手に信じて。
目が覚めた気分だ、最低の心地だよ。レイアの斬撃を受けてなお、すでに回復している傷の跡に触れる。
かすかな痛み──どうにか正気を保つようにそこをぐっと握って僕は、浅い吐息を繰り返した。
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みんなの声が聞こえるよー
罪とするところが根本的にズレていた。レイアの言うことが今ならよく分かる。
孤児院と調査戦隊を比べたことなんかじゃない。そもそも調査戦隊を仲間とさえ思っていなかった。大切なものだと思ってこそいたけど、それでも信頼する相手とも、相談できる人達とも思ってなかったんだ。
あれだけ絆を掲げていたみんなに対して。僕も、その輪の中にいたのに。僕こそが誰よりも、絆を軽んじていたんだ。
その結果が今のこれ。僕は独り善がりにすべてを壊して、そしてその糾弾のため、3年の時を経てレイアが目の前にいる。
「僕、僕は……なんて、ことを。そんな、つもりじゃなかった。なかったのに、なんで、なんで」
大事だった。大切だった。そのつもりだった。
……所詮つもりはつもり、だった。結局僕は誰一人、何一つ本当の意味では大事じゃなかった。
だから平気な顔をしてみんなに告げない、それで僕だけ抜ければすべて丸く収まる、なんて考えていたんだ。
なんてことをしてしまったんだ。
ここまで言われてようやく理解した僕の、本当の罪。その真実に頭の中がグチャグチャになる中で、レイアはけれど、静かにつぶやいた。
すべてを飲み込んだ、そんな微笑みで。
「ソウくん、聞いて。私達はお互い、罪を犯した」
「あ……う、う」
「ソウくんは私達になんの相談もしてくれなかった。一緒に悩もうとも、抱えようとも、解決しようとも言ってくれなかった。そして私達は、それを言わせなかった。みんな口先だけで君に絆を持ちかけて、理解させたつもりになって、いい気になって君のことを一つも理解しようとしなかった」
「そんなことっ! ぼ、僕は、僕が」
「真実だよ。これが調査戦隊の真実。絆なんて嘯いて、それを人の事情も斟酌せずに押し付けて……上っ面の、薄っぺらなものを大事にしてしまった結果、本当に重要なことを見落とした末に自滅した愚かな集団。それが大迷宮深層調査戦隊なんだ」
「…………!!」
あまりにも自虐に走るレイアに、何も言えない。その資格がない。
彼女にここまで言わせたのは僕だ。言いわけのしようがない。絆の英雄に、誰よりも仲間を愛した人に、それらを上っ面の薄っぺらだとまで言わせてしまった。
あまりにも申しわけない。血の気が引くとともに歪む視界、潤む地面を見下ろす僕に、けれど、と彼女の声が響いた。
「────けれど。私はようやくだけど気づいた。ソウくんも、時間がかかったけど分かってくれたと思う。なら、ここからやり直せる」
「……やり、なおす?」
「調査戦隊じゃない。絆の英雄とかレジェンダリーセブンとかでもない。レイア・アールバドとソウマ・グンダリはお互い、ようやくリスタート地点に立てたんだ。すべてを知って、過ちを悔いて。それでようやく私達は0に戻れたんだよ」
その声の明るさが、ひどく場違いに思えた。涙を拭いて顔を上げれば、少し離れたところには笑顔。
太陽よりも眩しくて、花のように可憐で。あの頃たしかに憧れた、レイアの笑顔がそこにあったんだ。
「やり直そう! お互い、みんなひっくるめてもう一度ゼロから! ついに地下世界にも到達できたし、冒険はむしろここからが本番だよー!?」
「レイア……な、何を言って」
「暗い話はここまでって言ってるの! ここからは未来の、明るい話をするんだ! ──未来に進もう! 後ろ向きでも、俯いていても雨が降っていても。私達の時間はいつだって明日に向かっているんだ!! だったら私達は雨に打たれてもなお、地獄の底にあってもなお、明日を夢見て生きていくことができる!!」
力強い言葉。過去に立ち返り、振り返り、そして後悔して反省した彼女の、どこまでも突き抜ける蒼天のような声。
僕に、調査戦隊に勧誘してきた時のようだ……あの時も僕はこうして、彼女を見上げ、彼女はこうして、笑っていた。
「絆の英雄の言う通りだぜ、杭打ちー!」
「ちょっとくらいの行き違いで思い詰めてんじゃねえよ、それでも冒険者かー!?」
「ソウマさん、ソウマさんならきっとやり直せるよ!」
「つーか化け物みてーに強いくせして何凹んでんだ! 万年底辺冒険者舐めてんのか、あーっ!?」
周囲の冒険者達からも飛んでくる、野次……めいた声援。
いやもうほとんど野次なんだけどさ。それでも僕に対して、エールを贈ってくれているのが分かる。
「ソウマくん! 君は真面目すぎるんだ、もう少し楽に考えると良い!」
「そうよ、ソウマくん……人は何度だってやり直せる。私達古代文明人も、そうやってどうにか後世に何かを残せた」
「とりあえず目の前の英雄ぶっ飛ばせでござる! なんかさっきからドヤ顔で説教垂れてるの腹立つでござる! ござござ!」
「えぇ……?」
新世界旅団の仲間達からも、温かい言葉が投げかけられる。一人を除いて。
いやいや、サクラさん怖いよー……レイアの態度に腹立ててるよー、案外血の気多いよー……
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今一度、人生という冒険を始めるよー!!
僕にかけられるエール、応援、あと野次。
いろいろあるけどみんな、僕の再起を促すものだ──励ましとか、叱咤とか。そういうのばかり。
「やはりまだまだ子供と言うべきかな……アールバドもだが。ま、所詮その程度のことだ、人生においてはな」
「誰も死んでない時点でそこまで気に病む話でもない、といいつつもレイアの苦しみを思えば、やはりグンダリはいっぺん死んでこいと言いたくなるが、ううむ」
「我が友! 立ち上がり、そして戦え! 他の誰でもない自分自身のために!!」
「ソウマ……どんな苦しみにも報いがある。どんな夜にも明け方がある。今がきっと、お前にとっての何度めかの夜明けなのだ」
「つーかグチャグチャ言ってねえでさっさと戦えやコラァ!! いつまで凹んでんだコラァッ!!」
ベルアニーさん、ウェルドナーさん、カインさん、シミラ卿。あとリューゼ。
昔からの知り合いがそれぞれ、いろんな想いを投げかけてくる。
「ソウマー! なんかよく分かんねえけど、お前はスゲーやつだ、自信持てー!」
「あんたよくあの状態の2人に声かけられるわね……でも私も。負けないでね杭打ちー! 応援してるわよー!」
「ぴゃわわわわわ、ぴゃー!」
「マナさん!?」
「事態についていけず壊れた!?」
煌めけよ光の5人。最近出会って、それでも友達になれた人達。
なんか一人、場の空気に押しつぶされてるっぽいけど大丈夫? 僕よりそっち心配したほうがよくないー?
「……ソウマくん」
「シアンさん……」
──そして、シアンさん。
折れていた僕に、潰れてた僕に新しい道を示してくれた、団長。
レイアにもどこか似た、けれどレイアにもない輝きを秘めた、今はまだ未熟な冒険者。
だからこそ、今の僕には泣きたくなるほど眩しいその人が、僕をまっすぐに見つめる。
風の中、揺れる草原にしっかりと立ち。
誰よりも凛とした気迫を放つ彼女が、そして叫んだ。
「冒険とは、未知なる世界に触れること! 冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること!」
「…………!!」
「そして! ……冒険とは、何度立ち止まってもまた歩いていく、私達それぞれの人生そのもの。幾度となく挫折して、それでも夢を見ることだけは止めない。それこそが私達であり、私達の冒険そのものだと信じます」
かつて、レイアが僕にくれた言葉、だけじゃない。それを踏まえて、今また、シアンさんが僕に教えてくれている。
冒険──人生。冒険者だけじゃない、誰もが何度でも何かの拍子に立ち止まり、休んで、また進みはじめる。
「例外はありません。生きとし生けるものすべて、何度でも躓き、またいつか、どこかを目指していくのです。終わりを迎えるその時まで、冒険は続いていく」
「シアン、さん」
「あなたの冒険が、今こそ再び始まるのです! ……私達新世界旅団と一緒にね。つまずくにしても、歩き出すにしても、一人じゃなければきっと楽しいでしょう?」
最後には花咲くようにニッコリと笑う彼女に、僕もまた、微笑みを返した。
そう、だね。そうだよ、そうなんだよ。彼女となら、彼女達となら、僕はきっとまた、歩き出せる。やる気なく、死んだ目で足踏みだけしていた3年間を、終わらせられる。
ゆっくりと立ち上がる。レイアによる斬撃のダメージはまだ残ってるけど、それ以上に心が晴れ渡る。
レイアを見据える。優しく微笑む彼女もまた、きっと僕がまた歩き出すのを信じてくれている。新世界旅団だけじゃない。調査戦隊のみんなも、また、僕にとっては……
「本当に、かけがえのない宝物だったんだ……それでも僕は、向き合い方を知らなかった。3年前にあったことは結局のところ、たったそれだけのことなんだろうね、きっと」
「そう、かもね。お互いにきっと、そうだ」
「でも、僕はようやくそれを知れた。時間がかかっちゃったけど、それに気づけた。なら、今ならたぶん、ゼロに戻れる」
マントを脱ぎ捨てる。帽子はとうに風に吹き飛ばされていて、素のままの僕、杭打ちじゃない冒険者ソウマ・グンダリが姿を表す。
夕日が沈みゆく。草原が揺れる。静かに流れる時の中、そして──
僕は"利き手である"左手を伸ばした!
「杭打ちくん!!」
「ッ!?」
遠く、僕が吹き飛ばされると同時にあらぬ方向へ弾かれ横たわる相棒へと手を伸ばせば、左腕から青白い稲妻めいたエネルギーが迸って放出される!
初めての業だ──今ならなんとなくできる気がした。伸ばしたエネルギーは杭打ちくんを包み込み、そして僕の元へ、左腕へと引き寄せられる!
「な、なんだっ!?」
「グンダリの腕から、なんだ!? 何が出た!?」
「あれは……嘘、まさか……!!」
周囲の冒険者達が驚く中、レリエさんだけはなんだか見覚えありそうだね。
僕にも説明してほしいよー、正直できる気がしたってだけでまさか本当にできるとは思ってなかったところあるから、正直ビックリしてるよー。
ともあれ恥をかかずに済んだぞヤッター! と思いながら、エネルギーに掴まれこちらにやってくる杭打ちくんを華麗にゲットー!
ふう! マントも帽子もない、おまけに3年ぶりに利き手での杭打ちスタイル!
──これこそ調査戦隊時代の"杭打ち"、ソウマ・グンダリの姿だよー!!
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再起のための戦いだよー
「ソウくん、今のは……!」
「何が本当の過ちだったのか。それは分かった」
静かにつぶやく。周囲のどよめきとは裏腹に僕の心はひどく、自分でも驚くほどに静かにかつ、澄み渡っている。
まるで青空を、雲一つないそれを見上げた時のような気持ちだ……いや嘘。さすがにちょっと雲は残ってる。僕の本当の過ちとか、その根底にあった無理解とか、相互不信とか。
でも、そういうのも含めてひどく晴れ渡っているんだ、僕の心は。この3年どころか生まれてから今まで、一度だってなかった気持ちだ。
赤子が生まれた時ってこんな気分な気がする……とさえ思いながら、僕は続けて言った。
「それを踏まえて、3年越しだけどまた、立ち上がって歩きだそうって気にもなれたよ。レイアやみんなのおかげだ……今さらだけど、本当にごめんなさい。そして、ありがとうございます」
「……」
「そして。とりあえず、さ。この戦いに勝つことで、これまでのすべてにピリオドを打ってこれからをまた、始めるよ」
ここまでして僕を再起させてくれた、レイア。応援してくれている、みんな。そしてそれらに応えたい、報いたいと思う、僕自身。
……もう、裏切れない。裏切りたくない。そう思っていてもまた間違えて、裏切って、そして見限られることもあるんだろう。だけどその度にまた、何度でもやり直せばいいってここにいるみんなが教えてくれた。
誰一人として、何も裏切らず、間違えず、見限られたことのないものなんてないんだ、きっと。
それでもなお立ち上がり、歩き出せる。それこそが人生であり、レイアの言葉を伝えた僕に、シアンさんが教えてくれたものなんだと思う。
だから。今ここでまた、立ち上がって歩き出すために。
やり直せない想いさえ背負って、やり直すために────まずはレイアを乗り越えてみせるよー!
「ソウくん……!!」
「レイア。ここからが本当の僕だよ。さっきまでみたいに上手に押し切ろうだなんて、思わないことだね……!!」
驚愕に目を見開くレイアに、左手に持った杭打ちくんを向けてニヤリと笑う。
ずいぶん時間がかかったけど。ずいぶんカッコわるくて最低な僕だったけど────ここから先は、すべてをぶち抜く最高のソウマ・グンダリだ! カッコいいかどうかは知らないけど!
腕から放ったエネルギーは、今や僕の全身から噴き出している。異常な状態、なのにこれまでにないくらい調子がいい。
それに何よりしっくり来る。まるで、今までの僕が本調子じゃなかったくらい、今この状態こそが当たり前だと感覚的に理解できる。
なんだか笑っちゃうよ、不思議と胸が高鳴るんだ。
恋のときめきのように、この力を思う存分使ってみたくてたまらない。もちろん、やりすぎない程度にだけどねー!
「行くよ!」
「! くっ……!?」
胸踊る感覚のまま、滾る熱に身を任せて踏み込む。一歩、それと同時に放つエネルギーをレイアへ向ける。
稲妻のような青白い光は彼女を貫くかのように勢いよく奔るけど、目的は拘束だ……避けられることさえ知ってるよ。
レイアは余裕を持って右側へ飛んだ。それも理解している。ゆえに踏み込んだ先、一瞬で距離を縮めた先は何もない草原──レイアが光を回避して、ステップを踏んだその地点!!
「は、ぁ────!?」
「遅いよー!!」
至近距離! 回避したと思ったらいつの間にか懐に潜られていたレイアの驚きを見上げ、僕は右腕を振るう。
杭打ちくんを持たない素手のほう、コンパクトに体を回転させて、その勢いで垂直にアッパーを放つ!
「っ!!」
「そう来るよね、だから!」
顎に向けての攻撃を、咄嗟に顔をわずかに逸らして回避するレイア。それも知ってる。だからすでに僕は、次の行動に入っているんだ。
アッパーの際、回転させた胴体。それと同時に引く動作で僕は左腕を構えている。そう、杭打ちくんを。
攻撃を回避するってのは、それが紙一重なら紙一重なほど、次の攻撃は避けきれなくなるものなんだよ。
先読みしてのアッパーをギリギリ避けたその身体で、返す刀の杭打ちくんまで避けきれるかどうか。少なくともそう簡単には逃れられないつもりの2連撃だよ!
「避けられるかな? レイア!」
「何を、バカにしないで──!!」
それでもさすがは元調査戦隊リーダー、現レジェンダリーセブン筆頭のタイトルホルダー! レイアはほぼ直感的だろう動きで、僕の攻撃に対応してきた。
アッパーを避けた都合、上体を逸らした体勢でそれでもロングソードを盾にしたんだ。見えてないだろうにドンピシャで杭打ちくんの攻撃の芯を防いできてる、すごいよ!!
「ぶち抜け、杭打ちくん!!」
「防げずとも、流す……ッ!!」
ロングソードごとぶち抜きたいけど、迷宮攻略法で武器強化はきっちりしている。杭打ちくんから射出された杭を完全に受け止めるレイア。
ガキィィィィィィン! ──と甲高い音を立てる杭と剣、そしてそのまま振り抜く僕に合わせて、レイアは対抗せず押されるままに押し込まれる。吹き飛ばれるようにして結局、彼女は僕の射程から逃れてしまった。
防御するとともに相手の勢いを利用して距離を取る、原理は簡単だけど実際にやるのは結構高等な技術だよー。
お互いに武器を構え直す。完全に仕切り直しになった今、ここからが本当の試合ってわけだねー。
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謎パワーの正体だよー!?
踏み込みとともに加速! レイアに向かって飛びかかるように高く跳ね、襲いかかる。
いつもの僕ならこんなことはしない。重力制御が使えるなら空中を自在に動き回って敵を翻弄するやり方もできるけど、今は使えないからね。
そうなるとわざわざ天高く飛んだ敵なんて絶好のカモだよ、姿勢制御も方向転換も落下タイミングさえ調節できないなんて、こんな狙いやすいやつもいないからねー。
「バカにしてるの、ソウくん!?」
「まさか!」
怒ったように構え、落下する僕に狙いを定めるレイアだけど当然、何も考えずにこんなことをしたんじゃない。
僕から迸るなんかよくわかんない謎エネルギー、自分でも不思議なくらい手足同然に自由に使えるソレで、僕は自分の周囲に足場を作る!
「な────!?」
「甘いよ、レイア!」
足場を蹴って方向転換、レイアの放つ突きを避けるように向かって右側へ。さらにそこでも足場を作り、さらに蹴る!
そんなことを繰り返せば、彼女の周りをジグザグに軌道を描く極めて奇妙な動きが完成する。レイアにとっても初めてだろう、こんなふうに物理法則を無視した動きは。
そうして近づく、射程範囲!
僕は右手でジャブを放った! 手首のスナップを効かせてしなる鞭のようなパンチが、鋭い速さと読みにくい緩やかな弧を描く動きで雨のように彼女を襲う!
「ぐ、うううう!?」
「そしてえっ!!」
「なんのっ!!」
ロングソードで対応してくるけど、身体強化された僕のパンチは彼女の刃を通さない。なんでだろう、出力がいつにも増して上がってる……!
とはいえレイアもさすがの膂力だ、ジャブを片っ端から落としてくる。サクラさんよろしく8割方ダミーの攻撃なのに、もろとも対応してくるのはさすがだよー!
一撃一撃、放っては叩き落され放たれては殴り弾いて。
時折杭打ちくんによる一撃必殺を狙ってみるものの隙はない。まだもうちょい、機を見る必要があるかもね!
しばらくの攻防。一合ごとに草原にクレーターができるほどの力と力、圧と圧のぶつかり合いの中、レイアは突然、大きな声で叫んだ。
「やっぱりだ……思った通り! ソウくん、君のその力は神の力だよ!」
「!?」
なんか突然、アヤシイことを言い出したよー!?
割と劣勢だから突拍子もないことを言って驚かしに来た? いや、レイアはそんな腹芸ができる性格じゃないし、僕もそんなのに引っかかるタマじゃない。
ってことは、これは本当になんらかの発見をしたってこと? この戦いの中で。そしてそれを、今この場にいる全員に向けて発信しているって、こと!?
「……神!? って、ええとさっきの、地下の死骸?」
「そう! 君は"軍荼利・葬魔計画"によって数万年、赤子のまま冷凍睡眠させられた! その体に、神の力、無限エネルギーを吸収して今のこの世界、大地に流し込む濾過装置としての機能を付けられて!」
「みたいだね、まるで記憶もなければ実感もないけど! それが!?」
「それだけじゃなかったってこと!」
僕にとってはまったくもって無関係な感じがする話なんだけどー、どうやら僕、数万年も赤ちゃんやってたらしいんだよね。
"軍荼利・葬魔計画"なんてのの要として、地下世界を滅ぼした神のエネルギーを徐々に吸い取り無力化させる部品の一つとして組み込まれていたらしいんだよ。全然覚えないけど。
で、そんなだから僕ってば単なる汲取桶みたいなもんかと思ってたんだけど……レイアの見解はさらにそこから一歩、踏み込んだところに到達してるみたいだ。
興奮したように僕を見て、互いに攻撃を仕掛け合いながらも続ける。
「意図してか偶然か、そこはわからないけど……数万年も神の力を一身に受け続けたことで、ソウくんは無限エネルギーを我が物として扱う力を身に着けたんだ!」
「えっ……そ、そうなの? もしかしてさっきからなんかぶわぁーってなってるこの蒼いのが、ソレ?」
とんでもない仮説に、思わず一旦引き下がって僕は、自分で出しといてなんだけど出所不明のエネルギーを見た。
青白い稲妻だか焔だか。見てると落ち着けそうな揺らめき具合なんだけどそれはまったくもって僕の手足同様、僕の意識を受けて自在に操ることができる。
これが、神の力? 古代文明を滅ぼした神から吸い上げてきた、無限エネルギーってやつなの?
そんな馬鹿な。でも、これまでずーっと古代文明の資料を研究してきたレイアが言うことだしなー……信憑性はありそうなんだよねー。
周囲の目もえっ、マジで? みたいな感じで僕に向いてくる。うう、覚えがないのに過大評価されてる気がするよー?
微妙な居心地の悪さを味わっていると、さらにレリエさんが僕らに向けて声を上げた。
「間違いないわ、ソウマくん!」
「レリエさん?」
「その力は神の、もっと言うならその前身となったモノ達の使っていたものと同じ! 古代文明を豊かにし……そして破滅に導いた力よ!」
「えぇ……?」
「古代文明人からすればそうなんだろうけど、あはは……」
縁起悪いんですけどー……破滅の力とかそういうの止めてよ、物騒だよー。
古代文明人からの太鼓判。なんだけどどうにも表現がアレ過ぎて僕的にもレイア的にも、苦笑いせざるを得ないよー。
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"オリジンホルダー"だよー!
古代文明を滅ぼした神の力。僕にとってはまったく覚えがないながら、数万年もの間触れ続けてきたらしい破滅と崩壊の象徴のようなエネルギー。
ソレを、なんの因果なんだか僕は体質的に身に着けているっぽい? というのがレイアの見解、推測だ。レリエさんの証言からなんか僕の身体から出てる蒼いのが無限エネルギーらしいってのは分かったけど、だからってそのもの僕が一体化してる的な物言いも早急かと思わなくもないなー。
「さっきのエレベーターとか機器へのチャージができたのも、ソウくんが元になるエネルギーを宿していたから……そして、迷宮攻略法だってそう」
「……迷宮攻略法!? なんでそんなどこまで話がいくの!?」
「アレは元々ソウくんが使ってた技術を体系化して、そこから私やリューゼちゃんが派生させて完成させたもの。そしてその由来となるエネルギーもまた……君がもたらした、無限エネルギーの一部だと私は推測してる」
話をずいぶん飛躍させたレイアの、興奮で赤らんだ顔を見る。かわいいけど怖いよー、コレ知ってる、オカルト雑誌読んで興奮してる時の僕だよこれー!
エレベーターを何故か僕だけが動かせて理由とか、塔内のエネルギーを唯一チャージできたのが僕だけな理由とか。そこまではなんとなく説得力があるかなーって思うんだけど迷宮攻略法にまで話が行くのは予想外だよー。
たしかに、あの技術群は元々僕が発端だ。物心付く前から迷宮の中、地下40階層あたりにて生きてこれたのもこれが関係してるんだろうけど……
環境適応に重力制御、あと身体強化の3つ。この3つについては僕が調査戦隊に入ってからレイアはじめ、主要メンバーに伝えたものなのはたしかだ。そしてそれを皮切りにレイアとかリューゼとかミストルティンが頑張ってくれて、残りの武器強化とか超回復とか気配感知、威圧能力なんかを開発した。
そしてモニカ教授達、調査戦隊でもインテリな人達がそれを継承可能な技術の形で文章にしてくれて、各国に本の形で流布。それが瞬く間に広まって、めでたく迷宮攻略法は世界中に伝播したって流れだねー。
なので迷宮攻略法の成り立ちについては僕も一枚噛んでいるっていうのはそりゃそうなんだけど、だからって無限エネルギーが絡んでるってのはかなりトンチキな気がするー。
訝しんでレイアを見ると、彼女はなおも輝く瞳で僕を見据えて言った。
「ソウくんによって大地に流し込まれた無限エネルギー。そしてその大地に生まれ育った私達。きっとみんな、生まれながらにして神の力の影響を受けているんだよ。だからその力を自在に使いこなすソウくんの技術を、一部だけでもコピーして使いこなすことができる」
「迷宮攻略法を扱う上で必要となるエネルギーについては、たしかにこれまでどこから引き出しているのかが謎で研究対象ではあった。人体に根ざした、何か霊的なエネルギーによるものではないかという言説も主にオカルト雑誌などで取り上げられてはいたが、当然ながら一笑に付されていたね」
「あっ、ソレ知ってるぜ! 人体の神秘のパワー・チャクラ! あるいはスピリットエナジー! ソウマも知ってるよな!?」
「あー……まあ、うん。知ってるよー」
教授の解説に心当たりがあるオカルト愛好の同士、レオンくんがはしゃぐけど僕としてはその……古代文明そのものはともかく迷宮攻略法についてはあまり、興味がなかったからねー。
力の出処とかどうでもいいじゃん、みたいな? そりゃ使ってて明らかに体調が悪くなったとかしたら気にしないと駄目だけど、別に何年と当たり前に使ってて特に何もないなら、僕みたいな冒険者なら便利に使っちゃうからねー。
そんなわけでチャクラだのスピリットエナジーだののページにはまるで食指が向かず。
むしろ海底に眠るクリスタルの歯車とかはるか山の上に描かれた謎の絵とか、はたまた未だ人類が辿り着けていない世界の奥地とかのほうにこそ浪漫をくすぐられてる僕なんですー。
「名称はなんであれ、結局のところ迷信と信じられてきたものがほぼ、正解だったわけだ……身体に根差した神秘のパワー。何しろかつては神とまで呼ばれたモノが駆使していた力だからね。オカルティズムここに極まれり、さ」
「そう! そしてその神秘のパワーが私達にわずかでも宿ることとなったきっかけが何か、と言ったら、それこそがソウくんってわけ! 迷宮攻略法を人類にもたらしてくれた、いわばそう、"オリジンホルダー"!!」
「お、オリジンホルダー……」
タイトルホルダーをもじったのかな? なんにせよ大層な異名だよ、僕は知ってることをいくつか伝えたってだけなのに。
でもまあ、レイアがずいぶん楽しそうだし、言いたいなら言わせとこうかなー。杭打ちくんを構えながらも向き合う彼女に、なんだかホッコリしちゃう僕だよー。
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決着をつけるよー!
「ソウくん! オリジンホルダーとして、この世界に迷宮攻略法をもたらしてくれた君はまさしく歴史に残る偉人にほかならない!」
高らかに叫ぶレイア。なんかいきなり僕を名指しで偉人と言い出したけど、こちらとしてはそんなバカなーって感じだよ。
なんだけど彼女は完全に本気で言ってるし、周囲の冒険者達も僕を見ながら頷いたり、息を呑んだりしている。あっ、ウェルドナーさんだけ視線が厳しい! それはそれとして姪御を苦しめたのは許さん的な表情! 怖いよー!
「そんな君が勝つと宣言した以上、それは絶対のことかもしれない……今さっきもソウくん、未来を見てたでしょ」
「あ、分かった? やってみるもんだよね、意外とできちゃってさー」
「……はあ? 未来ぃっ!?」
あっさりと先程の打ち合いの中、度々僕が披露した技術を暴いたレイアはさすがの一言だよ。他の冒険者達には当然見抜けることじゃないから、唐突に何を言い出すのかと唖然としてるー。
正解! そう、僕はさっき、数秒先の未来を見た。無限エネルギーとやらの力のおかげかな、なんとなく見えたんだ。
主にレイアの行動──回避先、およびそこからどう動くか。知らなかったことだけど未来ってのは常に変動しているみたいで、僕が"仮にこう動いたらどうなる? "って思い描くと、その通りの未来が瞬時に頭の中に湧いて出るんだ。
僕が飛びかかって、レイアが攻撃してきて、それを避けて彼女に接近してジャブを放つ。それだけの間にも僕は好き放題未来を見たよ。
幾千とまではいかないけど数十パターンの攻撃の軌道、それぞれにレイアがどう動くか。そしてそれに対してもまた数十の動きを仮定して、さらに未来を見る。
たった一瞬のうちにとんでもない情報量を頭の中に叩き込まれた感じがして、正直フラフラしさえするもののこれは強力無比だよー。
長時間ぶっ続けで使うと倒れそうだから使い所が肝心だけど、それでも必ず勝ちたい局面で使えばおそらく確定で勝てる能力だ。
うん……これなら、たぶん。
僕はレイアに告げる。
「新しい、第8の迷宮攻略法──"未来予知"なんてね。重力制御をも上回る難度だけど、そのうちレイアにも習得できるかも」
「うわー、サラリと私をタイトルホルダーじゃなくしてくれて、もう! ……やっぱり、ソウくんこそが最強だよ」
迷宮攻略法をすべて修得した者をタイトルホルダーと言うなら、いままさに新たな迷宮攻略法が生まれたことでレイアは自動的にタイトルホルダーではなくなった。
なんせ未来予知なんて今はまだできないだろうしねー。それを受けて彼女は苦笑いしつつも僕を讃え、しかし闘気をさらに迸らせた。
まだ、戦う気だ!
「結果は見えてる。僕の未来予知が見通してみせる……それでもまだ、やるの?」
「当然! 予知ならそれをひっくり返すまで! 未知なるものを踏破してこその冒険者なら、私は君が見た未来さえ、踏破してみせるよ!」
強気に笑い、構えるレイア。ロングソードが変わらず彼女の強化を受けて煌めき、鋭く僕へ切っ先を向けている。
レイア、その表情に翳りはない。僕が予知する未来でさえも越えて見せると、雄々しく叫ぶその姿はまさしく英雄たるに相応しい気迫を備えている。
変わらない、いや、それ以上だよ。
僕が憧れた彼女は、尊敬し愛しさえした彼女は……かつてと変わらず、いやそれ以上に尊く気高い輝きをもって今、僕の前にいてくれる。
僕がこの境地に至れたことといい、こうしてレイアの輝きをもう一度、見られたことといい……生きてみるもんだね。
こんな光景にまた会えた、それだけでも僕はなんだか、生まれてきてよかったって思えるよ。
だから、僕も構える。夕陽ももう沈む、日が暮れる。空は暗くなってきて、夜風もいよいよ吹いてきた。
決着は近い。どうあれレイアは短期決戦を仕掛けてくるだろう。重力制御を封じられた上に未来を見る僕、無限エネルギーさえ自在に操る僕に彼女の打てる手は多くない。
これまでにピリオドを打ち、これからをまた、歩き始めるための決闘。
それが今、終わりを迎えようとしていた。
「レイア」
「何? ソウくん」
「改めて、ありがとう……君だけじゃない。こんな僕に関わってきてくれたすべてに、心からの感謝を」
僕を僕たらしめてくれたすべてが、僕を今日まで生かしてくれた。僕一人ではきっと、もっと早い段階ですべてを終わらせていたと思うよ。
だから、ありがとう。ただ、感謝だけを抱く。
「この勝負、どう決着しても互いに悔いはない! そうだろ!?」
「もちろん! 私達はともに、新たな未来を進むために今ここにすべてをかける! これまでのすべてを、この一撃に込めるよ──ソウマ・グンダリ!!」
「僕もだ──レイア・アールバド!!」
そして、どんな形であれこの勝負にケリを着けるよ!
昨日までを今日に追いつかせた今、そこから先の未来へ踏み込むために!!
僕らはそして、最後の一撃を放つべく同じタイミングで踏み込んだ!
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戦いの果てに、だよー!
ともに駆け出す僕と彼女。互いに、迷宮攻略法は重力制御を除いてフル活用している。
身体強化、武器強化、環境適応、威圧、再生能力、そして僕だけ未来予知。僕のほうが一手多い分有利だけど、そこを覆してくるのがレイア・アールバドだ。決して油断なんてしてられないよー。
「レイアァッ!!」
「ソウマッ!!」
それぞれ相手の名を叫びながらぶつかり合う。踏み込んで次の瞬間には至近距離だ、これをまずは読んでた!
未来予知で数秒間の未来、思いつく限りの動きを各パターン予知して最適解を選び出す。普通はこの局面、ジャブなりアッパーなりで牽制しつつ杭打ちくんを当てる段取りをつけるもんだけど……!
僕の見立ては違う、ここはさらに回り込む! 正面からしかけたら打ち負ける、レイアのパワーは僕より上だ!
だから! 発生させた無限エネルギーで僕をレイアから見て右側に押し込んで、無理矢理軌道を変える!
「ッ!!」
「避けた!? ────右っ!!」
まっすぐぶつかると思ってたんだろう、斬撃を繰り出すレイアの驚きを耳にする。気づいた時にはもう僕は君の右だよ!
……ところがコレが恐ろしい話で、レイアは瞬時に僕の動きに対応し、振り下ろした剣を地面に突き刺してそれを支えにして翔んだ。以前リンダ先輩が見せた、攻撃後即座に姿勢を整えて次撃につなげるための高等技術だ。
そしてそのまま翔んだ彼女が、殆ど見えてないだろうに無茶な軌道で僕に蹴りを繰り出してきた。
するどい、銛のようなキックだ! ギリギリここまでは未来予知できているから予め、その攻撃を知っていた僕は顔面めがけて放たれたそれを首を軽く傾げることで最小限の動作で回避。
でもここからは予知していない、まさしく勝負どころだ!
「杭打ちくんっ!!」
「なんのぉっ!!」
カウンターを合わせて杭打ちくんを、彼女の左胴体の側面に打ち込む。仕方ないとはいえ飛んだのは賭けだったね、身動きが取りづらくなる。
だからこうなるんだよ! 僕は彼女の脇柄に杭打ちくんをぶつけようとして──
「っ、まだまだぁー!!」
「!?」
活きた目、躍動したままの姿に戦慄が背筋を駆け巡る。レイア、まだもう一手あるの!?
瞬間、まったくノーマークだった真下から斬り上げてきた──ロングソード! 宙返りの体勢から、さらにもう一撃加えてきたんだ。
曲芸通り越してるよ、無茶だよー!? 引きつる顔で内心叫ぶ、声を上げる余裕もない!
「ああああああっ!!」
「────ッ!!」
レイアを狙う杭打ちくん、僕を狙うロングソード。まったく同時にお互いを打ちのめす、いわゆる相打ちのタイミングだ。
だけど……こういう攻撃こそ本来、僕が生き抜いてきた地獄なんだよ! 引きつる顔を無理矢理笑顔に変えて、僕は杭打ちくんを振り抜いた!
同時に、斬り上げてくるロングソードを右手の素手で受け止める!!
「ッ!? 痛、ぅ〜っ!!」
ズブリ、と。はたまたザシュッと、もしくはスパッと。
僕の掌にザックリ斬り込んで、肉なんて断って骨まで届く衝撃と痛み。噴き出る鮮血。
レイアを横殴りにしながら、あまりの苦痛に思わず叫ぶ。すっごい痛い! ここまでの思いは3年間してこなかったよー!
さすがはレイアだ、武器強化に身体強化までしてるロングソードの一撃は、僕の身体強化さえ貫通して見事に右手をグロテスクなことにしてくれてるよー!
でも、こっちも! 負けてなるものかと、彼女の胴体に当てた杭打ちくんのレバーを──押し抜ける!
「っ、のぉ!! 杭、打ち、くぅぅぅんッ!!」
「ぐふぁっ──が、あああぁっ!?」
射出される杭が、レイアの防御をぶち抜いて深々と身体に刺さる。決まった──たしかな手応えを覚える。
常人なら、ていうか地下80階層台のモンスターだとしても必殺の威力。間違いなく、決着の一撃だよー。
でもレイアの身体強化は飛び抜けているから、ここまで全力でぶち抜いても精々内臓に届くか届かないかってくらいだ。
その上、僕の手もだけど迷宮攻略法の一つ、超再生能力でこのくらいの傷ならお互い、小一時間もすればそれなりに回復する。まあ全快にはさすがに一日くらいかかるだろうけど、致命傷とはまるで遠い程度のダメージだよ。
「ソウマくん!?」
「だ、大丈夫! すぐ治るよ、僕も……向こうも」
「レイアーッ!!」
「くっ、ぐ、があ、はあ、ぐぁっ……!!」
シアンさんとウェルドナーさんの叫び。それぞれ僕とレイアを心配してのものだけど、僕のほうは問題なくその声に応じられて、けれどレイアはまともに答えることができずに腹を抑え、荒く息をしている。
そのまま僕は、痛みから蹲って動けなくなっている彼女に近づき──
「僕の勝ちだよ、レイア」
「っ、はぁ、げほ、ごほっ──そ、だね。わたし、まけ、みたい」
杭打ちくんを彼女の頭にコツン、と軽く、本当にちょびっとだけタッチさせ、勝利を宣言した。
右手だけ負傷したけど全然動ける僕と、胴体を負傷したために動けなくなったレイア。
互いに渾身の攻撃を仕掛けた末の、これが結果だった。
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もうちょっとだけ、生きてみるよー!
決着がついた──僕の勝利という形で。
倒れ伏すレイアに杭打ちくんを突きつけて宣言すれば、レイアも息も絶え絶えながらそれを認めた。である以上、余人の意思の挟み込まれる余地もなく結果は確定したんだ。
「ふう、はあ、ぐっ……み、未来は」
「レイア、大丈夫?」
「だ、大丈夫……未来は、ソウくんの見た未来は覆せなかったね、結局」
杭打ちくんの杭で思い切り胴体をぶち抜いたんだ、穴だって空いてるし血だって出る、中身だって見えかねないくらいだ。
だけど荒く息を吐きつつ答えるレイアはそれなりに元気だ。迷宮攻略法・超再生能力がすでに発動していて、彼女の損なわれた肉体をすごい速度で回復させているんだよー。
なんならもう穴だって塞がりかねない。そんな感じでひとまず回復を待つレイアを前に、僕は杭打ちくんを野原に放り投げてその場に座り込んだ。
レイアもまた、ロングソードを手放し仰向けになっている。
「未来……僕が見た以上だったよ。覆しはできなかったけど、見られなかったその先をレイアは見せてくれた」
「本、当ー? 気を、遣って、適当言ってるー?」
「言わないよー……さすがだよ絆の英雄。この3年間でここまで傷つけられたこと、なかった」
「それはこっちのセリフ。なんならここまでやられた経験なんて生まれて初めてかもだよ」
二人して与えあった傷を見せ合い、笑う。そこにはもう、互いへの蟠りなんか影も形もない。
ああ……そうだ。ものの見事に未来を切り拓かれちゃったよー。レイアとの戦いを経て、シアンさんの言葉をもらって。僕は今、やっと過去を背負って前を向く覚悟ができた。
過去を悔やむばかりじゃなくて、そこから反省し。一からリスタートしようって思えたんだ。
深く息を吸って吐く。清々しい気分だ、やっと僕は僕に戻れた。
もちろん未来がすべて明るいわけじゃないだろうし、今後また、取り返しのつかないことをやらかして挫折してって可能性もあり得る。それは僕だけじゃなく誰もがそうだね。
そしてそうなった時、今度もまた立ち直れるかって言ったらその保証だって、どこにもないんだ。
だけど。それでも生きていく。
生まれた意味がなんであれ、生きてる価値があろうがなかろうが……心が折れていても、それでも生きているなら生きていく。
死ぬまでそれは続くんだ。いつか終わりを迎える時まで、価値も意味もなくったって、重い心を引きずってでも身体は明日に向かって歩く。
僕にとってはこの3年間がそうだったようにね。
そうしていつの日か、また立ち上がれる時だって来るかも知れない。僕にとって、今がまさしくそうであるように。
「もうちょっとだけでも、生きて歩いてみるよ、レイア」
「……」
「その果てにある何かが、どんなものであれ──終わりまで歩き続けることそのものが、かけがえのないものなのかもしれないから。それを教えてくれたのは君と、みんなだ」
「そっか。そうだね……何があろうとなかろうと、歩き続けることそのものに意味がある、か。そうだね、きっとそうだ」
満足気に瞳を閉じて笑う。レイアにならって僕もそうする。
風の音、草原が揺れる音。あと、冒険者達が駆け寄ってくる音。
そして何より、大切な仲間達の、声。
「ソウマくんっ!」
「やったでござるなあ、ソウマ殿ー!!」
「みんな……」
抱きついてくる新世界旅団のみんな。傷は塞がってきてるけど流した血はまだ乾いてないのに、汚れるよー?
でも誰も、そんなことお構いなしに僕を抱きしめて頭や背中をナデナデしてくれる。えへ、えへへ! 柔らかい、温かい、いい匂い!
あー、幸せだよー! こんなふうにして撫でてもらえるだけでも、生きてく甲斐があるかもねー!
そう考えると新世界旅団こそ僕のすべてかも! 初恋だらけの僕の新パーティ、サイコー!
「えへ、えへへ! えへへへへへ!!」
「なんかムカつくから完治したら思い切り殴るねソウくん。これ勝負とかじゃないから甘んじて殴られてねソウくん」
「なんでー!?」
怖いよー!?
いきなり白い目で僕を見て、とんでもないことを言い出したレイアにビックリだ。ウェルドナーさんに介抱されながらも、じっとりした目で僕を見てくる。
と、そんな僕の頭を胸に収めるように抱きしめてきたのがうちの団長、シアンさんだ! うひゃー、何これ天国!?
思わず顔を熱くしながら見上げると、何やら勝ち誇った顔をしてるよー? なになに、どしたのー?
「乱暴ですね絆の英雄。"私達新世界旅団の"ソウマくんにこれ以上の暴力は許しませんよ?」
「……へえ? 言うじゃない、貴族のご令嬢様が。ソウくんはたしかにそちらのメンバーらしいけど、でも私達の"特別な"間柄に割って入る資格もないよねえ?」
「こちらのセリフですよそれは? "昔の女"が旧交を温めるまでならともかく、今でも特別みたいに言うのはオススメしかねます」
「…………ほおーん? へぇー? ふぅーっん?」
な、なんなのー……?
僕を抱きしめたままシアンさんがレイアと笑い合ってるけど、なんだか怖いよー?
いろいろ含みがあるみたいだけど、相性悪かったりするのかなー?
首を傾げる僕を、さらに強く抱きしめるシアンさん。それにますます笑みを深くする怖いレイア。
周囲の冒険者達も苦笑いするやら口笛吹いてそっぽ向くやらしながらも──
こうして、冒険者史上に名を残すことになりそうな大冒険は幕を下ろしたのだった!
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新学期だよー!
「──と、いうことがあって、僕はついに新しい人生を歩み始めたのでしたー!!」
「それで新学期からそんなにはしゃいでいるわけかソウマくん」
「モテナイくんがモテナイあまり、ついに妄想に走り始めたかと思ったけど違うみたいで正直ビックリしてるよソウマくん」
「ひどいよー!?」
人類史に残る大冒険! そしてそれから一週間ほどして──僕が通う迷宮都市第一総合学園にも二学期が訪れたよ!
というわけでさっそく朝から登校して教室にやってきた僕は、クラスメイトのケルヴィンくんとセルシスくんにいろいろ語ってみせたわけなんだけどこの有り様。
塩対応だよー!
「ああああ心ない対応うううう」
「はいはい悪かった悪かったって、ソウマくんは無事に過去を振り切って冒険者としても人間としても一皮剥けたってことな」
「もう帽子もマントもつけないって本当かソウマくん。オーランドくんにビビってコソコソ隠れてたのにどういう心境の変化だいソウマくん」
「ああああやっぱり辛辣うううう」
呆れたように笑う友人2人。彼らも当然悪気はなくて、からかうというかジョークなのは僕にもわかってる。
それゆえ大袈裟に机に突っ伏して泣く僕。教室の中でそんな馬鹿なことしてるから、まあ人目は引くよねー。
「グンダリくん、二学期早々また泣いてるけど……彼があの冒険者"杭打ち"なんでしょ? マジで?」
「マジらしいよ? 冒険者の兄貴が言ってたし、一週間前にこの町に戻ってきたあの"絆の英雄"レイア・アールバドと決闘して見事に勝ったって」
「新聞にも載ってたもんな、当世最強の冒険者、杭打ちで決まりか!? って。地下の古代文明にまで到達できたことまで含め、今やすっかり時の人だよ」
「あんなに可愛くて、しゃぶりたいくらい可憐なのにそんなに強いんだ……ふーん? へー」
「えぇ……?」
クラスメイト、のみならず学校中の生徒さん達がこのクラスにやってきて入れ替わり立ち代わり、僕を見てあれやこれやと話してるよー。
そう、一週間前の冒険はレイアとの決闘も含め、あっという間に巷に拡散された。あの場にいた冒険者達やベルアニーさん、レジェンダリーセブンの人達が人脈をフルに使って世界中に発信したんだ。
古代文明、どころか地下に広がる大世界まで発見できた。しかもその際、当代最強の冒険者二人が決闘したなんてセンセーショナルな話題付き。
こんなの広まらないわけがないよー。実際、瞬く間に古代文明世界発見! 杭打ちvs絆の英雄! の報は世界を駆け巡り、レイアは元より僕の存在も以前に増して名が売れることとなったわけだねー。
で。
それを同時に、というかレイアとの勝負を機に僕もまた、正体を隠すことを止めることにした。
帽子もマントも脱いじゃって、着のみ着のまま、素のソウマ・グンダリとして今後の冒険者生活を送ることを決意したんだ。
これまでの3年間に対しての僕なりの答えというか……みんなのお陰でやっと、どうにか生きることを決めた今。姿を隠す杭打ちスタイルはもう卒業すべきだって考えたわけだねー。
それに伴うあれこれとしたデメリット、たとえば杭打ちの正体がバレることについてはもう、真正面から受け止めることにした。
きっとそれもまた、前に進むために必要なことだと信じるから、ねー。
「……だからさ。これからは"杭打ち"もソウマ・グンダリもまとめて僕だ。学生としても冒険者としても、全部ひっくるめての僕として生きたいと思う」
「そうか……ま、安心したよ。友人として、明らかに情緒不安定なソウマくんのことはいろいろ心配だったしな」
「学生としてはともかく冒険者の話になると結構、鬱めいた感じを覗かせてたからなあ」
「えっ。ほ、本当?」
まさかの指摘に思わず問い返すと、友人達は2人揃って首を縦に振る。うわあ、僕こんなところでもやらかしてたのかー!
自分で思っていた以上に僕、わかりやすーく過去を引きずってたみたい。今さら言わないでよーって話だけど、うわー、恥ずかしいよー!
「アレだろ? 何度目の初恋がどうとかわけの分からないこと言って、綺麗所に手当たり次第アプローチかけようとして毎度撃沈してた奇行も結局はそのへんが原因だろ」
「えっ……」
「求めてたのは恋人じゃなくて母性とかそんなんだったり……あり得るかもな。ソウマくんに自覚があるかどうか知らないが、傍から見るとどうも病的なまでに恋愛対象を求めていたし」
「いや、いやいや! そんなまさか! 馬鹿なこと言わないでよー!」
とんでもない推測をし始めた友人2人を止める。奇行とか言われるのからしてそもそもおかしいと思うけど、ましてや母性とかは関係なくてー!
僕は純粋に、まったく清らかな気持ちで彼女が欲しくて手当たり次第コナかけようとしてたんですー! そしてその度にその対象がオーランドくんのほうにいっちゃって泣いちゃってただけですー!
……言ってて悲しくなってきたよー!!
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イケメンのケジメだよー
始業式もサクッと終わって僕とケルヴィンくん、セルシスくんはさっそく、文芸部室に行って寛ぐことにした。
夏休み中もかなりの頻度で利用していたこの部屋は、もはや僕にとっては教室よりも気安くて、家やギルドの次くらいに馴染んでいるはずの場所だよー。知り合いも大体ここに屯するからねー。
「それじゃあシアンさん、生徒会長の引き継ぎ業務もほとんど終わったんだー」
「ええ。その際にイスマ・アルテリア・ピノ副会長とシフォン・オールスミス会計には改めて説教……もといお話しましたから、今後ソウマくんに絡んでくることもないかとは思いますよ。ずいぶん意気消沈していましたから」
今やすっかり大所帯、いくつもの机を並べて座る僕らに混じって紅茶を飲むのは我らが団長シアンさん。
サクラさん、モニカ教授とつまりは学校関係者の新世界旅団メンバーと揃っての優雅な歓談だ。
この学園の生徒会長でもあったシアンさんは秋頃、つまりはもう近々生徒会を辞して後継者に生徒会を託すわけなんだけど……その引き継ぎってやつをさっさと終わらせて、今はもうほとんどフリーって状態らしかった。
副会長イスマさんと会計のシフォンさん、揃ってオーランドくんのハーレムメンバーだった可愛い子ちゃんだよぐぬぬーの2人にも大分キツく言ったみたいで、どこかスッキリした表情で笑っているのが可愛いよー。
その隣でサクラさんがクッキーを食んでけらけら笑った。
「リンダ・ガルのアホタレも含め、まとめてオーランドに振られとったでござるしなあ。あのガキも、やっとこマトモなことをしたでござるな」
「マーテル……もう一人の古代文明人。彼女にすっかり手綱を握られていたみたいだね、彼も。わずか数ヶ月の間に散々浮名を流したプレイボーイも、あっという間に年貢の納め時とは」
「御両親と一緒に帰ってきたみたいだしねー。噂じゃずいぶん叱られたって話だし、これから性根をたたきなおされるんじゃないかなあ」
オーランドくんの顛末……というか、これまでとこれからをかるーく話す。夏休み終わり間際になって親同伴で帰ってきたらしい彼は、始業式も始まる前からさっそくみんなの注目を集めた。
というのも自分のハーレムメンバー一人一人に会いに行って、別れを告げだしたんだよねー。なんでそんなことを!? って思っちゃってつい、うちのクラスの委員長ちゃんが別れ話を切り出されるところで迷宮攻略法・身体強化を使って聞き耳しちゃったんだけどさ……
どうも彼、一緒に国を飛び出した古代文明人マーテルさんに本気の本当に惚れ込んだみたいなんだよね。そしてマーテルさんも──これは旅に出る前からだけど──オーランドくんを一途に想ってるみたいで。
だからこれまでの自分にケジメをつける意味でも、いたずらに引っ掛けていた女の子達をきっぱりと振ることにしたみたいなんだよー。
『本当に愛する人を見つけて、今までの自分を振り返って──マジに、ありえねーくらい最悪だったことに気づいちまった。気づいたからにはもう見逃せない。親父やお袋にも殴り飛ばされたしな。それに、マーテルにも叱られた。へへ、こんな俺にもまだ叱ってくれる人がいてくれるんだ。ありがてえよな』
──なんて、自分だけ何やらスッキリした感じに笑うものだから委員長にはビンタされて思い切り泣かれてたけど。
そりゃそうだ、改心したから別れてくださいなんて普通キレられるよそれは。ハーレム崩壊ってこわいんだよー、クワバラクワバラ。
僕には縁のない話だけれど、ああはなるまいと立てた聞き耳もそのままに背筋を凍らせたよー。
「杭打ち殿にもこれまでの謝罪と感謝を伝えたいとかって、拙者を通じてコンタクトを試みようとしてるでござるけどー……そもそも同じクラスでござろ? 直に言えばいいでござろうに、合わす顔がないんでござろうなあ」
「謝罪とか、僕は別に構わないんだけどねー……まあ、それであっちが前を向けるなら良いかなーって。3年かけてようやく謝ることができた僕にはそのへん、何も言う資格はないからさー」
「そんなことはないと思いますけど……相手を赦そうとする心は立派です、ソウマくん」
「えへへー」
シアンさんに褒められてにやける。えへへ。
まあ、そういうことなんだよね。オーランドくんが今まで僕こと冒険者"杭打ち"にしてきた振る舞いを謝罪したいって言うならそれは好きにしてくれたらいいと思う。僕はそれを受け入れて、彼のこれから先の未来が明るいものであることを願うだけだし。
謝れる時に謝れる強さは3年前の僕にはなかったものだからね、それだけでもすごいと思うよ。御両親に鍛え直されたのもあるかもねー。
僕と同じで彼もまた、新しい人生を歩んでいくってことなんだろう。そういう意味では僕らは同類って言えるのかもしれなかった。
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冒険者時代の全盛期が来るよー?
さてとお昼前、僕達新世界旅団の面々は文芸部室を後にして、学校を出て冒険者ギルドへ向かう。
勝手知ったるギルド施設はけれど、いつもよりもずーっと人が多い。冒険者達が一気にこの町にやって来ているのだ。
大迷宮は終着点、はるかな数万年も前に古代文明の栄えた地下世界に辿り着いたことを受け、冒険者ギルドは一斉に世界各地へと速報を流した。
世界最大の発見、そして新たなる未知への誘いをあらゆる冒険者達に伝えたんだねー。
その結果当然ながら、近隣の町やら村やら国やらから冒険者がやって来ることやって来ること。
レイアはじめレジェンダリーセブンがやってきていることや杭打ちこと僕が新たな迷宮攻略法を編み出したことなんかも伝えたものだから、古代文明にあまり興味はないけど強くはなりたいって人達までわんさか来ている。
これから先、海の外からもーっと多くの冒険者がやってくるだろうことを考えると、そろそろこの施設だけじゃ賄えないんじゃないかなーって規模になりつつあるよー。
「調査戦隊全盛期の頃よりもなお多いね、ソウくん」
「だねー。この勢いが続くようならたぶん、急いで別な支部施設を作ることになるんじゃないかなぁ、ギルドもー」
「大変そうだねー」
「あなた達ね、他人事だと思ってまったくもう……」
ギルドの受付、僕を担当してくれているリリーさんを交えてレイアと語らう。
言わずと知れた元調査戦隊リーダーにしてレジェンダリーセブン筆頭たる絆の英雄は、あの大冒険からこっち、拠点を完全にこの町に移して冒険者活動を行っていた。
彼女がそうであるということは同じくやってきたウェルドナーさん、カインさんも同様ってことだ。今も彼らはギルド施設内の酒場にいて、こっちをチラチラ見ながらお昼ごはんをたべてるねー。
なんならそのすぐ近くに新世界旅団の面々もいるし、戦慄の群狼のリーダー・リューゼリアとたまたま出会って一緒に食事しているほどだ。
あの冒険をともに経験したってことで、それまでの蟠りとかもある程度解消されて仲間意識、連帯感が生まれたっぽくてリューゼもウェルドナーさんも前より当たりが柔らかいよー。
さておき、僕とレイアは適当に依頼を受けに来たりしているのが今だ。
どうあれ今日はみんなで軽く深層らへんを冒険しよっかー、みたいにここで出くわしてすぐに決めたわけだけど、だったらついでにちょうどいい依頼があったら受けるのができる冒険者スタイルってもんだからねー。
僕らの世間話に乗っかって、リリーさんが頭を抱えて嘆く。
「ギルド長もすっかりはしゃいじゃって、勢い込んでマスコミやらギルド間の連絡網を使って世界中に世紀の大発見を知らしめたのは良いんだけどね……だからって大挙して押し寄せすぎよ! どうなってるの冒険者!?」
「そりゃー、ねえ?」
「大迷宮のゴール地点、はるかな地下世界を発見しましたー! なんて聞いたら、ねえ?」
「3年ぶりなのに仲良しね! 言いたいことは分かってるけど!」
お陰様でこっちは大忙しよ! と大変そうなリリーさん。
うーん、ベルアニーさんもはしゃいじゃってたんだねー。見た目からはいつものキザったらしいダンディおじさんのままだったから見抜けなかったけど、たしかに今思うと一週間前のあの人、やたらテンションが高かったかもしれない。
その結果、浮かれて世界中に功績を自慢してギルドがパンク寸前になってるんだから世話ないよねー。
まあ気持ちは分かるから、僕もレイアも苦笑いするに留めるけどね。リリーさん、ドンマイ!
「うお、すげえ……! 絆の英雄と杭打ちが2人並んでるぜ」
「あいつらが、あの? マジかよ、単なる美少女2人にしか見えねえ。なんも知らなかったらナンパしてるぜオイ」
「分かるけど酔っててもいくなよ。絆の英雄にはぶった切られるし、杭打ちには風穴開けられちまうぞ……大事なところを」
「マジかよ! そいつぁ怖えな!」
周囲の冒険者達もなんか好き放題言ってるし。というか僕は男だよ、何がナンパだよー!!
レイアもなんか軽くうんうん頷いているし。何? レイアまで何? 僕はそんなに男に見えない? この3年でほんのちょっとは背丈も伸びたし体格も……体格は……
「ううっそんなに変わらない! 3年前と今とであんまり身体つきが変わってないー!」
「ホント、びっくりだよねー。無限エネルギーの影響かなぁ、ソウくんってもしかしたら歳を取るのも遅くなってたりするかも。すごいじゃん長生きさんだよー?」
「そんなのよりもうちょっとゴツくなりたいよー!?」
無限エネルギーだかなんだか知らないけどいい迷惑だよ! 僕だって早く大人になって、ダンディーでクールでカッコいー男になりたいんだよー!!
受付机に突っ伏す僕の頭を撫でて、いたずらげに笑うレイアがなんとも憎らしく……そしてそれ以上に、またこんなふうに馬鹿なことを言い合う日が来てくれたことに、こみ上げる喜びを感じる僕だよー。
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世界はまだまだ謎めいてるよー
町を出て、結構進んだ先にある森──の、中にある泉。
ここには現状唯一、最深部近くの地下86階層にまでショートカットできる出入口がある。事実上、地下世界に今一番近い出入口でもあるね。
僕ら新世界旅団にレイア、ウェルドナーさん、カインさんはやって来ていた。
今日はさっきも述べたけど、レイア達のパーティと一緒に深層らへんをかるーく調査する予定だよー。
例によってシアンさんやレリエさん、モニカ教授にとってはかなりの危険地帯だけど、このメンバーならフォローすることは十分に可能だ。
レジェンダリーセブンが3人に僕とサクラさんだしねー。出てくるモンスターなんて軒並み瞬殺しちゃうよー。
「このメンバーなら問題なく調査できるね、いろいろ……特にレリエさんだけは何があっても無傷で帰還できるだろうし」
「えっ……わ、私? なんで?」
出入口に入る前、軽く準備運動を終えてからつぶやくレイアにレリエさんが反応した。ギョッとした顔をして、次いで首を傾げている。僕ら他のメンバーも同様だ。
レリエさんだけが無傷で帰還できる? なんで? 本当になりたての冒険者だから、何があっても彼女だけは生かして帰すとかそういう意思表明的なあれ?
かと思いきやモニカ教授が頷いた。レイアと顔を見合わせて満足気に笑ってる。え、何? なんなの怖いよー?
「間違いないね。この一週間ほどレイアさんと情報交換や思索、議論を交わしていたけれど、レリエだけは絶対に無傷で迷宮を行き来できるはずだ。厳密に言うと彼女だけでなくヤミくんヒカリちゃんの双子とか、マーテルさんもだけどね」
「古代文明人の生き残り? ……いやでもそれじゃ、ソウマ殿が含まれておらぬでござるが」
「僕もたぶん、迷宮内を無傷で行き来できるんですけどー……」
「意味合いが違うでしょ、ソウくんの場合は」
僕だけ仲間外れ!? やだよーさみしーよー! としょんぼりしながらアピールすると、呆れ顔のレイアにツッコまれる。
なんでだよー、僕だって迷宮内を我が物顔で闊歩するくらいできるよー? 出てくるモンスターなんて全員ぶち抜くしー、暑くなったり寒くなったりめちゃくちゃな迷宮内環境だってぜーんぶ、迷宮攻略法で無視できちゃうしー。
って言ってもどうもニュアンスが違うみたい。いやそりゃそうだけども。
レイアはニッコリ笑って、まるで自慢するみたいに自分の発見した成果を、ひけらかすように僕らに告げた。
「君は出てくるモンスターや変わる環境の変化にも難なく適応できるから無傷だけど、他の古代文明人達はそもそも迷宮の影響を受けないっぽいから無傷で行き来できるんだ」
「……んん? 迷宮の影響を、無視? どーゆーことー?」
「つまりね。古代文明人のみなさんだけはモンスターに襲われないし、迷宮のわけ分かんない環境とかも一切関係なく平常通りだし、だから本当に散歩感覚で地下1階から86階まで行けちゃうっぽいんだよ」
「………………………………ええええええええ!?」
嘘でしょ何それ、マジでとんでもなくズルいよー!?
明かされたまさかの話に、僕ら全員目をひん剥いて驚く。なんなら当のレリエさんなんて、息まで止まってしまってるほど衝撃を受けている。
いや、いやいや……いくらなんでもそれはないでしょー。モンスターは誰彼構わず襲うものだし、ましてや環境なんて本当にのべつ幕なしだ。
古代文明人だけそのへん免除! ご自由にお通りください! なんて意味不明だし、何よりそんなんなら僕の存在がどうなんだって話だし。
一応僕だって古代文明人だよー? 疑わしい目つきでレイアとモニカ教授を見ると、教授は肩をすくめてさらに続けて説明してきた。
「厳密には古代文明人ではなく"無限エネルギーを持たない者"を迷宮は受け入れるらしい。だから無限エネルギーの塊とも言えるソウマくんや、君が文字通り万年垂れ流すことでソレが定着しきったこの世界の産物たる我々冒険者には容赦なく干渉してくる」
「反面、あくまで無限エネルギーを外付けの燃料……私達で言えば油とか木炭とかだね。それと同じ位置づけの道具としてしか使ってこなかった古代文明人達は、体内に無限エネルギーなんて宿してはいないから迷宮も干渉してこないって仮説が成り立ったんだ」
「……つまり迷宮は、無限エネルギーを敵視してるってこと?」
「たぶんね。それがなんでかってところは、これから先の調査次第だけど」
古代文明人かどうか、ではなく"無限エネルギーを持つか否か"で迷宮内の事象の対応が変わってくる……そう教授とレイアは推測してるみたいだ。
謎が一つ解けたところでまた一つ、謎な生まれたってわけかー。思えばモンスターの存在も割合不可思議だし、まだまだ迷宮そのものを調査する必要はあるってことなんだねー。
明日0時に最終話を投稿しますー
よろしくお願いしますー
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輝ける青春の日々へ!だよー
そんなこんなで辿り着いたよ大迷宮地下86階層。あいも変わらず赤茶けた地面やら壁やら床やらが広大な空間だよー。
モンスターの気配は多少するけどまだまだ近くにはいない。しばらくしたらやってくるだろうから、その前にサクッと戦闘準備だよー。
「また、こんなふうにレイアやカインさんと肩を並べて戦える日が来るなんてねー」
「もう、ソウくんってば何度目?」
「ま、言いたいことは分かるよ我が友。3年前のあの終わり方から、まさか3年後の今のこの形に収まるとはな」
何度も、何度も繰り返すように今あるこの光景の奇跡に感嘆の息を漏らす。カインさんの言う通りでまさか、って感じだよー。
レイアと和解して、調査戦隊の中でも特に親しかった人達の何人かと今、こうして冒険に臨んでいる。もう二度とないと思っていたことだし、なんなら僕は一生一人で、罪悪感と失意の中で生きて死ぬとさえ思っていたからね。
それもこれもすべて、新世界旅団に入団してから起きたことだ。
特に関係があるかどうかってところだけれど、僕自身は運命的なものを感じている。だから入団のきっかけをくれたシアンさんやサクラさんには感謝だよー。
「数日前にはワカバとガルドサキスくんもこちらに来るって手紙を送ってきたし……たぶんもうミストルティンも動き出してるだろうね。そうなるといよいよ調査戦隊中枢が一堂に会するわけだねー」
「! あの3人も、こっちに?」
「ワカバ姫!? あの方がこっち来るのでござるか、いやまあ来るでござろうけども」
さらに加えてのすごいニュースだ! 残るレジェンダリーセブンの面々も、昨今の古代文明発見や僕vsレイアの報せを受けてこちらにやってくるみたい。
全員集合!? 興奮に胸が沸き立つような僕。サクラさんも、旧知らしいワカバ姉との再会の予感に顔を青ざめさせてるよー。
……なんで?
「いやあ、姫は尊敬すべき方ではござるが、反面性格的にはあまり、拙者と合うような合わないような……みたいなーって感じでござれば」
「あー……サクラさん的にはワカバの持って回った言い回しとか苦手そうだもんね。遠回しな皮肉とか嫌味が基底にある感じ」
「苦手ってほどではないでござるが……ねえ」
なるほど、ワカバ姉ってたしかになんかこう、迂遠な皮肉屋って感じの美女だったもんねー。
昔はそれが原因でリューゼがキレたり、ミストルティンがキレたり、終いにはウェルドナーさんがキレたりしたんだよー。大体キレさせてるねあの人、怖いよー。
苦笑いしつつもレイアが、はふうと吐息を漏らしつつ呻く。
「ミストルティンも……たぶんまだ全然バチボコ怒ってるだろうし。場合によっては私とサシで決闘しろ! なんて言い出すかも。ああ、疲れるなあ……」
「あいつだけは、グンダリとの和解がどうとか関係なしに怒り狂ってるだろうからなあ」
「ソウマくんがどうの以前に、一人でも彼を助けない選択を選んだ者がいた、というところがアウトだったわけですからね」
「100人いればそりゃ何人かくらいは反対の人もいるのに……あの頑固さは味方にすれば頼りになったけど、敵に回るとただただ厄介なんだよねー!」
おそらく襲来してくるだろう、レジェンダリーセブンの中でも一番頑固で絆を信じるミストルティン。彼女の怒りはもはや僕がどうのこうのでなくて、調査戦隊というものそのもの、あるいは人間そのものに向いていてもおかしくはない。
そうなると大変なのはやっぱりレイアだ。彼女も強いからねー、宥めるのも一苦労だと思うよ。
頑張ってー。生温かく見守ってるとその視線を察知して、振り向いたレイアが力なく笑った。
「ううっ、ソウくんが微妙に無関心さを出してる! ねえ手伝ってよ、調査戦隊でしょー!?」
「元ね、元。今は新世界旅団の団員ですからー」
「そうですね。ソウマくんはもう"私達の"ソウマくんです」
「むう……!」
僕のそばに来て頭を撫でてくれるシアンさん。最近本当にこんなふうにスキンシップが多くて、僕としては嬉しすぎて毎日が天国だよー!
レイアはふくれっ面だけど、すぐにそれも収まる。モンスターの気配がいよいよ近づいてきたんだ、雑談はここまでだねー。
「さて、そろそろやろっか! 今日の目的は例の玄室だよね?」
「うん。まだ古代文明人が何人か眠ってるかもだし、一応調べ直そうかなって! あ、あとさっき受けた依頼でゴールドドラゴンの奥歯もいくつか」
「そっちは毎度のことだねー」
言いながら構える。見えてきたモンスター、さっそくゴールドドラゴンだ。
黄金がそこかしこに見える地肌を持つ巨竜は僕にとっては倒し慣れた敵だよ、相手するにはもってこいだねー!
レイア達も構え、非戦闘員は後ろに下がる。フォローはバッチリ、ウェルドナーさんやカインさんがしてくれる。
新しい人生を歩み直す僕の、これがはじめの第一歩。みんなと一緒に生きていく、最初の戦いが始まる。
昔からの知り合いも、最近知り合った人も。そしてこれから先、出会うかもしれない人達さえも。
みんな、みーんな今度こそ僕は裏切らずに生きていきたい。どうなるかまるで分からない人生だけど、それでもこれからはみんなで話して、みんなで悩んで、みんなで決めてみんなで進んでいきたいよ。
きっとそれだけで良かったんだ。
3年前、僕が本当にしなくちゃいけなかったことを……これからはずっと、胸に刻んで生きていこう。
一つ、大きく息を吸って、吐く。落ち着いた、静かな心でただ、叫ぶ。
「────よし、行こう!! ぶち抜くよ、杭打ちくん!!」
目の前の敵だけじゃない、どんな壁も、未来も、行く末も。
今度こそ幸せ目指して、力一杯生きていこう!
それが僕、ソウマ・グンダリ────学生冒険者"杭打ち"の青春だよー!!
これにて本作は完結です。ご愛読いただきありがとうございました!
いろいろ段取りを間違えたよーな、迷走していたよーな、開き直っていろいろ試したいことをためしていたよーな、それでも最低限風呂敷は畳もうかと四苦八苦していたよーな……
いろいろありましたが良い感じにまとめられた気がしているので良かったです。
本当にありがとうございました!
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