ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─ (てんたくろー/天鐸龍)
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第一章 冒険者"杭打ち"と新世界旅団
失恋したよー


 夕暮れ時の教室。忘れ物を取りに戻った僕は見てしまった。

 真面目で堅物で、でもおさげが可愛いメガネの委員長ジュリアちゃんが、学校一の人気者オーランドくんとキスしているところを。

 

 つまり、そう。

 僕ことソウマ・グンダリはまたしても失恋してしまったというオハナシでした。

 

「ああああまた振られちゃったああああ」

「何日ぶりの何回目かなソウマくん」

「さすがに失恋のスパン短すぎるでしょソウマくん」

 

 その翌日の放課後、僕は文芸部の部室で悪友二人を交えて盛大に失恋の痛みに咽び泣いていた。

 痩せぎす眼鏡のケルヴィンくんと、太っちょ大男のセルシスくんだ。今年の春からの知り合いでそれぞれ僕がスラム出身、ケルヴィンくんが平民、セルシスくんがお貴族様と身分自体が違うというのに、なんでかすっかりとは気が合う親友同士になっている。

 

 そんな親友達でも僕の、入学3ヶ月目にして通算10度目の失恋ともなるとすっかり慣れた反応しか返してくれなくなっている。薄情な話だ。

 まあまあ聞いてよー、と二人を呼び止めて僕は大好きだったジュリアちゃんが昨日の夕方、教室でオーランドくんとイチャイチャしていて僕の心が粉砕されちゃったという悲劇について詳らかに説明した。

 

「──というわけなんだけど分かる? 僕のこの苦しみと痛み」

「毎度のこと過ぎてなんとも。というかまたオーランドか」

「何人引っ掛けてんだあのクズ。そして何人惚れた女掠め取られてるんだソウマくん」

「言わないでもらえます!? 8人目だよー!!」

 

 たまたま、本当にたまたまだけど!

 この迷宮都市第一総合学園に入学してからの3ヶ月で、僕が惚れた女の子の実に8割が例のオーランドくんと交際しているという事実!

 いやどーなってんだろうねホント。いつからこの世界はハーレム野郎の天下になってしまったんだろうねー。

 

 心優しいセルシスくんをしてあのクズ呼ばわりするほどの例の彼。オーランド・グレイタスという名のとんでもない女誑し。

 彼はなんと世界的にも有名なSランク冒険者を両親に持ち、自身もすでにAランク冒険者として世界に名を馳せているというスーパー御曹司くんだったりする。

 

 それゆえかやたら言動が高慢でナルシストで、しかも美女美少女と見れば見境のない脳味噌下半身野郎ときた。

 彼もこの学校に通っているわけだけど、すでに学校中のめぼしい美人どころは大体彼にロックオンされているという凄まじさ。特に同学年の子は大体堕ちていて、ジュリアちゃんもその一人というわけだった。泣きそうだよー。

 

 当たり前だけどそんなだから男子学生、教員、あと彼の眼鏡に適わなかった女子達から蛇蝎のように嫌われているんだけれど……親の名声とAランク冒険者という立場がハンパないみたいで、誰も何も言えないという地獄めいた有様になっている。

 僕も一応冒険者してるし、彼のご両親とは知り合いなんだけど会う機会がないからなあ。一度マジでチクってやりたい気持ちで一杯なんだけど、その日はいつになったら来るのだろうか。

 

 はあ、とため息を吐いて僕は窓から外を見た。夕焼けが迷宮都市を鮮やかに照らす光景は美しいけど、僕の心は晴れないままだ。

 肩を落として涙する僕に、ケルヴィンくんもセルシスくんもやれやれと首を振る。

 

「ソウマくん、オーランドのことは除いたとしても君も君で少し、惚れやすすぎるし理想が高すぎるぞ」

「オーランドに見初められるようなレベルの女子が、言っちゃ悪いが君を選ぶ理由なんてないだろ。学生としては元より冒険者としても、社会的には向こうのほうが上なのはたしかなんだから」

「ああああ容赦ない御指摘いいいい」

 

 直球で身の程を知れと言われてしまって心が苦しい。ああっ、情緒が不安定になっていくよー!

 たしかにそうだけど! 僕は同年代に比べても小柄だし童顔だしヒョロいし、イケメンでもないし頭もそんなに良くないし! 冒険者としても、やっこさんはAランクだけどこっちはDランクだし!

 

 いや、ランクについては明確に向こうがズルしてるんだけどね? 普通、18歳を迎えて成人するまでは誰であれDランクが上限として定められているし。

 多分親御さんが動いた結果のAランクだと思うんだけど、これについてもあの人達にいずれ抗議したい。これはやっかみとか抜きにしても酷いし。頑張ってる僕とか同年代の冒険者達が馬鹿みたいじゃないか。

 

「大体、僕の見立てでアレだけど彼にAランクになるだけの実力なんてないよ。ぶっちゃけ僕より弱いと思うよ、彼」

「ものすごい願望混じりの予測だし、なんの比較対象にもなってないぞ"杭打ち"殿」

「ソウマくんが地味ながら将来有望な冒険者らしいのは僕らも知っているけど、どのくらい信憑性のある見立てなんだろうねえ」

「ぐうの音も出ないよー。ていうかそんな有望でもないんだよなあ僕ぅ……」

 

 僕も僕なりに10歳から今に至るまでの5年、頑張って冒険者をしてきたからかいつの間にやら"杭打ち"なんて異名で呼ばれるようになっていたりする。

 Dランクとはいえ実力はもっと上にあってもおかしくないと自負しているけれど、それでも誰かに期待されるほどの器でもない。どこから出たんだろ、将来有望だなんてさ。

 

「ま、次からはもう少し地に足の付いた理想を懐き給えよ親友。今回のことは早めに忘れろ、はなから高望みだったのさ」

「それこそ明日の休みに迷宮に潜るんだろ? ストレス発散に暴れてきたらいいさ。そしたら来週明け、また元気な姿を見せてくれ、親友」

「うう、友情が夕焼けより目に染みる……」

 

 肩を叩いて慰めてくれる、親友達にただ感謝を抱く夕暮れ時。

 世界最大級ともされる地下迷宮が存在する都市、ゆえに迷宮都市と呼ばれるこの町で、僕の人生はまた一つ傷と癒やしを刻むこととなった。




スキルがポエミーと並行しつつやっていきますー
よろしくお願いしますー


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ギルドに行くよー

 翌日の朝、休みということで僕は冒険者としての活動を行うことにした。戦闘用の装束に身を包み、相棒の武器を携えて学校近くに借りてる宿を出たのだ。

 真っ黒な上下の服を着て、その上に真っ黒な外套を目元まで隠すように纏う。おまけに真っ黒な帽子を目深に被って両手まで厚手のグローブで覆えば、あっという間に冒険者ソウマ・グンダリの完成だ。

 

 そこに僕の背丈より大きな鋼鉄の塊、対モンスター用にカスタマイズした杭打機こと通称"杭打ちくん3号"を背負えばDランク冒険者"杭打ち"が出来上がりってわけだね。つまりは杭打機こそが僕の象徴ってことだ。

 言うまでもないけど不審者の見た目をしているため、目立つことこの上ない。毎度ながら道行く人々の好奇の視線を独り占めな僕だ。

 

「おい……見ろよ、杭打ちだ」

「よくあんなデカい鉄の塊、軽々持ってるな……」

 

 まあ、僕ってか僕の背中の鉄の塊こそが興味の対象なんだけどね。さすがにこんなもん武器にして振り回す変態は僕しかいないから、必然こうなるよ。

 スラムにいた頃、たまたま土木工事用の杭を見つけたのがきっかけでなんやかんやあり、知り合いの技術者さんに兵器としての杭打機を開発してもらったわけなんだけど……冒険者としてずーっと使い続けているから、今さら普通の剣だの槍だの弓だのを使う気にもなれないってのが本音だ。

 

 大体もう二つ名までつけられてるし、もはや僕のトレードマークそのものだからね。

 杭打機こそが冒険者ソウマ・グンダリそのものなんだと思うことにして、半ば心中する心地でいる僕だった。

 

「……っと、着いたー」

 

 歩くことしばらくして、冒険者ギルドに到着。冒険者としてのお仕事を、依頼という形で受け付けてくれる便利なところだ。

 迷宮への冒険や特定モンスターの部位の調達、だけでなく近隣のモンスターの駆除とか、町に迷い込むモンスターの討伐とか。あと町中の清掃とかまでいろいろ依頼があるから結構楽しいんだ。

 もっぱら僕は、モンスター退治の専門だけどねー。受付のカウンターまで行って、スタッフの人に話しかける。

 

「こんにちはー。迷宮関係の依頼、ありますかー?」

「おはよ、ソウマくん。今日もまあまああるわよ、いろいろね」

 

 受付嬢のリリーさん。5年前に冒険者デビューを果たした頃からお世話になっている、半ば専属に近い感じになってくれてるスタッフさんだ。

 桃色の髪がかわいらしい美人のお姉さんで、結構仲良くさせてもらっている。

 

 ぶっちゃけ惚れてた時期もあったし今でもチャンスがあるなら全然いきたいとこだけど、さすがに僕ももう15歳だ。

 お世話になっているスタッフさんとの関係性をぶち壊しかねない軽挙妄動は慎まざるを得ないんだよねー。そもそもこんな美人さんに、彼氏がいないはずもないんだし。

 うん……

 

「ああああ僕が先に好きだったのにいいいい」

「何よ唐突に、またフラれたの? ちょっと、あなた学校に入ってこれで何回目?」

「10回目ですぅ……」

 

 リリーさんにパートナーがいるかもってことで脳が破壊されかけていると、つい声に出てしまっていた。

 僕のこの数ヶ月に亘る悲劇の数々を、仲が良いから当然知っている彼女が呆れたようにため息を漏らして僕を見る。いやたしかにフラれましたけど、今回のこれはまだ見ぬあなたのパートナーへのアレコレなんですー。

 

「なんだかソウマくん、思春期に入ってものすごく惚れっぽくなったのねえ。まあ、恋することが悪いこととは言わないけれど……あんまりあちこち女の子に目移りしてると、ちゃらんぽらんで軽薄な男の子だって思われちゃうわよ? 例のオーランドくんみたいに」

「実際に手を出してる彼と、そもそもチャンスすらない僕を一緒くたにしてほしくないですぅ……」

「まあ、実害がない分それはそうだけど……というか、チャンスなんて作るものよソウマくん? 待ってるだけで女の子が寄ってくるなんて、なかなかないわよそんなこと」

「知ってますぅ……」

 

 正論が刺さるー……この手の話になると基本、僕には勝ち目なんてないから困るよー。

 何もせず彼女ができるなんてあり得ない、それはよく分かる話だ。でも僕だって何か行動を起こそうと思うんだけど、その矢先に概ねオーランドくんが手を出してるシーンに出くわしてしまうのだ。なんだよこの間の悪さ!

 

 はぁ、いらないことを口走っちゃったせいで朝から気分も下降気味だ。マントと帽子のお陰で表情は見えてないだろうから良かったけど、ぶっちゃけ半べそかいてるもん僕。

 でも長い付き合いのリリーさんには雰囲気で気づかれちゃって、なんだか気まずそうにフォローを入れられてしまった。

 

「あー、ごめんねいろいろ言っちゃって。でも、言わせてもらえばもったいないことしてるなって思うのよ?」

「ぅ……もったいない、ですか?」

「ぶっちゃけ、冒険者"杭打ち"としてのソウマくんをもっと前面に押し出せば、あっという間にモテモテになれると私は思うのよ。ねえ、マントはともかく帽子は別に、被る必要ないんじゃない?」

 

 思わぬ提案。帽子を外せばモテモテに? 呪われてるんだろうかこの帽子。

 僕がこうして、顔すら他人に悟られないほど着込んでいるのはそれ相応の理由があってのことなんだけど、今の話を聞くとなんだか迷いが出てきた。帽子、少なくとも町中では外したほうがいいのかな? モテルのかな、そしたら。

 

「ソウマくん、幼気な顔立ちですごく可愛らしいし。でも杭打機なんてわけの分からないものを自在に操って暴れ倒すってギャップがあるんだから、そこに惹かれる子は多いわよ、きっと」

「ああああまさかのギャップ萌え狙いいいいい」

 

 モテるっていうか意外と暴れるマスコットくん的なやつじゃないですかそれー!

 もっとこう、真っ当にイケメン扱いされたい僕なのに!




ブックマークと評価のほうよろしくお願いしますー
なろうさんのほうがメンテナンス中なのでこっちは先行投稿ですー


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ハーレムだよー(泣)

 ギャップとかじゃなくてー。僕のこのダンディーさでモテたいんですぅー。男の魅力でモテたいんですぅー。

 って言ったら死ぬほど鼻で笑われた。ひどいやリリーさん。

 

「はいはい。そしたら今日の依頼はこれだけね。えーっと迷宮内でゴールドドラゴンの奥歯、もしくはウォーターゴーレムの排水溝を2つずつ」

「あー、じゃあゴールドドラゴンで」

「相変わらず即決ねえ。お金?」

「お金」

 

 提示された依頼の中でも一際難易度が高く、でもその分実入りのいいゴールドドラゴンの討伐を選択する。言うまでもないけどお金が儲けられる方を選ぶ、それが僕のスタンスだ。

 こう言うと僕が守銭奴に思われかねないんだけどそんなことはない。一応、僕を育ててくれたスラム内の孤児院に多少なりとも援助するためというとても素晴らしい目的があるのだ。

 

 まあ、それはそれとして浮いたお金は自由に使うんだけどねー、と。

 その辺の事情だってご存知のリリーさんはさすが、何も言わずに依頼受諾処理をしてくれた。

 

 ゴールドドラゴンっていうのは迷宮の、到達済み階層の中でも割と最下層に生息しているモンスターだ。

 本来なら僕みたいなDランク冒険者が相手取るなんて無茶もいいところだって判断されるのが普通なんだけど、この人は僕の腕前を信じているから融通してくれるのだ。

 ありがたいー。惚れ直してしまいそうー。

 

「はい、受諾完了。じゃあ頑張ってきてね、冒険者"杭打ち"さん」

「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」

 

 用も済んだし早速、ギルドを出る……出ようとする。受付から離れて出入口へ向かおうとした、その矢先だ。

 冒険者パーティーの一団が、ちょうど入ってきて僕と面向かう形になったのだ。

 

「あん? "杭打ち"?」

「…………」

 

 若い、僕と同い年くらいの金髪の青年。不敵な笑みを浮かべたイケメンくんで、背が高くて体もがっしりしてる。背中には大剣を背負っていて、服装もなんだか綺羅びやかに輝いた上質の鎧を着込んでいる。

 よく知る顔だ──オーランドくん。僕から計10人の好きだった女の子をかっ攫っていった憎いあんちくしょう。いや、別に付き合ってたとかじゃないから、これは完全に僕の僻みなのだけど。

 

 とにかく女誑しで親の七光りな天才くんが、仲間を引き連れてお越しになられたのだ。

 そして僕を見るなり、嫌悪と敵意を剥き出しにした小憎たらしい目で睨みつけてくる。

 

「チッ……朝から嫌な奴に。どけチビ、Dランクが偉そうに歩いてんじゃねえぞ」

「…………」

「黙りか、馬鹿にしやがって……」

 

 なんかやたら僕を敵視してくる彼だけど、特に因縁ないはずなんだよね、僕らは。精々彼の親とそこそこ仲良くさせてもらっているくらいで。

 僕が顔含めた身体全体を隠すような格好だから、実は同じ学校に通う同学年のソウマ・グンダリだなんて気づいてもないみたいだし……となると本当になんで、ここまで敵視されてるんだか理解できなくて困る。

 

 泣く子も黙るAランクさんがこんな、Dランクの小石にイキらないでよ怖いよー。

 声を出すと正体がバレないとも限らないので黙っていると、それもまた気に入らないようだった。舌打ちをしてさらに、睨みつけてくる。

 こんなところで揉めたくもないので僕は黙ったままだ。もし正体がバレたら、明日から学校で凄惨ないじめが始まるかもしれない。嫌だよー。

 

「……………………」

「オーランド、そんな輩に何をムキになっている? ふふ、可愛いやつめ」

「あ? ……ムキになってねえよ、リンダ」

 

 もういいから行きなさいよーって祈ってたら、オーランドくんの後ろにいる女性陣の一人が面白そうに笑い、彼をからかう。

 こちらも見た顔だ……うちの学校の3年生、剣術部部長のリンダ先輩。他にも生徒会の会長シアン様とか副会長イスマ先輩、会計のシフォンちゃんもいる。

 全員美少女だ。うん、もっと言うとね?

 

 

 ────全員僕が好きだった女の子だ!!

 

 

 ああああ脳破壊ハーレムパーティーいいいい!!

 なんの嫌がらせなのおおおお脳が砕け散るうううう!

 

「……………………っ」

「Dランク程度で二つ名を授かりいい気になっている、ただの野良犬。"杭打ち"など……物珍しい得物を使うだけで実力など大したことはないさ、オーランド」

「分かってるけどよ、こんなやつがデカい面して冒険者気取ってるってのがどうにも我慢できねえんだよ。なんせ俺は、Sランク冒険者を両親に持つからなァ」

「ああ、分かっている。冒険者としての誇りを大事にするからこそ、このような輩がのさばっているのが許せないのだな。真面目で立派だぞ」

「へっ、よせやい」

「………………………………」

 

 ああああ心無い言葉が突き刺さるうううう!!

 好きだった子からの罵詈雑言が心を砕くうううう!!

 

 も、もう勘弁してほしい……死ぬ。このままだと身体より先に心が死ぬぅ!

 リンダ先輩のあんまりな言葉に帽子とマントの奥、僕の素顔は涙目もいいところだ。なんでこんなに嫌われてんの僕? なんかしたっけ冒険者"杭打ち"?

 

 しかも僕の悪口をダシにいちゃついてるし。拷問じゃんこれ。思春期を殺す拷問じゃないかよこれ。

 しんどいなー。

 

 迷宮に入る前からもう気分はどんよりドン底だ、今すぐ帰って不貞寝したくなってきた。

 なんだろう今日、厄日だよー。

 

「……………………」

「んんん? 急に何を、入口の前で立ち止まっとるんでござるかガキンチョども?」

 

 地獄のような空気を切り裂くように、朗らかな声が不意に響いた。オーランドくんハーレムパーティーの後ろからだ。

 見れば特徴的な、民族衣装を身に纏った美人のお姉さんがキョトンとして、僕達を見ていた。




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修羅場だよー

「…………ふむ。ガキンチョどもがなんぞ、不躾なことをしでかしとるようでござるな」

「……………………」

 

 急に脳破壊パーティーの後ろからやってきたすごい美女さん。しっとりした黒髪を長く垂らして、胸元を大胆に開いた民族衣装がすごい視線を誘導してくる。

 たしかこの服、海の向こうにある島国のものだったかな。ヒノモト、だっけ? そこから来たんだろうか、ずいぶん遠いところからお越しだね。

 

 腰に提げてる剣っぽい武器も前に見たことがある。

 カタナ、とかいうヒノモト固有の武器だ。それを操る手練れのことを巷ではえーっと、ナントカ言うそうだけど忘れちゃった。

 とにかくそんな美女さんは、僕をまじまじと見てからおもむろにオーランドくんとリンダ先輩を見やり、叱り始めたのだった。

 

「お主ら……一応聞いておくでござるが。なんのつもりでこちらの御仁に絡んだ? 言うまでもないほどに問題行為であると、なにゆえ思わなんだでござるか?」

「サクラ先生、誤解だぜ。そいつは冒険者の風上にも置けないやつだ、俺達は冒険者として正しいことをしてたんだ」

 

 明らかにキレる寸前、みたいなその女の人に、オーランドくんは勇気があるんだか無謀なんだかヘラヘラ笑って反論していく。

 あー怖い。怖いよー。僕は身をすくめて気配を消して、さりげな~く壁際に隠れる。話の流れからして絶対揉めるやつじゃん、巻き込まれそうなのやだよー。

 ……入口付近に待機しているハーレム要員の一人、生徒会長さんと目が合ってしまった。おずおずと会釈。ニッコリと微笑まれた、やさしー。

 

 さきほどの罵詈雑言で、傷を受けた心にスーッと効く。

 癒やしを得た心地でいると、オーランドくんによる冒険者の風上にも置けないらしい僕の解説が始まった。

 

「大した実力もないのに冒険者気取って、何をしたのかギルドの女に取り入って優遇されていやがる。あまつさえセンス0とはいえ二つ名までもらってよ」

「二つ名?」

「"杭打ち"だとさ。なんでもモンスターに対して杭を打って戦うんだとかよ、馬鹿にしてるぜ。工事現場でやれってんだ」

「…………杭打ち、とな。この御仁が」

 

 目を丸くして僕を見るその女の人、サクラ先生? だっけ。

 悪意を持っている感じではないけどなんとなく威圧感を覚える。どこか、見定めるような視線に思える瞳だ。

 とりあえず会釈すると、失礼、とサクラ先生さんも会釈を返してくれた。続いてリンダ先輩が、忌々しいもののように僕を指差す。

 

「我々冒険者は誇り高き、モンスターとの誉れある戦いを使命とする集団です。そんな中にこのような、土木作業と勘違いしたような者が混ざるなど。ましてや、そこの輩は」

「輩は……なんでござる?」

「……スラム出身なのですよ?」

 

 あー、なるほど僕の出身が気に入らないタイプの人なのかーリンダ先輩ってばー。

 スラム出身はたしかに、この町においては貧民としてちょくちょく悪い扱いを受けがちな立ち位置ではある。

 

 比較的そういう差別とかクソじゃん! って理念を掲げる冒険者界隈にあっても、でもやっぱりスラムのやつはちょっと……みたいな扱いを受ける時はあるね。

 でもなー。質実剛健で誰にでも優しい戦乙女って言われてるリンダ先輩がなー。なんかショックだ、うへー。

 

「貧民とはいえ息をするくらいであれば構わないと思いますが、さすがに冒険者を名乗るな、ど────!?」

 

 ────なんてことを思っていた、その時だ。

 サクラ先生さんが即座に腰に提げた、カタナってやつを抜き放ってリンダ先輩の首筋に突きつけた!

 

 えっ早!? ていうかなんで、危なっ!?

 

「!?」

「サクラ先生!?」

「黙れ、ガキども。これ以上下らぬ口を叩くなら、貴様らこそ二度と冒険者を名乗れぬ身体にしてくれるぞ」

「なっ……!?」

 

 えぇ……? なんか想定外なブチギレ方してらっしゃるぅ……

 

 めちゃくちゃ険しい顔して、殺意まで出してリンダ先輩にカタナを突きつけるサクラ先生さん。

 あまりにも早業過ぎて目にも止まらなかった。これ、ヒノモトの剣術の一つなのかな。相当な腕前の人みたいだけど、だからこそこんなところで何してんの感がすごいや。

 

 一気に緊迫する空気。見ればオーランドくんのハーレムパーティーのみならず近くにいた冒険者の方々も、目を丸くして汗を一筋垂らしている。

 荒事は割と日常のこととはいえ、ギルド内でここまで唐突に修羅場に突入するなんて予想だにもしてなかったんだからそりゃビビるよね。怖いねー。

 

「冒険者に序列はあれど貴賎なし。生まれ育ちが異なれど、未知なる世界を踏破せんとするならば我ら、ともに歩む同胞なり」

「な……さ、サクラ、先生」

「スラム生まれだからどうした。貧民育ちだからどうした。どうあれ同じく冒険者であれば、たとえ生まれ育ちがどうであろうが、振るう武器がなんであろうが一定の敬意を払わねばならぬ。それを貴様ら、どこまでも杭打ち殿を愚弄し腐りおって……!!」

「っ……」

 

 あ、これやばい。止めないと本当にリンダ先輩の片腕くらいは持っていかれる。

 僕への言動について怒ってくださっているので、止めるのはなんだか申しわけなさがあるけれど……さすがにこんなことで刃傷沙汰は良くないよー。

 というわけで僕はすぐさま、サクラ先生さんに近づいてその肩を叩いた。




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逃げたよー

 ものすごく怖いし、次の瞬間僕の首から上が胴体と永久のお別れになってしまうんじゃないかという危惧もあるけれど、僕は一歩踏み出した。

 さすがにこれ以上はいけないと思うので、努めて気配を消しつつサクラ先生さんの肩を叩いたのだ。同時に即座に、背負った杭打機の鉄塊を後ろ手に握って防御行動に移れるように備える。

 

「────む。杭打ち殿、どうなされた」

「…………」

 

 幸いなことに、反射でカタナを振るうほどのキレ加減ではなかったらしい。意外なまでに冷静に穏やかに、彼女は僕のほうを向いて尋ねてくれた。

 ただし、カタナは変わらずリンダ先輩の首筋に当てられたままだ。これ、すぐにでも致命傷を与えられちゃうやつじゃん。怖いー。

 

 なんなら未だ、殺意自体は振りまいてるしこの人。

 どうしたものかなーと思いながらも僕は、どうにか会話で解決できないかと思って手招きのジェスチャーをした。

 チョイチョイっと手をこっちに動かして、耳を貸してほしい旨を伝える。

 

「? ……その場を動くなよガキども、逃げても逃さぬでござるからな」

「う……」

 

 子供達に本気の威圧をかけて動きを封じ、サクラ先生さんは僕に顔を寄せてきた。お綺麗な顔がすごい近くに来てびっくりするくらい胸が高鳴るけど、さすがにこの状況で一目惚れしましたとは言えない。

 ああああいい匂いするうううう! なんだろこれお花のいい匂いいいいい!

 

「……どうされたでござるか、杭打ち殿? こやつらの蛮行の謝罪は後ほど、こやつらをとっちめてからさせていただきたいのでござるが」

「!」

 

 いけないいけない、すごいいい匂いに意識が吹っ飛んじゃってた。サクラ先生さんの訝しげな顔さえ綺麗だ、惚れるぅー。

 昨日ぶり11度目の初恋に胸が高鳴るのを抑えつつ、僕は彼女に小声で囁きかけた。なんか密着してのひそひそ話ってイチャイチャ感がしていいよね。

 

『……えっと。お気遣いありがたいのですが、少しやりすぎかなって。僕は気にしていませんのでどうか、この辺で矛を収めていただけませんでしょうか?』

『! ……お主よもや、このガキどもとそう変わらぬ年頃でござるか? それによく見ればその眼差しは、女子?』

『男ですぅ……たまに言われますけど、15歳男子ですぅ……』

 

 僕に合わせて小声で返してくれたのはありがたいけど、いくらなんでも女子認定はひどいよー。

 たしかに小柄だし、女装したら似合いそうって言われがちだけど僕は男だよー。家一軒分並に重い杭打機だって片手で持てちゃうマッチョくんなんですよー。

 

 さすがに抗議すると、サクラ先生さんは息を呑んだ。ちょっとキリッとした表情で言ったから、きっと僕の男の魅力ってやつが伝わったんだと思う。ダンディズム。

 

『そ、そうでござるか。失礼……いや、それはさておき。その、お主この者らを許すのでござるか? 舐められるのは冒険者的によろしくないでござるぞ?』

『揉めるほうが嫌ですし……白状すると僕、彼らと同じ学校に通う学生冒険者なんですよね。なんで揉めると万一、正体がバレた時にどんな目に遭うか分からなくって』

『なんと……! それゆえ顔も声すらも隠しておられるのか。なんという不憫な……!!』

 

 えぇ……なんか別な方向に怒り出した……

 恥を忍んで身の上を話し、ことなかれで収めたい旨を伝えたつもりが彼女の怒りに火を注いでしまったみたいだ。なんで?

 なんかこう、直情的な正義の冒険者さんっぽいんだねサクラ先生さん。でもこの場合、それをやられると僕が困る。

 彼女にを宥めるつもりで、僕はまあまあと声をかけた。

 

『そもそもオーランドくん達とは滅多なことで会いませんから、隠すと言ってもそんなに負担じゃないんですよ。それでそのー、そういう事情もあってですね、あんまりことを荒立てたくはなくって』

『むう……しかし、あそこまで舐めた口を叩いておるのを野放しにしては、それこそ冒険者全体にとっての沽券に関わること。鼻っ柱を折るくらいはせねば、こちらとて申しわけもなく』

『穏便な範囲で説教するとかならいいとは思いますけど、今みたいにカタナ? でしたっけ。そんなものを振り回しだすのはちょっと』

『むー、でござる』

 

 むくれる姿さえかわいいってどういうことだろう。ときめいちゃうんですけどー?

 美人系の顔立ちなのに、表情が結構ころころ変わるから幼さもあって、むしろ愛嬌があるように見えるから女の人ってすごい。

 

 少しの間、見つめ合う。本当に美人さんだから目をまっすぐ見つめることさえ緊張して顔が熱くなってくる。

 もうそろそろ限界だ逸らしそう、ああもったいない! って時になって、やっとこサクラ先生さんは渋々ながら頷いた。オーランドくん達、殺気に当てられて動けない周囲にも聞こえるように告げる。

 

「承知した、杭打ち殿。寛大なるお言葉、まことにありがたく」

「………………」

「む、これから依頼のために迷宮へ赴かれるでござるか! それは益々失礼仕った。ほれガキども、阿呆みたいに固まっとらんでどかぬか、出入口を塞ぐでないでござるよ、迷惑な!」

「り、理不尽だぜ……」

 

 お説教とかそういうのはそちらのほうでやっといてもらって、僕は僕で今から依頼なので……と、こっちは相変わらず小声で彼女にだけ聞こえるように伝えたところ、恐ろしく理不尽な指示がオーランドくん達を襲っていた。怖いー。

 困惑と恐怖と恥辱に顔を、真っ青にしたり真っ赤にしたりしているオーランドくんとリンダ先輩がこちらを睨んでいる。いやもう、退散するから許してください。

 

「それではご武運を、杭打ち殿! ──おうアホガキども、お主らの実力確認なんぞもうどうでもいいでござる、そこに直れ説教でござる」

「な、なんだよそれ!?」

「冒険者以前に人としてカスなその性根から、叩き直してやろうと言ってるんでござるよっ!!」

 

 ああああ修羅場が発生してるうううう!

 本格的にガチ説教が始まろうとしていく空気の中、僕はこれ以上こんなとこいられないや! と、ギルドを早足で出て町の外、迷宮へと一路向かうのだった。




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迷宮だよー

 あわわわわ、大変な目にあったよー。

 いつも通りのギルドでの依頼受諾ってだけの流れが、なんでか地獄のガチ説教大会開幕の流れになっちゃった。これ僕悪くないよねたぶん。逃げてもいいよねー?

 

 というわけでそそくさと施設を離れて町の外へ。迷宮都市は簡単に言うとピザみたいな形をしていて、耳の部分にあたる外周部には城塞が建っている。

 その城塞の、東西南北四方にある門から外に出て僕ら冒険者は迷宮へと向かうのだ。いつからあったのか、どこまで深いのかもまるで分からない世界最大級の迷宮へとね。

 

「おっ、杭打ち。今日も迷宮か? おつかれさん」

「お疲れ様でーす」

 

 街の内外を隔てる門を守る守衛さんと、軽くやり取りをして外へ。冒険者をやってる以上、門番さんとは仲良くしておくに越したことないよねー。

 数日ぶりの町の外はいつもどおり、風が気持ちよく吹き抜けるなだらかな大草原だ。でもよく見るとあちこちに穴ぼこが空いていて、それって言うのが実のところ、全部迷宮への入り口だったりするんだよね。

 

 穴のそばには看板が立てられていて、その穴から迷宮のどのあたりに侵入できるかの簡単な説明書きが添えられている。

 地下○階直通とかね。まあ、そもそも迷宮の構造自体がまだまだ研究途上にあるようだから往々にして、間違った情報が書かれていたりするけど……

 それでも実際に潜ってみた上での情報がそれなりに書かれているから、迷宮での冒険においては極めて重要な情報の一つと言えるだろう。

 

 あちこち空いてる入口をすべて、素通りして僕は草原を歩く。この近辺の入り口は浅層に通じているものばかりで、今回僕が狙っているゴールドドラゴンがいる階層には到達できないのだ。

 そもそも、いきなりそんなショートカットができる入口ってのがまず珍しい。運良く発見できたとして、現状人間が到達できている最深部に近い領域への直通ルートなんて、危険すぎてあまり近寄りたくないのが普通なのよね。

 

 それにそういうところって大体、高ランクパーティーによって私物化、もとい厳重な管理の上での運用がされているため、僕みたいな個人勢がアクセスできるような代物でないのがほとんどなのが現実だ。

 だけど今回、僕は迷いない足取りでそうしたレア入口を求めて進んでいる。わざわざ迷宮の深部に行かなきゃいけないような依頼を受けたのも、そもそもあてがあるからなんだよねー。

 

 草原を行けばそのうち、森が見えてくる。町の姿もまだまだ大きく見える程度の距離にある、そんなに大きくはない森だ。

 狩りの依頼を受けているのか冒険者もちらほら見える。弓矢を持ってうろつく姿は町中だったら通報ものだなーと思いつつも、僕はそうした人達を抜けて森の奥へと向かった。

 人のよく通る道を逸れた、獣道とさえ言えない道なき道をひたすら歩く。

 

「…………あったー」

 

 隠し地点、というにはまあまあ分かりやすいけれど。進んでいくと少しばかり拓けた、そして清らかで綺麗な水を湛える泉が見える土地に辿り着いた。

 ここが今回の目的地だ。泉のそばに、迷宮への出入り口があって──なんとそこから一気に地下、86階にまで下ることができるのだ。

 

 現在公的な資料における、迷宮最下層到達地点は88階だ。そこから約3年、冒険者は足踏みしまくっているわけだけど……つまりは最下層到達地点に近い階層にまで、ここの出入口を使えば一気に侵入できるってわけだった。

 僕の他、Aランク冒険者やその知り合いの何人かしか知らない、まさに隠し出入り口なのである。

 

「知ってたとして、こんなところ利用する冒険者も一握りだもんなー。地下86階なんて、まあまあ地獄だし」

 

 地下迷宮は10階ごとに出てくるモンスターの強さとか分布が変わる。80階台ともなるとAランク冒険者のパーティーでも気を抜くと、全滅しかねないような化け物が屯して襲いかかってくるのだ。

 そんなだからこの出入口が仮に周知されたとして、Aランクの中でも特に迷宮攻略に精を出すタイプの人達くらいしか使ったりはしないだろう。立ててある看板にもほら、ドクロにばってんマークがついてる。"危険! 入ると死ぬよ? "ってやつだ。

 

「よし、じゃあ行きましょっかねー」

 

 そんな危ない出入り口に、躊躇することなく僕は入っていった。

 緩やかな斜面を滑り台みたいに下っていくと、ひんやりした暗くて冷たい闇の中をどこまでもどこまでも……底無しってくらいどこまでものんびり滑る。

 帰りはこの斜面を登っていくわけなので、行きはいいんだけど帰りこそが辛いんだよね、深い階層への出入口は。でも正規ルートを逆走するってなるとどんなに急いでも一日二日じゃ利かなくなるから、結局のところそうするしかない。

 

『────!? ──! ──────!!』

『! ──!! ────!!』

「────ん、声? なんだろ、戦ってるー?」

 

 結構な時間滑ってると、なんか密やかに声が聞こえてきた。滑っている先から聞こえてくるんだけど、何やら切羽詰まっているというか、阿鼻叫喚な感じがする。

 辿り着いた先で誰か何かやってるのかな? 先客がいるって結構珍しいけど、知り合いの冒険者パーティーの人達だろうか。でも変に焦ってるし、ちょっと考えにくいかも。

 

『────やばい──塞がれた!!』

『──逃げ────駄目よ嘘、ここ本当に86階なの!?』

「えー……?」

 

 段々ハッキリと聞こえてきた声だけど、思った以上にアレな単語を拾ってしまった。

 察するにたまたま見つけた出入口に好奇心半分で入ってみて、それでモンスターに襲われてるっぽいよねこれ、しかも複数人。

 何してんのさもう、入ると死ぬのにー。

 

 そろそろ斜面の下りも終わりに近い。出口が見えてきたけど何か、モンスターっぽいのが塞いでいるね。こいつをどうにもできないから阿鼻叫喚なわけか。

 僕が来てよかったね、誰かさん達か知らないけど。後で特上ステーキ奢ってくれたらチャラにしてあげよう。じゅるり。

 

「ステーキ、素敵……さーやろっかあ」

 

 杭打機を右手に装備して、息を整える。

 まさかこの流れは予想しなかったけど──穴の出口。

 僕は即座に飛び跳ねて、自慢の相棒を出口の前に陣取っているモンスターの後頭部に叩き込んだ!




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血塗れだよー

 僕の相棒の杭打機、通称"杭打ちくん3号"は一見すると巨大な鉄の塊なんだけど、当たり前ながら内部には鉄の杭が仕込まれている。なんせ杭打機ですから。

 装着する僕の右腕、ちょうどパンチの感覚で当てられるよう調整された位置に射出口があり、そこから杭を発射するのだ。

 

 まずは一発。出入口から勢いよく飛び出た僕は右腕を振り上げた。こちらに背を向けるモンスターの後頭部に向け、思いっきり殴りかかる要領だ。

 当然、杭打機のもっと言えば射出口だってそれに合わせて振り下ろされる。そう、これは別に僕が直接パンチする動作でなく、杭打機の射出口をやつの頭に叩きつけるためのものである。

 

「っ!!」

「ぐげがっ!?」

 

 ドゴッ、と鈍い音を立てて後頭部に鉄の塊が叩き込まれる。大の男が10人がかりでもまともに持つことのできない馬鹿みたいな重量が、それなりの速度で直撃したんだからその威力は僕が言うのもなんだけど筋金入りだ。

 すでにモンスターの頭部が凹み、内部に至るまでグチャグチャになった感触が伝わる。短い叫びをあげるのが非常に生々しくて嫌だ。

 

 だけどまだ足りない、まだ致命傷じゃない。

 こんな程度で仕留められるなら、今頃冒険者はみんなこの迷宮の最下層まで辿り着けてるよ。

 さらにもう一手、必殺の追撃が必要なんだ。

 

「────っ!!」

 

 だから僕は、右手に握る杭打機の取っ手──射出口の進行方向に動くレバーを、殴り抜ける勢いそのままに押し込んだ。

 瞬間、飛び出る鉄。僕の背の丈よりも大きな杭打機と、ほぼ同じ長さの巨大な鉄杭が鋭い切っ先を剥き出しにしたのだ!

 

「ガボォア────ッ!?」

「な、なんだァ!?」

「え……い、いやぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 鈍い音と、頭蓋が貫かれて砕かれ、中身を散々にかき混ぜてぶちまける音が響く。同時に襲われているんだろう冒険者達の、困惑と恐怖の叫びも。

 目の前でいきなりモンスターの、頭が弾け飛んでザクロかひき肉かってことになったらそりゃあびびるよー。まして血も肉もぶっしゃあああーって言いながら撒き散らされているので、たぶんもろに真紅を頭から被っちゃってるだろうし。

 

 かく言う僕のほうも、返り血とか脳漿とかが身体中にべったりだ。これだよこれ、こういうことになるから僕は帽子とマントを常時装着してるんだ。

 別にオーランドくんはじめ同学のみなさんから正体を隠すためでは断じてないのだ。いや、最近はむしろそっちのがメインの用途になってることは否めないけど。腹黒ハーレムイケメンさんは難儀だなー。

 

 目の前でミンチにしたモンスターよりも学園生活の闇のほうがずっと怖い。そう思いながら僕は、倒れゆくモンスターの背を蹴って飛んだ。空中高くで身を震わせて返り血やら肉片やらを払いながら、件の冒険者達の元へ着地する。

 ズドン! ──と。杭打機の重量が重量だし大きな音を立ててしまうのは仕方ない。

 

 周囲を見回して、さっき仕留めたモンスターの他に脅威がいないかを確認する。

 いない、ヨシ。この確認を怠ると地味に命に関わるので、慣れた冒険者ほどしっかりやる作業だ。命あっての物種だからねー。

 

「……………………」

「あ、あんたは……杭打ち!?」

「?」

 

 何やら名前を呼ばれて振り向く。同年代くらいの少年少女が3人と、10歳くらいの子供が2人そこにいた。

 いやいやいやいや、ほかはともかく子供は何? なぜこんなところに? 連れてきちゃいけない場所だよさすがに、ここ地下86階なんですが?

 

「…………!!」

「ええっ!? お、ちょ、待って杭打ちさん!? なんかキレてる!?」

「ままま、待って! な、なんか誤解してる気がするの! はな、話し合いましょう!?」

「ひぃぃぃ……」

 

 助けに入ったつもりが、児童虐待ないし誘拐の疑惑が出てきてしまった。年端も行かない子をこんな地獄に連れてきてこの人達、何をしようとしてたんだ。

 警戒も露わに杭打ちくん3号を構える。レバーは内蔵してあるバネによって原点位置に戻り、それに伴い杭も引っ込められている。

 僕の攻撃はつまるところこの繰り返しだ。殴って、ぶち抜いて、戻す。それだけ。でもこれでここまで来られたんだから、まあそんなに卑下するようなもんでもないとは思う。

 

 互いに血と肉まみれの中、三人組はあからさまにうろたえて何やら叫んできた。

 子供2人がキョトンとして、僕と彼らを繰り返し見てくるのを横に、少年が慌てて弁明する。

 

「こ、この子達は最初からこの辺をうろついてたんだ! 本当に!」

「たまたま、マジで偶然森に迷ってたら見つけちゃって出入口を!! こここ、好奇心からついここまで下りちゃったんだけど、そしたらその子達がモンスターに襲われてるの見ちゃって! つい、敵いもしないのに突っ込んじゃって!!」

「ぴぇぇぇぇぇぇ……!!」

「……………………?」

 

 嘘をつくにしたってもうちょい現実味のある嘘をつくよね、普通? いやでも、そう思わせてのあえてぶっ飛んだ嘘をついたせんもあるのかな?

 こんなとこにこんな小さな子が二人きりで、お散歩なんてそんなわけないじゃん。いくらなんでも現実味ないんだけど、とはいえ三人組のあまりに迫真の様子にちょっと戸惑う。必死さがガチだしマジ泣きしてる子までいるんだけど、どうなんだろう……?

 

「あのー、すみませーん。私達、この人達とは初対面です……」

「そちらのお兄さん達は本当のこと言ってるよ、えーっと杭打ち? さん。ひとまず話を聞いてもらっていいかな、この場にいる全員」

 

 と、周囲を見ていた子供達が不意にそんなことを言う。幼げな顔立ちと背丈、瓜二つの姿なんだけどどこか、大人びた印象を受ける。

 …………人間かどうかも怪しくなってきたなあ。僕は警戒を緩めないまま、とりあえず頷くことにした。




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双子だよー

 警戒を一切解かないのは、目の前の三人組が未だに人攫いではないのかという可能性を捨てきれないのともう一つ。それはそれとして瓜二つの子供二人が本当に、人間なのかどうかが疑わしくもあるからだ。

 いるんだよね、たまに。人間の姿に擬態してくるモンスターってやつが。迷宮の地下10階あたりに多くて、初心者を脱した冒険者にとっての最初の難関だなんて扱いをされがちなやつらだ。

 

「…………」

「ヒカリ、私達警戒されてるね、杭打ちの人に」

「そうだね、ヤミ。どうしたら信じてもらえるかな、僕達の身の上を」

 

 そういうモンスターの擬態は大体、どことなく違和感があるものだけどこの双子……双子? にはそうしたものが感じられない。パッと見てもジックリ見ても完全に人間の子供だ。

 そもそもこの階層にそんな、擬態するモンスターがいるなんて話は聞いたことないし。となるとやはりこの子達は人間で、三人組が掻っ攫って来たって話になるかもだけど。

 

「ちょ、ちょっとヤバいわよ……! 杭打ちめっちゃ怖いじゃん、ていうかなんであんなに強いのよ、Dランクが!」

「き、聞いたことがある。杭打ちは実はまだ子供で、年齢的な問題からDランクなだけで実力自体はSランクにも引けを取らないとかなんとか。そん時はまたまたァーって笑ってたけど、ま、まさかマジとは」

「命ばかりは、命ばかりはァァァ……ぐしゅぐしゅ、ぴぇぇぇ……」

 

 ビビり倒してるツインテールの可愛い女の子に、密着されてひそひそ話してるすっごい羨ましい爽やかイケメンくん。そしてさっきからひたすら泣いて許しを請うている小柄な女の子。

 なんとも賑やかというか、ついさっきまで危機的状況だったって自覚あるのかなーって思っちゃうほどに脳天気な彼や彼女達が、わざわざ子供を攫ってこんなところに来る理由も薄い。

 

 それこそ面白半分、虐待目的とかなら話は別だけど……他ならぬ子供達の証言もあるし、何より自分達も死にかねないところでそんなことするはずもないか。

 彼らの様子を見て、ある程度信用はできると思って僕は杭打機を下ろした。とはいえいつでも殴り殺せるように、最低限の構えはしてるけど。

 

 ともかく落ち着いて事情を聞く必要がある。

 僕は仕方なし、彼らに話しかけた。

 

「…………話を聞きたい。説明できる人、いる?」

「!? 杭打ちの声、若っ!?」

「こ、子供の声……マジで未成年だったりするのか、杭打ち!?」

「ぐしゅぐしゅ……巷で流れてる杭打ちさん美少女説はホントでしゅかぁ……?」

 

 ひとまず事情を聴こうと口を開いたらこれだよ、僕の話なんて今はどうでもいいでしょうに。

 そして何さ美少女説って、初めて聞いたんだけど。帽子とマントに覆われた僕の本体はいつからミステリアスな美少女になったんだろうか、僕は男だよ!

 

 少なくともこの三人は今は駄目だ、気が動転してるのか話になりそうもない。

 どうしたもんかと考えて、僕は先にヒカリ、ヤミと互いを呼び合っていた子達に話しかけた。

 

「……説明できる?」

「あー、僕ら視点からの話でなら。お兄さん達の事情はそれこそ知らないよ、さっき出くわしたばかりなんだから」

「それでいい……そっちの三人も、後で話は聞く」

「は、はひぃっ!!」

 

 三人組とは打って変わって大変落ち着き払った様子の双子。まずはこちらから話を聞いて、それから冒険者達の話を聞いたほうがいいだろう。

 一つ頷いて促すと、ヒカリと呼ばれた子供が話し始めた。ヤミと呼ばれているほうもだけど幼いからか、中性的で男の子か女の子かも判然としないなあ。来ている服も、なんだかこの辺じゃあまり見ない小綺麗なローブだし。

 

「まず、自己紹介からさせてほしい……僕はヤミ。こっちはヒカリ。二卵性双生児のいわゆる双子で、珍しいことに二卵性なのに瓜二つなのが自慢でもありコンプレックスでもあるよ。序列を言うなら僕は弟、彼女は姉となるね」

「私が妹でヤミがお兄ちゃんなほうが合ってると思うんだけどね。頼り甲斐とか、頭のよさとかさ」

「小賢しいだけの子供だよ、僕も。実際、さっきまでの状況には普通に途方に暮れてたしね。あ、ちなみに10歳だよ、よろしくね杭打ちさん」

 

 ハハハと笑うヤミくんにヒカリちゃんが唇を尖らせる。実に仲のいい双子って感じだ。ニランセーソーセージ? なんかよくわかんないけど難しそうなこと知ってる子だねー。

 そして僕の見立てどおり、10歳だったことにまたしても疑問が沸き起こる。そんな子供がこんなところで何をしていたんだ? 本当に。

 

 僕だけでなく三人組の冒険者達も唖然と、というか戸惑ったように双子を見ている。

 そうした視線を受け、ヒカリちゃんはヤミくんの後ろ背に隠れ、ヤミくんはそんなヒカリちゃんに苦笑しつつも肩をすくめた。

 なるほど、これは兄妹だ。納得する僕に、彼はさらに言った。

 

「さて、そんな僕ら双子なんだけれどね……元はこの迷宮内でコールドスリープ、ええと長い眠りについていたんだ。どれくらいかは分からないけど、本当に長い期間をね。ね、ヒカリ」

「う、うん……眠りにつく前のことも、もうほとんど何も思い出せないくらい長かったみたい」

「…………それは、まさか」

 

 記憶喪失……?

 今度こそ呆然と、双子を見やる。飄々としつつもどこか、不安げに二人の瞳が揺れていた。




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ロマンだよー!(喜)

2023/03/18追記
ソウマがスラムで生まれ育ったことになってましたがこれは誤りです。今後のストーリー展開にも関わるため該当文章部分を削除して訂正いたします。
お手数おかけしますがよろしくお願いしますー


 気づいた時には、双子のヤミくんとヒカリちゃんはこの迷宮地下86階のとある部屋の中、棺にも似た鉄の箱の中に入っていたらしい。

 僕もその部屋には足を踏み入れたことがあるから分かる。床も壁も硬い赤い土、不思議とどこからか光が放たれて決して暗くもないフロアの中で唯一、人工的な鉄の壁で他と区別されていた地点だ。

 

「強引にぶち抜いて進入した記憶はある……3年前に。頑丈そうな箱が並んでた」

「無茶苦茶だね、杭打ちさん……記憶はないけど知識はあるから言えるんだけど、あの壁ははるか昔の世界にあっても極めて硬くて頑丈な材質でできていたんだ。それをまさか、ぶち抜くって」

「ああ、道理で……」

 

 あんまり硬かったから、先代の杭打機が壊れちゃって大変だったよー。

 

 思い出すのは"杭打ちくん2号"ご臨終の瞬間だ。あんまり硬くて頑丈な壁だったから、もうゴリ押しちゃえと無理くり、何度も何十発も杭を叩き込んでやったんだ。

 当時一緒に迷宮に潜ってた人達に心底馬鹿を見る目で見られてた気がするなー。今頃何してるかなみんな、何人かは今でもこの町にいるんだけどねー。

 

 それはさておき。まあそんなわけで僕も一応存在は知っていた部屋の、安置されていた箱の中から双子は起き上がり、這い出てきたのだとか。

 すごい長いこと眠っていたらしいけど、別に二人はモンスターとかではない普通の人間だそうで。なんでも超大昔にあった国の技術は、そういう冬眠みたいなことをさせてしまえるくらいすごいものだったらしい。

 

 マジかー、ちょっと滾ってきたー。

 超古代文明とかめっちゃ好物だよー。冒険者になってお金を稼ぐようになって初めて買った雑誌がその手の雑誌でその名も"ミステリアスワールド"なんだよー。

 今でも定期購読してるんだよー!!

 

「嘘だろ、俺の大好きなオカルト雑誌"ミステリアスワールド"のネタじゃんか……実在したのか、メルトルーデシア神聖キングダム!!」

「……………………!!」

「そーいうの良いからちょっと黙ってて。与太話とたまたま一致しそうな部分があるからってはしゃがないの」

「えー。いいじゃんちょっとくらい」

「……………………」

 

 えー。いいじゃんちょっとくらいー。

 っていうか三人組の男の人、同好の士だったのか! 疑ってごめんなさい、オカルト好きに悪い冒険者はいないんだ。

 

 ぜひとも失われた超古代文明とか、どこかにあると言われている異世界への扉とか、実際にそこからやってきたと噂されている勇者とかいう存在について大いに語りたいところだけど、今はさすがにそんなことしてる場合じゃないよね。

 残念だー。あー残念、ホント無念だ。あーあー。

 

「…………」

「ぴぇっ……杭打ちしゃん、なんか震えてるぅ……?」

 

 傍目にも落ち込んでるのが見て取れてしまったみたいで、さっきからピーピー泣いてる女の子が僕を見てまた、涙目で震えだしてしまった。

 シスター服が清楚な感じ、だろうたぶん。今は僕が仕留めたモンスターの血肉を引っ被ってまあ、酷いことになってるから想像するしかないけど、しっかり着こなしている。

 

 おそらくは神官系の冒険者だろう。神への祈りを力に変えて、悪しきものを浄化したり人々の傷を癒やしたりする専門職だね。

 小柄だけど出るところは出てる、控え味に見てもかなりの美少女さんだ。こんな状況じゃなければ即座に惚れてしまいそう。かわいいー。

 

「えーっと、杭打ちさんどうかした?」

「……大丈夫。続けて」

 

 12回目の初恋の予感を、ここ地下86階なんですけどーという現実の過酷さでどうにか抑えていると双子がキョトンとした顔で尋ねてきた。危ない危ない。

 リリーさんの言うとおり、めちゃくちゃ惚れっぽいなと自分でも思う。でも仕方ないじゃんこの世は素敵な女の人に溢れかえっているんだもの! と内心反論しながらも僕は、そんな下心はおくびにも出さないで続きを促した。

 ヤミくんが、少しばかり戸惑いながらも言う。

 

「あ、うん。えと……そう、とにかくそういう棺の中で寝てた僕らはつい昨日、目を覚ましたわけなんだけどさ。どうしてこんなところで眠ることになったのか、眠る前に何があったのかとかすべて忘れてしまっていたんだ」

「記憶喪失……おそらくは永く眠っていたことの副作用とは思うんです。残っているかつての知識が、そんな可能性に思い至ってますから」

 

 そもそもなんでこんな、迷宮の奥深くで眠りにつくことになったのか。はるかな昔の超古代文明に一体、何が起きたのか。

 その辺の詳しいことを、目が覚めた時には忘れてしまっていたらしい。双子は憂鬱そうに俯き、唇をかみしめてもどかしそうにしている。

 

 知識はある分、まだマシなんだろうけど……自分の来歴が分からないってのは怖いよね。僕も自分の親とか先祖とかのルーツなんて一つも知らないから、ちょっと気持ちが分かるかもしれない。

 三人組も、気遣わしげな目でヤミくんとヒカリちゃんを見ている。この状況でそういう顔ができるのは、ブラフじゃなければ相当なお人好しに違いないね。冒険者として、なんだかんだと義理人情は大切な要素だから、この人達は今後伸びるかも。

 

「状況が何も分からないまま、それでも僕達は外に出てみることにした。情報を少しでも集めたかったし、誰か人に出会って保護と救助を求める必要もあったから」

「まさか、えっと迷宮? の地下86階なんて奥深い場所だとは思いもしませんでしたけどね……モンスターがあちこちにいて、必死に身を隠しながらの探索をしていました」

「なるほど! それで彷徨いてたところを俺達がたまたま、通りがかったわけだな」

 

 三人組のイケメン君が、納得したように頷いた。

 なるほど……そもそもの状況からして異常なのを除けば、この人達は割とファインプレーをしていたわけだ。モンスターに襲われて、まとめて死にそうになっていたのがアレだけれども。

 

 となると、今度はこの三人の話を聞いたほうがいいね。

 僕はまた、彼らに向き直った。




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帰るよー

「俺らのほうはマジで、一つも大した話じゃないんだよ。森に迷い込んで見つけた先に、泉と出入口があって」

「なんか大層なこと書いてる看板があったから、何それオモロってなって……」

「わ、私は止めたんでしゅ……なのにお二人が、ちょっと覗くだけってぇ〜……!」

 

 超古代文明からの生き残り、というハチャメチャロマンあふれる身の上っぽい双子兄妹のヤミくんヒカリちゃんに比べて、この三人組の話は本当に大したもんじゃなかった。

 偶然見つけた穴に、危険標識があるのを分かった上で、仲間の制止さえ振り切って入って行ったと。言葉にすればこれだけの、なんとも呆れた話である。

 

「そしたらなんか、めっちゃ深いところまで潜れちゃってさあ! オイオイオイマジかよ~ってなってたら、なんか子供が彷徨いてるの見つけちゃって!」

「やっと見つけた人間ってことで助けを求めたら、モンスターに見つかってまとめて逃げる羽目になっちゃってね。この人達、あんな化物と戦える人間なんてこの世にいるかーってさっさと僕らを抱えて逃げたんだ」

「……………………」

 

 逃げる判断が早いのは偉いけど、そこに至るまでがなあ……内心、割と本気でドン引き。

 そもそも看板を無視するなって話だし、仲間の制止を振り切るばかりか巻き込むんじゃないよって話でもあるよね。その結果双子を発見できたのは偶然でしかないし、そもそもこの階層のモンスターに襲われたら君達ごと全滅だったじゃん! ってのもある。

 

 全体的に結果よければ感漂う、なんとも無謀な一連の流れだった。冒険と無謀を履き違えてはいけないなーと、この三人組を見ていると初心を思い出す気分だ。

 とはいえ、この人達がいなければ双子は双子で、誰にも出会えないままどこぞかで野垂れ死んでいた可能性だってあるんだ。巡り合せの数奇というか、これも運命ってやつかな?

 オカルトー。

 

「どうにか出入口まで逃げようって、せめてこの子達とうちのプリースト……マナだけはって思ってたんだけど、道を塞がれてもう駄目だ! ってなってたんだよ。そんな時だ、あんたが来てくれたのは」

「ホンットにありがとう! 助かったわ心から感謝してる! アンタは私達の命の恩人よ!」 

「そこは私達からもありがとうございます。いましたね、あんな化物でも粉砕できる人間さん」

「……………………どうも」

 

 直球の感謝、照れるー。黒髪ロングの軽装備の女の子、ツンツンというかサバサバしてて美人系だなー。惚れそう。

 でもさっきの泣き虫プリースト、マナちゃんだっけ? も合わせてどーせ、イケメンくんに惚れてるんだろうなー。恋の鞘当てとかしちゃってるんだろうなー。僕とかお邪魔虫なんだろーなー。

 

「……………………」

「どうかした? 杭打ちさん。なんかちょっと、気落ち気味?」

「も、もしかして怪我とかしてます?」

 

 ああああ間男にすらなれないいいいい! と、内心絶叫してるとヤミくんとヒカリちゃんに心配されてしまった。慌てて首を左右に振る。

 イケメンめー! って嫉妬の炎をメラメラ燃やすのはこの場ではやらないほうがいい。いくらなんでも命取りだ、地下86階だよここ。

 

 どうあれ両者の事情は分かったし、どちらの言葉にも嘘は感じられなかった。双子についてはそれでも信憑性が乏しいから、件の眠っていたとかいう部屋に改めて後日、調べに行くとするか。

 そうでなくともどうせ、こんな話を聞けば国の調査隊が動くだろうけどね。僕は杭打機を下ろして、みんなに言った。

 

「……帰って、ギルドに報告を。双子についてはおそらく、国預かりになる」

「く、国ぃ!?」

「でしょうねー……迷宮からやってきた謎の双子、こりゃセンセーショナルだわ」

 

 話が国レベルに広がったことに慄くイケメン君だけど、逆になぜ内輪で終わると思ったのかこっちが聞きたい。

 この迷宮都市が属するエウリデ連合王国は、特にここの迷宮攻略にやたら精を出しているのは周知のことだ。冒険者を多く誘致してもいるし、学校なんかでも学生の冒険者活動を応援したりある程度援助したりもしている。

 

 僕こと"杭打ち"ソウマ・グンダリも、冒険者優遇制度を使って学校に通えてるようなものだしね。

 とにかくそのくらい国の関心が今、迷宮に向けられているんだ。そんな折に現れたこの双子を、放置しておく道理はないだろう。

 

「あー……やっぱり大事になるよね。なんかそんな気はしてたよ」

「や、ヤミ……私達、これからどうなっちゃうの……?」

「…………分からない。もしかしたら、僕らは……」

 

 不安げに瞳を揺らすヒカリちゃん。ヤミくんも冷静ながら口籠るあたり、内心は妹同様に不安でいっぱいなのかもしれない。

 あまり、酷い扱いを受けないとは思いたいけれど……何せ前例がないからなんとも言えないね、こればっかりは。

 

「ヤミくん、ヒカリちゃん……」

「可愛そうですぅ……」

「せめて離れ離れにならなければいいのだけれど……ね」

 

 三人組はそんな双子の姿に、ひどく同情して気の毒そうな眼差しを向けている。

 やっぱり僕の見た通り、相当な人情家パーティーみたいだね。今回みたいな馬鹿をやらずに順当にキャリアを積めば、すごいところまで行きそうな予感がなんとなくする。

 未来の英雄に会っちゃったかも? 自慢話になるといいなー。




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ドラゴンだよー

 事情も粗方分かったし、となればこんなところに長居するのもどうかと思う。僕は三人組と双子を促し、出入口へと向かわせる。

 ゴールドドラゴンについては明日にしよう。さすがにこの状況、この人達だけ返したら僕が怒られる。一応助けに入った時点でもう当事者なんだから、最低限ギルドに報告するところまではご一緒しないとね。

 

「いや、マジで助かったぜ杭打ちさん! 噂に聞いてたけどアンタ、マジ強いんだな!!」

「…………」

「あっ、そういやまだ名乗ってなかったな、俺はレオン! レオン・アルステラ・マルキゴスだ! こないだから学生しながら冒険者やってんだ、よろしくな杭打ち!!」

「…………」

 

 イケメン冒険者くんことレオンくんにちょ~距離を詰めてこられている。怖いよー。すごいグイグイ来るんだけどこの人、距離感についての考え方が僕とは違うー。

 しかも名前から察するにこの人、お貴族様じゃん。あっぶなー、余計なこと口走らなくて助かったよー。たとえば一言"馬鹿じゃないの? "とか言ってたら、下手したら後日貴族とことを構える羽目になっちゃってた。

 さすがにそれは面倒くさいしね。"杭打ち"として他人と会話する時、口数が減るのが習性になっててよかった。本当に良かったー。

 

「何やってんだお前ら、命の恩人に名乗るくらいしないと!」

「わかってるわよ! ……あー、改めてありがとね、杭打ちさん。私はそこの馬鹿の古馴染み、同じく学生冒険者のノノ・ノーデンよ。よろしくね」

「ぁ、ぁぅぅ……ま、マナ・レゾナンスですぅ……」

「…………よろしく」

 

 黒髪の子とプリーストの子もそれぞれ名乗ってくれるけど、こちらの二人は平民のようだ。お貴族ハーレムパーティーじゃないか、ウハウハしてるなあ。

 

 ちなみに同じハーレムパーティーでもオーランドくんは純然たる平民だ。でもたしか、生徒会長と副会長がお貴族様だったと記憶してるからそういう意味ではこのパーティーとは間逆なわけだね。

 おーこわ、お貴族様の令嬢を侍らせるとか、S級冒険者の息子さんじゃなかったら不審死ものだよ。それを考えると、想うだけだったとはいえ会長に懸想していた僕も大概命知らずではあったんだけどねー。

 

 出入口に着いた。まずは双子から脱出するよう言うと、ヒカリちゃん、ヤミくんの順でえっちらおっちらと穴を登り始める。

 そんな急な斜面でないにしろ、アトラクションの滑り台みたいにうねったりしてるからね、気をつけて登ってほしい。

 

「よし、じゃあ次はマナだ。今さらだけど悪かったよ、お前の制止も聞かずに……」

「ごめんね、マナ。私達が馬鹿だった。反省してるわ……」

「ぁぅ……こ、こちらこそぉ……! な、泣いてばかりでごめんなしゃいぃ……!!」

 

 順番的に次、マナちゃんを先に脱出させるらしい三人組が、何やら互いに反省しきりに謝り倒している。

 まあ、生きてるんだしいいんじゃないかなー? 死んだらそこまでだけど、生きてればいつでもそこから始まるんだし。

 

 マナちゃん、ノノさんの順で女性陣が穴を登る。殿にレオンくん、僕と続く形になるね。

 ちなみに女性陣の最後尾、ノノさんは短パンに今はモンスターの血まみれ肉まみれなので登ってる最中、見上げたところでグロテスクなものしか拝めない。残念だったねレオンくん!

 

「よし、じゃあお先に失礼するぜ、杭打ち」

「…………」

「へへっ。あんた無口だけどなんか、嫌な感じがしないから不思議だ……帰ったらステーキでも奢らせてくれよ。最高級のを振る舞うぜ」

「!!」

 

 おおっステーキ! しかも最高級とは!

 コクコクと力強く頷く。やったー! ホントに素敵なステーキだよー!

 

 依頼遂行って点では紛れもなく無駄足だったけど、これは思わぬ収穫だ。自分の金じゃあステーキなんて、二の足踏んじゃうからねー。

 助けに入ってよかったー。もう帰るのに、今からテンション上がってきたよー。今ならゴールドドラゴンの100体でも200体でもいくらでもぶち抜けそうだ。

 

「────グルゥゥゥゥゥゥゥゥオオオアアァァァッ!!」

「なっ!?」

「!」

 

 と、そんな時だ。噂をすれば影がさすというか、強烈な叫び声が迷宮に響き渡った。慣れっこの僕はともかく、レオンくんが気圧されてその場にへたり込む。

 凶悪モンスターともなればその叫び、その視線一つにも威圧を込めてくるからなー。大体地下20階を降りたあたりからは、そうした威圧に対して耐性を身に付けないと冒険どころじゃなかったりするのだ。

 

 新人さん冒険者のレオンくんは、だからこんな階層にまで足を踏み入れるべきじゃなかったんだよ。

 むしろ意識があるのが大したものなくらいだ。彼は顔を青ざめさせて、震える声でつぶやいた。

 

「こ、これ……さっきの化け物に、睨まれた時と同じ……!」

「…………」

 

 さっき襲われてた時にも似たような目に遭っていたのか。それでも生き延びているあたり、本当に運がいいなー。

 冒険者には何より必要な素質だ。どれだけ実力が高くとも、どれだけ経験があろうとも、運が悪ければそれだけで簡単に人生は終わりを迎えるんだから。

 

 やっぱり、見込みがあるなー……思わずして将来有望な冒険者さんに出会えたこと、そしてその危機を救えたことになんだか鼻が高くなるよ。

 だから、ついつい僕もこんなことを言ってしまうのでした。

 

「……見ていて」

「え、あ? 杭、打ち?」

「迷宮の深くに潜るなら、このくらいはできるようにならないといけない……一つの目標として。この戦いを、見ていて」

「……!!」

 

 今でなくともいつの日か。すぐでなくともいつか必ず。

 今度はたしかな実力を備えて、彼らがここに来ることを信じて。

 

「ぐるぅぅぅぅぅぅァァァああああああっ!!」

「…………!!」

 

 少なくとも数歩は先を行っている先輩冒険者として、僕は杭打機を構えて。

 一足に空高く、遠くから姿を見せた巨大なモンスターへと殴りかかった!




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竜退治だよー

 姿を見せたのは、巨大な翼を広げたドラゴンだ。緑色の皮膚のあちこちが黄金に輝くのは、その部分がそのまま純金になっているからだね。

 皮膚から内臓から、どこかしらが一部黄金になっているドラゴン。ゆえにゴールドドラゴン。この迷宮の中でも現状、金策するには一番うってつけのモンスターである。

 

「ウグルォォォォオアアアアアッ!!」

「…………!」

 

 地下86階層を闊歩する化物を、倒し切るだけの実力があればの話だけれどね!

 天高く飛びかかる僕に向け、やつは大きな口を開いてそこから、燃え盛る灼熱を放射した。ドラゴンにありがちな技なんだけどさすがにこのレベルの化物ともなると、浅い階層で出てくる翼の生えたトカゲの小火とは一線を画する。

 

 何しろ3年前、初めて相対した時にはそのあまりの威力に当時の仲間含めて全員、危うく全滅しかけたからね。今でこそ慣れた感じに杭打ちくん3号を盾にしてやり過ごせるけど、当時はマジもうこれ無理ーってなったもん。

 というわけで盾にした杭打機で炎を掻き分け、ドラゴンへと迫る。目と口の構造的にこいつ、炎を吐いてる時はまともにこっちを見れてないんだよね。

 だからこそこうして真っ向から、炎にも負けず突っ込んでいくのが一番手っ取り早いのだ!

 

「…………っ!!」

「ぐ────るぁぁあああっ!?」

 

 一定時間放射された炎が収まる。これでしばらくドラゴンは炎を吐けない。今が好機だ。

 よく熱された杭打機を前に、突き進んでいった先には炎を吐き終えて閉じられようとする大きな口内。奥歯に煌めくのはこのドラゴンの中でも最も価値のある、純金の巨大な奥歯。今回の依頼にもある、僕の獲物だ。

 

 よーしよし、ここからは話が早いぞー。

 僕はこのままドラゴンの口内に入り込み、大きくて固くてなんか変な匂いのする舌の上に着地した。

 同時に閉じられゆく顎に向け、思い切り杭打機を振りかぶり──地面を殴るように、全身のばねを使って鉄塊を叩きつける!!

 

「っ!!」

「!? ぐるぁぎゃあああああああっ!?」

 

 痛いと、モンスターでもギャーって言うんだよね。これ豆知識。

 閉じられようとしていた口が、鉄塊を叩き込んだ衝撃で下顎ごと吹き飛ばされる。ベキバキボキバキ、骨の砕け散る音が小気味いいんだか気持ち悪いんだか。

 だけどまだ終わらない。ここからさらに、行く手を阻むすべてをぶち抜くからこその僕、冒険者"杭打ち"なんだ!

 

「──ふっ!!」

「ッ!? ガ、ハゴァッ────!?」

 

 舌ごと下顎を殴った、反動で僕は今度は口腔内の上顎部分へと飛ぶ。杭打機なんてものを効率よく扱う都合上、動き方の基本は殴りつつ反動を活かして移動する、これの繰り返しだ。

 身を翻して今度は逆方向、天井にも似た広くて硬い肉質に狙いを定める。下顎を砕かれた痛みと衝撃でドラゴンが混乱しているところに、追撃で致命打まで持っていくのが僕の編み出したセオリーだ。

 

 反動で回転までつけた鉄塊を、上下さえ分からなくなる感覚の中でも狙った位置へと叩き込む。ズドンッ──響く鈍い、それでいて強い音。

 今度は叩きつけるだけに留めない、レバーを一気に殴り下ろす。僕の象徴、自慢の杭が飛び出て、ドラゴンの上顎をぶち抜いて風穴を開ける!

 

「グンギャアァアァアァアァアァアアアアッ!?」

 

 肉も骨も何もかも貫き、ドラゴンの顔に大きな穴が開く。そこを通って口内から抜け出た僕は、間髪入れずやつの顔の上を駆け抜けた。

 トカゲの顔ってのは鼻が先にあってそこから口、目と続く。つまり口をぶち抜いて出た先には、必然的に丸々とした目があるわけで。

 こんな目立つ標的もないよね。僕は僕から見て右目のほうに、杭打機を叩き込み一気に杭までぶっ放した。

 

「!!」

「ゴギャ────!?」

 

 ズドンッ! といういつもの音と並んでグジュリ、ブチブチ。これまたいや~な音が響く。

 ドラゴンともなれば鉄かな? ってくらい目玉も硬いんだけど、さすがに僕と杭打ちくん3号の前にはなんの意味もない。

 当然のように右目は完全に破壊され、ドラゴンは小さく呻きをあげた。たぶん目どころか脳にまで杭がイッてるからね、ここまで来たらこっちのものさ。

 

「っ!」

「────────」

 

 杭を引き戻し、軽くジャンプして今度は脳天に。

 もうドラゴンはなんの反応もしない、できない。口内と片目、脳の一部まで破壊されたんだからそんなすぐに何かができるはずもない。

 でもまだ生きている以上、常に戦っている僕は命の危機に晒されているというのも純然たる事実。だから最後の最後まで決して気を抜かない。迅速に、丁寧に、確実に。倒すも決めたら倒し切る、冒険者の鉄則だ。

 

「……終わりっ!!」

 

 最後の一撃。狙うは脳天から直下、脳みそ。

 いつも通りの全身全霊をかけた杭打機による一撃が、あっけないほど綺麗にゴールドドラゴンを直撃し。

 

「ガ────ア」

 

 そうしてゆっくりと、ドラゴンが横崩れに倒れていくのを、僕は飛び降りて先に着地しつつも眺めるのだった。




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依頼達成だよー

 倒れたゴールドドラゴンに、僕はすぐさま駆け寄った。幾度となく繰り返して作業に近くなったジャイアントキリングなんだから、一々勝利の余韻とかに浸ってもいられない。

 ましてや今回はレオンくんもいるわけで、ぼさっとしてたらまたモンスターが寄ってきかねない。それも面倒だしね。

 

「……あった、あった」

 

 完全に息絶えて、横たわるドラゴンの顔面。グッチャグチャのズッタズタになってはいるものの、今回の目的である歯の部分については一切手を付けてないから綺麗なままだ。

 不揃いなギザギザした歯が並ぶ下顎の左奥、黄金に輝く歯をすぐに見つける。同時に踏み込んで僕は、その黄金の付け根、歯茎に杭打機を叩きつけた。

 

「…………ド~ン。はい、もう一発ー」

 

 歯肉をぶち抜いて、黄金の奥歯を抜きやすくする。これが案外繊細な作業で、狙い所を間違えると傷が入って大きく価値を損ねてしまうのだ。

 とはいえこの階層に来てから概ね3年、ずーっとやり続けてきて勝手はとっくに把握している。もう一点、右奥の対照となる位置にも問題なく杭を叩き込む。

 

 これだけですっかり奥歯が二本とも、付け根まで露出して取り出しやすくなった。慌てず焦らずけれど迅速に、どちらも引き抜いて持ってきた鞄に収納する。

 結構なサイズで、空っぽだったのがギッシリ詰め込む形になっちゃったー。

 

 よし、これでオーケー依頼達成。

 あとはちゃっちゃとレオンくんを連れて外界へと戻るだけだ。本当ならドラゴンの皮膚とか内蔵とかで黄金になってる部分も回収したいけど、さすがにそれは今は欲目が張りすぎている。命が最優先だね。

 一息にジャンプして、元いたレオンくんのところ、出入口付近まで戻る。

 

 しれっとやってるけどこの跳躍力も、冒険者としてやっていくのであればいずれは身に付けないといけない技術の一つだったりする。

 具体的に言うと地下10階あたりから空を飛ぶモンスターが出てくるせいで、近距離戦専門家はそれまで同様のノリで進むと普通に詰むのだ。

 

 遠距離攻撃技術を持つ冒険者ならともかく、近距離戦一辺倒でやってきた者はそこで一旦足止めを食らわざるを得ない。

 結局そうなると大体のパーティーは町に戻り、"迷宮攻略法"と呼ばれる冒険者専門の戦闘技術を学ぶ必要に迫られるわけだねー。

 平たく言うと地下10階まで到達して初めて、一端の冒険者になるチャンスが得られるって話でもあるんだけど、まあその辺の話は追々するとして。

 

 僕は問題なくレオンくんの傍に帰り、小さいながらも彼に告げた。

 

「……………………ただいま」

「……お、おかえり。いや、すっげえ……すげえよ、うん。すげえ、マジすげえ杭打ちー!!」

「!?」

 

 え、何ー? 急にテンションがすごいことになってるよー。

 すごいすごいとはしゃぐレオンくんにビックリ。たしかに新人さんからすれば結構いろいろ、珍しいものを見せたとは思うけど……この反応は予想外だ。

 瞳を煌めかせて、イケメンくんが僕にずずい! と顔を寄せてきた。あっ、素顔見られるヤバ!

 

「…………っ」

「やべーよ杭打ち、なんかもう見てて俺とは全然違かったし! なんであんなに跳べたんだ? どんな技であのドラゴンを倒したんだ?! あの炎熱くなかったのかよ、火傷とかしてないのか!?」

「…………」

「くーっ! たまんねえ! 俺が夢見た冒険者の姿そのまんまだった!! 巨大なドラゴンと渡り合い、殴り倒し、そして宝を手に入れる! マジやべえ、ヒーローだ!!」

 

 咄嗟に俯いて目元から顔から隠すけど、一切気づいた様子もなくレオンくんがやたらめったら褒めてきた。て、照れるぅー。

 

 実際のところ、今の戦闘で見せた技術はほんの一部だけだしちょっと迷宮を潜ればすぐ、身につける必要に迫られるものばかりだ。

 だからレオンくんも割と近いうち、技術自体は大したことないって気づくんじゃないかなぁー。まあ、練度は段違いだと思うからそこで僕のすごさを感じ取ってもらえればって感じですけどー。どやー。

 

「なあなあ! 教えてくれよ、どうしたらあんたみたいになれる!? 俺、あんたみたいになりてえよ杭打ち!」

「…………挑み続ける。それだけ、かな」

「挑み続ける……! 熱い! 熱いぜ杭打ち! 無口でクールなのに、腹の中はそんな熱を持ってるんだな!!」

「…………?」

 

 どうしたら僕みたいになれるか、なんて僕にとってはこの世のどんなことより難しい質問が飛んできて、当たり障りのない答えしか提示できなかったんだけどお気に召したみたいだ。

 無口でクールなのはまあ、正体バレをあまりしたくないからそう思われるのは想定済みだけど。実は心は熱いんだーなんて評価は意外だね。

 

 昔の仲間達からも"人の心を持たない哀しい生物"とまで言われてたのにー。いや言い過ぎだよねあの人達、今度会ったら殴っとこう。

 やいのやいの囃し立てるレオンくんを、もういいから出入口を登りなよと背中を押して促しながらも、僕はそんなことを考えるのでした。




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帰ってきたよー

 僕の何がお気に召したか、しきりに褒め称えてくれるイケメン新人冒険者のレオンくんはさておき、僕らは出入口を登って地上に向けて、えっちらおっちら登り始めた。

 とはいえ何しろ地下86階からの地上目指しての道程だ、ちょっとやそっとじゃなかなか辿り着けるものじゃない。緩やかでも斜面を這って登るというのは、慣れっこの僕はともかくレオンくんにとってはそこそこな重労働みたいだった。

 

「っ……やべー、しんどい。これ先に行った連中もバテてるんじゃないのか?」

「…………」

「さすがに力尽きたからって逆滑りしてまた地下86階へ、なんてことにはならなさそうな角度の斜面で助かるけどさ、結構精神的に来るなぁ……上も下も暗闇の坂を、ひたすら登り続けるってのは」

「…………」

 

 ひたすらブツブツ言ってるけれど、返す言葉に困るから返事は期待しないでもらいたい。というか喋ればその分体力を使うわけだし、余計にしんどくなるからあまりオススメできないんどけどね。

 気を紛らわせる意味では有効だろうけど……と、内心でレオンくんの独り言に付き合う。地下86階なんて普通にめちゃくちゃな深度なんだから、行きの時点で帰りを考えたらヤバいってことは気づいておいても良かったんじゃないかなあ。

 

 ちなみに僕を含めたここの出入口を常用する冒険者は基本、ダッシュで一気に地上まで駆け上る。

 ただの脱出で時間かけてもいられないし、通常86階層まで降りる頃には体力的にも技術的にも、さっさと走り抜けたほうがまだマシな速さって程度には鍛えられているからね。

 

 とはいえそれはそれで辛いものがあるから結局しんどいのはたしかだ。つまるところ、そもそもの距離がハンパじゃない時点で何をしたってしんどいってわけだった。

 

 その後もしばらく、たぶん一時間近くは登り続けたと思う。地上の光が見え始めた頃には、レオンくんがすっかり疲労困憊って感じになってしまっていた。

 

「ぜぇ、ぜぇ……し、しんど……」

「…………あともうちょっと。頑張って」

「な、なんであんたは全然平気なんだ、杭打ち……そんな重そうな、荷物ばっか持ってるのに……」

「…………」

 

 慣れてるのと特殊な技法を使ってるから、としか言いようがない。さすがにデビューしたての新人さんと肩を並べて、息を切らしてなんていられないよー。

 いやでも、レオンくんは実際超頑張ったと思う。前衛だろう彼は先んじた四人に比べて明らかに重装だ、鎧まで着てるし。そんなだから、滑り台程度の斜面とはいえ一時間近くも登り続けるのは辛かったろうな。

 

 各種技法を身に付けて強くなったら、僕より体力お化けにだってなるかもね。なんだかんだ基礎と素質は間違いなくあるし、レオンくんは。

 期待の新人さんを応援するつもりで、彼の隣にまでよじ登って背中を叩く。あともうちょいだよ、頑張ってー。

 

「く、杭打ち……そう、だな。ここまできて、力尽きたはダセーもんな!」

「…………」

 

 別にダサいとか思いはしないんだけど……なんか一人で発奮しだしたレオンくんに首を傾げる。

 力を振り絞るように勢いよく登っていく彼の姿は、なんだか見た目以上に子供っぽい。イケメンなのにそういうところがあるギャップがモテの秘訣なのかな。でもギャップ萌えを狙うのはちょっと、僕の理想とするモテ具合ではないかなー。

 

 そもそも僕はイケメンじゃないだろ、という哀しい事実は無視して僕も後を追って地上へと向かう。出口に見える陽の光が段々大きくなっていくのは、いつ見てもホッとする素敵な光景だ。

 レオンくんは一足先に外に出られたみたいだ、よかったー。なんだかんだあったけど、依頼も達成できたし人助けもできたし僕としては大満足の一日だった。

 達成感を胸に出入口から外界へと顔を出す。来た時と同じく森の中の泉の近く、深い緑の匂いが風に乗って運ばれてきた。

 

 はー、帰ってきたー。

 何度も繰り返して慣れっこだけど、それでもこの、日常という安全地帯に戻ってこれたという安心感は癖になるねー。

 

「……………………」

「お、杭打ち! いやーいいもんだな、お日様って! 生き返った気分だぜ!」

 

 レオンくんが出入口の付近、草原に身体を投げ出して仰向けに寝転がって僕に話しかけてきた。

 お日様に照らされると改めて分かるけど、僕が仕留めたモンスターの血や肉で真っ赤っ赤だなー。

 

 僕も返り血を浴びてるけど、真っ黒なマントや帽子のおかげでそこまで目立ってはいない。反面、杭でぶち抜いた先にいた彼はまあまあ酷いことになっている。 

 これ、泉で身体や装備品を洗ってからじゃないととてもじゃないけど町に帰れないねー。レオンくんもそれは分かってるみたいで、寝転びながらも器用に鎧を外して身軽になっていく。

 

「ノノやマナ、ヤミにヒカリは先に泉に入ってるだろうな。俺らも行かなきゃ」

「…………」

 

 先に地上に戻った四人はもう、泉で身体を洗っているみたいだ。僕らも最低限、血を落とすくらいはしないといけないから泉へと向かうことにする。

 ……女性陣、まさか服まで脱いでたりとかしないよね? 無防備を何より嫌う冒険者の特性上、そんなことはありえないってわかってるんだけどちょっとドキドキするー。

 高鳴る胸を抑えつつ、僕とレオンくんは帰還した地上を歩き始めた。




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イケメンばっかりだよー

 もしかしたら万が一にでも、あられもない格好で水浴びしている女性陣と鉢合わせちゃうかもしれない。

 いやー参ったねいやー、でも僕らも身体洗わないといけないしなー、かー参ったなー。

 

 と、内心で白々しいことを考えつつも僕は高揚を抑えながらも泉の、人の声がするほうに向かう。もちろんレオンくんも一緒だ、いざとなったら彼にすべてを押し付けて僕は素知らぬ顔をしよう。

 何せ巷じゃ年齢も性別も不明瞭な謎の冒険者さんだからね"杭打ち"は。ミステリアスさでどーにか乗り切りたいー。

 

『────あはははっ! もう、やったわねこのー!』

『きゃははははっ! えーい!!』

「! …………!!」

 

 責任転嫁の算段をつけていた、我ながらクズってるなーって感じの僕だけど。泉の畔を辿って進む先、岩陰の向こうから何やら楽園に住まう天使のような楽しげなやり取りを耳にして一際心臓が鼓動を打った。

 女の子達の楽しそうな声。水を掛け合っているのか、バシャバシャと音がする。これは……遊んでいらっしゃるのかな?

 

 冒険者"杭打ち"としては素人ですねとしか言えないけれど、学生ソウマ・グンダリとしてはうおおー! ってテンションの高くなる瞬間だ。

 いやまあ、マジであられもない姿を晒していたとしたら、さすがにこれ以上は踏み込めないけどねー。冒険者"杭打ち"が覗き行為だなんて笑い話にもならないしー。

 

 でもなんかこう、声だけでもこう、ときめくものはあるよねー。

 帽子とマントに隠された僕の顔がだらしなーく緩む。週明けケルヴィンくんとセルシスくんに、僕だって甘酸っぱい青春の1ページくらいは刻めたんだよーって自慢しよーっと。

 

「……なんか楽しそうな声してんな。まさか呑気に水遊びとかしてるんじゃないだろうな、ノノにマナのやつ」

「…………」

「ヤミとヒカリもいるし、そこまで警戒心がないやつらじゃないとは思うけど……と。どうした杭打ち、なんかそわそわしてないか?」

「!?」

 

 レオンくんも岩陰の向こう、何やらはしゃいでる空気を感じ取ったのか訝しみながらも僕を見た。そして内心、本当にはしゃいでる僕の様子にも目を丸くして尋ねてくる。

 

 そそそそそんなことないよよよよよー? ぼほぼぼ僕はクールだよよよよよー?!

 まさかの図星を突かれて、慌てて僕は首を左右に振る。

 決して疚しい行為に及ぼうなどとは考えてないんだ、それは本当なんだ。ただ疚しい光景を想像して鼻の下を伸ばしていただけなんだ、それも本当なんだ。

 

「……! ……!」

「? ……あー、そっか呑気すぎるし気になるよな。悪い、面目次第もねえよ。新人だからって、冒険者としての気構えってやつが抜け落ち過ぎだぜ、うちのパーティーメンバーは」

「…………」

 

 レオンくんはきょとんとしながらも、何やらいいように解釈してくれたみたいだった。どうやら僕が、推定水浴びしているらしい彼女達に対して冒険者として憤っていると勘違いしてくれたみたいだ。

 うへー。ありがたい気もするけど、意識の高くて面倒くさい冒険者みたいな感じに捉えられないかちょっと心配だよー。そういう冒険者もいるにはいるけど、僕は別に、結果さえ出せるならどんなやり方でもいいじゃんって思うほうなんだけどなー。

 

 でもここでいえ誤解ですーってなったら、それこそ僕がよからぬ妄想に身を浸していたことに気づかれちゃうかもしれない。

 ここはあえて、意味深に黙りこくっておこう……

 

「……………………」

「おーいノノ、マナ! 戻ってきたぞ、今そっちで何してるー!?」

『あら? ……レオン、おかえり! 今ヒカリちゃんとマナと身体を清めてるの、ヤミくんが見張りしてくれてるー!』

「やあ。どうもおかえりなさいレオンさん、杭打ちさん」

 

 レオンくんが岩陰の向こうに声を投げかける。するとすぐに仲間のノノさんから返事がきた。どうやら本当に、女性陣だけで水浴びしているみたいだ。

 そして見張りをしていたらしいヤミくんも同時に、近くの茂みから姿を表した。こちらはまだ身体を洗っていないみたいで、ローブのあちこちが血で赤く染まっていた。さすがに肉片はもう落としているね。

 

「おう、ヤミ。無事だったか……っていうか何、子供に番させてんだあいつら」

「僕から言い出したんだよ。お二人が来てなかった以上、僕以外みんな女性だしね。あとで男が揃ったら交代して水浴びするってことで、まあ見張りくらいなら誰でもできるはずだから」

「そう、か……悪い、俺らが遅くなったから、そんなことをさせちまったんだな」

「気にしない気にしない。僕らはしばらく運命共同体ってやつだからね。助け合いこそ肝要だと心得てるよ」

 

 大人びた笑みを浮かべるヤミくん。女性陣への配慮と言いレオンくんの質問に答える落ち着き払った態度と言い、なんだか大物って感じだよー。

 レオンくんがその頭に手を置き、やさしく撫でる。そこでようやく年相応の無邪気な照れ笑いを浮かべる少年は、あと5年もしたらイケメンとして人気を博しそうな中性的な顔つきだ。

 

 こっちもイケメンかー。なんだか今日はイケメンとばっかり会うなー。

 ケルヴィンくんとセルシスくんの普通の顔が恋しい。平々凡々な顔つきの僕としては、なんだかコンプレックスを覚える光景だよー。




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ロリコンじゃないよー

 何はともあれ一同無事に、迷宮は地下86階層という地獄の底から帰還した僕達。いつも通りの一日と思っていたのに、なんだかおかしな成り行きになったなー。

 この後は女性陣と交代して身を清めて血を落としたら町へと帰還だ。ヤミくんとヒカリちゃんの双子をすぐさまギルドに連れて行って、ことの仔細を説明しなきゃいけない。主に新人冒険者のレオンくん、ノノさん、マナちゃんの三人がね。

 

 説明の過程でたぶん、なんの警戒心もなくたまたま見つけた出入口に潜って死にかけたってところについてしこたま怒られるだろうけど頑張ってほしい。そこは紛れもなくそちらさんサイドのミスですから。

 僕については、依頼のために赴いたらなんか拾った、くらいの説明だけで解放されるだろう。だって本質的に僕、部外者だしね。

 助けに入った以上、連れ帰るまでは付き合う義務と責任があったからそれを果たすけど。それ以上のことについてはノータッチだ。下手しなくても国が出張ってくる案件になんて関わってられないよ、面倒くさい。

 

「ハーイ、お待たせー。改めておかえりレオン、それに杭打ちさん」

「…………」

 

 ということをつらつら考えていると、ノノさん、マナちゃん、ヒカリちゃんの女性陣が水浴びを終えて帰ってきた。

 血をすっかり落とした清潔な服もだけど、さっきまで水浴びをしていたとは思えないくらい水気のない姿だ。たぶんマナちゃんのプリーストとしての能力、通称"法術"によるものだろう。

 傷を癒やしたり風を巻き起こしたりするだけでなく飲み水を出したり、水気を飛ばしたりと生活に役立つ術が多いからね。

 

「おう、ただいま! いやーすごかったぜ杭打ち! なんせ追ってきたでっけードラゴンをその手に持った鉄の塊でだな──」

「はいはい、そういう話は後にしてあんた達も水浴びしてきなさいよ。ヤミくんもありがと、ごめんね? 見張りをお願いしちゃって」

「ヤミ、ありがとう!」

「どういたしまして。こういうのってお互い様だからね」

 

 僕の見せたドラゴン退治が、よほどレオンくんのお気に召したのかな。熱っぽい様子で語り始めようとした彼を押し留め、ノノさんは今度は僕らに水浴びを勧めてくれた。

 見ればヒカリちゃんもすっかり綺麗な姿だ。将来イケメンだろうなって感じのヤミくんと同じ顔だから当たり前なんだけど、すっごい美少女だ。かわいい! 惚れちゃいそう!!

 

 13回目の初恋の予感。でもさすがにまずいよ、だって相手は10歳だ。

 恋に年齢なんて関係ないってかつての仲間が言ってたのを思い出す。その時はあっそふーんそうなんだすごいねーで済ませてた人の心ゼロの僕だったけど今ならそうだね! その通りだねー! と諸手を挙げて賛成できる。とはいえそれはそれとして10歳は法律的にまずい、捕まるー。

 

 あーでもなー。めっちゃかわいいなー。

 透き通るような青色の髪を伸ばして、あどけない顔立ちが無垢で無邪気だ。ヤミくんよりかは目元が下がりがちなのも儚げな印象があっていいよねー、もちろんヤミくんはヤミくんで、クールな感じがしてカッコいいんだけども。

 こんな子に毎日、家に帰ったらおかえりなさいとか言われたいよー。家を出る時いってらっしゃいって言われたいよー。うー。

 

「? どうしました、杭打ちさん。なんだか、私を見てます?」

「!? …………」

 

 バレないように横目で双子の美貌に想いを馳せてたら、邪さが伝わったのか視線に気づかれた! 意味ありげに首を振って、僕は慌てた感を極力出さないように努めつつ誤魔化す。

 首を傾げるヒカリちゃんがかわいい。

 

 くっ! あと5歳若ければ……! と思うものの、その頃の僕なんて正真正銘の杭を打つだけの装置だったので、たぶん双子どころかレオンくん達にだって目もくれずに仕事だけして帰っていただろうね。

 人の心を持たない化物とまで呼ばれたのは伊達じゃないのだ。よくここまで持ち直せたなーと我ながらびっくりだよー。

 

「よしっ! そんじゃあ今度は俺らが水浴びすっか! 見張り頼むぜノノ、マナ! すぐ終わるからよ!」

「はいはいごゆっくりー」

「か、帰ってきたら法術で乾かしますからねー……」

 

 レオンくんに呼びかけられて、僕とヤミくんも水浴びのため泉へと向かう。選択し終えた服やら鎧やらは、マナちゃんの法術で乾かしてもらえるのか、便利ー。

 先程までと他立ち位置交代。女性陣が僕らのいたところで見張りをして、男性陣がさっきまで彼女らが水浴びをしていたところまで向かう。

 

 美しく澄みきった泉は、多少の汚れを落としたところではいささかの濁りも見せない。

 冷たい水は夏場の今には心地よさそうだ。レオンくんとヤミくんがさっそく、服を脱いで上半身裸になった。

 

「俺達はさすがにノノ達ほど無防備にはなれないな。軽く体を拭いて、服と鎧を水で浄めて終いってところか」

「今さらだけど、今の世界って文明的にどんなものなんだろう? シャワーとかシャンプーとかお風呂とかあるのかな?」

「……………………?」

 

 畔でチャプチャプと、服やら鎧を洗い出す二人。とりわけヤミくんの言葉に僕は少なくない驚きを覚える。

 シャワーにシャンプーにお風呂。はるか昔の超古代文明においてもそうしたものが存在していたのか、という驚愕である。

 

 これら入浴関係の文化については少なくとも、エウリデ連合王国内では浸透している文化だ。

 シャワーはさすがに貴族の館くらいにしかないけど、風呂だのシャンプーについては大衆浴場があるし、平民でも民家に備え付けている家も少なくはない。

 ヤミくんの想像しているものもきっと、質の良し悪しはあれどすぐに町で見つかることだろう。

 

 でもまさか、太古の昔にもまるで同じものがあったなんてなー。存在さえ眉唾とされている文明との奇妙な共通点に、僕はオカルト愛好家として好奇心を抱かずにいられないでいた。




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身を浄めるよー

 モンスターの返り血がべっとりついた、帽子やマントを水で濡らしたタオルで拭く。ちょっとの部分だけでもタオルが真紅に染まる程度には、僕も血塗れだったみたいだ。

 

 レオンくんやヤミくんとは異なり、僕は一切脱衣しないまま血を落としていた。

 スラム出身の冒険者"杭打ち"が実は子供だってのは結構知ってる人もいたりするからそこまではいいんだけど、さすがに第一総合学園は1年3組のソウマ・グンダリくん15歳だというところまでバレちゃうと割と面倒なことになるからね。

 

 代表的なところではやはり、オーランドくんだろうか……あとリンダ先輩。

 そうでなくともスラム出身への風当たりは残念ながら強いのが現実だし、人の良さそうなレオンくんだってどんな反応をするのか分からないし。

 

 別に、スラム出身だから嫌いって言うならそれはそれで一つの考え方だから仕方ないんだけど、なんか排斥してこようとする人もたまにいるからなー。

 そんな揉め方するくらいなら黙って何も言わず、正体不明の冒険者として生きていったほうがずっといいと思うんだよね。

 ことなかれ主義サイコー。

 

「……………………」

「杭打ち……さすがに脱いだらどうだ? その、もし顔を見られたくないとかならあっち向いとくからよ」

「僕らと違って血を浴びてる部分が少ないけど、それでも着たまま拭くのは大変でしょ。あ、僕手伝うよ杭打ちさん」

 

 そういった諸事情から頑なに服を脱がずに血を拭う僕を見かねてか、レオンくんは気を遣って提案してくれる。

 ヤミくんに至ってはいくつか用意していたタオルを手に取り、甲斐甲斐しくも僕の身体を拭き始めてくれるほどだ。やさしー。

 

「んしょ、んしょ……杭打ちさん、あの鉄の塊のほうも拭くの?」

「…………表面だけ。内部にまで入り込んでたら、メンテナンスに回す」

 

 帽子やマントの血を概ね拭いながら尋ねてくるヤミくんは、近くにおいてある杭打ちくん3号に視線を向けている。アレも結構血塗れだしね、気になるよねー。

 

 メンテナンス……自分でやらないこともないけど、表面や杭の掃除とかレバーに油を差すとか簡単なものがほとんどで、バネがどうとか、内部に仕込んであるあれやこれやについては専門家に任せることにしている。

 そう、つまりはこの杭打機を造ってくれた、開発者の人のところだね。

 

 その人は僕の通う迷宮都市第一総合学園で教授をやっている。

 なんかよく分からないけど浪漫を大切にしているらしく、実用性より見栄えと伊達と酔狂を優先した兵器を開発するのが趣味というちょっと面白い人だ。

 

 廃材品の杭を片手に勝手に迷宮に潜っていた幼い頃の僕を見出したのもその人で、学園での僕の私生活を援助してくれてもいるので完全に恩人だね。まったく頭が下がらないよ。

 

「……こちらでやる。大丈夫」

「そう? 杭打ちさんには命を助けてもらったんだから、できることならなんでも手伝うよ。いつでも言ってほしい」

「…………ありがとう、ヤミくん」

 

 いい子だー。ほんといい子だよヤミくんー。

 10歳でこれはマジですごい、こんな思いやりは同じ年齢の頃の僕には欠片もなかった。なんなら感情だってなかった。爪の垢を煎じて飲みたいくらいだよー。

 

 感動しつつも僕は、ある程度身綺麗になった帽子とマントを軽く叩いて次、杭打機にべっとりついた血を拭う。こっちは大雑把だ、どうせメンテの際に外装部も洗浄消毒するからね。

 レオンくんも鎧や剣の血を落としてるけど、まあどうしたって汚れは残る。ちょっと赤黒いムラができた装備品を見て、彼は肩を落としていた。

 

「はぁ、最近買ったばっかなんだけどな、これ……ま、冒険者やってりゃ仕方ないか。あんまり小綺麗だと、それはそれで迫力ってやつがないしな」

「そういうものなの? 綺麗なほうがいいと思うけど」

「切った張ったが日常の仕事で、あんまり清潔なままだと"こいつ仕事してないんじゃないのか"とか"あんまり経験がないんじゃないか"とか疑われるからなあ。世の中、なんでも綺麗にしてたらいいってわけでもないってことだな」

「へぇ……杭打ちさん的にもそうなの?」

 

 今まで長いこと寝てたみたいだし、当然ながら冒険者という職業について疎いヤミくんの質問がこっちに来た。まあ、レオンくんの言ってることは概ね正しいよねと頷く。

 迷宮に潜るにしろ、町の治安を守るにしろ大草原で薬草採取だの溝浚いだの要人警護だのするにしろ、冒険者は肉体労働だもの。そりゃ汚れたり傷ついたりはするよ。

 

 特にモンスターとの戦いなんてのはほぼ日常茶飯事と言っていいし、そんなだから今回みたく返り血を浴びて真っ赤っ赤、なんてこともある。

 それを汚いからって一々神経質に洗ったり、毎度装備を買い直してたりなんてとてもやってられないからね。

 

 何よりレオンくんの言うように、血で汚れてるってのはイコールそれだけ経験を積んでいるってことでもあるし。

 実力を誇示したい冒険者の中にはわざとモンスターの血を浴びたりする人もいるほどだ。まあ、そこまで行くと逆にバカ扱いされるけどね。

 

 とにかく、清潔さってのが必ずしもいい扱いをされる界隈でもないってのが冒険者という業種なわけだねー。

 あ、もちろん単純に無精からの不潔や不衛生なんてのは問題視されるよー。僕にはまだ縁遠いけど、高ランク冒険者なんてのはイメージ商売なところもあるからねー。

 

「…………歴戦感を演出するのも大事」

「だろー? まあ、理解できないかもだけどさ、ヤミ。そういう世界もあるってことさ」

「へえ……興味深いや。教えてくれてありがとうね、二人とも」

 

 端的にレオンくんを肯定した僕に、ヤミくんは感嘆の吐息を漏らした。ヒカリちゃんもだけど、何も知らない分からないはるかな未来に二人ぼっちなんだ。いろんなことを知っていかないとね。

 しきりに感心する少年を、なんだか優しい目で見る。そうしつつも身を浄め終えた僕達は、立ち上がって女性陣と合流するのだった。




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報告するよー

「────と、言うわけでかくかくしかじか。地下86階層でまさかの新人さんパーティーと超古代文明からやってきた双子を連れ帰ってきた次第ですー」

「待って。理解が追いつかないわ、何と何から何を何?」

 

 水浴びも終え、そこから先はあっという間だった。

 元々が町の近くの森の中だからね。道も勝手も知り尽くした僕からしてみればほんの庭先、町まで帰るなんて朝飯前ってやつでしたよ。今もう昼過ぎだけどね。

 

 さっそくギルドに戻ってリリーさんを呼び出し、レオンくん達をひとまず施設内の喫茶エリアに突っ込んで僕はひそひそと事情を説明したのが今しがたのことだ。

 そしたら案の定というべきか、彼女は何それ理解不能とばかりにすっかり混乱してしまった。気持ちは分かるけど紛れもない現実なんだよと、彼女の肩を揺すって正気に戻す。

 

「リリーさん、リリーさん。気持ちは分かるけど割と一大事だよ、国が動くよたぶんー」

「ああっ、もうちょっと現実逃避させてっ! 例の最下層エリアにあった玄室から人が出てきたなんて、どう考えても迷宮都市に激震が走るもの! できればもみ消したいレベルだもの残業が増えるもの!!」

「わーブラックー」

 

 ギルド職員の業務が過酷なのは割と周知だけど、実際に目の前でブラックさに喘ぐ知人を見るとなんとも居た堪れない気持ちだー。

 実際、双子の出所について国が知れば迷宮都市はさらなる賑わいを見せるだろうね。迷宮の奥底に古代文明の何かがあるってのは前から知られていたことだけど、まさか生きた人間が出てくるなんて想像もできない話だ。

 

 この分だとさらなる何か、未知なる伝説の遺跡が迷宮には眠っているはずなんだ。漠然と冒険者達が追い求めてきた夢と浪漫が、ここに来てにわかに現実味を増してきたわけである。

 そりゃー盛り上がるよ! 冒険者がこぞってこの町を訪れるに違いないよ! そしてギルドの職員達は激務に陥るのだ!

 

「……まー、人員だって増えるよきっと。ギルド長も鬼じゃないと思うしー」

「ぁぅぅぅぅぅぅ……何より国のお偉方が視察に来るのがやだぁぁぁぁぁぁ」

「そっちは僕にはちょっと、何もできませんね……」

「ぅぁぁぁぁぁぁ……っ」

 

 机に突っ伏して咽び泣く、リリーさんのこんな姿も可愛くて惚れ直しそう。

 国の偉いさん方が視察に来るかあ、ろくでもなさそー。みんながみんなってわけじゃないけど、たまにカスとしか言えないのがいたりするしねー。

 

 前にパーティーを組んでいた時、ちょくちょく変な絡まれ方をしたもんだとつい懐かしむ。あの頃はまだなんとも思わない僕だったけど、今の僕だったらもうちょっと何かしら思うところはありそうだ。

 変なことに巻き込まれないよう、そのお偉いさん方が視察とやらに来てる時にはギルドに近寄らないことにしよー。触らぬ神に祟りなし、とはこのことだねー。

 いやまあ、貴族を神だなんて死んでも思いはしないけどもー。

 

「とにかくリリーさん。僕からの状況説明は以上だし、後はレオンくん達とヤミくんヒカリちゃんから話を聞いてよ」

「ぅぅ、ギルド長呼ばなきゃ……ソウマくんも来るわよね?」

「いえ、帰りますけどー」

「なんで!?」

 

 なんでと仰られましても、もう責任も義理も果たしたので無関係だからとしか言いようがないですねー……

 僕は救助者としての責務を果たしきった。経緯説明まで含め、通常こうした遭難者救助において負うべき責任と義務をすべて遂行したのだ。

 だからもう自由の身なんだ。さっさと帰って厄介事とはおさらばしちゃうんだ。今日は善行したからステーキ食べよーっと。

 

「というわけで帰りますー。あ、これ依頼の品ですぅー」

「くう、素気ない反応っ。たしかに受け取りました……報酬金、持ってきますぅ……」

 

 変に譲歩の余地を見せるとなあなあで流されちゃいそうだからねー。最低限のことだけ済ませてさっさと帰る、これが変なことに巻き込まれないための鉄則なのだ。

 今回の依頼品、ゴールドドラゴンの金奥歯二本。対していただく報酬は金貨100枚。これだけで大の大人が2ヶ月は余裕を持って暮らせる額だから、さすが黄金で出来てるだけはある。

 

 金色に輝く貨幣を100枚、トレイに乗せてリリーさんが戻ってきた。うんうん、いつ見てもいい光景だー。

 どこか名残惜しそうに、恨めしげに僕を見つつ彼女が渡してくる金貨を、僕は丁重に袋の中へと詰め込む。えへへー、お金持ちだよー。

 

「どーもですー。さー帰ろ帰ろ」

「本当に帰るんだ……ねえ、せめてギルド長には顔見せてきたら? ついでにあなたも話し合いの場に参加しましょうよ」

「絶対嫌ですー」

 

 満腹になった袋を懐にしまい、ホクホク顔で帰ろうとする僕を未だにリリーさんが留めようとする。

 とにかく巻き込もうとしてるなあ……こういう時のリリーさんは割合面倒だし、もうさっさと帰ろう。

 

「ギルド長にもよろしく言っておいてください。それじゃ、失礼しましたー」

「ああっ、ちょ、ちょっとー!」

 

 すっかり満腹になったカバンを撫でて、にっこりと笑いかける。

 そうして僕はレオンくん達にも軽く会釈して、その場を去るのだった。




土日は昼12時にも更新しますー
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まさかの再会だよー

 翌々日、週が明けての登校日。

 時節は夏でもうすぐ長期休暇が訪れる、そんな時期。教室にて僕は、クラスメートでもある悪友二人と休み期間中の予定について話をしていた。

 

「夏休みといえばやっぱり海! あばんちゅーる! だよねー! ああ、出会いの季節が到来!」

「出会いはしてもそこから先は望めないだろソウマくん」

「振られすぎたショックで砂浜で体育座りしてそうだなソウマくん」

「何をー!?」

 

 開口一番とんでもない罵詈雑言を投げかけてくる我が親友達、ケルヴィンくんとセルシスくん。いつも通りの辛辣さだけど、夏休みというビッグチャンスを前にした僕はまだまだへっちゃらだ。

 今に見てろよ、この夏で僕は可愛い彼女を作って、秋には生まれ変わったソウマ・グンダリをお見せしてやるからなー!

 

「振られまくって生まれ変わったみたいにダウナーになってるソウマくんなら見られそうだ」

「まあ元気だせよ秋頃のソウマくん、夏が駄目でもチャンスはあるって」

「未来の僕を励まさないで!?」

 

 二人揃ってまるっきり、僕の夏休みを虚無扱いしてくるよー!? 抗議する僕に、悪友達はそっぽを向いて口笛を吹いた。わーひどーい。

 こんな感じでいつも通りの馬鹿話だけど、やっぱり休み前か僕のテンションは否が応でも高くなってる。教室内を見渡せばみんなウキウキ気分でソワソワしてるよ、あっジュリアちゃんだかわいー!

 

「あージュリアちゃん、オーランドくんと別れたりとかしないかなー」

「仮にそうなったとして君に振り向く確率はまあまあゼロだぞソウマくん」

「まず他人の破局を願うそのスタンスからして夏休み中も絶望的なのがわかってしまうなソウマくん」

「うっ……失言でしたー」

 

 さすがにジュリアちゃんの不幸を願ったり、喜んだりするのは良くないよね、はい……反省しますー。

 頭を掻いて机に突っ伏す。そんな僕を元気づけるつもりでか、ケルヴィンくんは背中を軽く叩いて明るめの声色で話題を変えてくれる。

 

「そう言えばソウマくん、知ってるか? 夏休みも目前にしてこの学校、特別講師を迎えたらしいぞ」

「ん……特別講師ー?」

「ああ。なんでも元は迷宮都市外の冒険者らしい。誰ぞか新米冒険者を指導しに来たんだがその新米が気に入らなかったらしく、代わりにうちの学校に赴任したんだと」

「……なんで? 話繋がってなくないケルヴィンくん?」

「意味がわからないぞケルヴィンくん」

 

 指導する予定だった新米くんと仲違いしたからって、代わりに学校の特別講師になるなんてことないでしょ。いくらなんでもガセだよそれ、ケルヴィンくん。セルシスくんも怪訝な面持ちで話の信憑性を疑ってるし。

 ガセでしょ普通に。そもそも今この時期って。訝しむ僕とセルシスくんに、ケルヴィンくんは肩をすくめてどこか、皮肉げに笑った。

 

「詳しいことは俺も知らないけど、知り合いの冒険者からの話だ、たしかな筋だよ……どこぞの"杭打ち"さんも噛んでるって聞いたんだけど、どうなんだろうな?」

「え……え。あ、え?」

「うん? おやおや?」

 

 急に出てきた僕の……冒険者"杭打ち"の名前。えっ、何?

 なんかしたっけ僕、別に指導者っぽい人とか学校の先生みたいな人と最近、会った覚えなんて────

 

「あ、もしかして」

「おう生徒諸君、ホームルーム始めるぞ」

 

 たった一つだけ心当たりといえば心当たりと言える、そんな人に思い至った矢先。先生がやってきて僕らは話を中断して全員が席に着いた。

 うちのクラスの担任は国語教師のハルワン・ナルタケ先生だ。そこそこ年嵩の男性教諭なんだけど、スラム出身な僕にも分け隔てなく接してくれる素敵な先生だ。

 

 そんな先生だけど、今回はもう一人、女性を連れてやってきていた。教壇に立つナルタケ先生の斜め前に立つその姿に、僕のみならずクラスの生徒みんなが目を奪われる。

 ヒノモトの民族衣装、和服というらしいそれに身を包みカタナを提げた、艶やかな黒髪を長く垂らして美しくも色っぽい美女。なんなら胸元がやたら開いていて、男子諸君はガッツリ目を奪われている。

 あー! 女子の視線が冷たいー!

 

「あー、唐突な美女の登場に気持ちはわかるが盛るな男子。女子の目を気にしろ、そんなだからモテないんだぞ」

『ヴッ』

 

 クリティカルヒット! 先生の容赦ない言葉に男子全員ダメージを受けて視線を逸らす! ああっ、僕もなんだか心が痛いよー!

 初対面の時に僕もガッツリ見ちゃってたもんなー! こんなだからモテないのか、そっかー! 泣きそう。

 

 そう、突如現れた美女を僕は知っている。ほんの少しだけだが先日、喋った仲だ。

 オーランドくんハーレムパーティーと同行しつつも、彼らの僕への言動に怒ってくださった女の人だねー。こんなところで何してるんだろう? ナルタケ先生が続けて話すのを聞く。

 

「あー、夏休み前のこの時期になんだが剣術授業の特別講師としてお越しになった、サクラ・ジンダイ先生だ。紹介がてら今日は一日、各教室に挨拶して回る。先生、自己紹介をどうぞ」

「かたじけない──初めましてでござる、諸君。今しがたご紹介に預かった、Sランク冒険者のサクラ・ジンダイでござる。夏明けから剣術科目を担当するでござるから、よろしくでござるねー」

 

 促されて名乗るその人、サクラ・ジンダイ先生。

 実力者とは思ってたけどまさかのSランク冒険者だよ。僕はついビックリして、彼女をじっと凝視してしまった。

 あっ! 目が合った!




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訪問者だよー

 何がどうしてこうなったのか、うちの学校の剣術科目の特別講師なんてものになってやってきたオーランドくんゆかりのヒノモトの美女・サクラ先生。

 日常で美女を拝むことができるんだからそれはとてもうれしー! ってなるんだけど、なんで……? って思いもある。

 

 首を傾げながらもついつい、またしても胸元に視線を吸い込まれそうになってしまうのを抑えていたら、ふとした拍子に目が合ってしまった。わあ、ちょっと紫がかったきれいな瞳ー。

 

「────え」

「?」

 

 と、何やらサクラ先生の様子がおかしい。僕の顔を見るなり目を見開いて、呆けたように動きを硬直させている。

 もしかしたら僕が先日、オーランドくん達に絡まれていた哀れなか弱いDランク冒険者"杭打ち"だと気づいたのかな? かなり至近距離でひそひそ話したし、目元とかもじっくり見られてたから勘の良い人だと分かっちゃってもおかしくない。

 

「…………」

「! …………」

 

 念のため、小さく唇に指を当ててしーっ、黙っててねとジェスチャーを示す。伝わるかどうか不安だけれど、今はこれに賭けるしかない。

 一応僕が、正体バレを望んでないってのは知ってるはずだ、彼女も! っていうかこないだそれでキレてたんだから、知らなかったでござるは許さないでござるよー!

 

 祈るような一瞬。たしかに僕とサクラ先生は目と目で意思疎通を果たした……ように思う。

 少しの硬直を訝しんだか、ナルタケ先生が先生に尋ねた。

 

「ジンダイ先生? どうされました?」

「えっ……あ、いえ。なんでもないでござるよー。いやー、拙者もなかなか天運に恵まれてるでござるとつい、悦に浸ったでござるー」

「は、はあ……天運?」

「ござるー」

 

 よっしゃ勝ったー! 僕の正体は守られた、サクラ先生は空気の読めるタイプの美女だった! わーい!

 内心大はしゃぎの僕。これで近くに誰もいなかったら喜びの杭打ちダンスを披露してたよー。

 

 いや~よかったー。本当に助かった、僕の学生生活はこれで安泰だよー。

 限りない感謝をサクラ先生に捧ぐ。美人な上に僕のことを助けてくれるとか女神じゃん、告白するしかないよこんなのー。

 

「おーし紹介も終わったしホームルーム始めるぞー。えーと、まずもうあと一週間で夏休みだが────」

 

 挨拶の終わったサクラ先生は脇に控えて、ナルタケ先生によるいつも通りのホームルームが始まる。

 でも僕はすっかり胸が高鳴っちゃって、先生をチラチラ見てばかりでぜーんぜん、ホームルームの内容なんて耳に入らないのでしたー。

 

 そして放課後、いつもの文芸部の部室。

 僕とケルヴィンくんとセルシスくんは今日も今日とて放課後1時間くらい、ダラダラお菓子でもつまみながら雑談するという堕落しきった部活動を行っていた。

 

「それで? ソウマくんは一体いつの間にあんな、ヒノモト美人とお知り合いになってたのかな?」

「ジンダイ先生、ホームルーム中ずっと君を見てたぞ? いやあ羨ましいよ親友にもついに春がきたのかーはははー」

「棒読みやめてー? 心にもないこと言うにしても、せめて感情は込めてー?」

 

 僕ら3人だけの部室内。今回の話題はといえばもちろん、サクラ先生と僕の関係についてだ。悪友二人の楽しそうというか、玩具にしてやろうって感じの爽やかな笑みが実に友情を感じさせるね。

 いやー、でもなんか優越感だなー。ミステリアスでエキゾチックな美女とお知り合いの僕! かーっ、いやもう照れちゃうねっへへへー。

 

 まあ実際のところは知り合いと言うにも当たらない、本当にいくつか会話しただけの相手だけどね? これで根も葉もないデタラメを並び立てたら、たぶん当のサクラ先生ご本人様にカタナでぶった斬られちゃいそうだ。

 というわけで満更でもない素振りもほどほどにして、僕は二人に事情を説明した。数日前にばったり出くわしちゃったオーランドくんハーレムパーティーとのいざこざの中で、庇ってもらっただけの関係なのですよー、と。

 

「かくかくしかじかあれこれどれそれ──ってわけでね? 残念ながらなんていうか、そんなに大した関係でもないんだよねー、実はさ」

「だろうとは思ってた。本当にただならぬ仲だったら君、朝一にドヤ顔して自慢しに来てたはずだしね」

「そうだな。そして勝手に思い込んで告るね! とか言って放課後突撃した挙げ句、オーランドとのキスシーンを目撃してしまい泣きながら帰ってくるまでがお約束だ」

「どんなお約束!? ジュリアちゃんの話はやめてよー!!」

 

 ああああ未だ傷心癒えぬ僕の心に塩を塗りたくって友人達が、悪魔の笑みを浮かべているうううう!

 

 ジュリアちゃん相手に失恋した日の前日、彼女とたまたま帰り道が一緒になって談笑しながら帰ったことで浮かれきった僕の黒歴史を、これでもかと擦ってくるとはなんて友人達だ!

 今になって冷静に振り返ると自分でも、高々一緒に帰ったくらいであのレベルの突っ走り方はないなーって思っちゃってるから余計にダメージだよー!

 

「ああああ穴があったら入りたいいいいい」

「ほぼ毎日入ってるじゃないかソウマくん」

「町の外の至る所に空いてるぞソウマくん」

「ああああそうだよ入ってるんだった僕うううう」

 

 そうだったー! 恥を忍ぶにはうってつけだよね、この町。

 とまあこんな感じのいつものやり取りを、お菓子を頬張り紅茶を飲みつつ楽しんでいたその時だ。

 唐突に部室のドアがノックされ、僕らはそちらを振り向いた。

 

「こんちは~でござるー。杭打ち殿いらっしゃるかなーでごーざーるー」




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改めて自己紹介だよー

 しん……と静まり返る部室、というか僕ら。ドアの向こう側から唐突に冒険者としての僕を名指しで呼ぶ声は、ござるって語尾から考えても間違いなく噂のサクラ・ジンダイ先生だった。

 なんなの急に、しかも廊下を構わず杭打ちなんて呼んでくれちゃって。誰かに聞かれてたら事だよ? 迷わずケルヴィンくんあたりをスケープゴートにしようとは思うけどもさ。

 

「…………え、と」

「入ってもいいでござるかー? くーいうーちくーん、あーそびーましょーでごーざーるー」

「えぇ……?」

 

 なんかちょっと怖いよー。執拗に杭打ちの名を呼ぶのは、僕の名前を知らないのを差し引いてもねちっこさを若干感じちゃう。

 僕はおずおずとドアまで赴いて、恐る恐る開く。一応、サクラ先生が何をしてきても対応できるように臨戦態勢は整えておく……この手の高ランク冒険者って割とお遊びで仕掛けてくる人が多いから、念のためね。

 後ろでいろいろ察した悪友二人が部屋の隅っこに避難してるのは、さすがの危機察知能力だと思う。

 

 乾いた音を立ててスライドするドア。開けた先にはやはりサクラ先生がいて、こちらを見て輝かしい笑顔を浮かべて瞳を爛々とさせている。

 とりあえずカタナに手は伸びてないからそこは良かった、ホント良かったー。

 

「おいーっすでござる。杭打ち殿、さすがでござるなーこんなところでも不意打ちを警戒するとは」

「…………どうも。とりあえず杭打ちはやめてもらっていいですか? 隠してますから、学校では」

 

 にこやかに僕の臨戦態勢を看破して、あまつさえ褒めてくるこの人はさすがSランク冒険者らしいだけのことはある。

 高ランク冒険者ってみんな大体、常在戦場当たり前の哀しい生き物だったりするからねー。

 

 あ、もちろん僕はそんなことはない。だってそもそもDランクですから。大体そんな堅苦しいこと、したって楽しくないしね。

 日常生活すらまともにリラックスできなさそうなサクラ先生に生温い目を向けつつ、僕はさしあたり"杭打ち"呼びは勘弁して〜と頼んでみる。

 わざとやってるのかな? と一瞬疑いはしたんだけれど思いの外、素直に先生は苦笑いして謝意を示してきた。

 

「なんなら冒険者界隈でも割と秘匿してるみたいでござるね……困らせるつもりもなかったでござるが、なんせ名前を知らないもので。申しわけないでござる」

「……僕の本名はソウマ・グンダリと言いますから、できればそちらのほうでお願いします」

 

 まあ、本名知らないなら杭打ちと呼ぶしかないよね。そこは名乗らなかった僕のほうにも落ち度はある。名乗るタイミングとか意味とか、あの時点ではほぼなかったけども。

 ともあれこうして特別講師として、うちの学校に来るようになった以上は僕だって名前を教えることを躊躇うことはない。

 

 いつから名乗り始めたのかも定かじゃないけど、少なくとも物心付いた時にはソウマ・グンダリという名前でやらせてもらっていました。どーぞよろしく。

 

「ソウマ・グンダリ……ではソウマ殿と。ヒノモト的な語感でござるが、もしや同郷にござるかね?」

「……どう、ですかね? 言われてみれば、どことなくヒノモトっぽいかもしれませんけど」

 

 思わぬ指摘。僕の名前がヒノモト的とは、その視点はなかった。

 たしかにサクラ・ジンダイというサンプル的ヒノモトネーミングと比して、ソウマ・グンダリってのはどことなく似通う響きを感じなくもないねー。

 たしかヒノモトだとファミリーネームが先にくるって聞いたことがあるから、サクラ先生は本来はジンダイ・サクラなんだろうし、照らし合わせると僕だってグンダリ・ソウマということになる。

 

 わお、たしかにヒノモト的だあ。

 なんかちょっとした感動を覚えつつも、僕はサクラ先生に答えた。

 

「詳しいことはなんとも……物心ついた時には一人でしたから、親の顔も名前も知りませんし。まあとりあえず部屋に入ってください、詳しい話はそこでしましょうよ先生」

「む……またしても失言でござった。すまぬでござる、まこと申しわけない。あー、失礼するでござる。あと先生でなくサクラでいいでござるよー」

 

 自分のルーツとか、親すら知らんのに分かるわけないんだよー。

 という旨を述べたところ、サクラ先生もといサクラさんは気にしてしまったみたいだ。しきりに謝り、気まずそうに頭を下げている。

 

 真面目な上に気にしがちな人だなー。僕は全然気にしてないし、むしろサクラさんほどの美人さんをそんなに落ち込ませてしまったことに逆に落ち込んじゃうよ。

 彼女を椅子に座らせ、落ち着かせる。空気を察知していたのか悪友二人がすぐさま、彼女の前にお菓子と紅茶を運んできてくれた。さすがケルヴィンくんとセルシスくんだ、気の遣い方が天才的だね。

 

「まあまあ落ち着いてこちらをどーぞ」

「かたじけない……いかんでござるね拙者も、気をつけてもどうにもデリカシーがない言動になってしまって」

「気にしてませんし構いませんよ、そんなの……それでそのー、一体僕になんの御用で?」

 

 紅茶を勧めつつ気にしてないことを告げると、サクラさんはそれでも恥じ入るように笑う。うーん、もっとこう、天真爛漫な笑顔が見たいよー。

 あまりこの辺の話を長引かせるのもまずそうだと、あえて僕は話題を変えようと試みた。そもそもなんで僕を訪ねて来たのか聞いてみたのだ。

 

「…………あっ。そうだそうだ、それでござった! いやー、拙者それなりに積もる話がござるでごさってなー!」

 

 反応は劇的で、何やら山程話したいことがあるらしいのを身振り手振りでわちゃわちゃ伝えてくる。

 ほんと、感情表現豊かだなー。僕よりそれなりに歳上だろうにそれでも学生同然に見える、かわいらしい仕草だった。




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謝罪を受けるよー

 なんか僕に用があるらしいサクラさん。とりあえず臨戦態勢も終わったことだしケルヴィンくんとセルシスくんも元の位置に戻って、いつもの3人で僕らは彼女の話を聞くことにした。

 彼らは悪友にして僕の正体を知る、レアな人達だからね。僕には思いつかないアドバイスをくれたりするから、ちょくちょく冒険者としての相談事とかもしてたりしている。だから今回もちょっと、お知恵を拝借しましょうかねー。

 

「まずはソウマ殿。先日は拙者が同行していたガキんちょどもが行った失礼な言動の数々、改めて謝罪させてほしいでござる。大変申しわけなかったでござる、謹んでお詫び申し上げまする」

 

 開口一番そう言って、深々頭を下げるサクラさん。こないだ僕があれこれ絡まれたこと、彼女はあんまり関係ないのにやたら気にしてるみたいだ。

 律儀だなー。別に冒険者だもの、あのくらいの煽りは気にしてられないのに。

 

 冒険者って戦闘職だから当然のごとく物騒だし、はっきり言って喧嘩が起きやすい治安の悪い側面もたしかにある。まして僕なんて治安の終わってるスラム出身だもの、オーランドくんやリンダ先輩にされた以上の絡まれ方をしたことだってそれなりにある。

 全部返り討ちにしたけどね。だからその辺の界隈の事情もあり、済んだことを一々気にする感じでもないんだよねー、僕個人としては。

 

「い、いえいえ。その、僕は気にしてませんし。もう済んだことですしー」

「それでは拙者の気が収まらぬでござるよ。本来であればガキどもをここに連れてきて謝罪させるのが真に筋と言えるのでござるがあのアホども、反省はしたようでござるが謝罪は頑としてしようとせず」

「プライド高いだろうしなあ、オーランドのやつ」

 

 呆れ返ってケルヴィンくんが皮肉るけど、まあだろうなって僕も思う。

 オーランドくんは典型的な俺様タイプのイケメンさんなので、自分に非があったとして頭を下げるってのはなかなかしづらいんだろう。

 

 人としてはどうなのって感じだけど男としては自信満々な様子が評判いいらしく、そこも女の子にモテる要因になってる気がしている。俺様系かー、僕も僕様系になれるかなー?

 無理かー。内心ガックリ来る僕をよそにセルシスくんが、ため息混じりに巨体を揺らして呻く。

 

「反省したってのも心底からかどうか、怪しいところですね……本当に反省したなら率先して謝りに来るくらいはしてもいいと思うのですが」

「オーランドのほうはまだ、それなりに悪いことを言った自覚はあったみたいでござるね。ただ、あの女……リンダのほうが、スラム出身冒険者への隔意が強いようで。なんか不貞腐れながら反省してあげますとかなんとか、若干ヤケクソな態度でほざいてたでござる」

「マジかー、リンダ先輩ー……」

 

 割と本気でスラム出身の杭打ちを毛嫌いしていたらしい、かつで好きだった先輩の様子にうっかり目が潤む。ううっ、悲しいよー。

 あっ、ちなみにリンダ先輩は僕の3度目の初恋の人だ。学内でたまたま見かけて、その凛とした雰囲気の美人さに一目惚れしたのだ。

 

 まあその直後にオーランドくんと腕を組み、ラブラブしながら下校するところを見てしまい見事に玉砕したんだけどね!

 ああああ脳が崩壊するうううう!

 

「ううう……」

「……その、本当に申しわけないでござる。オーランドの親に"息子とその仲間達を鍛えてやってくれ"と頼まれてこの都市に来たのでござるが、その連中がよもやあのようなゲスどもだったなどとは露とも思わず。結果的に加担したのは拙者とて同じ、何卒お許しいただきたい」

「い、いえー。そこは全然気にしてませんしー……」

 

 なんならそんなのどーでもいいよー。うう、リンダ先輩ー……

 ガチめに凹む僕に、サクラさんもちょっとタジタジみたいで所在なさげに視線をあちこち動かしている。美人が戸惑う姿ってなんか、いいなー。

 

 と、そんな僕らを見かねてかケルヴィンくんとセルシスくんが、口を揃えて言ってきた。

 

「その辺にしときなよソウマくん、いつまでも失恋を引きずってちゃ駄目だぜ」

「すみませんねサクラ先生、こいつリンダ先輩に惚れてた時期があったんですよ。まあ惚れた瞬間爆死したわけですが」

「爆死って言うなよー!」

 

 せめて恋敗れたとかそーいう、ロマンチックな物言いにしてよー!

 サクラさんにバッチリかつての麗しい恋の遍歴を一部知られてしまったわけだけど、それはそれとして今はサクラさんにも初恋してるから誤解しないでほしいよね。

 

 11回目の初恋、しかもなんだかんだリンダ先輩が導いてくれたところはあるからこれはきっと運命ってやつだと思う。

 まあその運命さん今、すっごい気の毒そうな顔して僕を見てきてるんだけどねー。

 

「そうでござったか……それはまた、御愁傷様でござる。いやでもむしろ良かったでござろ、あんなのと万一男女の仲になっていたとしても、ソウマ殿の正体を知ればその時点でご破算でござろうし」

「うっ……た、たしかにー」

「世の中、あんなのより素敵な女は山ほどいるでござる。元気出すでござるよ、ソウマ殿ー」

 

 ああああめっちゃ励ましてくれるうううう! これ絶対脈あるってこれええええ!

 思いの外感触が良くて僕の胸がときめく。こ、これはまさに僕の夏休みが今、幕を開けるのではなかろうか!!




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僕のこと知られてるよー?

 ヒノモト美女のサクラさんが、しきりに僕を気にしてくれてるよー!

 これは一言で言えば恋の予感ではないでしょうか!?

 

「はいはい落ち着けソウマくん、今感じてるそれはいつもの早とちりだから」

「爆死するにしてもせめて段階を踏むことを覚えようなソウマくん。毎度同じ流れで爆死してるぞソウマくん」

「むぐぐぐー!?」

 

 ときめく胸キュン体験に紛れもなくこれは運命だよー! といきり立とうとしたところ、即座にケルヴィンくんとセルシスくんに取り押さえられてしまった。

 そして二人がかりで窘めてくるのを、ぐうの音も出ないと過去10回の失恋経験から悟り冷静さを取り戻す。いけないいけない、また同じ過ちを繰り返すところだったよー。

 

 騒ぐ僕達3人に対して、サクラさんは目を丸くしてキョトンとしている。かわいい!

 そしておずおずと、困惑も露わに僕達に対して、愛想笑いを浮かべて話しかけてくる。

 

「…………えーと? でござる。急に戯れだして、仲が良さそうで何よりでござるなー」

「いえいえお気になさらず。ソウマくんのいつものやつが発動しただけですから」

「ソウマくんは恋に恋するお年頃みたいなんですよ。だからすぐに女の子に惚れては突撃して返り討ちに遭うんです」

「ああああまさかの暴露おおおお!?」

 

 言いやがったー!? 悪友達が僕の秘密を暴露したよー!?

 恋に恋するお年頃だなんてそんな、ロマンチックな物言いをされたけどちゃんと人を見て恋してますから! その上でときめきのままに突っ込もうとして概ねオーランドくんに掻っ攫われているだけですから!

 

 ていうか唐突にこんな話を聞かされてサクラさん、僕にドン引きしてないかなー!? これで恋が破れたらただじゃおかないぞ二人とも、具体的には最高級ステーキ10枚くらい奢ってもらうからなー!

 がうがう吠える僕に、友人達はなんとも腹の立つ透き通ったいい笑顔を浮かべて言ってくる。

 

「さすがに冒険者として知り合いの人には言っといたほうがいいだろ、杭打ちくん? 君の失恋癖は何も知らない人からするとドン引きものなんだぞ」

「どうせ今後も美人と見るや、何回目だかの初恋だよーとか騒ぐ奇行に及ぶんだから早い段階でカミングアウトしときなよ杭打ちくん。今ならまだ傷は浅くて済むぞ」

「失恋癖ってなんだよー!? せめて初恋癖って言ってよー!」

 

 失恋を前提にして話するのやめろー! 僕の初恋が成就することはないって言いたいのかー!!

 謂れなき誹謗中傷には断固として抗議するよー!

 

 うがーうがーと喚く僕と、はいはいと肩や背中をぱしぱし叩く悪友二人。そして夕焼けに染まる部室内、しばらくそうやって騒いだ後に静けさが少しばかり漂う。

 沈黙の中サクラさんが、不意に声を上げて笑い出した。

 

「くっ……くくくっ、あはははははは!」

「えぇ……?」

「なるほどなるほど、初恋癖でござるかー! 聞いてた話を総合すると、なるほど! 杭打ち殿は恋をしたいのでござるねー。そっかそっかでござるー」

 

 なんかすごいウケた。馬鹿にしてるとかって感じでもなく、純粋に楽しそうに嬉しそうに笑っている感じだ。

 急に何……? っていうか聞いてた話? 何それ。誰かに僕について聞いてたのかな? 町の冒険者とか?

 

 疑問符の並ぶ状況。一頻り笑ってから、サクラさんは涙すら滲んだ目を拭いつつ、ひどく優しい目で僕を見た。

 

「えーと、サクラさん?」

「この町に来るのを決めたのは、オーランドの両親であるグレイタス夫妻に頼まれたというのもあるでござるが……個人的に杭打ち殿、貴殿の話をいろいろ聞かせてもらっていたからというのもあるんでござるよ」

「僕の話……」

「そう──たとえば貴殿がかつてパーティーに所属していた頃について、とかでござるなー」

 

 目を細めて微笑みかけてくるサクラ先生。あっ、胸がまたドキドキしちゃうー。

 っていうか僕の話ってそういうアレかー。グレイタス夫妻とも一時期一緒のパーティーだったし、当時の僕のことをどうやらこの人、いろいろ知ってるみたいだね。

 

 でもぶっちゃけ、だからどしたの感はある。だって結局僕ってば、最終的にそのパーティーには最初から存在してなかったってこととして処理されたし。

 代わりにたんまりお金は貰ったからその辺について文句も特にないんだけど……見ればサクラさんはどこか、怖い声音で続けて話す。

 

「……貴殿ほどの神童を、下らぬ理由で存在ごとなかったことにして隠蔽した連合王国を拙者は許さぬ」

「えっ……」

「冒険者"杭打ち"に本来与えられるべきであった栄光と未来が踏み躙られたこと、貴殿は納得ずくなのであろうが拙者はじめ、事情を知る冒険者達はみな断じて納得しておらぬのでござるよ。知らなかったでござろうが」

「は、はあ」

 

 全然これっぽっちも知らないよ、そんなこと。

 僕のことで僕の知らないところで何やらカッカしてる人達がいるなんて、予想もしてないことだよー?

 

 そもそも僕に本来、与えられるべきだったものなんて金以外にないよ。あのパーティーに所属してたのも金払いが良かったってだけの話でしかないのに。

 双方納得ずくの話でも許されないとか、エウリデ連合王国くんたら普段の行いが悪いねー。いやまあ、トータルで見たら僕もこの国のお偉いさんは嫌いだし気持ちは分かるけどー。




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拗らせてないよー!

「オーランド達の指導は結果として破談になったとはいえ、リンダの親父殿に頼まれる形で町に留まり総合学園の剣術指導役に着いたわけでござるが……こうしてソウマ殿と知り合えたわけだから結果オーライでござるねー。いやはや、よもやこんなに早く杭打ちの正体に辿り着けるとは」

 

 そう言ってサクラさんは朗らかに笑った。

 僕の来歴について、少なくとも過去にとあるパーティーに所属していた頃のことを誰かから聞いているらしい彼女。

 だから初対面の時点から相当友好的だったのかと納得する気持ちはあるけど、そもそも何をそんなに入れ込んでるのかという疑問が先立って素直に喜んだりはできないよねー。

 

 なんか連合王国を許さないとか物騒なこと言ってるし。僕みたいな低ランクがそれを言ったところでただの愚痴か文句だけど、Sランク冒険者様がそんなことを言ったらまずいよ。最悪国からの追手が飛ぶ。

 ましてやここにはお貴族様の息子さんがいるんだからさあ。身分違いなんて気にせず接してくれる心優しい彼でもこれにはちょっと、ってなるだろうし。

 

 そう思って恐る恐るセルシスくんを見ると……なんかウンウン頷いてるー!

 サクラさんの危険な発言に、よりによって貴族のお坊っちゃまが賛意を示していた!

 

「俺も貴族ではありますから、ソウマくんの過去についてはある程度知っています。国政に携わる家の者の一員として、恥ずかしく思いますね……冒険者の活動によって経済的な基盤を大きく支えられているというのに、その冒険者の中でも飛び抜けて有望な若者を一人、下らない見栄と面子で潰すなど」

「む、貴族の子息でござったか」

「まあ、一応ながら。ソウマくんとは身分など関係なく友誼を結んでおりますから、なおのこと友として過去、この国が行ったことについては忸怩たる思いがありますよ」

 

 大人びた笑みを浮かべるセルシスくんを、ケルヴィンくんと二人で唖然とした顔で眺める。誰この太っちょ、まるでお貴族様じゃん。いやまあ、お貴族様なんだけど。

 ていうか僕の昔についてそんなこと思ってたんだねー。ケルヴィンくんともども、僕の正体を明かすタイミングであれこれ話した覚えはあるけど、その時にはそっか大変だったなー位のものだったのに。

 なんか恥ずかしく思うとか言い出してるよー。

 

 そして何よりだけど、友達って言い切ってくれるのは嬉しいよねやっぱり。

 僕はスラム出身だし孤児だし、それ以前にいろいろ珍妙な生まれだから友達なんて全然いなかったんだ。孤児院にも結局2年くらいしかいなかったし、前いたパーティーは年上ばかりだったしね。

 

 だからセルシスくんとケルヴィンくんが事実上、僕にとって生まれて初めてできた友人ってことになる、と勝手に思っていたんだ。それを、向こうも認めてくれたことがとても嬉しい。

 

「セルシスくん……」

「ソウマくん、今ばかりは貴族として言わせてもらうが君はもっと評価されていい。あのパーティーに所属していたメンバーは君以外、みんな生きた伝説扱いされているんだぞ」

「いやー、まあ。そこは、別にー」

「女にもモテるぞ?」

「んー……んー」

 

 名誉とか栄光はともかくモテると聞くと一瞬なびいちゃうなー。いやでも、それは僕の求めるものじゃないからとなんとか耐える。

 モテたいのは人間ソウマ・グンダリであって冒険者"杭打ち"ではないんだよね。杭打ちだからモテるよってなると、じゃあ杭打ちじゃない僕にはなんの値打ちもないのか? って話になっちゃうし。

 僕の主体は杭じゃなくてソウマ・グンダリなんだよなあー。

 

「杭打ちじゃないところを見てくれる人にこそ、モテたいんだよねー」

「相変わらず拗らせてるなあソウマくん」

「拗らせすぎだろソウマくん」

「拗らせまくってるでござるなーソウマ殿」

「サクラさん!?」

 

 まさかの大人まで! 僕は拗らせてませんー!

 真実の愛を求める求道者になんて言い草だろう、泣いちゃうぞー? 猛然と抗議する僕に、けれどサクラさんは笑って言うのだった。

 

「まあ、伝え聞いている話から考えればなんとなく、ソウマ殿の想いも分かるでござるよ……とはいえ先達として言わせてもらえば、杭打ちとて貴殿の一部に過ぎぬでござる」

「一部……?」

「杭打ちあってこそのソウマ殿ではない、ソウマ殿あっての杭打ちなのでござるよ。貴殿がそう思えない理由ももちろん理解するでござるが……もう少し、己を肯定的に捉えても良いのではないかと拙者は思うでござるよ」

「は、はあ」

 

 なんかサクラさん、マジで詳しいところまで話を聞いてるんだなー。グレイタス夫妻からだけじゃないでしょ、しかも。

 明らかにあの人達から聞いた話だけでは僕について、そういう解釈はできないし。パーティーの中核メンバー……僕を除いた七人の冒険者の何人かとも話をしてそうだ。

 

「なんでしたっけ、あの死ぬほどダサい名前……れ、レジェー、レジェジェ?」

「…………"レジェンダリーセブン"でござるなー。今や知らぬ者のいない英雄、伝説のパーティーの中核を担った冒険者七人衆。その総称をしてダサいなど、さすが杭打ち殿は言うことが違うでござる」

「あ、それだ。あの人らの誰かとも話をしてたりしますよね、サクラさん」

「いかにも。具体的に誰かについてはソウマ殿には話すなと、口止めされてるので言えぬでござるが」

 

 レジェンダリーセブンって。いやダサいよ、心底ダサい。

 かつてパーティー内でも特に仲良しだったあの人達がまとめてそんな呼ばれ方してるのがなんとも笑えて、僕はつい口元をニヤニヤさせてしまうのだった。




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大チャンス?だよー!

 結局サクラさんは今回、先日の件の謝罪と僕への挨拶をしに、わざわざ部室にまで来てくださったみたいだった。

 まだ他にも話したいことはあるでござるけどー、と言いながらも立ち上がる彼女を、僕はキョトンと見上げた。

 

「急に乗り込んできてあれこれ矢継ぎ早に話すのも不躾でござろ? また後日、こちらの部室か冒険者ギルドでお見かけしたときには他のことについても話すでござるよ」

「あ、はい。分かりました」

「ちなみに拙者はここの学校の生徒会の副顧問でもあるゆえ、そちらから会いに来てくださるならいつでも生徒会室を訪ねてくれるといいでござるよー」

「あ、いえ。それは止めときますー」

 

 生徒会室って生徒会長いるじゃん……僕の一度目の初恋の人じゃん……

 

 入学式で見た姿に即一目惚れした僕を、即オーランドくんと目の前で楽しげに話し始めたことで即失恋させるに至った何もかもが即時即殺なスピードスター生徒会長。

 割とマジで過去一の美女だったけど、だからこそ僕なんかが懸想するなんてそもそもおこがましい相手だったのだ。

 

 ちなみに生徒会長については、僕の他にも似たような感じで即一目惚れして即失恋した男子学生がわんさかいて今ではモテないくんグループとしてたまに慰労会をする仲だ。

 僕と同学年である以上、必然的にオーランドくんの被害者という仲間意識を持つ他ないからね!

 

 脳味噌を粉砕された仲間として強い絆で結ばれた集まりなものの、そもそもそんなことで集うなよって感じもみんな自覚しているため集まる頻度はそこまで高くはない。

 集まったところで辛気くさい話しかできないからねー……あっ涙出そう。

 

「急に目を潤ませてどうしたでござるか……え、拙者と離れるの嫌でござるの? ちょっと惚れっぽすぎやせぬでござる?」

「あ、いえこれはちがくて、でもサクラさん美人だしお付き合いしたい気持ちはあります!!」

「いや拙者特別講師でござるし。生徒とそういうのはちょっと……」

「ああああモラルの壁ええええ」

 

 ぐうの音も出ない! 人間はそういうの大事にするんだよねー、もう!

 はいはい11度目の失恋ですー! あー! あー! なんか叫びたいなー! あー!

 

「ほれ見たことかソウマくん! 言わんこっちゃない!」

「3日ぶり11回目、これはひどい……」

「ううううううううー! うえええええええー!!」

 

 ケルヴィンくんとセルシスくんが庇うようにひしと抱き着いてくるけどなんにも嬉しくないー!

 そして3日ぶりって言うなよジュリアちゃんのこと思い出して余計ダメージくらうだろー! うあー!!

 

 机に突っ伏して泣く僕と、僕を庇ってくれるけど夏だし密着するのは暑苦しいからやめてほしいケルヴィンくんとセルシスくん。

 馬鹿三人組としか言いようのない我ながら酷いものを披露してしまってるけど、サクラ先生は呆れたため息を吐きながらけれど、優しい声色でそんな僕らに声をかけてくれた。

 

「別に嫌いとは言ってないでござるよ、ソウマ殿」

「うえ……?」

「さっき言ったでごさるが拙者は講師でござるから、生徒とそういうのは無理でござる。ただ、今回についてはそういう理由なだけでソウマ殿個人についてはむしろ好感が持てると思ってるでござるよー」

「……うええ!?」

 

 ま、まさかのお言葉! そそそそれってつまり、立場的に駄目なだけでそれがなければ行けるってことー!?

 バッと身を起こしてサクラさんを見る。絶望から希望、あまりの移り変わりの速さに見るからに苦笑を浮かべている彼女は、不意に僕の頭に掌を載せてきた。

 小さい、けれど温かくて柔らかい掌。

 

「ソウマ殿について、いろいろな人から話を聞いてある程度、どういう状況にあるのか知っている拙者だからこそ言わせてもらうでござるが……お主はもっとたくさん、恋をするべきでござるよ」

「え、えぇ……?」

「実るにせよ実らぬにせよ、あるいは別の形に落ち着くにせよ。その経験がきっとソウマ殿を豊かにしてくれるでござる」

 

 僕のことを……ソウマ・グンダリという一個人を見て言ってくれているのが伝わってくる、とても優しい眼差し。

 オーランドくんやリンダ先輩にキレていたのと同じ目なのこれ? ってくらい柔らかな慈愛を湛えた瞳が、僕をまっすぐに捉える。

 

 恋をしなさい、実るかどうかはさておいて。

 そう告げる彼女はそして、いたずらげに笑って言うのだった。

 

「拙者は……そうさなあ。ソウマ殿がたくさんの経験を得て、たくさん素敵な思い出を得て。そうして素敵な学園生活を過ごしていくのを見守りたいでござるねー。お主の歩む、かけがえのないこの3年という青春を、でござるなー」

「え。って、てことはもし、素敵な学園生活ってのを過ごした上で僕が好きって言ったら……」

「ん……その時はしっかり受け止めて、考えさせてもらうでござるよ。生徒としてでなく、一人の人間として」

「…………!!」

 

 ふぉおおおおっ!! これっ、これは好感触なんじゃないかでござるよー!?

 まさかの条件達成までチャンス据え置き! これはまたとないアピールチャンスではないでしょうか!?

 

「ケルヴィンくん! セルシスくん! 青春を楽しめたら僕にも春が!!」

「ハハハ、良かったなソウマくん。これほどの美人がそうなるまでにフリーでいるとも思わないけどな」

「ははは、なんなら今この時点でも実はちゃんとパートナーの人がいて君をあしらってるだけの可能性だって大いにあるぞソウマくん」

「ああああどーしてそういうこと言うのおおおお!?」

 

 あしらわれているだけなんてそんなことは分かってるよー! ちょっとくらい夢見せろよー!!

 どこまでも現実を突き付けてくる悪友二人に、僕はやはりうがー! と叫ぶのだった!




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秘密基地だよー

 大チャンス、あるかもしれない! という大いなる希望を授けてくれたサクラさんはあれからすぐに部室を出て行って、僕らもまあそろそろ帰ろっかーということで帰路に着くことにした。

 ケルヴィンくんとセルシスくんはともかく、僕は家に帰った後はお仕事の時間だ。冒険者でもあるからね、平日でも夕方から夜にかけて冒険したりもするのだ。

 

 ちなみに平日は大体3日ほど使って、1日目はギルドで依頼を受けて終わり、2日目で現地に直行して依頼を遂行して家に直帰し、3日目にギルドに向かい報告して終わり、というパターンになりがちだ。

 報告後に続けて依頼を受ける形で、連続して依頼を受けることはしない。それをすると本気で僕の余暇がなくなるからね、僕だって学生生活の暇な部分は満喫したいし。

 

 週に2日ある休日のうち、1日は丸々冒険者として活動することも含めて考えると僕は概ね一週間のうち4日、冒険者として活動する日があって残り3日を学生として遊ぶ日を設けていることになる。

 すごくバランスが取れている感じがして今のところ大満足だ。入学前は休み無しで冒険者やってたからね、余暇があるって素晴らしいよー!

 

「ただいまー!」

 

 街の中心部近くにある学校から1時間ほど歩くと辿り着ける住宅区。その中でも端っこのほうに僕の家はある。

 豪勢なことに一軒家で、お風呂とお庭付きというリッチさ! もちろん元から僕の家ってわけでなくあくまで借家だけどね。

 僕の杭打機を拵えてくれた教授さんに、学生生活を始めるにあたって貸していただけたのだ。いくらなんでもスラムから通うのはやめといたほうがいいって、めちゃくちゃ心配してくれていた。ありがたいねー。

 

 さておき玄関の鍵を開けてそのまま中へ。リビングを通らず自室に行ってすぐ荷物を下ろし、学生服を脱いで上下黒の服に着替える。

 そして洗濯した上で室内干ししていた僕の、冒険者"杭打ち"としてのマントと帽子を手に取り身に纏えばー……はい完成! これで僕は今から杭打ちです。わーい。

 

「…………行くかぁ」

 

 服装によってテンション変わることってあると思うんだけど、まさに僕の場合はこのマントと帽子がそうだ。これらを身に着けることで精神的な切り替わりが起きて、学生から冒険者に気持ちがスッパリ変わるんだよね。

 具体的には口数が減る。すっごい減る。僕の正体を知っている人相手には変わらないんだけど、知らない人が近くにいると途端に無口になっちゃう。

 

 こうなったのもひとえに、正体がバレないようにって強く思っていたら自然とそうなっていた感じかなー。

 そうでなくとも昔の僕は、そもそも感情もなければ言葉の概念もなかったし、何より何かを話す誰かがどこにもいなかった。だからもしかしたらその頃の名残だったりするかもしれないねー。

 

 さて、そんなことはさておいて僕はお庭に出た。

 そこまで広いわけじゃないけど、夕暮れを呑気に涼むにはちょうどいい塩梅のサイズのそこには、鍵のかかった床扉が一枚、設置してある。

 解錠して開けると、人間一人が楽に入り込めるサイズで結構、っていうかめちゃくちゃ深い穴が空いていたりする。

 

 これは僕が空けたもので、潜ると僕専用の秘密基地と、そこから地下を通って旧くに使われていた地下道に出ることができる。さらにその道を進めばスラム街にある、使用されなくなった井戸の底に辿り着けるのだ。

 要するに杭打ちの姿をして家を出入りすると確実にバレるから、誰にも気取られないように外部に出ようと思って作ってみた隠しルートなわけだねー。

 

 このルートの実用性は結構ガチで、秘密基地なんて家のリビングにも負けないくらい住心地がいいほどだ。

 さらに元からあった地下道を経由するため、未だ試したことはないけどスラム以外のいろんな場所にも行けちゃうんじゃないかなー。

 とまあこんな感じで、冒険者"杭打ち"の拠点として素晴らしい場所なのだ。

 

「よいしょー」

 

 というわけで早速行きましょうかねー。僕は底知れない深さの穴へと入る。

 入口付近にのみ短い梯子が取り付けてあるのでそれを頼りに中に入り、扉を閉めて鍵を閉める。万一誰か、敷地内に入ってきた人が間違って落ちちゃったら死ぬからね、怖い怖いー。

 しっかり施錠できたのを確認したらさあ出陣だ、僕は手を離し、重力に任せはるか穴の底にまで落ちていく。

 

 体感何秒くらいかな? まあ大した長さじゃないけど、それだけの時間をかけて下りた地下の底へと僕は無事に着地する。

 常人なら死ぬ高さだけれど、一応迷宮攻略法の中でも身体強化と重力制御に関する技術を体得している冒険者だったら全然余裕なはずだ。

 まあ、その辺の技術は攻略法の中でも相当難度の高い技術だし、身につけるだけで一苦労だろうけどねー。

 

「…………ヨシ」

 

 下りた先、真っ暗闇な部屋が広がる。ここでも迷宮攻略法の一つ、暗視に関する技術を身に着けとかないと光源を用意しなきゃいけなくなるから大変なのだ。

 当然体得してるからその辺はクリアしている僕は、問題なく室内を見回す。ソファベッド、保存食、へそくり、なんとなく気に入って買ったのはいいものの後からイマイチかもってなって地下送りにしたインテリア。

 

 そして……僕の相棒・杭打ちくん3号。

 家並みに重い鉄の塊をまさか家の中やらお庭にやら置いておくわけにもいかないので、大体いつもここに保管してあるのだ。

 

 うん……いつもの秘密基地だ。

 異変がないことを確認して、僕は満足して頷いた。




しばらく12時にも更新しますー
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トラブルだよー?

 地下に拵えた僕だけの秘密基地。そこに安置していた杭打ちくん3号を軽々と手に取って背負い、僕は早速地下道に出ることにした。

 基地には地上と行き来するための穴が一つと、地下道へ向かうための通路が一つきりある。どちらも僕が自力で作り上げた空間で、それぞれ創り上げるのに丸々一日がかりの、大変な作業だったのを思い出す。

 

 なんなら秘密基地に至っては広々した地下空間を形成するまでに一週間は費やしたからねー。例の教授とか知り合いっていうか、前いたパーティーの人も何人か駆り出しての、ほとんど工事みたいな様相だったよー。

 その結果近くにある地下道と直結する形に収まったことについてはみんな大喜びで、ぜひ探検させろと言ってくる始末だ。

 

 一応僕が内部の安全をある程度確保してからにしようって言ったことで、ひとまず落ち着いてはいるものの……早晩サクッと一通り調査しないと、我先にとここから愉快な人達が迷宮都市の地下道に侵入することになるんだろうなー。

 

「さて……」

 

 言いながら部屋を出て地下道へ。僕が大雑把に掘った道を歩くと数分して辿り着けるそこは、ひどく暗くてジメッとしていて、何より廃れている広い空間だ。

 虫だの蝙蝠だの鼠だのがわんさといるけど、迷宮攻略法の一つである威嚇を使って軒並み退避させると平穏な光景だ。水路だったと思しき中央のへこみに左右の歩道が、延々と続きつつ要所で枝分かれを繰り返している。

 

 まあ見ての通りでおそらく、旧下水道とかそんな感じの空間なんだろう。打ち捨てられた看板とかに、どことなくそれっぽいことも書いてあるし。

 この町もなんだかんだ数百年の歴史があるそうだからねー。基本的に迷宮のお陰で寂れたことはないにせよ、いろいろあってなかったこと扱いにしたものごとの数は多く、また証拠を隠滅した形跡もそれなりにある。

 

 この地下道なんてまんま、何かあった末に管理運営を放棄されてるっぽい感じだし。数年前の僕と同じだね、仲間ー。

 そこはかとなく仲間意識を持ちつつも僕は道なりに歩く。スラム内の井戸まではこれまたそんなに遠くはなくて、精々歩いて一時間程度のところにあった。

 

 空高くにうっすら、地上の光が差し込む狭い井戸の底に這い出る。狭いよー、この狭さだけはちょっと不満だー。杭打機がゴリゴリ行っててギリギリだよー、狭いー。

 うんざりするような井戸の中身。でも構わずに僕はそこから、まっすぐ上に飛んだ。単なるジャンプだけど迷宮攻略法の一つ、身体強化を使用しているため僕はまるで、バネ仕掛けのおもちゃのように勢いよく、一気に地上まで跳んだのだ!

 

「────!」

 

 本来水が出るはずのところから人が出てくる。なんともおかしな話だけど、すでに涸れ井戸だからね。多少の滑稽さは堪忍してほしいところだよー。

 一息に井戸から飛び出て地上に降り立つ。いつも通り、スラムの中でも一際廃れて人も大して寄り付かない正真正銘の廃墟だ。周辺の索敵も同時に行い、生き物がいないことも確認。

 

 ん、よし。

 無事に問題なく、自宅からスラムまでの移動完了ってわけだねー。

 ちなみに帰りもこの路を逆に進んで帰る。そうしないことには杭打機を秘密基地に戻せないし、何より正体がバレかねないし。多少面倒でも往復するのが、僕こと冒険者"杭打ち"の通勤退勤ルートであった。

 

「行くかぁ」

 

 一言呟いて僕は、スラムを後にしてギルドへと向かう。ここからだとそう遠くないところにある冒険者ギルドは、ぼちぼち日も暮れゆく夏の夕暮れともなると賑わってるんだろうなあ。

 こないだみたくまた、オーランドくん達と鉢合わせたりしなければいいんだけれどね。ああでも、もしかしたらサクラさんとまたお会いできるかも。

 運命かもしれない人だからねー。そのくらいの奇跡は期待してもいいのかもしれないねー。

 

 スラムを抜けて市街地へ。そしてそこから町の中央部近く、誰が見ても分かるように"冒険者ギルド"と銘打ってある大きな看板を掲げた施設を目指して進む。

 今日はなんの依頼があるかなー。また来ないかな、ゴールドドラゴンの討伐依頼とか。遂行しつつ、ついでにヤミくんとヒカリちゃんがいた地下86階層を再度、くまなく調査できるのにねー。

 

「……ん? なんかしてる?」

 

 と、ギルドに近付くにつれて様子がおかしくなっていってるのを感じる。空気がなんか、ピリついてる? 喧嘩かな?

 荒くれの多い冒険者達のお膝元でやらかすなんて、大したやんちゃさん達もいたもんだなと感心しちゃうよ。最悪ギルド長が出張ってきたら半殺しにされるのに、よくやるよー。

 

『──これは命令だっ! そちらの双子を寄越せ、冒険者ども!!』

『──うるせえっ! てめえらなんぞにこの子達を渡せるもんかよ!!』

 

 なんならそこそこ距離のあるここからでも、揉め事の様子が耳に入ってくる。けどー……なんか、聞き覚えのある声?

 なんか嫌な予感がする。双子を寄越せと要求する、冒険者じゃない人? それに抗う聞き覚えのある男の人の声?

 

 次の角を曲がれば冒険者ギルドだ。でもなんだろう、あんまり曲がりたくない。

 でも依頼も受けたいから仕方なし、大人しく角を曲がる。ことは冒険者ギルドの中で起きているようで中から怒声の応酬が聞こえてくるし、追い出されたのか大勢の冒険者達が屯している。

 

 何より、遠くからでも見えるギルドの中に、いたのは。

 

「レオンくん達……と、ヤミくんヒカリちゃん。それに、騎士団かぁ……」

 

 先日ご縁のあった少年少女新米冒険者パーティーの面々と、超古代文明の生き残りらしい双子の兄妹。

 そして彼らに相対するように並ぶ、エウリデ連合王国が誇る騎士団連中の姿だった。




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騎士団(笑)だよー

 エウリデ連合王国騎士団。エウリデ連合王国の武威を一手に担う、国最強の戦力……ってことになっている人達だ。

 白銀の鎧に剣、盾が夕暮れにも眩しい、威風堂々たる姿はたしかに国を代表するにふさわしい姿かもしれないね。姿だけは。

 

 でも実際の中身はといえばここ数年はなんともはや残念なもので、一言でいうとお貴族様のボンボンによる部活動みたいなものになっちゃってたりする。

 騎士団長とか一部の古株を除けば、迷宮攻略法を少しも体得してない冒険者達とドッコイという残念なレベルの集団だもの。例外である騎士団長なんかは、それこそSランク冒険者並に強いから組織内の実力の差がすごすぎるねー。

 

 で、そんな哀しい実情なのにボンボンさん達なもんだからそんなことにも気づかず、今みたいに市民に対してひたすら傲慢に振る舞うから好感度も低いという始末。

 もう君たち何が取り柄なんだよ~って言いたくなる集団、それが栄えあるエウリデ連合王国騎士団なのでした。

 

「その双子は、はるかな太古に失われた超古代文明の生き証人だ! ゆえ、国の所有物として研究機関に持ち帰り研究と実験の対象とする!」

「っざけんな!! 所有物だと、持ち帰るだと! この子達は物じゃねえ!」

「それに研究に実験!? 冗談じゃないわよ、この子達をどうする気!?」

「冒険者風情が気にすることか! いいから渡せ蛮族どもが、国に楯突くか!!」

「……………………」

 

 うわー、めっちゃバチバチしてるー。

 相変わらずなんのつもり? って言いたくなるくらい態度の終わってる騎士団のボンボン達に、ブチギレちゃって吼えに吼えるレオンくんとノノさん。

 マナちゃんに抱きしめられて庇われているヤミくんヒカリちゃんは可哀想に、身を寄せ合って震えて怯えている。レオン君も言ってたけど物扱いとか研究だの実験とか、そんなの言われたら無理もないよねー。

 

「引っ込めボンボンども! ここは迷宮都市だ、冒険者の町だぞコラァ!!」

「剣もまともに使えねーガキどもが、国の威を借りて粋がってんじゃねー!!」

「それにそこのレオンは貴族だぞおい! てめーら貴族でも冒険者だったら蛮族ってのか!? あぁっ!?」

「……………………」

 

 うーん蛮族。屯する冒険者達も冒険者達で、ヒートアップしてめちゃくちゃ喧嘩売ってる。

 でもたしかに、迷宮都市は冒険者の町だ。治安維持とかインフラ維持だって冒険者が行ってるし、騎士団なんてやる気のない駐在──でも騎士に珍しく人柄はトコトン良いから、冒険者達のみんなも愛してやまない名物騎士だ──が一人、たまに町中をうろついてるくらいかな。

 

 そんなだからこんな時にばかりノコノコやってきて好き勝手なことを言う騎士団なんて、そりゃー好かれる要素ないもんね。

 あとレオンくんの件については僕も同感だ。彼、名前からして貴族なのに蛮族扱いしちゃっていいんだろうかね、ボンボンくん達?

 にわかに気にしていると、騎士の集団の先頭、一際背丈の高い金髪のお坊ちゃんがあからさまな嘲笑を浮かべて言い放った。

 

「関係あるものか! 騎士団に逆らった時点で国の敵、反逆者だ!!」

「いい機会だ、貴様ら全員引っ捕らえて立場の違いを分からせてやろう! 無論、そこの古代民どもはこちらで持ち帰る!」

「んだテメェら! やるってかコラァ!!」

「上等だ偉そうにしやがって、国がどーしたこっちは冒険者だぞオラァァ!!」

「……………………」

 

 あー、これヤバいね、乱闘になるわー。

 極端な物言いをした騎士団ももちろんアレだけど、それを受けて真っ向から国相手に喧嘩するのも辞さない冒険者達も冒険者達だよー。

 

 一触即発の空気。こんなところで騎士団と冒険者がぶつかったら、まあ普通に冒険者が勝つだろうけど周辺被害が大変なことになる。何より国に対してマジで喧嘩を売ることになるのでややこしいことになっちゃうし。

 そうなると最終的に困るのは冒険者達、ひいては僕だ。エウリデって国も騎士団のお坊っちゃま達も心底どうでもいいけれど、さすがに割って入ったほうがいいかもねー。

 

「や、ヤミ……!」

「大丈夫。大丈夫だよ、ヒカリ……!」

「……………………!!」

 

 それに何より。

 あんなに健気で優しい双子に、寄る辺なく不安にしているだけの兄妹に。所有物として持ち帰るだの研究だの実験だの……

 

 絶対にかけていい言葉じゃないんだよね! 騎士団どもはさあ!!

 僕は、怒りに任せて腕を大きく振りかぶった!!

 

「舐めるなっ粗忽者どもっ!! 総員、かか────」

「────ッ!!」

 

 いよいよ衝突が始まりかけた瞬間、僕は行動に打って出た。ギルド前に群がる冒険者達の、少し後方に立って杭打ちくん3号を思い切り、地面に向けてぶっ放したのだ!

 

 ズドーン! どころじゃない。

 ズドォォォォォォンッ!! って轟音が響き渡り、局地的に大地さえ揺るぐ衝撃が一帯に広がる。本気で打ち込むと真面目にいろいろ大変な被害になるからある程度抑えたけれど、バッチシいい感じに音と振動を引き起こせたみたいだ。

 

「なっ……なんだぁっ!?」

「へぁあっ!? ……うおっ、杭打ちぃっ!?」

 

 突然の事態に騎士団連中も冒険者達もみな、体勢を崩してその場に伏せる。よーしよし、これでひとまず衝突は回避だよー。

 とっさに後ろを振り向いた何人かの冒険者が、僕に気づいて声を上げた。それに従うように段々、みんながこちらを見てくる。

 いやだなーこの注目感。どうせなら道行く学生の女の子達に見られたいなー。

 

「く、杭打ち!? 今のお前か!!」

「………………」

「……っ!? おい、みんな道開けろ! 杭打ちがキレてる、やべーぞ!」

  

 僕の様子に気づいた冒険者が大声で叫び、蜘蛛の子を散らすようにみんなが離れていく。

 たぶん、昔の僕を知っている人による叫びだろう。何人か顔を真っ青にして逃げ出していくしね。

 

 まあ、つまりはそういうことで。

 今しがたのボンボン達の物言いに、僕もそれなりに怒っているということでした。




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殺す気でいくよー

 ギルドに足を踏み入れる。凍り付いたように動かない一同を見回して、僕は両者のちょうど中間の位置に立ち止まった。

 僕が結構怒ってるのはみんなもう、分かってしまっているんだろう。自然と漏れ出る威圧が、騎士団にしろ冒険者にしろ周囲の人間を竦ませちゃってるしね。

 

「く、杭打ち……」

「杭打ちさん……!」

「……」

 

 レオンくんとヤミくんが僕の名を呼ぶ。それだけで少し、ささくれた気分が晴れる気がする。

 心無い言葉と権力に晒され、それでも一緒にいようとしたヤミくんとヒカリちゃん。兄妹を護ろうと、真っ向から騎士団と対峙したレオンくん達。

 どっちも本当に偉いと思う。僕は心から尊敬して、彼らに深く頷いた……そして騎士団に視線を向ける。

 

「く、う……杭打ちだと……!?」

「スラムの生ゴミ、国の恥部……!!」

「……………………」

 

 ひどくない? そこまで言うことなくない?

 またしても気分がささくれ立つのを感じる。この人達、日頃剣術じゃなくて悪口の練習でもしてるの? 結構やるじゃん泣きそう。

 

 騎士団員ってさっきも言ったけど大体貴族のお子ちゃま連中だし、スラムに住む人間なんて雑草以下くらいにしか思ってないやつらばかりだ。

 ましてや僕なんて、元いたパーティーの絡みもあるから貴族からのウケはまあまあ悪いし余計、気に入らないのかもしれないねー。

 

「おのれ、底辺が我らに盾突きやがって……!!」

「怯むな、総員! こいつは国の敵だ、犯罪者だっ! 捕らえろ、殺せ、八つ裂きにして貴族の威信を示せぇっ!!」

「…………」

 

 物騒すぎるー……どっちが蛮族なんですかね? と言いたくなるほどのえげつない物言い。八つ裂きなんて言葉、本当に使う人いたんだなーと変な感心さえ覚えてしまう。

 

 にしても、本当に低劣というか質が悪いなー今の騎士団……パワーバランス的に冒険者が強すぎて他が空気な土地柄なのもあるけど、それにしたってこれは酷い。

 国営山賊なんて言われてるのも伊達じゃないねー。

 

 さておき、この期に及んでやるってんなら僕も容赦は……容赦はする。殺すのはさすがにやばいし。

 でも半殺し程度にはするよ。国とことを構えるのは極力避けたかったけどこうなったらもう仕方ない、逆に行けるところまで行こうじゃないか!

 そう考え、杭打機を構える!

 

「…………!!」

「総員、突げ────」

「────止まれ。新米共、一体何をしている」

 

 騎士団の連中、大体10名くらいが抜剣してくるのを、さあ来い片っ端から顔面グッチャグチャにしてやると意気込んで鉄塊を振り上げる僕。

 そんな時だった。2階に上がる階段から一人、女騎士が降りてきた。金色の鎧を身に纏った、青い髪を後ろに結った凛とした印象の美人だ。鋭い目つきが、今は絶対零度の凍てつきを湛えている。

 

 ぶっちゃけ知り合いだけど、今気軽に片手を挙げてヤッホーとか言える空気でもノリでもテンションでもない。

 むしろ下手するとこの状況、戦わなきゃいけないかもしれないのだ。うへー、他はともかくこの人だけは骨が折れるよー。

 

 彼女──エウリデ連合王国騎士団団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿に、部下だろう団員達が次々と助けを求めて叫んだ。

 

「団長!!」

「おお、団長! 見て下さいこの冒険者どもめ、我らの任務遂行を邪魔せんと、卑劣極まる妨害の数々を!!」

「貴族の恥に平民ども! 挙げ句にスラムのゴミまでもが、我らがエウリデ連合王国に楯突いているのです!」

「指示を! 奴ら図に乗った俗物共を殺し尽くし貴族の威光を示す許可をください、団長!」

「…………」

 

 えぇ……? どっちかっていうと卑劣な物言いしたのはそちらさん達のほうなんですが……?

 あまりにカスい言い分に、僕はもちろんレオンくん達はおろか、外で様子を見ていた冒険者達も中にいるリリーさんはじめスタッフさん達もドン引きしてボンボン達を見ている。

 

 そんなことあるんだ? 自分達から仕掛けておいて、まるで一方的な被害者みたいに振る舞って……すごい面の皮だ、逆にすごいよー。

 怒りとか呆れとかぶっちぎちゃって、もうすっかり一同ポカーンって感じ。親の顔が見てみたいってこういう時に使うのかな、どうせろくでなしの貴族が雁首揃えるんだろうし見たくもないけどさー。

 

 で、助けを求められた団長ことシミラ卿はどうするんだろう? 一応部下だろうし、このまま加勢してくるかな?

 そうなったら悪いけど僕も加減してられないや、本気で殺すつもりでやらせてもらうよー。もちろん部下どももまとめてね。

 

 でもその前に、レオンくん達やギルドスタッフさん達には退去してもらわないと。

 僕は周囲を見回し、みんなに話しかける。

 

「…………みんな、逃げて」

「く、杭打ち?」

「杭打ちさん?!」

「……彼女と戦うとなると、どうしても規模が派手になる。この建物から出て。早く」

「!! よ、よっしゃみんな、今のうちだぜ! 逃げろ逃げろ!!」

 

 僕の口振りからヤバい相手だと察してくれた、レオンくんは本当は判断力あるんだねと驚く。それでなんで好奇心に負けて地下86階層まで降りちゃったの? 不思議ー。

 ともあれリリーさんも施設内にいる全員に呼びかけ、この場を僕と騎士団どもだけにするへく脱出しようと動き出す。

 

 そーそーそれでいいよー。本気でやるから悪いけどこの建物は今日を限りでオシャカだけれど、無関係の人を巻き込むわけにはいかないからねー。

 そういえば上の階にギルド長いるのかな……いるだろうな。あの人は別にいいか、殺しても死にそうにないし。

 

「双子が逃げるぞ!」

「ちいっ! 逃がすものか、──!?」

「……ここから先は通さない。一歩も、一秒も」

 

 この期に及んで兄妹を狙おうと、逃げる彼らに追手を差し向けようとするのを僕は視線で牽制した。迷宮攻略法の一つである、物理的圧迫感さえ伴う特殊な威圧を込めての睨みつけだ。

 君ら、僕をどうにかできないうちは絶対に彼らを追えないんだよ。追いたいなら先に、僕をどうにかするといい。

 

 できるものならね。

 騎士団どもに、僕は告げる。

 

「全員、ここで死ぬつもりでいて……」

「何を……!!」

「…………殺すつもりでいくって言ってる」

 

 今も昔も僕がそう宣言したからには、お前らはもう殺されるつもりでいるしかないんだよ。

 杭打ちくんを構えて、僕は敵に向けて歩き出す──

 

「────待て、杭打ち。お前に暴れられては困る、話し合いでどうにかできないか」

 

 ──つもりでいたんだけれど。

 階段を降りてきてこちらにやってきた、シミラ卿に止められて、僕は彼女の美しいお顔に視線を向けた。




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騎士団長だよー

「久し振りだな、杭打ち。一年ぶりか、大きくなった」

「…………」

 

 えぇ……? この状況でそれを言うの、シミラ卿……?

 話し合いを提案してきたかと思えば唐突に、親しげに片手を挙げて挨拶してきたエウリデ連合王国騎士団長様に僕も騎士団員のボンクラどもも唖然としている。

 

 今まさに僕達、殺し合いしようとしてたよねー?

 少なくとも超古代文明から来た双子ちゃん達をつけ狙うボンボンどもはそのつもりだったし、僕もシミラ卿が来たってんならやむ無しのつもりで杭打機を構えていたんだけれど。

 すべてはシミラ卿の出方次第という場面で、しかし彼女はすっとぼけたことを言い出しているというのが今この時だった。

 

「相変わらず元気そうに杭打ちくんを振るっているな。かつては剣を握ってこそお前の美しい天賦の才能は煌めくと思い込んでいたが、やはり5年もするとその姿が馴染んでしまうものだ……わたしももう23歳、光陰とは正しく矢の如しなのだな」

「…………」

「そう言えば聞いたぞ、教授の支援を受けて独り立ちしたそうだな。水くさいやつだ、言ってくれれば借家と言わずお前のための家を用意、いやむしろ我がワルンフォルース家に迎え入れたというものを。お前は弟のようなものなのだ、思う存分に甘え倒してくれればよかったというのに……姉として寂しいぞ。ああ寂しいとも」

「……………………」

 

 シミラ卿、いつから僕のお姉ちゃんになったんだろ? どっちかって言うと今なら恋人になって欲しいかなって僕はげふんげふん。今それどころじゃないよー。

 成り行きのすべてを無視した、私事を延々無表情で喋り倒す彼女。でもうっすら額に汗が滲んでいるのを僕は見逃さない……この人、緊張してるね。

 

 争い事を回避するために、せめて僕から殺意を取り除くためにあえて道化じみた振る舞いをしているのか。

 この分だと彼女には僕と、本気で殺り合う気はなさそうだ。もっとも、だからと言って気を抜くと次の瞬間、ノータイムで致命打を放ってくる危険性は常にあるのが実力派って呼ばれる連中なんだけれどね。

 

 そんな涙ぐましい団長殿の努力を、敵側の僕は理解できたのに味方側の団員は理解してあげられなかったみたいだ。

 今のやり取りを聞き、みんなして顔真っ赤にしてシミラ卿に詰め寄っている。

 

「だ、団長!? おかしなことを、そのような輩に何を!?」

「乱心されたのですか、ワルンフォルース団長!!」

「そこなスラムの生ゴミとかくも親しげに! これは国に対する重大な背信行為ですぞ、シミラ・サクレード・ワルンフォルースッ!!」

 

 わあ、騎士団長を呼び捨てー。増長しきった成れの果て、みたいなみっともない姿に笑いも出ないや、ウケるー。

 上下関係とかも結局、この連中にとってはごっこ遊びの一環とかなのかもしれないね。

 昔、先代の騎士団長が騎士団は一糸乱れぬ統率と連携と忠誠こそが最大の武器であるとかなんとか仰ってたけど……はははー、いつの間に、どこで武器を落っことして来ちゃったのかなー?

 

 呆れた姿に、遠巻きに眺めている冒険者達もドン引きだ。

 冒険者も大概反骨的だし、そもそもギルドからして偉いやつに噛みついてこその冒険者だろがい! って反権力的なスタンスを持っている有様なんだけど、そんな彼らから見てさえ、ボンボン達の醜態は酒の肴にもならないらしかった。

 

 そんな見苦しい連中に、シミラ卿は冷たい一瞥を一つくれた。絶対零度の視線が、人によってはご褒美になると昔聞いたことがある。世の中って広いね。

 っていうかこれ、彼女キレてますねー。静かに両手が強く握られるのを目敏い僕は逃さず見つけた。マジ切れまで秒読みだ。

 

「──ああ、心は乱れているな。主に貴様らのせいで」

「だんちょ、ヴッ!?」

 

 静かにつぶやく彼女が、何を言っているのかと先頭の男が顔を寄せる──瞬間、拳がその顔面にめり込んだ。裏拳だ。

 シミラ卿の握り拳が思いっきり叩き込まれたのだ。鼻血を吹き出しながら吹き飛んでいくボンボンくん。死ぬどころか跡を遺すような威力ですらないあたり、相当手加減してるみたいだねー。

 

「ごえが、ぐばぁっ──!?」

「じ、ジーン!?」

「何をする、ワルンフォルース!!」

「貴様らこそ何をしている、クズども」

 

 急に振るわれた圧倒手に暴力。涼しい顔して一人の男の顔面を破壊し尽くしたシミラ卿に、団員達は恐れ慄きながらもいよいよ、彼女に対する怒りを隠さず叫んだ。

 だけどそれに対して彼女の、透き通るような凛とした声が投げかけられて場の空気が一段と冷えた。

 

 迷宮攻略法の一つ、声による威圧か。対策してない騎士団員達には為す術もない。

 恐怖に固まる狼藉者達へ、団長の静かな叱責が飛んだ。

 

「誰が無理くりに双子を連れ帰れと指示した。誰が冒険者達とことを構えろなどと言った。挙げ句に杭打ちに虐殺される一歩手前まで至るなど」

「そ、それは! しかし持ち帰ればそれが一番、手っ取り早いと」

「勝手な判断で動き、招いたのが冒険者との抗争か。ギルド長との会談に臨む私に付き従うだけの簡単な任務も貴様らはこなせない、と。恥ずかしい貴族もいたものだな」

 

 なるほどー、元々はシミラ卿がギルド長とお話するためにこの町に来ていて、こいつらはその従者として同行してきたってことかー。

 それだけのこともこなせず、暴走した挙げ句こんなことしてたらそりゃー怒られるし殴られるよねー。今もなんか、か細い抗弁をしているけれど……正直、貴族としても騎士としてもダメダメだよーこの人達。

 

「き、貴様……我々をどこの家の者だと……!」

「たとえ王族だろうが騎士ならば騎士らしく振る舞え、それができなければ消え失せろ。貴様らガキどもに……騎士たる資格はない」

 

 終いには自分達の家柄にまで縋ろうと口を開いた、騎士団ごっこのお坊っちゃま方。

 あーあ、そういうのシミラ卿が一番嫌うのに。やっちゃったねー。

 

 思わず目を覆いたくなる戯言を、騎士もどきの一人が言った直後。

 シミラ卿はその男の顔にも、極力加減した力加減と速度でだけど、拳を突き立てていた。




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粛清だよー(怯)

 次々振るわれる拳。向かう先は騎士ですらない、鎧を着たボンボン達の顔面だ。

 それなりに整っているのからあんまり……って感じのまで、等しく顔に一発ずつ叩き込まれて殴り飛ばされていく。本気でやってたら今頃首無し死体の山なので、精々派手にぶっ飛んで人によっては鼻血を流している程度で済んでるのはすごい優しいと思うよ、実際。

 

「……だから、貴族のガキどもを入れるのは嫌だったんだ」

「ぐぇぁばっ!」

「……我儘で、傲慢で、他者へのいたわり一つ持たない甘やかされきった精神的養豚で」

「ごぶぁぁっ!?」

「……自分達をまるで神が何かと勘違いした愚か者ども。こんな連中を育てた親の世代も、そいつらを育てた祖父母の世代も」

「うぎょえぇぇぇあっ!!」

 

 ひ、ひどい光景だー。完全に粛清の場と化してしまった、シミラ卿による単純暴力が振るわれてぶっ飛ばされていく騎士団達を見る。

 新人らしいけど目に余る暴走っぷりだ、こうなるのもある程度は仕方ないんだけどねー……王城だか拠点だかに帰ってからやってくれないかなぁ。

 

 殴り飛ばす度、鼻血が点々とギルドの中に散らばって非常に見苦しいことになっていくもの。これ、清掃するスタッフさんによってはショックでトラウマになっちゃうんじゃないかなー。

 リリーさんとかあれで案外、荒事に弱い可愛いところとかあるからね。付き合いたいー。

 

 まあそれはともかく、無表情で淡々と騎士団の新米を殴っていくシミラ卿もシミラ卿でちょっと怖い。

 なんかストレス溜まってる感じなんだろうか、さっきからブツブツ言ってるし。どうにも情緒不安定になってるっぽいよー?

 

 怖いよー。もう帰りたいよー。レオンくん達は逃げられたんだし、結果として僕を蚊帳の外にして目の前で粛清が行われてるし、僕ももういいよねー?

 どうせ後でまた国が喧嘩売ってくるだろうけど、それはそれとして今日はもう帰りたい。依頼を受けるだけの話がとんだことになっちゃったよー。まあ、ヤミくんヒカリちゃんを助けるためなら何百回でも同じことをすると思うけど。

 

 こっそり後退りする。タイミングを見て逃げられるよう、力を溜めておこう。昔ならいざしらず、今のシミラ卿相手に逃げ切れるかは不明だけど。

 機を伺っている僕に構わず、なおもブツブツ言いながらシミラ卿は、最後のボンボンを殴り飛ばそうとしていた。

 

「全員。全員が糞だ。こんな奴らを騎士団に入れさせたやつらも、断りきれなかった私も、国も王も貴族も何もかも……糞ったれどもの掃き溜めだ」

「や、止め、やめてくださ──!?」

「私が信じていた国も、騎士団もとうに喪われた。3年前、あのパーティーが伝説となった時に。ああ、なのになぜ私はそれに気づかず意気揚々と騎士団長になどなってしまったのか──なあ、杭打ち」

「!?」

 

 なんか全員殴り飛ばして気絶させた後、急に僕を名指ししてきたもんだから反射的にビクついちゃった。超怖いよーこの人ー!

 

 3年前、僕が元いたパーティーが解散したのを切欠にこの人は騎士団長に就任したわけだけど……何か悩みでもあるのか、今ではそのことを後悔しているみたいだね。

 それはまあ大変ですねお気の毒ですーって感じですけど、そこでなんで僕を呼ぶの? 勘弁してよ巻き込まないでー、マントと帽子の下では僕、ずっとドン引きしてるんですよー。

 

「お前も3年前はこんな気持ちだったのか? すべてを奪われ尊厳を踏み躙られて、どうしようもない虚無を抱えてそれでも今、そうして立ち直っているのか? ……どうしてそんなに、強くあれるんだ?」

「…………いや、僕は」

「言わなくていい、みなまで言うな。そうだった、お前は強い子だ。凄惨な生まれ育ちをしてもなお、感情を持つ機会さえ与えられなくともなお、お前は清らかで優しい心を持ち続けた。そんなお前だからこそ、再起ができたのだろうな」

「あの…………」

「私は……私にはできそうもない。少なくとももう、騎士団長としては無理だ。一縷の望みをかけて今回、こいつらを教育しようと連れてきたが結果的に吹っ切れたよ。ありがとう、杭打ち」

「………………………………」

 

 人の話を聞いてよー! そしてさり気なく僕のお陰でこの蛮行に至れたみたいに言わないでよ、罪の擦り付けだよそれはー!!

 

 何やら共感を求めてきている? のだけれど、そもそも僕はシミラ卿の言う虚無なんてものを抱いた覚えはない。

 奪われたとか踏み躙られたとかなんの話ってなものだし、なんなら勝手に挫折してそこから這い上がったみたいな扱いをされてることにこそ若干ショックを受けてるんですけど。

 

 挙げ句になんか吹っ切れたみたいに言ってくるんだから何をどう言えば良いのやら。なんかすごいアレな方向に吹っ切れちゃってそうな予感がヒシヒシとするんだけど、これ僕にも飛び火しないかなー。

 というか頼むから、ここまでやっといて自分の中で何やら満足したように自己解決するよやめてよー。事情がさっぱり分からなくて困るよー。

 

「双子についてはギルド長と連携が取れた。基本的にはギルド預かりで面倒を見つつ、時折国からの調査員が聞き取りや聴取などを行う形になる。間違っても今回のような手荒な真似はしないしさせない。それなら杭打ち、お前も杭を引き下げてくれるか?」

「……………………」

「無論今回の馬鹿どもの狼藉による被害、損害の賠償は行う。後日また、ギルド長と話を付けなければな……ああ、追加でコイツらを蹴りたくなってきた」

 

 ため息混じりに説明するシミラ卿。本当に心労すごそうだなー……宮仕えなんてするもんじゃないね、心がいくつあったって足りやしない。

 でもまあ、ヤミくんヒカリちゃんをなるべく、尊重する形で動いてくれてたんだねこの人は。下が馬鹿すぎて傲慢すぎただけで。

 

 かつては仲間だったこの人まで、人を人とも思わない輩になっちゃったのかなーって思ってちょっと悲しい思いをしそうだったけど、そうでもなくてよかったー。

 僕は満足して頷き、そっと杭打ちくん3号を下ろした。




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冒険者の絆だよー

 騎士団長によるまさかの団員粛清により、平穏と平和が取り戻されたギルド内。急ぎスタッフ達も戻ってきて、ものの見事にノされた団員達を簀巻きにして外に蹴り出すところまで含めての業務復帰活動が行われていた。

 同時に屯してた冒険者達も帰ってきたし、レオンくん達やヤミくん、ヒカリちゃんも嵐が過ぎ去ったのを見てか、またやって来る。

 完全にいつも通り、とは行かないけどどうにか元通りになれそうな塩梅だね。

 

「改めてヤミさん、ヒカリさん両名および冒険者の皆様。ならびにギルドスタッフの方々に至るまで、この度は騎士団の新米騎士共が大変なことをした。心よりお詫び申し上げる」

「え、えーと?」

「は、はあ……」

 

 騎士団員達の溢した鼻血やらをモップ掛けするスタッフさん達や、すっかり元通りで酒なんか飲み交わそうとしている冒険者達を前に大きな声でシミラ卿はそう言い、一連の事件について謝罪した。

 騎士団長という、連合王国を代表する存在の一角とも言える方からの謝罪は……事実上、国が謝罪したにも匹敵するインパクトがあるねー。

 呆気に取られた冒険者達が、しかし次第に囃し立て始めた。

 

「お、おう……まったく、ペーペーの躾くらいちゃんとしとけや、騎士団長様よお!!」

「返す言葉もない。奴らの処分は帰還後、厳正に行う」

「貴族ってだけで調子乗りやがって、あんたもどうせ心ん中じゃ同じように思ってんだろ、あぁ!?」

「そんなことはない、と言っても信じてもらえないことは承知している。申しわけない、としか言えない」

「こんだけやらかしといて謝罪だけで済まそうってかい! 賠償しろや賠償!」

「ギルドへの謝罪と賠償については後日、法に則って行う」

「誠意が見えないんだよ誠意が、分かってんのか!?」

「すまない。心よりお詫びする」

「……………………」

 

 うわー、こっちはこっちで即座に調子に乗ってるよ、冒険者の中でもろくでもない連中ばかりが。

 騎士団員も大概だったけど、こうなると冒険者も他所のこと言えないんだよねー。精々ちょっと酒呑んで管巻く時間が減っただけの連中が、一体何を謝罪と賠償させるんだか。

 

 シミラ卿はそうした野次の声にも粛々と答えていく。末端こそアレだけど、騎士団長はじめ騎士団のトップはまだまだこういう高潔な人がいてくれるから、どうにかギリギリ面目を保ててるところはあるよねー。

 そんな彼女になおも暴言を吐こうとする、自分達は見ているだけで何もしなかった連中。彼らにも、鉄槌が下されようとしていた。

 

「今ここですぐ! 土下座しろや!! なんなら服も──ぐぇぇっ!?」

「金持って来い、賠償し、ぐぎゃあっ!?」

「いい加減にしやがれ、糞ったれども!!」

 

 見苦しく聞き苦しい連中へと次々、黙って聞いていた他の冒険者達に殴り飛ばされていく。なんならシミラ卿がやったより苛烈で、壁や床に叩きつけられているのもいるね。

 やったのはベテラン冒険者、特にAランク付近の人達だ。この人達は長いことこの仕事してるから、シミラ卿のことも知ってるしね。

 

 かつては冒険者とともに迷宮最深部を目指していた、旧騎士団の最後の世代筆頭。

 シミラ・サクレード・ワルンフォルース卿は彼らにとって、未だに冒険仲間なのだ。そんな彼女を侮辱するなら、そりゃやる気もなく日がな一日酒を飲んでるだけのやつらなんて問答無用でボコるよねー。

 

「な、なに……しやがる……」

「シミラのお嬢はテメェの拳で落とし前つけてテメェの責任で頭ぁ下げた! だったら俺らの話はそれで終いなんだよ、グダグダ絡んでんじゃねえクズどもが!!」

「てめえら知ってんだろーが、お嬢は3年前のあのパーティーにいたんだよ!! "レジェンダリーセブン"でこそないが、それでも騎士で貴族なのに俺達とも酒を酌み交わした、親愛なる友人なんだぞ!!」

「大体、周りで見てただけの俺らに何が言える……この場で物申せるのはレオン達と、杭打ちだけだ」

 

 ……冒険者というのは、当たり前だけど命懸けのお仕事だ。

 大体の依頼が荒事だし、迷宮のどこかで何かをしてこいって感じのが多い。必然的にモンスターとも戦うし、そうなるとどうしても殺される人だって後を絶たないんだよね。

 世界最大級の迷宮を抱えるここ、迷宮都市の冒険者であるんならなおのことだ。

 

 そんな仕事だからか、僕らは"ともに命を懸けた"人に対してひどく重い友誼を抱く。

 立場や身分も関係なし、一緒に挑戦し一緒に冒険して一緒に死線を越えて……そして一緒に切り抜けたのなら、それはもう家族にも負けない絆を得たとする風潮があるんだ。

 それはレオンくん達みたいな新人さんでも変わりない。だからヤミくんヒカリちゃんを、身を挺してでも護ろうとしたわけだしね。

 

 ──そして。

 だからこそ、ベテラン冒険者達はシミラ卿だって赦すのだ。

 

「"大迷宮深層調査戦隊"──そこの杭打ちと同じで、シミラのお嬢も伝説の一員なんだよ。俺やお前らとは格が違うんだ」

 

 かつて迷宮最深部を目指し、騎士も冒険者も貴族も平民も、スラムの者でさえも関係なく世界中のエキスパートが集結したあのパーティーにシミラ卿が在籍していたことを、彼らは知っているから。

 それまでの歴史で20階層程度までしか開拓できなかった迷宮を、一気に88階層まで攻略し……迷宮攻略法という、冒険者全体の実力を底上げした技術体系を編み出した。そんな伝説的なパーティーに彼女がいたことを、彼らは覚えているから。

 

 そんなシミラ卿を、彼らは心から尊敬しているから赦すんだねー。




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父性が湧くよー

 大迷宮深層調査戦隊の元メンバーだったシミラ卿への擁護はその後も続き、結果として馬鹿みたいな野次を飛ばしていた冒険者達は、そそくさと逃げ帰ることになった。

 まあ、彼らもお調子乗りなだけで極端なワルってわけでもないし。また明日にでもやってきて、いつもの通りダラダラ酒を呑んで管を巻くんだろう。そしてそれを、殴り飛ばした側の冒険者達も受け入れるのだ。

 遺恨は残さない。これもまた、冒険者達の鉄則なんだよねー。

 

「庇っていただき感謝する……本当に、ありがとう。今回の件については追って報告するが、今回のところはこれにて失礼する。改めて、ご迷惑をおかけしました」

 

 そんな絆を重んじる冒険者達の姿に、シミラ卿もどこか目尻を光らせながら再度頭を下げ、叩き出されたボンボン共を馬車まで引きずって帰っていったのが印象的だ。

 随分精神的に疲れてるみたいだったけど、この後どうせ王城でボンボンを殴り倒したことでネチネチいびられるんだろう、大変だー。

 

「騎士団長なんて糞面倒な仕事さっさとやめて、お嬢も冒険者になりゃーいいんだよ。どうせ貴族なんざ私腹を肥やすことしか考えてないゴミ以下のクズばっかなんだし、そんな連中のためにあそこまでくたびれちまうことねーんだって」

「つーかお嬢があそこまで思い詰めた感じになるとか、何してくれてんだよスカタン政治屋どもは。調査戦隊にいた頃の自信家が見る影もねえじゃねーか」

「気の毒な話だぜ、なあ杭打ち」

「……………………………」

 

 酒を呑みながらシミラ卿に想いを馳せるベテラン冒険者に、僕も内心で頷く。近くでは当時を知らない若手冒険者達もいて、しきりに僕のほうを見て瞳を煌めかせながら先輩達の話に耳を傾けているね。

 察するにシミラ卿だけじゃなく、僕も同じパーティーにいたってのを耳にして、何やら思っていらっしゃるみたいだ。

 

 このことは冒険者"杭打ち"としてあまり、大っぴらにはしてなかった経歴だ。何せ周囲への影響力がかなり高くなっちゃう類の話だからね。

 変に大層な扱いをされるのもゴメンなのでそれなりに隠してきたわけだし、今回初めて知ったって人がいるのもおかしくはないんだけれど。

 

 あんまり大々的に拡散してほしくないというか、公的には僕だけはあのパーティーにそもそも参加してなかったことになってるから、吹聴するとお偉いさんがまたぞろちょっかい出してきそうで嫌なんだよねー。

 

 まあ、その辺のしがらみもベテラン達が説明してくれるだろうからそこまで心配はしてないけれど。

 それに政治家どもも、今さら僕相手に労力を割くなんてしたくないだろうしね。何せスラムの虫けらですからー。

 

「わ、ワルンフォルース騎士団長はともかく杭打ち。あ、あんたも調査戦隊の元メンバーだったんだな……」

「道理であんな、地下86階層なんて最深部を我が物顔でうろついてたわけだわ……」

「ピィィィ……も、もしかしてレジェンダリーセブンだったりしますかぁ……?」

「? ……………………」

 

 不意に声をかけられて振り向くと、レオンくん達やヤミくん、ヒカリちゃんも戻ってきて僕を見ていた。

 何やら唖然として僕の来歴、つまりシミラ卿同様に大迷宮深層調査戦隊のメンバーだというのが本当なのか聞いてきている。彼らもやはり、そこを気にするみたいだ。

 

 略して調査戦隊と呼ばれるその集団は、3年前に解散して以降、主要メンバーが世界中に散り散りになったことも含めて今や、世界の歴史に名を刻むような伝説的パーティーだからね。

 そんなのにスラム出身の、しかもまだ子供だと思しき杭打ちが参加していたなんて信じられない話だろう。けれどレオンくん達の場合、実際に迷宮最下層部でモンスターを倒す僕を見ているわけだし……納得するしかないけどそれでも疑わしいってところかなー。

 

 あとマナちゃん、僕をあのダサいネーミングの七人組に入れないでほしい。そもそも公的には冒険者"杭打ち"は調査戦隊には属してなかったことになってるんだから、レジェンダリーセブンとかいう爆笑ものの集団になんて入っているわけがないんだよー。

 というかそもそも、そんなことよりヤミくんとヒカリちゃんだよね先に。

 僕は二人の前でしゃがみ、その顔を覗き込んだ。怖い連中が去って安堵している様子に、こっちもひとまず安心する。

 

「…………二人とも、大丈夫?」

「杭打ちさん……はい、お陰様で。あの、ありがとうございます」

「……また助けられちゃったね、杭打ちさん。この御恩は、返しきれるものじゃないかも……このお礼は必ず、どれだけ時間をかけてもするからね」

 

 二人して感謝してきた。やはり10歳の双子としては真面目すぎるくらい真面目に、健気に寄り添って頭を下げてくる。

 こんないい子達を、あのボンボンどもは物扱いしてあまつさえ、ろくでもない研究者どもの玩具にさせようとしてたんだから胸が悪くなるものを覚えるよー。

 

 やっぱり端的に言って終わってるね、エウリデのお偉い連中は。

 できればもう二度と僕の人生に関わってきてほしくないと思いながらも、僕は双子の頭にそれぞれ片手を載せ、撫でくりまわして言うのだった。

 

「……恩に着る必要も、礼をする必要もないから」

「杭打ちさん……」

「正体がなんであれ、君達は、君達のままでいい。無事で良かった」

「……ありがとう」

 

 涙を流して僕に抱きついてくる双子。あー、なんかこう庇護欲が湧くよー。

 人の親ってこんな気持ちなのかな? 子供なんていないしなんなら親だっていないからまるで分かんないけど、この子達のためなら王城の壁という壁をぶち抜いていいかなーって気になってくる。

 まあ必要もないのにそんなことしないけどねー。




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調査戦隊はすごかったんだよー(自慢)

 さてこれで、予期せぬ冒険者と騎士団のトラブルもひとまず一件落着した。ここからは予定通り、僕も依頼を受けることができるよー。

 

「と、いうわけでなんかちょーだいリリーさーん」

「緩いわねー。とてもさっきまで、あのワルンフォルース卿相手に真っ向から戦おうとしてたとは思えないくらい緩いわよ、ソウマくん?」

「えへー」

 

 頭をポリポリと掻く。あーいうのは本当は見せたくないんだよね、こんな場所でさー。

 物騒だし、怖がられるし、そうなるとモテないからねー。

 

 何より迷宮内だと一瞬の油断が命取りになるわけだから、否応なしに四六時中殺気立ってないとやってられないわけでして。

 だからこそせめて地上ではゆるーくゆるーく、やっていきたい僕なのだ。

 

 ギルドの受付、端っこのほう。僕とリリーさんのいつもの定位置で二人、誰にも聞かれない程度に密やかな声で話す。

 かといって密談って雰囲気もない、単に声が小さい人同士の会話って程度だ。でも酒呑んで騒いでる人達にはこれくらいでもまったく聞こえないから、僕の声から万一にもソウマ・グンダリに到達することはないと思う。

 

 そもそも聞き耳を立てるような輩がいたら、即座に気づいてるしねー。

 リリーさんが、先程の一件を振り返ってしみじみ語る。

 

「でもほんと、さっきは助かったわ。あなたがいてくれなかったら確実に冒険者と騎士団が衝突してたでしょうし、そうなってからだとワルンフォルース卿も強硬手段を取らざるを得なかったから」

「そうなるとシミラ卿が両者全員叩きのめして終わりだったと思うよー。あの様子だと自分とこの若手にも相当頭に来てたみたいだし、かといって喧嘩に乗った冒険者達もただでは済ませられなかったろうし」

「破壊神かしらあの女……部下の顔面を次々殴り飛ばしてたところなんて私、遠巻きに見ながら震えが止まらなかったわよ、怖くて」

 

 小刻みに震える手を見せてくるリリーさん。よっぽどシミラ卿による新米騎士達への粛清の光景が恐ろしかったみたいだ。

 いつも勝気だけど、内面的にはすごく繊細だもんねこの人、かわいい! まああの時のシミラ卿は僕でも怖かったし、そりゃそうなるよねー。

 ふう、と可憐にため息を吐いて、彼女はさらに尋ねてきた。

 

「あんな狂気の拳骨女でも、大迷宮深層調査戦隊の中では全然上澄みじゃなかったって聞くわね……本当なの? にわかには信じがたいんだけど」

「ん……まあ当時はあの人も、まだ騎士団長じゃなかったからねー」

 

 昔を振り返りつつ考える。シミラ卿も5年前と今とじゃ、当たり前だけど全然実力が違ってるからねー。

 

 5年前、迷宮都市の迷宮を攻略することを目的に世界中の手練を100人以上もの数、集める形で結成された大迷宮深層調査戦隊。

 メンバーはもちろん冒険者が多かったものの、騎士だの海賊だの山賊だの、鍛治師や錬金術師、教授だの、果ては杭を振り回すスラムの欠食児童だのと変わり種もチラホラいたのが特長といえば特長の、大規模パーティーでもあったんだよね。

 

 そしてパトロンとして金銭的支援を行っていたエウリデ連合王国からも、先代の騎士団長と当時期待の次期幹部候補と言われていたシミラ卿が参加していたんだ。

 そんな彼女の強さは、最初こそそこらの冒険者よりは強いかな? 程度だったけど最終的には当時の騎士団長級の、Aランク冒険者にも匹敵する強さを身に着けていたはずだったように記憶している。

 

 ただまあ、調査戦隊って上記の経緯で発足されたからか、異常なまでに層が厚いんだよねー。

 残念ながら今のシミラ卿でさえ、あのパーティーの中ではトップ層はおろか、上澄みとされる上位20名の中にも入れないだろうってほどだ。

 あれこれ考えつつもリリーさんに答える。

 

「今のあの人だったらそうだなあ、戦闘員の中で言うと50位くらいには食い込めそうかも。あの頃は解散間際でも下から数えたほうが早かったし、3年でとんでもなく強くなってるよねー」

「それでも50位って……さすが調査戦隊、層が厚すぎるわ。まあ、そのくらいじゃないとたった2年で迷宮を60階層も攻略するなんて、できなかったんでしょうけど」

「迷宮攻略法を編み出しながらの強行軍だったしねー。特に戦闘要員は結構、無茶なスケジュールで迷宮に潜ってたよー」

「ついでに受けていく依頼の数とペースも、あの頃とんでもなかったものねえ」

 

 当時を思い出し、なんであんなに頑張ってたんだろう? と不思議にすら思う僕だ。働きすぎだよー。

 みんなで迷宮に潜っていた日々は、血と生死の境に彩られていたけど楽しかったとは思う。あれはあれで一つの青春だったのかなとさえ、今の僕なら思えるほどだ。

 

 でもまあ、どうせならやっぱり学園で恋に溢れた青春がいいよねー! 可愛い女の子達とキャッキャウフフと騒いで送る学園の日々! これですよこれー!

 

「はあ、それで送れそうなのかしら? その日々は」

「ああああ灰色の青春んんんん」

 

 必死になってリリーさんに、僕の夢見る愛と幸福に満ちた青春を語ったところそんなことを言われ、僕は見事に撃沈した。

 くそー! いつの日か、いつの日か僕にもアオハルがー!!




タイトルとあらすじちょっと変えましたー
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恩返しだよー

 僕のアオハルについてはともかく、無事に依頼も受けたので帰ることにするー。

 迷宮地下3階、自生している薬草の採取依頼だ。すっごい楽ちんというか最下層まで潜れるやつが受けるような依頼じゃないんだけど……これには事情がありまして。

 実を言うと僕が8歳から10歳までお世話になったスラムの孤児院からの依頼なんだよねー。

 

「ほとんど無償に近い慈善事業を、一部とはいえ確実にこなしてくれるのなんてソウマくんしかいないから助かるわ」

「恩返しですからね、孤児院への。これくらいはしますともー」

 

 リリーさんに褒めてもらってちょっと、気分を良くしながらギルドを出る。明日はサクッと薬草を取って孤児院行って、ついでに月ごとの仕送りも渡していこう。

 こないだのゴールドドラゴンの依頼など、実入りのいい仕事を率先して受けている理由は前にも述べた気がするけど孤児院への援助が主な理由だ。

 

 何せスラムの孤児院ってことで物珍しさはあるけど、実態は常に資金難で火の車の極貧児童施設だ。

 僕がやって来た時にもまともにご飯にもありつけない始末で、院長先生が必死で働いてなお、どうにもならないというアレな惨状だったんだから大変だったねー。

 

 それでも僕が冒険者として活動を初めてからは仕送りを続けているから、随分暮らし向きも変わってきたみたい。元々あった莫大な借金も返せて普通にご飯は出るし、週に一度は町の公衆浴場にだって入ることができるらしい。

 一応、院長先生も冒険者だったりするんだけど……あんまり荒事に向いてない人だからね。採取系や街の掃除とかの平和な依頼だけではどうしても収支を賄えないところはあったから、そういう意味で僕からの支援は神の恵みって感じだったろうねー。

 

「でもソウマくん、稼ぎのほとんどを孤児院に送ってるみたいだけど大丈夫? 自分の生活をこそ第一に考えてほしいってこないだ、あそこの院長さんわざわざギルドの私のところにまで相談しに来て泣いて訴えてたわよ」

「えっ……」

 

 まさかの指摘を受けてたじろぐ。泣いてた? 院長先生が?

 たしかに稼いだお金の半分以上、孤児院や周辺のインフラ整備とかに突っ込んで少しでもあそこに住む子達が楽になれるよう、振る舞ってはいるけれど……

 それはそれとして僕は僕でめちゃくちゃ稼いでるから、めちゃくちゃ貯金できてるんだよねー。なんなら孤児院への寄付金をもうちょい増やしたっていいくらいだ。まあさすがに、それをすると院長先生が畏まり過ぎちゃうからしないけどさ。

 

 にしたって何も、リリーさんに相談を持ちかけた挙げ句そんな号泣しなくたってよくない? 何、そんなに僕貧相に見えるかな?

 たしかにオシャレに気を使っているとは言えないけど、清潔感は頑張って保ってるんだけどなあ。今着けてる帽子にマントだって、昨日洗ったばっかりだし。毎日お風呂に入ったりしてるんだから案外、綺麗好きなんだよー?

 

「全然余裕で遊べるお金は確保してるし、それは院長先生にも言ってるんだけどなぁ……」

「本人の自己申告じゃ信じられないくらい、あなたが貢いでる額がとんでもないってことでしょう?」

「そう言われても、ほぼ毎週迷宮最深部にしか存在してない希少素材を納めてるわけだし。寄付金だってあのくらいにはなるのになー」

「そこからしてまず現実味がないのねきっと。院長さん、まだあなたのこと本当に調査戦隊メンバーだったのか半信半疑みたいだし」

「孤児院にリーダーと副リーダーまで連れて行ったのに!?」

 

 なんでだよー!? と叫ぶとリリーさんは苦笑いして肩をすくめる。院長先生、なんのかんの根本から僕の話を話半分で聞いてたんじゃないかー! ひどいよー!

 

 院長先生は当然、僕が大迷宮深層調査戦隊に加入していたことを聞いている。

 というか当時のリーダーと副リーダーが二人がかりで僕をスカウトして、その流れで冒険者としてギルドに登録してそのままデビューしたって感じだったりするのだ。

 

 最初は院長先生も猛反対してたんだけど、リーダーの粘り強い説得と副リーダーによる、孤児院の経済的状況を冷徹にネチネチ指摘される波状攻撃が何時間にもおよび行われ。

 泣く泣く僕の調査戦隊入りを認めたという経緯があったりしたのだ。だから院長先生、僕がメンバーだったこと自体は知ってるはずなんだけどなー……

 

「っていうかリーダーと副リーダーまで疑ってるってこと? 逆にすごいよねそれー」

「あー、そこは疑う余地はないって言ってたわ。要はソウマくんが、あの英雄達と肩を並べて迷宮を攻略した上、国や貴族にも警戒されてしまうような超危険人物になったってところに疑いがあるみたいね」

「超危険人物って……ひどくない、リリーさん?」

「国が名指しで存在しなかったことにしようとした人間なんて長い王国歴でもあなただけよ。その時点で何も言えないわねー」

 

 ぐえー。言われてみればそんなところもある、ぐうの音が出づらいー。

 僕そのものの危険度はそんなに高くないとは思うんだけど、僕の出自とかが国の権威を貶めるとかうんたらかんたら。そんな理屈が罷り通っちゃうのが王国上層部の世界ってんだから怖いねー。

 

「はー、院長先生がそんな風に思ってたなんてー……」

「一回彼女連れて迷宮でも連れて行ったら? 実力を見せたら考えも変わるでしょ」

「危ないよー」

 

 たしかに手っ取り早いかもだけど、院長先生の身に万が一があるといけない。

 あの孤児院だけは、そこに住む人達だけはなるべく危険なことには手を染めてほしくないからねー。僕の数少ない、絶対的なものと定めたルールのひとつなわけだねー。




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憶測が飛び交ってるよー

 翌日、学校を恙無く終えて放課後。昨日よろしく地下道を通って冒険者"杭打ち"として参上した僕は、その足でギルドではなく迷宮都市外部へと向かった。

 依頼を受けた、迷宮地下3階での薬草採取をこなすのだ。ぶっちゃけ朝飯前なんだけど、院長先生含めた孤児院のスタッフさん達にとっては内職のポーション作りに必須な重要素材なので、しっかりこなさないとね。頑張るぞー!

 

「おう杭打ち、今日も精が出るなあ」

「どもどもー」

 

 いつもの門番さんと軽い挨拶を交わして外へ。今日は森の中までは行かず、近場に迷宮への入り口があるのでそこへと向かう。

 各階層へ直通している穴でない、地下一階の一番最初の地点から始めるためのいわば、迷宮そのものの入口。学校で言えば正門と言ったところかな。それを使ってみようと思うのだ。

 

 草原を少し歩くと、小高い丘に挟まれたなだらかな地面がある。そこに、大仰な装飾の施された、いかにも迷宮の入り口はここですーって感じの大穴が空いているのだ。

 これこそが迷宮の正規の入り口なわけだね。最近は大体直通のルートを使うのが当たり前になってるから、わざわざ一から冒険を始めようってのは新人さんか、あるいは僕みたいに浅層に用事のある人くらいしかいない。

 

「ね、ねえ。あれ、あのマントの人……」

「え……あ! すご、マジ? く、杭打ちさん!?」

「…………?」

 

 入口の近く、総じて新人さんだろうパーティーが複数いる。屯してそれぞれに準備を整えていたところ、そのうちの一組が僕に気づいて指を差してきた。

 なんだろ、僕に何かあるのかな? 少なくともこれまで、何度もこんな場面に出くわしてきたけどここまで過剰な反応をされた覚えはないんだけど。

 

 万一ということがないとも限らないし、露骨にならない程度の警戒はしつつ近づく。新米のフリしてこっちに仕掛けてくるとかマジでヤバい連中だけど、そんな悪辣さは今のところ感じられないね。

 なんかみんなして僕を見ている。共通しているのは目がどこキラキラして、やけに初々しい感じなところくらいかなー?

 

 ああ、あと何人かは昨日、騎士団騒ぎの後で見た気がするなあ。ってことはもしかしたら、この人達のこの視線って……

 

「あの伝説のパーティー、大迷宮深層調査戦隊の一員……! 杭打ちさんがまさか、そんなすげー人だったなんて!」

「それもただのメンバーじゃなくて、レジェンダリーセブンにも匹敵する実力を持った最強格って話よ! あまりに強すぎたから国や貴族に危険視されて、追放の憂き目に遭ってしまったっていうけど……」

「俺が聞いた話だと、調査戦隊リーダーのレイア・アールバドと冒険者性の違いを巡って対立、敗れて追放されたって聞くぜ。いつも帽子とマントで顔を見えなくしてるのも、その時の傷のついた顔を見られたくないからとか」

「あれ? たしか私が聞いたところによると、迷宮最深部で発見した未知のエネルギーをどう扱うかで揉めて調査戦隊ごと解散になったとかって」

「どの説も聞いたことあるなー。ただ、杭打ちさんの離脱こそが調査戦隊崩壊のトリガーになってるってのは共通してるみたいだけど」

「………………………………」

 

 えぇ……なんか大事になってるー……

 明らかにこれ昨日の騒ぎが引き金だけど、調子に乗ったベテランが酒に任せて出鱈目半分吹き込んだと見たよー。何してくれてんのさ一体ー。

 

 今までは割と、事情というか経緯を知ってる冒険者達は空気を読んで黙っていてくれてたのになんで今さらペラペラと、あることないこと喋ってるんだろ?

 アレかな、ペーペー騎士団員の横暴に加えてシミラ卿がストレスで大変なことになってそうなところに、僕までしゃしゃり出ちゃったもんでいろいろテンションおかしくなっちゃったのかなー。迷惑ー。

 

 3年前から概ね"一年中ずーっと顔を隠している年齢不詳性別不明の変な人"というイメージだったのが、すっかり"大迷宮深層調査戦隊をなんかの理由で追放された変な人"になってしまったよー。

 っていうかね、せめてどれか一つくらい正解が混じっててほしいんですよと僕は言いたい。貴族に金払うから出て行けって言われたから出ていっただけなのが、なんで強すぎて追放されただのリーダーと喧嘩しただの尾鰭が付きまくってるんだよー。

 

「伝説のパーティーの中核・レジェンダリーセブンにも肩を並べる正体不明の実力者……そんな人がずっとDランク止まりなのも、何か事情があるのか」

「まだ未成年だって噂もあるけど、まさかね」

「美少女説なんかもあるよなあ」

「子供? 美少女? 馬鹿な……5年前にはもう冒険者として活動してるんだぞ」

「! …………」

 

 おっと言った途端にドンピシャ! そーですよ僕、実はまだ15歳なんですよー! 男だけどね! 美少女じゃないから!!

 ちょっと楽しくなってきちゃった。デタラメの中に真実が混じってるの、なんか嬉しいかも。

 

「……………………」

「迷宮に入るのかな……おい道開けろお前ら、杭打ちさんが通るぞ!」

「つーかやべぇなあの背中の鉄の塊。昨日地面に叩きつけてたけど見たか? 地面奥深くまでぶち抜いて、周囲にゃクレーターまでできてたんだぜ」

「なんでも噂じゃあ大の大人が束になっても持ち上げられないほどの重さだとか。そんなもん軽々背負ったりぶん回したり、やっぱ違うわ調査戦隊メンバーは」

 

 最後まで聞いててむず痒くなること言ってくれちゃうなあ、この新人さん達!

 正直顔がニヤけすぎて気持ち悪いことになってる。褒めてもらうのってなんであれ嬉しくなっちゃうよ、うへへへー。

 

 これから迷宮に潜るのに、浮かれ気分になりすぎるのはまずい。

 僕はまだもーちょっとだけ褒めてくれてるのを聞きたいなーという想いを圧し殺しながらも、ありがたく道を開けてくれた新人さん達を通り過ぎて迷宮へと進入していった。




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モンスターすら避けて通るよー

 迷宮の正門を入り、一番最初に見えてくるのは階段だ。仄暗い地下へと続くそれは底知れない不気味さを湛えるけれど、まあぶっちゃけ雰囲気だけのものだ。

 地下10階までは別段、新米さんでもあまり梃子摺ることなく進める程度の難度でしかないからねー。

 

 出てくるモンスターも雑魚いし、階層自体に何倍もの重力がかかってるとか、異様な寒暖の差とか異常気象とかって怪奇現象があるわけでもない。

 ある意味一番、世間一般的に考える迷宮のイメージに近いのが地下10階層までなのかもしれないほどだ。

 

「…………」

「ぴぎ!? ぴぎ、ぴぎぎ」

「ごげ!? ご、ごげご」

「ぎゃあああああ! ぎゃぎゃああああああ!!」

「……………………」

 

 そんな浅層部、生息しているモンスターにとっては僕こそがまさしくモンスターなのだ、ということなんだろう。

 さっきから見かけるモンスターみんなして、僕を感知するなり悲鳴をあげて逃げていく。ただの一匹たりとて、僕に殴りかかるどころか近寄ることさえしないのだ。

 さすが野生ってところかな、実力差を即座に理解して一目散にその場を離脱するってわけだねー。

 

 大体地下50階層を降りたあたりから、僕に限らず大迷宮深層調査戦隊のほとんどのメンバーはこんな感じに、浅層のモンスターから避けられるようになってしまった。

 おそらくはそのあたりの階層を攻略するために身に着けた迷宮攻略法・威圧を与えたり身に纏ったりする技術による副作用だろう。

 

 アレを常時発動できるようにならないと、一歩だって前に進めない環境だったからね……迷宮内では無意識下でも威圧法を発動していられるよう訓練したのが仇になった形だ。

 ちなみにこの威圧法は迷宮の外では意識しないと使えないし、そもそも人間相手にはよほど強く威圧しないと効果が薄かったりするよー。

 

 本気でかけたら迷宮最深部の化物まで退散させられるような威圧に対して、全然感知するところのない人間の鈍感さを嘆くべきなのかな?

 そんな感じに主張する仲間が昔いたけれど、僕としてはむしろ威圧や威嚇に耐性があるんだと解釈して、人間の適応力ってすごい! って内心で思っていたんだけどねー。

 どちらが正しいか、それは未だに分からないことだ。

 

「…………」

 

 ともあれそんな感じで、いっさいモンスターに近寄られることもなく戦闘なんて全然起きない、平和な迷宮ピクニックと化した道を僕は進んだ。

 

 マントの上から提げた紐付きの携帯ランタンが照らすのは、狭い通路広い通路。そして小さな部屋大きな部屋。

 時折分岐路もあったりするのを、迷いなく下階への最短距離で突き進む。かつての迷宮攻略にあたり、地下30階くらいまでの最短距離は頭の中に叩き込んだからね。

 それ以降は地図がないと普通に迷うけど、少なくとも地下3階くらいまでなら問題ないや。

 

 地下2階もとりたてて特筆すべきこともなくさらに地下へ。途中、入り口同様新米さんらしきパーティーと出くわしたけど僕がモンスターにさえ怯えられていることに気づき、すげーやべーの大合唱だった。

 才能と意欲があればそのうち辿り着けるから今のうち、浅層のモンスターとの戦いを頭に焼き付けといたほうがいいよと内心でつぶやく。マジで相手しなくなるから、記憶も朧気になってなんか切なさがこみ上げる時があるんだよねー。

 

 ああ、僕ってば遠くまで来ちゃったなー、みたいなー。

 今でもたまに会う、元調査戦隊メンバーにそんなことを言ったら鼻で笑われたけど。ひどいよー。

 かつての仲間に憤りつつさらに下階へ。はい、地下3階に到着ですー。この階層あたりからしばらく、件の薬草が自生してるねー。

 

「……………………」

 

 ほうらさっそく、道端に生えてる草発見。一見なんてことのない普通の草で、ともすれば雑草と一括りに言われてしまいがちなんだけど実はこれ、薬草なんですねー。

 まずは一草ゲット。この調子であちこちに生えてるからいただこう。この階層に生えてる草だけで、目標とする量は取れちゃいそうだ。

 

 モンスターもバッチリビビって襲ってこないし、僕は余裕綽々で薬草を摘み、10本単位で束にして持参した袋に詰めていく。

 これを10束。つまり100本分の薬草をゲットすればいいだけなのだ。すごい楽ー。ガンガン取るよ、サクサク摘むよー!

 意気込んで僕は3階中の部屋、道、壁などに自然と生えている薬草を丁寧に摘んでいく。

 

 途中、地中奥深くや壁の中にぎっちり根を張ってるようなものもあるけど、そんな時のための杭打ちくんだからね。問題なく杭でぶち抜いてゲットしていく。

 床はともかく壁は、場所によってはぶち抜いた先に別の道なり部屋なりにつながることもあり得るから、一応ぶち抜く前に軽く叩いて、向こうにいるかもしれない人達に警告しておく。はい、コンコン。

 

『あら? …………えっ? あら!』

『……なんだ、今の音?』

『そこの壁からだな。調べてみるか?』

 

 おっとまさかのドンピシャリー。向こうの空間に誰かいて、今僕の起こした音に反応してるね。

 男の声と女の声。二人組? さすがに壁を隔てた空間の気配までは読み取れないねー。

 

 壁を調べようとしているみたいだけど、むしろ離れてもらえると助かるんだけどね。声掛けでもしようかな?

 そう思って口を開こうとした瞬間、別の女の人っぽい声が聞こえてきた。

 

『……いえ。むしろ離れたほうが良いでしょう』

『何? なんかあんのかよ』

『ええ、私の推測が正しければ──距離は取りました! どうぞ遠慮なく来てください!』

「!? …………!!」

 

 え。何? もしかして僕だと気づいてる!?

 まさかの呼び声に一瞬、僕は目を見開いた。




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まさかの再会だよー(泣)

 若い女の人が、明らかにこちらに向けて壁越しに声をかけてきている。ちょっとこれは想定外だ、なんだ、誰だろ? 知り合い? こんなところで?

 

『き、急になんだよ! 何がいるのか? モンスターか!?』

『ふふ、今にわかります』

『か、かいちょ〜……?』

『ふふふふふふ!』

 

 何やら向こうが騒がしい。最初二人だけかと思ってたけど最低四人はいるみたいだ。

 新人さんパーティーかな? というかどうであれ、壁からコンコン音が聞こえただけで僕だって気付けるようなものなんだろうか? なんか不気味ー。

 

「……………………」

 

 とはいえせっかく言ってもらったんだし、気にもなるしとりあえず杭打機を振りかぶる。

 ここの迷宮はちょっとそっと壁や床を壊した程度なら、時間経過で修復される不思議な仕組みをしてるからどこをどうぶっ壊しても遺恨が発生しないのが最高だよねー!

 

 遠慮なしに壁を、一息にぶち抜く!!

 

「────!!」

「うおおおおっ!? な、なんだ!?」

「か、壁が!?」

「ふふ……さすがですね」

 

 スドォォォォォォン! と轟音を立てて壁が崩れる。鉄の塊がまずヒットして、矢継ぎ早に飛び出た杭が直後にヒット。

 多段式の衝撃と破壊力は折り紙付きだ。迷宮の壁程度なら全然余裕でぶち抜ける。こんな風にねー。

 

 瓦礫と砂埃舞う中、壁に埋まった薬草を取り出してはい、収穫完了! これで概ね10束だから、後は帰って孤児院に届けに行くだけだねー。

 と、その前に例のパーティーさん達にお騒がせしたことを謝罪しないとね。普通、迷宮の壁がぶっ壊れてそこから人がぬっと出てくるなんて考えにくいもんねー。

 

「……おさわが──」

「杭打ち!? なんでこんなところに!?」

「!?」

 

 お騒がせしてごめーんね! みたいなことを言おうと思った矢先、聞き覚えのある声が聞こえて僕は帽子とマントの奥で密やかに目を剥き口を噤んだ。

 この声……! まさか、このパーティーって!?

 愕然とする思いで、僕は声の方を振り向く。そこには。

 

「貴様……野良犬め、また冒険者気取りで……!!」

「か、会長。杭打ちさんだってもしかして知ってたんですか!?」

「うふふ。どうかしら」

「………………………………っ!?」

 

 ああああ脳破壊パーティー再びいいいい!!

 

 視界に入る見覚えのあるハーレムパーティーに、僕の情緒はあえなくグチャグチャになってしまった。

 思わず叫び声をあげなかっただけでも褒めてほしいくらいだ。"杭打ち"状態だとあんまり声を出さなくなるってのが習慣づいていてよかった、本当に良かったよー!

 

 そう、僕が遭遇した壁の向かい側のパーティーってのが、まさかのゆかりの人達!

 僕の一度目の初恋のシアン生徒会長様! 3度目の初恋のリンダ剣術部長様! あと生徒会長副会長と会計の子。見たことない美人さんもいるね。

 そしてにっくきあんちくしょう! 僕の宿敵、10人いた初恋の子の実に8人も落としていったやべースケコマシ!!

 

 なんちゃってAランク冒険者、オーランド・グレイタスその人が自慢気に女の子達を侍らせちゃったりなんかしちゃってるのだー!!

 ああああ出会いたくなかったいろんな意味でええええ!!

 

「…………」

「お前……なんのつもりだこんな浅い階層をうろつきやがって。仮にも元・調査戦隊メンバーなのに何やってんだこんなところで!」

 

 早速噛み付いてきたよーやだよー怖いよー。

 調査戦隊メンバーだったことを当て擦った物言いをしてくるけど、彼の場合前から知ってたんだろうなって思う。だってオーランドくんの両親のグレイタス夫妻も元調査戦隊メンバーだったからねー。

 

 夫婦揃ってレジェンダリーセブン──すっかり当たり前みたいに使ってるけど本当に笑えるネーミングだ──ではないものの、戦闘要員の中でも上位30名くらいの中には入ってる程度にはお強い人達だ。今のシミラ卿くらいかな?

 気のいい夫妻なんだけど度を超えた親バカなのが珠の傷だって、他のメンバーにもからかわれてたんだけどねー。今となっては本当に珠の傷だから笑えないよー。

 

 息子の教育ちゃんとしてほしかった、切に。コネ使ってインチキAランクになんてしてちゃ駄目だよってほんと、今度出くわしたら説教しちゃうかもしれないねー。

 と、そんなことを考えてると前と同じでリンダ先輩が、オーランドくんに話しかけている。あっ、やな予感。

 

「オーランド、お前まであのような下らぬ噂を信じているのか? 調査戦隊メンバーなどと……スラムの野良犬が冒険者を騙っているだけでも腹立たしいというのに、よくもまあそんな嘘八百を並べたものだ」

「……………………」

「いや……そこは前からうちの親が、杭打ちとは同じパーティーだったって話してたからな。調査戦隊以前の話だと思ってたが……まさかマジに元メンバーなんてな。公的にはメンバー扱いされてないって話だが」

「当たり前だ。世界中の腕利きが結集した現代の神話集団・大迷宮深層調査戦隊。栄光に満ちた彼らとその道程に、スラムの犬が紛れ込んでいたなどと後世には残せるはずもない。国は正しい選択をしたよ」

「………………………………」

 

 ああああ的中したああああ!!

 どーしてそんな僕のこと毛嫌いするのおおおお!?

 

 相変わらずの心なさすぎる発言の数々に膝をつきそうになる。なんで? 僕なんかした? それなりに弁えて静かに生きてるのにー。

 うう、厄日だよー。っていうか昨日からなんか、厄日だよー。

 

 内心すっごいブロークンハート。僕の三度目の初恋は何度失恋したら終わりを迎えられるのかしら。え、もう死んでる? うっさいよー。

 なんてことを涙を呑んで思いつつ彼らを眺めてどんよりしていると、不意にそんな二人に声が投げかけられた。

 

「────いい加減にしてもらえますか? グレイタスくん、リンダ」

「あの……そんな言い方、そちらの方に失礼すぎると思いますが」

「!?」

 

 まさかの援軍。

 それは彼らの側にいる、美少女二人からの叱責だった。




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一触即発だよー

 まさかの僕への擁護。それもオーランドくんのパーティーメンバーの女性達、すなわちハーレムメンバーの中からときた。

 えっ、何? もしかして僕きっかけに修羅場りそうなの? これ僕にとばっちりくるやつじゃない? 大丈夫?

 

「し、シアン会長……それに、マーテル?」

「……何を言う、生徒会長。急にどうした」

「…………」

 

 我らが第一総合学園生徒会長シアン・フォン・エーデルライト様。僕の初めての初恋であり、秒で失恋を経験させてもくれたスピードスターその人と。

 金髪をやたら長く伸ばし、どこかヤミくんヒカリちゃんの着ているのと似た意匠の服を着ているマーテルというらしい美女さんと。

 どちらも絶世と言うにふさわしい壮絶な美人さんが、なんとオーランドくんとリンダ先輩に真っ向から否やを唱えたのである。

 

 戸惑うオーランドくんと呆気に取られた様子で尋ねるリンダ先輩。二人からしてもこれは意外だったんだね。

 取り巻きの生徒会副会長と会計と、あとついでに僕も内心でオロオロする中。シアン会長とマーテルさんとやらはそんな二人に毅然とした態度で反論した。

 

「前々から思っていましたが、あなた達の杭打ちさんへの態度は目に余るものがあります……サクラ・ジンダイ先生にあれだけ叱られてなお、それを改めないことへの嫌悪と軽蔑も。あなた達はあれから何も学ばなかったのですか」

「なんだと……? おい、一体どうしたと言うんだ。まさかあの偉そうなヒノモト人の物言いに、本気で感銘を受けたとでも言うのか」

「先生に何か言われるまでもなく、不満に思っていましたよ。冒険者とも思えない姿を晒しているのは、あなたのほうですリンダ・ガル。頭を冷やしなさい」

「貴様、ふざけたことを……!!」

 

 ひえー、女の戦いだよー! なんか目線がバチバチぶつかってるよー。

 サクラ先生にすいぶん説教されたはずなのに、全然堪えてない感じのリンダ先輩はすごく悲しい。でもシアン会長が真面目に僕のこと庇ってくれて、それ以上に嬉しい! わーい!

 

 喜びつつ悲しみつつ怖がりつつ忙しいよー。情緒不安定になりかける複雑な心境で今度はオーランドくんのほうを見る。

 生徒会長と剣術部部長の、視線でやり合う苛烈なバトルと異なりマーテルさんとやらは、ただひたすらに哀しみを宿した目で彼を見、訴えかけていた。

 

「ずっと前から、さっきのような酷いことを言い続けていたんですか? ……どうして」

「マ、マーテル。たしかにその、俺はこないだ杭打ちに嫌味言って先生に愛想尽かされちまったよ。だけど今回はそんなに──」

「ですが、リンダの物言いを咎めたりはしてませんよね……? いつも自分はAランクだ、誇り高い冒険者なんだと言ってますけど、そんな人が今の言い分を何一つ否定しないものなのですか……? その、当世の倫理というものは分かりかねますが、おかしいと思います、オーランドさん」

「な、あ。う……それ、は」

「………………………………」

 

 ありゃ、さしものオーランドくんも絶句しちゃってる。マーテルさんの正論? というか理屈に彼自身、思うところがあるのか普通に論破されちゃってるみたいだ。

 でもたしかに、こないだに比べてずいぶん敵意は薄くなってるとは思うよね。サクラさんも彼は反省したって言ってたし、こっぴどく叱られたらしいのが相当堪えたみたいだ。

 僕としては揉め事がとにかく嫌なので助かるよー。

 

 ただまあ、彼はともかく問題は……

 

「野良犬を庇うなど博愛精神も大概にしておけよ、偽善者ども……!」

「ま、マーテル、俺は、その」

「…………」

 

 あーあ、一触即発。ショックを受けて項垂れるオーランドくんはともかくリンダ先輩、キレて剣を抜いちゃった。

 それは駄目だよー。僕はすぐさま彼女の近くに移動して、手にした剣の刃の部分を掴み、思い切り握りしめた。

 

「!? い、いつの間に、は、離せっ!!」

「…………!」

 

 いくら喧嘩しててもね、友達だかハーレム要員だかの間で刃傷沙汰は駄目だよー!

 軽々しくラインを超えかけたリンダ先輩の剣を完全に拘束する。刃を握り締めているため、常人なら血が出るしこの状態で刃を引きでもしたら指とおさらばしなくちゃいけないかもだ。

 でも僕は常人じゃないからねー。これこのとおり、逆にリンダ先輩が一つも動けないくらいガッツリ掴んでるよー。

 

 持っててよかった迷宮攻略法。改めて入ってよかった調査戦隊。いやまあ、一般には影も形もない存在だけどね、ぼくは。

 とにかくリンダ先輩の凶行は未然に防いだ。これ以上何かする気なら、悪いけどこの剣へし折ってから意識を刈り取るよ。

 

「……………………!」

「っ!? あ、ぁぅ……っ!?」

 

 今ここにいる僕は学生ソウマ・グンダリでなく冒険者"杭打ち"だからねー。やらかしてる冒険者が目の前にいるなら、多少の実力行使も辞さないよー?

 少しの威圧を込めてリンダ先輩を睨みつけると、それだけで彼女は意気を削がれたらしかった。息を呑み、へなへなとその場に崩れ落ちる。

 あれ、もしかして耐性ないのか。ってことは地下20階層には到達してないんだな、この人達。

 

 威圧を与えるほうはともかく、威圧を受けてなお平常でいるための迷宮攻略法は割と早期で身につける必要に迫られる技術だ。

 地下20階層を過ぎたあたりから、意識的に威圧してくるモンスターが増えるからね。そいつらに気圧されないために、そこまで到達した冒険者は迷宮攻略法・威圧耐性の獲得のために今一度の訓練を強いられるんだ。

 

 その耐性がなさそうってことはずばり、オーランドくん達は実はまだ、地下20階層まで到達してないってことになる。

 さっき僕を揶揄ってたけどAランクのくせにこんな浅層をうろついてるとか、君こそどーなってるんだと思ったけど納得だ。下手するとこの辺が実力相応なのかもしれないわけだねー。

 

 うーん名ありて実なし。とは言いつつ彼の場合、評判もあまりよろしくはないんだけどさ。

 ちょっといくらなんでもお粗末すぎないだろうか? グレイタス夫妻、さすがにこれは真面目にお話しなきゃいけないかもねー。




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※ただしイケメンにかぎるよー

「生徒会メンバーが二人も参加するならばと、半ば目付けの役割でしばらくこのパーティーにお邪魔していましたが……」

 

 僕がリンダ先輩を威嚇し、マーテルさんがオーランドくんを諭して黙らせて見事に凍りついちゃった迷宮地下3階層のとある通路。集めて束にした薬草もこんな空気じゃあしおしおになっちゃいそうだ、どうしたものかなー。

 悩んでいる僕がそれでもリンダ先輩を止めている間、喋りだしたのはシアン会長様だ。

 

 美しくキュートな桃色髪がよく似合う、ちょっと小悪魔チックな微笑みを浮かべつつそれでも清楚感がたっぷりなすっごい美少女。

 ちょっとスレンダー気味なのもどこかボーイッシュさを感じさせていい気もする今日この頃。そんな彼女はオーランドくん達を見据えて、微笑みのままに爆弾発言を場に投下した。

 

「もう限界です。今限りをもって私はあなた達のパーティーを離脱します。短い間でしたがお世話になりました」

「な……」

「か、会長。何を馬鹿な」

「ピノ副会長、オールスミス会計。私がご一緒するのはここまでです……夏季休暇が明ければ私の会長としての任期も終わりますから、実質これが私の、生徒会長として最後の言葉になりましょう」

「…………」

 

 ニッコリ笑ってるけどどこか笑顔が暗い。怒ってませんかこれ、怒ってますよねこれ? 怖いよー!

 唖然とするのはオーランドくん以上に、同じ生徒会メンバーの副会長さんと会計さんのお二人だ。僕は勝手に、この二人はシアン会長の取り巻きだと思っていたんだけれど……話を聞くに実は逆というか違くて、オーランドくんについていった二人につきそう形で同行していたのがシアン会長らしい。

 

 でもこの人はこの人で春先、オーランドくんと早々にイチャコラしだして僕含めた男子勢の初恋を速攻粉砕してたような気がするんだけど。

 他ならぬ粉砕された側だし、あのショックはなかなか忘れられない。あっあっ、脳がまた崩れていきそうだよー!!

 

「……付き合う相手は見定めなさい。グレイタスくんはまだ芽があると思いますが、リンダ・ガルは処置なしです。ジンダイ先生のお言葉の意味を、そこの二人だけでなくあなた達もよくよく考えるべきですね」

「シアン会長、待ってくれ! お、俺は」

「それとグレイタスくん。最後なので言っておきますが、私は結局あなたのことを好きにはなれませんでした」

「!?」

「!?」

 

 !? え、あ、う!?

 ま、まさかのオーランドくん爆沈!? え、どーいうこと? それどっちかって言うと僕の役回りじゃない!? 言ってて泣きたくなってきた。

 

 オーランドくんとリンダ先輩を突き放し、副会長と会計の二人を何処か憐れむような視線と言葉を放ち。

 そうして次、引き留めようとするオーランドくんにまさかのカミングアウトをかました凛とした姿に一同呆然愕然だよー。え、修羅場は修羅場なんだけどこの方向性はちょーっと、予想してなかったなー僕。

 

 ヤバい、未知の体験すぎてどう動けばいいのか分かんないよー。

 内心超混乱している僕のことなど露知らず、シアン会長はさらにオーランドくんへ、どこか慰めるように労るように言葉を重ねる。

 

「Sランク冒険者の息子、かつAランク冒険者ということである程度仲良くすべきと考え、これまでそれなりに行動をともにしてきましたが……別段つきあってもいない女性に構わず接近していく姿勢は、あなたの一番良くないところです。猛省してください」

「あ、ぅ」

「……ただ、そちらのマーテルさんを私心抜きに助けたところはさすが、誇りある冒険者を自称するだけはありました。人を見下す癖を直し、謙虚さを得、そして親の威光に縋ることから卒業すればきっと、あなたは本当のAランクにもなれると信じます」

「……………………」

 

 が、ガチ説教……若干フォローも入れてるのが余計にマジな感じを醸し出す、そんなレベルのガチ説教だよー……

 案の定と言うべきかなあ、女関係のアレさをガッツリ叱られてるけど、それはそれとしてマーテルさんとやらは何やら純粋な正義感とかで何かから助けたって感じなのかな。

 いまいち話が見えてないけど、今聞いた話の範疇だけならなるほど、オーランドくんも冒険者としては結構やるじゃんって感じもする。

 

 ただ、やっぱりAランクは時期尚早だよねー。

 これについてはグレイタス夫妻の責任が大きいと思うけど、立場にあぐらをかいて好き放題してきた本人も本人だし。

 今どこをほっつき歩いてるんだか知らないけどあの夫婦、今度帰ってきたら針の筵になるかもしれないねー。

 

「オーランドさん……」

「ま、マーテル……」

 

 と、マーテルさんが愕然とするオーランドくんに寄り添い、その手を握りしめた。

 いいなー! 美少女に手を握りしめられつつ慰められるとかいいなぁー!! すごい羨ましすぎてつい、剣を握る手に力が籠もる。

 

「その……私は、あの時手を差し伸べてくれたあなたを信じてます。あなたは本当は優しくて、誰よりも心の強い人だって信じてます」

「マーテル、俺は……俺は」

「よくないところ、直していけるのなら直していきませんか……? いいところ、伸ばしていけるのなら伸ばしていきませんか……! わ、私にできることがあるなら手伝いますから! オーランドさんが誤解されたままなのは、嫌です!」

「………………………………」

 

 本当にオーランドくん、なんかしらんけど困ってる彼女を助けたんだね。そこはすごいと思うし、同じ冒険者として尊敬するよ。

 でもね、だからって即座にそんな感じにいい関係性を築けるのはおかしいと思う! ズルいよ僕が同じことしてもたぶんそんな風にはしてもらえないもの!

 イケメンにしか許されないのかそういうアレはー!




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初恋が蘇ったよー!?(歓喜)

 謎の美少女を助け、そのまま恋愛関係に発展していくラブストーリー。

 そんな王道のボーイミーツガールを地で行っちゃってるらしいオーランドくんとマーテルさんに、全身が震え戦慄くほどの衝撃を覚える僕は、もうそろそろいいかなとリンダ先輩への威圧を解きつつ剣から手を離し、その場を離脱しようと動き出した。

 あまりに居た堪れないのとあまりに羨ましすぎて、もう一分一秒だってこの場にいたくなかったのだ。

 

「…………」

 

 ズルすぎるよー……泣けてくるほど羨ましいよー。

 たまたま助けたのが美少女で、しかもめっちゃ好感度高くて懐いてきて?

 自分のいいところを伸ばして悪いところを諌めようとしてくれて、支えようとしてくれて? え、何それ女神か何かです?

 

 この世に神様ってやつがいるなら今すぐ出てきてほしい、全身全霊力の限りを尽くして叫ぶから、不公平だーって!

 こっちはこの3ヶ月で10回失恋してるんですよ! こないだのサクラさんへの告白だって華麗にスルーされたし、それ含めたら通算11回だ! だのにオーランドくんはハーレムパーティーを結成して挙げ句、コッテコテのボーイミーツガールー!?

 何それ何それ! ズルいよズルいよズールーいーよー!!

 

「マーテル……俺、やり直せるかな。マーテルと一緒になら……」

「やり直せます。私や、私だけでなくみんながいてくれますもの。ね?」

「っ…………」

「…………!!」

 

 ああああ僕よりよっぽど青春してるうううう!

 挫折から女の子達に支えられつつ再起するってマジそれ僕がやってみたかったやつうううう!!

 

 後ろで繰り広げられている心底羨ましいアオハル風景を、僕はとてもじゃないけど見ていられない。視界に入れたら本当に死ぬかもしれない、耳に入ってくるやり取りだけで血反吐が出そうなのにー。

 うう、うううー。僕は結局、死ぬまで一人で杭を打つしかないのだろうか? 調査戦隊の頃や孤児院以前の時期じゃあるまいし、もうそろそろ血と肉片と迷宮色でしかない青春とか嫌なんですけどー!

 

 …………でもまあ、仕方ないよねー。僕なんて、そもそも生まれ育ちからしておかしいもの。調査戦隊のみんなにいろいろ常識とか普通を教わったけど、根っこのところはやっぱり異常なんだもの。

 誰にも相手されないのも当然だよねー。うへー、しんどいよー……

 

「…………」

 

 あまりにアオハルが遠すぎて、いよいよネガティブモードに浸りかけていた僕。

 自分で自分を痛めつけるのって、密やかで昏い慰めになるんだよねー……こういうことしてるから駄目なんだって、分かってるんだけどねー。

 

「どうされました、杭打ちさん。もしかして何か、落ち込んでいらっしゃいます?」

「…………、……………………?」

 

 と、そんな時だった。唐突に声がかけられて、僕は振り向きたくもない後ろをチラッとだけ振り向く。敵意はなさそうだけど、念のため迎撃の準備を即座に整えながら。

 するとそこには、先程オーランドくんにガチ説教をかましたシアン生徒会長その人が。僕のほうに悠々と歩いてきて、なぜかやたら親しげに手を振っている!?

 

「……………………!?」

「うふふ、お帰りになられるのでしょう? ご一緒させていただいてもいいでしょうか……いろいろ、お話したいこともありますし。ね?」

「!!」

 

 まさかのお誘い! 嘘ぉ!? 一度目の初恋が不死鳥のごとく蘇ったー!?

 慌てて力強く何度も頷く僕。そんな姿に、シアン会長はクスクス笑って僕に寄ってきた。

 ああああ憧れの生徒会長が至近距離いいいい! めっちゃ綺麗でお美しいしいい匂いするし瞳が透き通るような空の色だ! うわー! うわわー!!

 

「ふふ、それでは一緒に帰りましょう……それでは皆様、私達はこれにて。今までありがとうございました」

「か、会長……!」

「し、シアン様……っ」

「さ、行きましょう杭打ちさん」

「!」

 

 最後に元パーティーに別れを告げつつ、シアン会長は僕を促した。すぐに頷き、僕は彼女と歩き出す!

 わーいデート……じゃないけど帰り道をご一緒だー! 迷宮でも学校でも帰路は帰路だし、ドキドキの青春の一幕だよー!

 

 まさに夢心地、天にも昇る心地ってこういうことかもしれない。幸せな気持ちで胸が一杯になりながら、僕はシアン会長と迷宮の来た道を戻り始めた。

 道中も当たり前ながらモンスターは寄ってこない。今日ほど威圧法を体得していてよかったと思えた日はないよ。だって迷宮の外まで会長をエスコートするのにうってつけの、安全安心の迷宮攻略法だものー!

 

「……! ……!」

「どうされましたか? 何か、嬉しそうですね?」

「! …………」

 

 人生稀に見るはしゃぎっぷりの内面が、外にも漏れちゃってたんだろうか。シアン会長が僕を見て、ひどく優しくもいたずらっぽい笑顔を向けてくる。

 ああああ嬉しいけど恥ずかしいよおおおお! すぐにスンッ……と静かにすると、何がおかしいのかまたしてもクスクスと会長に笑われてしまった。

 

「フフフッ! なんだか楽しそうで嬉しいです、杭打ちさん。お顔は見えませんが、不思議と気持ちが伝わってくるのは……あなたの素振りがそれだけ純粋で、感情表現が率直なのかなと私には思えます」

「……………………」

「誰もが大人になっていくにつれて隠したり、なかったことにしようとしたりする大切なものを、杭打ちさんはなんの衒いもなく、精一杯に表現し続けているのですね。素敵だと思います、本当に」

「!!」

 

 す、素敵! ステーキじゃなくて素敵! シアン会長が、僕のことを素敵ってー!?

 

 衝撃に次ぐ衝撃。あまりに嬉しい、夢のようなことが立て続けに起きてもう、これが夢か現実か分かんなくなってきちゃったよー……

 クラクラしそうな茹だる頭で、それでもどうにか迷宮の帰路を辿る僕と会長さんでした!




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デート?だよー!(歓喜)

 信じられないことが起きているよー! 僕がなんとあの、シアン生徒会長と二人で迷宮を歩いているのだ!

 それも横並びで、ちょっとした拍子に肩が当たるくらいの近さで! 僕のほうがちょっぴり背が低いのが悔しいけど、このシチュエーションは夢にまで見た青春の1シーンと言って過言ではないのではないでしょうか!?

 

「…………っ」

 

 なるべくこの、幸せーな時間が長く続くようにと願い、遅延にならない程度に心なしかゆっくりめに歩く。やばいー、頬が緩んで仕方ないよー。

 横目で見るシアン会長のお姿がホントもう、美しいのなんのって。携帯ランタンは会長ももちろん使ってるんだけど、胸元の少し下らへんに提げているそれが、仄かな暖かみのある光を放ち彼女を照らしている。

 すると結果として少し陰の差したお顔に見えるわけで、それがまた大人びていて素敵なんだよなー。

 

 こんな機会、今後生きていて二度もあるなんて思えないからしっかり目に焼き付けとかなきゃね!

 

「杭打ちさんといると、モンスターが逃げていくんですね……そういう技術があると聞いたことはありますが、もしかして迷宮攻略法だったりするんですか?」

「! …………」

 

 はははは話しかけられちゃった! あのシアン様と世間話してるよ、この僕がー!

 お淑やかって言葉をそのまま声にしたような、澄みきった冬の空を思わせる涼やかな振動が耳朶を打つ。はー、幸せー。

 

 内心で感激に震えながらも、興奮を抑えて僕は頷く。

 いけない、これ以上妙ちきりんな反応をして怪しまれてももったいない。僕側の都合で正体を明かせないのが心底惜しいけれど、さすがに会長といえど同じ学校の人だし仕方ない。

 シアン様はそんな僕の葛藤をよそに、またも麗しく微笑み返してくれる。

 

「すごいです……さすがです、杭打ちさん」

「……!」

「それに……ふふ。昔と変わりませんね。頼りになるのにどこか可愛らしい、でもなんだか切なくも感じる姿。あの時見た姿と、まるで変わりませんね」

「?」

 

 褒めてくれるのはすごく、すっごーく! 嬉しいんだけどー……

 え、なんか昔から僕を知ってるみたいに言ってくるよー? なんだろ、関わりなんてこれまでなかったはずなんだけど。もし知り合いだったら入学式の時点でそういう関係を前面に押し出してアプローチしてるもの。

 

 調査戦隊時代にどこかですれ違ったりしたのかな? あの頃はメンバー共通の拠点と迷宮をひたすら行き来するだけの生活だったから、あるとしたらその道中のどこかでだろうけど。

 でもシアン会長様ほど美しくてオーラのある素敵な女性を見て覚えてないなんてこと……あるねー。その頃の僕ならあり得るねー。

 

 うわーもしかしたらもったいないことしてた!? 僕、幼き日の出会いイベントスルーしちゃってたー!?

 そういうところだよー昔の僕ー。後でこうして悔いる羽目になるんだから、少なくとも可愛い人には注目しておかなきゃいけなかったんだよー。

 あーあー逃しちゃってた、特大のチャンス……

 

「……………………」

「ふふふっ! 今度はまた、なんだか落ち込んでますね。本当、分かりやすいくらい分かっちゃって可愛いですよ。私と何処かで会ったか悩んでますか?」

「……」

 

 落ち込んでいるのが分かりやすすぎたのかもしれない。またしてもクスクス笑ってシアン会長は、僕を伺うように見つめている。

 ちょっと小悪魔っぽいのいいなあ……かわいい。こんな人が毎日隣で笑ってくれていたら、どんなにか僕の人生は幸せに満たされるんだろう。ちょっと想像もつかないや。

 

 ついつい見惚れてしまういい笑顔。そんな顔をして会長は、僕との出会いについて仄めかす。

 

「それは……迷宮から出て別れ際、お教えしますね。私にとっても大事な、本当に大切な思い出ですから。道すがら、雑談程度に話したいことでもありませんので」

 

 やっぱり、本当に昔どこかでお会いしたことがあるみたいだ。それもこの人にとって本当に大切な思い出だからときた。

 なんでそんな大切なことを僕は覚えてないの? 馬鹿なのかな昔の僕、絶対馬鹿だったよ昔の僕。

 

 気になるし早く話を聞きたいけれど、できればもうちょいシアン会長と二人で歩いていたい! 相反する心!

 それでも時間とは無情なもので、ゆっくり目に歩いても地下3階程度なら、あっという間に地上に出られるくらいの距離しかない。

 わざと道に迷うとかってのは冒険者としても人間としてもアウトだし、最短距離で向かうしかなかった……ああ、お日様が見えるー。

 

 来た時に出入り口で見た新人さんパーティーといくつかすれ違いながら──とんでもない美少女を連れて歩いていたからか、しきりに視線を向けられていた。ちょっと嬉しい! ──出口へ到達する。

 草の匂いも深く、青空には太陽の煌めく爽やかな夏の日。ぼくとシアン会長との二人きりのドキドキ迷宮探索が、儚くも終わってしまったのだ。

 

「…………」

「到着、ですね……ありがとうございました、杭打ちさん。お陰で無事に外界へ戻れました」

「……………………」

 

 名残惜しいよー。寂しいよー。

 夢のような時間が終わっちゃって、僕は頷きながらも、どうしようもなく切ない気持ちに胸が一杯になっていた。




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バレてるよー!?

 柔らかに吹き抜ける風。草原、迷宮への出入り口を出て少し歩いたところで二人、僕とシアン会長は向き直っている。

 なんでもここで待っていたらじき、彼女のお家の馬車が迎えに来るらしい。もちろんシアン会長だけのね。

 僕はこのあと孤児院のあるスラムに行くから、ここでお別れだ。寂しいよー。

 

 元々予定していた時間より大分早く、着いたみたいなのでそれまではこうしていようと思う。シアン会長とお話していたいし、さっき言ってた話も気になるからねー。

 

「今日は本当にありがとうございました、杭打ちさん……それと、先日に大変な失礼をしてしまったことについても謝罪させてください」

「?」

 

 いきなり何やら謝りたいって言ってきたけど、シアン会長に何がされたっけ僕? 数ヶ月前に他の男子達に混ざって恋心が爆散させられちゃったことだろうか? でも先日の話だからなー。

 ふと思いつくのはこないだ、オーランドくんに絡まれてサクラさんがめっちゃキレた時くらいかな? でもあの時は会長、別に何も嫌なことをしなかったしむしろ優しく笑いかけてくれたから、嬉しかったくらいなんだけど。

 

 不思議に首を傾げていると、シアン会長はおもむろに頭を下げ、折り目正しい謝罪を示してきて言うのだった。

 

「グレイタスくんに絡まれた時、助けに入れたものを助けに入らなかった。結果的に彼とリンダ・ガルのあなたに対する失礼極まる物言いに、まるで私まで賛同しているかのような誤解を与えてしまいました。本当に、申しわけありませんでした」

「!?」

 

 えぇ……すごい真面目だ……

 助けに入らなかったからあの二人と同類に思われたかもしれない、だなんて気にし過ぎだよー。

 別にあの場にいたハーレムパーティーメンバーで、僕に直接あれこれ言ってきたリンダ先輩以外も同じタイプだーなんて思ってやしないのに。ずっと気にしてたんだねー。

 

「あなたがあの場を離れたあと、私含めパーティーの全員がジンダイ先生から改めて、冒険者とは身分や出自に依らずみな、公平であることをレクチャーしていただきました。残念ながらリンダ・ガルには効果は薄かったようですが……」

「…………」

「そう、気落ちなさらないでください。他のメンバーはグレイタスくん含め、みんなサクラ先生のレクチャーを受けて深く反省しました。彼女のような者ばかりとはどうか、思わないでいただけると嬉しいです」

 

 別に気落ちはしてないけれど……サクラ先生、シアン会長達にも説教かましたんだなーって驚きのほうがどっちかというと大きい。

 新米だからこそ、あえてやらかしてようがそうでなかろうが、まとめて言い含めようってつもりだったんだろうか。

 本当に正義感が強いタイプの冒険者だね、サクラさん!

 

 そしてそれを受けての、シアン会長の生真面目さだってこれでもかと伝わってくる。素敵だー。

 鼻で笑われがちな理想論を本気で受け止める姿勢がまず尊敬に値するし、それもあって僕のことをこんなにも気にかけてくれてるんだなーって喜びがジワジワ湧いてくるよー。

 

 内心テレテレしながら聞いてる僕。いやーサクラさんに感謝だなー! えへ、えへへ!

 顔が盛大に緩むのを感じながらも、僕はそれでもこればかりは、言葉にして伝えないといけないと思い、口を開いた。

 

「……ありがとう」

「! 杭打ち、さん?」

「…………別に、彼らのことを気にしてはいなかった、けど……そう言ってくれたことが、とても、とても嬉しい……です」

 

 ソウマ・グンダリとして伝えたかったけど、さすがに同じ学校の人だしまずいと自重する。

 特に会長は喧嘩別れこそしたけどオーランドくんのパーティーメンバーだったし、現メンバーの副会長や会計の人とも今後も交流自体はあるだろうし、僕の正体についてその辺から漏れられても困るからねー。

 

 だから冒険者として"杭打ち"として、せめて辿々しさでどうにか誤魔化せないかなーと祈りながらぽつりぽつり、声をかける。

 オーランドくんやリンダ先輩に怒ってくれたことじゃない。僕のことをどんな形であれ尊重してくれた、そのことそのものが心から嬉しいよー。

 本当にありがとうございます、シアン会長!

 

「はい。私も、そう言ってくださってとても、とても嬉しいです。ありがとうございます、杭打ちさん……いえ、いいえ」

「……?」

 

 ニッコリ笑って、でも少し言い淀んで俯くシアン会長。

 どうしたのかな……もしまたお会いできないかとか尋ねられたりしたらどうしよう、うへへー。

 あ、なんなら今度一緒に、秘密基地直結の地下道を探検したりなんかしちゃったりしてー。自分で思いついといてなんだけどなんていいアイディア!

 

 ひたすら自分に都合の良い妄想を展開する僕。いいじゃん思うだけならタダだし、誰にも迷惑かけないしー。

 実際は当然そういう話じゃ無さそうなんだけどね。シアン会長が、にわかに頬を染めてはにかみ、僕に告げた。

 

「驚くでしょうが、それでもあえてこの名を呼ばせてください────ソウマ・グンダリくん」

「…………!? えっ、は、え!?」

 

 ええええ正体バレてるうううう!?

 なんで!? どーいうことー!?




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まさかまさかのご縁があったよー!?

 いきなり僕の本名、冒険者"杭打ち"の正体であるソウマ・グンダリの名を呼ぶシアン会長に、僕はかつてないほどに驚き、そして絶句していた。

 これほどまでに驚いたのは生まれて初めてだ……生まれて初めて戦いに敗けた時よりも、初めて迷宮地下最深部に下りた時よりも、調査戦隊が解散したことを教授から聞かされた時よりももっともーっと、驚いている。

 

「え……は、え……っ!?」

「……ようやく、本当のあなたに会えた気がします」

 

 驚きに呻く僕を見て、なぜだか嬉しそうに笑うシアン会長。

 そのまま僕のほうに歩いてくるのを、悲しいかな冒険者としての警戒心からつい、後退ってしまう。

 正体が思いっきり露見していることを受けて、どうやら本能的にシアン会長を敵……とまでは言わずとも、警戒すべき相手と認識しているみたいだ。

 

 いや、さすがに明確に敵対してるわけじゃなし、杭打機を取り出したりはしないけど。

 それでもこれまで大体の人にバレてなかった僕の名前を、こうもいきなりズバリと言い当てられては身構えざるを得ないよ。

 どういうんだ、シアン会長?

 

「…………!」

「いきなり不躾に名前をお呼びして申しわけありません。ようやくあなたとお話できて、少し高ぶってしまっているみたいです」

「…………」

「なぜ、あなたの名前を私が知っているのか。その理由を今、お話したく思います。どうかお聞きください。あなたに助けられた、幼き日の少女の話を」

 

 滔々と淀みなく話す会長の姿は、警戒していてもなお目も心も奪われてしまいそうなほどに美しい。頬が紅潮して目も若干潤んでるのがなんとも言えず色っぽいよー、かわいいよー。

 そして僕に助けられた? やはりというか僕が昔に関わったことのある人らしいけど、こっちにはまるで記憶がない。

 たぶん調査戦隊にいた頃だと思うけど、なんかあったっけなそんな、大袈裟なくらい感謝されるようなこと……

 

 思わず記憶を漁るけど、こんな美少女とお知り合いになれるチャンスをみすみす、ふいにした覚えがまったく無くて困る。

 もしかして人違いとか? いや、名前まで知られててそれはないなー。

 訝しむ僕もよそに、会長はどこかうっとりした様子で胸の前で手を組み、熱に浮かされたように話し始めた。

 

「そう……それは5年前。当時13歳だった私が、好奇心から家を抜け出し、迷宮に一人で入り込んでしまった時のことでした」

「…………」

「地下1階。出てくるモンスターも冒険者にとっては他愛のないモノですが、蝶よ花よと育てられた我儘な小娘にとってはまさしく悪漢にも勝る暴力の化身です。すぐに襲われてしまい、私は殺されそうになっていました」

「……………………」

 

 うーん……5年前かぁ。調査戦隊に入るか入らないかくらいのの頃だね。なんなら孤児院にもいた頃合いかもしれない。

 ぶっちゃけ孤児院にいた頃からみんなに内緒で迷宮潜ってたりしたから、5年前と一括りに言ってもタイミング次第でいろいろ状況が違う時期なんだよねー。

 

 どうにかシアン会長との関係を運命的なものだと思いたいから、必死になって記憶を探るけどなかなか思い出せないー。

 あの頃は調査戦隊のリーダー達と揉めたり戦ったり勝ったり負けたり、その末に調査戦隊に入らされたりして目まぐるしかったから記憶がごちゃまぜだよー。

 誰かを迷宮内で助けたこともそれなりにあるし、一々覚えてもいなかったしね。あー、今にして思えばもったいないことしたなー!

 

「そんな時、颯爽と現れて助けてくださったのが杭打ちさん、あなたです。今お持ちのものとは違う杭で、あっという間に並み居るモンスター達を蹴散らし、穿ち」

「…………」

「そうしてモンスターを倒し終えた後、あなたの仲間の方が来てくださって私は家に戻されました……あなたの名前をお伺いしたところ、お仲間の方から"ソウマ・グンダリ"だと教わり、その素敵な名前を今に至るまでずっと、大事に覚えてきたのです」

 

 本当に大事な、宝物のような思い出なんだろう。シアン会長ら瞳を閉じて、神々しささえ感じる静寂な表情で祈るように腕を組んでいる。

 当時、たしかに僕は杭打ちくん3号じゃなくて初代杭打ちくん──もはや単なる木の杭をガンガン振り回すだけのもの──を使用していた。会長の言う助けに入った冒険者は、僕で間違いないんだろうね。

 

 でも、僕の名前を教えたって仲間は誰なんだろう?

 調査戦隊メンバーなのは間違いないけど、リーダーの意向から僕の名前はあんまり広めないって方向に、入隊初期の時点で決まっていたのに。

 僕の出自の厄介さや、まだ歳幼い子供を迷宮内に連れ出すことへの批判を恐れて、ソウマ・グンダリの名と姿は隠蔽して"杭打ち"として売り出していくってのは前提条件だったはずだ。

 

 それを破ってわざわざフルネームでシアン会長に教えたって、誰だ? っていうかどれだ? 心当たりがそれなりにあるよー。

 堪らず僕は、シアン会長に問い質した。

 

「…………その仲間って、ちなみにどんな感じの人です?」

「金と青のオッドアイで、美しい金色の髪を長く伸ばした長身の女性でした。送り届けていただいただけですので、名前までは……」

「…………リューゼかー……!」

 

 あいつか! オッドアイの調査戦隊メンバーなんて、あいつしかいないよー!

 大迷宮深層調査戦隊が誇った最高戦力の一人による仕業だと確信して僕は、何やってんだあいつ! と小さく叫んだ。

 

 Sランク冒険者、その名もリューゼ……リューゼリア・ラウドプラウズ。

 今ではたしか"戦慄の冒険令嬢"とか言われている、かつての調査戦隊中核メンバーの一人。

 すなわちレジェンダリーセブンの一員が、シアン会長に僕のフルネームを教えていたみたいだ!




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一世一代の告白……の、はずだったよー……

 レジェンダリーセブンの一人、リューゼリア・ラウドプラウズ。かつては調査戦隊の中でも特に僕と仲が良くて、今は遠くにある海洋国家で活動してたりする女傑だ。

 あいつがどうやら僕の正体を、シアン会長にバラしていたみたいだ。うーん、やってくれやがってたよー、思わず頭を抱える。

 

「何してんの、リューゼ……5年も前のことを今言うのもなんだけどー……」

「リューゼ……リューゼリア? "戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズさんだったのですか、あの方が!」

「……お、おそらく。調査戦隊に、オッドアイはあいつしかいませんでしたし」

「すごいです! そんな方と、そんな風にお知り合いなんですね、グンダリくん!」

 

 瞳をキラキラさせてくる会長。かわいいよー。かわいいけど、反応に困るよー。

 当たり前のように"杭打ち"をグンダリと呼んできているけど、杭打ちスタイルでそれは止めてくれと言う他ないから困る。あと、どーせ呼ぶなら親しみと愛情をたっぷり込めてソウマって呼んでほしいです、切に!

 

「あ、あの……僕の名前をご存知な理由は分かりましたから、すみませんけど今は杭打ちとだけお呼びいただけないかな、と……」

「あ……ご、ごめんなさい。そうですよね、あなたは名と姿を隠して活動してらっしゃいますものね。失礼しました」

「いえ……ご理解いただいて、ありがたいです……」

 

 会話がぎこちないー。明らかに僕を意識してくれてる感じの会長さんと、どう反応すればいいのか分からない僕とでコミュニケーションがお互い難しい感じだよー。

 暫しの沈黙。どうしたものか、少し考える。

 

 たぶん、この様子だとシアン会長は僕の正体について、隠してくれと頼めばその通りにしてくれるだろうと思う。今の今までオーランドくん達にもバレてないのが証拠だし、何より僕は彼女にとって命の恩人らしいからね。

 なんなら学校では普通にソウマくんって愛を込めて囁いてくれても全然構わないわけだし、となるとこれは、僕にとってものすごいチャンスなのではないかと思うんだ。

 

 憧れの人にして一度目の初恋の人、シアン・フォン・エーデルライト様。

 信じられないことだ。僕は今、彼女とお近づきになれる絶好極まる機会を得ているんだよー! ジワジワ沸き起こる好機の実感と期待、そして裏腹の不安と焦燥を感じ取り、一筋汗を垂らす。

 

 こ、ここは慎重にことを運ぶんだ……シアン会長との縁を、これ限りで終わらせちゃいけない。繋ぐんだ、今後に、これからの学園生活に!

 シアン会長は3年生、今年度で卒業なんだ。この機会を逃したらきっともう二度と、この人と僕がこんな風に顔を合わせる機会なんてない。だからこそ、これが最初で最後のお近づきチャンスなんだ!

 

 紛れもなく一世一代の勝負どころだ。かつてこんなにも気合いを入れて誰かと向き合うなんてしたことがない。

 怖い、嫌われるかもしれない。でも怖がってもいられない、好かれたい。

 僕のそばにいてほしい、僕とお話ししてほしい。僕もそばにいたいから、僕ももっとお話したいから!

 

 好きな人達に囲まれて、少しでも楽しい人生を、青春を生きていきたいから! 

 だから、僕は勇気を振り絞って話しかけた!

 

「あ、あの──」

「お嬢様ーっ! お嬢様、シアンお嬢様ーっ!!」

「────っ!?」

 

 ああああまさかの横槍いいいい!?

 何!? なんなの誰!? ちょっと今大事なところなんでそーゆーの止めてもらっていいですかーっ!?

 

 信じたくないタイミングでの突然の横槍。いきなり遠くから聞こえてきた叫びに目を剥き、僕はそっちを振り向く。

 猛烈な勢いで馬車がまっすぐこっちに走ってきて、御者らしい執事服の少女……男装かな? が、大きな声で会長の名を呼んでいる。

 シアン会長が、手を振ってその声に応えた。

 

「サリア! 来てくれたのね、私の執事」

「お嬢様! あなたの第一の従者サリア・メルケルスがただいまお迎えに上がりました、シアンお嬢様っ!」

「…………」

 

 すごいハイテンションで、男装した少女執事、サリアさんが僕らの前に馬車を停めた。豪華な造りの馬車に背の高い、毛並みのよく整った馬が2頭。見るからにいいお家のものだと分かる高級馬車だね。

 そして会長の下まで降りてきて跪く彼女。金髪を後ろに結って、パッと見服装もあって中性的な美少年って感じだ。誤魔化せないくらいにはスタイルが豊かだから女性だって分かるけど。

 

「よく来てくれました。いつもありがとうね、サリア」

「もったいないお言葉! ところで……こちらの方は、察するところ冒険者"杭打ち"様とお見受けしました。ついにあの日のことをお伝えできたのですね、お嬢様」

「ええ。感謝を伝えるのに、5年もかけてしまいましたがようやく達成できました。やはりこの方は私の知る中で、一番素敵な冒険者ね」

「左様でございますか。お嬢様」

 

 結果的に僕の邪魔をする形になった美少女執事さんは、会長の事情を知っているのか満足げに頷いている。

 そしておもむろに立ち上がると僕の前にやってきて、優雅に一礼して礼儀正しい作法とともに、笑顔で言うのだった。




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夢みたいなことが起きたよー……

「あなたが杭打ち様でございますね? お初にお目にかかります、私はシアン・フォン・エーデルライト様にお仕えする執事、サリア・メルケルスと申します」

「…………」

「そのご様子ですとすでに、ことのあらましはご存知かと思います……5年前、迷宮に潜られたお嬢様をモンスターどもの魔の手からお救いくださったこと、今さらではございますが厚く御礼申し上げます。本当に、その節はありがとうございました!!」

「……………………いえ」

 

 誠実に、忠義溢れる佇まいの執事サリアさんは、そう言って僕に頭を下げた。あまりに潔く勢いもいい感謝っぷりに、思わず小声ながら反応する。

 うん、良い人だ……僕相手にも躊躇なく頭を下げるところとか、シアン会長に何よりもの忠誠を誓っていそうなところとかすごく素敵。金髪を後ろに束ねて執事服で男装してるってのも、顔立ちの整い方から不思議と似合うしどこか、背徳的な魅力と色気を感じるよー。

 

 14度目の初恋の予感。するにはするけど、今はそれよりシアン会長への決死の提案に水を差されたことへのショックのほうが大きい。

 別に怒りはない、というかまごまごしてた僕のヘタレ方が悪いから、サリアさんに何か思うなんてお門違いもいいところだ。

 

 でもそれはそれ、やはり残念というか無念さは遺る。僕の青春は、トライする前に玉砕したのかー……

 後から仲良しなのがバレるとかならともかく、仲良くしたいってのを従者のいる前で言うのは、会長がお貴族様なのを踏まえるとリスクが高い。縁がなかった、そう思うしかないよー。

 

「……………………」

 

 うう、うう。でも、でもー。

 でも悔しいよー、僕いつもこんなんじゃん。何か伝えようとした矢先、オーランドくんだったりサリアさんだったりがすでにそこにいて、縁がないことを嫌でも突きつけられて、諦めて。

 その度に泣いて、落ち込んで、友達に慰められて。この3ヶ月ずーっとそんな感じだよー。

 

 もしかして僕の学園生活、ずーっとこんな感じなのかな。これからもたくさん恋をして、告白しようとするのにその度に障害に立ちはだかられて苦い諦めを抱くのかなぁ。

 いや、もしかしたら学園卒業以降もずっと、人生ずーっとこんな風に? ……地獄だよー。そんなの地獄だよー!

 

「……………………」

「……杭打ちさん」

「杭打ち様? どうされました?」

 

 一世一代と意気込んでも、こうしてちょっとでも邪魔が入るとすぐ諦める。どうしても身分の差を気にする僕は、ひたすらネガティブな想いに浸らざるを得ない。

 安寧にも似た自虐だけが、心の痛みともに僕を慰めてくれる。そんな僕をどこか心配がちに気にしてくるシアン会長とサリアさんの姿さえ、今の僕にとってはどうにもつらくて堪らなかった。

 

 そんな時だ。

 シアン会長が、僕に近寄ってきた。

 その瞳にはどこか、強い緊張と不安、そして決意の光が宿っている。

 

「杭打ちさん……私は、あなたとこれだけの縁で終わりたくありません」

「…………?」

「いえ終わらせません。絶対に繋げます……動かないでくださいね? えいっ!」

 

 少しばかりの掛け声とともに、言うやいなやシアン会長はとんでもない行動に出た。

 なんと僕の頭を胸元で包むように、抱きついてきたのだ!!

 

「!? っ!? え、あ!?」

「お……お嬢様っ! なんと大胆、ああいえもといもとい、なんとはしたない!」

 

 まったく予想だにしない行動。僕は今、何をされている?

 動かないでと言われて本当に動かないなんて柄にもないし、そのつもりもなかったのに動けなかった。完全に彼女の強い光を湛えた瞳に、心を奪われていて反応が遅れた。

 

 でもその結果、こうなったのは良かったのかもしれない……どころじゃない!

 すすす、すごいよー!? だ、だ、抱きしめられてる! 僕今、憧れのシアン会長に抱きしめられてるよー!!

 

 服越しに伝わるぬくもり、柔らかさが僕のすべてを包み込む。

 生まれてから、何度かされたことがある。抱擁……何かしら、優しい想いを込めて行う行為だ。それを今、シアン会長が僕にしてくれているんだ。

 

 ど、どうしよう。もう、何が何やら。悲しかったり嬉しかったり、情緒がグチャグチャだよー……!

 頭の中が大混乱。どうしようもなくなされるがまま、頭を包む素敵なぬくもりを思考停止状態でそれでも堪能していると、さらに追撃がしかけられた。

 なんと僕の耳元に、会長が囁いてきたのだ!

 

『────グンダリくん。今度の放課後、あなたに会いに行きます』

「……!!」

『私達の今後について、これからについて、お話しましょう……ちょうど学園には、お話しなければいけない方もいらっしゃいますからね』

「は、は、はひ……」

 

 ああああ耳に吐息がかかって幸せええええ!

 生まれてきてよかったよおおおお!

 

 熱く、どこか濡れた吐息が耳を撃つ。ああっなんて嬉しいこそばゆさ!

 そして何より今度の放課後、なんと会長が会いに来てくださるのだ! 縁が続く! まだチャンスがあるんだよー!?

 

 もはや何か、良すぎる夢を見ているに過ぎないんじゃないかな?

 思わずそう疑ってしまうほどに都合のいい成り行きに、僕はもう頭真っ白で呻く他ない。

 そんな姿を見て、シアン会長は楽しげに、嬉しげに笑みをこぼすのだった。

 

「ふふっ……! それではそろそろ行きますね。今日の、そして5年前は本当にありがとうございました! またお会いしましょう!」

「はっ! …………はいぃ」

「それではこれにて失礼いたします、杭打ち様。お嬢様、こちらへどうぞ」

 

 サリアさんの誘導を受け、会長が馬車に乗り去っていく。

 それでも車内からこちらに向け、手を振ってくるのを僕は──ひたすら呆然としたまま、ぼーっとその場に立ち尽くして見送っていった。

 

 そして馬車が見えなくなってから、夢現とばかりのふわーとした調子でスラムに赴き、孤児院に薬草を卸して依頼を達成したのでした。




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身分とか知らないよー!

「よくできた作り話だけど虚しくないのかソウマくん……」

「そんな妄想をしないといけないくらい追い詰められていたのかソウマくん……今度ステーキでも奢るぞソウマくん……」

「なんでそーなるのー!? 違うよ本当にあったことだよー!!」

 

 翌日、放課後の文芸部室。僕は親友のケルヴィンくんとセルシスくんから心ない疑いをかけられたことに憤慨し、力いっぱいの抗議をしていた。

 僕自身、夢だったんじゃないのかって疑わしいほどだけど本当にあったんだよー。本当にあの、シアン会長様とお知り合いになれたんだよー!

 

 迷宮内でのオーランドくんハーレムパーティーとの遭遇から、まさかのシアン会長のパーティー離脱と僕との帰還デート。

 そして外に出てからのやり取りなんてもう、一生の思い出だよー。まさか5年前に僕と会長が、助け助けられの縁で繋がってたなんて思いもしてなかった! っていうか今も思い出せてない!

 

「これはもはや運命なんだよー! 分かる二人とも? 悪いけど僕、ついに青春をこの手にしちゃうからねー!」

「別に悪くはないが……大丈夫か? なんか騙されたりしてないかソウマくん?」

「そうでなくともシアン会長ったら君、貴族の中でも特に上澄みの侯爵……つまり王侯貴族の次に偉い家柄だ。貴族に手を出すなんてなかなかに命知らずだな、ソウマくん」

「う……」

 

 痛いところを突かれた。貴族であるセルシスくんにはなるほど、そういう視点になるよねそりゃあね。

 おっしゃる通りでシアン会長──シアン・フォン・エーデルライトは侯爵貴族エーデルライト家の三女ということでも有名だ。

 このエーデルライト家ってのがいわゆる名門貴族で、貴族としてはもちろん歴史的な冒険者も数多く輩出してきた冒険者貴族の名家でもある。そういう事情もあり、本来深窓の令嬢やっててもおかしくない会長も貴族でありながら、冒険者をやっているわけだね。

 

 で、そういう話だから僕と会長の間にはとんでもなく深い溝がある。言わずもがな身分という名の溝だ。

 僕が単なる平民なら良かったけれど、実際にはほとんど棄民に近い形で打ち捨てられたスラム地区の出だし、さらに元を辿ればもっときな臭い出自にまで遡れてしまう。

 そんなわけで通常であれば僕なんて、会長ほどの方からすれば視界に入れることさえないような路傍の石なのだねー。

 

「い、いやでも! 冒険者の間に身分はないから! 今はシアン会長も冒険者なんだし、冒険者としての間柄がどんなものであろうとそこに貴族とかスラムとか関係ないから!」

「気持ちは分かるがそれって建前じゃないのか? ソウマくん……」

「いや……この国は冒険者の立場が強いからどうだろうなケルヴィンくん。国だろうが王だろうが貴族だろうが、気に入らなければ殴りにかかる大変な連中という一面もあるからな、彼ら冒険者は」

 

 比較的冒険者のありようには詳しくないケルヴィンくんにセルシスくんが語るように、この国では冒険者の立場がとにかく強い。

 この迷宮都市の存在により世界中から冒険者が挙って押し寄せてきたという長い歴史があり、その中で冒険者達がギルドを結成して自分達の権威や権力、権限をじわじわ拡大してきたそうだからね。

 今やこの都市の治安は事実上、冒険者達によって護られているという状態からしてもその歪さはわかるよ。

 

 加えてこれは手前味噌な話かもしれないけれど、やはり大迷宮深層調査戦隊の存在が一際大きい。 

 わずか数年で世界最大級の迷宮の、極めて深い部分までを攻略してみせた調査戦隊は世界中に冒険者ブームを引き起こし、各地で迷宮攻略への機運を高めた。

 

 迷宮攻略法という、今までは個人の技量に依るところが大きかった迷宮踏破のノウハウを体系化させた技法を編み出したというのが特に重大だったねー。

 あれ以前と以後で明確に、世界中の冒険者界隈が完全に別物になったとすら言われてるそうだし。調査戦隊の功績の半分くらいが実のところ、迷宮攻略法の確立だとさえ言われてるからね。

 

 話が若干逸れたけど、つまりはそうした永年の積み重ねもあって、今やエウリデ連合王国における冒険者の立ち位置ってのは、そんじょそこらの貴族にも負けないほど重いものなのだ。

 しかも根底から反骨精神旺盛、長いものには巻かれるな偉いものにはとりあえず噛みつきに行けってのが信条な連中だから、当然のように貴族連中とは敵対している。

 

 僕だってこの際明言するけど、貴族であることを笠に着て、ふんぞり返ってるような連中は好きじゃないしね。こないだの騎士団連中みたいにさ。

 

「あー……こないだもなんか、騎士団相手に揉めたんだって? ソウマくんいやさ杭打ち殿も関与してたって聞いたけど」

「まあねー。アレはあいつらが悪い、騎士団長の言うことも聞かずに暴走して、年端も行かない子供を玩具にしようとしてさ」

「貴族達の間でも噂はすでに広がってるな。ワルンフォルース卿、ずいぶん詰められてるみたいだ……立派な方だというのに、愚かな話だよ」

 

 一昨日あたりに起きた、騎士団との揉めごとについてはすでに迷宮都市中に広まっているみたいだ。僕の名前も出されてるのはちょっとやだなー。

 でもそれ以上に案の定、シミラ卿が貴族に責められてるっぽいのがイラッとくるよー。悪いのは好き放題してたボンボン騎士のほうなのにねー。




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褒められて嬉しいよー!

 シミラ卿への貴族どもの対応が、おそらく叱責だらけだろうことに内心で苛つきを覚えていると不意に、文芸部室のドアがノックされた。

 誰だろう? ……なーんて、白々しい物言いはしません! 昨日の今日だもの、誰がお越しになったかなんてすぐに分かることだよー!

 さっきまでのイライラもさておいて僕は、内面の喜びが目一杯表に出たような声色でノックの主に告げた。

 

「はーい、どうぞー!」

「浮かれてるなあソウマくん」

「分かりやすくウキウキしてるなあソウマくん」

「うるさいよー!」

 

 一々茶化すなよー、二人とも来客があるって知ってるでしょー!?

 あくまでも僕をイジるつもりなケルヴィンくんとセルシスくんはこの際無視、無視! 僕はこれから素敵な時間を過ごすんだ、わーい!

 僕の言葉を受けてドアが開かれる。予想通りにやってきたのは、何度見てもいつ見てもお美しい桃色の髪の美少女。

 

 迷宮都市第一総合学園が誇る文武両道、美しさまで兼ね揃えた生徒会長!

 シアン・フォン・エーデルライト様のお越しですー!

 

「失礼します……ふふ。昨日ぶりですねグンダリくん」

「やっほーでごーざるー。一昨日ぶりにサクラ・ジンダイ参上でござるよー」

「……あれ? え、サクラさんも!?」

 

 おっとまさかの特別ゲスト!? シアン会長とともに意気揚々と入室してきたその人に、僕はびっくりして声を上げる。

 夏休み直前の今になってこの第一学園に赴任してきた剣術師範、サクラ・ジンダイ先生その人が、ひらひらと手を振りながら陽気に笑ってそこにいたのだ。

 

「え、サクラさんがどうしてここに? エーデルライト会長とご一緒なんて、なんていうか、異色のコンビというか」

「案外そーでもござらんよソウマ殿。なんせ拙者ってば一応ながら、生徒会の副顧問でござるしねー」

「そういえばそんなこと仰ってたな、こないだ……」

「あ、あー……」

 

 一昨日、サクラさんとお話した際にそんなこと言ってた気がするー。そうか生徒会副顧問ってことで、生徒会長たるシアン様とはそれなりに接点あるんだねー。

 納得していると、サクラさんはさらに笑ってシアン会長の肩を軽く叩いた。それを受けて彼女も微笑んで言う。

 

「それ以前に私の場合、グレイタスくん絡みでもジンダイ先生とはお話していましたからね。先生、その節は大変なご迷惑をおかけしました」

「いやいやこちらこそ、とんだ早とちりで関係ないお主にまで変な上から説教をかましてしまい、申しわけないでござるよー。いやまさか、お主がソウマ殿とかような縁を持っていたとは露にも思わず!」

「グンダリくん本人に直接お礼を言うまではと、誰にも打ち明けませんでしたから。本当に大事で大切な記憶を……彼に逢うまでは私だけの素敵な宝物として、取っておきたかった想いもあります」

「うひゃーっ乙女でござるなー! ソウマ殿ソウマ殿、これはなかなかに春でござるなー? このこの、果報者めでござるーっ」

 

 えぇ……なんか肘鉄してくるよー……

 ニヤニヤしながらからかう感じに擦り寄ってくるサクラさんに僕はタジタジだ。一気に打ち解けてきたなーこの人、かわいい。

 

 でも正直、僕もなんだかニヤニヤしちゃうよー。僕に助けられたことを、そんな大事に思ってくれてるなんてすごく嬉しいもの。

 迷宮遭難者の救助は冒険者であれば当然のことだけど、だからこそお互い当たり前のこと過ぎて、割と互いのノリが軽くなりがちなんだよねー。

 

 "おーう大丈夫かー? "と"おーうすまねえなー"、こんな感じのフラットなやり取りが常だものー。まあ毎度毎度一々、俺はお前の救世主だー! とかあんたは俺の命の恩人だー! とか重苦しいこと言い合ってらんないしね。

 助けて、助けられて、軽くお礼を言って、受け取って。そしたら後は帰って酒を飲み交わす。

 冒険者同士の相互互助なんてのはその程度なのが普通だ。

 

 だからこそ今回ってか5年前、一度きり助けた程度のことをここまで大切な記憶として抱えてもらっていたのは、なんていうか嬉しさとか恐縮さとか、やっぱり嬉しいさがある。

 こんなに感謝してもらえるなんて滅多なことじゃないよ。もしかしたら生まれて初めてかもしれないってくらいに感謝されちゃってるよー。

 

「えへ、えへへへ」

「照れるな照れるなソウマくん。君、マジに会長を助けてたんだな」

「素晴らしいことじゃないかソウマくん。君はこの迷宮都市の誇る才女の未来を人知れず護っていたんだぜ。尊敬するよ」

「えへへへー!!」

 

 ケルヴィンくんとセルシスくんにも褒められちゃって、もー照れるったらないよー!

 憧れの1度目の初恋の人に大事に思われて、運命の11回目の初恋の人に気さくに絡まれて、大切な友達二人からは褒められて!

 あー、なんか心が満たされるよー。青春してる気がするよー!

 

「えへへへへへへ!」

「分かりやすく照れてるなー」

「まるで15歳にも見えないな、10歳くらいにすら見えるあどけなさだ」

「あー……情緒的にはそんなもんでござろうしなあ」

「うふふ! かわいいです、グンダリくん!」

 

 テレテレと自分の頭を撫でつける、照れ隠しをする僕。

 改めてこの学校に入れてよかったなーって、心からそう思えているよー。




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意外な提案だよー?

 シアン会長とサクラさんをこないだよろしく席に案内し、ケルヴィンくんの淹れた紅茶とセルシスくんの買ってきた茶菓子でもてなす。

 ケルヴィンくんは紅茶を淹れるのがとても上手で、文芸部でお話する時の楽しみにもなっているほどの腕前だ。そしてセルシスくんは実家の伝で美味しいお菓子を頻繁に持ってきてくれて、これがまたお茶に合うこと!

 

「とても美味しいわ。淹れ方がお上手なのね」

「いやはや、お褒めに預かり恐縮ですよ会長」

「んー美味しいでござるー。貴族印のお茶菓子は、さすがに砂糖もドッサリ使ってそうでござるねー」

「私自身はあまり、甘みのきついものは好みではないのですがね……ほぼ毎日ソウマくんが美味しそうに食べてくれますから、こちらとしても持参し甲斐がありますよ」

「い、言わないでよー。美味しいのはもちろんそうだけどー……」

 

 素敵な友達二人の強力タッグによる、素晴らしいティータイム。シアン会長もサクラさんも、紅茶とお菓子に舌鼓を打って楽しんでいる。

 美味しいでしょー! 友人達が褒められて、僕もなんだか鼻が高いや!

 

 放課後、お仕事に向かう前のほんの一時間程度をこうして友人達と過ごすのは今や僕の生活の中で外せない時間だ。

 僕は冒険者だしケルヴィンくん、セルシスくんも学内外に他の交友関係があったりするので毎日ってわけにはいかないけど、それでも3人集まれる時にはこうしてのんびりするのが日々の楽しみになっている。

 

 そんな憩いの時間をシアン会長、サクラさんとも共有できるなんてとても光栄なことだ。

 僕らは顔を見合わせて、誰からともなく笑い合った。

 

「本当に仲のいい三人組でござるねー」

「ふふ、なんだか羨ましいです」

 

 ゲストのお二人もそんな僕らを見て笑い合う。なんだかすごく、すごーくいい感じの空気。

 いつまでもこの時間が続けばいいのにーってつい、思っちゃうくらい素敵な時間だよー。でもあくまでお二人はゲストで、特にシアン会長は僕に何やら用事があってお越しになったんだ。どうしたって、その話はしなきゃいけないよね。

 

「ふう。さて、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 紅茶の入った来客用のティーカップを静かに、物音一つ立てず机に置いて、シアン会長がそう切り出した。

 それに伴い緩みきっていた空気がぱしーっと引き締まり、僕含めみんな、サクラさんさえもおやと目を丸くしつつ居住まいを正す。

 

 すごいなー、これが会長のカリスマってやつかー。

 おそらくは侯爵貴族の令嬢としての振る舞いから自然と放たれるものなんだろうけど、気品や優雅さがすごいから自然と気圧される感じだよー。

 

 冒険者として、新人でこのレベルの威圧ができるのはとてつもないアドバンテージだろうねー。ある程度実力差がある相手には通じないだろうけど、そうでなければモロに威圧を受けて動けなくなっていると思うし。

 まあでも今のところ、その肝心の実力が心もとなさそうだしね。単純な地力を伸ばしてこそ、シアン会長の貴族としてのカリスマは実用性のある武器として機能する、という感じだろうなー。

 

 冒険者としての視点からついつい、シアン会長の今の威圧について感想を抱く。

 けれど次の瞬間、僕はまたソウマ・グンダリに戻されることになるのだった。

 

「グンダリくん……いえ、この際その、ソウマくんとお呼びしても? 私だけグンダリくんと呼ぶのは、仲間はずれのようで寂しいですから」

「! ぜ、ぜひぜひ! ぼぼぼくはソウマです! ソウマくんですー!」

「ありがとうございます、ソウマくん。私のこともエーデルライトでなく、シアンと呼んでくださいね。会長をつける必要もありませんから」

「は、はいー!」

 

 ふわわわ! お、お互い名前呼びだよー!?

 シアン会長、いやさシアンさん! 僕のこともソウマくんって!!

 これもういけるんじゃないかな、いっていいんじゃないかな!? 僕、青春に手が届くんじゃないかなー!?

 

「今のうちに言っておくが早とちりするなよソウマくん」

「何考えてるのか丸わかりだけどソウマくん、こないだの先走った挙げ句の爆死を思い返せよソウマくん」

「なんとなく二人の物言いから察せるでござるが、ソウマ殿は前のめりな姿勢をもうちょい糾すべきかもでござるねー」

「ああああ何も言ってないのに総ツッコミいいいい」

 

 たぶん言われちゃうだろうなって気はしてたけど! サクラさんにまで言われるとは思わなかったからダメージはいつもの1.3倍だよー!?

 一瞬浮かれて勢いのままに告白まで行きそうになったけど、3人がかりの制止にどうにか我に返る。爆死呼ばわりは遺憾ながら、たしかにこの場面でそんな焦ってもろくな未来を迎えない気がしてならない。

 

 危ないところだったよー……友人達とサクラさんに感謝感謝。

 ふうーと胸を撫で下ろすと、シアンさんはまたクスクス笑って、僕達へと言った。

 

「本当に、昔からのご友人みたいに仲が良いですね……これでしたら、私の提案に皆さんも参加していただいたほうがいいかもしれません」

「て、提案?」

「ええ」

 

 そこで一度切ってから、シアンさんは真剣な眼差しを向けてくる。

 強い想いの籠もった眼差しだ。彼女はそして、その瞳のままに僕へと提案したのだった。

 

「ソウマくん。私の構想する、新しい大迷宮深層調査戦隊に入りませんか?」




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今思えばアレは脅迫だったよー

「新しい……調査戦隊?」

「ええ」

 

 唐突な提案。3年前に解散したきりの大規模パーティー・大迷宮深層調査戦隊の新しいバージョンを、僕を中心に作る?

 ええと、ええ? なんだって? 

 

 困惑が勝り、反応に困る僕。

 見ればケルヴィンくんとセルシスくんも同様だけど、サクラさんだけは前から知ってたのかな、特に反応を示さず僕の様子を窺っていた。

 

 な、なんで、そんなこと言い出したんだろー……

 まずは理由を聞いてみないと、こちらとしても反応のしようがない。どうにか平静を取り戻して質問すれば、シアンさんはまたもやニッコリ笑って僕に、そんな発想に至った経緯を話し始めてくれた。

 

「今や最も新しく、そして偉大な神話とも称される大迷宮深層調査戦隊。"絆の英雄"レイア・アールバドを筆頭に"戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズなど……今世界各地で名を挙げ覇を唱えている冒険者達はその多くが、かつて調査戦隊に参加していた者達です」

「レジェンダリーセブンの連中は特に大暴れでござるなー。拙者の知り合いにも一人いるでござるが、今やヒノモトを牛耳る勢いでござるよ」

「……もしかして、ワカバ姉?」

「御名答でござるー。さすがは杭打ち殿にござるなー」

 

 サクラさんの言葉にふと反応すると、見事正解を言い当ててしまった。

 ワカバ……ワカバ・ヒイラギ。調査戦隊でも屈指の実力者の一人で、サクラさんも言ってるけどレジェンダリーセブンの一員だ。昔はいろいろ話をしたりした、僕にとっても仲の良かったメンバーだ。

 

 あの人そう言えばヒノモト人だったなー。カタナって武器とかもそうだけど和服と呼ばれるヒノモト衣装とか、今目の前にいるサクラさんに通じる格好をしていたよー。

 同じヒノモト人の同じSランク冒険者同士、仲良しさんなのは頷ける話だね、サクラさんとワカバさん。

 

「そうした調査戦隊は3年前、ある王国の卑劣な策略によって瓦解しました……メンバー最年少、それでいてパーティーの最高戦力とさえ言われていたとある冒険者を一方的かつ差別的な理由で蔑み、排し、追放したのです。その結果を受けて調査戦隊は崩壊。解散の憂き目に遭いました」

「え。あ、あのー……い、一方的というのは少し語弊が」

「金をくれてやるから、と言われたのでござろ?」

 

 3年前の調査戦隊解散まわりの話に触れた途端、シアンさんの放つオーラが冷たく怖いものになったよー。ある王国ってエウリデのことだし、卑劣な策略って侯爵家の令嬢が言っちゃっていいことなのかなー……

 そしてサクラさんも地味に怖い。ニッコリ笑顔で僕に尋ねてくるけど、目がうっすら開いてて鋭い。笑ってない、笑ってないよそれ! 笑顔って言わないよその表情ー!?

 

 ビビっちゃう僕。ケルヴィンくんとセルシスくんなんて早々に席を少し空けて、ボードゲームなんて始めちゃってる。

 くう、危機管理能力の高さ! 君たちってばいつもそうだね賢い!

 僕もそっちに行きたいけれど、当事者だから叶わないー。サクラさんがさらに圧を高めに話してくるよー。

 

「当時、首が回らないでいた孤児院の、借金を全額返済できる額を提示されて貴殿は追放を呑んだ。そもそも調査戦隊にいた記録さえ抹消され、2年間の経歴をすべてなかったことにさせられたのでござろう。とんでもないふざけた脅迫でござるよ」

「そ、それはそうですけどそのー……最終的には僕自身の判断と意志によるものですしー。国は嫌いですけど、そこは一方的ってわけでもないかなーってー」

「スラム出身の者が調査戦隊に在籍している、という事実をなかったことにするためだけにわざわざそんな提案をしたのでござるよ、連中は。それにどうせ、大臣にでも言われたのでござろう? お主が在籍していると調査戦隊に迷惑がかかるだのなんだの、勝手なことを」

「それ、は」

 

 ……言われたねー。

 "未来ある冒険者集団に、お前のような野良犬がいたなどとても公表できない"とか"金ならいくらでもやるから消え失せろ、スラムの虫けらが"とか。"呑まなければ孤児院がどうなっても構わないものと見做すぞ"とまで言われたなー。

 思い返すと最後のは完全に脅迫だね。

 

 国を敵に回して孤児院に害が及ぶのと、借金完済と引き換えに僕が調査戦隊を抜けるのと……天秤にかけるまでもない。

 あの2年間で僕は、十分に人間扱いしてもらえた。人としてのいろんなことを教わったし、みんなと生きていくことの素晴らしさを知った。

 だからこそ、僕は最後には提案を呑んで金を受け取り、大迷宮深層調査戦隊という栄光と希望に満ちた表舞台から去ったんだ。人として大事なものを守るために、孤児院のみんなの生活を、護るために。

 

「……まあ、まさか僕が脱退したことで調査戦隊そのものが解散するだなんてまるで予想もしてなかったんですけどね! なんかそのー、国のそういうアレがバレたんでしたっけ?」

「ワカバ姫の言からするとそのようでござるな。エウリデへの報復をするかしないか、ソウマ殿を連れ戻すか否かを巡って調査戦隊内で対立が起き、即日空中分解したとか」

「エウリデ連合王国の無体による調査戦隊の解散劇は瞬く間に世界各国に知れ渡り、エウリデは激しい非難に晒されました。すべて因果応報ですね……」

 

 僕の言葉に、サクラさんもシアンさんも肩をすくめてどこか、エウリデ連合王国への含みを持たせる感じで話す。

 相当怒ってるんだね、僕の離脱を促して結果的に調査戦隊を崩壊に導いたこと……だからって新しい調査戦隊を作るってのは、ちょっとよくわからないけどー。




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偽物祭りだよー!?

 過去のアレコレを踏まえてじゃあ、なんで今になって新しい調査戦隊を組織したいのか。

 僕の率直な疑問にシアンさんは、強い熱の籠もった視線を僕に投げかけながら続けて言った。

 

「一国家の下らない思惑で崩壊の憂き目を見ることとなった大迷宮深層調査戦隊。今、世界ではどこの国も新たなる調査戦隊を作り上げようと必死なのはソウマくん、ご存知でしたか?」

「えぇ……? いえ、まったくこれっぽっちも知りませんね……」

「ソウマくんに限らず普通は、勤勉な平民や貴族でもない限りよその国がどうのこうのなんて基本、気にしませんからねえ」

 

 次から次へと出てくる新事実に、一応関係者だったはずの僕が何も知らなさすぎてちょっと気まずいよー。

 ケルヴィンくんが言う通り平民やスラムの者にとってはそんな国際情勢、知ったこっちゃないんだから気にしろって言われても知らないよー、としか言えないんだけどね。

 

 無知すぎる自身に内心ショックを受けつつ開き直りつつなんだけど、けれどサクラさんは気にせず頷いた。シアンさんに向け、僕とケルヴィンくんの見解を引き継いで話す。

 

「これについては正直、どこの国でも似たようなもんでござる。貧すれば鈍する、とまでは言わぬでござるが……日常生活に大きく関わりないのであれば、誰も気にしないのが普通の民草というものでござるよ、生徒会長」

「でしょうね。まあそこは想定していました……つまりはソウマくん。各国は伝説を再現し、今度は自国こそが冒険者達にとっての理想郷であると強調したいのですよ」

 

 シアンさんの語るところによると、つまりはこういうことらしい。

 ──調査戦隊崩壊後、元メンバーは散り散りとなりそれぞれの故郷や拠点、あるいは新天地へと向かった。迷宮なんてこの地以外にも腐る程あるわけだし、新たな活躍場所を求めて旅立っていったのだ。

 

 そして、そうなると動き出すのはエウリデ以外の各国なわけで。

 これまでは迷宮を擁する関係上エウリデに独占されていた調査戦隊メンバーだけど、解散したとなると話は別だ。元メンバーを一人でも多く擁して、その者を旗頭とした新たなる大迷宮深層調査戦隊を組織しようと目論んでいる国が数多、台頭してきたそうなのだ。

 

 なんでも、大迷宮深層調査戦隊の志を継ぐとかって謳い文句であちこち、本家だの元祖だのニューだのネオだのセカンドだのが生まれては消えているのだとか。

 終いにはニセ調査戦隊メンバーなんて馬鹿な詐欺師も出てきてるそうで、どうにも収拾のつかない事態になりつつあるというのが現状だそうだった。

 

 正直そんな、ガワにばかり執着してても仕方ないんじゃない? って思うけどー……

 それだけ、大迷宮深層調査戦隊の遺した功績という名の爪痕は大きかったのだとシアンさん、サクラさんは口を揃えて語る。

 

「大迷宮深層調査戦隊の活躍によりエウリデは一気に冒険者国家として大成。経済的にも国力的にも大幅な増強を成し遂げました」

「まあ自分の手でそれを壊したのでござるけどねー。で、そんな調査戦隊の後釜を擁することができれば、次のエウリデになれるかもしれない──と、各国は考えているのでござるよ。ゆえに現状、調査戦隊の後継を名乗るパーティーが乱立して互いに互いを潰し合う、ある種の代理戦争になっちゃってるのでござる」

「俺も聞いたことあるな……エウリデも再び調査戦隊を発足させようとして、しかし過去の行状から冒険者達に総スカンを食らったとか。自業自得だがそうせざるを得ない理由はあったってことか」

「えぇ……?」

 

 エウリデの面の皮の厚さもそうだけど、しれっと調査戦隊の後釜を狙ってくる各国も中々に抜け目ないというか、生き馬の目を抜くような話というか。

 ていうか代理戦争って何? 冒険者なんだからパーティー間の潰し合いとかしてないで迷宮潜ろうよー。いやまあ、結果的にこういう状況を招いちゃった元凶である僕に、言えた義理じゃないけどもさー。

 

「えっとー、それで、シアンさんも調査戦隊の後釜を作りたい、と?」

「似て非なるものですね。後釜でなく新規に、かつての調査戦隊以上のパーティーを作りたいと思っています。そのためにもソウマくん、あなたの協力は半ば絶対条件なんですよ」

「なんでー……?」

「そりゃーもちろん、貴殿の来歴ゆえでござるよ」

 

 後釜でも新規でも、調査戦隊をモロに意識したパーティーづくりをするならそれは大差なく、ポスト調査戦隊ってことになると思うんですけどー……シアンさん的にはこだわりのある違いみたいだ。

 それにしたって僕の協力がパーティー構築の絶対条件っていうのは、いまいちピンとこない話なんだけどね? 僕を必要としてもらえるのは本当に嬉しいけれど、もしかして"杭打ち"っていう冒険者のネームバリューだけ求めてるのかと思っちゃうもん。

 

 せっかくお近づきになれた1度目の初恋の人に、そういう扱いをされるのはちょっと寂しいかもー。

 我ながら贅沢なことを思っていると、サクラさんが何やら苦笑いしながら僕に、話しかけてくる。

 

「たぶん今、相当拗らせた考えをしてそうでござるから言っておくでござるよソウマ殿。生徒会長は、杭打ちとしての貴殿を含めたソウマ・グンダリそのものを欲しがっているんでござるからねー?」

「え……」

「まあまあ、ここは一つ拙者が説明してご覧に入れるでござるー」

 

 ござござーと、何やら楽しげにつぶやきながらもサクラさんは、僕にシアンさんの考えを説明し始めた。




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タイトル回収だよー

 文芸部の窓から見える空は青くて曇りなく、日が照って結構気温も高めだ。

 放課後もそろそろ一時間ほど経過しそうな頃合いに、サクラさんの説明がさらに続いていく。

 

 後釜? 新規? どっちでもいいけど新しい調査戦隊を作りたいらしいシアンさんは、そのために僕に協力してほしいらしい。

 杭打ちのネームバリューだけが目当てなのかなーとちょっぴりショボーンってなってた僕だけど、サクラさんがすかさずそれは違うでござるーと、シアンさんに代わってその意図するところを話し始めてくれた。

 

「つまるところ"杭打ち"としての貴殿を含めた総合的な素質、素養──すなわち実力と人格、辿ってきた経歴。そして何よりエウリデ政府と決定的な因縁があること。これらすべてが好条件なのでござるよ、生徒会長にとっては」

「好条件……って、新調査戦隊を作るためのですよね?」

「そうでござる。ねっ、生徒会長?」

 

 サクラさんがそう言って水を向けると、シアンさんは深く頷いた。

 そしておもむろに立ち上がり僕の前に来ると、跪いて両手を握ってくるって、ええええっ!?

 

 や、柔らかいよー温かいよー!? 急なふれあい、スキンシップに心臓がバクバク言うよー!?

 顔が赤くなるのを自覚する。ガチガチに緊張する身体を、せめて手だけでも解すかのように両手を握り、あまつさえちょっと揉んでくるシアンさんにあわあわしていると、彼女はひどく落ち込んだ様子で僕に、頭を下げてきた!

 

「ソウマくんにいらぬ誤解をさせてしまったのであれば、深くお詫びします。すみません……私は杭打ちさんとしてだけでなく、ソウマくんという人間を必要としているんです」

「そ、そそそそうなんですか!? あの、その、こ、こちらのお手々は何故にどうして!?」

「……せめて、温もりだけでもたしかに伝えたくて。形はどうあれ私はあなたを利用しようとしています。疑われても当然ですから」

 

 動揺する僕とは裏腹に酷く静かに、俯きがちにぽつぽつ語るシアンさん。

 僕を利用……まあ、それは別にどうでもいいというか、シアンさんのためならエーンヤコーラーってなくらいの勢いではあるんだけれど。

 疑うほどでないにしろなんで僕? って思うところはたしかにある。

 

 それを気にしてシアンさんってば、僕の手を握ってきたんだろうか? いまいちよく分かんないけど間違いなく役得なので黙っておくよー。

 ほら見てよケルヴィンくんとセルシスくんてば、呆れがちな中にちょっと羨ましそうに僕を見ている! いかにも恋とか興味ないねーみたいな態度してるけど、やっぱり中身は僕と同じで思春期なんだもんね!

 

「青春……と言っていいのか分からんが間違いなく、いい思いはしてるなソウマくんのやつ」

「友として喜ぶべきなんだろうが、さすがに会長ほどの美人に言い寄られている姿はちょっと腹立つなソウマくんめ」

「っていうか笑いを噛み殺し過ぎでござるよソウマ殿。ちょっと面白い顔になってるでござるよソウマ殿」

「う……」

 

 えへへへ、ちょっと優越感ー。まあまあ二人にもそのうち春が来るってば! えへへへへ!

 

 ニンマリしそうになる顔をどうにか押し殺して余計、気持ち悪いニチャッとした笑顔になってる自覚はある。それをサクラさんに指摘されてスン……とはなったものの、それでも口元は弧を描かざるを得ないよー。

 めっちゃ嬉しい僕を見て、けれどシアンさんは至極真面目に真剣な表情を浮かべる。

 

「この身の誠実、我が身の潔白を伝えることはできなくとも。せめてあなたを必要とする私の熱を、少しでも伝えられればと思うのです」

「し、シアンさん……」

「あなたが必要です。実力と人格を兼ね揃えてかつ、エウリデ連合王国と致命的な形で物別れしているあなたという存在こそが、新しい大迷宮深層調査戦隊には不可欠なのです」

 

 熱意の燃える姿とその瞳。涼やかな空色なのに、どこかギラギラした太陽を思わせるその目は、僕もかつて何度か目にしたことがある。これは……

 カリスマとともに放たれる凄絶な気迫に息を呑む。凄味というのかな、この熱はそんじょそこらの冒険者に出せるものじゃない。

 

 明確な信念と勇気、そして何より不退転の野望と野心がなくては出せないものだ。

 かつては調査戦隊のリーダー、レイア・アールバドがよく見せていたモノ。それと同質のものを目の前のシアンさんに感じ取り、僕は表情を引き締めた。

 この人は間違いなく何か、とんでもないプランを持っている。それを見極めようと思ったのだ。

 

「……連合王国と仲が悪い僕を必要としているのはどうしてですか?」

「私の構想する新調査戦隊は、あらゆる国、あらゆる地域に属しません。あらゆる権力権威と距離を起き、一箇所に留まらず世界を巡り、あらゆる未知を探索し調査する集団としたいのです。政治的思惑の横槍を挟まれたがゆえに、旧調査戦隊は崩壊の憂き目を見たのですから。エウリデと袂を分かった過去を持つあなたこそは、完全独立の象徴たるに相応しい」

 

 3年前。調査戦隊はスラム出身の僕を疎んだエウリデ連合王国の策謀により、結果的に崩壊した。

 パトロンでもあった国からの横槍、そして僕個人への脅迫を前に対抗できず、空中分解してしまったのだ。

 

 それを踏まえてシアンさんは、そうしたパトロンを抜きにしたパーティーを構築しようと言う。

 完全に独立独歩、あらゆる思想や体制、他者の思惑に振り回されないための構造を持つそれは、もはやパーティーの定義さえ超えている。

 

「そう。私の思い描く新たなる調査戦隊はパーティーの規模を大きく超える、まさしく組織──言うなれば"新世界旅団"、プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"!」

「新世界旅団……!」

「ニューワールド・ブリゲイド……」

「そしてソウマくんには、旅団の初期メンバーおよび中核としての役割を担っていただきたいのです。私の理想とする、未知なる世界を探求する組織のために」

 

 なんら隠すことなく野心と野望を秘めた瞳で僕を勧誘する、シアン・フォン・エーデルライト。

 彼女の姿に僕は圧倒されるものを覚えながらも、どこか、胸が疼くのを感じていた。




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さすがに相談するよー

 シアンさんの提唱するプロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"──あらゆる組織、あらゆる勢力から独立した冒険者達のための機構、新世界旅団構想。

 たしかに胸を熱くするものを与えてくれた、その計画の展望について。けれど僕は即答やその場での明言を避け、ひとまず検討するとだけ答えてその日は帰ることにした。

 

 正直、すごく面白そうだし楽しそうな話だと思う。実現すれば間違いなく歴史に名を残すだろうそのプロジェクトに、他ならぬ僕なんかを絶対必要条件としてくれていることも含めてあまりにも魅力的なお話だ。

 でも、だからこそ……安易なその場の勢いやノリでなく、しっかり考えた末に僕自身の意志と言葉で、彼女の求めに応じるか否かの答えを示さなきゃいけないと思ったのだ。

 

 ソウマ・グンダリとして。冒険者として。そして何より、かつて結果的に大迷宮深層調査戦隊を崩壊させるに至った原因として。

 今一度、パーティーを組んで良いものなのか。それをしばらく考え抜きたいと思うわけだね。

 

「と、いうわけでリリーさんのご意見を聞きたいですー」

「新世界旅団構想ねえ……エーデルライト家の三女さん、ずいぶんと野心家なことにまずはびっくりだわ」

 

 話を持ち帰っての夕方、冒険者ギルドにて。

 冒険者としても人間としても厚く信頼を寄せているギルドの受付スタッフ、リリーさんにここだけの話として相談したところ、すぐさま面談用の個室に通されての今はじっくり相談タイムー。

 曰く"ソウマくんが相談事をしてくるなんて珍しいから、こういう時こそ全力で対応させてもらう"とのことー。

 

 あー惚れそう〜。僕を特別視してくれてるよねこれ! 絶対そうだよリリーさん、僕だからこんなにも手厚く対応してくれるんだよー!

 心の中はまたしても新たな初恋の予感と青春の香りにご満悦なんだけど、実際問題シアンさんの構想についての話は割と重大事だ。何しろことと次第によっては今後の、僕の人生そのものに関わってくるからね。

 

 なので僕が冒険者としてデビューして以来、ずーっとお世話になっている姉のような恋人にしたい人リリーさんに悩みを打ち明けたわけだ。

 孤児院の院長先生と並んで僕にとっては家族同然の女の人は、しばらく考えた末に真剣極まる顔をして、僕にこう言うのだった。

 

「率直に言うわね。その構想、エーデルライトさんに確固たる信念があるというのなら受けてみてもいいとは思う」

「あの野望と野心の熱量は本物だよ、リリーさん。レイアにも劣らないくらい、目がギラついてる」

「ソウマくんにそこまで言わせるならなおのこと、ね……ただ、懸念事項がいくつもあるからそこは考えないといけないけれど」

 

 そう言って、リリーさんは腕組みをして難しげに唸った。

 シアンさんの野心、野望とそこにかける熱意は紛れもなく本物だ。どこまでも高みを目指し、そのためにはあらゆることをしてみせる覚悟と凄味が彼女には見受けられた。

 思わずレイアを思い出して懐かしい気持ちになったくらいだよー。彼女今、どこで何してるのかなー。元気にしてるといいなー。

 

 若干浸りかけるのを努めて抑えて、僕はリリーさんに問いかける。

 懸念事項。いくつもあるというそれを、まずは一つ一つ確認していかないとね。

 

「懸念事項っていうと?」

「まずは何をおいても、エーデルライトさん自身の能力ね。言い方は悪いけど無能が大層な夢だけ抱いて、あなたを担ぎ上げようとしていないとも限らない。それって詐欺同然だもの、私としては認めるわけにはいかないわよね」

「能力、かー……カリスマ的な威圧はすでに備えてるみたいだよー? 僕やサクラさんにまで感知させるレベルの影響力を放つのって、結構なことだと思うけど」

 

 戦闘力って面だと現状じゃあ夢のまた夢だ、それは分かり切っている。なんたってそもそもがオーランドくんのパーティーにくっついていた程度のものでしかないわけだしね。

 ただ、それを差し引いても貴族としてのものだろうか、放つカリスマについては天賦のものだと言うしかない。

 

 他者を魅了し圧倒するオーラや気迫ってのは、よほど強い意志を抱いた上で根底に才能がなければ身に纏えない類のものだ。そういう意味ではシアンさんは立派に天才の部類と言えるだろう。

 僕もそうだしサクラさんだって今日のお話し中、彼女のそうしたオーラは感じ取れていた。自分で言うのもなんだけどこのレベルの冒険者にも感じ取らせるだけのものを放つって、相当なことなんだよね実のところ。

 リリーさんもそれには頷き、そして答える。

 

「あなたやサクラ・ジンダイさんにも分かるほどのカリスマ……うーん、それはよろしいけれどもう一手何か欲しいところね。率直に言うと単純実力、戦闘力ね」

「そこは問題ないよ、それこそ僕なりサクラさんなりで鍛えていけばいいし。僕が卒業するまでには、最強とまではいかずとも調査戦隊下位に食い込める程度にはできると思うよ、たぶん」

「さらっと言うけどそれはそれですごいわね……」

 

 戦闘力的な部分なんて今後、冒険者やってれば嫌でも身につくものだしね。僕やサクラさん、今後新世界旅団に参加するかもしれないベテラン達に教わっていけばきっと、シアンさんもたちまち強くなれるだろう。

 

 そう、サクラさん。

 しれっと言ったけど、彼女もシアンさんが提唱する新世界旅団の話に僕同様、乗っかるつもりでいるのだ。




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国にとってのトラウマだよー

 シアンさんの新世界旅団に、僕より前に賛同を示していたのが実のところ、サクラさんだったりする。

 僕への説明の時にもタッグを組んで来てたしね。後で聞いてみたらどうも彼女自身、部室に来る前のタイミングでシアンさんから説明されたそうなんだけど……なんと即断即決で新世界旅団への参加を表明したのだ。

 

『くだらないしがらみを振り切って未知なる世界を切り拓く! これは冒険者の本懐でござろう? 今のところ小娘の戯言に過ぎぬでござるが、こんな大それた夢を掲げること自体に価値があるでござるし、せっかくなんで乗ってみようと思うでござるよー』

『自覚はありますが直球で小娘の戯言と言われると少し、ショックですね……』

『事実でござる。今は悔しくとも受け止めるでござるよー』

 

 ──とまあ、そんなやり取りを二人でしていたねー。

 これにより現状、新世界旅団が本格的に組織された時に確定で入団してるのは団長のシアンさんとサクラさんの二人になる。つまり事実上、暫定副団長はサクラさんになるってことになるね。

 言う事ばかりは壮大な、野心溢れる新米リーダーとそれを支えるベテラン副リーダー。なんていうか物語の導入部みたいで、結構ワクワクしたところはあるよー。

 

「そんなわけなので僕が入る入らないにしろ、確定でサクラさんはシアンさんを鍛えるつもりだと思うんだよねー」

「ってことはどうあっても、新世界旅団のパーティーとしての存在感は確立されていきそうね……将来性もありそうってのは大きいわよ、ソウマくん」

「ねー」

 

 入ったは良いものの実力不足、あるいは求心力不足で芽が出ないまま終わる……なんてことはこの際、可能性が低いと見ていいだろう。

 僕抜きにしてもカリスマのシアンさんと武力のサクラさんがツートップなんだから、その時点である程度上を目指せるのは間違いない。なんならバディでも大成しそうなくらいだ、シアンさんの戦闘力の伸びにもよるけど。

 

 そんな旅団に僕が求められてるところは、戦闘力とか性格面もあるけど、やはり一番大きいのは"国と揉めて追放された元調査戦隊メンバー"という来歴がゆえなんだろうね。

 おそらくリリーさんにとっての懸念の一つだろうそれを、僕はつらつら語っていく。

 

「3年前の調査戦隊解散の時、エウリデ連合王国は僕を追放してなかったことにした。スラム出身の冒険者が調査戦隊に所属しているという事実を、国として絶対に認めることができなかったんだね」

「何度聞いても腹立たしい話だけど、急にどうしたの?」

「僕が旅団に必要とされている理由だよー。つまるところエウリデ内でポスト調査戦隊を掲げたいシアンさんは、そうすると絶対に擦り寄ってくるだろう国や貴族連中に対して僕っていうカードを持ちたいんだと思うんだよねー」

 

 エウリデは調査戦隊解散を引き起こしたことで各国からのバッシングを受け、冒険者達からも総スカンを食らう羽目になった。

 そのため昨今、世界各国で行われているポスト調査戦隊パーティーの擁立に関して一切手立てを打てないでいるらしいんだよね。

 

 エウリデ内の冒険者達からしたら、国内でポスト調査戦隊パーティーを組んだら国に横槍を入れられかねないからとてもじゃないけどできない。またパーティーを崩壊させられるかもしれないわけだしね。

 仮に組みたいのならば国の干渉に対して、ある程度撥ねつけられるだけの手札がないといけない。

 

 そう、たとえば……スラム出身の冒険者で、しかもかつて脅迫してまで追放した挙げ句、最悪の結果を誘発させてしまったような輩とか、ね。

 

「国の横槍、あるいは嫌がらせってのはリリーさんにとっても懸念だったと思うけど、その辺は僕が入団すればある程度は避けられる」

「……まあ、たしかにそこが一番大きな心配事だったわ。でもどうしてかしら?」

「昔は借金完済分のお金って餌もあったけど、今はもうそれもないからねー。かと言ってたとえば孤児院に手を出そうとでもすればそれこそ本末転倒だ、新世界旅団はどんな手を使ってもエウリデを排除しにかかるだろうし」

 

 結局のところ僕があの時、追放命令に応じたのは孤児院の借金を完済できるだけの金が引き換えだったのと、拒んだら国によって孤児院に危害が加えられてしまうからだ。

 危害のほうは僕一人でもどうにかできたのかもしれないけど、あくまで可能性の話だ。一人でも護るとか息巻いて結局孤児院に被害が出たりしたら話にならない。

 それに借金の完済も割と急務だったからねー。そうした事情もあって僕は、調査戦隊を抜けたわけだ。

 

 でも今回、それらの要素は一切関係ない。

 孤児院の借金はもうないし、国とやり合うかもしれない件についても、僕を国への手札として囲う以上は旅団全体の問題として扱われるだろうし。つまりは仲間達とともに対策を練ることだってできるってわけだねー。

 

 そもそも、今さら国が僕に関わりたいとも思えないのでスルーしてくる可能性さえあるんだし。

 とにかくそんな感じで、3年前に比べて状況は明らかに僕有利なのだ。

 

 付け加えるようにリリーさんも、鼻息を荒くして言う。

 

「大体そんな真似したら、今度こそ冒険者達が黙ってないわよ……! 3年前の真相、あなたが孤児院を盾に取られて脅迫を受けた話はもう、公然の秘密同然で冒険者中に広まってるんだから」

「教授がずいぶん細工したみたいだねー。あれはあの人も怒ってたからねー」

「冒険者"杭打ち"の踏み躙られた尊厳と誇り、未来と栄光。ベテランや話を聞いた新米冒険者は次、同じことがあれば武力蜂起さえ厭わないでしょうね。だってあなたが受けた仕打ちは、もしかしたら彼らにだって降りかかるかもしれないことなのだもの」

 

 出自を理由に、脅迫してまでパーティーから追放する──僕に起きたことはつまるところそういうことなので、大概の冒険者にとっては割と他人事じゃない。

 だって貴族もちらほらいるにせよ、大体が平民かスラム出身の冒険者ばかりだからね。

 国が脅迫してきたら一個人では太刀打ちできないのも事実だし、他のことはともかく対エウリデ連合王国という観点においては、やたら連携しがちなのが迷宮都市の冒険者達なのだった。




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急な呼び出しだよー?

 新世界旅団構想についての懸念とその対応から、割と真面目にエウリデ連合王国が冒険者界隈から嫌われてるってのは浮き彫りになってきたわけだけど……

 そうした事実を踏まえて僕は、改めてリリーさんに自分の意志を伝えた。正直迷っちゃってたところもあるんだけど、相談して話し合う中で自然と考えがまとまっていった感じだねー。

 

「……うん、決めた。シアンさんの作るパーティー、いや組織"新世界旅団"に、僕も入団しようと思う」

「ソウマくんがそれを望み、決めたのなら私が反対する理由はないわね。未知数の要素は多いけど、だからこそやる甲斐があるって考えるのが冒険者だものね」

「そうだねー。なんだかんだ僕もすっかり、冒険者気質だよー」

 

 二人、顔を見合わせて笑い合う。

 調査戦隊解散から3年、もう二度と誰かとパーティーやそれに類する組織に属することはないだろうなって思っていたけど、人生って分からないもんだね。

 ましてやそのきっかけとなった人は昔、僕がこの手で助けたことのある女の子だって言うんだから、人生万事塞翁が馬、あるいは情けは人の為ならずってところかな。面白いね、世の中ってさ!

 

「ヒノモト出身のSランク、ジンダイさんに知る人ぞ知る無銘の伝説"杭打ち"……とんでもない2枚看板ね。正直エーデルライトさんがある程度見込み外れでも、あなた達だけで余裕でエウリデ随一のパーティーになるでしょうね」

「サクラさんはともかく僕のことは買い被りすぎだよ、リリーさん。まだまだDランク、世間的には未成年のペーペーなんだから」

「公的書類上の扱いと実際の扱いと、あと本人の認識とでこうまで齟齬のある冒険者も珍しいわね、本当に……あら?」

「うん?」

 

 僕の言葉にリリーさんが苦笑いしていると、不意に面談室のドアがノックされた。なんだろ、誰だー?

 リリーさんが促すとドアが開いて、事務員の男の人が入ってきた。その顔はどこか緊張を帯び、汗も一筋垂らしている。

 その人は僕とリリーさんを見るなり、真剣のそのものの様子で言う。

 

「面談中のところ失礼します、杭打ち様……ギルド長がお呼びです。先日弊ギルドにて起きた騎士団との騒ぎに進展が見られたと」

「ギルド長……?」

「はい。加えてSランク冒険者サクラ・ジンダイ様、並びに騎士団長シミラ・サクレード・ワルンフォルース様もお越しになっています」

「はあ!? な、何それ錚々たる面子じゃない!」

 

 ギルド長とシミラ卿だけならまだしも、サクラさん? こないだの騒ぎに彼女は何一つ関与してなかったはずだけど、なんで?

 リリーさんが叫んだとおり、中々の豪華メンバーというか……ギルド長自身もSランク冒険者だし、そんなところにのこのこ行かなきゃいけない僕だけが場違いじゃないかなこれー。

 

「…………何かあった?」

「ハ……いえ、詳しくはその、ギルド長のほうから説明いたします。ただ、杭打ち様のお力を、助力を必要としていることだけはたしかです」

「……………………」

 

 うわー! なんか嫌な予感しかしないー!

 ものすごく厄介ごとの香りがするよー。しかもこれ、ギルド長が絡んでる時点で逃げるに逃げられないよー。詰みだよー!

 

 ギルド長とは昔から持ちつ持たれつな関係なんだけど、それはそれとしてうまいこと冒険者を手玉に取る百戦錬磨の老爺さんなんだよね。

 だから僕なんて戦闘力ばかりで学も教養もないからカモの中のカモ、毎度うまいこと煽てられて持ち上げられて、気がついたら火中の栗を拾う羽目になってるのがこれまで結構あったりするんだ。

 そんなギルド長が直々に僕を名指ししている……うわー!

 

「……わかりました。伺います。ギルド長室で?」

「はい! ありがとうございます!」

「声だけでも本気で嫌そう……大変ねー杭打ちさんも」

「……………………」

 

 そう言うんなら付き添いしてよー! と視線で語るものの、リリーさんはフッ、と笑ってそのままそっぽを向く。知らんぷりは良くないぞー!

 言っても仕方なし、立ち上がる。スタッフの男性に付き添われつつも部屋を出て僕は、施設の二階、最奥にあるギルド長室を訪ねて歩いた。

 

 こないだの騒ぎでの話なんて、精々騎士団からギルドへの謝罪と賠償くらいしか思いつかないんだけどなー。もしかしたら僕への詫び料も払ってくれるとか? エウリデだしないか、そんなこと。

 あるとしたらむしろ逆で、スラム出身の冒険者風情が何してくれてんだって喧嘩を売りに来たってところだろうか?

 

 もしそうだとしたらシミラ卿がそんなことノリノリでやるわけないし、こないだ貴族のボンボンを殴ったペナルティで来てたりとかして。

 ご愁傷さまだねー。こないだのベテランさんじゃないけどもう、騎士団長止めて冒険者にでも転職してもいいと思うよ、そんな扱いされるくらいなら。

 

 あれこれ予想を立てつつギルド長室のドアに到着。えーっとノックは何回だっけ3回? 4回? まあいいやテキトーで、コンコンコンコンコーン!

 

『5回? ……まあ杭打ちのやることか。入りなさい』

「……………………」

 

 僕のやることだから何? なんなの? ちょっと気になるんですけど!

 絶妙にぼかした物言いをしながら入室を促す、男の人の声に従って僕はドアを開けた。




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またしても古代文明だよー

「…………失礼しまーす」

 

 中に誰がいるとも分からないし、一応冒険者"杭打ち"として入室したものの。見れば僕の正体を知っている人達が勢揃いだったことからすぐに、ソウマ・グンダリとしての素で話すことにした。

 

 部屋の奥のデスクに座るギルド長、横に控える秘書さん。

 手前のソファに座るサクラさんとなんでここにいるの? シアンさん。

 そして今回の一連の騒動においてたぶん、一番気の毒な立ち位置にいるのだろうシミラ卿。こちらの5人だけが部屋の中にいたのだ。

 みんな気軽な様子で、軽快に僕に声をかけてくる。

 

「やっほーでごーざるー。さっきぶりでござるねソウマ殿、ござござー」

「先程ぶりです、ソウマくん。ジンダイ先生に連れてこられる形で来てしまいました。さすがにまだ、今の私にはこのメンバーの話し合いに混ざるには役者不足と思うのですけどね」

「ヒノモトから来たSランクに、エーデルライト家の三女……ソウマと関係があったか。これは話が早いな、ギルド長?」

「そう思ったからこそのこのメンバーなのですなあ、フフフフ」

 

 古くからの知り合いと、最近知り合った人が並んで話してるのってなんか違和感というか、変な感じするねー。

 というかシアンさんはサクラさんに連れてこられたのか。本人が言うようにちょっとまだ早くないかなー? 場合によってはその場で戦闘まで起きかねないのがSランクやそれに相当する連中の物騒なところだし、何かあってからでは遅いと思うんだけど。

 

 まあ、本当にこの場で殴り合い斬り合いが発生しそうならその時には謹んで僕がシアンさんのナイトを務めさせてもらおうかなー!

 憧れの人を護って戦えるとか青春極まる話だよー、この場のSランクがまとめて向かってきても余裕で全員殴り飛ばせそう。

 

「まあまあ、よく来たなグンダリ。ワルンフォルース卿の隣が空いているからそこに座りなさい」

「なんなら膝の上でもいいぞ、ソウマ。一年ぶりに姉に甘えるがいい」

「弟になった覚えがないので遠慮しますー。よいしょっと」

 

 白髪を長く伸ばしてオールバック気味に後ろに流した、スーツ姿の老爺。すなわち迷宮都市の冒険者ギルドを束ねるギルド長ベルアニーさんの指示に従いソファに座る。

 シミラ卿がまたなんか言ってるけど、僕的には弟より彼氏になりたいところだよね。調査戦隊時代はそもそも恋とか青春とかどうでも良かった僕だから弟役でも良かったかもだけど、今の僕は最高に青春したいからね!

 

 まあ、今は厄介ごとの匂いがプンプンしている現場ですから自重するけども。

 杭打ちくんを床に置いて、フカフカのソファに腰を沈めて一息つく。するとギルド長が頃合いかと呟いて口火を切った。

 

「揃ったな。それでは諸君、問題発生だ。平たく言うと政治屋どもがまたぞろ、古代文明の生き残りを求めて騎士団を動かそうとしている。それも今度は穏便な形でなく、武力行使も厭わないとまで指示が下りているそうだ」

「古代文明の生き残り……ヤミくんとヒカリちゃん? またあの双子を狙ってるの、シミラ卿?」

 

 問題発生とか言う割に妙に機嫌の良いギルド長。楽しそうに愉快そうに笑って経緯を説明するけれど、その目だけはまるで笑ってないから腸が煮えくり返ってるんだろうなって僕には察せる。

 

 古代文明の生き残り。僕の知る限りでは地下86階層の奇妙な部屋で眠っていたらしい双子、ヤミくんとヒカリちゃんが該当する。

 まだまだ幼い二人を狙い、物扱いした挙げ句に実験材料だの研究素材だのふざけたことを言ってのけたのが騎士団の新米達だ。そこにたまたま居合わせた僕が助太刀に入ったのがこないだの話だねー。

 

 最終的には団長のシミラ卿自ら、新米のボンボン達を片っ端から殴り飛ばして連れ帰ったわけだけど……性懲りもなくまだやろうって言うんだね、あいつら。

 当事者の片割れである騎士団を率いる、シミラ卿御本人に尋ねてみる。すると意外な答えが返ってきて、僕は驚くこととなった。

 

「いや。今回のターゲットは別の人物、別の生き残りとされる女だ」

「……他にもいたんだ、超古代文明人って」

 

 案外いるもんなんだねー、何千年もの時を超えてやってきた、古代文明からの使者ってのは。

 どうにもオカルト満載な話で僕としては嬉しい限りだけど、ギルド長やサクラさんなんかはいかにも半信半疑って感じだよー。シアンさんはなんとなく納得してる風だけど、彼女ももしかしたら超古代文明とか好きなタイプの人なのかもしれない。

 

 趣味が合う美少女! 運命だよこれは、きっと運命に違いない!

 内心はしゃぐ僕をよそに、シミラ卿は話を続けた。どこか頭が痛そうに──実際悩みの種は尽きないのだろうねー──言ってくる。

 

「その女は先日の騒動と前後して存在が確認された。運が良いのか悪いのか、どうやら迷宮浅層を彷徨いていたところを冒険者パーティーに保護されていたらしい。双子の確保が失敗した今、次はその女というわけだ」

「いかにも訳アリとは思っていましたが……まさか超古代文明の生き残り、といういわくつきの方でしたか。本当に運が良いのか悪いのか、判断に困りますね」

「…………え?」

「一応、あなたもご存知ですよソウマくん」

 

 何やら事情通みたいなことを言い出したよ、僕も知ってる人だって? でもそんな人と会う機会なんてどこで────あっ!? 

 不意に直感で悟る。そういえば直近で一人、シアンさんの近くで素性の知れない女の人を見かけたじゃないか。

 

 まさか、あの人が?

 視線で問うと、シアンさんは真剣な顔で頷き、僕の推測を肯定した。

 

「グレイタスくんのパーティーの新規メンバーでこの間、彼を諭し励ましていたマーテルさん。どうやら彼女こそ、数万年前の超古代文明の生き残りらしいのです」

 

 やっぱり!




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案の定だよー(呆)

 予感的中、だけど困惑は普通にしてしまう。意外と近くにいるものなんだね、超古代文明からの使者さんって。

 マーテルさんという名前のその人は以前、オーランドくんのパーティーの一員としてお見かけした人だ。僕を庇ってオーランドくんを更生させようとしていた、女神級に心やさしい美人さんだねー。

 

 なんでも、オーランドくんに助けてもらったことでハーレムパーティー入りしたーみたいなことをこないだのやり取りから察することはできたけど、まさか何万年ぶりの寝起きに迷宮を遭難していたところを助けられましたーなんてのは予想外だよー。

 戸惑う僕に、シアンさんが続けて経緯を説明した。

 

「先週、ソウマくんに会った翌日です。暴言を吐いたグレイタスくんやリンダ・ガルともどもジンダイ先生からレクチャー受けた次の日に、私達はまた迷宮に潜りました」

「……そこでその、マーテルさんを見かけたと?」

「ええ。ひどく弱っていたこともありましたから、グレイタスくんは彼女をすぐさま救助しました。さすがに緊急時だと悪癖も発露せず、助け終えてから美貌に見惚れていましたね、彼」

「普段からそのくらい自重できていれば、まだもうちょい立場に見合った見られ方をしてるでござろうに。もったいないでござるなー」

 

 サクラさんが呆れた口調でオーランドくんを評する。こないだシアンさんも言ってたけど、どうやら本当に彼は私心抜きにマーテルさんを救助したらしい。

 美人と見ればすかさず手を付けにかかるコナかけ癖も、人命の前にはひとまず収まるわけだね。冒険者として立派なんだけど、言われてるように普段からそうしていてくれないかなーって言わざるを得ない。

 

 特に僕なんか8回も彼のお手つき癖で失恋してるからねー。シアンさんは誤解だったけど、うううー。思い出したら涙が出そうだよー。

 

「オーランド・グレイタス……チャールズとミランダの息子か。親バカにすっかり甘やかされて、年にも実力にも見合わぬAランクとして放蕩三昧と聞いていたが」

「概ね合ってるでござるよギルド長。少なくとも冒険者としては素人同然、意気込みとプライドだけのボンクラ息子でござるね」

「……まあ、人助けしたのは冒険者として、人として立派ですし。ランクについては、そもそもなんでギルドが認めたのかってところから疑問ですよ、ベルアニーさん」

 

 あんまりボロカス言われてるから、ついフォローに入っちゃったよー。

 サクラさんはいいにしても、ギルド長は彼にAランク冒険者ライセンスを与えた組織の長としてそこはあんまり人のこと、言えないんじゃないかなー?

 

 ちょっと気になったしツッコんでみる。偉い人相手だからってスルーするわけないんだよね、冒険者的には。

 サクラさんもシアンさんも、なんならシミラ卿もそこは同意なのかじーっとギルド長を見つめる。彼は汗を垂らして若干、焦った調子で弁明した。

 

「私じゃあない、よそのギルドでAランク認定を取らせたんだよ、あの夫妻は。このギルドだと何があってもそんなことは許容しないが、他のギルドだとままある……金を積めばSランクは無理にせよ、AだのBだのまでは認可してしまうという馬鹿な事態がな」

「ヒノモトでもそんな話は罷り通ってるでござるが、まったく呆れた話でござるよ……実力以上の評価をされたところで、ボロが出ないはずもないのに」

「グレイタス夫妻は実力、人格、評判も揃って上々のよくできたSランク夫妻だが、身内のことになると途端に馬鹿になってしまうのがな……杭打ちくんやワルンフォルース卿にも覚えはあると思うが」

「……………………」

「私からはなんとも。あの夫妻には過日、世話になっていますので」

 

 僕もシミラ卿も、そっぽを向いてノーコメントの体勢だ。

 かつての仲間を内心でどう思っていようが口に出したくはないからね……まあ、言い換えるとつまりはそうしないといけないくらいあの人達、親としててんでダメなわけなんだけどねー。

 

 調査戦隊にいた頃も常々、いかに自分の倅が可愛いか最高かひたすら主張してたもんなー。

 その時はオーランドくんがまさかこんな感じになるとは思ってなかったし、はいはいごちそうさまーって感じで他のメンバーも苦笑いで済ませていたんだけれど……さすがにギルドに金を積んでAランクライセンスを買い与えるのはやりすぎだよね。

 

「コホン。グレイタス夫妻のことはそこそこにして、件の女マーテルがオーランドのパーティーにいるのはたしかだ。そして国からは双子の代わりに、彼女を確保して持ち帰るように指示が下りている」

「研究、実験のためですか……それで、シミラ卿はギルドに協力を依頼しにでも来たとか?」

「この間の今日でそんな恥知らずなことはできるか……と言いたいがな。そこも国の指示だ」

 

 ため息を噛み殺しつつ、シミラ卿が答えた。もはや苦悩とか鬱憤を通り越した、本当になんだか吹っ切れた顔をしてるよー……

 生真面目で神経質なこの人が、こういう顔をしだすと大分危ない。調査戦隊時代も何度があったけど、腹を括るとそれまでの我慢から一転して大爆発するタイプの人だからね。

 

 たぶん、もう心境的には覚悟を決めちゃってるんだろうなー。

 それを感じ取ってか、ギルド長もチラチラとシミラ卿を伺うようにしつつ、しかし国を相手に鼻で笑って言った。

 

「双子を見逃してやるのだからマーテル確保には協力しろ、と。金も出すのだから文句はあるまい、とそういう理屈らしい。相変わらず冒険者もギルドも舐め腐ってくれているようで何よりだ」

「うわぁ」

「冒険者をなんだと思ってるんでござるかねえ」

 

 案の定って感じだけど、本当に下に見てくるなあ、国の連中。双子を見逃してやるって、あの場で見逃してあげたのはむしろ冒険者側のほうだと思うんだけどねー。

 ギルド長が明かす国の言い分に、僕もサクラさんもシアンさんも呆れた顔を隠せずにいるのだった。




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心が二つあるよー(悩)

 マーテルさんの確保……っていうかもうはっきり言うけど誘拐だよねこれ。誘拐に際して冒険者を使うつもりらしい国の言い分に、誰あろうシミラ卿が大きくも深ーいため息を吐いた。

 

「先日の騒動について、エウリデ連合王国政府としては迷宮都市の冒険者ギルドに対し、反逆罪を適用することさえ視野に入れていた。双子の引き渡しに反抗したばかりか、騎士団員が負傷して帰ってきたことで随分と大臣が吠えていたよ」

「騎士団員はシミラ卿がやったじゃないのー」

「表沙汰にできないから冒険者の仕業ということにする、だそうだ。ちなみに杭打ち、お前については誰からも一言たりとも言及はなかったぞ。3年前にお前の取り扱いを間違えて最悪の事態を招いてしまったこと、彼らは半ばトラウマにしてしまっているのさ」

「それを聞かされて僕にどうしろと……」

 

 お偉いさん達が僕にビビってる、なんて聞かされても反応に困るよー。さぞかし微妙な顔と反応をしたんだろう僕に、シミラ卿は喉を鳴らしてくつくつと笑った。

 久々に見る楽しそうな笑みだ。本当に今の、騎士団長って役割は彼女にとって不相応なんだなと痛感するよ。

 

 調査戦隊に所属していた彼女だから、国側の人材でありながらも価値観や考え方はむしろ冒険者に近いんだよね。

 そうでなくとも元々の気質が騎士的じゃないっていうか、案外はっちゃけるタイプのお姉様だから余計、今のこの立ち位置が窮屈なんじゃないかなって思う。

 

 さておき、ギルド長は椅子にもたれかかり頭を掻いた。いかにも紳士然とした格好と態度なんだけど、これで実はここのギルドで一番血の気が多いんだから面倒くさいんだよこの人ー。

 今もほら、何でもない風だけど青筋立ててるし。絶対キレてるよこれー!

 静かに、けれど気迫を込めながら老爺は僕らに告げる。

 

「言うまでもないがそのような魂胆に加担するつもりはない。冒険者を人攫いか何かと勘違いされてもらっては困るのだし、そもそもマーテルとやらはオーランド・グレイタスの保護下で冒険者登録もすでに済ませてある。つまりは同胞だ」

「同胞を、平気で人を物扱いしたり脅迫して追放したりする連中に売り渡すなどと……それこそ冒険者の名折れでござるなぁ」

「そういうことだ。ましてや我々を、未知を求めるのが本懐の冒険者を金で動かそうなど言語道断であろう」

「……………………」

 

 グサー! 3年前ものの見事にお金に釣られて調査戦隊追放を受け入れた僕の心に大ダメージ!!

 サクラさんはともかくギルド長、これ僕への当てつけとしても言ってない? 帽子とマントの奥から彼に視線を向けると、いやらしい話でこのおじいさん、ニヤリと僕に笑いかけてきた。

 

 ほらやっぱりじゃんヤダー!

 だからあんまり会いたくないんだよこの人、3年前のことで国はもちろん僕に対しても思うところあるみたいなんだもんー!!

 一気にアウェイ感を増した部屋から、僕は今すぐにでも退散して家に帰ってお風呂入って美味しいご飯を食べてぬくぬくのベッドでぐっすり寝て次の日の朝日を最高な気分で拝みたくなる。

 

 そもそもなんで僕を呼んだのこれー。意味が分からないよこれー。

 シアンさんの次くらいに無関係だと思うー、と内心で思っていると、ギルド長が続けて言った。

 

「我々はもう二度と、卑劣に屈する同胞を出してはならない。たとえ国が相手であろうともだ。よってこの依頼は当然、引き受けない……と、言いたいところだが」

「ござ? 何か問題でも?」

「ここで別の問題が起きた。そのマーテルが事態を察知し、逃亡を図っているのだ。おそらく彼女を保護したとかいう、グレイタスの倅も一緒にな」

 

 その言葉に、少しの沈黙が部屋を包んだ。僕も絶句というか、反応に困っちゃって何も言えないでいるよー。

 どうやら事態はすでに動き出してるらしい。ていうかオーランドくん、今日普通に学校で見かけたんだけどなあ。学校が終わってから逃亡を開始したってことなのかな?

 気になる仔細をギルド長に代わり、シミラ卿が説明する。

 

「2時間前、それらしき二人組が街の外へ出たと先程、迷宮都市の駐在騎士から連絡があった。先日の双子を巡る騒動を知って、次は自分とでも思ったのかもしれん。北口から出たところから察するに行き先は……」

「……国境。エウリデから北上して海洋国家トルア・クルアに向かうつもりでござるな。そこから海路を使って大陸脱出でも図るんでござろうか?」

 

 内陸国であるエウリデ連合王国は、四方を別の国に囲まれているわけだけど……

 その中でも北部に隣接しているトルア・クルアという国は迷宮都市からも比較的近く、今からここを出発しても一日くらいで国境を越えられるくらいの距離しかない。

 そしてそのトルア・クルアはサクラさんの言う通り海洋国家で、面した海から世界各地に交易路を作って船による行き来を盛大に行っている貿易大国なんだよね。

 

 当然旅客船なんかも毎日とんでもない数、行き来しているわけなのでそれにさえ乗ればもう、エウリデの追手なんて知ったこっちゃなくなる。

 マーテルさんと一緒に逃げているらしい推定オーランドくんはたぶん、それを狙ってるんだろうねー。一緒に行くのか船に乗せるだけ乗せて帰るつもりなのかは知らないけれど、中々いい判断だし好感の持てる行動だと思う。

 

 そうだよねー誰が好き好んで物扱いしてくるような連中に、助けた人をむざむざと渡すもんか。今回ばかりは彼にこそ義があるよー。

 冒険者として強い共感を得ていると、向かいのシアンさんが困惑もしきりにつぶやくのが見えた。

 

「グレイタスくんも、船旅に付き合うつもりでしょうか……まさかそんな、彼は冒険者であると同時に学生ですよ?」

「助けた女とともに理不尽な国からの逃避行。冒険者の、それも年頃の男としては燃えるシチュエーションでござろうなあ。ましてやあのガキンチョはほれ、スケコマシでござるし」

「………………………………!」

 

 ちょ……ちょ、超! 羨ましいよー!!

 え、何その青春劇! ボーイミーツガールからの逃避行って、もはや物語じゃん! こってこてのジュブナイルじゃん!!

 

 オーランドくんを支持するのはするのだけど、僕の憧れる青春をことごとく見せつけてくるのはつらいよー。

 応援したい気持ちと応援したくない気持ちがせめぎ合うー! 僕にもそんなイベント起きないかなー! と、そんなことをついつい思っちゃうよー。




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やけっぱちになってるよー

 どこまで行ってもハーレム主人公気質らしいオーランドくんへの嫉妬でどうにかなりそうながらも、僕としてもマーテルさん達を国に渡したくない思いは一緒だ。

 なんならシミラ卿だって乗り気じゃないんだろう。ここにいるってことはつまりそういうことだからねー。

 

「はっきり言うが騎士団長たる私も、副団長もその他の幹部格も、マーテル確保などしたくないのが本音だ。死ぬより酷い目に遭わされるだろう国の研究機関に誰が罪なき者を引き渡したいものか、それは騎士以前にまともな人間のやることではない」

「だったら別に、適当に追ったところで見失いましたーでいいんでないのでござるかー?」

「そうしたいところだがな……まったく残念だがこういう時ばかり、勤務に忠実で熱心な部下というものもそれなりにいるのさ」

 

 肩をすくめていかにも皮肉げに彼女は嗤う。

 超古代文明の生き残りってだけで、通常罪人が送られてそのままあの世行きになっちゃうような、闇の深い研究施設送りになるなんてあってはならないことだからねー。

 騎士としての誇りも高いシミラ卿以下騎士団の幹部陣はその辺、一歩も退く気はないんだろうけど。まあ、組織ってどうしても一枚岩じゃないかー。

 

「無駄に勤務年数だけ重ねたような下っ端どもは、今回の任に異様に気炎を上げている。相手はか弱い小娘、引っ捕らえて使命を果たせば上の覚えもめでたく立身出世の道も拓ける、と」

「栄達のためなら多少の犠牲もやむなしか。立派な騎士様もいたものですな」

「なんなら生意気な小娘騎士団長を蹴落とすことにも繋がるだろうから、いつになく精力的に取り組んでいるよ。上の指示を待たずして出撃する程度にはね」

「えぇ……? 部下の教育どーなってるの、シミラさん……」

「貴族の子息だ、名ばかりしかいないんだよソウマ。私の憧れた騎士団は、今や退廃してしまった。私のせいだろうな」

 

 ギルド長の皮肉にも乾いた笑みを浮かべて嘯くしかない、シミラ卿の姿はあまりに無力感に満ちている。

 部下の教育含め、騎士団をそこまで腐敗させたのは国の意向も貴族のボンボンの性根もあるだろうけど、結局のところ責任の所在はこうなるまでに手を打てなかったシミラ卿達自身にある、とするしかないから難しいところだよー。

 

 悔しいだろうなー……先代騎士団長を慕って、彼女の跡を継いで騎士団をより立派な組織にするのだと理想を掲げていたのがこの人なのに。今やかつての姿はもう、すっかりと色褪せてしまっている。

 今ここにいるのは、自身の力不足も含めたすべてに嫌気が差した女の人でしかなかった。

 

「というか、もうすでに出撃してるってことはオーランド達を追ってるのでござるか? それもう捕まってないでござるか?」

「マーテルが出立したのが2時間前、馬鹿どもが無断出撃したのがその一時間後……どちらも馬を使用しているのだとして、いずれ捕捉するだろうがまだそこまで追い縋ってはいまい。そしてその程度であれば、迷宮攻略法を修めている者であれば容易に辿り着ける」

「…………あー。つまりシミラ卿、僕らに連中を止めてほしいってこと?」

 

 部下が暴走しているのを止められずにいる彼女がここにいる理由なんて、そのくらいしか思いつかない。

 迷宮攻略法をある程度でも習得している僕やサクラさんを呼んだのは、立場上身動きが取れない自分の代わりに連中を止めてくれと、場合によっては武力行使をもってでもと、そういうことなんじゃないかなー。

 

 そんな僕の推測を、シミラ卿はしかし頭を振って答えた。

 

「いや、半分当たりで半分違う。連中に追いつくまではいいとして、そこからだ」

「ふむ?」

「ソウマとジンダイ殿には連中と争う形で、私と一芝居打っていただきたいのだ。Sランク冒険者に相当する実力者が3人、本気で撃ち合えば嫌でも騎士団の動きは止まる。その上で私が敗れ、そちら側に"マーテルには手出し無用"とでも言ってもらえれば今後、国としてもマーテル追跡には二の脚を踏むと思われる」

「……茶番で騎士団と、その後ろにいるエウリデ政府をも脅しつける、かあ」

「自身の敗北を前提とする策でござるか。中々捨て身でござるなー」

 

 サクラさんが呆れの混じった表情と声色でシミラ卿に言う。いや実際その通りで、半分自爆行為めいたやり方を提示してきてるね、彼女。

 現状、求心力やカリスマはなくともシミラ・サクレード・ワルンフォルースはエウリデ連合王国最強の戦力だ。なんせ先代が冒険者になってとんずらこいたもんだから、それまで騎士団の中で二番目の実力者だった彼女がそのままトップ戦力になるわけなんだよねー。

 

 そんな彼女が任務の途中、冒険者に負ける。それはすなわち国そのものの威厳や威光を大きく損なう緊急事態だ。

 それをもってして、彼女は国を止めるつもりなんだ。マーテルはすでに冒険者だ、深追いすればシミラ卿以上の戦力を保持する集団が敵に回るぞって。

 自身の首が飛ぶことさえ覚悟してるね、これは……冒険者に負けるような騎士団長を、エウリデは許しはしないだろうし。



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舐めてもらっちゃ困るよー

 シミラ卿の提案──騎士団と国を相手に一芝居打ち、マーテルさんがすでに冒険者のバックアップを受けていることを、武力行使を持って示すことで連中を牽制する──の最大の問題点は紛れもなく、シミラ卿自身の命が懸かってしまうことだ。

 

 僕ら冒険者は、依頼に失敗しようが殺されるなんてことはないし、あったとしてもギルド総出で返り討ちにしてやるけれどシミラ卿はそうはいかない。

 騎士団長として敗北を喫すれば国は恥をかかされたとして始末にかかるだろうし、その時彼女の味方は誰もいないんだ。

 

 その辺、どう考えているんだろうかシミラ卿は。

 真剣に語る彼女の言葉に、僕も真剣に耳を傾けた。

 

「これがおそらく最善だ、流血を最小限に留めつつマーテルを他国に逃がすことができる。国と冒険者ギルドが本格的に対立するだろうが……そこは今さらだろう」

「ま、そうですなあ。我々としても、金さえ積めば汚れ仕事でもさせていいとのぼせ上がっている輩どもとは仲良くする気はありませんよ」

「それはそうでござるがなシミラ卿、貴殿の進退はどうされるおつもりでござる? そちらの案でいくと、貴殿の身に危害が及ぶでござろうが……」

 

 サクラさんも僕と同じことを考えていたみたいだ。シミラ卿に鋭い視線を向け、疑問を投げかける。

 最善……最善といえば最善なんだろうね、少なくともシミラ卿にとっては。建前上は国に従いつつもマーテルさんを逃がせて、かつそれでもまだ追撃するようなら冒険者が黙っていないという実例を示すことにも繋がる。

 

 ただ、そこに彼女自身は勘定に入ってないんだ。

 シミラ卿はあっけらかんと、清々しそうに笑ってサクラさんに答えた。

 

「この件が片付いたらどの道、騎士団長は辞めるつもりでいる。そちらのクビはいくらでも飛ばしてやるさ。物理的に首を飛ばしたいというのなら、別にそれでも構わない……ただまあ、私とて黙ってやられはすまいが」

「……国とやり合うでござるか? 面白そうでござるし加勢するでござるよ?」

「結構だ。これも私の不徳が招いた事態なのだから、余人は巻き込まず最期までやり遂げてみせるさ」

「………………………………」

 

 うーん、やっぱりいろいろ腹を括ってるね、これは。やる気満々な彼女の姿はどこか透明感さえ備えた気迫を纏っている。自身の死さえ織り込んで、命の使い所を見つけちゃってるみたいだ。

 これやばいよー。今まで我慢してきた分、もういいんだってなったら本当に、国全部を敵に回して死ぬまで暴れちゃいかねないよー、シミラ卿ー。

  少しの沈黙が流れる中、僕はどうにかできないか必死に頭を回した。出来の悪いオツムでも、どうにかしないとシミラ卿が大変なことになっちゃうよー。

 

 ────不意に、シアンさんとサクラさんの言葉を思い出して僕は閃くものを得た。

 そうだ、そうだよこれなら行けるかもしれない!

 

「すみませんが、こちらからも提案があります」

「ソウマ?」

「シミラ卿をこんなことで、あんな連中の手で終わらせちゃいけない。さっきの計画、少し変更しましょう」

 

 シミラ卿をまっすぐ見据えながら、僕はみんなにそう言った。

 さすがに、そんなことで命を投げ捨てさせる訳にはいかない。かつての仲間として今の友として、僕はシミラ卿のプランに横槍を入れるよー。

 

「騎士団と冒険者は国の思惑通りに組んで、一緒にオーランドくん達を追うんです。特にシミラ卿とサクラさんはタッグを組むのがいい──そこに、僕が邪魔立てします」

「……ソウマくん!?」

 

 僕の即興のとっておきプランに、即座にシアンさんがその意図するところを察したのか叫んだ。

 まあ言っちゃうとシミラ卿のプランにおける、国を牽制する冒険者の武力って部分をそっくりそのまま、僕の暴力に置き換えるんだねー。

 

 "僕は存在そのものがエウリデ連合王国に対して牽制となり得る"。

 放課後、部室でシアンさんとサクラさんが熱く語ってくれた僕の評判を思い出して、この作戦は考えつけたのだ。

 かつて手を出した挙げ句痛い目を見たスラムの野良犬が、今度は明確に自分達に牙を剥いてきた。なーんてのは今も調査戦隊絡みで苦い思いをしているらしいエウリデからすると、嫌でも対応せざるを得ないだろうしねー。

 

 シミラ卿にとってはサクラさんはじめ冒険者達と責任を折半できるし、冒険者達も表立って国と対立構造を本格化させるのも避けられるし。僕としても、3年前のちょっとした心のしこりを取り除けるかもだし、いいことづくめだよー。

 ホクホク顔を浮かべる僕に、けれどサクラさんとシミラ卿が難しい顔をして唸る。

 

「……エウリデ対冒険者の構図にはせず、エウリデ・冒険者連合対冒険者"杭打ち"の構図にすると? いくらなんでもそれは貴殿に負担がかかり過ぎでござろう」

「そうだぞ、ソウマ。私のことを気遣ってくれるのはありがたいが、いくらなんでもそれは無茶だ。そもそも一人で叛逆など、そんなことができるわけが」

「舐めてもらっちゃ困るよー」

 

 うーん、サクラさんは仕方ないにしてもシミラ卿、ちょっと見ないうちに僕のこと忘れちゃったのかなー。ちょっと寂しいけど一年ぶりだからねー仕方ないや。

 思い出してもらうつもりで、僕は二人に限定して威圧をかけた──騎士団員のボンボンにしたのとはわけが違う、調査戦隊副リーダー仕込みのマジ威圧だ。

 

 瞬間、二人の息が止まった。

 僕の本気の威圧に、否応なしに身体が反応したんだ。




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こんな茶番は引っ掻き回してやるよー

「…………!?」

「っ! ソ、ソウマ……!?」

 

 僕の意気を受けてサクラさんもシミラ卿も動きが止まり、唖然とした様子でこちらを見る。

 威圧の対象となっているのは二人だけだし、シアンさんに害が及ばないようにこちらで制御してるから彼女はかわいくキョトンとしてるけど、その辺は割とどうでもいいギルド長と隣で控えてる秘書さんはギョッと目を剥いているねー。

 

 サクラさんとシアンさん以外の3人は僕のことを少なからず知っているはずなんだけど、やはり3年も時間が経つといろいろ、忘れちゃうところはあるのかもしれない。

 サクラさんにしたところで、いきなりシミラ卿と自分のタッグを一人で相手するよーとか言い出した僕には、懐疑的になってもおかしくはないしねー。

 

 こうなるともう、多少乱暴だけど身をもって僕の実力の一端を知ってもらう、あるいは思い出してもらうのがいいんだろう。言葉じゃ納得してもらえないだろうし。

 そう思ってのガチな威圧は、予想以上に効果を発揮して二人のみならずギルド長達までも戦慄させたみたいだ。

 

 彼女らをまとめて牽制したまま、僕は告げる。

 

「サクラさんはともかくシミラ卿、僕を誰だと思ってるのー? 調査戦隊に入った成り行きも、入ってからの働きも知らないとは言わせないよー」

 

 調査戦隊に入る際リーダーと副リーダー、および幹部格をまとめて一度は完膚なきまでに叩きのめした。まあその後のリベンジ戦で完全に対策取られて逆に叩きのめされたけどー。

 そして調査戦隊所属中は迷宮攻略法をいくつも考案し、今やレジェンダリーセブンとか言われてる人達にも手ずから教えた。まあ彼らからも同じくらいいろんなことを教わったから、正味トントンだけどー。

 

「大迷宮深層調査戦隊の中でも、単純な強さだけなら誰にも引けを取らなかった……今もそうだよシミラ卿。サクラさんと二人がかりで来ようが、僕相手に簡単に押し切れるとか夢にも思わないほうがいいねー」

「…………!!」

 

 傲慢なまでの絶対的な自信。他のことは譲れてもこれだけは譲れない。

 心配されるほど弱くはない。僕は強いよー?

 ニコリと笑うと視線に晒された、二人の美女は息を呑み汗を一筋、垂らしていた。

 

「こ、れは……! ワカバ姫から聞いていたでござるが、なるほど。相手にとって不足なしというわけでござるか……!!」

「……不覚にも、記憶を摩耗させてしまっていたか。そうだったな、ソウマ。調査戦隊にあってお前は、中核メンバーの一人として迷宮最下層にまで到達したのだったな」

「久しぶりだが悍ましい威圧だな、直接の対象でもないのに殺されるかと思ったよ……グンダリ、やるなら事前に断りを入れてからやりなさい。老人の心臓を今ここで止めるつもりかね」

「止めたところで死にそうもないくせに……でもごめんなさいギルド長、時間もないし手っ取り早く話を通そうと思ってー」

 

 冷汗を拭う素振りをしているギルド長に謝るけれど、実のところこのおじいちゃんもこれでSランクだからねー。

 現場こそ引退しているから迷宮攻略法の習得もしてないけれど、長らく冒険者やってきたから胆力は折り紙付きだし、僕の威圧だってなんとも思ってないはずだ。

 そのくせ虐められたか弱いおじーちゃんのフリをして来るんだから、食えないよねー。

 

 ま、とにかく話はこれで決まりだ。騎士団は予定通り冒険者ギルドと組んでオーランドくんとマーテルさんを追いかけ、先行部隊と合流したあたりで僕こと"杭打ち"の奇襲に遭う。

 そして現状最高戦力であるシミラ卿とサクラさんの二人がかりで僕と戦う中で僕優勢、くらいの形で終わってマーテルさんへの手出し無用って宣言をするわけだ。

 

 これなら冒険者ギルドが全面的に国とやり合うこともないし、迷宮都市に騒乱が巻き起こる可能性も低くなるだろうね。

 後から"乱入して邪魔してきたとはいえ杭打ちも同胞だから……"みたいな言い訳をして国の協力には今後、応じない構えを示せばもう完璧だよー。

 

 ビックリするくらい一から十まで茶番だけれど、そもそも超古代文明の生き残りを捕らえて実験動物にする時点で茶番未満の出来の悪いシナリオなんだ、僕がわやくちゃにしてやったほうが面白い見世物になるでしょー。

 早速僕は立ち上がり、みんなを見回して言った。

 

「都合上、僕が先行してないと話にならないので先に失礼しますよー。先走った連中が万一オーランドくん達に追いつこうとしていた場合、彼らをある程度黙らせるつもりではいますからそのおつもりでー」

「ああ、そこは構わない。ただ殺しはするなよ、さすがにそこまで至ってしまうと国もお前を腫れ物扱いする程度に収めてはおけないはずだ」

「そこはもちろん。自慢じゃないけど僕、手加減は得意なんですよー」

 

 モンスターと違って人間は脆いからねー。

 そうとだけつぶやいて僕は、ギルドの外へと出た。




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空だって飛んじゃうよー!

 ギルド施設の外に出て、僕は一息に大地を蹴って飛んだ。

 そう、飛んだ。跳んだでも翔んだでもなく飛んだんだ。強化した肉体による第一歩で高く舞い上がり、重力制御法で僕が進む方向、進みたい道筋へと一直線へ向かう。

 傍から見れば空を飛んでいるみたいに見えるだろう。だから言うのさ、飛んだってねー。

 

 この技術は迷宮攻略法を修めようとする者達にとっては今や、極点にあるとされる技法の一つだ。身体強化も重力制御もあまりに習得難度が高すぎて、未だに世界各国にそれぞれ片手くらいしか体得済みの冒険者はいないらしい。

 ましてやその2つを掛け合せたこの飛翔法なんて、調査戦隊が最高戦力として誇ったレジェンダリーセブンの中でも1人しか使えなかった代物だ。

 

「…………」

 

 あっという間に砦の壁を高々越えて町の外へ。なんら遮るもののない空を快適に行く感覚は爽快かつ迅速だ。

 当然馬より早いから、余裕で先行した騎士達に追いつけるだろう。場合によってはオーランドくん達とも出くわすかもだけど、そうなったらより好都合だ。マーテルさんを逃がすことに協力を表明できるからねー。

 

「……………………」

 

 猛スピードで北へ向かう中、そう言えばシミラ卿なんかはかつて、やたらと羨ましがってたなあと昔を思い出す。

 あの頃は迷宮攻略法の初歩である熱耐性さえ身につけるのがやっとって感じだったけど、今はどうなんだろう。

 

 ていうか、これからサクラさんともどもまとめて相手しないといけないけれど、いまいち両方とも実力のほどは分かってないなーって今頃気づいちゃったよー。

 まあ、戦う相手の実力なんて分からなくて当然なんだし別に構う話でもないかなー。

 

 勝てそうなら勝てばいい、負けそうならそれでもどうにか相討ちに持ち込めればいい。

 今回の敗北条件は僕がなすすべもなくあの二人に敗れてしまって、騎士団や国に対してマーテルさんに手を出すことのリスクを示せないことだけだ。つまり負けなきゃ勝ちなんだから安いよねー。

 

「…………簡単に負けてやるつもりはないよー」

 

 さっきは啖呵を切ったものの、実際サクラさんもシミラ卿もSランク相当の十二分な化け物だ。迷宮攻略法の習熟状況に依らず、培ってきた技術と経験はまかり間違えばレジェンダリーセブンとか言われてるあの人達にだって負けない部分はあるだろう。

 元調査戦隊のシミラ卿に、レジェンダリーセブンの一人と友人なサクラさん。どれほどのものかなー、場合によっては殺すつもりでいかないとまともな勝負にさえ持ち込めないかもねと、ちょっと不安気味になりそう。

 

 いやでも、あんな大言壮語吐いといて大したことありませんよ僕ーってのはダサすぎる。

 調査戦隊を抜けてからも迷宮最下層付近でずーっと金策してきたし、実力だってその頃よりも上がってるとは思うけど……対人経験についてはほとんど経験を積んできてないからね。そこを攻められるとちょっと辛いかも。

 

「……でも、もしこれでカッコよーくみんなの前であの二人を倒せればー。きゅふ、くふふふー!」

 

 逆にあの二人が組んでなお、僕がスマートにかっこよくクールに首尾よく倒せたとしたら。そこまで考えて僕の顔が緩んだ。

 めちゃくちゃカッコいいんじゃないかな、謎の冒険者"杭打ち"、Sランク冒険者とエウリデ連合王国騎士団長のタッグさえ軽々打ち破る、とかさー! えへへ、モテモテ間違いなしだよこれはー!!

 

 いまいち僕の実力を疑ってるっぽかったサクラさんや、そもそも上位冒険者の実力について大した知見のなさそうなシアンさん。そして今の僕の実力を測りかねているシミラ卿。

 この3人だって僕がマジに強くてカッコいいんだぞーって分からせられれば、きっとメロメロになるよねー! 大体の場合、冒険者は強いほど人気が出るものだしね! えへ、えへへへ!

 

「……よーし、頑張るぞー!」

 

 マーテルさんを助けるのがもちろん第一の理由だけれど、それはそれとして僕としてはカッコいいところをみんなに見せてすげー! かっこいいすきー! って言われたい!

 だからそのためにも気合を入れつつ飛んでいると、遥か見下ろす地上にて、馬に乗って駆け抜ける騎士の部隊を発見した。さらにその進行方向の先に一頭、必死にかける馬に乗る二人組も。

  

 町を出て大体10分ほどくらいかなぁ、結構遠くまで来たけど、どうにか捕捉できたみたいだ。

 タイミング的にギリギリだったみたいだねー。運がいいのは何よりだよ、オーランドくん。

 

「……かるーく、肩慣らしするかなー」

 

 騎士団員のみなさん方には悪いけど、これから実力者二人を相手取るからね、ウォーミングアップはしておきたい。

 久々の対人戦、少しでも勘を取り戻しておきたいところもあるからねー。そう思って僕は急降下した。

 オーランドくん達が駆る馬の進行方向、まるで流れ星のように猛烈な勢いで地上に向かい、杭打ちくんを構えて地面に叩きつけたのだ!

 

「────!!」

「何っ!?」

「きゃあっ!?」

「なんだあっ!?」

 

 スドォォォォォォンッ!! と、大地を大きく抉り揺らす衝撃。僕にとってはいつものことだけど、オーランドくんやマーテルさん、騎士団の人達にはまるで未知の事態だろうね。

 馬を止め、困惑しきりに土煙に埋もれる僕を見る彼ら。言っちゃ悪いけど騎士団の連中はこの時点でダメダメだ。

 

 様子をうかがう前にまずは剣を抜いて構えなきゃ。何が起きてもおかしくないなら、空からいきなり敵が降ってくるのもおかしくないのにー。

 オーランドくん達もこの隙に逃げることを考えるのがベストなんだけど、なんちゃってAランクのぺーぺーくんだからね。助けた女の子を逃がすって選択肢を取れただけ、及第点なんじゃないかなー?

 

 やがて土煙が晴れていき、彼らは僕の姿をしっかり捉える。

 目を見開き驚く一同に、僕はマントと帽子に隠された奥で一人、ニヤリと笑った。




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"君だけの冒険"の、はじまりだよ

「貴様……"杭打ち"か! 我らを妨害にでも来たか!」

「スラムのゴミが、この数相手に何ができる!」

「この間はよくも新米を! 冒険者め、八つ裂きにしてくれる!!」

 

 まー吠える吠える、騎士団員達のみっともない姿を見て僕はやっぱり、呆れ返った。

 何が崇高なる使命なんだろうねー、寄る辺ない女性や子供を拉致して地獄に連れ込む外道がさ。

 こないだのボンボンを殴り倒したこと、聞いてはいたけどシミラ卿じゃなくて僕……というか冒険者がやったことになってるし。恨み骨髄って感じだけれど、何から何まで自業自得なんだよねー。

 

「杭打ち……なんで、ここに!?」

「杭打ちさん? ……この間の、シアン生徒会長さんと一緒に帰っていった人、ですよね?」

「……………………」

 

 マーテルさんの問いに、僕は無言で頷く。オーランドくんは驚きつつもそれでも素早く後ろに乗せた彼女を庇い、周囲を見回している。逃走できないか、活路を見出してるのかなー?

 隙を伺うの、結構いいねー。さすがに両親が両親なだけあってセンスはあるってことだろう。今は時期尚早すぎるだけで、潜在的にはAランクにも届き得るものはあるのかもねー。

 

 警戒しつつ逃走の機会を探るオーランドくんに、僕は静かに、できれば正体が悟られないようにと祈りながら語りかけた。

 さすがにこの状況を無言で進めるのは無理だしね。

 

「…………グレイタスの息子。その子を逃がすのかい?」

「喋った!? それにその声……?」

「……助けたにせよ、逆に言えばそれだけだろう? なぜ、国や騎士団を敵に回すリスクさえ負ってその子を逃がすんだ? 冒険者ギルドさえ、君達の味方にはならないかもしれないのに」

「っ、それは」

 

 あえての意地悪な質問。どうしても僕は、オーランド・グレイタスという冒険者を見定めたかった。

 僕を嫌う、親の七光りに頼るだけ小物に過ぎないと思いきや。冒険者としての意識は案外高く、それに沿った行動もし、そして今またすべてを敵に回してでも追われる身の少女を助けようとしている。

 なんとも謎な人間性だ。どういう意図でマーテルさんを今、助けるつもりでいる?

 

 同じ冒険者として、どうしてもそこだけは確認したい。

 尋ねる僕に、オーランドくんは強い眼差しで吼えた。

 

「……マーテルを! この子を助けたいからだ!! 他に理由なんてあるもんかよ!」

「その子を引き渡せば、君自身は助かるかもしれないのに?」

「人を地獄に落として得られる安寧なんざ、それこそ俺に取っちゃ地獄だ!!」

「彼女は超古代文明の民かもしれない。その研究、調査は国のためになるのかもしれなくても?」

「ちょっと長い眠りから覚めただけの女の子を、ひでえ目に遭わせて何が国のためだ! そんな国ろくなもんじゃねえ!」

「なんだと貴様──ううっ!?」

「騎士様方は黙っていろ」

 

 今あんたらに用はないんだよ。ボンボンだか飼い犬だか風情が、引っ込んでろ。

 ひと睨みで騎士団員を全員黙らせて、再び僕はオーランドくんを見た。自分の信じる道をひたむきに進もうとする、信念の光を宿した瞳。

 

 ……悪くない。こんな瞳をした冒険者を、僕はかつて大勢見た。オーランドくんの親もまた、その中にいたよ。

 あながち親バカじゃないのかもねー、あの夫妻。いやAランクについては確実に親バカだわ、オーランドくんはともかくあの二人は今度見かけたら反省会だよー。

 内心でバカ親二人を思い浮かべながらも、僕は告げる。

 

「……君は正しいよ、オーランド・グレイタス」

「! く、杭打ち……」

「目の前で理不尽に晒される人を助けたいと願う、君の姿は人として。国だろうが騎士だろうが構わず己の筋を通したいと想う、その姿は冒険者として正しい。ご両親に似ているよ……血は争えないってこと、なんだろうね」

「親父と、お袋……」

「オーランドの、ご両親……ですか?」

 

 僕の初恋を8回も台無しにしたことはこの際、置いておいてあげるよ。"杭打ち"が嫌いなのだって個々人の考えだ、好きにするといい。

 ここにいる僕は、そうしている君を……今この時ばかりは手助けしよう。君がどうあれマーテルさんは助けるつもりしてたけど、今の答えを聞けた以上は二人まとめて受け持つよ。

 杭打ちくんを、元々彼らが進んでいた先に伸ばして指し示す。

 

「……行け。そのまままっすぐ進めば、トルア・クルアの関所に辿り着く。オーランド・グレイタス、君も彼女とともに海を往くのかい?」

「ああ! もちろんだ、宛もある!」

「ならよし、さあ行くんだ──君は今、ついに冒険者になる!」

 

 こんな日が来るなんてねー、まさかこの僕が……新人さんの旅立ちを、祝福とともに見送るなんて。

 オーランドくんはまさしくこの時より"冒険の旅"を始めるんだ。未知を求め未知に触れ、己の道を確固たる足取りで進む大偉業を、彼自身の意志と魂で歩み始める。

 

 その第一歩目に、不肖ながらこの僕が先導役を務めさせてもらうよ。

 かつて僕自身、レイアにもらった宝物の言葉だ……今の、その目をした君になら贈ったっていいさ。

 

「冒険とは、未知なる世界に触れること! 冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること!」

「…………!!」

「君の冒険は今から始まる! そのために必要な露払いは引き受けよう──冒険者"杭打ち"、君より少しだけ先を行く者として!」

 

 そしてソウマ・グンダリ──"君"と同じ場所にいた者として。

 僕は、騎士団に向けて杭打ちくんを構えた!




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ウォーミングアップにもならないよー(呆)

「助かる、杭打ち……さん!」

 

 咄嗟に馬を走らせて、オーランドくんはすれ違いざまにそう叫んだ。決意の眼差しは、一瞬見えたけれどにわかに涙で滲んでいる。

 バカにしている僕に励まされて悔しいのかな? と一瞬思ったけど、そうじゃないみたいだ。

 駆け抜けていく彼らの後ろ姿から、続けて声が響いたのだから。

 

「いつかまた会えた時に言わせてくれ! 今日という日の感謝を! これまでの日々に対する、心からの謝罪を!!」

「ありがとうございます、杭打ちさん!!」

 

 今までのことをどうやら反省し始めているみたいだ、オーランドくん。マーテルさんの感謝も併せて、なんだかくすぐったいねー。

 でも、悪くない気分だ。僕がこの手で初めて見送れた冒険者。これからいろんな未知に触れるんだろう、可能性の塊。

 いつの日かまた逢えることを信じて、僕も叫ぶ。

 

「楽しみにしている! 君達の旅路に、幸あれ!」

「ぐっ──冒険者ども! 何が冒険の旅だ、ふざけるなぁっ!!」

「あの女は捕らえて研究所送りだっ!! ガキのほうは切り刻んで豚の餌だっ!!」

「そして貴様はこの場で処刑だ! 国を、騎士団を舐めたな、下郎がーッ!!」

 

 と……爽やかーなやり取りを一気に汚してくれる、ツッコんでもツッコミ足りないお馬鹿さん達の妄言。威圧を緩めたからか、騎士連中がまたぞろ吠えだしたねー。

 まともに相手するだけ無駄と、地面に大きく作ったクレーターの真ん中で僕は構えた。

 

 ここからはなんの慈悲もない時間だよー。都合、命だけは取らないけどそれ以外は何一つ保証しないからよろしくねー?

 

「…………さて」

 

 構えつつ思う。さっきも言ったが対人戦は久しぶりだ、加減をトチると殺してしまう。

 さすがに意味のない人殺しなんてゴメンだし、かと言って加減しすぎると目の前の彼らはともかくシミラ卿、サクラさんは躊躇なくその隙に合わせて致命打を放ってくるだろう。

 

 だからここで調整しなきゃね。殺さず、かと言って温すぎない加減を彼ら相手で思い出すんだ。

 これ、骨が折れるぞー。内心気を張りながら僕は一歩、踏み出した。即座に抜剣し、場上から構える騎士団員。

 

「全員構えろ! 敵は一人だが油断するな、相手は非公式とはいえ元、調査戦隊メンバーだ!!」

「…………」

 

 だから。

 遅いんだってばー。剣を抜くならとっくに抜いて、吠えてないで斬りかからなきゃ意味がないんだよー。

 いくらでも先手を打てたものを、結局後手に回るんだったらどうぞ殺してくださいって言ってるようなものなんだよー?

 

 こんな風にね。

 僕は一気に踏み込んで、一番先頭の馬の場上から見下ろす騎士の、目と鼻の先にまで距離を詰めた。

 

「っ!? き──」

「遅い」

 

 急接近した僕を認識するのも遅ければ、そこから剣を振るい対応しようとするのも遅い。とてもじゃないけど待ってはあげられないよ。

 手にした剣を動かそうとした騎士に構わず、僕は杭打ちくんを持つ右手を振るった。

 

 まるで力を入れていない、手首のスナップだけ利かせた僅かなジャブ。ましてや杭なんて使わない、杭打ちくん本体そのものだけでの殴打。角を当てにすら行ってない、生温さの極みみたいな加減ぶり。

 だけど彼らにとってはこんなんでさえ、喰らえば終わりの代物なんだよねー。

 

「ガッ!?」

「た、班長ォォォ!?」

「き、貴様っ!! 杭打ちぃぃぃ!!」

「…………」

 

 そんな程度の低い一撃をプレートの上から腹に受けただけで、大仰に吹き飛んで地面に落ちる騎士の班長とやら。続けて僕は、次の騎士の元へ距離を詰めて腕を振るう。

 それだけでまた一人、鎧を破壊されながら落馬していく。

 

 その繰り返しですぐ、10人いた騎士が軒並み馬から落ちた。半数は立つこともできずに呻いて、もう半分は剣を杖代わりにしてどうにか立ち上がったけれど足がガクガクと震えている始末だ。

 あまりにあっけない始末に、馬を散らして逃しながら僕は内心で愚痴った。

 

 弱いー……本当に弱いよー。弱すぎるよいくらなんでもー。

 

 なんで今のをまともに食らうのさ。最初のやつは腕の動きに合わせてカウンター気味に打ち込んだから別として、他のは十分に防御可能なタイミングだったはずだよー?

 それがなんで全員、モロに攻撃食らって落馬してるんだか。せめて初撃を防御しつつ馬を反転させて僕のバランスを崩しつつ、反撃を仕掛けるくらいの動きはしてほしかったなー。

 

「つ、つよい。つよすぎる……!!」

「ば、ば、化け物だ……!」

「人間じゃない……っ!!」

「………………………………はぁ」

 

 どうにか立ち上がった連中の、愕然としつつも怯えきった表情に意気を削がれそうになって僕はため息をこぼした。

 まともな訓練も受けてないのが丸分かりで、なんならすでにメンタル的に駄目になってる。シミラ卿が訓練することさえ放棄してたとは考えにくいし、サボってたんだろうねー。

 

 ……ろくに積み重ねてもないくせに強すぎるだの、化け物だの人間じゃないだの。そんなセリフは百年早いよー。

 でももう、何も言う気にもならない。ウォーミングアップにもなれないなら悪いけどこの人達に用はない。速やかに気絶していただいて、本命である後続の騎士団・冒険者連合を待つことにしようかなー。

 

「くっ……!」

「…………」

 

 もうすっかりやる気をなくしかけてた僕だけど、一人だけ剣を構え直した騎士がいて少し、目を見開いた。

 一番最初に殴った騎士だ。ボロボロで使い物にならない鎧を脱ぎ捨て、落馬した時に頭を打ったのか血を流しながらそれでも立ち上がり、僕に剣を向けた。

 

「は、班長……!」

「総員、下がれ……逃げろ! この化け物は俺が食い止める!!」

「は、はい!!」

「…………」

 

 へえ……一番ダメそうだったのが、案外一番元気なのかー。

 防御、というよりとっさに打点をずらしたかな? 意識的にしろ無意識的にしろ結構やるねー。

 そして部下に対して逃げろと命じている。これも結構いいね、今さらだけど判断そのものは正しい。命令を受けて迷いもせず即座に逃げ出す部下はちょっとアレだけど、この班長さんは低いハードルなりにいい感じかもしれない。

 

 僕は班長さんのみ、相手足り得る者として敬意を払い構え直した。言動はいけ好かないけど、勝てないなりにやるべきことをやろうとするのは尊敬に値する。

 

「くっ……! 杭打ち、騎士を舐めるなっ!!」

「…………舐められるほうが悪い」

 

 この期に及んで吠える威勢は買うよ。それに、少なくとも今なお僕とやり合うつもりのあなたには、そう吠えるだけの資格はある。

 実力はともかく、言動はともかく、心構えはそれなりに騎士なのかもね?

 ……よかったよー、これでウォーミングアップができる。

 

「…………加減、トチったらごめんね」

「──!! ふざっけるなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ボソリと先に謝っておくと、班長さんは激高して切りかかってきた。

 出来は悪いけど気炎の籠もった良い一撃だ、そうこなくっちゃね!

 僕は口元が歪むのを自覚しながら、杭打ちくんを振るった。 




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いよいよ本番だよー

 ──そして、一時間後。

 

 ようやくやってきた騎士団の本隊と冒険者ギルドの面々を前に、僕は待ちくたびれたと言わんばかりに告げていた。

 いや本当に長いよー。もうちょっとパパっときて欲しいなー。もうそろそろ夕暮れだよ、日が沈むよー?

 

 言いたいことはいくらでもあった僕だけど、とにかくようやっと騎士団も冒険者達も到着だ。

 ここは大人しくして、彼らの出方を見ましょうかねー。

 

「遅い……」

「く、杭打ち……!? なぜここに!?」

「まさか妨害に来た!? マーテルと繋がっていたのか!?」

 

 地面に突き刺した杭打ちくんの上に腰掛けて足を組み、悠然と待ち構えていた僕。冒険者"杭打ち"の姿に、騎士団の面々がどよめくのを聞く。

 反面冒険者達は静かなままだ。ベテランはどこか興奮に目を輝かせてるし、ギルドでよく見る新米さん達もいるけど、彼らはどこか期待の眼差しで僕を見ている。

 

 なんならレオンくんたちのパーティーとかヨルくん、ヒカリちゃんもいるね。

 なんで? って感じだけど察するに、騎士団と組むにあたってその時ギルド施設にいた者を総動員したみたいだ、ギルド長は。

 そしておそらくその時に事情は伝えてるんだろう……面白がってるんだもんな全体的に。大方、杭打ちvsシミラ卿、サクラさんの戦いが見れるってんで嬉々として参加してる感じかなー。

 

 元調査戦隊メンバー同士に、片割れのほうにはSランク冒険者までついての大喧嘩。茶番にしても齧り付きで見たいものなんだろうねー。

 当のシミラ卿とサクラさんは静かに僕を見たまま、闘気と戦意と殺意を練り上げている。いい気迫だ、それはそうとしてシアンさんまで連れてきたんだね。サクラさんが何やら語りかけている。

 

「……生徒会長、いやさシアン団長。これからの戦いをよーく目ぇかっぽじって見るでござるよ。紛れもなく冒険者界隈における、最強の座をかけたタイトルマッチの一つがこれから行われるでござる」

「はい。旅団を率いるにあたって私が今後、見据えていかねばならない頂の世界。どこまで理解できるか分かりませんが、必ず無為にはいたしません」

 

 ずいぶん大仰なこと言うね、サクラさん。

 最強をかけたタイトルマッチって、興行用スポーツじゃないんだからさあ。何をもって最強の冒険者とするのかって話は割とデリケートなんだし、やめといたほうが無難だと僕は思うよー?

 

 シアンさんもシアンさんで、ひたすら真面目に頷いてるし。

 別に今からやる戦いなんて今後、僕やサクラさんが入団するんだからいつでも見られるんだしそんなマジで齧り付かなくてもいいのに。

 でもこれはこれで好都合だ、彼女に僕のかっこいいところをお見せできちゃうもんねー!

 

「いい心構えでござる。杭打ち殿を御するのであれば常に頂を意識せねばならぬでござるからね……でござろ、シミラ卿?」

「うむ。やつこそは大迷宮深層調査戦隊にあってもなお、最強クラスとして扱われていた者だ。そんな杭打ちを今後従えるのであれば、今現在の強さよりもこれから先の展望を、己の器を常に磨いていかねばなるまい。少なくともレイアリーダーは、それを意識しておられた」

「………………………………」

 

 今度はシミラ卿とサクラさんがやり取りしているわけだけど、頼むからシアンさんに無茶振りするのはやめてあげてほしいよー。

 いくら彼女が文武両道美貌もカリスマもある天才だからって、いきなりレイアの後追いは難しいと思うよー。

 

 っていうかレイア、そんなこと意識してたんだ? 別に僕だって器で彼女についていったわけじゃないんだけど、そんな風に思ってたんだとしたらちょっとショックー。

 今度なにかの拍子に出くわすことがあったら聞いてみたいなー。まあたぶん、調査戦隊解散の引き金を引いた僕は殺したいほど憎まれてるだろうから無理だと思うけど。

 

 さておき、そろそろ会話もやめようか。本当に身体が冷える。

 せっかく班長さんに手伝ってもらって、どうにか人間相手の加減を調節できたんだからねー。感謝しつつも僕は、杭打ちくんから降りて着地した。

 そしてそのまま杭打ちくんに隠れて彼らには見えない死角から、すっかりズタボロになって気を失ってる班長さんを抱えてみせた。

  

「…………」

「!? クロスド班長!」

「先行していた班長が、先に杭打ちとも交戦してたのか!?」

「何という酷い姿に……! おのれ杭打ちぃー!!」

「……………………」

 

 特に騎士団員の反応は劇的で、ボンボンの集まりみたい連中が一気に僕に殺意のこもった目で見てきた。やめなよ通りもしない殺意なんて、なんの役にも立ちはしないのに。

 ていうかクロスドっていうんだね? この班長さん。僕のウォーミングアップに最後まで付き合ってくれたから感謝してるくらいなんだけど、ま、もう用はないし返すよ。

 

 騒然とする騎士団達に、僕は班長さんをポーイと投げ渡した。完全にぐったりして力が抜けているし、死んでるんじゃないかと一見不安になると思うけど全然生きてるから大丈夫だよー。

 慌てて騎士団員達が班長さんの介抱にかかるのを意にも介せず、シミラ卿とサクラさんが徐々に距離詰めてきた。周囲に被害が及んでも人を巻き込まない程度まで、お互い牽制しながら移動する。

 

「さて。杭打ち殿……どれほどのものでござるかね」

「油断していると一撃で破られるぞ、気をつけてくれよジンダイ殿」

「…………」

 

 さてここからはジョーク抜きだ。草原の中、広々とした空間にて。僕とシミラ卿、サクラさんは適度な距離をおいて向かい合う。

 一気に場の空気が引き締まり、凍りついたものへと変化する。当たり前だ。今からSランク相当の戦士が3人、暴れるんだからね。

 精々、巻き込まれないように気をつけてねー。 




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開戦だよー!

 さて……戦う前にも一応、茶番はしておかないとねー。

 決して腕試しの場じゃない、れっきとした人助けの場面なんだし。手抜かりはないようにしないとー。

 

「……グレイタスとマーテルから手を引け。国の出しゃばる幕じゃない」

「何を言うー。貴様ー、我々騎士団にー逆らうのかー」

「えぇ……?」

 

 それなりに芝居するつもりだったのに一気に肩の力が抜けるよー。シミラ卿、大根にもほどがあるでしょー?

 剣を抜きつつカッコよく僕と対峙するはずの場面が、まさかの完全に棒読みすぎて反応しづらい。隣でカタナを抜き放つサクラさんも唖然としてシミラ卿を見てるよつらいー。

 

 頭を抱えたくなるのを必死で堪え、僕はどうにか茶番を形だけでも整えようと試みる。

 もーシミラ卿ー、いくらなんでも腹芸くらいはできるようになっててよー。何年騎士団長やってんのさ、もー!

 

「……引かないなら、結果としてそうなる。超古代文明の生き残りだろうとなんだろうと、彼らを害する権利はどこの誰にもない」

「しかしな杭打ち殿、これは冒険者ギルドも絡む依頼にてござる。これに背きたるは貴殿、えーとギルドともやり合うつもりでござるか? 正気でござる?」

「……関係なし。今まさに"冒険"に出る彼らを邪魔する、これこそ冒険者として恥ずべきふるまいだ」

 

 下手くそシミラ卿に代わりサクラさんがフォローを入れてくれる。えーと、とか言ってるけどそれなりに自然な演技で助かるー。

 でもね後ろの冒険者達ー? 僕の言い分のほうが好みだからってうんうん頷くのやめよっかー、今どっちの味方かな君達はー。

 

 ともかく、このくらいのやり取りでいいかな? 僕は構える。

 あんまり長引かせると本当にシミラ卿がボロを出しかねない。いやもう、すでにボロが出てるっていうか最初からボロボロだけどー、さすがにこの茶番劇の裏を見抜かれるレベルでやらされると困るからねー。

 切り上げて戦闘態勢に移行する僕に、二人もようやくって感じで構えた。

 

「ふう、仕方ねーでござるね……悪いがこちらも仕事ゆえ、押し通らせていただくでござるよ」

「き、騎士の前に敵はないと知れー……杭打ち、本気で行くが悪く思うな」

「……………………」

 

 だから下手だよシミラ卿、演技と素の切り替わりが露骨ー!

 これはことが終わったあと反省会だねー……堅物なのは知ってたけどひどいよ、一生のネタだよこれー。

 棒読みから一気にいつもの抑揚になる騎士団長様に呆れつつ、三者構える。さあ、ここからだ。

 

「…………」

 

 気迫がそれぞれ立ち昇り、周囲に風を巻き起こしていく。お互いの迷宮攻略法、威圧同士がぶつかっているんだ。

 各々の纏う風がぶつかり合い、バチバチと音を立てて稲妻を生み出す。この時点ですでに騎士団や冒険者達には超常めいているだろうけど、Sランク冒険者同士がやり合うとなると割とお馴染みの光景なんだよね、これ。

 

「…………」

 

 ジリジリとにじり寄り、ぶつかる風は激しさを増す。

 僕、シミラ卿、サクラさん……誰から仕掛けるか。勝負はまず初撃が肝心だ。一撃を繰り出すほう、それを受けるほう。それぞれの動きで大体の実力差、格の違いが分かる。

 固唾を呑んで見守る騎士団、冒険者ギルドの面々。滅多に見られるものじゃないからねー、いい思い出にして帰るといいよー。

 

 ────一歩、踏み出す!

 

「…………!!」

「っ!」

「ハァッ!!」

 

 真っ先に動き出したのは僕だ、即座にサクラさんの元まで駆け抜けて懐に潜り込む。すでに杭打ちくんは振りかぶっている、狙いはボディ、僕から見て右脇腹へのフック!

 同時にサクラさんも動いた。問題なくカタナの切っ先を揺らし、細かく振るう……軌道を誤魔化すためのフェイントを織り交ぜつつの狙いは、杭打ちくんを持つ僕の指か。

 

 問題ない。僕は杭打ちくんを持つ右腕を振り抜いた。

 ただし脇腹めがけてのフックの軌道を、途中で極端に肘を折り曲げることで強引に変更。僕の指を狙っていたカタナに合わせ、かち合う形で振り抜く。

 

「……っ!!」

「っと、ぐうぅっ!?」

 

 カタナは美しく鋭い斬撃主体の武器だけど、僕の杭打ちくんは粗雑で大雑把な打撃にも使える。しかも根本的に重量がとんでもないため、普通に撃ち合えば大概押し勝てるだけの威力は、杭を使わずとも常に秘めている。

 つまり、サクラさんのカタナはあえなく腕ごと横にぶっ飛ばされ。体勢を崩したサクラさんの右半身が、今度こそがら空きってわけだね。

 

「────」

「!? は、や──!」

 

 即座に──重量物を持ったまま振り抜いたにしては通常、ありえない速度で再び杭打ちくんを振りかぶる。ゾッとしたのか青ざめた様子で、サクラさんが呻くのが聞こえたね。

 どうせこの得物の重さ、一発防げばしばらく時間も稼げるとか思ってたんだろう。甘いよー、アマチャズル茶のように甘い。

 

 迷宮攻略法、重力制御。

 現状の地下最深部、88階層に存在するとある地点へたどり着くために必要な技術であり、現時点では迷宮攻略法最難度の技術と言える。

 文字通り僕の周囲の重力負荷を増減させる技で、これを使えば家一軒分はある重さの杭打ちくんもほとんどストローみたいな軽さになる。おかげでこの通り、習得前にはできなかった動きができるから助かるよー。

 

「────!!」

「させんっ!!」

「っ!?」

 

 とりあえず一撃、挨拶代わりにかましとこうかとサクラさんの脇腹めがけて再度、杭打ちくんを振り抜こうとした、その時だ。

 横合いからシミラ卿が、手にしたレイピアで僕の顔面めがけて突きを放ってきた!




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久しぶりの対人戦、楽しいよー!

 サクラさんへの絶好の攻撃タイミングを、すかさずカットしにかかるシミラ卿。即席のコンビネーションだけど当然、このくらいはしてくるよねー。

 横目でわずかに視認できた騎士団長殿は、閃光がきらめくようなスピードと鋭さの突きを放ってくる。狙いは紛れもなく僕の顔。

 

 遠慮なしだね! まるで問題なく首だけ僅かに逸らしスレスレを回避。

 狙いが正確すぎるとね、逆に避けるのだけなら簡単なんだよー!

 

「…………!」

「っ! しかし!!」

 

 鼻先スレスレに回避したレイピアの、しかし刃は横を向いた水平状態だ。避けられても薙ぎ払う形で追撃をしてくるつもりだろう。基本だね。

 シミラ卿は努力の人だ。特別な才覚がなくとも積み重ねた修練で基本の技を必殺となるまで練り上げる。だから今の突きもここからの薙ぎも、すさまじい練度を誇る一撃必殺級の剣技と言えるだろう。

 

 ──僕クラスが相手でなければの話だけどねー。

 これさえ問題ない。僕は最初の突きを回避すると同時に腰を落とし、身を屈めた反動で思い切り頭を振ってレイピアを掻い潜る!

 

「!!」

「ちいっ──!?」

 

 即座に体勢を入れ替え体重移動、振り子の要領でレイピアの下を左右にステップしながらシミラ卿に接近、杭打ちくんをその体、みぞおちに密着させる。

 わずか1cm程度の隙間、これさえあれば上等さ──そこから腰、肩、腕、そして手首のスナップをフル回転させて鉄の塊を打ち込む!

 

「させんでござーる!!」

「!?」

 

 超至近距離からでも確殺を見込める打法技術を繰り出そうとした瞬間、今度はサクラさんがカットに入った。

 横合いから杭打ちくんめがけての大斬撃。大きくバネをつけて振り上げたカタナで、技術もへったくれもないとばかりに渾身の力で叩きつけてくる!

 

 ズガァァァン!! と轟音を立てて杭打ちくんが叩き落され打点がずれる、僕の体勢も同時に崩れる。

 そしてそこをすかさずシミラ卿のレイピアが煌めく。隙は逃さないよね、そりゃあさ!

 

「はあああああっ!!」

「…………!!」

 

 連撃連閃、無数の刺突の狙う先は寸分違わず僕の顔、それも右目か。マジで遠慮ないね、身体強化してるから突き刺さりはしないだろうけど、痛いものは痛いし怖いものは怖いんだけどー!?

 思わず顔を引きつらせながらしかし回避。頭を左右に振れば、先程同様狙いが正確すぎる攻撃だから簡単に避けれる。

 もっとフェイントとか入れなきゃモロバレだよ、モンスター相手ならともかくさあ!

 

「シャアアアアッ!!」

「っ!!」

 

 次いでサクラさんの斬撃も別方向、僕の側面から飛んでくる。こっちのほうがよほど手強い、いちいちフェイントを織り交ぜてくる!

 あなたはあなたで対人戦に慣れ過ぎだよー! 杭打ちくんを手首のスナップを利かせた高速ジャブで振り回して対応。ほぼ一瞬にして何発も飛んでくる斬撃をすべて撃ち落とす。

 

「す、すげえ……!」

「は、早すぎて見えねえけどとんでもねえのは分かる……こ、これがSランククラスのぶつかり合いかよ」

「杭打ちのやつ、Sランク並のを二人相手にして一歩も引いてねえ! なんであいつDランクなんだよ、おかしいだろ!?」

「杭打ちさん……! 頑張れ、杭打ちさん!」

 

 外野の声、特に冒険者達の歓声を聞く。はしゃいでるねー、まったく!

 そして最後のはヤミくんかな? 応援ありがたいけど騎士に聞かれたらまずいからそれ以上は止めとこうねー。

 

 でも、なんだか燃えてきたよー!

 さすがに二人がかりはキツいけど、逆に言うとこのくらいじゃないと張り合いがない。僕は目に力を込めながらもニヤリと口元を歪ませて、昂ぶる心を解き放つ心地でさらに動いた!!

 

「っ!!」

「何っ!?」

 

 ジャブで繰り出した杭打ちくんがサクラさんの斬撃を撃ち落とす、まさにヒットの瞬間に僕は動いた。

 一気に踏み込み、超加速のままにサクラさんに密着──押し込む形になるため必然的に、手に持つ刀は杭打ちくんで弾かれることになる。

 杭打ちくんの側面部分がサクラさんの眼前に迫る、このタイミング!!

 

 僕はそのタイミングで腕を折り曲げ、杭打ちくんの本体部分をサクラさんのこめかみに思い切りヒットさせた!

 肘打ちの要領だ、鉄の塊が彼女の側頭部を強かに打つ!

 

「は、あ──がっ!?」

「っ……終わり」

 

 ガッツリ当たって吹き飛ばされるサクラさん。しばらく、って言っても数秒程度かな? は脳震盪でも起こして動けないだろう。

 次いですぐさまシミラ卿へ向き直る。サクラさんが数秒でも動けない今、僕の相手は彼女一人だ。

 

 お行儀のいい剣術は、僕にとっては格好の獲物だよー……!

 なおも突きを放つ彼女の、レイピアに合わせて僕は杭打ちくんを振るった!

 

「なっ!?」

「────!!」

 

 レイピアの真っ直ぐな軌道に、上段からの振り下ろしでタイミングを合わせる。必然、シミラ卿の攻撃は杭打ちくんに阻まれ軌道を逸らす。そこが狙い目だ。

 そのまま僕は一気に右腕を振り上げた! 逸れたレイピアが彼女の腕ごと跳ね上がり、顔から胸元にかけてがら空きになる。

 そして振り上げた右腕、杭打ちくんの先端が指し示すのは──

 

「っ杭打ちぃっ!?」

「!!」

 

 ──完全に隙を見せたその、胸元!

 ステップ気味に足を踏み入れ、同時に腰、肩、腕を回して斜めに振り下ろす右腕。

 

「がっ────は、ぁあっ!?」

 

 吸い込まれるように叩き込まれる杭打ちくん。吹き飛ばされるシミラ卿。

 これで終わりだ……僕の目の前に、二人のSランク相当の実力者が転げ倒れ伏す。その姿に僕は、内心の冷や汗を拭う気持ちでそっと息を吐くのだった。




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さすがに殺し合いはナシだよー

 倒れ伏す最強格二人。一歩間違えれば逆だったかもしれない光景に、冷や汗を流しながらも僕はそっと安堵の息を吐いた。

 いやー……二人がかりは予想以上にキツかったねー。サクラさんもシミラ卿も、僕の想定よりずっと強くて怖かったなー。

 

 ワカバ姉の居合斬撃術とはまるで異なる、抜身の刃を正確無比かつ剛腕をもって振るうサクラさん。

 よっぽど対人経験豊富なんだろうね、息をするのと同じくらいの頻度でフェイントを仕掛けてくるから対処しづらいのなんのって。対人戦にそこまで精通してない僕には、勉強になりつつも相性が悪すぎて普通にヤバい場面がいくつもあったよー。

 

 特に最後ら辺に見せた連続斬撃。アレ実際のところは8割方、僕の隙を引き出すための嘘の攻撃だったんだろうね。

 ぶっちゃけまるで虚実の区別がつかなかったから全部叩き落したけど、もうちょっと長引いてたら押し負けてただろう。そしたら一発二発は食らってたかもねー。

 

「く、う……! こ、これほどまでに差があるとは……!!」

 

 呻きながらどうにか立ち上がるけど、側頭部からは血が流れているサクラさん。結構良い感じにヒットしちゃったしね、逆にその程度の負傷で済んでるのは彼女の実力の高さの裏付けとも言える。

 そもそも、ここまでスムーズに側頭部にヒットさせられたのは僕が杭打ちくんという、彼女の知らないタイプの武器を使っていたのが大きい。まさかトンファーめいた使用法までしてくるとは、ある程度推測していたとしても実感はなかったろうしね。

 

 もしも次、またやり合うことがあったら今度はこのスタイルだと負けかねないなー。

 ヒノモトのSランク冒険者、サクラ・ジンダイの実力の高さに、僕は舌を巻く思いでいた。

 

「が、ぁ……! っぐ、うぅ……」

 

 そしてもう一人。サクラさんとそれなりに見事な連携で追随してきたシミラ卿についても、率直に感心する僕だ。

 

 3年前の時点よりはるかに強くなっている。少なくともあの時点の先代騎士団長には勝ってるよ、単純な実力では。

 よっぽど努力を積み重ねたんだろう、単なる突きが完全に一撃必殺の奥義に変貌を遂げていたんだから背筋が寒くなるよー。速度も威力も正確さも、ゾッとするほどに極まっているなんてとんでもないことだ。

 

 ただまあ、彼女についてはちょっと素直すぎたところはあるね。サクラさんのような、平気で攻撃に嘘を織り交ぜる悪辣さに欠けるから攻撃してくる箇所はひどく読みやすい。

 逆に言えばその辺の対人テクニックを習得すれば、その時点でシミラ卿の実力はさらに跳ね上がるねー。あそこまで頭を振って撹乱していた僕の、右目だけを毎回確実に狙って来るなんて化け物めいた技術だもの。

 そこにフェイントまで混ぜられたら確実に被弾は免れないだろう。

 

「……………………僕の、勝ち」

 

 まあ、お二人が仮にそれぞれの課題を克服してさらに強くなったとしても、こっちだって全然今のやり取りは全力じゃなかったからねー。

 そもそも殺し合いじゃないから杭は封印してたし、迷宮攻略法も身体強化と重力制御しか使ってない。何よりかつての僕の……いや、これは置いておこうか。

 

 ともかく僕だってまだまだ引き出しがあるわけなので、もし次に二人相手に戦う時が来たとしてもそんな、ハイそうですかと素直に負けてやる気はサラサラないのだ。

 僕も割合負けず嫌いだなーって自覚を持ちながらも、僕は二人に話しかけた。

 

「……この場は勝負ありだ。これ以上やるなら命の保証はお互い、できなくなると思うが」

「…………で、ござるな」

 

 互いに全然、本腰を入れた殺し合いじゃないわけなんだけどまだ続けるとなるとそうなっちゃうよー? と釘を刺す。

 あくまでこれは茶番だからね。裏で示し合わせた上での戦いだってのを踏まえた規模に留めないと、マジでただの冒険者同士の殺し合いに発展しちゃうものねー。

 

 サクラさんも、今ようやく悶えながら身を起こしたシミラ卿もそこは分かってくれている。

 それでも悔しそうにしながら、呻いてはいるけれど。

 

「悔しーでござるー……けど、さすがに数秒もダウンしてたら文句も言えないでござるよー……!」

「杭打ちめ、3年前よりやはり強くなっているではないか……! 私の連続刺突を避けつつジンダイの攻撃をすべて叩き落とすなど、おそらくはレジェンダリーセブンにさえできる者は少ない……!」

 

 二人とも、たっぷり10秒は寝そべってたからねー。仮に殺し合いならもう死んでるし殺してるよー。

 殺伐とした話だけどその辺は当然、理解しているお二人の顔には終戦に対する否やも何もない。これ以上望むのは本来の趣旨に完全に外れると、彼女達も理解しているのだ。

 

 そうなれば対外的な勝利宣言を、僭越ながら僕のほうからさせてもらいましょうかねー。

 仕上げとばかりに威圧をフルで込めて一同、特に騎士団連中を念入りに脅しかけつつ僕は、彼らに対して宣言した。

 

「エウリデ連合王国および騎士団、冒険者ギルドに告ぐ。オーランド・グレイタスおよびマーテルに手を出すな。出せばこの"杭打ち"が相手になろう──Sランク冒険者と騎士団長のタッグにさえ打ち勝つこの僕は、国が相手となれば存分に杭を使うぞ?」

「ヒッ────!?」

「総員、退却! 帰って王城に戻り、今回の事態を伝えきれ!」

「急げ急げ! もう勝負は付いたでござる、逃げるでござるよーっ!!」

 

 サクラさんとシミラ卿が続いて叫び逃げを指示すれば、騎士団員はそりゃもう蜘蛛の子を散らすような勢いで去っていく。シミラ卿と一部の古参だけ置いてだ。ホント組織としてどうなのー……?

 

 ま、ともかくとしてあっという間に訪れる平穏。

 すべての事情を察して協力してくれた冒険者に労われる形で、マーテルさん逃亡幇助計画はひとまず、終わりを告げたのだった。




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入団するよー!!

 騎士団の大半が逃げ去って、残るは僕と一部の騎士、冒険者達だけになった草原。

 夕陽もいよいよ地平線に吸い込まれていって、夜空が見えてきた頃合い。涼やかな風が吹くのを心地よく感じながら、僕はシミラ卿とサクラさんに告げた。

 

「……今回は諸々こちらに好条件だったから勝利を拾えたものの、次はこうはならないだろうと正直に言って今、戦慄してる」

「そりゃこっちのセリフでござるよー。好条件って、二人がかりの時点でそれに勝る有利はなかったでござるのにこうまであっさり打ち負けて、立つ瀬ないったらもー! でござる」

「……それを言えばこちらも、あなたにとって馴染みのない得物や技術を使っていたというところもあるよ。それを初見であそこまで粘られるのでは、立つ瀬がないのはお互い様でしょ」

「むー! 頑固でござるなあ!」

「……そちらこそ」

 

 下手にいつもの敬語なんか使って、サクラさんとの関わりを疑られても困るからあえてタメ口。その辺気にしない感じの人で助かるよ、サクラさん。

 でもそこまで一方的な戦いでもなかったのに、完全敗北しちゃったって感じを出すのはやめてよー。フォローしたら拗ねたみたいに唇を尖らせるし、かわいいけど頑固だよー。

 

 そしてもう一人、頑固というか生真面目な人のほうも僕を見て、未だ痛むのか胸を押さえて呻く。

 こちらは元々、同じ調査戦隊メンバー同士ということは周知されてるんだしそんな口調を変えなくてもいいから楽だねー。

 

「くっ……3年経って、少しは追い縋れたかと思っていたのだが。やはり遠いな、一人でレジェンダリーセブンにも匹敵するお前の位置は」

「……こちらも3年分、積み重ねたものもあるから。でも、確実に距離は縮まってたよ。全力だとあんな突き、まともに食らってあげられないよシミラ卿」

「…………ふふ。お前に褒められるのは何年ぶりかな。酷く懐かしく、酷く嬉しい気持ちになる。ああ、こんな風に笑うことさえ、何年ぶりかなあ」

 

 力なく笑うシミラ卿に、こちらの胸が痛くなる。見れば介抱しに来ている古参の騎士達も痛ましげに彼女を見ているんだけど、彼らは今、シミラ卿が精神的に追い込まれているのを知っているんだろう。

 あまり、人様の事情に関わるべきではないけれど……僕はシミラ卿の傍まで行ってしゃがみ、彼女と目を合わせて言った。

 

「……騎士が、国が嫌になったら冒険者として僕らのところにおいでよ。今、エウリデにも新しい調査戦隊ができようとしている」

「ニューワールド・ブリゲイド──新世界旅団か。ジンダイとエーデルライト殿から構想のみ聞かされたが、お前も?」

「……うん。この際だ、宣言しよう」

 

 僕は立ち上がり、シアンさんを見た。今しがたの短く、けれど濃密な激戦を目の当たりにして彼女は目を輝かせ、熱の籠もった表情で僕を見ている。

 えへ、照れるよそんな目で見つめられるとー。えへへ、頑張った甲斐があったなあ、こんな表情を見られただけでももろもろの苦労にお釣りが来るよー。

 

 ──っといけないいけない、今それどころじゃないよー。

 コホンと咳払いして顔の緩みを抑えつつ、僕は高らかに宣言した。

 

「シアン・フォン・エーデルライト!」

「! ……なんでしょう、冒険者"杭打ち"さん」

「先の勧誘に対する答えを言おう──応じさせてもらう。僕は今より、あなたが組織しようとしているパーティー・新世界旅団の一員になることをここに宣言する!!」

「────!!」

「おおっ! ついに決心したでござるかソ、そ、っそっそーのよいよいよい殿!」

「誰ー!?」

 

 ソウマと言いかけて止まったのはいいけど意味不明な名前をつけるのやめてー! そっそっそーのよいよいよいさんなんて人、この世のどこにいるんだよー!!

 思わず叫んでしまった、駄目だ駄目だ冷静にクールに落ち着いて。

 

 周囲の冒険者や騎士の中でも、とりわけ僕の声を初めて聞く人達がえっ若い!? とかえっ子供!? とかざわついてるけど無視、無視。

 気を取り直して僕は、シアンさんに続けて告げる。

 

「正式な手続きや今後の予定については後日詰めることにして、エーデルライト……いいや団長」

「はい、なんでしょうか杭打ちさん」

「……おめでとう。先のオーランド・グレイタス同様、君も本当の意味での冒険者になる」

 

 マーテルさんを助け、ともに行こうとするオーランドくん。

 僕やサクラさんを率い、みんなで行こうとするシアンさん。

 

 規模や経緯は違えど一つだけ、共通していることがある。

 ────二人とも今日、はっきりと己の志す理想に向けての第一歩を踏み出したんだ。

 オーランドくんにも授けた言葉をもって、シアンさんに伝える。

 

「冒険とは、未知なる世界に触れること。冒険とは、冷たい世間の風に晒され、それでもなお己が焰を燃やし続けること」

「それは、リーダーの……レイアさんの、言葉」

「そうだ、シミラ卿。かつて世界中の才能をかき集め、未知の果てに手をかけながらも志半ばにて崩壊した当世の神話・大迷宮深層調査戦隊。そのリーダーたるレイア・アールバドが僕にくれた、宝物の言葉だ」

 

 シミラ卿だって知ってるよね、当然。

 そう、これはレイアがかつて何度となく繰り返し口にして、そして己ばかりか調査戦隊メンバー全員を幾度となく奮い立たせてきた魂のメッセージ。

 とりわけ僕にとっては特別な、金銀財宝にも勝る宝物の言葉だ。

 

 レイアから僕へ。そして僕から二人の新人冒険者へ。

 今こそこの言葉を、彼と彼女に伝えよう。

 

「団長。あなたにとっての冒険は今から始まるんだ。未知なる世界に触れて、冷たい風を受けて、それでもなお燃え盛る胸の篝火で航路を照らし進み続ける、永遠の冒険航路」

「…………」

「だからオーランドくん同様に、僕から今の言葉を捧げよう──君と僕達の冒険に、幸あらんことを祈って!」

「────ありがとうございます。授かった金言に恥じぬよう、新世界旅団団長たるこのシアン・フォン・エーデルライトは全身全霊を尽くして精進いたします!!」

 

 僕の口を通して出るレイアの、調査戦隊の魂の言葉に強く頷くシアンさん。

 こうして、僕はパーティー・新世界旅団への所属を果たしたのだった。




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青春するよー!

「と! いうわけで僕の青春もいよいよ本格始動するわけだよー! 羨ましい? 羨ましいー?」

「むしろその浮かれっぷりに心配になってくるぞソウマくん」

「うまく話が進んだのは結構だけど、調子に乗ってるとまたソウマっちゃうぞソウマくん」

「ソウマっちゃうって何ー!? ひどいよ二人ともー!!」

 

 騒動から一夜明けての学校。今日は一学期の終業式だけして後の時間は放課後なので、昼前に早々と文芸部室に集合しているよー。

 明日からは夏休み! 今が7月中旬だし、9月になるまでざっくり1ヶ月半はたっぷりお休みなわけだねー。

 

 ソウマっちゃうなどと謎かつ意味不明、かつびっくりするほど僕に失礼な発言をしてくるケルヴィンくんとセルシスくんと3人、例によってお菓子をつまんでお紅茶なんてしてるわけだけどー。

 今日はそれに加えてシアンさんとサクラさん、つまりいよいよ発足する新世界旅団の団長と副団長もお出でだったりする。

 僕ら同様にお菓子をつまみながら、サクラさんが僕に話しかけてきた。

 

「にしてもソウマ殿、いくらなんでも強すぎでござるよー。拙者ほぼなす術なくやられたではござらぬかー」

「昨日も言ったでしょ、あれは時の運や条件有利なのもあったってー。それにあのまま続けてたらもしかしたら逆転されてたかも」

「10秒近くも行動不能にされた時点で続きなんて無理筋にござるって知ってるでござろ! 意地悪でござるなあ、もー!」

 

 ぷんすかしている。かわいい!

 彼女ってば昨日の戦いを未だに引きずってるみたいで、主に僕の強さが想定を遥かに上回っていたことに驚いているみたいだよー。

 それでいて僕がいやいやそんなそんなと謙虚に振る舞ってるのが不満みたい。ヒノモト人は勝者はふんぞり返るものなのかもしれないけれど、僕にはできそうにないねー。

 

「大体、拙者の斬撃を全部撃ち落とした時点で実力差は明白でござるよ。アレ普通にほぼ全部ダミーでござったのに、それごとまとめて対応し切るとかさすがに落ち込ませてほしいでござる。ござござ……」

「ダミー……フェイントかしら? あれだけすさまじい勢いで繰り出していた斬撃の、ほぼすべての軌道がフェイントだったの? サクラ」

 

 紅茶を飲みつつシアンさんが、落ち込むサクラさんに尋ねる。

 サクラさんも入団して団長・副団長の関係になったこともあり、学校での立場を超えて二人は友情を結んだみたいだ。

 まだまだ新人だけど向上心豊かに強くなるための教えを請うてくる友人に、Sランク冒険者は然りと頷く。

 

「ござござ。殺気と動作の最適化、あと錯覚を利用することを極めればあのくらいは造作もないでござるよ。フェイント技術の極地と、昨日までは思っていたのでござるがねー」

「実際に極地だと思うけれど……ソウマくんはそれを上回る実力があっただけで」

「ござござー……」

 

 言われてまた落ち込むけれど、そこはシアンさんの言う通りなんだよね。あの無数の斬撃こそはSランク冒険者サクラ・ジンダイくらいにしかできない、極めきったフェイントテクニックの賜物だ。

 無数の斬撃の視覚的威圧感は半端じゃないし、大体の相手はまずそこで圧倒されて冷静でなくなる。見切れたとして、そのほぼすべてがフェイントなため今度は本命の斬撃を見つけて対応しないといけない。

 そして本命を見つけたところで対応できるかも微妙だもの。速度はそこそこながら威力がすごかったからね。

 

 シミラ卿に密着するまで持っていけた僕の杭打ちくんを、無理矢理打点をずらさせるなんて半端な膂力じゃ無理だし。

 Sランク冒険者はすべてにおいて頂点だけれど、さらに各々そこから得意分野が変わってくる。サクラさんはその得意分野が対人テクニックとパワーにあるってことだねー。

 

「そういえばそうだ、シミラ卿どうなるかなあ。一応思惑通りにいったわけだし、そうそう最悪の事態にまで追い込まれるとは思わないけどー」

「なんぞ朗らかな笑みを浮かべていたでござるし、まあ大丈夫でござらぬか?」

 

 話をする中でふと、シミラ卿の安否が気にかかる。計画どおりにはいったわけだし、マーテルさん逃走についての責任は冒険者ギルドとも折半になったから最悪には至らないと思いたい。

 でもエウリデだしなー、不安は残る。サクラさんもそこについては同感らしいけど、逆に楽しそうに獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「それに仮に国が彼女を追い詰めるとなれば、そこは冒険者達も喜々として殴り込みにかかるでござるよ。もちろん拙者も、一回くらいは偉そうにふんぞり返ってるクソどもの根城をぶった斬ってやりたいと思ってるでござるしねー」

「シミラ卿に害が及ぶなら僕も動くかなー。3年前、本当はあの城の壁という壁をぶち抜きたくって仕方なかったんだー」

「貴族としてはなんとも反応に困る話をするなあ、ソウマくんもサクラ先生も……」

「あはは……」

 

 冒険者らしい反骨心をむき出しに笑い合う僕らに、貴族のセルシスくんと冒険者だけど貴族のシアンさんが苦く笑う。

 別に全部の貴族に噛みつくわけじゃなし、相手は選ぶよー。政治屋とか大臣とか、国王とかね。

 

 だから安心してーって言ったらなおのこと苦笑いされちゃった!




ここまで第一章、次から第二章ですー
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第二章 冒険者"杭打ち"と夏休みの日々
再びの地下86階だよー


 騎士団に冒険者ギルドまで巻き込んだ壮大な茶番劇から数日。

 すっかり夏休みに突入した僕ことソウマ・グンダリは、相変わらずの帽子にマント姿で顔を隠した冒険者"杭打ち"スタイルで、相棒の杭打ちくん3号を持って地下迷宮は86階層をうろちょろしていた。

 

「……おわり!」

「ぐるぎゃああああああっ!?」

 

 狙い撃つはいつも同様ゴールドドラゴン。好事家の依頼が珍しく重なって、食い扶持を多く稼げる僕としてはホクホクだよー。

 脳天に叩き込んだ杭は瞬く間にゴールドドラゴンの命を奪い去り、その巨体を赤土の床に倒れ伏せさせた。これで本日2匹目、依頼達成だねー。

 

「……よーしよしよし」

 

 倒れたドラゴンの口を強引に開けて、奥歯にある黄金でできた歯を抜き取る。あと体中、あちこち黄金になっている皮膚や内臓も可能な限り抜き取るよー。

 依頼人は奥歯だけでなくゴールドドラゴンの黄金ならなんでも引き取って気前よくお金をくれるから、地味だけど大切な作業なんだよねー。

 

 持ってきた鞄が黄金で一杯になるくらいにドラゴンの骸を解体して、僕は満足してその場を立ち去る。死体は別なモンスターが食べるなりなんなりして、すぐになくなるから迷宮内も弱肉強食の食物連鎖ってやつがあるんだと感心しちゃうよー。

 

「ふー……さてと」

 

 依頼も達成したし後は帰るだけ……とは今回ならない。実のところ他にも目的があって、僕はこんな地下深くまで潜っていたりする。

 それっていうのもぶっちゃけ、こないだからやたら縁のある超古代文明に関しての独自調査をするつもりでいるんだよねー。

 

 レオンくんパーティーのとこのヤミくんとヒカリちゃん。オーランドくんと今頃船の上かな? マーテルさん。

 この3人は自称、超古代文明からはるかな時を経てやって来た古代人だ。ホラにしては迷宮深層を彷徨いてたりエウリデ連合王国が確保しようとしてたりと、きな臭さがつきまとっているのがなんとも怪しいね。

 

 僕としてはロマンのある話だし状況証拠もあるので大いに信じたいわけだけど。それはそれとして、裏付けを取れるならそれに越したことはないとも考えている。

 そんなわけでヤミくんとヒカリちゃんが彷徨いていたという地下86階層まで来ているんだ。あの子達が眠っていたという、迷宮内でも特に異質な玄室を調査するためにね。

 

「……どっちだったかなー」

 

 道を覚えてないよー、忘れちゃったよー。

 赤土の床と壁、広く高い空間にいくつと伸びる道のどこを進めばそこに辿り着けるのか。最後に行ったのが何年も前のことだからすっかりルートの記憶が頭から抜け落ちてしまった。いけないいけない。

 念のため持って来といた地図を懐から出して確認する。調査戦隊時代終盤の頃に作成されたこの地図の通りなら、おそらく最短距離はー、と。

 

「…………こっちかー」

 

 地図に記してあるマーク、なんかよくわからない部屋だし"?"マークをつけてるそこに向かって歩き出す。

 道中、一つ目巨人のサイクロプスとか爪の鋭いデーモンドラグーンとかに出くわすけど気配を隠して通り過ぎる。一々構ってやれないよー。

 

 やがて赤土の壁が一箇所だけ、大きく銀色の金属にすり替わっている地点に辿り着く。ここだ……僕が杭打ちでむりやりぶち抜いて開けた穴がある。

 

 ヤミくんとヒカリちゃんの口ぶりでは、この穴の中の部屋にある棺のようなものの中で二人とマーテルさんは寝ていたことになる。つまりは3年前に来た時よりも3つ分、棺が開いているはずなのだ。

 

「…………ちょっと怖いかもー」

 

 いや、むしろかなり怖いかもー。ロマンはロマンとしてあるけどホラーチックな話でもあるからね、こんなのー。

 これで追加で棺が開いてたりしたらもう目も当てられない、つまりは古代文明人がもう何人かいて、迷宮をうろついてるなり下手をするともう地上に出てるかもしれないってことだもの。

 というかそれ以前に。

 

「3年前の時点でいくつか、開いてたんだよねー棺……」

 

 今回調査するにあたり過去の記録を引っ張り出して再確認したところ、当時その部屋に足を踏み入れた僕含めた調査戦隊メンバーはたしかに、棺らしき箱がある事自体は把握していた。

 全部で10個。そのうち5個が開封済みで、残る5個が未開封。当時の資料にはそうした報告がたしかに記載されていたのだ。

 

 それはすなわち3年前にはすでに、5人の古代文明人が覚醒してあの場所を出ていたということを示唆している。そして今なお、未覚醒の古代文明人が2人、眠っているはずなのだ。

 

「先に目覚めた5人は、どこに行ったのー……?」

 

 なんともホラーだよー。怖いよー。

 ついこないだまでなんとも思わなかった迷宮が、なんだかひどく恐ろしいものに見えてきた。まあ、何が出ようと僕は杭でぶち抜くだけなんだけど。

 それでも嫌な想像とかしちゃってゾワゾワするところはある。鳥肌を立てつつ僕は、古代文明人の眠る玄室へと急いだ。




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蘇りだよー!?(怖)

 しばらく進むと、3年前と変わらない鉄製の壁が見えてきた。もっというと当時僕が無理矢理ぶち抜いた結果、杭打ちくん2号の尊い犠牲と引き換えにできた侵入口も依然として健在だ。

 迷宮の床や壁はどれだけぶち抜いたり削ったりしてもすぐ元通りになるのに、ここは3年経ってもそのまんまなんだねー。人工物だからかなー?

 

「…………失礼しまーす」

 

 ちょっぴりホラーな妄想に身を浸していたこともあり、おっかなびっくり部屋に入るよー。もしこれで誰かが急に出てきたりしたら、怖いねー。

 でもさすがにそんなことはなかったみたいで、まるで無人で人の気配もない空間が広がっていた。鉄っぽい金属でできた床や壁、よくわからない箱がいくつも壁に並んでて、中央には棺が円形状に並んでいる。

 

 例の、双子やマーテルさんが出てきた棺だねー……ゴクリと喉を鳴らしつつ、数を数えていく。

 ひとつ、ふたつ、みーっつ、よーっつ────

 

「…………開封済み、8つ。たしかに3つ、新しく開いてるねー」

 

 未開封の棺が2つにまで減っている。間違いなく、あの3人はこの部屋の棺から出てきたんだろう。

 とりあえず追加でもう1つ2つ開いてるとかそういうことがなくてよかったー。ホッと息を吐きつつ、僕は未開封の棺に近づく。

 

 横たわる長方形の箱で、側面からいくつも金属製の管が繋がっている。これはいずれの棺も同じだね。それぞれ大きさも同じで大体2m程度の横長さになっている。ほとんどの人が入って寝ることのできるサイズだ。

 表面には文様が刻んであるし、何やら文字も書いてあるけど古代文字だから僕には読めない。教授が目下解読中らしいけど、なんて書いてあるんだろうねー。

 

 外観からは内部の様子が窺えない棺を僕は覗き込む。3年前、僕は杭打ちくん2号が犠牲になったショックからあんまり見たり触ったりしてないんだよね、これー。

 この中に人がいて、何千何万という時を眠ったままでいるなんて不思議だよー、ロマンだよー。ちょっぴりテンション高くして、あちこち触ってみる。

 

 ────すると、不意に棺が光り始めた。文様が輝き始め、にわかに震えだしたのだ!

 

「……えっ!? ふええ!?」

 

 思わず間抜けな声を出しつつ後ずさる僕。慌てて杭打ちくんを装備して構える。

 ヤバ、なんか変なとこ触っちゃったかな!? でもそんなこと言ったらそもそもこの棺そのものが変なものだよね!? 内心で焦りながら言いわけを重ねる。

 そうしている間にも棺は振動し続けていく。少しずつ、棺の蓋が横にズレ、中身が露見していった。

 

「…………え。お、女の人?」

「……………………」

 

 中にいる、横たわって眠っているのは女の人だった。それも大人のおねーさんだ。

 金色の長い髪、ピンクのカチューシャが特徴的で、シミラ卿やサクラさんよりちょっと年上くらいかも。緑のローブに身を包み、目を閉じて死んだように眠っている。

 ていうか呼吸してる様子がないんだけど。これ、まさかと思うけど死んでません?

 

「えぇ……? ま、マジですか? 僕なんか、やっちゃいました……?」

 

 さすがに僕が何かしたからこの人がこうなってるとは考えづらいし考えたくないよー。いくらなんでもこんな形で人殺しはやだよー!

 恐る恐る近づき、おねーさんの首元の脈を取る。ない。体温も恐ろしく低くて、まるで冬みたいだ。今ってまだ夏なのに。

 

 やば、死んでるし……本当に息どころか脈もないことにいよいよ、僕も焦りだす。汗が一筋垂れるのを自覚する。

 こ、これ、どうしよー?

 

「………………………………ぅ」

「…………!? え、は!?」

 

 静かにパニックに陥っていたその時だ。不意に、おねーさんが呻いた。

 そんな馬鹿な! 驚き唖然とする僕をよそに、だんだん彼女の身体に変化が訪れていく。

 首元に触れている手が、脈を感知する。少しずつゆっくりと、体温が高まっていく。呼吸も、胸元が緩やかに上下していって、生者のそれと大差なくなっていく。

 

「よ、蘇り……だよー!?」

 

 今度こそ身体全体が恐怖で総毛立ち、鳥肌が立つのを感じながらも僕はその場を飛び退いた。

 どう考えてもおかしいよ、異常だよー! 今の今まで完全に死んでた人が、なんで巻き戻るように体温も呼吸も脈も取り戻していくんだよー!?

 

 まるで未知の現象。いくら冒険者だからってこういう未知はキツイよー。

 ゾッとする思いで、けれど何があってもぶち抜けるように杭打ちくんだけは構えておく。たとえ敵わなくても、絶対に一発は叩き込んでやるよー……!!

 

「ぁ……う、うう?」

「…………!!」

「こ、こは……? わ、たしは……う、う。こ、れは?」

 

 おねーさんがゆっくりと起き上がり、片手で頭を押さえながら自分の手元、周囲を見回す。

 ……完全に普通の人間って感じだ。言葉も通じるし、見た目も特に変なところがない。仕草も、清楚で素敵な年上の女性だよー。

 

 警戒しつつも淑やかな所作にちょっぴり初恋しかけていると、彼女が僕を見た。

 通算4人目、なんだろうね。超古代文明からやって来た人との、ファーストコンタクトだった。




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数万年の眠り姫だよー

 まさかの遭遇、というか覚醒、かなー? 起き上がった金髪のおねーさんに僕は杭打ちくんを構えたまま、思わずその美しさに見惚れちゃう。

 眠ってた時は生気のなさからくる静けさが逆に、ものすごい色っぽい感じだったんだけど、起きて目を開けたその姿は別方向に美しい。

 

 お日様……それも真夏の太陽でない、冬に旅人を暖かく照らしてくれる陽光のような柔らかみのある優しさを備えた美人さんだ。

 緑がかった青い瞳を僕に向け、その女の人はおずおずと話しかけてくる。

 

「……ぉはよう、ござます」

「…………」

「ぅ……ふぁあ〜っ。ここ、えーと? 誰だっけ私。ええと、ええと?」

 

 うまく思い出せないなー、と自分の頭をしきりに撫でさせる女の人。どうやら記憶が朧気みたいだ。

 たしかヤミくんとヒカリちゃん、それにマーテルさんも記憶喪失って言ってたもんねー……永すぎる眠りの中で、寝てる間にもいろいろポロポロ落ちちゃったんだろうか、思い出とか。

 それは正直、気の毒な話だよー。警戒しつつも僕は、ついついいたわる声を遠くから投げた。

 

「……落ち着いて。目を閉じて深呼吸して、まずは冷静になって」

「ぁ……え、ええ。わかった……すー、はー。すーはー。すーはー! すーっ! はーっ!」

「…………」

 

 深呼吸しろって言ったのに、やたら鼻息が荒いよー。何この人、変だよー。

 当たり前だけどヤミくんやヒカリちゃんとはまた、異なるタイプの性格みたいだ。明るめなのは助かるかなー、これで沈みがちな人だとこっちもコミュニケーションに困るからねー。

 

 しばらく深呼吸ともいえない呼吸を繰り返して、それでも女の人は一応でも落ち着いたみたいだった。目を開けて、さっきよりはクールな瞳で棺から出てくる。

 ……永らく寝てても力や体力が落ちてる様子はないね。超古代文明人がそういう特別な体をしてるのか、棺そのものに何か仕込んであるのか。たぶん後者だろうね。

 具に観察しながら彼女の起き上がるのを待って、僕は再度話しかける。

 

「……ええと、おはよう。あなたは今、いつのどこにいるどなた様か言えるかな?」

「ん……と。いつかは分からないわ、遠い未来っぽいなーとは思うけど。場所は私が眠る前と同じなら、えーとなんか、シェルター? の霊安室だと思うけど」

「……シェルター。霊安室、か」

 

 なんとも意味深なことを言うね、この人。シェルターだの霊安室だのときたかー。

 どちらも今現在でも使われている言葉だ。何かしらの災害から身を守るための避難先、そして死んだ者を安置する場所。

 

 つまりこの部屋は何かの災害から避難してきた人達のための施設の、さらに死人を置く場所ってことか。いや、実際に置かれてたのは死体どころか眠り姫さんなわけだから、その名称にはちょっと疑問が残るけどねー。

 物騒なことを口走る彼女は、次いで自分の名前をも言ってくる。

 

「それで私の名前が、レリエ。下の名前もあったと思うけど、なんかうまく思い出せないわ」

「レリエ……か」

「かく言うあなたはどちら様かしら? 結構永く眠ってたんだろうとは思うけれど、私のいた時代にはあなたみたいな風貌の人、なかなかお目にかかれないんじゃないかしら? 記憶はないんだけどなんとなく、残ってる常識や知識がそんな感じのことを言ってるわ」

 

 記憶や思い出というより知識や身につけた常識からそんなことを言ってくる彼女、レリエさん。

 ヤミくんもそんなこと言ってたな……記憶はないけど知識はあるとかなんとか。そんなことあるものなのか? と思ってたけど、この調子だと本当に知識や常識は残ってるみたいだねー。おそらくマーテルさんも同じ塩梅なんだろう。

 

 どうしたものかなー。平たく言って扱いに困って僕は悩む。

 さしあたって僕が知っている超古代文明関係のことや今、彼女を取り巻いていくだろう事態──こないだの茶番みたくエウリデがちょっかいかけてくるとかね──を説明するのは別に構わないというか、してあげないとこの人本当に一人ぼっちで当て所なく、知らない世界の知らない時代を彷徨う羽目になる。

 

 さすがにそんなの胸が悪くなるからねー。

 僕はレリエさんに、せめて現状を伝えるくらいはここでするべきだと口を開いた。

 

「……落ち着いて聞いてほしい。あなたは数万年前とされる超古代文明の生き残りであると推測される」

「数万年……!? そんなに経ったの!? というかそんな機能してたんだ、このコールドカプセル! 耐用年数完全にぶっちぎっちゃってるけど!」

「コールド……?」

「あ……そっかだから私の記憶こんなズタボロなんだ。耐用年数内に起きられなかったから、命はともかく記憶は奪われる……だっけ? 変な副作用もあったもんだわ、まったく」

「…………?」

 

 なんかブツブツ言い出したよー? コールドカプセル? なんかよくわからないけど、棺の正式名称らしいねー。

 それの調子がおかしかったから何万年も寝て、挙げ句起きたら記憶喪失になってたって感じなのかな。

 よく分かんないやー。




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またフラレちゃったよー!(泣)

 何はともあれ、まずはレリエさんにあれこれ説明しないといけない。

 本格的な詳細説明はこの後、ギルドに彼女を連れて行ってリリーさんなりギルド長なりにお願いするとして、簡単な説明くらいはしておこうかなー。

 

「……まず僕についてから。冒険者をしていて"杭打ち"と呼ばれています。レリエさんもそう呼んでいただければ」

「冒険者……えっ、そんなファンタジーな感じの世界なの、今って」

「僕から見れば超古代文明のほうが、よほどファンタジーですけどね」

 

 お互いにお互いをファンタジー世界の住人だと捉えてるみたいだけど、まあ仕方ないよねー。

 僕からしてみれば彼女はじめ超古代文明絡みの存在なんてロマンもいいところだけど、向こうからすれば僕らははるか未来の住人だ。これはこれでロマンチックなのだろうし。

 

 世界中の地下に眠る迷宮や、未だ人類が到達できていない未踏地域に挑まんとする僕達冒険者は今や世界の一大ムーブメントだ。

 前からそこそこ人気の職業だったのが調査戦隊の活躍と解散、それに伴う迷宮攻略法の世界的伝播によって一気に流行し始めたのが3年前。

 

 今じゃ自由とロマンを求めて好きに生きるべく冒険者になろうとする人達が後を絶たないって状況なんだからすごいよねー。

 そんな感じで冒険者界隈の現在を中心にレリエさんに説明すると、彼女は顎に手を当てふむふむと頷いた。

 

「なるほどなるほど? ……何万年経っても案外人類って行ったり来たりなのね。てっきりもう、宇宙にだって行ってるんじゃないかと思ったけど」

「……行けるものなの? 天体学者さんなんかは、こーんな大きな望遠鏡で四六時中空ばかり見てるけど」

「私達の時代だと割と行けたりしたわね。さすがによその星に定住するとかはできなかったけど、資源や燃料を採掘したりしてたわね」

「へえ……へえーっ!? すご、すごいよー!?」

 

 ものすごい話を聞いちゃった! ひっくり返るような心地でつい素で驚いちゃったよー!?

 星って、あの星だよね夜空に瞬いてるあの!? あそこ人行けるの!? 行けたの!? っていうか行ってなんか採掘とかしてたの、あれ石とか土とかで出来てるのー!?

 

 とんでもないな超古代文明! 本当だとしたら世界中大騒ぎになる話だよー!

 これはすごい……エウリデが古代人を欲しがる理由がちょっぴり分かっちゃうくらいすごいよー。いやまあ、それでも人を拉致して研究とは名ばかりの玩具扱いにするなんて絶対に許されないからそういうのは断固阻止するけどー。

 

「へぁー……お星様にまで行ってたんだ、昔の人ー……」

「……ちょ、ちょっと待ってあなた。ちょっとごめんね!?」

「え? ……ふわわー?」

 

 感動に浸ってるとなんかいきなり、ガシッと両肩を掴まれたよー? 敵意はないけどなんだろ。レリエさんどうしたのかなー?

 思わずビックリして固くなる僕だけど、そんなことはお構いなしとばかりに彼女は僕の肩や背中、杭打ちくんを持つ腕を触る。

 ちょっとくすぐったいし照れるしドキドキするよー! 15回目の初恋だよー!?

 

「……も、もしかして僕のこと好きですか!? もしよければ僕とお付き合いしませんか!?」

「え!? ……え? いやその、それはちょっと」

「ああああ瞬殺されちゃったああああ」

「!?」

 

 ああああフラレちゃったああああ!

 まただよー通算11回目だよー。こんないきなりさわさわしてくるから絶対脈あるよーって思ったら脈なかったよー、っていうかフラレて僕の脈がなくなりそうだよー。

 

 思わず目が潤む。いいもん僕にはシアンさんとサクラさんがいるもん、あとリリーさんとシミラ卿もー。

 この人達にはまだ告白してないからチャンスあるもん、まだ脈あるもん! だからへっちゃらだよー……

 

「…………うう」

「あ、あの杭打ち? さんだっけ。いきなり触られたから勘違いしちゃったのかな、ごめんなさいね? あの、気になることがあったからつい調べちゃって」

「気になる、こと?」

「うん、もしかして君まだ子供、それも女の子なんじゃないかなーって」

「ああああ男であることさえ否定されたああああ」

「!?」

 

 ひどすぎるよー!? 子供扱いはともかく女の子疑惑はいくらなんでもありえませんよー!?

 別に女の子に対して思うところはないっていうかむしろお付き合いしたくて堪んないけど、さすがに男の子だから女の子でしょって言われるのは心外だよー……

 

 でもケルヴィンくんやセルシスくんの言うところによると僕、とても15歳には見えないくらい幼気で童顔らしいものなー。

 クラスの友達にも時折からかわれるしー、もしかして角度によっては女の子みたいに見えちゃうところはほんのちょっぴりくらいはあるのかもしれない。

 

 うーん、でもやっぱり男の子として見てほしいよー。こんな美人な人ならなおのことー。

 せめてもうちょいガッシリめの体格に生まれたかったよーと思いながらも、僕はレリエさんに自分が男であることを主張したのでしたー。




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気を取り直して帰るよー

「ご、ごめんねー? つい声と体格で判断しちゃって……っていうか15歳でも冒険者ってやれちゃうものなんだ。あの、すごいね?」

「…………うううー」

 

 必死に訴えた結果、僕がれっきとした男であることを認めてもらえたわけだけどー。それでも声と体格だけで女の子と勘違いされたのはショックすぎて呻くよー。

 なんなら顔まで見せたのにまだ疑われてたからね、どうしろってんだよもうー。結局学生証見せちゃったし、僕の本名だって当たり前のようにバレちゃったものー。

 

「ソウマ・グンダリくん……か。本当にごめんなさい、失礼にも程があるわよね……無くしたのは記憶だけかと思ってたけど、どうやら配慮とかデリカシーとかも失くしちゃってるみたい。駄目ね私」

「……いえ、いいんです。男だって分かってもらえればそれでー。あと、僕というか"杭打ち"がソウマ・グンダリだってのは他言無用でお願いできますか?」

「もちろん! ……でも、隠すようなことなの?」

「いろいろありましてー」

 

 オーランドくんがなんかこう、いい感じに更生しそうな気配を醸しながらもマーテルさんとイチャイチャ青春冒険旅を始めたわけで、そうなると別にもう僕も正体を隠さなくたっていいんじゃないの? って思われるかもだけど。

 残念ながらそうもいかないんだよねー。まだまだ"杭打ち"=ソウマってのがバレると学園生活が大変なことになるだろう火種はいくつかあったりするし、引き続いて隠していかなきゃ行けないところなのだ。

 

 そもそも"杭打ち"としてでない僕のことを求めてくれる誰かがいてくれればなーって思いもあって、あえて伏せている部分もあるから余計にバレるのは困るしー。

 必要なのと僕個人の思惑とが重なってるから、積極的に隠したいことって言い換えてもいいかもしれないねー。

 まあその辺を詳しく話す必要もないし、それじゃあサクッと今後について説明しますか。

 

「今からレリエさんを地上に送り、近くの町の冒険者ギルドにまでお連れします。ひとまず冒険者登録をする形で身分と所属を確定させますから、そうすればとりあえずの社会的な立ち位置は保証できますよ」

「本当!? 助かるわ、数万年も経ってたら私なんて、何者でもないものね。はあ、目が覚めてすぐ近くに、君みたいな優しくて素敵な男の子がいてくれて助かったわ、本当」

「…………えへ。いえいえそんなあ。えへへ」

 

 褒められちゃったよーえへへ! 照れくさくて帽子の上から頭を掻く。

 さっきフラレちゃった……っていうか僕の告白があまりにも唐突で、脈絡がない上に会って間もないから素でスルーされちゃったわけだけど。それはそれとしてレリエさんほどの美女に褒められると舞い上がっちゃうよー!

 

 ウキウキしつつもレリエさんを、ギルドに連れて行くべく僕は動き出した。

 残る一つの未開封な棺についても一応、触ってみたんだけどてんで動きやしない。レリエさんなら何か知ってるかとも思ったんだけど、首を振って残念そうに自分にも無理だって言う。

 

「コールドカプセルの開封は何かしら不具合が起きるか、もしくは定められた権限者による解除措置でしか開かないって知識があるの。私は権限者じゃないから無理ね」

「じゃあ、なんでレリエさんのカプセルは開いたんだろう?」

「触ってたら開いたのよね? たぶん変なところ触って不具合が起きたんじゃない? あ、だからってその棺に何か無茶なことしたら、下手すると中の人死ぬかもよ。オススメしないわ」

「しないよー」

 

 人が死ぬかもしれないなら迂闊に触れないし、そもそも万一開封できたとして、そうなると僕は超古代文明絡みのトラブルの種をもう一個抱え込む羽目になる。それはゴメンだよー。

 ただでさえ何故かここ半月くらいで、やたら古代人と関わっちゃってるんだ。そろそろあらぬ疑いを国あたりからかけられてもおかしくない。

 

 そうなったらそうなったでぶち抜き上等だけど、まあ最終手段だしねー。

 そんなわけで最後の棺はそのまま置いておくとして、僕はレリエさんを連れて部屋を出て迷宮に戻る。赤土でできた床と壁、そしてあちこち遠くに見えるモンスターを見て、彼女は何やら絶句しているみたいだ。

 どうしたのかな?

 

「……これは」

「? どうしたの、レリエさん」

「…………い、いえ。あの、ここって本当に地下奥深く、なのよね?」

「そうだよー? 今のところ人類が到達できてる最深層の一歩手前、地下86階層だよー」

 

 さっき説明したのにまた聞いてきたよ。首を傾げつつ再度今いるこの場所について説明すると、レリエさんはまたも顎に手を当て考え始めた。

 ざっくばらんなお姉さんって感じだったけど、結構インテリ系な感じなのかな? メガネとか掛けたら似合いそう。

 

「プロジェクト……成功? したってことかしら。でもアレが普通に闊歩してるのは……っていうかソウマくん、あの化物達相手に全然ビビってないけど、平気なの?」

「え?」

「アレがなんなのか……あなたは、あなた達は理解してるの?」

 

 これまた、不思議な質問をしてきたなー。

 モンスターを指してアレは何?って聞いてくるレリエさんに、僕はただただ困惑していた。




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やりすぎちゃったよー

 アレがなんなのか分かってるの? と聞かれたところで、アレはモンスターですよーとしか答えられない。

 むしろそれ以外になんかあるのー? と言いたい気持ちで、僕はレリエさんに向け、戸惑いながらも質問に答えた。

 

「ええとー、あれってモンスターのこと、だよねー?」

「ええ。アレがどういう性質のものなのか、どこから来たなんなのかとか……現代ではどのくらいまで研究できてるの?」

「さ、さあ……? どこの迷宮にも出てくる、冒険者の獲物で飯の種ってくらいしか、僕には分かんないけどー」

 

 大変ざっくりした説明で申しわけないけどー、実際僕っていうか冒険者目線だとこう言うしかないんだよねー。

 モンスターがどこから来て何をしにどこへ向かうのかー、とかどうでもいいしねー。迷宮をうろついていて僕らの邪魔をする、場合によってはお金になったりご飯になったりする化物達。そのくらいの認識しかないしねー。

 

 逆にレリエさんは何を御存知なんだろう? ていうかモンスターって超古代文明からすでにいるものなんだ? すごいねー。

 尋ねてみると彼女は難しい顔をして、けれどゆっくりと頭を振った。話せることは少ないと、口を開く。

 

「……記憶が虫食い状態だからなんとも言えないわ。ただ、アレはかつて私達を滅ぼしたモノ達の末裔であるのは間違いないわね」

「…………モンスターによって滅ぼされたの? 超古代文明って!」

「モンスター、なんて呼び方でさえ当時はされてなかった覚えはあるんだけれどね……怪物か。皮肉な名称だこと」

 

 鼻で笑い──馬鹿にするよりかはむしろ哀しげな、自嘲するような笑みだ──レリエさんは遠くにいるモンスターを見る。

 超古代文明がモンスターによって滅ぼされたっていう衝撃の事実は僕もビックリだけど、それはそれとしてあんまりここでアンニュイされてても困るんだけどねー。なんたって地下86階層の地獄ですしー。

 

 とにかく外に出なくちゃと、彼女を連れてショートカットの出入り口へと向かう。いつも使ってる、この階層へと直通している穴だねー。

 物思いに耽るのは地上に出てからでも全然遅くない。むしろこんなところでやってることこそ手遅れになりかねない。そう言って彼女を慎重に導く僕だ。

 

 道中出てくるモンスターは倒す。ひたすら倒す。

 ゴールドドラゴンみたいなデカブツは避けつつ、小型から中型くらいのやつが出てきたら即座に杭打ちくんで殴り飛ばし、杭でぶち抜いていくよー。

 

「──!!」

「ぐぎぎゃああああああっ!?」

「え、すご……」

 

 地中から出てくるミミズ、正式名称はなんだっけウワバミズチ? とかだった気がする。そいつの頭部を杭でぶち抜いて遠くに放り投げると、レリエさんの賞賛が耳に入って僕は鼻息を荒くした。

 むふー、もっと褒めて褒めて! そーだよ僕はかっこいいんだよー? 今すぐにモテモテになってもおかしくないんだよー!

 

 めっちゃテンションの上がる僕。そうだよ、一度振られたからって諦めることないんだ。こうやっていいところを見せていって、いつかは高嶺の花にも手を届かせるんだよー!

 塵も積もれば山となるー! 千里の道も一歩からー! と格言を内心で繰り返しつつ、ふんすふんすと杭打ちくんを振るう。震えば振るうだけモンスターがぶち抜かれて息絶えていく、モノ言わぬナニカに変わっていくのを見て、レリエさんは改めて言うのだった。

 

「いやこっわ……現代ってこんな子供がここまでやれちゃうんだー……本当に数万年も時代が移っちゃってるのねえ……」

「ドン引きー!?」

 

 しまったやりすぎたー!?

 僕を見る彼女の目は控えめに言っても引きまくっている。現れるモンスターを片っ端から杭打ちしていく僕に、割と本気で怯えてるみたい。

 やらかしちゃったよー!!

 

 とはいえこの場で手加減なんてするわけにもいかない。まごついてたら何かの拍子にレリエさんにまで害が及ぶかもしれないからねー。

 っていうかヤミくんとヒカリちゃん、あとマーテルさんもか。彼ら彼女らだけでよく迷宮内をうろつけたもんだねーと不思議に思う。どんな階層であれ確実にモンスターは現れるわけなので、彷徨ってるだけでも命の危機だったろうに。

 

 ちょっぴり奇跡を感じながらも無事、出入り口の穴へ。ここからしばらく登っていかなきゃいけないわけだけど、僕がいるなら話は早いよー。

 レリエさんに問いかける。

 

「着いたー。この穴を登っていかなきゃいけないんだけど、普通に行くと一時間くらいかかるよー」

「えっ……そんなに? 途中で落ちたりしないのそれ」

「落ちるほどの傾斜はないからそこは安心だよー。でも今回は僕がいるから、1分くらいで着くよー。失礼しまーす」

「へ?」

 

 そう言って彼女の手を取る。やわらかーいあったかーい。

 と、痴漢みたいな考えはこの際抜きだよ、僕は迷宮攻略法を発動した。

 重力制御。僕や僕の身の回りの重力を自在に操作する技法である。




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ジェネレーションギャップだよー

 ふわ~っと浮かび上がる僕とレリエさん。迷宮攻略法の中でも最高難度である重力制御を使用したことにより、一時的に重力の縛りから逃れたのだ。

 さすがに鳥みたいに自由自在とはいかないけれど、ある程度空を飛んだり、とてつもない高さまで飛び跳ねたりできるわけだねー。これを身に着けてから僕の人生がまるごと変わったとさえ言えるほどの、超便利な技法だよー。

 

「!? え、は? ちょ、え、浮いてる!?」

「舌噛まないように口閉じててねー。一気に地上に出るよ、よいしょー!」

「ちょっ、待っ、てへええぇぇぇ────!?」

 

 腕を掴んだレリエさんごと浮いた僕は、彼女を半ば抱き寄せる形で一気に出入り口を上昇していく。初めてのことであわあわしてるレリエさんかわいいよーってホッコリしながらも、僕は細かく重力を制御していった。

 この技法、やり方さえ覚えれば割と簡単にあれこれ重力に干渉できるんだけどー、コントロールそのものはとてつもなくシビアだから結構、集中力が要るんだよねー。

 

 在りし日の調査戦隊を思い返す。

 レジェンダリーセブンの中でもレイアとリューゼの二人が同じく重力制御を会得してたけど、リューゼのほうは僕ほど上手じゃなかったから空を飛んでは墜落したり、攻撃に利用しようとしてはトチったり散々失敗してたなー。

 逆にレイアは僕より上手で、重力を武器に集中させた結果なんかすごい、すべてを吸い込む謎の現象を引き起こして他のメンバーにしこたま怒られてたっけ。懐かしいよー。

 

「よーっと! はい、とうちゃーく!」

「────ぇぇええぇぇえええへぇへへへえっ!?」

 

 やっぱり人を抱えているからいつもよりはデリケートに操作して遅くなっちゃった。大体3分ほどかけてのんびりと出入り口から出ると、見知った泉の畔、森の上空にまで身を踊らせる。

 レリエさん、ずーっと叫びっぱなしだったよー。喉枯れないかな、心配だ。とりあえず地上に降りて、レリエさんを落ち着かせる。

 

 この様子だと彼女、初めて飛んだみたいだねー。超古代文明には重力制御、もっというと迷宮攻略法みたいなものはなかったのかなー。

 懐からコーヒー入りの水筒を取り出す。朝、商店街を寄った時に珈琲屋さんに水筒に目一杯入れてもらった、ちょっと水っぽいけど安くて美味しいという僕の愛飲品だ。

 それを渡すと叫び疲れたのか、一気に疲れた顔になった彼女はチビチビと呑み始めた。

 

「んく、んく……ぷは! な、何よあれ!? なんで何もないのに飛んだの!? 超能力!? もしかしてエスパーなのソウマくん!?」

「エスパー? 冒険者だけどー……超能力ってのがなんなのか分からないけど、今のは人間が努力で身につけられる技術の範疇だと思うよー?」

「いや無理だから! 何をどう努力したら人間が重力に干渉したりできるわけー!?」

 

 うがーっ! と叫ぶレリエさん。どうやら古代文明では今みたいな技法、存在しないものみたいだ。

 さすがに重力制御はレアにしたって、身体強化や環境適応なんかもなかったのかな? と疑問に思って聞いてみると、なんだか微妙にキレ気味に返事されちゃった。

 

「あ、あのね……! その、迷宮攻略法? なんて数万年前には影も形もなかったし、あっても漫画やアニメやアクション映画の話だったわよ!」

「漫画、アニメ? アクション映画?」

「え、あーと……つまりー、そう! 娯楽作品の中だけの話ってこと! この時代にもあるでしょそういう、なんか作り話とか!」

「あー」

 

 言われて思い浮かべるのは、僕のお気に入りの小説だ。

 機械っていう不思議で便利な動力機構が発達したファンタジー世界を舞台にしての、冒険したり青春したりとなんだかとっても楽しいお話だねー。

 

 たとえば僕がそのファンタジー世界に行ったとして、"君の世界には機械がなかったのー? "って聞かれたら、あるわけないだろー! って叫んじゃうかもしれない。

 そう考えるとレリエさんの反応にも納得がいくよー。彼女にとっての迷宮攻略法が、僕にとっての機械なんだねー。

 

「身体が鋼鉄より固くなるとか、どんな暑さ寒さもへっちゃらになるとか……! 見ただけ話しただけで敵を気絶させるとか意味が分かんない! 私ってば一体、どーゆー時代に起きちゃったのー!?」

「ま、まあまあ。レリエさんも冒険者として登録するんだから、気が向いたら迷宮攻略法を修得してみればいいんだよー」

「できるの!? できるものなの、生身で空を飛ぶとかそんなことが人間に!?」

「できなかったら僕は一体なんなのかなー!?」

 

 あまりに現実を受け入れられないからって、何も僕を人外扱いしようとしなくたっていいじゃん!

 そんなに変なものなんだね、迷宮攻略法……いやまあ、重力制御なんかは世界でも僕、レイア、リューゼの3人しか体得してないかもだし変といえば変かもだけど。

 ジェネレーション? あるいはカルチャー? とにかくギャップを感じるよー。




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古代から来たお友達だよー!

 迷宮攻略法を巡る考え方のギャップに二人、しばらくギャーギャー騒いで。

 とりあえず森を出て町に行こうよーってことになって、僕とレリエさんは森を抜けて草原へ出た。

 

 朝一に迷宮に潜ったからまだ昼前時だ。町に着く頃にはちょうどランチタイムかな。

 杭打ちの格好でなければレリエさんとちょっと寄り道してデート気分でお昼ごはん! なーんてできたんだけどねー。ま、仕方ないか。

 

「…………」

「……レリエさん?」

 

 はるか吹き抜ける風に揺れる大草原。あちこちに迷宮へつながる穴が空いていることを除けば、至って普通の風景をボーッと眺めるレリエさんの様子が妙で、僕は声をかけた。

 すると──途端に彼女は滂沱の涙を流し始めて、その場に崩れ落ちた! 

 

 えっなんで!? 僕が話しかけるの嫌だった!?

 

「れ、れれ、レレレリエさん!? どうしたのー!?」

「っ……どうして、こうなれなかったの、私達はっ……」

「えぇ……?」

 

 慌てて声をかけるも、何も聞こえてない様子でひたすらなんかつぶやいてるよー、こわいよー。

 私達って物言い的に昔の、超古代文明の頃を思い返して何やら感極まってるんだと思うけど、傍から見たら急に泣き出した人とそれをじーっと見守る冒険者"杭打ち"の姿でしかないよー。

 

 ううー、これ誰か見てたら、僕が泣かせたみたいに思われないよねー?

 女泣かせーだなんてそんなオーランドくんじゃあるまいし、冗談じゃないよー。頼むから世間体を気にして時と場所を選んで泣いてほしいよー。

 完全に困り果てて固まる僕。レリエさんはなおも泣きながら、ひたすらに何かの想いを、遠いところの誰かさんだかに投げかけている。

 

「人は……人類は、こうなれたのよっ! 縋らなくたって、遠すぎるほどの時間をかけてでもこうなれたっ! なのに……ただただ逃げることばかりを考えて、そのためにっ、取り返しのつかないことをっ……!!」

「………………………………」

「挙げ句に遺された者達ばかりがこんな、間違えた私達がこんなっ、間違えなかった人達の正解を見せつけられてっ!! うっ、くっう……!! あんまりよ、あんまりよ、こんなの……!!」

「…………う、うー。あー、うー」

 

 あまりに悲痛な声で悲嘆に暮れるから、聞いてて僕まで哀しくなってきたよー。

 数万年前に何があったんだか知らないけど、そんな嘆かないでー。言っちゃなんだけど済んだ話だよー?

 

 彼女の傍にしゃがんで背中を擦る。こういう時、どうしたらいいのか分からないから困るねー。

 なんかよく分かんないけど元気出してー。レリエさんは笑顔が一番素敵だよー。

 

「…………ごめん、なさい、いきなりこんな、泣き出してしまって」

「……別にいいけど。大丈夫ー?」

「ええ……いえ。正直、まだ全然泣き足りないけどそれは後で一人になってからするわ。今を生きるあなたにはまるで関係のない、もうはるかな昔に終わった話だもの」

「そっかー……」

 

 どうにか元気を取り戻したみたいだけど、それでも後で泣くみたいだ。ここでカッコよく"僕の胸でお泣き"なーんて言えたら良かったんだけど、残念ながらそこまでの度胸が僕にはないよー。

 遠い過去からやって来て、全然気持ちの整理とかついてないんだろうな。その辺は僕には何も言えないし慰めようもない。ただ、泣くだけ泣いたら自暴自棄にならず前を向いてくれることを祈るばかりだ。

 

 とにかく町へ行こう。僕は彼女を先導する形で歩き始めた。ここからだとそう遠くないしすぐにたどり着ける。

 なるべく彼女を明るい気持ちにさせようと軽く雑談でもしながら、僕らは歩く。

 

「……えっと。ギルドについたら僕もお世話になってる、受付のリリーさんって人におまかせするよ。優しい人だし、レリエさんにも親身になって接してくれると思う」

「それなら安心ね……本音を言えばソウマくん、あなたにも今後のことを助けてほしいんだけど」

「……即答するのは難しいねー。いやまあ、保護者になるのはもちろん良いんだけど」

 

 ギルドについてからはひとまずリリーさん預かりだ。こないだもあんな茶番があったわけだし、ギルドもレリエさん保護に向けて動き出すだろうねー。

 僕は僕で、レリエさんに求められるのは本当に嬉しいし断るつもりもない。とはいえそこから先はさすがに、入りたてのパーティー・新世界旅団のみんなの意向も聞いておきたい。

 だから一旦みんなに彼女を紹介して、どうするかを話し合うって流れになるかなー。

 

「……というわけで、どんな形に収まるかは仲間達次第ってことでー」

「よかったわ、私が嫌ってわけじゃないのね……だったら待ってるわ。私の、この時代での初めての友達。ソウマくん、ありがとう」

「えへ、えへへ……!」

 

 初めての友達! 僕がだってー!

 なんとも嬉しいことを言ってくれて、やっぱりこれは15回目の初恋だよーと確信して僕は、照れ笑いなんか浮かべちゃうのだった。




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ギルドとの話し合いだよー

「というわけで超古代文明人のレリエさんですー」

「レリエでーっす! 年は数万と25歳、スリーサイズはないしょ! よろしくー!」

「待って待って待って待っておかしいおかしいおかしいおかしい」

 

 ギルドについてリリーさんを訪ねて、ちょっとギルド長も交えてお話がありますーって言って。そうしてギルド長室でベルアニーさんとその秘書さんも同席しての事情説明。

 こーゆーのはノリで押し切るものだって聞くから、レリエさんと息を合わせてテンポよく軽妙に喋ったところ、即座にリリーさんのツッコミを食らってしまった。

 ベルアニーさんは唖然としつつ頭を押さえている。なんでー?

 

「グンダリ……ジョークを飛ばせるほどの人間性を獲得してくれたことは素直に喜ばしいが、そういうのは時と場合を考えてくれるか? TPOをわきまえるのも常識の範疇だぞ」

「最近ようやく人間らしくなってきたからって、こんなことでジョークをかます僕じゃないって知ってるでしょギルド長ー。ましてこないだの今日で、そんな質悪いこと言うわけないじゃん」

「……………………本当、なんだな」

「正真正銘、地下86階のあの玄室にあった箱から出てきたお姫様だよー。僕も、正直ビックリしてるけどねー」

 

 肩をすくめる。僕が冗談を言ったわけではないと確信したようで、ギルド長の眉間にシワが寄っている。

 まあ、言いたくなる気持ちも分かるよー。こないだ古代人絡みで2回も立て続けに騒動が起きて、しかもその内の2回目ではSランク冒険者レベルの存在が3人ぶつかりあったからねー。

 

 特に僕とサクラさん、シミラ卿の激突ってのが実はかなり大事で、話を聞きつけた他所の地域や国のジャーナリストが連日このギルドに押しかけていたりするよー。

 酒盛りしてる冒険者達が口を滑らせてたりするみたいだし、早晩世界中にあの茶番が出回るだろうねー。僕こと冒険者"杭打ち"の存在や来歴、超古代文明からやって来た双子や女の人についてなんかは、かなりセンセーショナルだと思うよー。

 

 そんな騒動の中、さらに姿を見せた4人目の超古代文明人。

 レリエさんは申しわけなさそうに頬をかきつつ、ギルド長に答えた。

 

「ええと……すみません、ご迷惑をおかけします。どうやら私の同胞がすでに何人か、そちら様のお世話になっているようで」

「ああ、いやいや。こちらこそ不躾な発言を謝罪します、レリエさん。いかにも、あなたに先んじて3人、おそらくはご同輩かと思しき者達が当ギルドにて冒険者登録を行いましたが……なあに迷惑だなどととんでもない」

 

 レリエさんの言葉に紳士然として答えるギルド長。あからさまにカッコつけた振る舞いに、僕はおろかリリーさんも脇に控える秘書さんも白けた視線を向けている。

 この人、美人相手にはカッコつけたがるからねー。男なんてみんなそうだろって言われたらうんそうだよー? って答えちゃうけど、この人の場合はカッコつけ方が微妙にナルシストっぽいんだよー。

 

 今もホラ、角度つけて髪かきあげてちょっとワルっぽいオジサンぶろうとしてるー。渋いのは渋いけど毎回美女を見るなりそんなことするから、もうすっかり呆れられてるって気づいてほしいよー。

 ニヒルな笑みを浮かべてカッコつけギルド長は、いかにも大物っぽい余裕ある笑みを浮かべて続けた。

 

「3人のうち1人は今やこの国を出立していますが、残る双子のヤミくんとヒカリさんにつきましては、我々同様冒険者としての道を歩み始めています。利発で聡明、かつ愛らしい」

「ヤミ……ヒカリ……うっすら覚えがあります。コールドカプセルに入る直前に、少しだけ話をしたような覚えが……そうですか、元気にしているんですね。よかった」

「同じ年の頃、一切の感情を持たず可愛げの欠片もなかったどこぞの杭打ちに比べて、冒険者達から愛されるマスコットのようにさえなってくれていますよ。私にとっても、まるで孫のような存在に思えておりますとも」

「ぶち抜くよー?」

 

 何かにつけて当てつけてくるよー、腹立つよー!

 3年前の調査戦隊解散の件をどれだけ根に持ってるんだよー、めんどくさいよーこの爺さんー!

 あからさまに僕を見て微笑むギルド長。からかい半分で皮肉ってるのは前からのことだけど、レリエさんの前ではやらないでよーって感じー。

 

 別に僕も全然気にしてないし、いつもの軽口の応酬ではあるんだけどねー。レリエさん、意外そうに僕を見てるよー。

 というか、僕への発言についてリリーさんのほうが怒り出してる。ああ、虎の尾を踏んだねベルアニーさん。

 

「……ギルド長。ソウマくんの事情を御存知のはずですよね? それなのにそのようなことを仰るのは、彼の担当受付として聞き流せませんが」

「別に本気で言ってはおらんよ、リリーくん。私にとって、グンダリは冒険者として唯一対等に接せる相手だとさえ思っているのだ。このくらいの軽口はスキンシップとして聞き流してほしいね」

「その言葉、3年前のレイア・アールバドはじめレジェンダリーセブンの面々の前で言えます?」

「言えるわけ無いだろう、杭打ちを溺愛していた集団なのだよ? それこそTPOというやつだともさ」

 

 リリーさんに痛いところを突かれて、乾いた笑いを浮かべるギルド長。

 今はどうか知らないし下手しなくても憎まれてるだろうけど、当時は良くしてもらってたからね、レイア達には。僕への揶揄はジョークとして受け取られなかった可能性は、大いにあるよねー。




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この世界は楽園、らしいよー?

 ギルド長のからかいだか皮肉だかスキンシップだかもテキトーに受け流すことにして、僕は今回ここにレリエさんをお連れした理由についてお話した。

 つまり先の三人の古代人同様に冒険者登録をしてもらい、正式な冒険者になることでギルドの庇護下、保護下という扱いにしてもらえないかというお願いだねー。

 

「ヤミくん、ヒカリちゃん、マーテルさんに続いて確認できる4人目の古代人。在野に置いてたら間違いなくエウリデがこないだよろしく確保に来るだろうし、ギルドで押さえといてほしいなーって」

「それと、現代における最低限の身分保障も登録すれば成立するとお聞きしました。数万年もの古から目覚めた私は、当然寄る辺のない逸れものですから……社会に溶け込めるだけの、基盤がほしいのです」

「でしょうな。先だってのあなたのご同輩方も、発見した冒険者を頼って登録しに来ましたから事情はもちろん理解します。我々ギルドは喜んで受付いたしますとも。ですが……」

 

 社会的立ち位置を獲得したいというレリエさんの頼み、それそのものは快く受け入れつつもしかし、ギルド長は彼女と並んでソファに座る僕に視線を向けた。

 うん……? レリエさんじゃなく、僕のほうに何かあるのかな? 首を傾げていると、リリーさんが何か察してギルド長の言葉に続く。

 

「……これまでの古代人の方々は、いずれも冒険者登録後には第一発見者のパーティーに身を寄せています。ヤミくんヒカリちゃん兄妹はレオン・アルステラ・マルキゴス率いるパーティーに、マーテルさんはオーランド・グレイタスの元に。その流れで行くとレリエさんはソウマくんの庇護下に置かれるわけだけど」

「彼は彼でややこしい身の上だからな。冒険者として、戦士としては間違いなく世界で五本の指に入る天才だが、来歴ゆえの因縁があちらこちらにありすぎる火薬庫のような男でもある」

「世界で五本!? ソウマくん、そんなすごい人なんですか!?」

「えへー!」

 

 レリエさんの驚きの視線が心地よくて照れちゃう。そーなの僕ってばこれでも強いんだよー! それはそれとして叩けばいろいろ埃が出てきたりもするけどー。

 ことここに至ればさすがに、僕の何が問題なのかも分かってくるよー。つまるところレリエさんという問題のある立場の人間が、僕という問題しかない立ち位置の人間と行動をともにすることで起きるトラブルがネックなんだねー。

 

 自慢じゃないけど、僕ほど方々から恨みを買ってそうな冒険者もそうそういない気がするよー。

 というのが概ね調査戦隊解散に端を発していて、エウリデ連合王国内の政治屋はせっかくの調査戦隊を失ったことで恨んでくるし、騎士団連中は言わずもがなだし。

 

 大半の冒険者達は同情したり味方してくれてはいるけれど、いつかは調査戦隊入りしたかったのにーって恨んでくる人はやっぱりいる。

 加えてこれは推測だけど、その調査戦隊の元メンバー達からも憎まれてるんだろう。少なくとも好かれている理由も自信もないしー。

 

「とまあ、こんな感じで3年前の調査戦隊解散からこっち、僕ってばちょっぴり嫌われ者だったりするんですよー」

「調査戦隊についてはともかくそれ以外は概ね事実です、レリエさん。彼は不可抗力とはいえ一つのパーティーを崩す選択をして、その結果少なくない人達の不興を買ってるの」

「そんな……脅迫されてそんなの、そんなことって……!」

 

 そんな話を、過去のアレコレについてもかるーく説明しながらお話しすると、レリエさんはありがたいことに僕の側に立った目線でいてくれるみたいだった。

 優しい人だよー、これはやはり15回目の初恋だよー。僕の現状に憤ってくださる姿はとても素敵だ。さすが古代人は優しいんだねー。何がさすがなのかは知らないけどー。

 

 よっぽど僕を気の毒がってくれているのか、優しく肩に手を置いたりてくれてるよー! うひょー!

 

「この子はまだ子供じゃないですか……! それを寄ってたかって追い詰めて、酷すぎませんか? それとも当世では、これが普通なのですか?」

「酷すぎるし普通じゃないわ、レリエさん。だから大多数の冒険者は彼に対して、子供であることは知らないにしても極めて同情的よ。いつかは自分達も同じ目に遭わされるんじゃないかって恐れもあるから、国に対して反抗的な姿勢を先鋭化させてもいるわね」

「ただ、そもそもグンダリ自体が普通ではないからこそ引き起こされたことでもあるのだ。強すぎた、目立ちすぎた、特殊すぎた。出る杭は打たれるという、世の必然が彼にも当て嵌まったということになる」

「調査戦隊でも完全に特別枠だったからねー、僕。戦隊内でも不満を持たれてたところはあるよー」

 

 入団の経緯からして僕だけなんか、おかしい成り行きだったらしいからねー。

 スカウトされた人自体はたくさんいるけど、リーダーと副リーダーがしつこく通い詰めた挙げ句最終的には当時の戦力を総動員して抑えにかかったのなんて僕だけらしいし。

 

 レイアに少年愛疑惑がかけられたくらいには執着されてた自覚はある。

 そういうところとか、やっぱり僕の異様な強さや生まれ育ちが積み重なってあの脅迫に繋がっちゃったんじゃないかなーって思うところも、今の僕にはあるねー。

 

「いつの時代も、人は人を排斥する……たとえそこが楽園であっても、ですか」

「楽園に住む者にとり、今いるそこが楽園だという実感もありはしないということです。あなたから見てこの世界は、楽園なのですかな?」

「間違いなく。私達がかつて夢見て、しかし届かなかった場所そのものに思えます。緑なす大地、風吹く世界。私達が、壊してしまう前の世界」

 

 ベルアニーさんの質問に、レリエさんはまた泣きそうな顔をしてつぶやく。

 ああっ、泣かないでー! 何があったか知らないけど笑っててよー! 僕は肩に置かれた手に自分の手を重ねて、慰めるように擦る。

 彼女は少し、笑いかけてくれた。




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美女の揃い踏みだよー!(歓喜)

 結局、レリエさんの冒険者登録については本人の強い意志もあり、僕を保護者とする形で冒険者登録が行われた。

 年齢的には完全に逆転してるんだけど、冒険者にはまあまああり得る現象だからあまり気にはされてないねー。ましてや僕は"杭打ち"、世間的には年齢不詳素顔不明の謎の存在だもの。その辺は特に問題視されることもなく、スムーズに冒険者になれた形だ。

 

「もっとも僕の抱える因縁から、変な言いがかりを誰かからつけられる可能性だってあるからねー。申しわけないけど最低限、自衛能力は持っといてもらいたいところなんだよねー」

「なるほど、それでシアン同様にトレーニングをさせたいわけでござるかー」

「急にとんでもない美女を連れてきた時はなんの冗談かと思ったぞソウマくん」

「どう考えても何かのドッキリにしか思えなかったぞソウマくん」

「なんでだよー!?」

 

 ケルヴィンくんとセルシスくんの言葉に憤慨する。ひどいよー! なんで僕がきれーなおねーさん連れてきたら冗談かドッキリかになっちゃうんだよー!?

 

 冒険者ギルドを訪ねた次の日の昼前、僕はギルド職員用の女子寮で一夜を過ごしたレリエさんを連れて第一総合学園の文芸部室にやって来た。

 夏休みでも学園自体は開いていて、勉強したり部活動したりする学生がそれなりにいるのだ。

 

 そして部外者のレリエさんでも、学生である僕が申請して同行していればある程度、自由に学園に入れたりする。

 なので夏休み中、堕落を貪るつもり満々の僕の親友二人と、冒険者としてのトレーニングを積んでいる我らが団長と、そのコーチングをしている副団長が屯している文芸部室に連れてきたわけだねー。

 

 先述の通り、最低限の自衛手段としてレリエさんにも戦えるようになってもらいたい。

 そんな僕の頼みごとにサクラさんは納得して頷き、破顔一笑して応える。

 

「他ならぬソウマ殿の頼みで、しかも古代人の面倒を見るなんて滅多にない話でござる! どうせ暇でござるし喜んで引き受けるでござるよー」

「ほんと!? ありがとう、サクラさんー!」

「なあに、つまるところ新世界旅団の記念すべき一般団員、その第一号ってことでござろ? 未熟な団長ともども鍛える甲斐はあるでござるよ。シアンもそう思うでござるよねー?」

 

 僕の保護下にある形で冒険者となったレリエさんは、必然的に僕が所属するパーティー・新世界旅団の新メンバーってことになる。

 それもあって副団長のサクラさんとしてはテンションが上がってるみたいだった。しれっと団長のシアンさんに未熟って言いつつも同意を求めると、ジャージ姿で息を切らしたシアンさんが机に突っ伏しながらも呻く。

 

「そ……そう、ね……み、未熟と呼ばれるのは悔しいけど、団員が増えるのは、喜ばしいことね……」

「だ、大丈夫? シアンさんー。かなりハードなトレーニングでもしてたのー?」

「そうでもござらぬよー。朝一から校庭を全力で30周して、そこから拙者相手に打ち込みの練習をひたすらしてただけでござるから」

「えぇ……?」

「こちらからは一切反撃しておらぬでござる。めちゃくちゃ優しいメニューでござるよー」

 

 優しいってなんだろうねー? いやまあ、サクラさんのこれも愛あるトレーニングだろうとは思うけどー。

 それなりに場数を踏んだ冒険者なら普通にこなせるだろうけど、ギルドに登録して間もないシアンさんには相当キツイでしょうに。何よりひたすら全力ダッシュは鬼だよー。

 

 剣術のほうは、彼女もお家の貴族剣術を仕込まれてるそうだし何よりサクラさんからの反撃がない段階だしでうまいことやるんだろうけど、前段階の全力ダッシュで校庭30周はほぼ拷問だ。

 その時点でヘロヘロだろうに、そこから数時間ひたすら剣を振るったんならそりゃグロッキーにもなるよねー。

 

「は、ふ、ぅ……ふう。ええと、レリエさん、でしたか」

「は、はい」

「お見苦しいところをお見せしていますね……初めまして。私はあなたの保護者である"杭打ち"ことソウマ・グンダリが所属する冒険者パーティー・新世界旅団の団長シアン・フォン・エーデルライトと申します」

「同じく新世界旅団副団長のサクラ・ジンダイでござるよー。よろしくーござござー」

「あ……れ、レリエです! 下の名前は、すみません記憶を失っております。数万年前にあった、超古代文明と当世では呼ばれている時代からやって来た、古代人です。よろしくお願いします」

 

 息を整え、貴族令嬢らしい優雅な振る舞いで名乗るシアンさん。ジャージ姿でもなお気高く美しいよー、かっこよくてかわいくて素敵だよー!

 サクラさんも同様に、こっちはかるーいノリで名乗りを上げる。胸元の大きく空いたヒノモト服が色っぽいよー、いたずらっぽい笑顔が幼くも見えてかわいいよー!

 

 美女二人の挨拶にレリエさんも慌てて名乗る。こちらも言わずとしれた美女さんで、雪のような肌に金髪が映えてお話に出てくる妖精さんのようだよー。

 ああ……こんなきれーなおねーさん達の揃い踏みが見られるなんて、僕ってラッキーだなあ。しみじみ思うよー。




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嫌な予感がするよー……

 美女3人による幸せ自己紹介が行われた矢先、僕の親友二人も挙手して名乗りを挙げた。

 なんだかんだ彼らも美女には弱いんだ、僕は知ってるよー。入学式の日にシアンさんに惚れて突撃した結果、見事に即撃沈した男子学生諸君の中に君たちも混ざってたろー。仲間ー。

 

「はじめましてレリエさん、僕はケルヴィン・ラルコン。そこなソウマくんの親友です。以後お見知りおきを」

 

 燻った金髪を眉にかかる程度に伸ばした少年、ケルヴィンくん。平民の立場だけど勉強家で、嘘か真か入試の成績一桁台だって噂もある秀才だ。

 ちょっと皮肉っぽい顔つきとキザでクールな態度が特徴的で、僕はかっこよくて好きだけど鼻につくから嫌いって人もいるみたい。でもそういうのも含めて面白いって笑ってるあたり、大器だなーって思うね。

 

「どうもはじめまして。セルシス・プルーフ・アルトビアです。ソウマくんとケルヴィンくんとは今年春からの親友です。よろしく」

 

 大柄で結構厳つい体つきだけど、温和な表情を湛えるべき少年セルシスくん。貴族の、たしか公爵だったかな? の長男さんでつまりは次期当主というすごい立場の人だよー。

 だから正直、こんなスラムの野良犬と関わってるとまずいんじゃ? とは今でもたまに思うんだけど、"身分や立場を越えてともに立つ者こそが本当の友だ"という彼の男前な発言を聞いて、思わず尊敬の念を抱いちゃったのは内緒だ。

 

 二人の丁寧な名乗りを受けてレリエさんも自己紹介して、一同ひとまず席についた。

 今ここにこのメンツで文芸部室にいる名目も、一応は文芸部活動ってことにはなってるけど……事実上、新世界旅団の集会だよねー、これー。

 

「さて、レリエさん。我々新世界旅団はあなたを歓迎します。ともに未知なる世界を旅し、冒険に挑み続けましょう」

「は、はい。私にとってはすべてが未知ですから、望むところです、団長」

「ふふ、そう固くならないでください……そうは言っても我々の当面の活動は、新世界旅団発足に向けての準備なのですから」

「え?」

 

 首を傾げるレリエさん。そりゃそうだよー、冒険に挑みましょう! って言った矢先にその前に発足準備するけど! って言われたらえ? ってなるよねー。

 でもこればっかりは仕方ないのだ、だってこの新世界旅団ってば、そもそもまだギルドに結成申請すらしてない口だけパーティーだしー。

 

 なんならシアンさんが構想を僕に明かしたのさえ数日前だしね。サクラさんもほぼ同じタイミングで聞かされてそこから話に乗ったってだけなので、文字通りの白紙の状態に近いんだよねー。

 だからレリエさんを加えるこの際、その辺の話もしっかりしとかないといけないなーって団長は思ってるんだと思うよー。

 

「実のところ、新世界旅団を結成するとソウマくんとサクラに告げて、勧誘したのがつい数日前のこと。つまりまだまだ、構想途中のパーティーなんですよ」

「そうなんですね……それで準備と。メンバーの確保とかですか?」

「それもありますし、私自身の実力をある程度のラインまで引き上げることも前提です。非力なままでは、新世界旅団団長として失格だと思いますから」

 

 お恥ずかしい話ですが、と苦笑いするシアンさんは心底から自分の弱さを嘆いているようだった。ちょっと自信喪失気味?

 サクラさん相手に打ち込み修行したって話だし、たぶん数時間ひたすらいなされたんだろうねー。落ち込むのは分かるけど、誰だって最初はそんなもんだしそんな気にしないでほしいよー。

 

「別に僕は構わないんだけどなー。強さだけがリーダーの素質じゃないし。あとシアンさん、落ち込む必要ないよー」

「ソウマくん……ですが、私は」

「サクラさんと自分を比べてるんだと思うけど、ペーペーがSランク相手に落ち込むなんて10年は早いよー。まだまだこれからこれから、今はまだスタート地点にすぎないんだからさー」

「そのとおりでござるよ、シアン」

 

 ちょっと手厳しいというか、シアンさんにとって悔しいだろう言葉を投げちゃったけど事実は事実だ。受け止めてもらわないと、勝手に思い詰めて潰れられても困るしねー。

 そう思っての僕の言葉に、サクラさんも乗っかってきた。うんうんと頷き、シアンさんの現状について語る。

 

「今日、シアンの太刀筋を見る限りでは素質は十分にあるでござる。エーデルライト家仕込みの戦闘術も体格によく合ってるでござるし、あとは心身が伴えば技量を引き出していけるでござろう。日々精進あるのみでござるよー」

「それは……いつか私も、あなたやソウマくんにも追いつけるってこと?」

「んー、努力次第で拙者にはいけるでござるがソウマ殿はさすがに無理でござる。ありゃ拙者やシミラ卿でも一生かけて辿り着けるかどうかって次元でござるし」

「そんなわけないよー!?」

 

 サクラさんどんだけこないだの茶番を引きずってるのー!? いくらなんでも彼女やシミラ卿が一生掛けなきゃならないような領域には僕、いないはずだけどー!?

 唖然としてツッコミを入れるも、サクラさんは真顔でこちらを指差すままだ。そして間髪入れず、僕に言ってきた。

 

「実際に見てみるのが早いでござるね。ちょっとソウマ殿、立ってほしいでござるよ」

「えぇ……?」

 

 何を証明するつもりなんだか。嫌な予感しかしないよー。

 それでも言われるがまま、僕は席を立ちちょっと離れた、空きスペースに立つのだった。




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急に試されたよー

 立てと言われて立ち上がり、広い文芸部室の空いてるところに移動する。するとサクラさんもやってきてお互い、ちょっと間隔を空けて向かい合う形になる。

 もうじきお昼だし、そろそろ下校してみんなで親睦を深める意味でもご飯を食べるとかしたいねー、などと考えているとサクラさんはその状態で、シアンさんに話しかけた。

 

「まず言っとくと、ソウマ殿……冒険者"杭打ち"は天才の中の天才でござる」

「えっ……」

「さっきシアンにも素質があると言いはしたものの、ソウマ殿と比べりゃないにも等しいでござる。なんなら拙者とてシミラ卿とてワカバ姫でさえ、彼の持つ狂気的なまでの才能の前には無能と大差ないでござるよ」

「とんでもない過剰評価だよー!?」

 

 信じられないこと言うねこの人! 僕をなんだと思ってるのさ!

 天才とか言われて褒められるのは嬉しいけどこれは行き過ぎだよ、狂気的とか僕の前には全員無能とか、表現が傲慢すぎて逆に悪口みたいになってるよー!

 何、実はこないだのこと恨んでるの? アレそんなに引きずることじゃないでしょ、さすがにー。

 

「うん?」

 

 ────と、突然サクラさんの右腕がブレた。僕めがけて拳を振るってきたのだ。

 目にも止まらぬ速さのジャブだけど問題ない、僕は首を逸して回避する。鋭く風を切る音が部屋中に響き、衝撃で軽い突風も巻き起こる。

 唖然としてみんなが見る中、僕は一言尋ねた。

 

「え、何いきなりー?」

「これでござるよ……堪んねーでござるねー!」

 

 やるせなさと、それ以上に嬉しさを秘めた声色で笑みを浮かべてさらにパンチを投げてくる。敵意も殺気もないからシアンさんへの講義の一環なんだろう、続けて首を左右に逸らすだけで避ける。

 早いのは早いけど単調だし狙いも顔だから避けやすい。シミラ卿の突きと同じだね、フェイントを織り交ぜてきたらまたちょっと対応も変わるだろうけど、このくらいは普通に対応できるよー。

 

「っしゃあっ!!」

「スキありー」

 

 あんまり避けてくるからちょっとイラッと来たみたいだ、当てるつもりもないくせに動作がほんの少しだけ大振りになる。

 さすがにそれは見逃せませんねお客さんー。僕は即座に腰を落として左脚を彼女の側面に踏み出し、腰の回転を効かせた右腕を一つ振るって鞭のようにしならせた。

 パンチを最小限の動きで回避しつつ、アッパーをサクラさんの顎へと打ち上げる形で放つ──寸前で止める。

 

 勝負ありってところかな? 急に始まったから何をもって勝ち負けが決まるのかは分からないけど、実戦なら僕がカウンターで顎を撃ち抜き、それでサクラさんは行動不能だ。

 あとは煮るなり焼くなり僕の自在となる。

 

 まあ本気で実戦って話をしだすとそもそも得物を持ったり迷宮攻略法を使ったりと条件が大きく変わってくるからなんとも言えないけどねー。

 ともあれ右腕を戻して体勢を戻すと、サクラさんは一筋汗を垂らしながら僕に詫びを入れてきた。

 

「ふう、失礼仕ったソウマ殿。シアンには見せるが早いと思ったゆえ。怪我は……当然ノーダメージでござるよね」

「首痛いですー、後で擦ってほしいですー」

「良いでござるよー。付き合ってもらった礼にそのくらいさせていただくでござる。さてシアン、あるいは他の方々もでござるが、今のやり取りを見て思ったことはあるでござるか?」

 

 やった! サクラさんに首を擦ってもらえるよー!!

 思わぬ展開だけど最高の報酬ゲット! 今日の僕はついてるよ、わーい!

 内心はしゃぐ僕に構わずサクラさんは、シアンさんはじめ今のやり取りを見ていた者達に尋ねる。まるで講師……っていうか実際に講師なんだけど、師匠らしい振る舞いが似合うなー。

 

 さておき急な流れと質問。けれど真剣に見学していたシアンさんが、今の質問に答える。

 

「……まずは動体視力の異常さ、かしら。唐突な奇襲、しかも至近距離からの拳に対して対応しきった。そこに意識が向いたわ」

「避け方、すごいですね……体を軽く、クイクイってするだけで今のとんでもない速さのパンチを次々避けるなんて……」

「動きが若干気持ち悪かったぞソウマくん」

「というか何がなんだか分からなかったぞソウマくん」

「それは僕に言わないでよー!」

 

 いきなりしかけてきたサクラさんに言いなよー! 冒険者じゃない親友二人はそこまで真剣に見てないから、概ね僕へのからかいに留まるねー。空気が和むから助かるよー。

 でもシアンさんとレリエさんは、今後強くなる必要が明確にあるから真面目に答えてきた。動体視力と効率のいい回避法、どっちも大切だねー。

 サクラさんも一つ頷き、答える。

 

「突発的な攻撃をも完全に見切る目の良さ。そしてそれを最低限の動きでのみ回避する体捌き。それらもあるでござるね」

「……他にもある、のよね? サクラ」

「無論──彼の本当に凄まじい点。それは一言でいうと心構えでござる」

 

 そう言ってサクラさんは僕の手を取り、また席に戻った。デモンストレーションはしたから、あとは座学での授業みたいだ。

 でも心構えかー……前にもレイア達にその辺を言われたことはたしかにあるねー。着眼点が同じってあたり、やっぱりサクラさんもSランクとして相応しい実力者なんだよー。




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天才らしいよー?

「ソウマ殿の本当に恐ろしい才能、素質とはズバリ、突き抜けた"常在戦場"の心構えにあるでござる」

 

 席に戻って紅茶を飲んで、軽く一息ついてからサクラさんはそう切り出した。先程の唐突な軽いやり合いを受けての僕解説に、同じ旅団メンバーのシアンさんレリエさんはおろかケルヴィンくん、セルシスくんも興味津々に彼女を見ているよー。

 だけど、常在戦場かー。ワカバ姉も言ってたな、そんなことー。懐かしい記憶を蘇らせつつも、続けて耳を傾ける。

 

「常在、戦場……」

「我、日々常に戦場に在り。ヒノモトで古来より言われている戦士の心構えの要諦にござるが、これをソウマ殿は自覚さえ持たないレベルで身につけているのでござる。つまり御仁にとり、今こうしている時でさえも戦場にいる心地と変わらぬ心境であるということ」

「そ、そうなのですかソウマくん……?」

「え……ど、どうだろー……?」

 

 似たようなことは以前、かつての仲間達から言われたこともあるので納得はするけど……実際どうなのってところは聞かれたって自分じゃわからないよー。僕的には十分リラックスしてるつもりなんだけどねー?

 それにどこでも戦場って地味にやだよ、僕にも平穏がほしいよー。

 

 困惑しつつもいやそれ違うよー、とか言ってサクラさんに恥をかかせるのもどうかと思うしって悩んでいると、意外な人が挙手をした。

 セルシスくんが真剣な表情で僕を見つつ、気づいたことを話し始めたのだ。

 

「それは……常に戦場にいるということではなく、日常も戦場もソウマくんにとっては変わりがない、ということでしょうかサクラ先生」

「おっ……よく気づいたでござるね。やはりそんな節が見受けられたでござるか?」

「いえ、俺やケルヴィンくんはソウマくんの戦場での姿を見たことがありませんし。ただ……先程、先生のパンチを避けている彼の姿は、今アホ面晒して紅茶を啜り菓子を齧っている姿と大差がないので」

「アホ面ってなんだよー!」

 

 真面目な話ししてる時にそーゆーこと言うなー! 思わず叫ぶと、けれどセルシスくんは真顔でやはり僕を見る。な、なんだよー……ちょっと怖いよー?

 それに続いて何かに気付いた、シアンさんが息を呑んでやはりこちらを見てきた。

 

「日常と非日常の境界線が、彼の中では存在していないということ? ソウマくんにとってモンスターや人間と戦う時間と、こうして身内で揃って語らう時間も感覚としてはイコールになっているって、ことなの……?」

「本人すら無自覚でござろうがおそらくは。信じられない話でござるよ……常在戦場の理念自体はSランク冒険者であれば大体身につけてるでござるが、無意識レベルにまで落とし込んでいるケースなどソウマ殿くらいでござるからね」

 

 なんだか大層なことを言われてるけど、割と普通のことな気がするんだけどなー……ベクトルが違うだけで、のんびり過ごす時も戦う時も、僕は僕のノリを貫くよーってだけだし。

 

 それにむしろ、僕は他の人って疲れないのかなって、感心してるくらいなんだけどねー。

 だって一々分けて考えるのとか面倒じゃん。お風呂入ってる時に敵が襲ってくるかもしれないし、敵と戦ってる時にお腹空いたりするかもしれないんだからさ。どっちも生活の一部なんだから、毎度メンタルを切り替える必要とかないと思うんだよね。

 

 と、まあこんな感じの言いわけをしてみたんだけれど。理解されるどころか逆に変な生き物を見る目で見られてしまったよー。

 調査戦隊メンバーからも向けられたことのある目だ、理解不能ながら同情とか憐憫が含められていて、正直ちょっぴり苦手な目だよー。

 

 中には直球で"そうならざるを得ない人生を過ごしてきたのね、まだ10歳なのに……"とか言ってきた先代騎士団長さんとかもいたなあ。

 あの人は今、どこで何してるんだろ。シミラ卿が疲れ果ててるんだからちょっとくらい顔を見せてもいいと思うよー。

 

「……やはり、と言うべきでござるかな。ソウマ殿は日常の中にあってなお鉄火場を駆け、鉄火場の中にあってなお日常を憩うている。そしてそれを当然のこととして受け入れているのでござる。狂気的ですらあるでござるよこんなの、精神ぶっ壊れてるでござる」

「ひ、ひどいよー……」

「ヒノモトにおける戦闘者のあるべき姿、ともされる常在戦場の心構えでござるが、実際に突き詰め極めるとこうなるのかと……心底から羨ましく、しかし心底から恐ろしい話にござるよ。いやはや拙者も天才だとか言われて持て囃されてはいたでござるが、井の中の蛙もいいところでござったよ、ござござ」

 

 軽いノリで笑うサクラさん。いやそんな、高々考え方の違いくらいでそこまで自嘲しなくても……

 あくまで僕はこう思って生きてるってだけだし、むしろ日常と戦闘を切り離して考えられる人達は効率が良くて頭いいなーって思うし。そこは単にそれを真似できない僕がアレなだけだよ。狂気的ってのはさすがにひどいけどー。

 

「分かったでござるか? シアン。ソウマ殿の天才とはすなわちメンタルの異質さ。常に戦場に身を置くがゆえにいかなる場面でも一切油断せず、奇襲されてもまったく動じずに対応する本能そのものでござるよ。身体機能や反射神経は鍛えられてもメンタルは中々そうはいかないでござる」

「まさしく才能……ある種の天才というわけですね。野生にも似た本能の賜物と言えるのかもしれません。なるほど、たしかにこれは真似できそうにありません」

 

 得心したとばかりに微笑むシアンさん。ただし頬には一筋の汗が流れ、僕をとてつもない何かに向ける視線で見てきている。

 別に真似なんてしなくても、シアンさんなら遠からず僕相手にも戦えるようになるかもしれないんだから……あまり他の冒険者と自分を比較して、落ち込むのは止めてほしいよねー。




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ヒノモトの人は割と怖いかもー

 僕のなんかすごいとこー、という名目でただただ異常者扱いされただけな気がする一時から解放されて、僕らは下校することにした。

 昼からは軽く冒険しよっかーって話をしてるので、みんなで仲良くお昼ごはんを食べてから新世界旅団だけで迷宮に潜るんだねー。ちなみにギルドにパーティーとしての登録はしてないからこれは完全に自主的な活動の名目になるよー。

 

「モンスターの素材とかゲットしても依頼主がいないから換金はしづらいけど、代わりに素材を自由に使えるから武器や防具といった装備品に使えるわけだねー」

「なるほど……日々の生活を依頼をこなす形で賄いつつ、より上を目指すために自主的な迷宮探索を行う必要があるわけね、ソウマくん」

 

 下校してすぐのところにある商店街の学生用定食屋で、向かい合って僕はレリエさんに軽い説明をしていた。それぞれ目の前にはででーん! ととんでもない量のパンとスープとステーキ。

 普通のお店なら3人前はあろうかという量なんだけどこれでこの店だと1人前なんだからすごいよね。なんでも体育会系の学生や学生冒険者に向けて量を盛っていった結果こうなったらしいけど、それでいて料金は学生用の据え置き価格なんだから庶民の味方だよー。

 

 とはいえこんな量食えるか! ってことでケルヴィンくんとセルシス、レリエさんは3人で分け合ってるねー。せっせと小皿に分けて親友達に食事を与えているレリエさんが甲斐甲斐しくてかわいいよー、青春の光景だよー。

 反面に僕とサクラさん、あとジャージから冒険者用の軽装に着替えたシアンさんは普通にこの量を一人で食べきれる。冒険者は身体を動かすからね、食べてなんぼな世界でもあるわけだし、食べる時はとことん食べるのが鉄則なんだねー。

 

「私も、無理してでも食べきったほうがいいかもしれないけど……」

「そこまでする必要はないでござるよー。食えもしないのに詰め込んで、逆に体調崩しながら迷宮に潜るほうがよっぽどやべーでござるし、そこの判断は自分でするでござるよー」

「そうね、レリエさんの食べられる量でいいのよ。私だって普段はここまで食べないのよ? ……朝から死ぬほど動いて、お腹ペコペコだから食べるだけで」

 

 昨日なったばかりとはいえ、冒険者として生きることになったレリエさんがそんなことを気にして言う。真面目さんですごく素敵だけど、サクラさんやシアンさんの言う通り無理してまで食べる必要なんてどこにもないんだよー。

 必要な分だけ食べればいいんだよー。そしてシアンさん、お腹を擦りながら恥ずかしそうに頬を赤くしてるのがかわいいよー。サクラさんをちょっぴり恨めしげに見てるあたり、文武両道で品格兼ね備えた完璧生徒会長さんでも朝からの訓練は相当ハードだったってことだろう。

 

 視線を受けてサクラさんがケラケラ笑って答える。

 

「シアンは今後この量がデフォルトになるでござるから腹ァ括るでござるよー? オフならともかく、冒険に赴くのに少食のSランク冒険者なんて聞いたことないでござるからねー。最低限そのくらいには到達してほしいでござるから、今のうちにエネルギーを蓄える癖をつけとくでござるよー」

「わかってるわよ。はあ、太らないかしら……」

「太るほど生温い訓練をさせるつもりもないでござるー。覚悟するでござるよー、ござござー」

 

 冗談めかして言うけど、これガチなやつだねー。

 サクラさんは本気でシアンさんを、可及的速やかにSランククラスの実力者に仕立てるつもりでいるよこれー……

 

 僕としてもそりゃあ、団長として見込んだ人が強さ的にも上になってくれるんならそれに越したことはないんだけど、無理や無茶をさせないかと気が気じゃないよー。

 だってヒノモトの戦士はやりすぎがどーした! ってのがポリシーなところあるしねー。ワカバ姉とかひどかったもん、新入りにひたすら訓練課して扱き倒して、見かねたレイアとウェルドナーのおじさん──レジェンダリーセブンの一人でかつて調査戦隊の副リーダーだった人だ──に止められたりしててさー。

 

 それと同じことが今、眼前で繰り広げられるんじゃないかと内心で冷や冷やだよー。

 ヒノモトの気質を知ってるのかケルヴィンくんとセルシスくんともども怖怖と見守っていると、サクラさんはそんな視線に気づいて慌てて両手を振ってきた。

 

「な、なんか勘違いしてるでござろ!? 拙者そこまで無茶な特訓はさせないでござるよ!?」

「もうその言い方からして怪しい」

「怖い」

「ヒノモト人は最初は優しいのに、慣れてきたら豹変するって実体験からの確信が僕にはありましてー」

「どこのどいつでござるかそんな陰湿なヒノモト人は! って……ワカバ姫でござるよねそれ……」

「うん」

 

 僕の中でヒノモト人のイメージが深刻に汚染されていることを受けて、サクラさんがガックリと肩を落とした。原因が彼女もよく知るヒノモトのSランク冒険者にあるんだからそりゃー、ねえ?

 落ち込むサクラさんを慰めるべきか、それともヒノモト人の苛烈さが今後自分を襲うかもしれないことに怯えるべきか。微妙な顔をするシアンさんにもまとめて生暖かい目を向けて僕は、特盛のステーキを口にした。




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シアンさんの修行その1だよー!

 山盛りのパンもステーキももちろんスープもしっかり平らげて、僕らはお昼ごはんを終えた。はー、美味しかったーってみんなでごちそうさますると、店主のおじさんおばさんがすごくいい笑顔でサムズアップしてくれたのが印象的だよー。

 さて、そうなるとお次はいよいよ迷宮探索だ。ケルヴィンくんとセルシスくんの二人とはここでお別れして、僕らは町の外へと向かう。途中、適当な路地裏で"杭打ち"の装束に着替えての道程だ。

 

 持ってきたバッグの中、折り畳んだマントとあと帽子を取り出して身につける。おしまい。

 たったこれだけで冒険者"杭打ち"の完成だ。本当は上着や下着も黒装束なんだけど、今回はそもそも僕が戦うことはないからね。こんなくらいの変装でも全然問題ないのだ。

 

「帽子とマントを装着すれば出来上がり。手早い割にしっかり正体を隠せるのは便利でござるなー」

「ですが杭打機は今日は持ってきてないのですね」

「使う予定がないからねー。地下5階くらいまでを行ったり来たりするんでしょ? シアンさんの対モンスター訓練のために」

 

 さすがに学生ソウマ・グンダリが杭打ちくんを担いでたら一発でバレる。なので今回は相棒にはお休みいただき、帽子とマントだけの簡易"杭打ち"スタイルだ。

 というのも今言った通り、シアンさんがモンスター相手に頑張るのを見届けるために随行するってだけだからねー。地下5階までなんて僕の出る幕じゃないし、そもそもモンスターが威圧に負けて近寄ってこないしで杭打ちくんなんて必要ないわけだねー。

 

「ござござ。あとせっかくなのでレリエ殿にも、冒険者ってのが具体的にどんな感じでモンスターと戦うのかを確認してもらうでござるよ。いいでござる?」

「ええ、もちろん……一応私が目覚めてすぐ、ソウマくんがモンスターをやっつけるところは見たけど」

「多分それ、ずいぶん上のランクにいかないとなんの参考にもならないバトルでござる。記憶から抹消するのをおすすめするでござるよー、拙者でもたぶん理解できない技術を使ってたと思うでござるし」

 

 苦笑いしてそんなことを言うサクラさん。まあ、レリエさんについては正直そう言うしかないよねー。

 地下86階層から彼女を連れ出す時に何体かモンスターをやっつけたけど、あいつらだって普通に出くわすとサクラさんやシミラ卿でも危ないかもしれないやばーい奴らだし。

 

 迷宮攻略法を駆使しまくった僕だからこそサクッと殺れたわけで、つまりはSランクの中でもさらに上澄み、それこそレジェンダリーセブン級じゃないと同じことはなかなか、難しいかもしれない。

 そんな戦いをレリエさんが真似したり参考にしたりなんて土台無理な話だよー。だからサクラさんの言うように、あーゆーものは忘れるに限るんだ。ドン引きされたアレな記憶ってのもあるし、本当に忘れてほしいよー。

 

「でしょうね……とにかくすごいってことしか分からなかったもの。どんな分野でもトップクラスに位置する天才は、何してるか分かんないのよね凡人から見ると」

「拙者とてSランクなだけの力はあると自負してるでござるが……こと専門のはずの近接戦でドン引きものの動きをこないだ、他ならぬ杭打ち殿に見せつけられて負けたでござる。天才というのも細かく段階分けされてるんだなーってしみじみ思ったでござるよ」

「いや……あの、だからさ。あの時についてはともかく僕とサクラさんの間にそんな差はないってばー」

 

 青い青い空を見上げてどこか吹っ切れたように、いい笑顔で笑うのはかわいいからいいんだけどー……サクラさんってばすっかり僕には敵わないって思っちゃってるよー。

 正直あんな程度で優劣なんかつくわけないと思うんだけど、サクラさんはサクラさんで僕に理解できない感覚や能力をいくつも持つ世界トップクラスの実力派だし、その感性で僕にある何かを感じ取っちゃったのかもしれない。それでここまで心が折れちゃってるのかもー。

 全然自覚ないけど、ホントに悪いことした気分になるから勘弁してほしいよー。

 

 微妙な心境に一人、陥りながらも町を出て草原に出る。穴だらけの草原は相変わらず冒険者がそこそこ行き交っていて、依頼にせよ自主活動にせよ、迷宮探索にそれぞれ精を出しているのが分かる。

 その中でも僕らが向かうのはやはり正規ルート、地下一階から始める正門だ。一応他にも地下一階に降りる穴はいくつかあるけど、わざわざそっちを使う意味も薄いしねー。

 

 しばらく歩くと正門に辿り着いた。前と同じ、古びてはいるもののしっかりした造りの立派な門だ。

 じゃあ入ろっかーって段になって、事前に打ち合わせていた段取りを改めてサクラさんが、シアンさんへと確認した。

 

「迷宮に入ったらシアン以外は距離を置くでござるから、しばらく一人で進むでござるよ」

「ええ、分かったわ……万一の時のフォローよろしくね、みんな」

 

 僕とサクラさんが近くにいると、モンスターが逃げて行っちゃうからねー。だから見学のレリエさんともども遠巻きに眺めて、シアンさんの戦いを見守らせてもらうんだよー。

 シアンさんが若干、緊張した面持ちで迷宮へと一歩踏み出した。さあ、修行の始まりだよー!




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意外と安全志向の師弟だよー

 一人先を行くシアンさんを、十分に距離を取って見守る僕とサクラさんとレリエさん。

 今は地下一階の通路をウロウロしている最中で、すでにモンスターとは何体か遭遇している。なんなら今も戦闘中だねー。

 

「きぴー! きぴ、きぴぴー!!」

「たぁーっ!!」

 

 角の生えたウサギ型モンスター、ホーンラビットを相手に華麗な剣が舞った。柄に華美な装飾の護拳を備えたブロードソードで、騎士団装備のレイピアよりは斬撃用途も想定している幅の刃が鋭く振るわれる。

 飛びかかる寸前のホーンラビットに先んじて接近して一閃目、角を切断して破壊力を封じつつ減速しつつ側面に回り込む。

 

「きぴ……!?」

「てぁーっ!!」

 

 混乱している敵の横っ面から二閃目、首を切り落とす。血を吹き出しながら倒れるホーンラビットから意識を逸らさずに目だけで周囲を確認するシアンさん。

 そうして敵がいないことを確認してそこでふうと息を吐いた。戦闘終了だねー、お疲れさまですー。

 

「……ふむ」

「杭打ち殿的に、今のはどんなもんでござった?」

 

 シアンさんの今しがたの戦いを見てちょっと、頭の中でいろいろ考えているとサクラさんが尋ねてきた。

 一応の師匠として、僕の意見も聞いておきたいとのことだ。こちらとしてもただレリエさんを守って眺めてるだけってのも味気ないし、せっかくなので思うところは都度言ってたりするねー。

 

 そしてそんな僕からしたら、今の戦闘で一番引っかかったのはやはり時間かな。

 敵を視認して 駆け出すのに3秒。接近するのに3秒かかり、一撃目から二撃目の体勢までに5秒。そしてトドメからここに至るまで3秒かかった。

 つまりは計13秒だね。これを早いと取るか遅いと取るかは人によるけど、僕としてはどうせならもうちょい効率よく動けそうな気はしたかなー。

 

 というかできることなら一撃目で仕留めたいところだよー。

 反撃させずに仕留めるつもりなら、反撃された時のことなんて考えて敵の無力化をしよう、なんて考える必要はないはずだし。

 やるにしても初撃の致命打が失敗した、返す刀で角を落として離脱するほうが理には適うと思う。今回は一匹だけだったから良かったものの、例えば二匹目がいた場合には今みたいな流れの攻撃だと1アクション分、後手に回ることになるしねー。

 

「……って感じでもうちょいって感じ。サクラさん的には?」

「んー、逆に及第点でござるねー。杭打ち殿とは逆で先に無力化してから倒すってやり方を堅実だと評価したいところでござるよ。なんせ拙者も同じ考え方するでござるしー」

「似た者師弟なのはいいね、お互いやりやすそう」

「でござろー? ござござー」

 

 師弟揃って安全を先に確保したがる質らしい、サクラさんの言葉に僕はなるほどと納得した。

 教える側と教わる側のスタンスが似てるのは一番良い。同じ方向を向いてるからどちらもやりやすいだろうし、何より師弟仲が良くなる。

 ただでさえ団長と副団長ってことで相性の良さが求められるわけだし、そういう意味でも抜群の組み合わせだね、この二人ー。

 

 シアンさんが再び迷宮を歩き始めた。付かず離れずで僕達も追う。

 熱心にシアンさんの動きを見学するレリエさんにもちょくちょく解説を挟みつつも、もっぱら僕とサクラさんの話題は互いの立ち回り方の特徴についてだ。

 

「杭打ち殿はとにかく狙えるなら本体を仕留めたい派で、拙者とシアンはなるべく確殺できる状況を作ってから本体を仕留めたい派、と。性格でござるねえ」

「……こないだの茶番、シミラ卿を押さえに行った僕をカットした時も杭打ちくんを狙ってたもんね、そういえば。アレは僕ならシミラ卿に構わず本体に仕掛けてたよ」

「シミラ卿も拙者へのフォローをした際には直接杭打ち殿を狙ってたでござるね。調査戦隊仕込みでござるか?」

「…………いや、どっちも素の性格」

 

 僕の場合はさっさと終わらせて次の敵を殺りたいから。シミラ卿の場合はたぶん、負けん気のキツさから。それぞれの性格的特徴ゆえに、僕らは仲間を助けるより先に敵を仕留めることを優先しがちだ。

 一方でサクラさんは分かりやすく安全志向なのと、あとなんだかんだ優しい人だからねー。仲間がピンチって時にはまずそちらにカットを入れてから反撃に加勢するみたいだ。

 

「どっちが良い悪いじゃないし、どっちもいることでむしろ幅が生まれてるところはある……そうなると、レリエさんはどっちかな? って思っちゃうわけだけど」

「え、私?」

「ござござ。たとえば味方が敵に襲われている時、レリエ殿は次のうちどちらを選ぶでござる? 間に入って攻撃を受けるか、襲っているところを背後から倒すか」

 

 僕とサクラさんにじーっと見られ、レリエさんが困ったように笑った。

 実際、割と大切な選択なんだけどねこれー。どちらのタイプか、あるいはまた別のタイプかによって彼女の鍛え方も大きく変わるし。

 

 どちらにせよ見守ることに変わりはないけど、どうせなら僕のほうを選んでほしいなーとは思う。

 若干だけ固唾を呑んで見守る僕を尻目に、レリエさんはおずおずと答えた。

 

「え、あ……そうね。私的には後者かしらね、基本的には」

「ほほー? ちなみに理由は?」

「防御したり身代わりになったところでジリ貧だもの、攻撃している間は隙だらけだし、それなら攻撃して倒したほうが結果的に、味方を助けることにつながるかもって思うから……」

「なるほど、なるほど……つまりは杭打ち殿タイプというわけでござるねー」

 

 やったー! 気が合う男女ってこれもう付き合ってるも同然なんじゃないでしょうか!? 15度目の初恋、セカンドチャンス来ちゃいますー!?

 まさかの2対2。これで形勢は互角だねー。などと別に張り合ってもないけどちょっとドヤ顔を浮かべる僕である。




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楽園への侵入者だよー……

 その後も特に問題なく、出てくるモンスターを冷静に倒していくシアンさん。多くの冒険者を輩出しているエーデルライトの家系だからだろうか、元からしてそれなりに高度な戦闘訓練は受けているみたいだ。

 鋭い剣の技の冴えももちろんながら、体捌きも貴族剣術らしいお上品さがあって優美だ。何よりそれらをうまく駆使できるシアンさんの身体能力の高さや賢さは、さすがは文武両道才色兼備の天才生徒会長なだけはあるよー。

 

 総じて天才扱いできるだけの素質があり、しかもそれに驕ることなく努力を重ねられる心根の真面目さもある。継承した技術の質も申し分なく、今後ますますの発展が見込めそうな逸材と言えるねー。

 

「……鍛えに鍛えたらサクラさんにも並べそうじゃない? 相当先の話になるとは思うけどさ」

「やっぱそう思うでござる? 剣の素質はそこそこ止まりでござるが、体捌きと直観的な動きについてはなかなかのもんでござろ。なんのかんの最低限、鍛えてはいたみたいでござるしね」

「朝一からハードトレーニングした後にあれだけ動けるんだから間違いないねー。体幹も体重移動も慣れてるし、かなり仕込まれてると思うよー」

 

 サクラさんと二人、シアンさんの伸び代について初見を述べ合う。視線の先では彼女がゴブリン3体相手にうまく立ち回っているところだ。

 棍棒で殴りかかってきた一匹目をステップして躱し、その際に腕を切りつける。腱が切れたか棍棒を落としたその隙に、直近の二匹目へと接近して袈裟懸けに切る。

 

「はあっ!!」

「ぐぎゃあっ!?」

 

 肩から心臓部にかけてざっくり深く斬り込んだのち、二匹目のゴブリンを豪快に後ろに蹴り倒して剣を引き抜く。そして三匹目、シアンさんを背後から襲おうとしていたやつに反転して斬りかかった。

 スピードはともかく動き自体はいいね、かなりいい。二匹目を攻撃してから三匹目に移行するまでの流れが似つかわしくないほどにワイルドだけど、あれ多分エーデルライトの剣技だろうね。引き抜きからの連撃って動きは、シアンさん本人の剣技より数段クオリティが高いし。

 

「とどめっ!!」

「ぐげげぁっ!!」

 

 三匹目を制した後、最初に斬りかかりつつも最後に残った一匹目に剣を振るう。利き手が潰されたゴブリンなんて赤子同然だ、瞬く間に首を跳ね飛ばされて倒せた。

 完全勝利だ。朝から運動して疲れていてもなおここまで動けるんなら、体調が万全なら地下10階層までくらいならどうにかいけるかもしれないねー。

 

 それでもこれで実に10連戦目、単純にそろそろ疲労困憊だ。

 僕らは頃合いと見てシアンさんに近づいた。サクラさんが果実水の入った水筒を渡しつつ彼女をねぎらう。

 

「おっつかれーでござるー。いやいや、見事にござったよシアン、拙者や杭打ち殿の期待以上でござったよ」

「お、お疲れさま……んく、んく。ふう、ふう。体力もさることながら、一人で戦うのはやはり気力を使うわね……んく、んく」

 

 汗だくになりつつも果実水を飲み、息も絶え絶えにどうにか回復を試みるシアンさん。体力的な消耗もだけど、気力的なところで相当疲れちゃったみたいだねー。

 一人でモンスターと戦う、なんてのはパーティー組んでるとなかなか機会がないし、それだけで重圧感あるしね。特に敵が複数で来るさっきみたいなパターンの場合、動きをトチるとそれが命取りになりかねないし。

 

 まあでもそれを踏まえても相当な動きを見せてくれたと思うよねー。

 素敵だなーと内心で拍手してると、レリエさんがシアンさんの滴る汗をハンカチで拭きながらねぎらいの言葉をかけていた。

 

「お疲れさまです、団長。大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よレリエさん。ありがとう……シアンでいいし敬語もいらないわよ。堅苦しいもの」

「え? は、はあ……分かったわ、シアン。あの、私のことレリエって呼び捨てで呼んで? なんだか申しわけないわ」

「ふふ、分かったわレリエ」

「あ、じゃあ拙者とも呼び捨てタメ口でよろしくでござるよレリエー」

「………………………………」

 

 ぼ、僕の眼の前で美女3人が交流してるよー……! なんて素敵な光景だろう、地下なのに天国みたいだよー!

 相性がいいのか3人ともがすっかり打ち解けている。特にレリエさんは古代人ってこともあってどうかなー? と思ってたんだけど……相当賢いお人みたいだから、文化の違いを十分に踏まえた上で理解を示して歩み寄ってくれてるみたいだ。

 そしてそれを分かっているからこそシアンさんもサクラさんも、仲良くするために歩み寄っていってるんだねー。

 

 はあ、尊い……この世のものとは思えない天上の光景だよー。

 ほのぼのしつつも3歩くらい下がったところで見守る、そんな僕の耳にふと、何者かの呼び声が聞こえてきた。

 

「杭打ち!! 見つけたぞ、オーランドを返せぇっ!!」




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初恋が穢れていくよー

 迷宮内に轟く怒りの叫び。何かな? と思って振り向けばそこには以前、見た覚えがある顔ぶれ。

 みんなよーく知ってるよ、だって僕の初恋の人達だもん、特に三度目の人ー。凛とした佇まいながら怒りに染まった顔をして、僕を真っ直ぐに睨みつけている。

 

 第一総合学園3年生、剣術部部長リンダ・ガル先輩。

 オーランドくんのハーレムパーティーに所属していた彼女が、同じく取り巻きの生徒会副会長イスマさんと会計シフォンちゃんの二人を連れてお出まししていた。

 シアンさんが唖然として尋ねる。

 

「リンダ・ガル……なぜここに? いえ、それ以前に何をしに?」

「知れたこと! そこな野良犬によって拉致されたオーランドを助け出しに来たのだ!!」

「…………?」

 

 えぇ……? 何言ってるのかなこの人、僕がオーランドくんを拉致した? なんで?

 とんでもない言いがかりにしばし呆然とする。見ればシアンさんもサクラさんもレリエさんも、戸惑うっていうかは? って顔をしているねー。

 

 何かの行き違い、あるいは誤解があるんだろうか。

 とりあえず僕はリンダ先輩に、事情を聞こうと話しかけた。

 

「…………どこからそんなデタラメを?」

「黙れ野良犬が、薄汚い鳴き声で吠えるな! 黙ってオーランドの居所だけ示せ、どうせスラムのどこぞかに幽閉しているのだろうがな!」

「最低……!!」

「オーランド様を返して!」

「……………………」

 

 ああああ聞く耳一つ持ってくれないよおおおお!! どーしてそんなこと言うのおおおお!?

 かつてなくひどいよ3人とも、なんでそこまで当たりキツイの!? って、愛しのオーランドくんを拉致してるって思い込んでるんだからそうもなるのかー。

 にしたって辛辣にすぎる、完全に野良犬扱いで人間ですらないよー。これはいくらなんでもひどいよー、うううー。

 

「…………ふざけているのですか、リンダ・ガル。それにピノ副会長、オールスミス会計……!!」

「なんとなく予想はつくでござるが、本当に悪手を打つでござるな……清々しくもシンプルに苛つくでござるよ、その愚図ぶりに」

「いきなり現れてなんなの? この人達……! 大丈夫、杭打ちさん?」

 

 落ち込む僕とは裏腹に、女性陣がいたくご立腹だよー。特に生徒会の二人もいるからかシアンさんのキレ方がガチだよー、怖いよー。

 サクラさんも結構キテるみたいだし、威圧が吹き出してるしー。困惑しつつも僕を気遣ってくれるレリエさんが癒やしだよー。

 

 ものすごく怒った顔で、リンダ先輩というか生徒会の二人を睨みつけるシアンさん。敬愛してるだろう生徒会長の本気の怒りに慄く彼女らに、そのまま疑問と叱咤が呈される。

 

「グレイタスくんならマーテルさんを助けるため、ともに他国に渡りました。冒険者であるならば事の顛末は知っているはずでは? 何よりなぜ杭打ちさんが彼を拉致したことになっているのか、はっきり言って理解に苦しみますね。馬鹿なのですか?」

「か、会長……会長は騙されているんです、そこの杭打ちに!」

「たしかな情報筋から私達は真実を掴んでいます! オーランド様の逃走は虚報で、真実は杭打ちが拉致しているのだと!!」

「助けたふりをしてマーテルは国に引き渡し、目障りなオーランドは拉致して監禁……! やはり貴様は冒険者などではない! いいや人ですらないゴミクズだ、今からこのリンダ・ガルが正義の名の下に成敗してくれる!!」

 

 とんでもないデマを堂々と吹聴してくる3人組。でも至って本人達は真剣そのものなあたり、明らかに誰か悪意のある第三者に吹き込まれてるっぽいねー。

 思えばあの時の茶番劇の際、リンダ先輩達の姿はなかった。となると人伝に事態を把握するしかできないわけだから……都合のいい話が耳に入れば、そのまま信じちゃうってわけか。

 

 にしても誰がそんなわけの分からないデマを吹き込んだんだろー。心当たりが多すぎて絞り込めないよー。

 マントと帽子に隠れた奥で僕は目を閉じて記憶を探る。いかんせん僕にこの手の嫌がらせをしてくる連中なんて山程いたっておかしくないから特定が難しい。うーん、もうちょいヒントほしい!

 

「……………………開いた口が塞がらないとは、このことですね。あまりの愚かさに、秋と言わず今すぐ生徒会長を辞したくなってきました」

「オーランドはちっとはマシになりそうな気配があったのに、こっちは相変わらずのコレでござるか。相変わらず身分で人を見るあたり、本当に冒険者としての才に乏しいでござるなあ」

「黙れヒノモトの悪女が! 貴様が来てからオーランドはおかしくなったのだ、マーテルなどという得体の知れぬ女を助け、庇い……! その果てに杭打ちごときDランクに拉致されてしまった! あいつは15歳にしてAランクになった天才冒険者だぞ、負けるはずがないっ! そこのゴミが、何か卑怯な手を使ったに違いないのだっ!!」

「…………」

 

 そろそろ幻滅してきたよー……僕の三度目と四度目と八度目の初恋がー……

 フラレたらフラレたでせめて綺麗な思い出であってほしいよー、なんで自分から幻想を打ち砕きに来るのー……

 

 ガックリくる。僕だけならまだしもさすがにサクラさんまで侮辱するのはないよ、あり得ない。

 シアンさんもサクラさんもレリエさんもこれには呆れ果てて、真顔でリンダ先輩を見据えるばかりだったよー。




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まさかの決闘だよー

 百年の恋も余裕で冷める、そんな醜態を晒してくれるリンダ・ガル先輩。

 僕はともかくシアンさんやサクラさんまでも侮辱するその姿はぶっちゃけ美女なのに醜い。ああ、僕の美しい二度目の初恋の思い出が穢れちゃったよー……

 

「…………」

「さあ吐け、野良犬! 今すべてを白状し罪を償うならば、命までは取らないでおいてやろう!」

「会長! そんな人達から離れて私達とまた一緒に過ごしましょう!」

「オーランド様の元で、みんなで楽しく……仲良しだったあの頃に帰るんです、シアン様!!」

「アホでござる」

 

 すっかり正義は我にありってな感じに叫んでくるリンダ先輩と、その後ろからワチャワチャ吠えてるイスマさんとシフォンちゃん。

 情報の精査もせずによくここまで人伝の話にのめりこめるねー……ギルドで酒呑んでる冒険者に適当に聞けば即バレる嘘なのに、この人達はさー。

 

 あまりのお粗末ぶりにサクラさんも完全に呆れ返って一言吐き捨てるだけだ。もう反論するのも馬鹿らしいんだろうね、同感だよー。

 ただ、シアンさんとレリエさんは未だ全然マジギレしてるみたいだ。3人を睨みつけて、言葉を叩きつける。

 

「ありもしない罪を着せて断罪するなど言語道断! まして彼はすでに私達のパーティー・新世界旅団の一員です! その彼を愚弄するならば団長としてリンダ・ガル、あなた方を排除することも厭いません!!」

「あんた達ちょっとどうかしてるんじゃないの!? さっきから話聞いてただけでも異常よ異常、言ってること無茶苦茶よ!!」

「誰だ貴様、部外者は黙っていろ!!」

「私だって新世界旅団のメンバーよ! 新入りだけど!」

 

 おお、レリエさんが意外と猛っているよー。戦う力もないのにものすごくリンダ先輩に噛みついてる。

 普段は明るく朗らかって感じだけど、敵を前にすると強い気性が出るんだねー。

 

 いいねこっちも、冒険者向きだよー。いつでも牙を剥き出しにしてるような狂犬じゃ駄目だけど、優しいだけ明るいだけでもなかなか務まりにくいからねー。

 平時は普通だけど、気に入らないことがあれば噛み付きに行く。そのくらいの塩梅がちょうどいいんだよー。僕や他の冒険者達も概ね、そんなとこあるしねー。

 

「チッ……! シアン・フォン・エーデルライト!! 貴様は前から気に食わなかったのだ、貴族のくせに冒険者になろうという愚かな一族の女め!」

「奇遇ですね、私もあなたのことが気に入りませんでしたよ最初から。人を出自で判断し見下し、あまつさえ私の大切な恩人でもある団員をかくも悪し様に侮蔑する。この世のどんなものより薄汚い女があなたです」

「抜かしたな! ならば!!」

「今ここで白黒つけようと! 私は構いません!!」

「えぇ……?」

 

 言い合いの勢いのままに双方、刀とブロードソードを抜き放っちゃったよ。これヤバいね、決闘騒ぎだよー!

 普通この手のって木剣なり素手なりで、殺し合いにならない程度にやるのが常なんだけどー……駄目だね、すっかり興奮しちゃってるよー。

 

 地味に途中から僕云々じゃなくてお互いの好き嫌いの話になったりして、すっかり女の戦いって感じになっちゃった。怖いよー。

 さすがに殺し合いは冗談じゃないし止めに入ろうかとサクラさんを見ると、彼女は一切動く気もなく面白がって囃し立ててる始末。

 

「やっちまえでござるよシアンー、ヒノモト気取りのエセ女の刀なんざ叩き折っちまえでござるーござござー」

「頑張ってシアン! そんな嫌な子、やっつけちゃえー!」

「………………………………」

 

 これだからヒノモト人は怖いんだよ。

 日常的に殺し合いする生活らしいから、決闘騒ぎだって酒のおつまみみたいにしか思ってないしー。

 レリエさんもレリエさんですっかり興奮しきっちゃってるしー。ああ駄目だ、これ止めるの僕しかいないよー。

 

「はあ…………」

「ちょっと待つでござるよ杭打ち殿ー。せめて数合は打ち合わせてやろうではござらぬかー」

「えっ?」

 

 ため息を吐いて仕方なし、止めに入るかーと一歩踏み出した途端サクラさんに呼び止められた。そしてちょっぴりでいいからやり合わせてあげてくれなどと、とてもシアンさんのコーチとも言えない物騒なことを言い出す。

 いくらなんでもそりゃー無茶だよー。朝からこっち、昼ご飯を除いてずーっと動き通しなんだよー? さすがに体力的にはもう限界のはずだろうし、気力だって厳しいはずだよ。

 

 こういう時に戦わせてあげたいのは分からなくもないけど、そもそもフェアじゃない状態だからね? それを踏まえるとさっさと終わらせるべきなんだけど……それでもサクラさんは首を縦に振らない。

 どゆことー?

 

「拙者の見立てではシアンはもうちょいで一皮剥けるでござる。何かしらの窮地を乗り越えれば、グーンと伸びるでござろうね」

「…………そんなイチかバチかはさすがに許さないよ、僕も」

「無論ヤバいなら止めに入るでござる。杭打ち殿でなく拙者でも、あっちのアホの首なんぞ一秒で刎ねれるでござるし。しかしてだからちょっとだけ、ほんのちょっとだけ! シアンのためにも頼むでござるよー」

「…………やっぱりヒノモト人じゃないか、もー」

 

 案の定極端なことを言い出したサクラさん。まんまワカバ姉なんだよね、やり口が。

 こうなるとヒノモト人は梃子でも動かないし、困ったもんだよー。仕方なし僕は、一旦身を引いて様子をうかがうことにした。




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初恋の人同士の対決!だよー

 対峙するシアンさんとリンダ先輩。お互いに抜き身の刃を手にしての睨み合いは、明らかに殺し合いの予兆を感じさせる。

 たしかに僕やサクラさんなら、たとえどちらかの武器がどちらかの命を奪うその寸前になったところからでも、問題なく無力化して強制終了させられるけどー……

 

「……やっぱり危険すぎないかなー、無茶だよー。危機的状況で限界突破を見込むのは分かるけど、相手はモンスターじゃなくて人間なんだよー?」

「敵として得物抜いて来てる以上そんなもん、人もモンスターも同じでござろー? いい感じに因縁があっていい感じに負けたくない、そしていい感じにぶっ殺しちゃっても問題ないアホがのこのこ現れたんでござるから、こりゃ千載一遇でござるよ」

「ぶっ殺すのは問題あるよー……!」

 

 サクラさんと密着して、小声でヒソヒソと話し合う。こんな状況じゃなきゃめちゃくちゃ嬉しくて舞い上がるんだけど、こんな状況だからねー。

 そしてもはや完全に、リンダ先輩のことをシアンさんが壁を超えるための踏み台として認識してるんだけどこの人。仮にも第一総合学園剣術科目の特別講師でしょうに、そんな軽々しく生徒相手にぶっ殺しちゃってもーなんて言わないでよー。

 

 もはやワカバ姉にも匹敵するヒノモトスピリッツを剥き出しにしてるやばーいサクラさんは、次いで僕の肩を叩いてシアンさんのほうを指差す。

 いつ始まるかも知れない戦闘に、緊張を極限まで高めた凛とした姿だ。それを呑気なノリでにこやかに示して彼女は言う。

 

「何よりシアンがやる気満々でござる。杭打ち殿をコケにされてよほどトサカにきてるでござるねー。このこの、愛されてるでござるなぁ!」

「えっほんとー!? い、今なら告白したらいけるかなー!?」

「食いつき早っ。さすがにそれは無理でござるよー。特別に想っているのは間違いないでござろうが、色恋沙汰にうつつを抜かしてる時期じゃないでござるしー」

「がくー」

 

 知ってた! 愛されてるって言われて思わず舞い上がっちゃったけど知ってたよー!

 シアンさんは新世界旅団の団長として、発足するまでに十分な実力をつけなきゃいけないものねー。そりゃ告るとか告らないとか以前に、忙しすぎるよねー。

 

 でもちょっとガックリ……ではなく! シアンさんを見ればたしかにやる気満々って感じで、本気で怒ってるからかカリスマが暴発して威圧の形でリンダ先輩と取り巻き達を襲ってるよ。

 後ろの二人はもちろんのこと、剣術部の部長さんな先輩までもが思わず気圧されるほどのプレッシャーだ。うん、やっぱりシアンさんの一番の強みだねー、あのカリスマは。あれ一つで多少実力が低かろうが余裕でお釣りが来ると思う。

 

「あそこまでやる気なんでござるから、少しは発散させてやらないと溜め込む一方でそれこそ酷にござるよ。ストレス過多で倒れるシアンを見たいでござるか?」

「いやまあ、それは嫌だけど……うーん。不安だなあ」

「かくいう杭打ち殿は案外、過保護でござるなあ」

 

 けらけら笑うサクラさん。さすがにそっちが過激すぎるんだと思うよー。

 さておき、たしかに今すぐ戦いを止めたらシアンさんが不完全燃焼感を抱いちゃいそうなところはあるね。冒険者としての事実上の第一歩目をそんな感じに終わらせるのは、ちょっと不憫だと僕も思う。

 

 なるべく悔いの残らない形で決着がつきそうなタイミングで、止めに入るかなー……レリエさんが一心不乱に見守るのを隣で見つつ、僕とサクラさんも向き合う二人を見る。

 カリスマからくる威圧にもそろそろ慣れてきたか、リンダ先輩が大きく吠えた!

 

「貴族が、何が新世界旅団だっ! ──お遊びで冒険者をやるなぁーっ!!」

「ッ……!!」

 

 気迫の籠もった叫び。あるいは憎悪さえ感じる声とともに、彼女はシアンさんへと飛びかかった!

 大層なことを言うだけはあり、力強い踏み込みからの加速がスムーズで、あっという間に距離を詰める。

 そうして接近して振り下ろす一撃必殺の太刀、脳天袈裟懸けの大斬撃。力まかせの粗雑な振るい方だけど狙いはしっかりしているあたり、よっぽど慣れたムーヴなんだろう。体に染み付いた基本動作になってるってことだねー。

 

「覚悟っ!!」

「なんの……!!」

 

 剛撃をブロードソードで受けようと防御の構えをして──あまりの勢いに押し負けるととっさに判断したのか、シアンさんの剣筋が変化した。

 横一文字にしていた自身の武器に角度をつけ、ヒットした瞬間に横滑りさせることで斬撃の軌道を反らしにかかったのだ。力ある攻撃ほどこの手の誘導には弱い、本命な分いなされちゃうと致命的な隙を生むからね。

 

 ガキィン!! と金属同士のぶつかる音が火花を散らして轟く。一撃目、仕掛ける先輩と受けるシアンさん!

 案の定やはりというべきか、凄まじい勢いと込められた膂力、気迫そのものの太刀筋にブロードソードでは太刀打ちできないみたいだった。弾かれそうになりつつもどうにか軌道が逸らされる。

 

 とっさに角度をずらしていなす判断をしたのは正解だったねー。まともに受けてたらそこで終わってたよー。

 

「ううっ!?」

「くっ……隙あり!」

 

 力を込めての斬撃があらぬ方向に流され、リンダ先輩の首筋から胸元にかけてががら空きになる。

 絶好の攻め時だ──同じく思ったのか、シアンさんが一気に剣を振るう。先程とは逆に、先輩の隙を突く斬撃を放ったのだ!




明日月曜から平日は0時更新、土日は0時、6時、12時、18時に分けて更新しますー
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思想はともかく才能は本物だよー

 攻撃を逸して生まれた隙に放たれる、シアンさんの斬撃。

 大斬撃の直後でかつ、いなされてしまったゆえにリンダ先輩の動きは完全に止まっている。すなわちタイミング的にはバッチリカウンターじみた絶好の攻撃だ!

 

「っ……まだまだぁっ!!」

「!?」

「へえ」

 

 しかしリンダ先輩もなかなかに良い動きを見せた。咄嗟に身体を横に飛んで攻撃を回避。シアンさんから一旦距離を置き、またしても構える。

 普通なら横に飛んだ時点で地面に転がるものだけど、今ほとんど曲芸みたいな動きでバランスを維持したねー。刀の切っ先を地面に刺し、それを基点に身体をひねりにひねらせ回転させて、無理くり体勢を整えたんだ。

 そしてまた、飛び込んで上段からの大斬撃を放つ!

 

「チェィサァァァァァァッ!!」

「くっ! こ、の……!!」

 

 常に一撃必殺狙いの、後先なんて関係ない自爆めいた突撃。リンダ先輩、ここまで猪突猛進な戦い方をするのか……

 今度はブロードソードを両手で構えて斬撃を防ぐシアンさん。ヒットの瞬間に体を逸してやはり攻撃を逸らすも、またリンダ先輩は飛び跳ねて離脱。刀の切っ先を床に軽く突き刺してそこを軸にグルグル回って体勢を整える。

 

 まるでサーカスの曲芸だ。

 無駄に回りすぎだからそこは明確に未熟だと言えるけど、それでもかなり高度な技術を使用していることに、僕は息を呑んだ。

 

 武器を支柱にしてムービングの一助にする。これは僕やサクラさんもちょくちょくやる動きの、基礎中の基礎みたいな技だ。

 リンダ先輩もやってること自体は同じなわけで、つまりSランク相当の冒険者の技術の一端に手をかけているってことになる。

 

 さすが剣術部部長ってことだろうね、並の人じゃあなかなかできないよこんなことー。そもそも努力以前に、素質がないとできない類の技術だし。

 サクラさんも今のには微かに感心の吐息を漏らしてるね。

 

「ほー……やるでござるなあのアホも。素質自体は方向は違えどシアンにも匹敵するってわけでござるか」

「思い切りの良い斬撃を連発できるのも頷けるねー。外れたとしても適当に飛んで回避すれば、すぐさま体勢を整えて反撃できる、と。まあ、動きそのものは全然未熟だけど」

「拙者なら刀の周りでグルグルしてる時点で殺してるでござるね。杭打ち殿なら?」

「そもそもあんな大斬撃自体させないかな、悪いけど」

 

 初撃に備えて構え出す、その前に接近して肝臓あたりでもぶち抜いて終わりだよー。あんな悠長な動きにつきあってもあげられないし。

 攻撃や体捌きの速度で言えばシアンさんも十分、それに近い先手を打てるはずなんだけどねー。彼女を見ると足がガクガク震え、息を荒くしている。

 

「っ……はあ、はあ、くぅっ……!」

「シアン!?」

 

 朝から校庭を30周全力で走り、数時間サクラさん相手に打ち込み修行して。ついさっきまでモンスター相手に一人で特訓を重ねて、そして今ではリンダ先輩の大斬撃を幾度となくいなしている。

 すでにシアンさんの体力は限界だ、だから言わんこっちゃないって話なんだけど……裏腹に彼女の顔は闘志に満ちている。目に光があり、全然まだやるぞという気迫を湛えてるねー。

 

 レリエさんが思わず駆け寄ろうとするも、シアンさんの眼光とリンダ先輩の殺気に阻まれて近づけないでいる。それで正解だよ、万一彼女が巻き込まれるとなったら僕は一も二もなく止めにかかるよ。

 唇を噛みしめる彼女がこちらに戻ってくるのを、軽く肩を叩いて慰める。一方でサクラさんの、なんともヒノモト人らしい楽しげな声が響いた。

 

「ここに来て体力が底をついたでござるな。ここからここからーでござるー」

「気楽に言うね、ホント」

「サクラ、本当に大丈夫なの……? もう戦えそうにないとしか私には見えないけど」

 

 むしろここからが本番だと囃すサクラさんに、僕は呆れてレリエさんは心配から質問を投げかける。

 シアンさんは誰がどこからどう見てももう限界だ。体力を使い果たして気力だけで立っているに近い。反面リンダ先輩は依然健在のまま、殺気を剥き出しにまたしても大斬撃の構えに移行している。

 

 下手すると次で決まってしまうかもね、シアンさんの負けって形で。

 案じる僕らをしかし、笑い飛ばすようにサクラさんが豪快に言った。

 

「貴殿らシアンを、いいや追い詰められた人間の恐ろしさを知らぬでござる。ここからが正念場なんでござるよ、シアンはもちろんあそこのアホにとっても」

「…………」

 

 本当かなー? やけに自信たっぷりって感じだけどなんとも僕には言いにくい。追い詰められたこともあまりないし、追い詰めた人間のやることなんてこれまでしょうもない苦し紛れの反撃しか見てこなかったからねー。

 でもここまで言うからには何か、何かがあるのだろう。さしあたりレリエさんと二人、信じて待つのみだ。




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乗り越えるべき試練だよー!

 どうあれ体力的にはシアンさんは、次に打てる一手が最後ってところだろう。それ以上は精神論とかではどうにもできない、物理的に無理な話になってくる。

 対するリンダ先輩は全然体力を消費しているわけでもない。まあいつものスタイルで戦っているんだとしたら当然だよね。

 

 斬り掛かって跳ねてグルグル踊ってるの繰り返しで激しく身体を動かすわけだから少しは疲れたりしないかなー? と期待を持ってみたものの、息一つ切らしてないから参るねー。

 レリエさんが歯噛みして呻いた。

 

「もう勝負は歴然じゃないの……! これ以上はシアンが危ないわよ!?」

「ま、次の打ち合いが最後ってところでござるかね。起死回生できなければシアンの負け、それ以外だとアホの勝ちと。分かりやすいでござるねー」

「サクラ! あんな子に負けちゃうなんてヤバいわよ、どうするの!?」

 

 飄々と軽く喋るサクラさんにも噛みつく、レリエさんは祈るようにシアンさんの無事を祈っているものの、勝利については諦めているみたいだ。

 僕も正直、これもう無理じゃない? って気はしている。例えシアンさんの起死回生の何か一手が炸裂したとして、それだけでリンダ先輩が戦闘不能に陥るとも思えないんだよね。

 

 まあサクラさん的には、とにかくギリギリの状況の中で死線を越え、壁を超えてほしいんだろうけど……見てるこっちはひたすらハラハラするよー。

 

「うーん……本当ならもう止めたいところだけどー……シアンさんの目が、あと一撃だけって言ってるもんなー……」

「それにシアンにも意地ってもんがあるでござる。団長として、団員をああも愚弄されたでは黙って済ませられないのは当然のこと。その心意気も汲んでやってほしいでござるよ、あと一撃だけ」

「あと、一撃……」

 

 ゴクリとつばを飲み、心配そうにシアンさんを見るレリエさん。僕もそれに倣い、彼女を見守る。

 力はまだ拙くても、団長としての責任を果たそうとしてくれているんだ。今回で言えばあらぬ罪を着せられて弾劾されかけている、僕のために。

 

 本当、レイアとよく似てるよ……彼女も団員に危害が及ぼされたら、誰よりも率先して立ち向かっていってたなー。

 カリスマある人物ってのは、やっぱり似通うところがあるのかもしれないねー。

 

 息も絶え絶えになって、それでも構えるシアンさんをリンダ先輩が冷たく見据えた。

 そして鼻で笑い、嘲るように言葉を投げつける。

 

「どうした生徒会長、文武両道ではなかったのか? 冒険者を輩出してきた貴族の家系ではなかったのか? ええ?」

「くっ……!」

「貴族が遊び半分で、誇り高い冒険者の真似事をしているからこうなる。真の戦士、真の冒険者の前にはお遊戯なのだ! 貴様も、貴様のパーティーとやらも!」

「…………っ!!」

 

 シアンさんのすべてを侮辱する言葉。真の戦士、真の冒険者とやらなら到底言わないだろう聞くに堪えない罵詈雑言の数々に、シアンさんが怒りに震えてブロードソードを握る手に力を込めた。

 しかしやけに、貴族だっていうところをあげつらうね……僕のスラム出身なのもしつこく嫌ってるし、平民以外が冒険者をやることに否定的なんだろうか?

 

 って言っても冒険者なんて、身分の関係なしにただ冒険を志ざせばいつでもどこでも誰でもなれるものってのが大原則だしなあ。

 なんとなくコンプレックスめいたものを感じて首を傾げているうちに、リンダ先輩の言葉の刃は今度、こちらを向いてきた。

 憎悪に染まる瞳で僕らを睨み、告げる。

 

「貴様を潰せば次は杭打ちだ! エセ調査戦隊のゴミに天誅を下し、オーランドを救出する! ヒノモト女もついでに叩き切ってくれるわ、偉そうに冒険者を語る悪女め!!」

「おめーじゃ無理でござる」

「最短で5年鍛えて、やっとこ一撃入れられるかどうかってとこかなー」

 

 出来もしないことを吠える先輩にサクラさんがバッサリ。素質があろうが現時点で僕らを仕留めるなんて無理なもんは無理なので、僕としても具体的な長期展望をつぶやく程度に留める。

 まあ小声なんで聞こえてないみたいだ、それ以前に極度に興奮してるみたいだしね。カッカしすぎだよー、これオーランドくんも苦労したのかなー、ちょっと同情ー。

 

「私は……負けない」

 

 と、シアンさんが息を整えつつつぶやいた。相変わらず活きた目が爛々と輝き、リンダ先輩をまっすぐに見る。

 放たれる威圧は勢いを弱めるどころかむしろ強さを増し、近くを通りかかったモンスター達が慌てて逃げ出すほどだ。危機的状況にあって、秘められた才能が今まさに開花しつつあるようにすら思える。

 

 これを見込んでいたのかと、サクラさんの慧眼に感心するよー。でもやり方は行き当たりばったりで無茶苦茶すぎるから、二度目はさせたりしないけどねー。

 ともあれ壁を超えつつある彼女が、気炎を吐いた。

 

「負けるわけには、いかない……! 私の夢、野望、そして大切な仲間達……! そのすべてをかけたこの戦いで、負けてなんていられるものかっ!!」

「いいやもう負けだっ!! この一撃でーっ!!」

 

 リンダ先輩の、勝利を確信した咆哮。同時に再び突進を始め、大斬撃が繰り出される。

 これを逸らすだけの体力がもう、シアンさんにはあるのかどうか……あったとしてもその後に何かしら手を打てなければジリ貧だ、どうあれ勝ち目はない。

 どうする!?

 

「私は負けない、私は勝つ……お前に、絶対に勝つっ!!」

 

 強く叫び意志を示す。

 シアン・フォン・エーデルライトの最初の試練が今、訪れていた。




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一歩目を踏み出す勇気、だよー

 シアンさんにとって、冒険者としての一番最初の難敵。それがリンダ先輩だったことは果たして喜ぶべきことなのか哀しむべきことなのかは僕にはもう、判断できない。

 ただ現実の話として今、まさしくリンダ先輩の大斬撃を最後の力を振り絞って打ち破ろうとする、彼女を応援しなくてはならない局面であることは間違いなかった。

 

「キェェェアァァァァァァッ!!」

「…………ッ!!」

 

 猿叫──ヒノモトの剣術の一派で用いられるという、まさしく猿にも似た雄叫びをあげてリンダ先輩が突進する。その勢い、速度はこれまでよりもなお一段と早い。

 ここに来てトップスピードで来たかー!

 

「シアンッ!!」

「思い出すでござる、シアン! 冒険者に一番必要なものを!!」

「…………」

 

 レリエさんとサクラさんの声を受け、シアンさんがまっすぐに構える。その瞳はなおも内なる焔に煌めき、最後までチャンスは逃すまいという闘志で溢れている。

 冒険者に一番必要なもの……そうだ、それだよー。今のシアンさんがリンダ先輩に勝てるとしたら、その差でしかない。逆に言えば、そこで上回れば、あるいは!

 

「……団長、行け! 今があなたの最初の冒険だ!!」

「っ──ぁ、ああああああっ!!」

「!?」

 

 僕からの声をも受けて、シアンさんはついに行動に出た──勢いよく、前のめりに突撃する。

 リンダ先輩の上段に対して、極めて低空姿勢で駆け出したのだ! 大斬撃を前になお恐れない、勇気ある突進!

 これだ! この勇気こそ、彼女がたった一つ撃てる最後の一撃!!

 

「何ッ!? くうっ!?」

 

 振り下ろす前に接近されて、リンダ先輩の目論見が完全に外れた! 咄嗟にブレーキをかけて横に飛び退こうとするももう遅い、そこはシアンさんの反撃圏内だ!

 

「おおおおおおっ!!」

「っ、貴様、エーデルライトッ!?」

 

 左手で、飛び跳ねようとする先輩の服を掴み引き寄せる。バランスを崩して今度こそ倒れ込む彼女の、顔めがけてブロードソードが突きつけられる!

 しかしリンダ先輩も黙ってやられはしない、咄嗟に体を回転させて左手を弾き、土壇場で剣を回避。カウンターで刀を、横薙ぎに放とうとして────

 

「甘いっ!!」

「ウグッ!? ────か、ハァッ!?」

 

 それさえ読んでいたシアンさんが、足を引っ掛けてリンダ先輩を足元から崩した。回転の軸となった右足を刈り取られれば、あっけないほどにこけて地面に倒れ込む。衝撃に刀さえ手からこぼれ落ちて、完全に無防備な状態だ。

 あとはもう終わりだね。ブロードソードの切っ先を今度こそ先輩の眼前に突きつけて…………勝者は、高らかに叫んだ。

 

「私の勝ちだ……リンダ・ガル!!」

「な、ぁ…………」

 

 呆然とした決着。敗者たるリンダ先輩は、今何が起きたのかまるで理解できない様子だ。

 それでも目の前の剣が、少しでも動けば次の瞬間自分は死ぬということは理解していて動けない。身動きを封じられた以上、これは紛れもなく勝敗が決まったと言えた。

 

「せ、先輩……!?」

「会長、そんな……そんな……!!」

 

 後ろで生徒会の二人が唖然とつぶやくのも遠く聞こえる。僕も今、感動にも近い安堵が胸いっぱいに広がっていた。

 勝ち負けがどうのより、まずはシアンさんが無事だったことが何より喜ばしいよー。そして、彼女が一つの壁を乗り越えたこともね。

 サクラさんがホッと息を吐きつつ、満面の笑みで言う。

 

「やり遂げたでござるな……今まさに、シアンは冒険者に最も必要なもの、勇気を手にしたでござる」

「勇気……?」

 

 高らかにシアンさんが得たもの、見出した新たな境地を語る。僕も頷いて同意すると、レリエさんが首を傾げて疑問符を頭に浮かべていた。

 勇気。言葉にすれば簡単なそれは、けれど真の意味で体得するのはひどく難しい。何をもって勇気とするのか、その判断基準が曖昧だってこともあるしね。

 

 ただ、今回の場合で言う勇気とは至って単純な定義ではある。冒険者にとっての勇気、という意味ならとてもシンプルなものだからねー。

 

「たとえ死地にあっても前に踏み込み、僅かな希望にすべてをかける心持ち。言うは易く行うは難しの典型でござってなこれ、実際にできるかどうかって話だと案外、難しいことなんでござるよね」

「……そうだね。今の踏み込みだって、同じことができる冒険者がどれだけいることか」

 

 視線を前に、怯むことなく前に進める精神性。眼の前に広がる未知に怖がることなく、道なき道を歩いていける信念。それこそが僕達冒険者にとっての"勇気"なんだ。

 そしてそれを今、シアンさんは見事なまでに示して見せてくれた。リンダ先輩の一撃必殺の大斬撃に、あえて突進することでね。

 

 振り下ろされる前に極端に密接して攻撃を封じつつ牽制と攻撃に転ずる──理屈通りで言えばこれ以上ない大斬撃対策だ。すさまじいスピードで馬鹿げた威力の斬撃を繰り出してくる敵に、正面から挑める度胸があればね。

 普通の冒険者はなかなか、そこまでの度胸は持てないだろう。無謀と紙一重だもの、気持ちはわかる。

 

 けどそれを思いつき、実際に行動に移せる者にこそ未知なる景色が広がっているんじゃないかと思うんだよねー。勇気こそが冒険者の道行きを照らす、一筋の光なのだから。

 そういう意味で今回、シアンさんはそれこそ真の冒険者としての第一歩を踏み出せたんだと思うよー。




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まさかのデマの出処だよー

「ぐ、ぅ……! おのれ、エーデルライト……!!」

「勝負……あり、です。武器を、捨て……投降、なさい……リンダ・ガル!」

 

 悔しげに、憎悪さえ込めた視線を投げかけるリンダ先輩へと、なお油断することなく剣を突きつけて投降を呼びかけるシアンさん。

 息こそ切らしてないものの体が微かにふらついている。今度こそもう限界だな、これは。僕とサクラさん、レリエさんは彼女に近づく。

 

 サクラさんが戦い終えた勇気ある冒険者の肩を抱き、優しく引き寄せた。

 心からの嬉しさと敬意を込めた声で、話しかける。

 

「よくやったでござる、シアン。あとは拙者らでテキトーに手打ちしておくでござるよ」

「サクラ……か、勝てたわ、なんとか……」

「見てたでござるよ、大したもんでござるー。シアンこそ拙者と杭打ち殿を率いる、新世界旅団の団長に相応しいと確信したでござる。ござござー!」

「あ、りがとう……ふ、ぅ」

「シアン!」

 

 大変な試練を乗り越えた、実感をようやく持てたんだろうねー。糸の切れた人形のように全身の力が抜けたシアンさん。その身体を、レリエさんがすかさず抱きとめる。ナイスー。

 そのままお二人さんには後方に下がっていただいて、じゃあここからは僕とサクラさんの出番だねー。

 

 サクラさんによる指導の一環として利用したところはあるけど、それはそれとしてこの狼藉は高くつくよ、先輩方ー?

 さしあたって僕はすかさず、地面に落ちた刀に手を伸ばそうとした先輩の足を踏みつけた!

 

「があっ!? き、貴様……!! よくも私を足蹴に!!」

「先輩! 杭打ち、あなたなんてことを!!」

「最低! やっぱりあなたは冒険者じゃ──」

「うるさいよ」

 

 決着がついてなおキャンキャン吠えるなと、弱めにだけど威圧をかける。それだけで息が止まったみたいに全身を硬直させてしまう程度で、戦いもしなかった人達が粋がってるんじゃあないよー。

 取り巻きの二人に比べればまだ、真っ向勝負を挑んだだけリンダ先輩はマシっちゃマシかもね。容赦なく踏みつけてるけどー。

 

 もちろん、仮にも三度目の初恋だった人を踏みつけるのに抵抗がなかったわけじゃない。ただ、今の僕にはもう、この人はシアンさんを傷つけようとした差別主義者でしかないから。

 足蹴にして負け犬呼ばわりすることに、大した躊躇もありはしないよ。

 

「……君の負けだ」

「くっ……!! おのれ、おのれおのれっ!! 貴族に野良犬が、冒険者を騙るクソどもが、よくもこの私をっ!!」

「よくそこまで自分を大層に扱えるもんでござるなー。親の教育ってやつでござるか? いっぺん面ァ見てみたいもんでござるよ、どうやったらここまで見苦しい輩に育てられるのでござるー? って質問したいでござる」

「ヒノモト女ァッ!! 我が両親への侮辱は許さんぞォーッ!!」

 

 じゃあ侮辱されるようなことしないでよ、娘さんのあなたがさー。

 ひたすら自分の都合のいいことしか言わないんだから、いい加減嫌になってくるよー。

 

 まあ、サクラさんの物言いもさすがにキツすぎというか。リンダ先輩のことはリンダ先輩の話であって、会ったことも見たこともない親兄弟をあげつらうのも違う気はするよー。

 ヒノモト流の煽り文句なんだろうか? ワカバ姉も大概、度を超えた弄りをしがちだったなあって思い返すなあ。それでやりすぎて、レジェンダリーセブンの中でも随一に地雷の多いミストルティンに殴り飛ばされてたんだった。懐かしー。

 

「……失せろ」

「く、くそっ……」

 

 威圧で抵抗の意志を殺いだことを確認して、先輩の手から足をどける。ついでに転がってる刀は遠くに蹴っ飛ばしておこー。

 さすがにここまでされてはすっかり意気も挫けたようで、力なく呻き、彼女はのそのそと這いずって取り巻き二人に介抱された。

 率直に言えば惨めったらしい敗者の姿だ。せめてもう少しまともな理由で喧嘩を仕掛けてきていれば、僕だってここまで辛辣にならずに済んだかも知れないのにねー。

 本当に残念だよー。

 

「リンダ・ガル……杭打ちさんは、そして我々新世界旅団はオーランド・グレイタスを拉致などしていない。彼は彼の信念のもと、冒険者としてマーテルさんとともにはるかな旅に出た」

「嘘をつくなっ……杭打ちめが卑劣にも拉致をしたのだ! そう仰っていたのだ、あの方がっ!!」

「あの方……?」

 

 気になることを言うね、あの方ってどちらの方かな?

 さっきも思ったことだけど、先輩方にとんでもないデマを吹き込んだ輩が確実にいるようだ。結果として僕らが多大な迷惑を被ってるわけだし、ここはぜひとも聞き出してその方の拠点を杭打ちくんでぶち抜いてやりたいところだよー。

 

 シアンさんやサクラさんもちょっと目を細めて耳を澄ましているね。思うところは僕と似たようなものだろう。特にシアンさんなんて危うく大怪我だ、僕より怒り心頭かもしれない。

 唯一、古代人のレリエさんだけはひたすらシアンさんの心配をしている。ああ、優しいよー尊いよー。やっぱり素敵な人だよー惚れそうー惚れてるー。

 

 思わず素敵な彼女に見とれていると、そのうちにリンダ先輩が悔しさと憎しみをまぜこぜにした叫びをあげた。

 デマの出処……あの方とやらの名前をついに出したのだ。

 

「あの方……! プロフェッサー・メルルークが! たしかに仰っていたのだ! 第一総合学園一の天才にしてエウリデ一の賢者の言うことだ、間違いないに決まっている!!」

「…………教授が?」

 

 プロフェッサー・メルルーク──モニカ・メルルーク教授。

 僕にとっても馴染み深い名前のその人が、まさかのデマを吹き込んだ犯人だとリンダ先輩は言った。




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過去の因縁だよー

 僕がオーランドくんを拉致してマーテルさんを国に引き渡した──なんて、意味の分からないデマをリンダ先輩に吹き込んだ張本人、モニカ・メルルーク教授。

 プロフェッサーとも呼ばれて第一総合学園の学生のみならず、エウリデや諸外国の人達からも尊敬されている才女たる彼女は、僕にとっても縁深い人である。

 

「何しろ彼女も元調査戦隊メンバーで、何を隠そう僕の相棒こと杭打ちくんを製作してくれた人だからねー。今でも週一くらいのペースで杭打ちくんのメンテナンスや改良をしてもらってるし、仲が悪いって感じでもないよー」

 

 敗北したリンダ先輩を、生徒会の二人がえっちらおっちら担いで遁走して後、僕達もシアンさんを担いで迷宮から出て拠点に戻っていた。

 サクラさんが借りている一軒家──なんと僕の家のある通りの一つ隣の通りにあるという、まさかのご近所さんだー! ──にお邪魔して、シアンさんの回復を待ちながらもモニカさんについての話をしているのだ。

 

 彼女の来歴と僕とのつながり、特に杭打ちくん絡みで今も親交があることを打ち明けて僕は、だからこそと告げる。

 

「あの人が僕に対して悪意をもってデマを撒いた、その可能性は限りなく低い……けど」

「けど? 何か懸念があるでござるか?」

「彼女の助手をしている彼がね……モニカ教授のお兄さんで同じく元調査戦隊メンバーの、ガルシア・メルルークっていうんだけど。ぶっちゃけ僕のこと憎んでるんだよねー」

 

 肩をすくめる。そう、あるとすれば教授でなくその兄ガルシアさんだ。彼なら僕に対して悪意ある噂を、僕に対して憎悪を抱く者に吹き込むことだって平然とやるだろう。

 

 彼とのつきあいはそれこそ調査戦隊入ってすぐからのことなんだけど、その時点ですでに僕らの仲は最悪だった。

 僕はその頃まともな人間では断じてなかったし、彼は彼で、レイアに淡い想いを抱いているから構われっぱなしの僕は気に入らなかったしで、ひたすら喧嘩を売ってきてたりしていたのだ。

 

 そうなるとその辺の機微を察して適当にあしらう、なんて当時の僕にはできなかったわけなのでまあ……毎回喧嘩を買っちゃうわけでしてー。

 そもそもレジェンダリーセブンはおろか調査戦隊メンバーの中でも最下位に近い、ぶっちゃけ教授の助手扱いで入団した彼だ。毎回毎回何をして来ても何一つ問題なく半殺しにできたし実際に半殺しにしちゃっていたんだよね、僕。

 

 今考えるとあの頃の僕はいったい何を考えてたの? と言いたくなるような蛮行で、やる度にレイアはじめ幹部陣から"人間になりたいなら少しは加減しろ! "と叱られてたのも今なら理解できる。我ながら恥ずかしい過去だよー。

 しかもそうやって幹部達、とりわけレイアに庇われることさえもガルシアさんには屈辱だったみたいで。さらに憎悪は加速して、結局致命的な仲違いをしたままここまで至ってしまっているってわけだった。

 

「何回か菓子折持って謝罪に行ったんだけどねー……馬鹿にしてるのかーってそのまま戦闘に持ち込まれて、やむなく防戦しちゃったりしてさ。彼の実力そのものは今でも調査戦隊メンバー最下位クラスだし、どんなに手加減したって負けるつもりでもない限りは勝っちゃうわけでー」

「下らぬ嫉妬ではござらぬか。それで今度はそのことを逆恨みして、ソウマ殿の悪評を撒いていると。カーッ、しょーもねーみみっちーやつでござるなあ!」

「典型的な男女関係のトラブル……ソウマくんにその気はなくても相手方の受け取り方が悪く、拗らせてしまったパターンなのね……そのうち新世界旅団にも同じこと、起こるのかしら」

「うーん、そこはシアンの舵の取り方次第じゃない? あっ、スープできたわよ、飲める?」

「ありがとう、レリエ」

 

 みっともない嫉妬とバッサリ切り捨てるサクラさんと対照的に、いずれ新世界旅団でも似たようなケースが起きるのではないかと危惧するシアンさん。

 どこのパーティーにも男女関係の縺れってつきものだからねー。レリエさんが手渡してきたスープを飲みながらも、そうなった時のことを考える彼女の姿はすでに立派な団長だよー。

 

 ともあれ、モニカさんはともかくガルシアさんとはそんな感じで険悪な仲だから、彼がデマの発信源で、それをリンダ先輩はモニカさんの意見だと勘違いした可能性も大いに考えられるわけだねー。

 うーん、迷惑ー。そのデマがなければいくら先輩でもピンポイントに僕が犯人だ! なーんて思うことはなかっただろうし、言っちゃうと今回の騒動の元凶がガルシアさんって線もあり得るよー。

 

「とりあえず今度の日曜、教授のラボに行く予定だからその時に確認してみるよー。場合によっては戦闘になるかもねー」

「それならソウマくん、私ももちろん同行します。リンダ・ガル達を扇動したことについて新世界旅団としても、断固たる態度で抗議する必要がありますので」

「団長が行くってんなら副団長も行かなきゃでござるなー」

「それなら団員も行かなきゃね! 教授かあ、どんな人だろ?」

 

 なんかみんなして一緒にカチコミにいく流れになっちゃった。まあいいけどモニカさん達びっくりするかもねー、Sランク冒険者にエーデルライトのお嬢さんに古代人までやってくるわけだしー。

 案外リアクションのいい教授の驚き具合を想像してちょっと楽しみになりながらも、僕らはそうやって3日後、教授のラボを訪ねることとなったのだ。




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清掃活動だよー

 翌日、僕は新世界旅団とは関係なしに冒険者活動を行っていた。レリエさんをも引き連れて二人で、爽やかにも朝の町にて清掃活動を行うのだ。

 迷宮に潜るだけが冒険者の仕事じゃない。たとえば町の中だけでも美化活動や治安維持活動、あとお使いとか迷子の犬猫探し、果ては欠員が出た現場仕事の助っ人なんかも折に触れて行うことがあるんだよねー。

 

 特にこの町はエウリデでも一番、冒険者が多いもんだから町のどこをどう切り取っても冒険者がいて、何かしら社会貢献系の依頼をこなしている。

 今だって僕らの他にも見える範囲に数人、同じ様に清掃活動に従事してる冒険者を見かけるしね。

 

 住民との関係を良好に保つのも冒険者活動には重要だから、顔と名前を売るって意味でもこの手の仕事は地味に大切なんだよーってレリエさんに説明すると、彼女はいたく感心した様子で頷いていた。

 

「冒険者が日常の、生活基盤の深くまで組み込まれてる社会構造ってわけね……ホント、ファンタジー的な異世界に迷い込んだみたいだわ」

「僕らからしたらレリエさんこそ、ファンタジー的な異世界からやって来た人なんだけどねー。はい、箒と塵取り。ゴミ袋は隅っこに置いてるから、こまめに捨てちゃってねー」

「はーい! いやー、こういう依頼のほうが性に合うかも!」

 

 この手の活動を嫌がったらどうしようかなー、仕方ないし見学でもしといてもらおうかなーって若干不安視してたんだけど、彼女的にはどちらかというとこの手の依頼のほうに適正があるみたいだった。

 今後新世界旅団が大規模パーティー化していく上で、こういう町内活動にこそ精を出したいって人の存在はとても重要だから助かるよー。

 

 みんながみんな迷宮! 冒険! 未知! バトル! なーんて脳筋ばかりだとそっち一辺倒になっちゃって、どこの町に移っても近隣住民からの支持を得られにくいかもしれないからね。

 冒険者も冒険活動も結局は既存の社会の中に組み込まれたものだから、社会貢献を疎かにして自分達のやりたいことだけをやってるってわけにもいかないんだよねー。

 

 そこを考えると、こっちの仕事を率先して受けてくれるレリエさんのような人は大変に有用だよー。僕もこの手の仕事はしなくもないけど、戦力的価値を考えるとどうしたって冒険メインになるからねー。

 これはシアンさんやサクラさんも喜ぶぞー、と思いながらも僕も箒を手に取り、さっささっさと地面に落ちているゴミを纏めていく。いつものマントと帽子、杭打ちくんを背に担いだスタイルで箒を動かしてるのは我ながらコミカルだね。

 二人でパパパっと片付けていくと、不意にレリエさんが声を潜めて僕に、話しかけてきた。

 

「それにしても、ここっていわゆるスラム……なのよね? 行く宛のない人達が辿り着くっていう、難民地区的な」

「そうだねー。事情は人それぞれだけど平民として表をうろつけなかったり、国の政策で追放されたり、そもそも他所の国や地域からやって来て居場所がなかったりする人達が屯して作り上げられた区域だねー」

 

 別段隠す話でもないので頷く。いかにもここは町の中でも特に雰囲気の違う、通称スラム区域だね。

 ゆえあって他に行くところのない人間が集まって次第に生活区を形成した、貧民のたまり場みたいな場所だ。貴族でもなければ市民登録をした平民階級でもない、法の外の身分に属する人達が概ね貧民としてこの辺の区域にて過ごしていると思ってもらっていい。

 

 こう言うといかにも治安の悪そうな印象を受けるスラム区域だけれど、実のところそこまで治安が悪いわけでもない。

 いや、貴族街や平民区域に比べると明らかに良くないんだけど、道を歩いてたらいきなり襲われてしまう! みたいなこの世の終わり的な光景が広がっているってわけでもないんだねー。

 

 レリエさんが興味深げに、けれど警戒心は保ちつつあたりを見回して言う。

 

「やっぱり……でも、私の思うスラムとはちょっと違うわね。なんていうか、思ったより綺麗っていうか」

「古代文明にもあったのー? こういうスラムって感じのところー」

「あったし、ものすごかったみたいよ実際。道を歩くだけで身ぐるみ剥がれて乱暴されて殺されて、場合によっては遊び半分で拷問にかけられたりしたとかしないとか。私の知識の中にそういう物騒なの、あるわね」

「ひぇっ……」

 

 怖いよー! 古代文明超怖いよー!?

 夢が崩れてくよ、僕の思う古代人ってのは理性的で教養豊かで優しく強い文明人なのにー!

 思いもよらない恐ろしい話に、思わずゾッとしてしまうよー。

 

 ああ、よかったー今あるこの世界がそこまで物騒じゃなくてー。古代文明の話を聞くについ、そう思っちゃうねー。

 スラムなんてどこの国のどんな町にも大なり小なりあるものだけど、さすがに今聞いたような地獄が広がってる場所はないはずだよー。いや、でもあったらどうしよう、震えるー。

 

「す……少なくともここのスラムは安全だよー。冒険者達がほぼ毎日治安維持のために巡回してるし、そうでなくともスラムはスラムで経済圏を構築してるしー。平民区域ともコラボしたりすることもあるんだよー?」

「そうなんだ……単に貧民というよりは、比較的貧困層とされる人達の生活圏ってわけね。道理ですれ違う人達がどうも呑気というか、平和な匂いがするなーって思ったのよ」

「そ、そう……なんだ……」

 

 それってつまり、古代文明のスラムは平和じゃない匂いがしてたってことですよねー?

 古代文明っていろいろすごい。そんなことを考えながら僕は、箒で掃除を続けるのだった。




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僕の生い立ちだよー

 一口にスラムって言っても結構エリアは広いから、僕らをはじめ何人かの冒険者達で分担しての清掃活動を行う。

 ちなみにこの活動にはスラム界隈の自治会も参加していて、ある種の交流会も兼ねたりしているよ。

 まったくいないとは言い切れないけど、それでも身分を気にしない人が大半な冒険者はそれゆえ、スラム界隈とも割と距離が近いんだねー。

 

「ふう。この辺もすっかり綺麗だなー」

「ありがとよ冒険者さん、お陰で気持ちよく路上で寝れるぜ」

「いや路上で寝るなよおっさん!」

「ちげぇねえ! ガハハハ!!」

 

 ほら、あんな風に和気藹々と冒険者がスラムのおじさんと談笑している。こうした美化活動を行う上での一番のメリットと言えるのかもしれないねー、この交流ってやつは。

 

 冒険者側としてもスラム側としても、この機会に人脈を広げることは大切だ。どっちも持ちつ持たれつな関係だからね。

 とりわけスラムで未だ燻っている有望な人を冒険者にして、仮に大成でもさせられたらどっちも嬉しい話だったりするよー。引き入れた冒険者は自慢の弟子ができて名声も得られるし、スラム側も社会貢献に寄与しつつ大成した冒険者から寄付してもらえたりするからねー。

 

「実際、スラム出身の冒険者で有名な人も数多いし。玉石混交の可能性を秘めた土地として、このスラムを見込んでいる冒険者もいるよー」

「なるほどねー……それこそ杭打ちくんみたいなパターンもあるわけなんだぁ」

「あー……いや僕はちょっと扱いが違うんだよね、実のところ」

 

 サッサッと箒でゴミを纏めて塵取りで回収し、ゴミ袋に詰めながら僕とレリエさんは話し込む。

 この仕事とにかく楽ちんなんだよねー。この手の美化活動は頻繁に行われているから目を疑うほど散らかってるわけじゃないし、さっきも言ったけど治安だってそこまで終わってないから暴漢やら変質者も日中なら出やしない。

 ましてや町中なのでモンスターなんてどこにもいないし、まったくもって平和そのものなお仕事なんだ。何も考えず手を動かすだけだし、こうして雑談しながらでもできちゃうほどだ。

 

 そんなわけで話す最中、来歴に軽く触れる感じになったから僕は少しだけ言葉を濁した。

 スラム出身の冒険者。たしかに僕はその括りに入るパターンなんだけど、実際のところは違うんだよね。だからスラム内でも僕の扱いは、若干腫れ物って感じだったりもするんだよー。

 

 新世界旅団の団員として、仲間であるレリエさんには少しだけ話しておこうかな。

 僕自身にも分からない、僕の生まれ育ちってやつを。

 

「僕、物心ついて孤児院に流れ着くまでずーっと迷宮内で過ごしてたから、厳密にはスラム出身ですらないんだよねー」

「え……め、迷宮内で過ごしてた? え、どういうこと?」

「そのままの意味。気づいた時には地下40階層半ばにいて、モンスターと戦い勝っては血肉を啜って生きてたの。一人きりでねー」

「な…………!?」

 

 絶句するレリエさん。大体の人がこの話を聞くとこういう風になるから、あんまり話したいことでもないんだよねー。

 ぶっちゃけ今でもあの頃はあの頃で普通だったし、別に不憫がられる感じでもなかったと思ってるし。過度に憐憫されがちでちょっと反応に困るのだ。

 

 そう、僕はどうしたことか物心ついた頃には迷宮内にいた。それも当時は人類未踏階層もいいところだった、地下44階という幼子からすれば地獄のような空間に住んでいたんだ。

 さらにはそこで数年、モンスターと殺し合いして勝ち続け、彼らの血で喉を潤し肉で飢えを凌いできたわけだね。

 

 マジで僕以外の誰も人間がいた痕跡がなかったあたり、物心つく前からもすでにそういう暮らしをしてたんじゃないかなー?

 あの辺のモンスターも大概化物ばかりだったけど、特に苦戦した様子もなく片っ端から殴りつけては解体して食べまくってたし。

 

「で、そこから何年かしてすくすく育った僕はフラフラ~と上の階層に登っていって地表に出てね? そしてたまたまスラムに流れ着いて、孤児院の人達に保護されたんだー」

「…………そんな、ことが。赤子が、たった一人でそんな迷宮で、生きてきたなんて」

「だから僕はスラムの子とは言いにくいわけ。なんなら迷宮で育ってモンスターを食らってきたわけだし、分類的にはモンスターに含まれかねないよねー。迷宮出身なんて、モンスターくらいなものだしー」

 

 若干の自虐をも込めて笑う。昔こそなんの疑問にも思わなかったし今でもたしかにあの頃の生活を普通に思っているものの、世間一般とは致命的なまでにズレた生まれ育ちをしたって自覚も同時にある。

 モンスターを食べるってのも、迷宮内に長期間籠もる場合は選択肢として挙げられがちだけど……さすがにそれを日常とする人なんてどこにもいないからね。まして僕の場合、全部生で食べてたし。まんま、野生の獣だよー。

 

 人間の形をしてるだけで、僕もモンスターなのかもねー?

 最近になってちょっと危惧してる僕の正体をあえて軽く告げると、レリエさんは痛ましげに近づいてきて、僕の肩をマントの上から抱き寄せ、顔に顔を寄せてくれた。

 顔が近い! 吐息が当たるーいい匂い!

 

「それを言うなら私だって迷宮出身よ。それもわけも分からず数万年前からやってきた、モンスターより意味不明な存在。ね、お揃いね私達!」

「レリエさん……?」

「……モンスターなんかじゃないわよ、君は。私の恩人で、同僚で先輩で、それでとっても可愛くて強い素敵な男の子だもの。自分で自分をモンスターなんて、言っちゃ駄目なんだからね?」

「…………うん。ありがとー」

 

 励ましてくれる彼女に、ニコリと笑って礼をする。

 僕は僕だ、生まれ育ちに関わらずソウマ・グンダリだ。それはわかった上で、でも……

 今の、彼女の言葉は優しくて温かかったよー。そのことが嬉しくて、僕は静かに微笑んだ。




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孤児院に行くよー

 粗方掃除も終わって、ゴミ袋を回収業者に渡して今回の依頼も終わりだ。スラムの自治会から借り受けていた箒と塵取りを返却して、僕らはんんー! と背筋を伸ばして達成感を味わっていた。

 あとはギルドに戻ってリリーさんに報告して、報酬をもらうばかりだね。こうした町内活動は半ば慈善事業のためお金による支払いじゃないんだけれど、代わりに手拭いとかハンカチとか果実水をもらえたりする。

 いわゆる現物支給だね。意外と嬉しいものをもらえたりするからこれはこれでありがたいよー。

 

「さ、それじゃあ帰ろうかしら? 良いことしたあとはきもちいいわねー」

「だねー。でもちょーっと待ってレリエさん、途中で寄りたいところがあるからー」

「へ? 寄るところ?」

 

 目に見える範囲にあるゴミをほとんど回収して、綺麗になった往来に満足げに頷くレリエさんを呼び止める。僕はここからギルドに直帰せず、ある施設を経由して帰りたいと考えていた。

 別にこのまま帰ってもいいんだけど、せっかくだし顔を出したいからねー。ついでにレリエさんのことも紹介しておこうかと思うよ、もしもの時の避難先になってくれるかもだし。

 訝しむレリエさんに僕は、笑って言った。

 

「僕が8歳の時からほぼ2年くらい、お世話になってた孤児院が近くにあるんだ。身寄りのないレリエさんのこともある程度紹介したいし、そうすれば帰る場所の一つになってくれるかもしれないしねー」

「孤児院……さっき言ってたわね、迷宮から脱出したあと、その施設の人達に保護されたって。この近くにあるんだ……」

「スラムじゃ唯一の孤児院だよー。身寄りのない子供達を集めて育ててる、地域一帯の中でも不干渉施設に定められてる場所だねー」

 

 軽く説明しながらも案内がてら歩き出す。スラムの中でたった一つ建てられたその孤児院は、3年前から地元一帯の暗黙のルールとして不干渉が定められている。

 いくらスラムだからって、身寄りない子供を育ててる施設を巻き込むのは良くないって自治会が保護に動いてるんだねー。

 

 同様の不干渉指定施設は他にもあって、病院など医療施設に教会など宗教施設、学校など教育施設などが当てはまるねー。

 その辺への配慮はいろいろあって割と本気で、自治会が予算を割いて冒険者を雇ってたりするほどに真剣に取り組んでたりする。

 

 そうした活動のお陰で何年か前までの孤児院みたく、借金取りがしびれを切らして無法を働く、なんてケースが激減したのは素晴らしい成果と言えるだろう。

 社会的に弱い立場の人達が、唯一の居場所でまで脅かされることのないようにしたことで、スラム全体の治安も向上したんだから世の中っていろいろ繋がってるんだなーって感心するよー。

 

「──着いた。ここだよ、レリエさん」

 

 10分くらい歩くと孤児院に到着した。レリエさんにこちらでございと手で示す。

 赤い屋根、白い壁、広いお庭もついた3階建ての大きな施設だ。屋敷と言ってしまってもいいかもしれない。四方を壁に囲まれており、警備の冒険者もいる正門には、ここの孤児院の正式名称が書かれた看板がかけられている。

 "オレンジ色孤児院"という名前の書かれた古びた看板だった。

 

「広い……し、大きいわね。それに綺麗というか、新築? 看板だけがやけに古いけど」

「ご明察ー。実は去年に新築移転してるんだよねー、この孤児院。借金も返済し終えて寄付金を貯めたり使ったりできるようになったからさ、少しでも子供達に住みよい場所にしたいってことで思い切って1から建て替えたんだよー。看板は昔の名残だねー」

 

 やっぱり看板だけは歴史あるものを使いたいからねーと笑う。レリエさんはへぇーって感心しながらも、清潔に保たれた孤児院施設をじっと見ていた。

 

 実のところ、孤児院新築には僕の意向が思いっきり絡んでたりする。何せ借金返済から新築費用まで全部僕が資金源みたいなものだからねー、パトロンって言っちゃってもいいかもしれない。

 元々調査戦隊にいた頃から資金援助はしてたんだけど、追放されたと同時に借金を完済でき、以後渡してきたお金はささやかな額ながらすべて院の運営に用いてもらってきた。その一環として僕から、そろそろボロっちいから建て替えなよーって言ったわけなんだねー。

 

 それを受けてここから少し離れた、また別の土地にあった旧孤児院からこちらの新孤児院に移り住んだって流れだ。

 土地から建築代、内装工事やお庭の管理維持その他税金関係もろもろの処理まで含めて結構なお値段だったけど、それでも僕が数年間ずーっと渡してきた寄付金でギリギリどうにかなったから良かったよー。

 

 まあ、その辺の詳しい話をレリエさんにしても仕方がないし、内心で自分の成し遂げたことにちょっぴりむふーって悦に浸るに留まる。

 新築した孤児院にはこれまでも何度も顔を出してるけど、職員さん達も子供達もみんな明らかに元気そうで楽しそうで、我ながらいいお金の使い方ができたなーって誇らしい。

 今日もみんな、笑顔でいてくれるかなーと思いながら、僕はレリエさんを連れて正門へと向かった。




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院長先生だよー!

 警備のために正門前に駐在している冒険者達も、僕がここの出身だということは知っていて、冒険者証を見せたら快く門を開けてくれた。

 こういう警備関係の依頼を専門に受ける冒険者達もまあまあいる。性質上迷宮に潜ることは少ないけれどその分、治安維持に貢献してくれているってことで町民達からの評判も上々なわけだねー。

 

「迷宮潜るだけが冒険者の仕事じゃないわけねえ」

「そだねー。レリエさんも迷宮に潜るのがつらいってなったら、こういう護衛とか今日の掃除みたいな、町中の依頼を中心に受けることをオススメするよー。もしくはパーティー運営関係業務につくとかねー」

「運営関係……お金とか事務手続きとかよね。シアンにも一応言ってるのよ、私ってばかつての時代では経理関係の仕事してたみたいだから」

「そうなんだ? すごいよー!」

 

 お庭を通って施設の入り口に向かいながら話す。

 数万年前の古代文明時代の頃のお話を聞けたよー、そっかそっかレリエさんってば、昔はお金関係のお仕事してたんだねー。

 

 そこから話を聞いていくと、彼女はいわゆる税金とかその辺の書類関係に携わるお仕事をしてたんだとか。だからシアンさんにも、パーティーの金銭面での管理については知識的な面からフォローできるかもーって言ったんだって。

 

 すごいよー! 古代文明の経済知識が新世界旅団には付いてるってことなんだよ、これー。

 

 オカルト雑誌やファンタジー小説なんかでは、古代文明は極めて高度な社会を築いていて、経済的な面でも今とは比べ物にならないほどに発達していたとされている。

 実際、迷宮から出てくる古代文明関係の資料や遺跡、出土品は今の僕らの文明じゃとてもじゃないけど解明できないくらい隔絶したオーバーテクノロジーが用いられてるものが多いからねー。少なくとも超高度文明だったってことには疑う余地がないって、それはどこの学者さんでも認めてる事実だよー。

 

 そんな発達した文明の金融関係の知識をお持ちのレリエさんが、新世界旅団の財政面にアドバイスしてくれるってのはいかにも心強いよ!

 ……って笑って言ったら、彼女も朗らかに笑ってうなずいて答えた。

 

「それなりに知識があるってのとおぼろげに記憶が残ってるってだけだから、そんなにお役には立てないかもね……まあサクラからもそれなら頼むって言われたし、いざ旅団が発足した際にはひとまず私は財政係ってことになったわ。ちゃんと現代の財務知識も勉強しないとだし、頑張らないと」

「あー……それに加えて冒険者としての訓練もあるし、大変そうだねー」

「むしろそっちよね、私ってば今まで武器なんて握ったこともないし……喧嘩だってしたことないから」

 

 苦笑いしてそんなことを言う彼女は、たしかに戦い慣れは明らかにしてないしなんなら喧嘩なんて見たこともないって感じだ。

 超古代文明、平和なところはとことん平和だったんだねー。さっき聞いたスラムって名前のこの世の終わりといい、場所によって極端すぎるよー。

 

 なんだか不思議な世界らしかったはるかな昔に思いを馳せつつ、僕らは孤児院の入口にて職員さん呼び出しのベルを鳴らした。清潔な白を基調とした屋内、入ってすぐにある受付カウンターの上に置かれたベルだねー。

 

 チリンチリーン、と涼し気な音を鳴らせばすぐ、近くの階段から職員さんが下りてきた。僕もよく知る、痩身の中年女性さんだ。

 室内に入ればマントはともかく帽子は脱ぐよ、ここのみんなは"杭打ち"がソウマ・グンダリだって当然知ってるからね。画す必要はないんだよー。

 

「はーい……あっ、ソウマくん! いらっしゃい、また来てくれたのね!」

「はい、また来ちゃいましたー! 院長先生いますかー?」

「ええ、もちろん。今は子供達と。今日はお仕事のお話? それそちらの方は……」

「そんな感じですー。こちらはレリエさん、僕の仲間の方ですねー」

 

 にこやかに話して笑い合い、レリエさんも紹介する。

 普段一人で来訪している僕が珍しく人を、それもこんなに美人でかわいいおねーさんを連れてきたことに職員さんは目を丸くしてたけど……レリエさんがニッコリ笑ってお辞儀をすると、慌ててお辞儀で対応してきたよー。

 

「初めまして、ソウマくんの仲間といいますか……パーティーメンバーのレリエと申します。彼には日頃、お世話になっております」

「ああ、これはご丁寧にどうも。彼が仲間の方をお連れするなんて、この3年間なかったことですから、つい驚いてしまって……」

「…………そう、なんですね」

 

 職員さんの言葉に、どこか面食らうというかショックを受けたように口を閉じるレリエさん。どしたのー?

 こっちをチラッと見て、ちょっと目を細めている。なんか悲しそうにも見えるけど。

 

「レリエさんー?」

「……ううん、ごめん。なんでもないの」

 

 そう言って無理矢理っぽい感じに笑う彼女が、なおのこと変に思える。

 なんだろ?と首を傾げながらも、僕は院長先生までの取次を職員さんに頼むのだった。




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僕は男だよー!

 職員さんの案内を受けて施設内を歩く。僕はたしかにかつてここの孤児院で世話になったし今じゃ立派なパトロンだけど、独り立ちしている以上はすでに部外者だ。

 つまり一人で勝手に構内をうろつくなんて許されないわけだねー。まあ、そもそもこの新築の施設はあまり詳しくないから、迷子になったりしたら困るのでそんなことはしないしね。

 

 ちなみに杭打ちくんやマントといった"杭打ち"装備は入口前、専用の置き場を作ってもらってるからそこに置いてある。特に杭打ちくんについてはいくらなんでも重すぎるし、何よりも危険物だからねー。

 間違って子供が触ったり近づいたりして、大変なことになってもいけない。だからこの施設に入る時は絶対に、最低限杭打ちくんを置いていくのだ。

 

 他にもここに来る時の僕は極力ソウマ・グンダリとして訪れたいって思うからマントや帽子も預けてるよー。

 そんなわけでマントの下、黒い戦闘服だけ着た僕はレリエさんと二人、職員さんの後に続いて歩いているのだった。

 

「何か変わったこととかありました? 困ったことがあったら言ってくださいよ、できる限りのことはしますから」

「ありがとうね、ソウマくん。でも大丈夫よ、相変わらず平和な毎日だし、日常のトラブルはたまにあってもみんなで乗り越えていける程度のものだもの」

「それならいいんですけどー」

 

 僕にとってこの孤児院は、たった2年程度しかいなかったけどたしかな故郷だ。

 名もないケダモノとして生まれ育ったあの迷宮じゃなくて、人間としてのすべてを与えてくれたこの場所こそがソウマ・グンダリの生まれ故郷なんだと認識している。

 

 だからこそ故郷に少しでも恩返しがしたくてあれこれさせてもらってるんだけど、さすがにここに暮らす人達はみんな、自分達でできることは自分達でやろうという自立心が旺盛だ。

 聞けば内職や出稼ぎ、果ては冒険に行く職員さんも未だいて、なのに僕からの寄付金は子供達関係のこと以外には手を付けず、もしものためにと貯金しているみたい。

 だから建物は新しいのに、経営は相変わらず火の車状態なわけだね。なんともはや、無欲すぎてこっちが困っちゃうレベルだよー。

 

 遠慮せずにパーッと贅沢に使ってもらってもいいんだけどね……でも僕が愛したこの孤児院は、そういうことをしないよねって確信もあったりするし。

 結局、僕がやってることは余計なことなのかもって気もしてるけど、金はあるに越したことがないからね。また借金をしないようにってだけでも、せっせと仕送りするだけの価値くらいはあるんだと思いたいなー。

 

「院長先生はただいまこちらのお部屋で、子供達に絵本を読み聞かせているわ」

「いつものやつですねー。じゃあ廊下でちょっと待ってますよ」

「ソウマくんにそんなことさせられるわけないじゃない。院長先生もあなたに会いたくて仕方ないのよ? いいからいいから、入って入って!」

「え、え、ちょ、ちょー?」

 

 子供達にとって院長先生は親のようなものだ、触れ合いを邪魔しちゃいけない。そう思ってちょっと待とうかなーって思ったんだけど、職員さんに半ば強引に部屋の中に押し込まれていくよー。

 レリエさんも続けて入ってくる、その部屋はいわゆるお遊戯室だ。積み木や玩具がたくさん置かれていて、その中にたくさんの子供達がいる。

 年少組の部屋だねー。僕には縁のない空間だけど、昔の孤児院にもこういう場所はあったよー。

 

「……? あっ、くいうちのにーちゃん!」

「おねーちゃんだよ!」

「おれしってる、にーちゃんだよにーちゃん! しらないのー?」

「しってるもん! おねーちゃんだもん!!」

「お兄ちゃんです……」

 

 ああああ子供にさえ男かどうか疑わしく思われてるよおおおお!

 ここに来る度こんなこと言われてるけどおかしいよー! こんなダンディーな僕を捕まえて男か女か分からないってそんなのないよー!?

 

 さめざめと泣く内心はともかく、部屋に入った途端小さな子供達が僕に寄ってくる。男の子も女の子もみんな5歳までくらいで、純粋無垢な笑顔をみせてきてくれるねー。

 時折こうして訪れるってのと、大人達がパトロン扱いしてくるのを見て子供心に敵じゃないって思ってくれてるみたいだ。それは嬉しいよー。でも毎回性別間違えるのは止めてねー?

 

 僕はしゃがんで子供達の頭を撫でてちょっとスキンシップ。

 ニッコリ笑うと少年少女達もニッコリ笑ってくれて、なんだか心が温かいやー。

 この子達の他にも年長さん、学生下級組さん、上級組さんと年代ごとに分かれてるわけだけどー、やっぱり年をとるに連れて理性的というか、下手すると反抗期的な感じになってきたりもするしこのくらいの子達が一番無邪気だなーって感じはするよー。

 

 そうしてちょっぴりだけみんなと戯れてから、僕はまた立ち上がって奥に座る女性を見た。

 サクラさんよりちょっと上くらいの年齢で、黒髪を肩口で切りそろえてカチューシャをつけている。青い目がとても綺麗な、髪の色と合わさって昼と夜の間を思わせる女の人だ。

 

「やっほー、こんにちは院長先生。元気してたー?」

「ええ、お陰様で。お帰りなさい、ソウマちゃん」

 

 僕が片手を挙げて挨拶すると、その女の人はにこやかに笑って応えてくれる。

 そう、この女の人が今この孤児院で院長先生をしている。Eランク冒険者でもあり、自らも薬草採取や町内清掃みたいな軽作業依頼をこなして院の運営を支えてたりするすごい人なのだ。

 

 ミホコ・ナスターシャさん。

 先代院長で僕が主にお世話になったメリーさんの義理の娘で、僕にとっても姉のような感覚の人だねー。




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千客万来だよー

「いつも薬草の納品依頼を受けてくれてありがとう、ソウマちゃん。それに寄付金だって、いつも多すぎるくらいにもらっちゃって……」

「恩返しにしてはささやかなくらいだよ、気にしないでー。それよりミホコさんも元気してる?」

「ええ、とっても! それもこれもみんな、あなたのおかげよ……いつも助かってます。本当に、ありがとうございます……!」

「そんな畏まらないでよー」

 

 そう言って律儀に礼を言ってくるミホコさん。ずいぶん申しわけなさそうにしてるのはたぶん、こないだリリーさんから聞いた話が関係してるんだろうね。

 

 なんでも寄付する額が多すぎて、僕が身を削ってやしないかって泣いたって話だし。少しばかりの恩返しのつもりなんだけど、どうも調子の狂う話ではあるよー。

 とりあえず茶目っ気めかして笑うと、さすがに泣き出したりはせずに笑い返してくれる。ただ、どうしても眉は下がってるねー。

 

 先代のメリー院長が借金の満額返済を機に引退して後、義理の娘であるミホコさんが院長職を引き継いだ。

 彼女も元々ここの孤児院の出なんだけど、独立してからは職員として働き、合間を縫って経営学や経済学を独学で学んで後を継げるよう頑張ってたんだからすごいよねー。

 

 昔はちょっぴりおっちょこちょいな新米先生だったのが、今じゃ立派な院長先生だもの。

 メリー元院長もそりゃ安心して後を託すよねー。あの人はあの人で今、悠々自適にご隠居さんしてるって聞いたしまたその内、お会いできるといいなー。

 

「それで今日はどうしたの? そちらの方は?」

「あ! そうそうそうだった。いや実はねー、こちらの女性、レリエさんについて相談したいことが一つあってー」

「ソウマくんのパーティーメンバーのレリエです、よろしくお願いします」

 

 思いを馳せているとミホコさんから用件を尋ねられて、慌ててレリエさんを紹介する。彼女についての相談が今回、ここに寄らせてもらったメインの目的なんだ。

 丁寧にお辞儀するレリエさんはなんていうか、所作の優雅さがまるで王侯貴族みたいにエレガントだよー。

 

 振る舞いの美しさについてはシアンさんやサクラさんも褒めてて、もしかして古代においては名のある貴族とかだったのかと一瞬思ったんだけど。

 なんでも古代文明においては結構な数の国がいわゆる身分制度を廃止してるそうで、彼女の振る舞いは誰しもが身につけるマナー教育の一環だそうな。

 

 なんともいろいろとんでもない話に、僕らは目を丸くしてはるか昔の文明に想いを馳せたのも記憶に新しいよー。

 こういうちょっとしたエピソードを聞くだけでも値打ちがあるんだから、そりゃー国や貴族も古代人の身柄を抑えたがるよねーと3人、感心とともに納得せざるを得なかったほどだ。

 

 ともかくそんなレベルでしっかりした所作を見せたレリエさんに、ミホコさんは慌てて立ち上がり居住まいを正して返礼した。

 貴族だかと勘違いしてるね、これは……本当はもっとぶっとんだ正体なんだから、世の中って未知ばっかりで面白いよー。

 

「ああ……これはご丁寧に。ありがとうございますレリエさん、私は当院の院長を務めておりますミホコと申します。いつもソウマちゃんがお世話になっています、よろしくお願いします」

「お世話だなんてそんな。むしろ私のほうが、数日前からずーっとお世話になっていまして」

「と、おっしゃいますと?」

「はい、実は私────」

 

 と、言うわけで事情をある程度説明。

 レリエさんが古代文明から蘇った人だということ、数日前に迷宮内で僕が見つけて保護したこと、結成予定のパーティー・新世界旅団に新人団員として入団したこと。

 

 そしてそんな中で、帰る場所のない彼女に旅団だけでなく、オレンジ色孤児院を戸籍上の住所や緊急避難先などの、セーフティネットとして利用したいということを話す。

 ミホコさんもさすがに目を剥いてビックリしていたけれど、つまるところ8年前の僕と同じようなものだからね。割とすぐに立ち直って理解を示してくれた。

 僕の時はめちゃくちゃ怯えてテンパってたのを思うと、年季や経験って凄いなーって思うよー。

 

「……事情は分かりました。そういうことでしたら私どもに断る理由はありません。何よりもソウマちゃんからの頼み事なんてめったに無いのですから、全力で応じますとも」

「ありがとうございます、ミホコさん!」

「いえいえ、はるか古代から時を超えて来られて、さぞ不安かとは思いますが……私達はいつだって温かいスープと毛布を用意して、あなたをお待ちしていますよ。もちろん、ソウマちゃんもね」

「ありがとー、ミホコさんー!」

 

 そして快くレリエさんを受け入れてくれたことにも改めて感謝するよー。昔のあんな僕でさえ受け入れてくれただけのことはあって、すごくすごーく優しくて温かい人達だねー。

 これで万一、新世界旅団に何か不測の事態があったとしても彼女はここを頼ることができる。寄る辺ない古代文明人の、現代における避難先にすることができるわけだね。

 

 ホッと一息つける。レリエさんが優しい瞳で、そんな僕の頭を撫でてくれた。えへ、えへへー!

 と、そんな時だ。さっきの職員さんがまたやってきて、ミホコさんに言うのだった。

 

「院長先生。15年前にここを巣立ったと仰る冒険者の方が、院長先生との面会を希望されているのですが……」

「15年前? ……誰かしら、私と同じくらいの世代だけれど」

 

 首を傾げるミホコさん。

 どうやら今日は千客万来って感じみたいだねー、この孤児院。




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タイトルホルダーだよー

 僕とレリエさんに続いての来訪者。それも15年前にこの孤児院を巣立ったという、いうなれば僕の大先輩さんとのこと。

 ミホコさんとほぼ同じくらいの年代だろうねー、どんな人だろ、気になるー。なんとなしワクワクしながら職員さんとミホコさんのやり取りに耳を傾ける。

 

「ミシェル・レファルと名乗る女性の方です。冒険者証を確認しましたがB級で、はるばるカミナソールからお越しのようで」

「ミシェル……ミシェル! 聞いた名前ね、たしかに私の友達だったわ。というかカミナソールって、ずいぶん遠くから来たのねえ」

「なんでもパーティーの都合で単身エウリデに来られて、そのついでに当院に寄ったとのことです」

 

 なるほど、どうやら嘘や騙りの可能性も低いみたいだ。本当にこの孤児院を出た方のようだね、しかも院長と同学年。

 とはいえカミナソールか、本当に遠くから来たねー……はるか海を越えた先にある大陸の西端、内陸にある大国じゃないか。

 

 距離の関係上エウリデそのものとはトルア・クルアを通しての貿易をそこそこやってるに留まっている、あまり馴染みのないお国だったと記憶してるよー。

 そんなところでB級になるまで冒険者をして、それでパーティーの任務か何かでこっちに寄ったってわけかー。

 

「そういうわけなら応接間に案内してもらえる? 私もすぐに行くから」

「分かりました、そうしますね」

「にしてもミシェル、Bランクかー……頑張ったのね、あの子も」

 

 そうとなればと一も二もなく応対する旨を告げるミホコさんが、懐かしげに遠い目をしてつぶやく。

 15年前の旧友かあ、そりゃ懐かしいよねー。しかもBランクってなかなかだよ、少なくとも相当な努力がないと到達できない地点ではあるし。

 

 僕もちょっと、気になってきたなあ。新世界旅団のメンバーとして、カミナソールの現状とかも聞いてみたいし。

 もしよければ僕も面談に相席させてもらえないかな、厚かましいかなー? レリエさんをチラ見すると、彼女も知的好奇心を刺激されたのかちょっとワクワクしてるねー。

 こうなったらダメ元で相談してみよっか!

 

「ね、ミホコさん。その人に僕らも会ってみたいんだけど、面会に同席させてもらえたりしないかなー?」

「ソウマくんとレリエさんが? ええと、どうしたの?」

「いやー、カミナソールのこととか気になるし。それにBランクの冒険者さんだから、レリエさんにも見てもらいたいしー」

「お恥ずかしながら登録したてのFランなもので。一人でも多くの先輩から学ばせてほしいんですよ」

 

 息もピッタリに二人で頼み込む。せっかくの機会だ、逃す手はないよねー。

 キョトンとしているミホコさんだけど、特にレリエさんのためというところで得心したみたいだ。事情を知れば右も左も分からない新米冒険者の古代人だもの、少しでもためになりそうな機会があるなら経験させてあげたいって思うのが人の情ってやつだよねー。

 

「そういうことなら構わないわよ。ただ、向こう方が席を外してほしいと言うなら退席してもらわないとだけれど」

「そこはもちろん従うよ」

「私達もそこまで厚かましくありませんからね。ありがとうございます院長先生」

「いえいえ。それじゃあ行きましょうか、もうミシェルさんも面会室にいるでしょうし」

 

 快く受け入れていただいてみんなで部屋の外に出る。入れ違いに別の職員さんに子供達をおまかせするんだけど、みんな僕らがいなくなるのを寂しがっていたのが印象的だ。

 一人ずつ軽く頭を撫でて慰めながらも、後ろ髪を引かれる思いを振り切って面談室へ向かう。階段を降りて一階、真っ直ぐ伸びる通路の中央部の部屋だねー。

 歩きがてら、軽くレリエさんに説明する。

 

「Bランクってことは、世界各地の迷宮にもそこそこ潜れるだけの実力があるってことになるね。たぶん、迷宮攻略法も一つくらいは習得してるんじゃないかな」

「迷宮攻略法……迷宮を攻略するために体系化された戦闘技術の総称、よね。大迷宮深層調査戦隊が編纂したっていう」

「そだねー。初めて会った時にもいくつか見せたと思うよ、身体強化とか重力制御とか、あと威圧とかね。あーゆーの」

「人間業じゃないと思うんだけど、あれ普通に身につけられる技術なんだ……」

 

 冒険者のランクって実力とか依頼達成状況、人間性や社会性なんかを総合的に見て決められるものなんだけど、最近だと特に重要なのが迷宮攻略法の習得状況だったりする。

 一つでも身に付けてたら大きく査定にプラスされるからねー。Bランクともなれば当然何かしらは持っていてもおかしくないとされだしている今日このごろ、ミシェルさんって方もたぶん威圧なり身体強化なりくらいは持ってるんだろうね。

 

 すでに僕が使うのをいくつか見てるレリエさんはなるほどと頷きつつ、それじゃあと尋ねてきた。

 

「迷宮攻略法って全部でいくつあるの? ちなみにソウマくんはそのうちどれを使えるのかしら」

「今のところ7つだねー。僕はどれが使えるっていうか、全部使えるよー」

「……………………え? そ、それってめちゃくちゃすごいんじゃ」

「少なくとも3年前の時点では、僕とレイアしか迷宮攻略法をコンプリートした、通称"タイトルホルダー"はいなかったねー。今はどうか知らないけどー」

 

 調査戦隊でも別枠扱いだった僕と、リーダーとして誰よりも精進し続けていたレイア。この二人だけが当時、7つ編み出されて体系化された技能群をすべて習得できていたんだ。

 他のレジェンダリーセブンはそれぞれ得意な方面の技術に特化してたし、複数習得してたリューゼやミストルティンとかでも3つが限度ではあったしねー。

 

 3年経過した今ならもしかしたらタイトルホルダーも増えてるかもしれない。その辺も聞きたくてミシェルさんにエウリデの外のお話を聞きたいところもあるわけだね。




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質問するよー?

 辿り着いたに面会室、ミホコさんが先頭に立ちドアをノックをする。中にはすでに誰かいるっぽくて、微かに気配を感じるねー。

 失礼します、とドアを開ければ中に入る。ミホコさん、僕、レリエさんの順だ。次々入れば室内のソファ、座っていた女性が立ち上がって出迎えてくれた。

 院長としてミホコさんが口を開く。

 

「大変お待たせしました、当院院長のミホコ・ナスターシャです──」

「ミホコ! やっぱりミホコだ! 懐かしい、久しぶり!」

「────ミシェルちゃん!」

 

 丁寧な挨拶と束の間、すぐに女性が興奮したように叫んだ。

 ベリーショートの小柄なお姉さんで、狩人めいた軽装のラフな格好だ。かなりの美人さんだねー。

 どうやら彼女がミシェルさんらしい、ミホコさんが途端に院長としてでなく孤児院出身の子供としてはしゃぎ始めた。

 何年ぶりか、下手すると15年ぶりの再会って感じかー。

 

「ああ、なんて懐かしい! 元気にしてくれていたのね、ミシェルちゃん!」

「もちろん! ミホコこそ、院長先生だなんて立派になって……! それにこの施設! 前とは比べ物にならない、いつの間に新築を?」

「去年よ、うふふ! 素敵な冒険者さんに資金援助いただいて、借金だって完済していただけたの! おかげさまで今じゃすっかりまともな運営ができているわ!」

「えっ……そ、そうなの!? そんな奇特な、聖人みたいな冒険者がいるんだ……」

「えへへ!」

 

 唐突にめっちゃ褒められて照れちゃう! えへへ、聖人だってさ、この僕が!

 急に声を上げて笑いだして、あまつさえ頬を染めて頭を掻く僕は当然ながらとてつもなく目立つ。悪目立ち。ミシェルさんは旧友との再会に水を差した子供の存在に、今気づいたようで戸惑いながらもミホコさんに尋ねた。

 

「えっと、孤児院の子? 見た感じ年長組さんみたいだけど、まさかあなたの娘とか言わないわよね?」

「ちょ……ちょっと! その子が今言った、素敵な冒険者さんよ! ちなみに男の子ね? そこは気にしてるから間違わないであげて!」

「………エ"ッ"」

「男ですー……15歳冒険者ですぅ……!」

 

 ああああ娘さんって呼ばれちゃったああああ! マントで身体を隠してもないから体格で分かるだろーって思ってたのにいいいい!

 しかもサラリと年長さん扱いされてるよー!? 概ね6歳から10歳くらいまでの年代を差す呼称だけど、僕15歳ですけどー!! 普通に独立しててもおかしくないし、なんならもう独り立ちしてますけどー!! けどー!!

 

 す、すごいよこの人、わずか一言で僕の繊細な心をズタズタにしてきたよー……破壊力抜群だ、がくーっ。

 その場に膝から崩れ落ちる僕をレリエさんが慌てて支える。ミホコさんは苦笑いしつつミシェルさんを見てるし、空気が一気に変な方向にいっちゃったよー。

 

「大丈夫、ソウマくん!? 傷は……心はともかく身体は無事よ、安心して!」

「あのね、ミシェルちゃん……この子、ソウマ・グンダリくんはこれで孤児院の借金を完済してくれたり新築費用も出してくれた大切な人なの。何よりも私達と同じでこの孤児院出身の子だから、あまり侮辱するような物言いは止めてもらえるかしら……」

「こ、この子が!? ごめんなさい、ついうっかり見たまま思ったままを口に!」

「ああああ偽りなき真実の感想うううう」

「!?」

 

 完全に素のリアクションってことじゃん! 余計に酷いよ、フォローになってないよー!

 今度こそ完全に撃沈したよー、しばらく立ち直れないからレリエさんあとはよろしくー。介抱してくれるレリエさんにそっと身を委ねる。

 

「あ、い、いやその! ────って、ソウマ・グンダリ!?」

「え?」

 

 思わぬ失言にあたふたしている様子のミシェルさんだったけど、いきなり何が引っかかったのか僕の名前を叫んで驚く。

 何、どしたのー? と力なく彼女を見ると、目を見開いてわなわなと震えつつも、僕を指差し弱々しく言った。

 

「ソウマ・グンダリって……まさか、まさか冒険者"杭打ち"!? なんでここに!?」

「…………誰から聞いたのかなー?」

「っ!?」

 

 いきなり僕の素性を当ててきた彼女に、そっと軽い威圧を与える。唐突にずいぶん怪しいこと言うよね、このお姉さんってばー。

 

 傷心もそのままにレリエさんから離れて立ち上がる。その間もずっと、威圧は与えたままだ。

 どうにか自分の威圧で中和しようとしてるみたいだけれど、たとえ軽くてもBランクの人にどうこうできる程度のプレッシャーじゃないんだよ、僕のはさ。

 身動きの取れない彼女に近づき、じっと顔を覗き込む。

 

「こ、れは……! この威圧、この強さは……!?」

「どうしてあなたが"杭打ち"について、そんなところまでご存知なのかなー? いくらなんでもカミナソールの一冒険者の耳にまで入るほど、迂闊な振る舞いはしてないつもりなんだけどー」

「…………!!」

「誰から聞いたんですか? 悪いようにはしませんから、お教え願いたいですねー」

 

 直球で聞く。まず間違いなくこの人にいらないことを吹き込んだ人がいるはずなんだ。

 元調査戦隊メンバーか、はたまたエウリデの高官なりか。少なくともこのどちらかとは繋がりがあるはずなんだよー。

 

 じっと見つめる。別に黙秘したところで何かする気はないけど、こういう時は威圧をかけてただジーッと見つめるのが効果的だってウェルドナーのおじさんも言ってたしね。

 そしてさすがと言うべきか、ミシェルさんはすぐに詰問に屈してくれた。

 自分の持つ情報の出処がどこからなのか、あっけなく吐いてくれたのだ。

 

「わ、私の、所属するパーティーのリーダー……! 誉れあるレジェンダリーセブンが一人、"戦慄の冒険令嬢"! リュ、リューゼリア・ラウドプラウズ様から話を、話を聞いていましたっ杭打ちさんっ……!!」




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元仲間の仲間だよー

 ミシェルさんに僕の、というか"杭打ち"の正体を伝えたその人の名前を聞いて、真っ先に思ったのがまたか! って気持ちだ。

 "戦慄の冒険令嬢"リューゼリア・ラウドプラウズ。レジェンダリーセブンの一人にしてかつては調査戦隊の中にあっても最強格として扱われていた、Sランク冒険者だねー。

 

「リューゼのパーティー、今カミナソールにいるんですか? ……ていうかペラペラと喋ってるんですかねー、あいつ」

「あっ、いえ! 一応パーティーの幹部クラスにだけ酒の席でコッソリと! かの調査戦隊最強とされた"杭打ち"の正体はソウマ・グンダリなる少年、少年? であると仰られていました!」

「なんで少年であるところに疑わしさを抱いてるのかしら……」

 

 そんなリューゼのパーティーに属しているらしいベリーショートの女冒険者は、興奮とも畏怖ともつかないキラキラした目で僕を見て言う。

 レリエさんの言うように、この期に及んでなんで少年ってところに首を傾げてるんだろうねー? 場合によってはこの場でギャン泣きするよー?

 

 ちなみに一応威圧は解いてある。リューゼの縁者ならあまり、乱暴なことをするのもまずいし、何よりミホコさんの目も怖いからね。

 彼女も僕が正体を隠して活動してることは承知なので、あっさり言い当てちゃったミシェルさんに対しては吹聴しないよう言い包めてくれたけど……とはいえ旧友を威圧で脅されるのも面白くはないだろうし。

 

 さておき、リューゼがまさかカミナソールにいるとは思ってなかった。あいつ山と海なら海! ってことあるごとに言ってたのに、なんでまた内陸国を拠点にしてるんだろう?

 ミシェルさんにいろいろ尋ねてみると、彼女はハキハキした声で喋り始めた。

 

「リューゼリア様は調査戦隊解散後、各地を転々としつつ仲間を集め、冒険者パーティー"戦慄の群狼"を組織されました! そして2年前に内戦状態だったカミナソールに辿り着き、反乱軍側に与して圧政を強いる政府軍を打倒、あっという間に新政府樹立の立役者になられたのです!」

「…………えぇーっと。冒険者、パーティー、だよねー?」

「なんで革命の手伝いしてるのかしら……」

 

 カミナソールが内戦状態ってのも知らなかったけど、それをなぜかリューゼ率いる"戦慄の群狼"なるパーティーが主導的立場で成し遂げたってこともまったく知らなかったよー。

 迷宮や冒険ほっぽらかして何してるんだろうね。前から気の向くままにわけの分からないことをするやつではあったけど、これはとびきり理解不能だ。

 

 さしものレリエさんもミホコさんも絶句してドン引きしている。ミシェルさんだけだよ、やたら自慢げに誇らしげにしてるのは。

 そして彼女は続け、胸を張りつつ説明するのだった。

 

「そこから今日に至るまでカミナソールを拠点として冒険活動を行ってきましたが、つい先般こちらの町にて、気になる事件が起きたとの情報が入り……リューゼリア様直々の命令で不肖、このミシェルが先遣を務めに参った次第です、杭打ちさん!」

「そ、そうなんですかー……気になる事件?」

「はい、他ならぬ杭打ちさんのことです! 調査戦隊解散以降、完全に鳴りを潜めていた冒険者"杭打ち"が騎士団長ワルンフォルースとSランク冒険者サクラ・ジンダイを相手に大暴れし、直後に新世界旅団なるパーティーへの参加を表明したと! そのような報せが冒険者新聞にて届き、動いた次第です!!」

「えぇ……?」

 

 誰だよー! 余計なニュースを国外にまでばら撒いたのはー!

 って、言うまでもなく冒険者新聞を発行している冒険新聞社の連中だねー。ギルドで酒を飲んでる酔っ払いに金を払って、あの茶番についての詳しいところを聞き出したと見たよー。

 

 冒険者絡みのスクープを漁っては記事にして世界中にすっぱ抜くハイエナ記者連中は、冒険者達からマジで嫌われていながらも普通に近づいてきてはスルリと懐に入って気を許させて情報を得る手練手管からまんま蛇って揶揄される面倒臭さのプロだ。

 僕もかつては正体を暴こうとした記者につきまとわれたもんだよー。面倒だからサクッと撒き続けてたら数ヶ月くらいで去っていったけど、こう来るかぁ……

 

 頭を抱える僕に、反面にやけに嬉しそうな顔でミシェルさんが話を続ける。

 

「我々"戦慄の群狼"はその報を受け、即座にエウリデに拠点を移すことを決定しました! リューゼリア様の鶴の一声で、新世界旅団なるパーティーを見定める、場合によっては杭打ちさんを取り戻すと仰ったのです!」

「取り戻すって……あいつのものになった記憶なんて一瞬もないのにー……」

「そしてそのためにも一足先に情報収集役が必要ということで私が遣わされました! 故郷ですし、情報部のリーダーということもありますので! まさかこのような形でお会いできるとは思いもしませんでした、杭打ちさん!」

 

 キラキラ輝く笑顔は元気そうでよろしいけれど、来るのかーリューゼ……騒がしくなりそうだよー。

 というか冒険者新聞で出回っちゃってるってことは、世界中の冒険者達がもうすでに知ってるってことかー。うーん、なんか嫌な予感しかしないよー。




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冒険者トップ層の現状だよー

 世界中に知れ渡ってたこないだの茶番と僕の新世界旅団加入の件。

 それを受けてわざわざはるか海の向こうのカミナソールから、リューゼがパーティーを率いてやってくるそうな。なんともはやご苦労様なことだねー。

 

 みんなソファに座ってミシェルさんのお話を聞く。リューゼについてはレリエさんはもちろん、ミホコさんも面識はないんだけれどかつて僕が在籍していた調査戦隊絡みのことだからねー。

 そうでなくとも冒険者なら調査戦隊の話は、たとえ関係なくても聞いて損はないって思う人が多いし。僕と関係のあるお二人からしたら、余計に好奇心を掻き立てられるのかもしれなかった。

 

「私の任務は杭打ちさん、および新世界旅団の様子を確認、観察と、リューゼリア様率いる"戦慄の群狼"本隊に報告することです。よもやこのような形で接触するとは思いませんでした……スラムの孤児院出身とは聞いておりましたので、不思議とは思いませんが」

「大分いろいろ喋ってくれてるねー、リューゼ……」

「飲みの席では特に、あなたのことを中心に話していますよ。自分と唯一同等以上に渡り合う化物で、なのにまるで少女のように可憐な見た目をしている方だ、と」

「……………………」

 

 笑顔で話すミシェルさんには悪いけど、リューゼのやつが今ここにいたら殴りかかってると思う。あいつ何を言ってくれてるんだよー!

 まず第一に、あいつと同等以上に渡り合えるのは僕だけじゃなかった。レイアは明確に格上だったし、少なくともミストルティンは互角だった。条件が整えばワカバ姉も十分戦えたと思う。

 

 だのになんで僕だけ指して化物呼ばわりするのさ! しかも少女みたいな見た目なのにって! 僕は男だよー!

 ……当時は今より幼かっただろうから、黙ってたら万一くらいにはそう見えたかもしれないけれど。それはそれとしてこれには抗議するよー!

 

「り、リューゼに報告する時についでに抗議しといてもらっていいですかー?」

「えっ……え、わ、私からですか!?」

「"相変わらず羽毛より軽い口だけどそんなんでよくパーティーリーダーとかできるね。勝てないからって人のこと化け物呼ばわりするのダサいと思うんだけどどう思う? っていうか戦慄の冒険令嬢ってそれ何、いつからお嬢様になったのウケるー"……って伝えておいてくださいー」

「無理ですよ!? リューゼリア様はその手の悪口、たとえジョークや軽口でも本気で受け取るんですから!!」

「知ってますー」

 

 口が軽いくせに軽口に本気でキレるんだからちょっとどうかしてるよねー。しかも3年経って直ってないとか、今もう20歳くらいでしょうに何をしてるんだかー。

 とはいえあんまりミシェルさんを困らせるのも本意じゃないし、僕はからから笑って言い繕う。

 

「まあまあ冗談ですよミシェルさん。どうせ来るなら直接会って文句つけますよー、リューゼがどのくらい強くなったかも気になりますしねー」

「あのリューゼリア様に、そこまで対等以上に言えるのもあなたくらいのものでしょうね、杭打ちさん……さすがは世界に3人しかいないとされる、迷宮攻略法タイトルホルダーに数えられるだけはあります」

「3人……一人増えたんですね。僕とレイア以外に誰が?」

 

 タイトルホルダー、すなわち迷宮攻略法をすべて習得した人が僕とレイアの他にもう一人生まれていたことに驚きつつ尋ねる。

 世界中に伝播して3年にもなるんだ、すべて習得してる人がいてもおかしくはないのかな。僕もレイアも2年未満でコンプリートしてるしね。

 レジェンダリーセブンの誰か、それこそリューゼだったりするのかなーって思ってたら、ミシェルさんはまるで全然知らない人の名前を挙げてきた。

 

「デルフト・ドットというSランク冒険者ですね。調査戦隊にこそ加入しませんでしたが、地元ラズグリーズ王国の迷宮を軒並み踏破したとされるトップクラスです」

「へえ……意外って言ったらそちらの方に失礼だけど、正直リューゼかミストルティン、そうでなくともレジェンダリーセブンの誰かが3人目になると思ってました」

「少なくともリューゼリア様は悔しがっていましたね。余所者に先を越されたと……以前にお会いした、レジェンダリーセブンの"鉄拳"こと、ガルドサキス・エルドナートさんも同様でした。御方は実際にデルフトさんに会って、実力伯仲の様相を呈したとか」

「ガルドサキスが? それはまた……」

 

 聞いたこともない名前の人だけど、レジェンダリーセブン随一の肉弾戦特化のガルドサキスと同等ってあたり相当な使い手だね、そのデルフトさんって方は。

 ただ、すべての迷宮攻略法を使いこなせてるってわけでもないみたいだ。僕やレイアよりかは幾分、習熟できてないと見るよ。

 

 本当にすべてを使いこなせているなら、たぶんタイトルホルダー同士じゃないと勝負にならないはずだしねー。

 習得したっていうのと実際に戦闘で活かせるかってのはまた、別問題だし。すべての攻略法に精通はしてるけど、それらを使いこなせてるわけでもないって段階なのかな。




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模擬戦するよー

「あ、あの杭打さん。せっかくお会いできましたのでぜひともお願いしたいことがありまして」

「お願いー?」

 

 リューゼについての話もそこそこにしていると、ミシェルさんが急におずおずと、緊張した様子で僕に向けて挙手をして発言の許可を求めてきた。

 なんだろ、何かお願いごとかな? リューゼの好もあるし、ある程度なら聞いちゃうよー。

 

 そう言うと彼女の顔は途端に明るくなった。よっぽど変なお願いごとでもしてきそうな気配だ。

 ちょっぴりだけ身構えてると、ミシェルさんはやがてそのお願いとやらを話し始めた。

 

「その、一手御指南賜りたく! 我らがリーダー・リューゼリア様をして勝てなかったと仰るほどの伝説的最強の冒険者に、ぜひ今の私の実力についてご助言いただければと!」

「あ、いいですよー」

「軽っ」

 

 思ってたよりはるかに普通なお願いごとだ、良かったー迷宮最深部まで連れて行ってくれとかわけ分かんない話じゃなくてー。

 即答で頷くとレリエさんが唖然とした様子で呟いた。そりゃ軽いよ、高々模擬戦するくらいだしねー。それに向上心のある冒険者さんみたいだし、僕としては断る理由なんてどこにもないよ。

 

 返答を受けてミシェルさんがパァっと輝く笑みを浮かべてくれた。いい笑顔だ、素敵だねー。

 

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」

「僕は今からでも構いませんよ。ミホコさん、外の運動場使っていいですかー? 後片付けはしっかりやりますしー」

「え。い、いいけど……大丈夫なの? ミシェルはBランクよ、相当な手練の冒険者だろうし、ソウマちゃん怪我するかも」

「そっち!?」

 

 思い立ったが吉日、すぐにやろうかとミホコさんに伺いを立てたらなんか、へんてこりんな心配をされちゃった。見ればミシェルさんも唖然として院長先生を見てるし。

 そういえばリリーさん言ってたなあ、この人ってば僕が調査戦隊でも最強格だったってのをイマイチ、信じてないって。またまたそんなことあるー? って思ってたけどマジみたいだよー。

 

「ミホコ、自分で言うのもなんだけど心配するのはむしろこっちのほうなんだけど……」

「えっ……いやでも、ソウマちゃんはまだDランクだし。調査戦隊で強かったって話も、こんな可愛くて小さな子が最強って言われてもイマイチ、ピンとこないし……」

「せめて可愛いはやめてほしいですー……」

「あっ、ごめんなさい! ええと、その、ほ、ほんわかしてる? わよね! ソウマちゃん!」

 

 ああああなんのフォローにもなってないいいい! ほんわかって何いいいい!?

 もーちょっとあるでしょこう、カッコいいとかダンディとか渋いとかイケてるとかイケメンとかイケメンとかイケメンとか! なんで可愛いかさもなければほんわかの二択なのー!?

 

 理不尽極まる僕への表現の狭さに思わずガックリする。言っちゃった張本人のミホコさんはアワワワってなってるし、レリエさんは苦笑してるし、ミシェルさんはえぇ……? ってドン引きしてるしー。

 収拾つかないよこれー。どうにかメンタルを立て直してついでに立ち上がる。

 

「うう、行きましょうかミシェルさん……ちょっと僕も身体を動かしたくなってきました……」

「エ"ッ"……あ、あの、当然手加減はしていただけるんですよね?」

「ある程度はしますけど、最初からそれありきで期待しないでほしいですねー」

 

 なんかお願いしといて甘いことを言い出したミシェルさんにやんわり釘を差す。そりゃ、あくまで指導って体だし加減はするけど、ハナからそれを前提にするんだったらやらないほうがマシだよー?

 あ、ミシェルさんの顔が盛大に引きつった。リューゼ以上の僕がそんなに優しくする気がないって思って、血の気が引いてるみたいだ。

 

 おかしいな……この手の模擬戦とかって話だとリューゼのほうがまるで遠慮しなさそうなんだけど。

 疑問に思って尋ねてみると、むしろミシェルさんたらキョトンとして、何言ってんのかなこの人的な視線を寄越してきた。

 え?

 

「リューゼリア様は実戦こそ苛烈ですが、模擬戦や演習では非常に丁寧、かつ柔らかに教えてくださいますが……調査戦隊時代はそうでなかったのですか?」

「さ、さあ? あの頃はむしろリューゼのほうが、レイアとかウェルドナーのおじさんとかワカバ姉から教わる側だったから。思えば誰かに何かを教えてるところなんて見たことないなー……」

 

 なんとなく、素の性格がとんでもなくワイルドだったから教え方もヤバいのかと勝手に思い込んでたよー。

 割と温厚なんだねごめんリューゼ、今度会ったら謝ってみよう。

 

 ちなみにレジェンダリーセブンどころか調査戦隊内で一番指導者として苛烈だったのはやはりワカバ姉だね。

 リューゼなんかあんまりな言い草を喰らってブチギレて殴りかかってたくらいめちゃくちゃだった。一番紳士的だったウェルドナーさんまでたまに激怒する物言いだったんだから怖いねー。

 

「…………サラッとレジェンダリーセブンの半数以上の名前が挙げれられましたね。正直に、興奮を禁じえません。本物の杭打ちさんに今、貴重な機会を頂いているのですね……!!」

「え? そ、そう……ですかー」

 

 いろいろ思い出してたら、ミシェルさんが感激した様子で震えていた。

 そんなリアクションされるのは意外だよー……喜んでいい、のかなー?




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瞬殺だよー

 ミシェルさんのお願いを聞く形で、彼女と模擬戦を行うことになった僕。時間的には全然余裕あるし彼女もやる気出しでとりあえず外に出て、お互い準備することにした。

 玄関に出て帽子にマントを装着して杭打ちくんを手に取る。いつもの"杭打ち"スタイルだねー。一方でミシェルさんはというと、同じく玄関に立てかけていた武器を手にしていた。

 

「……それ、リューゼのお下がりですよね?」

「あ、はい! どうしてもとお願いしまして、譲っていただきました! まだ使い始めて1ヶ月かそこらですけど……ちなみにそれまでは槍を使っていました!」

 

 嬉しそうに語る彼女の、背丈よりはるかに長い柄と刀身。まるっきり体格に合わない超巨大な武器は、僕にも見覚えがあるものだ。

 調査戦隊時代にリューゼが使っていた、ザンバーって名前の武器だね。槍と大剣の間の子みたいな形状で、大雑把なデカさに見合うだけの破壊力とリーチを誇る兵器だ。

 

 これ、身長が2mを超えているリューゼだから無理なく扱えるスケールの武装なんだけど……僕と同じくらいかもうちょっとあるにしても、精々1m55cmくらいのミシェルさんが使うのはだいぶ無理があるよー。柄だけで彼女の身長を大幅に超えちゃってるしー。

 観客のミホコさんやレリエさん、屋内から見てくる子供達に果ては警備の冒険者達までもが唖然とする光景。明らかに適切じゃない武器だよそれ、なんでそんなの使うのー?

 

「……まさかそれで戦っていくつもりなんですか?」

「ええ! リューゼリア様からは無理だから止めておけと言われているのですが、やはり憧れから使いこなせればという気持ちが抑えきれず……相談したところ、もしも杭打ちさんにお会いできたら模擬戦でもしてアドバイスをもらえと言われまして!!」

「あいつ、思いっきり丸投げしてきたよー……!」

 

 察するに、リューゼも無理矢理自分のお下がりを扱おうとする彼女に手を焼いてるんだね。それでエウリデに行く予定に合わせて、体よく僕に押し付けてきたっぽいよー。

 自分に憧れてこんなことしてる子だし、下手にキツイこと言って傷つけたくないのは分かるけど、そこはしっかり言わなきゃ駄目だよー……

 

 杭打ちくん3号ほどでないにしろかなりの重量だろうそれを、軽々とは言わないまでも両手で普通に持ちあげているのは、間違いなく迷宮攻略法の一つである身体強化を駆使してるね。

 なまじっか持ち上げて振るうくらいならできるから、余計に使いこなしたくなってると見たよ。マジで持てなかったら諦めるだろうしね、さすがに。中途半端に持てちゃうから諦めきれないわけかー。

 

 うーん、悩むなー。

 はっきり言ってそんな武器さっさとお蔵入りにして、身の丈に合った武器を使うほうがよほどいいんだけど、本人にそのつもりがサラサラないみたいだしねー。

 かと言って彼女の体格でザンバーを扱うにはとにかく背丈が足りない。マジで足りない。こればかりは物理的な原因なので僕にもどうしようもない。

 

「うーん……まあ、こうしていても始まらないし、と」

「っ……!!」

 

 とりあえず今現状、どのくらい使いこなせるかを確認してみようかな。それによってちょっと、方針を考えてみよっかー。

 杭打ちくんを構える。持ち手を前に出していつでも動けるように前傾姿勢、これでいつでも誰とでも殴り合いができるよー。

 

 同時にミシェルさんもザンバーを構えた。腰を落として足を開いて、横薙ぎの斬撃を始動にするのが丸わかりな体勢だねー。

 お互い、十分な距離を取って見合っての状態。このまま硬直するのもなんだし、僕から彼女に話しかける。

 

「とりあえず撃ち合いましょうか……初手譲ります、いつでもどうぞー」

「ありがとうございます、杭打ちさん。リューゼリア様以上のお相手と見込み、今しばらく胸をお借りします……!!」

 

 気合十分、でもそれ以上に警戒心マックスで僕を窺う。リューゼ相手に模擬戦する時以上に、本気で来るみたいだねー。

 

 少しの静寂。

 観客が固唾を呑んで見守る中──

 

「────でぇいやぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 野太い叫びとともに大きく踏み込んで加速し、半ば突撃めいた勢いでミシェルさんが迫ってきた!

 同時に、すでにサンバーは横薙ぎに弧を描く軌道で振るわれている。僕を目掛けて飛んでくる!

 

 だけど甘いよ、対応できないわけがないんだ。

 一切問題なく僕は杭打ちくんを軽く振るった。狙いはミシェルさんのザンバー、攻撃軌道に真っ向からかち合うように殴りつける!

 

「…………!!」

「!? 合わされ、たぁっ!?」

 

 見るからにこう来るだろうなーって軌道をドンピシャで、馬鹿正直に沿ってくるんだからこんなもん合わせられなきゃ嘘だよー。

 殴りつけた杭打ちくんは当然、ザンバーを簡単に打ち負かして吹き飛ばす。合わせてミシェルさんの体勢も崩れたところをすかさず顔の手前にジャブを寸止めする。

 はい、とりあえず一度目の決着。僕の勝ちー。

 

「…………一度目、終わり」

「ぁ、う……ま、参りました」

 

 突きつけられた杭打ちくんの迫力と僕の言葉に、さしあたり初戦の敗北を認めて項垂れるミシェルさん。

 5秒程度のやり取り。だけど今ので十分に、彼女の課題が見えてきたよー。




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ちょっと試すよー

 眼前に突きつけられた杭打ちくんの迫力に硬直する、模擬戦相手のミシェルさん。

 ザンバーを使った基本の斬撃って感じでそこは普通にいいんだけれど、それ以前のところで率直に言うけどダメダメだねー。

 

 これ、割と深刻な問題だろうしちょっと方針変えて厳し目に言わせてもらおうかな? せっかくの機会だし、ミシェルさんのためになることを言ってあげたいしねー。

 杭打ちくんを下ろす。やがておずおずと立ち上がりザンバーを回収する彼女を見つめて、僕は告げた。

 

「……動きがどうとか威力がどうとか、速度がどうとか以前にそもそも意志が薄い。見た目こそ大層だけど、結局様子見で打った以上の攻撃じゃなかったでしょ、今の」

「う…………!?」

「怖くもなんともない。身の丈に合わない武器を使うのに、せめて意気地で勝とうってところがない。リューゼリア以上の相手ってことで、ハナから勝てない気持ちでいるからこうなる」

 

 迫力こそすごいけど速度はないし威力も低いし、何より絶対に勝つ、殺してでも勝つって怖さが一つもなかったんだよね、さっきの横薙ぎ。

 仮にこれがリューゼなら今の一撃目で、僕の命ごと素っ首を刈り取るつもりで来るんだよ。たとえ模擬戦でもね。そこまでやれとは言えないけれど、あんまり意気もなく仕掛けられたって言えることなんて一つしかないんだ。

 

 

 すなわち……やるってんならちゃんと殺るつもりで来いよってこと。

 

 

 模擬戦だろうが手を抜いてるんじゃ、何をどう言おうがあなたのためになんてこれっぽっちもならないんだよーってことだねー。

 心情を言い当てられて図星だったのか、ぎくりと固まるミシェルさんへと続けて言う。

 

「リューゼの武器を継ぐんなら、誰相手でも初手から殺し切るつもりでいかなきゃ。あいつのザンバーはそういう性質の武器ですよ、ミシェルさん」

「…………失礼しました。つい、模擬戦だからという甘えと、その、どうせ勝てるはずがないという、諦めで振るっていました」

「厳しいこと言いますけど、それじゃ同格以下はともかく格上には一生勝てないですよー? 模擬戦にかこつけて僕のこと暗殺してやろうってくらいの勢いはほしいですねー」

「無茶なこと言うわね、ソウマくん……」

 

 レリエさんの呆れたようなつぶやきが耳に入る。実際にできるかどうかは別にして、せめてそのくらい殺る気満々で行かないと実力以上の力を出すなんて無理筋ってことですよー。

 まあ、今すぐに意識を切り替えるってのも難しいとは思うし。とりあえず模擬戦だからとかって甘えは最低限、捨ててもらいたいよねー。

 

「……ま、その辺は撃ち合いの中で直していきましょうか。準備できたらもう一度、お願いしまーす」

「わ、分かりました! 今度は最初から、全力で当たって砕けます!!」

「当たって砕けるのは良くないんじゃないかしら、ミシェルちゃん……」

 

 ミホコさんが苦笑いして言うけれど、勢いとしてはそのくらいでちょうどいいよ。

 言っちゃ悪いけど僕のほうが確実に強いから、そういう相手をせめて気合の上だけでも上回るってことの意味を今日は再確認していってほしいねー。

 

 さて、二度目だ。また互いに構える。

 今度こそミシェルさんの全力が見られるね、お手並みはいけーん!

 

「────ッァアアァアアアアァアアアアッ!!」

「意気はいいね、今度は」

 

 絶叫に近い叫びとともに、またしても横薙ぎで斬りかかってくる。さっきと違って殺意と勢いを込めた、まあまあ怖さのある一撃だ!

 とはいえまた問題なく対応できるんだけど……ここはちょっと、試させてもらおうかなー?

 

「……そーい」

「っ!? 逸し──!」

 

 斬撃の軌道上に杭打ちくんを斜め気味に当てて、ザンバーの勢いを斜め上に逸らす。ちょうどこの間、シアンさんがリンダ先輩の大斬撃を逸らしたのと同じ塩梅だ。

 もちろんBランクな分、ミシェルさんの斬撃のほうがよっぽど逸らしにくいだろう。今現時点のシアンさんでは為す術もないと思うけど、いつかはこんな斬撃だっていなして見せてほしいねー。

 

 僕の頭上高くに切り上げさせられるザンバー、釣られてミシェルさんの体勢だって強制的に上段構えだ、つまりお腹ガラ空きー。

 僕が知りたいのはここからだ。リンダ先輩と同じような大斬撃使いでかつ、彼女より数段上の領域にいるあなたはこれをどう切り返す? ミシェルさん。

 ついつい浮かんじゃう、笑みを噛み殺しながらも問いかける。

 

「さ、どうするー? ……即応できなきゃ二度目もすぐに終わるよ」

「ッ! なんの!!」

 

 明らかに試しているのが知れたからか、激高して彼女は切り返しの動作に移行した。

 ザンバーの柄、遠心力で威力を高めるために深めに持っていたのを逆手に取って、いわゆる石突の部分を僕にまっすぐ突き返してくる!

 

「おっ……これは!」

「覚悟ぉぉおおおっ!!」

 

 槍使いがよくやる返しだ、これはリューゼにはなかったやり方だね! 思わず目を見開いて笑みがこぼれちゃう。

 一旦飛び退くでも無理矢理太刀筋を取り返すでもなく、自然な動きの流れで武器の構造を最大限利用してきた! いいねこういう合理的なの、僕は好きだよー!!




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