(短編版)内閣総理大臣秋津悠斗 (松コンテンツ製作委員会)
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第一次秋津政権
第一章•嚆矢篇


 18歳選挙権を待たずに政権与党保守党に心酔する高校生がいた。その名は秋津悠斗。

 スマートな体つきにやや青みがかった雅な髪の彼は麗しい琥珀色の瞳を持っていた。その瞳は政権の功罪にフィルターをかける。少年ゆえの純粋無垢な権威主義で内閣総理大臣だの日本国政府だのという壮大な響きに心を酔わせ、与党保守党が主催する幾多もの演説会、行事に足を運ばせていた。

 右翼かぶれの小僧、と高校の担任は煩わしく思う。

彼が憧れてやまない政治家は、その年も紅白幕を背景に一合桝を高らかに掲げる。

「2016年度桜を見る会の成功を祈り、乾杯!」

清酒をぐいと飲み干すのは物部泰三内閣総理大臣だ。

「乾杯!」

 悠斗は無邪気に顔を輝かせ炭酸水のグラスを高校の先輩らと交わしていく。

この首相主催の桜を見る会に参加している一万数千人もの大多数は政府高官、総理のお膝元山口県連の党員や、クールジャパン機構で蜜月関係にある芸能人で占められる。彼らに加えその身内にまで際限なく参加者を募ったものだから野党の追及の対象となりかけている。保守党衆議院議員秋津文彦を継父に持つとは言え高校生に過ぎない悠斗が入場できたのだから参加者は特にVIPには限定されていない。先輩の東城洋介、西村美咲もだ。

「税金の無駄遣いね」

高校の先輩にあたる洋介と美咲は政府関係者の身内であった。特に美咲はアイドルでもあるから芸能人枠とも言える。

「そう言うな。親父さんの立場もあるぞ」

美咲をたしなめる彼氏の東城洋介は幹部自衛官の息子で、自身も防衛大学校志望だ。

「だって地域振興の予算がその地域の会社をバイパスしてアイドルの全国ツアーに投資されているんでしょ? 上の人たちがそんなことやってるくせにさあ、私たちは動員かけられて桜を見る会の賑やかしにされてるんだよ」

 実際、物部首相がUEN48グループと決めポーズを取ってお楽しみ中だ。

 美咲はプロデューサー春本健一の顔を思い出しながら甘いはずのジュースを苦そうに口に含む。未だ高校生でしかない彼女の青春がむさ苦しい男たちの欲によってアイドルとして搾取されているのはひとえに、首相官邸と春本事務所の癒着が大きい。

 物部首相が創設したクールジャパン機構は春本事務所など芸能事務所に税金を投入する引き換えにプロモーションを委嘱し、春本事務所はアイドルから労働力を搾取する。その接待役として白羽の矢が立てられたのが西村篤志内閣官副長官の娘、美咲であった。

このトライアングルを良しとしない政治団体が後に現れる。率いるは武家の末裔。その名は玉川芳彦、またの名を斯波高義というが、彼の義挙は当分未来の話。

来たるべき政権は秋津悠斗総理大臣と斯波高義副総理兼財務大臣を縦糸横糸として紡がれるのだ。あるいは政権の秘話は物部政権の光を追った秋津と影を追った斯波との二重螺旋とも言えるだろう。

 だが、今物部と握手し興奮しっぱなしの悠斗はまだ自身の激動の道を知らない。

 総理大臣から握手をしてもらえた!

 乏しいと言うよりは幼い人生経験しか持たない秋津悠斗には今はそれしか考えられなかった。

 

 

政治家を相手にし、時にスキャンダルの尻拭いをする官僚の帰宅は遅い。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 財務官僚の桜俊一が帰宅すると畳の藺草の香りが鼻を満たした。妻の花子が背広を脱がす。住まいも家族も純和風だ。

遅めの夕飯をとりながらお茶の間でテレビを点ける俊一。

画面の向こうでは、野党議員と官邸官僚がテーブルを挟んで対峙し、壁の野党合同追及チームなる張り紙が存在感を示す。悠斗が桜を見る会に参加してから3年後、野党の追及は激化していた。

その絵面の中に俊一の姿もあった。マイクを持ち俯き加減でレジュメに目を通す。

「東邦新聞政治部の磯月望子です。きょう国会第一議員会館では桜を見る会の疑惑に関して野党合同ヒアリングが開かれました。労働党から蘇我和成中央執行委員長。護憲民衆党から船橋喜彦幹事長、国政民衆党から矢本シオリ政調会長、令和奇兵隊から山彦太郎共同代表が参加しました」

「開催費用は特に2016年から2019年にかけての3年間に加速度的に膨れ上がり、参加費で足りない経費は官邸側が補填した疑いがあります」

 結局合同ヒアリングは2時間にも及んだ。

俊一はため息をつき、自身が悪役として報道されているニュースを消す。現在内閣官房に審議官として出向している彼は物部政権のスキャンダルで針のむしろだ。

「香子と凪子はどうしている?」

 俊一にはふたり娘がいて、姉を香子、妹を凪子と言う。

「凪子は部屋で受験勉強です。香子さんは寝ているのではないですか?」

花子にとって香子は連れ子だ。可愛くないのだろう。一方凪子は東大を志し、国家公務員を目指している。姉妹は比較されることが多かった。

「ちょっとふたりに声をかけてくるよ」

 凪子が部屋から顔をのぞかせる。

「あらお父様。おかえりなさい」

「ああ。ただいま」

 凪子はシャーペンを置き、顔に手をやりうっとりとした顔になる。

「聞いてよ、お姉様彼氏ができたみたいよ。年下みたい」

「ほう、身持ちが固いと思っていたが」

 続いて襖の向こうの香子へ呼びかけてみたが、返事はない。

 少しだけ襖をずらすと、香子はパソコンの前で突っ伏して寝ていた。

画面には秋津悠斗のSNSが映されていた。

 

 

将来の夢は?

そう悠斗が電子画面越しに訊ねると、香子は遠慮がちに図書館司書と答えた。

『でも図書館司書ってほとんど非正規なんだよね』

 これには人材派遣会社パーソナルリクルートサービス会長を務める竹内蔵之介元参議院議員が少なからず関わっている。まず経済学者としての竹内が国の借金を喧伝し緊縮財政を唱える。次に国の民間委員としての竹内が官公庁などの民間委託、雇用の規制緩和を実行する。そこで人材派遣会社会長としての竹内がすかさず名乗りを上げる図式が完全に出来上がっているのだ。

 職業に貴賎なしというが、司書は責任ある仕事だ。図書という人間の英知の結晶を扱うのだから。それが非正規なのだという。

一方自分はどうか。竹内が政府高官に抜擢されたのは、紛れもなく大泉政権、そして秋津が尊敬してやまない物部政権の時だ。責任の一端は保守党を支持している自分にもあるのではないか? 

恋人のささやかな夢を奪う政治こそ賤業に間違いない。

『俺の将来の夢は、政治家です。竹内を首にして貴女をファーストレディとして迎えに行く』

 メッセージを送り終えて、ふと冷静になる。

 なんて恥ずかしいメッセージを送っているんだ、俺は! 

 この過ちは電子画面越しにコミュニケーションを済ませるSNS世代ゆえか。

 赤面して七転八倒したが、意外にも香子は冷静だった。

『そう言えばジョーカー大統領も側近を首にしているらしいね』

 米国不動産王のワンマン大統領と比較され、言葉に窮した。

でもはっきり言ってくれる香子が好きだ。

『お父さんが国会議員だからホラじゃないことはわかるよ。だからこそ今の悠斗君、ちょっと怖いなあ。誰も逆らえないんだもん』

『……ごめんなさい』

 悠斗は素直に謝った。この素直さが年上の香子を射止めたのだろう。

「悠斗君、あなたはどんな政治がしたいの?」

 政治家になって何がしたいか。悠斗は答えられなかった。

『私からの宿題ね。総理大臣として何がやりたいか、何をやるべきか決まったら、ファーストレディになるから』

 



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第二章•邂逅篇

 

 秋津父子が演説場所を押さえに行くと護憲民衆党陣営が先に駅前ロータリーにいた。

「偵察行ってきます」

 幸い悠斗はそこまで顔が知られていない。そもそも顔が文彦と似ていないので気づかれないのだ。

「そんな大げさに構えなくていいが、まあついてきなさい」

 野党第一党護憲民衆党幹事長にして前内閣総理大臣の船橋喜彦がそこにはいた。

 演説場所の交渉に向かう最中、悠斗は文彦とはぐれてしまい、握手を待つ聴衆の列に阻まれる。そうこうしているうちに握手の順番が回ってきた。

「若い力を貸して下さい」

 船橋は片目を瞑ってみせた。

「どうぞ聞いていって下さいね」

 敵陣営だとばれたが、なんと船橋は演説を聞かせる度量を見せたのだ。

 船橋の演説は堂々と、それでいて言い含める落ち着きがあった。

「北朝鮮からミサイルが撃たれた時、物部首相は何をしていましたか?」

 花見! 聴衆が怒りを込めて投げられたボールを返す。桜を見る会のことだ。

 双方向の声が野党と市民を熱い塊に練り上げていく。

 正義感に満ちた演説に体に流れる血潮は熱くなるものの、すんでのところで保守党党員としての党派性が働き、悠斗は葛藤していた。自衛隊の強化を謳う物部が危機管理の立場から野党に批判されるのも情けない話だ。筋は通っているが今は素直に頷けない。

 演説を終えると、船橋陣営はロータリーから潔く引き揚げた。

「政治というのは、まあ単純な右左だったり与党野党の図式じゃないというこっちゃ」

 文彦は煙草を吹かしながら語る。

例えばとある市議会の候補には保守党から公認を得るにあたって二十人の党員勧誘ノルマが課せられる。結果公認を得た保守党市議会議員は2、3人。公認を得られなかった党員は隠れ保守党員となるのだ。

むしろ市町村議員には党派性を超えての仕事が求められるから保守党の色が邪魔になるのかもしれない。公民党や労働党は所属を明らかにするが。

これが都道府県議会、国会議員となるにつれて党のカラーが濃くなるのだ。

色は、派閥という形で党内でも分かれている。

 物部泰三総理大臣率いる最大派閥の静和会。

 青梅一郎副総理兼財務大臣率いる保守本流の志功会。

 岸本勇雄外務大臣率いる官僚出身の公池会。

 茂手木敏正経済産業大臣率いる叩き上げの平成塾。

 因幡守元幹事長率いる少数派閥の月光会。

 石井伸之元幹事長率いる少数派閥の未来政治研究会。

 そして御屋敷芳弘幹事長が率いる師範会に秋津文彦はいた。

 秋津文彦国土交通副大臣は保守党御屋敷派のニューリーダーであった。その彼は選挙カーの助手席から愛想よく手を振る。

 今日の主役は衆議院議員候補の秋津文彦と、応援弁士は自派の御屋敷幹事長と岸本派の森田正好農林水産大臣だ。

「マイクテストマイクテスト。駅前ご通行中の皆様、お騒がせしております」

 丁度その時、御屋敷幹事長を乗せた黒塗りのワンボックスカーが駅前ロータリーになめらかに滑り込んだ。

「やっば御屋敷さんはいけすかないなあ。都会と選挙区にばかり道路を通しているんだもんなあ」

 国土交通副大臣の秋津文彦の持論は地方分権であった。土木建設に関して、自治体の頭越しに国に陳情が上がることで撒き餌となり、それが中央の官僚の権限を強めている現状を憂いていた。

「オヤジ、そのマイク入ってます」 

サクラとして聴衆に混じった悠斗に言われ慌てる文彦。

「おっと!」

 保守党国交族として国土交通大臣、経済産業大臣、党総務会長、党幹事長を歴任してきた御屋敷芳弘は車の中で皺だらけの顔を歪めた。

 

 

 床の間に置かれた刀から、ここが武家屋敷であることはわかる。

「秋津君、この雰囲気を見て、かなり異様に感じているだろう」

 船橋喜彦の出身校でもある世良田大学への進学を控えた悠斗は美咲に連れられ、政治結社自由芸能同盟のアジトに足を踏み入れた。

 それから玉川は、美咲がかつて桜を見る会で不満を漏らしたように、クールジャパン機構を通じて如何に血税が春本アイドルグループ事務所、パーソナルリクルートサービスに流れているかを話した。

 秘密結社に誇らしく掲げられた家紋は、丸に二つ引き。

 政府だの幕府だのに詳しい秋津悠斗は閃いた。

「もしかして、斯波家の末裔の方ですか?」

「そうだ。わしは管領斯波家の末裔に当たる」

 密かに政権に反旗を翻すことを企てている玉川芳彦は、室町時代栄えた武家の末裔であったのだ!

「わしはな、武家の名門としての誇りにかけて、アイドルたちを救いたい。そのためにはやはり、春本を放逐する必要があると考えている」

 秋津は即答できなかった。

それからの一年、特に大きな選挙もなく、秋津悠斗は勉学に勤しむこととなる。

 秋津は、大学の助手を務め戦史の論文で学会の注目を集めた国枝晴敏、秋津の高校の後輩でギフテッドの柏木神璽と勉強会をしばしば開く。意見を戦わせ、将来の登用を約束した。   

両名は国枝防衛大臣、柏木外務大臣としてのちに秋津政権の双璧を成すこととなる。

 御屋敷芳弘の国交行政

 財務省の緊縮財政。

 竹内蔵之介による地域振興予算の割り振り。

 春本健一による女性の性的搾取。

 それが物部政権を取り囲む一連の闇であると気づいたとき、秋津悠斗は得心した。

保守党を内側から変えなければならない!

 そして政府だの総理大臣だの権威ばかり見るのではなく、問題点にも目を向けなければだめなのだ! と。

 悠斗より2歳年上の玉川は一足早く政権に斬り込んだ。

「次のニュースです。斯波家の子孫にあたる玉川芳彦氏がUENグループ、坂グループらアイドルグループの事実上の買収を発表しました」

記者会見場では、西村美咲が冷静に、だが熱を帯びて物部政権を糾弾する。

 女性への性的搾取は世論に火をつけた。まさに炎上だ。野党四党はこの機に乗じ内閣不信任決議案を提出。当時のゆ党である国政民衆党も女性弁護士にして代議士である矢本シオリが政権を追及。報復として官邸は矢本シオリの不倫スキャンダルを週刊誌にリークした。

 国政民衆党と自由芸能同盟は連帯し人事交流を重ねる。のちに玉川は斯波高義と改名し26歳で出馬した。

 政権へのダメージで物部の退陣は秒読みと思われたが……

 



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第三章•権力篇

 

 2020年2月11日。買収騒動から 1週間後、実に不思議な事件があった。

新時代の到来を告げる天からの啓示ともいえる。斯波一門に討ち取られかけた物部にとっては僥倖そのものだった。

未確認飛行物体、空飛ぶ円盤が地球に来訪したのだ!

日本、そして世界中大騒ぎとなった。円盤に皇居上空を占拠されたが、内閣総理大臣臨時代理となった荒垣健防衛大臣が戦闘機で蹴散らしてみせたのだった。

当時42歳の荒垣大臣をスターとして喧伝することで、物部政権は延命することとなる。

2020年9月。物部泰三内閣総理大臣辞任。激動の政局が始まった。

 最長任期の幹事長御屋敷芳弘の支持を得て内閣官房長官を務めた羽賀信義が出馬。

「私は秋田の苺農家に生まれました」

因幡守、岸本勇雄を下し、実務家庶民目線をアピールし当選した。

 羽賀政権は物部政権で関係が温められた新興国の南興社会主義人民共和国、通称南南興との関係を深化させた。

 羽賀信義内閣で秋津文彦は国土交通大臣に昇格。58歳で初入閣を果たした文彦は、日興友好議員連盟を発足。岸本派の岸本勇雄元政調会長、森田正好と酒の席を持つようになる。

その席で、党内の世代交代を訴える岸本らに感化され、派閥の脱退を考え始める。

もっとも、世代交代というのは実は方便で国交大臣として中国に土地が買われるあの問題に切り込むためでもあった。背景には親中派の御屋敷が2つの政権で幹事長の座に君臨し続けていることが大きい。親中かどうかはともかく首相在任中の物部が岸本を幹事長に推薦したところ御屋敷に阻まれたこともあった。何故幹事長ポストにこだわるのだろう?

岸本派の森田正好参議院議員が狙う衆議院鞍替えの公認を巡っても、政局争いが激化した。物部・青梅に毛利明税制調査会長を加えた通称3Ⅿは羽賀・御屋敷と火花を散らす。

「これは権力闘争です」

 青梅一郎副総理兼財務大臣が言ったその矢先、事件が起こる。

【NKHニュース速報:秋津文彦国土交通大臣、無人運転車プライムスの市街地実証実験で人身事故】

議員辞職には至らなかったものの、無人運転車の所管大臣として国交相を辞職せざるを得ない。文彦と悠斗は幹事長の陰謀におののいた。車に細工されて罠に嵌められたのだ。

幹事長には二種類のキャラクターがいる。自身も総理総裁を目指すキャラと、黒幕となり時のリーダーを動かすキャラだ。御屋敷芳弘は後者と言える。

御屋敷芳弘は次の主君を青山春之助とさだめた。

「さあ走ろう、あの夕日に向かって!」

 青山はまさしくそのような昭和の青春ドラマの主役を張り、歌手として活躍。政界に転身し、千葉県知事を3期12年務める。年配の有権者には人気のキャラクターだ。

昭和の青春タレントと最長任期幹事長の枢軸!

文彦の選挙区に青山を刺客候補として擁立。文彦の妻、つまり教職員組合の組織票によって辛うじて落選は免れていた。

羽賀政権も新型感染症対応で行き詰まり、2021年の秋に再度総裁選が行われた。  物部派から早乙女ミエ元総務大臣、岸本派から岸本勇雄前政調会長、青梅派から奥羽太郎元外務大臣、御屋敷派から青山春之助が出馬。

結局、党内融和を図る自然作用で保守党は中間派閥の岸本勇雄を顔に選んだ。

 

 

 秋津、玉川、そして系列の専門学生である美咲は世良田大学を根城とすることとなる。

「すっかり遅くなってしまったな」

 夕刻、大学図書館から本を借り、研究室に向かうのが彼らのルーティンであった。

 今日は物部政権の荒垣健防衛大臣直々の、真のリーダーシップは何かと問う濃密な特別講義であった。政経学部の秋津はもちろん、医学部の斯波も立ち見するほどだ。

「兄貴、俺はますます考えを強くしたよ。内側から保守党を変えないとだめだ」

 秋津は純粋だから特別講義で感化されたのだろう。

「やあ、面白い話をしているね!」

「荒垣防衛大臣!?」

 秋津と玉川がのけぞる。

「君たちが噂の秋津悠斗君と玉川芳彦君だね? せっかくだし党本部においでよ」

「お待ちください荒垣大臣。外部の方を入れる訳には……警視庁の藤原です」

 藤原永満なる私服警察官が見せたバッジは公安のものであった。

「ここからは公務ではない。党務だ。秋津君は党員だよね?」

「では止めません」

 藤原は引き下がった。

 煌びやかなネオンサインを背景に黒塗りのセダンが高速道路を走る。 

自らハンドルを握る荒垣健。政界の英雄を秋津と玉川は後部座席からまじまじと見る。ミラーで目が合い、慌ててそらす。荒垣は不敵に笑った。

 荒垣は航空自衛隊戦闘機パイロットとして東北の基地で飛び立てぬままに機体が津波に呑まれた過去を持つ。東日本大震災によって民衆党の政権運営に疑問を持ち三等空佐で退官したのち政界に転身。盟友で実業家の立花康平を事務局長に据えて改新党を結党する。

震災で死に体の民衆党政権はゆ党との連立を模索。船橋喜彦内閣で内閣官房副長官に抜擢され、物部政権以降も保守党政権で防衛大臣に在任している。

円盤襲来事案を契機に荒垣一派は保守党に合流。今、改新党は大臣はじめ副大臣、政務官を輩出する派閥の一つ、青嵐会となっている。

そんな英雄の彼ですら長老支配、特に御屋敷芳弘には苦しめられたという。

「派閥。長老支配。いずれも避けては通れぬ道だ。理想と現実の妥協点を探ることが大切なんだ」

車は千代田区の保守党本部に着いた。赤絨毯を若い足取りが踏みしめる。番記者はもう引き上げた時間だ。それに党本部は厳重に警護されている。

 あ、と悠斗は叫ぶ。

 車椅子に座るのはテレビでよく見知った顔だった。

「静和会の物部泰三です」

「同じく会長代行の西村篤志です」

 西村の娘の美咲もいた。

「玉川君のおかげで保守党は支持率下落。美咲さんの親父さんである西村代議士が派閥領袖に収まることで何とか持ち直した」

 物部は握手もせず切り出す。

「それはどうもすみません」

「玉川君、いや、斯波さん、責めているんじゃない」

「そして秋津君は、自身が紹介党員になることによって国政民衆党学生部、特に斯波シンパを保守党内に潜入させた。党内での発言力を高め国政選挙立候補のための勧誘ノルマは満たしている」

 秋津はうなだれた。

「だから、秋津君も責めているんじゃないんだって」

 物部は秋津の肩に手を乗せた。

 数をそろえてから長老を切り崩す、若き物部もよくやったことだ。

「世間は、政争に巻き込まれるリスクも知らないで世襲議員だから、若いからとレッテルを貼る。だが大事なのは、どうやって政治家になったか、ではなく、何をするために政治家になったか、だ」

 物部が発破をかけると、美咲が悠斗の前に歩み出る。

「秋津君、あなたはどんな政治がしたいの?」

 今、試されている。そう感じる。意を決して悠斗は口を開いた。

「物部先生、確かに大泉構造改革を引き継いだ物部ドクトリンで大企業の景気は良くなりました。行政の無駄を省き雇用を増やした。だが実態は図書館の司書や市役所の窓口に至るまで派遣や非正規になっている。私事で恐縮ですが私の彼女がそうです」

 物部の肉厚な顔が歪む。

「親中派の幹事長が道路行政を仕切りながら居座り、中国に土地が買われた。クールジャパン機構は女性をモノ扱いすることに税金を使った。論点が分かれる議案は強行採決。昔の保守党はそんなんじゃなかったでしょう。政務調査会や総務会が全会一致なのは、とことん話し合って納得のいくゴールを見つけるからです。それこそが保守だ」

 リーダーシップのみを強調し根回しを軽んじるなにわ維新の会に聞かせてやりたい台詞だ。

 秋津はひるまず、言葉に魂を込める。ここが政治家人生のターニングポイントだからだ。

「私は国民の衣食住を守るためなら、野党との野合も恐れない。学術会議にもう一度頭を下げて社会学者の知恵を借りる。不完全であっても、理不尽な今を変えたいという意思を持ち続けることが大事なんじゃないですか」

「ああ、不完全だ。幼すぎる」

 物部は断じた。

「だが、生まれ変わる保守党を担うに相応しい」

 悠斗は頭を跳ね上げた。

「仕方ないわね。今度の、いえ、そのまた今度の衆院選の南関東比例の名簿順位、譲ってあげる」

 多くを語らずともわかる。保守党最大派閥領袖の娘が順番を譲るつもりだ。

「竹内蔵之介、御屋敷幹事長の妨害が予想される。代議士までは物部派がなんとか幹事長を説得して保証できるが、その先は険しい道だぞ」

 そこへ玉川が割り込む。

「しかし物部先生、先生の政権で御屋敷を幹事長に抜擢したのは……」

「政権内に取り込んで抑えるためだよ」

保守党には総裁と幹事長を別派閥から出す習わしがある。愚問だった、と玉川は恥じた。

「秋津君の目指す党改革にはどのみち御屋敷幹事長との摩擦が避けられない。そして静和会は天下教会の問題で反主流派に転落した」

 物部は傷痕の残る首筋をさする。

「天下教会で保守党が汚辱にまみれた今、若き英雄が必要だ」

「秋津悠斗の立候補を陽動として、潜在的な敵を排除するというのですね」

 斯波の解説に物部は顎を引いて首肯した。

 



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第四章•天命篇

 25歳の青年は熱き魂で国政に挑戦する。どしゃぶりの雨の中、秋津は懸命に道を行き交う人々に訴えかけている。

「変えなければならない。変わらなければならないんです、こんな保守党は!」

 マイクを握る手に汗と雨が混じり合う。

「てめえも天下教会の手下じゃねえか!」

 彼の美貌に凶器が襲った。

 空き缶だった。悠斗は額から血を流す。

「それでも私たち保守党は変わらなければならないんだ……!」

 藤原捜査官が酔っぱらいを取り押さえる。

「俺は逃げない。だからお前も話し合え!」

取材していた磯月望子記者は快哉を叫んだ。かつて保守党にここまで胆力のある候補がいただろうか。

若き秘書らしき2人が慌ててやってくる。

「秋津先生、これを」

 国枝が傘を持って来て、柏木がタオルを持ってきた。

 ふと、雨が止んだ。

ビルの谷間から谷間にかかる虹。七色のアーチが青年政治家を祝福した。

「あきつせんせい、だいじょうぶ?」

小学生に上がる前の男の子と女の子が話しかけてくる。女の子がハンカチで血を拭いてあげた。母親が慌てるが、悠斗はかがんで幼子と視線を合わせる。母は安堵した。

 将来の夢を聞いてやり、英雄からの握手をプレゼントした。

そして待ちに待った開票の時。

「万歳! 万歳! 万歳!」

 秋津悠斗は衆議院議員に当選。物部派の手回しで党青年局長に任じられ、同派に入会した。

 

九 

 

 秋津悠斗が当選1回で総裁選に立候補したニュースは日本中を震撼させた。対するは青山春之助元知事。静和会の客寄せパンダやらと批判を浴びる中、激動の総裁選が始まった。

「いつまでも青春。これからが青春。さらば涙と言おう。千葉県知事3期12年の経験を活かし日本を元気にします!」

 青山春之助はそう締めくくり、ご機嫌で演壇から降りた。

「続いて、秋津悠斗候補から所信表明をお願いします」

「私は、青山先生のようなリーダーシップのある総裁にはなれません」

会場がざわついた。

「なぜならば、この国の民主主義とは、和を持って尊しと為す。この考えが根底にあるからです。21世紀も開けて間もない頃にもカリスマ性とトップダウンで名を馳せた総理大臣がいました。私の所信表明は、政治のトップダウンとボトムアップに絡めて申し述べたいと思います。虚心坦懐にお聴きください」

「ある若者の話をさせてください。本が好きで、本に憧れ、図書館司書を目指す。しかし、社会情勢は若者のささやかな幸せに暗い影を落とした。大泉首相は経済学者を総務大臣に抜擢。非正規雇用推進に代表される構造改革を推進しました」

「全ては、行政のコストを削る、と言うトップダウンによって……非正規の司書を増やす指定管理者制度が2003年から進み、その若者は今も苦労しています」

「なぜ図書館にこだわるのか、そう笑われる方もおられるでしょう。しかし、だからこそ、私は逆に問いたい」

「人々が就きたい仕事に就け、衣食住に満ち足り、幸せに友人、恋人、家族と暮らす。そのような社会をもたらすのが政治の役割ではないのでしょうか」

「人々がそれぞれの場所で花を咲かせ、自由闊達に意見を出し合うボトムアップこそがこの国の本質ではないでしょうか」

 令和の元号にこめられたメッセージの引用だった

「秋津政権は対話を恐れません。とことん話し合い、政治に対する信頼を取り戻す。そのためなら変わることを恐れない。私はまだ26歳です。いくらでも変われます。変わってみせます。変わらなければならないのです」

未来に責任を持つ世代として。そう秋津悠斗は締め括った。

演説は終わった。

「東邦新聞の磯月望子です。現在帝一ホテルでは、保守党総裁選の投開票が行われています」

 今回の保守党総裁選は、国会議員票360票と、党員票360票の合計720票で過半数を得た候補が総裁に選ばれるのだ。

「開票結果を読み上げます」

 

 国会議員票

 秋津悠斗  103

 青山春之助 257

 党員算出票

 秋津悠斗  228

 青山春之助 132

 

 国民感情に近い一般党員は秋津支持、一方国会議員には派閥の力学が働いた形だ。

「御屋敷幹事長が国会議員票を締め付けたんだ!」

 秋津は自陣営の国会議員を集め、涙ながらに語りかける。

「ここは、一時、名誉ある撤退をし、力を蓄えようと。私は首班指名で自分の名前を書きに行きます」

 斯波が秋津の肩をぐいと掴み、揺さぶる。

「秋津君は大将なんだから! ひとりで突撃なんて駄目ですよ! 秋津君が突撃する時は俺たちだってついていくんだから!」

 

 

 

 ……というニュース映像を、五つ星ホテルの部屋に香子を連れ込んだ悠斗は見ている。

「香子さん、俺はね、日本で当たり前の政治をしたかっただけなんだよ」

 悠斗は拳を震わせ、肩をすくめ、子供のように自分の思いをぶちまける。

「勉強や仕事を達成して、友達や恋人、家族と夕飯を共にする。テレビ観たりネットサーフィンしたりして、明日に希望をもって夢心地で寝る。みんな当たり前のことでしょう!? 国民を幸せにできないなら、保守党なんてぶっ壊してやる……!」

 秋津悠斗は火のごとく熱い言葉を吐いた。

「だけど、俺は総理大臣になれなかった。」

「私は、あなたが政治家だから、すごい肩書だから付き合ってきたんじゃない」

 悠斗が目を見開く。

「あなたのまっすぐな思いが、それを臆することなく言う透明な心が、私は好きだったのに。伝わらないのは悔しいよね。それはわかるよ」

「よく言ったわ秋津君! 香子さん!」

 バアン! と扉が開け放たれる。

「誰ですか!?」

「磯月記者?」

 ここはホテルの部屋のはずだが。

「締め忘れてたわよ?」

 ふたりそろって赤面した。筒抜けだった。

「保守党の荒垣大臣につてがあるわ。元カレなの」

 

十一

 

 御屋敷幹事長が襖を開けたのを見計らって、女将が酒を置き引き揚げた。

 御屋敷がでんと上座に座る。青山総裁がその隣だ。派閥領袖らの目は険しい。

 永田町、赤坂にはデモ隊が殺到し、ここの料亭にまで聞こえてくる。

 保守党政治を許すな!

 若者の声を聴け!

「このまま青山総理大臣になればわが党の支持率は下落するでしょう」

 秋津の信念は野党と利害が一致し、しかも保守党の清新なイメージにも繋がる。

「羽賀さん、あんた庶民派で昔の総裁選では国民の衣食住を訴えて当選したんでしょ。羽賀さんが秋津君に投票しなかったのが意外だったなあ」 

青山が水を向けるが、下戸の羽賀は烏龍茶を黙って口に含む。

「おい青山、なんてことを言いやがる!」

 御屋敷は赤ら顔で唾を飛ばしながら怒鳴った。

「閣僚経験もない、党三役もやってない、ただの素人やでな!」

「そうか、それが本心か」

 若き荒垣大臣が思い切りよく腰を浮かす。

「政治とはプロだの素人などではなく、国民に寄り添うことが大事ではないんですか!」

あわや保守党派閥の全面抗争勃発か。

「物別れとは寂しいものです」

 岸本が清酒をちびりとやる。

「いくら若い芽を潰せば気が済むんですか」

「岸本、貴様、政調会長に抜擢してやった恩を忘れたのか」

 岸本幹事長就任案をつぶしたのに何を言う。

「抜擢したのは物部先生ですよ。自分の手柄みたいに言わないでください」

 黒スーツの男たちが障子を開けた。

「な、なんだお前たち」

 岸本が東京地検特捜部検事に逮捕許諾請求に返答する書面を手渡す。

「今の衆議院議長は岸本政権の官房長官であることをお忘れなく」

 御屋敷は引きずられていった。

「では、後任の幹事長は私ということで。あとはよしなに」

因幡守が天ぷらをうまそうに頬張る。

 皿に残っていた刺身を青梅一郎が食べつくし、箸を置く。

「青梅派も岸本派も、元は同じ大公池会だ。首班指名は棄権するぜ。好きにやりな」

 西村が青梅の盃に酒を注いだ。

 

 



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第五章•施政篇

十二

 日本国憲法に基づき、26歳の青年代議士は衆参両院から首班指名を受けたのちに天皇から任命を受けた。

秋津悠斗は燕尾服で首相官邸に凱旋した。

尖る靴音は、一人だけではない。

 

 秋津悠斗内閣総理大臣(保守党静和会)

 斯波高義副総理兼財務大臣(国政民衆党)

 荒垣健内閣官房長官(保守党青嵐会)

 立花康平経済産業大臣(保守党青嵐会)

 柏木神璽外務大臣(民間)

 国枝晴敏防衛大臣(民間)

 矢本シオリ法務大臣(国政民衆党女性弁護士)

 蘇我和成厚生労働大臣(労働党中央執行委員長)

 桜俊一内閣官房副長官(元財務事務次官)

 藤原永満警察庁長官(公安警察)

 

 若き活力に満ちた新政権に、民衆が歓喜した。

 

十三

 

【 国会中継 】

【 政府四演説 〜衆議院本会議場より中継〜 】

「これより会議を開きます。先日の議院運営委員会において、内閣総理大臣から施政方針演説、財務大臣から財政演説、外務大臣から外交演説、経済財政政策担当大臣から経済演説の通告がありました。順次国務大臣の登壇を許します──内閣総理大臣秋津悠斗君!」

【 内閣総理大臣 秋津悠斗 】

「去る保守党総裁選には敗れましたが、保守党秋津グループ、公民党、国政民衆党、労働党、令和奇兵隊、社会福祉党の皆様からの貴重な信任を得まして、私はこの場に立っています。保守党内反秋津派とも私には話し合う用意がありましたが、御屋敷幹事長はそのテーブルにすらつこうとなかった。年齢差を盾に意見を封殺するのは卑怯です。それが数十年政権に君臨してきた保守党の恥部なのです。一方、若い力を貸してくださいと野党のとある政治家からお言葉を賜りましたその方は、──船橋喜彦先生です!」

 保守党首相が保守党議員らから怒鳴られる。

 水を向けられた船橋喜彦だったが、目は笑っていなかった。

「護憲民衆党に限らず、野党諸君に語り掛けたい。私の母は教職員組合護憲民衆党派です。母方を遡れば祖父は労働党市議後援会長で祖母は公民党創世教団です。その縁で政権運営にお力添えを頂けるものと確信しております」

 長老議員がひっくり返って笑う。

「手前味噌ですが実に様々な思想の血が混ざり合い、私の体に流れているのを実感します。野合との誹りを受けようが、国家のイデオロギーより国民の衣食住を選ぶ。それが秋津ドクトリンの基本です」

 永田町に対する宣戦布告であった。

 あの日の少年は今や首相となった。喧噪の中、澄ました顔で演壇の瓶から水を注ぎ、ぐいと飲み干す。

「総理大臣と保守党総裁が分離したのは、結果として、行政府の長と立法府の最大勢力の長が別人格となったことを意味します。総裁選での所信表明演説でも述べたように、大泉政権の負の遺産におそれず! ひるまず! とらわれず! 私はまだ除籍にはなっていないはずですので保守党の青山総裁には何卒私どもの反党行為に目をつぶってくださいますようお願い申し上げます」

 冗談を交えた首相に議場に笑いが戻る。

 青山春之助が照れ笑いを浮かべて周囲の席に頭を下げる。

 秋津悠斗が示した施策は以下の通り。

一、 大泉政権下で実行された構造改革の見直し。

一.財政政策を百八十度転換し減税・建設国債による積極財政。

一、 老朽化した国内インフラへの設備投資。

一、 経済機能移転を軸とした地方分権。

一、 原発の一部再稼働。新型核融合炉の建設。

一、 内務省、逓信省、歳入庁、貿易庁通商代表部創設と総務省厚労省分割を軸とする省庁再再編。

一、日米地位協定の見直し。

一、 独立国家南興社会主義国への日本企業進出。経済特区指定。

「……これらの施策を秋津ドクトリンと致します。子細を財務外務経済の三閣僚から説明させます」

 静まり返る議場を睥睨すると、秋津悠斗は颯爽と演壇を降りた

【 内閣法九条の第一位順位指定国務大臣 財務大臣 内閣府特命担当大臣(金融担当) 斯波高義 】

閣内で長い肩書を持つ副総理は短いフレーズで議場を驚かせた。

「財務省は大規模な財政出動を敢行します。借金などとんでもない、日本は財政破綻しません!」

 歌舞伎役者のごとく大見得を切った瞬間、国会で緊縮財政の点で統一会派を組むなにわ維新の会と護憲民衆党の陣からすさまじい怒号が響く。

よし! と早乙女ミエら保守党内積極財政派が力強く頷いた。

「保守党税制調査会、令和奇兵隊政策調査会と連携し、消費税減税、建設公債を軸とする財政政策パッケージをすみやかに立案します」

「日銀と連携し、マイナス金利政策を断行します。インフレターゲットは2パーセントとします」

「財務省は歳入と歳出の機能分離を図り、省益に左右されることなく、国民を向いて税を取扱かって参ります。内閣府に歳入庁を立ち上げ、省庁横断的に税制と年金制度を一元管理して参ります。これらの施策により、年金問題での国への信頼回復に務める所存です」

【 外務大臣 内閣府特命担当大臣(行政改革担当・沖縄基地負担軽減) 柏木神璽 】

「秋津ドクトリンで示された話し合う姿勢を外交でも実践して参ります。米軍沖縄との三者会談に始まり、先ずは日本が譲歩する姿勢を世界に示して参ります」

【 経済産業大臣 内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当) 立花康平】

「秋津政権は原発政策から逃げません」

 保守党創設以来の左翼政権と揶揄された秋津政権は資源エネルギーに関しては徹底したリアリストだった。

「老朽化原発の建て替え。そのためにも、石油資源の獲得が不可欠です。我が国は、南興シェールガス開発を進めてまいります」

 

十四

 

『立花経済産業大臣、南興の女性大統領と年の差の熱愛!?』

『南興開発利権は立花大臣の公私混同か!?』

「くそ! 誰がこんな紙爆弾を落としたんだ」

「悠斗君、いや、総理。ファーストレディは本が好きなんじゃなかったのか」

 週刊誌を破く悠斗を当の本人がたしなめる。

「今盟友の荒垣が弁明してくれている」

 かつての政界の英雄の援護射撃なら世論も納得するだろう。そして今の英雄は秋津悠斗だ。それを快く思わないのが財務省だ。

「今日付で財務省から内示があった」

 桜俊一が一枚の書状をペラと渡す。

 内閣総理大臣秘書官候補 桜凪子  

 普通は財務省枠の秘書官は年長のキャリア官僚を寄越すが総理大臣の義妹ときた。

「財務省は気を利かせたつもりだろうが、要は監視役というわけか」

 この人事を受け入れなければ、財務省はもっと大きな紙爆弾を落とすぞ、と。

「失礼します」

ノックもせずに凪子が入室する。

「議院運営委員会で、代表質問を待たず、護憲民衆党・なにわ維新との党首討論が開かれる運びとなりました。」

 どこまで聞かれていたのか。秋津政権の屋台骨をなす彼らは顔を険しくした

 



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第六章•独立篇

 

十五

 

 与党と野党という概念はこの短期間で変質した。

 物部政権では保守党と公民党が与党であったが、秋津政権には国政民衆党、令和奇兵隊が連立に加わる。野党四党という枠組みも過去のものだ。

 今日、対する野党席には統一会派を組む護憲民衆党となにわ維新の会が座る。質問に立つは護憲民衆党最高顧問の船橋喜彦だ。護憲にもなにわにも党首はいるが、秋津悠斗のような眩しすぎる光に太刀打ちするためには首相を務めた重みのある代議士に白羽の矢が立てられたのだろう。

 そして、悠斗の因縁の相手でもある。

【 国会中継 】 

【 国家基本政策委員会~党首討論~ 】

「立花経済産業大臣を罷免なさるべきではないでしょうか」

「人を愛すること、それのなにがいけないというのでしょうか」

 悠斗は自分自身のことも言っていた。

「そこまで言うなら明らかにしましょう。これは反対派からの紙爆弾です、ならば、官僚の反対派をどうなさるおつもりか」

「桜俊一元財務事務次官を内閣官房副長官兼内閣人事局長に据えて、霞が関とのパイプ役をお願いします

「内務省の設置は断固反対しますが、歳入庁設置に関しては認めましょう! 元は民衆党の政策なのでね」

 船橋は強面の顔を崩さずに丁々発止の論戦を繰り広げていく。

「しかし、悠斗君は青臭い」

 船橋は一蹴した。激高した青年首相が老練な野党代議士を顎を引いて睨みつける。

「まあ、最後まで聞きなさいよ秋津君」

 船橋はどじょう宰相にふさわしい笑みを浮かべていた。

「アメリカに関すること、私に預けていただけませんかな?」

「船橋先生……」

「内務省設置を延期していただけるのであれば、日米地位協定の見直し、規制緩和に関して私からもオーバー前大統領に直談判することをお約束いたします」

 与野党の対立に一筋の光が見えた。

「秋津君、これが政治の本質です。対立するふたつの意見をすり合わせ、妥協点を探っていくことです。忘れないでくださいね」   

 

十六

 

 年次改革要望書の見直しを迫るべくアメリカの前大統領バラック・オーバーに対し日本の前首相船橋喜彦からのチャンネルが開かれたことに、オーバー政権で副大統領を務めた現職大統領のジョージ・デヴァインは激怒した。

 物部と蜜月の関係にあったロナルド・J・ジョーカー大統領も、物部派出身の秋津首相と対話のテーブルにつく用意があるというではないか。

民主党に対しては船橋派が、共和党に対しては物部派が説得に当たる。米国共和党政権はこれを好機ととらえ、デヴァイン政権への攻勢を強めている。

「大統領閣下。申し上げにくいのですがロシアとの代理戦争であるウクライナ事変でいわゆるデヴァイン離れが加速しています」

 このままではジョーカーが再登板しかねない。

 デヴァインは憮然とした表情になった。

「国家安全保障会議を終わる。君だけ残ってくれ」

 デヴァインがCIA長官に耳打ちする。

「……大統領閣下のプランは大胆ですが、不可能ではありません」

 

十七

 

エンジンを派手に唸らせ、首相官邸敷地に黒塗りのワンボックスカーが派手に乗りつける。官邸警備隊がわらわらと群がるが、手が出せなかった。

 黒ずくめの男たちが威圧感を持って横並びとなり、令状を提示した。

「東京地検特捜部です。先程秋津総理は内乱罪、公職選挙法違反で在宅起訴されました。これより首相公邸を家宅捜索します」

 皿や食器がヒステリックな音で割れる

 宝物が、思い出が、壊されていく。桜夫人は泣いた。

段ボールに入れていく本はゴミのように扱われる。

「助けてお父様、旦那様!」

「動くな! ファーストレディが死ぬぞ!」

 特殊部隊が拳銃を突きつける!  

 じりじりと桜副長官が後ずさった。

 と、銃が弾き飛ばされた。

 刀剣を構える和服姿が切っ先ではじいたのだ。

「サ、サムライ!?」

 それはあながち間違いではなかった。虚を衝かれとっさに動けなかった特殊部隊。

 斯波高義副総理が一太刀振るえば、部隊長のヘルメットが中身の肉塊ごと落とされる。研ぎ澄まされた日本刀の切れ味で何ら抵抗なく滑らかに瞬殺されたのだ。

 残された首から下が、力なく崩れ落ちる。

 その義挙に藤原はこぶしを握り締めた。武家の末裔は伊達ではない。

「今だ! 発砲を許可する!」

 警視庁官邸警備隊が銃を構え、銃声とともに米軍特殊部隊を血祭りにあげた。

「藤原長官、経済財政諮問会議議員竹内蔵之介を外患誘致罪で逮捕します」

「任せる。総理、緊急事態です。こちらへ」

 藤原の先導で屋上ヘリポートにたどり着く。

「東城先輩!?」

 輸送ヘリのコックピットには東城洋介一等海佐と東城美咲外務副大臣が座っていた。

「全員乗った、出してくれ!」

洋介はパイロットの肩を叩き、離陸を促す。

「待って、悠斗さん、お姉様、私も連れて行って!」

 凪子が後部扉に縋るが、秋津悠斗は冷酷無慈悲な魔神となり彼女を見下す。

「どけ」

それだけでよかった。

回転翼の突風が凪子に尻餅をつかせた。

「尖閣諸島沖に人民解放軍空母艦隊が迫ってきています」

「米国デヴァイン政権は、ドローンを使って日米会談の前に小規模な紛争を起こす構えです!」

 米中のドローンどうしが叩き合って双方の軍拡の口実にすると国枝と柏木は言う。沖縄在日米軍の駐留の口実にするのだと言う。

「火事場泥棒め、東城統合幕僚長に連絡を取ってください」

 洋介の父の地位だ。

「了解しました、それにしても、総理の在宅起訴が心配ですが」

 藤原が耳打ちしたが、

「その心配はありませんわ」 

 通信に割り込んだのは矢本シオリ法務大臣だった

「秋津総理の起訴については、私が直接処理します。」

 



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第七章•英雄篇

十八

 

畑一面のさとうきび、その上空を軍用ドローンが通過し、葉が突風で吹かれる。

「キャッスル解放作戦開始。以降本作戦の指揮はキャンプフテンマより行う」

 琉球の地に、熾烈な地上戦が蘇るのか。

「グローバルホーク、作戦展開空域進出まで五分」

 管制室制御卓のオペレーターが目をこすった。

「イレギュラー発生。陸上自衛隊チヌークが進路妨害しています」

陸自輸送ヘリが沖縄首里城上空に現れたのだ。何故?

「空自ナハ基地より飛来の模様」

「威嚇射撃1回。無誘導でロケット弾発射」

 南国の青空と夕焼けのグラデーションを背景に白煙をたなびかせながらロケット弾が噴進し、爆発。丘の椰子の木を業火が舐め回す。

「東邦新聞の磯月望子です。視聴者の皆様、この光景が見えますか!? 沖縄首里城に群がる米中の無人戦闘機を、陸上自衛隊輸送機が身を呈して守っています! 一体誰が乗っているのでしょうか? 戦争で本土に複雑な感情を抱く沖縄県民にこの光景はどう映るのでしょうか?」

 ドカン! 米軍無人機が爆発する。

「こちらヤタガラスワン、遅くなった。アーミーワンを援護する」

 チヌークの前に躍り出たのは、日の丸の翼。F35戦闘機だ。しかも乗っているのは、

「荒垣官房長官!」 

 コックピットの荒垣は親指を上げて意気軒昂だ。

「官房長官ではない。ただのエースパイロットだっ」

 荒垣機のトリッキーな空中機動が米軍グローバルホークを翻弄する。

「今だ、俺を下ろせえ!」

 秋津悠斗は叫んだ。

撃墜されるグローバルホークを背景に、地上すれすれでホバリンングするチヌーク。後部カーゴドアから秋津首相が飛び降り、しなやかな受け身で着地した。

たったひとりで戦場に飛び降りた。

「カメラズームして!」

磯月が目を凝らすと、秋津はヘッドセットを頭に着けているではないか。口元のマイクから呼び掛けようというのか。

「アメリカ軍も中国軍も軍を引け!」

「なぜプライムミニスターがいる!? 攻撃中止!」

「射撃待て! 射撃待て!」

 ヘリコプターが旋回し、機体をひるがえして高度を上げる。

「沖縄県民斯く戦えり、後世格別のご高配を賜らんことを! 今こそその約束を果たす」

 米軍も負けてはいなかった。

「データリンク全面カットしろ」

西側陣営の戦闘情報指揮システムが寸断され、電子画面がブラックアウトした。

その隙にグローバルホークは荒垣機をロックオン。

「荒垣官房長官、こちらからは絶対に仕掛けないでください」

 荒垣は意図を了解した。

 今度は、本土が沖縄の盾となる!

命中する間際、ボタンを押し射出座席が作動した。

荒垣を脱出させたF35戦闘機が黒煙を噴き崖に墜落した。

「俺は逃げない、だから、お前たちも話し合え!」

 秋津悠斗は初心を忘れていない。演説妨害された時の台詞を繰り返した。

オスプレイが轟音を立てて頭上をかすめた。

着陸すると、後部カーゴドアが開く。攻撃の意思はないようだ。

ジョーカー前大統領とオーバー元大統領が姿を現したではないか。

「悠斗君、君こそプライムミニスターモノノベが生み出した息子だ!」

「君たちジャパンは身を挺してオキナワを守った。今度は合衆国が証を立てる番だ」

 

十九

 

秋津はチビチリガマの前に来ていた。

「ひとつ、思い出した事があるんだ」

 そこは秋津が沖縄修学旅行で訪れた遺跡だった。

「物部保守党の熱狂的な信者だった俺は、握手の順番が回ってきた時、島のお婆を無言で睨みつけ立ち去ってしまった」

 基地問題では旧日本軍ではなく米軍に文句を言え。そうして自分の感性に蓋をして目を逸らしてきたのではなかったか? アメリカに追随するどころかCIAによって結党したのが保守党だと言うのに。

「やっと、皆さんに沖縄をお返しできました」

悠斗はスーツの裾が汚れるのもいとわず、跪く。

物部がかつて硫黄島滑走路下に眠る遺骨に捧げた祈りと同じように……

真摯な物腰の青年の瞳は、物部政権の光も影も是々非々で見据え、今日の自分を育て上げた。握手して喜んでいた少年期とは大違いだ。

首元に優しいものが触れる。

花輪だった。嗚咽で視界が曇る。

「あの時私忘れてたものさー」

 10年越しの沖縄土産だ。

差し出されたサーターアンダギーがやけにしょっぱかった。

「南興もいいけど、沖縄も忘れんな」

「約束する。沖縄を国家宗教民族に凝り固まらない国際都市にしよう」

「総理。世界中からマスコミが押しかけてきています」

 総理大臣は忙しい。その一挙手一投足に全世界が注目している。

 悠斗は膝の土を払うと、踵を揃え、左手を腰に回し、ファーストレディに右手を恭しく差し出す。

「香子さん。ついてきてくれますね」

「もちろんです。悠斗君」

 野党選挙カーからマイクを延長コードで引っ張ってきて、司会の磯月望子に手渡す。海外の報道陣がカメラのフラッシュを眩しく焚く。

「政権の光も、その先に伸びる影も、総理大臣経験者は歴史の法廷に立ち続けなければならないさだめです。桜香子さん。ファーストレディとして秋津首相を側で見ていて、どんな人物に映りますか」

 磯月がマイクを向ける。

「秋津悠斗が何者であったのか、何を成したのか、言葉の限りを尽くして、問い続けたい。問い続けなければならない。なぜなら、私に突きつけられた恐ろしい銃口に打ち勝つ力は、沖縄を焼く狂気の軍隊に打ち勝つ力は、秋津総理の言葉にのみ宿っていたからです」

 読書好きの彼女らしい表現だった。

 悠斗が一歩前に出て、磯月からマイクを受けとる。

「政治家の握るマイクには人々の暮らしが懸かっています。暴力に恐れず、ひるまず。マイクを握って演説に立つ勇気を持ち続けようではありませんか!」

 秋津悠斗の瞳はきらきらと輝いていてまるで子供のようだった。

 香子は総理大臣ではなくこの子供のように真っ直ぐな悠斗が好きだ。

 少年のように素直で、権力を持ち合わせている。それは理想的な政治家といえるのではないか。

対話を諦めないピュアな心が世界を動かしたのだ。内閣総理大臣秋津悠斗は、その謙虚な姿勢がある限りマイク一本で世界を変えてゆけるだろう。

 万雷の拍手は国際都市那覇の津々浦々に響き渡り、いつまでも鳴り止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 



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