銃手のヒーローアカデミア (自堕落者)
しおりを挟む

入学編
プロローグ


 

 マフラーに埋めていた口元から感嘆の息が漏れる。

 

 「雄英高等学校入学試験」と書かれた立看の先にある全面ガラス張りの建物は間近で見るとますます学校には見えない造りをしていた。

 少しのワクワク感に浸りながら、他の受験生と同じように建物の中へ進んでいく。

 

 試験の説明会場となっている講堂へ入ると、すでに多くの受験生が席についていた。

 一万人近い人数が収容されているにもかかわらず講堂は異様なほどの静けさに包まれている。

 

 多くの受験生が緊張でガチガチの中、うっすら笑みすら浮かべてしまう自分はやはりどこか普通ではないのだろう。まぁそれもそのはず。

 

 

 

 ———自分には少年兵として異次元の門からやってくる怪物と戦っていた、いわゆる前世と呼ばれる記憶があった。

 自分が所属していたのは軍隊ではなく、界境防衛機関(ボーダー)と呼ばれる組織。特殊な武器を手に街を襲う怪物を日夜撃退していた。

 

 記憶を取り戻したのは3歳の時だ。

 『個性』と呼ばれる異能の発現と共に脳内に溢れた記憶を少年はあっさりと前世として受け入れた。

 

 この世界ではほとんどの人間に『個性』と呼ばれる特殊能力が発現する。

 火を吹いたり空を飛んだりとその能力は千差万別だが、自分の個性は前世使用していた武器を作り出せるというものだった。

 両親から遺伝することが多い個性だが、自分のそれは動物系の個性を持つ両親とは似ても似つかない。個性が発現した時、手に現れたのは突撃銃(アサルトライフル)。生まれて初めて触れるその銃の使い方を自分は知っていた。

 

 家族は個性が違う自分を受け入れられず、決して周囲にその個性を話さないようにと釘を刺されどこか他人行儀な扱いを受けた。

 

 耐えて耐えて耐え抜いて、それでも家族が自分を受け入れることはなかった。

 

 そして14歳の春。

 教師を味方につけ、A判定と書かれた模試と共に『雄英高校ヒーロー科』の受験票を両親に叩きつけた。

 

 「掛かった費用は将来必ず返す。応援してほしいとかいうつもりもない。ただここにサインしてくれればいいから」

 

 ヒーロー科とはヒーローを育成するための養成学校であり、そこでヒーロー免許を取得することで公的な個性の使用が許される。

 

 自分がこの個性を持って生まれたのはきっと理由がある。

 

 使命を果たすとか大それたことを言う気はない。

 

 だが。

 

 あの日、あの夏。

 

 崩壊する街で死ぬのを待つだけだった自分達を、ボーダーが救ってくれたように、この力を隠して生きてゆくのではなく、誰かを守るために使いたかった。

 

 「俺はヒーローになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学試験

 

 照明が壇上を照らす。

 雄英高等学校ヒーロー科実技試験説明会の時間となった。

 壇上に現れたのはボイスヒーロー”プレゼントマイク”。雄英高校の教師であり、ヒーローでもある。

 

「入試要項通り! リスナーにはこの後! 10分間の『模擬市街地演習』を行ってもらうぜ!」

「持ち込みは自由! プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!」

 

 演習会場はA~Gの7つあり、自分の受験票にはG会場と記載されていた。

 というか受験生をリスナー、説明をプレゼンというあたりプレゼントマイクの癖が強すぎる。

 

「演習場には”仮想(ヴィラン)”を3種・多数配置してあり、それぞれの『攻略難易度』に応じてポイントを設けてある!!」

「各々なりの”個性”で”仮想(ヴィラン)”を行動不能にし、ポイントを稼ぐのが君達の目的だ!!」

「もちろん他人への攻撃等、アンチヒーローな行為はご法度だぜ!?」

 

 そこでふと気づく。

 配られた資料には4種の敵が記載されているが、先ほどのプレゼントマイクの説明では敵は三種と言っていなかったか?

 資料又は説明ミスか、それとも()()()()()()()()()()()()()

 

 そう考えこんでいると、一人の受験生が勢いよく挙手し自分が疑問視した点について質問した。

 メガネくんナイス、と心の中で称賛を送る。

 

「オーケーオーケー。受験番号7111くん。ナイスなお便りサンキューな!」

 

 質問をお便りってラジオ番組かな?と思わず心の中でツッコミを入れる。

 

「四種目の敵は0P!」

「そいつはいわばお邪魔虫!」

「各会場に1体! 所狭しと大暴れ位している『ギミック』よ!」

「倒せないことはないが、倒しても意味はない。リスナーには上手く避けることをおススメするぜ」

 

 プレゼントマイクの説明に周囲から納得の声が漏れる。

 質問した受験生も礼を言って着席した。

 

「俺からは以上だ!! 最後にリスナーへ我が校”校訓”をプレゼントしよう」

「かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! 『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!!」

 

「”Plus(更に) Ultra(向こうへ)”!!」

 

 

 

 

 

 試験会場G。

 試験説明後、各自動きやすい服装に着替えバスで案内されたのは巨大な市街地だった。

 

 前世で所属していた組織でも、市街地での戦闘訓練は珍しくなかった。だがそれはVRの様な仮想戦闘場であり、実際の市街地ではない。

 一体受験の為にいくら費用をかけているのか。流石最高峰と呼ばれる高校なだけある。

 

 試験に備え、戦闘体へ換装する。

 学生服から黒スーツへ服装が変わると、周囲の人間から「変身だ……」「でもなぜにスーツ……?」「戦闘服ってか?」と疑問の声が聞こえる。

 前世、自分も隊長から隊の戦闘体をスーツにするって言われたとき、何故?と首を傾げたことを思い出した。

 コスプレ感を嫌った隊長が決めた黒スーツだが、周囲からはホストみたいだと言われ逆にボーダー随一のコスプレ部隊と噂されていたのをあの天然隊長は知らない。

 

 周囲の動揺をよそに、愛用している突撃銃を出すと余計周囲が混乱しだした。なんかゴメン……。

 

 戦闘準備を終え周囲を見渡す。

 バスの運転手がインカムで何かを告げているのが見えた。試験会場の巨大な扉が開く。

 そろそろスタートの合図がありそうだなと、念のためレーダーを確認する。

 試験会場の外壁の上にひとつの個性反応を確認して、顔を上げる。

 

 そこにいたのは、ぼさついた黒髪に真っ黒の服、首にマフラーの様なものを巻いた、随分草臥れた印象の男だった。

 

「……はい、スタート」

 

 どこか懐かしい声に、体は即時に反応した。

 外壁に立つ男を見上げる周囲の受験生を置き去りに、市街地へと駆け出す。

 

「お前ら何をしてる。試験はもう始まってるぞ。何時までそこで棒立ちしているつもりだ」

 

 それを聞いて、受験生たちは慌てて先を行く少年の後を追うように試験会場へ走っていった。

 男はスタートの掛け声に即座に反応してみせた受験生を視界の端に捕らえる。既に敵を捕捉・交戦していた。

 

「見た目に似合わず判断が早い……」

 

 金髪碧眼というチャラついた容姿とは裏腹に、誰よりも早く自分の存在に気づき、スタートの合図に反応してみせた受験生。

 ポケットから端末を取り出し先程の受験生を調べる。

 

……………………………………………………

 氏名:犬飼澄晴

 個性:『武装生成』

 特殊な生体エネルギーを用いて、犬飼自身がトリガーと呼ぶ兵装を生成・起動することができる。

 トリガー起動時には生体エネルギーで作られた戦闘体に換装する必要がある。

 戦闘体は生身の時よりも身体能力が強化され、個性以外の攻撃では傷一つ付けることが出来ない耐久度を持つ。

……………………………………………………

 

「……よくわからん個性だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 市街地に入ると早速犬飼を視認したロボットが、激しい殺意を叫びながら襲ってきた。

 

 「標的捕捉!! ブッ殺―」

 

 ロボットが言葉を言い終える前に、突撃銃で敵を容赦なく蜂の巣にする。 

 破壊音を聞いて集まってきたであろう他の仮想敵も同様に対処する。

 

 「いたぞ! 仮想敵だ!」

 

 30Pを集めたところで、他の受験生が集まってきた。

 このままこの場所に居ても大したポイントは得られないだろう。

 犬飼はそう判断してジャンプ台トリガーであるグラスホッパーを起動。近くの高層ビルの屋上に降り立った。

 

 「受験生がバラけてきたね。人がいなくてロボットが多いのは……あの辺かな」

 

 市街地の奥はまだ受験生がおらず、多数のロボットが徘徊しているのが見えた。

 ビルからビルへと飛び移り、ロボットが密集している場所に移動しては銃で一掃するのを繰り返す。

 60Pを超えたあたりで、轟音が響き地面が衝撃で揺れた。

 

 「これはでかい」

 

 ビルの間から見えたのは試験前の配布された資料に記載されていた0P仮想敵。

 だが、その大きさは他の仮想敵とは一線を画すほど巨大だった。

 

 「バムスター? いやバンダーくらいかな?」

 

 0P仮想敵から逃げるように多くの受験生がこちらに向かって走ってくる。

 犬飼は彼らとは逆に、0P仮想敵に向かって走った。

 

 「あんた、何してるんだ!? あれが見えないのか!」

 

 途中、敵に向かって走る犬飼を心配した受験生に腕を掴まれ引き留められる。

 走って逃げる受験生の中、立ち止まる二人は目立っていたが犬飼は視線を0P敵に向けたまま言った。

 

 「手、放してくれる?」

 「放したらアンタアイツに突っ込むだろ」

 「当たり前でしょ」 

 「プレゼントマイクだってアイツは避けろって言ってただろう!」

 

 犬飼は随分素直な子だなと思った。だが、犬飼は怪物に破壊された街を知っている。見捨てられた時の絶望を覚えている。

 

 「この街が自分が住んでいる町だったとしても、同じことが言える?」

 「……」

 「俺は嫌だよ。自分の街を壊す怪物を、倒せないからっていう理由で見捨てられたら」

 「……でもプレゼントマイクは倒しても意味はないって」

 「意味はあるよ。だって怖いじゃんアレ」

 

 あっけらかんとした犬飼の発言にぽかんとする受験生。

 腕を掴む力が弱まったのをいいことに、犬飼は腕を軽く捻って拘束を解いた。

 

 そして先ほどより近づいてきた巨大な仮想敵に向かって駆けだす。

 その堂々とした背中を、先ほど犬飼を引き留めた少年はもう見送ることしかできなかった。

 

 グラスホッパーでトリガーの射程内である建物の屋根まで跳ぶ。周囲を確認すると逃げ遅れた数人の受験生の姿が確認できた。敵が彼らめがけて振り下ろした手を突撃銃で撃ち抜く。

 

 「怪我の状態は?」

 

 逃げ遅れた3人の傍に降り立つ。

 座り込んだ女子2人を庇うように立っていた、少年と呼ぶには貫禄がある受験生が答える。

 

 「助力感謝する。2人とも足を負傷し自力歩行が難しい。俺が抱えられないこともないがアイツを振り切れそうにない」

 「なるほど。じゃあ3人とも俺の後ろにいてね」

 

 広く展開されたシールドが4人を囲む。

 狙うのは敵の弱点、赤く点滅するその場所。

 

 「目標(ターゲット)確認。」

 

 3人が何かを言うより早く。

 犬飼の持つ突撃銃から放たれた銃弾が、敵の頭部を撃ち抜いた。

 銃撃の嵐が敵に次々と風穴を開け、遂に0P敵が轟音と共に崩れ落ちた。

 

 「終了~!!!!」

 

 そして崩れ落ちると同時に―試験の終わりを告げる声が、会場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 試験後、怪我をしていた女子2人は雄英の看護教諭によって治療された。

 

 何度も頭を下げる2人に気にしないでと告げて立ち去ろうとすると、同じく感謝を告げられていた男に呼び止められた。

 

 「俺からも礼も言わせてほしい。俺だけでは2人を助けることができなかった。本当に感謝する」

 

 いい子過ぎやしないだろうか。

 

 「どういたしまして。でも、俺にはあの場では君が一番ヒーローに見えたけどね」

 

 驚いた顔をする彼に手を差し出す。

 

 「俺は犬飼澄晴。君は?」

 「障子目蔵だ」

 「障子くんか。俺は犬飼でいいよ。よろしくね」

 「あ、あぁ、よろしく」

 

 戸惑いながらも握手してくれた障子は本当にいい子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入試結果

 

 雄英高校の入試から1週間後。

 

 「あ、来てる」

 

 郵便受けを覗くと雄英高校と書かれた手紙が入っていた。

 

 結果は合格。

 筆記はギリギリだったが、実技は総合1位だったようだ。

 前世より勉強したのに筆記がギリギリという事実に少しだけ落ち込む。

 

 ピロン♪

 

 着信音がなり、スマホを見ると入試の際に連絡先を交換していた障子からメッセージが届いていた。

 

 「障子くんも合格したんだ」

 

 自身も合格したことを告げると、すぐお祝いのメッセージが返ってきた。

 その下に、「オールマイトの赴任に驚きすぎて、合格の喜びが吹っ飛んだ」と書かれていた。

 

 「あ~」

 

 NO.1ヒーローである”オールマイト”が今年から雄英に赴任する。

 合格通知とともにその情報を知らされたとき、流石の犬飼も「マジか」と口にしたくらいだ。

 

 NO.1ヒーローが教員免許持っていたなんてびっくりだよね。とメッセージを入れると即座にそうじゃないとツッコミが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「実技総合成績出ました」

 

 ————————————————————————

          ヴィランP  レスキューP

 

 1位 犬飼澄晴     61     82

 2位 爆豪勝己     77       0

 3位 切島鋭児郎    39     35

 4位 麗日お茶子    28     45

 5位 塩崎茨        35     32

 6位 拳藤一佳     25     40

 7位 飯田天哉     52      9

 8位 緑谷出久      0      60

 9位 鉄哲徹鐵      49      10

 10位 泡瀬洋雪     50      6

 

 ————————————————————————

 

「救助P0で2位とはなあ」

 

 「『1P』『2P』は標的を捕捉し近寄ってくる。後半他が鈍っていく中、派手な”個性”で寄せつけ迎撃し続けたタフネスの賜物だ」

 

 「対照的に敵P0で8位。アレに立ち向かったのは過去にもいたけど……ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね」

 

 「思わずYEAH!って言っちゃったからな———」

 

 「しかし自身の衝撃で甚大な負傷……まるで個性発現したての幼児だ」

 

  実技成績を見ながらワイワイと騒ぐ教師達。

 

 「でも注目すべきは彼だよね! ヴィランP61,レスキューP82合計143P。近年まれにみる好成績さ!」

 

 校長の言葉に教師達も同意する。

 

 「開始の合図にきちんと反応し、戦闘力や判断力においては爆豪と共にとびぬけていた印象だったな」

 

 「難しい個性だろうに……よく扱えているものだ」

 

 「『武装生成』だっけ? 試験中に使っていたのは銃とシールド?と跳ねる板。あと変身」

 

 「……なんでスーツなんだろうな」

 

 「浮いてたわよね、凄く」

 

 それには教師陣皆が深く頷いた。

 

 「……ひとつ気になる点を挙げるとするならば、あまりにも完成されすぎている気がするな」

 

 「それは……ガンナーとしてかしら?」

 

 「あぁ。日常での個性の使用が禁止されているのも関わらず、撃ち漏らしも人的被害もゼロ。銃の構え方・射程の使い方……戦闘慣れしすぎていると感じた」

 

 「それは俺も同感だ。……少し気になるな」

 

 「疑わしきは罰せずさ! 彼の人となりはこれからの学生生活で見ていけばいい! よろしく頼むよ!」

 

 そうして一般入学試験合格者36名が決定した。

 

 

 

 

 

 




原作では常闇踏影が9位でしたが、犬飼と同じG会場だったため原作よりヴィランPが減り、12位となったようです。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

個性把握テスト①

 雄英高校入学式、当日。 

 

 駅で待合せてしていた障子と合流し学校へ向かう。スマホで連絡は取り合っていたが、道中話題は尽きなかった。

 

 「ということは犬飼は被服控除をしていないのか?」

 「俺の場合戦闘体がコスチュームみたいなものだしね。障子はどんなのにしたの?」

 「個性の都合上袖がない服とか……要望だけ記載した感じだな」

 

 などと話している間に学校へ着く。

 障子も犬飼も同じAクラスだったので、向かう教室も一緒である。

 

 「……入試の時から思っていたが、デカいな」

 「お金何処から出てるんだろねー」

 

 障子の純粋な疑問に犬飼が笑いながら答える。

 

 暫く歩いていた2人は「1-A」と書かれたドアを見つけた。躊躇いなくドアを開ける犬飼を、障子は呆れた目で見つめる。

 

 教室では、既に半数以上の生徒が登校しており、皆がお行儀よく席に座っていた。

 

 ドアの音で犬飼達に気づいた生徒のうち、メガネをかけた少年が近づいてくる。

 

 「おはよう! ボク……俺は飯田天哉だ! これからよろしく!」

 「俺は犬飼澄晴。こっちこそよろしくね!」

 「俺は障子目蔵だ……よろしく」

 

 飯田の声を聞いて、入試試験の際、プレゼントマイクに質問していた受験生だと気づく。

 どうやら度胸だけではなく実力も持ち合わせていたらしい。

 

 「2人は同じ中学だったのか?」

 

 仲良く登校してきた犬飼達を疑問に思ったのか、飯田が尋ねる。

 

 「障子とは入試の実技会場が一緒で、それからの付き合いだね」

 「それってどっちかが不合格だったら気まずくね? あ、俺は上鳴電気! よろしくな!」

 

 突然会話に入ってきた上鳴の疑問に、犬飼と障子は顔を見合わせ互いを指さし答えた。

 

 「「いや、こいつなら受かるだろうと思っていたから別に」」

 「仲良しか!?」

 「素晴らしい信頼関係だな!」

 

 会話がひと段落着いたので、犬飼と障子は飯田から席順を聞いて自分の席に向かった。犬飼の席は廊下側の一番後ろ、障子は窓側から二列目の一番前だった。

 大きい体で一番前の席になってしまったことに落ち込む障子に、「席替えあるって」と励ましの言葉を掛ける。

 

 席につき、前の席だった飯田と話していると乱暴な音を立ててドアが開く。

 入ってきたのは爆発したような髪と鋭い眼光が特徴の生徒だった。扱いは乱暴だが、最低限の礼儀はあるのかドアはきちんと閉めている。

 

 ほとんどの生徒が触らぬ神に祟りなしと、その生徒を見つめるだけに留めたが真面目な飯田は我慢できなかったのだろう。

 その生徒が机に足を乗せた瞬間すっ飛んでいった。止める間もない。

 

 飯田と不良少年のやり取りを楽しく見ていると、最後の生徒2人が予鈴ギリギリで登校してきた。

 しかも、予鈴が鳴っているにもかかわらず、ドアの前で呑気に話し込んでいるのだから、度胸がある。

 

 犬飼が感心して少年少女のやり取りを眺めていると、どこからか気だるげな声が投げられた。

 

 「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

 

 ドアの前で話していた3人が廊下のほうを見て……固まった。どうやら廊下に何かがいるらしい。

 

 「ここは…ヒーロー科だぞ」

 

 何かを吸うような音がした後、廊下から黄色い寝袋に入った男が現れた。

 

 (入試の時の……)

 

 実技視線の際、スタートの合図をした男性だった。

 見た目で全てが決まるというつもりは無いが、もう少し身ぎれいにしてもいいのではないかと思う犬飼だった。不審者にしか見えない。

 それにしてもどこかで聞いた事がある声だ。泣きたくなるほど懐かしい気がするのに、犬飼はその声と記憶を結びつけることが出来ない。

 

 「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

 寝袋を脱ぎながらそう言った男に、先生なのかと教室中が驚愕の雰囲気に包まれる。

 伸ばしっぱなしの髪と髭に、首元には白い包帯のような布。極めつけに全身真っ黒の服を着ているのだから皆が疑うのも仕方がないだろう。

 

 「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 その言葉に周囲がひどく驚いているのが分かった。それが普通だ。だが、犬飼が感じているのは驚きよりも嬉しさだった。

 

 (……俺って声フェチだったっけ?)

 

 自身の性癖を疑うくらい、今日の犬飼はどこかおかしい。

 

 相澤は周囲の動揺を余所に、寝袋から体操服を取り出して告げた。

 

 「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体操服に着替えてグラウンドに向かう。

 入学式をすっぽかして始まったのは『個性把握テスト』。個性を使用した体力テストだった。

 

 「入学式は!? ガイダンスは!?」と騒ぐ生徒達。

 

 「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ。雄英は”自由”な校風が売り文句。そしてそれは”先生側”もまた然り」

 

 淡々と告げる相澤だが、入学式をすっぽかすのは流石にどうなのだろうと思う犬飼だった。

 本当に大丈夫なのか…?と動揺を隠し切れない生徒達を意に介さず、相澤は言葉を続ける。

 

 「ソフトボール投げ、立ち幅とび、50m走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈」

 「中学の頃からやってるだろ? ”個性”禁止の体力テスト」

 「国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる。合理的じゃない」

 「まぁ文部科学省の怠慢だよ」

 

 そういった相澤と目が合う。が、すぐに逸らされ、相澤は前列にいた不良少年を指名した。

 

 「爆豪。中学の時ソフトボール投げ何メートルだった」

 「67m」

 「じゃあ個性使ってやってみろ」

 

 相澤が爆豪に持っていたボールを投げ渡す。

 

 「円から出なきゃ何してもいいよ。早よ。思いっきりな」

 

 爆豪は腕を軽く伸ばすと、大きく振りかぶった。

 

 「んじゃまぁ……死ねえ!!!」

 

 爆風によって加速したボールがあり得ないほど遠くへ飛んでいく。

 

 「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 相澤の手の中の計測装置に示された数値は———705.2m。

 

 それを見た生徒達が興奮で騒ぎ出す。

 

 「なんだこれ!! すげー面白そう!」

 「705mってマジかよ」

 「”個性”思いっきり使えるんだ!! さすがヒーロー科!!」

 

 「……面白そう…か」

 

 相澤の声に僅かに失望の色が混じる。敏感にそれを感じ取った犬飼は「あちゃー」という顔で担任を見た。

 

 「ヒーローになる為の3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?

  ———よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

 

 唐突に告げられた重すぎる宣告。

 生徒達は先ほどの興奮とは一転、あまりの驚きに声を上げた。

 

 「はあああ!?」

 

 相澤はその様子を見て、満足そうな笑みを浮かべる。

 

 「生徒の如何は先生の”自由”」

 「ようこそこれが——————雄英高校ヒーロー科だ」

 

 そのあまりに自由過ぎる言動に生徒達から反論の声が上がる。当然だ。

 

 「最下位除籍って…! 入学初日ですよ!? いや初日じゃなくても……理不尽すぎる!!」

 

 生徒の必死の反論を、相澤は淡々と跳ねのけた。

 

 「自然災害…大事故…身勝手な敵たち…。いつどこから来るかわからない厄災、日本は理不尽にまみれてる。

  そういう理不尽を覆していくのがヒーロー。

  放課後マックで談笑したかったならお生憎。 

  これから3年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける———。

  ”更に向こうへ(Plus Ultra)”さ。」

 

 相澤は人差し指を上に向け、挑発するように指先を前後させた。

 

 「全力で乗り越えて来い」

 

 その言葉に込められていたのは———期待。

 犬飼は強張った顔をしている障子の背中を軽く叩く。笑みを浮かべる犬飼を見て、障子は先ほどより幾分か緊張が解けた様子で担任に向き直った。

 

 「さて、デモンストレーションは終わり。こっからが本番だ」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

個性把握テスト②

 

 そうして除籍を掛けた体力測定がスタートした。

 

 最初の測定は50m走。

 

 犬飼は換装する前に、この先の体力測定で使用するトリガーを思い浮かべる。

 ボーダーのトリガーは量産型の為、8つまでしかトリガーをセットすることができなかったが、個性として発現したトリガーにセットできる上限はない。

 だが、セットするトリガーが多い程戦闘中のトリガー切替が難しくなる。

 現状、犬飼が戦闘中にミスなく切り替えができるトリガー個数は、両手合わせて12個が限界だった。

 

 必要なトリガーをセットし終えると、戦闘体へ換装する。

 更衣室で体操服を登録しておいたので、見た目的な変化はない。

 

 傍で犬飼を見ていた障子が「コスチュームが必要ないとはこういうことか」と納得の表情を浮かべている。

 

 50m走は名前順に二人ずつペアを組み、計測するらしい。

 犬飼の出席番号は5番なので、出席番号6番の生徒と組むことになる。

 

 3.04秒という驚異的な数値を叩き出した飯田に素直に称賛に声を上げていると、相澤に名前を呼ばれる。

 

 「次、犬飼と麗日」

 

 

 ——————犬飼。

 

 相澤の声に、遠い昔の記憶が重なった。もう朧げになってしまった前世の記憶が鮮明な音を取り戻し、耳の奥で木霊する。

 

 犬飼は呆然と立ち尽くし、相澤を見た。

 

 二宮さん……と、音にならない声が空気に溶ける。

 

 呆然と立ち尽くす犬飼を不審に思った相澤が、もう一度「犬飼」と名前を呼んだ。

 

 「どうした、さっさと位置につけ」

 「……はい」

 

 犬飼は頭を振って感傷を振り払う。心配そうにこちらを見る障子に何でもないと手を振ってこたえ、スタートの位置につく。

 

 (……二宮さんの声だ)

 

 人は声から忘れるという話をどこかで耳にしたことがある。事実その通り、犬飼は前世で関わった人の声を、もう鮮明に思い出すことができなかった。二宮の声でさえ自身の名前を呼ばれなければわからなかったほどだ。

 

 もう2度と聞けるはずがないと思っていた声が聞けた。それは、この15年の孤独を癒すには十分過ぎる奇跡だった。

 

 「ヨーイ……」

 

 機械がスタート前の合図を鳴らす。

 麗日が隣で走る体勢を取るのとは対照的に、犬飼は自然体のままゴールを見つめた。

 

 「START!」

 

 スタートの合図とほぼ同時に、犬飼のタイムが告げられた。

 

 「0秒02」

 『しゅ、瞬間移動!?』

 

 それを見ていた生徒達が思わず叫ぶ。

 相澤も僅かに眼を見開いて犬飼を見た。

 

 犬飼が使用したトリガーは『テレポーター』。

 視線の方向に使用者のトリオン体を瞬間移動させる効果を持つ。わりと癖のあるトリガーだが、50m走という競技においてはこれほど適したものもない。

 

 「走る競技には自信があったのだが、まさか負けてしまうとは……!」

 

 それを見ていた飯田がショックを受けた様子で固まっていた。『エンジン』という個性を持つ飯田は、その個性通り走ることに特化している。まさか同学年に負けるとは思っていなかったのだろう。

 

 「いや、流石に長距離の移動はできないから、持久走だと普通に飯田くんの方が速いと思うよ? それに、エンジンがついてるのってカッコよくて俺は好きだな」

 「……君はいい人だな!!」

 「単純ね、飯田ちゃん」

 

 浮かれった飯田をばっさりと切り捨てたのは、先程飯田と50mを走った、蛙の個性を持つと思われる少女だった。

 

 「私は蛙水梅雨。梅雨ちゃんと読んで」

 「俺は飯田天哉という。……よろしく、つ、つゆ……蛙水くん!」

 「俺は犬飼澄晴。よろしくね梅雨ちゃん」

 

 あっさり梅雨ちゃん呼びした犬飼を、真っ赤な顔をした飯田が信じられないものを見るような目で見つめてくる。

 梅雨ちゃんは嬉しそうにケロケロと笑っていた。

 

 ゴールした麗日が犬飼達を見つけ走ってくる。

 

 「犬飼くんめっちゃ早いやん! ビックリしてこけそうになったよ!」

 「ごめんごめん。麗日ちゃんなら大丈夫かなって思って」

 「……犬飼くんって絶対モテるやろ?」

 

 初対面でちゃん付けしてくる犬飼に、目をぱちくりさせる麗日。蛙水や飯田も同意するように頷いている。

 

 「まあね」

 「うわぁ」

 「うわぁってなに?」

 「隠さない辺りに余裕が感じられて、本当にモテるのねと感心しているのよ」

 「解説しないで梅雨ちゃん!」

 

 あわあわと蛙水の口をふさぐ麗日。

 仲がいいなぁと思って2人を見ていると、ズボンの裾を軽く引っ張られる感覚がして足元を見る。 

 そこには個性の影響なのか、平均より小柄な男子が犬飼のズボンを握っていた。

 そして一言。

 

 「死ね」

 

 物凄い嫉妬が込められた声だった。

 

 「え、俺何かしたっけ……?」

 「初対面でなんてことを言うんだ君は! 失礼だぞ!」

 「うるせぇ! 入学初日から女子に囲まれやがって! イケメンでモテる奴なんて滅べばいいんだ!」

 

 凄い、と犬飼は思わず感心した。ここまで下心を隠さない人間がいるのか。

 

 「峰田くんも雄英合格したんでしょ? 中学の時モテたんじゃない?」

 「雄英合格あるあるだよね……!」

 

 犬飼が尋ねると、峰田は悔しそうに首を振った。

 

 「学校中の女子からお前が雄英に合格するなんて世も末、雄英も落ちたな……って言われた」

 「何をしたんだ中学時代!?」

 「それは……秘密だ」

 「最低ね峰田ちゃん」

 「急に雄英合格したの不安になってきた……」

 「先生! 除籍にするなら峰田くんがいいと思います!」

 

 犬飼は平穏な生活の為に峰田を売った。

 話が聞こえていたのか、相澤は頭が痛いという様子で額を押さえている。

 

 「……検討する」

 「まだ何もしてないのに!?」

 「まだってことはするつもりだったんじゃん!」

 

 ギャーギャー騒ぐ生徒達に、相澤が怒鳴る。

 

 「うるせぇぞお前ら。走り終わった奴は次の準備をしとけ」

 「犬飼了解」

 

 反射で前世の返事を返してしまい焦る犬飼だが、相澤はあまり気にしていないようだった。周囲も返事がいいなと不審がる様子はなく、犬飼はホッとして肩を落とす。

 

 

 

 

 

 ——————第二種目、握力。

 

 「障子何キロ?」

 「540」

 「俺の軽く5倍以上なんだけど」

 「タコってエロいよね……」

 「先生ー! 峰田くんが障子にセクハラしてます!」

 「!?」

 「俺は女にしかセクハラしねぇ! 不名誉なこというな!」

 「お前ら本当にいい加減にしろよ」

 

 人生初のセクハラをされた障子。女子にしかセクハラをしないと断言して、女子のヘイトを一気に集めた峰田。またしても峰田を売る犬飼。キレる相澤。

 

 

 ——————第三種目、立ち幅跳び。

 

 「次、犬飼」

 

 グラスホッパーを展開し、跳ねるようにして距離を稼ぐ。

 かなり長くつくられていた砂場を超え、グラウンド端のネットに到達。

 流石にグラウンドを出るのはまずそうなので、Uターンしてきたときと同じようにグラスホッパーでスタート位置まで戻る。

 

 「∞」

 「∞!?」

 

 クラスがざわつく。

 

 

 ——————第四種目、反復横跳び。

 

 「ひゅううう!!!」

 

 水を得た魚のように、峰田が3桁というすさまじい記録を叩き出す。2位以下を突き放す圧倒的な1位。 

 

 「反復横跳び3桁……! 凄いじゃないか峰田君!」

 「男に褒められても嬉しくねぇーんだよ」

 「落ち込まないで飯田くん。峰田くんがちょっと特殊な性癖なだけだから」

 「辛辣だな犬飼」

 

 女子は誰も見ていなかった。

 

 

 ——————第五種目、ボール投げ。

 

 「セイ!!」

 「∞」

 

 麗日が2人目の∞記録を出した。

 

 照れた顔で戻ってきた麗日とハイタッチを交わしていると、飯田が不安そうな顔をしているのに気づく。

 視線の先には思いつめたような顔をした癖毛の男子。そういえば朝、麗日と3人親し気に会話していたことを思い出す。

 

 「飯田くんと麗日ちゃんって、緑谷くんと知り合いなの?」

 

 今までのテストである程度名前と顔を一致させていた犬飼だが、念のため緑谷を指さして2人に問う。

 

 その時緑谷の名前が呼ばれた。ボール投げの円内へ歩いていく彼の姿を見ながら、飯田が心配を滲ませた口調で答える。

 

 「緑谷くんとは入試試験会場が一緒だったんだ」

 「0P敵から私を助けてくれたんだよ! あの大きい敵を一撃で倒してて、凄いよね……!」

 「んなわけあるか! あいつは無個性のザコだぞ!」

 

 急に会話に入ってきた爆豪が、緑谷を指さし声を荒げる。

 

 「無個性!? 無個性の人間が0P敵を一撃で倒すなんてできるはずがないだろう!?」

 「……爆豪くんと緑谷くんって仲いいの?」

 「中学まで一緒だっただけだわ!」

 「高校もじゃん」

 

 ツッコミを入れる麗日。彼女のその度胸の強さは何なのだろう。

 そんなことを考えながらレーダーで緑谷を見る。

 

 「……個性あるみたいだよ。緑谷くん」

 「なんだそれ」

 「レーダーみたいなものだよ。個性がある人間は赤い点で表示される。個性がない人間は感知できないから、間違いなく彼には個性があるよ」

 

 全員が緑谷を見る。

 振りかぶった彼の手から放たれたボールの飛距離は、46m。

 

 「な……今確かに使おうって……」

 「”個性”を消した」

 「!?」

 「つくづくあの入試は…合理性に欠くよ。

  おまえのような奴も入学出来てしまう」

 

 髪を上げた相澤の目が赤く光る。

 犬飼は該当する個性を持つヒーローに全く心当たりがなかったが、緑谷は知っているようだった。

 

 「消した…! あのゴーグル…、そうか……! 

  抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!!!」

 

 名前を聞いても犬飼はピンと来なかったが、蛙水は聞いた事があるようだった。アングラ系ヒーローらしい。

 確かに相澤の個性を考えれば、表舞台に立たない方が戦闘では優位に立てるだろう。

 

 「見たとこ…”個性”を制御できないんだろう? また行動不能になって誰かに救けてもらうつもりだったか?」

 「そっ、そんなつもりじゃ…!」

 

 僅かに声を潜めてた相澤が、自身の首に巻いていた包帯の様なもので緑谷の体を拘束し、引き寄せる。

 個性で強化された聴覚を持つ犬飼と障子、そしてもう一人の少女だけがその会話の全てを聞いていた。

 

 「どういうつもりでも、周りはそうせざるをえなくなるって話だ。

  昔、暑苦しいヒーローが大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を創った。

  同じ蛮勇でも…おまえのは一人を救けて木偶の坊になるだけ。

  緑谷出久。おまえの”力”じゃヒーローにはなれないよ」

 

 そう告げた後、相澤の髪が下りる。

 

 「”個性”は戻した…。

  ボール投げは2回だ。とっとと済ませな」

 

 沈痛な面持ちで俯く緑谷。

 何かを呟いているようだが、流石にそこまでは聞き取れなかった。

 

 緑谷が2球目を投げる。

 

 「SMASH!!」

 

 掛け声とともに放たれたボールは、空を割くような勢いで飛んでいく。

 その右手人差し指が腫れあがっているが、両足骨折などと比べれば、動けないほどの怪我ではない。

 

 大記録を見た麗日達がホッとしたように声を上げている。よほど心配していたのだろう。

 

 「やっとヒーローらしい記録出したよーー」

 「指が腫れあがっているぞ。入試の件といい…おかしな個性だ……」

 「スマートじゃないよね」

 

 犬飼はチラリと爆豪を見た。

 

 口を開けひどく驚愕している姿を見るに、彼の言っていた緑谷が無個性だというのは真実なのだろう。

 個性の発現は4歳までだ。それに例外はない。

 もし緑谷の個性が15歳で発現したとしたら、それは手足が急に一本生えたとかそういうレベルの話になる。

 

 混乱した爆豪は、爆破し叫びながら緑谷に向かっていく。

 

 「どーいうことだ、こら! ワケを言え。デク、てめぇ!!」

 「うわああ!!!」

 

 慄く緑谷。

 止めようとした犬飼だったが、自身より先に動く人物を見つけ手を引く。

 

 「んぐぇ!!」

 

 緑谷に向かっていた爆豪の体を白い布が拘束する。

 個性である爆破も使えないようだ。

 

 「ぐっ…んだこの布。固っ…!!」

 「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。

  ったく、何度も”個性”使わすなよ…俺はドライアイなんだ」

 

 相澤が爆豪の拘束を解く。

 犬飼は轟から氷を、八百万からハンカチを作ってもらい、爆豪から逃げるようにこちらに走ってきた緑谷に渡す。

 

 「轟くんと八百万ちゃんからだよ。指、冷やしたほうがいいんじゃない?」

 「あ、ありがとう……」

 

 麗日が心配そうに緑谷に駆け寄る。

 

 障子が爆豪の方にチラリと視線を向けるが、犬飼は「2人の問題だからね、外野がとやかく言う事じゃないでしょ」と放置することを告げる。 

 というか言ったところで、緑谷はともかく、素直に聞く爆豪ではない。

 

 障子もそう思ったらしく、爆豪に声を掛けることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その後上体起こし、長座体前屈、持久走と全ての種目が終了した。

 

 「んじゃパパッと結果発表。

  トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。

  口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する」

 

 その言葉と共に、空間に投影されたスクリーンに成績が表示される。

 

 ——————————————————————————————————————————

  1.八百万 百

  2.犬飼 澄晴

  3.轟 焦凍

  4.爆豪 勝己

  5.飯田 天哉

  6.常闇 踏影

  7.障子 目蔵

  8.尾白 猿夫

  9.切島 鋭児郎

 10.芦戸 三奈

 11.麗日 お茶子

 12.砂藤 力動

 13.蛙水 梅雨

 14.青山 優雅

 15.瀬呂 範太

 16.上鳴 電気

 17.耳郎 響香

 18.葉隠 透

 19.峰田 実

 20.緑谷 出久

 ——————————————————————————————————————————

 

 「ちなみに除籍はウソな」

 

 さらりと告げた相澤に、生徒たちの目が点になる。

 

 「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 「はーーー!!!???」

 「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えればわかりますわ」

 

  驚きでまともな言葉が出ない飯田達に、八百万が呆れたように言う。

 

 「そゆこと。これにて終わりだ。

  教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ。

  緑谷。

  リカバリーガールのとこ行って治してもらえ。  

  明日からもっと過酷な試練の目白押しだ」

 

 そう告げて、相澤は担任のサイン入りの「保健室利用書」を緑谷に渡す。

 そのまま踵を返す相澤に、犬飼は言葉を投げかけた。

 

 「相澤先生、雄英高校のヒーロー科の2年生って一クラスしかないらしいですね」

 

 皆が一斉に犬飼を振り返った。

 

 「……それがどうかしたか?」

 

 相澤が足を止めて犬飼を見る。

 

 「先生が一クラス全員除籍したんじゃないですか?」

 

 障子がぎょっとした顔で犬飼を見る。

 犬飼の言葉に反論したのは、相澤ではなく生徒だった。

 

 「いや、さっき先生ウソだって言ってただろ?」

 「そうですわ! そんな職権乱用認められるわけが……!」

 

 「正解だ」

 

 「え……?」

 

 「あいつらにはヒーローとしての見込みがなかった。

  だから除籍した。それだけの話だ。

  ……お前らも見込みがなければいつでも切り捨てる。覚悟することだな」

 

 何か疑われている気がするが、犬飼自身に恥ずべきことなどないので笑って返す。相澤はそれ以上何も言わず、今度こそ校舎へ消えていった。

 

 そして一気に騒ぎ出す生徒達。

 

 「いやいやいやいや! 結局ウソなの? ホントなの!?」

 「え? 明日から俺大丈夫かな? 既にやっていける気がしないんだけど……?」

 「ほ、本当に除籍する教師がいらっしゃるなんて……!」

 「終わった……。俺のバラ色スクールライフが……」

 

 阿鼻叫喚である。

 

 犬飼は処理落ちして固まっている障子の手を引いて、さっさとグラウンドを出る。轟や爆豪など動揺からいち早く立ち直った生徒も同じように校舎へ向かう。

 

 他の生徒達は先程の衝撃のせいか、グラウンドから出る気配がない。

 このままだと合理主義の鬼が飛んでくる気がした犬飼は、一応声を掛けることにした。

 

 「みんな、早く着替えたほうがいいんじゃない?

  モタモタしていると相澤先生に除籍されるよ?」

 

 皆が一斉に走り出した。たった一日で、ここまで調教できている相澤先生の手腕に感心する犬飼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーロー基礎学①

 

 入学初日の試練を乗り越えた、翌日。

 

 早々に授業が始まり、午前中は必修科目の授業が行われた。教師はもちろんプロヒーローで、意外と普通に授業をしていた。むしろ普通過ぎて期待していた生徒達は少しがっかりしていたようだ。

 

 昼休みは大食堂でクックヒーロー”ランチラッシュ”による一流の料理が、学生価格で楽しめる。

 これだけで雄英に来た甲斐がある、そう零すと一緒に食事していた障子達も同意していた。

 

 そして、午後の授業。

 ヒーロー基礎学の担当はあのNO.1ヒーロー”オールマイト”。

 授業開始前からソワソワしていた生徒達は、勢いよく登場した彼に歓声を上げた。

 

 「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!」

 

 昔のコスチュームを着て登場したオールマイト。その威風堂々とした姿に、生徒達は憧れの眼差しを向けた。

 

「早速だが今日はコレ! 戦闘訓練!!!」

 

 オールマイトは『BATTLE』と書かれたプレートを見せる。

 戦闘という言葉に、午前中はつまらなさそうに授業を受けていた爆豪が急に生き生きし始めた。

 

 「そしてそいつに伴って…こちら!!!」

 

 オールマイトが手元の機械を操作すると、教室の壁が一部迫り出し、棚が飛び出してきた。

 

 「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた……戦闘服(コスチューム)!!」

 「おおお!!!」

 

 出席番号の記載されたアタッシュケースがそれぞれ手渡される。

 被服控除を申請していない犬飼の分も用意されており、戸惑いながらとりあえず受け取る。

 

 「犬飼少年はコスチュームなしということだったが、一人だけないのもどうかという意見が出てね。

  個性届と入試の実技試験を参考にこちらでコスチューム依頼しておいた。

  プロになれば生身で戦うこともあるだろうから、持っておいて損はないと思うよ」

 

 「……ありがとうございます」

 

 穏やかな声でオールマイトがコスチューム制作の経緯を話す。

 犬飼は教師たちの優しさをギュッと抱き締め、珍しく含みのない笑顔でお礼を言った。障子と目が合う。よかったなと言外に語る障子に犬飼も笑みを返した。

 

 

 皆がコスチュームを受け取ったのを確認して、オールマイトが学内の見取り図を黒板に表示する。

 

 「着替えたら順次、グラウンド・βに集まるんだ!!」

 「はーい!!!」

 

 

 

 

 

 

 男子更衣室。

 アタッシュケースに同封されていた説明書を参考に、皆着替え始める。

 

 犬飼のコスチュームは案の定スーツだった。耐火性・防水性・防弾性など、シンプルな分素材にこだわりました、と説明書には書かれている。

 ネクタイは無地で、犬飼は後で二宮隊のマークを入れてもらおうと脳内にメモする。

 

 装飾が少ない犬飼は着替えに戸惑う事もなくさっさと着替え終わる。

 先に着替えていた障子がスーツ姿の犬飼を見て「入試の時の衝撃を思い出すな」と言った。

 

 「どう? カッコいい?」

 「あぁ、良く似合っている」

 

 真顔で頷く障子。

 

 「障子もカッコいいよ。というか同じ男として羨ましい体格だよね」

 

 平時と同じように口元を覆うマスクには触れず、純粋に羨ましいと思った部分のみを口にする。

 犬飼の言葉に障子は何処かホッとしたように「鍛えているからな」と返した。

 

 

 

 

 

 

 着替え終わった生徒達がグラウンド・βに集合する。

 

「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?!?」

 

 某ライダーのように顔が全く見えないロボット風のコスチュームに身を包んだ飯田が、手を上げて質問する。

 

 「いいや! もう二歩先に踏み込む! 屋内での対人戦闘訓練さ!!

  敵退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内のほうが凶悪敵出現率は高いんだ」

 

 そう言ってオールマイトは今日の戦闘訓練の内容を発表した。

 

 二人一組でペアを組み、「敵組」と「ヒーロー組」に分かれ屋内戦を行う。

 「ヒーロー」の勝利条件は、制限時間内に敵全員を捕縛するか敵が屋内に隠した核兵器を回収する事。

 「敵」の勝利条件は、制限時間まで核兵器を守るかヒーローを全員捕まえる事。

 

 設定が突拍子もなさ過ぎて現実感が湧かないが、とりあえず条件は皆が理解した。

 

 「コンビ及び対戦相手は、くじだ!」

 

 適当ではないか?と言った飯田を緑谷がやんわり説得して、早速くじ引きが始まる。

 出席番号順にくじを引いていき、犬飼は尾白とIチームになった。

 

 「よろしくね尾白くん」

 「呼び捨てでいいよ。俺も犬飼ってよんでいい?」

 「全然いいよ。じゃあ早速だけどお互いの個性把握しとかない?」

 

 一回戦はヒーロー側が緑谷と麗日、敵側が飯田と爆豪だった。

 

 「敵チームは先に入ってセッティングを!

  5分後にヒーローチームが潜入でスタートする。

  他のみんなはモニターで観察するぞ!」

 

 対戦する4人以外は、戦闘訓練が行われるビルの地下にあるモニタールームで訓練を様子を観戦するらしい。

 地下室へ移動しながら犬飼は尾白と互いの個性を説明し合った。

 

 「俺は見た通りだけどこの尻尾。猿みたいに移動したり、昔から習ってる武術を活かした接近戦が得意、かな?」

 

 尾白に生えた尻尾は太く、振り回せば人一人くらい軽く吹っ飛ばせそうだ。

 断りを入れて触ると、かなり頑丈でどっしりとしている。尻尾の先はふわふわとしていて、触り心地がいい。しばらく触っていると尾白がだんだん顔を赤くしたので、そっと手放す。

 

 「俺の個性は『武装生成』。名前だけじゃわかりづらいけど、今この体も生身じゃなくて個性で作られた戦闘用の体なんだよね」

 「……なんでスーツなの?」

 

 やっと言いたいことが言えたみたいな顔をして尾白が問う。

 前世の名残なんです……なんて言えないので、犬飼は「戦闘服ならスーツだよね」と適当に答えた。

 地下室に着く。

 

 「昨日50m走で使った瞬間移動とか、走り幅跳びで使った跳ねる板『グラスホッパー』って俺は呼んでるけどそういうのを造ったりもできる。後はシールドとか銃とか剣とかかな」

 「凄い……応用が利く個性だね」

 「でも俺、剣使えないから近接戦苦手なんだよね。どっちかっていうと、銃乱射して中距離から相手を落とすほうが得意」

 「……それ死なない?」

 「弾丸が当たっても痛みと衝撃で気絶はしたけど怪我はなかったから大丈夫」

 

 念のため犬飼も自身で検証したので間違いない。

 

 「全然大丈夫じゃないと思うけど……」

 

 僅かに青い顔をして尾白がツッコんだ。

 その時、一回戦開始の合図が鳴り響いた。口を噤んでモニターに目を向ける。

 

 

 

 ——————はっきり言えば、一回戦は悲惨の一言に尽きた。

 まぁ爆豪と緑谷に因縁があることは皆薄々気づいていたので、何かしらあるだろうとは思っていた。だがここまで酷い結果になるとは流石の犬飼も予想外である。

 

 爆豪は私怨で独断専行、個性の爆破による大規模な攻撃でビルを破壊。

 緑谷は爆豪に応戦するためとはいえ、扱いきれない個性の使用で重傷を負い保健室行き。

 麗日は戦闘訓練中に気を緩めたり、ハリボテとはいえ核に向けて瓦礫を飛ばすなど実践を想定した行いに欠けていた。

 飯田も麗日から逃れるためとはいえ、核を抱えて走るのは危険行為と言わざるを得ないが、上3人に比べればまだ及第点の範囲内である。

 

 試合に勝ったのはヒーローチームだが、戦闘訓練の意味を考え動こうとしていた飯田が一番マシだった。

 

 オールマイトも訓練中何度も危険行為があったにもかかわらず、殆ど最後まで中止の合図を出そうとしなかった。生徒達が中止すべきであると訴えたにも関わらずだ。

 もし彼が教師の義務を果たしていたならば、緑谷はあそこまで重傷を負うことはなかっただろう。

 オールマイトが新任教師だということを改めて実感した試合でもあった。

 

 訓練後の講評でも同様の事が八百万の口からわかりやすく説明された。

 訓練では負けたものの、飯田はベストな動きだったと評価されことに感動し、爆豪は結果を受け止めきれないのか反論もせず、呆然としている。

 麗日は講評を聞いて反省するように俯いていた。

 

 

 爆豪と緑谷によってビルがボロボロにされたので、場所を移動することになった。

 

 そして第二回戦。

 

 「ヒーロチームBコンビ、敵チームIコンビ! 犬飼少年と尾白少年は先にビルに入って準備をするように!」

 

 そう言って「ビルの見取り図」と「小型無線機」、敵チームに巻き付けることでとらえた証明となる「確保テープ」が手渡された。

 セッティング時間は5分。犬飼は尾白と共に地下室を出て、ビルの階段を上がった。換装すると、後ろにいた尾白から小さく驚きの声が上がる。

 

 核兵器のある4階へ向かった犬飼は、尾白に「核は動かさない」と告げた。

 

 「障子の個性は触手の先端に目とか耳を複製できるから、居場所は早々にバレる。

  なら核兵器の位置で時間を使うより、情報共有と作戦に時間を割いた方が効率的だと思うんだよね」

 「そういうことなら異論はないよ。障子は腕を生やす個性かと思ってたけど、目とかも作れるんだ、知らなかった。

  轟の個性は多分氷と炎だよな? 昨日のテストのとき使ってたし」

 「だね。あと多分だけど氷は右、炎は左でしか使えないんじゃない? 

  氷の方が得意なのか、テストでは炎は氷を解かす以外では使ってなかったし警戒するなら氷結の方かな」

 

 話しながら、ビルの見取りを頭に入れる。

 

 「出来れば障子を先に捕らえたい。

  最初に俺たちの位置が把握されるのは仕方がないとしても、動きを全部把握されてたらやりにくいからね」

 「そうだね。テープを巻くのは俺?」

 「尾白が適任だと思うよ。俺の戦闘スタイルって基本片手銃で塞がってるから」

 

 左手に出した銃を見せると、尾白の瞳が輝く。男は銃好きだよね。わかる。

 

 そうして作戦を詰めているとあっという間に5分が経過した。

 

 「それでは屋内対人戦闘訓練第二戦、スタート!!」

 

 

 

 

 

 ビル入り口。

 障子は触手の先に生やした複数の耳で、ビル内の様子を探索した。

 

 「4階の北側の広間に二人共いるな。おそらく核もそこだろう」

 

 その言葉を聞くと、轟は障子の横を抜けてビル内を進む。

 

 「外出てろ、危ねぇから。

  向こうは防衛戦のつもりだろうが……俺には関係ない」

 

 障子が何か言うより、轟の右手が壁につく方が速い。障子は巻き込まれないよう慌ててビルを飛び出した。

 

 

 

 

 

 「ビルを出た? ……尾白!」

 

 レーダーでヒーローチームの動きを監視していた犬飼が、急にビルから飛び出した反応を見てこれから来る攻撃を予測し声を上げる。

 

 「犬飼!?」

 

 尾白を抱え上げ、銃で窓を割り尾白と共に窓から飛び降りる。

 同時に轟による氷結攻撃で、ビルが音を立てて凍り付いた。  

 

 落下する犬飼達に気づいた障子が、顔を上げる。

 

 「反応が遅いよ」

 

 尾白を空中に放り投げる。

 左手の銃から乱射された追尾弾(ハウンド)が障子に向かって飛んでいく。弾丸を避けるため障子は意図せずビルから大きく遠ざかった。

 

 「障子!」

 

 外の様子に気づいた轟が慌ててビル内から出てくる。

 だが、遅い。

 

 被弾した障子が気絶する。

 犬飼は着地と同時に、弾を通常弾(アステロイド)に切り替え轟に向けて銃弾を放った。轟は即座に氷を張って射撃を防ぐ。

 

 その間に着地した尾白が、気絶した障子にテープを巻き、「障子確保!」と叫んだ。

 

 犬飼はバックステップで障子の方へ下がり、跳ねるようにして立ち上がった尾白が轟に向けて走る。

 向かってくる尾白を凍らせようとした轟の前で、その姿が一瞬で掻き消える。

 

 視界から消えた尾白に動揺する轟に、犬飼はグラスホッパーを踏ませ空へ打ち上げた。

 

 瞬時に状況を把握した轟が空中で態勢を整えようとしたとき、腹部に凄まじい衝撃が走る。

 

 「……ッ!!」

 

 犬飼に撃たれたのだと理解するより早く、さらなる追撃が轟を襲う。

 

 轟と同じようにグラスホッパーを踏んで跳びあがっていた尾白が、自身に向かって跳んでくる轟に尻尾を旋回させて叩きつけたのだ。

 

 まともに尾白の攻撃を食らった轟は受け身もとれず地面に打ち付けられた。

 ほんのわずか、衝撃で意識が途切れる。

 

 それを犬飼は見逃さない。

 

 トリオンキューブを出し、銃撃と同時に轟に向けて射出した。

 朦朧とした意識の中、氷を出して射撃を防ごうとした轟だったが、先程より格段に増えた攻撃に氷を削られ——————被弾。

 

 氷の生成が止まり、轟が気絶したことを確認した尾白が確保テープを巻く。

 

 『敵チーム、WIN!!』

 

 試合開始から僅か2分。

 オールマイトが試合終了を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーロー基礎学②

 

 試合終了後、凍結されたビルでは今後の試合が続行不可能と判断され、再度ビルを移動することになった。

 気絶したまま目を覚まさないヒーローチーム2人を除いて、講評が行われる。

 

 

 「2人ともお疲れさん! 今戦のベストは犬飼少年だ!」

 

 オールマイトの言葉にクラスから拍手が鳴る。

 

 「今回は犬飼少年の個性が複雑なのも相まって、本人の解説付きでいこう!」

 「えぇ……」

 

 情けない声を上げる犬飼に尾白がわざとらしく背中を叩く。

 

 「まずこの試合で勝敗を分けたのは、轟少年の最初の攻撃に対する対応だ!

  轟少年の先制攻撃は、仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化!

  犬飼少年が攻撃に気づいて回避していなければ、ここで試合が決まっていただろう」

 

 オールマイトの言葉に、蛙水が「はい」と手を挙げた。

 

 「ハイ、蛙水少女!」

 「犬飼ちゃんは轟ちゃんの攻撃に事前に気づいていたわよね? どうして?」

 

 生徒達の視線が犬飼に集まる。

 犬飼は解説の為わかりやすくレーダーを掌に展開させた。

 

 「俺の個性は『武装生成』っていって、簡単に言えば武器とかを創る個性なんだよね。

  このレーダーもその一つ。

  この赤い点は個性反応をあらわしてて、あの時障子がビルから慌てて飛び出したのを見て、轟が大規模な氷結を出そうとしてるんだと判断したってわけ」

 「何で障子だって思ったんだ? 轟の可能性もあるだろ?」

 

 瀬呂が冷静に指摘する。

 

 「障子はビル内の探知ができる個性を持ってるからね。

  そういう人が仲間にいると、状況把握のため先に動くのは探知できる個性を持ってる人間に自ずと限定される。

  最初しばらく内部の状況把握の為に入り口から動かなかったしね」

 「たしかに、ビルの中の状況がわかる個性持ちがいたら先に入ってもらうな……」

 

 生徒達が納得したように頷く。

 今度は八百万が手を挙げた。

 

 「ハイ、八百万少女!」

 「轟さんの攻撃を避けるためとはいえ、屋外へ出たのは何故ですか? 

  あの跳ねる板「グラスホッパー?」グラスホッパーと言うんですね! そのグラスホッパーがあれば、屋内でも攻撃を避けられたのではないですか?

  わざわざ外に出る危険を冒してまで回避する理由があったのでしょうか?」

 「まあそうだね、グラスホッパー以外でも轟のビル氷結を避ける方法がなかったと言えば嘘になるかな」

 

 例えばだが、犬飼だけなら足元を凍らせられても、一度換装を解けば足元の氷結を回避できる。

 ボーダーのトリガーが、トリガーオフすると生身が周囲の物と干渉しない位置に出現するよう設定がなされているためだ。

 だが、轟の攻撃が厄介であることは変わらない。

 

 「轟の氷結は避けられるけど、厄介であることには変わらない。

  元々轟の氷結対策として、障子を先に捕まえて人質にしようとは考えてたんだよね。

  あの時いい感じに轟と障子が離れてくれたし、轟も攻撃後で油断があった。

  落とすならココだと思ったね」

 「てか障子も轟も撃たれてたけど、あれ大丈夫なのか?」

 

 不安げに切島が問う。

 それに答えたのはオールマイトだった。

 

 「そこは安心したまえ、切島少年!

  ヒーローチーム2人に怪我はない。

  犬飼少年の銃弾は、生身の人間に当たっても衝撃と痛みで気絶するだけで物理的損傷を与えることはない!」

 「痛みと衝撃で気絶……」

 「安心できるかっ!」

 「俺も事前に聞いてたけど、障子が気絶したとき、一瞬「死んだ?」って焦ったもんな」

 「尾白、空中でぶん投げられてたしな」

 「見事な着地だった」

 

 真っすぐな称賛に尾白が照れたように尻尾を揺らす。

 

 「ビルから出てきた轟を見て、攻撃を耐えられるのならまだしも反撃までは予測してなかったなーってのがわかったからね。

  冷静さを取り戻される前に畳みかけたほうがいいと思って、尾白にもそう伝えたよ。

  普段の冷静な轟なら、尾白が跳んだのにも気づくはずだから。あの時点でほぼ勝負は決したかな」

 「あの時の……四角いやつななんなの! めっちゃ光ってたやつ!」 

 「あれは銃を使わず弾丸をそのまま飛ばしたんだよ」

 「そんなこともできんの!? 個性自由過ぎだろ!?」

 

 ある程度質問が終わったタイミングを見計らって、オールマイトが手を叩く。

 

 「負けてしまったヒーローチームだが、轟少年の策は決して間違ってない。

  普通ならほぼ最初の攻撃で勝敗が決まっていただろう!

  レーダーで位置を把握できていたとはいえ、敵の攻撃を予測し反撃に繋げて見せた敵チームが見事だった!

  ……自身でも気づかない僅かな気の緩みが勝敗を決することもある。それを忘れないように」

 

 実感が籠った声だった。

 生徒達はその声に込められた思いを受け取り、元気よく返事を返した。爆豪だけが俯いたまま動かず、犬飼はそれが少し気にかかった。

 

 

 

 

 

 

 その後はビルを使用不可にする攻撃もなく、滞りなく全チームの対人戦闘訓練が終了した。

 

 演習場の出入り口で最後のまとめが行われる。

 

 「お疲れさん!!

  障子少年と轟少年が気絶したものの、緑谷少年以外は大きな怪我もなし!

  しかし真剣に取り組んだ!!

  初めての訓練にしちゃ皆上出来だったぜ!」

 「相澤先生の後でこんな真っ当な授業…何か拍子抜けというか…」

 

 「本当にそれな」という顔で皆が頷く。

 

 「真っ当な授業もまた私たちの自由さ!

  それじゃあ私は緑谷少年たちに講評を聞かせねば!

  着替えて教室にお戻り!!」

 

 言い終わる前にオールマイトの姿が消える。よほど急いでいるらしい。

 

 「うわっ!!」

 「オールマイトすっげぇ!」

 「なんであんなに急いで……?」

 「カッケェ!!」

 

 

 

 

 

 

 そうして一日の授業が終了した。

 着替えて終わった生徒が教室へ戻る中、犬飼は保健室の前に立っていた。

 扉をノックしようとして、中から聞こえてきた声に動きを止める。

 

 「わたしに謝ってどうするの!?」

 

 リカバリーガールの声だ。

 

 「疲労困憊の上、昨日の今日だ!

  一気に治癒してやれない!

  応急手当はしたから点滴全部入ったら日をまたいで少しずつ活性化してくしかないさね!」

 

 緑谷の怪我の事だと、犬飼は理解した。

 リカバリーガールの治癒は、怪我をした本人の体力を使用すると聞く。連日の治癒は緑谷への負担が大きい、ということだろう。

 にしても叱られているのは誰なのだろう……? 扉の向こうの会話に耳を澄ませていると、衝撃の言葉が飛び込んできた。

 

 「全く…”力”を渡した愛弟子だからって、甘やかすんじゃないよ!」

 

 (力を渡す……?)

 

 「返す言葉もありません…。

  彼の気持ちを汲んでやりたいと…訓練を中断させるのを躊躇しました。

  して…その…あまり大きな声でワン・フォー・オールのことを話すのはどうか……」

 「あーはいはい。ナチュラルボーンヒーロー様、平和の象徴様」

 「この姿と怪我の件は雄英の教師側には周知の事実!

  ですが私の個性”ワン・フォー・オール”の件はあなたと校長、そして親しき友人、あとはこの緑谷少年のみの秘密なのです」

 

 男性の声は知っているものと違う気がしたが、言葉からしてオールマイトなのだろう。

 つまり、オールマイトは大怪我を負っておりヒーロー活動が難しくなったため緑谷に自身の個性を譲渡した、ということか。

 緑谷の個性を制御できない理由を知り、なるほどなと犬飼は声に出さず納得する。

 

 「トップであぐらをかいてたいってわけじゃないだろうがさ。

  そんなに大事かね”ナチュラルボーンヒーロー”、”平和の象徴”ってのは」 

 「いなくなれば超人社会は悪に勾引かされます。

  これはこの”力”を持った者の責任なのです!!」

 

 オールマイトは揺るがぬ意思でそう答えた。

 

 「……それなら尚更、導く立場ってのをちゃんと学びんさい!!」

 「はい……」

 

 会話が終わって暫くしてから、犬飼は保健室のドアをノックした。中から慌てたような声が聞こえる。

 「私は隠れます……!」「全然隠れてないよ!」と会話が聞こえてので、開けずにドアの前で要件を告げた。

 

 「1年A組の犬飼です。

  障子くんと轟君の様子を見に来ました……あの、入っても大丈夫ですか?

  お忙しいなら出直しますが……」

 「いや、入ってくれいいよ」

 

 リカバリーガールから入室の許可が下りる。

 ドアを開けると室内にオールマイトの姿はなかった。靡くカーテンから、窓から出たんだろうなと推測したが、余計なことは言わない方がいいだろう。

 

 「気絶してた2人なら既に意識を取り戻して更衣室に向かったよ。

  すれ違わなかったのかい?」

 「真っすぐ来たんですけど……なんでだろ?

  あ、緑谷くんの容態はどうですか?」

 「見ての通りさね。

  昨日の怪我の治癒で体力が削られてるから、明日以降少しずつ治癒していくしかないね。

  ……クラスメイトなら少し気にかけてやっておくれ」

 

 ボロボロの体で横たわる緑谷を、リカバリーガールが痛ましげに見つめる。

 先程の会話を聞いてしまったこともあり、犬飼は了承の返事を返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 その後、教室に戻った犬飼は着替え終わって帰ろうとしていた轟と障子を見つけ駆け寄った。

 口を開こうとした犬飼を、障子が制する。

 

 「謝罪は不要だ。……俺の力が足りなかった。次は負けない」

 「謝罪するつもりは無かったけど……楽しみにしてるよ」

 

 闘気を燃やす障子にそう答えて、轟を見る。

 殺気すら感じる強い視線に、流石の犬飼もたじろいだ。

 

 「……お前、身内にヒーローとかいるのか?」

 「警察官ならいるけどヒーローはいないね」

 「戦闘訓練は?」

 「独学だよ」

 「……そうか。次は倒す」

 

 それだけ告げると、轟はさっさと踵を返して教室から出ていった。

 犬飼達のやり取りを見ていた他の生徒達も、轟の放つ異様な雰囲気に飲まれただ見送ることしかできない。

 

 「……え、こわ」

 

 思わず漏れた犬飼の声に、空気が弛緩する。

 

 「いやもっと怖がれよ!」

 「顔がいい奴が怒ると怖いってマジだったんだな……俺じゃなくてよかった、イテッ」

 

 他人事な上鳴にチョップを叩きこんで、犬飼も帰る準備をする。

 訓練の反省会に誘われたが、緑谷のコスチュームとカバンを保健室に持っていくよう頼まれたと伝えるとあっさり引いていった。

 

 「俺も帰る」

 「あ、俺も一緒に帰っていいかな?」

 「2人とも反省会参加しないの?」

 

 既に荷物を持った障子と尾白に一応尋ねる。

 

 「反省会は先程参加した」

 「俺は犬飼ともっと話してみたくてさ」

 

 淡々と答える障子と、尻尾を振りワクワクした様子を隠しきれていない尾白の言葉に犬飼は本人がいいならいいかと頷きを返す。

 緑谷のカバンと机の中身を回収し、障子が更衣室からとってきてくれた緑谷の制服をリカバリーガールに預ける。

 

 帰り道、「田舎から出てきたためマックに行ったことがない」という障子の言葉に顔を見合わせた尾白と犬飼。

 反省会の会場が決定した。

 

 初めは困惑していた障子だったが、注文した後は反省会の方に意識がいったのかリラックスした様子だった。

 

 慣れない様子が可愛かったので、もっと他のとこにも連れていこうと犬飼と尾白はこっそり計画を立てた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マスコミと委員長決め

 

 戦闘訓練、翌日。

 

 オールマイトが雄英の教師に着任したというニュースは日本全国を驚かせ、連日マスコミが学校に押し寄せる騒ぎとなっていた。

 

 登校する生徒達マイクとカメラを向け、執拗にインタビューをせがむ報道陣。

 

 犬飼はインタビューされている生徒の脇を縫うようにして進み、声を掛けられる前に校舎へ入った。

 

 雄英高校の教師になるだけでこれほど注目されるのだ。もしオールマイトに弟子がいるなんて知られたら、これ以上の騒ぎになる事間違いなしである。

 昨日聞いた事はこっそり胸に秘めておこうと改めて決意した犬飼だった。

 

 

 

 

 

 「昨日の戦闘訓練、お疲れ。Vと成績見させてもらった。

  爆豪。おまえもうガキみてぇなマネするな。能力あるんだから」

 「……わかってる」

 

 (あらら……昨日何かあったのかな?)

 

 素直に相澤の言葉を受け入れる爆豪を、犬飼は少しの驚きを持って眺めた。

 

 「で、緑谷はまだ腕ブッ壊して一件落着か」

 

 名指しされた緑谷の肩が跳ね上がる。

 

 「”個性”の制御…いつまでも「出来ないから仕方ない」じゃ通させねぇぞ。

  俺は同じ事言うのが嫌いだ。

  それさえクリアすればやれることは多い、焦れよ緑谷」

 「っはい!」

 

 相澤の助言に緑谷は元気よく返事をした。

 

 「さてHRの本題だ…、急で悪いが今日は君らに……」

 

 変に言葉を区切る相澤に、また無茶難題を吹っ掛けられるのではと生徒達に緊張が走る。

 犬飼も思わず身構えた。

 

 「―――学級委員長を決めてもらう」

 「学校っぽいの来たーー!!!」

 

 何故間を開けたのか。

 無駄に緊張した……と犬飼は机に突っ伏した。

 

 「委員長!! やりたいです、ソレ俺!!」

 「俺も!」

 「ウチもやりたいス」

 「ボクの為にあるヤツ☆」

 「リーダー!! やるやるー!!」

 

 生徒達が一斉に手を挙げ主張し始める。

 

 ヒーロー科では集団を導く素地を形成することができると、クラス委員に立候補する生徒が多い。

 犬飼は、この我が強いクラスをまとめるのは面倒だから絶対嫌だ、頼まれてもやりたくないと思っていたので、皆のやる気は凄く有難かった。

 

 このまま立候補者でジャンケンでもしてパパッと決めてくれないかなぁと思っていると、飯田が勢いよく声を上げた。

 

 「静粛にしたまえ!! 

  ”多”をけん引する責任重大な仕事だぞ……! 「やりたい者」がやれるモノではないだろう!!

  周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…! 民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決めるべき議案!!!」

 「そびえ立ってんじゃねーか!! 何故発案した!!!」

 

 右手を真っすぐ上に伸ばしそう述べた飯田に、切島がツッコむ。

 

 「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」

 「梅雨ちゃん、女の子がクソはダメだよ」

 「そんなん皆自分に入れらぁ!」

  

 蛙水と切島の反論に、飯田は「だからこそ」と言った。

 

 「ここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間という事にならないか!?

  どうでしょうか先生!!!」

 「時間内に決めりゃ何でも良いよ」

 

 寝袋を取り出し寝る態勢に入った相澤が、テキトーな返事を返す。

 投票が始まり、犬飼は少し悩んだ後「蛙水梅雨」と記載した。

 

 

 

 

 

 結果、緑谷に3票、犬飼と八百万と蛙水に2票、他1票と0票という結果になった。

 

 尾白と障子を見ると、二人が犬飼に向けてサムズアップする。だよね、きみたちだろうと思ったよ。

 

 「僕3票ーー!!!?」

 「なんでデクに……! 誰が…!!」

 「まーおめぇに入れるよかわかるけどな!」

 

 瀬呂が爆豪の地雷でタップダンスを踊るのを合掌して見送る。

 

 「0票…わかってはいた!! さすがに聖職といったところか…!!」

 「他に入れたんですのね……」

 「おまえもやりたがっていたのに…何がしたいんだ飯田…」

 

 落ち込む飯田を呆れた顔で見る八百万と砂藤。

 相澤は黒板に書かれた結果を見ると、複数票を確認した4人を手招きした。

 

 「委員長は緑谷。副委員長は3人で話し合って誰にするか決めろ。時間は3分な」

 「えーーーー!」

 「そんな……!」

 「先生、無茶言うわね」

 「だよねぇ……」

 

 委員長に抜擢されカチンコチンになっている緑谷を置いて、犬飼達3人は話し合いの為廊下へ出される。

 

 他の2人が何かを言う前に、犬飼は「俺は辞退するよ」と言った。

 人生2周目の犬飼が、やる気がある人間を押しのけてまでクラス委員をするのは少し気が引けたからだ。

 

 「緑谷くんが委員長なら、副委員長は女子の方がいいと思うんだよね。

  相澤先生も男だからね、女子たちの悩みとかケアしにくいだろうから」

 「それは……あるかもしれませんね」

 

 犬飼の言葉に普段の相澤先生の姿を思い浮かべた2人が、同意する。

 

 「わかったわ、犬飼ちゃんがそれでいいなら」

 「じゃあ後は2人で決めてよ、あと2分だから」

 

 ひらひらと手を振って教室に戻る。

 至極がっかりした表情の峰田と視線が合ったので、「クラス委員はおれじゃないよ」というと「ヒーヤッホゥ!!」と奇声を上げて喜んでいた。

 

 1分程して、話し合いを終えた蛙水達が教室のドアを開けた。

 相澤が問う。

 

 「どっちだ?」

 「私です」

 「ケロ」

 「そうか、じゃあ委員長緑谷、副委員長八百万だ」

 

 名前を呼ばれた2人が黒板の前に立つ。

 犬飼が拍手を送ると、釣られた皆も拍手を送った。

 

 

 

 

 

 「犬飼に入れたのは迷惑だったか……?」

  

 昼休みの食堂で障子と尾白と3人で食事を摂っていた犬飼は、ご馳走様と手を合わせたタイミングで障子から発せられた言葉に目を瞬かせた。

 

 「急にどうしたの?」

 「……さっきの委員長決めの時、犬飼は自分に入れていなかっただろう? やりたくなかったのかと思ってな」

 「やりたくないっていうか、向いてないって感じ? 俺誰かを引っ張っていくタイプじゃなくない?」

 「そう? なんか犬飼って人の輪の中心にいるイメージあるんだけど」

 「わかる」

 

 尾白の言葉に障子が重々しく同意した。

 

 「ていうか犬飼は誰に入れたの? 2票は俺と障子だよね?」

 

 障子、犬飼から少し遅れて食べ終わった尾白が食後の挨拶を終えて、そう尋ねた。

 

 「ん? 梅雨ちゃんだよ。自分のやるべきことを弁えてて、且つ協調性が高くて真面目過ぎないところが委員長っぽいなって思って」

 「……なるほど。たしかに言われてみれば適任な気がするな」

 

 とその時だった。

 

 突然警報が鳴り、続くように校内放送が響き渡った。

 生徒達が一斉に立ち上がる。

 

 『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難して下さい。繰り返します―――』

 

 「セキュリティ3?」

 「校舎内に誰かが許可なく侵入したってことだったはずだよ。

  一先ず情報を知ってそうな人に確認してみよう」

 

 食堂にいた生徒達が避難しようと入り口に殺到、一気に混乱が広がった。

 反射的に立ち上がった障子達も、普段通りの犬飼の態度に僅かに緊張が解ける。

 

 (こういうところなんだけどな……)

 

 電話を掛ける犬飼を見て、尾白は口には出さずそう思った。

 

 5コール後に通話が繋がる。

 

 『犬飼か。今手が離せない、用事なら後で———』

 「校舎内で警報とセキュリティ3の放送が鳴りました。原因をご存じですか?」

 『……報道陣が校門を破壊して侵入した。俺とマイクで校舎への侵入を阻止している』

 「警察へ通報は?」

 『した』

 「屋外の避難はやめた方がいいですね。誰か校内放送できる人はいますか?」

 『今どこいる?』

 「食堂です」

 『食堂ならキッチンに校内放送用のマイクがある筈だ。ランチラッシュがいるなら対応を依頼してほしい』

 「わかりました」

 

 電話が切れる。

 

 「朝のマスコミが校門を破壊して侵入したのが原因だってさ。

  今相澤先生たちが校舎内に入らないよう止めてるって」

 「マスコミって、朝の?」

 「うん。ランチラッシュに屋外への避難を取りやめるよう校内放送入れてもらうよ」

 

 周囲を見渡していると、飯田が勢いよく出入口に跳んでいくのが見えた。

 非常口のピクトさんみたいな恰好で壁に張り付く。

 

 「皆さん…大丈ー夫!!

  ただのマスコミです! なにもパニックになることはありません。大丈ー夫!!

  ここは雄英!!

  最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 飯田の体を張った言葉で、食堂にいる生徒達の動揺が少しずつ沈静化する。

 

 犬飼は生徒達が落ち着いたのを見計らって、厨房から生徒達に呼びかけていたランチラッシュに近づいた。

 

 「1年A組犬飼です。

  相澤先生からの伝言をお伝えします。

  マスコミにより校門が破壊されましたが、相澤先生たちが校内への侵入を阻止しています。

  生徒の皆さんに、屋外への避難ではなく、各自教室に待機するよう校内放送をお願いします」

 「……わかりました!」

 

 状況を把握したランチラッシュが、キッチンの奥に入っていく。

 数拍後、校内放送のベルが鳴った。

 

 『生徒皆さんにご連絡致します。

  現在、雄英敷地内へ報道関係者が無断で侵入し、教師陣で対応を行っています。

  生徒の皆さんは、屋外ではなく各自の教室へ移動するようにして下さい。繰り返します———』

 

 こうして事態は収束した。

 犬飼の心に僅かな疑問を残して。

 

 (雄英のセキュリティをただのマスコミが突破できるのかな……? 嫌な感じがする)

 

 

 

 

 そして午後。

 クラス委員以外の委員決めが行われた。

 

 「じゃあ委員長どうぞ」

 「でっでは、他の委員決めを執り行って参ります!

  …………けどその前に、いいですか!」

 

 緊張で震えながら、緑谷が叫ぶ。

 

 「委員長はやっぱり飯田くんが良いと…思います!

  あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は…飯田くんがやるのが正しいと思うよ」

 (いや、それはダメでしょ……)

 

 犬飼は緑谷の言葉に思わず困惑した。八百万と蛙水を見ると、2人とも何も聞かされていなかったらしく驚いた顔で緑谷を見つめていた。

 だが、昼の食堂での飯田の頑張りを見ていた面々が賛同の声を上げる。

 

 「あ! 良いんじゃね!! 飯田、食堂で超活躍してたし!! 緑谷でも良いけどさ!」

 「非常口みてぇになってたよな」

 

 賛同する周囲の雰囲気に、犬飼は全く怯むことなく反対の声を上げた。

 

 「俺は反対です」

 

 緑谷達が驚いた顔で犬飼を見る。相澤がどうしてお前は火種をバラ撒くんだという顔をしたが知らないふりをする。

 犬飼は笑みを浮かべたままもう一度「俺は緑谷くんの意見に賛成できません」と繰り返した。

 

 「は、反対の理由を聞いてもいいかな?」

 

 緑谷は言葉に詰まりながらも、真っすぐに犬飼を見つめてそう質問した。前の席に座る飯田から強い視線を感じ、犬飼は彼らとはもう以前のように親しく話すことはできないかもしれないなと少し残念に思った。思っただけだが。

 

 「最初に投票で決めようっていったのは飯田くんだよ。

  自分で言ったことなのに推薦されて委員長になるのは違うでしょ。

  仮に緑谷くんの1票を入れたとしても八百万さんや蛙水さん、俺の方が2票で得票数は上。

  しかも副委員長の八百万さんの了承を得ずに、委員長権限を振りかざすのはどう考えたって越権行為だと思うけど」

 

 犬飼の言葉に八百万が泣きそうに顔を歪め、蛙水が小さく鳴く。八百万の一票も蛙水の一票も、誰かが期待して入れたくれた大切なものだ。

 蔑ろにされかけた八百万と蛙水の心を、犬飼は静かに救い上げた。

 

 「まぁ昼の飯田くんを見て委員長に相応しいっておもった緑谷くんの気持ちはわかるよ。

  でもだったらこんな方法じゃなくて、もう一度投票をする方向にもっていくべきだったって俺は思うね」

 

 犬飼の言葉に緑谷は横に立っていた八百万を振り返った。

 その瞳にうっすら浮かぶ涙に、自分が意図せず誰かを傷つけていたことを知り、顔を真っ青にした。蛙水もどこかホッとした顔をしている。

 

 (そうだ……麗日さん達が僕に期待して入れてくれたように、八百万さん達の1票も誰かからの信頼の証なんだ……!)

 

 緑谷は飯田がふさわしいと思うあまり、周囲への配慮に欠けていた自分に気づいた。犬飼に指摘されなければ、きっと気づきもしなかっただろう。

 

 教室中に漂う重苦しい空気を換えたのは、八百万だった。小さな深呼吸で自身を落ち着かせると、俯く緑谷の背をそっと叩いた。

 

 「ではもう一度投票しましょう」

 「……え?」

 「蛙水さん、いかがですか?」

 「私も構わないわ」

 

 あっけらかんとしている2人に、周囲の方が動揺していた。それまで静観していた相澤が尋ねる。

 

 「いいのか?」

 「ええ構いません! 飯田さんのお昼の行動については私も聞き及んでおります。

  クラス委員でありながら率先して行動に移せなかった私より、飯田さんの方がふさわしいという声が上がるのも当然です」

 

 自虐する八百万だが、その姿は堂々としており、やる気に満ちていた。真っすぐ飯田を見つめ称賛するその姿に、褒められた本人が一番「な、なんて立派なんだ……!」と感涙していた。

 

 「ですからここは遺恨なく投票で決めましょう。皆さん、よろしいでしょうか?」

  

 クラスメイト全員の同意により、クラス委員の再投票が行われた。

 

 結果——————。

 

 「じゃあ委員長は飯田、副委員長は八百万な」

 

 相澤の声に、八百万と飯田が壇上でお辞儀をする。皆が拍手でそれを受け入れた。

 

 「皆さんの期待にこたえられるよう、誠心誠意臨ませていただきます」

 「俺を推薦してくれた友の期待を裏切らないよう、この飯田天哉! 精一杯努めさせていただきます!」

 

 ちらちらとこちらを見てくる周囲の為に、率先して拍手を送る。それを見てほっとしたのか、いつものにぎやかさを取り戻した周囲が「頑張ってー!」「頼んだぜ!!と声を掛けていた。

 チラリと時計を確認した相澤が、生徒を見渡すと調教済の生徒達が一気に静かになる。

 

 「決まったならとっとと進めろ。時間がもったいない」

 

 その言葉に、クラス委員がハッとしたように動き出した。

 

 「では委員決めを始めまず。まず————」

 

 

 

 

 

 

 

 




原作で「私の立場は…!?」と言っている八百万の事が気になったので少し深堀しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

USJ編
USJ襲撃事件①


 

 水曜日の午後。

 

 「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

 

 (なった……? マスコミの騒動が関係してるのかな?)

 

 相澤の言葉に含みを感じた数名が、疑問符を浮かべる。

 

 「ハーイ! なにするんですか!?」

 

 瀬呂が挙手をする。

 相澤は『RESCUE』と書かれたプレートを掲げた。

 

 「災害水難なんでもござれ。人命救助訓練だ」

 

 レスキューという言葉にわいわいと騒ぐ生徒達だったが、相澤の一声でスッと静かになる。

 

 「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。

  中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。

  訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上。準備開始」

 

 

 

 

 

 バスの座席が想定していたタイプと違ったため、飯田の指揮で出席番号順に並んでいた生徒達は、自由に席に座り始めた。犬飼も障子の隣に座る。

 

 道中、緑谷の個性とオールマイトの個性が似ているという蛙水の言葉をさりげなく否定したり、弄られてキレる爆豪を宥めていると目的地へ到着した。

 

 ドーム型の巨大な建物の前でバスが停車する。

 宇宙服のようなコスチュームを着たヒーローに案内され中へ入ると、そこにはテーマパークのような空間が広がっていた。

 

 「水難事故、土砂災害、火事、etc.……あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……ウソの災害や事故ルーム(USJ)!」

 

 ただのパクリである。

 略称とはいえ、訴えられないのか心配になった犬飼だったが、周囲はUSJの紹介をしたプロヒーローの方に意識がいっていた。

 

 「スペースヒーロー「13号」だ!

  災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」

 「わー、私好きなの13号!」

 

 緑谷と、珍しく麗日が歓声を上げる。

 

 13号と相澤が小声で何か話をした後、13号が生徒達に向き直った。

 

 「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ…四つ…」

 

 13号は生徒達に個性の”危険性”を説いた。

 自身の個性が災害救助で人を救える力であると同時に、簡単に人を殺すことができる力でもあること。

 この授業では人命救助のためにどう個性を活用するか、それを学んでほしい。君たちの力は人を傷つける為ではなく、救ける為にあるのだと心得て帰ってほしい……そう真摯に生徒に語り掛けた。

 

 「―――以上! ご静聴ありがとうございました」

 

 ペコリと頭を下げる13号に、皆が拍手を送る。

 

 「そんじゃあ、まずは……」

 

 相澤が授業の開始を告げようとした時だった。犬飼達がいる場所から長い階段を下った先にある広場に、黒い渦が出現した。

 

 「……?」

 

 一番初めにそれに気づいたのは、相澤だった。肩越しに振り返る。一瞬で渦は広がり、中からゆっくりと悪意に満ちた瞳が顔を覗かせた。

 

 「ひとかたまりになって動くな!!」

 

 聞いた事のない相澤の怒声に、状況を把握できない生徒達が「え?」と呆けたような声を出す。

 

 「13号!! 生徒を守れ!!」

 

 相澤の声に呼応するように、一気に拡大した渦から大勢に人間が現れた。

 

 犬飼は即座に戦闘体に換装する。それを見た障子、尾白、爆豪、八百万、蛙水が戦闘態勢に入る。

 

 「なんだアリャ!? また入試ン時みたいなもう始まってんぞパターン?」

 「動くな! あれは敵だ!!!!」

 

 切島と同じように情報を把握出来ず身を乗り出して敵を見ようとしていた生徒達が、相澤の言葉でようやく目の前に現れた存在の正体を理解した。

 

 「13号に…イレイザーヘッドですか…。

  先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが……」

 「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

 

 黒い渦が人型を取り、わざとらしい口調でオールマイトの不在を嘆く。

 その言葉を拾った相澤は、先日のマスコミ騒動が仕組まれたものであったことを確信した。

 

 「どこだよ…せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ…。

  オールマイト…平和の象徴…いないなんて……子供を殺せば来るのかな?」

 

 敵たちの中央にいる全身に人の手を貼り付けた若い青年が苛立たし気にまくし立てる。

 吐き気を催すような悪意。生徒達はようやく目の前にいるのが敵だと心の底から理解した。

 

 犬飼はレーダーの精度を上げ、敵の数、位置を確認した。おびただしい赤い点に、レーダーを覗き込んでいた周囲が息を飲む。

 

 「USJの各施設に個性反応を多数確認」

 「なに?」

 「ワープゲートで俺たちを分断して襲撃するつもりでしょうか?」

 「……その可能性が高いな。

  13号、生徒達の避難を開始! 学校に連絡を試せ。

  侵入用センサーが反応していないってことは電波系の”個性”が妨害している可能性もある。

  上鳴、おまえも”個性”で連絡を試せ」

 「っス!」

 

 名前を呼ばれた上鳴が反射的に返事を返す。

 犬飼は上鳴に近づいて、身を強張らせているその背中をそっと叩いた。

 

 「頼りにしてるよ、ヒーロー」

 「! おう!」

 

 上鳴が落ち着いたのを確認し、犬飼は敵を観察する。

 ゴーグルを駆け戦闘態勢になった相澤に、緑谷達が心配の声を上げた。

 

 「先生は!? 一人で戦うんですか!?」

 「あの数じゃいくら”個性”を消すっていっても!!

  イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」

 

 その言葉には犬飼も同意だった。正面戦闘がというより、敵の数が多すぎるのだ。

 だが、ここで無駄な問答をしている時間はない。

 相澤が一人で立ち向かうのは犬飼達が逃げる時間を稼ぐためだ。一刻も早くここから逃げ、外部に救援を要請すること。それが生徒である犬飼達にできる最大限の援護である。

 

 「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号! 任せたぞ」

 

 そう言って相澤は階段から一気に下の広場まで飛び降りた。

 

 相澤の抹消によって個性が発動せず、動揺している敵を次々となぎ倒していく。

 数の差をものともしない相澤の立ち回りに、避難の足を止めた緑谷を犬飼は軽く叱責して後を追わせた。

 

 「させませんよ」

 

 避難していた生徒達の前に、ワープの個性を持つ敵が立ちふさがった。

 左手に出していた銃を構えた犬飼だったが、前世の記憶で同じようにワープの能力を持つ敵が攻撃を転移させていたという話を思い出して、歯噛みする。迂闊な攻撃は味方を巻き込みかねない。

 

 (おれたちが分断されるのが一番最悪。できればこの敵は相澤先生に押さえておいてほしかったな……)

 

 「初めまして。我々は敵連合。

  僭越ながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして。

  本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ…、ですが何か変更があったのでしょうか?

  まぁ…それとは関係なく…私の役目はこれ」

 

 靄が生徒を包む。

 敵の攻撃が発動する前に、爆豪と切島が殴り掛かった。

 

 (今……!)

 

 犬飼は敵に気づかれないよう『カメレオン』を発動。爆音と爆風を利用して、透明化したまま全速力で広場へ逆走した。スピードを維持したまま階段を飛び降りた。

 

 空中で『カメレオン』を解除。射撃で相澤の周囲にいた敵を一掃する。

 

 振り返った相澤と視線が合った。相澤の足元にグラスホッパーが出現する。

 

 「ワープの個性を消してください!!」

 「……馬鹿がっ!!」

 

 跳びあがった相澤が、犬飼に怒鳴った。犬飼の意図を察したためだ。

 相澤は生徒一人を敵の中に置き去りにすることを良しとする人間ではない。だから犬飼は、問答無用でグラスホッパーを踏ませた。今は、相澤のその一瞬の躊躇いすら惜しかった。

 

 グラスホッパーが消え、片方のトリガーが空く。

 犬飼はトリオンキューブを発動させ、無差別に周囲を攻撃した。弾丸を避けた敵を銃撃で仕留めていく。

 

 「悪いけど先には進ませないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

USJ襲撃事件②

 

 広場に降り立った犬飼は、ハウンドとアステロイドを切り替えながら、銃撃で敵を次々と気絶させていく。

 

 敵の戦闘経験の浅さが戦っていてわかる。個性を過信した戦い方は、路地裏にいる只のチンピラとしか思えないほどだ。

 

 ただ、一体の敵を除いて。

 

 (なんだアイツ……トリオンの弾丸をあれだけ受けて痛みを感じる様子すらない。

  痛覚がないのか? いやそれだけじゃない、衝撃も受け流してる?)

 

 敵のリーダーだと思われる、人間の手を全身に張り付けた青年。彼を弾丸から守るように立つ脳を剥き出しにした怪物は、犬飼のトリオンキューブから放たれる弾丸をほぼその身で防いでいる。にも関わらず衝撃や痛みで気絶する様子はない。

 

 一番厄介な敵は早々に倒したかったが、そうもいかないらしい。

 犬飼は2人を倒すのは難しいと判断し、倒すのではなくこの場所に拘束することを選択した。

 

 キューブ生成の間は射撃で牽制し、その場に2名を縫い付ける。

 

 「なんなんだよアイツ! 本当に学生かよ!?

  死柄木さん、何とかしてくれよ! あれじゃ近づけねぇ!」

 「へぇ死柄木って言うんだ、きみたちのリーダー」

 

 ようやく判明した敵の名前。偽名の可能性もあるが、一応覚えておいた方がいいだろう。

 「ヤベッ」という顔をした敵の隙をついて仕留める。

 

 (しがらき……? 信楽? 設楽? いや当て字か? 死?)

 

 個性社会のこの世界では、名前と個性が強く結びついていることが多い。

 犬飼の父方は犬系の個性だし、クラスメイトの大半が個性と名前がほぼ直結している。自身を含め、確かに例外はあるが80%くらいの確率で大体の個性を判別することができる。

 

 そうして考えを巡らせながらも、敵達を一掃していく。

 

 ほぼ一撃で無力化されていく敵達。

 

 先に痺れを切らしたのは、死柄木だった。

 

 「脳無……あのガキを殺れ」

 

 犬飼の耳がその言葉を聞き終わるより早く、目の前に突如現れた脳無と呼ばれる化け物によってトリオン体ごと吹っ飛ばされた。

 個性による直接攻撃でなかった為か怪我こそないが、攻撃を見切れなかったことに犬飼の中で僅かな焦りが生まれる。

 

 (やばい全然見えなかった……!)

 

 瓦礫の中で耳を押さえうずくまっていると、近づいてきた脳無が犬飼の体を持ち上げた。犬飼がゼロ距離で銃撃を放つが脳無の体は全く揺らぐことはなかった。

 

 「その程度の攻撃脳無には効かないぜ! なんせそいつは”ショック吸収”を持つサンドバック人間だからな! 

  ダメージを与えたいなら……そうだなぁ、ゆうっくりと肉をえぐり取るとかが効果的だね……それをさせてくれるかは別として」

 

 ショック吸収。なるほどトリオンの弾丸で気絶しなかった理由はそれか。

 個性かどうかはわからないが痛覚もなく、身体能力が著しく強化されている、まさしく改造人間というわけだ。

 

 犬飼の頸を掴む脳無の力が強まる。苦し気な息が漏れた。

 

 

 「さぁ脳無! 生徒を殺せ!!」

 

 

 

 

 

 犬飼によって強制的に空中に打ち上げられた相澤は、生徒達の前に立ちはだかる敵の姿を捉えた。

 

 「ダメだ、どきなさい二人とも!」

 

 敵の個性発動を感知した13号が、爆豪と切島に叫んだ。

 だが13号の心配は懸念に終わる。

 

 「個性が発動しない……これはっ!?」

 

 動揺した敵が気づいたときにはもう、遅い。

 空から降ってきた相澤が、敵に容赦なく蹴りを叩きこんだ。同時に捕縛布でその体を拘束する。

 

 「相澤先生!!!」

 「イレイザーヘッド!? 広場の敵は!?」

 

 派手な登場をした相澤に、生徒達が安堵の声を上げる。13号も早すぎる相澤の帰還に驚き、疑問がそのまま口に出た。

 敵を拘束する相澤の力が強まり、敵が苦しげな声を上げる。

 

 「広場の敵はいま犬飼が相手をしている」

 「犬飼くんが!? ……ほんとだいない!」

 「いつの間に…!」

 

 最後尾にいたはずの犬飼の姿が消えていた。生徒達が耳を澄ますと、広場の方から戦闘音が聞こえ、犬飼が戦っているのが分かった。

 

 「13号、俺がコイツを押さえている間に生徒達を連れて早く避難しろ。

  他の施設の敵が集まってくる可能性もある。

  何時までも犬飼を一人戦わせるわけにはいかん」

 「わかりました! 皆さん、急いでください!」

 

 13号が出口を指して指示を出すが、生徒達はその場を動こうとしなかった。

 

 「犬飼を、一人残していくんですか……?」

 

 尾白が縋る様な眼差しで相澤を見る。いや、尾白だけではなくほとんどの生徒が犬飼だけを残して避難することに躊躇いを覚えているようだった。

 13号が言葉に詰まる。

 

 相澤は視線を敵に固定したまま、厳しい声音で生徒に告げた。

 

 「お前らがここに突っ立ている分だけ犬飼が一人で戦うことになる。

  あいつのためにお前らが今できることは、心配することじゃない。ここから早く避難することだ。

  さっさと行け」

 「……なぁお前、オールマイトを殺せる策ってなんだ?」

 

 話を聞いていなかったのか、轟がいつも通りの表情で相澤に拘束された敵の眼前に立つ。

 敵は答えない。

 

 「轟」

 「これだけ無茶な計画を実行できるってことは、オールマイトを確実に殺せる手段があるってことだろ? 

  強い個性を集めて数で圧倒するのかと思ったが、パッと見ただけでもほとんどがただのチンピラ。とてもじゃねぇがNO.1ヒーローを殺せるとは思えねぇ。お前ら何を企んでる?」

 

 相澤の強い制止を振り切り、轟が敵を問い詰める。

 だが、それは相澤も疑問に思っていたことだった。広場にいた敵は正面戦闘が得意ではない相澤でも相手ができるほど戦い慣れていなかった。個性を消されただけで狼狽えるほどだ。オールマイトなら10秒もかからず全員を戦闘不能にできるだろう。

 

 敵は笑った。ゆらゆらと全身を揺らし、溢れる笑みを堪え切れないというように。

 

 「なにがおかしい……」

 「これは失礼。そう策ですよね、策。ありますよ勿論。

  平和の象徴を殺す為だけに作られた改人”脳無”」

 「のうむ?」

 「作られた……!?」

 

 処理しきれない情報を、生徒達がオウムのように繰り返す。

 

 「ただのヒーロー志望の生徒には、いささか荷が重すぎるように思えますが……せめて、死体が残っているといいですね」

 

 真摯な口調を装いながら、その言葉の節々に悪意が溢れていた。

 

 「犬飼はお前ら如きに負けるような男ではない……!!」

 

 耐え切れない、というように障子が叫ぶ。

 敵の口を塞ごうとした相澤だったが、障子の耳につけられた見慣れぬ機械を見て僅かな違和感を覚える。いや、障子だけではなく轟や八百万、尾白も同じような機械を付けていた。

 

 急に話し出した生徒達に違和感を覚えた相澤に対し、敵は動揺する生徒達を楽しそうに眺め全く気付く様子がない。

 

 「脳無は複数の個性を掛け合せて作られた改造人間です。

  ”ショック吸収”、”痛覚無効”、”超再生”、そしてオールマイトに匹敵するパワー。……いくら優秀な金の卵とはいえ、所詮卵」

 

 敵の言葉を肯定するように、何かが叩きつけられるような音が広場の方から聞こえてきた。生徒達に動揺が広がる。

 相澤達が何かを言うより早く、耳元に手を当てた障子が言った。

 

 「……だそうだ。犬飼、敵の個性聞こえていたか?」

 『なんとか。でも助かったよ障子』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、脳無が黒い柱に貫かれ地面に崩れ落ちた。

 

 

 「…………は?」

 

 

 想像とは違う光景に、死柄木から気の抜けた声が漏れる。

 脳無が倒れる寸前、その腕を容赦なくスコーピオンで斬り落とした犬飼は危なげなく地面に着地した。手を振って、人の肉を立つ感触を振り払う。

 

 「知性がない生き物は考え無しで助かる……あ、脳無のことだよ?」

 

 死柄木を煽りながら、犬飼は追加で何発か鉛弾を脳無に打ち込んだ。起き上がろうとしていた脳無がまた地面に沈む。

 再生した腕で錘を外そうとしていたので、各手足に数発ずつ撃ちこんでおく。

 

 (超再生があるなら鉛弾引っこ抜かれそうだし、手足は封じておいた方がいいよね)

 

 脳無が完全に動けなくなったのを確認して、障子に連絡を送る。

 

 「脳無は動きを止めておいたよ。外部との連絡は?」

 『八百万が作った通信機を葉隠に持たせて先に外へ向かわせた。……いま花火が上がったな。外部と連絡がついたようだ』

 

 建物のガラス越しに、閃光弾のようなものが打ち上げられたのが犬飼にも見えた。

 

 「了解。じゃあ後は敵のリーダーだけだね。引き続きワープの拘束よろしくね」

 『相澤先生に伝えておく』

 

 通信が切れる。

 

 「さて、と……」

 

 鉛弾専用のハンドガンを左足につけたレッグホルスターにしまい、愛用の突撃銃を構えた。

 死柄木は脳無が倒されたことが信じられないのか、動揺で首を掻きむしっている。

 

 「こんなガキに脳無がやられるなんて……。黒霧は何をしてるんだ、役立たずめッ!」

 

 死柄木の動揺が酷くなる。

 

 「さっきの光、確実に逃げられてるだろ……。はぁ、救援を呼ばれたら敵わない……ゲームオーバーだ。あーあ…今回はゲームオーバーだ」

 

 (黒霧? あのワープ系の個性の人の名前かな?)

 

 ガリガリと音が聞こえてきそうなほど首を掻いていた死柄木の手が止まる。

 

 「帰ろっか」

 

 (この状況で帰る? どうやっ……!!)

 

 死柄木が犬飼に向かって近くにいた敵を投げつける。

 流石に意識のない人間を撃ち落とすのは躊躇われて、犬飼はその場から飛びのくようにして避けた。

 

 「脳無、さっさと立て」

 

 ブチリと何かが切れるような音がした。

 振り返ると、脳無が鉛弾が撃ち込まれていない自身の腕の一部を食いちぎって切断していた。既に片腕が再生している。

 

 (いやいやまじか……!!)

 

 流石の犬飼も、目の前で行われる猟奇的な光景に吐き気を覚えずにはいられなかった。

 自由になった片腕で、脳無は自身の体に生えた鉛弾を引っこ抜いては犬飼に投げつけてくる。銃撃で応酬するが全く効いていない。

 

 鉛弾を再度撃ち込みたいところだが、この距離で正確に当てる技量が今の犬飼にはなかった。

 

 全身の再生を終えた脳無が犬飼へ向かって突っ込んでくる。

 

 反射で避けるが、態勢を立て直し再度突っ込んできた脳無に左腕を掴まれる。そのまま何度も地面に叩きつけられ、痛みがないが身動きができない。

 

 「……これだけやって傷一つないなんて、凄い個性だね」

 

 近づいてきた死柄木が、しげしげと犬飼を見つめる。

 そして、脳無が掴んでいない右腕にそっと触れた。

 

 「…………!」

 

 死柄木が触れた場所から、トリオン体が崩壊していく。

 

 (触れたものを『崩壊』させる個性……!)

 

 「あ! やっぱり対象に直接作用する個性は効くんだね。脳無は自己改造だからなぁ、なるほど。

  それにしても普通の体じゃないよね? 血じゃ無くて煙が出てるし……面白い個性だから先生にもっていくか」

 「先生……?」

 「あれ? もしかして君も痛覚ない感じ? …………へぇ欲しいな」

 

 片腕を崩壊させられても顔色が変わらないどころか普通に話す犬飼を見て、死柄木が目の色を変える。

 死柄木が犬飼から手を離したときには、既に右腕の肘から下がなかった。今世でここまで怪我を負ったのは初めてかもしれない。

 

 「う~ん、左腕もあるとまた撃たれそうだし粉々にしとくか」

 

 そう言って死柄木の手が脳無に掴まれた左腕に伸びた時だった。

 USJの扉が轟音と共に吹き飛ばされる。

 USJにいた全員が入り口を見た。それは脳無や死柄木も例外ではなかった。

 

 土埃の中から現れたのは平和の象徴 オールマイト。

 階段上の生徒達からあがった安堵の歓声に、犬飼は少しだけ胸を撫で下ろした。

 

 

 「もう大丈夫! 私が来た!!」

 

 

 死柄木は真っ直ぐにオールマイトを見つめ、呟いた。

 

 「あー…コンティニューだ」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

USJ襲撃事件③

 オールマイトの姿が見えたと思った時には、犬飼を拘束していた脳無が吹っ飛ばされた。死柄木が脳無の巻き添えを食らって地面に叩きつけられる。

 

 「犬飼少年! 腕が……っ、すまない!!」

 「この体の傷は生身に影響しないので大丈夫です」

 「! よかった! 敵は私に任せて君は相澤くんたちと合流しなさい、いいね」

 

 片腕がない犬飼の姿を見て顔を真っ青にしたオールマイトに犬飼は慌てて弁解する。犬飼の個性を知っていたオールマイトは、そういう特性もあるのかと少しだけ安心したように声を和らげ、犬飼に避難するよう指示を出した。それに頷き、立ち上がる。

 

「全身に手を張り付けた奴は触れたモノを崩壊させる個性、脳が剥き出しの方は、怪我の高速再生に物理衝撃の吸収・痛覚無効・あなた並みのパワーを持っています」

 

 少しでも役立てばと敵の個性を伝えると、オールマイトはひどく驚いた様子で犬飼を見た。その反応で、先程の自身の言動が敵に殺されかけた子供にしては冷静過ぎたことに気づく。

 オールマイトは戦い慣れし過ぎている犬飼の様子に疑念を抱いたようだったが、今やるべきことを履き違えるような真似はしなかった。

 

 「そうか、ありがとう! だが君は早く避難しなさい。いいね?」

 「はい」

 

 犬飼はバッグワームを起動して破壊された腕が少しでも見えないようにする。

 

 「ああああ…だめだ…ごめんなさい…! お父さん……」

 

 謝りながら死柄木が拾い上げたのは、オールマイトに吹っ飛ばされた際に地面に落ちた手をかたどったオブジェの一つだった。それを自身の顔を覆うようにして付けると、安心したように息を吐く。

 

 「救けられるついでに殴られた…ははは、国家公認の暴力だ。さすがに速いや。眼で追えない。けれど思った程じゃない。やはり本当だったのかな…? 弱ってるって話…………」

 

 死柄木の言葉に、保健室で聞いてしまった話が脳裏に蘇った。踏み出そうとしていた足が止まる。

 

 それに気づいたオールマイトは、今日初めての笑みを浮かべ、「大丈夫!」と力強く断言した。

 その笑みが、犬飼には恐怖や重圧を誤魔化しているようにしか見えなかった。…………アイツがそうだったように。

 

 オールマイトが脳無に肉薄する。

 

 犬飼は僅かな感傷を振り払って、避難するため駆け出した。

 

 それに気づいた死柄木が脳無に命令する。

 

 「脳無、オールマイトを殺れ。俺はあの子どもを捕まえる」

 

 死柄木の言葉にオールマイトの雰囲気が変わる。

 

 「捕まえてどうするつもりだ?」

 「ん? 良い個性は奪いたくなる、当然だろう?」

 

 先ほど言っていた「先生に持っていく」という言葉と併せて考えるとどうやら敵サイドに個性を強奪できる持ち主がいるらしい。捕まった自分の未来を想像してしまった犬飼は、珍しく冷や汗を流して走ることに全力を注いだ。

 

 衝撃波を纏った打撃の応酬が始まる。

 凄まじい暴風に押され、犬飼は階段を駆け上がった。

 

 「”無効”ではなく”吸収”ならば!! 限度があるんじゃないか!?

  私対策!? 私の100%を耐えるなら!! さらに上からねじふせよう!

  ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの! 敵よ! こんな言葉を知っているか!!?」

 

 打撃のラッシュで土埃が舞う。

 広場にいる皆が、その戦いを注視していた。

 

 オールマイトが叫ぶ。

 

 「Plus Ultra!!」

 

 真正面からオールマイトの拳を受けた脳無は、衝撃を吸収しきれず、USJの天井を突き破ってどこかへ飛んでいった。

 

 「やはり衰えた。全盛期なら5発も撃てば充分だっただろうに、300発以上も撃ってしまった。さてと敵。お互い早めに決着をつけたいね」

 

 「チートが…!」

 

 一気に形勢を逆転された死柄木が、忌々しそうにオールマイトを睨みつける。

 流石に犬飼の位置から2人の会話は聞こえなかったが、死柄木の表情からどういう会話をしているのかはある程度想像がついた。

 

 「衰えた? 嘘だろ…完全に気圧されたよ。よくも俺の脳無を…チートがぁ…! 全然弱ってないじゃないか!! あいつ…俺に嘘教えたのか!?」

 「…………どうした? 来ないのかな!? クリアとかなんとか言ってたが、出来るものならしてみろよ!!」

 

 オールマイトの眼光に気圧された死柄木が唸るような声を上げた。

 

 「脳無さえいれば!! 奴なら!! 何も感じず立ち向かえるのに…………! 

  そもそも黒霧は何をやっているんだ!! クソがっ、どいつもこいつも!!」

 

 脳無は倒され計画は失敗、黒霧がヒーローによって拘束されてしまったため逃走もできない。

 もうすぐ雄英側の増援が到着することを踏まえても、死柄木達は完全に逃げ場を失っていた。

 

 蹲る死柄木を捕まえようとオールマイトが一歩踏み出した時だった。

 

 

 「残念だがオールマイト。死柄木弔は僕の大事な生徒でね。ここで捕まえられては困るんだ」

 

 

 強烈な臭気を放つ液体の中から、死柄木を守るようにその男が現れたのは。

 

 黒いスーツに身を包み、金属製のマスクで顔を隠した男は、穏やかな口調を裏切る重苦しい威圧感を放ち周囲を圧倒した。

 

 「な、何なんだよアイツ……」

 

 オールマイトの勝利に歓声を上げていた峰田が、恐怖で顔を引き攣らせ後ずさる。

 

 「ゴボッ……!」

 

 黒霧の口から黒い液体が飛び出し、その体を包む。反射的に飛びのいた相澤は、生徒達を守るように黒霧に相対し自身の個性を発動させた。

 だが液体の流動は止まらない。

 

 13号がブラックホールで吸い込もうとするが、一歩遅かった。

 

 液体が黒霧を包み、パッとその場から消える。

 相澤達は慌てて広場を振り返った。

 

 

 「オール・フォー・ワン……!?」

 

 

 オールマイトが驚愕の眼差しで敵を見た。

 オール・フォー・ワンと呼ばれた男は、オールマイトとは対照的に十年来の友にあったかのように感激を滲ませた口調で再会を喜んでいた。

 

 「久しぶりだね、オールマイト。5年ぶりかな? お互い生徒を持つようになるなんて運命的なものを感じるね」

 「ふざけた事を!!」

 「まぁ再会を喜ぶのはまたにしよう。僕は迎えに来ただけで戦うつもりは無い」

 

 その言葉と同時に、臭気を放つ液体が宙に出現し、中から相澤に拘束されていたはずの黒霧が飛び出してきた。

 

 「申し訳ありません、オール・フォー・ワン……」

 「言い訳は後で聞くよ」

 「はい……」

 

 意気消沈している黒霧から靄が広がり、3人を包む。

 

 「待て!!」

 

 敵に向かって駆けだしたオールマイトの足元に一発の銃弾が撃ち込まれる。

 

 「犬飼……!?」

 「お前何してんだ!!」

 

 オールマイトに向かって発砲した犬飼を見て、上鳴達が非難の声を上げた。

 

 「オールマイトの邪魔してんじゃねぇよ!!」

 

 その声にハッとしたのは、撃たれたオールマイトだった。

 

 今のオールマイトは只のヒーローではない。教師なのだ。因縁のある敵を前に、自身の後ろに立つ生徒達の存在を忘れていたことに今更気づきドッと冷や汗が出る。

 

 もし激情のまま敵に突っ込み戦いとなれば、あのオール・フォー・ワンの事だ。生徒の命を盾にするなど当たり前にやってのけるだろう。

 

 それに加え、自身から立ち昇る白い煙。活動限界が迫っている。ただでさえ限界ギリギリまで個性を使っていたのに加え、先程の脳無との戦闘。あと数発拳を振るえばマッスルフォームすら維持できなくなる。

 

 先程の犬飼少年の射撃は利き腕を無くしたことによる誤射だろうが……助かった。

 

 冷静さを取り戻したオールマイトは、虚勢がバレないよう厳しい顔つきで敵を睨む。

 

 事前に活動限界について聞かされていた相澤も、オールマイトが生徒の安全を優先した理由を悟り、抹消の個性を取りやめる。

 

 「また会おう、オールマイト」

 

 3人の姿が靄の向こうへ消える。

 押しつぶすような威圧感が消え、生徒達は放心したようにその場に座り込んだ。

 

 オール・フォー・ワンがその場にいたのは、僅か1分。

 だが、生徒の心に恐怖を植え付けるには十分すぎる時間だった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

USJ襲撃事件④

ほぼ土日の更新となっていますが、読んでくださっている皆さんありがとうございます。
感想・評価・お気に入りなど本当に励みになります……。
USJ編が終了するので、ページの最後に今回の犬飼のトリガー編成載せておきます。



 

 「ごめんよ皆、遅くなったね」

 

 敵達がUSJから逃げた数分後に、葉隠から連絡を受けた教師たちがUSJへ駆け付けた。

 

 場内はまだ敵がいるため、生徒達は一先ずUSJから学校へ避難させることになった。

 

 犬飼は換装をといてクラスメイト達がいるゲート前へ向かう。

 

 「犬飼、無事だったか!」

 

 怪我のない犬飼の姿を見て、それまで不安げに顔を曇らせていた障子たちの顔が明るくなる。

 

 「お前なにオールマイト撃ってんだよ! こっちがビビったわ!」

 「それはゴメン。でも、急にあんな敵が出てきたらびっくりするでしょ」

 「それな」

 

 いつも通りの犬飼を見て、上鳴や峰田も落ち着きを取り戻し固くなっていた表情が緩む。

 

 犬飼がオールマイトを撃ったのはもちろん誤射ではない。

 

 あの時、オールマイトの体がら立ち昇っていた白い煙。トリオン漏出に似た現象に、犬飼は活動限界が迫っているのではないかと危惧した。オールマイトが急に授業に出られなくなったのも、おそらく通勤途中でヒーロー活動をして活動限界を迎えたとかそんな理由だろう。

 元々限界だった体にあの脳無との戦闘。あの場で戦えば、生徒達にも甚大な被害が出ていた可能性があった。わざわざ逃げる敵を引き留め被害を拡大させることはない。

 

 「犬飼もまだまだだなー」

 

 ニヤニヤと笑う上鳴と峰田。

 馬鹿にされるのは腹が立つが、オールマイトの秘密を話すわけにもいかないので諦めて受け入れるしかない。

 

 「ちゃんとオールマイトに謝っとけよ」

 

 切島の言葉に、障子や何時の間にか近くに来ていた八百万達も頷く。

 

 「わかってるって、後で謝りに行くよ」

 

 相澤と根津以外の教師たちは、USJ内にいる敵の捕縛をしているため謝罪するなら後日になるだろう。

 

 「あ、百ちゃん通信機ありがとうね、めっちゃ助かった!」

 「いえ、お力になれたようでよかったです。……戦闘では役に立てませんでしたから」

  

 八百万の言葉に、他の生徒も顔を曇らせる。犬飼だけを危険な目に合わせたことに負い目があるようだった。勝手に敵に突っ込んだのは犬飼だというのに。

 

 「百ちゃんは賢いのにおバカさんだね」

 「……お、バカさん?」

 

 ポカーンとする八百万。

 

 「おれは一人じゃ戦えないんだよ。通信機も、敵の情報も、救援も本当に助かった。嘘じゃないよ」

 

 そう、助けられたのは犬飼の方だ。

 ボーダーではS級以外の隊員は、チームを組んで任務にあたる。一人で孤軍奮闘することは殆どない。

 

 オペレーターの支援、仲間との連携を前提とした戦い方は、10年以上たった今でも犬飼の戦闘に大きな影響を与えている。

 

 「おれを助けてくれてありがとう」

 

 八百万だけでなく、葉隠や障子達にも礼をいう。障子と尾白、轟には抱き着いてダイレクト感謝をしたがあっさり受け止められてしまった。これがヒーロー科か。

 

 「カッコつけやがって!! 俺には感謝ねぇーのか!」

 「なに? 抱き着いてほしいの?」

 「ハァ? 男のハグに価値なんかあるわけねェだろ?」

 「……じゃあなんで感謝求めたんだ?」

 

 珍しく轟が峰田にツッコむ。

 

 「俺には感謝のハグしてくれていーぜ!」

 「いやお前もなにもしてねーだろうが!」

 

 両手を広げる上鳴を瀬呂がシバく。

 

 「上鳴もありがとうねー」

 「おう!」

 「いやだからお前何もしてねぇだろ!」

 

 求められたので上鳴に感謝のハグをすると、瀬呂から再度鋭いツッコミが入った。

 

 「私はー! 私にはハグないのー!?」

 「ないかなー」

 

 ぴょんぴょんと跳ねてアピールする葉隠に、犬飼は笑顔で答えた。流石に女子に抱き着くことはできない。

 

 「俺! 俺ならいい「いいわけないでしょ、峰田ちゃん」ヒデブッ!!」

 

 犬飼の時は嫌悪に顔を歪ませていた峰田が、葉隠のハグという言葉を聞いた瞬間興奮で目を輝かせる。だが蛙水の一撃を食らって撃沈した。いつもの事である。

 

 「えーずるい!」

 「じゃあ百ちゃんたちとしたら? ほら待ってるよ?」

 「え? いや……えっと……私でよろしければ?」

 

 犬飼の言葉を真に受けた八百万が、おずおずと手を広げる。

 

 「よろしー! 全然よろしーよ!」

 「葉隠、日本語おかしいよ」

 「いいじゃん! 耳郎ちゃんもハグしよー!」

 

 葉隠が八百万に飛びつき、ふらついたところを耳郎がサッと支える。そのまま葉隠が耳郎に抱き着く。それを羨ましがった芦戸が他の女子を巻き込んで3人に飛び込んでいった。

 

 「ヒーロー科最高……!」

 

 菩薩顔でその光景を拝んでいる峰田を、飯田達がドン引きした顔で見つめていた。

 

 「おい、何時まで遊んでるんだ。まだUSJ内には敵がいる。さっさとバスに乗れ」

 

 警察と話しを終え近づいてきた相澤が、呆れたような声で言った。

 

 「すみません! さあ皆! 行きと同じようにバスに乗りたまえ!」

 「はーい」

 「ういーす」

 

 バスに乗り込んで出発を待っていると、警察官の一人と窓越しに目が合った。

 

 驚いたようにこちらを凝視する彼に、犬飼も驚きつつ手を振っておく。

 

 「あの猫、テメェの知り合いか?」

 

 隣に座っていた爆豪がいつもより少し静かな声で尋ねてきた。

 

 「猫って……。母親の親戚の人なんだよね、警察官になってたなんてしらなかったな」

 

 父方の方なら犬系の個性上、お巡りさんになる人間も多いのだが。

 

 というか、確かに彼の見た目は二足歩行の猫だが、外見的特徴で呼ぶことに躊躇いがない当たり爆豪らしい。

 

 犬飼の言葉に納得したのか、爆豪は視線を窓の外に向ける。

 

 

 

 その後、学校へ戻った犬飼達は、安全が確認されるまで教室で待機するよう命じられた。

 

 「犬飼、お前は念のためリカバリーガールに診てもらえ」

 「わかりました」

 

 相澤と共に保健室へ向かう。

 

 「今回は雄英側の不手際だから見逃すが、次俺の許可なく戦闘したらお前を除籍する」

 「わかりました」

 「……物分かりがいいな」

 

 相澤の足が止まる。犬飼もそれに倣って立ち止まった。

 

 「お前、何を隠している。今回の騒動で被害が出なかったのはお前の功績がデカい。だが、それとこれとは別だ。……一体どこで戦い方を学んだ?」

 「話せません。ですが、俺に恥じ入るところは何一つありません」

 「話せないのにか」

 「はい」

 

 沈黙が下りる。

 頑なに口を開かない犬飼を相澤がじっと見つめる。

 

 諦めたのは相澤の方だった。

 

 「……わかった。お前の戦闘経験についてはもう尋ねん。だが、厳しい目で見られることは覚悟しろ」

 「わかっています」

 

 生まれ変わってから不審な目で見られることには慣れてしまった。

 最初から期待などしていないので、今更そう言われたところでどうという事はない。

 

 話は終わったので、止めていた足を動かして保健室へ向かう。相澤も黙って犬飼の横を歩いた。

 

 「失礼します、犬飼です」

 

 ノックをして保健室へ入る。

 中にはリカバリーガールともう一人、コートを着た男性が犬飼を待っていた。

 

 「始めまして、君が犬飼くんだね。塚内と言います。

  君がUSJで敵と対峙したとオールマイトから聞いてね、出来れば直接話を聞きたかったんだ。話せるかな?」

 

 男がポケットから出したのは警察手帳。

 相澤先生が何も言わないという事は信頼に値する人なのだろうと判断し、犬飼は頷いた。

 

 「その前に犬飼、先に婆さんに診てもらえ。何もないならそれでいい」

 

 リカバリーガールから簡単な診察を受け、怪我一つないとお墨付きをもらう。

 

 「じゃあ、敵と戦った時の話を聞いてもいいかな?」

 「はい」

 

 敵の襲撃から撤退まで、自身の覚えている限りのことを伝える。 

 腕を敵の個性で崩壊させられたという話をすると、相澤達の顔色が変わる。

 

 「それは……本当に大丈夫なのか?」

 「はい、休息をとれば腕は戻ります。痛覚も(ほとんど)ありません」

 「もしかして、最後オールマイトを撃ちそうになったのはそのせいか」

 「はい、……後で謝罪します」

 「そうしとけ」

 

 相澤が安堵したように息を吐きだす。

 

 「あと、偽名かもしれないんですけどワープの個性は「クロギリ」、崩壊の個性は「シガラキ」と呼ばれていました」

 「……! 他に聞いたり、気づいたりしたことはあるかい?」

 

 敵の名前という新しい情報に、塚内が前のめりに聞いてくる。

 

 「というか、オール・フォー・ワンはオールマイトさんの方が詳しいんじゃないですか?」

 

 犬飼の言葉に、塚内の表情が僅かに変わる。リカバリーガールは年の功か「何かあったのかい?」と白々しく犬飼に質問した。

 オールマイトと敵の会話が聞こえていなかった相澤が首を傾げる。

 

 「オール・フォー・ワン?」

 「最後に出てきた覆面の男のことを、オールマイトさんがそう呼んでたんです。オール・フォー・ワンも5年ぶりだねとか言っていたので、面識があるんじゃないですか?」

 「敵の狙いは最初からあの人だったな……何か過去に因縁があったのか」

 「オール・フォー・ワンと戦って怪我を負わせたのがオールマイトさんとかじゃないんですか?」

 「どうしてだい?」

 

 塚内が優し気な表情で犬飼を見る。そこに僅かな含みを感じた相澤と犬飼は、この人は何かを知っているのだと悟った。

 

 「おれが腕をなくしても痛みを感じてないことに気づいた死柄木が、先生に持っていくとか個性を奪うとか言っていたので」

 

 犬飼の言葉に、塚内の笑みが固まる。

 

 「オール・フォー・ワンが怪我して痛みで動けなくなることがあるのかと思ったんですけど……」

 

 話の途中で相澤に肩を掴まれる。ビックリして瞬きすると、焦った顔をした大人たちが犬飼を取り囲んだ。

 

 「ちょっと待て、お前」

 「はい?」

 「持っていくってお前をか?」

 「俺というより、俺の個性ですね」

 

 そこで合点がいった犬飼は、取り合えず落ち着いてくださいと相澤を椅子に座らせる。

 

 「あんたは落ち着きすぎだよ、誘拐慣れでもしてるのかい?」

 「まぁそこそこ強個性なので。というかヒーローや警察なら誘拐なんてよくある事なんじゃないですか?」

 

 前世ではトリガー使いは近界民に狙われるのが常だった為、誘拐と言うのは犬飼にとっては割と身近な危険だった。

 この世界でも強個性や特殊な個性が狙われるというのは珍しい話ではない。

  

 「まぁ全くないとは言わないが、今回は相手が悪い」

 

 困ったことになったと、塚内が心の声を漏らす。

 

 「犬飼、お前の家族で似た個性の持ち主はいるか?」

 「いえ、俺は突然変異なので。家族は皆三茶さんみたいな動物系の個性です」

 「三茶……もしかしてあの猫っぽい?」

 「私の部下です。でも家族を盾に取られる可能性があるので、護衛はつけたほうがいいですね」

 「お願いします」

 

 犬飼が何かを言う前に、相澤が承諾の返事を返す。

 

 「オールマイトには私の方から事情を尋ねてみます。詳細がわかれば後日、捜査状況と併せて共有いたします」

 「わかりました。犬飼、お前いま一人暮らしだったな」

 「はい、実家は県外なので」

 「じゃあ雄英の職員寮に泊まれ。ご家族には俺から説明する。暫く一人にはなるな」

 

 その話し方があまりにもあの人にそっくりだったせいか、気づけば犬飼は頷いていた。

 

 「犬飼君、また何か思い出したことがあれば教えてほしい」

 

 塚内は携帯電話番号が書かれた紙を犬飼に渡すと、まだ仕事が残っているといって保健室を出ていった。

 

 

 

 

 

 そして、後日。

 

 「死柄木という名前……触れたモノを粉々にする”個性”。20代~30代の個性登録を洗ってみましたが該当なしです。

  ”ワープゲート”の方、黒霧という者も同様です。無国籍且つ偽名ですね……。個性届を提出していないいわゆる裏の人間」

 

 先日のUSJの襲撃事件について、警察から雄英教師に対し現段階の捜査でわかっていることの説明がなされた。

 

 「また黒い仮面の男、オール・フォー・ワンについてですが、彼は超常黎明期から生きて裏社会を陰から操っていたとされる人間です。

  他人の個性の強奪・付与ができ、その個性を生かして支持者を増やしていました。5年前オールマイトとの戦闘で深手を負い、以降我々でも消息を掴むことができていませんでした」

 「その間、チマチマ敵を育ててたってことかよ!」

 

 プレゼント・マイクが声を荒げる。

 

 「敵の行方は?」

 「現在捜索中ですが、先日のUSJ内で検挙した敵、72名のうち死柄木達のアジトを知っているものは誰もいませんでした。今のところ手掛かりはありません」

 

 相澤の質問に塚内が淡々と答える。今度は塚内が相澤に尋ねた。

 

 「犬飼くんの様子はどうですか?」

 「とりあえず個性の方は一晩寝て回復したようです。腕も問題ありませんでした。精神も安定していましたが、ただ……」

 「ただ……?」

 

 僅かに言いよどんだ相澤に、ミッドナイトが先を促すように繰り返す。

 

 「犬飼は親と個性が全く異なる『突然変異型』の個性の為、親と上手くいっていないようです。

  襲撃の後連絡を入れましたが、敵に狙われている犬飼がいると家族である自分たちに危険が及ぶ可能性があるので、そのまま一人暮らしさせてほしいといわれました」

 「それは……ひどいわね」

 「本人は全く気にしていませんでしたが、流石に敵の所在がわからないまま一人暮らしさせるのは危険です」

 

 相澤の言葉に他の教師陣も頷く。

 

 「だが、ずっと雄英に置いておくのも可哀想じゃないか?」

 「本人からは『先生方と警察の判断に従います』と言伝を預かってます」

 「……犬飼いい子過ぎない? もっとこう……反抗とかした方がよくねぇか?」

 

 大人すぎる犬飼の発言に、プレゼント・マイクが教師らしからぬ発言をするが……無理もない。

 

 「とりあえず暫くは雄英の教員用宿舎に泊まらせます」

 「そうだね。ただ、どれだけ大人びようと彼は子供だ。狙われるというのは精神に多大な負荷がかかる。彼のメンタルケアはリカバリーガールと相澤君で目を光らせてほしい」

 「わかりました。婆さんには俺から伝えておきます」

 「よろしく頼むよ」

 

 そして会議は、雄英の警備体制や今後の行事運営などについて後2時間ほど続いた。

 

 

 

 

 




トリガー構成(USJ)

●メイントリガー●
アステロイド:突撃銃
ハウンド:突撃銃
鉛弾
カメレオン
テレポーター
シールド

●サブトリガー●
アステロイド:拳銃型
ハウンド
スコーピオン
バッグワーム
グラスホッパー
シールド 


※読者の方からのご指摘があり、トリガー編成を一部修正しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育祭編
宣戦布告


 

 雄英高校ヒーロー科が敵に襲われたというニュースは、オールマイトの雄英就任以上の衝撃を世間に与えた。

 

 襲撃から2日が経ち、臨時休校明けで登校した生徒達も、自分たちが世間の話題の渦中にいるという事実に浮足立っていた。

 

 「ねーねー! 昨日のニュース見た!? クラスのみんなが一瞬映ったでしょ? なんか私全然目立ってなかったね……」

 「確かにな」

 

 葉隠の自虐的な言葉にあっさり同意した障子をぎょっとした顔で見つめた尾白が、慌ててフォローを入れる。

 

 「あの格好じゃ目立ちようがないもんね」

 

 『透明化』の個性を持つ葉隠がカメラに映されたとしても、見えるのは宙に浮く服や手袋だけだ。目立ちようがない。

 

 「しっかし、どのチャンネルも結構でっかく扱ってたよなー」

 「びっくりしたぜ」

 「無理ないよ、プロヒーローを輩出するヒーロー科が襲われたんだから」

 

 顔を見合わせる上鳴と切島に、耳郎がズバッと切り込む。

 

 「あの時オールマイトが来なかったらどうなってたことか……」

 「やめろよ瀬呂! 考えただけでもチビッちまうだろ!」

 「うっせぇぞォ!! 黙れカス!」

 

 爆豪に怒鳴られた峰田が号泣する。

 敵の強さもさることながら、それを倒したオールマイトに生徒達の話題が移った。

 

 「けど流石オールマイトだよな! あのクソ強い敵を撃退したんだから!」

 「ああ、驚愕に値する強さだ」

 「おれも褒めてよー」

 

 犬飼が砂藤と常闇に茶々を入れる。

 盛り上がっている間にホームルームまで1分を切った。

 

 見かねた飯田が、壇上に立つ。

 

 「皆ーー! 朝のHRが始まる! 私語を謹んで席に着けー!」

 「ついてるよ、ついてねーのおめーだけだ」

 

 クラスメイトの冷静な指摘に飯田が慌てて席に座る。

 自責の念にかられる飯田に、犬飼は「ドンマイ」と軽い励ましの言葉を掛けた。

 

 教室のドアが開く。

 

 「おはよう」

 

 合理主義の体現者ともいえる担任が、HRの時間ぴったりに教室に入ってくる。

 

 「教室の外まで声が聞こえたぞ。お前ら、気を抜きすぎだ。……戦いはまだ終わってない」

 

 朝から不穏な相澤の言葉に、皆が身構える。

 

 「雄英体育祭が迫ってる」

 「クソ学校っぽいの来たあああ!!」

 

 想像とは違う戦いに、皆が安堵から叫んだ。

 

 「待って待って! 敵に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

 「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す…って考えらしい。警備は例年の五倍に強化するそうだ。何より、雄英の体育祭は……最大のチャンス。敵ごときで中止していい催しじゃねえ」

 「いやそこは中止しよう? 体育の祭りだよ……」

 

 峰田が珍しく正論を言った。だが、体育祭を開催したいという学校側の意見もわかる。

 

 雄英体育祭は、公的に個性の使用が認められている。オリンピックを始めとしたスポーツの大会が個性の発現により小規模化したことにより、日本でスポーツの祭典と言えば大半の人間が『雄英体育祭』を挙げるだろう。

 地上波で中継されることも相まって世間の注目度はかなり高い。

 

 当然、全国のプロヒーローもスカウト目的で観戦している。

 

 「資格取得後はプロ事務所にサイドキック入りが定石だもんな」

 

 上鳴の言葉に相澤が微かに頷く。

 

 「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ」

 

 相澤は生徒達に目を合わせた。

 

 「年に1回…計3回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ。その気があるなら準備は怠るな!」

 

 「「「はい!」」」

 

 「HRは以上だ」

 

 

 

 

 

 4限のセメントスの現代文を終えた、昼休み。

 生徒達の話題は体育祭一色だった。いつもは冷静な障子も僅かに浮足立っており、友人の年相応の姿に犬飼の頬も緩む。

 

 「いいよなぁ障子は……そのガタイだけで目立つもんな~」

 「自分の有用性を知ってもらわねば意味がない」

 

 羨ましがる上鳴の言葉に、グッと拳を握りこんだ障子が意気込む。

 

 「犬飼もスーツなら目立つんじゃない?」

  

 耳郎が笑みを含んだ顔で犬飼を揶揄う。

 

 「いやいや、流石におれも体操服着るよ? 流石にあの大舞台で一人スーツを着る勇気はおれにはない……!」

 「てかなんでスーツなの?」

 「戦闘服だからじゃないの?」

 

 上鳴の疑問に、聞き耳を立てていた尾白が答えた。そういえば戦闘訓練の時、同じ質問をされテキトーにそんな感じの答えを返した気がする。

 

 「そうなんですか?」

 

 話を聞いていた八百万がきょとんとした顔で犬飼を見た。

 

 「違うよー」

 「違うのかよ!?」

 

 思わず上鳴がツッコむ。

 

 「おれの尊敬する人が戦闘服はスーツにするっていうからさー」

 「犬飼にもそういう純情なとこあるんだ……意外」

 

 麗日といい、何故このクラスの女子は思ったことをそのまま口に出すのだろう。めっちゃ心に刺さった。

 泣き真似をしていると、珍しく声を張り上げた麗日の声が聞こえた。

 

 「皆!! 私!! 頑張る!」

 「「「お、おー!!」」」

 

 拳を突き上げ、体育祭への意気込みを叫ぶ麗日に、緑谷が動揺しながらも同意の声を上げた。

 くるりと90度回転した麗日が、砂藤達に向けて叫ぶ。

 

 「私!! 頑張る!!」

 

 迫力に押されたのか、珍しく常闇まで麗日につられて拳を突き上げている。面白かったので、とりあえず一連の流れを動画に収める。いつかクラス会とかで流してやろう。

 

 「……犬飼」

 

 愉しそうに動画を撮る犬飼を、周囲は呆れた顔で見ていた。

 

 

 

 

 

 放課後、1年A組の教室前には大勢の生徒が集まっていた。

 

 「うおおお…何ごとだあ!!!?」

 

 ドアを開けた瞬間、たくさんの生徒に囲まれた麗日が動揺から声を荒げる。

 

 「君達! A組に何か用が……」

 「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ!」

 「敵情視察だろ、ザコ」

 

 爆豪にザコ呼ばわりされて傷ついた峰田を、緑谷が「かっちゃんはあれがニュートラルなの」と慰めと言うより諦めて慣れろ、というかんじで励ましていた。

 

 「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてぇんだろ。意味ねェからどけ、モブ共」

 「知らない人の事、とりあえずモブって言うのやめなよ!!」

 

 早々にケンカを売る爆豪を、飯田達が慌てて止める。まぁそれで止まる様な爆豪ではないが。

 

 「噂のA組……どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍するやつは皆こんななのかい?」

 「ああ!?」

 

 そう言って人込みの中から現れたのは、紫の髪に深い隈を拵えた男子生徒だった。

 

 「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ。普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったってやつ結構いるんだ。知ってた? 体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ……」

 

 その言葉に、犬飼はなるほどなと思った。入試の対ロボット戦では、相澤のような対人戦闘向けの個性はほぼ効果を発揮しない。だが、何千人という受験生を相手に対人戦闘試験を行うわけにもいかず、その救済措置として編入という制度を学校が用意しているのだろう。

 

 「敵情視察? 少なくとも普通科は、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」

 

 爆豪に負けず劣らず、この男子生徒も大胆不敵である。

 

 「隣のB組のモンだけどよぅ!!」

 

 新手が来た。

 

 「敵と戦ったっつぅから話聞こうと思ってたんだがよぅ!! エラく調子づいちゃってんな、オイ!!! 本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」

 「…………」

 

 非難の目が爆豪に集中する。

 人混みを蹴散らし無言で帰ろうとする爆豪に、事態をこのまま放置する気かと慌てた切島がその背中を呼び止める。

 

 「待てコラ、どうしてくれんだ! おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねぇか!!」

 「関係ねぇよ……」

 「はあーーー!?」

 「上に上がりゃ、関係ねぇ」

 

 静かにそう告げた爆豪に、犬飼ですら驚いた。今までの爆豪だったらあり得ない台詞。仮に告げたとしても嘲笑を浮かべ、周囲を見下していたはずだ。

 強い意志が込められた言葉に、単純な男たちの一部が感化される。

 

 それを苦笑いで見ていた犬飼だったが、人混みの中、自分たちに向けられるカメラに気づいて僅かに眉を寄せた。

 目ざとくそれに気づいた障子が、犬飼を隠すように立つ。犬飼が敵に狙われていることは、襲撃事件の日に生徒達に告げられていた。特に普段一緒にいることが多い障子と尾白、真面目な委員長コンビはかなり心配してくれていたので今回も気を使ってくれたのだろう。

 

 「ありがとう、障子」

 「気にするな……マナーがなっていないな」

 「ほんとにね」

 

 事態に気づいた教師が駆け付けるまで、爆豪や轟以外の生徒は帰ることができなかった。

 

 

 

 

 一騒動あったものの、参加種目の決定、それに伴う個々人の準備で体育祭までの2週間はあっという間に過ぎ去った。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一種目

 

 体育祭—————本番当日。

 

 「群がれマスメディア! 今年もおまえらが大好きな高校生たちの青春暴れ馬…雄英体育祭が始まディエビバディアァユウレディ!!??」

 

 晴れ渡る青空に、プレゼント・マイクの声が高らかに響き渡る。

 

 毎年メインとなるのは3年ステージだが、今年はUSJ襲撃事件により1年ステージに高い注目が集まっていた。

 そんな注目の的である1年A組の生徒達は、登校して体操服に着替えると、1年ステージ用に用意されたホール内にある控室で開会式を待っていた。

 

 飯田が入場を告げるのを聞きながら、障子達と談笑していると轟が立ち上がり緑谷に近づいた。

 

 「緑谷」

 「轟くん……何?」

 

 緊張をほぐすために深呼吸していた緑谷が、呼ばれた理由が分からず困惑した表情で尋ねる。

 犬飼は2人の接点がわからず、とりあえず静観を決め込んだ。

 

 「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」

 「へ!? うっうん…」

 「おまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな」

 

 バレてる。いや、完全にバレてるわけではなさそうだが何かしら接点があると疑われているようだった。

 

 「別にそこ詮索するつもりはねぇが……おまえには勝つぞ」

 

 轟は動揺する緑谷に構わず、真っすぐ勝利を宣言した。授業において、犬飼達と戦った戦闘訓練以外で負けたことが無いクラスでもトップクラスの実力を持つ轟。対して緑谷は個性の制御ができず、未だ目立った成績を残していない。珍しい組み合わせにクラスの注目が集まる。

 

 「急にケンカ腰でどうした!? 直前にやめろって…」

 

 仲裁しようとした切島の腕を、轟が振り払う。

 

 「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だって良いだろ。それに犬飼、尾白、お前らもだ。……次は俺が勝つ」

 「俺!??」

 

 矛先が向くとは思っていなかった尾白が、驚きから叫ぶ。

 犬飼は睨むように自分を見る轟に、いつも通りの笑みを浮かべて答えた。

 

 「俺も負ける気はないよ。お互い頑張ろうね」

 「……ワオ、パーフェクトコミュニケーション」

 

 いつも通り過ぎる犬飼に、上鳴が片言の英語で褒める。尾白は葉隠に「それが普通の反応だよ」と慰められ、逆に落ち込んでいた。

 

 黙っていた緑谷が、ぎゅっと服を握りしめ呟くように言った。

 

 「……轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか…はわかんないけど…。そりゃ君の方が上だよ…実力なんて大半の人に敵わないと思う…。客観的に見ても…」

 「緑谷もそーゆーネガティブな事言わねぇ方が…」

 「でも……!! 皆……他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。僕だって…遅れを取るわけにはいかないんだ」

 

 俯いていた顔を上げた緑谷が、覚悟を決めた顔で告げる。

 

 「僕も本気で獲りに行く!」

 

 

 

 

 

 

 『1年ステージ! 生徒の入場だ!!』

 

 入場のアナウンスが鳴る。

 

 『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!! どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!!? 敵の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!』

 

 会場の視線が一点に向けられる。

 

 『ヒーロー科!! 1年A組だろぉぉ!!?』

 

 歓声が轟く。

 

 「わぁぁぁ…人がすんごい……」

 「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか…! これもまたヒーローとしての素養を身につける一環なんだな」

 

 衆目の視線に緑谷が緊張で震えていると、飯田が体育祭の真意が何か真面目に考察していた。

 

 「めっちゃ持ち上げられてんな…。なんか緊張すんな…! なァ爆豪!」

 「しねえよ、ただただアガるわ」

 

 プレゼント・マイクのアナウンスに居た堪れなくなった切島がソワソワする。

 

 『B組に続いて普通科C・D・E組……!! サポート科F・G・H組もきたぞー! そして経営科I・J・K!!』

 

 「ねぇ、流石にA組の贔屓が過ぎない? 他クラスからヘイトが来そうなんだけど……」

 「もうしっかり恨まれてるみたいだよ」

 

 A組贔屓が過ぎるアナウンスに尾白が懸念を口にするが、もう遅い。犬飼が指さす方を見た尾白は、普通科達の睨みつけるような視線に顔を青くした。それに気づいた他のクラスメイトも同じように顔色を悪くして、事の発端であるプレゼント・マイクへの恨みを口にした。

 

 「マジで許さん」

 「デリカシーがないよね!」

 「体育祭おわったらみんなで突撃しよう!」

 「これは焼肉でも奢ってもらわねぇと割に合わねぇよな!!」

 「「「それだ!!!」」」

 

 ゲートから入場した生徒達が、スタジアムの中央に集合する。

 

 「選手宣誓!!」

 

 鞭を振るいながら体育祭の進行を担当するのは、過激すぎるコスチュームで国会すら動かしたといわれるミッドナイトだ。会場の男だけでなく、生徒達の視線が彼女に集中する。

 

 「18禁なのに高校にいてもいいものか」

 「いい」

 「即答じゃん」

 

 常闇の至極当然の疑問に、峰田が食い気味で答える。

 過激な衣装にザワつく生徒達を、ミッドナイトが一喝した。

 

 「選手代表!! 1-A、犬飼澄晴!!」

 

 名前を呼ばれた犬飼は返事をして、ミッドナイトの立つ号令台に上がる。

 

 「え? 選手代表って犬飼なの?」

 「ってことは……入試1位通過ってあいつ!?」

 「ヒーロー科の入試な」

 

 A組の会話を聞いていた普通科の生徒が、ため息とともに訂正を口にした。

 既に喧嘩腰である。

 

 壇上に登った犬飼はチラリと、背後に整列する生徒を見た。敵意を隠そうともしない他の科の生徒に、A組の生徒達はどこか居心地が悪そうだった。

 

 先日の爆豪の発言はともかく、USJの襲撃や体育祭でA組に注目が集まるのも何一つ犬飼達のせいではない。

 襲撃に遭ったクラスを大勢で取り囲み、写真や動画を取るその短絡的な行動。ヒーロー以前に、人としてのモラルが欠けている。雄英に侵入したマスコミと一体何が違うというのか。

 

 犬飼は真っ直ぐに観客を見据え、右手を伸ばす。

 

 「宣誓。私たち選手一同はあらゆる困難や悪意に屈することなく、正々堂々勝負することを誓います」

 

 ミッドナイトが犬飼の宣誓の意図に気づき、苦笑する。

 犬飼が言った『悪意』が敵だけではなく、他クラスから向けられた感情も示唆していることに気づいたのだろう。

 

 意図を正しく読み取った一部の生徒が、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 最後に名前を言って宣誓を締めくくると、犬飼はさっさと壇上を下りクラスの列へ戻った。犬飼の皮肉に気づかなかった芦戸や葉隠が、満面の笑みを浮かべて「いい宣誓だったよ!」と叫ぶ。

 

 犬飼が列に戻ったのを確認したミッドナイトが、競技説明に移った。

 

 「さーて、それじゃあ早速第一種目行きましょう。いわゆる予選よ! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ!! さて運命の第一種目!! 今年は……コレ」

 

 空中に浮かんだ仮想ディスプレイに表示された第一種目は”障害物競走”。

 

 「計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周約4㎞! 我が校は自由さが売り文句! ウフフフ……コースさえ守れば何をしたって構わないわ! さあさあ位置につきまくりなさい…!」

 

 ミッドナイトの指示に従って、皆がゲート前に集合する。

 犬飼は人混みを縫うように進み、スタートラインの最前列に立った。ゲート上に付けられた3つのランプがカウントのように音を立てて消えていく。

 

 「スターーーーート!!」

 

 生徒達が一斉に駆けだした。

 

 

 

 

 

 『さーて実況していくぜ! 解説アーユーレディ!? イレイザー!!』

 『無理矢理呼んだんだろうが』

 

 どうやら実況つきのようだ。不機嫌さを隠さない担任の姿がありありと想像できて、犬飼は思わず吹き出した。

  

 『早速だがイレイザーヘッド! 序盤の見どころは!?』

 『今だよ』

 

 轟の氷結がゲートごと生徒を凍らせる。

 だが、それを予見していた1年A組のクラスメイト達は全員が轟の攻撃を躱していた。犬飼もトリオン体の身体能力を活かして高く跳びあがり回避する。

 

 『さぁいきなり障害物だ!! まずは手始め…第一関門、ロボ・インフェルノ!!』

 

 生徒達の眼前に立ちふさがったのは、入試の時の0P敵だった。しかも一体ではなく、道を塞ぐように大量に配置されている。

 轟が立ち止まり、後続の生徒達も巨大な敵に足を止めた。その横を犬飼はトップスピードのまま駆け抜ける。

 

 「ターゲット確認……!」

 

 犬飼はグラスホッパーを展開し、ロボットの頭上を軽々と飛び越えた。そのままロボットの前で立ちすくむ生徒達を置き去りにして、先を進む。

 

 『流石だな、判断が速い』

 『1-A 犬飼! ロボに動揺することなく一気に駆け抜けた!! 流石入試1位だぜ!!』

 

 第一関門を抜けると、目の前に広がるのは巨大な窪地。その中に足場のような岩が立ち並びロープで繋がれていた。おそらく綱渡りの雄英版と言ったところだろう。

 

 『オイオイ第一関門チョロいってよ!! んじゃ第二はどうさ!? 落ちればアウト!! それが嫌なら這いずりな!! ザ・フォール!!!』

 

 ロボットの頭上を越える際に、第二関門である巨大な穴をしっかり目視していた犬飼は、先程と同じようにグラスホッパーを利用して足場を跳ねるようにして渡っていく。

 

 『実に色々な方がチャンスを掴もうと励んでますね、イレイザーヘッドさん』

 『何足止めてんだあのバカ共…』

 『さぁ先頭は難なくイチ抜けしてんぞ!! っていうかアイツほんと止まらねぇな!!』

 

 第二関門をクリアした犬飼は、僅かに背後を振り返った。轟、爆豪と予想通りのメンバーが自身の後を追うように迫っている。

 

 「一位の奴圧倒的じゃん……!」

 「個性はそんな大したことなさそうだけど、判断力と素の身体能力がズバ抜けてるな」

 

 グラスホッパーだけで突き進む犬飼を見て、ヒーロー達が意見を交わす。

 

 「むしろ個性だけなら2位の奴の方が凄くね? スタートの時とかマジビビったわ……!」

 「そりゃそうだろ。あの子フレイムヒーロー『エンデヴァー』の息子さんだよ」

 「あぁー道理で! オールマイトに次ぐトップ2の血か! じゃあ1位の奴は!?」

 「いや、あいつは知らない」

 「知らねぇ―のかよ!? ……いや待てよ? エンデヴァーの息子に圧勝する子供なんて一人だけだろ??」

 「だから知らねーって!」

 「オールマイトの息子だよ!」

 

 犬飼の知らないところで大きな誤解が生まれようとしていた。

 

 「はぁ? 何ってんだお前」

 「だって考えてみろよ!? 急なオールマイトの雄英就任も、息子をヒーローに育てる為なんだよきっと! お互い金髪だし、クリソツじゃん!」

 

 謎に自信満々な男の言葉に、周囲の人間は丁度スクリーンに映し出された犬飼と脳内に浮かべたトップヒーローを比べる。

 

 (似てるか……?)

 (体格違い過ぎねぇ?)

 (でも金髪だし親子かも……)

 

 今のところ共通点が金髪しかないが、日本人からするとそれだけで血のつながりを感じてしまうものらしい。

 

 「たしかにオールマイトは苗字とか個性公表してないし、一概に否定はできねぇな。奥さんの個性を受け継いだ可能性もあるし」

 「敵に狙われないよう影から見守っていた息子がヒーローになる! 今まで何もできなかった分、少しでも力になってやりたい! オールマイト! あんたって人は……! 俺は感動したぜ!」

 

 残念なことに、オールマイトがプロフィールを一切公表していないことで、その場に2人の関係をありえないと断言できる人間がいなかった。

 男の声が大きかったせいか、噂の対象がオールマイトだったせいなのか。その噂は想像以上の勢いで会場中に広がっていった。

 

 まさかそんな噂が広まっているとは露ほども想定していない犬飼は、2位以下を大きく突き放して最終関門に到達していた。

 

 『先頭が一足抜けて下はダンゴ状態! 上位何名が通過するかは公表してねぇから安心せずにつき進め! そして早くも最終関門!! かくしてその実態は——————……一面地雷原! 怒りのアフガンだ!! 地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!! 目と脚酷使しろ!!』

 

 プレゼント・マイクの言葉通り、よく見れば地面に掘り起こされたような跡があった。

 地雷が個性によるものでなければ避ける必要はないが、用心するに越したことはない。犬飼は真っ直ぐ最短距離を駆け抜け、地雷を踏みそうなときだけグラスホッパーを使用し、爆破を避けた。

 

 『……なんか約1名普通に進んでるんですけど、担任としてどう思いますかイレイザーヘッドさん!』

 『そのわざとらしい言い方をやめろ。……普通なら先頭ほど不利な障害なんだが、まぁ流石だな。油断するかと思って個性由来の爆弾を用意したんが……無駄だったか』

 『お前…………マジか』

 

 容赦ない担任の仕打ちが明らかになる。

 避ける判断をした過去の自分を、犬飼は心から称賛した。

 

 「はっはぁ、俺は関係ねーー!!」

 

 爆豪の声がして思わず振り返る。30mほど後ろから爆豪と轟が迫ってきていた。轟は後続に道を作ることを厭わず、氷結で地面を凍らせてその上を疾走し、爆豪に至っては爆破を利用して空を飛んでいた。

 

 『トップを走っていた犬飼に爆豪と轟が迫る!! 後続もスパートをかけてきた!!!』

 

 「顔が怖いよ、二人共」

 

 特に爆豪。地上波で流していい顔ではない気がする……。

 

 その時、凄まじい爆音が響き渡った。

 

 『後方で大爆発!!? 何だあの威力!? 偶然か故意か——————A組緑谷、爆風で猛追——————……っつーか!! 抜いたぁぁぁぁあー!!』

 

 集めた地雷を爆破させ、その爆風を利用して飛んだ緑谷が爆豪達を上空から抜き去る。

 

 「デクぁ!!! 俺の前を行くんじゃねえ!!!」

 

 物凄く後ろの状況が気になるが、犬飼は振り返らず地雷を避けて進むことに集中した。

 相澤の言う通り、これが個性で作られた爆弾ならトリオン体を損傷させる可能性があるという事だ。連鎖的な爆発に巻き込まれトリオン体を損傷しトリオン洩れなんてことになったら、目も当てられない。

 

 今度は近くで爆音が響いた。

 

 『緑谷間髪入れず後続妨害!! なんと地雷原即クリア!!』

 

 後方から文字通り吹っ飛んできた緑谷が、転がるようにして犬飼を抜き去っていく。

 

 『ここで先頭が変わった——————! イレイザーヘッド、おまえのクラスすげぇな!! どういう教育してんだ!』

 『俺は何もしてねぇよ。奴らが勝手に火ィ付け合ってんだろう』

 

 緑谷の背中が見える。

 泥だらけになり、必死で駆けるその姿に何も思うところがないといえば嘘になる。

 

 だがここで同情して負けてやるほど、犬飼は優しい人間ではない。

 

 (もう地雷はないし、走る方に徹しよう)

 

 『ここで犬飼全力疾走!! すぐさま緑谷を抜いたァァアア!!』

 

 「ック……!」

 

 緑谷が引き留めるように犬飼に手を伸ばす。だが……その手が犬飼に届くことはなかった。

 

 『スタートから2位以下を大きく突き放し、担任の妨害にも屈せず『人聞きの悪い事いうな』、入試1位の実力を如何なく見せつけたその男——————犬飼澄晴!! いま、ゴール!!』

 

 ゴールした犬飼を観客の大歓声が迎える。とりあえず手を振っておくと、歓声がさらに大きくなった。

 

 数秒遅れて、緑谷、轟、爆豪がゴールする。

 「お疲れ」と声を掛けると、爆豪からは舌打ちされ、轟からは無視された。お疲れ様と返してくれたのは緑谷だけである。

 

 『さぁ続々とゴールインだ! 順位等はあとでまとめるからとりあえずお疲れ!!』

 

 体育祭の第一種目が終了した。

 

 

 

 

 




障害物競争で第二関門の足場をメテオラで破壊したり、第三関門の地雷原を爆破させて後続全員始末したかったのですが流石にやっちゃだめだなと思ったので止めました。某ペンチさんならやったかもしれない……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二種目①

騎馬戦でしようと思っていた戦法が悉く読者に看破されて困っている作者です。
……ワートリ民こわいな。どうしよう。 


 

 「ようやく終了ね。それじゃあ結果をご覧なさい!」

 

 スクリーンに予選通過者が表示された。

 A組は全員予選通過できたようで、近くにいた障子や尾白とハイタッチを交わす。

 

 「予選通過者は上位42名! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい! まだ見せ場は用意されてるわ!! そして次からいよいよ本選よ!! これからは取材陣も白熱してくるよ! キバりなさい!!」

 

 スクリーンに表示されたスロットが回り、ドラムロールが鳴り響いた。

 

 「さーて第二種目よ! 私はもう知ってるけど~~……何かしら!? 言ってるそばから——————コレよ!!!」

 

 表示された種目は”騎馬戦”。皆の予想を裏切る、まさかの団体戦であった。

 スクリーンに騎馬を組む教師たちの姿が映し出され、ミッドナイトが競技の説明に入った。

 

 「参加者は2~4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ! 基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど一つ違うのが、先程の結果に従い各自にポイントが振りあてられること!」

 「入試みてぇなポイント稼ぎ方式か。わかりやすいぜ」

 「つまり組み合わせによって騎馬のポイントが違ってくると!」

 「あんたら私が喋ってんのにすぐ言うわね!!」

 

 砂藤と麗日に説明するはずだった言葉を言われてしまい、年甲斐もなくミッドナイトがキレる。

 

 「ええそうよ! そして与えれるポイントは下から5ずつ。42位が5ポイント、41位が10ポイント…といった具合よ」

 

 なら1位である犬飼に与えられるポイントは210ポイントというわけか。

 

 「そして…1位に与えられるポイントは1000万!!!」

 

 犬飼は笑顔で固まった。

 

 「上位の奴ほど狙われちゃう——————…下克上サバイバルよ!!!」

 

 周囲の獲物を狩る様な視線が犬飼に集中する。

 

 「上を行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞPlus Ultra! 予選通過1位の犬飼澄晴くん!! 持ちポイント1000万!!」

 

 だんだん雄英の校訓が嫌いになってきた犬飼だった。

 峰田が憐れむような目で犬飼を見る。

 

 「制限時間は15分。割り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイント数が表示された”ハチマキ”を装着! 終了までにハチマキを奪い合い、保持ポイントを競うのよ! 取ったハチマキは首から上に巻くこと。とりまくればとりまくる程、管理が大変になるわよ! そして重要なのはハチマキを取られても、また騎馬が崩れてもアウトにはならないってところ!」

  

 ハチマキを奪ってハイ終わり、とはならない辺り雄英らしい。

 犬飼としては敵が減ってくれた方が助かるのだが。

 

 「42名からなる騎馬10~12組がずっとフィールドにいるわけか…?」

 「いったんポイントを取られて身軽になっちゃうのもアリだね」

 「それは全体のポイントの分かれ方を見ないと判断しかねるわ、三奈ちゃん」

 

 説明を聞いた生徒達がざわめく。

 

 「”個性”発動アリの残虐ファイト! でも……あくまで騎馬戦!! 悪質な崩し目的での攻撃などはレッドカード! 一発退場とします!」

 「……これ、おれの銃撃とかアウトじゃない?」

 「まぁ、気絶させるのはアウトだろうな」

 

 開幕早々ゾエの適当メテオラみたいな攻撃も考えていた犬飼だったが、あっさりと攻撃手段を封じられ頭を抱える。

 牽制には使えそうだが、他の組ならともかく、A組の面々には通用しないだろう。 

 

 「それじゃこれより15分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」

 

 犬飼は反射的に障子の腕を掴んだ。

 

 「よし! 他のメンバーを探そうか!」

 「「早い!?」」

 

 

 

 

 

 「手が早いな」

 

 教師席から観戦していたスナイプの一言に、13号が一瞬固まった。

 

 「いやいや、言い方を考えてください! 誤解を生みますよ!」

 

 既に犬飼がオールマイトの実子という、もの凄い誤解が観客席に広がっているのを彼らは知らなかった。

 

 「む、すまない。だが爆豪や轟ではなく障子とは……彼らは仲が良かったのか?」

 「入試の時に知り合ってから意気投合したらしいですよ」

 「詳しいな?」

 「よく話すので」

 

 ほら、と13号からチャット画面を見せられる。

 どうして担任でもない教師と生徒が個人の連絡先を交換しているのか。

 

 「……」

 「あ、私も連絡先交換してるよ!」

 

 13号の隣で話を聞いていたオールマイトまでもが軽く手を挙げてそういった。

 

 「……どういう交友関係してるんだ?」

 「スナイプ先生は3年生の担当ですから繋がりないですもんね……」

 

 13号の言葉にスナイプは懐からスマホを取り出すと、連絡先アプリを開いて2人に見えるように掲げた。

 

 「ガンナーとして意見を聞きたいといわれて……気づいたら交換していた」

 「……」

 「……」

 

 ——————確かに手が早い。そう思った13号達であった。

 

 

 

 

 

 教師達から手が早いなどと言う嫌なレッテルを張られた犬飼は、号泣する峰田にしがみ付かれていた。

 

 「障子ィ…! 犬飼ィ…!! 女と組みてぇけどダメだ——————!! オイラと組んでくれェ!」

 

 それを見たA組女子が、犬飼達の周りから離れていく。

 いや、一人だけ嬉しそうにこちらに向かってくる女子がいたが犬飼は見えないふりをした。

 

 「オイラ、チビだから馬にはなれね——————!! オイラ騎手じゃ誰も馬なんてやってくれねーんだ!」

 「わかってるね」

 

 よくできた自己分析である。

 

 「でも障子の巨体と触手ならオイラの体すっぽり覆えるだろう!!?」

 

 峰田の言葉に、障子と犬飼は顔を見合わせた。

 

 「「なるほど」」

 

 どうやら適当ではなく、きちんとした作戦の元障子達に誘いをかけたらしい。

 切り捨てるにはもったいない気がした。

 

 「だろ! なぁ、頼むよぉ!! オイラと組んでくれよ~!!」

 

 泣き叫ぶ峰田と視線を合わせるように屈む。

 

 「じゃあよろしくね。峰田」

 「よろしく頼む」

 「……!!」

 「それであと一人、誰か誘うか?」

 「ん~、候補はあるんだけど……」

 

 言い終わる前に、犬飼の肩を掴んだ少女が叫んだ。

 

 「私と組みましょ! 1位の人!!!」

 「女—————!!」

 

 興奮で顔を赤くした峰田を障子が押さえつける。

 

 「私はサポート科の発目明! あなたの事は知りませんが立場を利用させてください!!」

 

 どうして峰田といい、この少女といい癖の強い人間しか集まらないのだろう。

 

 尾白が恋しい。

 思わず友人の姿を探すが、既に緑谷とチームを組んでしまっているようで犬飼は心の底から残念に思った。

 

 犬飼の心情など気にも留めない発目は、湯水のように言葉を捲し立てる。

 

 「あなたと組むと必然的に注目度がNO.1となるじゃないですか!? そうすると必然的に私のドッ可愛いベイビーたちがですね、大企業の目に留まるわけですよ。それってつまり大企業の目に私のベイビーが入るって事なんですよ!!」

 「ベイビー?」

 「既に子供が!? ……イイ!!」

 「峰田うるさい。多分発明品の事じゃないの?」

 「生み出したといえば……そう、なのか?」

 

 発目の自己アピールは続く。

 犬飼は暫くそれに耳を傾けていたが、サポートアイテムの紹介が始まったあたりで発目の話を遮った。

 

 「うん、話はよく分かったよ。でもゴメンね、おれにサポートアイテムは必要ないから」

 「……それは」

 「別にサポート科を馬鹿にしてるとかじゃなくて、おれの個性は装備しても意味がないんだよね」

 「なるほど!! そういう事でしたら時間の無駄ですね! 私は他を当たらないといけないのでこれで失礼します!!」

 

 一瞬険悪な雰囲気が流れたが、個性の都合だというと発目はあっさりと引き下がった。

 障子や峰田には目もくれず、そのまま他の選手を探しに走っていく。

 

 「なんだったんだ……アレは」

 「なんだったんだろうね~」

 「せっかくの女が……!!」

 

 一人残念がっている男がいるが、無視する。

 

 「3人でもいいけど、できればあと一人、攻撃と防御ができる人間が欲しいよね」

 「そうだな」

 「ってことで……よろしくね常闇くん!」

 

 近くにいた常闇の腕を捕まえてそういうと、障子が呆れたように言った。

 

 「まずは言葉で誘え」

 

 それもそうだ。

 犬飼は掴んでいた常闇の手を離すと、3人に向けて頭を下げた。

 

 「障子、峰田、常闇くん、黒影くん。おれとチームを組んで戦ってほしい」

 

 クラス最強の一角である犬飼が自分たちに頭を下げて頼んでいる。

 その光景に頼まれた3人だけでなく、A組の他の生徒達も驚きで固まった。

 

 犬飼としては、頼む側が頭を下げるのは当然だろうと言った前世の隊長の言葉に従っただけである。

 

 だが、頼まれた側を燃え上がらせるには十分だったらしい。

 

 「あぁ、任せろ」

 「1000万はオイラが守ってやるぜ!!」

 「常闇でいい。よろしく頼む」

 「オレモオレモ! ヨビステデイイヨ!」

 

 チームは決まった。

 

 「おれも犬飼でいいよ。じゃあ作戦会議をしようか。まず——————」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二種目②

何故かここ1週間で閲覧者が増え、目を丸くしている作者です。

感想の返信をするつもりは無かったのですが、少しでも見てくださっている人に何か返すものがあればと思い、返信をすることを決めました。
頂いた感想は全て拝読していますが、返答は平日になると思います。
(返答が返ってこないときは作者が返答を悩んでいるだけです)

土日祝日は更新に専念させてください。
すみませんが、よろしくお願いいたします。


 

 15分の交渉タイムが終了し、全ての騎馬が出揃った。

 スクリーンに全12騎がチームポイント共に表示される。

 

 

 1.峰田チーム  10,000,435P

 2.塩崎チーム      685P

 3.爆豪チーム      645P

 4.轟チーム       600P

 5.心操チーム      570P

 6.物間チーム      305P

 7.葉隠チーム      290P

 8.拳藤チーム      225P

 9.鱗チーム       175P

 10.小大チーム      165P

 11.青山チーム      140P

 12.角取チーム      70P

 

 

 『よぉーし組み終わったな!!? 準備はいいかなんて聞かねえぞ!! いくぜ残虐バトルロイヤルカウントダウン!!』

 

 プレゼントマイクのアナウンスが会場中に響き渡る。

 犬飼達のチームは、騎手を峰田、騎馬の先頭が障子、右翼を常闇、左翼が犬飼となった。まぁ峰田は障子の複製腕の中にいるので、犬飼と常闇は実質手を繋いでいるだけである。

 

 爆豪と目が合ったのでにこっと笑みを返すと、思いっきり嫌そうな顔をされた。

 試合のカウントダウンが始まる。

 

 『START!!』

 

 試合開始の合図とともに、複数の騎馬が犬飼達に向かって突っ込んできた。

 

 「実質1000万の争奪戦だ!!」

 「はっはっはっ!! 峰田くんいっただくよ——————って峰田くんどこ!?」

 

 障子の複製腕に隠れた峰田に気づけなかった葉隠が大声で叫ぶ。

 

 「いきなりの襲来とは……犬飼の読み通りだな」

 「ネー!」

 「流石にあんな視線向けられたらね……」

 

 目をキラキラと輝かせる黒影に笑ってそう答える。

 

 「追われし物の宿命……いくぞ黒影!!」

 「ハイヨ!」

 

 1000万狙いで突撃してきた葉隠チームと鉄哲チームに、黒影が襲い掛かった。

 その陰に隠れるように拳銃を構えた犬飼は、敵2チームに向けて鉛弾を放つ。

 

 「なにコレ!!」

 「うわッ……!」

 「重い重い……! 急に何!?」

 

 被弾した2チームが、急激な重さの変化に呻き声をあげる。葉隠チームに至っては支えるのがやっという様子だった。

 

 いくら弾速が遅い鉛弾とはいえ、騎馬を組んで動きが制限された状態で躱すことは難しい。それも初見なら尚更だ。

 

 「葉隠重いよ!!」

 「うわー耳郎ちゃん!! 私が重いみたいに言わないで……!」

 「でも重いわ透ちゃん……ッ」

 「私のベイビーが!!」

 

 自重を支えきれなくなった葉隠チームが地面に膝をつく。その隙に黒影が葉隠からハチマキを奪った。

 

 「サンキュー塩崎!! 助かったぜ……!」

 

 B組のチームには塩崎という生徒の髪が蔦のように騎馬全体を包み、身体への直接の着弾を回避していた。髪についた鉛弾が切り離され、地面に落下する。

 

 「!! 下から何か来るぞ!!」

 

 索敵を担っていた障子が、地面下から聞こえてきた異音に気づき声を上げる。

 

 「あの女の蔦だ!」

 

 塩崎を注視していた峰田が、彼女の髪が地面に潜り込んでいるのを見て叫んだ。

 地面から伸びてきた蔦を黒影が引きちぎり、犬飼はアステロイドを塩崎に向けて撃つ。

 

 「塩崎!!」

 「わかっています!」

 

 銃を構えた犬飼を見て、骨抜が警戒の声を上げる。

 塩崎は髪を戻すと防御が間に合わないと判断し、地面に伸ばしていた髪を切り離した。そして再度髪を伸ばし、弾丸から守るように騎馬を覆う。

 

 「この隙に逃げるぞ!」

 「犬飼了解」

 「ダークシャドーリョーカイ!」

 「常闇了解」

 「障子了解」

 

 峰田の指示に犬飼が返事を返すと、それを聞いた黒影が「なにそれかっこいい!」と言いたげな様子で真似をした。常闇や障子まで真似をするとは思わず、驚いて2人を見る。

 

 「一度言ってみたかったんだ」

 「同じく」

 

 どうやら少年の心を擽ってしまっていたらしい。知らなかった。

 

 『さ~~まだ2分も経ってねぇが早くも混戦状態!! 各所でハチマキの奪い合い! 1000万を狙わず2位~4位狙いってのも悪くねぇ!!』

 

 プレゼント・マイクの実況が始まった。

 

 犬飼は拳銃をホルスターに戻し、代わりに出した突撃銃を構え周囲を牽制する。

 

 「右から青山! ビーム警戒!」

 

 障子の言葉が終わらないうちに、青山のレーザービームが犬飼達を襲う。

 

 「ソーリー! 1000万はボク達が頂いちゃうよ!!」

 「っておい! 青山防がれてんぞ!」

 

 青山のレーザービームが真っすぐにしか飛ばないことを知っていた犬飼は、集中シールドで攻撃を防ぐ。

 

 「おらっ!!」

 

 攻撃が止んだ瞬間、峰田が自身のもぎもぎをちぎって砂藤の足元目掛けて投げる。

 

 「キャー!!」(※青山)

 「うおっ、峰田!? ってもぎもぎはズルいだろ!!」

 「アハハハ戦にズルいも卑怯もあるか! 手加減してほしかったら女になって出直してくるんだな!!」

 

 自分たちに有利な戦況に高笑いする峰田。

 だが、笑っていられたのもそれまでだった。迫る敵に気づいた障子が空を見上げる。 

 

 「上から爆豪!!」

 「調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソが!」

 「出たぁぁぁぁぁああ!!」

 

 一人特攻してきた爆豪は犬飼のハウンドを爆破で相殺し、障子の複製腕の中に隠れた峰田に手を伸ばした。

 峰田が半泣きで叫ぶ。

 

 「シールド」

 

 半透明の板が爆豪の攻撃を防ぐ。

 

 「クソっ!!」

 

 体勢を崩した爆豪を同じチームの瀬呂がテープを伸ばして回収した。

 

 『おおおおおお!!? 騎馬から離れたぞ!? 良いのかアレ!!?』

 

 プレゼントマイクの叫びに、ミッドナイトはぐっと親指を立てて答えた。

 

 「テクニカルなのでオッケー!! 地面に足をついてたらダメだったけど!」

 

 『やはり狙われまくる1位と猛追を仕掛けるA組の面々共に実力者揃い! 現在の保持ポイントはどうなってるのか…7分経過した現在のランクを見てみよう!』

 

 会場のあちこちに設置されたモニターに、現在のランキングが一覧で表示される。

 

 「あれ…? なんか……」

 

 ランキングを見た観客達が騒めき出す。

 

 『……あら!!? ちょっと待てよ、コレ! A組峰田意外パッとしてねぇ……ってか爆豪あれ…!?』

 

 モニターに映しだされた途中経過は、大多数の予想を裏切るものだった。

 

 1位 峰田チーム

 2位 物間チーム

 3位 鉄哲チーム

 4位 拳藤チーム

 5位 轟チーム

 6位 鱗チーム

 ※以下0Pの為同位 

 

 物間が爆豪からハチマキを奪う瞬間を目撃していた犬飼達は、その後に続けられた言葉に眉を顰めた。

 

 「単純なんだよA組。ミッドナイトが”第一種目”と言った時点で予選段階から極端に数を減らすとは考えにくいと思わない? だからおおよその目安を仮定し、その順位以下にならないよう予選を走ってさ、後方からライバルになる者たちの”個性”や性格を観察させてもらった。その場限りの優位に執着したって仕方ないだろう?」

 「組ぐるみか…!」

 「まぁ全員の総意ってわけじゃないけど、いい案だろ? 人参ぶら下げた馬みたいに仮初の頂点を狙うよりさ。……あ、あとついでに君、有名人だよね? 『ヘドロ事件』の被害者! 今度参考に聞かせてよ。年に一度敵に襲われる気持ちってのをさ」

 

 敵に襲われたことを揶揄する言動が、ヒーロー志望として正しいのか問いたいところだが放っておくことにした。

 爆豪の性格から鑑みても、ポイントを取られた挙句あれほど虚仮にされ放置するとは考えにくい。必ずポイントを取り返そうとするだろう。爆豪という強敵を足止めしてくれるならこちらとしては願ったりである。

 

 

 ——————だが、踵を返した犬飼達の前に、立ちふさがる影があった。

 

 

 『さァ残り時間半分を切ったぞ!!』

 

 

 轟は静かに告げる。

 

 「そろそろ奪るぞ」

 

 高校生とは思えないオーラを放つ轟にビビりまくった峰田が複製腕のなかに閉じこもる。

 

 「オイラ、もうここで暮らすわ」

 「それはやめてくれ」

 

 感情を隠さない峰田につられた障子が本音を漏らす。

 

 「峰田、弱い事と役に立たないことはイコールじゃないよ。あと7分弱。出来ることをやろう」

 「ダイジョーブ、ミネタハヨワイカラオレガマモッテヤルヨ!」

 「……来るぞ!」

 

 飯田のスピードを活かした轟達が、騎馬戦とは思えない速さで迫ってくる。

 

 「八百万、ガードと伝導を準備」

 「ええ!」

 「上鳴は…」

 「いいよわかってる!! しっかり防げよ…」

 

 轟達の会話を複製した耳で聞いていた障子は、轟達がやろうとしていることに気づいて反射的に犬飼を呼んだ。

 

 「犬飼! 上鳴の放電が来る!!」

 

 (シールドじゃ防ぎきれないな……なら)

 

 シールド2枚でも上鳴の放電を防ぎきれないと判断した犬飼は、念のためトリガーに入れていた防御用トリガー『エスクード』を起動した。

 消費トリオンが大きいので使用するのは避けたかったが、上鳴の放電でトリオン体が損傷するよりはマシである。

 

 地面から迫り出す様に現れたバリケードが、犬飼達を守るように広がる。

 

 『何だ何だ!! 急に地面からなんか現れたぞ!!』

 

 その堅固な盾は、上鳴の放電を完璧に防ぎ切った。

 

 「何だよアレ!?」

 「まだなんか隠し持ってやがったのか……!」

 

 上鳴だけでなく、まさか完璧に防がれるとは思っていなかった轟も動揺を隠せなかった。

 だがすぐに平静を取り戻し、未だ放電の影響で動けない犬飼達以外のチームの足元を氷結で凍らせる。

 

 『何だ何をした!? 群がる騎馬を轟一蹴!』

 『上鳴の放電で確実に動きを止めてから凍らせた…さすがというか…、障害物競走で結構な数に避けられたのを省みてるな』

 『ナイス解説!!』

 

 足元を凍らされ動けない騎馬からハチマキを奪いつつ、轟は峰田達に近づいた。

 突撃銃から拳銃に持ち替えた犬飼を見て、轟達が足を止める。どうやら葉隠たちが動けなくなっていたのを見ていたらしい。

 

 「上鳴の放電に飯田のスピード、それを八百万の創造で完璧に近い形でチームに組み込む……厄介だな」

 

 特に上鳴の放電は犬飼だけでなく、常闇にとっても相性最悪だった。

 黒影は光の強さによって個性の強さが増減する。闇が濃い程攻撃力は上がるが制御が難しくなり、逆に光の中では攻撃力は下がるが制御が可能になる。

 

 「だが流石にあれほどの光……奴の放電が続く限り攻めでは相性最悪だ。黒影が及び腰になっている」

 「ボウリョクハンタイ」

 「……どうする犬飼」

 

 障子の複製腕の一つが犬飼の方を向く。

 

 「常闇はこの話誰かに言ったりした?」

 「いや、試合前にお前たちに話したのが始めてだ」

 「なら牽制にはなるね」

 

 犬飼は複製腕の中で「オイラはもう無理だ……轟こわ」と放心状態になっている峰田を突撃銃で殴った。もぎもぎは避けて。

 

 「痛い!」

 「そりゃ殴ったからね。試合中だよ、ちゃんと敵を見て」

 「怖いんだよ! 轟完全に殺る気じゃん!! オイラ無理! もう1000万渡して他でポイント稼ごうぜ!」

 

 視線は轟達に向けたまま、犬飼はもう一度峰田を殴った。真似するのがブームになっている黒影も犬飼を真似て峰田を殴り、常闇に叱られていた。

 

 「峰田、モテたくてヒーローになったんでしょ」

 「そーだよ! 悪いか!」

 「ここで轟くんに勝ったらめっちゃモテるんじゃない? いいの? ここでみすみす轟くんにポイントを渡したら彼更にモテるよ」

 「……!!」

 

 タイミングよく、モニターに現在のランキングが表示された。

 轟の上に燦然と輝く自身の名前を見て、——————峰田は想像した。轟に勝って本選に勝ち進み、トロフィーを掲げる自身の未来を。

 

 それはとても素晴らしい光景だった。

 

 「よし! やるぜお前ら!! 打倒轟だ!!」

 「それでいいのか……」

 「業を感じるな」

 

 障子と常闇が呆れた声を漏らす。

 

 「だが、任せたぞ峰田。俺達を上手く使ってみろ」

 「轟くんは試合で右の氷結しか使ってない。位置取りが大事だよ」

 「お前の事は必ず守る。頼んだぞ峰田」

 

 峰田の視界を広げる為、障子が複製腕を閉じる。

 

 『これは意外な展開! 俺はてっきり犬飼が指揮を執るのかと思ってたぜ!』

 『……犬飼の位置から全体を把握するのは難しいからな。峰田若しくは障子が指揮を執る方が最適だろう』

 

 マイクたちの不安を余所に、峰田は5分間轟達の猛攻を避け続けた。

 

 これには相澤でさえ驚きの声を漏らし、観客も固唾をのんで攻防を見守る。

 

 『残り時間約1分!! 轟がフィールドをサシ仕様にし……そしてあっちゅー間に1000万奪取!! とか思ってたよ5分前までは!! 峰田なんとこの狭い空間を5分間逃げ切っている!! つか犬飼の個性なら氷壊せるんじゃね?』

 『氷の外に出れば轟からは逃げられるが、他のチームに狙われる。それなら氷の中で轟1チームに集中して逃げる方が勝機があると踏んだんだろ。途中犬飼の個性に当たって、轟達のスピードが落ちて逃げやすくなったってのもあるだろうが』

 『なーる!! 意外と考えてるな峰田!』

 

 狭いフィールドで器用に逃げ回る峰田達に、轟は僅かに顔をしかめる。

 

 ———戦闘において、自分の強さを疑ったことは無かった。

 

 犬飼に負けたあの日までは。

 

 轟のようにプロヒーローの指導を受けたわけでもないのに、犬飼は対人戦闘訓練で轟を圧倒した。

 USJ襲撃の際もそうだ。何もできなかった自分に対し、犬飼は敵と対峙し最後まで戦い抜いた。

 

 今だってそうだ。

 

 峰田がここまで考えられる奴だなんて轟は想像もしていなかった。

 轟の中の峰田は女好きで、気が弱く、自分を相手に一歩も引かず対峙できるような奴じゃなかった。

 

 何が違う。

 

 いつもヘラヘラと笑って苦労ひとつをしたことが無いような顔をした奴に……どうして勝てない。家族と過ごす時間も、友人と遊ぶ時間も全て、ヒーローになる為に費やしてきた。幼少期から続く虐待に近い鍛錬にだって耐えた。火傷や打撲で痛む傷も、眠れない夜も一人でずっと耐えてきた。

 

 何が足りない。

 

 あと何を差し出せば目の前の男に勝てるのだろう。 

 

 飯田の肩を掴む轟の手に力が入る。

 

 そこから轟の葛藤を感じた飯田は、奥の手として残していた技を使うことを決めた。

 

 「皆、残り1分弱……この後俺は使えなくなる。頼んだぞ」

 「飯田?」

 「しっかり掴まっていろ」

 

 ふくらはぎのエンジンが音を立てる。

 

 「奪れよ、轟くん! トルクオーバー・レシプロバースト!」

 

 トルクの回転数を操作して、爆発的な加速を起こした飯田が、凄まじいスピードで犬飼達の横を通り過ぎた。人の反応速度の上を行く速さに、峰田は反応ができない。

 轟はほぼ本能的に手を伸ばした。峰田のハチマキに触れる、その瞬間。透明なシールドがその手を阻んだ。

 

 『な—————!? 何が起きた!? 速っ速——————!! 飯田そんな超加速があるんなら予選で見せろよ!! あれ? でもハチマキ取れてない!? 防いだの? あれを? マジで!!?』

 

 人の反応速度を超える飯田の必殺技。鉛弾による僅かな減速がなければトリオン体の反応速度でも危なかった。

 峰田が額のハチマキを確認し、安堵から涙をこぼした。

 

 「い、犬飼~~!!」

 「よく防いだな……」

 「見えていたのか?」

 「ギリギリね。鉛弾の減速がなかったらほんとヤバかった」

 

 障子の疑問に正直に答えた犬飼は、知らずのうちに止めていた息を吐く。

 

 「飯田悪い……!」

 「君のせいじゃない!」

 

 轟の謝罪を飯田が否定する。

 

 「轟さん! まだ時間はあります。指示を!!」

 「アホになっていいなら放電もできるぜ!」

 

 3人は諦めていなかった。

 

 「お前ら……」

 「勝とうぜ、轟! 俺たち4人で!!」

 

 上鳴の言葉に、轟は視界がサッと開けるような感覚を覚えた。

 自分を支える3人を見る。

 

 「お前ら……そんな顔をしてたんだな」

 「え? 俺もうアホってる??」

 「3人……って私もですか!?」

 「僕もか!?」

 

 天然とアホと生真面目が揃うと化学反応を起こすらしい。

 

 「いや、なんでもねぇ」

 

 轟は頭を振って、チームに漂っていた緩い雰囲気を振り払った。

 

 『さぁさぁ時間ももうわずか!!』

 

 プレゼント・マイクが試合の終わりが近づいていることを告げた。

 

 轟は顔を上げ、真っすぐに峰田達を見据える。

 

 「奪るぞ!」

 

 大規模な氷結が放たれる。

 フィールドを覆うように広がる氷によって、犬飼達の逃げ道が次々と狭まっていく。

 

 「やばいやばい! 逃げるとこがねぇ!! 常闇! 犬飼! 急いで氷を壊せ!!」

 「もうやっている!!」

 「壊した傍から轟くんが塞いでるんだよ。これじゃあ埒があかない」

 「轟接近!!」

 

 試合終了まで10秒を切った。

 上鳴の体がバチバチと音を立てて光る。

 

 それを見た犬飼は障子に飛び乗った。意図を察した常闇も障子に掴まる。

 

 「何を……そうか!?」

 

 障子の足元にグラスホッパーが出現。4人の体を空中へ打ち上げた。

 

 間一髪、それまで犬飼達がいた場所を上鳴の放電が駆け抜ける。

 

 『TIME UP!!』

 

 空中で峰田が犬飼を見る。

 

 「着地は!?」

 「各々でよろしく!」

 「嘘だろオイ!」

 

 落ちたら死ぬぞ! と峰田が叫ぶ。だが慌てたのは峰田だけで、あとの2人は普通に着地の態勢を整えていた。

 

 障子は複製腕を広げて落下速度を低減させ、ゆっくりと地面に降り立った。常闇は黒影に受け止めてもらう形で着地し、犬飼は峰田を抱えたまま、トリオン体であることを活かし普通に着地した。

 峰田を地面に下ろす。

 

 文句を言おうとした峰田だったが、プレゼント・マイクのアナウンスを聞いて口を噤む。

 

 『んじゃ早速上位4チーム見てみよか!! 1位峰田チーム』

 

 信じられないという顔でモニターを見つめる3人に、犬飼は笑って抱き着いた。

 それを見た黒影も真似して抱き着く。

 

 「1位だよ! やったね!」

 「ヤッタネー! ダークシャドーガンバッタ?」

 「頑張ったどころか大活躍だったよ! ありがとう!」

 

 犬飼の言葉に黒影が嬉しそうに体を捻る。

 

 「勝った……のか?」

 「そのようだ」

 

 障子が零した言葉を常闇が拾って肯定する。

 

 「そうか……」

  

 モニターに浮かぶ1位の文字を眩しそうに障子が見つめる。

 それを見た常闇は障子の抱える何かに勘付いたが、尋ねることはしなかった。何時か彼の口から語られる、その時を待つことにした。そしてそれはきっとそう遠い日の話ではない。

 

 「2人とも何大人ぶってんだよ! 喜べよ! 1位だぞ1位!! これで俺も女子にモテモテ……羨ましいか!」

 「「いや別に」」

 「何でだよ!!」

 

 障子と常闇が声を揃えて否定すると、峰田が地団太を踏む。

 その姿を見た障子達が珍しく声をあげて笑った。犬飼も驚いて一瞬目を瞬かせたが、すぐに笑って3人を抱き締める腕に力を込めた。

 

 「4人と組んでよかった。本当にありがとう」

 

 

 

 『2位爆豪チーム!』

 

 「あーもう少しだったのに」

 「まぁ2位なら上々だって。結果オーライ」

 

 悔しがる芦戸を瀬呂が宥めるが、切島は呆れた顔で否定した。

 

 「そんなことを思うかよ…アイツが」

 

 視線の先には、悔しさを隠さず叫び声をあげる爆豪の姿があった。

 

 「だああああ!!」

 

 

 

 『3位轟チーム!』

 

 騎馬から降りた轟に、八百万と飯田が力不足を謝罪した。

 

 「決勝に進めた事には変わりない、気にするな」

 

 轟はそう言ったが、悔しさは隠しきれない。

 左手を見つめる。どうすれば勝てるのか……轟の心はそのことで占められていた。

 

 

 

 『4位鉄て…アレェ!? オイ!! 心操チーム!? いつの間に逆転してたんだよオイオイ!!』

 

 「ご苦労様」

 

 プレゼント・マイクの驚きに満ちた声が、会場に響き渡る。

 嘲るような笑みを浮かべる心操に、緑谷は呆然とし、麗日と尾白は何が起こったかわからないという様子で周囲を見渡していた。

 

 

 『まぁ以上4組が最終種目へ…進出だ——————!!』

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

犬飼と尾白

 

 

 騎馬戦が終わると、昼休憩の時間となった。

 

 「なー、飯いこーぜ!」

 

 乾杯する動作をしながら峰田が犬飼達を昼食に誘う。

 

 その誘いに頷こうとした犬飼だったが、逃げるように会場を出ていく人物を見て、気が変わった。

 

 「ごめん、おれちょっと用事があって先食べてて」

 「女か」

 「違う、違うから詰め寄らないで」

 

 男だというと、あからさまに興味をなくした様子の峰田はさっさと昼食に向かってしまった。

 

 少しだけ残念そうな顔をした障子達に謝罪をして、犬飼も先程の人物の後を追う為にその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 体育祭の会場となっているホール内には、雄英関係者のみが入れるエリアがある。その廊下に設置されたベンチに、かの人物は世界の終りのような雰囲気で項垂れていた。

 

 犬飼がわざとらしく音を立てて隣に座っても、ピクリとも動かない。

 

 「なんかあったの?」

 

 そう問いかけると、握りしめた両手を額に当てて黙り込んでいた彼の尻尾が僅かに跳ねた。

 

 犬飼はそれに気づかないふりをして返ってこない会話を続ける。

 

 「尾白が緑谷くん達と組むとは意外だったな~。誘おうと思ったらもうチーム組んでるんだもん」

 

 尾白は喋らない。

 

 「しかもあの心操くんと組むなんてね~、まぁ彼の個性なら競技中の逆転も納得だよね」

 

 そこで初めて、尾白が反応を見せた。

 

 「犬飼……、お前、知ってたのか?」

 

 勢いよく顔を上げた尾白が、青白い顔に驚きを滲ませて犬飼を見る。

 犬飼は想像以上に追い詰められた顔をしている尾白に、来る途中で買ったお茶を渡した。

 

 「……あ、ありがとう」

 「洗脳だよ、心操くんの個性は」

 

 犬飼の言葉に尾白の顔色が目に見えて変化する。思い当たる節があるのだろう。

 

 「せん、のう……」

 「そう、洗脳に掛かる条件は彼の問いかけに応える事らしいよ。おれも人から聞いただけで、実際のところはあんまり知らないんだけど」

 「……調べたのか」

 「戦う相手の事だからね」

 

 自分用に買っていたお茶を開ける。

 ペットボトルの半分を一気に飲み干し、また蓋を閉めた。

 

 「……そうか」

 

 そう言った後、尾白は固く握った両手を額に押し当てるようにして、長く息を吐いた。

 肺の中身が全て空になるんじゃないかと思うくらい息を吐きだした後、尾白はポツリポツリと騎馬戦での出来事を語り出した。

 

 「……俺、騎馬戦の時の記憶殆どないんだ」

 

 尾白の尻尾が、不安から自身を守るように体に巻き付く。

 

 「チーム決めの時、後ろからアイツに声を掛けられて、返事をしたところまでは覚えてる。多分、犬飼のいう通りそこで個性に掛けられたんだと思う。そっから騎馬戦の途中までは、ほとんど覚えてない」

 「途中まで?」

 

 気になった言い回しを指摘すると、尾白が頷いた。

 

 「……試合の途中で緑谷が個性を使って、騎馬が一回崩れたんだ。そこで洗脳が解けたんだと思う。そっからの記憶はハッキリしてるから」

 「衝撃で解ける可能性が高い……ってことかな」

 「多分だけどね」

 

 そこまで話した尾白は、また大きく深呼吸をした。

 

 「緑谷はさ……」

 「うん」

 「俺と違って、洗脳にかけられた時も意識があったらしくて」

 「うん」

 「……騎馬を避ける心操の動きから、衝撃で解ける可能性に気づいて、僅かに動いた指先で個性を発動させたみたいだ」

 

 尾白の言葉が途切れる。

 

 犬飼は黙って友人の言葉の続きを待った。

 

 

 「悔しい……っ」

 

 

 絞り出すような声だった。

 

 

 「何もできなかった……! 油断して操られて……勝ったのだって心操の力だ。俺の力じゃない!」

 

 

 悲痛な叫びが廊下に木霊する。

 

 

 「俺は……こんな勝ち方がしたかったわけじゃない!」

 

 

 ——————犬飼にとって、尾白は努力を絵にかいたような人間だった。

 

 「尻尾」という個性は、決してヒーロー向きの恵まれた個性ではなかった。

 

 生まれた時は今のように太い尾ではなく、猿のように細かったのだと個性把握テストの後に尾白が教えてくれた。

 

 「俺みたいに尻尾がある主人公のアニメがあってさ! その主人公が尻尾だけで浮くシーンを見て俺も鍛えたらこれ出来るんじゃないかっていうのが始まりだったみたい」

 

 格闘技を習いだしたのもその時らしい。道着姿の主人公を見て影響されたのだと、尾白は恥ずかしそうに語った。

 

 「家の近くに動物園があってさ。休日はよく入り浸ってたよ」

 「今日の尾白の動きは猿みたいだったよね」

 「誉め言葉なのか、それは?」

 

 障子が疑問を呈するが、尾白は犬飼の言葉に誇らしげに笑った。どうやら「猿みたい」は尾白にとって誉め言葉らしい。

 

 「尻尾を効率よく使うなら猿をお手本にするのが一番かなって、子どもみたいな理由だけど」

 

 猿の動きと格闘技。それらを組み合わせ自分なりのスタイルに落とし込む。言葉にするのは簡単だが、それを幼少期に考え今日まで実践してきたというのだから驚きである。

 

 

 ——————そんな彼だからこそ、正々堂々、自分の力で勝ちたかっただろう。

 

 

 「負けた方がマシだ……ッ。こんな風に勝って、俺、お前たちの前にどんな顔で立ったらいいんだ? 犬飼や障子はちゃんと自分の意思で戦って勝ったのに、俺は心操達のおこぼれを貰っただけ……!」

 

 「じゃあ棄権する(やめる)んだ?」

 

 犬飼のドストレートな言葉に、尾白が目を丸くする。

 

 「お前……遠慮ないな」

 

 涙すら引っ込んだ様子の尾白が、若干引いた顔で犬飼を見る。

 

 「慰めてほしいの? 本選で頑張って結果を出せばいいとか言っても……もう心は決まってるんでしょ?」

 

 尾白は意外と頑固で、プライドが高い。

 それは爆豪の高慢さとは違い、彼の努力や積み重ねてきた勝利が誇りとなって彼を支えているからだ。

 

 犬飼の言葉で、尾白は自分がもう結論を出していたことに気づいたらしい。

 

 「なんか、俺より犬飼の方が俺のことわかってる気がする……」

 

 恥ずかしさを隠す様に、尾白が自身の尻尾に顔を埋める。

 

 「年の功だよ」

 「同い年だよ!?」

 

 ツッコミの切れが戻りつつある。どうやら大分感情の整理はついたらしい。

 

 「えー、尾白の誕生日は5月28日だからまだ15歳でしょ? おれ5月1日生まれだからもう16歳だよ」

 「聞いてないよ!?」

 「言ってないからね。ちなみに爆豪くんは4月生まれでクラス最年長だったりするんだけど……意外だよね~」

 

 誕生日プレゼントで「サシで勝負」を要求されたのは前世以来である。爆豪の実家はヤのつく職業だったりしないだろうか。

 

 「さて! 尾白の決心もついた事だし……ご飯いこう!」

 

 勢いよく立ち上がって犬飼は本能のまま叫ぶ。お茶だけではお腹は満たされなかった。

 犬飼の言葉に尾白も昼ご飯を食べていなかったことを思い出したらしい。

 

 慌てて立ち上がった尾白と一緒に、走るように食堂へ向かう。

 

 「食いっぱぐれたらごめん!」

 「その時は屋台!!」

 

 尾白の謝罪に犬飼が叫ぶと、尾白がなるほどという顔をした。

 

 

 

 

 

 




原作をみると、昼休みの食堂に尾白くんがいなかったので、一人で悩んでいたんだろうなぁという想像で書きました。

※昼食にはちゃんと間に合いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緑谷出久

 

 昼休み。

 

 ファンシーな文字で『リカバリーガール出張保険所』と書かれた一室に、緑谷はいた。騎馬戦で個性を使用した際、痛めた指を治療してもらうためだ。

 

 「これでよし」

 

 リカバリーガールの声に、呆然としていた意識が現実に引き戻される。

 

 「ありがとうございまぁぁぁあ!! オ、オールマイト!? いいいつの間に!?」

 

 椅子から転げ落ちそうになるくらい驚く緑谷に、「気づいてなかったのかい」とリカバリーガールが呆れたように言った。

 

 「すみません! ボーっとしてて!!」

 

 座っていた椅子を譲ろうとする緑谷を、オールマイトは鷹揚に笑って制止した。

 

 「騎馬戦での君の様子が気になってね……何か、あったのかい?」

 

 騎馬戦、という単語にあからさまに気落ちした緑谷を見て、オールマイトが深刻な様子で問いかける。

 

 緑谷は力なく首を振った。

 

 「違う、違うんですオールマイトッ……。僕は…、何もできなかった……」

 

 騎馬戦中、心操の個性で操られていたのだと説明すれば、オールマイトは合点がいったという様子で頷き、首を言傾げた。

 

 「あれ? でも君個性使ったんだよね?」

 「え?」

 

 オールマイトは、包帯が巻かれた緑谷の手を指さして言った。

 

 「えっと、洗脳中も意識はあったんです。モヤが掛かった感じでしたけど。でも一瞬そのモヤが晴れたみたいになって、指先だけが動いたので個性を使ったらその時心操くんの個性も解けたみたいで……」

 

 緑谷はギュッと治療されたばかりの拳を握りこんだ。

 

 「……オールマイト」

 

 思い出すのは、体育祭前にオールマイトと交わした会話。

 

 

 

 「50分前後…!?」

 「あぁ…私の活動限界時間だ。無茶が続いてね。マッスルフォームはギリギリ一時間半くらい維持出来るって感じ」

 「そんなことに…!」

 

 体育祭の開催が相澤からクラスへ通達された日の昼休み、緑谷はオールマイトから呼び出されていた。

 

 そこで聞かれた衝撃の事実に、緑谷の声が震えた。

 

 「それより体育祭の話だ。君まだ”ワン・フォー・オール”の調整できないだろ。どうしよっか」

 「…す、すみません!」

 「謝る必要はないよ、これから少しずつできるようになればいい。……ただ」

 

 不自然に切られた言葉に、緑谷は俯いていた顔を上げた。

 オールマイトの静かな瞳が、真っすぐに自分を見据えている。

 

 「ぶっちゃけ、私が平和の象徴として立っていられる時間って、実はそんなに長くない」

 

 緑谷に個性を譲渡してしまった今、オールマイトに残された力は、限られている。

 

 「悪意を蓄えている奴の中にそれに気づき始めている者がいる。君に”力”を授けたのは”私”を継いでほしいからだ!」

 

 ビリビリと肌を刺す覇気。

 緑谷はグッと息を飲む。

 

 「体育祭…全国が注目しているビッグイベント! 今こうして話しているのは他でもない! 次世代のオールマイト…象徴の卵……『君が来た!』ってことを世の中に知らしめてほしい!!」

 

 

 

 

 …そう、言われていたのに。

 

 「騎馬戦で勝ち残れたのは……、心操くんの力です。僕はッ何もできなかったッ!」

 「……」

 「皆、本気で戦ってる! 一番を目指してる! それなのに、何もできなかった僕が勝ち残るなんて……!!」

 

 苦しい。

 期待に応えられないことがこんなにも辛いだなんて、緑谷は知らなかった。

 

 オールマイトの願いを叶えるなら、自分はきっと本選に出るべきだ。

 でも、緑谷の理性がそれを許さない。

 

 開会式前、轟が自分に宣戦布告してくれたことすら、今は重く圧し掛かって、体を絞めつけているように感じた。

 

 「……オールマイト」

 「なんだい」

 「僕は、どうしたらいいんでしょうか……」

 

 涙をこぼす緑谷に、オールマイトは慰めようと伸ばした手を伸ばし、引っ込めた。それを見たリカバリーガールが、情けないその男の背中を力一杯叩く。

 

 「あんたまた変にプレッシャーかけたろ」

 「痛っ! ひ、必要なことなのです!!」

 

 叩かれた脇腹を押さえながら、オールマイトは緑谷に言った。

 

 「緑谷少年、今戦っているのは君だ……私じゃない」

 「それは……そうなんですが」

 「だから決めるのは君だ。このチャンスを生かすも殺すも君が決めるんだ」

 

 オールマイトの優しい声に、緑谷は「もう少し、考えてみます……」と口にするのが精一杯だった。

 

 数分後落ち着きを取り戻した緑谷は、一つ、騎馬戦で気になったことをオールマイトに尋ねた。

 

 「そうだ、オールマイト。僕…幻覚が見えたんです」

 「幻覚?」

 「8…9人…? 人数は定かじゃないんですけど、洗脳で頭にモヤがかかったような感じになった時、そのモヤを払うかのように幻覚が浮かんで…、瞬間的に辛うじて指先だけ動いたって感じで…。オールマイトのような髪型の人もいました…。あれは…ワン・フォー・オールを紡いできた人の意思のようなものなんでしょうか?」

 

 恐る恐る尋ねると、オールマイトは顔を真っ青にしていった。

 

 「怖ぁ…何それ……」

 

 知らなかったらしい。

 

 「えぇ! ご存じかと!!」

 「いや、私も若かりし頃見たことはあるよ。ワン・フォー・オールを掴んできたっていうわかりやすい進歩だね」

 「?」

 

 どういう意味だろうと、その言葉の先を待つ。

 

 「”個性”に染みついた面影のようなものだと思う。そこに意思どうこうか介在せず、双方干渉出来る類のものじゃない。つまりその幻覚が洗脳を解いたのではなく、君の強い想いは面影を見るに至り、心操少年の”洗脳”に対し、一瞬、指先だけでも打ち勝ったってことなんじゃないか?」

 「なんか全然釈然としませんけど……」

 「食い下がるな! それより昼食を取らなくていいのかい!? もう時間ないよ?」

 「え!?」

 

 時計を見ると、昼休憩終了まで20分程しか残っていない。

 

 「お二人ともありがとうございました!」

 「あいよ」

 

 頭を下げて走り去っていく緑谷の足音が完全に遠ざかったのを聞き届けてから、リカバリーガールは言った。

 

 「あんたもいたってね」

 

 個性は正しく受け継がれている。

 オールマイトは湧きあがる様々な思いに蓋をして、象徴としての答えを返した。

 

 「良いことです…」

 

 

 

 

 

 

 食堂に向かって走っていた緑谷は、その途中に設置されたモニターの前に立つ麗日に気づいた。

 

 モニターにはちょうど騎馬戦の映像が流れており、胸がギュッと締め付けられるようだった。

 

 「麗日さん……大丈夫?」

 

 どう声を掛ければいいか、悩んだ末に出した答えは結局ありふれたものだった。

 麗日の肩が僅かに跳ねる。

 

 「デク君……」

 

 その声で、緑谷は彼女も自分と同じ悩みを抱えているのだとわかった。

 

 「尾白くんね、辞退するんやって。何もできなかった自分が勝ち進むなんてできないって……」

 

 緑谷が返答に悩んでいると、麗日はモニターから目を逸らさず、告げた。

 

 「私は出ようと思う」 

 「……え?」

 

 緑谷の動揺に気づかない麗日は、震える声で続けた。

 

 「多分、尾白くんの選択が正しいんやと思う。何もしてない人間が勝ちあがるなんて間違ってる、間違ってるけど……私は勝ちたい。 そこに少しでも可能性があるなら、賭けてみたいって思う」

 

 そこで初めて、麗日が振り返った。

 

 「多分、ここで辞退してもしなくても、私……後悔する。だったらやって後悔した方がいい!」

 

 あぁ、彼女は本当に強い人間だ。

 緑谷とは違う。周囲に恨まれても、覚悟を貫く意思がある。

 

 今の自分に足りなかったものを、緑谷はようやく自覚した。

 

 どっちも大切だった。自分のプライドも、周囲からの期待も大切で、手放せなかった。

 

 ——————『君に”力”を授けたのは”私”を継いでほしいからだ!』

 

 オールマイトに残された時間は少ない。

 それが明日かもしれないし、一年、もっとずっと先かもしれない。

 

 だが、チャンスを棒に振って他の人と同じように努力するだけでは、きっと彼の立つ場所には辿り着けない。

 

 「僕も出るよ」

 

 気づくとそう口にしていた。

 

 「デクくん……?」

 

 目を丸くする麗日に、今度は自分の意思ではっきりと覚悟を口にする。

 

 「本選、頑張ろうね」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一回戦①

 

 昼休憩が終了し、食事を掻きこむようにして会場に戻った犬飼と尾白は、その光景をみて頭を抱えた。

 

 『最終種目発表の前に、予選落ちの皆へ朗報だ! あくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ……』

 

 プレゼントマイクもソレに気づいて疑問を声を上げる。

 

 『ん? アリャ?』

 『なーにやってんだ…?』

 

 A組にケンカ腰の物間すら、不自然にその光景から目を背け、触れようともしない。

 

 『どーしたA組!?』

 

 チアの格好をして会場入りしたA組女子に会場の視線が集まる。

 その声で、自分たちが騙されたことに気づいたのだろう。八百万が自分達をだました犯人に向かって、声を荒げる。

 

 「峰田さん! 上鳴さん! 騙しましたわね!?」

 

 少し目を離した隙に、何故アイツらはこうも犯行を重ねるのか。

 

 『さァさァ皆楽しく競えよレクリエーション! それが終われば最終種目。進出4チーム、総勢16名からなるトーナメント形式! 一対一のガチバトルだ!!』

 

 招集が掛かり、生徒達はミッドナイトが立つ号令台前に集合した。

 ミッドナイトは自身が持つ箱を生徒達に見えるように掲げる。

 

 「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります! レクに関して進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人もいるしね。んじゃ1位チームから順に……」

  

 「あの…! すみません」

 

 そう言って手を挙げたのは、尾白だった。

 

 「俺、辞退します」

 

 その言葉に、周囲がざわつく。

 

 「騎馬戦の記憶…終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ。多分、奴の”個性”で……」

 「!?」

 「チャンスの場だってのはわかってる。それをフイにするなんて愚かな事だってのも…! でもさ! 皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな…こんなわけわかんないままそこに並ぶなんて…俺は出来ない」

 「気にしすぎだよ! 本選でちゃんと成果を出せばいいんだよ!」

 「そんなん言ったら私だって全然だよ!?」

 

 葉隠と芦戸が尾白に慰めの声を掛ける。

 だが、尾白の意見は変わらない。

 

 「ありがとう。でも……ゴメン。俺のプライドの話さ……嫌なんだ、こんな気持ちで相対するなんて」

 

 障子達が縋るように犬飼を見る。おそらく尾白の意見を変えられるとしたら自分しかいないと思われているのだろう。

 

 「尾白がそう決めたのならそうすればいいと思うよ」

 「犬飼くんまで!?」

 

 犬飼は審判であるミッドナイトを見た。

 緑谷や麗日が何も言わないという事は、2人は出場するつもりなのだろう。だったら周囲が余計なことを言う前にさっさと審判に決めてもらった方がいい。

 

 「そういう青臭い話はさァ…好み!! 尾白の棄権を認めます!」

 

 何故か今日一嬉しそうな顔だった。

 

 その後、辞退した尾白の代わりにB組の塩崎が繰り上がり、本選に出場する16名が決定した。

 

 「組はこうなりました!」

 

 

 緑谷 — 峰田

 轟  — 瀬呂

 心操 — 犬飼

 上鳴 — 塩崎

 常闇 — 八百万

 切島 — 障子

 芦戸 — 飯田

 爆豪 — 麗日

 

 

 犬飼の初戦の相手は、なんと心操だった。

 面白いことになったなぁと思っていると、後ろから声を掛けられた。

 

 「あんただよな? 犬飼澄晴って」

 「そうだよ。よろしくね、心操くん」

 

 隣でギョッとする尾白が慌てたように尻尾で口を塞いでくる。いや、もう遅いから。

 

 「……俺の個性、聞いてないの?」

 

 呆れた様子の心操に、犬飼は尾白の尻尾と格闘しながら答える。

 

 「聞いて、……」

 

 言い終わる前に、体の動きが止まった。足元から小さく音がする。

 

 「犬飼!」

 「1位っていうからどんだけ凄い奴かと思ったけど……意外とあっけないな」

 

 あっさりと個性に掛かった犬飼を馬鹿にするように笑って、心操は去っていく。

 

 (これが洗脳か……。トリオン体でも関係ないみたいだな、体が動かせない。でも意識はハッキリしてる)

 

 尾白は洗脳されている間、意識がなかったという話だったが、個性を掛けられる側の意志の強さや警戒心によって変わってくるのかもしれない。

 考えを巡らせていると、尾白の尻尾に背中を強く叩かれる。

 

 「おっと……」

 「何やってんだ、忠告しただろ!?」

 

 犬飼の肩を掴んで全力で前後に揺さぶる尾白。

 揺さぶるならさっきの尻尾で叩く必要性はあったのか。

 

 「いやー、洗脳掛けられたことないから出来心でつい……」

 「出来心でつい!?」

 「落ち着け尾白」

 

 ウキーッと荒ぶる尾白を障子と常闇が宥める。

 

 「犬飼にも考えがあるんだろう」

 

 障子の言葉に、尾白の動きが止まる。

 犬飼はニヤリと笑って、「試合前にわざわざ手の内を明かしてくれるなんて、優しいよね」と言った。

 

 「お前……」

 「ああいう奴なんだ」

 「敵ながら哀れ」

 

 その後、緑谷や麗日からも話を聞いた犬飼は、残り時間をトリオン回復のための休息にあてた。

 

 

 

 

 

 保健室で眠っていた犬飼は、スマホの着信音で目を覚ました。

 

 「ん……誰?」

 

 スマホの画面に表示された名前を見て、犬飼は僅かに動きを止めた。

 その間にもコール音が止むことはない。

 顔を出したリカバリガールに何でもないと手を振って、犬飼は通話に出た。

 

 『澄晴か? 体育祭見てるよ。1位なんて凄いな』

 

 ぎこちない父の声。

 犬飼は婉曲な言い回しをする父に僅かな苛立ちを感じながらも、それを表面に出さないよう努めて明るく応答した。

 

 「チームのみんなのお陰だよ。でも父さんがそんなことで連絡してくるなんて珍しいね?」

 『いや、お前が戦うところなんて初めて見たから驚いてな。……強かったんだな』

 「それなりにね」

 

 電話口から父の躊躇うような息遣いが伝わってきた。

 

 『……母さんが、体育祭を観て寝込んでしまってるんだ』

 「……」

 『お前には悪いと思ってる。だが、すまない。体育祭棄権してくれないか?』

 

 本当にどうでもいい電話だった。

 

 『本選に出ればテレビで何度も放映される。母さんの具合がこれ以上悪くならないよう……なぁ、頼むよ』

 

 犬飼はベッドから降り、リカバリガールに頭を下げて保健室を出た。

 

 「……それさぁ、おれに関係ある?」

 『お前の母親だろう……!?』

 「いや、寝込んでるのはその人の自業自得でしょ。ていうか、おれ応援しなくていいって言ったけど、それって邪魔していいって意味じゃないから。内容がそれだけなら切るよ」

 

 わざとらしい泣き声が、電話口の向こうから聞こえる。

 

 『……頼む』 

 「じゃあ切るね、バイバイ」

 

 容赦なく電話を切った犬飼だが、再度父から連絡が掛かってくる。

 面倒なので携帯の電源を落とし、さっさとクラス観客席へ向かう。

 

 『色々やってきましたが!! 結局これだぜ、ガチンコ勝負! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!わかるよな!! 心・技・体に知恵、知識!総動員して駆け上がれ!!』

 

 通路を抜けると、プレゼントマイクのアナウンスが鼓膜を揺らした。

 スタジアムにはセメントスによって長方形のステージが造られ、四隅から炎が上がる。

 

 (随分手が込んでるなぁ~)

 

 感心しながらクラス席に向かうと、犬飼に気づいた障子が手を挙げた。

 

 「レクリエーション中見かけなかったが、どこかで休んでいたのか?」

 「仮眠取ってた。試合まだだよね?」

 「これから峰田と緑谷だぜ!」

 

 上鳴が上機嫌に答える。

 

 そして、本戦の幕が開けた。

 

 『一回戦!! 騎馬戦で見せた圧巻の活躍! ヒーロー科、峰田実!』

 

 手を振りながら現れた峰田を、A組女子が冷たい視線で見つめる。どうやらチアガール事件がまだ尾を引いているらしい。

 

 『ほぼ個性を使わず本戦まで勝ち上がったとんでもボーイ、ヒーロー科、緑谷出久!』

 

 A組女子の応援が緑谷に殺到する。

 

 『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか、行動不能にする。あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!! ケガ上等! こちとら我らがリカバリガールが待機してっから! 道徳倫理は一旦捨ておけ!! だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ! アウト! ヒーローは敵を捕まえる為に拳を振るうのだ!』

 「じゃあ道徳倫理は捨てちゃダメじゃない?」

 「拾っとくか」

 「そうだね」

 

 障子とどうでもいい話をしていると、早速試合が始まった。

 

 『START!』

 

 開始の合図と同時に、峰田が緑谷に大量のもぎもぎを投げつける。最初は紙一重で躱していた緑谷だったが、足元と飛んでくるもぎもぎの両方を避けることが難しくなり、次第に追い込まれていく。

 

 『峰田の怒涛の攻撃!! 緑谷避けるので精一杯か!?』

 

 峰田が地面のもぎもぎの上を跳ねるように移動し、緑谷に飛び掛かった。

 

 「これで終わりだぁぁぁ、ブフッ!?」

 

 叫んだ峰田の顔面に、緑谷が自身の上着を投げつけた。

 もぎもぎは峰田自身にはくっつかないが、服は違う。自分が地面にバラまいたもぎもぎと体操服がくっつき、峰田は身動きができなくなった。

 

 『緑谷逆転の一手! アイツはアレだな……下克上ボーイだな!』

 『最後の最後で油断するからだ、バカが』

 

 辛辣な担任の一言に、A組全員がまるで自分が言われているような錯覚に陥った。

 無様な結果を晒すとこうなるらしい。

 

 峰田はしばらく地面で足掻いていたが、抜け出すことができず「まいった……」と声を上げた。

 

 『峰田くん降参! 緑谷くん二回戦進出!!』

 

 結果を見届け、犬飼は静かに立ち上がった。3戦目に出場する犬飼は、次の試合中に控室で待機していなけらばならないからだ。

 犬飼の離席に気づいたクラスメイトから応援の声が飛ぶ。

 

 「犬飼!」

 

 尾白の声に犬飼は振り返った。

 

 「勝てよ!」

 

 拳を突き出す尾白に、犬飼は笑って、同じように拳を突き出して応えた。

 

 「もちろん」

 

 

 

 

 2戦目が始まったのは、犬飼が控室について暫くしてからだった。

 峰田のもぎもぎ撤去に時間がかかったらしい。

 

 『お待たせしました!! 続きましては~こいつらだ! 優秀! 優秀なのに拭いきれないその地味さは何だ! ヒーロー科、瀬呂範太! 対 圧倒的な強さで上位をキープ! 同じくヒーロー科 轟焦凍!』

 

 試合開始と同時に、瀬呂が轟に先制攻撃を仕掛ける。

 

 『場外狙いの早技! この選択はコレ最善じゃねぇか!? 正直やっちまえ瀬呂——————!!!』

 

 瞬間。

 スタジアムを飛び出すほどの大氷結が、瀬呂を襲った。

 

 会場が静まり返る。

 

 氷で完全に体を拘束された瀬呂は、動くどころが痛みで顔が引きつっていた。

 

 「瀬呂くん行動不能!!」

 

 ミッドナイトの審判が下る。

 轟の圧倒的な強さに、会場からは瀬呂にむけて「どんまいコール」が沸き起こった。 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一回戦②

 

 そして第三戦。

 

 『ステージを乾かして次の対決!!』

 

 犬飼と心操は互いから目を逸らさず、ステージで向かい合った。

 

 『三回戦! ごめんまだ目立つ活躍なし! 普通科、心操人使! 対 見た目チャラいけどその実力は圧巻の1位! ヒーロー科、犬飼澄晴!』

 

 プレゼントマイクのアナウンスに被せる様にして、心操が話しかけてきた。

 

 「わかるかい、犬飼澄晴。これは心の強さを問われる戦い。強く想う”将来”があるならなり振り構ってちゃダメなんだ…」

 

 質問というよりは、挑発に近い心操の言葉。

 

 犬飼の笑みは変わらない。

 

 心操は僅かな焦りを隠す様に、言葉を重ねた。

 

 「あの猿はプライドがどうとか言ってたけど」

 

 プレゼントマイクの合図と同時に、手に持っていたトリガーを掲げ「トリガーオン」と小さく呟き換装する。

 

 「チャンスをドブに捨てるなんてバカだと思わないか?」

 

 友人を貶せば怒りで口を開くだろうという心操の予想は、あっさりと裏切られた。

 それどころか犬飼の表情には僅かな怒りの色も見られない。

 

 「なんとか言えよ……!」

 「……」

 

 犬飼は突撃銃を出すと、無言でその銃口を心操に向けた。

 

 あまりにもあっけない勝負に、観客からため息が漏れる。

 

 心操も自身の負けを悟った。どう足掻いても目の前の男に勝てる気がしない。対面してようやく、心操は犬飼という男が全く自分を侮っていなかった事を知った。油断していたのは自分の方。

 

 (こんな簡単に負けたらダメだ……! ここで負けたら意味がない!!)

 

 心操の目的はこの体育祭で結果を残し、ヒーロー科へ編入する事だった。本選には出られたが、こんなにあっさり負けてしまってはその夢が遠のいてしまう。

 

 犬飼が引き金に指を掛けた時、心操が両手を挙げた。

 

 「ミッドナイト!! 俺の……負けです」

 『え……?』 

 

 まさかの敗北宣言に、プレゼントマイクの呆気にとられた声がマイクを通して会場に響く。

 ミッドナイトは驚きながらも、ルール通り犬飼の勝利を告げようと声を上げ、固まった。洗脳されたのだ。

 

 それに気づいた犬飼は、即座に心操を撃つが、僅かに遅かった。

 

 「ステージ全体に個性を使ってください!」

 

 そう叫んだ直後、犬飼の銃撃によって心操が気絶する。

 だが、心操が意識を失ってもミッドナイトの洗脳は解けず、彼女の個性『眠り香』がステージ全体に急速に広がっていった。

 会場から悲鳴が上がる。

 

 『まさかの審判が個性に掛けられる意外な展開!? っていうかコレいいの!? アリなの!?』

 『……微妙なラインだが、まぁどちらにしろ結果は同じだ』

 

 相澤の言葉は正しかった。

 

 心操を撃ち落とした犬飼は、眠り香を気にすることなくミッドナイトに近づきその額を指で弾いた。

 トリオン体による容赦ないデコピンがミッドナイトの脳を揺らし、洗脳を解く。

 

 「……ッ、心操くんダウン! 犬飼くん二回戦進出!!」

 

 一瞬で状況を把握したミッドナイトが、眠り香の放出を止め犬飼の勝利を宣言する。

 

 『犬飼! 会場の度肝を抜いた心操の作戦を冷静に対処! っていうか本当に大丈夫か!? ミッドナイトの個性普通に吸ってただろ??』

 

 問題ない事を伝えるように手を振る。

 

 『……大丈夫そうだな』

 『マジですげぇなアイツ!? とりあえず二回戦進出! 犬飼澄晴!!』

 

 心配して身を乗り出していたA組の生徒達も、いつも通りな犬飼の姿を見てほっと胸をなでおろす。

 

 セメントスが地面に手を付けると、ステージの床が開き、下から噴出した大量の空気が眠り香を一気に吹き飛ばした。

 それを確認したミッドナイトが、慌てて犬飼に駆け寄る。

 

 「ごめんなさい犬飼くん!! 大丈夫? 眠かったりしない!?」

 「だ、大丈夫です。ミッドナイトさんこそ、額、大丈夫ですか?」

 

 必死の形相のミッドナイトを宥め、デコピンした事を謝罪する。

 

 その後、ミッドナイトは次の試合の為セメントスに回収されていった。それを見送って、犬飼も心操を抱えてステージから退場する。

 

 

 

 

 

 

 保健室のドアをノックすると、犬飼達の試合を見ていたリカバリーガールが既にベッドを整えてくれていた。

 

 「お疲れ様。まさかミッドナイトが洗脳されるとはね……あ、彼はこっちに寝かせてくれるかい?」

 「ありがとうございます。流石にアレは予見できなかったので、驚きました」

 

 心操をベッドに寝かせる。

 リカバリーガールはあまりにもカラッとした犬飼の返事に、「本当に大人びた子だねぇ」と感心した声を漏らした。

 

 それに苦笑を返した犬飼は、心操を運ぶためにそのままにしていたトリオン体を解除する。

 

 「トリガー解除(オフ)……、ッ!?」

 

 トリオン体を解除した瞬間、凄まじい眠気が犬飼を襲った。一瞬意識が遠のき、床に体が叩きつけられる。

 慌ててトリオン体に戻ろうとしたが、意識が拡散しトリガーを起動することができなかった。先程トリオン体では何ら問題なかった眠り香も、生身にはしっかり影響が出ていたらしい。

 

 「犬飼!?」

 

 驚いたようなリカバリガールの声を最後に、犬飼の意識は急激に落ちていった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二回戦①

 

 深く沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上する。

 暫くふわふわとした感覚に浸っていた犬飼だったが、嗅ぎ慣れない匂いに重い瞼を開ける。どこだ、ここは。

 目を開けると、眩しいほど白い天井が視界一杯に広がった。

 

 「……! 起きたか!?」

 

 誰かの声が聞こえた。

 緩慢な動作で声がした方を振り向くと、心操がひどく憔悴した様子で犬飼を見つめていた。

 

 「し、んそう……?」

 

 そう呟いた瞬間、眠る直前の出来事が走馬灯のように犬飼の脳裏をよぎった。

 

 「試合!!」

 

 そう叫んで、慌てて起き上がろうとした犬飼を止めたのは、いつの間にか傍に寄って来ていたリカバリーガールだった。

 

 「落ち着きな。今、爆豪と麗日が試合中だ。あんたの出番まではあと1試合ある。十分間に合うよ」

 「よかった……!」

 

 リカバリーガールの言葉にホッとしたのも束の間、また意識が落ちそうになる。

 頭を揺らす犬飼を見て、リカバリーガールは「まだミッドナイトの個性が消えてないみたいだね」と言った。

 

 「その状態で試合に出る気かい?」

 「……大丈夫です」

 

 犬飼は頭を振って僅かに眠気を飛ばすと、トリオン体に換装した。

 

 「直前までトリオン体で乗り切ります」

 「……ずっとそのままでいればいいだろう? ミッドナイトには私から言っていくよ」

 

 流石にそれは対戦相手に失礼だろう。

 犬飼は礼を言って、リカバリーガールの提案を固辞した。

 これは対応できなかった自分の責任であり、対戦者には関係のない話なのだから。

 

 ベッドから降りて会場に戻ろうとした犬飼を、それまで沈黙を貫いていた心操が呼び止めた。

 

 「……おい」

 「ん?」

 「……今回はダメだったとしても、俺は諦めない。絶対ヒーロー科入って、資格取得して…おまえより立派にヒーローやってやる!」

 

 心操は後悔や不安を押し殺して、犬飼にそう宣言した。

 審判を洗脳するという反則ギリギリの手段に出た心操が、今回の結果でヒーロー科に入れるかどうか犬飼には分らない。

 

 だが、その背を押す人間が一人くらいいてもいいはずだ。

 

 「洗脳って敵にいたら厄介な個性だよね」

 「……」

 「でもそれって、味方だったら凄く心強いってことなんだと思うよ」

 

 心操が呆然と犬飼を見た。

 

 「心操くん真面目だから今まで個性ほとんど使ったことなかったでしょ?」

 「え……、あ、あぁ」

 「ヒーローになるなら、まず自分の個性を深く知った方がいい。不安なら先生に相談してみなよ。普通科でも話くらい聞いてくれるだろうし、頑張って」

 

 そう言って犬飼は保健室を出た。

 

 「~~完敗したッ! なんだよアレ!? 本当に同い年かよ!?」

 

 叫びながら蹲った心操の肩を、リカバリーガールはそっと撫でた。

 

 「心強いってさ」

 「~~~ッ……!!」

 

 肩を震わせる心操。

 

 個性を打ち明けるたび、敵向きの個性だと揶揄された。敵だったらと言われたことは星の数ほどあるが、味方だったらと同級生に言われたのは初めてだった。

 

 犬飼は強い。だからこそ、普通科である心操の事なんて歯牙にもかけていないと思っていた。

 だが、そんなことはなかった。 

 

 「まだまだこれからさね、頑張りな」

 

 心操は涙をぐっと堪え、微かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合の為に控室に向けて歩いていた犬飼は、廊下の先で緑谷とNO.2ヒーロー”エンデヴァー”が見え反射的に身を隠した。

 

 (なんで隠れたんだろう……)

 

 自分のしたことに首を傾げていると、エンデヴァーは脇をすり抜けてステージに向かおうとする緑谷を呼び止めた。

 

 「ウチの焦凍にはオールマイトを越える義務がある。君との試合はテストベッドとしてとても有益なものとなるだろう」

 

 その言葉で、犬飼は轟が頑なに左の個性を使わない理由をなんとなく悟った。

 

 (おれの親もなかなかだけど……こっちも凄いな)

 

 犬飼が感心するレベルで、目の前の男はクソだった。よくヒーローとして活動できているな。

 

 「くれぐれもみっともない試合はしないでくれたまえ。言いたいのはそれだけだ。直前に失礼した」

 

 本当に失礼である。

 流石に割っていった方がいいかと思案していた犬飼の心配を打ち消したのは、緑谷だった。

 

 「……僕は、オールマイトじゃありません……」

 「そんなものは当たりま……」

 「当たり前の事ですよね…」

 

 緑谷は犬飼の知らない轟の事情を、おそらく知っている。

 そして彼は、他人の為なら、たとえ相手が格上だろうと反論できる人間だった。

 

 「轟くんもあなたじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンデヴァーがいなくなったことを確認して、犬飼はカメレオンを解いた。

 試合前に凄い会話を聞いてしまった気がする。 

 

 控室で休んで精神的疲労を癒そう。そう思った犬飼だったが、ドアノブに手をかけた瞬間、控室の中から誰かの泣き声が聞こえてギョッとした。

 

 僅かに扉を開けて中を覗くと、麗日が誰かと電話越しに話していた。泣かされているというより、悔しさで泣いている麗日を電話越しの誰かが励ましているという感じだった。

 流石にこの中に入るのは憚られて、そっとドアを閉める。

 

 「……ステージ見るか」

 

 そう独り言を零して、ステージに続く廊下を歩く。

 

 (そういえば……おれスマホの電源切ったままだったな)

 

 流石にもう両親からの連絡はないだろうと、一度換装を解いてスマホ取り出し、電源を入れる。

 

 ——————凄い量の着信とメッセージが、A組から届いていた。

 

 やらかした……! そう気づいたとき、タイミングよく着信音が鳴った。慌てて電話に出る。

 

 「もしも」「犬飼!? 大丈夫? 倒れてない? 今どこ!?」

 

 尾白の矢継ぎ早の質問に、犬飼はかなり心配をかけてしまったことを悟り、珍しく殊勝に謝った。

 

 「今、控室だよ。ごめんね、心操くん運んだあと、個性解いたらミッドナイト先生の個性で眠っちゃって……」

 

 そう答えると、尾白の後ろから「よかった~っ」というクラスメイトの安堵した声が聞こえた。

 

 「そうなんだ……全然連絡つかないから皆心配してたんだよ」

 「本当にごめん! この試合終わったらちゃんと戻るから!」

 「……わかった。轟達の試合が終わったら、次、犬飼とB組の塩崎さんだよね。頑張って!」

 「うん、ありがとう!」

 

 電話が切れる。

 

 「塩崎さん……ってことは、上鳴負けちゃったのか~」

 

 スマホで雄英体育祭と検索すると、速報が出ていた。

 

 4戦目 上鳴 vs 塩崎  (勝者:塩崎)

 5戦目 常闇 vs 八百万 (勝者:常闇)

 6戦目 切島 vs 障子  (勝者:障子)

 7戦目 芦戸 vs 飯田  (勝者:飯田)

 8戦目 爆豪 vs 麗日  (勝者:爆豪)

 

 「障子勝ってる……! 切島が場外負けってことは、投げ飛ばしたのかな?」

 

 試合結果を確認している間に、2回戦の始まりを告げるアナウンスが響いた。

 ステージの入り口に寄り掛かり、次の試合を観戦する。

 

 

 『待ちに待った2回戦! 戦うのは障害物競走で激しい1位争いを繰り広げたこの2人! 緑谷 対 轟 !!』

 

 

 試合開始の合図で、もはや十八番となった轟の先制氷結攻撃が緑谷を襲った。

 それを緑谷が自身の個性を発動させ、衝撃で吹き飛ばす。

 

 腫れあがった緑谷の右中指。自壊するのを承知のうえで、それでも轟に勝とうと緑谷は必死に足掻いていた。

 

 再度、轟の攻撃が来る。

 

 『まーーた破ったあ!!!』

 

 右手の人差し指が犠牲に、緑谷が攻撃を相殺する。

 

 (なるほど……考えたね)

 

 個性が身体機能である限り、必ず限度が存在する。犬飼であればトリオン切れがそれにあたるだろう。

 轟の個性は強力だが、無敵ではない。

 

 緑谷の攻撃を耐久戦だと判断した轟が、連続で氷結を仕掛ける。

 

 『轟、緑谷のパワーに怯むことなく近接へ!!』

 

 右手の指すべてを使ってしまった緑谷は、騎馬戦で負傷した左腕で個性を使用し、轟の近接攻撃を退けた。

 

 「もうそこらのプロ以上だよアレ……」

 「さすがはNO.2の息子って感じだ」

 

 強力な攻撃で緑谷を追い詰める轟に、観客から感嘆の声が零れる。

 

 『圧倒的に攻め続けた轟!! とどめの氷結を———…』

 

 モニターに轟が映る。その右半身がうっすらと白くなっていることに、犬飼は気づいた。勿論、緑谷も気づいたのだろう。

 

 「どこを見てるんだ…!」

 

 緑谷の右手から、高威力の衝撃波が放たれ轟の氷を消し飛ばした。

 その痛ましさに、犬飼は僅かに眉を寄せる。

 

 「何でそこまで…」

 「震えてるよ、轟くん。”個性”だって身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう…!? でもそれって、左側の熱を使えば解決出来るもんなんじゃないのか……?」

 

 緑谷の声が、会場を揺らす。

 

 「……っ!! 皆、本気でやってる! 勝って…目標に近付くた為に…っ、一番になる為に! 半分の力で勝つ!? まだ僕は君に傷一つ付けられちゃいないぞ!」

 

 痛む拳をぎゅっと握りしめ、緑谷は叫んだ。

 

 「全力でかかって来い!!」

 

 ———轟くんもあなたじゃない。

 試合前の緑谷の言葉が、重なって聞こえた気がした。

 

 「……何のつもりだ。全力…? クソ親父に金でも握らされたか…?」

 

 この言葉で、犬飼は轟が自分で緑谷に事情を説明したのだと確信した。

 父親を憎んでいる轟に、その個性を使えと緑谷が言ったため誤解したのだろう。

 

 距離を詰める轟の腹に、緑谷は右拳を叩きこんだ。まともに食らった轟が数メートル吹っ飛ばされる。

 

 『モロだぁ—————生々しいの入ったぁ!!』

 

 痛めた拳で殴った緑谷が、右腕の痛みに小さく呻く。

 ボロボロになりながらも必死に勝利に食らいつく緑谷に、観客から悲鳴に近い心配の声が上がった。

 

 それもそうだろう。

 犬飼も勝利の為なら躊躇なく自分を犠牲にできる。だがそれはトリオン体に痛みがないからだ。

 痛みがあれば、流石に犬飼だって戦い方を考える。

 

 「何でそこまで……」

 「期待に応えたいんだ…! 笑って応えられるような…カッコいい人に…なりたいんだ!」

 

 緑谷の必死な叫びが、直接的な攻撃よりも深く轟に刺さった。

 

 「だから全力でやってんだ、皆! 君の境遇も、君の決心も! 僕なんかに計り知れるもんじゃない……でも! 全力も出さないで一番になって、完全否定なんてフザけるなって今は思ってる!」

 「親父を———…」

 「君の! 力じゃないか!!」

 

 その言葉に、轟の顔が泣き出しそうな顔をした。

 

 そして、その左半身から炎が噴き出す。

 あれほど戦闘において左側の個性を使わなかった轟に、緑谷は遂にその禁を破らせた。

 

 それを見たエンデヴァーが観客席から歓喜の声を上げるが、轟は全く反応しない。ただ、緑谷だけを真っすぐ見つめていた。

 

 『エンデヴァーさん急に”激励”か…? 親バカなのね』

 

 犬飼が客席のエンデヴァーを呆れた目で見ていると、轟と緑谷が最後の一撃を放とうとしていた。

 

 今の緑谷に轟の高威力の攻撃を相殺する力は残っていない。

 犬飼と同じ判断をしたセメントス、ミッドナイトが各々の個性で二人の攻撃を相殺しようとするが、2人が衝突するほうが早かった。

 

 緑谷の超パワーと轟の炎がぶつかり合い、凄まじい爆発を生む。

 

 爆風で吹っ飛ばされた緑谷が、犬飼がいるゲート目掛けて飛んでくる。犬飼は壁に叩きつけられる寸前でその体を受け止め、瓦礫と熱風から緑谷を守る為固定シールドを展開した。

 

 『何今の…おまえのクラス何なの…』

 『散々冷やされた空気が瞬間的に熱され膨張したんだ』

 『それでこの爆風て、どんだけ高熱だよ! ったく何も見えねー。オイこれ勝負はどうなって…』

 

 砂塵が少しずつ晴れていく。

 

 『って犬飼!? なんでいんの!?』

 

 犬飼が気を失った緑谷を抱えているのを見て、ミッドナイトは審判として判定を下した。

 

 「緑谷くん、場外。轟くん———……三回戦進出!!」

 

 腕の中でぐったりと気を失う緑谷。

 満身創痍なその姿に、犬飼は何も言うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二回戦②

 

 大破してしまったステージをセメントスが補修するまでの間、試合は一時中断となった。

 

 緑谷を保健室に運んだあと、次の試合に出場する犬飼は控室で自分が眠っていた間の試合を見ていた。

 

 暫くして、ステージが修復された旨のアナウンスが流れる。

 選手はステージに向かうよう指示があり、犬飼は立ち上がって控室を後にした。

 

 ステージ入り口で一度換装を解く。

 

 「……ッ」

 

 トリオン体との落差のせいか、眩暈と錯覚しそうな眠気が犬飼を襲った。 

 なんとか気合で意識を保ちながら、ステージ中央に向かう。

 

 『大変お待たせ致しましたー! 二回戦、第二試合!! 一回戦で相手を瞬殺したB組、塩崎茨 対 未だに底が見えないA組、犬飼澄晴!』

 

 反対側のステージ出入口から登場した塩崎は、睡魔に襲われてボーっとしている犬飼を見て、不快そうに眉を寄せた。前の試合の上鳴の態度が尾を引いて、同じクラスである犬飼も塩崎を舐めていると勘違いしたようだった。

 

 そして、試合が始まった。

 

 「トリガー起動(オン)

 

 開始の合図でトリガーを起動。

 クリアになった視界に、犬飼を拘束しようと伸ばされた塩崎の蔦が迫る。

 

 犬飼はバックステップで距離を取りつつ、同時に左手に突撃銃を顕現させた。襲い掛かる大量の蔦を連射で撃ち落としていく。

  

 『塩崎先制!! 犬飼まさかの防戦一方という意外な展開!』

 『まぁ、犬飼は個性上先制攻撃されやすいからな』

 『……といいますと?』

 『今みたいに銃で攻撃する場合、犬飼は最低でも『変身➡銃を創造➡狙う➡撃つ』と、4つの行程が必要だ。先手を取られるのは仕方がない』

 『なるほど!!』

 

 犬飼が不利のように語った相澤だったが、実際、劣勢に立っているのは塩崎の方だと理解していた。

 先制攻撃を防がれてしまった時点で、塩崎の優位性はすでに失われている。

 

 むしろ今は、個性の全貌が明らかになっていない犬飼の方が有利だろう。個性戦闘において、『個性不明』というアドバンテージはそれほどに大きい。

 

 (……犬飼がそれに胡坐をかいて油断するような奴なら、まだ塩崎にも勝機はあったんだがな……)

 

 相澤はため息を吐きたくなる気持ちを我慢して、試合に意識を戻した。

 

 『犬飼! 遂には場外ギリギリまで追いつめられる……! これは勝負あったか!?』

 

 観客がまさかの大逆転に沸く。

 そんな中、塩崎は落胆する気持ちを隠せなかった。

 

 「(先程から防いでばかり……攻める気がないのでしょうか)」

 

 塩崎はクラスメイトの物間とは違い、A組に偏見を持ってはいなかった。むしろ入学早々敵に襲われたA組を心の底から案じていたほどだ。

 

 だが、先の戦いの上鳴の軽薄な言動や、試合前の緊張感のない犬飼の態度。

 

 ——————それらに対する失望が、塩崎の中で僅かな油断となって試合に現れてしまった。

 

 犬飼が攻撃の間に銃を右手に持ち替え、同時に、左手をホルスターに伸ばす。

 

 「……!」

 

 騎馬戦での鉛弾攻撃を思い出した塩崎は、攻撃のため伸ばしていた蔦を切り離し、自身と犬飼の間に蔦の盾を作り出した。

 犬飼に背を向け、祈るように手を組む。

 

 「これって……?」

 

 自分と塩崎の対戦。その最後を彷彿とさせる試合展開に、上鳴が小さく声を上げる。

 

 「勝負あったな」

 

 そう言ったのは、それまで食い入るように前傾で試合を見ていた爆豪だった。

 周囲がその言葉を問いただそうとしたとき、試合が大きく動いた。

 

 犬飼の左手はホルスターに添えられたまま動かず、右手の突撃銃から銃弾が放たれる。

 弾は蔦に接触する直前で、鋭角に曲がった。

 

 目を閉じていた塩崎は、バイパーを躱すどころか視る事すらなく被弾した。

 そのまま眠るように気絶し、地面に崩れ落ちる。

 

 犬飼を拘束する為、塩崎が地底から伸ばしていた蔦が、芯を失ったように地面にバタバタと落ちていった。

 

 静まり返った会場に、ミッドナイトの判定が響き渡る。

 

 「塩崎さんダウン! 犬飼くん、三回戦進出!!」

 

 会場が、爆発したような歓声に包まれた。

 

 『なんだ今の!!? 弾が曲がった!?』

 『犬飼の個性は武器の創造……つまり弾丸も武器の一つってわけだ。鉛弾の時点で他に種類があることを想定して戦うべきだったな』

 『……鉛弾って、犬飼が騎馬戦で使ってた重くなるヤツか!』

 

 興奮を隠せないプレゼントマイクに、相澤が解説する。そこで初めて開示された犬飼の個性に、会場が納得と感嘆でざわついた。

 A組の生徒達も、犬飼の新しい個性のお披露目に興奮を隠せない。

 ここに緑谷がいれば、誰よりも目を輝かせていたことだろう。

 

 「何アレ何アレーー!!」

 「前見た曲がる弾とはなんか違くね? こう曲がり方が鋭いっていうか……」

 「ギュンって曲がったよな!」

 「……もしかして、弾の軌道を操作したのでしょうか?」

 「ようわからんけど個性強すぎやろ、犬飼くん……!!」

 

 声が聞こえたのか、犬飼がA組席を振り返り手を振った。

 

 「……これは惚れるッ。俺の仇を取ってくれるなんて……犬飼、なんていい奴!!」

 「絶対に違うと思う」

 

 感激する上鳴の言葉を一刀両断した耳郎は、先程の爆豪の言葉を忘れていなかった。

 

 「爆豪、あんたなんであの時犬飼が勝つってわかったの?」

 

 初めて目にする犬飼の変化弾への対策に思考を回していた爆豪は、耳郎の質問に珍しく静かな返答を返した。

 

 「戦闘中に敵に背を向けて目を閉じるような、自殺願望丸出しの奴にアイツが負けるかよ」

 

 背を向けたのは塩崎の個性の関係もあるだろうが、戦闘中に油断するような人間を擁護するような爆豪ではない。

 容赦なく「雑魚が……」と吐き捨てる。

 

 「お前、もっとオブラートに包めよ……!」

 

 他学科からの突き刺さる様な視線を思い出した上鳴が顔を青くするが、爆豪はそれに答えず自身の試合の為に立ち上がって控室へ歩いていった。

 対戦相手である飯田が慌ててその後を追いかけて行く。

 

 「……爆豪が他人を認めてるような発言したの初めて聞いた」

 

 耳郎が驚きで声を漏らすと、一連のやり取りを見ていた尾白がその理由を教えてくれた。

 

 「爆豪は犬飼に負け越してるからね」

 「爆豪が!?」

 「ってか負け越しって、そんなに戦ってるの? 何時!?」

 「爆豪が負け越してるって……マジか」

 

 聞き耳を立てていたクラスメイト達が驚きのあまり叫んだ。

 

 「ほら、爆豪って4月誕生日だったから。「誕プレ何がいい?」って犬飼が聞いたら、「俺と戦え」って爆豪が言ったらしくて」

 「わかる」

 「脳内再生余裕だわ」

 「だよね……で、負けた爆豪が再戦を申し込んで何度か戦ってるみたい」

 

 尾白がその事実を知ったのはつい先ほどの事だが、それは黙っておく。

 

 「……でも意外だな」

 「何が?」

 

 瀬呂の言葉に、上鳴が首を傾げる。

 

 「いや……別に悪口じゃねぇんだけど、爆豪とか轟は強者のオーラっつうか「俺とお前たちは違う」みたいな態度とることあっけど、犬飼はねぇじゃん。だから爆豪より強いイメージがないっていうか」 

 「あー……、まぁ一線引いてるとこはあるよな」

 

 騎馬戦で爆豪に「個性知らねぇ!」と言われた面々と、体育祭前に「ザコ」呼びされた経験のある峰田が大きく頷く。

 

 「轟さんは確かにお強いですけど、別に私たちを軽視しているようには感じませんが……?」

 

 騎馬を組んだ経験のある八百万の言葉に、上鳴も頷く。

 

 「轟の場合はこう……なんていうの、主導権を譲らない感じ?」

 

 皆が瀬呂の感覚的なイメージを理解できず、?を浮かべる。

 だが、一人だけその感覚を理解できた人間がいた。峰田だ。

 

 「俺はわかるぜ」

 「嫉妬じゃん」

 「ちげーよ!!」

 

 イケメンに対する嫉妬だと決めつけられた峰田が、大声で否定する。

 

 「騎馬戦でさ、オイラ騎手だっただろ?」

 「あれ意外だった!」

 「俺は絶対犬飼だと思った! あの中で一番点高いの犬飼だし!」

 「それだよ!」

 

 峰田が砂藤を指す。

 

 「オイラはこの身長だから騎手しかできねぇ。でも轟や爆豪じゃオイラが騎手をするからチームを組んでくれなんて言っても、多分一考もしてくれなかったと思うぜ。……今だから言えるけど、オイラ絶対断られると思ってたんだよ」 

 

 だが犬飼は峰田のチーム入りを了承し、騎馬戦では轟相手の指揮を峰田に委ねた。犬飼は勝つためなら、自分を駒にすることさえ厭わない。それが轟・爆豪と犬飼が決定的に違う点だと峰田は指摘する。

 

 上鳴は轟に誘われたときのことを思い出した。

 

 「確かに爆豪とか轟が騎馬してるのは想像できねぇな。ってか轟に誘われたとき、騎手は轟だろうなって何の疑問もなく思ってたわ」

 「……そう、ですわね」

 

 それには八百万も同意するしかなかった。

 おそらく轟は、チーム選びの際に自分が()()である前提で作戦を立て、八百万達を誘った。自身が騎馬になる可能性など最初から除外していたように思う。

 

 「爆豪は……考えるまでもねぇな」

 「ないね」

 「ないな」

 「ねぇな」

  

 瀬呂の言葉に、爆豪チーム一同は考えるそぶりすらなく同意した。

 騎馬をする爆豪……、騎手を置き去りにして点を取りに行く姿しか見えない。

 

 「犬飼は強いけど……普段はなんつーか普通だよな。俺達と馬鹿話もするし、一緒に飯も食うし、ノリも軽いし」

 「言っちゃ悪いけど強そうには見えねぇよな~」

 「ヒョロイし……ウグッ!?」

 「なんでおれの悪口大会になってるのさ」

 

 登場と同時に上鳴にヘッドロックを決めた犬飼は、渋面でクラスメイトを見渡した。

 

 「違う違う! 犬飼は強いけど普段はチャラくて強そうに見えねぇって話をだな!」

 「擁護になってないわよ、上鳴ちゃん」

 「ほんとにね」

 

 喚く上鳴が煩かったので解放してやる。

 そのまま上鳴の後ろの席に座り、ステージを見下ろした。

 

 「あ、常闇出てきた」

 

 皆の視線がステージに集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、2回戦第三試合が始まった。

 

 中距離戦闘を得意とする常闇と、近接戦闘及び索敵などを得意とする障子。

 障子が勝つには常闇に近づく必要があるが、黒影の攻撃の手を掻い潜り近づくのは容易ではない。黒影の怒涛の攻撃を凌ぐのがやっとで、障子は常闇に近づくことすらできなかった。

 

 (黒影……敵に回すとここまで厄介なのか!!)

 

 犬飼がチームに誘うわけだと、障子は納得した。

 騎馬戦でチームを組んだ障子は、常闇の弱点が”光”だと知っている。だが日光以上の光を障子の個性では生み出すことはできない。

 

 黒影ごと投げ飛ばそうとしたが、常闇が黒影を自身に戻したことでそれも失敗。

 その隙に距離を詰めようとした障子を、飛び出した黒影が場外まで弾き飛ばし、常闇の勝利となった。 

 

 

 試合を見届けた犬飼は、クラスメイトに一声かけて控室に向かう。

 

 

 第四試合は、爆豪と飯田。

 

 爆豪相手に長期決戦は不利と悟った飯田が、スタートと同時にレシプロバーストで先制攻撃を仕掛ける。

 ほぼ初見だった爆豪は、その攻撃を躱しきれず腹部に重い一撃を食らった。

 

 咳き込む爆豪を掴んだ飯田は、その体を場外へ投げ飛ばそうと走り出す。

 そして、白線まで数mを切った時、飯田の背中で爆発が起こった。爆風とレシプロバーストにより飯田の体が白線を超える。

 

 「ッ……!」

 「避けれねぇなら利用するだけだ」

 

 第四試合。勝者は爆豪。

 

 準決勝に進む4名が決定した。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

準決勝

Happy Birthday!!


 準決勝、第一試合。

 

 ステージで相対する轟と犬飼を見て、葉隠が「コレどっちが勝つんだろうね!?」とワクワクした声で言った。

 

「犬飼じゃね? 授業ん時も犬飼勝ってたし」

「いやー、スタート直後にあの大氷結されたら流石の犬飼も厳しいだろ」

 

上鳴の言葉を、実感の籠った声で瀬呂が否定した。

 

「犬飼さんはこの勝負形式上、先制攻撃されやすいという致命的な弱点があります。轟さんがそれを見過ごすとは思えません」

 

 八百万の指摘に、保健室から戻ってきたばかりの緑谷が頷く。

 

「僕もそう思う。犬飼くんが勝つには、スタート直後の轟くんの氷結をどうにか防がないと。でも犬飼くんの個性はたしか換装しないと攻撃できない筈だから、そうなると開始合図に反応するお互いの反射が需要になってくるわけだけど、犬飼くんは今ミッ「デクくん! ストップ、ストップ! 試合始まるよ!!」ドナイトの……え! 本当だ!!」

 

 暴走しだした緑谷を麗日が現実に引き戻した。

 

 試合を告げるアナウンスが鳴る。

 

『準決! サクサク行くぜ!』

 

 時間経過でミッドナイトの個性が大分マシになった犬飼は、心ここにあらずといった様子の轟を見て僅かに目を細める。

 

(……まぁ10年来の悩みが早々に解決するわけないか)

 

『今体育祭、両者トップクラスの成績!! 犬飼 対 轟 !!』

 

 そして、試合開始のアナウンスが響き渡った。

 轟の大規模氷結が個性発動前の犬飼を捕える。

 

『轟先制!! 犬飼まともに食らったぁ!! これは勝負アリか!?』

 

 氷に囚われた犬飼は、寒さに震えながら左手にあるトリガーを起動させ——————、解除する。

 換装体が解け、犬飼の体が氷の外へ現れた。それを見た会場のあちこちから、驚きの声が上がる。

 

『え、えぇぇ!! 犬飼、無傷で氷から脱出!? 瞬間移動もできんの!?』

 

 ボーダーのトリガーは、トリガー解除すると生身が周囲の物と干渉しない位置に出現するよう設定がなされている。だが、知らない人間から見れば、犬飼が一瞬で氷の中から転移したように見えただろう。

 

「テレポート? だが犬飼くんは氷の外に出た後に換装していなかったか?」

「うん、僕にもそう見えたよ。……一体どういう原理何だろう」

 

 飯田の言葉に返事をしつつ、緑谷の目はステージで派手な戦いを繰り広げる2人を見た。

 

『ここで攻守逆転!! 犬飼の銃撃が轟の氷を次々粉砕! 轟は防戦一方だ!!』

『騎馬戦の鉛弾や塩崎戦で見せたバイパー、あとさっきの瞬間移動もどき。……他にも犬飼には隠し玉がありそうだからな。轟もそれを警戒して、迂闊な攻撃ができないんだろ』

 

 防御に徹しながらも攻撃の隙を伺う轟。だが、炎を使う様子はない。

 犬飼はシールドを消した。

 

 ——————メテオラ。

 

 犬飼の左手からキューブが現れ、分割した弾丸が空高く打ち上げられた。

 角度を付けた弾が雨のように轟に降り注ぎ、氷に着弾した瞬間に次々と爆発した。

 

『流星群パート2!? っていうか爆発した!? オイ、イレイザー! 犬飼の使う弾って何種類あんの!?』

『揺らすな……犬飼の扱う弾丸はおおよそ4つだな』

 

 アステロイド……特殊な効果がない分威力が高い。

 ハウンド……対象を自動で追尾する。

 バイパー……弾道を自由に設定できる。

 メテオラ……着弾すると爆発して広範囲を攻撃できる。

 

 相澤の解説を聞いた観客が感心した様な声を漏らす中、プレゼントマイクが首を傾げる。

 

 『あれ? 鉛弾なくない?』

 『鉛弾はさっき言った4つの弾丸と組み合わせて使う特殊効果、オプションみたいなもんだ』

 『……それ全部使い分けてんのかよ!? 俺もうさっきの弾丸4つ覚えてねぇぞ!?』

 『そこは覚えとけよ』

 

 轟がメテオラが止んだ一瞬の隙をついて、犬飼に向かって駆けだした。凍らせた地面を滑るようにして加速しながら、同時に犬飼に向かって氷結を放つ。

 銃撃でそれを破壊しようとした犬飼だったが、壊した傍から氷が再生されしまう。キリがない。

 

 「なんで犬飼くん、さっきの爆発する弾撃たへんのやろ?」

 「撃たないんじゃなくて、撃てないんじゃないかな」

 

 麗日の疑問に、それまで必死の形相でノートに鉛筆を走らせていた緑谷が手を止めて答える。

 

 「多分、犬飼くんは自分の個性が自身に影響を及ぼすタイプなんだと思う。だから、これだけ距離が近いと自分まで被弾する。轟くんはそれに気づいて距離を詰めたんじゃないかな」

「なるほど!! 策士やね、轟くん!!」

 

 もちろん犬飼も轟の狙いには気づいていた。

 

 (意外と冷静だな。でも右半身には既に霜が降りてるのに炎を使う様子はない。……このまま持久戦に持ち込むか)

 

 犬飼はグラスホッパーで大きく距離を取ると、再度メテオラを展開。弾を散らせ複数の角度から轟を狙い撃ちする。

 轟は氷壁を作り出し、会場を大きく旋回して犬飼の攻撃を回避した。

 

 『氷壁で犬飼のメテオラと銃撃を回避———!! 楽しそう!!』

 

 犬飼はアステロイドからハウンドに銃弾を切り替える。

 それまで直射していた弾丸が、轟を追尾するように軌道を変えた。

 

 『えっと……これはどれですか?』

 『ハウンドだな。対象を自動で追尾する弾丸だが、轟の移動速度が速いせいか全て撒かれているな』

 

 その時だった。

 車に跳ねられたように轟の体が後方に吹っ飛んだのは。

 

 「がはッ!?」

 

 犬飼が轟の進行方向にグラスホッパーを展開したのだと気づいたときには、轟は自身が作り出した氷壁に叩きつけられていた。肺の空気が押し出され、轟は地面に崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。

 

 会場が急展開した試合についていけず、静まり返る。

 

 起き上がろうとした轟だったが、低体温症になりかかっている右半身に力が入らず地面に突っ伏する。

 勝利に足掻く轟を見て、堪らなくなった緑谷が叫んだ。

 

 「負けるな!! 頑張れ!!」

 

 轟くんと、名前を呼ばれた気がした。

 

 「……!」

 

 緑谷の言葉に呼応したかのように、轟の右側から炎が吹き上がる。

 犬飼はシールドで正面をガードしつつ、轟に向かって銃撃を放った。

 

 迫る銃弾。

 

 反撃しようとした轟の視界に、自身の炎が揺れるのが見えた。

 

 ————なりたい自分に、なっていいんだよ。

 

 脳裏をよぎった母の声が、轟の思考を揺さぶる。

 

 緑谷と戦ってから、轟は自分がわからなくなっていた。

 自分がどうするべきなのか、今までの自分の行動が正しかったのか。先の見えない岐路に立たされたようだった。

 

 だけど、ようやくわかった。

 自分が何をしたかったのか、どんなヒーローになりたかったのか。

 

 (そうだ……俺は、お母さんを助けられる、そんなヒーローになりたかったんだ)

 

 炎が消える。

 俯く轟の背中にハウンドの銃弾が降り注いだ。

 

 力なく地面に倒れ伏す轟に近づいたミッドナイトが、気絶しているのを確認して判定を下す。

 爆発するような歓声が、会場を揺らした。

 

 『轟ダウン! 犬飼、決勝進出だ!』

 

 ニコニコと歓声に手を振っていた犬飼は、刺すような視線を感じて観客席を仰いだ。厳つい顔をさらに険しくしたエンデヴァーと視線が合う。

 嫌悪感を笑顔で覆い隠し、犬飼はエンデヴァーに向けて手を振った。嫌がらせである。

 

 馬鹿にされたと激怒して炎を噴出するエンデヴァーを内心笑いながら、犬飼は轟を抱えて会場を後にした。

 

 「さて……と、決勝はどっちかな?」

 

 

 

 

 

 準決勝第2試合。

 

 爆豪の怒涛の攻撃が、黒影に襲い掛かる。

 

 『爆豪 対 常闇! 爆豪のラッシュが止まんねぇ!! 常闇はここまで無敵に近い”個性”で勝ち上がってきたが、今回は防戦一方! 懐に入れない!』

 

 光を弱点とする黒影は、爆豪の爆破の光のせいで攻撃に転じることができないでいた。

 なんとか攻撃を凌ぐが、長期決戦を得意とする爆豪に次第に追い詰められていく。

 

 眩い閃光が会場を照らした。

 

 「…………知っていたのか……」

 

 悔しそうな常闇の声に、爆豪は好戦的な笑みを浮かべた。

 

 「数撃って暴いたに決まってんだろ。相性の悪さには同情するが…………詰みだ」

 「…………まいった」

 

 左手で常闇の顔を掴み、右手の爆破の光で黒影の反撃を封じた爆豪に、常闇が自身の負けを宣言する。

 

 「常闇くん降参! 爆豪くんの勝利!!」

 

 決勝進出が出揃った。

 

 『よって決勝は、犬飼 対 爆豪 に決定だ!!!』

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。