魔法の使えない剣士は魔剣士を名乗る (ToAさん)
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全ての始まり
#0:少年と少女


 

「もういい!もうやめてくれ!アルシア!」

 

 炎に包まれたかつて街だったであろう場所でボロボロとなった少年は『アルシア』と呼ばれた少女に叫ぶ。

 ゆっくりと、しかし確かに振り向く少女は血まみれで、足元には多くの死体が転がっている。なのに少女は興味が無いかのように無表情で、ただじっと自身の名を呼んだ少年のことを見つめるだけだった。

 

「なんか言えよ…なんで、なんでこんなことしたんだよ!」

「…。」

「アルシア!約束しただろ…?俺とお前の間に嘘も隠し事もないって…!」

「…これは全て、あなたが望んだこと。私はそれを叶えようとしただけ。」

「俺が、望んだこと…?いや俺はこんなこと望んでなんか…」

「そう、これはあなたの望んだ以上のことなのかもしれない。」

「だったら、なんで…。」

「私は魔族であり、『』だから。いつか遠くない未来に起こりうる可能性のひとつだったから。」

「だからって…っ!?」

 

 少女が言葉を発する度に、少年の身体に異常が起こる。視界がぼやけ少女の姿が見えなくなる…目の前が少しづつ暗くなっていく…身体に何かが流れ込んでくるように感じる…身体が熱い。気の所為かもしれない、周りの炎のせいかもしれない、それでも少しずつ、確実に少年の身体に何かが起こっている。

 

「な、なにを…し、て…。」

「あなたはいつか知ることになる。この世界の真実を…もしその時が来たら、その時は…」

「アル…シア…っ…。」

 

 少女が最後まで言葉を発する前に少年は倒れ、気を失った。それでも少女は話し続ける。倒れた少年に近づき、ふっと笑って話し続ける。これが己のやるべきことであるかのように、これが魔族である少女から、人間である少年に想いを託すかのように…

 

「きっとあなたはいつかこの世界の真実を知る。もしその時が来て、あなたが私の前に現れた時は、その時はお願い。私の望みを叶えて?」

 

 

 

 

“私を…殺して…?”

 

 

 

 

 その言葉と同時に、少女は光の粒となって…消えた。残ったのは、炎に包まれたかつて街であったであろう場所と大量の死体…そして、その中心地で横たわる1人の少年だけであった。これが全ての始まり…

 

 人間は魔族という存在がいることを知り、魔族は人間という存在を知った。人間は魔族から、魔族は人間から知恵を得て、共に高みを目差した。

 しかし時に人間は考える。人間は魔族より上の存在であらねばならないと…。時に魔族は考える。魔族は人間より上の存在であらねばならないと…。2つの考えが争いの火種となり、必要以上の生きる命が奪われていく…

 これはそんな悲しい争いの中で、『力』を求める少年が描く1つの物語。たった一つの『約束』の物語。



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#1:『人間と魔族の壁』

「...っ!?...また、あの夢。」

 

 物心ついた時から、時々見る夢。炎に包まれた街で自分によく似た少年と『アルシア』と呼ばれる魔族の少女が話す夢。自分にはそんな記憶は一切ない。そもそもあそこは街だったのか、だとしたら俺が元々住んでいたのは...

 

「お兄様?開けますよ?」

 

 考え事をしてる最中にガチャりと扉が開けられる。

 

「ん?...あ、花蓮(かれん)か。おはよう。」

「おはようございます。珍しいですね。私が起こしに行くよりも早く起きてるだなんて...」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ?...たまにはこういう日もあるもんだ。」

「その調子で授業をサボらずに受けてくれたら完璧だと思いますよ?」

「ほっとけ...魔法が使えないのに魔法の授業なんて受けても仕方ないって思ってしまうんだ!」

「はぁ...私はお兄様の将来が不安です...最悪の場合、私がお兄様に一生を...」

「か、花蓮?」

「ひゃい!...コホンっ、それよりも朝ごはん、もうすぐ出来ますので準備して降りてきてください。」

「わ、わかった。すぐ行くよ。」

 

(あかつき) 花蓮(かれん)』。白髪ロングの似合う少女。スポーツ万能成績優秀に加え、中学生とは思えないほどの綺麗な体、明るい性格、全てが素晴らしいとかで学園内でアイドル扱いをされているらしい。ファンクラブもいるとかいないとか...

 

「さて...と、俺も一応支度しないとな。」

 

 そうして少年は布団からの誘惑に打ち勝ち、自分の身支度を行うのであった...

 

 

─────────────────────────

 時は少し遡り、人間は「魔族」という存在を知る。人間のようで人間ではない、不思議な存在。そのような存在を許すのか、許さないのか、長い時間の話し合いを重ねた上で出された結論は「人間と魔族は共存するべきである」であった。

 共存する上で、お互いが暮らしやすいように、お互いのことを知るために、人間は人間が持つ知識を、魔族は魔族が持つ知識を交換しあった。そうして人間が得た新たな力。それが『魔法』である。

 最初はお互いがお互いを尊重し、良き関係を築けていたと言われているが、一体いつからなのか、誰かが考えるようになった...

 

「人間の方が魔族より上の存在である。」

「魔族の方が人間より上の存在である。」

 

 いつからか、一部の人間が魔族を、一部の魔族が人間を差別するようになった。最初は「ただの悪ふざけであろう」「よくある喧嘩だろう」そう考えていた周りも少しずつ、なにかに影響されたように自身が上であることを主張していく。そして、ある日...

 

“1人の魔族が人間を殺した”

 

 それが争いの火種となった。魔族より上の存在であるという考えを持っていた人間は次々と魔族を殺していく。「これは神の怒り」だと「魔族はこの世にいるべきではない」と...魔族も「人間は生きていてはならない」「神は失敗作を作ってしまった」と対抗する。争いは日に日に激しくなる一方であった。

 そんなある日のこと、ひとつの街が突然炎に包まれるという事件が起こる。その直後、突然地面から空にも届きそうな巨大な壁が現れた。その壁は世界を「魔族は必要ないと考える者たち」「人間は必要ないと考える者たち」そして「共存することを望む者たち」の3つに分けられた。まるで神が見ていたかのように...神が一時的に争いを止めたかのように...自身の失敗を、悔やむかのように...

 

 

────────────────────────

「...ま?お...様?お兄様!」

「ん?...あー、悪い、今度の追試範囲のこと思い出してた。」

「もう!せっかく私が話してるのに...」

「悪い悪い、ただ魔法が使えない俺には歴史とかそこら辺で点数稼がないといけないからさ。」

「わかってるなら、授業サボらないでください!知ってますよ?お兄様、魔法の授業だけじゃなく、ほぼ全ての授業をサボってますよね?」

「あ...いや...そんなことは...ないぞ?」

「私に嘘は通じませんよ?ちゃんと報告が来てますから。」

「あー...すみません...」

 

 暁家の両親はお互いが研究者で家にいる方が逆に少ない。だからなのか、花蓮がしっかりしてるからなのか、少年への苦情は全部花蓮の耳に届くようになっている。嘘はつけないのだ。

 

「はぁ...今日はちゃんと行ってくださいね?今日、転校生が来るって話がありますし、変な印象持たれたらお兄様からしても面倒だと思いますよ?」

「転校生?珍しいな、こんな夏休みの前に...というか、変な印象ってなんだよ...」

「そりゃ真面目な学校であるのにも関わらず授業をサボってる悪い人ってイメージです...で転校生の話ですけど、気をつけてくださいね?」

「ん?何が?」

「その転校生、人間のみの世界から来るそうなので

「は?別のとこからの転校生?珍しいな。」

 

 神が本当にいるのなら、神が分けたとされるこの世界。別に行こうと思えば別の世界にも行ける。ただ争いを起こさないためにかなり厳しい審査を通す必要がある。その転校生はその審査に合格した。ということだ。

 しかし、各々の世界には各々の世界の考え方がある。当然人間だけの世界は「魔族は必要ない」と考えている。全員が全員そうでなかったとしても...

 

「ん?そういえば、人間のみの世界から来るとして、なんで俺が気を付けなきゃ行けないんだ?」

「え!?あ、いや、そ、それは...」

「それは??」

「お、お兄様、意外と危ないことに首を突っ込むことがあるので、もしその転校生と魔族が問題を起こしてたら首を突っ込んで、それで目をつけられそうだな...と。」

「あー、なるほどな。」

「そ、そういうことです!よかった...お兄様が単純で...

「まぁでも、大丈夫だと思う。」

「どうしてそう言えるんですか?」

「俺、魔法使えないから、剣使うしかないし、魔法vs剣とか相性悪いからやりたくないし、戦いは行かないけど、声かけるだけになると思うぞ?」

「お兄様って、やっぱり馬鹿ですよね?」

「え?酷くない!?」

 

 朝から妹に馬鹿呼ばわりされながら、夢のことを考える。もしあの壁ができたのがあの夢の出来事の直後なのだとしたら、神は実現するし、あの夢も現実であるということになる...となれば『アルシア』という少女は俺に何かを託しているし、本人は自分に殺されることを望んでいる...ということになる。

 

「はぁ...考えれば考えるほどに、意味がわからなくなる...」

 

 そう言いながら、少年はため息を着くのであった...

 

──────────────────────────

「ぐっ...き、貴様...人間と魔族は...共存を...」

「うるせぇ!てめぇら人間より魔族の方が上なんだよ!」

「貴方!もうやめて!一瞬の気持ちだけで動いてはダメ!」

「女!てめぇもうるせぇんだよ!」

「きゃっ...や、やめて!いやぁぁぁぁあ...」

「あー、ちょっとだけスッキリしたぜ、これからは魔族の時代なんだよ!」

 

 そう言いながら、魔族は部屋から立ち去る。残ったのは夫婦の死体と血の匂いがする荒れた部屋だけ...。魔族が初めて人間を殺した、それを部屋の押し入れに隠れて見ていた幼い少女がいた。

 

「お父さん...?お母さん...?」

(ほむら)?...よかった...あなただけでも...無事で...」

「いいかい?...強く...強く生きるんだ...誰よりも強いそんざ...いに...」

「お父さん?お母さん?...ねぇ、起きて?こんなところで寝てたら、風邪ひくよ?」

 

 状況を理解してないのか、信じたくないだけなのか、少女は2人に声をかけ続ける。起きて、起きて...と。何度も、何度も。どれだけ時間が経とうとも...それでも2人はもう動かない。心音も聞こえない。

 

「なんで...?なんでお父さんとお母さんが殺されるの?...」

 

 少女の目からは涙が流れ、ぎゅっと力強く手に力が入る。

 

「許さない...魔族も共存を望む人間も、みんな嫌い...絶対、許さない!」

 

 燃え盛る炎のように紅い髪と瞳をもつ幼い少女。その少女には残酷すぎる現実。少女にある感情はたった一つ、自分の両親を殺した魔族とそんな魔族と共存できると信じている人間たちへの強い恨み。ただそれだけである。

 



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#2:物語のスタートライン

「いいですか?お兄様は魔法が使えないポンコツなのかもしれませんが、魔法について知ることだけでも意味があるんです!な、の、で!くれぐれも授業をサボったりしないようにしてください!」

「今サラッとポンコツって言ったよな?泣くぞ!?…でもまぁ、今日はサボる気ないから、安心してくれ。」

「そうなんですか?…は!まさか、今日の魔法の授業はなにか卑猥なことを…」

「そんなわけあるか!お前が言ったんだろ?今日は転校生が来るんだって、多少なり実力は知っておきたいからな。」

 

 魔法の授業、魔族が人間に伝えた人間のひとつの可能性。その可能性を使いこなすための授業。その授業は主に、「魔法に対する知識を深めるための授業」と「魔法を使いこなすための授業」の2つ、簡単に言ってしまえば「座学」と「実技」に分かれる。今日は転校生が来ることもあり、実技の方に切り替わるらしい。なんでも転校生は魔法を使いこなしているのだとか…

 

「おーい!冬織(とおる)くーん!花蓮ちゃーん!」

「あ、菜々海(ななみ)ちゃん!おはようございます!」

「ん?奏瀬(かなせ)か、おはよう。」

「2人とも、おはようだよー!」

 

 薄緑色のショートが似合う元気いっぱいな少女『奏瀬(かなせ) 菜々海(ななみ)』。人間が大好きな魔族であり、2人の昔からの友達であり、少年『(あかつき) 冬織(とおる)』の幼馴染である。学園内で魔法を使いこなしている上位の存在であり、人間や魔族が起こすトラブルを止めるためのチームの1人である。

 

「珍しいな。奏瀬がこんな時間に登校してるなんて。」

「最近忙しかったからたまには休めって先輩が言ってくれたんだ〜。」

「菜々海ちゃん、飛び回ってましたからね…正直心配でした…。」

「えへへ〜、ありがと〜。」

「そんな大変だったんだな。街内ではあまりそういったトラブルは見ないように感じるんだけど。」

「街の外で最近何故かトラブルが多いんだよね。誰かが誰かを殺す!なんてことは無いんだけど、外に出てた人が謎な生き物に襲われ…はわわ!こういうこと簡単に言ったらダメなんだった!2人とも!言ったらダメだよ!?」

「大丈夫ですよ、菜々海ちゃんがついつい話してしまうのはいつものことなので、そういう人を不安にさせるようなこととかは誰にも言いません!」

 

 久しぶりでも何も変わらない、いつも通りの会話をしながら俺たちは学園に向かって歩いていた。街の外でのトラブル、謎な生き物、確かに気にはなるが、街の人に言って興味なんて持たれても困るだろうし、話さないでと言われるのも納得出来る。それに菜々海がそういうことをすぐに言ってしまうことは本当にいつものことであるが、それ故にトラブルに巻き込まれるということは別になかったことである。彼女が、彼女たちが俺たちを守ってくれている証拠だろう。

 そう考えながら、普段通りの会話をしながら、3人は学園へ向かうのであった。

 

 ────────────────────────

「では、私は中等部なのでここで。」

「はーい、花蓮ちゃん!今日もファイトだよ!」

「行ってらっしゃい。」

「はい!あ、お兄様?くれぐれも授業はサボらないように!」

「何度も言わなくてもわかってるよ…。」

 

 釘を刺されながらも花蓮と別れ、2人は自分たちのクラスに向かう。その最中、菜々海が口を開く。

 

「そういえば転校生、私たちと同じクラスなんだって〜。」

「へー、珍しいな、転校生も実力者だって聞いたぞ?奏瀬がいるのにバランス考えなくていいのか?」

「わ、私は別に実力者でもなんでもないよ!?」

「いやいや、あのチームにいてそれは無理があるだろ。」

「そ、そうかな〜…えへへ〜…きゃっ!?」

 

 ドンッ…と奏瀬と誰かがぶつかる。お互いぶつかった衝撃で「きゃっ」と声を出しながら尻もちを着く、誰かも女性だろうか…

 

「奏瀬、大丈夫か?」

「いてて〜…うん、私は大丈夫…って、はわわ!ご、ごめんなさい!私ちゃんと前を見てなくて!」

「…平気よ、よそ見をしてた私も悪いわ。ごめんなさい。」

「…っ!?」

 

 そう一言言い残して、少女はすぐに立ち上がり、去ってしまった。ミディアムの赤髪に赤い瞳。まるで全てを燃やし尽くしてしまいそうな炎を表す赤、いや今の彼女の場合は赤よりも紅の方が似合うのかもしれない。自分一人さえいればいいと、熱いはずなのに逆に冷たさを感じるような…そう感じてしまう彼女の一言を冬織は聞き逃さなかった…

 

「魔族ってなんで生きてるのかしらね…」

 

 菜々海にだけではなく、今生きている全ての魔族に対して発したであろう言葉。冬織以外誰にも聞かれなかったであろう言葉。この人間と魔族が共存する世界で、聞く日が来るなんて考えてもいなかったその言葉。

 

 人間と魔族、どちらかが上であることを証明しようとするのはこの世界でしかできないことなのかもしれない…

 

 たった一言のあの言葉が、ふたつの種族の今までの関係を壊す引き金になる可能性を…

 

 そして、これがこれからの物語のスタート地点となる可能性を…

 

今の彼はまだ考えもしなかったのである。



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復讐の炎編
#3:炎の魔女


「『綾瀬(あやせ) (ほむら)』です。人間の世界からより魔法について知るため、強くなるためにこの学園に来ました!魔族という私にとって未知な存在がいることに早く慣れ、親睦を深めていきたいと思っています!」

 

 大勢の生徒の前で堂々と赤髪の少女、焔はそう言った。『魔法学園ノクトワール』、3つの世界の中でより強く魔法について触れる学園。この学園で魔法について学びたいという人は魔族と人間が共存するこの世界だけではなく、魔族の世界にも、人間の世界にも一定数いるらしい。だからこそ世界を遮る壁を調べ、それぞれの世界を行き来できるようにしているなんて話もある。

 

「人間の世界から来たんだって〜...どんなところなんだろ?」

「人間だけの世界ってことでしょ?魔法って使えるの?」

「彼氏とかいるのか?お付き合いしてぇ!!」

 

 転校生はこの学園ではあまり珍しくはない。ただ今回は人間の世界からの転校生だ。人間の世界のこと、魔法のこと、彼女自身のこと...気になることだらけだろう。

 そんな中で唯一、他の生徒と関わりを拒絶するかのように離れている生徒が1人、冬織だけが全く違うことを考えている。

 

「魔族の生きる意味...か。それは人間はなぜ生きているのか...そういう問と同等な気がするが...」

 

 彼女が誰にも聞こえないであろう声で発した一言。その一言についてずっと考えていた。人間だけの世界から来たのだから、魔族が嫌いということは考えられるのかもしれない...それでも魔族が生きてることに疑問を抱くものだろうか?仮に抱いたとして、その言葉から感じた感情は...

 

「やめだやめだ、変に関わろうとすれば面倒なことに巻き込まれるのは分かりきってる...俺は最低限の生活が出来ればそれで...ん?」

 

 気づけば焔が冬織のことをじっと見ている。何千、もしかしたら何万もいる生徒の中で、唯一離れた冬織だけをじっと...

 

 ────────────────────────────

「...はい!というわけで今日は転校生の綾瀬 焔さんの実力を知るとともに私たちの実力も知ってもらおう!ということで、実技に変更しました〜!」

「よっ!さすが先生分かってるぅ!」

 

「...。先生、俺は...」

「あー、はいはい、冬織くんは魔法が使えないから見学でいいですよ。」

「はい。ありがとうございます。」

「ふふふ...なんで彼魔法使えないのにこの学園にいるの?」

「わかんない。学園長の許可は得てるらしいけど...」

「生徒会長にとっとと去れなんて言われてるらしいぜ?」

 

 適当に扱われ、周りの生徒から笑われる。いつものことだ。もう慣れている。魔法学園なのに魔法が使えなければ当然のことかもしれない。

 学園長はもしかしたら魔法が使えるかもしれないと今後の可能性を信じてくれた。生徒会長からは伸び代がないならいても意味が無いと去るように言われた。

 それでも冬織にはある夢がある。その夢を叶えるためにはどうしてもこの学園で学ぶ必要があるのだ。

 

「はい!じゃあせっかくなので、2人1組になって1人は攻撃魔法を、もう1人はその攻撃魔法を防御魔法で防ぐ、基礎からやって行きましょう!」

「綾瀬さん!ぜひ俺と!」

「いーや!この僕とお願いします!」

「男子は黙ってて!焔ちゃん、私とやろう?」

 

 一斉に焔の周りに人が集まる。たまに、本当にたまに、この学園の先生は馬鹿なんじゃないか?そう思う。

 転校生に人が集まるのは当たり前のこと、ましてや外の世界から来た転校生だ。2人1組に...なんて言われたら人が集まるのは少し考えればわかることである。そんな中...

 

「ごめんなさい。私、やる相手もう決めてるの...ねぇ?そこの座ってるあなた。私とペアを組んでくれない?」

「...は?」

 

 綾瀬 焔は暁 冬織を選んだ。

 

「いやいやいや!綾瀬さん!彼は魔法が使えないから...」

「それでもいいです。私の魔法をあなたが防いでくれれば、それでいい。」

「...悪いが遠慮しとくよ。周りに迷惑がかかるし、何より魔法が使えない俺とやっても経験値にはならないから。」

「そう...なら仕方ないわね、あなたはまた今度。最初に声をかけてくれたあなた、やりましょうか。」

「っしゃー!俺の素晴らしい魔法で一気に距離を縮めてやるぜ!」

「いいなぁ...俺も1番に声をかければよかったぜ...」

 

 予想外なことはあったものの、無事2人1組が出来上がり各々が言われたことをこなす。

 魔法には数多の属性が存在する。「炎」「風」「水」「土」を中心に様々な種類にへと派生する。言わば可能性の塊だ。例えば暁 花蓮は「水」の属性の派生先である「氷」の属性使いである。各々に適した属性を駆使し、自分に有利な状況を作る。そのための知識、魔法の才能、そして戦い方など、自分を勝利に導くために必要なことはたくさんある。

 

「燃え上がりなさい...私の炎...」

「綾瀬さんの主属性は炎か...残念ながら俺とは相性が悪い!唸れ!水流の力!!」

 

 焔は炎の槍を複数生成し攻撃の構えを、それに対して男は自分の周りに水柱を‪複数生成し、防御の体制に入る。

『水は火に強い』普通に考えればそのような結論に至る。ただし、あくまで普通に考えればの話...魔法はそんな単純ではない。

 

「残念だけど、私の炎は全てを焼き尽くす業火の炎...」

「ぐっ...んな!?」

「あなたの水じゃ私の炎を消すことは出来ない...逆にあなたの水、私の炎で焼き尽くしてあげる...」

 

 炎の槍は水柱を触れると同時に消し去っていく。確かに火は水を蒸発させることが出来る。でも焔の放つ炎の槍は違う...水柱が炎に焼かれて消えていく。1本、また1本と...離れて見学している冬織にさえ感じるほどの熱量を感じるほどの炎が確実に男の壁を消し去っていく。それをじっと見ているだけの焔のその姿は「炎の魔女」と名付けるのがふさわしいのかもしれない...

 

「くっそ...俺の防御を...こんな...簡単に...」

「...!あいつ、まさか!」

「あと一本ね...」

 

 複数生成された水柱は気がつけば残り1本、そして焔が生成した炎の槍は残り2本。1本は確実に男に刺さる。授業だから加減はされているのかもしれない。それでも水さえも燃やす炎が刺さったらどうなるかなんて分かりきっている。そして今の焔の眼は確実に、獲物を仕留める時のそれだ。

 

「ひっ...!?た、助け...」

「これで、終わり...」

 

 一度に発動できる魔法は限られている。限界まで引き出せばほんの僅かではあるが、一時的に体が硬直する。あの男が生成できる水柱の数が最初に出した分で全力だったのだとしたら、男には自身を守る方法がない。確実に槍は刺さる。

 怯える男に向けて放たれる炎の槍...それは男に刺さる前に冬織の刀によって斬られ、消滅した...

 

「危なかった...なんとか間に合ったな。...おいあんた、どう考えてもちょっとやりすぎだぞ!」

「どうして?本当の戦争なら彼はとっくに死んでたわよ?それに加減もしたわ。」

「あくまでこれは授業の一環で、戦争じゃない。それに加減したとしても、水を焼き尽くす炎の槍が刺さって無事なわけないだろ?」

 

「3人とも!何があったんですか!?」

「あ...先生、ちょっとしたトラブルです。それとこいつを医務室に運んであげてください。調子乗って魔力使いすぎてると思うんで...」

「え?あ、はい...?わかりました。」

「あとあんたも、自分のことについてはしっかり理解しておくんだな。あいつの言う通り、本当なら死ぬぞ?」

「あ、あぁ...ありがとう...助かったよ...」

 

 先生の手を借りながら何とか立ち上がり、ヨロヨロとはしながらも医務室へ向かう2人の背中を冬織と焔は見届ける。無言の時間が過ぎる中、最初に口を開いたのは冬織だった。

 

「なぁ、あんた。」

「なに?」

「あいつのこと殺す気だったろ?」

「...何のこと?変な言いがかりはやめて。」

「気のせいならそれでいい...次から気をつけてくれ。」

 

 冬織は考えていた。彼女の言葉を、その意味を...

 最初はふたつの種族が共存してることに戸惑いを感じているものだと思っていたが、そうでは無い。彼女は魔族に対して何らかの感情を抱いている。それは彼女の魔法を斬った際になんとなく伝わった。明らかに加減をした威力では無い、負の感情から感じられるまたある意味の強さを感じた。そして相手の男は魔族であったこと...彼女の魔族が生きている意味を問う言葉...そこから導かれる可能性は、そう多くない...

 

彼女は

 

綾瀬 焔は

 

魔族を恨んでいる

 

 理由は分からない。それでも彼女は魔族を恨んでいる。魔族であれば皆同じであると...全ての魔族を恨んでいる手その可能性を冬織は感じた。

 

「ねぇ...」

「ん?」

「あなたから、魔族の臭いがするのだけど...あなたも魔族なの?」

「俺は人間だ...魔法の使えない、ただの人間。魔族の匂いは俺の周りに魔族の知り合いがいるからするんだろうな。」

「そう...あなたが魔法の使えない人間なら、言っておいてあげる...」

 

 

『あなた、この学園にいる意味ないわよ?』

 

 

 たった一言、彼女は冬織にそう言い放った。



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#4:使命と忠告

 コンコンッ…と優しく扉を叩く音が鳴り、その数秒後ゆっくりと扉が開かれる。

 

「ん?…あんたは…」

「一応様子を見に来たけど、大丈夫そうだな。」

「一瞬の貧血みたいなもんだからな。別に命に別状があるってわけじゃない…」

 

 時は夕暮れ、冬織は医務室へ運ばれた魔族の元へ様子を見に来ていた。彼の言う通り、1度に発動できる限界の魔法を使用し、動けなくなった…ただそれだけの話だ。とはいえ、状況を1から全て見ていた身だ。様子くらい見ておかなければ、何かあった時後味が悪い…

 

「ならいい。」

「あ、おい!」

 

 帰ろうとしたところで声をかけられる。

 

「なんだ?魔法が使えないやつなんかと話してたら周りから変な噂が経つぞ?」

「そうかもしれないが…一応お礼は言っておこうと思ってな、その、ありがとな?」

「別にお礼を言われたくて助けたわけじゃない。他に人がいれば俺は手を出す気はなかった。」

「それでもだ!どういう形、関係であれ、お前は俺のことを助けてくれたんだ!お礼くらいは言わないとあれだろ…」

「…気持ちだけ受け取っておくよ。」

 

 魔法が使えないのに魔法学園にいる。当然周りからの反応は疑問のものばかり。そんな数々の疑問がいつからか『関われば悪いことが起こる』などというおかしなものにまでなった。だからこそ冬織はいつも1人なのだ…

 

 

「そ、そういえば…あのあと大丈夫だったのか?」

「あの後…?」

「ほら、俺が運ばれてから…乱入したし、あの女怖い顔してたし、気になってよ!」

「そうだな…まぁあのあと色々話はしたが…」

 

「あなた、この学園にいる意味ないわよ。」

 

 彼女は確かに冬織にそう言った。今までも同じこと、似たようなことを言われてきたが、その中のどれよりも焔の言葉が1番鋭かったように感じる。ただそれを話したところで何か起こるはずもない。この魔族が彼女に向けて怒ることも、彼女がこの魔族に対してなにかをすることも、冬織本人に何か起こることも…何も無いのだ。だからこそ…

 

「特に大したことは無かったよ。彼女も加減が分からなかったみたいでな。次からは気をつけるって言っていたよ。」

「そ、そうか…ならいいんだ…。」

 

 何か言いたげな顔をしていたが、わざとそれをスルーして冬織は医務室を後にする。これ以上自分とは関わるな…そう言っているかのように…

 

 ────────────────────────ー

「一応何を思ってそう言ったのか、聞いてもいいか?」

「どうせあなた、他の人からも同じことを言われてるのでしょう?魔法が使えないのに魔法学園にいる意味はなんなのか?みたいな。」

「まぁな、魔法を学んでも使えないから意味は無い。だからやめた方がいい…よく言われることだ。あんたも同じか?」

「ふ…私をそんな考え無しと一緒にしないで欲しいわ。別に私は努力を無意味だとか、意味の無いことをするのは無駄だ、なんて言うつもりは無い。努力は大切なことだと思うし、初めから無意味なことなんてないもの。」

 

 そう、結局努力をしなければ何も得られない。その努力が仮に無駄なものだったとしても、初めから無意味だと思っていればそもそもやらない。それがわかってるからこそ、周りの言葉には何も感じない、ただただ邪魔者を排除してやろうという気持ちしか感じない。

 

「加減していたとはいえ、私の魔法を斬ったんだもの。あなたもそれなりの…いえ、私が想像してる以上に努力をしてきたのはわかるわ。」

「そりゃどうも。」

「でも、いつか絶対に壁に当たるわ。努力すればするほど、なにかの壁に当たった時に絶望する。これは私のためでも、この学園のためでもない、あなたのためを思っての言葉なの。」

 

 彼女は知っている。壁に当たった時の絶望を…自分の過去に自分が、周りの人が色んなことで絶望をしてきた。その絶望が辛いからこその、あの言葉…

 確かに今のままでは、いつか大きな壁にぶつかるであろうことは冬織本人も理解していた。魔法が使えるのと使えないのとでは決定的な差がある。もしかしたらその壁は乗り越えられないかもしれない…そう考える時もある。しかし…

 

「それは俺が一番よくわかっている。でも俺はこの学園から去るつもりはないよ。」

「…それは何故?」

「俺にはやらなければならないことがある。そのためには魔剣士になる必要がある。」

「魔法が使えないのに、どうやって魔剣士になるつもり?」

「それは後々考えるさ、時間はまだあるんだから…」

 

 冬織にはやらなければならないことがある。自分で決めたことではない。いつからかふとそう思うようになって、いつの間にか自分の中で確定したこと。夢や目標とはまた違う、使命のようなもの。そのための努力は惜しまない。その過程に壁があるのであれば乗り越えよう。もしそれで周りの全てが敵になるのであれば、全てを倒す者となろう。それだけの覚悟を、彼は持っている。

 

「…その瞳、本気みたいね。はぁ、好きにするといいわ、忠告はしたわよ。」

 

 そう言って彼女はその場を後にする。呆れか、自分に従わないことに対する怒りか、彼女の後ろ姿は今の彼女の気持ちを表しているようだった。

 気づけばほかの生徒も撤収しており、残っているのは冬織1人だった。周りをぐるっと見渡した後、一言も言葉を発すことなく冬織もその場を後にする。彼女の忠告を忘れないように、ぐっと己の拳に力を込めながら…



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#5:疑われた炎と努力の炎

「…ったく、とっとと自分がやったって認めればいいものを。」

「やってないことはやってないとしか言えないわ。」

「ふんっ!そう言ってられるのも今のうちだ!」

 

 陽の光も当たらない暗い地下の一室。とある牢屋の中に彼女()はいた。牢屋の外には2人の魔族。見た感じ大人だろうか。如何にも暴力で全てを解決させそうな見た目の2人に、彼女はここ数日ずっと同じ質問を投げられていた。

 

火事を起こしたのはお前なのだろう?

 

 彼女自身にそんな記憶は無い。だからずっと「わからない」と答え続けている。なのに彼らは解放するどころか、彼女が犯人であるかのようにずっと同じ質問を投げてくる。時には檻を蹴ったり、剣を見せつけてきながら、ずっと、同じ質問を…

 

「あんな大きな火災、実力のある魔術師にしかできない事だ。それにお前は最近人間だけの世界から来そうじゃないか?」

「だから私が犯人だと?はぁ、魔族って頭が悪いのね。」

「んだと?お前の今の状況わかってて言ってるのか?」

「わかってるわよ。冤罪をかけられて、魔族の無能さを実感させられてるの。」

 

 彼女は魔族が嫌いだ。初めての授業、本当ならあの魔族を殺すつもりでさえいた。実力が無いものは生きてる価値がない。争いを好む魔族なら尚更…。でも殺せなかった。彼女の魔法を斬った1人の少年によって拒まれた。あの日から彼の姿が頭にチラつく。

 

「そろそろ時間なんじゃないかしら?今日の業務。」

「ちっ…いい加減は観念しろってんだ…。」

「大人しくしてろよ!」

 

 そう言いながら魔族は去っていく。捕まってからどれくらい経っただろうか。1週間は経っただろうか?それとももっと経っているだろうか?誰も彼女の元には現れない。彼女には親しい友人と呼べる存在はいない。もしかしたら一生このままここで過ごすのかもしれない…。

 

「元気そうだな。」

 

 いや、1人だけいた。彼女の元に訪れる物好きな人間。魔族の匂いがする人間。彼女の魔法を斬った人間。彼女のこの世でいちばん嫌いかもしれない人間。暁 冬織が彼女の元に訪れていた。

 

「また来たの?暇なのね。」

「暇だからな。調子はどうだ?」

「最悪よ。」

「そうか…。」

 

 これが二人の会話。一言ずつの会話。すぐに途切れてしまう会話。

 

「あなた、私が犯人だって疑わないの?」

 

 しかし今日は違った。彼女が捕まってから毎日のようにやってくる彼に、彼女はふと気になった質問を投げる。

 

「疑わないけど?突然どうした?」

「別に、気になっただけよ。」

「…そうか。」

「…ええ。気になっただけ。」

「そうか、じゃ今日はもう帰るかな。」

「そう、もう来ないでいいわよ。あなたが来てもなにもないし。」

「ん?来るぞ?暇だしな。」

「…はぁ。好きにしなさい。」

 

 魔族は嫌いだ。でも彼の方が嫌いだ。大嫌いまである。何を考えてるのか分からない。あの日の忠告も無視して、彼は何をしているのか…予想もできないそんな彼に焔はどうしてもイライラしてしまう。

 明日も来ると言った少年の背中を睨みながら、彼女は一言、小さな声で呟く。

 

「本当に、魔族も、あいつも…いなくなればいいのに…」

 

 

 ────────────────────────ー

「ははははは!それまじ?」

「まじまじ!んであいつさ…」

 

 夜の街のとある一帯、学園から少し離れた比較的魔族が多い地で周りより大きな声で話す男の人間と女の魔族の2人組がいた。迷惑そうな顔をしてはいるが、関わると面倒だからと避けている。そんな中、2人組に話しかける少女が1人。

 

「あなた達、うるさいんだけど。」

「あ?なんだ?」

「うるさいの、もう少し声のボリュームを下げられないのかしら?」

「周りは文句ひとつ言わないんだからいいじゃねーか!」

 

 周りは「余計なことを」と言わんばかりの顔をしながら3人のことを見ている。男は少しゴツめで女は派手な格好、実際に強いのか、強そうに見せているかは知らないが、周りには馴染めなさそうな2人組だ。

 

「周りの気持ちも考えられないのね、可哀想に…」

「なんだと!?お前!バカにするのも大概にしろよ!!」

 

 男は魔法で氷の剣を作り出し、焔に刃先を向ける。が彼女は怯まない。

 

「愚かね。こうも愚かだと同情してあげたくなるわ…」

「この女、さっきから好き放題言いやがって!!」

「痛い目見せて謝らせてやるよ!」

「はぁ…まぁ、逃げなかったことだけは褒めてあげる。」

 

 そう言いながら、焔は炎の刀を作り出す。斬りはしない。殺してしまう。だからあくまで威嚇程度…そう思った矢先

 

 バァァァァアン…

 

 焔の後ろから爆発音が聞こえる。

 

「なに!?」

「な、なんだありゃ…どうなってやがる!」

「ちょ、逃げた方が良くない?」

 

 なぜ突然爆発したのか、何が爆発したのか、周りの人達は無事なのか、様々な考えが浮び上がる中、彼女は1人の魔族を目にする。

 

「あいつは…まさか…」

 

 見たことのある魔族。忘れもしない。まだ幼かった頃、彼女から大切な宝物を奪った存在。彼女の両親を殺した魔族が今目の前にいる。

 

「貴様!なんでここにいる!!」

「…」

「ま、待て!…ッ!?」

 

 何も言わず、彼女のことを見ることもなく魔族は燃える建物の中へと姿を消す。追おうとしても爆発とその元となった炎が道を塞いで追うことが出来ない。

 仇をとらなければならない、彼女があの魔族を倒さねばならないのに、そのために、そのためだけに努力を積み重ねてきたのに、彼女は何も出来ずにただただ魔族の後ろ姿を見つめることしか出来なかった…

 

 後、駆けつけた高等魔術師に、彼女は身柄を拘束されることとなる…

 ────────────────────────ー

 今から数週間前、この街のとある一帯で大きな火事が起こった。どれだけ水属性の魔法を使用しても消えない赤い紅蓮の炎はどんどんと燃え広がったそうだ。ようやく炎を消し終わる頃には全てを燃やし尽くし、何も残らなかったのだとか…

 

「そして、このようなことが出来るのが上級の魔術師である可能性が考えられ、さらに人間のみの世界から来た、綾瀬 焔さんに疑いがかけられたそうです。」

「なるほどな…」

「魔族に対しての態度が悪かったらしく、さらにはあの一帯は魔族が多く住む地域だったんだとか…お兄様は彼女は犯人では無いとそう言いたいのですよね?」

「あぁ、魔法の使えない俺が言っても説得力は無いから犯人を捕まえる以外に手はないんだろうけどな。」

「何故、彼女が犯人ではないと断言できるのですか?」

「…なんとなくだよ。確かに態度は悪かったのかもしれないし、あの眼は過去になにかなければできないきもするけど、それでも…」

「それでも?」

「こっちに来て僅か数日でこんなことするとは思えないんだ。そんな俺の直感で、彼女を信じたい。」

「お兄様…。」

 

 そう言い残して、冬織は自身の部屋に向かう。「信じたい」なんて彼の口から出ることは本来ありえないと言っていい。信じるための人間も魔族も彼の周りには少数しかいない。ほかの皆は冬織と話もしてくれない。捕まってからは暇だからという理由で話してくれはするが焔もそのうちの一人だった。

 でも、あの日彼女の魔法を消滅させた時、才能やほかの感情以上に努力を感じた。魔剣士になるために何倍もの努力をしている彼には痛いほど伝わる、努力から生まれた力。彼女が犯人ではないと、断言したくなるほどの力。

 

「無駄にはさせない、その努力は絶対に…無駄にしてはいけない…」

 



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#6:焔の過去

 今から数年ほど前の話。まだ世界に3つの世界に分ける壁がない時の話。そして、少女が復讐などとは縁のなかった時の話…

 

「お父さん!お母さん!今日私、テストで1番とったんだよ!!」

「おー、それはすごいな。」

「えぇ、凄いわ。次も頑張りなさい。」

「うん!!」

 

 どこの家庭でも見る光景、聞く会話。でもどこか違う、一つの家庭の子どもとして彼女、焔は生きていた。

 両親が家にいることは少ない。家にいても白衣を来て、いつも難しそうな話をしている。「あれじゃない。」「これじゃない。」「あれはあれだ。」詳しいことは何も分からないが、いつも2人とも何かを言い合っている。時には知らない人も一緒になって言い合う時もある。今日もそう…今日も彼女の話に返事はするが、2人とも彼女のことは見ていない。

 

「あなた、そろそろ時間よ。」

「そうか。」

「2人ともどこか行くの?着いてっていい??」

「…ごめんなさい、あなたは来ちゃダメ。」

「どうして!いつもそうじゃん!」

「ごめんな?今度沢山遊んであげるから、ね?」

「むぅ…。」

 

 これもいつものこと。一緒の空間にいる時間はあっても、一緒に過ごす時間はない。きっと仕事が忙しいのだろう。そう思うしかなかった。その仕事が終われば沢山遊んでくれるのだと、私のことを見てくれるのだと、彼女はそう思って毎日を1人で過ごすことしか出来なかった…それが当たり前なのだと、そう信じて…

 

 ────────────────────────ー

「あなた、そろそろあの子も…」

「あぁ、わかっている。だがこの研究を途中で投げ出すわけにはいかない。」

「そうね…もうすぐ終わるのだから…。」

「そう。全てが終わったら焔と沢山遊んであげないとな。」

 

 焔の親として、思うことはある。しかし今目の前にしてることを後回しにしていては今後の自分たちに問題が起こってしまう。それを回避するために、自分たちの娘に罪悪感を抱きつつも彼らは研究を続けている。

 

「これが上手く行けば、この世界は救われるのよね…。」

「そうだ。私たちのやるべき事はあれの脳を作ること。完成すれば別の施設に送る。そうすれば私たちのやるべきことは終わり、世界を救う1歩にもなる。」

「でも、これがもし悪用されたり、予想外のことを起こしたら!!」

「キミは彼らのことを信じていないのか?彼らは言った。この計画が完了すれば世界は100%平和になると!!」

「…そうね、信じないといけない。それに今更先のことを考えても仕方がないのよね…。」

「そうだ。今までの犠牲を無駄にするわけにはいかない…。」

 

 目の前にある人間くらいの肉の塊。2人はこれを「脳」と言った。誰の脳なのか、なんの脳なのか、何も分からないがわかることはこれは何者かに頼まれたことであること誰かしらが犠牲になっていることである。

 でも、一体誰に頼まれ、誰が犠牲になったのだろうか…他にも様々なことを話しているがよく聞こえない。でもこれ以上近づけば気づかれる。だから…

 

だから焔は静かにその場を去った…

 

 ────────────────────────

「お父さん!お母さん!早く早く!!」

「こらこら、走ると転ぶわよ?」

「いいじゃないか。こんないい天気なんだ。それに、久しぶりにこうして家族と出かけているのだから。」

 

 月日は流れ、焔は家族3人でピクニックに来ていた。自分のことを見てもらうために沢山勉強をした。沢山賞を取った。沢山の努力をした。そのおかげで今こうして本当の家族の時間を過ごすことが出来ている。そう彼女は信じていた。

 

「お母さん!お弁当ちゃんと持ってきたよね?」

「大丈夫よ、ちゃんとあるわ。まったく少しは落ち着きなさい…。」

「今日は沢山遊ぶって決めてるんだもん!!」

「ははは、焔は元気だね。よし!お父さんも張り切っちゃうぞー!」

「きゃー!逃げろー!!」

「まったく…誰に似たのかしらね…」

 

 今日のことはもしかしたら夢なのかもしれない。目が覚めたら両親はまた仕事に夢中になってるかもしれない。もし夢じゃなくても明日からまた仕事に行ってしまうかもしれない。寂しいから、寂しいのが嫌だからその分沢山思い出を作るのだ。

 父親と沢山はしゃいで、それを微笑みながら見ている母親を巻き込んで、お弁当をみんなで食べて、日向ぼっこをして、時間の許す限り遊ぶのだ…。

 

「ねぇ、あなた?」

「どうしたんだい?」

「いつか、あの子には話さないといけないのかしら…」

「…どうだろうね、あの子は頭がいいからね、いつか自分で気づいてしまうかもしれないね。」

「その時、私たちはどう思われるのかしら、嫌われたりしたら…。」

「その時はあの子の気持ちを尊重しよう。それが焔の親として最善だと思う。」

「…そうね。」

「お母さん!お父さん!なに休んでるの!早く遊ぶよ!!」

「今行くよー…大丈夫、君が思っている以上にあの子は強い子だよ。」

「…えぇ、そうね。私たちの子どもですものね。」

 

 ずっとこんな日が続けばいい。両親がいて、焔がいて、毎日こうして笑って遊んでいる日がずっとずっと…そう彼女は願っている。神様にそう願っている。

 

 そう願っていたのに…

 

 それから数日後に

 

彼女の両親は魔族によって命を落とした…



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#7:怒りと別れ

「…嫌な夢。思い出したくなかったのに…。」

 

あの男(暁 冬織)が去ってからすぐに眠りについた。そして自分の過去の夢を見た。幸せだった、これからも幸せになるはずだった、焔自身の夢。焔の両親を殺したあの魔族はまだこの世界にいるのだろうか…そもそも、なぜあの魔族がここにいるのか。

 

「魔族の時代…あいつは確かにそう言った…なのに、なんで?」

 

疑問だった。神は3つに世界を分けた。あの言葉通りであればあの魔族は魔族だけの世界にいるはずだ。なのにやつはこの世界にいる。何かしらの方法でこの世界にやって来たのか、神はいなくて分けられた際にこの世界にいたのか、そもそも自分の見間違いなのか…

 

「そんなはず…そんなはずない!!」

「うおっ…びっくりしたぁ。」

「…また、あなたなの?」

 

声のした方を見て焔は呆れた。そこにいたのは眠りにつく前に軽く会話をした人間が、焔が嫌いな人間がそこにいたのだ。暁 冬織という、どこか気に入らない人間が。

 

「…今日はなんの用?」

「いや?様子を見に来ただけだけど。」

「来なくていいって言わなかったかしら?そもそもあなた学園は…」

「俺がいなくても誰も何も言わないからな。魔法の授業なんて魔法の使えない俺からしたら意味もないし。」

「ならなんであの時私の忠告を聞かなかったのかしら?」

「忠告?…あー、学園から去れってやつか?」

「そうよ、私はちゃんと言ったわ、いつか必ず壁にぶつかり絶望する。だからそれより前に去りなさいと。でもあなたは否定した、魔剣士になるからって…!」

「…。」

「魔法を斬ることができるだけの実力はあるのだから、知識をつければもしかしたら…」

「意味が無いんだよ。」

 

彼女なりの説得のつもりだった。冬織本人のことは嫌いだ。でも魔剣士になりたいと願う彼はきっと人の見えないところで努力をしているのだと、そう思っていたから。焔自身も行く先は違えど努力をしてきたのだ、だからこそ彼の気持ちがわかると思ったから。応援だけでもしたかった。

なのに彼は、たった一言で彼女の気持ちを否定した。

 

「なんで…?あなた魔剣士になりたいんじゃないの!?」

「そうだけど?」

「ならなんで…魔法の使わない魔剣士にでもなるつもり?」

「まさか、ちゃんとした魔剣士になる。ならなきゃならない。」

「なに?その使命感…親の意思でも継ぐの?」

「さぁな。実言えば俺もイマイチわかってないんだ。なんで魔剣士になる必要があるのか、なんで魔法が使えないのか。さっぱりだ。」

「ふざけないで!!」

 

焔の言葉が静寂を呼ぶ。

 

「そんな中途半端な気持ちで魔剣士になりたい?」

 

彼は確かに実力者だ、それは間違いない。でも認められない。他の誰に何を言われても焔自身が彼の考えを否定したい。しなければならない。

 

「やれないことを出来るようにもしないで、何を言ってるのよ!わからないなら考えなさいよ!」

 

もう止まらない。嫌いだから、認めたくないから、そして否定されたから、彼女自身も止められない。己の想いを、浮かんだ言葉を、全て吐き出すまで…

 

「私も、あんたみたいに気楽に生きたかったわ。でも無理なのよ…私は、私はより強い魔術師になる必要があるの!そのためには誰よりも努力しないといけないの!私の両親を殺したあの魔族を殺すために!!」

 

言い終わってから彼女は気づく。言う必要のないことを言ってしまったことを。知られてしまった。1番知られたくなかった相手に。

魔族と人間が共存する世界で魔族を殺したいだなんて…そんなことを言えば周りはどう思うだろうか、軽蔑されるかもしれない。言いふらされて、いつかは居場所を失うかもしれない。

 

「別に努力をしてないって訳では無いぞ?」

「…え?」

 

彼から返ってきた言葉に焔は唖然とする。軽蔑でもなんでもない、彼女と同じであるという肯定をするための否定。

 

「あの学園は確かに魔法についてはピカイチだけど、俺が知りたいのは魔法の原理の方なんだ。魔法を使ってどうこうしましょうってのに意味は無いって答えただけだ。」

「そ、そう…ってなんとも思わないの!?」

「なにが?」

「私、この世界では言ってはいけない事を言ったのよ?魔族を、殺したいって…」

「別に気にしない。なんとなくそうなんだろうなって思ってたから。というか逆にほっとしたよ。綾瀬の言葉が聞けて。」

 

冬織はずっと聞きたかったのだ。焔がどこか魔族に対して何かしらの感情を抱いてることについての解答を。今回の件、彼女が犯人ではないとそう信じているからこそ、彼女の本音を聞いて、確信にへと変えるために。

 

「どういう訳でこの世界に来たのだとか、俺からしたら些細なことでな。ただ俺は綾瀬が努力してるってことがわかったから、それを無に返したくなっただけだ。」

「あなた、最初から…」

「まぁ、この世界はこの世界だ。ほかの魔族とは仲良くしてくれ。あんたのことすごいって言ってる人もいるんだからな。あ、あいつにも謝っとけよ?」

「…ほんと、なんなのあなた…。」

 

不思議な人間だ。嫌いなはずなのに拒絶できない。気がつけばそばにいる。孤立してるからこそ、孤立しかけてる者に寄り添おうとする。その優しさが彼の魅力なのだろうか…でも

 

「優しさだけじゃ、越えられない壁はあるわよ?」

「わかってる。だからこそ努力もしてるんだぞ?」

 

なんとなくわかった気がする。彼はどこか焔の父親に似ているのだ。お気軽だけど、辛い時にはそばに居てくれる優しい人。大切なことは絶対に忘れない人。だから拒絶しようにも拒絶できずに、今もこうして会話を続けているのかもしれない。大好きだった父親と一緒にいる気になれたようで…

 

「さて、今日は帰るかな。暫く来れないかもしれないけど文句言うなよ?」

「来なくていいって言ってるのに…」

「そういえばそうだったな。じゃ、またな。」

 

そう言って冬織は焔の前から姿を消した。

またな…そう言い残して。

 

「おい、いい加減白状する気になったか?」

「…もう、あなたとは会えないかもしれないわ。」

「あ?何を言っ…っ?」

 

入れ替わりで来た魔族を前に彼女は炎の魔法を檻にぶつける。魔法に耐性があるのならそれを上回る魔法をぶつければいい。今日までずっとそのための魔力を練り上げていた。そして檻は焔の放った魔法によって監視の魔族ごと吹き飛ばした。

 

これも全て魔族への復讐のため…

 

「本当に、ごめんなさい。」

 

そう言い残して、彼女もまたその場から姿を消した…



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#8:選択肢から得た答え

火災を起こした容疑者として捕らえられていた綾瀬 焔が姿を消した。

その情報は学園のみに留まらず、学園付近の街にまで広がっていた。

 

「おい、あの火災を起こしたってやつが逃げ出したってマジかよ…。」

「本当みたいね、最近よく分からない生き物を見たって人もいるし、物騒よねぇ。」

「学園長は俺たち住民に危険を及ぼすことは避けるって言ってたけど、街一つ焼き尽くすんだぜ?安心とかできないって。」

 

「…。」

「誤解を解きたいのはわかりますが、お兄様がなにをしても何も変わりませんよ?」

「…わかってる。」

 

住民が不安がるのも無理はない。街一つ焼き尽くした火災、それだけで今回の事件がただ事ではないというのは分かりきっているのだから。しかし犯人は焔ではない。冬織はそう信じている、だからこそ今すぐにでも潔白を示したかった、が証拠は何一つない。焔本人もいない。

 

「そういえば、綾瀬さんを監視してた護衛ですが、強い炎魔法の衝撃波を受けただけで特に問題はなかったみたいですね。」

「ん?…なんだいきなり?」

「お兄様が何故か信じている綾瀬さんは魔族殺しの魔女や炎の魔女だなんて異名がついています。護衛の方が魔族の方だったので、もしかしたらと思ったのですが…。」

 

もしかしたら…。

もしかしたら焔は護衛の魔族を殺していたかもしれなかった。

彼女は確かに言った。“魔族を殺す”と…。その言葉は魔族に対して強い恨みから来ているものだった。彼女の本音を聞いた時も、彼女と初めて会話をした時も、彼女からは魔族に対する殺意を感じていた。まるで魔族は1人も残さず殺してやる。そう言わんばかりに…でも

 

「でも生きていた。それだけで綾瀬が無駄な殺生はしないってわかった気がする。」

「はぁ…何をどうすればそこまで信じられるんですか…?」

 

呆れる妹を他所に2人はある人物の元にへと向かっていた。何となく残された時間はあと僅かであるような気がして、できる限り早く必要な情報を集めるために…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「頼む!菜々美!魔族ネット貸してくれ!」

「冬織くん、人の話聞いてたの?ダメだってば!!」

 

冬織と花蓮が訪れたのは学園の図書室。そこで図書委員をしている菜々美に用があった。

魔族ネット、魔族視点で様々な情報が出されている魔族専用のインターネット。人間には人間専用のインターネットがあり、人間が魔族の魔族が人間のインターネットを閲覧することは禁止されている。その魔族ネットが今の冬織にとって必要不可欠だったのだ。

 

「そこをなんとか…!」

「禁止されてるのわかってて言ってるよね?」

「わかってる、でもどうしても必要なんだ!」

「理由は?」

「へ?理由?」

「魔族ネットが必要な理由!」

「え、あー…いや…それは…。」

「どうせ今回の火災事件について魔族視点が欲しい、そんな所だろうけど…。」

「わ、わかってるなら別に。」

「よくない!まったく、私忙しいんだよ?」

 

そう言いながら菜々美は裏に引っ込んでしまった。魔法の使えない冬織に親しい魔族は菜々美しかいない。しかしその菜々美に断られてしまったとなると魔族ネットを使用する方法がない。

 

「ほんと、どうするんですか?」

「とりあえず、人間ネットで調べられることを調べるしかない。」

 

そう言いながら冬織はパソコンを前に人間ネットを開く。調べるのは…

 

「綾瀬 焔の両親…ですか?」

「あぁ、綾瀬って名前は聞いたことあるだろ?」

「はい、生き物の思考についてをテーマとして研究する有名な研究員でしたから、それに魔族に殺された初めての人間でしたし…それが、なにか?」

「なんで殺されたのかが気になってな。」

 

なぜ殺されたのか。なぜ殺されたのが焔の両親だったのか。なぜ焔の両親以外の人間は殺されてないのか。冬織はそれが疑問だった。

だが調べても出てくる情報は“焔の両親は魔族に初めて殺された人間であること”“他に殺された者はいなかったこと”だけだった。殺すなら誰でもよかったとしても2人だけを殺す理由がない。だとしたら、なにか魔族に対して恨みを買っていた可能性があった。それを冬織は知りたかった。

 

「仕方ない…なにか別の方法で調べよう。花蓮は先に帰って…ん?」

 

気がつくと花蓮がいなくなっていた。それだけでは無い。この空間に人物の気配が一切しない。いるはずの菜々美の気配も感じない。まるで自分だけが異世界に来てしまったかのように…。そんな時、どこからか声が聞こえてくる。

 

『あなたには2つの選択肢がある。』

「…っ!?せ、選択肢?」

『1つは今すぐにこの件から身を引くこと。そうすればあなたは運命から逃れることが出来る。』

「運命…?何を言ってるんだ?というかどこから話して…」

『もう1つは、綾瀬 焔。彼女の過去を背負うこと。』

「焔の過去を…俺が?」

『でもそれはイバラの道を進むことになる。そしてあなたは真実を知る。』

「真実…?なんのことだ?ちゃんと説明しろ!」

 

周りを見渡しても誰もいない。でも声だけは聞こえる。無の空間で冬織と姿の見えない女性の2人。沈黙の時間だけが流れていく。

 

「選択肢に応えろとでも言いたそうだな…。俺はこの件から身を引く気は無いぞ。」

『…例えそれがあなたを苦しめることになったとしても?』

「あぁ、背負えって言うんだったら背負ってやる。綾瀬の努力を無駄にはしたくないしな。」

『そう…やはりあなたは必ずその選択をするのね

「何を言って…っ!?」

 

突然左目に痛みが走る。今にも気を失いそうな感じたことの無い痛み。だが冬織はどこかで感じたことのある痛みを感じていた。そして同時に冬織はある景色を目にする。

自分はケースの中にいるのだろうか、体は一切動かせない。そんな冬織を顔も知らない白衣を着た2人が見つめている。顔はよく見えないが夫婦だろうか?その奥で1人、小さい女の子が恐る恐るこちらを見つめていた。どこかで見た赤い髪、赤い瞳の女の子。

 

「……。」

「………!」

 

2人は何かを話している。その顔は悲しそうで、苦しそうで、今にも罪悪感で押しつぶされそうなそんな顔…。会話の途中で女の子がその場を去る。それに気づき、目で追った瞬間冬織の感じていた痛みがすっと消えていく。

 

「はぁ…はぁ…今、のは…」

『これからもあなたが背負う過去は増えていく。でももう戻れない。あなたはもう選択してしまったのだから…。』

「お、おい!待て!…これは…」

 

声が遠くなり、周りの空間も徐々に元通りになることを感じる中、冬織のパソコンの画面には確かに魔族ネットにアクセスされていた。

 

「なんで、魔族ネットに…。でもこれで…。」

 

冬織は1番知りたかった情報を調べ出す。不思議なことに必要な情報の調べ方が簡単に思いつく。ほとんどは人間ネットと同じ。殺されたのは焔の両親の2人だけ、そして他の人間は誰1人殺されていないこと。しかし、人間ネットでは分からなかった情報が一つだけ手に入った。

 

「これは…これが本当だったとしたら…。」

 

情報を得たと同時に空間が元に戻る。隣には花蓮が心配そうにこちらの様子を伺っており、奥では菜々美が不機嫌そうに仕事をしている。パソコンの画面は人間ネットにアクセスされていた。

 

「お兄様?どうかされましたか?」

「…。悪い花蓮、用事を思い出した。先帰っててくれるか?」

「え?でも…。」

「…。」

「…わかりました。帰りが遅くなるようなら連絡してください。」

 

違和感を感じとったのだろう。花蓮はそう言って1人先に図書室を後にする。それと同時にはぁ…と1つため息をついて冬織は体から力を抜く。

あの時知った情報が真実なのであれば、今後の人間と魔族の関係に関わる。そう感じてしまったのだ。

もし仮に焔が今探しているのが両親を殺した魔族なのだとすれば、急がねばならない…急いで焔と合流しなければならない…。そうでなければ彼女が犯す罪は彼女の両親と同じである

 

「綾瀬はきっと、燃え尽きた街(あそこ)に向かうはずだ…」

 

そう言いながら冬織は立ち上がる。少し体がふらつくが歩けない訳では無い。過去を背負う。その意味は今は分からないが、今はいち早く彼女の元にたどり着かねばならない…。これを伝えなければならない。彼女を止めなければならない。

 

魔族よりも先に人間が先に魔族に手をかけたことを伝えるために…



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#9:現実と真実と忘れた記憶

 月がよく見える時、そして冬織がある真実を知り焔を探し始めた時、焔本人は焼き尽くされた街に足を踏み入れていた。理由は1つ、自分の両親を殺した魔族がいるかもしれないから。いなくてもまた探せばいい、この世界にいることはわかったのだ。あとは、見つけるだけ。見つけて殺すだけ。

 

「......いた。ようやく見つけた」

 

 元々街だった場所、燃え尽きてはしまったが、なにかの施設があったであろう場所にあの魔族はいた。月の光に照らされながら、魔族はどこか懐かしそうな顔をして、その残骸を眺めていた。

 

「来ると思っていたよ。綾瀬の娘......炎の力を継承した者

「炎の力?」

「 あぁそうか。記憶にロックがかかってるんだったな。まぁいい、どうせ思い出しても意味は無い」

 

 何を言っているのか、焔には全くと言っていいほど分からなかった。でも2つ確かなことがある。

 1つ、この魔族は焔のことを知っている。そしてもう1つ、この魔族は焔の知らないことまでも知っている。

 

「どうせ両親を殺された復讐にでも来たんだろう? 真実も何も知らずにな」

「覚えているのね。私が誰なのか、そして自分が何をしたのか」

「あぁ、ちゃんと覚えているとも。愚かな研究者であるお前の両親を殺したんだからな」

「......! 」

 

 覚えている。それだけで十分だった。怒りを、恨みを、焔は抑えられない。

 思い出すあの日の悲劇.あの日から焔は努力をしてきた。本当であれば学園でもっと魔法の腕を磨くつもりだったがもうどうでもいい。目の前にいるあの魔族を、両親の仇を......今ここで全て......

 

「終わらせる!!」

 

 焔の怒りに応えたかのように炎が彼女を包み込む。少しでも触れれば全てを焼き尽くしてしまいそうな炎。それはあの日の学園で作り出した炎の槍以上の力を持つことは一目瞭然だった。

 

「ははは! 復讐心だけでここまで力を使えるようになったか!」

「えぇ......ある意味感謝しないといけないわね。おかげで私の炎は全てを焼き尽くすほど強くなった」

「いいねぇ。だが、お前はまだ真実を知らない」

「またその話? 少しは自分の身の心配でもしたらどう?」

「まぁ聞けよ。あんたの両親。愚かで、そして外道な研究者の話をよ!」

「これ以上......これ以上私の両親を侮辱するなぁ!」

 

 怒りに耐えられなくなった焔が業火の炎を放つ。例え人間に魔法を教えたのが魔族であったとしても、使い方次第で魔族を越えられる。そうでなくてはあの魔族は殺せない。だから努力したのだ。そしてその努力がようやくここで報われる......はずだった。

 

「やれやれ、人の話を聞かない嬢ちゃんだ」

 

 突如あの魔族とは違う何者かの声がした。それと同時に地面から水の壁が出現する。そして焔の放った炎を受け止め、少しまた少しと焔の魔法を消していく......そして炎が消え去ったと同時に水の壁も消え、あの魔族とは別にもう1人、白い仮面で顔の見えない何者かが姿を現す。

 

「なっ!?」

「お? リースじゃねーか、何しに来たんだ?」

イドラ、貴様命令を忘れたわけではあるまいな?」

「まさか、炎の継承者の監視及び必要があれば抹殺せよ、だろ?」

「わかってるならなぜ無駄な接触をしている。まだ必要な時では無いはずだが?」

「わかってねーな、時にはこうして成長具合を確かめる必要もあるんだぜ?」

 

 突如現れ、焔の魔法を打ち消したリースと呼ばれる魔族と、焔の両親を殺した魔族イドラが会話をしている中、焔は言葉を発せずにいた。魔力切れを回避するために100%の力ではなかったとしてもあの炎は焔の全力と言っても過言ではなかった。なのにリースはそれをいとも容易く防いだ。彼に焔の魔法は通用しない。その一つの現実が焔を不安にさせる。

 

「なんで......私の魔法を......あんな簡単に」

「確かにお前の魔法は強力だった。が、世の中にはそれ以上の力がある。それだけの事だ」

「......っ!?」

 

 その発言と同時にリースは水の槍を複数本作り上げる。それと同時に焔も炎の壁を作り上げる。その状況は学園でのあの戦いを思い出させる。

 

「おいおい、殺しちまうのか?」

「まさか、貴様が言ったんだぞ? 成長具合を確かめると!」

 

 1本の水の槍が炎の壁を破壊する。

 

「くっ......」

 

 さっき放った魔法で焔の使える魔法の限界ギリギリであったことは言うまでもない。つまりこうして炎の壁を作ること以外、彼女にできることは何も無いのだ。それに対してリースは次々と水の槍を作り上げる。あれだけの魔法を防いでおいて、彼にはまだまだ余裕がある。それだけ焔とリースに差があるということだ。

 

「さて、あとどれくらい持つか」

「な、なめないで......まだ、終わって、ない!」

「ははは、流石はあいつらの娘だ! 諦めが悪いな」

「うる、さい!」

「だがしかし、お前さんも可哀想だなぁ。人殺しの子どもだなんてよ!」

「え? 」

 

 今、あの魔族はなんて言った? 人殺しの子ども? 誰が? 焔自身が? じゃあ人殺しは......

 

「あ? でも殺してたのは魔族だもんな? じゃあ魔族殺しだ!」

「なにを、言って?」

「お前さんの両親だよ。研究のために何人もの魔族を殺してるんだからよ

「イドラ。余計なことを話すな」

「まぁいいじゃねぇか。どうせいつかは知る運命なんだしよ?」

 

 本来であれば嘘だと簡単に跳ね除けていた。だが今の焔はたった一つの現実で不安定になっていた。彼女は動揺する。その動揺は彼女の魔法にも形として現れる。発動してた炎の壁が少しずつ小さくなり、そして消えた。

 

「私の両親が......魔族を殺した? でも初めて手にかけたのは......魔族が先だって」

「共存しようって話になってるのに、先に手を挙げたのが人間でしたーなんてオチ、お前らのお偉いさんが許すと思うか? 隠したんだよ、研究内容からその過程、結果さえもな」

「嘘......じゃあ私の今までやってきたことは......っ!? あぁぁあ......!?」

 

 現実を知った上に、新たに知る真実、そして今まで自身がしてきたことの意味、それら全て一気に焔を絶望にへと追い詰める。同時に突如頭痛と目に痛みを感じた。そして見えるひとつの景色。

 

 数々の魔族が機械に繋がれ、苦しんでいる。その様子を見ているのは焔の両親......「タスケテ」と叫び続け、抵抗する魔族たち。1人、また1人と声が途切れ、やがて抵抗すらしなくなる魔族、それをゴミのように退かす研究員の人たち......

 

 焔はこの景色を見たことがある。なぜ忘れていたのか、それは分からない。しかし見たことがあるのは確かだった。イドラは言った。記憶がロックされていると......つまりこの景色を見たことで何者かによって記憶の一部をいじられたことになる......見られたら困る人物......そんなの目の前にいるあの人しかいない......

 

「お父様......? お母様......? どう、して?」

 

 体中から力が抜け、焔はその場に座り込んでしまう。

 夢であって欲しかった。目が覚めたら両親がいて、今日も沢山遊んでもらう。いつかのピクニックの時のような日々に戻ることを、そうあってほしいと

 

「真実を知って折れたか」

「結局その程度って訳だ。どうするよ、新しい炎の力の継承者探すか?」

「それは手間ではあるが、確かにその方がいいかもしれないな」

 

 そう言いながらリースは槍を1本、焔に向ける。狙うは焔の心臓。辛い罪を背負わせてしまったことに対する責任を感じ、せめて楽に死ねるよう.そんな意味を込めたかのように......

 

「せめて、あの世で両親と再会できることを願っている。綾瀬 焔」

 

 そう言いながら、リースは槍を放った。ゆっくりと迫る一本の槍、もう戦う力はおろか防ぐ力もない焔はその槍を見て、目を閉じる。これで解放されるなら、それでもいいかもしれないとそう思って。

 

「悪いが、もう少し生きてもらうぞ?」

 

 聞き覚えのある声。自身の魔法を斬った、魔剣士になりたがってるあの男の声によく似ていた......ゆっくりと顔を上にあげ、目を開く。そこには確かに彼が、暁 冬織がそこにいた。



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