かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ (あかのまに)
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プロローグ
彼が迷宮へと挑むこととなった経緯


 

 

 

 

迷宮は、賢しい草花が羽虫を誘う蜜の如く、魅力的だ。

 

 

その蜜が毒で、死に至らしめようとも、その魅力は褪せることは無い。

 

 

【名も無き冒険者達の警句集】序文より抜粋

 

 

 

 

「嘘だ。ぜってえ嘘だ。なあにが蜜だバカヤロウ」

 

 この言葉はどこで聞いた話だったか、と、少年は頭を巡らせようとした、が、考えがまとまらなかった。頭がぼやけている。身体が軋んでいる。いろいろなものが足りないと訴えている。

 

 休んで、何かを食べて、寝てくれと。

 

 だが、それは出来ない。昏く、狭い道を彼は必死に歩く。そうしないと死ぬからだ。

 

『GYAGYAGYA!!!!』

 

 彼の背後から異形が迫っていた。人の形をしているが、子供のように小さく、しかし醜く、潰れたような大きな鼻。頭には小さな角が一つ。小鬼(ゴブリン)、魔物と呼ばれる人類の敵対種が迫っていた。鈍く光った爪を伸ばし、身体を引きずるようにして迷宮を彷徨うヒトの子供の背中に向かって、その爪が振り下ろされ、

 

『GYAAAAAAAAA!!!!』

「うっさい……!」

 

 どす、という鈍い音は、少年からでは無く、小鬼の身体からした。

 少年の右手に握られていた細い槍だった。この地下回廊、【迷宮】で拾ったものだ。何処かの誰かが忘れたのか、死んだ結果の遺留品かもわからないものを少年は振るい、そして小鬼を串刺した。

 

『GYA!?』

 

 反撃に驚いた2匹目の小鬼の脳天に槍を振り下ろす。元々柄が古く傷んでいたのだろう。中心から大きく軋み、真っ二つにへし折れた。残された最後の小鬼は、その様をみてにたりと口を歪め、半ばでへし折れた槍を握った少年は忌々しそうに折れた先端を睨んだ。

 

『GYAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 仲間を二体失いたった一人になって尚、微塵も殺意を萎えさせず襲いかかってくるその様は、紛れもなく人類の敵対種だった。小鬼は爪を今度こそと少年の頭に振り下ろす。少年は折れた槍を横に構え、防ぐ。ひび割れる。残された柄の部分もとっくの昔に耐久力は限界だった。割れて、砕けて、そのまま爪は少年の頭へと伸びる。

 

「………!!!」

 

 すんででそれを回避出来たのはとっさの反応かたまたまか、柄が砕けると同時に倒れ込むようにして前に身体を倒した少年は、結果としてその爪を回避した。少年はそのまま小鬼の身体を押しのけ、へし折れたもう片方の槍の先端、鈍い槍の刃を素手で引っ掴んだ。

 

「だぁあ!!!!」

『GAAAAAAA!?』

 

 叩き込まれた刃の先端は、槍としての機能を失ったためか半ばまでしか小鬼の身体を貫くには至らなかった。故に、少年はそのまま身体を貫いた刃を掴み、姿勢を低くして身体ごと突進した。近くの壁に小鬼をたたき付けた衝撃で刃は小鬼の身体を貫き、臓腑を破壊した。

 

『GA!!!?』

 

 びくりと小鬼の身体が痙攣し、そして絶命した。

 

「…………しぬかと、思った」

 

 少年はゆるゆると立ち上がると、そのままフラフラと壁に寄りかかった。刃を掴んだ右手を抱え、痛みに唸る。その間に、3体の小鬼の死体はみるみるまにその肉体を崩していく。まるで迷宮に溶けていくように。そして死体があった場所に三つの、青紫色の石が転がった。 【魔石】と呼ばれる魔力の結晶を少年は見て、一瞬どうするかと迷うように天井を見上げ、その後溜息をつきながら、怪我をしていない左手で魔石を掴むと懐に入れていった。そして再び移動を開始する。

 

「帰ったら二度と迷宮探索なんてしない」

 

 この上なく苦々しい愚痴を吐き出しながら、少年――ウルは歩き続けた。

 彼がこのような苦難に見舞われる羽目になった経緯は、およそ数日前に遡る。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 迷宮大乱立時代

 イスラリア大陸

 大罪迷宮都市グリード

 

 地の底から迷宮が溢れ、魔物が溢れ、ヒトはその支配領土を大幅に失い、限られた土地の中で、多種多様なヒトと、そしてそれらの上位存在である精霊達とが生きていく世界。

 

 ウルと呼ばれる【名無し】の少年、安全な都市の中で住まうことが許されず、都市と都市の狭間を放浪する流浪の民。彼が何故に地下の迷宮に落ちる羽目になったのか。その最初のきっかけは父親の病死からだった。

 

 1,死の間際に父親に借金を告げられた

 

「アンタ本当にどうしようもないろくでなしだったけど死んだら埋葬くらいはしてやるよ」

「すまんなあウル……これは遺言だが、実は妹のアカネが借金のカタになっててな」

「は???」

 

 2、借金取りに捕まる

 

「すまん、アカネの事をたの………」

「は?オイ待て死ぬな俺が殺すから。……マジか死にやがった」

「おーっす借金取りでーす!いるかークズ-!!!」

「話がはやい」

 

 3,大罪都市グリード周囲に存在する迷宮鉱山に強制労働の任に就く。

 

「おめえの馬鹿親父が借金のカタに、妹を差し出したんだよ。正式な契約だ。ほれ書類」

「その借金分俺が働いて返すので妹を売り飛ばすのは勘弁してほしい」

「金貨10枚だぞ?」

「あの親父マジで殺す」

「死んでるけどな」

 

 このように、ウルと、ウルの妹の運命は極めて迅速に、流れるように奈落へと落ちた。

 ウルは妹と離ればなれになり、迷宮で獲得できる都市運営のエネルギー資源、【魔石】の発掘のため、迷宮での魔物退治を強いられる羽目になった。

 

 言うまでも無く、迷宮の魔物退治は危険だ。

 

 魔物退治を生業としている【冒険者】だって、人数を揃え、装備を調え、安全に倒せる魔物を選んで狩るのが普通なのだ。なのにこの職場にまともな装備が与えられるわけも無い。

 要は、ブラックな環境だった。このまま此処で働き続ければ早晩死ぬ。ウルはソレを理解した。

 だが、妹が売られた金貨10枚は、此処で得られる駄賃では到底集まらない。

 どうにかしなければ。

 

「そんなに金返したいなら、良い仕事があるぜ?」

 

迷宮探鉱の責任者である小人(こびと)の男から提案が持ちかけられたのはそんなときだった。

 曰く、ウル達が働く迷宮とは別に存在する小規模迷宮の奥に、迷宮の“核”と思しき反応があったのだという。その奥地を探索する斥候をしてこいというのが彼の依頼だ。

 

 何故、ウルにそんな依頼が来るのか。誰もやりたがらないからだ。

 

 核があるということは“主”がいる。危険な魔物の中でも一際に危険な魔物。迷宮の核を守る強大なる存在。小規模迷宮といえどそのリスクは変わりない。

 その脅威を知る者は誰もそこには向かいたがらない。

 脅威を知らない者は、知らないが為に無謀に挑んでは帰ってこなかった。

 

 だから、ウルにまでこの話が回ってきたのだ。

 

「お前が様子見に行くってんなら斥候だけで銀貨1枚くれてやるよ。今のお前の給金と比べりゃ破格だろ?」

「核を取ってきたら借金チャラにするっていうなら行く」

「誰を強請ってやがるてめえ?」

 

 男の護衛であろう獣人に顔面を殴られた。鼻血が出たが、ウルは気にしない。

 

「約束しないなら行かない」

 

 小人特有の背丈の小ささ故か、下からのぞき込むような厳めしい形相をする雇用主に対して、ウルは一歩もたじろぎせず睨み返した。名無しとして生きてきたウルにとって侮られ、恐喝されることなど日常茶飯事で、故に知っている。こういう時に一歩でも退いてはいけないと。

 

「ハッ、いいだろ。やってみろよ。死ぬだろうがな」

 

 どうせ此処で働いても死ぬのは一緒だよ。と、ウルは口に仕掛けた言葉を飲み込み、頷いた。

 

「やってやる」

 

 かくして、無謀に限りなく近い挑戦は始まった。

 ウル自身この選択は分の悪すぎる賭けだと理解していた。が、このままだとゆっくりと弱って死ぬ、その確信があった。そうなった先駆者が既に何人か物言わぬ骨となって転がっていた。追い詰められた彼の崖っぷちの賭けだった。

 

 これが、彼が地下の迷宮でたった一人落ちる羽目になった経緯である。

 

 迷宮という魔と欲望の坩堝に堕ちた経緯と考えると、はっきり言ってややありきたりだ。

 事実、ウルという少年はまぎれもない凡人であり、今日まで生きてきた中で、特別なことなど一つもなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、今日まで多くの凡人たちが迷宮の奥地に沈んだのと同様に、彼もまた名もなき亡骸として墓標を連ねる、はずだった。

 

 この賭けが、決断が

 自分と、

 妹と、

 迷宮と、

 竜と、

 勇者と魔王と精霊と神と世界と

 その他諸々を運命の激流へと巻き込むことを決定づける事になるのだが、

 

 この時点での彼には知る由も無い。

 




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彼女が迷宮へと挑むこととなった経緯

 

 其処は透き通るような静寂と深淵なる魔の力に満ちていた。

 

 神聖なる場所、白を基準とした巨大なる神殿。穢れの一切ない魔力に満たされ、そこに立ち入る者を静かに威圧していた。

 

 そんな神殿の中心に、二人の人間が存在していた。

 

 一人は神殿の中央、光注ぐ場所で静かに祈りを捧げる少女。小柄だが、その緩やかに波打つ銀髪に隠れた彼女の顔は美しく、そして色香があった。体つきも成熟した女性のものに見えるが、その顔にわずかに幼さを残していた。

 両手を組み、一心不乱に祈りをささげ続けるその姿は敬虔なる信仰者そのものだ。

 もう一方は、神殿の奥地で彼女の祈りを見守る50代半ばの男だ。身体は病的に細く、かけられた眼鏡の奥の瞳は険しかった。

 彼は静かに祭壇の前から降り、少女の前に立った。

 

「―――時は来た」

 

 男は、その目の奥と同じ厳めしい声で、少女に語りかける。静かに降り注ぐ彼の声を聴き、少女は静かに立ち上がる。

 

「万事は尽くした。私たちが持ちうる全てを、君に注いだ。後は君次第だ」

「はい」

 

 少女はその言葉を正面から受け止める。決してその美しさを揺らがせず。

 

「事が始まれば、最早私たちは君に何もしてやれない。君は一人だ」

「はい」

「過酷な運命に立ち向かわねばならない。君には多くの敵が襲いかかる。味方は少ない」

「はい」

「――――――――許してほしい」

 

 その最後の言葉は、思わず漏れ出たようなかすれた声だった。途端、先ほどまで厳めしくしていた顔を、男は崩す。堪えきれぬ、というように、苦痛に満ちた表情で、顔を手で覆った。

 

「許してほしい……許してくれ。済まない。御免なさい……!私たちは……!!」

 

 悲鳴のような声が漏れ出す。頭を掻きむしるようにして絞り出される懺悔の言葉は、しかし途中で途切れる。対面していた少女が、男の身体を包むようにしてそっと抱きしめた。

 

「良いのですよ。どうか、お任せ下さい」

 

 その声音はあまりに優しく、胸に飛び込んでくるような音色だった。苦悶に満ちていた男は、その言葉一つで、僅かに安らぎを取り戻していく。力が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 

「私の命を懸けて、貴方たちを救いましょう」

 

男の額を少女は優しく撫で、そして微笑むと、振り返った。彼女の眼前、静謐なる神殿の中心には、大きく巨大な、輝く扉があった。

 

「参ります」

 

 その言葉と共に、少女の姿は扉の奥へかき消えていった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「どっかの誰かが突然やってきてカッコ良く妹と俺を助けちゃくれねーかな……」

 

 ウルは起こるとは全く信じていない奇跡を口にして、その妄想じみた願望を口にした。その現実味の無さに苦い笑いが零れた。

 一体どこの誰が助けてくれるというのだ。

 家族は妹、アカネだけだ。他に身内などいない。

 此処に入る前、“精霊達”には散々祈り続けたが、助けてくれるかと言えば、正直怪しい。何せ名無しだ。精霊達との繋がり薄いが故の名無し。都市に不要とされたが故の名無し。

 要は、彼にとっていつものようにいつもの如く、自分で何とかするしかないのだ。

 

「腹減った……」

 

 ろくな食事を与えられず、というのは、正直なところを言えば普段とあまり変わりが無いので、この空腹もいつものことだが、労働時間、魔物の討伐と魔石の発掘を行った上でのこの単独での探索はキツイものがある。

 そもそも普段の労働はもっぱら、魔物達を討伐隊に誘導する“囮”だ。単純に疲労の濃度が違う。

 

 疲労の理由を考え続けると余計に疲れる気がして、ウルは首を振った。今は目の前に集中しよう。

 

 現在ウルがいるのは問題の小規模迷宮の第二層、

 オーソドックスな【地下迷宮型】であり、階段を下るようにして降りていく迷宮だ。変動もせず、迷宮の形も固定。最終層、地下一層の最奥へと続くルートも既に開拓済みであり、ウルにはその道順の地図も渡されているため、迷うことはない。

 

 問題は、降りるに従って魔物の数が明らかに増えてきた事である。

 

 先ほどはギリギリ、現在の貧弱な装備のウルにも対処可能な小鬼であったが、それ以上の対処不能な魔物もちらほらと見えている。そのたびウルはルートを外れ、気配を隠し、必死にやり過ごしながら地を這うようにして前進していた。

 

 このまま先に進んだとして、主とやらは倒せるのか?

 

 厳しいだろう。というのがウルのおおよその予想である。現状武器は随分と痛んだ長槍が一本(しかも一度折れて自分の服のボロ布で補修)正直心許なさ過ぎる。

 小規模迷宮で、魔物も最下級、“第十三位”の小鬼くらいしかせいぜい出てこない。だが、主となればまた話は違う、かもしれない。そもそも主というのをウルはこれまで見たことがないので分からない。

 

 己の迷宮に対する知識の無さを悔やんだ。“名無し”はその職業選択の幅の無さから冒険者を志す者も多い、が、ウルは忌避していたために(ろくでなしの親父が冒険者としてウルと妹を振り回したので)迷宮の詳細には詳しくなかった。

 

 が、悔いても今更であり、知識が増えるわけでも無い。

 せめて警戒して、腹をくくるしかない。

 

「……あった」

 

 地下3層へと続く階段を発見し、ウルは足を踏み入れる。世界中に突如として発生した迷宮、ヒトの手を一切介さず生まれた超常的な建造物は、しかしこうしてヒトが利用する目的であるかのように通路が舗装され、階段まで用意されていることも多い。

 まるでヒトを地下深くに招くことが目的のようだった。

 ウルは生唾を飲み込み、階段を降り続ける。

 

 階段が途切れる。三層に到達した。同時に、此処がこの小迷宮の終点だった。

 

 三層は他の層のように通路が幾つも枝分かれするような迷路にはなっていなかった。少し通路を進んだ先に大きな広間が有る。最奥の広間は随分とボロく、柱がへし折れていたり、砕けたりしていた。広間全体を覆う魔力の光、魔光以外の光源はない。近くに燭台の跡があるのみだ。

 人が利用していた形跡、しかもそれほど劣化していない。ひょっとしたらこの迷宮は“天然型”ではなく、既にある建造物を使った“侵食型”で、まだ侵食されてから時間が経ってないのかもしれない、とウルはぼんやりと思った。

 そしてその中心にウルが目的とするところの“核”が存在した。

 

「……アレか」

 

 魔物からとれる青紫の輝き、しかし小鬼からとれたようなものとは明らかに違った、煌煌とした輝きを放った二回りも大きな結晶が広間の中心で浮遊している。

 

 【真核魔石】と呼ばれるそれを、ウルは獲得しなければならない。

 

 だが、宝の前には必ずそれを守る番人がいるものだ。

 

大牙猪(グレートボア)……」

 

 真っ黒な毛並み、突き出た鼻横から伸びる禍々しい牙、何よりも縦にも横にも広い巨体。

 迷宮知識の薄いウルでも、都市に生息する魔物で在るため、存在は知っていた。

 魔物に存在する十三階級の内、この猪は十二級、小鬼の一つ上であり、たった一つでもその脅威は大きく跳ね上がる。戦い方は単純明快、凄まじい重量の巨体が突撃する。ただそれだけであり、しかしまともにそれをくらえば人体は“弾ける”。

 都市外にて時々見かけるものと比べ、更に一回り大きいように見えるのは恐怖故の錯覚か、あるいは主として特別な力を持っているからなのか、ウルには判断できなかった。

 

 この存在を掻い潜り、あるいは撃破し、あの【真核魔石】を手に入れなければならない。

 

「……無理では?」

 

 ウルは率直に感想を述べた。

 

 




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彼女が彼女を手に入れることになった経緯

 

 大罪迷宮都市グリード、衛星都市クーロ間に存在する【大迷宮ケイカ】。

 大罪迷宮グリードから管理権を買い上げた金貸しギルド【黄金不死鳥(ゴルディンフェネクス)・グリード支部】が管理する大迷宮では、日夜大量の魔石の発掘が行われていた。

 

 借金で首が回らなくなった債務者達を奴隷のようにこき使った危険な魔石の発掘作業は、結果として大成功を収めていた。無論、借金をしたのは債務者の自業自得であるが、やってることは人権侵害も甚だしい。

 だが、此処は都市の外だ。そして使っているのは都市民ではなく、都市には永住権も無い“名無し”達。わざわざ都市の中の連中が、都市の外の名無しの人権を保護するために出張ってくることはまず無い。

 

 管理者である小人のザザにとってここは金を無限に生み出す畑に近かった。

 その筈だった。

 

「一体どのようなご用件でしょうか……」

 

 現在、ザザは追い詰められていた。

 彼の目の前には【黄金不死鳥・本部】の監査部門の連中が並んでいた。アポなしで突如として現れた彼らを前に、ザザは冷や汗を浮かべて、引きつった笑顔を浮かべている。

 

 何故に彼らが此処に来たのか。

 

 心当たりはある。たっぷりとある。それ故に彼は追い詰められていた。

 

「た、確かにこの迷宮鉱山は名無しを利用し魔石発掘を行っていますが、しかしこれは正式な契約のもと行っているものでして」

「雇用条件に関して、そこに違法性が無いのなら口出しするつもりは無い」

 

 正面に座る頭を剃り上げた男は、ザザの早口の説明に淡々と答える。とても好意的とは言いがたい彼の迫力にザザはたじろぐ。

 

「え、ええ!勿論!【大連盟】の法に則ったものですとも!そもそも此処で働いている連中はどいつもこいつもマトモに金を返せなかったクズどもばかりで」

「問題としているのは、魔石の採掘量、換金額、その他諸々の“記録”だ」

 

 ぱらりと、彼は目の前に広げられた帳簿を眺める。ザザの冷や汗が多くなった。

 

「報告されてきた数字と実際の数字とで随分と違いがあるな」

「それは……その」

 

 ザザは己の不正が全て見抜かれたことを知り、顔を青くさせる。

 都市の外、迷宮の管理を命じられたザザは、危険な仕事を任されたことへの苦痛を周囲に訴えてみせていたが、内心ではほくそ笑んでいた。都市の外、即ち【太陽の結界】の外の世界は大地に穴を開けた迷宮からあらゆる魔物達が溢れかえり、ヒトの住まう場所ではない。しかしそうであるが故に法をくぐるのは容易い。

 何せ監視する眼が少ないのだ。拠点さえ作り、その管理者となれば、最早ザザはその場の王様だった。名無し達を奴隷のように使い始めたのもそれからだ。

 都市を支配する神殿の【神官】達だって、ザザのように自由に振る舞うことは出来まいと彼は悦に入(い)っていた。

 

 今日までは。

 

 男は立ち上がり、ザザの肩に手を置く。男の手が随分と大きく、重く感じるのはザザが小人(こびと)で男が只人(ただびと)だから、というわけではないだろう。

 

「都市外の【人類生存圏外】の迷宮管理、さぞ苦労も多いことだろう。そこを治めるというのは一筋縄では決していかない。日々命の危機に晒されながら働くなど、その心労察する」

「え、ええ!ええ!!それはもう!!本当に!!た、大変で!」

「故に、我らがギルド長は多大な報酬。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。様々な危険にさらされ、働くのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うことをギルド長は理解して下さっている」

「ありがた、ありがたい事です!!」

「だが」

 

 ミシリ、と肩に置かれた男の手に力がこもる。ザザは肩が軋むのを感じた。

 

「物事には()()というものがある。分かるな?」

 

 “対冒険者”金貸しギルド、黄金不死鳥《ゴルディンフェネクス》、保証もへったくれも無い荒くれどもから確実に相応の金銭と利子を取り立てる特殊なギルド、その監査部門。それはこのギルドの中でも一際に危険であり、彼らによって言葉の通り“首が飛んだ”者がいるという噂を、彼は思い出していた。

 そして、今、まさに、彼がその噂の真偽を証明する事になるのも、理解した。

 

「お、お、お待ちを!!!お待ちください!!実はお渡ししたいものがあるのです!!」

 

 ザザは叫んだ。それはあからさまが過ぎる賄賂の提案であり、駆け引きもなにもない命乞いでもあった。彼とて此処を任された以上、相応の場数を踏み、取引の心得も持ち合わせていた。いた、が、命の危機を前にしてはそんな経験値など無意味だった。

 

「金銭の類なら間に合っているので結構だ」

 

 当然、というように監査の男は呆気なく切り捨てる。立場上、彼らからすればそういった賄賂の提案は随分と聞き飽きているのだろう。凍てついた瞳はまるで揺らぐ様子を見せない。

 

「違います!違うのです!!お渡ししたいのは金などではなく!!」

 

 だが、ザザにはまだ切り札があった。奇跡的に、彼の手元に転がり込んできた切り札。たまたま偶然、愚かな冒険者気取りの男が借金の担保にと差し出してきた“娘”は、その男自身全くその希少性、価値を理解していない奇跡そのものだった。

 

()()()()()()()()()()()!!!」

 

 その、ザザの言葉は、流石に監査の男も予想外だったのだろう。思わず肩の手が緩むほどだった。場を沈黙が包み、ザザは己が助かったか否か把握できず、その場で脂汗をかき続けた。

 

「――――へえ?」

 

 沈黙を破り声を発したのは、ザザでも監査の男でもなかった。

 短く切り揃えられた金色の髪の美しい少女だった。この少女は、執務室に監査員達が入った時、一緒に立ち入り、しかしザザの尋問には一切参加せず、先程まで部屋の窓から迷宮探鉱の光景を眺めていた。一体彼女が何者なのか、ザザは気にする余裕が全く無かったため、意識から外していた。

 その少女が、ザザの言い放った一言に、初めてザザに視線を移した。髪の色と同じ瞳が、ザザの眼を見据える。途端、ザザは奇妙な圧迫感を胸に覚えた。監査員の男に圧力を掛けられたときよりも、遙かに強く。

 

 少女は優雅に近づく。監査員の男はすっと彼女の道を譲るようにザザの前を退き、頭を垂れる。この時になってザザはようやく悟る。

 この場の支配者は目の前の男ではない。この少女だと。

 

「その、精霊憑きの少女のこと、詳しく聞かせてほしいな?」

 

 美しい少女は、その仄かに紅のさした唇を弧にして、微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、小迷宮最奥にて。

 

「やばい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬダメだわコレ」

『BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

 

 ウルはとても死にそうだった。

 大牙猪を発見したウルは、まずは【真核魔石】だけを盗もうとした。危険を回避できるならソレに越したことは無い。というのは誰もが思う事だろう。ウルも当然そう思った。試してみた。

 

『MOOOOOOOOOO!!!!』

 

 ダメだった。

 【真核魔石】は“主”にとって、ひいては迷宮にとっての心臓である。心臓を盗まれそうになって放置する者はいない。結果、ウルが魔石に近づくだけで大牙猪はウルにむかって突撃を開始した。ウルは追いかけられて、今死にかけている。

 

「っだああ!!」

 

 ウルは走り、跳ぶ。この広間が荒れ果て、大牙猪には動きにくい状況であったのが幸いした。これで広間が障害物のない綺麗な状態だったなら、ウルは轢かれて挽肉になっていた。

 

「どうする…!!」

 

 右手に握った槍を見る。振り回す?無理だ。確実にへし折れて終わる。こんなものではどうにもならない。なにか他にこの状況を打破する手段はないか。道具は……?

 

 ウルの視界の端に、【真核魔石】が映る。

 

 あれは、迷宮の核だ。主はあれを守ろうとしている?ならば、盾になるか?

 ウルは己の中の直感に従い、動いた。

 

『GUMOOOOOOOOO!!!!』

 

 猪が声を上げる。突撃が来る。ウルは足を必死に動かし、逃げる。向かう先は真核魔石を掲げている台の上。乗り上げ、回り込み、盾にする。猪にとってこれが守るべきモノは攻撃できない、筈だ――――

 

「……!?なんだ?!」

『MO!?』

 

 ウルが驚き声を上げる理由は目の前にあった。

 真核魔石の輝きが強くなった。ただでさえ眩かった青紫色の輝きが更に強く、激しく、部屋の全てを満たすように。一体何が起きたのか、ウルにはわからなかった。しかしそれは大牙猪も同じだったらしい。突撃を中断し、距離を取る。

 そして驚愕に眼を見開くウルの前で、巨大な真核魔石にピシリと“ヒビ”が生まれた。

 

「は?」

 

 と口を開けるウルの目の前でそのヒビは一気に広がり、一瞬間があいた後、爆発した。

 

「ぶはああ!?」

 

 爆発の勢いにウルは身体を吹っ飛ばされた。暴風を正面から受けたような衝撃が、ウルの小柄な身体を弾き飛ばした。ウルは藻掻くように手を伸ばし、何かを掴んだ。

 それは柔らかくて、大きかった。

 

「ガッ!?」

 

 直後、地面に背中から落下する。背中に受けた衝撃で呼吸が暫く出来なかった。背中の痛みを堪えながら混乱する状況を確認しようと眼を開けた。

 

 目の前に乳があった。

 

 全裸で銀髪のむやみやたらな美少女がウルに馬乗りになって、微笑みを浮かべていた。

 

「あら、初めまして」

「全裸!!!」

 

 たいそう混乱したウルは目の前の光景をありのままに叫んだ。

 




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大牙猪

 

「怪我をしないよう抱えてくれてありがとうございます。大丈夫です?」

「どういたしまして服を着ろ全裸」

 

 ウルは自分に馬乗りになっている凄まじい美少女に着衣を命じた。

 

 目の毒、なんていうレベルではない。

 ウルの目の前にいる美少女は恐ろしかった。

 

 まるで優れた職人が生み出した人形のように僅かな歪もない精密な顔の作り。しかしその表情は慈母のような優しさを湛えており、彼女がヒトと教えてくれたゆるく波うつ銀の長い髪が細い肩にかかり、豊かな乳房にかかる。臍を辿り、艶めかしい足がウルの身体を跨いでいた。

 ウルはこの緊急事態、命の危機の前にあって自分が彼女から目を離せなかった。今すぐにでも彼女の身体に飛びついて貪りたい衝動が腹底から湧き上がるのを感じていた。

 

 此処でこの女を貪りながら死ねたらソレは最高の人生の幕なのでは?

 

 そんな、脳みそがゆだっているとしか思えないような考えが本気で頭をよぎる、それ自体が彼女への警戒を高めた。

 

 この女、危ない。

 

『BUMOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』

 

 大牙猪の怒りの咆吼は、混乱していたウルの正気を取り戻してくれた。その猪がウルの命を挽きつぶそうとしているわけだが。

 猪は怒り狂っていた。真核魔石が砕けたからだ。木っ端微塵である。ウルとしてもその怒りは共感できる。借金返済の目処を失ったからだ。互いに怒りの理由は同じなのに、殺されそうになるのは理不尽だった。

 

「いかん死ぬ」

「ご安心ください」

 

 すると、銀の美少女はすっくと立ち上がり、猪の方へと向き直った。立ち姿まで颯爽としており、巨大な牙をかざし怒り狂う猪に対して一歩もたじろぐ事はしなかった。

 

「罪より産み落とされた魔性の者、貴方の命に罪は無く、けれども私の使命を遮るというのならば」

 

 そして彼女は両手のを胸の前に合わせ、まるで祈るような姿を見せる。

 

「貴方を討ち、その命を背負いましょう」

 

 次の瞬間、彼女の周囲に魔力が渦巻き始めた。

 その場にいるすべての者の頭に直接響き渡るような不可思議な音色と共に、周囲の空気がパチパチと音を立て始める。

 【魔術】

 世界に満ちる現象の万物の源、魔力と呼ばれるソレを手繰り、自らの望む現象を生み出すヒトが編み出した奇跡の再現法。その力を、彼女は行使しているのだ。ウルは息を飲んだ。

 

「受けよ、炎を」

 

 同時、彼女の目の前に巨大な火球が出現した。常識から大きく外れた光景はまさに魔術。そして炎の玉は彼女の意思に合わせ一直線に大牙猪へと直進し―――

 

『…………MO?』

 

 直撃した火玉は、ふんわりと、“ぬるうい”風を猪に届けた。

 

「……は?」

「あら?」

 

 ウルは火の玉が大牙猪をそのまま素通りしていく光景のシュールさに笑うべきかわからずおかしな顔になった。対面する美少女は、自分が起こした魔術の結末を最後まで見届け、その後しばらく悩むような顔をして、すっと手を上げた。

 

「ちょっとタイムもらってよいでしょうか?」

『BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

 大牙猪は怒った。

 

「タンマはねえよ!!!!!」

 

 ウルは美少女を抱きかかえ全力で逃げ出した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「お前マジでなんなの?!なにしに此処来たの!?っつーか真核魔石は!?」

「魔力を消費して恐らく砕け散りました」

「クソッタレ!!!」

 

 ウルと少女が逃げ込んだのは広間の奥にあった小さな小部屋だった。

 おそらくは元々は倉庫の類いだったのだろう。大量の埃がつもり、朽ち果てガラクタと化した【遺物】が大量に転がっている。外ではまだあの大牙猪は暴れているのだろう。この倉庫に入って即閉めた木製の扉に激突を繰り返してる。奇跡的にまだ壊れていないが、時間の問題だろう。

 一通り彼女に向かって言いたいことを叫んだ後、大きく息を吐き出した。この謎の全裸に構っているヒマは全くない。聞きたいことは山ほど在るが聞いていると死ぬ。

 今は現状を打開せねば。と、ウルはこの小汚い倉庫をあさり始めた。

 

「何か探していらっしゃるのですか?」

「武器、防具、道具、使える物なら何でも。このままだと死ぬ」

 

 折角直したボロボロの槍も、あの真核魔石の爆発でどこぞに吹っ飛んでいってしまった。まあ、あの役にも立たない補修ではよしんばあの猪に使ったとしてもすぐにへし折れてしまっていただろうが。

 

「お手伝い致します」

「是非そうしてくれ。扉がぶっ壊れる前に」

 

 こうして少年と全裸の美少女は倉庫をあさることとなった。倉庫自体は随分と狭く、小さい。すぐに探索は終わった。どうやらこの倉庫、というよりもこの三層の広間はなにかしらの儀式を行うための場所だったらしい。その儀式とやらは迷宮に飲まれ、その意味をうしなっているが、しかし儀式のための用具一式は(殆どが劣化していたが)残っていた。

 

・儀式剣×3(内1本は破損)

・儀式盾×1(破損)

・儀式用と思しきローブ×2

・儀式に使用していたと思しき薬瓶複数

 

 以上。一応これは迷宮からの出土品という事になり、つまりこの迷宮の管理者であるあの小人の男に提出しなければならないのだろうが、ウルは無視した。そんなもの生きて帰ってから考えるべきだ。

 ウルは一先ず儀式服を一枚、謎の全裸美少女に着せた。この緊急時に容赦なく気を散らす存在の排除は一先ず叶った。靴もはいていないので、やむなくウルのを与えた。小柄なウルと彼女とで足のサイズが変わらなかったのは幸いだった。

 

「靴、良いのですか?」

「素足じゃ逃げられないだろ。俺は足袋(何度も縫ったボロ)があるからまだマシだ」

「逃げられますか?」

 

 この狭い倉庫の扉に向かって、猪が猛烈に突進を繰り返している。既に穴が開き、そこから猪の血走った目と、巨大な牙が見えている。多分あと一回の突撃で壊れる。

 

「まず俺が飛び出す。猪がこっちに向いてる間に一気に駆け抜けろ」

「貴方は?」

「隙を見て逃げる」

 

 隙があれば、だが。障害物の少ない広間。直線をあの猪の突撃から逃げ回るのは容易ではないということはウルにも分かっていた。しかし、二人でバラバラに逃げたところで恐らくどちらかが轢かれて死ぬ。

 ならば、確実に一人は逃げた方が、数的には得だ。

 

「大牙猪の気を向けさせないようにひっそりいけよ。そうすりゃなんとか「いけません」

 

 逃げる手順を説明する前に言葉を遮られた。は?と、問うよりもはやく、彼女の白く長い指先がウルの手を絡めとった。

 

「貴方を犠牲にする事などできません」

「恋人みたいな台詞ありがとう。現状逃げられるのは一人なんだから仕方ないだろ」

「では私が囮になります」

「女が背後で挽肉になってる音聞きながら逃げるとか気分悪いわ」

 

 ウルはげんなりとした顔で彼女の提案を却下した。

 勿論、逃げられる物ならウルは今すぐにでもここから逃げ出したい。さっさ帰って狭くてくさい宿舎のベッドに潜って眠ってしまいたい。妹に会いたい。だが、そのために見ず知らずの女を生け贄に捧げる選択肢はウルの中に存在していない。

 “名無し”であるからといって、倫理観まで捨てているわけではない。そういう奴らもいるがウルはその考え方は嫌悪している。ウルの回りにそういうバカが多かったからだ。

 

 故に、見捨てる選択肢はない。元々、自分一人で大牙猪と対峙している状況だったのだ。何か変わるわけでもあるまい。と、自分を慰める。

 

「靴を貸してるんだ。ちゃんと逃げろよ。後で返せ」

「貴方は死にたいのです?」

「んなわきゃねーだろはったおすぞ」

 

 不思議そうな顔で暴言を吐く美少女にウルは口をひん曲げた。何なんだこの女は。

 しかしこのウルの回答に、美少女は何やら納得がいったのかそれとも理解しがたいのか不明だが、ウルの顔をじっと見つめる。そして

 

「わかりました」

 

 なにが?とウルは聞き直したい気もしたが、やめた。猪が距離を離す気配がする。突撃の助走を取っている。最後の突撃が来る。扉が粉砕される。扉が無くなれば後はもう後が無い。

 

「よし、扉が砕けると同時に此処を出るぞ。後はさっき言ったとおり」

「お断り致します」

「なんて?」

「私も戦います」

 

 扉が砕けた。二人の戦闘が始まった。

 

 

 




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大牙猪②

 

『BUMOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

「だあああああ!!!」

 

 大牙猪の咆吼を聞きながら、ウルは恐怖をかき消すように叫び声を上げつつ、ついでに猪の気を引き寄せながら飛び出した。目論見通り、扉を粉砕した猪はそこから飛び出してきたウルに視線を移す。血走った目と、禍々しい牙がウルの方へと向き直った。

 

「参ります」

 

 そしてその隙をつくようにして、謎の少女が破砕した扉から飛び出した。若干だぼついたローブを纏った彼女は、出口の方へとは向かわず、ウルへとその牙を向けた大牙猪の背面に動く。

 

 ガチで戦う気か。あの女。

 

 ウルは顔を顰め、何か言おうとして、思いとどまる。何かやれるっていうならやってもらおう。悲しいかな、ウルに彼女を気遣う余裕は全くない。牙をこっちに向けてる大牙猪がとても怖い。これ以上彼女に意識を割く余裕など持ち合わせていない。

 

 現在のウル達の勝利条件は明確だ。

 

 ①倒す

 ②逃げる

 

 このどちらかを達成すればいい。現在の戦力なら逃げる一択だ。よしんば戦って勝ったとして、得るべき【真核魔石】は存在しない。戦うだけ損だ。

 問題は目の前の“主”から逃げる方法。

 対抗策は、ある。ウルは倉庫からみつけた薬瓶を取り出した。

 

『BUMOOO……』

「上手くいけよ…!」

 

 倉庫から発見した薬瓶、中に在る液体の正体はウルには理解できない。彼に薬学の知識はない。ただ中の液体がこの上なく腐敗しており、瓶の蓋をあけるととてつもない悪臭を漂わせていることだけだ。

 そう、悪臭である。ウルが嗅いだ瞬間顔を顰め、えづきそうになったレベルの悪臭。

 

『BUMOOOOOOOOO!!!!!』

 

 あの大牙猪がどのような生物かは不明だが、あの牙と牙の間に覗いている巨大な鼻が何の役にも立たないハリボテの訳があるまい――――!!

 

「そいや!!」

 

 ウルが薬瓶を投げつけた瞬間、中の腐敗物が飛散し、大牙猪にぶちまけられた。

 

『BU――――』

 

 その薬物は恐らく毒物の類いではない。ただただ長い年月、放置されもとが何だったのかも分からないほど腐敗してしまったに過ぎない。が、その効果は絶大だった。

 

『BUGYAAAAAAAAA!!!??!』

 

 大牙猪は叫ぶ。

 魔物への知識の浅いウルは知るよしも無いことだったが、大牙猪は五感の内、九割以上を嗅覚によって判断している。だからこそ眼は小さく視界は狭い。皮膚は分厚く弾力があり感覚が少ない。故に、鼻に腐敗物を叩き込まれるダメージは計り知れない。

 

 ウルの予想は当たっていた。

 ただし

 

『BUGIIIIIIIIIIIII!!!!』

「っ!?」

 

 基本的に、大牙猪と対峙する冒険者や騎士達は、決して猪の嗅覚を奪うような真似は“しない”。明確に見える弱点を攻撃で潰したりはしない。

 なぜなら、危険だからだ。長大な牙を持つ大牙猪の嗅覚を失わせるのは。

 

『BUGIIIIIIII!!!』

「だあああああああああ?!!!」

 

 ウルは頭上を凄まじい速度で過った巨大な牙に悲鳴を上げた。猪は暴れている。恐らく悪臭に耐えられないのだろう。苦痛そうに身悶えし狂ったように暴れ回る。そのたびに長い牙が地面を削り、壁にたたき付けられ、柱に突き刺さる。そこに一貫性は全くない。どう動くか全く予想が付かない。だというのに直撃すれば致命的だ。

 

 これは、これは正気の状態のほうがマシだ!!!

 

 ウルは己の安直な作戦の結果に顔を引きつらせる。嗅覚を、此方を感知する能力を奪えば逃げられるかと思ったが、これだけ得物のリーチがあれば見えようが見えまいが一緒だ!まだ愚直に一直線に突進してきてくれた方がいい!!

 

「ああ、クソ!どうする!!」

 

 最悪な事に、大牙猪が暴れている場所は出口の周囲だ。デタラメに振り回される牙の射程圏内である。この攻撃の合間をさけていくなんて真似は出来ない。

 回復するまで待つか?だがこの狂乱状態のまま突撃してくるとも限らない。どうする。

 

「離れてください!!」

 

 女の声がする。そして次に新たに彼女が何かを放った。薬瓶が複数。更に悪化させるのか!?と思う間もなくそれらは大牙猪に直撃した。

 

『BUGII!!』

「………!!」

 

 大牙猪は更に激しく暴れ出す。身体に牙が掠める。死ぬ。マジで死ぬ。ウルは悲鳴すら上げられなくなった。なにしてくれるんだ、と彼女の方を見ると、少女は両手を前に出し、そして再び魔術を発動させようとしていた。

 

「【焔よ唄え、我らが敵を討ち祓え】」

 

 まるで()のように響く、魔術の“詠唱”と共に。

 

 魔術の詠唱、魔力をより深く、重く浸透させるための技術。先ほどよりも強く魔術を撃つ?そうすれば倒せる?本当に?そんな気はしなかった。見るだけでわかる凶悪に分厚い皮膚、貫けるほどの炎になるとはとても……

 

「……ん?」

 

 その瞬間、悪臭で麻痺していたウルの鼻に僅かに別の匂いが流れてきた。

 腐敗の類いの匂いではない。嗅いだ覚えのあるものだ。迷宮に侵食された地下施設。迷宮の魔力なしでは先が見通せない真っ暗な空間、奥の広間の倉庫ならば絶対に保管されていなければおかしいもの。

 油か!!

 ソレって本当に可燃性か?そもそもどれだけ時間が経ったモノかもわからないものが使えるのか?とか、様々な疑念が頭を巡るが、それらを全て頭から追いやる。考えているヒマは無い。なぜなら狂乱していた大牙猪がぐるんと、少女の方へと身体を向けたのだから。

 

『BUMOOOO!!』

 

 鼻が回復したのか、あるいは本能的な勘が働いたのかは不明だが、このまま放置すればどうなるかは明らかだった。少女はまだ魔術を放てていない。たとえ放たれたとしてもあの巨体が突撃したらそのまま潰れて彼女は死ぬ。

 

 突撃を止めるしか無い。

 

 咄嗟のことだったが少女とウルが大牙猪を対角に囲んだのは正解だった。大牙猪は少女の方を向いた。つまりウルには背を向けている。牙の脅威は低い。だがどこを攻撃する?

 ウルは儀式剣を構える。幸いにしてただ剣の形を模した模造品ではなかった。切れ味は多少ある。だが、それだけだ。真っ当な武器でもこの猪の皮膚を貫くのは一苦労だろう。此方に向いた尻に剣を突き立てたとて、まともなダメージとなるまえに振り返り様に牙になぎ払われてそのままウルは死ぬ。牙、牙だ。牙にあたりさえしなければ――

 

「――――()()()!」

 

 ウルは大牙猪へと駆けだした足を更に大きく蹴る。跳ぶ。そして駆け上るようにして大牙猪の背中に上った。背中、絶対に牙が届かない場所、安全地帯は此処だ!!

 

「だらああ!!!」

 

 ウルは叫び、自分の足下に猪に剣を突き立てる。重く、固く、鈍い手応え。予想した以上に全く刃が通る気配がしない。息を大きく吸い込み、更に深く、全身の体重を剣に込めて刺しこんだ。ぶちりと何かが千切れるような音がした。

 

「BUGYA!?」

 

 大牙猪は突進を止め、背中から突然湧いて出た痛みに悶え苦しむ。跳ねるように足を蹴り、再び暴れ始めた。しかし牙はウルには届かない。背中にいるウルには届かない。ウルの直感は当たっていた。大牙猪の背中は、分厚い肉に囲まれているため急所たり得ないが、安全圏ではあった。

 

「……………!!!!……!!!!」

 

 その事をウルが理解する余裕は残念ながら全くなかったが。現在彼は暴れ狂う猪の背中で振り落とされないよう必死だ。突き立った剣を支えにギリギリ生きている。

 

「いきます!!」

 

 少女の声、ソレを聞いた瞬間、ウルは両手を手放した。投げ出されたのか自分から飛び出したのか不明だったが。地面に投げ出された。前後が不明になりながらも、立ち上がらずそのまま這いずるように猪の気配から離れた。

 

「【火球!!】」

 

 そして次の瞬間少女の魔術が放たれた。

 先ほどと同じ火の玉。しかし先ほどと比べ明らかに熱量も大きさも増していた。揺らめく炎は猪に一直線に向かい、そして爆発した。

 

『BUGYAAAAAAAAAA!!!??』

 

 火が巻き起こる。激しい炎が大牙猪の身体を焼く。攻撃の魔術をマトモに見るのはウルはこれが初めてだったが、その威力の高さに驚愕する。近づくだけで火傷しそうな炎は大牙猪の命を確実に奪っていった。

 しかし、まだ立っている。

 

「頑丈だなクソが!!!」

 

 ウルは駆け出す。ここに至っては逃げる選択肢は無い。逃げる体力がウルにはない。魔術を放ちおわり、脱力している少女にもだ。

 半端な退却は死につながる。ならばもはや一択だ。

 

「殺す……!」

 

 ウルは背中に仕込んでいたもう一本の儀式剣を握りしめる。そして駆ける。未だ大牙猪は炎に焼かれ、此方に意識を向けていない。その隙に、ウルは全力で剣を突き出した。

 その、小さな眼球に向けて

 

『GIIIIIIIII!??』

 

 突き立つ。頑丈な皮膚に守られていない急所に深く、強く、ウルは突き刺した。

 

「え、ぐ、れ、ろお!!」

 

 眼部に突き刺さった剣の柄に全身全霊の力を込める。両足で地面をけりつけ。腕を振り絞り、そして前へと突き出した。なにかが破れ、そして砕け散り、抉れる音と感触がウルを震わせる。

 

『……GA……GI……』

 

 そうして、脳天に深々と剣を突き立てられた大牙猪は、ようやくその動きを停止した。

 死んだ、とウルがそう思った直後には、大牙猪の肉体は崩れていく。迷宮によって生み出されたその肉体は溶けて消える。迷宮そのものも今は核を失った。末路はこの魔物と同じだった。

 そして、大牙猪が居た場所に、小鬼のそれよりも二回りほど大きな魔石が一個転がる。ウルはそれを拾い上げる気力もなく、ただ見つめた

 

「……終わった、のでしょうか……?」

 

 少女が、ウルと同じく疲労困憊といった声で確認する。見れば額から血を流し、ローブも寸断され露出した腕から血が出ている。あの大牙猪が暴れたとき、牙を掠めたのだろう。それだけでこの様だ。

 

「平気か…?」

「貴方の方こそ大丈夫なのですか?」

 

 言われて、彼女よりもウルの方がよっぽど酷い姿なのだと気がついた。全身擦り傷まみれで血まみれだ。そしてソレを自覚した途端、全身から凄まじい痛みが走った。半ば興奮状態で麻痺していた分、痛みと疲労が一気にウルを襲った。

 

「……率直に言って、全く大丈夫じゃない」

「回復魔術を使いましょうか?」

「できるの?」

「…………ごめんなさい、魔力切れです」

「ぬか喜びをありがとう」

 

 ウルは溜息をついて、へたり込んだ少女の近くに座り込んだ。迷宮の核を失った今、魔物が湧き出ることもないだろう。そして核を失った以上、ウルは借金返済のアテを再び失ったことになる。安堵と徒労のダブルパンチがウルから体力を奪った。少し休む必要があった。

 すると、隣の少女がウルをじっと、じいっと見つめている事に気がつく。無視して休もうかとも思ったが、黙っているのもヒマを持て余した。

 

「……何?」

「助けてくださいましてありがとうございます」

「どういたしまして」

「何かお礼をしたいのですが、どういたしましょう?」

「金くれ」

「ありません。全裸です」

「じゃあもういらん……ああ、くそ、骨折り損だ。誰か慰めてくれ」

「頭を撫でましょうか?」

「そんならまだそのデカイ乳でも揉ましてくれた方がマシだわ」

「されますか?」

「冗談だよ……」

 

 余計に疲れて、ぐったりと薄暗い天井を眺めたウルは、そのときになってようやくはたと、気がついた。

 

「……名前なんなの?」

「シズクと申します。貴方は?」

「ウルだ」

 

 かくして、ウル少年はシズクと名乗る少女との邂逅と、初めての迷宮攻略と「主」退治を終えることとなった。

 攻略を終えたウルの感想は一つ、「二度とごめんだ」だった。

 残念ながら、この願いは叶うことは無かった。




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妹の値段

 

 小迷宮【アル】 入り口

 

「……ああ、外だ」

「とても眩いですねえ……」

 

 大牙猪撃破後、ウルと、謎の美少女シズクが外に出たのはそれから数刻後のことだった。迷宮の核を失い、魔物の出現が停止したため帰り道はそれほど苦労は無かったものの、大牙猪との対決で負った傷と疲労の回復は相応の時間が必要だった。ようやっとの帰還である。

 

 尤も、ウルの気分は全く晴れない。妹の借金をチャラにする計画はおじゃんだ。しかも、【真核魔石】が失われたとなれば、あのハゲ男がどんな風にキレ散らかすかわかったものじゃない。しかも自分の隣で暢気そうに太陽を仰いでいる絶世の美少女がいる。

 いや、別に彼女とウルは関係ないのだが、この酷い格好の女を放置したら下手すると女に飢えた債権者に襲われる。

 

 最悪、この女はどっかに避難させなければ、

 しかしこの都市外に存在する迷宮採掘場のどこに……?

 

 などと、ウルが血の足りなくなった頭でぐるぐると思考を巡らせていた。故に目の前のドタバタとした騒動に気づくのにワンテンポ遅れた。

 

「随分と忙しないご様子ですね?」

「…………んん?」

 

 顔を上げると、彼女の言うとおり、採掘所はウルが迷宮に入っていったときよりも忙しない事になっていた。此処には借金を返済できずに働く奴隷まがいの債務者とソレを見張る管理者ぐらいしか居ないはずだが、今は鎧を纏った者達が彼方此方でなにやら忙しなく動いている。

 

「騎士団だ……なんでだ?」

 

 生存圏が縮小した人類が生きる都市国家、その都市を魔物の脅威から護り、都市の治安を維持する武装組織。その性質上彼らは都市の外に出ることはあまりない。此処は都市の外である。そこに彼らがわらわらというのはおかしな光景だった

 騎士の纏う鎧の意匠を見るに、近隣の都市、世界で七つある【大罪迷宮】の管理を担う大罪都市グリードの騎士であるのは間違いなかった。しかし彼らが何故ここに居るのか。

 

「何故だ!何故です!!裏切ったのか!?最初からこのつもりだったのか!」

 

 見慣れぬ光景に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。この迷宮鉱山の責任者であるザザだ。彼は何やら騎士団達に両腕を掴まれ、捕まっていた。なにかしらの罪でしょっぴかれているらしい。そしてその状態で必死に、眼前にいる金髪の少女に向かって喚いている。

 

 少女は恐ろしい剣幕になってるザザに対して平然と言葉を返す。

 

「裏切ったのはそちらでしょ?奴隷めいた契約まではまだ見逃されたのに、都市に献上する魔石をチョロまかすのは完全にアウトだよ。君を切り捨てざるを得ない」

「“精霊憑き”を返せ!アレは私のだ!」

「君のではなく、黄金不死鳥のモノだよ。そして君は既にギルド員ではない」

 

 幾らか問答をするが、騎士はザザの腕を緩めない。無駄なあがきであるというのはウルにもわかった。対面する彼女は小さく溜息をついた。

 

「哀しいよ。君はとても向上心があったのに、目先の欲に溺れて、美徳を失った」

 

 彼女がそう言うと、怒り狂っていた様子のザザは何か言いたげに口を何度も動かすが、最後にはうなだれた。そのまま騎士達に連行されていった。一体何がどういうことなのかはウルには不明だったが、どうやらザザが失脚したらしい。

 

 いや、そのこと自体は心底どうでもいい。

 

 問題なのは、()()()()()()()()()()()()。ウルは騎士達と何事か話している先ほどの金髪の少女に向かって行った。

 

「――――それでは、ご協力に感謝する。フェネクス殿」

「此方の身から出た錆、迷惑をかけたね。補填は……おっと?」

 

 短く綺麗に切り揃えられた金色の髪の少女は、突然近づいてきた酷くボロボロの風体の少年に驚いたようだった。ウルは彼女を改めてみる。

 白く眩く見えるほどの金色の髪、都市の“神官達”が着るような美しい生地の衣類。体のラインはしなやかで、整っていた。何よりどこか常に余裕を感じさせる笑みを堪えた綺麗な顔立ち。薄らと化粧をしていて大人びて見えるが、実年齢は見た目よりももう少し若そうだった。

 

「君達、どうしたんだいその怪我は。こちらで治療を」

「いや、申し訳ないがその前に」

 

 異様な風体のウルに驚き気遣う騎士を制して、ウルは少女に向き合う。

 

「すまないが、“精霊憑き”と言ったか」

「言ったね」

「妹だ」

「ん?」

「その“精霊憑き”は俺の妹だ」

 

 その一言に彼女が納得したようにああ、と手を叩いた。そして懐に手を入れると、ひょいと小さなモノを取り出した。小さな小さなヒトガタ、人形のようなそれは、ウルにとってとても見覚えのあるものだ。無いわけが無い。それは

 

《にーたん!!!》

「アカネ、無事だったか」

 

 ウルの妹、アカネだったのだから。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 精霊憑き

 

 精霊に取り憑かれたヒト、あるいはヒトと精霊の中間生物。この存在を知る者はそう多くない。何せ、実例があまりに少ないからだ。精霊はヒトの上位存在。【神殿】にてヒトが崇め、信奉し、その恩恵を授けてくれる神の眷属だ。

 その彼らがヒトと混じるなどありえない。と、精霊に仕える神官の中には真っ向からその存在自体を否定する者もいる。あるいはヒトの世に降りた神の遣いと信奉する者もいる。その扱いを巡っては様々な議論が交わされたが、しかし決着はつかない。

 なぜなら彼らの前に、精霊憑きが現れることなど殆どないからだ。

 

 希少、そして存在したとしても()()()()()()()()()()。ソレが現在におけるこの世界の【精霊憑き】の立場である

 

 そして困ったことに、ウルの妹はその精霊憑きである。

 

《にーたん、ヘーキか?ちまみれだが?》

「平気だよ。一応治療してもらった。そしてグルグルはヤメれ、響く」

 

 彼女は、名前をアカネという。ウルの妹だ。妹で、そして【精霊憑き】でもある。生まれたときはちゃんと、ウルと同じヒトだった。正真正銘の只人だった。愚かなるバカ親父が偶然たまたま、本当に偶然たまたま、“精霊の卵”と呼ばれるモノを気づかず手に入れ、それをオモチャ代わりにしていたアカネが卵に“飲まれて”しまうまでは。

 

《あんまむちゃすんなよにーたん》

 

 赤紅と金色の交わる体、髪の毛先まで同じ色で輝いている。まるで鉱物のような硬さを持ちながら、しかしその形は変幻自在。小さな人形のような姿になったと思えば、羽で空を飛ぶことも、動物のように姿を変えることも出来る。

 というか今変わっている。今彼女は蛇になってウルの身体にまとわりついている。重くはないが擦り傷が痛い。

 

 ――恐らくお前の妹は土の系譜の精霊に飲まれ合一した。隠せ。消される前に。

 

 彼女がこうなった後、彼女の存在を知った男が、そっとこのことを教えてくれてから、ウルはずっと彼女の存在を守り、隠し続けていた。姿形がとんでもなく変わろうと、彼女はウルの妹である。可愛く、イタズラ好きで、無邪気に見えて時々賢い。守るべき妹。

 

 今もそれは全く変わってはいない。いないのだが

 

「うん、感動の再会でわるいんだけどこの子、書類上私のモノになってるのでごめんね?」

 

 だが、悲しいかな、それと実際に守れることとは別である。

 

 都市外の魔石探鉱基地、その管理室にて

 

 元々此処で主として君臨していたザザは既にいない。その代わり、金色髪の少女が、小人用に据えられたやや小さな椅子に座り、ウルと対峙している。

 

《むぅぅ………》

 

 ウルは警戒する唸る妹の頭を撫でながら、疲労した頭を回し、この状況から逃れるための言葉を探した。

 

「……人身売買は法律で違反では?」

「彼女の存在をこの世界はヒトとして認めていない。彼女は所有物として君の父親に質に出されて、正式な契約で黄金不死鳥のものとなった」

 

 ぴらりと渡された書類をウルは凝視する。何とか契約に不備が無いかと探し続けた。

 無かった。

 

「一応言っておくと、これは【血の契約】、契約履行を強制する魔道具によって成立している。逃れられるとは思わない方が身のためだよ。破れば死ぬし」

「死ぬの?」

「死ぬ、君が」

「俺が」

「君、連帯保証人になってるから」

 

 ウルは書類の一番下をみた。ウルの名前が父の名前の下にあった。当然ウルはこれを記入した覚えが無い。ウルは心中で百回悪態をついた。

 

「勝手にあの親父……」

 

 ウルの様子をみて、彼女は肩をすくめた。

 

「大変同情するし契約として問題だけれども、【血の契約】が使われて、そして譲渡が完了した事で術が“成立”してしまった。解呪は難しいよ。この契約書自体が、金貨一枚はする強力な魔道具だからね」

「なんでそんなもんを親父……“名無し”の冒険者もどきに……」

「精霊憑きの存在が希少だったからだね。ザザの金への嗅覚は間違いなく一流だった」

 

 惜しい人材を失ったよ。と、彼女はしみじみと言う。金色の少女の感傷に構っているヒマはウルにはなかった。どうやら妹は黄金不死鳥、一大金貸しギルドのモノになるのは避けられないらしい。

 “名無し”として生きてきたウルにとって理不尽は日常である。自分の身に振りかかる理不尽くらい、少しくらいなんて事は無い。 

 だが、妹のこととなると話は別だ。流石に、彼女がモノとして売られるのはあんまりだ。

 

「妹がそちらのものとなった後、どうする気だ?妹はどうなる?」

「聞かない方が良いよ?」

「どうなる?」

 

 ふむ、と、ウルの頑なな態度を見て、金色の少女は頷く。そして先ほどまでの飄々とした態度を拭い去り、温度の感じない、凍て付いた眼で、鋭く告げた。

 

調()()()()()()。精霊の神秘を僅かなりとも手中に出来る極めて希少な機会だ」

 

 たとえ、調べる対象がどうなろうとも。と、言外に彼女はそう告げていた。

 

《ぬー……》

 

 ウルは、隣で唸りながらも自分にひっつくアカネをみて、大きく息を吐き出した。そして腹をくくった。

 

「妹を買い戻したい。その場合幾らだ」

「金貨1000枚」

 

 ウルは言葉を失った。

 

「……最初の契約は金貨10枚だったはずでは」

「君の父親との取引は既に完了している。この取引はあくまでも、黄金不死鳥の所有物を買い取りたいというだけの話。“精霊憑き”にウチが値段をつけるならこうなるね」

「……本人の了承の無い契約だったのにか」

「だから君の提案に真面目に答えている。本来ならば、幾ら金を積まれようと、君の提案は拒否するところだ。金貨1000枚どころか1万枚積まれたとしてもだ」

 

 金貨1000枚、などという単位は、真っ当な金銭感覚を持っていれば冗談と笑う金額だ。都市内に住まう事が許された“都市民”であっても、その額を生涯稼ぐことは無いだろう。

 まして、“名無し”のウルでは大変に厳しい。都市の外にまともな仕事はない。都市にも仕事はない。そもそも都市には長く滞在することすら叶わない。“名無し”は長期滞在するだけで費用が掛かるのだ。

 “名無し”とは、血を繋ぐ価値無しと世界に見放された者達の意味なのだから。

 

 故に、ウルには金を稼ぐ手段がない。()()()()()()()()

 

「…………」

 

 ウルは遠い目になり、しばし、複雑に表情を変化させた。そして、最後に大きく大きく溜息をついた後に、己の決断を告げた。

 

「……俺が“冒険者”になって、金貨1000枚を作る」

 

 ろくでなしの父に倣う選択は、彼にとって苦渋の決断そのものだった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 冒険者

 

 迷宮探索を主として活動する人間の総称、しかし本来は魔物退治を中心とした幅広い活動を行う、いわば“何でも屋”、“傭兵”が正確な所だった。600年前の“迷宮大乱立”以降、現在の意味合いに変化した。

 現在は迷宮探索、魔石発掘を主立った仕事とする者は非常に多いが、それだけではなく、強大な魔物退治や人類生存圏外の探索、物資運搬の護衛などなど、仕事内容は多岐にわたる。

 

黄金級

 

 冒険者ギルドが制定する、いわゆる冒険者の階級(ランク)付けの第一位。冒険者ギルドに対する一定以上の貢献度、“第二級”の賞金首の打倒の実績、幾つもの査定をクリアした者のみがその称号を与えられる。

 狭き門であるが為に、与えられる特権は非常に多い。

 

・“階級一位”の賞金首の討伐依頼受注認可

・古代遺物の所持および使用の認可

・多くの公共機関利用の無償化及び優遇

・神官階級二等“セイラ”の官位。

・【大連盟】からの資金融資、金貨1000枚以上

 

 此処に載せられた特権は一部に過ぎない。それほどの権限が与えられるだけの価値が、黄金の冒険者には認められているのだ。事実彼らはこれらの特権に勝るとも劣らないだけの成果を瞬く間に生み出し、地の底から溢れる魔の脅威から人類を守護する。彼ら、彼女らの存在こそ、この世界最大の資産であると言えるだろう。

 だが、この世界に数多ひしめく冒険者たちがまず目指すところは【銀】であり金色を目指す者はまずいない。何故なら―――

 

 

                          ~実録!冒険者の世界!!~

 

 

 

「つまり、俺が冒険者になり出世すれば、アカネを買い戻せる」

「素敵なプランだね。可能かどうかに目をつむれば」

 

 金色の女はニッコリと笑った。

 だが、ウルは冗談を言ったつもりはなかった。笑われても困る。

 

「黄金級になる。絶対に金貨1000枚を稼ぎきる。だから妹の“調査”は待ってくれ」

「借金を背負ったヒトは大抵、「絶対」とかそういう言葉を安易に使うけど、本来安くないよ?絶対っていう言葉は」

 

 ザザのように叫ぶでもなく威圧するでもなく、淡々と金色の女は告げていく。だがその言葉の一つ一つがウルの両肩に重石のようにのしかかり続ける。彼女は言葉を続ける。

 

「君はただの流浪の“名無し”だ。見る限り特別な技術も才能も感じない。金貨1000枚という尋常ならざる大金を支払うという言葉にはまるで信頼が無い。それがないなら、代わるモノを君は差し出さなければならない」

「代わり」

「君の父親は金銭の対価に自分の娘を差し出した。君は何を差し出す?」

 

 何を?と、問われても、ウルには差し出すモノは何も無いと言うことは彼女も承知だろう。流浪の“名無し”、無能の“名無し”、それも力も持たない子供。差し出せるような何かを持っているなら、こんな迷宮探鉱でコキ使われる羽目に陥ってはいない。

 無い。何も無い。この命以外は。故に、

 

「……俺の命を懸ける」

「――――へえ?一応言っとくけど、ソレは冗談にはならないよ?」

「分かってる。血の契約書ってのがあるんだろう。ソレを使ってもいい」

 

 ウルは己がいかに馬鹿な事を言っているのか重々承知した上で会話を続ける。馬鹿な事を頭を馬鹿にして口にするのは中々の苦痛だった。妹の命を救うにはこれしかない。

 

《ちょーっとにーたんまってまって!》

「俺の人生を担保に時間をくれ。ソレまでの間に俺が金級になって妹を買い戻す」

「ふうーーー…………ん」

 

 ぐいと、彼女が顔を近づける。下から覗き見るように、ウルの瞳を見つめる。全てを射貫くような金色の眼の眼光を、ウルは正面から受け止めた。背中から冷や汗が吹き出すのを感じた。とても同じ年の少女とは思えない力がその瞳にはあった。

 数秒だか、数十秒だかの時間が過ぎる。ウルはその間一度も彼女の目からは目をそらさなかった。そして、

 

「そうだね、なら、()()考えてあげよう」

「少し?」

「正直なところ、君の命では何の担保にもならない。君よりも遙かに能力在るヒトの人生を私はいくらでも自由に出来る。君には価値がない」

「酷いことを言う」

 

 だから、と、指をウルの胸へと指す。

 

「価値を示せれば、君の提案を受けよう」

「どう示せと」

「それはまた今度決めようか。君も限界みたいだしね?」

 

 そう言われ、ウルはぐらっと頭が揺れるのを感じた。指摘された瞬間、目を向けずにいた全身の痛みと疲労ががくんと襲いかかった。朝からの魔石発掘作業。更に単独での小迷宮探索、大牙猪との対決に加えて、謎の女との自分と妹の命を懸けた交渉。

 完全にウルの体力の限界を大幅に超えていた。つい先ほどまで彼が立っていられたのは妹の命がかかっているという危機感からだった。そして今その緊張がぷちんと切れた。

 

「少なくとも君の価値が決まるまで、アカネの処遇は待ってあげよう。まずは冒険者だ。頑張ってね?」

 

 最後の一言を得た僅かな安堵と共に、ウルの意識は落ちていった。

 

 




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大罪迷宮グリード編
冒険者になろう


 大罪都市グリード 癒療院

 

 ウルの意識が浮上し、まず知覚したのは匂いだった。

 

 鮮やかな花の香り、ではない。どちらかというと都市の外、どこまでも広がる平原の香りだった。旅を繰り返していたウルにとってはその香りは馴染みのあるものであり、心地の良いものでもあった。

 近くに寄せようと手を伸ばす。サラサラとしたものが手に触れる。柔らかいものもあったので指でつねってひっぱる。「むえあー?」とかなんかそんな感じの声が耳を打った。

 

 そしてそこでウルの意識が覚醒した。はて、今俺は誰の頬を引っ張っているのか。

 

 目を開く。天井が見えた。自分はベッドで寝ていたらしい。そして自分の手元に目を向けると、そこに別のヒトの頭があった。銀色の、指で梳きたくなるくらいに艶のある髪を持った美少女のほっぺを、ウルはつねっていた。

 

「……シズクか」

 

 ウルは記憶にある彼女の名前を引っ張り出す。あの小迷宮で文字どおり湧いて出てきた彼女を忘れられるはずも無かった。問題は何故彼女がベッドで眠っている自分を枕に眠っているのかだが。

 疑問に思っている内に彼女も目を覚ましたのか、もぞもぞとして、寝ぼけた顔を上げる。寝ぼけた面構えでも美少女は美少女なんだなとウルは感心した。

 

「………ウル様」

 

 彼女はウルが目を覚まして此方を見ているのを確認し、笑みを浮かべた。

 

「おはようございます」

「おはよう」

「おやすみなさいませ」

「寝た」

 

 すやあ、と再び眠りついたシズクを前にウルは驚愕する。

 

「あら、目を覚ましたのね?体の調子は大丈夫ですか?」

 

 と、そこに新たな声が耳に入った。声のほうを向く。30代半ばの女性の只人。とても大きなエプロンを身にまとっている。彼女の事をウルは知らないが、そのエプロンは治癒術師の証だとウルにはわかった。故に、

 

「お金はありません」

「元気そうで何よりで」

 

 開口一番手持ちがないことを告げたが軽く流された。癒しの魔術は非常に便利だが、その術の難度の高さから扱える術士が少なく、故に、金も結構かかる。その都市の出身者ならば安くもなろうが、出身者でもなんでもないウルが治癒術を受けようと思うとその金額はシャレにならない。

 

「その子、ずっと貴方の事心配していたわよ。恋人?」

「知り合ったばかりの他人ですが」

「一目惚れかしらね」

 

 適当なことを真顔で言い放つ癒者だな。とウルは思いつつ周囲を見渡す、周りにはウルが寝ているのと同じベッドがいくつも並んでる。恐らく癒療院(いりょういん)なのだろうという事はわかった。

 

「失礼。真っ赤な猫は見なかっただろうか」

「獣人ではなく?ならみていないわ。此処は動物厳禁」

「ありがとう」

 

 赤い猫、普段都市に居る時に精霊憑きのアカネの取る形態である。それが近くにいないのなら、彼女はやはり、あの金色の女の所だろう。出来れば目が覚めれば夢であればと思っていたが。

 

「もう既に治療は完了済みよ。治療費は()()()様から戴いているわ」

「ディズ?」

「黄金不死鳥のディズ様。“ザザの無茶代は払っとくよ”ですって」

 

 荷物をまとめたら退院してね。と、サックリ言って、癒者の女は退室した。

 ひとまずあの金色の女の名前が判明した。ディズというらしい。まあ名前が判明したからどう、と言うわけでも無いのだが。

 

「さて…………どうすっかなあ」

「……どうされるのですか?」

 

 ウルは自分の腹を見た。銀髪の頭が顔を上げて此方を見ていた。髪と同じ銀の、透き通った瞳にウルの顔が映る。睫毛長いなあ、とウルは思った。

 

「起きたのか」

「おはようございます」

「2回目だな」

 

 彼女はもぞもぞと身体を起こす。地下空間では彼女の姿の観察などまるでするヒマは無かったが、こうして安全な場所で改めて彼女を見るとやはりというか、図抜けて美少女だった。見ているだけでなんだか得した気分になるレベルの美少女だ。こんな時でなければウルも喜んでいた。今はそれどころではない。

 これからどうするか。自分でそう言ったが、現状ウルの持ちうる選択は一つしか無い。

 冒険者になる。

 ディズ、あの女にウルの価値を指し示すというのなら、それしかない。

 

 彼女のいう所の“価値”を示すなら他の手段、職業でも良いのでは?という考えも一瞬頭を過るが、すぐにかき消える。他の職業などと、何が出来るというのだ。都市民でもなく、特別な技術や知識があるわけでもない、名無しのクソガキの自分に。

 

 迷宮大乱立の魔の時代。

 この世界における底辺の身分である名無し。

 そんな子供が安い命一つ賭けるだけで成り上がれる可能性を秘めている冒険者という職業は最適、というかそれ以外ない。ないのだが、

 

「なりたくねえなあ、冒険者……!」

 

 ウルは冒険者が嫌いだった。

 名無しに冒険者は多い、冒険者ギルドの門は名無しに広く開かれている。魔物退治、迷宮探鉱、都市外探索、都市内に住まう者ならば忌避するような、しかしこの世界を維持する上で重要な職業が冒険者に多く割り振られる。

 故に冒険者の多くは、粗野で、学も知識も技術も無い“名無し”が多い。

 少なくともウルの周りに居た名無し達の多くもそうだった。そして彼らは女子供だろうと暴力を振るい、人語に聞こえないわめき声を周囲にまき散らし、酒を飲み、金を無駄に使う。実に野蛮な連中だった。

 その一員にならねばならない自分の未来が憂鬱だった。

 

「冒険者になりたくないのですか?」

「なりたくはないが、素性も知れない奴が身一つで成り上がるなら選択肢はない。魔物を殺せば魔力で身体は強くなる。出てくる魔石は金にもなる。一石二鳥だ忌々しい」

 

 ウルは己に言い聞かせるようにしてダラダラと説明を続け、やりたくないという自分の願いに反する現実にうんざりした。対し、ウルの愚痴のような説明を聞いていたシズクは、ふむふむ、と納得したようにうなずいた。そして、

 

「私もなれるでしょうか?」

 

 は?とウルはシズクの顔をマジマジと見る。美しかった。美少女だった。瞳は大きく、鼻も高く、色も白く化粧もしていないのに肌が艶やかで胸まで大きい。故に、

 

「いや、お前冒険者やるくらいならもっと仕事いくらでもあるだろ。そのツラだけで」

 

 身を売れ、なんて極端な事を言うつもりはないが、その容姿を利用すれば絶対に冒険者よりもっとマシな仕事がある。適当な酒場の看板娘として働かせれば一躍大人気になるだろう。踊り子でもやればスターだ。この世界の特権階級、【神官】の愛人だって夢じゃない。

 冒険者をやる理由が見当たらない。

 

「いえ、お金の問題ではなく、強くならねばならないのです」

「修行僧かなんかかよ」

「はい、そのようなものです」

 

 ウルの冗談に対して彼女は真顔で返答した。

 そういえば、彼女と初めて遭遇した時も、彼女は恐らく“転移”の魔術と思しきものを使っている。存在自体は知っている。しかし極めて高度で、使用できる者も、場所も限られている。それこそ神官くらいのものだろう。

 ウルは首を傾げ、確認する。

 

「あんた神官か?」

「いいえ」

「じゃあ都市民?」

「いいえ」

「じゃあ俺と同じ名無しってか?どうやって転移の魔術なんて使ったんだ?」

 

 シズクはにっこりと微笑みを浮かべて、黙った。言いたくないらしい。ウルは追及しようとして、止めた。言いたくないなら追及するものでもない。そもそも別にそこまで突っ込んで確認したいわけでもない。ぶっちゃけ彼女の事情なんぞに興味は無い。

 ウルは咳払いをして話を切った。

 

「まあ、アンタの選択だ。冒険者になりたいなら好きにしろよ」

「はい!よろしくお願いします!!」

 

 よろしく?

 と問い直す間もなく、彼女の手の平はウルの手をガッチリと掴んでいた。瞳にはウルに対する目一杯の感謝の輝きが灯り、ウルを見つめている。

 

 ひょっとしてコレは冒険者ギルドまでの案内を俺がしなければならないのか?

 

 問う相手は目の前にしか居ない。そのまま聞こうとしたが、圧倒的な感謝のオーラにウルは二の句が告げなくなった。

 

「まあ……もういいか……」

 

 別に、自分一人で冒険者ギルドに行こうが彼女二人と行こうが違いがあるわけでもなし。そんな言い訳を自分にして、なんだかこのままずるずると彼女にひきずられそうな予感に若干身震いした。

 嫌な予感を振り払うようにしてウルは首を振る。

 

「……まあ、とりあえず、だ。とりあえず……」

「とりあえず?」

 

 とりあえず、優先すべき事がある。ウルの肉体が切実に告げている。先ほどから胃袋が非常に情けないうめき声を上げ続けている。

 考えてみれば昨日の朝から何も食べてない。このままだと癒院で餓死とかいう非常に間抜けな死に様を晒すことになりかねない。故に。 

 

「どさくさでちょろまかせた魔石換金して、メシ食おう。あと靴を買う」

 

 ウルは現在靴を保有していない。




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冒険者になろう②

 

 

 冒険者ギルド、大罪都市グリード支部、訓練所

 

「ああ、暇だ。平和だ。最高だ」

 

 冒険者ギルド所属、指導教官グレン。

 彼は訓練所施設、3F、教官事務室の机に身体を投げ出し、自堕落に惰眠を貪っていた。無論、昼寝は彼の仕事ではない。彼の仕事は新人の冒険者達に最低限死なないように訓練を施す事である。つまりサボリだ。しかし、その仕事をこなそうにも今、彼には仕事がないのも事実だった。

 つい先週、訓練所に参加していた生徒を軒並み“退学”にしたばかりなのだから。

 

 彼の下にやってくる冒険者希望の連中の大半は名無し、この世界の最下層の住民達だ。

 

 都市に住まう“都市民”に冒険者を希望する者はいない……訳ではない。安定した生活、仕事が約束されて尚、現状に不満を抱いたり野心を抱いたり、あるいはもっと純で愚かしい羨望で冒険者を志す都市民もいることはいる。だがやはり比較すると少数だ。

 つまり基本、冒険者は“名無し”で、彼らは“都市民”が当たり前のように受けるような教育も身につけていない場合が殆どだ。つまり身も蓋もない事を言うと学の無い馬鹿の集まりである。

 そして馬鹿の相手は疲れるのである。

 彼は疲れるのが嫌いだ。故に、この訓練所の生徒なんてものはいないに限る。

 

 しかし悲しい事に、この訓練所を訪ねる馬鹿は絶えない。

 

 此処は大罪都市グリードだ。

 大陸でも最大級の迷宮、大罪迷宮を保有する大罪都市の冒険者ギルドである。此処を足がかりに成り上がろうという馬鹿は絶えない。名無し故、都市民のような出生制限も無いため、まあワラワラと絶え間なく迷宮に向かっていくのである。

 そしていくら名無しとて迷宮でぽこじゃか屍の山を作られても困ると回されるのが、この訓練所だ。バカの集積場である。憂鬱だ。

 こうして僅かに出来た隙を思うさま堪能するのは、自分に与えられた権利だ。と、彼は惰眠を貪る。春の精霊・スプリガルが活発な時期だ。暖かな陽気と心地の良い風が彼の昼寝を促進した。

 しかしふと、自分の聖域もとい教官室に侵入者がはいってきたのを察知し、むくりと身体を起こした。侵入者はグレンを見て、呆れたように言った。

 

「あらあら、随分無駄に人生を消耗しているようじゃないの、グレン」

「……ロッズか。一応言っておくが俺はサボってないぞ。仕事が無いだけだ」

「そんなことを誇らしげに言われても困るのだけど」

 

 そこに来訪者が現れた。ロッズと呼ばれる女だった。一見して美人な女だったが、中身はおっかない。冒険者ギルドの受付を担っており、つまりグレンに仕事を持ってくる女でもある。故にグレンは彼女のことが嫌いだった。

 

「っつーかちょっと前に未来ある若者どもを送り出しただろう。俺は休みのハズだ」

「そんなあなたに新たなる未来ある若者をプレゼント」

「ふざけんなくたばれ」

「私も仕事なのよ」

 

 グレンの大人げの全くないブーイングにロッズは平然と肩を竦める。まあ要は、彼と彼女にとっていつものやりとりだった。

 

「っつーかこっちに押しつけてくる人数が多すぎるんだよ。過保護か。命知らずのバカくらいほっとけよ。死ななきゃ痛い目見て学ぶだろ」

「いくら名無しでも無駄に死人が増えて、迷宮探索、魔石採取が滞っては困るっていうのが今の世の中の方針なのよ。ウチはソレに従うだけ」

「お役所仕事め。もっと自分の仕事に誇りを持てコラ」

「仕事場でお昼寝していた貴方よりは自分の仕事への矜持は持ち合わせているわよ」

 

 昼頃に来るから、よろしくね、と釘をさすように言ってロッズは去っていった。残されたグレンは押し寄せてくるであろう冒険者未満のチンピラを想像し、実に陰鬱とした気分でため息をつくのだった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 大罪都市、グリード

 イスラリア大陸南東部に位置する大罪迷宮を有する大罪都市。北部にアーパス山脈が存在し、南部には海岸部。その先は”世界の果て”があり、その先にはなにも無い。つまりかなり狭まった場所に位置するが、大罪迷宮が生み出す莫大な魔石がそのまま都市繁栄に直結している。

 また、大罪迷宮を封じている大罪都市の外にも、複数の中小規模の迷宮が存在し、新たなる迷宮も定期的に誕生している。

 魔物が迷宮から溢れ、決壊するような迷宮災害を防ぎ、魔石をより多く採掘するため、民間にも採掘権の譲渡を行っている。高額ではあるが、迷宮から産出する多量の魔石、なによりも迷宮の核となる真核魔石から得られる膨大な魔石を直接都市に売りつける権利は破格であり、故にこそ、多くの成り上がりを目指す者達がこの地に集う。

 

 欲望と野望の集う地、それが大罪都市グリードだ。

 

 その大罪都市グリードに存在する冒険者ギルド グリード支部にて、

 

「此処でございますか……」

「そうだな。ならず者たちの総本山だ」

 

 ウルの目の前にそびえたつ冒険者ギルドの建物は、都市国内部の建造物の例に倣い、とても高く、そして年季を帯びたものだった。正門の上には、朱色をベースとした竜と剣のシンボルが誇り高く掲げられている。冒険者ギルドの証、竜を討つ者の印である。

 ウルには見覚えのあるものだった。父親に連れられて冒険者ギルドには何度も足を運んでいる。大罪都市、このグリードの冒険者ギルドは初めてだが。

 さて、と、ウルは隣を見る。この場には似つかわしくない美少女が、観光気分のツラで巨大な建築物を眺めている。

 

「俺が確認するようなことじゃねえけど、本当に良いのか?冒険者になるの」

 

 ウルの問いに、シズクはハッキリと頷いた。

 

「どうやら、私は力が足りないようで、鍛えねばならぬと」

「霧散したものな。魔術」

「霧散したですねえ…」

 

 困った顔をした彼女だったが、すぐさま奮起するように前を向いた。彼女の事情はよく分からないが、まあ兎に角強くなりたいらしい。それならそれで別の手段があるのでは、なんてこともウルは一瞬思ったが、頭を振るう。そこまで彼女の人生を気にして口出しする義務も権利も自分にはない。

 

「まあ、お互い頑張るとしよう」

「そういたしましょう」

 

 ウルは古く重く大きな扉を開ける。扉を潜ればその先が冒険者達の巣窟だ。ウルの記憶の中にある冒険者ギルドの中は、粗野で汚らしい男達が、ギルドと同時に経営している酒場で飲んだくれている光景であった。

 どこぞの衛星都市だった記憶があるが、さて、この大罪都市ではどの程度のものか。

 

「おや意外と綺麗」

 

 内装は、ウルの想像からは大きくかけ離れていた。外見と同じく確かに作りこそ古く年季が入っているものの掃除は行き渡り、ギルド所属の人間は統一された制服に身を包んでいた。鎧に身を包んだ冒険者と思しき者たちがいるが、勿論、というべきか、酔っぱらって周りに絡むよう真似はしてはいなかった。掲示されている、依頼書と思しきものを真剣な表情でみつめていたり、談話用のテーブルで仲間たちと和やかに話し合いをしていたりとだ。

 

「掃除が行き届いていますね」

「大罪都市の冒険者ギルドなら、利用者もわきまえてるものか……」

 

 少し釈然としない気持ちを心の片隅に払い、ウルは正面の受付へと足を運ぶ。そこに立つのはこれまた冒険者ギルド、という言葉からはイメージしがたい若く、そして美人の女性だった。ギルドの看板と同じ朱色の制服に身を包んだ彼女は、ウル達の姿を見てニッコリと笑った。

 

「こんにちは!冒険者登録をご希望でしょうか?」

「え、ああ、そうです……そうだ」

「では、此方の書類に目を通しておいてください。後で審査と説明を行いますので」

「……凄く話早いな」

 

 驚くほどに流れるように進む手続きに、ウルは若干引いた。

 

「ものすごーく多いので、冒険者になりたがるヒト。特に“名無し”の子は」

「名乗ってないが」

「格好」

 

 ウルは自分とシズクの格好を見た。大牙猪と戦闘した時の格好そのまま(一応洗って泥は落としたが血の痕は落ちず)ボロボロの格好のウルと、小迷宮でみつけたいつのものとも不明なローブを纏ったシズクの二人。なるほど、こんな格好の“都市民”を見たら事故を疑う。 ウルは納得し、書類を眺める。絵が多かった。文字が読めないヒト向けなのだろう。ウルは一応文字は読める。ある都市に長期滞在したとき、物好きの神官に都市民に混じって読み書き、足し引きを教えてもらっていたからだ。

 折角ならこの技能を生かした仕事を都市で、とも思ったが都市民なら出来て当然のことであり、悲しいかな特別優遇されるような事は無かった。

 閑話休題。ウルは雑念を振り払い書類を読み進める。内容は冒険者ギルド、というよりも、迷宮探索の注意点、禁止事項の羅列だった。今時の冒険者なんてのは迷宮探索が本業みたいなものなのだからこんなものか、と思いつつも読み進める。と、その様子を見て受付嬢が首を傾げる。

 

「ところで、そちらのお姉さんは弟さんの付き添いですか?」

「は?」

 

 と、横を見ると、シズクがウルに配られている書類を横からジッと見つめている。自分のを見ろよと思ったが、何故か彼女の前にはウルと同じ書類が配られていない。

 

「姉弟に見えるか?」

「いえ全然全くこれっぽちも」

 

 失礼な、なんていう気にはならない。シズクはヒトの股から生まれたと言われても一瞬信じられなくなるような美少女だ。黒白混じりのボサボサ灰髪、三白眼でチビのウルとは似ても似つかない。

 まあ、要は、冒険者志願者と全く思われなかったらしい。

 

「彼女も冒険者希望です」

「え?……ええ?……うーん…………?」

 

 彼女はウルの説明に訝しげに首を捻り、彼女をジッと見つめた。容姿に見合わない職業志願に疑問符を露骨に浮かべているが、対してシズクはニコニコと笑顔で彼女の視線を受け止めている。度胸があるのか鈍いのかは不明だった。

 やがて、受付嬢は肩をすくめた。

 

「……ま、いいか。じゃ、書類をどーぞ。二人分用意しますのでちょっと待っててね」

 

 いいのか?と、ウルは口に出しかけたが、先ほども言っていたが冒険者志願者は後を絶たないらしいので、いちいちこんな所で気にしていてはキリがないのだろう。おそらくは。

 ともあれこれでシズクも一人で読めるだろう。と思っていると、何故か彼女は渡された書類を前に首を傾ける。わかりやすく困った顔をしていた。

 

「……読めないのか?」

「読めません」

「……………………一緒に読むかあ」

 

 シズクは微笑みを浮かべた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「以上が迷宮探索の際の獲得した魔石の換金の流れ、此処までで何かご質問は」

 

 準備完了後、ウル達は一室に通され、そこで幾つか手短にギルド員から指導を受けた。ロッズという名前の女性からのいくつかの説明を聞き終わった後、ウルは手を挙げた。

 

「いいだろうか」

「なんでしょう。ウルくん」

「聞いた話、全部冒険者ギルドの、と言うよりも迷宮探索の内容ばかりだったのだが、いいのだろうか」

 

 彼女の説明は先に渡されていた資料の、ただの補足だった。迷宮にはいったとき、どうなるか、どんなリスクがあるか、どんな魔物がでるか、どんな保証がなされ、どこまでが保証されないか。魔石の換金率などなど。

 冒険者ギルドのギルド員としての話ではない。

 

「いいのよ。だって、貴方たちはまだ冒険者ギルドに所属できていないのだもの」

「いないのか」

「仮よ」

「仮」

 

 曰く、冒険者ギルドは迷宮探索者達を管理する立場にあるが、しかしギルドとて迷宮探索者全てを認めていてはキリがない。そもそも迷宮探索者の中には犯罪者まがい、というかまんま犯罪者すら混じっている。名無しが主な迷宮探索層なのだから当然といえば当然だ。

 だから安直にギルド員として認めるのは難しい、が、迷宮から採れる魔石は都市運営に非常に密接に関わる重要な資源である。迷宮探索者を減らすのは望ましくないし、冒険者ギルドを通さず違法な取引が横行するのも嬉しくはない。さてどうしたものか。

 

「と、いうことで出来たのが、冒険者の指輪(仮)。別名【白亜の指輪】」

「白くてかわいらしくございますね」

「冒険者の指輪っていうと……」

 

 これはウルも知っている。ギルドに認められたギルド員が指に装着する指輪だ。その色や装飾によってギルド内部の階級を表す。確か父親も所持していたし、ウルと出会った多くの名無しの冒険者達も指に装着していたのを覚えている。その白色。

 

「本来冒険者ギルドの階級は金・銀・銅でこっから更に細かく分かれるんだけど、コレは白でそのカテゴリからも外れた最下層。一応冒険者ギルドが認可した探索者、だけど最低限の保証しかしていませんし冒険者ギルド員として正式には認めていませんよ、っていう、そんな塩梅の指輪」

「やたら言い訳がましい代物だな」

「その通りだからね。あくまで迷宮探索の認可状以上でも以下でも無い」

 

 つまり、まだウルは冒険者としての入り口にも立てていない、と、そういうことらしい。そしてこれからウルは冒険者ギルドの最上級、金級にならなければならない。ウルは自分が言い出した発言の荒唐無稽さへの理解がじわじわと襲ってきた。

 

「じゃあ、その【白亜の指輪】を貰えるのか」

「最後の質問に答えればな」

 

 そう言ったのはロッズとは別の、男の声だった。

 しわがれた、しかし強い芯を感じさせるしっかりとしたその声はウル達の背後から聞こえてきた。振り返ると、声の主にふさわしい、深く皺の刻まれた白髪の老人。しかしその体つきは大きく、そして逞しいものだった。年齢を重ねているのはわかるのに、年を取っているとは感じない。それほど彼の立ち居振る舞いは精気に満ちていた。

 

「あら、ギルド長。また来たんですね。白亜の譲渡くらい私がやりますのに」

「仮といえど、冒険者の門出は可能な限り私が立ち会うと決めている」

「その真面目さ、グレンに分けてあげたい……」

 

 そんなやりとりをしながら、ギルド長はロッズの隣に立った。座っているウル達の前に立つ彼は巨人のような威圧感だった。ウルは少し仰け反りながらも、立ち上がり頭を下げた。隣のシズクも同じようにした。だがギルド長は軽く首を振った。

 

「ジーロウと言う。構えることはない。大したことは聞かない。込み入った事情を踏み込むこともない。試験でもないからな」

 

 そう言いまずはウルを見つめる。深いしわの間から覗く金の目には、思慮の深さと、何物をも射抜く鋭さがあった。

 

「名前は」

「ウルという。名無しなので姓はない」

「ウル、君なぜ冒険者になる事を望む」

「……特殊な事情を抱え売られた妹を買い戻す必要がある。大金だ。金を稼ぎたい」

 

 ウルは自分の事情を簡易に話す。ジーロウはふむ、頷く。

 

「冒険者の多くは迷宮の浅い層で貧弱な魔物を追い回し、その日をしのぐだけの小金を稼ぐに留まっている」

 

 それはウルも知っている。ウルの周りの冒険者もどきたちは皆そんな風にしていた。そしてウル自身も冒険者ギルド管轄外の迷宮で似たような事をした事がある。故にその光景はリアリティを持って想像ができた。

 

「向上心を高く持ち、辛抱強い努力を保てねば君は彼らの仲間になるだろう。それが悪いとは私は思わない。だが君の目的は決して果たせなくなる。そうならない覚悟はあるか」

「妹と離れ離れになるのを黙って見送るつもりはない」

 

 ウルは断言した。ジーロウはそのウルの決意に頷いた。そして次にシズクを見つめ、

 

「名前は」

「シズクと言います。私も名乗る姓はありません」

「シズク、君はなぜ冒険者になる事を望む」

「強くなるために」

「強くなってどうする?」

「目的を果たします。必ず」

 

 ウルに対してシズクの返答は実に短く明瞭でもなかった。が、その言葉の端には、なみなみならぬ決意が込められていた。ジーロウはシズクにもうなずいてみせ、そして立ち上がった。

 そして指につけた指輪、銀製の、ギルドの正門に掲げられていた冒険者ギルドの紋章の刻まれたそれを二人の前に掲げた。

 

「我らの信念と誓いの下、新たなる仲間の誕生に祝福を」

 

 その瞬間、ふっと、小さな輝きがウルとシズクに降り注いだ。見れば、酷く薄ぼんやりとだが、ヒトガタの何かがジーロウの背に浮かび、そして両手を広げている姿が見えた。

 

「精霊」

 

 シズクが小さく呟いた。ウルもソレは知っている。

 精霊、この世界においてヒトであるウル達よりも上位に居る魔力生命体。この世の万象に宿り、そしてその力を振るうことが出来る存在。“唯一神”の眷属達。

 

「制約の精霊プリスの簡易の加護だ。先に読んだ冒険者ギルドの規則を守る限りにおいて、簡易の守りを約束する……精々、風邪がひきにくくなる程度だが」

「ギルド長は神官だったのか」

 

 精霊の力を借りられるのは神殿の神官のみである。都市民でもソレは叶わない。ギルド長も冒険者ギルド所属なら名無しだと思ったのだが違うらしい。

 

「銀級に至れば神殿から一定の“官位”相当の権限が与えられるのだよ。神官ではないがね。神官から力を借り受けているだけにすぎない」

「破るつもりはないのですが、制約を破った場合はどうなるのですか?」

「加護が消える。度が過ぎれば罰も受けるだろう」

 

 絶妙に曖昧な物言いが中々の脅しになっていた。実際、ウルはソレを聞いて規則を破ろうという気にはならない。精霊の力は絶大だ。ヒトの振るえる力を遙かに上回る。その精霊から下される罰など、どれだけ簡易なものであっても受けたくはない。

 要はこの場は冒険者希望者に対する説明会であり、同時に迷宮を挑む者達への脅しの場でもあったのだ。ルールを守る限りは助けるが、破れば容赦はしないという。

 そしてジーロウはロッズから白亜の指輪を受け取ると、ウルとシズクに順にそれを与えていた。ウルとシズクはソレを黙って指に嵌める。その二人の姿をみて、ジーロウは頷いた。

 

「では冒険者の世界へようこそ。新たなる同胞よ。君たちの成功を祈る」

 

 ジーロウはそう言うと、余韻も無くすぐに部屋を出ていった。ギルド長というのは、やはり忙しいのだろうとウルは納得した。そして部屋には再びウルとシズク、そしてロッズが残される。

 

「さて、これで貴方たちは迷宮探索の許可が下りた。後は自由よ」

「自由……」

「迷宮に潜り魔石を稼ぐもよし、ギルドに貼り出される依頼をこなすもよし。どっちもギルドに報告は行く。ちゃんと真面目に仕事を続ければ、いずれは【銅の指輪】つまり正式なギルド員になれるわ」

 

 いずれは、と言う言葉がどの程度なのか。気になったが今は置いておいた。それよりも、だ。

 

「さて…………これからどうするか」

「迷宮に行くのではないのですか?」

「それはそうなんだが……」

 

 迷宮に行かねばならない。ソレは間違いない。まずは魔石を稼ぎ、正式に冒険者ギルドに認めてもらわねばならない。ディズにああして啖呵を切ったのに、冒険者にすらなれなければ失笑を買うこと請け合いだろう。

 そしてそのための時間はない。アカネの扱いに「待った」をかけている今の状態が既にムチャなのだ。更に冒険者になるのを待ってくれと言ってハイ分かりましたと頷く女ではない。というのはあの短いやりとりで分かっている。

 つまり、最短で冒険者になり、そして最終目標である金級への道を作らねばならない。しかしどうすれば“最短”になるのか、その知識をウルは持たない。

 つまるところ、アドバイスが欲しかった。

 

 そしてその事をロッズは察したのか、彼女は事務的な笑みを浮かべた。

 

「ご安心あれ、行き先を見失ってるそこな少年少女。右も左も分からない君たちのような新人のために、冒険者ギルドには【訓練所】というものがあるのよ」

 

 ロッズ曰く、冒険者を半ば引退した実力者や、冒険の合間、手すきの冒険者の厚意を借りて、新入りの冒険者たちに指導するための訓練所がグリードには存在するのだという。迷宮探索のイロハや、必然的に遭遇する事になる魔物達との戦闘の仕方、冒険者ギルド内部での身の置き方、出世の仕方等々、様々な指導をしてもらえる、まさにウルにとってうってつけの場所のように聞こえた。

 

「だが、金ないぞ」

「少量の手数料さえ払えば訓練はタダ、“名無し”であっても宿泊は激安で通常発生する“【名無し】の滞在費用”も無し。食事は出ないけど、1か月、引退したつよーい元冒険者に指導してもらえるメリットはデカイと思うわよ」

「いたれりつくせりでございますね」

「何のメリットがあってそんなコトしてんだ?」

「魔石採掘に不味いイメージをもたれて魔石の採掘量が減って困るのはこの国だからね。冒険者の卵たちがむやみに命を散らすのは避けてほしいから、金と時間を持て余した引退者が支援を行う。ご理解いただけたかしら?」

 

 どうかな、もなにも、ウルからすればそれは全く以って、渡りに船の話だった。後先考えずに冒険者の世界に飛び込んで、あっという間に成功できると思える程流石にウルも夢見がちではない。先にこの世界に飛び込み酸いも甘いも噛み分けた先達からのアドバイスは絶対に欲しいものだった。

 

「それなら、訓練所に入らせてもらいたい。良いだろうか」

「そう、わかったわ。それなら一つだけ先に言っておくけど」

 

 ロッズはそう言うと、ウルとシズクにニッコリと微笑んで、肩を叩いた。

 

「ドンマイ」

「俺は今からどこに連れていかれるんだ…?」

 

 いきなり不安だった。

 

 




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冒険者になろう③

 

 大罪都市グリード、訓練所一階、講習室

 

 グレンは訓練所の部屋の中心で小さくぼやいた。

 

「ああ……めんどうくせえ」

 

 彼の目の前にはおおよそ30人ほどのヒトが集結している。性別もバラバラ、人種も只人、獣人、土人と様々だ。彼らは全員が白亜の指輪の所持者、つまりは冒険者見習い達である。彼らはなんともまあ、悪そうな人相を首の上にのせて、かったるそうに着席している。

 まともな連中には見えなかったし、実際そうだ。名無し、この世界の最下層の住民であり、更に言うとロッズが「コイツは迷宮にそのまま突っ込んだらすぐに死ぬな」と判別し訓練所に言葉巧みに誘導した選りすぐりのクズである。

 正直言って相手をするのも面倒くさい。

 

「こいつら全員早く子鬼どもに食われて死なねえかなあ」

「思ったこと全部口に出てるぞオッサン」

 

 やさぐれた生徒その1に指摘されおおっと、と、グレンは顎髭をさすった。まあ別に本音を聞かれて困るわけではないが。

 

「あーもういいや、とにかくさっさと訓練終わらすぞクソども覚悟し――」

「グレン、追加で2人訓練ついかよー」

「死ね」

 

 そこへ乱入してきたロッズと2人の子供を前に、グレンはうめいた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 訓練所

 

 ウルはその言葉に一も二も無く飛びついたものの、時間が経つと共にその名称と、冒険者という役職の相容れ無さに、奇妙な感覚を覚えていた。訓練、という言葉の響きには地道で、真面目で、堅実な印象を受ける。冒険者という言葉には粗野で、乱暴で、不真面目な印象を受ける。

 ウルの個人的感想ではあるが、大きく外れているとも思わない。実際ここにいる、ウルと同じ冒険者見習い達は、机に座るという事すら鬱陶しそうにイライラとしている。顔には「なんでこんなとこにいなきゃなんねえんだ」という不満がまき散らされている。

 

 そうそう、冒険者ってこんな奴らだよな。

 

 という、妙な納得を得ながらも、ウルは眼前の講師と思しき男を見る。

 

「……めんどうくせえ」

 

 見た目、4、50くらい。只人(タダビト)、無精髭、赤黒いボサボサの頭。やる気という物を全く感じない生気のない眼、教師、という言葉があまりにも似つかわしくなさ過ぎる。ウルでも訝しげな顔にならざるを得なかった。

 ぶつぶつと何か愚痴のようなものをこぼしながら大きく、諦めたような溜息をつくと、男はウル達の方へと向き、皮肉げに顔を歪めた。

 

「ここで指導を行うグレンってもんだ。ようこそクソッタレな訓練所に、クソッタレな冒険者になろうなんて志したバカども」

 

 コイツ本当に指導する気あるんだろうかとウルは思った。他の奴らも多分そう思った事だろう。隣に居るシズクだけは何故か拍手しているがコイツはコイツで何とも思わないのか目の前の男を。

 しかしグレンという男は気にしたそぶりも見せず言葉を続ける。

 

「別にこの訓練所に通うのは義務でもなんでもねえ、今すぐ迷宮に行ったって誰もお前らを咎めやしねえし騎士団もしょっぴいたりはしねえ。……っつーのに此処にいるってことは、まあロッズのバカにそそのかされたって事だろう」

「私たち、そそのかされたのですか?」

「そうかもなあ…」

 

 シズクの問いにウルは生返事する。

 実際ウルはこの話を聞いたときは随分美味しい話もあったもんだと思った。家を持たない放浪の身では、寝泊まりにすら金はかかる。名無し用の不潔で寝心地最悪の安宿であってもだ。寝泊まりと指導をタダでしてもらえるなんてうさんくささしかない。残念ながらウルには選択肢がなかったが。そそのかされた、と言われても納得しかない。

 

「おいコラふざけてんじゃねえぞオッサン!!てめえの話なんてどうでもいいんだよ!」

 

 しかし他の者達は納得できなかったらしい。ウルの隣の男は立ち上がりがなりたてる。五月蠅かった。

 

「指輪をよこすっつーからこっちは来たんだよ!寄越せよ!“銅の指輪”を!」

 

 指輪?とウルは首を傾げ、シズクを見る。シズクも首を傾げていた。

 銅の指輪の意味はわかる。今ウル達が持っている“白亜の指輪”ロッズが言っていた“仮”の冒険者の指輪なんかじゃない、本物の冒険者の指輪だ。それをくれるのだろうか?ここで?しかしそれならなぜロッズはその事を言わなかったのだろうか。

 

「サプライズとかではないでしょうか?」

「サプライズかあ」

 

 と、間抜けな会話をウルとシズクがする最中、グレンが彼方此方から湧き上がる不満の声を鬱陶しそうに無視しながら、懐から何かを取り出す。

 窓の外の太陽の輝きに照らされ眩く輝くその指輪は、ウル達が装着している鈍い白亜の指輪ではない。紛れもない正式な冒険者の指輪だ。

 

「銅の指輪、まあ冒険者ギルドの中じゃ最下位の指輪だが、それでもお前等が渡された白亜と比べりゃその持つ効力はデカイ。権限の一つに、“都市滞在費用”の免除が与えられるって言えばわかるだろう」

 

 その一言で、不満を上げていた訓練所の参加者たちは色めきたつ。一定の費用を支払わなければ都市に居続けることも出来ない名無しには、それだけで魅力的な権限が、あの小さな指輪に秘められているのだ。

 

「っつーわけで、どうせ長ったらしい説明してもおめーらは聞かねえだろ?此処のルールを説明してやる」

 

 そう言ってグレンは指を三つ立てた。

 

「この訓練所を出る方法は三つ。一つは退学、コレはいつでも、自分の意思でそうしたいと思ったらそうすりゃいい。さっきも言ったが、別にこの訓練所は義務じゃねえんだ。望まないなら出ていっても止めねえ」

 

 そう言って一つ指を折る。だが、他の参加者達はグレンが持つ指輪を凝視している。少なくとも今すぐ此処を出ていく気は無いらしい。

 

「二つ目、俺に認められること。俺が許可を出したら指輪をくれてやる」

 

 ニヤニヤと笑いながらグレンは更に指を折る。あ、コイツ許可出す気ねえなという気配がありありと出ていた。しかし参加者たちは未だ指輪を凝視している。全く諦めていない。今にも飛びかかりそうだった。

 そして、グレンは最後の言葉を口にする。

 

「三つ目、俺を倒せ。手段は問わねえ」

 

 それを言い放った瞬間、参加者の何人かががたりと椅子を蹴り飛ばし立ち上がった。見ればどっから持ち出したのか棒状の鈍器をそれぞれ持っている。見た目完全に強盗の類いの男達のリーダーと思しき男がグレンへと近づき、せせら笑った。

 

「てめえをぶちのめしゃ“お勉強会”せず指輪貰えるってか?」

「おーそうだぞ」

「そいつはルールとかあんのかい?タイマンじゃなきゃならねえとかよ」

「言っただろ、手段は問わねえって」

 

 それを聞いた瞬間、彼は仲間たちを顎でしゃくる。そして吠えた。

 

「んじゃあ!ここでのめしちまっても文句はねえってこったよなあ!!!」

 

 古びた長机が押し倒される。男達が飛び出し、グレンを取り囲む。教室から怒号とも悲鳴ともつかない声が響く。

 

「……ぅぉ」

「あら?」

 

 ウルはその瞬間、()()()と何か背中に得体の知れない悪寒が走ったのを感じた。根拠も何も無い直感が、危機を告げていた。それに従いウルは咄嗟に隣に居るシズクの肩を掴んで頭を下げた。

 

 衝撃が部屋全体を飲み込んだのはその次の瞬間の事だった。

 

「っっっっっっっっっハガゴバァ?!!」

 

 同時に、魔物の断末魔でもそうはならないような奇妙な悲鳴がこだました。

 

「………………は?」

 

 恐る恐るウルが顔を上げると、何故かグレンを囲っていた男達の姿が消えていた。右を見ても左を見てもどこにも無い。そして、パラパラと上から何か、石片のようなものが落ちているのを見て、上を見上げる。

 

「……………あ、が」

 

 そこに、その天井に、チンピラ達はいた。頭から天井に頭を突っ込み、胴体近くまで身体をめり込ませながら、つり下がっていた。奇妙な天井のインテリアと化したチンピラ達は、恐怖を通り越してシュールだった。

 

「おーし、ほかに挑戦者はいるかー。全員で来てもらってかまわねーぜ俺は」

 

 グレンがにこやかに訓練生に笑いかけるが、それにこたえるものは一人もいなかった。

 

 冒険者ギルドグリード支部、訓練所、第245期生

 

 参加者三〇名、内脱落者五名、残り二五名

 

「……ええ」

「とんでもない場所に来てしまったのでは?」

 

 シズクののんびりとした指摘は、的確だった。

 




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冒険者になろう 阿鼻叫喚編

 

 

 【大罪迷宮グリード】

 カテゴリ:地下階層型迷宮。

 イスラリア大陸、南東部、アーパス山脈の横に構えた大陸の“端”に位置する大罪迷宮。

 百年前に発生した迷宮大乱立騒動で発生した最大級レベルの迷宮の一つ。定期的な変動と、大規模な魔物の大量発生を起こす“活性期”を繰り返しており、現在でも攻略は出来ていない。現在確認するだけでも30層以上、一説では50層以上先まで存在するという話もあるが、真実は定かではない。

 一人の黄金級の冒険者が深層で竜を討って以降、その者が到達した迷宮踏破の記録は破られていない。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 迷宮都市グリード冒険者育成訓練所、授業開始1日目

 

 ウル達訓練生たちはグラウンドに集合していた。

 

 この時点で5名の尊い犠牲者……もとい脱落者達が出てからというものの、オラついていた訓練所の参加者達は随分と物静かになっていた。少なくとも目の前の無精髭の男、グレンに罵声を浴びせるような者は一人も居ない。誰も、天井のインテリアにはなりたくはないらしい。

 無論、ウルも同じく不安ではあった。が、一方で安心した点もあった。

 グレンが、間違いなく強いという事だ。

 

「グレン様はお強いようですから、強くなれるかもしれませんねえ」

「強いイコール指導力があるとは限らないが、まあな」

 

 シズクの言うことは安易だが尤もだ。少なくともウルよりは強いことは間違いないのだから何か学べることがあるはずだ。

 

 ――向上心を強く持ち、そして辛抱強い努力を保てねば――

 

 ジーロウの忠告を思い出す。現在ウルには本当に何一つ持たない。才能も努力も財産も知識も技術も、流れ者である故に、土地勘も、知り合いも何もない。黄金不死鳥、そしてアカネの件がなくとも、どのみちウルは生きるための力が必要なのだ。

 力を手に入れる。生きていくための力を。アカネと幸せに生きていけるだけの力を。

 ウルは自身をそう鼓舞する。少なくとも、隣のシズクの前向きさくらいは持っていなければやっていけないだろう。

 

「おーし集まってんなクソども」

 

 そこへ、訓練生たちの不安の大本であるグレンが満足げに声をあげる。不安と恐怖の視線を一斉に浴びながらも彼はどこか平然と、気にする様子も見せずに訓練生一同を眺めた。そして一言、

 

「お前らにはさっそく迷宮にもぐってもらう」

「ちょっと待て」

 

 即座に待ったをかけたのはウルだった。

 

「なんだクソガキ」

「早ない?」

 

 迷宮に潜るための力を付けるつもりだったのに即日で迷宮に突撃をするというのは流石に想像していなかった。

 

「普通こういうのは、基礎訓練の指導みたいなのから始めるものと思ったが」

「ここいらグルグル走り回ってたって迷宮に潜れるようにはなんねえよ。迷宮を学びたきゃ迷宮に行け。魔石を稼げ。指導代としてギルドで搾取するから」

「クソみてえな理由が聞こえたんだが」

 

 条件付きでタダ

 というロッズの言葉をウルは思い出した。条件とはつまりこれか。全然タダでも何でも無いじゃないかあのアマとウルは思った。当然、ウル以外も不満を持ったのだろう。落ち着いていた不満の声が再び湧き上がった。

 

「てめえふざけんな!ろくな指導もしねえ!迷宮の稼ぎは減らしますだ?!だったら訓練所なんて今すぐ辞めててめえで迷宮掘りに行くわ!!」

 

 極めてごもっともな意見ではある。指輪のご褒美が無ければ彼らは今すぐにでもここから立ち去っていたことだろう。ウルとて、本当にこれからまともな指導が受けられないならそうするつもりだ。

 グレンもまたその罵声をきき、なるほどと頷いた。

 

「んじゃ、こうしよう。この中で最も魔石を取得出来た奴に指輪をくれてやる」

 

 次の瞬間、文句の声をあげていたならず者達は一斉に飛び出していった。凄まじい速度で、訓練所を飛び出し、ウルは取り残された。

 

「…………馬の鼻先に吊り下げる人参みたいにつかっていいのか、その指輪」

「使えるものは使う強かさがうんたらかんたらなんだよ冒険者」

「せめて最後まで言い訳頑張れ」

「で、お前等はいいのかよ」

 

 お前等、と言われてウルは隣を見ると、シズクもまたウルの隣に居る。彼女も残ったらしい。まあ、それはいいとして、ウルは溜息をついた。

 

「どうせ指輪をやるつもりなんてないんだろ?」

「そりゃそうだ。誰がやるかあんなバカどもに」

 

 講師役失格としか思えない台詞を平然とのたまいながら指輪を指で弾く。名無し達が喉から手が出るくらいにほしがるものをオモチャのように…、と思いつつも、グレンの言うことに内心で同意もしていた。あのチンピラ達があのまま冒険者の指輪を獲得し、都市の中に蔓延るようになるのは正直いやだ。

 

「では、これはあの方達の()()()()のが目的なのですか?」

 

 今度はシズクが問う。

 やや物騒な言葉の響きに、グレンは楽しげにケラケラと笑った。

 

「そだよ。よくわかったな」

「皆様、とても元気が良さそうで、話を聞かなそうでしたから」

「から?」

「落ち着いてもらった方が良いかなと」

 

 グレンはソレを聞いてケラケラと笑った。そしてしげしげと興味深そうにシズクを眺めた。

 

「変な女だな。なんで冒険者なんかになろうってんだ。()()()()()()()で」

「強くなりたいのです。一刻も早く」

 

 その言葉にある強い意志は隣に居るウルにも感じ取れた。グレンは「面倒くさそうだな」と鼻を鳴らした。

 

「もっとも、名無しなんて大概、スネにキズ抱えてる奴ばっかだがなあ。んで、都市の外に居るから、野良のちっせえ迷宮なんかを既に経験済みな事も多い」

 

 なるほど、とウルは頷く。ウル自身も迷宮探索の経験はある。アカネの一件で迷宮で魔石採掘として働かされるよりも前から、その日のメシを稼ぐため、何度か迷宮の出入り口で剣を乱雑に振り回し、魔物から魔石を奪ってその日の飯の種にしたことはあった。

 

「だから、そういう奴らは自信満々で、迷宮のことを侮って、つけあがる。んでそういう奴らほど死亡事故やトラブルを起こしやすくてな」

「だから鼻っ柱をへし折ると」

「そゆこと。こっちの監視下でな。一度自信失えば少しは慎重になるからな」

 

 とてつもなく乱暴な人格矯正法だった。こんな真似を冒険者ギルドがやってるのかと呆れもしたが、冒険者らしい扱いということなのかもしれない。

 

「そうすりゃ、適度に自信をなくして、ビビって、浅い層で毎日毎日魔石を採っては都市に還元する都合の良い奴隷が出来あがるっつーわけだ。頭良いだろ」

 

 いややっぱひっでえわ。

 

「一回の挫折で心折れるような奴はその程度だ。死なないようにセーフティ敷いてやっただけありがたく思えっての」

「最初から成功するかもしれんぞ。迷宮探索。余計自信を付けるかも」

「最初から上手くやれる奴らならそれでいいんだよ。【大罪迷宮】の上層くらいなら上手くやれる“腕”と“頭”があるって事だからな……そんな奴ばかりなら俺も楽だ」

 

 グレンの言葉は何処か確信めいていた。大罪迷宮。実際ウルも大罪迷宮に足を踏み入れるのは初めてだ。さっきのチンピラまがい達も初めてだろう。現存する迷宮の中でも最も巨大な規模となる大罪迷宮。それらは全て大連盟及び、“都市の政治を司る神殿の管轄”であり、冒険者ギルドを通さなければ立ち入れないのだから。

 しかし冒険者として成り上がるなら、避けては通れない。

 

「さて、てめーらもとっとと行けよ」

「折っておきたい鼻柱なんて存在しないが」

 

 ウルがそう言うとグレンはうるせえとウルの額を小突いた。痛かった。

 

「指輪目当てでも無く訓練所にのこるっつー事は、殊勝なことに強くなりてえんだろ?」

 

 頷く。隣に居るシズクも同様に頷く。

 

「なら1にも2にもまず迷宮に行くしかねえんだよ。実戦しろ。死線を越えろ。魔力を喰らって血肉に変えろ。戦い方の指導なんてその後だ。行け」

 

 そう言ってグレンから蹴り出され、ウルとシズクもまた、大罪迷宮グリードへと向かうのだった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 迷宮都市グリード 行軍通り。

 

 かつて迷宮からあふれ出んとした魔物たちを抑え込むため毎日のように迷宮へと軍隊や冒険者たちが突入を果たしていたころに付けられたその名だが、現在はそのような光景は見られない。迷宮探索家の増加、結界術の発達に伴い、迷宮から魔物があふれ出る心配がほとんどなくなったからだ。

 代わりにこの行軍通りにはさまざま店舗が立ち並び、日々激しい活気に包まれている。迷宮から産出される豊富な資源、それらの加工品等が並ぶこの通りは大陸随一の商店道と言えるだろう。

 

 

                      ~イスラリア大陸の歩き方~

 

 

 

 行軍通り

 

 かなりの広さの大通りなのだが、そうは感じられない。立ち並ぶ商店、露店、それらを目当てに集まるたくさんの人々でごった返しているからだ。それもただ人通りが多いというのではなく、そこには凄まじい人の熱気が溢れかえっていた。

 露店を張る商人たちが道行く人々に声を張る。その凄まじいエネルギーは熱気となって、道行く人々に当てられ、それが更なる熱気へとつながり、全体の活気と熱気へと変わっていく。

 ウルは放浪の間、様々な都市を巡ってはきたが、此処ほど活気のある場所は見たことはなかった。大罪迷宮を中心とした複数の迷宮から流れ込む莫大な魔石が産業を高めヒトを呼び、活気と金を生む。尽きぬ魔石によって夜も照らされ、住まうヒトは欲望に酔いしれる。

 

 大罪都市グリードとはそういう都市だ。この通りはその縮図のようだった。

 

「皆様、元気で、とても活気があるのですね」

「伊達に大罪都市の一つじゃないからな」

 

 となりで歩くシズクののんびりとした感想にウルも頷く。活気があり、

 

「元気がありませんね?」

「正直に言って憂鬱だからな。冒険者になるハメになるとは」

「お嫌いですか?冒険者」

「嫌いで苦手だ。金好き酒好き暴力好き。下品な刹那主義者。関わりたくない」

 

 昔から、冒険者という生き物に対して純粋な生理的嫌悪感をウルは常々感じていた。彼らが根っからのろくでなしばかりでないということは勿論知っている。時としてウルやアカネを気遣ってくれるような心優しい冒険者に助けられたこともある。誰もがアホでバカではないとウルは知っている。

 要は、それとは別に、ただただウルが冒険者という存在が苦手なのだ。堅実な人生をと願う彼にとことんそぐわぬ生き方であるような気がしてならないし、実際にそうだと思う。命を懸けて魔物達と切った張ったする生き方は、刹那的だ。

 

「そんな冒険者になるのですね」

「いやだなあ…………」

 

 改めてシズクから指摘され、ウルはへこんだ。大変に辛い。

 

「で、お前は?強くなりたいのは分かったけど、なんで強くなりたいんだ?」

 

 迷宮での殆ど事故みたいな出会いから、何故か同行し続けている羽目になっているが、肝心要の彼女の目的については全くもって分からないままだ。恵まれすぎている容姿も捨てやって、兎に角強くなりたいということしか分からない。

 質問に対して、しかしシズクは困り顔になった。

 

「申し訳ありませんが、あまり私の事情は説明できないのです」

「そうか。まあそれならいい」

 

 ウルは彼女の言葉に納得し、会話を切った。すると今度はシズクが首を傾げる。

 

「いいのです?」

「喋りたくない事情に首突っ込んでも得なんて無いだろ」

 

 コッチの事情に踏み込むな。

 という奴はウルは結構知っている。彼らは犯罪者だったり、【神殿】の法に触れるような所業をしていたり、様々だった。結果、距離の取り方をウルは学んでいる。聞くなと言われれば聞かないし、問わない。踏み込まない。彼にとっていつものことだった。

 しかしシズクにとっては違うらしい。彼女は顔をほころばせて笑った。

 

「ウル様はお優しいのですね」

「こんな事に優しさ感じられてもな」

 

 ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべるシズクにウルは不安を覚えた。

 

「ダメですか?」

「いちいち恩を感じてたらそのうち騙されて売られるぞ」

 

 冗談ではなくマジだ。今の時代、ヒトの売買は決して珍しくはない犯罪の一つだ。都市の中は安全だが、大連盟法に守られない都市の外ではそのような犯罪も起こりうる。都市の中で安全にうつつぬかしていた都市民が気がつけば都市の外で奴隷になっていた、なんて話も珍しくはないのだ。

 ましてシズクは容姿の恐ろしく整った女である。誘拐されるリスクは十分ある。

 ウルがそう説明するとシズクは納得したように頷いた。そして、

 

「では色々と教えていただけますか?」

「は?」

「ウル様ウル様、あの出店は何を売っているのでしょう?」

 

 なんで俺が?と聞き直す間もなく、シズクはキラキラとした眼で通りに開かれる出店を指さしてウルに問うた。ウルは一瞬無視しようか悩み、沈黙し、彼女の目を見て、唸った。そして諦めたように溜息をついた。

 

「……子供の駄菓子だよ。ミナっていうやわい果実に蜜塗って焼いてる」

「あちらのなにかキラキラと輝いてるのは?魔道具?」

「玩具だよ。空にかざすと七色に光る。万華光とか言ったか」

「あちらのうねうねとしているのは」

「……大人の玩具だな。表で売るなよあんなもん。あ、しょっぴかれた」

「まあ」

 

 そんなこんなで、二人でまるで観光のような会話を続けながらも、通りを進んでいった。

 そして間もなくして、彼らの目の前に大罪迷宮グリードが姿を現すのだった。

 



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冒険者になろう 阿鼻叫喚編②

 

 

 大罪都市グリード 大広場 欲望の顎

 

 大罪迷宮の出入り口に存在する大広場にたどり着いたウルがまず目に付いたのは広間の四方に建てられた魔よけの石柱だった。

 先ほどまで通ってきた行軍通りに劣らず、否、それよりもはるかに増してそこは活気にあふれていた。広間の限られたスペースに露店が敷き詰められるように並び、商人達が最早叫ぶようにして自らの商品をアピールしている。

 そしてそれを眺める客たち――冒険者達――もまた真剣だ。誰もかれも、ショッピングに楽しみ浮かれる様子はない。商品を手に取り睨みつけるようにして、その品質を見抜こうとする。迷宮を前にした最後の準備を誰もが入念に行っていた。

 

 そして大広場の奥に、それはあった。

 

 この活気に満ち満ちた大広場の中にあって、何故かそこだけが薄気味の悪い、冷たい、湿気た風がながれていくのを感じる。古びた門の先、深く深く、広間から地下へと続く階段。

 あれこそがこの都市の要。幾多と発生した迷宮の中でも最大規模の迷宮。

 

 【大罪迷宮グリード】に他ならない。

 

「あれか……」

 

 ウルは本能的に感じた薄気味の悪さに少し身震いしながらも迷宮の入り口へと向かう。すると途中でヒトだかりのようなものが見えてきた。近づくとそれが怪我人を運びだす癒院の癒者たちであると気がついた。

 怪我人は、知らない顔もいたが、つい先ほど見たことのある顔の方が圧倒的に多かった。というか、どいつもこいつも訓練所から飛び出していったチンピラもどきの冒険者達だった。

 

「…………」

「……ぅう」

「いでえ……いでえ……」

 

 グレンに対してイキがっていたのは何だったのか。というくらいのボロっぷりである。まあ、癒者達も回復魔術などは使わず軽い応急手当で済ませているから、大けがはせずに済んだのだろうが。

 

「あら、貴方。ウルだったかしら」

 

 と、聞き覚えのある声がウルの名を呼んだ。見れば、癒院でウルを治療した女の癒者がウルをみていた。彼女も仕事なのだろう。足下に転がるチンピラ達に包帯を巻き付けていた。痛い痛いと喚く男の悲鳴を無視して容赦なく治療を行っている。

 

「毎度の事ながら喧しいわね」

「毎度なのか」

「毎度よ。訓練所から送り込まれる冒険者未満達の治療は」

 

 つまり、訓練所から出撃した者達は怪我する前提ということか。グレンの話を信じるならそもそも重傷にならない程度に怪我させて鼻っ柱をへし折るのが目的なのだから当然だが、酷い話だった。

 

「それで、貴方たちも行くの?言っとくけど、指輪なんて貰えないわよ」

「一応、参加者の中で最優秀のものが貰えると聞いているんだが」

「そうね。ちなみに突撃したあの訓練生徒たちに熟練の冒険者が混じってるわけだけど」

 

 ちらっとみると、うめき倒れる怪我人達の中に一人だけ颯爽と立つ女が一人いた。両腰に剣を二本差し、外套を頭からすっぽりと纏った女。情けない声がひしめく中、魔石を納める“拡張鞄”から大量の魔石を“換金所”に預けている最中だった。

 

「……ひでえ話だ」

「そんなわけで、指輪なんて貰えないわけだけど、それでもいくの?」

「…………ひとまずは、行く。どのみち迷宮に潜らなきゃ冒険者にはなれんのだ」

 

 グレンの命令だから、という訳ではないが、言っていることはもっともだとは思った。どのような思惑であれ、冒険者になろうというのだ。なろうとするからには迷宮は絶対に避けては通れない。地道に訓練をしてからなどという悠長な真似をする余裕はないのだ。

 

「…………そ。なら無理はしないようにね。魔物10匹を目安にしなさい。侵入も1層目に留めること。低層でも大罪迷宮、この人達みたいになりたくないでしょ」

「なりたくはないなあ」

「気をつけますね。ありがとうございます」

 

 ウルとシズクは癒者の女に頭を下げ、そして迷宮へと向き直る。

 二人にとって初となる大罪迷宮の探索が始まるのだった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「あ?初めて?白亜か。んじゃあそこのでっけえ“引石”に指輪を擦りつけろ。出口の方に案内してくれるようになる。白亜は3層までしか侵入は許されとらん。魔石は全部此処に出すのがルール。以上だ行け」

 

 換金所。迷宮の通路や魔物から採れる魔力の結晶、魔石の金銭への換金所であり、同時に関所でもあるはずのこの場所での説明はおそろしく雑だった。

 

「あんな適当でよろしいのでしょうか?」

「入るのは良いんだろう。緩くて」

 

 その代わり、と、ウルが魔石の換金場、迷宮から出てきた冒険者達の方を見る。彼らは一様に入念な持ち物の検査をされている。魔石のみならず、迷宮から持ち帰ったもの全て、身につけている装備品に至るまでしっかりと確認させられている。

 

「あちらは厳しいのですね?」

「迷宮に入る奴が減るのは困る。だから入り口は易しくして、でも魔石や遺物を勝手にちょろまかされると困るから出口は厳しいと」

「合理的ですね」

「あけすけすぎるのもどーかと思うが……いやまあいいか」

 

 別にこの都市がどんな風に迷宮を運用していようがウルは困らない。入り口がどんだけ緩かろうが、冒険者ギルドという関門を先に通している以上、よっぽど変な奴が入ってくることはまず無いという信頼もあるのだろう。

 

「さて」

 

 ウルはそう言って自身の格好、装備を確認する。あの小迷宮を探索したときと同じボロの私服、ではない。酷くボロではあるが革鎧に、右手に小型の盾を一つ。更に長槍を一本装備している。迷宮探索としてはやはり心許ないが、武器一本で特攻させられた時と比べればまだましだった。

 しかしこれはウルのものではない。訓練所でグレンが貸し出してくれたものだ。

 

 ――先輩達が残してくれた武具だからありがたく受け取れ。

 ――死んで残してった遺品ってんじゃないだろな。

 ――……

 ――なんか言えよ。

 

 そんなこんなで倉庫に突っ込まれていた武具防具の幾つかを貸し出してもらえた訳なのだが……

 

「なあ、血なまぐさくない、これ?なんか」

「まあ、ウル様。その革鎧、背中にべったり黒ずんだ痕が」

「この盾、カビはえてない?」

「青紫色で少し可愛いですね?」

「毒々しさしか感じない」

 

 無料の借り物だから文句も言えないがもう少し見た目がまともなものはなかったのだろうかと思わざるを得ない。グレンからは一応「迷宮探索には支障はない」とは言われたが、不気味でならない。

 

「お前はまだマシだな……比較的ってだけだが」

「綺麗なものをいただけました」

 

 シズクの装備は魔術師の魔術を補助する霊木の杖、ウルと似たような革鎧一式だ。血の痕がないだけでウルと同じくらいボロっちいが、それでも多少は様になるのはやはり容姿のおかげだろうか。どうでも良いことだが。

 まあ、少なくとも、最初のあの大牙猪との戦闘の時と比べれば遙かにマシな装備である。不安も嫌悪感も依然としてあるが、しかし防具に身を固める事の安堵感がまだウルを勇気づけてくれていた。

 

 魔物を10匹、10匹ならウルも倒した事はある。大罪迷宮ではないが、ろくな稼ぎのない親の代わりに、自分で稼いで妹と自分の食い扶持を稼いできたのだ。

 

 いける。問題ない。大丈夫だ。ウルは自分にそう言い聞かせる。

 

「よし」

「いきましょうか」

 

 目の前の大罪迷宮へと続く地下への階段を降りていく。

 多くの迷宮は地下より生まれ出でる。大罪迷宮といえどそれは変わりないらしい。しかし地下へと降りていくに従って、ウルは感じた覚えのない感覚を覚えた。まるで全身にまとわりつくような、得体の知れぬ“悪意”。まるで、見えない、巨大な生き物が、自分の身体にまとわりついて、敵意をもって見つめてきているかのような不快感。

 気のせいだ、と強がるようにして階段を降り続け、そしてたどり着いた。

 

「――――ここが」

 

 大罪迷宮グリード第一層。

 ソレは巨大なる地下空間だった。それほど深く降りてきたはずも無いのに、天井が深い。まるで小人にでもなったのかと錯覚する程に、そこは巨大だった。不規則に柱が並び立ち、そして、ウル達が立つ広間から幾つもの通路への入り口がウル達を囲うようにして連なっている。迷宮そのものが放つ魔力の光ではほんの僅か先までしか見ることは叶わず、先の見えぬ闇が、ウル達を睨んでいた。

 ウルは立ちすくみ、そして思った。

 

「やっぱ大丈夫じゃないかもしれん」

「…………ひろいですねえ?」

 

 大罪迷宮グリード探索開始

 




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冒険者になろう 阿鼻叫喚編③

 

 

 迷宮大乱立

 

 数百年前を境に突如世界中に発生した魔窟、地底の奥深くから魔物を次々に生み出す恐怖の洞穴。人々の生活圏を侵略し、破壊し、崩壊させ、生活を根本から変えてしまった全ての元凶。

 そして今や人々の生活の要と化した資源採掘場。その成立ち、状態は様々だが、基本その規模から小中大と単純な種類分けがなされる。

 ただしそれらに当てはまらない例外がこの世界には七つある。ヒトが背負いし宿業の7つに分けられた七つの迷宮。

 

 傲慢 憤怒 嫉妬 怠惰 強欲 暴食 色欲

 

 強欲(グリード)の名を関する迷宮が此処となる。

 

 しかし大罪の名に反して迷宮の内容は実にオーソドックスだ。大乱立以降、多く出現した小型の迷宮らと同じ地下階層型迷宮、大型迷宮に時折存在する地形変化も起こさない実にシンプルな作りをしている。中層、深層へと至ればその様相は更に変化するものの、低層の段階では迷宮そのものがこれといって特殊な変化を起こすことは基本的には無い。

 

 その成り立ちは通常の迷宮と変わりない。

 では、何が通常の迷宮と違うか。

 

「来たぞ来たぞ来たぞ!!正面!!」

「ウル様、背後からも来ています!」

 

 魔物の“濃度”である。

 

『GYAGYAGYAGYA!!!!』

 

 ウルとシズクが大罪迷宮に踏み込み始めてから数分後、ウル達は小鬼(ゴブリン)と接敵していた。魔物としてはもっとも脅威度の低く、小迷宮でウルはもっと装備が貧弱な時に打倒した事がある小鬼だ。

 

 それが1()0()()来た。

 

「多いわ!!!!」

『GYA!?』

 

 ウルは叫びながら槍を突き出す。馬鹿正直に突っ込んできた小鬼の腹を貫き、更にその奥にいたもう一匹を突き殺す。二匹同時、やはり小鬼自体は脆く、弱い。

 ただしまだあと8匹いる。

 

『GYAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 醜い子供のような体躯の魔物が、死んだ仲間の背後から何匹も飛び出してくる。鋭い爪を伸ばし、涎まみれの牙を剥き出しにして。食いつかれ、引き裂かれれば当然、死ぬ。

 ただ数が増えただけで爆発的に脅威が増す。それもまた小鬼の特性だった。

 

「危ないです!!」

『GAAA!?』

 

 対抗するならば、此方も数でもって戦う以外無い。ウルの隣に立ったシズクが魔術師の杖を振りかぶり、振り下ろす。小鬼一体の頭をたたき割った。魔術の杖、という使い方としてはいささか物理的だが、後方でじっとするだけの魔術師ではないことが今は頼もしかった。

 ウルは急ぎ小鬼から槍を引き抜き、即座に薙ぐようにして振るう。二匹捉えた。一匹は逃れたが、もう一匹は壁にたたき付ける。ごきりと骨が折れるような音がした。脆い。

 残り6匹。先の薙ぎ払いで哀れにもすっころんだ小鬼が目の前に転がってくる。ウルは容赦なく蹴りを繰り出し、首をへし折った。残り5匹。

 

 やはり、小鬼は脆く、弱い。乱雑な攻撃でも呆気なくその命を散らす。だが、どれだけ一方的であっても、数が多ければ殺しきるには今のウル達には手数が足りなかった。

 

『GYAAAAAAA!!!』

「っくっんのお!!」

 

 殺しきれなかった残りの小鬼がウルに飛びかかる。口を大きく開き、腕にかみつこうとする。革鎧がソレを防ぐ、が、つきたった牙と爪が肉に食い込み、血が噴き出す。更に2、3匹飛び掛かりに来る姿がウルには見えた。

 

 このまま受ければ、なぶり殺しにされる。

 

 その恐怖は正確だった。魔物の十三階級最下層の小鬼、個体としてはたいしたことがなくとも群れることで飛躍的に危険性が高まるこの魔物は、他の魔物と同じく決して侮ってはならない存在だった。

 その脅威を前に、怯えず、パニックを起こすこと無く動けたのは、社会的弱者であるが故に陥った窮地の場数の多さから来る「慣れ」による所が大きかった。

 

「に、げる!!!」

「はい!!」

 

 此処にいてはいけない。という直感からの彼の動きは速かった。飛びかかった小鬼達から距離を取り、同時にそのまま背中を向け、そして走る。

 小鬼を相手取るとき、小鬼自身の脆さと弱さから正面で、“足を止めて”迎え撃ってしまう者が多い。だが、足を止めれば格好の餌食だ。囲まれて死ぬ。

 

 走る、振り返る、小鬼との距離は離れていく。小鬼は足が遅い。

 

「シズク!!」

「【焔よ唄え、我らが敵を討ち祓え――火球!!】」

 

 シズクの唄が迷宮に響き、そしてヒトの頭よりも大きな火の玉がシズクの目の前に出現し、そして直進した。

 

『GYAAAAAAAAAAAA!?』

 

 爆散した炎の球に、残る小鬼達は一気に焼かれた。大牙猪の時のように耐えられる、ということも無い。魔術の詠唱、そして回数の制限、様々な制約がありつつも、やはり魔術は絶大だった。

 

『G………』

 

 残り5匹、全員が燃え焼け、僅かに悶え、その後動かなくなった。そして、肉体がグズグズと溶け始める。迷宮の地面にまるで吸い込まれるようにして消えていった小鬼の肉体、その後には魔石が落ちた。

 

「……危なかった」

 

 ウルは、額に吹き出した汗を拭い、深々と溜息をついた。

 

 ウルとシズクが迷宮の入り口に入って最初の頃は魔物は殆ど出現しなかった。故に通路を進み、暫くすると一匹二匹と小鬼が湧いて出た。それを倒すとまた出現しなくなったので更に奥へと進み、進み、進んで、ある程度進んだ矢先、いきなり10匹の小鬼に取り囲まれ今に至る。

 まるで誘い込まれたかのような唐突さであった。いや、実際に誘い込まれたのかもしれない。この大罪迷宮に。

 

 10匹を目安にしろ

 

 という助言の意味が、わかった。この迷宮で欲張り深入りすれば、死ぬ。欲を掻いて奥に進めば、その瞬間逆に食い尽くされる。この場所はそういう場所なのだと、思い知るには10匹という目安は。丁度良い数だった。

 

「……そりゃ、あのチンピラ達は一網打尽になるだろうさ」

 

 ウルとシズクは互いに助け合って、いわば一行(パーティ)を組んで尚、今のような窮地に至ったのだ。グレンに挑発されたあのチンピラ達は恐らく競い合うようにして急いで魔物達を倒そうと、どんどん迷宮の奥へと突っ込んでいったのだろう。当然、ウル達以上に激しい猛攻に遭ったはずだ。

 必然的に死屍累々になる。グレンの思惑通りに。酷い話である。

 

「ウル様、ご無事ですか」

 

 魔術を放ち、ウル以上に疲労の表情を浮かべたシズクが近づいてくる。ああ、とウルは手を上げて彼女の方へと振り向き――

 

「――は?」

『GAAAA!!』

 

 彼女の背後から新たに湧いた小鬼に驚愕した。

 

「伏せろ!!」

「――っ」

 

 醜く鋭い爪を伸ばし、シズクの首へと伸びた小鬼に即座に反応し、槍を繰り出せたのは、この大罪迷宮の脅威を目の当たりにして、戦闘完了後も緊張を解くことが出来なかったから。要はビビっていたからだ。そしてそれは正解だった。

 

『GOE………』

 

 突き出された槍はシズクの頭を掠め、小鬼の喉を貫き、殺した。小鬼は魔石になったが、ウルはそれを拾うよりも先に驚愕した。

 

「……マジか、もう湧いたのか次が」

「……ありがとうございます、ウル様」

 

 迷宮の魔物の出現速度は、迷宮の規模によってまちまちだ。出ないときは一日の間に何度か、というレベルで少ないことも。しかし今のは、一〇匹まとめて出現してから1分も経っていない。なら、この後も?こんな調子?

 いや、まさか、という楽観が出来るほど、ウルは能天気ではなかった。

 

「シズク、急いで帰ろう」

「魔石はどうします?」

「いら――――いる」

 

 一刻も早く逃げたい、という衝動を堪え、ウルは言葉を翻した。

 訓練所で寝泊まりは出来るらしいが、メシは出ない。メシを食わないと人間は死ぬ。ウルは一文無しである。此処で魔石を拾わず逃げ帰ったとあってはどっちにしろ死ぬ。可能な限り魔石は拾わねば。

 

「逃げてきたので、落ちた魔石は先ほどまで進んだこの通路の奥です」

「……………畜生!!」

 

 ウルは先ほどまで居た道へと全速力で駆け出した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 大罪迷宮グリード、迷宮出入り口 欲望の顎にて

 

「あー辛気くせえ」

 

 そこに訓練所の主であるグレンが悠々と姿を現した。大体の人間は彼の出現を気にもとめなかったが、広間に集う冒険者達の何人かは彼の姿を見るとぎょっと顔色を変えた。グレンはそれらを無視して大罪迷宮グリードの入り口前、自分の生徒達がゴミのように折り重なっている現場へと足を進めた。

 ぶったおれ、治療を受けている訓練生徒達はグレンを見るが最早何か罵る気力は無いらしい。黙ってうなだれるばかりだ。それをグレンは鼻で笑う。

 

「なんでえ根性のねえ。まだ罵る気力残ってたら割と見込みあったんだがな」

「勝手なことを言うな。筋肉ダルマめ」

 

 そこに声をかけてきたのは、外套を身に纏った女だった。彼女は訓練生と共に迷宮に突入した冒険者であり、怪我人だらけの中一人無傷の帰還者であり、そして今回の突入の折、グレンの仕込みの冒険者でもあった。

 

「おう、ご苦労さんカルメ」

「重役出勤とは良いご身分だな、グレン」

 

 そう言い、彼女は頭にかぶせていた外套を外す。鋭い目つきが印象的な女。頭の上にピンと立った二つ耳、獣人のそれだった。それ自体は別に珍しくもない。問題なのは彼女の指に、美しく銀色に輝く指輪が嵌められていたことだ。

 

「……指輪」

 

 訓練生の一人がうめくように呟く。彼女の指には訓練生達の白亜のソレとは違う、本物の冒険者の指輪が陽に照らされ輝いていた。“銀色”は一流の冒険者の証だ。

 本来であれば、訓練生のお守り、なんて仕事は任せるようなヒトではないが、ちょうど彼女の一行が迷宮中層から帰ったばかりの、要は休養期間中だったのでグレンが仕事を(強引に)依頼したのだ。結果、貧乏くじを引いたのが彼女である。

 

「ちなみに一番狩ってきたのもカルメなので賞品コイツな」

「イラン」

 

 最初のやりとりがペテンであることを明かされて尚、文句をいう気力が残っている者は此処に残っていなかった。

 

「これで全員か…?」

「いや、あと二人……おっ来たな」

 

 グレンがそう言って間もなく、迷宮の入り口から新たに二人分の影が姿を現した。

 

「……太陽の光が、眩しい」

「眩いですね……」

 

 大罪迷宮グリードから最後の組ウルとシズクがよろよろになりながら生還した。

 二人は息も絶え絶えであり、外に出た瞬間ぐったりとうなだれたが、しかし少なくとも自分の足での帰還を叶えた。怪我もしているが、即座に治療が必要というほどでもない。そして何より、魔物を倒した後の魔石も回収している。握りしめた麻袋から魔石が零れているのが見えた。魔物と遭遇しただただ逃げ帰ったというわけでもない。ちゃんと“儲け”を出している。

 初の大罪迷宮探索者としては“まあ悪くない出来”である。グレンはよしよし、と満足げに笑うと、死屍累々の冒険者もどき達に向き直った。

 

「っつーわけで、今回初探索が終わったわけだが……んー、よし、カルメなんか言え」

「押し付けるなと言ったはずなのだけれど」

「いーだろがよ。報酬はギルドから貰ってんだろ?これもお前の仕事だ」

 

 割に合わない、などと小さくカルメと呼ばれた女は愚痴を呟き、しかし諦めたように顔を上げると、ボロボロで座り込んでいる、彼女が連れてきた一団を睨みつけた。

 

「理解できただろう。迷宮探索は、特に大罪迷宮探索は決してたやすくない」

 

 鋭いその声は、疲れ切ったウル達の頭に深々としみ込んでいった。

 

「魔物の凶悪さ、出現頻度の高さ、迷いやすく孤立しやすい嫌らしい迷宮の作り、どれをとっても小中規模の迷宮とは訳が違う。それらを攻略して図に乗って、此処も同じだと高をくくって死んでいった冒険者は数え切れない」

 

 びくりと、思い当たる節がある者は反応するが、返す言葉はなかったのか顔を俯かせる。それを知ってか知らずかカルメは容赦なく言葉をなげかける。

 

「己の実力を知り、慎重さと協調性を重んじれば子供だって探索は可能だ。今回しくじって、私に助けられた連中は自分が子供以下だったと理解しておけ」

 

 子供、とは最後に迷宮から出てきたウル達のことであろうという事は誰もが分かっていた。幾つかの視線がウル達の方へと向けられるが、ウル達もウル達で疲労困憊しているのか、その事を気にするような元気はなさそうだった。

 

「そして、今回比較的、まともに探索をこなせた者は……そうだな」

 

 彼女はしばし考えた後に、自身の銀の指輪を爪でキンとはじいた。

 

「気づいてるかもしれんが、この訓練所で本物の指輪を渡す気なんぞ最初から0だ。要領さえつかんだらとっとと訓練所なんぞやめて実戦で経験しろ」

 

 彼女は腕を組んでのんびりとしているグレンをびしと指さした。

 

「この男は実力は確かだが指導能力は壊滅的だ。盗めるところは早いところ盗んで適当に見切りをつけろ。以上」

 

 言うべきことを言い切ると、仕事は終わった、と、颯爽とカルメはその場を後にするのだった。割と言われた放題だったグレンはと言えば、彼女の言葉を一切否定することもなく肩をすくめ、

 

「そんじゃーけーるぞー。帰ったらグラウンド20周なー魔力なじませねえと」

 

 やる気があんなら、だが。

 と、一言付けくわえ、後は何かいうでも無く、軽快な足並みで訓練所へと戻っていくのだった。取り残された冒険者未満の一同は、互いに互い、顔を見合わせ、その後に、げんなりとうなだれたのだった。

 

 




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冒険者になろう 阿鼻叫喚編④

 

「……ひっでえ指導教官もいたもんだ」

 

 銀級の冒険者カルメとグレンの話を座り込みながらも最後まで聞いていたウルはなんとも苦々しい顔で感想を吐き出した。分かっていたがめちゃくちゃ乱暴なやり方であり、そしてそれが本当に乱暴であると銀級の冒険者からお墨付きをもらってしまった。

 適当なタイミングで見切りを付けろ。という彼女の言葉も心からのアドバイスだろう。実際、このグレンのやり方が今後も続くなら、適当なタイミングで引き上げないと怪我では済まないかもしれない。

 

 とはいえ、まだ初日、しかもまともな指導もなくただ迷宮に突入したばかりである。見切りをつけるにしても早すぎる。と、ウルは一先ず考え直した。

 

「ではウル様、私たちも訓練所に帰りますか?」

「いや、その前に魔石換金せにゃ」

 

 先立つものが無いと死ぬ。何のために必死に魔石をかき集めたのだ。

 

 あの後、魔石を取りに行く途中で更に小鬼三匹と遭遇し、魔石を拾ってる間に一匹、そこから帰る途中“影狼”と呼ばれる魔物2匹と遭遇し、結果、合計で二〇匹以上の魔物と遭遇し、倒す事になった。

 魔石は必死に拾ったが、最後の方はその余裕も無く逃げ出す羽目になった。しかも数えてみると明らかに拾った数よりも少ないので、おそらくは何処かで幾つか落としている。魔石を落としたということは金を落としたということと同義だ。金を落としたのだ。

 

「金……」

「思った以上にダメージが深刻ですね」

「生死、かかってるからな……お前もだぞ」

「次は落としません」

 

 シズクは真剣な表情で頷いた。その真面目な顔を見て、逆に気が抜けたのか、出口のすぐ側の地べたにウルはゆるゆると座り込んだ。身体の彼方此方が痛む。革鎧で防げなかった部分、爪や牙がウルの身体を傷つけていた。

 

「あら、ちゃんと帰ってこれたのね。感心だわ」

 

 そこに癒者の女がやってきた。彼女はウルの側に座ると、手慣れた動作でウルの身体を触診していった。そして怪我の場所を確認し、治癒の魔術を発動させる。

 

「【癒(ヒール)】」

「……ぬくい」

 

 癒者の両手から放たれる淡い緑色の暖かな光がウルをゆっくりと包みこんだ。痛むところ、傷ついた場所が温くなって、癒えていった。温い風呂場にでも全身浸かったかのような心地よさにウルは溜息をついた。

 

「今回は冒険者ギルドが負担してくれたから無料だけど、次回からは有料よ」

「良い気分が台無しだ」

「【名無し】だからお値段お高めになるからちゃんと稼ぎなさい」

「傷口に塩を塗り込むのヤメロ」

 

 シズクも別の癒者の魔術によって傷を癒やしている。手厚い介護も今日限りだという。

 

「訓練所なら無料で治療を受けられるとか、そういうサービス無いのか」

「無いわね。今回は初回特典。次回以降は有料」

「なるほど……」

 

 今回は幸運だっただけで、次から金がかかる。この癒者の言うとおり名無しは都市民と比べ更に治療に金がかかる。やはりなにをするにしても金である。

 

「……魔石、換金するか」

「それならあそこよ。あのうさんくさい老人の居る場所」

「だーれがうさんくさいじゃ無愛想な女め」

 

 と、癒者が指さす先、出入り口にある魔石換金所にて、幾つもの魔石を鑑定する老人がコッチを睨んでいた。なるほど。と、ウルはそちらに向かい、必死にかき集めてきた魔石を老人の前に差し出した。

 その魔石の数を見て、鑑定士の老人はほーんと笑う。

 

「まあ、悪くないな。少なくともあのバカどもと比べれば」

「これで悪くないならどんな有様だったんだよ。あのチンピラども」

「まあ、無難にこなせたのも何人かいるが、集めることもままならず逃げ帰った者もおるぞ。カツアゲなんぞしてたバカもおった」

 

 迷宮内でも基本冒険者同士の諍いは厳禁じゃのにアホじゃの。と老人は笑う。いつの間にやら横に居たシズクは不思議そうに声をあげた。

 

「迷宮にもルールがあるのですね?監視する人なんていなさそうですが」

 

 問われ、一切魔石から眼を外さぬまま、老人は鼻で笑う。

 

「冒険者がそもそも監視する側じゃ。都市を守る騎士団の眼が遠い迷宮内部で蔓延る悪党どもをひっつかまえて、迷宮の秩序を保つ番人こそ冒険者じゃ。自分が乱す側になってちゃ世話ねえわ」

「冒険者が悪徳に手を染めたらどうなる?」

「騎士団にとっ捕まるのう。ま、その前に大抵はギルド内部で潰されるのう。冒険者ギルドの粛正はきっついぞ」

 

 少なくとも自浄機能は働いている組織である、らしい。ウル自身は犯罪など起こすつもりは無いが。それ以降は老人は口を閉ざした。仕事の邪魔をするなという気配を察し、ウルもシズクも黙って待った。老人は手慣れた手つきで次々に魔石を鑑定し、そして背後の魔石の収容箱に仕分けし収めていく。

 

「ひのふのみの……ほれ、換金じゃ受け取れ」

 

 そして鑑定が終わり、老人が投げてよこしたのは銀貨1枚と銅貨20枚だ。

 

 ふむ、とウルは思案する。

 銀貨1枚で銅貨30枚、つまり銅貨50枚。

 節制すれば大体一日の食事は銅貨10枚に切り詰められる。で、あれば5日分の食事分。それが数刻で手に入ったことになるわけだが……そのために2,3度死にかけた。しかもこれはシズクとウル二人分だから分ける必要があるのにで2、5日分。かなりザックリした計算でこれだけ。現在は訓練所に無料で住まわせてもらえる、らしいが、それもなくなればどうなるか……

 うん、割に合わんな。とウルはため息をつく。当然、こんな生活続けていける筈がない。怪我をするか、病にでも一度かかるだけで即座に破綻する。その前に生活を安定させるか収入を増やさねば――

 

「随分湿気た顔してるね、未来の黄金級」

 

 そこに、聞き覚えのある声がした。

 嫌な予感がして、出来れば無視したかったが、そうもいかなかったので顔を向ける。まぶしい金色がそこに居た。あのゴルディンフェネクスの借金取りの女だ。彼女は晴れやかな笑顔を浮かべながらウルの方へと近づいてきた。

 

「……なんでここに居る」

「君を探しに来たのさ。前はほら、君が気絶しちゃって、ちゃんと話せなかっただろ」

「アカネは?」

「いるよ」

《にーたん!!》

 

 べしゃりとウルの顔面に紅色の液体がぶつかった。アカネだった。興奮すると彼女は自分の形態維持が出来なくなる。ウルは彼女を顔面から剥がすとそっと足下で形を猫のソレに戻して、頭を撫でた。

 

「生きていて良かったアカネ。この女に酷いことされなかったか」

《ごはんたべておかしくれてベッドでねたー》

「おや、俺より境遇がいい」

「自分のモノは大事にする方だよ。私」

 

 金髪の女はクスクスと笑う。その仕草は腹立たしい事に可愛らしい美少女だった。しかし彼女はウルとウルの家族の命運を握りしめている女である。

 

「で、俺の嘆願は届いたのか?えっと……」

「ディズと呼ぶと良いよ。で、なんだっけ」

「泣くぞ」

「冗談だよ。冒険者になって妹買い戻したいって話ね?」

 

 ディズ、と名乗った女は楽しそうである。ウルは当然楽しくはない。この女のこの後の決定でウルの命運の全てが決まる。妹を買い戻すのはウルの希望でしかない。彼女がやはりなしだと言えばアカネの命運は尽きる。ウルがこうして迷宮で必死に走り回ったのも無意味に終わる。魔物に追い回されるよりも更に心臓が悪かった。

 

「ヒトをいたぶる趣味もなしさっさと答えよう。君の提案は条件付で許可する」

「条件」

 

 許可、という言葉に一瞬諸手をあげそうになるのを抑える。ウルは自分がめちゃくちゃな要求をしているのを理解していた。形どうあれ正式な取引によって奪われた妹を何の手札もなく待ったをかけているのだ。その自分の要求を通す条件、となると、決して容易くはないだろう。

 

「んで、それはなんなんだ」

 

 問うと、彼女は指一本をピンと立てた。

 

()()()()()()()()()を手に入れろ」

「――それは」

 

 ウルは言葉を迷った。抗議すべきなのかそれとも黙って受け入れるべきなのか。グレンが餌としてチラつかせていたそれを手に入れる。一ヶ月の間に。極めて困難な条件を提示されているという事だけはわかったが、それが具体的にどれだけ困難なのかを理解するだけの知識が、ウルにはまだ無かった。

 

「ハハハ!ムチャクチャ言いおるなこの女!出来るわきゃないじゃろ!!」

 

 そこに鑑定士のジジイが横やりというか茶々をいれて笑う。どうやら冗談だと思ったらしい。毎日毎日沢山の冒険者を見ている鑑定士の男が「冗談」と笑うレベルの困難ではあるらしい。

 しかしこの女はマジである。口元は笑みを浮かべているが、“眼”が全く、一瞬たりとも笑っていない。射貫くような眼光でウルを見つめている。笑っていた鑑定士のジジイもこの女が本気で言っていることに気づいたのだろう。眉をひそめ女の顔をのぞき込む。

 

「……いや、出来るわけないからの?」

「ソレを決めるのは貴方じゃないよ。おじいちゃん」

「お前が決めるんか?」

「いいや、決めるのは彼だ」

 

 言われ、ウルは思わず退きそうになった。

 気軽に、口先だけで「出来る」とは言えなかった。そんなことを言ったとしても彼女は即座に見抜き条件を取り上げ去ってしまうであろうということは容易に想像できた。心からの決意を示さねば、彼女は決して納得しないだろう。

 だが、出来るのか?さっきまで小鬼相手に必死に走り回り、逃げ回り、ようやく一回目の魔石の確保ができたような自分に?

 

 冒険者への無知と、矮小な自分に対しての理解が、ウルを躊躇わせていた。だが、

 

《にーたん……》

 

 足下で心配そうに見上げてくる猫のアカネを見て、卑小に慌てる心が静まった。

 妹が死ぬ。絆のある家族が消える。帰るべき故郷も家もない放浪の民、名無しである自分にとって、残されているのは彼女だけである。ソレすら失って、自分だけが残って何になるというのだ。

 

「――――やってやる」

「大変よろしい」

 

 ウルのその答えにディズは笑った。笑って、そしてすっと手を上げると、いつの間にか彼女はその腕にアカネを抱えていた。ウルは驚き目を見開いた。自分の身体に彼女はひっついていた筈なのだが。

 

《んあ?あれ?》

 

 ディズによって抱きかかえられているアカネ自身も驚いた様子だったが、ディズに慰められるように頭を撫でられおとなしくなった。そうされること自体慣れているらしい。ディズはアカネを抱えたまま、くるりとウルに背を向けた。

 

「一ヶ月後を楽しみにしよう。未来の黄金級。楽しませてね?」

《にーたん!!しぬなよー!!?》

 

 ディズの煽りと、妹の声を聞きながら、ウルは最後まで彼女と妹の姿を見送り、そして姿が見えなくなった後、大きく、大きく溜息を吐き出した。

 

「…………吐きそう」

「大丈夫ですか。背中さすりましょうか?」

「……そうしてくれ」

 

 若干的外れなシズクの気遣いを少しありがたく思いながら、ウルは大変に困った。困ったが、途方に暮れている時間もまた、無かった。

 

 

 依頼(クエスト)発生

 

 冒険者ギルドから銅級の冒険者の証を獲得せよ

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 訓練所

 

「なんだ、えらい遅かったなクソガキども」

「今すぐ俺に銅の指輪を授けてくれないと粉々に爆発して死ぬって言ったらくれるか?」

「面白そうだから粉々になってみろ。笑ってやる」

 

 ダメ元の懇願は、当然のようにダメだった。

 

 初の大罪迷宮探索と、ディズとの取引、二つの大きな出来事に直面し、這々の体で帰還したウルだったが、訓練所に帰ってきてみると、えらく人の気配が少ないことに気がついた。

 

「ひー……ひー……」

「しぬ……しぬ……」

 

 迷宮前でのグレンの予告通り、今は訓練所内に存在する小さな広間をひたすらグルグルと走り回り続けているチンピラ達。しかしその数が明らかに少ない。

 死屍累々だったチンピラ達は確かに怪我人ばかりだったが、しかし再起不能と言うほども無く、多少の怪我も治癒魔術で治してもらっているはずなのだが、はて、彼らの半分くらいはどこへ行ってしまったのか。

 

「ああ、あいつらなら出てったぞ」

「ええ」

「全く根性がない、コレで仕事がへるぞやったぜ」

「本音隠す努力をしてくれ」

 

 酷い教官もいたものである。あの銀級冒険者が言っていたように、彼はやはり指導者としてはかなりムチャクチャなヒトであるようだ。しかし、この男が銅の指輪を持っていて、そして与える権利を持っている。たとえそれが危うい冒険者もどき達をつるための餌であったとしても、そう言ったのは事実は事実だ。故に、

 

「グレン、お前が認めたら銅の指輪をくれるのか?」

「やるわけねえだろトチ狂ったのかてめえ」

「建前すら用意しなくなった」

 

 せめて自分の言ったことくらい守ってほしい。

 

「いけません、グレン様。ウル様は真剣に銅の指輪を欲しています」

 

 と、そこにシズクが口を挟んだ。ディズとの遭遇の際は空気を読んだのか一歩後ろに下がって一切口を挟むことはしなかったが、しかしウルの事情は一緒に聞いていたのだろう。詳細は分からずとも、ウルが冗談でこんなことを言っているわけではないのは彼女も分かっている。

 

「妹様を救うために、至急【銅の指輪】を獲得しなければならないのです」

「至急ってどれくらいだよ」

「一ヶ月」

「ハハハ出来るかボケ」

 

 グレンはウルの頭に拳を叩き込んだ。痛かった。

 

「この条件は俺が言い出したんじゃない。言ったのは妹の預かり人だ」

「その条件は了承したのかよ」

「した」

 

 じゃあやっぱりおめえが悪いんじゃねえか、とグレンは更に拳を振り下ろした。ただでさえ悪い頭が更に悪くなる気がした。

 

「仕方ないだろ、ほかに選択肢が無かった」

「いや意味が分かんねえよ。というかなんでそんな不利な条件呑まなきゃならない状況にお前が追い詰められているのかってとこから意味が分からんわ最初から説明しろ」

「殴るなよ」

 

 ウルは自らの事情をグレンに説明を行った。結果、3回ほどウルの頭に拳が振り下ろされるハメになった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 全てを聞き終えたグレンは、珍しく(と言っても出会って半日も経っていないが)沈痛な表情になって、ウルのことをこの上なく哀れましいものを見るような目で見つめてきた。

 

「………もっとあっただろ……条件とりつけんならよお……」

「余裕が無かったんだ」

「それにしたってもお前……黄金て……銅を一ヶ月って……」

 

 グレンはしばらくぶつぶつとなにか暫く口にしていたがふっと顔を上げると、沈痛な顔をしてウルの肩を叩いた。

 

「妹の事は残念だったな」

「死んだ前提で慰めようとしている」

 

 妹は死んでいない。まだ存命だ。そう簡単に諦められるはずがない。しかしグレンは兎に角哀れなものを見るような目でウルを見ている。

 

「無理だ。諦めろ」

「理由は?」

「立ったばかりの赤子が「竜を今から退治しに行く」って言ってるようなもんなんだよ。黄金級になろうってお前が言ってるのは。そんで?銅の指輪一ヶ月?」

 

 無理だ。と、グレンは重ねて断言する。銅の指輪の獲得条件は幾つか存在するが、そのうちの一つに“一年以上の冒険者活動経験”というものがある。一年である。この時点で無理なのだ。

 実力がどうとか、才能がどうとか、それ以前の問題だ。

 

「大方そのディズって女が適当にお前を諦めさせるために突きつけたデタラメな条件ってこったろ。出来るわけがねえ一ヶ月とかお前なんかにゃ――」

 

 と、淡々とグレンは、説得を重ねていた、が、

 

「ということは1ヶ月で取得する手段自体はあるのですよね?」

 

 その間に入るようにして、シズクが声をかけた。

 

「……あん?」

「ウル様“なんかには”無理とおっしゃっていましたから、ほかの方にはできるのかと」

 

 グレンは眉をひそめてシズクの指摘に口を閉ざす。その顔は明らかに「口が滑った」といった風情だった。問うたシズクはニコニコと笑みを浮かべながらもグレンから目を離さない。当人であるウルを余所に奇妙な沈黙が続き、そしてグレンが諦めたように溜息をついた。

 

「“特別待遇”が無いわけじゃねえ」

 

 どのような事にも、才能を持った新人というものは現れる。冒険者の世界であってもそれは例外ではない。あるいは、騎士団など元より魔物退治の心得を多く積んでから冒険者に転職を果たした者など。

 将来有望な人材、有能な経験者に対する優遇措置は冒険者ギルドにも存在する。要は余所にその人材を逃さないように早めに唾を付けておくのだ。

 無論、問題ないか彼らに対しては銅の指輪の条件は緩い、人格と実力に問題なしとされれば一ヶ月で与えられる事も確かにある。が、

 

「才能がある、あるいは実力がある場合、な。で、お前あるのかよ」

「無いが」

「諦めろよ……」

「嫌だが」

 

 グレンは再び頭を痛そうにした。どうにか諦めさせられないものかというように顔をひしゃげていたが、彼の目に映るウルの顔にはムスッとした頑なさしか感じなかった。

 

「……なら、試してやる」

「試す?」

「お前が銅の指輪を手に入れられる能力があるかどうかだ」

 

 まずは、と、グレンはグラウンドを指さした。

 

「ほかの連中と同じように走ってこい。ただし全力疾走で」

「ぜん……どこまで?」

「倒れるまでだ。魔力を最速でなじませる。いけ」

 

 ウルは一瞬何か抗議をしようとしたが、冗談もないグレンの眼を見て黙った。そしてグラウンドに向かって全力で駆けだしていった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ウルが駆けだしていったのを見届け、グレンは空を仰いだ。

 

「あーあ……一際めんどうくせえ奴が来ちまった……」

「大変でございますね」

 

 そこに、こんな話をする羽目になった元凶ともいえるシズクが賛同する。ウルはウルで変な男だったが、この女は女で相当に変な女だった。容姿だけで異常が際立ち過ぎるが、なんというか、頭も回るらしい。そんな奴がなんだって冒険者になろうとしているのか意味が分からなかった。

 

「それでは私も走ってきますね。全力で走れば良いのですか?」

「いや、それはあのガキだけだが」

「ですが、全力の方が速く魔力がなじむのですよね?」

「……まあそうだな」

 

 では、とそう言うと彼女も走り出した。足はウルより幾らか遅いが、彼女なりの全力疾走で、グラウンドをグルグルと回り始めた。

 

「……変なのがきたなあ、二人も」

 

 今回の仕事は長引きそうだ。という予感にグレンはもう一度溜息をつくのだった。

 




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冒険者になろう 阿鼻叫喚編⑤

 

 2日目

 

「おう、新人ども良い朝だな。目覚めはどうだ」

「だりぃけどそれ以上にお前がしごいたガキ二人が死んでんだけど」

「息はしているな、よし。今日は朝から迷宮な。魔物を殺してこい。目標20匹な」

「この前の2倍になったんだが」

「なんだ、ならランニングするか。日が暮れるまで走り続けても良いぞ」

「逝ってきます」

「お前等は30匹な」

「ゲロでそう」

 

 訓練生7人脱落、残り15名

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 3日目

 

「おーおー死屍累々だな。死んでるんじゃねえのコイツとか」

「殺した張本人が何を」

「まーしゃーねえ、今日は休みだ休み。休みなく体酷使しても死ぬしな」

「……教官、そのごん太な本はなんでしょう」

「身体を休ませてる間は脳を動かせ、魔物の知識はあるだけ身を助けるぞ」

「まあ、生死を彷徨うよりは座学の方が……」

「尚テストでトチったら殺す」

「生死を賭けないと気が済まないのか」

 

 訓練生5人脱落、残り10名

 

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 4日目

 

「オラァ!何寝てんだこのクソガキ!!!」

 

 腹部に強烈な蹴りを叩き込まれ、ウルは呻きと嘔吐と共に目を覚ました。

 訓練場のグラウンド、対人戦を行うとグレンが口にし、結果残る訓練生全員VSグレンというめちゃくちゃな状況での模擬戦闘が開始し、そして数秒後にウルの意識はぶっ飛んだ。

 目を覚ませば死屍累々で、周りには痛みにもがいている者しかいない。いったい何をどうやってこんな有様に出来たのか、ウルにはさっぱりわからなかった。

 

「こーんな役立たずじゃあ冒険者になんぞなれんぞオラァ、さっさと立てゴミども」

 

 立てるか、という抗議の声すら上げる気力はない。先ほどから右足をガンガン蹴り上げてるところを見ると起き上がらないと順番に蹴り起こしていく算段なのだろう。恐ろしいことに。

 いっそこのまま蹴り飛ばされ続けた方がましなのではないだろうか?なんてことが頭を過ったが、動きがあった。

 

「……むー」

 

 起き上がった者がいた。ウルではなかった。他の訓練生でもなかった。泥塗れでも色あせない銀の髪、麗しい美貌の少女、シズクだ。無論、彼女に対してもグレンはなんら容赦はしなかった。殴りつけ、蹴りを叩き込み、地面に転がしていた。

 だが、その彼女は誰よりも早く体を起こすと、痛みに顔をゆがめながらも、確りとした目でグレンを睨みつけた。

 

「……女のほうが根性あるじゃねえか。情けねえぞクズども」

「【氷よ唄え、穿て】」

 

 両手の合わせた不思議な歌、そして生まれるのは氷の刃。幾本もの鋭い氷柱が宙に舞い、そしてピタリとグレンに狙いを定め、直進した。躊躇なく容赦もない魔術だ。だが、グレンは笑う。

 

「魔術の精度は良い、躊躇いなしなのも悪かない、が、」

 

 ぶん、とグレンは拳を振るう。特別な装備もない、ただの一振り。ただそれだけの動作でグレンの眼前に迫る氷柱は砕けて散った。

 

「……まあ」

 

 目を丸くするシズクにグレンは肩を竦めた。

 

「狙いが単純すぎる。だが、それよりも魔力が根本的に足りてねえな。脆い」

「どうすれば強くなりますでしょうか」

「魔力を喰らい、血肉に変えろ。魔物を殺して、使いまくる」

「なるほどー……では」

 

 そして彼女は魔術を唱えるべく構えた、が、次の瞬間にはグレンがシズクの目の前に到達し、平手でシズクぶっ飛ばし、地面に転がした。起き上がろうとするが、その前にグレンが追撃する。ひっぱたき蹴り飛ばし、更に叩き潰す。

 

「壁がいねえ魔術師なんぞサンドバッグだ!女殴られて寝たままとかタマついてんのか!」

「……ぐ」

 

 ウルは立ち上がる。口いっぱいの血を吐き出して立ち上がるが、ぐらぐらと脳みそが揺れ、まっすぐ立つのもままならない。その様を見てグレンは鼻で笑い、

 

「息を吸え、腹下に力溜めて疲れを吐き出せ」

 

 言われた通り、する。息を大きく吸って、吐き出す。お腹の下が、少しだけ暖かくなった、気がした。ぐらぐらと揺れていた身体が少しだけましになり、前を向く。その先にグレンの拳があった。

 

「そんじゃ死ね」

 

 訓練生3人脱落、残り7名

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 5日目、6日目、7日目―――

 




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冒険者(もどき)にはなれたけど

 

 

 14日目

 

 迷宮グリードは数ヶ月に一度の活性期に入る。

 

 迷宮が地中より現れ幾年が経過し、様々な迷宮がこの世界に出現した。中でも最大規模を誇る大罪迷宮グリードは魔物自体を生み出す迷宮。攻略を困難にさせ、同時に無限の富を生み出し続けた魔鉱だ。

 

 中でも活性期と呼ばれる時期は、特にこの迷宮の“生産”が顕著になる。

 

 普段以上に多くの魔物を生みだし、更に深階層の魔物や、より強力な個体、いわゆる“亜種”と呼ばれる魔物も低階層に出没するようになる。通常の魔物も普段より活発で凶暴化する。

 迷宮大気の魔力が濃くなる影響か、一体当たりの魔石量も増加するのだが、それ以上に魔物が危険になるこの時期の迷宮収益は平均から比べ、下がる。

 

 そしてこの迷宮を生業とする冒険者たちの活動もこの活性期に合わせ変化する。

 

 この期間中を休暇としてため込んだ資金で遊ぶ者、普段と比べて探索範囲を浅い階層に潜る者、あるいは都市外の迷宮やギルドから承る都市民からの依頼を受ける者など様々だ。

 指輪持ちの冒険者は、富豪たちから直接依頼を受けることや都市からの依頼を受けることもままある。剣と魔法、魔物と迷宮の時代である今のこの世界、迷宮以外で冒険者の知恵や腕っぷしが必要とされる仕事はごまんとある。

 

 だから必ずしも、この時期の危険な迷宮に足を踏み入れる必要はない、のだが。

 

 それでもなお、実力に見合わない迷宮に踏み込む者は少なからず、いる。

 

 そのリスクを承知で同業者の減った迷宮で魔石を荒稼ぎする者。違法行為でギルドからの信頼を損なった者や、金銭的借金を抱えている者。あるいは何らかの事情で元より表の仕事には手を出せないアウトロー達。

 特に指輪を持たない名無しの中にはリスクを承知で迷宮に潜る者が多い。彼らは都市滞在費を稼がねばこの都市には居られない。その為に危険な迷宮に潜り、そして魔物を狩る。

 結果として、この時期の大罪迷宮グリードの死亡率は高くなる。

 

「はっ!はっ!なんで!なんでだ!!」

 

 この冒険者が活性期の迷宮に足を踏み入れた理由も極めて単純だ。金が無かったからだ。そして借金があったからだ。都市民という、名無しよりは恵まれた地位にいた彼だったが、その趣味の賭事が災いした。いつもは最低限の(本当に最低限ではあるが)引き際というものをわきまえてはいたのだが、今回は少しばかり力を入れすぎ、借金を(いつもより多めに)背負ってしまった。

 それでも、いつもであれば必死に迷宮に潜り魔石を漁れば返済の目処も立つのだが、運悪く迷宮が活性化してしまったのだ。他に返すあても仕事も無かった男は、リスクを承知して(あるいは全く理解していなかったが故に)迷宮にもぐりこんだのだ。

 

 少しくらいなら死にはしないさ。

 

 いやむしろ、いつもの小鬼や大鼠どもより多く魔石を稼ぐチャンスかも。

 

 ここで儲けて、今度こそ勝ってやる!

 

 侮り、楽観視し、挙句目の前の迷宮からすら目をそらして別の事に意識がそぞろになってしまった男の顛末はこの迷宮に沈んだ多くの冒険者達と同じであった。

 

 最初は順調だった。だが、探索し慣れたはずの通路は気が付けば魔物であふれかえり、普段のルートを外れるうちに帰還ルートが分からなくなった。彷徨ううちに傷が増え、ろくに用意できなかったポーションはすぐに底をついた。そして普段よりふた回りも巨大な大蜥蜴の群れが現れた時点で、彼は完全に行き詰まった。

 

 死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!

 

 大蜥蜴の速度は並だ。人が全力で走れば振り切れることは無くとも追いつかれることもない。が、否応なく警戒を維持させられる迷宮の中を彷徨い続けていた男の体力は既に限界だった。

 仮にも迷宮探索者。常人以上の体力をもっているはずなのに、息が切れる。腰には剣が備わっているが、振り返り、戦う力も精神力も既に彼にはなかった。

 

 助けて助けて助けて助けて!!

 

 大蜥蜴は際立った攻撃手段を持たない魔物だ。あえて指摘するなら岩石をも砕く強力なアゴだが、それ以外は特にない。棘や毒を持った種族もいるが大蜥蜴には存在しない。問題なのは、名前の通り、彼らがひときわに巨大であるという事。

 しっぽまで含めれば2,3メートルはある巨体と、その体から生まれる力でもって人間をなぎ倒し、肉を抉り喰らう。そういう魔物だ。

 

『SYURUUUUUUAAAAAAA!!』

 

 獲物を前に興奮した、奇怪な鳴き声が更に恐怖を煽る。否応無く突きつけられんとする逃れようの無い危機が足を空回りさせ、もつれさせる。

 

「がっ!?」

 

 そしてとうとう、自分の足にもつれ、彼は転んでしまった。この状況下で足を止めるということは、それは即ち死を意味する。振り返ると彼の目の前にあったのは、牙のように鋭く尖った、大蜥蜴の大きな口だった。

 

「ひぃぃいいいいいいい!?」

 

 頭がかみ砕かれる。腹底から、断末魔となるであろう悲鳴が上げる。遠のきかけた意識の端から声が聞こえたのはその直前だった。

 

「邪魔」

 

 目の前に現れたのは小さな影だった。

 その影は、まるで男と大蜥蜴を分断するがごとく割って入ると、そのまま、手に持った巨大な"大槍"を鋭く真っ直ぐに突き出す。今まさに獲物に飛び掛らんと口蓋を開けていた大蜥蜴は、真っ直ぐに突き出されたその大槍につき貫かれた。

 

『!!!!!??????』

 

 逃げ惑った男の代わりに死ぬ事となった大蜥蜴は、断末魔をあげる事すらかなわず、大槍に串刺されたまま身悶えると、そのままがくりと力尽きた。

 

「ヒ、ヒ、ヒィイイイイイイイイイイ!!?」

 

 魔物の死に、男は正気を取り戻す。いや、正気であったかどうかは不明だ。ただ生物としての本能がそうさせたのか、彼は黒い影にも魔物たちにも目をくれず一目散に、顔から体液を撒き散らしながら全力で逃げ出したのだった。

 

「お逃げになられましたねえ」

「ああ、一目散だったな」

 

 その男の背中を、ウルとシズク、二人のパーティは感心するように見送った。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 もともと助けるつもりもなく、単に複数の魔物の動きがあったので狩りに来ただけだった。そのため、見返りを期待したわけでは無かったが、さすがになんの一言もなく逃げ出されると虚しさがあった。

 

「これだから冒険者はダメだ」

「あら、私たちも冒険者なのでは?」

「もどきだからセーフ」

 

 ウルはシズクに軽口をたたきながらも、目の前の大蜥蜴たちからは目を離さなかった。

 階級十二級、大蜥蜴たちは仲間が殺された事実に、先ほどの勢いを潜め、警戒するように僅かに距離を空けていた。だが、魔物特有の、人間に対する並々ならぬ敵意と、仲間を殺されたことで更に深まった殺意だけはありありと感じられた。

 

 数は4、先ほど一匹殺して残り3匹。

 

「ウル様。背後から魔物の気配はありません。いつでもいけます」

「後、魔術何回使える?」

「2回です」

「なら、攻撃支援を一回お願いする。大蜥蜴は氷だったな」

 

 ウルはそう言って、小柄な体躯には不相応に見える大槍を握りしめ、歩幅を広げ、大きく息を吸い、腹下に力を込め、吐き出した。同時にシズクは“魔導士の杖”を両手で握りしめ、構え、そして詠唱を開始する。

 

「行くぞ」

「【氷よ唄え、穿て】」

 

 ウルは構え、そしてまっすぐに突撃した。同時に、仲間を殺され、その血で酔い狂っていた大蜥蜴も唸り声をあげながら、ウルへと突撃した。

 

「【氷刺】」

 

 同時に、シズクがウルの動きに合わせ、魔術を重ねる。ウルの突撃よりも早く、冷気は渦巻き、まとまり、そして矢の形をなす。魔物が迫る。牙をむく。悪意に淀み鈍く輝いた瞳がこちらをにらむ。

 

 ウルは一瞬恐怖を覚えるが、それを噛みちぎるようにして、叫ぶ。

 

「貫け!!」

 

 シズクの魔術が氷の矢を成すと同時に、ウルは強く地面を踏み込んだ。

 速度はさらに増し、その勢いのまま、ウルは鋭い矛先でもって、大蜥蜴を顔面から穿ち貫いた。それはシズクの氷の矢が隣の大蜥蜴を貫くのと同時だった。

 

『A……』

「3!」

 

 そして返すようにして、その横の4匹目に槍を叩き込む、つもりだった。が、

 

『GIGIGI!!!!』

 

 それよりも早く、大蜥蜴はウルにとびかかる。 

 大蜥蜴はウルの右腕にかみつき、その強靭な顎で彼の籠手ごとかみ砕こうとする。ウルの籠手がギリギリと音を立て砕けていく。

 

「……んのっ!!」

『GIIII!?』

 

 籠手が砕け散り、腕をへし折られるその前に、ウルは左腕の小型盾を振りかぶり、横薙ぎに叩きつけた。メキリと響いた嫌な音は盾の軋む音か、はたまた大蜥蜴の頭蓋が砕けた音か。それを確認する間もなく、

 

「くたばれ」

 

 ウルは大蜥蜴の顔面に大槍を叩き込み、大蜥蜴の口から上下に引き裂いた。

 

「お疲れ様でございます」

「……よし」

 

 ウルとシズクは、魔物の絶命を確認した時点で、息を吐き出した。特に前線で戦っていたウルは大きく肩をなでおろす。魔物の退治はいつになっても疲れる。この短い期間に随分と魔物を狩り続けたが、それでも命のやり取りは体力を奪う。

 グレン曰く、その緊張感がなくなった奴から死ぬという事なので、こうして疲れること自体は悪いことではないのだが。

 

 大蜥蜴に噛み砕かれそうになった籠手を外す。かみつかれてから即座に大蜥蜴を叩き落としたにもかかわらず、ウルの腕は真っ赤に腫れているのだから寒気がする。

 

「ごめんなさいですね。魔術で2体、倒せていればよかったのですが」

「そんな謙遜されても困る。助けられたのは俺だ」

 

 ウルは落ち込むシズクに首を振る、彼女はのんびりに見えて、いつも自らに厳しかった。

 

「回復の魔術を使いますか?」

「いや、温存しよう。次の魔物が来る。回復薬で十分だ」

 

 ウルは携帯袋から回復薬(ポーション)を取り出し口に入れる。痛みが僅かに引く。薄めた安物ではこの程度だが、飲まないよりはましだ。

 

「そっちのケガは?」

「なんともありません。ウル様のおかげですね」

 

 シズクは小さく微笑み頷いてみせる。既にこのやりとりも慣れたものだ。動作を確認し終えたウルは、周りを見渡す。訓練所に入ってから今日まで迷宮には潜りつづけ、魔物の出現する気配がわかり始めてきた。今のところ魔物が出現する様子はない。が、

 

「……迷宮の活性化、激しいな」

「あまり、居心地はよくはありません」

 

 ここ数日から始まった、魔物の活性化。定期的に発生するというそれは、いまだ最上層で戦うウル達にもはっきりとその脅威が伝わっていた。何しろ魔物の数が明らかに多くなっている。そして出現する魔物の種類も変化している。

 この階層に出現する魔物は小鬼や血狼程度だったはずだが、先のような大蜥蜴、吸血蝙蝠など、もっと下層でしか出ないような魔物が出現するようになった。何より――

 

「出来れば、もう少し魔物を狩りたいんだが……」

 

 直後、ズン、と腹底から響くような地響きが迷宮を揺らした。これは、先ほどの変動を予告する揺れとは違う。もっと物理的な衝撃だ。そしてそれがゆっくりと、ウルが先ほど通ってきた通路の方から響いていた。

 振り返った彼の目に映ったのは、迷宮の通路一杯に広がる"煌めき"だった。迷宮の通路全体が持つ淡い光を反射するようにして、通路一杯に煌めく何かは、そのままゆっくりとウル達へと近づいていく。

 よくよくみれば、その煌めきの正体は巨大な1体の魔物だった。

 

「……出た」

 

 土人形(ゴーレム)、と呼ばれる魔物がいる。

人形とはつまるところ人の手で生み出された魔物の一種だ。一定の命令を封じた魔導核をその身に封じた、人の意思で動く人形と定義されている。

 しかしこの大罪迷宮は、本来人の手で作り出さねばならない魔物すらも生み出す。しかも、ウル達の目の前に現れたそれは、通常の土人形とは一味違った。多量の鉱物によって作り出された強靭な土人形、宝石人形(クリスタルゴーレム)だ。

 

 本来宝石人形(クリスタルゴーレム)はこんな場所に出現するような魔物ではない。

 

 この活性期に入ってから、中層から上層へとなぜか上ってきたのだ。魔物の生態が変わる活性期ゆえか、別の理由があるのか。兎も角、上層で戦う未熟な冒険者たちにとっては倒すことは難しい、もはや歩く災害のような存在だ。

 

 動きが鈍いのが唯一の救いであり、故にウル達の選択は一つだ。

 

「逃げよう帰ろう」

「そういたしましょう」

 

 ウル達は、先に逃げ出した男に倣うようにして、宝石人形から背を向け全力で逃げ出したのだった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 大罪都市グリード西部地区、とある酒場

 

 “欲深き者の隠れ家”と、名のついたこの酒場は行軍通りから少し離れた場所に存在する酒場の一つだ。迷宮からは少し場所は離れているものの、出される食事や酒の質は良く、店の雰囲気も明るい。

 店主が元々は冒険者を生業としていた事もあって、冒険者達への理解も深く、自身の経験から相談を受けてくれることも多い。

 結果、迷宮グリードからは距離あれど、この店は冒険者達で賑わいを見せていた。飯を食らい、酒を飲み、冒険者同士、迷宮の情報を交換し、友好を深める。

 

 そして今日もまた、来客を告げるベルが鳴った。

 

「おう、いらっしゃい」

 

 冒険者は風変わりな容貌の者も多い。土人(ドワーフ)や森人(エルフ)、竜人(リザード)といった、亜人も珍しくない。が、今回はそれとは別の珍しい客だった。

 

 まず一人目、小柄の只人の少年。灰色髪に同じ色の瞳。その年齢も風貌も、珍しいがいないわけではない。ただ、少年の背負った武器だけは少し変わっていた。彼の背丈を優に超える槍だ。彼自身が小柄なだけに背中に突き出たその武器だけは目立っていた。

 

 そしてもう一人は少女で、目を引くのは明らかにこちらだ。

 

 男と同じく只人。白銀の緩やかな髪の、背丈は低いが体つきはとても良い、綺麗な女だった。魔術師の装い、安物の、染めもなく模様も縫われぬ実に地味なローブを羽織るだけの姿だが、それでも尚彼女のその風貌は人目を引いた。

 比較的治安が保たれているとはいえ粗暴な冒険者ばかりのこの酒場に置いてはとんでもなく場違いだった。いつもバカみたいに酒を飲んでバカみたいな笑い声を上げる酒飲み達が、絶句しながら彼女を凝視していた。

 

 そんなアンバランスな2人組は、他の客たちから視線を集めながらカウンターに腰を下ろした。迷宮に潜った冒険者特有の疲労感を体からにじませながら、店主に顔を向け、まず少女が口を開いた。

 

「お腹が大変すいているのでご飯を頂きたく思います」

「此処は酒場だぞお嬢ちゃん」

「うまい飯もやってると、聞いた。ここらの店は回ったがここが一番いいと」

 

 少年が次に口を開く。事実ではある。食事目当てで来る下戸もいるのが店主のひそかな自慢だ。

 

「金あるのか?」

 

 無言で銅貨を数枚机に置く。ならば文句はない。大人だろうが子供だろうが老人だろうが、森人だろうが鉱人だろうが小人だろうが獣人だろうが、等しく扱うのがモットーだ。

 

「何がいい」

「腹が膨れるの」

「お腹いっぱいにたべたいでありますねえ」

「食えないものは」

「ない」

「おなじく、です」

 

 感心な事だ。と、店主は笑い。手早く食事の準備を始める。近くの衛星都市から運ばれる新鮮な肉に野菜。値段はそれなりだが、店主はケチることはしない。

 間もなく裏で用意は済む。注文の通り、飢えに飢えた若い彼らの胃が膨れるように、腸詰の山盛りに甘ネギとミルクをたっぷり煮込んだスープ、ついでに麦パンを積んでやると、二人は一斉に、むさぼるようにして食べ始めた。

 

「喉詰まらすなよ」

 

 貪り食う二人は無言であった。ここまで凄い勢いで食いつかれるのは悪い気はしなかった。最後にミルクをたっぷりといれた茶を淹れてやると一息で飲み干して大きく息をついた。

 

「美味しかった」

「おいしゅうございました」

 

 少年は満足げに、そして少女はとろけるような笑顔で感謝を告げる。

 店主は笑った。山盛りの料理が全部綺麗にカラになるのは見ていて気分が良いものだ。それはほかの客たちも同様であったらしく、気が付けばワイワイと酔っ払いたちがカウンターに集まっていた。

 

「良い食いっぷりだなあ。迷宮はよっぽど疲れたのか!?」

「肉も食うか!そんで酒も飲むか?!」

「おいこらガキに絡むな酔っ払いども」

 

 店主が散らそうとするが、銀髪の少女は根がまじめなのか、その酔っ払いたちにも律儀に答えていた。

 

「本日は大蜥蜴を数匹撃退してまいりました」

「おう!やんじゃねえか!」

「アイツ等最近ドンドン湧いてくるしなあ。しかも大体2匹セットだ」

「知ってるか。大抵はオスメスでコンビ組んでるらしいぞ。アレ」

「大蜥蜴ですら女がいんのに俺らと来たら……」

 

 無駄話に花が咲く。アホらしいと思うが、まあ、雰囲気は悪くないのでよしとする。粗野で粗暴な冒険者、それでも外道で無いのが彼らの良い所だ。

 

「っつーかお前ら、顔そんな見ねえけど、冒険者になったばかりか?どれくらいよ?」

「2週間だ」

「ド新人じゃねーか!!よくこんなヘンピな店知ってたな」

「おうなんつったてめえオラ」

 

 店主がキレそうになった。が、それを無視して少年は質問に対して口を開いた。

 

「冒険者ギルドのグレンに教えてもらったんだ」

 

 次の瞬間、その場にいる者の多くの顔が一様にひきつった。

 当然である。彼らの多くはこのグリード出身の冒険者である。この世界における最大規模の迷宮の存在するこの街は、それ故に冒険者たちの食い扶持を無尽蔵に思えるほどに生み出してくれる。結果、流れるより此処に定住し迷宮に潜りつづける冒険者は少なくはない。

 詰まるところ、この場にいる多くの冒険者が“あの男”の世話になっている。

 

「辛い思いをしてきたんだな……!!」

「今もしているが」

「今日は飲もう!兄さんのおごりだ!!」

「うっとうしい絡みをやめろアホども!」

 

 店主は今度こそ酔っ払いどもを散らす。ありがとう、と店主に頭を下げる少年は、確かにまだまだあどけなさの残る子供だ。この年で冒険者になること自体は別に珍しくもない。冒険者を志す者は、むしろ多いほどだ。

 

 だが、グレンの訓練所に2週間居座る、となると一気に珍しくなる。

 

「なんだ坊主に嬢ちゃん、訳アリか?」

「いろいろと、急ぎ強くなる必要がある。お代わり出来るのだろうか」

「私も、もう少しいただきたいでありますね」

「おうおう、食え食え。グレンにいびられても死なんようにな!」

 

 要望通り、カラになった皿を回収しさらに盛り付けてやる。最初の勢いから衰えることなくガツガツと二人は食べ尽くす。どんな事情かは知らないが、肉を喰らう元気があるなら、今日明日に死ぬことはないだろう。

 

「御馳走さまでした」

「御馳走さまでございます」

「お粗末さまだ。今日はこれでグレンのところに戻るのか?」

 

 懐かしきあの無精面を店主は思い出す。まあ、加減はしないだろうし、教え方は破滅的だが、しかしハンパな真似だけはしないであろうあの男なら、この子供らもなんとかしてくれるだろう、と、店主は思った。

 

「いや、ちょっと借金取りに売られて解体されそうになってる妹の顔を見に行く」

 

 やっぱ少し心配した方がいいかもしれない、と店主は思った。

 

 

 



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冒険者(もどき)にはなれたけど②

 

 黄金不死鳥 グリード支部

 現在イスラリア大陸からウエストリア大陸の二大大陸をまたにかけて活動する巨大商会。古くは数百年前の迷宮大乱立時代から続く歴史ある商会であり、様々な商売を手掛け多くの利益を得ているというが、彼らの主な商売は“金貸し”だった。

 

 冒険者たちへの融資を行う事で不死鳥は有名だった。

 

 本来、冒険者なんてものは安定性から最も遠い職業であり、ギャンブルと大差ないようなもので、迷宮という()()()()()()があっても次の日には死んでいてもおかしくない。“指輪持ち”であっても金を借りるのには一苦労なのだから、その信用のなさは相当である。

 しかし不死鳥はそんな彼らに金を貸す。そして“きっちりと利益を獲得するのだ”。果たしてどういう嗅覚なのか、冒険者たちを選定し成功するものや、あるいはその懐に“お宝”を隠し持つ者をかぎつけ、そして金を貸し、徴収する。

 

 えげつのないやり口、と呼ばれることも多いが、彼らは大連盟と神殿の法と契約にのっとり、それを破ることはない。キチンと契約をすれば、どうしても入用の時、冒険者たちという職業を考慮せず金を貸してくれるという事で、感謝されることの方がはるかに多かった。

 しまいには、「彼らに金を借してもらえた者は大成する」なんて噂まで流れる程であったが、それはおいておこう。

 

 約束を守る者には優しく、違える者には容赦ない。それが黄金不死鳥というギルドだ。

 

「……ふう」

 

 そのギルドに勤めるガネンという男は、大罪都市グリード支部の新たなる責任者だ。

 堅物の大男。冒険者からのし上がったたたき上げ。都市外の迷宮管理をしていたザザが腐敗した折、腐敗の証拠をまとめて上に報告したのも彼であった。出世のためではなく、神殿の逆鱗にすら触れかねぬ暴挙に出たザザを諫め、ギルドを守るための判断だった。

 さて、そんな堅物で生真面目、それ故に恨まれることも多く中々出世できない男だったはずなのだが、今回の密告の件で彼は大幅に出世しトップに躍り出てしまった。それまで認められなかった仕事が認められた。しかもその彼を恨むものよりも、支持する者の方が実のところ多くいたのだ。断ることもできなかった。

 

 本来であれば喜ばしい事なのだが、彼には悩みができた。それも二つ。

 

「ガネン、こっちの報告書はまとめておいたので確認してほしい。今月の集金分は机に」

「お嬢、そんな仕事俺らが……」

「ザザが抜けて人事が大きく動いて、皆新しい自分の仕事を覚えるので手一杯だろう。急場しのぎの穴埋めはするさ。私の判断でこうなったのだから」

 

 ディズ・グラン・フェネクス。

 彼がザザの不正の事実を大罪都市プラウディアにある本部ギルドに報告したところやってきたのが彼女である。彼女曰く、「ゴーファ・フェネクスの代理できた」と言っていたが、その名は黄金不死鳥の現トップ、ギルド長の名前である。

 

 ――………ひょっとすると、ギルド長のご親族ですか?

 ――娘だよ。義理だけど。

 

 自分の組織のトップの娘が来てしまった。これを素晴らしい事と歓迎できる程、彼の心臓は強くはない。

 

 しかも何故か“グラン”即ち“神殿の官位”を持っているときた。(これは本当に何故か不明。ギルド長は官位を持っていない)

 

 せめてこの娘がお飾りの置物であったならまだましだったのだが、困ったことに彼女はとても優秀だった。仕事は迅速でしかも気配りが出来る。ザザの失脚で混乱し組織運営が麻痺を起こしていた事もあって世話になりっぱなしだった。それが逆にガネンの胃を痛める結果となった。

 

 そしてもう一つの悩み、こちらはその彼女がもたらした問題でもあった。

 

《おっちゃんなにしてるん?》

「……おい、邪魔だ除け」

《あたしがあそんだげよか?》

「ヒマなのはわかったから勘弁してくれ」

 

 今、自分の首にしがみついてるアカネ、と呼ばれる“精霊憑き”。これが二つ目の厄介な案件だ。

 とある名無しの三流冒険者が金を無心し、返済のための担保として、差し出したのがこの精霊憑きだ。彼女の価値はガネンは捉えきれぬ所があったが、ザザは彼女の確保に執着した。返ってくる見込みも無い三流に金を貸し出し、娘を担保にするよう誘導した。

 彼の判断は、結果としてみれば正解であった。彼が失脚した後であっても、精霊憑きを手に入れたザザの法スレスレの手法をディズは眉間にしわを寄せ、溜息混じりに称賛したのだから相当なものだろう。

 

 最終的に、その冒険者はくたばり、契約に基づき精霊憑きは不死鳥のものとなった。

 

 そうなるはずだったのだが。

 

「アカネ、おじさんはお仕事中だ。邪魔しちゃいけない」

 

 なぜかその取引を、このお嬢が待ったをかけてしまった。

 

《でぃずーひまー》

「とても羨ましいね。おじさんの代わりに私が遊んであげよう」

《にーたんは?》

「ウルは今日は来ると思うよ。だからそれまでは良い子にしていなければいけないよ」

 

 お嬢はアカネ、と呼ばれる精霊憑きに、ねー?と語り掛ける。精霊憑きは彼女の言葉にふにふにと頷き、ヘビとなってディズ嬢の首に巻き付いた。

 

 現在、アカネは不死鳥のものにはなっていない。完全には。

 

 “精霊憑きの兄”、ウルという少年のめちゃくちゃな申し出に対して、何の気まぐれか彼女はOKしてしまったのだ。普段、彼女は優秀なだけに、何ゆえにそんな気まぐれを彼女が起こしてしまったのが、ガネンには理解できなかった。

 

「おや、理解しかねるという顔をしている」

「心を読まんでください。お嬢」

「まあ、悪いとは思っているよ。何せこれは完全に私の遊びだ」

「遊び、ですか」

 

 常に笑みを浮かべ飄々としているが、彼女の仕事っぷりは有能の一言に尽きる。そんな彼女に“遊び”という言葉はどこか似つかわしくなかった。

 

「最近根を詰めすぎていてね、知り合いから少し息抜きに遊んだ方が良いと言われたのさ」

「その遊びが、あのガキですか?」

「私は遊びってのがよくわかってないんだけど、どう思う?」

「悪趣味かと」

「君、気遣う割に必要な処では容赦ないね。褒めてあげよう」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げるとコンコンと二回殴られた。これで済ますあたりやはり彼女は寛容ではあるらしい。が、それならなおの事、あのガキに対する仕打ちは中々にむごく思えた。

 

「正直言って、死ぬしかないと思うんすけどね、この精霊憑きの兄貴」

 

 彼女から出された条件(正確にはあのガキが言い出した条件だったが)、金級の冒険者になるというのはキツ過ぎる。はっきりと言って不可能だろう。それが出来るのは伝説級の英雄ぐらいなものだろう。そしてあのガキにその見込みはない。

 仕事上、数多の夢追い人を彼は見てきた。それ故に断言できる。あのガキは何の変哲もない、ただの子供だ。未来の英雄候補では断じてない。

 

「その点は私も同意見だけどね」

「では、ガキが無様に死ぬのが娯楽だと?」

「そこまで私も悪趣味じゃ……いや、悪趣味なのかな?」

 

 彼女は少し困った顔をして、アカネの手で手遊びをしながら少しだけ考えるように首を傾げ、一言。

 

「私はね、打倒されたいんだ」

 

 彼女のその言葉の意味を掴めぬままに、来客を告げるベルの音が鳴った。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 シズクと別れ、単身で黄金不死鳥のグリード支部を訪ねたウルは、早速この場所の主であるディズと対面していた。此処二週間繰り返した来訪時と同じく、実に快く彼女はウルを招き入れた。

 

「やあ、ウル君。元気してた。って言っても3日ぶりくらいなんだけど」

「元気していたとも、ディズ。で、アカネは?」

「もー少し私と楽しくおしゃべりしてもいいんじゃないかな?」

 

 ウルはしばらく沈黙し、そのままゆっくりとディズに顔を向け、

 

「……ご趣味は何ですか?」

「借金抱えた冒険者がのたうち回るのを眺めて笑う事かな?」

「アカネの教育上良くないので引き取らせてもらいます?」

「金貨1000枚耳をそろえて出してもらおうか」

「邪悪なる借金取りめ」

「借金をした人間は皆そう言うのさワハハ」

《ワハハー》

 

 フハハハハとディズは楽しそうだった。そしてその後ろでディズの真似をしてアカネも楽しそうだった。悲しい。しかし元気そうで何よりではあった。

 

「アカネ。おいで」

《にーたん!》

 

 呼びかける。するとアカネはぱあっと笑い、飛びつき、抱き着いてきた。愛いやつめ、と抱きしめ返す。しばしそうしたのち、アカネはしゅるりと少女の姿となってウルの身体にひっついて、目を閉じるのだった。

 

「見せつけてくれるね。私には肩車くらいだ」

「どうだ羨ましいか」

「羨ましいし、やっぱり何度見ても驚きだね。精霊憑きは希少、しかもどんな精霊が憑いたかでまるでその力は異なる。彼女は変幻自在の金属……とは少し違うみたいだけど」

 

 部屋に備えてあったティーポットに水を入れ、ウルが見たことない魔動機の上に乗せ、水を沸かす。手際よくお茶の準備をしながら、ディズはアカネの様子を観察するように眺めていた。

 

「どうやって見つけた……いや、彼女の場合、どうやって精霊憑きになった、かな?」

 

 ディズはアカネを見つめ、目を細める。アカネはよくわかっていないのか首を傾げた。ディズの言う通り、アカネはもともとは普通の人間だった。少なくとも生まれた時から精霊憑きというわけではなかった。

 

「……そうだな。いつも通りオヤジが迷宮から逃げかえって、ガラクタを大量に持ち帰っては馬車を圧迫させてた時だ。変な卵があった、金と紅の交じった、卵」

 

 恐らくは“精霊の卵”と呼ばれるものだった。

 

 精霊がこの世界に生まれ落ちる前の状態。精霊の生態は殆ど解き明かされておらず、当然生まれる前の状態は誰も見たことがないといってもいい。

 日ごろ、自分が持ち帰るガラクタを宝の山だ。古代の遺産だ。などと意味不明にのたまう事が常なウルの父親だったが、まさか、本当にお宝を、それも最高位の代物を見つけるなどと、誰が想像しようか。

 

「そして、それをオモチャにしてたアカネが、その卵に“喰われた”」

「喰われた?」

「最初、粘魔(スライム)にでも襲われたのかと思った」

 

 それはそれは恐ろしい光景だった。赤子だったアカネが手に持ったその球体が、突如としてアカネを包み込んでしまったのだから。それを眼前で見たウルは悲鳴を上げてアカネから引きはがそうとした。が、まるで引きはがすことはかなわなかった。

 ウルの悲鳴に近くにいた父も慌て近づいたが、次の瞬間にはアカネは完全にその謎の赤い物体に飲み込まれ、丸い球体になってしまったのだ。

 

「……球体。つまりまた卵か、あるいはサナギみたいな?」

「そんな感じだ。どうしようもなかったのでその玉をとりあえず安全な場所において見守るしかなかった。大体丸一日はそうしていたかな」

 

 正直言って気が気ではなく、その間あんな魔物かもわからないような物体を持ち込んだ父親を恨み続けたが、次の日目を覚ますと、卵は割れ、アカネが出てきていた。

 

「そしたら髪が赤くなって、体もまるで金属みたいに滑らかになってた」

「そして、自分の意思で変幻自在に変わるようになったと?」

「そうなる。で、それを見た知り合いの神官が、それは“精霊憑き”だと」

 

 魔術のような技術を使うことなく、自在に肉体を変える力。人ならざる奇跡を使う者。精霊の力を宿した精霊と人の中間。それを聞いた親父は「凄い発見だ!」とバカみたいにはしゃぎ、その顔面にウルは近くのガラクタを思い切り叩きつけた。

 

「以上。全くろくな思い出じゃない」

《にーたんだいじょぶ?》

「大丈夫大丈夫。アカネが元気でよかったなあって話だから」

 

 アカネの頭を撫でて安心させてやる間、ディズはぶつぶつと考え込むように独り言をつぶやき続けた。

 

「うーん……精霊の自己保存のレアケース……信仰と魔力不足の補填…?」

「アンタも精霊憑きは見るのは初めてか?」

「ん、まあね。記録の上では幾つか知ってるけど、現物は完全に初めてだね。しかも憑く精霊も人によって違うから、彼女のケースは完全に初耳だ」

 

 そう言って蛇となったアカネの首元を撫でると心地よさそうに首を振る。そのしぐさはネコのようだ。ディズは笑う。

 

「精霊は超常の存在だ。人が決して扱えない現象をノーリスクで引き起こす高次元の生命体。その力を人の身で宿す、まさに奇跡の体現者だ」

「そんな彼女を手中に収めて、アンタは何をしたいんだ」

 

 ディズ自身が言うように、精霊という存在は世界の化身だ。

 ありとあらゆる現象、万象を映すのが彼ら彼女らだ。ヒトよりも明らかに優れた生命体。本来であれば手中に収めようとすること自体“神殿”から罰せられるレベルの悪行と言える。それを、たまたまヒトと精霊が混じった【精霊憑き】が現れたからといってそれをどうこうしようという発想が、どう考えても金貸しギルドの考えとは思えない。

 

「神殿なら問題ないよ、私第三位だし。上手く隠せる」

「それがますます意味分からん。あんたは【グラン】、つまり官位持ちだろ?」

「そだよ。敬いが足りないな名無しクン」

「這いつくばって平伏すればいいか?」

《ははー?》

「あんまり楽しい気分になりそうにないしいいや」

 

 地面にヒザをつこうとしていたウルをシッシとディズは手で払う。

 そう、ディズ・グラン・フェネクス。彼女は各都市国を治める【神殿】が定めている【グラン】の官位の所持者。要は特権階級なのだ。本来であれば名無しのウルが面と向かってペラペラと話すことすら不敬とされる。国によっては罰せられて牢獄行きか、下手すれば死刑である。

 なら今からでも態度を改めるべきなのだが、最早時既に遅く、彼女が神官であると気づいたのは彼女に対して無茶な条件を突きつけるという暴挙に出た後のことである。

 

 要は開き直りである。ヤケクソとも言う。

 

「ま、商売人としての私と神官としての私は分けてるし、商売相手の君に神官としての権威を振るうつもりはないので安心してよ」

「安心する要素は微塵も無いが、そうでないなら死ぬしかないので信じる」

「ま、私は神官としても“不良”だしね。あまり気にしないでよ」

 

 出来るかボケ、という言葉をウルは飲み込んだ。

 自分の事を言えた義理はないが、いよいよもって変な女だった。

 

「で、結局なんで精霊憑きを研究したいんだよ。アンタ」

「必要だからだよ」

「必要。神官のアンタに?」

 

 特権階級であれば、都市の中でならある程度自由に出来るはずだ。しかも【グラン】なら、官位のなかでも第三位、相当の権力者。その彼女が何を必要としているのか全く解せなかった。

 

「この世界にさ。悪意と敵意と理不尽に満ちたこの世界のためには必要なのさ」

「……んなこと言って良いのか?太陽神(ゼウラディア)に仕えているんだろ」

 

 この世界は精霊達の長、唯一神である太陽の神、ゼウラディアの箱庭である。

 精霊達は神の使徒であり、神官はその僕(しもべ)である。ディズの発言は神の庭に対する侮辱に思えた。しかし彼女はその指摘を気にする様子もなく肩をすくめた。

 

「言ったでしょ。私不良神官だって。唯一神にはちゃんと畏敬の念を抱いているけどね」

「……まあ、アンタが神官としてどういう問題を起こそうと俺の知ったことでは無いけどな。咎めようもないし」

 

 告げ口したところで自分に得があるわけでも無し。わかったのは彼女がアカネを解体する事に対して躊躇いがないという事だけだ。そんなことはこの2週間でわかりきっていた事ではあったが。

 結局、ウルがやるべき事は変わらない。客間に通されたときに差し出されたなにやら高級そうなお茶を一息に飲み干し、ウルは立ち上がった。

 

「じゃあなアカネ、良い子にしていろよ」

《にーたんはしぬなよ》

「それは保証しかねる……頑張るよ」

 

 妹が折角の愛らしい顔を台無しにする膨れ面になったので、ウルは頷く。彼女はまんぞくしたらしい。ふにゃふにゃと可愛らしい笑顔に戻り、ディズの手元へと帰っていった。蛇の形をとって巻き付いたアカネを抱えると、ディズはウルに微笑みかける。

 

「冒険者になる訓練、頑張ってね?」

「……まあ頑張っちゃいるよ」

 

 あのメチャクチャな教官、グレンの下で今なお必死に訓練を続けている。最初の頃と比べて間違いなく迷宮探索の効率は上がっている。魔石も稼げるようになっている。魔力の補充により血肉が強くなっているという実感がある。だが、

 

「グレンからはまだ銅の指輪はもらえてない。目指す許可すら出ちゃいない」

 

 どれだけウルが根性を振り絞りグレンの指導に食らいつこうと、決して彼は頷かない。

 

「どのような状況であれ、後2週間で銅の指輪が取れなきゃ話はナシだよ」

「分かってるよ畜生めが」

 

 不敵に笑う彼女を背に、ウルは訓練所へと向かうべく部屋を出た。

 




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冒険者(もどき)にはなれたけど③

 

 何が何でも冒険者になる。ならねばならない。後などないという事実を改めて自覚し、ウルは今日も今日とて訓練所にてグレンのしごきを受けていた。

 彼の指導はメチャクチャで乱暴だが、しかし間違いなく自分の血肉となっている確信をこの2週間で得ることが出来た。粗暴な態度に相反して、彼の指導は的確だった。ただそこに多大なる暴力が入るだけで。故に、彼の指導を受けることに迷いは無い。冒険者となる、強くなるというのなら受けない手は無い。無いのだが、

 

「…………意気込んでもいてえもんはいてえ」

「つらいですねえ……」

 

 ウルは腫れた顔を押さえるように呻き、シズクはおなかを抱えてうずくまる。

 

「……シズクはよく続けられるなあ」

「私もやらなければならないことがありますから」

 

 若干青い顔をしながらもシズクはこくりと頷く。妹の命がかかっているウルであっても、この2週間心が折れかけた事は数度あった。しかし彼女がくじけるところはウルが見ている限り一度も無い。

 出会った当初は(その異様な登場の仕方も相まって)なんかふわふわした変な女、というくらいの印象しかなかった。が、今はその認識も変わる。異常に美しく、そして聖女のように優しく、根性の据わった――――天才。

 

「本日は新たな魔術を使ってみたのですが、付け焼き刃では上手くいきませんね」

「魔術ギルドに行って、教えてもらったのか?」

「はい。教えてもらったらできました」

「できたのかあ…」

 

 普通、魔術はそう簡単に習得出来るものではない。ウルも手札を増やすために練習しているが、一つ覚えるのにも一苦労だ。

  神と精霊に選ばれし神官達が起こす【奇跡】と異なり、【魔術】は、理論上は誰もが平等に扱うことができる。【魔術】は元々、神と精霊を介さずに【奇跡】を起こすことを目的に生まれた技術だからだ。ただし、【魔術】を起こすためには弛まぬ努力が必要であり、一つの魔術を一朝一夕で身につけることなど出来はしない。普通は。

 

 出来るものは天才という。彼女は天才だった。

 

 白亜の冒険者では平均して一日に一回使えれば良い魔術を日に三回使いこなすほどの才能。悪態と皮肉が意思をもったかのようなグレンすらも、彼女の才能は手放しに絶賛するほどだ。

 

「心強いよ。全くもって」

 

 彼女と一緒に居ると、自分の凡庸さにくじけそうになることがある。が、その考えはすぐに振り払う。卑屈さはなんの助けにもならない事はわかっている。そもそも、そんな大天才の彼女と今、パーティを組めている事自体この上なく幸運な事なのだ。

 矮小でひねくれた自分の根性を宥め、立ち上がり土を払う。するとほかの訓練生の相手をしていたはずのグレンが目の前に立っていた。

 

「おう、今さっき、お前等以外の全員の訓練生が卒業したぞ。おめでとう。お前等もさっさと辞めちまえ」

「……途中、新入生が何人かはいってこなかった?」

「そいつらも辞めた」

「賢いな……」

 

 そもそもこの暴君のいる訓練所にいつまでもしがみついているウルとシズクがおかしいのだ。酒場の冒険者達に話を聞いたが、グレンの指導はせいぜい1週間続けば良いところだそうだ(その短い時間に徹底して鼻っ柱をへし折りつつ生存術を叩き込むから無駄ではないのだが、と冒険者達は苦い顔をしながら付け加えた)。

 1週間もすれば銅の指輪をこの男が与えるつもりが全くないと誰しも気づく。それでも尚居座り続けるウル達がおかしいのだ。

 

「グレン、銅の指輪をくれ」

「やらん。2週間も同じこと言って飽きねえのかお前は」

「妹の命がかかっている。時間も無い」

 

 グレンは溜息をついた。2週間同じ事を言い続け、同じ言葉を返され続けている。2週間である。約束の一月の半分を消費している。一応、冒険者となるための訓練自体は順調ではあるものの、焦りは募るばかりだった。

 

「グレン様、この2週間ウル様は決してくじけずグレン様の訓練を耐え忍び続けました」

「3、4回くじけてたけどな……」

「少なくともグレン様の“試し”をウル様は乗り越えたと言って良いのではないですか?」

 

 シズクの意見に対して、グレンは口を閉じ、ウルを睨み付けた。ウルはせめてフラつかないように歯を食いしばったが、迷宮に突入、帰還してから訓練というハードなスケジュールでなかなか足下はおぼつかない。それでも目を背けまいとしていると、グレンは溜息をついた。

 

「……ま、心身の耐久性が在ることは認めてやる」

「それだけか」

「重要だよ。一番重要と言っても良い」

 

 ついてこい。と、いつもの訓練を切り上げ、グレンはウル達を連れ訓練所へと向かった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 冒険者ギルドグリード支部訓練所、資料室

 

「まず、大前提として、お前が目指している黄金級がいかにメチャクチャかを説明する」

 

 グレンはそう言ってだんと壁にかけられた黒板を手の平で叩いた。そこには巨大な文字で【大連盟】とかかれていた。

 

「【黄金級】は冒険者ギルドが定めている冒険者階級の最高位だ。そしてこの黄金級に到達するヒトはめったにいない。今現在、黄金級として認定されている者は片手で数えられるほどだ」

「ギルド長は違うのか?」

「お前らが最初にあったジーロウも銀級だよ。まあ、大罪都市プラウディア本部の冒険者ギルド長は黄金級だが……まあ、それはいい」

 

 つまり、黄金級とは単純なギルド内部における役職制度とは必ずしも合致しない。冒険者ギルドで出世したからといって黄金級にはなれないし、黄金級になったからといって冒険者ギルドを牛耳れるというわけでもない。

 

 冒険者の指輪とは、総合的な見地から見る()()()()()()()()()、それのみを基準として采配される極めてシビアなものだ。冒険者ギルドのギルド員としての貢献を幾ら重ねようと、それは決して指輪の昇級に直結したりはしない。

 

 つまり黄金級とは虚飾なく冒険者にとって最高の称号である。

 

「有名どころだと【黒の王】、【真人創り】、【神鳴女帝】なんかだな。どういう実力か、って言われてもピンとこねえだろうから功績だけ上げるぞ」

 

 大罪都市ラース及び周辺の衛星都市の魔獣災害

 真人と呼ばれるホムンクルスによる2桁以上の大迷宮の踏破実績

 人類生存圏外化した【大罪都市スロウス】エリアの踏破及び開拓

 イスラリア大陸、全土に蔓延った犯罪ギルド【鎖蛇】の壊滅

 

 数え始めればキリがない。そしてその種類は多種多様だ。冒険者、といういわば何でも屋のトップなのだ。その功績は“荒事である”事以外共通点は少ない。

 ただし、多様なプロフェッショナルである彼ら彼女らは、しかし一つだけ、共通した案件で貢献を上げている。どんな黄金級であっても必ず“ソレ”とだけは遭遇し、結果を勝ち取っている。ソレは――

 

「【竜】だ。黄金級になるなら、必ず、竜の攻略が必要不可欠だ」

「竜……」

「そだよ。竜、竜、名無しのお前なら割と知ってるだろ。竜。あれ倒せるか?」

 

 いきなり倒せるか?と言われても、ウルには全くイメージがわかない。

 知っているか、と言われれば知っている。グレンの言うように“名無し”であるが故に、都市国の彼方此方を放浪しているが故に、必然的に知る機会がある。

 

 竜、世界の敵対者、生きとし生けるものの憎悪の対象

 迷宮を生み出した元凶とも呼ばれる唯一神の敵対者、都市をも喰らう災厄

 

 だが、認識しているからこそ、竜の攻略と言われてもあまりにもピンと来なかった。それはまるで、巨大なる山脈を動かせるか?と言われているような気分に近かった。

 

「……具体的に、竜って戦ったらどう強いんだ?」

「竜の鱗は刃も毒を通さず、上級魔術以外の魔術は全て反射する。魔銀をも溶かす猛毒の牙、眼光は睨むものを石化させ、咆哮は脳を破壊する。ブレスを吐けば万の生命が一瞬で溶ける。そして、知性は賢者を上回り、幾度となく討伐されようとも生き残った百戦錬磨の経験を持つ。生ける者全ての敵対者」

「出来るか」

「なら黄金級は諦めろ」

 

 グレンはアッサリとそう言う。彼からすればウルが諦めるなら願ったり叶ったり、というようだった。実際、グレンが繰り返し「諦めろ」と言っていた理由の一端がようやくウルにも理解できてきた。

 

「……今は無理でも、成長したら竜と戦えるようになるか?」

「無理だ。お前にゃ」

 

 取り付く島もなかった。だが、無理、という言葉も流石に聞き飽きた。何故そうまで断言するのか。

 

「俺には才能が無いのか?」

「普通」

 

 グレンの評価は実に端的で、的確だった。

 

「此処2週間、ずっとお前を殴ってきた結論だ。良くも悪くもない。平凡、凡人、平均、一山いくらの人材。それがお前だ」

「泣くぞ」

 

 別にウルは才能が無いわけではない、とグレンは言う。

 これまでの訓練の中でも、厄介な事情も相まって人一倍の根性は示してきた。魔物への恐怖からくる警戒心と、その恐怖に溺れない胆力も持っている。成程、不断の努力をずっと重ね、運に恵まれれば、ひょっとしたら良いところまで、銀級の末席くらいにはたどり着けるかもしれない。

 

「だが、黄金級は無理だ」

「そこまでたどり着く才能がないと?」

「いいや、“違う”」

 

 違う、その否定は予想していなかったのかウルは眼を点にする。

 

「才能は確かにあるに越したことは無い。だが、才能だけでは黄金級にはなれない」

「なら努力が足りない?」

「銀級以上の奴らは誰だって死ぬほど努力してる。だがアイツらは黄金級にはなれない」

「運?」

「ラッキーが百万回続くなら黄金級になれるかもな。そんな奴は存在しないが」

 

 努力でも、才能でも、運でもない。では何が黄金と銀と分け隔てるのか。

 

()()()

 

 グレンは少しウル達から距離をとると、ぐいっと服をはだけた。

 

「自分も、自分の周りも、全ての運命をもなげ捨てる()()()()()()が、銀を黄金たらしめる」

 

 はだけたグレンの鍛え上げられた肉体。その右肩から腰にかけて、彼の身体を真っ二つに引き裂くよう青黒い傷跡が刻み込まれていた。

 

 



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冒険者(もどき)にはなれたけど④

 

 その傷は異様だった。

 右肩から雷でも奔ったかのような巨大な傷跡、それは真っ直ぐに胴を跨ぎ、左の腰まで到達していた。そしてそれを回り込み、恐らくだが背面にまで至っている。真正面から切り刻まれたというよりもまるで“巨大な魔物に丸ごと食い千切られた”ような痕。

 

 尋常ならざるその傷跡にウルは息を飲み、そして理解した。

 

「――黄金級なのか、グレン。あんたは」

「おうとも。【紅蓮拳王】たあ俺の事よ……自分で名乗るときっついなコレ」

 

 十数年前に発足した冒険者ギルド所属の一行(パーティ)【緋色ノ王山】大罪迷宮グリードの深層で大竜を撃退した功績で黄金級として認められた生きる伝説であり、今なお語り継ぐ者が多く居る大英雄だ。

 その大英雄が、こんな、こんな――

 

「無精髭ですげえやさぐれてるオッサンとは……」

「どつくぞ」

「もう既に殴ってる」

 

 ウルは殴られた頭をさすった。しかしまさか、ウルの目標としている黄金級がこんな身近にいるとは思わなかった。訓練所は確かに「教官は冒険者として成功を収めた引退者」である事が多いとは聞いていたが。

 

「あんたは、黄金級になれたんだな」

「結果的にな。俺は、俺達は別に黄金級を目指した訳じゃなかった」

「じゃあ何が目的で?」

「復讐」

 

 その言葉を継げた瞬間のグレンの形相を、ウルは忘れる事は出来なかった。それほどに壮絶な表情だった。その胴体に刻まれた傷に勝るとも劣らないほどに、壮絶で、悲惨だった。

 

「俺達はな。竜を殺したくて殺したくて仕方が無い連中の集まりだったんだよ。全員がそうだった。俺の仲間も、全員、竜を殺せるなら何だって良かったんだ」

 

 竜は人類への敵対種である。

 そこに例外は無い。竜は圧倒的な暴力でもってこの世界に住まう様々な人類を焼き払い、呪い、苦しめ、そして殺す。しかし、その脅威を知る者は少ない。遭遇して生き残る者は殆ど居なかったからだ。いたとしても、彼らは竜を呪い、竜への復讐に走り、そして無残に殺される。 

 グレンと、グレンの仲間達はまさしくその竜への復讐者だった。

 

「俺たちの一行は大罪迷宮グリードで不意に眷族竜……【大罪竜】の下僕か?そいつに半壊にされてなあ。で、復讐のためにそいつを探して探して探して探して探して、殺した。以上だ。その過程で生き残った仲間も、嫁も炭になって消えて、俺だけが生き残って英雄になった」

「……なんといえばいいか、キツイ過去を掘り返させて――」

 

 ウルは言葉を濁す。あまりにもザックリと語られたそれは壮絶だった。名無しで、家族は妹だけになったウルだが、それ以上になにもかもを失った男が目の前に居たのだ。

 だが、謝ろうとしたウルに対して、グレンは鼻で笑う。

 

「謝る必要は無い。何せ俺は微塵も後悔していないからだ」

「は?」

「嫁と仲間が死んだことに悔いはないと言った。アイツらがそうなることを、そうなってでも竜を殺す事を俺は決断した。だから悔いはない」

 

 竜を殺すという決断がどれだけの危険に見舞われるものなのか、グレンの一行は全員が分かっていた。発生するであろう犠牲も承知の上だ。故に、グレンにとってその過去は触れたくない“傷”ではなかった。自らが選び取り進んだ道でしかない。

 

「イカれてるだろ?だが、そうじゃなきゃ竜は殺せなかった」

「何もかも犠牲にしなければならなかったと?」

「そうじゃない。犠牲は結果でしかない」

 

 重要なのは最後ではなく、最初。グレンがその道を選んだそのときの。

 

「断固として、なんとしても、やり遂げると、決める事だ」

「……」

「竜退治なんてのは、まともじゃあない。普通は神官サマ達も総出で、一個の都市が総掛かりになって決死の覚悟で挑むような“大戦争”だ。冒険者の集まりだけで挑むモンじゃ絶対にない」

 

 それも、多くは凌ぐための戦いであって、自ら大罪迷宮の深層、奥地へとまで潜り込んで探し出して、自分から殴りかかるなどという、竜の逆鱗に自ら触れるような真似は、狂っているとしか言えなかった。

 

「しかも竜を退治する過程で力も、資産も得た。安定もだ。いつ、身を引いても何の問題も無かったんだ」

 

 だが、そうはしなかった。グレンは決断した。全ての安寧が消えて失せる可能性を全部承諾して、竜を殺す道を選んだのだ。

 それが、ほかの銀級の天才達、黄金に至れなかった者達との最大の違いだった。

 結果として仲間が死んだことは関係ない。重要なのは、全てを失うかもしれないと知って尚、その先に進んだ決断そのものだ。

 

「冒険者として成長していくほどに得るもの、背負うものは大きくなる。捨てがたくなる。今はお前は何も持っちゃいないだろうが、順調に冒険者稼業を続ければ続けるほど、お前は何かを得て、何も出来なくなっていく」

 

 グレンの言葉は、重みがあった。理解があった。彼は見てきたのだろう。失敗し破れていった冒険者達はもとより、成功したが故に停滞し、身を引いていった冒険者達も。

 失敗すれば何者にもなれない。だが、成功し、足を止めても黄金級には至れない。故に、真っ当な冒険者は黄金級になれない。なる必要がなくなるからだ。だから必要なのだ、狂気めいた、気が違っているとすら思えるような、断固たる決断。

 

「それがあるのか?お前には」

 

 あるのかと、問われれば、グレンに向かって幾度も繰り返した言葉をウルは繰り返すしか無い。

 

「俺は妹を救わなきゃいけない」

「ただそれだけではお前はそのうち心くじけるぞ」

「何故」

「他人を“理由”に行動してるからだ。“目的”がお前の中ではっきりしていない」

 

 ウルが訓練所に来てから今日まで支えたものをグレンは正面から否定した。

 

「他人に依存した選択は、脆い。失敗したとき、責任の所在を相手に預けてしまうからだ。俺が苦しいのはアイツのせいだってな」

「そんなことしない」

「そう言い切れるか?今日までの俺のしごきの中で、お前はほんの僅かだって、妹に対して恨みがましい想いを抱かなかったか?」

 

 そんなわけが無い。と、言い返そうとして、ウルは言葉が止まった。止まってしまった。自信が無かった。グレンの訓練は苛烈極まった。その最中に、僅かだって妹に負の感情を抱かずに居られたか?

 今この時、グレンの言葉に真正面から否定できなかった男が。

 

「俺の訓練程度でも自信がないなら、本当に冒険者になった後はなおさら無理だ。絶対にお前は苦難の中で、妹への見当違いの恨みを抱いて、足を止める。それで終いだ」

「……ソレは嫌だな」

 

 ウルはアカネを愛している。その感情は間違いなく本物だ。この想いを自分の手でぐしゃぐしゃにしてしまうなど、考えたくもない。

 

「だったらお前はお前を見つめ直さなきゃいけない。理由ではなく目的をはっきりとさせろ。何故妹を救うのか、身内とか、そういう言葉で濁さず言語化しろ。それができなきゃ、黄金には至れない」

 

 銅の指輪をとれようと、全部徒労だ。グレンの断言にウルは沈黙する。ウルがここまでやってきたのはアカネのためであり、ソレまでの人生もただ、妹と生き残る事だけに必死だった。 

 名無しなんてのは大抵がそうだ。今日を生きるのに必死で、自分を見つめ直す機会なんて無いのだ。見つめ直したって、メシは食えないから。経験がなかった。自分を振り返るなんてことは。

 ウルの沈黙に対して、グレンは鼻をならす。失望、というよりも分かっていた、という風だった。

 

「まあ、いい。どのみち時間はない。お前が()()()()()()()()()、そのときになって手遅れにならないようにだけはしてやる」

 

 そう言って、グレンは背後から紙束を取り出した、冒険者ギルド公認の判子が押されたそれは、ウルも見覚えがある。冒険者ギルド内で依頼の張り紙をしてある掲示板のすぐ横に啓示されているそれは、【賞金首】のものだ。

 

「銅の指輪は黄金と比べりゃもっとシンプルだ。大層な決意なんて無くたって、コツコツじみーに実績重ねてりゃ自然と手に入る。まあ、迷宮探索なんで死ぬ奴は死ぬが」

 

 ぱらぱらとグレンは乱雑に賞金首の張り紙を広げていく。そこには当然今のウルにはどうすることも出来ないような凶悪な魔物達ばかりが並んでいく。しかしその中で一枚、ウルにも見覚えのあるものがあった。

 

「銅の指輪の譲渡には本来なら一年以上の冒険者活動経験が必要だ。前も言ったな。そしてその条件を覆すためには一年以上の活動経験を上回るような実績が必要だ」

 

 そこで、と、グレンはウルも“見覚え”がある魔物の賞金首のチラシを掴み、見せつけた。そこに描かれているのは、ウルとシズクが遭遇し、逃げ回る羽目になった巨大なヒトガタ、輝く肉体を持った人形。

 

「宝石人形、コイツを討つ」

 

 賞金首:宝石人形

 種別:人形種、大型魔物

 階級:十級

 懸賞金額:金貨10枚

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 講習修了、魔力を馴染ませてこい。

 と、いつものようにグレンに蹴り飛ばされ、ウルは資料室から出ていった。そして、

 

「で?」

「はい?」

 

 ウルの後ろについていこうとするシズクを、グレンが呼び止めた。グレンは胡散臭げな表情で、呼び止められたこと自体不思議そうなシズクを睨んでいる。

 

「何がしてえんだよ。お前は」

「私ですか?」

「ウルを随分と後押しして、何がしたいんだってんだよ」

 

 黄金級になる、というウルの目的は荒唐無稽だがハッキリとしている。だが彼女は強くなりたい。という目標しか聞いていない。それ自体は別に良い。あまり自分の過去の詳細を口にしたくないというのはこの冒険者の界隈ではそれほど珍しくもない。

 そして、強くなりたいという彼女の願いは紛れもなく本物であろう。訓練に取り組むときの彼女の凄まじい気迫からもソレは分かる。妹の命がかかっているというウルよりも更に貪欲だ。鬼気迫るものを感じる。

 だが妙にウルに肩入れする理由が見えなかった。

 

「ウル様がこまっているようでしたので、お助けしたいと思っただけですよ?」

 

 しかし、グレンの疑念に対して、彼女の解答はあまりにも、なんというか、綺麗事だった。グレンは珍奇なものを見るような顔になった。

 

「……そりゃ本気で?」

「おかしいですか?」

「此処に来るまで所持品ゼロの女が聖人めいた台詞を吐くのは変だが」

 

 彼女が此処に来たとき、彼女の所持品はなにもなかった。小迷宮の奥で拾ったというカビ臭さとぼろさしか感じない服が一枚だけの女。その女が相手を気遣うような余裕を見せるのは奇妙だった。滑稽と言っても良い。

 相手を無償で気遣い、助けにしてやろうという者が持つ裕福さと今の彼女は無縁だ。

 

「変、そうなのですね。気をつけます。教えてくださってありがとうございます」

 

 そんなグレンの訝しみを知ってか知らでか、シズクはほわほわと笑みを浮かべた。グレンはその笑みに自分の心に緩みを感じた。普段の業務では、どれだけゲラゲラと笑って見せても内心で笑ったことのない自分が、緩んだ。

 その事実に彼は少し背筋がひやりとした。

 

「ただ決して、彼の助けになりたいだけ、というわけではないのです」

「自分のためでもあると?」

「私は強くなりたいのです。出来る限り早く、可能であれば最速最短を」

 

 そう言う彼女の言葉には強い意志があった。訓練時にグレンが感じていた鬼気迫るような決意が再び溢れる。少女と言ってもいい年の子供が放つものとは明らかに隔絶していた。

 

「ですが、迷宮探索を重ねわかりました。一人では無理だと」

 

 グレンはその言葉には頷く。

 迷宮攻略は一人で出来るようなものではない。複雑な地形、多様な強さを持った魔物達、消耗する体力、必要な道具の運搬作業、それら全てを一人でこなすのは困難を極める。この目の前の少女がいかほどの天才であろうともだ。だから皆一行を組むのだ。

 そして今、彼女が組んでいる仲間がウルである。

 

「ウル様は黄金級を目指すとおっしゃっていました。ソレは並大抵の道ではないのでしょう。尋常ではなく、鍛えねばならないと」

「まあ、そうだな」

「ならば、道の通ずるところがあります。一行としてこの上なく頼もしい事です」

 

 自身の強さへの執着の異常性を理解しているが故に、その目的が近しいウルの存在は彼女にとってこの上なくありがたい事であると、そういうことらしい。グレンにもそれは理解はできる。

 一行にはバランスも重要だ。その日の稼ぎさえあれば良い考える者と指輪の獲得を目指す者とではかみ合わない。ともに行動するのであれば、目指すところは合致している方が望ましい。彼女はソレを理解しているらしい。

 

 と、そのように語る彼女がウルを後押しした理由は、一般的なものとそう変わりないものだった。“ここまでは”。

 

「こちらからも質問が一つ、()()()()()()()()()()()()()()()()。それは本当ですか?」

 

 竜、と、その言葉を口にする彼女の眼からは一切の感情が見受けられなかった。それは、グレンのよく知る復讐者の眼のようにも思えていたが、それとも違った。さきほどまでふわふわと、ヒトの心を問答無用でゆるます笑みからはかけ離れていた。

 それがなんなのか、グレンが見抜けなかった。見抜くヒマもなかった。彼女が“虚ろ”を見せたのは一瞬であり、すぐに再び柔らかで優しげな、聖女のような笑みを浮かべる。そして、

 

「で、あるなら、ウル様には目指していただきたいですね。叶うなら、()()()()()()

 

 竜を打倒する。黄金に至る道の険しさを語り、伝え、それがいかに困難であるかをグレンは懇切丁寧に説明したつもりである。ウルに向かってではあるが、勿論シズクだってその事はちゃんと聞いたはずだ。

 その上で、この女は、ウルが地獄へと進むことを笑顔で願っている。

 グレンは目の前の女が得体の知れぬものであると知った。

 

「……女運がねえなアイツ」

 

 

 

 




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賞金首:宝石人形の傾向と対策

 大罪都市グリード冒険者ギルド 訓練所16日目

 

 何故妹を救うのか、その理由を見出せ。己を見つめ直せ。

 

 グレンに言われた言葉をウルは頭の中で反芻する。

 自分の過去を振り返ることは、それほど難しくはなかった。ウルの人生はそれほど複雑でもない。ただただ貧困と過酷な流浪の旅の中で、妹と自分が生きることに懸命であり続けただけの事だったからだ。野生の生物と変わりなかった。

 信念であるだとか矜持であるだとかを握りしめる事が叶うのは、金か、力に余裕のあるヒトだけだとウルは思う。飢えて、胃袋に何かを詰め込むことに必死な貧者にそんなものを考える余裕はない。

 

 だが、黄金に至るにはそれが必要であるとグレンは言う。

 

 で、あればウルは考えなければならない。いくらグレンが「他人を理由にするな」と言ったって、妹であるアカネに死んでほしくないのは事実なのだから。

 だが、さて、では何故己は妹を救いたいのだろうか。

 

 肉親だから?妹だから?愛してるから?多分どれも間違っていない。

 

 間違っていないが、更にこれを突き詰めないといけないという。この衝動がウルのどこから生まれているのかを。それは才能も、実績も、家も故郷も持たないウルには大変に難しい作業だった――

 

「【火玉!】」

「っつああ!!」

 

 その思案の最中であっても、迷宮の魔物退治でウルとシズクが乱れないのはひとえにグレンの鍛錬のたまものであった。

 

 死と血と金と栄誉、その全てが入り混じる迷宮グリード、その通路をウルとシズクは突き進んでいた。グレンから、自分を見つめ直すように指示されてからもウルとシズクは迷宮探索を続けている。思案にふけり、ぼうっとベッドの上で寝転がる余裕は二人にはなかった。特にウルには。

 

 冒険者の指輪を獲得せよ

 

 ディズから与えられた課題の期限は残り2週間。これをクリア出来なければ、先ほどからウルの頭を巡っている黄金級だのなんだのの話は全て無意味に帰す。決して避けては通れない。

 そのために、ウル達は急ぎ強くなると同時に、一つ、攻略しなければならない問題に立ち向かっていた。グレンから提示された条件、1年以上の冒険者活動経歴という実績をも覆す条件と。

 それは今、“物理的”に近づいてきていた。

 

「……来た」

「近いですね……」

 

 ズン、ズン、と地響きのような足音が迷宮に響く。巨大な何かの足音。ウル達が保有する白亜の指輪しか持たない冒険者でも潜れる浅い階層で出現する大型の魔物は、現在一体だけだ。

 

『OOOOOOO……』

 

 階級十級、宝石人形

 

 本来は中層に出没するはずが迷宮の活性化によりこの上層へと紛れ込んでしまったイレギュラー。現在金貨10枚の賞金が懸けられた賞金首。

 これを打倒すれば、グレンはウル達を銅の指輪を譲渡するに相応しい冒険者としてギルドに推薦できるのだという。いうのだが、

 

『OOOOOOOOOOOOOOOO』

 

 それが近づくにつれ、その巨大さがウルを委縮させる。

 造形自体は子供の作った泥人形に似ているが、その体は、自身が纏う鉱石によって輝き、迷宮の仄かな光を反射している。だがそれよりにも何よりも問題なのは、デカイ、この一言に尽きる。

 全長10メートル超はそれ自体が一つの脅威であり、この重量が自由に闊歩していること自体が狂気めいている。一歩歩く、それだけで迷宮そのものが重量に震える。地面が割れる。弾ける。

 その様子を脇道から観察していたウルは、顔を引きつらせた。

 

「これ……を、倒す」

 

 倒す。

 やるべきことをやる。これはしなければいけないことであり避けては通れない敵だ。と、頭で理解し、心で念じても、身体はそのあまりの巨体とそこから生まれる地響きに、震えていた。魔物はこの浅い階層の中でもウルより巨大な魔物も珍しくなかったが、ここまで強大な魔物は流石にいなかった。大きいというのは純粋に脅威だ。

 

 頭ではわかっていても肉体が、本能が拒否する。かないっこない。逃げろ。と

 

 落ち着け落ち着け。怯えたところで動きが鈍り損をするだけで、意味なんてない。そう言い聞かせても本能が情けのない悲鳴をあげ手足を鈍らせた。全く思い通りにならない自分の身体にウルは顔を顰めた。

 

「ウル様」

「んむ」

 

 と、するりとその首にシズクの腕が回り、そのまま抵抗する間もなく、彼女の胸へとウルの顔は導かれた。そのままぽんぽんと彼女はウルの背中を叩き

 

「落ち着かれましたか?」

「とっても」

「それはようございますねえ」

 

 ふくよかな部分にウルは幸せになった。彼女の柔らかな声は逆波立っていたウルの心を静めてくれた。ウルは大きく息を吐く。年も変わらない少女に幼児をあやすようにされて落ち着くなんて恥ずかしい話だが、助かった。

 

「落ち着いていきましょう。私たちの今の目的は調査です。討伐ではありません」

「うん」

 

 彼女の言う通りだった。現在、ウル達の目標は宝石人形の“討伐”ではなく“調査”。どうすれば倒せるか、という、いわば下調べの段階だ。この段階で慌てふためいていては世話ないのだ。

 

「シズクは落ち着いているなあ」

「神の使徒として、成すべき事があります故、」

 

唯一神、太陽の化身ゼウラディアの信奉者らしい言葉が返ってきた。

 勿論ウルとて信仰心はある。神なくしてこの世界は、それどころか都市の維持すらままならない。太陽の化身ゼウラディアの結界なくしては迷宮や魔物から都市を守ることができないのだから。しかし、彼女のように命の危機を前にしてどっしりと構える事はできない。

 

 それは信仰の深さの違い、とかではないのだろう。多分彼女は自分のするべき事、そして何故自分がそうするのかという事をちゃんと理解しているのだ。グレンの言っていた自分に足りないものを、彼女は最初から持っているのだ。

 それを羨ましいとも、悔しいとも思わないのはシズクの人柄故か、それともウルの自己評価の低さ故か、あるいはどちらもなのか、ウルには判断がつかなかった。

 

「ウル様もきっと大丈夫ですとも。冒険者になって間もない日数を、死に物狂いでこなしてこられた努力を私は知っております。その日々は無駄にはなりません」

「……ああ」

 

 どうあれ、こうしてビビリ散らして縮こまるウルを励まし、手を引いてくれる彼女が良い奴なのは間違いなかった。ならば彼女の言葉に応えなければならない。今この時だけだったとしても、ともに戦っている仲間として。

 

「……よし悩むのも愚痴を吐くのもすべてその後だ」

「やれることをまずはやっていきましょう」

 

 と、二人で気持ちを立て直し、改めて隠れつつ、宝石人形の様子を窺う。いきなり突っ込んでどうこうしようという気は流石に起きない。まずは研究だ。

 

「……で、そもそもコイツは何に反応して動いてるんだ?」

 

 近づけば攻撃される。それは間違いない。つまり何かしらの感知能力は持っているのだ。では何で感知しているのか。ヒトならば五感だ。目、鼻、口、耳、肌の感覚、ではこの宝石人形にそれらはついているかというと、

 

「目、鼻、口と形を模してはいますが……」

「ただの空洞にしか見えない」

 

 ちょうど、子供が作った泥人形のようなものだ。生き物の器官と同様の機能を持っているとはとても思えない。

 

「ですが、何かしらの感知機能は持っているのは間違いないはずです」

「で、なきゃそもそも迷宮を歩き回って人間を追い回せないものな」

 

 入り組み、しかも時間と共に形が変わるグリードの大迷宮を歩き回れるのだから、何かしら周囲を感知するための機能を持っているのは間違いないのだ。

 ではそれは何か?

 

「グレンが貸してくれた図鑑には?」

「ゴーレムに刻まれた術式と核の精度によってその機能は大きく異なる」

「ふわっとしてるな」

「してますねえ……」

 

 しばし沈黙後、互いに頷き、

 

「調べてみよう」

「そうしましょう」

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 宝石人形の研究その1

 

「とりあえず、まずは視覚か」

「では試しに前に出てみましょうか?」

「それは絶対追いかけられて死ぬんじゃないか?」

「では、この人形を目の前に投げてみましょうか?」

「何処から買った。つーかどっから出した、子供ぐらいサイズあるけど」

「古市で。おばあさんが病気をした孫と息子と娘のために売らねばと」

「騙されてると言いたいが、実験の役に立つなら仕方ない。では一発、そーれ」

『OOOOOOOO……』

「おーっつってる」

「言ってますねえ」

 

 視覚能力、確認できず

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 宝石人形の研究その2

 

「結局反応しなかったな。人形には」

「でも我々には反応しますね」

「そうだな現在進行形で追いかけられている死ぬ」

『OOOOOOOO!!!!』

「人とそうでないものの見わけがつくのではないだろうか?」

「結局その見分ける方法が分からないわけでございますが」

「生物としての反応、心音、つまり聴覚」

「次の交差点左右に分かれて実験してみましょうか。私が声を出してみます」

『OOOOOOOO……』

「はーい!お人形さーん!手の鳴る方へ!!」

『OOOOOOOO!!!!』

「俺の方に超来る」

 

 聴覚能力、確認できず

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 宝石人形の研究その3

 

「音というわけではない。何か視覚に映ると反応するわけでもない……」

「何で感知しているのでございましょう……」

「となると、やはり魔力では?」

「ですが魔物にも魔力はございますね」

「だけど魔物は襲っては……」

「いませんでしたっけ?」

「え?」

「え?」

「……」

「……」

『GYAGYAGYA!!!』

「おや小鬼が」

「一匹だけでございますね」

「こっちに来るな」

「来ますねえ」

 

 

 

              ~数分後~

 

 

 

『GIIIIIIIIII!?!!』

「思うんだが、今俺達は恐ろしい事をしてないか?」

「それは、小鬼をふんじばって宝石人形に投げつけようとしてることでしょうか?」

『GYAAAAAAAGAAAAAAAA!!』

「凄い悲鳴が」

「しますねえ」

「俺たちが魔物呼ばわりされても否定できない」

「ウル様」

「うん」

「物事には優先順位があります」

「前から思っていたがシズクはそういうとこサッパリしてるな」

「「そーれ」」

『GYAAAAAAAAA!!??』

『OOOOOOOOO!!』

 

 

「ミンチよりひどい」

「どうやら人と魔物の区別はつかないようで」

 

 魔力感知能力、疑いあり

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 宝石人形の研究その13

 

 十回を超える宝石人形との接触と実験と逃走、そうやって研究を続けることでウル達は宝石人形の感知能力に関して一つ、推論を立てるに至った。

 

「研究の結果、【近づいてきた魔力を持つ生物を攻撃する】という結論が出た」

「恐らくは、とつきますが」

「時々そうしないことがあるのがわからん」

「これ以上検討するには、私たちの実力も人手も足りませんね」

 

 そう、足りない。何せ接触するたびに命を懸ける必要がある。一回の実験ごとに命からがらの逃走を繰り返していては文字通り命がいくつあっても足りない。故にこれ以上検証を進めるのは無理だった。

 そして

 

「……これがわかったからどうだっていうんだ」

 

 ウルは壁を叩いた。手が痛かった。

 検証の結果わかったのは、自分たちが近づけば襲われるという事実である。そしてその事実に対する感想は「んなこたあわかってんだよ」である。

 命がけの徒労というのは中々に精神に来る。毎度毎度、無駄な時間と労力と金を使ってすかんぴんになって帰ってきても全く懲りなかったクソ親父が少しだけ凄いと思った。が、気の迷いだなとすぐに思い直した。

 

「よし、次だ。切り替えていこう。次は戦力差を確認したい」

「直接ぶつかってみる、という事ですね」

「やっぱり実際戦ってみないと。どれくらい倒すのが難しいか、わからん」

 

 今まで、さんざん接敵してきたが、ウル達のとる行動は逃げの一択であった。装備的にも、心構え的にも、まったく準備なしのままにぶつかる相手ではない。というのウルとシズクの共通認識だった。

 デカイ、という一点だけでも単純に脅威だ。それすら理解できずに突っ込んだ冒険者たちは何人かいたが、ことごとく先ほどの小鬼と同じ末路を迎えていたのだ。警戒もする。

 

 が、ただ情報としていて知るだけでは対策は立てにくい。一度はぶつからねば。

 

「ウル様!右通路前方から宝石人形が来ました!」

「よし」

 

 ウルは槍を身構え、シズクは杖を握りしめた。

 

「これで倒してしまったらお笑い話だな」

「まあ、でもそれができたら素敵ですね」

 

 緊張を和らげる冗談を、シズクは楽しげに受け止め、笑う。そうしてリラックスできたところで、二人は互いに頷き合い、覚悟と決意と共に宝石人形の前に飛び出した。

 

 

 

           ~数分後~

 

 

 

 

「やめときゃよかった!!」

「やめておけばよかったですね!!!」

 

 そしてすぐさま後悔した。

 

 今進んでいる通路は狭く長く緩やかに曲がりくねる一本道。その通路をウル達は必死に走り抜ける。そしてその背後で、凄まじい轟音と破壊音、そして2人の身体に影を落とす、凄まじき巨大なる人型が迫り来る。

 

『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……!!』

 

 繰り返される咆哮、それが宝石人形の声なのか、はたまた人形の身体を維持する謎の機構の駆動音なのか、ウルには当然さっぱりわからない。わからないが、しかしそんなものわからなくたって、あの人形が今ウル達に明確な敵意をもって迫ってくるのはわかっている。

 戦力を測ると挑みかかった宝石人形相手になぜ逃げ回る醜態を晒すのか。

 

 理由は単純だ。どうにもならなかったのだ。

 

「【氷よ唄え、穿て】」

「貫けえ!!!」

 

 時折振り返り、ウルはその足に槍を叩き込み、その背後からシズクが魔術を叩き込む、現時点でウル達が持てる渾身の力を込めた。だが、その結果は

 

「……とてもかたい」

「反応もありませんね…!」

 

 まったく、ちっとも、槍が通らない。魔術も直撃した場所に傷一つない。歯が立たないのだ。これでは倒す倒さない以前の問題だ。

 

 知っていた。わかっていた。グレンから宝石人形が硬いとは聞いていた。本来の住処、中層を縄張りとする銀級の冒険者たちもてこずるとは聞いていた。が、認識が甘かった。甘すぎた。ウル達の実力では、戦いにすらならない。

 

「ダメだこれは逃げよう」

「そういたしましょう」

 

 そんなわけで二人は逃げることにしたのだが、それもまた一筋縄ではいかない。

 宝石人形の動き自体は愚鈍だ。が、なにせデカい。ゆっくりと一歩歩くだけでウル達が必死に稼いだ距離をつぶしてしまう。

 

「来ます!」

 

 シズクの声、ウルもまた直感からの怖気を感じ、一気に前へと蹴りだす。というよりも転がり出る。次の瞬間、ウル達の背後で地響きが鳴り、そしてウル達の身体が一瞬“跳ねた”。

 

「…………!?!?」

 

 そして地面に無様に墜落する。痛みはない、だが、身に起こったあまりの現実離れした有様に、ウルは一瞬全身を硬直させた。

 

「ウル様!!」

 

 ウルを正気に戻したのはシズクの容赦ないビンタだった。痛烈なベチンという音でウルは覚醒し、そして衝撃で揺れる足をたきつけ、再び走る。だがまたいつ来るともわからない強襲に構えないといけなかった。

 ただ全力で逃げる。という行為も、宝石人形は許しはしなかった。

 

「足止め、足止めだ、足止めをする!」

 

 焦りと恐怖でマヒしかけてる頭をたたきながら、ウルは今すべきことを何度も口にする。槍を握りしめ、振り返る。あの煌めく身体には傷一つつかない。ならば叩くべき場所はその足場だ。

 

 宝石人形は次の一歩を踏み出している。その歩幅は大きい。そして人の姿をする以上はその巨大な体を支えるのは二本の足だ。こちらを追って足を前に出す瞬間ならたったの一本。

 

「すっころべ!!」

「【大地よ唄え、鎖よ解かれよ、粘土(クレイ)】」」

 

 ウルはこちらへとのびる宝石人形の手を滑り込むことで回避し、そして片方の足を支える迷宮の石畳を粉砕した。同時にシズクはその場所を魔術によって“柔く”した。結果、

 

『O……OO……OOO』

 

 ぐらり、と宝石人形は倒れ始める。

 

「あ」

「まあ」

 

 つまり、とてつもない巨体と重量が前のめりに倒れてくる。

 

「逃げろ!!!!」

 

 叫ぶが否や足下にいたウルは宝石人形が倒れ込む方とは逆側の方へと身体を投げ出すようにして飛び出した。後方でシズクもまた人形から距離を取ろうとしているのが気配で分かったが、確認する余裕はなかった。そして次の瞬間、

 

「「~~~~~~!!!」」

 

 轟音。

 先ほどの一撃とは比べ物にならない衝撃がウルを直撃し、ウルの身体は吹っ飛んだ。あちこちに身体をぶつけ、ダメージを負った。動くだけで傷が鎧に擦れて痛んだが、死ななかっただけ幸いだろう。巻き上がった粉塵を払いながらウルはひぃひぃと身体を起こした。

 

「……し、死ぬとこだ……!シズク!!」

「此方は平気です!!」

 

 土煙で姿は見えないが、無事ではあるらしい。ウルは安堵の溜息をついて、土煙を払いながら声の下へと向かった。シズクも同じようにしていたのか、宝石人形の腰アタリで二人は合流を果たした。

 

「よかった、無事か」

「私は……ですが、人形は起き上がれるのでしょうか?」

 

 倒れたまま、ピクリとも動かない宝石人形に、ウルとシズクは一先ず少し距離を取りながら、様子を窺う。周辺の土煙は未だ晴れる様子を見えず、未だ先ほどの衝撃の残響が広い迷宮に残っている。

 シズクの言うとおり、宝石人形は中々起き上がる様子を見せない。まあなにせこの巨体だ。ただ起き上がるといったって大変だろうというのはわかった。だが、もし本当にこのまま起き上がれないのなら、それなら討伐達成とみなされやしないかしら、などとウルが思い始めた時だった。

 

「好機だ!!」

 

 ウル達の背後から、何人もの影が飛び出した。いつからそこにいたのか、あるいはずっと待ち伏せしていたのか、様々な武装で固めた冒険者たちが一斉に飛び出す。そして、

 

「っと!?」

 

 宝石人形との間にいたウル達を突き飛ばして、宝石人形に襲い掛かった。

 

「はっはー!ガキども!ありがとよ!!こいつは俺ら【赤鬼】がいただくぜ!!」

「くそ!かてえ!ぜんっぜん剣が通らねえよ!!」

「アレもってこい!アレ!!」

 

 混乱しているウルを尻目に、男達は準備を重ねてきたのか手際よく何事かの用意を進めていく、宝石人形の胴に投げ込まれていくそれは、手のひらサイズの球形、術式が刻まれた羊皮紙が巻かれた【魔封玉】、効果は術式によって様々だが今回使われたものは

 

「発動しろ!!」

 

 爆火魔術。

 合図とともに、放たれた魔力は術式に反応し、破壊を生み出した。此処がもしただの洞窟なら崩落を起こしていたようなレベルの爆発は断続的に続き、ウルの耳から頭を揺らした。目が回るような気分だった。

 

「どうなった!!??」

「きこええねええよ!!!」

「いってえがれきふってきた!!」

 

 爆発音と振動音にまけじと赤鬼と名乗った連中が声を張り上げている。視界は先の宝石人形の転倒の時よりもまして最悪の状況だった。しかも五月蠅い。ウルは声をかける代わりにシズクの手を掴み、その場を離れるように合図を送った。

 

「――」

 

 シズクも頷き、動く。状況が分かるよう少しでも騒乱から離れる。端的に言って嫌な予感しかしなかった。

 

「―――え?」

 

 誰の物かはわからないが、随分と間の抜けた声がウルの耳に聞こえた。

 視界を覆う粉塵が大きくゆらめく。大きな“何か”が動いて、その風圧で粉塵が動いたのだ。もっとも“何が”動いたかは明白だった。

 

『OOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

 宝石人形が起き上がった。そしてゆっくりと、拳を振り上げていた。目の前にいる、自らの外敵に向かって大木よりも太い拳を叩き込むために。

 

「ヒィ!?」

「……そこらで売ってるような道具で倒せるなら、賞金首にはならないよな」

「【風よ唄え、我らに守りを】」

 

 ウルが男達の討伐失敗の理由を少し現実逃避気味にしみじみと呟く間に、シズクは素早く呪文を紡いだ。宝石人形は拳を振り下ろす。その動作はそれまでの緩慢な動きに相反してやけに素早く感じた。

 

「【風鎧(ウィンドアーマー】――!?」

『OOOO!!!』

 

 シズクが風の障壁を生み出す魔術を放つ。と同時に宝石人形が拳を振り下ろした。一瞬、その風の障壁に阻まれ、拳は弾かれるように見えた、がそれは本当に一瞬だった。パァンという強烈な破裂音が響き、破壊された魔術と、宝石人形の拳が巻き起こす衝撃にウル達は再び吹っ飛んだ。

 

「だああ!?」

「ぎゃああああああ!?!」

 

 ウルは強かに背中を壁にぶつけた。背中は痛かったが、それでも怪我がたいしたことがなかったのは、シズクの風の魔術があの拳の間に入ってくれていたからだろう。そうでなかったら、粉砕した迷宮の地面の破片とともに飛来する衝撃でウル達はズタズタになっていた。

 

「ウル…様……!」

 

 そして、その幸運は二度は続かない。シズクもウル同様に吹っ飛ばされた衝撃で迷宮の壁に叩きつけられていた。しかも、強引に発動させた魔術の影響で体力を使い果たし、ぐったりしている。

 

「シズク、抱えてやるから、逃げるぞ!」

「あの、方達、は、大丈夫、ですか…?」

「もうギャーギャー言いながら逃げ出してるよ!俺等も行くぞ!!」

 

 そう言って二人もまた、一目散に逃げ出した。走り去る寸前、ウルは追ってきていないかを確認するため最後にもう一度宝石人形の方を振り返った。

 

「OOOOOOO……」

 

 宝石人形は、ウル達の攻撃にも、赤鬼と名乗った連中の強襲にもまるで動じた様子は無かった。というよりも、その身体に傷一つすらついてはいなかった。迷宮通路の魔光に照らされて輝くその身体は名前の通り宝石のように美しい。

 そして、何事もなかったように、再び迷宮を歩き、徘徊を始めたのだった。

 

「……どうすりゃいいんだ。本当に」

 

 シズクを抱えながら、ウルは困り果てた情けない声で呟いた。当然答えてくれる者はいなかった。

 



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賞金首:宝石人形の傾向と対策②

 

 欲深き者の隠れ家にて

 

「店長、日替わりランチを二つ」

「お願い致します」

「今日はまた随分ぼっろぼろだな……埃はちゃんと店の外で払え」

 

 宝石人形との戦闘から無様に撤退したウル達は、そのまま既になじみとなった店に足を運んでいた。どれだけの失敗を重ねようが、どれだけ思い悩もうが、心身の健康が最低限保たれている限りにおいて腹は減るのだ。

 

「ま、メシが喰いてえならまだまだ心配はいらんか」

「心配はしてくれ。大分行き詰まってる」

「この店にも大なり小なり行き詰まってる奴はおるんでな。簡単に贔屓はできんな。肉は一枚増やしてやる」

「ありがとうございます。店主様」

 

 なんだかんだと良くしてもらっている事に感謝しながら、ウル達は疲弊しきった肉体にエネルギーを補給すべく、目の前の食事にがっついた。

 

「今日の日替わりは何だろう」

「赤耳鳥の照り焼きと目玉焼きだよ。【生産都市】から今日運搬されたから油の乗った良い肉だ。とっとと喰え」

 

 言われるまでも無く、ウルは目の前の肉にフォークを突きたてた。厚切りの肉から肉汁が流れ、皮の上に乗ったタレと混じる。ウルに赤耳鳥が高い肉のなのか安い肉なのかはよく分からない。だが肉は肉で美味しい肉だ。ウルはその旨みを口の中で噛みしめた。

 

「うまい」

「語彙がねえなあ」

 

 そう言いつつ、店主は嬉しそうだった。美味いものを腹一杯になるまで食べられるようになったのは、冒険者になってからの数少ないメリットの一つだった。

 

 アカネにも食べさせてやりたいなあ。彼女はジュースになるが。

 

 と、そんなことを思っていると、近づいてくる者達がいた。男の冒険者達が複数でぞろぞろと、彼らは眼の前においるウル――は、さっくりと無視して、その隣に座りウルと同じように肉をニコニコと食べるシズクへと近づいていった。そして、

 

「シズクさん!ご機嫌麗しゅう!今日もお美しいですね!!」

「ありがとうございます。ガイさんに褒められるとうれしいでございますね」

「シズク!君に似合う華を摘んできたんだ。どうか受け取ってくれないか!」

「まあ、ダンジさん。ありがとうございます。とっても素敵なお花ですね」

「シズクさん!今度俺達のパーティと一緒に潜りませんか?!」

「ごめんなさい」

「振られた!!」

 

 次々に男がシズクの前にやってきては、適当に彼女にあしらわれている。

 いつもの光景である。

 いつもの光景になってしまった。

 

 シズクは優秀な魔術師であるが。正確には極めて優秀な“素養”を持った魔術師だ。魔術の技能は素晴らしいが「初心者にしては」という注釈がつく。

 まだまだ彼女は白亜の冒険者である。今彼女に声をかけてる連中はだいたいが銅の指輪は既に保有している、そこそこに熟達した冒険者達ばかりだ。彼女を勧誘したところで、彼女をつれて迷宮探索には向かえないだろう。純粋に一行のバランスが悪くなるからだ。

 

 しかし彼女への勧誘を男達がやめないのは何故か。

 

 最初彼女の容姿につられて声をかけてきた男達を、彼女が片っ端から骨抜きにしたからである。

 

「皆さん優しくしてくださって、私はとっても幸運です」

 

 あまりに目立ちすぎるシズクの容姿にまず惹かれて彼らは声をかけ、そして彼女の冒険者らしからぬおしとやかな仕草と態度、誰に対しても分け隔て無く優しく接する態度に絆され、魅了される。店の男達はすっかり、彼女に夢中になっていた。

 

 しかしこんなだと女性に嫌われそうな気もするのだが……

 

「アハハ、またシズクがナンパされたの?ウフフアハハハ。ウルさびちいねえ~」

 

 と、今度はウルが絡まれる。鍛えられ整った身体を押し付けてくる彼女は兎の獣人ナナ、銅の二級の冒険者だった。

 

「真昼間からまた飲んでるのかナナ」

「だぁって、おちゃけがおいちいのだもの!」

「だきつかないでくれお酒臭い」

「あらぁ照れてるのウフフフフ?」

「いいや、この前思い切りゲロを吐きかけられた地獄絵を思い出している」

「大丈夫よ安心しら。きょうはあんましのんでらいもぉおうっぷ…」

「誰かこの酔っ払いを早く」

 

 ナナに絡まれ、助けを求めると彼女の仲間、この店では少数派の女性冒険者達が無理矢理彼女をウルからひっぺがした。

 

「ほらもーナナ、あんた悪酔いするんだから酒量減らせって言ったのに」

「シズクーあんたも男ども相手にするのは適当にしなよー!バカだから勘違いすんのよ!」

「ご忠告ありがとうございます。気をつけますね」

 

 女性冒険者の警告に、シズクは本当に嬉しそうに頭を下げる。その態度に彼女達はふっと笑った。どうやら彼女の魅力は女性にも通じているらしい。少なくともシズクがこの店でトラブルを起こしているという話は聞いたことがない。

 まあ、要は、現状、ウルがシズクに捨てられる可能性を除けば、問題は無いということだ。

 ウルは目の前の肉に集中した。

 

「おう、いいのかボウズ、お前の相棒、ナンパされてるぞ」

「俺にどうしろと言うんだ店主。肉がうまい」

「そんなんじゃかっさらわれるぞ?」

「俺に止める権利はない。肉がうまい」

 

 無論、彼女が本当に勧誘されて困るのはウルではある。一応既に組まれた一行(パーティ)を横から引き抜くのはあまりマナーとしてよろしくないし、おおっぴらにやると顔を顰められるし恨まれることもある。が、絶対禁止というわけではない。双方が同意すれば移籍も起こるだろう。

 そうなればウルに止める権利は無い。ウル自身それはとても手痛いが、仕方ないことではあるとも思っている。恋人でも家族でも無い。ただ行きずり、偶然出会い、そしてたまたま都合が良かったから互いに手を組んだだけの間がら。よりよい環境に移ろうというヒトは止められない。

 ウルだって彼女以上の優良な物件から「一緒に冒険しないか」と勧誘されたら移籍を考慮するだろう。現在のウルと実力が釣り合う彼女以上の素養を持った冒険者は、どれだけ上を見上げても見当たらないのだが。

 

 彼女の損失が自分の人生がかかっているというのに「仕方ない」で済まそうとしていること自体、グレンから言わせれば決断力が無い、ということになるのかもしれない。と、若干落ち込みそうになるウルだった。

 

「彼女をつなぎ止める良い方法を教えてやろうか?」

 

 そう言ってきたのは、先ほどまでシズクに対してなんども声をかけ、そして、

 

「誰も何も聞いてないぞ今さっきシズクにフラれたジャック」

「フラれてねえよ!ちょっと話がすれ違っただけだよ…!」

 

 そこに声をかけてきた冒険者のジャック(ウルと同時期に訓練所に通っていて、そして逃げ出した者の一人)は、ウルにむかってしたり顔を向けてきた。このツラの時は大抵ろくな事を言わない顔である。そしてウルが聞きに来てくれるのを待っている顔でもある。

 

「ちなみに具体的にどうすんだよ」

 

 このままなんかむかつく顔を目の前に吊り下げられるのもうっとうしかったので、ウルは諦めて質問した。すると彼はそれはな、といやらしい笑みを見せ、

 

「男が女をつなぎ止める方法といったらコレよ!!」

 

 腰を突き出し決め顔をするジャックを無視してウルはイモを突き刺しソースに絡めて喰った。美味かった。

 

「無視すんなコラ!!」

「そのやり方自体別に否定はしてねえよ、否定は」

 

 肉体的な繋がりというのは割とバカに出来たものじゃない。夫婦だって、元々は他人だったのだ。ヒトとヒトを結びつける手段の一つとして一定の価値はあるのだろう。多用しすぎて刃傷沙汰なんて例もあるが。

 

「しかし、それが通じる女なのか。アレ」

「なんでえビビってんのかよ!俺はとっくにシズクさんとデートしたんだぜ?」

「へえ」

 

 一行としてシズクと手を組んでいるウルだが四六時中一緒にいるわけではない。迷宮探索と訓練の日々だが、自由時間が全くないわけではないのだ。軽い買い物程度なら一緒にできるかもしれない。

 口先だけでなく、キッチリとやることをやってるジャックに素直に感心した、が、

 

「あ、デートなら俺もしたぞ」

「あ、俺も俺も」

「俺も、なんなら仲間内3人一緒にシズクちゃんとデートしたな」

 

 シズクをとりまく男達の主張を聞いて、ウルはジャックをみた。ジャックは机に突っ伏して泣いていた。

 

「シズクのガードが緩すぎてデートが日常になってしまっとる」

「違う!!俺はデートしたんだ!あれはデートだったんだ……!!」

「泣くなよ。別に否定してねえよ」

 

 適当にジャックを慰めながら、ウルは隣のシズクを見た。

 

「お肉、柔らかくてとっても美味しいですね」

 

 現在寄ってきた男達を適当にあしらいながら幸せそうにのほほんとお肉を口にしてふにゃふにゃに笑ってる彼女は、なんなら超チョロそうだった。実際、彼女の容姿目当ての男の誘いを彼女は特に拒むこともしない。このままだと実際取られてしまうのも時間の問題かもしれない。

 そうなる前に、ウルも積極的に彼女と仲良くなるべきなのかもしれないが……あまりその気にならない。不思議なことに何故か全く、彼女と“お近づき”になろう、という気にならない。何故だろう。

 少なくともシズクの容姿は自分好みであるはずなのだが。

 

「ウル様、どうかなさいましたか?」

 

 顔と胸を見すぎたのか、彼女が首を傾げた。ウルは黙って目をそらした。

 

「シズクともう少し仲良くなりたいなあと思っただけだよ」

「まあ、とっても嬉しいです」

 

 シズクはパァっと顔をほころばせて、笑った。男に限らず、女だって思わず心動かされるような満面の笑顔だった。ウルはよこしまな想いで彼女を見ていたことが恥ずかしくなった。

 

「……メシ喰うか」

「はい」

「シズクさん!俺も一緒に良いですか!」

「ええ、勿論。皆さん一緒に戴きましょう?」

 

 こんな風にシズクを中心に冒険者達が集うのもまた、いつもの光景となっていた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ところでおい、ウルよう。お前訓練所まだ続いてるのか?」

「そうだが、それがどうしたジャック」

「マジか!嘘だろ!俺2週間に賭けたのに!!どうしてくれる!」

「ヒトを賭事にするな。というか自分が訓練所に残って賭けていればよかったものを」

「そんな余裕あるかあの地獄に!!」

「同意見だ」

 

 ジャックが訓練所に通っていた期間はおよそ5日、彼の“鼻っ柱”にグレンは最初から目をつけていたらしくコテンパンに顔面を思い切りぶん殴られ、そののちに折れ曲がった鼻を強引に治され治癒薬をぶちまけられるという粗暴極まる治療で限界を迎え逃げ出した。

 

「あれ、訓練っつーかただのリンチだよな……」

「アイツ、元黄金級のくせに指導下手くそすぎる」

「別のとこで銀級の指導受けたら丁寧でわかりやすくて俺泣いちゃったよ」

 

 此処に居る若い連中の多くはグレンにひどい目に遭わされた事があるらしい。グレンの思い出を語ると死んだ眼になって遠い所を見ようとする。ウルも今日の訓練を思い出せばこんな顔になるだろう。

 そして、それ故なのかどうかは分からないが、訓練所出身の冒険者達は仲間意識が高い。彼らはウル達を気にかけてくれている。ありがたいことではあった。

 

「そういえば今日は【赤鬼】という連中に会ったが、どういう奴らか知ってるか?」

 

 誰に向けるまでもなく問うと、ウル達の背後で据わっていた獣人達が応答した。橙色の毛並みと耳の獣耳は、赤鬼という名前に不快そうにゴロゴロと喉を鳴らした。

 

「ああ、アイツラか。何か嫌がらせでもされたかニャー?」

「いや別に。一緒に迷宮を出た後、少し絡まれたくらいだ」

 

 宝石人形との戦闘後、迷宮を出たシズクがほかの冒険者一行に誘われる、それ自体は割とよくある話だったのだが、今回は宝石人形との戦いの時遭遇し、シズクが助けた「赤鬼」だった。

 それだけの事なのだが、今回は少しばかり強引だった。シズク目当てと言っても、大抵は既に一行として組んでいるウルの存在は建前でも気にかける、が、今回は完全にウルの事は無視していた。どころか、

 

「鈍間はほっとけだの、一行(パーティ)はちゃんと選べだの、色々と楽しそうだった」

 

 鈍間であることは特に否定はしないのでウルは気にしなかったのだが、それを聞いた獣人はゲンナリ顔になって干し魚をカジカジと噛みちぎった。

 

「んな物言いして勧誘できると思ってんだからアイツラ本当にバカだニャ」

 

 他の冒険者たちも同意するように頷いた。割と有名な連中らしい。良い意味で、とは思えないが。

 

「上層の支配者、を気取ってるバカな連中さ」

「要はずっと銅級にくすぶり続けているってだけなんだがな」

「トラブルもよく起こしてる。ギルドに見咎められるとこでは手を引くから狡いんだよ」

「なまじ、ぐだついてる分、魔物殺して上層の中じゃ力だけはあるからにゃあ…」

 

 なるほどな、と、ウルは【赤鬼】の名前を要注意集団として記憶した。

 と、このように、この酒場は冒険と訓練に非常に忙しなく活動してるウルにとって非常に有用な情報収集源となっていた。知りたいこと、聞きたいことがあれば知っている誰かが、快く答えてくれる。“基本的には”。

 勿論、何もかも無条件で情報が集まるかと言えばそうではないが、

 

「――ところで、宝石人形について誰か知ってるか」

 

 特に、その情報が彼ら自身の損得に関わってくるのなら、なおのことだ。

 

 不意にウルがそれを口にした。瞬間、場の空気が少し変わった。

 迷宮、魔物、賞金首、即ち自分の生きる糧の話だ。その糧の規模が大きければ大きいほど、競争率は高くなるのはどんな界隈であっても同じで、冒険者達の中でも同様だった。この場にいる冒険者達は気の置けない同業者たちだが、同時に食い扶持を奪い合うライバルでもある。宝石人形に関しても当然、誰もかれもがそれを狙っている――はずだった。

 

「――賞金首なんざ誰もが狙ってるさ……と言いたいが」

「そうそううまい話でもないけどな。特に今回は」

 

 そう言って、彼らはどこか弛緩したような溜息を吐き出した。

 

「気が抜けてるな」

「そらそーダ。そもそも賞金首ってのは裏を返すまでもなく並みの冒険者じゃ太刀打ちできない証明だゼ?」

 

 魔物を倒せば、魔石が手に入る。魔物退治の報酬とは基本的にはこの魔石だ。賞金首とはつまるところ「魔石程度では割に合わない」という事を意味する。

 

「そして俺らニャ通い慣れて、要領を掴んだ大罪迷宮がある」

「ハイリスクハイリターンとローリスクミドルリターン。どっちが得かってぇーとね?」

 

 蜥蜴族、猫族の獣人と小人のトリオパーティがそう言って肩を竦める。その言葉に他の冒険者たちも頷く。ウルはなるほど、と頷いた。この考え方は多分この店の中だけでなく、恐らく大罪迷宮の冒険者達共通の認識であるように思えた。

 迷宮という莫大な魔石産出場、ありとあらゆる活用が可能なエネルギーを採掘できる迷宮に潜れば、一定の利益は保証される。むろん魔物と戦うリスクこそあるが、わざわざ強大な賞金首を倒そうとは、普通は思わない。

 

 “冒険”者、という言葉とは随分反しているが、その安定志向自体はウルはどちらかというと好意的な印象を覚えた。冒険、なんてもんは好き好んでする必要はないのだ。切羽詰まらない限りは。その切羽詰まっているのがウルではあるのだが。

 

「それに、だ。宝石人形ってやつはクソ面倒なのさ」

 

 そういう只人の男は魔銀(ミスリル)のハルバードを担いだ銅の一級、ローガ。もうじき銀級、つまり一流の冒険者の仲間入りをしようという彼の

 

「兎にも角にも固い。尋常じゃないくらいに硬い。生半可な武器魔術は全然これっぽちも効きやしない。あいつが出現する中層では無視するのが基本だ。相手にしてたら全く割に合わねえから」

「銀級でも難しいのか?」

「倒せねえことはない……が、それでリスクに上乗せで消耗する武器防具、道具に費用とか考えりゃあなあ。防御を無視する方法もないではないが……そっちはそっちでなあ」

 

 グレンに聞いた通りか、とウルは事前に聞かされていた宝石人形の解説を思い出していた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「人形(ゴーレム)を倒す手段は幾つか在る」

 

 銅の指輪獲得

 という結果を得るために掲げられた目標、宝石人形(クリスタルゴーレム)の撃破を成すために、グレンの訓練所における魔物の研修会は人形に絞られる事となった。

 

「1、真正面から人形の核の魔道核を破壊する。2、人形の頭部を破壊し、暴走を引き起こし自滅させる。3、目的を奪い機能停止させ破壊する」

 

 一つ目の正面から撃破するという手段は、そのままの意味なので言及する事は何も無い。人形、土塊や鉱物が魔物としての意思を持つための“心臓”、【魔道核】、それを破壊すれば人形は機能を停止する。迷宮から産まれる人形も同様、この核はある(何ゆえに技師の手で生み出される魔道核までまねられるのかは不明)。

 

 グレンは三つの手段を提示したが、そのどれも最終的にはこの【魔道核】を破壊する事に帰結する。破壊しなければ、人形の破壊には至らない。

 

 ただし、正攻法で宝石人形を相手にしようとするのは至難の業だ。

 

「宝石人形は通常の人形と比べてその耐久力は段違いだ。アホみてえに硬い。魔鉱物採取用の破砕ハンマーで殴ったらハンマーの方が砕けたって話もある」

 

 単純な話だが、攻撃が通らなければ、核を探すもなにも無い。本来の頑丈さを更に上回る宝石人形の強固さは多くの冒険者も手をこまねく。しかも核を発見し破壊できなければ、人形の肉体は時間と共に自動で回復していくのだ。キリがないとはこのことだ。

 通常の人形(ゴーレム)の強さの階級が12級、宝石人形は10級だ。これは【銅級】の上位、もしくは【銀級】の冒険者が対処すべき強さを示している。間違っても指輪も持っていない冒険者が挑む相手ではない。

 

「特に魔道核が存在する胸部は一際に分厚い。よって、普通に考えりゃ1は除外だ。お前らにゃ無理。実力も装備も伴ってない」

 

 ウルも頷いた。成功率が限りなく低い討伐計画だが、その可能性がわざわざ0になる選択を取るのは論外だった。

 

「つまり残り二つ。一つは"暴走"、一つは"機能停止"だ」

 

 暴走は、人形にとってのもう一つの弱点を狙う事になる。それはウルの知識にもある。宝石人形対策を話し合う前から、グレンノ基礎講座で頭に拳とともに叩き込まれた。宝石人形のもう一つの弱点、それは、

 

「頭」

「そうだ。基本的に、それは迷宮産の人形も含めて、人形ってのは頭に行動を命じる術式が刻み込まれている。人間でいうところの脳だな」

 

 しかし、人間にとっての脳であるこの部分を破壊しても、人形は死ぬことはない。そして魔道核が存在している状態で頭を失った人形は”停止”ではなく“暴走”を開始する。

 

 制限を失い、自壊も厭わずあたりをひたすらに破壊するようになる。

 

「危険なだけだと思うのだが、メリットがあるのか?」

「暴走というだけあって、この状態になると出力は上がるが脆くなるんだよ」

 

 暴走状態になると防御性能が落ちる。正確には不安定になる。必要のない部分に異常に体の素材を回したり、逆に自分の弱点の魔道核を露出させたりとだ。人形に備わっている最低限の自己保存能力すらも“狂う”。故に暴走。

 

「しかも頭は胴体と比べりゃ脆いからな。暴走は狙いやすい……が、オススメはしない」

「何故でしょう?正当な方法が難しいなら、選択としてはありでは?」

「あの巨体が巨体のまま暴れまわる事を想像してみろ。普段の5割増しの速度で」

 

 言われるまま、ウルは想像してみる。

 ウルよりも数倍はあろうあの硬質の巨人。莫大な重量を伴ってうごめくアレが、四方八方に対して無差別に破壊を繰り返しながら、此方を殺そうとするのだ。今までのようにのんびりゆったりとした鈍足の攻撃ではない。全身全霊、己が存在を狂わせてまでして。

 さて、そんな存在から逃げ回る。それが果たしてできるか?通常状態でもただ逃げるのに必死だったのに。

 

「死ぬ」

「相手が倒れるまでに、此方が10回以上死にそうですね」

「今のお前らの実力なら、まあそうなる。装備をもっと整えられたらやれるかもだが」

「金はない」

 

 そーだろーな、とグレンはつまらなそうに頭をかいた。そしてそうなると残る手段は、

 

「そんで三つ目だ」

「目的破壊というのは?」

「ある種の裏技だが、成功すりゃデカいぞ。要は“人形の目的を達成させる”んだ」

 

 人形は元は人が生み出した魔物。

 しかし人形は自分自身に意思があるわけではない。頭に刻まれた命令、それをひたすら実行するための、まさに生命をまねただけの人形に過ぎない。『この場所を守れ』『敵を攻撃しろ』その程度の単調な命令を人形は従順に、数百年たとうと守り続ける。

 そしてその命令対象を“失えば”、あるいは“達成すれば”、人形は機能を止める。行うべき役割がなくなるからだ。

 

 例えば守るべき場所が跡形もなくなれば、

 あるいは自分の周りに敵がいなくなれば、

 人形は機能を停止する。身動ぎ一つ取らなくなる。

 

「自分の身体を保つ機能すら落ちるから、もろくもなる」

「人間が作った物なら兎も角、迷宮産に決まった“命令”なんてものが定められているのか?」

「ある。が、その内容は創り主、即ち迷宮にしかわからん」

 

 “命令”自体は迷宮の人形であろうと必ず存在するらしい。迷宮に存在する一部屋を守れ(その部屋に何もない状況だろうと)だとか、あるいは外敵(冒険者のみならず近くに湧いた魔物に至るまで)排除しろだとか、まるで意味のないような命令がランダムに刻まれ、それに忠実に従って動く。

 

「ま、今回は普通に“侵入者を排除”しろってなもんだとは思うがね」

 

 突如として、本来の住処である中層から場違いな上層に上がってきた点を除けば、宝石人形の行動は実にシンプルだ。冒険者を見つければ片っ端から攻撃をしかけてくる。それだけだ。特別その動きに法則性は見えない。普段はうろうろと最上層を徘徊するばかりだ。

 

「その場合、目的を破壊するにはどうすればいい?」

「人類滅ぼすとか」

「アホかよ」

 

 ウルはあほらしそうに首を横に振った。全く現実的ではなかった。

 溜息を大きく吐いて、状況を整理する。正面からの正攻法の撃退は困難を極める。しかし裏技を使おうとしても、また別の困難として立ち塞がる。

 つまり八方ふさがりだった。

 

「そら、既に賞金首になってるんだ。そう簡単に倒し方なんて思いつく訳がない」

 

 グレンの指摘はごもっともだった。倒すのが極めて困難、という認識が出来てまずスタートラインだ。そんなことは誰だって分かってる。その上で、どうやってコイツを倒すかが問題なのだ。

 

「……暴走させたうえで、放置して力尽きるのを待つってのはどうだ?」

 

 ウルは思い浮かぶままに案を述べる。

 人形は生物とは違うが、それでも体力、魔力というものは無限ではないはずだ。まして暴走状態、通常よりもはるかに魔力を消費する駆動を続ければ限界が訪れるはずではないのか?

 しかしグレンは首を横に振る。

 

「外部の人形ならその手もありだったんだがな。奴がいるのは迷宮だ。無尽蔵に魔力の結晶である魔石を生み出し続ける魔力の宝物庫。エネルギーはそこかしこにある」

 

 ここ、迷宮にいる限り、体力は無尽蔵にあるというわけだ。厄介なことに、

 

「供給は止められないのか」

「放置する限りは自然と魔力は注がれるさ。そうでもなきゃ、他の魔物達だってそのうち餓死するはずだろ?一応生物なんだからなあいつらも」

「“少なくとも維持はされるだけの魔力”は供給されると。たとえ暴走状態であっても」

「外に誘い出すというのはどうでしょう?」

 

 次はシズクの提案だ。しかしグレンはまたしても首を横に振る。

 

「やむを得ない場合を除き、意図的に迷宮の外に魔物を連れ出すのは大連盟が定めた法に触れる。最悪人権はく奪されて奴隷行きだぞ」

 

 基本的に、迷宮の外に魔物を出さないために、こうした迷宮都市が生まれたのだ。その魔物を討つために外に連れ出しては本末転倒だ。

 それから次々に案を述べていくがその都度グレンに却下されてしまい、ウルはうなだれた。現在のウル達の“手札”の少なさが改めて浮き彫りになっていた。出来ることがあまりにも少なすぎる。

 

「せめて装備をもう少し……」

「生活費と、訓練所への手数料、消耗品の購入でカツカツですね」

「多少は装備の更新も出来たが、もう少しなあ……」

 

 ウルは【白亜の盾】を、シズクは【魔蓄のアクセサリー】を購入しているが、依然としてほかの装備は訓練所の借り物である。整備自体はちゃんとしているが、貧弱極まる。低層で魔物を狩る分にはまだなんとかなるが、賞金首相手には、不足だ。

 

 金か、あるいは実力か、せめてもう少し時間をかけて整えたい。ディズがもうけた時間ギリギリ一杯までは。

 

「……ライバルが少ないのだけが幸いか」

 

 賞金首は時として冒険者同士の奪い合いになるという。しかし、宝石人形の厄介さは散々語ったとおり。現状、積極的に狙おうという輩はいない。居ても全員返り討ちになっているのが現状だ。そっちの猶予はまだある、はずだ。

 と、ウルがそう思っていたのだが、

 

 グレンは自身の無精ひげを撫でながら、残念なものをみる顔でウルを見ているので、嫌な予感がした。

 

「……なんだよグレン」

「お前を哀れんでるだけだ」

「……俺の目論見が崩れると……何があるんだ?」

 

 こういうときのグレンの嫌な忠告は大抵的中する。嫌なことに。そしてそれ故に聞かないわけにはいかない。

 

「この世界において迷宮から採れる魔石採掘は重要だ。都市を守る結界、【太陽の結界】は神官達の祈りによって賄われているが、それ以外のインフラの維持の大半は魔石を活用されている」

 

「だから?」

「場違いの上層で弱小冒険者どもに嫌がらせする宝石人形は討伐されねえと都市としちゃ困るッツー事だ。賞金がかけられてそれなりの日数が経過したが、未だ宝石人形は討伐される様子も無い。国をまとめる神殿はバカじゃない。つまり」

 

 こんこん、と机に広げられた賞金首の張り紙、かかれた金貨10枚という額を指さす。

 

「そろそろ額がつり上がる。んで、【討伐祭】が発生する」

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「たぶんこの調子なら、【討伐祭】になんだろーしなあ」

 

 その言葉にウルはピクリと反応する。

 

「討伐祭……皆は参加するのか?」

「あー、そうかウルは初めてだったか。あたりめーだが」

「この都市特有だからニャー」

 

 討伐祭、小中規模の迷宮の発生が非常に活発で、それ故に厄介な魔物達の出現頻度も高い大罪都市グリード特有の催しだ。祭り、という単語がついているが、それ自体は別にソレほど特殊な事でも何でも無い。

 要は賞金首の値段のつり上がりである。本当にただそれだけのことなのだ。ただし、

 

「この都市、冒険者はメチャ多いから、賞金が上がると一気に大騒ぎになるんだよなあ」

「装備買う奴とか、魔具買い占める奴とか、一気にゾロゾロ出てくるニャー」

「んで、ソレに便乗する商人達が出店開いたりなんだりしているウチに、いつの間にやらお祭りになったっつーのが事の経緯よ」

 

 季節ごとに神殿が催すような祭事とは別の、自然発生したお祭りであるらしい。

 要は冒険者達が馬鹿騒ぎし、ソレに乗じて都市民達が金儲けすると、それだけの話だが、この都市はそれだけで一大事業となる。多くの金が飛び交い、都市が潤う。神殿もそれを咎める理由は無く、結果、半ば公認のお祭りと相成った。

 

 そして、祭りとなった以上、規則というか、ルールが存在する。

 

「1,緊急性を有する賞金首だった場合は討伐祭禁止、2,大罪都市グリード周囲及び迷宮低層に発生した賞金首に限る、3,討伐祭決定時以後は祭り開催までその賞金首の討伐を禁止する。4,賞金首の魔物の適正階級以上の冒険者の手出し禁止」

「ガチガチだなおい」

「都市の折角の儲け時だ。潰されても困るっつってどんどん付け足されていったのよ。俺が現役の時はここまでガッチリじゃなかったな」

 

 店主がしみじみと語る。この討伐祭はまだ年月としては若い方であるらしい。

 

「ちなみにコレ、討伐し損ねたらどうすんだ?」

「控えてる銀級あたりが始末する。賞金がより高額になるから神殿としちゃ若い連中に始末してほしいとこなんだろうけどなあ」

「なるほど……」

 

 ウルは相づちを打ちつつ、頭を整理した。グレンから聞いた情報では数日中にこの討伐祭の開催が告知され、その後1週間前後で開催されるらしい。

 

 つまり討伐祭開催までは宝石人形を誰も討伐出来なくなる。

 これは良い情報だ。

 しかしその後の祭りでは、ウル達以外のライバルが一斉に宝石人形を狙い始める。

 これは良くない。とっても良くない情報だ。

 

 敵が増える。ディズが提示した条件をクリアするには何が何でもウル達が宝石人形を撃破しなければならないのに。もし誰かに宝石人形撃破をかっ攫われれば、当然一ヶ月以内に指輪獲得の目標は不可能になるだろう。

 となると問題は、どれだけのライバルが出てくるか、だが。

 

「ま、俺は参加しねーけどな!祭りの熱狂で自分の力量を測り損ねるのはバカのすることだ!」

 

 と、聞いてもいないのに声をあげるのはジャックだった。ライバルが増えること自体はウルとしては全く嬉しくないので、彼の宣誓は黙って喜んでいた……が、彼の周囲ではその様子を見てハイハイ、と、感慨深い表情になっていた。

 

「そういう奴ほど熱気にあてられて突っ込んでくんだよな……」

「いたな、そういうバカども、そのままあの世にまでいっちまったけど」

「やらねえよ。やらねえからな?聞いてる?」

 

 あまり、彼の宣誓に信用はなさそうだった。

 

 要は、ライバルは増える。確実に多くなる。その認識で間違いはなさそうだった。畜生め、とウルは黙って毒づいた。あまり顔に出したつもりは無かったが、周りの熟練者達には既にその前の質問で察されていたのだろう。

 

「ってー結局おミャーやるのか?宝石人形」

 

 獣人が少し楽しげに尋ねてくる。ウルは溜息を深々とつき、しかし頷いた。

 

「……ああ、やる」

「死ぬぞ?お前冒険者になってひと月も経ってないんだろ?」

「俺も自分でそう思うよ。だがやる」

 

 なんだってそんな愚か者の真似をしなければならないのか、誰のせいだろうか。父親である。ウルは死んだ父親に再度呪いの言葉をぶちまけた。だがやる、やらねばならぬ。

 

「妹のためだ。退路はない」

「妹ってあれか?違法人身売買組織に売られたっていうアノ?」

「あん?生き別れた恋人を邪悪な悪徳貴族から買い戻すためって聞いたが?」

「病弱な妹を救うための神薬(エリクサー)を買う費用じゃねえの?」

 

「いろいろと全然違うが兎に角俺はやる」

 

 ウルは怖じける自分を奮い立たすようにして何度も宣言する。

 周りの冒険者たちの反応はジャックの時と同じだ。呆れたような、諦めたような眼でウルを見て、ため息をもらしつつも、止めようという声はそれほど上がらなかった。

 

 逃げ道がない。後が無い。

 

 そういう、ウルの事情を彼らはなんとなく察していた。そしてその進退窮まる状況はそこかしこに転がっているものだ。ウルは特別不憫というわけでもなく、故に止める事も無い。自己責任だからだ。

 彼らは良き隣人ではあるが、家族でも友人でもない。そこまでの肩入れはすべきでないと皆知っていた。せいぜい口にするのは忠告くらいだ。

 

「意気込むのはいいけどお、シズクちゃんを巻き込むのはやめとけよ」

 

 故にこのジャックの一言も、いわば善意(とわずかな嫉妬)の忠告に過ぎなかった。が、ソレを聞いたシズクはニッコリと笑って、おかわりしていたランチを口に運ぶ作業を止めた。

 

「あら、お気遣いありがたいですが、私も同行させていただきますよ?私の方からお願いしたいくらいですから」

 

 シズクは、冒険者たちの目線など気にするそぶりもみせず、立ち上がり宣言した。

 

「強大なる魔物を打倒すれば、強い力を得ることがかなうのでございましょう?」

「そりゃ、まあ、なあ。特にデカブツを倒した時得られる魔力は膨大だ」

「では、迷う理由はございません。そして指輪の獲得が叶えばより強い敵と戦える。ならば一石二鳥でございますね」

 

 そう言う彼女の姿に一切の怯えも、熱狂も無かった。淡々と、自らの成すべき事を確信して、“決断”した少女がそこにはいた。周囲の冒険者達は口を閉ざす。しかしそれはウルの時のような呆れ半分の諦観故ではない。

 ただただ、己が成すべき事を成さんとする少女のその姿に圧されたためだった。

 

「なあんだ、男達よりもよっぽど腹が据わってるじゃないか。シズク」

 

 僅かに膠着した空気を割ったのは、空気をまるで読む気のない酔っ払いであった。彼女は麦酒を呷るとケタケタとシズクに威圧されていた男達を指さし笑う。その姿に再び酒場は元の馬鹿騒ぎの空気に戻っていった。

 

「そう言うおめーはどうだよナナ」

「やーんない。私もうすぐ中層の烈火岩領域にアタックすんだもん。帰った時にゃ私は銀級だよ!!シズクー!どっちが先かしょーぶよー!」

 

 ナナの雄たけびに彼女の一行は呼応するように声を上げる。シズクは彼女の言葉に大きく微笑み「はい!」と頷いた。ソレに呼応してほかの冒険者達も雄叫びを上げる。討伐祭の開催を前にして、冒険者達は実に盛り上がっていた。

 ウルを除いて。

 

「おーおー若いっていいのう、お前はどうなんだ、ウル。燃えとるか」

 

 店主はケラケラと笑いながら目の前のカウンターで薄暗い顔でいるウルに問いかける。が、ウルのテンションは変わらず低かった。

 

「そんな、余裕、はない」

「若いっつーのに、今からつまらん事言ってたら、つまらん大人になっちまうぞ」

「ほっといてくれ」

 

 ふてくされたように言うウルに、店主は笑って、彼の頭に塩ゆでの豆が盛られた皿を乗せてきた。頼んだ覚えは無いという眼を向けると「サービスだ」と彼は手を振り、厨房へと姿を消した。

 

「…………シズクか」

 

 ウルは頭の上に乗った豆を一つまみとりだし齧りつつ、真横で絡み酒をかますナナと楽しく会話するシズクを眺め続けるのだった。

 



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賞金首:宝石人形の傾向と対策③

 

 ウルは未だ、シズクという少女の事情についてまるで触れてはいなかった。

 

 別にウルが他人に興味が無いのかといえばそんなことは無い。むしろ相手の話は積極的に聞き手に回る性質だ。ヒトの話を聞くのは好きな方だ。

 

 だが一方で、放浪の民として生きてきたウルにとって、他人の事情というヤツは安易に踏み込むべからず、という意識があった。加えて、そもそも現状。彼女との関係が長続きするものなのか分からず、踏みこみ難かった。迷宮潜りと訓練の日々があまりに忙しく、腰を据えて話し合う機会がまるで無かったのもあった。

 

 結果、2週間以上彼女と背中を預け合っていたのに、肝心の彼女の事情をウルは知らぬままでいた。が、流石にそろそろ聞いておくべきか、と、ウルが思い始めていた。

 

 安易に踏みこむべからず、とはいえ、意思疎通、相互理解をないがしろにすべきかといえば当然そうではない。誰だって事情というのはある。ムチャをする人間ほどその事情というのは重く、大きく、そのヒトの行動を縛りつけてくる。ウルがそうであるように、シズクもそうなのだろう。

 そして、デカくて重い事情というヤツは、時として思ってもみないトラブルを招くことがある。相互理解を怠ると、全く予期しないタイミングでこれが炸裂するのだ。

 

「そんなわけで、できれば事情を聴いておきたいのだが、よいだろうか」

 

 危険な地雷は事前に撤去しておくに限る。ウルはそう思い質問を投げた。

 が、

 

「ダメです」

「ダメか」

 

 訓練所内の“宿泊塔”の中で、腹をくくったウルの質問は、無駄に終わった。

 即答で拒絶したシズクは、沈痛な面持ちで首を横に振る。

 

「私が宝石人形を倒す決意をした理由はあります。それは切実です。ですが軽々しく口にできるものではないのです。本当に申し訳ございません」

「いや、いい。そう答えるかもしれないとも思ってはいた」

 

 ウルはウルで彼女の拒絶を素直に受け入れた。

 彼女の事情がいかなるものであるのかは分からないが、それがウルか、ウル以上の理由であるのなら、なるほど軽々しく口にしたくはないだろうというのは分かっていた。ウルだって、精霊憑きとなったアカネの事情は気安くは口にしたことが無いのだ。シズクとて、秘匿にしたい事の一つや二つ、あるだろう。

 

「ですが、ウル様。一つだけ保証します」

 

 そう言って彼女は寝間着姿のまま、ウルの手をそっと握りしめる。湯屋で汚れを流した彼女からは風呂場の華の香りが漂ってくる。勘違いされるような所行を相手を選ばずにするなと言いたくなった。

 

「私は何が何でも、宝石人形を打ち倒したいのです。その魔力を獲得し強くなりたい。そこに嘘偽りはありません」

「……そこは疑ったつもりはない。それくらいは一緒に戦ってて分かる」

 

 彼女の懸命さ、必死さはウルが一番分かっているつもりだ。その場しのぎで、他者を偽ろうとする者の戦い方はすぐに分かる。彼女にそれは感じなかった。

 ウルは彼女の手を解いて、頭を掻いた。

 こうまで真っ向から拒否されるとなると、やはり彼女の抱える事情というのは結構な深刻度のものであるというのは間違いなかった。出来れば知っておきたかったが、しかし踏みこまれることを良しとしない相手の懐を探って、コンビを解消されても困る。彼女と組んだのはそもそもが偶然に依る所も大きいのだ。そう何度もその偶然は起こらないだろう。

 

 保留する他ない、か。

 

 消極的な判断にならざるを得なかったが、それ以上の大問題が差し迫っている状況で、いらん問題を増やすわけにはいかなかった。

 残り十日前後、宝石人形の討伐祭、それまでにあの巨大なる魔物を倒す手段を得なければならない。

 

「……んで、シズクはその宝石人形を倒す手段、思いついたか?」

「ウル様にはありますか?手だて」

「あればきいていないなあ……」

 

 元から既に厄介な問題ではあった。まともに戦っても傷一つ付けられなかったような相手なのだ。ごくごく真っ当に研鑽を積み武器を更新し挑んでも、果たして期限までに倒せるかは分からないような相手。

 そして今回更に厄介な問題が追加された。討伐祭による競争率の激増。

 

 つまり、宝石人形を撃破する手段を獲得し、かつ、ライバル達を出し抜かなければ、ウル達は宝石人形を倒す事叶わない。

 

「ほんっと……どうするかな……」

 

 困難に困難が重なった状況である。宝石人形の打倒すら困難であるというのに、そこにライバルの存在が追加されたこの状況は、ウルからすれば泣きっ面に蜂である。

 

 ウルは自分たちの実力を理解している。

 

 自分たちは所詮は“新人”だ。シズクが天才的な魔術師の卵であろうとも、まだ二人は冒険者として活動を始めてまだ2週間経った程度。どれだけの才能があろうとも、どれだけ死に物狂いの訓練に勤しもうと、2週間ではたかがしれている。現在この大罪都市グリードにはびこる山ほどの冒険者達の中では最下層だろう。

 たとえ、それが銅の指輪を未だ取れずくすぶっているような連中と比較しても、ウル達が上回れる所は多くはないだろう。ウルはそれを分かっていた。

 討伐祭当日は、そんな連中がウルのライバルだ。

 周りは自分たちより上の冒険者達ばかり。これで気が滅入らずしてなんだというのか。

 

「ですが、考えようにもよるかもしれません」

「というと?」

「他の人も宝石人形を狙うということは、他の人の力を借りられるかもしれません」

「一行を増やすとか?」

「それ以外でも」

 

 むう、と、シズクの指摘を考える。

 

 確かに、これまではあの厄介で戦うだけ面倒な宝石人形を進んで倒そうとする輩は非常に少なかった(ウルが宝石人形の調査にとりかかってから同業者に遭遇したのは赤鬼くらいだ)だが、今後はそれ以外の連中も宝石人形を狙うだろう。彼らはライバルだが、彼らとて宝石人形が厄介な敵なのには変わりないのだ。人手不足に悩み、あるいは共闘を願う者もいるかもしれない。

 あるいは、こうして攻略法を見いだせずに居る者達に“商売”を持ちかけてくるような連中もいるかもしれない。宝石人形を倒す手段を、出し抜く手段を求めてやまない冒険者達に売りつける商人達が現れるかもしれない。

 

「……祭りが必ずしもマイナスに向くわけではないか」

 

 もとより、短い期限までの間に宝石人形を正面から倒すのは不可能に近かったウル達だ。ならばこの状況の変化をプラスとも見れる。いや、見なければならない。それくらいの思考の切り替えはウル達には必要なことだった。

 問題は

 

「誰から、何を支払い、何を得るか」

 

 コネ 対価 報酬

 宝石人形を取り巻くヒトの数を利用するのはいいとして、そもそも信頼できる取引相手との繋がりをウル達は築けていない。そして支払うべき価値のある金銭ないしソレに相当する物も持ってはいない。で、あれば宝石人形に有効な手立てを手に入れる事も勿論出来ない。

 

 宝石人形に関わるヒトが増えたとして、ソレを利用する手立てがウル達には一つもない。

 

「一つ一ついくか。まず、一番重要なところ。俺達は何が欲しいか、だ」

「宝石人形を倒す手立てですね」

「そうだな。で、それはなにか」

「私たちは宝石人形を“私たちが”倒すことで指輪と魔力を得ることを目的としています。一行を増やす、つまり“助っ人”は望ましくありません」

「そうだな」

 

 ウル達の現在の目的を考えると、宝石人形はウル達自身が倒さなければ何の意味もない。ただ宝石人形を倒せば良いというわけではない。

 故に望むのは、例えばウル達自身の戦力を底上げするもの。装備を更新するための資金、あるいは宝石人形を撃破するための強い助言などだ。

 

「次は何を支払うか、でしょうか?」

「正直コレは相手にもよる所なので保留。価値観はヒトによってバラバラだ」

 

 ある人にとって何より大切に思えることが他の人にとってはゴミのように感じる、なんてことはよくある話だ。両隣の都市国同士で全くバラバラの価値観を持ったヒト同士が戦争を起こす寸前までいった、なんて話はウルも放浪の最中に見たことがある。故に保留。

 なるほど、とシズクは頷く。そして、

 

「では、最後、コネですね」

「……これが一番難しいんだよな」

 

 コネ、コネクション、ヒトとの繋がり、縁。

 ウルにとって極めて難関に思える。何せ彼は今まで深い関係性を誰かと築けたためしがない。築く前に、ウルは別の場所に流れていってしまっていたからだ。名無し故に。

 

「ウル様、ツテに心あたりはないですか?」

「根無し草の名無しに期待するなそんなの……シズクは」

「この地では酒場の皆様くらいでしょうか。ウル様と大差ありません」

「だわな……俺等の行動殆ど同じなんだから」

 

 男達に誘われるままデートにいく彼女ならば、とも思ったがそこはあまり変わらんらしい。

 “欲深き者の隠れ家”には有能な冒険者達もいるが、基本的に彼らは良き隣人であって仲間ではない。ウル達はかわいがってもらっているが、しかし贔屓してくる事はないだろう。そこら辺の線引きはキッチリとしている。正当な取引でなければならない。

 だが、そもそも彼らは冒険者だ。知識や経験もウル達よりは上の者が多いだろうが、彼らの資本は基本的にその鍛えた身体。ウル達の望む形での助けは得られるか怪しい。

 

「都合良く宝石人形に詳しい冒険者とかいなかったか」

「もしそんな方が居れば冒険者でなく魔道技師になっているのではないでしょうか」

「そらそうか」

 

 うーむ、とウルとシズクは二人で唸った。この都市に来て間もない、という現実が思った以上に足を引っ張っている。対して他のライバル達の多くはグリードに居ついて長いはずだ。世界最大規模の大罪迷宮。名無しでも滞在費を超える儲けを得ることは容易なこの場所に居着く冒険者達は多い。

 で、あればコネの一つや二つ持っているだろう。ウル達と違って。

 

 ウル達が持っている特別なコネなんて一つも――

 

「……いや、一つ、あるか」

 

 ウルはせまくるしいベッドに寝転びながら、思いついたというように手をポンと叩いた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 17日目

 

「というわけで力になってくれそうな人を教えてください」

「ためらいなく俺に聞きに行く図太さは嫌いじゃねえよ」

 

 グレンは頭を真っ直ぐに下げるウルを呆れたように評した。

 

「だがお前、仮にも俺は冒険者ギルド所属の教官だぞ。一応お前らを見定める側なんだが?」

「教官は生徒を導くのが仕事だろう」

「生徒はお前等だけじゃないし」

「私たちだけですよ。今朝、昨日入った新入りの方が逃げ出しました」

 

 根性なしめ、と、追い出した張本人のグレンが舌打ちをした。ウルは

 

「だが、宝石人形攻略に役立つアテなんてのはな……」

「ないのか」

「……ないではない」

 

 なんというか、グレンは有能な男だった。

 

「覚悟しとけ、役に立つかわからん上、ろくでなしだぞ」

 

 グレンがそれを言うのは相当だな。とウルは口に出さずに思った。

 




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閑話 装備について

 

 

 

 

 悪名高き大罪迷宮、グリードへの入口の広場の、そのすぐ東には武具防具その他もろもろを取り扱う鍛冶職人街がある。

 通常、武器防具を取り扱う職人たちはまず自分の作ったものを商人に卸し、そこから市場に流通する。が、此処、大罪迷宮グリードでは事情が異なる。

 

 武器防具の材料の流通が直結し、更に冒険者がたくさん集まるがゆえに武器防具の需要も存在する。つまりこの都市での武具の流れはこの都市だけで完結している。故に商人に卸すという過程を跨ぐ必要がなく、故に職人たちはそのまま商売権を都市から獲得している場合が多い。(勿論、他都市に渡る商人たちには卸もする)

 

 故に、この職人街には多くの冒険者たちが行き交う。自分たちが仕事で使う商売道具の宝庫である。しかも流通に人を跨がない分、此処の武具の価格は他都市と比べても比較的安い事もあり、他都市からわざわざ見に来るものまでいるほどだ。

 

 さてごくごく最近冒険者になった不運の少年、ウルもまた例外なく此処に足を運ぶ。

 

「……おーいボウズ、数打ちの武器の山相手ににらめっこはやめーや」

 

 小柄の髭もじゃ、筋骨隆々のドワーフ、このあたりの鍛冶師らの仲でも年長でありリーダーをしている彼は、物欲しそうににらめっこを続けるウルに声をかけた。ウルは気難しそうな顔で彼に向き直り、

 

「いい加減、装備を新調したくてな」

「予算は」

「銅貨5枚くらいで買える便利な防具くれ」

「かえんなボウズ。冒険者を夢見るバカなガキでも銀貨握りしめるわ」

 

 比較的安い、と言っても、勿論それはあくまで比較的であって、実用に足る武器防具であれば当然相応の値段はするのだ。数打ちの安物ならばお手軽ではあるが、それなら恐らくは訓練所に余っている“中古品”を使っていた方がまだマシだろう。

 

「兜に銀貨20枚とか、これで3月は暮らしてけるだろ……」

「安い方だぞそいつらはまだ。何せ迷宮都市だ。需要は掃いて捨てるほどある」

「……買う手数多か。まあ、職人よか冒険者の方がなるのは楽だわな」

 

 迷宮に潜り魔物を殺しさえすれば金を稼げる危険だが安易な冒険者と、ギルドに入り、師に弟子入りし、何年もの修行を経てようやく一人前になれる職人とでは、どちらの数が多くなるかは考えずとも分かる。

 

「迷宮潜りの数が多い分、どうしても割高になるわけだ」

「職人だって冒険者達に死んでもらっては困るだろうに。安くならないのか」

 

 髭もじゃドワーフはフンスと鼻息で髭をゆらし、自分の背丈ほどもある巨大なハンマーを仰々しくゴンと叩いた。

 

「こちとらお前らの命を預かるモノを作る職人よ。であればこっちも命と誇りつぎ込むつもりで武具を作る。で、ある以上安売りなんてできるかよ」

「ふむ」

 

 ウルは背後を振り向いた。

 

「まあ、素敵な短剣でございますねえ。貴方がお作りしたのですか?」

「まあな!どーだいお嬢さん!今ならこの短剣銀貨1枚にまけとくよ!!」

「ありがとうございます。でも申し訳ありません。今は手持ちが少なくて」

「あるとき払いでも構わないさ!この俺の武器は麗しい君にこそよく似合う…!!」

 

 後ろで若き職人とシズクが交渉をしている。交渉というか、露骨にデレッデレにとろけきった顔の男がシズクに貢いでいた。ウルはもう一度前を向くと、ドワーフは遠い目になっていた。

 

「……職人って女っ気がねえんだよ。特に人間(ヒューマ)は火石で肌焼けるしよお」

 

 そうか、とウルは頷いた。そして、

 

「まけてください」

「やだよ」

「売り飛ばされた不憫な妹を買い戻すためにはどうしても金が」

「この前お前の妹金髪のねーちゃんと楽しそうに散歩してたぞ」

「お兄ちゃんは悲しい」

「これやるから他所で嘆いてくれねえかな。ボウズ」

 

 使い古されたブラシを放り投げられて、ウルは追い出された。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 訓練所宿舎、の外庭、井戸の前にて

 

「……防具が欲しい」

「欲しいでありますねえ」

 

 現状宿舎を利用しているのはウル達だけであり、井戸も貸し切り状態である。ウルとシズクは自由に井戸の水を使って、自分らの装備の点検を進めていた。自分の命を預ける武器防具の整備も仕事の内。というグレンの指示に従い、整備は毎日必ず行うようにしている、の、だが、その肝心の装備は頼もしいとは言いがたい状態だった。

 

―Name:ウル―

[>冒険者見習い♂

―階級―

[>なし

―武装―

[>【鉄の槍[F]】【木製の盾[F]】【革の鎧[F]】【革の具足[F]】

―職―

【戦士】

―保有物資―

[>なし

―備考―

[>妹買い戻し金額、金貨1000枚貯金中

 

 

―Name:シズク―

[>冒険者見習い♀

―階級―

[>なし

―武装―

[>【魔術の杖[F]】【ローブ[F]】【守りの首飾り[F]】

―職―

【勇者】

―保有物資―

[>なし

―備考―

[>なし

 

 初期装備としては充実している方である。

 が、これらはすべて中古品だ。決して品質が優れているわけでもない。すぐに壊れるようなものではないものの、やはり命を預けるには不安と不満がある。

 また、数度の魔物との戦闘を経て、自分に必要なものが徐々にわかってきた。

 

「俺は出来れば全身鎧がいい」

「重量の心配はありませんが、動きにくくはありませんか?」

「俺はどうやら俊敏には動けないらしい」

 

 模擬戦、迷宮探索時、それらにおいてウルは被弾率が高かった。シズクよりもずっと。

 

 もちろん彼女が魔術を主として戦っている分被弾率は下がるが、それを差し引いてもウルが怪我を負う回数は多い。生傷が絶えない。シズクが治癒術を覚えてくれていなければ回復薬(ポーション)(銅貨5枚)をかなり浪費していただろうから、シズク様様だ。

 

 が、流石に何度もシズク頼みでは辛い。彼女は攻撃にも魔術を割いてもらいたいのだ。そうでなければ収入も増えない。何よりウル自身、痛いのは嫌だ。本当に嫌だ。今すぐ冒険者なんてやめたい。だがそうはいかないから装備を充実させる。そのためには金がかかる。

 

「収入を増やすために武器防具に浪費するとか本当にバカじゃないのか冒険者」

「でも、命にはかえられませんねえ」

 

 ごもっともである。

 故にウルは鎧を、特に全身を守ってくれるような鎧を所望している。半端なものではなく、魔物の牙や爪も弾くような魔鉱鎧などがベストだ。予算を考慮しなければ。

 

「私は魔術用の補助具が欲しいでありますねえ。魔術の回数を増やさねば」

 

 ローブを洗濯し、乾かす間に半ば下着姿になったシズクは、今は自らの杖を丁寧に磨いている。その豊かな肉体のラインがハッキリと見えて目に毒なのでウルは気をそらすようにして会話を続けた。

 

「今は魔術は何回使えるんだったか、シズクは」

「3回でございますね。種類は4つ」

「素晴らしい才能だとは思うんだがな」

 

 たいてい魔術師になりたての者は1回、多くて2回しか使えないらしい。種類も最初は一つだけだ。4種も使える時点でズバ抜けている。それも攻撃、防御、補助、回復とまんべんなくだ。

 

「やはりコンビは限界か……?」

「誰かをお誘いしますか?」

「……宝石人形を一緒に倒してくれる人いますか?って酒場に張り紙出すか」

「ダメっぽいです」

「だなあ」

 

 ウル達の活動は、グレンにせかされているというのもあるが、とにかく生き急いでいる。毎日毎日迷宮に潜ることも稀なのに、そのうえ宝石人形にまで特攻をかけようとしているのだ。

 一時的な共闘は可能でも、常時付き合ってくれる仲間、パーティというのは難しい。となればやはり装備を充実させるしかない。しかし金は心もとない。

 

 職人ドワーフには銅貨でせびったが、流石にそこまでカツカツであるわけではない。

 

 訓練所に暮らす二人は宿代はかからない。せまっ苦しい宿舎のベッドは悲惨だが慣れれば寝れないことはないし何より貸し切りだ。食事は朝だけの鬼のように硬いパンだがついてくる。そして毎日毎日訓練のために迷宮に通うのだ。獲得した金額の半分はグレンに納めているが、それでも金はたまっていった。

 現在ウル達が今後の食事代などを考慮した生活費を抜いた自由にできる金は銀貨3枚。

 

 装備の一つくらいは新調できるとは思われる……が、たった一つ、となるとやはり心もとない。たった一品では選択肢がかなり狭まるし、その買い物が結果、失敗すれば悲惨だ。

 

「……となると、アレだな」

「アレ?」

 

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日、訓練所内、講義室

 

「防具を新調したいのでお金ください」

「ほらよ」

 

 朝一にグレンに小遣いをせびるウルに、グレンは銀貨5枚を放り投げてよこした。

 

「話が早いな恐ろしく。というかいいのかコレ」

「いいも何もお前らの金だよこれは。迷宮行くたびに徴収してたお前らの金」

 

 銀貨が額に直撃しさするウルに、グレンはつまらなそうに答えを明かした。

 

「そもそもウチは金なんて取らん。国とギルドの協力で成り立っている場所だぜ」

 

 代わりに食事は自己負担。武器も防具も中古品以外は自分で買うしかなく、そしてグレンの訓練(スパルタ)だ。利用者はこってり絞られ、すぐに逃げ出すので、このメリットの恩恵に与る者は少ない。

 

「ではなぜ今までは、お金の徴収を行っていたのです?」

「駆け出しは、“必要なもの”じゃなくて“欲しいもの”を買おうとするからな」

 

 存在を誇示するがごとく大剣、煌びやかな鎧、派手な盾に用途不明の魔法のアクセサリー。それらに実用性があるかどうかはさておき、それらをシロウトが扱いきれるかどうかはかなり怪しいものだ。

 だというのに、シロウトはそういうのを欲しがる。

 

「まー大抵は、商人どもにぼられて、扱いには困って、捨てられるか、そのまんま遺品になるのが殆どだ」

「もしや、此処でたまってる中古品ってのは、そういう事なのでありましょうか?」

「大部分が、とは言わんがな」

 

 故に、此処ではそういう無駄遣いを抑えるために最初は半分、料金として徴収するのだとか。必要最低限の装備を持たせ、そして何が必要なのか、自身で考え始めてからようやく預かっていた金を渡す。

 まさしく大人が子どもに施す“小遣い”だ。

 

「ま、そこに至るまでにやめる奴が殆どだが」

「役に立たん気づかいだな」

「根性なしが悪い。ちゃんと預かった金は投げてよこしてやったよ」

 

 ともあれ。資金は手に入れた。銀貨5枚。現在の所持金を加えて銀貨8枚。つまりウル達が10日間ほど必死に迷宮巡りをして集まる貯金がこの程度という事だ。通常の都市の市民の通常の労働の報酬と比べればたぶん多い。大体これならちゃんとした大人のひと月分の給与だ。

 が、命を賭しての金額と考えれば高いのかそれとも安いのか。

 

 ちなみに、イスラリア大陸の貨幣は大同盟成立時に生み出された硬貨であり、価値は銅貨<銀貨<金貨として上がり30枚ごとが上の貨幣と等価となる。極めて単純に考えれば、今のままでは100年たっても借金返済には遠く及ばないという事になる。

 

 しかもこれはあくまでウルとシズク、2人の報酬だ。つまり8枚ではなく一人頭4銀貨、借金返済はさらに遠のく。

 

「……いかん、やめよう」

 

 絶望的に気が遠くなりそうだったので頭を振るう。

 目の前のことを考えよう。銀貨8枚。これで必要な装備をそろえる必要がある。ウルの鎧、そしてシズクの魔具だ。

 

「“必要なものを買え”。自分のパーティを考えろ。ほら行け」

 

 これも訓練だ。と、グレンは告げ、ウル達を訓練所から蹴りだした。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 必要なものを買え。

 

 というまるで幼い子供に親が言うような忠告。ウル達はまだ年齢的には子供だが、流石にもうはじめてのおつかいなんて年でもなく、親にそんな忠告を受けなければならないなんてことはない。

 ない、のだが、しかしこの忠告を守るのはひどく困難だと思い知ることになる。と、いうのも、

 

「……さて、シズク、俺達に必要なものはなんだろう」

「いっぱいいっぱいたくさんたくさんでありますねえ」

 

 必要なものが多すぎる。

 前述のとおりウルには防具が、シズクには魔術を補助する魔道具が必要だ。が、しかし当然、ウル達に必要なのはそれだけじゃない。

 武器が欲しい、防具が欲しい、魔道具、回復薬、上層の中でも危険な毒を保有する大毒蜘蛛への保険の解毒薬、日用品の消耗品衣類などなど、必要なものは山積みだ。勿論優先事項というものはある。何かで代用できる場合も。

 だがそうやって数を排除したうえでも、まだまだウル達には必要なものが山のようにあるのだ。

 

「それでもやはり、二人で戦うのが基本となると防具は欲しいでありますね」

「どちらかが欠けるだけでアウトだものな」

「でも武器も欲しいですねー……私の杖、取っ手がささくれはじめて」

「槍ぶん回してると軋んだ音が何度も。戦ってる最中にばらけやしないか」

「おや、ウル様、あそこで紅火晶をふんだんに使った炎槍(ファイアランス)の実演が」

「金貨数十枚とかアホみたいな金額がとんでるんだが」

「大セール、銀貨20枚相当の蒼銀鎧が今なら銅貨8枚に」

「あれ、メッキが少しはげてるんだが」

 

 職人通りをアテもなくさまようのは目に毒だった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ギルド、というのは平たく言えば、同じ生業をした者同士が、互いの権利と安全を守るための“労働組合”である。冒険者ギルドはその筆頭(ただし冒険者の数の増大に伴い、更にそのうちで“小ギルド”が発生しているが)大小様々な種類の様々な目的思想をもったギルドが存在する。 

 当然、鍛冶師達が集うギルドも存在する。技術を教えあい、互いに切磋琢磨する。目的思想方向性、あるいは人種、様々な形で彼らは分かれ、集い、そして手を組んだ。

 

 そして、ウル達がよく足を運ぶ職人ギルドも存在する。

 

 【黄金鎚(ゴールドハンマー)】という実にシンプルな名のそのギルド。掲げる目標、ギルド理念もそれと同じくらいシンプルだ。掲げているその名前の通り、即ち、迷宮黄金期にその腕で成り上がろうとした野心家鍛冶師の集団だ。

 欲望と死が氾濫する今の迷宮時代と、そのシンプルであけっぴろな理念は合致したのだろう。黄金鎚は急速な勢いで拡大を続けた。下手な矜持を持たず、培われた技術を目的に志願する鍛冶師も増え、今や一大ギルドの一つになっている。当然、グリードの職人通りの一角もまた、彼らは根城にしている。

 

「というわけでいいものくださいな」

「ウチのは全部良いものだよボウズ」

「そういうの良いから」

 

 ウルは此処の常連だ(買う事は滅多にないが)

 

 通う理由は単純だった。グレンに勧められ、酒場からもいい職人が集うと教えられ、更にグレンから何度も足を運び顔を覚えてもらい、さらに武器防具の勉強もしておけと命じられていたからだ。

 既に見知ったドワーフの爺さんに挨拶すると、彼はやれやれと重たい槌を下した。

 

「今回は金持ってきたんだろうな、ボーズ」

「銀貨8枚」

「もーちょい持ってこいってのったく……おーいおめーら!ちょっとこいや!」

 

 顔を覚えられ、交流をするというのは、こういう時に楽だった。ウルやシズクの込み入った事情も知ってか、こうして親切に気を回してくれるのだから。

 

 最も、なにもかも融通を図ってくれるわけではもちろんない。彼らも商売だ。

 

 特に【黄金鎚】は金にはうるさい。自身の商品に支払われた金額が、そのまま自身の価値であり、評価であると彼らは信じている。故に妥協はしない。商人に卸す時も、直接冒険者たちに売りつけるときも、自らが誇る商品を正当な価格でかってもらうまでが、彼らにとっての仕事なのだ。

 

「見よ、この翡翠の刃を!美しかろう!?無論見た目だけじゃない確かな切れ味!そして軽やかさ!風の魔名を宿した【風精剣】!お値段銀貨29枚!」

「いやいや!俺のこの兜を見ろ!地味と思うなかれ!その内側には呪彫士に依頼した守護術式の数々。魔物の牙はおろか呪文や毒!果ては虫刺されまで防ぐ!【救命兜】!お値段銀貨25枚!!」」

「おめえらわかっちゃいねえな!冒険者は足が命よ!ウエストリア大陸にしか生息していない王魔牛の皮を半年がかりでなめし、戦争蜂の針を使って縫って作られた【縦横無尽靴】!!お値段金貨2枚!」

 

「かっこいいなあ、お金があれば」

「素敵でございますねえ、お金があれば」

 

 さりとて此方の予算を計算してもらわねば困るだけなのだが。

 

「銀貨8枚の予算内で買える防具が欲しいのだが」

 

 次の瞬間しけてやがんなとギランギランした兜や剣やらを持ち出した職人たちは唾を吐き捨てた。こちとら客だぞ貴様らと言いたくなる。

 

「君らまだまだひよっこだろ?予算全部使い切っていいなら悪くない装備はあるよ?」

「出来れば彼女の魔道具の予算も残しておきたい」

「鎧はお金の出し惜しみをすると悪いものに当たるぞー」

 

 身体を覆い守る鎧は、当然必要になる材料の量も多くなる。用途や種類によって細かくは異なるものの、基本高くつく。鎧で安物になると商品の性能そのものを疑ってかかった方がいい。

 

「安かろう悪かろうってね。呪われてたり、素材だまくらかしてたり」

「材料足りなくて途中で他の金属混ぜたりな」

 

「悪い人もいるのでございますね」

 

 シズクが怖そうに身震いするように言う、と、途端若い男らが飛び出した。

 

「もちろん貴女にそんなことはしませんしさせませんよ!麗しの君!」

「おうとも!もしもだまくらかそうなんてふてい輩がいたら俺らに相談しな!」

「職人総出でその野郎をタコにしちゃるぞ!」

 

「鎧買うの俺なんだがなあ……」

 

 シズクに向けられているのは親身とはまた違う感じがするが、親切にしてくれるなら何でもよかった。

 

「で、だ、その予算で買うならコイツかな」

 

 と、若き職人の兄さんが取り出したのは乳白色、といった感じの色の上鎧。その造形に奇抜さはなく、実に実直でウルの身体と比べ僅かに大きめだがオーダーメイドでもない限り完全なサイズ一致は見れないだろうしこの程度なら妥協範囲だ。

 

「頑丈なのか」

「素材が。亜銀っつー、迷宮でとれる鉱物でな。見た目銀にそっくりなんだが、地上に持ち帰ると色が褪せちまう代物でな。見目も悪くて鑑賞に向かねえんだが、これが割と頑丈でよ」

 

 故にもっぱら防具の素材として重宝される。尤も、先の説明の通り、色あせた亜銀は乳白色、あるいは煤けた白色のような、あまり見目よろしくない色に変化するため冒険者からすらあまり好まれないことが多い。

 もっぱら「駆け出し御用達のビンボー装備」と揶揄される。この装備に頼らなくなれれば一人前だとうそぶく者もいる。

 

「僕から言わせりゃ、見た目に拘って死んじゃう冒険者のほうがよっぽどだと思うけどね。君はその口?」

「いいや、見た目は全く気にしない」

 

 そもそも人の目を気にするなら、冒険者にすらなりたくはない。とはさすがに口にはしなかった。まあ確かに色合いは世間一般の言う「カッコイイ」とは程遠いが、実用に足るのであれば全く気にしない。

 

「問題は価格だ」

「銀貨7」

「まけろ」

「絶対NO」

 

 即答であった。妥協の余地はないらしい。

 

「もし買うというなら、君の身体に合わせた調整はサービスしたげるよ。悪くないと思うんだけどね」

「んー……シズクの欲しい魔道具はおいくら?」

「銀貨1枚から3枚でありますね。質も枚数の差の通り」

 

 彼女が欲しいのは【魔蓄石】と呼ばれる魔石で作られた魔道具のネックレス。この魔石は通常の魔石のように魔力を吸収する。そしてそれだけではなく、その魔石を砕く必要もなく形を維持したまま、魔力を放出することもできる。要は魔力の保管庫だ。

 

 性能も単純、銀貨1枚で回復魔術1回分、2枚で2回分、3枚で3回分の魔術になる。

 

 彼女の魔術の回数は貴重だ。それはそのままウルの、PT全体の生存力にもつながるし、同時に火力にもなる。だがウルの防具が整えば、回復魔術の必要数そのものを減らすことにもつながる。さて、どうするか。

 

「なんでえ、防具が欲しいのか。ならこっちもいいぞう」

「おいこら商売の邪魔はやめてくれよ」

 

 若い職人の声を無視して、今度はガタイのいい中年の職人が顔を出した。

 

「盾か。これはまた汚いグレー色だことだ。これも亜銀製?」

「性能は確かだぜ。硬い。重い。頑丈。重量に関しちゃ冒険者は気にしねえだろ?」

 

 それはまだらの現在ウルが装着する盾と比べ大きく、しかし身体を覆うには足りない中型楕円型の盾。手で持つのでなく、腕に装着するような形で装備するものであるらしくそのためのベルトと取っ手がある。

 ベルトで絞めると割としっくりと来た。

 

「お前の話聞くに、盾は使わないってこたないだろ」

「ああ、使う使う」

 

 ウルの盾の使用頻度は高い。なにせ俊敏な回避運動は苦手なたちだ。必然体を前のめりにして攻撃をいなすくらいしかできず、そうなると盾は重要になる。小型の盾ではどうしても不安だったが、これくらいのサイズであれば、叩きつけるように前に突き出すにも便利だ。

 

「頑丈な、信頼感のある盾一つでずいぶん楽になると思うぜ?」

 

 それ以来、盾が壊れる可能性がちらつき、結果うまく盾を使えずに被弾率はあがってしまっていたが、盾が頑強になればその心配はなくなるかもしれない。

 

「ちなみにいくら?」

「銀貨5枚」

「まけろ」

「絶対NO」

 

 即答であった。妥協の余地はないらしい。

 

 しかし銀貨5枚なら、銀貨3枚の【蓄魔のネックレス】を買う事ができる。総合的に見れば盾を買った方が得?しかし鎧が初期の目的だ。盾は一部しか守ってはくれず、鎧は全身を守る。その差は大きい。

 

「……そうだ、鎧と盾を買えばいいのでは?」

「ウル様ウル様、しっかり」

 

 シズクにゆさぶられ、ウルは正気に戻る。

 

「むう……難しいな」

 

 お金のやりくり、なんてのは生きてく上で当たり前のことだ。

 ウルの父親、あのろくでなしはそういう事をまるで考えもできなかった男であったために、“やりくり”の思考というのはとっくにウルの生活と思考に根付いている。自分の中で優先順位を決め、そして妥協する部分を選択する。

 

 が、直接的に命がかかった金のやりくりは経験がない。

 

 半端な妥協はそのまま死に直結するがゆえに、選択はどうしても慎重になってしまう。

 

「……ちなみに、シズクはどう思う?」

「鎧一つと銀貨1枚の魔蓄石一つ」

「その心は?」

「前線にウル様が出ているのですから、ウル様の身体が第一です」

 

 シズクはキラキラと微笑みを浮かべた。まぶしかった。

 まあ、考え方としては正しいし、別に間違っていない。そもそも選択肢は少ない。鎧と銀貨1枚分の魔蓄石か、盾と3枚魔蓄石か、程度である。あるいは市場を探せばまだ選択肢はふえるかもだが、信頼度的な意味でも、腕的な意味でも、黄金鎚以上の知り合いはウルにはないし、今から探すのは難しい。

 

 今回は見送る、ないし節約するという考え方もないではないが、装備の新調、投資は早い方が得が多いのは当然のこと。となると必然この二択。ウルとしても決めかねてるなら、彼女の意見を尊重するという考え方もある……が、

 

 パーティを考えろ

 

 グレンの言葉を頭の中で繰り返す。しかし今のウルとシズクのパーティに出来る事なんてたかが知れている。人類の英知たる武具のカバーなんて事は……

 

「んー?」

「んー?」

 

 ウルはシズクを見て首を傾げ、シズクもそれにつられた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 訓練所

 

「んで、結局どうしたんだ?」

「盾と魔蓄石のアクセサリー(銀貨3枚相当)を購入して銀貨8枚消費」

 

 ウルは腕に新たなる頑強な盾を装備し、シズクは首から淡いオレンジの色に輝く石をぶら下げ、ニコニこと笑っている。デザインがお気に入りらしい。

 

「かっこいいでありますね!」

「趣味が男の子だなあ……んで、当初の目的の鎧はどこ行ったんだ?」

「鎧はシズクに任す」

 

 ウルはシズクをちらりと見る。シズクはこくりと頷いて、手を合わせ集中し、魔術を詠唱した。新たなる魔術を。

 

「【風よ唄え、我らと踊れ 風鎧(ウィンドアーマー】」

 

 次の瞬間、ウルの中古の皮の鎧のその上から見えない、“風で出来た鎧”がまとわりついた。

 

「成程。新しい魔術を覚えたと」

「彼女には負担をかけたが、魔術は多様な対応力が力と前グレンが言っていた」

 

 維持は相応に長い風の鎧。必要な時は使い、必要でない場合は温存する、出し入れ自由な鎧。シズクに守りの魔術を覚えられるかと尋ねると、彼女は嬉しそうにハイと頷いて、そして本当に瞬く間にその日のうちに習得してみせたのだから、やはり彼女の才能はすさまじかった。

 

「元々、風の魔術も覚えがあったので、習得はしやすかったのです」

「成程。流石だ……それで、この買い物は正解か?」

「そりゃお前ら次第。ま、限られた資金で足が出ないなら上出来じゃね?」

 

 気のない答えだった。

 

 



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人形遣いとの邂逅

 

 

 大罪都市グリード領、強欲都市と名高きこの都市を中心とした一帯の特徴として、大罪都市グリードのみならず多種多様な規模の迷宮が乱立する事にある。

 今回ウル達が足を踏み入れた迷宮もそんな乱立した迷宮の一つ。グリードの結界から外に出て、おおよそ半刻ほど歩いた先にある廃墟。迷宮大乱立時代以前に存在したらしい都市の残骸の中にひっそりと存在する地下へと続く階段。

 

「グリードよりもなんだか規模が小さいでありますね」

「十三級、俺達白亜の冒険者でも行ける最小規模の迷宮“だった”らしいからな」

 

 だった。今現在この迷宮は既に攻略済みである。地下奥にある迷宮の【真核魔石】は破壊され、魔物を生み出すことはない場所。迷宮の支配から取り返した場所。

 それを、買い取った人物がいるという。

 

――立地が微妙に悪くてな。んで、神殿が売りに出して、それをあの女が買い取った

 

 とはグレンの説明だ。迷宮を破壊し、それを買った者がいる。グレンの知り合いである“人形技師(ゴーレム使い)の住処”

 

「迷宮の核がない以上、魔物は存在しないはずだし、緊張することもないだろう」

「そうでありますねえ」

 

 なんならこの都市に来るまでの間の道のり、結界の守りのない人類生存圏外の移動の方がよっぽど危険だったかもしれない。と、ウルはこの時はたかをくくっていた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 “元”小級地下迷宮、第一層=最終層

 

「……」

「……」

 

『『『OOOOOOOOOOOOOOO……』』』

 

 グリードのような迷路の細い通路、そこに何故か、すでに崩壊しているはずの迷宮に人形がひしめき合っていた。一見するだけで4-5体の土人形(クレイゴーレム)が迷宮跡地を徘徊している。

 

「……いえ、ウル様。ひょっとしたらこれは此処の主人の所持してる人形では?」

「ああ、なるほど。つまり警備などのために用意された魔物であると」

 

 人形は迷宮で生み出される特殊なもの以外は、人が人のために生み出す魔物だ。魔物を排除したり、田畑を耕したり。魔物であるには変わりないため、都市の中では使えないが、此処は都市ではない。

 住処としてるのが人形技師であるとなるとその可能性は高い。

 

「なら、別に襲われる可能性は『OOOOOOOOO!!!!』あるらしい」

 

 人形がこちらを発見した瞬間、凄まじい雄たけびと共に無造作にこちらに向かって突撃をしてきた。ひょっとしたら歓迎のポーズかもしれないと現実逃避気味に思ったが、右こぶしを振り上げているのでたぶんそれはないだろう。

 

「ウル様!」

 

 シズクの呼びかけと共に、ウルは大槍を取り出した。攻略済みの迷宮といえど、外部の魔物が流れてくる可能性は十分あると戦闘準備を欠かさなかったのが功を奏したらしい。

 

 人形は3体、内1体が突出して前に出ている。大きさは巨大だが2メートル程度。リーチは槍を持つウルにある。

 

「ふっ!」

『OOOO!!!』

 

 足を踏み込み、息を吐き出す。そして槍をしならせ横に薙ぐ。土くれのこぶしよりも先に達した大槍が、人形の足を引き裂いた。脆い。という感想が出るのは宝石人形を相手にしたからか。人形の中では小柄なこの人形の群れは、その体を構成する土もそれほど密ではないらしい。

 

「【氷よ唄え、穿て】」

 

 氷刺(アイスニードル)が人形の足を貫く。火球よりも物理的なダメージが幾分こちらの方がよく攻撃が通った。通った、という事にシズクもまたわずかに驚きの顔を見せる。土人形とはこんなにも脆いのか、と思ったがそもそも宝石人形が硬すぎるのだ。

 

 土人形はサイズも様々だが、人型サイズは魔物の階位の中でも最下位の13位だ。ウル達のような初心者の冒険者でも対処は可能。なにせ単調だ。此方を攻撃するときはまっすぐ突っ込んでそのまま拳を振り下ろす。それだけを繰り返す。

 魔物のような生き物でもない。人の形をして、人の姿をまねるようにできているために、戦い方も原始的な人の戦いをまねる。故に、ひどく読みやすくよけやすい。

 

 ともあれ、現状、ウル達にはそれほど脅威にはならなかった。宝石人形との練習にもならないな、とウルが判断する程度には、対処可能だった。

 

『OOOO……』

 

 人形は砕け、うごめいている。人形の急所は二か所。頭と心臓。

 

 頭の中に刻まれた魔術刻印、すなわち命令系統を破壊すれば役割を忘れ暴走する。

 心臓部の魔道核を破壊すれば機能を停止する。

 

 人形の中で最も質量が少ない、つまり脆い手足を破壊し動きを止めた。それ故に人形らは頭の術式も破壊されてはおらず、また、魔道核も運よく破壊されずに残っているらしい。徐々にではあるが人形たちはうごめき、そして再生を始めている。

 

「倒しますか?」

「此処の主のものかもしれないし、やめておこう」

 

 ひょっとしたら単なる警備のための人形かもしれない。勝手に家に押し入りそれを破壊したとなれば、悪いのはこちらだ。これから交渉する相手に悪印象を持たれたくない。

 

「シズク、人形が復活する前にその辺を――」

 

 故早々に此処を住処とする変人、もとい目的の人物を探すために、早々と捜索を開始しようとした矢先、動く気配を感じた。迷宮に潜りつづけた賜物か、何かの動き、気配には敏感になっていた。その違和感のままに視線を向けると、

 

「人形……?」

「……あれは」

 

 人形が3体並んでいた。先ほどと同じ小型。人と同じ規模のサイズ。それ故に一瞬ウルは肩の力をわずかに抜こうとして、そして彼らが持つ奇妙な物体に疑問が浮かんだ。

 筒状、太く長い。人形が両手で抱えるように持ったそれは、なんだか火薬を込め放つ火砲に似ていた。が、それにしては小さい。

 その筒がなにやら光を放ち始めた。バチバチと言っている。振動もしている。動きが激しいのかそれを持つ人形の手があちこち崩れている。

 

 あ、これはやばい。とウルとシズクは同時に気づいた。

 

「伏せるぞ!」

「伏せてっ」

 

 同時に叫んで、そして同時に即座に体を伏せた。

 続けて爆裂音、近くに雷が落ちたかのような凄まじい音が連続して起こる。耳を塞ぎたかったが武器を手放すわけにはいかず歯を食いしばる。

 

「―――ー!?―――!!」

「――――っ!!」

 

 なにが起きている?!と叫んだが、轟音にかき消される。隣でシズクも何かを叫んでいるようだがまるで聞こえない。ウルは声を上げることをあきらめ、前衛としてシズクに覆いかぶさり盾を構え閃光から身を隠した。

 轟音と破壊は十数秒間、強くなったり弱くなったりしながら断続的に続き、そしてそれ以降急速にしぼんでいった。ウル達が顔を上げると、目の前の光景は一変していた。

 

『OOO……』

 

 小筒を抱えた土人形が、ボロボロになっていた。あの光を放った小筒の影響、縦横無尽にあたりにばらまかれたあの光の渦は、それをもって発射した当人すらも焼きこがし破壊までしたのだ。

 無論その周囲もただではすまず、あの破壊の光が乱舞したのか、彼方此方の壁が崩れているのが見て取れる。この迷宮は死んでいるから回復もしないだろう。落雷でも起きたような焦げ跡が至る所に見受けられた。

 

「ウル様、お怪我は?」

「……へーきだ。そちらも無事か」

 

 盾として掲げた白亜の盾には小さな無数の焦げ跡があったが、ウル達自身は無事だった。購入したばかりの盾だったが、その役目はキチンと果たしたらしい。その色はやはりどこか小汚い印象を受けるが、今は誇らしくも見えた。

 

「しかし何だったんだアレは……何を考えて此処の主はあんなもんを」

「――ウル様」

「どうした」

 

 自分を呼びかけるシズクの声が、どこか緊張をはらんでいた。

 なんだ、と再び槍と盾を構えるウルに、シズクがすっと視線を前に送る。先ほど見た、ボロボロになって崩れていく人形たちだ。見てる間もなく、ひとり、またひとりと形が崩れ崩壊する。どうやら心臓である魔道核をもあの光の渦で破損したらしい。

、だが、3体のうち、1体だけ、地面に崩れ落ちずに立ち続けていた。足も破壊されているせいでバランス悪くグラグラと揺れながら――ー

 

「壊れどころが悪い、いや良かったの―――」

 

 ウルはもう一度改めて人形を見る。何の変哲もない人形。先ほどの小筒の攻撃によってからのあちこちを欠損し焼き焦げた人形、右手や足首、そして

 

「……頭」

 

 ぐらぐらふらふらと、それでも立ち尽くす人形には、頭がなかった。砕け散った残骸が肩の上にのるだけで、跡形もない。人形の弱点の一つ。自身の役割が刻まれた術式の存在する頭が、消えてなくなっていた。つまり、

 

「暴――」

 

 それを理解した時には、事は始まった。

 

『O、O……GI,GIGIGギギギギいいギギギギギギアッガアアガッガガガガガ!!!!』

 

 喪われた頭の代わり、肩の部分がぱっかりと割れ、そこから奇妙な音が、うめき声が響き渡る。もはや生物のそれとは思えない軋んだ音の連続。崩れ落ちるように前のめりになった人形が、その両手を地面につき、次の瞬間、でたらめに手足を動かし、獣のように此方へと突撃した。

 

「なん……!」

「【風よ唄え、我ら―――

 

 あまりに性急な動きに意表を突かれたウルと違い、シズクは素早く呪文を詠唱していた。判断はウルよりもずっと早い。が、

 

『GIィ――』

 

 肩から割れた口、瞳もない大きな口の、最早ヒトを模したものとはとても言い難いバケモノとなったソレは真っ直ぐにこちらに突っ込んでくる。一直線に、シズクの魔術が間に合わないほどに速く。

 

「っ…!」

 

 ―――詠唱中、魔術師は無防備だ。故に、前衛が体を張って死ね。

 

 という、グレンに叩き込まれた教えが、ウルの硬直していた身体を強引に前に進ませた。飛び込んでくる人形を迎撃するなんて器用な真似はウルにはできない。故に、僅かに軌道を修正し、まさにシズクへと突撃しようとした人形との間に、ただ割って入り、

 

「があっ!?」

『GIGIGッガガ?!』

 

 正面から、衝突した。頭から花火が散った。盾を構えなければ吹っ飛ばされていただろう。

 

「【――と踊れ】!!】ウル様!」

「へ、-きだ」

 

 チカチカと瞬く星を振り払いながら、ウルは人形をにらむ。遅れてきた風の鎧を身にまとい、改めて暴走した人形に退治する。向こうとて、決して軽い衝撃ではなかったはず、なのだが、

 

『GIGGI、ギャ、ギャハ、GYAHAHAHAHAHAHAHAHAA!!!!!!!』

 

 地面に転がり、もとよりボロボロの身体を更に崩しながら、人形は笑っていた。

 その笑いは歪で、破綻したナニカを感じた。壊れている。そう、壊れているのだ。この人形は。暴走、という言葉をウルは軽んじていた。要は壊れた魔道機のように本来の稼働から外れ、異音を立って暴走し、ただただ自壊していくものだと。

 

 しかしそうではない。暴走とは、魔道生物としての理そのものからの逸脱であり、暴走なのだと、ウルは理解した。

 

『ギヒッヒヒヒ、GYAYAGAGAGGAGGAGAAGAGAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 理から外れた、人形だった“ナニカ”は、ぐねぐねと身体を揺らしながら、再び突っ込んでくる。ウルは風鎧の備わった右手を突っ込む。

 

『GIIIIIIII!!!

 

 いつの間にか人形の口には獣のような牙が伸びていた。土塊の牙は鋭く、しかし籠手と風の魔術で守られた腕は砕けない。

 

「砕け――」

 

 腕にかみついた人形をそのまま地面にたたき伏せようとした、が、次の瞬間には姿がない。気づけば右から衝撃が来る。体当たり、しかし目で追い切れていない。

 

「上!」

『GYAHA!!ギャハハハHAHAHAHAHAHAA!!!』

 

 爬虫類のごとく、天井に張り付いた人形が笑う、嗤ってる。身体のあちこちを自らの出鱈目な動きで自ら砕きながら、大きな口でわらっている。その狂気に気圧されそうになりながらも、歯を食いしばる。

 ただの人形ですら手こずっていては、目的など達成できるはずがないのだ。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「突―――」

 

 天井からとびかかる瞬間、ウルは右足で思い切り地面をけりつけ、そして一気に天井にへばりつく人形へと身体ごと突貫した。魔力により強化された肉体による全力の突撃(チャージ)は、引き絞られ放たれた矢のごとく、その一撃を叩き込む。

 

「――貫!!」

 

 砕け散る音が響いた。

 

『GA………a』

 

 天井ごと縫い貫かれた人形は、断末魔の悲鳴のように、最後の音を放ったのちに、その瞳の虚ろな光を消失させた。ウルは天井に突き刺さった槍を掴みぶら下がり、その重量で槍を引き抜くとそのまま地面に着地した。

 

「……ふう」

「ウル様、お怪我はありませんか?」

「いやあ、おつかれさーん」

 

 ウルを心配するシズクの声、そして“もう一人”、至極当然のようにそこにもう一人の女が立っていた。ウルは思わず目を見開くが、彼女は特に気にしたそぶりもなく、そのままふらふらと、先ほどウルが粉砕した人形の残骸をつついていた。

 

「やーっぱ竜砲の収束が足りないかー。これじゃ役にも立ちやしない。もうちょい魔道核の魔力解放を抑えないとダメかなー……?」

 

 異様な風体、というかどう考えても寝間着のような姿で素足のまま、ぺたぺたと迷宮の中をふらつく彼女は、人形と、彼らが持っていた筒を検分しながらブツブツと独り言をつぶやき続ける。

 奇異だったが、しかしウル達にそれを咎める資格はない。此処の主は彼女なのだから。

 

「……ウル様、ひょっとして彼女が?」

「……多分な」

 

 人形技師、変人、迷宮を住まいとする女。

 

 これに該当する人間が二人もいるとは到底思えない、という事は、彼女がそうなのだろう。グレンの紹介した人物、都市の外、攻略済みの迷宮の中に住まう変人。

 元銀級、人形師マギカ・グレイズ

 

 



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人形遣いとの邂逅②

 

「グレンが誰か紹介するなんて、珍しいこともあるものねー」

 

 ぼんやりとしたその声の主、マギカという名の人形師の“家”にウル達は招待されていた。先ほどまでいた地下一階から更に一つ降りた地下二階。地下一階と同じ閑散とした複雑さもない迷宮の、その一室が彼女の家だった。

 

 迷宮の中、と、理解していても、一瞬ここがどこだか分からなくなるくらいに、そこは家として機能していた。魔道灯によって照らされる光は、大罪迷宮グリードのような青緑の薄気味の悪いものではなく、暖かな淡い橙色。この迷宮独特の白の殺風景な石畳の上にはカーペットが敷かれている。本棚にテーブル、更には台所と思しき場所まである。

 

「……家だな。本当に家だ。しかも小洒落てる」

「引きこもりだからねー私、住む場所は大事-」

 

 のんびりとしたマギカの言葉通り、細かなインテリアから配色に至るまで、こだわりが見られた。これだけのものを、わざわざ迷宮に用意するのだから、やはりグレンの言うように変人なんだろう、彼女は。しかし……

 

「……良いな」

「ウル様は、こういう家がお好きですか?」

 

 ぽつりとつぶやくウルに、シズクが反応する。ウルは頷いた。

 

「家というのはあこがれる。クソ親父のせいでまともに落ち着けた試しがない」

 

 昔から、ガタついた馬車と老いた馬にのせられて、東へ西へとクソ親父の勝手で振り回され続けた。その街で友達を作ってもすぐに別れてしまう。暖かい寝床はなく、ささくれ傾いた馬車の中で一夜を明かすは数えきれないほど。だからウルには家というのはあこがれの象徴だ。

 

「あははー。落ち着く場所が欲しいなんて、ボウケンシャとは真逆じゃーないか。なんでボウケンシャなんてやってんの?キミ」

「へこむ」

 

 何もかもあのクソ親父のせいである。生き返らせて絶対殺そう。と、ウルは気持ちを新たにした。そう思ってるうちに机に散らばってた何か、ウル達にはわからない工具をマギカは机から片していた。

 

「さ、どーぞ座って。グレンの紹介ならお茶くらいだすよー。実験手伝ってくれたしね」

「普通に殺されかけたが」

「実験には犠牲がつきものだよー」

 

 言いたいことはあったが、彼女の機嫌を損ねても仕方がないので黙っておく。ことんと温かなお茶の淹れられたカップが出されたので礼を言おうと顔を向けると、カップを出したのは人形だった。

 

「襲い掛かってはこないだろうか」

「だうじょーぶよたぶんねー」

「この人形は、マギカ様が作られたのですね」

「そだよ。都市の外は人形の制限がなくていいわー」

 

 基本的に、人形は魔物を生み出す所業に他ならない。制限こそ加えて行動をあやつれるが、一歩間違えれば、先ほどの暴走だ。都市内での規制は当然といえる。彼女がこんな都市の外の迷宮に居を構える理由はそこらしい。

 

「んで、なんのよーお?話はきーたげるけど」

 

 と、問われ、改めてマギカを見る。見た目はグレンよりも若い。大体30代くらいの女性、のほほんと眠そうに目を細めている、化粧っ気はないというかそもそも身だしなみを気にしていない。姿も完全に寝間着のそれだ。

 女性らしさのない人だ、と思いつつも、しかし寝間着越しの女性的なまるみは中々のものだった。シズクに匹敵するかもしれない。

 

「ウル様?」

「すみませんでした」

 

 不思議そうにするシズクに、ウルは謝って、すぐに本題に入った。

 

「貴女が有名な人形技師であると聞いている。どうかその知恵を貸していただきたい」

 

 ウルは丁寧に頭を下げた。

 グレン曰く、大連盟一でも指折りの人形技師。現在の人形学、特に自動人形(オートマタ)の研究に関しては彼女の頭脳はずば抜けている。が、偏屈。人嫌い、というか人づきあいを面倒くさがる。

 そのせいか彼女の名はあまり知れ渡ってはいない。

 

 その彼女のことをなぜグレンが知っているのか、というのは置いておく。兎も角彼女が有能な人形技師で、その知恵を借りられるなら 借りたいと思っている。宝石人形打倒のために。

 

「実は俺たちは新入りの冒険者で今グリードには――」

「宝石人形でしょー?しってる。あーなるほっどねー。グレンもひとがわるいなー」

 

 事の経緯を説明しようとしたその初めで、マギカはウルの話を遮った。そして納得したような顔になった後、ウルを憐れむようにして一言告げる。

 

「もーしわけないけど、宝石人形の簡単な攻略法、ないよー?」

 

 そして的確に、ウルの聞きたかった答えと真逆の回答を行った。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 マギカ・マギステル

 銀級、即ち一流の冒険者として 彼女は相応の知名度を誇る。が、彼女の場合、それよりも別の形で世間では名をはせている。人形の核となる心臓部分、すなわち魔道核に関して、彼女は世界でも指折りの賢者だった。

 

 【魔道核】

 

 魔物からとれる生命の塊ともいえる魔石、魔物が死んだとたん、単なる魔力の塊と化すそれを、人工的に真似る事で活用できるようにした模造品。それまでは耐久性に酷く問題のあった魔道核に数十、数百年という寿命を与えた若き天才。

 魔道学、特に魔道機械学において、彼女の名を知らぬ者はいないほど、彼女の成果は偉業だった。

 

 【土塊の賢者】の異名を冒険者としてではなく授かるほど、偉大な功績を遺した彼女だが、しかし、その成果には一つ、“落とし穴”があった。

 

「私が魔道核を改良したら、その改良した魔道核を迷宮の人形が真似たんだよねー」

 

 魔物の核、魔石をまねた魔道核、それを真似る人形

 

 なんとも奇妙な話ではあるが、しかし事実だった。それまで迷宮の人形というのは長くても3日も経てば自壊する生物だった。彼女が耐久性の高い魔道核を完成させ、そして各都市に広く普及させた時期を境に、人形に耐久力という欠点がなくなった。

 

 彼女が魔道核の研究を進め、人形の改良を行うほど、迷宮の人形も欠点を克服していくのだ。その因果関係はすぐに知れ渡ったが、しかし研究は止める事は出来なかった。魔道核の研究の成果は人々の生活を豊かにしたのだ。

 莫大なメリット故に、必要なリスクとして見過ごされたのだ。

 

「兵器としての人形の開発は全ての都市で禁止されたけどねー。完全に禁忌扱い。多分知識が一定範囲で人類間に広がるのがトリガーだと思うんだけどねー」

「つまり、簡単な攻略法がないというのは」

「私が、簡単な攻略法を片っ端からつぶしちゃった、ってことー」

 

 ウルは頭を抱えた。言ってしまえば彼女はウル達を苦しめる諸悪の根源である。

 彼女が弱点をつぶしたからこそ、宝石人形は賞金首にまでなった、ともいえるのだから、彼女のおかげ、と言えなくもないが。

 

「魔道核そのものと、頭部の命令術式。この二つは手を加える前だったから残された唯一のセーフティ。なんで、今も改良は加えられず残されてるけどね」

「頭部が他の場所と比べて脆いと聞いていますが、命令術式の破壊による暴走がセーフティ?」

「うん。魔道核が破壊できないようなときに行う緊急対策だねー。下手に手を加えて野良の人形がパワーアップされるよりはマシかなーって判断、それに自分で使う分にはほらー」

 

 そう言って、テーブルに置かれていた空のカゴをかぽっと、背後で家事を行う人形にかぶせる。

 

「こんな風に兜かぶせちゃえばいいしねー」

 

 外付けの小細工程度なら迷宮に真似られることはない、とマギカは笑う。成程、確かに鎧兜を装備した迷宮の人形、なんてものは聞いたことがない。

 

「ちょっと話それたけど、結論として、私は魔道核、そして術式以外の弱点、攻略法は知らないし、たぶんないと思うのー」

「もしあったら、貴女が改善しているから、か」

「いえーす」

 

 うそをついているとも思えない。そもそも考えてもみれば、人形の楽な攻略法なんてものがあれば、もっと出回っているはずだ。秘密にする理由はない。現在賞金首になり、競争の景品のように扱われようと、迷宮から産まれた人形が、人類にとっての敵であるのには変わりないのだから。

 ウルが続ける言葉を見つけられず沈黙する。マギカはどこ吹く風だ。このまま会話が途切れようとしていたとき、口を開いたのはシズクだった。

 

「マギカ様、グリードに出現した宝石人形に関しての情報は詳しくご存知ですか?」

「ご存じだよー。人形についての情報は何でも粗方調べるようにしてるからー」

「では、宝石人形の目的、“命令術式の内容”は推察は出来ますでしょうか?」

「んー、できるよ?」

「……なんだって?」

 

 何でもないようなその返答に、ウルは一瞬自分の耳を疑った。術式の内容、人形の目的が理解できると彼女は言った。それはすなわち、『目的を達成ないし破壊する事による無力化』が可能であるという事だ。

 窮地にあるウルらにとって、それはまさしく天から降りる蜘蛛の糸だった。

 

「是非教えていただきたい」

「見返りはー?」

 

 のんきな顔、呑気な声、ただし言葉だけはやけに鋭く刺さった。

 

「タダじゃーいやだなー。べつにー生活にこまっちゃいないけどー」

 

 のんびりとした物言いに相反して、此方を値踏みするような視線が刺さってくる。対価の要求、それを言われることは分かっていた。問題はここからだ。

 

「金か」

「白亜の冒険者みまんのおさいふに、期待はしてないよー?」

「じゃあ何を?」

「そもそもー君たちは何ができるのー?君らのこと私しらないー」

「なにが……」

 

 逆にそう問われると、ウルは困った。

 何が出来るかといわれれば、正直何も出来る気がしない。金もない、実力も無い、何もないのが今のウル達だ。それはウル達が今一番よく分かっている。提供できるモノがあまりにも少ない。

 が、ここで「何も出来ません」と答えるのは間抜けが過ぎる。

 

「そちらの望む事を可能な限り実現するつもりだ」

「んふふーまっじめー、でも答えになってなーい」

 

 ニタニタと彼女は笑う。ウルの必死に言葉を絞りだそうとするのを明らかに面白がっていた。ろくでなし、というグレンの評が全くもって正しかったとウルは理解した。

 

「お金はいくらあってもこまらなーい。貴方たちよりもーっとお金ありそうなヒトタチに話した方が得かもねー」

 

 安易な揺さぶりだったが、何の後ろ盾も存在しないウルにはその言葉は容赦なく効いた。どうやって彼女に気を向けさせられるのか必死に考えるが、言葉として形になることは無かった。

 

「ですが、そちらもあまり、冒険者とのコネクションはないのではないでしょうか?」

 

 そこに割って入ったのはシズクだった。

 彼女はいつものようにニコニコとした笑みを崩さぬまま、マギカを見る。マギカも興味深げにウルからシズクへと視線を移した。

 

「へーなんでそうおもうのー?」

「討伐祭の開催はまだですが、そもそも宝石人形が賞金首にかけられてからそれなりの日数が経過しています。そして貴女には宝石人形を倒す秘策とも言える情報がある。しかし誰にも売りつけず、討伐祭開催まで時間経過してしまった」

「討伐祭を開催させて、賞金をつり上げるのが目的なだけかもよー?賞金が上がれば、当然情報の価値もつり上げられるでしょー?」

「その間に倒されてしまえば、その情報は塵芥になります。そのリスクをのんでまで、起こるかもわからない討伐祭のために温存していたのですか?」

 

 シズクはいつもどおりの温和な表情で、しかしその言葉は鋭かった。ウルは断固たる決意を見せた酒場での彼女ともまた違う、その姿に驚いていた。

 

「情報を温存していたというより、持て余して腐らせようとしていたのでは?」

 

 シズクの指摘に、マギカは一瞬黙って、その後クスクスと笑い出した。

 

「ンフフ、変な子ー。貴女も冒険者らしくなーい」

「そうでしょうか?」

「そーよ。綺麗な顔して、頭も回るなら、冒険者なんてやらなくていいのにー」

 

 そう言ってケタケタ笑いながら、ぼすんと椅子によりかかる。そしてテーブルにのせられていた魔道機械、恐らくは人形にも使われる魔道核をいじり始めた。

 先ほどのように此方をからかうような、侮るような視線は無くなった。おそらくそれがデフォなのだろう。彼女の視線はのっぺりとした蛇のような印象を与える冷たいモノに変わった。

 

「貴女のいうとーり、アタシはこの情報をもてあましてる。たまたまぐーぜん、宝石人形がなんでか上層にあがってきたってきーたから、調べてみたらわかったってだけー。売りつける相手も居ないの」

 

 白亜級のよわっちい冒険者の知り合いなんてそんなにいないしねーと彼女は笑う。

 

「でも積極的に捌こーとも思わなかった。めんどーだし。ここ知られたくなかったし」

「こんな所にわざわざ暮らすのは。積極的にヒトと関わらないためですか?」

「ヒト嫌いなわけじゃないんだけどねー?どっちかってーと嫌われるほー」

 

 だろうなあ……とウルは口に出さずに思った。

 

「んで、だからー別に貴方たちに売る事自体はしょーじき、別にいーの。他に売る相手なんていないしねー」

「なら」

「でも、安売りは、したく、ないなー。なんかイヤ」

 

 カチャカチャと魔道核をいじりながらそう言う彼女は、玩具をもってふてくされている子供のようでもあった。随分と大きくて、邪悪な子供だとウルは思った。

 

「俺達の出せるモノなんてたかがしれてるぞ」

「つまんなかったら、売らなーい」

「貴方には一銭の得にもならないが」

「別に良いよー」

 

 その彼女の言葉にウルは理解した。コレは金持ちの道楽だ。

 

 別に彼女は金に困っていない。何かそれほど不自由をしているわけでもない。ウル達が差し出せるモノにそれほどの興味も持っていない。ただ戯れに、何か面白いことをするかすまいかと眺めている。結果、期待はずれだったとしてもどうでも良いと思っている。多少の損を痛手とも思っていない。

 コレはこういう状況だった。そして、それ故に厄介である。相手は利益度外視で動いている。基準は自分の快不快のみ。その基準は彼女の頭の中にだけある。

 ウルは何度かこんな経験があるから理解している。この手合いは、マトモにやり合うだけ意味が無い。相手の頭の中なんてわからないのだ。全ては相手の気分次第である。

 

 この類いのヒト相手で最も有効なのは相手にしないことである。

 真面目に相手したところで、からかわれるだけからかわれて終わる事はままある。たっぷりと、自分の優位性をひけらかされるだけひけらかされて。

 

 が、無視できない場合、どうしても相手を振り向かせなければならない場合、重要なのはこれを取引に戻すことである。まともな利益の相互交換が行われなければ意味はない。

 

 これを道楽でなく、まともな交渉にしたいなら、手の平から零れなければならない。

 だがさて、どうやって?

 

「そういえば、此処に来るまでに、人形がなにか、筒のようなモノをつかっていましたが、アレはマギカ様が生み出した魔導機かなにかですか?」

「あれー?知らない-?あれ、【竜牙槍】だよー。ちょっとマイナーだけど、冒険者用の武器だよあれ。アレはその実験、新型魔道核にあった竜牙槍の設計、スポンサーがやってってさー」

「実験、ということは今マギカ様はその仕事を?」

「んー?ふふ、わたしの仕事てつだってくれるのー?」

 

 そりゃむりでしょ?と言うように彼女は笑う。馬鹿にするように、というよりはものを知らない子供に言い聞かせるようだった。自身の仕事にウル達が立ち入る余地がないという確信もあった。

 

「竜牙槍の開発は後は試行錯誤するだけのじょうたーい。てつだってくれてもいーけど、大体早くても一ヶ月はかかるよー?」

 

 一月。まあ確かにそれでは意味が無いだろう。一ヶ月も経過すれば討伐祭は終わっている。それまでの間手伝ったところで倒すべき宝石人形がいなくなるなら何の意味も無い。

 だが、シズクが聞き出したこの話題自体は重要だった。彼女の現在の仕事の話。彼女の生活を支える話だ。此処に彼女の遊びの余地はない。彼女が自分の人生すら適当するようなヒトならば兎も角、実験そのものは真摯に思えた。

 

「……試行錯誤ってのはどんなことをするんだ」

「んー?形考えて、試して、計測して、結果見て、また考えて、試す。すごーくザックリいうとこの繰り返し」

 

 場所が場所だし、時間がかかるんだよねーと、彼女は面倒くさそうに言った。ウルはその言葉を聞いてしばし考え、そして言葉を続けた。

 

「時間がかかる、あの“大砲”を安定させるための形状を考えるのが?」

「考えるのはいーの、問題はその形を鍛冶ギルドに頼んで、つくってもらって、それを試すっていうのにどーしても時間がねー」

「――――手伝えるぞ」

 

 ウルの言葉に、マギカは「はい?」と首を傾げた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

《……このねーたん、へん》

「アカネ、怖がらなくてもいいから」

「アカネ様?大丈夫でございますよ」

 

「……ウィヒ、ウェヒヒヒヘッヘヘッヘヘヘヘヘヘヘヘー」

 

「アカネ、訂正だ、逃げろ」

「マギカ様、正気に戻ってください」

 

 グリードに戻り、ディズに事情を説明して3回くらい頭を下げて連れてきた彼女。変幻自在の金属であり、望むまま、望む形に変身できるアカネを前に、マギカは変なテンションになった。

 




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吉凶の情報

 

 既に攻略され、打ち捨てられた小型の迷宮の中心、高名なる人形術士マギカの住処にて、轟音が鳴り響いていた。

 

「あはははーすごーい精霊憑きすごーい!らくー!!」

《このひとうるさーいめんどーい》

 

 それも連続で、マギカの笑い声をかき消すように。

 彼女は今【竜牙槍】(彼女が人形達に持たせていた武器)の試射を行なっていた。勿論ただの試射ではない。アカネ、精霊憑きの彼女の力を利用した試射だった。

 竜牙砲は魔道核を利用した強力な破壊魔術を射出する“大砲”だ。槍のような外装は、射出時二つに開き、射出するエネルギーの軌道を制御するレールとなる。

 

 アカネの役割はそのレールである。マギカの要望に合わせた形に正確無比に寸分違わず変貌し、そして

 

「はっしゃー!」

 

 撃つ。竜牙砲から解き放たれる眩い白の閃光は迷宮の壁に着弾し、迷宮全体を震わせる。それは右に逸れたり複数に分裂したりと様々な形になりながらも兎に角迷宮の壁を削っていた。

 正直傍から見ていたウルはこの迷宮がいつ崩れるかとヒヤヒヤしていた。

 

「アカネー大丈夫かー怪我してないかー」

『あつーい、うるさーい、にーたんかわってー』

「そりゃ無理だ―頑張れアカネー」

 

 どーんどーんどーんどーんと、轟音響く中、ウルにはエールを送る事しかできなかった。

 

「段々、エネルギーがまとまっていきますねえ」

 

 シズクは轟音の中指摘した通り、アカネから放たれるエネルギーは徐々に収束していた。あれほどバラついていた光は一本の太い線となり、同時に迷宮内に響く轟音は徐々に強くなっていく。そしてついに

 

「はっしゃー!」

 

 アカネから放たれた最後の一撃は、一際に大きく迷宮を揺るがした。音に慣れていたウルとシズクも思わず耳を塞ぐ程の一撃であり、土台となっていた人形は撃ち切ると同時にその体を崩壊させた。それを確認したマギカはニッコリと笑った。

 

「この形状かー!!うわーい!アカネちゃんあんがとー!!」

 

 興奮気味にマギカはまくしたて、そのままダッシュで家に飛び込んでいった。残されたのはウルとシズク、そして疲れたようにフラフラと竜牙砲からでてきたアカネはしばし沈黙の後に、

 

「……とりあえず満足してもらったという事でいいのだろうか?」

《つーかーれーたー、ジュースー》

「あとで私と一緒にレモネードを買いに行きましょうねー」

 

 アカネをシズクが宥めながら、マギカの満足げな様子にウルは小さくほっと安堵の息をついた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 マギカの後に続いて家に戻ったウル達は、マギカが奥の部屋で何やら作業をしているのを待ちつづける事数時間、時折外に出てきたマギカにアカネが掻っ攫われて外で何度かの轟音が響くこと数回を繰り返したのちに、ようやく会話に戻ることが出来た。

 

「いやーアカネちゃんのおかげでかなり時間浮いたよー助かったー」

 

 マギカはウル達に最初に接した時のけだるげで適当な感じとは違う、何やら艶々とした顔で満足げな笑みを浮かべていた。

 

「それはなにより……そんなにも役だったのか」

「頭の中をそのまま出力できるってすんごいよー?そりゃ“コレ”書かかされるよねー」

 

 彼女の机の前には大量の紙。それは内容を破れば重大なペナルティが科せられる【血の契約書】。ディズがアカネを貸し出すと話した際、彼女が出した条件がコレだ。

 

 ――人形遣いのマギカね、彼女レベルの優秀なヒトに精霊憑きを明かして貸し出すなら保険は必要だよ?

 

 ということでディズが用意したのが此方となる。ちなみにこの契約書一式だけで金貨数枚が消し飛んだという話はウルは聞かなかったことにした。 

 

「精霊憑きはすごいのねー……私がおもったよりずーっとなんでもありだったわー」

「満足頂いて何より……それでだな」

「いーよ。黄金不死鳥には報酬払っておくけど。貴方たちには情報だけでいいの?」

「アカネの労働の報酬は俺のものではない」

 

 

 あくまでアカネはディズの所有物であり、彼女の報酬はディズのものである。ただし、その彼女へとディズをつなげたのはウル達の成果であるから、その分のおまけということになる。

 

「ちなみに、彼女との取引でかるーく宝石人形の賞金超える額がとんだけどーききたい?」

「結構っす」

 

 実に楽しそうなマギカの提案を、ウルは丁重にお断りした。

 

「ふっふ-、どうして精霊憑きなんていうデタラメなジョーカーが身内にいたのに、貴方が窮地に追い込まれているか不思議だわー。お金がうまれる源泉よ-その子」

《わたし、じょーかー?》

「ジョーカーが過ぎて、貧乏人には扱えなかったんだよ」

 

 マギカとの取引の際、ディズが安全のために費やした費用はとてつもない。ウルやウルの父親にはそんな金を費やすことは出来なかった。だからウルはアカネを他のヒトの眼から隠す事しかできなかったし、下手に利用しようとした馬鹿親父は、端金を掴んだだけで死んだ。

 金は、金のある方に流れていく。

 と、何処かの誰かがしたり顔で語っていたが、それはどうやら事実だったらしい。 

 

「まーんなことはいいんだ。報酬、俺達にも払ってもらうぞ」

 

 後悔よりも目の前の問題だ。ディズに何度も頭を下げてなんとかアカネを連れ出せたのだ。貰えるモノは貰わねばならない。

 

「いーよ。と言っても割と単純なんだけどねー。ハイこれ」

 

 と彼女が差し出してきたのは水晶だった。手のひらより少し大きいくらいの白の水晶であり、そこに映し出されているのは迷宮の、そして宝石人形の姿だ。景観を映し、固定する白水晶だった。それ自体はウルも分かる、が、

 

「……で、この宝石人形が何か?」

 

 見る限り、宝石人形が映し出されている、だけだ。これがなにを意味しているのかピンと来ない。

 

「あー違う違う、宝石人形じゃないよー見るのはー」

 

 そう言って彼女は水晶に移る“絵”の下部を指さす。水晶の絵からはみ出すほど大きな宝石人形の足元。そこには当然、人形の巨大な足があるだけだ。他には何も―――

 

「……ん?なんだこれ?」

「あら、何か小さな……ネズミ?」

 

 そう、よくよく見るとその巨大な足の、その近くに小さなネズミの姿が映っていた。生き物と言えば魔物か冒険者な迷宮の中で、大鼠でもない単なるネズミなんてものは珍しいが、しかしいないわけではない。そんな珍しくもないネズミの姿が映された水晶を前に、ウルとシズクは、そしてついでにアカネは、頭を捻った。

 

「……それで、これがなんなのだろうか?」

「だから、“それだよー”」

 

 繰り返される、マギカの言葉。ウルはその言葉の意味をしばし理解できず、もう一度水晶をのぞき込み、そしてしばしの黙考の末、ふと、気づいた。

 

 “宝石人形が、ネズミをかばうようにして立っていることに”

 

「……おいまさか、そういう事か?」

「そう言ってるじゃん最初から、この“ネズミ”がこの宝石人形の行動目的だよー」

 

 行動目的。

 迷宮から生み出された、人の意思を介さず生まれた人形たちに刻まれた命令術式はランダムだ。至極真っ当な守護者(ガーディアン)らしい命令になるときもあれば、まったく無意味な行動を延々と繰り返すことになる場合も多々ある。

 ならば、『ネズミを守れ』という命令に忠実な人形がいてもおかしくはない。

 

「……じゃあ、突然中層にいたはずの宝石人形が上がってきたのは」

「宝石人形がー、じゃなくて、このネズミが上層に上がったからついてきちゃったんだろうねー。多分迷宮が活性期に入って混乱してたんだろうねーネズミさん」

 

 宝石人形の行動の中で、唯一不可解とされていた行動。突然の上層への侵入も、確かに彼女の説明なら筋が通っていた。

 

「……よく気が付いたな」

「そんな難しい話じゃないよー。上層に突然上がってきて、なのに外にまではでず上層にとどまってるなんて少し考えればわかるよ。後は調べるだけ―」

 

 そしてその結果がこれだった。

 宝石人形は確かにネズミの姿を追いかけて行動する。しかしネズミを攻撃するためではない。宝石人形は常にネズミを守る様にして行動している。ネズミに近づいてくる人間や魔物を(それがネズミではなく宝石人形自身を狙ったモノだったとしても)徹底的に排除し続けていた。

 宝石人形の謎の上層への進出、それ以後のあらゆる生命体に対する攻撃行動、そのすべてに説明がついた。そして宝石人形の弱点にも。

 

 【破壊】【暴走】【機能停止】、このうちの3番目、目的を達成もしくは破壊する事で行動不能にすることができるのだ。

 

「これなら…」

「宝石人形を俺達でも討てる」

 

 シズクとウルは顔を見合わせ。まるで見えてはこなかった突破口がようやく見えてきたのだ。宝石人形を直接叩くというのは難しいかもしれないが、小さなネズミの撃破くらいなら、ウル達にだってできる。宝石人形の手を掻い潜らなければならないが、それでも直接叩くよりはまだ現実的だ。

 光明が見えた。と、二人はそう思った。

 

「ま、そー簡単にはいかないけどねー」

 

 そこに水を差したのは、福音をもたらしてくれたマギカだった。 一瞬浮かれていたウルは、彼女の言葉に眉を顰める。

 

「……というと?」

「今の話だけど、どう思う?」

「どうって……」

 

 とても良い話である。とは思った。決して確定ではないが、一級の人形師の彼女が、それも精霊憑きの一時的に貸し出してもらうために提示した情報だ。精度は高いだろう。

 誰でもできる。たとえ一月ばかし前になったばかりのウル達にも狙える、本当に誰にでもできる簡単な――

 

「……誰にでも?」

「そーだれにでもー」

 

 マギカはアカネの小さな手のひらを何かのレンズで凝視しながら、なんでもないようにつぶやいた。

 

「貴方たちって【銅の指輪】を狙ってるのでしょー?」

「そうだが」

「としたら【機能停止】を狙った場合、冒険者ギルドがどう評価するか微妙なとこねー」

 

 機能停止は相手の弱点を突き、討つ。実に合理的な戦術だ。だが、あの宝石人形はこの弱点が、ネズミの存在が今まで発見されなかったからこそ賞金首になっていたのだ。そのネズミが発見されたからと言って賞金首が取り下げられる、なんてことは今更起こることはないだろう。

 が、冒険者の実力を査定する立場にいる冒険者ギルドにとってはどうか。

 

「人形の守護対象のネズミを見つけて殺して、機能停止しましたー。じゃ、弱いよねー」

「弱い」

 

 冒険者ギルドが信に足ると見なされた証に必要なものは幾つもある。当人の人格も、普段の素行も、瞬時の判断能力の有無も、実績も必要だ。

 だが、何よりも最も重要なのは、戦闘能力である。

 人類の脅威、次々と迷宮からあふれる魔物達に立ち向かえるだけの力なくして冒険者の資格はない。しかし、【機能停止】は、その重要なポイントを示すことはできない。

 

「難易度が下がる分、評価点も下がると」

「宝石人形を倒せたらいこーる銅のゆびわーってのはちょーっとなめ過ぎかなー。冒険者ギルドって割とシビアだよ?」

「どうやってそれは示せばいい」

「それはしらなーい。私の報酬はここまでよー」

 

 ねー?とアカネと一緒に首をかしげるマギカはそれっきり、ウル達に興味は無くしたようだった。ウルと、そしてシズクは沈黙し、目の前の水晶に映る人形とネズミを見つめ続けた。ちっぽけな、なんてことはない、小さく老いてるようにも見えるネズミ。

 

 こんな何でもないネズミが、ウル達の命運を握り、揺さぶっているのだ。

 

 



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相違

 

 

 人々に恵みと命を与え、同時に奪いもする太陽が今日もまた沈んでいく。ゆっくりと静かな闇が世界を包みこむ。だが、この大迷宮時代において、ヒトは闇に抗う手段を手に入れていた。ヒトから住まえる土地を奪い去った迷宮から採れる魔石というエネルギーの結晶が、皮肉にもヒトの生活を豊かにしていた。

 大陸でも随一の魔石発掘量を誇る大罪迷宮グリードは今宵もまた、煌煌とした魔石の輝きで闇を裂き、活気溢れた街並みを照らしていた。

 

「おらあ!さっさと走れ!!魔力を体になじませろお!!」

 

 それ故に、夜になっても訓練所にはグレンの罵声が響き渡っていた。

 近所迷惑にならんのだろうかとウルは思った。

 

「おらあ!なにしんでやがるクソ犬とっとと走れエ!!」

「ギャアン!!」

 

 倒れていた獣人の背中をグレンが蹴り飛ばしている。彼は何日で辞めるんだろうなあ、という他人事のような感想が頭に浮かんだ。すると、グレンもコチラに気がついたのだろう。

 

「おう帰ったか……っつーか何それ」

「アンタの紹介してくれた女のテンションがヤバくて」

《……あのねーたん、こあい》

 

 ウルは自分の頭にスライム状になってしがみついているアカネの頭を撫でる。グレンもアカネ、ウルの妹であり精霊憑きの事情は聴いているから、金紅の奇妙なる少女の姿にも特に驚きもしなかった。重要なのは、

 

「んで?得るものはあったのか、あの女から」

 

 問いかける。と、若干疲れた顔をしたウルとシズクはコクリと頷いてみせた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《…………すぴー》

「……寝るのか、この生物」

「かわいらしいですね?」

 

 ふにゃふにゃと猫の姿で眠りにつくアカネをしげしげとグレンは眺める。マギカの仕事に付き合うのはアカネにもこたえたらしい。綺麗な水を一杯飲み干すとすぐに眠気に襲われてしまった。今はシズクのヒザの上を寝床にして気持ちよさそうにしている。

 彼女の睡眠を邪魔しないように、ウルはマギカとの交渉の内容をグレンに説明した。全てを聞き終えたグレンは、ふむ、としばし沈黙し、

 

「なーるほどね。微妙なラインだな」

 

 マギカから得た情報をそう評した。

 

「微妙」

「実際、マギカの言う通りで、ネズミ退治で指輪が手に入れられるかどうかは正直分からん。少なくとも通常の賞金首撃破と比べりゃ評価は落ちる、かもしれん」

「かも」

「今回お前らが狙うのは、正規の指輪の獲得ルートとは別の裏道だ。そうなると、否応なく条件があいまいになる」

 

 宝石人形の急所であるネズミの発見を行い、それを突くことができたという調査・判断力が評価されるかどうかである。それを重視されるかどうかはグレンにもわからない。

 

「じゃあ聞くが、グレンがもし査定する立場になったとき俺達に指輪をくれるか?」

「やらん」

「むごい」

「正直に言わなきゃ意味がないだろ。精々ラッキーな奴らだなー程度だわ俺なら」

 

 実際、グレンがマギカというコネを持っており、更に彼女がたまたま武器の作成を行なっており、そして更にアカネがその問題を解消できるだけの能力をたまたま持っていたから、情報を提供してもらえた。

 まさにラッキーである。幸運という以外ない。これが冒険者の実力かと言われれば、大体の者は首を傾げるだろう。

 

「そりゃお前らがそのまま宝石人形に突っ込んでも死ぬだけだが……」

「ネズミを殺しただけでは、指輪を獲得できるかどうかは怪しい処なのですね?」

 

 シズクの確認に、グレンは頷く。

 

「ついで言うと停止状態の宝石人形の撃破は、魔力の獲得は少量になる。停止状態の人形は魔物ではなくただの物体のようになり、魔力は霧散するからだ。シズクが望む肉体の強化にも繋がらん」

「……ウル様」

 

 グレンの言葉を聞き終えたシズクは、ウルへと向き直った。

 

「私は反対です。このやり方で宝石人形を打倒すべきではありません」

 

 それは、グレンが可能性として示しつつも直接的に言う事を憚った言葉だった。ウル達にとって千載一遇の好機を、ドブに捨てる選択でもある。マギカが示した方法は、宝石人形の打倒は容易であっても、ウル達の、少なくともシズクの目的を達する事は叶わない。で、ある以上は、それがいかに素晴らしい解決案であっても、切り捨てなければならない。

 だが、そうなると別の問題が発生する。

 

「……それならどうやって宝石人形を討つ」

「暴走状態での撃破を狙います」

 

 ウルの問いにシズクは即答した。そして更にグレンへと質問を投げかける。

 

「グレン様。我々が宝石人形が暴走状態になった際、撃破できる可能性はありますか」

「暴走状態の進行度、道具装備の充実度、そしてその場の戦術にもよる。不可能とは言わない。だが厳しいぞ」

「機能停止で人形を討った場合指輪が得られる可能性と、暴走状態の人形を討てる可能性どちらが上ですが」

「後者が上だ。ただしあくまで俺の主観だ。運も絡む」

 

 グレンの言葉を耳で聞きながらも、彼女はウルを見つめる。睨んでるといってもいい。そう感じるのはウルが彼女に気圧されているからだろうか。

 

「ウル様。可能性の高い方を選ぶべきです」

「ローリスクハイリターンと、ハイリスクハイリターンだぞ」

「いいえ間違っています。リスクはほぼ同等です。マギカ様の案の方が上回るくらいです」

「死ぬリスクを背負うか、背負わないかだぞ?逆じゃないのか」

「この場合のリスクとは、目的を達せられるか、そうでないかです。“生死は関係ありません”」

 

 シズクは断言した。ウルは反論しようとして、再び言葉を失った。

 言いたいことは山ほどある。シズクの意見はあまりにも極端だ。生死が同じなど、あるわけがない。彼女は彼女の目的のために正しい判断を見失い、そしてそれをウルにまで強いようとしている。そう言える。

 だがそれならなぜそうと言えないのか。口に出して言い返さないのか。

 

 何故ならウルは不可能を成そうとしているからだ。シズクの目的は知らない。だが、少なくともウルは妹を取り戻すために不可能ともいえる困難を成そうとしているからだ。

 

 だというのに、常識の範疇から物を言って何になるというのか。

 

 ウルがこれから飛び込まんとする世界においては、ウルの正論は間違いで、シズクの極論は正しいのだ。ウルにはそれはわかった。だが、わかっていて、それを容易く受け入れられるかは別の話だった。

 

 死ぬのと、死なないのとが、同じ?そんなわけがない。

 

 放浪の旅の中、多くの死を見てきた。実の両親の死すら見届けた。

 神官達や都市民は、死ねば唯一の神、太陽神ゼウラディアに迎えられるのだという。だが名無しは神殿での葬式も許されない。死体は都市の外で捨てられて、血肉は大地に、魔力は風に乗って世界を巡り、最後には無に還る。

 

 残るものは何もないのだ。故に、死は恐ろしい。

 

 これまでウルが歩んできた人生で培ってきた価値観が、至極当然とも言える命惜しさが、ウルの足を縮こませた。喉を震わせ声を奪った。シズクの言葉に頷く事が、ウルには出来なかった。

 

「――――」

 

 シズクは、そんなウルの様子を侮蔑するでもなく悲しむでもなく、ただじっと、眺め続けていた。

 

 

 



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迷いとネズミ、ところにより背後からの打撃

 

 冒険者ギルド本部の中には食事処、というよりも酒場が存在していた。

 

 ギルド本部に勤めるギルド員の食堂であり、また、迷宮から戻った冒険者たちにとっての憩いの場の一つでもあった。

 酒場は元々、その都市の住民たちにとって重要な場所だった。単に食事や酒を楽しむための場所、自然と人が集まるが故に一種の集会場として機能し、最も情報が集まる場所でもある。だからこそ多様な情報を必要とする“何でも屋”の側面もある冒険者は、酒場には必ず顔を出す。

 結果、酒場は冒険者が集う場として定着した。冒険者ギルド内にそれが生まれるまでに。

 

「お代わり。あとつまみもくれ。燻製肉一つ」

「グレンさん、仕事なんじゃないんすか?クビっすか」

「きゅーけいちゅーだよ。はよはよ」

 

 その中に一人、カウンターでダラダラと酒を飲み酔っぱらうグレンの姿があった。無精ひげを生やした親父が昼間から飲んだくれる光景にはダメさしか感じないが、その彼の背中を見る冒険者たちの視線は畏怖がこもっていた。

 グリードの冒険者の多くは、グレンに指導を受けた者たちであった。中には銀級、つまり一流の冒険者もいるが、その視線に込められた恐怖の念は新人達と変わりなかった。

 

 故に彼は邪魔者もなく、昼間からのんだくれているのだが、そこに来客がやってきた。

 

「……で、お前は何をしているグレン」

「あん?ジーロウ、何してんだお前。ヒマなん?」

「少なくとも昼間から酒を飲み酔っぱらうお前よりは仕事に追われている」

 

 呆れたように声をかけたのはこの冒険者ギルドグリード支部のトップ、ジーロウだった。彼に対してもグレンの態度は変わらず、なれなれしく無遠慮であったが、ジーロウも彼の態度を気にする様子は無かった。彼の態度にも慣れた様子だった。

 

「訓練所は」

「今は訓練生全員迷宮に突っ込んでるよ。昼までにゃもどんだろ」

「あいも変わらずお前は指導方法が雑だ」

「所詮冒険者だろ?雑な扱いにゃなれないとなっていう俺の気遣いだよ気遣い」

 

 やれやれ、とジーロウはため息をつきながら、彼の隣に座る。昼食代わりに一品注文した。グレンは隣に座る彼を気にするそぶりも見せず麦酒をちびちびと飲み進める。

 

「3週間ほど前、お前の所に送った二人はどうなった。あの少年少女は」

「今は宝石人形挑戦中」

「それは……また無茶な話だな。勝機は?」

「あるにはあるが、どうなるかは知らん」

「お前の“カン”でもわからんか」

「俺の“直感”は未来予知じゃねーよ」

 

 迷宮に潜り、幾多の魔力を獲得した者は、時として超常的な能力を身につけることがある。魔眼等、五感が更に強化されたり、あるいは直感や霊感のような第六感に目覚めたりとだ。

 グレンは黄金に至った冒険者であり、その直感は時として恐るべき精度で未来を予測する……と、皆はもてはやしていた、が、グレンからすればそれはそれは買いかぶりすぎというものだ。

 

「うすぼんやりとしかわからんし、具体性もないものを口に出せるか」

「相変わらず妙なとこで真面目だなお前は。なら、純粋に教官として、お前の見込みとしてはどうなのだ。彼らは」

 

 問われ、グレンは酒を一息あおると、息を吐(つ)き、

 

「無理、だな」

 

 そう言い切った。ジーロウはその答えにわずかに眉を顰める。

 

「理由は?」

「女は良い。だが男はビビっちまってる。踏ん切りがついてない」

 

 グレンの燻製肉を突きながら、言葉を続ける。

 

「自分の命を、狂気の淵に投げ込む踏ん切りが、ついてない。今一歩足りてねえ。あれじゃダメだな」

 

 ただ、生きていく上では全く不要な決断力だ。冒険者としてすらも必要であるとは言い難い。リスクを前にして踏み止まる勇気をこそ、本来冒険者は必要とする。だが、黄金級なる荒唐無稽な所を目指すウルに必要なのは、勇気ではない。命を投げ出してもなお何も得られないかもしれないという恐怖を吞み、身を投げ出す狂気こそが必要だった。

 

 黄金級、人外の領域に踏み込むというのなら、不可欠な狂気。それが彼にはない。

 

「そう、指導はしてやらないのか」

「“イカれちまえ”ってか?ムリだな。こればっかりは教えてどうにかなるもんじゃない」

 

 グレンは肉にかじりつき、そして吐き捨てるように言った。そこにはうんざりとした嫌悪の感情があった。深く、強く込められた。

 

「自分と同じ思いをさせるのは御免か?」

「そーだよ。たのしかないぜ?黄金級への道は。あんたにゃ分からんだろうがな」

「痛いところを突く」

 

 熟練の冒険者として駆け抜け、今でもグリードの冒険者たちの長を務め多くの尊敬を受けるジーロウですら、銀級止まりだ。勿論冒険者としてのジーロウの旅路が生温かったわけではない。偉大なる功績と認めたから、彼は銀級になっている。

 それでも尚届かない高みこそが黄金級である。そこにたどり着く苦悩は、ジーロウにも想像つかなかった。

 

「だが望む者を止める事は出来まい。無理だと告げても止まらなかったのだろう」

「そりゃそーだが、ここまでくるとあとはもう当人次第だからなあ……期待できるとすればあの女だが」

「期待?あのシズクという少女にか?何を期待すると?」

「そりゃーおめー決まってるだろう」

 

 グレンには意地の悪そうに顔を笑みに変えた。

 

「ビビって崖っぷちで踏みとどまる憐れなヘタレを地獄に突き落としてくれる事をだよ」

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 20日目

 一方で、ウル達は現在

 

《ウル様、宝石人形発見しました》

《了解》

 

 宝石人形の後を追い、件のネズミの探索を開始して、数日が経過していた。

 先の話し合い、判明した宝石人形の急所についての方針は、結局真っ二つのまま、話し合いで決着がつくことはなかった。しかし議論を重ねていく時間もない。結果として二人が選んだのは折衷案、ひとまずあのネズミと思しき存在を確保してから判断するという事になった。

 

 もっとも、簡単に確保、とはいかない。

 

 マギカの情報は正しく、宝石人形は常にネズミを追いかけ、そして守ろうとしている。いくら宝石人形の動きが鈍かろうとも、やはりあの巨体が常にそばにいるネズミを探すというのは中々難易度が高い。

 

 そもそも確保した後、どうするかという問題もある。

 

 ――持って帰ってペットにして討伐祭まで飼いましょうか?

 ――それで宝石人形が迷宮の外に出たら大惨事だな……

 

 グレンも言っていたが、ワザと魔物を迷宮の外に連れ出すのはルール違反どころか犯罪である。指輪獲得どころか捕まる可能性が高い。それはできない。つまりネズミは迷宮にとどめなくてはならない。

 つまり確保するにしても、迷宮の中で行わなければならない。

 

 これらの条件を踏まえてウル達が考案した策は迷宮の地形を利用した誘導であった。宝石人形は当然ながら封じる事は出来ない、が、ネズミならば、迷宮の地形を利用し動きを止めることはかなうはずだ。

 例えば出口が一つの袋小路に追い詰めて、出入り口をネズミが出入りできないように仕掛けを用意するか、見張りを用意するかするだけで、封じ込めは完成する。

 

 現在ウル達が行なっているのはそのための準備である。

 

「今日で3日目か……」

 

 時間は深夜。この時間帯の選択の理由は、他の冒険者たちの目から逃れるためだった。宝石人形の弱点は、気が付きさえすれば多くの冒険者も真似るであろうこの策を広めるわけにはいかなかったが故の苦肉の選択だった。

 しかしそれも三日も続けば疲労はたまる。時間がないために通常の訓練も併用して行なっている(それでも事情を知っているグレンはある程度加減こそしてくれているものの)正直言ってきつかった。

 

 今ウル達が行なっているのは、宝石人形を追いつめるに望ましい場所に誘導するというもの。最も、近づきすぎれば襲われるという状況で、不用意な誘導は危険すぎた。

 

 結果、選んだ手段は“待ち”となる。

 

 多くの狩りの基本ともいえる手段、此方の望んだ場所に望んだ魔物が来るまでただずっと待つこと。しかし、他に選択肢がなかったとはいえこれがなかなかに精神に来た。討伐祭の期限も迫っていることがなお、ウルの焦りを更に煽る。

 

 だが、それ以上に、ここにきてなお、選択を迷ってる自分自身にウルは焦れていた。

 

 ネズミを確保してから、と、選択を先延ばしした。しかし、その確保にも時間はかかり、決断は更に先延ばしになっていた。これは良くない。決断は早いほど良いのだ。単純に準備はしっかりと出来るし、それ以上に精神的に腹が据わる。宙ぶらりんのまま、命は賭けられない。

 そして今のウルは宙ぶらりんだ。

 

「……クソ」

 

 こういう時、自分が凡人だと思い知らされる。決めるのが遅い。判断が鈍い。これが大きな差になると知りながら、足を踏み出せていない。

 ネズミ、宝石人形の弱点を見つけてから決める?本当に?

 もしも見つけてなお、迷うようならばその時は――

 

《ウル様、宝石人形が予定ポイントに近づいています》

《――――わかった》

 

 などと、悩んでいるタイミングをまるで見計らうように、好機は訪れた。

 

 魔術、風音によって遠距離から伝わったシズクの指示に従い、ウルは宝石人形の進行方向上で待ち構える。片手に備えるのは武器、ではない。閃光の魔術が込められた【魔蓄玉】だ。

 使用すれば音と光が放たれる。だが威力は低い。子供の玩具レベルに抑えられたものだ。そもそも耳も眼もない宝石人形には全く意味のない代物だ。が、しかし、彼が守っていると思しきネズミに対してはそうではない。はずだ。

 

「これで、そのネズミまで人形だったなんて話になると笑えないが……さて」

 

 宝石人形の地響きが近ずいてくる。ウルは宝石人形には見つからぬように、曲がり角の陰からそっと、魔蓄玉を放り投げた。てんてんと、地面を転がった魔蓄玉は、次の瞬間、破裂音と共に、光を巻き散らした。

 

『OOOOOOOOO……』

 

 宝石人形は、この光と音には反応を示さなかった。当然だ。宝石人形には目も耳もない。あるのは空洞だけだ。しかし、あの人形が守るネズミは違うはずだ。と、なると

 

『……OOOO』

 

 宝石人形はしばらくすると、ぐるりと方向を変えて、逆向きへと歩き出した。一見すればただ単にうろうろとアテもなく徘徊を続けているようにしか見えない。が、そうではない。光と音、衝撃に驚き逃げていったネズミを、宝石人形が追いかけているのだ。

 

「よし《シズク、そっちへ行った》

《分かりました》

 

 シズクに連絡し、ウルも再び魔蓄玉をもう一つ取り出す。現状、ウルとシズクは宝石人形を挟むようにしている。一つの通路の間に宝石人形がいる。そしてその通路には横道が一つ、存在していた。

 

「さて、もういっちょ」

「【光よ唄え、闇を裂け】」

 

 その両端から光を放ち、追い詰めれば、当然逃れる先は一か所しかない、筈だ。魔物の習性も宝石人形の習性も何度も調べなおしたが、ただのネズミの習性なんて流石にウルにも分からない。そもそも直接ネズミの姿を確認すらしていないのだ。

 

「行け……」

 

 行ってくれ、と懇願する。

 両端からの光に、宝石人形は立ち止まる。宝石人形が此方に襲い掛かってくる危険性を考え距離をとるので、ネズミの様子など確認できないので、宝石人形の挙動が目印だ。

 

『……OOOO』

 

 数秒、数十秒、宝石人形はその場で立ち往生を続ける。ウルが失敗したか?と魔蓄玉を新たに取り出そうとした時、宝石人形は動き出した。ウルの方でも、シズクの方でもない、残されたもう一本の道へ。

 

「……成功だ」

 

 心臓が高鳴るのを抑えるようにして、ウルはつぶやく。宝石人形が向かった先、行き止まりの大部屋への誘導が完了したのだった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……これ、効果あると思うか?」

「商人様は、家の中のネズミには効果てきめんだとか」

「迷宮だとどうかなあ……」

 

 ウルとシズクは宝石人形が入り込んだ迷宮の大部屋、入口は一つだけのどん詰まりのその場所唯一の出入り口である通路に、ネズミ避けの仕掛けを設置していた。大広間の商人が売っていた怪しげなネズミ避けの芳香、らしい。

 果たして屋内用のそれがこの迷宮でどれほどの効果を発揮するのかまではわからない。が、少なくとも宝石人形、そしてネズミはあの大部屋から出てきてはいない。

 

 すでに大部屋に誘導してから一時間経過している。その間宝石人形は部屋の中を徘徊することはしても、部屋の外へと出ようとはしない。恐らくはネズミが外に出ない、または出られないためだ。

 

 直接の確保は難しい。常に宝石人形の妨害が入るからだ。しかしこの方法ならば、少なくとも封じ込めはこれで成功した、と言っていいだろう。

 

「手こずった割に、呆気ないな」

「最も、封じ込め続けられるかどうか、まだわかりませんが」

「見張っておく必要もあるかもな……」

 

 そう口にしつつ、ウルは決断が目の前に迫ったのを感じた。

 即ち、この捕らえたネズミを利用すべきか、否か。その決断を。

 

「……二択だ。他者の判断に身をゆだねるか、自分で勝ち取るか」

 

 前者ならばほぼ運だ。全くと言っていいほど自分でどうこう出来る要素がないうえ、その道のプロたちが揃って「厳しい」と断言している。後者ならば運の要素はないが、現状の戦力では「無謀」という他表現のしようがない。此方もまた黄金級の実力者が「足りない」と言い切っている。

 

 なんという不自由な二択だろう。叶うならどちらも選びたくはなかった。

 

 だが、選ばなければならない。最早討伐祭は目前だ。猶予はとっくに底を尽きていた。二日後の討伐祭、準備を考えれば今ここで決めても遅いくらいだ。

 

「俺は……」

 

 躊躇う様にしながら、胃に痛みを覚えながら、その答えを腹底からウルは振り絞ろうとした。その答えが発せられる、その直前だった。

 

「ウル様」

 

 シズクが、それを遮る様に声を上げたのは

 

「……シズク?」

「ウル様、“選択肢は二つではありません”」

 

 その言葉の意味が理解できず、聞き直そうとシズクの方へと振り返った。

 そしてその時気が付いた。

 気配がする。自分たち以外の気配。それも魔物や、宝石人形の気配では“ない”。

 

 つまり―――

 

「おー、仕事ご苦労さん坊主ども。ありがとよ、俺たちのために」

 

 複数人の冒険者の気配。武装を固めた男達が、通路の出口を塞ぐようにして並んでいた。明確な、敵意と悪意をにじませた笑みを浮かべながら。

 ウルは全身からジワリと、嫌な汗が噴き出すのを感じた。

 

「……あんたらは」

「【赤鬼】ってーもんだ。まあ別に俺らの事なんてどうでもいいだろ?この状況なら。それとも察せねえほど鈍いのかお前?」

 

 髭を生やした禿げ頭。恐らくは彼らのリーダーと思しき男がウルに問いを投げかける。

 無論、ウルもわかっている。彼らが何をしに此処に来たのか。そもそも、今この状況、ネズミを捕らえたという事自体、誰にも知られてはならなかったのだ。それを、恐らくは知っている者たちが、ウル達の前にいる。しかも武装し、完全にこちらを包囲するようにして。

 

 考えるまでもない。ネズミの一件が彼らにバレ、そしてウル達がネズミを確保したタイミングで、それを強奪しようとしているのだ。

 

 最悪だ。

 

 紛れもなく、最悪の事態だった。相手は5人。武装も充実している。こちらは二人だ。それだけでも不利だ。いや、そもそもここを、この場所を知られただけで作戦は失敗に近かった。討伐祭当日に、彼らが先手を打ってネズミを殺し、宝石人形を破壊してしまえばおしまいだ。

 

 どうする。どうすればいい。ネズミを逃がして状況をリセットするか。だが、ここまで三日かかったのに、状況をリセットした後討伐祭に間に合う保証がない。彼らを此処で口封じするしかない?出来るのか?そんなことが

 

 ウルの頭で、危機感と焦燥感でぐるぐると思考は巡り、極端な選択すら視野に入ろうとしていた。しかしそんな混乱は、ふと過った一つの疑問にすべて消し飛んだ。

 

 まて、そもそもなぜ彼らはこのネズミの事を知っているのだ?

 

 その直後だった。“背後から”頭部に衝撃が走ったのは。

 

「がッ!?」

 

 なんだ?!否、誰だ!?

 

 耐え難い衝撃にウルはたまらず地面に倒れ伏しながら疑問に思った。それ自体が愚かな事でもあった。“誰”などと、頭部を守ったウルの兜の隙間を、丁寧に死角から殴れる人間はこの場には一人しかいない。

 

「シズ……!」

「これでよろしいでしょうか?」

「躊躇いなく一撃かよ。怖えー女だ」

 

 ウルの背後からシズクが前に進み出る。ウルを不意打ちで殴打した杖を握りしめて。その事実を、答えを飲み込む前に、ウルの意識は急激に暗くなっていった。打撃のせいではない、恐らくは魔術だ。それも、シズクによって仕掛けられた、魔術。

 

 混乱と疑問と共に、ウルの意識は闇に落ちた。

 

 




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彼女の理由

 

 21日目

 

 最悪の目覚め、というものをウルはその日経験した。

 頭部に痛みを抱え、頭は魔術の影響かグルグルと回り吐き気がする。

 

 だが、怪我の痛みも気分の悪さもどうでもよかった。

 

 気を失う前の事はハッキリと覚えている。ネズミは奪われた。最大にして最後の好機は仲間に裏切られ、ライバルに奪い取られた。その現実がウルを打ちのめしていた。

 

 失敗した。

 

 シズクが裏切った。

 何故あんなことをしたのか?という疑問をウルが抱くこと自体、彼女の事を理解できていない証拠だった。彼女は自らの素性を決して明かさず、ウルはそれを承知した。リスクを飲み込んで、彼女に背中を預け、その背中を刺された。今回はそれだけのことだった。

 

 終わった。これでもう、アカネは救えない。

 

 疑念と後悔で頭がどうにかなりそうだった。とても前を向く気にはなれない。そうしようにも、そのための手段のすべてはもう、失われて―――

 

「おう、こっち無視すんなや、人が看病してやってんのに」

「…………グレンか」

 

 そこで、真横のベッドで暇そうに本を読んでいるグレンの声で、自分が訓練所の医務室にいる事に気が付いた。

 

「……討伐祭は」

「お前は丸一日寝てたから4日後」

 

 少なくとも、討伐祭まで寝過ごすなんていう間抜けはせずに済んだらしい。最も、だからどうしたといわざるを得ないのが現状だが。

 

「……シズクは」

 

 口にして、バカな質問をしたと苦い顔になった。いるわけがない。いるわけが――

 

「ああ、アイツなら講義室にいるぞ。守護精霊に祈りを捧げたいとかで」

「そうか…………………ん?」

 

 ウルは流そうとして、聞き直した。

 

「今なんて?」

「いや、だから講義室にいるっつってんだよ。シズク」

「今?」

「今」

「…………」

「…………」

「え?なんで?」

「ボケてんのかテメー」

 

 ウルはグレンに一発殴られた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 講義室。 

 

 普段は意識していない、というかグレンからいつ拳がとんでくるかわかったものではないので目に映ることすらないのだが、部屋に入って正面の教壇、その上部に一つ意匠が刻まれている。偉大にして絶対なる神ゼウラディア、そしてその眷属たちを記す“精霊の紋章”。この世界ではどこにでも存在する代物だ。

 

「……」

 

 その紋章を前に、シズクは熱心に祈りを捧げていた。

 両の手を合わせ、深く頭を下げ、強く、深く、祈りつづけている。【神殿】の中でだって、彼女ほど熱心に精霊たちに祈る人々はいないだろう。

 

 しばしの間、ウルは邪魔をせぬようその場でじっとしていた。彼女が手を合わせるのをやめたのを見計らい、部屋に入っていった。

 

「そうも熱心に祈るなら、せめて“神殿”の前にでも行けばいいのに」

 

 後ろからウルが声をかけると、シズクは特に驚いた様子もなくゆっくりと顔を上げ、ほんわかと微笑みをみせた。

 

「いいえ、私にはここで十分です」

「そうなのか」

「ええ、そうです」

 

 のんびりとしたシズクの言葉にウルもつられてのんびりと返した。近くの椅子に座ると、シズクは静かにウルの傍へと座りなおした。そしてしばし沈黙したのち、先に口を開いたのはシズクの方だった。

 

「私は、とある【邪霊】を信奉する集団の巫女です」

「邪霊?」

「精霊の一種です。かつて、唯一神ゼウラディアに、“人の営みには不要”とされてしまった忌むべき存在をそう呼称します」

 

 シズクは淡々と告げた。

 ウルには邪霊をどうこう言われてもピンとは来ない。彼女の言う通り、邪霊などという存在そのものを今初めて知ったのだ。彼女が何ゆえにその使命を背負うに至ったか、そこまでは分からない。だが、

 

「それが、シズクの冒険者になって、竜を討たんとする目的か」

「はい。私の目的はその邪霊の復権です。巫女である私が、世の敵対者である竜を討ち、我らの邪霊が過ちでないことをイスラリア大陸全土に示さなければならなかった」

 

 彼女の瞳は微塵も揺らぐ様子はなかった。不安も、恐れも、そしてその逆に使命感に燃える誇りも、情熱も、彼女の瞳には映らない。ただ、すべきことを成さんとする意思だけがあった。

 

「今まで語らずにいて、申し訳ありませんでした。邪霊という存在自体、あまり知られるわけにはいかなかったのです」

 

 シズクはそう言って深く頭を下げた。

 

「何故、今それを?」

「これ以上ウル様に自分の事情を秘めておくのは出来ないと思いました。貴方からの信頼を完全に失ってしまう。なので()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああなった以上は?」

「ああなった以上は」

 

 そう、本題だ。宝石人形の急所、最も重要な根幹の情報漏えい、それを意図的に行なったシズクの意図。明確な裏切りと、にも拘らず、今なおウルの目の前に姿を現している理由。

 

「説明する気があるのなら教えてほしい。何の意図でああなって、今も俺の前にいる?」

「ええ、それは―――」

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 シズクの説明は決して長いものではなかった。口にしてしまえば極めて単純で、明快だった。そしてそれ故に、

 

「……」

 

 ウルは、若干顔を青くさせ、絶句していた。

 

「――――以上です」

「……シズク」

「はい」

「ヤバいのでは」

「はい」

 

 シズクが何をしたのか。何ゆえにネズミの情報をあの赤鬼の連中に漏らしたのか、その全てを聞いたウルは押し黙る。ひとまず彼女が何をしたかったのかはわかった。理解もできた。

 そして分かった。彼女の取った行動はとても“危ない”。いくつものリスクを抱え込み、しかも結果に結びつくかも怪しい。ただ、しかし、ハッキリしているのは。

 

「私たちが宝石人形を討つ、その成功率を上げる選択肢としては、これしかないかと」

 

 ハッキリとしたのは、彼女が依然として、ウルと共に宝石人形を討つ気であるという事だ。彼女は徹頭徹尾、その点においてはブレてなどいなかった。ウルの状況はいまだ、“詰み”ではない。

 

「……だが、そんなことを勝手に……」

 

 が、しかし、だからといって、ああよかった、と話を済ませるわけにはいかなかった。彼女の行動と決断は完全にウルの意思を無視しきっていた。独断も甚だしい。一行を組んだ以上、それがいかにウルの利益になるものであったとしても、決して許される事ではなかった。

 シズクはウルの少し躊躇うようなその指摘に「勿論」と頷いた。

 

「その点は理解しております。私は償いをしなければなりません。なので」

「なので?」

「どうぞ」

 

 シズクは自らの両腕を広げた。ウルは理解できずに問い返した。

 

「どうぞ?」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ウルは絶句した。

 

 

 

 



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彼の理由

 

 ワタシヲスキニシテクダサイ?

 

 ウルは言葉を理解するのに暫く時間がかかった。頭が痛い。彼女の発言のせいではない。迷宮の中で彼女に殴られた後、昏倒の魔術をかけられたせいだ。つまりどっちみちシズクのせいだった。なんて女だ。

 ぐらぐらとなりそうな頭を押さえ、ウルは問うた。

 

「何故、……なんでそうなる?」

「償う必要があると思いまして」

「それで?好きにしてください?」

「ウル様は私の身体の事が好きなようですから」

 

 あまりに明け透けな物言いにウルは硬直する。彼女の胸を見ていたのに気づいていたらしい。普通なら恥じていたかもしれない、が、今はそれどころではない。目の前にもっとヤバいのがいる。

 

「償うというなら他に手段なんていくらでもあるだろう」

「ありません。金銭は貴方と共に稼いだもの。私の能は授けられたもの。私は自分で持ち合わせているのはこの身だけです」

 

 貴方を騙した咎を償うならば、“コレ”を差し出すしかありません。

 

 そう、自分の身体を、豊かな起伏をなぞるように撫でる。その仕草は艶めかしい。

 

 頭が痛い。身体がダルい。心臓が痛い。疲労と、それに興奮がウルの頭を掻きまわしていた。いっそこのまま、彼女の言う通り、促されるままに、蠱惑的な身体に溺れてしまえば、たぶん楽になる。ウルはそう思った。そう思って、確認でも取るように、シズクの瞳を覗き見た。

 

 そして、喜びも悲しみも恥じらいもない、空っぽの目を見て、ウルは気づいた。

 

「……なんとも思わないのか、自分の身体をそんな風に扱って」

「そうですね、ウル様がこれで納得していただけるか、それは心配です」

「違う、そういう事を言っているんじゃない……」

 

 と、否定しても、シズクは不思議そうにするだけだった。

 

 致命的に、会話がかみ合わない。

 

 昨日まで何の問題もなく会話できていた筈なのに、突然意思疎通できない狂人にでもなったかのようだった。確かに彼女と距離をとり、彼女の内面に踏み込まないようにしてきたのは事実だが、それにしたって限度というものがある。

 

 だが決して、思い当たる節が無いわけではなかった。

 

 誰に対しても優しく、誰の願いも拒まない態度。聖女のように優しい少女。酒場ではヒトに慕われ、その慕ってくる誰しもを、シズクは拒まなかった。

 

 怪我人には治癒の手を、

 飢える者には施しを、

 悩める者には慰めを、

 好く者には笑顔を、

 

 身も心も清らかな聖女。天賦の才と完璧な人格が備わった素晴らしい少女。彼女と出会った多くの人がそういう認識で彼女を満たし、ウルもそうなんだろうなと思っていた。

 だが今、こうして踏み込んで、ようやくわかった。

 

「今わかった。どうしてお前が、優しいのか。使命のために命を懸けられるのか」

 

 よほどの人格者であるからだと、そう思っていた。

 よほどの重要な使命があるからだと、そう思っていた。

 慈悲深い心があるからこそ、粗野な冒険者達にすら優しく出来るのだとそう思った。そして、家族の為、妹と己の為と必死になっているウル以上の何かを背負っているのだと、だからこそ命をなげうつような危険な挑戦が出来るのだと、そう思った。

 

 だがそれは違った。彼女は、この少女は、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分に対して、一欠片も価値を感じていない。

 

 だから自分の身を投げ出せる。使命を達成するためならば、自分の身に降りかかるリスクなどどうでもいいからだ。聖女のように他人にも優しくできるだろう。見ず知らずの他人でも、少なくとも自分よりは価値があるのだから。

 なにがどうなって、シズクがこうなったのかは分からない。

 だが、その在り方はあまりにも歪だった。

 

「なんだそれ。どうやってそんな風になったんだ」

「ウル様」

 

 そしてシズクは、そんなウルの苦悩を知らず、あるいは知って尚無視するようにして、微笑みをウルへと向けた。愛らしく、美しい。慈悲深い、聖女のような笑み。決して自分自身に対しては向けない慈愛に満ちていた。

 

「シズク――」

「ええ、そうですね。私はきっとおかしいのでしょう。狂っているのでしょう」

 

 シズクは静かにウルの手を取った。火傷しそうなほどに熱っぽく、両手から痺れる様な感覚が全身をのたうった。

 

「私は人とは違う。異端である自覚はあります。ですが、ウル様。私たちの目指す場所は"そういう場所"でしょう?」

 

 彼女の瞳に自分の目が映る。眩さすら感じる透き通った銀の瞳は、ウルの視線を強引に奪い、離さなかった。

 

「冒険者に身を染めて日は浅くとも、黄金級に至る道のりが尋常ならざるものという事は十分に理解しました。常識を前に足踏みをしていては入口にたどり着くことも叶わない場所であると」

 

 それはウルも理解し始めていた事。そして諦めかけていた事。自分が異端ではないと。異常者ではないと。認めかけて、だからこそシズクの意見には頷けなかった。だが、だからこそ

 

()()()()()()()()()()()()、ウル様」

 

 シズクは誘う。狂気へと

 

()()()()()()()()()()()。ウル様。私を求めてください。狂った理屈を並べ立てて、貴方を困らせる私を、どうかお好きにしてください」

 

 彼女が両手をウルの手から頬へと移す。蛇のようにするりと首に腕が纏わりつく。恐ろしく整った彼女の顔が目の前に迫る。その笑みで、聖女の笑みで、淫魔のそれよりも邪悪な言葉と声で、絡めとろうとした。

 

「さあ」

「――――断る」

 

 それをウルは、吐き捨てるようにして、拒絶した。両手を突き出して彼女を突き放した。

 

「ウル様?」

「断る。絶対に嫌だ。なんだそれは。()()()()()()()

 

 ウルは抱きつくようにしていたシズクを押し倒し、そして見下ろした。自分が拒絶されたことに対して、悲しみも羞恥もなくただきょとんと不思議そうな顔をしているシズクのその顔に、ウルはふつふつと抑えきれない感情が生まれたのを感じた。

 この感情は、怒りだ。

 

「お前のやってることはつまりこうだ。“自分の事は全く大事じゃない”。これっぽちも自分に価値を見出していない。そんな無価値な自分自身を俺に“くれてやって”機嫌を取ろうとしている」

 

 言ってしまえば、自分にとっての“ゴミ”を、たまたま相手が欲しがっていたから提供しているだけだ。これのどこが謝罪で、償いというのか。ふざけている。

 彼女が裏切ったことなどこの上なくどうでもよくなった。ウルの胸中に渦巻くのは、舐めくさった真似をしてきた女に対する怒りだけだ。

 

「ではどうすれば良いですか?私にできることならなんだってします」

「自分の事を軽々と扱う発言を今すぐやめろ、不愉快だ」

 

 ウルは不快感を隠さず、シズクを怒鳴りつけた。

 

 そもそもウルは怒っては“いなかった”。彼女が決断を強いられるほどに迷い続けていたのは自分なのだからやむを得ないとすら感じていた。ただケジメとして、今後彼女と上手くやっていくための決まり事を定めるべきだ、と、その程度に思っていただけだった。

 だが、今は違う。ウルの中では激情が煮え滾っていた。彼女がとった態度はウルの価値観をあまりに大きく逆撫でした。シズクのふざけた謝罪を拒絶し、彼女自身のそのありように憤慨した。

 

 価値のないものを押し付けて媚を売ろうとする彼女の態度も。

 

 価値が無いものとして自分を売り払おうとした彼女の価値観にも。

 

「何故ウル様は、私の事でお怒りになられているのですか?」

 

 何より、そのことに怒り狂うウルを、全く理解できていないシズクにも、ウルは怒った。

 

 何故ウルがこんなにも自分の事を。()()()()()()()()()()()()()()()()、怒りをたぎらせているのか、彼女には見当もつかないのだ。それがあまりにも不愉快だった。

 

「私の事なんてどうでもいいではありませんか。今は宝石人形の事を」

「宝石人形の事が重要なら尚の事だ」

「私の事ですよ?」

「仲間の事だろう」

 

 そうだ。仲間だ。ウルにとってシズクは仲間だった。保護者を失い、妹も失い、0からのスタートになってから初めてできた仲間だ。後ろ盾も何もなく、不安とどうなるかもわからない恐怖に立ち尽くしそうになったウルにとって彼女がどれだけの助けになってくれたかもわからない。

 そんな彼女が、彼女自身をそんな風に扱うのは嫌だった。到底看過する事は出来ない。

 

「ウル様、怒っていますか?」

「そうだな」

「何故でしょう。何故私の事で、ウル様はそんなにも怒るのでしょう?」

 

 先ほどと同じように聞こえて、しかしその質問の本質はウル自身に向けられていた。

 何故、自分が怒るのか。何故、血も繋がらぬ、出会って一月と経たない女の事でこんなにも自分が怒り狂っているのか。その問いに、ウルはふっと昔の記憶を想起した。

 

 前にも一度、ウルは「何故?」と聞かれたことがあった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 大罪都市プラウディア“名も無き孤児院”

 そこは、死んだ冒険者達の子供らを養うための養護施設だった。【大罪迷宮プラウディア】、天空に存在する“巨大迷宮要塞”。幾多の魔石、遺物、宝魔。家族を置いて夢を追いかけ、そして散っていった冒険者達の忘れ形見の子供達を集めた場所だ。

 冒険者の多くは“名無し”だ。彼らに永住権は無く、故に、その子供らにも同様の事が言える。しかし自活の能力もない子供を都市の外、人類生存圏外に放り出すだけの無道さは、都市民にはなかった。

 

 故の孤児院。親無き子達が独り立ちするまでいることを許された箱庭だ。

 

 ウルとアカネはここに居た。当時、病で母は死んだが、父親は存命だった。が、この孤児院は半ば、長く冒険に出る冒険者達のための託児所としても機能しており、ウル達も此処を利用していた。

 しかし、親の居る子供といない子供、環境の違いからの軋轢も多かった。

 

「何故だ」

 

 そう、問うたのは孤児院の主である老人だった。

 

 孤児院は【神殿】の建てた施設であり、その管理者も【神官】だ。都市内における特権階級であるはずのその男は、しかしあまりに権力者特有の生臭さとはかけ離れていた。肉付きは悪く、骨に皮膚が張り付いたような身体つき。皺は寄り、ふとすれば名無しの老人と間違わんばかりに、貧相な印象を相手に与える。

 しかしその眼光は異様に鋭く、立ち姿は老い衰えた印象を感じぬほどに真っ直ぐだ。

 孤児院の管理者、神殿の中でも閑職も閑職、めざましい功績も、精霊達との交流もまるで望めない、神官にとってまるで得のないその職務に自ら赴き就いたその“変わり者”の神官は、ウルを真っ直ぐに睨み、問うた。

 

 頬や腕に擦り傷を作った、そのときまだ6つ程のウルは、その問いを復唱した。

 

「なぜ?」

「何故、諍いを起こした」

「ごめんなさい」

 

 当時、今と比べ随分と感情に乏しかったウルは顔色を変えず、ただ頭を下げる。

 

「ごめんなしゃい」

 

 それをみて、ウルの背後に居た、4才頃の妹、アカネもまた同様に、兄の真似をするように頭を下げた。この時彼女はまだ精霊に憑かれてはいない。彼女が精霊憑きになるのはもう少し先のことである。

 兄妹の謝罪に対して、神官の男は首を横に振った。

 

「違う。謝罪を求めているのではない。貴様が諍いを起こしたその理由を問うている」

 

 幼い子供に対して向けるにはあまりに堅苦しい物言いだった。しかしそれは彼にとっていつものことだった。その神官は幼い子供であっても平等に厳しく接した。相手が神官の御曹司だろうと、都市民の子供だろうと、名無しの孤児だろうと、当然ウルに対しても同様にだ。

 そして別に、彼は怒っている訳でもなかった。

 

「貴様は幼いが、頭は回る。危うさから逃げる頭はある。怪我を負う喧嘩よりも、逃げることを選択してきたはずだ」

 

 孤児院の主は、ウルの傷を水で湿らせた布で丁寧に拭ってやる。しみる筈だが、ウルは黙ってその治療を受けていた。

 

「だが、今回何故喧嘩を起こした。しかも、手を出したのは貴様からだ」

「アイツら、アカネのメシをとったんだ。おやがいるのにおれたちのメシをとんなって」

 

 言い分として、正しいと言えば正しかった。

 この孤児院はあくまでも、親を失った子供達を育てるための場所である。半ば容認されているとはいえ、託児所のように利用している冒険者達がおかしいという指摘は正しい。孤児院に配給される食事は決して豊かではなく、そして多くもない。その食事を不正に奪っていると言えなくもなかった。無論、孤児院のルールには反しているが

 

「だから、奪い返そうとしたと?自分より5才年上で、しかも3人相手に?」

「うん」

「返り討ちに遭うかもしれないと分かっていただろう?」

「うん」

 

 頭に血が上って、無鉄砲に向かったわけではない。

 ウルはその時知っていた。相手には決して敵わないと。明らかに体格が二回りも違う相手が3人だ。ウルでなくともバカだって分かる。ウルはソレを承知で、食事を奪っていった彼らにつっかかり、喧嘩を起こした。

 喧嘩の結果は、ウルが返り討ちにあい、ぼこぼこにされて、大けがを負う前に神官が止めに入り、終わった。ウル達の食事を奪い、ウルを殴った少年等は懺悔室にて反省中だ。

 しかし、この喧嘩は一方的でもなかった。

 ウルに暴行を加えた少年等も怪我をしている。しかも3人中2人には“石で殴りつけたような痕があった”。最後は3人がかりで殴られたが、それは彼らがアカネを狙ったからに過ぎず、そうでなければこのウルは、3人全員を石で殴り倒していただろう。

 だから今、こうしてウル少年の聴取に神官自ら赴いている。

 

「そこまで飢えていたのなら、まず私に言えば良いのだ。幾ら金のない孤児院と言って、子供二人の食事の融通が利かぬ訳でもない」

 

 そう言うと、しかしウルは首を横に振った。

 

「ちがう」

「何が違う」

「べつに、おなかはへってない。アカネにはリリのみをあげた」

 

 見れば、幼きアカネの手には裏庭に自生しているリリの木の実が握られている。リリの木は高く、子供が実を採ってはいけないと釘をさしているが、黙って採ってしまったらしい。

 

「リリの実の件は後で叱る。だが、なら何故だ。なおのこと理由があるまい」

 

 腹を満たせるのなら、問題は無いはずだ。

 

「ある」

「それはなんだ」

「あいつらはアカネをいじめた。“おれ”のてきだ。だから“おれ”がたおす」

 

 老人を見る、ウルの表情は無感情のままだった。しかし瞳の奥は燃えていた。激しい怒りが見えた。決して萎え尽きぬ激情が、幼い子供の奥底から発していた。

 老人は、幼い子供の内を垣間見て、小さく溜息を吐いた。

 

「……放浪の旅の過酷さと、寄る場所も、物も、ヒトもいないためにこうなったか」

 

 骨張った手が、ウルの頭を撫でる。

 

「その憤怒、諫めねば身を滅ぼすぞ」

「ふんぬ?」

 

 その言葉の意味が分からず、ウルは繰り返した。

 

「その幼さで、自分以外の誰かが解決してくれるという甘い期待を“捨てきっている”。故に、自らの判断で、自らの手で、解決しようとする」

 

 だから、自分と妹を攻撃してきた子供達に対して即座に行動に移した。親や、神官達、他の孤児達が自分たちを助けはしないだろう、と、確信している。

 しかも、困ったことに、その彼の考えは、ある程度“的を射ている”。

 

「……じいさんだって、また、はなれるよ?」

「そうだな」

 

 ウルの言葉に、神官は同意する、

 名無し故、そしてウルの父が存命であるが故に、ウルにこの都市に永住する権利はない。あるいは、彼の父が滞在費を支払うことが叶えばソレも出来るかもしれないが、残念ながらその期待は薄いだろう。

 ウルは老人の手から離れ、この都市を出ていく。ウルとアカネはこれから先も都市の外で幾多の厳しい試練に見舞われる事だろう。ウルはソレを知っていた。

 

 故に、一概にウルの考え方を否定する訳にはいかなかった。

 しかし、それだけでは“足りない”部分がある。

 

「お前の“立ち向かうための手段”はあまりに、拙く、苛烈が過ぎる」

「かれつ」

「その苛烈さは、自分は護れても、妹はついてはいけまい」

 

 ウルがケンカ相手を石で殴りつけるような手段を取るのは、自分が幼く、弱いことを理解しているからだろう。戦える者が自分しかいないのだという理解が、立ち向かう手段を過激化させた。

 だが、それはあまりに極端だ。

 

「にーたん、おなかすいてないん?」

 

 見ると、ウルの後ろでアカネは渡されたリリの実をウルに返そうとしている。ウルに食べさせたいらしい。優しい娘だった。

 そんな彼女が、ウルの行動についていけるか。神官の見立てでは怪しいところだった。アカネはウルの愛情を受けたが故に優しさを得て、厳しさを失っている。

 

「お前についていけず、お前にまきこまれて、遠からず妹は傷つくと言っている」

 

 ウルはアカネの頭を撫でながら、困った顔をした。

 

「……それはやだ」

「で、あろうな」

 

 老人は頷く。そして膝を曲げ、ウルに視線を合わせ。瞳の奥の炎は、未だにあり、そして尽きる事はない。それはそうであろう。この火があったからこそ、今日まで彼は幼き妹を守り続けてきたのだから。

 

「これからお前に道徳を与える」

 

 神官は言った。どうとく、という言葉に、やはりウルはピンとこなかった。首を捻りながら、その言葉が出てきた話を頭の中から思い出す。

 

「せいれいさまのおはなし?」

「それよりももっと基本的な、ヒトの世を生きる術だ」

 

 ウルにとって、世の秩序、社会的な規範は縁の遠いものだった。関わり、学ぶだけの時間が無かったからだ。親から学ぶ機会も、彼には無かった。故に、代わりに神官がそれを与える。

 

「善きを尊び、悪しきを嫌悪する。欠落が無ければ種として本能的に備わる社会性だが、お前にはそれを培う機会がなかった。故に私が与える」

 

 無道を征けば、いずれ必ずたちいかなくなる。ウルの親がそうであるように。守るべき者がいるなら尚のことだ。神官がこれから教えるものは、一見脆く頼りなくみえても、困難に暴力以外で立ち向かうための必要な武器だった。

 だが、と、彼は区切る。

 

「忘れるな。お前の根底にある“我”を」

「が」

「頼れる者などいない。守るべき者のため立ち向かえるのは己のみであるというお前の悟りは、悲しいが正しい。お前に与える【道徳】は、“我”を貫くための手段に過ぎぬ」

 

 苛烈なる“我”。

 自らを救うのは自分しかいないという強靭な確信。

 彼の瞳の奥の炎を奪うことを神官は選ばない。それが必要な場所にウルが居るからだ。

 

「我によって荒野を拓き、徳によって道を得よ」

 

 そう言って、これから先のウルの道行きを労るように、神官はウルの頭を撫でてやった。

 これがウルにとっての“はじまり”だった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……ウル様?」

「…………」

 

 シズクの呼びかけに、ウルは過去の回想から戻ってきた。

 

「少し、昔を思い出しただけだ」

 

 懐かしい思い出だった。ウル自身、ずっと記憶の奥底にしまっていて、思い出すこともなかった程、古い話。しかし、思い出さずとも、あの老いた神官がウルに語りかけていたことは、ウルの中に根付いていた。

 

 そしてソレを思い出した今、ハッキリとわかった。

 

「で、なんだった?何故、お前のことで、俺がこんなにも怒るのか?だったか」

「はい、私のことなど気にし――」

「そんなものは決まっている」

 

 ウルは、目の前のシズクの頭をがっしりと掴んだ。驚きもせずぱちくりと瞬きするシズクに、ウルは真っ直ぐに告げた。

 

()()、お前のことが気に入らないからだ」

「それは――」

「俺の感性にお前の言動全てが不快に映った。それだけだ」

 

 正当性など存在しない。ただただ、不愉快だったから怒ったのだ。

 そしてそれこそが、ウルの全てだった。

 寄る辺のない放浪者である彼の、絶対的な判断基準は【我】だ。

 

「ああ、そうだ。そうだった」

 

 思い出した。そして確信を得た。

 

 アカネを助けたいと願うことに、アカネは関係ない。

 アカネが売られ、ソレを救おうと足掻いたのも、彼女のためでも、せいでもない。

 ウルが決めたのだ。ウルが救うと決めたから、ウルは冒険者になったのだ。

 

 グレンはウルに自身の行動原理、目的を問うた。

 答えは一つだ。“ウルがそうしたい”からだ。 

 それしかない。そして、それだけで命を賭す理由は十二分だ。

 

 そして今、目の前の、哀れで壊れた美しい女を、どうにかしたいと思うのも、ウルがそうしたいからに他ならない。そしてその衝動に逆らう理由を、ウルは持たない。逆らう意味など無い。

 己に背いた先に、ウルが望むものなど一つも無いのだから。

 

「いいさ。なら償ってもらおうか。これからお前の肉体の全ては俺のものだ」

 

 ウルはシズクの頭につかみかかったまま、言い捨てた。しばし呆然としていたシズクだったが、ウルのその言葉に笑みを浮かべる。その嬉しそうな表情が尚ウルの神経を逆なでしているのだが、彼女は気づいた様子は無かった。

 

「……ああ、良かったです。それでは――」

「だから、お前は“俺の物になったお前”を大事にしてくれるよな?」

 

 そして、続けてウルが発した言葉に、ぱちくりと瞬きした。

 

「…………私を?」

「そりゃそうだろう。お前の肉体は俺の物になったんだろう。なら俺の所有物をないがしろにしてくれるなよ」

「それは、ですが、私は」

「償うんだろ」

 

 有無を言わさずというようなウルの問いに、シズクは、困った顔になった。

 

「それは、難しいです」

「何故だ」

「この身体を使って貴方に尽くします。償います。ですが私の命は、使命のために消費しなければならないのです。私は、私の命を大事にする自信がありません」

 

 彼女をこうしたナニカが与えた使命こそが最上位。

 ウルに対する償いがその次に在り

 そして最下層に自分がある。

 

 彼女の価値基準をウルは理解できた。

 使命がある限り、彼女は自分のことを絶対に大事にしない。出来ない。それを理解した。

 

「………………わかった」

 

 だからウルは決断した。

 ウルはシズクの頭を掴み、近づける。触れ合いそうな距離にあって、シズクの瞳に映るウルの表情には愛や友情のような類いはなかった。燃えさかるような怒りと、そして決意に満ちていた。

 

「ウルさ、ま!?」

 

 そのままガン、と額をシズクに叩きつけて、ウルは立ち上がった。

 

「いたいです?!」

「命の方は好きにしろよ。俺も好きにする。アカネもお前も絶対に死なせない」

 

 我望む 故に 我在り

 

 ウルは一つの真理を得た。

 己の選ぶ全てはエゴであるという、険しく苛烈極まる真理を。

 故にこそ、彼は妹を救うことを決意した。

 故にこそ、彼は目の前の悲惨な少女を放置することは許さない。

 

「精々勝手に命を費やしてろ。どんなことがあろうと俺がお前を救ってやる」

 

 ウルがそう言うとシズクは――恐らくウルと出会って初めて――極めて困惑した表情で、ウルを見た。

 

「……何故そんな結論になったのです?私は別に、そんなことは望んでいません」

「関係ない。お前の意志もアカネの意志も関係ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ますます、わかりません」

 

 だろうな、とウルは彼女の疑問に内心でうなずいた。ウルだって、自分がここまで頭がおかしくなるとは思わなかった。だが、気分は悪くなかった。

 

「俺が理解できなかろうと、気にすることはないだろう?お前の取引を受け入れたんだから」

 

 だが、迷いは晴れた。もはや躊躇はない。

 

「それは、つまり」

「お前は俺のものだ。そして、お前と一緒に俺は宝石人形を討つ」

 

 ウルがそう答えると、シズクは笑みを浮かべ、口づけを交わした。男に媚びるための笑みも仕草も不愉快だったが、触れた唇は柔く、子供のようなその笑みは愛らしかった。

 

「私は貴方のモノです。どうかお好きに」

「そうさせてもらうよ。命軽女」

 

 かくして、紆余曲折の果て、二人の契約はなった。

 奈落の底へと突き落とそうとする少女の手を、少年は自ら掴み、そのまま二人仲良く奈落の底へと自ら飛び降りた。

 

 故に これより二人は地獄を見る。

 

 だがそれは、自らの意志によって成される事だった。

 




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討伐祭

 

 

 

 討伐祭、当日。

 

 晴天となったその日、迷宮都市グリードは普段よりも増して活気に満ち満ちていた。元より常に、多くの人やモノが行き交う街ではあるのだが、今日のそれは普段にも増していた。

 理由はただ一つ。賞金首である宝石人形の討伐祭にある。

 

 宝石人形は中階層から上層へと上がってきた結果発生した、イレギュラーな賞金首。宝石人形は中層では決して珍しい魔物ではない。十級以下の魔物を撃破した際に手に入る素材も、有用性こそあれど希少というほどでもない。

 上層で駆け出しの冒険者、魔石を集める白亜の冒険者たちにとっての障害になるという理由で発生した賞金首だ。竜や邪眼蛇(メドゥーサ)、混沌獣(マンティコア)など凶悪極まる怪物達とは比べるべくもない相手。

 

 だが、そんな相手であっても、まだ素人に毛が生えたばかりの新人達が必死に戦う姿はまた、それはそれで娯楽たり得る、と考える者が多いのは、大罪迷宮都市であるからだろうか。祭りを楽しむ者達は誰しもが浮かれながら、白亜の冒険者達の人生を賭けた戦いを肴に酒を飲み、笑っていた。

 

「完全に見世物だな。俺等」

「屋台もたくさん出ていますね……」

 

 訓練所前、グラウンドにて、

 

 柵の外から見える活気あふれる街並みをウルとシズクは眺めていた。町の住民たちはえらく楽しげである。それを苦々しく思うのは、自分もまた、彼らの肴となる一人だからだろうか。

 しかし、こうしてお祭り騒ぎをしてくれるような都市民達がいるおかげで、今回のような好機が巡ってくるのだと思うと、複雑な気分だった。

 

 ともあれ、こんな悩みは後から幾らでも出来る事だ。

 ウルは目の前の問題に意識を切り替えた。

 

「装備の準備、出来たかシズク」

「ええ。ウル様もお似合いでございますよ」

 

 ウルの問いに、シズクは頷く。ウルもまた、準備を整えていた。

 

 ウルの姿はいつもの迷宮探索の武装と大きくは変わらず、しかし細部に念入りな準備が施されていた。普段から装備していた鎧はいつもの通りだったが、丁寧に磨かれ、もろくなった部分は新調され補強されていた。左腕に装着された【白亜の盾】は既に購入してからしばしたち、腕にも馴染み深いものとなっている。前評の通り、特殊な魔術効果もなにももたらしてはくれないが、純粋に頑強だ。腕に装着する細工も単純で、それ故に壊れにくい。

 そして身体は、前回購入を見送った【白亜の鎧】を身につけている。安く、正直言って見た目は不格好なモノではあるが、性能は確かだった。

 首には【対衝のアミュレット】が二重にかけられている。名称の通り、強い衝撃を防ぐ効果の魔術がかけられたアミュレットだ。効果は一度きり。使い捨てで銀貨一枚と相当に高価ではある。現在のウル達の収入を考えればかなり厳しいものだが、それを二つ、ウルは躊躇わず装着していた。

 

 シズクもまた装備は新調されていた。

 

 後衛であり、金銭的な厳しさからもそれほど装備の新調は行なってこなかった彼女だが、今回ばかりはがらりとその姿を変えている。訓練所から借り続けていた古びた杖は、都市外で出没する【喰樹木】を素材とした【緑木の杖】に変わっている。衣服も、殆ど都市民の娘の私服と変わりないような様から、杖と同じ【喰樹木】の葉と枝で編んだ【若葉の魔道着】を身に纏い、一新している。ついでに耐衝のアミュレットは彼女も一つ。

 

 そして、回復薬(ポーション)を5本、魔封玉を5個

 

 合計銀貨14枚と銅貨25、現時点でウル達が稼いだ金額のすべてを費やし、ここまでの装備を整えた。残金銅貨1枚とギリギリのギリギリだ。

 一通り自分らの装備を見直した後、ウルは一言もらした。

 

「金かかったな……」

「今日にいたるまでのすべてを費やしましたね……」

 

 すなわち、もはや後には引けないという事だ。

 

「おーおー、えらくガンぎまった装備だな。渡した金全部使ったか」

 

 その姿をグレンは半ばあきれ、半ば面白そうに評した。ウル達の装備から、おおよそどれだけの金を費やしたのか理解したらしい。

 

「グレン。まだ残りの金があるなら出してくれ、消耗品に回す」

「ねーよ。おめーらから預かった金は銅貨一枚も残ってねえ。スッカラカンだ」

「酒代につかっちゃいまいな」

「他人の血汗滲んだ金を勝手に酒に変えるシュミはねーよ」

 

 グレンはつまらなそうに否定する。

 実際ウル達の資金は完全に底をついた。底をつくまで今回の作戦に費やしきっている。これで“作戦”が上手くいかなければ、ほぼ無一文だ。迷宮に潜り魔石を得ればまた生活も成り立つが、“作戦”が無傷で済めばの話。大怪我を負えば治療費すら払えない。都市の滞在費も払えず、都市の外で無残な最期を迎えるだろう。

 にも拘らずウル達は躊躇いなく金を消費した。

 

 命を賭すギャンブルに身を投げ出す覚悟を決めている。

 

「……ギリギリで腹が据わったって事かね」

「ん?」

「何でもねえよ。それより背中のソレかよ?例のブツは」

 

 ああ、とウルが背中に背負うのは、何時も使用している鉄の槍ではない。

 白く大きな布に覆われた長物であり、一見して何なのかは不明だ。隠してあるのは、これが作戦の要であるからである。万一にでも情報を伏せるために古布で隠されている。

 これにてシズクの“作戦”は完了した。正直、作戦、というも怪しいギャンブルだが、少なくとも現状ウルたちが取れる唯一の策。失敗すれば全てが終わりだ。

 

「大変だねー」

《ねー》

「呑気してないでくれないか、事の元凶その1と2」

 

 そんなウル達の様子を見学するのは、ゴルディンフェネクスのディズ、そしてウルの妹であるアカネの姿だ。アカネは蛇の姿でシズクの肩にぶらさがり、ディズは呑気そうな顔でウル達の姿を眺めている。

 

「何しに来たんだ」

「茶化しに」

「帰ってくれ」

 

 アカネはともかくディズに心底帰ってほしい。こちとら命をかけたギャンブルに今から飛び込もうというのに。

 

「君に無理難題ふっかけた張本人としては、最初で最後かもしれない勇姿を見守ってあげたいという乙女心を分ってほしいものだね」

「乙女要素皆無だが。悪徳借金取り要素しか感じない」

「実際そうだしね……っと、貴方とは初めましてかな?シズクさん」

「いえ、一度“都市の外”で会ったことが。会話はありませんでしたが」

 

 ディズとシズクは顔を見合わせて、そして互いに握手を交わした。

 

「初めまして。シズクと申します。ウル様と一行(パーティ)を組ませていただいています」

「初めまして。ディズだ。ウルの妹を買い取った人間だ。黄金不死鳥というギルドに所属している。よろしくね」

 

 二人は顔を見合わせてニッコリと微笑みあう。正直性格はあまりかみ合うところの見えない二人だったが、意外と、というべきか二人は朗らかな雰囲気で笑いあっていた。

 

「ウルがお世話になっているそうだね。これからもどうかよろしく頼むよ。先があれば」

「頑張らせていただきます。ディズ様もアカネ様の事をよろしくお願いしますね」

《よろしくなーねーたん》

 

 アカネも交じり、3人は楽しそうであった。これから宝石人形と殺し合いに行くと言ったらウソに思えるだろう。本当にウソならばどれだけよかったか。だが、残念なことにそうではない。

 

「さて、楽しい会話もこの辺に。ウル、頑張りなよ?君にアカネの命運がかかっている」

「言われるまでもない」

「いや、多分わかってない。だから警告をしよう」

 

 ディズは、そう言って。アカネとシズクから少し距離を離すようにウルに近づき、そして小さくウルにだけ聞こえる声で語り掛けてきた。寒気を感じるくらい冷たい声音で。

 

「もし、君が今回失敗した場合、アカネの処遇を保留してあげていた理由はきれいさっぱりなくなる。その結果彼女に待ち受けているものは決して生易しいものではない」

「……」

「精霊憑きは未知だが、それを調査する心得のある技術は保有している。その価値を失わせず“分解”することくらい訳はない。そしてそれを止める気は私にはない。今度は、どれだけ君が懇願しようともだ」

「……」

「覚悟して、挑むといい。成功を祈っているよ。本当に、ね」

 

 それだけ言って、彼女は近づけていた顔を離す。その時にはいつもの笑顔だった。

 彼女の宣告は、ウルが僅かにでも無意識に期待していた、最後の逃げ道をキッチリと踏みつぶしていった。退路はない。今自分が立っている場所は正真正銘のがけっぷちであるという事を。

 だが、それはもはやわかっていたことではある。ウルは冷静だった。

 

《にーたん》

「アカネ、大丈夫だ。待っていろ」

 

 アカネの頭を撫でる。心地よさげにするアカネを愛しく思いながらも、そのままウルは自分の両手を見つめた。ひと月前と比べれば、ボロボロで傷まみれだが、何度も皮がむけ強くなった。勿論両手だけじゃない。

 シズクを見る。初めて出会ってからまだ短い。だが、血よりも濃い契約を彼女とは結んだ。背中を預けることに、もはや躊躇いも恐れもしない。

 

 努力は重ねた。たった一月、されど死に物狂いの一か月だ。

 

 自分よりも才能のある者はごまんといるだろう。努力をしてきた者も。だが、このひと月に限るなら、自分よりも必死となった者はそうはいないはずだ。

 

「さて、と」

 

 不安を飲み干し、ウル達は今日の戦いの舞台へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 大罪迷宮グリード、入口

 日々、常に賑わいを見せる、グリードにて最も金と人が行きかうこの場所、しかし今日この日、この場所は静寂に包まれていた。しかし人がいないわけではない。普段よりも少ないが。いつもは迷宮への行き来で人は流れるようだが、この日は違う。その光景を言葉にするなら、冒険者たちが“つまっていた”。数にすれば数十人の冒険者たち。彼らが各々の武器を携え、言葉も交わさず、その場に立ち並んでいた。

 全身をくまなく鎧に包んだ者や、あるいはその逆にみすぼらしい、農民と変わらないような姿の者まで。しかしその瞳だけはやけにギラギラと鈍く輝いていた。顔を動かさず左右に眼球を蠢かせ、周りの人間を警戒する。互いに互いを出し抜かんとする濁った感情が行き交っていた。

 

 異様な光景だ。大規模な魔物の討伐作戦であっても、あるいは都市間同士の“いさかい”の時でも、こうはなるまい。“討伐祭”という、特殊な催しにしか見られない特殊な光景だった。

 

「よくぞ集まったな! 冒険者ども!!」

 

 そこへ声が響く。よく響く太い男の声だ。

 広間に備え付けられている壇上に上がったのは、頭を丸めた筋骨隆々の厳めしい男。軽装で武器もなく、修行へと赴く武闘家のような恰好ではあるが、その右手の指にのみ輝くような装飾の施された銀色の指輪があった。

 銀の指輪、即ち一流の冒険者の証、名は“鉄砕のコーダル”で通っている。人格共に優れ、冒険者たちにも慕われている彼が本日の祭の司会進行者だ。

 

「これより宝石人形の討伐祭が開催される。足並みだけを揃えての賞金首の奪い合いだ!共闘は自由だがあくまで各自の判断に任せられる。賞金は最初にそれを撃破したものが総取りだ!冒険者としての規則を守る限り、手段は問わん!」

 

 乱暴な、ルールとすら言えないようなルールではあるが、しかし銀指輪の冒険者がそれを宣告するとそれだけで真実味が増す。それほどまでにこの世界における“指輪”の持つ力と信頼は絶大だ。コーダルの背後に並び立つ、彼と同じくして銀の冒険者たちがさらにその言葉への信頼を厚くさせる。

 

「そして喜ぶがいい諸君!討伐祭に合わせ、太っ腹な我らが冒険者ギルドが賞金を金貨五枚上乗せしてくれた!勝てば金貨15枚だ!!」

 

 その言葉にどよめきが走る。淀んだ熱気がさらに強くなり、士気は跳ね上がった。同時に参加者同士に向けられる殺意も同等以上に跳ね上がった。

 

「戦え!勝ち取れ!勝利せよ!!!勇猛なる者にこそ全能の神ゼウラディアの加護がある!」

 

 ゼウラディアの教えに基づく祝詞、繁栄を司る神の言葉は、冒険者たちにとってこの上ない着火剤となった。溜まりに溜まった冒険者たちのギラギラとした熱意は爆発し、歓声となって広間を包み込んだ。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 熱狂を背に、熱弁をふるったコーダルは壇上から降りて一息ついた。背後の活気は上々だ。正直言えば、こういう“火付け役”というのは別に得意というわけではないのだが、自分の言葉で熱狂を巻き起こすというのは中々悪くはない。

 

「お疲れさんですコーダルさん!大成功ですね!!」

 

 同じギルドの後輩が嬉しそうにはしゃいでいる。名はアレイと言ったか。素直で可愛げのある子だったが、此処は「自分こそが!」と名乗ってくれた方がコーダルとしては喜ばしかった。

 ここの所の新人は、素直だが冒険心に欠ける。冒険者たるもの命を賭してこそ、というのが彼の心情、それ故の先ほどの激励であったのだが、当の身内にそれが伝わらないというのは中々難しいものだ。

 

 などと、時流と自身の考えの相違を感じる年寄りのような悩みを抱えていると、目の前の後輩の顔が唐突に顰め面にかわった。

 なんだどうしたと思って振り返れば、そこには知った顔が一人。

 

「冒険者もどきのクズどもを死地に追いやる仕事は大変だな、コーダル」

 

 グレン。古い友人。悪名高いグリードの訓練所の長にして唯一の指導者、そして冒険者界隈の中でも“嫌われ者”。理由は3つ。冒険者“もどき”達が最初に叩き込まれる訓練所にて、彼の指導があまりにも“出鱈目”であるという点、こんな風に冒険者のくせに冒険者に対して四方八方皮肉をぶちまける点、にも拘らずとびぬけた実力者で黄金級という英雄の称号をもっている点。以上の三つ。

 もっとも、コーダルはこの男の事は別に嫌ってるわけではなかった。

 

「ほう珍しいなサボリ魔!いつもこういう祭りごとは面倒くさがってこなかっただろうに。討伐祭は特にな」

「自分の教え子がくたばる処なんぞ好き好んでみるような悪趣味な人間に見えるか?」

「らしいことをいうな?不良教師め!」

 

 不良教師、と呼ばれてもグレンは特に気にした様子はない。そうだと思ってるからだ。

 もっとも、そういったコーダルは逆に、そうは思ってないのだが。少なくともこの男の教育は、過剰ではあるが、的を外しているわけではない。実際彼が教えを三日ほど続けた者は、それだけで生存率が高くなる。三日と彼の訓練を受け続けられるものは一度に半分もいるかいないかといったところだが、それでも大きな成果だ。

 

 夢を見た冒険者の心を折る仕事、などとグレンは自嘲するが、コーダルはそれも立派だと思う。死んで、唯一神の許に旅立てば、夢をまた見ることすら叶わないのだから。

 

「それで、あんたはいったい何をしに来たんだ此処に」

「なんだよアレイ。俺が何をしようと勝手だろ。それともまた泣きべそかいてケツに蹴り入れられたいか?」

 

 尻を守るようにして顔を真っ赤ににらむアレイを、グレンはケラケラと笑った。

 このように、教え子の名前はキッチリ憶えていたりと、妙に律儀な処はある。要はひねくれ者なのだ。この男は。

 

「で?そんなお前が珍しくここに来た理由はなんだ?」

「悪趣味な真似しに来たんだよ」

「悪趣……なんだ、教え子を見に来たのか?本当に珍しいこともあるものだな」

 

 コーダルは振り返り、今係の者たちにぞろぞろと誘導されていく冒険者たちを眺める。

 

「貴様基本、卒業した者は放置だろう?何か思い入れでもあるのか?」

「卒業してないから見に来たんだよ」

「してない……いやちょっと待て、その教え子、お前のところにきて何日目だ?」

「3週間と少し」

 

 その回答に対して、若干の空白が生まれた。最初に動き出したのは、アレイだった。

 

「冒険者始めて一月も経ってないやつが賞金首に挑んでるのか?!」

「そうだよ。ちなみに15くらいのガキ二人な」

「何を考えてるんだ!!というか止めろよ!!」

 

 確かに、血迷っているとしか言いようがない。賞金首に挑むなら最低でも1年は修練を積むのがコーダルのギルドの、否、おおよその冒険者の常識だ。莫大な報酬、だがそれ以上に割に合わないリスクが待ち受けているのが賞金首だ。

 正気の沙汰とはとても思えぬ。その指摘はもっともだった。だがグレンは悪びれる様子もなくニタリと笑った。

 

「血迷いもするさ。当然だ。何せ俺たちは“冒険者”だぜ?てめえの命賭けたギャンブルをせずに何が冒険だよ」

「いつの時代の話だそれは!名無しを迷宮に飛び込ませるための煽動文句か!」

 

 アレイは怒り狂うが、知ったことではないという風にグレンはそっぽをむいた。

 確かに昔はそういう時代もあった。迷宮が大地に溢れ、住まう土地が限られ、迷宮の脅威から都市を守るため、精霊と心交わせぬ者達、“名無し”を過剰にあおり立て、迷宮や、危険な人類生存圏外に突入させていたような時代が、無茶と無謀が溢れかえっていた時代があったのだ。

 

 コーダルもその時期を肯定する気にはならない。迷宮の脅威をいち早く抑えるためとは言え、あの時期はあまりにヒトの命が安すぎた。だが、あの時期、無謀な綱渡りを渡りきった英雄が幾人も生まれたのも事実ではあった。

 

「そんな絶滅危惧種がよりによってお前の弟子とはな。どんな奴よ?」

「冒険者嫌いと、乳のでかい聖女みたいな面した悪女」

「カカッ!また冒険者らしからぬ連中だなあ、おい!そいつらはやれんのかよ!」

「さあな、当人に聞け」

 

 グレンは知らん顔をしながら、挑戦者たちの後を追うようにのんびりと迷宮へと降りていった。危険な賞金首をゲームの景品のように扱う討伐祭だからこそ、死人を可能な限り出さぬよう、実力のある冒険者たちが万が一の際の救助を行うのも討伐祭のルールだ。

 支援者としてグレンは潜り込むらしい。つまりはそれだけこの男は入れ込んでいるのだ。

 

「こいつは期待できる祭りになりそうだ」

 

 “噂”を聞く限り今回の宝石人形の討伐は“つまらない結果”になりそうだとひそかにコーダルは予想していた。が、どうやら面白いものが見られそうだと彼は笑った。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 迷宮の地下広間

 

 迷宮の外に存在する大広間であふれ出た活気とは裏腹に、此処に移動した冒険者たちは静まり返っていた。黙りこくり、それぞれの武器を片手に握りながら、じっとその時を声も出さずに待っていた。

 熱気は放出されず冒険者たちの内側にこもり、瞳だけがこの薄闇の中でギラついていた。

 

 大広間の出入り口には支援者の冒険者が並び封鎖していた。彼らは参加を希望した冒険者たちが揃ったのを確認すると、内、一人が前へと進み出て口を開いた。

 

「では、これより宝石人形討伐祭を開催する!参加者同士の殺人の禁止をのぞいてルールは存在しない!いち早く宝石人形を討伐できた者が勝者となり賞金が支払われる!!」

 

 その宣誓に冒険者たちの緊張はピークに到達した。最早熱気というよりも殺気に近い。封鎖した冒険者たちを押しのけて飛び出さんとするような圧が充満していた。ヘタすると暴動にもなりかねないほどだった。

 

 その空気を支援者たちも感じ取ったのだろう。最初の短い説明を終えると、同じく封鎖していた支援者たちに合図を送り、そして向き直ると、

 

「では、討伐祭を開始する!!」

 

 そう言って、迷宮への入口を開放した。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 怒号が迷宮を埋め尽くし、そして出入り口に一斉に冒険者たちは流れ込んだ。

 先頭を行くのは上階層の支配者レッドオーガ、更に彼らに続いて続々と冒険者たちが流れ込み、複雑怪奇な迷宮の通路へと分かれていった。

 そして、その中にウル達もまた、いた。

 

「行くぞ。シズク」

「ええ。ウル様」

 

 こうして、多くの願いと欲望行き交う討伐祭が始まった。

 

 

 



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討伐祭②

 

 

 迷宮の広間から、数十の冒険者たちは四方八方へと散らばった。

 

 迷宮では人の数が多くなればなるほど迷宮の抵抗、魔物の出没は激しくなる。パーティ同士がかち合った場合、速やかに距離を置くのが、少なくともこの大罪迷宮グリードにおいては常識だった。

 尤も今回の場合は、他のライバルを出し抜くために分かれたという方が正しいのだが。横並びに一斉に走り出して、ライバルを出し抜けるわけがないのだ。

 

 しかし、そうやってバラバラに分かれたとしても、魔物が出てこないわけがない。いつも以上に溢れかえった探索者たちに活性化した迷宮は対抗し、そして侵入者を攻撃すべく魔物を生み出す。

 

『GIIIIII!!!』

 

 幸先よく飛び出していった冒険者たちの前に現れる小鬼、大蜥蜴。魔霊。二首大蛇、上層といえどそれぞれ決して油断できるような魔物達ではない。

 

 が、今の活気あふれる冒険者たちにすれば、彼らは邪魔者であり、眼中にはなかった。

 

「うおらあ!!邪魔だあ!!てめえらに用はねえんだよ!!」

「宝石人形はどこだごらあ!!」

『GYAAA?!』

 

 討伐祭の参加者一同、全力で魔物達を蹴散らしていた。彼らは活気と熱気に溢れ、それが勢いとなり普段とはまた別の力を引き出していた。もっともそれらは祭りに浮かされた熱のようなもの。普段以上の力を使えば当然、怪我の元となる。

 

『GAAAAAAA!!』

「ぎゃあああ!!腕!腕が!!!」

「畜生!死ね!しねえ!!」

 

 大怪我、死人が増えるのもこの討伐祭だ。

 

「怪我した者、リタイア希望者は此方に来るように!」

「安全に迷宮の外へと運びます!」

 

 故に、遠方から彼らを見守る支援者たちに意味がある。参加者たちよりも数段上の実力の彼らは、的確にけがをした冒険者たちをさばいていた。彼らの多くは指輪持ちであり、銀級の者もちらほらと存在する。

 銀級の実力者。彼らの中には、宝石人形を撃破する実力を持つ者もいる。が、討伐祭は基本、低い階級の者たちの祭りであり、彼らは参加を自粛している。ひな鳥たちの巣の中で、とびぬけた実力者が出張って、得られるのは名声ではなく白い目であり、賞金にしても信頼を損なった対価とするなら銀級にとっては安すぎるのだから。

 

 銀級にとってみれば、下手に参加するよりも支援者として、冒険者ギルドへの信頼を稼いだ方が得るものも大きいというわけだ。最も、普段の銀級の稼ぎを思えば、善意によるところが大きいのだが。

 

「う、うおお!離せ!俺はまだ戦えるうう!!」

「ハイになってるだけであんた腕ちぎれかけてんだから無理に決まってるでしょーが寝てろ!」

 

 起き上がろうとした怪我人を思い切り殴りとばしたターナという【治癒魔術師】もその一人。

 彼女の所属するパーティの中層への長期探索がちょうど終わり、長期の休暇で暇を持て余していたときに冒険者ギルドから声がかかったのだ。直接の参加はないが、以前一度支援者として参加したこともあり、彼女は了承した。

 

「怪我人の数、多いですなあ」

 

 彼女と同じく支援を行なっている治療魔術師がボヤく。尤もその男は彼女のような銀級はおろか指輪持ちでもない。小遣い稼ぎの支援者だ。今はターナの指揮の下働いているが、討伐祭は初めてだったのだろう。けが人の多さにうんざりしている様子だった。

 

「宝石人形との接敵が始まったらこんなもんじゃないよ。今捌ける所は済ませましょ」

 

 彼女の忠告に、男はうへーと顔をゆがませた。

 

「どっかすげー天才がぽかーんってやっつけちまっちゃくれませんかね、宝石人形」

「そういう期待はするもんじゃないよ」

 

 なにせ、と、彼女は以前経験した討伐祭を振り返る。そう何度も起こるようなイベントではないが、それ故に数少ない好機に対して誰もかれも必死になる。そして、それ故に、

 

「こういう熱に浮かされた連中はともかく、冷静な奴らがまともじゃない手段を選ぶのも、討伐祭って場所なんだから」

 

 要は、何が起こるか、わかったものではないのだ。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 さて場所は少し変わり、多くの冒険者たちが宝石人形を探して四方八方迷宮内を駆け回っているその最中、宝石人形の位置を把握している【赤鬼(レッドオーガ)】の5人組は、彼らの喧騒から離れるようにして急ぎ、目的の場所に向かっていた。

 当然魔物は道中に現れる、他の者たち同様消耗もするが、しかし対処は冷静であり、落ち着きもあった。

 当然だ。彼らは宝石人形がどこにいるのかわかっているのだから。不要な戦闘をする必要がない、目的地に向かって一直線にいけるだけでも消耗の度合いが違う。

 

「ハハ!他の連中は無駄に右往左往してるんだろうな!!」

「勝利の女神様様だぜ!いや悪魔かな!!」

 

 シズク、という名の少女がもたらした情報、宝石人形の弱点は彼らにとってまさに棚から牡丹餅のような情報だった。宝石人形、賞金首に関しては彼らとて狙いはしていた。弱点を探るべく情報収集に奔走もした、が、中々発見は出来なかった。

 当然だ。賞金首の情報だ。勝利すれば莫大な賞金が手に入る。もし知っていたとしてもそうやすやすとは口を開くまい。“相応の金でも積まない限りは”。

 

 彼女、シズクとあの少年が“宝石人形の何か”を掴んでいると【赤鬼】が気づいたのはこの大会開催の直前だ。数日前から、深夜にグリードに出入りする彼らの存在に気づいた【赤鬼】は、シズクが一人になったところを見計らって彼女に詰問した。

 

 ―――私たちの運命がかかった情報です。易々と渡すわけにはいきません。

 

 複数人に囲まれて、()()()()()()()ではあったが、彼女は此方が脅しかけても一切口を割らなかった。脅しのため殴っても微塵も揺らがない。彼女が持ち掛けてきたのは交渉である。ただでは渡さないの一線は全く譲らなかった。

 彼女が要求したのは金貨1枚、赤鬼はその額を聞いた時、表面上は渋い顔をしたが内心ではほくそ笑んだ。金貨一枚は確かに高額だ、が、宝石人形、賞金首打倒のための情報と考えればその額はかなり安い。重要度にもよるが、本来なら賞金額の2割、下手すると3割以上を要求する事はままある

 

 その事実を、彼女は知らない。素人なのだ。

 

 暴力で口を強引に割らせることも出来たが、流石にそこまですればギルドに睨まれる。それならこのマヌケに端金を握らせた方が得だ。

 取引は成立した。彼らは金貨一枚で宝石人形の弱点、更にはその弱点そのものまで手に入れることができたのだ。実に安い買い物だった。

 

「おい、そろそろだ。お前らは待機だ」

 

 そういって、5人中2人、レゴとグロッグが通路に残る。残る理由はただ一つ。この情報を知っている他の人物に対する警戒。つまり彼女への警戒だ。

 

「わかっだ……でもあいつら、くんのが?」

「わざわざ念を押してきたんだぜ?あの女。必死によ」

 

 あくまで渡すのは情報とネズミのみ、討伐祭の撃破の権利までは譲る気はない。

 

 そう、念を押してきた。必死に泣きそうな顔で。彼らはそれをせせら笑いながらも了承したのだ。勿論、彼女達に宝石人形を討たせるつもりはさらさらない。故に見張りだ。

 もし、万が一彼女が此方に来たら足止めするように。

 

「とはいえ、真正面からくるかね?万が一まだ宝石人形狙ってても足止めされるってわかんだろ?」

「……いや゛」

 

 グロッグは気配を感じ、前を見据える。奇妙な光で照らされた通路から人影が近づいてくる。

 

「来たぞ」

「バカだねえ」

 

 レゴはヘラヘラと笑い、そして2人で並び武器を構えた。

 ここは迷宮の中である。迷宮内での冒険者同士の争いはご法度である。“基本は”。しかし今は討伐祭中、積極的な冒険者同士の争いが推奨されているのがこの祭り。殺しは流石に問題にはなるが、妨害程度は文句を言われることはまずない。

 

 まだ迷宮入りして一月足らずのど素人、囲んで威圧するだけで怯え竦んだあの態度、侮るには十分な要素が詰まっていた。

 

「お前ら止まれ。此処は通行止めだぞ」

「殴られたくなきゃ!消えろ゛!」

 

 武器を見せつけ、大声で警告する。あの時のシズクという少女と、更に彼女の相方であるウルという少年だ。なんとまあ、けんか別れもせずいまだコンビを続けているらしい。

 裏切られて男が少女を見捨てると思ったが、まあそれはどうでもいい。

 

 警戒すべきは、人数的にイーブンとなったことだ。その時点で【赤鬼】の二人は警戒を強めた。数の暴力で脅せると思っていたのだ。しかもその二人組が、此方の警告を完全に無視して、まったく怖れる様子もなく突っ込んでくるものだから、その警戒は加速した。

 

「通行止めっつってんだろ!!」

 

 レゴが手に持った大剣を鞘ごと振り回す。と、流石に2人とも足を止める。銀級にならずくすぶっている彼らとて、長年迷宮探索を続けてきた者たちだ。本気で戦えばどうなるか理解できないほど間抜けではないらしい。

 勢いに押されかけたが、相手が足を止めたことでグロッグも改めて警告する。

 

「いいが!これ以上近づいたら殺すぞ!!覚悟できてんのが!!」

「殺される覚悟はできていないなあ」

 

 と、そこで男の方が口を開いた。シズク同様怯えた様子はない。そして目が据わっていた。グロッグは警戒心を強めた。あまり頭が良くない彼だが、このガキのような眼をした奴は、あまりなめてかからない方が良いと知っている。

 

 覚悟が決まっている目だ。何をしてくるかわからない。

 

「あんたらの方が経験では勝る。やりあったらただじゃすまない。その間に宝石人形はあんたらの仲間が始末する」

「おうそうだぞ!だから―――」

「だが、」

 

 男は、ふっと、レゴ達二人から視線をそらし、言った。

 

「俺達だけに気を取られてていいのか?」

 

 次の瞬間、ウル達の背後から“無数の冒険者たち”が飛び出した。

 

 

 

 



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狂人二人は地獄で笑う

 

 

 

 【赤鬼】の面々は驚愕していた。

 

 宝石人形とネズミ、この二つを封じ込めた小部屋への通路を進む最中、背後から何人もの冒険者たちが此方に向かってきているのが見えたからだ。最初はレゴ達かと思った。次にあの女、シズクが追ってきたのかと思った。だが、そうではない。それどころではない。

 

「いたぞ!!【赤鬼】の連中だ!!」

「追え!!!ぶっころせ!!!」

「殺しちゃまずいだろ!あいつらが持ってるもん全部奪え!!」

 

「あいつら何してやがんだ?!!」

 

 リーダーのオーロックは悲鳴のような罵倒の声を上げた。あいつら、とはもちろん足止めにと残していったレゴ達だ。だがそもそもレゴ達に指示したのは、シズク達の足止めのみだ。あんな大勢の冒険者たちの足止めをしろなんて、勿論彼らは指示していない。止められないのは当然だった。

 

 いや、そもそもだ。なんだってこんなにも冒険者たちが溢れかえっているのか?

 

 宝石人形の弱点、ネズミの件は殆どの人間には知られていなかったはずだ。で、なければ早々に、宝石人形に賞金がついた時点で即倒されていてもおかしくはない。では情報が知れ渡った?どこから?誰から―――

 

「あ、……あの女!!」

 

 思い当たるとしたら、あの銀の女しかない。

 だが、何故?何のために?ライバルが増えるだけ損なのに?

 まさか完全に宝石人形の事は完全に諦めた?!だが、参加しているのはオーロックも確認している。まさかその参加自体がフェイクだった?!

 

「おい!こっちの小部屋宝石人形がいるぞ!!ここだ!!」

「探せ!!何かがあるはずだ!!」

「おいやべえぞ!衝突起こり掛かってる!!てめえら出ていけよ!!」

 

「チィっ!!!」

 

 今は考えている暇はない。既に別ルートから小部屋に先回りしている連中まで出てきている。最悪、ネズミを確保しなければ危険だ。情報料が無駄になる。

 オーロックは宝石人形の小部屋へと足を急がせた。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 その様子を、荒れ狂う冒険者たちの陰に隠れたウルとシズクがじっと眺めていた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 話は、シズクがウルに自らの所業を告白した一夜に戻る。

 

「バレていたのです」

 

 シズクは、静かにその事実を告げた。

 

「なに?」

「宝石人形の弱点を知ってると思しき人たちは、既にいたのです。情報の精度は私達ほどではないですが、私が【赤鬼】の方にバラすまでもなく、広まっていました」

 

 ウルは、しばし硬直し、それからゆっくり与えられた情報を飲み込んだ。

 マギカとの交渉で得られた情報は、宝石人形を倒す上で値千金とも言えるものだった。ソレは間違いない。そしてウルはその情報を得るため、グレンのツテを使い、ディズに頼み込んでアカネの力を借りてようやく手に入れた。故にその情報は絶対的で、唯一無二のものであると確信していた。

 ()()()()()()()()()()

 だが、マギカも言っていたではないか。

 

 ―――少し考えればわかる

 

 マギカは確かに人形に対しては膨大な知識を持つ女だ。しかし、彼女が立てた推論は、決して、特別な知識が必用なものではなかった。ある程度の人形の習性を知っていれば、たどり着ける推論だ。

 

 ―――あの女は優秀だが悪辣だぞ

 

 グレンの言葉が今更に頭の中でよみがえった。

 

「さらに言えば、“何かに気づいた奴がいる”と目をつけている人たちは更に顕著に存在しました。私たちの事も、気づいている人らは【赤鬼】の方々だけではなかったです」

 

 情報そのものを手に入れられずとも、それを所持するヒトの目当てはつけられる。

 討伐祭は日程も時刻も定められ、一斉にスタートを切る大会だ。情報を持っている者を目印に追跡し、おこぼれを得ようとする輩は絶対に出てくるだろう。

 

「連日迷宮に潜って宝石人形周囲を探索していましたから、悪い意味で私たちは目立ちすぎました」

 

 そして困ったことに、今回のケースに関してはおこぼれは非常に狙いやすい。ネズミを殺せば即、宝石人形が倒れるわけではない。あくまでも機能を停止するだけだ。宝石人形を封じてる部屋にウル達が突入し、ネズミを殺し、その後動かなくなった宝石人形を破壊するまではどうしてもタイムラグがある。

 ネズミと人形の破壊は誰にも邪魔されず速やかに行うのが大前提。おこぼれを狙う冒険者が周囲にいる状況では困難を極める。

 

 要は、ウルが選ぼうとしていた作戦は上手くいかない可能性が極めて高い。

 

「賞金を付けた神殿とか……冒険者ギルドも気づいていた?」

「可能性はありますね。ですが、祭りとなった方が彼らは得する事が多いでしょう」

「成程……成程な」

 

 徐々に、ウルも現状が飲み込めてきた。彼女の意図するところを。

 マギカから仕入れた情報、それ自体は間違いなく貴重だ。しかし、それを自分たちが有効に利用する事が困難であるなら、一刻も早く、その情報は売り払わなければならない。その情報が腐る前に。

 

「故に早々に売り払いました。ネズミという弱点の確保もプラスで金貨1枚分の価値にはなりました。意図を悟られないように、これ以上欲張ることはできませんでしたが」

 

 都合よく、此方にめどをつけて、私を強請ろうとしようとした人たちがいましたから。

 と、シズクは微笑む。シズクは金貨を懐から取り出し、ウルへと差し出した。金貨1枚、銀貨30枚分の価値のある、一月、ウル達が必死に迷宮に通い稼ぎ貯めた額以上の金額。

 

「これを使い、装備を一気に整えます」

「……倒す準備を?」

「はい。“暴走状態の宝石人形を打倒する準備を”」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 そこから先は、作戦の調整だった。

 

 ウルとシズクは話し合い、残り少ない時間で装備品を調整し、同時に【宝石人形の弱点】という情報を“撒いた”。金はとらず、情報も大部分は伏せ、グリード内の彼方此方の酒場の盛り上がっている場所で、小さな噂話程度で拡散させたのだ。

 

 結果は、ウル達が想像した以上に、一瞬にして宝石人形の情報は拡散した。

 

 正直言えば、このやり口は問題になりかねないという予感はひしひしとしている。情報という無形のものを商売として取り扱う上でのタブーを破っている気がしてならない。【討伐祭】という、情報を掴んでも活用できる期日が決まってる特殊状況下においてのみ可能な外法。

 

 だが、今はそれは置いておこう。後の事は後で考えよう。

 

 結果として、今、この状況を生み出せた。

 

「うおおお!!その籠をよこせえ!!」

「うるせえてめえら!!どけ!!」

 

 混沌だ。宝石人形の弱点、ネズミの確保を巡って大乱闘が発生している。

 

『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』

 

 そしてそこに宝石人形が乱入する。最早誰もかれもが逃げ惑い、同時に【赤鬼】たちが確保したのであろう、籠に入ったネズミを探して大暴れだ。しかしネズミは殺せない。殺した瞬間、宝石人形の周囲を取り囲む連中が宝石人形を攻撃し、手柄を奪われるからだ。

 

 混沌とした膠着状態である。誰もが大暴れしながらも、()()()()()()()()()()()()()

 

「ウル様」

「うん」

 

 そして、この状況をこそ、ウル達は望んだ。宝石人形を討たねばならない状況で、しかし誰もが宝石人形には攻撃ができないこの状況。誰も彼も、明確な弱点が目の前にぶらついているのに、宝石人形を直接攻撃しようとは思わない。

 

「行くぞ【竜牙槍】」

 

 ウルは背中に背負っていた“モノ”を取り出した。

 

 古布から取り出されたそれは、一本の槍のように見える代物。だが実態は槍ではない。槍の用途にも使えるが、その実態は【兵器】に近い。金貨一枚、マギカと交渉し獲得したそれは、彼女が研究していた新型武装。個人が携帯できる超火力の大砲。

 

「咢開放」

 

 ウルは竜牙槍を前へと構え、柄に用意されていた可動部分を握り、弓の矢をつがえるようにして引く。大剣にも似た大槍の両端が、まるで獣の顎のごとく、大きく開かれた。

 

「魔道核起動」

 

 そしてそのまま、ぐいとウルは柄をひねった。大顎の奥に仕込まれていたモノ、魔道核が怪しげな輝きを放ち、そして充填されていた魔力を開放し始める。バチバチと、明らかに通常の魔道核とはケタが違う、凄まじい轟音が響き始めた。その時点で宝石人形から逃げ回っていた何人かの冒険者が思わず視線を向けた。

 魔道核の鳴動が最大に達した時、ウルは叫んだ。

 

「警告する!伏せた方がいいぞ、全員!」

 

 最初、その声に驚き、言っている言葉の意味を理解せず疑問符を頭に浮かべていた冒険者たちは、しかしウルの両手で握った武装から放たれる、明らかにヤバい破壊の光を目撃し、光から逃れるようにして宝石人形との間を空けた。

 

「【咆哮!!!】」

 

 咆哮、同時に充填された魔道核の光が、一挙に前方へ、宝石人形へと解き放たれた。光は莫大な熱と共に周囲を焼き払いながら真っ直ぐに宝石人形へと突き進み、一瞬にしてその体を飲み込んだ。

 

「うおああああああ?!!!」

「なんだあ?!!あっち!!」

 

 灼熱の光線が頭上を掠め、冒険者たちは悲鳴を上げる。見るも無残な乱闘から阿鼻叫喚の地獄絵図へと景観が一変した。が、それを生み出したウルはといえば、その光景を見る余裕など全くない。

 

「……っぐ……」

 

 灼熱の砲撃を最も間近で受けているのだ。両手で握りしめた【竜牙槍】が震える。全力で押さえないと両手から弾け飛んで暴れかねなかった。両足を踏ん張り支え、歯を食いしばる。迸る閃光が頬を焼く。それでも狙いは宝石人形、その頭からズラさない。

 

『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO…!!!

 

 唸り声、宝石人形が動き出した。真っ直ぐこちらに向かって。ネズミを守護するという使命とは別の自己保存本能、敵として此方を認識し、攻撃を仕掛けてきている。だが、いまだ頭は破壊できていない。

 

「一番脆い場所で…これか…!!」

「【氷よ唄え、貫け】」

 

 巨大な手が迫る。避ける余裕はない。距離を置いた背後からシズクの詠唱が響く。頭上に巨大な氷の矢が生み出される。宝石人形の手が迫るその直前、巨大な刃は完成に至った。

 

「【氷刺】」

『O』

 

 巨大な氷柱はミシリ、と、ヒビだらけになった宝石人形の頭部を、刺し貫いた。

 

「あ……」

「おお……」

 

『oooooOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……』

 

 それは、声だった。洞窟の中を風が抜けるような、宝石人形の独特の奇妙な駆動音。だが、そう聞こえていたのも最初だけだ。何かが擦れ軋むような音が耳を劈く。ガクガクとその巨大な身体を震わせ、轟音を立て、宝石人形は地面へと倒れこんだ。

 

「たお……した?」

 

 冒険者の誰かが言った。確かにそう見えた。誰が見たところで、莫大な破壊の光と追撃の魔術が宝石人形を破壊した、ように見える。先ほどの混乱から一転して静寂があたりを包んだ。

 

「……キキッ」

 

 静寂を破ったのは、先ほどまで冒険者たち一同が死に物狂いで奪い合ったネズミの鳴き声だった。宝石人形の急所、宝石人形に設定されている“使命”、ネズミの鳴き声―――

 

「―――生きてる、だって?」

 

 その事実に声を上げたのは、ギルド【赤鬼】のリーダー、オーロックだった。生きてる。守護対象、宝石人形の目的そのもの。それが生きてる。

 

 【魔道核を破壊されぬまま頭部が破損された場合、宝石人形は“暴走”する】

 

 彼の頭の中にある知識が警告を発する。そして、その通りの事象が目の前で起こりつつあった。

 

『O……OO』

 

 最初は石がヒビ割れるような小さな音だった。だが、それが徐々に連続して続くと、気のせいではないと誰もが理解した。巨大な何かがきしむ音、擦れ、何かが砕けつづける音。それらはすべて倒れ伏した宝石人形から聞こえてきた。

 

 形が変わる。頭部を失ったヒトガタが、そもそもの形を変質させる。両手は歪な足に、頭部を失った首は変形し、洞穴の様な口に変わり、歪み、そして嗤う。違うものになっていく。“全く違うバケモノ”に変わっていく。

 

『OOO……OOOOAAAAAAAAAAGAAGAGAA』

 

 先ほどまでピクリともしなかった。宝石人形が、動く。四本脚となり、超重量の身体を難なく支える。肉体は更に一回り巨大化し、人に似せた頭が喪われた代わりに、人とは似つかない歪で巨大な角の生えた獣の頭部が生まれていた。

 

 宝石人形“だったもの”が立ち上がり、そして咆哮した。

 

 

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』

 

 

 

 暴走状態となった宝石人形が、冒険者たちの眼前に姿を現した。

 

 一時的な静寂を引き裂く咆哮に冒険者一同は身をすくませ、しかしそれでもいまだ現状が理解しきれていないのか殆どの者が足を止めていた。呆然と、まるで見学でもするように目の前の“異様”を眺めつづけていた。が、

 

「……に、げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 誰がそれを叫んだのか、あるいは全員か。その悲鳴をきっかけとして堰を切るように冒険者たちは一斉にその部屋から逃げ出した。

 

「逃げろ逃げろ!!逃げろ!!」

「どう考えてもやばいぞありゃ!!?」」

「ふざけんなどけ!!!」

 

「悲鳴ばっかだな。討伐祭」

 

 その地獄絵図を作りした当の本人、ウルだけはどこか呑気にその光景を眺めていた。あるいはあきらめたような動作で竜牙槍の状態を元の槍に戻す。

 冒険者達が続々逃げていってくれるのはありがたかった。この後に及んで尚、宝石人形討伐を諦めないバカは自分たちしかおらず、ライバルがいないということなのだから。

 尤も、「暴走状態の人形は非常に危険であり、決して相手にしてはならない」と噂を広げるついでに脅しかけていたのはウル達だったのだが――

 

「てめえこのガキぃ!!」

 

 そんな風に思っていると、罵声と共に肩を赤鬼のオーロックにつかまれた。ウルは驚きもせず振り返る。彼は怒っていた。激怒である。赤鬼の名にふさわしく顔面を真っ赤に染めていた。

 

「どうした。赤鬼殿、逃げないのか」

「てめえなにしたのかわかっててやったのか…!!こんなもんいったいどうする気で!!」

「ウル様!!」

 

 そこに、シズクが近寄ってくる。彼女の声にオーロックは憤怒の形相で、何か罵倒を浴びせようと口を大きく開いた。が、

 

「良かった!!上手くいきましたね!!!」

 

 満面にして絶世の笑顔で歓喜する彼女に、絶句した。

 

 オーロックはおろか、その場でまだ逃げようとどたばたとしていた冒険者たち全員が、彼女の澄んだ声を聴き、そして言葉を失った。彼女は頬を赤く染め興奮し、花のように綻ばせていた。心の底から喜んでいた。この死屍累々の地獄絵図と、バケモノを誕生させた結果を。

 その背後で暴走した宝石人形にぶっ飛ばされた冒険者達の血しぶきが飛び散っていた。阿鼻叫喚を背に歓喜を振りまく銀の美少女の姿はあまりにも邪悪だったが、絵にはなった。

 

「ああ……そうだな」

 

 ウルは震えだしそうな足に力を籠める。鳴りそうになる歯を食いしばり、そして笑みに形をゆがめ、彼女に同意する。彼女はイカれている。それは違いない。そしてそんな彼女の狂気に乗っかると、既に決めたのだ。故に、

 

 普通を辞める時が来た。

 

 “たが”を外す時が来た。

 

 狂気に身を置く時が来た。

 

 さあ、笑え、狂え、構えろ。眼前の地獄に向かって突撃しろ。全ては“己”のためにある。己が為に命を使う、繕いようもない自己満足のために、地獄の底に飛び降りろ。

 ウルは笑った。大声で。狂った策略が見事に的中した事実を哄笑し、叫んだ。

 

「ああ、最高だ!完璧だ!!さあ後は勝つだけだ!!!!」

「はい!!!」

 

 かくして狂人二人は地獄で笑う。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!』

 

 

 ―――宝石人形戦 開始―――

 

 




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宝石人形との闘い

 

 

 討伐祭の動向を見守る冒険者ギルドの面々は大慌てになっていた。

 

 宝石人形との接敵、更にそこから始まった冒険者同士の争いと宝石人形との戦闘。慌ただしい流れの中、救助隊や治癒術者達は迂闊に割って入ることも出来ずにいた。ヒトが集まりすぎると迷宮は猛威を振るう。その引き金を自分たちが引くわけにはいかなかった。

 そんな状況下で宝石人形が暴走状態に入ったものだから、酷いことになった。混乱し、一斉に逃げ惑う冒険者たちをなんとか制御し、小部屋から出口の通路へと誘導するのに支援者たちは声を張りつづけていた。

 そんな大騒動の最中、コーダルと、訓練所の主グレンは、宝石人形の暴走の瞬間をしっかりと目撃していた。

 

「おいおいおい、やりおった。やりおったぞお前の弟子!」

「あーあーあー、やっちまったなあの野郎」

 

 そして盛り上がっていた。

 暴走の経緯をコーダルは見ていた。ウルがワザと暴走させた瞬間もだ。

 あるいは、事故のような形で誰かが先走って宝石人形が暴走する可能性は十分にあると彼も予想していた。だが、まさか宝石人形の弱点、カラクリに気が付いてなお、それを放り捨てて暴走状態にする者たちが出てくるというのは予想していなかった。しかもそれはこのグレンの弟子であるという。

 

「命知らずにもほどがある。お前の弟子バカなんじゃないのか!?」

「俺もそう思うよ。否定する要素がないね」

 

 グレンの弟子達の作戦(と言うにはあまりに乱暴だが)の意味は分かる。

 

 “宝石人形の急所の存在”に関してのうわさは、実はコーダル達の耳にも届いていた。故に奪い合いの争いになるだろうとの予想もついていた。実力が拮抗している銅以下の冒険者たちでは誰が宝石人形の急所を突くかもわからないであろうという事も。

 

 誰が急所を突くかもわからない運試し、不確かなギャンブルに賭けるよりも、暴走状態にしてしまえばライバルの数はぐっと減るだろう。

 

『GAAAAAGYAYAYAYAYAYAYYAYAYAAAAA!!!!』

 

 あんなバケモノ、誰だって戦いたくはないのだから。

 

 四肢を迷宮の部屋目いっぱいに広げ、窮屈なほどに膨れ上がった巨体。見た目通りケダモノのような咆哮を続ける頭と禍々しい角、それでもなお煌めき続ける体は迷宮の光に照らされて怪しげな輝きを続けていた。

 明らかな凶暴化。そして強化だ。人形の暴走は決して、知性理性を失うというだけの話ではない。魔石の代わりとなる魔道核からの魔力の過剰供給による“階級”の上昇。単純に魔物としての難度が数段跳ね上がる。

 

 元より賞金首としての難度を持っていた宝石人形がこの状態になってしまえば、白亜どころか、銅級の冒険者たちだってまともに相手していいものではない。

 

「それを、冒険者になって一月のお前の弟子が、勝てるのか」

「さて、な」

 

 グレンは気のない返事で返す。その彼の目の前で、宝石人形とウル達の激突が起こっていた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 集中していた。

これほどまでに意識を集中させた事は無かった。それほどに今、ウルは感覚を研ぎ澄ませていた。理由は明白だ。そうしなければ死ぬしかないからだ。目の前の動きを全力で注視し続け、そして出来る限り上手く――

 

「ぐがっ!?」

『GAAAAAAAAAAA!!』

 

 殴られる。

 

 よける事は敵わなかった。圧倒的なサイズ差、元々の宝石人形の攻撃すら回避するのは難しかった。そして今の宝石人形は、いや、“元宝石人形”は、それに加えて、

 

『GIIIIIIIIIII!!!』

 

 回避不能な速度で、回避不能な巨体を振り回す。

 現在のウルの技量と力ではどうしようもなかった。華麗に躱すなどどう考えても不可能だった。

 

「ぐがあ…!!」

 

 だから吹き飛ばされる。叩きつけられる腕を、盾で受け、無駄に力まず、衝撃を流し、地面を転がり即座に起き上がる。

 可能な限りダメージが無いように。相手の行動前の動きを見極め、盾で、鎧で、兜で、身体で、受けるダメージが可能な限り少なくなる事にのみ意識を集中させ続けた。

 

 つまるところウルはサンドバッグになっていた。

 

 これが可能なのは装備をガチガチに固めることができたおかげだった。頑強な防具と、耐衝の魔術がかけられた魔具の多重かけによる完全な物理防御態勢。最初から暴走した宝石人形と戦うという前提での備えと心構えが、ウルを踏ん張らせていた。

 しかし、それでも、

 

「……き、っつ」

『GAAAAA!!!』

 

 前足が大きく振り上げられ、そして真っ直ぐにウルへと振り下ろされる。直撃すれば耐えられないという理解と死への恐怖が心臓をわしづかむ。足を動かし僅かでも攻撃の中心から外れ、盾を上へと、そして斜めに構える。一瞬間が空き、衝撃が振り下ろされる。

 

「がっ!?」

 

 衝撃が斜めに流され、それでも身体が一気に弾き飛ばされる。衝撃が一度、壁に叩きつけられ、地面に落ちる。自分が今どこにいるのか一瞬見失い混乱する。地面に転がってると気づく。

 怪我は?痛みは?全身が痛い。全身打撲だらけだ。しかし動けないほどの激痛ではない。

 問題なし、続行。

 

 だが、殴られる。殴られ続ける防戦の一方。当然だ。この戦いにおいてウルは盾だ。宝石人形の前に立ち続けるだけのデコイに過ぎない。そして攻撃は、

 

「【氷よ唄え、穿て、穿て、穿て】」

 

 ウルの背後に構えるシズクに一任している。彼女は詠唱を唱え、そして同じ詠唱を重ねる。術式の構築を変えず、時間というコストを積み上げ、迷宮に満ちた魔力を魔術の強化に充て、一撃の火力を増していく。そして、

 

「【氷刺・強化】」

 

 普段よりも二回りも大きくなった氷刺が放たれる。氷の刃は鋭い速度で真っ直ぐに、宝石人形の胸部へと飛んでゆき、

 

『GAAA!?』

 

 直撃する、その前に前足が氷の槍をせき止めた。その腕に深々と槍は突き立つ。前回は刃の一つも立たなかったことを考えれば、耐久性の劣化は明らかだった。だが、ただ攻撃すればいいわけではない、弱点の魔道核を狙い撃たねばならない。

 

 ウルを守る風鎧で一回、更に今の氷刺で二回、残り三回の魔術回数。

 

 魔術回数は残り三回。しかしウルの守りが最後まで持つ保証もない事を思えばあと二回。その二回で弱点を打ち抜く。それまで決して 集中を途切れさせるな。と、ウルは両の手、前足をじっくりと睨む。攻撃が飛んでくるとしたら左右のどちらか―――

 

「上から来ます!!」

 

 はっと、シズクの言葉にウルは身体を真横に突き動かした。確認する間もない。直後振り落ちたそれは、ウルが目視していた両手ではなく

 

「あ、たま?!」

『GAAGAGAGAGAGAGGAGA!!!』

 

 脳天を逆さに振り下ろした人形は、そのまま虚ろな眼孔でウルをにらみ、嗤う。マギカの住処で発見した人形と同じく、本来の人形の理から大きく逸脱している。最早完全に別の魔物だ。

 

「面白くねえ、よ!」

『GAAA?!』

 

 ウルは目の前の口蓋に横薙ぎに竜牙槍を叩きつける。鈍い音、砕ける音。

 ウルが砕いた直後、新たに歪み生まれた宝石人形の頭はやはり脆くはなっていた。元より宝石人形にとって頭は暴走を引き起こす弱点、しかも砕けた頭を更に急造で作り変えたのだ。竜牙槍の“砲弾”を撃ち込まなくとも、砕ける。

 だが、急所は此処ではない。頭がなくなったところで宝石人形は稼働し続けるし、破壊された部分は回復するだろう。狙うべきは宝石人形の急所、魔道核。

 問題は、それがどこにあるのかまるで見当もつかないことだ。

 本来なら胸元の中心、しかし今変形したこの状態ではいったいどこに―――

 

『GA、GAGAGAGA!!』

「いつまで笑って、」

 

 頭を逆さにしたままこちらを見て笑う宝石人形に、ウルはもう一撃を叩き込もうと前へ出て、気づく。宝石人形の口から光の瞬きが見えるのを。

 そう、あれはウルが先ほど竜牙砲ではなった一撃の光と似て――

 

「ウル様!!!」

 

 シズクが背後から魔封玉を一つ投げる。コツンと、宝石人形の頭にそれはぶつかって。直後に炎がさく裂した。【爆炎】の魔術が込められたそれが、僅かに宝石人形の頭を揺らした。

 次の瞬間

 

『GA――――――――――――――――――!!!!』

 

「「…………!!!!」」

 

 ウルが竜牙砲で放った光の、その何倍も凶悪な破壊の光が迷宮に放たれた。その威力は背後に控えていた冒険者ギルドの面々も即座に身を隠すほどのもので、眼前でそれを受けたウル達は、体を伏せるので精いっぱいだった。

 

 シズクが方向をそらしてくれていなければ確実に死んでいた。

 

 頭上、間際を過ぎる確実な死の光線に、ウルは背筋が凍るような気分を味わっていた。幸いにして、一度放てばその後は方向を変えられないらしい。ウルが足元に伏せているのに無関係な方向へと光の渦が飛んでいく。

 

「ウル様!!ご無事!!ですか!!」

 

 徐々に収まりつつある光の渦の破壊の最中、シズクは這うようにしてウルの傍に近づいてくる。ウルは一つ頷き、

 

「シズク!あったぞ!!魔道核!!」

「どちらに!?」

「喉の、奥だ!!!」

 

 ウルは目撃した。あの光の渦を放ったその直前、ウルの持つ竜牙砲と同じ光が宝石人形の喉奥から放たれていたのを。もしあれが、本当にウルの使った竜牙砲と同じモノであるなら、あのエネルギーは魔道核から解き放たれたに違いない。

 すなわち、宝石人形の急所!

 

「喉の奥!または胸部の上部だ!!狙うぞ!!」

「はい!!」

 

 互いにターゲットを確認した直後、光の破壊が止む。宝石人形は自らの敵が死んでいないのを確認し、再び怒り狂ったような騒音をまき散らし、突撃した。

 

 



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宝石人形との闘い②

 

 宝石人形もとい、宝石“獣”の暴走が始まって、冒険者たちは一斉に身を引いた。

 

 尤も、迷宮から逃げ出したわけではない。宝石獣の暴走の被害を受けないずっと遠方で、散り散りになりながらその宝石獣たちと戦うウル達の見物に移っていた。

 

「おいおい、あのガキ殴られっぱなしだぞ?勝つ気あんのか?」

「おらー!せっかくの大金のチャンス潰しやがってー!やられちまえー!!」

「おいそこだ!殴れ!何してんだ!!」

 

 くだらないヤジは飛び交うが、彼らの士気は低い。宝石獣と戦おうという気を持ったものはこの場にはいなかった。多くは宝石獣の荒れ狂いっぷりにすっかりしり込みしてしまっていた。彼らの中には銅の指輪持ちの人間も幾人かはいる。彼らが装備を充実させれば、あるいはウル達以上に宝石獣に立ち向かう事もかなうかもしれないが、そうしようという者は出てこなかった。

 “ネズミ退治”と比べるとあまりにリスクが大きすぎた。敵が強大過ぎた。故に戦わない。今日を逃すとも、彼らには明日を生きていくための迷宮が残されている。彼らは賢明と言える。ウル達のように無謀な真似はしない。

 

 だから彼ら冒険者ギルドの面々よりもさらに後ろに下がりつつも、自分たちの邪魔をしたウル達にやじをいれる者。あるいは冷静に装備品の確認とパーティの状態をチェックする者。あるいはウル達が力尽き死ぬのを前提として美味しい処だけをかっさらうべく準備を進めている者もいた。

 

 そんな中、最前でウル達を見学するグレンのもとに近づく女がいた。

 

「なあ、オイ、不良教師。グレン」

 

 ウル達が今利用している酒場の客の一人、ナナだ。いつも酔っぱらっている彼女だが今日は素面であり、難しそうな顔をしていた。

 

「あん?ナナじゃねーかお前久しぶりだなあオイ。お前も参加したの?」

「あたしゃスタッフの方だよ。あの子らが心配でね」

 

 アタシの事なんてどーでもいいんだよ。とナナは首を振り、彼女はウル達を眺める。切羽詰まっている。そういう印象は酒場に来てた頃から感じてはいたが、まさかここまで危険なギャンブルに手を出すとは思わなかった。

 

「アイツラ、勝てるの?」

「さーな。アイツラしだいだろ」

「あんたの見立てだとどうなのって聞いている」

 

 ふむ、とグレンは首を傾げ、前を見た。目の前では依然としてウルがボコボコに殴られている。その様を見て、両の手を広げた。

 

「五分五分」

「五も勝率あるのかい……?」

 

 ナナから見ても“宝石獣”の強さは凄まじい。宝石人形は魔物の十三階級のうち十級に属していたが、攻撃力だけをみるならアレはどう見ても九級相当の魔物だ。それを、一か月そこらで冒険者になったばかりの子供が相手にするなど正気の沙汰とは思えない。

 

「本来以上の力を強引に引き出してる魔物が、真っ当でいられるわけがねえだろ」

 

 グレンは宝石獣の方を指さしてみせる。彼が示すのは宝石獣の右腕だ。先ほどからまるで嬲るようにしてウルを叩きのめし続ける右腕の関節部、ちょうど人間の肩に当たる部分が、よくよく見れば細かなヒビがいくつも走っている。

 

「……あれは?」

「シズクの魔術の影響だけじゃねえぞ?あれは“自滅”だ」

「自分の攻撃で崩壊しかけてるのかい?宝石人形が?」

「迷宮は迷宮の魔物に魔力を提供する、だがそりゃ維持までだ。流石に回復まではしちゃくれない」

 

 宝石人形を暴走させ放置しての自壊は狙えない。迷宮が律儀に“暴走状態の維持必要量魔力”を提供してしまうからだ。が、それ以上の消費を強要し、破壊すれば、再生するわけではない。

 

「見た目の異形に気を取られてビビっちまうかもだが、そもそもありゃー、魔物としてのバランスが崩れて崩壊寸前な状況なんだよ。上手く突きゃすぐ砕けるぜ?」

「このままならアイツら勝てるって事?でもじゃあ、逆になんで5割なんだい?」

「やり直しは利かないからだ」

 

 その言葉には強い実感がこもっているようにナナには感じられた。

 

「あいつらがやってるのは綱渡りだ。一歩踏み外せば死ぬ。そうならないように最後まで渡り切れるかどうかっていう戦いだ。それを続けるには鍛錬が根本的に足りていない」

 

 際立った才能があるわけでもなければ、努力を重ねるだけの時間もない。一般人のウルの綱渡りはあまりにも不安定で、細かった。少しでも風が吹けば奈落に転げ落ちる。

 シズクには特別な才能がある。が、それを育む時間はウルと同じくなかった。磨かれぬ才能など只人とそう変わりない。ウルとリスクは同じだ。

 

 二人がやってるギャンブルはいつ落ちるとも分からぬ凶行であり、無謀なのだ。右に左に吹っ飛ばされて、ヨロヨロと立ち上がってはまた同じことを繰り返すウルの状態を見ればよくわかる。

 既に彼はいつ気を失ってもおかしくない。

 

「出来る限りの準備のおかげでギリギリ踏ん張っちゃいるが、最後までいくかね」

「……」

 

 しゃべっている間にも咆哮と轟音は響く、宝石獣は自分の腕を、足を、体を、頭を、好き勝手に振り回してウルをいたぶり続けている。グレンは5割は勝利するといったが、果たして本当なのか、ナナにはとても怪しく思えた。

 

 ナナのような協力者たちは、危険と判断した場合冒険者たちの救助は許されている。無論、そうすればその冒険者は失格となる―――

 

「―――ちょっと?」

「手出しすんなよ。その瞬間あいつらのチャンスが水の泡だ」

 

 何かを行動する前に、グレンはナナの肩をガッシリと掴んでいた。昔からそうだったが、この男は本当に心が読めるんじゃないかと疑わしくなる。

 

「あんたの弟子、死ぬよ?」

「かもな」

「だったら」

「これからアイツは地獄を見るんだ。その入り口で躓いてたらそれまでだ」

 

 グレンの言葉はどこまでも冷静で、しかしそれ故に真実を突いていた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 宝石獣とウル達の戦闘は膠着していた。

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAGAAAAAAGA!!!』

「ガアッッ!!」

 

 宝石獣の伸びた腕から繰り出される横の薙ぎ払いを、ウルは白亜の盾で受け流す。かがみ、斜めに構え、なおも衝撃を流せず地面に叩きつけられ転がり、壁にぶつかる。痛みが腕と肩と背中に走る。もう痛くないところがない。

 

「逸らします!!」

 

 シズクの掛け声を聞き、ウルは即座に起きあがる。シズクが魔封玉を放り投げたのを目視するや、腰に備え付けた薬入れから回復薬(ポーション)を取り出し、即座に飲み干す。

 痛みが和らぐ。用意した五本のうち三本消費し残り二本。数を確認し、再び竜牙槍を握り

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!!GAA?!』

「そっちじゃないって言ってる!!」

 

 シズクへと気をそらし始めた宝石人形に突撃を叩き込む。再び宝石獣の狙いを此方へと向けさせる。シズクに注意を向けさせるわけにはいかない。魔術はまだ残り三回、発動するだけの隙を作るため、気をそらさなければならない。

 

 だが、持久戦ともなれば不利になるのがこっちなのは明らかだ。

 

 回復薬は残り二本、シズクは事前の作戦通り躊躇なく魔封玉を消費している。故に残りの数もそう多くはないだろう。現状で有効なものは後二つか、多くて三つか。

 突破口を掴まなければならない。あの口の中にある魔道核、あれを叩き壊しさえすれば、勝機が見えるのだ。なんとか、なんとか、なんとか!!

 

「おお!!」

 

 一撃、竜牙槍を宝石獣の右腕に振るう。それは役割を果たすための一撃だった。シズクから宝石獣の狙いをそらすために。

 

 そして、そのなんでもない一振りが決定的な結果を生んだ。

 

「……え?」

『GAAAAAAAAAAAA!!?』

 

 ウルの突き出した槍が、宝石獣の腕を"叩き砕いた"のだ。

 

 ウルは宝石獣を()()()()していた。

 

 あの、まったくウルの攻撃に対して身動ぎ一つしなかった宝石人形。ましてその暴走体。一回りも二回りも凶暴化した完全なるモンスター。どれだけ準備を重ねたとしても準備不足な分の悪すぎる賭けの相手だと。

 

 実際、ウルのその見立ては正しい。宝石人形から変異した宝石獣はウル達が戦うにはあまりにも早すぎる強敵だ。しかし、だからこそ、ウルはシズクに攻撃を委ねていた。

 

 自分如きが暴走した宝石獣を傷つけることはできないという認識がどこかにあった。

 

 だが、シズクの魔術が通るようになったように、ウルが自分に誘導するために放ち続けた攻撃も、実のところ有効だったのだ。暴走状態が、ウルの想定よりもはるかに人形の肉体を脆く、弱くしていたのだ。そしてウルの攻撃がとどめとなった。

 

 そしてウルはその結果を全く予想できなかった。敵への過大評価と自身への過小評価が彼の判断を曇らせた。結果――

 

「―――ウル様!!!」

「……っは?!」

 

 想定外の結果は、たとえ好機であれ、致命的な隙を作り、

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

「―――――」

 

 宝石獣の薙ぎ払いが、ウルを直撃した。

 

 




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宝石人形との闘い③

 

 宝石獣とウル達の激闘を見物していた一同は総毛立った。

 

 先ほどまで互角に、いやそれ以上に勇勢に戦っていたようにすら思えたウルが、一瞬にして紙きれのごとくすっ飛び、壁に叩きつけられたのだから。

 

「ウル!!」

 

 ナナは思わず絶叫する。他の見物者たちも、あわよくばウル達の横取りを狙おうとしていた者たちに至るまで、思わず息をのむような衝撃的なシーンだった。全員の頭に、最悪の光景が過った。

 

「ほらみろ、まだまだ精神修行あめーなおい」

「呑気してるね!あんたの弟子ミンチになったよ!?」

 

 ナナからみても、ウルを直撃した反撃の一打は明らかに致命傷だった。彼の体は迷宮の壁にめり込んでいるが、はたしてその体がどうなっているのか想像したくなかった。

 しかし、グレンはそれでも冷静だ。

 

「今のは右腕が崩れて残った左腕だけで繰り出した一発だ。対衝ネックレスと守りの魔術重ねてるし死んじゃいめえよ」

 

 こういった事故が起こることを想定して、ウル達は出来る限りの準備を進めていた。即死することはない。もっとも、骨の一つや二つはへし折れていても不思議ではないし、意識があるかは怪しいが。

 

「もう無理だろ!助けに行くよ!!おまえら゛っ!?」

 

 仲間たちを引きつれ、ウル達を助けに入ろうとナナたちは飛び出した。飛び出そうとした、ところでグレンに首根っこをひっつかまれ、強引に止められた。

 

「なにすんだい!!」

「まだ終わっちゃいねえよ」

 

 グレンは指さす先に、ウルの後衛に努めていたシズクの姿があった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ウルが壁に叩き込まれてからの、シズクの判断は迅速の一言に尽きた。

 

「……!!!」

『GAYHAAHAHAHAHA、GA?!』

 

 まず、備えてあった残る三つの魔封玉を一気に宝石獣に投げつけた。目障りな虫を叩きのめし、いいように笑っていた宝石獣は、突如目の前で発生した爆発、粉塵、そして爆炎にのけ反る。

 

「【風よ唄え、彼らを包め】」

 

 払うように残る左腕を振り回すが、魔術により生まれた炎と粉塵、それは掻き消えず宝石獣にまとわりつく。右腕を失いバランスも崩れているせいで思うように魔術を振り払う事は出来ていない。

 

 その隙に、シズクはウルがいるであろう、砕け散った迷宮の壁へと駆け寄る。

 見れば、凹みができている壁の中にウルがいた。少なくともミンチにはなっていない。鎧も、兜もほとんどがひしゃげているが、少なくとも人の形は保っている。

 

 急ぎ、首に指をあてる。心音がする。息もしている。

 

「ウル様」

 

 声をかける。だが、目を覚まさない。

 あまり衝撃を与えぬよう腰にある回復薬を抜き出す。衝撃で割れ、回復薬がこぼれている。シズクはそれをすぐにこぼさぬよう口に流し込み、それをそのままウルに口づけて注ぎ込んだ。ちゃんと飲み込めるよう、顎を掴み、強引に喉に落とし込ませる。

 

「ウル様」

 

 まだ目覚めない。

 ふむ?と、シズクは、頬を張ろうと平手を広げ、しかしその前に振り返る。

 

「……」

『GAGYAGYAGYAGAGYAGYAGYAGAYGYA!!!』

 

 宝石獣だ。魔封玉の魔術を振り払い切り、顔をこちらに近づけ、そして嗤っている。嗤っている。実に愉快そうに。自分の敵対者を叩きのめしたことが楽しくて仕方ないのだろう。子供のように純粋で、邪悪な笑いだった。そしてそのまま

 

『GAGGYAY-------!!!』

 

 拳を、振り上げる。残された左腕を大きく大きく、シズクとウルを、丸ごと叩き潰すべく。

 シズクはウルの身体を引っ張ってみる。抜けない。歪んだ鎧が食い込んでいる。引き抜く間につぶれるのが見えていた。

 

 残された選択は2つだ。ウルを見捨て、此処を逃げるか、守るか。

 

 彼女の最も優先すべき事項は“使命”である。

 使命の為にウルは重要ではあるが、不可欠ではない。

 彼がいなくとも、使命は達成できるのだ。使命が達成できなくなるリスクを背負ってまで、ここで彼を命がけで助ける意味は―――

 

 ―――お前は俺のものだ

 

「……ああ、そうでしたね」

 

 胸中に刻まれた約束が、先ほどまで頭に浮かんだ選択肢を捨てさった。

 

「守ります」

 

 ウルに背を向け、宝石獣を見やる。間もなく振り下ろされるであろう左の拳を睨みつける。

 

「【風よ、我と共に唄い奏でよ】」

 

 両の足で大地を踏みしめ、ウルを守るようにして、杖を両手に構えた。

 迫る死に立ち向かう事を彼女は選択した。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』

「【邪悪を寄せつけぬ堅牢なる盾で我らを包め】」

 

 振り上げられ、振り下ろされる拳。確実な死を伴う一撃を前にした彼女の歌にも似た詠唱は、思わず聴き惚れるほどに美しく、迷いなく、そして澄み切っていた。

 

「【風王ノ衣】」

 

 そして魔術が発現する。

 ウルを守るために彼女が生み出していた風鎧より上級の魔術がシズクとウルの身体を包む。本来迷宮内に現れる筈のない豪風は砕け散った迷宮の壁をも喰らい、巻き上げ、壁とする。迫る拳から主人らを護るにとどまらず、宝石獣の一撃を“弾き飛ばした”。

 

『GA?!!』

「発展魔術…!!戦闘中にか!!」

 

 驚愕に満ちた声がどこからか響くが、シズクには聞こえなかった。

 彼女は極限まで集中していた。自分たちを守る強大なる風の維持はすべて彼女の集中力にかかっていた。降りかかる拳は当然、一撃ではないのだ。

 

『GAGAGAAGAGAGAGAGAGAAAAA!!!』

「…………!!!」

 

 一撃が致死の攻撃が、繰り返し繰り返しシズクへと振り下ろされる。その度、暴風が吹き荒れ、その風圧でもって拳を弾き返す。拳は壁や地面、天井、果ては己自身の身体とあらぬ方向へとすっ飛び、しかしシズクには傷一つつけなかった。

 無敵とも思える風の結界、しかしそれを維持する彼女は、確実に削られていた。

 

「ああ……!!」

『GUGAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 シズクはおぞましい感覚に襲われていた。

 まるで荒れ狂う海の中一人溺れるような感覚、十分な準備と複数の術師で制御する強力な魔術をたった一人で操るのは至難だった。その状態で“風の鎧”を維持し続けなければならない。

 途切れそうな意識の中求められる集中と、それを殴りつけて妨害する宝石獣の攻撃、両端から体を引きちぎれそうな感覚でもなお、彼女は魔術を解くのを止めない。

 

 ウルを守る、その一心が彼女の意識を繋ぎとめていた。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「……っか」

 

 不思議だった。誰が為、というのは彼女にとって日常だ。彼女は滅私の化身であり、己の事など二の次だ。それが当然、故にこそ、誰かのために力を尽くすのも彼女にとってはごく普通の事。

 

 なのに何故、こんなにも力が湧き出るのだろう。なぜこんなにも必死なのだろう。

 

 朦朧とした意識の中、理由を己が内に問いかけると、返ってきたのはあの夜感じた暖かさだった。魔力の枯渇で指先まで冷たくなる感覚に襲われる中、胸の中心だけが暖かさに満ちていた。それがシズクを奮い立たせた。

 

 この温もりは、感情は、なにか

 

「………………ぐ」

 

 後ろでウルの呻き声がする。起きたのか、あるいはまだ意識がなく蠢いているだけか。振り返る余裕が全くないシズクにはそんな余裕は全くなかった。しかし振り返ることも叶わないその後ろから、腕が伸びて、シズクの身体を確りと掴み、支えた。

 

「……シ……ズク」

 

 それは、縋りつくのとは違った。

 こちらを気遣い、そして助けようとする腕だった。気力を振り絞って、自分を支え助けようとしてくれている動きだった。そうと気づいた瞬間、胸の温もりが更に燃え上がる様にしてシズクの身体に広がり、気力を取り戻させた。

 同時に、この温もりの正体に気が付いた。

 

「……嗚呼、嬉しかったのですね、私」

 

 嬉しかった。大事にすると、守ると言ってもらえて、嬉しかったのだ。

 “罪深いことに、許されがたいことに、嬉しいと思ってしまった”。自分には過ぎたものだと思いつつも、そう思ってしまった。

 この温もりは決して失いたくはないと、そう思ってしまった。愚かしい。罪深い。でも今は――

 

「死なせはしません」

 

 決意を口にし、彼女は再び意識のすべてを魔術の維持に集中する。パチパチと頭の中で小さな火花が何度も散って、焼ききれそうな熱を感じる。それでも、彼女が魔術を途切れさせることはなかった。

 

「………………!!!」

『GAA!?』

 

 そして先に根負けしたのは宝石獣の方だった。

 

 振り回し続けていた宝石獣の左腕、右腕は砕け残された左腕にも大きな亀裂がいくつも入り始めていた。シズクの魔術の影響だけではない。自らの負担を全く顧みず、力任せに振り回し続けた結果だ。宝石獣は砕けボロボロになった自らの左腕に対して唸り、うめき声をあげる。痛みに苦しむ声ではない。が、その声からは煮えたぎるような怒りが発せられていた。

 風の衣はいまだ宝石獣の前にそびえたつ。あと数度叩きのめせば砕けそうなほどに弱り始めていたが、自分の左腕とどちらが先に砕けるのかわからない。

 

 そう判断したのか、あるいは単に煩わしくなったのか、結果、宝石獣は手っ取り早い手段に出る。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 すなわち、魔道核による破壊の光熱の準備である。

 

 自らの心臓、魔道核を稼働させ、破壊の光を生み出す。爆発的な熱量と光を身体で反射し、まるで宝石獣自身が光り輝いているようにすら見えた。近寄るだけで火傷しかねない熱量は、そのままこれから放たれんとする破壊の威力を物語っていた。

 対して、それを受けるシズクは、

 

「……まだ」

 

 と、口にしつつも、すでに魔力のすべてを完全に使い切っていた。そして魔術を集中するための意識も、全てを振り絞った決死の守りだった。しかし、それはもはや途絶えた。

 身体を支える気力すら、すでに残されていないのか、ぐらりと、杖を取り落とし、体から力が抜けて、

 

「やっと、急所を、さらしたな、木偶人形」

 

 その彼女を抱きとめ、ウルは立ち上がった。

 



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宝石人形との闘い④

 右手に竜牙槍を握り、左腕で倒れたシズクを支えるウルの身体は悲鳴を上げていた。

 

 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!

 

 全身が痛い。

 だが特に脳天と、竜牙槍を握る右腕からはことさらに強い痛みが唸っていた。ほんのわずかでも動かすだけで稲妻のような痛みが走る。涙が出そうだった。いや、実際今ウルの顔は血と涙と鼻血とでぐしゃぐしゃな状態だった。拭うもままならない。

 

「……か、ぐう」

 

 息をするのも辛い。肺が動くたびに体の何処かが悲鳴を上げる。じっとすることもままならない。地面に転がりまわって赤子のように泣きわめきたい衝動が頭の隅を過る。

 

 だが、そうはしなかった。

 

 ウルの思考は全く別のモノに支配されていた。それは

 

「……ああ、はらがたつ」

 

 怒りだ。

 ウルは怒っていた。腹が立っていた。煮えくり立っていた。目の前で、シズクによってことごとく攻撃を跳ね返され、癇癪を起こした子供のように最大の攻撃を放とうとする宝石獣など目ではないくらいに、ウルは怒り狂っていた。

 

「なんで、なんだって俺が、こんな、目に遭うんだ」

 

 壁にめり込んだ身体を強引に引き抜き、シズクをそっと地面に寝かせ、その左手で竜牙砲の柄を握りしめ、ウルは唸る。

 

 なぜこうなったか?理由はいくらでも思い浮かぶ。

 

 そもそも目の前の宝石獣が悪い。コイツが好き勝手暴れさえしなければこうはならなかった。それを言い出すと他の冒険者たちもだ。こっちの邪魔をしさえしなければ評価点が低いというリスクを飲んで安全な手段で宝石人形のまま討てた可能性があった。というかそれを言い出すとそもそもかわいいアカネを借金の担保に出したクソバカバカしい冒険者(笑)なあの父親がすべての元凶なのではクソクソクソクソ絶対にあの親父は殺す百回殺しても足りない。

 

 ああ、なにもかも、なにもかもだ!!!だがそれよりも何よりも腹が立つのは――

 

「なんで俺はこんな道を選んじまったかなバカ野郎!!!」

 

 この地獄、奈落の底に踏み出した自分自身だ。

 

『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

「うるせえ!!!」

 

 ウルは人形に劣らず叫び、睨みつけた。死の恐怖は怒りでかき消えていた。

 

「眩しいんだよ、この野郎!!」

 

 そして眼前で輝く魔道核へと跳躍し、竜牙槍を振り回し、

 

『GIAAAA!!!』

「あ?」

 

 槍は、空を切った。

 単純な理由だった。宝石獣が後方へと、この大部屋一杯後ろに跳躍していた。砕けかけていた左腕を地面に叩きつけ、その反動で跳ね退いたのだ。結果、残った腕も砕け散り、両前足を失った宝石獣は、それでも頭だけは此方へとゆがめ、光をウル達へと向け続けた。

 

『GU,GAGAAGAAAAA』

 

 嗤う。魔道核の駆動音とは別の、歪な嗤い声が聞こえてくる。嗤っている。その槍はもう届かないと、ボロボロになったウル達をあざ笑う狂った獣の嘲笑だった。

 

「――危ないとみるや遠距離攻撃、賢いな」

 

 ウルは、その嘲笑を意に介さず、少し感心したように声を漏らすと、

 

「“魔道核起動”」

 

 竜牙槍の柄を捻った。

 竜牙槍の中に仕込まれた魔道核は人形と同じく脈動を開始する。竜牙槍の動作手順は顎を開き、核を起動させる。その手順とは真逆に、顎を開放しないままウルは核の起動を開始した。当然そうなれば膨大なエネルギーの出口を失い、熱は内部に籠り続け、最後には爆散する。

 

 故に

 

「俺も真似しよう」

 

 ウルは、竜牙槍を“投擲した”。

 

『AGA!!!!?!?』

 

 迷宮によって鍛えられた力で全力投擲された槍は、此方に向かって大きく開かれていた宝石獣の口内に一直線に叩き込まれ、魔道核に突き立った。何かが砕ける音と、狂った駆動音が大部屋の中で反響する。放たれる直前だった宝石獣の閃光が飛び散り、天井や地面を焼き切った。

 そして遅れて、突き刺さった竜牙槍の核が限界を迎えた。溜め込まれたエネルギーが逃げ場を失い、爆散した。

 

『GIIIIIIII?!』

「良いな」

 

 ウルは自らが生んだ結果に満足するようにそういって、飛び出した。武器としていた竜牙槍は既に彼の手にはなく、しかしその代わり、彼の手には別の槍がすでにあった。

 

「【氷棘】」

 

 氷の槍、シズクが意識を失うギリギリで生み出した最後の魔術。それを握り、ウルは駆ける。宝石獣は己が急所の破損でもだえ苦しみ、地面をのたうっている。竜牙槍の爆散が宝石獣の頭を半分消し飛ばし、魔道核が完全に露出していた。

 

「とっとと死ね」

 

 跳躍し、渾身の力を込めた槍を、ウルは宝石獣の心臓に真っすぐに突き立てた。

 

『―――――』

 

 直後、まだ放出され切っていなかった宝石獣の魔道核のエネルギーが、衝撃と共に砕け散り、宝石獣は爆散した。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 宝石獣とウル達の激闘を眺めていた者たちは全員が息をのんだ。

 

 暴風と轟音、そして光と爆発、

 

 

『―――――』

 

 あれほどまでに荒れ狂っていた宝石獣の動きが、ピタリと止まったのだ。

 

 唸り声も止まり、荒れ狂う光の渦も停止していた。まるで呆然とするように動きを停止させていた宝石獣は、やがて重力の法則にしたがうようにゆっくりと、地面に倒れた。あれ程までの硬度を見せていたその身が、衝撃と共に崩れ、砕け、崩壊する。

 

「お、おおおおお……」

「お、おい!やったぞアイツ!!」

 

 ずっと距離を取って眺めていた冒険者が歓声とも驚愕ともつかない声を上げる。その横で討伐祭の実行を取り仕切っていたコーダルが矢継ぎ早に医療魔術の使い手たちや、救助を行う冒険者たちに指示を送り、宝石獣の残骸の撤去に向かわせた。その中にはナナたちの姿もあった。

 

 慌ただしく行き交う声と人の中、ガシャン、と、宝石獣の残骸を踏みしめる音が響く。

 

「―――――――」

 

 その場にいた全員息をのむ。

 宝石獣の残骸の頂上に、勝利者であるウルが姿を現した。背中にはシズクを抱え、立つ彼の姿はボロボロだった。身にまとってたはずの兜はなく鎧は半ばまでひしゃげている。装備していた盾は半ばで砕け落ち、握りしめている竜牙槍は、もはやただの残骸に等しい。頭から流れた血は顔をべったりと汚していた。

 

 凄まじい死闘であったことを物語る身体を引きずるようにして、ウルは歩き進む。そして最初から最後まで同じ姿勢を崩さず見物に徹していたグレンの前にたどり着いた。

 

「かった、ぞ」

「おう。やるじゃん」

 

 あまりにもさっぱりした、しかし初めてのグレンの称賛に、ウルは力なく笑った。そしてそのまま、この場に集まった冒険者たちに向けて、あるいはこの世界そのものに向けて、ウルは宣告した。

 

「俺達の、勝ちだ」

 

 そう言って、ウルはそのまま前のめりになって、倒れた。

 

 



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祭りの後

 

 身体を酷使しきった後の睡眠は、深く、心地の良いものだ。

 真っ暗な世界、思考が形を結ぶ前に解けて霧散していく海の底。不安な事は何もない。ただただ癒しをもたらしてくれる海の底。だからこそ、覚醒に伴う浮上は苦痛だ。

 

 意識がもう少し眠らせてくれと強請る。しかし身体は願いを無慈悲に拒否し、グングンと意識を浮上させていく。やるべきことがあるのだと訴えるように。

 やるべきこと。やらなければならないことは何か、と考えた時、脳裏によぎったのは唯一の家族の事。

 

「……」

 

 ウルは目を覚ました。

 目を覚ました。はずなのだが、なぜか目の前が真っ暗だった。夢でも見ているのだろうか、と思ったが、体は動く。自分が動かしている身体がこれは現実だと教えてくれている。ではこの闇は何か。

 

《にーたーーーん!!おきた?!》

「アカネか」

 

 顔面にへばりついてるモノを引きはがして、ウルは闇の正体をしった。アカネが顔にはりついていた。なぜに睡眠状態のウルの顔面にへばりついていたのかは不明だが、アカネは目を覚ましたウルを見て、手足をパタパタさせた。兎に角嬉しそうだった。

 

《いたいとこないー?!》

「んーダイジョブだ……シズクは」

 

 探す。までもなく、隣のベッドで横になっていた。

 重たい体を引きずりゆっくり彼女のもとに近づく。ベッドに横たわる彼女は規則正しく呼吸をして、幸せそうに眠っていた。少なくとも死んでるわけではないらしい。ウルはほっと息をはいた。

 

「……シズク」

 

 小さく声をかける。

 起きなければそれで良いと思っていたが、その声でシズクはぱっちりと、目を開けた。そして身体を起こし、ウルを確認すると、両腕を広げ、そして

 

「なん……おご」

「御無事でよかったです」

 

 タックル気味に抱き着かれた。中々の衝撃が病み上がりの身体を貫いたが、柔らかな感触があったのでよしとした。下を見れば、シズクは心底に嬉しそうに、安心したように微笑んだ。うっとりするような、愛らしい笑顔だった。

 

「躊躇いないなあ、シズクは」

「喜ばしい事ですから」

 

 どうあれ、彼女が無事でよかった。とウルは安堵のため息をついた。そして冷静になって、今さらながら自分がいる場所が、普段寝床としている馬小屋と違うことに気づく。

 

「貴方は3日寝てたんですよ」

 

 と、そこに聞いた覚えのある声がした。“以前”も世話になった30代半ばの女性。とても大きなエプロンを身にまとっている。療院の治癒術師。

 

「お金はありません」

「賞金の方から治療費は差っ引かせてもらいましたので」

 

 ウル達が担ぎ込まれた理由を知ってるらしい。当然か。

 

「……で、おいくらで」

「二人分の治療で金貨2枚」

「高い」

 

 ウルは思わず悲鳴のような声を出した。

 実際想像以上の高額だった。いくら自分たちがこの国の国民ではないとはいえそんだけの金が吹っ飛ぶとは、どれだけ自分たちは重傷だったのだ。

 と、顔を青くするウルに、彼女の背後から

 

「高回復薬(ハイポーション)を使わせたからねー。私が頼んで」

 

 と、ひょっこりと、ディズが姿を現した。

 3日ぶり、と言っても特に変わりあるわけでもない、迷宮の入口で別れた時と変化ない彼女は、いつも通り優雅な動作でするりと病室に入ってきた。ウルのもとにいるアカネに驚きもせず、治癒術師もディズの存在を自然に受け入れているところを見るに、ひょっとしたら3日間毎日見舞いに来てくれていたのかもしれない。

 

 お礼の一つでも言うべきなのだが、その前に気になる言葉があった。

 

「高級回復薬(ハイポーション)」

「熟練の冒険者たちや小金持ちたち御用達の高級霊薬。貴重な体験だね?」

「お安い治療方法はなかったのだろうか」

「3か月くらい治療に専念することになったけどそっちの方がよかった?」

 

 良くなかった。ウルには時間がない。アカネ買い戻しの期限は決まっているのに3か月も寝ころんでいられない。そもそもそれだと、3日で目覚められたかもわからない。彼女の判断は適切だった。

 出費はこの上なく痛いが。

 

「……よし、うん、よし、わかった、ありがとうディズ、本当に、助かった…!」

「いろいろと飲み込もうと苦心してるのがとても面白くて私は好きだよそのお礼」

「俺がこれまでの人生で触れたこともなかった金が眠っている間に吹っ飛んだ事実を飲み込む時間をくれ。頑張るから。感謝してるから」

 

 ほんのひと月前まで、ウルは銀貨はおろか、銅貨1枚か2枚のやりくりにうんうんと唸っていたのだ。それがいきなりこれでは、現実感もなにもあったものではない。

 

「その様子だと、これからもっと心臓が大変なことになりそうだね」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 【冒険者ギルド】、グリード支部

 

 ウル達が住処としていた訓練所のすぐ真裏に建てられている、今や世界を回す冒険者業の中心にして運営所。ありとあらゆる冒険者たちが立ち寄る場所であり、冒険者にとって様々な手続き、情報の交換、依頼の受付に報酬の受け取りや昇格の申し込み、パーティの申請などなど、あらゆる“冒険”のサポートを行うのがこの場所だ。

 

 その直下の施設である訓練所にいたために、そういった手続きや情報などを得ずともグレン達からもたらされていた。そうでなくとも日々が迷宮探索と訓練、そして宝石人形対策で手いっぱいになっていたウルはあまり立ち寄る場所ではなかったのだが、今日はウル達は此処にいた。

 理由は

 

「それでは、お二人が討伐した宝石人形の報酬がこちらでございます」

 

 宝石人形の報酬を受け取るためだった。

 ウル達の目の前に、見たこともない量の金貨が積まれていた。累計金貨10枚である。節制すれば1年は働かずとも暮らしていけるような金額が目の前に積まれていた。

 

「……」

「まあ、すごいですねえ」

 

 ウルは眼前に存在する金貨の山に言葉を失い、シズクは呑気にその光景を称賛していた。

 

「そしてこちらから療院の治療代および高回復薬の代金、金貨2枚を差し引かせていただきます」

 

 そしてそこから金貨2枚が引き抜かれる。唯一神ゼウラディアが刻み込まれた大きな金貨、本来なら1枚だって慎重に扱うようなシロモノが無造作に引き抜かれる。

 

「そしてそこから討伐祭に際して追加された金貨5枚を足させていただきます」

 

 その上にさらに金貨5枚が無造作に乗せられ、

 

「更に宝石人形の撃破時に発生した魔石の換金で金貨2枚、銀貨20枚が加わりまして」

「タイム」

 

 ウルがギブアップした。

 

「ウル様、気分が悪いのですか?背中をさすりましょうか」

「うん……今までの金銭感覚がマウントとられてタコ殴りにされてる感覚がだな」

 

 シズクに背中をさすられ、ウルは頭をクラクラとさせた。

 冒険者として働き始めてから、同僚たちの金銭の扱いがおおざっぱだと思っていたが、その理由の一端を垣間見た。恐ろしい勢いで金が右に左に流れていくのだ。これで金銭感覚が狂わない方がおかしい。

 ともあれ、だ。とウルは改めて目の前の金貨を見る。合計金貨15枚。やはり大金だ。しかし、

 

「……命懸けの報酬として適切なのか?これは」

「ウル様の装備は殆ど全損していましたので、新しく装備を整えねばなりません」

「シズクの装備も新調したいとなると、更にここから減るわけか……」

 

 なんという自転車操業だろうか。迷宮に潜り、賞金首と死闘を繰り広げ、得た金を使ってさらに強い敵と戦うための武器を獲得するのだ。冒険者という職業はバカだ。とウルは改めて確信した。

 

「……でだ、一番重要な問題がまだ残ってる」

「そうですね……私たちの冒険者としての昇格はどうなっているのでしょう?」

「昇格するか否かは一月ごとの冒険者ギルドの定例会議によって決められます。それがちょうど五日後ですので、間に合わせるために明日には一度面談を受けていただきます。そうすれば早ければ1週間後には結果も出ますので、それまでお待ちくださいませ」

 

 ニコリと有無言わさず冒険者ギルドの受付嬢は微笑みを浮かべた。

 

「後5日、生殺しだな。どうやって過ごすか」

「心配するな。やるべきことはタップリある」

 

 と、背後から聞きなじみのある声と共に、ポンと肩をたたかれる。いやな予感がして振り返ると、予想通り、無精ひげのグレンがニッカリと笑顔を浮かべていた。

 

「久しぶりだな。師匠。で、なんだ」

「久しぶりだな弟子。さ、行くぞ」

「ちょっと待グェ」

 

 有無言わさず、ウルは首根っこをひっつかまれ、引きずられる。

 

「宴会だよ」

 

 

 

 

 宝石人形獲得賞金、金貨15枚、銀貨20枚

 

 



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祭りの後②

 大罪迷宮都市グリード、酒場【火鯉の池】

 

 地下に存在するその酒場は多く存在する他の酒場と同じく、冒険者たちで賑わっている。特にこの酒場では派手な格好をした若い女性の従業員が多く、所謂“サービス”も豊富であるためか、男達には人気の場所だった。今日も今日とて、迷宮で稼いだ金を女たちに貢いでいた。

 

 そんな、ある意味実に昨今の冒険者らしさの詰まった酒場の片隅で、浮かれた雰囲気からは程遠い怒気を撒き散らした連中がいた。

 

「くそ!あの女!やってくれやがって」

「俺らをなめ腐ってやがる!」

「このままじゃ済まさねえぞ……今に目にもの見せてやる!」

 

 【赤鬼】のメンバーは殺気立っていた。

 当然である。彼らは“してやられた”のだ。あのシズクという少女に。何も知らない素人のツラで、金だけを奪い取り、更にその情報を拡散し劣化させ、そして賞金首討伐の機会をまんまと奪い取られ、討伐されてしまった。

 

 やられたという以外言葉がない。彼らは小娘の手のひらの上で踊らされたのだ。

 

「…………」

 

 だからこそリーダーのオーロックは苦い顔になった。仲間たちの怒りはもっともだ。自分だって腹が立っている。だが、それは負け犬の遠吠えであるという事実を理解できないほど彼は間抜けではなかった。

 

 もともと、相手を侮って、相手の無知に付け込んでやろうとしたのはこちらである。要は“騙し合い”に敗れたというだけである。だというのにこれで怒りのまま復讐すれば、【赤鬼】の名は地に落ちるだろう。素人の冒険者に騙し合いに負けて、挙句それに怒って復讐に走った無能な冒険者として。

 そんなことになれば、この都市での居場所がなくなる。冒険者のウワサはすぐに広まる。元より【赤鬼】が良く見られてはいないことは承知だが、この復讐は明らかに“限度”を超える。それは彼にもわかっていた。

 

「オーロック!このままでいいのかよ!!」

 

 だが、仲間たちは収まらない。復讐しない、なんて提言でもすれば一触即発、下手すれば分裂解散の危機である。彼は板挟みにあっていた。そしてその全ては結局シズクのせいであった。

 

 あの女本当に余計な真似してくれやがって……

 

 八つ当たりとわかっていてもそう思わざるを得ないくらい彼も思い詰めていた。仲間たちの意見に思わず賛同しそうになった、その時だった。

 

「失礼いたします。【赤鬼】の皆さま」

 

 シズクが、正面から自分たちを訪ねてきたのは、

 

「…………は?」

 

 彼は流石に己の目を疑った。彼女は店の酒場の扉から堂々と、仲間の少年を引き連れやって来たのだ。

 

 当然、仲間たちの怒りは頂点に達した。

 

「こ、このアマ!?」

「よくも顔見せられたなあ?!おい!!」

 

 罵倒を向けられてなお、シズクは平然としている。その背後で仲間のガキがいるとはいえ、まったくもって気にする様子はない。やはり囲まれた時、怯えていたのは“フリ”だったようだ。憎たらしい事に。

 

「で、何の用だ?俺達を嗤いに来たのか?」

「謝罪と賠償を」

 

 皮肉たっぷりに言うと、彼女は素っ気なく返事し、そしてことんと目の前のテーブルに手を置いた。思わず全員が目を向ける、彼女がテーブルから手を離すと、其処には

 

「……金貨だ」

 

 そう、金貨があった。それも“2枚”。

 

「1枚は貴方達に渡した情報の対価。結果として此方でその情報の価値を損なわせてしまいましたから、その代償で」

「……もう1枚は?」

「僅かであれ、協力関係であったことへの感謝です」

 

 実際は協力、なんてものは欠片もなかったのはシズクも承知だろう。であるにもかかわらずそう口にしたのは、此方を納得させるためであるのはすぐにわかった。

 だが、

 

「ふ、ふざけんな!納得するかよ!!」

 

 仲間達はいきり立つ。

 これが得のある話なのは皆分かっている。金貨2枚を受け取れば金貨1枚分の黒字。馬鹿でもわかる。しかも、仕事という仕事は殆どしていないのだからまる得と言って良いだろう。だが、それでも「だから“やられた”のを飲め」と言われると、プライドが邪魔をする。

 本当は後ろにいるバカどもだって金は欲しいに決まってるのだ。しかしバカ故に肥大化したプライドを制御する手段を持っていない。さてどうするか――

 

「前提として、あんたが脅迫まがいの真似をしなきゃ、こんなややこしい事にはならなかったんだがな」

 

 と、そこに、女をかばうように仲間の少年が前に出てきた。自分よりもはるかに強面の男たちに囲まれても、怖がる様子も見せない。宝石人形と正面から殴り合い、一皮剥けたらしいルーキーは堂々とこちらを見つめてくる。

 

「シズクのやり方にケチをつけて、自分たちはセーフ、なんてのはちょっとカッコ悪くないか?」

「てめ――」

「それともう一つ、祭りが起こる前、迷宮でシズクがお前らを助けたのは覚えてるか」

「あ」

 

 と、仲間の一人が声を上げた。声を出してしまった。それが決定的だった。仲間達は先ほどまでの威勢が急激にしぼんでいった。

 オーロックもその件は知っている。仲間たちが無茶をして、宝石人形退治を狙い、挙句失敗した。他の冒険者に邪魔された、と言っていたが、どうやら向こうの言い分は違うらしい。そして、どちらが真実であるのかは、仲間達のしょぼくれた顔を見れば明らかだった。

 

「迷宮で助けてくれた恩人を脅しかけた挙句、逆に利用されてしかも逆ギレしたバカになるのと、労せずに金貨一枚の得を得たやり手の冒険者。どっちが好みだ」

「……いいだろう、金だけおいて消えろ」

 

 一言、それだけ言った。オーロックの言葉に、僅かに仲間たちはどよめき、抗議するように声を上げようとするが、勢いはない。まともに言葉になろうとするその前に

 

「それでは失礼いたします」

 

 シズクは深々と頭を下げ、金貨を置いて退散した。完全に怒るタイミングを失い、振り上げたこぶしを振り下ろす間もなく好機を失った彼らは、途方に暮れていた。酒場の騒がしさ、男たちのはやし立てる声と女の声が響くそのさなかにおいて彼らの空気は冷え切っていた。

 

「いいのが?リーダー」

 

 口を開いたのは、メンバ―の中でも比較的冷静だったグロッグだ。問われ、オーロックは頷いた。

 

「これ以上の引き際はねえよ。アイツの言うとおりだ。損しかねえ選択と、得しかねえ選択。選ぶなら後者だ」

「だがよ」

「それに、討伐祭の時ならいざ知らず、平時での冒険者の諍いはご法度だ。あの女のせいで今後の生活に支障をきたすわけにはいかねえ」

 

 正論を淡々と述べ、まだ少しくすぶっていた不満を丁寧にもみ消す。それでもぶつぶつと不満を口にするが、先ほどまでの勢いは完全に消沈していた。

 オーロックは内心で冷や汗をかきながら安堵していた。金貨を見た瞬間、仲間たちの怒りが一気に萎んだのを感じた。すぐに頭に血が上るやつらばかりだが、金には弱い。

 

 で、あれば、あとはもうひと押し。

 

「んで、リーダー、かね、どうすんだ?」

「んなもん決まってら!あぶく銭だ!女と酒よ!!!」

 

 オーロックの言葉に、メンバーたち歓声をあげるのだった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……ぶじ事が収まってよかった」

 

 飛び出した酒場の中で背後で小さく聞こえてくる男達の歓声を聞きながら、ウルは静かに安堵した。

 

「すみません、ウル様。ご迷惑をおかけしました」

 

 頭を下げるシズクにウルは首を横に振る。

 宝石人形の賞金を得て、真っ先にウル達が行なったことは、【赤鬼】達との決着だった。宝石人形打倒のための装備を整えるためにシズクがだまし取った冒険者たちへの謝罪。

 

 しかし別段、シズクが【赤鬼】と交わした契約で間違ったことは一つもしていないし、返金のみならず追加で更に金貨を一枚くれてやるというのはやりすぎかもしれない。が、禍根を完全に断つための必要経費とウルは割り切った。グレンも事情を説明するとそれに同意した。

 

 ―――無駄な恨みは買うなよ、おめーら弱いんだから

 

「あの時得た金貨はいわば無理矢理こさえた借金だ。利子くらいつくさ。上手く向こうが流してくれたのは幸運だった」

 

 もし、そうでなかったなら、厄介なことにはなっていただろう。ヒトの恨みとは根深く、いつまでも後を引く。

 

「まあ、もう済んだことは良い。それよりも、やらなきゃならんことがある。めんどくさいが」

「既に酒場に連絡は入れてあります」

 

 そう、赤鬼への謝罪は前座でしかない。本番、討伐祭の勝者が行わなければならない“恒例の義務”はこれからだ。

 

 すなわち、勝者が獲得した賞金をふるまい行う宴会である。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 刹那主義の乱暴者、先を考えず今を楽しむ冒険者、というのも今は昔。

 

 命の危機あれど、安定した収入の約束された迷宮という職場を得てからというもの、冒険者も建設的に金を貯め、将来に目を向けるのが当たり前となった。その日稼いだ金をその日のうちに全て消費するようなバカな真似をする冒険者は最早希少種だ。

 

 しかし、時に大金が懐に転がり込むような事があった場合――例えば賞金首を討った時など――その時は冒険者は大盤振る舞いで金を散財するのが決まりになってる。“義務”と言ってもいい。

 

「特に討伐祭なんかは、他の冒険者を出し抜いたわけだろ?恨みっこなしの一発勝負っつっても、奥底で恨みつらみを抱えちまうのが人間だ」

「だから、それを後々に引きずらないために、討伐祭の勝利者は、普段世話になってる酒場で宴会して、全員に“おごる”のが通例と……面倒な」

 

 と、グレンの解説を思い返しつつ、ウルは顔を上げる。

 場所は『欲深き者の隠れ家』、本道から若干外れつつも賑やかしいこの酒場は、普段と比べさらに人が多かった。見た顔は多いが見ない顔も結構ちらほらいる。ひょっとしたらおこぼれにあずかろうとしてるのかもしれない。まあどうでもいい。

 そして彼らは全員が全員、此方をじっと見つめている。ウルが口を開くのを待っているかのように見える。いや、本当に待っているのだ。なにせこの場の主役はウルなのだから。

 

「……えー」

 

 ウルはグレンに教えられた定型文を頭の中で繰り返す。なまじこんな真似をするのは初めてなので緊張した。が、宝石獣と対峙するよりははるかにマシだと心を落ち着かせた。

 自分の隣にはシズクもいる。いつも通りのほほんと、柔らかい微笑みを浮かべる彼女を見るとさらに落ち着いた。緊張しているのがバカバカしくなる。

 さて、と、ウルは咳を払い、全員に聞こえるように大きく落ち着いた声で伝えた。

 

「賞金、ゴチになりました!!」

 

 瞬間、酒場中から一斉にブーイングが起こった。

 

「代わりに今日は俺の奢りだー好きに飲んでくれ!!」

 

 瞬間、酒場中から歓声と共に乾杯の掛け声が響き渡った。

 

「おお、ウル!我らが大将!!乾杯!!」

「大物喰らいのウル!!人形殺しのウル!!」

「てめえが手に入れた賞金全部のみほしちゃるからなー!!」

「シズク!!偉大なる魔術師の卵よ!!」

「シズクちゃーん!!かわいーぞー!!」

 

 元気だ。とウルは思った。もちろん、それはありがたいことではあった。そうやってバカ騒ぎして、禍根を残さないでいてくれるならそれでいいのだ。

 皆が注がれた麦酒(エール)を呷るのを確認して、ウルは安心して席に着いた。自分のテーブルについているのはシズク、そして

 

「やーや、カッコいいねウル」

「ディズ」

 

 借金取りの少女、ディズである。彼女はアカネを膝に抱えながらにまにまと嬉しそうに笑った。アカネはキョロキョロと人がたくさんいる場所を楽しそうに見て回っている。

 

「アカネ、果実水飲むか」

《のーむ》

 

 店主に頼んでいた甘い飲み物(幾つかの果実を絞りミルクに混ぜたもの)をアカネに渡すと、アカネはとてもうれしそうにコクコクと飲み始める。ウルはアカネの頭を撫でてやるとくすぐったそうに目を細めた。

 

「可愛らしい」

「俺の妹だぞ」

「今は私のものだもんねー……ちょっと、そんなこの世の終わりだみたいな顔にならなくても。いいよ君の妹でいいから顔をあげなさい」

 

 テーブルに突っ伏すウルをディズはぺちんぺちんと叩いて起き上がらせて、

 

「君、妹好きだね。アカネもウルが好きだけど」

《にーたんすきよ》

「好き嫌いとかよくわからんが、家族だ」

「それを望むなら今後も頑張らないとねって、今言うのはヤボだねー……そんなわけでどうぞ。2人にプレゼント」

「……これは?」

 

 手渡されたそれは、一見すると単なる小型の鞄で、腰に装着するためのベルトがついている。深い紺色の生地で誂えられており、派手な装飾もなくシンプルだが、不要な部品を取り除いた機能美を感じた。

 鑑定能力など持っていないウルでも、良いものであるというのは分かった。これは

 

「【拡張鞄】か?」

「いわゆる“魔石収容鞄”。拡張魔術が仕込まれているから借り物のボロ袋よりも収容率は数倍。重さは逆に驚くほど軽い高級品、おまけに魔石の自動回収機能付きだ。大事にしなよ」

 

 見れば魔石以外にも、魔具薬品地図その他を収容する袋が備わり実用性に富んでいた。試しにウルが自身の腰に備えてみるとしっくりと収まった。言う通り、重さもなかった。

 

「良いのか?貰って。高いだろう?」

「私の無茶ぶりに君は真正面から応えた。ご褒美くらいは用意するさ」

 

 ディズは笑って、両手を叩いて拍手する。アカネもそれをまねした。

 

「おめでとうウル。シズク。見事宝石人形を討ち取った。とても素晴らしいことだよ」

《おめでとー》

「ありがとうございます。ディズ様。アカネ様」

「ありがとうございます……無茶ぶりはもうないよな?」

「後は冒険者ギルドに評価されて銅の指輪を獲得してその後3年で黄金級になるだけだよ!」

 

 結局元の大問題が残されている事実に、ウルは机に突っ伏した。しかしもともとはウル自身が打ち立てた無理難題であるので、文句も言えない。

 

「……なんだか、あんたとは長い付き合いになりそうな気がするよ。ディズ」

「そうでなくては困るね。ウル。アカネも寂しがるだろうから」

 

 そう言って、よいしょとディズは膝に座らせていたアカネをウルの方へとやる。ウルは元気になった。

 

《にーたん元気ー?》

「アカネ、最近はどうだ。ディズにいじめられていないか」

《ハゲのおっちゃんすきー》

「ハゲ言うのはやめなさい。とりあえず後でお礼とお詫び言っておかなければな」

《これきれい》

「お酒はダメだぞアカネ、まだお前には早い」

 

 紅の身体をくねらせながらも、ウルに「何が楽しかったか」を語っているアカネの様子を見るに、今のところひどい目には合っていないのは間違いないらしいので、ウルは安堵した。この幸せそうな彼女を悲しませてはならないとウルは心を引き締め、

 

「おりゃー、ウルー!よくしななかったにゃおめー!!」

 

 よっぱらいに絡まれた。アカネは使い魔のフリをしながらパタパタとディズの懐に逃げ込む中、アルコールにより顔を崩壊させたナナがテ―ブルに乗り込んできた。

 顔が真っ赤である。鎧を脱ぎ捨て薄着で肌色があちこちから見えている。酒瓶を両手に握りしめて暴れるさまは酔っ払い以外の何物でもない、教育に悪い。

 

「んにゃ!あちしゃかんどうしたんらー!おまーらがなー!ほうせきにんぎょーほな!」

「この素行で指輪はく奪されないかと心底思うんだがもう少し酒癖をだな」

「だいじょうぶらよー!!ほら、あらひ!素行の良さがあふれてる!!」

「口から嘔吐物があふれようとしてるけどな危ない危ない待て待て待て」

 

 結果として彼女の口からあふれ出た“素行の良さ”は桶に収まり何とか処理は完了した。ため息をついたウルの気も知らずうへへへへと笑うナナはごにゃごにゃと言葉にならない言葉を呟いて、ウルに向けて笑みを浮かべ、

 

「んふふ、死ななくてよかったらー」

「……うん、心配をかけた」

 

 心配してくれていたのは事実なのだろう。酒に酔っ払いぐでんぐでんになったナナにウルは素直にお礼を言った。そんなやり取りを見て、隣のテーブルで酒を飲んでいたジャックが同じく酔いで据わった目で大きな声で叫びだす。

 

「俺は別にくたばっても構わなかったんだがなー!そしたら賞金は俺の物だった!」

「ぬかせよ!おまえにゃーむりだよチンピラ三下」

「んだとーら!!」

 

 ケンカが始まった。とたん、近くのテーブルが他の冒険者たちの手によって速やかに除けられ、二人を囲むリングができた。早くも賭けを取り仕切り始める者まで出てきている。ケンカなんてものは冒険者には日常茶飯事らしい。店主はやれやれとほうきを持ち出し破損した瓶の片づけを始めた。

 

「元気だねーアホどもは」

「宴会としては正しいと思うが……というか、それこそアンタは何してんだグレン」

 

 その騒乱の最中、グレンは彼らのバカ騒ぎには全く絡まず、一人で酒をドンドンと空け、そして目の前のおかずをチビチビとつまんでいる。やってることは独身男の贅沢な晩酌である。

 

「あん?ただ酒とただ飯を楽しんでるよ」

「タカリか」

「何のためにお前に宴会の手順教えたと思ってんだ」

「やっぱりタカリじゃないか」

 

 世話になったのだから感謝したいというのに感謝しがいのない男であった。最も、彼は基本的にこんな感じだったのでいつもの事だった。ウルは空になっているグレンのコップにエールを注ぎ、頭を下げた。

 

「ありがとう師匠。死なずに済んだ」

「そりゃよかった」

「そんだけか」

「上等だろうが。ほれ、酔っ払いに絡む暇あったら行くとこあんだろが」

 

 グレンはしっしとウルを追い散らす。行くところ、というと一つしか思い当たるところはなかった。思えば起きてからドタバタとし続けてまともに話してはいない。ウルは自分のテーブルで先ほどから変わらず椅子に座る相棒に顔を向けた。

 

「シズク?」

 

 普段からおとなしく、ふわふわとしている彼女であるが、今日はそれよりも増して随分と静かだった。彼女はウルの声で顔を上げるが、いつものようにやんわりと笑いもせず、マジマジとウルの方を見つめ返してくる。

 

「……どうした?」

「ウル様……」

 

 しばし間をあけ、そして彼女はこらえきれない、というように立ち上がり、ウルに駆け寄って、

 

「やりましたね」

 

 そう言って、彼女はウルの両手を自分の両手でぐっと握りしめた。

 

 途端、彼女の中の感情がウルの中に伝達するようにして、ウルの身体の奥から、まるで噴火するような想いが湧き出てきた。喜び、達成感、安堵、目の前の彼女への圧倒的な感謝、今の今まで実感出来ずに蓋をしてきたモノが怒涛のようにウルの身体を包み込んだ。

 

 きっとそれは目の前で、微笑むシズクも同じだった。

 

「……そうだな、やった」

「はい」

「やった、俺たちはやった。やれたんだ」

 

 何度も言葉にする。だがそれだけでは到底足りない。あふれ出る感情を処理する事なんてとてもできなかった。だからウルは衝動に従い、目の前のシズクを腰から抱いて、掲げるようにして、思い切り叫んだ。

 

「俺たちは、勝ったぞ!!!」

「はいっ」

 

 そのウルの咆哮に、冒険者たちは再び乾杯を掲げ、ウル達を讃えたのだった。

 

 

 

【討伐祭・宝石人形討伐戦:リザルト】

・宝石人形撃破賞金:金貨10枚

・宝石人形獲得魔石:銀貨20枚相当

・討伐祭特別報酬:金貨5枚

・落下物:宝石人形の石片

・人形の魔片 吸収

 




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冒険する者

 

 イスラリア大陸、中央域、大罪都市プライディア 別名 天陽都市プラウディア

 

 冒険者ギルド本部、総会議室

 

 優に数十名は収容可能であろう大きな会議室。調度品、椅子、机、一つ一つとっても簡素だった。会議室は冒険者の仕事場ではない。という信念があり、歴代の冒険者ギルドのトップの多くはギルド本部内に積極的に金を回すような真似をしなかった。

 尤も、だからといって、冒険者ギルドは今やこの世界に無くてはならない存在であり、だからこそこの会議室での仕事も決してないがしろにすることはできない。本日は冒険者ギルドの定例会議であり、各都市支部の支部長達からの報告がなされていた。

 

 ただし、各支部の冒険者ギルドのトップが全員この場に集結しているわけではなかった。それどころか、この場にいる人間はたったの三人。会議室の上座、トップの席に座る女性が一人と、その左右に会議の記録を取る書記が一人、議長席に座る女性の秘書が一人いるだけだった。残る席にはだれも座っておらず、その代わり会議テーブルの中央に球体の水晶、遠方との通信を可能とする“遠見の水晶”が置かれていた。

 地中から出没した迷宮の存在が確認されてはや百年。迷宮からあふれ出た魔物たちの存在によって、地上では移動するだけでも相応のリスクがかかる。そのため冒険者ギルドの会議は魔道具による通信で行われる。魔道具の費用は相応にかかるが、それでも直接全員が出向くよりははるかにマシであった。

 

《―――以上でグラドル支部の報告を終わります》

「ご苦労」

 

 魔道具から聞こえてくる暴食都市グラドルの支部長の報告に対して頷く女性。

 栗色の髪を後ろで丁寧に束ねまとめ、黒をベースとしたギルドの制服で身を包んでいる。僅かだけで化粧を済ませた肌には張りがあり、一見すれば30代に見える。顔も間違いなく美人と分類されるモノだ。が、頬から首にかけて刻まれた巨大な傷跡、まるで巨大な刃物で切り裂かれたようなその傷跡が、美人であるという印象をかき消していた。また、その表情は“老練”という言葉が似合うような鋭さと、落ち着きがあった。会議室の中心、この世全てを回しているといっても過言ではない冒険者ギルドのトップの椅子が相応しい。

 

 【神鳴女帝】と名高く、現在冒険者ギルドの長を務める女、名をイカザ・グラン・スパークレイと呼ぶ。彼女は額に寄りそうになる皺をならすように何度か指でみけんをなぞり、ため息をついた。

 

「賞金首の数が減らんな」

 

 ぼやきに近い彼女の言葉に椅子の前に設置された通信水晶が輝き、言葉を伝達する。

 

《腕利きの冒険者を当たっているのですがやはりリスクが高すぎると……》

《迷宮が儲けやすすぎんすよー。おかげで世界は潤ってますけどさー》

「最早冒険者というよりも迷宮炭鉱夫とでも名乗った方が正確だなこれでは」

《今に始まった話ではないであろう。貴方が現役の時にはとうに冒険者の名は意味を成してなかったではないか≫

《別に気にしなくてもいいんじゃねえのー?もともと都市防衛に関しちゃ各都市の騎士団の仕事で、賞金首の討伐はウチらの義務じゃないでしょう?》

《それを都市の長どもに言うてみい、どんな顔されるかわかったもんじゃないぞ》

 

 答えの出ない堂々巡りの言葉の応酬に、再びイカザはため息をつき、

 

「まあ良い。次だ」

 

 そういって、ピタリと討論を止めさせた。

 

「冒険者の昇格の件について」

 

 冒険者の昇格、即ち指輪の授与に関しては、必ず定例会議を通して決定している。それほどまでに指輪持ちの昇格に関しては慎重だ。指輪持ち、ギルドが認めた実力者の証の信頼を保ち続けるためにも、昇格候補として本部に送られてきた冒険者の情報は必ずイカザまで届けられる。

 イカザは秘書から渡された書類を改めて確認する。

 

「およその判断に問題はなかった……が、グリード支部」

《はい》

 

 老いからくる、いささか震えた男の声が水晶から響く。名はジーロウ、長らくグリード支部を支えてきた支部長で、冒険者からのたたき上げでもあるために現場への理解も深い。

 迷宮都市として大量の魔石を発掘し、大陸全土に貢献するこの都市を担うに足る人物であると、イカザも理解している。が、それ故に今回の“ソレ”は疑問だった。

 

「一組、銅の指輪の昇格とされてるパーティが若すぎる。登録からたったのひと月だぞ」

《登録後、一月以内の賞金首の撃破、合否はともあれ一度は選考する必要性はあると》

「その物言い、お前自身はさほど積極的ではないと」

《ウチの訓練所の教官、グレンの推奨です》

 

 グレン、という名に僅かざわめきが彼方此方の水晶から漏れる。元黄金級、【紅蓮拳王】の異名を持つ彼は、冒険者ギルドの中での認知度は高い。

 

《……あの、性悪のグレンが?》

《面倒って理由だけで黄金級の昇格式すらサボった男が……?》

《竜でも降ってくるんじゃなかろうな?》

 

 ただし、悪い意味でも高かった。

 ともあれ、元黄金級の推奨、ともなればジーロウも昇格選考にその冒険者を出さないわけにはいかなかったのもわかる。たった一月で賞金首を撃退した事実も確かに素晴らしくはある。が、

 

「シズク、この者はまだ良い。魔術師として高い素質を持っている。早いうちウチに縛っておくには申し分ないものだ。だが、この少年はどうか」

 

 パサリ、とイカザは書類を広げる。こまごまと詳しく一人の冒険者の魔名や技能を文章化された情報(ステータス)が載せられており、一番上にはウルと名前が書かれている。

 

「彼には特筆すべき才覚があるようには読み取れない。一月での賞金首退治は確かに優れた功績であるが、指輪を与える判断を下すには少し弱い」

《あやつの推薦だけでは足りませんか》

「その中身を聞いている。あの男の推薦文、「推薦する」しか書いてないのだが」

 

 水晶の奥で、頭を抱えるような気配が伝わってきた。

 

《申し訳ありません。送らせる前にこちらで確認すべきでした。》

「子供ではないのだから……全く」

 

 イカザはため息をつく。その言葉の端にわずかに楽しそうな声音があったことは水晶越しの他支部の面々には気づきようが無かった。彼女はその気配をすぐ消して、改めて

 

「グレンからの推薦理由、何か聞いてはいなかったか」

《理由、というにはいささか抽象めいていますが》

「それは?」

《「奴が冒険者だから」だそうです》

 

 その一言に対するその場の反応は困惑と失笑だった。推薦理由としてはあまりに具体的に欠けていたし、そもそも冒険者なんて今や星の数ほどいるのだ。何を当たり前のことを言っているのか、という反応が大半だった。

 

 だが、イカザはその言葉に静かに目を細めた。

 

「―――成程?」

 

 彼女は眼前に広げられた“ウル”の資料を見る。彼の技能を見る。

 平均、平凡、特に何か特別な能力があるわけでもない。才能を持ち合わせているわけでもない。冒険者になった経緯はいささか普通とは異なるが、彼自身は凡人だ。一山いくら、この世界にたくさんいる、ごくごく一般的な冒険者だ。

 

 しかし、その彼が、ひと月で賞金首に“挑んだ”のだ。

 

 勝利した結果は重要ではない。彼の相方の少女の活躍もあっただろう。それ以上に運の要素が存在したはずだ。賽の目が良い方向に転がっただけでは“足りない”し、そこに注目しても意味がない。

 

 重要なのは、彼が、挑んだ事だ。死地を選択したその事実。

 

「…………」

 

 イカザは僅かに考え、そして頷いた。

 

「良いだろう」

《イカザ様!?》

 

 複数の水晶から驚きの声が響く。が、イカザは気にしない。“ウル”の資料をひらりと指先でつまみながら、少しだけ楽しそうに笑った。

 

「慎重安定、冷静な判断、それらを“踏まえたうえで投げ捨て”、結果を掴むというのなら、それもまた、冒険者の在り方だ。それを続けられるかどうかは今後にかかっている、が、やれるものならやってもらおうじゃないか」

 

 資料を手放し、手元にある印でもって、“ウル”と“シズク”の資料に認可の証を叩きつけた。

 

「“冒険者”としての活躍を期待する」

 



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冒険者になった後 

 

 

 【冒険者認定証明具、銅の指輪】

 

 冒険者として一定以上の実力と人格を持ち合わせていると本部に判断された者に渡される実力者の証。この時世、冒険者を名乗る者は掃いて捨てるほどに存在するが、実際に冒険者ギルドが冒険者として認定しているのは指輪を所持している者のみだ。

 

「これが……」

「カッコいいですねえ……」

 

 冒険者ギルドグリード支部の一室で行われた長きにわたる講義ののち、ウル達は冒険者の指輪を渡された。サラサラとした布を解いて姿を現したその指輪は冒険者としては最下級の証であるにもかかわらず、ハッと息をのみたくなるような美しさがあった。

 黄金とも見紛う銅の輝き、そしてそこに意匠された竜とそこに交差した刃が二本、冒険者ギルドの紋章が細やかに刻まれている。

 

「ピッタリだ」

 

 人差し指に嵌めてみるとピタリと指に収まった。指のサイズを測った覚えもないのに完璧だった。そして

 

「銅の指輪を持つ者は六級までの魔物出没域への挑戦が許可されている。当然だが、挑戦が可能であることと、お前たちの実力がそれに見合うかは別問題なのを忘れるな」

 

 長々とウル達に講義をしてくれたグリード支部支部長のジーロウの言葉にウル達は頷く。冒険者の指輪の譲渡の際は支部長直々に手ほどきを施すのがグリード支部の伝統であるとかなんとか。

 

「冒険者の指輪は様々な施設の無料利用も許可されるほか、複数の魔術が収納された魔道具だ。使いこなせるようになれば今後の迷宮探索の助けになるだろう。一つ一つ今まで教えてきたことを復習し、試行を重ねろ」

「はい」

「承知いたしました」

 

 素直に頷く生徒二人を前に、よろしい、とジーロウは頷いた。

 

「お前たちの事情は既に聞いた。無茶をするなと言っても聞かないだろう。が、闇雲さが必ず成功に繋がるとは限らん事は忘れるんじゃないぞ」

 

 そう言って、二人の頭を優しく叩く。表情の険しさと違って、手のひらからは二人への思いやりが伝わってきた。

 

「一つの問題に対する回答は一つではない。一つのやり方で失敗したなら、一度足を止め全体を俯瞰し考える時間を自らに設けろ。自分にとっての最善の答えが何かを考えることを忘れるな」

 

言い終えると、二人の子供は自分の頭に触れながら

 

「凄い、なんてまともな指導者なんだ」

「グレン様であればここらへんで一撃拳がとんできますからねえ」

 

 二人は感動した。

 

「もう少し加減するよう伝えておく」

 

 ジーロウは、額を揉んだ。

 

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 訓練所、講義室。

 指輪を受け取りそのまま裏手のこの場所に戻ってきたウル達を出迎えたのはこの場所の主であるグレン、そしてアカネを連れたディズだった。二人が講義室に入ると、グレンはまるでやる気なく、ディズは楽しそうに、アカネはそのディズの真似をして、拍手で迎え入れた。

 

「指輪獲得おめでとうクソザコナメクジども」

「祝福したいのか罵倒したいのかどっちだ」

「おめでとうウル。心から称賛するよ」

「元凶が優しい」

《めでたーい》

「アカネ様、それは手拍子です。拍手ではございませんね」

 

 てんでバラバラな祝われ方をしながら、ウル達は椅子についた。二人の指にはしっかりと銅の指輪がはめられている。冒険者ギルドに認められた証であり、二人が討伐祭の勝利者である何よりの証であった。

 ウルはその指輪をディズへとぐいと見せた。

 

「約束は守った。これで――」

「アカネは正式に“預かり”になった」

 

 そう言ってディズはニッコリと微笑みを見せた。

 

「君の望みはかなえられた。後は3年内に黄金級になるだけだ」

「絶対なってやるから覚悟しろコノヤロウ」

「お二人とも仲良しでございますねえ」

《なかよしねー》

 

 人生のかかったやりとりだが、妙に間は抜けていた。まだウルとアカネ以外は出会って一ヶ月だというのに、すっかり馴染んだ印象である。

 

「イチャついてるところ悪いが、説明すべきところはもう一つある。お前ら指輪の魔具機能はジーロウのおっさんから学んだか」

「一通りは」

「実践は」

「急ぎの講習でしたので、説明だけでした」

「んじゃ、最優先で実践すべきものを一つ。お前ら指輪付けた手を前に出せ」

 

 言われるまま、指輪をはめた手を前に出す。

 

「術式詠唱。【名を示せ】」

 

 言われるまま、術式を詠唱する。と、指輪をはめた右手の甲にうすぼんやりと何かが浮き上がってきた。“一筆”の模様だ。ウルの手の甲に浮かんだものは真っ直ぐな線だが、シズクのものはまた違う形をしている。

 

「これが……魔名って奴か」

 

 魔力は基本的には目に見えない。よほどの濃度でなければ、ヒトの目では形を捉えることはできない。それを魔術によって見えるようにしたものが魔名だ。いわばこれはウルが獲得し、成長させてきた魔力そのものである。

 

「そだな。そんでもってこれはお前自身の【魔名】だ。お前という存在そのものを示していると言っていい。ある程度魔力を喰ってなきゃ示されないんだが、宝石人形撃破で基準値は超えたらしい」

 

 見れば、ウルとシズクとで魔名の形は違う。それぞれ別種の成長を遂げているらしい。

 

「ちなみに、これがわかったから何か得でもあるのか」

「相手がどんな性質と魔力量を保有してるかがわかる……まあざっくりだがな。そして自分の場合は、これまたざっくり成長具合が分かる。魔名の大きさでな」

 

 なるほど、確かにウル達の魔名は小さかった。ほぼ一筆書きで完成している奇妙な模様だ。

 

「成長すると魔名の画数が増える?」

「そうだな。わかりやすいだろ?それが成長の具合。【一刻】【二刻】【参刻】と刻印数が増えていればそれだけ魔力を喰った証拠となる」

「ちなみにグレンは幾つなんだ?」

「【五刻】、現在確認されている最大刻印数だ」

 

 つまり、すくなくとも黄金級に至るまでには五刻印を目指さなければならないと、そういうことになる。なるほど、確かにざっくりとした指針くらいにはなる。

 

「刻印が増えれば、つまり魔力が強化されればそれに応じて肉体も強化される。場合によっては異能も芽生える」

「具体的には?」

「基本、五感の強化だ。【魔眼】もこれにあたる。それ以外にも第六感の【直感】【霊感】等。それ以外も色々。中身もピンキリだな」

「……それは選べるのか?」

「無理」

「無慈悲だ」

 

 技能とは、その都度、自身に必要なものが発現する。元々の素養、その時の環境、自身の精神状態、あらゆる要素が絡み合う。選択できる代物ではない。

 

「まあ、安直な欲望とかじゃなくて、“真に必要と感じたもの”になる傾向は高いがな。冒険者は狙わずとも戦闘系統に依りやすい。当然、獲得した魔力の質や量で形作るもんだから異能の中身についてはやっぱりピンキリなんだが……」

 

 ちょうど良いな。と、グレンはぴっと2本、指を立てた。

 

「お前がこれから黄金級を目指す冒険者として選べる道は二つだ。一つはこれからも大罪迷宮グリードに潜りつづける事」

「もう一つは?」

「各都市国家を移動して、賞金首を退治して回る事」

 

 賞金首。その言葉を聞いた瞬間脳裏をよぎるのは勿論あの宝石人形の事だ。獣のように暴れまわり、ウル達があと一歩間違えれば確実に命を奪い去っていたであろう脅威そのもの。

 それを退治して回る。それがどれだけ無茶な事か。と、思いつつもその言葉は飲む。無茶を言ってるのは自分なのだ。

 

「それぞれのメリットとデメリットを確認したい」

「一か所に場所を据えた迷宮潜りは多くの冒険者の主流だ。まず安定する。なにせ同じ場所を潜りつづけるわけだからな。出現する魔物にも慣れるし、迷宮の構造への理解も深まる。都市からの信頼も増えりゃ仕事も増える」

「良い事ばかりな気しかしないのだが、デメリットは?」

「安定しすぎだ」

 

 グレンはくいっと訓練所の外を顎で指す。

 外の大通り、行軍通りには今日もたくさんの人があふれかえっていた。つまりそこには冒険者たちの姿も沢山あるという事だ。使い古した装備を着こなした古参の冒険者からピカピカの装備と緊張した面持ちの若者、果てはそこらで働く都市民と変わらないような恰好のまま腰に剣だけ突っ込んでる者までいる。様々な格好をした者たちが、そろって全員向かう先は勿論【迷宮】だ。

 

「基本的に迷宮潜りの連中がやることは、魔石掘りだ。魔物を殺して魔石を採って引き上げる。それはこの都市への貢献ではあるが、それは別に偉業でもなんでもねー。皆やってることだ」

「冒険者ギルドへの印象は弱い?」

「未開拓階層の攻略、グリードなら59階層以降の攻略ができれば偉業だが、そんなもん、一朝一夕で出来るもんじゃない。何年も何年も下積みしてようやく。中層にたどり着くのが基本だ。近道はねえ。だから正直、期限があるお前の状況では選択できないに等しい。シズクならまだこちらをお勧めするが」

 

 シズクは首を横に振った。

 

「私もあまり悠長にはしていたくありません」

「生き急ぐよりはましだと思うんだがねえ……で、そうなると、もう一つの方だな」

 

 突き出した指の片方を折る。残った人差し指を揺らし、グレンは口を開いた。

 

「各都市を巡り、迷宮や開拓予定地をうろついているような賞金首を狩っていくルート」

「リスクがかなりデカそうだな」

 

 勿論、とグレンは肯く。

 

「多くの冒険者が倒し難いと判断し、賞金が付けられても尚、誰も手を出さなかった、あるいは出しても返り討ちにして生き残ってるような奴らを狙うわけだからな。当然ハイリスクだ」

「そんなもんを狙うメリットは?」

「さっきとは逆だ。冒険者ギルドからの評価は著しく高い。賞金を懸けられながらずっと放置されていた魔物の撃破だ。評価しないわけにはいかねーんだよ」

 

 安定性は著しく欠く反面、地道な積み重ねが必須な迷宮探索と比較すると、明確な近道が存在するのが賞金首ルートとなる。ギルドの点稼ぎにこれほど明確な目標は無いだろう。

 

「だが、ずっと放置されてた強力な魔物だろ?それこそ地道に実力付けなきゃどうにもならないんじゃないのか?」

「そうでもない。放置された理由、っていうのは必ずしも戦闘力に依存していない」

「戦闘力よりも“面倒”という理由で放置されることもあるということでしょうか?」

「正解。あるいは、魔物そのものより、その拠点としてる場所が面倒って事もあり得る」

 

 更に言えば、近年、冒険者達が出世よりも安定を求める傾向が強くなっているのも一因ではあるとグレンは説明する。わざわざ命や大金を懸けてまで、賞金首を倒すくらいなら、手慣れた迷宮で安定して稼ぐ方がずっとマシだと、そう考える冒険者の方が現在では多数派だろう。

 今回の宝石人形の時のように、よっぽどメリットがあるか、放置するデメリットが大きくない限り、無視されるのが今の冒険者界隈の傾向だ。

 

「つまり、“出世欲が強い物好き”にとっては、狙い目ではあると」

「ついでに、これはさっき話してた魔名の話に繋がるが、賞金首レベルで長生きしてる強い魔物から得られる魔力は“量”と“質”がかなり高い。雑魚を繰り返し狩る場合よりは早く強くなれる」

 

 迷宮に出没する魔物達などは、迷宮から生成されて間もないためか、魔力は煮詰まっておらず、また、属性に染まってもいない。偏りが無い分、形になるにも時間が掛かる。何より安全が十分に確保された単調な狩りでは“真に力が必要な状況”に遭遇することは滅多にない。

 その点においても、賞金首狩りは、強くなるには最適である。

 

「っつーわけだ。お前の状況考えりゃ、まあ一択だわな」

「大陸の彼方此方で手頃な順番から賞金首狩りか……まあ、そうなるか」

 

 つまり、今回の宝石人形狩りのような騒動がこれからも続くということだ。

 

「ではこの都市ともおさらばですね?此処で親しくなれた人たちとお別れになるのは少し寂しいですね?」

「今日すぐ出発するわけでもなし、ちゃんと挨拶するとしよう……問題は」

 

 ウルは振り返り、ディズと、そのディズの膝に座るアカネを見る。旅をする、という事は必然としてこの街を離れるという事だ。それはすなわち、アカネとも離れ離れになるという事に他ならない。

 

《にーたん?》

 

 首をかしげるアカネの頭を撫でる。

 アカネと離れ離れになる。それはつらい。アカネも辛いだろうがウルはもっと辛い。

 

「ディズ」

「流石に君と一緒に旅するのは許可しかねるな。まだ彼女は君のものではない」

「そこをなんとか」

「食い下がってもダメー……と、言いたいんだけど」

 

 ディズは小さく首をかしげて、少し考えるようにして、言った。

 

「一つ、提案がある。いや、正確に言うと……“依頼”かな?」

 

 




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出立の準備

 

 

 

 大罪都市グリードという巨大な迷宮大国から獲得できる魔石の量はイスラリア大陸で最も多い。

 神殿の神官たちが授かる精霊の加護は社会維持の要だ。都市の全てを覆うように守護する太陽神の加護、【太陽の結界】はまさにその象徴と言えるだろう。

 だがその一方で、現在の社会を維持する上でその全てを精霊の力で賄うことはできない。魔導技術の発展はその消費も激しさを増し、魔力そのものの消費を加速させた。個々人の持つ魔力だけでは賄いきれなくなった。迷宮の魔石の需要は爆発的に増したのである。

 

 故に、グリードから産出される魔石を求める都市は多い。が、その貿易には相応の困難が付きまとう。

 

「なにせ、都市の外を一歩でも出れば【人類の生存領域外】になるからねー」

 

 大罪都市グリード正門前でディズはしみじみとつぶやく。

 

 都市の外は【人類の生存領域外】だ。人の支配域はあくまで防壁と結界に囲われた都市国の内側のみ。一歩外に出れば、魔物や盗賊たちが蔓延る文字通りの無法地帯だ。

 そこを、移動するのは必然的にリスクが伴う。迷宮が世界各地に生まれ、迷宮の外に魔物たちが溢れるようになり、人類生存圏がズタズタに引き裂かれてからというものの、交易をおこなうのは大きな困難が伴うようになった。

 

「その対策の一つが、これですか……」

《おっきーねー》

 

 “ソレ”を見上げ、シズクとアカネは口をあんぐりと開けた。

 それは、ウル達が先日撃破した宝石人形よりも遥かに大きかった。六本の足で大地を踏みしめる巨大なる“亀”。頭には大きな角が一本生えた“亀の魔物”だ。

 

「【島喰亀】だね。全長100メートル超の陸型“運搬獣”。馬車ごと運搬可能」

「何を食べたらこんなに大きくなられるのでしょう」

「魔石」

《かたくないん?》

「ボリボリ食うよ。野生の島喰亀は魔石が埋まった岩盤ごとゴリゴリ食べるらしい」

 

 確かにアレでかみつかれたら、岩だろうがなんだろうがあっけなくつぶれるだろう。間違ってでも顔の近くには近づきたくはなかった。

 

「通常の魔物と同様、大気の魔力も食べるから、そこまで大喰いってわけじゃないんだけどね。それでも島喰亀を維持できるのはグリードならでは、かな」

「歩く速さはどれくらいなのでしょうか?」

「馬車とどっこいかな。ただ、休まず数日間歩き続けても問題ないってのが魅力だね」

 

 大亀は大きくぶふうと息を吐いた。離れているはずなのに生暖かい息が此処まで届く。臭くはないのは主食が魔石だからだろうか。

 

「何より、この背中に乗っていれば都市間の移動で、襲われるリスクが少ないのは大きいね」

「盗賊たちが襲うにも魔物達が襲うにも、大きすぎるわな」

 

 大きいという事は強さである。

 宝石人形と戦ったウルにはそれが強く実感できた。宝石人形すらも石つぶのようにみえる大亀にウルは挑もうという気にはならない。それは魔物たちも同じらしい。

 

「だから、私も都市間の移動にはコレを使う――はずだったんだけど」

「だけど?」

「ダメになった」

 

 ディズはうなだれた。いつも余裕しゃくしゃくな彼女がうなだれている様子は少しスッとした。

 

「……理由を聞いても?」

 

 たしか島喰亀は金さえちゃんと積めば名無しであっても乗ることが許可されるはずだ(無論、犯罪者等は弾かれるが)。まして彼女は官位持ち。拒絶される理由がわからない。

 

「各都市の移動要塞って維持費に【商人ギルド】がかなり出資してるんだけど、私そこに所属してる一部のヒトにめっちゃ恨まれててさー」

「何したんだよ……」

「欲しいものがあったから弱みに付け込んで奪った」

「邪悪!自業自得じゃねえか!」

 

 同情する余地はなかった。邪悪と指さされてもディズは否定しない。自覚があるらしい。

 

「で、まあ移動要塞が使えないなら、馬車の旅ってことになる。ただ、ちょっと今人手不足でね。護衛が欲しいんだ」

「……それを俺たちに頼みたい、と」

 

 これが、ディズからの提案、依頼だった。

 

「私も仕事で都市を巡らないといけなくて、君たちの目的を考えればちょうどいいだろ?」

 

 確かに、まさしく、彼女の移動に合わせて動くならアカネとも離れずに済む。最適ともいえる提案だった。しかし

 

「ありがたい話だが、まだ冒険者になって一ヶ月の俺たちを信用して良いのか?」

「いざとなったら命を懸けて護衛してくれるだろ?人質もいるしね?」

《ひとじちよ》

 

 アカネが手を上げた。ウルは彼女の頬をむにむにとひっぱる。

 

「素直に喜びづらい」

「ですが、助かりますね」

 

 それはウルにとってもシズクにとっても、一石二鳥の提案だった。

 賞金首巡り、各都市を回る一番の難点は、安定した収入が望めないことだろう。拠点を定めて同じ迷宮を潜ることを繰り返す冒険者たちが多いのもまさにそれだ。護衛という任に就きながら移動すれば、移動間の収入の不安定は解消されるだろう。

 安易に飛びつくわけにもいかないが、実に、美味しい話なのは確かだった。

 

「だけど、グリードを出て結局アンタはどこへ向かうんだ?」

 

 ふむ、とディズはしゃがみ込み、小石でさらりと地面にこのイスラリア大陸の図を簡単に描きだした。斜になった楕円形の上半分、右下の端っこに点をかく、そこは今この場所【大罪都市グリード】だ。ディズはそこから右に弧をかくように線を引いていく。

 そしてそのまま大陸の中心からやや左上の一点に小石をおいた。

 

「【アーパス山脈】を迂回しながら【大罪都市ラスト】を経由しつつ、最終的には大連盟盟主国【大罪都市プライディア】を目指す」

「大移動だな」

「ま、ね。直線形路のアーパス山越えはきついし、東からぐるりと回っていくから長旅だよ」

「どれくらい時間がかかりますか?」

「さあね。補給で衛星都市によったりもするだろうけど、場合によっては仕事が発生するかもだ。途中ラストでひと月は過ごすつもりだけど、グラドル領による可能性もある」

「グラドルに寄るなら相当遠回りになるぞ?」

「だからこそ護衛が欲しいんだ。野営とかの準備やら、魔物襲撃時の迎撃とかも任せたい」

 

 なるほど、と、ウルはイスラリア大陸の地図を頭に思い浮かべる。

 

 彼女の言う通りなら、このイスラリア大陸をぐるーりと外周を半周近くすることになる。

 だが、ウル達にとってそれは歓迎すべきことでもある。各都市を巡ればそれだけ賞金首と遭遇できる確率も上がるだろう。旅が長いほど、護衛の報酬も続くということでもある。提示されている報酬の額も悪くない。

 なら、とシズクに視線を向けると彼女も頷いた。ウルはディズに向き直る。

 

「了解した。依頼は受けるよ」

「なら、補充は今のうちにね?道中の魔物と遭遇は鬱陶しいし、できれば島喰亀の出発に合わせて移動したい。二日後までに所用は済ませておきなよ」

 

 と、言うわけで、ウルとシズクの出立の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 職人街

 

「さて、装備を新調する必要が出たわけだが」

「はい」

「正直大金持っていて恐怖しかないので全部使いたい」

「ダメです」

「ダメか」

 

 ウルは自分の財布に詰まった金貨を見て怯えるような顔で胸元に抱え込んでいた。

 宝石人形撃破時に獲得したウル達の資金は金貨15枚と銀貨20枚。銀貨20枚はあの酒場での宴会ですべてを使い切り、赤鬼に「協力費用」金貨2枚を支払い金貨13枚が現在のウル達の全財産だ。

 勿論、それらをすべて持ち運ぶなど恐ろしくてできなかったので、冒険者ギルドに預けている。指輪所持者にしか利用できない銀行であるが信用は高い。ウルもそこに金貨5枚は預け、持ち歩いているのは金貨8枚だ。勿論これでも大金だが。

 

 冒険し、金を集めその金額で新たなる装備品を手に入れ、その装備でさらに金を稼ぐ。というのが冒険者の基本的な金の使い方と集め方だが、勿論、現実はそう単純にはいかない。

 

 高い武器には維持費もかかる代物も多い。いきなり強力な武器防具を手に入れたとして、それが使いこなせるとも限らない。現在は大迷宮時代、突如として身に余る大金を獲得する話なんてのはままあるが、それ故にその大金をうまく使えず失敗して大損する冒険者なんて話はままあるが、しかしその大金を無為に失ってしまうという話もまた、ままある事なのだ。

 だから最低限の金貨5枚を預け、手持ちは金貨8枚。勿論これでも大金も大金だが。

 

「さて、どう使うか」

「ウル様の防具は必要ですね。私の装備は殆どが無事でしたが……」

「俺の場合、ほぼすべての装備失ったからなあ……」

 

 どれほどの激闘かを物語るものだ。

 ウルが宝石人形の時に装備していた物は、竜牙砲に白亜の鎧、盾、更に耐衝のネックレスが二つ。そのすべてが粉みじんに砕け、再使用不能となっている。ウルとしては白亜シリーズは信頼性が高く使いやすかった。見た目は少々不格好ではあるものの、頑強で、動きやすさもさほど阻害されない。

 

 そんなわけで、鍛治士達が集う職人街に足を踏み入れたわけだ、が、

 

「おお!宝石人形撃破おめでとう勇者よ!此方にかつて勇者が竜を殺すときに使ったと言われるのと同型、竜殺しの剣/ドラゴンスレイヤー!!金貨5枚でどうよ?!」

「おお!宝石人形撃破おめでとう勇者よ!みよこの美しい銀色の鎧!!魔銀(プラチナ)製!魔術も弾く全身鎧(フルメイル)!西で名を轟かす鍛冶師グララの一品だ!金貨8枚!」

「おお!宝石人形撃破おめでとう勇者よ!みてくれ!!これは風の精霊フィーネリアンが人々に与えた【精霊器】の一種!颯の具足!!金貨10枚だよ!?」

 

「凄い、力の限り俺達からぼろうとしてくる」

 

 職人であり商人たちの瞳にはギラギラとした凶悪な輝きがあった。明らかにウル達に向けられている。討伐祭の時の冒険者たちの輝きも顔負けか、それ以上だ。正直いって怖かった。

 討伐祭りの勝者、ウル達の名はグリードに瞬く間に広がった。そしてウル達が一瞬で小金持ちになったことも。そんな彼らが物を買いに街を出るのは、カモがネギを背負うようなものであった。

 

「黄金槌の方の方がまだマシでは?」

「そうだな、きっとまだマシだ」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ウル!ウル!俺たちのおかげだよな!!俺の盾のおかげだよな!金を出せ!!」

「おお!シズクさん!!医療院に運ばれた時はどうなるかと!!結婚してください!!」

「ウル!超ピーキーで商人も買い取り拒否した剣があるんだけど金あるよな!!」

 

「マシではなかった」

「欲望の出し方に品がありませんね?」

「シズクはバッサリと言うなあ」

 

 考えてみれば黄金槌は職人の中でもひときわに金にうるさい連中であった。金にうるさいのは当然であった。しかし最早商品を売りつけようという気すら見えないのはいかがなものか。

 

「物は買う。俺の防具を買うつもりだから落ち着いてほしい」

「おう、いくらもってんだ。ジャンプしてみろや」

「何処のチンピラだお前ら」

 

 どのみち使い切るつもりでもってきているので予算は明示しておいた方が話が早いと金貨4枚を提示した。金貨の数におお、と小さくどよめき、次の瞬間、ウルの前にどかどかと武具防具が並び始めた。

 

「火魔石の短剣(ダガー)!!金貨2枚!」

「魔銀で編んだ銀鎖鎧(シルバチェイン)!!金貨3枚!!

「金火魚の皮手袋(レザーハンド)!!金貨1枚!!」

 

「まてまてまてまて、待って。待つんだ。まてっつってるだろ強欲ども」

 

 このままではウルの目の前に次々に際限なくバカみたいな金額の装備品がなげつけられ続けかねないのでウルは止めた。心臓に悪いしキリがない。

 

「私達はグリードを出て長く移動する事になります。長旅に優れ、整備が自分でも叶うものが望ましいです。希少な素材を使われていると、別の場所で補修がきかない可能性があります」

 

 シズクはニッコリと微笑んだまま、キッパリと自分たちの要望を告げる。グリードを出るという彼女の言葉に複数の職人たちが両手を顔に当てうめき声をあげてる様子が見えたが、それは無視する。

 

「出来れば上下セットの鎧が良い。頑強な。俺はよけるのがヘタだ」

「守りはガッチリ、しかし旅路に向いた、のう。中々面倒な要求しおる」

「別に前もらった白亜シリーズでもいいぞ」

「ありゃー素材の材質上どうしても嵩張るからのう。旅向けとなると……」

 

 ドワーフの鍛冶師が唸る。

 

「防具が破損した時、グリードに居座るなら職人もすぐそばにおるが、旅となるとそうもいかん。専用の職人が街にいないこともあるし、そもそも都市外にいることもある」

「革鎧とかの方が良い?」

「一概にそうとも言えんがの。魔物の皮で作られたモノなんぞは強力だが、仕立てるのには相応の“針”がいる。結局その道の職人の技術と道具がな」

「どのみち自分らで容易く直せるようなものではないと。強力な防具は」

「かといって、代替え可能な防具じゃあ心もとないとなるとな……」

 

 と言って、鍛冶場兼販売店の出店に並ぶ商品から一つ、取り出してウルの前に提示する。それは、

 

「灰色の鎧?」

「火喰石の鎧、ご要望通り全身鎧、関節部は布当てて動きやすい。金貨3枚」

「性能は?」

「魔銀(ミスリル)ほどじゃーねえが頑強さは悪くない。何よりもコイツは、魔力を喰う」

「喰う?魔蓄石みたいなものか?」

 

 ウルはちらりとシズクの方を見る。彼女が首に下げているのは魔力を貯めこむ魔蓄石。

 

「ま、それに近いか。要は性質さ。魔力を若干量吸収する。だから魔術や、魔力を伴う魔物の攻撃をいなしやすい」

 

 説明を受けつつも装着してみる。ピタリ、というには少し大きすぎるが、調整すれば体にフィットはしそうだった。宝石人形との戦いのときに装着した白亜の鎧と比べてると重いが、しかし動きやすさが阻害されるほどでもなかった。

 

「喰った魔力はそのまましばらくすれば抜けていく。吸収して成長するわけでもなし、衝撃が強すぎれば当然壊れる。が、良い品だぜ。壊れにくく強い。火喰石は希少な鉱物でもないから補修もしやすい」

「買った」

 

 おっしゃ!と、恐らくこの鎧を作ったであろう職人がガッツポーズをとった。その周囲では嘆いたり地団駄を踏んだりする男達。楽しそうである。ウルとしてはそんなにも楽しいのであれば、もう少し金額をまけてくれた方がうれしいのだが。

 

「ほんで、他にはなにを買う?鎧だけってつもりはあるまい?」

「出来れば盾と兜も欲しいんだが……」

 

 と、ウルは布に包んでいたブツを取り出した。

 それは青と黒が入り混じる、半透明の宝石にも似た石だった。一瞬、ドワーフの親父は首を傾げ、小さなトンカチでカンカンとその石をたたき、そして顔を顰めた。

 

「【宝石人形の欠片】か……まーた難儀なもんもってきおって。

 

 迷宮産の魔物の多くは撃破時、魔石を残し他は迷宮に飲み込まれ消滅する。が、全てではない。迷宮に食われず残る落物(ドロップ)も存在する。宝石人形をウル達が撃破した時、大量の魔石に交じって宝石人形の身体が残っていたのだ。

 

 当然この落物もウル達が所持する権利がある。が、扱いに関してどうするか悩んでいた。当然ながらウルやシズクにどうこうできる代物でもない。そもそもモノの価値としてこれがどれほどのものなのかすら、ウル達には今一つピンときていなかった。

 

 グレン曰く「防具の素材にはなるが硬すぎて加工が面倒で職人を選ぶ」

 ディズ曰く「磨いても輝きはそこそこでばらつきがある。宝石としてはイマイチ」

 

 と、いう事なので、ひとまずこの職人街に持ってきたのだ。

 硬さは保証済みだったので、防具に使えれば僥倖だ。恐らく道中破損した場合、材料を新たに用意するのは困難なため、壊れれば使い捨てになる可能性もあるので、複雑な作りではない盾が望ましい。

 

「難しいでしょうか?このサイズなら盾に出来るのではとも思ったのですが」

「任せてくださいシズクさん!」「俺たちの手にかかりゃこんなもん!」

「だーあっとれ……まあ、やってみるさ。宝石人形の欠片となりゃ腕も鳴るさ」

 

 宝石人形の倒し方はいくつかある。

 そのうちウル達が避けざるを得なかった“機能停止”では宝石人形の欠片は落物(ドロップ)しない。機能停止した瞬間宝石人形の身体全体が脆く、一瞬で崩れ去ってしまうからだ。つまり、真正面から倒すか、暴走させて倒すかするしか出ない素材だ。

 

 硬度は一級品、しかしただでさえ厄介な宝石人形を更にリスクを背負って倒す冒険者はそう多くはない。故に物の性能は高くとも、希少であった。

 

「素材費はそっち持ちだが、加工の手間賃はこっち持ちだ。相応の金は貰うぜ」

 

 その言葉にウルとシズクは顔を見合わせ、頷きあった。

 

「素材費持ちなんだから半額割り引いてくれ」

「コイツの加工だってめちゃ手間かかんだぞ。精々2割引きだ」

「なら4割引きくらいで」

「2割引きだっつの」

「私達、宝石人形を倒すために文字通り命を賭けて戦いましたのに」

 

 シズクはさめざめと泣いた。

 

「親父!安くしてやれよ!」

「親父!!可哀そうだろう主にシズクさんが!!」

「おめーらどっちの味方だ」

 

 最終的に3割引きという事で決着した。

 その後ウルは鎧とセットで火喰石の兜を購入し、その盾と合わせさらに金貨2枚を渡して、防具装備の補充は終了した。

 

 残り金貨3枚



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出立の準備②

 

 大罪迷宮都市外、マギカの館

 

「やーやー、おーつかれさまー、ウル少年」

「どうも、数日ぶりだ、マギカ」

 

 迷宮内に暮す魔道機械の技師、マギカのもとをウルは訪れていた。

 彼女は自身の人形の調整に熱心なのか、土人形から引きずり出した魔道核を、ウルには理解できない細い金属の器具で弄り回している。

 

「貴方から買い受けた竜牙槍のおかげで助かった」

「いーよいーよ、こっちも希少なデータ、情報はとれたしねー」

「情報の価値が暴落しかけていたのを黙っていたのは絶対許さん」

「やーん、こわーい」

 

 マギカのすっとぼけた態度に対して思うところがないではないが、結局いい勉強にはなった。“宝石人形の行動目的を教えてくれ”という要求に彼女は答えただけである。全くウソはついていない。その情報をどう利用するかは相手次第である。そしてこちらもその情報を活用したのだから、あれは正当な取引だった。故に、恨みを引きずるのは情けない話だ。

 

「実は頼みがある」

「新しい竜牙槍でしょー?いーよーお金貰うけどー」

 

 と、ウルが切り出す前に、彼女はぴっと壁を指さした。そこにはウルが宝石人形との戦いで使った槍と全く同じ、ではなく少しばかり風体が変わったものが立てかけられていた。

 

「宝石にんぎょーとの戦闘記録から、安定度はましてるよー」

 

 試しにといくらか動かしてみる。確かに遜色なく動く砲口の開放もスムーズだった。更には家の外、迷宮内にて【咆哮】を弱く試してみると一閃の閃光として着弾した。

 ウルはその性能に満足し、マギカに頭を下げた。

 

「とても助かる」

「一応言っとくけど、街に出回ってる方がー安定度は高いよー?」

 

 竜牙槍は別にマギカしか扱っていない代物ではない。魔物退治において必要な火力を補う武装として一定の評価で市場にも流れている。魔導核も外の穂先部分も、修繕できる職人は都市にたどり着けば一人は存在しているだろう。

 魔導核と穂先でそれぞれ別の職人の手が必要になるという点ではやはり手間だし、所持者にも最低限の知識が必要になるという欠点も存在するため、あまり人気はない。が、ウルはこれを選んだ。

 

「今手が出せる範囲で火力をえり好みすると、やはり貴方のが一番になる」

 

 賞金首を撃破していく。

 という目標を立てた以上、ウル達のこれからの敵は賞金首になる。強力な武器は必要だ。多少の手間暇はかかろうとも、その苦労を惜しんでいる場合ではないのだ。

 ウルは代金として金貨1枚と銀貨1枚をテーブルに置く。マギカはそれを見て首を傾げた。

 

「ありゃ?この銀貨一枚は?」

「出来れば竜牙槍の整備の仕方をご教授願いたい」

「アカネちゃん見せてくれたらタダでおしえるのにいー」

「今はディズに預けている」

 

 アカネをたびたびディズから借りてそれを又借りして報酬を得ようとするのは流石に問題だ。前回は急を要していたからこそディズからの許可も下りたが、頼って当然、借り受けて当然、という態度をウルがとっていると、多分ディズは手痛いしっぺ返しを用意する。そういう女だ。

 

「そんなわけでこれで教えてくれるなら教えてくれ」

「まーいいよー。対魔物退治の武装の一種として普及し始めてるから、手入れは簡単に出来るようになっているし、すぐ身につくよー」

「ありがたい」

「ところでシズクちゃんはー?」

「ちょくちょく世話になってたらしい魔術ギルドで新しい魔術の仕入れ」

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 魔術ギルド員の一人、ココロはその日も研究室の中にこもり、魔術の研究にいそしんでいた。

 彼女は風と水の属性を得手とする魔術師であり、特に都市の上下水の管理に関しては一役かっていた。

 魔物に土地の多くを奪われ狭い都市の内部で暮らす人類にとって、清潔な水の獲得、汚水の処理は都市の営みの根幹だ。彼女は自分の研究の重要性を重々に理解していたし、誇りとも思っていた。己がこの都市を回すための重要な役割をになっている自負もあった。

 

 だからひきこもることは多いのだが、別に彼女自身はヒト嫌いというわけではない。

 

 誰かと話す事は多かったし、魔術ギルドで魔術の教えを乞う者たちにはヒマがあればアドバイスすることもある。

 時々、「何もあなたがしなくとも」と言われることもあるが、こういう基礎的な指導というのは刺激になるのだ。

 

「そういえば、グリードはどこでも水が利用できましたね」

「別にグリードに限らず大罪都市なら大抵は上下水は完備してるっすけどねー」

 

 目の前にいる白銀の少女、シズクも彼女が指導した者の一人だ。

 冒険者ギルドと魔術ギルドの仲は悪くない。未熟な冒険者に魔術の指導を魔術ギルドで行うことはよくある。だから彼女への指導はその一環だった。だからそういう意味ではココロにとって彼女は決して特別な一人というわけではなかった(恐ろしく飲み込みが早いのでそれはそれでかなり目立ってはいたが)

 だが

 

「やーおめでとうっす、シズクさん。まさかマジで宝石人形やっちまうとは」

 

 ひと月で賞金首を討ち、挙句に銅の指輪を獲得したともなれば、話は違う。

 

「ありがとうございます。ココロさんのご助力に感謝を。おかげで生き残れました」

「さわりしか教えてないっすけどねー。ほんと」

 

 彼女が賞金首を討ちとって最速で冒険者の指輪を獲得したことを、ココロはそこまで驚くことはなかった。彼女に幾つか魔術を指導したからこそ知っている。1を聞き10を知る。どころではない学習速度を持った彼女は間違いなく天才だった。それくらいできたってなにも不思議ではない。

 

 支部長に頼んで、本格的に魔術ギルドに勧誘した方がいいんじゃないっすかね。

 

「んで、本日はどんな魔術を知りたいんすか?」

 

 いっそ自分から誘ってみようか?なんてことを考えながら問うと、シズクは頷いた。

 

「実は、もうじきグリードから離れるので、旅路に便利な魔術が幾つかあればと」

 

 早速目論見が崩れた。昨今なら一つの迷宮都市に腰を据えて地盤を築くのが冒険者の基本スタイルだろうに。

 

「この街にはいられないんすか?今なら名前も売れてるしいい仕事も入ってきますよ?」

「ダメです」

 

 即答であった。

 とりつく島もないとはこのことだ。これほど強い意志を有しているからこそ、彼女はその天才性を発揮できるのだろうが、残念だった。

 

「……ま、そんならしゃーないっすね」

 

 いい助手ができると思ったんだけどなーとココロは内心でこぼしつつも、頭を切り替える。まあ、無理なら仕方がない。間もなく旅立つという彼女の事を引きずったところで意味はない。本来の仕事に戻ろう。

 

「んで、旅に出るのならどんな魔術が欲しいんすか?」

「魔道具でフォローできる物は除外したいです」

「なら【結界】と【解毒】っすね。魔道具はあるけれど、基本消耗品で金がかかるっす。後【浄化】も簡単で便利っす」

「又聞きで仲間に伝えても身につくでしょうか?」

「コツ掴んだら子供でもできるっすよ。便利っす」

 

 ではそれらを。と、シズクは頷き、そして指導が始まった。

 最も、ココロがやることは本当に手短だ。目の前で見本を見せると、シズクは瞬く間にその魔術を習得してしまうのだから。しかも自分なりに、詠唱を唄のようにアレンジして。

 

「ワザワザ組みなおすなんてすごいっすよねえ、手間じゃないです?」

 

 一通りの習得後、自らの詠唱を繰り返すシズクに、ココロは尋ねた。

 

「私、こうした方が相性が良いようなのです」

「うーん、シズクさん、確かにうまいっすもんねえ。私はオンチだからだめっすわ」

 

 勿論、ただ歌えば魔術になるわけではない。正しく言葉や歌を術式の形に納めなければならない。彼女の詠唱はそれを成立させていた。しかも通常の詠唱よりも速いペースで。

 独自の詠唱方法なんてものは世にいくらでもある。ココロだって一つくらいは身に着けているし、通常の詠唱でも“クセ”なんかで僅かに変わる事なんてままある。

 しかし魔術ギルドが研鑽した詠唱と同等以上の速度と精度で行うというのはかなり驚異的だ。

 

「どっかで習ったんすか?私もできるならご教授願いたいもんすよ」

「難しいかもしれないですね」

 

 少しだけ探るつもりで問いを投げに対するシズクの答えは、あいまいなものだった。曖昧すぎて、どういう事か尋ねようとして、シズクがただ何も言わず微笑む顔を見て、口を閉ざした。

 どうやら踏み込まない方がいい事であるらしい。なるほどとココロはそれ以上踏み込むのをやめる。面倒ごとに踏み込む趣味は彼女にはない。

 

「シズクさんはこれからどこに向かうんです?」

 

 へたくそな話題のかえ方だった。しかしシズクはその意図を理解してくれたのか微笑んだ。

 

「プラウディアに向かうという事で、アーパス山脈を回っていくという事です」

「あー、そりゃ長旅だ。移動要塞使うんすか?」

「旅費を出してくれる雇い主の意向で、馬車になりました」

「そりゃますます大変っすね。無事を祈るっすよ」

「ありがとうございます。ココロ様」

 

 雑談を続けながら、魔術を教えていく。

 まるで砂が水を吸うかのように何もかもを習得していく彼女に末恐ろしさを感じながらも、この傑物がどんな旅路を進んでいくのか、ココロは他人事のように好奇心がそそられた。

 

 そして、彼女の想像を遥かに超える旅路をシズクが進むことになることを、当然ながらココロは知る由もなかった。 

 

 



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出立の準備③

 

 

 

 大罪都市グリード所属の島喰亀を筆頭とする、都市間の人類生存領域外の移動手段。

 

 手段方法は様々だが、基本的に【移動要塞】という名称で統一される。

 

 魔物に襲われず安全に都市間を移動できる手段は希少だ。個人がそれを保有するには沢山の資金と、それ以上にそれらを獲得するための機会に巡り合うだけの運が必要になってくる。そうでない者の多くは、魔物の影におびえる羽目になるのだ。

 だからこそ、島喰亀のように都市や国家公認の【大ギルド】が管理するような、多くの人間を乗せ移動可能な移動要塞には搭乗希望者が殺到する。

 

「そして私たちは乗れないのですね」

「まあ俺たちの搭乗員数の限界というよりディズのせいだがな。許せねえ」

「嫌われてますねえ、ディズ様」

 

 旅の支度を終えたウルとシズクは大罪都市グリードの門の前に集合していた。

 

 大罪都市グリードを訪ねて本日で一月。今日は二人がこの都市を出発する日である。

 

 旅路に必要な荷物を背負い、更に鎧防具を着込み武器も取り出しやすい形で備える。旅路に出る格好、というよりも迷宮に潜るときの装備と変わりない。これからウル達が飛び出すのは人類の生存可能領域の外である。いつ魔物が出てくるともわからない場所に放り出されるのだ。むしろ迷宮以上の緊張をもっていなければならない。

 

「ま、ディズの馬車に荷物は載せてもらえるらしいから楽だろう、島喰亀ほどじゃないだろうが」

「ところで彼女はいったいどこに?」

「はて、待ち合わせはここのはずなんだが……」

 

 島喰亀の搭乗エリア。巨大な島喰亀の背に搭乗するための巨大な“橋”が用意された広場に、島喰亀への搭乗希望者たちが集まっていた。小奇麗な恰好の小さな子供が両親に囲まれて笑顔を振りまいている。とてもこれから都市外の地獄へと足を踏み入れるようにはみえないが、それほど島喰亀が安全だということだろう。

 そんな彼らを横目にしばらく歩いていると見覚えのある金髪と緋色の妖精が目に映った。

 向こうも気が付いたらしい。手を振ってきた。

 

「あ、ウルとシズクだ。やっほー元気?」

《にーたん!》

「よお嫌われ者と可愛い妹……と、そちらさんは?」

 

 そしてもう一人、見覚えのない獣人がディズの傍にいた。ドレスを纏っていることから島喰亀の登場予定者だろうか。ディズの前に立っているが、その表情は親しげからは程遠い。殺意がこもったような険しい目つきでディズを睨んでいる。

 少なくとも友達ではあるまい。ではだれか。というウルの疑問を察したのか、ディズは笑った。

 

「私が家宝を奪って、島喰亀の同乗を拒否してる張本人。さっき偶然会ったんだ」

「話しかけなきゃよかった」

 

 修羅場だった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「言っておきますけど」

 

 ローズ・ラックバードという名の獣人は、ヤバい目つきに反して落ち着いた声で――少なくとも表面上は落ち着いた声でしゃべり始めた。

 

「別に、かつての貴方との取引に、ケチをつけるわけじゃないわ」

 

 言葉の端々に恐ろしいほどの怒りをみなぎらせながらもそれを懸命に抑えようと努力しているのがウルにもすぐにわかった。目の前で語りかけられるディズはもっとだろう。眼前にその怒りを浴びせられて平然としているディズの胆力にウルはいい意味でも悪い意味でも感心した。

 

「アレは正当だった。そしてあなたの資金の貸し出しで壊滅寸前だったウチのギルド【幸運の鳥】が持ち直したのは事実。あの取引が間違いだったという気はありません。ええ全く」

「だったら移動要塞に乗せてくれる?」

「いやよ」

「即答だ」

 

 ローズはディズに一歩近づく。背丈のあるローズは小柄なディズを見下ろす形になった。

 

「私個人だけの問題じゃないもの。貴方を嫌う者が商人ギルドには多くいる。“貴方がどんな立場だろうともね”」

「私の不徳の致すところだね。申し訳ないとはおもってるけど――」

「それでもどうしても乗りたいというのなら」

 

 ディズの両肩を掴む。その手に込められた力は明らかに強かった。獣人の爪がディズの肩に食い込むが、ディズは平然としていた。じっと、ローズの目を見つめ続ける。

 

「【灼炎剣】を買い戻させて」

「無理」

「……そう」

 

 ローズは手放した。先ほどまでの怒気が消え去り、代わりに冷え切った表情でディズを見つめ

 

「地べたを這いつくばって、魔物に食われてしまえばいいわ」

 

 最後にそれだけを告げて立ち去った。彼女の部下なのか、島喰亀に荷物を運搬している者へと指示を出し、彼女もまた島喰亀へと搭乗していった。振り返ることはなかった。

 

「ローズ元気そうで何よりだ」

「お前凄いな」

 

 最後にディズから飛び出したその感想に、ウルは引いた。



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旅は始まる

 

 【聖遺物】

 

 精霊との交信を続け鍛錬を重ねることで得られる【加護】とは別の、精霊から直接与えられる“特別な道具”。

 加護は鍛錬を重ねた神官にしか使えないが、聖遺物は道具だ。神官以外でも使える。触れるだけで体が癒される水晶だったり、振るうだけで一帯の魔物を消し去る杖だったり、様々だ。

 そしてラックバード家に存在していた【灼炎剣】もその一つだ。

 

「それを奪ったと」

「うん。徴収したねー」

 

 現在、ウル達は島喰亀から少し離れた場所で荷造りをしていた。

 

「ラックバード家は古くから続く商家でね。幾つもの都市を跨いで繁盛する商店を開いていた。ウルも旅をしていたなら知ってるんじゃないか」

 

 ウルは頷いた。確かにラックバードという名前の商店は見覚えはある。見知らぬ土地に次々と流れゆく流浪者だったからこそ、どこでも見かけたその名前は記憶に刻まれていた。

 

「ところが3年前かな。都市間の移動中に魔物襲撃があってね。丁度仕事で遠出していた彼女の両親が不運にも巻き込まれ、亡くなったのさ」

「まあ……」

「しかも、取引の最中だったらしくてね。用意していた商品が丸ごと損なわれて、結果、ローズは両親を失い、しかも巨大な負債を背負う羽目になった」

 

 ラックバードは天涯孤独となったローズが引き継ぐこととなった。両親から学んだ商売人としての知識、技術、才覚は当時の彼女に既に備わっていた。が、最愛の両親を喪失し悲嘆にくれる暇すらなく、巨大な負債を抱えたギルドの運営を行うのはあまりにも酷だった。

 

 やむなく彼女は援助を乞う事になる。【黄金不死鳥】に。

 

「潰れるのが目に見えていた当時のラックバード家に金を貸し出してくれるギルドはそうそうなかった。ウチ以外はね」

「ディズは貸し出したのか」

「ま、ね。【灼炎剣】をラックバードが保有しているって知ってたからね」

 

 光と熱を生む奇跡の剣、四大精霊の一つ、炎の【ファーラナン】の聖遺物。ラックバード家の初代が授かった子々孫々に受け継がれてきた家宝。

 

 それを担保にする条件を突き付けられたローズの心情は計り知れない。

 両親を失い、更に家宝まで寄越せと言われたのだから。

 しかし彼女には背負うべきギルドと、部下たちがいた。彼女は断腸の思いでその条件をのみ、そしてそれからは必死に働いた。なんとしてでも家宝を取り戻すべく、並外れた商才を発揮し、そして瞬く間に負債を取り戻していった。

 しかし、担保を取り戻すには至らなかった。定められていた期限に間に合わなかった。

 

「ま、間に合わないのはわかっていたんだけどね。間に合わない期限を設定したから」

「俺の時のように?」

「君の場合、提案は君自身だからね?」

 

 反論できなかった。

 

「それでもギリギリまで迫ってはいたんだけどね」

「で、結局家宝は奪って、恨みを買ったと。買い戻しさせてやらんのか」

「とっくに“分解”したから無理」

 

 ディズの容赦のない言葉にウルは沈黙した。

 

「……あの女には黙ってろよ」

 

 ただでさえ恨みを買っているようなのに、自分の家の家宝が破壊されたと聞いたら、どうなるか、正直あまり想像したくはない。ディズもそのことは分かっているのか黙って肩をすくめた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「長い付き合いになるだろうから紹介しておこうか。黒いのがダール、白いのがスール、オスとメスだよ」

 

 紹介、と言ってディズが目くばせしたのは馬車に繋がれた馬たちだった。

 黒と白の毛並みの二頭。どちらも大きい。基本、都市外を走る馬は追ってくる魔物達から逃げ、時に蹴散らせる程度の大きさは有しているものだが、それでも他の馬たちと比べてもなお立派だった。

 

「よろしく、ダール、スール」

「よろしくお願いいたしますね」

 

 ウルとシズクが頭を下げると、此方の挨拶がわかってるのかわかってないのか、黒の方はぶるると鼻をならし、白の方は小さく鳴いて頭をシズクに少しだけ押し付けた。

 

「よろしくって」

「賢いのでございますね」

《かーい》

 

 シズクとアカネはきゃいきゃいと白馬と戯れている。黒の方はウルの方をじっと見ている。というか睨んでいる。「大丈夫かコイツ」とでも言うかのような見定め方をされている。ウルが目をそらすと鼻息を鳴らした。

 

「ダールはプライドも高いけど、ちゃんと接してればいい子だから安心してね」

「なんというか凄くバカにされてる気がするんだが?」

「認められるように頑張ってね?」

「バカにされてはいるんだな」

 

 悲しい。が、仕方がない。

 動物というものは割と気難しいものだと理解している。畜生風情が、とバカにしていると文字通り痛い目を見る。とくにこの両馬から噛みつかれでもしたら、頭を砕かれそうだ。

 出来る限り認められるように努力しようと決めた。

 

「で、ウル達の準備は出来ているかい?」

「いつでも出発して問題ない」

「はい、私もです」

《できてるー》

 

「よろしい。なら、最後に別れの挨拶をしてくるといい」

 

 ディズはグリードの正門を指す。そこにはなじみの顔、グレンの姿があった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 グリードを出る直前、ウル達はそれぞれこの都市で世話になった人々に挨拶に回っていた。たった一月の短い期間ではあったが、それでも多くの人に世話になった。

 しかし誰よりも助けてもらったのは冒険者の指導教官だろう。彼はウル達が近づくと、心底面倒くさそうな顔になった。

 

「わざわざここまで来てくれて感謝しようとしたのに何つー顔だグレン」

「哀れな連中の最後を茶化しにきただけだっつーの。っつーかお前ら島喰亀に乗るんじゃねえのか?」

「雇い主の素行が原因で乗れなかった」

「やーいばーか」

「低レベルな悪口やめろいい大人」

 

 無精髭でだらしない恰好のグレンはいつも通りだった。

 最後の最後まで変わらない。感傷的になろうとしていた気分が吹っ飛んでしまった。だがそんな彼に対してもシズクはブレることはなかった。丁寧にグレンに頭を下げ、微笑んだ。

 

「グレン様。今日までお世話に大変お世話になりました」

「お前は手間かからんかったがな。隣の凡人と比べて」

「せめて最後の挨拶くらい罵倒なしで終わらせてほしいんだがな……俺も世話になった。感謝している」

「本当に世話かけたよ凡人の方は、這い蹲って五体投地で崇めろ」

「本当に素直に感謝させてくれないなこの師匠」

 

 性格がひねくれすぎている。

 

「感謝する暇があったらこの先を憂うんだな。黄金級志願者。お前の道行きは地獄だぞ」

「んじゃ、アドバイスくれよ元黄金級」

「アドバイスねえ……」

 

 グレンがつまらなそうに首をひねり、

 

「俺が黄金級になった時、嫁も仲間も死んだっつったろ?」

「出だしから辛いんだが……黄金級になるんならそれくらい覚悟しとけと?」

 

 グレンは「いいや」と首を横に振り、言葉を続けた。

 

「そうはなるなよ。お前らは。つまらんからな」

 

 そう告げた時のグレンの感情はウルにはわからなかった。だがそれが、自分たちの未来を案じてかけてくれた言葉だということは分かった。

 自分たちの指導者としての任を終える彼からの、最後の導きの言葉だった。

 

 だから、ウルとシズクは二人とも、頷いた。

 

「行ってくる」

「行ってまいります」

 

 グレンは何も言わず、いつも通りつまらなそうな顔のまま、手を振った。

 



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死霊跋扈編
都市の外


 熱気と欲望に溢れる都市の外へと踏み出すと、その先にはどこまでも広がる平原が続いた。

 

 かつては大地が見えなくなるくらいに存在したという人類の建造物は今はない。迷宮と、そこから現れた魔物たちの襲来によってその多くは瓦礫と化し、地に埋もれた。

 

 そんな平原を島喰い亀は悠然と歩む。

 

 強大な島喰亀の一歩一歩で大地が揺れ、沈む。これまでも繰り返し周回してきた島喰亀のルートは強く踏み固められ、草も生えぬ硬い地面と化していた。自らが舗装した道の上を島喰亀はゆったりと、歩み続ける。

 

 島喰亀の歩みを、ウル達は馬車から横目に見物をしていた。

 

 島喰亀の動作は遅いが、その歩幅はとんでもない。ゆるりと歩む馬車の速度よりもやや速いくらいだろう。ディズの馬達でなければあっという間に距離をあけられていたのかもしれない。

 ディズの愛馬、ダールとスールの曳く馬車は人だけでなく貨物も運搬可能な中型車でありスタンダードな代物だが乗り心地はかなりよかった。

 座っていても伝わってくる衝撃が殆どなく、音もしない。しかも速度は並を大きく上回る。馬たちは余裕たっぷりに見えるが、島喰亀に離されることはない。今まで彼方此方を旅してきたが、此処まで快適な馬車の旅は初めてだった。

 

「お金かけてるからねー」

 

 とはディズの言葉だ。

 旅路が楽になるのなら、高い車は大歓迎だった。問題は、

 

「……というか、俺が此処に座っていいのか?」

 

 ウルが馬たちの手綱を握っている点だろうか。

 

「馬を走らせることくらいやったことあるんでしょ?」

「まああるが」

 

 都市の外にいた日数の方が長いんでないか、というくらいに旅を続けてきたウルだ。馬の乗り方、操り方は一応最低限は心得ている。

 

《にーたんおうまさんはしらせるのじょうずよ?》

 

 アカネのお墨付きである。ウルは自信を持った。

 

「じゃー任せた。ダールとスールは賢いから平気だよ」

「そーかい」

 

 ウルはともかく、馬の方を信頼しているらしい。

 実際二頭は賢かった。殆どウルが御することもなく馬車を引く。それどころか今からどこに行くのかも分かっているかのように迷いのない歩みだ。拙いウルの手綱さばきをフォローしてくれていた。

 しかし緊張しないと言えばうそになる。というよりも、馬車の中で、シズクの膝枕を使って寝転がるディズはもう少し緊張してほしいという気がしないでもない。

 

「あー、ねむねむ……シズクのおひざはやーらかいねー」

「まあディズ様、ありがとうございます」

《かぜひくぞー?》

「その時はシズクに布団もしてもらうからへーきだもん」

「まあ、それなら抱きしめないといけませんね」

 

 馬車の音があまりに静かなためか、そんな会話がウルにも聞こえてきた。シズクまで楽しやがって、とは思わない。シズクにはディズの枕になってもらいながらも、魔術で周囲の魔物の警戒をしてもらっている。

 都市間移動において最も警戒すべきは魔物との遭遇であり、必要な警戒だった。しかし、

 

「今のところ、魔物の気配はありませんね」

「ここら辺は確か、影狼の群れや、死喰鳥が出る筈なんだがな……」

 

 影狼は複数体で襲ってくる集団性の魔物、小鬼程度の力しかないが俊敏さは高く、群れられると危険である。死喰鳥は死体を喰らう魔物であり、賢しい。時として死体を作るために影狼を誘導するなんて真似もするため一匹でも見かけると警戒が必要になる。 

 筈なのだが、出発以降、まったく見かけていない。

 理由は明確だ。このあたり一帯に、定期的に響く地響きのせいである。

 

「島喰亀のおかげだね。迷宮の外の魔物は通常の生物に近くなる。生存本能が高まってる分、島喰亀に警戒するのさ」

 

 その理屈で言えば、馬車引く馬もこの地響きには驚きすくむのが普通だ。立ち止まったり、逃げだそうとしたり、あるいは転びそうになったり。

 その点、ディズの馬たちは地響きにも微塵も怖がる様子はないのは楽だった。

 

「馬の制御は難しくても、それでも魔物への警戒が減るのは魅力的だから、私たちみたいに亀と一緒に移動するヒト達は多いね。背中に乗らない限り絶対じゃないから警戒はいるし、亀みたいに休みなしに動けないから、段々離されるけど」

「しかし、ディズは慣れてるんだな?都市間移動」

「ベテランだよ?私」

 

 ウルやアカネのような名無しは選択肢はない。都市に長くいられないからだ。だが、裏を返せば名無しでもない限り、普通都市間の移動はかなりの重労働だ。それこそ移動要塞を使えない嫌がらせを受けてもなお都市間を移動をするのはよっぽどの事情か、物好きかのどっちかだ。

 

 金銭的な不自由をしているとも思えないのに、何ゆえにそんなリスクを背負うのか。

 

《しにたいん?》

「死にたくはないけどねー。でも、仕事だからしゃーないねー」

「黄金不死鳥の仕事?そのために都市間移動までするのか」

 

 こうして自分専用の馬車を抱えているという事は、幾度も都市間を移動する経験をしてきたであろうという事でもある。馬車のくたびれ具合を見てもダールとスールの熟れた様子にもそれが分かる。

 

「ま、色々とあってねー。いっぱいいっぱいたくさんたくさんあるんだ。あるから……」

「あるから?」

「疲れてて、とても眠い。なのでお休み」

「は?」

 

 ウルが振り返ると、ディズはシズクの膝に沈みこむようにして目を閉じていた。フリかと思ったが緩やかに寝息を立てながら、ピクリとも動かない。

 

「眠られましたね」

「寝つきが良すぎる」

《はなつまんでもおきない》

「寝かしてやれ」

 

 一瞬で熟睡に至った。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 移動要塞、島喰亀の歩みは特別速いわけではない。

 その巨体を支える6つの足でゆったりと確実に前へと進み続ける。島喰亀の最も大きな特徴は、やはり一度に搭載できる貨物の多さと、魔物や盗賊に襲われる危険性がほぼ皆無な処だろう。

 

 【人類の生存領域外】

 

 様々な迷宮から溢れかえる魔物達、法から逃れた無法者たち。本来であれば馬を無理させて駆け抜けるようにして逃げ出すか、あるいは周囲におびえながらビクビクと灯一つない暗闇の中で過ごすほかない人類を拒む魔の領域にあって、島喰亀と共にある旅はなんとものんびり穏やかだ。

 

 親しき友人達と共に談笑する者。

 活気ある商人たちと、彼らが広げる自慢の商品を物色する客たち。

 穏やかな日差しの中、亀の揺れを子守歌の代わりにうたたねするもの。

 

「あの女、どうしてあそこまで頑ななの……!」

「お、落ち着いてくださいローズ様!!」

「五月蠅い!!ああもう、倍の金額は支払うって言ってるのに…!!」

 

 そして怒りに身を任せ執事に当たり散らすもの。

 

 ローズ・ラックバードが泣くようにして叫ぶ暴言を、使用人のルーバスは必死に抑えていた。

 ルーバスにとってローズは娘のような存在だった。ラックバードに仕えてから20年、子供もおらず妻もすでに他界した彼にとって彼女と彼女の両親が家族だった。

 

 両親が健在な頃のローズは、優しく、思慮深く、とても優しい少女だった。両親の愛を一身に受けた、ルーバスにとっても自慢のご主人様だった。

 

 だがそれは崩れた。魔物たちの襲撃によって両親が失われてから。

 

 以後の、彼女の境遇はひとえに言って地獄だ。

 

 両親を失った彼女に待ち受けていたのは慰めではなく、陰湿な攻撃だ。ラックバード家が運営していたギルド【幸運の鳥】は大きな商店だった。長い年月をかけ、多くの都市で顧客を獲得し続けてきていた。こつこつと長い年月をかけ、築き上げてきた努力の結晶だが、他のライバル達からすれば目の上のタンコブだ。

 この機に乗ぜよと、たった一人残された彼女に多くの悪意が襲い掛かった。

 

 だがローズは、嫉妬と敵意と欲望の嵐を前に全力で立ち向かった。

 

 無論彼女だけの力ではない。昔から彼女の両親を支えた部下たちの献身、長らく世話になってきた商売ギルドからの手厚い協力、勿論ルーバス自身も全力で彼女を支えた。だが、それにも増して彼女の商人としての、もっと言えば人の上に立つ者としての才覚はズバ抜けていた。最初こそ躓けど、あっという間に彼女はラックバード商店を盛り返した。

 

 だが、失ったものは両親の他、二つある。

 

 一つはラックバードの秘宝【灼炎剣】。

 両親の命と共に失った商品の返済のために背負った借金を抑えるために、ゴルディンフェネクスへの担保としてやむなく手放さざるを得なかった【聖遺物】。幼き頃から両親にその“経緯”を教えられ誇りに思っていた彼女にとって、家宝を手放したことは両親を失った事に続いて彼女の心を大きく傷つけた。取り戻そうとかなり強引な手段をとっているのはそのためだ。

 

 そしてもう一つ。

 

「……もういいわ、次の都市で顔を出すギルドのリストをまとめておきなさい。私はAからDまでの魔法薬のチェックを行うから」

「ローズ様、ここの所働きづめです。少しはお休みを……」

「いいから、さっさと貴方の仕事をなさい」

 

 苛立ちを隠すことなく、部下たちに指示を出して、ローズは貨物エリアへと一人で向かっていった。

 

 失ったもう一つ。彼女からは笑顔が消えたのだ。

 両親が生きていたころ、彼女はよく笑う少女だった。よく泣くが、笑う少女だった。しかし今は違う。怒りばかりだ。痛々しいほどに。

 

「お嬢様……」

 

 ルーバスは彼女をそうしてしまった己の無力さを嘆いた。

 しかし、それでも、以前よりは彼女は穏やかになっていた。昔のように笑う事はまだないが、時間の流れが彼女の傷を少しずつ癒していった。

 

 昔のように笑ってもらえるよう、全力で支えなければならない。

 

 ルーバスは想いを新たにして、与えられた自らの仕事を始めた。

 

 そんなルーバスの思惑も、ローズの怒りも、悩みも、全てが灰燼に帰す事になるのはもう間もなくの事だった。

 

 

 

 



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都市の外②

 

 迷宮乱立の発生以後、人類の生存圏は縮小し、防壁に守られた内側に押し込まれた。

 

 都市間には人の営みは存在しない。全ては生い茂る草木に覆われ、隠れて消えた。だがしかし、その全てが一切失われたのかと言われればそんなことはない。都市間を移動する名無したちの手で、作られたものが存在した。

 

 馬車や人が通過するための道、そして要所で設けられる体を休めるための休息所。

 

 グリードと他都市の間にもそういった場所は必ず存在していた。

 

「形態は様々だが、“止まり木”と皆呼んでる。まあ絶対安全じゃあないけれど」

 

 時刻は偉大なる唯一神である太陽が天高く昇る真っ昼間。

 ウルは近場の林からとってきた枯れ枝を抱えながら、広場へと足を踏み入れる。柵で囲まれた十メートル四方くらいの屋根もない小さな広場だった。馬車を中に入れ、ウル達は今腰を休め食事の最中だ。

 馬達、ダール達は放ち、近くの草をのんびりと食んでいる。日の出から歩きどおしだったが疲れた様子もなかった。

 

「ダール達は三日間走りっぱなしでも疲れないよ。魔物との混種だからね」

「魔物との……ってそんなことできるのか?」

「大罪都市グラドルの品種改良技術」

「寄る機会があれば今度はじっくり都市を見て回るか……こんなものか。アカネ、ナイフになってくれ。小枝を削ぐ」

《あーい》

 

 ウルはアカネに手伝ってもらい、近くの林で拾い集めた小枝を適当なサイズに割いて、先人が利用していた石造りの簡易のかまどに枝木を重ね、割いた枝に着火し、火をともす。

 

「水溜の水を浄化かけて沸かそう。後は簡単に食事を」

「チーズとタブタの干し肉。後はオイル付けのキャベ等々、旅予定の三日分はちゃんとあるよー」

「馬車持ちは食料の運搬、あまり制限が無くてありがたいな」

「干し肉一つで銀貨一枚になりまーす」

「泣くぞ」

《ケチー》

「冗談だよ。まあ、食べ過ぎず余らせず、上手い事消費してね」

 

 ウルが此処に来るまでは、邪魔にならない量の保存食を、ひもじい思いをしながら僅かにこそいで食いつなぐような状態だったので、その点で不安がないだけでも彼女の護衛を依頼されて良かったと思えるのは我ながらチョロかった。

 

「そういえば都市外に存在する割に、寂れている印象はありませんね?誰が整備を?」

「俺達だ。基本、“止まり木”は都市間移動をする人間が各々行う。壊れてたら自分たちで進んで直すし、何か作業をしている人がいれば手伝う」

 

 石造りのかまども、雨水をためる水溜も、それぞれ別の誰かが用意したものだ。元は此処は何もない広場だった。が、僅かに小高く周囲の状況を確認しやすく、近くに“野良迷宮”も存在せず、更には薪や食料を調達しやすい手ごろな林も存在するこの場所に、自然と人が手を加え始めた結果がこの“止まり木”である。

 

「壊れてる所があったら直すし、汚れていたら掃除もする」

「素晴らしい事ですね」

「必要な事だからな。適当な真似をして恨まれたら困る。特に、都市外では」

 

 都市の中なら法という守りも存在する。が、ここは都市の外である。魔物から守ってくれる防壁がないのと同じように、人々が自らを律する法もまた存在しない。存在しないが故に、互いへの気遣いに対して慎重になる。どこかの誰かの逆鱗に触れた時、守ってくれるルールが存在しないのだから、無意味なリスクを背負うのは誰だって避ける。

 それでも、やはりというか無作法な真似をする者もいるが、その結果がどうなったかは知らない。知らないから、ウルは同じ真似はしない。

 

「そんなわけでシズクは掃除を頼む」

「もうやっております……ですが、この柱は」

 

 シズクが指さすのは、広場の中央に突き立てられた一本の柱だ。照明もつけられてはおらず一見して何のためにあるのかわからない、が、近づいてその表面を見ると、不可思議な文字が刻印されている。

 

「【旅の守護精霊ローダー】を現す魔言だ。神殿の代わり」

 

 この世界には様々な精霊がいる。彼らに対する信仰は幾つもあり、そしてその信仰に見合っただけの“礼”が返ってくるのがこの世界の信仰だ。故に誰もがそれぞれ、自分が目的とする行動への守護精霊に対して祈りをささげる。

 都市間の休憩所、こんな場所で祈る願いがあるとすれば当然、旅の安全だろう。ローダーは旅を司る風属性の精霊である。

 

「まあもっとも、ローダーは気まぐれだからねえ。加護をくれたりくれなかったり」

「オマケに都市の外にいる奴らなんて大抵名無しだからな。此処を利用する奴も」

 

 名無しは、精霊に縁遠い故に都市の外に追い出された者達である。

 要は単純に、精霊への祈りが届きにくい。届きにくいということは恩恵も受けにくいということである。

 

「ウル様は助けてもらった事がありますか?」

「飯の準備の時、鍋ごとスっ転んだらなんか助けてもらったかな……」

 

 ともあれ助けは助けだ。

 縋れるものは縋るべきだ。祈ることに代金は必要ないのだから。

 

「どうする?私らは祈る?」

「祈ろう。そうしないと落ち着かん」

《ろーだーたんありがたやー》

「「「ありがたやー」」」

 

 かくしてウル達4人は両手を合わせ、精霊に祈りをささげるのだった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 簡単な食事を終え、お茶を飲み一息ついて、ディズは手を叩きウル達の視線を集めた。

 

「それじゃあこれからの予定を改めて説明するね」

「そういえば、島喰亀のごたごたで、あまり話聞けていませんでしたね」

 

 勿論、事前に何度か簡単な打ち合わせこそしてきたが、やはり改めて確認していた方が良いには違いない。と、ウルとシズクは居住まいを正した。その隣でアカネも同じように真似をした。

 

「次に私らが向かうのは“衛星都市アルト”。大罪都市グリードの衛星都市だよ。特徴は……そうだね、強いてあげるなら質の良い紙の製造量産技術を有していてそれでグリードと取引してる」

 

 都市間での交流に制限が生まれ、技術的な共有が滞った結果、都市ごとに多かれ少なかれ独自の技術や特色を保有していることが多い。その最たるものが大罪都市の迷宮だろうが。

 

「あと二日程で辿り着く。ただし魔物と遭遇した場合プラス一日はズレこむ可能性はあるのでそのつもりで。何か質問は?」

 

 問われ、挙手したのはシズクだった。

 

「はい」

「どうぞ、シズク」

「改めて確認させていただきますが、滞在期間の我々の仕事は?」

「無いよ。賞金首を探して狩るならご自由に」

「俺達の仕事は基本的に都市間の移動のみだな」

「そだね。ただし緊急の際は此方の要請には従ってもらう。追加報酬はその都度相談」

 

 都市の中でも彼女につきっきりではウル達の目的である賞金稼ぎは不可能だ。ディズもその点は承知しての条件だった。この辺りは事前の交渉で確認した通りだ。

 

「特に何もなければそのまままっすぐにラストへと向かうから、アルト滞在はそれほど長くはないかな」

「ま、流石にアルトで賞金首を討つ機会には恵まれそうにないか」

「冒険者ギルドはあると思いますから、ラスト領の情報は集めておきましょうか」

 

 そしてその間に上手くいくなら賞金首を漁る。とはいえ、グリード領ではめぼしいものはもういないだろう。少なくとも現在のウル達の実力で打倒可能な相手はいない。グリードの冒険者ギルドで確認済みだ。

 ウル達の本格的な活動はラスト領に入ってからになる。今はまだ問題はない、はずだ。

 

「他、何か質問は?」

「ない」

「ありません」

《なーし》

「よろしい、それじゃあー」

 

 ディズは笑って、もぞもぞと馬車の中に戻り、

 

「寝るね。日が沈む前に次の止まり木まで移動して野営の準備よろー」

 

 寝た。マントも被らずに。

 

「本当に寝つき良いのですね、ディズ様。お疲れなのでしょうか?」

「……アカネ、ディズと一緒に寝ておいで。マントになって」

《おやすみー》

 

 雇い主に風邪をひかれても困る。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 実際、ディズは疲れていた。

 

 彼女を包むようにして、柔らかな生地のような姿で眠るアカネを抱きしめて、共に彼女は眠りつづける。

 

 ディズは疲れていた。

 大罪都市グリード、世界に七つ存在する大罪迷宮の一つを保有した大都市でありながら、その場所はイスラリア大陸の東南端、アーパス山脈をぐるっと迂回して存在している事もあり、“大陸の果て”とも言われているような場所だ。故に、交通には時間がかかり、そして尋ねてみれば自分以外処理できない“仕事”がたまっていた。

 滞在中、彼女は非常に忙しく、溜まり切っていた仕事を処理する羽目になり、眠る暇すら惜しむほどだった。

 そんなわけで、彼女はいま体力回復に専念している。本当なら安全安心な島喰亀の上でのんびりゆったりと過ごしたかったのだが、残念ながらそれはできなかった。だから雑務と護衛のためにウルとシズクを雇ったのだ。

 

 本来ディズをサポートしてくれる従者は、今は所用で別の場所にいる。その代理としてはやや心許ないところもあるが、二人は十分努力はしてくれていた。二人の護衛に身を任せ、ディズはひたすら昏々と眠り続けていた。

 

「…………んあ?」

 

 その眠りは、シズクに頬をつよめに引っ張られる事で覚醒する事となる。

 

「……シズク?」

「はい」

《……くー》

 

 シズクはディズを上からのぞきこむようにしていた。いつの間にか膝枕までしながら。少しだけ身体を起こして、自分にかかったアカネを優しくどかすと、そのままディズに顔を向けた。

 

「君は今何をしているの?」

「ディズ様の頬をつねっております」

「そうなの?」

「そうでございます」

 

 シズクは淡々と状況を説明してくれる。説明してもらわなくても彼女が何をしているのかくらいは流石にわかるのだが、

 

「じゃ、その理由は?」

「はい」

 

 シズクは頷いて、そして真剣な表情で口を開いた。

 

「大変です。ディズ様」

「大変なの?」

「そうです」

 

 とてもまじめに彼女は告げた。まじめに告げられているのだが、なんだかのんびりとした印象を受けるのは彼女の雰囲気のせいであろうか。緊張感がなかった。ディズはゆっくりと体を起こし、伸びをして、シズクに確認する。

 

「それで、なにがあったの?」

「先を進んでいた島喰亀の上に【死霊兵】と思しき複数の魔物の気配を感知、更に強盗と思しき者たちがその死霊兵と共に島喰亀に乗り込んでいる痕跡を確認。現在島喰亀は動きを停止中。恐らくは占拠されているものと思われます」

「……」

「……」

「大変じゃないか」

「ええ、大変です」

 

 大変だった。

 



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襲撃

 ウル達がその”大変な事態”を確認したのは、”止まり木”から出発して数時間が経過したころだった。ペースは一定、旅路は順調、しかし、休みは必要な馬車に対して、全く休みなく進む島喰亀とでは既に大きな差が開いていた。

 巨体さ故にまだその姿は確認可能であり、それほど離れていないようにも思えるが、この馬車を引く名馬達が全力で走ってもそうそうに追いつけないところまで距離が開いてしまっていた。

 

「出来ればもう少し引率してもらいたかったんだが、まあ仕方ないか」

「まだ距離はありますが、徐々に魔物の気配が増えてきています」

「島喰亀の威を借りられなくなってきたと……次の止まり木までもてばいいが」

 

 少し警戒を強めながらも、ウルは島喰亀からできる限り離れぬようにとダール達の足を速めた。今のウル達なら多少の魔物が出現しても対処は出来るが、無駄な消耗は抑えるに越したことはないし、今ウル達は護衛をしているのだ。護衛対象に不要な危険を浴びせないようにするのは仕事のウチだ。

 次の”止まり木”のポイントにたどり着けば恐らく日は沈みかける、そうなればそこで今日は宿をとることになる。流石に島喰亀の恩恵はなくなるだろう。魔物に対する警戒はより強めなければならない。

 

 と、今後の対策を考えていたウルは、しかし、ふと気が付いた。

 

「……ん?」

 

 遥か先を行っていた島喰亀との距離が縮んでいるように見える。

 

 島喰亀の足は遅くはない。歩む馬の足と変わらない速度だ。で、あれば追いつける道理はないのだが、何故か島喰亀との距離が縮んでいる、ように見えた。

 少しでも島喰亀の恩恵を得ようと、馬達に足を多少急がせはしたものの、走らせている訳ではない。なのに距離が縮むのはなぜか。最初は巨大すぎるが故の目の錯覚かともおもったが、時間と共に大きく見えてくる島喰い亀の姿は気のせいでないことを告げていた。

 

「なんだ……?」

「ウル様」

「シズク?どうした」

「足音がありません」

 

 シズクに言われ、気づく。近くにいた時は一定のペースで発生していた島喰亀の足音が消えている。距離が離れたからと思っていたが、そうではない。つまり今現在島喰亀はそもそも歩いていない。停止している。

 

「島喰亀は休みなく移動するはずだったが…?」

 

 島喰亀はグリードから次の都市までの間は休みなく動く。都市で一度供給を済ませれば一月は休みなく動き回れるのだ。当然乗客用の食料もぬかりなく完備している。わざわざ魔物が存在する都市間の人類生存圏外で動きを止める必要性は皆無なはずだ。

 

 何か起きている。という警戒にウルは竜牙槍を手元に寄せる。手綱を繰りダール達の速度を落とし、周囲を警戒する。

 

「シズク、魔物は?」

「……います」

「どこだ」

「”島喰亀の上です。それも無数に”」

 

 ウルはその答えに一瞬、混乱した。

 

「……島喰亀の気配で混乱したわけではなく?」

「はい。島喰亀とは異なる小型の魔物の気配が無数に島喰亀に群がってます」

 

 ウルは島喰亀に視線を向ける。その甲羅上部、乗客たちが乗り込むエリアを確認した。まだこの距離なら上部の状態がわずかに見えた。なだらかな亀の甲羅の上に、乗客たちがくつろげるように幾つかの施設が建設されているはずだが―――

 

「……明るい、いや、火か?」

 

 日が徐々に落ち、薄闇が掛かり始めた空で、島喰亀の上部がやけに明るい。照明を常備している可能性もあるが、僅かな揺らめきを見せるその灯りは、人工の灯りとは違う。

 

「ウル様。周囲に複数の人の気配と”馬車”を確認しました」

「止まれ」

 

 手綱で制御する間もなく、ウルの声でピタリと馬たちは歩みを止めた。本当に賢い二頭だ、と感心しながらもウルは竜牙槍を構え立ち上がる。

 

「シズク、隠蔽の結界を」

「【風よ唄え、悪意の瞳から我らを隠せ】」

 

 速やかに馬車の周囲にシズクが結界を張り巡らせた。ウルは馬車の上に上り、冒険者の指輪を前に差し出す

 

「【鷹の目】」

 

 魔具としての指輪の機能が起動する。ウルの眼前の光景を望遠鏡のように拡大し、目の前に映す鏡が現れる。其れをウルはのぞき込んだ。馬車、とシズクは言ったが、そもそも賢いダール達ですら島喰亀のそばに近づくのは警戒する。何故に馬車を寄せられるのだ。と、映し出された光景を確認する。すると、

 

「……馬じゃない」

 

 そう、馬車を引いているのは馬ではなかった。四肢で地面に立った馬のような形をしているが肝心の肉が全くついていない。”骨”しかなかった。

 

「【死霊馬】…でしょうか?甲羅上部にいるのも恐らく同種の【死霊兵】です」

 

 同じように調べていたシズクから指摘がある。

 魔物の一種、正確に言えば【死霊骨(スケルトン)】という呼称の魔物だ。名称の通り、骨の魔物。人間や動物の死骸に魂が宿り、血肉ではなく魔力だけでさまよい蠢く魔物。宿る死骸は人とは限らないので、あの骨の馬たちは馬の死骸に何かしらの魂が宿ったのだろう。

 

「でも、わざわざ魔物を馬の代わりにするか…?」

「島喰亀に近づくためでしょうか。普通の馬では近づきすぎると怯えてしまいます。」

「……もしそうだとするなら、意図的に死霊骨を作ったってことになる」

 

 それが可能か?と問われれば可能だ。死霊骨は人形(ゴーレム)と同じく、人の手で生成可能な魔物である。都市によっては禁忌として定められることもある外法、悪用も可能な魔術の一種。

 しかし、今ウル達がいるのは都市の外、都市の中の法は通用しない場所だ。

 

 ウルは更に馬車周辺を調べる。と、

 

「……ヒトの姿を確認、獣人と只人か?二人、武器を持ってる」

 

 遠目では正確な装備は不明だが、剥き出しの剣を握っている状態がまともとは到底思えない。疑惑は確信に変わる。

 

「死霊骨を使った乗り込み強盗」

 

 都市間の安全な移動を可能とする移動要塞に対しての乗り込み強盗、前代未聞の事件にウル達は遭遇していた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「とりあえず状況は把握したよ。ウル、君運悪いね」

「この場合、運が悪いのはディズなのでは?」

《ふたりともついてなーい》

「まあ、いけませんよアカネ様。本当のことを言っては」

 

 話の主旨を聞いたディズはまだ寝ぼけた顔をしながらも、状況は理解したらしい。

 

「さて、君たちはどうしたい?」

「俺達に聞く意味があるか?雇い主」

「あるね。少数の旅だ。意見のすり合わせは大切さ。雇用の関係であってもね」

 

 そう言い切って両手を広げ意見を促す。果たして本音を言っていいものなのか一瞬考えているうちに、先にシズクの方が口を開いた

 

「助けに行くべきかと」

「即答だね。素敵だ。ちなみに理由は?」

「乗客の皆様が危険だからです」

 

 シズクは断言した。実にわかりやすく、そして真っ直ぐな意見だった。自分がどういう意見を述べるべきか少し考えた自分がアホらしくなるくらいには。ディズはシズクの意見に対して肯定的な意見も否定的な意見も述べず、うんうんと頷いて

 

「で、ウルは?」

「……助けに行ける、かはわからんが、出来ることがあるのならやってはおきたい」

「理由は?」

「……乗込口で俺達よりさらに小さな子供が乗っているのもみた。放置できん」

「カッコいいね。その割に随分と顔色が悪いようだけど」

 

 指摘の通り、ウルの顔色は悪かった。当然である。

 

「そもそもこんな災難起こってほしくはなかった」

 

 島喰亀なんてバケモノに襲い掛かる強盗団なんて命知らず、出来るなら関わりたくはない。かなう事なら生涯を通して。

 

「それなら道を避けて逃げようって提案すればよいのに」

「さっきも言っただろう、放置できん。そんな事したら不愉快だ。”俺が”」

「難儀な性格してるねえ」

 

 実際、ウルは難儀な性格をしていた。いや、難儀な性格に”なった”。そしてその難儀さに苦悩しているのはウル自身である。その苦労を知ってか知らずかディズは笑いながら、ウルの横でふよふよと浮かぶ紅の少女に目を向ける。

 

「アカネは?」

《にーたんといっしょよ》

「おにーちゃん想いのいい子だね」

 

 アカネは楽しそうだった。ウルは咳ばらいをして話を戻す。

 

「だが、雇い主はディズで、俺達はあんたの護衛の為に雇われている。あんたが望まない限り、下手に危険にさらす真似をするつもりはない。」

 

 その点においては既にシズクと話をしている。前金は既に支払われ、雇われている以上は優先順位はブレてはいけない。というのはシズクも心苦しそうにしながらも納得していた。

 そして、ディズからすればあの島喰亀は乗る筈だった自分を追い出したローズ含め、遠目にも悪意を向けてくる連中ばかりだった。それを考えると、彼女の意見は――

 

「あ、それは大丈夫だよ?」

 

 大丈夫?と問い直す前に、ディズは島喰亀を指さして

 

「皆の意見が統一されていてよかった。じゃあ全速力で島喰亀の皆を助けに行こうか」

 

 GOGOGO、と、彼女は乗り込み強盗犯の討伐を命じるのだった。

 

 

 

 

 依頼発生

 

 島喰亀に侵入した盗賊たちを撃退せよ

 

 

 

 



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悪鬼どもに少女は問う

 全会一致での島喰亀の救助が決まった。当然、実行役となったウルとシズクは馬車にディズとアカネの二人を置いて、密やかに騒動の中心である島喰亀に接近していた。

 

「シズク、今は魔術何回使える?」

「本日は3回分の魔術を消費しています。残り7回です」

「なら、俺達に改めて不可視の魔術を1度頼む。これで残り6回か」

 

 現在シズクは魔力を貯められる魔蓄石と合わせ、10回の魔術を使用できる。残6回という回数は迷宮探索時にはまだ余力があるが、しかし盗賊退治ではどの程度必要になるのか想像がつかなかった。温存するに越したことはない。

 徐々に日が落ちていく夕暮れ時、隠蔽の魔術に紛れ、近づく。間もなくして島喰亀が眼前に迫ってきた。二人は高く茂った草むらに身を伏せ、状況を窺う。

 

「……島喰亀、やっぱり大きいですね」

「グリードの乗り込み口には外付けのスロープがあったが、ないと崖だな」

 

 島喰い亀は巨大な魔物だ。その甲羅に階段があるわけもなし。甲羅上部に存在する乗客用スペース以外は殆ど手が加えられていない。正規の手続きを踏まずに無法者たちが乗り込んでこられては困るからだ。

 

「だとして、じゃあ、あの複数の馬車の乗組員たちはどこ行った?」

 

 本当に乗り込めないなら、あれだけの大量の馬車に乗り込んでいた乗客たちが島喰亀の足元に存在しているはずである。あの死霊骨の馬車を見るに、乗っていたものが本当に人だったのか保証はないが、

 

「ですが、少なくとも見張りと思しき2人はヒトですね……あら?」

 

 シズクは死霊骨の馬車近くにいた乗組員と思しき二人の男に視線を移し、そして疑問の声を上げる。獣人と只人の二人、“その顔”を見つめ

 

「……入れ墨でしょうか?」

 

 その顔に刻まれた奇妙な模様に首をかしげる。二人の男の顔には、黒く禍々しい目立つ意匠の模様が刻み込まれていたのだ。ファッション、というにはあまりにも大きく人目を引くソレを、ウルは知っていた。何度となく旅を続けてきた彼にとって、顔に刻まれた特徴的な印は覚えのあるものだった。

 

「あれは、都市外追放のしるしだ」

「どこかの都市から追い出された事を示すと?」

「大連盟で定められた法の一つだ。重罪を犯し都市外追放になった人間には必ず印が施される。アレがつけられたものはどの都市にも入ることは許されない」

 

 別の都市の犯罪者を他都市が知らず招いては困る。という理由があった。都市と都市の間でのインフラが限定されたこの世界においての知恵である。結果として都市外追放された犯罪者たちの多くは人里に近づくこともできず、遠からず魔物達に食い殺される未来が待っている。

 が、しかし、時として生き残る者たちもいる。彼らの多くは盗賊となり、都市間を移動する旅人たちの荷物を略奪し、食いつなごうとする。

 

「まあ、ある意味この上なくわかりやすいな。少なくとも連中は島喰亀の観光に来たわけじゃ断じてない」

 

 彼らは経緯はどうあれ犯罪者であり、そして島喰亀を囲って武器を構えている。どういう事情であれ良からぬ目的であることには間違いなさそうだ。

 

 見張りと思しき強盗達の姿が2人、ウル達の視界に映るだけでも馬車は3台ほど、馬車数に対して人数が少ない。ならばのこりの大多数は既に上に上っている可能性が高い。だがどうやって?

 

「空を飛ぶ魔術を使ったとか?」

「【飛翔】は高度な魔術です。死霊兵を操る魔術師がいる以上、使い手がいないとも思えませんが、島喰亀側がその類の魔術への対策はしているはずです」

「だよな、ならますますどうやって――――なんだあれ」

 

 周囲を窺っていたウルは、自分の眼を一瞬疑った。

 島喰い亀の正面、ウル達の進行方向からは亀が陰になって見えなかった所にそれはあった。ウルの眼前に現れたのは、やはり骨である。骨で生み出された死霊兵だ。ただし、“デカい”。人より身長が高い、なんて物じゃない。高さは島喰い亀のソレに及ぶ。巨大な人骨だ。それが、島喰亀のルートに立ちふさがっている。

 

「……島喰亀が歩みを止めた理由がコイツか」

「背中を橋代わりに?」

 

 見れば、その巨大な両腕は島喰い亀の進行を塞ぐようにして伸び、上半身が斜になってよりかかっている。背骨に当たる部分を橋のようにして島喰亀の上部へと橋渡ししている。島喰亀はその巨大なガイコツに道を阻まれ、身動きもせず止まっている。

 

「押しのけられないのかね」

「というよりも、動こうとしていませんね」

 

 島喰亀に乗り込む手段は基本的に、都市側が舷梯を用意する。万一の時、無法者や魔物達が乗り込んでくるのを避けるために。折角のその警戒が、今のウル達にとっては障害だ。乗り込む手段がない。

 

「……あら?ウル様」

 

 と、少し立ち往生していると、シズクが声をかけてきた。

 シズクが指さす先、何か、淡い、小さな光があった。闇夜の中ですら薄っすらとしかわからないような小さな灯りだ。それを見て、ウルは一瞬訝しがり、しかしそれの正体に気づき、あっと声をあげた。

 

「……“ローダー”だ」

「【旅の守護精霊ローダー】様?」

「そうだ。鍋もってすっころびそうになったとき、この光が助けてくれた」

 

 その時も今と同じ、橙色の光の小さな人型、つまり精霊がウルが煮えた鍋を頭からかぶりそうになった時、ひょいと鍋を支えてくれたのだ。ウルがローダーにささげる祈りがより一層真剣なものとなったのはあのときからである。

 そして今回もウル達の目の前に出現した。つまり、

 

「私達を案内してくれる?」

「多分」

 

 悪戯好きの風精霊の眷属でもあるが、しかし生き死にのかかる場面でからかうほど悪辣でもない。ウル達が近づくと、先導するように橙色の光を放った小さな小さな人型が動き出した。ウル達は息をひそめ、盗賊たちに見つからぬようにと後に続く。

 

 間もなくして巨大なガイコツの舷梯とは反対側、盗賊たちのいない島喰亀後部にたどり着いた。そこでローダーは上空に飛び、そして巨大な甲羅の先端部分へと向かう。そして、

 

「おお」

 

 からから、と音がして。暗闇から梯子が落ちてきた。恐らく島喰い亀の乗務員が利用する秘密の乗り込み口だ。巨大ガイコツの反対側にあるのも大変都合がよかった。これなら気づかれずに乗り込むことが可能だ。

 

「ローダー。ありがとう。感謝する」

「今度はお供え物を持ってまいりますね」

 

 ウルとシズクが頭を下げると、橙色の光はクルクルとその場で回り、そして虚空に消えた。上位存在の助けは必ずしも得られる物ではないし、直接的なモノではない事が多い。名無しなら尚のことだ。

 故にこうした助けは本当にありがたい。ウルは改めて、念入りに感謝の祈りを捧げた。

 

「……良し行くか」

「はい」

 

 2人は頷き、梯子に足をかけ、島喰い亀へと乗り込む。

 スムーズに乗り込むことが叶ったが、ウルの表情は優れなかった。大罪都市が有する移動要塞を襲撃する、死霊兵たちを有した強盗団。決して単純な野盗の類ではあるまい。

 

「……ろくでもない予感がする」

 

 この先に待ち構えているであろう困難を前に、ウルはため息をついた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 島喰亀の上部、つまるところ乗客エリアおよび貨物収容エリアは、魔物の背中の上という事を忘れそうなくらい、広く、そして整備されていた。足場はしっかりと組まれ大きな広間を形成し、雨風を防ぐ屋根に乗客たちがくつろげるベンチや机が備え付けられてある。当然寝床も完備だ。

 更に安全安心な旅路と言えど数日の旅路の間、食事も必要になる。が、当然、島喰亀にはその備えもある。レストランまであるのだから至れり尽くせりと言えるだろう。

 

 そして現在、そんな快適極まる島喰亀の甲羅の上は

 

「助けて!!助けてえぇ!!」

「キャアアアアア!!!」

「痛い……痛い……」

 

 地獄と化していた。

 突如、島喰亀の進路をふさぐように出現した巨大なる【餓者髑髏】と、その背中に乗って乗り込んできた盗賊たちの手によって暴力を振るわれていた。無論、島喰亀に警備の兵士も存在したが、「襲撃など起こるはずもない」という油断があった。

 

『KUKAKAKAKAKAKAKAKAKKAKAKAKAKAKAKKAKAKAA!!!!』

「ひ、ひいいい!!!?」

「なんだこい、っぎゃあ!?」

 

 そこに、盗賊たちと共に現れた大量の人骨の兵士たち。死霊兵たちが襲い掛かり、一瞬にして飲み込まれた。抵抗手段を失った島喰亀はパニックになった。

 

「おい!女つれてるぞあのジジイ!殺せ!!」

「ひぃ!いやあ!!助けてええ!!」

 

 身形の良い乗客たちはその美しく着飾った衣服を引き裂かれ、装飾を奪われ、ボロボロになっている。女子供相手にも容赦なく盗賊たちは嬲り、そして嗤う。

 

「……想像以上に酷いことになってるな」

 

 ウルは不快そうに皺をよせ、堪えるように溜息をついた。耐えているのはシズクも同じだ。今にも飛び出したそうな顔をしている。しかし隠蔽の魔術を揺らがせることは無く、冷静だった。

 二人がいるのは島喰亀の上部に建造されている施設の屋根の上、恐らくは乗客用の寝室エリアと思われる場所だ。

 そこからだと、島喰亀の上部の様子がよく見えた。集められた乗客たちの姿も、それを嬲り嘲笑う盗賊たちの姿も、そして

 

『KUKAKAKAKAKAKAKKAKAKAKAKA!』

 

 大量の死霊兵たちも。

 その総数は圧倒的で数十体の死霊兵が島喰亀の上部にひしめいている。ろくな兵装も与えられていないただの骨身だが、その両顎で肉を噛みちぎられれば痛いでは済まないだろう。

 何よりも逃げ場のない島喰亀の上ではその数が脅威だ。乗客たちは隠れる場所も失っている。

 

「数を減らさないとどうにもならん……」

 

 ウルは死霊兵の情報を思い出す。グレンによって文字通り叩きつけられた知識を。

 

 ――――死霊兵の行動パターンは二つ。天然と人工によって変わる。

 

 天然の場合は、その行動は実に単純明快だ。死骸に魂が宿り魂を動力として蠢く死体。自らの核を糧に蠢く死体は、終わったはずの己の存在を持続するために他の魂を求める。その両顎で、腕で、生者の血肉を引きちぎって魂を引きずり出す。

 

 では人工は?

 

 ―――性質が大きく違う。人形のように、魔道核を作って魂の代わりにしてやるわけにはいかん。死霊術師が“己の魂を別け生み出すのが”人工の死霊兵だ。

 

 命の根幹を別けるという狂気の所業を行うが故に、死霊術師の多くは人の道を外れている事が多く危険視される。当然、魂の“腑分け”が多いほどに危険は高まる。それを大量に行うほどに術者の技量が高いことを示す。

 

 つまり、この島喰亀を襲っている死霊術師はとんでもない術者であることを示している。少なくとも銅になったばかりの、加えて言えば冒険者として一月と少ししか経験がないウル達よりもはるかに。

 

「だが、あくまで死霊兵は死霊兵でしかないはずだ。特別に強いわけじゃない」

 

 あの多量の死霊兵をすべて自由に操れるというのは間違いなく脅威だが、その技量と単体の死霊兵の能力が=であるわけではない。単体ならウルでも容易に倒せる。

 

 状況を整理しよう。

 

 ウル達の目的は“乗客たちの救助”だ。此処に来るまで状況がわからなかったが故に具体的にどう救助するかの方針は定まらなかった。避難させる、という発想も此処に来るまであったが、今この状況を見るに、逃げるというのは不可能に近い。

 島喰亀の甲羅の上、グリードの前にあったような橋はない。

 

 で、あれば、いかにして乗客たちの安全を確保すればよいか。

 

「やっぱり【結界】か。シズク。使えるか」

「【氷結結界】ならば。ですが繰り返しの攻撃には耐えません。時間も3分ほど。魔力をすべて使い切っていいのならば、15分と少し」

「いや、魔術は3回分は残そう。それなら?」

「10分は持たせます」

 

 竜牙槍をちらと見る。咆哮ならば薙ぎ払う事も可能だ、が、乗客と盗賊達がごったがえしている。この状況でぶんまわして下手すれば乗客を巻き添えにする。この状況では動けない。

 

「オラ聞けえ金持ちども!!!」

 

 混乱が静まった。ウルとシズクも息を殺し身を更に屈める。好機か窮地か、見極める必要がある。

 

「俺らのボスは女を望んでいる、若い、処女だ。ソイツを差し出せば他の奴らの命は救ってやる」

 

 その言葉に、混乱していた乗客たちは更に混乱した。処女、若い女。傷を、それも深手を負った者は思わず視線を同じ乗客たちにさ迷わせる。そして心当たりある者は身をさらに小さくし、あるいはその身内をかばう。

 先ほどの混乱とはまた違う痛々しい沈黙と緊張が辺りを包む。その様子を盗賊たちはニタニタと笑った。

 

「なら、私が出るわ」

 

 沈黙を切り裂いたのは、女の声だった。ウルは視線を向ける。一塊になった乗客たちから一歩前に出たのは、煌びやかなドレスを身にまとった獣人の少女。

 

「ロ、ローズお嬢様!!」

 

 覚えのある少女だった。というか、搭乗口の前でディズ言い争っていた彼女だ。彼女は僅かに震える手を押さえるようにしながらも毅然とした表情で前に出て、盗賊たちを睨みつける。

 盗賊たちはそんな彼女を前に、せせら笑う。その笑みには加虐的な悪意が満ちていた。

 

「はーん?アンタが身代わりになるって?」

「出ろと言ったのだから出てあげたのよ、不満?」

「処女か?ちゃんとおぼこちゃんかね?おじょーさん」

「確かめてみたら?」

 

 無神経極まる質問も毅然と返すローズ。無法者相手に怯え竦むことなどしてやらぬという強い意志があった。物怖じしない瞳は真っ直ぐと盗賊たちを射抜く。若くして商会を率いるものとしての矜持と強さがにじみ出ていた。

 

「……ムカつくな」

 

 だが、それは、この場においては悪手だった。

 え?というローズの口が動いた時には、盗賊の拳は彼女の頬を打っていた。鈍い音。ローズは地面に倒れ伏し、乗客たちからは悲鳴が上がった。容赦なく暴力を振るった盗賊は、そのまま倒れ伏したローズに近づき

 

「ッあ……!!」

「なに誇らし気に胸張ってんだこの雌猫が!泣け!命を請いやがれ!!」

 

 二度、三度と強盗は殴打を繰り返した。微塵の容赦も躊躇も感じない、良心の“たが”の外れた暴力だった。鈍い音が響くたび悲鳴が上がるが、それは徐々に弱弱しいものへと変わっていく。

 

「ウル様……」

「限界か」

 

 その状況から目をそらさず観察していたウルはシズクの声に竜牙槍を握りしめ、唸る。このままでは彼女が死ぬ。見殺しにする気にはなれなかった。

 不幸中の幸いか、「処女の女探し」のためにか、乗客たちは一か所に集められている。盗賊たちの意識はローズに集中している。

 結界を張り乗客たちを守るのは、可能だ。問題はウルがどれだけシズクの結界が維持できている間に、敵を減らし、状況を傾けられるかだ。

 

 出来るか?否、やるしかない。

 

 ウルはふと右手の甲を睨む。己の【魔名】の刻印を思い出す。己の力の成長の証。宝石人形との戦いを経て、ウルは強くなった。それは間違いない。だが、

 

 ―――急激な強化は慢心と油断に繋がり、自滅する。忘れんな

 

「……わかっているさ、グレン」

 

 訓練中、繰り返された師匠の警告を胸に刻み、ウルは立ち上がった。同時にシズクは声を潜め詠唱を始める。目くばせするとシズクは頷く。彼女が詠唱を完了し、結界を張ると同時にウルがローズを救い。結界の外部で暴れる。シズクの結界がこわれるギリギリまで――

 

 

「はーい、美しい生娘なら此処にもいますよー」

 

 

 のんきな声がした。それはローズの時と同じく、乗客たちの中からの声だった。

 

 今にも飛び出そうとしていたウルは虚を突かれ動きを止めた。誰か?という疑問が一瞬湧いたが、その声には聞き覚えがあった。あったから、ウルは混乱した。その声は此処では絶対に聞こえてはいけなかった声だった。

 

「彼女をいたぶるなら先にこちらからどうぞ、強盗の皆さま」

 

 にこやかな笑みと共に姿を現した、金色の髪を揺らす女。軽やかな笑みを浮かべる美しい少女。

 

 ()()()()()()

 

 何故か彼女がこの島喰亀の、それも乗客たちの中から姿を現し、強盗達の前に姿をさらしていた。

 

「……なん、で?」

 

 馬車で待機しているはずの護衛対象がいつの間にか戦場の渦中に出現した現実にウルは混乱していた。先ほどまで飛び出す気マンマンだった姿勢が大いに崩れた。そもそも自分たちが可能な限りの全速力で島喰亀に向かったのに、何故馬車に待機していた彼女が乗客に紛れている???

 他人の空似かとすら思ったが、その恰好は馬車の中にいた彼女と同じものだ。

 

「どうし……どうする…」

 

 一瞬悩んだが、どうしたもこうしたもウルは護衛対象を守らなければならない。先ほど話した打ち合わせの通り、救出すべき人質が二人に増えただけだ。先ほどの流れと同じように――――

 

「―――――」

「っ?」

 

 一瞬、本当に一瞬だけ、ディズが屋根の上のウル達に視線を向けた。

 

 ディズには屋根の上に隠れる予定なんて伝えていない。そもそも島喰亀の甲羅の上がどうなってるかわかったものではないのだから当然だ。

 なら偶然?しかしウルはディズと目が合ったと感じた。彼女はしっかりとウル達のいる場所を視線で捉え、そして小さく素早く口を動かした。

 

「ま・て?」

「…………」

 

 意味不明だった。何を待てというのだ。目の前の盗賊たち、乗り込み強盗の連中は完全に道徳と倫理性が吹っ飛んでる。人の心を失った畜生と変わらない。身代わりになるといっても、次の瞬間殺される可能性もあるのだ。

 

 と、考えているうちに彼女が盗賊たちの前に立った。ウルは息をのむ。

 

「もし、ディズ様に暴力が振るわれそうになった時は魔術で視線を集めます」

「その間に俺が救出か……」

 

 自信は無かったが、そうするしかなかった。せめて救出のタイミングだけは見失わないでおこうと眼下をにらむ。

 

 盗賊たちは一瞬、呑気な声で出てきたディズに呆気にとられていた。が、ディズの美しい容姿を確認して、ニタリとその顔をすぐ下卑た笑みに変えた。

 

「お嬢ちゃんが代わりに殴られてくれるって?」

「うんそうそう」

「で、お嬢ちゃんは条件聞いてたか?処女じゃなきゃいけないんだぜ?ウチのボスは」

「勿論」

 

 するりと、かぶっていた上着を脱ぎさり、彼女の白い肌が露になる。島喰亀の魔灯に照らされた彼女の姿は美しく、そして艶めかしかった。盗賊たちは興奮するように声を荒らげ、早速、というように髭面の男が彼女へと手を伸ばし、ウルは竜牙槍を握りしめた。

 

「あ、そうだ、その前に一つだけ確認したいことがあったんだ」

「あ?」

「貴方たちは、ヒトを3人以上殺したことがある?」

 

 その問いに、一瞬盗賊たちは顔を見合わせ、そしてゲラゲラと大笑いした。

 

「なっつかしいなあ!都市の外の法か!1人目は事故!!2人目は正当防衛!3人目は殺されても文句は言えない!!」

「人を殺したこと?どーだったかなー?おいお前ら!どうだったっけかね?」

「そこらへんで転がってるジジイは骨共が殺したしノーカンだろノーカン!」

「ああ、砦の奴隷の女は最近2人くらいおっちんだぜ?」

「勝手に死んだんだから俺らのせーじゃねえな、ハハハハハ!!!」

 

 盗賊たちは自分たちが踏みにじった命を嗤いつづける。乗客たちは思わず顔を顰め唸る。あるいは怯え震える。そして、質問をしたディズだけは、ただ彼らの言葉を聞き、静かに頷いて、

 

「成程、残念だ」

 

 右手を振った

 

 その軌跡はウルには一瞬も見えなかった。ただ右腕が消えたように見えた。

 

 そして目の前の髭面の首が“するり”と地面に滑り落ちた。

 

「え?」

 

 ウルは呆けた声を出した。

 

「え?」

 

 盗賊たちも呆けた声を出した。

 

「え?」

 

 髭面の男も呆けた声を出した。そしてそのまま絶命した。

 

 




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殲滅

 

 

 髭面の男の首が落ちる様子を、ウルは目撃した。

 

 だが、あまりに唐突に起こったそれを理解するのは難しかった。呆けた表情のままの男の首が地面に転がっても、残された胴体の首先から噴き出るように多量の血がこぼれ始めても、いまだ冗談にも似たような空気が場を支配していた。

 

「おっと」

 

 そんな中、たった一人、ディズだけがその場を平然と動き回っていた。

 彼女は目の前の男から噴出する血をひょいと避けると、その動きのまま軽やかにさらにその後ろに並ぶ男たちに距離を詰め、

 

「よいしょ」

 

 再び、文字通り目にも止まらぬ速度で腕を振り、そこにいた男2人の首を飛ばした。

 

「……ちょっ」

 

 自分の真横の仲間の首が消えてなくなり、ようやく硬直の呪縛から解き放たれたのか、後ずさろうとした男の額に穴が開いた。

 

「てめ――」

 

 腰に掛けた剣を引き抜こうとした男が、その恰好のまま下半身と上半身が分断され、絶命した。

 

「……ひっ」

「捕縛」

《―――りょ》

 

 一息の間に、周りの仲間が一人残らず殺され尽くした事実を目の当たりにし、それをようやく理解できた男が、ディズの指先から伸びた赤紅の金属によって雁字搦めになって捕縛された。

 その時点でようやく、ウルはディズがアカネを武器として使っていることに気が付いた。

 

「アカ―――」

「ウル、動け!」

 

 アカネへと意識が引っ張られていたウルだが、直後にディズの鋭い指示が意識を引っぱたいた。そして眼下の状況がまさに、絶好の好機であることを理解した。ウルはシズクに一瞬視線を向ける。彼女は既に結界の準備を始めていた。

 

「乗客は頼む」

「お任せを」

 

 シズクは微笑み、一か所に固まった乗客たちを中心とした青い結界魔術が発生する。それを確認し、ウルは構えた。少なくとも此処にいる強盗達は全滅した。ならば残されたのはただただ立ち並んでいる死霊兵たちだけ。ならば

 

「【突貫・二連】」

 

 ウルは槍を前方に構え屋根を蹴りつけ突撃する。

 単純な突撃攻撃(チャージアタック)。だが、宝石人形戦を経て、あの人形が蓄えていた魔力を吸収し、強化された肉体から繰り出されたそれは、

 

『カガガゴ?!』

 

 たかが死霊兵如きならば、十数体をまとめ、弾き飛ばすのも容易なほどに威力が向上していた。ウルは更に足に力を籠め、蹴り、飛ぶ、眼前の死霊骨たちに巨大な槍を叩きつけ、弾き飛ばし、砕いていく。

 

『KAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 更に十体以上の仲間たちが砕かれたタイミングで、自衛機能を有していたのか。死霊兵が動き出し、ウルに向かって一斉に動き出す。

 

「よし」

 

 死霊兵たちの敵意がこちらに集中した事を確認し、ウルは更に跳躍する。

 乗客たちから距離を取りつつ動く。最初の不意打ち以降は、無暗に死霊兵たちに突っ込んでいくことは避けた。完全に敵意がこちらに向いている状態で下手に突っ込んで、一斉に襲い掛かられたらどうなるか分かったものではない。

 

 宝石人形との闘いを経て、ウルは確かに強くはなった。だが、それは決して無敵になったわけではない。

 

 湧き出る力と高揚感を静める。調子に乗るな凡人、と自分に言い聞かせながらウルは攻撃と離脱を繰り返す。死霊兵たちはそんなウルを律儀に追い回し続けていた。

 可能なら、先ほど盗賊たちに痛めつけられたローズの事も探したいが、今動けば、死霊兵を引き連れることになる。死霊兵を全滅させた後に捜索するしかない。あるいはディズがなんとかしてくれるか―――

 

「というかディズは本当に何なんだ……?」

 

 疑問をこぼしながら、ウルは死霊兵の殲滅作業を続けた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ウルが暴れだし、戦況が一気に混乱に傾いたその時、ディズは自分が首を刎ね飛ばした盗賊の死体から武器を漁っていた。彼が使っていた剣を見つけ出すと一度二度と振るい、そして眉をひそめた。

 

「んー、なっまくらー。都市外でよくまあこんなもの使ってたね」

《けんするー?》

「アカネは待機だよ。そこの捕虜が逃げないようちゃんと見張っててね」

 

 そう言って、そのまま流れるように、自分の肉を食いちぎろうとした死霊兵の頭蓋骨を切り裂いた。そしてそのまますぱすぱと、整備もろくにされていない剣で死霊兵を斬り落としていく。

 腕、足、頭、死霊兵の身体を引き裂きながらも、その足取りはまるで散歩にでも行くように軽やかだ。

 

「さて、ローズはどこ行ったかな……?」

 

 この場において最も危険な盗賊たちの排除を最優先としたが、その隙にローズの姿が消えていた。死ぬほどではないが怪我は負っていたし、容赦なく嬲られていた彼女が自分から逃げ出す気力などあるはずがない。

 と、なると、だ。

 

「【眼】」

 

 短く鋭く唱えた詠唱と共に金色の小さな球体が彼女の手のひらに生まれる。わずかに掌で浮遊した球体は、次の瞬間天高くに飛び立ち、空で輝きを放った。

 

「―――いた」

 

 ディズは静かに呟き、跳躍する。ウルを盲目的に追い回す死霊兵たちの中で一体だけ、ウルとは逆方向に進む死霊兵の姿をディズは“空”から確認した。

 懐から剣と同じく盗賊たちから奪い取った短剣を取り出し、投げた。音もなく放たれた短剣は一直線に死霊兵へと飛ぶ。ローズを抱え込んだ死霊兵の足を砕き、動きを止めるために。

 

『KAKAKKAKAKAKAKAKAKAA!!!!!』

 

 だが直後、周囲の死霊兵よりも数倍にけたたましい音が響いた。島喰亀を引き留めていた巨大な死霊兵が動き出していたのだ。巨大死霊兵が島喰亀の甲羅をよじ登り、そしてディズが狙った死霊兵を、そのナイフが届くよりも先に掴み取った。

 

「……抜け殻だった筈なんだけど、魂入れなおしたのかな?」

 

 ディズは眉を顰め、新たな魔術の詠唱を始めようとして、しかし途中でそれを中断した。

 

「……ああ、ダメだなこれは」

 

 巨大な死霊兵の身体は、無数の小型の死霊兵の身体によって構築されていた。そこまでは良い。だが、その無数の死霊兵たちの中に、生きた島喰亀の乗客と思しき者たちが紛れ込んでいる。

 

 肉壁、人質か。

 

 ディズは舌打ちした。そして人差し指を差し向けると、そのまま別の魔術を放った。

 

「【印(マーク)】」

 

 小さな赤い閃光が射出された。それは巨大な死霊兵の額部分に着弾する。が、特に何事か起こることもなかった。そしてその隙に、というように、巨大な死霊兵は蛙のように四肢を使って島喰亀の上で跳躍する。

 人質である乗客らを捕らえたまま、瞬く間に夜の闇夜に消えていった。

 

「あれほどの死霊兵を自在に操る死霊術士……、しかも処女の乙女か。厄介なことになりそうだなあ」

 

 ディズはそうつぶやきながら、ゆるりと落下していった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……これで、最後、か!!」

 

 ガツン、と上から叩きつけるようにして竜牙槍で頭蓋を粉砕した。恐らくは最後となる死霊兵を粉砕しきった。周囲を見渡してもウルに向かってくる敵の姿は発見できない。

 乗客たちの結界を維持しているシズクもこちらにやってきた。

 

「ウル様、ご無事ですか?」

「ああ、シズクは?」

「私は大丈夫です……が」

 

 シズクと共に周囲を見渡すウルは顔を顰める。

 

「痛い……痛いよお」

「おか、おかあさあーん!」

 

 砕かれた死霊兵、荒れ果てた島喰亀の乗客区画を背景に、悲鳴と苦悶があちこちから聞こえてくる酷いありさまになっていた。頭や腕から血をダラダラと流しもだえる者や、身動きすら取れなくなって家族が縋り付いて泣きわめいていたりと、まさしくパニックだ。

 

「どうしたものか、これは」

「けが人の治療をしてあげたい、のですが、この状況では」

 

 未だ混乱が冷めやらぬ状況だ。けがの治療を行うにしても、もう少し落ち着かせなければならない。下手にシズクが治療に動けば怪我人達が押し寄せて押しつぶされ、更に怪我人が増える。そうでなくとも彼女の魔術の回数は結界で消費してそう多くはないのだ。

 

「兎に角、この島喰亀の責任者?艦長?そういう人間を探すしか―――」

「し、失礼します!!お二方!!」

 

 と、提案しかけたウルとシズクの前に、転がり込むようにしてある人物が飛び込んできた。周囲の人々の例にもれず頭からは血を流し、耳に掛けた古いメガネにはひびの入った老人。彼の顔には見覚えがあった。

 

「ええと……あなたは……島喰亀の乗り込み口で、確かローズさんと一緒にいた人ですか?」

「執事のルーバスと申します!あの、お二方を腕利きの冒険者と見込んで頼みが!!!」

「却下」

 

 と、老人とウルの間を割って入るように声が響く。それは未だ下着姿のままのディズだった。

 

「デ、ディズ殿!!あの、私は!!」

「連れ去られたローズお嬢様を追いかけてくれっていうんだろ?却下、私の護衛を横から雇わないでね」

「では貴方に!」

「却下、夜の人類の生存圏外に準備も情報も無しで飛び出すなんてバカだ」

 

 無慈悲なまでに淡々とディズは正論を叩きつけ、ルーバスはもともと悪かった顔色が更に悪くなって、ガックリと肩を落とした。無関係のウルすら思わず哀れに思うほどだったが、しかしディズの意見は一つの反論の余地もなく正論だった。

 少なくとも今、夜、都市外に飛び出すのは只の自殺だ。魔物のあふれかえった暗黒の世界をアテもなくさまようなど危険とかそういうレベルではない。不可能だ。

 

「ディズ様……」

「彼に同情している暇はないよ、シズク。準備しておいてね」

「っつーかお前はどうして此処に。っつーかアカネも」

「説明が面倒だった。ウル、上着頂戴」

 

 そう言って歩を進めるディズにウルは慌て、積み荷かなにかだったのだろうマントをみつけ彼女の肩にかける。死霊兵に踏み荒らされたのか若干裂けてもいるボロだったがディズはまるで気にせずそのまま、何かのイベントのためにあるのか、広間に設置されていた壇上に上がった。そして軽く息を吐くと、声をあげた。

 

「聞け!!!」

 

 その声は周囲の悲鳴や混乱を一挙に引き裂く鋭いものとなった。混乱の只中にいた者たちは一斉に、壇上に登ったディズへと注目した。

 

「この中に魔術の心得のある者は挙手せよ」

 

 その言葉に顔を見合わせ、そして心得のある者は挙手した。シズクと、そして一応はとウルも同じように挙手をした。

 

「では治療魔術を扱える者」

 

 ウルは手を下す。同じように多くの者が手を下した。挙手を続けているのはシズクを含めて両手で数えきれる程度の人数しか残らなかった。

 

「では“蘇生級”の治療魔術を扱える者」

 

 その言葉で、挙手するものはいなくなった。

 蘇生魔術、死の淵にいる者を引き戻す治療魔術の最高峰、最も強大な治癒術だ。当然、たやすい魔術ではない。元より治療魔術自体習得は難しいが、蘇生はその比ではない。

 当然、この場でホイホイとそんな人物が出るわけがない。ディズもそれはわかっていたのかやっぱりか、と小さくつぶやき、再び顔を上げた。

 

「これより怪我人を集め、分ける。意識のハッキリしている者、軽傷の者は魔術を介さず手当を、これは外で行う。血を大きく流した者、痛みで動けぬ者は治療魔術師による治療を行う。屋内に運べ。治療魔術使も中へ。動けぬ者には手が空いている者が助けるように」

 

 ディズの明瞭な指示に、島喰亀の乗組員たちは、彼女の指示に合わせ動き出した。けが人たちの仕分けと誘導を行い、乗客たちは彼らの言葉に従い始める。

 

「そして、意識のない者。命の危機と思しき者」

 

 そこで、ピタリと息をのむように多くの者が動きを止めた。重症、命の危機。癒療院も存在しない島喰亀の上の人類の生存領域外、こんな場所で重傷者が助かる見込みは限りなくゼロだ。見捨てるか、あるいは“楽にしてやる”くらいしか手はない。

 血塗れになって、身動きすらできない身内を抱えた家族は、震えるように、ディズの次の言葉を待った。

 

 だが、ディズはその不安と恐怖の視線を受け、サラリと

 

「彼らは全員“私のもとに集めろ”」

 

 そう言ってのけたのだった。

 

 

 

 



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よくわからない女

 

 事態の終息したころには、日が昇っていた。

 

 休息区画の長屋の狭いベッドは怪我人達でいっぱいになっていた。治療魔術師の治療、そして備えてあった回復薬(ポーション)によって手当ては終わっているものの、多くが憔悴し、体力を取り戻すためにも体を休める必要があった。

 

「ああ、まったく助かりました」

「御無事で何よりでございます」

 

 シズクはこの島喰亀の操縦者、島喰亀を操っていた“魔物使い”の怪我の治療にあたっていた。シズクの魔力は既に底を尽きており、今は魔術が扱えない。代わりに回復薬等を用いた治療に専念していた(幸いにしてその類の道具は島喰亀に多く残されていた)

 魔物使いの男は怪我自体がそれほど大きくはなかったのが幸いしていた。

 

「あの強盗の連中も、私を殺しては島喰亀がどうなるかわからないと恐れたのでしょう」

 

 島喰亀の操縦席にて島喰亀を操っていた彼曰く、島喰亀を操っていると目の前に突如巨大な死霊兵が出現し、驚いた島喰亀が足を止めた次の瞬間には、その巨大な死霊兵から幾多もの小さな死霊兵が落下、操士に襲い掛かってきたらしい。

 気が付けば殴られ、縄で縛られ身動きできず。今に至ったらしい。

 

「本当に乗客の皆さんにはご迷惑を……貴方がたには感謝してもしきれません」

「いいえ、私達が出来たことなんて微々たるものです」

 

 包帯の巻かれた額を撫でながら頭を下げる彼を、シズクは労わるようにして微笑む。実際、彼らの救助が成功したのは自分たちだけの力ではない。最大の貢献をしたのはやはり―――

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ウルは、世間一般で言うところの奇跡の御業とでも言うべきものを目撃していた。

 

「【――――】」

 

 ウルの目の前で、ディズは魔術の詠唱をずっと続けている。非常に正確に、しかしとても早く詠唱をし続けている。

 その魔術の向かう先は重篤状態の怪我人だ。死霊兵によって腹を大きく食いちぎられ、先ほどまで呼吸すら怪しかった瀕死の男性は、家族であろう女性と子供たちに両手を握られながら、ディズの治療を受け続けている。

 そして間もなく、

 

「―――】ん、終わり」

 

 ディズがそう宣言した。子供らも、その妻も、あまりの呆気なさに本当か、ときょとんとしていた。だが、ディズが手を離すと、男は静かに寝息を立て始めていた。顔色も肌色に戻っている。少なくとも先ほどまでのように青白く、今にも死にそうな状態ではない。

 

「あとはゆっくり休ませてれば、少なくとも死ぬことはないよ」

「あ、ああ……」

 

 ディズがそう告げると、男の妻は、身を震わしながら声をあげ、そしてひらひらと振るディズの手のひらを強くつかむと、ボロボロと涙を流し繰り返し頭を下げた。

 

「あり、ありがとう、ありがとうございます!本当に…!!」

「それはどうも。死なずに済んでよかったね」

 

 対してディズはやはり軽く、あっさりとしたものだったが、女の震える手はキッチリと握り返し、父親に縋りつき、なく子供たちの頭はぽんぽんと、優しくなでてやっていた。

 そうして、最後の重篤患者が休息区画に連れられ、ディズの仕事は終了した。

 

「ああ、つーかれた。ウル、まくら」

「どうぞ」

「おかしー」

「ディズに救われた出店のおっちゃんから差し入れ。モウルの乳とリリの実で作ったフルーツチーズ。魔術によって適温に冷やされている」

「つめたい、あまい、すっぱい」

 

 ウルは黙ってディズの口に菓子を運び、甘やかした。雇われているだとか関係なく、彼女はワガママを言う権利がある。夜が明けるまでの間、彼女はぶっ続けで蘇生魔術で多くのヒトを死の淵から救い上げ続けたのだから。

 

「蘇生魔術なんて良く扱えるな」

「沢山練習したからねえ……」

「練習」

 

 練習でどうにかなるものだろうか。というかなんで金貸しがそんな技術を練習したのだろうか。という疑問はあったが、とりあえず黙っておいた。菓子を食べ尽くすと、そのままわずかに目を閉じたそうにうとうととし始めた。流石に疲れているらしい。

 

「少し休むか?」

「出来るなら今すぐに熟睡したいね……そうもいかないだろうけど」

 

 それは?と問い返す間もなく、新たな人影がディズとウルの前にのっそりと顔を出した。焦燥し切ったその男は、夜、島喰亀を救出に向かった直後にウル達に縋りついてきたローズの執事の男だ。その後ろには彼の部下と思しき男達もいる。全員怪我をしていて痛ましかったが、そのことを気にするそぶりはない。

 不作法にも寝転がりながらその様子を眺めるディズを前に、彼らは、ゆっくりと膝をつき、そして頭を下げた。

 

「頼みたいことがございます!!ディズ・グラン・フェネクス様……!」

「それは……」

 

 無論、ウルにも彼が何を嘆願しようとしているのかわかっている。

 ローズ、結局あの強盗騒動の時攫われてしまった彼女の事だ。救ってほしい、と、彼らは言っているのだ。だが、それはあまりにも難しい話だった。都市の中ならばともかく、都市の外に存在する盗賊たちのアジトなど、どこにあるか見当もつかない。どこから魔物が現れるかもわからないような場所での捜索がどれほどの難儀かなど、子供でも理解はできる。

 

「そもそも、生きている保証すら無い、あのお嬢さんを救えと?」

 

 ウルは口には出しづらいであろう事実を告げる。

 相手は盗賊で、しかも邪悪な死霊術の使い手、そいつにさらわれて、無事であるとはとても思えない。彼女の行方を捜している間に好き放題に嬲られて、殺されている可能性が非常に高い。

 

「無理を承知でお願いします!どうかお嬢様を!!」

「貴方がたに無礼を働いたのは謝罪しますから、どうか…!」

 

 執事の背後に控える部下たちも次々に頭を下げる。どうやら彼女は慕われていたらしい。だが、危険で安全の保障もない都市外移動を繰り返してきたウルは知っている。都市の外で行方不明になった人間が助かる可能性はほぼゼロだと。

 どれだけ頭を下げられようとも、救える見込みが怪しい者の救助を安請け合いすることは難しかった。

 

「ま、いいよ。勿論準備はさせてもらうけど」

 

 だが、ディズはウルの懸念をあっさりと跳ねのけた。

 

「おい、ディズ」

「ウルの言いたいことはわかるけど、十中八九ローズは無事だよ」

 

 のっそりと起き上がり、伸びをする。島喰亀の甲羅の上から眺める絶景の朝日を眩しそうに眺めながらディズは言葉を続ける。

 

「強盗達のボス、恐らく死霊術師が、処女の乙女をご所望ときたんだ。恐らく彼女は何かしらの儀式に利用するためにさらわれた。なら、死んじゃいないよ。儀式が終わるまではね」

「だが、その儀式がいつ起こるかはわからないぞ」

「規模の大小にもよるけれど、生贄捧げてはい終了なんて魔術的儀式は基本的に存在しないよ。対象を確保してから少なくとも数日、下準備が必要になる筈さ」

 

 無論、その期日までに間に合わなかったら彼女は死ぬわけだけど、とディズは付け足して、そのまま自分を縋るように見つめてくる男達に目くばせした。

 

「と、いうわけで、命の保証はしない。それでもかまわないならローズを救いに行こう。これでいいかい?」

「お願いします!!!!」

 

 男たちは深々と頭を下げ、改めてディズに懇願するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけでついてきてね。護衛」

「やべえ絶対仕事選び間違えたわ俺」

「ブラックですね?」

 

 



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よくわからない女②

 

 

 あってはならない移動要塞への襲撃騒動から一夜を明けて、ディズの活躍もあり見事収束を果たした……とは言い難かった。

 

 最低限の薬品の備えこそあれど、怪我人の数があまりにも多く、そして騒動にまぎれ強奪された貨物も少なからずあった。恐らくあの巨大な死霊兵が奪っていったのだろうと推測された。

 被害は甚大、怪我人多数。死者が出なかったのはディズの尽力と幸運あってこそのもの。乗客たちの多くは一刻も早い都市への帰還を望むものが殆どだ。安全安心な旅とたかをくくっていた彼らにとってあまりにも酷な体験だった。

 

 結果、残り二日かかる次の都市への移動よりも、大罪都市グリードへの帰還に島喰亀の進路は変更と相成り、急ぎ出発するという事になった。

 

 が、当然ウル達は引き返す島喰亀に搭乗しない。

 

「あの巨大死霊兵が逃げたのはグリードの方角とは正反対だよ。島喰亀の頭部方面、つまり本来の島喰亀の目的地【衛星都市アルト】方面だ。途中で途切れたが追跡の魔術もそっちを示している」

 

 というディズの言葉により、別れる事となった。その際、ラックバードの面々はお供すると言ってきたが「怪我人は邪魔」と、いうディズに両断され、彼らは島喰亀と共に一時的なグリードへの帰還と相成った。

 

 島喰亀を降り、ダールとスール達の下へと戻った。彼らはディズの不在にもかかわらず、同じ場所でずっと待機していた。(その際彼らの足元には数体の“影狼”が頭を粉砕されて死んでいたのだが)。

 そして、ウル達は馬車の旅を再開した。

 とはいえ、昨夜の盗賊騒動から徹夜し、結局島喰亀と別れたのは昼頃だったこともあり、体力の回復も必要であるとして早々に野営を行い、そして更に一夜が明けた。

 

 そして都市外移動、二日目の朝

 

「……む」

 

 都市外における朝は早い。

 魔灯の無い都市外において陽光は貴重な光源だ。一時も無駄には出来ない。日の出と共に体を起こすのは当然だ。

 体調は良い。よく眠れた。それ自体がありがたい。なにせここは都市外、巨大な防壁も存在しない、魔物の跋扈する所だ。朝も昼も夜も、魔物たちにとっては何の関係もない。常に油断ならぬ状況が続く。

 寝ずの見張りを交代で行う等、様々な対策を取らなければ命はない。その点において、魔術の結界による守りは、ウルの知る野営とは比較にならない快適さを与えてくれた。

 

「……シズクに感謝だな」

 

 睡眠をとれる、という事実に感謝をしながら、ウルは体を起こした。

 旅を繰り返してきたウルだが、夜の見張りというのは慣れることのない苦行だった。移動もままならない真っ暗闇の中、焚火を絶やさぬよう薪を足しながら、眠気と疲労に襲われながらじっと耐え続ける時間。暗闇を魔物と勘違いしたことも数えきれないほどある。

 その苦労が結界の魔術一つで大幅に減るのだから、ありがたい事だった。少なくとも昨晩は2回“しか”魔物の襲撃に起こされてはいない。しかも結界に驚き逃げ出したため戦闘になることもなかったのだ。

 

「浄化の魔術は覚えたが、俺も一つくらい結界魔術は覚えた方が良いかな……」

 

 旅布の温もりを名残惜しく放り捨てる。馬車から顔を出すとイスラリア大陸は年中温暖な気候であり、水平線から登り始めた朝日の温もりが頬をさし心地よかった。

 

 朝食の準備、そしてもはや習慣となってる朝の鍛錬を少しでも……

 

 と、そう思い馬車から降りると、シズクも既に外に出ていた。挨拶のためにウルが近づく。が、彼女はウルに気づかず、ずっと平原を見つめている。

 

「シズク?」

「……」

 

 問われても返事のないシズクに首を傾げつつ、前を見る。彼女の視線の先に、彼女が目を奪われているソレが舞い踊っていた。

 

「――――」

 

 ディズだった。

 彼女は紅の刃を、アカネを片手に舞っている。剣技を振るっている。

 

 魅せるための曲芸のような真似ではない。誰かを相手取り、そしてその命運を断ち切ることに心血の注がれた剣の舞。軽やかにステップを踏むたび、幾重もの風が鳴る。不用意に近づけば、風ではなく自身の首が刎ね跳ぶだろう鋭い剣技だった。

 

 で、あるにもかかわらず、彼女の所作にウルも目を奪われた。

 

 綺麗だった。昇り始めた陽光に金色の髪が照らされ輝く。流れる汗が陶器のような肌を滑り、跳ねる。所作の一つ一つに目を奪われた。洗練し続けた技と、そこに至るまでに積み上げ続けた努力が、ウルに敬意を抱かせた。

 

 最後の一閃を振り下ろし、ディズは剣舞を終える。そして紅の刃、アカネを自身の前に掲げ、一言。

 

「アカネ、遅い」

 

 罵倒した。

 

《うー》

「これなら変化できなくても、上等な剣持ってた方がましだよ」

《ディズはやすぎー》

「鍛錬を重ねないと強くなれない私と違って、君は理を超越してるんだからもうあとは感覚の問題だよ。ほら、頑張って」

《うー》

 

 淡々とアカネの欠点を指摘するディズは容赦がなかった。尤も、それで腹を立てるほどウルは過保護ではない、が、気になる事はある。

 

「ディズ」

「おや、ウル。シズクも。おはよう、良い朝だね」

「おはようございます。ディズ様」

 

 二人の視線にも気づいていたのだろう。特に驚くこともなく手を上げた。ならばとウルはさっそく一つ質問を投げた。

 

「ひょっとしなくても、これまでも結構アカネを“使ってた”のか。ディズ」

「そだよ」

 

 あっさりと、ディズは認める。ウルは唸った。

 盗賊を撃退した時のディズのアカネの使いこなしよう。あの戦いっぷりは手慣れていた。あれは一朝一夕で出来る動きではなかった。

 

「君との契約はあくまで君が買い戻すまでの間アカネを所持し続けておくという契約だけ。破壊し彼女を損なうのはともかくとして、通常通り“使用する”分には文句は言わせないよ」

 

 もし彼女を大事にしておきたいというのなら、契約は正確に行うべきだったね。と今更な指摘を受け、ウルは頭を掻いた。文字通り人生を賭けた契約だったのだ。当たり前だがあの時の自分は正気ではなかった。半ば勢い任せの契約だったのだから、そんな詳細に約束事を詰めておくなんて真似は土台無理な話だった。

 

「……出来ればアカネには物騒な真似はさせてほしくないのだが」

「誤解してほしくはないのだけど、彼女の扱いに関しては同意をとってるからね?」

「同意?」

「もし、彼女が私に、“彼女のままである事の価値と意味”を示すことができたなら、その時はたとえ君が失敗したとしても、分解は見送ろうっていう約束」

 

 それはウルの失敗を見越しての契約だった。失敗してもいいように、と用意された保険である。アカネはアカネで、ウルが無茶をしなくてもいいように、自分で考えていたのだ。

 

「ごめんな、アカネ」

《にーたんはがんばってるのだから、わたしもがんばるわ》

 

 アカネは剣の状態のまま答える。その声は笑っている。頼もしさと大人びたその声音に、成長しているのだなあ、とウルは思い、不覚にも少し泣きそうになった。

 

「ま、今の状態だとダーメダメなんだけどね」

「台無しだ」

「実用には足りない。便利ではあるけれど代用は可能。これじゃあ意味がない。バラして研究した方が圧倒的に得るものが多そうだ。って結論になっちゃう。のーで、頑張ってねアカネ」

《うーなー》

 

 ディズの掲げた紅の魔剣がぐねぐねと唸った。

 

「……というか、なんでアンタがそんな戦闘力に拘るんだ?」

「仕事が大変だからねえ……」

 

 しみじみと語りながらも、アカネをヒュンヒュンと軽く振るう彼女の剣速は、やはりウルの目にも止まらぬモノであった。アカネという特異な武器を使っているのとはまた別に、彼女は異常だった。

 昨夜、瞬く間に盗賊たちを始末し、さらにその後の混乱を瞬く間にまとめ上げた彼女が何者か。とはいえ、進んで彼女が答えるつもりもないものをあえて問いただす気にもならなかった。それよりも、

 

「ディズ様、ご一緒させてもらってもよろしいですか?」

 

 シズクが杖を握り、尋ねる。ウルもまた竜牙槍を握りしめた。彼女が実力者であるのなら、彼女との鍛錬に得る物はあるだろう。

 

「いーよ。ま、かるく遊んであげよう」

 

 二人を前に、ディズは不敵に微笑んだ。

 

 結論から言って、本当に言葉の通り、ウルとシズクはディズに遊ばれることとなった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「「なんでそんなに強いの」でしょう?」

「練習」

「もうお前がよくわからん」

 

 シズクは感嘆としながら、ウルは自信喪失に呻きながら、朝食を貪っていた。

 幾度かの模擬戦を繰り返し、ウルとシズクはボロボロ―――にはならなかった。正確には怪我すらさせてはもらえなかった。こちらの攻撃は、魔術にしろ槍による刺突にしろ一切通らず、彼女の攻撃には反撃の余地もなく、挙句、バランスを崩し転ぶ前に助けられた。

 

 言葉の通り、紛れもなく遊ばれていた。

 グレンと戦った時と同じような感覚、即ち数段以上格上の者との戦いである(彼と比べると滅茶苦茶に丁寧だったが)

 

「シズクは詠唱に集中力の余力ありそうだし、もう少しスキルを別の事に伸ばしてもいいかもね。ウルはまだ伸びた力に振り回されてるね。要練習だよ」

 

 更に的確なアドバイスをされる始末である。護衛であるはずなのに。

 

「……というか、ディズは護衛なんていらんのではないのか?」

 

 島喰亀から降りる際、当然の支援としてもらった充実した食料からパンを食いちぎりながらウルは指摘する。ちなみにちぎったパンは柔らかく、美味かった。旅路の共としては随分と質の良い。下手すると都市で食べる物よりも良いものかもしれない。

 

「君たちは必要さ。私がサボるために。あ、このパン美味しい。生産都市(ファーム)の神官用の小麦使ってるね」

「人のとるな。十二分に食料もらったのに」

「ウル様。こちらの果実などどうですか?グルの実というのですが美味しいですよ?」

 

 もむもむとパンを口に入れつつ、ディズは言葉を続ける。

 

「仕事が忙しいんだもの。都市間移動中くらいは楽したいのさ。私も。私以外でもできる雑用くらい人に放り投げて、休むくらいいいだろう?」

「で、前代未聞の強盗騒動に遭遇したわけだが」

「アカネ、枕」

《あーい》

「ふて寝すんな」

 

 分かりやすくふてくされた顔のまま横になる。先ほどまでの超人めいた振る舞いが途端年相応の少女のようになるギャップにウルは頭が痛くなった。彼女はその姿勢のまま、行儀悪くグルの小さな実をつまむ。

 

「面倒ごとになりそうだねえ……」

「ローズ様の救助ですか?」

 

 ローズの救援依頼、あの執事の男達に頼まれた依頼は確かに面倒ごとである。が、ディズは首を横に振る。

 

「ローズを助けることは良いんだよ。でも、死霊術師の方は不穏が過ぎる」

「死霊術師」

 

 あの巨大な死霊兵、島喰亀を占拠する大群、尋常ではない使い手であることはウルにもわかる。厄介、と言われればその通りだとウルも納得する、が、ディズが懸念しているのはそことはまた別の点だった。

 

「彼ら、なんで島喰亀を襲ったと思う?」

「ローズ……処女の娘ってやつを攫うため?」

「それだけならもっと別のやり方をした方が良い。島喰亀を――【大罪都市グリード】と大ギルドである【商人ギルド】の共有財産である【移動要塞】を襲撃するリスクにはあまりに見合わない」

 

 島喰亀を活用した都市間の物流は、今の世の中においては希少な安定した手段の一つである。魔物蔓延る都市外の世界を自由に行き来し、多量の物資を運べる移動要塞である。そして“そうでなければならない”。

 

「多くの都市国の民たちにとって、島喰亀は安全の象徴、そうであるという信仰が、淀みない流通に繋がっている。その信仰を崩す者は何者であれ、決して許されない」

 

 実際のところ、島喰亀の襲撃、というのは過去、なかったわけではなかった。特に運用が始まった最初の頃は、多量の物資を持つ島喰亀への襲撃を目論む悪党たちの存在は少なからず存在していた。

 そして、そんな事をもくろんだ彼らは、その悉くを徹底的に“滅ぼされた”。

 

「完膚なきまでの皆殺し。島喰亀に悪さをしようとした連中は潰され、そしてその事実は広く喧伝された」

「移動要塞に手を出す者は、死あるのみ、と?」

「その結果、島喰亀は誰にも手出しされず、魔物も近づけない聖域となった」

 

 にも、かかわらず、だ。今回このような事態になった。

 なるほど、高レベルの術者がいれば確かに襲撃は可能だろう。島喰亀には結界や護衛は巡らされているが、完ぺきではない。やってやれないことはないのだ。だが、問題はその後だ。

 

「この件が各都市に伝われば、銀級レベルの実力者や騎士団の大隊規模が投入される大討伐になるだろうね。ヘタすると金級まで担ぎかねない。それくらい、不可侵の存在を犯したんだよ。あの盗賊たちは」

 

 確かに大騒動である。戦争でも起こすのかというほどの話だ。そうなるのが当然の流れなのは子供でも分かる。子供でも分かる様に、各都市は内外に知らしめてきたのだから。

 

「多大なリスクを冒してまで必要だったものがあったということですか?」

「そだね。よりにもよってあの巨大亀を襲わなきゃいけない、その理由」

 

 大罪都市グリードから出発した島喰亀が保有する、この島喰亀しか持ちえない“ナニカ”そこまで言われればウルにもピンと来た。

 

()()か」

「そ。大罪都市で産出され、各都市に渡る前に集められた莫大な量の魔石。運んでた物資を確認したら、魔石がそっくりなくなっていたよ」

 

 大罪都市グリードの衛星都市、幾つもの都市がその機能をつつがなく運航するために運ばれる魔石全てともなれば、相当量のものとなる。それをすべてゴッソリと奪っていく理由、後に滅ぼされるリスクを背負ってまでそうする理由。それを死霊術師が行う理由。未だその真意は不明だが、これだけの情報が揃えば、どんな阿呆でもなにかヤバいと察しもつく。

 

「ひょっとしなくても大ごとなのでは…?」

「そだよ。折角の貴重な休息期間だったのになあ……」

《やーんこしょばい》

 

 ディズはいじけるように、枕をいじいじと指でつつき、アカネはこそばゆそうに身もだえた。ひとまず、ディズがローズ救出の依頼を安請け合いではなく、正しく困難さを理解しその上で受けたのだという事はウルにも理解できた。が、

 

「そんなにつらいなら、あとで銀級の冒険者が確実に来るのなら、彼らに任せるという選択肢もあったのでは?」

 

 そもそも今回の案件、都市外で攫われた少女の救助、その責務は島喰亀を保有しているグリードや商人ギルドにあるはずだ。ウル達はたまたま偶然、その場に居合わせただけであり、何の責任もないのだ。あのローズの部下たちの懇願を無視する選択肢はディズにはあったはずである。

 だが、ディズはいじけたポーズを続けながらも

 

「どれだけ各都市が盗賊の討伐に迅速に動いたとしても、事を起こすには時間がかかるからダメ。多分ローズが間に合わない」

「……なんだってそう、ローズを助けようとするんだ?」

 

 ここまでの情報を整理すると、ローズを助けることは非常に困難なはずなのだが、にも拘らずディズがローズ救出に拘る理由がウルにはわからなかった。

 断片的な話から分かる彼女とローズとの関係は、険悪の一言に尽きる。実は昔は仲が良かっただとかそういう理由でもあるのなら兎も角として、そうでないなら何故、別に冒険者ギルドでも都市を守る騎士団でもなんでもない彼女がローズを助けようとするのだろう。

 

「ラックバードに恩でも売るつもりなのか?」

「うんにゃ別に?」

「灼炎剣ってのを奪った罪悪感から?」

「ぜーんぜん」

 

 じゃあ何ゆえに?と問うウルに、ディズはといえば、むしろなんでこんなことを聞かれるんだというような不思議そうな顔をして答えた。

 

「だってほら、死ぬことなくない?ローズ」

「……やっぱりお前の事がよくわからん」

 

 そりゃそうだけれども。という他ないくらいの理由で、都市規模の戦力が動きかねない大ごとに突っ込んでいく彼女の事が、ウルにはサッパリわからなかった。

 

 




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衛星都市アルト

 

 

 【衛星都市国アルト】

 

 大罪都市グリードから連なる衛星都市の一つ。都市としての規模は平均的。大罪都市のように都市内部ないし近隣に迷宮は存在しない。しかし都市外北部のアーパス山脈の森林地帯から採れる木材の生産、および加工品が有名。

 精霊の力を授かっている神官の数は少ないが、大罪都市を経由して常に安定した量の魔石を確保できるため、魔導機による都市のインフラの整備は整っており、都市民の生活はとても安定している。つまり比較的平和な都市国だった。

 

 しかしその日、彼らに激震が走った。

 

 移動要塞、島喰亀の襲撃の報である。

 

 大罪都市グリードを中心としたすべての都市の物流の要である島喰亀の襲撃は言うまでもなく一大事である。グリードで産出される魔石のみならず、食糧生産を担う【生産都市】の産出物の運搬も島喰い亀が行うのだ。

 一度の交易で揺らぐ程、都市の蓄えが無いわけではなかったが、その情報を聞いた誰もが顔を青くし、そして襲ってきた盗賊たちに対して恐怖し、憤慨した。

 

 一刻も早く!悪しき盗賊たちに鉄槌を!!

 

 そんな声が湧きあがるのは必然だった。

 

 捕まえろ!討伐せよ!!見つけて殺せ!!!

 

 都市の中心、神殿に人々が殺到し、盗賊たちの殺戮を求む声が木霊する。異常な光景だった。だが、自分たちの生活が、命がかかっているのだからそれも当然の事。神官らもこのことを重く見て、ただちに討伐部隊の編成との布告をだした。さもなくば暴動でも起きかねないほどの熱が渦巻いていたのだ。

 

 ひとまず神殿を都市民が取り囲むような事態は収まったが、しかし都市の内側はピリついていた。

 

「クソ……なんてことしやがる」

 

 その都市内部の空気に小さく悲鳴を上げる男が一人いた。

 

 名はクシャルという。小人であり、この都市に住まう都市民の一人だ。

 ものを売る商人だが、売る品物は胡散臭い魔道具や骨董品、また冒険者の遺品なんてものまで取り扱う事もある、真っ当でない商人だった。時に商品を仕入れるためか、迷宮に潜って盗賊紛いな真似までするものだから、冒険者ギルドにも目をつけられ、最近ではグリードへの立ち入りも禁じられていた。

 しかしこの男、実はそれ以上の問題を密かに引き起こしていた。

 

「折角手引きしてやってたっつのに、アイツら勝手なことを……チクショウ……!」

 

 アイツら、とは、島喰亀を襲った盗賊たちの事である。

 この男は島喰亀を襲った盗賊者たちとひそかにつながっていたのだ。

 都市外を生きる追放者たちにとって、都市内部でしか手に入らない物品や食料等は非常に希少である。それらをこの男は商人として仕入れ、盗賊たちに買い取らせ、金を得ていたのだ。

 この都市国への、ひいてはこの周囲の全ての国に対する完全な背信行為である。だが彼は目先の金に釣られて、致命的な過ちを犯した。そのことに無自覚だった。

 

 そしてその挙句がこの騒動である。彼は今、狂乱する都市民らに背を向けて逃げ出そうとしている。

 

 もし彼が盗賊たちを手助けしている事に気づかれれば、彼は盗賊たちの仲間として捕まり、極刑は免れないだろう。法で裁かれるならまだマシかもしれない。ヘタすれば都市民達にリンチにあって殺される。

 盗賊たちに心中で罵倒を繰り返しながら、彼はアルトの正門に近づいた。都市外に出るのは危険だが、今この都市の中にいるよりははるかにマシだ。そんな焦りを悟られないよう、正門の番兵に顔を出す。

 

「都市を出るのか?理由は」

「商売さ。新しい迷宮で面白い“遺物”が発掘されたらしいんでな」

「どんなもんか知らねえが、お前みたいなケチな商人にゃ買い取れねえよクシャル」

 

 うるせえ、と門番の男と軽口を叩きながらも、内心でほくそ笑む。商人という立場は都市の外に出るのにも違和感がないので便利だっ