-Colors- 色なき少女 (梅輪メンコ)
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序章 動いた針
#1
続くかどうかは未定です。
ーー飛び交うネオンの光
ーー渋滞を起して永遠と連なる赤と白の自動車のライト
ーー歩道を埋め尽くすように歩く人々の姿
ーーさまざまな色を持って光イルミネーションの並木
ーーそれはまるで夢のように美しい景色であった
ここはとあるビルの間の薄暗い小道。
太陽の光も碌に届くことなく、警察も介入してこないせいでさまざまな犯罪が横行する無法地帯でもあった。
行き交う人々もこの場所に誰も入ろうとはしなかった。
そんな薄暗い小道の一角。
顔を隠す様にぼろ布を被り、蹲っている一人の子供がいた。
シトシトと雨が降る中、寒さを凌ぎながらふと上を眺める。
雨はいい、雨の音は全てをかき消してくれるから・・・・
傷だらけの足を休めながらその子供は静かに息をする。
途中、外から『あれ何?』『ダメ、見ないのよ』と言う子供と大人の声が聞こえて来る。
それを聞いて思わず泣き出しそうになる。
ついさっきまで一緒にいた仲間達も全員が居なくなってしまった。
ケイサツのテキハツと言うもので自分たちの住んでいた場所に沢山の大人がやって来た。
そこに住んでいたおじさん達が隠していた武器を持ち出してジュウゲキセンとなってしまった。
逃げないと
そう感じて、今では一緒に暮らして来た仲間達も居なくなってしまった。
ここが何処なのかも、分からない。
あるのは中身の詰まったゴミ箱と、それを求めて走る鼠だけだ。
育てていた猫はどうしただろうか。
同じ屋根で過ごした家族は大丈夫だろうか。
僕たちにご飯をくれたおじさんは無事だろうか。
僕たちが病気になった時に駆けつけて、薬をくれたおばさんは無事だろうか。
そんな事を思っていると遠くから何か叫ぶ声が聞こえて来る。
『居たか?』
『いや、まだ第二区を見ていない』
『機動隊はどうなっている!?』
『以前、交戦中です』
『クソッ、奴らめ。一体どれだけ武器を隠していやがる・・・・!!』
『州軍が間も無く到着します!』
『やっとか・・・・俺たちは子供達を最優先で探すぞ』
『はっ!』
大人達の声と走る音が聞こえ、此方に徐々に近づいてくるのが分かった。
咄嗟に痺れる足を動かして走る。雨は匂いも消えるから警察犬も追いかけて来る事は出来ない。
そう教わった事を思い出しながら、音のする反対側に走る。
「・・・・っ!居たぞ、こっちだ!」
「こちら四区、最優先保護対象を確認。応援を乞う」
二人の大人が走って追いかけて来る。
雨の中、走っていると被っていた布が風に煽られて飛んでいってしまった。
布の下から絹の様に白い髪と尖った白い耳、白い良い毛並みの尻尾が現れた。
「っ!間違いない・・・・
「絶対に怪我をさせるな!」
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・」
狭い路地を右に左に曲がって大人達から逃げる。
バラックに住んでたおじさんが言っていた通りにあの大人達から逃げる。
「クソッ、なんで運動神経だ」
「そんなこと言ってる場合か!状況は?他の奴らはどうした!?」
後ろから追いかけて来る大人達がそんな事を言い、そしてとうとう彼女を見失ってしまった。
「何処にいった・・・・?」
「俺はあっちを探して来る」
「周囲に捜索網を張らせろ。この区画にいる筈だ」
二人の大人が分かれた。
逃げるチャンスだ。そう思って隠れていたビルの電線から飛び降りるとまた走った。
ピチャピチャと音と立てながら無我夢中で走ると曲がり角で大人の人たちとバッタリと出くわしてしまった。
「っ!」「!?」
咄嗟に来た道を戻るとそこにはさっき自分を探していた大人が追いかけて来た。
それはとても恐ろしく、逃げようにも足が動かなかった。
「・・・・来ないで」
「・・・・来ないで」
徐々に周りが光りつつあることにも気付かずに呟く。
「来ないで・・・・」
異変に気付いたのか大人達が逃げ始める。
「来ないでぇ・・・・!!」
その瞬間、綺麗と言われた長髪の白い髪が眩い光を伴う。
大きな声が響き、地面が、大地が揺れる。
それと同時に周りにあった廃ビルが一斉に崩壊し始めた。
ガラガラと大きな音と土煙を上げながらビルが倒壊する。
「キャアアアアアア・・・・!!」
私は崩れてくる瓦礫を最後に視界が真っ暗になってしまった。
『ーーー続きまして次のニュースです。
今日、午前中にイリノリ州シケゴのスラムでカルデオ・ファミリーの一斉摘発が行われました。この一斉摘発でカルデオ・ファミリーの幹部数名および構成員多数が逮捕された他、カルデア・ファミリーが違法に孤児達を人体実験に使っていた容疑などが浮上しました。また当該地区では廃ビル4棟が崩壊する事故もあり、関連性があるものとして警察と州軍による捜査が行われています・・・・』
次に目覚めたとき、強い光が私を照らした。
スラムで過ごしていた時のランタンなんかよりも明るい。
それは眩しい光だった。
うっすらとだが、声も聞こえた。
『バイタル、安定しています』
『意識はまだ回復していないか・・・・』
『すごいですね、あんな重症だったのに・・・・』
『白狼種様様だな。・・・・彼らへの連絡はどうなっている?』
『まだ返事はないとのことです』
『まぁ、仕方ないか・・・・』
そういう声が聞こえ、私は徐々に目を開けた。
「ん・・・・あ・・・・」
するとそれに気付いたのか一人の女性が声を上げる。
『っ!あ、あの子が起きました!』
『おぉ・・・・』
白い服をした男の人がホッとしたような声で呟き、部屋に見たことない服装をした人が入ってくる。
私は怖くて体を動かそうとするも、力が入らなかった。
『おっと、まだ動かないほうが良い。怪我はまだ治り切っていないから』
「・・・・」
私はぼーっとその人を見る。服の中には一人の男の人がじっと私の目を見ていた。
『僕の言っていることが分かるかな?』
そう言われ、私は小さく頷く。
するとその人は軽く私の手を触る。
『僕が触っているのが分かるかい?』
「・・・・」コクッ
『意識レベルは問題なし・・・・と』
男の人が持っていた板にペンで何かを書いていた。
私はどこにいるんだろうか・・・・
何をしていたんだろうか・・・・
確かスラムで逃げてて・・・・
その後何があったんだっけ・・・・?
そう思っていると男の人がまた声をかける。
『君、名前は?』
「・・・・トレディチ」
私は名前を名乗ると男の人は頷いた。
『トレディチね・・・・』
男の人は私からどんどん話を聞く中、後から入ってきた別の人が何かゴソゴソとしていた。
警戒しながらそれを見ていると男の人が言った。
『おっと、そんな警戒しなくても良いよ。ここは病院だからね』
「びょう・・・・いん・・・・?」
そう呟くと男の人は頷いた。
『そう、病院』
「・・・・」
何も出来ないもどかしさにムズムズしていると男の人が書いていた板を下ろすと私の顔を覗く。
『すまないね、こんな形で。あと数日だけだから』
「・・・・」
私は声を出して他の仲間達を聞こうとしたが、喉が渇いて声を出すことが出来なかった。
結局その日は知らない男の人から色々と話を聞かれただけで終わってしまった。
数日後、徐々に回復してきた私は自分が今どんな状況なのか分かった。
色々と話があってよく分からないけど、とりあえず怪我をしているからしばらくここで過ごさないといけない事。
他にいた仲間達もまた会えるらしい。
今は動けないから何もできないけど・・・・。
そのあと色んな人が話を聞きに来て怖かったけど、隣にずっと初めて話を聞いたあのおじさん・・・・アビゲイル・D・ノーランド(長いからアビおじさんと呼んでいる)がいてくれたから安心できた。
何となくアビおじさんが優しくてずっと一緒にいてくれたから話すことができた。
今ビョウインと言う所で怪我を治して貰っている。コッセツという怪我で治るのにあと二週間かかるらしい。
それまで暇だろうとアビおじさんがたくさん絵本を持ってきてくれた。
文字はスラムで教えて貰っていたのでスラスラと読めて、アビおじさんが驚いていた。
それからも毎日私の部屋に来てはいっぱい絵本を持ってきてくれて、色んな話もしてくれた。
だけど、私は同じ家で育った仲間達が心配でならなかった。
同じ家で暮らしてきた仲間達が・・・・
会いたいと思って無理に動かそうとすると足がすごく痛くてベットから降りれないし、アビおじさんやカンゴシさんからもすごく怒られてそれ以降やらないことにしていた。
私が「みんなはどうしたの?」って聞くとアビおじさんは「まだ怪我が治っていなくてね。まだ会えないんだ」と言って教えてくれた。
暇だなぁ〜。なんて思いながらアビおじさんが出て行ったあと、外のお日様が明るい天気を見ていた。
トレディチの病室を出たアビゲイルは部屋の外で待っていた何人かの医師や看護師を見る。トレディチはアビゲイルしか信用していないようで、他の人が入る『アビゲイルじゃないのか?』と騒ぎ立てるので、今ではトレディチの専属となっていた。
「どうだった。あの子の容体は?」
「ええ、治療は順調に進んでいます。しかし・・・・」
アビゲイルは気まずそうに呟く。
「まだ、他の子達のことを心配しているようです」
「「「「・・・・」」」」
そういうと全員が気まずい表情を浮かべる。
彼女の見た目から推定しておそらく6〜7歳ほど・・・・事実を伝えなければならないと全員は分かっていた。
しかし・・・・
「どうする。彼女が言う<仲間>という子達は彼女以外死亡。もしくは行方不明となっているんだぞ?」
一人の医師がそう言い、全員が苦い顔をしていた。
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#2
宣伝ではありませんが、生きている上で大事な本だと思っています。
およそ二ヶ月前に行われた<シケゴスラム一斉摘発>に於いてシケゴスラムの支配者であり、アメリア合州国指定マフィアでもあるカルデオ・ファミリーとの抗争で通称
シケゴスラムではカルデオ・ファミリーが秘密裏に人体実験を行なっていると垂れ込みがあり。警察官二万人、州軍一万五千人を動員して鎮圧されたが、色付きの子供達のうち、五人が戦闘中に巻き込まれて死亡。残りの七人も行方不明となり、行方を追っている最中であった。
事前の情報では色付きは十三人おり、トレディチが実質的な生き残りであった。
「まいったな・・・・」
「どうしますか?」
「いずれ言うしかないだろう・・・・」
「それをいつにすると言う話だ」
医師達が揉めている中、アビゲイルは一人。壁に背を預けて悩んでいた。そして少し考えた後、口を開いた。
「・・・・分かりました」
全員の視線がアビゲイルに集まる。
「彼女には事実を伝えます」
そう言い、一瞬全員がざわつく。しかし、アビゲイルは話をし続けた。
「我々は医者です。患者を治すのが我々の役目です。ならば私は彼女のアスターケアをするまでです」
そう言い切るとアビゲイルは決心した表情で歩き出す。
「今日の夜、彼女に伝えようと思います。それまでに仕事を終えなければならないので・・・・失礼します」
そう言い残し、アビゲイルは病室を後にする。
それを見た他の医師達は思うことがあるようで、思い思いに言う。
「思い出すんだろうな・・・・」
「今もいれば丁度あの子くらいの歳だったか・・・・」
「重ねてしまうのね・・・・」
医師達はそんなことを呟きながらとりあえず解散をしていった。
その日の夜 トレディチの病室
半月を眺めながらトレディチはベットに背を預けている。
暇なので、アビおじさんから貰った絵本を呼んでいた。
今日もらった絵本は『わすれられないおくりもの』と言う絵本だ。
かしこくて優しいアナグマは、みんなから頼りにされる存在。知らないことは無いというほどの物知りで、困っている友だちは誰でもきっと助けてあげるのです。
アナグマはとても歳をとっていたので、体が思うように動きません。
もう一度走ってみたいと思いますが、できないことは知っています。自分の命がそう長くないこともわかっています。死ぬことを恐れてはいませんが、残していく友だちのことが気がかりで、自分がいつか長いトンネルの向こうに行ってしまっても、あまり悲しまないようにと言っていました。
ある日、とうとうアナグマは死んでしまいました。アナグマの死を知った森のみんなは、とてもとても悲しみます。アナグマが旅立った夜、森には雪が降りました。長い冬の始まりです。みんなは家に篭り、悲しみに暮れます。
春が来て、外に出られるようになると、みんなは互いに行き来しては、アナグマの思い出を語り合います。自分が得意なことは、最初はアナグマに教えてもらったこと、出来るようになったとき嬉しかったこと・・・・。語り合いながら、気づきます。アナグマは、別れた後でも宝物となるような、知恵や工夫を一人一人に残してくれたということに・・・・。
最後の雪が消えた頃、アナグマの死の悲しみはようやく消えます。 アナグマの話が出るたび、楽しい思い出を話すことができるようになったのです。
・・・・と言う悲しいお話。
この絵本を呼んでいて涙が出てしまったけど、アビおじさんが隣で優しく朗読をしてくれて体があったかくなった気がした。
絵本を読み終えるとアビおじさんが私を見てゆっくりと話し始めた。
「トレディチ・・・・今日君に話さないといけない事があるんだ」
「?」
アビおじさんがいつになくゆっくりと私に言った。
「実は・・・・君の言っている仲間、と言う子達なのだが・・・・」
「っ!!どうしたの?会えるの?」
少し興奮気味にいうトレディチにアビゲイルはさらに心が締め付けられ、罪悪感に苛まれた。
しかし、ここで言わなければ一生後悔することになるかもしれない。
だから・・・・
アビゲイルはトレディチに真実を話した。
「その子達は・・・・すでに亡くなってしまったんだ・・・・」
意を決してそう言った。
これの反応次第では自分は嫌われてしまうかも知れない。
だけど、言わなければならない。医師として、患者に事実を言わなければならないからだ。
アビゲイルの話を聞いたトレディチは・・・・
「・・・・え?」
そう言い、固まってしまっていた。
亡くなってしまった?
どう言うこと?
この絵本のアナグマさんみたいに・・・・??
ーーなんで?
ーーどうして?
亡くなった。それは絵本にも書いてあった。
アナグマさんみたいにトンネルの奥にいっちゃったの・・・・?
思わず、トレディチは聞き返す。
「亡くなった・・・・?それって・・・・」
「ああ・・・・すまない。今までずっと黙っていて・・・・本当に・・・・本当に・・・・」
泣き出しそうな声でアビおじさんがそう言う。
私も、いまいち理解が追いつかなかったが。絵本を読んでてきっとトンネルの奥まで行っちゃったんだろうと思った。
これは後から思ったが、きっとこれを話すために。死とは何なのかを教えるために先にこれを渡したのではないかと思っている。
でなければこの絵本を持ってきた時にアビおじさんの顔が強張っていた理由がつかない。
兎も角、他の仲間達が亡くなった事実を告げられた私は意外にもすんなりと受け入れる事ができた。
この絵本を読んでいたからだろう。
だけど・・・・
「もう、会えないの・・・・?」
無垢な声で聞き返すとアビおじさんは小さく「あぁ・・・・」と答えてそのまま黙り込んでしまった。
「・・・・」
私はそんなアビおじさんを見てぎゅっとハグをする。
「アビおじさん。泣いてるの?」
「・・・・え?」
「だったら私が元気出してあげる!」
そう言い、ハグをされたアビおじさんは私の反応を見て驚くも、そのまま優しく私の背中をさすってくれた。
「へへっ元気でた?」
私があびおじさんにそう聞くとアビおじさんは涙を拭きながら頷いた。
「ああ・・・・ありがとう・・・・お陰で元気がでたよ」
そう言い、アビおじさんは「今日はすまなかった。もう遅いから寝なさい」と言って部屋を出ていった。
「・・・・」ポトッポトッ
アビおじさんが部屋を出た後、私は何故かポタポタと涙が出ている理由がわからなかった。
病室を後にしたアビゲイルは当直の部屋に戻り、コーヒーを飲んでいると同じく当直だった看護師に思わず呟く。
「・・・・トレディチは立派だな・・・・」
「・・・・何があったんです?」
看護師が聞くとアビゲイルはさっきの出来事を話す。
「俺・・・・あの子よりも先に泣いちまったよ。それなのに・・・・あの子は自分よりも俺のことを心配するんだ。
・・・・本当、大人だよ。・・・・・俺よりも」
アビゲイルはそう呟き、片手にロケットを取り出して少しだけ懐かしむように強く握っていた。
アビゲイルがトレディチに事実を話した二週間後・・・・
この日、トレディチの骨折の治療が完治した。
骨に異常もなく、普通に歩けている事からあとはリハビリを行うだけとなった。
「よかったな。トレディチ、ギプスが取れて」
「うん!」
ギプスを外し、元気に飛んでいるトレディチは嬉しそうであった。
それを見て微笑ましく見るアビゲイルと病院従事者達。
そして彼女を珍しそうに見る他の患者達。
まぁ、無理もない。ただでさえ、彼女の絹の様な真っ白な髪は目を引く。
それに彼女は連邦政府が照会をかけた所、合致する情報があったのだ。
それを聞き、俺たちは彼女の迎えが来るまでの間に彼女に必要な教養をさせなければならないと言われてしまった。
政府としても彼女はカルデオ・ファミリーの重要参考人ではあるが、幼い上に彼女の
本来であればこのまま彼女は政府が用意したホテルに移動し、迎えが来るまでホテルで待つ予定だ。
仕方ないとは言え、アビゲイルとしては悲しかった。
だが、彼女には本当の親がいるのだ。
ーーー幼い頃に誘拐され、生き別れてしまった母親が。
極東の島国、『秋津洲皇国』と呼ばれる場所に・・・・
政府の人から話を聞いたときはとても驚いた。
彼女の種族である白狼種はとても珍しく、皇国では神格化されている種族である。
皇国にしかおらず、特有な力を持っている事から、諸外国から敬われたり、恐れられたりしている。
世界中の国々でも特に亜人(皇国では獣人)の割合が多い皇国。その中でも最も数が少ないと言われているのが白狼種だ。
当然希少価値があることから太古より亜人を下に見る傾向のある欧州などでは観賞用として常に狙われていた種族である。
その為、秋津洲皇国は常に誘拐などには警戒をしていた。
しかし五年前、その事件は起こった。
白狼種の屋敷から白狼種の乳幼児が金に目の眩んだ男によって連れ去られてしまった。
当然、捜索が行われたが見つからず。皇国内一大事件として諸外国にも捜索要請が行われた。
だが、誘拐された白狼種の赤ん坊を見つけることは叶わなかった。
それから五年、途方に暮れていた頃にアメリア合州国のとあるスラムで見た事ない子がいる。と言う垂れ込みがあり。その特徴からその誘拐された少女ではないかと推測され、これを聞いた皇国が軍隊を出すとまで言い、すぐさまその子の保護を求めるよう合州国に要請。
合州国としてもカルデオ・ファミリーは悩みの種であったのでこの気に潰してしまおうと言う目論見で州軍までも動員してスラムの鎮圧を行った。
結果的にこれは成功し、スラムは鎮圧され。現在はスラム街の撤去が行われていた。
アビゲイル達はこれから分かれてしまうトレディチに寂しさを覚えながらスタスタと歩くトレディチを見る。
彼女は綺麗な服装に身を包み、髪も綺麗に整えられていた。
改めてその美しさに皇国で神格化されているのも頷ける気がした。
白い瞳孔にサファイヤの様な青い瞳。
絹の様に白い髪や肌。整った毛並みの尻尾。
美しいを体現した姿がそこにはあった。
トレディチは病院の出口に歩くとそこには数人の黒服の人が彼女を待っていた。
アビゲイルは彼女の視線に合う様に腰を下げて彼女の手を取る。
「じゃあ、俺とはここでお別れだ」
「・・・・」
泣きそうな気持ちを堪えてトレディチ・・・・いや、
「(良い子だ。俺の事で引きずるなよ)」
アビゲイルは自分の経験から冬歌を見て優しく声をかける。
「俺が案内できるのはここまでだ・・・・なに、生きていればまたいつか会える。その時まで俺は冬歌を待っているぞ」
「・・・・うん」
冬歌はそのまま迎えに連れて行かれて病院を後にする。
外では黒塗りの高級車が停まり、彼女を出迎える。
彼女は手を引かれて車に乗り込む。一瞬だけ寂しそうにアビゲイルを見て、そのまま椅子に座り込むと車の扉が閉じられ、彼女は見えなくなる。
キャデラックと呼ばれる大統領が使用する車に乗り込んだ彼女は最後に窓からアビゲイル達に手を振る。
アビゲイルも手を振りかえすと車はそのまま走り出す。
最後まで二人は泣く事なく見えなくなるまで彼女を見送ったのであった。
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#3
アビおじさんと分かれた私は大きな黒い車に乗ってビョウインを出て走っていく。
すごく心配
アビおじさんがいないから怖い
しらない人しかいない
ーー怖い
そう思ってジッとしていた。
車には色んな黒い服を着た人が座っていた。
そしてそのまま怖い気持ちを抱きながら車が停まって黒い人たちが扉を開けた。
「到着しました。お嬢様」
「・・・・(大丈夫、怖くないから)」
少し震えた手で、男の人の手を取って車を降りる。
そして見えたのはすごく高い建物だった。
キラキラしていて、色んな明かりがついていてとても綺麗だった。
「わぁ・・・・」
その美しさに思わず眺めてしまうと男の人が私を案内する。
ビルの中に入ると沢山の人が歩いていて、大きな鞄を引っ張ったりしていた。
私は男の人に手を掴まれたまま扉の前で待って、扉が開いて中に入ってそのまま待っていた。
ゴウンゴウンと音を立てて床が動いてチンッ!と音を立てて扉が開くとそこはさっきのいっぱい人が居た場所とは違って静かで、綺麗な景色が広がっていた。
私の手を引っ張っていた男の人がそこから出ると一個の扉の前で立ち止まった。
「こちらで御座います。少しお待ちを」
そう言って男の人が扉に棒みたいなのを指すとカチャッという音がして、扉が開いた。
男の人に連れられて中に入るとそこには色んなものが置いてあった。
ーー綺麗なソファ
ーーキラキラしたライト
ーー大きなガラスで出来た窓
全部が全部綺麗だった。
「・・・・(凄い)」
その見た目に思わず入口で呆然としてしまった。
すると綺麗な部屋の奥から女の人が出て来た。今までの人と違って背が低かった。
するとその女の人がお辞儀をする。
「お久しぶりで御座います。冬歌様」
「?」
「私は狼八代家使用人、家入優菜と申します」
「え・・・・あ・・・・」
咄嗟に声が出なかった私はどうしようかとオドオドとしていた。
既に私の手を引っ張った男の人は居なくなっちゃったし、どう返事をすれば良いのかわからない。
どうしようかと思っていると女の人が私の服装をジロジロと見ると呟いた。
「・・・・御当主様から冬歌様に一定の教養と語学の勉強をさせる様仰せつかりました」
「・・・・え?」
「なので、早速私から秋津洲語の勉強をしましょう。それから今着ている服の着替え。それにマナーも」
そう言い、優菜は私を部屋にあった机に案内する。
机の上にはたくさんの本が置かれ、私はなんとなく嫌な予感がした。
「さあ、時間がないので早速ひらがなから始めましょう」
こうして少女は怖さより何かが打ち勝ち、泣き出しそうであった。
その日の晩、日が落ちて暗くなった部屋で優菜はベットで冬歌が寝たのを確認すると無線機の電源を入れた。
ピッ「こちら家入、姫様が就寝なされた。大鷲、そっちの状況はどう?」
ピピッ『こちら大鷲。全てにおいて問題なし』
「了解、警戒を怠るな。首謀者のマクドネル・カルデオが捕縛されていない以上、姫様を強奪する可能性がある。御当主様落胆させる事がない様」
『はっ!』
無線機を閉じるとユウナはベットの上でスヤスヤと寝ている冬歌を見る。
「(スヤスヤと寝ていらっしゃる・・・・ご無事で何より・・・・)」
優菜はそう思い、五年前の出来事を思い出す。
あれはまだ私が七歳の時。
当時まだ見習いであった私は産まれたばかりであった当代御当主様の第一子、狼八代冬歌様の専属の執事として決まる筈であった。
しかし、冬歌様の一歳の誕生祭を祝った数日後。その事件は起こった。
『冬歌様が・・・・!!』
『逃すな!追え!』
使用人が屋敷を走り、片手に銃を持つ。私も小銃を持って夜盗に照準を合わせた。
『馬鹿者!冬歌様に当たればどうする!』
『しかし・・・』
その一瞬であった。冬歌様を入れた籠は夜盗に連れられて塀を越えてしまった。
『外に逃げたぞ!』
『車を出せ!』
多額の金で雇われた愚か者が冬歌様を強奪。私は銃を一発も撃てずに逃げられてしまった。
その時、私は何もすることが出来ずに冬歌様を奪われてしまった。
御当主様を悲しませてしまった。
私の責任だ。
あの時、銃を撃っていればあんな事にはならなかったはず。
御当主様が悲しむことも無かったはず。
冬歌様がお一人でこんな異国の地まで連れて行かれることはなかった筈だ。
その時の屈辱を晴らすためにも、私はこの身を挺しても冬歌様をお守り致す。
優菜は思わず拳を強く握っていた。
翌日、ベットから起きた冬歌はぼーっとしていた。
病院にいた時よりもずっとふかふかなベットでぐっすりと寝てしまっていた様だ。
「おはよう御座います。冬歌様」
「ヒャイッ!」
いきなり声をかけられて変な声が出てしまった。
ベットを見ると横には優菜が両手に服を持って待っていた。
「昨夜は良く眠られておりましたね」
「えっと・・・・オ、オハヨウ・・・・?」
冬歌はぎこちなく挨拶をする。
優菜は冬歌が秋津洲語を使っていた事に驚いた様子を見せた。
「もう、秋津語を話しますか・・・・流石です。冬歌様」
そう言い、優菜は冬歌に服を着せる。
初めて着る服に冬歌はくすぐったい様で、顔を少し赤くしていた。
そして着付けを終えると優菜は内心嬉しく思う。
「(お美しい・・・・)」
そこには薄い水色の小紋に身を包んだ冬歌の姿があった。
その姿に優菜は思わず涙がこぼれそうになる。
「あの・・・・ユウナさん?」
「優奈で構いません。冬歌様」
「じゃあ、ユウナ。これって何?」
そう言うとユウナはハッとした。そうだ、冬歌様は秋津の文化を知らないのだ。
なんと言う事だ。つい冬歌様の事で先走ってしまったが、重要なことを忘れてしまっていた。
ならば、秋津語を教える際に秋津の文化もお教えしなければ・・・・
優菜はそう思ったのも束の間、冬歌を椅子に座らせて秋津語を教え始める。
狼八代家で、一定以上の教養を得ている優菜は冬歌に秋津に戻るまでの間に秋津を知らない冬歌に秋津の全てを教えなければならない。
秋津に戻るまで後二週間ほど、それまでに御当主様と話ができるほどには秋津語を覚えて頂かなければならない。
非常に重要な任務に優菜はある意味でやる気に満ちていた。
現在六歳である冬歌だが、優菜から発せられる謎の熱気に何故か暑さを感じるのであった。
「さ、やりますわよ冬歌様。まずは昨日の復習からです」
「ひぇ・・・・!」
冬歌は昨日の今日で知り合った優菜に少しばかりの恐怖を抱くのであった。
二週間後・・・・
シケゴ・オヘア空港
その日、冬歌と優菜は空港に来ていた。
理由は簡単で冬歌を祖国である秋津洲皇国に帰らせるためである。
「ユウナ・・・・」
「大丈夫です冬歌様。私はここにいますよ」
空港に到着し、あまりの人の多さにビックリしてしまった冬歌が優菜の服の裾を掴む。
この二週間で、たっぷりと教養を教え込まれた冬歌は優菜も驚くくらいに秋津語をスラスラと喋られる様になっていた。
冬歌達は車から護衛に囲まれて出国手続きを取る。
秋津洲に国籍のある彼女は出国ゲートまでずっと優菜にしがみついて離れようとしなかった。
「冬歌様。大丈夫ですか?」
「う、うん・・・・大丈夫・・・・」
冬歌は優菜と過ごした事で信用をしてくれた様だ。
その事にホッとしつつ、優菜は周りの護衛達に指示を出す。
「一四:三三のハウイ経由の便に搭乗する。それまで警戒を怠るな」
常に持ち合わせている肩掛け通信機で周りにいる全員に連絡を入れる。
私服姿で隠れている護衛達は了解をすると共に優菜にしがみつく冬歌を見る。
今の彼女は優菜が着付けた薄い水色の着物を着ており、目立つ服装であった。
優菜から離れない冬歌は年相応の様子を見せていた。
手続きを済ませて移動をする時、冬歌は空港のロビーに見知った人物がいた事に気づく。
「(アビおじさん!!)」
咄嗟にロビーの方に向かいたいと思ったが、周りを大人達に囲まれて行くことはできなかった。
アビゲイルも冬歌を見て寂しそうに見ていた。
「(ど、どうしよう・・・・そうだ!)」
冬歌は一瞬考えたのち、アビゲイルを見ると小さく手を振った。周りの護衛の人たちから見えないくらいに・・・・
これで気付くかは分からないけど・・・・気づいてくれると良いな・・・・
そう思うとアビゲイルも気づいてくれた様で手を振りかえしてくれた。
「(気付いた!よかった・・・・)」
冬歌は嬉しくなってアビゲイルが見えなくなるまでロビーを見ていた。
「(気付いてくれたか・・・・)」
アビゲイルは冬歌を見ようと病院の昼休みの間に空港に来ていた。
幸い、彼女は護衛に囲まれていたのですぐに見つけることが出来、その中にいた一人の少女を見た。
このまま静かに見送ろうと思っていると、冬歌は小さく手を振ってくれた。周りの護衛が気付いていないことから俺を気遣っての事なのだろう。
つくづく良い子だと思ってしまう。これが最後となるかも知れないと思うと思わず泣いてしまいそうだった。
だが、アビゲイルも冬歌に気付いたと知らせる為に手を振り替えす。すると彼女は嬉しそうにしてそのままどこかに行ってしまった。
時刻表を見ると一番早い秋津洲行きの航空機は一四:三三発のハウイ経由羽田行きの便であった。
空港には秋津洲が誇る巨大旅客機『富嶽』が着陸していた。秋津航空を示すペイントがあしらわれた巨大機は既に乗り込みを開始していた。
「冬歌・・・・」
咄嗟に航空機を見て名前をつぶやくと旅客機に一人の少女が乗り込むのが確認できた。
たくさんの護衛がその後に乗り込み、物々しい雰囲気を醸し出していた。
そして搭乗を終えた旅客機はそのまま移動を開始する。
ターボプロップエンジンに換装された大型旅客機は巨大な二重反転プロペラを回転させながら滑走路に移動をする。
滑走路に着くとエンジンを回転させて速度をどんどん上げて行く。
正暦一九六五年 十二月六日
世界中を巻き込んだ大戦より十五年、世界は平穏を過ごしている。
幼き頃に誘拐され、五年ぶりに祖国に帰国した少女はこれから起こる様々な騒動に巻き込まれて行くのであった。
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#4
正暦一九六五年 十二月六日 現地時間午前十時頃
ハウイ ホルル国際空港 第二ターミナル
シケゴから飛び立った冬歌は給油地点であるホルル国際空港で一度着陸をしていた。
「冬歌様。ハウイに到着しました」
「・・・・ん?」
冬歌は富嶽の機内で椅子に座って寝ぼけた目を擦っていた。
最初は初めて乗る飛行機に興奮していたが、あまりの興奮に疲れてしまい、途中からグッタリと寝てしまっていた。
優菜はそんな冬歌を見て微笑ましく思い、そして気を引き締めた。
「(カルデオの残党がいつ来るか分からない・・・・なんとしてもお嬢様を本国に連れていかねば・・・・)」
優菜は機内でいつでも守れる様に体制を整えていた。
給油中、優菜と冬歌は機内でいろんな話をして待っていた。
冬歌にとっては五年ぶりの帰国となるが、記憶があるのがスラムということもあり優菜に秋津に関していろいろなことを聞いていた。
どんな生活をするのか。
どんな遊びがあるのか。
どんな食事があるのか。
そんな当たり前の様な事を聞いていた。
優菜はそんな冬歌の問いに答えられる限り答えていた。
給油はあと十分ほどで終わる筈だ。
そう思った時、機内に放送が入る。
『お急ぎのところ大変申し訳ありません。ただいま給油設備の不具合により、給油作業を一時中止しております。離陸時刻が大幅に遅れる事をご了承ください・・・・』
「何?」
放送を聴いた優菜は冬歌の護衛を他の者に任せるとコックピットに移動する。
何の躊躇もなく扉を開けるとこの機の機長に話しかける。
「どういう事だ?」
「申し訳ありません。現在給油口に異物が入った影響でバルブが破損したようです」
機長はそう返事をすると優菜は一考する。
「(給油口の破損・・・・暫くは飛べないか・・・・)修理にかかる時間は?」
「六時間ほどかと・・・・」
優菜は確認を取るとそのままコックピットを後にする。
席に戻ると冬歌が優菜に聞いてきた。
「どうしたの?」
「いえ、大丈夫ですよ。冬歌様」
優菜は優しい笑みで微笑む。
そして優菜は修理が終わるまでの間、どうしようかと思っていた。
すると冬歌が優菜に聞いた。
「ねえ、ユウナ。街に出たらダメ?」
「冬歌様。それは危険と思われますが・・・・」
優菜は冬歌を見ると冬歌は面白くなさそうに席に座っていた。
「・・・・仕方ありませんね。できるかどうか聞いて参ります」
「やった〜!」
優菜が根負けし、冬歌が喜んでいた。
街に行けるかも知れないというだけで冬歌は嬉しかった。
それから優菜が問い合わせをしてハウイ準州に事情を説明すると入国許可が降りる事となった。
ハウイに降りた冬歌達は空港を出ると、冬歌は優菜と街を見ていた。
「わぁ、すごーい!」
「冬歌様、遠くに行かないでくださいね」
「分かってる〜!」
道をウキウキで歩く冬歌に優菜が注意をする。
優菜も片手に鞄を持ちながら冬歌を見ていた。
冬歌は初めて見る街の景色に興奮をしていた。
ーーー優菜は後ろから発せられる視線を感じて警戒心を強めていた。
街に出て二時間ほど経った頃、休憩がてら入った喫茶店で冬歌達は休憩をしていた。
冬歌はジュースを頼んでいた。
「ユウナは何かいらないの?」
「大丈夫です。冬歌様」
そう言い、出てきた飲み物を優菜が先に少しだけ飲む。
「あ!」
冬歌が驚くも、優菜は出てきた飲み物に毒が入っていない事を確認する。
「(味に異常はないか・・・・でも油断はできないわね)」
ここはまだ合州国の領土。いつ敵が襲ってくるかは分からない。
カルデオもそうだが、合州国、はたまた欧州から彼女を捕らえに襲ってくるかも知れない。
それだけ白狼種は貴重な存在なのである。
かつて、魔女狩りを行い。獣人を差別してきた欧州では魔術と呼ばれる技術を失ってしまった。
魔法に関する術を失った欧州にとって魔術を使える者の存在は極めて貴重であった。
合州国も先住民達に迫害をしてきた影響で魔術に関する資料が少なく、魔法を使えるものは非常に少なかった。
その点、秋津洲や交流のあった高麗、支那では呪詛、陰陽師などの魔術の文化が色濃く残っており、列強が極東に進出してきたのもその魔術が狙いではないかと言われている。
支那民国がまだ信という君主制国家だった頃、
そんな実しやかな噂などがある為。元々から魔術としての素質を持ち、神に最も愛された種族として崇拝の的となり、最も狙われているのが白狼種である。
今はまだ魔術に関して何も知らない冬歌様は既に覚醒を終えていると推測されている。
三ヶ月前に冬歌様を保護した際にビルディングが倒壊したという情報があり、その時点で既に冬歌様は陰陽師としての能力が既に開花したと推測されている。
五歳で能力の開花は比較的早い段階ではあるが、過去にもそのような事例があったようなので心配はなかった。
本邸に戻ればそう言った内容も教えてもらえるだろう。
兎に角、今は無事に帰れる事を祈りながら優菜は冬歌を見ていた。
「冬歌様。お味はいかがですか?」
「おいしいよ?」
「それなら良かったです」
二人は椅子に座ってゆったりとしていると、優菜は外にいる護衛から手信号が送られる。
「(周囲に危険・・・・)」
優菜は目を細めると冬歌の手を持つ。
「冬歌様、そろそろ行きましょうか」
「わかった」
そう言い、駄賃を置いて店を出ようとした時。
「ちょっと待っててくれ」
店の店主からお釣りを持ってくると言われ、店の奥に入った途端。
「っ!伏せて!」
店の外に何台かの車が停まり、窓から銃口を覗かせた。その瞬間
ダダダダダダダダダッ!
一斉に銃の引き金を引いていた。
割れたガラスが店内に一斉に降りかかり、銃弾が壁を貫通する。
「キャアアアアアア!!」
「しっかり伏せていてください!頭を上げないで!耳を塞いで下さい!」
優菜は冬歌にそう言うと持ってきていた鞄を開けて中の物を取り出す。
「トンプソン短機関銃・・・・なんて物騒なもの持ってきているのよ」
優菜は片手に木目の短小銃を手に持つ。
「五式で行けるかしら・・・・?」
優菜は両手に持ってきた五式半自動小銃を持って反撃に移る。
この五式半自動小銃はでゲルマニア連邦共和国で開発されたFG42をライセンス購入し、弾薬を秋津洲が使用する九九式普通実包に改造したものである。
ババババババババッ!
銃撃の最中、腕だけを出して適当に引き金を引く。
牽制か、うまく行けば数人を持って行けると思いながらワンマガジンを撃ち尽くす。
ウッ! ガァッ! ゴッ!
三つほど銃声が消えた。
これで半分の銃声が消え、弾を打ち尽くして弾倉を交換する。
「冬歌様は頭を下げていて下さい」
「怖い・・・・怖いよぉ・・・・」
冬歌は耳を塞ぎながら怯える。
優菜は襲ってきた敵を見ながら射撃を行う。
パンパァン!!
優菜は怯える冬歌を見て襲撃者に苛立ちを覚えた。
「冬歌様を危険に晒すとは・・・・貴様らここから生きて帰れると思うな・・・・」
優菜は持っていた五式自動小銃を持って反撃に出る。
パンパンパンパンッ・・・・!
セミオート射撃で、襲撃者を一人ずつ撃退する。
この五式半自動小銃は単価が高いと言うこともあり、少数生産で終わってしまった珍しい銃である。
今回の任務の為に優菜に支給された銃であった。
パンパンパンッ!
そして弾倉の半分を撃ち終えた頃には、外は静かになっていた。
「っ!あの店主・・・・」
咄嗟に優菜は店の裏に入ると、そこには誰も居なかった。
「やはり彼がそうだったか・・・・」
舌打ちをしながら優菜は冬歌の無事を確認した。
「冬歌様、ご無事ですか?」
「う、うん・・・・大丈夫・・・・」
しかし、その声は震えていた。その事に優菜は冬歌を優しく抱き抱える。
「怖い思いをさせてしまい申し訳ありません」
「っ・・・・ユウナが言わなくても大丈夫。だって、格好良かったから・・・・」
冬歌はそう言い、優菜は少し誇らしかった。
「そう言っていただけで感謝いたします」
優菜はそのまま冬歌の目を塞いで店を出る。目の前には穴だらけの車と血濡れの遺体、弾痕が散乱しているからだ。
二人はそのまま駆けつけた護衛達と共に空港に急いで戻るとそのまま富嶽に乗り込んだ。警察の厄介になって時間がかかるのだけは避けたいと考えているからだ。
この機体は幸いにも狼八代家がチャーターしている機体なので半分自由に使うことができる。
「機長、すぐに出せるか?」
「オーバーホール覚悟でなら行けます」
「できるだけ早く出れるよう取り測ってくれ」
「了解しました」
コックピットで十三歳の少女とは思えぬ言動で指示を出す。
そして十分後、管制塔から離陸許可が降り、すぐさま離陸を開始した。その間、優菜は先の襲撃で怯えてしまった冬歌を必死に慰めていた。
ホルル空港の展望デッキで離陸して行く一機の大型旅客機を見届ける一人の初老の男がいた。
その男は葉巻を咥えて手にライターを持って火をつける。
「ーーやはり、雑兵如きで狼八代には勝てないか・・・・」
男はそう呟き、旅客機が見えなくなるまでデッキの柵に背を預けていた。
「これ以上の深追いは危険だな・・・・あとは別のものに任せるとしよう」
葉巻を咥えながら男はデッキを後にする。
「待っているが良い。ーーーートレディチ、
君は非常に良い子だからね」
男はそう言い残し、空港を後にしていた。
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#5
正暦二一六五年(照和四十年) 十二月六日 午前一〇:三六
秋津洲皇国 羽田空港 VIP専用施設
その日、空港のとある施設では数台の車が停車し、これから来るチャーター便の到着を待っていた。
滑走路から飛行機が離着陸をする中、一機の大型機が着陸をする。
「予定時刻に対象の機体を確認」
「周囲に敵影確認できず」
複数の大人達が着陸し、こちらに向かってくる旅客機を出迎える。
「事前情報ではハウイで襲撃にあったそうだ」
「今の状態は?」
「容体は安定していると聞いている」
事前情報を元に何が起こっても大丈夫なように厳戒態勢が敷かれているこの場所で、ある少女が迎え入れられようとしていた。
タラップが接続され、機体の扉が開き。中から一人の着物を着た白狼種の少女が出てくる。
「「「・・・・」」」
トントンと下駄の音が聞こえ、視界に一人の少女が歩いてくる。
六歳の少女とは思えない雰囲気を持ち、実に堂々としたその姿は見る者に強烈な印象を与えていた。そして少女の後ろを彼女の護衛を仰せつかった家入優菜が付き添うように歩く。
歩いた先にはモーニングコートに身を包んだ初老の紳士が少女を待っていた。
「お帰りなさいませ、冬歌様。お車でお送り致します」
そう言い、初老の紳士が車の扉を開けて冬歌を乗せる。
車に乗り込んだ冬歌はそのまま車の椅子に座って待っていると優菜が助手席に座り、車のエンジンがかかる。
「少し揺れますので、お気をつけください」
運転手がアクセルを踏んで車を走らせる。
冬歌を乗せた車列は空港を後にすると街を進んで行く。
アメリアと似ているようで違う景色に、冬歌は新鮮さと懐かしさを覚えた。
街を生きかう人々は着物や洋服を着ており、どこか気取っているようにも感じられた。
数台の車列は街を進む事一時間ほど、『ろくぶけい』と書かれた駅に到着をすると優菜が扉を開けて冬歌を車から降ろす。
「ここからは列車に乗ります。そのあとはまたお車に乗り込み移動をします」
「うん、分かった」
優菜の説明を受けて頷くと冬歌は駅に入り、停車していた黒塗りの汽車を見て興味津々で見る。
「わぁ・・・・」
思わず見惚れていると優菜が冬歌を呼ぶ。
「冬歌様、こちらです」
「あ・・・・はーい!」
優菜の後に続いて客車に乗り込むと汽車の汽笛が鳴り、ゆっくりと動き出す。
「わっ!」
「冬歌様、お気をつけて」
一瞬前のめりになった所を優菜が抑える。
反対側に座っている冬歌と優菜は外の流れて行く景色を見ていた。
百聞は一見にしかず
優菜に教えてもらった言葉で、ことわざというものらしい。どう言うことかはわからないけど、こう言う事を言うんだろう。
綺麗な景色に心が躍っているのがよく分かった。
「綺麗だなぁ・・・・」
外を見ながら冬歌は優菜に聞く。
「優菜、この窓開けちゃダメ?」
「おやめ下さい。危険ですので」
これはいくら言ってもダメなやつだ。と、実感してそれ以上言うことはなかった。
それから一時間程、列車は『ぶちち』と言う駅に到着した。
優菜に連れられて駅を降りると目の前にいっぱい優菜と同じ格好をした人が立っていた。
「「「「「お帰りなさいませ。お嬢様」」」」」
全員が一斉にお辞儀をして私に礼をする。
私は少し人見知りが発動して思わず、優菜に助けを乞いてしまった。
「ユ、ユウナァ・・・・」
「大丈夫です冬歌様。さ、行きましょう」
「う、うん・・・・」
優菜の案内で私は駅を出てさっきと同じ見た目の車に乗る。
さっきと運転する人が違うだけで、他はみんな同じの光景に私は少しだけがっかりする。
そして優菜が何か言って、車が動き出した。
さっきとは違って木でできた家や石でできた地面が広がり、歩いている人たちの服装もさっきの街よりも少ない印象だった。
そして周りが緑だけになり始めた頃、車は大きな塀のある家で停まった。
「冬歌様、到着いたしました」
優菜がそう言い、一回車を降りると私の座っていたところの扉を開ける。
私は今までの要領で車を降りると大きな屋敷を見上げる。
「・・・・」
なんだか懐かしくなるような気持ちが湧き起こる。
屋敷の前で立っていると優菜が案内をする。
「こちらです。冬歌様」
そう言われ、私は屋敷に上がり優菜に教えてもらったマナー通りにゲンカンで、履いていたゲタを脱いでお屋敷の通路を歩く。
お屋敷には人がいるような感じがなく、私はただ優菜の後を追って歩くと優菜があるフスマの前で立ち止まる。
「私が案内出来るのはここまでです。冬歌様、ここから先は一人で向かって下さい」
「うん・・・・」
冬歌は小さく頷く。優菜はそんな冬歌を見て優しく微笑むと襖に先に向かって声をかける。
「冬歌様がお帰りになられました」
そう言うと優菜が床に座りながら両手でフスマを開ける。私は緊張しながらフスマの先に歩く。シキイという場所を踏まないように慎重に一歩を踏み出す。
フスマの先入るとそこにはタタミが敷かれ、スダレが吊り下げられた部屋で、スダレの先に誰かが居た。
私は優菜に言われた通りに部屋のタタミの上でセイザをすると部屋にいた女の人の声がした。
『其方、名は?』
「狼八代冬歌です・・・・」
女の人の声が質問をすると私はなんとか返事をする。
すると女の人は次にこう言う。
『少し、こちらに来なされ』
「は、はい・・・・」
ガチガチになりながら、恐る恐る私はスダレの間を抜けて隣に移動する。
するとそこには一人の女の人が座って私を見ていた。
自分と同じ白い髪と耳。尻尾もあり、目の色も私と同じ青い色。
すごく綺麗な人がそこにはいた。
私はその美しさに思わず見惚れているとその女の人は私を見て目に涙を浮かべていた。
「一緒じゃ・・・・」
「・・・・」
ガバッ
「!?」
その女の人は私に抱きつくと肩で泣きながら声を出していた。それはとても嬉しそうな様子だった。
「よう無事で・・・・帰って来た」
そう言い、女の人からした匂いに私はなんとも言えない安心感が生まれた。
「(ああ、この人が私の・・・・)」
そう思い、冬歌はその女の人に言う。
「良かった・・・・本当に、良かった・・・・」
「お・・・・かあさま?」
そう言うと女の人・・・・私の母は驚いた様子で冬歌を見て、またさらに泣いていた。
「冬歌・・・・」
「・・・・ただいま」
私はなんとなく、そんな言葉が出て来てしまった。するとお母様は涙ぐんだ声でありきたりな言葉を返した。
「お帰り・・・・冬歌」
そう言い、お母様はまた私を優しく抱きしめていた。
今日という日ほど、狼八代家でめでたい日は無いだろう。
当代狼八代家当主、狼八代智代子様のご息女。狼八代冬歌様が五年ぶりにお戻りになられたのだ。
己を知らぬ不届き者が、冬歌様を連れ去った時は奥様は非常に衰弱されてしまった。
先代にも、旦那様にも先立たれてしまわれた奥様は愛子であられた冬歌様を毎日探されていた。
最初の頃は狼八代家の仕事もままならず、私達一同も奥様の体調には非常に気を遣っておられました。
アメリアで白狼種らしき少女が見つかったと報告があった時は奥様は自ら会いに行くと言われるほど豪語しており、私たちは冬歌様であれと願っておられました。
結果として、真神様は我々に微笑んでくださり、アメリアで冬歌様は保護をされた。
当時、冬歌様を診察したという医師の報告では怯えるように大人を見ていたという。
それほどまでに苦しい生活を強いられてきたというのが容易に想像でき、智代子様のみならず。執事、侍女一同が怒りに包まれてしまった。
冬歌様にこれほどの辛い思いをさせてしまったことに我々は一生その罪を償わなければならないと自負しております。
それで、今後二度と同じようなことがないよう冬歌様を御守りするのです。
「お父様、只今戻りました」
屋敷の一角、執事や侍女が寝泊まりする為に用意された宿舎で優菜が畳の上で正座をする紳士を見る。
「ああ、ご苦労だった」
紳士は持っていた万年筆を置くと優菜に振り向く。
彼は当代狼八代家執事であり、優菜の実父である家入真之である。
「今日は御当主様と冬歌様は同じ部屋で過ごされるとの事です」
「ああ、準備はできている。これから色々と忙しくなるぞ」
「分かっております」
二人は宿舎の一室で数週間振りの再会をしていた。真之は優菜を書斎のソファに座らせ労った。
「とにかく今回は色々と済まなかった。こっちも色々あってな」
「ええ、承知しております」
そう言い、出されたお茶を飲むと真之は優菜を見て改めて聞いた。
「・・・・ハウイで起こった出来事を伝えてくれ」
「はい」
優菜は真之にハウイの襲撃で起こった事を事細かく伝える。
話を聞き終えた真之は推測をした。
「燃料に仕込みをしたのはまず間違い無いか・・・・優菜、その入った喫茶店の主人の顔は覚えているか?」
「はい、ハッキリと」
「近日でいい、似顔絵を描いてくれ。御当主様と相談する」
と言ってもどうなるのかは容易に想像できるわけで・・・・優菜は「了解しました」とだけ言い書斎を後にする。
「難儀なものだな。ましてや次期当主候補ともなると・・・・」
真之は書斎でそう呟き、お帰りになられた冬歌様を思い出す。
「あの青い瞳は間違いなく御当主様のご息女である証・・・・」
ーー無事に帰ってきてくれて良かった
真之は今頃五年振りの再会で喜ばれているであろう御当主様を想像しながら宿舎を出て、今後行われるであろう儀式などの準備を進めていた。
冬歌が帰ってきた日の夜、屋敷の寝殿で冬歌は母の隣で布団に入っていた。
スラムで過ごしていた時に雑魚寝などを経験していた冬歌はシキブトンというベットが今までで一番寝やすかった。
懐かしい匂いがして、隣でお母様がネマキを着て横でシキブトンに入っていた。
お母様が私を見ると優しく撫でてくれた。
「寒くは無いか?」
「大丈夫・・・・です」
私はその撫でてくれた手の温かさにモゾモゾと動くとお母様の懐に入る。
「どうした?」
「スゥ・・・・スゥ・・・・」
静かな寝息が聞こえてきて、冬歌は私の布団で寝てしまった。
記憶はなくとも体が覚えててくれている。
それだけも、私にとっては一番の喜びであった。
五年振りに再開した我が子はこんなにも大きくなってしまったが、あの時と変わらない青い瞳に白い瞳孔は見間違えることはなかった。
流行り病で先立たれてしまった夫が最後に託したこの子。
金で雇われた夜盗に攫われてから毎日が死んでしまっていた。
愛し子を探す日々は毎日が地獄のようであった。
だが・・・・
「(今はこうして我が子と再開できた事に喜ぼう。今まで愛せなかった分、これからは毎日一緒だ・・・・)」
一人で強く生きて、家に帰ってきてくれたこの子に私はまた涙が溢れてしまいそうだった。
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#6
正暦一九六六年(照和四十一年) 二月十六日
皇都東京 情報省庁舎
今日、冬歌はお母様に連れられてカスミガセキという場所に来ています。
お母様の後を着いて来てと言われて、その通りに歩いています。
色んな人がいて私は思わず人見知りをしてしまいました。ここに優菜がいないのが寂しいです。
お母様はそんな私を心配しながら『室執公臣大報情』と書いてある扉の前に着きました。
「冬歌、私のそばに居なさい」
「はい、お母様」
私がお母様と出会って二ヶ月ほど、毎日が新鮮な日々を送っています。
前よりもずっと綺麗な部屋や服を着て。お腹いっぱいになる程のご飯を食べて。優菜や色んな人から勉強や作法を教えられて、毎日が大変です。
でも、本がいっぱい読めるから私はそれほど勉強が大変になると思った事はありませんでした。
今も私は片手に本を持っていました。私は本が好きになったんだと思います。
そして私はお母様に続いて部屋に入り、お母様の隣に座りました。
侍女さんがお茶と蜜柑水を持ってきて渡してくれた。
蜜柑水はとても美味しくて、つい勢いよく飲み切ってしまうとお母様が少し笑いながら「美味しいか?」と聞いてきたので、私は頷くとお母様は少し考えていた。
すると部屋の扉が開いて一人の男の人が入ってきた。
「遅くなったな智代子殿」
「なに、忙しいのはよく知っておる」
お母様が入ってきた男の人に軽く挨拶をすると男の人は私を見てお母様に聞いていた。
「その子が・・・・?」
「ああ、我の子じゃ。名を冬歌と言う」
そう言うと男の人は私とお母様を見ると私を見て挨拶をした。
「初めまして冬歌殿。私は仲村
「は、初めまして・・・・壽さん」
私は小さく返事をすると壽さんは少しだけ驚いた様子を見せる。
「智代子殿、冬歌殿はとても優秀な子のようですな」
「勿論、妾の子じゃぞ?優秀でないはずが無かろう」
お母様と壽さんがそう話すとお母様が壽さんに封筒を渡すと壽さんは小さく頷くとそのまま私はお母様の手を掴んで部屋を後にした。
「お母様」
「ん?どうした?」
車の中で私はお母様に聞いた。
「これからどこに行かれるのですか?」
「色々な所だ。この後は文部省、統合国防省、内務省、大蔵省、宮内省に行く予定だ」
「・・・・?」
私はお母様の言った場所がよくわかりませんでした。だけどさっき見たいな場所なんだろうと思い、私はお母様の後を着いて行く事にしました。
結局、お母様と一緒に『ご挨拶』と言うものを終わらせた私はトウキョウにあるベッテイという場所で休憩しています。
ここはホンテイと違ってアメリアで見たような建物で出来ていて、ベットがありました。
優菜と初めて出会った部屋に似ていて、どこか懐かしい気分になりました。
その日の夕食はヨウショクと言うご飯で、優菜に教わった作法で食べているとお母様が私に聞いてきた。
「冬歌、明日は何処に行きたい?」
「うーん・・・・」
何処に行きたいと言われても、思い浮かばなかった。だけど、机に置いていた本を見て私は思いついた。
「本・・・・本がいっぱいある所!」
そう言うとお母様は「本屋か・・・・」と呟いて侍女さんに大きい本屋さんを聞いていた。
「よし、明日は本屋に行くとしよう」
「お母様、ありがとう」
私はそう言いながら本屋さんに行ける事に喜んでしまった。
その日の夜も、私はお母様の横で寝ている。
理由は分からないけど、お母様がどうしてもと言うから私はお母様に出会ってから毎日お母様の横で寝ることにしていた。
「おやすみ、お母様」
「ああ、おやすみ冬歌」
眠たい声でそう言って私はお母様の隣でゆっくりと寝ています。
冬歌が寝た事を確認した私は、静かに窓を開ける。
冬の寒い空気が外を覆う中、窓にパタパタと音を立てて飛んでくる一枚の白い折り鶴を手に取る。
「早いな、流石は壽だ」
私はその折り鶴を開くとそこには万年筆で書かれた文章が書かれていた。
『シケゴスラム一斉摘発に関する報告』
秋津語で書かれた文章にはこのような事が書かれていた。
『冬歌様を保護したシケゴスラムはカルデオ・ファミリーの本拠地が存在し、スラム街は現在カジノ街としての再開発が行われている。また、ハウイで冬歌様を襲撃したのはハウイに住んでいた貧困層の者達であると推測される』
報告を読み終えた智代子は紙を破るとそのまま暖炉の中に放り込む。
「めぼしい収穫は無かったか・・・・」
智代子は昼に壽に渡した、冬歌をハウイで襲撃した時に喫茶店の店主であった男の似顔絵を描いた紙を思い出す。
一体誰なのか
時間はかかるだろうが、智代子は冬歌を襲ったこの者を許そうとは到底思わなかった。
「ーーー誰であろうと冬歌に手出しはさせんぞ」
智代子は目を細めて外を見ていた。
翌日、私は優菜と一緒に本屋さんに来ていた。
お母様は大事な話があると言うので、一緒に来れなかった。少し寂しかったが、優菜が来てくれたので少し嬉しかった。
「お嬢様、到着しました」
運転手さんがそう言い、私は車を降りると目の前にある建物を見て少しだけ興奮をする。
「わぁ・・・・」
私は店に入ると沢山ある本に興奮してしまった。
色んな本を手に取って私は優菜に言う。
「優菜、これ欲しい!」
「畏まりました」
何冊も本を買い、優菜が店の人にお金を払っていた。
好きなだけ本を買ってもらえた事に私は喜んでしまった。ホクホク顔で車に戻ると優菜と運転手さんが車に買ってくれた本を載せてその中で私は本を読んでいた。
お嬢様が夢中になって本を読んでいらっしゃる。
秋津語を教えて未だ三か月と少ししか経っていないのに、ここまでスラスラと絵本を読んでいる事に私は少し驚きを隠せなかった。
教養や作法に関しても驚くほどの速度で吸収し、今では他の同年代の少女よりも上を行っているだろう。
私は御当主様から日暮れまで冬歌様に東京を案内するよう仰せ使ったが、お嬢様の熱中具合に観光中に酔わないか心配であった。
同時刻 東京 狼八代家別邸
智代子は面倒な客を出迎えていた。本当であれば冬歌と共に本屋に着いて行くはずだったが、朝一番に連絡をしてきて話がしたいと言ってきたのだ。
無碍にできない相手が故に、合わないといけなかった。
「・・・・で、今日は何の御用で。大柿殿」
そう言い、視線の先に座る一人の男を見る。
頭に耳が無いので獣人では無い、だが智代子にしてみればこの世で一番嫌いな人物だ。
彼の名は大柿木太郎、大阪で商社を経営する大柿家当主であり、彼の妻と智代子は従姉妹の関係である。
そして、冬歌がいない間。狼八代家継承権第一位であった娘の父親が彼であった。
智代子は非常に警戒をしていた。
彼は商社でも強引な取引を行ったと言う噂があり、上に成り上がる為には何でもすると言う性格をしている。
智代子は木太郎に異常なまでの警戒をしていた。彼なら冬歌を暗殺することも考えられてしまうからだ。冬歌が見つかり、次期当主候補を降格されてしまった大柿家は嫉妬に駆られていると容易に推測できる。
だから智代子は冬歌を外に出して、彼との話をしていた。木太郎は智代子を見ながら真之の淹れた紅茶を口につける。
「いえいえ、私としては東京に来たついでに冬歌様にお会いしたいと思うたまでです」
「そう・・・・あいにくと今日は出かけてしまって此処には居らぬぞ」
「いつ帰られるでしょうか?」
「今日はこのまま秩父に戻る予定で、ここには帰らぬ」
「そうですか・・・・」
木太郎は残念そうに言う。智代子は本屋で嬉しそうに本を見ているであろう愛し子を想像して、その様子を見ることができない事に忌々しく思いながら木太郎を見る。
すると木太郎は紅茶を全て飲み終えると席を立って智代子に言う。
「今日の所はこれにて失礼します。また今度」
「ええ、そうですね」
「今度会うときは藍子も連れて来ようと思います」
そう言い残し木太郎は部屋を後にすると智代子はなにも無い空間に向かって聞くように声を出す。
「異常はないか?」
そう聞くと智代子の右側、暖炉の影から狩衣に身を包んだ一人の男が出て来る。
「呪詛や呪いの類は確認できません」
「そうか・・・・下がって良いぞ」
「失礼します」
姿が見えなくなり、智代子はホッと一息吐き、真之に聞く。
「真之、冬歌はどうしている?」
後ろにいた真之に智代子は聞くと真之は答える。
「今は旧帝国ホテルにおいて御休憩をされております」
「私もすぐに行こう。車を出せるか?」
「畏まりました」
真之は使用人に指示を出すと外に車を用意させる。真之が運転席に座り、智代子が後ろに座る。
真之が車のハンドルを握り、冬歌の居るホテルまで向かう。
「真之」
「何でございましょう」
移動する途中、智代子は真之に聞く。
「冬歌の様子はどうだ?」
「どう・・・・と申されますと?」
真之が聞き返すと智代子は流れて行く街の明かりを見ながら言う。
「真之から見て冬歌はどんな子に見える?」
それは幼い事から共に生活をしてきた幼馴染としての問い掛けだった。智代子の問いに真之は答える。
「そうですな・・・・冬歌様は勉学や作法においてはとても優秀に思えます」
「冬歌様が誘拐された後の事は知りかねますが、相当な経験をなされた事でしょう」
「ですが、その経験故に人の醜さも経験し、とてもお優しい方になられたと思います」
「そうでなければ冬歌様が私達使用人の名前を全員覚えようとは思わないはずです」
「・・・・」
智代子は本邸での冬歌の生活を思い出す。
朝起きる時間はマチマチだが普通なら嫌がるはずの勉学も苦なく行い、吸収する。
食事に関しても今まで一度も残した事がない。
使用人からの受けはとても良い。
親戚達とは一度も合わせた事がないが、恐らく噂は聞いているだろう。
智代子は考えていると真之は最後にこう答える。
「ですが、冬歌様はまだまだ経験がお浅いです。他の貴族達の狡猾さを知らないと言う実情もあります。そう言った所は徐々に経験を積み上げて行くしかないと思われます」
真之はそう答えると智代子は頭を悩ませていた。
「冬歌を社交界に連れて行くのか?」
「経験を積ませるには十分良いと思われますが?」
「悩ましいものだな・・・・」
智代子はそう呟くと冬歌のいる旧帝国ホテルに到着する。
旧帝国ホテルライト館に到着した智代子は車を降りるとそのまま冬歌の居る帝国ホテルの喫茶店に向かう。
「お母様!」
店に向かうと待っていた冬歌が走って近づいてくる。
彼女の手には家にはない本を持っており、買ってきた物なのだと理解できた。
私はそんな我が子の頭を優しく撫でる。
「今日はどんな本を買ったんだ?」
私は愛し子に優しく声をかけた。
こんな毎日が送れれがそれで良い。
智代子はそんな愛娘との平穏を望んでいた。
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第一章 赤い旗
#7
照和十四年 正暦一九三九年
ナチス・ゲルマニアによるノーマランド侵攻から始まった第二次世界大戦。
当時、支那との戦争である秋支戰争でアメリア合州国との関係が悪化しつつあった秋津洲皇国は『東南亜細亜諸国の抑圧された植民地からの解放』を宣言し、東南亜細亜諸国に進軍を開始。
一九四一年に行われたマレー作戦において驚くべき速度で占領を行い、僅か半年で秋津洲皇国は東南亜細亜地域の殆どを占領。
南方地域に潤沢な資源を確保した皇国軍は、支那政府に満中を除く全ての地域から皇国軍の撤退を行うと言う条件で講和条約を締結。
派遣していた約一〇〇万人の軍隊を撤収させた皇国軍は占領した東南亜細亜地域の国々を独立させ、警備と治安維持強化を目的として駐留軍を必要最低限まで縮小させた。
この時、発表された公文書には『必要がない場合は駐留軍を完全撤収させる』と書かれていたのだが。どの国も駐留軍を必要としていた為、撤収することは無かった。
独立した国家群とそれぞれ通商条約を結び、これらの国々で食糧や資源を輸入できるようにした。
物資を運ぶ輸送船団は戦前より研究が行われていた松型護衛駆逐艦を組み込んだ『護送船団』を編成し、補給ルートを確実なものにした。
東南亜細亜各国にいた皇国駐留軍はそれぞれの国に兵器供与・訓練を行い自国の軍を持たせた。
参戦理由である『東南亜細亜地域の植民地からの解放』を世界中に大々的に宣言し。アメリア合州国にいる人種差別で苦しむアフリカ系アメリア人を中南米地域から支援し、アメリア国内で混乱を起こすように仕向けた。これにより合州国は国内のことに目を向けなければならず、皇国に目を向ける事が難しくなってしまった。
東南亜細亜一帯を確保した皇国軍は守勢を行い連合軍海軍を待ち構えた。
政府の言うことを無視し、独断行動を行った関東軍は全てが内地に帰還し、再訓練を行われたのち当時の指揮官などは閑職へと追いやった。
その間にアルビオン連合王国領インデア帝国の独立派運動に支援を行い、揺さぶりをかけた。
こうした工作を行い、確固たる国力を手に入れた皇国軍は二年後の一九四三年。アメリア合州国、アルビオン連合王国両国に和平交渉を行う事を決意。
この際、皇国軍は秋華伊三国同盟からの脱退を秘密裏に宣言し、両国の同意を得た。
翌年の一九四四年、皇国は秋華伊三国同盟からの脱退を正式に宣言すると同時に合州国・連合王国との和平交渉である『ハウイ講和条約』を締結。
皇国軍は第二次世界大戦から最初に手を引き、戦争を終結させた。
正暦一九七二年(照和四十七年) 四月二日
秋津洲皇国 秩父郊外の屋敷
秩父郊外に存在する屋敷の前では車が停車し、荷物の積み込みが行われていた。
使用人や業者が走り回り、紙を見ながら指示を飛ばしていた。
そんな光景を屋敷の窓から見ている一人の少女がいた。少女は運ばれて行く荷物を見て眺めていると屋敷の襖が開く。
「お嬢様、準備が整いました。当主様がお呼びです」
「ええ、すぐ行くわ」
腰あたりまで伸びる白い髪に、硝子のように透明な肌。狼の耳を持ち、青い目をした少女は振り向くとそのまま部屋を出て行く。
「いよいよか〜」
廊下を歩く途中、少女は懐かしそうに呟く。
「全く、お母様の心配性は困ったものね」
「いえ、御当主様の判断はお間違い無いかと思われます」
「はぁ・・・優菜もそう言うか・・・・」
少女は紺色のセーラー姿で屋敷の一番大きな居間に入ると少女は正座をする。
「お母様」
そう言い、少女は上座で座っている女性に礼をするとその女性は少女に聞いた。
「本当に行ってしまうの?大丈夫かしら。心配ね・・・・」
「お母様、私ももう十三になります。体も丈夫なのは良く知っておりますでしょう?」
「でもね、母親としては心配なの」
二人がそう言い、少女はやれやれと言った様子を見せると女性に向かって真剣な眼差しで言う。
「先に行って参ります。お母様」
「ええ、気を付けてね。私もすぐに仕事を終わらせるわ・・・・冬歌」
セーラー服姿の冬歌は挨拶を済ませると居間を後にした。
戦後、日本は大きく変わった。
先に戦争から手を引いた皇国は戦後復興で建築業で活況を呈し、国内総生産が伸び続けていた。
その影響は当然狼八代家にも響き、狼八代家は今や多種多様な会社を所有する複合企業を築いていた。
戦後に設立された『東南亜細亜国家共同体』は戦前の国際連盟に代わる新たな枠組みとして国民から大きな期待が寄せられていた。
現在の世界情勢は混乱を極めていた。
西の資本主義
東の社会主義
今や世界は二つに分断され、それぞれ青と赤に色分けされてしまった。
我が皇国は一応は第三世界と呼ばれる。どこの国にも属さない体制をとっているが、アメリアやアルビオンなどと多数の秘密協定を交わしている事から資本主義に属していると考えられている。
皇国とは名ばかりの民主主義国家である我が国であるが、皇国は第二次世界大戦に関東軍の暴走の一件や兵器の混在具合から陸軍航空隊、海軍航空隊をそれぞれ独立、統合させ新たに空軍省を設立。それまでの陸軍省、海軍省を統合。
攻防の要であると言う意識から統合国防省を設立し、三つ巴の睨み合いを聞かせると共に、戦時中に問題となった武器弾薬の種類を合わせる計画を発表した。
その《武器統合計画》に基づき、日本は小銃から大砲に至るまでその殆どを陸海空軍で使用出来るように統合していた。
例外として海軍の四十一糎砲や四十六糎砲などの戦艦砲と呼ばれる物はそのままとなっていた。
秩父から電車に変わった鉄道に乗りながら冬歌はこれから向かう学校生活を楽しみにしていた。
「尋常学校では余り楽しめなかったから。今度の学校は楽しみね」
冬歌はセーラー服を着て車窓を眺める。
今、この列車には自分と別邸まで付いて来る優菜が乗っていた。
「お嬢様、今日のご予定をお伝え致します。正午より入学式が行われ。その後午後三時に別邸へと移動いたします。その後、午後五時から学園主催の交友会が行われ・・・・」
長々と優菜が予定を伝える中、冬歌は緊張した面構えをしていた。
それは学園に向かう前、母から伝えられた事であった。
『気を付けなさい。学園に行ったら誰もがあなたを狙っていると思う。でも、いい友人を作るのも学校では大事な事よ。そこら辺は自分で判断するのよ』
「いい友人か・・・・」
少なくとも尋常学校では私がいるだけで場の雰囲気が凍りついてしまったので、余りいい友人を作ることなく終わってしまい、学校も休みがちになってしまっていた。
そんな私がいざ学園、それも皇国で五本の指に入るほどの優秀な学校に通う事になるとついていけるのかが心配であった。
お母様の執事である真之さんは私を小学校の時からそ学園に通わせたかったそうだが、お母様が断固拒否をしたそうだ。
「まだ、帰って来たばかりだというのに貴族らのゴタゴタに突き合わせる気か!!」
そう言ってお母様は私をそのまま尋常小学校に通わせるのだった。
今考えるとお母様は私から離れたくなかっただけではないかとも思っている。
そんなことを考えながら冬歌は列車の終着駅『池袋』に到着する。
駅の前に大量のバスや自家用車が並び、多くの人が行き交っていた。
駅前には建設中の高層ビルディング『シャイン池袋』が見え、クレーンが動いていた。
私は駅から降りると優菜の案内で車に乗り込む。
皇国が誇る自動車メーカーであるトヨダの最新モデルである<五代目クラウン ロイヤルサルーン>。そのドアに優菜が手を掛けて開けていた。
「このまま学園までお送りいたします」
そう言い、冬歌は車に乗り込む。
さすがは最新型、椅子が良い。
優菜はここまで運転して来た者と交代をするとハンドルを握る。
十八の時に免許をとった優菜は今では運転にも慣れて私の送迎をしてくれる。
車はそのまま舗装された道路を通り、街を走る。
たくさんの車と建設ラッシュで大盛り上がりのビル。建設中の高速道路に脇を走る鉄道。
歩道には多くの人が歩き、建築機械も大量に置かれていた。
「空気が悪いわね・・・・」
「それは仕方がありません。今の東京なんてこればかりですから」
「・・・・」
冬歌は少し嫌な匂いのする街を見て少しだけ不快感を表していた。
皇居周辺は維新の前から屋敷が多く、景観の問題からほとんど手を加えられていないが、こう言ったところはこんな感じで工事が行われているのだと今の東京を見たような気がした。
それから数十分後、冬歌を乗せた車は門を潜って駐車場に到着する。
優菜が一旦車を降りて、扉を開ける。
「どうぞ、足元にはお気を付けて」
「ええ、ありがとう」
車を降りた冬歌は手でスカートを整えるとそのまま歩き出す。
駐車場には同じような車が止まり、門に向かって歩いていく冬歌と同じ制服を着た女子達がいた。
「さて、行きますか」
冬歌は少し、胸を張って歩き出す。
お母様は外せない用事があると言うことで後で来る事になっていた。
その筈だが・・・・
「遅かったわね、冬歌」
「どうして、私より遅く出た筈なのに先に居るのですか・・・・?」
お母様は既に桜の木の下で待っていた。
いや、仕事はどうしたの?用事があったんじゃないのか?
そんな疑問が浮かぶも、私は考える事を諦めてお母様と一緒に写真撮影の列に並ぶ。
私達以外にも沢山の人が校門で写真を撮っていた。
私はセーラー服、お母様は珍しいレディーススーツに身を包んで居た。
そして、順番が回って来ると優菜が手にカメラを持って写真を撮る。
カシャッ
シャッターの切られる音と共にフィルムに一瞬の時が収められる。
桜の散る写真は非常に幻想的な雰囲気を醸し出していた。
皇国の技術は正史の五年進んでいると考えて下さい。
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#8
写真を撮り終えた私とお母様はそのまま中へと入って行く。優菜は車で式が終わるまで待っているとのことだ。
どうやら、騒ぎになっているようなことはなく、比較的落ち着いた様子で式に臨めそうであった。
「ふぅ、肩が凝りそうだわ」
「お母様、少しは人目を気になさったらいかがですか?」
会場である講堂に向かう途中、冬歌は智代子に少し呆れる。
二人は使用人達から瓜二つと言われるほどいろいろな場所が似ており、顔つきや体格はそうで、ついでに女性の果実達も普通の秋津人より大きかったりもする。
そのせいか二人は肩が凝りやすいという、一部の人を敵に回してしまう発言をしていた。
そんな話をしながら二人は講堂に入り、お母様と一旦別れる。
新入生用の指定された席に座った私は時間が来るまで待っていた。
入学式が始まるまでの間、私は陰となって気づかれないようにしていた。
ただでさえ、私の身分を狙って面倒な人が来るぐらいであれば。隠れていた方がいいからだ。
尋常小学校に行かずに家で引き篭もっていた経験は伊達じゃない。
チラッとヒソヒソと話す近くにいた同級生の会話を盗み聞きする。
『ねぇ、聞いた?』
『何が?』
『今年、狼八代の人が来るんだって』
『えー、会ってみたいな・・・・どんな人なんだろう・・・・』
『お父さんからお友達になっておきなさいって言われた』
『そうなの・・・・あー、そういえば私もそんなこと言われていた気がする』
その狼八代の人、私です。
なんて言えるはずがなく、話を聞き続けているとなかなか興味深い話を聞いた。
『お父さんがあの子は引き篭もりだから勉強を教えればお友達になれるかもだって』
『引き篭もり?』
『そうそう、小学校にまともに通っていないから勉強ができないんだってさ』
『じゃあなんでここに来れたの?』
『さあ?そこまでは・・・・』
何と言うことだ。まさか私はそのように言われていたとは・・・・
確かに学校に行かなかったが・・・・家で教育係の人にみっちり扱かれて今では中等部三年までの履修範囲は勉強し終わっています。
しかし、そんな誤解をされていたとは・・・・私が裏口入学したと思われていることは甚だ遺憾だ。
私は少しムッと思うがポーカーフェイスで表情を変えずに人形のように入学式をやり過ごす。
入学式は厳かに行われ、私は晴れて《皇立学両院女子中等・高等部》の生徒となった。
式が終わり、張り出された名簿表を見て私は教室に入る。教室には紐で閉じられた教科書の山と、学校で使う鞄などが置かれていた。
私は指定された席に座る。場所は教室の左後ろの角、日の当たる暖かくて一番いい場所である。
私は席に座って机の上を片付けていた。お母様曰く『中学・高校時代の友人は大人になるまでずっと続く。だから友人選びは慎重に』だそうだ。
大人になれば嫌になる程人が寄ってくるので今のうちに信用できる友人を作っておくべきらしい。
とは言ったものの・・・・
「(この状況は、ちょっと・・・・)」
冬歌は目の前に広がる光景を見て呆然としてしまった。
ワーワーキャーキャーと数多の少女たちが誰かに話しかけて友好関係を継ごうと必死になり、最近の話題で盛り上がる。
その事に私は入り込みずらい空間が広がっていた。
「(うん、これはこのままやり過ごそう・・・・午後には交友会もあるし・・・・)」
私は取り敢えず物静かにやって来た教師の話を聞き、その日は午後に一旦解散をした。
入学式や説明が終わり、冬歌は駐車場に戻った。
駐車場にはお母様が既に車に乗っており、車には真之さんが乗っていた。
「優菜は先に屋敷に戻らせました」
車に乗る寸前、私の荷物を持った真之さんがそう言う。私は納得した上で車に乗り込むとお母様が私の表情を見て呟く。
「その様子だと、逃げて来たみたいね」
「・・・・」
「別に良いわよ。この後の交友会で見れば良いもの」
お母様には全てお見通しのようだった。まるで見ていたかのように指摘していたので、私は少し申し訳ない気持ちになってしまった。
真之さんが車を走らせる。〈ロールス・ロイス・ファントムⅥ〉は流石アルビオン王室に使われている車種なだけあって静粛性に優れており、速度も十分であった。
これから私が住む事になる東京の別邸に移動する途中、私はお母様から話を聞いていた。
「冬歌、これから色々と苦労することもあるでしょうけど。しっかり芯を持って生きなさい。でなければ社会という大きな波に飲まれてしまうわ」
「はい、分かっています」
「それだけ分かっていれば良いわ」
普段私にしか見せない柔らかい口調。だけど強く、耳に残るそれはとても印象的であった。
車は東京の別邸に到着すると優菜が扉を開けて私を出迎えた。
私が初めて見知った狼八代家の人、その時からずっと私の執事でいてくれる彼女はお母様の次に一番信頼できる人であった。
「荷物は全てお運びいたしました。お嬢様」
「ええ、ありがとう」
車を降りると私は振り向いてお母様に挨拶をする。
「お母様、行って来ます」
「ええ、頑張ってね」
「はい」
二人はそう言うとお母様は最後に私に言う。
「時々、こっちにも寄るわね」
「ええ、その時はお待ちしております」
そう言うと車の窓ガラスが閉じられ、車が走り出す。石畳のロータリーを走り、黒塗りのリムジンは屋敷を出て行く。
私は車が見えなくなるまで見送ると屋敷に向かって階段を登る。
「さて、まずは交友会の準備からかしらね」
「用意は出来ております」
「時間に遅れるわけにもいかないから。直ぐに着替えましょう」
そう言い、冬歌は屋敷の中に入って行った。
私と同い年で狼八代の家の子が学両院に入学したと言う。父上から狼八代と接点を持って弱点を掴んでこいと言われた。
他の人たちは『社交界にも出ず、小学校ですらまともに通って居ない箱入り娘』と言っていて、私は父上や他の言う人の通りに狼八代の人と会おうと思っていた。
私も、少しだけ狼八代家については聞いている。
有名な白狼種の貴族で、優秀な術師がいると聞いている。この前の戦争でも国を政治家として護ったとして勲章をもらっていたはず。
対して私の家は狼八代のような政治ではなく、軍務において武功を上げて来た武家貴族である。
大戦ではお祖父様が指揮をとって東南亜細亜地域の占領を行なっていた。
政治を担う
軍務を担う
経済を担う
他からはそんな風に言われている。少なくとも華族達の間では御三家と呼ばれる皇国で重要な公爵家であった。
特に今年は御三家のうちの二つ。狼八代、虎峰のご息女が入学すると言う事で記者達も話題になっているようだ。
私、虎峰沙耶香は狼八代家の筆頭当主候補。狼八代冬歌に会うために学両院に入学をした。
入学式やその後の説明会では狼八代冬歌と会うことはできなかった。どんな人なのだろうかと思いつつ、私は次の交友会にかける事にしていた。
なんやかんやでここまで来てしまった。
車内で冬歌はそう思う。授業は明日から早速行われるが、今回は学園が生徒との交友を行う目的で開催される生徒限定の社交界、通称『学園交友会』が行われている。
会場では既に着物やドレスに身を包んだ少女たちが階段を登り、神妙な趣で会場に入っていた。
「ふぅ・・・・」
息を長く吐くと運転席から優菜が声をかけてくる。
「大丈夫ですか?お嬢様、あまり無理をなされなくても・・・・」
「大丈夫、処世術は覚えているから・・・・行ってくるわ」
「お気をつけて」
ドアボーイが扉を開けて私は一歩を踏み出す。
青い裏地に桜のあしらわれた白い着物を見に纏うその姿は見る者を圧倒させていた。
横を歩く少女達も思わず冬歌を見てしまっていた。
冬歌は下駄を履いているにも関わらず、順調に階段を登り終える。
そのまま絨毯の敷かれた入り口を歩くと扉が開いたままの広間に入る。
中に入ると煌びやかなシャンデリアが幾つも吊り下げられ、テーブルに飲み物や食事が置かれ、今年の入学者である約二〇〇名の生徒達が談笑に浸っていた。
私はそのまま会場のテーブルから適当に飲み物をとって一口だけ口につける。
「(本当の社交界ね・・・・)」
冬歌はそう思いながら会場の隅で息苦しさに小さく息を吐くと、ふと声をかけられる。
「貴方、お一人で?」
声のした方を見るとそこには葡萄色のドレスに身を纏う少女が立っていた。
特徴的な犬歯と黄色と黒が交互に入り混じる髪を持ち、頭に丸い耳を持っていた。
「(猛虎種か・・・・)ええ、一人ですわ」
そう答えると少女は私に話しかける。
「でしたら少しお話し致しませんか?私もお暇をしていたので・・・・」
「・・・・そうですわね。では、少し移動しましょうか」
冬歌はそう言い、会場を歩く。
少し移動をすると冬歌は自己紹介をする。
「初めまして。私は狼八代冬歌と申します。今後ともよろしく」
「・・・・虎峰沙耶香と申します」
猛虎種の少女・・・・沙耶香は驚いた表情で冬歌に自己紹介をする。
冬歌も虎峰家の少女と最初から出会った事に少し驚いてしまった。
「(この人が狼八代家の・・・・?聞いていた話と全然違う・・・・)」
学両院では総代と言う制度はないので、誰が成績優秀者なのか分からない。
最初の中間考査からしか成績は公表されないので、名乗りをあげるには卒業までに考査や体育祭で優秀な成績を収めなければならない。
だが、この交友会は顔を覚えてもらう良い機会でもあるので無碍にはできないと言うハードな一面を作り出していた。
沙耶香は冬歌の第一印象は『優秀な女学生』と言う印象であった。
整った髪や服装、言葉使いも全てにおいて綺麗で、並の男性では落とされてしまいそうな雰囲気であった。
父上から命じられたことも忘れてしまいそうなほど、彼女は綺麗だった。そして、おとなしそうにも見えた。
「あの、狼八代さん?」
「冬歌で構いませんわ。何でしょうか?」
「あ、いえ・・・・私も沙耶香と呼んでいただけませんか?」
「ええ、分かりました」
冬歌は沙耶香と挨拶を済ませると沙耶香に聞いた。
「沙耶香もお暇だったのですか?」
「え、ええ。そんな所です・・・・」
「そう・・・・」
冬歌は表情を一切崩さずにそう言う。
沙耶香は何を考えているのか分からない冬歌を見て、難しい思いをしていると冬歌は沙耶香に言う。
「私も誰かと話さなければいけなかったので、丁度良かったです」
「そうなのですか?」
「ええ、こう言った社交界は慣れておりませんでしたから・・・・(お母様が嫌がったのよね・・・・)」
「・・・・」
冬歌の呟きに沙耶香は冬歌の苦手なものを知った気がした。すると沙耶香を呼ぶ声がして、数人の少女達が近づいてくる。
先程、私が話しかけていた少女達だ。私は冬歌に向かって言う。
「ちょうど良い機会ですし、ご一緒にどうですか?」
「・・・・そうね、お邪魔させてもらうわ」
そう言い、私は近づいて来た少女達に冬歌を紹介する。
「沙耶香様、そちらの方は?」
「先ほど知り合った狼八代冬歌さんよ」
「「「!」」」
少女達は驚いた様子を見せると冬歌は挨拶をする。
「初めまして皆さん。狼八代冬歌と申します。どうぞ、冬歌とお呼びください」
そう言うと貴族や富豪特有の地獄耳が働き、次々と冬歌に近づいては挨拶をする。
先程、私にも似たような事が起こったがこんなに挨拶に来るとは思わなかった。これが狼八代家の筆頭次期当主候補の力なのか・・・・
そう思うと私はどこか悔しい気持ちが込み上がっていた。
「初めまして狼八代様。私は、小泉芹香と申します」
「初めまして芹香さん。私もよろしくお願いしますわ」
一人が終わると、また次の人が顔を。もしくは交友を深めようと挨拶をする。
「お初にお目にかかります冬歌様。城見カヨコと申します」
「初めましてカヨコさん。ごめんなさい、今は時間がなくて・・・・また今度お話し致しましょう」
その時、ふと冬歌を見ると彼女は優しい眼差しをしつつ挨拶を短く済ませて次の人に移っていた。だが、沙耶香はその眼差しで何を考えて居るのかが分かり、そしてゾッとした。
ーー覚えておく人と覚えなくて良い人を振り分けている
それに気づいた時、私は冬歌の恐ろしさを見た。
まるで品定めをするかのように挨拶に来る人たちを見ていた。価値ありと判断されると挨拶の後に少しだけ話をして、それもないと言う人は挨拶だけで済ませる。
しかも、それを他の人に気付かせない程度でやってのけるのだ。一部の意図は気づいているかもしれないが、それもごく少数だろう。
私は冬歌の狐具合を見て血の気がひいた気がした。
これが同い年の少女なのかと、恐ろしく思う。
交友会で必ず挨拶に来ることを知っておきながら、人を見て気づかれずに良し悪しを分けている。
それが彼女にとっては恐ろしく感じていた。
「ふぅ・・・・(やれやれ、挨拶をするだけでこうも疲れるとは・・・・)」
何十人と挨拶を終えた冬歌は会場の端でグラスを取って飲んでいた。
喉が渇いたからと言い。離れた場所に移動した冬歌であったが、冬歌に視線を向ける者はまだ多かった。
「(仲良くなれそうな子は少なさそうだったわね・・・・)」
冬歌はそう呟いて先程挨拶をした子達を思い出す。
殆どが苗字でしか呼ばず、名前で呼ぶことは無かった。中には私に取り入ろうとして過去のことを言う者までいたので、おそらく二度と会うことはないだろう。
虎峰沙耶香以外には良い友人となれそうな子はあまり居なかった。ただ、印象に残っている子が一人だけいた。
『初めまして冬歌様!』
その子は皇国では比較的普通の獣人である木狐種であり。黒茶色の髪に黄金色の狐の耳を持ち、狐の尻尾を持つ獣人だった。
『九重
まず私を名前呼びした事に珍しさを感じるが、次の言葉に私は印象を持っていた。
『冬歌様に出会えて光栄に思います。学校でもよろしくお願いしますね』
物怖じせずに私に『学校でもよろしく』と言い、その後直ぐに次の人に順番を譲っていた。
普通であれば私から切っているのだが、その子だけは自分から次の人に譲っていたのだ。私はその子に少し興味が湧いていた。
「(後で調べてみるか・・・・)」
冬歌はそう思いながら出された食事を取り敢えず思う存分食すのであった。
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#9
パンッ!
深夜の裏路地に銃声が響く。
パンッパンッ!
銃声は裏路地に響き、路地には一人の男がいた。
パンパンパンパンッ!
『9』の赤文字が彫られたグリップを握り、引き金を引くのは動きやすいように改造された白衣に短めの緋袴を着ている一人の少女であった。
青い瞳を持つその少女は持っていた特徴的な見た目をした大型拳銃を握り、再度引き金を引く。
パンパンッ!
閃光が銃口から光り、視線の先にいる銃を持った男に向かって弾丸が飛んで行く。
『グルルゥゥゥゥゥゥアアアア!!』
弾丸が当たり、悲鳴を上げた男に少女は銃口を向けて引き金に手をかけた。
ーーーパンッ!
正暦一九七二年 六月十七日
学両院女子中等部校舎 教室
学校が始まってから二ヶ月が経った。
今日も私は制服を着て通学をする。優菜からの強い進言で送迎をしてもらっているが、本当の所は本に出て来た学生らしく電車か自転車を使って通学をしたかったと思っている。
自分で扉を開けて車を降りると私は校舎横の小道を歩く。
法律で制限がかかっているとはいえ、秩父の実家より汚れている空気の匂いがする皇都東京・・・・その中でも、ここは比較的マシな匂いがする場所だった。
桜も既に小さな緑色の葉が出てきて、立派な葉桜となっている。
私は今の生活には比較的満足している。学習に関しては問題ないし、友好関係も、変なゴタゴタもする事なく穏やかに過ごせている。
それに・・・・
「冬歌様ぁ〜!」
面白い友人とも出会えたからだ。元気な声と共に校門で一人の子が待っていた。
彼女の名は九重円香。父親が輸入食品を扱う商社を営む一家で、五兄弟姉妹末っ子である。
貴族ではなく、商人の子であると言う事からか喋りと計算が上手で、私を楽しませてくれた。
優菜が調べた所でも問題はないと判断され、教室は違うので昼休みなんかにちょくちょく一緒に食事を取る仲であった。
「おはようございます。冬歌様」
「ええ、おはよう円香」
二人は鞄を持って校舎へと入っていく。
今の所、唯一とも言える友人と呼べる存在である円香と今日も授業が始まるのであった。
爵位が男爵だと言う円香にいじめがないと言うのも不思議ではあるが嬉しい話である。
校舎に入り、円香と別れて机に座った私は帳面を開いてノック式シャープペンシルをブリキ缶の筆箱から取り出す。
絵を描く時などは鉛筆の方が圧倒的に書きやすいのだが、文字を書く時などはこちらの方が一番なのだ。
少しお高いが最近のお気に入りである。カリカリと書いているとふと声をかけられる。
「あら、もう来ていたのですね狼八代さん?」
「おはようございます。虎峰さん」
そう、交友会で知り合った虎峰沙耶香嬢です。
あの日以降、何故だか私は彼女に嫌われてしまったようです。理由は分かりませんが、あの日以降私はよく虎峰さんと対立的となってしまいました。
円香曰く、今の一年生は既に派閥というものが完成していて、主に冬歌派と沙耶香派と言う派閥になっているそう。
ある程度そうなるだろうとは思っていましたが、まさかこんなに早いとは予想外でした。
沙耶香嬢は私が思っていたよりとても優秀で、まさに〈ライバル〉と言うべき存在でした。
優菜の情報では彼女は虎峰家三兄妹の長女であり、上二人の兄は陸軍士官学校を出ているとのこと。
彼女の父親は婿入りで貴族意識が高く、沙耶香嬢にはよく貴族としての教えをしていて、それに嫌気が指していると言うところまで調べがつきました。
ーー私と沙耶香嬢は同じ長女
ーー同じ御三家の直系
これだけで何か運命的なものを感じざるを得ませんでした。
私も、つい闘志に火がついてしまいました。
そして、今日も私たちは同じ教室で静かなる戦いをするのでした。
一時限目は地理の授業でした。
教科担任の先生が黒板に書かれた内容を見せ、私たちが答えます。
初日に言われていた阿呆の話は既にどこかへと霧散されていました。
「皇国で一番高い山は?虎峰さん」
「はい、新高山です」
「では、皇国の気候は?狼八代さん」
「はい、国土のほとんどは温帯で、温暖湿潤気候です」
先生も分かっていて面白半分に私達を試してくるので競争は激化の一途を辿っています。
その日は、ほとんどの時間で同じような競争が行われていました。これがここ最近の学校生活の光景です。
お昼の時間。皆が購買に移動して昼食を取る中、私は円香と二人で学校の中庭のベンチで昼食をとっていた。
「冬歌様。今日は購買なのですね」
「今日は時間がありませんでしたから」
ベンチで二人はそれぞれ尻尾を揺らしながらお互いに勝って来たものを持っていた。
冬歌はジャムパン、円香はあんぱんであった。庶民的ではあるがこれが好きだった。
二人はお互いに買って来たものを食べていると冬歌は円香にある事を伝える。
「円香、明日から学校を少しお休みするの。だから明日の出迎えは大丈夫よ」
「どうしてですか?」
「お母様に呼ばれたから、一旦秩父の実家に戻るの」
そう言うと円香は納得した上で冬歌を労った。
「冬歌様も大変なのですね。頑張ってくださいね」
「ええ、ありがとう」
冬歌はそう言うと円香に微笑んだ。円香は冬歌の優しい眼差しを向けられて顔が林檎の様に真っ赤に染まってしまった。
何故だろう、私はこう言う円香の単純な所にどこか懐かしさを覚えている。その懐かしさの正体は思い出せないが、円香の優しさと単純さは懐かしい感じがする。
ーーどうしてだろう
放課後、優奈の出迎えを受けた私はそこで円香と別れると車に乗り込んで走り出す。
車内で優菜は冬歌を労っていた。
「お嬢様、昨晩はお疲れ様でした」
「あれくらいは大丈夫よ」
車内で移動中、冬歌は皇都の街並みを見ていた。
現在の皇都は皇居を中心にドーナツ状に多くのビルディングが建設されていた。だが、皇都に住まうと言う者はそれ程増えていなかった。
皇居周辺は華族。それも公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順に徐々に外に向かって外郭を固めるようにそれぞれの爵位の家が固まっていた。
今では陞爵などもありそういった区分ではぐちゃぐちゃとなっているが、概ねそのような形となっている。
だが、ここ最近は貴族の爵位も男爵程度であれば胡麻の数ほど増えていると言う。一定以上の税金を払える能力があればその時だけ爵位が与えられるのだから、それだけ国が豊かになったと言うべきだろう。
男爵と言うのは毎年夥しい数が変動すると言われている爵位だ。税金が払えなくなればそれで終わり、簡単に爵位は剥奪され、名簿表からも名前が削除されるだけである。
そんな中で、今日まで一度も爵位を剥奪された事がない九重家と言うのは商才が有ったのだろう。
いずれは子爵に陞爵するかも知れない。
男爵家となっている者達の最大の望みは子爵になる事。今の皇国で爵位が降格した件は殆ど無い。つまり、余程のことをしない限り爵位が下がる事はないのだ。税金が払えなくなって爵位が剥奪される男爵から、爵位が剥奪されにくい子爵になる事は男爵家の悲願でもあった。
今ではただの看板と化している爵位だが、円香曰く爵位持ちの富豪とそれが無い富豪では同じ物を売っても価値が変わってくるのだと言う。
中層階級にとって爵位というのはステータスなのだという。
同じ貴族でも男爵とそれ以上の爵位に関してはやはり差があると言う。
だから男爵になった者達は子爵となる為に社交界に頻繁に出る。できれば伯爵、あわよくば侯爵に取り入って陞爵のための推薦状を書いてもらうのだと言う。
円香から爵位のシビアな話を聞いた時、私は円香に陞爵のための推薦状を頼もうかと聞いた時、彼女はこう返した。
「冬歌様、私はそのような物は求めません」
何故?と聞くと円香はこう答えた。
「たとえ冬歌様が私の家のために推薦状をお書きになり、九重家が子爵となってもそれは実力ではなくただの吊り上げとなってしまいます。そうなったとしても上げてくれた公爵様の為に子爵から伯爵にならなければならないと言う焦りが生まれてしまいます。
子爵でも没落してしまえば爵位と言うのはむしろ邪魔となってしまいます。爵位が寧ろ足枷となって見栄の為に借金をしてしまい、底なし沼へと引き摺り込まれてしまいます」
それは商人の娘としての考え方なのだろう。先の事を見据えての投資は行きすぎると毒になると言う事を知っていて、弁えているようだった。
「それに、私は皇国の繁栄はそろそろ終焉を迎えると考えています。第一次大戦後、永遠の繁栄と言われた米国はその後に世界恐慌を引き起こしました。
歴史とは繰り返すもので、今の皇国はまさにその永遠の繁栄と同じ状況です。いずれ何かしらの出来事が起爆剤となり、経済は瓦解するでしょう。
現在、中東では戦争の機運がとても高まっています。もし戦争が始まれば石油の輸出が止まってしまうかも知れません。石油の六割を中東に依存している皇国も恐らく影響を受けるでしょう・・・・」
アメリア合州国が首魁を務める西側諸国ーー第一世界
ソヴィエト連邦が首魁の東側諸国ーー第二世界
秋津洲皇国率いるどちらにも属さない国家群ーー第三世界
秋津洲は中立を保つ国家として世界中で起こる紛争・戦争の調停を行う一方で、どちらかと言えば資本主義寄りの国家である。
皇国に残る貴族社会とアメリアの資本主義とは相性がいい、
今はもう完全なお飾りとなってしまっている皇室よりも内閣が力を持ち、今では皇室はアルビオン連合王国のように『王、君臨すれど統治せず』と言う形へと変わっていた。
戦後の発展は民衆に力を与え、貴族の影響力は徐々にではあるが弱まりつつあった。
しかし、それが公爵家ともなると話は別だ。
今の皇国の公爵家は国防の要として。繁栄の要として。国民の鏡として。
国民の明日を導く為に、国民の平和を守る為に、公爵家は国を守らなければならない。
その為に時には手が汚れることも顧みずに任を全うしなければならない。
公爵家の一人娘として、狼八代を継ぐ者として・・・・私は覚悟を持たなければならない。
私は、夕日に照らされる東京の街並みを見ながらそう、思っていた。
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#10
皆さんは男尊女卑という言葉をご存知だろう。
そう、文字通り男性を敬い、女性を卑下する思想である。
現在、欧州などで社会問題となっているそれは皇国では無縁に等しい言葉となっていた。
何故、皇国はそれほど男尊女卑問題が大きく無いのか・・・・
それは皇国は獣人の住む割合が高いところから来ている。
獣人は体格がガッチリとしており、筋力もある事から下手な男性よりも力がある事が多かった。その体格の良さから土木事業なども手伝ったとされる文献がある。
その為、戦国時代などの文献には投石隊や、弓を持つ部隊に女性が入っている事もままあったのだ。
勿論、男性の獣人がいれば勿論徴兵などがされていたが。下手な男よりも勇敢に戦争を行い、武功を上げてきた者も中にはいた。
遥か昔、時代は安土桃山時代の頃ーー
古都京都で陰陽師として名乗りをあげた一家が存在した。
その一家の名は狼八代。
近代的で、本格的な戦闘を行えるように改良された八代流陰道は時の将軍、秀吉により貴族へと成り上がった。
後に天下を取ることとなる徳川家も狼八代家が豊臣家に味方する事を最も恐れたと言われるほど、狼八代家は非常に強い力を持っていたと言われている。
皇国は世界で最も遅い産業革命を迎えました。
しかし、皇国が列強各国に肩を並べられたのは術師のお陰でもあります。
皇国は世界でも有数の術師がおり、その数は支那に続いて二番目に多いと言われています。その為、維新直後は皇国人を攫ったり、口説いたりして国外に連れ出すという行為が頻発し、それは今でも影響を及ぼしていると言います。特にアルビオンとは今でもその問題が続いています。
世界中で術師が必要とされていた理由・・・・それはこの世界に出現する『怪異』という存在がいたからです。
怪異はその名の通り『怪しい異形をした人では無い何か』であり、その生態はよく分かっていません。
とある学者によれば魔術と言う未知の存在を信じているから生まれる創造の産物である。と言われたり、異界と呼ばれる空間からやってくる人の怨念の塊と言う学者が居ますが、その実態はいまいち分からないようです。
その生態を調べようにも怪異事態、最近は見ないと言うのが実状なのです。
過去には十人がかりで『鬼』と呼ばれる怪異を退治したと言う伝承もありますが、少なくとも私は見た事がありません。ここ国のどこかにその鬼を封印したと言いますが、それがどこなのかも分からないのです。
今、私・・・・狼八代冬歌は深夜の皇都に出ています。
夏の夜はジメジメしていて私は正直苦手です。だけど、そんなことも言ってられず。私は持っているモーゼルC96の9mmパラベラム弾仕様を向けます。
「臨兵闘者皆陣列在前」
右手で銃を構えて、照準を合わせて片方の手で格子を描きながら呪詛を唱え、引き金を引きます。火薬の爆発する音と一緒に純銅製の弾丸が発射され、視線の先にいる建物に入って行きました。反動はありますが、片腕でなんとか抑えられます。
ボンッ!
と言う音と共に建物から悲鳴が聞こえてきます。
『ギャアアアアァァ!!』
『何が起こっている!?』
『て、敵襲だぁ!!』
その声と共に建物に一斉に<H&K MP5>を持った人たちが入り、中を制圧していました。
数分後に警察の大型車がやって来て後ろ手で手錠をかけられた何人かの男女の人達がそのまま乗せられていきました。
私はそれを見終えると優菜が出迎えていた。
「お疲れ様です。お嬢様」
「ふわぁ・・・・」
「直ぐにお送りいたします。後はお休みになられてください」
「ん・・・・そうさせて貰うわ」
そう言い私は眠たい体を動かしてそのまま車に移動する。
どうも私は夜に弱い見たいだ。今日はあいにくと新月。月明かりもないから余計に眠たいのかも知れない。
翌朝、私は制服を着て学校へと向かう。
正暦一九七四年(照和四十九年) 七月十日
中等部三年生となった私、狼八代冬歌はもうすぐ来るであろう夏季休暇に少しだけ浮足だっていた。
私は欠伸をしながら学校に向かうとそこでいつも通り円香が冬歌を出迎える。
「おはようございます。冬歌様」
「ええ、おはよう。円香」
車から降りた私はそのまま校舎に向かって歩き出す。
円香が右斜め後ろを歩き、校舎まで向かう。その途中で、私に近づいて挨拶をする一人の生徒がいた。
藍色の瞳に秋津人特有の黒髪を持つ少女は元気よく挨拶をする。
「おはよう御座います。冬歌お姉様!」
「ええ、おはよう藍子」
彼女の名は大柿藍子。実家とは遠縁の親戚で、現在中等部一年生。私とは再従姉妹の関係にあると言う子だ。お正月の集まりなどでしか会った事がないが、年が近いと言うこともあり自然と仲良くなっていた。
藍子はとても明るい子で、私を慕ってくれているようだった。藍子のお父上である大柿木太郎氏は大阪で輸出入を行う商社の社長であり、お正月の集まりなどで顔を合わせる時はいつも優しい印象を与えていた。
ただ、お母様は木太郎さんをあまり好いてはいないようで、偶に私がお母様を宥めている事もしばしば・・・・
藍子が前に『お父様は顔が怖いから誰も優しくしてくれないって嘆いています』と言っていた時は思わず爆笑しかけてしまった。
・・・・とまあ、こんな感じで中等部最上学年となった私は藍子と挨拶を済ませた。後ろで円香が藍子を睨みそうな勢いで見ているが、面倒そうなので何も言わないでいる。
流石に藍子が気にした時は注意をするつもりではあるが・・・・
藍子と挨拶を終えた私は校舎に入る。
クラス替えで一年生の頃のような虎峰さんとの静戦は終わりを告げたが、考査で私達はまだ競い合っていた。
成績は五分五分。派閥も完全に二極化しており、甲乙付け難いものであった。
廊下で歩いていると前から噂の人物が歩いてきた。
「あら、ご機嫌よう。冬歌殿」
「ご機嫌よう、虎峰さん」
虎峰さんのそばには木狸種の少女。大狸矢那がおり、彼女は円香と火花を散らしていた。
ーー虎と狼
ーー狸と狐
何かと准えられる二人の争いは思っていた以上に激化していた。
甲乙つけ難い成績を持つが故に生徒も半々となり、常日頃二人のことで言い争う場合もあると言う。
私としてはそんな事よりももっと自分の時間を過ごして欲しいと思っているのだが・・・・
そんなことも言えないのだろうと想像しつつ、私は虎峰さんが話題を持ち出したので返答をする。
「もうすぐ夏季休暇ですが。何か考えておられるのですか?」
「ええ、勿論。私は実家のお手伝いに・・・・お盆の行事もありますので」
「成程・・・・」
陰陽師の家系だからそう言う事もあるのか。沙耶香はそう考える。
武家の娘として育って来た沙耶香は自然と術者=後方支援もしくは砲兵部隊、という印象が強かった。彼女がそう考えたのも無理は無い。
数年前に開発された刻印弾、又の名を術式弾。の開発は皇国の国防を大いに変えたと言っていいだろう。何せ、今まで後方で負傷兵の治療や塹壕内の衛生管理などにしか使えなかった術者が戦線に直接影響させることができるようになったからだ。
一応、式神と呼ばれる精霊のような幻獣を使役して敵兵を攻撃する事も可能だが、それは術者本人の才能が関わってくるので一定の効果が出るとは限らなかった。
皇国の現行主力小銃である六四式自動小銃で、西側諸国の戦車砲と同程度の砲撃が出来るのだ。
弾丸に刻印をしなければならないという面倒はあるが、それでもお釣りが来る程の物である。
しかもこの刻印弾は質量が大きければ大きいほど威力も増すという事もあり、皇国が誇る最新戦車、七四式戦車にも同様の刻印弾が設計されている。計算上は艦砲張りの砲撃が出来ると言われている。
と、そんな感じで別のことを考えてしまっていたと沙耶香はハッとして冬歌を見る。そして壁に架けられた時計の時間を見て少し急足でその場をさる。
「おっと、待たせてしまいましたわね。では私はこれで」
「ええ、できればまた後でお話ししましょう」
二人はそう言い、その場を別れた。
その間二人の後ろにいた円香と矢那は怪訝な表情を崩すことはなかった。
「冬歌様」
教室に入った私は円香から話しかけられる。
「どうしたのかしら?」
「先ほどの、件でお話があります」
「何かしら?」
私が聞き返すと円香は私にある提案をした。
「冬歌様は虎峰家の人と争っております。ですがその勝負はいつも五分五分で、決定的な勝敗は決まっておりません」
「ええ、そうね」
「そこで、誰かが密偵に行き、相手の仲を混乱させる。というのを考えているのですが・・・・」
円香の提案を聞き私は思わず絶句する。
「・・・・貴方、いつからそんな事を・・・・?」
「今年に入ってから皆がそう話しております。計画はいつでも始められます」
円香の少し息の入った声色に私は少し戸惑いつつも、こう答える。
「円香、そればかりは絶対に辞めなさい」
「何故ですか・・・・?」
円香が疑問を呈し、私はその事に少し強めの口調で話す。
「円香、ここはあくまでも中学校。本来であれば家の格なんて気にせずに楽しむ場所なの。
勉学をしながら社会で生きていく上での最低限の知識を学ぶ場所でもあるの」
私は円香に釘を刺すように話す。
「本来、私と沙耶香さんの争いは私たちだけでするものなの。だから貴方たちが関与する必要はないの。それがお分かりで?」
「し、しかし・・・・」
「円香・・・・
いいわね・・・・?」
「っ・・・・はい」
円香は冬歌から発せられたその気配に思わず息を呑む。それはまさに『狼』と呼ぶにふさわしい存在感と恐怖感を煽り、同じ教室にいた冬歌派の者達も恐怖させてしまっていた。
その冷徹な青い瞳は全てを見透かすかのように教室全体を冷ややかに包む。
密偵の役割を担う虎峰派の少女ですら、その一瞬の気配に身を震わせてしまった。
圧倒的な気配の前に全員が自然と冬歌の言う事に耳を傾けてしまった。
「円香、全員に伝えなさい。今後そのような事をすれば容赦無く学校からつまみ出す、と」
「は、はい・・・・先ほどは失礼な事を言って申し訳ありませんでした」
そう言うと冬歌は小さくため息を吐きながら円香や全員に言う。
「はぁ・・・・別ればよろしい。さ、行きなさい。もう直ぐ授業が始まるわ」
「はい、分かりました」
円香はそう言うと教室の自分の席に座って荷物を取り出していた。
同じ頃、沙耶香の教室でも同じような話がされていた。
「え?冬歌殿の教室に?」
「はい、相手を挫かせるにはそれが宜しいかと」
「矢那・・・・」
「はい」
矢那は沙耶香の声色に期待感を持つ。しかし返答は想像していたのと全く違っていた答えだった。
「矢那、貴方はふざけているの?」
「・・・・え?」
想像していなかった返答に矢那は驚きの声が出る。しかし、沙耶香は不満気にこう答える。
「矢那、貴方は勘違いをしている。これは私と冬歌殿の戦いであって、貴方と冬歌殿の戦いではないのよ。分かっているわね・・・・?」
「で、ですが沙耶香様・・・・」
「矢那、これは命令よ。そんな馬鹿げた計画は辞めなさい。でなければ、私はその者をこの学校の生徒とは認めない。その覚悟を持つように伝えなさい」
「・・・・」
矢那は口惜しげに拳を強く握り、何とか食い下がろうとする。沙耶香はそんな矢那を見て、徹底的に釘を刺す。
「ここは学校であって政治ではない!個人の事情を学校に持ち込むな!」
軍人の家系の娘である大きく、張りのある声がこだまする。ガラス窓がカタカタと揺れ、その威圧感に教室にいた全員が硬直する。
教室中が一斉に静まり、静粛が訪れる。そんな中、沙耶香は暴走しかけている矢那の手綱を握る。
「矢那、少しの間私と共に行動しなさい。宜しい?」
「は、はい!沙耶香様であれば!」
萎縮から解き放たれた矢那がそう返事をする。沙耶香はそれを見て、少しだけ警戒をしていた。
「(今のは本気でやる目だった・・・・これで収まると良いけど・・・・)」
そんな訳で、沙耶香はお祖父様に彼女の見張りをやらせる事を相談しようと決めるのであった。
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#11
朝に円香に釘を刺した日から数日後の放課後。皆が下校して行く中、学園の奥にある庭園の小さな西洋風東屋では二人の少女が小さなお茶会をしていた。
「こうして話すのも珍しいですわね」
「ええ、そうですね」
白狼種と猛虎種の少女は互いに従者の淹れた紅茶を口につける。ここは知る人ぞ知る、人知れない場所にある東屋だ。
そんな場所で、冬歌と沙耶香は密会をしていた。いや、この場合は『忠告をしに話し合った』と言うべきだろう。
普段はライバルであり、挨拶以外はあまり話す事のない二人は今日ばかりは話さなければならない事があった。一口紅茶を飲み終えた冬歌は沙耶香に話す。
「しかし、珍しいこともありましたわね。殆ど同じ時期に似たような話題で話す事になるとは」
「人は皆考えることは同じという事なのでしょう」
この密会は沙耶香から切り出された茶会であったが、冬歌も次いでに注意喚起をしようとこれを承諾。今日こうして集まっていた。
側から見れば信じられないと言うだろうが、実はを言うと二人は同じ悩みを抱えている仲でもあった。
「「やれやれ、どうして私達(自分達)の事に関わろうとするの(でしょう)か・・・・」」
ため息を吐きながら二人は疲れていた。二人としてはこれは自分達の戦いなので、あまり干渉をして欲しくないのだが。周りが否応にも巻き込むので
するとほぼ同タイミングで二人の従者が紙を差し出す。紙に書かれた内容を読んだ二人はホッとため息を吐く。
「その様子だと、大丈夫だったようね」
「ええ、その様ですわね」
二人は紙を読み終えるとそのまま紅茶を飲む。
この数日間、二人の友人である円香と矢那を監視させ、動向を報告させていたのだ。
報告から特に異常もなさそうで、安心をしていた。
「ここ最近、《赤の結束団》が勢力を強めていますから。内ゲバで大ごとになりかねないわ」
《赤の結束団》
ここ最近勢力を伸ばし始めている過激派左翼集団で、主に没落した中層階級の者たちで構成されていると言われている。
皇国での革命を訴え、『社会主義は素晴らしい!』と必死に宣伝をしている集団である。
正直に言って特別警察に目をつけられている上に、普通の暮らしをしている人からすればあまり興味が湧かないわけで。精々貧困層に届いているだろう、くらいの話である。
だが、バックに社会主義国家が居るとなると軍が出動する場合がある。
年間に膨大な量の輸出入がされている皇国で全ての荷物の管理をする事など難しく。幾らか皇国に武器が入って来ている事も考えられている。
狼八代家もアカの摘発に協力することもしばしばあり、この前の時なんかがそうだ。あれは比較的中規模の左翼団体の事務所であったが、中からAK−47や手榴弾などが確認されている。
皇国では満十八歳以上から五年おきの更新で、拳銃のみであるが銃の免許を持つ事ができ、一定の講習と試験を合格すれば自衛用に銃を持ち歩く事ができる。
あなたは未成年じゃないか?・・・・そう言った法律にも色々と抜け道があるのです。
戦後から度々左翼派によるテロ行為が行われている皇国ではそう言った防犯意識は高いと言えた。
そんな感じで、沙耶香と話をしていると沙耶香がふと呟く。
「お爺さまが仰っていたわ。ここ最近、左翼の動きが活発になって来ているから、注意したほうが良いと・・・・」
「そうなのですか」
「ええ、だからあなたも気をつけたほうが良いですわよ」
「ええ、そうさせて頂きますわ」
すると優菜が冬歌耳打ちをする。
「お嬢様、そろそろお時間でございます」
「そう・・・・では、沙耶香様。私はこれにて、また明日学校で会いましょう」
「ええ、また明日に・・・・」
そう言い残し、冬歌は先に席を外して東屋を出て行った。
「・・・・はぁ、疲れた」
「お疲れ様です。沙耶香様」
一人になった東屋で沙耶香は机に顎を乗せてため息を吐く。
それを彼女の執事、江ノ島慎吾が慰めていた。
「・・・・冬歌は凄いわね・・・・全部が上だわ」
沙耶香は冬歌の仕草を全て思い出していた。
「完璧、と言うのは彼女のことを言うのでしょうね・・・・」
「沙耶香様・・・・」
「良いわ、私が思った事ですもの。気にして居ないわよ」
沙耶香は顔を上げると他の使用人達が出して居た茶器を片づけ始めた。
そんな中、沙耶香は冬歌を思い出しながらつぶやいて居た。
「冬歌は凄い・・・・本当に・・・・何でも出来てしまうのだから・・・・」
そう呟き、沙耶香はこれまでの二年半を思い返す。
初めは次期当主候補の鼻高だと思って居たが、ライバルとして過ごすにつれて彼女の本質が分かって来た気がした。
ーー基本的に誰にでも優しい印象を与えるが。いざ自分や家族、親友を害する者がいればそれらを根こそぎ狩り尽くす。
ーー強く発言をして皆の印象に残し、計算高く物事を話す。
ーーどこまで推測をしているのか分からないあの青い瞳。
全てにおいてその本質を隠し続けられるのはある種の
私はそんな彼女にいつも遅れをとっている様にも感じた。皆からは同格と言われているが、私としては彼女に何一つ勝てて居ない気分となった。
劣等感に似た様なものかもしれない。だが、絶対に乗り越えられない何かがそこにある気がした。
「(彼女の弱みなんて何処にあるのかしら・・・・)」
沙耶香は冬歌のあの温かみのある瞳を思い出しながらそんなことを考えて居た。
「ふぅ・・・・」
「珍しいですね。お嬢様がため息など・・・・」
帰りの車で、優菜が冬歌に言う。沙耶香との茶会を終えた冬歌は車に乗りながら若干疲れた様子を見せて居た。
冬歌は先程の茶会を思い出して疲れてしまった原因を想像して居た。
「何ででしょう。何か重要なことを忘れてしまっている気がする・・・・」
「?」
「何か・・・・大事な事を忘れてしまっている様な気がするの・・・・何だったかしら・・・・」
冬歌は夕日に照らされる新宿の下町を見ながらそんな事を呟く。
大勢の人が新しく建設された東京の新町を歩き、路面電車が道の中央を走り、その脇を車が走り抜けていく。
冬歌はその光景に何処か違和感を感じて居た。
「何でしょうね、この違和感は・・・・」
冬歌の問いに答えは返ってこなかった。
街では社会主義のシュプレヒコールを唱え、赤色の旗を振る集団がデモ行進をしていた。
「・・・・守備はどうだ?」
「問題ありません」
ここは横濱港にある倉庫の一角。数台のバンとトラックが停車し、大量の木箱がそばには置かれて居た。
倉庫の中を多数の人たちが歩き、被っているヘルメットには星のマークが付けられていた。
何人か走っている中、一人の少年がリーダーと思わしき人に聞いていた。
「同志」
「何だね?」
「此度の計画で、我々は本当に迎えるのか伺いたく思います」
「分からぬ。だが、囚われた同士を救い、我らの祖国に向かうにはこれしかない」
「そうでありますか・・・・」
「君の気持ちも分かっている。だが、生まれ祖国でこうなってしまった異常。迅速に進める必要があるのだ」
「分かりました。・・・・失礼します」
黒髪に赤いメッシュの入った少年はその場を後にする。
人気のない場所に移動した少年は紙をワサワサと掻くと、小さくため息を吐く。
「はぁ、誰が社会主義なんかに忠誠を誓うか。妄想に縋るなんて阿呆らしい・・・・」
それはさぞ馬鹿にする様な目で少年は吐き捨てる。誰かが聞いていれば鉄拳制裁が飛んできそうなその発言に少年は小さくほくそ笑む。
「僕がここに来たのはソヴィエトに行くわけじゃない・・・・」
「邪魔な様なら消して仕舞えば良い・・・・」
少年は赤いメッシュの髪を少し明るく見せながらせながら呟く。
「まっててトレディチ。今、迎えに行くから・・・・・」
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