【完結】TS転生から始まる、最強美少女への道! (水品 奏多)
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第一話 何の変哲もない朝

「……さん……にいさん、起きてくださいっ」

 

 誰かを呼ぶ声。ゆさゆさと体を襲う揺動。

 

 沈んだ意識が浮上していく。

 視界に映るのは、こちらを見下ろすマイシスターの姿。

 目覚まし時計を見れば6:45の表示。

 

 ……どうやら寝坊してしまったらしい。

 

「おはよう、夕菜。

 愛しの妹に起こされるとは、今日は良い日になりそうだな」

 

「今日もでしょ、にいさん。

 全く、そんなんじゃいつまでたっても独り立ち出来ませんよ?」

 

「大丈夫大丈夫、最悪15分前に起きれば間に合うから」

 

「……寝坊する人が言う典型的なセリフですよ、それ。

 ほらさっさとどいてください、邪魔です」

 

「ほいよー」

 

 しっしと夕菜に手で払われ、あくびをしながら自分の部屋を出る。

 静かに畳みたいとか何とかで、いつも追放されてしまうのだ。

 

 しっかし……目覚ましを止めた記憶が一切ないのは何でだろうなあ。

 

 

 

 

 

「今日はあの二人と一緒に潜るんだよね?」

 

「ああ、なんか急に金が必要になったとかでな。久しぶりに連絡が来たんだ」

 

 二人で朝ご飯を食べながら、のんびりと会話を交わす。

 

 潜るなんて言葉が出ているが、別に俺がダイバーってわけじゃない。

 冒険者がダンジョンに入ることをそう呼ぶのだ。

 

 迷宮(ダンジョン)そして、そこに住むモンスターなる存在が確認されたのが今から13年前。最初期の騒乱で失われた人口が徐々に回復してきた等色々と変わった中で、何よりも大きな変化は冒険者という職業が生まれたことだろう。

 危険を顧みずダンジョンに入り、魔石などの有用な資源を持ち帰るー-それが俺ら冒険者の仕事だ。

 いつもはソロで活動している俺だったが、今日は珍しく元同級生に一緒に潜らないかと誘われていた。

 

「柴田さんと江川さん、でしたっけ? 

 私あんまり好きじゃないんですよね、あの人たち。

 なんか風俗とかにはまりそうじゃないですか?」

 

「こらこら、お兄ちゃんの友達をけなすんじゃない。

 まあ気持ちは分からなくはないけども……」

 

 冒険者育成学校時代を思い出して、言葉を濁す。

 俺ら全然モテてこなかったからなあ。

 

「にいさんも気を付けてくださいよ? 

 絶対女の人とかに騙されるタイプですから。理由なく近づいてきた人がいたら私に知らせること、いいですか?」

 

「はは、心配しなくて大丈夫だって。

 なにせ学生の妹よりも稼げない底辺冒険者だからな。ランクを告げるとみんな離れてくよ」

 

「……はした金だったとしても絞り取ろうとしてくる悪人もいるんですよ、にいさん」

 

「分かってる。

 お金に関することは夕菜にちゃんと相談するよ」

 

 暗い表情を浮かべる夕菜に笑いかける。

 

 幼いころに父さんと母さんを亡くし、二人ぼっちになった俺らを拾ってくれた叔母の彼女は、結局遺産自体が目的だった。また叔母婿(おじさん)も夕菜に嫌な(・・)視線を向けていた。

 あの時二人で逃げ出していなければきっと酷いことになっていただろうし、その判断が間違いだったとは思っていない。

 ただ夕菜にひもじい思いをさせていることや心配をかけていることを考えると、もう少し何かやり方があったんじゃないかと後悔せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくる」

 

 玄関先。冒険者用の防具、胸元につけた情報端末(コンカ)と腰の時空鞄(アイテムボックス)という、いつもの装備で夕菜に声をかける。

 向かうは徒歩15分の職場、静岡ダンジョンだ。

 

「うおっ」

 

 突然胸に顔を埋めてくる夕菜。

 綺麗な黒髪が顎にかかり、小さな手が右手にちろちろと当たる。

 

「おにぃ、生きて帰ってきてね」

 

 ぽつりと言葉が零される。敬語じゃない、かつての呼び名で。

 ……いつもと違う場所に潜る時なんかはこうして甘えてくるんだよなあ。

 

「大丈夫、あいつら意外と頼りになるからさ。

 今日の夕食は豪華にするから楽しみにしててくれ」

 

「はあ、期待しないで待っていますね。

 いってらっしゃい、にいさん」

 

 撫でようとした瞬間、何事もなかったように離れる夕菜。

 残念、デレ期はもう終わりか。

 

 名残惜しい気持ちになりながら、ふらふらと手を振って歩きだす。

 ……今日も頑張らないとな。

 

 

 

 



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第二話 冒険者の日常

 静岡県静岡市の地下に広がる異空間ー-静岡ダンジョン。

 巨大な洞窟がアリの巣のように張り巡らされたその場所は、深度によって上層~下層に分けられていた。深くなればなるほどモンスターは強くなり、今回は俺らが来ているのは中層ー-スケルトンと呼ばれるモンスターがいるエリアだった。

 

「一匹そっちに行ったよっ」

 

「了解です、っと」

 

 大剣を振るい、骸骨の形をした化け物(スケルトン)を倒していくガタイの良い男、柴田と残った敵を炎の魔法で燃やす、眼鏡をかけたひょろい男、江川。どちらも冒険者学校時代の友人で今日のパーティメンバー、一緒に潜る仲間だ。

 相対するスケルトンは無数に湧いてくるも、彼らに苦戦する様子はない。そのおかげで俺はその後ろで立っているだけでよかった。

 

 やる、というよりやれることもなくて、暇つぶしにコンカをかざしてみる。

 コンカー-スマホに代わって普及したカード状の情報機器に、奴らのステータスが表示された。

 

 スケルトン(E)Lv.3 

 筋力 D     

 物防 F        

 魔防 F       

 知性 G       

 器用 E       

 敏捷 E         

 運  E

 

 ……

 

 モンスターは魔素と呼ばれる特殊な物質が集約して生まれた存在で、人間もまたそれを倒し体内に魔素を取り込むことで身体を強化していく。

 今までと全く異なる法則に基づくそれらの能力を評価するために導入された指標、それがステータスだった。一行目にはモンスターの名前とランク、レベルが、その下には各項目におけるパラメータが記されている。ランクと能力値は上からS~Gで判定されており、実力差を測るのに大いに役立っていた。

 

 二人のステータスも映してみる。

 

 柴田 正利 Lv.46 剣士 Lv.5 

 筋力 D         

 物防 D              

 魔防 E              

 知性 G                  

 器用 E           

 敏捷 D      

 運  F

 

 江川 芳樹 Lv.45 火属性魔法使い Lv.5 

 筋力 G         

 物防 F              

 魔防 E              

 知性 D                 

 器用 D           

 敏捷 F      

 運  D

 

 

 さっきのランクに代わり表示されているのが『職業』。

 モンスターを倒した全員に与えられ、よくあるRPGみたいな感じで『職業』に応じたスキルを使うことができる。剣士なら「○○斬り」、火属性魔法使いなら「ファイアーボール」などが有名だ。

 残念ながら他人のスキル一覧を見ることはできないが、道中でもその有用性をいかんなく発揮していた。

 またそのステータスについてもDが多く、スケルトンどもを寄せ付けていない。

 

 対して、俺のステータスとスキルがこれ。

 

 望月 真 Lv.32  運び屋 Lv.2    

 筋力 F          

 物防 F              

 魔防 F              

 知性 G                  

 器用 F           

 敏捷 E      

 運  G

 

 <スキル>

 攻撃系 

 スラッシュ Lv.3

 防御系 

 なし 

 補助系 

 重量軽減 Lv.4

 運搬補助 Lv._

 

 スラッシュ Lv.3:筋力を強化し、強力な一撃を放つ。

  クールタイム:10s

 重量軽減 Lv.4:所持品の重量を減らす。

  クールタイム:7s

 運搬補助 Lv._:物を運ぶときに、負担軽減などの一定の補正。

 

 

 正直、クソほど弱いというの本音だった。

 基本的に攻撃側の物理攻撃力(筋力)魔法攻撃力(知性)が、防御側の対応する耐性ー-物理防御(物防)魔法防御(魔防)がよりも高ければ大ダメージを与えられることを考えると、二人はスケルトンを容易に倒せるし、俺はその逆だ。

 

 肝心のスキルー-「重量軽減 Lv.4」「運搬補助 Lv._」も物を運ぶのに少し役立つ程度で、「スラッシュ Lv.3」も肝心の筋力が低いゆえ大した攻撃力は持たない。

 ついでに言えばその運搬能力も、重量をある程度無視して収納できる時空鞄(アイテムボックス)なる上位互換があるからほぼ死にステータスになっていた。

 

 当然、そんな俺が普段上層で倒しているモンスターもこの程度。

 

 スライム(G) Lv.1

 筋力 G         

 物防 G      

 魔防 G         

 知性 G       

 器用 G        

 敏捷 G        

 運  G

 

 ゴブリン(G) Lv.1   

 筋力 G         

 物防 G      

 魔防 G         

 知性 G       

 器用 G        

 敏捷 F         

 運  G

 

 圧倒的なまでの弱さ、ほとんどのステータスが最底辺だ。

 人間みな初期ステータスはすべてGだということ、冒険者の最初の関門がゴブリンだということも考えると、中等部の3年間と卒業後の2年間ちっとも進歩していないことになる。 

 二人はいつもはDランクのモンスターと戦っているらしいし、ほんと悲しいもんだよ。

 

「おーい、もう大丈夫だよ」

 

「ほいほい」

 

 柴田の戦闘終了を告げる声に思考を切り替え、三人で地面に落ちた魔石を拾っていく。

 

 魔素が集積して生み出されたモンスターは、倒されるとその核たる魔石や特定の部位を残して煙のように消えていく。

 俺らはモンスターが落としたそれらドロップ品を地上まで運ぶのが仕事だった。 

 そうしたダンジョン内資源は貴重なエネルギー源になるとか、荒廃した大地を再生させるとかで、冒険者を束ねる国営の組織ー-冒険者協会が買い取ってくれるのだ。

 

「そういえば、何で急にお金が必要になったんだ?」

 

 普段は別のパーティで活動する二人とは、昔のよしみで度々一緒に潜ってきた。

 ただ今回は昨夜に誘いのメールが送られてきたりと、だいぶ慌ててる感じだったのだ。何かあったか気になるのが人のサガというものだ。

 

「あー、ちょっとへまをしましてね。

 まあパーティの大事なアイテムを壊したみたいな感じです」

 

「……真君、男には引いてはならぬことがあるんだよ」

 

「? へえ、Dランク冒険者でも意外と貯金がないもんだなあ」

 

 気まずそうに頬をかく江川に、ポンと俺の肩をたたく柴田。

 そんな態度に、俺は素直に驚いていた。

 モンスター同様S~Gランクに分けられている冒険者の中で、Dランクに位置する二人。彼らはよく4桁くらい稼いでいるなんて自慢気に語っていたのだ。

 それだけ普段の消費額も大きいのだろうか。

 

 あるいは……男には、ねえ。

 まさか本当に風俗に嵌ってるとかじゃないよなあ。

 

 だとしたらなんて、なんてー-羨ましい。

 ……いや、まあバレたら大変なことになるし(というか絶対バレる。うちの妹はお金の出入りに妙に鋭いのだ)、他人にお金を使うくらいなら夕菜においしいモノを食べさせてあげたいからやるつもりはないけど、それにかまけるくらい金銭的余裕があるということなのだ。

 Fランク冒険者の俺なんか生活費だけで稼ぎが消えていくってのに。

 

 ただ別の仕事を見つけるわけにもいかなかった。

 なにせ、冒険学校に通って卒業後5年間は専業冒険者として活動することが多額の援助金をもらうための条件だったのだから。 

 

 ……国の制度を利用して、まさかこんなことになるとは。

 夕菜も俺の後を追って冒険者になるとか言い出すし。

 

 選択、間違えたかなあ……。

 

 



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第三話 急転直下

「あ、はぐれたモンスターが一体だけいますね。

 どうします? 戦ってみます?」

 

 滞在限界時間も近づき、そろそろ帰ろうかという頃。

 コンカの右上に表示されたマップ(周囲の地形とそこに潜むモンスターなどが表示された機能)を見て江川がそう提案してきた。

 経験値を得られる、つまりはモンスターの魔素を取り込めるのは実際に戦った人だけという性質上、ただ見てるだけでは強くなれないのだ。

 

「最近は全然上がってないし、やってみたいところだな。

 ……危なくなったら助けてくれるんだろ?」

 

「ええ、勿論ですよ。後ろは任せてください」

 

「学生の時は何度も助けられたからね、安心して戦ってきて」

 

「そりゃあありがたい」

 

 頼もしい返事を背にして、腰に付けた得物ー-ハンマーを前に構える。

 

 奥からやってきたのは一体のスケルトンだった。

 全身骨格模型がカタカタと音を鳴らして近づいてくるという、見る人が見れば発狂物の光景だ。

 

 とその時、奴が随分とボロボロな状態なことに気付く。

 右足や肩などいたるところが壊れていて、歩き方もぎこちない。それでも必死に足を動かしていた。

 

 まるで何かから追われているように。

 

「っ、下がってくださいっ。何か来ますっ」

 

「りょう、かいっ」

 

 慌ててバックステップを踏み、二人の後ろへと後退する。

 柴田が前に出て、江川が杖を構えた。

 

 ほぼ同時。俺らとスケルトンの間に、一体のモンスターが地面から生えてくる。

 

 ー-黒い、骸骨だ。

 

 色以外は普通のスケルトンと変わらない。

 けれどそれが畏怖されるべき存在であることを俺は知っていた。

 

「エミネントっ、なんでこんなとこに!?」

 

 江川が敬語も忘れてその名を叫ぶ。

 

 スケルトンの高位存在、スケルトン・エミネント。その見た目とは裏腹の戦闘力ゆえこう呼ばれているー-Dランク殺し(ミドルキラー)と。

 そんな下層に潜むはずの化け物が背を向けた状態で立っていた。

 

 恐怖に固まる手を何とか動かして、ステータスを表示させる。

 

 スケルトン・エミネント(C)Lv.1

 筋力 B        

 物防 C     

 魔防 C        

 知性 E       

 器用 E       

 敏捷 D        

 運  B

 

 <主な使用スキル>

 影渡り

 硬化

 眷属召喚

 

 圧倒的なまでの筋力。頑丈さの指標となる物防・魔防もCと、二人の攻撃能力よりも上だった。

 ついでCランクモンスターゆえ強力なスキルも持っている。恐らくさっき見せたのが「影渡り」というスキルだ。

 

「っ、よけてください。

 プロミネンスっ」

 

「う、うんっ」

 

 柴田が体をずらすと同時に、轟と巨大な炎の柱が吹き抜ける。敵の全身が炎に包まれる。その余波だけでもむせ返るような熱さだ。

 これは確か、現状の最高火力だと自慢げに見せてくれたスキル。

 例えステータスで負けていようとも強力なスキルであれば、あるいはー-。

 

「冗談、でしょう……?」

 

 数秒の放射が終わった後現れた光景に、江川は嘆声を零す。

 

 スケルトン・エミネントは無傷だった。

 体に白い煙が昇っているだけで、全くもって効いている様子はない。

 

 攻撃に反応したのか、ゆっくりとそれがこちらを振り向きー-。

 

「逃げますよっ」

 

 江川の指示に、慌てて踵を返し走り出す。

 すぐさま俺は江川を追い越し、同じように柴田に追い越される。

 反応の良さ、足の速さなどは敏捷の高さがものをいうから、当然こういう順になる。ただー-。

 

「ひぃっ」

 

 背後より響く悲鳴。

 振り向けば、エミネントが江川に襲い掛からんとするところだった。

 殿を務めるはずの前衛、柴田が役目を放棄しているせいで、守るべき後衛が危険に晒されていた。

 

「くそったれっ」

 

 腰に付けたハンマーを「重量軽減 Lv.4」で軽くし、横薙ぎを強化する「スラッシュ Lv.3」を使って思いっきり投げる。

 俺の全力を以てした攻撃はそのままエミネントに当たりー--あっけなく黒い外殻に弾かれる。

 注意をそらすことも叶わない。

 

「っ、たすけー-」

 

 江川の、懇願するような視線が目に焼き付けられる。

 でもこれ以上ー-。

 

「ごめんっー-デコイっ」

 

「ぐっ」

 

 突如何者かに足を払われ、押される。

 予想外の攻撃に体勢を立て直せず、壁に倒れこんだ。

 

「ごめんなさいごめんなさいこれもアヤちゃんのためアヤちゃんのため仕方ないんです」

 

 ぶつぶつと何事かを呟きながら目の前を通り過ぎていく江川。二人はそのまま横道に消えていく。

 まるで俺が見えていないかのように。

 

 何が、起こった?

 柴田が言ったデコイとは、モンスターの注意を特定の人物に固定できるスキル。

 本来なら敵の攻撃を自分に向けるためのそれをー-どうして謝りながら使った?

 

 どうしてエミネントは俺の方を向いて近づいてくるんだ?

 

 

 

 

「……まじか」

 

 状況を飲み込む前。エミネントがその腕を振り上げる。

 

「がっ」

 

 凄まじい衝撃、宙を舞う体。

 

 反対の壁に叩きつけられ、ばたり、と力なく地面に倒れこむ。

 まるで右半身を持っていかれたかのように感覚がない。

 

 頬に感じる岩の感覚。周囲の地面が真っ赤な血で染まっている。

 

 視線を下に動かせば、ぐちゃぐちゃに潰された体が見えた。もう傷ともいえない肉塊から何かがとめどなく溢れてくる。

 

 ……これは、もう駄目だ。

 

 この惨状をつくりあげた怨敵があっさりと離れていく。

 なぜだか見逃されたらしい。

 

 まあでも、どのみちこの傷では長くは生きられない。救援も間に合わないだろう。

 

 俺は、間違えたんだろうか?

 夕菜の言うように二人を信じてはいけなかった? 

 

 今更過ぎる疑問が浮かんでは消える。

 冷えゆく体、次第に意識も遠のいてー-。

 

『救ってほしいか?』

 

 誰かの声が頭に響いた。

 

 



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第四話 クール系メスガキ美少女☆爆誕

『救ってほしいか?』

 

 突如聞こえた女性の声に、意識が呼び戻される。

 

 冒険者が助けにきてくれた? 

 いや、少なくとも俺の視界にそれらしき人影はない。

 

 だとしたら、これは一体なんだ?

 

『我は神、それも冥府を統べる王よ。

 ここに来た目的は一つ、そなたを救いに来たのじゃ。……戦士の魂は本来、奴の管轄なのじゃがのお』

 

 まるで俺の心を読んだかのように、ほしい言葉をくれるそれ。

 

 神、神か。

 そりゃあ……随分と定番な存在が来たものだ。

 

 ダンジョンが現れて13年。漫画やアニメの中でそうした上位存在がピンチの時に助けてくれる、というのは何度も擦られてきた。

 みな願っていたのだ、人類に牙をむいた幻想が今度は助けてくれることを。

 

 でも現実は違った。

 現れたのは人類の敵(モンスター)だけで、都合の良い味方はその影すら見せなかった。結局人間の力で逆境を乗り切るしかないのだ。

 

 これはただの夢。最期に見せた都合の良い幻だ。

 

『信じてないようじゃな?

 まあ別にそれでもよい。ただその身が朽ち果てるだけじゃからの』

 

 幻が突然突き放してくる。

 空想に現実を変える力なんてないんだ、そりゃあそうなる。最期にこんなものを見た自分を笑いながら、運命を受け入れてー-

 

 

 

『おにぃ、生きて帰ってきてね』

 

 

 

「ま、ってくれ」

 

 ー-なのに、俺は呼び止めていた。助けを求めていた。

 

 帰らなきゃいけないのだ。夕菜が待つ場所へ。

 他ならぬ俺自身があの場所を選び取ったのだから。

 

 声の主がにんまりと口角を上げた、ような気がした。

 

『我に助けを求めるか、人間? であるならばお主を救ってやろうぞ。

 ただし我と契約し、クール系メスガキ美少女になるならばなっ』

 

 ???

 やばい、最後の方は何言ってるかよく分からなかった。

 メスガキとは一体?

 

『ええい、まどろっこしいっ。

 このまま死にたいか、例え姿が変わろうと生きたいか、どっちじゃ?』

 

「っ、しにたく、ない」

 

 死んでいいわけがなかった。

 まだやらなきゃいけないことも、やりたいことも沢山あるのだ。

 

『ー-よろしい、彷徨える死者の魂よ。

 契約は成された。新しき使徒の誕生じゃ』

 

 彼女の言葉と共に、地面にあった視点が上がっていく。

 体が黒い光に包まれ、新しい真っ白な肌が生み出されていく。

 

 今までの全部、本当だったのか!?

 

『おおっ、これこそ我が追い求めた最強のメスガキよっ』

 

「なに、これっ」

 

 自身の口より発せられる、妙に甲高い声。

 確かに体は再生した。五体満足だし、問題なく動かせる。

 

 でも、何かがおかしい。

 

 視界が低いし手足も小さい? 

 それに、どうして俺は大きな鎌なんかを持っているんだ?  

 

『コンカで見るがいい。

 それがそなたの新しい姿じゃ』

 

 自称神様の言葉に、胸元の(なぜか紐で掛けられている)コンカを操作しカメラモードを起動する。

 

 そこにいたのはー-黒い服を着た美少女だった。

 目深にかぶったフード。その下で揺れる、透き通るような白い髪。すべてを吸い込むかのような真紅の瞳。

 10歳くらいの可愛らしい少女がその幼い顔をキッと引き締め、こちらを睨んでいた。

 

「!???」

 

 一体、誰だこれは? 変わるって性別まで変わるってこと!?

 てっきり頭に角が生えるとか、そういう追加要素だと思ってたんだが!?

 

 急いで自身のステータスも表示させる。

 

 月宮 マコ(C) Lv.1  死神 Lv.1    

 筋力 C          

 物防 E       

 魔防 E         

 知性 D        

 器用 B         

 敏捷 B         

 運  C  

  

 <スキル>

 攻撃系 

  絶命の一撃 Lv.1

 防御系 

  なし

 補助系 

  転移 Lv.1          

 加護系 

  冥王の寵愛 Lv._

 

 画面に並ぶ、圧倒的なまでのステータス。聞き覚えのないスキル。

 いや、ほんと誰だよ!? 名前すら全然変わっちゃってるしっ。マコってなんだ、マコって。こちとら生粋の日本だぞ!?

 

『ツッコミたい気持ちは分かるが、前を見なくていいのかのお。突っ込んできておるぞ。

 ……奴め、完全に我を忘れておるわ』

 

 その警告通り、突進してくるスケルトン・エミネント。

 慌ててバックステップを踏むも、それより速くその腕が俺をー-捉えることなく空を切る。

 

 回避に、成功したのだ。

 

「っ、っ」

 

 体が軽い、これが敏捷Bの力かっ。

 

 距離を取り、いつの間にか持っていた両手用の鎌を構える。エミネントの双眸がぎょろりとこちらを射抜いた。

 奴とまともに対峙できたのは、これが初めてだ。

 

 けれどー-まだ俺はスキルの使い方も知らなかった。

 この状況を引き起こしてみせた張本人様に問いかける。

 

「どうしたら、いい?」

 

『決まっておろう、我が使徒。

 我が思い描いたメスガキならば、撤退はない。力を以て道を示せ。

 Dランク殺し(ミドルキラー)なんて雑魚、覇道の礎としてしまえよ』

 

 俺の意図は違って、心地の良い檄を飛ばしてくれる神様。

 

 覇道……覇道か。

 

 うん、悪くない響きだ。

 何より少年心をくすぐられる。

 

 身も心も軽くなった勢いに任せ、目の前の敵に声でもかけてみる。

 

 

「どーてーのあなたは、マンマのお〇ぱいでもしゃぶってたらどうですか?」

 

 

 

 !!???

 お前が最初の相手だ、胸を貸してくれ、的なことを言ったつもりが、やべえ煽りをかましてしまう俺。

 

 メスガキのガキって餓鬼って(そういう)こと???

 

 

 

 



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第五話 また会う日まで

 挑発が効いたのか、突進して距離を詰めてくるエミネント。

 

 聞きたいことは山ほどあったが、今はいい。

 いくら敏捷で上回っているとはいえ、物防も魔防もEと貧弱なのだ。一発当たってしまえば一気に持っていかれちまう。

 

 横に飛んで躱し、ついでに鎌を振り上げてー-。

 

「っ、もう」

 

 固い骨格にガキンと弾かれる。

 しかも刃ではなく柄の部分にぶつかって、だ。

 

 見た目よりリーチが短いな、この武器っ。

 

「他の、武器は?」

 

『そんなものはない。

 ついでに言えば、もう別の武器を持つことはできぬぞ。死神の武器は鎌と決まっておろうて』

 

 まじかい。

 そんな拘りのせいで縛りプレイを強制させられるのか。

 

「っ、--」

 

 俺の足が地面に付かぬ間に、突進の方向を切り替えるエミネント。

 ー-危ねえっ。

 鎌の柄を押し当て、その勢いで後ろに飛びずさる。

 

 ふわりと着地する体。僅かに稼げた距離。

 大きく息を吐いて鎌を構える。

 

 くそっ、体格が変わったせいで思うように動けねえ。

 さっき攻撃を流した右手首がじんじんと悲鳴を上げている。

 

 これじゃあ先に限界が来るのは俺の方だ。

 

「絶命の一撃と転移だった?

 どんな効果?」

 

『絶命の一撃は急所に当てると威力が上がる攻撃スキル。

 転移は半径5m以内の好きな場所に瞬間移動できるスキルじゃ』

 

「使い方は?」

 

『どちらも意思さえあれば自在に使えるはずじゃ。

 そうなるよう、作ったからの』

 

「そう。あいつの急所はどこ?」

 

『首の後ろ、うなじにある。

 某漫画の巨人と一緒じゃの』

 

 敵の攻撃を何とか躱しながら、必要な情報を引き出す。

 

 俺の筋力と奴の物防は同じC。

 有効打を与えるには絶命の一撃とかいうスキルを有効活用する必要がある。

 

 ただうなじを狙うとなると転移も使わなきゃいけなそうだな。

 リーチの短さもあって、この幼い体じゃあそこまで届かない。

 

 己が体に目を向けてみる。

 ーーやれる。彼女の言う通りなぜだかそんな気がした。

 

 動きを止めた俺に、間髪入れずエミネントが突っ込んでくる。

 それを出来るだけ小さい動きで回避する。

 

 転移を使うのは今じゃない。

 奴もまた、影の中を移動できるスキルー-「影渡り」を持っている。

 先に使えば避けられるかもしれないし、こちらは向こうの手札を知っており、こちらの手札を向こうは知らないという優位性を失いたくない。

 一体のモンスターが使えるスキルの数は、Cランクなら1つ、Bランクなら二つとランクに応じて限られているゆえ、今回の場合は相手が「影渡り」を見せた以上それ以外のスキルを使える可能性はないのだ。

 

 だから俺が転移するのは奴がスキルを使った、その後。

 スキル再発動可能までの待機時間ー-クールタイムの間に、回避不能な攻撃をぶちかますほかない。

 

 タイミングを見計らったように地面に沈むエミネント。

 

「どこからっ、くる?」

 

 周囲を見渡す。

 その瞬間、俺の足元から漆黒の腕が顔を出しー-

 

「転移っ」

 

 青い光に包まれ、切り替わる視界。

 

 気が付けば俺は空中に投げ出されていた。

 目の前には背を向けたエミネント。

 

「くた、ばれっ」

 

 絶命の一撃を発動させ、思い切り横に払う。

 赤い魔素を纏った鎌。

 それが寸分違わず敵のうなじを切り裂きー-命を刈り取る。

 

 さっきまでの苦戦が嘘のようにあっさりと霧散していくモンスター。

 ぽとりと巨大な魔石が地面に落ちる。周囲に散った魔素の一部が体に入り込んでくる。

 

 一撃で倒した!?

 なんつー威力だよ。

 

「い、って」

 

 尻に響く衝撃。

 そういや空中にいたんだった。

 

 尻をさすりながら立ち上がりドロップした魔石を手に取る。

 コンカをかざしてみれば、確かに「スケルトン・エミネントの魔石」と表示された。

 

 俺が倒したのだ。Cランクモンスターを。

 

『よくやったのお。それでこそ我が使徒よ』

 

「……」

 

 頭の中で響く呑気な声。

 

 ただ今はそれよりも心の中で熱く滾るものがあった。

 これなら本当にー-

 

「おにぃっ、どこ!? いるんでしょ! ねえ!」

 

 と、聞き覚えのある声がダンジョン内に響く。

 

 夕菜の声だ。

 助けに来たのか? でも第5層だぞ?  

 

『いかんっ逃げるのじゃっ』

 

「? ああ……大丈夫。夕菜ならわかってくれる」

 

『そうじゃなー-』

 

 恐らくは姿が変わったことを告げようとしたその声を無視して、夕菜のもとへ急ぐ。あの図太い妹なら、性別さえ変わろうと平気で受け入れてくれる気がして。

 

 なにより自慢したかった。

 お前の尊敬する兄がこんなに強くなったんだぞ、と。

 今まで貧しい思いをさせてきた分、贅沢をさせてやるんだ。

 

 近づく声。横道より夕菜が顔を出してー-。

 

 

 殺す殺す殺すころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスー-。

 

 

 突如流れ込んでくる激情。

 全身が叫んでいた。

 ーー目の前の敵を排除せよと。

 

 ああ、わかっているとも。

 

 驚愕に見開かれた、敵の双眸。

 流されるまま鎌を振り下ろしー-。

 

「おにぃ……?」

 

 寸前で、踏みとどまる。

 それ(・・)と背中合わせになるように転移する。

 心臓の音がうるさいくらい鳴り響いていた。 

 

 ー-俺は一体、何をしようとしていた?

 

「はあっ、はあっ」

 

『言ったであろう、逃げろと。

 お主の体は我が完全に作り替えた。お主はもう人間じゃない、モンスターなんじゃ』

 

「もん、すたー?」

 

『然り。モンスターは人間と敵対するよう設計されておる。

 その姿を視界に捕らえたならば、強烈な殺意に支配されるじゃろう』

 

「そんなっ」

 

『お主はもう妹と普通に暮らすことはできん。

 地上に長くいられないという制限もあるしの』

 

「っ」

 

『付け加えれば、我ら神にまつわる全ての事を他人に知らせてはならん。

 当然、お主が望月真だった事実も、の』

 

「それじゃっ、どうしたらー-」

 

「あのっ、冒険者、なんですよね?

 だったら私の兄を知りませんか? ここでスケルトン・エミネントっていう敵と戦っていたはずなんです」

 

 突然切りかかってきて、独り言をぶつぶつ言っている相手を夕菜がどう思ったかはわからない。

 ただ夕菜は震える声で聞いてきてくれた。俺のことを心配して。

 

 しかして真実を答えることもできない。

 返事を迷っていると、見計らったかのように神様が答えを提示してくれる。

 

『ふむ。ただ一つだけ、全ての問題を解決できる方法がある。

 ー-強くなればいいのじゃ。

 お主も知っておるじゃろう、完全種の存在を』

 

 完全種、大量の魔素を取り込んだモンスターのみが辿り着ける到達点。その役割はダンジョンの外に出て、新しいダンジョンの核となること。

 そうだ、奴らなら外を自由に歩き回ることができる。

 発生初期に東京から九州まで横断した個体もいたのだから。

 

 そして魔素を貯めるには、モンスターを倒し続ければいい。

 敵の魔素を奪って自分のものにすればいい。

 

『決まっておろう、我が使徒。

 我が思い描いたメスガキならば、撤退はない。力を以て道を示せ。

 Dランク殺し(ミドルキラー)なんて雑魚、覇道の礎としてしまえよ』

 

 戦闘前に飛ばしてくれた激を思い出す。

 

 なんだ。神様は最初からそれを見越していたのか。

 真実を打ち明けることも、一緒に暮らすこともできない。だったらー-

 

「おまえの兄が、ほざいていました。

 しばらくここを離れる、と」

 

「え?」

 

「すごいスキル? が生えてきて、強くなる目途がついたとか。

 それで、え、と頼れる仲間ー-まあ私の足元にも及びませんが、えー彼らに拾われたから? 付いていきたいそうです。

 あ、ちゃんとお金は入れるし、納得したら? 帰ってくるとも言ってました。身勝手なものですね」

 

 一部にぼかしと嘘を交えながら、そこそこ正しいことを伝える。

 

 ソロで潜ると言ったら心配してしまうだろうし、多分こういう形がベストだ。

 幸い、何故か使えるコンカのおかげで連絡も家族用の口座への送金もできる。

 個人判定が可能なコンカで問題なくやり取りができている以上、その生存に疑問を持つことはないはずだ。

 ……この口調については色々と思うところはあるけども。

 

 沈黙の後、優菜が見せたのは溢れんばかりの怒気だった。

 

「ふざけないでくださいっ。どんな理由があろうと、兄が私のもとを去る選択肢をとるはずがありませんっ。

 大体自分でも話してて納得してない感じだったじゃないですか!

 兄を、出してくださいっ。会ったんですよね?」

 

「そ、そのうちメールでも来るんじゃないですか?」

 

 回り込もうとするマイシスターをくるりと避けながら、コンカを操作する。

 文面はー-ええい、やりづらいなっ。

 

「たびにでる。さがさないでー-って、ちょっと?

 私にはあなたがコンカで何かメールを送ったように見えたんですけど!?」

 

「気のせいですよー」

 

「ちゃんと目を見て話してくださいよっ。

 ええいっ逃げるなあ!!」

 

 くるくるくるくる。ダンスを踊るように回転する俺ら。

 

 まさかここまで疑われるとは。

 ってか、普通に危ないからやめてほしいんだが!?

 

「もしかして頼りになる仲間ってあなたのこと?

 ……そっか。助けられたっていう負い目を利用して、そのまま監禁しようとー-」

 

「!!????」

 

 とんでもない勘違いを始める夕菜。

 それを何とか訂正しようとしてー-。

 

『随分とお楽しみのようじゃが、そろそろタイムリミットのようじゃぞ?』

 

「おい、突然飛び出していくんじゃない!

 まだエミネントが近くにいたらどうするんだっ」

 

 突如、神様と野太い声に乱入される。

 同時にこちらに近づいてくる複数の人間の気配を感じた。

 夕菜をここに連れてきてくれた人たちかっ。

 

 やべえ、早く逃げないとっ。

 

「ではっ」

 

「あ、ちょっとー-」

 

 即座に転移を発動させて、その場を離れる。

 弁明はあとでいい。とにかく今は人から離れるのが先決だ。

 

「きっと、強くなって戻ってきますっ」

 

 後ろの夕菜に、聞こえるか分からない言葉を投げかける。

 結局、俺にはその道しかないのだ。

 

 だからー-それまで待っていてくれ、夕菜。 

 

 



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第六話 説明回

「色々と、聞いてもいい?」

 

 夕菜たちの追跡から逃れた後。

 適当な壁によりかかって、頭の中の自称神様に問いかける。先送りにしていた疑問が何個もあった。

 

『構わぬ、我の知る限りは何でも答えよう。

 それと我と話したいときは心の中で思うだけでよいぞ』

 

「む」

 

 そういや、最初の方は頭の中で会話してたっけ。

 人前で神様と話したら変に思われるだろうし、気を付けないとだな。

 

 それじゃあ、まずは根本的なところから。

 

 あんたはいったい何者なんだ? 

 神様ってのは、宗教とか神話に出てくるあの神様か?  

 

『そう思ってくれて構わんよ。

 我もまた神と崇められた存在のうちの1柱じゃ。まあ、お主とは縁もゆかりもない物語じゃがの』

 

 うーむ、そういわれると特定は難しいなあ、神話とかに詳しいわけじゃないし。

 神様が実在するってことは、宗教とか神話は全部実話だったってことか?

 

『なに、世界は一つだけというわけでもない。全く異なる法則・歴史に基づく時空が複雑に絡み合っておるのじゃ。

 お主らがそう呼ぶものは、ここではない世界の神たちが人間に語って聞かせたものであろうよ』

 

 なるほどねえ。確かにそれなら世界観の矛盾とかも起こらないか。

 

 でも、それならどうして俺なんかを助けてくれたんだ?

 神の恩恵とかって、もっと信心深い人が受けるべきものじゃないのか?

 

『ふむ、それはお主に立派なTSっ娘になる才能があったからよ』

 

 何故だか妙に誇らしそうに言い切る神様。

 

 なんか、こんなことさっきもあった気がするなあ。

 そもそもTSっ娘ってのは何なんだ?

 

性転換(TS)して男から女になった人間のことじゃ。

 我はな、ずっと探していたんじゃよ、理想のTSメスガキっ娘を。されど待てども待てども我の好みと完璧に一致する娘は現れはくれぬ。はてにはダンジョンのせいで文化ごと廃れる始末。

 どうしたことかと頭を悩ませること幾数年、ようやく我は気づいたんじゃ』

 

 そこで神様は言葉を切る。

 あれ? なんか嫌な予感がしてきた。

 

『ー-ないのなら、自分で作ればよいと。

 じゃから良さそうな男を見繕って、無理やり性転換《TS》させることにしたのじゃ』

 

 かんっぜんに私利私欲じゃねえかっ。

 

 え、俺そんな理由で助けられたの?

 覇道とか言ってたのに、なんか高尚な目的があるわけじゃなくて?

 

『うむ、その場のノリで言っただけじゃ。

 お主を生き返らせた時点で我の目的は果たされたも同然。後は好きなように過ごすがよい。……まあ、少しは口を出すかもしれんがの』

 

 うっそだろ。

 いやまあ助かったのは事実だし、何かを強制されないのはありがたいけど……ええー。

 

『設定としてはー-アルビノという特異性ゆえにいじめられ心を閉ざしていた少女。

 彼女は死神という強力な『職業』を得たことで、次第に周囲を見下す態度をとるようになっていく、とかそんな感じじゃな』

 

 あーだから、敬語だし煽り口調なのか。

 ……あの、これって直せたりする?

 

『基本的には無理じゃな。

 ただその体で信頼関係を積み重ねていけば、多少は改善されるかもしれん』

 

 うーむ、今までの関係値はリセットされたってことか。夕菜にも敬語モードを発動していたし。

 

 あれ、でも神様と話すときは敬語じゃなかったよな? どういうことだ?

 

『あ、我はお主だけに聞こえる天の声という設定じゃから。

 辛かった時にお主の支えになったゆえ、好感度がカンストしておるのじゃよ』

 

 ……いつの間にか見知らぬイマジナリーフレンド(本物の神様)ができていた件について。いかん、頭が混乱してきた。

 

 ってか、そんなバックボーンがある少女に俺なんかが入っていいのかよ?

 全然関係ない経歴の持ち主だぜ、俺? 

 

『そこらへんはクール系メスガキキャラとTSを共存させたかっただけじゃから、深く考えなくてもよいぞ。

 無念の死を遂げた体にお主がたまたま憑依したとかそんな感じじゃろ、多分』

 

 ええー、そんな幽霊みたいな……。

 

 ま、まあ、完全種になるまでの辛抱だから別にいいけどさあ。

 

『うん? 妹と一緒に暮らす弊害がなくなるという意味で解決と言っただけじゃぞ? 

 完全種になろうと、お主の体はずっとそのままじゃ』

 

「そ、んな……」

 

 まじか。普通に勘違いしてたわ。

 

 だとしたら……え。色々とやばくないか?

 

 小さくなった体を見下ろす。

 ぶかぶかな黒Tの隙間より覗く、真っ白な(なぜか何も身に着けていない)素肌。

 胸はまだ膨らんでいないからまだいい。ただ問題はその下ー-股間だ。15年間、一緒に過ごしてきた相棒はー-。

 

「な、い」

 

 一気に体の力が抜け、ガクンと膝をつく。

 うっそだろ。俺、まだちゃんと(・・・・)使ったこともなかったんだぞ……!?

 

『ふむ、やはり己が半身との別れを嘆くのはTSの醍醐味よな。

 ようやくそれらしい反応が見られて、我は満足じゃ』

 

 絶望に打ちひしがれる中、神様の呑気な言葉が頭に響いた。

 

 

 

 

 

 ま、いっか。

 長きにわたる葛藤の末、そう結論付ける。

 

 うん、大丈夫大丈夫。性別が変わったなんて、些末な問題よ。

 

『そのわりには一分も悩んでおらんし、随分と足が震えてるように見えるがのお』

 

 うっさいやい。

 何か妙に落ち着かないんだよなあ。あれがないと、こうも寂しくなるとは。

 それにほら、Tシャツ一枚のせいで股がすごいスース―するし。

 

 服とかは自分で決めてもいいんだよな?

 

『それは構わぬが……お主、我が憎くはないのか?

 自分で言うのも何じゃが、わりと最低な理由じゃったと思うぞ?』

 

 唐突に、恐る恐るといった感じで聞いてくる神様。

 

 自覚あったんかい、というツッコミはともかくー-憎いかとは言われてもなあ。

 例え姿が変わろうと生きたいと願ったのは俺なわけで、神様はそれを叶えてくれただけだろ? 

 だったらまあ、その位の遊び心は許そうかなって。

 

 むしろー-ってそうだ。

 

 神様はどこかの神様なんだよな?

 名前は何て言うんだ?

 

『……ふむ、シアー-いや、シルと呼ぶがいい』

 

 なぜか気まずそうに言いなおす神様に、言い忘れていた言葉を伝える。

 

 それじゃあ、シル様。助けてくれてありがとう。

 シル様がいなかったら、俺はここにいなかった。大事な妹を一人にさせてた。

 

 感謝の気持ちを込めて、ぺこりと頭を下げる。

 

『……。お主の妹が心配する気持ちもわかるのお』

 

 沈黙の後、ぽつりと何事かを零す神様。

 なんだか馬鹿にされた気がするが……ともかく、だ。

 

 目標が分かっている以上、立ち止まってばかりはいられない。

 そのために、まずはー-。

 

 



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第七話 ……へえ

『ー-ってことで、夕菜に贅沢させられる位強くなったら帰ってくるよ。

 お金はいつもの家族用口座にちゃんと入れるからさ、心配しないでくれ』

 

 暗闇の中。

 実の兄(おにぃ)から送られてきたメッセージを見て、望月夕菜は小さく息を吐いた。

 

 やっぱり絶対におかしい。

 おにぃが私の元を離れるとも思えないし、こうして文面だけで事後承諾を済ませようとするのはらしく(・・・)ない。

 返信のたび10秒程度待たされるのも、だ。 

 

 ただ本人のコンカからこのメッセージが送られてきた事実が、他ならぬおにぃの手によって送られてきたのだと証明していた。

 

 コンカ。正式名称ー-コンプレヘンシブカード。

 スマホに代わって普及した情報機器で、その最大の特徴は完全な個人認証を可能にしたこと。

 魔素判定というダンジョン産の新技術により、操作中の人間が登録者かどうかだけでなく、詳しい健康状態も判断できる。例えば覚醒しているかや、正常な判断ができる状態かー-つまりは洗脳や脅迫されていないかなんてことも分かる。

 このおかげで寝坊する人も減った(おにぃにコンカで目覚ましをセットしないように言いくるめるのも大変だった)と言われているし、本人確認を必要とする諸々の手続きがかなり楽になった。

 

 騙された場合などは検出が難しいとはいえ、様々な用途で用いられ今や社会システムの基盤ともなったコンカ、ないしその安全性を支える魔素判定。

 けれど、夕菜はそこに抜け道があるのを知っていた。

 

 魔素判定が分かるのは意識が正常であるかだけで、それが意図した操作なのかは判別できない。

 ー-つまり相手の気が紛れているときに、相手の手を直接自分で動かして操作してしまえばいいのだ。

 

 その裏技を使えば、抱きついている(・・・・・・)最中に相手の手を取り、諸々の監視アプリを入れたりも簡単にできた。

 今おにぃのコンカに入っている監視アプリは「子供あんぜん位置情報」、コンカで行った決済の概要が分かる「子供あんぜん決済」、魔石などの取引履歴が分かる「Spy for Adventures」の三つ。

 

 もし同じ方法をあの泥棒猫が取っているんだとしたらー-。

 この10秒程度の間に、おにぃにそういうこと(・・・・・・)をしているんだとしたらー-。

 

「っ」

 

 思わずコンカを握りつぶしそうになるも、何とかこらえる。

 現状これだけがあの女につながる手がかりだ。壊すわけにもいかない。

 

 そう、あの女。

 演習授業中に会ったクズ二人からクソみたいな事情を聞き出して、急いで向かった先で見つけたアマ。伝言だけ伝えて逃げやがった乳臭いメスガキ。

 出会い頭に先制攻撃してくるなんて正気じゃないし、何よりあの時コンカで何か指示を出していたように見えた。

 ほとんどの電波が遮断されるダンジョン。その中でメッセージを送受信できるのは、何とか波によるごく近距離の一対一通信のみ。

 つまり、あの時すぐ近くにおにぃがいたのだ。

 

 絶対怪しい。たとえ犯人じゃなかったとしても、何かを知っている可能性は十二分にある。

 逃げられる前にもっと問いつめればよかった。

 何よりー-あの時、彼女の中におにぃに近しい何かを見出してしまった自分が許せない。

 

 怒りのまま、おにぃのコンカに入れた監視アプリの一つ、「子供あんぜん位置情報」の管理画面を開く。

 朝にONにしたはずのそこ(バレる可能性があるから、怪しいときだけ付けるのが鉄則だ)には「信号なし」の文字。それが意味するのはダンジョンに入っていて通信が遮断されているか、電源が切れているかの二択。

 前者はおにぃがダンジョンに潜れる時間はとっくに超えていることから、後者は時折見せる現象ゆえあり得ない。

 

「ー-きた」

 

 ぽつりと地図上に表示される青点。監視アプリが何かを捉えた通知音。

 メッセージ等が送られる度、こうして位置情報が表示されるのだ。そしてー-すぐにまた消える。

 

 当然、最初の方は血眼になって探した。

 だけどそこがなぜか急げば間に合うような辺鄙な地点で、着いた頃には表示も消えていて、おにぃの痕跡すらなくて、それが何度も繰り返されればいやでも気づく。

 

 ー-位置情報偽造アプリを使って、おちょくっているのだ。

 お前の兄は私のものになった、探せるものなら探してみろと。

 

 大体、裏技を知っている人間が監視アプリの存在に気付かないはずがない。

 

 嗚呼、こんな事なら無理やりにでも付いていけばよかったっ。

 卒業後は一緒のパーティになって常に監視できる、と油断していたせいだ。

 

 ……あんな制限さえなければ、おにぃにずっと家事をさせることもできたのに。

 

 歯がゆい思いを抱きながら通知を開く。

 そうして飛び込んできた光景に、思わず目を見開いた。

 

 

 「子供あんぜん決済」 

 望月 真さんが通販ショップで子供用下着(女の子用)を購入しました。

 

 

 

「……へえ」

 

 



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第八話 お約束

 胸を貫く強烈な痛み。視界に映る灰色の住宅街。

 全身が崩壊するかのように急速に熱を失っていきー-

 

「転移っ」

 

 ー-倒れる寸前で、緊急離脱する。

 

「はあっ、はあっ」

 

 慣れ親しんだダンジョンの中。

 近くの壁に背を預け、荒げられた呼吸を鎮めていく。

 

 約20秒。

 それが俺が地上にいることを許された時間だった。ダンジョンの外にいると力を吸われる感覚があり、恐らくそれ以上いるともたない。

 

 ただ同時にギリギリ何とか出来る範囲でもあった。

 コンカを操作し、自身のスキル詳細を開く。

 

 

 絶命の一撃 Lv.1:筋力を強化し強力な一撃を放つ。急所に近いほど効果に補正。

  クールタイム:10s

 転移 Lv.1:半径5m以内の任意の場所に瞬間移動する。

  クールタイム:15s

 冥王の寵愛 Lv._:冥王の使徒となった証。他、様々な特性を有する。

 

 

 体内にある魔素を消費して超常の力を発揮する、それがスキルだ。

 その性質ゆえに連発はできず、それぞれにクールタイムという制限が設置されている。転移 Lv.1の場合、一度使うと次に発動できるようになるまで15秒待つ必要があるというわけだ。

 

 この15秒の間に、地下5m以上の浅層なら地上とダンジョン内を一往復で移動できていた。ここ静岡ダンジョンは市内各地の地下に手を伸ばしていて、地上の様子もマップ機能で把握できるから、誰もいない場所に降り立つことも可能。

 あの野郎たちや夕菜にメールを送りたいときはダンジョン内で下書きを書いておけばいいし、買い物についてもオンラインショップと宅配便ロッカーを使えば一応こと足りた。

 

 今もコンカで体のサイズを測って、下着やらを注文したところだ。

 

『色々とハイテクになって、夢がないのお、夢が。

 TSっ娘ならば、服屋でキャッキャウフフするのが定石じゃろうて』

 

 俺の行動に、シル様が何故かため息をつく。

 

 と言われてもなあ。そもそもこの体じゃ服屋にも行けないだろ?

 店の人と話すこともできないし。

 

『うぐ、それはそうなんじゃが……。

 大体お主、下着といってもパンツを買っただけではないか。ブラジャーはどうした、ブラジャーは?』

 

 う。そこは男としての尊厳で拒否させてもらおう。

 ほら、こんなぺったんこなんだぜ。

 

『ふっ、まあお主が良いのなら我は構わぬよ』

 

 何やら含みのある笑みをこぼすシル様。

 ? 何かあるのか? 

 ……まあシル様のことだ。どうせしょうもない理由だろ。

 

 気を取り直して、さっきから疑問に感じていたことを聞く。

 

 なあシル様、どうして俺はコンカを普通に使えているんだ?

 完全な個人識別を可能にしたってのが魔素判定のウリなはずだぜ?

 

『それは魔素判定が対象の魂の色を見る技術だからじゃな。

 我はただ体という器を変えたにすぎん。お主の魂はそのままなのじゃ』

 

 なるほど。まさか魔素判定にそんな欠陥があったとは。

 

 じゃあこのまま宅配ボックスとか魔石換金機を使っても問題ないのか? 

 ほら、向こうからしたら急に姿が変わったように見えるわけだろ。

 

『ふむ、多分大丈夫じゃよ。

 スキルによって姿かたちが変わるのはままあることなのじゃ。魔素判定で同一人物と出た以上、何よりもその結果が優先される。そのうち向こうのデータベースも勝手に更新されるであろう』

 

 ほーん。

 まあ俺みたいな使徒(?)が以前にもいたなら、そういう仕組みがあってもおかしくないのか。

 

 ……あれ、それならどうして神とかの存在が流布されていないんだ?

 神様のことを話せない制限も完全種になったら解除されるんだよな?

 

『それは実際に人間を自身の眷属ー-使徒にする神は我くらいだからじゃよ。

 人間側の神は、あくまでお主ら人間の手による救世を望んでおる。たとえ干渉したとしても「加護」を与えるとかその程度じゃ。

 ほれ、お主も聞いたことがあるはずじゃ、天使の羽やらが生えた冒険者の話を』

 

 あー、だから俺はあの時そういう追加オプションが付くと思ったのか。

 ただ今回のこれとはだいぶ程度が違う気もする。……本当に大丈夫だろうか。なんか心配になってきたな。

 

 ってか、ちょっと待て。人間(・・)側? 

 それにまるで自分は人間側じゃないみたいな言い方をしなかったか?

 

 もしかして反人間側の神様もいるのか? 

 その神たちが災厄、つまりは今回のダンジョン騒動を引き起こしたとかー-。

 

『こほん。そんなこと言ったかの? 気のせいじゃろ。

 ー-して、これからどうするのじゃ?』

 

 シル様はあからさまに話を変える。

 

 うーん、めちゃくちゃ気になるんだけど……無理強いはしない方が良いか。

 人間側と同じように、神様にも何か制約があるかもしれない。

 

 仕方なく話題転換に乗っかることにする。

 

「まずは、ここでレベルを上げる。

 場所を変えようにも何か方法が必要だし、何より夕菜が心配」

 

 ここ静岡ダンジョンはCランクのダンジョンで、下層やボス部屋に行けばCランクのモンスターと戦える。体に完全に慣れるまで、自分より少し下か同等の敵と戦えるのも悪くないはずだ。

 

 夕菜のことも(何ができるかはわからないが)今のうちは出来るだけ近くにいたいというのが兄心だった。ずっと一緒に生きてきたのだ。急に離れることになって、きっとショックを受けていることだろう。というか、俺が寂しい。

 

 ー-それに、ここのボスは二人の仇でもある。

 

『……ふむ、そうか。ではよく励むと良い。

 我は特等席でお主の活躍を見るとしよう』

 

 少しだけ湿っぽい口調で、背中を押してくれるシル様。

 

 ……この偉そうな神様は俺のことをどれだけ知っているんだろうか。

 そんな疑問が頭の中に浮かんだ。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 最後のスケルトンが消失したのを確認して、大きく息を吐く。

 

 攻略開始から数時間。

 十数体のスケルトンと遭遇するも、大体はスキルなしの攻撃でも溶けていくので今のところ順調だった。

 

 ー-ただ一点を除いては。

 

 とぼとぼと浅層に足を進めていく。はあ……気が重い。

 

『お、とうとうお主も女子(おなご)デビューじゃな』

 

「うるさい」

 

 やたら嬉しそうなシル様に、思わず本音が漏れる。

 大体こうなるって分かってたなら最初から――

 

「っ」

 

 刹那。乳〇がTシャツに擦れ、ジクジクと痛む。

 

 さっきの戦闘で大きく体を動かしてからずっとこの調子だ。

 このままじゃあ気になって、まともに行動できない。

 

 ……まさかこんな所に落とし穴があるとは。完全に予想外だ。

 

 くそっ、背に腹はかえられない、か。

 

 大きく息を吸い込み、その言葉を告げる。

 

 な、なあ、シル様。

 このくらいの年の女の子はどんなブラを付けているんだ?

 

『ふっ。そうじゃの、お主の体型と用途を考えればスポーツブラが無難じゃがー-』

 

 ノリノリでタンクトップ型やら何やらの説明を始めるシル様。

 

 母親にブラのことを相談する思春期少女の気持ちはこんな感じなのだろうか、とかそんなことを思いながら、俺はやたら種類の多いそれの話に耳を傾ける。

 女子特有の問題を軽く見て、あの時詳しく問いつめなかった俺の落ち度なのだ、多分。

 

 ただ……このオチも全部お見通しだった気がするのは、俺の気のせいなんですよね、シル様?

 

 



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第九話 兄として

 突如、道を塞ぐように現れた現代的な扉。

 

 冒険者協会によってほぼ全てのダンジョンに安全地帯(セーフポイント)と呼ばれる休息場所が設置されており、中層の中央あたりに位置するここもまたその一つだった。

 

 扉の右側に付いたパネルに、恐る恐るコンカをかざす。

 

 ピ、という音共にゆっくりと開いていく扉。

 足を入れてみるも、特に何の警告音も聞こえない。

 

「良かった」

 

 この体でも弾かれなかったらしい。まあモンスターがコンカを使うことなんか想定してないよな。

 

 ……俺みたいな存在が他にいなくてよかったよ、ほんと。 

 

『ほお、ここが安全地帯(セーフポイント)か。

 ……何だか寂れたキャンプ場のようじゃな』

 

 安全地帯(セーフポイント)の中は体育館程度の広さの空間が広がっていた。

 地面には大小様々なテントが設置されていて、周囲を剥き出しの岩盤が覆っていることを除けば、確かにそんな感じに見える。

 

 当然、マップでそこに誰もいないことは確認済み。

 出来るだけ出入り口から遠い場所のテントに入り、きっちりとファスナーを閉める。対モンスター用の生地が俺の視界を閉ざした。

 

 ……多分これで安心だ。

 冒険者の間では緊急時以外他と関わらないというルールがあるから、例え人が来ようと覗かれる心配はほぼない。出る時も誰もいなくなるまで待てばいいだろう。

 

 暗闇の中、夜目が効く瞳で(どうやらこれも「冥王の寵愛」の恩恵らしい)コンカを操作して今日の成果を表示させる。

 

 月宮 マコ(C) Lv.3  死神 Lv.1    

 筋力 C          

 物防 E       

 魔防 D(↑)       

 知性 D        

 器用 B         

 敏捷 B         

 運  C   

 

 スケルトンを20体ほど倒した時点でレベルは3、魔防はDに上がった。

 

 ステータスはこうして一定のレベルになると上昇し、『職業』に適するように変化していく。それゆえ上昇率が高いほどパラメータは強力なものとなるが、俺のかつての『職業』「運び屋」はそれが低かったゆえに使い物にならなかった。

 ただ今回の「死神」は柴田たちの「剣士」と同じように当たりの『職業』のようで、なかなかに良い上昇率だった。ステータスが最初から高いこともあって、スタートダッシュも狙える。

 

 なあ、シル様。

 最強種ー-Sランクになるにはどれくらいまでレベルを上げればいい?

 

『お主の素質にもよるゆえ一概には言えぬ。

 だが、最低でも70は必要じゃろうな』

 

 70、70かあ。

 柴田たちでも大体5年かけて45前後しか上がっていない。高レベルになればなるほどレベルが上がりづらくなることも考えれば、随分と果てしない道のりだ。

 

 だが……やれるはずだ。

 それに耐えれるだけの体は神様が用意してくれた。これで泣き言を言っていたら、ステータスオールGから上げてきた全ての人たちに顔向けできない。

 1年。いや、半年だ。

 半年後の3月、夕菜が俺の母校である「冒険者学校静岡校中等部」を卒業する。それまでに何とか完全種になって、約束通り一緒に冒険してみせる。

 

 やれる、うん、やってみせるさ。

 俺は長男なんだ。妹のために無理を通すなんて慣れっこだ。

 

『……ふ。長男だから、か。

 まるで妹のため鬼と戦うどこかの誰かさんのようじゃな』

 

 ? 桃太郎的な童話の話?

 それともシル様が実際に見聞きした出来事か? 

 だったら是非聞いてみたいもんだな。

 

『い、いや漫画の話じゃよ。それも一世を風靡した、の。

 ……そうか、お主らは知らんのか』

 

 ぽつり、と寂しそうに零すシル様。

 

 ……そういえば、昔はダンジョンもの以外の漫画とかが沢山あったんだっけか。

 もし面白い話を知っているんならぜひ教えてほしいなあ。

 

 詳細を聞こうとしたその瞬間、マップに変化が現れる。

 

 右端で蠢く三つの青い点と、それを追う無数の赤い点。

 これは……

 

『ふむ。三人の人間がモンスターどもから逃げてきたようじゃな』

 

 遅れて、入口の方が騒がしくなる。

 

 どんな状況か見に行きたい気持ちになるも、何とか押さえる。

 うっかり三人と対面してしまって、さらに状況が悪化する事態は避けたい。

 

 暗闇の中、扉の向こうへと耳を澄ます。

 

 ー-ちょ、せんせい、しっかりしてよっ。ほら、まだ敵があんなに!

 

 ーーこの傷を見なさい、治療が先よっ。

 

 ー-で、でもその間は誰が前衛やるの!? 私には絶対無理だよ!?

 

 ー-そ、それは……

 

 ーーだ、大丈夫だ。君たちの命を守るのが私の、くっ。

 

 かすかに聞こえてくる、見知らぬ男性と少女二人の錯乱した声。

 さりとて、外とこちらを隔てる扉が開かれる様子はない。

 安全地帯(セーフポイント)の中にモンスターを呼び込むのを防ぐため、モンスターが近くにいる状態でアンロックしてはいけないのだ。

 

 同業者を見殺しにするも助けるも自由。

 (かぎ)はこちら側にいる冒険者ー-つまりは俺だけが持っている。

 

『随分と苦戦しているようじゃが、どうする? マコよ』

 

「……仕方ない。これが最初で最後っ」

 

 こんな体で本当に彼らを助けられるのかは分からない。

 ただこのまま見捨てるわけにもいかなかった。自分の心の安寧のため、そして何より帰った後、このおかしな神様との冒険譚を夕菜に笑って話せるように。

 

 テントを開け、勢いよく駆けだす。ついでコンカで状況を確認。

 

 扉付近に固まる三つの青い点。少し離れたから徐々に狭まってくる赤い光群の網。

 ー-これなら、何とか一発で前に出れる。

 

 迫る扉。ギリギリのタイミングで向こうー-人とモンスターの間に転移する。

 

 切り替わる視界。

 

 前に広がるは巨大アリの群れ。背中に感じる確かな息吹。

 ーー成功だ。

 

 後ろの三人に、ひとまずは治療に専念するよう呼び掛ける。

 

 

 

「ここは私が引き受けるので、ざこのあなたたちは下がって治療でもしてたらどうですか?」

 

 

 あああああ、ちゃんと怪我人を気遣ったのに何でこうなるんじゃっ。

 

 



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第十話 誤算

 その日は、中等部三年「手柴 雪乃」にとって間違いなく厄日だった。

 

 幼馴染でパーティメンバーの「比護 紗友里(さゆり)」が遅刻してダンジョン実習を最後に回されただけでなく、昼頃にトラブルがあったとかで予定が後ろにずれこみ、雪乃たちが潜るころにはもう上層のモンスターは狩りつくされていた。 

 そのせいで中層に足を延ばさざるをえなくなり、しかもそこであろうことか紗友里は迷ってしまった。

 

 確かに細心の注意を払っていなかった引率の柊先生にも問題はあるのかもしれない。ただ朝からずっと働いて疲れていただろうし、何よりほぼ一本道の道で迷うなんて誰も思わない。

 ……ほんと、方向音痴にもほどがあるでしょっ。

 

 ともかくそれで先生が一人で捜索に向かう流れになり、雪乃もついて行くことにした。決して善意からではない、幼馴染の責任を取らなければと思ったからだ。

 

 捜索自体はすんなりと終わった。離脱からそこまで経っていなかったし、間違えた可能性がある分かれ道はそう多くなかった。

 問題は紗友里がいた場所が中層部の奥の方で、大量のヴェノムアントに囲まれていたことだ。

 

 ヴェノムアント、群れ単位で行動するアリ型のDランクモンスター。

 正攻法で戦う敵なら、Cランク冒険者である先生に勝てるはずもない。だが厄介なことにそいつはその名の通り(ヴェノム)を持っているのだ。それもステータスを一時的に低下させる厄介な毒を。

 毒を治せるのは解毒用の魔法かポーションのみ。しかして、三人の中に治癒士(ヒーラー)はおらず、唯一解毒用ポーションが入っていた先生の時空鞄(アイテムボックス)は紗友里を助けている最中に壊れてしまった。

 

 かくして柊先生ー-三人の中で唯一の前衛は、ステータスが低下し続ける中でモンスターの攻撃を一手に引き受けながら進まなければいけなくなった。

 

 今がもっと早い時間で周りに冒険者がいれば、あるいは他に前衛がいれば結果は違ったかもしれない。

 だけど現実は非情で、雪乃たちは解毒薬が用意された安全地帯(セーフポイント)に届く直前でどうにもならなくなり、もはやこれまでかと思ったその時ー-

 

 

 

「ここは私が引き受けるので、ざこのあなたたちは下がって治療でもしてたらどうですか?」

 

 

 声が聞こえた。鈴が鳴るような綺麗な声が。

 

 気付けば、雪乃たちとモンスターの間に誰かが立っていた。

 堂々とした様子でこちらに背を向けるその人はー-

 

「え、何で女の子がっ!?」 

 

 紗友里が驚嘆を上げる。 

 

 そう。真っ黒な服を着た小さな女の子だった。漆黒のフードを被り、自身の身長をも超える巨大な鎌を構えている。

 

 ……いや、あのくらい年なら男の子かも分からないか。

 ともかくそれはあまりにおかしい光景だった。

 

 なにせダンジョンに入ることが許されるのは最低でも中学生、12歳からなのだ。

 どうみても目の前の子が小学校を卒業しているとは思えない。あって10歳くらいだろう。

 

 危ない、早く逃げてっ。

 そう叫ぼうとしたのもつかの間、その子は一体のヴェノムアントに斬りかかってしまう。すかさずアントたちが嚙みつかんと一斉に群がる。

 

 戦闘が始まってしまった。

 

「っ」

 

 凄惨な光景を想像して思わず目を背ける。

 冒険者志望の子供が親の武器を狩りて無断で入ってきてしまったのだ、とそう思っていた。

 

 けれどいつまで経っても子供の悲鳴は聞こえてこない。

 聞こえるのはただ、ざしゅざしゅという何かを斬りつける音だけ。

 

「……あの子っ、とんでもなく強いな。何者だ……?」

 

 先生の苦しそうな言葉を聞いて、恐る恐る前に向く。

 

 ー-小さな死神が、敵を蹂躙していた。

 

 自身の半身以上はあろうアントたちの攻撃を軽々と躱し、そのまま鎌を振り下ろしてその命を刈り取る。

 

 時には壁を、時にはアントを踏みつけて。

 蝶が飛ぶようにひらひらと。

 近づき、離れて、敵の命を散らしていく。

 

 後に積み上げられるはその亡骸ー-無数の魔石のみ。

 

「私たち、ほんとにざこだね。

 あんな小さい子が頑張ってるのに助けることもできないや」

 

「……そうね。あの子の言う通り、先生の治療をしましょうか」

 

「すまない、頼む」

 

 雪乃たちが後ろから攻撃しても同士討ち(フレンドリーファイア)になり兼ねない。

 腰の時空鞄(アイテムボックス)から治療用ポーションを取り出し、すぐそばに倒れる先生に振りかける。

 

 淡い緑色に発光する先生の体。緩やかにその身に刻まれた(毒を除く)傷が回復していく。

 ポーションの効果を十分に発揮するには、こうして安静な状態で暫く待つ必要があるのだ。あの子がいなければ本当に危なかった。

 

 ……ただ一つ気になるのは服の胸元を左手で引っ張っていることだ。

 そのせいで右手だけで重そうに鎌を振るっているし、ただでさえブカブカだったTシャツが捲り上げられ、つるつるのっー-!?

 

「せんせい、見ちゃだめ」

 

「うおっ!?」

 

 とっさに紗友里が先生の顔を両手でふさぐ。

 

 ナイス、紗友里。

 例え子供であろと、乙女(・・)の大事な部分を軽々と異性にみせるべきじゃない。

 

 ……いや、ほんとなんで何も履いてないのよ。

 よく見れば靴も履いてないし、一体どういう子なの、この子は……?

 

 あ、そうだ。ステータスを見れば何かわかるかも。

 そんな何気ない考えでコンカをかざしー-そこに表示された文字列に思わず声を漏らした。

 

「え……?」

 

 

 エラー:データベースに存在しないモンスターです。

    以下に暫定のステータスを表示します。

 

 名称不明(C) Lv.3    

 筋力 C          

 物防 E       

 魔防 D     

 知性 D        

 器用 B         

 敏捷 B         

 運  C   

 

 <主な使用スキル>

 不明

 

「なに、これ」

 

 目の前の少女は間違いなく人間のはずだ。

 なのにどうしてこんな、モンスター(・・・・・)みたいな表示が出るんだろう? 

 それとも、ただの不具合?

 

「ね、ねえ。ゆきのん、あの子何かおかしいよ。ほら、そこ……」

 

 のぞき込んできた紗友里が指さしたのは右上のマップ表示。

 安全地帯(セーフポイント)近くに青い三点。これは雪乃たちだ。そしてそこにつながる通路には赤い点が蠢めいている。これもモンスターのー-いや、おかしい。

 今この近くにある青い点は三つだけ。少女の分は、ない。

 

 

 何であの子は赤い点ー-モンスターとして表示されているの?

 

 

 



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第十一話 迷宮人

 戦闘も終盤。

 少女がまた一体と倒し、敗戦を悟ったヴェノムアントたちが蜘蛛の子を散らすように一斉に去っていく。

 

 あとに残されたのは雪乃たち三人と、何とも知れぬ少女一人。

 お礼を言うべき場面なのに誰も口を開こうとしない。

 

 張り詰めた空気が雪乃たちを包む。

 

 

「……あの、ヴェノムアントの魔石は私が貰ってもいいですよね?

 皆さんは見ていただけですし」

 

「あ、ああ。勿論構わない、どうぞ持っていってくれ」

 

 沈黙を破ったのは少女の方だった。

 偉そうに(実際偉いのだけど)そんなことを聞いてきて、先生が毒気を抜かれたようにあたふたと答える。

 

 ー-そうだ。この子こういう性格だったっ。

 

 雪乃たちの動揺を気にすることなく、さっさと魔石の回収を始める少女。

 それもずっと背中を向けた状態のままー-いや、ほんとに器用ね。そこまでして視界に入れたくないの?

 

「まあ……危ない子では、ないのかな?」

 

「そう、ね。

 敵意があったら私たちなんて一瞬で殺せるでしょうし」

 

 明らかに困惑した様子の紗友里に、これまた戸惑いながら言葉を返す。

 実際あれだけの力がありながら何もしてこないということは、少なくとも敵対の意思はないのだろう。

 それが親愛ゆえか、ただの無関心なのかは分からないけど。

 

「先生はどう思います……先生?」

 

 返事がないので先生の方を見れば、ダラダラと冷や汗を流しながらまさか、いや。とかそんなを呟いていた。

 何か知っているのだろうか?

 

「残りはあげます。心優しい私に感謝してくださいね。

 それではさようなら」

 

「あ、ちょっと待って」

 

「……何ですか? 私、見ての通り忙しいんですけど?」

 

 紗友里が呼びかけられて動きを止める少女。

 相変わらずの口調だが、対話の意思はあるらしい。

 

 さあ、どうなるか。

 

「まずは助けてくれてありがとう。

 あなた、すごく強いんだね。おねーちゃんびっくりしちゃった」

 

「いえいえ気にしないでください。

 私は皆さんと違って、特別な存在なんですから」

 

「っ、そうなんだ。

 ねえ、何で一人でいるの? お父さんとお母さんはどこ?」

 

「かー-っ。さー-っ。……さあ、私にもよく分かりません」

 

「わ、わからないって……」

 

 少女は言葉を詰まらせながら、自嘲気味に笑う。

 

 その返答に紗友里が顔を歪ませた。

 多分、紗友里も雪乃の同じ結論に行きついているのだ。

 

 Tシャツ一枚というみすぼらしい恰好、親が分からないという発言。

 モンスターとして表示されているという点を除けば、それから導きだされる答えは一つ。

 

 この子はきっと孤児ー-親に捨てられた子供なのだ。

 それでずっと一人で生きてきたから、あんなに強くなった。なってしまった。

 

「あ、あのねっ。世の中にはあなたみたいなー-」

 

 

「ー-近づかないでくださいっ」

 

 それは悲鳴のような声だった。張り詰められた声だった。

 近づこうとした紗友里が動きを止め、泣きそうな顔をする。

 

 ……今、一切後ろを見ずにこちらの動きを悟っていた。

 何かのスキルかー-あるいはそれだけ気配に敏感にならざるを得なかったのか。

 

「ご、ごめんね。でも私、あなたのことを思って言ってるんだ。

 怖いかもしれないけど大丈夫。あなたの味方は世の中にたくさんいるんだよ。

 勿論私も守るからさ……良かったら一緒に来ない?」

 

「……無理、ですよ。そういう体ですから」

 

「え?」

 

 しばしの沈黙の後、寂しそうにぽつりと零れ落ちるそれ。

 

 どういうこと?

 雪乃たちがその意味を飲み込む前に、少女は口調を元に戻して続ける。

 

「もういいですか? 私、忙しいんです」

 

「う、うん。ごめんね。ほんとにありがとう」

 

「ー-待ってくれっ」

 

「……何ですか、まだあるんですか? 

 暇なんです? 何でそんなに私に関わろうとするんです?」

 

 不満そうにあるいは苦しそうな様子で、柊先生に応じる少女。

 先生はごくりとつばを飲み込むとその疑問を口にした。

 

「君は、モンスターなのか?」

 

「っ」

 

 硬直する空気。

 

 次に少女が見せたのはー-狼狽だった。

 

「……そ、そんなことあるわけないじゃないですかっ。

 私は普通の可愛い女の子ですよ、顔見て分からないですか?

 ということでさようならっ」

 

 嵐のような言葉を残して、少女の姿が掻き消える。

 

 その顔が分からないのよというツッコミはともかくー-その反応が答えを雄弁に語っている気がした。

 

 でも、どういうこと? モンスターは人間に絶対反抗なんじゃないの? 

 意思を持っているから特別ってこと?

 

「……聞いたことがある。

 モンスターと人間は交わることができて、両方の特性を持ったその子供たちー-迷宮人(めいきゅうびと)がどこかで生きてるんじゃないか、と。

 迷信だと思っていたが、まさか彼女が……?」

 

「迷宮人……」

 

 そっか、そういう可能性もあるのか。

 迷宮人。モンスターと人間の混血。その姿は何処かの冒険者のように頭に角が生えていたり、あるいは体の構造が違かったりするんだろうか。

 

 もしそんな異形の子供がいて少女がそうなのであれば、母親に捨てられた理由も納得だ。モンスターに孕まされた子供なんて、誰も育てようとしないだろう。

 

 そうしてー-そうだ。最初から一人だったんじゃない。

 かつては児童養護施設にいたのだ。

 けれどそこで外見が理由でいじめられてしまった。だからあんなに怯えていた。

 頑なに顔を見せようとしなかったのは、あるいはその特性が顔に現れていたのかもしれない。あの刺々しい台詞回しも己が身を守るためだと思えば理解できる。

 

 私は皆さんと違って、特別な存在なんですから

 

 ……さあ、私にもよく分かりません

 

 ー-近づかないでくださいっ

 

 ……無理、ですよ。そういう体ですから

 

 何でそんなに私に関わろうとするんです?

 

 ……そ、そんなことあるわけないじゃないですかっ

 私は普通の可愛い女の子ですよ、顔見て分からないですか?

 ということでさようならっ

 

 繋がっていく。

 少女の言動、その全てが。

 

「……私、許せない。あんな小さい子に酷いことをした子供たちも、見て見ぬふりをした大人も。

 だからー-探そう。このままじゃ絶対に良くないよ」

 

「……そうね。

 もう一度会って説得してそれでも施設とかがダメなら……一緒に暮らすのも悪くないかもしれない」

 

 そんな未来の展望を話していると、脳内に一つの情景が浮かび上がった。

 

 

 

 そこは一面の花畑だった。

 ゴブリン顔の少女が、はにかみながら花冠をこちらに差し出してくる。

 

 おかあさん(・・・・・)、わたしをそだててくれてありがとう。

 いっぱいひどいこといっちゃってごめんね、だいすきだよ。

 あ、さゆりおねえちゃんもどうぞ。

 

 

 

「……ゆ、ゆきのん? 

 幼馴染の私でも見たことない顔をしてるよ?」

 

「? な、なんでもないわ」

 

 いやいやいや。なんだ、今のは。さすがにお母さんはないでしょ、お母さんは。大体何でさゆりはお姉さんって呼ばれてー-あ。

 まあ、でも……そういうことなら、うん。

 

「紗友里。あの子を探すの、一緒に頑張りましょうね」

 

「? ……なーんか、いつもとニュアンスが違うような?

 ま、いっか。がんばろーっ」

 

 



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第十二話 奇跡なんて


 ここからしばらく(第十五話まで)鬱展開が続きます。
 苦手な方はご注意を。


 三人組の姿がマップから消えたのを確認して、大きく息を吐く。

 

 マップの中央に映るのは赤い点――つまりは自分だ。

 そうだよな、冒険者ならコンカで色々と確認するよな。

 

 いやあ……どうするよ、これ。

 

 多分モンスターだとバレたよな?

 最悪、新種のモンスターってことで討伐隊とかを組まれる可能もあるぞ?

 

『す、すまぬ。我もまだ地上の常識に慣れていなくてな。

 モンスター化にそんな弊害があるとはの、気付かなんだ……』

 

 俺のボヤキに、声をしょんぼりさせるシル様。

 

 あ、いやシル様を責めたかったわけじゃないんだ。ただこれからどうしようかって思っただけで……。

 

 つらつらと出てくる言い訳。

 これではだめだ、と何とか気持ちを切り替える。

 

 まあ、バレちゃったもんは仕方ない。

 色々と情報が回る前に完全種になれればいいんだ。最初から急いで攻略する予定だったんだし、何も変わらないさ。

 

『……しかし、完全種になった後はどうする? 

 前もいったが、完全種になろうとその姿ー-モンスターの体は変わらん。

 たとえお主の妹が受け入れてくれようと、世間がどうかは分からんぞ?』

 

 あー……そうか。

 マップ機能はダンジョンの中で使うのが普通とはいえ外で使う人もいるし、警察が犯人捜査などで使用することもある。

 ひょんなことからモンスターであることがバレてしまうかもしれない。なにせこの体は正真正銘のモンスターなのだから。

 

 その時、例え全てを打ち明けたとして、果たして俺は自由にいられるだろうか?

 

 多分、それは難しいだろう。

 モンスターによる災害で何億もの人間が死んだ社会だ。

 夕菜以外の、何のかかわりもない大多数の人間が信じるはずもない。モンスター側の新しい策略だと考えるのが自然だろう。万が一信じてくれたとしても、それじゃあ大丈夫ですねとあっさり解放されるとは思えない。 

 良くて監視付きの生活、悪くて処刑コースだ。

 

 俺だけが被害を受けるなら、まだいい。

 ただもしその矛先が夕菜に向けられてしまったら、例えばモンスター娘の妹だと広まって誹謗中傷を受けたり、あるいは誰かに逆恨みされて殺されてしまったらー-。

 

 ……ああ、だからシル様はあんなに申し訳なさそうにしていたのか。

 もう俺は普通には生きられないと分かったから。

 

「少し、考えさせて」

 

『……うむ、存分に悩むといい。

 まだ夜は長いのじゃから』

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫そう」

 

『そうじゃの。

 ヴェノムアントの毒にやられていただけのようじゃ』

 

 三人が無事に上層に上がったのをコンカで確認して、来た道を戻る。

 

 あの時やられていたとは思えないほど彼らの帰路はスムーズだった。神様の言う通り、ミスか何かで解毒用ポーションがなかったのだろう。

 ……これなら、距離を取りながらついて行くなんて面倒なことする必要なかったな。

 

 安堵半分徒労感半分で歩いていると、安全地帯(セーフポイント)に続く道の端の方に小さな紙が落ちているのを見つけた。

 さっきはなかったはずだと拾い上げてみる。

 

 そこには数字の羅列ー-誰かの電話番号が書きなぐられていた。

 多分、味方はたくさんいるみたいなことを言ってくれたあの子のだ。

 

 ……結局あれは何だったんだ? モンスターか聞いてきたのは最後だったし、神様のことを知っていたわけじゃないよな?

 

『ああ、それはお主を孤児だと勘違いしたんじゃろうな。

 ほれお主の恰好がそんな恰好をしておるから』

 

 あー……なるほど。だから連絡先を書いた紙をくれた、と。

 ……良い子じゃないか。

 

 ー-良かったら一緒に来ない?

 

 あの子の言葉が蘇る。

 俺だって出来るならそうしたい。例え姿が変わってもスキルだ何だと言い訳すれば、普通の日常を戻れると思っていた。

 

 だがー-それはありえない。

 

 人間とモンスターの道は決して交わらない。

 彼女らが帰った道を、こうして俺が戻っていくように。

 

 ……どうするかな、こっから。

 

 何度も繰り返した自問自答。

 どれだけ頭を巡らせようと、結局夕菜と穏便に暮らせる方法は思いつかなかった。

 マップなどを隠蔽できるようなスキルが生えてくるのであれば話は別かもしれないが、神様もそんなスキルは知らないと言っていた。万が一の可能性はあるかもしれない、と淡い希望を抱くくらいのが関の山だろう。

 

 

 あるいは夕菜が同じ体だったらー-

 

 ……待て、俺は今何を考えていた。

 

 夕菜を、大切なはずの妹を、殺そうとしてなかったか?

 それは絶対にありえないことだ。あっちゃいけないことだ。 

 

 ー-まさか心まで(・・・)モンスターになってる?

 

「ちがうっ、私はー-っ」

 

 続く言葉は、音を成さない。

 俺の本当の名前が、その口から紡がれることはない。

 

 ただー-今思えば、この制約があってよかったのかもしれない。

 もしあの時夕菜に真実を打ち明けて一緒に帰っていたら、色々な騒動に巻き込まれることになった。

 夕菜は優しいから、きっとこんな俺の味方をしてくれてー-。

 

『っ……』

 

 小さく息をのむシル様。 

 ぽたりぽたりと紙を濡らす、二つの雫。

 

 ……ああ、俺は泣いているのか。

 いつぶりだろう。よく思い出せない。

 

 ただそれを見ていると、なんだか心が落ち着くの感じた。

 

 結局のところ、死の淵から救われてハッピーエンドとそんな簡単になりはしないのだ。代償のない奇跡はありえない。

 

 

 

 決めたよ、シル様。

 俺は月宮マコとして生きる。ダンジョンで生まれた、モンスターとして。

 

 夕菜に送金していたのは……そうだ、望月真をうっかり殺してしまって罪悪感に駆られたとかにすればいい。コンカが使われるのはまあ、モンスターならそういうスキルが使えるってことで納得してもらえるだろ。

 これで夕菜は容疑者の家族から被害者の家族に様変わり。同情されこそすれ、恨まれることはないだろう。

 

 最強種になるのは夕菜に直接真実(・・)を伝えに行きたいため……いや違うな。

 俺が夕菜に会いたいんだ、最後に。

 きっとその頃には夕菜が遊んで暮らせるだけの額を稼いでるだろうから、そこで別れても大丈夫だ。

 その後は別人として自由に生きればいい。

 半年後という目標もまあ、出来るだけ早く伝えた方がいいという意味で悪くない。

 

 目標は変わらない、目的が変わるだけ。

 だから大丈夫、こうして今ここにいられるだけで十分幸せなのだから。

 

『……そうか』

 

 多分本音は違うのだろう。それでもシル様の肯定する声が頭に響いた。

 

 



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第十三話 裏側の世界

 冥府の神(シル)にとってそれ(・・)は戯れに過ぎなかった。

 

 地上に降りたのも、彼を使徒に選んだのも全ては好奇心を満たすため。

 例えそれが一人の人生を歪めることになろうと、別に構わないとも思っていた。他の神たちは好き勝手に世界を人を作り変えてきたのだ。どうしてそれで、たった一人の人間に干渉しただけのシルを責められようか。

 

 ただ望月真が、自身の境遇を引き起こした張本人たるシルを呪うことすらせず、はてには別人として生きるなどという結論に行きつくのを見て、認識を改めざるを得なかった。

 

 どうやって望月夕菜と一緒に暮らすかという問題。

 望月真はああも思い詰めていたが、それを解決するにはもっと簡単な方法がある。

 

 ー-それによって起こる弊害を許容してしまえばいいのだ。

 力づくで、あるいは謀略によってその全てを叩き潰してしまえばいい。

 恐らくあの妹なら喜んで付いていくであろうし、楽天家に思えた彼ならそうすると踏んでいた。

 

 だが彼はそれを選ばなかった。自身の望みよりも、起こるかもしれない未来を憂慮して自分自身を殺してみせた。

 それもたった齢17歳の少年が、だ。

 

 どこまで歪なのか。

 元からそう言う性格なのかー-あるいは世界(・・)がそうさせたのか。

 

 

 人間世界の現状はよく知っていた。

 それはもう奴にペラペラとしゃべって聞かされたから。

 

 事が起こったのは13年前。

 突如、東京やニューヨーク、上海などの世界各地の大都市36ヵ所にダンジョン、通称オリジナルダンジョンが出現した。

 既存世界を飲み込むようにして生まれたそれはその顕現だけでそこで暮らして住人を全滅せしめ、さらに数多の完全種を野に放った。

 

 完全種。地上を移動して各地に根付き、新たなダンジョンへを変化するいわばダンジョン側の工兵。

 完全種の放出は同時に無数のモンスターの氾濫も起こることから魔物暴走(スタンピード)と呼ばれ、特にオリジナルダンジョンより起こった先述のそれはオリジナルスタンピードと呼ばれている。

 

 こうした一連の災害で人類は、あまりに膨大な被害を被った。

 30億にも及んだ死者行方不明者。各種インフラの崩壊。

 前者についていえば、当時の世界人口の約3分の1にも当たる数値だ。しかもその中には仕事を求めて都市部に来ていた働き盛りの年代の人間が多くいた。

 

 既存の社会を維持するに困難なほどまで減少した人口。各地に散らばった化け物の巣窟。

 突如として人類は存続の危機に陥った。

 

 されとて人類もただ手をこまねいていたわけではなかった。

 既存のダンジョンの管理、及び次なるオリジナルスタンピードの発生に備え、魔石やモンスターの素材を利用した技術革新、軍事拡張を急ピッチで進めていった。

 数年後にはスタンピード(ただしオリジナルではないという制限付きで)の部分的な制御に成功してみせるほどに。

 

 しかし今度はまた別の問題に直面することになる。

 ー-労働力不足だ。

 ダンジョン産の技術の活用するには、大量の魔石の供給が必要不可欠だったのだ。

 

 年代別人口の中央にぽっかりと穴。

 その穴は失職者や退職者をどれだけ利用しようと埋められるものではなかった。

 そもそもの人口が社会を維持するのに不足しているのだ。どこの業界からとってきても共食い整備にしかならない。

 いくら政策を変えようと、急に労働人口を増やすことなんてできやしない。

 さりとてオリジナルスタンピードに対抗するにはまだまだ軍事力が足りない。

 

 八方塞がりの状況の中、各国政府はどうしたか?

 

 そう。あろうことかその下ー-15歳未満の子供を使うことを決めたのだ。

 

 義務教育を短縮し、魔石を掘り出す奴隷を生み出すための学校が設立された。

 子育て世帯生活支援特別給付金などの貧困層や親がいない子供への各種支援を絞り(・・)、冒険者を志願する子供がいる家庭に多くお金が流れるようにした。

 

 親には給付金という飴を、子供には冒険(・・)者という夢を。

 そもそも配偶者やまともな職を失っていた人が多かったために、その制度は広く利用されることになった。

 

 並行して進められたのが、強力な情報統制・娯楽規制だ。

 コンカなどというスマホのまがい物が流行った理由がそれだ。

 都合の悪い情報ー-昔の裕福な生活ないしはそれを想起させるような創作物を隠したい政府にとって、あらゆるサイトにアクセスしうるスマホは不都合だったのだ。

 だから復旧を名目に既存の通信基地を解体し、全く別の規格に基づく新しい情報ネットワークとそれに対応した情報機器、コンカを生み出した。

 同時に冒険者の輝かしい日常や危機的状況で神が助けてくれるといったご都合主義的を描いた作品をクリエイターたちに書かせた。(最も彼の様子を見る限り、これはあまり効果的ではなかったようだが)

 

 その結果完成したのが、当たり前のように死が身近な場所で働く子供たち。

 望月真もまた状況に不満を持つこそすれ、状況それ自体に疑問に持つことはなかった。もしスマホがあれば、これはおかしなことだと分かっただろうに。

 

 勿論当時を知る人間はまだたくさん生き残っている。かつての名残全てがたった十数年で完全になくなることはない。

 ただそれでも誰もがそれなしでは社会を維持できないことを理解し、口を噤んだ。

 

 社会を維持するために子供を犠牲にした世界。

 どこまでも歪で、どこまで狂った世界。

 

「…っ」

 

 テントの中で望月真が声にならない嗚咽を漏らす。

 あれからずっと泣いていたのだ、涙も声も枯れよう。

 

 ただの、戯れに過ぎないはずだった。

 

 人の人生など腐るほど見てきたのだ。その楽も苦も知っているつもりだった。

 ただ書物でも見たような面白おかしい物語が見れればそれでよかったのに。

 

 なのにどうしてここまで心を動かされているのか。

 初めて人の体に身を宿し、荒れ狂う激情をその身に浴びているからだろうか。

 

 あるいは――こんなに不自由だからだろうか。

 召使いもいなければ、己が居場所を決めることもできない。当直を外され、ずっと冥府(ミクトラン)の自室に閉じ込められてきた自身と重ねているのか。

 

 先の解決方法を教えることもできない。

 望月真の体を作り変えたのは他でもないシルなのだ。どうしてさらに茨の道に進めるようなことをいえようか。

 

 ただの、戯れだったはずだ。

 

 ただそれでもー-

 彼の未来に幸があらんことを。そう願わずにはいられなかった。

 

 



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第十四話 依存と負い目

 切り替わる視界。間抜けに晒されたスケルトン・エミネントの背中。

 両手に持った鎌をその首に向けて振り下ろし――弾かれる。

 

 青みが増し強度が上がったその体。「硬化」のスキルだ。ただー-

 

「お見通しですっ」

 

 エミネントの使用スキルは「硬化」「影渡り」「眷属召喚」の三つ。数体のスケルトンを呼び出す「眷属召喚」は別として、前者二つはどちらも俺の一撃離脱(ヒット&アウェイ)の戦闘スタイルとは相性が悪い。

 だからこうして初撃は普通の攻撃で相手の出方を見ているのだ。

 

 間髪入れず「絶命の一撃」を発動させ、もう一度振り下ろす。

 

 首を斬られ、霧となって消えるエミネント。

 即座に後方より残り三体が突き出した手が迫る。

 

「そんなざこい攻撃、効きませんよっ」

 

 勢いのまま空中で体を半回転させて、鎌を振り上げる。

 ガキン、と奴らの腕を跳ね返していくもー-最後の一体のところで止まる。

 

 やべっ、こいつも「硬化」持ちかっ。

 

 反動で下に持っていかれる腕。

 慌てて回避行動をとろうとするが時すでに遅し。

 強力な威力を持ったそれが脇腹を突く。

 

「っー-」

 

 体が大きく吹き飛び、地面と衝突する。

 出来るだけ衝撃を殺すため、地面をごろごろと横に転がる。

 シル様がくれた、というか最初から着ていたこのTシャツは俺の防具やらを飲み込んで出来たものらしく、そこそこの防御性を誇るのだ。

 

 壁にぶつかり止まる体。急いで立ち上がり、鎌をエミネントに向けて構える。

 体中が痛みで悲鳴を上げていた。ただそれでも戦えないわけじゃない。

 

『一度引いた方がよいのではないか?

 丁度転移も貯まっておるしの』

 

「っ……分かった」

 

 俺には時間がないんだ。そう否定しようとして、やめる。

 ここで無理に急いで死んでしまったら元も子もない。まだ夕菜には大した額もあげられていないのだから。

 

 クールタイムが終わった「転移」で横の道に移動し、壁に倒れこむ。

 ついで治療用ポーションを胸ポケットから取り出して自身に振りかけた。

 そう、胸ポケットからだ。どうやら時空鞄(アイテムボックス)の効能がここに出たようで、その中には色々と物を詰め込める不思議空間が広がっていたのだ。

 シル様はどらえ〇んがなんちゃらと言っていた。四〇元ポケットとは一体……?

 

 まあともかく、今はレベルが上がったか確認してみるか。

 空になったポーションの瓶をポケットに戻し、今度はコンカを呼び出す。

 

 月宮 マコ(C) Lv.8  死神 Lv.1    

 筋力 C          

 物防 D(↑)    

 魔防 D       

 知性 D        

 器用 B         

 敏捷 B         

 運  C   

  

 <スキル>

 攻撃系 

  絶命の一撃 Lv.1

 防御系 

  なし

 補助系 

  転移 Lv.2(↑)          

 加護系 

  冥王の寵愛 Lv._

 

 表示されたのは戦闘前と同じ画面。残念、と大きく息を吐く。

 

 この三日間で物防がDに。「転移」もレベルが上がり、飛距離が10mに伸びた。

 ただそれでも今のように、複数体のCランクモンスターとやりあうには物足りないという感じだった。

 

 とはいえ経験値減退が入るから(相手と自分のステータスに差があると得られる経験値が大きく減少する)それより下の相手ー-スケルトンやヴェノムアントを倒してももうレベルはほとんど上がらないし、一体で活動する相手だけを狙うのは効率が悪い。

 また他のダンジョンも最短で付近20mの所にしかない。シル様曰く転移のレベルが3に上がれば可能とのことだが、それ目的だけで戦うのも微妙だ。

 

 問題はこちらの持てる手札が「転移」と「絶命の一撃」しかないこと。

 そのせいで両方使いきると一気にやれることが少なくなる。

 Gから上げてきた人ならもっと色んなスキルを持ってるのが普通なのだ。ここで最初から高ランクだった弊害が出てきていた。

 

 うーん。もっと耐久が高ければ一度攻撃を受けて反撃っていう手も取れるんだけど……。

 

『お主はもう少し自分の体を労わった方がよいぞ。

 その体は我が作った最高傑作なのじゃ、簡単に壊されては困る』

 

 分かってるって。だからさっきもシル様の意見を尊重したわけだし。

 お、治療も丁度終わったみたいだ。と戦闘に戻ろうとしたところでシル様の声に制される。

 

『じゃからっ……分かった。お主がそういうなら我にも考えがある。

 お主に女の子としての喜びを教えてやろう』

 

「おおー」

 

『信じておらんな? まあいいわ、今に感服することになるからの。

 お主が今身に着けて居るTシャツ、実は変身機能があるんじゃよ。

 何か好きな服を思い浮かべてみるといい。あ、ただし変えられるのは上着だけじゃ。靴や帽子などの装飾品や下着類は出せん』

 

 え、まじか、先に言ってほしかったー-とも思ったけど、別に上着は買ってないから大丈夫か。

 それじゃあ試しにいつものー-

 

「おおー」

 

 黒い繊維がぐにゃぐにゃと蠢き、形を変えていく。

 数秒の後、現れたのは防弾チョッキやらの防具を付けた冒険者スタイル。

 うん、これが一番落ち着くな。

 

『ちがーう、我が見たいのはもっと女の子っぽい服じゃ』

 

 何故か不満そうに声を荒げるシル様。

 お、女の子っぽい恰好……ワンピースとかか?

 

『うむ、まあ及第点じゃな。やってみると良い』

 

 ワンピースワンピース……どういうのだったか?

 確か上と下が合体した奴で、下が広がっていてーー

 

『ってこれ、家庭科の授業で作ったドラゴンエプロンじゃろっ。しかも裸ー-いや下着を着とるから下着エプロン? と、ともかくなんかえらいことになっておるって。

 ……普通の男児はこんなものなのか? いやでもお主には妹がおるじゃろ。彼女は普段は何を着ていたんじゃ?』

 

 なかなか鋭いツッコミだ。

 

 とそれはいいとして、お金がないとかで俺のお古を着てたんだよ。

 いや実際そこまで困窮してたわけじゃないんだぞ? ただ何故か服に関しては節制をこだわっててさ、俺が昨日着ていた服を夕菜が朝着ていたりとかもあったな。

 

『……』

 

 何故か黙ってしまうシル様。

 そんなにやばいのか、これ? 夕菜は兄弟なら普通の事ですとか言ってたぞ?

 

『まあ、家族の形は人それぞれじゃからな。うむ。

 ともかく、お主は一度ネットで女子がどんな服を着ておるか見てみると良い。ほれ、善は急げじゃぞ』

 

 えー。……まあシル様が言うなら仕方ないか。

 

『嫌じゃろうがこれもTSっ娘の定めー-え、よいのか?』

 

 ほら、これから月宮マコー-女の子としていく必要があるわけだろ?

 だったら少しは女の子っぽい恰好もした方がいいさ。

 

『っ……そうじゃなあ、まず調べるのはー-』

 

 何かを誤魔化すように勢いよく話始めるシル様。

 それをわりと真面目に聞きながら地上への道を歩いた。

 

 

 

 

 

 夜。地上付近の安全地帯(セーフポイント)にて。

 突然の尿意に起こされ、そこに設置された簡易トイレ(当然男用だ)に入る。

 どうやらこの体は人間とほぼ同じに作られたらしく、食事や睡眠も必要だし諸々の生理現象も起こるとのことだった。

 

 最初のころはどうやって出てるんだとか色々気になっていたけれど、今や慣れたもの。下着を脱いで洋式便所に腰掛ける。

 

 ちょろちょろと流れていくそれ。

 何とも言えない感覚に襲われながら、ふと気になったことを聞いてみる。

 

 そういえば、シル様ってどういう状態なんだ?

 ほら、口に出さなくても話せるわけだろ。俺の思考とか感覚を共有してる感じ?

 

『……思考も感覚もお主が伝えようと思わなければ分からんよ。

 まあ今は寝起きゆえか色々と垂れ流しになっておるがの』

 

 え? ……ってことは今シル様はー-

 

「シル様のざーこ、へんたーい」

 

『ちょっ、元はお主のせいじゃからな!?

 っというかわざとやっとるじゃろ、それっ』

 

 

 



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第十五話 神は賽子を振らない

「……一斉探索、ですか?」

 

 あの子と出会って三日ほど経った日の放課後。

 柊先生に呼び出された雪乃と紗友里は、明後日から行われる一斉探索に参加しないかと誘いを受けていた。

 

 作業用椅子に座る先生が足を組み替えて続ける。

 

「そうだ。私たちが出会った存在ー-協会は死神と跳躍者をかけてリーパーと名づけたらしいが、そいつの目撃例がここ三日間で急激に増えているらしい。

 そこで数日間ダンジョンを閉じて、精鋭冒険者のみによる大規模な探索を行うことになった。

 君たちにはそこに案内役として付いてくることを頼みたいんだ。なに、護衛はちゃんとつくから戦闘面での心配はないさ」

 

「はあ。話は分かりましたけれど、どうしてそれで私たちが呼ばれたんですか?

 他にも目撃者はいるんですよね?」

 

「ああそれは、実際にその姿を見たのが私たちだけだからだな。

 他の人たちはマップ上の赤い点が不自然に明滅する現象を見たに過ぎないらしい。急いで現場に向かってもモンスターの影すら見つけることができなかったと。

 感知や移動系のスキルを持ってるんじゃないかと言っていたな」

 

 先生の言葉に、突然現れ忽然と姿を消したあの子の姿を思い浮かべる。

 確かにあの力があればそのくらいできるか。

 

「うん、いいよー。私たちだってー-」

 

「ちょ、ちょっと待って。

 ……先生、その前に聞きたいことがあります」

 

 軽い気持ちで同意しようとした紗友里を制し、一歩前に出る。

 そう自分たちに都合よく転がるはずもない。

 

「探索の理由はどっち(・・・)ですか?

 もし見つけたらその後はどうなるんですか?」

 

「え? 助けてあげるんじゃないの?」

 

「……」

 

 紗友里の問いに顔をゆがませる先生。

 迷うように口をもごもごと動かしー-最後は大きく息を吐いた。

 

「万が一の可能性もある。

 捕獲するにしろ、きっとロクな扱いはされないだろうな」

 

「えっ……まだあんなに小さい子なんだよっ!?

 それをそんなー-」

 

「仕方ないことなんだっ。

 もし情をかけて取り返しのつかないことになったらどうする?

 最初期にモンスターへの攻撃を躊躇したせいで、どれだけの人間が死んだと思ってる? 後顧の憂いを断つには、やりすぎなくらいの安全策を選ぶほかないんだ」

 

「……せんせいはそれでいいの?

 せんせいも見たでしょ、あんなに怯えてー-」

 

「やめなさい紗友里。

 ……少し考えさせてください」 

 

 詰め寄ろうとした紗友里をつかみ、先生に頭を下げる。

 紗友里が言いたい事はみな分かっているのだ。分かってて、受け入れている。そうせざるを得ない過去が今まで積み上げられてきたから。

 

「ああ、ゆっくりと考えるといい」

 

 去り際に残した、先生の焦燥した顔が頭を離れなかった。

 

 

 

 

 

「どうするゆきのん?

 あの子ほかの人が怖いんだよね。それなのにあんな大勢で追い回すようなことして、しかも捕まったらろくな目に合わないって……」

 

「分かってるわよ、私たちが先に見つけて保護するしかないわ。

 ただ問題はどうやって探し出すか、ね」

 

 泣きそうな顔を浮かべる紗友里の頭をポンポンと叩き、今後の策を考える。

 

 あの子について雪乃たちはほとんど何も知らないのだ。

 分かっているのも恐らく迷宮人で、ずっと一人で暮らしてきただろうことくらい。あれからコンカに連絡も来なかった。

 

 そもそも何であの子はあそこにいて、雪乃たちを助けた?

 安全地帯(セーフポイント)の近くにいたのは偶然? そうじゃなかったら、どうやってピンチを知った?

 いや、感知系のスキルがあるんだったらそれくらい簡単か。そもそも本当に偶然の可能性もあるしー-ううん、このアプローチは駄目ね。絞り込めない。

 

「あの子、今どこにいるのかな? 

 寂しくて泣いたりしてないかな……」

 

「……そうか」

 

 その言葉に引っかかるものがあって、紗友里に話しかける。

 

「ねえ、もし紗友里が人と関わりたくないと思ったらどこで暮らす?

 具体的にはどこで寝泊まりする?」

 

「うーん、人がいないところ……森の中とか廃墟とか? 

 あ、でもー-」

 

「そう、どっちも難しいのよ」

 

 紗友里の言葉に思い至った結論を重ねる。

 

 オリジナルスタンピードに備え多くの準備を進めてきた人類。

 その中には無人兵器の開発があった。されとてそれはマップ機能の搭載で対象を判別し攻撃可能という結果にはなったものの、モンスターの有機的な動きに対応できず、戦線を担うには十分足りえないとの判断が下された。

 

 ただ今は別の形ー-非居住地の警備という形で活躍していた。それも対モンスターではなく、対犯罪者用に。

 大量のモンスターには対応できない無人兵器たちも、少数の人間に対しては有効であったのだ。治安維持なんかに遊ばしておく人員がいない人類にとってもそれは朗報で、今や森林地域や廃墟なんかでは地上や空を無人兵器が闊歩し、鼠一匹入れやしない状態になっている。(因みに居住地での捜索などが未だ人の手によって行われているのは、大勢の人間がいる状況下での判断が無人兵器にはまだ難しいからだ)

 

 そんな場所で暮らすなど不可能に近い。

 また街の中に住もうにも、モンスターとして表示される以上いつ通報されるかも分からない。そもそも近づかれるのも駄目なほど人嫌いであるはずだ。

 

 つまるところ、あの子にとって地上に安寧の地はないのだ。

 ならばどこにいるのか? 答えは多分一つしかない。

 

「木を隠すなら森の中。ずっとダンジョンの中にいるのよ。

 そして安全地帯(セーフポイント)で寝泊まりしてる。探すならそのどれかよ」

 

 人間に絶対反抗であるモンスターだけど、それは異種間でも同じこと。だからその生息地は基本的に被らないようになっている。

 また基本的にモンスターは眠らないし、ここ静岡ダンジョンのモンスターは夜になると強化されて狂暴になる特性がある。

 もしそこで十分な休息を取ろうと思ったら、扉で閉ざされた安全地帯(セーフポイント)しかないはずだ。

 

「……でもダンジョンの中は長くいられないはずだよね? 

 人体に良くない魔素がたくさんあるから」

 

「そうね。だからモンスターと同じように耐性があるんだと思うわ」

 

「だとしてもどうやって安全地帯(セーフポイント)の中に入るの? 多分コンカは持ってないよね?」

 

「分からないわ。移動系スキルで抜けるとか方法があるかもしれない」

 

「もしモンスターみたいに眠らなくてもよかったら?」

 

「さあ」

 

「そもそもー-」

 

「分かってるっ。私も分かってるわよ。これがただの推論に推論を重ねた暴論に過ぎないってことくらい。

 でもね、あの子を見つけるにはこれくらいあたりを付けないと無理なのよ。あんな巨大なダンジョンを隅々まで探すなんて、私たちには無理。絶対に彼らに先を越されてしまう」

 

 それに、と雪乃は続ける。

 

「それなら急に目撃情報が増えたのも納得がいくわ。私たちが知らないだけで、あの子は色んなダンジョンを渡り歩いてきて、各地で同じことが繰り返されてきたのかもしれない。だからこんなに早く対応が決まったのかもしれない」

 

「……でも、それだったらあたしたちの助けはいらないってこと?

 一人で逃げられるってことだよね?」

 

「そうね。全部私たちのお節介だわ。

 ただ今を逃すとあの子はここから離れてしまうかもしれない。どこかもわからない、私たちの手が届かない場所へ」

 

「……」

 

 雪乃の言葉に、紗友里は考え込みー-そうして花咲くような笑みを浮かべた。

 

「わかった。信じる。

 それじゃあ今日の夜にでも出発だねっ」

 

「い、いいの? 

 自分で言うのもなんだけど、かなりぶっとんだ推理だと思うわよ?」

 

「うん、大丈夫。ゆきのんがそういう目をしてる時は全部正しいんだって、あたし知ってるから。

 ……でもそっか、私以外にもそれだけ思える人ができたんだね」

 

「紗友里……」

 

 ほんのり寂しそうな表情を浮かべる紗友里。

 大丈夫よ、あなたも含めてみんな家族だから、とまあこんな風に深夜帯での探索が決まりー-

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと敵が強すぎないっ!?

 やっぱり私たちで潜るなんて無理だったんだよっ」

 

「さ、最初から分かってたことでしょっ。とにかく今は撃ち続けなさいっ。

 本当に死ぬわよっ」

 

「ゆ、ゆきのんのおにー。あくまー。高学年までおねしょしてたー」

 

「ちょっ今それ関係ないでしょっ!?」

 

 超強化されたゴブリンたちに追い回されながら(しかも倒したところで得られる経験値は同じだから、本当にうまみがない)何とか上層の安全地帯(セーフポイント)を巡り、三つ目にたどり着いたところでー-。

 

 

 ようやくあの子を見つけたのだった。

 

 



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第十六話 どんな姿でも



 長らく(?)お待たせしました。
 救済回です。


 安全地帯(セーフポイント)の端でポツンと点灯する赤。

 それが差し示す一張りのテントの前に雪乃と紗友里はいた。大きく唾を飲み込み、紗友里がゆっくりとファスナーを開ける。

 

「か、かわいいっ」

 

「そうね。……なんだ、普通の女の子じゃない」

 

 その中で寝ていたのはやはり10歳くらいの女の子だった。

 ただその顔にモンスターらしき特徴はなかった。しいて人と違う部分をあげるなら髪が白いくらい。

 あとはそう、目尻が赤くなっていたー-まるで泣いていたかのように。

 

「やっぱり……でもどうしてゴスロリを着ているのかしら?」

 

「さ、さあ? 好きなのかな?」

 

 雪乃の困惑に、紗友里がこれまた困惑を返してくる。

 なぜかあの時と違ってなぜかひらひらしたゴシックロリータ(ゴスロリ)衣装を着ていたのだ。

 一瞬違う子ではとも思ったけど、背丈や体型からして多分あの子に間違いない。モンスターとして表示される少女がそう何人もいてたまるかという気もするし。

 

「それでどうしよう?

 何かやってから声をかけた方がいいかな?」

 

「そうね……」

 

 瞬間移動系のスキルへの対策も一応あることにはある。

 ただそれは結界で封じ込めたり(この方法は少なくとも雪乃たちには無理だ)、あるいはどこかに縛り付けてしまったりという、人嫌いな少女相手にはあまりやりたくない方法だった。

 

「直球勝負よ、このままやりましょう。

 ただ怖いでしょうからファスナーは閉めておきましょうか」

 

「あたしの得意分野だね。おっけー、まかせて。

 あの、ちょっといいかな? 話したいことがあるんだ」

 

 雪乃が意を決して声を投げる。

 そうして何度か呼びかけた後、ガサゴソという音と共にテントの中の影が動いた。

 

「? なに、敵襲っー-」

 

 声を上げた刹那、その音を殺す少女。

 はあはあと大きな呼吸音が漏れ、何かを訴えるように少女の腕がテントの布をたたく。

 

 その狼狽した姿を雪乃たちは息を吞んで見守っていた。

 人間嫌いがここまで深刻なものだったとは。……まさか本当に何か(・・)されたとか?

 

 呼吸が穏やかになった後、紗友里がゆっくりと説得を始める。

 

「ごっ、ごめんね。

 でもね、あたしたちはあなたを助けに来たんだっ。それだけは信じてほしい」

 

「……助けるって何ですか? 

 あなたたちみたいなざこが何から私を助けるって言うんですか?」

 

 少女からいつものような罵声が飛んでくる。

 ただ心なしか、その声に元気がない気がした。

 

「明後日ー-いや、もう明日になるのかな。

 明日ね、みんなであなたを探すことになったの。すごい冒険者も沢山来るから、あなたでも危ないかもしれない」

 

「そうですか……案外、早いものですね」

 

 苦しそうにポツリと零す少女。

 やっぱりそれを繰り返してきたとか?

 

「それでわざわざそんなことを教えに来たんですか?

 こんな夜に、私なんかを探して?」

 

「うん、そうだよ。すっごい大変だったんだからー-ってそうじゃなくてね。もう一つ、大事なことを伝えに来たんだ。

 ー-あたしたちと一緒に来ない? 絶対、辛い思いはさせないから」

 

 紗友里が再びその言葉を告げる。

 少しして少女は確かめるようにゆっくりと口を開いた。

 

「もし私がモンスターだとバレたらどうするつもりですか?

 それとも何か隠す方法でもあるんですか?」

 

「それはええと……」

 

「ほら、やっぱり無理なんじゃないんですか。

 私だって考えたんです、馬鹿なあなたたちと違って、そりゃあもう色々な方法が頭に浮かびましたよ。

 でもっ……でも無理なんですよ。私は、誰か(・・)と一緒にはいられないんですっ。

 だから、だからー-帰ってください」

 

 その悲痛な吐露を聞きながら、雪乃は思い違いしていたことに気付いた。

 少女は人と関わるのじゃない、関わった人が不幸になるのが怖いのだ。あるいはそういう経験があるのかもしれない。だからずっと一人でいた。誰かを傷つけたくないから。

 

 帰ってくださいと少女は言った。

 その思いはあるのだろう。でもそれはきっと本心じゃない。

 だってまだ逃げてないのだ。本当に話したくなかったら、転移で逃げてしまえばいいのだから。

 

「……あたしねひどい彼につかまっちゃって、やばい事態に巻き込まれそうになったんだ。その時ほんとに寸前のところでゆきのんが助けてくれて。

 それですっごい恨みを買うことになったんだけど、それでも今もゆきのんは友達でいてくれて。

 だからね、ええと何が言いたいかというとー-」

 

「人に迷惑かけてもいいのよって話でしょ?

 まあ紗友里の場合はもう少し自重した方がいいと思うけどね」

 

 口下手な紗友里が言いたいことをつなぐ。

 気を付けます、と形ばかりの敬礼をする紗友里。こんなんでも縁を切りたいと思わないあたり、随分と毒されてしまったものだ。

 

「そんなのっ……ただの傲慢じゃないですか」

 

「ご、ごうまん? えーと……」

 

「自分勝手ってことよ。まあそうかもしれないわね。

 でもね、誰かを傷つけないで生きるなんて無理な話なのよ。みんな大なり小なり傷つけあいながら、それでもなんとか暮らしてる」

 

 それにね、と雪乃は続ける。

 

「迷惑かけないようにって変に思いつめる方がかえって迷惑だわ。

 一緒にいて迷惑かどうかは周りが決めるの、あなたじゃない」

 

「……だとしても、どうやってそれを知るっていうんですか?

 私のせいで不幸な目にあって、そうして恨まれてしまったらーー」

 

「そうなったら勝手に離れていくだけよ。

 まあでも、少なくとも私たちはどんなことがあろうと一緒にいるわ。

 だからー-あなたが抱えているものをちゃんと話しなさいよ(・・・・・・)。そうしてくれないと一生分かりあえないままだわ」

 

 息を呑む音。

 暫くして、ぽつりぽつりと少女は零し始める。

 

 

「……私、わがままになってもいいんですか?

 こんな体でも何か(・・)を望んでもいいと思いますか?」

 

「うん。当たり前だよ。

 例えどんな体でもあなたは人で、幸せに権利があるよ。あたしが保証する」

 

 初めてさらけ出してくれた本音の部分を紗友里が全力で肯定する。

 やがて、テントの中の少女が微笑んだようなそんな気がした。

 

「……あなたたち、名前は何て言うんですか?

 この際だから聞いてあげます」

 

 ようやく見せた歩み寄りの姿勢に、雪乃と紗友里は笑いあって自らの名を告げる。

 

「あたしは比護 紗友里。上の冒険者学校中等部の三年だよ」

 

「私は手柴 雪乃。同じく三年のこいつの幼馴染よ。よろしくね」

 

「そうですか、私はマコ、月宮マコです。

 この借りは絶対返します」

 

 そうして少女、マコが恥ずかしそうにテントの中から出てくる姿を想像してーー

 

 

 ー-気配が消える。マップからもいなくなる。

 

「……あれ?」「……え?」

 

 誰もいなくなった安全地帯(セーフポイント)で、二人の驚嘆の声がこだました。

 

 



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第十七話 それは魔法のように

 心が燃えるようだった。全身が熱く滾っていた。

 

 激情のままに安全地帯(セーフポイント)を飛び出して地上に転移し、夕菜にメールを送る。

 モンスターのことは言えないから、もし自分が面倒な事態に巻き込まれたとしても一緒にいてくれるか、とかそんな感じの気持ち悪い文面だったと思う。

 ただそれでも返事はすぐに返ってきてー-

 

 

『は? 下らない言い訳してないで、早く帰ってきてください』

 

 

「ー-っ、ー-っ、ああああっ」

 

 一文。たったそれだけで体から力が抜けて、へたりこむ。

 瞳から涙が零れていく。ずっと体を蝕んでいた何かが解けていく。

 

 嗚呼、そうだ。夕菜は、俺の妹はそんなこと気にする人間じゃない。

 叔母さんたちの元を離れた方がいいかもしれないと伝えた時も同じだった。

 

『全く、なんで悪くもない兄さんが謝るんですか? 

 ほら早くいきますよ。……ほんと、おにぃは私がいないと駄目なんだから』

 

 そう言って俺の手を握ってくれてー-。

 

「っ」

 

 壊れそうになる体。

 勢いで『愛してるぜ、夕菜』とかクソ寒いメッセージを送って、ダンジョンの中に転移する。

 

 どうして、忘れていたんだろう?

 一度死の恐怖に苛まれたから? あるいはこんな訳の分からない体になってしまっただろうか?

 

「ほんと……ざこはどっちなんだか」

 

 涙を拭って立ち上がる。

 今なら何でもうまくいきそうな全能感に包まれている気がした。

 

『……もう、よいのか?』

 

 ああ、もう大丈夫だ。

 一斉捜索に向けて、色々と急いで準備しないと。

 雪乃さんたちには悪いけど、後でメッセージでも送ることにするよ。幸い電話番号は知っているわけだし。

 

 ……あれ、そういやどういう流れで励ましてくれる事になったんだっけ?

 

『さ、さあな。まあ今はそこまで深く考えなくともよい。

 その顔をみせてくれただけで、我は十分じゃ』

 

 シル様の妙に嬉しそうな声が頭に響いた。

 

 

 

 

 

  

 静岡ダンジョン最下層、ボス部屋。

 その荘厳な両開きの扉の前に俺は立っていた。ポーションやら食料をポケットに詰め込んで。 

 

 高ランク冒険者も集まる一斉探索だ。静岡ダンジョンの中にいたら、ひとたまりもないだろう。

 さりとてここから逃げ出す力はない。ー-少なくとも今の俺には。

 

 はやる気持ちを押さえ、その扉を開ける。

 いつかはやりたいと、やらなければと思っていたことだ。今回はそれが早まっただけ、だから俺ならやれるさ。

 

 中に広がったのは、コロシアムのようなドーム状の空間。

 その中央には台座に乗った青色の宝玉、ダンジョンコアとその幻影たるボスモンスター。

 

 グルァァァァァァァァァ

 

 体長3mはあろう巨大な白色の熊が大きく咆哮する。

 ー-俺はこの音を聞いたことがあった。忘れもしないあの日に。

 

 グレーターベア(C)Lv._

 筋力 B        

 物防 B     

 魔防 B        

 知性 C       

 器用 C      

 敏捷 B        

 運  C

 

 <使用スキル☆>

 覇者の波動

 爆風の息吹

 

 コンカに暴力的なステータスが映る。それに加えて、過去のSランクを再現したボスモンスターは例外的に当時持っていたすべてのスキルを使うことができる。

 対して俺のステータスはこれ。

 

 月宮 マコ(C) Lv.9  死神 Lv.1    

 筋力 B(↑)          

 物防 D   

 魔防 D       

 知性 D        

 器用 B         

 敏捷 B         

 運  C 

    

 <スキル>

 攻撃系 

  絶命の一撃 Lv.1

 防御系 

  なし

 補助系 

  転移 Lv.2      

 加護系 

  冥王の寵愛 Lv._

 

 筋力が上がって何とか希望が見出せるようになったものの、それでも圧倒的に足りない。敏捷の数値は同じなのに、相手の攻撃を一発食らっただけでアウトというシビアな条件だ。

 加えて、俺の目的は普通に倒すだけじゃ達成できなかった。

 

 足を踏み入れると同時、後ろでばたんと扉が閉まる。

 ボス部屋は、挑戦者かボスが倒されるまで何人たりとも中に通さない。

 それがダンジョンで定められた絶対的なルールだ。どんなスキルを持っていようと、覆すことはできない。

 

 スキルのレベルは使い続けることで上がっていき、ボス部屋は俺が生きている限りダンジョン内で唯一の安全圏となる。だからー-やることは一つ。

 

 俺はここで敵の猛攻を耐え続ければいい。

 隣のダンジョンへと渡ることとができるようになるまで、つまり「転移」のレベルが3になるまで。

 

「あはっ、持久戦ってやつですね」

 

 自然と口から笑みが零れる。

 正直、厳しい賭けだった。勝ち目なんてないに等しい戦いだった。

 

 ただそれでも諦めるわけにはいかない。

 他に探索の手から逃れられる方法はないし、何よりこんな俺でも誰かに迷惑をかけてもいいと言ってくれた少女がいたから。幸せになる権利はあると背中を押してくれた少女がいたから。

 

 だから決めたのだ。

 もう何も諦めやしないと。望んだもの全部手に入れてみせると。

 

「じょーとーです、やってやりますよ。こう見えて私、体力ある方なんです。

 だからあなたもー-頑張って耐えてくださいね?」

 

 挑発的な口調が今は頼もしい。

 絶望に抗うため、俺は父さんの仇(グレーターベア)へと向き直った。

 

 



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第十八話 次なる場所へ

 その日は、茹だるような暑さだった。

 朝から大きな地震があって、その片付けに父さんや大人たちが忙しなく追われていたことを覚えている。

 

「それじゃあちょっと行ってくる。

 なに、大した被害はないそうだからすぐ帰ってくるよ」

 

「だ、大丈夫なの、あなた? 何か変な噂が流れているけど……」

 

「街中に化け物が出たとかいうやつだろう?

 全く嫌になるよな、こんな時に変なデマなんか流して。何がしたいんだか」

 

 夕菜を抱えた母さんの心配に、肩をすくめて答える父さん。

 騒動当初は情報が錯綜していて、何が真実か理解できる人間はほとんどいなかった。それが幻想などとっくに卒業したであろう大人であれば尚更だった。

 

「……おとーさん、いっちゃうの?」

 

「そうだ。お父さんはこれから困っている人を助けに行くんだ。

 だから、真。お前はお兄ちゃんとして、お母さんと夕菜を守るんだぞ?」

 

「うんっ分かった。おにーちゃんとして、ぼくがまもるねっ」

 

 ポンポンと俺の頭を撫でて、家を出ていく父さん。

 

 例えそのすぐ後に動物の不気味な叫び声が聞こえようと、どれだけ凄惨な光景を見せられようとその帰還を信じて待っていてー-

 

 ー-結局、父さんが帰ってくることはなかった。

 膨大な行方不明者リストの中に、今もまだその名は眠っている。

 

 

 ……。

 …………。

 

 

「はあっ、はあっ」

 

 強烈な横振りをしゃがんで回避。

 足がもつれそうになりながらも、何とかグレーターベアと距離を取る。

 

 すかさず衝撃波を伴ったブレスである「爆風の息吹」が飛んできて、やむなく「転移」で避ける。

 即座に捕捉し、詰めてくるグレーターベア。

 

 この攻防ー-いや回避を何度繰り返しただろう。

 何千回、あるいは何万回か。

 戦闘開始からどれだけ経ったかもよく分からない。まるで異空間に紛れ込んでしまったかのように、時間の感覚が曖昧だった。

 

 気が付けば、周りを数多の紫色の破片が飛んでいた。

 きらきら、きらきら。

 それが瞬くたびに、夢幻のように懐かしい記憶を見せてくる。

 

「走馬灯ってやつですかっ。

 それは、随分と縁起がいいですねっ」

 

『これはまさかっ……いや、何でもないのじゃ』

 

 シル様が何かを言いかけるのを聞きながら、グレーターベアの突進を横に避けようとしたところでー-反応が遅れる。

 

「ぐっ」

 

 巨体に撥ねられた衝撃で、宙を回転しながら舞う体。

 ぐしゃりと何かが潰れた嫌な音を出して地面に墜落する。

 

 見れば、左半身が原型も分からないほど無残な姿になっていた。

 ああ、これはまずい。痛みすら感じないほど、体がまともに……。

 

『しっかりするのじゃっ、本当に死ぬぞっ』

 

 シル様の切羽詰まった声。とどめだと言わんばかりに迫る「爆風の息吹」。

 それをクールタイムが貯まった「転移」で回避しー-同時に自身の枠が拡張されたような感覚を覚える。

 

 ー-レベルアップだ。

 「転移」のレベルが3になり、クールタイムもリセットされた。

 

 今更、なったところでっ……けど、やるしかねえっ。

 

 最後の望みをつなげるべくグレーターベアの上空、限界ギリギリまで転移してその急所の一つ、うなじに向かって落ちる。

 

 突如標的を失ったグレーターベアはうろうろと首を振りー-

 

 グルァァァァァァァァァ

 

 「覇者の波動」を発動させる。

 その効果で体が痺れ、落下が急激に遅くなる。

 

 刃が届く前に俺を捉える双眼。にい、と嘲笑うかのように口角が上がり、射程に入った瞬間にその身を切り裂こうと腕が構えられる。

 ー-俺の体は動かない。

 

 くそっ。ここまでなのかよっ。

 何かないか、そう視線を巡らせー-自分が着ている服が目に入る。妙にひらひらした感じに変身した(・・・・)それが。

 

 

 ……なあ、神様。

 ちょっとくらい伸びたり縮んだりする服があってもいいよな?

 

『? それが上着と言える範疇であれば可能かもしれんがー-ってまさかっ』

 

「そのまさかですっ」

 

 らしくなかった、シル様に言われて女物の服にするなんて。

 空中で上着を変化させる。イメージはそう、伸縮自在の素材で出来た服。

 

 激痛と共に左手の袖がにゅるにゅると伸びていく。そのままグルグルとグレーターベアの首に巻きつかせ、即座に伸縮させる。

 急加速、回転する体。

 思ったよりもはやい速度に驚きながらも、それでもグレーターベアの攻撃より早く背後に入り込んでー-

 

「これで、終わりですっ。」

 

 「絶命の一撃」を発動させる。

 赤いオーラを纏った必殺の一撃が、敵の首を切り裂く。

 

 グルアアアアァァァァァ

 

 どさりと落ちる俺の体。

 同時に、死を悟ったのかグレーターベアが断末魔を上げる。その体がゆっくりと消失していく。

 

「ー-私の、勝ち。

 なんで負けたのか、明日までに考えてみたらどうですか?」

 

『ゴムゴー-い、いやどちらかというと立体起動装ー-な、何でもないのじゃ……』

 

 完全に捏造された決め台詞と何かを言いかけるシル様の声を聞きながら、何とか胸ポケットから治療用ポーションを取り出して、振りかける。

 ボスを倒して、それで終わりじゃないのだ。これから、恐らくは外で待機しているであろう冒険者たちを振り切らないといけない。

 

 ただ幸いなことに、その体が完全に消失するのはまだ時間がかかりそうだった。

 紫色の光を眩いばかりに発して崩壊していくその光景を、激痛に耐えながらぼんやりと眺める。

 

 ー-なんーそ----

 

 不意に、誰かの声が聞こえた気がした。

 懐かしい、そしてもう二度と会えないと思っていた人の声が。

 

 ……まさか、な。 

 

『そうとも限らんよ。

 そもそも魔素は数多の人間が抱いた感情の残滓が集約して生まれたもの。

 お主の父親から零れ落ちたそれが、お主との戦闘で共鳴したのかもしれん』

 

 な、なるほど?

 

 突然のカミングアウト(しかも人類の至上命題たる「魔素とは何か」の答え合わせだ)をされ色々と思うところはあったものの、何とか受け入れる。

 なにより、そう思った方が救いがある気がして。

 

 ほぼ全快した体で立ち上がり、青色のダンジョンコアに触れる。

 魔素。ダンジョンコアより生まれ出でる未知のエネルギー。シル様の言う通りその根源が人の感情だというのなら。

 はたして父さんはどんな感情を抱いて最期を迎えたんだろう? 成長した俺を見て、励ましてくれただろうか? 

 なあー-

 

「……父さん」

 

「ー-開いたぞっ、詰めろっ」

 

 野太い声と同時、背後よりぞろぞろ人が入ってくる気配。

 

 やべっ、来やがったっ。

 探索隊の乱入に即座に「転移」を発動させ、ボスの部屋より離脱する。

 

「くそっ、なにやってー-」

 

 てんやわんやする冒険者たちの声を後ろで聞きながら、洞窟を駆ける。

 向かうは静岡ダンジョンの端、他のダンジョンと隣接する部分。

 

『さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 楽しみじゃのお、我が使徒よ』

 

 本当に楽しそうな声でそう聞いてくるシル様。

 ああそうだなと頷いて、俺は新しいダンジョンー-藤枝ダンジョンの中へと「転移」で飛び込んだ。

 

 

 




 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 あと一話(別視点)を残して、一章も終わりとなります。
 少しでも「面白かった!」「期待できる!」と思っていただけましたら、感想や評価いただけると嬉しいです。

 二章は新たなダンジョンが舞台の話です。勿論新ヒロインも出てきます。
 乞うご期待!


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第十九話 浮気者

「……先ほども申し上げましたように、紛失物として扱うことはできかねますのでー-」

 

「だからっ、何度も言ってるじゃないですか。

 私の兄さんが私の元を離れている、この状況が既におかしいんですって!」

 

「はあ。そうおっしゃいましても、回線の使用状況等に特別おかしな点は見られませんし、私共としてはそういったこともあるのではないかとしかー-」

 

「もういいですっ」

 

 話を分かってくれない担当の人間に見切りをつけ、夕菜は携帯のキャリアショップを飛び出した。

 

 警察、冒険者協会、お客様センターえとせとら。

 何処におにぃの居場所やコンカを探してほしいと頼み込んでも、本人と連絡が取れている以上それはできないの一点張り。プライバシーがなんちゃらと言って相手にしてくれなかった。

 中にはめんどくさい妹がいてかわいそうだとでも思ったのか、「お兄さんにはお兄さんの幸せがあるんですよ」とか諭してきた店員もいたくらいだ。

 

 ……全く、この想いは世間のそれとは違って一方通行じゃないのにっ。

 小さく息を吐いて、朝から何百回も見返したその画面を開く。

 

『愛してるぜ、夕菜』 

 

 一文。たった一文。

 それだけでおにぃが自分で書いたものだと理解できた。同時にそれが夕菜がおにぃに抱く想いと全く同じなことも。

 

 最初はあの女に監禁されているのかと思ったけど、多分違う。

 おにぃは何か(・・)に巻き込まれて面倒なことになったのだ。だから夕菜を巻き込まないように家を出て、全てを解決したら戻ってくる気でいる。直前のまどろっこしいメッセや卒業までに帰ると何度も伝えてきたのもそれで説明がつく。 

 

 ただそうすると、決済履歴に出たあれやこれがおにぃの意思で買われたという事実を認めざるを得なかった。

 一体どんな理由で急にそういうものが必要になるのか。本当に理解できない、理解したくもない。

 大体、普通自分の下着を人に買わせる? 下着のプレゼントなんぞ普通のカップルでもまずやらないし、それこそー-

 

「っー-!」

 

 最悪な想像を頭を振って追い出す。

 ああ、そうだ。相手は位置情報を偽造してくるような性悪女なのだ。夕菜を挑発するためだけに、おにぃにそう迫ってもおかしくはない。

 

 だから夕菜がやるべきことは変わらない。一刻も早くおにぃを見つけて説得してやるのだ、そんな奴と一緒にいることはないと。

 

 そう決意を固めたところでコンカに通知が入る。

 

「一斉探索……?」

 

 冒険者協会から送られてきたそれには、明日から新種の可能性があるモンスターの探索を行う旨が書かれていた。特徴として移動系スキルを持っていて、黒い服を着た人型であることなどが挙げられている。

 ……何だか、つい最近そんな不審な人物を見た気がする。

 

 まさかね。そう思いながらも夕菜は治療役として参加することを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 扉が閉まったボス部屋の前で、大勢の冒険者たちが待機していた。

 彼らの表情はみな硬い。未探索の場所はもうボス部屋以外残されていないのだ。

 その中にいるのが件のモンスターなのか(だとしたら前代未聞だ)、あるいはもう既に逃げられていて一斉探索を知らない馬鹿な冒険者が戦っているのか、答えはその二つしかない。

 

 誰もが固唾を吞んで見守る中、ゆっくりとその扉が開く。

 

「ー-開いたぞっ、詰めろっ」

 

 リーダーの掛け声で一斉にボス部屋に突入する。

 

 ーーいた。

 ダンジョンコアの傍に立つ、あの時の少女。

 しかしその姿は煙のように消える。事前打ち合わせでは転移系スキルを防ぐ「結界」を即座に展開する手筈だったはずなのに、発動された様子はない。

 

「くそっ、なにやってるんだっ。

 プラン変更ー-」

 

「待ってくださいっ」

 

 リーダーを止めたのは一人の青年。手筈に通りに動かなかった「空間属性魔法使い」だ。ぎょろりとリーダーが睨むも、青年は続ける。

 

「「遠視」のスキルで見えたんです、見えてしまったんですよ。

 あの子がダンジョンコアを触りながら寂しそうに「父さん」と、そう呼ぶのを」

 

「っ……それが、どうしたんだというんだ?

 迷宮人だから見逃せ、とそういうことかね?」

 

「いえ、そうではありません。

 ただ父親、いや父親の幻影を殺さざるを得ないような理由がー-」

 

 探索そっちのけで言い合いを始める二人。

 次第に周りの冒険者たちもヒートアップしていき、それは隊を二分する論争へと姿を変える。

 

 夕菜はその争いを眺めながら、一つの確信を持った。

 迷宮人ー-人間とモンスターの混血。

 なるほど、確かに少女が抱える問題がそれだとしたら色々と納得がいく。おにぃが俺が助けてやらねば、と思ってもおかしくはない。

 

 ー-でもそれなら何で自分は誘ってくれないのか。夕菜は唇をかむ。

 もしその密談に混ぜてくれたなら、そんな問題さっさとケリをつけて二人きりの生活に戻れるのに。

 そこまで考えて、少女がソロでボスを倒していた理由に思い至った。

 

 そうだ、おにぃはざこなのだ。

 私一人ではあなた一人を守るのが限界とかなんとか言い訳して、二人だけの状態を続ける気なのかもしれない。世間が全員敵の、二人きりの逃避行を。

 

 ー-嗚呼、なんて羨ましい。

 

 夕菜の中にドロドロとした黒いものが渦巻いて行く。

 

 戦闘面は少女に頼り切り。おにぃができるのはサポートだけ。

 それはもう凄い優越感に浸れることだろう。勝手に負い目を感じて色々と尽くしてくれるかもしれない。どんなことをお願いしても、しょうがないなと受け入れてくれるかもしれない。それこそ夕菜が我慢していたようなあれやこれなんかも簡単に出来てー-

 

 っ、絶対に許さない。あんの泥棒猫っ。

 

「だ、大丈夫かい、嬢ちゃー-ひぃっ」

 

 こんな時に声をかけてきやがったナンパ野郎を無視し、今後の方針を考える。

 

 相変わらずこちらから捕捉するのは不可能に近い。だとしたら、向こうから助けてくれと泣きついてくるようにー-強くなるしか道はない。

 勿論、二人が不利になるようなことはしない。最悪の場合おにぃも人類の敵認定される可能性もあるのだから。

 ただ同時に、少女がただの一般人と行動を共にしているかもしれないことも教えない。おにぃのことは夕菜が持っている唯一の切り札だ、有効に使って見せる。

 

 ああ、でも。助けを求めてきた時、一時期でも大切な妹よりぽっとでのモンスター娘を選んだおにぃにどんなお仕置きを据えてやろう?

 告白しておきながら別の女と蜜月の日々を過ごす、浮気者のおにぃにはどんな罰がお似合いだろう?

 

「……ふっふっふふふ」

 

 喧騒の中、夕菜の笑い声が不気味に響いていた。 

 

 



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第二十話 白き部屋の少女

『さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 楽しみじゃのお、我が使徒よ』

 

 シル様の言葉と共に、俺の体は藤枝ダンジョンの中へと転移しー-。

 

「なにっ、これ」

 

『む、誰かに干渉されてっ……』

 

 途中で、何かに阻まれる。

 視界がぐらぐらと歪み、そのまま体がどこかに引っ張られー-

 

 

 気が付くと、俺は白い部屋にいた。

 

 白い壁と白い地面、白い天井に囲まれ、空中では白いオーロラのような何かがゆらゆらと揺れている。

 そして部屋の中央には大きなベッド。巨大な植物の(つる)や葉に周囲を覆われたそこには、10歳くらいの少女が仰向けに眠っていた。白いドレスのような服を着て、緑色の髪を腰まで伸ばしている。

 

 ー-やべっ。

 慌てて目をそらそうとしてー-気付く。

 そう、普通に見ていたのだ。人間を見ると殺意に支配されるという制約が引き起こされることなく。

 

『っ、まさか……じゃが……』

 

 ? シル様、何か知っているのか?

 

『……すまぬ。我には何も言えぬ、いや言わぬほうが良いというべきか。

 お主には変な先入観を持ってほしくないのじゃ』

 

 何やら意味深なことを言うシル様。

 まあそれなら仕方ない、か。試しにコンカをかざしてみる。

 

 

  エラー:データベースに存在しないモンスターです。

    以下に暫定のステータスを表示します。

 

 名称不明(B) Lv.17    

 筋力 D          

 物防 D       

 魔防 C    

 知性 A        

 器用 A         

 敏捷 C         

 運  A   

 

 <主な使用スキル>

 不明

 

 滅多にない、未発見のモンスターに向けた場合に出る表示。

 やっぱり彼女はモンスターなのか?

 ……というか、そもそもこの部屋は何だ?

 藤枝ダンジョンはジャングル型のダンジョンで、俺はその地上部分に転移する予定だったはずだ。

 

 マップを見てみれば、赤点(しかも二つだ)を除き周囲が一面真っ黒の表示。

 それが意味するのはここが人の手が入っていない、つまり全く調査されていない未発見領域だということ。

 

 失敗した転移。未発見領域。未発見モンスター。

 何だ、俺は一体何に巻き込まれている? 

 ……でも本当に危険なら、シル様でも教えてくれるだろうし。うーむ、どう考えたらいいものか……

 

 ってかこの光景、あれに似ている気がするんだよなあ。

 

 茨(?)に囲まれたベッドと、そこで眠る美女(?)。

 そう、有名なグリム童話の一つ、茨姫。あるいは眠れる森の美女。

 妖精の呪いで眠らされていた王女様が王子様のキスで目覚める、例のあれだ。俺がキスしたら、あの子も目覚めるとかそんな感じ?

 

『おおっ、お主もとうとうTS百合デビューか。

 TSしてから早五日ここまで本当に長かった。……うむ、長かったっ』

 

 シル様が即座に食いついてくる。

 く、変なこと言わなきゃよかった。さすがの俺でも初対面の女の子にそんなことしねえって。

 しかもここ最近が濃すぎたせいで時間感覚狂ってるし。

 

 ばきり。

 そんなことを気を取られていたからか、足元まで伸びていた蔓を踏んでしまう。

 ガラスが割れたような音に反応し、ベッドの上の少女がぱちりと開く。水色の瞳がこちらを捉えてー-

 

 

 

「お母さん?」

 

 

「は?」

 

『……お主。

 初キスすら経験せず一児の母になるのは流石に飛ばしすぎだと我は思うぞ?』

 

「そんなわけないでしょ、馬鹿なんですか? 死ぬんですか?

 大体こんな体で出産なんか耐えられるわけないじゃないですか、目ん玉腐ってるんですか?」

 

『い、いやそういう作品もー-こほん、やめておこう』

 

 はあ、シル様のせいで何か一気に気が抜けたな。

 視界の奥で、少女がびくりと肩を震わせる。

 

「あ、ご、ごめんね。めんたま腐っててごめんね」

 

「……あなたのことを言ったわけじゃありません。

 自意識過剰なんじゃないですか?」

 

「そ、そうだよね、ごめん……あれ、じゃあ誰と話してたの?」

 

「……」

 

 少女の純粋な視線がこちらを射抜く。

 こ、この口調のせいで何かめんどくさいことになってるじゃねえかっ。シル様のこと言うわけにはいかないしっ。

 

 こほんと咳払いをして、ベッドの上の少女ー-モンスターでありながら異種の俺と普通に会話できる何かに決定的な質問を問いかける。

 

「あなたは何者なんですか? どうしてこんな所にいるんですか?」

 

「……うーん、なんなんだろうね? ぼくもよくわからないなあ。

 あ、でもね、なんだかずっとここにいたような、そんな気がするな」

 

「っ、あなたの親はどこにいったんですか?」

 

「どう、だったかな。昔はいたような……」

 

 返ってくるのは、とんでもなく曖昧な回答。

 

 ……なあ、彼女が俺みたいな使徒である可能性はあるのか?

 

『先に言った通りじゃ。我が知る限りお主以外の使徒はおらんよ。

 それにー-彼女は全く別の存在じゃ、そこは断言しよう』

 

 シル様の言葉に、嫌な冷や汗が背中を流れる。

 

 この状況を全て説明できる存在の名前を俺は知っていた。

 モンスターと人間、両方の特性を持ったそれ。

 まことしやかに囁かれながら、都市伝説に過ぎないと一蹴されていたそれ。

 

 モンスターと人の間に生まれた子供ー-迷宮人。

 彼らはそう呼んでいた。

 

 



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第二十一話 スノーと八方塞がり

「……親も自分のことも分からない。

 あなた、何か少しでも覚えていることはないんですか?」

 

「うーん。あ、そうだ。

 スノー……。スノー何とかって誰かに呼ばれた気がするな」

 

「そう、ですか」

 

 スノー、雪? それともそこで区切らない別の単語?

 どちらにせよ、日本人の名前ではなさそうだ。

 

 ただ……少女の鼻筋とかがどことなく日本人っぽい気がするんだよなあ。

 日本人の血が入ってる外国人とモンスターとの子供とか? でも、スノー何とかが本人の名前じゃない可能性もあるし。

 うーむ分からん。得られた情報が少なすぎる。

 

「まあ、とりあえず今はあなたのことはスノーと呼びましょうか。

 構いませんか? それとも何か名乗りたい名前でもありますか? だったら聞いてあげないこともないですよ」

 

「っ、ううん、特にないよ。ぼくはスノー、スノーだ。

 よろしくね。えーと」

 

「私の名前は月宮 マコです。一応よろしくです、スノー」

 

「っ、よろしく、マコ。えへへ」

 

「……何だか妙に嬉しそうですね。気持ち悪いです」

 

 だらしない笑みを浮かべるスノーに、直球ストレートの暴言を吐いてしまう。

 やべっ、と思ったもののスノーはさらに頬を緩めてみせた。

 

「うん、本当に嬉しい。

 何かね、心の奥にぽっかり空いていた穴が埋まったような気がするんだ」

 

「……スノーは、私が来るまでは何をしたんですか?」

 

「うーんとね、ずっと夢を見ていた気がするな。何かは覚えていないけどね。

 あ、でも食事はとっていたと思うよ」

 

「……」

 

 スノーの、あまりに残酷な過去に言葉を失う。

 過去も自分の名前すら覚えておらず、ただ食って寝る生活を続けていた彼女。はたしてその孤独感がどれだけのものなのか、想像することすらできなかった。

 

 黙ってしまった俺に、スノーがおずおずと話しかけてくる。

 

「あの、マコはどうしてここに来たの?

 ぼくが覚えてる限り、マコが初めてのお客さんだよ」

 

「そうですね。何と言えばいいか……私を追う悪い変態さんたちから逃げてきたというかそんな感じです」

 

「そっか? 地上はロリコンだらけで大変なんだね。

 ……あのっそれじゃあさ、ここにー-」

 

「いえ、私にはやることがあるんです。

 あなたに構っている暇はありません」

 

 意を決した様子で何かを求めてきたスノーを、ばっさり切り捨てる。

 

 確かにスノーの境遇は同情に値する。出来るなら助けてあげたいとも思う。

 けれども俺の目標は夕菜との生活だ。その優先順位を変えるつもりはなかった。それくらいやらないと完全種にはなれないだろうから。

 

 ただーー

 

「まあ、暫くはここで寝泊まりしますし、全てが終わったらきっと助けに来ます。それでも構いませんか?」

 

「うん、うんっ。それで十分だよっ」

 

 泣きそうな顔から一転、満面な笑みを浮かべるスノー。

 

 その顔を見ると、固く結んだはずの決意が早くも揺らぎそうになる。頑張れ、俺。かわいい子の笑顔に負けるな。

 大体、今の提案(特に前半部分)は完全に善意からというわけでもないのだ。

 静岡ダンジョンではどこからか情報が洩れて探索隊を組まれてしまった。あんなことを繰り返さないためには、もっと慎重になる必要がある。

 その意味で、恐らくは誰も発見されていないだろうここを拠点に出来るのは非常にありがたい話だった。

 

「えへへ、最初は怖かったけど、マコは意外と優しいんだね。

 その刺々した口調を治せば、友達も沢山できると思うよ」

 

「余計な、お世話です」

 

 謎に年上風を吹かしてきたスノーに、これまた可愛くない返事を返す。

 うーん、この見た目もあって思春期でちょっと荒れちゃった系の女の子だと勘違いされてそうだな、これ。

 誤解を解こうとも思ったけど、スノーよりは年上だと言ったところで、そうだねお姉さんだねとか微笑ましい目で見られそうだ。そもそもスノーは自分の年も分からないだろうしなあ。

 

 意外とめんどくさい体にしてくれたものだと、小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 やばいやばいやばい。

 少しでも情報を得られないかとコンカをかざしながら部屋の端を回っていく最中、最悪な事実が判明して焦りが募っていく。

 

『どうしたんじゃ、そんなに慌てて』

 

 お、シル様だ。何か久しぶりな気がするなってそれはともかく。

 どうやらこの部屋があるの、ボス部屋の下らしいんだよっ。

 

『? ああ、そうか。強いモンスターに囲まれているということじゃな』

 

 そうなのだ、シル様の言葉に頷く。

 事前にここ藤枝ダンジョンについて調べていたのは、広大なジャングルが広がっていて、その中央に遺跡の形をしたボス部屋があること。またAランクダンジョンで、ボス部屋に近づくほど生息するモンスターは強くなることくらい。

 そしてどうやらこの部屋は遺跡の地下部分に隠されていたようなのだ。そこまで深くなかったので、外に転移すること自体は多分可能。

 

 問題なのは、この部屋から出たらいきなりAランクのモンスターに遭遇することだ。しかも俺が倒せるようなCランクモンスターが出る外縁部にいくには、かなり移動する必要がある。

 つまるところ、八方塞がりというやつだった。最悪、ここから動けない何て状況にもなりうる。

 

「?」

 

 興味深そうにコンカを見ながら横を歩いていたスノーの、どうしたのとでいいたそうな純粋な瞳に射抜かれる。

 と、とにかく出られるかも含めて外に転移してみないと分からないのだ。

 うだうだ言ってないで、やる以外に道はない。

 

「そ、それでは行ってきます」

 

「うん、いってらしゃい」

 

 祈るような気持ちで外に向けて転移しー-一応成功する。

 視界に広がるのは一面の鬱蒼とした木々。急いで草むらに隠れ、近くにいたモンスター、体長3メートルはあろう巨大な白いトラ(?)にコンカをかざした。

 

 ホワイト・クー・ジャガー(A)Lv.3

 筋力 S         

 物防 A      

 魔防 A         

 知性 A       

 器用 A        

 敏捷 S        

 運  B

 

 <主な使用スキル>

 瞬身

 痺牙

 飛棘

 自己回復

 強者の波動

 罠制作

 透明化

 

 ……だ、大丈夫。大丈夫。どんなに強くてもバレなきゃ問題ないから。

 

 瞬間、奴の瞳がぎょろりとこちらを捉えた。

 

 ガアアゥゥゥゥ

 

 唸るジャガー。即座に周囲の赤点が一気に集まっていく。

 

 やべっどこに転移しよう、と一瞬考えて、白い部屋に戻ることをきめる。

 

 洞窟型と違って、ここでは別の道に逃げるー-つまり完全に追跡を撒くことはできないのだ。出来たとして包囲の輪から抜け出すことくらい。だが、あの俊敏の高さなら簡単に追いつかれて終わりだろう。

 

 切り替わる視界。視界に入る白。

 たった一瞬出ただけで随分と疲れた気がして、ほっと息を吐いた。

 

「お、おかえり。随分早かったね。もう何かわかったの?」

 

「ま、まあはい。あんな奴ら相手にならないと分かりましたよ」

 

「おおー」

 

 俺の言葉に、スノーがぱちぱちと手をたたく。

 

 違うんだよ、相手にならないのは俺の方なんだよなあ。

 はあ、まじか。どうすっかなこれ。

 

 



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第二十二話 模擬戦

「おねがいっ」

 

 スノーが俺の手をぎゅっと握ると、凍えるような冷気が伝わってきた。

 祈るような気持ちで「転移」を発動しーー成功する。ただし横にスノーの姿はない。

 

 やはりシル様も言うように、使用者以外を転移させるには「瞬間移動」とかいう別のスキルが必要らしい。

 残念。スノーと一緒に出られれば色々と可能性もあったのに。

 

「駄目みたいですね。全く、使えないものです」

 

「ご、ごめんねー-て、今はスキルの話だよね」

 

「さあ、どうでしょう。自分で考えてみたらどうですか」

 

「もう、そうやってすぐはぐらかすっ」

 

 「転移」で戻って早速悪態をつくも、スノーが慣れた様子で応じてくる。

 ……あまり気に病んだ感じではなさそうだ。

 それじゃあ、と視線を奥に送る。二人で抜け出すのが無理だった場合、次にどうするかは決めていた。

 

「ほ、ほんとにやるの?」

 

「当たり前です、ほら早くしてください。

 こうしている間にもアマゾンでは東京ドーム一個分の森林が切られているんですよ?」

 

「? ぼくたちに何の関係があるの、それ?

 大体相手にならないんだったら、こんなことしなくたってー-」

 

「うっさいですね、天才にも準備運動ってやつが必要なんですよ。

 わがまま言っているともう話してあげませんよ」

 

「むー」

 

 渋々といった感じで離れていくスノー。

 その姿に物凄い罪悪感に駆られそうになるも何とか耐える。ただこれもスノーのため、その一生をこの部屋で終わらせないためだ、と自分に言い聞かせて。

 

 ……ああ、分かってる。これはただのエゴだ。

 それでも必死に進み続けていないと、その進み方すら忘れてしまいような、そんな気がした。スノーの性格か、あるいはこの部屋の優しい雰囲気がそうさせているかは分からないけれども。

 

『ふむ、ここは少しおかしな力が働いているようじゃな。

 あまりに長居するようじゃと、取り込まれるぞ』

 

 ……まじか、気のせいじゃなかったのか。おっそろしい空間だな。

 

 あ、それとシル様。スノーと話してる時でも普通に出てきてくれて良いぞ?

 変に思われると思って、遠慮してただろ?

 

『む、しかし我のせいで二人の仲がこじれるのはのお……』

 

 大丈夫だって。

 スノーも慣れてきて、変なこと言っても流してくれるだろ。普段からクソ生意気な口調なわけだし。

 

『……まあ、否定はせんな。

 メスガキキャラなんて現実にいたら普通にイタイやつじゃしのお』

 

 おいシル様がやったんだろと突っ込みはおいといてー-うん、やっぱりこうじゃないと。シル様の声がないと何か落ち着かないんだよなあ。

 

『ほお、まるで我がいつも煩いみたいな言い方じゃな?

 お主を励まそうと明るく振舞っておった、我の気遣いもしらんで』

 

 そ、その節はどうもお世話になりましたと、頭の中で平身低頭とする。

 あの時期はどっちにとっても黒歴史だよなあ。何か俺も精神が体に引っ張られていた気がするし。

 

『あれはあれでー-こほん。

 ほれ、そろそろ始まるぞ。気を引き締めるんじゃな』

 

 シル様の忠告通り、スノーが30mほど離れたところで振り返り杖を構える。

 植物を象った柄の先に白い花の装飾が施された杖。なぜかベッドの上に置いてあった代物で、スノー曰く戦闘時の補助具とのこと。自分が使えるスキルとかも分かると言っていたし、多分俺の時と同じ何となく理解できるという奴だろう。

 

「もうっ、怪我しても知らないからね、マコ」

 

「あはっ、スノーこそ、あとで泣きついてこないでくださいね?

 私の胸はそんなに安くありませんので」

 

 にらみ合いながら、口上を交わす。

 

 何をやろうとしているかと言えば、そう模擬戦だ。

 Aランクモンスターがいる地域を抜けるのが難しい以上、ここで強くなるしか道はない。そしてスキルのレベルを上げるにはその本来を使い方、つまり戦闘で使ってあげるのが一番効率がいいのだ。色々と試したいこともあるし。

 

 条件はほぼイーブン。お互い手の内は明かしていない。俺の「転移」がバレていたりランクで負けていたりと不利な条件はあるが、向こうはこれが初戦闘なのだ。多分なんとかなる、はず。

 

 ……うーむ、何かずっと綱渡りしてるような感覚だな。

 もっと手っ取り早く最強になれる体はなかったのかよ?

 

『ないとは言わんが、我の好みではないからのお。

 ー-何よりその方が面白いじゃろ?』

 

 挑発するようなシル様の口調。

 

 ああそうですかい、と嘆息しながらー-駆ける。

 スノーのステータス構成的に恐らくは後衛職。対後衛職戦法の基本は一気に距離を詰めて何もさせずに倒すことだ。

 

 即座に、無数の青色の弾があちらにより飛来する。

 まるで弾幕のようなそれがー-って多いな、おいっ。

 

『ほお、これは「魔弾」じゃな。

 上級の術師だけが使える、クールタイムなしに連発できるスキルじゃ。攻撃力はほとんどないが、その分足止め性能、衝撃を与えることに優れておる。お主の耐久なら一発で意識を持っていかれるであろうな』

 

 どうりで、っ。

 えげつない連射で追いすがってくる「魔弾」を重心移動やらスサイドステップで何とか躱して前に進む。さりとて、とうとうその一発が俺を捉えー-

 

「っ」

 

 スノーの背後の地面に転移する。惜しげもなくさらされた彼女の背中。

 取った、とその柄の部分で触ろうと鎌を振る。

 

「残念、見えてるよっ」

 

 その言葉と共に、スノーの体を青い球体が覆う。

 鎌が青い壁とぶつかりー-はじかれる。まじかっ。

 

『「魔素障壁」じゃな、これも上級術師の必須スキルじゃ。

 その防御性能は知性を参考するゆえ、そう簡単に破れんぞ』

 

「これで終わりだね、マコっ」

 

 反動に体を持っていかれる俺を、スノーが捉え遠慮なく「魔弾」を放つ。

 だけどー-

 

「あいにくそれはもう克服してるんですよっ」

 

 両手の袖を伸ばし、クロスさせるような形でガード。

 爆風と衝撃の余波に襲われるものの、一歩後退するだけで済む。

 

 あっぶねえ、ぶっつけ本番だけど何とかなった。

 やっぱりいいな、この服。

 

『……我としては普通におしゃれとして使ってほしかったんじゃがのお』

 

「さすがにそれは予想外。でも、これはどう?」

 

 「魔素障壁」に包まれたまま、再び「魔弾」を発動させるスノー。

 ごく至近距離で放たれたそれに、言葉の意味を考える暇もなく服でガードしーー

 

 ー-破裂する。

 それもフードやらなにやら含めすべての部分が。

 

『あ、そうじゃ忘れておった。

 その服、耐久が尽きると破ける仕様になっておるから気を付けるのじゃぞ?』

 

「ちょ、ま」

 

「ごめんねっ」

 

 文字通り丸裸になった俺に、「魔弾」がクールタイムなしに放たれー-あまりの衝撃に意識を飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫?」

 

 目を開ければ、一面真っ白の世界。そして至近距離でこちらをのぞき込むスノーの顔。後頭部に柔らかい感触がした気がして、慌てて立ち上がる。

 

「な、何してるんですか?」

 

「あ、ほら。マコが貸す胸はないとか言ってたから、その、私の膝は空いてるよーってことで……」

 

 恥ずかしそうに声をすぼめていくスノー。

 かわいいなあ、おい。とか、でもこれこっちを女の子だと思っての距離感の近さなんだよなあ、罪悪感がすごい。とか色々な感情が湧き上がってくるも、今は置いといてー-

 

 だあー、負けた。普通に戦って、普通に負けたっ。

 格上相手に調子乗ってたイタイ奴じゃねえか、俺!

 

『「私の胸はそんなに安くありませんので」

 くぅーかっこいいのお』

 

 う る さ い。

 いやまあ半分はこの口調のせいだけど、その前に勝てると思ってたからなあ。

 今が実戦じゃなくて、よかったよほんと。

 

「……でも、あれだね。マコ、意外と強くないんだね?」

 

「ぐふぅ。……ええ、いいでしょう、認めましょう。今の段階ではスノー、あなたの方が強いと。

 でもそれもすぐに追い越して見せます。私は、最強を目指す女ですからね」

 

 ぽつりとクリティカルなセリフを零したスノーに、びしりと指を突き立てる。 

 うむ、これは間違いなく本心だな。

 

「うん、いいよ。それじゃあ続けよっか。

 ぼく、結構これ好きみたいだからさ」

 

「望むところですっ」

 

 何故か乗り気になってくれたスノーに応じて模擬戦を続けようとしたところで、気付く。

 ー-俺、下着じゃねえかっ。

 え、待って。あの服本当に消えちまったの?

 

『半日もすれば戻ってくる。安心せい』

 

 おお、それなら大丈夫か。

 

「? どうしたの、やらないの?」

 

「っ、いいえ。やりますよ。それくらいのハンデ、むしろ丁度いいです」

 

 まあなくても一応模擬戦はできるか、と武器を構える。

 しっかし、スノーも俺の服が急になくなったのに何も触れないのは何なんだ? 負けると服が脱げるのが普通だと思ってるとか? 

 

『……まあ、世の中にはそういう世界があるかもしれんのお』

 

 シル様のよく分からない声が頭に響いた。

 

 



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第二十三話 二人の夜

 何処からか入ってくる夕日に照らされた部屋。

 模擬戦を終えた俺らは食事を取ろうとしていた。

 

 ベッドの上に広げられた乾パンなどの食料品を見て、スノーが目を輝かせる。

 グレーターベアに挑む前、藤枝ダンジョンに籠る可能性も考えて色々と買い込んでいたものだ。

 

「こ、これが地上の食べ物。色々とあるんだねっ」

 

「ええ、そうでしょう。

 私の財力を以てして、集められる限りの贅沢品を買い込んできました。感謝するといいですよ」

 

「おー、さすがはマコ」

 

 俺の虚言にぱちぱちと手をたたくスノー。

 違うんだよなあ、私の財力(約1万円)で贅沢品(セール品)を買っただけなんだよ。何か色んな意味で悲しくなってくるな、今の台詞。

 

「ぼくの生活は大違いだね。

 見てよ、あれ。おいしくなさそうでしょ?」

 

 スノーがベッド脇の、蔓で出来たテーブルを指さす。そこにあるのは皿に入ったどろどろとした白いスープ。一日三回、どこからか補充されるそれを食べてきたらしい。……うん、正直全くおいしそうに見えない。

 

 なあ、シル様。あれって俺も食べられる?

 それとも何かスノーにとって必須な栄養素が入ってたりする?

 

『……大丈夫じゃ。気にせず食べると良い』

 

 ? まあそういうことならーー

 

「では、一回交換してみましょうか。

 私がまずいスープを食べますので、スノーは好きなのを選んだらどうですか?」

 

「え、いいの? 本当においしくないよ、それ?」

 

「ええ、余裕ですよ。

 私は味覚音痴のあなたと違って何でもおいしく食べられますからね」

 

「そ、そうなのかな? それじゃあ可愛いイラストのこれをーー」

 

「あ、ちょっと待ってください。それクソまずいやつです。

 こっちの方がおすすめですよ。あ、これなんかも悪くない味です」

 

 いきなりスティック型の完全栄養食を選ぼうとしたスノーを止め、他の商品を紹介していく。

 

「ねーこれは?」

 

「それはチョコレートっていうお菓子です。食事として食べるものじゃありません」

 

「むー、マコのけち。じゃあ、やっぱりこれかなあ」

 

「まあ、悪くない選択だと思います」

 

 長い問答の末スノーが選んだのは、某メーカーのカップ麺。

 (何故か設置されていた)蔓の形をした蛇口から出た水を電気ポッドで沸かし、カップ麺に掛ける。

 3分ほど待って、いただきます、と手を合わせた。 

 

 俺も(これまた何故一緒に付いてきた)スプーンでスープを救い、口に運ぶ。

 これはーー

 

「……確かにまずいですね。というより味が薄い?」

 

「だよね? なんだ、やっぱりぼくがおかしいわけじゃないじゃんっ」

 

 味覚音痴という言葉が気になっていたのか、スノーがぷくうと頬を膨らませる。

 な、なんかこの口調のせいでいらぬ心労をかけさせてる気がするなあ。

 

『……純粋無垢な感じじゃから、余計に心に来るのお。

 何かすまんかった』

 

「ま、まあ誰にだって間違いはありますよね。

 スノー、そちらはどうですか?」

 

「ちょっとまってね……お、おーこれがマコの好きな味っ。

 何かその、すごくしょっぱいんだねっ」

 

「あー、スノーのざこさ加減を考えてませんでした、すみません」

 

 急にカップ麺みたいな味が濃いのを食べたらそりゃあそうなるよなと頭を下げると、スノーはふんわりと微笑んで見せた。

 

「大丈夫だよ。誰かと同じものを食べられるだけでね、ぼくは十分なんだ。

 うん、これも慣れればおいしいよっ」

 

「……そうですか。呑気なものですね」

 

「うん、呑気呑気。ほらスノーも一緒に食べようよ」

 

「仕方ないから、そうしてあげましょう」

 

 結局スープとカップ麺を半分食べることになる。

 その賑やかな食事の中、小さな違和感がずっと残り続けていた。

 

 

 

 

 

「え、一緒に寝ないの?」

 

『なんじゃと? 今から「ワクワクドキドキのお泊り会☆ぽろりもあるよ」の時間ではないのか?』

 

 夜。俺が寝袋で寝ることを伝えると、スノーをパチクリとさせて聞いてきた。

 すまんな、スノー。こんな体で同衾するのは、騙しているようで流石に気が引けるんだ。

 それとシル様は一回黙ろうか。

 

「私はその、人が近くにいると寝られませんので」

 

「えー、どうしても? 密着してなくてもだめなの?」

 

「どうしても、です」

 

「むー」

 

 不満そうに唸るスノー。

 ……何だかこんなやり取りも懐かしい気がするなあ。

 

「それなら手でも握っててあげましょうか?

 お子様なスノーもそれなら安心ですよね?」

 

「え、いいの? その、無理してるんだったら」

 

「問題ありませんよ。むーーっ」

 

 ーー昔、妹によくこうやってあげたからな。

 その言葉は音を成さない。

 ただそれでも何か伝わったのか、スノーは安心したように微笑んだ。

 

「それじゃあお願いしようかな。

 ちょっと待っててね」

 

 スノーが目を閉じるのと同時、ベッドの周囲の蔓がにょろにょろと動きベッド横の床に大きなスペースができる。

 

「よし、これで手を握ったままでも寝れるね」

 

「な、なるほど。ええ大丈夫です、全く驚いていませんとも」

 

 それ動かせたんかいっというツッコミを飲み込み、スノーの手を取る。

 ーーやはりその手に熱は感じない。

 なんだかそれにモンスターの特性以外の理由がある気がして、そっと両手で包み込む。

 

「おやすみなさい、スノー。

 その愉快な頭で呑気な夢でも見れるといいですね」

 

「……うん、おやすみ。マコ」

 

 何かを言いかけた後、スノーはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 深夜。突然の尿意で目が覚め(なぜか壁に備え付けられていた)トイレに行こうとしたところでーー気付く。

 俺の右手をスノーがぎゅっと掴んでいた。思いのほか力が強くて解けない。

 

「スノー、スノー起きてください。

 私に恥をかかせるつもりですか?」

 

「うーん、えへへ。どこにも行っゃだめだからね、マコ」

 

「ちょっ」

 

 未だ夢の住人たるスノーが何かしたのか、周囲の蔓に一気に動き始め、つま先から頭までを一気に固定されてしまう。

 予想外の強度に壊すこともできず、一気に身動きできなくなる俺。手を掴まれているから「転移」も不可能だ。

 

 ……え、スノーが起きなければ朝までずっとこのまま?

 

『おお、これが食虫植物系美少女というやつか。

 いやはやどちらかが早いか、見物じゃな』

 

「ちょ、ちょっとスノー。

 早く起きてくださいっ。それかこれを止めてくださいっ。本気であなたのことが嫌いになりますよっ」

 

「えへへ……」

 

「ちょ、何で締め付けが強くなってーー」

 

 

 ……。

 …………。

 

 



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第二十四話 朝と成果

「……」

 

 蛇口の水でパンツをごしごしと洗っていく。

 ……ただの洗濯だ、何らおかしなことはない。ああ、そうだとも。昨日の夜は何にもなかったっ。

 

「あ、あの」

 

「……」

 

「あのね、間に合わない(・・・・・・)なんてよくあることなんだから、そんなに気にしなくていいと思うよ。

 ほら、ぼくなんか毎日漏らしてたくらいだし」

 

「っ」

 

 スノーに傷をえぐられ、思わずパンツを落としそうになる。

 やめてくれ、スノー。そんな同年代の少女の失態を見た時のような微笑ましい慰め方をしないでくれ……死にたくなるから。

 

『全く、たった一回の失敗を何をそんなに引きずっておるのじゃ。

 我が見た漫画じゃと事あるごとにお漏らしておったぞ』

 

 ……な、なんつー業が深い漫画だよ。

 そんなの読んでたら、無理やりTSさせるなんて発想にもなる、のか?

 

「そうだ。もし繰り返すようだったらおむーー」

 

「結構ですっ。馬鹿なんですか? 死にたいんですか?

 大体スノーが私を拘束するからこんなことになったんですよ!?」

 

「ご、ごめん。そうだよね、僕がいたせいだよね」

 

 シュンと落ち込むスノー。

 あああ、つい八つ当たりっぽいことしちまったっ。

 

「あ、いや、いい加減にしてくださいねって話で、ああ、もうっ」

 

 何を言っても藪蛇になる気がして、心の中で叫ぶ。

 ーーシル様許すまじっ。

 

『何で我!?』

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、始めよっか」

 

「望むところです。後で吠え面をかいても知りませんからね」

 

「えー、今までの戦績を忘れているわけじゃないよね、マコ?

 何勝何敗ーーいや何敗だったっけ? 今ここで教えてあげようか?」

 

「っ、とっくに忘れましたよっ。

 今までのは全部、そのたっかい鼻っ柱をへし折るための演技ですからねっ」

 

 走り出す同時、無数の「魔弾」が放たれる。

 

『来るぞっ』

 

 シル様の言葉に分かってる、と心の中で頷く。

 基本はステップで躱し、それが間に合わない時は上着で防ぐ。マント形にしたその服の一部を動かして。

 

 二週間の特訓の結果、シル様特製の服についても色々と分かってきた。

 どうやら俺が「上着」だと思えるかが重要で、着れない類のものーー例えば布や糸まで分解したり、袖の先を盾や剣なんかに変形させることはできなかった。出来るのはあくまで着れる状態での形態変化ーー服の一部を伸ばしたり動かしたりする程度。また「死神にはフードは絶対必要」とのことで、その部分も弄れなかった。

 

 材質についてはシンプルで、変えられるのは服として存在しうる素材に限られる。

 ただし鉄製防具とかにしても防御性能は変わらなかった。シル様曰く、どんな形や材質にしても耐えられるダメージは一定に設定したらしい。

 

 大きさについては、元のTシャツの布面積以上にも以下にも出来なかった。一部を伸ばすとそこ以外の部分が勝手に縮むようになっているらしい。おかげで、服で掴めるのは精々周囲1mにあるものくらい。

 

 とまあこんな制限がある中で色々試した結果、普段はマント形態にするのが一番いいと分かった。どの場所もほぼ同じ感覚で、しかもわりと自由に動かせるのだ。

 今も足や頭などを狙ったスノーの攻撃をうまく捌けている。

 

「っ」

 

 とその瞬間、ひと際大きな衝撃に襲われて思わずたたらを踏んだ。

 恐らくこれは「アタックライズ」。対象の攻撃力を上げる補助スキル、最初の模擬戦で俺の服を剥がされた時に使われたやつだ。

 

 スノーが追撃しようと杖を構え、同時に俺は「転移」と「闇煙」で逃れる。

 「闇煙」ーー『職業』が「死神 Lv.2」に上がって使えるようになったスキル。

 その効果は一定時間(10s)周囲50mに視界を塞ぐ黒い霧を発生させること。

 

 霧に包まれたスノーが即座に「魔素障壁」を発動させる。

 「魔素障壁」の効果時間は5s程度。

 俺はその様子を「冥王の寵愛 Lv._」のおかげでよく見える視界で捉え「魔素障壁」が解けた瞬間に飛びこもうとしてーー

 

『長いのお、リミットオーバーじゃな』

 

 「リミットオーバー」、対象のスキルのレベルを一回限りで上げるスキルの効果だ。惜しげもなく使ってきたらしい。

 予定と違うが、逆にありかもしれない。

 

 ほぼ同時に解ける「闇煙」と「魔素障壁」。

 スノーが忙しなく周囲を見渡すも、俺はその()からすでに落下していてーー

 

「私の、勝ちですっ」

 

「わっ」

 

 スノーの頭をポンと叩いて着地する。

 びくりと体を震わしたスノーが、上空のひらひらとはためくマントを見て、あーと大きく声を上げた。

 

「天井かっ。全然気づかなかった。

 というか、やっぱり「闇煙」とかいうスキルずるいっ、チートだよっ。全然気配とか分からないんだもん」

 

「ふ、負け犬の遠吠えほど聞いていて気分が良いものはありませんね。

 どうですか、スノー? そっち側の気分は?」

 

「……なにこれ、めっちゃむかつくっ。

 大体たった一回勝っただけで調子乗りすぎだよっ。次は負けないからっ」

 

「構いませんよ、何度やっても結果は同じでしょうからね」

 

「むきーっ」

 

 やいのやいのスノーと罵りあう。

 大人げないと思いつつも止められないあたり、俺も随分と鬱憤が貯まっていたらしい。まあそれはともかく、「闇煙」は追跡を撒くにはかなり最適なようだしーー

 

「……これで、ようやく外に出る算段が付きましたね」

 

「あ……」

 

 俺の言葉に反応し、迷子の子犬のような悲しそうな顔を浮かべるスノー。

 ぐう、物凄い罪悪感だ。それでも、目標を変えるつもりはない。

 

「そんなアホ面しないでくださいよ。

 スノーをここから出せるかもしれないんですよ?」

 

 シル様にも分からなかったこの空間の壊し方。

 現状でスノーを解放させる可能性がある手は「瞬間移動」くらいだった。

 シル様曰くそれは「死神」のレベルを上げていった先に存在するらしく、そしてそれを成長させるには実戦が最も効率がいい。

 つまり俺の目標の延長線上、あるいはその途中にスノーの開放があるのだ。スノーにとっても俺が強くなるのは悪くないはず。

 

「ぼくは……ううん、何でもない。

 それが最初に言っていたやることなんだもんね。応援するよ」

 

「大丈夫ですよ、スノー。

 もう暫くはここにいますし……すべてが解決したら、迎えにきてあげます。一緒に暮らすことも、まあ仕方ないから許してあげますよ」

 

 偽らざる本心をスノーに打ち明ける。

 もともと夕菜と一緒に暮らすために色んなものを跳ね返すつもりでいたのだ。その目標にただ守るべき対象を一人追加するだけだ。

 もし完全種になりたいと言い出したら手伝ってあげたらいいし、そうでなくても一緒に暮らせるよう状況を整えてみせる。

 わがままになると、そう決めたのだから。

 

 スノーは少しぎこちない、それでも確かな笑みを見せてくれた。

 

「それはちょっと楽しみ、かな。

 地上にはいろんなものがあるんだよね? 学校とかお店とか」

 

「ええ、箱入り娘のスノーには想像もつかないような面白いものが沢山ありますよ。例えばーー」

 

 俺の過去を語らなければ、外の様子を話すことはできた。

 スノーを元気づけるためーーたとえそれが残酷な行為であろうと、俺は持ちうる知識をフルで使って、面白い世界を語って聞かせることにした。

 

 

 

 

 

 

「あの、私、ちょっとお花摘みに行きたいんですけど……」

 

「んー? 聞こえないなあ。

 ぼくを置いていこうとする薄情者の声なんて」

 

 その日の夜、スノーに可愛らしい嫌がらせを受けていた。

 なるほど、早く手を握ってと言い出したのはこれがしたかったからか。

 

「そんなこといわれてもスノーなんかより大事なものがありますし……」

 

「……おやすみ、マコ」

 

「へ?」

 

 やべっ失言したと思ったのもつかの間、狸寝入りを始めるスノー。

 周囲の蔓がにゅるにゅると動き俺の体をがっしり固定する。

 

『罪な男、いや女じゃのお。さすがに今のは擁護できんぞ』

 

 いや、わざとじゃないんだって。

 と、とにかく急いでスノーの機嫌を直さないとっ。

 

「あ、あのスノー。今のはまあ私が悪かったかもしれませんが元々はっ、」

 

 ああああ。この口調、マジで謝るのに向いてないなっ。

 俺が弁解しようとするたびに、締め付けが強くなる蔓。何かを期待するように薄目を開けるように見えるスノー。そろそろ限界が近くなってきてーー

 

 ……え、またこのパターン? じょ、冗談だよな?

 

「ス、スノー? さすがにその……」

 

「じー」

 

 あっ。

 

 



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第二十五話 掲示板と捕縛

 

 

  冒険者 総合雑談スレッド Part456

 

 

 ……

 …………

 81:名無しの冒険者

 >>75 つまり最初の職業が「運び屋」だったワイは……

 

 82:名無しの冒険者

 >>81 お先真っ暗やな

 

 

 83:名無しの冒険者

 >>81 ようこそこちら側の世界へ(ニッコリ

 

 84:名無しの冒険者

 (´;ω;`)ブワッ

 

 85:名無しの冒険者

 >>82 >>83 

 やめたれや ワイらが悲しくなるだけやで

 

 

 86:名無しの冒険者

 ワイら(元ニート)

 

 

 87:名無しの冒険者

 ワイら(労働新法で)

 

 

 88:名無しの冒険者

 ワイら(無事底辺冒険者に)

 

 

 89:名無しの冒険者

 問い(5)「家でヌクヌクしとったら政府のお偉いさんがきて、強制的に働かされた時の気持ちを答えよ」

 

 

 90:名無しの冒険者

 >>89 絶望

 

 91:名無しの冒険者

 >>89 お国のためや、耐えろニート

 

 

 92:名無しの冒険者

 あの時のニート板の阿鼻叫喚ぶりは今でも鮮明に思い出せるわ

 

 

 93:名無しの冒険者

 嫌な…事件だったね…

 

 94:名無しの冒険者

 >>92 なお、その時はマッマの背中でブルブル震えていた模様

 

 

 95:名無しの冒険者

 >>94 しゃーないやろ、10年ぶりの人との会話やぞ

 

 

 96:名無しの冒険者

 >>95 せめて親くらいとは話しておけよw

 

 

 97:名無しの冒険者

 ワイ(ニート歴30年)低みの見物

 

 

 98:名無しの冒険者

 ここには元ニートしかおらんのか

 

 

 99:名無しの冒険者

 >>98 当たり前やろ、な〇jやぞ

 

 

 ……

 

 112:名無しの冒険者

 まーでも、あんな状況からな〇jできるまでに回復するとは思わなんだ

 

 

 113:名無しの冒険者

 >>112 それな。消去される前に鯖ごと拾い上げてくれた有志には感謝やで

 

 

 114:名無しの冒険者

 なんだかんだ親も泣いて喜んでくれてるしな

 

 

 

 115:名無しの冒険者

 普通に親孝行しとるとはワイらも大きくなったもんや

 

 

 

 116:名無しの冒険者

 >>115 それ以前が酷すぎた定期

 

 

 117:名無しの冒険者

 そんで、結局ワイらは何でな〇jやれてるんやっけ?

 

 

 

 118:名無しの冒険者

 あー何か古い回線を使って無理やり繋げてるとか何とか

 

 

 119:名無しの冒険者

 やから旧式のPCやないとアクセスできんのよ

 コンカとかいうポンコツ機械じゃ土台無理な話やな

 

 

 120:名無しの冒険者

 ワイの聞いた話やと、物好きな神様がお慈悲で残してくれた言うとったけどなあ

 

 

 121:名無しの冒険者

 >>120 そんなわけないやろw

 

 

 122:名無しの冒険者

 朗報 静岡ダンジョンでモンスター娘発見か!?

 

 

 123:名無しの冒険者

 >>122 スレ違いやって言おうとしたけど……マジか

 

 

 124:名無しの冒険者

 >>122 ガタッ

 

 

 125:名無しの冒険者

 >>122 とうとう来たかっ

 

 126:名無しの冒険者

 気持ちは分かるが、あんまり騒ぐと奴らにみ

 

 

 127:名無しのケモナー仮面

 君たち、獣っ娘の話をしていなかったかい?

 獣人、人獣、半人半獣、えとせとら 君の性癖にささるものがあるはずだっ。

 この嫁たちを少しでも気に入ったら是非遊びに来てくれっ

 

 っ[狐耳が生えた少女のイラスト]、「二足歩行のモフモフした猫」……

 

 128;名無しの植物系美少女に捕食され隊

 植物系美少女は良いものですよ

 魅惑的な体に誘い出されてみれば、待ち受けているのは甘美な罠

 蔓で縛られ、何もできずに食べられてしまうのです そうぱっくりと

 

 [遊〇王の蟲〇魔カード]、[エッなアルラウネのイラスト]……

 

 

 ……以下、多種多様なモンスター娘板の勧誘が続く。

 

 

 194:名無しの冒険者

 ようやく収まったか、他板の住人しつこすぎやろ

 

 

 195:名無しの冒険者

 しゃーない、ダンジョン災害のせいで供給が圧倒的に不足してるんや

 今なら小学生レベルの絵でも神絵師と崇め奉られるんやで

 

 

 196:名無しの冒険者

 >>195 ま? ちょっと覗いてみようかな

 

 

 197:名無しの冒険者

 こうして仲間って減っていくんやなって……

 

 

 198:名無しの冒険者

 >>197 減った仲間は自動補充されるから大丈夫やぞ

 ほんで某モンスターについて他に情報はないんか?

 

 

 199:名無しの冒険者

 >>198 隣の藤枝ダンジョンに移ったんやないかってことで、支部長同士でバチバチやってるで

 

 

 200:名無しの冒険者

 藤枝?あっ…(察し)

 

 

 201:名無しの冒険者

 鬼人さんがいるとこやん 

 終わったな、その子

 

 

 202:名無しの冒険者

 鬼人(ガチ)

 

 

 203:名無しの冒険者

 こんにちは!ここって現役冒険者たちが情報交換する場所であってますか?お父さんのPCを使ったらここが出てきて、スキルとかモンスター?とか色々書いてあってそうかなって思ったんです!

 

 

 204:名無しの冒険者

 …

 

 

 205:名無しの冒険者

 …

 

 

 206:名無しの冒険者

 >>203 はい、そうですよ。ここには冒険者歴10年以上のベテランさんたちが沢山います。分からないことがあったら何でも質問してください。皆さん丁寧に教えてくれますよ。

 

 

 207:名無しの冒険者

 ありがとうございます!来年から福岡の冒険者学校に通うことになって不安だったけど、ここで色々と教えてくれるなら何とか安心できそうです!

 

 

 

 208:名無しの冒険者

 Welcome to Underground(ボソッ

 

 

 

 ……

 …………

 

 

 

 

 

 シャアアア 

 

 巨大な蛇型のBランクモンスター、イエローマンバが飛びついてくるのを木にマントを引っ掛けて回避し、そのまま「絶命の一撃」を振り下ろす。

 嫌な音とともに消失する体。

 

『ふむ、近場のモンスターはこれで最後のようじゃな』

 

 コンカで確認するより一足早いその言葉に、ほっと息を吐く。

 Sランクモンスターがいる地帯を抜けられるようになってから一週間、模擬戦の成果もあってBランクモンスターを倒せるまでに成長できていた。

 今のステータスはこんな感じだ。

 

 月宮 マコ(B) Lv.25  死神 Lv.2    

 筋力 A(↑)          

 物防 D    

 魔防 D       

 知性 C(↑)        

 器用 A(↑)         

 敏捷 A(↑)         

 運  B(↑)   

  

 <スキル>

 攻撃系 

  絶命の一撃 Lv.2(↑)

 防御系 

  なし

 補助系 

  転移 Lv.3  

  闇煙 Lv.1    

 加護系 

  冥王の寵愛 Lv._

 

 スキルでは「絶命の一撃」のレベルが上がって、攻撃力がさらに強力になった。

 ついでにBランクになれたし、このペースなら本当にいけるかもしれない。

 

『む、近くに人が来たようじゃ。急ぐがよい』

 

 コンカの端に表示される青点。

 静岡ダンジョンで探索隊を組まれた理由を考えて、ここでは人が近くにいるときは出来るだけ「転移」を使わないことを決めていた。

 歩いてその場を離れようとしてーー

 

『っ、いかんっ。急げっ』

 

 シル様から急な指示が飛ぶ。

 急いで「転移」で遠くに飛びーー弾かれる。発動、しなかった!?

 

「なに、これっ」

 

『「結界」じゃ。まずいぞ、「転移」を封じられたっ』 

 

 見れば、木々の間から覗く空が紫に染まっていた。

 「結界」、確か中に閉じ込められると絶対に「結界」内部にしか移動できなくなるんだったか。

 だったら効果が切れるまで逃げてやるとコンカに目を落とせば、凄まじい速度でこちらに向かってくる青点。

 

 ーーやべっ。

 即座に「闇煙」を発動。闇に染まる視界。

 万が一のために「転移」を残して、枝の上に乗ろうとマントを伸ばす。

 

「ーー残念、その判断は間違いよ」 

 

 突如爆風と共に晴れる視界。

 赤いオーラを纏う女性が至近距離にいるのを捉えた瞬間、俺は意識を手放した。

 

 

 

 



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第二十六話 問い

「……ねえ、あなたーー」

 

 誰かの声が聞こえた。何処かで聞き覚えがあるそれ。

 俺はゆっくりと目を開けてーー殺意に支配される。

 

『やめーー』

 

「ちょっと、暴れないで話をーー」

 

 頭に響く羽音と目の前の得物が発する悲鳴。

 ーー嗚呼煩いなあ、早く消えてくれよ。

 

 その命を刈り取ってーーっ。何だ? 何で届かない?

 

『正気にーー』

 

「……はあ、これは見込み違いだったかしら」

 

 ガシャガシャガシャガシャ

 

 煩いなっさっきから。

 ああああ。何で近づけないんだっ。

 

「何? あんな子供なのに可哀そう?

 んーそうねえ、だったらしばらく様子を見てみましょうか。この様子じゃ、拘束なんて外せないでしょうし」

 

 それが視界から消える。複数の足音が遠ざかる。

 嗚呼、得物が逃げていったと後悔が胸の内に広がってーー

 

 ゆっくりと体から何かが抜けていく。

 楔が外され、思考が正常に戻っていく。

 

「はあっ、はあっ」

 

 ……何だ、俺は何をしていた?

 異常なほど早い動悸。両手両足の首がじんじんと痛む。

 

『大丈夫か? お主、人を見て正気を失っておったんじゃよ』

 

 シル様の言葉に慌てて周囲を見渡す。

 

 俺がいる場所は、謎の黒い素材で出来た壁に囲まれた部屋だった。

 正面には堅牢な鉄格子が、その向こうには誰もいない通路が見える。

 そして両手両足には枷が嵌められ、そこから伸びた鎖が後ろの壁の四つの突起にきつく繋がれている。所謂、(はりつけ)状態だ。

 

 まずいなっ。捕まったのかっ、俺は?

 

『そのようじゃな。

 ただ向こうに対話の意思はありそうじゃぞ。暫くしたら戻ってくるはずじゃ』

 

 少しだけ希望が持てる言葉をくれるシル様。

 

 だとしても、だ。

 非常にやばい状況に変わりはない。俺は人類の敵たるモンスターで、そして明確に敵対の意思を見せてしまった。用心深い人間なら、それだけでアウトだ。

 一応許されたということは何かしらの道は残されている、のか?

 分からない。そもそも俺は向こうの素性も知らないのだから。

 

 くそっ、どうする。

 逃げるか? ……マントを使えば確かに何とかなるかもしれない。

 ただ果たしてそれをしたところで先があるだろうか。

 俺の最終目標は夕菜と、それとスノーと普通に暮らすこと。そう普通にだ。俺が望むは間違っても逃亡生活なんかじゃない。

 そのためには権力やらコネが必要不可欠だ。一応思い描いたゴールはあるものの、ここで相手を味方につけられるならそれに越したことはない。

 

 後は本当に逃げられるか、という問題もある。

 視界に移るのは天井に設置された監視カメラ。当然それをモニターしている人間がいるはずだ。試行錯誤の過程を見られて拘束が厳重に、あるいは敵対行動の疑いありと処分される可能性もある。壁に繋がれている以上、転移も不可能だ。

 

 交渉前提で逃亡は最終手段。多分これがベスト。

 

 あとはどうやって交渉するか、だ。

 手札もあるにはある。相手の出方次第だが、何とかやってみせる自信はあった。

 あるいはこれは降ってわいたチャンスかもしれない。俺が逃げてきたのは、捕まった後にどうなるか不安だったから。ただここに、対話の意思があり尚且つおれを簡単に倒せるほど強い人間がいる。

 ここで味方を作れないでどうして夕菜たちを守れようか。

 

 ただ厄介なのは、人を見ると殺意に支配されるこの性質だ。

 視界に入れただけでほぼアウト。目を瞑ったり、鉄格子やマントを挟んだところで焼け石に水なことは、雪乃たちとの安全地帯(セーフポイント)での会話などで分かっている。

 体の自由は利かないし、さっきのように起き抜けに声をかけられたらまともに話もできない。

 

 幸いなのは首の向きは変えられることだ。

 覚醒状態であれば、何とか彼らを視界に入れずに対話できる。性質のことも教えることはできる。

 

 だとしたらーー先手は此方から。

 大きく息を吸って、向こうへと呼びかける。

 

「誰かいないんですか? 話したいことがあるんですけど?」

 

 ……。

 返事はない。誰も、いないのか? 

 いや、そんなことはないはず。きっと看守なんかはいるだろう。

 

 俺を倒した、多分偉い人がいない時の接触は禁じられるとか?

 ありそうな話だ。だとしたら……まずいな。

 

 なあ、シル様? 次はいつ来るとか言っていたか?

 

『いや、具体的な時期は言っておらんかったの』

 

 最悪、いつ来るかも分からない人のためにずっと起きている必要があるのか。

 どうする? 俺の性質について今伝えるか?

 ただ当然危険だと判断される可能性も高い。出来れば対面して話したいものだ。

 

「ちょ、ちょっと風佳。駄目だよ、怒られちゃうよー」

 

「大丈夫、問題ない。千絵、早くいく」

 

「うぅ、ごめんなさい玲子さん……」

 

 と、にわかに騒がしくなる通路側。

 声の感じからして、中学生くらいの女の子二人か? 状況は分からないが、これはチャンスだ。同年代の子なら同情も誘いやすい。

 声の方向とは反対を向いて、声を張り上げる。

 

「そこに誰かいますよね。ほら来るなら早く来てくださいよ。

 私は逃げも隠れもしませんから」

 

「むっ、未確認モンスター娘の声っ」

 

「ひ、引っ張らないでよっ」

 

 気配が動き、鉄格子の前までくる。ーーさあ、正念場だ。

 

「あなたたちは何者ですか? 何が目的で私を閉じ込めたか知っています? 

 あ、失礼。お子様なあなたたちには分かりませんよね」

 

「私たちは鬼人隊。捕まえたのはお前が敵だから。

 それとお前より年上」

 

 俺の相変わらずな質問をバッサリと切り捨ててくる風佳と呼ばれた少女。

 鬼人隊? なんかどこかで聞いたような……。

 

「あ、ごめんね。私たちは酒徳玲子さんっていうすごく偉い人のもとで動く007小隊のメンバーなんだー。

 それでね玲子さんがあなたとお話がしたいからって捕まえたんだよー。

 こ、こんな荒っぽいことになっちゃってごめんね」

 

「鬼人、酒徳玲子ですか……」

 

 千絵と呼ばれた少女の言葉でその名を思い出す。

 多分俺を倒したのがその人ーー酒徳玲子。「鬼人」と謳われた戦線の英雄さんだ。道理で強いわけだよ。

 いつの間にか名前すら聞かなくなっていたが、まさかこんなところにいたとは。

 

「っ、単刀直入に聞く。お前、迷宮人?」

 

「……ええ、そうですよ。

 私はモンスターと人が合わさって生まれました」

 

 風佳の質問に、大きく肯定する。

 完全種になる前に人と接触したらそう騙ろうと決めていた。言葉を選べば嘘をつかなくても済むし、何より理解を乞うのに一番都合がいいだろうから。

 

 声が震えないようにしながら、身動ぎした様子の二人に続ける。

 

「だから私は人と顔を合わせたくないんですよ。

 殺意に支配されて殺したくなってしまうので」

 

「そんなのっ……」

 

「酷い制約。ずっと一人で生きてきた?」

 

「まあはい。

 あ、でも頭の中に愉快なお友達がいるので寂しくはなかったですよ」

 

『ふっ、我はお主のイマジナリーフレンドじゃからな』

 

 俺の言葉に笑みをこぼすシル様。

 うむ、嘘は言ってない。さてさて、と二人の様子を窺ってーー

 

「そういうことだったのね」

 

「むっ」「あっ玲子さんっ」

 

 突如現れるあの時の人の声と、驚嘆を漏らす二人。

 マジか、全然気配を感じなかった。

 

「話は聞かせてもらったわ、あなたの境遇も理解した。

 さっきはごめんなさいね、辛い思いをさせたわ」

 

「いえ大丈夫です。

 私は寛容ですからね、馬鹿な人間一人の行動に腹を立てたりしませんよ」

 

「それはありがとう。

 じゃあ一つ、あなたに提案をするわ。これは私があなたを助けた理由で、人類にとっての悲願でもある。私としては受け入れてほしい。

 ただどうしても嫌だというなら強制はしないわ。断ってもあなたの首を斬り落としたりはしない」

 

 それ以外の保証はしないけどってか?

 酒徳玲子。雰囲気に似合わずなかなかに残酷な御人らしい。

 

 そうして彼女は確かに優しい声音で、その提案は口にした。

 

「あなたーー世界を救ってみる気はない?」

 

 



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第二十七話 答え

「あなたーー世界を救ってみる気はない?」

 

 優しい声音でそんなことを(のたま)う酒徳玲子。

 

 世界を救う、か。

 そりゃあ随分と大層なことで。けど流石にそれで「はいそうですか」って頷くわけにいかないよな。

 

「どういう意味で、ですか? 

 言葉が足りな過ぎて馬鹿な私には理解できないんですけど?」

 

「説明するつもりはないわ。私はあなたに覚悟はあるか聞いてるの。

 答えははいかいいか、それだけよ」

 

「……死にたくなければ、黙って頷けですか。

 流石にそれは横暴が過ぎるってやつじゃないですかね?」

 

「あなた、自分の状況がまだ分かっていないようね。

 いい? 静岡の件であなたの情報はすでに上にあげられているの。直に全国規模での探索が始まるわ。私と違って、あいつらはモンスターに容赦ないの。交渉の余地なんて万に一つもないわ。

 そうしたらあなたは本当におしまいよ」

 

 だから私の手を取るしかないってか?

 くそったれっ。そんなの信じられるわけないだろっ。

 

「あなたの目的は何ですか? 私に何をさせたいんですか?」

 

「答えられないわ」

 

「っ、馬鹿にしてるんですかっ? こんな交渉で私が首を縦に振ると、本気でそう思っているんですか?」

 

「……まあいいわ。ひとまずは話が出来ただけで良しとしましょう。

 また明日来るわ。その時は良い答えを聞かせて頂戴」

 

 カツカツと靴音を鳴らして去っていく酒徳玲子。

 

 取りつく島もなし、か。

 圧倒的に立場が下。俺がモンスター側の立場の可能性もある。苦しい交渉になるとは分かっていたつもりだ。

 だけど流石にこれは……ないだろ。

 

 酒徳玲子の望んでいることが俺と同じなら、まだいい。

 ただ例えばいつでも使い捨てられる都合の良い駒が欲しくて、俺を勧誘しているのだとしたらーー

 

『ありうる話じゃな。奴ら、お主のスキルを知っておった。「転移」「絶命の一撃」「闇煙」そして「冥王の寵愛」、その全てをの。

 敵勢力幹部の暗殺なんてお主に最適な仕事ではないか?』

 

 だよなあ。……あれ、でも何でシル様はそれを知ったんだ?

 

『なに、我はお主が正気を失っている間にも意識を保てるようでな。

 ただあくまで我はお主の感覚を借りておるだけじゃから、お主が寝ているときの会話ーー何でスキルを知ってるかなんかは分からんのじゃ』

 

 それじゃあ、何かいい情報を知ってるわけじゃないのか。

 あーどうするかな、これ。

 

「あ、あのね、勘違いしないでほしいんだけど、玲子さん本当はすごくいい人なんだよー? あなたを拘束するのに最後まで反対してたし。 

 ただその、ちょっと言葉選びが悪いっていうか、誤解されやすいっていうか……」

 

「肯定。鬼人、いつも偉そうだからな。

 お前が怒るのもわかる。でもあれはただのポンコツ、今に戻ってくる」

 

 あからさまなフォローを入れてくる二人。

 

 ただあいにく、その言葉を素直に受け取るつもりはなかった。

 確か良い警官・悪い警官だったか。一方がきつい態度を取り、もう一方が歩み寄りを見せるとかいう尋問方法を聞いたことがある。

 

 ……もしかして二人が来たのも仕込みだった?

 確かにたった二人でこの中に入ってこれるなんては出来すぎだと思っていたのだ。

 くそ、俺はまんまと嵌められて情報をしゃべらされたってわけか。

 

「あ、やっぱり帰ってきたー」

 

 千絵の言葉と共にコツコツと返ってくる足音。

 ? どういうことだ?

 

「そうだ、重要なことを忘れたわ。

 ほら、ちゃんと目を背けてなさい」

 

「ちょ、ちょっと何してーー」

 

 呆然する間にさっさと俺の拘束を外していく酒徳玲子。

 その全てを外し終え、そして牢屋の鍵も開けると彼女は「またここで、ね」と言って当たり前のように去りーー

 

「ちょっと待ってくださいっ。何、してるんですか?」

 

 意味が分からなくて、呼び止める。

 酒徳玲子は心底不思議そう答えた。

 

「何って、あなたを自由にしてあげたのよ?」

 

「だからっ、何で私を自由にするんですか?」

 

「? ずっと拘束されていると苦しいでしょう?」

 

「は?」

 

 意味が、分からない。

 たったそれだけの理由で、自らのアドバンテージを手放すわけがないだろ。

 

「だから言った、ただのポンコツと。

 今までの全部、善意での提案だった」

 

「は? 馬鹿にしてるんですか?

 それじゃあ最初の提案は何だったんですか? 明らかな脅迫だったじゃないですか」

 

「どうしてそうなるの? 言ったでしょう、断っても命はとらないと」

 

「言葉以上の意味はない、とそう言いたいわけですか。

 世界を救うことの詳細を教えてくれなかったのは?」

 

「その方法に知ってしまったら、断りづらくなるでしょう?

 あなた優しそうだし」

 

「っ、上層部の動きを教えたのはどう説明するつもりですか?」

 

「? ただ忠告しただけよ、気を付けてって」

 

「だったらっ……そもそも何で私を拘束したんですか?

 不信感を持たれると思わなかったんですか?」

 

「それはごめんなさい。

 でもあなたも悪いのよ。あなた、向こうだと人と話してる途中に恥ずかしくなって逃げたそうじゃない」

 

「は? 何の話ですか?」

 

『お、恐らく雪乃たちの件じゃろうな。

 ……そうか、あ奴らにはそう見えておるのか』

 

 何故か納得するシル様。いずれにせよ、だ。

 これは、あれか。全部俺の勘違いだったとそういうわけか?

 酒徳玲子は良いやつで、脅迫なんてするつもりはなくて、俺には最初から断るっていう選択肢も与えられていたと?

 

「は、は……」

 

 失笑のような何かが零れる。

 理解不能だ。もし本当にそれが事実だとしたら、真面目に考えていた俺が馬鹿みたいじゃないか。

 

「鬼人はそういう人間。お前も諦めろ」

 

「ちょっとどういう意味よ、誠心誠意言葉を尽くしたじゃない」

 

「あははー」

 

 もう意味を成さない鉄格子の向こう側で三人が姦しく話す。

 

 あるいは拘束を外したのも作戦の一環で、今もまだ俺を騙そうとしているとか?

 いや今の三人にこちらを警戒する様子はない。「転移」で逃げようと思えば簡単に逃げられるそうだ。

 

 だったら逃亡前提で、それでも俺を脅威に感じていない? この広大な藤枝ダンジョンのすべてを守り切るつもりなのか? 

 そんなこと本当に出来るのかよ? 大体出来たとして、わざわざそんな危険な択を取るか? 俺を拘束しておけばそれで済む話だぞ?

 

「一体何を企んでいるんですか?

 私を逃がしたせいで、あなたたちや他の誰かが危険に晒されるとかは考えないですかね?」

 

「もしあなたにその気があるならもうとっくに被害者が出ているわよ。

 それにあなた、人間なんでしょう? ただの一般人を不当に拘束する権利なんて、私にはないわ」

 

「っ」

 

 あまりに優しいその言葉。

 ……なるほど確かにこれは上手い(・・・)な。さっきまで疑っていたのに、俺は目の前の人間を信じようと、信じたいと思ってしまっている。

 ああ駄目だ、少なくとも今は結論を出すべきじゃない。

 

「少し、考えさせてください」

 

「ええ、それで構わないよ。

 話したくなったらいつでもここに来て頂戴。すぐに飛んでくるわ。

 あ、でもあまりに深夜とかはやめてよね」

 

「夜更かしは健康の敵」

 

「ちょ、ちょっと風佳。真面目な話してるんだよー」

 

 呑気に話す三人の前から「転移」で離脱する。

 

 コンカで確認してみるも、誰かが追ってくる気配は無かった。

 どうやら本当に自由にさせるつもりらしい。

 

 ……ほんと、何考えてるんだよ?

 

『さあのお。

 ただ我には玲子とやらが嘘を言ってるようには見えなかったぞ?』

 

 だから厄介なんだよなあ、と大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 解放された後、念のために全然違う場所に行ったりしながら時間を潰して、さっと白い部屋へと戻る。

 

「おかえり、マコ。今日は遅かったんだね」

 

 すぐに出迎えてくるスノー。

 めっちゃ癒されるなあ。未発見領域のここなら、突入される心配は多分ないし。

 

 ……いやまて。

 もしかしてこの場所やスノーも全部仕込みか? どうせここに逃げ込んでくるだろうと踏んでいるなら、自由にしたのも納得いく、か?

 

『流石にそれは考えすぎではないか?

 お主が外に出ることを止めようとしたのは、他でもないスノーじゃぞ?』

 

 だよなあ。俺もスノーの今までが演技とは思えない。

 いかんな、常識外のことをされてペースを乱されてる。

 

「どうしたの、なんかすごい疲れてるよ?」

 

「ええ。酒徳玲子とかいう訳分からない人につ、いえ会ってやりまして。

 それでーー」

 

「さかとく、れいこ? っあ、あああ」

 

 トンデモ体験を伝えようとしたその時だった。

 突如頭を抱えて叫び出すスノー。

 尋常じゃない様子で取り乱しながら、違う、違う、と世迷言を繰り返す。

 

 何が起こったっ?

 

「どうしたんですか、スノーっ? 何か悪いモノでも食べましたっ?」

 

「ああ、そうか……ううん、何でもないよマコ。

 ただちょっと疲れたから先に寝てもいい?」

 

「それは勿論構いませんが……」

 

 明らかに無理をして笑うスノーに、仕方なく合わせる。

 そしていつものように手を握ろうしてーー

 

「あ、あのね。今日は一人で寝たいな。

 マコは向こうであっち向いて寝ていてよ」

 

「わかり、ました」

 

「じゃ、じゃあごめんねっ」

 

 スノーがパタパタとベッドの方へ去っていく。

 俺はそれをただ茫然と眺めていた。

 

 やがて聞こえてきたのは、絞り出すような嗚咽、押し殺した泣き声。

 

 ……それで、こっちに聞こえないと思ってるのかよ。

 何も感じないと、本当にそう思ってるのかよっ。

 

『あ奴とスノーに関係があるのは決定的のようじゃな。

 ただ早まるなよ、マコ。まだ何かをされたと決まったわけではない』

 

 分かってる。

 それにさ、最初に会った時確かに感じたんだ、どこかで聞いた声だと。

 その理由が今分かったよ。酒徳玲子のスノーの声が似ているんだ。酒徳玲子の方は顔が分からないのは残念だけど、それでも多分何かがある。

 

 ……なあシル様。精神操作系のスキルは本当にないんだよな?

 

『うむ、それは保証しよう。

 相手の提案を受け入れたところで、お主に何らかの制約が発生するわけではないのじゃ』

 

 だったらーー。

 ここに来て初めて一人で明かす夜。俺は一つの決意を固めた。

 

 

 

 

 

「……来てくれたのね」

 

 次の日の朝、牢屋があった場所、藤江ダンジョンの端にて俺は酒徳玲子と対峙していた。

 乾いた唇を舌で濡らして、俺はゆっくりと話し始める。

 

「その前にいいですか? 聞きたいことがあります」

 

「いいわよ、何でも聞いて頂戴」

 

「スノーという名前に聞き覚えはありますか?」

 

「スノー? 特にないわね、それがどうしたの?」

 

「っ、分かりました」

 

 酒徳玲子に嘘を付いている様子はない。

 本当に知らないのか、あるいはーーまあいい。

 とにかく今は答えを先に伝えるべきだ。

 

「あなたの提案を受け入れたいと思います。

 ただ一つだけ、条件があります」

 

「条件? 言ってみてくれる?」

 

「私をあなたの007小隊に入れてください。

 あなたの仲間になれるんだったらまあ、世界くらい救ってみせますよ」

 

 挑むような気持ちで、俺はその言葉を口にする。

 酒徳玲子。あんたが本当に優しいやつかどうかはまだ分からない。

 だったら、その懐に入って確かめてやるよ。

 どちらにせよ味方は必要だったのだ。これで本当に良い奴なら儲けもの、悪い奴ならあるいはーー

 

 永遠にも感じられる沈黙の後、酒徳玲子はにっこりと笑って見せた。

 

「分かったわ、元々そのつもりだったしね。

 あなたの加入を認めましょう、ようこそ我が007小隊へ」

 

 ちろちろと右手に当たる彼女の手。

 俺はそれを笑みを浮かべて取る。

 

「ええ。出来れば末永くよろしくお願いしたいものですね」

 

 かくして俺は007小隊の仲間になったのだった。

 

 



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第二十八話 007小隊

「それじゃあ早速、007小隊のメンバーを紹介しましょうか」

 

 酒徳玲子の手を取った後、ぞろぞろとやってくる四人分の気配。

 どうやら近くで待機していたらしい。最初から入れる予定だったってのは本当なのかもな。

 

「まずはリーダーの彼からね。

 眼鏡をかけているヒョロ男が喜入(きいれ) 昇太郎。空間属性魔法使いよ」

 

「あはは、相変わらず手厳しい。

 一応リーダーをやらせてもらってます。よろしくね。それとはい、これ」

 

「はあ、どうもです」

 

 酒徳玲子に腕を引かれ昇太郎さんと握手を交わした後、そのまま一枚の紙を渡される。

 見れば五人の人物が映った集合写真だった。

 なるほど、これが007小隊ってわけか。

 声の感じからして、昇太郎さんは中心の酒徳玲子の横で温和に微笑む青年だろう。

 

「そっちの図体がやたら大きい彼が石栗 天志(たかし)。魔法剣士よ」

 

「どうも、宇宙一図体のでかい男とは俺のことよ。

 よろしくなあ、嬢ちゃん」

 

「よろしくお願いしますね。図体しか取り柄がない木偶の坊さん」

 

「がはっはっ、違いねえ。嬢ちゃんの言う通りよ。

 今度の嬢ちゃんも中々に骨のある娘っ子のようだな」

 

「ちょ、セクハラですかっ」

 

 握手中の失礼な態度にも、豪快に笑ってバシバシと背中をたたいてくる天志さん。

 写真の中で昇太郎さんの肩に手を乗せる男性が天志さんだろう。多分30代くらいで、随分と厳つい顔をしている。

 

 うん。この感じ、割と嫌いじゃない。

 

「最後の二人が谷島 風佳と友藤 千絵。それぞれ密行者と癒術師よ」

 

「よろしく、モンスター娘。略してモン娘」

 

「ちょ、ちょっと失礼だよ、風佳っ。

 えっとこんな感じだけど、悪い子じゃないんだ。仲良くしてくれると嬉しいなー」

 

「よろしくです、ちっちゃいお二人さん」

 

 名前だけは知っていた二人と握手する。

 男性陣とは反対側で無表情で佇む茶髪の女の子が風佳、その横で緊張に顔を引きつらせている青髪の女の子が千絵だろう。やはり中学生くらいにしかみえない。

 学生と大人と普通同じパーティに入らないはずだ。学校を卒業してすぐに入隊したとかか?

 

「さてと、それじゃあーー」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。

 玲子さん、あなたの紹介がまだじゃないですか?」

 

「……そうね、忘れてたわ。私は酒徳玲子。

 日本軍出身で、今はここ藤枝ダンジョンの支部長よ。007小隊の創設者でもあるから、基本的にあなたたちは私の指示に従ってもらう事になるわ」

 

「なるほど、ここは鬼人さんの子飼いの部隊ってわけですか。

 あれ、鬼人さんは一緒に戦ったりはしないんですね? あっもう歳ですか」

 

「……あなた、さっきから随分と失礼な態度よね?

 いい、これから一緒に動く仲間としてーー」

 

「ま、まあ許してあげましょうよ。

 最初の印象もあって色々と警戒されているんですって」

 

「そうですぜ、姉御。

 大体、娘っ子は元気があり過ぎるくらいが丁度いいってもんですよ」

 

「……そう、二人がそう言うなら仕方ないわね」

 

 男性陣二人に諭され、矛を収めてくれる酒徳玲子。

 ……なんか、この三人の関係性が見えた気がするな。悪い人じゃないっていう話も納得できーーいかん、流されるな、俺。

 この部隊があくどいことに手を染めている可能性を忘れるな。

 

『我、何か疑うのも馬鹿らしくなってきたんじゃが?』

 

 うるっさい。それでも疑いの目を持ち続けることが大事なんだよ。

 

「さて、それじゃあ本題に移るわね。

 あなた、この世界の現状をどこまで知ってる?」

 

「一般常識程度の知識しかありませんよ。

 人類が雑魚すぎて世界がやばいってことくらいです」

 

「まあ概ね間違ってはないわね。

 ただね、軍部情報機関のとある予測によると状況はもっと深刻なのよ。

 ーー次にオリジナルスタンビートが起きた時、人類は耐えられない(・・・・・・)

 

「なっ、本当なんですか? 

 テレビなんかではここ数年で対抗出来うるだけの戦力は整ってきたって言ってましたよ? またマスゴミの捏造記事ですか?」

 

「そこが問題でね、今話したのは軍部が出した予測の、その一つでしかないのよ。

 他の予測だと、大きな被害は出すもののいずれも現状の戦力で防衛できると言っているわ。それが正確な情報に基づくのか、あるいはそう言わされたのかは分からないけれど、ともかく軍の主流派はそれに胡坐をかいている。

 今の専守防衛状態を維持しながら、その先に未来があると信じている」

 

「専守防衛、ですか。言い当て妙ですね」

 

 13年前にオリジナルダンジョンより生み落とされ各地に散ったモンスターたち。

 確かに人類はその一部の管理に成功しているが、それは人類生活圏の縮小という代償があってこその功績だ。世界には今も放置状態のままのダンジョンが集まり、新たな完全種が世には放たれて続けている場所がある。

 それが放棄地域ーー日本だと関東地域をすっぽりと覆うほどの巨大な面積を持つ、人類敗北の証だ。

 日本の防衛戦力たる日本軍はその周りで何重もの防衛線を敷き、必死に後ろを守ってきた。当然何度も奪還作戦が立てられたが、彼らはそのどれもで大敗し、むしろ最近は作戦そのものを聞かなくなっていた。他の国が多大な犠牲を払いながらも少しずつ前に進めているのにかかわらず、だ。

 確かにこれを専守防衛といわずして何と言おう。

 

「勿論軍上層部や冒険者協会にも相談したわ。現状だとただ破滅を遅らせているだけに過ぎないって。

 でも、無理だった。いえ仕方ないのかもしれないわね。彼らは敗北の歴史をその最前線で見続けてきたのよ、前に進む覚悟が持てないのもわかるわ。

 だから私は決めたのよ、だったら自分でやってやるってね」

 

 相当な苦労を感じさせる声音で酒徳玲子は笑った。

 

「瞬間移動と疑似的な安全地帯(セーフポイント)作成が可能な空間属性魔法使い。

 どんな敵が来ても対応できる魔法剣士。

 複数人での隠密行動を可能にする密行者。

 体に貯まった魔素を唯一排出できる癒術師。

 そしてダンジョン内で自由に行動できるであろうあなた」

 

「まさかーー」

 

 酒徳玲子の言葉に思わず声を上げる。

 

 高密度でダンジョンが密集する放棄地域。そこは無数のダンジョンが繋がった特殊な地形になっていると言われていた。

 だからこそ魔素の摂取限界がある人類には、放棄地域をちびちびと縮小させていくしかオリジナルダンジョンを攻略する道はなかったわけだ。

 俺は唯一それを覆せる手札としてこの性質を使おうと思っていた。だが、まさか彼女は最初から俺の性質を見越してーー

 

「ーー放棄地域を横断し、オリジナルダンジョンを攻略する。

 それがあなたたち007小隊の役割よ。

 どうか日本の矛、いえ人類の希望として私たちに力を貸して頂戴」

 

 人類のために死地へ赴け、と確かにそう告げたのだった。

 

 



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第二十九話 新たな仲間

「ーー放棄地域を横断し、オリジナルダンジョンを攻略する。

 それがあなたたち007小隊の役割よ。

 どうか日本の矛、いえ人類の希望として私たちに力を貸して頂戴」

 

 人類生存のため、なりふり構わず奔走する酒徳玲子。

 なるほど、確かに悪い人間じゃないのかもしれない。だが、これはーー

 

『随分と酷な方法を考えるものじゃな。

 モンスターが跋扈する世界にたった数人で乗り込む危険性に気付かぬわけではあるまいに』

 

 シル様の言葉に心の中で同意する。

 同時に酒徳玲子が事前に詳細を教えてくれなかったことにも納得がいった。言いふらしていい情報じゃないし、何よりこの計画を知ってなお断るのは寝覚めが悪い。

 

「……あなたが私に望むことは概ね理解できました。

 ただ幾つか疑問があります。まず一つ、どうして四人だけなんですか? 癒術師がいるならもっと大勢に攻め込ばいいですよね?」

 

「そうね、だからこの四人は必要最小限かつ今の千絵で何とか治癒できる人数よ。

 千絵のスキルレベルが上がればその分同行できるメンバーも増えていくわ。最終的には数十人規模になるのが理想ね」

 

「そういうことなら、まあ私が勧誘されたのも納得です。

 では二つ目、どうしてあなたは同行しないんですか? そこの木偶の坊さん何かより強いはずですよね?」

 

 こりゃ手厳しいという感じで肩をすくめる天志さん。

 ただそれでも自分の言葉を撤回するつもりはなかった。

 

 あらゆる敵を粉砕し、ただ屍を積み上げるその様はまるで鬼神なり。

 それが俺が知っている酒徳玲子の姿だ。

 いくらテレビ局の誇張が入っていたとはいえ、名前も知らないような冒険者に戦闘力で負けるとは思えない。

 

「勿論それにも理由はあるわ。

 私はね、とある呪いを受けたのよ。周囲にいる人間が多いほど戦闘力が低下するっていう忌まわしい呪いをね。

 だから戦線からも退いて後方支援に徹しているというわけ」

 

「なるほどです。歳のせいじゃなかったんですね。

 では三つ目、どうして私が魔素が平気な体と分かったんですか?」

 

「あなたを外に出したら物凄い拒否反応を示したのよ。

 だとしたら普段はダンジョンの中で生活しているとしか考えられないじゃない」

 

「……寝ている間に色々されそうだったってことですか、このへーーこほん。

 では次。私言いましたよね、人を見ると殺したくなっちゃうって。

 どうしてそれをどうにかできると思ったんですか? それともこのまま行かせるつもりですか?」

 

「まさか、あなたにはその体質を治してもらうわ。

 というかどんな方法を使っても治しなさい。それができなければ、この話はなかったことにするわ」

 

「……分かりました。ご心配なく、方法もわかっていますので自分でやれます。

 では最後、私を使うことをどうやって周りに理解してもらうつもりですか?」

 

「そこはまあ追い追いね。

 小隊メンバーしか知らない仲間にするとか方法は色々あるわ。

 そもそもこの007小隊の構想自体まだ発表してなくて、個別に勧誘している段階なのよ。ちゃんとした人材を選べば情報が漏れることもないわ」

 

「そう、ですか……」

 

 俺の細かい疑問にも淀みなく返答する酒徳玲子。

 うん、現状特に不審なところはない。酒徳玲子は多分本気だ。それはそれでどうなんだという気もするがーーまあいい。

 俺の目的とは多少なりとも合致しているのだ。

 

「分かりました。私も分が悪いの賭けに乗るとしましょう。

 私の名前は月宮マコです。よろしくお願いしますね、仲間を捨て駒にする悪鬼さん」

 

「ふっ、人類のためなら鬼も悪魔にもなってやるわよ。

 とにかく当面は別行動してもらうわ。その方法とやらはここの中で達成できるものかしら? OKなら大丈夫だわ。自由に動き回れるようにしておくから最優先で体質を治すこと、いいわね?

 あと、また明日同じ時間にここに来て頂戴。渡すものがあるわ」

 

「玲子さん玲子さん、その前に時計渡さないとですよ」

 

「……そうだったわね、はいこれ。時間の読み方は分かる?」

 

「そこまで阿呆じゃありませんよ」

 

 酒徳玲子から何だか古そうな時計を手渡される。

 必要ないとも言えたけれど、あらぬ疑いを向けられそうだからな。素直に受け取っておこう。

 

「それじゃあまた明日ね。

 今日は小隊メンバーと交流でも深めておきなさい」

 

 私はやることがあるから、と去っていく酒徳玲子。

 丁度いい、彼女には聞かれたくない話があったのだ。

 これから苦楽を共にするであろう仲間に向け、俺はさっそく口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあまた明日ね。

 今日は小隊メンバーと交流でも深めておきなさい。

 わたしはやることがあるから」 

 

 そう言って玲子さんが帰っていく。

 ともすれば冷たい印象を与えかねないその行動に、何の裏もないだろうことを友藤千絵は知っていた。

 誤解しなければいいなー、と新たな仲間に目を向ける。

 

 一風変わった迷宮人の少女、月宮マコちゃんは横を向いたまま口を開く。

 

「……みなさんは、どうして007小隊なんかに入ったんですか?

 正直、生還は絶望的ですよね。それともきっとみんな生きて帰れるって信じている脳内お花畑さんですか?」

 

 マコちゃんより放たれる強烈な言葉。

 やっぱりそうくるよねー。うぐ、胸が痛い。

 在学中に突然玲子さんに声をかけられ、友達の風佳も一緒ならと深く考えずに入ってしまった。こんなに志が低いのは私くらいだろう、多分。

 

 ただ同時にありがたい質問でもあった。

 007小隊が発足して一週間、まだ深いことは何も話せていなかったのだ。

 

「まあ気になる気持ちは分かるがな、いきなりそれを聞くのは野暮ってもんだぜ、マコの嬢ちゃん。

 ダンジョンのせいで誰しも傷を負ってるんだ。人に知られたくない過去の一つや二つ、あるもんさ」

 

「……そうですね、皆さん雑魚ですもんね。

 これは失礼しました」

 

 天志さんの忠告にも相変わらずの態度を崩さないマコちゃん。

 あ、ある意味すごい。これは猪突猛進、直情径行の風佳に通じるものがありそう。

 ……二人もそんな人いらないよー。

 

 天志さんは特に気にする様子もなく笑う。

 

「がははっ。そうさ、雑魚だから俺らが守ってやらないといけないのさ。

 俺のカミさんみたいな人が増えないためにもな」

 

「全く天志さんはそうやってすぐに前言を翻すんですから。

 僕は……恩を返すためですかね。静岡の方でちょっとへまをして干されていたところを玲子さんに拾ってもらったんですよ」

 

「面白そうだから。何より人類の希望なんてかっこいいっ」

 

「え、えと私は……な、何となくかなー」

 

 あっさりと明かした天志さんに続いて、各々の理由をカミングアウトしていく。

 二人にはそんなことがあったんだ……。

 ただそのまとも理由に比べて後ろの二人の適当さよ。うう、恥ずかしい―。

 

 そんな三者三葉の回答に黙り込んでしまうマコちゃん。

 玲子さんへの不信がまだ抜けないのかな?

 

「あ、あのね、玲子さんも別に無理に強制してるわけじゃないんだ。

 凄い気にかけてくれるし、嫌になったらいつでも抜けてもいいって言ってくれてるし」

 

「ええ勿論です。幾つかの守秘義務ーー誰かに話してはいけないなどの制限はありますが、入隊も脱退も個人の判断に委ねられています。

 マコさんもやめたいと思ったら玲子さんに相談してください、きっと本当に悪い扱いはされませんよ」

 

「私は強いから大丈夫ですよ。

 皆さんがあまりに馬鹿だから気になっただけです」

 

 マコちゃんの言葉に、視線で笑いあう。

 うん、どんな娘か何となくわかった気がするなー。

 

「マコは何でここに入った?」

 

 と、いきなり直球ストレートを投げる風佳。

 もうこの子はっ。

 

「ちょ、ちょっと風佳ーー」

 

「いいですよ、仕方ないから教えてあげます。

 私は……そうですね、幸せにしてあげたい大切な人がいるからです」

 

「家族?」

 

「ーーっ。この体にはいませんね」

 

「男?」

 

「まさか、可愛い女の子たちですよ」

 

「おおー」

 

 多分何か勘違いをして声を上げる風佳。

 勘違い、だよね? 家族でもない、大切な女の子たち……お、女友達か何かだよ、多分。

 

「それで、具体的な計画始動はーー」

 

 それから007小隊周りについて、大人相手にも引けを取ることなく色々と質問していくマコちゃん。

 玲子さんにも突っかかっていたし……本当にすごいなあ。

 

「千絵もマコの百合ハーレムに入れてもらう?」

 

「ふえっ?」

 

 耳元に当たる風佳の声に一瞬思考を停止し、すぐに持ち直す。

 

「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよー。勘違いだよ、それ」

 

「じゃ、探す。外には出られない、ここのどこかに大切な人がいるかも」

 

「もう駄目だって。あまり詮索しないようにって言われたじゃんっ」

 

「大丈夫、ただ尾行するだけ。千絵も気になるでしょ?」

 

「うっ」

 

 図星を突かれ、千絵が声を漏らす。

 すかさず、風佳にがしっと手を掴まれる。

 

「決行は今日の夜、マコと別れたら。目的はマコの大切な人の捜索。

 うん、面白そうっ」

 

 爛々と輝く風佳の両目。

 こ、こうなったら止められないんだよねー。ごめんなさいマコちゃん、と千絵は心の中で頭を下げた。

 

 



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第三十話 お姉ちゃん

「それではまた明日です」

 

「おう、またな。マコの嬢ちゃん」

 

「気を付けて帰ってくださいね」

 

 夜、天志さんたちとの電話(・・)を切っていつもの場所を後にする。

 そう、電話だ。捕まってから一連の対話に使っていたここーーダンジョン端の、黒い壁に囲まれた空間は特別に電波が通じるのだ。

 というのも外に冒険者協会藤枝支部が隣接していて、前任の支部長が色々と便利なようにと相当な金をかけて改造したらしい。モンスター用の牢屋や各所につけられた監視カメラとかもその一端だとか。

 

 また今使っているのは、入隊した翌日に貰った新しいコンカだった。

 開発段階の機種だそうで、魔素判定なしに操作できる特別製だ。

 魔素の登録に必要な機械をダンジョン内に持ち込むには色々と準備が必要ゆえ、それまでの繋ぎとして使ってくれと渡された代物。俺はそれをありがたく頂戴して、かつ登録は全力で拒否させてもらった。

 なにせ魔素を判定されると俺が望月真であるとバレかねないのだ。いやバレるだけならいい、というかむしろ望みですらある。

 問題はどう解釈されるか分からないことだ。

 この口じゃあ本当の経緯を話せないし、納得させられるだけのストーリーも考え付けなかった。最悪変な誤解をされて、信頼関係が壊れかねない。

 だからシル様と話し合って、とにかく今は下手な希望を持たずに別人として振舞うことに注力しようという結論になったのだった。

 

 それと007小隊の皆はレベルの違いから今は各々別の場所でレベルアップに励んでいるらしく、用事があるとき以外はこうして毎夜小隊単位でグループ通話する程度とのこと。

 入隊して一週間、俺の生活もここで四人と電話で話す日課が加わったくらいしか変わらなかった。拘束が多いともう一つの目標ーー夕菜の卒業までに完全種へと至ることに支障が出かねなかったから、ありがたい話だ。

 この体になって以降スノーぐらいとしかまともに会話してなかったのもあって、そういう意味でも結構嬉しかったりする。

 

 ……しっかし、女子二人は色々と忙しいんだなあ。

 今日も途中で抜けちゃったし。

 

『はたさて女子(おさご)がこんな夜中に、とは一体どんな用事なんじゃろうのお』

 

 からかうように聞いてくるシル様。

 

 ……いいか、シル様。あれくらいの女の子は詮索されるのを凄い嫌がるんだよ。

 どんな変な行動をしていても気にしたら駄目なんだ。

 俺はそれをーー夕菜で知った。

 

『……なるほど。これが調教の結果か』

 

 ぽつりと聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

『残念、今回も失敗』

 

『ね、どこに消えちゃうんだろうねー』

 

 マップの赤点が完全に消失したのを見て千絵と風佳は肩を落とす。

 

 毎夜の報告会を途中で抜けてマコちゃんを尾行を繰り返して7日。

 いくら「転移」が強力なスキルとはいえ、移動する大雑把な方向が分かってかつ警戒されていなければ、追うのはそう難しいことではなかった。

 ただ最近はここのボス部屋付近で振り切られる日が続いていた。

 

『不思議、一体どこで寝てる?』

 

『ほんとだよねー』

 

 コンカの画面を見せ合って、無言で会話する。

 

 考えられるのは今の私たちみたいに「隠密行動」を使っているとか?

 うーんでもマコちゃんが私たちの尾行に気付いてる様子はなかったからなー。

 

 あとは、と遺跡の形をしたボス部屋へと目を向ける。

 まさか、ねー。

 確かにボス部屋の中ならマップに中の様子が表示されることはない。ただボスがいる場所なんて寝るなんて正気じゃないし、なにより今は扉が開いている開放状態だ。流石におかしい。

 

 うーん、と必死に頭を動かしーー

 

 パキリ。

 

「あ」

 

 ーー足元の枝を踏んでしまう。

 一際大きな音が夜の静寂に響き、同時に「隠密行動」が解除される。

 マップ表示やモンスターの索敵を欺くそのスキルも大きな音を立てると効果が切れてしまうのだ。

 

「っ」

 

 即座に風佳が再び「隠密行動」を発動。

 発動時点でクールタイムのカウントが始まり、解除されるまで効果が持続する特性上こうして連続で使うこともできるけど、残念ながらそれは完璧じゃない。

 例えば今向かってきている白いジャガーみたいに、その視界に完全に獲物を捕らえてしまえば欺くことはできなくてーー

 

「何、してるんですかっ」

 

 突如視界に黒い何かが現れ、ジャガーの首を斬りつける。

 あっさりと消失するジャガーの体。すたりと千絵たちの前に何かが降り立つ。

 黒いマントを羽織り、背中をこちらに向けるその少女の名前はーー

 

「マっもごもご」

 

 マコちゃん。そう叫ぼうとして風佳に口をふさがれる。

 そうだ、また失敗するところだった。

 

「……途中で止めてくださいね」

 

 「隠密行動」の詳細は既に話してある。

 マコちゃんが黒い霧(確か「闇煙」だ)を発生させて後ろ歩きで近づいてきて、風佳が丁度いいところでその背中に手を当てて止める。

 「隠密行動」の効果範囲内に入ったのだ。

 

『それで、どうしてこんなところにいるんですか? 

 馬鹿なんですか? 自殺なら見えないところでやってくださいよ』

 

 霧が晴れた後、後ろ手にコンカでそんな文面を見せてくるマコちゃん。

 す、すっごい怒ってる。……でも、そうだよね、私たち死ぬところだったんだんだもんね。

 すかさず風佳が手を伸ばし、自分のコンカをマコちゃんの前に持っていった。

 そうしてこの不思議な距離感でのやり取りは続いていく。

 

『マコを追っていた』

 

『は? それで死んだらどうするつもりだったんですか?』

 

『大丈夫、マコが助けてくれた』

 

『だから、私がいなかったら本当に死んでいたんですよ?

 雑魚は雑魚らしく大人しくしていたらどうですか?』

 

『あ、あのね、今までは本当に大丈夫だったんだよー。

 今日は偶々ミスしちゃっただけで……』

 

 マコちゃんがはあ、と大きくため息を零す。

 

『風佳は興味本位、千絵は何となくでしたっけ? 007小隊に入った理由は。

 いいですか? もし放棄地域に入ったら今みたいなミスも許されないんですよ?この計画がどれだけ無謀なことか、本当に考えています?』

 

『リスクがあるのは、冒険者になっても同じ』

 

『ええそうですよ。でも冒険者ならその危険を避けることができるんですよ。

 ただ007小隊は違います。その先に悪夢が待っていると知って尚、前に進み続けなきゃいけないんです。

 特にお二人は計画遂行に必要不可欠な人員ですから、途中離脱も許されない。寧ろあなた方は守られる側です。自分のミスで周りの人間が死んで、それでもその屍を踏み越えて進むしかない状況に本当に耐えられますか?』

 

 マコちゃんが書いた悲痛な未来を想像してしまって、身が凍るような思いに襲われる。見れば、風佳も珍しく深刻な表情で黙っていた。

 勿論色々なリスクは考えた。

 でも人類のために頑張るっていうのはすごく大きなモチベーションで、しかも玲子さんたちもそこまで強く止めてこなかったから、何となくやれると思っていた。

 

 ……もしかしたら玲子さんたちは私たちのそんな未熟さを分かっていて、あえて放置していたのかなー。いつか自分たちで気づくと思って。

 でも結局、自分たちより多分小さい子に教えられちゃった。

 

『私は反対です。あなたたち子供にそんな過酷な行為を強いるのは。

 まあとにかく、今教えてあげたことをもう一度考えてみたらどうですか?』

 

 今一度マコちゃんから念押しされる。

 まだその答えが出せないうちに、マコちゃんはこほんと喉を鳴らした。

 

『さて、それじゃあさっさと帰りましょうか。

 こんなところで油を売っていても仕方ないでしょう? ほら、私に付いてきてください、雑魚のお二人さん?』

 

 マコちゃんが背中を向けままゆっくりと外へと歩き始める。

 その口とは裏腹の優しい行動に千絵と風佳は声を殺して笑いあった。

 

『マコ、良いやつ』

 

『うん……お姉ちゃんがいたら、あんな感じなのかなー』

 

『おお、マコ姉。いいっ』

 

 道すがらそんなやり取りを風佳と交わしてく。

 

 007小隊を続けるか、その答えはまだ分からない。

 でもマコちゃんともう少し一緒にいたないなー、と千絵は思うのだった。 

 

 

 

 

 

『変な行動は気にしたら駄目とは言ってなかったか?』

 

 二人を送り届けた帰り道、シル様がそんなことを聞いてきた。

 いや、流石に命の危険があるときとかは例外だろ。

 さっきも俺がたまたまマップを見ていなかったら本当に危なかったわけだし。

 

 ……でも、ちょっと説教臭かったか?

 

『大丈夫じゃろ。

 あ奴らも己が身を心配しての忠告だと分かってくれようぞ』

 

 だといいなあ、と思いながら白い部屋の中へ「転移」で戻る。

 

「……遅かったね、マコ」

 

 待ち受けていたのは、ぶすーとした顔のスノー。

 さっきはスノーとの会話を途中で切り上げちゃったからなあ。ロクな説明もできないで長い時間空けちゃったし。

 

「知り合いがあまりに雑魚かったので、最後まで送り届けちゃいましたよ。

 全く、困ったものです」

 

「知り合いって千絵ちゃんと風佳ちゃんだっけ?

 007小隊とかいうマコが入っちゃった部隊の仲間の、しかも女の子」

 

 スノーが不機嫌な様子を隠そうとすらせず続ける。

 007小隊周りのことはスノーにも伝えていた。最も、それ関連のことを話すといつもこうなってしまうんだけれども。

 

「ええ、そうですよ。

 全く、そんなに膨れるならやっぱり色々と試すべきじゃないですか? 私と同じ立場になれるかもしれないんですよ?」

 

 007小隊に入ってすぐ、昇太郎さんの瞬間移動で外に出られるかもしれないと伝えたら、スノーはそれを「絶対に嫌」と拒否したのだ。どころか、この場所を教えることすら許さなかった。

 スノー曰く「ぼくの存在を知っているのはマコだけでいい」とのこと。

 つまり誰の力にも頼ることなく俺自身の手での解放をスノーは望んでいるのだ。

 

 外に出ることを楽しみにしていたはずなのに、何をそんなにこだわっているのか俺にはよく分からなかった。

 酒徳玲子と何かあったのかとかを聞いても答えてくれないしなあ。

 

『まあ、そうカッカするでない。

 スノーにはスノーの事情があるのじゃろう。スノーにはお主しかおらぬのじゃ、支えになってやらねば男が廃るというものじゃぞ』

 

 と、絶対に事情を知っているだろうシル様に諭される。

 勿論それは分かっている。でも、やっぱりいろんな人との繋がりを作ってあげたいんだよなあ。特にスノーみたいにずっと一人でいた人には。

 

 スノーの湿った瞳が俺を射抜く。

 

「マコは馬鹿。おもーーそうだ。

 もしぼくを無理やり外に出すつもりなら、ぼくの前でマコがお漏らししたことを周りに言いふらすよ?」

 

「ちょ、脅迫ですかっ!? 

 大体それはスノーが私を拘束していたからですよね?」

 

「……そんな言い訳みんなが信じてくれると思う?

 あるのはお漏らししたっていう事実だけだよ、マコ」

 

「こんのっーー」

 

 かくして、最終的に模擬戦まで至ったバトルが唐突に始まった。

 ……うん、これくらいはしゃいでいるくらいが丁度いいな。

 

 



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第三十一話 鳴動

 世界の北の果て、九層にも及ぶ広大な地下のその最下層。死した魂が過ごす長い旅の終着点ーー冥府(ミクトラン)

 

 そこの主たる冥府の王(ミクトランテクートリ)は己が伴侶の冥府の女王(ミクトランシアトル)の私室の前に立ち、何度目か分からない説得を行っていた。

 

「……シア。君の意思は確かに伝わった。

 僕もいきなりあんなことをしたのは悪かったよ、反省してる。

 だからさ、そろそろその愛しい顔を僕に見せておくれよ」 

 

 返事はない。

 単に聞こえていないのか、あるいはーー傀儡が見せる人形劇に夢中になっているのか。

 

 最悪な光景を想像して、王は自らの頭をガリガリと掻いた。

 

 ああ、本当に何でこんなことになってしまったんだろう。

 ただシアの心を人間が作った下らないガラクタから取り戻したかった、それだけなのにっ。そのために胡散臭いあいつの企てに乗って、世界を混沌に陥れるのを手伝ってやったのだ。シアを牢獄に閉じ込め、人類の窮地を懇切丁寧に教えてあげたのだ。

 

 なのに、一瞬の隙を突かれて私室に逃げ込まれてしまった。僕では解除できない強固な結界が張られたその場所に。

 ついでに下級眷属への憑依という形で人間界への干渉も許してしまった。

 いや、そこまではまだ良かったのだ。

 冥府(ミクトラン)の中では僕の方が力が上。数多の眷属を使ってすぐさま居場所を特定し、此方は中級眷属に憑依して簡単に追い詰めていった。途中愚かな人間が現れようと優勢は変わらなかった。

 このままいけばシアの眷属を消失させ、その隙にもう一度監禁できるとそう思った瞬間、あろうことかシアは瀕死の男を使徒ーー神が人間に与えられる最高位の役職にしてしまったのだ。

 それからは最悪だった。

 おかしな見た目の使徒に眷属を殺され、その反動で半月近く寝込むことになってしまった。起きた時にはもう奴らは管轄領域外、つまりは別の神が支配するダンジョンへと移っていた。

 こうなってしまった以上王の領域に戻ってくることがない限り、追う術はない。

 だからあれからずっとシアに呼びかけているのだがーー

 

「駄目、みたいだね。

 分かった。君がその気なら僕にも考えがある」

 

 王は一つの決意を胸に、部屋を後にする。

 例えその結果人類が滅びることになろうと、王には関係なかった。世界、そして人類(・・)の創造と破壊はこれまで何度も繰り返されてきたのだ。それがたった一つの時空で増えるだけで、どうして良心など痛もうか。

 

 だからこれは二人のゲームだ。一つの人間界を盤にした、互いの意地と意地がぶつかり合う頭脳戦だ。

 君の使徒が僕の策を食い破るのか、はたまた呆気なく飲み込まれるのか。

 精々楽しもうじゃないか、愛するシアよ。

 

 

 

 

 

「以上、これで今回の報告会を終わるわ。解散よ。

 あ、それとマコ、あなたは例の手筈が整ったから残って頂戴」

 

「よし、やっと終わったか。全く座学は頭が痛くなるったらありゃしねえな」

 

「そういって天志さんが一番真面目に聞いていたじゃないですか」

 

「そうだったかー?」

 

「マコ、また」

 

「ええ、また明日です」

 

 酒徳玲子の言葉に、背中越しに俺に声をかけたりしながらぞろぞろと部屋を出ていく007小隊の皆。

 

 彼らの仲間になってから二回目の日曜日の朝。

 牢屋の一室に集められた俺らは、防衛省より正式に出された防衛白書の説明を酒徳玲子から受けていたのだった。

 

『しかし、我もまさか人間がここまで正確に状況を把握しているとは思わなんだ』

 

 シル様の言葉に、確かにと頷く。

 現状の防衛状況などは元より、次のオリジナルスタンビードを耐えるために必要な軍備の程度などが(多少のぼかしはあれ)かなり正確に書かれていた。

 彼らの予想によれば発生確率が最も高いのは10~20年後、それに対抗できるだけの戦力が整うのは8~13年後。

 その根拠として挙げられていたのが旧東京付近の魔素濃度だ。

 オリジナルダンジョン発生時が最大ですぐ後にスタンビードにより半分近くに下がり(ここら辺は推測値ゆえ幅があるとのこと)、それからゆっくりと上がってきている。それが発生時と同じ水準になるのが上記の年らしいというわけだ。

 しかもこの推測はシル様的にも間違っていないそうなのだ。魔素の発生要因など、シル様から知りえない情報がある中で(ついでに俺もシル様経由で分かった情報は話せなかった)こうまで正確に割り出すとは流石人類。滅亡がかかっているだけのことはある。

 俺もテレビで概要を聞くくらいしかしてなかったら、正直驚いていた。

 

 と、それはともかく今は次の予定だな。

 せっかく酒徳玲子が俺のために手間暇かけてくれたんだから。

 

「私のためにわざわざありがとうございます。

 まあ仲間になったんですから、この程度の奉仕は当たり前ですよね」

 

「……ええそうね。

 私があなたを勧誘したんだもの、そのケツくらいは拭いてあげるわよ」

 

 俺の煽りに、中々かっこいい言葉を返してくる酒徳玲子。

 口調は厳しいけど、確かにいい人っぽいんだよなあ。

 

「何よ、私の頭に何かついてる?」

 

「いえ別に。悪鬼さんって意外と優しいんですねって思っただけですよ」

 

 ああああ。ほんとこの口はブレーキ踏めないなっ。

 

 酒徳玲子がはあとため息をついた。

 

「全くあなたは私のことを本当に鬼だと思ってるわけ?

 私だって、鬼になる前は普通の人間だったのよ?」

 

「……へえ、是非聞かせてくださいよ」

 

 思わぬ展開に、出来るだけ声が震えないようにせっつく。

 酒徳玲子の過去、そしてスノーとの関係。そこらへんはまだ何も聞けていなかったのだ。

 

『時が来た、というかの』

 

 シル様が意味深な言葉をこぼすと同時、酒徳玲子が話し始める。

 

「私はね、これでも一児の母だった。

 娘がーーそう丁度あなたくらいの年の娘がいたのよ。

 もう13年前の話だけど、ね」

 

「13年前、ですか。もしかしてその娘っ子は」

 

「ええそう、オリジナルダンジョンから生まれたモンスターに殺された。いえ正確には行方不明ね。ただきっと生きてはいないわ。

 だってあの娘はここ、藤江ダンジョンが生まれたその震源地にいたんだもの」

 

 藤枝ダンジョンの震源地か。確かーー

 

「娘っ子の写真とかを見せてもらっても?」

 

「ええ構わないわ。これが私の娘、玲奈よ。

 私に似てかわいいでしょう?」

 

「っ」

 

 酒徳玲子がコンカで見せくれた一枚の写真を見て、息を呑む。

 

 そこは白い壁やカーテンに囲まれた病室だった。

 ベッドの上で儚い笑みを向けているのは、白い病着を着て、頭に包帯を巻いた少女。

 

「驚いたでしょう? 

 玲奈はね、重い病気だった。それでここにあった総合病院に長いこと入院していたのよ。色々と手を尽くしたんだけど、結局駄目、で。

 だからっ、ダンジョンが無かったとしても、生きていなかったと、思うわ」

 

 昔のことを思い出したんだろう、涙ぐむ酒徳玲子。

 ただ俺は、玲奈と呼ばれた少女の顔に魂を吸い込まれていた。

 

 髪も見えないし瞳も普通な色をしているから随分と印象が違う。

 それでも見間違えるはずがない。あの部屋で何度も見たのだ。その顔に色んな表情が浮かぶのをこの目で見たのだ。似ているとか面影があるとかそういうレベルじゃない。これはそうーー生き写しというべきだ。

 

 

 なあ、スノー(・・・)。どうしてこんなところにいるんだ? 君は一体誰なんだ?

 

 そのとき頭の中で何かが引っかかった気がしてーー

 

 

「こんの、泥棒猫っ。

 よく私の前に堂々と姿を現せましたねっ」

 

 懐かしい声が聞こえた。

 それもめちゃくちゃ怒った声音で……何故?

 

 

 

 



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第三十二話 誤解の行方

「こんの、泥棒猫っ。

 よく私の前に堂々と姿を現せましたねっ」

 

 突然乱入してきた夕菜の声を背中ごしに聞く。

 そう、夕菜や雪乃たちの面会する席を設けてほしいと酒徳玲子に頼んだのだ。雪乃たちに何のお礼も言えてなかったし、何より夕菜と久しぶりに話したかったから。 

 そして三人くらいなら何とか口封じ出来ると了承してくれた。

 事前の注意に加え、俺の顔を見ようとしたら止めるよう言ってあるからほぼ危険はないはずだ。

 

 ……けど何でこんなに怒ってるんだ?

 

「久しぶりですね、妹さん。

 そんな犬みたいに息を切らしてどうしたんですか?」

 

「っ。

 ……なるほど。鬼人の懐に上手く入りこめて調子に乗ってるわけですか。まあいいです、それくらいは許してあげます。

 それで、私のおにぃはどこですか? 早く返してください」

 

「だから言ったじゃないですか。そこそこ強い仲間と一緒に別のダンジョンを攻略中ですと。

 私は不覚にも彼らに助けられただけですので、あなたの雑魚いお兄さんをどうこうできる権利はありませんよ」

 

 あの時話した内容を撤回するわけにもいかず、架空の仲間との関係をそういうことにして、今回も兄に言われて様子を見に来たという体にしたのだ。

 おかしいなあ、メールでは凄い「私理解してます」って感じだったのに。

 

「あくまでその嘘を突き通すつもりですか、そうですか。

 それじゃあどうして位置情報がおかしなことになっていたんですか? 説明してくださいよ。出来るものなら、ね」

 

「? 何の話ですか? さっぱり身に覚えがないですけど……」

 

「っ。ふざけないでくださいっ。

 偽造アプリを使ってるって分かってるんですよっ」

 

「??」

 

 何故か激高してくる夕菜。

 

 やばい、本気で意味が分からない。

 位置情報とか偽造アプリとか一体何の話だ?

 

『お主、何か大切なことを忘れておるんじゃないか?

 以前の世界では、位置情報共有アプリで互いの居場所を常に共有しあうとかが流行っておったぞ?』

 

 い、いや、そんなアプリ入れてなかったぞ?

 コンカを使っている以上勝手に入れられるなんてことないはずだし……。

 

 俺の様子にらちが明かないと思ったのか、夕菜が大きく息をはいた。

 

「まあ、いいです。

 それで、だったら何でおにぃが実際に会いに来ないんですか? あ、忙しいからとかそういう言い訳はやめてくださいよ? 

 おにぃがそんな人間じゃないってことは私が一番知っていますので」

 

 うぐ、そうだよな、おかしいよなあ。俺でもそう思う。

 とにかく、よく分からないと誤魔化して、と。

 

「さあ、妹さんには理解できない理由でもあるんじゃないですか?」

 

「は?」

 

「止まりなさい。彼女に近づかないことが条件だったでしょう?

 ……しかし、あなたたち一体どういう関係なのよ……」

 

 絶対零度の冷たさを孕んだ声と、酒徳玲子の困惑する声が背後より響く。

 

 いやほんと申し訳ない。夕菜が何か勘違いしてるみたいでさ。

 ……普段はこんな娘じゃないんだけど、な。

 

「いいですか? 私とおにぃは生まれてからずっと一緒に生きてきたんですよ。

 おにぃにとっての一番は私で、私にとっての一番はおにぃなんです。それは金輪際絶対に変わりません」

 

「……」

 

「あなたは上手くおにぃを誑かしたつもりかもしれませんけど、そんなの一時の気の迷いです。今に帰りたいと言い出すよ。

 だからっ、早く返してください。今なら半殺しくらいで許してあげます」

 

 濁流のような強いうねりを持った言葉が夕菜より投げかけられる。

 

 ああ、確かに夕菜の言葉は間違ってはいない。

 俺はずっと夕菜のために生きてきた。そのために冒険者になって、今ここにいる。

 

 ただ……どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。

 どうしてこんなに傷ついた気持ちになるんだろう。

 

『期待しておったんであろう?

 あるいは気付いてくれるかもしれない、と』

 

 ああ、そうか。心のどこかでは、俺との対話の中で俺が望月真だと見抜いてくれるとそう思っていたのかもしれない。

 そうまでいかなくても、久々に夕菜と穏やかな時間を過ごせると思っていた。

 最近はどうなんだとか無理してないかとか、色々と聞きたいこともあったんだ。

 

 でも実際はどうだ?

 俺の話に聞く耳すら持たないで否定ばかり。挙句の果てに謎理論で俺を責め立てる。まるで別の生き物と対面しているみたいだった。

 

 俺のせい、なのか? 

 俺の言い訳が下手だったから、こんなことになったのか?

 

『そうとも限らんよ。ああいうやつはな最初からそうなんじゃ。

 少しでも気に入らない部分があったら許せないと潰しにかかる、自分勝手な生き物なんじゃよ。……我はそれを身に染みて知っておる』

 

 何か思うところでもあるのか、苦しそうに話すシル様。

 

 ……自分勝手な生き物、か。

 確かに、そうなのかもしれないな。だったらーー

 

 

「あ、そうだ。雑魚いお兄さんはこんなことも言ってましたね。

 そろそろあなたもブラコンを卒業したらどうですか、と」

 

「は? どういう意味ですか? 宣戦布告ですか? おにぃが好きだから私が邪魔とかそういう話ですか?

 いいでしょう、表に出てください。相手になってあげます」

 

「ちょ、やめなさい。本当に死ぬわよ」

 

『何油を注ぐようなことしておるんじゃお主!?』

 

 俺の言葉に三者三葉な反応を見せる面々。

 

 いやあこの際全部思ってることをぶちまけようと思ってさ。

 結局、みんなエゴで生きてるんだよ。俺が夕菜と生きるために頑張ってるのもエゴで、夕菜が俺に理想を押し付けるのもエゴ。

 今まではそれでうまくやれてたけど、今はこの体のせいもあってそうもいかない。

 だったらもう本音でぶつかり合うしかないだろ?

 

『いや、そんな解決策はのう……どうなんじゃろうな……』

 

 シル様が何とも言えない反応を返してくる。

 分かってる、これが強引な方法で、もっと賢いやり方があるってことくらい。

 

 でも、どこか楽しみな自分もいるんだ。

 何だかんだ兄弟げんかとかはしてこなかったからなあ。夕菜がぐずった時はいつも俺が折れてきたから。

 

 この口調にも乗せられて、俺の口から本音がぽろぽろと零れていく。

 

「あ、それとこうも言ってましたね。

 流石にお兄さんのお下がりしか着ないのはどうかと思います、もっとおしゃれに気を使ったら、と」

 

「はあああ? そんなことあなたには関係ないでしょっ。

 これは、私が好きで着てるからいいんですよ。お金もかかりませんしっ」

 

「……その服って……はい、これあげるわ」

 

「こ、このお金は何ですか鬼人さん? もしかしてあなたもーー」

 

 

 ビィィィィィイイイイイイ

 

 そんな賑やか(?)な団欒が繰り広げられていたその時だった。

 突如、牢屋内に警報音が鳴り響いた。それも夕菜と酒徳玲子二人同時に。

 

 何事かと俺もコンカを取り出して、そこに表示された画面に目を見開いた。

 

「煩いですねっ今大事なーーえ?」

 

「あなたたちは政府からの指示に従って頂戴っ。

 私は支部に戻るわっ」

 

 唖然とする夕菜に、バタバタと慌てて去っていく酒徳玲子。

 

『まさかあり得ぬっ。

 奴の計画だともっと先じゃったはずじゃっ』

 

 頭の中でシル様の取り乱した声が響く。

 俺もまた信じられない、いや信じたくない気持ちで、何度も目をこすってーーそれでも確かに画面にはこう書かれていた。

 

 

 オリジナルスタンピード発生警報と。

 

 



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第三十三話 滅亡の日

「……さて、どうしたもんですかね」

 

 オリジナルスタンピードの発生を伝える警報が鳴り響いた直後、夕菜たち三人は学校に呼び出されて静岡の方へと戻っていった。

 一人になった俺はネットで色々と調べてみたが、誤報を疑う声はあれ、政府から正式に情報を修正する動きはなかった。寧ろ「これは訓練ではありません。指示に従い各々役目を果たしてください。私たちは絶対に勝てます」という死刑宣告にも近しい文言が並ぶばかり。

 

 それから暫くしてメッセで伝えられたのは、007小隊解散の知らせだった。

 昇太郎さんと天志さんはその能力ゆえすぐにでも前線へと送られることになったらしい。千絵と風佳は一応籍を置いていた学校の指示に従うようにと、俺には自由にするようにと書かれていた。

 そして最後にはこんなことになってごめんなさいという謝罪と私たちは絶対に勝てるわ、力を合わせて頑張りましょうという激励の言葉。

 敵地を進む間に自らの帰る場所を失っては元も子もない。人類の矛はついぞその役目が果たされることなく放棄された。

 

『……すまぬ、我のせいかもしれん。

 計画が変わる理由があるとすれば、あ奴が何かした以外考えられんのじゃ』

 

 申し訳なさそうに謝ってくるシル様。

 そう言われてもシル様を責める気にはなれないだよなあ。あ奴が誰かも分からないし。

 

 と、コンカにメッセージを受信した通知が来る。

 

『おにぃ……帰ってくるよね?』

 

 夕菜から送られてきた一文。

 それを見て、心臓をえぐられたような痛みが胸に走る。

 

 ああ、俺も本当なら夕菜の傍にいたいさ。

 でも……無理なんだよ、この体じゃ。

 

 ついで、酒徳玲子を含めた007小隊メンバーが集まるグループが動いた。

 

『ね、ねえ本当に大丈夫なんだよねー?

 玲子さんとかみんなの勝てるって言葉、信じていいんだよね?』

 

『きっと大丈夫。そのために準備してきた』

 

『で、でも、今日見た防衛白書ではまだ戦力は揃ってないって書いてなかった……?』

 

『それは、えっと』

 

『魔素濃度が最初と同じにまで上がった時の話ですよ、阿保の千絵さん。

 今回の戦力は想定していたより雑魚いはずです』

 

『そ、そっかー。そうだよね、みんな頑張ってきたんだもんねー』

 

『そう言おうと思ってた。千絵、心配しすぎ』

 

 俺の言葉に一応の安堵を見せる二人。

 ただ心のどこかでは気付いているのかもしれない、大人たちの余裕のなさを。その証拠に、同じグループにいるはずの昇太郎さんたちからの反応はない。

 

 ……なあ、シル様。実際のところ人類は勝てると思うか?

 

『分からぬ、というのが本音じゃな。

 我が知っている状況とは何もかもかけ離れておる。相手がどんな編成なのかも我には分からぬのじゃ』

 

 なるほど、どっちに転ぶのも神様次第ってか。

 

 最悪、俺だけなら生き残ることはできるのだ。

 ダンジョンの中にいれば外の影響は受けないから、食事などが完備されたあの白い部屋に引きこもればいい。蚊帳の外から待てばいいのだ、人類が勝利するのを、夕菜が生きているのを。

 でもそれは駄目だ、シル様が言うように勝てる保証はないし、何より夕菜のために何もしないのは俺が許せない。

 また夕菜も一緒にというわけにはいかなかった。人間はダンジョンの中に長期間滞在できないし、癒術師の風佳も加えるとしたら今度は別の問題が出てくる。

 一日三回、一人分の食事。それがあの部屋の限界なのだ。シル様曰くスノーは何も食べなくてもいいとの事だが、だとしても一人分を三人で分けるのは流石に持たない。いつその生活が終わるかも分からないのだから。

 

 ここで完全種になってから、その後に夕菜を迎えに行く?

 それが一番無難な選択だろう。ただどっちにしろ食料の問題は出てくる。人類が負けて外は全てダンジョンとなってしまったら、食べられるものは白いスープを残して消失する。

 

 俺も最前線で戦う?

 悪くない選択肢だとは思う。酒徳玲子に言えば多分それは可能だ。問題は、Bランクモンスターの俺が加わったところで戦況は変わるのかという点。完全種が雪崩のように攻め込んでくるのがオリジナルスタンピードなのだ、俺なんて藻屑のように飲み込まれてしまうだろう。

 何かするのだとしたら、俺にしか出来ないことだ。

 

 そうだ、とコンカに自らのステータスを表示させる。

 

 月宮 マコ(B) Lv.28  死神 Lv.2    

 筋力 A         

 物防 D    

 魔防 D       

 知性 B(↑)        

 器用 A         

 敏捷 A         

 運  B   

  

 <スキル>

 攻撃系 

  絶命の一撃 Lv.2

 防御系 

  なし

 補助系 

  転移 Lv.4(↑)  

  闇煙 Lv.1    

 加護系 

  冥王の寵愛 Lv._

 

 007小隊に入ってから8日。

 転移のレベルが4になり100mまで飛べるようになった。スノーのリミットオーバーでレベルを上げれば一回限りで500mまでいける。外にいても一回だけは転移を発動できるから最大600m離れていても移動できる、と藤枝ダンジョン周辺の地図を見てーーうん、これなら何とか放棄地域までたどり着けそうだ。

 

 食料生産機たる蔓のテーブルが持ち運び可能なことは実証済み。味方づくりについても一番手っ取り早い方法がある。

 

『お主、まさかっーー』

 

 俺の意図を悟ったシル様の制止を無視して、スノーの元へと足を進めた。

 

 

 

 

 

「おかえりっ。凄い早かったね、マコ。

 ……何かあったの?」

 

「二回目のオリジナルスタンピードが起こったんですよ。

 それでスノーに頼みたい事がありましてね、仕方なく戻ってきたというわけです」

 

 白い部屋に戻ってすぐ、思わぬ鋭さを見せてきたスノー。

 どう答えるか一瞬考えて、そこは素直に話すことをした。

 スノーには外の状況について色々と教えてきた。絶望的な状況だと分かれば、俺がこれから頼む内容も理解してくれるはずだ。

 

「そ、そうなんだ。世界がやばくて、人類がピンチってやつだね。

 ぼくに頼みたい事っていうのは?」

 

「なに、私の転移にリミットオーバーを掛けるだけの簡単なお仕事ですよ。007小隊として動くのに必要でしてね。

 あ、それで暫くここを離れますから寂しくて死なないでくださいよ、スノー?」

 

「……どういう、こと? 暫くっていつ?」

 

「んーと……そうですね。半年後、桜が咲くころですかね。

 多少前後にずれるかもしれませんが、その予定です」

 

「それはどうしても、なの? ずっと、ここにいるわけにはいかないの?」

 

「はいそうです。私にはスノーより大切なものがありますからね。

 あ、でも帰ったときにはスノーもきっと外にーー」

 

 

「分かってないっ」

 

 突然スノーが大声を上げる。

 昏い色をした青色の瞳が、初めて俺を睨んだ。

 

「マコは全然分かってないよ……。

 外、外って元気づけてるつもりなのかもしれないけど、ぼくはそんなこと望んでない。

 ぼくはね、人間じゃないんだ。だからマコが言うみんなとは一緒にいられない」

 

「それは分かっていますっ。スノー、あなたはモンスターでーー」

 

「違うっ、そういう問題じゃないんだよ。

 ぼくの心の中にはね、ぽっかりと大きな穴が開いてるんだ。かすかに残るのは酒徳玲子の娘としてのーー酒徳玲奈としての記憶。でもそれだって全然鮮明じゃない、母親の名前を聞かないと自分の名前も覚えなかったくらいに。

 ぼくはね、きっと酒徳玲奈の幽霊なんだよ。搾りカスなんだよ」

 

 その溢れんばかりの感情の吐露を聞いて、シル様の言葉が蘇る。

 

 ーーそうとも限らんよ。

 そもそも魔素は数多の人間が抱いた感情の残滓が集約して生まれたもの。

 お主の父親から零れ落ちたそれが、お主との戦闘で共鳴したのかもしれん。

 

 酒徳玲奈の姿がスノーと全く同じだと知ったとき、俺は思ったのだ、

 普通は複数の人間の感情が集まって出来るそれがーーもし、たった一人の感情から生まれたのなら、はたしてどうなるだろうか、と。

 でもあったとして、当然量が少なくスノーみたいに強力な体になるとは思わなかったから頭の片隅に追いやった。 

 

『スノーの場合は特別じゃよ。

 お主も知っておろう、かつては魔素なんてものはなかったことを。

 オリジナルダンジョン顕現に用いられたのは、神々が何千年という間に貯めていた信仰心の一部じゃ。途方もない年月の経過ゆえ感情など感じられないほどまでに希薄されたそれが、スノーの体の大部分を占めている』

 

 なるほどな。それなら納得だ。

 

「でもね、それでよかったんだ。

 マコの前にいる間はぼくはスノーでいられたから。酒徳玲奈であることを忘れたから」

 

 苦しそうに零すスノー。それに最初に言われたことを思い出した。

 

 ーーすまぬ。我には何も言えぬ、いや言わぬほうが良いというべきか。

 お主には変な先入観を持ってほしくないのじゃ。

 

 ……確かにあの時この事実を知っていたら、スノーとはこんな関係を築けなかったかもしれない。どうしても色眼鏡で見てしまったことだろう。

 

「けど、マコがどっかに行っちゃうって言うなら話は別。ぼくがぼくでいるために、マコを止めるよ。

 ……マコが悪いんだよ? ずっと二人一緒にここいればよかったのに」

 

 スノーが泣きながら微笑む。

 

 刹那、天井が壊れ、上から何か巨大なものが落ちてきた。

 

 カロロロロロロッ

 

 体長10mはあろう巨大なワニがこちらを睨み、独特な鳴き声を響かせる

 クー・アリゲーター。藤枝ダンジョンのボスだ。

 

 その横でスノーは、上のボス部屋からこいつを呼びいれた元凶は不敵に笑ってみせた。

 

「悪い子のマコ。ぼくがおしおきしてあげるよ」

 

 



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第三十四話 存在意義



ごめんなさい、お待たせしました。


 ずっと微睡(まどろみ)の中にいるようだった。

 名前も知らない誰かが出てくる夢を見て、目覚めたら味のしないスープを食べ、また眠る。何の意味もない、ただ生き永らえるだけの生活。何の先も見えぬまま、延々と続く焼き直しの日々。

 そんな時間を過ごしていたある日、それ(・・)は出会った。

 ーー白い髪と赤い瞳を持つ少女と。 

 

「……親も自分のことも分からない。

 あなた、何か少しでも覚えていることはないんですか?」

 

 少女に問われ、それ(・・)は気づいた。己の中がからっぽなことに。

 かすかに覚えているのは、此方に何か白い花を見せて「スノー何とか」と言う女の人くらい。そう伝えると、少女は何でもなさそうにこう言った。

 

「まあ、とりあえず今はあなたのことはスノーと呼びましょうか。

 構いませんか? それとも何か名乗りたい名前でもありますか? だったら聞いてあげないこともないですよ」

 

 かくしてそれ(・・)はスノーになった。

 少女ー―マコとの共同生活は本当に楽しかった。

 スキルとかを使ってじゃれあって、一緒に同じご飯を食べて、二人で眠る。それまでの空虚な日々が嘘のように、マコとの日常はきらきらと輝いていた。

 それにいつか終わりが来るのはちょっと寂しかったけど、それでもマコなら信じられた。例え二人きりでなくなっても、マコの傍にいられるならそれでよかった。

 マコの口からその名を聞くまでは、確かにそう思っていたんだ。

 

「ええ。酒徳玲子とかいう訳分からない人につ、いえ会ってやりまして。

 それでーー」

 

 悔しげにマコがそういうのを聞いて、スノーは思い出した、思い出してしまった。

 酒徳玲奈であった過去、そしてーー最期の時、病院を襲ったワニのモンスターに願った事を。

 

 それからはあまり思い出したくない。

 マコの交友関係はどんどんと広がり、それに対してスノーの心の中は暗澹とした思いが積もっていった。

 マコが外のことを話す度、再認識させられた。自分は人間ですらないのだ、と。どうして人間未満のただの残滓に過ぎない自分が、マコの傍にいられようか。

 いや、それどころかここにいることすら本当は罪深い。なにせこの体は酒徳玲奈の願いが叶わなかった、残されてしまった方なのだから。

 

 だからマコに半年も離れると、もう一度あんな空っぽな日常に戻れと言われた時、決めたのだ。

 

「ぼくがぼくでいるために、マコを止めるよ。

 ……マコが悪いんだよ? ずっと二人一緒にここいればよかったのに」

 

 そうだ。マコが外に行きさえしなければ、ぼくはスノーでいられた。

 外の、他の人間の話さえしなければ、ぼくはスノーでいられる。

 

 あいつを呼び込む方法は何となく、分かった。

 

「悪い子のマコ。ぼくがおしおきしてあげるよ」

 

 ぼくの指示通り、あいつが落ちてくる。マコが驚愕に顔を染める。

 

 さあ、一世一代の大勝負だ。

 勿論負けるつもりはない。ただそれでも力及ばなかったら、その時はマコ、君の手でぼくをーー

 

 

 

 

 

「久しぶり、だね」

 

 カロロロロッ

 

 スノーに喉を撫でられ、くすぐったそうに唸り声をあげるクー・アリゲーター。

 

 くそっ、どうなってる? そもそもどうして奴はスノーを攻撃しない? 

 

『モンスターとは本来、神にとって都合の良いようデザインされた生き物なのじゃ。だからこそ姿形に画一性があり、人類敵対、異種敵視の枷が嵌められておる。

 されど自らの意思で魔素の体となったスノーは別。普通のモンスターとはあらゆる意味で外れた存在なのじゃよ。他からは異種だと認識されておらんし、自身もまた地上に出られない以外の枷が機能しておらん』

 

 それじゃあスノーがボスになったわけじゃないんだな? 倒さなくてもいいんだよな?

 

『うむ。ボスはあくまであの(わに)じゃ。

 見たところ此処も上に吸収されて一つのボス部屋になっておるようじゃが、脱出方法は何も変わらん。ボスの撃破、それのみじゃ』

 

 なるほどねとコンカをかざし、奴のステータスを表示させる。

 

 クー・アリゲーター(A)Lv._

 筋力 S         

 物防 S      

 魔防 S         

 知性 A       

 器用 A        

 敏捷 A        

 運  A

 

 <主な使用スキル☆>

 超自己回復

 覇者の波動

 地面渡り

 異空間作成

 牙飛ばし

 痺牙

 毒牙

 眠牙

 爆牙

 

 高い耐久と回復力を誇るクー・アリゲーター。

 倒すのは一撃必殺が理想だ。ただし俺のステータスじゃ足りない、スノーの助けが必要。だったらーー

 

「なに突然訳の分からないことを言ってるんですかっ、スノー。

 言ったじゃないですか、帰ってくると。私を信じられないんですか?」

 

 攻略すべきはスノー。

 俺を閉じ込めるなんて言い出したスノーの目を覚まして、そんで一緒にアリゲーターを倒せばいい。

 

「そうじゃ、ない。ぼくは嫌なんだよっ。

 あんな無意味な日々に戻るのはっ」

 

「それについては安心してください。

 たった今、スノーのおかげでそのワニさんさえ倒せばここを出られるようになりましたよ」

 

 だよな、シル様?

 

『うむ。ボスさえ倒せば、スノーも解放されるじゃろう』

 

 よし、それならスノーは千絵とかに任せられるな。変な制約もないわけだし。

 

「違う、それだけじゃないっ。その後の話なんだよ。

 ぼくはマコ以外の人と一緒にいたくないんだっ」

 

 スノーが叫ぶように魔弾を放つと同時、アリゲーターが大きく口を開け、無数の牙を射出する。黄色、紫色、青色、赤色とカラフルな牙がこちらに飛んでくる。直後、アリゲーターはその巨体で地面に潜った。

 自分は地面渡りで地中に潜みながら、顔だけ出して様々な効果を持った牙を飛ばして得物を追い詰め、弱ったところを地下の異空間(キルゾーン)に引きづりこむ。それがアリゲーターの基本戦術だ。

 

 全力で走り回り、マントやステップを使ってそれら回避する。

 ついでスノーの言葉を意味を考えてーー

 

「意味が、分かりませんっ。スノーでいられるか不安とかそういうことですか? 

 酒徳玲子や007小隊の人たちなら、勿論私含めですが、きっとスノーの境遇を理解してくれると思いますよ?」

 

「っ、マコの馬鹿っ。分からず屋っ」

 

「くっ」

 

 スノーが放った魔弾の一つがとうとう俺を捉え、衝撃に吹き飛ばされる。

 遠のく意識。地面から巨大な口が現れ俺の体をぱっくりとーー

 

「だめっ」

 

 再びの衝撃。横からの力に押されてアリゲーターの嚙みつきが空振り、何とか受け身を取って地面に着地する。体を見れば、青色に輝いていた。スノーが使う、対象の耐久を上げるスキル、プロテクションだ。

 

「敵を助けるとは随分と余裕ですね、スノー?

 忘れたんですか、最近は私がずっと勝ち越しているんですよ?」

 

「マコこそ忘れたの? 

 ぼくの職業は補助士。誰かと一緒に戦ってこそ真価を発揮するんだよ?」

 

「その補助が私に掛けられたから不思議に思ってるんですが?」

 

「き、気のせい、じゃないかな?」

 

 一貫性のない言動を見せるスノー。

 

 大体この戦いは一体何のためにやってるんだ?

 俺を力づくで閉じ込めたいっていう目的もまあわからんでもない。ただ俺を倒したとしても、このままじゃあ俺はアリゲーターに殺されて終わりだろう。それがスノーの望むことだと思えない。

 

『支配もできておらぬものを使うとは、流石に過激がすぎるの。

 あなたを殺して私も死ぬわって感じでもなさそうじゃし』

 

 シル様の言葉に脳内で頷く。

 

 スノーは一体何を考えてるんだ?

 必死に魔弾や牙を回避しながら、思考を巡らせる。

 

 思い出せ、スノーは何を言っていた?

 ……そうだ、スノーの本音が垣間見えたのは、多分あの時だ。

 

「何をそんなに不安になってるんですかっ?

 私以外の人がそんなに怖いんですかっ?」

 

「煩いっ。駄目なんだよ、ぼくは許されないんだっ。

 ぼくのことを何も知らないくせに、分かった口を利かないでよっ」

 

「知らないから聞いてるんじゃないですかっ、馬鹿スノーっ。

 勝手に周りに期待して、勝手に絶望してってほんとに馬鹿ですか?

 知ってほしいなら、信じてほしいなら自分の口から話してくださいよっ。分からず屋はそっちですよ、このあんぽんたんっ」

 

 俺の言葉に、スノーの両眼から透明な雫が零れる。

 そうして、震える声でぽつりぽつりと話し始めた

 

「っ、じゃあ話してあげる。ぼくはね、ずっとここの病院に入院していたんだ。

 それがどんな辛い日々だったのかはよく分かんない。でもね、あの時ぼくは確かにこいつに願ったんだーー死にたいって。殺してくれって」

 

 スノー口から語られる暗い過去。

 それが、ずっとスノーを縛り付けていた呪いか。

 

「でも、ぼくは死ななかった。何でか生き残っちゃった。

 周りには、生きたいと必死に願っていた人が沢山いたのに、その逆のことを願ったぼくだけがこうして生きている。

 ぼくは怖いんだ。玲奈(ぼく)を知っている誰かがいる外に行くのが。

 玲奈(ぼく)のお母さんに会いたく、ないんだよ……」

 

「っ。だったら、酒徳玲奈のことを誰も知らない場所でーー」

 

「もういいよ、マコ。

 マコにまで知られちゃったから、ぼくはもうスノーじゃいられない。

 だからさ、マコ。マコにしか頼めないお願いがあるんだ」

 

 ーーぼくを殺してよ。

 

 まるで罪深い罪人が罰を待つ時のような穏やかな笑みで、スノーはそういってーー 

 

 

そんなこと(・・・・・)、とっくに答えは出てるんですよ、スノーっ」

 

 スノー言葉を一笑に付す。

 俺の心にあるのは、あの時励ましてくれた二人の言葉だった。

 

「例えどんな経緯で生まれたって関係ない、幸せになる権利はあるんですよっ。

 それも13年前に生まれて、ずっとこんな場所で一人で生きてきたスノーには誰よりも幸せになる義務があります。それは私が保証してあげますよ」

 

「でも、あの時いた皆が―ー」

 

「一人だけ生き残ったあなたを恨んでいると? そりゃあ中にはそういう人もいるかもしれませんが、大抵の人は自分のことを語り継げる人が誰かが生き残ったことを喜んでくれると思いますよ?

 大体、死ぬことを望んだのなら何であなたはここにいるんですか?

 何で最初に私と会った時、お母さん、なんて言ったんですか?」

 

「それは、私が失敗作で……」

 

「違いますよ。

 死にたいと口ではそう言っておきながら、本当は生きたかったんでしょう?

 スノーはずっと待っていたんですよ、この優しい部屋の中で、自分を救ってくれる誰かが訪れるのを。

 だから私がここにいる。あの時ここに呼んだのは、スノー、あなたなんですよ」

 

 根拠も何もない暴論だ。

 ただ、それでも構わなかった。例え誰かの思いを曲げようと、目の前でなく少女の心を救えるのならそれでよかった。

 

 クルルルルッ

 

 口だけ地面出したアリゲーターより発射された無数の牙を躱しながら、スノーの答えを待ってーー。

 

「ぼくは……」

 

「あああ、もう面倒くさいですねっ。

 ーー私を信じろっ、スノーっ。

 もし誰かがあなたを責めるなら、私が守ってあげる。生きるのが辛いなら、私があなたの生きる意味になってあげる。

 だから私のために生きてよ、スノー」

 

「っ……マコのばかっ。

 そんなこと言われたら、断れるわけ、ないじゃん」

 

 うわああんと子供のように泣き崩れるスノー。

 刹那、俺の体が再び青色に包まれる。これは「アタックライズ」と「リミットオーバー」か。俺のちょっとオーバー気味な言葉は届いてくれたらしい。

 これからすることを思えば胸が痛むけれど、それでも俺は何も諦めたつもりはないのだから。夕菜とスノーと一緒にいる未来をつかみ取って見せる。

 

 マントを大きく膨らませた状態で、ぴたりと足を止める。

 即座に真下の地面より現れ、嚙みつかんとするアリゲーター。

 それを横によけて躱しながら、マントの先だけをその牙に引っ掛けてーー直後、凄まじい力で地面の中に引きづりこまれる。

 

「マコっ」

 

「っ、うっぷ」

 

 下の異空間は、巨大な貯水タンクのようになっていた。

 四方を壁に囲まれ、暗く淀んだ水が中を満たしている。

 

 その瞬間、引っかかった服の端を解き、水中で自由になる。

 水の底、アリゲーターがこちらに近づくのを、「冥王の寵愛」により強化された視界で見てーー

 

 その後ろに転移する。

 この戦いで初めて見せたそれにアリゲーターが完全に俺を見失い、間抜けに晒されたその首に向け、俺は「絶命の一撃」を放った。

 

 ずぶりという重い音共にその体が消失し、俺は地上へと放り出される。 

 

 空中を飛ぶ俺を見て、スノーがその涙で濡れた瞳を見開かせ、そうして楽々と俺をキャッチしたーーそれもお姫様抱っこで。

 

「マコっ、っと。

 大丈夫なの。怪我はない?」

 

「平気。それより早く降ろしてくれる?」

 

「あ、そうだよね。何かご、ごめんね……」

 

 何故か顔を赤くしながら腕を解くスノー。

 地面に降りた後、俺はその手を握って安心させるような笑みを見せた。

 

「それじゃあ外に行こうか、スノー」

 

「……うん」

 

 俺らを中心に白い部屋が崩れ、解けていく。

 近づいてくるボス部屋の天井。見れば、地面がゆっくりと上がっていっているようだった。このままなら直にボス部屋と統合されるだろう。

 役目を終えたから消えていくとかそんな感じだろうか?

 

 ほんとこの部屋は何だったんだよ、とさっきからずっと黙っているシル様に問いかける。小さく聞こえる、すんすんと鼻を鳴らす声。

 暫くした後、シル様は本当に嬉しそうな声で言った。

 

『良い百合を見たっ。

 それだけでお主をTSさせた甲斐があったというものじゃなっ。

 ……されど、お主もなかなかに酷なことをするの』

 

 声音を一転させて、最後に心苦しいことを言ってくるシル様。

 ああ、分かってる。殴られるでも何でもするさ。全てを終わらせたら、な。

 

 決意新たに、俺はスノーの手をぎゅっと握りしめた。

 

 



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第三十五話 最後の希望

 

 

 冒険者総合雑談スレッド part498

 

 

 ……。

 …………。

 

 

 514:名無しの冒険者

 マジ!?

 

 515:名無しの冒険者

 うわあああああああ

 

 516:名無しの冒険者

 警報キタ―――(゚∀゚)―――― !!

 

 517:名無しの冒険者

 オリジナルスタンピード発生中

 

 518:名無しの冒険者

 ああああああああ

 

 519:名無しの冒険者

 びっくりした

 

 520:名無しの冒険者

 [悲報] 日本終了のお知らせ

 

 521:名無しの冒険者

 お!

 

 522:名無しの冒険者

 でもFPSやめられないんだけどwwwww

 

 

 ……阿鼻叫喚の声が凄まじい勢いで流れていく。

 

 

 770:名無しの冒険者

 政府ちゃんからのお願い

 1.指示が出されるまで一般人は避難禁止(お偉いさんは早々に九州へ)

 2.冒険者は最寄りのダンジョンで限界まで魔石採集してね♡

 

  尚、現在は一般人がダンジョンに押し寄せ、全面立ち入り禁止になった模様

  ついでに各地で食料を巡る暴動も発生

 

 

 771:名無しの冒険者

 >>770 悪魔かな?

 

 

 772:名無しの冒険者

 >>770 地獄で草

 

 

 773:名無しの冒険者

 >>770 普段はワイらに押し付けといて、危険が迫ったらわが身可愛さにダンジョンに潜ろうとする一般ピーポーさんさあ……

 

 

 774:名無しの冒険者

 >>773 「冒険者は魔素に耐性できててズルい」とか知らん親戚に怒られたで

 

 

 775:名無しの冒険者

 >>774 底辺職とかバカにされとったワイら大出世やん笑 

 

 

 776:名無しの冒険者 

 ほんでクソみたいな基本指針が出されたわけやが……

 おまいら、今何してる?

 

 

 777:名無しの冒険者

 >>776 遺品整理中や

 

 

 778:名無しの冒険者

 >>776 ダンジョンにも入れんし、昔のアルバムとか見直しとるわ

 あの頃は楽しかったな……

 

 

 779:名無しの冒険者

 おまいら諦めんなやw ワイは優雅に国外逃亡といくで 

 今は全然つながらない予約サイトとにらめっこ中や

 

 

 780:名無しの冒険者

 >>779 一部の金持ちたちが買い占めたせいでどの便もプラチナ価格やで

 今やワイら庶民には手の届かない高級品よ 

 

 

 781:名無しの冒険者

 しかも世界同時に起こってるから逃げ場所なんてないぞ?

 

 

 782:名無しの冒険者

 ま? ほな、ワイはどうしたらいいんや……?

 

 

 783:名無しの冒険者

 >>782 人類みんな、それで頭を悩ましているんやでって

 

 

 784:名無しの冒険者

 好きなことしたらええよ

 今が最後の自由時間なんやから

 

 

 785:名無しの冒険者

 >>784 悲しいこと言うなよ……

 これが終わったら、またいつもの日常に戻るんだろ?

 

 

 786:名無しの冒険者

 ……

 

 

 787:名無しの冒険者

 お、特番はじまた

 

 

 788:名無しの冒険者

 みんなでN〇Kみようず

 

 

 789:名無しの冒険者

 さ~て、最前線の様子は……

 

 

 790:名無しの冒険者 

 >>789

「凶悪モンスター襲来」「日本軍、壊滅する」の二本立てでお送りしま~す

 

 

 791:名無しの冒険者

 悪夢の始まりやな

 

 

 792:名無しの冒険者

 !?

 

 

 793:名無しの冒険者

 なんやこの幼女

 

 

 794:名無しの冒険者

 メスガキ美少女キタコレ!!! これで勝つる!

 

 

 

 ……。

 …………。

 

 

 

 

 

 掲示板を賑わした騒動より、時は少し遡る。

 

「……それじゃあ私はやることがあるから」

 

「うん、いってらしゃい。マコ」

 

 白い部屋を脱出して壁に囲まれた空間に来た後、007小隊の仕事があるとかで去ろうとするマコ。ここにスノーの味方となりうる人たちを呼んでくれたらしい。

 ただスノーには少しだけ気になったことがあった。

 

「あの、すぐ帰ってくるんだよね?」

 

「……絶対、帰ってくる」

 

 寂しそうな笑みを残して、マコの姿が見えなくなる。

 

 それならどうして蔓のテーブルやら蛇口を回収したんだろう?

 半年いなくなるとかの話はどうなったのかな?

 

 今更な疑問がスノーの頭の中に浮ぶ。

 暫くするとぞろぞろと四人の少女たちがやってきた。

 

「あなたがスノー? マコの友達って聞いたけれど……」

 

 と、綺麗な黒髪を腰まで伸ばした少女が聞いてくる。

 確か手柴雪乃さん、だったかな。何だかクールビューティーって感じだ。

 

「こんにちは、スノーちゃん。

 私とゆきのんはね、マコちゃんに助けられた仲なんだ。よろしくねっ」

 

 と、人懐っこい笑みで挨拶してくれる少女。

 フワフワした金髪とその朗らかな雰囲気もあって、見てると凄い癒されるなあ。

 

「元鬼人隊の谷島風佳。よろしく、マコ姉の大切な人さん」

 

 と、無表情で手を差し伸べてくるショートカットの女の子。

 鬼人隊? マコ姉? マコに妹さんなんていたんだっけ?

 

「あ、鬼人隊とかは風佳が勝手にそう呼んでただけだから。

 私と風佳は元007小隊のメンバーでマコちゃんの仲間だったんだー」

 

 と、穏やかに訂正してくれるおかっぱ頭の女の子。

 ちょっとおどおどしてる感じだけど、凄い優しい印象だ。

 

「うん、よろしくね。ぼくはスノー。

 ぼくもマコに助けられた一人なんだ、仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 マコのおかげでもう恐怖はなかった。風佳の手を取る。

 その冷たさに驚いたのか風佳の手がピクリと反応し、それでもちゃんと握り返してくれた。

 

「ねえっ、スノーちゃんはーー」

 

 

 

 

 

「それで、マコ姉はどこ?」

 

 それから深い境遇を話したりした後、風佳が唐突にそんなことを聞いてきた。

 スノーは、足元の地面が一気に薄くなったかのような感覚に陥る。

 

「え? 007小隊の仕事があるんじゃないの?

 ぼくはマコからそう聞いたよ?」

 

「……とっくに解散してる。

 今私たちは学校からの指示待ち。私のスキルで無理やりここに来た」

 

「それじゃあ何でーー」

 

「ちょ、ちょっとみんな見てっ。これマコじゃないっ?」

 

 慌てた様子で雪乃さんが見せてくれたのは、ヘリコプターからの映像だった。

 右上に「生放送中」、中央上には「現在の前線の状況」と書かれたその画面にはそれとは全く違う状況が映っていた。

 

 ヘリコプターの上。澄み切った空をバックに、見覚えのある女の子が髪を棚引かせて立っていた。

 パタパタという駆動音のもと、女の子ーーマコは不敵に笑った。

 

 

「テレビの前でピーピー震えてる人類のみなさん、聞こえますかー?」

 

「おお、いきなりすごい煽り」

 

 風佳が妙に嬉しそうに声を上げる。

 ちょ、ちょっとマコ、流石に言いすぎなんじゃ、と言おうとしてーー気付く。

 マコが己を助けてくれた時と同じ顔をしていることに。

 

 まさかっ、マコはーー

 

 思考が追いつかぬまま、マコが決定的な言葉を放った。

 

「今から超絶強いこの私がオリジナルダンジョンを攻略しますので、それまでは必死に馬鹿みたいに守っててくださいよ。ざこの皆さんでもそれくらい出来ますよね?

 それではっ」

 

 

 



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第三十六話 最強美少女へと至る道

 それは一番効率的な方法だった。

 

 オリジナルスタンピードの第一波到達を撮りに来た放送局のヘリコプター。その上に転移で飛び乗り、リポーターのカメラをマントで奪って此方に向ける。

 

「テレビの前でピーピー震えてる人類のみなさん、聞こえますかー?」

 

 力が抜けて倒れそうになる体。

 機体の中から、操縦者やリポーターが何事か騒いでいる声が聞こえる。

 

 それでもやめるわけにはいかなった。 

 俺自身がそれ(・・)になれれば、絶望に押しつぶれそうな人類に希望を与えることが出来るし、何より二人と一緒に暮らすのに何の弊害もなくなる。

 

 問題はその難易度がとんでもなく高いってことだがーーまあ何とかなるさ。

 最初から半年で完全種になるって無理難題を叶える予定だったのだ、それにオリジナルダンジョン攻略がくっついてくるだけの話だ。

 だからーー

 

「今から超絶強いこの私がオリジナルダンジョンを攻略しますので、それまでは必死に馬鹿みたいに守っててくださいよ。ざこの皆さんでもそれくらい出来ますよね?

 それではっ」

 

 俺が世界を救うまで夕菜たちを守ってくれ、と彼らに呼びかける。

 同時に体が限界を迎え、転移で地上のダンジョンへと戻る。

 

『……まさかこんなことになるとは。

 すまぬ、お主には辛い選択をさせたの』

 

 責任を感じているのか、心苦しそうに謝ってくるシル様。

 俺は小さく笑みをこぼした。

 

 なに言っているんだよ、シル様。

 今までの全部、俺が好きで決めたんだ。シル様には何の落ち度もない。

 それにシル様のおかげで俺は此処にいるんだ。だからシル様は特等席で見ててくれよ。俺の覇道を、英雄になるまでの道をさ。

 

 懐かしい言葉を使ってそう伝えると、シル様は声音を変えてくれた。

 

『そう、じゃな。ならば遠慮なく見させてもらおうぞ。

 一柱の神として、使徒が出世することほどの誉れ高いことはない。

 じゃからーー死ぬなよ、マコよ』

 

 分かってる、と俺はたった一人でオリジナルダンジョンへの旅路を始めた。

 

 

 

 

 

『ほ、ほんとにやるのか?』

 

 俺の行動を見て、怯えた声を出すシル様。

 

 怖い気持ちは分かる。でもやるしかないんだ、と葉っぱらしき何か(どれだけ普通の植物に見えようと魔素で出来ている以上、全く別の何かだ)を尻に持っていく。

 そう、完全に失念してたのがトイレどうするか問題だ。

 今までトイレ完全完備の安全地帯(セーフポイント)と白い部屋にいたから忘れてたけれど、これが結構面倒なのだ。酒徳玲子から貰ったティッシュとかにも限りがあり、かといってマントで拭くのは何か嫌だ。

 というわけで、こうして現地調達する必要に駆らわれていた。シル様曰く体に害はないみたいだし、耐えるしかない。

 

 ごわごわとした感覚。つ、強く当てなければ何とか大丈夫そうだな。

 

『き、気を付けるのじゃぞ? こんな状態で痔にでもなったら大変じゃからな。

 ……しかし、そうか。もしアレが来たら……』

 

 ぼそぼそとよく分からないシル様がつぶやいた。

 アレ? アレとは一体……?

 

 

 

 

 

『起きるのじゃ、マコっ。敵じゃっ』

 

「っ」

 

 浅い夢の中。シル様の声が聞こえて、慌てて飛び起きる。

 マントを元に戻せば、俺の周りには無数の鳥型モンスターが飛び交っていた。

 

 くそっ、この様子じゃマントの耐久も大分持ってかれたかっ。

 

 奴らを足場に宙を移動して一体ずつ倒しながらも、どうしようない焦りに襲われていた。

 

 安全地帯(セーフポイント)などがない以上、こうして木の上とかで休息を取るほかない。体育座りの状態でマントで体を覆えば、視覚的には完全にシャットアウトできた。ただそれでも他の索敵手段がある相手には簡単に見破られてしまって、あの時からずっと満足に睡眠も取れない状態が続いていた。

 

「これで、最後っ」

 

 モンスターを倒し終え、(何となくわかるようになった)マントの消耗具合を確かめると東京の方角へと足を進める。

 

『大丈夫か、マコよ?

 随分と疲弊しているようじゃし、もう少し休んだ方がよいのではないか?』

 

 いやそれじゃだめだ。今のマントの状態だと俺が眠っている間にお陀仏になる可能性が高い。俺の意識が完全に向こうに行ってる時はシル様も認知できないからな。

 寝るのは、マントの耐久が回復したその後だな。

 

『我が言ったのは体を休めろという意味じゃよ。

 最近はずっと動きっぱなしなんじゃ。これ以上無理すると本当に死ぬぞ?

 ほれ、そこに丁度良い木陰がある。一度足を止めよ、これは神様命令じゃ』

 

 シル様の言葉に少し考えて、結局言う通りにする。

 木に背中を預け、一息。ずしんと鉛が入ったように体が重くなるのを感じた。

 こりゃあ確かに想像以上に疲労がたまってるみたいだな。

 

『……何もできぬのがここまで歯がゆいものだとは、思わなんだの』

 

 そんなことないさ。さっきも今もシル様のおかげで助かってるんだぜ?

 それにーーそうだ。だったら俺が起きている間は何か話しててくれよ。このままだと完全に眠っちまいそうだし。

 

『構わぬぞ。何が聞きたい?

 我はお主の何千倍も生きておるからな、話せることなんぞ星の数はあるわ』

 

 ……それじゃあ、俺以前の使徒について聞きたいかな。

 確か昔はもっと神様とか使徒が地上にあふれていたんだろ?

 

『そうじゃな。あれはーー』

 

 

 

 

 

 出発から1か月がたった。 

 この頃になると『職業』死神のレベルが上がって「暗幕生成」が使えるようになり、ほぼほぼ安全に休めるようになっていた。

 今は「暗幕生成」により作り出された疑似的な安全地帯(セーフポイント)の中で、シル様の身の上話を聞いているところだった。

 

「牢屋に閉じ込めた上で、人類の絶望を嬉々として報告するとかマジでクソ野郎。

 地獄に落ちるべき」

 

『ま、まあ当然そう思うよの。

 ただ抜けているところこそあれ、昔は中々に気の良い奴じゃったんじゃよ?

 それが幾度もの行き違いの末、こんなことになってしまったんじゃ』

 

「シル様はあほ? 自分のパートナーを精神的に追い詰めるとか、どんな理由があっても許されるべきじゃない。

 大体シル様が言った、そういうやつは最初からそうなんだ、と。これも冥府の王とかいう神様のことだったんでしょ?」

 

『ぐっ』

 

「もしかして自分が貶すのは良いけど、他人に貶されるのは嫌な人?

 それなら、さっさと離婚すべき。一緒にいるとお互いに不幸になる」

 

『……正論パンチは心にしみるのお。

 ただ我ら神にそんな自由は許されておらんからの。どうにか奴が納得できる形で持っていくしかないのじゃよ』

 

 辛そうに話すシル様。

 確か神は生まれながらにして神で、その役割は永遠に変わることはないんだったか。最初から配偶者も職業も決まった人生……一体どんなものなんだろうな。

 

「私がそっちに行けたら、そいつをぶん殴って頭を覚まさしてあげるのに」

 

『……いや、案外それは夢物語ではないかもしれぬぞ。

 お主がどんな完全種になるかは我も知らぬ、世界を移動するスキルが生えてきてもおかしくないのじゃ』

 

「それは僥倖、楽しみにしてて」

 

『うむ、我もお主とこれまでというのは寂しいからの』

 

 ? どういうことだ? その疑問を口にする前に、シル様は黙ってしまった。

 

 

 

 

 

「え、シル様は私が完全種になるといなくなるの?」 

 

 出発から三か月がたった。

 5つのダンジョンを攻略してレベルも60後半、そろそろ完全種も見えてきたかという頃、突然シル様がそんなことを言ってきた。

 

 まじか、シル様は俺が死ぬまで一緒にいるものだと思ってたわ。

 

『……すまぬ。我にはどうしようもないことなのじゃ。

 ただ例え傍を離れようと、お主の活躍は上からしかと見ておる。それは約束するのじゃ』

 

「分かった。気にしないで。

 私はシル様いなくて全然平気だから、むしろシル様がいなくなって清々する」

 

 俺の口から出る、思ってもない言葉たち。

 今だけはその口調が頼もしかった。

 

 その後は何を話していいかわからなくて、少しだけぎこちない会話が続いた。

 それでももう時間はないのだから、と何とか心を立て直そうとてーー

 

 

 

 

 

 別れは唐突に訪れた。

 

『ーーよ、絶対にーー』

 

 角が生えた馬を倒した瞬間、体が作り替えられていく。

 シル様の言葉が、気配が一気に消失する。

 

 暫くすると体の再構築が完全に終わり、自分の存在が濃くなったような感覚にとらわれた。

 頭に浮かぶ、聞いたこともコンカに登録もされていないスキルたち。

 ただ俺にはその使い方が分かってーー

 

「ないっ、じゃん。シル様の嘘つきっ」

 

 

 

 

 

 

 それからどれくらい時間が経っただろう、幾つのダンジョンを踏破しただろう。

 間に合わないことに気付くのが怖くて、日付を見るのもやめてしまった。

 とっくに未到達の領域に足を踏み入れていて、自分がどこにいるのかも分からない。心の支えは、コンカに表示された方角だけだった。

 磁場だけはダンジョンの影響を受けないらしいのだ。しかも冒険者用のコンカは周囲の魔素で発電できるから、充電の心配はない。

 

 ーー最も、壊れてしまったらそれで終わりなんだけれども。

 

 どことも知れぬ場所で行く先も見失う恐怖。それから逃れるように、俺はただ足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 そのダンジョンに足を踏み入れた瞬間、何かが変わったのを確かに感じた。

 

 視界を覆いつくす満点の夜空。その中央に浮かぶ青い星。

 

 ギャオオオオオオ

 

 突如響いた鳴き声に鎌を構えてーーすぐに理解する。これは幻像だと。

 図鑑で見たことがあるような、首の長い巨大な恐竜が宙に歩いていた。

 一体だけじゃない、周りには二足歩行の肉食恐竜だったり、大きく翼を広げて空を滑空する巨大な鳥らしきものがいる。

 

 やがてゆっくりとそれらは移り変わっていく。

 今度は鬱蒼とした森の中に、大きなトカゲのような何かが歩き回っていた。

 

 ああ、そうだ。これは地球の歴史というやつだ。

 俺は唐突にそれを理解した。

 

 ゆっくりと幻は移り変わっていく。

 

 何千の、何億年の歴史をたどっただろう。

 見たことのない生き物も見てきた。生物の根源たるほんの小さな細胞も見れた。

 

 ただそれがなんだってんだ?

 

 空に浮かぶ投射が終わり、俺は一つの部屋の前に立っていた。

 真っ白な壁にただのドアノブが付いただけの扉。それでも直感していた、この先に東京ダンジョンのボス部屋がいることを。

 

 大きく息を吐いて、勢いよく扉を開ける。

 

 植物の中に取り込まれたかのような装飾が施された部屋。

 その中央には紫色の何かがいた。ぐにょぐにょと蠢く、不定形の何かが。

 

「ようやくここまで来ました。

 あんなのを見せて一体に何をしたいんですか?」

 

 俺の声を無視して、何かが一気に広がる。

 体育館程度の大きさはあろうその部屋の地面が、何かで埋めつくされていく。

 

「対話の意思はなしですか。

 だったら私のために死んでくださいよ、気色悪いスライムさん?」

 

 何かの洪水を手に入れた防御スキルや攻撃スキルを多用して防いでいく。

 その間に奴の弱点を探ろうとしてーー

 

「ちょ、ちょっと興奮しすぎじゃないですかねっ。

 ほんと気持ち悪いですっ」

 

 敵の予想以上の勢いに思わず愚痴が零れる。

 刹那、俺の防御を掻い潜った敵の一部が俺のマントに当たってーーマントがはじけ飛ぶ。

 

「マジですかっ」

 

 たった一発食らっただけでこれかよっ。

 仕方なく空中に飛び、生み出した足場の上に乗る。

 

 下を見れば紫色の何かがこの部屋を飲み込まんとその勢いを増していた。

 一面紫色の海で、弱点も何も見つからない。多分ある程度削らないと弱点を曝け出さない系統のモンスターだろう。

 

 完全種になって手札は増えたものの、俺の戦闘スタイルは変わらない。

 瞬間火力には一家言あるが、継続的かつ広範囲での攻撃は俺の最も苦手とするところだ。

 

「どうしますかね、これ」

 

 と、先が見えない戦いに本気で絶望しそうになったその瞬間ーー

 

 

「助けに来たよっ、マコっ」

 

 声が聞こえた。

 

 



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第三十七話 残された者たち

「……マコちゃん効果、すごいわね。

 みんなあの子は誰? とかマコちゃんの話題で持ち切りだわ」

 

 マコの姿が映像から消えた数分後。スノーの前でSNSを見回っていた雪乃さんが状況を報告してくれる。

 

「あ、玲子さんが彼女は私の仲間ですって報告したみたいだよー。

 迷宮人とかその特性も一緒に書いてあるね」

 

「さすが鬼人、仕事が早い。これでマコ姉の名声も安泰」

 

「うん。後は帰ってくるだけ、だねー……」

 

「……マコちゃん、一人で大丈夫かな」

 

 暗い表情で俯く四人。沈黙が周りを包んだ。

 やっぱりオリジナルダンジョンの攻略ってすごく難しいことなんだよね。確か007小隊も最終的には数十人規模になるってマコが言っていたし。

 

 なのにマコはたった一人で挑もうとしてる。人類みんなのために、命を賭けようとしている。

 ……うん、その行動は凄くマコらしいと思う。

 でもそれならどうしてぼくを置いていったの? 私のために生きろって、そう言ってくれたのにっ。

 

「そうだよっ、ゆきのん。私たちでマコちゃんを追いかけようよっ」

 

 沸々とした怒りが湧き上がっていたその時、紗友里さんがあっさりとその解決方法を提示してくれる。そうだ、その手があったっ。

 

「気持ちは分かるわ。でも無理なのよ、紗友里。

 私たちにマコちゃんみたいな耐性はないの、ダンジョンが連続する廃棄領域を進むことはできないわ」

 

「そこは心配無用。

 癒術師の千絵が四人分の魔素を治癒できる。私も密行者で隠密行動が可能」

 

「……そう。そんなに都合の良いことがあるのね。

 まあいいわ。だとしても危険なことに変わりはないし、食料の問題もある。少なくとも数か月単位は必要であろうそれを、この状況で一体どうやって集めるの?」

 

「そ、それは……」

 

「鬼人に頼む。あの人ならきっと何とかしてくれる」

 

「さ、流石にそれは難しいんじゃないかなー。

 特に防衛戦とかは兵站は凄い重要で簡単に融通できないと思うし、出来たとしても兵士さんの食事を私たちが奪っちゃうことになるよね?」

 

「むぅ。だったらーー」

 

 難しそうな問題に直面し、頭を悩ませる四人。色々な方法が出されるけれど、どれも現実的じゃないという理由で却下されていく。

 マコのために頑張ろうとしてくれてるその姿に誇らしさ半分、寂しいような複雑な気持ち半分でスノーは手を上げる。

 

「あ、あの、それならぼくが一人で行くよ。ぼくもマコと同じ迷宮人で、食事の必要もないから。

 みんなにはぼくが放棄地域? に行く方法を考えてほしいなって……」

 

 紛れもない本心だったのに、途中から自信がなくなって声が小さくなってしまう。

 な、なんだかみんなの視線が怖いよ。

 

 やがて雪乃さんが大きくため息をついた。

 

「許可できないわ。自殺志願者を二人に増やすだけじゃない。

 大体マコちゃんが私たちにあなたを紹介したのは守ってくれ、という意味もあったんでしょうし、危険地域に放り込むなんて真似は出来ないわ。

 あなたをどうするかは後で考えるわ、少し待って頂戴」

 

「あの、スノーちゃんは暫くここにいたらいいと思うよー。

 本部の私有地みたいになってて、私たちくらいしか入れないから」

 

 マコの言葉もあって、色々と世話を焼こうとしてくれているみんな。

 本当に、いい人たちだよね。

 

「そもそも私はあなたたちみたいな子供が一緒に付いていくこと自体反対なのよ。

 放棄地域に行く危険性、本当に分かっているの?」

 

「当たり前、鬼人隊は元々その予定だった。

 大体私たちなしで雪乃はどうするつもり?」

 

「だからっ、マコちゃんを追いかけるのは難しいって話で……」

 

 雪乃さんが苦しそうに言葉を切る。

 結局はそこに行きついちゃうのか。何か食料問題だけでも解決できないかなあと頭を巡らせて、一つだけ思いつくものがあった。

 入院してるとき暇で覗いていたあそこが生き残っていてくれたらーー

 

「あのっ、食料とかは何とかなるかもしれない。

 実はーー」

 

 思いついた作戦を説明したら四人の理解も得られて―ー

 

「それじゃあその方針で頑張ってみましょうか。

 この四人、いえ五人でマコを追いかけて、今度こそその首根っこを掴まえてあげるわ」

 

「おお、久しぶりのゆきのんハイパーモードだねっ。

 みんながんばろう、おーっ」

 

「新生鬼人隊発足。燃える展開っ」

 

「あははー、その玲子さんを説得するっていう大仕事が残ってるんだよ、風佳。

 ……うん、でもそういう理由なら私も頑張れそう、かなー」

 

「あ、千絵。その相手はぼくに任せてよ。

 ぼく、酒徳玲子の娘みたいなものだから」

 

「「「ええ!?」」」 「衝撃事実判明っ」

 

 とこんな感じで五人での大冒険が始まって、途中紆余曲折ありながら何とか東京ダンジョンへたどり着いてーー

 

 

 

 

 

「助けに来たよっ、マコっ」

 

 ーーぼくたちはマコの前に立っていた。

 マコの目がぼくらを捉え、驚愕に見開かれる。

 

「スノーって、みんな!? 

 どうしてここに!? というかどうやってここまで来たんですかっ?」

 

「詳しい話は後よっ。とにかくこっちに来て頂戴。

 風佳のスキルで完全に相手から見えない空間になってるわ」

 

「わ、分かりました。

 ……あとでちゃんと聞かせてくださいよ。ほんと、馬鹿なんですから」

 

 照れ隠しを言ってこっちの大きな足場に移ってくるマコ。

 髪がぐちゃぐちゃで目の隈もすごいけど、間違いないマコだ。久しぶりの再会に抱き着こうとしてーー視線を逸らす。マコが下着姿だったから。

 ……な、何でぼく、こんなに恥ずかしがってるんだろう。と頭を振って変な思考を追い出して、再びマコを見据える。

 

「久しぶりっ、マコちゃん。私のこと覚えてる? あの時ーー」

 

「そういうやり取りも後。今はこいつを何とかするわよ」

 

 わっとマコに寄ろうとした紗友里さんを雪乃さんが止める。

 空中にある足場の下には、部屋いっぱいの緑色の物体がうねうねと波打っていた。

 

 な、なにこれ。凄い気持ち悪い……。

 

「はーい。それじゃあ二人とも、いつものお願いね」

 

「ま、任せてくださいー。はあっ」

 

「分かったよ、どうぞっ」

 

 千絵と一緒に、雪乃さんと紗友里さんに各種バフをかけていく。攻撃力アップや属性付与など様々な効果を持った光が二人を包みーー刹那、無数の矢や風の刃が頭上に出現した。

 凄まじい攻撃力を持ったそれら一気に敵へと襲い掛かる。ぐちゃぐちゃと気持ち悪い音を立てて、蒸発していく敵。

 しかもそれは一度だけじゃ終わらない。千絵のスキルの効果でクールタイムが短縮された大技が第一波、第二波と繰り返され、順調に敵を削り取っていく

 

「な、なかなかやりますね。私の次くらいに強いんじゃないですか?」

 

「広範囲攻撃は二人の十八番。

 今までのモンスターもこうやって倒してきた」

 

「……な、なるほど」

 

 風佳の言葉にドン引きした様子を見せるマコ。

 視覚外からの高火力攻撃で何もさせずに倒す。うん、ぼくもえげつないと思う。

 

 ぼくたち四人で敵を消耗されている間、手持ち無沙汰になった二人が話を進めていく。

 

「あの、それで本当にどうやってここまで来たんですか?

 少なくとも食料の用意はされてませんでしたよね? まさか窃盗ですか? 警察に通報しますよ?」

 

「失礼。食料はスノーの提案でどうにかなった。

 何か掲示板?で呼びかけて、ケモナー仮面?とか美少女に捕食されたい人とか良く分からない人が沢山分けてくれた」

 

「……だ、大丈夫なんですよねそれ?」

 

 明らかに誤解を招きそうな言い方をする風佳。

 な、何かこの時代昔のネット文化が廃れていたんだよね。ごめんなさい5〇hねらーさん、と頭の中で謝っていたら、敵の中央がはじけ二つの青い塊が露出した。

 

「多分ダンジョンコアと敵の核よ、マコちゃんお願いっ」

 

「言われなくても分かってますよっ」

 

 瞬時にその場から消えるマコ。

 気が付けばその姿は塊の前にあってーー巨大の鎌が確かに二つの核を破壊した。

 

 



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最終話 終着点

『悪い、今は一緒にいられない。

 でも卒業式までには絶対に帰るから、少しだけ待っててくれ』

 

 暗闇の中、夕菜はそのメッセをじっと見つめていた。

 

 オリジナルスタンピードが起こって一週間、これを最後におにぃからの連絡はない。

 ただ夕菜はその生存を疑っているわけではなかった。

 音信不通になるのはこれで二度目なのだ。あの時は二週間度ほど経ったらひょっこり返ってきた。今回もきっとそのうち返ってくるだろうと思ってーー

 

 ーーテレビの前でピーピー震えてる人類のみなさん、聞こえますかー?

 

「っ」

 

 脳裏にあの女狐の演説風景が浮かぶ。

 私が世界を救ってやるからお前らはただ守ってろ、とかクソ上から目線で啖呵を切りやがったあのメスガキは今や全日本人の話題の中心だった。誰もかれもが彼女のことを気に掛けていて、救国の英雄なんて持ち上げているメディアもあるくらいだ。

 

 勿論夕菜はその姿がちらつくたび殺意に支配されそうになって、でも同時に全く別の感情が湧き上がってくることに困惑していた。

 

 全世界に向けて自分を信じろと言ったあの姿が、あいつらから私を助け出してくれた時のおにぃとダブって見えて仕方がない。

 

 でもそれはありえない、あっちゃいけないことだった。

 だってそれが、それだけが私とおにぃを特別に結び付けていた過去なのだ。

 それがなくなってしまえば、私とおにぃは特別ではなくなってしまう。どこにもいるような、いつかは離れゆく普通の兄妹に戻ってしまう。

 

「いやだっ。どこにもいかないでよっ」

 

 記憶に刻み込めるように、夕菜はおにぃの枕に強く顔を埋める。

 おにぃがいた時は事あるごとにこうして布団に潜り込んで、その残り香を楽しんでいた。でも、もうその痕跡もほとんど残っていない。

 その事実が今の二人の距離を暗示しているように思えて、夕菜は胸が苦しくなる。

 

 ーーあ、そうだ。雑魚いお兄さんはこんなことも言ってましたね。

 そろそろあなたもブラコンを卒業したらどうですか、と。

 

 ーーあ、それとこうも言ってましたね。

 流石にお兄さんのお下がりしか着ないのはどうかと思います、もっとおしゃれに気を使ったら、と。

 

 クソ女に言われた言葉が思い起こされる。

 

 夕菜とて分かっていた、おにぃに向ける感情が歪なものだと。

 だからこそ自由にさせたくなかったのだ。他の女を知ったら、今の関係が異常なものだとバレてしまうから。おにぃの中から夕菜という存在が薄れてしまうから。

 それなのに、たった一度きりのミスでこうもバラバラになってしまった。

 行く先すら告げず家を空けるなんて、以前なら絶対にありえなかったのに。

 

「おにぃ、どこにいるの……?」

 

 零れた疑問は虚空へと消えていく。

 

 あの時から夕菜の頭から嫌な想像が消えなかった。

 それすなわち、おにぃは今もあの女と一緒にいるのではないか、という想像が。

 

 もしあの女が魔素を克服する手段を持っていて二人でずっとダンジョンの中にいられるなら、位置情報がおかしかったのも音信不通になるのも納得がいく。

 つまり挑発していたとか誑かしていたわけではなく彼女は本当に良い奴で、だからこそおにぃは一緒にいることを選んだのだ。

 

 勿論それは夕菜にとって受け入れがたい事実だった。

 だって、それはおにぃが完全な自由意思で夕菜の元を離れた意味していて、でも今までの全ての事象がその結論を支持していてーー

 

 ……ああ、とうとうおにぃが離れちゃった。

 私が特別じゃ、なくなっちゃったんだ。

 

 胸を引き裂くような寂しさが、夕菜の心にしみわたっていった。

 

 

 

 

 

 

 道の両脇に植えられた桜が満開に咲いていた。

 

 ほらはら、はらはら。ピンク色の花びらが風に導かれて地面に落ちる。

 

 桜色に彩られたその道を、夕菜は卒業証書を持って歩いていた。

 オリジナルスタンピード発生から半年、人類は未だその領地を1ミリたりとも失ってはいなかった。その心に彼女がいたからかは分からない、それでも人類の胸には確かな希望があった。

 

 夕菜が自宅の鍵を開け、ゆっくりと扉を開ける。

 

 がらんとした玄関。その中に誰の姿もなくて――刹那、背後に何かが現れる。

 

「ただいま、です」

 

「おにぃっーー」

 

 すごく懐かしい気配に勢いよく振り向く。

 

 はたして、そこにいたのは白髪赤目の彼女だった。

 

 しかもまるで自分の家に来たかのような挨拶をしてーー

 

 

「こんの、クソ女ああああああ。

 そこまで許したつもりはありませんよっ」

 

 人類が勝利したその日、何処かのアパートの一室で夕菜の大声が響き渡った。

 

 

 






 ここまで約一か月。お付き合いいただき本当にありがとうございました!
 『TS転生から始まる、最強美少女への道!』
 これにて(後日談を数話残して)閉幕となります。如何だったでしょうか?

 作者としては本作が初めてのコメディー作品でしたので、非常に四苦八苦しながら書き切った印象でした。
 勘違いコメディーってなんだっけ? と思った方もいるかもしれません。ごめんなさい、作者の完全な実力不足ですね。
 ただここまで途中で投げ出す、最初に思い描いたエンディングに辿り着けたのは間違いなく皆さんのおかげです。
 残り少ない本作、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。

 さて後語りもここまでにしておきましょうかね。
 詳しい感想は後日談も終わった頃に活動報告か何かであげようと思っています。
 一応Twitterもやっていますので、よろしくしていただけると嬉しいです(作者マイページから飛べます)。
 それでは。またどこかでお会いできることを楽しみにしております。


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後日談① 新たな日常

 春の陽気に包まれた休日。

 とあるアパートの一室に三人の少女たちの姿があった。

 

 緑色の髪をした3歳くらいの幼女が、10歳くらいの白髪赤目の女の子に近づき親愛を感じさせる笑みで話しかける。

 

「ママ―、だっこっ」

 

「はいはい、後にしてくださいね、ミドリ。

 今兄さんはミドリの分のご飯も作ってるんですから」

 

 すかさずもう一人の大和撫子然とした少女が、ミドリと呼ばれた幼女を優しく宥める。それも自分よりは明らかに年下だろう女の子を兄と呼んで。

 

「問題ない。料理しながら子供の世話するなんて私には余裕」

 

「きゃーっ」

 

 女の子の黒い服がぐにゃりと変形して帯を作るとそのまま幼女に巻き付き、高く持ち上げる。きゃっきゃっと歓喜の声を上げる幼女。

 二人の横で少女が優しくため息をついた。

 

「全く、兄さんはミドリに甘いんですから。

 ほらミドリ、それが終わったらあっちに戻るんですよ?」

 

「はーい、ゆーなママ―」

 

 元気に返事を返す幼女。

 

 長閑な昼下がり。

 そんな本当の家族のようなやり取りが台所で繰り広げられていてーー

 

 

「ーーちょっと、待ちなさい」

 

 その光景を居間から見ていた手柴雪乃は、思わず声をかけた。

 少女ーーマコの妹、望月夕菜が自慢げに眉を吊り上げる。

 

「どうしたんですか? 

 私たちはいつも通りのやり取りをしていただけですよ?」

 

「わ、分かってるわよそれくらい。

 ただ何故かツッコまないといけない気がして……」

 

「ゆきのん、気にしたって仕方ないよ。

 あれがマコちゃんの望んだ未来なんだから」

 

「っ、そうなの、よね」

 

 幼馴染の比護紗友里に諭され、何とか心を落ち着ける。

 

 マコが元は男だったことは本人から聞かされていた。自らの妹と一緒に暮らすために色々と頑張る必要があったことも。

 ただ別にそれに怒っているわけじゃない。確かに最初は戸惑ったけれど、それでも暗い過去がなくて本当に嬉しかったのだ。

 ちゃんとお礼も言ってくれたし、今後は良き友人として傍にいようと心に決めたのにーーどうしてだかあの三人の姿を見ていると釈然としない気持ちになってしまう。

 

「何か納得いかないんだよね? ぼくもそうだよ。

 あんなこと言ったくせに、妹ちゃんがいるときはぼくたちの事なんか眼中にないって感じだし」

 

「スノーの言う通り。マコ姉はもっと私たちに感謝すべき」 

 

「さ、さすがにそれは言いすぎじゃないかなー。

 ちゃんと私たちのことも気にかけくれてると思うよー……多分」

 

 と口々に不満を漏らす、マコを助けに行った面々たち。

 やっぱりみんなから見てもあのシスコンぶりは異常に見えるらしい。夕菜の方も明らかにそれが分かった上でこちらを挑発してきているし、似た者同士というやつだろうか。

 

「さうりー、だっこ」

 

「はいっ。おいでー、ミドリちゃん」

 

 と台所から戻ってきたミドリが紗友里に抱きかかえられる。

 ミドリの中では抱っこがマイブームらしい。紗友里の腕の中で安心したようにまどろんでいる。

 

「でも、本当にびっくりだよねー。

 まさかあのスライムがあんな小さい子になっちゃうなんてー……」

 

「本当にそれ」

 

 千絵の言葉に肯定を乗せる風佳。雪乃もまた無言で頷いた。

 

 東京ダンジョンのコアとボスの核を破壊した後、ダンジョンが消失した地上に残されたのは、雪乃たちとあのミドリと呼ばれる幼女だった。

 同時にマコは何かを悟ったらしくて、彼女はさっきのボスの大元で神様みたいな存在だから自分で育てるとか言い出したのだ。しかも目を覚ましたミドリはマコのことをママと言い出したから本当に驚いた。まさか本当に隠し子なのかと思ったくらいだ。年齢的に多分それはないだろうけれど。

 

「でも、モンスターが女の子になるのは前はよくある話だったんだよ?

 それ以外にも日本人は何でもかんでも擬人化させるって有名だったし」

 

「興味深い。例えば?」

 

「軍艦を擬人化させたのが有名かな。あとはーー」

 

 と、スノーの昔話を聞いていると夕菜がお盆を持って入ってくる。

 机の上に五人分の勉強道具が広げられているのを見て、顔をしかめた。

 

「ほら、さっさとどかしてください。

 どうせ勉強なんてロクにしていないんですから」

 

「夕菜ちゃん、酷いっ。

 事実でも言っていいことと悪いことがあるんだよ?」

 

「残念。紗友里以外はみんな終わってる」

 

「えっ? 嘘だよね!? 私だけ仲間外れっ!?」

 

「あははー。その、私たちの宿題は簡単だから」

 

「なに年下に慰められてるのよ。

 ほらそんな顔しないで、後で私が教えてあげるわよ」

 

「ゆきのんっ、私の女神様っ」

 

「あー、めかみさまっ」

 

「はいはい」

 

 大袈裟に手を合わせる紗友里とその腕の中ではしゃぐミドリ。

 冒険者としては優秀な紗友里も、普通の勉強相手には形無しらしい。

 

 世界各地のオリジナルダンジョンが雪乃たちや各国の冒険者に攻略され、直近の危機がなくなった人類。義務教育が短縮されていた日本では、冒険者学校卒業生・在校生が集められ、大規模な学び直しが実施されていた。

 去年の途中からそれどころではなかった雪乃たち中等部三年は、災害前の中学二年から、それより下の千絵たちは中学一年、卒業生たちは中学三年からのカリキュラムをそれぞれ進めている。

 また希望者はもっと前から学びなおせるとのことで、夕菜の強い希望もあり卒業生のマコは雪乃たちと同じ組で勉強に励んでいた。

 

 因みに混乱を避けるため、マコの正体は公には秘密にされている。

 今や国民的ヒロインとなったマコが元は男だったなんて知られたら、きっと暴動すら起きかねないだろう、多分。

 

 そんなことを考えている間にも準備は進み、テーブルには8人分の食事が並ぶ。

 さあ食べようかという時、居間につながる扉が光り輝いた。ミドリの存在で異界と繋がるようになったのだ。

 

「全く、あいつは本当に分かっておらんっ」

 

 入ってきたのは、10歳くらいの可愛らしい少女。鮮やかな頭飾りをつけ、褐色の肌をした顔を膨らませている。

 それを見て、マコの顔がぱあっと輝く。

 

「シル様っ、またあのモラハラクソ男から尻尾丸めて逃げてきた?」

 

「そうなんじゃよ。きいてくれ、お主らっ。

 あやつ、親友アノスの方が攻めだと申したのじゃ。絶対におかしいじゃろっ!?

 一見クールに見えるアノスがその裏ではずっと主人公ユーリのことを考えているのにそれを表に出せなくて悩んでいて、そこをユーリに看過されて攻められる展開がいいんじゃろ!!」

 

 国民的少年漫画を片手に熱弁するシル様。

 受け? 攻め? 二人で戦いあうみたいな展開あったっけ?

 

 シル様以外のみんながポカンとする中、スノーが訳知り顔で頷いた。

 

「シル様の気持ちは分かるよ。確かにそれは看過できない。

 でもぼくはもう一つの可能性も追うべきだと思うな」

 

「まさかスノーっ、お主ーー」

 

 何かを通じ合って、口早によく分からないことを話し始める二人。

 雪乃はその光景を、シル様の主人の方に同情しながら見ていた。ここまでこだわりの強い相手をするのは大変そうだ。

 ……でも、何かダンジョン災害の片棒を担いだとか絶縁状態だったとかいうし、本当によく分からないのよね。

 

 と、マコの肩がピクリと震える。

 もしかして、とマコの耳に口を近づける。

 

「誰か危険な人が出た?」

 

「そう。ちょっと大馬鹿者を笑いにいってくる」

 

「いってらっしゃい。ほどほどに頑張りなさいよ」

 

「りょ」

 

 即座にマコの姿が掻き消える。

 日本全土をその索敵範囲と移動範囲に収められるようになったマコは、度々こうしてどこかの誰かのためにその力を使うのだった。

 

『えー速報、速報です。

 土砂崩れ警報が出されていた○○県××町の山間で土砂崩れが発生しました。今現在そこに住むーー』

 

 遅れて、テレビから緊迫した状況を知らせる情報が入ってくる。

 多分マコはこれに反応したのね。だとしたらーー

 

『ーー追加情報です。

 マコちゃんですっ。日本が誇るメスガキ、マコちゃんがまたやってくれましたっ。

 連絡が取れなくなっていた住人全員、マコちゃんの手で救出されたようですっ』

 

 テンションの上がった女性アナウンサーの歓声が響く。

 

「流石、マコ姉」

 

「だねー。……でも、すごく大変そう」

 

 千絵の言葉にみんなで頷く。

 間近な危険は去ったけれど、それですべて解決するわけではない。今やマコの両肩にかかる期待は相当なものとなっているだろう。

 助けようにも、大抵の場合はマコ一人の方が都合がよいのだからどうしようもなかった。だからーー

 

「ただいま」

 

 一仕事を終え帰宅する日本の英雄さん。

 そんな彼女に夕菜たちは優しく笑いかける。

 

「「おかえりなさい」」

 

 ーーどうか今だけでも安らげますように。

 そんな思いをもって。

 

 



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後日談② その頃彼らは……

 

 

 冒険者総合雑談スレッド part674

 

 

 ……。

 …………。

 

 

810:名無しの冒険者

 ほんで一般企業の冒険者部門採用が正式に始まったわけやが……

 おまいら、どうなった?

 

 

811:名無しの冒険者

 万年Fランク冒険者のワイ

 エントリー10社 内定10社

 なんなん、これ……?(困惑)

 

 

812:名無しの冒険者

 新卒の時は説明会すら参加できなかった大手メーカーから内定貰った

 めっっっさ気分がいいわ

 

813:名無しの冒険者

 あまりにとんとん拍子に進みすぎて、逆に怖いんよ

 何か裏があるわけやないよな?

 

 

814:名無しの冒険者

 >>813 今まで軍に徴収されていた魔石が一般に流されるようになったんや

 ほんで新技術開発のために魔石を何とか確保したい各企業が、冒険者ごと取り込もうとしてるって感じやな 

 自分で抱えた方が安上がりかつ安定しとるから

 

 

815:名無しの冒険者

 つまり入社したら最後、ボロ雑巾のように使い捨てられて……?

 

 

816:名無しの冒険者

 >>815 まあその可能性もなくはないけど、基本は大丈夫やと思うで

 冒険者の数自体が不足しとるから、そんなんしたら人が集まらんよ

 

 

817:名無しの冒険者

 >>816 なる でもワイは最後まで実利で行かせてもらうわ

 理由? そんなん言わなくてもわかるやろ?

 

 

818:名無しの冒険者

 あっ…(察し)ふーん

 

 

819:名無しの冒険者

 まあ……うん 気持ちは分かる

 今まではほぼソロ活動やったから何とかなったけど、いきなり企業人はハードル高いんよ

 

 

820:名無しの冒険者

 >>819 元ニートの悲しき定めよな

 どっちにしろ色々変わっていくやろうし、身の振り方に気を付けるんやで

 

 

821:名無しの冒険者

 冒険者同士の互助組織を作るギルド構想なんてもんもあるらしいしな

 

 

822:名無しの冒険者

 >>821 ま? それじゃあワイも出会いを期待していいんか?

 

 

823:名無しの冒険者

 >>821 もしできたら、マコ様の争奪戦が始まりそうやな

 

 

824:名無しの冒険者

 >>823 名だたる権力者たちがあの手この手で迫っていく未来が見える見える

 

 

825:名無しの冒険者

 ワイはマコ様に自分でギルドを作ってほしいわ

 ほんで全国のメスガキたちを集めるんや

 

 

826:名無しの冒険者

 >>825 富、名声、力、この世の全てを手に入れた女’月宮マコ’

 彼女の死に際に放った一言は人々を海へ駆り立てた。

 「私の財宝ですか? 欲しかったらくれてあげますよ・・・。探してください! この世の全てをそこに置いてきました!」

 女達はメスガキギルドを目指し、夢を追い続ける・・・!

 世はまさに大メスガキ時代!!

 

 

827:名無しの冒険者

 >>826 マコ様〇さんでもろて

 

 

 

 ……。

 …………。

 

 

 

 

 

「結局、真君には断られてしまったんですね」

 

「そう、みたい」

 

 放課後、旧冒険者学校静岡校の教室。

 今現在は卒業生の学び直しが行われているその場所に江川芳樹と柴田正利は二人だけで残って、暗い表情で話し込んでいた。

 

 議題は、自分たちがダンジョン内に置き去りにしてしまった望月真君について。

 あの後無事に助けられたから気にするな、というメッセは来たものの、お見舞いにいこうとしたら断られてしまって、会えない状態が続いていたのだ。

 

 もしかしたら何か後遺症が残ってしまったんじゃないか。 

 何であの時彼を囮にして逃げてしまったんだろう。

 

 そんな不安と後悔が頭を掴んで離さなくてーー

 

「あ、あの時逃げやがった弱虫どもじゃないですか」

 

 不意に聞き覚えるのある声に呼びかけられる。

 見れば、四六時中テレビで見る少女が芳樹たちの前に立っていた。

 

「ままま、マコ様っ!? どうしてここにっ!?」

 

 救国の英雄。日本が誇るメスガキーー月宮マコさんだ。

 彼女のファンだと公言していた正利が驚愕に声を荒げる。芳樹もまた同じ気持ちだった。

 普段は六人の少女たちを筆頭にする大勢の人間に囲まれている彼女。

 芳樹たちのような日陰者とはそれこそ住む世界が違うはずだ。

 

 マコさんがその端正な眉を寄せる。

 

「どうしてって、ただ忘れ物を取り来ただけですよ。

 大体、私たち同じクラスじゃないですか。もしかしてクラスの女子も知らなかったんですか? 馬鹿なんですか?」

 

「え、あ、えへへ」

 

 一生に一度は聞きたいと謳われる生罵倒を聞いて、完全にトリップする正人。

 ただ芳樹には気になることがあった。

 

「あの、さっき弱虫と言いましたよね?

 僕たちのことを知っているんですか?」

 

「んーと……はい。

 あの雑魚い彼を助けるときにちょっと私も噛んでいるんですよ」

 

「そう、なんですかっ。ありがとうございます、助けていただいて。

 あの、それで真君の現状は知っていたりしませんか? 僕たち、何故か真君に会うことが出来なくて」

 

「あー、なるほどです。それで……」

 

 芳樹の言葉に、何かを納得したように頷くマコさん。

 そうして何故か嗜虐的な笑みを浮かべてみせた。

 

「ええよく知っていますよ。

 なにせ、この私と一緒になった仲ですからね」

 

「い、一緒にっ!? ど、どういう意味、マコ様!?」

 

「そのまんまの意味ですよ。

 女のイロハも知らない童貞さん?」

 

「う、うそだ……マコ様が、そんな……」

 

 衝撃の事実に正利が項垂れる。

 芳樹は驚き半分、安心半分、嫉妬少々でその事実を受け入れようとしてーー

 

「あはははっ、冗談ですよ。

 こんな嘘に騙されるなんて、本当にあなたたちって馬鹿ですねっ」

 

 まるで悪戯が成功した子供のように笑いを抱えて笑うマコさん。

 いや、事実そうらしい。テレビでは「口だけ悪い優しい子」みたいに紹介されていたのに、こんな一面もあるのか……。

 

「大丈夫です、彼は元気にやっていますよ。元気すぎて困るくらいです。

 だからーーそんな迷子の子犬みたいな顔、しないでくださいよ。くよくよされるのは正直目障りです」

 

 そんなこちらを安心させるような笑みをマコさんは浮かべてーー

 

「マコ様~、返事してくださ~い」

 

「3-Aにマコ様の影なし。引き続き捜索を続ける」

 

 一気に廊下の方が騒がしくなる。

 あれはマコ様親衛隊の声だ。マコさんとの時間はここまで、か。

 

「それでは、また友達としてよろしくお願いしますね。童貞のお二人さん」

 

 手をひらひらとさせて、マコさんが教室を去っていく。

 その余韻に浸るように暫く黙り込んだ後、正利が自慢げに話しかけてくる。

 

「ね? マコ様いいでしょ?」

 

「……そうですね。僕もマコ教に入信してみますかね」

 

 黄昏に染まる教室の中、今日も新たな被害者が生まれるのだった。

 

 

 Fin

 

 

 






 『TS転生から始まる、最強美少女への道!』
 これにて本当におしまいとなります。
 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました! 
 詳しい後語りは本日15:00ごろに作者活動報告に公開しようと思っています。
 少しでも楽しんでいただけましたら、評価、感想などなどよろしくお願いいたします!


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