TS転生チートオリ主は主人公が何度も死に戻りしている事に気づかない (りなう)
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エンドレスログ

 

 身体に深々と突き刺さる魔剣が俺の体温と魔力、血液を吸っている事はすぐに分かった。

 身体から力が抜けていき、それでも魔王に対して致命的な一撃を与えた事は間違いない。

 ガラガラと崩れていく魔王の姿を見、俺は間違いなくこの『物語』をハッピーエンドへと導く事が出来た事に安堵する。

 主人公も、ヒロインも、誰一人欠けることなくここまで辿りつけた。

 正直俺がチートオリ主であっても結構危ない場面はたくさんあったが、しかしそれでもこの『物語』はここで終わる。

 ああ、だから。

 

 アーサー、主人公。

 そんな風に、泣くなよ。

 

「が、ゥ。けほっ」

 

 血の混じった咳払い。

 それから俺は震える手で彼の涙を拭き取ろうとしたが、しかし自身の血で彼の頬を汚してしまう。

 ああ、ごめん。

 そんなつもりはなかったんだ。

 

「アーサー、これで貴方の物語はおしまい。ハッピーエンドだよ、頑張ったね」

 

 彼は涙を流しながら、それでも無言で首を横に振った。

 

「お前がいない世界に、価値なんてないよ」

「そんな、事……言わないで。貴方には、ふ、ふぅ。たくさんの仲間がいるん、だから」

 

 この世界に来てから沢山の思い出ができた。

 彼とどれほどの新鮮な感動を味わっただろうか?

 キラキラと綺羅星のように輝く記憶。

 きっとそれらはここでなくなってしまうけど、だけど俺は、それらを抱いて逝ける。

 だから、嗚呼。

 うん、辛くない。

 だって、こんなに沢山の宝物を彼から貰ったんだから。

 だから俺は悲しくない。

 彼がこれからもこの世界で生きて、それで幸せになってくれればそれで良い。

 俺は、彼の笑顔が━━

 

「ああ……」

 

 そっか、そうなんだ。

 俺は、彼の事がいつの間にか好きになっていたんだ。

 彼の純真でどこまでもまっすぐなその心に、俺はいつの間にか惚れ込んでいた。

 だけど、でも。

 この気持ちは彼には告げられない。

 だって俺はここでいなくなるのだから、だからこの気持ちはあの世まで持っていく。

 そう思うと、辛いなぁ。

 彼に、この気持ちを伝えたいなぁ。

 

「死にたくないなぁ」

 

 でも、俺はもうダメみたいだ。

 意識を保っていられるのが急に難しくなり、頑張ってなんとか踏ん張ろうとしたがそれも叶わず━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ♪

 

 

 何度目の死だろう。

 最初は彼女の死を目撃して世界に絶望して、それで自ら命を絶った。

 それが『トリガー』である事を知った時から、俺の物語は本当の意味で始まったのだ。

 幼馴染の彼女━━ステラ。

 彼女の笑顔を守るためならば、俺は何度だって……

 

「うおー、生のアーサーだぁ!」

 

 そんな、底なしの笑顔と元気溌剌な言葉で、また再び俺達の物語は、再開される。

 ステラ俺は、お前の事が━━



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チート転生TSオリ主!

 おっす、おらチートオリ主!

 なんちゃって、大好きなライトノベル『果ては遥かなラグナロク』の世界にTS転生した俺は、正直自分にとって都合が良すぎる展開に驚いていた。

 主人公アーサーには幼馴染がいない筈なのに、ステラというか俺は彼の幼馴染ポジションになっていた。

 それだけではない。

 魔法の適性はオールAで剣技の才能もある、才能の塊みたいな肉体を持っている俺は正しくチートオリ主!

 さらに美少女なのは標準装備で、道を歩けば多くの人が振り返るレベルの美貌を持っている。

 

 ああ、俺の人生は間違いなく安泰、薔薇色に染まっているだろう。

 何より主人公の幼馴染として原作を間近で目撃出来るというのが大きい。

 アーサー。

 俺も元は男だけど、男だからこそ彼のかっこよさには惚れていると言っても過言ではない。

 原作は美少女ハーレムものだが、それが納得出来るほど彼は格好いい。

 特に戦闘方法は浪漫たっぷり、二刀流なんてみんな大好きなのよ。

 

 そんな訳で、俺は幼馴染ポジションを利用して彼と仲良くなろうとした。

 仲良くなって第一の仲間になって旅について行こうという魂胆だった。

 彼はいずれ聖剣の担い手として魔王を討つ旅に出る。

 俺はチートオリ主として彼の旅のサポートが出来ればと、そのように思っていたのだったが。

 

「なんだ、お前」

 

 めっちゃ冷たくあしらわれたんだが?

 仲間にしてといきなりは言わない。

 ただ家がお隣であるという理由で友達になろうと言っただけだったのだが、しかしアーサー少年はぶっきらぼうに俺に対して「友達とか何言ってんの」と拒否してくるのだった。

 アレェ、俺って彼に嫌われる事したっけな?

 あ、うん。

 初対面の時テンション上がって叫んでしまったけど、いやでもそれだけで嫌われることなんてある?

 現在、アーサー少年は七歳。

 どうやら素直な歳ではないらしい。

 

 それならばと、彼の両親を陥落させてからその伝手で友達になるのはどうだろうと思っていたのだったが、しかしそれもまたアーサーに阻止される。

 何なら全て予知されるかのように気付けば目の前に彼がいて、そしてこんな感じのことを言うのだ。

 

「お前は俺のことなんか気にしないで、他のことに時間を使えよ勿体無い」

 

 えっとこれは……ツンデレか?

 そう思うと、全ての行動が愛おしく思えてくる。

 そうか、原作前の彼は素直になれないツンデレ少年だったかー。

 きっと将来、この日の事を思い出して身体を震わせる時が来るんだろうなー。

 だとすると、俄然愛おしくて彼に対する気持ちが強くなる。

 ああ、早くもっと仲良くなりたい!

 

 とはいえ、今の彼がぶっきらぼうで俺に対して「いや」と言葉でも行動でも壁を作っている事は間違いない。

 あまりにも強固で、しかしそれでも隙はある。

 例えば、彼はよく家を抜け出して稽古をしている。

 どうやらこの歳から身体を鍛えて戦闘出来るように訓練しているようで、その様はまるで既に歴戦の戦士のよう。

 凄いな、チートオリ主の俺もセンスの塊だが、彼はきっとそれ以上だ。

 そして、これが彼と俺とを繋ぐものとなるだろう。

 

 俺は水の入った瓶を持って、普段彼が訓練している村のはずれへと向かう。

 ここは一種の穴場スポットであり、実際彼を尾行して発見するまで俺も存在を知らなかった。

 そして俺は彼がいない事を確認し、そこへと行ってみる事にする。

 案の定彼はそこにいて、木剣を自由自在に操りまるで舞のような動きをしていた。

 凄いな、本当に達人みたいだ。

 そして一通り稽古が終わったタイミングを見計らい、俺は拍手をしてから彼へと近づく。

 ……びくりと身体を震わせ、そして俺がいる事に気づいた彼は忌々しげに舌打ちをする。

 

「またか……」

 

 それから俺の方を見、いつものようにぶっきらぼうな口調で「何だよ」と言葉を向けてくる。

 邪険とは言え全く口を利いてくれない訳ではない事にホッとしつつ、俺は「はい、これ」と水の入った瓶を差し出した。

 しかし彼はそれを見もせずにただ「……俺に付き纏うのは、止めろ」と言う。

 

「俺に付き合っても良いことないから、もっと有意義な事をするべきだ」

「私は君と仲良くなるだけで嬉しいよ?」

「……っ。そういうの、マジで止めろって!」

 

 泣きそうな顔で拒絶してくる彼に流石に申し訳なく思った俺は「ごめんね」と言い、せめてとばかりに持ってきた瓶を渡す。

 

「とりあえず、今回はいなくなる、けど。仲良くしたいって気持ちは変わらないから」

「……」

「それじゃあ、ね」

 

 俺は手を振り、踵を返す。

 ……後頭部に視線が突き刺さるのを感じながら彼から見えない場所まで移動して、それから改めて大きな溜息を吐くのだった。

 あー、なんか前途多難だぜ。

 子供の反抗期拗らせて友達にすらなれないとは、流石の俺も想定していなかった。

 とはいえ、彼も子供だ。

 大人びているとはいえ、美少女な俺のアタックにいずれ折れて友達になる事を受け入れてくれる時が来るだろう。

 俺はただ、その時を待てば良い。

 幸い、原作が始まるのはまだ先な訳だし、それまでに色々と好感度を稼いでいけば良いのだから。

 

 よーし、それならば俺も頑張るぞー!

 



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原作知識が問われる話

 原作の始まりはアーサー少年が16歳になり、村から少し離れた位置にある泉で女神から聖剣を授かるところから始まる。

 魔族の襲来を予知した泉の女神が勇者の資格を持つアーサーを呼び寄せ、そして聖剣を与えて村を守るために魔族と戦う。

 それが原作のプロローグであり、今から6年後の話である。

 俺もアーサーもついに10歳になり、あと少しで彼は聖剣を授かる事になるだろう。

 それはつまり村が魔族に襲われる事と同義であり、だからその時になんとか生き残ることが大切だ。

 そもそもどうしてこんな辺鄙な村が魔族に襲われたのかはそれこそ聖剣の守護者である泉の女神がいるからであり、だから原作の始まりはある意味マッチポンプみたいなところがある。

 まあ、なんにせよ彼が勇者として覚醒するのならば問題ない。

 俺は彼に身を守ってもらう事にしよう。

 

 さて、とはいえそれまで何もせずにだらだらしているわけにもいかない。

 俺は花屋をしている家族の手伝いをしながら、生き残るために衛兵のお兄さんから剣技など闘法を学んでいた。

 女子がそんな事を学ぶ必要があるのか、とは言われなかった。

 むしろこの世界では女子でもある程度護身術が使える事が求められる。

 それは魔法であることが多いが、剣技を扱えても問題ない。

 なんなら魔力を使わない分、剣技の方が良いまである。

 そして俺は魔法の才能もあるので、剣技と魔法を合わせた魔法剣士スタイルで頑張っていこうと思っていた。

 具体的に言うと、片手剣で牽制しながら魔法で攻撃する。

 近づいてきたら剣で攻撃する、みたいな感じだ。

 魔法はアウトレンジな攻撃なので、だからほとんどは敵を近づけさせないように立ち振る舞いながら戦う事となるだろう。

 ちなみに、勇者アーサーが扱う事となる聖剣や魔王が使う魔剣のように魔法を補助する魔法剣はこの世に少なからず存在しているが、それらはなかなか手に入らない珍しいものである。

 

 さて、そんな訳で俺は模擬剣で素振りをした後、衛兵のお兄さんと模擬試合をする。

 当然魔法は使わずに剣だけの戦い。

 そうなると分が悪いのはこちら側であり、当然のように負けてしまう。

 当たり前だが身体能力が優れているとはいえ大人と子供とでは天と地ほどの差があり、何より俺は女だ。

 だから圧倒的な差が生まれていて、だから多分俺はチートな才能があっても現状アーサーにも勝てないだろう。

 

 そういえば、アーサーとはそれなりに話せるようになった。

 付き纏っていたら諦めたのか「せめて危ない事はすんなよ?」と俺が近づく事を許してくれた。

 いやー、毎日尾行した甲斐があったと言うものですなぁ。

 呆れられたとも言うかもしれない。

 

 そして、だから私は彼の言いつけ通り最近は彼の稽古しているところには行っていない。 

 危ないから来るなと言われたし、何ならそれを破ったら嫌いになるとまで言われてしまった。

 くそう、主人公の修行パートとか滅多に見れないのになぁ。

 だけど嫌われたくもないからなー。

 

「おい、ステラ。上の空か?」

 

 魔法の訓練として案山子に対して稲妻の魔法を使いながら物思いに耽っていると、衛兵のお兄さんから注意される。

 っと、危ない危ない。

 今の俺はちょっとした小動物なら簡単に屠れる威力の魔法を扱える。

 上の空なのは確かに危ないな。

 

「ごめんなさい」

「まったく、集中力が切れたのならば今日の訓練はこれでおしまいだ」

「はい、わかりました」

 

 俺は頷き、訓練に使った道具を倉庫にしまいながら、ふと首を捻る。

 なんだろう、何かを忘れている気がする。

 原作?

 いや、でもまだ原作は始まらないし、そもそも原作に過去編はなかった。

 チラッと過去に何があったのか語られたくらい━━

 

 

「あ」

 

 俺は思い出した。

 そ、そうだった。

 確か過去にあった事でアーサーが劇中で語ったことの一つ、彼が昔、こっそり外で訓練していたところ、魔物に襲われ怪我をしたんだ。

 い、いやでも確かにそれは彼が10歳の時だが、しかしたまたま思い出した時にその事件が起こるだなんて━━

 

 

 

 

 ぐぅるろろろろらぁああああ!!!!

 

 

「!!!!」

 

 獣の雄叫びが、どこからか聞こえてきた。

 いや正確に言うのならば、そう。

 

 彼が今、訓練をしているであろう場所から。

 この事件が原因で、彼は一人での秘密訓練が出来なくなり、代わりに俺と同じく衛兵のお兄さんから訓練をつけてもらえる事となる。

 そしてこの事件で彼は別にそこまで怪我をする事は━━

 

「……!」

 

 って、言ってる場合じゃない!

 そもそもここが物語の世界だとはいえ、それがそのまま原作通りに進むとは限らない。

 何なら俺がいるせいで原作から乖離する場合は十分あり得る話だった。

 そして、何かあったらやり直しはできない。

 

 彼の死は、覆す事は出来ない、から。

 

「くっ!」

 

 俺は走り、動揺が走る村の中を横切る。

 向かうのは彼がいるであろう場所。

 訓練をしている村のはずれへと━━

 

 

「なんだ、ステラ……」

 

 血塗れの彼。

 肩からダクダクと血が流れている。

 しかし彼の体に付着している血はアーサーだけのものではないらしく、その証拠に頭がぱっくりと割られたオオカミ型の魔物が近くで息絶えていた。

 彼は俺を見るなりどこか誇らしげに笑う。

 

「大丈夫だ、魔物は俺が殺した━━」

「バカッ」

 

 俺は慌てて走り寄り、彼の傷口に対してまず持ってきていた水筒の水で汚れを流し、それから回復魔法を使う。

 みるみるうちに塞がっていく傷口を見ながら少しだけ安堵しつつ、俺は少し厳しめの口調で彼を叱る。

 

「魔物は危険だから、子供はすぐに逃げるべきって言われてるじゃん」

「それは、でも俺は」

「でもじゃない、貴方が怪我したら悲しむ人がいる事を、ちゃんと貴方は知るべき」

「いや、それをお前……」

 

 何かを言いかけたが、しかし彼はすぐに素直に「……分かった」と頷いてくれる。

 俺は溜息を吐きつつ、もう一度「バカ」と彼に言う。

 

「もう、今回はこれだけで済んだけど、だけど今度こう言うことがあったら素直に逃げるように」

「ああ━━ステラも」

「ん?」

 

 アーサーは少し躊躇したのち、言う。

 

「ありがとな。俺の言葉に従って、ここに近づかないでくれて」

「だから魔物に襲われなかった、なんて言うつもりはないよね?」

「言う訳ないだろ、そんな事」

 

 どこか嬉しそうに笑う彼の頭を俺は叩く。

 それでもやはり、彼が無事である事に俺は凄く安堵し、安心するのだった。



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才能

 そんな訳で例の一件以来、彼は村のはずれで一人秘密の訓練をする事を禁止された。

 魔物よけの結界が張られるとはいえ、はぐれはいつだって現れる可能性がある。

 そして今回はたまたま良かったものの、次はもっと強力な個体が現れて手遅れになる可能性がある。

 だからこそアーサーには、魔物を一人で討伐した実力は認めるが、それでも一人村の外付近でいた事にはしっかりと罰を与えると言う事になったのである。

 まあ、残当である。

 むしろこれだけの処罰で済ませてくれた村長と両親には感謝しかないのではなかろうか?

 

 そんな訳で原作通り、アーサーは私と同じ衛兵のお兄さんの場所で訓練する事が言いつけられ、そして暇があるならば奉仕活動する事を命じられた。

 なので彼は最近は毎日忙しそうにしているし、そんなアーサーとの距離を詰めるために俺は彼を手伝おうと思っていたのだったが。

 

「それじゃあ俺の罰にならないだろうが」

 

 相変わらず彼は俺に対してはぶっきらぼうだった。

 まあ、最近だとそれが彼なりの優しさだと言うのは分かってきたので、俺もそこまで落ち込みはしない。

 それに、衛兵のお兄さんの場所でちゃんと会える訳だし、だから俺も慌てたりしないのだ。

 むしろ合法的に会えるのだから一歩前進したとも言えるのではなかろうか?

 

 という訳で、今日から早速彼が稽古に参加してくる。

 俺は喜びをグッと堪えつつも急いで衛兵のお兄さんのいるいつもの場所へと向かい、そしてその場所の惨状を見て呆然とする。

 ボロボロになり、地面にはところどころに穴が空いていた。

 いつも案山子が置かれている倉庫の壁には大きな傷がついていて向こう側が見通せるようになってしまっている。

 そして、恐らくこの惨状の原因を知っているであろう衛兵のお兄さんは稽古に使っている広場の端に置かれたベンチに腰掛け、空を見上げていた。

 なんか凄く疲れた様子で物思いに耽っているようだが、果たして何があったのか。

 

「あ、おう。ステラか」

「あ、はい。その━━一体、何が?」

「んー」

 

 少し口籠った彼だったが、すぐに「その、な」と口を開いてこの現場が出来上がった原因の一つを口にする。

 

「さっきまで、アーサーと稽古してたんだが」

「あ、はい。なるほど……」

「あいつ、もう稽古には参加しないから」

「……はい?」

 

 なんて?

 

「ああ、いや。一応便宜上は俺が面倒見る事にはなってるけど、あいつにはここを貸して勝手にやらせるって感じだな」

「な、何故に?」

 

 驚き、思わず吃ってしまう俺の問いに対し、しかしお兄さんは「それは言えないな」と答えてくれなかった。

 

「男と男との約束ってやつだ。あいつが言うならば俺も黙らないけど、あいつはお前に言わないで欲しいらしいし」

「ど、どうして……?」

「ま、そのうちあいつも素直になったら話してくれるだろ。俺も実際は全てを聞いた訳じゃないしな」

 

 っと。

 彼はそれから立ち上がり、一度頬を叩いてから「それじゃあ、稽古を始めようか」と一方的に告げてくる。

 そうして木剣を渡してくるのだったが、いや、そんな気分じゃないんだが?

 あいつ、アーサーと何があったのー??

 

 

  ♪

 

 

「――という訳で、俺は勝手にやらせて貰いたいんだが」

 

 開口一番、衛兵のレザーにそう告げる。

 正直こうして交渉する時間も惜しいのだが、しかしここで自分の強情を押し通そうとすると回り道になってしまうだろう。

 急がば回れ、遠回りこそ近道だ。

 そう言う訳で早速、俺は勝手に一人で訓練したいという事を彼に告げた訳だったが、やはりというかなんというか「お前、何言ってんだ」と睨みつけられてしまった。

 

「お前が同年代の子よりも幾らか強いって事は知っているけどな、とはいえ我流で何とかなるほど剣技の道は甘くないぞ?」

「知ってる」

「それとも、俺からじゃ得られるものがないとでも、そう思ってるのか?」

「……」

「はぁ、ったく」

 

 と、彼は溜息を吐いてから倉庫の方に歩いていき、それから中から木剣を二つ取って来て片方を俺の方に渡してくる。

 

「そんじゃ、ま。分かりやすく行こう――俺にお前の主張を納得させてみろ」

「つまり、力を見せてみろって事か?」

「分かり切ってる事を一々聞いて来るなよ」

「……分かった」

 

 俺は頷き、それから木剣を構え――

 

「――!」

 

 鋭い突きを木剣で横に流し逸らす。

 それなりにあった距離を瞬く間に詰めて来たレザーの一撃を防いだ俺はそのまま切り返しで反撃と言わんばかりに木剣を振るう。

 しかしやはりというか、あらかじめ攻撃する事を用意していた奴と、それに反撃した奴との差は大きい。

 簡単に俺の攻撃は避けられ、しかしそれでもその頬を軽く擦らせる事には成功した。

 

「ふむ」

 

 と、頬に手を当てたレザーは改めてこちらを見てくる。

 

「なる、ほど。生意気な口を叩くだけはある、と」

「今度はこっちから行く――っ」

 

 と、あくまでレザーはこちらが主導で動かそうとしてこない。

 奇襲、からの奇襲。

 本気でこちらを潰そうとしているのが分かる。

 木剣を短く持ち、鋭く素早い連撃が俺の身体を襲い掛かって来て、だからこそこちらもそれに対応するために木剣を短く持たなくてはならない。

 こちらが後攻、しかしこちらが攻撃へと移行できないほどの素早い追撃。

 短く持っているのだからレンジは短い筈なのにどんどんこちらに近づいてきているが故に、彼の攻撃の範囲から逃れる事が出来ない。

 体格が違うのも大きい。

 俺が二歩で進む距離を、彼は一歩で詰める事が出来る。

 更に言うならば――やはり、才能の差だろう。

 レザーはこの村の衛兵に甘んじているが、しかしそれは即ち『泉の女神』を守護するこの村の騎士という意味でもある。

 彼はこの世界でも指折りの剣士だ。

 

 そして俺は、かつて彼から剣技を学んだ弟子の一人でもある。

 

 だから、と俺はまず一歩前へと踏み出す。

 逃げるという選択肢はそもそもない。

 そしてレザーの弱点や苦手としている攻撃を使おうとも思わない。

 ここはあくまで俺の技量と力を見せつける場所。

 そんなセコい事をするような場面では、ない――!

 

「ほう?」

 

 と、相変わらず豪雨の如き連撃を叩き出しながらも彼は感心した様に息を漏らす。

 俺がその攻撃をしっかりと防いでいるから?

 あるいは、それに対応したどころか攻撃するタイミングを窺っているのに気づいたからだろうか?

 レザーはやはり今も余裕を見せつけてきていて、しかしそこに油断の欠片も存在しない。

 ならば、と俺はそのまま更に一歩前進する。

 ……俺の体躯はレザーよりも小さい。

 一歩も小さく、機動力にも欠ける。

 しかし、小回りが利くという利点もあり、それが今、俺が持つ唯一の勝機だった。

 

「せあっ!」

 

 更に、前進。

 いや、完全にレザーに密着するレベルで近づく。

 そしてこれこそが俺の必殺距離。

 ここまで近づけば逆に彼は攻撃をする事が出来ない。

 だから彼が出来る事と言えば、まず距離を取って再び自身が得意とする距離を作る事。

 ……彼の一歩の方が大きく、だから距離はあっという間に取られてしまうだろう。

 しかし、でも。

 これで、攻撃の順番が入れ替わった。

 そしてここから相手の攻撃を待つ事はしない、出来ない。

 だから――

 

「はっ!!!!」

 

 木剣をほぼ投げるような勢いで振るい、そしてそれはレザーの脇腹に軽く当たる。

 ……それで彼は木剣を振り上げるのを止め、代わりに「なるほどな」と感心したように言う。

 

「お前の技量は分かったよ――お前、何者だ」

 

 ズンッ!!!!

 彼から放たれた殺気が膨れ上がる。

 これは不味い、そう思いながら身体はほぼ無意識に横っ飛びに跳ね――そしてその横を爆撃が通り過ぎていく。

 当たっていればほぼ確実に致命傷になりそうな一撃、しかし彼はそれを俺が避けるであろうと確信した上で放っていた。

 地面は気づけばボコボコになっていて、所々に斬撃の後が残っている。

 そしてレザーは改めて「お前、何者だよ」と尋ねてくる。

 

「お前から、恐らく十余年ほどの年月がなければ完成しないであろう技術を感じた。それだけならば、まあ、おかしくはないよ。この世にはかつてこの世に存在していた英傑の記憶の断片を生来持っていて、それのお陰で天賦の才を身につけた奴なんてのもいるにはいる――俺がそうだしな」

 

 だけど、と彼は続ける。

 

「お前のそれは、莫大な経験則があるうえで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは間違いなく異例な事であり、普通じゃない」

「……」

「つまるところ、お前はまるで――」

「レザー、俺は」

 

 彼は既に俺がどのような者なのかを察している、そのような気がした。

 その上で、俺は彼に対して「みなまで言うな」と告げる。

 

「俺には、やらなくてはならない事がある。多分、レザーなら分かるだろ? 今の俺、かなり無理しているって事」

「……ああ、身体を外側から見てもかなりのオーバーワークだ。正直言って少しは休んだ方が良い」

「だけど、まだ、足りないんだ。もっともっと強くならないと――あいつを守れない」

「なる、ほどな」

 

 深く頷いた彼は「あいつ」が誰なのかについては尋ねてこなかった。

 代わりに、

 

「そいつは守れそうか?」

「……絶対に、守ってみせる」

「そうか」

 

 小さく返事をした彼は、それから踵を返してから手をこちらに振って来る。

 

「お前の事情は分かった――勝手にしろ。それでここは好きに使っても良いからな。一応お前の稽古をしろって言われているんで、だから前みたいに村の外れには行くな。面倒な事になるから」

「ありがとう」

「代わりに、お前は成し遂げろ。絶対にだ」

「……ああ」

 

 とはいえ、今日は久しぶりに本気を出して戦った。

 一瞬の激突だったが精神と肉体の消耗が激しく、今日はもう何も出来ないだろう。

 

 ひとまず「今日は帰る」と断ってから、この場を後にする。

 ……そう言えば、これからはステラが見ている場所でいろいろしなくてはならないのか。

 隠すような事じゃないけど、だけど調子に乗って格好つけたりしないようにはしないと。

 ふらふら、ふらふらと頼りない足取りにならないように気を付けながら、前を向いて歩く。

 こんなところを見られる訳にはいかないので出来るだけこそこそとしながら家へと向かう。

 

 ――そいつは守れそうか?

 

 レザーの質問が頭の中で反響している。

 どうだろうか、俺は彼女の事を守れるだろうか。

 ……分からない。

 何度やっても、彼女を守れない。

 いつの間にか彼女は俺の元から離れていて、そして幸せそうな表情で逝っている。

 それが嫌だから、今の今まで戦ってきていた。

 今更、戦いを、歩みを止める訳にはいかない。

 いや、そういった強迫観念で動いている訳ではない。

 俺は、そう。

 ただ――

 

『ねえ、アーサー。貴方はどんな未来で生きたい?』

 

「……」

 

 俺はな、ステラ。

 

 お前が、元気に笑顔で生きている未来ならばそれで良いんだよ。

 だから――



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ルートΣ 横恋慕

今話では少しのNTR要素が含まれます。

ご注意下さい。
















絶対無変なる恋慕は、果たしてこの世に存在するのだろうか――?


 この世界に運命というものは存在しない。

 ステラという少女の残酷な終焉に囚われている俺が言うのもなんだが、しかしそれは覆せるものであると信じているし、それ以外の事象については変えようと思えばいくらでも変える事が出来ていた。

 起きると決まった事はいずれどうにかなっても絶対に起こる、なんて事はない。

 花瓶が割れると分かっていたらそれに気を付けていれば割れないようにする事は出来ていたし、それ以外の事もまた然り。

 ただ、こうして何度も輪廻を繰り返しても、彼女はいずれ終わりを迎える。

 まるで――そう。

 

 運命に導かれているかのように。

 

 ……運命は存在しない。

 永遠絶対の恋が存在しないのと同じように。

 人は恋に落ちればそれを抱き続けるが、しかし道を変えればまた異なる未来が待っている。

 そして、そうだ。

 これはだから、俺の未練とも言えるのだろう。

 彼女を救う事を決めていたのに、『ソレ』だけは絶対に手放さないようにと足掻き続けてきていた。

 だけど、それでは本懐が成し遂げられない。

 そう、俺の目的、運命。

 

 それは、ステラの笑顔が輝く未来を続けさせる事なのだから。

 

 だから――

 

 

 ……そして、運命の日はもうじきやって来る。

 魔王との激突。

 聖剣の勇者として俺は魔王と戦う事となる。

 今回のルートはひたすら自らの鍛錬に費やし、だから最終的に魔王の討伐に仲間は付いてこない。

 彼等は魔王討伐の際に間違いなく発生する魔物達、魔族達の大行進を防ぐために動いて貰う。

 そしてその間に俺が魔王城に突貫し、魔王を討伐するという流れだった。

 思えば魔王との付き合いは長いし、だからと言って良いか分からないが奴の弱点や苦手としている事は熟知していると言っても良い。

 その上で、奴は難敵だ。

 正直俺一人、いや、仲間がいたとしても恐らく五体満足で倒し切る事は不可能だ。

 自らの才能のなさが恨めしい――けど。

 だけどやり切らなくてはならない。

 俺の命と引き換えにすべてが救えるのならば良いのだが、しかし俺の命を手放すのは彼女、ステラが守られた事をちゃんと見届けてからだ。

 何度も繰り返しやり直している俺の死は、恐らく俺が最期と決めた時に本当の終焉となる。

 その最期のタイミングはしっかりと見極めなくてはならないし、理想は彼女がおばあちゃんになって老衰したところを見てから死ぬのが望ましい。

 そのためにも、頑張らなくては。

 

 そして魔王討伐間近だというのに、俺は今生まれ育った村へと舞い戻り、そしてとある人物と会いに来ていた。

 いや、正確に言うのならば人物達、だろうか。

 彼、彼女は今、これから最終決戦が始まるからきっと家の中に籠っているだろう。

 ――そう思っていたのだが、しかし思ったよりも温かい出迎えをされて少しだけ面食らってしまった。

 

「おかえり、アーサー!」

 

 手を握りぶんぶんと降って来る少女、ステラ。

 いや、少女と言えはしないか。

 今の彼女は19歳なので既に成人しているし、そして何より。

 

「……」

「あ、うん。そうなんだよ、もう分かるくらいに大きくなったでしょ」

 

 愛おしそうにお腹を撫でるステラ。

 ――そのお腹はうっすらと膨らんでいて、そしてその中に一つに生命が宿っている事を如実に物語っている。

 妊婦となった彼女からはどこか母性が発せられているようで、そしてそれは今までの輪廻では一度も見た事がない光景だった。

 

「戻ってたんだな、アーサー」

 

 と、そこで家の中から一人の男性が現れる。

 その男性を見、ステラは慣れた口調で呼びかける。

 

「あ、あなた。アーサーが来てくれたんだよ」

「……レザー」

 

 レザー、この輪廻でのステラの夫。

 二人がこのような関係へと至るようにさりげなく導いたのは他でもない俺だったが、しかしやはりこの光景は――

 ……そもそも10歳くらい年齢差があるので、長い付き合いだとはいえこのような関係へと至らせるためにはかなり大変だった事を覚えている。

 具体的に言うと何度か失敗していた。

 それでも、こうして二人は付き合い、夫婦となった。

 ステラのお腹の中には愛の結晶が宿っているのだ。

 

 戦いから遠ざけて、そして近くには俺が知る信頼出来る戦士を用意する。

 それで。

 

「魔王と、戦うんだな」

「絶対に、生きて帰って来てね」

「ああ、分かってる」

「ねえ、アーサー」

 

 と、彼女はどこか決心したような表情をする。

 

「もしよかったら、この子の名づけ親になってくれない、かな?」

「……え?」

「名付け親。私達の子供に、名前を付けてくれない?」

「それは、でも。良いのか?」

「だから、ちゃんと生きて私達の前に戻って来て」

 

 二人の真剣な表情を見、俺はむしろ笑顔になって答える。

 

「ああ、分かってる――絶対に、生きて帰って来るよ」

 

 

 

  ♪

 

 

 

 そして、終わりの時はやって来る。

 聖剣は折れ、脇腹の肉を軽く失った。

 それでも今までの魔王との戦いに比べれば楽勝も良いところだっただろう。

 俺はフラフラになりながら途中で何度も補給をしつつ、やっとの事で……生まれ育った村へと辿り着くのだった。

 道中、立ち寄った村や町はやはりというかなんというか魔に連なる者達の進撃によって多大なる被害が出ていた。

 それでも人的被害は少なく、だから今回は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 信じていた、のに。

 

 

 

 

 ――二人の死体は想像以上に綺麗だった。

 外傷はなく、聞いた話によると二人とも死因は致死効果のある呪いだったらしい。

 並び、寄り添うように地面の上に転がされた二人の亡骸を見、俺は――

 

「ばか、ヤロウ……!」

 

 レザーの死体、その胸倉を掴む。

 

「ばかやろ、う!! 俺は、あんたがステラを、守って! そう信じてたのにッ!!!!」

 

 気づけば俺は村人達に抑えられ、そしてようやっと理性を取り戻した俺はそもそもこんな事をしている場合じゃない事を思い出す。

 

 ……今回も失敗した。

  

 嗚呼、それでも次は。

 

 次こそは、絶対に。

 絶対に俺が君の笑顔を、守って見せる。

 

 

 

 

 

 ――だって絶対なる運命は、存在しないのだから。




Q レザーの推測が正しいのならばアーサーの鍛錬時間は百余年。

だとしたら結構死に戻り回数は少ない?


A 百余年以上の鍛錬はしていますが、百余年の鍛錬で彼は自身の限界に行き着いてしまっています。

Q つまり?

A 才能がないのでこれ以上技術的成長はしません。


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モラトリアム

 なんにしても、推しと一緒に空間を共有できるというのは至高である。

 毎日毎日、家の仕事の手伝いをしてそれから衛兵のお兄さんに稽古をつけてもらう。

 そしてその視界の端っこではアーサーが剣を振るっている様が見えるのだ。

 格好良いし、ていうか推しであるという事を抜きにしても動きが正しく戦士そのもので男の子の心が擽られてしまう。

 やべえ、俺もあんな風にやってみたい――とは、流石に思わないけど。

 あれは間違いなくアーサーの才能があるから出来るものであり、いくらチートオリ主であろうとも今の自分はあんな風には動けないと思う。

 こう、なんて言うか素人目で見ても洗練されている動きをするアーサーに対し、俺はというとあくまで力業そのものである。

 そもそも元は戦いなんて全くないような世界で生きてきた人間なんだし、むしろ才能任せで動けている事の方が凄いと思う。

 

 という訳で今日も今日とて俺は視界の端で稽古をしているアーサーをチラ見しつつ、剣技の練習を終えた後に魔法の練習として一番得意な氷の魔法を土で出来た壁に向かって打ち込んでいた。

 ちなみにこの土の壁も俺が作ったものであり、そして氷の魔法はそれをあっさりと突き破って破壊していく。

 その度に魔法で壁を修復するので結構魔力の消費速度が速い。

 しかしどうやら魔力というのは使えば使うほど最大量が増えるみたいなので、だからそうやって魔力を使っていく事自体は悪くない。

 なんなら将来的にアーサーの仲間として戦っていく為には、いずれ仲間になっていくこの世界の強者やそれこそアーサーに並び立つ資格を持つために、相応の実力がないといけない。

 ただ、強いだけでなくアーサーの補助を出来る様になるのが一番だけど。

 なにせ魔王、つまりアーサーが将来的に討伐する事となる相手は彼にしか倒せない相手なのである。

 

 名をアルテミットイーター・バビロン。

 

 あるいは『輪廻機構』とも呼ばれるその存在は、いずれこの世界に現れる。

 この星に生きとし生ける存在を滅ぼすために、魔に連なるものを操り世界を食いつくさんとする。

 ……そしてそれを討伐するのは勇者。

 正確に言うのならば、魔王に対抗する唯一の手段が勇者と言えるのだろうか。

 それに関してはもうすぐやって来るであろう聖剣獲得イベントで語られるが、魔王はそもそも概念的防御を持っていて、単純な攻撃では倒せない。

 それこそこの星が消滅するほどの威力の攻撃を食らったとしても、魔王は生存出来る。

 そんな魔王に唯一ダメージを与えられるのが、勇者。

 だから、魔王を討伐する為にはまず勇者が一番活躍出来る舞台を用意しなくてはならないのだ。

 

 そう言う意味で俺は今のところいろいろな事をそつなくこなせる万能チートオリ主な訳だが、将来的にはそれだけだとパーティーのお荷物になる可能性がある。

 いや、お荷物というかパーティーの枠がないと言うべきか、なんにしても魔王討伐の為にはアーサーをどれだけお膳立てできるかが重要になってくるわけなのだ。

 そして、物語の中でアーサーは自身をサポートしてくれる女性達――三人の聖女と出会う事となる。

 それらはすべてアーサーを強化してくれる頼もしい仲間であり、そしてそれらがいたら、ただ強いだけの俺など文字通りの意味でいなくても問題なくなってしまうだろう。

 

 とはいえ、だ。

 ここで強化の魔法を覚えても仕方がない。

 聖女はそこら辺のスペシャリスト、スペシャリストと勝負したところで負ける事は決まり切っている。

 だからここは俺にしか出来ない事を全うしないと。

 ……チートオリ主にしか出来ない事、それはアーサーの隣で邪魔な敵を倒す事だ。

 例によってメアリー・スーにはなるつもりはないし、魔王の性質上なる事も出来ない。

 逆に考えるのならば、どれだけ大暴れしても主人公に成り代わってしまう心配はないって事だ。

 恐らく魔王との戦いでは魔王以外の魔に連なるものの介入がある筈だし、だからそれらが邪魔をしてアーサーが上手く戦えないという事態になり得るかもしれない。

 そうならない為にも、俺がそいつ等を露払いすれば良い。

 そうすればアーサーも戦いに集中できるし、俺も俺で頼りになる仲間ポジションでいられるって訳だ。

 

 という訳で。

 だから、最初に戻る。

 即ち、稽古だ。

 

 氷剣、数は九つ。

 弧を描くような軌道で宙を舞い、土の壁を切り裂いていく。

 うん、なかなかに良いんじゃないかな?

 氷の魔法はそれなりの水準で使えるようになったし、それ以外も調子が良い。

 これならば序盤のスタートダッシュくらいにはなるんじゃないかな。

 

 

 現在、俺の年齢は15歳。

 

 後一年で、原作が始まる。

 

 ……平和で安穏とした猶予時間が終わるのは、後もう少し――



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物語の──

 そんなこんなであっという間に一年が経過してしまった。

 俺とアーサーが今の今までやってきた事を一言で言い表すならば、『日常を過ごしてきた』。

 正確に言うのならば、これからの世界には非日常が広がっていて、そして俺達は──というか、アーサーは日常を取り戻す為に魔王と戦わなければならない。

 その為にはまず聖剣を獲得しなくてはならない。

 聖剣を手にしたアーサーは真の勇者として認められ、旅を始める事となる。

 或いは──聖剣を手にしたもののみが勇者と認められると言うべきか。

 アーサーが勇者になるのは彼に勇者としての素質があったからなのか、はたまた単に聖剣を手に入れられる権利を持つ者がたまたまアーサーだったというだけなのか。

 どちらも原作ファンとしては美味しいと思う。

 才能素質はないけれども意志の力だけで魔王を倒すという展開の方が美味しいとは思うけど、運命の人間だったという王道もやはり良い。

 まあ、前者だとアーサーがひたすら苦労する事になるだけなんだけどね!

 世界を救わなければ多数の人が苦しみ、最終的に世界は死に絶える。

 俺はこの世界を『創作物』として認識している節があるけど、だけどこの世界の人にとっては紛れもない現実だ。

 だから、俺もまたこの世界の住人として頑張らなくては。

 

 そのための努力。

 アーサーと俺は成長した、と思ってる。

 レベルという概念はないので具体的にどれほど成長したのかは分からないけれども、でも。

 

「よ、は!」

 

 氷の剣が雨のように降り注ぐ。

 その一本一本、威力は凄まじく。

 今の段階で自然発生している魔物ならば普通にそれだけで倒せてしまう。

 今後、魔王が発生した後は魔物が強化させるので、その時になったらどうなるか分からないけど、でも。

 

「さすがだ、ステラ」

 

 と、衛兵のお兄さん──レザーさんは俺を褒めてくれる。

「えへへー」と照れる俺に対し、続けてレザーさんは「お前ほどの才能を持ってる奴は見た事ないよ」とベタ褒めしてくれた。

 

「あいつ──アーサーも凄いなと思ってるけど、お前はそれ以上だ。将来は王国の騎士、勲章騎士になれるかもしれないな」

「いやーそれほどでも」

「まあ、そういう連中が実際にどれほど強いかは分からないけれども。聖女の護衛とかを任されるのだから、相当な手だれじゃなければ務まらない訳だし」

「んー」

 

 聖女、か。

 アーサーのヒロイン。

 一体彼は誰の事を好きになるのだろうか?

 気になるー。

 

「っと。じゃあひとまず今日はこれくらいにしよう、後片付けは俺がしておくから」

 

 そのように彼が俺に告げたところで。

 

 

 

 物語の始まりを告げる、その音が聞こえてくる──



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──終わりの敵

「早く、聖剣を渡してくれ」

 

 聖剣は泉の女神によって生み出される。

 魔王が発生すると同時に魔王に対しての対抗手段もまたこの世に現れるというのもどこか都合が良いように感じるが。

 俺の姿を見、女神は機械的な視線を向けてくる。

 いつもの事だ、今更気にしない。

 女神に対して最低限の礼儀を守らなかったところで何も起こらない事も、知っている。

 ……もう時期やってくる、魔物。

 魔王の魔力によって凶暴化した奴らはもう少しでこの村を襲い、大暴れする事だろう。

 それらを防ぎ、ステラを守る為にもまずは聖剣が必要になってくる。

 一応、今の俺でも魔物には勝てるだろうが、万が一のことがあってはならない。

 こんなどうでも良い場所でヘマをやらかすわけには行かないのだ。

 

「気をつけなさい、勇者よ」

 

 しかし。

 

「ん?」

 

 今回、女神から普段とは異なる警告を受け取る事となる。

 

「我らが敵、『輪廻機構』より生み出されし魔王が近くに顕現しています」

 

 

  ♪

 

 

 それは。

 闇から滲み出てくるように、現れた。

 

「ステラ、下がれ」

 

 俺に警告し、前に出るレザーに対し俺は困惑するしかなかった。

『あれ』は、誰だ?

 少なくとも人型をしている。

 暗いローブ、深くフードを被っているのでどのような形相をしているかは分からない。

 背丈は俺と同じくらいだろうか、つまり結構小さい。

 しかしそれは俺と同じく女であるという証左ではないだろう。

 

 正体不明の敵。

 しかし──その身から発せられる敵意、害意は告げる。

 

 目の前のものは、敵であると。

 

「……っ!」

 

 そして──その挙動を目で追えたのは奇跡だろう。

 瞬間移動に見えてしまうほどの高速移動。

 突然目の前に現れた『それ』の手には、光の剣。

 ばちばちと音を立てている、稲妻の刃。

 それが俺の胴体に向かって横薙ぎに振るわれる──

 

「くっ」

 

 辛うじて、防ぐ。

 氷の盾で受け止め、そのまま身体ごと吹き飛ばされる。

 そうして村の外まで弾き飛ばされたところで──追撃。

 空から降ってきた『それ』の振り下ろしを、俺は──

 

「……!」

 

 氷の剣で、迎え撃つ。

 体重が乗った一撃、しかし俺の方が微かに攻撃は重かったらしい。

 弾き飛ばし、しかし空中で軽やかに態勢を整えた『それ』はそのまま華麗に着地。

 稲妻の剣、その切先を俺に向け──刹那、突進。

 

「……やっ!」

 

 そして今度は俺が、振り下ろしで迎え撃つ。

 しかし俺の場合、手に持つ剣の他に複数の氷の剣を浮かべて退路を塞ぐ。

 絶対必中の一撃、その筈で放った一撃は、しかし強引な力技で破られる。

 

「ぐ……っ」

 

『それ』の身体から周囲に向けて、紫電が放たれる。

 球状に展開されたそれは氷の刃を砕き、そして俺の身体を、貫いた。

 浮遊感、背中に痛み。

 一瞬、視界が真っ暗に染まる。

 そして──光が戻ったと思った。

 

 

 

 

 

「てめえ!」

 

 そこには──ヒーローがいた。

 

「何者だ!!」

 

 聖剣、そう、聖剣だ。

 いつの間にか手に入れていたらしいそれを構え、『それ』に怒声を放つ。

 

「どうして……お前は!」

 

 ……俺もまた立ち上がり、兎に角アーサーの助けになろうと思った。

 しかしながら、俺が立ち上がった時にはすでに──そこには『それ』の姿はなく、ただアーサーが呆然と立ち尽くすだけだった。

 

「あ、れは……」

 

 アーサーの呟き。

 それは俺の身体を硬直させるに十分だった。

 

 

「魔王……?」

 

 どうして、ここに『それ』がいる?



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