みみたぶがり (見舞じゅうき)
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プロローグ
心あらず


説明回


 この世界で初めて聞いた言葉はなんだっただろうか。

 

 薄暗いどこかの部屋の中、その言葉を紡いだ人。

 私を見つめるその母親らしき人物は、目を細めて私に微笑みかけていて、正直パニック寸前だったけれど、それのお陰か私は幾分か状況を整理するだけの冷静さを取り戻す事が出来た。

 それでも暫くは気持ちが悪かった。ぼんやりとした私の本来の記憶に、誰かの思想が、知識が流れ込んでくる感覚が酷く不快だったのだ。

 

 それは私の前世の記憶のようであった。

 

 通り過ぎるのは大抵が灰色の空の光景で、焦げ臭い。定住も出来ずに私は私の仲間達とその日その日の安息を得る為逃げ続け、時には銃を手に取り、夜は皆で身を寄せ合って眠っていたらしい。

 

 印象的だったのが、私を含め皆が大人ではなくあどけなさの残る子供であった事だ。

年齢は定かでは無かったが、考えている内に記憶が馴染み、少なくとも年長者であった私という人間は18年くらい生きたのだと思い出した。ついでに仲間とはぐれて一人銃で殺された最期も思い出してしまった訳だけど。

 

 まあ、そんな感じで。

 私「曜引 五花(ひびきごばな)」は人生の微睡を楽しむ幸せな時を、冷水をぶっかけられたかの如く失ってしまう事になったのだった。

 

 

 

 時に、この世界はどうやら現代日本ではないようだ。

 

 「現代」日本と表現したのは、私の服や両親の服が和服のようだったからである。

 しかし、よくよく観察してみると、実際の和服とは微妙に違うように見受けられた。生えている見覚えの無い草木や知らない習慣。おまけに両親はおおよそ日本式とは思えない神社のような所で神職をしている。だから私はそれを見て、ここは日本に似たような国なのだろうなぁと何となく思っていた。

 それと、近くにあるという港町には普通に電化製品の類があるそうで、携帯電話、テレビ局、インターネットすらも普通に存在するらしい。村長のおばあちゃん家にパソコンが置いてあった時は度肝を抜かれたものだ。どうやら私の村はとんだ田舎に位置している様子。それで私は、国の文明レベルは少なくとも平成時代に入っている位なのだろうと推測した。

 

 私が3歳になった頃、そろそろ大丈夫だろうとふにゃふにゃした口で言葉を喋り始めると両親は狂喜した。流石に親バカが過ぎるんじゃないのかと思ったが、それまで喋ろうという姿勢すら見せなかった私を大層心配していたらしく、言われてみれば不自然だったなと、少し申し訳なく思った。

 

「おかあ、おとお」

 

 神事から帰って来た両親に指を差してそう言ってやると、2人はとても喜んだ。

 こんなので褒められるなんてつくづく幼児は楽である。こんなに嬉しそうにしてくれるならば、もっと笑顔にしてやりたいと思うのが人心。今世の私は、この精神を利用して世紀の天才……は無理にしても、せめて大人になるまでは神童と呼ばれるくらいの人間になって親孝行をしてやろうと思った訳だ。

 

 勉強、勉強、勉強。

 そうと決まれば話は早い。子供特有の体力が尽き果てるまで続く無尽蔵なやる気と中学生レベルの前世学力を武器に、私は5歳にもなると高校生くらいの範囲まで勉強を進めていた。勿論不自然であっても不可能な成長はしないよう、初歩の初歩からちゃんと段階を踏んで勉強を始めていたので問題ない。新しい教材を買って貰えるように家族サービスとして毎日愛想を振りまくのも忘れない。

 言語の微妙な違いや歴史には少し苦戦したが、それ以外の教科は概ね元の世界と変わらず、途中まで復習のようなものだったからそれほど大変では無かった。

 

 

 さてここで、この数年で私が把握したこの異世界の事について整理しておこう。

 

 この世界は普通に「地球」と呼称される惑星に存在し、幾つもの知っている国名があるようだが、その実地形がかなり異なっている。前世で慣れ親しんだ世界地図の面影は一切なく、あえて特徴を言うならば元のそれよりも海面の割合がより多く、大陸と呼べる物が少ないくらいだろうか。

 

 ここ「日本」も元々の面影は無いに等しく、その国土は大きな5つの島で構成されている。

 

・中央の島 「白江田島(しろえだじま)」  ──白島

・北の島  「青網引島(あおあびきとう)」  ──青島

・東の島  「黄押桐島(きおうとうじま)」  ──黄島

・南の島  「緑賀崎島(みどりがさきとう)」  ──緑島

・西の島  「赤曜引島(あかひびきじま)」  ──赤島

 

 

 長いので、今後は両親がよく使っている略称を採用する。

 

 まず、首都は中央に位置する白島である。5つの中で一番小さい島なのだが、基本的に政府機関などの国の中枢はこの島に集められていて、国民の中で都心といえばこの島の事を指す。

 

 次に青島。白島とは逆に5つの中で最も大きな島で、畜産業や農業が最も盛ん。国の食糧庫と呼ばれる事もある。広大な平地は前世での北海道を連想させるが、気温はそれほど低くなくて住みやすい。

 

 そして緑島。起伏が大きい地形の島で、綺麗な浜辺、幾つもある温泉地。絶景スポットも数多く。観光地として海外からの観光客も多い島である。私も是非行ってみたい。そこには「背袋鯆」というイルカの上位互換のような滅茶滅茶可愛い生物が沢山生息しているようなので、可能ならば一生そこで遊びたい。本当に可愛い。両親に写真をねだって部屋に飾っている程に私はメロメロだ。ペットとして飼いたいが、富豪以外無理な話だったので泣く泣く諦めた。

 

 続いて赤島。私が今住んでいる島である。沢山の神が住んでいたという神話が根付いているだけの、特筆して書くべき事も無い普通で平和な島である。「赤曜引島」という名称であるが、私の苗字の「曜引」がその中にあるので父親に関係があるのか聞いてみた所、私達家族は昔から続く一族の末裔の1つらしかった。神主なんかやっている訳である。

 

 ……最後に黄島。

 簡単に言うとあそこは、ファンタジー色全開の危ない島である。

 

 

 最初に。あそこは「所縁石(ゆかりいし)」という物が採れる世界有数のスポットである。

 

 「所縁石」とは何か? それは教本によると、「神々との所縁(リレーションズ)を持つ人間が触れるとその能力を引き出してくれる神の依り代」であるらしい。能力────神通力と呼ばれ、その種類は身体強化や火炎操作など多岐に渡るが、基本的には神力という謎のファンタジー的エネルギーを基に変質させて行使している。これを使った犯罪も時たま発生するし、国の部隊や兵器にも採用されている。果てには競技なんかも存在していて、民間にも浸透している始末。黄島ではそんな競技場がいくつも置かれ、スポーツの聖地になっているのだ。

 つまりその……どうやら私は能力バトル漫画のような世界に来たらしく、私はその事実を未だ受け入れられて居ない。

 

 まあここは赤島で、しかもそのド田舎である。関わらない様に生きていけば関係の無い事なのだ。

 

 私はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅっ」

 

 神社の土地の一角で物思いに耽っていた五花の頭の上に、不意に何かがのし掛かる。

 無視していると、抗議の為かぺちぺちと首を叩いてくるので、彼女はそのプニプニした尻尾を掴んで目の前に吊るす。

 

「けものくさいのよ。わたしに飛びつくなら行水でもしてから来なさい」

 

 そう言うとプニプニ尻尾はコクンと頷くと森の中に走って行き、五花はウンザリとそれを見送った。あの生物「尾袋鼬(おぶくろいたち)」が纏わりついて来たのはこれで何度目だろうか、と。

 この世界では、人の言葉をあからさまに解している動物が普通に存在するらしい。ファンタジーである。そのまま帰って来ないでくれ。五花は内心でそう吐き捨てて本を閉じ、身体を洗うべく風呂場に向かった。

 

「髪がどろだらけ……まったく、わざとやってるの?」

 

 彼等のような身体にプニプニとした腫瘍のような物を持つ生物は「聶獣(じょうじゅう)」または「使徒」と呼称されることがある。

 聶獣はこの世にある神域との唯一の繋がりであり、耳朶のような腫瘍で人々の祈りを受け止めそれぞれの神へと届けてくれる存在なのだ……と本には書いてあった。こんなファンタジー世界だとガチっぽくて困る。と、五花は思わず天を仰いだ。

 

 そして当然それらを狩る「耳朶狩り」は昔から神を怒らす禁忌とされ、彼らは聖獣として国が手厚く保護をしている。そんなわけで如何に纏わりつかれようと、追い返そうとして下手に傷つける訳にはいかないのだ。まあ、それだけならまだ良い。臭い獣がじゃれて来るだけだ。

 問題は────聶獣は対応する神の「所縁石」に素質がある人間を好む傾向がある。という最悪な話。

 

 五花としては、あの獣が能力バトルという地獄からの使者に思えて仕方なかった。

 強制ではないが、研究者や軍人など、適合者のなるべき職に就く事を国に望まれるだろう。

 

「やだやだ、今のうちに訓練でもしておくべきなのかしら」

 

 そう言いながら湯舟に顔を浸しブクブクさせる。

 因みに彼女の好きな背袋鯆という聶獣が存在するが、イルカは前の世界でも若干の知性を有していたので彼女の中では別枠なのである。要は前世と余りにかけ離れているファンタジー的現象を嫌っている訳で、断じてダブスタではない。

 

 気持ちに整理を付け、来週からの事に思いを馳せる。

 五花は今年で6歳になる。この事から家を離れて港町の小学校に通う事になっているのだ。

 

 正直、今更小学校でやる事なんてあるのかと思っていたが、ファンタジー的現象を始め、まだこの世界の常識には疎い所がある五花には行く意義が十分あるし、両親の事もある。まずは手始めにここで優秀な成績を収めるとしよう。そう彼女は改めて決心し風呂場から出ると、居間で神妙な顔をした両親が座っていた。

 

 やけに空気が重い。

 

「おとう、おかあ、どうしたの?」

「五花……最近、森の動物にじゃれつかれているって、本当か?」

 

 どうやら先程の一幕が見られていたらしい。

 所縁石に適性のある人間なんてその辺にゴロゴロと居る。なのにそれがこんなに重苦しい空気になる事なのかと五花は困惑しつつも、父の質問に答える。

 

「そうだけど……それがどうしたの?」

「お母さんが言ってたけど、動物さんとお話を良くするんか?」

 

 これは、つまり私が頭のおかしい子だと思われているのか? と彼女は推測した。

 動物にしか話し相手の居ない寂しい子。なるほど確かに普段から勉強ばかりで近所の子と遊んだことなんて無いけれど、はたしてそれが今更になってこんなに深刻な空気になる事なのだろうか。

 どうにも違う気がすると思っていると、父親が唐突に立ち上がった。

 

「三鶴……僕らの娘は天才だぞオイ!」

 

 母親も立ち上がった。

 

「ええ!有人さん……!! まさか聶獣様と意思疎通が出来るなんて!この子は「神憑き」に違いないわ!」

 

 

 そうして二人は抱き合った。なにこれ?

 その言葉を発し五花は放心した。

 

 そうやって先程の空気から一転。五花を置いて2人して大喜びする祝福ムードに。

 彼女が戸惑っている内にあれよこれよと適合者が集まると言われる赤島の養成学校への手続きを始めていた。

 

 どうやらあの獣と意思疎通が出来ていたのは世界がおかしいのではなく、自分がおかしかったようだ。と彼女は理解した。

 理解したが……彼女の二度目の人生も前世と同じく急転換。良くしてくれている両親の期待を裏切れる訳も無く、晴れて能力バトルコース確定となった。

 ファンタジーである。吐き気を催した彼女は便所に駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後から聞くに、どうやら「神憑(かみつ)き」というのは所縁石に選ばれた人間の中で、格別に才能のある者の事を言うようだ。適合者の大多数が神に所縁があるだけの者だとすれば、「神憑き」はその上に神の寵愛を受けている者。という事らしい。大分珍しいんだとか聞いたけど、私としては知った事じゃないと叫びたい。

 

 そんな経緯でノロノロと入学の準備を進めているある日、部屋の中にまたも聶獣が入り込んで来た。今度は私が言った通り水浴びをしてから来たらしい、誇らしげに滴る水を部屋の畳やわたしの服にまき散らしていく。

 

 私の機嫌が悪かったら怒りのままに尻尾を掴んで部屋の外に放り投げる所だ。しかし思い直してタオルで身体を拭いてやる。ファンタジーと向き合うのなら、まずはコレと向き合わなければならないのだろうから。そうしてすっかり乾いた獣はヌルっと両手から抜け出して頭の上に乗った。

 

 もしかして定位置のつもりなの。とぼやくと返事の代わりにペチペチと首を叩かれた。

 重い。しかも無駄にモフモフしてうざったい。剝がそうとするも髪の毛にしがみついて抵抗するので、そのまま無視して荷づくりを再開した時、部屋に母親が入って来た。

 

 母は私の頭に乗っている聶獣を見て「あら」とか言って微笑んで、玄関の方を指差した。

 

「五花。四葉が来たわよ」

 

 その言葉を聞いて、今日は丁度四葉……適合者である母の妹、小海四葉(こうみよつば)叔母さんが家に来る日だった事を思い出した。

 存命の親戚の中で所縁石に適合している唯一の人で、母に負けず劣らず結構な美人。そして代々神職をしている母の実家「小海家」で当主をしている多忙な人だった。今日はあの人に、私が何の神の所縁があるのかを調べるために来て貰ったのだ。出迎えなければ礼儀知らずである。そう思って私は頭の獣の事を忘れそのまま玄関まで急いでしまい、父と叔母さんにも「仲良しだねぇ」と笑われた。

 

「四葉さん、今日はわざわざありがとなあ」

「良いんですよぉ曜引さん、私、可愛い姪が自分と同じ適合者だって聞いて、ワクワクなんですから!」

 

 叔母さんはそう言うと、私の頭に居る聶獣を撫で回して威嚇されていた。四葉叔母さんとはこれまであまり話した事が無かったが、案外お茶目な人であるらしい。

 

「私、お茶淹れて来るわね。居間にどうぞ?四葉」

「良いよ三鶴、久々の姉妹再会だ。俺が淹れてくるからゆっくり話していると良い」

「あら、良い旦那さんねぇ姉さん」

 

 叔母さんは去っていく父を見てぽやぽやとそんな事を言ったが、あの人が率先して厨房に入って行くのは珍しい事だった。

 母が冷ややかな視線を厨房に送っているのを横目に、私達は居間に向かった。

 

 

 

「五花ちゃん、まずはこれを右腕に当ててみて」

 

 居間について暫く世間話が続いた後、叔母さんが私に金属製の輪っかを渡して来た。

 縁門(アーチ)という、異能の力を行使する際に必要になる器具である。大体の国民は小学校に入った際にこの器具を使って所縁があるかどうかを検査されるらしいが。……ともかく、私はこれを本で見たことがあるので、躊躇わず言われた通り宛がった。

 

 何も起きない。

 

天神(あまつかみ)ではない」

 

 叔母さんは何でもないようにそう呟く。

 縁門が反応する場所は、関わる神の種類によって違う。天神(あまつかみ)なら両腕、海神(わたつみ)なら両脚、土神(くにつかみ)なら胴体。他にも分類が色々あるが、大体がこの三種類のどれかである。

 

 続いてお腹に宛がった所で、輪っかからほのかに光が湧き上がった。

 私はそれを見て、なんだ土神かぁと思って叔母の方を見るが、彼女はなんだか難しい顔をしていた。

 

「五花は土神(くにつかみ)様に所縁があるのかぁ」

「……四葉、これは」

「赤い、わねぇ」

 

 呑気に言っている父とは対照的にどんどん表情を曇らせる母と叔母の姉妹。

 この時、恐らく私も微妙な顔をしていただろう。なんせ赤色だ。私は本の内容を思い出した。

 

 縁門(アーチ)から発せられる光の色には意味がある。

 所縁のある神が適合者に友好的であるかどうかを意味しているのだ。好意的なら緑、無感情なら黄色、といった具合で。そして赤は悪感情であり、滅多に見られない。何故なら神は人ごときのやる事にいちいち腹を立てないから、と聞いた事がある。しかし、赤である。そうなると随分と器の小さい神であるらしい。

 

「普通なら……儀式に連れて行ってお帰りして貰う必要があるけど……」

 

 だけど、と叔母は言った。

 

 そう、不思議な事に私は寵愛を受けている「神憑き」なのである。

 ならば土地神様が五花を嫌っている訳が無いと父は言い。仮に嫌われているからと言っても特に害がある訳ではないと叔母さんは言った。しかしそれでも私は不安が拭えなかった。

 

 

 そして、その不安が現実になるのは何年も後になってからの事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 五花は1人自分の父親が宮司をしている神社の境内に入り込んでいた。

 

 階段に座り込み、縁門(アーチ)を腹部に宛てると、やはり溢れるのは赤い光。暗闇の中でより鮮明になる光は、よくよく見るとうねうねと蠢き、ちょうどイソギンチャクのような形をしていた。

 叔母が言うに、これが彼女の神力そのものらしいが、五花自身はその形状に顔を顰めて縁門(アーチ)を懐にしまい込む。

 この力が何の能力を有しているのかはまだ分からない。自分に合った所縁石を手に入れない限り、養成校に行って特別な訓練をした後に初めて発現する物だからだ。

 

 春になったとはいえまだまだ寒い季節。

 家に帰ろうと立ち上がった時、五花の首筋に冷たい風がひやりと通った。それは不意に前世の頃を想起させ、思わず星空を仰ぐ。

 

 あの子達は生きてくれているだろうか。

 

 今となっては、知ってもどうする事も出来ないあの世界の出来事。守りたかった仲間たち。

 

 ああ。

 かの世界で最期に聞いた言葉はなんだっただろうか。



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第1章 青い島と神々の所縁
碧海の学び舎


 国立青網引特殊業高等学校。

 略して「青特」と称されるこの学校は、日本国の青網引島(あおあびきじま)、その南方。

 白島があるであろう方面の海沿いの土地に位置している。

 

 特殊業学校とは、現代では神に所縁のある「適合者」が、その神力の安全な使い方を学ぶ為の学校である。またこの学校は、社会人が学ぶ為に専門学校こそあるが、中学校や小学校には存在しない。中学校までの子供が神力を扱おうとするのは大変危険であるためだ。

 尤も、最近の「適合者」の爆発的な増加により、中学からのカリキュラムに組み込む動きがあるらしいが。

 

 「青特」の他にも、黄島、赤島、緑島、白島にそれぞれ国の運営する特殊業高校は存在するのだが、青特はそれらよりも殊更学業のレベルが高い。

 自慢ではないが、中学から素質のある適合者の中でも、優秀な者の多くが通っている学校である。

 

 僕は今日、ここの新入生として校門をくぐっていた。

 

 時間は7:00。

 新入生説明会が9:00なので、かなり早めの登校になった。逸る気持ちを抑え切れずに来てしまったのだ。

 だって仕方ない。今まで中学生だった僕は、今日に至るまで神力なんて大っぴらに使えなかったのだから。

 

 「神々との所縁(リレーションズ)」なんてのは、この世で最も神秘的な物だ。

 まだ幼かった僕はこの神秘にハマった。大いにハマった。この時ばかりは「適合者」であったことを両親に心から感謝したものだ。

 

 暇さえあれば所縁学についての関連書を読み込んだ。様々な適合者のもとに赴いて、様々な力を見せて貰っていた。しかしそれらで好奇心が満たされる事は決して無かった。

 

 神力使用の年齢制限という決まりが、神々との所縁(リレーションズ)のあらゆる方面の探求を邪魔していたからだ。

 まず「所縁石」が手に入らない。そして僕の両親は、そういった決まりに非常に厳しかった。ありえないほど柔軟性を持ち合わせていない人間だった。しかも、神力という物を2人揃って嫌っていた。幾ら説得しても取り合わず、故郷の赤島から遠く離れたここに入学したのだって「特殊業学校に進学するのなら一番頭の良い所しか認めない」という条件を突き付けられたからだ。

 最も両親としては、所縁学にしか興味の無い所縁バカが受かる筈がないと考えての条件だった様だが、死ぬ気で勉強したらなんとかなるものであった。その後合格通知を突き出してやった時の父の渋顔は痛快であった。所縁バカらしく馬鹿笑いしてやった。調子に乗るなと奪われ燃やされそうになって肝を冷やしたが。

 

 ともかく、今の時間でも校舎が開錠されている訳だし、一番近い校舎内にそろりと入ってみる。すると全体的に灰色な学舎の内装が目に入った。

 

 ひんやりと冷たい空気を吸い込んで、廊下を歩く。

 今は早朝、当然であるがこの辺りは静かだった。遠くで喧騒が聞こえるのは、部活動か何かの朝練習であろうか。なんというか、中学の頃とあまり変わらなくて些か拍子抜けした。

 

「……」

 

 このまま何も面白いものを見ずに入学式を迎えたくはないので、廊下に貼り出されている案内図を眺めてみると「演習場」「神秘実験室」等々見慣れない文字が並んでいる校舎を発見した。学校説明用に配られていたパンフレットで見た所に違いない。

 とりあえずそこに行こうと場所を確認したが、どうやら他の校舎と違って学校の敷地の外れにあるらしい。少し歩くことになりそうだが、今更だ。

 

 外廊下から外れて、芝に石畳のみがある整備された道を歩くと、徐々に周囲の木々が増えて来た。おまけに陸地側に向かっているからか、若干上り道になっている。

 暫く歩いたからか額に滲んだ汗を腕で拭った。そんな場面で、森の奥の方にようやく大きな棟の一角が見えて来た。それに僕は思わず「お」と声を漏らして小走りで建造物の方へ向かうも、その入口の辺りまで来て肩を落とし、思わず溜息をついた。

 

 手前の門が閉まっていたのだ。

 嗚呼。ここまで歩かせておいて、それは無いだろう……。

 

 

 確かに今は早朝。例え一般棟が開錠されている時間だとしても、この棟まで開いている保証は無かったのだ。

 僕は徒労感に襲われながらも来た道を引き返していく、そんな時。

 

「どういう事よ!このボケ珍獣!」

 

 森の中から怒鳴り声が聞こえて来た。

 

「どうやら時間を間違えたようじゃな」

「他人事みたいに言うな!馬鹿!!なーにが『ワシ、失敗しないので』よ! というかなんでまだこの島に居るのよ!?」

「少し時間を読み違えただけでこの言われよう……五花酷くないかの? 儂泣いちゃうよ?」

 

 女の声と……よく分からない、芝居がかったような作り声のような不思議な声だ。

 近寄ってみて分かった。不思議な声の方は動物が喋っている。聶獣の「尾袋鼬(おぶくろいたち)」だ。何故人間の言葉を喋っている? 解している? ありえない。いや実際に喋っている。女の神通力? そういう個体? どちらにせよ今はどうでも良い。呼吸が止まりそうだ。

 こんな世界がひっくり返るような衝撃的な光景、神力が発見されて以来ではないだろうか? しかとこの会話を目に焼き付けなくては。そう思った僕は意識を更に前に集中させ────

 

「1時間以上も間違えて開き直るんじゃないっ! このっ投げるわよ!」

「投げてから言うなぁぁぁぁあ!!」

 

 ────次の瞬間、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

wmmw  mwmwmwm

 

 

 

 

 

 

「あまずい」

 

 曜引五花は平坦な声色でそう呟いた。

 

 害獣を投げつけた先に人が居るとは思わなかったのだ。

 獣は男子生徒の顔に張り付くようにして着弾し、彼はそのまま仰向けに倒れた。

 慌てて駆け寄って声を掛けたが反応が無い。まさか死んでしまったかと思い血の気が引いたが、幸い息はしているらしくホッと息をつく。

 気を失って居るのは地面に頭を強く打ち付けたからだろうか。

 

「都合よく記憶飛んでないかしら……」

「五花お前最低じゃな」

「……反省してるわよ、今度は川か海に投げるわ」

「やめてください」

「それよりもどうしよう、まず間違いなく聞かれてたんだけど……何処の何奴よ……」

「五花と同じ新入生のようじゃけど」

「なんで分かるのよ」

「腕章にラインが一本しか付いとらん」

「はあ、これ学年表してたんだ」

「ぷぷぷ、今気づいたんかの痛たたやめべひん」

 

 そもそも、こんな面倒くさい状況になった原因は全てこの獣のせいである。と考える五花は獣を抱き上げて、そのぷにぷにした尻尾を抓り上げた。

 

 故郷から青島に行く際、自分に黙って勝手に付いてきた獣。

 しかも昨夜取った学校近くのホテルで突如荷物から飛び出し、従業員にペットを連れてくるなと半ギレ対応されてから、五花の機嫌は底を打って突き抜けていた。沈黙する彼女を恐れ、ご機嫌取りをしようと思った獣は昨夜、入学式の日程を調べてどうにか五花のサポートをしようと動き回っていた。

 しかし尾袋鼬の限界なのか、正確な日時を覚えていた彼女を咎め、良かれと間違った時間を教えていた。

 

 それに気づいた時、五花は信じた自分が悪かった。確かめない自分が悪かった。獣相手に責任を追求するのは無意味だ。そう思って怒りを沈めようとした。彼女の視界に例の獣がチラつくまでは。

 因みに、当然学校は聶獣であろうがペットの持ち込みを禁止している。

 

「この人どうしようか」

「いや儂に聞かれても」

「それもそうね、人呼んで来るわ。……アンタは……ここに来た時みたいに密航して帰ってなさい」

「嫌じゃ」

「いや本当に迷惑なのよ、帰って」

「うう嫌じゃ」

「夏と冬には顔見せるから」

「ううう~」

「何度言わせるの……さっさと帰りなさい」

「……ホントに帰ってくるのかの?」

「そう言ってるじゃない!」

「……分かった……これ以上困らせてもじゃし……帰るの」

 

 そう言い残し、獣が森へとトボトボ去っていくのを五花は微妙な気持ちで見送った。

 

(まわり)……黙って出ていったのに……こんな所まで付いてくるなんて……」

 

 ようやく折れてくれたので、辛く当たり続けた甲斐があったが、あの獣はもう12歳であり、人間で言うと80近い。しかも自分に懐いているのは間違いなく自身が「神憑き」である事が原因だと気付いていた。今更になって老体の(まわり)に無茶をした罪悪感が湧き上がるが、ああでもしないと帰りそうもなかった。

 五花としては、せめて両親の元で穏やかな余生を送って欲しかったのだ。

 

「さて人を……」

 

 気を取り直して周囲を見回してから、五花は開いた口を閉じる。

 ここは人目を嫌った自分が移動してきた場所であり、当然周囲に人の気配はない。一度一般棟の所まで人を呼びに行くのは些か時間がかかるのだ。学校の敷地内と言っても林の中、何が潜んでいるのかも分からない。彼女としては、こんな所に気を失った人間を放置するのは気が引けた。かといって引き摺って行くのは忍びない。

 

 腕時計を確認してもまだ時間はたっぷりとある。

 静かな場所で頭を冷やしたかったというのもあり、彼女は男子生徒が起きるまで近くに座っていることにした。

 

「喋る聶獣!!!!」

「ぎゃあ!?」

 

 しかし、その時間はすぐに終わりを告げた。

 

 勢いよく起き上がった男子生徒は、大声に若干身を引いた五花の事を目で検めると突如両手を掴み取り、顔をぐいと近寄らせたのだ。

 

「聶獣! 使徒が、喋っていたな!?!?」

「……離せ! この変態ヤロー!!」

 

 頭でも打ったのか? いや、打ってたわ。

 一瞬何が起きたのか分からなかった五花はそう呟いて、自身の体を後ろに反らせて後方に変質者を投げ飛ばした。

 べしゃっと。

 

「しゃ……しゃべ……」

「な……なんの事だかわかりませ~ん! 喋る聶獣!? ここには私一人だったんですけどぉ!? 貴方が急に倒れたから心配してたのに……サイテーですぅっ!」

 

 しかし投げ飛ばされて尚追求する気の男子生徒に五花はそう捲し立て、これ以上何か聞かれる前に逃げることにした。



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隠匿の神通力

 尾袋鼬の(まわり)は、私が中学に通っていた頃に突如人の言葉を喋りだした。

 

 廻自身は、これを「神憑き」程の強固な神々の所縁(リレーションズ)が自身を進化させたのでは無いかと言っていた。そういう事もあるのかと納得しかけたが、神憑きであっても普通にそんな前例は無かったらしく、後ろで会話を聞いていた母親により緊急家族会議が開かれた。

 結果、この事は家族だけの秘密になったのだ。

 

 きっかけは分からない、ある日部活から帰って来た時に何の前触れもなく「おかえり」と話し掛けてきたのだ。いよいよ能力バトルが始まるのかと戦慄したが、数日経っても特に何も起こらず、今考えると身構えていたのが馬鹿なのではと思うほど穏やかな三年間を過ごせたと思う。

 

『では新入生代表挨拶。1-1 曜引五花』

 

 ふと意識を戻すと、丁度司会の教員に自分の名前を呼ばれた所だった。

 新入生代表は入試の試験成績で選ばれる。そう、つまり私は主席なのである。

 

 むふ。

 

 前世は最終学歴が中学校だったので高校受験は不安だったのだが、まさか主席になるだなんて思ってもないことだった。だからニヤケるのも仕方ない事なのだ。

 さて、私は舞台袖の中、スカートを外から軽く叩いて原稿が確かにある事を確認し、壇上に上がって紙を開く────と、そこには〈入学式次第〉という文字。

 えーっと……目を擦ってみても、校長挨拶だとか、開会の言葉だとか、本文らしきものが見つからない。

 

「曜引さん?」

『はい! すみません大丈夫です!』

 

 慌てて探した原稿は反対側のポケットに入っていた。

 

 

 

 

mw mw

 

 

 

 

 

「なぁ曜引。朝のことで聞きたいことがあるんだが」

「うわ」

 

 

 なんとか入学式を乗り切った五花。

 

 しかし、やれやれと教室に入った途端に入り口の横から誰かに話し掛けられた。目をやると今朝の男子生徒である。マジか。とか、名前覚えられててウケる。とか、様々な自嘲の思考が頭を巡ったが、何より同じクラスだったという事実に彼女は思わず天井を見上げた。

 

 しかし何時までもこうしている訳には行かない。

 彼女は擦り減った精神を労りながら口を開いた。

 

「……なんですかぁ?」

「今朝起こったことをもう一度詳しく教えてもらいたいのだよ。やっぱり、喋っていたような気がしてな……」

「……」 

「おっと、名乗って無かったな。僕は沙村、沙村 綾間(さむら あやま)だ。」

「いや、そういうんじゃないけど……何が喋ってたって?」

「獣が」

 

 佐村は簡潔にそれだけ返す。

 心なしか怒っているような雰囲気に五花は内心焦った。

 

「……ああ~、あの時言ってたやつ。それで……沙村くんね。えっと、今朝はごめんね?私驚いちゃって」

「気にしていない。それより教えてくれ」

「えーっとぉ……ちょっと顔近くない?やめてよ」

「……何故話を先延ばしにしようとする? やはり虚偽だったのか? 話をしていたのか?」

「んな訳無いでしょ。だから獣なんて居なかったのよ。言い合いしてたのも沙村くんの勘違い────」

 

 しまった。

 そう思った五花は口を噤み、沙村の口は端が釣り上がった。

 

「おや『言い合い』?僕は獣が話した、あるいは喋ったとしか言っていなかったが……何故僕が「君と獣の口論を見た」と思った?」

「いや、言ってたわよ言ってた言ってた。あの時沙村くんは……こう……「口論してたな!?」みたいに言ってたわようん」

「言ってないぞ。見苦しい」

「言ってたわ。ニュアンスから判断出来たもの」

「それ結局言ってないって事ではないか?」

「あー、今の無し」

「今の無し!?」

 

 どうしよう、完全に怪しまれている。

 呆気にとられた沙村を余所に、今朝の事で押し通せると思っていた五花は唇を噛んだ。

 

「……そう。だから結局、沙村くんの勘違いだったって事ね」

「急に締めに入って騙せると思ったのか?」

「チッ」

「思ったのか……」

「あー、あのね、言った言わないとかもう良いでしょ? 言葉尻を捕らえてもそれだけじゃ証拠にはなりません。そうね……私は記憶違いをして佐村くんを誤解させた。そして佐村君は幻覚を見た。うん、こうしましょう。これで話は終わりよね?」

「もうこれ自白しているようなものではないか?」

「なんの事だかわかりませ~ん!……ん?」

 

 ふと、教室がやけに静かだなと思った五花が周囲に目をやると、クラス中の視線が自分達に突き刺さっている。

 沙村も気付いたのか黙りこくり、それで妙な沈黙が教室内を暫く支配していたが、幸いすぐに担任らしき先生が教室に入って来る事によって皆の注意が霧散した。

 

 五花は話が終わって嬉しいと思う反面、さっさと会話をブツ切りにして終わらせるべきだったと後悔しながら席に着くのだった。

 彼女は気を取り直して、入ってきた担任教師の姿を見る。

 

 

 

「はい、1-1の皆さんはじめまして。これから3年間君たちのクラスを受け持つことになった余目(あまるめ)です」

 

 髪を短く切り揃えた快活そうな容姿とは裏腹に、やたら平坦な声を出す男教師である。

 話は簡単な校内の説明から学生証などの支給品の説明、学校生活のルールへと淡々と進んでいき、最後は学生寮の話になった。

 

 青特には、他の島から来ている生徒の為に学生寮が用意されている。

 

 そこで新入生の歓迎会が夕方にあるそうで、当日組は早めに自室の荷解きを済ませておくように。といった話だった。明日以降の学校生活をスムーズにするため既に入寮している「前乗り組」の新入生も居るのだが、五花は両親の手伝いをしていた為に当日組となっている。

 

「えー、まあ。数ある特殊業学校から、せっかく名門である青得に来た君達なのですから、ここでしか学べない事を沢山覚えていってくれると先生嬉しいです。各教科の先生方も僕もね。できる限りのことはしてあげたいと思っているので、聞きたいこととか相談とかあったらどしどし聞きに来てねー」

 

 そんな言葉を最後に余目先生は手を2回パチパチと叩いて教室から出ていった。

 

 

 

 

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「なんか覇気の無い先生だったね」

「覇気が無いと言うか……心がこもって無いと言うか……」

「あはは、確かに。曜引さんって結構容赦無いね!」

 

 急に話し掛けられ、思わず返事をしてしまった。

 隣の席を見ると、髪を後ろに束ねた知らない女生徒。というか名前覚えられてるし。

 

「えっと……」

「私、小野 美祈(おの みのり)っていうの。青島出身!曜引さんは?」

「私は赤島。それじゃあ小野さんは通いの子?」

「そうだよ! 寮生活、憧れてたんだけど……定員がね。だから今年の青島組は強制的に通いになるのだよ……」

「ああ……今年からクラスが2つ増えたみたいね」

 

 話を聞くと、小野さんは合格通知を貰った後、直ぐに入寮の申請をしていたらしいのだが、後から学校側にそう言われて泣く泣く通生になったらしい。これなら他の島に行けばよかったとボヤいていたが、寮の為に離れた場所に行くのは何か違うと思うんだ。

 

 日本の適合者は近年増加の一途を辿っている。

 

 その関係で、青島だけではなく他の特殊業学校の定員も増えているらしく、数年前は全寮制だったという学校も、今では通いの人間が多く含まれている。

 それでも他の島からの受験者の多い青島は七割ほどが寮生になるのだが。

 

「ところで、曜引さんってあの男子と知り合いなの?」

「え?」

「さっき口論してたじゃん!あのキッチリ七三分けしてる奴だよー」

 

 小野さんの指差す方を見れば例の男子生徒が教室を出る所だった。どうやら廻の事を追及するのは諦めたらしい。良かった。

 ……っていうか。

 

「いやいやいや、ぜんっぜん知らない人です」

「……とても初対面には見えなかったけど……まあいいや。寮の中どうなってたか明日教えてね!」

「え? ああうん。帰るの?」

「うん、午後からじいちゃんの手伝いしないとなんだー」

 

 小野さんはそう言って机の上に置いた鞄に配布物を詰め込んでいく。

 今日の新入生全体での行事は午前中で終了になる。考えてみれば通生の彼女はもう下校する時間に差し掛かっていたのだ。

 

「その代わり街に行くときはまっかして!案内するよ!」

「うん、また明日ね」

 

 私がそう言うと小野さんはひらひらと手を振って軽やかに教室を出て行った。人当たりの良い子が隣で良かったなぁ。

 周りもちらほらと教室を出ていく人が目立って来た。時計を見ると11時も中ごろに差し掛かった所、適当なグループに混ぜて貰って食堂に行くとしよう。こういうのは初日の友達作りが肝心なのだ。

 そう思って鞄を背負い女子が集まっている所に行こうとした時、校内に放送が流れた。

 

『1-1 曜引五花さん。曜引五花さん。至急職員室まで来てください』

 

 いや入学1日目から呼び出される事なんてある?

 しかしこうやって名指しされてしまえば行くしかない。嫌だなぁと思いつつ女子の集まりから回れ右して、私は教室を出て行った。例の獣が脳裏を過るが、気のせいであってくれ本当にお願いします。

 

 

 

 

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「君、神通力使った?」

 

 開口一番これである。

 否定すると、職員室の入口で待ち構えていた余目先生はまったりとした声色で部屋の中に使って無いってさーと声を掛けた。態度には微塵も感じないが、入口に立って居た辺り急を要する事なのだろうか。

 一体なんだっていうのか。

 

「実は今朝、高須名……ほら、この学校のすぐ近くにある町。知ってる?」

「はい、昨日泊まった所なので」

 

 というか、青島の玄関とも言われる大きな港のある町なので、他の島から来た生徒でも大抵は知っている筈だ。

 

「実はその街中で宙を浮く猫を目撃した生徒が居てねー」

「宙を浮く猫」

 

「曜引の神通力って透明化でしょ」

「ええ、そうですけど……違いますよ?」

 

 えっと、つまり。

 私が神通力を使いながら猫を抱えて街中を走り回っていたのかと先生は疑っているらしい。なんだその不審者。

 

「そもそも私のは、触った生き物も透明にしますし……」

 

 『隠匿の神通力』

 これが登録された私の持つ神通力の名称だ。

 

 息を止めている間、自身と自身が触れている者の「位相をずらす」能力。

 便利な力に思えるが、使用中に息をしてしまうと気を失ってしまう微妙な能力である。

 

 私が赤い神力を持つ事を心配した四葉さんの勧めで早期に検査していたので、他の学生と違い小学生の頃から既にこの神通力は国のデータベースに登録されている。先生が知っているのもその為だ。

 

「だよねー、まあ。一応所縁石が無いか荷物検査だけさせて貰っても良いかな」

「良いですけど……」

 

 背負っていた鞄を渡し、先生が職員室に入って行くのを見てからため息を付く。

 

 しかしこの一件。気の抜けた事件だが、実は結構重大な事態だったりする。

 仮に私がやってないとして……いや、やってないのだが、未確認の神通力を使う者がいるケースと「祟り」の前触れであるケースの二つが考えられる。

 「祟り」とは、誰とも所縁の無い神力がこの世界に顕現し、拡散して起こると言われる特殊自然災害の事である。有名な物だと、数年前に「浮遊」の性質を持つ祟りが緑島で発生し、家屋や人が空中に投げ出され大きな被害を出した事件が思い浮かぶ。

 

 今回の事象はその「浮遊の祟り」っぽいので、こんな騒ぎになっているのだろう。だけどちょっと考えすぎなんじゃないかな? と思わずにはいられない。前触れだとして、祟りにまで発展するのは稀らしいし。

 そんなことよりお腹がすいた。お昼ご飯食べたい。まーだ時間かかりそうですかね~。

 

 

 

 

 

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 青網引島。

 高須名町の外れに位置するとある民家。そこに革の黒いジャケットを着た男がどこからかフラリと現れ、玄関のインターホンを押した。

 しかし、暫く経っても反応が無い事に眉を寄せて、鍵が開いていたドアを開き中に入って行く。

 

「不用心だな」

「あー、こら旦那。お久しぶりっすね」

 

 部屋には灰色のスウェットを着た小柄な男が一人。男の方を見て並びの良い歯を見せて来る。

 その顔目掛けて男は思い切り自分の足を突き刺した。

 

「ガッ……ッ…………!!」

「おい、言ったよな。俺達は明日動くと。どういうつもりだ? 返答次第じゃ……」

 

 そう言った男の腕から黄色の光がチラつくのを見たスウェットの小男は血相を変えて声を荒げた。

 

「ま……待ってくだせえ! 確かに俺ぁ間違いなく手順を踏んで、アンタ達の計画を実行したんだ! 今日! ちゃんと今日だっ! それなのに発生しなかったんだ!! 猫が一匹浮いて騒ぎになっただけ……!何が「浮遊の祟り」だよ! 先ずは話を聞いてくれよ!!」

 

 その予期せぬ言葉に男は考え込んだ。

 

「ふむ……青島と緑島では条件が違うのか」

「お、俺のミスじゃねえっつうのに蹴られたんじゃ身が持たねえよ旦那。な、やり方変えてみたらどうなんだ」

「確かにその必要があるな。悪かった、顔を洗って来ると良い」

「ちっ……」

 

 彼は男の態度に苛立ちながらも洗面所の方に向かう。

 その後ろで、男の腕から黄色い光が湧き上がっていた。

 

 



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平和の祈り ①

 結局お昼を食べ損ねた私は、悲鳴を上げるお腹を手に当てながら自身の寮へと向かっていた。

 

 というのも、荷物検査があれから散々待っても終わらなかったからだ。痺れを切らした私がドアを開けて中を覗き込んだら談笑していた余目先生と目が合った。え?検査は?と思っていると気まずそうに忘れてたと私の鞄を返して来た。この人嫌いだ。と思ったけどお詫びに貰ったクッキーが美味しかったので許そうと思う。それにしても、友達作りも小野さん以外と碌に会話も出来ていない始末だし、これからの生活が憂鬱である。

 

 荷ほどきが終わったら購買で何か買い食いしようと決心した所で、特徴的な外観の建物が見えて来た。周囲の携帯で写真を撮っている新入生らしき人達に便乗して自分も写真を撮ってみようかなと思ったけれど、今の私には余裕が無いのでさっさと入口に向かうことにした。

 

 

 青特の寮は、度重なる増築の為に非常に奇妙な形をしている。

 

 外から見ると乱雑に積んだ積み木のようにあちこちが飛び出しているし、中身だって玄関の中にもう一つ玄関があったり、男子トイレが二つ並んでいたりする。古い建物と新しい建物が融合したような建物は、随所に使用禁止の黄色いテープが貼られている。

 それらを横目に私は自身の部屋を探し、間もなく振り分けられた部屋に着きそのドアを開けると、既に部屋の中で誰かが寛いでいた。

 

「はる子?」

「ごばちゃんっ!」

 

 私の呼びかけにそう叫んで思いっきり身体に突っ込んで来た女生徒は「日里(ひさと) はる子」という、私の今世の中学時代の友人であった。

 部屋割りには同じ出身の生徒を合わせる意図があるのか、同じ赤島の出身であるはる子が私のルームメイトであるらしい。中学の頃から同じ「神憑き」であるという理由からか、彼女とは結構仲が良い方であった。うん、とりあえず変な人では無くて良かったなぁ……って。

 

「はる子って『赤特』行くんじゃなかったの?」

「いやぁ、ダメ元で受けてみたらはる子も合格しちゃって~」

「何で黙ってたの……?」

「ごばちゃんが驚くかなぁって~」

 

 いや、はる子って大分変な人だったわ。

 授業中は殆ど寝ているし、不思議な発言で同年代の女子に距離を置かれていたし、だけど身体能力はかなり高くて、部活の後輩には慕われていたし、先輩には一目置かれていた。素直で私なんかよりずっと良い子なのだけど、神憑きはどこか性格がおかしいという風説の補強に大きく貢献していたような少女だった。

 

 話を聞くと、彼女のクラスは1-3。入学式の時私は舞台袖に居たし、お昼も私は職員室に呼び出されていて会えなかった為、ネタばらしが今になってのタイミングになったらしい。いや、同じ部屋じゃなかったらどうするつもりだったんだろうか。下手したら翌日、翌々日じゃないのか。

 

「常識的に考えても、これは運命だよね~」

 

 そんな事を言って引っ付いて来るはる子を雑に引き離し、部屋に置かれている自分のダンボールを片付けていると、廊下の方でぽんぽんぽん、と変な音がした。

 怪訝な顔をしていると、はる子が寮内の食堂が開いた音だと教えてくれた。大体16時半から食事の提供が始まって、20時半に閉じてしまう食堂は、事前の希望者には作り置きもしてくれるのだとか。やけに詳しいねと聞いてみると、先程談話室で新入生女子の集いがあったのだとか。参加したかった、おのれ余目。

 

 結局あの後、新入生の歓迎会に出て寮の簡単なルールを聞かされた後、お風呂に入って日課のお祈りを済ませたら普通に寝た。

 寮生活ってこんなものなのかぁなんて中卒並みの感想を抱きながら現在は朝。洗面台の前で髪を整えている。暫く寝癖と格闘していると滅茶苦茶眠そうなはる子がとろんとした声で話し掛けて来た。

 

「おはよ~」

「おはよう。時間不味いんじゃない?」

「え~? まだご飯まで20分もあるよ?」

 

 なんてお互いの私生活のギャップを感じながら支度をしていると、話題は受験時の適性値検査の話に変わる。

 

 適性値検査。

 縁門(アーチ)を専用の測定機械と接続し、その名の通り対象者の適性値を測定する検査である。

 数値の「1」から「999」まで測定が可能で、一般的に100以上が「適合者」。そして900以上の表示が出た人間は「神憑き」と呼ばれる。またこの数値は「適合者がどの程度神力を制御出来るか」に直結する。例えば、神力を「神通力」として行使するには少なくとも神憑きかそれに準じる「800」に近い適性値が必要になるらしい。

 そして、小学校の時に一度だけ行うこの測定は、特殊業学校の生徒になる際にもう一度行われるのだ。

 

「はる子、試験の時は961だったんだ~。ちょっと下がったけど……ごばちゃんは~?」

「えーあー、どうだったかなぁ覚えてないわね」

「……また999だったりして?」

「えっ、え?いやー、下がってたような気がするかなぁ?」

 

 普通、神憑きであっても適合値は日によって変動する。確かに私は変わらず999であったのだが、大体40前後は変動する良く分からない指標なので、多分小学生の時みたいにまた上振れを引いたのだろう。だからあんまり言いたくないのだ。

 はる子が疑いの目を向けて来るので「970くらいだった様な気がする」と言ったら「やっぱり999だったんだ!?」と驚かれた。何で?

 

 

 

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 沙村綾間は憮然とした表情で朝餉の味噌汁を啜っていた。

 

 

 思い返すのはやはり昨日の喋る聶獣の事ばかり。

 それに対応する適合者らしき曜引はあの様子で意地でも話さなさそうであったので、どうにか別の切り口を探していた所、後ろから何者かに声を掛けられた。

 

「よお沙村」

「……白比良だったか?おはよう」

 

 振り返ると昨日隣の席だという事で少し話していた白比良 幸甚(しらひら こうじん)が立って居た。

 何か様子がおかしい、というか、顔がおかしい。額にマジックか何かで良く分からない模様が書かれている。

 

「どうした?」

「……いや、さっき寮の廊下歩いてたら占いしてやるって言われていきなり落書きされたんだよ。坊主頭の3年だ、お前も気を付けろよ」

「は? なんだそれは……?」

「俺もまだ理解が追いついてないぜ、因みに死の宣告された」

「さ、災難だったな……なあ、この学園は変人が多すぎる。そう思わないか?」

「お前が言うのか」

「自作の暗号でしか喋らない男、それどころか一切を喋らない男、唐突に1人ミュージカルを始める男、奇声を発しながらお菓子を配る男、動物と会話をする女……」

「あー、その辺りはお前に比べたら濃いよなぁ……」

 

 白比良は遠い目をしてそう言った。

 どうやら僕と同じく昨夜の歓迎会と言う名の地獄を思い出しているのだろう。さっきからズケズケと喧嘩を売っているのかと思ったが、憔悴しているような表情を見る限り心の声が漏れただけのようだ。それはそれで失礼なのだが……。

 

 話を戻すと、男子寮は変人の上級生がそこらを練り歩いている魔境であったのだ。

 食事も出ると言うので半ば強制的に出席になった我らが1年生も中々の曲者ぞろいで、それら上級生と意気投合をし、それはそれは酷い事になっていたのだ。爽やかそうに撮られていたパンフレットで得た男子寮のイメージはもう跡形も無い焦土と化していた。

 

「まあ僕だって中等学院の頃は変人と呼ばれていたが……ここはレベルが違いすぎる、段違いだ。濃すぎて逆に君みたいな地味な男が目立つ始末……!」

「地味ってお前なぁ……いや、個性的よりかは良いか。……あぁ格好悪ぃ……マリアに会いたいぜ……」

「なんだその人物は」

 

 唐突に会話に出て来た英名に疑問を呈すると「見るか?」と嬉しそうに白比が言うので差し出された携帯の画面を見ると服を着たカラスのような鳥が映っていた。白比良、君もそっち側だったのか。

 

 

 

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 昨夜は風の強い日だった。

 

 朝早い夫を家から送り出した三鶴は、自分の支度をしてから境内に行き、そこで案の定散らばっていた桜の花びらを箒でかき集めていた所、ひょいひょいと茶色い毛玉が足元に駆け寄って来た。

 

 

「帰ったぞ~」

「廻ちゃん。お帰りなさい、どこ行ってたの?」

「ん?いや、ちょっと青島までな」

 

 その言葉を聞いた三鶴は箒を取り落とし、廻に駆け寄って身体を抱き上げた。

 急に持ち上げられた廻は驚きの声も上げずに自分の尻尾を丸めた。

 

「ちょっと……危ないじゃない……! 怪我は無かった?  五花の所について行ったのね?」

「……ビックリしたわい。ヘーキヘーキじゃよ。ワシも透明になれるもん」

「まあ」

 

 三鶴は表情を凍らせた。

 それに対し廻はしまったと彼女の手から逃れようとするも、尻尾をしっかりと掴まれていて逆さ吊りのような格好になってしまう。

 

「どうして? その力は使っちゃダメって言ったじゃない。いい?貴方がそれを使っている所を誰か悪い人が見てしまったらどうなると思う?私も有人さんも何度何度も言ったわよね??ねえ???一昨年の事、もう忘れたの?????聞いてる?ねえ廻ちゃん。私、貴方の為を思って言ってるのよ??????」

「すみませんでした」

 

「いーえ、許しません。今日はお説教です!」

 

 その言葉に廻は震えあがる。

 廻は聶獣の身でありながら、何故か「隠匿の神通力」を扱える獣であった。最も触れた他者に干渉できるほどの力は持って居なかったが、いざとなればどんな場所からも逃げる事が出来ると言う自負を持っている。

 

「五花ー!早く来てくれーっ!!」

「五花は居ません。さあお家に行くわよ」

 

 しかし、大抵の場合怒った三鶴からは逃げられないのだ。



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平和の祈り ②

「おはよー!曜引さん!」

「おはよう、小野さん」

 

 青特での生活も二日目。

 いよいよ高校の授業が始まると浮足立った空気の教室で、小野さんはそう言って私に隣の席に座ると、返す言葉にへへへっと笑った。はる子で慣れたとはいえ、元来根暗な私にとっては朝から眩しすぎる仕草である。溶けるかと思った。

 

 小野さんは昨日祖父を手伝いに行くと言って帰っていったのでその事を聞くと、どうやら彼女の祖父は大農家で、そこの畑仕事に駆り出されて半日鍬を振っていたらしい。こんな小柄な女の子に何をさせているのかと思ったが、彼女はその事を楽しそうに語っているし、「豊穣の神通力」を使う祖父の事を誇りに思って居るらしく、寧ろ自分から進んでやっているかのように感じた。

 

 

『豊穣の神通力』

 この神通力は、実は結構保持者が存在する。

 というのも、土神(くにつかみ)の神憑きは大抵この神通力を発現するらしいのだ。その名の通りこの力を使った土地はみるみるうちに肥え、植えた作物はとても病気に強くなるという物であり、農家にとってそれはそれは重要な神通力なのである。

 

 その後、昨日の約束通り寮についても話していたが、言葉の合間合間に「へぇー!」とか「そうなんだ!」とか文字に起こすと何ともわざとらしい相槌も、小野さんの声色を乗せて聞くと不思議と嫌味が無かったので、話しているこちらとしても気持ちの良いものだった。話す度にポニーテールがぴょこぴょこと揺れるのを何となく目で追っていると、「もしかして寝癖付いてた……!?」と頭を抑えて焦りだしたのでもう駄目だった。溶けた。

 

 

 

「私、通生だから友達出来ないか不安だったけど……曜引さんの隣で良かったぁ」

 

 そしてHRの始まる間際、小野さんはそう言って私にへにゃと笑いかけたのだ。

 

 

 ……いやいやいやいや。昨日は分からなかったけど、あざとすぎるわこの子。今正面、正面向いてなかったら私即死してたわ。直視してたら蒸発する所だった。あれはヤバすぎる。

 もしやわざとやっているのではないだろうか。もうそれでもいいか。

 なんて考えている内に教室に入って来た余目先生が授業に入る前に何点か連絡がありますだとか言って昨日の浮遊猫騒ぎの注意喚起とか、明日は第1回目の特別課外授業があるとか、部活勧誘会があるだとか言っていたような気がするけど、全部頭を通り抜けてしまった。

 これでは授業にも集中できなさそうだったので、私は余目先生の顔を見て気分を萎えさせることでなんとか事なきを得た。

 

 

 

 

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 その後、中学のおさらいのような授業をこなし、無事にクラスの子複数とご飯を食べ、はる子にせっつかれて部活勧誘会に行ったりした。

 

 授業中に上級生が歌いながら乱入して来たとか、そのまま数学の先生とその上級生とのラップバトルが始まったとか、中庭に居る謎の男子学生のデモ隊のせいで外廊下の窓の一つが割れたりとか色々な事が起きたが、概ね悪い事が何にもない良い日だったと思う。ただ……この学校の男子は大変そうだなぁと部活勧誘会を見て思った。強く生きて欲しい。

 

「ごばちゃん。昨日も思ったんだけど……それ、何やってるの~?」

 

 回想に浸りながら寝る前に日課のお祈りをしていると、布団から顔だけ出したはる子が話しかけて来た。

 

「……ん……お祈り」

「へぇ~、どんなお願いしてるの?」

 

 なんてことはない、ただ両手を繋いで空を拝んでいるだけなのだが、いざ聞かれると、私って何を祈ってるんだっけ?という疑問が湧いて来た。いや違う。なんというか……言葉にするのが気恥ずかしいだけであるのだが。

 

「…………世界平和?」

 

 うん、世界平和。

 何処のロックスターだよと言われそうだけど割と本気で言っている。らぶあんどぴーすである。

 私は別に神様とか目に見えない物を信じる気など無かったのだが、この世界だと普通にいそうなので一応やっているのだ。神主の娘で神憑きだからご利益があるかも知れないし。

 

 考えても見て欲しい。祟りだの神通力だのが飛び交い神の存在が身近にある不穏なこの世界。何かの拍子で一気にモヒカンが蔓延る世紀末を迎えてもおかしくないと思わないだろうか。

 少なくとも幼年期の私は思った。だから前の世界のようにならないように「平和なままでありますように」と空にお祈りするのを習慣にしていただけなのだ。

 

 ただ……最近は大分惰性でやっていたような気がする。

 

 だって仕方ない。な~んにも起きないんだもの。

 高校生まで生きて来て、そろそろ前世の年齢を追い越しそうな今世の私。今の所は廻がおかしくなった以外、無事に平穏な生活を送っているのだから。慣れという物は恐ろしい物である。まあ、今日からちゃんと身を入れて祈ろうかなぁとは思うけど。

 「はる子もやる~」等と言って自分の成績が良くなることを祈り始めたはる子を見て、私も祈りの続きに戻るのであった。

 

 

 

 

 

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 深夜。

 山風の強く吹く、街の灯りも道を形作るのみとなった港町。

 

 とある民家のインターホンが静寂に際立ち鳴った。

 続いてドアを開けようとする音を聞いて、中に居たスウェットの男は慌ててドアを開くと、そこには日中現れた黒ジャケットの男が立っていた。

 

「どうだ」

「へ、へぇ……そろそろ完成しますが、中で待ってて貰えますかね旦那」

「ふん、思ったより早いな。貴重な所縁石をやったんだ、そうでなくては困るがな」

 

 その黒ジャケットの言葉に、スウェットの男はあからさまにホッとした顔をして、ではこちらにと家の中に招き入れた。

 散々脅されていたスウェットの男は額に脂汗を垂らしながら何か飲みますかと尋ねるも、相手の男が勝手に冷蔵庫を開けて中に入っていた水を徐に飲み始めたのを見て、表情を消して作業台に戻る。

 

 

 ここ高須名町の外れには、青網引特殊業高等学校が建っている。

 非常に敷地の広いこの学校は、一般の高等教育に加え「適合者」に神力を扱う術を教える教育機関の一つだが、その実国内に産まれた適合者を集めて管理しやすくし、他国に比べ遅れ気味である「神々の所縁(リレーションズ)」の研究をする機関でもあった。

 

 当然、国家機密にもなる「神々の所縁(リレーションズ)」の研究内容は一般的に公開されていないのだが、その研究所には指導用だけでない様々な種類の「所縁石」が保管されている。

 

 そして最近。青特の一角にある研究所に所縁石の中でも特別な性質を持つ「3番金鉱石」が運び込まれたという情報が流れて来た。

 

 そこで彼らは以前緑島でやったように「浮遊の祟り」で騒動を起こし、その最中に所縁石を奪う計画を立てていたのだ。しかし以前のように上手く祟りが起きない。ジャケットの男に命じられ彼がこの地を検証した結果、どういう訳か現在の青島は祟りが非常に起こりにくい性質の土地に変わっている事が判明した。

 例えるならば、火を起こそうにも薪が水を吸って湿気っている。あるいは、部屋に水蒸気が充満しているような状態。この報告を受けた黒ジャケットは渋い顔をしていた。

 

 スウェットの男には良く分からなかったが、彼等はどうやら焦っているらしく、あれから計画は直ぐに修正され、メンバーの「神通力」を用いての奪取計画に変更されたらしい。

 

 

 

「それが適性値の上がる縁門(アーチ)か?」

 

 集中している所に、後ろから声が掛かる。

 心情的には無視したかったが、スウェットの男は努めて明るく応対することにした。

 

「へぇそうです! 中はもう調整したので、後はガワを仕上げるだけ────ちょっと!?」

 

 説明している途中で、いつの間にか近づいていたジャケットの男は彼の手元から円環の形をした機械を掠め取り、興味なさげにそれを懐に収める。

 

「良いんだよ、どうせ使い捨てだ。一度使えればいい」

「そ、そりゃあ……それなら……良いですが……」

 

 奪われて痛めた自分の手を揉みながら、彼が下を向いてそう言うと、男は鼻を鳴らし。

 

「問題なければ報酬は振り込んでおく。また頼むぜ」

 

 そう言い残して家から出ていった。

 ドアの閉まる音を聞いて、暫く立った後、微動だにしなかった家主のスウェットの男は顔を下に向けたまま震えだす。

 

 

 

「……ひ、ひひひ……バカ、馬鹿が……俺を舐めやがって。お、俺を、俺を舐めやがってよぉ……ひひひひひひっ……!」

「この俺に『祟りの正体』なんて教えたのが運の尽きだったなぁ……?ひひひっ……へへへへへへっ…………!! 嬉しいだろうなああアイツっ! 「自分自身が祟りそのものになっちまう」んだから……っ! これで派手にやらかしたアイツ等は全員死ぬか、良くて豚箱……っ! ひひひっ終わりだ……終わりだよ全員!! 報酬ぅ? 金なんかいらねーよ!!! バァァァァァァカ!!! くふふひひひひっひひひっ!! ひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        「みつけた」                                                        「みつけた」    「わるいひと」          「わるいこと」  「みつけた」 「いつおこる?」「いつかかる?」「いつとどく?」             「みつけた」             「みつけた」




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平和の祈り ③

 寮生活三日目の朝。

 

 窓から覗く木々が揺れているのをボーっと見ながら手元の焼き団子を箸で掴み、あむとかぶりつく。

 肉の油で両面きつね色に焼かれた小判状の団子は、ジューシーさとモチモチ感を同時に味わう事の出来る素晴らしい食べ物だ。ただ米と一緒に出されているのだけは納得いかないが。

 

 そんな感じで脳内でレビューをしながら朝からのご馳走を楽しんでいると遅れていたはる子が食堂にやって来てカウンターの方に小走りで向かっていく。

 決して起こさなかった訳じゃない。彼女が布団にへばりついて起きなかったのだ。と自分自身に言い訳をしつつ味噌汁の具を掬っていると隣にそのはる子が座って来た。そうして彼女はおはよー、とか今日は課外授業だねーとか言いながら、ウトウトしながら箸を持って食事をやっつけ始めた。

 

 そう、第一回特別課外授業。

 詳細は良く分からないが、入学して間もない青特の一年生には、毎年この行事が待っているらしい。 

 寮の先輩方は示し合わせたかのように「行ってのお楽しみ」としか答えないし、とにかく朝のHRの時間に教室に居ろという話だったので昨日とやる事は変わらない。私はお茶を啜りながら隣の食事が終わるまでゆったりとする事にしたのだった。

 

 

 

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 教室の前に着くと、まず、教壇に妙にカラフルな抽選箱が置いてあるのが目についた。

 ざわざわしている室内に潜り込むと、黒板には「1人1枚引いてまえ」と言う文字が大きく黒板に書かれていた。引いてまえ?

 

 どうやら先に着いていたクラスメイト達は既にくじを引いていて、紙の中身を見て色々話しているようであったので、私も箱に近づいて、中から一枚紙を拾い上げた。

 

 「4」

 

 うん、よく分からない。

 

「曜引さん、おは~」

「おはよう!」

 

 席に戻って紙を眺めていると、背後から声を掛けられたので振り返る。どうやら小野さんと金髪のピアスを付けた女生徒────確か安納さん。の声だったらしい。

 

「おはよう……これ、何?グループ分けでもするの?」

「いやぁアタシ等もわかんね。十分前? くらいに教室にアマセンが来て「先に引いとけ」ってあの箱置いていったんだよね」

「曜引さんは何番だった?」

 

「4」

「っし」

「やった!」

「え、何々。明らかに「わかんね」って反応じゃないじゃん。それ」

 

 喜色満面の二人にそう聞くと、どうやら先に来たクラスメイト内で番号の大きさを競っていたらしく。私より番号の高かった二人は見事私に勝利したのだという。

 負けちゃったよ。意味分からん。

 

 因みに小野さんが5で安納さんが7だった。接戦だった。というか、自分がボコボコにやられたからって勝てる人間を探していたな? この人達。

 その後、小野さん達と紙の奪い合いをしたり男子共の死闘を眺めていると余目先生が手を2回叩いて教室に現れた。

 

「はいじゃあ斎藤と加満田はこれ配ってー」

「うーす」

「はいなー」

 

 余目先生は蜘蛛の子を散らして逃げるように席に戻り始めた私達の中から近くに居た生徒を2人捕まえてプリントの束を渡し、「なんだこれ」と言いながら黒板の文字を消し始めた。やっぱり誰かの悪ふざけだったらしい。

 

 

 

mw mwm

 

 

 

 余目先生が持ってきたプリントを見ると、やはりと言うべきか、そこには各番号のグループ割当が書かれていた。僕は自分の15と書かれている紙をちらりと確認してそこに向かうと、曜引五花(ひびきごばな)がそこに居た。そうして曜引は僕を見ると「うわ」の一言。

 

「おい、人の顔を見て何度も「うわ」と言うのは止めたまえ」

「えー?私そんな事いってませんけど」

 

 何だコイツ。

 呆れて返す言葉も無いので僕が黙っているとそのままにらみ合いの格好になった。いや、何しているんだ僕は。

 

 気を取り直してツンツンとしている曜引にどうすれば教えてくれるか聞いてみたがやはり取り付く島もない。グループ毎に集まった後は校庭に集合しろという余目先生の言葉に、仕方なく僕達Dグループもノロノロと教室を出ていった。

 

 しかしあからさまに塩対応である。これはもう正攻法では無理だなと考えていると、校庭に向かう途中の茂みが揺れて、そこから尾袋鼬が顔を出した。

 同じグループの男子がイタチじゃん!とかテンションを上げたり、女子が可愛い~!とか言っている最中、曜引の方を見てみると完全に静止していた。騒ぎに驚いた獣が逃げ出して、再びグループが歩きだしても立ち尽くしている。

 女子の一人が「曜引さんどうしたん?」と聞きながら肩を揺すっても反応もなく獣が逃げ去った一点を見つめているもんだから少し面白くなって。

 

「おや、あの模様。この間の尾袋鼬じゃないか!?」

 

 と適当に言ったら体が跳ね上がっていた。

 

「ちちち違うしー!? あれは赤島の尾袋鼬じゃないもん! そ、そうだ、背中に白い模様が見えたしきっとこの島の尾袋鼬だもん! 私は詳しいんだ!」

「だもんて」

「随分勉強したな……まるでイタチ博士だ」

「曜引さんどうしたの?」

「沙村、これなに?」

「知らん」

 

 そう、知らん。

 だって教えてくれないのだから。

 

 

 

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 沙村アイツ許さない。

 からかわれた事に気づいた私がそう誓ってから数分後、グループ毎校庭に並んだ私達の前には各クラスの担任の教師が立っていた。1組の担任である余目先生以外を見るのはなにげに初めてかもしれない。

 そんな事を考えていると、前の方から大きめの箱が回ってきた。両手で受け取って中を見ると、そこにはベルトに付いた縁門(アーチ)が詰まっている。

 

 それぞれ身に付けるようにと言われたのでそのとおり制服の上からお腹に巻くと、そこから見慣れた赤いイソギンチャクがぽっこりと現れた。ので、すぐに引っ込める。

 

 ……あんまり人目のつく所でこれ付けたくないんだよなぁ。

 なんせ不吉な赤色である。同世代の子は大抵気にしないので学校でやるのは少し抵抗感があるくらいだけど、お年寄りとか信仰深い人がこの海産物を見るとあからさまに距離を取ってくる。ついさっきまで楽しく話していたおばあちゃんが急に手のひらを返してくるのだ。そう、心に大ダメージである。だから自分から縁門を付ける事は無かったし、付けた時と言えば神力について四葉さんから色々教わっていた時期ぐらい。ましてこれを最大限出してみるのはやったことがない。

 まあ、普通の人も日常生活で縁門とか使わないので、あんまり不自由はしていないのが幸いか。

 

 さて、全員がこれを付け終わった所で前の方から説明が始まった。

 

『はーい、皆さんおはようございます! 私、1-3の梧桐(ごどう)です! はじめましての人ははじめまして。そうでない方はごきげんよう』

 

 どこかの配信者のような切り出しでメガホンを持った梧桐先生の話は続く。

 

『これから地下演習所に向かいます! あなた達はAからFのグループに分けられていますが、演習場も丁度AからFまであります! 同じ記号の演習所に集合してくださいね! えーっと、演習所は先生の左の方にある森を抜けた所! 

 

あー、そう! あそこにチラリと見える研究所の手前ですね!』

 

 

 

 



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平和の祈り ④

 辺りは曇天。しかし夜の闇はすっかり灰色の中に消え、木々のざわめきと共に朝の潮風がほのかに香るここは青網引特殊業高等学校────通称「青特」の敷地内。

 研究室と隣接するように存在する神力使用の為の地下演習場。そこに沢山の生徒が入って行くのを見た女は眉を潜めた。

 

「何かあんの? 今日」

「ちょっと待って下さいよ……あった。特別課外授業?ですって」

「うげっ、あれか」

 

 懐にあった何かの紙を広げそう言った童顔の男に対し、女は望遠鏡から目を離さずうんざりした声を上げ、背後に居る黒いジャケットの男を片方の手で小突いた。

 

鍵屋(かぎや)ぁ……偵察するにも今日じゃなくても良かったじゃねーか」

「そうも言ってられん、今夜を逃せば「3番金鉱石」は中央に戻ってしまうからな」

「ん? ……あー、そういう事か」

美登利(みどり)さん、聞いてなかったんですか?」

「聞いてねーよ……あーもう、どうしてこんな行き当たりばったりになったのかねぇ」

 

 美登利と呼ばれた女は望遠鏡から目を離し、クルクルと手元で回し始めた。

 

「おい、下に落として気付かれたらどうする。殺すぞ」

「あ? 殺してみろよハゲ」

「あーあ、2人とも落ち着いてくださいよぉ」

 

 そうして流れるように睨み合いを始めた鍵屋と呼ばれた男と美登利と呼ばれた女の2人に対し、うんざりとした声でそう言った童顔の男は本当に何故こうなったのか。と暗雲立ち込める灰色の空を見た。

 鍵屋が担当していた現地協力者のいかにも胡散臭い小男が言った「今の青島には、どういう訳か祟りを起こし辛い土壌が出来ている」という想定外の話に、折角練っていたプランの殆どが水泡に帰してしまったのだ。

 初めに聞いた時は何を馬鹿な事を、と思ったが。

 

 童顔の男は手元の適性値を上げると言う基盤が剥き出しの縁門(アーチ)を見た。拠点で一度試してみたが、これが中々具合が良く、800に届かない程度の数値しか無い自分が神通力の制御を完璧に行うことが出来ていた、これほどの腕がある人間の言う事ならば、悔しいが確かに説得力がある。

 

 

 三人は所縁石「3番金鉱石」を手に入れる為、夜に忍び込む算段を実際に現地を見ながら話し合っていた。

 

 この所縁石は、伝承で「原初の神に対応する」と言われている「2番金鉱石」の中でも、特にその色が淡く、そして透き通りさえしている光そのもののような性質を持っている宝石であるらしく、もし対応する所有者が現れた時、その者に如何なる神通力をも跳ね除ける加護と絶大な程の神通力の強度を与えるのだという。

 これを手に入れる事の出来る可能性は今夜しかない。童顔の男は気を引き締めた。

 

 青特の研究所は他の特殊業学校に比べ築年数があり、その為セキュリティにもいくつかの穴があった。だからやりようは幾らでもあるように見え、三人はそう掛からない内に侵入経路を導き出した。

 そして打合せも大詰めになったその時、不意に鍵屋が後方を向いた。

 

「……ん?」

「どうしましたか?」

「いや……そこに何か居たような気がしたんだが……」

 

 鍵屋の目線を追いかけてみると、そこには貯水タンクの物陰。 

 

「やめて下さいよ。目撃者とか洒落になりませんって」

木田(きた)、お前ちょっと見て来いよ」

 

 そう美登利が言い、鍵屋は黙ったまま。

 木田と呼ばれた童顔の男は、2人からの圧を感じながら仕方なくそこに向かうが、幸い物陰には何も居なかった。一応縁門(アーチ)を開いて神通力を使ってみても、何の存在も感じない。

 

 木田の神通力は「洞見(どうけん)の神通力」と呼ばれるものだった。

 

 これは「周囲の人間が何処に居て何をしているか感知・把握し、また直接見ればその本質をも見抜く事が出来る」という能力であり、世界に数人しか居ないとも言われる珍しい神通力であった。最も、自分のようにデータベース上に記載の無い保有者の事を考えなければ、だが。

 

「居ませんよ、勘違いじゃないですか?」

 

 木田がそう言いながら戻ると、2人は黙りこくっていて彼の顔を見て後ずさった。

 

 なんだ? 

 どうも様子がおかしい。嫌な予感がする。そう思いながらも状況が読めない。

 

「何ですか、僕は今神通力を使っているんだ。後ろに何も居ないなんて分かりますよ。揶揄うにももっと────」

「い、いや……お前、顔、デコ、あ、頭にも」

 

 木田は怪訝な顔で自分の顔を触り、そこでようやく異常に気が付いた。

 

「はぁ…………?……あぁッ!?」

 

 額に、頭に腫瘍が出来ていた。

 

 続いて視界の隅に映った自分の神力が赤くなっているのを見て、それで何が起こったのか理解した。その合間にもそれら腫瘍はどんどん膨らみ増え続け、彼の体からあらゆるものを吸い起こし意識が遠のきそうな鈍い痛みを彼に与え続ける。その最中、辛うじて働く彼の脳は直ぐにその理由を導き出す。

 

「やられた……ッ! あのジジイッ! やりやがった!! ぁぁあの技術を流用しヤがったんダぁッ!! よりによって僕の「洞見」を……!! は、早く二人共僕かア────」

 

 そう言って絞られていき瞼すら閉じられなくなった自身の視界から二人が辛うじて見えた。見えてしまった。

 間もなくその二人も短い悲鳴と共に、同じく体中から泡ぶく腫瘍に呑まれ始めた。

 

 

 祟りは広がる。

 周りにあるもの、見たもの、障るもの。

 

 元々の性質によって条件は様々あるが、共通する事がもう一つ。

 

 それは波紋が揺れる水面のように。

 それは粉塵が巻き上がる空間のように。

 

 その時が来るまで連鎖は続き、終わらない。

 

 

wmwm mwmwmwm mwmwm w

m m m m m m m m m m m m m m m

w w w w w w w w w w w w w w w

 

 

 

 あの後校庭で他クラスと合流し、我らがDグループは24人となって演習場に向かった。

 と言っても、演習場同士はFを除き近くに固まっていて実質学年でゾロゾロと移動していたのだが……。とにかくその場所についた時、各所から聞こえてきた雑談は自然と減っていき、最後には沈黙が辺りを支配するばかりになった。

 

 だって、パンフレットで見たものとあまりに違う印象を受けたのだから。

 

 特筆すべきはそのスケール感。

 その建物……いや、遺跡のような大きな石壁は、こちらへ進むにつれてどんどん背の高くなっていた木々のそれより遥かに高く、上が見えない。

 そしてその石壁の近くから更に下るとなんとも重厚感のある鉄扉が5つ並んでいるのだ。

 因みにこの裏のゆるい崖の上に研究所があるのだという話だが、ここからだと全く見えない。

 

 それにしてもまさか傍から平面的に見えていた森が、その実すり鉢状の地形をしているとは思わなかった。後に先生に話を聞いた所、中央に行けば行くほど日の当たらなくなっていく地形の関係上、木々が日を浴びようと遥か長い時間を掛けて伸びていった結果こうなったのだという。

 水は何処に流れていっているのか気になったのだが、石壁の周囲には地下空洞があり、そこを介して海に流れているらしい。中々知的好奇心を刺激される場所なので、今度また来てみようと思う。

 

 その後「D」と書かれた大きな鉄扉の前に行き、どうやって入るのか辺りを見てみると物陰に普通の扉があり、なんとも微妙な気分になった。

 先んじて中に入ってみると、石壁に照明設備がしっかりあるのか思ったよりもそこは明るく、しかし洞窟のようなひんやりとした空気が停滞している普通の体育館ほどの大きさの空間だった。

 

「ちょっと失礼しますよー」

 

 その声がした方を見ると、校庭で最後に話していた梧桐先生が何やら重そうな大きな箱を持ってひょっこりと現れた。それを見た1-3の面々は「あゆみ先生手伝いますよ!」「うおおお」などと続々駆け寄っていき、最終的に7人で1つの箱を持つ格好になっていた。絶対逆に運びづらいだろう、それ。

 

 




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平和の祈り ⑤

 青特の教諭である梧桐 亜弓(ごどう あゆみ)は持ってきた大きな箱から名簿の載っているバインダーを取り出すと、簡単な点呼を始め、生徒等が全員揃っている事を確認した後本題に入った。

 

「この箱には、様々な種類の所縁石(ゆかりいし)が入っています。」

 

 この切り出しに、梧桐は最前列の生徒の息を呑む音を聞いた。他の生徒も真剣な顔で箱の方を見入っており、ここ演習場D室は緊張感に包まれた。

 

 この国において「所縁石」という物は、危険物に定義される。

 

 縁門(アーチ)が適合者であれば誰でも神力を安全に出力・制御することの出来る装備であるのに対し、この石は単純に「使用者の神力の出力」を上げる。それだけの目的で昔から使われてきた。そんなものを────神憑きは兎も角として、平凡な適性値の人間が扱えばどうなるか。勿論、神力の暴走が待っている。

 

 祟りにまで発展することこそあり得ないが、制御の出来ない神通力がいきなり発現する可能性があり、怪我を負ってもおかしくないのだ。

 生徒たちは概ねこれから行う事を察していた。

 

「皆さん縁門(アーチ)を開いて下さい。これは怪我の防止です。絶対に、閉めることの無いように」

 

 先程の優しげな雰囲気から打って変わり、硬い表情で指示を飛ばした梧桐に対し、Dグループの生徒たちは無言で各々身につけていた縁門を開いていく。その最中1-3の生徒の1人に向けて彼女は口を開いた。

 

「貝崎さん。縁門(アーチ)から神力を出しているとどのようなメリットがあるか、わかりますか?」

「は、はい。えーっと、神力の暴走を抑えられる……ですか?」

「……違います。私は縁門(アーチ)から「神力を出していると」と言っています。そもそも暴走は縁門(アーチ)を開いていなければ起こり得ないことです。勿論縁門(アーチ)は神力の制御の為にある物なのですが……すみません、そうですね「神力を排出している間、使用者にはどのようなメリットが産まれるのか」という質問に変えましょう。他に誰か────」

 

 そう言いながら梧桐が生徒を指名しようとする前に、端の方に立っていた男子生徒の1人が手を挙げた。確か1-1の生徒の筈だ。彼女はその生徒に発言を促した。

 

「1-1の沙村です。まず、神力というエネルギーを排出する行為によるメリットは全部で3つあると愚考します。

 

 1つ目は「他者の神力に対する耐性の獲得」。

 2つ目は「非常に微弱な身体能力の向上」。

 そして3つ目は────神憑きやそれに準じる適性値が必要になりますが、「神通力の行使が可能になる」です」

 

 沙村の説明に、梧桐は大きく頷く。

 

「よく勉強していますね、その通りです。特に先程沙村さんの言った1つ目の「他者の神力に対する耐性の獲得」。これがなければ今日の検査によって起こる誰かの神力の暴走で最悪死に至る事もあると理解して下さい。先程の質問はこれから座学で習うことなので知らない人が多いのも当然仕方ありませんが、これだけは理解して、決して縁門(アーチ)を閉めないで下さい。……前フリではありませんよ? 絶対! 開けたままにしてくださいね! ……くどいようですが皆さんの安全に関わることですので念のため言わせて頂きました。その上で────」

 

 梧桐は自身の左腕についていた縁門(アーチ)を開き、緑色の神力を滾らせた。

 

「所縁石の適性を調べる検査を始めます」

 

 

 

wmwmwm

w mwm mwmwm mwm

mwm mwm

 

 

 

「曜引。曜引五花さん。こちらに来て下さい」

「あ、はい」

 

 検査のトップバッターは私だった。

 なんか雰囲気出るなー、なんて呑気に考えていたから唐突に名前を呼ばれて軽く肩が震えてしまった。お陰で隣りにいる沙村が怪訝そうな目で見てきた。何見てんだコラ。というか何で隣に居るの? なんて言う雰囲気でも無いので、私は梧桐先生の隣りにある大きな箱の前に普通に向かった。

 

 お腹に付いている縁門(アーチ)がちゃんと「少しだけ」開いている事を確認してから背中に回し、先生に促されるままに箱の中身を覗く。

 

 中には、丁度貴金属のお高い指輪のように、等間隔で収められた様々な色の所縁石があった。実際問題、そこらの貴金属より遥かにお高いのが所縁石である。それらの下には番号が書かれた金属製のプレートがあり、無くしてもすぐに分かるようになっているし、ここまですれば持ち去る気の起こす生徒も居ないだろう。

 それにしても綺麗だなーと思っていると、梧桐先生が「ちょっと待ってください」とその箱に手を入れ、その上部だけを持ち上げて隣に置いていった。なんだかお弁当のようである。

 

「では1番から順番に手にとってみて下さい」

 

 そう言われたので、言われた通り一つずつ取り出してにぎにぎしてみる。と、あんまり握るのは止めてくださいと注意されてしまった。手に乗せるだけで十分らしい。最初に言って欲しかったよ。

 そうして何十個目かの所縁石を取り出した所で、ようやく私のぷっくりと出している神力が一際強い光を発し始めた。……私としては正直、やっぱりこれか。という感想しか出てこなかった。

 

別羽山珊瑚(べつわやまさんご)

 黄島の山奥で産出される濁った赤い石である。

 

 聶獣は対応する神の「所縁石」に素質がある人間を好む傾向がある。

 尾袋鼬(おぶくろいたち)がやたら絡んでくる私に対応する所縁石など、最初からこれに決まっているのだった。それを見た梧桐先生が手に持ったバインダーに何かを書き込むと、もう大丈夫ですと言われたので他の生徒のもとに戻ることにした。

 

 

 

mw m

 

 

 

 

 我らDグループの面々は、演習室の壁際に座りながら順番に呼ばれ検査をしている生徒を見ながら順番を待っていた。正直そんなに危険な検査なら屋外で待たせたほうが良いんじゃないかと最初思ったが、恐らく防犯上の観点から僕等が出入りしないよう同じ部屋に置いて居るのだろう。それだけ所縁石は貴重な物であるし、こうやって屋内でやっているのも、万が一にも誰かが「燻み真珠」「3番金鉱石」等の特殊な所縁石に対応していた時、その事実が広まらないようにしているのかもしれない。

 

 何が不味いって、最悪拉致される。

 例えば今言った「3番金鉱石」など最たるもので、対応する適合者が持っていたら、その人間は凡そ100人分くらいの神力の出力が可能になるし、何故だか制御力も上がるらしいので、持っている間はただの適性値の低い適合者であっても神通力を使えるようになってしまうのだ。扱いの未熟なうちに捕まえて教育してしまえば戦略兵器の完成である。

 

 そんな事を自身の足に付いた緑色の光を見ながら考えていると、検査を終えた曜引がこちらに歩いてきた。

 

「曜引さん、何の所縁石だったー?」

「なんか赤い石だったよ」

「へぇ、イメージぴったりかも」

「神力も赤いしね、揃えてる訳だ」

 

 いや、揃えてるわけじゃ無いと思うが、と。僕は呆れつつ、クラスメイトと話している曜引の背から溢れる赤い光を盗み見する。

 

 赤い神力。

 

 かなり珍しい代物である。

 赤色の神力を持つ人間は大抵小学生の検査の時点で悪いものだからとお祓いに連れて行かれ、その後縁門を付ける機会がなくなるからだ。祓われていないのは……普通に考えて彼女が「神憑き」だからなのだろう。

 そして、凶兆を知らせる赤色を隠すように曜引はそそくさと壁にもたれた。

 

 赤い神力は昔から「祟り」の前兆の1つとして嫌われている。現代では激減し、なりを潜めている特殊自然災害であるが、当時を覚えている高齢者などからは特に恐れられ嫌悪されているのだ。

 先程名前を呼ばれた時彼女はボサッとしているように見えたが、その実過去に何かあり、自分の神力を晒しているこの状況にかなりのストレスを感じ放心していたのかもしれない。もしそうだとして、こういう時に何かを聞こうとしたら本当に口をきいてくれなくなりそうなので、うん。触らないでおこう。

 

 そう思った所で、僕の番になった。

 

 

 

「では1番から順番に手にとってみて下さい」

 

 ずらりと並んだ箱の中には絶景が広がっていた。

 どれも図鑑で見たことしかない希少な所縁石が目の前にズラリと並んでいるのだ。これに興奮しない人間など存在するのだろうか? 石の名前は番号でしか書かれていないが、僕には分かる。あれは「2番鉄鉱石」で、これが「黒曜硝子」。お、あれは間違いなく「燻み真珠」だ! いやぁ、あるとは思っていたがまさか────

 

「沙村くん?」

「……や、失礼」

 

 先生の一言で思考が霧散した僕は我に返り、思わず咳払いをして、箱の中に手を伸ばす。

 そうして事務的に手を動かしていったのだが、なんだか雲行きが怪しくなって来た。そういうのも既に8割ほどの所縁石を調べたのに、今の所自分の神力に反応が無いのだ。

 

 一つ一つ取り出しては戻していく。その手の動作が無意識に早くなっていく。

 まさか、と思った。だがしかし、自分の神力はそれでも反応せずに、石を戻す。

 

 そうしてようやく最後の石を取り出した時、足に付いている緑の光が強く光りだした。顔を上げるとぽかんと口を開ける梧桐先生と目があって、暫し見つめ合った。

 

 手に持っていた石の名称は「3番金鉱石」。

 まさしくそれだったのだ。

 

「と、とりあえず……箱に戻して下さい」

「あ、ああ……」

 

 我に返った先生が顔を反らしてそう言ったので、僕は生返事をして石を見つめる。

 そんな時、妙な声が聞こえた。

 

『こわい』

「……?」

 

 女の声だ、それも聞き覚えのある……。

 それが誰の声なのか考えながら辺りを見回す……までもなくそこに居て。

 

『わるいこと』

『へいわ』

『こわい』

『こわい』

『わるいこと』

 

 思わず思考が止まった。

 

「ぅ……あっ!?」

「沙村さん?」

 

 尾袋鼬だ。それも────何匹……いや、数えるのも億劫になるほどの。

 この部屋「演習場D室」の隅の至る所に、彼らが。まるで最初からそこに居たかのように。

 

『ゆるさない』

『へいわで』

『わるいこと』

『わるいこと』

『わるいひと』

『わるいこと』

『わるいこと』

『もういやだ』

『へいわでありますように』

 

 梧桐先生が僕から石を取り上げようとする。

 しかし反射的にそれを避けてしまった僕は、尚も辺りを見回す。何が起こっているのか理解できなかったが、それは間違いなく神々の所縁(リレーションズ)の神秘を知るために必要な事だと思ったから。

 

 そして────

 

 

 

『わるいこと』『こわい』『こわい』『ゆるさない』『こわい』『わるいこと』『あしためんどい』『こわい』『わるいこと』『こわい』『おやしょくたべたい』『きっとへいわでありますように』『ゆるさない』『へいわ』『ゆるさない』『ゆるさない』『きっとへいわでありますように』『しね』『みんなしんじゃえ』『ゆるさない』『ゆるさない』『しね』『ゆるさない』『ゆるさない』『おやしょくたべたい』『あしたもきっとへいわでありますように』『こわいよ』『もういやだ』『あしたもへいわでありますように』

 

『あしたもきっとへいわでありますように』

 

『あしたもきっとへいわでありますように』

 

『あしたもきっとへいわでありますように』

 

 

 ────彼らは誰かの祈りを反響させているだけなのだと、そう朧気ながら理解したその時。

 凄まじい轟音の中、外から何か大きいものが入り込んで来た。

 

 



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耳を掩いて鐘を盗む

 

 木田 各理(きだ かくり)が「適合者」だと判明したのは、大学を卒業してすぐ後の事だった。

 

 泥酔した元同級生との悪ふざけで町中を歩いていた「緑特」の女生徒をナンパし連れていた際に、偶然にも彼女の持っていた縁門(アーチ)を何気なく手にとった所、その輪から僅かに緑色の光が溢れ始めたのだ。

 

 それを見た木田は酔いが一気に醒め、手持ちの薄い財布から札を女生徒に幾つか渡し、そして、脇目も振らずに家に帰った。

 

 子供の頃に憧れた「人々を助け、巨悪や祟りに立ち向かう神通力使い(ヒーロー)」になれるかもしれないと、これまで生きてきてずっと隠して、壊れないように持っていたハズの大切な夢が。彼の根源であるハズだった物が、失われずに目の前にあったのだ。

 

 だから、もう一度手を伸ばしてみたくなった。

 それだけだった。

 

 

 木田は天涯孤独の身だった。

 

 それでも彼の生活は貧しくはなかった。ただ、仕事を辞め、専門学校に通えるほど裕福とも言えなかったのだ。

 それで「一か八か、検査だけでも受けて、そこでもし、もしも自分の適性値が800以上であったのなら、そうしたら、借金でもなんでもして絶対に夢を掴んでやる」と。そう決心した。

 

 しかし実際の所、小学生での検査で適性が無かった人間が「神通力」を使える程の適性を持っている事例は希少も希少だった。

 

 だから彼は、心の何処かで「これっきり」と。

 自分の中で折り合いを付け、夢を抱いていたという、その気持ちを思い出として大事に。胸を張ってこれからを生きていくつもりだったのだ。

 

 

 そして、来たる検査の結果は「786」。

 

 これがいけなかった。

 

 神通力が使えるかもしれない。

 だけど、使えないかもしれない。

 

 もしも、ここで迷わずに。

 すっぱりと諦めていれば。または、恐れず飛び込んでいれば。彼の人生は全く別の物になっていたのだろう。

 

 

 

 

wmw wmwmwmwmwmwmm...wmwmwmmwm

w mwmwmwm....mwmwmwmm ww

mwmwmmwmm.........mwmwmmwmm

 

 

 

「きゃあーーーッ!!!」

 

 目の前に居る誰かの鋭い悲鳴が聞こえる。

 見える、けれど自分が何をしているのか、ここが何処なのか。それすら分からなかった。

 

 立ち止まっていると、息ができないほど苦しかった。

 1人になろうとすると、体がバラバラになりそうだった。

 

 だから、誰でも良い。

 彼はひたすら「人間の居る方へ」歩いていた。

 

 他の2人は、何処に行ったか分からない。

 そもそも、その2人とは何の事だったのかも、よく分からない。

 

 そんな朧気な状態だったけど。

 幸いにも、人のいる場所に迷うことは無かった。だって視界だけは透き通るように晴れ晴れとしていて、本当に調子が良かったのだ。

 

 それこそ、心の声まで見えてしまう程に。

 

『化け物』

『ふざけるな』

『気持ち悪い』

 

 彼は思わず立ち尽くした。だが、苦しくなってすぐに再び動き出した。

 嫌でも動かなければ、苦しくて苦しくて死んでしまう気がしたから。

 

『嫌だ』

『化け物』

 

 同族が増えていく。

 自身を視てしまった子供達が、自分と同じようにこの地獄に堕ちてしまった人間が増えていく。

 

『痛い』

『苦しい』

『嫌だ』

『助けて』

 

 叫びたかった。だけど、彼の口はもう既に無かった。

 耳を塞ぎたかった。だけど、彼に寄り添う耳朶は空虚な孔になっていた。

 

 違う。違う。

 なりたかったのは、こんなのじゃない。こんなのじゃないんだ。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 助けて。

 

 助けて。助けて。誰か、誰か殺して。

 

 殺して、殺して、殺してくれ。

 

 彼は最早本能で次の人間を求め、近くの部屋に突っ込んだ。

 

 その刹那────。

 

 

 

 

 

 

『うわっなにこれ』

 

 ────何かに踏み潰されて死んだかのような錯覚に陥った。

 

 しかし、生きている。その事実に恐怖した。彼は心から恐怖したのだ。

 まるで自分が酷くちっぽけな虫以下の何かだったかのような気がして、そうして目の前の気の遠くなるような大きさで有ることしか分からない正体不明の"ソレ"が、自分を認識するまでも無く足を上げて、そして自分の頭上に向かって来るような。

 

 今までの痛みなど消え去った。苦悩など、全て吹っ飛んだ。

 彼は生き残るため本能で踵を返し、訳も分からずその場から全力で逃げ出した。

 

 

 

 

mwmmw wm

 

 

 

「皆さん、目を塞いでッ!!!」

 

 沈黙の走る「演習場D室」で、いち早く立ち直ったのはやはりというか教員である梧桐だった。

 それに対し僕は呆然としていた。だって「視て」しまったのだから。

 

 先程の腫瘍の塊のような大型の異形は、間違いなく「祟り」に遭った人間の末路のそれだった。

 「祟り」は感染る。しかし、どのように感染るのかはパターンがあった。

 

 近くに居るだけで感染する場合。

 視覚から感染する場合。

 空気から感染する場合。

 接触して感染する場合。

 

 

 1番上が最も質の悪いパターンで、今回は一つ下の2番めに質の悪いパターンだ。どのように見分けたのか? 簡単だ。今回のアレには「目が沢山くっついていた」。

 

 僕は素早く自分の身体をくまなく確認する。そして、腫瘍のような物はまだ見られなかった。そうして、一先ずは大丈夫そうだ。と一息つく。

 

 余裕ができたので周りを見てみても、それらしい症状の出始めた人間は居ない。

 どうやら、縁門(アーチ)を開いていればどうにかなる代物だったらしい。……しかし、そうなると。今のは────。

 

「痛っ」

 

 思考している最中、不意に尾袋鼬の一匹が僕の足に噛み付いた。なんだこの獣は。というか先程の事態がショッキングすぎて獣達の存在を忘れていた。それに怒っているのだろうか。なんて場にそぐわない思考をしてしまい、自然と苦笑いが出た。

 

「あれ、沙村君は大丈夫だったんだ」

 

 その声に獣を見ていた顔を上げると、そこには曜引が居た……ん? 曜引? ……曜引、だよな?

 いや、今の発言も気になるが、それよりも。

 

「なななんだその状態は、どうなっている」

「え? 何が? 失礼な奴」

 

 失礼にもなるってもんだ!

 なぜならだって、曜引の全身に無数の尾袋鼬が蠢いている!

 

 

「沙村君は祟り大丈夫そうだし、ここで皆と一緒に居てあげてよ」

 

 …………文字にしてみても、意味がわからないな。……うん、なんというか。その……。頭の上に、肩の上に、腕の周りに、胴の周りに、足の周りに。それぞれ複数の尾袋鼬がしがみつき、互いをすり抜けるようにして存在していたのだ。

 

「私はちょっと外見てくるから……いや何?」

 

 そう、そうだ。例えるのならば、3Dゲームか何かでキャラクター同士が重なって変な化け物に見えるかのような、そんな状態になっている。

 正直言って、見れば見るほど正気で居られなくなるような造形だ。さっきの異形よりも恐ろしい。

 

「それ、大丈夫なのか?」

「ぇえ……? ああ、神力の事?」

 

 そうではないのだが荒ぶっている獣が怖くて言及できない。 

 

「大丈夫大丈夫。私「神憑き」だから。まっかせときなさいよ」

 

 別のナニカが憑いていそうだ。いや、憑いている。

 そう言葉にする前に、フルアーマー曜引は忽然とその場から姿を消した。

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 

 突拍子の無い「祟り」の出現。

 意味不明な光景。

 突然消える人間。

 

 ────ああ、そうだったのか。

 全て繋がった。ようやく何が起きているのか理解した。

 

 全く、どこからだ? はぁ……。

 早くこんなくだらない夢から醒めなければ。 はぁ……。そもそも「3番金鉱石」が僕の所縁石な訳が無いのに。全く。ぬか喜びさせるなよ……。

 

 

 




お気に入り、評価、感想ありがとうございます
励みになります。

また、多くの誤字脱字報告もありがとうございます。
息を吸うように誤字脱字誤用をするので助かります……。

作者はこのハーメルン・ショウセツで誤字と脱字をアホ程こさえとったんや。
その数……20箇所。


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洞見の祟り

 曜引五花は、目の前の異形を目にした瞬間、すぐさま頭のスイッチを切り替えた。

 

 そうして躊躇なく神通力で自身を隠し、同じ部屋に居る生徒を周ってそれぞれに寄生した祟りをすぐさま掻き消していく。

 逃げていく異形を処理するのを後回しにし、生存者を如何に増やすかを最短距離で、効率的に。

 

 自分の脳を超集中状態────所謂「ゾーン」に意識的に切り替えるそれは、前世の自分が積み重ねた生き残るための術の一つであった。

 

 容姿からして「視ると障る」タイプの祟りなのだろう。と、彼女は祟りを潰しながらも判断し、自身がこの場に居た事に一先ず安堵した。

 

 

 曜引五花は「隠匿(いんとく)の神通力」の保有者である。

 

 「息を止めている間、自身と自身が触れている者の位相をずらす事が出来る」。

 これがこの国のデータベースに載っている「隠匿」の能力であり、実際にそれが全てである。

 

 で、あるならば。

 何故「祟り」を掻き消す事が出来るのか?

 

 そんな物は簡単である。

 

 ただ、彼女は触れたものをずらした後。

 それを「ずらしっ放しに出来る」だけだった。

 

 つまり、着ている服を一緒に隠すか否か、という操作と同じ感覚で祟りだけを向こう側に持って行くことが出来たのである。

 当時の父親はそれを聞いて「じゃあ五花は一瞬で服を脱ぐことが出来るのか!」と言っていた。ので、その時は思わず引っぱたいて親子喧嘩に発展した。

 

 ……それにしても、こんな事が出来るのは「999」という適性値に起因する制御力の高さがあってこそなのかもしれない。と、彼女は思っている。

 

 曜引の頭の中で、まだ見ぬもう1人の「隠匿」の保持者の事が過ぎった。リスト上でしか知らないその人に、もし会うことが出来たならば聞いてみたいことが沢山あるのだ。

 

 

 その後、五花は何故か無事だった沙村と言葉を交わした後、気を失っている梧桐先生をチラリと見て、保険として近くの箱から「別羽山珊瑚」を拝借し、そのまま外に飛び出した。

 

 移動する最中、彼女の中で叔母である四葉の言葉がふと蘇る。

 

『祟りには滅法強そうね!』

 

 五花が昔、物は試しと自分の服に付いたシミを消していた時の台詞である。

 当時は発想の突拍子の無さに苦笑いしていたが、もしこの言葉が無かったら自分は直ぐには救助に動けなかったであろう。彼女は自分の師匠に深く感謝した。

 

 

 

 

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(嘘でしょ……っ!!)

 

 先程室内に乱入してきた異形が他の演習場や校内に入る前にどうにかしなければいけない。私はその一心で外に躍り出る。しかし、そこには既に何名かの被害者が出てしまっていた。

 

 幸い祟られてから少しだけしか時間が経って居ないようで、皆はその場で蹲っているだけだった。お陰で早急に祟りを取り除く事が出来たけれど、こんなに走り回っていたからか少々疲れた。

 

 ……いや、嘘。疲れてない。

 

「……あれ?」

 

 どうにも自分の身体能力が異常に上がっているような気がする。

 夢中だったので気づかなかったが、思い返せば息を止めていても全然苦しくならなかったし、小走りの感覚なのに全力疾走よりかなり早くないだろうか、これ。なんで?

 

 ……とはいえ、今は気にしている場合じゃないっぽい。

 考え事をしていたお陰で大きなものを引き摺ったような足跡を見つけた事だし、さっき逃げた祟りの発生源であろう異形を仕留めよう。そう決めて私は再び走り出した。

 

「曜引ーーーッ!!戻ってこいッ!!!」

 

 そうしたら間もなく背後から誰かの怒声が聞こえた。

 

 しまった。隠れるの忘れてた。

 戻る気のさらさら無かった私だが、思い直して踵を返すと、そこには余目先生が立っていた。

 

「これは、曜引がやったのか?」

「はい。それよりも先生、今さっきいた肉団子みたいなやつ、アレが元凶ですか?」

「恐らく、そうだ」

「アレが学校に到着するまでの間に、救助は来ますか?」

「……曜引、ちょっと待て」

 

「許可を下さい」

 

 構わず続けざまにそう言うと、余目先生の表情のない顔に珍しく眉間のシワが現れた。

 

 言った後で生意気だったかな? と思ったけど緊急事態だから仕方ないのだ。うん。

 

「…………その通りだ。間に合わないだろう。曜引、出来るんだな?」

「出来ます」

 

 間髪言わずに返すと、余目先生は大きくため息を付いて。そしていきなり頭を掻きむしった。そうして急に落ち着いたかと思ったら。

 

 

「じゃあ俺が全ての責任を持つ。行って来なさい」

 

 凄く嫌そうにそう言った。

 

 

 ……ヨシッ! これでお咎めなし!

 やっと聞けたその言葉を受けて、私は今度こそ走り出したのだった。

 

 

 

 

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 余目(あまるめ) 聡太朗(そうたろう)は、走り去っていく女生徒が突然消え去ったのを見ながら入り口の外で立ち尽くしていた。

 

 「厄除(やくよけ)の神通力」を持つ余目は、ただ1人、外の様子を最初から見ていた。

 

 突然姿を表し、また消える。

 自分の目が確かならば、間違いなくあれは自分が受け持っているクラスの曜引五花である。

 

 目を疑うのも仕方のない事であった。

 彼女は「隠匿」の能力である癖に、なぜか自分と同じように祟りに対し耐性があり、しかも、状況から辺りに居た生徒の祟りを鎮めていたからだ。

 

 五花が透明になっていただろう故に、どのように鎮めたのかは分からなかったが、状況的に見て彼女の仕業であることは間違いない。

 

 最初彼女の姿を見たときは、勝手な事を。そう思った。

 しかし、その後彼女が何をしたのかを理解した時、余目は自身の無力を呪った。

 

「くそ……っ!」

 

 余目は最初、その場の誰よりも早く例の異形を確認していた。

 

 崖から転がり落ちてくるそれを見て、彼はすぐにまだ外に居た生徒を室内に誘導した。しかし、それでも9人あまりの生徒が祟られてしまい、それを見た彼はそれらを見捨ててドアを閉じ、速やかに警察に通報した。

 

 基本的に、祟られた人間はまず助からない。

 

 まず、人体の至る所に腫瘍が生まれ、それらは宿主の身体から栄養素を吸い取って膨らんでいく。

 「厄除」の上位互換とも言える「破邪の神通力」を持っている人間の処置を受けられたとしても、30分後にはほぼ確実に手遅れになっているのだ。

 

 だから余目は、何故だか症状が収まり横たわっている生徒たちを見て、困惑しながらも安堵して、それ以上に何も出来ない自分が酷く情けなくなっていたのだ。

 

 

 

 

mwmwmwm mwmmw

 

 

 

 

 私が足跡を追ってから元凶である異形を見つけるのに、それほど時間は掛からなかった。

 何故か飛躍的に上がっている身体能力だが、本当に助かっているけれど……本当になんなんだろうこれ。

 

 まあ、それはさておき。

 場所は丁度、森の坂を登りきった所であった。

 

「ォォォォォォァア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 向こうが私が追っているのに気づき、両手で地面を掻いて礫を飛ばしてきた。

 なので、私は息を止めてすり抜ける。

 

 それを見た異形は奇声を上げながら更に歩みを早くしていたけれど、私は隠れてすぐに奴の真横につけ、そのブヨブヨとした腫瘍の中から特に大きくて乾いてそうなやつを掴んだ。

 

 おぇ……。

 なんだか状態のマシなミイラを掴んだような感触。

 

 しかし、余目先生にあれだけの事を言ってしまった以上、泣き言なんて出していられない。だから、身を捩って逃れようとするそいつに構うこと無く、それらを一気に消し飛ばした。

 

 

 かくして、そこには痣だらけの裸の男性が倒れているばかりになったのである。

 

 

 

 

 




次回更新は明後日になりそうです。


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誘導とお膳立て

お知らせ:拙作第一話において、本作品の世界が「昭和時代の後期」という記述がありましたが、これを「少なくとも平成時代の中頃」という記述に変更いたしました。よろしくお願いします。


 辺りには穏やかな風が流れている。

 五花は制服の上着を脱いで地面に敷き、倒れ伏したままだった男をそこに仰向けに寝かせた。

 ……が、股間にあるブツを直視してしまい、ひええと狼狽えてうつ伏せにして、それから制服にソレが接触している事実に気づき、やっぱり仰向けにして落ち葉を上からぶっかけた。

 

 そうしてやっと、彼女は脱力した。

 ここは、学校のグラウンドが目の前に見える森林の入り口の辺り。左の緩やかな丘を越えた先に見える青網引島の港を眺めながら、五花はやれやれと座り込んだ。

 

 とはいえ、懸念すべき事がまだ一つある。

 

 それはこの祟りの発生源であろう男が、何処から来たのかという事だ。

 学校側も、速やかにその辺りの確認を進めるのだろうし、それに救助隊も来ているかもしれない。彼女は一先ずこの男を背負って演習場に戻ろうかと考え、伸びをする。

 

 

 

 そうして小休止を取っていると、木陰から一匹の尾袋鼬が現れた。

 

 彼女はこのパターンを知っていた。

 過去に2回ほどあった、このパターンを。

 

 自分が何か致命的な何かを見逃している時。そして嫌な胸騒ぎを抱えている時。

 決まってこうして目の前にひょっこり尾袋鼬が現れて、そうして自分に付いて来いと言わんばかりに、背を向けて尻尾をブンブンと回すのだ。

 

 思わず立ち上がり、獣の元に行こうとしたそのタイミングで。

 絞り出したような男の声が彼女の耳朶を打ち。

 

「…ふたり、ぃる」

 

 その言葉を理解した刹那、五花はその場から消え去った。

 

 

 殆どうわ言だったのだろう。

 

「ぁ…ぁと、2人、居るんだ。ぉねがいします……おねがいします。アイツらはクズですけど……だからって死んで良いはず無いんだ……」

 

 1人残された男は、それに構うこと無く声を発し続ける。

 

「死んでほしくないんです……だって……だって僕なんかよりずっといい奴らなんだ……だから助けて下さい……神様……おねがいします……おねがいします……」

 

 

 その無意識の言葉は、願いは。

 誰が聞くでもなく、空気のゆらぎの中に消えていった。

 

 

 

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 私はこれ以上無い全速力で走っていた。

 

 もう走るというより、跳んでいると言っても過言では無いほどの歩幅で、一気に木々が生い茂る下り坂を駈けていく。

 やっぱり校庭に集合する前に見せたあの獣は、あの時目の前に出てきたのはそういう意味だったのか。と、ようやく理解した私は、歯噛みしながら目の前のあり得ない速度で走っていく尾袋鼬を追いかけていた。

 

 演習場に戻ってみたら、皆が祟りに────なんて悪い予感がしていたのだが、幸い杞憂だったらしく、丁度通報を受けて来た救助隊と話している余目先生を横目に、私は「隠れた」状態のまま、緩やかな崖を駆け上がっていく獣の後を追う。

 

 跳躍し、手を伸ばして周囲の岩を「少しだけ消し飛ばして」から一回転して作った足場に乗り、また跳躍する。

 我ながら頭のおかしいことをしているなと思うのだが、なぜだか身体能力も意味不明な程上がっているし、今なら「何でも出来そう」だったので躊躇なく実行する。

 

 そうして一気に崖を駆け上がると黒い大きな建物がすぐに視界に入り込んできた。写真で見たことがあるが、これが青特の「神秘研究所」なのだろう。しかし、今はそんな所に用は無いので、私はすぐに獣の方へ顔を向けて足を回す。

 

 ここまで息継ぎゼロである。

 いや、ここまで息継ぎしないで済むのならこの神通力って実はかなり使える部類の能力なのかもしれない。と、私は人知れず苦笑いした。

 

 正直自分の変化に恐怖すら軽く覚えるのだけど、小心者の私は身の回りで人死が起きる方が嫌なので、それを一切考えないようにして、崖から丁度演習場の真上にある石壁の中へと入っていった。

 進入禁止のガチガチに固定された鉄柵をすり抜け、広々とした室内空間の中にある天空通路を突き進む。

 

 ここは遥か昔からある石造りの遺跡であるらしい。

 

 余談だがこの世界の遺跡。そこらかしこにあるせいなのか特に保護とかはされていない。

 そもそも下にある演習場なんて、この遺跡の根本を昔の人が改造して作った施設であるらしいし、ここもよく見るとあちこちに侵入した生徒の落書きであろうものが目に入る。

 このようにあんまり沢山あって、取り壊すのも大変だからと再利用、又は放置されている遺跡は日本に多々存在するのだ。

 

 獣の案内を頼りに走って、下って、また走る。

 そんな事を繰り返していると、ようやく下の方に何か蠢いている物が見えてきた。

 

 どこかから落ちたのだろうか。

 プールのような四角い穴の中に囚われているような格好でそれらは2つは居て、重なるようにしてその場でモゴモゴと揺れていた。

 

 祟りの末期症状である。あれじゃあ間に合わないかもしれない。

 けど、やれるだけやってみるしかない。

 

「……うしっ、やるぞ」

 

 獣が立ち止まってこちらを見たので小さく礼を言ってから、私は3階程の高さのあるその場から飛び降りて、着地した瞬間に足元の石をスカスカにして衝撃を殺し、口の中にその粉が入ったのでそれらも消し飛ばす。

 

 そうして、私は悍ましい悲鳴を上げて逃げようとしたそれらに手を伸ばしたのだった────────

 

 

 

 

 

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 国立青網引特殊業高等学校で起きた特殊自然災害「洞見の祟り」。

 

 終わってみれば、この事件は軽症者が33人。重傷者が2人と、少なくない被害が出てしまったが、何故か奇跡的に死者も無く終息するに至った。

 この災害は人為的に起こされた可能性があると発表され、祟りの原因と考えられる二人の男女の回復を待って取り調べを進めていく事になる。

 

 被害者は軽症とはいえ一度は祟られてしまった。よって彼らは精密検査を受けることになり、近隣の高須名総合病院に入院することになった。その関係で一週間ほど「青特」は休校となり、インターネット上では祟りの様々な憶測や、学校への誹謗中傷や謂れのない陰謀論が少なからず書き込まれていたのだった。

 

 

 あれから3日ほど経ったある日の夜。

 

 

「夢じゃなかったんだが!!?」

 

 白比良 幸甚は、唐突に叫んだ沙村の方をちらりと見て欠伸をした。

 

「おう、沙村……」

「適性があったんだが!!」

「はいはい」

「はいじゃないが!」

「うるせーな……俺、今凄い身体ダルいんだよ。また明日にしてくれ」

 

「ああ!おやすみっ!」

 

 そうして沙村は軽快に走り去っていった。

 

 白比良は、いつもどおりの変人具合を発揮している彼を律儀に見送った後、鼻の付け根を揉みながら大浴場へと向かった。

 歩きながらも、今でも現実味の無いあの異形が突っ込んでくる光景を思い出していた。

 

縁門(アーチ)開いて無かったのに……なんで無事なんだろ、俺」

 

 彼はそうぼやく。

 

 あの事件の後、被害を受けた生徒達は奇跡的に全員縁門(アーチ)を開いていたから本格的な祟りに遭わなかったのだと説明を受けていた。

 確かに、影響力の弱い祟りならばそういう事もあるのだろう。

 

 しかし彼は、自分の記憶が定かで無ければ縁門(アーチ)を閉じたままにしていたのだ。

 ぼんやりとしながらも考えてみたが首を捻って。

 

「かっこ悪ぃけど……まあ、無事だったし何でもいいか」

 

 そう結論づけて、彼は脱衣室の中に消えていったのだった。




明後日と言いましたが
投稿できそうなので投稿します。


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波乱に残る疑念

 場所は青網引特殊業高等学校、職員室。

 窓に目をやれば日もとっくに沈んでいるこの時間帯。部屋の中にはまだ何人かの職員が残っていた。

 

 その一角にある大きな机に座る中年男性の前に、余目と梧桐は本日起こったことの説明と事実確認の為、揃って立っていた。

 

 

「えー、これが以上になります」

 

「ごめんちょっと待って、ちょっと待って余目くん。ちょっと待とうか。何その説明……?」

「何と言われましても……」

 

 その突拍子もないあんまりな説明に思わず立ち上がってしまった年配の中年男性のその勢いに、余目は腹の痛みを気にしながら言い淀む。

 

「ごめん、もう一度説明してくれる?」

 

 余目はその言葉に「はい」と平坦な言葉で応じると、表情を変えずにもう一度説明を始めた。

 

「まず、幾つかのグループの検査が始まった頃。突然祟りにとりつかれた人間が1人研究所の方から来ました」

「うん」

 

「それを確認し直ちに避難誘導を始めましたが、力及ばず9人程が祟られてしまいました」

「うん」

 

「しかし、ウチのクラスの曜引がそれらを消してくれました」

「うん?」

 

「その後救助隊が来ました」

「うんうん、早かったよね。ねぇ」

 

「祟りを全て消し去った後だったので、スムーズに被災した生徒の保護が行えました」

「え、あのさ、余目く」

 

「しかし、もう2人取り憑いた人間が居たようで、曜引がそれに即対応しました」

「……」

 

「緊急だったので、祟りを消してその場に残していた1人が逃げてしまいました」

「うん、うん」

 

 言い終わり「いかがだったでしょうか?」と役に立たない解説サイトのような決り文句を付け加えた余目に対し、男は尚もうんうんと深く深く頷いて。ゆっくり口を開き。

 

「勿論生徒に降り掛かった被害は軽微なもので、それ自体はとっっても喜ばしい事なんだけどさ」

 

 椅子にどかんと座り込んだ

 

「意味分かんないよね。え? 君達大人が女の子1人に全て任せたって事にも多分に言いたいことがあるんだけども、まあそれは特殊なケースだしある程度仕方ない事だから置いといてさ、────え? 曜引さんの神通力は「隠匿」だよね?」

「そう登録されてるらしいですね、私は教頭から聞きましたが」

「いや私もデータベース閲覧しただけだし」

 

 そう言って教頭と呼ばれた中年の男は天井を見上げてふぅと深く息を吐いた。

 

「何かの手違いかな……曜引さんはもう返したの?」

「はい、夜も遅いので寮に居ると思いますが……」

「じゃあ、休校明けの放課後に検査ね。研究所には話し通しておくから本人に言っておいて」

「あ、はい」

 

 そうして話をどうにか終わらせた教頭は、背もたれに寄り掛かり足を上げながら、もう一度深呼吸をして隣に立っていた梧桐をチラリと目の動きだけで視界に収める。

 

「それで、梧桐先生は他に話があるんだって?」

「実はですね「3番金鉱石」に適合した生徒が居まして」

 

 

 

「はい研究所送りーーーーっ!」

 

 限界に達した教頭は叫んだ。

 叫んで、勢いのまま床に転げ落ちた。それを見た近くの職員は笑いそうになったが、何とか突然咳が出たようなふりをして乗り切った。

 

「……ごめん、この後の事後処理を考えたら何か頭おかしくなっちゃって」

「い、いえ……」

「大丈夫です」

 

 教頭は、その床の冷たさに辛うじて正気を取り戻し、床に這いつくばったまま謝罪した。梧桐はドン引きし、余目は見ないふりをした。

 

「因みにそれ、どのクラスの誰?」

「1-1の沙村君です。」

「うわ」

「「うわ」とか言うのはやめたまえ。とにかく、その子も曜引さんと同じく放課後研究所ね、余目先生言っておいて」

「はい」

 

 寝転がりながらそう締めくくった教頭を見ながら余目は思った。

 なんか悔しさとか、そういうの無くなっちゃったなぁ、と。

 

 

 

wmwmwm mwmwmwm

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 翌日、太陽もまだ空の真ん中に座している昼間。

 

 高須名町の外れ、閑静なこの地には現在、一つの真新しい白い車が停車していた。

 

 それにもたれ掛かる小茂呂 悌太(こもろ ていた)は、戻ってきた部下の姿を確認すると、吸っていた煙草を落とし足で踏み躙った。

 

「小茂呂さん。屋根裏まで探しましたが……やはり何もありませんね」

「そうか」

 

 やはり、と男は思った。

 身分証の偽造、不審な点もなく数年前から住んでいたとされる近隣からの証言。あの最低限の家電以外何も存在しない家の中を思い浮かべ、鼻を擦り上げる。

 

 余りにも計画的過ぎるのだ。

 

「ここにはもう何もないだろう、行くぞ」

「はい」

 

 そうして彼らは、その場を後にする。

 

 小茂呂達は青網引南警察署に置かれている「特殊犯罪対策部」に在籍する警察官である。

 

 彼らは先日辛うじて意識の回復した容疑者の男女2人の内、女の方が意識を回復し「ここに今回の祟りを起こした首謀者が居る」と証言したのを受けて、急遽この場所に来ていたのだ。

 

「この分だと、もう島外には出ているかもしれませんね」

「運航会社の返事は来たか?」

「まだです」

 

 部下のその言葉に小茂呂は小さく舌打ちし、軽くなった煙草の箱を取り出す。

 

「ウチの島で舐めたことしてくれやがって、絶対に落とし前つけさせてやる」

「ま、まあけど、良かったですね。死者もなくて」

 

 死者も無い。ね、と。

 煙を大きく吸い込んだ小茂呂は、大きく息を吐いてから大きく鼻を鳴らした。

 

「……あれか? 「隠匿」のお嬢ちゃんが全部やったってやつ! ありえねえだろ。だって「隠匿」だぜ?」

 

 「隠匿の神通力」を持っているという青特の一年生、曜引五花。

 丁度取り調べの場に居なかった小茂呂は、彼女の証言を全く信用していなかった。

 

「けどデータベースの「隠匿」を見た限り、理屈では不可能では無さそうでしたけど」

 

 かなり無理矢理な解釈ですが、と部下の男はそう笑ったが、小茂呂の表情は一転して神妙な顔になった。

 

「いや、不可能だ」

「どうしてです?」

「俺は見たことあるんだよ「隠匿」使ってる奴を。くだらねぇ奴だったぜ」

 

 小茂呂の言葉に、部下はへぇ、と相槌を打つ。

 年季の入った彼は、実際に様々な神通力と対面した経験を持っていて、時折話すソレに部下は毎回惹き込まれていた。

 

「どんなだったんですか?」

「そうだな、まずソイツが大抵出没するのはプール施設や温泉地で────」

 

 

「あ、大丈夫です大体分かりました」

 

 今回はその限りでは無かったが。

 

「オイ、聞けよ。……まあ、お察しの通り女の着替えを覗いたり盗む変態だった訳だが、犯行現場を見られてもすぐ着替えごとその場から消え去って手に負えなかった訳よ」

「はぁ」

「そこで、俺は奴の行動パターンから出没するであろう施設にアタリを付けて、その時居た女の部下に張らせてたんだが、これが見事にハマってな。逃げ場の無い部屋に追い詰めた後は出口を塞ぐように立ってたらソイツ、息が続かなくなって気絶したからそれを捕まえた訳さ」

 

「え? それで捕まったんですか?」

「ああ「位相をずらす」ってのはな、要は視界だけの話だ。物や人を「通り抜け」たり「消す」なんて事までは出来ない。幾ら隠しても「そこには必ず実体が存在する」んだ、ましてや祟りを取り除くなんて……それ絶対違う神通力だろ?」

「へぇ……となると、何かおかしいですね」

「まあこれから現場に行くんだ。証拠は嘘を付かない、その「隠匿」のお嬢ちゃんが嘘を付いてるのか付いていないのか直ぐにハッキリするだろうさ」

「なんだかややこしくなってきましたねぇ」

 

 窓を開け、吸い殻を外に飛ばした 小茂呂はふわと欠伸をしてシートの角度を下げ、……また戻した。

 

「おい。ソイツの名字、曜引って言ったか?」

「え? はい」

「家族構成とかは……調べたか?」

「いえまだ……どうしたんですか?」

「いや、聞き覚えがあるんだが……もしかして、ソイツの親戚に「小海」が居たりしねぇよなぁ……って」

「小海? 小海って誰ですか?」

 

 部下が聞き返す。

 しかし小茂呂はそれきり何か考え事を始め、現場に到着するまで車内は無言のままだった。

 

 

 

 

 

 



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高須名すてーしょん

 朝の気配も霧散して暫く経った午前中。

 開けっ放しにしていた窓から暖かな日差しとともにピヨピヨと小鳥の鳴き声が聞こえてくるような平穏な時間。

 

 私は特にやることも無く、漠然と授業の予習でもしておこうかと思って寮の自室の机に座っていた。高校の一般科目は一通り独学で勉強してしまっている私であったが、それくらいやる事が無いのである。

 

 というのも「青特」は今日から一週間の休校に入っているからだ。

 

 原因は勿論、先日の祟り騒ぎのせいである。何とかなったとは言え、今回祟られてしまった生徒はそれなりに居て、人によっては2、3日入院する必要が出るまでの大事になってしまっている。

 

 薄暗い部屋を見遣ると、同じく暇を弄んでいるはる子が購買で買って来た漫画を見ながら布団にくるまっている。先程までドタバタと騒がしかった彼女のぐうたらを見ていたら、なんだか昨日のが夢だったような気がしてきてイマイチ頭が働かない。

 

 あれでも昨夜、はる子はやたらと私に纏わり付いてきて、最後にはベッドの中にまで入り込んで来た。怖い思いをしたのだろうし仕方ないなぁ、と思ってそのままにしていたら、朝になって彼女が唯一他の演習場から場所の離れていたFグループに居た事が判明した。なんだったんだろう。

 

 

 ペンを動かしながら、午後は図書館でパソコンでも弄っていようかなと思っていた時、ベットに放ったままだった携帯が不意に振動した。

 ゆったりと椅子から立ち上がって通知を確認すると、そこには教室で隣の席の小野さんからのメッセージが表示されていた。

 

<今日暇? 私は暇!>

 

 うん、その通り。私も暇である。

 ので「暇」とだけ返すと、数人で高須名の方に遊びに行こうというお誘いを受けた。駅前に大型のショッピングモールがあり、そこで時間を潰そうというのである。

 

 断る理由も無いので、私はすぐさまそれに了承の旨を送った。が、背後に気配を感じて振り向くと、いつの間にかはる子が背後に居た。

 ……あー、ビックリした。音を消して動くのは止めてほしい。

 

「えー、ごばちゃん出かけちゃうの?」

「はる子も付いてくる?」

 

「え? うーん……いきなり知らない子が来ても、向こうに迷惑だよ~」

 

 提案してみたが、なんだか乗り気ではないはる子。

 彼女は少し考える素振りをしてから携帯を取り出すと、何か操作を始めた。

 

「いいもん、はる子ははる子でサトっちと遊んでくるよ~」

「サトっち?」

「同じクラスの子~」

「ふーん」

 

 よく分からないけれど、それはともかくとしてはる子も順調に同年代と交友関係を広げているようで良かった。

 中学の頃を思って正直ちょっと心配していたのだ。お節介かも知れないけども。

 

「昨日あんな騒ぎが遭ったばっかなんだし、気を付けなさいよ」

「うん。けど、はる子的にはごばちゃんの方が心配かも」

 

 なんだと。

 そう言葉にしなくても察したのか、逃げようとしたはる子を捕まえて、その寝癖だらけの髪をワシャワシャしてやると、きゃあきゃあとなんだか不毛なじゃれ合いに発展してしまった。

 

 

 

 

 

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 高須名町。

 

 青網引島で最も大きい港がある「島の入り口」であるこの町は、何本かの鉄道路線が走っており、島内の他の町へのアクセスする際には、大抵の旅行客が経由する場所にもなっている。

 そのため人通りも多く、緑島ほどではないにしろ行楽施設が充実し、大型のショッピングセンターは勿論、陸の方には大きなビルが幾つも立ち並んでいた。

 

 あんまり都会なので、この町に初めて来た時は赤島の何とも言えない港町を思い出し微妙な気分になったものだが、二回目ともなると純粋に色々と見て回りたい気持ちが湧き上がってきた。

 青特の校門を抜けて暫く下り坂を歩き、到着した「南網引駅」から2駅先の「高須名駅」で降車する。どうもこの駅に大きなショッピングモールが隣接しているらしいのだ。

 

「曜引さーん!」

 

 教えられた通り改札前で待っているとちっちゃい可愛い子がこちらに手を振りながら近づいてきた。

 小野さんは私の手前で立ち止まると、後ろから追いかけて来たもう2人に「居たよー!」と見れば分かる報告をしてぴょんぴょん跳ねた。

 

 小野さんは何でこんな自然にあざとい動作が出来るのだろう。いや、悪い意味ではなくて。そう、何か動物カフェに来店した時みたいなほっこり感がある。ぴょこぴょこ揺れるポニーテールが犬の尻尾のように見えるのだ。

 

「おっす~曜引さん」

「昨日ぶりやなぁ」

 

 そう言って小野さんの首根っこを掴んだ金髪の子が安納(あんのう)さん。ポケットに手を突っ込んでこちらに笑いかけてきたキャップ帽の子が加満田(かまた)さんである。

 話を聞くに、2人も青島出身だったようで、安納さんの方は小野さんと中学校からの付き合いがあるらしい。どうりでよく一緒に居るのを見る筈である。

 

 そんなこんなでお互いの出身の事について、4人でお店を見て回りながら話していると、加満田さんの出身の話になった。

 

「加満田さんはねぇ、この島の北側に住んでるんだよ」

「え、結構遠いんじゃないかしら、それ」

「めっちゃ遠いで。釜伊里(かまいり)って言うんやけど」

「電車で一時間半でしょ。ヤバすぎるな~。今日もそっから来たの?」

 

 安納さんの言葉に、もう流石にアパート借りてるわと笑う加満田さんであったが、実際そうやって学校の近くに引っ越して一人暮らしをしている青特の新入生は割と居るらしい。何かとお金が掛かるので親の負担になってしまうだろうけど、5つの中で土地面積の最も多い青島での通いは特に辛そうであるから仕方ない。

 なんて考えていたら、今度は私の番になった。

 

「曜引さんて赤島出身なんだっけ?」

「そう、この中で唯一の赤島出身なのよ?」

 

 そう言って丁度持っていた扇子を広げて胸を張ったらなんか沈黙が流れた。

 

「……誇らしげやな」

「希少価値? はあるかも!」

「ごめん、なんかあたかも私が滑ったみたいな空気やめない?」

「滑ってるんやで」

「とんでもない大事故だったわ今の」

「あははっ!」

 

 なんて調子で、とりとめの無い話は続いていって、喫茶店で休憩することになった私達は、各々注文を済ませ。買い物した店の事について話し合っていると、何かの取っ掛かりから話題が昨日の事件の事に移ってしまっていた。

 

「ウチはFグループやってん。知らんけど実際結構ヤバかったん?」

「私はもう室内入っちゃっててよく分からなかったなー。絶対外に出るなって先生に言われてちょっと怖かったかも!」

「こっちも同じ。曜引さんのとこは……」

「ええ、部屋の中に入ってきて大変だったよ」

「Dの演習場にだけ入ってきたんだっけ? 曜引さんと後1人だけ残して祟られちゃったから、単純に良かったねとは言いづらいけども、大変だったね」

 

 

 ……うわ、凄いしんみりとした空気になってしまった。

 

「ま、まあけど何とかなったから良かったわよね? 死者も出なかったし、うん」

「大事に至るヤツが居なかったのも縁門(アーチ)開いてたお陰なんやっけ? 神力ってのはやっぱ凄いんやなぁ」

「話には聞いていたけど、私「他の神力への耐性」とかイマイチピンと来てなかったからさ、いい勉強になったかも」

 

 加満田さんの言葉を安納さんはそう言って繋いで、コーヒーをふうふうして口に含んだ。

 

 うん。実はそういう事になっている。

 というのも昨日の事について 私は余目先生に頼んで公表せずにいてもらっていて、学校側としても、生徒の保有している神通力の情報をあまり漏らしたく無かったらしく、今回は「縁門開いていてよかったね」という話で押し通されることになったのである。

 

 ……まあ実際、祟りの種類によっては本当に縁門を開いているだけである程度予防出来るみたいだし。

 有名な「浮遊の祟り」だってその類の物だった訳だからね。

 

 

 そんな事を考えていたら、ここまで私達の話を聞きながらゴクゴクとジュースを飲んでいた小野さんが「あ」と思い出したかのような声を上げて。

 

「そういえば知ってる? 何かー、休み明けから学校にいる間、皆縁門(アーチ)着用したままになるんだって!」

 

 と言った。

 なにそれ、私全然聞いてない。

 

 

 

 

 




お気に入り・評価・ご感想ありがとうございます。
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せっかくですので自家発電で絵を描いてみました……。

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青網引神秘研究所

 あれから。

 降って湧いた一週間もの休日を私達青特の生徒は思い思いに過ごしていた。私の居る女子寮もドッタンバッタンと男子寮程ではないが毎日くだらない騒動が起きていて退屈はしなかったと思う。そしてとうとう明日は登校日という7日目の夕方、寮内は談話室や食堂で教科書とにらめっこしている生徒がちらほら目につくようになった。

 というのも私達生徒は、学年問わず授業で受けるはずだった内容の宿題をドッサリと出されていたからである。

 いや、最終日になって何してんの? とは言わない。何を隠そう、前世の私も夏休みの宿題は毎回先延ばしにする人種だったからだ。

 

「ごばちゃん、聞いてる~……?」

「あ、ごめん。何?」

「ここ全然分かんないの。答え教えて~」

 

 まあ、こうしてはる子の宿題を見てあげていると言いたくもなってくる訳だけど。

 

 仕方ないので手を合わせて懇願するはる子から、ドリル形式になっている冊子を手にとって内容を見てみると、丁度現代文の問題をやっている所だった。

 

「えっと……ハナが母親に捨てられた理由は何でしょう?」

 

 ああ、数日前に解いた覚えがある。

 

 問題になっているこの作品は、父が死に、唯一残った肉親の母親がある日、主人公である「ハナ」をバス停に置き去りにしてしまう所で話が終わっている胸糞悪い代物である。そして選択式の回答が必要になり。

 

 A 特売に間に合わないから。

 B 愛人が出来たから。

 C 母は直ぐに戻ってくるつもりだったが交通事故で死んでしまっていたから。

 D 父親の元に行きたかったから。

 

 という候補がある。答えはDである。

 

 

「はる子的にはCだと思うんだけど」

「なんでよ」

「あー違うか~ ……じゃあB?」

「教えないわよ?」

「Dでしょ」

「……教えないって言ってるんですけど~?」

 

「よし、Dね。ありがと~」

「は?」

 

 ……はる子はこうしてたまに私の心を読んでくるのだ。なんで? そういう神通力をお持ちでいらっしゃる??

 そうして唖然とする私を余所に、はる子は今みたいな手法を交えて回答を進めていき、得意の古文に突入した所で一気にペースが上がって、予想を裏切り夕食前には宿題を終わらせる事が出来たのだった。

 

「おわった~!」

「ちゃんと問題文見て解かないと試験苦労するわよ……」

「その時勉強するからいいよ~」

「一夜漬け宣言かい……。私寝たいんだから徹夜とかやめなさいよ」

「常識的に考えてテスト前に徹夜なんてしないよ~」

 

 君ちょくちょく中学時代にやってたよね?

 一気に不安になった私は、試験までにアイマスクを購入しておくことを決心した。

 

 

 

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「ごばちゃん。それにしてもさっきのお話。なんでDだったの?」

「え?」

「いや文章読んでたらさぁ、どうしてもお母さんがハナちゃんから離れると思えなかったから」

 

 あれから場面は変わって食堂。

 彼女は「常識的に考えてさ~?」とか言って夕食の乗ったトレイを受け取りながら首をかしげた。

 

「問題文をよく読んでみることね。父親の事をボソリと呟いたりして、母親の心が疲弊してる描写が3つもあるんだから」

「けどさぁ、突然の事故で亡くなってる可能性もあるよね?」

「あのねぇ、ハナちゃんの荷物に何故か入っていたお金。あれはどう説明するつもり? お金を入れたのは母親。どう考えてもハナちゃんを捨てる罪悪感からの行動でしょう?」

「後でお使いを頼む予定だった可能性もあるよね?」

 

 もうなんなんだ。

 私が黙って箸を取ったら向こうも同じように食事を始め、この会話はモヤモヤする形で終わってしまう。

 

 ……結局その後、何か私も気になって来て、それを寝る前までなんとなく考えてしまっていた私は、話の続きをしようとはる子に声をかけようとした。が、よく見たら彼女は既に爆睡していたのだった。

 

 はははコイツめ……明日の朝は起こさないでおこっと。

 

 

 

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 青特の登校がまた今日から始まる。

 僕は欠伸を噛み殺しながら自分の髪を撫で付けると、今日の予定を確認してから男子寮を出発した。

 

 正直この7日間、どのように過ごしていたのかよく覚えていない。

 

 理由としては、僕が3番金鉱石に適性を持っているというのが8割。祟りの遭ったあの時の光景が2割といった所だろうか。とにかく人間、強烈過ぎる出来事に立て続けに襲われると、生活に現実味が無くなって夢心地になるらしい。

 

 とはいえ、今日から普通に授業が始まる。

 僕は成績が良い方だとは言えないので、こんな調子で勉強をしていたら全く身に入らないだろう。切り替えて行かなければならないな。

 

 

「曜引と沙村は放課後、研究所の方に来るように」

 

 と思っていた朝のHR。

 担任のその言葉のお陰で僕は一気に目が醒めたのだった。

 

 

 

 

 

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 青網引神秘研究所について語っておかなくてはならない。

 

 ここは、青特の敷地内に存在する「神々の所縁(リレーションズ)」についての研究機関であり、国の機密にまでなる最先端の技術を取り扱っているのだ。

 このような施設は他の特殊業学校にも存在していて、いずれも同じ敷地に居る学生の協力を得て効率的にデータ収集を行っているらしい。

 

 ……まあ、僕もこのくらいしか分からない。

 論文だって当たり障りの無い物しか出回らないのだから仕方ない。そんな秘密しかない非常に興味深い所だと言うのに、普通の生徒は大抵「なんか研究してる施設」という認識しかしていないのは不思議な話である。

 

 そこに、今。

 僕は向かっている。

 

「興奮でおかしくなりそうだ……」

「ちょっと、気持ち悪い事言わないでよ」

「む。だって神秘研究所だぞ? 人類の夢だぞ?」

「これ以上無いほど主語でかくない?」

「あのなぁ……いや、今はいい。君は黙っていたまえ」

「さっきから1人でブツブツ言ってんのは沙村くんなんですけど~?」

 

 やれやれうるさい女だ。

 ……と、面と向かって言おうとしたが、不意にあの光景を思い出して、なんとなくやめておいた。

 

 

 結局あの獣達は何だったのだろうか。

 

 曜引はあれで気付いていなさそうな調子だし、いっそ僕の幻覚だったんじゃないかと疑いかけたが、どうもそれにしては生々しい質感を帯びていた。

 

 と、なると。

 やはりもう一度「3番金鉱石」を手にとって確かめてみなければならない。

 

 赤い神力の関係であるのだろうが、彼女が一緒に呼ばれていて助かった。あの所縁石を学校内とは言え施設の外に持ち出せるとは到底思えなかったからだ。

 

 僕等はそうして施設の入り口を潜り、受付で情報の取り扱いに関する契約書にサインをしてからようやく実験室の立ち並ぶ深部に足を踏み入れた。

 

「ぉぉぉおおおお……!!」

「えっと、なんて部屋だっけ」

「『実験室2』だっ! 行くぞっ!!」

「はいはい」

 

 

w.......w

w.......w

 

 

 

 意を決して部屋の中に入ると、そこにはパソコンの並んだ机が4つ壁に設置されていて、案外小さい。

 しかしその奥に大きなガラスの中窓があり、よくよく見るとそっちはかなり大きい実験場になっている。恐らくここで奥の広い部屋のモニタリングをしたりデータ収集を行っているのだろう。

 

「やあ」

「どうも……」

 

 そして椅子に座っていた小太りの男と、眼鏡を掛けた三編みの女がこちらを見て声を掛けてきた。

 

「い、1-1の沙村、だ」

「同じく1-1の曜引です」

 

「待ってたよ! ほんっっとうに! いやぁーこの7日間は地獄かと思ったぁ!!」

 

 急に手を広げてオーバーな仕草をした小太りの男に曜引が眉を潜める。のを見ていた三編みの女はアワアワと立ち上がって手をばたつかせる。

 

「あわわ……ごめんなさい。所長は珍しい実験体が来るってずっと楽しみにしていたんです……」

「駒井くん!? 何そのフォローに見せかけた止めの一撃!? 俺そんな事一度も言ってないよ!?」

 

 ……正直そう思っても仕方ないと僕は思うぞ。所長。

 だって、僕が同じ立場ならそう思うだろうし。

 

 そのまま僕が所長だったならと妄想している間に、曜引が棒読みの悲鳴を上げて部屋を出ていって、それを所長が追いかけていってから直ぐに2人して戻ってきた。

 案外ノリ良いんだな、曜引。

 

 そんなこんなで、僕等は奥の実験場に移動して、駒井さんから何か紙を受け取った。

 内容は、今回行う検査について。

 

 そう、神通力の「種類の特定」だ。

 

 



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回帰

 変な事になっちゃったなぁ。と私は思わずぼやいた。

 

 というのも、私の神通力について何やら検査する必要が出たらしく、放課後に研究所に行くよう余目先生に言われてしまったからだ。

 

 確かにでしゃばったかなぁとは思うけども、私は非常時なので仕方なく「隠匿」を使っただけに過ぎないのだ。

 だからわざわざ検査する必要があるとは思えない。まぁ、もしかしたら赤い神力に関する事なのかもしれないけど。

 

 そんな感じでモヤモヤを抱えたまま、私は朝からやけにハイテンションだった沙村と共に放課後、神秘研究所という施設に向かった。

 やっと着いた建物を潜ると、そこには格好いい系のお姉さんが受付に居て、何か紙を手渡された。見ると「内部で見聞きした情報をネット上は勿論、家族友人にも漏らしません」というような内容が書かれた誓約書であった。

 

 自分の神通力をひけらかす気はサラサラ無いので普通にサインし、中に進んで行くと、そこには眼鏡を掛けた女の人と所長という小太りの男の人が待っていた。

 

 

「えっと、それじゃあ奥の部屋に行きましょう……」

 

 駒井と呼ばれた女の人がそう言って奥の部屋に繋がるドアに視線を向けると、沙村は意気揚々とそのドアを開いて中に入って行く。のを見て駒井さんがまたアワアワして追いかけて行った。

 

 私もその後を着いて行き部屋に入ると、そこには用途の分からない大き目な機械が沢山並んでいて、なんだかその雰囲気にちょっと緊張して来た。大掛かりな検査なのだろうか。なんて思いながらキョロキョロと周りを見ていると、所長が後ろから声を掛けてきて。

 

「ごめんごめん、曜引さんは一旦こっちで待機してて」

 

 と言われた。

 ……なんかこう言うの多いよな、私。

 

 仕方ないので所長とモニタリング室に戻ると、間もなく駒井さんもこちらに来てドアをしっかりと閉めた。ガラス窓の方に目を向けると、いつの間にか縁門(アーチ)を脚に付けていた沙村が、そこから緑色の光を溢れさせながら手に何かを持っていた。多分所縁石だろう。

 

『沙村、沙村綾間くん。じゃあお願いします』

 

 向こうの部屋の中に所長さんの声が響いているのだろう。それに沙村は「はい」と返事をすると、緑の発光が強くなっていく。

 

『……はい、一旦止めて下さい』

 

 暫くモニターと睨めっこしていた所長が、何かボタンを押して再び向こうの部屋に声を掛け縁門を閉じさせる。と思ったら数秒後また縁門を開けるように指示を出し、光を強くさせる。

 

 そんな事を3度ほどやった後、駒井さんがドアを開いて向こうに行って、縁門を外した沙村を連れてきた。

 ……なんか、検査はこれで終わりっぽい。

 

「これで終わりなのか?」

「えっと……はい。さっきので神力のパターンと出力が分かるんです」

「あぁ、なるほど」

「あとちょっとで結果出るから待っててねっと……」

 

 パターンかぁ……なんて私も言ってみるが、実のところ全然分からない。

 ので、モニターを少し覗いてみると幾つかの曲線が複合した波型が表示されていた。なおさら分からなくなったので見るのをやめた。

 

 後で聞くと、神力のパターンというのは、このように幾つかの内包された要素の反応によって線形を作ることが出来るのだという。

 また、それは神通力の種類によって異なる。そのため、この検査で大抵はデータベースに登録されているパターンのどれかと一致するらしく、そこで何の神通力なのかが分かるのだ。

 

「うん、うんうんうんうん」

「おお……」

 

 ピッ、と機械から音がした後、所長と駒井さんが急にモニターに釘付けになり、沙村がソワソワしだす。そんなに結果が楽しみなのかと思っていると、どうやら私の方を見ているようだった。ん?

 

「え、何?」

「あ、ああいや。曜引、頭のソレは、見えないのか?」

 

 やけに怯えたように言う沙村。

 言われてすぐに自分の頭に手をやるが、そこには今朝梳いた私の髪の毛があるばかりである。

 

「んー、ゴミでも付いてる?」

「いや、見えないのなら良いんだが……」

 

 いや。

 いやいやいや、背後霊か何か?

 

「……もしかして、からかってるの?」

「そんな訳ないだろう」

「いや、そんな訳あるでしょ」

 

 なんて言い合いをしていると、不意に所長がモニターに向いていた身体を180度回転させて、沙村の方を見た。

 

「沙村くん……沙村くんの神通力は「回帰」だ!」

「かぁ……かか回帰ッ!?」

 

 

 え、怪奇?

 

 

 

 

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 突然飛び跳ねて喜び始めた沙村を横目に、駒井さんに渡された縁門(アーチ)をお腹につけながら、私は何時か読んだ神通力の本の内容を思い出す。

 

 「回帰(かいき)の神通力」。

 

 「投げ飛ばした物を再び手元に引き寄せる」。または、その物を投げずに「触れ続けると、それを元ある形に修復する」能力の神通力である。

 

 これは大変珍しい神通力で、修復出来る対象は無機物有機物も関係なく含まれており、そのため古代遺跡の発掘物の復元などに大活躍する能力なのだとか。

 将来は神々の所縁(リレーションズ)の研究者になりたいと言っていた彼からすればこれ以上無いほどの大当たりだったのだろう。

 

『曜引さん。お願いします』

 

 向こうの部屋から合図が飛んできたので、お腹にある縁門(アーチ)をくいっと開ける。

 そうして神通力を使う時みたいに、自分の神力に意識を集中させて赤い光を強くさせる。この状態で数秒間。

 そしてさっき沙村がやっていたみたいに合図に合わせて一旦縁門(アーチ)を閉じ、また開くのを繰り返す。

 

「はい、ありがとうございましたぁ」

 

 指示が途切れた所で、駒井さんが中に入ってきて縁門(アーチ)を回収。そうして私もモニタリング室に戻って検査の結果を待つ。

 暫くすると、所長がこっちを見て首を捻りながら。

 

「「隠匿」だねぇ」

 

 と言った。

 そりゃそうでしょ。

 

 ……そういえば、結局私は何でここに呼ばれたんだろう?

 「神通力の種類の特定」だなんて言われて検査を受けたけど、もう特定されてるじゃんって話なわけで。

 

「いや「隠匿」とは明らかに違うんだよ、それ」

 

 そんな疑問を口にしたら所長はそう言った。横に居た沙村も頷いている。なんだお前。

 試しにやってみようかなんて所長に言われたので2人で実験場の中に入り、彼は縁門を付けた私に神通力を使うよう促した。合図のタイミングで「隠れる」と所長は私の方に歩いていき、そのまますり抜けた。

 

「今のね「隠匿」じゃあり得ないんだ」

「どういうことですか?」

「うーん……つまり、本当に「隠匿」ならね、物や人をすり抜けるなんて出来ないんだよ」

 

 え?

 

「壁抜けも?」

「出来ないよ、当然」

 

「じゃ、じゃあ物を「ずらす」のも?」

「出来ない出来ないっ! ……というかね、本来その「ずらす」って見た目だけの話なんだからね!? 壁や物や、ましてや「祟り」を「ずらして」消すっていう意味不明な事は「隠匿」じゃあ出来ないの!」

 

 え、え?

 ということは、つまり。

 

「私「隠匿」じゃない……?」

「それを調べるために今日来て貰ったんだけど、ああまでパターンが「隠匿」と一致してると何とも言い難いなぁ……」

 

 それから、モニタリング室に戻った私は引き続き「隠匿」として登録しておくのは何か不都合が起きるだろうという事で「隠匿(仮)」という名の未発見の神通力として処理される事が決定した。

 

 「隠匿(仮)の神通力」かぁ……。

 いやー、なんか凄い収まりの悪い名前になっちゃったなぁ。

 

 ウキウキの沙村とは対象的に、憂鬱な気分で私は寮に帰るのであった。

 

 

 

 

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 青網引島。

 

 高須名町から北西に30km程進んだ所に位置する森に囲まれた「山先(やまさき)町」という小さな町に、人知れず不審な男が足を踏み入れた。

 未だにガクガクと震える足を殴りつけ、なんとかその街にあった拠点に到着した彼は、絵に書いたように疲労困憊であり、そのまま布団の中に倒れ込むようにして横になった。

 

 頭の中にあるのは、自身が祟りになった時の記憶と、何か恐ろしいものに遭遇した恐怖、そして。

 

「許さない……あのクソジジイ……」

 

 荒らされた室内の犯人であろう、ある男への怒りだった。

 

 

 

 



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