寝取られたけど、チョコが美味い (語部創太)
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本編
1.チョコが美味い


 チョコが美味い。

 

 その昔、異世界からやってきた勇者が提唱した文化『バレンタインデー』。

 気になる異性にチョコレートという嗜好品を贈り気持ちを伝えるという行事。

 最近では義理チョコと言って、日頃お世話になっている人に対してチョコレートを贈るという流行りもあるらしい。

 

 おかげさまでチョコが美味い。

 

 庶民の間で有名なこの行事は、数年前に特待生として入学した平民の女性によって、俺の通うこの貴族学院でも流行している。

 令嬢たちが国内でも腕よりの菓子職人たちに依頼して作らせた最高級のチョコレートが、今日この日に学校の内外を縦横無尽に飛び回る。それがバレンタインデーだ。

 大抵は婚約者だったり友人だったりに贈られるチョコレートはしかし、今年はその限りではない様で、とある男子の元に集まっている。

 

「なんだリュート、チョコもらったのか? 誰からだ?」

 

 たまたま前を通りかかった知り合いが、俺――リュート――の頬張っているチョコレートを見て羨ましそうに訊いてくる。あげないぞ。

 

「バイトしてる店のおばちゃんからもらった」

「なんだ義理か」

 

 なんだとはなんだ失礼な。

 おばちゃんの作る料理は美味いんだぞ。街一番の料理人と言っても過言ではない。

 国王陛下お抱えのパティシエにだって負けない。そのぐらいの実力はあるんだぞ。

 ……さすがに盛ったわ。おばちゃんゴメン。

 

「まあ義理の1つでも、まったくもらえないようなお前よりはマシだな」

「ぐぬぬ……っ」

 

 ヘッ、勝った。

 ちなみに貴族の俺がなんでバイトしてるかと言うと、我が家が貧乏だからに他ならない。

 広い王国の領地。その国境にほど近い田舎。田んぼと牧場しかないような土地が、俺の父である男爵が治める領地だ。

 王都にあるこの学院に子どもを通わせるのは、貴族として当然の務め。

 しかし学校というのは如何せん、お金がかかる。それも貴族の為の学校となればなおさら。

 

『社会勉強として生活費くらい自分で稼ぐんだ! 決して我が家にお金がない訳じゃないからな! 分かった!? 分かって!!』

 

 とは父の言葉だ。

 変な意地を張るくらいなら認めてしまえばいいのに、息子には偉ぶりたいお年頃らしい。我が親ながらみっともない。

 

 という訳で、俺は学院から出てすぐ近くの食堂でアルバイトさせてもらっている。

 そして昨日、店主兼コックのおばちゃんからバレンタインデーのチョコレートをもらったという訳だ。

 ちなみに来月にはホワイトデーというのがある。

 バレンタインデーのチョコレートを3倍にして返さなければならないという悪魔の行事だ。

 おばちゃんは言った。

 

『お返しは期待しとくよ、貴族さま!』

 

 常日頃はボロ雑巾の如く酷使しておいて、都合の良い時だけ貴族扱いである。ひどい。鬼、悪魔。

 だが俺はおばちゃんの期待に応えてみせる。いや、上回ってみせる。

 なぜならチョコレートというのは決して安いものではないからだ。

 

 チョコレートの原料となるカカオ豆は、王国内では栽培されていない。

 南方の連合諸国が統治するところでしか育たないのだ。

 数十年前まで王国と戦争していた連合諸国との交易は、現在とても盛んかと言えばそうでもない。

 まだ縁の薄い南方との通商を積極的に行う商会もあるが、国全体から見ればごく少数だ。

 

 そういうわけで、貴族にとってはそこまで高価ではないチョコレートも、一般庶民からすれば高級品といっていいだろう。

 バレンタインデーにチョコレートを贈るというのは、それだけ「貴方を特別に想っています」という意思表示でもあったわけだ。

 

 現在は上述の通商に積極的な商会のおかげでチョコレートの値段も下がってきたものの、それでもその他の小麦を使った菓子より高価であることに違いはない。

 そんな貴重な品を、ただのアルバイトに過ぎない俺にプレゼントしてくれたおばちゃんには、とてもじゃないが頭が上がらないのだ。

 

 もちろんそれとは別に、貴族としての意地もある。

 いくらボンビー男爵家とはいえ、これでも一端の貴族であることに変わりはない。

 庶民の期待に応え、庶民を幸せにする。

 貴族にはその責務と矜持があるのだ。

 

 つまりこれこそが、ノブ……

 

 ノム……?

 

 なんだっけ、忘れちゃった。

 まああれだよ。ノンオイル・ドレッシングだかなんだかってやつだよ。

 分かった? 分かって。

 

 あと誰か俺に、高級そうに見えて美味しいけど安いチョコレート売ってるお店を教えて? お金ないの。

 

 まあそんな経緯もあって「キャーーーッ!!」俺は授業の合間に糖分を「イヤーーーッ!!」補給するべくおばちゃん特製の「ヒーーーハーーー!!」チョコレートに舌鼓を打ってい「チョッゲプリィイイイイイイ!!」

 

 トゲピーいたって今。

 

「廊下が騒々しいな……」

 

 どうした突然。

 知り合いが急に意味分からないこと言い出した。

 

 ……いや、そうか。

 分かる、分かるぞ知り合い。男なら、それもまだ若い時分には、そうやって格好つけたい時ってのがあるもんだよな。

 お前も患ってしまったようだな。思春期男子特有のあの病気をよ。

 安心しろ。お前一人には行かせないさ。逝く時は一緒だ相棒!

 

「今日は、風が騒がしいな……」

「何言ってんだお前」

 

 解せぬ。

 

「ほらアレ見ろよ」

 

 そう指差された方を見てみれば、そこにいたのは金ぴかに輝く髪の毛を靡かせ、周囲に十数人の女の子を侍らせるイケメンの姿。

 

「なんだ、王太子殿下じゃん」

 

 我が王国の次期国王にして、我らが同級生がそこにいた。

 うーん相変わらずのイケメンっぷり。同じ男ながら、見ていて惚れ惚れしますなぁ。何あの笑顔、素敵すぎでしょ。世の女性を独り占めしてしまうおつもり?

 

 王太子殿下が笑顔で受け取っているのはもちろんチョコレート。バレンタインデーだからね。

 婚約者のいる令嬢たちも「これは義理だから」という言い訳の元、明らかに婚約者の令息に渡すよりも気合いの入ったチョコレートを渡している。

 

 王太子殿下にまだ婚約者がいないからって、玉の輿を狙う女の子のなんと多いことか。俺も参加していい? 実家にお金をたんまり持ち帰りたいの。

 

 そうして、瞳にハートを浮かべて蕩けた表情を浮かべている、そんな夢見る乙女たち。

 その中の一人、今まさに王太子殿下にチョコレートの包みを渡そうとしている、顔を真っ赤にした女子。

 

 俺の婚約者であるレイア公爵令嬢がいた。



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2.チョコが甘い

「……おい。いいのかよ」

「何が?」

 

 知り合いが不機嫌そうな顔をしている。

 そんな顔だからチョコもらえないんだぞ。やーいブサイク。

 

「そうじゃなくて、お前の婚約者だよ!」

 

 たしかに俺の婚約者は可愛いけど、それがどうした?

 お前にはやらんぞ?

 

「王太子にチョコ渡してるけど良いのかって訊いてんだよ!」

 

 改めて2人の様子を見る。

 頬どころか顔を真っ赤に染めてチョコの包みを差し出しているレイア。

 それを日頃のアルカイック・スマイルではなく満面の笑みで受け取っている王太子殿下。

 王太子の反対の手はレイアの桃色の髪の毛を一房手に取って弄んでいる。その距離感、まるで恋人!

 

 ………………うん。

 

「仲が良いな! ヨシ!」

「目玉腐ってんじゃないのかお前」

 

 ひどい! チョコレートどころか腐ったカカオ豆すらもらえない非リアからのやっかみがひどい!

 

「いい加減にしないとぶっ飛ばすぞ」

 

 そう捨て台詞を吐き、知り合いは呆れ顔で去っていった。

 ふっ、またしても勝ってしまった。

 怖いわー! 俺の口喧嘩の才能が怖いわー!

 

 さて、負け犬は去った。これで落ち着いてチョコを味わえる。

 それでは改めて、この一際大きいやつをパクリ。

 うん、やっぱりチョコが美味い。おばちゃん最高!

 

「美味しそうなもの食べてるじゃない」

「出たな、知り合い2号」

「友だちですらないの!?」

 

 図々しいにも程がある。これは俺が汗だくになって手に入れたおばちゃん特製チョコレートだぞ。何人たりとも触れることは叶わぬわぁ! ガーッハッハッハ!!

 

「いや知ってるわよ。アタシのお母さんだもん」

「まさかマザコンだったのか知り合い2号」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 それ何なの? 俺をボールに見立てたホームランダービーでも流行ってるの?

 

「まあいいわ。はい、義理チョコ」

「何でもご命令くださいアンズ様」

 

 私はアンズ様の忠実な下僕にございます。

 

「お返しは30倍返しでいいわよ」

 

 我が家に没落しろと仰るか。

 震える手でアンズからチョコレートを受け取る。

 ひゃっほーい! 女子からの手作りチョコレートだぁい!

 

「家宝にします」

「早めに食べちゃいなさい」

 

 アンズは俺が働いている食堂のおばちゃんの一人娘だ。

 というか、バイト先はアンズに紹介してもらった。

 平民ながら学業優秀で特待生として入学したアンズは、経営学を学んで実家の食堂を王国で一番繁盛させるんだと頑張っている。ええ娘や。

 その経営学、うちで活かさない? 今なら王都よりも小さい領地が付いてくるけど。

 

 「アンタにはレイアがいるじゃない」? なにか関係あるのかそれ?

 

「あと、お母さんからの伝言なんだけど」

「はいはい、なんでしょうか」

 

 おかしいな、来月のシフト締切は来週だったはずだけど?

 

「………………その、」

 

 おや、珍しい。日頃は歯に衣着せぬ言葉で俺のガラスのハートをぶち壊してくるアンズが言葉を濁すとは。

 

「鋼鉄製の心臓がなんだって?」

「思春期男子の心の弱さを舐めるなよ!」

 

 スライムよりもプニップニやぞ!

 

「じゃあ壊れないじゃない」

 

 ……本当だ!

 おい、なんだその目は。アホな子を見る目で見てくるんじゃない。

 いや確かに俺はアホだけど。

 

「……まあ、いいわ。それで伝言なんだけど」

 

 そうだった。話を脱線させないでさっさと本題に入りなさい。

 

「脱線させてる奴がそれを言う?」

「ほらまた脱線した」

「ああ言えばこう言う……!」

 

 ほーれほれ、口喧嘩じゃ勝てないんだからさっさと言いにくいこと言って楽になっちゃいなさい。

 そんな顔を真っ赤にしちゃって、アンズちゃんじゃなくてリンゴちゃんにでもなるつもりかしら。あざと可愛いわアンズちゃん!

 

「ホワイトデーのお返しは…………ゴニョゴニョ」

「聞こえん」

 

 まったくもって聞こえん。ラブコメの主人公にでもなった気分だぜ。テンションあがるなー。

 

「だから! ホワイトデーのお返しは『孫の顔でも良い』って言ってたわよ!」

 

 ………………孫?

 

「…………な、なによ」

 

 俺とおばちゃんに血のつながりはない。

 血がつながっているのはアンズだ。

 つまり孫の顔を見せるには、アンズが子どもを産む必要があるわけで。

 

 …………ま、まさか!

 

「俺に、貴族との良縁を用意しろと言うのか!」

 

 無理だぞ! こんな貧乏で性格悪い男爵令息にまともな友だちがいるわけないじゃないか!

 アンズみたいな可愛くて良い娘を、そんなろくでもない連中に任せるわけにはいかない!

 

「駄目だぞアンズ! あんなロクデナシ共と結婚するなんてお父さんは許しません!」

「…………そうね。アンタはそういう奴だったわよね」

 

 な、何故だ! なぜそんなアホな子を見る目をしてるんだ!

 まさか、これが反抗期ってやつなのか!?

 

「それで、アレは放っといていいわけ?」

 

 露骨に話を逸らされた。

 アレと指差された方を見れば、未だにチョコレートの包みを受け渡ししている王太子殿下とレイアがいた。

 

 ……いや、長くない? さっきから十分近く経ってると思うんだけど。

 お互いの顔を寄せて、何か小声で話してるみたいだ。

 キスしちゃう? それともしない? どっちなんだい!

 すっかり2人の世界に入ってしまっているようで、周りにいる令嬢たちがちょっと気まずそうにしている。早くチョコレート渡したいだろうに、可哀想。

 

 ちなみにどちらもチョコレートの包みから手を離していない。

 何がしたいんだ、レイア……。渡すならスッと渡さないと王太子殿下も困っちゃうじゃないか。

 いや、困ってないな。むしろ嬉しそう。めっちゃニコニコしてる。じゃあ問題はないか。

 

「仲が良いな! ヨシ!」

「馬鹿なの?」

 

 馬鹿じゃないやい! ちょっとだけ勉強が苦手なだけだい!

 ただ学年の平均をちょこっと下回ってるだけだい!

 そう。チョコだけにね!

 

「馬鹿なのね」

 

 ひどい。泣いちゃう。チョコ食べて我慢しよう。

 

「なにこれ、めちゃくちゃ美味い」

「そ、そう?」

 

 果実のソースがチョコの中に入ってるのか。甘いだけじゃなくて程よい酸味が口の中に広がって、まるで味のハーモニーや~。

 

「ありがとうアンズ。これ最高だわ」

「と、当然でしょ! アタシが作ったのよ?」

 

 うむ、さすがはおばちゃんの娘。料理の練習、頑張ってたもんな。

 偉い偉い。チョコレートは美味い美味い。鼻血は赤い赤い。

 あびゃー。

 

「何やってんの!? チョコの食べすぎよ!」

「失礼な! ちょこっとしか食べとらんわい!」

 

 チョコだけにな!

 

「つまらないこと言ってないで鼻押さえなさい!」

 

 はい、すいません。

 渡されたハンカチで鼻を押さえて上を向く。

 調子に乗って食べすぎた。本当、ごめんね心配かけて。

 

 そんな感じで大騒ぎしていると、後ろから右肩をグワシと掴まれた。そこに紫ちょうちょはいないよ?

 

「おい貴様!」

「あびゃびゃびゃびゃ」

「ちょっと! 鼻血出してるんだから刺激しないでよ!」

「えっ、あぁ……すまない……?」

 

 ごめんね。いやマジでごめん。怒ってるんだとは思うんだけど、もうちょっと優しくしてくれると嬉しいな。俺、初めてなの……///

 

「気持ち悪い」

 

 ごめんなさい。

 

「まったく。また貴様かタナベ男爵令息」

 

 はい、どうもタナベ・リュートです。

 振り返れば、そこにはメガネをかけたイケメン+α。ひゃあ、おでれえた。右を見ても左を見てもイケメンだ。オラ、ワクワクすっぞ~。

 

 気付いたら3人のイケメンに囲まれていた。こ、これが今流行りの乙女ゲーってやつですか。まるでヒロインにでもなったみたいだぜ。テンション下がるなー。

 

「アンズに近付くなって何回も言ってるよね?」

 

 右から話しかけてきたのはヤンチャ系イケメン。身長ちっちゃいね。可愛い♡

 

「学習能力がないなんて、猿にも劣る畜生ですね」

 

 左にいるのはロン毛糸目系イケメン。風呂の時間が長そうだね。キッショ。

 

「まったくだ。こんな奴と一緒にいたら駄目だよアンズ」

「そうだよ、あっちに行こう! お茶しようよ!」

「こっちまで知能レベルが下がってしまう前にこの場を離れましょう」

 

 ちなみにヒロインは俺じゃなくてアンズだったりする。キーッ、この泥棒猫!

 

「離しなさいよ! アタシはリュートと話してるんだから邪魔しないで!」

「あっ、鼻血止まった」

「言うとる場合か! 馬鹿リュート!」

 

 チョコレートは1日2,3個までにしないと駄目だね。反省しよう。

 イケメン3人にドナドナされていくアンズに手を振る。

 

「ハンカチは新しいの買って返すからなー」

「余計な見栄を張ってんじゃないわよ貧乏貴族ー!」

 

 ひっでえ悪口。あんな女のどこがいいんだイケメン3人衆。

 ……顔か? 顔だな(確信)。

 杏色で光に当たると煌めいて見える髪、勝ち気そうで芯のある強い光を放つ目。レイアと並んで学園で一、二を争う美少女っぷり。

 気が強くて遠慮しない裏表のない性格も貴族には珍しいから惹かれる気持ちもよく分かる。

 

 平民であんだけ顔が整ってんのも珍しいよな。貴族は割と皆、整った容姿してるけどさ。

 案外アンズも、レイアみたいにどこぞの貴族様の隠し子だったりするのかもな。

 ところであのイケメン3人衆、名前なんなんだろうな。

 毎回すぐにどっか行っちゃうから分からないんだよな。

 

「おい、貴様」

 

 なんだいなんだい。今日はイヤに貴ばれちゃう日だな。貴族だって自覚が湧いてきちゃうぜ。

 チョコレートの包みを片付けながら振り返るとまあ、ナイトディナーショー。

 

 間違えた。なんてことでしょう。そこには王太子殿下が立っていたではありませんか。



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3.チョコが甘酸っぱい

「冬の寒さ残る中で梅の木が花開くのを心待ちにしております時分、王太子殿下にご挨拶申し上げます」

 

 咄嗟に膝をついて深々と礼をする。

 いやあ、マナーについて学び直しといて良かった。田舎者だって舐められないようにマナーや礼儀は大事だって父親も言ってたからな。

 

「堅苦しい挨拶はいい。面を上げろ」

 

 言われた通りに顔を上げれば、うわぁ面白いほどのしかめっ面。

 さっきレイアに見せてた満面の笑みを俺に見せてくれてもいいんだよ? 惚れちゃう///

 

「私めに、何か御用でございますか」

 

 周りを囲んでいた令嬢たちを放っておいてわざわざ俺のところにまで話に来るなんて、いったい何の用だろうか。

 不敬を働いた覚えもないし(そもそも関わったことがまずない)、家柄的にも王太子殿下が気になる要素はないはずだけど。

 

「レイアの婚約者だというのは貴様か」

「左様でございます」

 

 鼻をフンッと鳴らされた。花粉症かな?

 返事しただけなのに眉間に皺が寄ったんだけど、これ俺と話さない方が良いんじゃないの殿下?

 

「まったく釣り合いが取れていないではないか」

「おっしゃる通りです」

 

 王族に対しては、肯定と即答。決して機嫌を損ねないように。

 マナー講座を開いてくれた先生の教えに忠実に従う。

 いやまあ、機嫌は損ねるどころか最初からどっかに吹き飛んでたけど。それは俺のせいじゃないから許してチョンマゲ。

 

「公爵令嬢で頭脳明晰、学院の花と謳われるレイアに対して貴様は何だ。

 本当に王国のものかも分からぬ辺境のド田舎の、男爵令息だと?

 地味でパッとしない見た目、成績も悪く勉学に励まず遊び惚けているとは恥を知れ」

 

 なるほど、お気に入りの令嬢の婚約者が悪い噂で絶えないから 責しに来たのね。

 ごめん先生。殿下の機嫌が家出してたの、やっぱり俺のせいだったわ。

 

「お恥ずかしい限りにございます」

「貴様のような者がレイアに近付くだけでも無礼と知れ」

「はい。しかと肝に銘じておくでございます」

 

 やっべ、言葉遣いが乱れた。バレたか? バレてないよな?

 そろーっと殿下の表情を伺う。

 ニヤッと笑ってる。ニヒルな笑みだ! さすがイケメン格好いい!

 何だか知らんが機嫌がよくなったみたいだし、とにかくヨシ!

 

「さて、話は変わるが今日はバレンタインデーだな?」

「アッハイ」

 

 やっべ、雑談に入った。要件が終わったならどっか行ってくれないかな。

 王族と話すだけでも緊張するし、機嫌損ねないようにするだけで疲れるんだから、話しかけてこないでほしい。

 

「私は先ほどレイアからこのような素晴らしい贈り物を受け取ったのだが、どうやら婚約者である貴様の分はなかったようだな?」

 

 そうですね。さっきもらってましたね。というかずっと視界に入ってましたけどね。

 そしてたしかに、俺はレイアから何ももらっていない。

 というか学院に入学してから、話したこともあんまりないんじゃないかな?

 だいたいレイアは王太子殿下の近くにいたし、いくら婚約者とはいえ身分的に大きく差のある俺から話しに行くのはマナー違反だしね。

 

 遠巻きに俺と王太子殿下の会話を聞いている群衆の中にレイアを見つける。

 何やら顔を真っ青にしてる。

 婚約者である俺を捨て置いて王太子殿下とイチャイチャしてるのがバレて慌ててるのかな?

 別にそんなの気にしなくていいのに、相変わらず心配性だなぁ。

 

「おっしゃる通りです」

「どうやらレイアからすっかり見放されているようだな? 情けない婚約者どの?」

 

 ニヤニヤニヤニヤ

 レイアからチョコレートをもらったのがよっぽど嬉しかったらしい。殿下の笑いが止まらない。

 

「レイアもよく分かっている。彼女にふさわしいのは貴様のような凡人ではなく、私のように高貴な者であるべきだ」

「おっしゃる通りでございます」

 

 俺もそう思うよ。レイアみたいな素晴らしい女性は、俺みたいなつまらない輩に引っかからないで、もっと素晴らしい人と幸せになるべきだ。

 

「身の程をよく弁えているな。これからもその調子で慎ましく日陰で生きるがよい」

「身に余る光栄にございます」

 

 俺の返事が大層お気に召したらしい。王太子殿下は高笑いしながら去っていった。

 それにあわせて、周りの野次馬たちも散っていく。

 

 後に残されたのは、チョコレートの包みをせっせと片付ける俺と、真っ青な顔でブルブルと震えるレイアだけだった。

 

 そういえば、次の授業は別の教室だったっけ。急がないと、もうすぐ休み時間なくなっちゃうな。

 

「気にしなくていいよ、レイア」

 

 何を怖がっているのか、足を動かさないレイアに声をかける。

 

「俺はいつだってキミの味方だ。だから何も気にしなくていいんだよ」

「ち、違うんです。リュート様。わたし……わたしは……」

 

 頭を撫でようとして、やめる。

 それはもう、俺の役目じゃないだろ?

 

「………………リュート様?」

「ごめん。時間がないからもう行くね」

 

 瞳を大きく見開いて、涙が零れそうになっているレイアを見ないようにして教室を出る。

 入れ違うように教室へ入っていく王太子殿下に一礼すると、後ろを振り返らないように下を向きながら早歩きで次の授業が行われる教室に向かった。

 

 ………………いや、戻ってくるならなんで1回教室出ていったん?



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4.チョコが苦い

 公爵が結婚する以前に遊び歩いていた頃、娼館で引っかけた女性との夜遊びの末に出来た庶子。

 

 それが、レイア公爵令嬢だ。

 

 公爵と奥方、そしてレイアの母親の間にどんな話し合いが持たれたのか。俺には分からない。

 ただ、現在学院に通っていることからも分かるように、レイアは公爵家の一員として正式に認知されている貴族令嬢の1人だ。

 

 しかし、王国内で1.2を争う大貴族である公爵家当主のスキャンダルは当時、社交界を揺るがす大事件だったようで。

 「火のない所に煙は立たぬとは言うが、あれは煙どころか山火事のようだった」とは、俺の父親の言葉だ。

 

 さらに公爵と結婚していたのが、対立派閥である侯爵家の令嬢だったことも騒動を大きくした要因だった。

 王国内を二分する巨大派閥が、新国王陛下の即位に伴って和解する象徴としての婚姻。

 その両家に新たに生まれた絆を裏切るような庶子の露見は、あわや国内の内乱勃発かという寸前までいったそうだ。

 

 幸いにも武力ではなく話し合いによって解決した騒動だったが、その原因となったレイアに対する貴族社会の風当たりは、とても強く冷たいものとなってしまった。

 

 このままではまともな社交も出来ず、どこにも嫁がせることが出来なくなってしまう。

 娘の未来を危惧した公爵は、ほとぼりが冷めるまでレイアを隠してしまうことにした。

 王都から遠く離れていて何処の派閥にも属していない、同年代の子どもがいて、金さえ積めば簡単に尻尾を振る。そんな貧乏貴族に一時、レイアを預けることにした。

 

 つまり我が家ですコンチクショウ。

 大喜びで話に飛びついた両親のアンポンタン。

 

 とはいえ、おかげさまで火の車だった家計は平均的な貴族の平均程度には回復したし、俺は同い年の可愛い幼馴染と遊びまくる楽しい幼少期を過ごすことが出来た。

 おかげさまで、レイアが公爵家に戻る時には俺と離れたくないとギャン泣きするくらいには仲良くなっていた。

 もちろん俺も泣いた。

 

 その時の様子を見た公爵は、俺とレイアを婚約させることに決めたらしい。

 正妻との間に男子が産まれていて、公爵家を継ぐ必要もなくなっていたレイアは他所の家に嫁ぐことが定めとなっていたんだが、その婚約者選びが大層難航していたらしい。

 

 まあつまり、レイアと公爵家の悪評は多少マシにはなったものの、完全になくなるとまではいかなかったようで。

 『人の噂も七十五日』とはいうものの、公爵のやらかしはあまりに大きすぎたと。

 公爵家はその影響力をグッと落としていたし、平民――それも娼婦――の血が混ざった子どもを受け入れてくれるような貴族はどこにもいなかった。

 

 我が家?

 さらなる資金援助に大喜びでしたよ、ええ。

 息子の将来を何だと思ってるんだ。

 

 俺?

 そりゃあもう諸手を挙げての大賛成ですよ。

 唯一の友だちで可愛い女の子が嫁になるって言われて喜ばない男はいない。

 将来は結婚しようね、なんて子どもらしい約束が実現したもんだからレイアと手を取ってキャッキャと喜んだもんだ。

 あの頃は良かった……。

 

 

 それが一変したのは、俺とレイアが貴族学園に入学してからだ。

 

 

 まあ、さっきまでのやり取りを見てもらえば分かるとは思うんだが。

 王太子殿下がレイアに一目惚れしたのだ。

 

 だよねー! レイア可愛いよねー!

 守ってあげたくなっちゃうっていうか? ほんわかした雰囲気がいいよね!

 桃色の髪の毛を腰辺りまで伸ばしちゃってもう可愛い! ちなみに同じ髪色の父親を見ると痛々しくて見てられない。

 クリクリの目で見つめられると心臓がキューッとなっちゃう! 心臓発作を疑うね。

 

 入学式から王太子殿下の目に適ったレイアは、その寵愛を一身に受けることになった。

 貴族の中でもとびっきりのイケメンと美少女の熱愛はあっという間に学院の外に飛び出て社交界にまで知れ渡ったらしい。

 

 レイアが庶子であるという蔑みは、たちまち掻き消えた。

 王太子殿下と公爵令嬢は、身分的にも釣り合いが取れている。

 そう。辺境の男爵令息よりもよっぽどね。

 

 俺がレイアの婚約者だという事実は、無視されるようになった。

 というか俺とレイアの婚約を知ってる人も少ないと思う。

 せいぜい、俺が学院でつるんでいる数少ない友人と王太子殿下の周りくらいじゃないか?

 大多数はたぶん、王太子殿下とレイアが婚約していると思ってる。

 最近は俺もそうなんじゃないかと思ってきたくらいだ。

 

 他人の婚約者に手を出すのって禁忌だしね。

 王太子殿下がまさかそんなトンデモない事をしていると思う人はいないだろう。

 

 嫁の貰い手が見つからなかった娘が王太子の心を射止めた。

 王太子妃――つまりは未来の王妃だ。

 そうなってしまえば、公爵家の落ちた威信はあっという間に元通り、どころかそれまで以上になること間違いなしだ。

 

 田舎の貧乏貴族と王族。

 どっちを取るかは分かりきってるだろ?

 

 そんな訳で、まずは我が家への資金援助が打ち切られました。

 公爵に払ってもらっていた俺の学費も自腹になりました。

 

『どどど、どうしようリュート! お金がない!』

 

 慌てふためく父親、泡吹いて倒れる母親。

 はい。じゃあ使用人全員に暇を出して屋敷も売っちゃいましょうねー。

 

『住む場所がなくなっちゃったよリュート!?』

 

 そこら辺の一軒家にでも住んどきな。

 母ちゃん、アンタ元々は平民だろ。家事できるでしょ。

 

『頑張って貴族の奥さんの地位を射止めたのに!?』

 

 射止めたって言っても、そこら辺の商人より貧乏な男爵じゃあねぇ?

 運が悪かったと思って諦めな。

 はい父ちゃん、これ貴族学院で知り合った商会の伝手。その人に領内の流通を全部任せて代わりにマージン取れば収入増えるから。

 

『え、じゃあ節約しなくていいんじゃ?』

 

 じゃあ俺の学費どうすんだよ。

 無理に貴族ぶろうとして知りもしない画家に自画像描いてもらったり、ぼったくり宝石商に高額なドレスとか装飾品売りつけられたりしてっから金がなくなるんだよ。

 慎ましく質素に生きなさい。どうせ社交界にすらお呼ばれしない木っ端貴族なんだから。

 

 そもそも何で我が家が男爵になったかって、曾祖父が南方諸国との戦争で華々しい戦果を挙げた褒美で爵位をもらったってだけだし。

 王都よりも狭い、雀の涙ほどの領地じゃまともな税収も見込めないし、これといった特産品もないんだし。

 

 そのくせ「貴族らしくしなきゃ」って使命感は人一倍で、変な方向に突っ走るんだから。

 腹の探り合いとか交渉術とか苦手なんだから、無駄なプライド持つのは諦めなよ。

 どうせレイアとの婚約だって「公爵家の血が入れば、これで一人前の貴族になれる!」とか思ってた節もあるでしょ?

 

『『ギクーーーッ!!』』

 

 はいはい、解散。

 爵位は俺の代で返還する予定だし、今のうちに平民の生活に慣れ親しんどいてね。

 

 

 といった具合で、我が貧乏男爵家は公爵家に見捨てられたのでした。

 でもなぜか、まだ正式な婚約破棄の連絡は来ていないんだよね。

 俺は一応、レイア公爵令嬢の婚約者ってことになっている。

 

 それも時間の問題だろうけどね。

 婚約破棄には相応しい事由が必要らしいし、その証拠集めに時間がかかってるんだろ。

 

 そういう訳で、そう遠くない未来に別れる俺はレイアにとっては過去の男になる。

 だから別にレイアが王太子殿下とイチャコラしていても、思うところは何もない。

 

 ただ、俺の初恋相手が幸せになれるように願うばかりだ。



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5.チョコが柔い

「タナベ! ボクと勝負だ!」

「ぐわー、負けましたー」

「ふざけるな! ぶっ飛ばしてやる!」

 

 ホームランダービー参加者が3人になっちゃった……。

 

 というわけで、楽しい体育の時間でございます。

 体育という名の剣術ですけどね。

 2人1組で木刀の打ち合いをするというシンプルな授業内容。考えた人はミニマリストかな?

 

 いつもなら知り合い1号と昼飯を賭けて死闘を繰り広げるところだけど、いま俺の前に立っているのはアンズ大好き三人衆の1人、小さくて可愛いヤンチャそうでワンコ系なイケメン。ワカラセたくてたまらない///

 

「な、なんか悪寒が……」

「大丈夫? ホテル行く?」

「すごい良くない予感がする! 命より大事なものを失いそうな気がする!」

 

 そんな大げさな。ただちょっと自尊心をコナゴナにして従順なペットにするだけだよ?

 

「なんでアタシじゃなくてアイツなのよ……!」

 

 あれ、なんだろう。チョコよりドロッとした憎悪の感情をぶつけられてる気がする。

 具体的には女子と話してると知り合い2号がたまに睨んでくる、あの時の背筋がゾワッとする感じ。

 ……気のせいか! アンズとは違うクラスだし、授業も全然違うはずだし!

 

「あっ、アンズが見てる! おーい!」

 

 あわわわわ。

 逃げるんだぁ(使命感)。

 

《タナベ・リュートは 逃げ出した!》

 

「おっと、そうはいきませんよ?」

 

《しかし 回り込まれて しまった!》

 

「まったく、決闘を挑まれて逃げ出すなんて貴族の風上にも置けな――」

「死ねやナルシスト」

 

《リュートの 必殺・金的蹴り上げ!》

 

「おごぉおおおおおおおおおお!?」

 

《効果は ばつぐんだ!》

 

 髪の毛伸ばしてイキってる男に興味はねえんだよ。さっさと失せろや。

 

「伯爵家の跡取りに何やってんのさ!?」

「本当に申し訳ない」

 

 あまりの気持ち悪さに反射的に手が出てしまった。反省はしている。後悔はしていない。

 というかこのロン毛、伯爵家の嫡男だったのか。

 股間を押さえて地面をのたうち回る姿はまるで芋虫。こんな奴が未来の伯爵だなんて、我が王国の未来は明るいね☆

 

 俺、男爵。

 ロン毛、伯爵。

 

 ひょっとしなくても不敬。

 うーん、これは我が家お取り潰し。

 没落するしかないじゃない! やったね。

 

「もう一発いっとくか……」

「や、やめろー! 死にたくなーい!」

 

 ものすごいスピードで這いずり回りながら逃げていった。

 何がしたかったんだあのロン毛。

 さて、邪魔者はいなくなった。あとはお楽しみの時間だ。

 

「ひぃっ!」

 

 どうしよう、振り返って見ただけで怯えられちゃったんだけど。可愛いね。ちょっとそこの人目につかない茂みまで行こうか?

 

「ぼ、ボクは君より偉いんだぞ!? 子爵家を継ぐ人間なんだからな!?」

「大丈夫大丈夫、先っぽだけだから」

 

 さあ俺と君とのめくるめくアバンチュールを始めようじゃないか!

 

「覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 残念無念。子爵家の跡取りは脱兎のごとく逃げ出した。

 クソぅ。運が良ければ玉の輿を狙えるかと思ったのに。

 仕方ない。よし、知り合い1号。今日のプリンを賭けて勝負しようじゃないか。

 

「お、おう。そうだな……」

 

 真っ青な顔で股間を押さえて、どうした?



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6.チョコが渋い

「ジェームズが世話になったようだな」

 

 誰それ?

 昼休み。知り合い1号から強奪したプリンに舌鼓を打っていると、メガネをかけたイケメンが正面の席に座った。

 

「いつも私と一緒にいる髪の長い男がいただろう」

 

 ああ、あのナルシスト。

 なんだアイツ、金玉潰されたのを三人衆リーダー格のメガネにチクったのか。見た目通りクソダサいな。

 

「股間は無事でした?」

「ああ、アンズが治療してくれたおかげですぐ良くなった」

 

 チッ!(クソでか舌打ち)

 余計なことしてくれたなアンズめ。あんな奴、存在自体が末代までの恥なんだから生殖機能を奪ってしまえばよかったのに。

 

「……貴様くらいのものだ。身の程知らずにも私に歯向かってくるのはな」

 

 ちなみにこのプリン、なんとチョコレート味だ。バレンタインデー仕様らしい。

 ミスった。味変しようとプリンにしたのに結局チョコの味になってしまうとは。

 じゃあ知り合いに返してやれって? やだね。これは俺のもんだ。

 

「分かっているのか!? 私は次の宰相となる男だぞ!」

 

 明らかに話聞いてないのがバレたのか、メガネがイライラしてる。

 まあまあ、そう怒るなって。カルシウムと糖分足りてないんじゃない?

 チョコでも食べたら? アンズからもらったでしょ?

 

「………………もらっていない」

 

 あっ(察し)。ふーん?

 

「な、何を笑っている!?」

 

 なんでもないよー?

 あっ、こんなところにアンズからもらったチョコがある! 食べちゃおー!

 

「こ、この外道が!?」

 

 フハハハハハ! 負け犬の遠吠えが耳に響いて心地良いのぅ! チョコは美味いし気分は良いし、鼻血は赤いし最高だぜ!

 

「あびゃー」

「馬鹿なのか貴様は!?」

 

 すいません、マウント取りたいがために調子乗りました。

 朝も鼻血出したばっかなのにまた出しちゃった。

 ごめんねメガネくん。ハンカチ汚しちゃったね。

 

「いいから抑えていろ! まったく世話の焼ける……」

 

 いい兄貴分だねメガネくん。あのヤンチャちびっ子から好かれる理由が分かった気がするよ。さすがメガネは伊達じゃないね。

 

「さっきからメガネメガネと……」

 

 なんだよ。事実を言われて怒るなんて宰相らしくないぞ?

 チョコでも食べたら? あっ! チョコもらってないんだっけ~?

 や~い非モテー! いやぁモテる男はつらいですなぁ! どこぞのメガネと違って!

 

「ぶっ飛ばすぞ貴様」

 

 ホームランダービーへの参加人数が順調に集まってきてる……。

 そろそろバットでも持ってきた方が良いかな? どう思うメガネくん。

 

「私にはセドリックという名前があるんだ!

 友人の彼らにも、ジェームズとユードリックという立派な名前がある!

 きちんと名前で呼びたまえ! 失礼だぞ!」

 

 はい。ごめんなさい。

 いや、別に俺も名前で呼びたくない訳じゃないんだよ?

 でも君たちの名前知らなかったから、適当な目印つけて呼ぶしかなかったっていうか――

 

「む、そうだな。名乗っていなかった私たちも悪かったか。すまない」

 

 いいってことよ。さすがメガネくん。話が分かるー!

 

「よし分かった死にたいようだな」

「ホントごめんなさいセドリック様」

 

 父ちゃんから教わった必殺・土下座を披露する。さすがに嫁さんももらってないのに死にたくないですどうぞ許してクレメンス。

 え? セドリック『様』はいらない? でも次期宰相ってことは今の宰相さま、つまり侯爵の息子でしょ? それじゃあ敬称付けた方が良いんじゃ……いらないんですね、分かりました。

 

 で、何の用事だったっけ?

 

「なぜ貴様は私たちに喧嘩を売るのか、という話だ」

 

 売った覚えも買った覚えもないんですが?

 え? 失礼な物言い?

 

 ………………すいません。これが素の自分なんです。

 

「それだけじゃない。アンズの周りをウロチョロするとは目障りな――」

「あぁ、それずっと前から不思議なんだよね」

 

 アンズって、言い方は悪いけどたかが平民じゃん?

 勉強できるから学費免除の特待生って扱いで貴族学院に通ってるけど、身分の差ってのは学院内でも多少は現れる。

 

 平民は平民同士で固まるのが常だし、貴族と関わるにしてもせいぜいが男爵子爵って下位の貴族くらいなもんだ。

 つまり、俺とかユードリック? みたいな奴がアンズと交流を持つのは分かるんだけど、伯爵家とか侯爵家の跡取りが明らかに平民を優遇するような形で友好関係を築くのは何でなのかなって不思議なんだよね。

 

 アンズの実家が豪商で王国内の商業を牛耳ってるとかだったら話は変わってくるんだけど、ただの家族経営の飲食店だ。

 侯爵や伯爵が仲良くなるメリットを感じられない。

 

 まあ、身分の違いなんて気にならないくらいアンズが好きなんだとしたら、それは構わないんだけどさ。

 

「貴様は何も知らないのだな」

 

 鼻をフンッて鳴らされた。花粉症かな? 王太子殿下といいセドリックといい、今年の春は杉の猛威が社交界に大打撃を与えそうだね。全部伐採しないと(使命感)。

 

「アンズには、聖なる癒しの力が宿っている」

 

 どうしたの? 急に妄想と現実の区別がつかなくなった? 金玉蹴り飛ばしてあげようか?

 ……冗談だよ。そんな必死に股間を守らないでよ。

 

「ゴホンッ。無学な貴様でも『聖女』の伝承くらいは知っているだろう?」

 

 王国に危機が迫る中で現れる神の御使い、でしょ?

 あらゆる厄災を払い除け、王国に繁栄をもたらす奇跡の存在。

 聖女を支える伴侶は聖騎士と呼ばれて全ての悪意から聖女を守るとかなんとか。

 

「そうだ」

「で、その聖女がアンズ?」

「そうだ」

 

 ………………嘘だぁ。

 そんな大昔の伝承を大真面目に信じてる人がいるかね。

 神話とかそういう類のおとぎ話でしょ? 現実に聖女がいたかも怪しいって言われてるし。

 

「いや。聖女はたしかに実在していたし、私たちのごく身近にいる」

 

 仮に百歩譲って聖女が実在するとしても、それがアンズだって証拠は何だよ?

 

「貴様にもあるだろう? アンズに治療された傷があっという間に治癒した経験が」

 

 ……まあ、たしかに。

 チョコ食べすぎが原因で出た鼻血はまだ止まらない。

 朝、アンズにハンカチもらった時はあっという間に止まったのに。

 

「ジェームズの治療がすぐ終わったのもアンズのおかげだ」

 

 おのれ聖女許すまじ。

 そうか、お前だったのか。

 俺の全てを賭けた必殺の金的蹴りを無に帰したのは。

 許さん。許さんぞアンズ! 世界がお前を許しても、この俺だけはお前を許さない!

 

「今の説明で信じるのか……」

 

 信じろって言ったのはセドリックじゃないか。

 過程は良いんだよ。大事なのは結果だ。

 食堂のおばちゃんもそう言ってた。

 最終的に美味い飯が出来ればいいんだってさ。

 

「まあそういう訳で、アンズは王国の未来を守るために重要な人物なんだ」

 

 なるほど。

 まあ疑い半分ってところだけど分かったよ。

 で、そういうのって王太子殿下とか王族がアンズを保護するもんじゃないの?

 たしかに侯爵家は国内でも有数の権力を持つ貴族だけど、アンズにちょっかい出してたら王家が黙っちゃいないんじゃない?

 

「私たち3人は、アンズの聖騎士候補だ」

 

 なるほど。王太子殿下は国王になるから聖騎士にはなれないと。

 だから貴族令息の中から、有力な奴が聖騎士候補に選ばれたと。

 

 つまりアレか。将来はアンズと結婚するための婿候補。

 アンズは国のために働いてもらう代わりに好きな奴を選べ的な?

 

「そういうことだ」

 

 なるほど。だからアンズと仲良くしようと必死だったわけだ。

 アンズのことを特別好きだって訳じゃなかったのか。

 

「いや、そういう気持ちもある」

 

 チョコの1つももらえないのに女子に付き纏って「好き」だのなんだの、一歩間違えればストーカーだぞ。

 

「グッ……! 放っておけ!」

 

 いやいやこれは大事なことだよ。

 セドリックたちがアンズに絡みだしてからだいぶ経ってるぞ。

 それこそ年単位だ。それだけ時間を費やして女1人落とせないなんて、イケメンの名が聞いて呆れるぜ。

 

「だが、お前はそもそも聖騎士候補ですらないだろう?」

 

 うん? そりゃそうだけど。

 ………………あぁ、そういうこと?

 聖騎士になる資格がないんだから、アンズと仲良くするなって?

 

「そうだ。聖騎士候補の選出には王家と公爵家を始めとする多くの有力貴族が関わっている。

 その中から聖騎士を選ぶことはアンズにも命令されている。

 これは王国の意思であり決定事項だ。覆ることはない」

 

 まあそりゃ、田舎の存続ギリギリの男爵家から聖騎士候補が選ばれるわけないわな。

 俺には権力闘争とかよく分からないけど、色々と難しい話があったんだろ?

 ポッと出の、来年の学費の支払いすら怪しい、大して成績も良くない落ちこぼれが聖女様と仲良くしていたら困る人が大勢いるわけだ。

 

 だから、俺に身を引けと?

 アンズと関わるなっていう訳だな?

 

「そうだ。貴様にアンズと関わる資格はない」

 

 そうかそうか……。

 セドリックの言うことはよく分かったよ……。

 

「分かってくれたか」

 

 ああ、よく分かった。

 分かったよ。

 その上で言わせてもらう。

 

「なに?」

 

 アンズからもらったチョコ、マジうめえええええええ!!!

 こんな美味いもんすらもらえない婿候補、マジざまああああああ!!!笑笑笑

 

「きっさまぁああああああああああ!!」

 

 やーいやーい、ブチ切れてやんのー。

 

「もういい! 貴様がどうなっても私は知らん!」

 

 すっかり怒って顔を真っ赤にしたメガネことセドリックくん。

 どうやら糖分が足りていないようですね。

 まあ俺のはやらんけどな!

 

「あぁ、そうだ。1つだけ言っとくことがあったんだ」

「なんだ! 貴様と話すことなんて何もな――」

 

「ジェームズ。あいつだけは聖騎士にするなよ」

 

 セドリックの真っ赤な顔が、スッと元に戻った。



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7.聖女の回想 其の一

 昔から、物覚えは良い方だった。

 お母さんがやってる事は一目見ればすぐに出来るようになったし、本を読めばその中身はまるまる暗記できた。

 

 お母さんが切り盛りしてる食堂には、色んな人が訪れる。

 あちこち旅してる商人だったり、王都を守る騎士だったり、王城で働く官僚までいた。

 色んな知識や経験を持つ人から、色んな事を教えてもらった。

 

 興味津々でアレコレ訊いてくる子どもの相手をするのは楽しい。

 そう言って算術を教えてくれた人が、アタシを貴族学院に推薦してくれた。

 

 そこで勉強すれば、お母さんに楽をさせてあげられると思った。

 毎日、日が昇る前から仕込みの為に起きて夜遅くまで食事を作り続ける、あかぎれしたお母さんの手に撫でられるのは好きだったけど、同時に痛々しく見えていたから。

 

 いっぱい勉強して、いっぱいお金稼いで。

 いっぱい幸せになってほしかった。

 

 貴族学院に入学してしばらく経ったある時。

 ひたすら勉強していたアタシは、その日も放課後に図書館へ寄って本を読んで勉強していた。

 

 どのくらい集中していたのか分からない。

 とりあえず小休止しようと顔を上げたところで、すぐ近くの席に座っている男の子に目が向いた。

 

 ものすごい集中力で本を読んでいる。

 どこか鬼気迫る様子で紙の上に目を走らせている男の子に仲間意識のようなものを感じた。

 いったい何の本を読んでいるんだろう? アタシは気付かれないようにそーっと本のタイトルを盗み見た。

 

『食べられる野草の見分け方』

 

 ………………はい?

 

 見間違いかな?

 思わず二度見、どころかガッツリ見てしまう。しかし、男の子がそれに気付く様子はない。本のタイトルが変わる様子もない。

 

 え? 明日からサバイバル生活でも始めるつもりなの?

 貴族学院の制服着てるよね? というかここ学院の図書館だし。

 アタシと同じ平民ってことはない。今年の特待生はアタシ1人だし、2学年上にいる特待生の人は女性だったし。

 この学院に現在在籍している特待生は2人だけ。つまり彼は普通の貴族……なはず。

 

 どうしよう。さっきまで勉強熱心な仲間だと思ってたけど勘違いだったかもしれない。

 よく見たら頬が痩せこけてる気がするし、両目も血走っていて文字通り、必死って感じがする。

 

「――――よし!」

 

 男の子が突然立ち上がった。

 近くの本棚に本を戻して、走って図書館を出ていく。

 突然の出来事に、司書の人も注意するのを忘れてポカンと口を開けている。

 

 ……大丈夫かな?

 あまりに鬼気迫る様子だった男の子が気になる。

 十分に目と手は休めたし、勉強を再開しようとするけど、どうにもさっきの彼のことが頭をよぎって集中できない。

 

 ちょっとだけ、様子を見に行ってみよう。

 荷物を片付けて、図書室を出る。

 すっかり顔馴染みになった司書の人に声をかけられた。

 

「あら、今日は早いのね」

「ええ、ちょっと用事が出来まして」

 

 とはいえ、あの男の子がどこに行ったかは見当が付かない。

 なにせこの貴族学院の敷地は無駄に広い。

 野草を探すなら、ひょっとしたら郊外まで行ってしまったかもしれないし。

 

 まあ、家までの帰り道のついでに探すくらいにしておこうか。

 アタシだって他人に構ってられる余裕がある訳じゃない。

 平民の無学なアタシが幼少期から勉強してきた貴族の人たちに追い付くには必死こいて勉強するしかないのだ。

 というわけで、アタシの家がある方向。学院の裏庭に足を運ぶ――

 

「うまい! うまい! うまい!

 苦いし、臭いし、えぐ味が半端ないけど3日ぶりの食事だからめちゃくちゃうまい!」

 

 うわぁ……。

 地面に這いつくばって草食べてる。

 なにか得体のしれない草食動物みたい。

 え? あれアタシと同じ人間だよね? ちょっと気色悪すぎて信じられないんだけど。

 

「んぐっ!?」

 

 あれ、動きが止まった。

 

 

「グォオオオオオオオ!? は、腹がああああああああああ!!」

 

 何やってんのコイツ!?

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 

 慌てて駆け寄る。

 うわあすごい。まるで打ち上げられた魚のようにビッチンビッチン飛び跳ねてる。

 

「し、死ぬ! このままだと死んでしまうぅ!?」

「駄目よ、こんなところで死んだら学校に迷惑がかかるでしょ!」

「フォローされてるようでされてない気がするんですけど!?」

 

 ど、どうしよう。

 触りたくないくらいキモイけど、とりあえず背中でもさすってあげれば落ち着くかな?

 保健室に連れていこうにも自力で歩いてもらわないといけないし、とりあえず落ち着かせよう。

 

「あっすごい。ちょっとだけ気が楽になってきた気がすオロロロロロロロロ」

 

 イヤアアアアアアア! 吐いたああああああああ!!

 

「助かったよ。なんせお金がなくてパン1枚すらまともに食べられなくてな」

「いきなり普通に喋ってんじゃないわよアホんだらぁ!」

 

 

 

---

 

 

 

 草を食べるという奇行をした男の子――リュートは、予想通りに貴族だった。

 

 でもリュートの実家はかなり貧乏らしくて、本当なら貴族学院にすら通えないほど困窮していたらしい。

 代わりに学費を払ってくれる人のおかげで学院に入学することが出来たけど、つい先日いきなりその援助を打ち切られてしまったらしい。

 そうして生活費として確保していた分を学費に回さないといけなくなったせいで、貴族で学生なのに飢えに苦しむという状況に陥ったらしい。

 

 という話を、アタシの実家である食堂でご飯を食べさせてあげながら聞いた。

 

「うめえ……! こんな美味い飯は生まれて初めてだ……!」

 

 そうでしょう、そうでしょう。アタシのお母さんが作るご飯は世界一なんだから!

 ボロボロと涙を流しながら食事を頬ばるリュートに、鼻高々に自慢した。

 調子に乗るなと頭を叩いたお母さんも満更でもないらしく、食いっぷりのいいリュートを気に入ったようだった。

 

 このまま学院で勉強するためには、自力で生活費を何とかしなくちゃいけない。

 悩みを相談されたアタシとお母さんは、この可哀想な少年をうちで働かせてあげることに決めた。

 バイト終わりにはちゃんと食事も出るし、お給金も相場より数割増しだ。

 この好待遇で迎えてあげたリュートは、涙と鼻水を流しながらお礼と謝罪を何度も繰り返した。汚いから顔洗ってきて。

 

 学院に通う貴族の人たちはどこかアタシみたいな平民と自分たちを別の存在として見くびってる雰囲気が伝わってきた。

 リュートの貴族らしくなくて気楽に話しかけてくれる人は珍しかったから、嬉しかったし仲良くなりたかった。

 学院で初めてできた友だちと一緒にいるのが楽しくて、気が付いたらずっとリュートに付き纏うようになった。

 もしかしたら迷惑だったかもしれないけど、リュートが構ってくれるのが嬉しくて勉強するかリュートと遊ぶかの極端な学校生活を過ごした。

 たまに想像もできないようなバカをやって、それをアタシが叱って。

 いつもはふざけた言動をしてるけど、バイトしてる時や行事で前に出る時なんかは真面目で一生懸命。やる時はしっかりやる性格が好みだった。

 

 リュートは男爵だけど周りにアタシ以外の女性はいなかったし、リュートのお母さんも平民ながら貴族のお父さんと恋愛結婚したらしい。

 アタシはボンヤリと、近い将来にはそうなったらいいなって思い始めていた。

 

 リュートは勉強が苦手だから、領地の経営とかは苦手だろう。一方でアタシは勉強が出来るし、経営学が向いているらしくて先生にも褒められる。

 だから、リュートの代わりにそういった仕事をしてあげてもいい。

 

 実際に、これまで何度かリュートから男爵領の収入を改善するにはどうしたらいいか相談を受けたこともある。

 食堂で仲良くなったお客さんの中にリュートの領地を通って交易をしている商人がいたから紹介してあげたら、とても喜んでくれた。

 

 貴族とか平民とか関係なく、リュートと一緒にいたい。いつしかそう思うようになっていた。ずっと一緒に居られたら、きっと幸せになれるだろう。

 お母さんもリュートのことは気に入っているし、食堂なら王都じゃなくても出来る。何なら男爵家お抱えの料理人になってほしいなんてリュートが軽口叩いてたっけ。

 そんな風に漠然と幸せな未来を頭で思い描き始めていた時だった。

 

 アタシが『聖女』だと言われたのは。




 エロゲしたいので、明日は更新お休みです。


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8.チョコが腐る

「……理由は何だ。ジェームズも立派な聖騎士候補の1人だぞ」

 

 うわあ、不機嫌。

 そんなにしかめっ面するなって。せっかくのイケメンが台無しだぞ。

 

「私の友人を馬鹿にするな。言い様によってはこちらも考えがある」

 

 ……セドリックさぁ、腹の探り合いとか苦手だろ?

 そんなあからさまな脅し方があるかよ。もうちょっと遠回しに比喩とか用いて釘を刺すのが貴族の話術ってやつだろ?

 俺との対話も、自分が持つ情報全部曝け出して本音でぶつかってくるしさ。

 

 俺個人としてはセドリックみたいな実直な奴は嫌いじゃないけど、貴族社会ってのはそういうバカ真面目な奴が食い物にされる世界だ。

 宰相なんて政治のトップなら、なおさらそういう腹話術は必要不可欠なはずだ。

 

 まあ、そんなに仲良くもない、まともな会話すら今日が初めての俺が気付くんだ。セドリックの親御さんもとっくに気付いてるんだろうな。

 

「何が言いたい」

 

 いや俺も詳しい制度とかは分からないんだけどさ。

 セドリックは聖騎士になりたいんだろ?

 それは聖女の傍を離れず、常に見守っていなきゃいけない役目だ。

 

 じゃあ、他の仕事は出来ないよな?

 

「何が言いたいと訊いているんだ!」

 

 怒鳴るなよ。

 さっきから自分の都合が悪くなると怒ってばかり。

 そういう短気なところも貴族には向いてないよな。

 というか、怒るってことは薄々自分でも気が付いてるんだろ?

 まあつまり、そういうことだよ。

 

 

 お前は宰相にはなれない。

 

 

「そんなはずはない! 私はたしかに父上から聞いた!

 私こそが侯爵家を、宰相を継ぐ長子だと!」

 

 それ、何年前の話だよ。

 少なくとも聖騎士候補になってから、宰相がどうのこうのって聞いたか?

 何だったら、宰相になるための教育みたいなのされたことあるか? もし以前は教育を受けていたとして、最近になってそういうのがなくなった覚えはないか?

 

 ……図星みたいだな。

 見放されたんだよ、お前。血筋がどうとか、親の役職は子どもが継ぐって慣習とかはあるけどさ。

 その役職だって、奪い奪われて血と憎悪に塗れた椅子の上に座ることで手に入れることが出来るんだ。

 貴族の権力争いってのは食うか食われるかの弱肉強食だ。

 単純な武力じゃない。誰かを陥れる為の陰謀だったり裏切りだったり、そういった人のドロドロして汚い部分を煮詰めてビン詰めした場所。

 それが王宮だ。

 

 真正面から腹を割って話して、誰もが納得できる万能な政策を作ってはいおしまい。

 政治ってのはそんなお遊戯じゃないんだよ。

 

 別にこれくらい詳しくも何ともない。

 貴族に生まれたからにゃ、どんな馬鹿でも当たり前のように持ってる常識だ。

 

 たしかアンズと同じクラスだったっけ? すごいじゃん、一番上のクラスだ。

 成績別で割り振られるうちの学院で最上位。誇っていいよ。

 俺みたく最底辺のクラスで適当こいてる奴とはえらい違いだ。

 身分だって違う。侯爵さまだっけ? すごいな。尊敬するよ。

 

 だけどな。

 どんだけ勉強が出来ても権力闘争ってのは勝ち残れないんだよ。

 お前の言葉には裏がない。

 真の狙いも、動機も、思考も、手に取るように分かる。

 こんなバカな俺でも分かる。

 

 ハッキリ言ってやるよ。

 お前は宰相に向いてない。

 父親も分かってるんだろうな。

 

 だから、少しでも侯爵家の権威を高めるためにお前を利用した。

 

 利用ってのは言い方が悪いか。

 貴族として家の為に心身を捧げるのは当然だもんな。

 

 とにかく。

 お前が聖女の心を射止めて聖騎士になってしまえば侯爵家の権威や発言力は大きく飛躍する。

 

 

 王太子殿下の心を射止めた令嬢を持つ公爵家と肩を並べるくらいにな。

 

 

 まったく反吐が出るぜ。

 恋だの愛だの、学生気分で遊び惚けてる奴らがよ。

 いつまでも子どもでいられると思ったか?

 まったくの打算なく大人がこの学院に通わせてると思ったか?

 

 この学院は、貴族社会の縮図に過ぎない。

 誰の派閥に入り、誰と敵対するのか。

 自分の価値を高める為、学問に力を入れるのか剣術に身を費やすのか。

 卒業後に自分がどうやってのし上がっていくか、その為に何をすべきか。

 

 皆、そんな風に生きてんだよ。

 

 自分は違うってか?

 ああそうだろうよ。自覚のない一部のお坊ちゃんたちは違う。

 好きなことやっても許される。なぜなら親がすごいからな。

 

 王族、公爵家、侯爵家。

 我が国でTOP3に入る権力者の子どもだ。

 そりゃあ周りに気を配る必要なんてないわな。

 

 その椅子にあぐらかいて座ってりゃいいんだから、ずいぶん気楽なもんだろうよ。

 まさかジェームズが、ユードリックが。何の打算もなくお前と友だちやってると思ってるのか?

 

 ……いや、ユードリックはそうかもしれないな。

 いきなり決闘挑んでくるバカだから、何考えてるか逆に分からない。

 俺と同じだ。突拍子もないこと仕出かすバカだから、アンズもユードリックのことは気に入ってるのかもな。

 そういう意味ではセドリック、お前も似たようなもんだ。

 良かったな。その貴族らしくない竹を割ったような性格、アンズはきっと好きだぞ。

 その調子でおとなしく、親の敷いてくれたレールの上を歩いてろよ。

 そうすれば、人並みには幸せな人生が待ってるさ。

 お前が本当になりたかったモノには、絶対になれないだろうけどな。

 

 別にいいじゃん。

 好きな女とイチャイチャしながら過ごす人生は、きっと悪いもんじゃない。

 アンズを大切にしてやって、幸せにしてやれる。

 そういう奴だったら、俺だって安心して任せられる。

 

 ……大切な、友だちなんだよ。

 どれだけ頑張ってるか、ずっと近くで見てきた。

 それが報われてほしい。幸せになってほしいんだ。

 

 きっと俺じゃあ、無理だからさ。

 そんな資格も、力もない情けない奴なんだよ。俺って奴はよ。

 

 ………………なんだよ。そんな目で見るなって。

 慰めんな、謝んな。キモいんだよ。男に憐れまれる趣味はねえ。

 

 今日初めて、まともに話して分かったよ。

 お前、良い奴だ。

 夢を笑って馬鹿にして、悪かったよ。

 まあ、ぜんぶ事実だけどな。それは受け止めてくれ。

 

 まあ、お前にだったらアンズを任せてもいいかな、くらいには思えたんだよ。

 

 

 

 だけど、ジェームズ。

 あのロン毛だけは駄目だ。

 セドリックやユードリックとは違う。

 今日の出来事をよ~く思い出してみろ。

 

 ユードリックはさっき、俺に決闘を挑もうとしてきた。

 セドリックは今、俺と1対1で説得しに来た。

 どっちも、アンズを俺から奪いたいからだ。

 で、ジェームズは?

 

 ユードリックの後ろをチョロチョロしてただけ。

 自分でその借りを返そうともせず、兄貴分のセドリックに泣きついただけ。

 

 好きな女の為に自分の身体も張れないような奴が、聖騎士になって本当にアンズを守れるのか?

 あいつが興味あるのは、聖女と結婚したことで得られる莫大な権力と地位、名誉、財産だけだ。

 

 知ってるぞ、あの人を値踏みする気持ち悪い目を。

 俺が王都に来た時、どれだけ蔑まれ馬鹿にされ相手にされなかったか。

 

 地位も低い。財産もない。何か特筆するような実績もない。

 貴族として圧倒的に無価値。いてもいなくても気付かれない塵芥。

 それが俺だ。

 

 そんな俺を仲間外れにする。それが悪いことだとは思わない。

 貴族社会がそういうものだってのは、身に染みてよく分かってるさ。

 

 でも、アンズは違うだろ。

 平民だぞ。本当ならこんな醜い争いに巻き込まれるような人間じゃない。

 聖女だからって、政治の道具にされていいわけじゃない。

 俺の友だちがボロ雑巾のようにコキ使われるのは嫌だ。

 

 アンズを守ってやれる奴が聖騎士になるべきだ。

 

 でも、たぶんだけど。直感だけど。

 セドリックはそんなこと絶対しないだろうけど。

 ジェームズは平気でアンズをお偉いさんに捧げそうな気がする。

 

 媚を売り、身内を売り、自分の為なら何でもする。

 ジェームズはきっと、そんなよくいる貴族の1人だ。

 

 ………………なんで分かるのかって?

 あっち見てみろよ。

 

 ちょうど、王太子殿下たちが食堂に入ってきたところ。

 王太子殿下の取り巻きに、よく見知った顔がいるだろ?

 

 あの気色悪いロン毛がよく目立つ。

 

 そうだよ。ジェームズだよ。

 本来ならお前の隣にいるべき、大切な友だちが王太子に向かって媚売ってるのがよく見えるよな?

 

 セドリック。お前、見捨てられたんだよ。

 

 なあ、よく見てみろ。

 あの下卑た笑いを。欲望に濁った眼を。

 

 あれがアンズを売らないって、断言できるか?

 俺にはできない。どう見たって、自分の保身の為にアンズを王族に人身御供に捧げそうな、そういう下衆野郎にしか見えないんだよ。



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9.聖女の回想 其の二

 発覚したのは、リュートの怪我が異常な速さで治ったことからだった。

 

 毎日のように馬鹿みたいな所業を繰り返す落ち着きのないリュートは、いつも身体のあちこちに怪我をしていた。

 擦り傷や切り傷、打ち身によって痣ができるなんてしょっちゅう。

 

 1番驚いたのは、お母さんに料理を教わっていた時のこと。

 沸騰したお湯が入った鍋の中に乾麺を入れるように言われたリュートは、何を思ったのか素手でパスタを掴んで鍋の中に手を突っ込んだのだ。

 

 「熱すぎて死んでしまうぞ」なんて冷静な口調で言われた時には、とうとう気が狂ったのかとヤケドではなく頭の心配をしてしまったほどだ。

 

 ちなみにリュートはお母さんから料理禁止令を出された。

 ガックリ肩を落として落ち込むリュートの姿はちょっと可愛かっtゴホン!

 

 そんな感じで怪我の絶えないリュートの手当てをするのはアタシの役目だった。

 といってもアタシは医者じゃない。

 あくまで応急手当てするだけで、その後の治療は保健室でしてもらえって言うんだけど。

 

「もう治ったわ!」

 

 嘘だ。やせ我慢だと怪我を確かめると、いつもものの数分で治ってしまっているのが常だった。

 だからアタシは、リュートが常人とは比べものにならないくらい身体が丈夫なんだと思っていた。

 

 

 はっきり異常だと気付いたのは、リュートが骨折した時。

 

 食堂の屋根が雨漏りするので修理をお願いしたら、足を滑らせて落っこちた。

 腕が普通とは逆の方向に曲がっていたから怖かったけど、なんとか包帯で固定してあげてそのまま近所の医者のところまで連れていった。

 そこで包帯を外したら、もうその時には腕が元通りになっていた。

 

 驚いたけど、リュートが無事だったから安心して思わず泣いちゃったアタシは悪くないと思う。むしろ心配させたリュートが悪い。

 

 問題だったのは、リュートの骨が折れたのにすぐ完治して戻ってきたのを王宮で働く人が見ていたこと。

 たまたまその日、食堂にご飯を食べにきていた人はそのまま異常を報告した。

 

 そして学院でアレコレ調べられた結果告げられたのは、アタシが『聖女』だという事だった。

 

 

 

---

 

 

 

 聖女になったアタシは、国の為に働かないといけない。

 今はまだ学生だからいいけど、学院を卒業したら国内を巡って、怪我や病気に苦しむ人々を助けるんだって言われた。

 

 嫌だ。

 苦しむ人たちを救う事がじゃない。アタシの夢を諦めなくちゃいけないのが嫌だった。

 見ず知らずの誰かよりも、アタシは自分のお母さんに幸せになってほしかった。

 その為に勉強を頑張ったから。

 聖女になることでそれが叶わなくなる方が嫌だった。

 

 アタシの家族だから生活も保障されるし、お金をたくさんもらえるからそれでいいだろう。

 

 偉い人は言った。

 それでも嫌だと言い張れば、今度は説得から脅しに変わることはアタシにも分かった。

 だから、渋々従うことにした。

 

 でも、その次に要求されたことは絶対に嫌だった。

 

 結婚する相手は、国が用意した3人の中から選べと言われた。

 学院でも会話したことがないような、偉い貴族の息子たち。

 そこにリュートの姿はなかった。

 

 どういう理由で3人に絞られたのか、詳しい理由は教えてくれなかった。

 ただ、その中から選ぶこと、違う人とは結婚できないと言われた。

 アタシが生涯、隣にいてほしい相手はもう決まっていた。

 でも、その人の名前を出した瞬間に強く睨まれて、怖くて黙ってしまった。

 

 アタシに選択肢はあるようでなかった。

 

「どうせ将来が決まってるんだったら、学生のうちは好きにさせてもらいます」

 

 それは、アタシのせめてもの抵抗だった。

 セドリックの父親だという男性は、バカな動物を見るような目でアタシを見ると勝手にしろと言った。

 

 あと数年。これからの長い人生の中で、ほんの短い間だけでも。

 アタシは彼の隣に居たかった。

 

 婚約者候補とのお茶会だったり、聖女としての勉強とか色々あったけど、それ以外の時間はずっと、今まで以上にリュートに付き纏った。

 それでも鬱陶しいとか言わず、いつも通りに接してくれるリュートが、アタシは本当に好きだった。

 

 

 

---

 

 

 

 聖騎士候補の3人が、悪い人だったわけじゃない。

 少なくとも2人はアタシのことを本気で想ってくれた。

 

 セドリックは生真面目だったけど、貴族らしい厭味ったらしさがなくて楽だった。

 ユードリックは小さくて可愛かった。同い年だけど、弟とか妹のようだった。

 

 でも、ジェームズは嫌だな。

 あの他人を見下すような目は、セドリックのお父さんの宰相みたいで。

 まさに貴族って感じで嫌だった。

 アタシのことを見ているようで見ていない彼のことは、心底気持ち悪かった。

 

 セドリックと結婚しても、ユードリックと結婚しても、アタシは幸せになれると思う。

 2人とも本当に優しいし、アタシのことを尊重してくれる。愛してくれている。

 だから邪険にはしづらい。

 本当に良い人たちだから。

 

 でも、アタシの気持ちは未だにリュートから離れられなかった。

 目を閉じれば、リュートが隣で笑っている未来ばかりが浮かんでくる。

 卒業まで時間があまり残されていない。

 アタシの気持ちがどうであれ、リュートと結婚する道はない。

 それなのに、未練タラタラな自分が何より嫌だった。

 

 

 

---

 

 

 

「困ったなぁ……」

「どうしたの? お腹痛い?」

 

 リュート離れが出来ない自分に自嘲していると、膝の上でユーリ――ユードリックが心配そうに見上げてきた。

 

「なんでもないわ」

「そうは見えないけどな~」

 

 頼ってもらえないのが不満なのか膨れっ面するユーリの髪に櫛を通しながら、どうしたものかと考える。あ、枝毛。

 

「そういえば、セドリックは大丈夫かしらね」

 

 リュートとケンカして大騒ぎになってなければいいけど。

 そうポツリと漏らすと、ユーリが難しそうな顔をして唸った。

 

「……セドリックって、嘘つけないよね」

「ええ、そうね」

 

 真正面から本音で相手にぶつかっていくのは好ましいと思う。

 それが貴族らしくないから、アタシの婚約者候補になんか選ばれちゃったんだろうけど。

 

「………………アンズが聖女だってこと、言っちゃわないかな」

「え゛」

 

 聖女と聖騎士については、機密事項となっている。

 国王さまを始めとする一部の関係者にしか知らされていない。

 それ以外の誰かに漏らすことは厳罰対象になる。

 

 良くて処刑、悪くて処刑だって言われたっけ。

 いや同じじゃん。

 

「ありえる……」

 

 セドリックは嘘が付けない。

 特に今はジェームズが死にかけて、頭に血がのぼっている状態。

 

『もう二度とアンズに近付かないよう、しっかり釘を刺してやる!』

 

 なんて息巻いてたし、ポロッと漏らしててもおかしくない。

 

「い、いや~、まさかね?」

「……一応、確認しに行った方が良いんじゃないかな?」

「そうね。そうしましょう」

 

 セドリックごめん。やっぱり貴方のこと信頼できないわ。

 悪い人ではないのよ? うん。でも秘密を守るかどうかについては、うん。

 

「行きましょうユーリ。最悪の事態を防ぐわよ」

「うん、そうだね! 行くよジェームズ――あれ?」

 

 そういえば、いつのまにかジェームズがいないわね。

 まあいっか。それよりもセドリックとリュートを探すことが先!

 

 お昼休み終了まで残り5分。

 アタシとユーリは、大慌てで駆け出した。



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10.チョコを並べる

 お昼休み終了の鐘が鳴る。

 午後の授業が始まるこの時間に、俺は堂々とサボリを決め込んでいた。

 

 いやだって、あれだけ難しい話をしたから頭が痛くなっちゃったもんでさ。

 あ~、疲れた。

 今日は王太子殿下・聖騎士候補三人衆とお偉いさんたちに絡まれたもんだから、いつもの3倍くらい疲れた。

 おかげでジョークの1つも言う余裕がない。

 この後は平穏な日常が帰ってきてほしいもんだ。

 

 しかし、セドリック顔色真っ青だったけど大丈夫かな? まるでオーシャンブルーと見間違うくらい綺麗な青色だったよ。

 「大丈夫だ、気にするな」とは言ってたけど、その声がもうプルップルに震えてたし。

 まあ、親友だと思ってた人が目の前で堂々と裏切ってたんだから心中穏やかではないよな。

 

 それにしても、レイアとアンズを巡って貴族社会全体が、なんだかキナ臭いことになってきてるなぁ。

 話が散らかってるし、一度整理してみようか。

 

 まず、王太子殿下と公爵令嬢のレイアが恋仲であることから、王族と公爵家は親密な関係を築けていると見るべきだろう。

 少なくとも公爵家としては王族に取り入ることで、自身の派閥をより大きく強固なものにしたいと考えているはずだ。

 

 次に、聖女アンズの婚約者候補である侯爵家・伯爵家・子爵家。

 この三家が一枚岩だとは思わないけど、少なくともセドリックの実家である侯爵家の意図は読みやすい。

 聖女を取り込むことで、派閥の強化を目論んでいるという事。

 

 セドリックの口ぶりから察するに、聖女が王国内にもたらす影響力はめちゃくちゃ大きい。

 そりゃあ国内を巡って色んな人に奇跡を届けるってんだから、それだけ幅広い身分の層から支持される。

 その伴侶である聖騎士とその実家の求心力も、それは大きくなるはずだ。

 

 で、なんで公爵家と侯爵家が互いに派閥を大きく強くしようとしているか。

 1歩間違えば、十数年前の派閥対立を招きかねない状況だ。

 両家とも、国内を混乱に陥れる事態は避けたいはず。

 

 ……いや、むしろそれが狙いだとしたら?

 

 思い出してほしい。

 レイアの母親――公爵の妻は侯爵家から嫁いでいる。

 公爵令嬢レイアと侯爵子息セドリックは同い歳。

 ということは、現在の宰相でもある侯爵は、公爵ともその奥方とも、それほど歳が離れていないはず。

 

 恐らく、公爵夫人と侯爵は十中八九、実の姉弟――もしくは兄妹だ。

 ということは義理の兄弟である公爵と侯爵が対立する理由とは何か。

 

 レイアの出生をめぐるスキャンダルでしょうね。それ以外に思い浮かばない。

 

 姉か妹が嫁いだ男がどこぞの平民に産ませていた庶子。

 それが王太子妃の座を射止め、大きい顔をしてこれからの王国を牛耳ろうとしている。

 誠実さの欠片もない男の娘がだ。

 そりゃあ気に喰わないだろう。面白くないだろう。

 内心、はらわたが煮えくり返るほどブチ切れてるかもしれない。

 

 そこに、王族と並ぶくらい強力な切り札になる存在が現れた。

 それが『聖女』だ。

 しかも同い年に自分の息子。それも同じ学院に通っている。

 

 これ幸いと飛びつくだろうな。

 宰相の立場を利用して婚約者候補の中から公爵側の家を排除することも可能だったかもしれない。

 

 たぶん、俺が弾かれたのもこれが原因だ。

 公爵令嬢の婚約者だもん。公爵一派だと思われるのが当たり前だろう。

 

 実際には金銭的援助すら打ち切られる都合の良い捨て駒だったわけですが。

 ぴえん。

 

 流れから考えるに、伯爵家と子爵家も侯爵派の仲間だろうな。

 ジェームズの伯爵家は裏切ってそうでしたけど。

 

 まあ、ようするに。

 

 

 【悲報】派閥闘争、全然終結してませんでした

 

 

 これは大変なことになってきましたね、はい。

 う~ん、面倒くさい。何が面倒かって、これは俺たち子どもがどうこうできる問題ではないってことだ。

 場合によっては王国全体を揺るがす大事件に繋がりかねない。

 二大巨頭の貴族が対立するってのは、そういうことだ。

 

 まあ、俺は爵位を返還するつもりだし関係ないんだけどね?

 なんの力もお金もない我が家を取り込もうなんて酔狂な奴がいるはずないし。

 

 でも、レイアとアンズはそう気楽にはいられないだろう。

 何せこの派閥争いの火種になった張本人たちだ。この争いの渦に巻き込まれるどころか中心に据え置かれることは間違いない。

 

 俺はただ、レイアとアンズが幸せになってくれればそれで良い。

 

 だけど、政治の争いに巻き込まれた2人が幸せになれる可能性なんて限りなく低いんだよなぁ。

 う~ん、困っちゃう。

 

「ダメだこりゃ」

 

 元々バカな俺が頭を捻ったところで何か良い案が出てくるわけでもなく。

 そもそも当事者ですらない傍観者の俺に出来ることは何一つない。

 

 理想と現実のギャップに打ちのめされた俺は、柄にもなく酷使してオーバーヒートした頭の熱を冷ますべく、芝生にゴロンと寝転がった。

 

「お召し物が汚れてしまいますよ、リュート様」

 

 良いんだよ、このくらい。

 洗濯板で一生懸命擦れば落ちるんだから。

 

 ……リュート『様』?

 

 この学院で俺に敬称付けるやつなんていたっけ?

 掃除してるおじちゃんにさえ『坊主』と呼ばれる俺を敬う酔狂な人物とは。

 

「そうですか? それなら私も寝転がってみようかしら」

 

 いたずらっぽく笑いながら俺の顔を覗き込んできたのは、まさに政争の中心にいるご令嬢。

 

「レイア……」

 

 俺の婚約者がいた。




ウマ娘の新シナリオをやりたいので、1週間くらいお休みします。


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11.チョコが迫る

「こうしてお話するのは、随分と久しぶりですね」

「そ、そうですね」

 

 なんで?

 どうしてレイアがここにいるんだ?

 いつも側にいる王太子殿下その他とりまきの皆さまはどうした?

 

 困惑しながら返事をすると、レイアの目がスッと細くなった。

 

「おや、いつの間にそんな丁寧な言葉遣いを覚えられたんですか? 日進月歩とは言いますが、しばらく会わないうちに随分と貴族らしくなられたようですね」

 

 意訳『そんな気持ち悪い口の聞き方するんじゃねぇ』

 

 いやまあ、そりゃ幼馴染みですから、小さい頃からタメ口でしたけども。

 今の敬語はそういう、心の距離感とかではなくレイアから発せられる圧力のような何かにビビった結果でしてね?

 

 「言い訳はいらない」って感じで視線がきつくなったので黙ります。

 

「あ、はい。ホントすいません」

「…………すいません?」

「いやー! マジごめんっていうかー!? めんごめんご的なサムシング的なー!」

 

 敬語使うだけでぶちギレられるお嬢様とか勘弁してください。

 いやホント。人目につかない裏庭とはいえ、いつ誰が来てもおかしくない。

 俺とレイアが婚約者であることは一部を除いて知らないはずだし、公爵令嬢と男爵令息が逢い引きしてるなんて噂になったらレイアと公爵家の名前に傷が付く。

 

 それに、万が一にも王太子殿下がこの場に来てみろ。

 飛ぶぞ? 俺の首が。

 そんな危険を犯してまで俺に話しかけてくるなんて、いったい何の用だ?

 

「んで、急にどうしたんだ?」

「あら、用事がないと話しかけてはいけないのですか?」

 

 そう言いながら俺の胸元にしなだれかかってくるレイア。上目遣いで潤んだ瞳に目を奪われる。

 

 エッッッッッッッ!!

 

 落ち着け俺。

 あまりの可愛さにグラッと来て力いっぱい抱きしめそうになったが、落ち着け。

 

 たしかにレイアは可愛い。

 ちっちゃくて可愛い。

 黙って微笑んでいれば、庇護欲を誘う小動物のような愛らしさを持っている。

 

 アンズがボンキュッボンで背も高い、スタイル抜群ムチムチ女の子だとする。

 というか、事実としてそうだ。

 

 一方のレイアは、アンズの真逆。

 背が小さい。お尻も小さい。胸も小さい。

 

「殺すぞ」

 

 ──はっ!? 胸元から殺気が!?

 

「どうかしましたか?」

 

 慌てて殺気の出所に目を向けるも、そこには微笑みを絶やさないレイア。可愛い。ヨシ!

 どこか怖さも感じる微笑みから視線を反らす。

 

 とにかく。

 その小さくて愛らしい見た目と、か弱そうな雰囲気から庇護欲をそそられるのがレイアだ。

 特に学院に入学してからはあまり積極的に口を開かなくなったその人見知りぶりがもう大人気。

 如何にも貴族らしく凛とした華やかさを持つご令嬢たちと違うレイア独特の可愛らしさに胸を貫かれた思春期の少年たちは少なくない。

 王太子殿下もその1人だ。

 

 『貴族らしくない』という点では共通しているが、容姿や雰囲気が真逆のレイアとアンズはこの学院の人気を二分するアイドルだ。

 

 王太子殿下とか聖騎士候補三人衆がいるから直接的に関わってこないけど、男子は皆ワンチャン狙ってる。

 高位の貴族はレイアを、低位の貴族はアンズを。

 

 そんなアイドル的存在であるレイアと逢い引きしてる様子を見られたらどうなるか。

 明日の献立は俺の合い挽きハンバーグ決定である。やめちくり。

 

「ちょっと距離が近くない?」

「婚約者として適切な範囲だと思います」

 

 本当に~? そっか~(納得)。

 公爵令嬢として恥じない教育を受けたレイアが言うならそうなんだろう。

 婚約者としての距離感はな!

 

 あれ? じゃあ問題ないのでは?

 

 とはならんのだよバカめ! 危うく騙されるところだったぜ。

 婚約者だとバレる事自体がマズい。

 

 ただでさえアンズと仲良しという理由でクラスの男子から白い目で見られてる俺がレイアの婚約者だとバレてみろ。想像するのも恐ろしい。

 

 ただでさえ貧乏を理由に女子から見向きもされないってのに、同性の男連中からも見捨てられたらもう学院に居場所なくなっちゃうよ。

 

 ということで、レイアには悪いけど少し離れさせてもらおう。

 

「それにしても、今日は天気がよくて暖かいな~(スススッ)」

「私はまだ肌寒く感じます(スススッ)」

 

 ピッタリ……

 

 ……ダメみたいですね。

 しかたない。レイアが飽きるまで付き合うか。

 可愛い幼馴染みと密着できて役得だし、誰も通りかからないのを祈って時が立つのを待つしかあるまい。

 

「おっ? リュートじゃん。何やって……」

 

 そこに現れる知り合い1号!

 時を戻そう!

 

「……取り込み中か。失礼しました~」

 

 残念! 時は戻らない!

 

 待って! 違うの! 説明させてー!!

 ダメでした。レイアにガッシリしがみつかれた俺は身動きが取れず、知り合い1号の背中を見送ることしかできない。

何ちょっとスキップしてんねん。言いふらす気か? 絶対そうだろクソ野郎!

 

 俺は……! 無力だ……!!

 

 肩を落として自分の至らなさを噛み締めていると、レイアが「そういえば」と話を切り出した。

 遅いよ。もう俺の心はズタボロになっちゃったよ。

 

 

「平民の娘と、ずいぶん仲がよろしいんですのね?」

 

 

 いつもの、鈴が鳴るような可愛らしく響く声とは違い。

 獣が唸るような、ゾッとする低い声が耳元で囁かれた。

 

「婚約者を捨て置いて、他の女にうつつを抜かす悪い犬にはお仕置きが必要ですね?」

 

 あかん。

 心だけじゃなく身体までズタボロにされてしまう。



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12.悪役令嬢の記憶 其の一

【悲報】俺氏、乙女ゲーの悪役令嬢に転生する。

 

 アィエエ!? 転生!? 転生ナンデ!?

 

 SAN値チェック入りま~す。

 99で~す。

 致命的失敗(ファンブル)です本日は誠に誠にありがとうございました~。

 

 ………………はっ!?

 

 失礼、あまりのショックに狂っていたようだ。

 ということで、我輩は悪役令嬢である。

 

 いや、これじゃ猫だな。

 妾? 某? 拙者? オイラ? オラ?

 ダメだ、迷走してきた。とりあえず今まで通りでいいや。

 

 ということで、俺である。

 『俺』ということから分かるように、前世は男である。それはもう立派な一物のついた♂であった。

 

 そんな俺が、今世は女である。

 パンツを脱ぐ。

 姿見の前に立つ。

 ない。

 なんでや! 神様、あんまりじゃないですか。

 童貞だってまだ捨ててなかったのに!

 

「キャー! お嬢様がご乱心よー!」

 

 素っ裸の俺を見て、メイドがぶっ倒れた。

 

 

 

---

 

 

 

 公爵と娼婦の間にできた不貞の子。

 それが俺ことレイアだ。

 母親が金目当てで公爵家に売りに来た時に記憶が戻った。

 

 ちなみに母親は遠くにぶん投げられた金貨の袋めがけて走り去っていった。

 犬かお前は。

 

 公爵からも、公爵夫人からも疎まれたレイアは政略結婚として王太子と婚約する。

 その血筋によって王太子からも疎まれ蔑まれるレイア。

 

 そして貴族学院で『聖女』として目覚めた主人公と王太子は真実の愛に目覚め、レイアは婚約破棄されるのでした。ちゃんちゃん。

 

 いや、聖女も平民じゃねえか。

 

 血筋で疎まれるって話なのにそのオチはどうなんだ、と思ったけど口に出さなかった俺は偉い。

 妹が俺の部屋にしかない据え置きゲーム機を占領してプレイしてたもんだから、なんとなくのあらすじは覚えてる。

 

 とりあえず、俺はこれから全ての人に差別される一生を過ごすんだ。

 そう思うと気が重くなりながら、公爵夫人に「よろしくお願いします」と頭を下げ──

 

「可愛いわー! 今日から貴女は私の娘よー!」

 

 ──はい?

 

 

 

---

 

 

 

 溺愛ルートってマ?

 聞いてた話と違うじゃないの!

 クーリングオフよこんなもん!

 対象外? うーんこの。

 

 まあ嫌われるよりは良いのかもな。

 そんな訳で、第二のお母様を得た俺ことレイアは公爵令嬢として受け入れられることになった。

 

 公爵ことお父様は、お母様からお仕置きの鞭打ちされてた。

 いや悦んでるんだけど。

 ドMとかマジで気持ち悪いわ。

 

「ありがとうございます!」

 

 ……もう何も言うまい。

 貴族らしくない不作法な俺だったが、すぐさま貴族教育が始まるかと思えばそうじゃなかった。

 

 乙女ゲーだと、引き取られたその日から政略結婚の駒となるべく徹底的に教育されていたが、これも溺愛ルートならではか。

 

 いくら溺愛されていても、俺は庶子。当然ながら、社会の目は厳しい。

 

「レイアたんに悲しい思いをしてほしくない!」

 

 お父様の一声で、俺は田舎で引きこもることになった。

 レイア『たん』て。

 汚物を見るような目が気に入ったようでビクンビクンと悦びに震えるお父様。マジで気持ち悪いからやめてほしい。

 なんだろう、娘で性欲満たすのやめてもらっていいですか

 

 そんなこんなでやってきました辺境の男爵領。

 ゲームでは登場すらしなかった片田舎。その男爵家の邸宅は、公爵邸よりも数段小さかった。

 その小さい邸宅の裏庭で、俺と同年代の少年がいた。

 

「は~、お金がねえ。人がいねえ。税収まったく伸びやしねえ」

 

 吉◯三がいた。

 

「オラこんな領地いやだ~。オラこんな領地いやだ~」

 

 さて、この吉◯三歌いながらソーラン節を踊ってるのが男爵家の長男リュートだった。

 同年代の子どもがリュートしかいなかったこともあって、俺はとにかく毎日リュートと遊んだ。

 

 貴族なのに貴族らしくないリュートは、俺に対する偏見や差別もなかった。

 俺の今世について話せば

 

「平民から公爵令嬢への成り上がりとか勝ち組じゃん」

 

 貴族らしくない──というか女らしくない俺の口調、言葉遣いにも

 

「気を遣わなくていいから楽」

 

 と、至って普通の友だちとして接してくれた。

 俺も前世は男の身。この年頃の少年が何をしたいかなんてよく分かる。

 

「レイア! ドラゴン倒しに行こうぜ!」

 

 そう、ヒーローごっこだ!

 こっちの世界でいえば勇者ごっこ。リュートも年頃の男子とあって、そういう遊びが好きなようだった。

 

 もちろんそういった少年の冒険心を良く知る俺は、快くリュートの勇者ごっこに付き合ってあげた。

 誕生日に買ってもらった新品の短剣を腰にぶら下げ、意気揚々と歩くリュートの後ろをついていく。

 俺の背中のリュックサックには、リュートがいつ怪我しても良いように傷薬や包帯が詰まっている。

 山に登り、鬱蒼とした森を抜け、岩肌が剥き出しになった山頂までのハイキング。

 

 そこにいたのは、真っ赤な火を吐き大空を飛翔する伝説の怪物。

 

 いや、ごっこ遊びじゃないんかい!

 

「よっしゃー! ドラゴン倒したー!」

 

 倒しちゃうんかい!

 

「怪我してない? たくさん歩いて疲れてない?」

 

 こっちを気遣う余裕まであるんかい!

 いや疲れてるけども!

 

「ありがとうございます! おかげで家畜が食われずにすみます!」

「おっちゃん所の牛肉美味いからドラゴンも気に入っちゃったんだろうねー」

 

 村人に涙を流しながら感謝されるも、大したことはしてないとカラカラ笑っているリュートを見て俺は思う。

 

 あれ? コイツめちゃくちゃすごい奴なんじゃね?

 

「いやいやいや」

「どうした?」

「あのドラゴンの亡骸から、素材とか肉とか採って売ればめちゃくちゃ儲かるじゃん!?」

「討伐した獲物は王家に献上するっていうのが、ひいじいちゃんの頃からの慣習だから」

 

 もったいない!

 ドラゴンさえ売れば、こんな貧乏生活からおさらばできるのに!?

 

 

 

---

 

 

 

 リュート・タナベという人物は、乙女ゲーの中には登場しなかった。

 

 まだ小さい子どもなのに楽勝でドラゴン倒せる傑物が出てこないゲームって何よ。

 とは思うけど、まあ出てこなかったものは仕方ない。

 つまり、リュートは攻略対象キャラじゃないってわけだ。

 

 このまま数年経てば、俺はきっとゲーム通り王太子の婚約者になるんだろう。

 そして聖女に断罪されて国外追放とか死刑とか、悲惨な最期を辿る。

 

 そんなのは嫌だ。

 王太子の婚約者なんてまっぴらごめんだし、俺はもっとノビノビ自由に生きたい。

 

 おや? こんなところに幼馴染みで同い年の男子がいるぞ?

 身分は男爵家でちょっと低いし、領地はなぜか貧乏だけど、それを解決できる手段も十分にある。

 王家に献上とかやってないで自領の為に売り払えや。

 

 気心もよく知っているし、話していてとても楽しい。

 腕っぷしが強くてカッコイイし男らしい。

 女の子を気遣う優しさもある。

 顔は……まあ、うん。普通かな。

 

 明るくて、強くて、優しいとか超優良物件じゃないか?

 

 いやまあ、バカだけどな。

 座学とか全然ダメだし領地経営とか苦手だろう。

 でも、そこは俺が隣で補ってやればいい。

 

 乙女ゲーにも出てこないから、面倒くさい騒動に巻き込まれることないし。

 リュートだったら、この先ずっと一緒にいてやっても良いって思えるし。

 

 うん。決めた。

 

 さて、8歳の誕生日の時、お父様とお母様がお祝いに来てくれた。

 慰安旅行も兼ねてお忍びでやってきた両親と、親切な男爵一家に囲まれて過ごす誕生日はものすごく幸せなものだった。

 

 この日の為に練習してきたダンスを、リュートと一緒にたくさん踊った。

 リュートの楽しそうな顔、両親の嬉しそうな顔がよく記憶に残っている。

 

 そんな風に、人生最高の1日といっても過言ではない誕生日を過ごした夜、お父様に思い切って打ち明けた。

 

「俺、リュートのお嫁さんになりたい!」

 

 その数年後、俺が公爵領に帰る頃。

 リュートは正式に、俺レイアの婚約者に決まったのだった。



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13.悪役令嬢の記憶 其の二

「もうお嫁に行けない……」

「大丈夫よ! リュート君がもらってくれるから!」

 

 リュートと別れる時、全然そんなつもりなかったのに泣いた。

 今生の別れって訳でもないのに、めちゃくちゃ泣いた。

 もう明日からリュートの声が聞けない、顔が見れないって思ったらダメだった。

 

 最初は止めようとしてたリュートも泣いてからはもう止まらなかった。

 小一時間くらい泣いたと思う。

 最終的に、泣き疲れて寝た間に俺は馬車に積み込まれた。

 

 ドナドナ ド~ナ~ド~ナ~

 

 公爵領に戻ってからは、貴族の令嬢としての勉強に打ち込んだ。

 あと何年かしたら貴族学院に通う年齢になる。

 そこでは当然、公爵家の1人としての立ち振る舞いが求められる。

 リュートの婚約者として成長しないといけない。

 

 『俺』とか言ってる場合じゃないのだ。

 庶子だとか関係ないのだ。

 前世なんて関係ないのだ。

 

 お父様とお母様に恥をかかせない為。

 リュートと幸せな未来を築く為。

 

 『私』は公爵令嬢として必死に勉強した。

 

 月に1回、リュートから送られてくる手紙が勉強に疲れた心を癒してくれた。

 

『父ちゃんがまた無駄に高い絵を買ってきた』

『母ちゃんが明らかにガラス細工のブローチを高額で宝石商から買ってた』

『メイド長の手首にいつの間にか金色の腕輪がくっついてる』

 

 ………………リュート、大丈夫かな?

 

 とりあえず、男爵家に援助してるお金の一部を私とリュートの結婚資金として貯蓄するようお父様に頼んでおいた。

 義父母に預けておいたら全部使われちゃうかもしれないし、領地運営に十分な額はあるから大丈夫だと思う。

 

 あと、私が帰ってきた時には弟が産まれていた。

 今度は正真正銘、公爵と正妻の間に出来た嫡男だ。

 私の腹違いの弟は可愛い。

 前世の妹も生意気で小憎らしいところが可愛かったけど、こっちの弟はヨチヨチ歩きしてる様が実に可愛い。天使かな?

 

 ひょっとしたら跡継ぎが出来たから追い出されるかもって思ったけど、そんなことはなくお父様もお母様も、変わらず私のことを可愛がってくれた。

 こんな良い家族に恵まれて、私は幸せだ。

 

 私を引き取ってくれた家族に報いなければ。

 

 そんなこんなで勉強することしばらく。学院に通うまであと1年を切った頃。

 私にもだいぶ、貴族令嬢らしい所作と教養が身に付いてきた。

 立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花。

 

 なんたって元々の素材が違う。

 こちとら乙女ゲーの悪役令嬢ぞ?

 ヒロインのライバル的存在がブサイクなはずもない。

 磨けば光るし、褒めれば図に乗るのだ。

 

「さすがですお嬢様!」

 

 口の上手いメイドにおだてられて、妾はたいへん満足じゃ。

 ドヤァ。

 

 ただ、問題が1つ。

 

「本日はお日柄もよろしくってございますですわよ」

「口調が行方不明です、お嬢様」

 

 言葉遣いがちっとも良くならないでごぜえますわよ!

 こりゃヤバい。

 主に家庭教師をしてくれてる女の人の視線がヤバい。

 残念な子を見るような目をしてる。

 

「これはちょっと……間に合わないかもしれませんね」

 

 諦められた。

 どうしたもんかと悩む。

 きちんとした言葉遣いを身につけないと、学院で恥をかく。

 公爵家に迷惑をかけるわけにはいかない。

 助けてリュートえもん!

 

『話さなかったらいいんじゃない?』

 

 それだ!

 

 

 

---

 

 

 

 ふっふっふ。

 『深窓の令嬢』作戦は今のところ成功している。

 

 鍛えられた貴族流の微笑みを絶やさず、何か話しかけられたら小首を傾げる。

 これだけで周りは勝手に勘違いしてくれる!

 もちろん全く話さないというわけにはいかないけど、「はい」「いいえ」くらいの簡単な受け答えならボロが出ることもない。

 

「下賤でふしだらな庶子という噂は真っ赤な嘘でしたのね!」

「男勝りで言葉遣いも汚い恥知らずだなんていう噂もありましたわね!」

「野山を駆け回り男子に交じって遊んでいる野生児だなんて、ひどい噂もありましたわ!」

 

 ごめん、それだいたい事実だわ。

 

 この調子なら、私の本性に気が付く人もいなくなるだろう。

 学院に入学して1週間。順調に打ち解けることができた。

 

 誤算だったのは、リュートと違うクラスだったこと。

 どうやらこの学院は、伯爵家以上もしくは成績優秀者が上位クラス、子爵家以下か成績劣等者が下位クラスといった具合に分けられているらしい。

 

 公爵家の私と男爵家のリュートだと、クラスが別々だった。

 クラスが別だと、会う機会が滅多にない。

 公爵令嬢がわざわざ下位クラスに顔を出すなんて醜聞に繋がりかねないし、リュートも爵位を気にしてか、私に会いに来てくれなかった。

 せっかく同じ学院に通ってるのに、会えないなんて寂しい。

 

 ………………というか、婚約者なんだから別に堂々と会えば良くない?

 

 伯爵家と子爵家の男女が庭園でイチャイチャしてるなんてよく見かけるし、私もリュートとイチャイチャして良くない?

 というか、したい。

 よし、会いに行こう!

 

 思い立ったが吉日。椅子を立ちあがって廊下に出る。

 そんな私の行く手を阻むように、立ち塞がる男がいた。

 

「ああ、レイア嬢よ。貴女はなんと可憐なのだ」

 

 乙女ゲーの攻略対象、王太子だった。



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14.悪役令嬢の記憶 其の三

「君の可憐さは、有象無象の花とは比べ物にはならないね」

「私のことを今だけは、君だけの騎士として側に置いてほしい」

「思案に耽る顔も愛おしい。どうかその顔を、私以外の男には見せないでおくれ」

 

 キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい!

 

 何だコイツ!? 初対面からずっと口説いてくるんだけど!

 今時コッテコテの少女漫画でも言わないよってくらい歯の浮くセリフが、よくもまあそこまでポンポン浮かんでくるもんだ。

 

 というか四六時中付きまとってくるせいで、リュートに会いに行けないんだけど!?

 

 王族の、それも次期国王に誘われたら応じるしかないじゃん。

 お茶会だのお食事だのお花見だの、何でも頭に『お』を付けて誘ってきやがって。

 私の休み時間どころか放課後まで自由時間を全部潰してんじゃねえよ。

 

「私などに構わず、他の方と有意義な時間を過ごされてはいかがでしょう?」

 

 よし頑張った!

 苦手ながら必死に勉強して身に付けた敬語で繰り出した渾身の皮肉!

 

「君との時間に比べれば、他の事などすべて些事だよ」

 

 まったく効いてねえ!

 というか皮肉だってことにすら気付いてねえぞこのバカ王太子!

 

 いやお前、乙女ゲーだと私のことを速攻で見限ってヒロインとイチャイチャしてたじゃん。ヒロインの方に行けよ。

 何が悲しくて将来的に振られる男に口説かれないといけないんだよ。

 

 お前なんかに用はねえからどっか行け!

 

 めっちゃ言いたい。

 言っちゃダメかな?

 ダメだろうなぁ(諦め)。

 

 だってめっちゃ不敬だもん。

 私どころかお父様たちまで速攻で首が飛ぶ案件だもん。

 

 何かしら理由を付けて逃げようにも、王太子の周りの奴らが邪魔すぎる。

 

 側近候補の男どもが「本日レイア嬢に特別な予定はありません」とか言いやがる。

 なんで私の予定知ってんだよ。

 ストーカーか?

 

 王子に媚売りたい女どもはキャーキャー言いながらウロチョロしてるしよぉ。

 私をライバル視してハンカチ噛み締めてる奴はまだいいよ。こっち見てないで王太子籠絡してくれ。

 将来の王妃に媚売りたい奴らがマジで邪魔。どこ行くにもついてくる。

 トイレ行く時まで一緒に来るなよ。男じゃないんだから連れション文化ないだろお前ら。

 

 リュートに会いたいよ~。

 あの打算も思惑もないマヌケ面を見てホッと一息つきたい。

 一緒にお茶飲んだり町に遊びに行ったりしたい。

 宝石店で「レイアの髪色によく似合うよ」なんて言われながら髪飾りをプレゼントされでもしたらもう最高だ。

 グヘヘヘヘヘヘ…………

 

 …………無理だな。うん、アイツ貧乏だもん。

 

「君の瞳によく映えるネックレスを持ってきたんだ。受け取ってくれるかい?」

「私などにはもったいないので結構ですわ」

 

 お前じゃねえんだよクソ王太子。引っ込んでろや。

 

 いやぁ無理だわ~。

 その「この女は俺のことが好きだ」っていう謎の確信から出るイキリムーブが無理だわ~。

 

 何なの? この世の女はすべて自分の事が好きだとでも思ってんの?

 勘違いも甚だしいわ。一昨日来やがれイキリ野郎。お前なんかよりもリュートの方が100倍カッコいいし良い男だわ。

 

「あぁ! 高価な贈り物に見向きもしないとは、なんて慎ましいんだレイア!」

 

 誰の胸が慎ましいって!?

 ケンカ売ってんのかこの野郎。家庭教師に叩き込まれた私の愛想笑いにだって限界はあるんだからな。

 

 営業スマイルも限界を迎えて頬の筋肉がピクピク痙攣し始めた頃、廊下の向こうに見知った顔が現れた。

 

 リュート!? リュートじゃないか!

 大きくなったなぁリュート。別れた時には私とほぼ同じ背丈だったのに、遠目で見ても分かるくらい大きくたくましくなったじゃないか。

 

 いやぁ遅かったじゃないかリュート。

 私はこんなにお前に会いたくて会いたくて震えるラブソング歌手のように、この瞬間を一日千秋の想いで待ち続けていたというのに、お前は違かったなんてことはないよなぁ? オォン?

 

 さぁリュート。

 一刻も早く、私をこのクソッタレな乙女ゲー脳に犯されたバカ共から助け出してくれ。

 

 

 なぁリュート

 

 

 お前の隣にいる

 

 

 

 その女の人はだぁれ???

 

 

 

---

 

 

 

 次回『リュート、死す!』

 

 デュエル、スタンバイ!




馬券外れたので明日の投稿はお休みです。
もぅまぢむり(´・ω・`)


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15.悪役令嬢の記憶 其の四

 お胸がドーーーンッ!!

 腰がキュッ。

 オケツがバーーーンッ!!

 

 女の子がケツとか言うな?

 うるせえ確定させんぞ。

 

 あの男を誘うことしか能がなさそうな厭らしい肉体。

 間違いありません、アイツが聖女です。

 

 聖女っつうか『性女』だろ。

 

 なにリュートとにこやかに談笑してんだテメー! リュートの隣は私のもんだぞ!?

 

 おい王太子、あそこにお前の運命の相手がいるぞ。

 王位継承権を捨ててまで聖女との幸せな未来を選んだお前はどこに行っちまったんだよ。

 漢見せろよ。

 

 というかアレだよな。

 乙女ゲーだと『産まれが庶子だから』って理由で王太子から嫌われてたけど、 たぶん違うよな。

 

 ズバリ『胸』だろ。

 王太子もリュートも、パイオツはデカければデカいほどいいんだろ!? モルペコに魂売ってんじゃねえよスケベ野郎どもが!

 

 あっ。

 リュートと目が合った。

 やっと私の存在に気付いたかこの浮気野郎。2つのメロンに鼻の下を伸ばしてないで、さっさと私のことを助けろや。

 

 ………………おい。なんだその諦めたような笑顔は。

 「分かってる、分かってるよレイア」って目をしてるんじゃねえ! リュート絶対ろくでもない勘違いしてるって!

 おいこっち見ろ! どっか行くな!

 

 やっぱり胸か!? 胸がないのがそんなに悪いのか!?

 仕方ないだろ! 牛乳飲んでも大きくならないんだから!

 

 リュートのバカやろおおおおおおおおぉぉぉ………………

 

 

 

---

 

 

 

 疲れた。

 

 リュートは聖女に寝取られたし、王太子は付き纏ってくるしで散々だ。

 乙女ゲーの展開とあまりに違いすぎるだろ。

 いったい何がどうなってんだってばよ。

 

「そういえば男爵家は、屋敷を売り払ったらしいな」

 

 夕食の席。お父様が切り出した。

 貴族が屋敷を売る? そんなん、没落したと認めたようなもんじゃないか。

 公爵家が援助してるのに没落するような事態になるか?

 お父様も一応、娘の嫁ぎ先として監視の目は光らせていたはずだけど。

 

 そういえば、リュートもアルバイトし始めたらしいな。

 聖女の実家の食堂で賄い付きらしい。

 食べるのにも困るくらいって、そんな事態になってるの?

 

「そこまで家計が苦しいのですか? リュートの実家は」

「いや、十分な援助はしている。しているはずなんだが……」

 

 お父様も眉間に皺を寄せて首をひねっている。

 少なくない額の金銭がどこに消えているのかまでは追えていないらしい。

 

「新しく絵画やドレスを買ったという報告もないし、最近では商人もほぼ出入りしていないとは聞いていたが……」

 

 改めて詳しく調査してみよう。

 お父様は席を立った。

 厄介な事に巻き込まれていなければいいけど。

 

 私もリュートに最近の実家の様子でも聞いてみないといけないな。

 そう決意した翌週。

 

 1日目 王太子とお茶会

 2日目 王太子とお茶会

 3日目 王太子と買い物

 4日目 王太子とお茶会

 5日目 王太子とお茶会

 

 お腹がタポタポになってしまう。

 

 何なのアイツ、お茶好きにも程があるだろ。

 唯一のお出かけの買い物も、途中から喫茶店でお茶飲んでたし。

 ちなみに2人きりじゃないからね。ちゃんと取り巻き連中いたから。

 浮気じゃない。これは断じて浮気じゃない。

 

 にしても貴族ってのは遊ぶにしてもお茶会か買い物くらいしかやることないのかね。

 こんなんだったらリュートが魔物倒すの見てた方が楽しいんだけど。

 「君の笑顔の前ではどんな宝石も霞んで見える」?

 愛想笑いですがなにか。

 目ん玉腐ってんだろ。

 

 そう、リュート。

 リュートと全然会えないんだけど。

 まず私が王太子に付き纏われて逃げられない。

 何とか時間を見つけて会いに行くことが出来たとしても、いつも何処かですれ違う。

 

 これさ、リュート私のこと避けてるよね?

 なんで? 何か嫌われるようなことしたっけ?

 

 ……浮気してて気まずい、とかではないはず。

 いやまさか、本当に浮気してたらリュートを殺して私も死ぬだけだから別にいいんだけどさ。

 

 リュートも私と同じで、聖女に付き纏われてる?

 

 あり得る。全然あり得る話だ。

 王太子と聖女。公爵令嬢レイアを大いに嫌っている2人が結託して、私とリュートの仲を引き裂こうとしている。

 

 これだけ過度に近づいてくるのは、きっとそうに違いない。

 

 ああ良かった。リュートは寝取られてなかった。

 じゃあ、邪魔者は排除しないといけないよね?

 

 ということで、ユーリちゃんよろしくね。

 公爵家のスパイとして、しっかり仕事してちょうだい。

 聖女の近くに居られるように、聖騎士候補にねじ込んどくね。

 

 何だったら、そのまま聖女を堕としてきてよ。

 あの気持ち悪い王太子の鼻を明かせてやらないと気が済まないからさ。

 

 ねえリュート。

 私、我慢したよ?

 下心まるだしのあばずれがリュートにすり寄っても、リュートのことを信じて見逃してあげてたんだよ?

 

 なのに、なんで?

 

 なんでその売女のチョコレートは受け取って、私のチョコは受け取ってくれないの?

 

「あぁレイア。君の婚約者は薄情にも他の女に現を抜かしている。

 君の傷付いた心を癒してあげよう。僕の胸に飛び込んでおいで」

 

 

 

「近寄るんじゃねえよ、人間のカスが」

 

 

 

「れ、レイア………………?」

 

 待っててねリュート。今、会いに行くから。

 今までのこと。

 それから私とリュートだけの、これからのこと。

 

 しっっっっっかり、お話しないとね?




急な出張なので明日の更新はお休みです。


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16.チョコが痛い

 腕ひしぎ十字固めを受けている最中にこんにちは。

 リュート・タナベ男爵令息です。

 助けてくれてもいいのよ?

 

「この浮気者ーーーーっ!」

「みぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 取れちゃう! 俺の右腕が取れちゃうよぉ!

 

「やっぱりオッパイか!? オッパイ大きくないと駄目なのかー!?」

 

 肘はそっちの方向には曲がらないよレイアさん! このままだと俺の腕が複雑に絡み合う知恵の輪みたいになっちゃうよ!

 

 ゴキンッ

 

「あ、やべっ」

 

 ゴキンッ

 

「ヨシ!」

 

 ヨシじゃないが。

 え? 1回、俺の肩外れてなかった? 外して戻してなかった?

 めっちゃ痺れて感覚ないんだけど、大丈夫だよねこれ?

 

 ひとしきり俺をフルボッコにしたレイアは、ふぅと息を吐いて額の汗を拭った。

 いやなに一仕事終えたみたいな感じだしてんだよ。

 

「反省した?」

 

 何を?

 久しぶりに顔を合わせたと思ったら暴力振るわれて上に馬乗りになられてる現状、何をどう反省したらいいのか分かりかねるんだが?

 

「私以外の女とイチャイチャしてたことに対する反省だよ」

 

 ……あぁ、アンズのことか?

 アンズはバイト先の店長さんの娘で、ただの友だちだよ。

 

「嘘だっっっっっっ!!!」

 

 カナカナカナカナ……。

 いや、今は冬だから。ひぐらし鳴くには早すぎる。

 

「男女の間に恋愛感情なしの友人関係なんて成り立たないんだ!」

 

 わぁお、すごい偏見。

 そんなことないと思うよ? 同じ夢を持つ同志だとか、同じ趣味を持つ仲間だとか、そういう理由で友だちになる人も少なからずいるでしょ。

 

「最初はそうでも、一緒に過ごしていく内にだんだん「あれ? この人イイな」って自分の気持ちに気付いて意識するようになって、そこからボディタッチしたりお弁当作ってきたりして2人の仲が縮まった頃にお泊まりに行って、美味しいごはん食べてお酒飲んで良い雰囲気になったらベッドインして人生の墓場にゴールインするんだ!」

 

 何そのちょっと具体的な妄想。

 

「返せよー! 私のリュートを返せーーーーっ!!」

 

 ヤバい、なんか妄想の中で俺が寝取られ始めた。

 大丈夫だから。俺とアンズはそんな関係じゃないから。

 2人でお泊まりしたこともないし、まだ未成年だし、お酒も飲んだ事ないから。

 

「でもチョコとかお弁当はもらってたよね?」

 

 チョコはもらったけど義理チョコだし、お弁当はアンズの手作りじゃなくてアンズのお母さん特製弁当だから。

 

「私のチョコはもらってくれなかったのに?」

 

 いや渡されてないですしおすし。

 あんた王太子殿下にチョコあげてたじゃん。

 見てたよ、顔真っ赤にして照れちゃってもう可愛い。どれだけ好きなんだよ、ジェラシー感じてビクビクしちゃう///

 

 というか、日頃から王太子殿下とイチャイチャしてるレイアに、俺とアンズの関係を邪推されたくないんですけど?

 いや分かる、分かるよー。金も地位も名誉もない貧乏貴族の小倅よりも、この世のすべてを持ってる王子様を選ぶのは当然だよねー。

 レイアの気持ちはよく分かってるから、名前だけの婚約者に構ってないで、好きな人とくっついてろよ。

 

「いや私、王太子のこと嫌いだけど」

 

 ………………マジで?




ランキングに入っていました。
ありがとうございます。


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17.チョコが近い

「いや普通に考えてみろよ。婚約者がいる相手を口説くって常識なさすぎてドン引きするだろ?」

 

 た、たしかに。

 俺とレイアが婚約者だと知っていないならまぁ仕方ないと思えるけど、王太子殿下ガッツリ知ってたしなぁ。

 知ってた上で俺のこと散々煽り散らかしてたし、まあ非常識ではある。

 

「でもほら、王太子殿下イケメンじゃん?」

「リュートの方がカッコいい」

 

 むほっ……!

 女の子にカッコいいと言われて喜ばない男がいるだろうか。いや、いない。

 頬を赤く染めながら上目遣いで見上げてくるレイア。これが俺の婚約者だって? なんだこの可愛い生き物は! 前世の俺はどんだけ徳を積んだんだい!

 

「そしたら、ほら。お金持ちだよ? 王太子殿下」

「裕福な暮らしよりも、好きな人と一緒にいられる方が大事だから」

 

 そう言ってキュッと俺の手を両手で包むように握ってくる。

 

 アーーーッ!! 駄目です! 可愛すぎです! 王都全域に可愛すぎ注意報が発令されました! 対策はありませんので甘んじて受け入れてください!

 

「じゃあ朝の一件は、義理チョコ渡してただけ?」

「いや、リュートに渡すためのチョコを強奪されたから取り返してた」

「マジかよ王太子最低だな」

 

 ふざけんな! すっかり騙されてたぞ!

 何が相思相愛だ、ただのストーカーじゃねえかあの変態王子!

 レイアが俺のために用意してくれたチョコを横取りするなんて、ゆ゛る゛さ゛ん゛!!

 

「リュートと話したいのにベタベタ近づいてくるし、リュートは私のこと避けてるし」

 

 べべべ別に避けてないし?

 ただ、お邪魔虫になりたくないから空気を読んで離れてただけだし?

 

「寂しかったな~。助けてほしかったな~」

「本当にすいませんでした」

 

 最低なのは王太子じゃなくて俺だ! レイアのSOSを無視してバイトに勤しんでいたなんて……!

 

「いや、そもそもなんでバイトしてたの?」

「そりゃ公爵家からの援助が打ち切られてたからだけど」

「援助、打ち切ってないけど?」

 

「え?」

「え?」

 

 ………………え?

 

「私とリュートの結婚資金があるから多少はその貯蓄には回してたけどさ」

「ああ、最初に援助の額が減ったのはそういうことだったのか」

「でもそれ以外のお金は今まで通りに男爵家の金庫に入れてたはずだけど?」

 

 え、じゃあ何? お金ないってのは両親の嘘だったの?

 嘘ついて息子の学費をケチってまで高い買い物したかったとか、もう病気だよ。

 自分の両親が買い物依存症だとか信じたくないんだけど。

 

「でも邸宅は本当に売り払ってたみたいだし、もし嘘だったらそこで止めるんじゃないかな」

「公爵家から出たお金がどっかに消えてるってことか?」

 

 バレたら公爵家を敵に回すのに、そんな馬鹿な真似をする奴がいるか?

 男爵家とは言えどクソがつくほどの貧乏なのに、そこからさらにお金を横取りするとか人の心は無いんか。

 

「まあ、怪しい人に目星は付けてるけど」

 

 さっすが名探偵レイアさん! ちゃっちゃと問題解決してくださいよ!

 

「まずは最近、お義父様に近付いてる商人でしょ……」

「あぁ、その商人はアンズの紹介だから大丈夫だと思うぞ」

 

「は?」

「は?」

 

「………………はぁ?」

 

 やべ、なんか地雷踏んだかもしれん。

 

「スゥーーーッ……

 ハァーーーッ……」

 

 大きく深呼吸を繰り返すレイア。怒りの矛先が王太子から俺に向いたのを感じる。

 お静まりください……! どうかお静まりください土地神さま!

 生贄が必要? じゃあ俺が生贄になります。何の解決にもなってないねコンチクショウ。

 

「………………まあいいや」

 

 キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!

 勝ち確です! 演出はいりました!

 いやぁ念じてみるもんだね。レイアが気まぐれ起こしてくれたおかげで九死に一生を得ましたよ!

 

「それじゃあお仕置きね」

 

 駄目でした。

 さようなら皆さん、どうやら俺はここまでのようだ。

 あとは頼んだぞ、レイヴン。俺の屍を越えてゆけ。

 

 目を閉じて両手を合わせる。

 この世からおさらばする覚悟を決めた俺の膝上に再び、柔らかくぬくもりのある重みが登ってくる。

 

 恐る恐る目を開ければ、今度は俺に正面を向いて座っているレイアの姿。

 うーんこれは、このまま首を絞められる流れですか。

 さようなら父ちゃん母ちゃん、バイト先のおばちゃん。

 先立つ不孝をお許しください。

 

 いつレイアの華奢な指先が俺の喉元に喰らいついてくるかと恐怖に震えていると、「んっ」という声とともに、何か黒い物が差し出された。

 

「食べて」

 

 漂ってくる甘い匂い。これはもしかしなくてもチョコレートじゃないでしょうかレイアさん。

 

「そうだよ。食べて」

 

 いや別に俺は良いんだけど、というかレイアからチョコもらえるとかめちゃくちゃ嬉しいんだけど。

 これって俺へのお仕置きのはずなのに、これじゃむしろご褒美というか本当にこれで良いのかと思うんですよ。

 

「いいから。早く食べて」

 

 いや、そんなにグイグイ押し付けてこられると顔がチョコまみれになっちゃうんですが──

 

「た・べ・て・?」

 

 アッハイ。

 

 レイアにチョコを食べさせてもらう。

 うん、美味い。というか甘い。

 アンズのチョコには果物が入っていて甘さ自体は控えめだったけど、レイアのチョコは歯が溶けそうになるほど甘い。

 

「ごちそうさま。美味しかったよ」

 

 よく咀嚼してから飲み込む。

 その感想をレイアに伝えると、レイアは嬉しそうに笑った。

 あ^~、可愛いっすね~。

 

 じゃあ、そろそろ教室に戻ろうか。

 公爵令嬢がこんなところでサボリなんて良くないでしょ。

 立ち上がろうとした俺を、しかし膝上のレイアが押し戻した。

 

「はい、食べて」

 

 2個目もあったのか。気付かなかった。

 もう一度、口に入れられたチョコをしっかり味わう。

 うん、美味しい。

 レイアも満足した? じゃあ行こうk──

 

「はい、食べて」

 

 あれデジャヴ?

 まあもらうけど。

 

「はい、食べて」

 

 無限チョコレート編でも始まったの?

 

「はい、食べて」

 

 あの、レイア?

 俺の為にたくさんチョコレート用意してくれたのはありがたいんだけど、お腹がちょっと……いやかなり一杯なんだよね。お昼ご飯も食べたしさ。

 また後で大事に食べるから、普通にチョコ渡してほしいなー、なんて思うんだけど。

 

「食べて」

 

 アッハイ。

 

「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」モグモグ、ゴクン「食べて」

 

 もうやめて! アタイのお腹が張り裂けちゃう!

 

「………………もうなくなっちゃった」

 

 た、耐えた! 危なかった、胃の限界を超えて口から溢れ出るところだった。

 残念そうにしているレイアには悪いけど、なくなってくれて本当に良かった。

 

 ウェップ。

 

 さて、それじゃあそろそろ教室に戻ろうか。

 お互いに誤解も解けたことだし、これからは積極的に会いに行くよ。

 だから、そろそろ膝上から降りてくれませんかね。

 

「イヤ」

 

 イヤじゃないねん。

 おいやめろ抱きつくなすり寄ってくるな俺の体臭を嗅ぐな。

 

「体内は上書きしたから、あとは外にもマーキングしとかないと……」

 

 何か物騒なこと言うのやめてくれません?

 さっきから目が怖いよ。前に会った時はもっとキラキラした目をしてたでしょキミ。

 いいから早くどきなさい。お腹だけじゃなくて理性的にもいっぱいいっぱいだから。

 

 幼馴染だからってあんまり俺のことを信頼すんなよ!?

 あんまり可愛いと、何仕出かすか分からないんだからね!?

 

 よっこいせと持ち上げて地面に降ろす。

 うわ、めっちゃケツ汚れてる。

 冷や汗かいたから、座ってたところの地面がグショグショだよ。

 

「すぐ会いに来てよ? そうしないと私──」

 

 どうなっちゃうか分からないから。

 そう言ってニッコリ笑うレイアの目が全然笑ってない。

 

 次はない、と言われているようで戦々恐々としますよ。

 あまりの重圧で心臓がバックンバックン、ドッキドキ!

 もしかして、これが恋……? こんなの初めて///

 

「アンズ、聞いてくれ!」

 

 おっ?

 

 トキメキを感じながら建物の角を曲がろうとした時、よく見知った顔がいたので隠れる。

 コッソリと覗き見ればなんということでしょう。

 

 神妙な顔をしたアンズとセドリックが向かい合っていた。

 

「私は、アンズを愛している!」

 

 キャーーーー!

 愛の告白よーーーー!!



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18.聖女の回想 其の三

 無駄にだだっ広い学院の敷地内を走り回ること数分。

 昼休みが終了する直前に、運よくセドリックを見つけることが出来た。

 リュートは一緒にいないみたいだけど、とりあえずセドリックに余計な事を言ってないか確認しないと!

 

「………………あぁ、アンズか」

「セドリック! ……どうしたの、そんなに顔色悪くして」

 

 真っ青な顔を見て、焦燥より心配の気持ちが勝つ。

 リュートと話してやり込められたんだろうか。

 たしかにリュートは勉強が出来ない割には屁理屈をこねるのが上手い。

 話し合いをする時には真正面から相手とぶつかり合うセドリックとは相性が悪い。

 だから、セドリックが口で負けても仕方ない。

 

 でも、ただ言い負かされたにしてはおかしいくらい落ち込んでる。

 よっぽど心に来るようなことを言われたんだろうか。

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

「だ、大丈夫だ。色々と思うことがあってな」

 

 歯切れの悪い言葉の後にガシガシと髪を掻くセドリックに、いつもの謎の自信に満ち溢れた様子はない。

 セドリックのことは心配だけど、リュートに余計な事を言ってないか確認しないといけない。

 もしアタシが聖女だって知ってしまっていたら。

 リュートはそんなことしないと思うけど、他の人に言いふらさないように口止めしないといけない。

 

「セドリック、少し話があるんだけど」

「………………」

 

 イラッ

 

「うじうじするな! シャキッとしなさい!」

 

 セドリックの丸まった背中を平手で叩く。

 バシーンッ! という大きな音が鳴り、うめき声と共にセドリックの背筋が伸びる。

 辛気臭いのは嫌いだから、セドリックが何か落ち込むたびに背中を叩くのが習慣になっている。

 ……貴族に手を上げるって本当はマズいんだろうけど。そこはセドリックの優しさに感謝だ。

 

「……そうだな。ここで悩んでも良い事はない」

 

 セドリックが顔を上げた。

 さっきまでの何か思い詰めたような表情ではなく、どこか吹っ切れたような、それでいていつもより真剣な顔をしていた。

 

「アンズ、話がある」

「奇遇ね。アタシもよ」

「場所を移動しよう。なるべく人目に付かないところが良い」

 

 

 

---

 

 

 

 やってきたのは裏庭に近い建物の影。

 午後の授業が始まる鐘の音はとっくに鳴った。入学してから初めてのサボリだ。

 

 ……大丈夫だよね? 特待生取り消しになったりしないよね?

 これまで真面目にやってきたし、成績も良いから大丈夫なはず。

 ………………たぶん。

 間違いなく……たぶん。きっと!

 

「アンズ。君には出会った頃から、世話になってばかりだ」

 

 退学の恐怖にアタシが打ち震えていると、セドリックが思い出話を始めた。

 

「実力に見合わず天狗になっていた私を諌め、進むべき道を示してくれた」

 

 いや、初対面でいきなり「私と君では身分が違う!」とか言いやがったから頬を平手打ちしただけなんだけどね。

 少し打ち解けたら「私が父の跡を継げるのか……」ってモジモジしてたからお尻を蹴飛ばして「頑張れ頑張れできるできる! 俺だってこのマイナス20℃のところ、シジミガトゥルルって頑張ってんだから!」って激飛ばしただけだし。

 暴力振るったらヤバいかなって思ったけど、セドリックが「もっとだ! もっと強く頼む!」って喜ぶもんだからつい。

 

 いや、冷静になって思い返してみたらセドリック気持ち悪いわね。

 

「一方で私はといえば、君に何もしてやれていない」

「そんなことはないわよ。勉強を教えてもらって助かってるわ」

 

 セドリック、変態だけど成績はめちゃくちゃいい。

 特待生として学年上位をキープしないといけないアタシにとっては、セドリックとの勉強会はすごくありがたかったりする。

 人にものを教えるのが上手だから、本当は学院の教師とか向いてるんじゃないかと思う。

 

 ……まあ、セドリックに教えてもらったこと全部そのままリュートに言っても「I don't wanna know.」としか返事が返ってこないんだけど。何語?

 そのまま歌い出すし踊り出すからリュートの成績向上計画は諦めた。

 

「いや、そんな事くらいでは君から受けた恩を返すにはとても足りない」

 

 気にしなくていいのに。

 というか恩を売った覚えはないし。

 ただ、アタシの気に食わないところを叩いて治しただけ。

 お母さんが「釜戸の調子が悪いねえ!」って蹴り入れてるのと一緒よ。

 

「こんな私では、君の隣に立つには相応しくない。聖騎手候補筆頭だと持て囃されてはいるが、君にはもっと素晴らしい人がいるはずだ」

 

 筆頭? そんなの聞いたことないけど?

 ……またジェームズか。おべっか使うのだけは上手いからなぁ。

 

「タナベに言われて目が覚めた。私には私が望む全てを手に入れることなど出来ない。だが、それが分かっていても諦められない物もある。そう気付かされたんだ。だから──」

 

 え、なに? リュートそんなに良いこと言ったの? 喧嘩腰で話しに行ったセドリックを改心させるって何やってるの。

 何を言ったらセドリックにこんな覚悟がある目をさせられるの。

 

「──アンズ、聞いてくれ!」

 

 セドリックが拳をグッと握り締め、アタシと目を合わせる。

 

「私は、アンズを愛している!

 必ず君を幸せにしてみせる!

 だから、私を選んでほしい!

 私と一緒に、これからの人生を歩んでくれないか!」

 

 それは、これまでなぁなぁで済ませてきた関係を決定づけるための言葉。

 間違いなく本心から出てきたセドリックの想い。

 

 ジェームズでも、ユーリでも、リュートでもなく。

 自分を選んでほしい。

 セドリックらしい、まっすぐな告白。

 

 だからアタシも、それに対する返答は決まっていた。

 

「ありがとうセドリック。あなたの気持ちはすごく嬉しい」

「なら!」

「でも、ごめん」

 

 自分の気持ちに嘘はつけないから。

 

「アタシは、セドリックと一緒には歩いていけないよ」

 

 唇を血が出るくらい噛み締めて俯くセドリック。

 彼がどんな気持ちなのか、アタシには分からない。

 ぬるい関係に甘んじて先に進もうとしないアタシに、セドリックへかける言葉はない。

 

「……やはり、タナベか」

「うん……」

 

 ポツリと漏らした言葉に頷く。

 さっきまで伸びていたセドリックの背中は、再び丸く小さく縮んでしまっていた。

 

「どうしてアイツなんだ……。アンズと会うのが少し早かったからか?」

「いや、それもあるけどね」

 

 たぶんリュートより早くセドリックに会っていたとしても、アタシはリュートを選んだと思うよ。

 

「リュートだけなんだよね。初対面のアタシを『平民』じゃなくて『アンズ』だって言ってくれたのは」

 

 この学院に入ってから今まで。

 アタシはどこに行っても『特待生の平民』だった。

 

『あの特待生の……』

『あなたが平民の……』

 

 名乗っても、必ず定型文のように言われる。

 そういうレッテルを常に貼られてきた。

 もちろん仲良くなった人もいる。友だちもできた。セドリックとも仲良くなって、お互いを名前で呼ぶようになって──

 

『アンズって名前なの? アンズお前、めっちゃ良い奴だな!』

 

 ──雑草食べて死にかけてた馬鹿が、満面の笑みでアタシの名前を呼んでくれた。

 その嬉しさを共感してくれる人は、きっと誰もいないだろう。

 共感してもらう必要もない。

 ただ、アタシの胸にあればいい。

 

「そうか。最初から、勝ち目なんてなかったんだな……」

「ごめんね」

「いや、謝る必要はない。君はただ、自分の気持ちに従っただけ。私になんら負い目を感じる必要はないさ」

 

 ただ、今はそっとしておいてくれ。

 セドリックはそう言うと、アタシに背中を向けてどこかへと去って──

 

「いやちょっと待てぃ」

 

 その場の雰囲気に流されるところだった。

 結局リュートに聖女バレしたの? してないの?

 そこら辺が分からないと困る!

 

「離してくれアンズ。引き留めてくれるのは嬉しいが、私はいま1人になりたいんだ」

「いやアタシもあんたに用事があるんだって!」

「敗者は口を開かず。ただ去り行くのみ……」

 

 駄目だコイツ! 人の話を全然聞いてくれない!

 ええい、センチメンタルに浸ってないで戻ってきなさいってば!

 

「ギョペッ………………!」

 

 ………………うん?

 セドリックの肩を掴んで揺さぶっていると、後ろから小さな悲鳴が聞こえた。

 

 振り返ると、そこにいたのは──

 

「やぁ、奇遇だな知り合い2号。

 ……助けてくれても、いいのよ?」

 

 ──レイア公爵令嬢に卍固めを喰らっているリュートだった。

 

 

 

 いや、何してんの?




 日間ランキング2位、本当にありがとうございます。

 (そろそろまた1週間くらい休んでエロゲしようかな)
とか思ってたら休むに休めなくなったちくしょうとかそんな風には思ってないです。ホントダヨ。


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19.チョコに挟まる

「やっぱり浮気してたんじゃないかーーーっ!」

 

 ご、誤解! 誤解ですレイアさん! もしくはイソメでも大丈夫!

 ギリギリと全身の骨と筋肉が軋む音が身体中から鳴り響く。音楽家にでもなった気分だぜ。寿命が縮むなぁ。

 

 助けてアンズ! このままだと死んじゃうから! 体のありとあらゆる部位が曲がっちゃいけない方向に曲がっちゃうから!

 

「………………」

 

 あ、あの~。アンズさん?

 さすがに無視はひどくない? あなたの好きな人がこの世からおさらばサラダバーしかねない時に黙るのやめてもらっていいですか?

 これってわたしの懇願ですよね? そうだよ(やけくそ)。

 

「男爵令息と、ずいぶん仲がよろしいんですねレイア様」

 

 目ん玉腐っとんのかオンドレは。

 プロレス技かけられて死にかけてるこの状況から、どう考えたら仲良しだという結論が出るんだ。

 明らかに家庭内暴力受けてる最中でしょうが!

 

「ええ。婚約者との距離が近いのは良いことでしょう?」

 

 距離が近い(物理)。

 プロレス技かけ合って仲良しだって言えるのは10歳までですレイアさん。

 そもそも女の子がこんなはしたない格好で男とくんずほぐれずするもんじゃないのよ。

 ほら、俺の体に当たってる部分がほんの柔らかい感触を──

 

 柔らかい部分、なかったわ。

 

「しぃぃぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「あんぎゃーーーーー!!」

 

 洒落にならんレベルで首が締まってきた! ちょ、本当に逝っちゃう! 逝っちゃうのぉほぉおぉぉぉ!///(ビクンビクンッ)

 

「あら、レイア様は王太子殿下に夢中だと思っていました。婚約者がいらっしゃるのに、あんな娼婦みたいに媚を売っていらっしゃったんですね」

「ふふっ、嫌ですね。聖女ともあろう御人がそのように汚らしい表現をするだなんて……あぁそうでした。まともな教育を受ける機会もなかったのでしたね。お可哀想に」

 

 君たち仲良いね?

 お互いに見つめあっちゃってあらまあ、後は若い2人に任せてわたしはお邪魔しちゃおうかしら。

 だからこの卍固めを今すぐ解いて? ダメ? そろそろポキッてまうぞ。

 

 そ、そうだ! もう1人いるじゃないか!

 セドリック! お願い助けてセドリック! 誠実公正なお前なら、この状況がおかしいってことくらい分かるだろ!?

 

「──フッ。アンズのことは頼んだぞ、リュート・タナベ」

 

 駄目だコイツ! すっかり自分の世界に閉じこもってる!

 おいやめろどこかに去っていくな! チーッスみたいな感じで指を振るな! ピッピかお前は!

 

 くそっ! 頼みの綱が断たれた! 裁縫の糸より細い綱だったけど!

 いやもう無理、頭に血が上って何も考えられなくなってきた。意識がスーッと消えてなくなってきたし鼻から赤い液体が流れてきたしアビャー。

 

「うぉ、きたね」

「今日だけで何回鼻血出してんのよアンタ」

 

 あんまりにもあんまりすぎる扱いだと思う。

 やってられるかこんな仕事! 労基署に訴えてやる。訴えてやるならな!

 

「はいはい、鼻にティッシュ入れるからジッとしててねー」

 

 あ、ご丁寧にどうもありがとうございます。

 やっぱりアンズさんマジ聖女ですわ。

 

「またチョコ食べたんでしょ。今日はもうチョコ禁止」

 

 分かりました。

 

「あと、セドリックとの話はどこから聞いてたの?」

 

 「アンズ、聞いてくれ!」のところから。

 

「ほぼ全部じゃない」

 

 いや盗み聞きする気はなかったんですよ? ただ通りすがっただけでして。信じて。

 

「信じるわよ。ところでアタシが聖女だってセドリックから聞いた?」

 

 聞いたけどそれがどうかした?

 

「アアァーーーー!!」

 

 いきなり発狂しないでもらえます?

 頭抱えて叫びながら悶えないで。その胸に蓄えた脂肪がブルンボルンしてるのを見てレイアが泣いてるから。

 

「あの馬鹿、誰にも言うなって釘を刺しといたのにぃ!」

 

 バレると何かヤバいことでもあるのか?

 

「アタシが修道院に閉じ込められて──」

 

 それはお気の毒に。

 

「──アンタは死ぬ」

 

 めちゃくちゃヤバいじゃないですかヤダー!

 なんで俺が死ぬの!? 国家機密を知っちゃったから!? とばっちりにも程がある!

 

「大丈夫だよリュート。私が守ってあげるから」

 

 わぁカッコいいよレイア。頼もしい発言しながら俺の右腕をねじり上げないでくれませんか。

 

「責任取って、アタシがずっとリュートの隣にいてあげるって手もあるのよ」

 

 そう言いながら左腕の関節を決めにこないでもらえますかアンズさん。

 

 両手に花?

 ううん、両腕にプロレスラー。

 

「婚約者がいる男性に抱きつくなんてはしたないんじゃありませんか?」

「王太子とイチャイチャしてたアンタが言えることじゃないわね。だいたいアンタの悪巧みなんかとっくに気付いてんのよ」

 

 右も左もミシミシいってる。

 俺の両腕ミシシッピ。

 

「悪巧み? 何のことでしょう?」

「しらばっくれるんじゃないわよ。ユーリが全部しゃべってくれたんだから」

 

 ミシシッピ超えてナイアガラ。

 俺が3歳の時に他界したじいちゃんが滝登りしてるんだけど何あれ。

 

「……へ~、そう。ユーリが裏切ったんだ」

「王太子を引っかけといてリュートまでキープしようなんて強欲がすぎるのよ! さすが娼婦の娘ね!」

 

 待ってよじいちゃん、また俺と遊んでよ。

 ……え? そっちに行くには俺も滝登りしないといけないの?

 

「はぁ!? ふざけんじゃねえよ! そっちこそ私に王太子けしかけといてリュートを横取りしようとしてただろ!」

「何その被害妄想! 人にスパイ送り込んどいてよく言えたわね!」

 

 ごめんよじいちゃん。俺にはできない。

 だって泳ぎたくても両腕が捻りあげられてて動かないんだもん。

 

 あ、あんなところにヤンチャボーイなユードリック。

 ヤッホー、助けてー。

 

「「ユーリ! ちょっと来なさい!」」

 

「うわあばばばぶぶぶぶぶ」

 

 ユードリック、白目向いて泡吹いてるんだけど。カニかな?




500円ケチって4万円逃しました。
明日、取り返します。
取り返せなかったら明日の更新はお休みです。

P.S.
 感想たくさんありがとうございます。
 けどたぶん、作者の人そこまで考えてないと思うよ……?


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20.チョコの和解

 目の前には正座させられているユードリック。

 俺の両隣には腕をちぎらんばかりに引っ張りあうアンズとレイア。

 こーらこら、そんなに引っ張ったら裂けちゃうぞ。俺が。まっぷたつに。

 

 モテモテだと思うでしょ?

 これただの修羅場。

 

「それで、どういうことユーリ。私は聖女"を"堕としてこいとは言ったけど、聖女"に"堕とされてこいと言った覚えはないのだけれど」

 

「申し訳ありません!」

 

 可愛い男の子が顔面蒼白で土下座する姿からしか摂取できない栄養素があると思います。

 

 ほっとくとアンズとレイアがユードリックにやいやい問い詰めてユードリックが泡吹いて倒れる、という生産ラインが出来つつあったので、一問一答形式で交互に会話していく方針を取っております。

 

 可愛いはヌける。可哀相はヌけない。

 土下座? あれはまだ可愛い部類に入るから。

 

「ユーリ。レイア公爵令嬢はアタシとリュートを引き離すためにユーリを聖騎士候補にした。そうよね?」

「は、はい。それとアンズの背後に黒幕がいる可能性もあるから、それを探るように言われてた」

 

 ドヤァ……!

 ギリィッ……!

 

 俺の左腕を引っ張りながらご満悦そうなアンズと、それを見て歯軋りしながら俺の右腕を捻りあげるレイア。

 君たちそんなに見つめあいたいなら、間に俺を挟む必要なくない?

 昨今の百合に挟まる男は迫害受けるからやめてほしい。

 

「……聖女の背後に何者かがいる可能性はなかったの? 王太子とか……王太子とか!」

「現状、そういった有力者は確認できていません。……もちろん諜報活動に手は抜いていません! 本当です!」

「どうだか」

 

 レイアには悪いけど、アンズが誰かの操り人形って可能性はないと思うんだよなぁ。

 アンズが聖女になる前から俺は餌付けされてたし、そもそも俺と仲良くなるメリットないでしょ。

 

「レイア様は王太子殿下とラブラブなんだもんね~? リュートはあくまで保険で本命は王太子だったんでしょ?」

「いや、それは違うよ」

「えっ」

 

 俺の腕にすり寄っていたアンズの動きが止まった。

 アンズの肩を持つと思ったユードリックは、意外にもアンズの思い込みをハッキリ否定した。

 

「レイア様は昔から──少なくともボクがレイア様と出会ってからは、リュート・タナベ一筋だったよ。王太子にかけられるちょっかいを鬱陶しいと思っていたはず。

 ……で、ですよね?」

 

 レイアが首をブンブン縦に振る。ついでに俺の腕もどんどんキマっていく。大丈夫だよね? そろそろ腐り落ちたりしないよね?

 

 というかユードリックが俺の名前を呼ぶ時だけ俺のことを親の仇を見るような目で睨んでくるんだけど。

 そんな風に見つめられると困っちゃう///

 

「そ、そうだったの……」

「ユーリの言うことはずいぶんとすぐ信じるんだね」

「レイア様とじゃ信用度が違うので」

 

 ギリィ……

 

 レイアの歯軋りだと思うでしょ?

 これね、俺の腕の骨が軋む音。

 

 いやもうホントマジ無理。

 よっこいしょ。

 はいレイアの場所はここね。

 俺の膝上に乗っていいから腕にダメージ蓄積するのマジやめて。

 

「……………(ドヤァ)」

「!(ギリィ)」

 

 片腕を救出したと思ったらもう片方の腕が限界を迎え始めた件について。

 ホント助けてユードリック。キミ仮にも聖女の婚約者候補でしょ? アンズが暴走したら止めるのも君の役目でしょ。

 

「お前を殺す」

 

 なん……だと……!?

 

 ホームランダービーどころかついにマジもんの殺害予告まで来たんだけど。

 まさに前門の狼、左右のプロレスラー。後門には何も来ないことを祈るばかりだ。

 

 ところでさっきから俺をさておいて話がドンドン進んでる気がするんだけど。

 俺も質問していいかな、ユードリック。

 

「ダメだ!」

「ダメだ!」

「ダメだ!」

 

 ダメかぁ……。

 

「男爵家への援助を邪魔してるのが聖女の差し金って線もないわけね?」

「はい。アンズからリュート・タナベに紹介された商人に黒い噂はなく、南方諸国との交易に積極的な新進気鋭の商会を立ち上げた優秀な人物とのことです」

 

 あの商人さん、そんなにすごい人だったん? まあたしかにウチの領地って王国の端っこ──南方の国境ギリギリのところにあるしな。交易路を拡大させるのに便利だったのかな。

 

「……そっか。じゃあ全部、私の勘違いだったわけか」

 

 レイアはアンズに向き直り、頭を下げた。

 

「ごめんなさいアンズさん。貴女を侮辱する言葉を謝罪します」

「そんな、顔を上げてください!?」

 

 ちゃんとごめんなさい出来て偉いね。頭を撫でてあげる。

 それを見て慌てふためいているのがアンズ。

 公爵令嬢に頭を下げられるとか誰かに見られたら偉い騒ぎになるもんな。

 

「アタシもレイア様にひどい事を言いすぎました。数々の非礼、本当にすいませんでした」

「いいの。私も頭に血がのぼっていたから言い過ぎたし」

「それを言うならアタシだってそうです……」

「じゃあ、おあいこってことにしよ? 様もいらない。呼び捨てでいいから」

「そ、そう……? それじゃ、改めてよろしくね、レイア」

「よろしくアンズ」

 

 どうやら無事に仲直りできたようだ。

 俺に分かったのは、ユードリックがレイアの子分だということ。アンズが紹介してくれた商人がすごい人だったこと。なぜかユードリックがものすごい殺意を俺に抱いているということ。

 

 溢れる殺意の衝動で心臓の鼓動が止まらない///

 これが、恋……?

 

「ちなみにアンズはユーリを選ぶ気はあるの?」

「……良い子なのは知ってるんだけどね」

「じゃあやっぱり、リュートが本命か……」

「ごめん。どうしても諦められなくて……」

 

 君たち本当に仲良いね。

 俺を放っておいて小声で内緒話するのやめてくれない? さっきからユードリックの目が死んでるんだけど気付いてる?

 

「「リュート」」

 

 はいはい。どうしましたかお嬢様たち。

 

「「私とこの娘、どっちが好きなの!?」」

 

 なんでそうなったん?




 好みの画風だったから買った同人エロゲが予想だにしない鬱展開すぎて萎えてしまったので明日の投稿はお休みです。
 メンタル、やられちゃったねぇ(ビクンビクンッ)。←瀕死


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21.チョコを選ぶ

「私だよね? 小さい頃からずっと結婚の約束してたもんね? ちゃんと正式な婚約者だもんね?」

「アタシでしょ? アタシの料理美味しいって言ってくれたもんね? 「アンズがいないと俺ダメかもしれんわ」って言葉、今でも覚えてるよ?」

 

「私、リュートの為だったら何でもできるよ。リュートの邪魔をする奴はすぐ消すし、好きなものは何でも買ってあげる。リュートの好みの女の子になれるように頑張るから」

「アタシ、リュートになら何されてもいいよ。身体だけなら自信があるし、メチャクチャにして壊れるくらい──壊してくれてもいいんだよ?」

 

「リュートは何もしなくていいの。私にすべて任せていいから。ただ私だけを見て私だけ愛してくれればいいの」

「リュートのこと、身も心もグズグズになるまで愛してあげる。大丈夫、アナタのこと全部受け止めるから」

 

「子どもはたくさん作ろうね。サッカーできるくらい欲しいな。私の身体、小さいけど大丈夫。心配しないでたくさん欲望を吐き出してね?」

「子どもは少なくてもいいよ。その分、1人1人にたーくさん愛情を注ぎこんであげるの。リュートもアタシの身体にたっぷり愛情を注いでね?」

 

 

 

---

 

 

 

 助けて。2人の愛が重い。

 

 目が怖い! 完全にキマっちゃってるのぉ!?

 俺の方を見てるようで見てないよ! 空想の俺と幸せな結婚生活を送りすぎて目の焦点が合ってないよ!

 

 想像上の俺に美少女2人寝取られるってよく分からないシチュエーションが繰り広げられております。

 レイアは俺の膝上でモジモジしているし、アンズは俺の腕を自分の胸に押し付けております。めっちゃ柔らかい。

 

 こんなのただのエロ小説じゃないか! もう僕やだおうち帰る!

 運営からBANされたらどうしてくれるんだ! ただでさえ1回オリジナル小説が通報されて強制消去からの警告メール届いたことあるんだぞ!

 

 ええい、いい加減にしろ馬鹿ぁ!!

 

《リュートの 必殺・カラテチョップ!》

 

「「ぁいたーー!?」」

 

《レイアと アンズは 正気に 戻った!》

 

 危ないところだった。

 あやうく「俺たちの冒険はここまでだ!」するところだった。

 今日も平和は保たれた。完!

 

「「それで、どっちが好きなの?」」

 

 振り出しに戻った。

 もう1回遊べるドン! やったね☆

 

 いや困った。

 何に困ったって? この質問、究極の二択に見せかけておいて実は正解がどっちでもないことだ。

 

 仮にレイアを選んだとしよう。

 物心ついた頃からの幼馴染みにして婚約者。めちゃくちゃ可愛いし親が大金持ち。そして何より俺のことが大好きときたもんだ。

 胸が小さい? 背が小さい? それがどうした貧乳は希少価値だ。合法ロリは最高だ!

 うーん最高、ぼくレイアたんと結婚しゅる!

 

 次の瞬間、憤怒の炎に身を包んだアンズの手によってこの世から葬り去られることになるだろう。

 

 

 では今度はアンズを選んだとしよう。

 気心の知れた異性でいつも傍にいる大切な存在。料理は母親譲りでめちゃくちゃ上手いし面倒見も良い。そして何より俺のことが大好きときたもんだ。

 抜群なそのスタイルと包容力で疲れた俺のことを癒してくれる最高の伴侶となってくれること間違いなし。

 うーん至高、ぼくアンズたそと結婚シル!

 

 次の瞬間、嫉妬に狂ったレイアの凶刃によってこの世から葬り去られることになるだろう。

 

 お分かりいただけただろうか。

 この二択に生存ルートは存在しない。う~ん、なんて罠。

 救いは……、救いはないのですか……!?

 

 いや! ここで諦めるわけにはいかない!

 諦めたらそこで人生終了ですよ!

 活路はきっと、どこかにあるはずだ!

 

「………………?」

 

 ──────見えた!

 進むべき道は前!

 右にも左にも希望がないのなら、ただひたすらに全速前進あるのみ!

 勇往邁進、道は自ら切り開く!

 

 即ち、そこでボーッとしているユードリック。君に決めた!

 

 悪いな、君には犠牲になってもらう。

 許せユードリック。腐った婦女子から気色悪い目で見られて取り返しのつかない状況になったりするが大丈夫だ、問題ない。

 

 俺はお前で我慢するからお前も俺で妥協しろ!

 大丈夫大丈夫、いけるいける! 先っぽだけだから!

 もうそこで百合に挟まる男に殺意剥き出しにしなくても良くなるから!

 男が好きだと言えば2人とも俺に失望して諦めてくれるから!

 

 ………………あ、嫌われるの想像したら涙出てきた。

 

 いやでもここは仕方がない! 俺みたいな馬鹿で貧乏で何の取り柄もない凡夫が2人の隣になんて、いちゃいけないんだ。

 2人には幸せになってもらうため、ここで俺に見切りをつけてもらって素晴らしい伴侶探しの旅に出てもらわないと!

 

 

 

「いや~、俺はどっちかというとユードリックみたいに元気いっぱいでまっすぐな性格の子が好きだな~。

 どうだいユードリック。ユー、ミーと付き合っちゃいナYO!」

 

 

 

 ────ピシッ

 

 空気が凍り付く音が聞こえた。




 メンタル持ち直すために【ぼっち・ざ・ろっく】の漫画を一気読みした結果、感想欄と評価バーを見て「えへえへ」と気持ち悪い声を漏らす悲しき承認欲求モンスターが産まれました。
 みなさん、本当にありがとうございます。

 ちなみにSIDEROSの大槻ヨヨコちゃんが好きです。アニメ二期が楽しみになりました。


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22.チョコが逃げる

「ユーリ。あっちでお話しましょう」

「そうね。大事なお話があるからね」

「い、いやだーーーー!」

 

 まったくの無表情になった女性陣2人に両腕を掴まれて引きずられていくユードリック。

 ドナドナド~ナ~ド~ナ~。

 

「ヤメロー! 死にたくなーい! 死にたくなーい!! 死にた────ゴブッ」

 

 あ、黙らされた。

 南無南無。

 ありがとうユードリック。君の犠牲は忘れない。

 

「リュート」

 

 アッハイ。

 

「そこでおとなしく待ってろよ?」

 

 ワカリマシタ!(^q^)

 

 いやめっちゃ胡散臭そうに見てくるじゃん。そんな風に見なくたって大丈夫だよ。

 ほら早くユードリック連れてって。俺はここで道草食べてるから。

 え? またお腹壊すからダメ?

 

 ………………行った?

 行ったな。

 

 よし、逃げよう。

 今あの2人に関わったら駄目だ。社会的にも生命的にも抹殺されかねない。

 ユードリック? 知らない子ですねぇ……。

 

 それはいわゆるコラテラルダメージというものに過ぎない。(俺の)逃亡目的のための致し方ない犠牲だ。

 身代わりはヤンデレの女性2人に対する自己防衛の手段だ。

 彼女ら2人が俺への気持ちを諦めない限り、俺もこの場からの逃走を続ける。

 ユードリックが枕を高くして眠ることはないだろう。

 生命権は俺に与えられた権利だ。今すぐ逃げ出せ。

 

 死か自由かだ!

 

「タナベ男爵令息。少しお話したいんだが、いいかな」

 

 後門の王太子殿下が現れた!

 

《タナベ・リュートは 逃げ出した!》

 

「おっと、そうはいきませんよ?」

 

《しかし 回り込まれて しまった!》

 

 なにこれデジャヴ?

「まったく、王太子殿下から逃げ出すなんてこれだから地方の田舎者は常識が――」

「死ねやナルシスト」

 

《リュートの 必殺・金的蹴り上げ!》

 

「甘い!」

 

《しかし 防がれて しまった!》

 

「な、なんだってー!?」

「同じ轍を二度も踏む私ではありませんよ! おとなしくお縄につきなさい!」

「くたばれロン毛!」

 

《リュートの 確殺・ボディーブロー!》

 

「ぐふぅうううううううううう!?」

 

《効果は ばつぐんだ!》

《急所に 当たった!》

《ロン毛の ジェームズは 倒れた!》

 

「逃ぃげるんだよぉおおおおおおおおおお!!」

「ま、待てタナベ男爵令息!」

 

 待てと言われて待つバカがいるか!

 あばよ王太子、俺は止まんねえからよ……!

 お前らが止まんねえ限り、その先に俺はいるぞ!

 だからよ……。

 

「待ってろって言ったよな?」

 

《レイアの 究極・アイアンクロー!》

 

「めぎゃああああああああ!!」

 

 止まるんじゃねえぞ………………。

 

 

 

---完---

 

 

 

「た、タナベ男爵令息ぅーー!」

「いちいち身分まで言うの、舌噛まない?」

「うわぁ!? 急に生き返るなぁ!?」

 

 遠回しに死んどけって言うのひどくない?

 

「うげ、王太子……」

「レイア? レイアじゃないか!」

 

 え、なに王太子殿下。俺じゃなくてレイアのこと追っかけてきたの?

 あっそれじゃあ後は若い人たちでごゆっくり~……。

 

 イヤ駄目だ。王太子殿下、俺のチョコ横取りしようとしたんだった。

 許せねえ……! 貴重な食料を奪うなんて王族のしていい事じゃねえ!

 この暴挙、許しておくわけにはいかぬ。

 野郎オブクラッシャー!

 

「おい逃げるぞリュート!」

 

 合点だ!

 

「レイア! 話だけでも聞いてくれ!」

「お断り申し上げ奉り候でございますわ! オーホホホホホホ!」

 

 レイアが壊れた!

 一刻も早く王太子から引きはがさないとマズい。

 レイアを右脇に抱えて全力で走り出す。

 

「ちょっとアタシたちを置いてかないでよ!」

 

 へいお姉ちゃんたち、乗ってかなーい?

 アンズを背負い、ユードリックを左脇に抱える。

 えー、本日はタナベ・タクシーをご利用いただきありがとうございます。

 次の駅はー、ヘケテテス。ヘケテテスでごぜえますわよ。

 

「お前を殺す」

 

 左脇から命の危機を感じるんですけど。

 運転手に危害を加えるのはおやめください。事故りますよ。

 

 オイコラ暴れんな! ただでさえ3人も抱えて重いのに動いたらバランス不安定になって落としちゃうだろ!

 

「誰が重いって?」

 

 レイアさん、正気に戻ったんですね。ちょっとこの生意気な従者を大人しくさせてくださいよ。

 あっちょ! ダメ、脇腹をくすぐらないで! そこは弱いのぉほぉぉぉぉぉぉぉ!!///ビクンビクンッ

 

「ダメよ、ユーリ。レイア」

「うん分かった!」

「チッ……」

 

 アンズの言うことは素直に聞くのね君たち。

 ユードリックはともかく、レイアまで。

 あの短時間で何があったん?

 

「というかコレどこに逃げてるの?」

 

 知らん。俺はただレイアに逃げろって言われたから逃げてるだけ。

 さながら現実からの逃避行と言ったところかな?

 王太子殿下たちも全力で追いかけてくるんだけど、このままだと追いつかれちゃうぞ。

 なんせ3人分の重量を俺1人で抱えて走ってるからな。

 まだ脇に抱えてる2人はいいよ。小さいし軽いから。

 問題は背中におぶってる人が発育抜群すぎて一歩ごとに2つの柔らかいメロンがモニュッ♡と俺の後頭部に当たって興奮してきたな。してしまうところですね。いつ前屈みになってもおかしくない。

 

「その柔らかいの、もっと押し付けてあげよっかー!」

 

 ウギギギギギッ! く、首絞めプレイとはずいぶんマニアックですね。そんなことされたら気絶しながら目覚めちゃうよ?

 

「………………よし、リュート!」

 

 ピッピカチュー!

 

「公爵邸まで走りなさい!」

 

 やってやろうじゃねえかよコノヤロー!



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23.公爵家の長い夜 其の一

---公爵side---

 

 

 

 娘が友だちを連れて帰ってきた。

 

 字面だけ見ればたいへん喜ばしい出来事だ。

『王太子と取り巻きに付き纏われて友だちができない!』

 そう嘆きながら弟の頭をワシャワシャしていた娘──レイアが同級生の女子生徒を家に招くとは、なんて素晴らしい日なんだ。

 公爵は感動にむせび泣いた。

 

 しかしそれも、目の前のコレを見るまでの一瞬だった。

 

「お久しぶりです公爵様。助けてください」

 

 荒縄でグルグル巻きにされて地面に転がされた娘の婚約者リュートの姿を見て、公爵は現実逃避することを決めた。

 

「……アンズといったかね? ようこそ我が家へ。狭い所だがゆっくりくつろいでくれ」

「ありがとうございます公爵閣下。そこの二股野郎には豚小屋を用意してあげてください」

「あい分かった。アイアンメイデンも併せてすぐに手配しよう」

「待って! 超待って! せめて人間扱いして! あとその処刑器具はやめて! 死んじゃうから!」

 

 娘を泣かせた男を葬り去るべく、公爵は修羅と化した。

 

 

 

---公爵夫人side---

 

 

 

 夫人は激怒した。必ず、かの不義不貞の男を除かなければならぬと決意した。夫人には恋愛が分からぬ。夫人は、政略結婚の身である。家の為、好きでもない男に嫁いで暮して来た。けれども不貞に対しては、人一倍に敏感であった。

 

「タナベのクソガキの首を撥ねなさい! 生かして帰すんじゃありませんよ!」

「待ってお母様。私は大丈夫だから早まらないで」

 

 愛娘とその友人に紅茶を振る舞いながらこれまでの経緯をすべて聞いた夫人は怒髪天を衝いた。

 健気な娘を差し置いて他所の女とよろしくするとは何事か。娘を信じず他所の男に寝取られたと勘違いするとはなんと愚かな。夫人は激怒した。

 

「あの、ごめんなさい。アタシがリュートに近付いたから……」

「貴女は悪くありません。悪いのは何時だって不貞を働いた男の方なのですから」

 

 そんな奴の陰茎などチョン切ってしまいなさい。

 そう言い切った夫人の言葉に、護衛の騎士と公爵は皆一様に股間を両手で隠した。

 メイドはそれを200色ある白色の目で見た。

 

「お母様は、不貞を働いたお父様をどうやって許したのですか?」

 

 後学の為に訊いてくる可愛い娘の質問に、夫人は笑って懐から鞭を取り出した。

 

「跪きなさい(パシィンッ)」

「ぶひー!」

 

 自分の前に四つん這いになった旦那の背中に両脚を載せた夫人は優雅に微笑んだ。

 

「絶対服従するように調教すればいいんですよ」

 

 もう二度と裏切らないようにね。

 娘と友人の尊敬の色で輝く瞳と視線を、夫人はドヤ顔で受け止めた。

 

 

 

---ユーリside---

 

 

 

「ほら、餌だぞ」

「あんまりな扱いすぎて泣いちゃう」

 

 地面にばら撒いたトウモロコシの粒を、芋虫のように這いつくばりながら必死に食べる憎い恋敵を見て、ユーリは自分の溜飲が少しだけ下がるのを感じた。

 後ろ手に縛られて公爵邸の地下牢に転がされている惨めな男が、自分のお嬢さまとアンズを誑かしたとは到底思えない。

 

「こんな奴のどこが良いんだ……」

 

 頭が悪い。知恵がない。口が悪い。常識が欠如している。他人から向けられる気持ちに気付かない。

 顔も、悪くはないが良くもない平凡な容姿。

 少々腕は立つようだが、どうせ本職である自分や騎士たちには敵わないだろう。

 

 見れば見るほど、取るに足らない凡夫。

 公爵令嬢や聖女に構われる資格すらない男。

 それがリュートに対するユーリの評価だった。

 

 ただ、身体はそれなりに鍛えられている。

 分厚い胸板。丸太のように太い腕。

 どうやら着痩せするようで、制服の上からでは分からなかった。

 ボロきれだけの惨めな姿になってようやく分かったその肉体美に、ユーリの喉がゴクリと鳴った。

 

「──だ、ダメだぞ! このトウモロコシは俺のものだからな!?」

「………………」

 

 ただ、あまりに中身が残念すぎる。

 ユーリは深いため息を吐いた。

 

 路地裏で飢えていた幼い自分に手を差し伸べてくれたレイアお嬢さま。

 衣食住を、生きていく術を、無償の愛を与えてくれた恩人。

 お嬢さまに忠誠を誓ってから幾数年。

 

 勉強でお忙しい中、いつも嬉しそうに満面の笑みで読んでいた手紙。

 自分の婚約者がどんなに格好いいか、どれだけ優しいか。耳にタコができるくらい聞かされた思い出話。

 

 その相手がこんな馬鹿野郎だったなんて。

 ユーリは大きく舌打ちをした。

 

 レイアお嬢さまの密命で近付いた聖女アンズ。

 裏表のない正直な性格と、たまに見せる屈託のない笑顔。

 いくら調べても出てこない裏と闇を暴こうと必死になっていた焦燥。

 自分の暗躍をアッサリ言い当てられた時の絶望。

 

『それでもアナタを許します』

 その言葉で、どれだけ救われたか。

 お嬢さまに「仕事が出来ない無能」と捨てられる不安を、アンズに感じていた後ろめたさを。

 自分を救って、お嬢さまと同じく無償の愛を与えてくれた人。

 

 そんな清廉潔白な女性が想いを寄せる男性。

 実直で一生懸命、誰より頼りになる強さと優しさを併せ持つ。

 嫉妬すら覚える人物像。

 そんな人ならアンズを幸せにしてくれると信じていたのに。

 

 レイアお嬢さまと二股かけていた最低のゲス野郎だったなんて。

 ユーリは石畳を踏み砕いた。

 

「ラスト一粒が木っ端微塵になっちゃった……」

 

 お腹が空いたよぅ。

 さめざめと泣いて地面を濡らす下手人の髪を掴みあげて顔を向けさせると、ユーリは殺意を込めて睨みつける。

 

「なんでお前なんかが、お嬢さまとアンズを……!」

 

 この世界でも最高の女性である2人を手中に入れながら、それでも飽きもせず自分まで口説いてきたクソ野郎。

 いますぐこの首と胴体を切り離してやりたい。

 許可さえ出ればすぐに出来るのに。

 肝心のお嬢さまとアンズが渋っている。

 

 なんで。

 

 なんでだ。

 

「そこまで愛されているのに、なんで裏切るような真似が出来るんだ!」

 

 それは愛を知らず生まれてきた者の咆哮。

 持たざる敗者が、すべてを持って生まれてきた勝者に向ける慟哭。

 

 憤怒に潤むユーリの瞳。その奥に燃える嫉妬の炎に焼かれ、それでも下手人は涼しい顔で嘯いた。

 

 

 

「欲しいんだったら奪えばいいだろ」

 

 

 

「………………なんだと?」

「お前が何に悩んでるのか、何が欲しいのか、俺にどうしてほしいのか。そんな難しいことは分からないけどよぉ」

 

 相も変わらずヘラヘラと軽薄そうに笑う──いや、違う。

 三日月に歪む目の奥に、自分のそれより強く燃え盛る劫火を視る。

 

「欲しいもんがあるんだったら。死ぬほど努力して、阿呆ほど挑んで、馬鹿ほど負けて。それでも欲しいって、喉から手が出るほどコイツが欲しいって、何度だって手を伸ばすんだ」

 

 それは間違いなく、生まれながらに勝ち組だった者の言葉ではない。

 幾度も敗れ。何度も倒れ。それでも立ち上がり、前に進んできた者の矜持。

 

「勝ち取って、奪い取って、そこで終わりじゃない。そうして手に入れたモン全部、今度は守り抜かなきゃならない。かつてのテメーみたいに奪おう、手に入れようって必死こいて襲ってくる奴らから、死に物狂いで守り抜くんだ。自分の大切なモンをな」

 

 そうして数多のモノを守り抜いてきた。

 努力と実績に裏打ちされた圧倒的勝者の持つ灼熱に、ユーリは自分の醜い心が溶かされていくのを感じた。

 

「ユードリック。お前にその覚悟があるのか?」

 

 覚悟があるのなら、示してみろ。

 自分というちっぽけな存在が殻を破る時が来た。

 ユーリはそう感じた。

 

 

 

---

 

 

 

 ちなみに、リュートにそんな覚悟はない。

 覚悟がないから逃げ出した。

 いくら可愛くて好きだからって国の超重要人物を2人とも責任持って娶るなんて出来るわけないだろいい加減にしろ。

 こちとら万年貧乏貴族やぞ。

 

 自分に出来ないことを、それっぽくドヤ顔で嘯いた。

 ユードリックに火をつけた。

 コイツに全部押し付けてしまえば、どさくさに紛れて逃げ出せる。

 目先の利益に飛びついて、その失策がもたらす最悪の結末を予期できない。

 

 浅はかで短慮。

 それ故に馬鹿は馬鹿と呼ばれるのだ。

 

 焚きつけた張本人が貧乏くじを引くなんて、分かり切っていることだろうに。

 

 

 

「リュート・タナベ! 公爵家の名において決闘を申し込む!」

 

 

 

 なんで?



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24.公爵家の長い夜 其の二

---公爵side---

 

 

 

「男という生き物には、都合の悪いことから目を逸らして逃げる習性があります」

「たしかにリュートも、何かと理由を付けて逃げようとしてるな」

「さっきもレイアが『待ってろ』って言ったのに逃げ出してたしね」

「ですから、逃げる気も起きないほど徹底的にその身に叩きこんであげる必要があるわけです。

 そちらの方が、逃げないように首輪をつけるよりも確実ですから」

「「なるほど!」」

 

 妻が、娘と友だちに何かとても恐ろしいことを教えている。

 公爵は聞かなかったフリをしながら、駆け込んできた使用人から報告を受ける。

 

「王太子殿下が訪問を希望していると?」

「は、はい! 至急お話したい事がある為、すぐに来訪されるとのことです!」

 

 娘が王太子からストーカー被害を受けていたことは知っている。

 幼少期からお茶会という名のお見合いを何度も経験しておきながら、それでも特定の女性を決めてこなかった王太子が唯一見染めた女性。

 レイアは社交界ではシンデレラのような扱いを受けている。

 

 その幼さを残しながらも可憐で美しい女性らしさを持つレイアは、嫉妬と羨望の視線に晒されている。

 こうした事態を避けたかったから、何の影響力も持たず毒にも薬にもならぬ男爵家との縁談を設けたというのに、その苦労を水の泡にしてくれおって。

 

 娘に付き纏う王太子に対してもそうだが、婚約者でありながら肝心なところで娘を守らなかったリュートに対しても、公爵は怒りの炎を燃やしていた。

 

「こんな夜更けに訪問など礼節に欠く。丁重にお断りしろ」

「しかし、火急の要件ですよ!? 国家の一大事である可能性も──」

「それなら王太子殿下ではなく国王陛下から先触れが出されるはずだ」

 

 まだ学院すら卒業していない青二才には何の権限もありはしない。

 王族の訪問を断る不敬を咎められるだろうが、そもそも礼儀知らずな真似をした厚顔無恥な輩に文句を言われても何ら問題ない。

 どうせ国王には許可を得ず、1人で暴走しているだけだろうしな。

 

「──か、かしこまりました」

 

 バタバタと出ていく使用人を見送り、さてそろそろ地下牢に繋いでいるリュートを解放してやろうかと騎士を呼ぶ。

 あまりの怒りにこのまま処刑してやろうかと思ったが、どうやら愛娘の気持ちは離れていないようだし一度、反省と懺悔をする機会を与えても良いだろう。

 

 そうして騎士に指示を出していると、出ていった使用人と入れ替わりで入ってきた者が声をかけてきた。

 

「お父さま」

 

 振り返ればそこには10歳になったばかりの息子──レオナルドがいた。

 

「どうした?」

「はい。お父さまにお願いがあるんです」

「なんでも言いなさい」

 

 妻でも、娘でも、息子でも。愛する家族の願いは、自分に出来ることならすべて叶えてきた。

 可愛い息子のワガママ1つくらいお安い御用だ。

 

「お姉さまの婚約者と決闘させてください!」

 

 ダメだが?

 

 

 

---リュートside---

 

 

 

「いいかリュート。ハーレムは地獄だ」

 

 幼い頃、じいちゃんに口を酸っぱくして言われた言葉だ。

 ハーレムが何かも分かっていない俺は、そんなことより剣を教えてくれとねだったのを覚えている。

 

「大事なことだから聞きなさい」

 

 レイアと出会うより前のことだ。こんな幼気な子どもにハーレムの何たるかを熱く語ったじいちゃんは、そうとう変人だったと思う。

 

「ワシの親父──おまえのひいじいちゃんには、4人の嫁がいた」

 

 ひいじいちゃん。つまり、南方連合諸国との戦争で大戦果を挙げて男爵の爵位を賜った大英雄。

 『英雄、色を好む』の例に漏れず、ひいじいちゃんはその腕っぷしでもってハーレムを築いた。

 

 一人目は、騎士団長の娘。戦争でひいじいちゃんは副官として騎士団長の娘を支え、その功績を買われて娶ることになった。

 

 二人目は、南方諸国の姫。捕虜として捕らえたひいじいちゃんは拒絶する姫の心を溶かし、重要な情報を聞き出して戦争を有利に進めた後に行き場のない姫を娶った。

 

 三人目は、北の魔女の末裔。今では珍しくなった魔法を操る異能が故に蔑まれ苦しむ少女に手を伸ばしたひいじいちゃんは、行き場がないならと嫁に迎え入れた。

 

 四人目は、雇ったメイド。先の3人とこのメイドには、容姿において大きな差異があった。

 

「胸が大きかったんだ」

 

 ………………それだけ?

 

「バカお前、女性に腹と胸の話だけはご法度なんだからな!?」

 

 じいちゃん、昔に女性関係で何かあったん?

 

 とにかく、貧乳同盟とやらを結んでいた3人の前妻は4人目の妻を迎え入れたひいじいちゃんにブチ切れた結果────

 

 

 

 北に存在する大山脈の向こうへと、ひいじいちゃんを連れ去った。

 

 

 

 後に残されたメイドと幼いじいちゃんは、女性の恐ろしさに打ち震え、二度とこんな事態が起こらないように初代男爵の不名誉な記憶を継承していくことにした。

 

「な? 恐ろしいだろう?」

 

 いやでも、可愛い奥さん3人とずっと一緒にいられるならいいんじゃない?

 

「馬鹿を言え! 椅子に縛り付けられ衣食住どころか排泄の処理までされることのどこが幸せだ!?」

 

 いつも自信満々なじいちゃんが顔を真っ青にしてガクブル震えるって、どんなひどい場面を見てきたのよ。

 

「リュート、お前は強い。ワシの親父と同じか、それ以上に強くなる才能を持っている。

 そして何より、顔が若い頃の親父と瓜二つだ。お前はきっと、将来モテモテになる」

 

 よくモブ顔だって言われるんだけど。

 そんなモテるって言われても信じられないなぁ。

 ハーレム作れるくらいモテるの?

 

「そう、その気になれば作れてしまう。凡人であるワシやお前の父親と違って戦う力を持つお前は必ずモテる」

 

 父ちゃんさりげなくディスられててワロタ。

 お嫁さんをたくさんもらうなってのは分かったよ。

 でも、そんなにモテモテで可愛い女の子を選べって言われた時、選べなかったらどうするの?

 

「そうだよなぁ……。ワシの親父も優柔不断なところがあったからなぁ……」

 

 は? 優柔不断じゃないが? 俺ほど決断力と実行力に溢れた企業戦士はいないが?

 夕飯の献立? ハンバーグかステーキかチャーハンかたらこスパゲッティがいいです。

 

「………………よし。リュート」

 

 なんだいじいちゃん。

 

 

 

「選べない時は、逃げちまえ!」

 

 

 

 ……逃げていいの?

 

「監禁されて人という名のオブジェになるよりはマシだ! もしもヤバい女の子に好かれて『私を選んで♡』なんて言われた時は、領地も身分もかなぐり捨てて、とにかく遠くに逃げるんだ!」

 

 全部捨てて逃げると、お家が滅ぶけどいいの?

 

「本当は良くない! 良くないが……可愛い孫の安全が最優先だ!」

 

 えぇ……。

 まあ、亀の甲より年の功って言うし、じいちゃんの言う通りにしてみるよ。

 ちなみに、逃げ切れなかったらどうなるの?

 

「諦めろ」

 

 アッハイ。

 死んだ目をしたじいちゃん見て色々と悟ったよ。

 

・複数の女の子に好かれたら、1人だけを選ぶ。

・選べなかったら、逃げる。

・逃げられなかったら、諦めろ。

 

 これでいい?

 ………………オッケー。

 それじゃあ最後に聞かせてほしいんだけどさ。

 

 じいちゃんって、4人の妻の、誰の子どもなの?

 

「メイドの子どもだが?」

 

 

 

 ………………3人がブチ切れた理由って、それじゃないかなぁ。



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25.公爵家の長い夜 其の三

---公爵令息side---

 

 

 

 今年で齢10を数えるレオナルドは、公爵家の嫡男だ。

 両親と、腹違いの姉からたっぷりの愛情を注がれて幸せに生きてきたレオナルドは、今日の勉強を終えて家族に会いに行こうと廊下を歩いていた。

 すると向こうから、最近なかなか会えていなかった顔見知りが歩いてきているのを見つけた。

 

「ユーリ! 久しぶり!」

「お久しぶりです。レオナルド坊ちゃま」

「……どうしたの? 元気がないね。悩み事?」

 

 姉の腹心であり諜報から護衛まで幅広い仕事をこなす。それがユーリだ。

 レオナルドも物心つく前から何度もお世話になっており、あちこち遊びに連れて行ってもらったり、色々な面白い話を聞かせてもらったりと親密な関係を築いており、家族の一員といっても過言ではない。

 そんなユーリが、久しぶりに会ったというのに肩を落として下を向いている。それが気になった。

 

「……何でもありませんよ。少し、考え事をしていただけですから」

「嘘だ。僕がどれだけユーリと一緒にいたと思ってるの?」

 

 気に入らない。ユーリが自分に隠し事をするなんて。

 これが自分に教えられない仕事の内容についてならともかく、ユーリ個人の悩みであればそれを家族である自分に隠す必要はないんじゃないか。

 

「僕でよければ相談に乗るよ。ユーリにはいつもお世話になってるからね」

「しかし、本当に大した事ではないので……」

「それとも、僕じゃユーリの力にはなれないかな……?」

 

 上目遣いで目を潤ませながらお願いをするレオナルドを見て、ユーリはグッと言葉を詰まらせた。

 幼少期から可愛がっていた少年は、いくら仕える相手と言えどもはや、弟のような存在になっていた。

 

「これは、他言無用でお願いします」

「うん! 僕とユーリだけの秘密だね!」

 

 さっきまでの涙はどこに行ったのか、満面の笑みを向けてくる少年に、ユーリは心中の不安が少しだけ和らぐのを感じた。

 

「実は、とある人にボクの覚悟について問われまして」

「覚悟?」

 

 いつもお世話になっているユーリの悩み相談にはりきるレオナルドは、ユーリの目が戸惑いに揺れるのに気付いた。

 

「ボクはその人がとても不誠実で下賤な輩だと思い、ボクの大切な人たちに近付くなと言ったんですが」

 

 ユーリの大切な人。それは誰だろうか。

 まずお姉さま。それは間違いない。ユーリは命の恩人であるお姉さまに忠誠を誓っている。裏切ることは決してない。

 それからお父さまにお母さま。公爵家の人間たちは、間違いなくユーリにとって大切な人だと言えるだろう。

 

 もちろん、そこにレオナルドも入っている。

 ちょっとした優越感に浸りつつも、ユーリに話を進めるように促す。

 

「欲しいものがあるなら。守りたいものがあるなら。

 努力して、諦めないで、必死になって手に入れろ。死に物狂いで守り抜け。

 ………………そう、諭されてしまいまして」

 

 自分が嫌う相手にされた説教が、ユーリの心を蝕んでいるらしかった。

 

「胸を張って、お前にその覚悟があるのかと言われた時に自信がなかったんです。

 ボクがこれまでやってきたことにどれだけの意味があったのか。無駄だったんじゃないか。

 目の前にいるのは殺したいくらい憎い相手のはずなのに、彼に向かって堂々と言い返せない自分に、何より嫌気がさしてしまったんです」

 

 これまで自分がやってきた努力に自信が持てない。

 誇りを持って打ち込んできた仕事に胸を張れない。

 ユーリはすっかり、自信を喪失しているようだった。

 

 そういえば、最近のユーリは公爵家から離れて特別任務に従事していたようだった。

 詳しい内容は秘密にされていたから分からないけれど、その任務の最中にユーリが自信を無くすキッカケがあったのかもしれない。

 

 だったら、ユーリを立ち直らせる方法は簡単だ。

 ユーリが今までどれだけ尽くしてくれたのか。頑張ってきたのか。その努力を肯定してあげればいい。

 

「……ユーリのこれまでが無駄だったなんて、僕はそう思わない」

 

 ユーリの所在なさげに揺れる両手を握り、目を合わせる。

 

「ユーリが頑張ってきたことを、僕は知ってる。

 高い壁にぶつかってどれだけ苦しんできたのか、どうやって打ち勝ってきたのか知ってる。

 僕たちを守ろうとして、その命を投げ出して働いてくれているのを知ってる」

 

 レオナルドが今よりもさらに小さい時。

 街に遊びに出ていたところを賊に襲われたことがある。

 一緒に来ていたメイドや護衛の騎士も殺されて、次は自分が殺される。

 

 恐怖に震えていたレオナルドを救ってくれたのがユーリだった。

 まるで演武を踊るように敵を斬り倒し「もう大丈夫ですよ」と手を差し伸べてくれたユーリにどれだけ心を奪われたか。

 

 レイアお姉さまに渡すプレゼントとして初めてお菓子を作っていた場面を見ている。

 慣れない作業に首を傾げ、目を回しながらもどうにか出来た不格好なお菓子を見てとても喜んだお姉さまに抱きつかれて顔を真っ赤にしている、可愛らしい姿にどれだけ目を惹かれたか。

 

 レオナルドにとって最も格好良くて、最も可愛い人。

 

「だから、ユーリが不安に思う事なんて何1つないんだよ」

 

 いつもありがとう。

 

 レオナルドの言葉に、必死に耐えていた涙のダムが決壊する。

 声にならない声を上げて泣くユーリを抱きしめながら、レオナルドは思う。

 

 ユーリをこんなに悲しませるなんて、許せない。

 

 ユーリの努力も苦労も、どれだけ公爵家の皆が感謝しているか知らないくせに好き勝手言いやがって。

 そんな奴がいま、この公爵家にいるっていうのか?

 

 ……そういえば、客人が来ているらしい。

 レイアお姉さまのお友達と、もう1人────

 

「────ユーリ」

「は、はい。なんでしょうレオナルド坊ちゃま」

 

 僕のことは昔のように『レオ』って呼ぶように。

 そう念を押した後に尋ねる。

 

「ユーリの覚悟を疑うような真似をしたのは……お姉さまの婚約者?」

「………………はい、そうです」

 

 

 

 許せない。

 

 

 

 お姉さまが学院に通う日を、婚約者に再会する日をどれだけ心待ちにしていたか。

 婚約者の隣に別の女性がいると泣いて帰ってきた時のことを今でも覚えている。

 

 僕の大切なお姉さまを蔑ろにするだけでも万死に値するというのに、僕の愛するユーリまで侮辱するなんて。

 自分が世界の主人公にでもなったつもりか?

 

 あまりにも余りある傲慢。

 たかが男爵ごときが公爵家に盾突くとは、身の程知らずめ。

 

 このままタダで済むと思うなよ。

 何か奴を思い知らせる手立ては………………。

 

 そうだ。その手があったか。

 

「ねえ、ユーリ。その人は、ユーリの覚悟を訊いたんだよね?」

「はい。覚悟があるのかと言われました」

 

 見誤ったな、クズめ。

 どうせユーリの小さく細い体型を見て侮ったんだろう。

 男の自分に危害を加えられるはずがないって。

 

「だったらお望み通り、ユーリの覚悟を示してやろうじゃないか」

 

 上手くいけば、もう二度とレイアお姉さまにもユーリにも。

 いいや、公爵家そのものに近付かせないように出来る。

 

 カネをたかる貧乏人が。

 男爵家の執事長とメイド長を買収して援助を止めてしまえば婚約を破棄すると思ったのに。

 援助の再確認にすら来ないから送った金銭を無くした愚か者として断罪する計画も台無しになったし。

 

 それならそれで貧乏人らしく、そこら辺のゴミ溜めで野垂れ死んでおけばいいものを。

 せいぜい後悔して逝くがいい。

 

「決闘を挑んで、勝てばいいのさ」

 

 そうすれば、ユーリの気持ちも救われる。

 もう家族が悲しむ様を見なくて済む。

 

「大丈夫。ユーリは公爵家の誰よりも強いんだから」

 

 どんな騎士も、ユーリには敵わない。一瞬のうちに叩き伏せられる。

 どんな暗殺者が来ても、ユーリがレイアとレオナルドを無傷で守り抜いた実力は伊達ではない。

 恐らくは、王家直轄の王国騎士団の中でも上位を争う実力者。

 そうでなくては公爵令嬢の護衛は務まらない。

 

 お前がどんな相手に喧嘩を売ったのか、思い知らせてやる。

 

「………………そう、ですね」

「乗り気じゃないかい?」

 

 俯いて、何かを逡巡していたユーリは再び顔を上げる。

 その決意した目に、レオナルドは満足そうに頷いた。

 

「やらせてください、レオ様」

「うん。期待しているよ」

 

 やることが決まれば、後は実行に移すだけ。

 お父さまにおねだりして、ユーリとお姉さまの婚約者が決闘をする許可を得る。

 ズタボロの囚人みたいな格好をした義兄になるかもしれなかった輩を見て、鼻で笑う。

 

 日が落ちるまであと数刻。

 夕焼けに赤く染まる修練場で、ユーリと輩が剣を手に向かい合う。

 

 ユーリにはいつもの愛剣を。

 家族に害為す愚か者には、見た目は普通の、中身はいつ砕けてもおかしくないなまくらを。

 

 ユーリが突き付けた条件は、今後一切公爵家に関わらないこと。

 愚か者が提案した条件は、何でも1つ言う事を聞くこと。

 

 ここに来て未だに勝てると信じている救いようのない馬鹿を、腹の奥で嘲笑う。

 

 さあ断罪の時は来た。

 

 ユーリ、僕に勝利を届けてくれ。



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26.公爵家の長い夜 其の四

 公爵邸を守る騎士たちが日頃、鍛練に励む場所。修練場。

 そこに向かい合うリュートとユーリを取り囲むように、公爵一家とそれに仕える騎士・使用人のほとんどが決闘の行く末を見守ろうと集まっていた。

 

 ユーリが望むは、不貞を働く婚約者とレイアの婚約破棄・二度とレイアに近付かないという誓い。

 リュートが望むは、ユーリに対する命令権。何でも1つ言うことを聞くという強制力。

 

 何があっても決闘の結果を受け入れるというお互いの誓いと、立ち会う公爵の了承を得て、決闘と相成った。

 

 しかし、この決闘に異議を唱える者が1人いた。

 レイアの友人として招かれていた『聖女』アンズは、真っ青な顔で慌てふためく。

 

「ちょっとレイア! 本当にいいの!? リュートが負けたら離ればなれになっちゃうのよ!?」

 

 隣で平然としているレイアの肩を揺さぶる。その豊満な胸も揺れる。それを見たレイアが嫉妬に震える。

 

「まぁ、リュートなら大丈夫でしょ。ドラゴン倒せるくらい強いし」

 

 何とも思っていない顔で平然と答えるレイアの言葉を聞いて、その場にいる誰もが「また始まった……」と思った。

 レイアが婚約者と過ごした思い出を語る時、必ず口にするのがドラゴン討伐だ。

 幼い子どものごっこ遊びとして微笑ましく聞いていた周りの大人たちだったが、十分に大きくなってからも繰り返し語られる思い出話に若干、辟易していた。

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ! 相手はあのユーリよ? 万が一にも勝てるわけないじゃない!」

 

 そう。なぜならタナベ男爵令息の相手はユーリなのだから。

 

 男爵領から数年ぶりに戻ってきたレイアが街で拾ってきた孤児。それがユーリだ。

 使用人として、護衛として、腹心の部下としてレイアの側仕えをする幼い子どもであったユーリに剣で勝てた者はいない。

 連れてこられて数日剣を習っただけで、並みの騎士を瞬殺するという天賦の才能を見せつけた。

 

 まさに天才。

 その才能が表に出て他家や王家から引き抜かれる事を懸念した公爵によって、ユーリは公爵騎士団という花形ではなく、表向きはレイア専属の使用人として扱われた。

 

 他家からの襲撃や暗殺は少なくなかった。

 レイアの出自をよく思わない血統派、公爵の不貞を快く思わない侯爵派から、レイアは幾度となくその命を狙われた。

 

 それでもレイアが一度も傷付くことがなかったのは、ユーリが傍で彼女を守ったからだ。

 その実力も、忠誠心も、疑う余地はない。

 

 公爵家の、単独での最高戦力。

 それがユーリだった。

 

 だからこそ、レイアの態度に疑問が出てくる。

 誰よりもユーリの強さを知っているにも関わらず、自分の婚約者の勝利を信じて疑わない姿に首を傾げる。

 

「ドラゴンなんて北の山脈にしかいないんだから、南方の領地にいるリュートが倒せるわけないでしょ!」

 

 王国の騎士団がその威信を示すため、数年に一度討伐していると噂のドラゴンは、多数の凶悪なモンスターが根城としている禁忌の土地、北方の大山脈。

 男爵領がある南方諸国との国境付近では見ることすら叶わないはずだ。

 さらに、もしドラゴンが王国南部に出没するとなればそれは国家の一大事に他ならず、公爵の耳に届いていないはずがない。

 

 よって、レイアのリュートに対する評価は戯言の域を出ないと誰もが思っていた。

 両親でさえも信じない妄言を、レイアは未だに信じ込んでいると思われていた。

 

「2人に剣を渡してきました」

「うむ。それでは始めよう」

 

 レオナルドが戻ってきたのを見て、公爵は決闘の開始を宣言する。

 タナベ男爵令息が決闘を断るのであれば、それでも良いと思っていた。

 一時的な仕置きで地下牢に入れてはいたものの、娘たちの怒りのほとぼりも冷めた頃合いで解放しようとは思っていた。

 決闘を断ったとて、甘い父親に代わって息子のワガママを諫めてくれたと心ばかりの礼を渡して娘に対する態度を改めるよう注意する。それですべて済むと思っていた。

 

 まさか、自分と相手の力量も見極められないほどの愚か者だとは思わなかった。

 ユーリとリュートは同じクラスであり、剣術の授業も一緒に受けていたはずだ。

 ユーリが剣術に限っては他の追随を許さない成績を修めていたのを目の前で見ていたはずだ。

 それにも関わらず決闘を受けるとは、どれだけ己惚れているのか。

 

 娘との婚約破棄という大きな条件をアッサリ飲まれたことで、公爵のリュートに対する感情は極めて悪化していた。

 レイアは嫌がるだろうが、このまま婚約を破棄してしまった方がレイアの将来の為になる。

 男爵家に送っている援助もどこへ消えているのか分からないままだし、打ち切る口実になった。

 そもそも毒にも薬にもならない末端の貴族だから利用したまで。

 向こうも多額の金銭を得るというメリットがあったから協力してくれただけ。

 お互いの利害関係が相互で成り立たないのなら、関係を保ち続ける必要もない。

 

「────始め!」

 

 だから、ユーリには完膚無きに叩きのめしてもらおう。

 公爵は開始の合図を出した。

 

 刹那、ユーリの身体が滑るように動いた。

 低い姿勢からリュートの懐に潜り込むと、地面スレスレから剣を振り上げる。

 棒立ちのままのリュートでは、とても防げない。

 

 誰もがそう確信していた。

 

 バギンッ!

 バシィッ!

 

 短く甲高い、金属が割れた音。

 それに続いて聞こえてきた、硬いものを受け止めるような音。

 

 ユーリの剣は、リュートの喉元までは届かず。

 リュートの手が、ユーリの剣を掴んでいた。

 

「……だから、リュートは強いんだってば」

 

 静まり返った修練場に、レイアの呆れたような声が響いた。




 セールに釣られて「NPCもの」を買いましたが、やっぱり女の子はアヘオホしてないと駄目だなって思いました。

 誤字報告ありがとうございます。助かります。

補足:決闘に使われているのはホンモノじゃなくて練習用の模造刀です。
   と思ったけど調べたら模造刀ってぶつけたらけっこう簡単に折れるんですね。
   ………………うるせえ! 俺の世界では折れないんだよ!
   ご都合主義です。お許しください。


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27.チョコが戦う

 いきなり「決闘だ!」と言われてなまくらの剣を渡された件について。

 

 いやユードリックくんを焚き付けただけなんですけど?

 コイツに全部押し付けて俺は逃げちゃえばいいやグヘヘ、とか悪い顔してたのがダメだったのかね。

 

「何やってんのよアンタ! 断りなさいよ馬鹿ぁ!」

 

 牢屋から出たらアンズにビンタされた。解せぬ。

 決闘くらい断れ?

 ムリムリ。

 

 ここ公爵邸。

 俺、囚人。

 立会人、公爵。

 

 断れるわけないじゃない!

 断ったら死ゾ?

 

 というかレイアの弟レオナルドくん。初めて会ったのに俺に対する殺意が半端ないって。そんな目できひんやん普通。できるんやったら言っといてや最初から。

 

 しかも表面上はニコニコ可愛らしい笑顔してるから余計に怖い。

 アレだ。腹黒いのに表面上は良い奴風なのはジェームズと一緒だな。

 ……おい、レオナルドくん。絶対ロン毛にはするなよ?

 

 決闘相手はユードリックくんね。

 え? ユードリックくんは代理? レオナルドくんが決闘を申し込んで、代理でユードリックくんを指名した?

 貴族同士でないと決闘は成立しないだのその代わり最良の武器を準備しただの、小難しいこと言われても分からん!

 

 そこの違いはよく分からないから、任せるよ。

 

 で、広いところに連れてこられて今にも壊れそうな剣を渡されて今に至る。

 これでどうやって戦えと?

 数回打ち合ったら折れちゃいそうなんだけど。

 

「剣を交換してもらってもいいですか?」

 

 剣を渡してくれたレオナルドくんに訊く。

 

「その剣は、公爵領でも腕利きの鍛冶師が作ったモノです。それ以上の剣はないと思いますが?」

 

 うわコイツ性格悪っ! そのニヤニヤ笑い、絶対分かっててこのなまくら渡してるだろ。

 外野の騎士も「そーだそーだ!」「ユーリユーリ!」「ローリローリ!」なんか変態いない?

 

 野次もうるさいし、仕方ない。

 いいよ、このオンボロで。

 ……うわぁ、悪い顔してるなぁ。ジェームズばりに腹黒い。

 俺、コイツ嫌い。

 

 ……でも、逆にこのオンボロで良かったかもしれない。

 だってそうだろ? 俺はレイアとアンズから逃げたい。ユーリはレイアから俺を遠ざけたい。

 

 これ、ひょっとしてwin-winなのでは?

 

 俺が負ければすべて丸く収まる……! なんだ簡単なことだったんだ。

 よし、死なない程度に手を抜いて負けよう。

 

 おや、遠くから威圧感を感じると思ったらレイアさんじゃないですか。チッスチッス。

 これから婚約者じゃなくなる負け犬になにか御用でござんすか?

 えっとなになに? 唇の動きから読み取ると──

 

『負・け・た・ら・コ・ロ・ス』

 

 俺の生存ルートがたった今かき消されたんですが?

 

 ま、まぁまぁおおおちちちちつけつけおちんつけ。落ち着け俺。

 ここで負けてしまえばレイアと俺は近付くことすら出来ないんだから、レイアが俺を害することも出来ない。

 そう! つまり、負けてもまったく問題ないのである!

 

 まったくビビらせやがって。おかげで膝がガクガク笑っちまうぜ。

 

 さぁ、待たせたなユードリック。決闘を始めようか。

 安心するといい、今日の主役はキミさ。万に一つも俺が勝つことはないだろう!

 

 何故なら、手加減この上ないことしちゃうからね!

 だから怒りと勢いのあまり俺の脳天に剣先を刺しちゃったとかやめてね!

 

「────始め!」

 

 公爵の合図でユードリックが突っ込んでくる。

 小さい背丈を最大限にまで縮めて、地面を這うようにやってくる。

 そして死角から剣を思いきり振り上げる必殺の一撃!

 

 

 

 いや、おっそ。

 

 

 

 え、なに? こどものお遊戯会か何かですか?

 いくら俺にボロカスの剣渡して余裕だからって、もう少し真面目にやってくれないと困るんだけど。

 

 さすがにこんなチンタラした攻撃に当たるのはわざとらしすぎて不正を疑われてしまう。

 まあ、もう何合かは斬りあった方が互いのメンツ的にも良いだろうし、ここはひとまず受けておくか。

 

 まずはこのオンボロな剣で剣先を反らして──

 

バギンッ!

バシィッ!

 

 ………………あ、危なかった。

 まさか一発で剣が折れるとは思ってもみなかった。

 

 いや、受け止めようとすらしてないのよ? ちょこーっと剣先を擦らせようとしただけなのに。

 なるほど、これで壊れるんだったらあの舐めた攻撃してきたのも納得だわ。

 

 とっさに素手で剣を掴んじゃったけど、まあ良いか。真剣白羽取りってやつですよ。

 どのみちあんな遅い攻撃に当たるなんて、仮にも領地の魔物討伐を頑張ってきたプライドが許さない。

 

 さて、俺の剣は折れちゃったけど素手でも充分戦える。

 遠慮しないでかかってこいよ、ユードリック。

 さっきみたいな舐めた攻撃じゃなくて、もうちょっとしっかりした、迫真の演技で頼むぜ?

 

「ハァッ!」

 

 ほらほら、遅い遅い!

 

「ヤァッ!」

 

 そんなんじゃ当たんないよ!

 

「エーイ!」

 

 ………………。

 

「ヌオリャァ!」

 

 ……あの、ユードリックさん?

 

「ダァァァァァァァ!」

 

 もしかしてこれで、精一杯?

 

「ウァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 バシッ

 

 真剣白羽取り2回目。

 いやじゃなくて。

 明らかに最初より威力が落ちてるし、ユードリックめっちゃ肩で息してるし。

 いや何その絶望で染まったみたいな光を失った目は。

 

 え、嘘でしょ……。

 お前、そんな程度の実力で決闘とか挑んできてたの?

 

 公爵令息の代理で決闘するって言うんだから、普通は騎士の中で1番強い人とかが出てくるもんじゃないの? まともに剣すら振れない素人が出てきちゃ駄目だよ。

 今からでも遅くない。ほら、誰かユードリックと代わってあげて。

 

 ………………皆、遠巻きに見てるだけで誰も近付いてこないじゃん。

 えっなに? ひょっとして皆、ユードリックのこと嫌いなの?

 イジメ? これ決闘の体裁をしたイジメだったの?

 

 いやいやさすがにそんな訳ないよね。だったら先に対戦相手の俺に何かしらの耳打ちがあってもいいもんね。剣も壊れかけのやつじゃないもんね。

 

 じゃあ単純にユードリックが本調子じゃなかったってだけで。

 はい、この話終わり。ほら、新しい対戦相手の人、出ておいでー。

 それだけ騎士がいるんだから、誰かしらが代わってあげてもよくない?

 

 ………………。

 

 もうやめたげてよぉ!

 ユードリックが可哀想だよ!

 地面に膝ついて虚ろな目をして呆然としてるんだよ!?

 いたたまれないよ! あまりにもあんまりだよ!

 誰か助けに来てあげてよぉ!

 

 こんなはずじゃなかったんだよ! ただあんまりにも舐められてると思ってカチンときちゃっただけで、ここまでやるつもりはなかったんだよぉ!

 あんなクソ遅い剣筋を見て、誰がコイツは真面目にやってるんだなって思うんだよぉ!

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ! もうイヤだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ユードリックくん泣き出しちゃったよぉ! 俺が空気読まないで避け続けたせいだよね! ごめんねぇ!

 でも俺に一撃すら当てられないキミが悪いと思うんだ。

 

「『ぼくは悪くない』(ゾンッ)」

 

 いやどこぞの副会長みたくカッコつけてる場合か。

 

「ぼ、ボクは……、ボクは強いんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 いや、そんなへなちょこに剣を振り回されても。

 弱いよ、キミ。

 たぶんここにいる騎士さんたちの方がよっぽど強いと思うよ。

 忖度されてたんだよ。気付こうよ。

 はい、そんなに振り回したら危ないから手から離そうねー。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ! 返して! 返してよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 男だろお前。女みたいにキンキン喚くなって。

 あーもう誰も助けに来ないし決闘は終わらないし子どもみたいに泣き喚く奴はいるし、どうしたらいいんだこれ。

 

「リュート!」

 

 レイア!

 そうだ、お前ならこの状況を打開する最高の一手を教えてくれる!

 さあ、どうすればいいんだレイア!

 

『さっさと終わらせろ』

 

 アッハイ。

 というか、ここまで戦意喪失してるんだから普通に俺の勝ちとなってもいい気がするんだよな。

 立会人の公爵はどうして……あちらも呆然としていらっしゃる。

 

 どうしよう。

 カッコよく決めるなら剣を首筋に押し当てて「俺の……勝ちだ!」とかなんとか言うんだろうけどなぁ。

 

 俺の剣、折れてるし。

 

 ユードリックの剣を借りるか? いやでも人様のモノを勝手に拝借するのはなぁ。

 見るからに大事に手入れされて使われてる剣だし。

 

 仕方ない、気絶させるか。

 

 ということで背後から失礼しますねユードリックくん。

 

「い、いやだ! ボクに触るな、近寄るなぁ!?」

 

 だいじょーぶだいじょーぶ。ちょっとだけ苦しくなって意識が遠のくだけだからねぇ。

 

「────ぎゅぺっ!?」

 

 苦しくてごめんね。首トンッてやって意識が飛ばせればいいんだけど、あんなフィクションの産物、俺には出来ないからさ。

 大人しく絞め落とされといてよ。

 

「ぐ、ぐるしぃ……! たひゅけて……」

 

 抵抗しない方が良いよ。逆につらいだけだから。

 あんまり暴れないの。首を絞めてる腕が外れちゃうでしょ。

 

「ぉ……じょ、さまぁ……ぁんじゅ……」

 

 おっ白目を剥いたな。あとちょっとだ。

 がんばれ、がんばれ。

 

「しぬ……しんじゃぅぅ…………イっちゃぅのぉ……」

 

 はいはい、死なないようにするから大丈夫だよ。

 

「────イグッ♡」

 

 プシィッ

 ジョロジョロジョロ……

 

 うわ、漏らしてる。

 まあ気絶したら全身の力が抜けるし、多少漏らしても仕方ないよね。

 

 念のため呼吸確認してヨシ! 多分生きてるから大丈夫。

 というわけで公爵様、決闘の判定よろしく。

 

「リュート・タナベの勝ち、だな?」

 

 そうですね。なぜか俺の勝ちです。

 ………………じゃあ、そういう訳で日も暮れましたし、俺は学院の寮に帰ります!

 バイバーイ!

 

 ────トンッ

 

 ぁえ?

 

「ご苦労、リュート。よくやった」

 

 レイアさん。キミがまさか、あの伝説の首トンッの使い手だったとは。

 このリュート・タナベの目をもってしても見抜けなんだわ。

 

 うぁー、意識が飛ぶー………………。




 話があっちこっち行くし順番がめちゃくちゃで読みにくいから、読むのに疲れるしつまらなく感じる。
 自分で読んでて思うくらいなので、他の人が読んだらより一層だと思います。ゴメンネ。分かってても治らないんですわ。

 仕事サボっ────頑張ってる時に思い付いた短編書きたいので、3日ほど更新お休みです。


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28.チョコが起きる

ガタンゴトーン

ガタンゴトーン

 

 何やら聞き覚えがあるような、ないような振動音が聞こえる。

 

ムニュッ

 

 それはそれとして、この頭に感じる柔らかい感覚はなんでしょうか。極楽ですか、天国ですか。

 こんなに肌触りが良くて弾力もあって柔らかくてすごく良い匂いがする枕、俺は持ってなかったと思うんだけど。

 う~ん、寝心地よすぎてスリスリしちゃう。

 

「──ひゃんっ」

 

 最近の枕は喋るんですか。科学の進歩ってすげー!

 言うとる場合か。

 何かが変だと目を開ける。

 

「リュート、起きた?」

 

 慈愛の女神か?

 視界の半分に広がっているのはアンズの優しい微笑み。どうしよう可愛すぎて好きになっちゃう。

 

 ちなみに視界のもう半分を占領しているのはアンズが誇る2つの丘陵。丘というより、もはや山です。北方の大山脈なんか目じゃないね。

 やはりおっぱい。おっぱいは世界を救う。桃源郷はここにあったんだ……!

 

 ──ハッ! 殺気が!?

 

 よっこらせと身体を起こす。

 なるほどアンズに膝枕されてたのか。胸だけでなく太ももまでムチムチスベスベとかもうエロエロの実の能力者ですかあなた。

 そのあまりのドスケベボディーに俺のムスコもドスケベマシンザチャージ。これにはライフラインさんもニッコリ。

 

「………………」

 

 レイアさんからは殺意がドッサリ!

 向かい側の席に座っていたレイアさんがものすごい目で俺の股間を睨み付けております。

 

「………………去勢?」

 

 勘弁してください!

 たいへん申し訳ありませんと決死のジャンピング土下座。グリグリと床に頭を擦り付ける。

 

「駄目よレイア。去勢したらリュートの魅力が半分減っちゃうじゃない」

「それもそうか。じゃあ貞操帯を付けるくらいで勘弁してやるよ」

 

 俺の魅力、半分ち◯こなの? そして貞操帯は果たして許されていると言えるの?

 

 ……いや待て。決闘の時までは囚人みたいなボロボロな服を着せられていたのに、今は割とちゃんとした服装に変わっているな?

 俺は決闘の後は気絶していたから自分で着替えた訳ではないだろうし、ということは誰かに着替えさせてもらった?

 そして、レイアとアンズは俺の裸を見たことがなかったはず。にも関わらず俺のムスコの大きさ事情を知っている……?

 

 つまり、そういうことか!

 謎はすべて解けた!

 お前ら、俺を着替えさせる時に見ただろ!?

 おいコラ目を反らすな、頬を赤らめるな! 居たたまれなくなるだろ!

 

「……ごちそうさまです」

 

 何が!? 俺が意識ない間に何したの!?

 口元を拭わないでレイア! 柔らかくて美味しそうだなって見ちゃうから!

 

「何ってナニを……」

 

 あー! あー! 聞きたくなーい!

 俺はまだ童貞! 俺はまだ清廉潔白! まだ大丈夫、まだ逃げ出せる!

 

「──話をしましょう」

 

 あれは今から36万……いや、1万4千年前だったか。

 え? 違う? 真面目なお話?

 

 さて、と姿勢を正す。

 さっきまで公爵邸にいたはずなのに、いま俺たちは馬車の中にいる。揺れているのは移動による振動のせいだったんだろう。

 

 俺がユードリックと決闘して、負けるつもりだったのにあまりの弱さに勝ってしまったまでは覚えている。その後、レイアに気絶させられてから今に至るまで、いったい何があったんだ?

 

「まあ、いろいろあったのよ」

 

 カクカクシカジカで話が通じたのはもう一昔以上前の時代だからな?

 状況説明を求む。主に俺の貞操の安否確認的な意味で。

 

「順を追って説明するつもりではあるんだけど、まあ先に結論を話すとだな」

 

 簡潔に結論を話すのは大事だね。小論文でも結論書いてから自分の意見を述べよって習ったし。

 

「もう全部放り出して、逃げちゃおうかなって」

 

 やっぱり過程から説明してもらっていいですか?

 

「いやだってさぁ、私がリュートと結婚することに周りは反対みたいだし?

 かといってあのキモい王太子と結婚するなんて死んでもゴメンだし?

 いつのまにか私の他に2人も堕とすほどリュートはモテモテだし。

 これ以上増えたらさすがに自分を抑えられなくなりそうだし。

 リュートの実家に送った援助は身内が邪魔してたし。

 私がリュート強いって言ったの誰も信じてくれてなかったし。

 

 あれもこれも面倒くさいから、じゃあもう逃げちゃえばいいんじゃないかなって思った訳」

 

 なるほど分からん。

 つまりアレですか。レイアは俺と結婚したくて駆け落ち目的で誘拐したって事ですか?

 

「That's right. 」

 

 助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!

 誘拐犯がここにいます! 貞操の危機です! 身の安全が保障されていません! 誰か助けて!

 

「大丈夫よリュート」

 

 それいけアンズマン! 正義のヒーロー聖女さま!

 お願いします。目の前の悪しき存在を聖なる奇跡でハァーッ! ってやって消し去ってください!

 

「嫌よ」

 

 なして?

 

「アタシだってこのままだったらリュートとは違う国に決められた相手と結婚することになってたのよ?

 それで将来は国の為に見ず知らずの他人を救い続けなきゃいけないの?

 アタシのお願いは何1つ聞いてもらえないのに他の人のお願いは叶えないといけないなんて嫌に決まってるじゃない。

 だったらもうこんな国から出ていってやる! って思うのも当然でしょ?」

 

 やばい、加害者に加担者だった。

 まさに前門のレイア、後門のアンズ。喰われてしまうぞ?

 

「いやもう食べたというか飲んだんだけどな?」

「挟んだし搾ったし飲んだわね」

 

 イヤァァァァァァ! 性的加害者ぁぁぁぁぁぁ!

 というかやっぱり俺の貞操守られてないじゃんか! 俺の特製生搾りジュースは美味しかったかい?ニチャア なんて言ってる場合か! おいそこ! 口元を抑えて頷くんじゃない! 興奮しちゃうだろ!

 こんな変質者だらけの空間にいられるか! ぼくおうち帰る!

 

 

 

 え? 我が家の援助、公爵家の人が止めてたの?

 

 

 

「ということで、こちらが真犯人のレオナルド君です」

 

 ゴロン

 

「ン~~! ムゥ~~~~!」

 

 イヤァァァァァァ!

 弟くんが簀巻きにされてるぅぅぅぅ!

 まるで未来の自分を見ている気分だ。絶望とは正にこのこと。

 ガッチリ猿ぐつわまで噛まされて、ビチビチと魚のように飛び跳ねてらっしゃる。水揚げ中です。

 

「なんかジェームズと同じ雰囲気してたから、気になってたのよね」

 

 だよね? なんか一挙一動が似てるんだよね。

 

「普段おとなしいのに、急にリュートと決闘したい、代理はユーリだって言い出すから不思議に思って調べさせたらまぁ。

 男爵家の執事長とメイド長に宛てた密約の手紙の写しがアッサリ出てきたからな」

 

 詰めが甘いところは子どもらしくて助かった。

 そう言ってにこやかに笑うレイアさんの目が笑ってなくて怖いです。

 俺、弟くんに会うの初めてなんだけど? そんな嫌われるようなことした覚えないんだけど?

 

「ほら、レイアほったらかしでアタシと仲良くしてたでしょ? それでお姉ちゃん子のレオナルドくんブチギレ」

「何度思い出しても腹が立つ」

 

 その節はたいへん申し訳ありませんでした。

 簀巻きくんの横で震えながら土下座していると、レイアが呆れたように鼻で笑う声が聞こえる。

 

「もういいよ。アンズとの話し合いで解決したから」

 

 浮気が許された。

 ……いや、浮気じゃないけどね? お互いが誤解したままで起きてしまった悲しい事故だったんだよ。

 で? 話し合いって何を話し合ったの?

 

「独り占めできないなら、共有しちゃえばいいじゃない?」

 

 え、なんですか。

 彼氏シェアリングとか時代を先取りしすぎてませんか。

 

「アタシもレイアもユーリも傷付かないし、良い案だと思うのよね~」

 

 左腕をアンズさんがガッチリ。

 

「リュートも可愛い女の子3人に囲まれたら嬉しいでしょ?」

 

 右腕をレイアさんがシッカリ。

 

 あれ、これ何か少し前にも似たような状況になってたような気がする。

 あぁ! 弟くんの目がどんどん濁っていく! 諦めないで! 俺のこと嫌いでいいから助けて!

 

「うふふふふふふふ」

「おほほほほほほほ」

 

 薄ら笑いを浮かべて両腕に抱きついてくる美少女2人。

 どう見ても羨ましいハーレムの図なんだけど、寒気が収まらないのは何ででしょうか。逃げていいですか?

 

「ダメよ」

「ダメだぞ」

 

 ダメかぁ……。

 それじゃあ別のお願いがあるんですけど。

 

「いいわよ。アタシたちから離れる以外のことだったらね」

「リュートのお願いだったら、なんでも叶えてあげるからな」

 

 

 

 トイレに、行きたいです………………。

 

 

 

「………………」

「………………」

 

 あの、なんだろう。

 無言で離れるの、やめてもらっていいですか?

 

「なんか、その……」

「……ごめんね?」

 

 やめてよぉ! 恥ずか死んじゃうからぁ!




 イチャラブ甘々ハーレムものをやってたら「どうして俺はNTRなんか書こうとしてるんだ……?」と正気に戻りかけましたが大丈夫です。


 それはそれとして仕事の方が

上司「外国人50人雇ったから現場で教育よろしくねー」
外人「ワ~タシ、ニホンゴ、ワッカリマセ~ン」
ボク「正気か?」

 となっているので、更新ペース落ちます。2日に1話は更新できるように頑張ります。


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29.チョコが壊れる

 馬車が止まって狭い室内から転がり出る。おむすびころりん。

 

 危なかった……。

 あのまま馬車に載ってたら恐怖と色気で脳みそがグジュグジュに溶かされるところだった。

 

「あっ、ご主人様」

 

 おや、ユードリックくん。キミが御者してくれていたのか。

 いやホント首絞めちゃってごめんね? 痕になってない? 意識が朦朧とするとかない? 少しでも具合が悪かったら言ってね代わるかr──

 

 ────ご主人様?

 

「はい!」

「誰が?」

「貴方が!」

「誰の?」

「ボクの!」

「なんだって?」

「ご主人様です!」

 

 なるほどねぇ。ふーん。そっかそっかぁ。

 いや、どうしてそうなったん?

 ユードリックくん、酸欠で頭おかしくなっちゃったんじゃないの?

 

「いえとんでもありません。ご主人様に絞め落とされる直前にボクは気付いたんです。今までずっと頑張ってきたのはすべてご主人様に屈服する為だったんだって。どれだけ才能があってもどんなに努力しても圧倒的な力の前には全部無意味だということを悟った時、自分のアイデンティティーのすべてを破壊された時に脳内を駆け巡った快感は今までのどんな自慰行為よりも素晴らしいものでした。信じてくれた人を裏切ってしまった背徳感と嫌いで憎くてしかたなかった人に服従しなければいけない絶望感を思い出すだけで今でも興奮が収まりません。どうぞボクの尊厳と生命を踏みにじり滅茶苦茶にして狂わせてください。ユーリはリュート・タナベ様の忠実なる下僕です。いいえ奴隷です。生涯の忠誠と敬愛をお誓いします」

 

 イヤァァァァァァ!!

 ユードリックまで壊れたぁぁぁぁぁぁ!!

 

 しっかりしてユードリックくん! 正気に戻って! キミだけはそっちに行っちゃダメだ! お願い目を覚まして!

 

「はい! ボクは真実の愛に目覚めたんです!」

 

 違うそうじゃない!

 クソ誰だ可愛いユードリックくんをこんなになるまで痛めつけておかしくしたのは!

 

 俺だわ。

 全部俺が悪かった。あの決闘で嘘でもいいから適当にやって負けておけば良かったんだ!

 何が「相手が弱すぎる」だよ邪気眼に目覚めた主人公気取りかよバカ野郎!

 

「あの時のご主人様は最高に格好良かったです。ボクに覚悟はあるのかと煽りまんまと挑発に乗ったボクを完膚なきまでに叩きのめしてからの落胆したような声と表情。今思い出しても身体が火照り失禁してしまいそうです」

 

 ねえ俺の黒歴史語るのやめてくれない? 目のハイライト消えて怖いし俺の羞恥心が爆発しそうなのよ。

 というか失禁で思い出した。俺、今にも漏れそうなんだった。

 悦に浸っているところごめんねユードリックくん。俺、そこら辺で小便してくるわ。

 

「はい! ボクはご主人様の肉便器です! どうぞ顔でも胸でも身体のどこでも好きなようにお使いください!」

 

 いや俺そんな特殊性癖ないから! 普通に可愛い女の子とイチャイチャしたい健全な男の子だから!

 

 もういいから、普通にそこら辺の茂みで用を足すだけだから。

 ……絶対についてこないでね?

 

「かしこまりました……」

 

 うわぁ、めちゃくちゃ不服そう。

 ユードリックくん本当にどうしちゃったんだよ。

 素直で一途でがんばり屋な男の子だと思ってたのに、今ではすっかりドMのド変態だよ。怖いよ。

 

 なるべくユードリックくんから距離を取って、よし。

 あ~~~……。

 よく出たな。いったい何時から我慢してたんだっけ。

 

 さてさて、用も足したし馬車に戻るかな。

 あんまり長いと逃げ出したと思われるからな。いや逃げ出したいけどね? 現状、逃げ出してもすぐ捕まって弟くんの二の舞になるのが目に見えてるから。

 もう少し従順なふりをして油断させてから逃走を図ろう。

 さあズボンを上げて、と。

 

「よう。えらい大変なことになってんな」

 

 きゃぁぁぁぁぁぁぁ! のび太さんのエッチィィィィィィ!

 

「おいバカ! 大声出すな、気付かれるだろうが!」

 

 それもそうだな。

 で? どうしたんだいのび太さん。

 

「オレはのび太じゃねえ」

 

 そうだね、プロテインだね。

 お久しぶりじゃないか知り合い1号。

 こんなところで奇遇だね。

 

「これが本当に偶然だと思ってるんだったら、お前は救いようのない大バカ野郎だな」

 

 ひどい。ただでさえ変態3人+簀巻き1個に囲まれてメンタル死んでるのにトドメを刺すなんて。

 この鬼畜! 外道! サディスティック・バイオレンス! そこに痺れる憧れるぅ!

 

「お前もユードリックにしてやろうか」

 

 ご勘弁願いたいね。

 それで? わざわざこんなところまで追いかけてきて何の用だい? もしかしてキミ、俺のストーカー?

 

「せっかくお前を救いに来てやったのにその言い草。見捨てていいんだな?」

 

 たいへん申し訳ありませんでした。靴でもお舐めしたらよろしいでしょうかエヘヘヘ。何なりとお話しください知り合い1号様。

 ……ところで俺、お前の名前知らないんだけど。

 

「そりゃそうだ。オレには名前がないからな」

 

 ………………なんか、ごめんね?

 

「待て待て待て。違う、そんな重い話じゃないから」

 

 いままで愛情を知らずに生きてきたんだな……! だからそんなに性根が腐った悲しい人格に育ってしまって……!

 

「マジでぶっ殺すぞお前」

 

 ホームランダービーどころか殺戮ダービーが始まっちゃいそうだよ。7枠13番でいいかな?

 

「いいから黙ってオレの話を聞け。全部、一から説明してやるから」

 

 話をしよう。あれは今から36万……いや、1万4千年前だったか。

 

「いや、せいぜい数百年前の話だ」

 

 あっ本当に昔話が始まっちゃう感じなのね?

 

「それじゃあ始めるぞ。お前の先祖──【勇者】の話からだ」

 

 待って。なんか俺の知らない新設定が出てきたんだけど?




 作者より頭の良いキャラは作れない。

 まあ、そういうことです。
 まるで将棋だな(支離滅裂)。


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30.〇〇の昔話 其の一

 昔も昔、大昔。

 世界を支配せんと攻め込んできた【魔王】率いる魔族に成す術なく敗北を続けていた人類。

 滅亡しかけていた人類の祈りを聞き届けた神様が異世界から召喚した人類の救世主が『勇者』だ。

 勇者は迫りくる魔族の軍勢をあっという間に壊滅させ、そのまま魔族の本拠地まで乗り込むと【魔王】を討伐して世界を救ったのだった。

 めでたしめでたし目玉焼き。

 

 っていうのが、俺が子どもの頃に聞いた勇者のおとぎ話なんだけど?

 

「まあ、だいたい合ってるな。詳細は多少違うけど、それは今回の話には影響しないから放っておくとして」

 

 というか勇者って本当にいたんだな。

 いや信じてない訳じゃないよ? 聖女だっていないと思ってたらまさかの知り合いが聖女だったし、勇者や魔王がいたとしても驚かない。

 

 ……嘘です。割と驚いてます。というか半信半疑です。話の内容によっては目の前のコイツをフライアウェイさせる気なんでそこんとこ夜露死苦!

 

「じゃあまず、おとぎ話では語られていない部分からだな。

 人類は【魔王】によって滅亡しかけていた訳だが、他にも人類にとって脅威になる存在はいた」

 

 あ、ゴメン。俺頭悪いからこの紙に書いてもらってもいい?

 

「いやお前がケツ拭く用の紙じゃねえか!」

 

 バレた? 一応もってけってレイアに渡された俺の自尊心はもうボロボロよ。当時の人類とどっちがボロボロか試してみるか?

 

「人類が必死になって守った未来がコレとかな、涙が出ますよ」

 

 じゃあその紙で涙拭いちゃいなよ、YOU!

 ………………マジでいらない? そっか、残念。

 

「人類にとって最大の脅威は当時3つ。

 【魔王】・【龍王】・【禁忌】

 この3つの存在が、人類を滅ぼしかねない【厄災】として存在していた」

 

 なんか1つだけ毛色が違う名前が混じってませんかね。

 じゃあその【厄災】ぜんぶ勇者が倒したと。

 

「いや【龍王】は【禁忌】が倒した」

 

 仲間割れしてるじゃないですかヤダー。

 じゃあ勇者は【魔王】と【禁忌】を倒したのね。

 

「いや、それも厳密に言えば違う」

 

 ワケワカンナイヨー!!

 もう俺黙ってるからサッサと説明してクレメンス。

 ……そうしようとしてるのに俺がうるさい? ごめんなさい。

 

「【魔王】を倒した勇者は【禁忌】の討伐に向かうんだが、その途中で倒れてしまった。その勇者の命を救ったのが、他でもない【禁忌】自身だった」

 

 【厄災】さん優しいじゃん。それなのに人類滅ぼそうとしてたとか本当かよ。

 というか勇者さん、途中で力尽きちゃったのね。何でもできるスーパーサイヤ人ではなかったんだ。

 

「勇者そのものは、たぶんどこにでもいる一般人と変わらなかったと思うぞ」

 

 嘘だー。

 だったらなんで魔族をちぎっては投げちぎっては投げって出来るのさ。

 

「勇者には、神様から授かった三種の神器があったんだよ。

 

 なんでも斬ることができる《聖剣》

 どんな魔法も操ることができる《魔法の杖》

 死以外の傷をすべて癒すことができる《奇跡の錫杖》

 

 この三種の神器を駆使して勇者は偉業を成し遂げた」

 

 ほぉん、神様の武器すごかったのね。ただの人間を勇者に変えるほどの力があるなんて。

 ………………じゃあ勇者を異世界から召喚しなくても、この世界の人に渡せば良くない?

 

「扱える奴がいなかったんだろ。あるいはこの世界の住民に強力な武器を渡したくない理由があったか」

 

 異世界の人に助けてもらうしかなかった理由がある訳か。

 「詳しいことは知らん」? お前、自分が説明するとか言っといて無知を晒すとか恥ずかしくないの? 反省して♡

 ──アイダダダダダダ! ゴメンって! もう煽らないから説明お願いします!

 

「……勇者は自分を救ってくれた【禁忌】に恋をした。しかし【禁忌】は勇者を助けたことが原因で死亡した

 

 【禁忌】って人間だったの? まさか勇者に獣趣味とかない……ないよね?

 

「【禁忌】は神様が勇者を創ろうとした失敗作だ」

 

 生まれながらに業を背負った悲しい子だった……。

 人類を救うために産まれたはずだったのに人類を滅ぼしかねない存在になってしまうとは、神様やらかしすぎでは?

 

「勇者は世界を救った見返りに【禁忌】を生き返らせるよう神様に願った。

 真実の愛に感動した神様は願いを聞き届け、勇者と【禁忌】に最大限の祝福と加護を与えた」

 

 世界を救ったのは勇者でも神器でもなく、真実の愛だったと。

 いや~、良かった良かった。

 ピースフルでハートフルなおとぎ話をありがとう。感動したよ、パチパチパチ。

 

 ………………まだ終わらないの? なんで?

 

「勇者と【禁忌】の間には3人の子どもが産まれた。真実の愛が大好きな神様は、その子どもたちにも恩恵を与えることにした。

 

 

 長男には《聖剣》の加護を。

 長女には《魔法の杖》の叡智を。

 次女には《奇跡の錫杖》の祝福を。

 

 神器を形あるものから形ないものに昇華させて、3人の、その子孫に無形の力として授けた。これが未来────つまり現在の『聖騎士』・『魔女』・『聖女』の元ネタになったわけだ」

 

 勇者一家、神様にえらい可愛がられてて良かったね。

 ……で、あの~。そろそろ本題に入ってくれないかな~、なんて。

 

「問題は、一般人だったはずの『勇者』の血が強化されてしまったことだ」

 

 強化? 神様から恩恵をもらうことがそんなにマズいの?

 

「まず【禁忌】の血が混ざった。神器なしでも人類を救えるように神様が創った最強生物だぞ? そんなのから産まれた子どもも、人間どころじゃないとんでもスペックを受け継いだ。

 次に、神様が授けた馬鹿みたいな量の加護・祝福・恩恵。他の人間からすれば羨ましいなんてもんじゃない。すごすぎてドン引きするレベルだ。

 最後に、ダメ押しで三種の神器を象徴する力。しかも子孫代々継承できると来た。

 勇者が一般人な設定はどこに行った? 残ったのは化け物みたいな遺伝子を持った人類最強の血統だ」

 

 眉間に皺を寄せて、頭を掻き毟って一言、

 

「1人いれば国が建つような稀代の英雄が、世代を重ねれば重ねるほどネズミ算的に増えていくんだぜ? 笑えるだろ?」

 

 深いため息をついて肩を落としてるところ悪いんだけど、ちょっとこれ見てよ。

 

「………………あん? なんだよ」

 

 さっきの紙で折った紙飛行機。上手でしょ? めっちゃ飛ぶぜコレ。

 

「────ふんぬぁ!!」

 

 あぁ! 俺の紙飛行機ぃ! 夜の闇に消えていくぅ!

 

「マジメに聞けよお前! オレが必死こいて説明してんだろうが!」

 

 いやだって説明長いしつまらないしお前の顔がどんどんしかめ面になっていって面白いし、読者もそろそろ飽きてくる頃だと思ってちょっとしたお茶目心を入れようかと思って!

 

 だいたい勇者の血筋が強くなって何の問題があるんだよ!? 勇者の血筋を巡って戦争が起こったならまだしも、そんな伝承残ってないぞ!

 人類にとっても神様にとっても喜ばしい事じゃんか! 素敵な事やないですか!

 

「いいかよく聞けバァーカ!」

 

 あまりにもまっすぐな罵倒に心が痛いよ。

 

「カミサマは純愛が好きだったんだよ! だから勇者と【禁忌】の願いを叶えたの!」

 

 そ、そうだね。その後の子孫も見守ってるくらいだから、よっぽど好きだったんだろうね。恋愛ドラマ見てる女子みたいな気分だったんだろうさ。

 

「じゃあその子孫が純愛と真逆なことしてたらどう思うよ!?」

 

 可愛がってた子孫が自分の教えと反対なことしてたら?

 うーん、それは相当ブチ切れるんじゃない? 神に対する裏切りとかヤバすぎだよね。

 

「つまりそういうことだよ!」

 

 どういうことだってばよ。

 

 

 

「お前のひいじいちゃんが『ハーレム』なんて作ったせいで、神様ブチ切れちゃったんだよ!」

 

 

 

 えっ。




 純愛とハーレムは両立するか?
 作者の考えは否です。
 それはそれとして純愛ハーレムものは好きです。
 ハーレムメンバーを好きだったモブ男がハーレム主人公にBSSされて絶望してる顔も大好物です。

何とは言わないけど宣伝です。→ https://syosetu.org/novel/312191/
昔話がちょっと詳しく分かりますが、読まなくても問題ないです。


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31.〇〇の昔話 其の二

「ヒトにとって、勇者の血筋は非常に魅力的だ」

 

 それは勇者の偉大な功績に引き寄せられて……とか目に見える部分での話じゃないのか?

 容姿に優れた女性が多数の男性から言い寄られるように。

 圧倒的な武勲を立てた英雄が複数の女性を娶るように。

 『英雄、色を好む』なんて格言だってそうだ。アレは性欲どうのこうのもあるけど、単純に強い雄に女性が集まるのも理由になってるからだろうよ。

 

「そんな単純だったらいいんだけどな。どっちかといえばフェロモンとかの方が近い。頭で考えてどうこうじゃない、より本能的に勇者の遺伝子が求められるようになったんだ」

 

 つまりモテモテってことね。

 良いことじゃないか。他人から嫌われるよりは好かれた方がいいだろ。

 

「そんなこと言ってたら神様がお怒りあそばせた訳なんだが?」

 

 いやん。神様の心、レイアの胸より小さすぎ~。

 

「お前この後どうなっても知らないからな」

 

 た、たぶん聞こえてないから大丈夫。たぶん。

 

「そんなこんなで強い血の力を得た勇者一族だったが、神様の怒りに触れるのを心配していたのは最初だけだった」

 

 なんで?

 ………………あぁ、そっか。血が薄まるからか。

 

「そうだ。いくら勇者の血が強力だとしても、数世代の交配を重ねれば血は薄まって神様の加護も薄くなる。勇者たちも自分たちの経験を子どもたちに語り継いでいたからな。権力を欲する奴も、色に狂う奴も幸い出てこなかったし、心配は取り越し苦労で終わった」

 

 終わった(はずだった)ってことね。

 うわぁ、ゲンナリした顔をするなよ。こっちまで気が滅入ってくるだろ。

 

「先祖返り。その可能性を完全に失念していた……」

 

 そうなんだよね。もしも勇者の強さがそのまま遺伝しているんだったら、ひいじいちゃんだけじゃなくて、じいちゃんや父ちゃんも強いはずだもんな。

 

「いや、オレだって分かってるよ? アイツふざけた性格だったけど根は良い奴だったし、好意を告げられたら断れなくて全部受け入れちゃったんだろうなってことはさ」

 

 まるでひいじいちゃんの事を知ってる風だけど、お前いったい何歳よ?

 

「でもさ、こっちが仕方ないって言っても神様にとっては知ったこっちゃないわけでさ」

 

 そういえば神様ブチ切れだって言ってたけど、具体的にどんなデメリットがあったわけ? この数十年の間に世界の危機みたいなことってあったっけ?

 

「……お前さ、神様を祀ってる神殿とか教会とか、見たことある?」

 

 うん? そりゃあ教会の1つや2つくらい………………

 

「……ないだろ?」

 

 ない、ですね。

 よく考えれば『聖女』なんていたら教会と国が身柄を奪い合って大喧嘩しそうなもんだけど、そういうのも一切なかったな。

 

「神様な、この世界から出ていっちゃったんだよ」

 

 家出ってこと?

 

「違う違う。そんな生やさしい物じゃない」

 

 

 

「見捨てられたんだよ。世界まるごとな」

 

 

 

 ………………マジ?

 

「マジもマジ。何ならこれで新しい小説1本書けるぜ?」

 

 『人類は神様に見捨てられました』ってか? 縁起でもないな。

 じゃあ何ですか。教会というか宗教そのものがないっていうのは、神様が消えたことでそれに関する記憶や記録がなくなった……てこと?

 

「イエス」

 

 オーマイガッ! いや神様いないんだったわ。

 嘘でしょ? 命張って国の為に戦った人がちょっとワガママ言ったからってそんな暴挙に出る?

 

「神様ってのは理不尽なもんなんだよ」

 

 理不尽すぎて涙が出ますわ。まっすぐ歩いてたら急に斜めに曲がってきた女にぶつかられて痴漢呼ばわりされるくらい理不尽だわ。作者、お前の事だぞ。今だけ泣いてもいいですか。

 

「幸いにも今のところ、人類の存続に関わるようなヤバい脅威は確認できない。神様がいなくなったからってすぐどうこうなる話じゃない」

 

 少なく見積もってもあと数百年は大丈夫?

 じゃあ良かった。少なくとも俺が生きてる間は平和だ。

 ………………でも、いつ世界の危機が来るかは分からないよな? 予測は出来ても対策は難しいだろコレ。

 

「そう。だから次の『勇者』を作って備えることにした」

 

 ふぅん。勇者をねぇ?

 神様ですら失敗したのに可能なのかね。

 

「大丈夫だ。下地ならもう目の前にあるからな」

 

 へー。まあ見通しが立ってるなら良かった。

 世界を救うために頑張って。応援してるよ。

 

 ……

 …………

 ………………

 ………………え? 目の前って、俺?

 

「そう。お前」

 

 いやいやいやいやいや。

 俺じゃ絶対に役者不足だって! 絶対に俺より良い人材がいるから!

 

「大丈夫。お前、勇者の末裔だから。だいたい実験開始してから3世代目で最高に近い素体が産まれたのに、みすみす見逃してたまるかよ」

 

 オイコラ誰が実験生物モルモットくんじゃい! 怪しげな薬飲んで七色に光るぞ!?

 だいたい3世代目ってなんだよ。じいちゃんの頃から実験台にしてたのかコノ野郎! 治験代を要求する!

 

「ほれ国宝」

 

 わーいコレさえ売ればぼくも大金持ちだやったー!

 じゃねえよ! どこから盗んできたんだお前! こんなの持ってたら捕まってしまうわ! さっさと元の場所に返してきなさい!

 

「大丈夫、幻だから」

 

 な~んだそれなら一安心……。

 いや結局タダ働き!

 なんで俺の一家を実験台にしてんの!? 理由! 理由の説明を求める!

 

「そりゃお前、神様怒らせた原因なんだから責任取れよ」

 

 仰る通りでございます!

 クソ……! 会ったこともないひいじいちゃんのせいで俺、研究用のモルモットになっちまったよ。こんなの三食昼寝付きじゃねえと耐えらんねえよ!

 

「まあそういう訳だから、世界を救うためにちょっくら協力してくれや」

 

 イヤです(迫真)。

 噓です嘘です! そんなマジになるなって!

 俺だって自分のせいで世界が終わるとか嫌だから!

 分かった分かった、ちゃんと協力するって!

 

 で? 俺はいったい何をしたらいいの?

 

「おう。とりあえずレイア・アンズ・ユーリの3人とたくさん子ども作ってくれや」

 

 えっ、イヤです………………。




上司の上司「新入社員と外人技能生の教育を同時に行えば、無駄な時間を削減できるのでは!?」
同僚(外国人と大喧嘩)
ボク「定時退社バンザーイ!(逃走)」

上司「う~ん(胃痛)」

 アカン。上司が死ぬぅ。

 こういうの見ると昇進意欲が失せるよね。


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32.聖剣の昔話 其の三

「なんでもするって言ったよね?」

 

 (言って)ないです。

 

「なんでもするって言ったよね?」

 

 言ってないです。

 

「言・っ・た・よ・ね?」

 

 言ってないですぅ!!

 

 何なのお前、俺を救いに来たって言ってたじゃん! 救ってないよ! むしろ死地に送り込んでるよ!

 

「ああ、確かに言ったな」

 

 だよね!? はい実験中止! 男ならちゃんと自分で言ったことは守ってください!

 

「お前(の血を利用して人類)を救いに来た」

 

 分かるかぁ!

 だいたいレイアやアンズと子ども作ったからってその子がひいじいちゃんみたいに強くなる保証はないぞ? これ以上勇者の血が薄まったら困るだろ!?

 

「それなら大丈夫だ。あの3人も勇者の末裔だからな」

 

 ………………そうなの?

 

「実験だって言ったろ? お前と同じ勇者の血筋しか引き寄せられないようになってるんだよ」

 

 なんスかそれ。まさか俺に怪しい薬を飲ませたりしたとか?

 

「三種の神器が扱えるのは異世界から来た勇者しかいなかった。そういう話はしたよな?」

 

 あくまでそうかもしれないって可能性があるだけでしょ?

 まさかそんな真偽不明の憶測に基づいて実験したわけ?

 

「代わりはいくらでもいるから失敗しても良かった」

 

 もうやだこの人。俺を人間扱いしてほしい。

 だいたい前提からして破綻してるでしょ、その説。

 勇者の子孫は三種の神器を基にした加護を受けていた訳だけど、それでもこの世界の人類にとっては魅力的に見えたんだろ。

 じゃあ三種の神器の力が魅力的に見えたってことも同義だろ。

 

「ところがどっこい、そうでもなかった」

 

 なんで分かるのさ。神器を使った実験でもしたわけ?

 

「【禁忌】の力と神様が諸々ごちゃ混ぜで授けた祝福やら恩恵とじゃ、神器の及ぼす影響なんて大したもんじゃなかったのさ」

 

 つまり?

 

「勇者の血に、より濃く神器の力を混ぜてみた。結果は大成功。お前の祖父はそれなりに強い力を受け継いだけど女性の影がチラつくことは少なかったし、お前の父親に至っては貴族の地位目当ての平凡な女しかすり寄ってこなかった」

 

 遺伝子操作とかジャガイモじゃないんだからやめてくれません?

 じゃあ何か? じいちゃんとか父ちゃんの身体に神器の遺伝子を混ぜ込んだってこと? どうやったんだよ。

 

「お前の祖父は、誰と誰の間に産まれたんだっけ?」

 

 そりゃ、ひいじいちゃんと4人目の嫁であるメイドの間に。

 

「そう。それがオレ」

 

 え、なに? お前、俺のひいじいちゃんだったの?

 どうも初めましてひいじいちゃん。ちょっと若作りしすぎじゃないですか。

 

「違う、そっちじゃない。もう片方だよ」

 

 もう片方っていうと……メイド?

 嘘だぁ。だってお前、どう見ても男にしか見えないぞ。

 

「こっちの姿の方が良いか?」

 

 急に目の前にいた知り合い1号が消えて女性が現れた。

 ほほぉ……。アンズに負けず劣らずの素晴らしい肉体美ですな。

 

「やっぱりアイツの曾孫だわ。反応そっくり」

 

 ────は!? しまった、つい魅入ってしまった。これが俗にいうハニー……なんだっけ?

 まあアレだよ。ハニーマスタードトーストみたいなやつだよ。分かる? 分かって。

 

「というわけで、俺がお前のひいばあちゃんだ」

 

 あぁ、はい……。

 ひ孫可愛さに化けて出てきたの、ひいばあちゃん。

 というか何で性別があっちこっちに入れ替わってんの。魔法かなにか?

 

 あと、なんでひいばあちゃんが俺のひいばあちゃんだからって勇者の末裔云々になるのか分からないんですかそれは。

 

「神器の血を濃くしたって言っただろ?」

 

 はい。

 

「つまり神器の1つであるオレ《聖剣》が勇者の末裔と子どもを作ったらどうなるのか、実験してみたんだよ」

 

 はぁ、子作りが実験ですか。競走馬でも作ってるのと違うか。

 ………………《聖剣》?

 知り合い1号が聖剣? いやどう見たって人間、その前に形ない恩恵になったって、え?

 思いきり立って話して笑ってますけど。

 

「神の武器だぞ? 数百年も経てば人格の1つや2つ芽生えるさ」

 

 そんなたけのこみたいにニョッキニョキ生えてきてたまるか。

 仮に人格があったとして、その肉体はどうしたんだよ。子ども産める肉体って何もないところから生えてこないだろ。

 

「それはほら、聖剣パワー的な?」

 

 納得しかねる。

 

「魔女の末裔だとか稀代の錬金術師だとか、いろいろ手伝ってもらった結果だよ。まあそこら辺の細かいところは話が長くなるから省略するぞ。

 とにかく《聖剣》の血を色濃く受け継いでいる勇者の末裔がリュート、お前だ。OK?」

 

 OK!

 

「《聖剣》の血が強いお前は曾祖父と違って見境なくモテるんじゃなくて、同じ勇者の末裔からしか好かれない。OK?」

 

 だいぶ悲しいけど、うん……まあOK!

 

「で、お前のことが好きで好きで仕方ない3人は勇者の末裔。OK?」

 

 アンズとレイアと、あと1人はユードリックだっけ。ホモ……やめよう。気にしたら負けだ。OK!

 

「いやあの従者は女だろ」

 

 嘘つけ。決闘で首絞めたけど、レイア以上に身体が硬かったぞ。主に胸部装甲的な意味で。アレは絶対に男だね。

 

「お、おぅ。そういうことにしておくか……」

 

 ヨシ、OK!

 

「お前に学院で友だちが出来なかったのもオレが色々やったせい。OK?」

 

 いやちょっと待てやテメー。

 

「じゃあそういうことで、オレの出番はここまでだから姿を消すぜ。またな曾孫よ。玄孫を見られる日を楽しみに待ってるぜ」

 

 だから待てやオイ!

 ある意味で1番の衝撃な事実を最後にサラッと言うんじゃねえ!

 

 え、なに? 周りから嫌われてたのってお前のせいだったの!? 俺が貧乏だったからじゃなくて!?

 なんでそんな意地悪したの!?

 

「いやほら万が一、有象無象の女を引き寄せないようにしようと思って」

 

 おのれどこまでも実験生物扱いか! 自分の子孫に対する愛着とかないんか!

 というかどうやってそんな悲しい裏工作をやってたんだよ。

 

「オレにとって肉体はさ、子どもを産むのには必要だったけど、その役目が終わったら用済みじゃん?」

 

 どうした急に。

 

「だからお前の祖父をある程度育てたら、死んだことにして肉体は廃棄。あとは精霊とかみたいに霊体でフワフワしてたわけだ。もちろん、見えるのは勇者の末裔である一部の者だけ」

 

 ……嫌な予感がしてきたんですが。

 1話の時とか剣術の授業の時とか、周りに人目がある中でお前と話してた事、多かったよね?

 え、もしかして俺、傍から見たらヤバい人だった……?

 

「つまり、こういうことだよ」

 

 うん。

 

 

 

「タナベ・リュートォ! なぜ君に友だちが出来ず……周りから避けられていたのか! なぜ誰にも見えないはずのオレが君に構っていたのか、なぜ剣術の立ち合いに応じていたのかァ!(アロワナノー)」

 

 それ以上言うな!

 

「その答えはただ1つ……!(ハァァ!)」

 

 やめろぉぉぉ!

 

「タナベ・リュートォ!

 君が! イマジナリーフレンドに話しかける……! 痛い中二病男子だと周りに信じ込ませるためだったからだァァア゛ーーーーーッハハハハッ!!(ターニッォン)」

 

 嘘だドンドコドォーン!!

 

「ア゛ーーッハーッハーッハーッハッ!!!」

 

 

 

「ということでした」

 

 お前を殺す。

 

「残念でしたー! 霊体だから殺せませーん! バーカバーカ!」

 

 大丈夫。今ならきっと、出来る気がするんだ。

 こう、見えない剣をイメージして……どんな敵でも一撃で葬り去れる、そんな剣を想像して、創造するんだ。

 

「あっ嘘、ちょっと待ってリュートさん。さっきまで持ってなかったでしょ、そんな光り輝く剣」

 

 大丈夫だ、知り合い1号。一瞬で終わる。苦しまないよう、すぐに終わらせてやるからな。

 

「ま、待とう? お願いだから待って。オレ《聖剣》よ? 《聖剣》を《聖剣》で斬るとかそんな荒唐無稽な真似、出来るわけが……」

 

 お前が言ったんだぜ?

 「聖剣はなんでも斬れる」ってな。

 それが人類を滅ぼす厄災だろうが、ふざけた因果だろうが、なんだって、な。

 

「こんな状況で勇者の血が覚醒するとか聞いてないぞ!?」

 

 まずはこの、ふざけた霊体をぶった斬る………………!!

 

「いや待ってこれ実験の途中というかもうリュートで完成形なんじゃ────」

 

 スター〇ースト・ストリィィィィィィィィィィィム!!

 

「パクリ技だしお前の持ってる剣1本じゃねえか……グワァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 悪は滅んだ! 第一部、完!




 もうちょっとだけ続くんじゃ。

 話が脱線しすぎて内容が分かりづらいと思うので、次は簡単な設定のまとめ回です。


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ここまでのあらすじ

『世界史』

 

勇者、【禁忌】と恋に落ちる。

神様、【禁忌】を生き返らせて勇者と【禁忌】に加護と祝福を与える。

勇者と【禁忌】の間に産まれた3人の子どもに、それぞれ聖剣・魔法の杖・奇跡の錫杖を象った恩恵を授ける。

それぞれ『聖騎士』『魔女』『聖女』となる。

 

勇者はごく平凡な遺伝子だったが、禁忌の力と神からの恩恵で遺伝子が魔改造される。

人間誰から見ても魅力的に見える血筋の爆誕。

 

それでも歴代の子孫は純愛を貫く。

リュートの曾祖父、ハーレムを形成。

純愛好きの神様、ブチギレ。

神様、世界から去る。

次の【厄災】が起きた時、人類は滅びる危険性大。

人類の滅亡を危惧した《聖剣》、勇者の血を濃くして厄災に備える準備を始める。

 

曾祖父と聖剣の間に子どもを作り、より勇者の血統の純度が高い相手を誘い出すことに。

聖剣・魔法の杖・奇跡の錫杖は異世界人にしか扱えない。

つまり異世界人の血を持つ、すなわち勇者の末裔だけしか引き寄せない効果を期待した。

 

結果として成功。

『魔女』の力を継ぐレイア。

『聖女』の力を継ぐアンズ。

『聖騎士』の力を継ぐユーリ。

3人と引き合わせることに成功した。

 

※ユーリがアンズに惹かれたのは『聖騎士』としての血が『聖女』に引き寄せられた為。

 

 

 

---

 

 

 

『もしも勇者が【禁忌】の生き返りを望まなかった場合』

 

レイアがよく知る乙女ゲームの世界線になる。

 

勇者は何の力も持たない一般人として過ごす。

産まれ変わって力を持たないただの少女となった【禁忌】と惹かれ合って夫婦となる。

神様は2人の子どもに三種の神器を象った加護を授けるが、【禁忌】の力のブーストがない為、史実のような魔改造血統ではなくなる。

その為、初代タナベ男爵がハーレムを作る事もなく、神様が世界を見捨てることもない。

人類の滅亡を危惧した《聖剣》が肉体を得て子どもを成す事もなくなる。

 

勇者と【禁忌】の間に子どもが産まれる事は変わらない為、その子孫であるレイアもアンズもユーリも変わらず産まれる。

 

ただ、リュートは勇者の末裔と《聖剣》の間に産まれた血筋なので、乙女ゲー世界では存在しない。

レイアがリュートの事を知らなかったのは、乙女ゲーの世界線ではそもそも存在しない人物だったから。

 

 

 

---

 

 

 

『人物紹介』

 

 

・リュート……勇者の末裔。両親が平凡な為、その息子の自分も平凡だと信じている。

       頭が悪いが故に裏表がない為、本来なら人に好かれる性格。

       レイアもアンズも好きだけど愛が重すぎて受け止められる気がしない。

       優しくしたい。

 

・レイア ……魔女の末裔。公爵ではなく娼婦の血筋。異世界からのTS転生者。

       王国において魔法は邪悪なものとされている為、バレたら処刑される。

       自分の内面を否定しないでくれたリュートが大好き。

       搾りたい。

 

・アンズ ……聖女の末裔。気付かないうちに癒しの奇跡を垂れ流す。

       宗教が消えていなければ、泥沼の政争に巻き込まれる運命だった。

       身分を気にせず素の自分で接してくれたリュートが大好き。

       尽くしたい。

 

・ユーリ ……聖騎士の末裔。その血筋から圧倒的な戦闘センスを有する。

       乙女ゲーではレイアに虐められ聖女に救われ公爵家を裏切る百合要員。

       自分を凌駕するほど強く頼れる異性であるリュートが大好き。

       虐められたい。

 

・レオナルド…公爵家の嫡男。乙女ゲーではショタ要員の攻略候補だった。

       王国きっての天才であり将来は宰相となる……が今は子ども。

       現在、悪事がバレたので簀巻きにされて運搬中。

 

・聖剣  ……知り合い1号。1話に登場してから再登場するまでに時間がかかりすぎ。

       もはや作者も設定を忘れかけていた。

       現在リュートに成敗されたので姿を隠して回復中。

 

・公爵  ……またしても何も知らない公爵さま。ドラゴン? 何それ聞いてない。

 

・公爵夫人……男はとりあえず首輪付けて鞭でシバけばいいのよ。




 気付いたら合計文字数が8万超えてますわよ。
 5000字くらいの短編なつもりで書き始めたのにどうしてこうなった。
 それもこれもパートのおばちゃんからもらった義理チョコが悪い。
 美味しかったよありがとうおばちゃん。


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33.チョコを許す

そういえばこの馬車はどこに向かっているんだろうか。リュートは訝しんだ。

 でもそうしたらボブがやってきてこう言うんだ。「じゃあいったい誰がママのミートパイを焼くんだ」ってね。

 

 ところでレイアさん。なぜ俺の腕に抱きついていらっしゃるので? いや関節キメないでくれるだけマシなんだけどさ。

 

「私だって胸あるし……!」

 

 聞こえてた? ねえ俺と《聖剣》の会話聞こえてたの?

 

「なんかリュートが無駄に光ってるのは見えた」

「用を足しに行ったら光り輝くって何がしたかったの? それともナニしてたの?」

 

 聞かないでくれ。思い出したら恥ずかしくなってくるから。

 血筋がどうたらの話はレイアとアンズにした方が良いのかなぁ。でもこんな荒唐無稽な話、信じてくれるもんかね。

 まあとりあえず後回しにしておくか。

 

 で、レイアが「逃げちゃえばいい」って言ってたけど、どこに向かってるのさ。周りが暗いからよく分からんのだよ。

 

「あぁ、もうすぐ見えてくるんじゃないか?」

 

 いやだから暗いから見えんのよ。

 

「ほら見えたわよ」

 

 だから何が見えたって──

 

「坊っちゃまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 イヤァァァァァァ! 窓に! 窓に張り付いてる変質者がぁぁぁぁぁぁ!

 ユードリック! もっとスピードあげて! 早く、速くぅ!

 

「かしこまりました!」

 

 ガタンと大きな振動、激しい上下運動。俺の頭を胸元に抱き締めてきたアンズのおっぱいがポヨンポヨン。俺の膝上に乗ってきたレイアの柔らかいお尻がポインポイン。

 

「きゃー☆ こわーい☆」

「いやん♡ リュート、あんっ♡ すっごくはげしい♡」

 

 エロい声だすのやめてくれません? 俺の聖剣が火を噴いてしまうぞ。

 

「お帰りなさいませ坊っちゃまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 イヤダァァァァ! 変質者がついてくるんですけどぉぉぉぉぉ!!

 ………………いや、よく見たらこの人あれだ。

 

 俺の家の執事長だわ。

 

 

 

---

 

 

 

 どうやら馬車は俺の実家である王国南部の男爵領に向かっていたらしい。

 

「うぅ……、ぼ、坊っちゃま。坊っちゃまのご帰還を、ジイは、ジイは何より心待ちにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 うん、分かった。分かったから落ち着いてくれジイさん。

 もう年寄りなんだから白目剥いてビクンビクン震えるのやめてくれ。発作か心臓麻痺かと思うから。洒落にならんから。

 

 ちなみにこの執事長、本名が『ジイ』だ。

 爺さん呼ばわりしてるわけではなく、本名のジイさんとして読んでいる。

 

 じいちゃんが若い頃から男爵家に仕えてくれている大ベテランで、両親からの信頼も厚い。

 俺も生まれた時からずっとお世話してもらったから、ジイさんには頭が上がらない。

 

 ……レイアの話によれば、この人が公爵家からの援助金を着服していたらしいんだけど。

 そんな人じゃないと思うし、俺に会って号泣してる様子を見ると横領してる風には見えないんだよなぁ。

 メイド長は、まぁ……うん。明らかに分不相応な金の腕輪してたからなぁ。

 

 馬車をしばらく走らせて到着した村の宿屋で腰を落ち着かせて、ジイさんと話し合うことにしたわけだが。

 

「久しぶりだな、ジイさん」

「はい。レイアお嬢さまもお元気なようで何よりです」

 

 顔馴染みのレイアに遅れてアンズとユードリックも挨拶を済ませる。

 レオナルドくんは床に転がってる。さすがに可哀想すぎでは?

 

「────それでジイさん。公爵家から送られてるはずのお金なんだけどさ」

 

 さっそくだけど本題に入る。

 ものすごく良い人だし、子供のころお世話になってた人だけど。

 悪い事をしたんだったら、それに応じた処罰をしないといけないからな。

 心苦しい。それでも貴族の端くれとして、断罪させてもらうぞジイよ。

 

 

 

「はい! 大事に貯蓄しております!」

 

 

 

 ………………貯蓄?

 横領とかではなくて?

 

「もちろんですとも! バッチリ、しっかり、シッポリと! ジイの権限によって誰の手にも渡ることなくそのままそっくり保管しておりますぞ!」

 

 ……あの、ごめん。

 状況が呑み込めないから、最初から説明してもらってもいいかな?

 

「坊っちゃまが学院に通われるようになってから公爵家から遣いの人が来られましてな。

 公爵家からの金銭はこの先、男爵家の者が使えないようにしておけと申しつけられました。

 ありがたいことに口止め料として破格の金銭も頂きました」

 

 ここまではレイアから聞いた話と一緒だ。レオナルドくんが差し向けた間者だったんだろう。

 

「それを聞いたジイはすべてを理解しました。

 そう! この金銭は坊っちゃまとレイアお嬢さまの結婚資金となるのだと!」

 

 どうしてそうなったん?

 

「ジイとしましても、旦那様と奥様の浪費癖には参っておったのです!

 何度苦言を呈しても、何度ビンタを喰らわしてもあるだけの金をすべて使い切ってしまうとはなんと愚かな! ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 

 なんか……ごめんな、ジイさん。いろいろと溜まってたんだな。

 声とリアクション大きいジイさんがこんなに怒ってんの初めて見たわ。

 

「公爵家もこの現状を知っていたからこそジイに援助金を隠すように言ったのでしょう。

 そして直後に送られてきた坊っちゃまからの手紙!

 『余計な人員を削減して邸宅を売り払え』と! 今まで分不相応に贅沢をしていたご両親を鞭でしばき倒す所業にジイは深く感服いたしました!」

 

 傍から見たら俺そんな鬼畜なことしてたの?

 父ちゃんと母ちゃん、顔面蒼白でへたり込んでた? 息子に捨てられたと思ってたって?

 いやいやいや、さすがにそこまでは……ねえ?

 

「しかし援助金は変わらず送られてきます。今使ってはならないお金────つまりは将来、坊っちゃまとレイアお嬢さまが使う為のお金! そうでしょう!?」

 

 あー、うん。

 まあ、使っちゃいけないのにもらえるお金があったら、とりあえず取って置くしかないよね。

 

「無能なご両親に代わってご自分たちが将来、民草たちを導いていけるよう先を見据えていらっしゃるとは、素晴らしい!」

 

 たぶんご本人たち、そこまで考えてないと思うよ。

 

「あんな生意気で大暴れしていたクソ坊主たちがここまで立派になられたかと思うと、ジイは……、ジイは!!!」

 

 ちょいちょい口悪いぞこの執事長。

 つまり、ジイさんは公爵家からの遣いをレイアと俺が相談した上で決めたことだと判断したわけだ。

 で、将来的に入り用になるお金まで父ちゃん母ちゃんに取られないよう大事に隠して保管しておいてくれたと。

 

 おいレイア、どういうことだ。話が違うぞ。

 いや「あっれ~?」じゃなくて。なんでキミたち皆して首を傾げてるのよ。

 レオナルドくんなんか、愕然とした目をしてるよ。あれたぶん猿轡を外したら「なん……だと……!」とか言い出すよきっと。

 

「それじゃあメイド長は……」

「あの阿婆擦れでしたら援助金に手を付けようとしたのでドラゴンをおびき寄せる罠の生き餌にしましたが」

 

 あっ(察し)、ふーん。

 何もそこまでしなくても……いや、その前から横領してたしな。

 まあ残当ってことにしておこう。ご冥福をお祈りします。

 

 つまり、どういうことだってばよ? 助けてアンズさん。

 

「つまり、送った援助金がただ使われていなかっただけってことよね?」

 

 おっそうだな。

 

「レオナルドくんの悪巧みがどうとかじゃなくて、お金がまったく動いてないだけだから公爵家がいくらお金の流れを調べても、そりゃ何も出てこないわけよね」

 

 だって、流れてないんだから。

 じゃあ何ですか。ただ男爵家が勝手に平民と同じ暮らしを始めただけってことですか。

 貴族にしては変わった趣味だなーって思われてただけってこと?

 俺が今までバイトしたり雑草食ったりと苦労してたのはいったい何だったの?

 

「………………ずいぶん変わった趣味してるのね? もしかしてドM?」

 

 ドドドドド! 童貞ちゃうわ!

 いや嘘です童貞です。そんな怖い顔しないで「どこのアバズレに奪われたの」とか言わないで見栄張っただけだから! ちゃんと皆の為に残してあるから!

 

「レオの悪事を暴いて断罪イベントだーってちょっとワクワクしたんだけどなぁ」

 

 不満げなレイアお嬢さま。そんな軽いノリで簀巻きにされたんじゃレオナルドくんが可哀想すぎない?

 

「もういいや。リュートが決めちゃってよ。レオの断罪内容」

 

 いやいやいやいや。

 まだ10にもならない子どもがやったイタズラだぞ?

 どうせ「お姉さまの婚約者なんかキライ!」とか可愛い理由での犯行だぞ? まあイタズラ内容は可愛くないけど。

 

 そんな年端もいかない子どもを断罪するなんて俺にはできない!

 

「ユーリ、レオの猿轡を外して」

「はい」

「──ぷはっ! お前なんか大っ嫌いだバーカ!」

 

 ブッコロスぞクソガキが。

 

 ……は!? いかんいかん。危うく殺意の波動に目覚めるところだった。

 殺人犯として本当に地下牢に入るところだったぜ。

 

 なぁクソガ────レオナルド。

 お前、反省してる?

 

「………………やりすぎたとは、思ってる」

 

 お? 意外と殊勝な態度じゃないか。

 ……まあそうか。大好きだったお姉ちゃんからバチクソ怒られたんだろうし、縄で縛られてモノ以下に扱われるなんて、幼気な子どもにはツラすぎる体験だったろうな。

 

 おいそこ。「リュートに害を成したから極刑でいいんじゃない?」とか言わない。

 レオナルドくんが真っ青な顔色でガチガチ歯を鳴らしてるじゃないか。もうトラウマとかそんなレベルじゃないぞ。可哀想すぎる。俺が気絶してる間に何したんだお前ら。

 

「な、なんでもします。だからどうか命だけは…………!」

 

 大丈夫だから! そこまで鬼畜じゃないから! 命とかいらないから!

 ほら、悪いことしたら言う事があっただろ? たった一言、簡単な言葉だから!

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 うん、許す!

 

 はい、これでこの話は終わり! 結果的に俺が苦労しただけで実害はほとんどなかったんだし、両親は改心したし、レオナルドくんも謝罪の重要性を学べたし、はい大団円! みんなでお手手を繋いで学院に帰りましょう!

 

「でももう私たち、学院に戻れないけど?」

 

 何したのキミたち!?

 

「ちょっと王太子殿下をぶん殴っただけよ」

 

 何してくれてんのキミたち!?

 

「ご主人様を馬鹿にしたジェームズ令息も殴りましたよ」

 

 それはよくやった。

 じゃなくて!

 どういう経緯でそんなことする事態になるの!?

 

 いやいい! やっぱり聞きたくない! 聞いたら俺も共犯者にされる!

 

「共犯者どころか主犯格ですよ、義兄さん」

 

 なんで!?

 

「だから言ったじゃん。もう逃げちゃおうぜって」

 

 嘘だドンドコドォーン!!




某実業家が大好きな社長
「出来ないではなくやらない! なんでも『出来る』と言って引き受けましょう!」

研修生の操作する機械に足を轢かれたボク
「出来ないことは『出来ない』って言ってもらっていいですか???」

 足が痛いよぅ。タンスの角にぶつけたとか比較にならないよぅ。
 これで骨折れてないとか嘘だろちくせぅ。仕事休みたいよぅ。


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34.チョコが湧く

「皆さまお疲れでしょうし、お休みになりますか?」

 

 ジイさんの提案に全員がうなずく。

 いやホント、よく考えたら今日はまだバレンタインデーなんだよね。

 学院の教室でバイト先のおばちゃんからもらったチョコ食べてからまだ1日も経ってないのよ。

 いろんなことが起こりすぎて、もう疲れたモンニー。

 

 他の4人も疲れた表情をしてる。

 レオナルドくんは簀巻きにされてたから言わずもがな。

 ユードリックは王都の公爵邸からこんな辺境まで猛スピードで馬車を飛ばしてたんだし当然疲れてるだろう。

 …………いやホント、辺境まで休みなしでぶっ飛ばせる馬ってなによ。あとで人参あげてこようかしら。

 

 レイアとアンズも疲労の色が拭えな────なんかちょっとツヤツヤしてる気もするな。気のせいか?

 まあとにかく、この宿屋でゆっくり休ませてもらうとしよう。

 あれこれ問題は山積みだけど、疲労で鈍った頭じゃまともな思考も出来ないだろうしな。

 

「では、温泉へご案内しましょう。すぐそこですので」

 

 温泉?

 うちの領地に、湯治に利用できるような温泉なんてあったっけ?

 

「休みの日に趣味に興じていたのですが、その時にたまたま温泉が湧いている場所を見つけましてな」

 

 領地内外から有識者や移住者を募って温泉街を造り上げている途中、ね。

 いや温泉を見つける趣味ってなによ。

 

「穴を掘っていらないものを捨てるという趣味をですな」

 

 いらないものが何かはあえて聞くまい。

 ということでやってきました大浴場。

 

「まだオープン前ですので、貸し切りですぞ」

「効能も書いてあるわね。『腰痛』『肩こり』『美肌』……本当にこんなに効果あるのかしら」

「リュート! 一緒に入ろう! 混浴!」

 

 イヤです。

 もう疲れたって言ったでしょ。今日はもうゆっくり休ませてくれ。

 はいはい、ブーブー文句言わないの。

 女子2人はあっちですよー。

 

 よし、レオナルドくん、ユードリック! 男風呂行こうぜ!

 裸の付き合いで仲を深めようじゃないか!

 

「え」

「え」

 

 どうしたレイアさん、アンズさん。そんな驚天動地な顔をして。

 いくら仲が良いからってユードリックを女子風呂に連れ込む気じゃないだろうな!?

 駄目だぞそんなエロ同人みたいな……エロ同人みたいな!

 

 ユードリックもなんでそんな意外だって顔してるんだ。

 駄目だぞ。レイアもアンズもお前にはやらんからな。

 ほら決闘で俺が勝ったんだから言う事聞きなさい。

 

「は、はい。よろしくお願いします、ご主人様……♡」

 

 なにモジモジしとんねん男のくせに可愛いね。ちょっと一緒にマッサージでもどう?

 そんでもってなんでレオナルドくんもモジモジしてんの? 股間を押さえて、トイレ行きたいの?

 

「ゆ、ユーリと一緒に風呂入るとか正気ですか義兄さん!」

 

 なんだよ、最近の貴族は裸の付き合いって言葉を知らないのか?

 一緒に飯食って一緒に風呂入ればマブダチってそれ昔から言われてるから。

 あぁもう疲れてるんだから早く行くぞ。温泉で疲れを癒してグッスリ眠るんだから!

 

 レイアとアンズもそこで呆けてないで、早く女湯に行けよー。

 

「ほっほっほ。それではごゆっくりお楽しみください」

 

 脱衣所に入って服を脱ぐ。

 タオルも用意されてるし、風呂上りにはジイさんが冷えた牛乳も準備してくれるらしいし、至せり尽くせりだな。

 2人とも、なんでさっきから顔を赤くしてモジモジしてるんだ。いつまでも恥ずかしがってないでサッサと脱いで! はい、レオナルドくんスッポンポーン!

 

「ギャァァァァァァァ! 服を脱がすなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 服を脱がなきゃ風呂に入れないでしょうが!

 ユードリックも早く行くよ。レオナルドくんみたいに脱がせようか?

 

「い、いえ! その、色々と準備があるので先に行ってください! ……む、ムダ毛の処理しとかないと」

 

 準備? 石鹸とかかな?

 まあそういうことなら先に行ってるからね。すぐ来るんだよ。

 

 さあ引き戸を開ければ湯けむりに視界が一瞬真っ白になる。

 目が慣れればなんと立派に開けた露天風呂じゃありませんか!

 

 すごいなコレは! 王国北方の大山脈近くにいくつか温泉があるのは知ってるけど、南部ではここが初めてじゃないだろうか。

 正式にオープンすれば、王国の南半分の貴族は近場のこっちを利用するだろうし、そうなれば男爵領の財源は観光業で潤うこと間違いなし。

 

 うーんこれはジイさんに頭が上がりませんなぁ。

 貧乏男爵家の執事長なんかじゃもったいない。この温泉街の統括責任者とかにして、もっと自由な裁量権を与えて色々やってもらった方が良いんじゃないだろうか。

 

 ……でもそうなると、両親を叱る人が俺以外にいなくなるからな。

 やっぱりジイさんには執事長でいてもらおう、うん。

 

 考え事をしながらレオナルドくんの頭と背中をゴシゴシ擦る。前は自分でやってね。そのお可愛いポークピッツを愛でる趣味は俺にはありませんことよ。

 

「………………義兄さんは、怒ってないんですか」

 

 うん? 何が?

 

「僕がやったことって、割とひどい事だったと思うんですけど」

 

 あぁ、公爵家からの援助を止めようとしてたこと?

 まあ被害はほとんどなかったんだし、いいんじゃない?

 俺が道草食って腹壊したのと、両親が邸宅売り払う羽目になったくらいだし。

 

 そのおかげでアンズと友だちになれたし、両親の浪費癖を矯正するキッカケにもなったし、むしろ感謝したいくらいかな。

 

「……理解できない。貴族っていうのは面子が大事だ。子どもに舐めた真似されてお咎めなしなんて、家の名前を汚すことになりますよ」

 

 これ以上汚れる名誉なんてないからなぁ。王国貴族の中で最底辺の貧乏貴族よ?

 だいたい子どものイタズラに一々目くじら立てて怒るほど器が狭いつもりもない。

 

 そりゃレオナルドくんがやったことはエグいし意地悪いけど、大好きなお姉ちゃん奪われるって恐怖からやっちゃったことだろ?

 公爵家の人たちからレイアの婚約者として信頼を得ることを怠った俺が悪いよ。

 

 もちろん悪いことしたなら叱ってもう二度とやらないように導いてあげるのが大人の役目だ。

 でも、レオナルドくんはレイアたちに嫌というほど怒られたみたいだし、最後には反省した。

 じゃあ俺がこれ以上とやかく言う必要はないね。

 

「………………変わってますね」

 

 よく言われるよ。

 

「でも、まっすぐで信頼できる人柄だ」

 

 ただ頭が悪くて面倒くさがりなだけだよ。

 それでも褒めてくれて悪い気はしないけどねぇ。

 

「お姉さまを、よろしくお願いします。リュート義兄さん」

 

 うん、任された。

 

「おや? 逃げるとか言わないんですね?」

 

 いやもうここまで来たら逃げられないでしょ。薄々諦めかけてるよ。

 

「まあ、あれだけ何かに執着するお姉さまは初めて見ましたからね……」

 

 な? 怖いよな。まあでもああなったキッカケも俺に責任があるはずだし、放っておいても寝覚めが悪いしさぁ。

 ……それに、結局レイアのことは好きだしな。それが男女の好きなのか、友情の好きなのかは分からないけど。

 

「………………やっぱり義兄さんも、もう少し素直になった方が良いかもしれませんね」

 

 おっ知ったような口をきいたな、まだ10にもならない若造が!

 そんな生意気な義弟くんには、頭からお湯を流す刑だ!

 

「わぷっ────!」

 

 よし、石鹸の泡は落とせたな。

 それじゃあ先に温泉入ってて。ちゃんと肩まで浸かって100数えるんだよ。

 

「もう、子ども扱いしないでください!」

 

 ………………なんだよ。笑えば年相応に子どもらしいじゃん。

 ジェームズみたいでキライとか思って悪かったな。ちゃんと善悪の区別を教えてあげれば良いだけなんだな。

 

 さあ義弟と仲直りもできたことだし、俺も身体を洗って温泉を楽しもうかね。

 

「ご、ご主人様……?」




 ちょっと途中でぶった切ります。なぜなら次回がお色気回だからです。執筆しながら勃ってまう。

 新しく入ったバイトのおじいちゃんが、元請けの若い人(口が悪いことで有名)をぶん殴って1日で辞めていきました。
 上司が頭抱え始めちゃったよぅ……。
 ボクの足はラーメン食べてよく寝たら3日でだいぶ痛みが引いたので大丈夫です。ご心配おかけしました。
 ……温泉、俺も行こうかな。


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35.チョコを抜く

「ご、ご主人様……?」

 

 おっ、ユードリックも来たね。準備は大丈夫だった?

 ……なんでタオルで身体を隠してんの?

 

「は、はいっ! 身体も心も、準備は万端です!」

 

 ? そっか。それじゃあ俺の背中を流してもらおうかな。

 前は自分で洗うからさ。

 タオルはこれ使ってね。

 

「それでは失礼いたします……(パラリッ)」

 

 あれ、タオル使わないの? 手洗い派だった?

 レオナルドくんもこっちを見つめてどうしたの。そんなに見つめられると恥ずかしい///

 

 ムニュンッ

 

 あれ、なんか背中に柔らかい感触が。

 

「……すごい。ご主人様の背中、大きいですね」

 

 ユードリックが耳元で囁く。その甘い声色に背筋がゾクゾクと震える。

 い、いやいや落ち着け俺。ユードリックは男だぞ? 男相手に興奮するなんてとんでもない。

 冗談で可愛いとか口説いたりはしてたけど、それでも俺の性癖はノーマルのはずなんだ。

 だから落ち着け愚息よ。盛り上がってくるんじゃない。

 

「んしょ……よいしょ……♡ 気持ちいいですか? ご主人様♡」

 

 はい、すっごく気持ちいいです!

 愚息が直立不動の体勢に入りました。ダメみたいですね。

 

 いやユードリック、エロすぎじゃない? エロ杉内ですよ。ちょっと心配ですがブルペンには杉内がいます。

 男が出していい色気じゃないでしょコレ。

 耳元で囁くだけでも反則なのに、背中を洗う手付きがエロいしたぶんコレ身体を擦りつけて来てるし。

 

「ご主人様のからだ……ンッ、すっごくたくましくて、おっきい……♡ カッコイイ♡」

 

 ……本当に男か?

 もし仮に男だとして、この身体の柔らかさは異常じゃない?

 めちゃくちゃ太ってるとか運動全くしたことないとかじゃないと説明つかない。

 でもユードリック、公爵家の騎士でもそれなりに強い方だったらしいしなぁ。見るからに太ってもないだろうし、運動してないってことはないだろうし。

 それに決闘で組み伏せた時には、服越しとはいえこんな柔らかい感触はしなかったし。

 あと、ユードリックも興奮してるのか分からないけど、耳元でハァハァ喘ぐのやめて。もうこれ以上俺のムスコは大きくならないから。

 

『いやあの従者は女だろ』

 

 ………………いやいやいやいや。

 誰があの腹黒《聖剣》の言う事を信じるか。

 ユードリックは男。ユードリックは男。ユードリックは男────

 

「ごしゅじんさまぁ♡ すき♡ だいすき♡ だぁいすき♡」

 

 ────もう男でもいいんじゃないかな。

 

 耳元で愛を囁かれながら裸で抱きつかれて、もう辛抱たまらんとです。

 こんなにエロくてカワイイんだったら性別なんて些細な差異ですよ。

 俺の聖剣が聖なる力を解き放ちたさすぎてビクンビクンと震えてますよ。

 ハッキリ言って限界です。ユードリックは俺をこんなにした責任取ってください。

 

「お湯をかけますね」

 

 ザッパァ……と背中からお湯をかけられたことで正気に戻る。

 ふぅ、危ないところだった。これ以上続けられてたら正気を失ってユードリックに襲いかかるところだった。

 身体の前も洗い終わったし、温泉に浸かってこの昂った体と心を落ち着かせないといけないな。

 

「それじゃあ今度は、前ですね」

 

 え。

 いや大丈夫。前は大丈夫だから、自分で洗ったから! いま見られると色々とマズいから!

 

 慌てて座椅子から立ち上がろうとするけど、それより先に素早く俺の前にユードリックが身体を滑り込ませてくる。

 白い陶器のような肌、ほんのり膨らみのある胸、魅惑的な曲線を描く腰、そして────

 

 生えていない……だと!?

 

 男を象徴する、雄なら誰もが持っている聖剣という名の性剣。

 そんな命と同じくらい大事な生殖器官が、ユードリックの下半身には付属していなかった。

 

「ぁ、あの……ユードリック、ちゃん?」

「はい♡ ご主人様のユーリです♡」

 

 ユー、リ。ユードリックではなくユーリ?

 そういえばユードリックって呼んでたのは俺とセドリックくらいだったような。

 レイアもアンズも、皆ユーリって呼んでいた……?

 

「えっと、ユーリ、ちゃん?」

「っ! 嬉しい! やっとボクの名前を呼んでくれました……!」

 

 いやそんな涙流すほど嬉しかったの!? いやゴメンて。てっきりユードリックが本名でユーリは愛称みたいなもんだと思ってたからさ。

 そっか。聖騎士候補だから男と偽って学院に通ってたんだな。ユードリックは偽名だったと。

 

 ………………じゃあ俺は、レイアとアンズとの婚約を断っておいて、その従者に奉仕を要求したゲス野郎……てこと!?

 

「はい。ボクを選んでいただけて、少し恥ずかしかったですけど、それ以上に嬉しかったです」

 

 頬を赤く染めながら言わないで。可愛すぎて興奮しちゃうから。

 い、いやでも決闘で首絞めようと掴み合った時にはそんなに肉付き良くなかったじゃん!? 男女の双子で、どこかで入れ替わったとかじゃないの!?

 

「常日頃はサラシを巻き、防刃の肌着を身に付けているものですから」

 

 あの硬い感触はそういうことだったと。

 そっかぁ……。ユーリちゃんだったのかぁ……。

 

「では、ご奉仕させていただきます♡」

 

 あっいや、やっぱり大丈夫というか遠慮しようかなーなんて思うか。

 座椅子に座り直させないで! キミちょっと決闘の時より力が強くない!?

 

「ご安心ください。ご主人様の初めてはレイアお嬢さまのモノだと決まりましたので」

 

 なにそれ全然安心できない。

 

「今回は、手と口でご奉仕させていただきます」

 

 その言葉で、ユーリの手と口に視線が吸い寄せられる。

 細くしなやかで美しい指、柔らかく潤いのある唇。

 自分の聖剣がこんな素晴らしいもので優しく手入れされるのかと想像すると、期待と欲望でより一層、熱く大きく固く怒張していくのが分かる。

 

「す、すごい……♡」

 

 ユーリも俺のモノを見て何かを想像したのか、驚きに目を見開く。その瞳に甘い熱が宿っているように見えたのは、きっと気のせいじゃないだろう。

 

 ゴクリッ

 

 俺か、ユーリか。それとも両方か。

 生唾を飲み込む音が、静まり返った浴場に響く。

 

「そ、それでは。失礼いたします、ご主人様……♡」

 

 俺の目の前に跪き、恭しく両手を伸ばしてくるユーリに、抵抗する気は一切なくなっていたのだった。




 子どもが財布を落としたから追いかけて渡そうとしたら隣にいたお母さんに不審者を見る目で見られたけどボクは元気です。気持ちはよく分かる。

 もしこの描写がアウト判定喰らうようでしたら、この話だけR-18タグ付けて再掲します。


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36.チョコが吹っ切れる

 ふぅ……。

 

 いや、結構なお手前────じゃなかった。結構なお湯加減でした。

 ナニとは言わないけどスッキリした。溜まってた疲れとかその他いろいろが全部出た気がする。

 

 あまりにも気持ち良いからついつい長湯してしまった結果、まだ子どもなレオナルドくんがのぼせてしまったのでソファに寝かせている。

 ユーリに膝枕してもらって団扇で仰いでもらうなんて羨ましい。

 

 そして風呂上がりの楽しみ。ジイさんが用意してくれたキンキンに冷えた牛乳を、腰に手を当ててグイッと飲み干す。

 カーッ、美味い! この一杯の為に生きてる!

 風呂上がりにはやっぱり牛乳だよねー。

 ユーリもどう? 牛乳美味しいよ。年に1回ドラゴンに襲われてヒイヒイ言ってる農家のおじちゃんところの牛乳。

 

「いえ、ボクはもうたくさん飲ませていただいたので……♡」

 

 ………………ウッス。

 

「ホッホッホ。お楽しみでしたな?」

 

 何がぁ!?

 あ、ああそうね。温泉ね! 楽しくゆっくり出来たよ! ありがとうねジイさん!

 ユーリも思わせぶりな笑いしながら唇撫でるのやめて! 色々と思い出しちゃうから!

 

「ご主人様の、またのご利用をお待ちしています」

 

 お前ちょっと調子に乗ってんだろ?

 あんまり調子に乗ってると上だけじゃなく下の口にも飲ませるからな?

 

「………………♡」

 

 期待した目で見ないでくれる? 冗談のつもりだったのに真に受けられちゃうとこれから下ネタなんにも言えなくなっちゃうからさ。

 

 それにしても。

 俺たちもかなり長風呂したと思うんだけど、女性陣はまだ出てきてないみたいだな。

 やっぱり女性は色々と時間がかかるもんなのかね。

 

「レイアお嬢さまとアンズ様でしたら、すでに宿の方へお戻りになられましたよ」

 

 え? マジで?

 ずいぶんと早く戻ったんだな。待っててくれてもよかったのに。

 

「非常にお疲れだと仰っておられました。それとなにやら準備があるようでして」

 

 準備? あとは寝るだけなのに?

 明日のこととか、これからどうするのかって事か? 王太子ぶん殴ったとか言ってたし、それが本当なら俺たちはお尋ね者ってことになるしな。

 最低でも国外に逃亡する必要がある以上、ただノンビリ休むって訳にもいかないのか。

 

 ………………なんか思い出したら憂鬱になってきたな。義理チョコもらってマウント取ってただけなのにどうしてこうなってしまったんだか。

 まあレイアたちが策を考えてるんだったら、それを聞いてから先の事を悩んでも遅くはないか。

 もともと俺は考えるのは苦手だし、そういうのは得意な人に任せればいい。適材適所ってやつだよ。

 

「それでは、坊っちゃまはこちらの部屋をお使いくだされ」

 

 考え事をしていたら宿屋に着いていた。

 ジイさん案内ありがとう。ユーリとレオナルドくんも、ゆっくり休んでね。

 じゃあ、おやすみ~。

 

 3人を見送ってから部屋の扉を開ける。程よい倦怠感と眠気があるし、今夜はグッスリ眠れそうだな────

 

「ぉ、お帰りませだニャン!」

 

 ────何やってんスかレイアさん。

 

 

 

---数刻前。温泉浴場にて---

 

 

 

「ヤバいヤバいヤバい」

「マズいマズいマズい」

 

 男性陣+αが更衣室に消えてから数分。真っ青な顔を見合わせてオロオロとする2人の少女がいた。

 

 公爵令嬢レイアと聖女アンズ。

 彼女らが想いを寄せるリュートが風呂での奉仕を命じたのが、あろうことか従者であるユーリだったのだ。

 特にレイアの一緒に入浴しようという誘いを断っての行動だった為、2人の少女は大いに焦燥の念に駆られていた。

 

「な、なんで? ユーリが好きなの? 今までまともな会話とかしてなかったよな!?」

「まさか胸が小さい方が良いとか? いやでもだったらレイアが選ばれないのはおかしいわね」

「ケンカ売ってんのかウシ女」

「黙ってなさいよ洗濯板」

 

 お互いに胸倉を掴み合いメンチを切り合う。

 リュート共有条約によって和解はしたものの、お互いが恋敵であることに違いはない。

 好きな人を独占したい恋する乙女たちは、いつでも敵の隙を狙っているのだ。

 

「ともかく、なんでユーリが選ばれたのか考えないと」

 

 リュートが気絶している間に締結した条約によって、リュートの貞操をいただく権利はレイアが保持している。

 自分の権利が従者に奪われるという屈辱を回避するためにも、レイアは必死に思考を回す。

 

「そうね。ユーリも締結する場所にいたから出過ぎた真似はしないと思うけど……」

 

 もちろんアンズにとっても他人事ではいられない。

 なぜなら彼女もまた、リュートに最初に後ろの不浄の穴を捧げる権利を保持しているからだ。

 このままではお互いが割譲した権利をまるごとユーリに持っていかれかねない。

 

 もしもリュートがレイアでもアンズでもなくユーリを選ぶのであれば、その要因を解明して気持ちを取り戻さなければならない。

 ユーリにあって自分たちにないモノ。

 2人が必死に頭を悩ませた結果、ふと浮かび上がったものがあった。

 

「……………慎み?」

 

 それを言っちゃあおしまいよ。

 

 前世が男であるが故に男に刺さる仕草を積極的に行うレイアと、母親から「恋は戦争」と教えられて育ったアンズ。

 どちらかといえば肉食系女子に分類される2人にとって、ユーリのあんまり女を感じさせずガツガツもしない様子は真似しにくい。

 

 でも、もしそれが原因ならリュートは自分たちから離れていってしまうだろう。

 というか実際に逃げようとしてたし。

 逃げても捕まえればいいけど、ちょっと悲しくなるからできれば逃げないでほしい。

 むしろ自分たちを求めてほしい。たっぷり愛してほしい。

 

 ということで、2人は一計を案じた。

 こっちからガツガツいくのではなく、リュートが我慢できず襲いかかってくるようなシチュエーションを作ればいいのだ。

 

 これ即ち『誘い受け作戦』。

 

 かくして温泉もそこそこに2人の少女は作戦遂行の為、早くに宿屋へ戻った。

 そこでジイさんがどこかから用意した、たくさんの夜戦用の衣装を比べながら虎視眈々と機会を伺っていたのだった。

 

 

 

---時は戻って、リュートの部屋にて---

 

 

 

 ということで出来上がったのが、猫耳と尻尾を付けたレイアにゃんだったと。

 

「そ、そうだニャン……」

 

 恥ずかしくて顔を真っ赤にするくらいだったら止めておけばいいのに。

 あとその無駄に布面積の少ない下着は何ですか。

 

「マイクロビキニっていう水着」

 

 そんなの着て人前で泳ぐの!? 絶対にやめてよ! 変な虫が近寄ってくるから!

 

「わ、分かってるよ。私がこんな格好をするのはリュートの前だけだもんっ」

 

 ふんぬぬぬぬっ!

 静まれ俺の《聖剣》! さっき温泉で手入れしてやったばかりだろ!

 

 あ、危ないところだった。上目遣いで可愛いことを言うもんだから、危うくルパンダイブするところだった。

 エロい格好で可愛いこと言うなよ。ムラムラするだろ。

 

「で、どうかな? 興奮……する?」

 

 めっちゃします。

 まあでも聞いてくださいよレイアさん。

 あんまり本能に任せて退廃的なことをしてると良くないと思うんだ。

 特に俺たちはいま逃亡生活中なわけで、少しでも体力を温存するためにここはよく寝てよく休み、

 

「よく気持ち良いこと、しよ?」

 

 ……………ッスゥーーーー。

 あっぶね~。

 耐えた。なんとか耐えた。え、ちょっと前屈みになってるって? ゴメンだけどあんまり気にしないでもらえると助かるかな。

 

「そんなに私とするの、イヤ?」

 

 イヤじゃないです! いやもう全然ウェルカムなんですけどね!? だからその涙を引っ込めて! なんでも言う事聞きたくなっちゃうから!

 今はちょっとその時じゃないというか、間が悪いというか《聖剣》が悪いといいますか!

 

「……………なにか隠し事してるでしょ」

 

 えっ。いや~、ちょっと何言ってるか分からないな~。

 

「折檻」

 

 スイマセンっしたー!

 いや実は俺の股間にあるやつとはまた違う《聖剣》がかくかくしかじかでして!

 

「なるほど。だいたい状況は分かった」

 

 ホッ、良かった。じゃあこの猫耳はなかったことに────

 

「じゃあ、いっぱい子ども作ろっか♡」

 

 ────話聞いてた?

 このままだと《聖剣》の思う壺なんだってば!

 勝手に遺伝子組み換えされて、好きな人も決められて、なんでも決められたレールの上を走るなんて自分の人生じゃないでしょ!?

 

「あぁ、それが不安だったんだ?」

 

 ……不安?

 

「私とかアンズの気持ちが、《聖剣》によって作られたものだったんじゃないかって思ったんだろ?

 『勇者』の血を持つ者同士で惹かれ合うようにするなんて、すごいこと考えるよな」

 

 そ、そうそう。

 もしも俺が産まれていなければ、こんな王族殴り飛ばして逃げる羽目になっていなくて、レイアがごく普通に貴族の令嬢として幸せになってたかと想像したら、さ。

 今のこの状況が間違ってるって思うだろ?

 

「いーや、まったく?」

 

 ……ずいぶん自信満々に言い切りますね。

 

「だって私が惹かれたのはリュートの遺伝子じゃなくて性格だしな。何回リュートと会っても、その度にリュートを好きになる自信があるよ」

 

 だからそれはそうなるように俺が創られたからで……

 

「いい加減にしろよ」

 

 ……胸倉、掴まないでくれません? 痛いんですけど。

 

「つまりお前はアレだ。私の気持ちを疑ってるわけだ。自分の生い立ちに負い目があるから逃げてるわけだ」

 

 まあ、そういうことになりますね。

 

「なめんなよ?」

 

 ………………舐めてないし。

 

「どこの馬の骨かも分からないポッと出の奴に吹き込まれた妄言を全部信じ込みやがって。

 『勇者』の血がなんだ? 数百年前にいた赤の他人だろうが。

 実験で産まれた遺伝子改良がリュートだって? この世に産んでくれてありがとうだ。

 遺伝子レベルでお互いに惹かれる? 最高じゃねえか。運命の相手ってことだろ?」

 

 レイアは、それでいいのかよ。

 

「もちろん。だいたいその《聖剣》の言う通りにしたからって何か不都合があるのか? 世界を救う英雄。けっこうなことじゃないか。自分の子どもがそんなすごい人になるなんて誇らしいね」

 

 子孫の末裔まで、実験動物扱いされるんだぞ?

 

「そんなの私たち親の教育次第だろうが。《聖剣》の言う事には従うなって教えとけばいいんじゃねえの? それから先は子孫たちの好きなようにやるだろ」

 

 でも……

 

「でもでもうるせえな! そんなにデモがしたいなら国会議事堂の前に行けや!」

 

 たぶんデモ違いだと思う。

 

「大事なのはテメーの気持ちだろうが! 俺は、リュートが好きなの! 結婚したいの! イチャイチャしたいの! 子どもを作って幸せに暮らしたいの!」

 

 ………………身に余る光栄です。

 

「リュートはどうなんだよ! 俺のこと、どう思ってんだよ!」

 

 好きだよ。

 小さい頃に会った時からずっと。

 怪我をしたら自分の事のように泣いて手当てしてくれる君が。

 どこまでも純真で、大切な人たちの為にまっすぐで一生懸命な君が。

 バカな俺の思い込みをほどいてくれる君が、大好きだ。

 

「だったらいいじゃねえか!」

 

 そうだね。

 ゴメン、俺が間違ってたよ。

 謝るから、泣かないで?

 

「っ、うるせぇバーカ!」

 

 うん。バカでごめんね。ありがとう。

 そうだな。未来の事を考えても仕方ない。なるようにしかならない。

 大事なのは今。目の前の大切な人を幸せにすることだったわ。

 

 スンスン鼻を啜ってないで、ほら紙で拭きな?

 ────っておい! それ俺の服だから! 温泉上がって着替えたばっかなのにどうすんだよ! これじゃあ服着て寝れないじゃん!

 

「じゃあ裸で寝ればいいんじゃないか?」

 

 ニヘヘって笑うレイア。

 涙で赤くなった瞳、イタズラっぽく誤魔化すけど幸せそうに緩む口元、俺にしがみついてくる小さな手、布面積の小さい水着、俺の胸板に押し付けて少し潰れる柔らかい胸、無駄に似合っている猫耳、フリフリと揺れる尻尾、柔らかくて掴みがいがありそうな臀部、鼻を突き抜けて脳まで揺らす甘い匂い────

 

 

 

 プツンッ

 

 

 

 オラァ!(ズボッ)

 

「ンニャァァァァァァァァァ!?」

 

 ほう。尻尾をどうやってくっつけてるのかと思ったら、後ろの穴に突き刺してたのか。

 

「ぉっ♡ ほぉっ?」

 

 ……う~ん、やっぱり尻尾はあった方がいいな。戻すか。

 エイッ(ズニュッ)

 

「おっほぉぉぉぉぉぉ!?♡♡♡」

 

 コラコラ、ダメだろ。今のレイアは猫なんだから、ちゃんとニャンニャン鳴かないと。

 

「ど、どうじていきなり……♡」

 

 どうして?

 だってその為に俺の部屋で待ってたんだろ?

 そんなにエロい格好して、発情期の身体を慰めてほしかったんだろ?

 いいぞ。好きなだけ可愛がってやるからな。

 

「な、なんか怒ってる……?」

 

 い~や? 怒ってはないよ。

 ただ、俺の聖剣がイライラしてるだけ。

 レイアの鼻水でビチョビチョだし、服は脱ぐかな。

 言ってたもんな? 全裸で寝ればいいってさ。

 

「うそ……、気絶してた時よりおっきい……」

 

 やっぱり俺が気絶してる間にイタズラしてたな?

 悪い猫には、たっぷりワカラセしてあげないとなぁ?

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 無理です(ニッコリ)。

 

 

 

 その晩、宿屋の建物全体に響き渡るほどにレイアが張り上げた嬌声は、宿泊者のほとんどの安眠に多大な影響を与えたのだった。




レイア  ・・・遺伝子とか人類の未来とかどうでもいいからリュートが欲しい。

リュート ・・・馬鹿なりにアレコレ考えてたけど、もういいや好きにやろう。

アンズ  ・・・メイド服を見つけてwktkしてる。

ユーリ  ・・・いろいろ満足して爆睡中。

レオナルド・・・様子がおかしい。

ジイ   ・・・急な来訪者に応対中。


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37.チョコと朝チュン

 やっちまった……。

 

 いや、ヤッちまったと言うべきか。

 太陽の柔らかな日差しが部屋に差し込み、窓辺では鳥たちがチュンチュンと歌う。そんな心地よい目覚めを感じさせる朝。

 俺の腕に抱きついて幸せそうな顔で笑う素っ裸の婚約者さまを見て、俺は今更ながらに1人反省会を開催していた。

 

 分かってる。

 自分が割とヘタレであることも、なんやかんや言い訳をして好きな人と腹を割って話し合うことを避けていたことも。

 

 でもさぁ!?

 

 小さい頃に一目惚れして、一緒にいればいるほど楽しくて幸せな気持ちになって、許嫁にまでなってさぁ!?

 

 将来はこの娘と結婚するんだ、この娘にふさわしい男になるんだ、絶対に幸せにしてみせるって頑張ってさぁ!?

 

 いざ学院で数年振りに再会してみたら俺とは違う男とイチャイチャしてるし、しかも王太子殿下だし、見た目でも地位でも金でも頭でも、男として勝ってる部分なんて何1つなくてさぁ!?

 

 俺はバカだから勉強もまともにできないし、女性が何したら喜ぶとか分からないし、そもそも貧乏すぎて今日を生きるのに必死すぎるし。

 こんな俺じゃ彼女を幸せになんかできっこないって諦めてさぁ!?

 

 なのに本当は俺のことが好きとか告白されて、そのすぐ後に人外外道野郎から勇者の遺伝子がどうとか言われたら、俺がいるせいでレイアは本当の運命の相手と幸せになれないんだとか思うじゃんよぉ!

 

 それをこの男勝りお嬢様は「本当に大事なのは自分の心さ☆」なんてカッコいいこと言いやがって。

 

 自分の心に正直になった結果がコレだよ。

 どうすんだよオイ。婚前交渉なんて公爵激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだぞ。なんだよ激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームって。どういう予測変換機能してんだ。俺、自分が死ぬ未来しか見えないよ。

 

「ぬへへへー♡」

 

 ……幸せそうだなぁ。

 俺の腕に頬ずりしながらだらしない顔で笑うレイアの、ピンクの長い髪を手に取る。

 丁寧に手入れがされているんだろう、絹のように艶やかで手触りの良い髪からは、桃のような甘い匂いがする。

 

 ここまでしたからには、男らしく責任を取らないとなぁ。

 この先どうなるのか分からないけど、レイアだけは絶対幸せにしてみせる。

 結婚指輪は給料3ヶ月分でいいかな?

 

「リュート給料ないじゃん」

 

 お、男の甲斐性がぁぁ……。

 

「いっぱい子ども作ってくれればいいよ。それが世界を救う為になるんでしょ?」

 

 そんな殊勝なこと言って、ただヤリたいだけじゃないのぉ?(ニチャァ)

 ………………おい、そこで黙るなよ。恥ずかしいだろ。

 

 まあ、なんだ。

 バカだし貧乏だし、優柔不断で情けない奴だけどさ。

 

「うん」

 

 体力だけは人並みの自信があるし、汗水たらして働いて、絶対に後悔させないようにするからさ。

 

「そこは『幸せにする』って言ってほしいなー?」

 

 ……絶対、幸せにしてみせる。だからさ、

 

 

 

「レイアさん。俺と結婚してくれませんか?」

 

 

 

「はい喜んでー!」

 

 なんで居酒屋の接客みたいな返事!?

 

「いやちょっと恥ずかしくなってきちゃって」

 

 俺の一世一代の告白、そんな理由で茶化されたの!?

 お前ふざけんなよ、これでも俺なりにそれなりの覚悟を決めてだな……

 

「ゴメンって。お詫びになんでもするから許して?」

 

 ん?

 

「え?」

 

 今、なんでもするって言ったよね?

 

「言った、けど?」

 

 よし。それじゃあ俺のプロポーズを台無しにした罰に、お仕置きを受けてもらおう。

 

「お仕置きって……っ!? ちょっと、朝からどこ触って……♡」

 

 さっきから一糸も纏わない裸で男に抱きついて誘ってきてたんだ。

 こうなるの、期待してたんだろ?

 

「さ、誘ってなんか……ないもん♡」

 

 そんなこと言って、じゃあ身体に聞いてみようか?

 もしも嘘をついてたんだったら、その分もたっぷりお仕置きしないとなぁ?

 

「す、好きにすれば?♡♡♡」

 

 あぁ、そうさせてもらおうか。

 

 すっかりおとなしくなったレイアを組み敷く。未成熟に見えながらも、昨夜はその小さな体躯で俺の欲望を受け止め悦び媚びていたという事実に興奮が止まらない。

 借りてきた猫のように縮こまりながら、それでもどこか期待に満ちたような瞳に優しく唇を落としてから、俺は再び、愛する少女の身体を貪り────

 

「レイア! 助けに来たぞ!」

 

 ────突如として蹴り破られた部屋の扉。

 それと同時に聞こえてきた、どこか自己陶酔しているような愚か者の声音。

 せっかくのお楽しみを邪魔しやがったクソ野郎は誰だとベッドから体を起こして振り返る。そこにいたのは、

「れ、レイア……?」

 

 俺の婚約者に横恋慕していた王太子殿下だった。




 数分遅れたけどギリギリセーフってことでなにとぞ!

 薄々思ってたんだけど、俺が書いてるのはNTRではなくBSSなのでは……?
 ボブは訝しんだ。


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38.王太子殿下の回顧録 其の一

 女子高生わたし、王族に転生する。

 

 ひゃっほい!

 しかも前世で大好きだった乙女ゲーの世界に転生したとか最高すぎでは?

 攻略キャラの中で最推しだった王太子に転生とか、マジで神様ありがとう!

 

 うーんこれはきっと前世で猫を助けたご褒美ですね、間違いない。

 それか、もしくは毎日近所の神社でナンマンダム唱えてた甲斐があったわね。

 宗教が違う? 現代日本の若者に繊細な宗教観が理解できるわけないでしょ。祈ってりゃぜんぶ一緒よ一緒。

 

 こうしてイケメン王太子に転生したわたしだったが、ヒロインとの甘々生活を夢見て乙女ゲーの舞台であった学院生活が始まるのをただ大人しく待つ……訳がないんだなぁ!

 

 なぜならわたしの女性キャラでの最推しは聖女アンズではなく、悪役令嬢レイアだからだ!

 

 通常、乙女ゲーの主人公は貧相な体格で描かれることが多い。

 小さく薄い胸・肉付きの悪い臀部・低身長・肩の辺りで短く切り揃えられた髪。

 その対比として悪役令嬢はボンキュッボンのスタイル抜群、ロン毛を靡かせて女性の色気ムンムンなパターンが多い。

 女性の色香に惑わされることなくヒロインの内面に惹かれた攻略対象と真実の愛を見つける。これこそ乙女ゲーの醍醐味ってもんよ!(個人の感想です)

 

 一方で、このゲームはすべて逆!

 ヒロインである聖女はスタイル抜群の色気で、一方の悪役令嬢は佐々木朗希の高速フォークを思い出させる断崖絶壁のちびっこ!

 

 おのれこの野郎どういう了見だと制作会社にお怒りの問い合わせメールを送って戻ってきたお返事がこちら!

 

『もっと胸を盛るペコ』

 

 うっひょ~~~!

 これにはわたしも怒りのあまり、仲間と一緒にSNSで拡散して、大炎上させてしまいましたーーー!!

 

 あと悪役令嬢が不憫すぎる事でも有名になった。

 公爵と娼婦の不貞によって産まれて両親から忌み嫌われるも、頑張って努力して王太子の婚約者としての地位を勝ち取る。

 しかし結局は地位も名誉も何もかもを聖女に奪われて断罪されてしまう。

 

 まぁ割と悪どい嫌がらせもしてたから、レイア擁護派も声を大にして文句は言えなかったんだけどね。

 それでもかなり問題になったこともあってか、後日コミカライズされた漫画の中に収録されていたオマケ話には、辺境に追放されたレイアが幸せな家庭を築いている後日談もあったりした。

 

 しかーし!

 わたしが王太子に転生したからには、そうは問屋が下ろさない。

 わたしは王太子最推しであると同時にレイアガチ恋勢。目指す未来はただ1つ!

 

 レイアと王太子のイチャイチャハッピーエンドのみ!

 

 その為にまずは、8歳の時に開かれる王太子の婚約者を決める為のお茶会でレイアを選ばなくては。

 ゲームでは「国内有数の大貴族である公爵家と懇意にするため、嫌々ながらレイアを選んだ」とある。いわゆる政略婚約だったわけだ。

 

 ゲーム通りなら間違いなくお茶会にレイアは来るだろうし、嫌がってもレイアとわたしの婚約は決まる。

  しかしわたしは自分の意思でレイアを選び、相思相愛な婚約生活を送りたい。愛の言葉を囁きながら可愛いレイアを愛でて、いっぱいイチャイチャするのだ!

 

 

 そうと決まればお茶会だ。これまで以上に身だしなみを整える。

 「ご令嬢たちに会うので気合いが入ってますね」?

 悪いけど、他のどの貴族令嬢にも興味はない。

 わたしが心惹かれるのはレイアただ1人なんだから!

 

 さあ満を持して令嬢たちが集う庭園へ。

 この乙女ゲーの世界でも最上位の美貌を誇るイケメン王太子わたしの登場に、令嬢たちから黄色い声と感嘆のタメ息があがる。

 

 フッフッフ、レイアを幸せにするために自分磨きを欠かさなかったわたしに死角などないのだ。

 あとはレイアに話しかけてその手を取るだけ!

 なんて言おうかなぁ? 「一目惚れです」とか「わたしには貴女しか目に入らない」とか?

 わたしだったら王太子になんて言われたいかを想像しながらレイアを探す。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 あれ? いなくない?

 おかしいな。伯爵家以上の令嬢は全員、このお茶会に呼ばれてるはずなんだけど。

 

「公爵令嬢は参加してないのかな?」

 

 従者くん、何か知ってる?

 

「公爵令嬢は療養中の為、残念ながら今回のお茶会には参加することが叶わないそうです」

 

 は?

 

 

 

 は???




 30万UA、本当にありがとうございます。


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39.王太子殿下の回顧録 其の二

 おかしい。

 何かがおかしい。

 どうしてレイアがお茶会に来ない?

 ゲームの設定では、間違いなくこのお茶会で王太子とレイアが出会っていたはず。

 

 お茶会が終わってから調べたところ、レイアは自分の出自に関する噂に気を病んでしまい、辺境の男爵領で心を休めているらしい。

 ゲームではなかった展開に、わたしは愕然とした。

 

 わたしが婚約者候補を1人も見初めなかったのが原因だろう、その後もお茶会という名の婚約者探しは開かれた。

 でも、何回開いてもレイアは参加していない。

 業を煮やした父──国王が適当な家格の令嬢を婚約者にしようとしてきたけど、わたしは断固として拒否した。

 レイア以外にわたしの伴侶となる女性はいないし、いらない。

 

 直接会えないのなら、手紙を送ればどうだろうか。

 わたしは便箋を取り出し、レイアの病状を心配する手紙を書いた。

 この手紙を機会にレイアとの距離を深めれば、ゲーム通りに婚約者となれるだろう。

 

 ………………見ず知らずの令嬢にいきなり手紙を送るのは失礼だと、母──王妃に窘められてしまった。

 いいじゃん! どうせわたしとレイアは結ばれる運命なんだから!

 

 とにかくレイアに会いたくても会えない。

 そんな日々が十年近くも続いた。

 

 レイアに会えない鬱憤を紛らわすように、わたしは自己研鑽に励んだ。

 すべてはレイアにふさわしい男となる為。

 わたしの思い描く理想の王子様になる為。

 

 そうして出来上がったのが"私"、超絶パーフェクトにしてイケメン王太子!

 そこら辺を歩くだけで女性からの熱い視線と黄色い声を独り占め!

 政治面でも前世の記憶を使って行政チート!

 特に綺麗な街並みや清潔感を重視して、上下水道の整備や石鹸の開発、衛生管理の何たるかを普及!

 転生直前の授業が水道施設への社会科見学で良かった!

 

 そうして民衆からも支持を得て、自分の名声を極限まで高めた私は、満を持して貴族学院へと入学することとなった。

 もちろん婚約者は未だなし。

 不思議なことに侯爵家以上の貴族に年齢が近い未婚の令嬢がいなかったこともあって、両親からの婚約しろしろ圧力もそこまでひどいものではなかった。

 

 そして、レイアが学院に入学してくることは事前に確認済み。

 今まで寂しかったでしょう、レイア。

 もう大丈夫。キミの疲れた心を私が癒してあげよう。

 

 そうして教室に入った瞬間、私は待ち望んだ天使との邂逅を果たしたのだ。

 

 長く腰まで伸びた艶やかなピンクの髪は、光を反射して美しく揺らめいている。

 髪色よりやや落ち着いた色素の薄い色の瞳には、吸い込まれそうな魅力がある。

 細く整えられた眉は悪役令嬢らしく勝ち気そうにやや吊り上がっており、物怖じせず明るい性格であるように思わせられる。

 しかし気が強そうだからといって立ち居振る舞いが粗雑なわけではなく、貴族の令嬢として完成された舞うように美しい所作はその1つ1つに周りの目が引き寄せられ、見る者すべてに感嘆のため息をつかせる。

 恵まれない幼少期が故に成長の乏しい身体は、逆にその儚さと愛らしさ、慎ましさをアピールしている。

 

 可憐だ……。

 美しさと可愛さを兼ね備えた想い人に対する垂涎を抑えきれず、最初の数日はただレイアに見惚れるだけで過ぎ去っていった。

 

 いや、ただ眺める為に転生したわけじゃない。

 私はレイアの伴侶となり、不幸な彼女を幸せにするべくこの世界に来たんだ。

 

 レイアが1人になる機会を見計らう。

 休み時間。取り巻きの令嬢たちが離れた隙を狙い、廊下に出たレイアに声をかける。

 

「ああ、レイア嬢よ。貴女はなんと可憐なのだ」

 

 わたしの、私による、レイアの為の乙女ゲーがここに開始したのだった。




 作業ズボンに履き替えたら、内股のところに毛虫さんが「コンニチハ」しながら入り込んでてエライことになっております。不幸だ。

総合評価1万ポイント超えてました。ありがとうございます。


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40.王太子殿下の回顧録 其の三

 レイアとの逢瀬を、順調に重ねていく。

 休み時間も放課後も、使える時間はすべて使ってレイアと一緒に過ごす。

 乙女ゲーでも攻略対象とフラグを立てる為、徹底的に会いに行ったものだ。

 

 お茶を嗜み、街中へ買い物デートに行き、暇さえあればボディータッチと耳元で愛の言葉を囁くのを忘れない。

 レイアは恥ずかしいのか、体に触れればすぐ離れてしまうし愛の言葉には顔を真っ赤にして押し黙ってしまう。

 その初心な様子がたまらない。

 買い物デートで、レイアに似合うアクセサリーを贈ろうとしたら断固として拒否されてしまった。「私なんかにはもったいないです」と言うその控えめな性格も可愛らしい。

 

「私などに構わず、他の方と有意義な時間を過ごされてはいかがでしょう?」

 

 私がレイアにばかり構うから、他の令嬢に申し訳なく思ったのだろう。

 少し寂しそうに眉尻を下げ、申し訳なさそうに自分より他の人を優先してほしいというレイア。

 自分の心を押し殺す必要なんてないのに! キミはもっとワガママになっていいんだ!

 

「君との時間に比べれば、他の事などすべて些事だよ」

 

 大丈夫、私がキミから離れることはないよ。絶対にキミを幸せにしてあげるんだ!

 

 そう。

 『聖女』となる平民アンズとの関わりも持たず、聖騎士候補となることもない。

 すべては順風満帆そのもの。

 順調に進んでいる。そのはずだったんだ。

 

 レイアに婚約者がいるなんて事実が発覚するまでは。

 

 しかもその婚約者は聖女であるアンズに首ったけ。いつ見ても一緒に行動しているらしい。

 ……そうでない時は、1人で宙に向かってボソボソと語りかけているらしい。頭がおかしいのでは?

 

 というか何だよ、婚約者って。

 レイアの婚約者はこの私! 『王太子』がなるはずだろう!?

 

 どこの馬の骨とも知らない、辺境の男爵家令息だと!?

 そんな奴、乙女ゲーにも出てこなかったじゃないか!

 

 いたとしてもモブキャラ。名前も知らない生徒A。

 そんな奴に絆されるだなんて、やっぱり聖女とは関わらなくて良かったな。どんな男にも股を開いて誘惑しているに違いない。

 これだからパイオツのでかいチャンネーは駄目なんだ!

 

 レイアという世界で最も素晴らしい女性が婚約者だなんて、男として最高の幸せに違いない。

 しかしリュート・タナベとかいうクズ野郎はレイアを放っておいて痴女であり性女でもある阿婆擦れに夢中になって、大切な婚約者を蔑ろにしている!

 

 レイアはこの事実を知っているんだろうか。

 いや知らないだろう。

 

 彼女にこの残酷な真実を教えてあげた方が良いだろうか。

 でもレイアの悲しむ顔は見たくない。

 

 ………………いや、待てよ?

 

 

 

 レイアが婚約者の不貞を知る

 婚約者の有責で婚約破棄する

 王太子が傷心したレイアを慰める

 レイアと王太子が真実の愛に目覚めて結婚する

 

 

 

 これだ!

 

 なんて完璧な流れ、うつくしいフローチャート!

 私とレイアが幸せになって、悪いことをした男爵令息と聖女は弾劾して追放すればいい。

 乙女ゲーでも結局、聖女なんて平民の怪我を治す旅に出るくらいで大した役に立っていなかったし、いなくても構わないだろう。

 

 そうと決まれば話は早い。

 まずはレイアを、聖女と男爵令息がよく通る道まで誘導する。

 そして自分の婚約者が他の女と親しくしている様子をレイアに見せる。

 

 あぁ、レイア! 衝撃と悲しみに曇るキミの顔も美しい!

 でもキミに泣き顔は似合わない。

 さあこちらにおいで。私がキミの心の傷を癒してあげるからね。

 大丈夫、私はあのふざけた婚約者と違う。

 私はキミを、絶対に裏切ったりしないよ。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 計画通り☆




 濡れ場シーンって書くの難しくね? エロ関連の創作してる人たちってすごいんだな。尊敬するわ。


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41.王太子殿下の回顧録 其の四

 表面上はいつもと変わらないレイアと、今日も逢瀬を重ねていく。

 しかし私には分かる。レイアは今、心に深い傷を負っているに違いない。

 

 信じていた婚約者の浮気。しかも相手は、自分とは正反対な容姿の女性。

 いくら取り繕っていても、レイアの事を誰よりもよく知る私にはレイアの嘆きや悲しみが手に取るように分かる。

 

 しかし婚約者のあまりにも酷い裏切りにも関わらず、レイアは婚約破棄をするつもりはないようだ。

 私が証人になろうと言っても首を縦に振らない。

 

 いったい何故だ……?

 まさかレイアが、あんな貧乏男爵家の長男に本気で惚れているなんてことはあり得ない。

 なぜならレイアは私と結ばれる運命だからだ。

 聖女なんて異物さえいなければ、私はレイアと相思相愛なんだ。

 

 レイアを迎え入れる準備は出来ている。

 あとはレイアの気持ちが固まるのを待つだけ。

 それはもうすぐだと思っていた。

 

 しかし、いつまで経ってもレイアが婚約破棄に踏み切る様子はない。

 きっと勇気が出ないんだろう。

 他の女にうつつを抜かすような下衆でも、幼い頃にはそれなりに親しくしていたんだろう。

 

 だが、そろそろ心を決めてもらわなくては。

 学院卒業まであと数か月に迫ってきた。

 両親からは早く婚約者を決めろ、孫の顔を見せろと圧力をかけられている。

 

 レイアに踏ん切りがつかないのなら、相手に諦めてもらうのはどうだろうか。

 そうだ、それがいい!

 あの男は、レイアの気持ちがまだ自分にあると思っているから蔑ろにできるんだ。

 レイアがすでに自分よりも優れた男と愛し合っていると知れば、きっと諦めるだろう。

 

 自分のものだと思っていた女性を他の男に取られた屈辱と絶望に歪む顔が楽しみだ。

 ちょうどバレンタインデーがやってくる。

 リュート・タナベの目の前でレイアからチョコレートを受け取り、自分がすでに見捨てられた哀れな負け犬であることを思い知らせてやろう。

 

 下級クラスに顔を出せば、やはり聖女からチョコをもらいイチャついているクズ男の姿があった。

 ふんっ。ご満悦でいられるのも今の内だ。

 さあレイア、キミを蔑ろにする婚約者の目前で、私にチョコを渡すんだ!

 

 そんな不安そうな顔をしなくてもいいんだよ。あの貧乏人が激高して危害を加えようとしてきても、私が絶対にキミを守り切ってみせるから。

 ほら早く、こっちにそのチョコを渡すんだ。

 顔を真っ赤にして、やっぱりレイアは可愛いなぁ。

 なかなかチョコから手が離れないだなんて、愛する私にチョコを渡すのが恥ずかしいんだね。

 大丈夫! キミの想い、すべて私が受け止めてあげるから!

 

 フッフッフ、さあどうだ貧乏人! レイアの愛が込められたチョコレートは私がもらい受けたぞ!

 どうだ、悔しいだろう? 飄々とした態度で「俺は気にしてませんけど」アピールかい?

 貴様みたいな見た目も貧相で学業も学院底辺な落ちこぼれが、二度とレイアの婚約者だなんて口にするんじゃないぞ!

 

 ………………頷いた? 頷いたな!?

 貴様みたいな輩よりも私の方がレイアにふさわしいと認めたな!?

 そうだ、そうだとも。分かればいいんだ!

 

 さあどうだレイア! これで名実ともに、私とレイアは相思相愛の恋人どうしだ!

 

 真っ青な顔で落ち込むレイアの肩を抱く。

 次の授業も、昼食の最中も、レイアは下を向いて黙ったまま。

 自分の婚約者だった男のあまりにも情けない姿に言葉も出ないんだろう。

 

 そんなレイアを慰める為に、私が人肌脱ごうじゃないか。

 邪魔者は排除したし、お互いの気持ちを確かめ合う為にも、愛の口づけを交わすとしよう。

 さあレイア、目を瞑って。キミの悲しみに空いた心の穴を、私の愛で埋め尽くしてあげよ────

 

 

 

「近寄るんじゃねえよ、人間のカスが」

 

 

 

 レイアのビンタが頬に炸裂した。

 そう理解した瞬間には、私の身体が教室の壁にめり込んでいた。

 

 ど、どうして……?

 

 薄れゆく意識の仲、レイアがどこかへと走り去っていく後ろ姿がボンヤリと見えた。




 自分で書いててなんだけど、めちゃくちゃ気持ち悪いなこの王太子。
 アホ視点で文章書くのがこんなに難しくて苦行だとは思わなんだ。


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42.王太子殿下の回顧録 其の五

 嘘だ嘘だ嘘だ!

 どうして逃げるんだレイア! しかもよりによってそんな浮気者と一緒に!

 分かってるのか!? そいつはキミと聖女を二股していたクズなんだぞ!?

 

 あぁ、クソ! 公爵邸に逃げ込まれてしまった。

 いくら王太子とはいえ、勝手に貴族の家に入ることはマナー違反だ。

 だから何度も先触れを出しているというのに!

 

 おのれ公爵め。私とレイアの仲を引き裂こうというのか!

 そういえば婚約の打診を何回送っても「娘には他に婚約者がいる」と断り続けてきたな!

 こっちが気を遣っているのに即答で拒絶してくるとは、さては王家に盾突く気か!

 この国賊め! 今に見てろよ、思い知らせてやるからな!

 そうと決まればさっそく父に言って、公爵邸に兵を差し向けてもらおう!

 

「いや~、それはマズイよ息子ちゃん。余、困っちゃう」

 

 なぜですか父上! 国王に逆らう貴族なんか断罪すればいいじゃありませんか!

 

「公爵家って我が国の大貴族だし、王太子の横恋慕が理由で攻め入ったとか絶対ヤバイって」

 

 横恋慕じゃない! 私とレイアは相思相愛、真実の愛を誓い合ったんだ!

 

「いや~、ないでしょ。公爵家から国王である余に向けて、王太子の暴走をどうにかしてくれってクレーム来てたくらいだし」

 

 ………………は?

 クレーム? なにそれ聞いてない。

 

「好きな女性を見繕っていいとは言ったけど、他の男の婚約者に入れ込むとは思ってなかったし。

 急かした余も親としてはあんまりよくなかったけど、息子ちゃんがやってたこともだいぶヤバイからね?

 フィアンセいる令嬢に言い寄って相手の男を公衆の面前で罵倒してマウント取るとか仮にも王太子のやる事じゃないよね~」

 

 待ってください、話がよく見えてこないんですが────

 

「そんなわけだから、事が大きくなる前にちょっとしばらく1人で頭を冷やしなさい」

 

 気付いたら、私は自室に謹慎を言い渡されていた。

 どうしてだ! 納得できない!

 きっと父上は公爵に騙されているんだ、そうに違いない。

 

 こんなところでジッとしているわけにはいかない。

 こうしている間にもレイアは公爵たちに虐待され、好きでもない貧乏貴族と結婚させられようとしているんだ。

 

 誰かいないか!

 ………………よし、よく来たなジェームズ。馬の用意までしているとは準備が良いな。

 騎士団の手助け? そうか、お前の父親である伯爵は騎士団の重鎮だったな。

 

 レイアたちは辺境の男爵領まで馬車で移動しているだと?

 おのれレイアを無理やり手籠めにして私から奪うつもりか!

 こうしてはいられない。

 行くぞ、レイアを救出するんだ!

 

 

 

---

 

 

 

 夜通しで馬を走らせ続け、見えてきた宿場町。

 斥候によれば、ここの宿の1つにレイアたちが滞在しているらしい。

 目標の宿屋に突撃すると、待っていたのは小奇麗な服を着た老人がたった1人。

 

「お引き取りください。皆様は招かれざる方々ですので」

 

 私が王族と知っての狼藉か!? さては貴様もあの貧乏貴族の手下だな!

 騎士たちよ、殺してかまわん。やれ!

 

「ホッホッホ。この老体に傷をつけるには10年……いや、100年早いですぞ」

 

 え、なにあれ。

 重い鎧を身に付けた騎士たちが空中に投げられてるんだけど……?

 王国騎士団ってドラゴンをも倒す精鋭揃いの最強騎士の集まり、のはずなんだけど?

 

 ちょっとジェームズ!? 顔を真っ青にして震えてないで、どうにかしろ!

 あの化け物を倒す秘策があるんだろう!?

 投げ飛ばされたお前たちもこっちを見るな! さっさと突撃しろ!

 相手にこっちを殺す気はないようだ。何度でも突っ込んで敵が疲弊するのを待て!

 

 ……

 …………

 ………………

 

 夜が明けたんだけど?

 なんなのあの爺さん。体力無尽蔵か?

 聞いてないぞあんな化け物がいるなんて!

 これじゃレイアを救うことが出来ないじゃないか……!

 

「おや、アンズ様。おはようございます。こちらは危ないので近付かない方が────ふむ?」

 

 あれは……聖女?

 やはりこの宿にレイアたちが泊まっているのは間違いなさそうだ。

 いやでも門番すら倒せないのでは意味がない……。

 

「口で言うよりも直接見せた方が身の程を知れる……? なるほど、そういうことでしたら」

 

 ………………おや? あの化け物老人が道を開けたな?

 ふ、フーハハハ! どうやらとうとう観念したらしい!

 さあどこにいるんだレイア! 私がキミを救いに来たぞぉ!

 

 どこだ? この部屋か!?

 ………………違った。乙女ゲー攻略対象の1人ユーリだった。

 なんか馬鹿でかい張り型を使って自分を慰めていた。

 お前、そういうのするのはいいけど声はもうちょっと抑えた方が良いぞ。外まで聞こえるから。

 ────お、おい! 張り型をこっちに投げるな! 汚いだろうが! オエッ!

 

 じゃあこっちの部屋か!?

 ………………違った。レイアの弟レオナルドだった。

 壁に顔面を擦りつけながら下半身を揺らしてどうしたんだ?

 あぁ、隣のユーリの部屋が覗ける穴が開いているのか。

 お前、ユーリの痴態を見て興奮していたのか? 何というか、その……ごめんね?

 ────じゃあ、私は行くけど……うん。ホントごめんね?

 

 閑話休題。

 

 さあ残すはこの部屋だけだ!

 どうやら部屋から話し声も聞こえてくる。これは間違いなくレイアの声!

 

「レイア! 助けに来たぞ!」

 

 部屋の扉を蹴り壊し、囚われのレイアに声をかける。室内は────

 

 

 

 むせるような性臭。雌が発情した時の甘ったるい匂いと雄の体液が発する海鮮物のような臭いが混ざり合い、汗によって発酵したような、鼻をつまみたくなるような臭い。

 

 部屋の中央に置かれたベッドの上では、全裸の男女が身体を重ね合っている。

 

 男の方は筋骨隆々としていて鍛え上げられて引き締まった、誰もが憧れる鋼の肉体。

 細く引き締まっていて流麗で中性的な身体つきをした自分とは違う男らしさの結晶。

 

 騎士団でもお目にかかれないような素晴らしい体躯に押し潰されるように寝転がっていたのは、想い人のレイア。

 美しく整えられていた桃色の髪は振り乱され、白濁の液体が透明に乾いて固まったようなものがあちこちにこびりついている。

 目を合わせた者を魅了するような瞳は潤んでおり、自分を組み敷いている男に熱い視線を送っている。

 細く白い首から、幼く慎ましやかな胸のラインには無数の小さな痣があり、男が幾度となく彼女の身体に唇を落としていた証拠が浮かび上がっている。

 下腹部はポッテリと膨れ上がっている。脂肪によって増量されたような膨らみ方ではなく、ちょうどヘソの下。女性の大切な器官がある部分だけが大きく膨らんでいるのがよく分かる。

 そして何より男女の股は、お互いの愛情と情欲を表すかのように深く結びついている。

 

「れ、レイア……?」

 

 唖然としつつも、自分が愛する人へ声をかける。

 しかしお互いに想い合う仲だったはずの少女はこちらへ汚らわしいモノを見るような目を一瞬向けただけで、再び目の前の雄へと熱く求愛するような視線を捧げる為に戻ってしまう。

 

「ねぇリュート? もっとい~っぱい、チューしてほしいのぉ♡」

「いやいや、人が見てるから。さすがに我慢してくれよ」

 

 小鳥のように口づけを乞う少女を押し留めて、男がゆっくりと身体を起こす。

 その途中で、男女を繋いでいたモノがズルリと音を立てて小さな鞘から抜き取られる。

 

 ボトリッ

 

 そうして抜き取られた男の大剣。そのサイズは男として生まれ変わった自分のそれよりもはるかに巨大で強大、様々な汁に塗れて光に反射し輝く様はより一層、凶悪な印象を抱かせる。

 

 ユーリが使っていた張り型をはるかに凌駕するその大きさに、自分の本能が、男としてのプライドが。

 グシャリと紙を丸めて潰したような。

 完全に敗北を認めた音がした。

 

「うそだ………………」

 

 自分の想い人が、自分よりもはるかに優れた雄の所有物になっていた衝撃に、王太子の全身からすべての力が抜け落ちていった。



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43.チョコが攫われる

 キャーッ! 王太子殿下のエッチーッ!

 

 これからレイアと交わろうとしていたその瞬間に扉を蹴破って飛び込んできた乱入者こと我らが次期国王さまは、俺とレイアの情事をジーッと見つめていらっしゃる。そんなに見られたら興奮して大きくなっちゃう///ビキビキッ

 

「ねぇリュート? もっとい~っぱい、チューしてほしいのぉ♡」

 

 やめてレイア! そんなに可愛く甘えた声出さないで! 戻ってきた理性くんがまたどこかにフライアウェイしちゃうから!

 

 いや分かるよ?

 これから始めようって時に邪魔が入ったからってもう我慢の限界だから止められないっていうのはさ。

 なんなら挿入っちゃってるしね。先っぽどころかガッツリね。俺もう腰振りたくて堪らないよ。

 

 でもさすがにダメだから。

 来客を応対せず放っておくのもダメだし、何より相手は王太子だから。不敬にも程があるから。

 

 ということでここは一旦、お預け。

 名残惜しそうに吸い付いてくるレイアの下の口から、暴発しないよう慎重に俺の聖剣を抜く。

 そんなに不満げな顔するなって。拗ねてる顔も可愛すぎか? その尖らせた唇を貪る許可は必要かい?

 

 あっ、王太子殿下?

 申し訳ないんですけど、身支度を整えたいので少々外で待っていただいてもいいですか?

 

「うそだ………………」

 

 いや嘘じゃないです。見られながら──しかも男に──着替えるとか特殊性癖に目覚めかねないんで、どこかに行っといてもらえませんか。

 

 ……あと、俺のレイアの裸を見るの止めろな?

 

 あーあー、腰を抜かしてその場に座り込んじゃったよ。

 ちょうどいいところにジイさん。悪いんだけど王太子殿下を連れ出してくれる?

 ……米俵みたいに担がれて運ばれていった。王族の扱いそれでいいのか。

 

 さてジイさんが持ってきてくれた水桶とタオルで身体を拭く。汗とレイアの汁でベトベトだよ。これ香水つけても臭いが残る気がするんだけど。

 

 身体を拭き終わったら下着を着て………………やべ、勃ちすぎで俺のムスコがパンツの中に収まらない。

 どうしようこれ。興奮を納めようにも隣でレイアが全裸で身体拭いてるから余計に大きくなるんだよな。

 

「……も~、しょうがないなぁ♡」

 

 どうしたレイア。俺の前に跪いて。その体勢だと顔面に俺の聖剣の一撃を喰らうことになるぞ?

 

「小さくならないんでしょ? だったら1回、抜いてあげないと……ね?♡」

 

 そう言って舌舐めずりするレイアの、怪しく滑り光る唇に思わずゴクリと喉が鳴る。

 その小さく可愛らしい舌が、淫靡な動きで俺の聖剣に触れる寸前で押し留める。

 

「……リュート?」

 

 不思議そうに、そして不満げに見上げてくるレイア。

 いやさ、たしかに小さくしたいし、レイアに奉仕してもらえるなら最高なんだけどさ。

 

 昨夜の経験上、たぶん1回じゃ済まないと思うんだよね。

 というかむしろ逆に暴走しかねない。

 だから、そういうのは面倒くさいのが全部終わってからにしよう?

 

「ぶー」

 

 ブー垂れてもダメなものはダメ。

 ほら早く着替えて。王太子が待ってるよ。

 

「……分かったよ。その代わり、」

 

 耳元に口を近づけてきたレイアは、俺にコッソリ囁く。

 

「夜は、い~っぱいシてね? 旦那さま♡」

 

 ………………やっぱり今すぐワカラセちゃダメですか?

 

 

 

---

 

 

 

 ほとばしる熱いパトスをなんとか抑え込んで食堂へ向かうと、出来立ての朝食と萎びた王太子殿下が向かえてくれた。

 

「せっかくですので、お食事されながらお話しされてはいかがでしょう」

 

 ありがとうジイさん。昨日は色々ありすぎて疲れたから、ゆっくり美味しいご飯食べられるのが嬉しいよ。

 

「昨夜はお楽しみでしたな?」

 

 分かってても言うんじゃないよ老害。そういうのを年寄りの冷や水って言うんだぞ。

 レイアも満更でもない顔して俺の腕に抱きつくんじゃない! せっかく収めた俺の聖剣がまた光輝いちゃうだろ!

 まったくドイツもコイツもゲルマン民族も、他人の性事情にwktkするんじゃないよまったく。

 

「そうだ坊っちゃま。実はジェームズ様とアンズ様から手紙をお預かりしておりまして」

 

 ジェームズ? アンズ?

 そういえばアンズは今朝から姿が見えないな。

 ジェームズは王太子殿下に揉み手しまくってたし、取り巻きとして付いてきたのかな?

 

 で、その2人が俺に手紙?

 なにやらイヤな予感がするのは俺だけでしょうか。

 ジイさんから紙を受け取る。

 

 まずはジェームズの手紙から。

 

『聖女は預かった。返してほしければ、以下の場所まで1人で来い』

 

 次にアンズの手紙。

 

『お母さんと、お赤飯炊いて待ってるわ』

 

 ………………どうやら今日もゆっくりは出来なさそうだった。



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44.悪役令嬢の記憶 其の五

「アンタの弟、怪しくない?」

「奇遇だな、私もそう思う」

 

 いきなりリュートとの決闘を熱望して、お父様が断っても駄々をこねて無理やり押し通す。

 これまで接してきた弟────レオナルドとは明らかに異なる立ち振る舞いに違和感を覚えた私だったが、初めて会ったアンズから見ても怪しく見えるらしい。

 

「まるでリュートを排除したがってるように見えるのよね」

 

 アンズも最初、リュートじゃなくてユーリが勝つと思ってたみたいだし、レオの決闘騒ぎは気が気じゃなかったんだろう。

 まあ何にせよ、決闘がリュートの勝ちで決着した以上、私とリュートの結婚を阻む障害はなくなった訳だけど。

 

 気絶させたリュートを担ぎ上げ、私の自室に運び込む。

 万が一目覚めた時用にロープで柱に縛り付けてから、今度は外に出てレオの部屋に突撃する。

 すでに待機していたアンズと一緒に部屋のドアを蹴り破ると、そこにはポケーッと気の抜けた顔で天井の隅を見つめていたレオ。

 虚ろな目でこっちに視線をやるレオに向かって堂々と宣言する。

 

「これより家宅捜索を始めます」

 

 机の引き出しや戸棚のすべて。ベッドの下から天井の裏まで。

 ありとあらゆる場所をひっくり返し、証拠をかき集めていく。

 

「キャー! お嬢さまたちがご乱心よー!」

 

 メイドが叫ぶけど関係ない。

 ユーリが決闘に負けたショックと私の言い続けてきたことを嘘だと断じてきたお父様たちは、私に負い目を感じているから恐る恐る部屋を覗くだけで止めに入ってこない。

 

 突入してから数分。

 レオの両目に光が戻る頃には、タナベ男爵家への援助を妨害工作している証拠が完全に揃っていた。

 

 男爵家の執事長・メイド長に向けた密通の手紙。

 援助金を持って行っていた遣いの騎士へ出した指示内容を残したメモ。

 幼い少年と男装の女性が身体を重ねている春画。

 貴族と使用人の身分を超えた巷で流行りの恋愛小説。

 

 これらの証拠を束にして、廊下から顔だけ部屋に出していたお父様目掛けてぶん投げる。

 

 ベチーンッ!

 

「オホゥ! 痛くて気持ちいい!」

 

 性癖全開で喘いでるお父様に、男爵家への援助を妨害していたのがレオである証拠を突きつけて、一件落着となったのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 口いっぱいに広がる青臭い香り。

 プロテインドリンクを彷彿とさせるくらいに白色で濃くドロッとした粘性の強い液体を、よ~く咀嚼してから飲み込む。

 脳が弾けるほどのオーガズムと、キュンキュン疼く下腹部。

 ビショビショでその機能を失った下着の中に手を突っ込もうかと思ったけど、すぐ隣で私と同じように息を荒げているアンズと目が合った。

 

 お互いになんともいえない表情で頷き、火照った身体を冷ますことにする。

 汗とその他いろんな液体でグショグショに濡れた服を脱いでタオルで身体を拭いて新しい服に着替える。

 リュートにも囚人みたいなボロ布じゃなくて、ちゃんとした服を着せてあげよう。

 誰か適当な騎士から服を借りてこようかな。

 学院の制服? あれはひん剝いて私のコレクションに………………ゲフンゲフン。

 

「それで、レオナルドくんはどうするの?」

 

 私ではサイズが合わないからお母様の服に着替えているアンズが弟の処遇を訊いてくる。

 

「どうしよっかなぁ。正直リュートを困らせただけで万死に値するんだけどねぇ」

 

 腹違いとはいえ血の繋がった弟だし、これまで姉弟として仲良くやってきたし。

 あんまりひどい罰は与えたくない。

 とはいえ、好きな人に危害を加えたって事実に腸煮えくりかえるほどにはムカついてるしなぁ。

 

「被害者はリュートだし、リュートに決めてもらうのが良いんじゃないかな」

「そうね。リュートなら良い落としどころで丸く収めてくれるんじゃないかしら」

 

 1番の懸念事項だった男爵家への資金援助の件は片付いた。

 次に考えるべきは何か。

 

 そう、王太子だ。

 

 なんでか知らないけどあのクソボケ、未だに私のケツを追っかけてるみたいなんだよなぁ。

 乙女ゲーと同じようにアンズの方に行ってくれれば、リュートを分けずに独り占めできるし最高だったんだけど。

 

「今からでも王太子もらってくれない?」

「イヤよ、あんな唯我独尊な性格してる奴」

 

 聖女からも嫌われるってだいぶヤバい奴だよな。

 ホント、顔が良くて仕事が出来ても、思い込みが激しくて自分勝手な男はろくなもんじゃない。

 お父様が断ってるみたいだけど、さっきからずっと王太子から公爵邸に訪問したいって連絡が来てるみたいだし。

 こっちは誰も乗り気じゃないっていうのに、なんで気付かないんだろうか。

 

「王族に目を付けられてる以上、国内どこにいても安寧な結婚生活は望めないわよ」

 

 分かってる。分かってるんだよ。

 学院生活でもあれだけ付き纏ってきたし、私1人での自由な時間っていうのはほとんどなかった。

 それこそリュートに会いに行く暇もないほどに。

 

 まだそれほど権力のない王子だからいいよ。

 アレが国王になってみろ。どんな暴君になるか分かったもんじゃない。

 どんな手を使っても私を手に入れようとするだろう。

 

 そうなった時、リュートやお父様たちがどう出るかも分からない。

 無抵抗で私を差し出す、なんてことにはならないはず。

 下手したら強引な手を使う国王と武力で対抗する公爵家、なんて構図にもなりかねない。

 

 洒落にならない「私の為に争わないで!」案件だ

 イヤだよ私を巡って内乱になるの。

 それで私の家族が不幸になるの。

 

 部屋のドアがノックされたので入室を許可する。

 騎士服を抱えて入ってきたのは、目を覚ましたユーリだった。

 

「失礼します、お嬢さま────!」

「……ありがとう。そこに置いといて」

「は、はい! 失礼します!」

「ちょっと待ちなさい、ユーリ」

 

 アンズの制止に、慌てて外に出ようとしていたユーリの動きが固まった。

 

 見逃さない。

 私は見逃さなかった。

 私たちは見逃さなかった。

 

 ユーリ、裸のリュートを見て生唾を飲み込んだよね?

 

「………………ほ~ん?」

「………………ふ~ん?」

「な、なんですか!?」

 

 別に何も言ってませんが?

 なるほどね~。ユーリもそうなっちゃうかぁ。

 まあたしかに、リュートの男らしさを全部、自分の身体で味わっちゃったもんね。

 

 自分より遥かに格上の存在からワカラされちゃったら仕方ないか。

 

「ようこそ」

「こちら側へ」

「何を仰ってるかサッパリ分かりませんね!?」

 

 またまた~、恥ずかしがっちゃって~。

 アンズと顔を見合わせて、ニヨニヨと笑う。

 ライバルは増えたけど、どうせアンズとはリュートを分け合うって約束したんだ。

 2人も3人も変わらないし、それがお互いに可愛がってた従者なら邪険に扱うつもりもない。

 

「ユーリ、初めてをもらうのは私だからね?」

「後ろの初めてはアタシよ。分かった?」

「分かるけど分かりたくない……!」

 

 ヌォオオオ! と悶えるユーリを愛でながらリュートに服を着せる。

 ………………2発も出したのに、まだ大きいままなんだけど。

 リュート、剛の者すぎない?

 私が前世で大事に守ってたムスコより2周り、いや3周りくらい大きい気がする。

 これはリュートが起きたら、たっぷり可愛がってもらわなくては。

 それこそアンズやユーリの分まで搾り取って、できるだけ独り占めしないとね。

 分けるとは言ったが、リュートの1番を諦めた訳ではないのだ。

 

「そ、そうだお嬢さま。旦那様がお呼びでしたよ」

 

 お父様が?

 何だろうか。書斎に訪ねると、お父様が神妙な顔でゲンドウポーズしていた。

 

「よく来たなレイアよ」

「格好つけてないで早く用件を言いなさい」

「アフン!」

 

 後ろに立つお母様に頭を叩かれて悦ぶお父様。

 最近気付いたけど、お父様はわざと偉ぶった態度をしてお母様からお仕置きされるのを狙っている時がある。

 これが誘い受けってやつだろうか。

 ゴホン、という咳払いをしてお父様が本題に入る。

 

「レイア、リュートくんと結婚したいかい?」

「はい、もちろんです」

「そうか……」

 

 その為にこれまで頑張ってきたんだ。

 私の今世はリュートの為にあると思っても過言じゃない。

 リュートと離れ離れにされるくらいなら、私は────

 

「……よし分かった。レイア」

「なんですか?」

 

 

 

「逃げちゃいなさい」

 

 

 

 お父様は言った。

 国内では私たちの望む幸せは掴めないだろうと。

 あの王太子は決して諦めないだろうと。

 

 だから国外へ逃げろと。

 男爵領を通って南方諸国まで逃げてしまえ。

 南方諸国は未だに、先の戦争で負けた王国に良い感情を持っていない。

 具体的には、戦争を主導した王族に対する反感がある。

 王族である王太子が公爵令嬢の引き渡しを迫っても要求を拒絶するだろう。

 

 こっちのことは心配するな。

 何か打算があるんだろう、お父様は華麗なサムズアップを決めた。

 お母様に天井から吊るされながら。

 

「どうしてレイアと離ればなれにならなきゃいならないのよ、この無能!」

「ブヒィィィィィィン!!」

 

 どうぞ生涯お幸せに。

 両親が用意してくれた馬車に乗る。御者はユーリだ。

 

「ボクは生涯、お嬢さまの従者ですから!」

 

 これから一生、もう会えるかどうか分からない両親に頭を下げる。

 娼婦の娘であり、男としての人格をなかなか捨てられずにいた不出来な娘をここまで大切に育ててくれた。家族として、実の娘として育ててくれた。

 いくら感謝してもし足りない。

 涙を流して抱き合って別れの挨拶をする。

 どうかお元気で。

 

「ところでレイア、レオを知らないかい? 部屋で謹慎してるはずなんだけど」

 

 ………………さあ? どこに行ったんでしょうね?

 

「何その間。もしかして良くないことをしようとしてるんじゃ……」

 

 それではお父様、お母様! どうぞお元気で!

 

「ええ、ちゃんと身体と心を自分に縛り付けるんですよ」

「待って! レイア待って! 早まらないで、息子を返して! やっと出来た跡取りなの!」

 

 何のことやらサッパリでございますことよですわ、オーッホッホッホッホー!!

 

「レイアァァァァァァァァァァァ!!」



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45.転生魔王の悪巧み 其の一

 チンコ痛いねん。

 

 我、『魔王』が復活直後に思ったことは、その一言に尽きる。

 何せ数百年ぶりに目覚めたと思ったら、大事な男の象徴が潰れるほどの蹴りを喰らっていたのだから。

 あまりの激痛に悶え苦しむ我は、目の前の脅威から命からがら逃げ出した。

 

「オ、ォゴゴゴゴ……!」

 

 意識が朦朧として、自分がどこにいるのかどういう体勢をしているのかも分からない。

 ただ股間を襲う鈍い痛みと深い絶望に、このまま二度めの死を覚悟していた時だった。

 

「ちょっと! ジェームズ大丈夫!?」

 

 心配するような声と同時に、股間の痛みが和らいでいく。

 安らかな気持ちになりながら見上げれば、妙齢の美しい女性が我を心配そうに見ていた。

 

「泡噴いて白眼向いてるから、死ぬんじゃないかと思ったわよ」

「あ、あぁ……」

 

 ホッと安堵の顔を浮かべる女性に生返事をする。

 見れば女性の他にも、メガネをかけた男と小さい男が我の安否を確かめていた。

 

「もう我慢できん! タナベ令息にガツンと言ってきてやる!」

「ちょっとセドリック!? 待ちなさい!」

「ダメだよアンズ。ああなったセドリックは話を聞かないから」

 

 メガネの男性がどこかへ駆け出していき、それを呆れ顔で見送っていた2人は再び我に視線を向ける。

 

「じゃあ行くわよジェームズ。お昼にしましょう」

「そうだね。とんだ災難だったし、とびきり美味しいモノを食べないと!」

 

 2人に手を引かれ立ち上がる。

 こうして、数百年も待ち望んだ我の復活は、想像していた華々しいものとは異なって、苦いものとなったのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 あの2人組と昼食を共にした後、1人になる。

 ようやく記憶の混濁が収まり、状況を把握することが出来た。

 

 我は魔王。

 勇者パーティーに討伐された後、数百年の時を経て蘇った魔族の支配者である。

 そして我が高貴なる魂が憑依する器となっているこのヒト族の肉体。

 こやつの名はジェームズ。とある王国の伯爵家の跡取り。すなわち貴族らしい。

 なんという貧弱な肉体。筋肉をついていなければ、魔力も少ない。

 これまでコヤツが歩んできた人生の記憶を見れば、野心と邪心だけは人一倍あったらしい。

 しかし思うだけで大成するのであれば苦労はせん。

 願いに見合わぬ努力をしていなかったコヤツの肉体は、お世辞にも我の依り代に相応しいとは言えぬ。

 

 なぜ魔族の長たる我がこんな小童を依り代にして復活する羽目になったのか。

 本来であれば、我は1000年の時を経てより強大な力を持つ支配者として、再び世界に君臨する予定であった。

 それなのに数百年ぽっちの時間しかかけられず、不完全な状態で復活する羽目になったのか。

 それは『神』の消失という絶好の機会が訪れたからに他ならない。

 

 なぜ我が『神』がこの世界から消え去ったことに気付いたのか。

 それは、現在この世界に漂っている魔力の質を見れば推測することが出来る。

 以前の世界では、嫌というほどに『神』とやらの力が大気中に満ち溢れていた。

 地上で生きる魔族やヒト族、その他諸々の生物とは違う、絶対的な強者。

 世の理に従って生きるのではなく、世の理を産み出す超越者。

 

 そんな神々の力が、数百年後の現在。この世界ではほとんど感じない。

 まるで神という存在がこの世界から消失してしまったように。

 

 この異常事態に、本来ならまだ眠りについていたはずの我の魂は目を覚ました。

 そうしてその時代で1番【魔王】に相応しい生物の身体を乗っ取った、というわけだ。

 

 しかしそれが、魔族ですらないただの平凡なヒト族だとは!

 こんな貧弱な器では何事も成すことが出来ぬではないか!

 

 我は現在、書物庫にやってきている。

 まずはこの世界について知らなくてはならないからだ。

 歴史書や古文書を読み漁る。我にかかればこの程度の書物庫すべての知識を網羅するのにほんの数分もかからぬ。

 

 そして書物を読んで分かったのは3点。

 

 魔族がヒト族によって滅んだこと。

 過去に『神』がいたとする記録や記憶、そして建造物のありとあらゆるものが消失していたこと。

 勇者の血筋が、はるか昔に行方不明となっていたこと。

 

 ………………ふむ。

 魔族が滅んでいたのは誤算だった。

 通りで我がただのヒトの子に憑依せざるを得なかったわけだ。

 残念だが、過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい。

 

 逆に、我にとって大きく有利となった事もある。

 それが神と勇者の消失だ。

 まさか我を苦しめていたこの両者がどちらもいないとは!

 なるほど、これはまさに絶好の機会。

 最大の障害となる奴らがいない今! 我が再び世界を手中に収める時が来たのだ!

 

 とはいえ、焦ってはならぬ。

 

 思えば数百年前も、慎重な我らしからぬ急いた宣戦布告であった。

 単体では我も敵わぬ【龍王】が倒れたことで気が早ってしまったのだろう。

 序盤こそ上手くいっていたが、神が異世界から呼び寄せた勇者という常軌を逸した存在に煮え湯を飲まされる結果となってしまった。

 

 急いては事を仕損じる。

 

 まずはこの、貧弱な器をどうにかせねばなるまい。




 現場に来て体調不良で早退した新人がインフルエンザだったとかで割と大騒ぎ。
 体調悪いなら、仕事に来ないで……。


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46.転生魔王の悪巧み 其の二

 そうだ、聖女を孕まそう。

 

 我は妙案を思い付いた。

 我が現在、器としているこのジェームズとかいう貧弱な男。

 この軟弱な身体では世界征服など成し遂げることは出来ぬ。

 いったいどうやって器を強化するか。それが目下の課題となる。

 

 ………………いや、違う。

 いくら魔王の素質があると言っても、そこまで才能に満ち溢れているわけではない。

 才能の限界まで強化したとしても、タカが知れている。

 ではどうするのか。

 

 新しい器を作ってしまえば良い。

 才能に溢れた器を。

 

 ジェームズの記憶を探す。

 どうやらコヤツは『聖女』とやらの婚約者候補であるらしい。

 聖女というのは、さっき我のチンコを救った美女である。

 

 あの聖女が使っていた癒しの力には見覚えがある。

 我を討伐した勇者の1人が持っていた神器『奇跡の錫杖』。

 そう、神がヒトに与えた奇跡の力を、あの聖女は持っているのだ。

 

 なぜ神の力をヒトごときが所有しているのかは分からぬ。

 しかし分かるのは、あの忌々しい神の力を我が得れば、世界征服も可能であるということだ。

 

 ヒトを守る為に神が遺した力を、ヒトを滅ぼす為に使う。

 素晴らしいではないか?

 

 魔王の素質を持つジェームズと、神の力を持つ聖女の間に子を成す。

 そして魔王としての教育を施し、我の魂を移す。

 これを何世代も重ねるのだ。

 

 より才能を持つ者同士を掛け合わせ、次代の魔王を創る。

 いくらヒトが魔族に比べて弱いと言えど、いずれは強い個体を産み出すことが出来るだろう。

 

 よし、そうと決まればさっそく行動に移そう。

 

 まずは婚約"候補"から、正統な婚約者にならなければ。

 その為に、この王国の権力者たる王族に媚を売らなくてはな。

 

 『聖女』というのは国にとっても大切な存在。

 その婚約者選びに王家が関わっていないはずがない。

 表向きには聖女の気持ちを尊重するとされている。

 しかし最終的には、国の最大利益となる人材が選定されるのは間違いないのだ。

 そしてその選定に王家が関わっていないはずがない。

 王家の一員であり同じ学院の生徒である王太子に媚を売る。

 そうすれば、我が聖女の婚約者となる可能性はグッと高まるだろう。

 

 幸いにも、最近ジェームズは自分の派閥の長であり婚約者候補のライバルでもある侯爵令息セドリックを見限って王太子派閥にすり寄っていたようだし、さっそく今から王太子の元へ馳せ参じるとしよう。

 

 お、いたいた王太子殿下。

 いや~、今日もお美しい! 気品に満ち溢れた立ち居住まい、惚れ惚れとします!

 そのお姿を一目見れば、世の女性はすべて貴方様の虜となるでしょう!

 ささ、どうぞお座りください! 食事は私めがお運びいたしますので!

 

 ………………なんだ。言いたいことがあるなら言え。

 

 我だってなぁ。

 我だってなぁ!

 こんな年端もいかぬガキ相手に媚び諂いたくないんだよぉ!

 

 でも仕方なかろう!? 今の我は何の力も持たぬ小童!

 世界を制する力を再び手に入れるためには、どうにかしてこの王族に気に入られなければならぬのだ!

 

 野蛮民族だと思われているが、魔族にだって政治くらいあった。

 魔王としての地位を確立する前には、こうした有力者へのご機嫌伺いだってやったもんだ。

 

 耐えろ、耐えるんだ我!

 お世辞に酔いしれるこのクソボケ王太子に、何としても口利きしてもらうのだ!

 それが聖女を手に入れる最短ルートなんだ!

 

 しかしこの王太子と食事の席を共にしているレイアとかいう少女。

 この少女が持つ魔力、どこかで知っている気が────

 

「近寄るんじゃねえよ、人間のカスが」

 

 お、王太子がビンタされたぁ!?

 で、殿下! しっかりしてください!

 

 壁にめり込んだ王太子を救出すると、王太子は去っていった少女の後を追いかける。

 我も慌てて追いかける。

 するとそこには、我の覚醒直後に金的蹴りを喰らわせた憎き宿敵!

 王太子から逃げようとする男の前に立ち塞がれば、やはり我の股間を狙って足を振り上げてくる。

 

 バカめ! 同じ手を二度も喰らうか!

 さあおとなしく捕まれ! そして我の好感度稼ぎになれ!

 

「ぐふぅうううううううううう!?」

 

 な、なんだ!? 今度は腹が抉れるような痛みが!?

 どこかで感じたことがあるような痛みだ! だが一体どこで!?

 

「レイア! 話だけでも聞いてくれ! レイアァァァァァァァァァァァ!!」

 

 だ、だれか……たひゅけて………………。




40万UA、ありがとうございます。


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47.転生魔王の悪巧み 其の三

 我が内臓のダメージから回復した時、王太子が自室に軟禁されたという噂が耳に入った。

 どうやら愛しのレイア嬢を追いかけ回した事が良くなかったらしい。

 ジェームズは王太子とレイア嬢が恋仲であると認識していたようだが、どうやら違ったらしい。

 まあ学院内の大半の生徒は、ジェームズと同じ勘違いをしていたようだが。

 

 ともあれ、国王から罰を受けた王太子の求心力・影響力は大きく落ちることになるだろう。

 これでは王太子に媚を売っても仕方ない……とはならない。

 

 なぜなら現在、国王と王妃の間にいる子ども────王位継承権を持っているのは王太子しかいないからだ。

 多少のお咎めを受けても、依然として王太子が次期国王であることに変わりはない。

 であれば、これまでと変わらず王太子に付き従って重宝されるようになった方が良い。

 精神的に参っていた時に支えてくれた者というのは、後々に取り立ててもらえるものだしな。

 

 とはいえ、なんの力も持たない我では出来ることは少ない。

 そもそも王太子が軟禁されている王城の内部まで訪ねていくことも出来ぬ。

 

 どうしたものかと頭を悩ませていると、騎士団の本部から父────伯爵が戻ってきた。

 我の器であるジェームズの父親である伯爵は王国騎士団の前団長だ。

 その影響力は未だ根強く、一線を退いた後も剣術の指南役として度々騎士団に出向いている。

 ジェームズの父親らしく野心家で、再び表舞台で活躍して名声を得ようと躍起になっている。

 

 恐らくだが、ジェームズが『聖女』の婚約者候補となれたのは、父の騎士団長としての功績のおかげであり、また『聖女』の名を使って伯爵家の名声を高めようとした父親の打算もたっぷり含まれていたのだろうと思う。

 そんな父が、顔色を変えて衝撃の事実を報告した。

 

 

 

 聖女が、懸想中の男と駆け落ちした。

 

 

 

 しかも、その相手が王太子を虜にしているレイア公爵令嬢の婚約者だというから驚きだ。

 ………………というか恐らく、我の股間と腹部に大打撃を与えたあの身の程知らずの事だろう。

 とにかく、男女3人で馬車を走らせて王都を脱出したという知らせを父は持ってきたのだ。

 

 もはや一刻の猶予もない。

 伯爵家と我、魔王の望みは聖女にジェームズの子を産ませること。

 他の男と手の届かない場所まで逃げられてしまっては、すべてが台無しになってしまう。

 

「なんとしても聖女を取り返せ。少々手荒い真似をしても構わん!」

 

 父の言葉に頷く。

 前騎士団長である父を慕う王国騎士団えりすぐりの騎士たちが、我の前に跪いた。

 ドラゴンを倒したこともあるというヒト族にしては優秀な駒だ。

 我の指揮の下、『聖女』奪還作戦が始まったのだった。

 

 まずは王太子を迎えに行く。

 ただの一端の貴族である伯爵家が単独で暴走したとなれば、最悪の場合、お家取り潰しになりかねない。

 しかし王太子の命令に従ったとなれば、そして聖女の伴侶である『聖騎士』になったとあらば、そこまでの重罪には問われないだろう。

 むしろその先の未来で得られるメリットの方がはるかに大きい。

 

 問題は王太子がこの作戦に乗ってくるかだが、問題ないだろう。

 なにせ、駆け落ちしている者の中には王太子の想い人であるレイア嬢もいるのだから。

 

「行くぞジェームズ、レイアを救出するんだ!」

 

 頭がめでたい王太子は、未だに自分が嫌われているとは思っていないらしい。

 おとぎ話に出てくる白馬の王子様気取りで意気揚々と馬に跨る王太子に返事をして、騎士たちに指示を出す。

 

 そうだ、ついでだから城下町の食堂で働いている聖女の母親も連れてこい。

 聖女の身柄を拘束する際の人質に使えるかもしれないからな。




GWの旅行に行ってくるので、しばらくお休みです。
ついでに厄払いもしてきます。


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48.転生魔王の悪巧み 其の四

 ねぇなんかヤバいのいるって。

 

 数が集まればドラゴンすら倒せる騎士団だぞ?

 国中から集った猛者たちが切磋琢磨した中から更に選りすぐった、エリート中のエリート騎士たちだぞ?

 

「ひ、ひるむな! 突撃ーーーっ!」

「「「うおーーー!!」」」

 

「ホッホッホッ」

「「「ぐわぁーーー!?」」」

 

 王太子の号令で突撃を繰り返すエリート騎士たちを、千切っては投げ、千切っては投げ。

 息も乱さず、汗もかかず。

 不気味な笑い声をあげながら騎士を放り投げる執事服の老人。

 

「クソッ! なんなんだあの化け物は!?」

「いまお坊っちゃまは、大切なお世継ぎを作られている最中です。どうぞお引き取りを」

「おいジェームズ! このクソジジイをどうにかしろ!」

 

 無理だぞ王太子。

 

 

 

 だってコイツ【龍王】だもん。

 

 

 

 そうだよねー。【魔王】である我が復活したんだもん。【龍王】だって復活してるよねー。

 

 いやなんでなん?

 復活してるのは100歩譲っていいとして、それがなんで我の前に立ちはだかる障壁となってるの?

 あとなんでヒト族の姿形を模倣してるの?

 あまりの衝撃に我、ちょっとキャラ崩壊しちゃう。

 

 閑話休題。

 

 それにしても、この状況はマズい。

 未だ完全復活とは言えない我【魔王】と、ドラゴンを倒せるとはいえ【龍王】ほどのドラゴンとの戦闘経験はないであろう騎士団。

 あと役立たずの王太子。

 

 対する相手は、なぜかヒト族の姿をしているとはいえその膂力は数百年前と何ら変わらぬ【龍王】。

 戦力の差がありすぎる。

 現にほれ、

 

「ホッホッホ」

「「「ぬわぁーーー!?」」」

 

「ホッホッホ」

「「「どわぁーーー!?」」」

 

「ホッホッホ」

「「「ひょえーーー!?」」」

 

 見ろ。騎士団がゴミのようだ。

 

 だいたい我が全盛期でも【龍王】に勝てるかどうかは怪しい。

 というか無理だ。

 単独の戦闘力で言えば【龍王】>我、なのだ。

 

 我が魔王となったのは、各部族ごとにバラバラになっていた魔族を束ね、魔王軍として組織化した統率力故だ。

 いやもう、下積み時代は本当に大変だった……。アッチへコッチへ、いったい何百回部族の長に頭を下げてゴマを擦ったことか。

 

 もちろん魔族史上最強だけどね? 我。

 それでも個体値で他を寄せ付けない圧倒的強者種族ドラゴンの最強と比べられると……うん。

 

 我が世界征服の野望を実現させようと行動に移したのも、【龍王】が討たれてからだった。

 それほど我は【龍王】のことを恐れ────てはいない。ただ石橋を叩いて渡っただけだ、うん。

 

 何にせよ、我らが前に立ち塞がる【龍王】を倒さなければ聖女まで辿り着くことは叶わない。

 いったいどうすれば良いのか。

 我はなんとか現状を打開すべく策を練る。

 

「おや、アンズ様。おはようございます。こちらは危ないので近付かない方が────ふむ?」

 

 うむ? 聖女が出てきたな?

 なにやら【龍王】に耳打ちをしている。

 ………………なんでメイド服着てるんだ?

 

「口で言うよりも直接見せた方が身の程を知れる……? なるほど、そういうことでしたら」

 

 【龍王】が道を開けた、だと?

 何かの罠か? 誘いこんでこちらを一網打尽に────いやしかし【龍王】ならそんな小細工をする必要などないはずだが。

 

「フーハハハ! さあどこにいるんだレイア! 私がキミを救いに来たぞぉ!」

 

 高笑いしながら王太子が建物に入っていった。もうダメだアイツは。

 

 突然の展開にオロオロと慌てふためく騎士たちに待機を命じて聖女に近付く。

 何を企んでいるのか分からぬが、こちらは聖女の母親を人質に取っているのだ。恐れる必要はどこにもない。

 

「あらジェームズ、どうしたの?」

「おい聖女! 貴様の母親は預かっている! 大人しくついてこい!」

「いいわよ」

 

 いいの?

 

 

 

---

 

 

 

「はい、チャーハン一丁あがり!」

「お母さん、釜玉うどんと野菜炒めも注文!」

 

 おかしい。

 人質たちが厨房でひたすら料理している。

 そして厨房前の長机では、騎士たちがその料理に舌鼓を打っている。

 

 何故だ?

 我はたしか、騎士たちに人質の監視を頼んだはずだったのだが?

 夜も遅かったので、仮眠を取って起きてみたらこんな状況になっているんだが?

 

「いやぁ、おかみさんのご飯は今日も最強に美味いッスね!」

「やだね、そんなに褒めても大盛りにしか出来ないよ!」

 

 貴様か、騎士A。

 おのれまさか我の配下である騎士をいつのまにやら篭絡────餌付け? していたとは。

 下町の定食屋、恐るべし。

 

「ちょっとジェームズ! ボーッとしてるなら手伝いなさい!」

 

 そして聖女はどうして我をこき使おうとしているのか。

 …………クッ! しかし逆らえない!

 何故だ、まさかジェームズの身体に、聖女に対する服従心が染みついているとでもいうのか!

 

「な、何をすればいいのだ?」

「ちょっとアンズ! リュートじゃないんだから貴族様が手伝えるわけないだろ!」

「それもそうね! じゃあ邪魔にならないところでジッとしてなさい!」

「………………はい」

 

 ど、どうしてこんな惨めな思いをしなければならないのだ!?

 勝手に手伝えと言われて、勝手に無能認定を受けるなんて、こんな屈辱はなかなか味わえないぞ!?

 

 おのれ聖女一家め。我が優しくしておれば付けあがりおって。

 ここはガツンと、自分たちの立場というものを教えてやらねばならんな。

 

「おい聖女! 貴様、我をいったい誰だと思って────」

「邪魔だって言ってんでしょ、このキューティクル・ナルシスト!」

 

 ………………この長い髪の毛、我の趣味じゃないもん。ジェームズの癖だもん。

 

 グスン。

 

 

 

---

 

 

 

 部屋の隅で不貞腐れてたら、いつのまにか朝食が終わっていたらしい。

 ……我の分は?

 

「ないわよ。頼んでないでしょ」

 

 そんなご無体な。

 と思ったら、母親の方からおにぎりをもらった。貴女が女神か。

 ……なんで赤飯なんだ? めでたい事でもあったか?

 

 いやこのおにぎり、めちゃくちゃ美味いな!?

 なんでこんな美味い────いや、ほんの少しだが癒しの力が宿っているな。

 これはたしかに、仕事に疲れた者たちに人気が出るはずだ。

 さすが、聖女の母なだけはある。

 

 さて、おにぎりを食べ終えて聖女を探す。

 どうやら1人で部屋に戻ったようだ。

 

 ……今更だが、我が「捕らえておけ」と言ったのに母娘を縄で縛りもせず、普通の部屋に軟禁するってどうなんだ?

 うちの騎士団、どうなっておるのだ。

 

「え? だってジェームズ坊ちゃんが口説くために連れてきたんスよね?」

 

 違うわい。

 おのれ騎士A、貴様は無能か! 無農薬野菜か!?

 

 まあいい。とにかく我は聖女を孕ませることが出来れば、それで良い。

 聖女が1人でいるというなら好都合、無理やりにでも押し倒して事を進めてしまえば良い。

 

 完全に復活していなくとも、魔王としての力は徐々に戻ってきつつある。

 小娘1人を手籠めにするなど楽勝よ!

 

 本当なら、聖女の愛するあの男の前で抱いてやるつもりだった。

 復活して間もないとはいえ、我の股間と腹部に大ダメージを与えたあの不届き者のことだ。

 聖女と愛し合っているのか何だか知らんが、復讐してやらんと気が済まなかった。

 

 その為に、わざわざこちらの居場所を知らせる手紙を残しておいたのだ。

 しかし翌朝になってもまだ現れない様子を見るに、どうやら聖女は見捨てられたらしい。

 あるいはあの馬鹿王太子の対応に追われているか。

 フン、馬鹿でも役には立つものだな。

 

 どちらにせよ、聖女を手に入れた以上は王太子に媚を売る必要もない。

 さっさと聖女の純潔をいただき、華やかに凱旋するとしよう。

 

 ということで、聖女が寝泊まりしている部屋の扉を開け放つ。

 

「あらジェームズ、どうしたの?」

 

 それにしても、中身が入れ替わっているというのにここまで気付かれないのもどうなのだ?

 このジェームズとかいう男、一応は聖女の婚約者候補だよな?

 

 まあよい。

 これから自分が何をされるか分からぬ哀れな聖女に歩み寄る。

 その勢いのままベッドに組み敷こうと、聖女の細い華奢な腕を掴み────

 

 と思った瞬間、窓ガラスが割れた。

 

 バリィンッ!

 

「助けに来たよ!」

 

《リュートの 究極・ドロップキック!》

 

 ────ォ、オゴォォォォォォォォォォォォォォォ!?

 

《【魔王】の 急所に 当たった!》

 

 わ、我の魔剣グングニルがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

《【魔王】は 倒れた!》

 

 お、おのれ……。何度も何度も我の前に立ち塞がりおって。

 これではまるで勇者みたい………………。

 

 ………………え? 勇者?

 ひょっとして、勇者の末裔?

 つまり我への特効+∞?

 もしかして最初から、我に勝ち目なかった?

 

 あっ、意識が薄れて────

 

 もう無理ぽ。




 お祓いに行きました。
 アブラハヤ釣りました。
 ナマズに竿の仕掛けを喰い千切られました。

 解せぬ。


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49.チョコを救う

【悲報】アンズさん、攫われる

 

 いや、攫われるっていうか自分から行ってない?

 誘拐されて赤飯炊く人質ってなによ。

 動機が意味不明すぎてもはやアンズが犯人だよ。

 

 しかし困った。

 これから王太子殿下がわざわざこんな辺境まで足を運ぶほどの重大な理由を聞くという大事な使命があるというのに。

 なんならアンズ余裕そうだし、助けに行かなくても良いまでない?

 

「待ってるって言ってるんだから、迎えに行ってあげなよ」

 

 そう言いながら左腕にしがみつくのをやめてくれませんかレイアさん。

 手放したくないっていう意思表示が明確じゃないですかヤダー。

 口ではそう言ってても、身体は正直だね。

 

「……ニャン♡」

 

 3回戦をご所望か?

 名残惜しそうに離れるレイアの喉をくすぐりながら、ふと目の前からの視線を感じて顔を上げる。

 

「………………」

 

 王太子殿下が無表情で涙を流していらっしゃる。

 瞬き1つせず、身じろぎ1つせずにただひたすら涙を流すその様子が軽くホラーです。

 

「ォ……、オォ…………」

 

 軽くどころじゃなく、すごくホラーだわ。

 謎のうめき声が口から漏れ出てるよ。言葉の体を成していないよ。人類はここまで退化したのか。

 

「ほら、こっちのゴミは私が処分しておくから。さっさと行ってすぐ戻ってきてね?」

 

 王太子殿下を廃棄物呼ばわりしたぞ俺の嫁。不敬にも程があるだろ。

 じゃあ行ってくるけど、くれぐれも失礼のないようにね? ここまで逃げてきたのに王都に連行からの処刑されるとか俺ヤダよ?

 

 ジイさんとユーリも、お留守番よろしくね?

 ちゃんと見張っててよ。どっちかというとレイアを。

 

「お任せください。遺体の処理は得意ですので」

「もうお嫁に行けません……」

 

 俺の話聞いてた?

 

「大丈夫だよユーリ。リュートがもらってくれるから」

「本当ですか!? ありがとうございますご主人様!」

 

 嫁公認で不貞させられようとしています。助けてください。

 どうしてぇ……? レイアは俺のこと好きじゃないの?

 俺はレイアが他の男に抱かれるの嫌なんだけど、レイアは俺が他の女の子とイチャコラしてていいの?

 

「ダメだけど?」

 

 もうワケガワカラナイヨ。

 

「ァ……、アァ…………」

 

 そんでもって、ユーリの後ろでレオナルドくんもカオナシ化してるんだけど。

 俺とレイアがニャンニャンしてる間にいったい何があったんだ……。

 

 まあいいや。

 とにかく、俺はアンズを迎えに行ってくるから王太子殿下のことは頼んだよ。

 

「任せてニャン♡」

 

 お前マジであんまり煽ってると本気でブチ犯すからな?

 

 

 

---

 

 

 

 ジェームズが指定した場所まで急ぐ。

 

 場所は、男爵領が王国騎士団に貸し出していた宿舎。

 南方諸国と戦争になった際の最前線基地としても使われる予定だった建物だ。

 ちなみに今まで1度も騎士団が駐留しに来たことはないらしい。

 平和って素晴らしい。

 

 ところで騎士団の宿舎ってどこ?

 

 ちゃうねん。

 決して迷子になったわけじゃなくてですね。

 ホラ、今まで行ったことない場所に行くとか無理ゲーじゃん?

 ジイさんからだいたいの場所は聞いたんだけどね。

 

「あっちの方向にまっすぐ行けば着きますよ」

 

 そんな説明で分かってたまるか。

 とりあえず言われた方向に全速前進だッ! してるけど、如何せん人なき道を走っているせいで方向感覚もサッパリでございます。

 

 なんせ今いるところが山なんだか森なんだかも分からないからね。

 ついでに帰り道も分かりません。

 でも大丈夫! なぜならここに秘密道具があるからさ!

 

 ジャジャーン! 方位磁石~!

 

 ………………で、これどっちの方向に何があるの?

 え~い、この役立たずぅ!

 なんの役にも立たない秘密道具はただのゴミよ。反省して?

 

 ということで、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。

 あっ、このキノコ美味しそう。

 ブチッとな。

 

 モグモグ……。

 うん、いけるいける。

 

「う、うわーーーっ!?」

 

 あれ、なんか叫び声が聞こえる。

 人か!? 人がいるのか!?

 数時間ぶりに言葉が交わせる生物との邂逅だヤッター!

 

 草むらをガサガサかき分けて、あの子のスカートの中まで一直線。

 もとい声の聞こえた方向まで一直線。

 

 そこにいたのは鎧に身を包んだ男の人。

 あとドラゴン。

 

「グルルルゥアァァァァァ!!」

 

 ハイハイ分かった。ちょっと静かにしといてねー。

 

「ギャース!?」

 

 やべ、久しぶりだから力加減間違えて木っ端みじんにしちゃった。

 ………………ま、いっか!(テヘペロ)

 

 さてさてどうも、こんにちは。

 突然ですが、俺ってば道に迷ってましてね?

 いやいや、違うよ? 迷子じゃない。

 ただちょーっと道を訊く人を間違えたってだけだから。

 

 それで、お兄さんって鎧を着てるから騎士の人ですよね?

 騎士団の宿舎ってどっちにあるか分かります?

 

「そ、それならアッチの方ッス。すぐ近くッスよ」

 

 ありがとうございまーす!

 じゃあ俺は行くので、失礼しますねー。

 

「………………騎士団、辞めるッスかねぇ」

 

 指差された方向へ走っていくと、本当に大きい建物があった。

 無数にある窓の1つに、アンズの姿が見える。

 それと、鼻の下を伸ばしてにじり寄るジェームズの姿も。

 

 ピピピッ! ロン毛野郎にロックオン!

 俺の身体に満ち溢れる聖剣エネルギーを両脚にチャージ!

 

 イクゾー! デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ!

 リュート、行きまーす!!

 

 バリィンッ!

 

「助けに来たよ!」

 

《リュートの 究極・ドロップキック!》

 

 死にさらせやロン毛ナルシストォォォォォォォ!!

 

《ジェームズの 急所に 当たった!》

 

「────ォ、オゴォォォォォォォォォォォォォォォ!?」

 

《ジェームズは 倒れた!》

 

 ヨシ!

 

「ヨシじゃないわよ」

 

《アンズの アイアンクロー!》

 

 ミギャァァァァァァァァァァ!!

 

《リュートは 倒れた!》

 

 な、なんて力だ。リンゴくらい簡単に握りつぶせそうなくらいの膂力。

 まるでゴリラだ。そうか。さてはアンズお前、ゴリラだな?

 

「アンタの股間を握りつぶしてあげましょうか?」

 

 やめてー! 六体満足で帰して! レイアとニャンニャンするって約束したのぉ!

 

「………………ねえ」

 

 ね? お願いします。なんでも島風バイノハヤサデー。

 ブルブル。俺、悪い聖剣じゃないよ! お願いだから潰さないで!

 

「なんでリュート、そんなに大きくしてるのよ?」

 

 どこが大きいって? アンズの胸より大きい部位なんか俺の身体のどこにもないぞ_?

 ────って、なんじゃこりゃぁ!?

 

 ぼくの聖剣が鞘から抜き放たれてビンビンッ///からのビクンビクンッって脈打ってる!

 何これ!? 超怖い!

 

「アンタ、また何か変なモノ食べたでしょ?」

 

 むっ、失礼な。さすがに俺だってあの入学して間もない頃に雑草食べて腹痛になった時から学習して成長してるんだぞ?

 

「そうよね。ごめんなさい、疑って」

 

 さっき木の根元に生えてた美味しそうなキノコくらいしか食べてないもん!

 

「食べてんじゃないの! このお馬鹿!」

 

 あぁん! 待って足で踏み潰そうとしないで! 敏感になってるから! ちょっとの刺激で暴発しちゃうから!

 

 ビュルルルルrrr────!

 

「………………」

 

 ………………。

 

「………………ごめんね?」

 

 う、うぉおおおおおおおお!

 殺せ! 一思いに楽にしてくれぇぇぇぇぇ!?

 

「いやちょっと、そこまで落ち込まなくたって!?」

 

 なぜか俺のムスコはより一層、聖剣としての輝きを解き放っていて留まる事を知らないし!

 こ、こんな生き恥を晒すくらいなら死んだほうがマシだぁ!?

 

「…………ハァ。分かったわよ」

 

 え? マジで俺を殺すの?

 自分で言っといてなんだけど、さすがにもう少し長生きしたいんですが。

 

「違うわよ。処理してあげるって言ってるの」

 

 処理? 死体処理ですか? ドラゴンの餌にされちゃうの?

 

「だから違うわよ! その……チン……アンタの興奮を受け入れてあげるって言ってるの!」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 ところでアンズさん。顔を真っ赤にして照れてる可愛い聖女さん。

 

「………………なによ?」

 

 どうしてメイド服なんか着てるの?

 

「こ、これ!? これはその……リュートが、こういうの好きかと思って………………」

 

 大好きです!

 

「ヒャア!? ちょっと、いきなり押し倒すなんてひどいじゃな────なにこれ、力強くない!?」

 

 いやもう限界なんですよ。

 朝から王太子殿下のせいでお預け喰らうし、変なキノコのせいで股間と頭がグツグツと沸騰するくらい熱いし。

 たぶん日が暮れるくらいまで収まらないと思うけど、アンズが言い出したんだから、ちゃんと責任取ってな?

 

「今まだ朝よ!? 日が暮れるまでって、そんなに保つわけないじゃない!?」

 

 ん? なんでもするって言ったよね?

 

「言ってないわよ!」

 

 まあでも実質的に誘い受けだし、合意の上での合法ってことでどうぞよろしく。

 

「あ~もう! もうちょっとロマンチックな展開を想像してたのに、リュートの馬鹿~!!」

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

 ニャンニャン♡




 遅刻しました。許してヒヤシンス。


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50.魔王の消失・龍王の愉悦

---魔王視点---

 

 

 

「久しいのぅ、魔族の長よ」

 

 割れた窓の外から室内で繰り広げられている情事を見物していた我の背後から、声をかけてきた不届き者がいる。

 振り返らずとも分かる。我を【魔王】ではなく「魔族の長」と呼ぶ輩は1人────いや、1匹しか思い浮かばん。

 

「……嘲笑いにでも来たのか、【龍王】よ」

「いやいや、貴様などは用事のついでに声をかけてやっただけにすぎんよ」

 

 数百年前から変わらぬ上から目線に腹立たしさを感じる。

 しかし、もはや実体を持たぬ魂だけの存在となった我に出来る事は何もない。

 

 そう。

 今ベッドの上で聖女を組み敷き腰を打ち付けている筋肉モリモリマッチョマンの変態。

 あの男に蹴り飛ばされた我は、ジェームズの身体から弾き出され、フワフワと空中を漂うしか能のない霊体となってしまっていた。

 

 ちなみにジェームズの身体そのものは無事だ。

 多少の怪我はあるかもしれんが、生命活動に支障が出ることはないだろう。

 つまりあの男────リュートと言ったか────は、我【魔王】の魂のみに干渉する攻撃を繰り出してきたわけで。

 

 そんな芸当が出来るヒト、いや神器など、我の知る限りでは1つしかない。

 

「アレが当代の『勇者』か」

「如何にも。《聖剣》の力をその身に宿す歴代最強のヒトの子よ」

 

 忌々しいヒト族の神とやらが創り出した三種の神器。

 その力を取り込み強さを得るなど、ヒト族の荒唐無稽さには呆れを通り越して笑いが漏れる。

 そもそも『聖女』が《錫杖》の力を宿していた時点で気付くべきであった。

 

 ヒト族は、数百年の時をただ安穏と過ごしていた訳ではなかった。

 次の【厄災】に備える為、粛々と準備を進めていたのだな。

 それに気付かず、目の前にぶら下げられた極上の餌に飛びついた我はなんと愚かだったか。

 

「………………解せんな。なぜ【龍王】ともあろう者が、『勇者』とはいえヒトの下で使用人まがいのお遊びに興じているのか」

 

 その気になれば単独で世界を滅ぼすことが出来る。

 【龍王】とは、世界で最強の生命体であったはずだ。

 いくら『勇者』とはいえ、それに付き従うなど【龍王】らしからぬ。

 

「……貴様に言う必要はない」

 

 それもそうか。

 ため息をつき、我を打倒したヒトの英雄が極上のメスを堪能する様を見る。

 本来であれば我が『聖女』をいただくはずであったというのに。

 まったくもって、うらやまけしからん。

 

「しかし、いくらドラゴン退治の得意な騎士団とはいえど【龍王】相手には形無しであったな」

 

 相手が悪かった。そう言わざるを得ないだろう。

 ジェームズの父親から拝借した騎士団を無駄にしたことを少しばかり悔いていると、【龍王】が鼻で笑った。

 

「あのような脆弱なヒト族たちが、我が同胞を殺すことが出来るわけなかろう?」

「………………なんだと?」

 

 それはおかしい。

 たしかに王国騎士団はドラゴン退治の実績を持っていたし、王族に対する献上品も毎年のようにあったはずだ。

 

「我が同胞を蹂躙できるヒトなど、あの『勇者』とその曾祖父くらいなものだ」

 

 どういうことだ?

 ドラゴン退治が可能なのは『勇者』の血族。それは分かる。

 しかし実際に騎士団がドラゴン退治できるほどの実力がないとするならば、あの山ほどの献上品の記録はいったいどこから────

 

「────まさか」

「『勇者』の手柄を横領するなど、不届きにも程がある。そうは思わんか?」

 

 騎士団の立ち上げた名誉が詐称であった。そんな馬鹿なことがあってたまるか。

 ……いや、実際にドラゴン族の首領が断言しているのだ。疑う余地はあるまい。

 しかし、そうなると余計に分からぬことがある。

 

「ではなぜ『勇者』に手を貸す? 同胞の仇だぞ? 憎くはないのか?」

 

 【龍王】は、何より同胞を害されることを嫌っていたはず。

 仮にあのエロ猿『勇者』がドラゴンを殺して回っているとするならば、【龍王】が付き従う理由がますます分からぬ。

 

「アレらはすべて、吾輩の後釜を狙う愚か者たちであるからな」

 

 つまり『勇者』に倒されたドラゴンたちはすべて次代の【龍王】の座を狙って襲撃してくる奴らであったと?

 なるほど、身の程知らずにも喧嘩を売りに来たのであれば返り討ちにされても文句は言えまい。

 

「ヒト族に屈した吾輩はドラゴン族の恥晒し、らしい」

「そのヒトの正体を知らずに、随分と好き勝手を言う輩が多いのだな」

 

 【魔王】をたった一撃で沈める生物を、果たしてただのヒトと言っていいものだろうか。

 

「吾輩に付き従い、大人しく平穏に過ごしている同胞はすべて大山脈にいる。わざわざこの南方まで遠征しに来る愚か者どもはどちらにしろ、世界の安寧の為に処分せねばならんからな」

 

 つまり我は与えられた戦力と、敵との戦力差そのものを正確に把握できないまま【龍王】と『勇者』なんていう天敵に挑まなければならなかったのだな。

 

 いや、勝てるわけなくない? これなんて無理ゲー?

 

「さて、もう思い残すことはないか?」

 

 【龍王】が、ヒトの姿から変化する。

 雄々しく気高く美しい。

 数百年前からあらゆる生態系の頂点に君臨する。

 世界最強のドラゴンが、我の魂を喰らおうと大口を開ける。

 

「………………未練しか残っておらんわ」

 

 『勇者』に討伐され、消滅する寸前で唱えた転生の魔法。

 数百年の時を経て蘇り、今度こそ悲願の世界征服をと思った瞬間の敗北。

 転生の魔法を使うだけの魔力はなく、このまま【龍王】に喰われてしまえばもう二度と復活することは叶わないであろう。

 

 産まれた時から諦め悪く最後まで足掻き続けてきた我には、この現状を打開する手がもう残っていないことなど分かっている。

 

 だから我は、最後の最後で諦めることに決めた。

 

「一思いに頼む」

「うむ。任せるがいい」

 

 

 

「さらばだ。我が宿敵よ」

 

 

 

 その一言を最後に、我の意識は永遠の暗闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

---龍王視点---

 

 

 

「うむ。不味いな」

 

 魔族の魂を喰らったのは何時ぶりだったか。

 自身の魔力を底上げする為に効率が良いという理由で魔族狩りをしていた頃から数えて千年ぶりくらいか。

 

 【龍王】となる以前の武者修行の一環だったのだが、それが原因で【魔王】と対立することとなった。

 「両親を食った仇敵め!」と怨嗟の眼差しで睨まれたことが懐かしい。

 魔族の小童ごときに何が出来ると放っておいたのだが、結果的に我に喰われるとは、なんともツキがない魔族であったな。

 

 まあ、そんな吾輩も数百年前には【禁忌】によって喰われた愚者だったのだが。

 

 いま思い出しても腹立たしい。

 最強の生物だと驕っていた訳ではない。ただ自負と実績・実力があった。

 世界中に畏怖を轟かせる吾輩に対して食欲のみで襲いかかってくる化け物がいるとは思いもしなかったのだ。

 

 【禁忌】に喰われた吾輩は、勇者に倒された【魔王】と同じように転生の魔法を使った。

 この転生の魔法は、魔導を極めた者のみが使える秘術であり、当時でも吾輩と【魔王】しか使うことが出来ない代物であった。

 ましてや魔法が淘汰された現代では、誰も使える者など存在しないであろうな。

 

 そうして転生した吾輩は、数百年前の屈辱を晴らすべく【禁忌】と『勇者』の子孫に襲いかかったのだ。

 無論、油断は一切しなかった。

 転生前と同じかそれ以上に力と魔力を蓄え、満を持して挑んだ。

 

 しかし何たる屈辱か、吾輩は再び敗北を喫した。

 リュート坊っちゃまの曾祖父である初代男爵に辛酸を嘗めさせられた。

 またここで死ぬのかと覚悟を決めた時、言われたのだ。

 

 

 

「お前、そんだけ強いなら俺の子どもたちを守ってくれよ」

 

 

 

 自分を殺そうとしてきた相手に護衛を頼むなど、正気の沙汰ではない。

 断ろうかと思ったが、再び死んでまた数百年を無為にするよりはマシかと提案を飲んだ。

 自分を打ち負かした相手を「ご主人様」と呼び、その奥方たちの世話をした。

 

 《聖剣》を名乗る不届き者がご主人様にすり寄ってきた時は我がブレスで焼き払ってやろうかともした。

 ご主人様が第4の奥方にすると決めたので止めたが。

 1~3の奥方たちがご主人様を連れて大山脈を超える時も手助けをした。

 

 ご主人様と《聖剣》の間に産まれた子どもの面倒も見た。

 取るに足らないドラゴン1体を倒すのがやっとの未熟者だった。

 

 そのさらに子どもの世話もした。

 剣もまともに振れない、どこにでもいるただの凡夫だった。

 

 代を重ねるごとに弱くなる勇者と【禁忌】の子孫に一抹の不安を覚えた。

 こんなしょうもない者たちをこれからも守るなんて耐えられなかった。

 だったらいっそ、吾輩が喰ってやろうかとも考えた。

 次の代も力が弱ければ、本当にそうしてやろうと決意した。

 

 

 

 そして、リュートお坊っちゃまが産まれた。

 

 

 

 衝撃だった。

 吾輩を倒した曾祖父をはるかに凌駕する才覚に恐怖と感動したのを覚えている。

 すべてを超越する存在の誕生と成長に、自分が真に仕えるべき主君はこの人であると直感した。

 

 リュートお坊っちゃまとその奥方たち。

 さらにその子孫末裔に至るまで、守り付き従おう。

 

 吾輩はいま、千年を超える龍生の中で最も充実した日々を過ごしている。

 忠誠を誓った主君が愛を育み、新たな生命が芽吹くのを待っている。

 

 その先に刻まれるであろう偉業を、栄光を、祝福を夢見ている。

 

 だから【魔王】よ、我が好敵手よ。

 安心して逝くと良い。

 

 未来はきっと、明るいのだから。




たぶんあと10話以内に終わります。


本作のR-18シーンを書きました。もしよかったら読んでくれると嬉しいです。

https://syosetu.org/novel/315745/


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51.チョコがバレる

 やっちまった……。

 

 いや、ヤッちまったと言うべきか。

 あれ、これデジャヴ?

 

 気付けば俺がブチ破った窓からはすっかり傾いた西日が差し込んでいて、室内を赤く染めている。

 その夕陽に明るく照らされたベッドの上。

 潰されたヒキガエルのように、うつぶせでビクビクと痙攣するアンズの尻を軽く叩く。

 

「お゛っ♡」

 

 ヒトの身体から採取可能なありとあらゆる体液にまみれた女性の口から漏れ出た汚い喘ぎ声に、俺の聖剣がエクスカリバー。

 さすがに節操なさすぎやしませんか、我が愚息よ。

 なんか脱童貞してから、そっち方面のブレーキがぶっ壊れてる気がする。

 これは自制しないと取り返しのつかないことになりかねない。

 

 いやもうだいぶ取り返しのつかない状況になってるんですけどね。

 

 そう。

 俺は今、非常にマズい状況に陥っている。

 レイアと和解してお互いの愛を確かめ合った次の日に、他の女性と不貞を働く。

 もしこの事実がレイアに知られてみろ。

 

 飛ぶぞ? 俺の首が。

 

 あんだけ好き好き言って新しい命を作ろうとしてたのに、その翌日に尊い俺という命が世界から抹消されるとか誠にご勘弁願いたい。

 1つ増えて1つ減ったから±0だね☆

 言うとる場合か。

 

 ほらアンズ、そんな風に気を失ってないで早く起きてくれ。

 俺だけじゃなくてお前までレイアに殺されかねないんだぞ。

 それおっき~ろ! あそっれ、おっき~ろ!!(ベシベシベシ)

 

「ぉ゛っ? お゛っ♡ ほぉ~~~♡♡♡」

 

 うお、漏らしたコイツ。汚いにも程がある。

 下手に刺激するとかえって良くないな。このままそっとしておこう。

 さて、どうしようか。

 汚れたベッドの片づけをして証拠隠滅しようと思ったけど、アンズが邪魔でできないしなぁ。

 

 ……待てよ?

 そもそもレイアは王太子の対応してるんだから、こっちまで来るわけないじゃん?

 ここで起こった出来事をレイアは知らない。

 俺はレイアに言わないし、アンズだって自分の命が惜しいんだ。わざわざレイアにチクったりしないだろう。

 

 つまり、ここでの情事がレイアにバレることはない!

 

 そうだよ、俺はいったい何を恐れていたんだ。

 アンズは救出した。

 ジェームズは捕縛した。

 

 それだけレイアに伝えればいいんだ。

 胸を張って凱旋すればいいじゃないかそうジャマイカ。

 ところでジェームズはどうしたっけ。

 

「うっ……ぐぅぅ……!」

 

 あらジェームズさん、そんなところでどうしたの。

 床に転がって嗚咽を漏らすジェームズは、水溜りが出来るくらいに涙を流してる。

 そんだけ床をビショビショにしたら、下の階に雨漏りしそう。

 

 俺、そんなに強く股間を蹴ったかなぁ?

 半日以上経ってるんだし、そろそろ立って歩けるようになってて良くない?

 

「なぜです……、なぜ私ではなく貴方なんですか、タナベ令息!」

 

 急にいったい何の話をしてるんだこのロン毛。

 

「私は伯爵家の人間として、貴族として、自分磨きに徹してきました!

 女性の扱いに長け、男として魅力的であるように、自己研鑽を欠かさなかった!

 『聖騎士』となるのはセドリックでも、ユードリックでもなく、私であるべきです!

 なのにどうして、学院で底辺、貴族としても最底辺で何の努力もしていない貴方なんかが『聖女』に選ばれるんですか!」

 

 ……なるほど。

 そんなに『聖騎士』とやらになりたかったのかね、ジェームズくん。

 

「そうです! 『聖騎士』に最も相応しいのは私です!

 本来なら私がなれるはずだった! だというのにポッと出の貴方に奪われたんです!」

 

 う~ん、それはどうだろうか?

 仮に俺がいなかったとしても、アンズがジェームズを選ぶとは思えない。

 普通にセドリックやユーリとの方が仲良かったしなぁ。

 

 それにしたって、どうしてそんなに『聖騎士』になりたいのやら。

 国と聖女の為に生涯を捧げるんだぞ? 対価として得られるのは多少の名誉くらい。

 そんなに良い職業なもんかね。

 セドリックみたいな根っからのマジメ君しか向いてないんじゃないの。

 特にジェームズみたいな権力と欲に飢えてる人間はさ。

 

 ………………はて、そういえばジェームズくん。

 キミのお父さんは王国騎士団の前団長だったね。

 

「そうですが?」

 

 セドリックは父の役職である宰相の職を継ぎたがっていたけど、キミは騎士団長の座を継ぎたいとは思わないんだねぇ?

 

「……何が言いたいんです?」

 

 まあジェームズくんじゃあ無理か!

 なんせ大して努力もしていない最底辺な貧乏貴族である俺に、ステゴロで勝てないくらいひ弱なんだからねぇ!

 だいたい騎士の訓練学校とか貴族学院の騎士科とかじゃなくてアンズたちと同じ普通科に通ってる時点で、騎士団に入って成り上がろうなんて微塵も思ってないってことだもんね!

 

「それが、いったい何だと言うんですか!」

 

 騎士団長の息子が騎士として不適格なんて、周りからは知られたくないよねぇ?

 仮に騎士団に入れたとして、父親と違って無能だなんて比較されてレッテル貼りされたんじゃ、そのちっぽけな自尊心がボロボロになっちゃうもんねぇ?

 それだったら、最初から騎士なんて興味ありませんよーって素振りみせておけば傷付かないもんねぇ?

 

 そんな中で降って湧いた『聖騎士』候補。

 すごく名誉な職業に就ければ自分に箔もつくし、親からも褒められるし、周りを見返せるし、さぞ素晴らしいことだろうねぇ。

 

「だから、何が言いたいんですか! ハッキリ言いなさい!」

 

 アンズはお前の立身出世の為の道具じゃねえんだぞ。

 

 周りを見返したい。

 親から認められたい。

 自分の自尊心を満たしたい。

 

 そんなしょうもない理由で女に手を出そうとか、最低だなお前。

 だから俺はお前のことが嫌いなんだよ。

 

 利己的で打算的。自分のことしか考えていない。

 お前よりもセドリックの方が100倍イイ男だね。ウホッ。

 

 まあ、そんなTHE・貴族様なお前じゃアンズに振り向いてもらうなんて一生かかっても無理だ。

 おとなしく諦めて、その優男ぶりに惚れてくれる女の下にでも帰るんだな。

 

「キサマァァァァァァァァ!!」

 

 おやおや、そんな風に掴みかかってきていいのかい?

 髪の毛振り乱して、貞子かな?

 そんなあなたに必殺・金的蹴り上げ!

 

「おごぉおおおおおおおおおお!?」

 

 おいおい、同じ轍は二度も踏まないんじゃなかったのかい?

 仕方ないよな。頭に血がのぼってる状態だったもんな。

 やっぱり騎士とか向いてないよお前。

 親の期待とか周りの目なんか気にせず、自分の人生を歩んだ方が良いんじゃないか?

 

 悶絶してるジェームズを縄で縛る。

 なんで縄を持ってるのかって?

 まぁ、そういうプレイをしたからですよ。はい。

 

「………………やっぱりアンタ、そういう趣味なのね」

 

 誰が男色家じゃい!?

 おや、おはようアンズ。ちょっと待ってね、今この変質者を縛り上げてる途中だから。

 

「全裸で男を縛ってるアンタの方がよっぽど変質者よ」

 

 なんで全裸かって、そりゃさっきまでヤることヤってたしね。

 でも俺は誓ってジェームズに興奮したり、そういう事をシようとしてるんじゃない。

 あくまで誘拐犯をマジメに捕縛しているだけなんだ。

 分かってくれるだろ? レイア。

 

「い~や、お前は立派な変質者だ」

 

 またまた~、俺のこと好きなくせにそんなゴミクズを見るような目で見なくても~。

 ………………レイア、さん?

 

「ずいぶんお楽しみだったな? 変質者」

 

 アイエエエエ! レイア!? レイアナンデ!?

 なんでここにいるの!? 王太子殿下は!?

 ち、違うんだレイア! 何か重大な勘違いをしている!

 

「御託はいい。死ぬが良い」

 

 お、お助けぇぇぇぇぇぇぇぇ………………!!




 GW明けの仕事ツラすぎて5月病です。


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52.寝取られたけどチョコが美味い 王太子side

 おかしい。

 どうして私のレイアが、他の男に抱かれているんだ?

 どうして淫欲に溺れたように恍惚としながら、獣のように腰を振っているんだ?

 

 あんなのはレイアじゃない。

 レイアというのは純真無垢で、一途に王太子を慕っている、可愛らしい少女であるべきだ。

 断じて、王太子以外の男に股を開き嬌声をあげる売女じゃない。

 

 だから、アレは私のレイアじゃなくて、もっと違う何かなんだ。

 

 

 

---

 

 

 

 気付けば私は椅子に座らされ、出された紅茶を飲んでいた。

 

「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 

 横から声をかけられる。そちらを向くと、騎士たちを蹂躙したあの化け物執事がにこやかな笑みを浮かべている。

 その目がまったく笑っていないことに気付いた私の喉がヒュッと恐怖に音を鳴らす。

 思わず口から出そうになる悲鳴を精一杯の理性で押し留め、王族としての虚勢を張る。

 

「だ、大丈夫だ。気にしないでくれ」

 

 ティーカップを傾け中の紅茶でカラカラに渇いた喉を潤す。

 恐怖でろくに味も分からないまま飲み干すと、ようやく少しだけ平静を取り戻せた気がした。

 

「もう下がっていいよ、ジイさん。ありがとね」

「はい。それでは御前を失礼させていただきます」

 

 私の目の前に座っていた人が執事を下がらせる。

 ホッと安堵したのも束の間、対面している相手の顔を見て私の背筋は再び強ばる。

 

「レイア……」

「昨日ぶりですね、王太子殿下」

 

 いつもと同じような満面の笑みで私に笑いかけてくれるレイアがいた。

 ……いや、違う。

 さっきの執事と同じ、目が笑っていない、まるで私のことをゴミだと言わんばかりに蔑んだ目。

 思い返せば、ずっと前から──そう、出会った時からレイアはこんな笑い方をしていなかったか?

 本心をひた隠した愛想笑いを。

 

「ち、違う。キミはレイアじゃない」

「……ハァ?」

 

 乙女ゲーのレイアは、もっと感情を表に出していた。

 嫉妬や怒りといった感情を人に向けることはあっても、こんな風に愛想笑いしながら侮蔑の目を向けるなんてことはなかった。

 そうだ、私の目の前にいるのは本物のレイアじゃない。

 そうに違いないんだ。

 

 爪を噛み、ブツブツと自分の考えを口にして整理していたら、目の前から特大のため息が聞こえる。

 

 

 

「いつまでゲームと現実を混同してるんだ?」

 

 

 

 弾かれたように顔を上げる。

 呆れたように私を見ているレイア……いや、そんなことはどうでもいい。

 いま『ゲーム』と言ったか?

 やっぱりそうだ、このレイアは偽者。私と本物のレイアの仲を引き裂こうとする悪者だったんだ。

 わたしと同じ異世界転生者。いったいなんの目論みがあってこんな邪悪な真似をしたんだ。

 

「ふざけるな! わたしのレイアを返せ!」

 

 この犯罪者め! 殺してやる!

 しかし、わたしが目の前の偽者に掴みかかろうとした次の瞬間には、床へ叩きつけられる。

 

「グゥ……ッ、離せ! 離せよぉ!」

 

 後ろ手に組み敷いてきた相手を見る。レイアの言いなりになっているユーリだ。

 そうか、お前も共犯者だな! レイアの事を憎んでいたものな!

 どんな卑劣な手段を使ったかは知らないが、孤児だった自分を拾ってくれた主君を裏切って偽者に手を貸すとは、愚か者め!

 

「……お嬢様。この人はいったい何を言っているんでしょう?」

「耳を貸しても無駄。妄想癖のある救いようのない馬鹿だから」

 

 殺してやる! お前ら全員、王族命令で処刑してやるからな!

 本物のレイアを見つけ出して、わたしは真実の愛を貫くんだ!

 お前らに逃げ場はない、救いもない! ただ自らの罪を悔やみ嘆いて死ね────

 

 パァン………………ッ!

 

「いい加減に現実を見ろって言ってんだよ、この阿呆が」

 

 レイアの偽者に平手打ちされた頬がジンジンと痛む。

 

「テメーの目の前にいる私は、紛れもなく公爵令嬢レイアだ。

 前世の記憶があるとか、転生したとか、そういう諸々も全部ひっくるめて私なんだよ」

 

 両腕を組んで堂々と胸を張って言う少女は、とてもゲームの可憐な悪役令嬢とは似ても似つかない。

 

「だいたい中身が乙女ゲーと違うって言うなら、まず他でもないお前自身が入れ替わってる偽者ってことになるじゃねえか」

 

 ……私が、偽者?

 それは違う。だって私は生まれながらに王族で、前世でこの世界の、レイアの不幸な未来を知っていて、だからわたしはれいあを救ってあげなきゃって……。

 

 不幸? 誰が?

 

 私の前にいるレイアは、不幸だった?

 屈強な男に抱かれ悦んでいた女の子は、間違いなく幸せそうに見えた。

 

 つまり私が救うべき相手は他にいる。

 どこに? 分からない。

 だってレイアは私の前にいるのに。

 レイアが偽者?

 そんなはずない。

 わたしがレイアを見間違えるはずがない。

 

 そうだ。レイアの中身が偽物なんだ。

 だから乙女ゲーとは違う展開になっていて、おかしなことになっているんだ。

 じゃあ、本物のレイアはどこ?

 魂だけが違うのなら、レイアの魂も別の肉体──違う誰かに宿っているはず。

 

 それって本当のレイアなの?

 

 でもわたしはレイアを救いたくて私に転生してきたから、レイアを救うのは私の使命で………………

 

 

 

 私って、誰だっけ?

 

 

 

「お前に都合の良い悪役令嬢レイアはもういない。

 だいたいこの世界は現実で、ゲームの世界とは全然違う。

 理想の王子様ごっこするのは結構だけどよぉ……」

 

 現実ってなに?

 わたしが間違えてたの?

 昨日から一睡もしていない寝不足だからか、頭がガンガンと痛んできた。

 目の前にいる誰かの声が、遠くからボンヤリと響く。

 

「……そろそろ、現実を見た方が良いんじゃねえの?」

 

 その言葉を聞いたのを最後に、私は意識を失った。

 

 

 

---

 

 

 

 目を覚ますと、そこは知らない場所だった。

 どうやら私はソファーで横に寝かされていたらしい。

 

 身体を起こしてまず目に止まったのは、ソファーのすぐ側に転がされているモノ。

 手首と足首を縄で縛られたジェームズは、口まで布を噛まされており、滑稽な呻き声をあげながらもがいていた。

 うわっ、目が合った。

 

「ンムッ!? ムムッ! ムーンー!」

 

 助けを求めて必死に何かを訴えるジェームズ。

 しかしその無駄に長い髪の毛を振り乱し転がる情けない姿があまりに滑稽で、笑ってしまわないように思わず目を背ける。

 

「ンムムムッ!? ムムッ! ンムムムッ!!」

 

 うるさい。防犯ブザーかキミは。

 

 周囲を見渡す。

 少し離れたところに、レイアがタナベ男爵令息の膝上にまたがり誘惑している姿が見えた。

 聖女アンズと婚約者レイアを侍らせて、困ったような顔をしながら満更でもなさそうなタナベ令息に少し殺意が芽生える。

 

 しかし私は人として、男として、タナベ令息に負けたのだ。

 敗者がどうこう言ったところでおこがましいだけだろう。

 

 レイアの心に寄り添わなかった。

 すべては乙女ゲーのシナリオ通りに進むのだと信じて疑わなかった。

 幼少期の婚約者選びの時からゲームと齟齬が生じていたのに、自分に都合の良い事しか考えなかった。

 ゲームの設定上のレイアだと思い込み、現実のレイアと向き合わなかった。

 自分の思い通りにならなければ癇癪を起こし、王族という立場をかさに着てすぐ権力を振りかざした。

 こんな独りよがりで男など、嫌われて当然だろう。

 

 守ると言いながら、誰よりもレイアを傷付けていたのは私だったのだから。

 

 男の膝上で腰を振りキスをねだる、私が誰よりも愛していた人。

 その目がほんの一瞬だけ私の方を向いた。

 交わる視線、高鳴る鼓動。

 レイアのピンク色で可愛らしい舌が、艶やかな唇をソッと舐め上げる。

 

 その妖艶な仕草に、思わず喉がゴクリと鳴る。

 もう諦めたはずなのに、まだ何かを期待してしまう浅ましい自分がいる。

 

 しかし、私の期待を弄ぶように。あるいは嘲笑うかのように。

 レイアは小馬鹿にしたように鼻で笑うと、再び目の前の逞しい男に求愛の腰振りを再開する。

 

 その視線が私の方へ向くことは、もう二度となかった。

 

 

 

「どうぞ」

 

 目の前で行われる情事一歩手前のイチャラブ行為に見入っていると、目の前にマグカップが差し出された。

 差し出したのは、あの騎士たちを蹂躙した化け物執事。

 その目はやはり、私を蔑むような色をしている。

 しかし気のせいだろうか、わずかに哀れむ感情も混ざっていたように見えたのは。

 

「ホットチョコレートです。……沈んだ心を癒すには、甘いものですよ」

「………………ありがとう」

 

 マグカップを受け取り、中にある茶色でドロッとした液体を喉に流し込む。

 歯が溶けるように甘ったるいチョコの味が、私の苦い失恋に染み渡るようだった。




 本当はレイアがこれでもかとチョコを食わせて鼻血ダラダラからの出血多量で死亡エンドにしようと思ってましたが、あまりに可哀想なので止めました。


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53.チョコが頂かれる

 やあみんな、元気かい!?

 俺の名前はリュート! 婚約者に浮気がバレて絶賛修羅場ってる、どこにでもいるただの貧乏貴族さ!

 

 ところで知ってる?

 1年間に起こる殺人事件のうち、5%は痴情のもつれが原因で起こるんだってさ!

 だからみんな、浮気とかは絶対にやっちゃ駄目だゾ☆

 

 おや、川岸の向こうから死んだじいちゃんが両手を振ってる。

 久しぶり、懐かしいねじいちゃん!

 じいちゃんが死んでから色んな出来事があったんだ!

 話したいこと、たくさんあるんだ!

 今からそっちに行くから、ちょっと待っててね!

 

 ………………あれ?

 

 おかしいな、なんだか両足が重くて前に進まないぞ?

 まるで誰かにしがみつかれているような、そんな感じだ。

 不思議だなー、いったいどうなってるんだろ────

 

『まだ逝かせないからな?』

 

 おやレイア、俺の足首を掴んでどうしたんだい?

 そんなに強く握りしめたら、俺の足首が潰れちゃうよ。

 お願いだから離してくれないかな。

 

 ほら、めっちゃギリギリ鳴ってるからさ。

 あんまり引っ張らないでほしいなーって。

 ダメ?

 ダメかぁ……。

 

『オラァ! 戻ってこいやぁ!!』

 

 ニャメロン!

 そんなに引っ張ったら、足、千切れちゃうだろうが!

 

 うおっ、なんだコイツ! いつもの三割増しぐらいで力が強い!

 その小さい身体のどこからそんな馬鹿力が湧いてくるんだよ! 逆に詐欺だよ! コメダ珈琲かよ!

 

 う、うぉおおおおおおおお!?

 飲み込まれる! 引きずり込まれる! 地獄の方がマシだと思える何処かへ連れていかれる!

 助けてじいちゃん!

 

 僕はまだッ死にたくないッ!

 死にたくないボボボボッボーボッボッホ!ボッホ!

 この川……深いから、深いッ!

 

『だから逃げろって言ったジャン……』

 

 そんな殺生な!?

 いやもうじいちゃん死んでたわ。

 

 そんな訳で、石が縦に積まれた謎のオブジェクトたちをなぎ倒しながら、俺はレイアに川岸からキャトルミューティレーションされたのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 死ぬかと思ったぞ。

 

 というか半分死んでたわ。

 もう少しでじいちゃんのいる向こう側に逝くところだったわ。

 

「まったく、心配したんだからなっ」

 

 うん、心配してくれてありがとう。

 俺の膝上に向かい合って座り、思いっきり抱きつくレイアは可愛いね。

 

 でも、死にかけたのキミが俺の首を絞めたせいだからね?

 

 たしかに浮気したのは悪かった。

 殺されても仕方ないと思う。

 でも、殺人の実行犯に生死の安否を確認される俺の複雑な心境もどうか慮ってくれないかい?

 

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 なんで分からねえんだよ。

 どこぞの独眼竜さまの子孫じゃないんだからこんなツッコミさせないでくれよ。

 

「ご主人様っ!」

 

 どうしたんだいユーリちゃん。

 そんな風に顔をグイッと近付けたらお互いの唇が当たっちゃうよ。

 心なしか機嫌が悪くなったレイアが俺の首に再び手をかけてきたから、もう少し離れてくれるかな?

 

「どうでしたか!? 首絞め、気持ちよかったですよね!?」

 

 ちょっと何言ってるか分からない。

 

「そんな!? どうして誰も理解してくれないんですか!?」

 

 部屋の隅で体育座りして落ち込み始めた……。

 あの従者、ちょっと面倒くさ可愛いな。

 

「だいたいレイアは、なんでそんなに怒ってるのよ」

 

 いやアンズ。俺は仮にもレイアの婚約者だからな。

 浮気してしまったら、そりゃ怒るだろ?

 あとなんで赤飯持ってんの? しかも釜ごと。

 食べるの? 俺が? それ全部?

 

 アチャチャチャチャ!

 分かった! 食べる、食べるから!

 顔面に赤飯ぶつけてくるのやめて! 火傷しちゃう!

 

「そもそもリュートは、アタシたち3人でシェアする約束だったでしょ」

 

 そうだぞ、俺1人に赤飯を食べさせてないで、ちゃんとみんなでシェアしような。

 モグモグ……

 

 え? 俺をシェアする予定だったの?

 

 それなんてハーレム? 男の夢の具現化? 俺の念能力は具現化だった?

 3人って誰? レイア・アンズ・ユーリ?

 何それ最初から決まってたの? 俺のいないところでヤルタ会談してたの?

 ちょっとそれ俺も詳しく聞きたいんですけど?

 

「アンタは黙って食べてなさい」

 

 モガモガー!

 あ、扱いがひどい! 仮にもハーレム王のはずなのに、扱いがぞんざいすぎて俺泣いちゃう!

 

「………………だって」

「だって、何よ?」

 

「だって私と初夜迎えた翌日にすぐ他の女と結&合するとか思わないじゃん!

 もうちょっと2人だけのイチャラブ新婚生活楽しみたかったのにぃ!!」

 

 オゴゥグワーーー!?

 ちょっと待ってレイア、それ以上は俺の口に入らない! もうお赤飯満杯だからぁ!

 

 ちょっと助けてアンズ! このままだと窒息する! またじいちゃんとご対面する羽目になっちゃうから!

 

「まあたしかに、それはさすがにクズよね」

 

 あふんっ!

 アンズのゴミカスを見るような目が突き刺さる!

 ちょっと気持ちよくなっちゃう! ユーリの言ってたことが分かるようになっちゃうのぉ!///

 

 しかし、さすがにマズい。

 こう何度も死にかけていては、いつかうっかり間違いで「やっちゃったゼ☆」されてもおかしくない。煽り文に『彼女ができました・・・』されてしまう。これには俺もマソップ不可避。

 いったいどうすればこの圧倒的不利な状況を抜け出せるってんだ!

 

 でもたしかにおかしいよな。

 男爵領に逃げて来てから、なぜか下半身の欲求に逆らえなくなっている気がする。

 いったいぜんたい、どういう事なんだってばよ。

 

「説明しよう!」

 

 し、知っているのか友人A!

 

 ……

 …………

 ………………

 

 いやお前『聖剣』じゃん。どこから生えてきたの?

 俺、昨日完全にハァーッ! して消滅させたはずなんだけど?

 

「寺生まれかお前は」

 

 この世界に神はいなくても仏はいる説?

 まあいいや、蘇ったなら今度こそお前を消滅させてやる。

 だいたいお前がいるとろくなことにならないし。

 

「そんなことを言っていいのか?」

 

 どういうことだってばよ。

 

「説明すると言っただろ! どうしてお前が頭にチ〇コ生えたみたいな言動しか出来なくなったのかをな!」

 

 なんだろう、とてつもない侮辱を受けた気がする。

 やっぱり処す? 処す?

 ……めっちゃ首を横に振るじゃん。最新型の扇風機かよ。

 処されたくないなら、さっさと説明してとっとと失せろ。

 

「説明しよう!」

 

 何回同じことを言うんだ。

 そしてそのメガネはどこから出したんだ。

 

「『聖剣』の力、聖なる力を使うには、生命力────つまり生の力を必要とする!

 しかし生の力を使えば、ヒトにはそれだけ負担がかかる! 死が近くなる!

 死が近くなった時、ヒトには生存本能と種の保存本能が働く!

 つまり、生殖活動に勤しむことになる! それは抗えない本能!

 それも同じ『神器』の力を持つ相手との性行為を望むようになる!

 何故ならそれで生の力が充填されるからだ!

 

 即ち、性を素直に受け入れることで子孫繁栄・勇者の力覚醒の一石二鳥なのだー!!」

 

 聖の力を使うには生の力が必要で、生の力を蓄えるには性の力が必要と。

 ダジャレかな?

 この世界を創った神様はどうにかしてるよ。

 

「それはオレもそう思う」

 

 初めてお前と意見が合致した気がする。

 

「そういう訳で、お前の『聖剣』で力を使った後はその自慢の『性剣』を使って、どんどん繁殖してくれよな!」

 

 満面の笑みでサムズアップしながらヒトを家畜としか思ってないようなセリフ。

 うーん、やっぱりコイツ嫌い。

 そして殴りたいこの笑顔。

 

「いきなり出てきてなによアンタ、失礼ね」

「やっておしまい、ユーリちゃん」

 

「ジイさんから教わった最強の一撃!

 喰らえ咆哮、消え去れ悪鬼!

 滅びのバースト・ストリィィィィィィィィィィム!!」

 

「ギィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 あ、消し飛んだ。

 

「ハァ…………、ハァ…………」

 

 いやぁお疲れ、ユーリちゃん。

 すごい力だったね、惚れ惚れする必殺技だったよ。

 何なら俺の聖剣よりすごいんじゃない?

 

「フゥーッ、フゥーッ……!」

 

 な、なんか息が荒いけど大丈夫?

 初めての大技で疲れちゃったのかな。

 ちょっと横になって休んだ方が良いんじゃない?

 

「フゥーッ、フゥーッ……♡」

 

 あっ、ヤバイ。

 肉食獣みたいな目つきになってる。

 

 そういえば『聖剣』が言ってたな。

 聖なる力を使うと性に正直になるって。

 

 ………………これはマズイのでは?

 

「ごしゅじんさまぁ♡ ちょっとこちらへ♡」

 

 いやー!? 食べられる!

 昨日の温泉とは比べものにならないくらい貪り尽くされる!

 助けてアンズ! 許してレイア!

 もう浮気しないから! ちゃんと誠実に生きるから!

 このままだと俺、干からびちゃう!

 

「いや、うん」

「まあ、ねえ?」

 

 なんでお互いに顔見合わせてるの!?

 そうしてる間に俺、ベッドのある部屋に引きずり込まれてるから!

 にらめっこは後にしてくれない!?

 

「私もアンズも経験したし、次はユーリの番だよな?」

「ユーリだけ仲間外れも可哀想でしょ? おとなしく頂かれちゃいなさい」

 

 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 

 この人でなしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

 

 

 

 キィィィ………………

 

 

 

 バタンッ!




 仕事もそうですが、この気温と天気の乱高下に完全にやられてました。
 皆さんもどうかご自愛ください。


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54.寝取られたけどチョコが美味い 伯爵令息side

 私はジェームズ。栄光ある王国騎士団。その団長の息子だ。

 

 私が生を授かった伯爵家は代々、国内でも有数の実力を持つ騎士を輩出してきた名家だ。

 その長子として産まれた私もまた、騎士としての功績を立てて名誉を手にする宿命を背負っていた。

 

 そんな騎士団長の息子である私に剣の才能がないなど、いったい誰が想像できただろうか。

 

 肌の色は青白く、筋肉はつき難い。

 病弱で幼少期から何度も寝込み、運動すれば数日は起き上がれない。

 父の期待が諦めに変わったのは、10歳になる前のことだった。

 

 騎士団長である父が愛したのは、屈強な自分とは正反対の儚く美しい、風が吹けば飛んでいってしまうような女性だった。

 父が任務先で一目惚れをして娶ったそうだ。

 伯爵家の慣習では、数少ない女性騎士の中で最も秀でた女性を嫁にもらっていた。

 そうしてより強く、より逞しい優秀な血を育ててきたわけだ。

 

 父が慣習を破った代償は、その息子である私が払う羽目になった。

 母によく似た容姿の私を見て父は大層喜んだが、その貧弱な体質まで受け継いだ事に気付いた時、己の過ちを悔い私に謝罪した。

 

 尊敬する父が涙を流しながら私に頭を下げてきた時、私が感じたのは怒りでも憎悪でもなかった。

 誰よりも憧れる父のようにはなれないのだと。

 歴代の伯爵家当主のような名誉ある騎士にはなれないのだと。

 

 ただ、悲しかった。

 

 父は私が産まれるからと辞していた騎士団の仕事に没頭するようになった。

 何かを罪滅ぼしするように。

 母は何度も私に謝ってきた。

 丈夫な身体に産んでやれなくてごめんね、と。

 何も悪くないのに。

 

 一人息子の私を大切に育ててくれた両親を嫌うことはなかった。

 その愛情に、期待に応えられないことが悔しかった。

 

 この失意の中で一生を過ごしていくのだと、日々を漠然と過ごしていた。

 ただ、騎士になれないのならせめて貴族らしくあるようにと。

 母譲りの美しい髪を伸ばし、優れた容姿がより映えるように化粧を覚えた。

 

 周りから貼られた「落ちこぼれ」「騎士にもなれない軟弱者」だというレッテルを剥がす為、自分磨きに没頭した。

 そうして誰よりも美しく輝く私を手に入れた。

 するとどうだろう。

 街灯に群がる羽虫のように、多くの女性がすり寄ってきた。

 私はそうした女性たちと夜の関係を持った。

 まるで何かから逃げるように、快楽の海に飛び込んでいった。

 

 そんな私の状況が一変したのは、貴族学院に通ってしばらく経った後だった。

 

 貴族学院に特待生として通っている同学年の平民。

 その女性が『聖女』に目覚めた。

 そして、その伴侶となる『聖騎士』候補として同い年の貴族令息から3人が選ばれた。

 

 宰相の息子である侯爵令息。

 公爵家の傍流らしい子爵家の令息。

 そして騎士団長の息子である私。

 

 その3人から『聖女』の伴侶が選抜されることとなった。

 

「『聖女』の伴侶候補として、お前が選ばれた」

 

 父から事務的に告げられた時、私はそこに親としての愛情を感じた。

 なりたくてもなれなかった「騎士」という称号。

 少し形は違うものの、『聖騎士』という名誉ある職業に就くことができる。

 伯爵家の先祖にも顔向けできるほどの栄誉。

 

 私は知っている。

 『聖騎士』候補が、ただ無作為に選ばれたわけではないことを。

 貴族の各派閥による権力争いが激化していることを。

 王国の命運を左右する『聖女』を取り込もうと、それぞれの陣営が『聖騎士』候補に子息を送り込もうと画策していたことを。

 

 そうした政治的な駆け引きが得意でない父がどうにかもぎ取ってきた権利。

 私の為にと将来を作ってくれた親心に、零れ出る涙をぬぐった。

 父の為、伯爵家の為にも、何としてでも『聖騎士』にならなければならない。

 私は決意を胸に立ち上がった。

 

 幸いにも、私はこれまで女性を口説き落とす術を培ってきた。

 あらゆる女性を虜にし、その肢体を思うがままにしてきた。

 世間的にはあまり褒められたことではないだろうが、女遊びの果てに習得したこの力で以て『聖女』を落とすことなど、実に簡単なことだ。

 

 そう思いあがっていた。

 

「あぁ、そう……」

 

 初めて『聖女』に会い、最初にその美しい容姿を褒めた時。

 『聖女』は私を、引きつった笑顔で返事した。

 

 私は一般的にはイケメンと称される男だ。

 世の女性にもてはやされる私に褒められてそんな嫌悪感を露にするような対応をしたのは『聖女』が初めてだった。

 

 ふっ、面白い女……。

 

 どうやら『聖女』は事前に子爵家令息のユードリックから、私の女癖の悪さを聞かされていたらしい。

 なるほど、純潔を重んじる『聖女』がふしだらな人間を嫌うのは当然だろう。

 それならば一途な面を見せれば良い。

 

 他の女性との関係は絶ち、とにかく『聖女』を口説いた。

 『聖女』と同じように余所余所しいユードリックはともかく、同じ『聖騎士』候補であるセドリックのご機嫌伺いもした。

 私が選ばれるように、方々へ顔を売ってコネを作り、手回しもした。

 

 すべては『聖騎士』となる為だった。

 それとは別に『聖女』を手に入れる為でもあった。

 

 今まで口説き落とした貴族女性は、窮屈なドレスに身を包む為に痩せて肉付きの悪い身体をしていた。

 でっぷりと太った者もいたが、美しくない女性を抱く気にはなれなかった為、適当にあしらっていた。

 

 健康的な肉付きをしており、豊満な肢体を持ち、女性としての魅力にあふれた『聖女』の肉体は、何としても抱きたいと思わせるには十分だった。

 例えるなら、ライオンの目の前に肉汁溢れる極上のステーキをぶら下げられた気分だった。

 貴族女性とは違うその魅力的な身体を、是が非でも手に入れたい。

 

 欲望を満たし、名誉を手にする。

 栄光ある未来を夢見て、私は生唾を飲み込み『聖女』陥落へと邁進した。

 

 しかし、私の努力が報われることはなかった。

 

 『聖女』は冴えない貧乏男爵家の子息に恋をしていた。

 どれだけアプローチしてもまったく振り返らない、別の男の下へ足しげく通う。

 何たる屈辱か。

 

 男として圧倒的に優れた私を無視して、そんなみすぼらしい男に媚を売るだなんて許せなかった。

 父もどうやら辺境の男爵家は気に喰わないようで「絶対に『聖女』を取られるな」と念押しされた。

 

 だから、剣術で学院一と謳われるユードリックをけしかけて、決闘で痛い目を見てもらおうと思った。

 ユードリックから逃げようとする臆病者の前に立ち塞がり、軟弱者めと煽った。

 

「まったく、決闘を挑まれて逃げ出すなんて貴族の風上にも置けな――」

「死ねやナルシスト」

 

 貴族らしからぬ暴言が聞こえたと思った次の瞬間────

 

《リュートの 必殺・金的蹴り上げ!》

 

「おごぉおおおおおおおおおお!?」

 

 ────股間にとんでもない激痛が走った私は、泡を吹いて意識を失った。

 

 

 

---

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 パンッ パンッ パンッ

 

「────ト、ゆるしてぇ♡」

「……めだ。悪いメイドには…………しないとな?」

 

 ここは……?

 

 何かが破裂するような、衝突するような音。

 そして誰かの話し声と荒い息遣いが聞こえる。

 

 いつのまにか気を失っていたらしい。

 私は身体を起こそうとするが、全身を走る激痛に身じろぎ1つ出来ない。

 悲鳴すら出ない。それほどの激痛。下手したら骨の数本、折れているだろう。

 辛うじて動く瞼を持ち上げ、周囲の状況確認をしようと努める。

 

 そうして目を開いた私の目の前に映ったのは────

 

「グゥ……ッ! また出る! 奥に出すからな、アンズ!」

「ハァッ、ハァッ! 来て! 全部出してぇ! リュートォ!♡」

 

 

 

 ────汗だくで交尾に耽る『聖女』と貧乏男爵家の長男だった。

 

 

 

 な、なん……だと……!?

 いきなり目の前で繰り広げられる情事に言葉を失う。

 

 どういうことだ!? たしかユードリックが決闘しているはずじゃなかったか!?

 どうしてこんな状況になっている!?

 

 問いただそうと口を開くも、肺から絞り出されるのは、か細い空気のみ。

 ただ、ベッドを軋ませ快楽を貪る一対の雄と雌の行為を見守る事しか許されない。

 私が手に入れたいと願った極上の肢体は、蔑んでいた貧乏人に貪り喰われている。

 

 ますます激しくなる動作、確実にフィナーレへと向かうその様子を、はらわた煮えくりかえりながら何も出来ない自分の愚かさにますます腹が立つ。

 

「────────ッ!!♡♡♡」

 

 うつ伏せに組み敷かれていた『聖女』が、声にならない嬌声をあげながらエビ反りに身体を跳ねさせる。

 その体内に、私よりはるかに劣る遺伝子が注ぎ込まれていく。

 数分にも及ぶ長い注入、何度もビクビクと身体を痙攣させる最高の雌。

 

 あまりにも扇情的なその様子に、思わず口内に溢れ出ていた生唾を飲み込む。

 下半身のへそ下がじんわりと濡れていく感覚に、私は自分もいつのまにやら達していた事を察した。

 

「ふぅ……」

 

 男が大きく息をつき、女からナニを引き抜く。

 ズルリと音を立てて滑り落ちたソレの大きさに、私は目を剥いた。

 

 お、大きい……!

 私よりもはるかに、ひょっとしたら倍以上の長さ・太さはあるかもしれない。

 

 数々の女性を陥落させてきた。

 夜の剣技は、誰にも負けない自信がある。

 何だったら、その大きさに関しても平均より2回りほど上回っている自負はあるつもりだった。

 

 そんな、女を満足させることが最大の取り柄だった私は、目の前の怪しくぬめり光る逸物を見て確信した。してしまった。

 

 私は、負けたのだ。

 

 あまりに激しい行為に気を失ってしまったのだろうか。

 ベッドの上にグッタリと寝ている『聖女』。

 もし私が抱いていたとして、ここまで果てさせることが出来ただろうか。

 

 その股座から溢れ出る白濁を、同じ量注ぐことが出来ただろうか。

 テクニックでは負けているとは思えない。

 しかし、その激しさ・持続力ではどうだろうか。

 

 男として。

 いや、雄として。

 

「──ダメだ、またシたくなってきた。もう1回ヤるぞ」

 

 ズップゥ……

 

「おっほぉぉぉぉぉぉぉぉ!?♡♡♡」

 

 固さを失っていたはずのソレは、再び膨張し天に向けてそそり立つ。

 そうして再び『聖女』の中に突き入れられ、そのあまりの衝撃で『聖女』は、いやメスは歓喜と悦楽の悲鳴を上げる。

 そうして一対のオスとメスは、再び2匹だけの世界に旅立ってしまう。

 

 私は目の前の、メスを蹂躙する筋骨隆々な鋼の肉体を持つ男に敵わないと本能で察してしまった。

 その鍛え上げられた筋肉は、私が何より欲しかったもの。

 騎士としての道を諦めざるを得なかった原因。

 

 騎士としての素質も。

 オスとしての強さも。

 

 私が欲したモノすべてを手に入れ、獰猛に笑う男。

 その憧憬を見て、私は自分の心が折れた音を聞いた。

 

 流れる涙に目の前の景色がぼやけていく。

 ただ、桃色に染まる艶声だけが耳を突き刺す。

 

 下と上から、敗者の涙を垂れ流しながら。

 私は絶望の海へと沈んでいった。



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55.チョコ頭

 さすがに2日間で3人と男女の関係を持つってどうなのよ?

 ボブは訝しんだ。

 

 ボブって誰だよ?

 ボブは訝しんだ。

 

 なにこれ無限ループ?

 ボブは訝しんだ。

 

 えぇ……、なにぃ……?

 怖いぃ……。

 もう変なこと考えるのやめとこ。

 

 それで、そう。

 何だかんだで3人とイチャラブな行為を楽しんだわけですが。

 いやちょっと待ってくれよと。

 そもそも俺の故郷である男爵領まで逃げてきたのは何でだっけ、という話ですよ。

 

 熱烈に求婚してくる王太子や『聖女』としてのしがらみから逃げてきた。

 

 本来の目的はそうだったわけだ。

 で、今の状況は何?

 

 

 

 追いかけてきた王太子はじめとする騎士団の前で発情期の猿よろしく性行為に耽っております。

 

 

 

 どうしてこうなった?

 ボブは訝しんだ。

 いやもうボブはいいよ。

 

 本当、この状況はよろしくないですよ。

 だって俺、王国側からしたら王太子の想い人と国の命運を左右する『聖女』を誘拐した大罪人だからね?

 

 なぜか今は捕縛されず見過ごされてるけど、それも時間の問題だ。

 騎士団に捕らえられて王都で処刑されるまで秒読みカウントダウン待ったなし。いやタイムズスクエアの年越しカウントダウンじゃないんだから。

 

 こうしちゃいられない!

 一刻も早くここから逃げないと!

 そうだ、俺の家族も処刑される恐れがある。

 父ちゃんと母ちゃんも一緒に連れて逃げないと!

 

「その心配はありませんよ、坊っちゃま」

 

 うおぉ!?

 ビックリした、ジイさんか。

 音も立てないで部屋に忍び込んでくるのやめてくれない? 心臓に悪いから。せめてノックして。

 それで、心配ないっていうのは?

 

「すでにご両親は『後継者に家督を譲る』と書き残し、南方の連合諸国へ出奔しております」

 

 ………………はい?

 

「こちらがその手紙になります」

 

 ジイさんから渡された紙を受け取る。

 いや俺、まだ学生よ? 貴族の子息が家督を継ぐのって普通は卒業して親の下で領地経営とか学んでから、が慣例だよ?

 嫌な予感で震える手を押さえながら紙を開く。

 

『後は頼んだぞ、レイヴン』

 

 だから誰だよ!!

 ボブといい、レイヴンといい、どこの誰なんだよ!

 まったく知らないどこかの馬の骨にこんな重大なことを頼むなよ!

 

「レイヴンというのは、坊っちゃまに紹介していただいた商会の大旦那様ですな」

 

 レイヴン本当にいた!

 馬の骨とか言ってごめんなさい!

 というか、そんな名前だったのかあの人。あまりの怒りに手紙を床に叩きつけちゃったよ。

 

 で、何でレイヴン?

 後継者って俺じゃないの? なんで商会の人に後始末を頼んでるのさ。

 

「ご両親曰く、『リュートが領主とか無理でしょ。馬鹿だし』とのことです」

 

 1番バカ呼ばわりされたくない人たちから言われた! 浪費癖あって領地経営とかジイさんに丸投げしてたくせに!

 

「そういう訳ですので、レイヴン様はタナベ家の養子に入り、正当な後継者として当主となっております」

 

 既に全部終わった後だった!?

 え、じゃあ何? 俺、知らないうちに義理の兄が出来てたの?

 貴族って血統とか重んじるんじゃなかったの?

 そんな簡単に「養子です」「はいOKです」って手続きしていいもんなの? 王都の法務院とかよく通せたね。

 

「レイヴン商会は国内チョコレート産業の9割シェアを誇り、南方諸国との貿易を独占する大商会にまで成長しましたからな。すべて坊っちゃまの英断のおかげです」

 

 アンズから紹介してもらった商人さん、そんなすごい人だったの!?

 いやそれにしたって、いくら実績があっても爵位はどうにもならないんじゃ────待てよ?

 

「お察しのとおり、お金の力でございます」

 

 王国の法律がカネに屈した!?

 それでいいのか王国! いやたしかに貴族学院で成績ドン底でボッチの俺が領主になるよりも、敏腕豪商が治めた方が領地的には助かるだろうけど!

 

「そういう訳ですので、坊っちゃま」

 

 ジイさんは満面の笑みでグッと親指を天に突き立てた。

 

「どうぞ出奔していただいて結構ですので!」

 

 訳:お前の席ねえから!

 

 あっはい。

 いや、本当にいいの? レイヴンさんに面倒事を全部押し付けてない?

 俺が原因で男爵家取り潰しからのレイヴンさん処刑とかされたら嫌だよ。さすがに胸クソ悪すぎる。

 

「大丈夫です。そちらの方も既に手は打っておりますので」

 

 本当に……?

 まあ、ジイさんが大丈夫だって言うんだから大丈夫なんだろう。

 じゃあ申し訳ないけどジイさん、後のことは頼んだよ。

 俺は両親を追って南方諸国に高飛びする。

 

「ええ、お任せください。ですが坊っちゃま、高飛びも結構ですが────」

 

 ゆっくりと、軋みながら部屋のドアが開く。

 ドアの向こうに立っている人物を見て、俺は高速を超えるスピードで伏せの体勢へ移行する。

 

「────アンズ様のお母様へ、説明責任を果たされるのが先では?」

 

 申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 腕を組み憤怒の表情で仁王立ちをしているバイト先のおばちゃんに向かって、俺は娘さんを傷物にしてしまったことに対する謝罪の土下座を敢行するのだった。




 上司と先輩がバチバチで息が詰まりそう。

 本日、2話投稿です。


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56.もうチョコとかどうでもいいんじゃねえかな

 申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

「床に丸まってふざけてんのかい、アンタは」

 

 いや、違うんですおばちゃん。これは土下座と言って、誠意を込めた謝罪を繰り出す時に使われる最終奥義で────

 

「いいから立ちな」

 

 あがぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 頭が! 頭が潰れる! ゆで卵のように潰れる! タルタルソースになっちゃうぅ!

 

 まさかの土下座キャンセリング。

 おばちゃんのたくましい腕が俺の頭を掴みよっこらせと持ち上げられる。

 そうして顔が持ち上げられた先には我らが食堂のおばちゃん。

 やあ3日ぶりだねおばちゃん。元気してた?

 

「あんまりにも元気すぎて、力があり余ってるところだよぉ!」

 

 やめてぇ! 握力の限りを尽くして俺の頭を掴まないでぇ!

 ギリギリッていってるから! そのままあの世へ逝っちゃうからぁ!

 

「ご主人様っ!」

 

 おはようユーリ! ちょうどいいタイミングで目覚めたね!

 頼むからこのラスボスおばちゃんを倒して俺を救出してくれない!?

 

「どうですかっ! やっぱり痛いの気持ちいいですよね!」

 

 脳みそ腐っとんのかオンドレはぁ!

 ご主人様が命の危機に晒されてるってのにドM同好会設立の為に部員集めしてる場合じゃないだろうが!

 もうやだこの従者、なんの役にも立たない!

 番犬だと思って買った犬が愛玩犬だった!

 

「アンタになら娘を預けてもいいって考えてたのに、とんだクソ野郎じゃないかリュート!

 複数の女を抱いて、それでアンズは2番目とはどういう了見だい!?」

 

 違うんです! これはきっと何かしらの陰謀が働いてるんです!

 どこかでパンドラの箱が開いたり閉じたりしてるはずなんです!

 

 『聖剣』とかいう奴のせいでどえらい目ならぬドエロイ目にあってるだけで、俺はこんな風にアンズを傷付けるつもりはなかったんです!

 というか2番目ってなに!? 俺別に好きな女の子に優劣付けたりしてないんですけど!?

 

「本当かい!? 本当に優劣つけてないのかい!? 本当にアンズを愛してるんだね!?」

 

 (つけて)ないです。

 愛してるだって? もちろん愛してますとも!

 こんなバカが服着て歩いてるしょうもない男に優しくしてくれて、道草食って死にかけてたところを救ってくれて、めちゃくちゃ可愛い女の子を好きにならないわけないでしょうが!

 なんかゴタゴタして性欲暴走して順番がめちゃくちゃになったけど、面と向かって言えてないけど!

 俺はアンズを1人の女性として愛してるんだ!

 

「なら良し!」

 

 良いの!? 許されたの!?

 じゃあ俺の頭を掴んでるこの手を離して! もう限界だから! 大量の輪ゴムを巻かれたスイカみたいに頭が歪んじゃってるからぁ!

 

「お祝いの赤飯だ。食べな!」

 

 なんでこの母娘は俺に赤飯を食べさせようとしてくるの!?

 赤飯に何が入ってるっていうんだ。

 

「あとこれはデザートのあずきバー」

 

 かった!? 何これ冷たくて硬い! 歯が折れそうなほど硬い! でも美味しい!

 熱い赤飯と冷たいあずきバーを同時に喰わされて、もう味覚がおかしくなりそうだよ。

 

「アンズを泣かせたら容赦しないからね」

 

 ウッス。肝に銘じておきます。

 

「孫はラグビーができるくらい作るんだよ」

 

 サッカーより多いんですがそれは。さすがに無茶ではなかろうか。

 ……嫁が3人いるならいける? それでも1人頭10人の計算なんですが。

 

「顔は毎日見せに来るんだよ」

 

 いや無理だよおばちゃん。

 俺、お尋ね者だもんさ。

 おばちゃんがいる王都の食堂までは行けないよ。

 申し訳ないけど、これが今生の別れってことになっちゃいそうだよ。

 

「孫ができたら、朝昼晩の3回は会いに来るんだよ」

 

 無理だっつってんだろ。

 近所に住んでてもそんなに顔合わせねえよ。どんだけ孫楽しみなんだよ。

 30人だぞ? そんなん来られたら迷惑すぎて悲鳴が出るだろ。

 

「それは、嬉しい悲鳴ってやつだねぇ……」

 

 ………………。

 おばちゃん。

 

「……なんだい。黙って赤飯食べてな」

 

 おばちゃん。

 

「だから、黙って食べろって……」

 

 長生きしてな。

 

「……アンタよりも長生きしてやるよ」

 

 そりゃすげえや。

 

「アンズのこと、よろしく頼んだよ」

 

 愛想尽かされないように、頑張ります。

 

「………………」

 

 ………………。

 

「………………」

 

 ………………あ、お花畑とじいちゃんだ。

 

「……そういえば、頭つかんだままだったねぇ」

 

 

 

---

 

 

 

 王国騎士団の紋章が刻まれた馬車が列を作っている。

 その中に乗り込んでいくのは、俺を捕らえに来たはずの騎士たち。

 

「……ジェームズ、なんだそれは」

「ガトーショコラです。食べますか、殿下」

 

 それと王太子殿下・ジェームズ。

 身を寄せ合ってチマチマとチョコレート菓子を食べている。

 

「……美味いな」

「えぇ。アンズ嬢の手作りですから」

 

 アンズとおばちゃんが余ってた材料で作ったらしいチョコレート菓子を、騎士も含めみんな美味しそうに頬張っている。

 あとジェームズ、お前が食べてるのはおばちゃんが作った方だぞ。

 

「こんなに甘いモノを食べているのに、どうしてこんなにしょっぱいんだ……!」

 

 嗚咽を漏らし涙を流しながらガトーショコラを一心不乱に食べるジェームズ。

 ちょっとした貞子みたいで怖い。

 砂糖の代わりに塩でも入ってたのかな? 不味かったら素直に不味いって言っていいんだぞ。

 その後の命の保証はしかねるけどな。

 

 おばちゃんとレオナルド君を含め、騎士団ご一行様は王都へ帰ることになった。

 てっきり俺は王国中から指名手配されてると思ってたんだけど、どうやら王太子殿下の独断で騎士団を動かしただけで、まだ俺は犯罪者ではなかったらしい。

 

 とはいえ、これから先どうなるかは分からない。

 王太子をボロボロにされた王様がブチ切れて再び追っ手を差し向けるかもしれない。

 なので当初の予定通り、俺たちは南方諸国に逃れ身分を捨ててひっそりと暮らすことになった。

 再び王国に戻れるかは分からない。

 

「リュートに見切りを付けたら帰ってきな!」

「大丈夫よ、リュートがおかしくなったら叩いて治すから」

 

 冗談でもやめてくれよ。

 アンズにいらんことを吹き込んだおばちゃんが最後に乗り込んで、馬車は王都への道を進み始めた。

 

「そういえばユーリ、レオに何渡してたの?」

「手作りのチョコレートです。毎年の約束でしたので」

 

 ユーリが名残惜しそうに馬車を見送る。

 レイアは励ますようにユーリの手を握っている。

 アンズは元気にブンブンと腕を振るおばちゃんに負けじと手を振り返している。

 俺が問題を起こしたばっかりに、みんなを家族と離れ離れにしてしまったことに今さらながら、罪悪感が湧いてくる。

 これ以上みんなを悲しませないように、俺がちゃんと3人を幸せにしてやらないとな。

 そう決意を胸に────

 

 胸、に………………

 

 

 

 あれ? よく考えたら俺、何も悪いことしてなくない?

 

 

 

「「「チッ!」」」

 

 嘘じゃん、あんだけ物悲しそうな雰囲気出してたのにめっちゃ舌打ちしてくるじゃん。

 というかアレだよね。そもそもアンズが『聖女』の役目を放り出して、レイアが王太子から逃げようとか言ったからこれだけの騒ぎになったんだよね?

 そりゃハーレム築けて俺はウハウハだけど、王国からすれば『聖女』が逃げて割と大損害だし、レイアは俺との婚約をもう少し前面に押し出して王太子殿下の求愛を公式にお断りしてれば何とかなったよね?

 

 あれ? じゃあ国外逃亡する羽目になったのって俺のせいじゃなくない?

 むしろ俺、巻き込まれた側じゃない?

 

「ヤバい、リュートが正気に戻った! この勢いで責任取る方向に持っていけると思ったのに!」

「ユーリ、縄を持ってきなさい! 縛って再教育するわよ!」

「はい! 公爵夫人直伝の亀甲縛り、とくとご覧あれ!」

 

 や、ヤメロー!?

 やっぱり俺、何も悪くないじゃんか!

 爵位も領地もよく分からない商人に取られて、無一文で他国に放り出されるなんてあぁんまりだぁ!?

 

 あと捕縛するだけなら亀甲縛りにする必要ないだろ!

 HA☆NA☆SE!

 アフンッ♡ ちょっとどこ触ってるのよ///

 

 やめろ、触れるな、どさくさに紛れて揉むな吸うな臭いを嗅ぐな!

 

 もうやだ王太子殿下・ジェームズ戻ってきてー!

 お願いだからコイツら引き取って! クーリングオフさせてくれ!

 

 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!




 上司からは先輩のどこそこが悪いと愚痴られ、先輩からは上司のあれこれが嫌いだと愚痴られる。
 バイトのじいちゃんたちは仕事が遅い新入りにブチ切れる。

 もうホント、勘弁してほしいッス。ッスッス。


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57.寝取られたけどチョコが美味い 弟くんside

 どうしてこうなったんだろう。

 

 レオナルドは、自分の好きな人が喘ぐ声を壁越しに聞きながら自問した。

 

 分かっている。

 すべての原因は自分の愚かな悪巧みによるものだったと。

 姉の婚約者を金にたかる亡者だと決めつけ、生活を困窮させるようなまねをした。

 ユーリと決闘させ、公爵家から追い出そうとした。

 

 しかしそんな自分の悪巧みなど、リュートはまったく気にしていなかった。

 

 自分の罪が姉とその友人によってすべて明るみに出されても、謝罪1つで許してくれた。

 

 強さと優しさを兼ね備えた、素晴らしい人だった。

 姉の隣に相応しいのはこの人以外にはいない。そう思った。

 

 レオナルドはリュートに、人間として完敗した。

 

 

 

 そして今、男としても敗北を喫しようとしている。

 

 

 

 決闘直後から、ユーリの様子がおかしいのは気付いていた。

 リュートを見る目から嫉妬や恨みといった黒い炎は消え、代わりに違う熱が宿っていた。

 それはまるで、リュートの素晴らしさを語る時のレイアのような、今にも溶けてしまいそうな、甘く酔いしれるような瞳。

 

 その瞳が意味することに、レオナルドは気付いてしまった。

 だって、他の誰よりも自分が、ユーリをそういう目で見ていたのだから。

 

 義兄に背中を流してもらい温泉に浸かる。

 義兄が自身の身体も洗っていた時、そこにユーリがやってきた。

 

 薄い布1枚隔てただけの姿に、レオナルドの目は釘付けになった。

 そうして始まる、ユーリによるリュートへの三助。

 

 身体を隠していたその薄布さえも取り払い、産まれたままの姿になったユーリがリュートの背中へ身体を擦りつける。

 頬を火照らせ、嬉しそうに口元を歪めながらリュートへと奉仕するユーリの痴態から、レオナルドは目が離せない。

 興奮が自分の鼻から熱い飛沫となって迸るのにも気付かず、ただ目の前で繰り広げられる淫靡な光景に魅了される。

 

 リュートの下半身へ顔を埋め、何度も何度もその白く熱いパトスを受け止め妖艶に笑う初恋の君に、一心不乱に視線を注ぐ。

 

 しかし、ユーリの瞳にレオナルドが映し出されることはただの一度もなかった。

 

 

 

---

 

 

 

 隣の部屋から、姉と義兄が交差する激しい物音と声が聞こえる。

 耳を塞いでも手を貫通して聞こえてくる嬌声に、レオナルドは気が狂いそうになる。

 

 目を閉じても浮かんでくるのは、温泉で見たユーリの裸体と奉仕する姿。

 幼い頃、一緒に水浴びした姉の慎ましくも瑞々しい裸体。

 

 その2人の憧れともいえる女性を、想像の中の義兄が蹂躙する。

 鍛え上げられてたくましい、男として理想を体現したとも言える肉体。

 その肉体が2人に覆いかぶさり、女性2人の嬉しそうな悲鳴が幻聴となって脳を揺さぶる。

 

 己の中にグツグツと煮えたぎるこの感情が何なのか、まだ幼いレオナルドには理解できなかった。

 

 現実から隠れるように、布団に包まり目を閉じる。

 しかし聞こえてくる姉の甘い悲鳴と激しい水音。

 その逆方向から、別の女性の声が聞こえた気がして、レオナルドは布団をガバリと跳ね上げた。

 

 隣の部屋にいるのは姉と義兄。

 その反対、もう片方の隣室で寝ているのはたしか、ユーリであったはずだ。

 レオナルドはフラフラと起き上がると、ユーリの部屋がある方の壁へ耳を近づける。

 

「ごしゅじんさまぁ♡ もっと、もっと激しく、強くぅ!♡♡♡」

 

 たしかに聞こえた、ユーリの声。

 自分の愛する女性の艶やかな声。

 しかしその声はレオナルドではなく、2つ隣の部屋で姉と交わっている義兄を呼んでいた。

 

 壁に耳を押し付け、ユーリの声を少しでも聞き逃すまいと神経を費やす。

 より激しくなる嬌声、グチュグチュという水音。

 

 見たい。

 

 隣の部屋で何が起こっているのか、知りたい。

 だが、まさか正面切って訪ねていくわけにもいくまい。

 見たいけど見れない。その苦悩から、レオナルドは壁にあるはずもない穴を探し始めた。

 

 しかし、天は幼い少年に味方した。

 レオナルドは見事、壁にキリほどの小さい穴を探し当てた。

 その穴に血走らせた眼球を押し付ければ、そこには自分の愛する人が自家発電している桃源郷が広がっていた。

 

 温泉で見たのは、あくまで義兄がユーリに奉仕させている姿だった。

 乱れていたのはユーリではなく義兄だった。

 

 しかし、いま目の前で起こっているのはユーリの乱れる姿。

 女性が自分を慰める行為。

 人生で初めてその光景を、それも自分の好きな人の痴態を目の当たりにしたレオナルドは。

 

 

 

 その日、初めて性に目覚めた。

 

 

 

 自分の股に集まる熱。

 排泄物を体外に排出する為の器官が熱く硬く膨張していく。

 

 たまらずズボンと下着を脱ぎ、片手を激しく上下させる。

 オカズとなるのは、壁1枚向こうの情景。

 性に目覚めた少年は一心不乱に手を動かした。

 

 そうして吐き出される白濁とした液体。

 自分の手を汚すそれを見て、レオナルドは激しい自己嫌悪に陥る。

 

 しかし賢者となる余韻に浸る間もなく、両隣の部屋からはまだ聞こえてくる女性たちの乱れる声。

 もはや時間も理性も忘れて、レオナルドは再び熱を取り戻したソレを慰めた。

 

 目の前の情景に陶酔し、吐き出した後は自己嫌悪。

 それを何度も何度も繰り返し、レオナルドはようやく気付く。

 

 自分と義兄の、ソレの大きさに。

 吐き出す欲望の量と質が違うことに。

 

 長さも太さも自分の親指程度しかないソレに対し、義兄はどうだったか。

 ユーリが口いっぱいに頬張ってもまだ足りないほど長く、ユーリが両手で何とか抱えきれるほど太かった。

 

 サラサラとして半透明、手を濡らすほどしか出ない自分の欲望。

 対する義兄の欲望は、ユーリの顔どころか胸までをドロドロに、真っ白に染め上げていた。

 

 もうそろそろ限界を迎えそうな自分と比べて、隣室の姉と義兄の声は鳴りやむどころか激しさを増している。

 

 あぁ、勝てない。

 

 自分には、壁越しに好きな人を見る事しかできない。

 その愛する女性に手を出せるのは、リュートのような優れた雄の特権なのだ。

 

 そう悟った時、レオナルドは自分の心の大切な何かが、グシャリと潰される音を聞いた。

 

 

 

---

 

 

 

「レオ様」

 

 王都へ向かう馬車に乗り込もうとしていたレオナルドは、振り返る。

 そこには可愛くラッピングされた小さな包みを持ったユーリがいた。

 

「道中、小腹がすいたらこれをどうぞ」

「………………ありがとう」

 

 この時期になると毎年ユーリからもらっていた甘いお菓子。

 自分の恋を確かめるように味わって楽しんでいたそれを受け取る。

 

 目の前の、自分の初恋だった人の顔を見上げる。

 

「? どうかされました?」

 

 不思議そうに小首を傾げる彼女がほんの数時間前まで義兄から愛を注がれていた事が、まるで悪夢のように感じられる。

 

「………………ううん、なんでもないよ」

 

 それじゃあ、と再び馬車へ歩みを進める。

 

「はいっ。レオ様もお元気で!」

 

 自分のモノではなくなってしまった。

 いや、最初から自分のモノなんかではなかった。

 ただ一方的に想っていただけの女性からの最後となる別れの言葉を聞いて、レオナルドはギュッと唇を噛みしめた。

 

 もう、振り返ることはなかった。

 

 馬車が動き出す。

 ユーリからもらった包装を開けると、中にはチョコレートクッキーが入っていた。

 無言でサクサクと食べ進める。

 

「………………美味しいなぁ、チクショウ」

 

 晴れているのに、頬を伝う水滴があった。




 えぇ、はい。
 ダメでした。
 勢いで行けると思ったんですが、しっかり運営からお叱りのメールをいただきました。
 まあ、そらそうなるよ、と。
 いや、本当にすいませんでした。

 あと、次で最終回です。


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最終話.寝取られたけど、チョコが美味い

 王城のとある一室にて、秘密の会談が開かれていた。

 

 栄光ある王国を統べる当代国王。

 宰相として国王の統治を支える侯爵。

 王国の中でも最大の貴族である公爵。

 

 それぞれが国内貴族の派閥を率いる権力者であり、表立ってこそいないが互いに対立しあっていると噂の三者。

 彼らがこうして顔を合わせている事そのものが異常であり、事の重大さを感じさせる。

 

 そんな国の重鎮たちは、神妙な面持ちで円卓を囲み押し黙っている。

 夜の帳よりも重く暗い空気の中、眉間に深い皺を蓄えた国王が、満を持してその口を開いた。

 

 

 

「【悲報】余の可愛い息子が脱走した挙句、こっぴどく失恋して帰ってきた件について」

 

 

 

 スレ立てようとしないでほしい。

 

「少し頭を冷やせって言ったのに、まさか無視して騎士団率いて男爵領を襲撃するとか思わないじゃん? もう一歩間違えれば大問題よ」

 

 余、困っちゃう。

 クネクネと体をしならせながら淡々と言い放つ国王に、宰相と公爵がため息をついた。

 

「女々しい仕草はお止めください陛下。それと、王太子殿下の暴走は今に始まった事ではないでしょう」

「そうですよ陛下! あのアホ王太子がボクの可愛い可愛いレイアたんにちょっかいかけてくれやがったせいで、レイアたんが婚約者と駆け落ちしちゃったじゃないですかヤダー!」

「……義兄上も、もう少し礼節を保ってください。陛下の御前ですよ」

 

 頭を抱えグヌヌと唸る公爵を見て、宰相は呆れ顔を隠さない。

 過去、何度も注意してきたにもかかわらず治る様子がない2人の奇行癖に辟易としていた。

 メガネを押さえ、小さくないため息を漏らす宰相を見た国王は、面白くなさそうに宰相へ話しかけた。

 

「失恋と言えば、宰相くんところの長男────セドリックだっけ? 彼も聖女に振られてなかった?」

「私の息子はそこまで軟弱ではありませんので」

「え~っ! 冷たい! 氷を砕いて作ったシャーベットより冷たいよ宰相くん! この悪魔! 鬼! 泣き虫メガネ!」

「そうだぞドM義弟! 実の姉に調教された哀れな子ブタ! 皮被り!」

「その口を閉じろアホ共がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 逆鱗を乱打された宰相が国王の胸倉を掴み拳を掲げる。

 

「わーーー! 不敬っ! 不敬が出ちゃってるぞ宰相くん!」

「落ち着け義弟! それはさすがに洒落にならん!」

「うるさい! 私の必殺・名誉棄損パンチでお前らの顔面崩壊させてくれるわぁ!」

 

 いい歳こいた大人3人がワーキャーと取っ組み合いの喧嘩を繰り広げること数分。

 宰相の怒りをなんとか収め、それぞれ席に戻り息を整える。

 ちなみに宰相は3連休を勝ち取った。

 

「それではまず、騎士団のドラゴン討伐が虚偽報告だった件について話しましょうか」

 

 宰相が仕切り直し、緩んだ場の空気が再び引き締まる。

 

「そうだねぇ。公爵くんが詳細を調べてくれたんだっけ?」

「はい。娘に付けた"影"からの報告も含まれています」

 

 公爵は北の大山脈近くの村に派遣した調査員からの報告、ユーリから送られてきた男爵領での事の顛末を口頭で話した後、証拠として送られてきたタナベ男爵令息が討伐したドラゴンの牙を机上に置く。

 国宝級の武具に使われる最高級の素材を手に取ってマジマジと眺めた国王は、これが本物のドラゴンの牙であることを認めた。

 

「まさか王国の誇る精強なる騎士団の実績が偽りだとは、にわかには信じられませんね」

 

 宰相は公爵より受け取った報告書に目を走らせ、眉間に深い皺を刻む。

 

「それも、他者の手柄を横取りして作り上げた実績だからねぇ」

 

 国王は過去10年の男爵領の収支報告書を取り出して確認する。

 やせ細り農耕に不向きな土地。大した特産品もなく、流通の要になるような立地でもない。

 王国に多数存在する貴族諸侯の中でも最底辺の税収を誇る清貧な数字には哀れみすら覚える。

 

 戦争終結当時、その圧倒的な武力を恐れた国王と貴族が結託して辺境の何もない土地に封ぜられた兵士からの成り上がり貴族。

 話には聞いていたが、こうして貴族らしからぬ生活をしているという報告を見ると申し訳ない気持ちが多少は湧いてくる。

 

 だが、これらの数字もドラゴン討伐による褒賞があれば劇的に改善するはずであった。

 

「……男爵家が受け取るはずだった報奨金も、名誉も、すべて騎士団が独占していたのですな」

 

 ドラゴン1体の討伐で、王都の一等地に屋敷が建つ。

 巷で囁かされている噂は、実のところ真実だったりする。

 それだけの素材がドラゴンからは取る事が出来るし、ドラゴン退治を受け持つ王国騎士団は王都の一等地だけでなく国内各地に大規模な拠点や慰安施設を所持している。

 

 ドラゴン1体でも退治できれば、それこそ男爵領地程度の規模なら数年は税金を徴収しなくても保つだろう。

 しかし現実には、これらの金銭はすべて手柄を横取りした騎士団の懐にしまい込まれ、タナベ男爵家にはまったく利益となっていなかった。

 それどころか、ドラゴン退治にかかった費用を考えれば大幅な赤字と言っても良いだろう。

 未だ取り潰しになっていないことが不思議なくらいの貧乏貴族の現状というか惨状を再確認して、国王は大きくため息をついた。

 

「公爵くんが支援してくれていなかったら、とっくの昔に破綻していたかもね」

「────! そそそそう、ですなぁ……?」

「………………?」

 

 褒めた公爵が何故か動揺していることを訝しんだ国王と宰相は視線を交わしたが、公爵が男爵家と懇意にしていたことは間違いないため、特に深く追及はしなかった。

 もみ消した息子の悪行を暴かれないよう、公爵は冷や汗を拭い気を引き締めた。

 軽口を叩いているようでも、対面している相手は政敵であることに違いないのだ。

 

「次に騎士団が王太子殿下を旗頭に男爵領へ侵攻した件についてですが」

 

 宰相はメガネをクイと引き上げて手元の資料を要約する。

 

「王太子殿下が一方的に恋心を抱くレイア公爵令嬢が婚約者のタナベ男爵令息と男爵領へ駆け落ち。

 また、王国から一方的に将来の結婚相手候補を決められた【聖女】アンズが想い人であるタナベ男爵令息と男爵領へ駆け落ち。

 それを許さんと王太子殿下ならびに【聖騎士】候補で前騎士団長の長子でもあったあったジェームズ伯爵令息が結託し、騎士団の精鋭を引き連れてタナベ男爵令息を罪人として捕らえに向かった、と」

 

「いや……うん。改めて聞いても、とんでもないね」

 

 息子の凶行に苦笑した国王だったが、公爵からの怨念がこもった視線に頬を強張らせる。

 今回の件は明らかに王太子が悪であり、騎士団の暴走である。

 可愛い一人息子と国に多大な貢献をしてきた騎士団であったが、もはや庇い立てする事は不可能。

 何かしらの罰を与えなければならない。

 国王は先延ばしにしていた結論をここで出すことに決めた。

 

「とりあえず、王太子は廃嫡して王位継承権は取り消し。

 騎士団はドラゴン退治を偽造していた上層部を総入れ替え。

 前団長として権威を持っていた伯爵家は男爵家に褫爵と王都にある屋敷を没収、かな」

 

 下手に爵位を没収して所在が分からなくなっては困る。

 とはいえ刑罰を与えて事が大きくなりすぎるのも困る。

 もちろん処罰が軽すぎて再び騎士団に手を出されても困る。

 

 たかが横恋慕────それも失敗────で国内を揺るがすなんてアホらしい。

 辺境の片田舎に封じて生かさず殺さず、常に見張りを置いておくくらいでいいだろう。

 国王はそう判断した。

 

「公爵くん、たしか余ってる子爵の爵位があったよね?」

「えぇ。領地もない名ばかりの爵位ですが」

「それ、息子にあげてもいいかなぁ?」

 

 同じ理由で、王太子を平民にすることはしない。

 なんの権威も力もない名ばかり一代貴族として、目の届く範囲に置いておく。

 というよりも、息子に対してそこまで非情になりきれない。

 王族として育ってきた者が、市井で生き延びていくことなど不可能だ。

 そんな国王の親心を、子持ちの父親として共感できる宰相と侯爵はよく理解していた。

 

「かまいませんとも。持っていても何の役にも立たない爵位です」

「悪いねぇ。その代わりと言っては何だけど、タナベ男爵領は好きにしていいからさ」

 

 活発になってきた南方諸国と王都を結ぶ要所として整備され始めてきた男爵領地。

 王国南部では珍しい温泉が湧き出たという報告も上がってきている。

 数年すれば収益も改善し、大きな利益を生むことになるだろう。

 

 すでに男爵一家は南方諸国に引き払い、商家の成り上がりが爵位と土地をカネで買った。

 もちろん条件付きでの爵位となる。

 それが交易品の一部と温泉の一部を王家の自由にさせる事。

 その権利を王家から公爵家に譲渡する。

 

 カネの成る木が転がり込んできた公爵はほくそ笑んだ。

 

「しかし王太子殿下を廃嫡するとなると、お世継ぎがいなくなってしまいますが」

 

 現在、王位継承権を持っているのは王太子のみ。

 国王と王妃の間に他の子どもはなく、側室もいない。

 次代の王が不在となれば、国内は混乱するだろう。

 

「王家の血を継ぐとなれば、公爵家か侯爵家の男子ということになりますな」

 

 その昔、王家から降嫁してきた姫を受け入れた貴族は公爵家と侯爵家のみ。

 血が薄いとはいえ、後継者がいないよりはいくらかマシだろう。

 問題は、貴族の二大派閥のパワーバランスが大きく崩れかねない点だろうか。

 宰相と公爵が率いる派閥間の対立は、最近ますます激しくなってきている。

 派閥の長である両者が険悪ではないからそこまで表立ってはいないが、この国王世継ぎ問題が出てしまえば、十数年前の国内紛争が再び始まってしまうかもしれない。

 

「レオは公爵家唯一の跡取りとなってしまったことだし、息子が2人いる侯爵家から選出するのが妥当では?」

「正直言って、私の息子たちが王の器に足るとは思えません」

「長男のセドリックなんて、誠実で実直な素晴らしい青年ではないか」

「駄目ですよ! あの子は純真無垢なんですから、政界なんて危ない場所に────ましてや矢面に立つ国王をやらせるなんて許しません!」

 

 だが、当の本人たちが面倒事を嫌う性格であるせいで、国王どうぞどうぞのダチョウ俱楽部状態であった。

 ここまで権力に執着しない貴族も珍しいよなぁ、と国王はコーヒーを啜る。

 

「それなんだけど。余、思っちゃったんだよね」

「なんですか陛下。またろくでもないこと考えてるんじゃないでしょうね」

「そうですよ陛下。アンタの思い付きで苦労するのは私たちなんですから黙っててください」

「わ~お、不敬の大渋滞だぁ」

 

 貴族学院の学友だった2人が冷たい。国王は心の中で涙した。

 

「────で、なんですか?」

 

 なんだかんだ言っても話を聞いてくれる良い友人たちだ。

 コーヒーの苦みでギュッと引き締まった顔になった国王は、満を持して自分の思い付きを発表した。

 

 

 

「国王とか、もういらないんじゃないかな」

 

 

 

 王国内が大混乱とかいうレベルじゃねえぞ。

 

 

 

---ユーリ視点---

 

 

 

『国王の乱心か!? 王国が貴族議会と市民議会を設置へ』

 

「………………公爵様、大丈夫でしょうか」

 

 買い物の帰りにもらった新聞の号外に目を通し、ユーリは公爵の胃腸の調子を慮った。

 また国王から無理難題を言われ仕事に忙殺され、奥様にしばき倒されている画が容易に想像できる。

 

 とある商業都市のメインストリートから一本、裏路地に入ったところ。

 そこに建っているやや古びた建物が、現在ユーリたちの住居となっている。

 

 年季の入った建物ではあるが、ユーリの使用人魂によって掃除の行き届いた内部は不潔さを一切感じさせない。

 4人が住むには広いが、この先家族が増えていくことを思えばもう少し広くても良いと思わなくもない。

 

 まあ、その頃にはもう少し良い場所に引っ越せるだろう。

 冒険者としてリュートが稼いできた膨大な金銭が記入された家計簿に目を通し、ユーリは新居に想いを馳せた。

 

 次はせめて、もう少し防音が効いたところにしてもらわなくては。

 1階の居間にいるにもかかわらず2階の寝室から漏れ聞こえてくる嬌声を耳にして、ユーリは苦笑した。

 

 寝室では、すっかり腹部の膨らんだ2人の少女が屈強な雄に抱かれ悦びの声を上げている。

 2人より回数は劣るものの、幾度となく精を注ぎ込んでもらったはずの自分の腹を撫でる。

 未だ膨らむ気配のないへそ下の子供部屋に不満を感じつつ、ユーリは夜伽の準備を始める。

 妊婦2人が気を失えば、次は自分の番であることは分かっていた。

 

 浴槽に浸かり、身体の汚れを洗い流す。

 未だ鳴りやまないメスの喘ぎ声をオカズに、何度擦っても体液が溢れ出てしまう自分の下半身を慰める。

 

 幾度となく繰り返してきたこの行為を最初にしたのは何時だったか、ふと思い返す。

 

 それは、初めてレイアお嬢さまの湯浴みを手伝った時。

 この世のあらゆる布地よりも滑らかな肌と、絹のように艶やかで柔らかい手触りの髪。鼻を貫く甘い蜜の香り。

 自分を救ってくれた恩人の一糸も纏わぬ姿を目に焼き付け、何度自分の身をまさぐったことか。

 

 学院の寮で自慰をした時のことを思い返す。

 

 アンズの膝上に乗せられ、頭や頬を撫でられた時の感触。

 背中に感じた、レイアお嬢さまとは違う豊満な胸の柔らかさ。

 優しく耳元で囁かれた「可愛い」と褒めてくれる声。

 レイアお嬢さまに申し訳ないと思いつつも止められない手の動きに何度達してしまったことか。

 

 あぁ、そうだ。

 

 ボクは2人のことが好きだったんだ。

 性別なんて関係ない。

 気付いたら惹かれていた。

 情欲に掻き立てられるほど、忠誠を誓うほど愛していた。

 今さらに気付くあの若かりし日々の甘酸っぱい恋心。

 

 しかし、それももう戻らない。

 

 風呂から上がり、自室でいそいそと準備をしていると、嬌声がいつの間にか止んでいる事に気が付く。

 いよいよ自分の番だ。

 そう考えるだけで、発散したはずの興奮が蘇り、腹部と股に熱が集まる。

 

 そうだ。ボクの人生はあの男に狂わされてしまったんだ。

 自分が「ご主人様」と呼ぶお方の姿が脳裏に浮かぶ。

 分厚い胸板、丸太と見紛う両腕。

 6つに割れ、固く盛り上がった腹筋。

 

 そして、ユーリの身体を貫き愛を注ぐ雄の象徴。

 

 彼にあってから、良い事なんて1つもなかった。

 レイアお嬢さまも、アンズも。

 ボクに振り向いてさえくれなかった。

 ボクを見る親愛の眼差しと、彼を見る情愛の瞳はまったく違った。

 

 ボクの欲しかった女性2人とも奪い、そしてボク自身でさえも自分のモノにしてみせた。

 

 決闘をふっかけた。

 蹂躙され、圧倒され、その苦痛を快楽に変えられた。

 脳の大事な何かを焼き尽くされ、気付いた時にはご主人様を愛さずにはいられなかった。

 

 孤児から成り上がった公爵家の騎士という立場を奪われ、こんなボロい建物で使用人としてこき使われる惨めな日々。

 愛する妻が2人もいるにもかかわらず、それに飽き足らずボクを性奴隷として使う傍若無人っぷり。

 あまりの最低最悪な男の所業に涙が出てくる。

 

 自室のドアがノックされる。

 返事をすると、件のご主人様が姿を現す。

 

「おまたせ、ユーリ」

 

 低い声が耳に届いた瞬間、ユーリの目から涙がこぼれ落ちる。

 頭の中で何度も反芻されるご主人様の声が、脳を、身体を犯していく。

 頬だけでなく全身が興奮に紅潮し、息が乱れ喉が震える。

 触れられてさえいないのに、膝が震えるほどの絶頂を感じる。

 

「寂しかったね、ごめんね」

 

 そう優しく耳元で囁かれ、肩を抱かれる。

 レイアとアンズの夫から、自分だけのご主人様に変わる。

 この瞬間、愛する男性を独り占めできる時間が訪れたことに人生最高の幸福を感じ打ち震える。

 

「お待ちしていました、ごしゅじんさま……♡」

 

 震える声を必死に絞り出し、その逞しい身体にすり寄る。

 自分以外のメスの臭いを上書きするように、何度も身体を擦りつけて匂いをマーキングする。

 顎を持ち上げられ、重ねられた唇から流し込まれる甘露な唾液を味わおうと必死で舌を絡める。

 すでにアソコは、前戯がいらないほどに濡れそぼっていた。

 

「ところでユーリ。その格好はなに?」

 

 唇を離し、リュートがユーリの姿について尋ねる。

 

「……今日は、バレンタインデーですので♡」

 

 ユーリは一糸纏わぬ姿の上から、自身の素肌にチョコレートをコーティングして贈り物用にリボンまで巻き付けて待っていた。

 

「ユーリ特製、チョコレートの女体盛りです♡」

「……あぁ、最高に美味しそうだ」

 

 どうやらご主人様のお気に召したらしい。

 優しかった眼がギラついた眼光を放つのを見て、ユーリは自分の企みが成功した事に歓喜した。

 

「どうぞ、召し上がれ♡」

 

 言うが早いか、ベッドに押し倒され、体の隅々までご主人様の舌が這い回る。

 歓喜の叫びをあげながら、ユーリは思う。

 

 あぁ、やっぱりズルい。

 

 こんな魅力的な男性に抱かれたら、どんな女性も虜になってしまう。

 強くて優しくて、いっぱい気持ちよくしてくれる。

 

 好きな人も、身分も、仕事も、そして自分自身でさえも。

 全部奪われ、好きなように蹂躙される。

 屈辱的なはずなのに、それが何より幸せに変わる。

 

 もう二度と、あの日々には戻れないんだろう。

 

 楽しかった王国での日々から、幸せな愛の巣での退廃的な日々へ。

 

 ご主人様と重ねた唇に甘いチョコの味を感じながら、ユーリは快楽と幸福の海に沈んでいった。

 

 

 

 

 

─ 寝取られたけど、チョコが美味い 完 ─




 以下、あとがきになります。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 まさかバレンタインデーの一発ネタで書いた作品が4ヶ月近く続くとはこの李白の眼を以てしても云々。
 グダりまくりの作品でしたが、こうして完結できたのは皆さんの感想と評価のおかげです。

 失望させてしまった点も多々あったとは思います。
 すいませんでした。
 次はちゃんとプロット書いてから作品書こうと思います。
 たくさん勉強させていただきました。
 本当にありがとうございました。

 本編は完結となりますが、番外編を1つ2つ書こうと思っています。
 あと、R-18集もボチボチ書いていきます。
 いや本編もR-18なんですがそれは。

 最後にアンケート置いておくので、投票していただけると幸いです。
 R-18版を統合するかどうかになります。

 それでは、最後までご愛読いただきありがとうございました。
 また、ご縁がありましたらよろしくお願い致します。


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濡れ場シーン
ユーリと湯けむりご奉仕 其の一


 本編「35.チョコを抜く」の濡れ場シーンです。

 アンケートにご協力いただきありがとうございました。
 結果通り、濡れ場シーン集と本編を統合します。


「────これで大丈夫、かな」

 

 自分の股間とにらめっこをしていたユーリは、そっと剃刀を置いた。

 男性と偽って貴族学院に通っていた頃は、周りに男性ばかりということもあってムダ毛の処理がおろそかになりがちだった。

 もともと毛量の多い方ではないが、結婚適齢期になってもまだ幼児体型な自分の主────レイアお嬢さまとは違って、薄っすらとだが生えるものは生える。

 

 しかし周りにいる男子生徒が頻りに交わしていた猥談の内容から、女性に対してツルツルを望む男性が多数派であることは知っている。

 レイアでもアンズでもなく、自分を選んでくれたリュート様から気にいっていただく為にも、準備は万全にする。

 

 胸を締め付けていたサラシをほどく。

 断崖絶壁のレイアと比べればたしかに膨らみが感じられる胸が、プルンと揺れる。

 その双丘の山頂にある2つの小さな果実は、これから浴場で行われる淫行に期待してか、すでに固く尖っていた。

 

「よし!」

 

 羞恥心をかき消すように気合を入れて、タオルを身体に巻いたユーリは浴場へと続く引き戸を滑らせた。

 

 湯けむりが立ち昇る中、恐る恐る足を踏み入れる。

 目指す先は自分のご主人様がいる洗い場。

 和やかにレイアの弟────レオナルドと談笑するリュートの背中を見つける。

 

「………………っ、~~~!?」

 

 ふと、温泉に浸かっているレオナルドと目が合う。

 タオル1枚越しに見えるユーリの女性らしい膨らんだ身体の輪郭をマジマジと見つめたレオナルドは、数瞬の思考停止の後、顔を真っ赤にして頭まで温泉に潜ってしまう。

 

(そういえば、レオ様のお風呂を手伝ったのは赤子の頃だったっけ)

 

 昔のことを思い出して微笑ましい気持ちになったユーリは、女性の裸(タオル越し)を見て照れるなんてレオナルドも大きくなったんだなぁ、と感慨深げに頷く。

 レオナルドのことは放っておくとして、ユーリは自分の主人へと歩み寄る。

 

 その、筋肉が盛り上がっていて大きくたくましい背中を見て自分のへそ下辺りが熱くなる。

 

(あぁ、この腕で絞められたんだ……)

 

 背後から見えるその筋骨隆々な両腕を見て、数時間前の決闘を思い出す。

 あの太くたくましい腕が、自分の首を圧迫して服従させたのだと考えるだけで、自分の股がキュン♡と甘く痺れる。

 興奮を押し殺して、オズオズと声をかける。

 

「ご、ご主人様……?」

「ユードリックか? 遅かったけど、準備は大丈夫だったか?」

「は、はいっ! 身体も心も、準備は万端です!」

 

 緊張と興奮から、声が裏返る。

 あぁ、自分の動揺をご主人様に知られてはいないだろうか。

 もし咎められたらどうしよう。

 お仕置きだと言って、またあの苦しみや屈辱を味わわされたら、どんなに嬉しいだろうか。

 

 想像しただけで達してしまいそうなユーリの様子を知ってか知らずか、リュートは話しかける。

 

「来たばかりで悪いんだけど、背中を流してくれないか?」

「はいっ!」

 

 お預けプレイですね! そういうのも大好物です!

 発情している自分に見向きもせず三助を命じるリュートの非道さに興奮を高めながら、ユーリは自分の身体を隠していたタオルを脱ぎ捨てる。

 

「………………!(ゴクッ)」

 

 温泉から顔だけ出しているレオナルドが、ユーリの露わになった全裸を見て生唾を飲み込む。

 しかしユーリはそんなレオナルドの様子を見ても(おませさんだなぁ)としか感じない。

 

 横で視姦されるのも気にせず、ユーリは自分の身体に石鹸を擦りつけて泡立てた。

 

「それでは失礼いたします……」

 

 ムニュンッ

 

 リュートの背中に自分の胸を押し当てる。

 アンズほどではないにしろ、しっかり女性らしい柔らかい感触がリュートに伝わる。

 リュートは想像していなかったその感覚に驚き身を強張らせる。

 

 そんなリュートの動揺を知らずに、ユーリは逆にリュートのゴツゴツとした筋肉質な背中の感触に興奮していた。

 

「……すごい。ご主人様の背中、大きいですね」

 

 耳元で囁けば、その甘い声音にリュートの耳が赤く染まる。

 その変化を楽しみながら、ユーリは一心不乱に自分の身体を擦りつける。

 往復するだけで、筋肉の盛り上がりが自分の胸の尖った先端────乳首を刺激する。

 愛しい人の背中で自慰行為もどきをしてしまっているという背徳感が、ユーリの背筋をゾクゾクと震わせる。

 

「んしょ……よいしょ……♡ 気持ちいいですか? ご主人様♡」

「あぁ……、最高だ」

 

 褒めていただけた♡

 自分の懸命な奉仕に喜んでいただけていることに、ユーリの興奮は最高潮に高まる。

 レイアお嬢さまに付き従っていた時とは違う。

 自分をいつでも好きなように蹂躙できる相手に奉仕させていただけているという悦びに打ち震える。

 

「ご主人様のからだ……ンッ、すっごくたくましくて、おっきい……♡ カッコイイ♡」

 

 そう、格好いいのだ。

 

 今なら分かる。

 なぜリュートがあんなに憎かったのか。

 それは彼が、ユーリの1番欲してやまなかった立ち位置にいたからだ。

 まさにユーリの理想を体現したと言えるリュートは、世界のあらゆるオスよりも圧倒的に格好いい。

 

 公爵家で1番強い、レイアお嬢さまの腹心であるという自尊心。

 孤児から這い上がった自分の実力と自信を完膚無きにまで叩き潰した男。

 屈辱と辛酸によってズタボロにされたユーリの心に残ったのは、自分を負かした相手に支配され服従する悦びだけだった。

 

「ごしゅじんさまぁ♡ すき♡ だいすき♡ だぁいすき♡」

 

 決闘に負けた以上、もはや公爵家に居場所はない。

 レイアお嬢さまからも呆れ果てられただろう。

 自分にはもはや、ご主人様しかいないのだ。

 

 故に、ユーリは媚を売る。

 満足してもらえるように、捨てられないように。

 必死になって甘え、媚び、寵愛を受けようとする。

 

 その甲斐あって、リュートも興奮してきたのだろうか。

 息を荒げて昂りを沈めようとしている主人の様子を見て、ユーリはもう少しだと確信する。

 爆発寸前の火山。少しでも刺激を与えればあっという間に噴火してしまうだろう。

 

 しかしその噴火は、ユーリにとっては天の恵みかのように待ち望んだものだった。

 

「お湯をかけますね」

 

 ザッパァ……と温泉から掬ったお湯を背中にかけると、ホッと安堵したかのようにリュートがため息をつく。

 が、もちろんユーリは、ここで手を休めるつもりはなかった。

 

「それじゃあ今度は、前ですね」

「っ!? いや、前は大丈夫だから!」

 

 立ち上がって逃げようとするリュートの腰を座椅子に押し付けるように止めながら、その前方へと回り込む。

 リュートの両脚の間に滑り込んだユーリは、図らずしてリュートの陰茎とご対面を果たすことになった。

 

 ブルルンッと重い音が聞こえそうなくらい怒張しきったそれは、ユーリの鼻先に触れるかどうかのところで鎮座している。

 そのたくましい雄の匂いを思いきり吸い込んだ瞬間────

 

 プシィッ!

 

「────ォッ♡」

 

 ユーリは軽く絶頂した。



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ユーリと湯けむりご奉仕 其の二

 スンスンと一心不乱に鼻を鳴らす。

 ご馳走をお預けされた犬のように、リュートの陰茎に荒い吐息を浴びせながら、その饐えた匂いを存分に堪能する。

 

(はぁ~♡ くっさ♡ くさいのに、嗅ぐの全然やめられない♡)

 

 鼻を突き抜け脳まで到達する圧倒的な雄の匂いに、ユーリの性感は極限まで高まる。

 あぁ、この立派な魔羅でボクのありとあらゆる穴を乱暴に犯してもらいたい。

 ご主人様から一方的に蹂躙される自分の姿を想像するだけで、何度も軽く絶頂に達する。

 ユーリの股からは、粘性のある液体が止めどなく溢れ出ていた。

 すぐにでもむしゃぶりつきたい気持ちを抑え、そっと上目遣いでリュートの表情を伺う。

 

「フーッ……!フーッ……!」

 

 リュートの目はユーリの程よく引き締まってハリのある裸体に釘付けとなっており、これから受けるであろう性的奉仕に期待して鼻息を荒げていた。

 ボクを性の対象として見てくれている……!

 

 リュートの血走った目に宿った情欲の色を見て、ユーリは喜びに打ち震えた。

 これからどんな風に乱暴されるのだろうか。

 その期待に、生唾をゴクリと飲み込んだ。

 

「そ、それでは。失礼いたします、ご主人様……♡」

 

 本来であれば、主人であるリュートの口から命令されてから奉仕を始めるのがセオリーだろう。

 しかし何度も軽イキを繰り返し、我慢の限界に来ていたユーリは、辛抱たまらず自分からご奉仕を申し出る。

 剣を振っているとは思えないほど細くしなやかな指先が、リュートの陰茎にソッと触れた。

 

「くぅっ……!」

 

 待ちわびた刺激に、陰茎がビクンと大きく跳ね上がる。

 あまりの快感に苦悶の表情を浮かべるリュートの反応を楽しむように、ユーリは指先をサワサワと優しく動かす。

 

 カリ首をなぞるように。裏筋に添わせるように。野花の花弁をつつくように。

 優しく、触れるか触れないかギリギリの焦らすような奉仕に、リュートの鼻息がますます荒くなる。

 

 こんな弱々しい刺激では、とても達することなど出来ない。

 いったいどういうことだ? とリュートがユーリの顔を見れば、目が合った。

 こちらの反応を楽しむように、陰茎のあちらへこちらへ指を這わせてはすぐ離してしまう。

 その瞳に何かを期待するような、訴えかけるような色を見つけたリュートは、ふと1つの可能性に思い当たる。

 

「ユー、リ?」

「────っ! は、はい。何でしょうか、ご主人様」

 

 名前を呼んだだけで喜色満面の笑みを浮かべる従者。

 馬車の中で、自分に絶対服従を誓った浅ましい女の望みを確信したリュートは、ニヤリと唇を歪めた。

 

 

 

「咥えろ。喉奥で出してやる」

 

 

 

 そう"命令"された瞬間、ユーリは何度目か分からない絶頂に達した。

 

「ひゃ、ひゃい! 分かりました、ごしゅじんさまぁ♡」

 

 恍惚の表情で返事したユーリを見て、リュートからイライラと怒りの感情が沸き起こる。

 奉仕すると言っておきながらわざと弱い刺激に留めていたのは、俺から命令を引き出すためか。

 自身の被虐欲求を満たすために、主人を焦らすとは何たる強欲、従者として失格だ。

 

 今一度、コイツに従者としての立場を分からせてやらなければなるまい。

 

 自分の陰茎に向けて大きく口を開けて咥えようとしている浅ましく卑しいメス犬の頭を、両手でガッシリと掴んだ。

 

「ふぇ? ご主人様、いったい何を────オボォォッ!?」

 

 そうして不思議そうな顔をするユーリの喉奥目がけて、自らの陰茎を思いっきり突き入れた。

 

「俺を挑発しやがって、このメス犬が! そんなに虐められたいなら、思いっきりしてやるよ!」

「ゴボォッ!? ングゥオ、ォボボゴボォ!」

 

 一般男性の平均を大きく上回る長さ・太さを誇る陰茎がユーリの喉を何度も上下に往復する。

 アゴが外れてしまいそうなほど太い肉棒に間違っても歯を立てて傷付かないよう、ユーリは自ら更に大きく口を開ける。

 そんな従者の気遣いを知ってか知らずか、リュートは自らの快楽だけを求めて喉奥に向けて腰を打ち付ける。

 いきなりの不意打ちと想像をはるかに上回る苦しみに、ユーリは目を白黒させて苦悶の声を漏らす。

 しかし、その声の振動がリュートの陰茎を刺激して、ますます行為が激しくなる。

 

「っ、自分から申し出るだけあって、具合が、いいなっ!」

 

 酸素を求めて喉が痙攣する。

 しかし口内は陰茎が完全に密閉して空気の出入り口を塞いでいる。

 あまりの息苦しさに涙を流し、鼻水をダラダラと流す。

 意識が朦朧として、生死の境を彷徨うような感覚が襲ってくる。

 

 そう、決闘の時に首を絞められた時のような浮遊感が。

 待ち望んだあの、脳が弾け飛ぶような快感がユーリの頭の中でパチパチと音を鳴らす。

 

 幼少期、孤児として路地裏にうち捨てられていた時の記憶が蘇る。

 そこから現在に至るまでのあらゆる思い出が無数に浮かんでは消えていく。

 走馬灯によって永遠にも感じられるほどの苦しみと快感を存分に味わう。

 

 楽しかった思い出、辛く悲しかった思い出。

 その全てが、今ご主人様から性処理道具として扱われている悦びに変わっていく。

 あぁ、この時間がいつまでも続けばいいのに。

 ユーリは死に迫るほど増していく快楽を愉しむ。

 

 しかし悲しいかな、楽しい時間にもやがて終わりは訪れる。

 

「くっそ……! さんざん焦らされたから、もう限界だ……!」

 

 リュートの腰の動きが加速する。

 陰嚢から精道を通って、白濁の精液がせりあがっていく。

 

「出すぞ、ユーリッ! 存分に味わえっ!」

 

 ドビュルルルルルルルルッ……!

 

 深く突き入れられた陰茎の先端からユーリの胃に向けて。

 ものすごい勢いで、精液が流し込まれた。

 

「ォ、ゴボォォォォォォォォォォォッ♡♡♡」

 

 溺死する感覚に、ユーリは本日最も深い絶頂をキメた。

 腰が激しく前後に動き、股から小便と見紛うほどの勢いで流れ出る愛液が周囲に飛び散る。

 白目を剥き、ガクガクと腰を震わせ発情汁を撒き散らす無様な姿を惜しげもなく晒す。

 

 スゥーーーッと遠のく意識。

 このまま意識を失えば、もう二度と目覚めることはないであろう。

 死と引き換えに手に入れた最高の快楽。

 ユーリは幸せの海に浸りながら、その意識を手放し────

 

 

 

「ふぅ、思ったより出たなっと!」

 

 

 

 ズルルルルゥ…………ギュボンッ♡

 

 ユーリの喉から、思う存分射精して満足したリュートの陰茎が引き抜かれた。

 

「ゴホッ!?」

 

 その衝撃で、遠く離れていた意識が引き戻される。

 ユーリの目に、再び光が灯った。

 

「ゲホッ! ガハッ、ゴホッ!?」

 

 ご主人様から蹂躙された喉がやっと自由になった事で、生理反応が襲ってくる。

 何度も咳き込み、その苦しさから涙を流すユーリの無様な姿を見て、リュートの心に今さらながらの罪悪感がやってきた。

 

「だ、大丈夫か……?」

「はひっ、らいじょうぶ、でしゅっ!」

 

 ゼーハーと、待ち望んだ酸素を何度も吸い込む。

 ふわふわと浮かび飛ばされていた意識がようやく地に足つけてハッキリしてきたことで、ユーリはようやく自分が何をされてどうなったかを思い出した。

 

「ごめんね!? 本当に苦しかったよね、下手したら死んじゃってたかもだし! 本当にゴメン!」

「……ご主人様」

 

 両手を合わせて平謝りするリュートに、ユーリの優しい声が届く。

 弾かれたように顔をあげたリュートは、三つ指をついて深々と地面に頭を擦りつけるユーリの姿を見て驚愕した。

 

「ユーリ!? 何してんの!?」

 

 慌てふためくリュートの様子を他所に、ユーリは言葉を続ける。

 

「従者に過ぎないボクが、ご主人様からの乱暴を欲して煽るような真似をしてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

 その言葉に思い当たる事があったリュートは押し黙る。

 リュートが性的興奮を覚えたのも、暴走してユーリに性欲の限りをぶつけたのも、元はと言えばユーリが女性の裸体を見せつけ愛撫にも満たないバードキスのような奉仕をしてリュートの陰茎を弄んだせいだ。

 

 平身低頭、誠心誠意の謝罪をするユーリの姿にリュートは、自分は悪くないではないかと錯覚する。

 そうだ、元はと言えばこのメス犬が俺をイライラさせたのが悪いんだ。

 俺は乱暴してほしいというドMな従者の渇望を満たしてやっただけだ。俺は何も悪くない。

 再び崩壊しつつあるリュートの理性にトドメを刺すように、ユーリは尚も言葉を続ける。

 

「ボクの拙い奉仕で、多大なご迷惑をおかけした事、申し開きのしようもございません。

 つきましてはもう一度、ボクにご主人様を満足させるだけのご奉仕をさせて頂くチャンスをいただければと思います」

 

 今度こそはご主人様を満足させてみせます。

 そう言いながら面を上げたユーリの顔は、淫欲に染まりきっただらしない笑みを浮かべていた。

 

 プリプリとして柔らかそうな唇に付着していた精液の残骸を、小さく可愛らしい舌が厭らしく舐めとる。

 その淫靡な仕草に目を奪われたリュートの陰茎は、再び固さを取り戻していく。

 

「わぁ♡ すごい、あれだけ出したのにまだこんなにおっきい♡」

 

 恍惚としながらリュートの陰茎に頬ずりするユーリを見て、リュートは辛抱たまらんとばかりに軽く腰を振った。

 

 ベチンッ

 

「ひゃんっ♡」

 

 すっかり硬さと大きさを取り戻したリュートの陰茎に頬をビンタされたユーリは、その重さに悦びウットリと指を這わす。

 

「ごしゅじんさまぁ♡ ご主人様のオチンポさま、舐めさせてくださぁい♡」

 

 上目遣いでおねだりしてくる忠実な従者に、リュートは傲岸不遜にニヤリと笑った。

 

「好きにしろ」

「はぁい♡」

 

 ご主人様から奉仕の許可を得たユーリは、高級なアイスキャンデーにするような舌使いで、リュートの陰茎をレロリ♡と舐め上げた。



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ユーリと湯けむりご奉仕 其の三

 ユーリの舌が、硬さを取り戻したリュートの陰茎を舐めあげる。

 

 裏筋に這わせるように根本から先端までゆっくりと舐めあげれば、まだ尿道に残っていたリュートの精液が陰茎の先端から顔を出す。

 その漏れ出た残りを味わおうと、陰茎の鈴口にユーリがしゃぶりつく。

 

「くぅ……っ」

 

 絶頂を向かえたばかりで敏感な亀頭を刺激され、リュートが快感と苦痛の混ざった声を漏らす。

 が、主人の苦悶の表情には目もくれず、ユーリは絶品のご馳走を味わうように漏れ出た精液を口内から喉奥へと飲み込む。

 

 鼻から脳天まで突き抜ける海鮮を彷彿とさせる雄の臭いに、ユーリは今日何度目かも分からぬ絶頂へと達した。

 

「……上手だよ、ユーリちゃん」

「ふぁいあとぉごひゃいまふ♡」

 

 ご主人様から優しく頭を撫でられお褒めの言葉をいただいた喜びに軽イキしながらお礼を述べる。

 もっと……。もっと欲しい。

 この臭くて美味しくて、味わえば味わうほど幸せになるこの液体を、もっと飲みたい……!

 

 自分の喉が。腹が。脳が。

 身体のすべてが欲してやまない極上の蜜を再び味わう為、ユーリのフェラチオが始まった。

 

 頭を上下させ、ご主人様の陰茎にむしゃぶりつく。

 最初はゆっくり、浅く。舌を亀頭に引っかけながら前後運動を繰り返す。

 

 同時に、陰茎の下に位置する精液の生成器官である陰嚢を刺激する。

 両手で優しく陰嚢を包み込むと、赤子の頬をつつく時のように優しくフニフニと揉みこんでいく。

 

「おぉ……っ、それすごいな……!」

 

 2つの金玉をコリコリと刺激され、ますますリュートの陰茎が怒張していく。

 

「じゅっぷ♡じゅっぷ♡じゅっぷ♡」

 

 顎が外れそうなほどの太さへと変貌した陰茎を、美味しそうにユーリが味わう。

 いや実際、ユーリにとってリュートの陰茎は今までの人生で口に入れたあらゆる物よりも美味で、いつまでも味わっていたい物になっていた。

 

「じゅっぽ♡じゅっぽ♡じゅっぽ♡」

 

 浅くゆっくりだったユーリの挙動が、徐々に速く、それでいて深くなっていく。

 より強くなっていく刺激に、リュートが溜まらずストップをかける。

 

「ちょ、ちょっと待ってユーリちゃん! そんなに激しくしたら出ちゃうから!」

 

 その声を聞いて、ユーリの動きがますます激しくなる。

 ご主人様の精液を飲み干したいユーリにとって、リュートのストップは何の意味も為さなかった。

 

 陰嚢を刺激していたユーリの指は下に落ち、ユーリの股へ伸びる。

 愛液が溢れて漏らしたようにびしょ濡れな割れ目を開き、その密壺に指を2本、3本と侵入させる。

 

 半ば無意識に自慰を始めたユーリは、この咥えた大きな逸物で自分の密壺を貫かれたらどうなるのかを想像して、息を荒げながら指を激しく動かす。

 

 自分の陰茎を咥えながらグチャグチャと激しい音を立てて自慰にふけるユーリの痴態に、リュートの興奮はますます昂っていく。

 

 しかし、奉仕してくれる可愛い女の子に早漏と思われたくない。

 そんな男としてちっぽけなプライドを持って、リュートは爆発寸前のムスコを必死になだめる。

 

 しかしそんな見栄を嘲笑うかのように、ユーリのフェラはますます勢いを増していく。

 

「ゴポッ♡オゴッ♡グッポグッポ♡」

 

 ユーリの喉に、陰茎の先端が何度も激しくノックする。

 先ほどリュートに頭を捕まれ揺さぶられた時と同じくらいの深さと速さまで激しくなるユーリのディープスロートに、リュートの我慢が限界を迎える。

 

「くぁぁあっ! ユーリ……っ、もうっ!」

 

 「どうぞ出してください」と言わんばかりに不満げな表情で見上げてくるユーリを見た瞬間。

 とうとうリュートは絶頂した。

 

「────ごぼぉっ!?」

 

 ちょうど喉に突き入れたタイミングで始まった射精。

 そのあまりに激しすぎる勢いに、ユーリの鼻から精液が逆流する。

 

「お゛ごっ、ごぼぼぼぼっ! ……もごぉっ!?」

 

 精液に溺れ呼吸が出来ないユーリが思わず陰茎から口を離そうとするも、リュートが無意識に伸ばした手がユーリの頭を自分の腰に抱き寄せて離さない。

 

「う゛あ゛ぁ゛っ……全然止まんねえ……!」

 

 我慢した末の射精にあまりの快感に、リュートは半ば放心状態でユーリを無意識に死へと誘う。

 ユーリが生きる為には未だ射精が止まらない精液を飲み干すしかない。

 しかし生死の淵にいるにも関わらず、ユーリの表情は苦悶ではなく快楽によって緩みきっている。

 

「~~~♡♡♡」

 

 生粋のマゾヒストであるユーリは、愛するご主人様から与えられた苦痛に悦び、歓喜の潮を噴いて絶頂を繰り返す。

 

 ユーリは自分が生きる為ではなく、待ち望んだ精液を味わう為に。

 恍惚とした表情で喉を動かし白濁の甘露を飲み干していく。

 

「ごくっ……ごくっ……♡」

 

 数十秒にも及ぶ長い射精がようやく止まる。

 すべてを飲み干すこと叶わず、鼻からだけでなく顔全体が精液にまみれたユーリは、最後の一滴まで搾り取ろうと陰茎を啜りあげる。

 

「ずずっ……、じゅるるるるるるるる! ………………ぷはぁっ♡」

 

 ユーリがむしゃぶりついてから十数分。ようやくリュートの陰茎が解放される。

 

「ぜ、全部吸いとられた……」

 

 腰が抜けるほどの快感を味わったリュートは、息を荒げながらユーリに奉仕の礼を言おうと視線を下ろす。

 

「あっ……♡もったいない……♡」

 

 ユーリはといえば、顔にこびりついた精液を一滴残さず味わおうと両手で掬って舐めとっている。

 自慰に耽っていた両手はユーリの愛液でビショビショに濡れている。

 自分の愛液と精液がブレンドされた極上のカクテルを美味しそうにチュパチュパと音を立てて舐める。

 

 その喉がゴクリと動き精液を飲み込む度に、ユーリの股間からは絶頂の証である透明な潮がプシィッ……と音を立てて噴きちらかされている。

 

 ユーリの足元に出来上がった潮の水溜まりを見て、リュートはゴクリと唾を飲んだ。

 

 ようやくすぼての精液を飲み干したユーリは、証拠としてあーん♡と口を開けてリュートに口内を見せる。

 

「ごちそうさまでした、ごしゅじんさま♡」

 

 幸せそうに微笑むユーリの淫靡な笑顔を見て、リュートの興奮が三度、膨れ上がった。

 

「うわぁ……♡」

 

 またも膨張する陰茎を見て、ユーリの瞳が喜びに輝く。

 

「……ユーリちゃん。もう1回だけいいかな?」

「はいっ♡お好きなだけボクの身体をお使いくださいっ♡」

 

 ご主人様から求められたことに最高の喜びを感じながら、ユーリは再びリュートの陰茎に顔を近付ける────

 

「うぁ~……」

 

 ────間延びした、子どもの声が聞こえた。

 

「……ってそうだよ! レオナルドくん忘れてた!」

 

 リュートが慌てて浴槽の方を向くと、そこには顔を真っ赤にして目を回している、完全にのぼせたレオナルドの姿があった。

 

「あわわわわっ、レオ様大丈夫ですか!?」

「早く脱衣所まで運ばないと!」

 

 てんやわんやと救助に急ぐ2人であった。




 早出して朝一の作業を終わらせ、仮眠でも取るかと倉庫で横になっていたらアルバイトのおばちゃんに悲鳴を上げられました。解せぬ。


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