少年は嘗ての故郷を望む (黒いラドン)
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情報資料

生徒No.42

 

名前 『紫黒 龍成(しぐろ りゅうせい)

 

種族 『人間

 

誕生日 『12月17日』

 

身長 『167cm』

 

体重 『54kg』

 

容姿

・特徴的な黒い髪型に一部前髪に白いメッシュがある。仄かに童顔な顔に身長も体重も平均値よりも少し低いことに少しコンプレックスに感じているようだ。瞳は黒に近い紺色をしている。

 

性格

・主な部分は優しさが溢れているがある程度の天然も含まれている。根も真面目であり集中力がある。そして驚異的な力を宿しているが、誰かを攻撃することに抵抗がある為、対人戦となると無意識に力を加減してしまう癖があるようだ。そのことがあり、過去に周りからは純粋で優しいと呼ばれていて、本人も満更でもなかったらしい。しかし、それ故に怒りが爆発すると誰にも止められないくらいに暴れてしまうとのこと。(本人談)

 

 

 

 

 

・学園について

彼が通う『私立煌星(こうせい)学園』は、一部異能を持つ生徒達が集う場所である。何の為にあるかという理由は、ファントムヴィランと言った世界の敵と対抗する為に創られた施設である。学園の広さは東京ドーム並の大きさを誇り、様々な施設や便利機能を施されている。男女比率は著しく偏っているようだ。

 

 

 

・特殊異能精鋭隊

この組織は本学園での特別な集団である。それはファントムヴィランに対抗する為の異能と言う特殊な力を持つ者達のことを示す。とは言え全員が全員、異能を持っている訳ではない。中には独自の力や技術的な戦法で挑む者もいれば、仲間をサポートに特化する者もいる。各々が自分の役割をしっかりと担い、来るべく事態に着々と準備をし続けている。

 

 

 

・ファントムヴィラン

ファントムヴィラン、別名『幻の敵』。その姿は紫のような黒色で染まっており、それはまるで炎で身体を実体化しているようなものである。しかし、資料によれば物理攻撃も問題なく通るようである。知能は持ち合わせていないようで肉食動物と同じ本能で襲って来るようだ。様々な個体が不定期で発生している為、事前に発生源を認識するのは困難な状態。何故、急なのか何故生まれてくるのかは、未だに謎に包まれている。しかしどうやら、最近の調査では知能を持ち始めたヴィランを見掛けたと聞いた。引き続きの調査が必須である。

 

 

 

・学生割り

【一年生】

天音かなた 紫咲シオン 桃鈴ねね 赤井はあと 湊あくあ 角巻わため 姫森ルーナ ラプラス・ダークネス 博衣こより 沙花叉クロヱ 堰代ミコ

(11人)

 

【二年生】

さくらみこ 大神ミオ 白上フブキ 猫又おかゆ 戌神ころね 宝鐘マリン 兎田ぺこら 白銀ノエル 不知火フレア 潤羽るしあ 夜空メル 夏色まつり 百鬼あやめ 大空スバル 常闇 トワ 雪花ラミィ 尾丸ポルカ 獅白ぼたん 風真いろは 島村シャルロット 周防パトラ 紫黒龍成

(21人)

 

【三年生】

ときのそら 星街すいせい ロボ子 AZKi アキ・ローゼンタール 癒月ちょこ 桐生ココ 鷹嶺ルイ 西園寺メアリ

(9人)

 

【教師】

友人A 春先のどか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼はナニカを隠しているようだ

 

 




初めまして始めました初めての小説投稿。あ、黒いラドンです。スマホ投稿です。何もかもが初めてなのでこれを投稿する時も何か凄いドキドキしてました。まぁ慣れてくるとは思いますけどね。それはいいとして、今日から不定期(ここ重要)で投稿していきます。皆さんが面白いと思えるような物語、有意義な時間を過ごさせるように頑張って時間を掛けて完結を目指します。できるだけ投稿前には見直してからにしますが、誤字脱字があればご報告などして下さると大変助かります。よろしくお願いしすぁ。


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設定資料 2



この資料には、異能を持つ生徒達の詳細が記されている。



 

 

 

 

 

【異能を所持している生徒】(22人)

 

 

 

・一学年(4人)

 

 

名前『赤井 はあと』

 

異能名『愛』

 

詳細

・彼女の異能は中々癖のあるものだ。自身の芽生えさせる愛情の大きさに比例して、攻撃の威力の大小が変わるらしい。そして彼女の攻撃を受けた者は見境なく、本人に恍惚としてしまうとのこと。

 

 

名前『湊 あくあ』

 

異能名『水操』

 

詳細

・水を操るこの異能は多種多様に応用が利く。操る力が強ければ強い程、水の量も大きくなる。そして彼女はそれ以外にも銃撃戦で中距離や、ナイフ術で接近戦をも得意とする。遠・中・近距離対応が出来るアサシンとも言えよう。

 

 

名前『角巻 わため』

 

異能『旋律』

 

詳細

・彼女の持っている弦鳴楽器であるハープを使用しながら、対象に様々な攻撃を仕掛けるとのこと。弾く音色によっては効果が変わるらしい。しかし本人は弾けないらしく、彼女の魔法によって勝手に弾いてるとのこと。

 

 

名前『沙花叉 クロヱ』

 

異能名『超音波』

 

詳細

・異能と言うより彼女自身の獣人としての本能だとは思うが、超音波と呼称するよりエコロケーションと呼ぶのが正しいか。それは名の通り″反響定位″と言って音波を発して反響した際に、物体の距離・方向・大きさを探知することが可能。

 

 

 

・二学年(13人)

 

 

名前『さくら みこ』

 

異能名『異能力強化』

 

詳細

・彼女は後方支援に向いている、他人の異能や能力を強化させる異能である。それだけでなく、彼女自身の巫女としての力でも様々なサポートが可能で、戦場では優秀な支援者となるだろう。

 

 

名前『夏色 まつり』

 

異能名『陽光』

 

詳細

・太陽の光を利用した異能で、太陽の日差しが強いほど彼女の異能も強力になる。正確には光そのものを吸収することで力を蓄え、所謂ソーラーパネルのようにいざと言う時に力を使用することも可能。しかし、太陽が沈めば威力が半減してしまうし、使える力量が限られると言うデメリットが存在する。

 

 

名前『夜空 メル』

 

異能名『操血』

 

詳細

・血を操る異能で、瞬時に凝固させたり粘着性に変質させることも可能らしい。生死関係なく、対象の生物から直接血を抜くなどの技術は出来ない為、輸血パックを持参して戦闘に赴いているらしいが、当の本人は血が苦手と小耳に挟んだ。彼女はヴァンパイアな筈だが大丈夫なのだろうか。

 

 

名前『白上 フブキ』

 

異能名『幻瞞(げんまん)

 

詳細

・彼女は妖術も巧みに使いこなせる技量があり、更には異能により見破るのもより難関になり狐に抓まれるだろう。至高の幻術師である彼女の騙し技は右に出る者はいない。獣人でもある為、素の身体能力も合わせれば、彼女も強力な戦闘員の一人になる。

 

 

名前『大神 ミオ』

 

異能名『暴炎』

 

詳細

・彼女の武器は打撃を主にする拳で牽制する。狼の獣人特有の瞬発力とスピードとパワーを兼ね合わせ、一体一での勝負なら早々負けることはない。異能により拳に炎を纏わせたり、様々な技を創って巧みに使いこなしている。

 

 

名前『戌神 ころね』

 

異能名『怪力』

 

詳細

・戦闘の際、彼女は両手剣の武器を使用しているが真の力はその異能に直接関わっている。力は勿論のことだが耐久面でもとても優秀であり、圧倒的な矛と盾をその身一つで戦場を無双する。

 

 

名前『白銀 ノエル』

 

異能名『鉄壁』

 

詳細

・この学園で一番のタフさを持っていると言っても過言ではない。元々、白銀聖騎士団に携わっていたこともあり戦闘面でも優れた能力を発揮させている。タンクとしてもアタッカーとしても、何方も優秀さが目立つ。

 

 

名前『不知火 フレア』

 

異能名『強弓術』

 

詳細

・異能により最大まで技術力を引き上げられ、多彩な技術を用いて弓矢を自在に操る。圧倒的なサポートに優れ、色々な場面でも彼女の視野の広さには感心ものだ。

 

 

名前『宝鐘 マリン』

 

異能名『千里眼』

 

詳細

・彼女は少しおちゃらけだが、元々異世界からの住人であり海賊としての実力は確かなものだ。戦闘経験も長く観察眼も優れ、その上異能で更に戦況を細かく読み取れるらしい。

 

 

名前『兎田 ぺこら』

 

異能名『幸運』

 

詳細

・彼女は積極的に攻めるタイプではなく、後方支援での牽制を主にする。罠や爆破物などを使用し派手に攻撃し、敵の行動を激しく制限させる。異能は名の通り幸運を呼ぶのだが、意のままに操れる訳でもないらしい。戦闘以外でも日常生活にも影響が出るそうだ。しかし、彼女曰くあまり当てにならないらしい。

 

 

名前『常闇 トワ』

 

異能名『影冥』

 

詳細

・影の魔法を得意とする彼女とこの異能は相性が良いだろう。暗ければ暗い程、技の威力は上がり幅も広がるメリットがある。但し逆に言えば光には弱く、まつりの異能とは相性が悪い。

 

 

名前『雪花 ラミィ』

 

異能名『氷結』

 

詳細

・彼女は元来、人里から離れた白銀の大地に住んでいる雪の一族の令嬢である為、氷魔法の実力では右に出る者はいない。その上、異能により更に強力となって、彼女がその気になればこの街の一つを氷漬けにするのは容易いだろう。

 

 

名前『風真 いろは』

 

異能名『風神』

 

詳細

・彼女の異能は主に風を操るようだ。そして彼女は刀をも得意武器とする。持ち前の身体機能と熟練した剣術だけでも強力だが、更に風を操ることで様々な速度の上乗せが可能らしい。それ以外にも使い道の需要のある異能だ。

 

 

 

・三学年(5人)

 

 

名前『ときの そら』

 

異能名『██

 

詳細

・詳細不明。

 

 

名前『AZKi(アズキ)』

 

異能名『電子』

 

詳細

・彼女は現代社会に於いて今のネット界隈を手中に収める可能性が十二分にある。その異能はテレビやネットなどを通して移動が可能になり、特定など幅広く活躍が出来る。そして口癖は「GUESS」。

 

 

名前『星街 すいせい』

 

異能名『星座』

 

詳細

・その異能は他の者達よりも一線を画す代物だ。異能自体が特別だが、その中でも更に特別な力。その宿す能力が()()()も存在し、様々な戦況を作り出しては相手を翻弄する。この学園のトップ3の強さを誇る。

 

 

名前『癒月 ちょこ』

 

異能名『治癒』

 

詳細

・誰よりも回復能力に秀でている能力により、怪我を時短で治すことが出来る。しかし病気や欠損などの治療は難しいので油断は禁物だ。一応それ以外にも基本的な魔法は使えるらしいので戦えなくはないが、積極的に出るのは難しい。

 

 

名前『桐生 ココ』

 

異能名『巨竜化』

 

詳細

・この学園の強さで二番目を誇る彼女は、稀に見る竜族と言うのもあり素の身体能力や戦闘能力にプライドが非常に高く、負けず嫌いなのが多いと聞く。だが彼女は義理堅く、その異能は人々の為に振るう。巨竜化と記しているが、正確には種族特有の力のようなもので、人間から巨大な竜へと変貌して暴れ回る。

 

 

 

 

 





以上が異能所持者の詳細である。


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変わり始める日常
一話 『再び動き出す歯車』


完全に趣味なので、不定期で投稿になります。そしてストーリーも完全オリジナルになります。
それでは、長い長い彼の物語が始まります。


それではどうぞ〜。


 

 

 

 

 

古の時代の風景とは、あくまで現代の考察にしかならない。幾ら証拠があろうと、実際とは異なることも有り得なくない。様々な者は目の前の真実に囚われることは多々ある。

 

この世界は、ありとあらゆる種族が存在する。

 

人格と感情を持って己の意思で自立する『人間族』。犬や猫なの動物が人の姿をする『獣人族』。魔の世界から訪問する『悪魔族』。天界から降り立つ『天使族』。幽世から現れる戦闘能力が高い『鬼族』。高性能で意志と心を持つ『機人族』。圧倒的な強さと誇りを持つ『竜族』。様々を司る神々など、様々な種族がこの世にいる。

 

そして、禁忌の存在とされている『黒龍族』。

 

嘗てこの世界では、種族間での差別問題などで戦争は絶え間なく続いていた。何方が上の存在かを示す為に血で血を争い、時に手を取り合って戦う。戦争を望む者、戦争を拒む者。力そのもので強者を証明する者。

 

人間は軍事力を使い、人間に対して好感的な獣人と手を取り合い、様々な種族と渡り合っていた。そして何時しか、このままでは世界を混乱に陥り、破滅へと招く事態に気付いた者達が戦争を止めに立ち向かう。

 

そして長きに渡り、死屍累々を築きいて数多の命を散らして戦争は終幕を迎えた。これからは差別問題を解消していく為に、各種族で同盟を結んだ。

 

しかし、問題はこれからだった。

 

その同盟を拒んだのが、禁忌の黒龍族。彼らは酷く好戦的で残忍な性格を持ち、力は支配するものだと信条に生きていた。その力量は全く持って異質。竜族をも遥かに上回る程の圧倒的な強者。神をも超え、この世の全ての頂点に立つ絶対的存在。

 

この世は弱肉強食、殺すか殺されるか、情など必要無い。正に無慈悲無感情無感動、力こそが全てと言う考えだった。その事から黒龍族は関わってはいけないと認識され、隔離されるようになった。

 

だが、それでも意味は無かった。黒龍族は自分達に力で逆らえないことを逆手に取り、好きなように暴れていた。食料が尽きれば奪い、気に入らない者がいれば殺し、恐怖でものを言わせていた。

 

このままではいけないと世界は抵抗した。再び戦争が始まる。また、あの悪夢が再来するのだと誰しもが絶望の感情を打ち震わせた。だがこれ以上、黒龍族に好きにはさせない為にも、多くの犠牲者を出しながら、圧倒的な人数の差で黒龍族を見事に制した。

 

これに懲りた黒龍族は、これ以上関与しない条件を渋々と呑むことにした。それから黒龍族は、性格は変わらずとも大人しくなり、自分達なりに生きていくことにした。

 

長い時間を掛けて、漸く世界は平穏な日々を迎えられるようになった。この事態は後々大きな歴史として、人々には″黒龍族は危険な存在″として継がれていった。

 

 

 

 

 

月日は流れ…。

 

 

 

 

 

ある日、禁忌の黒龍族はこの世界から突如として消え去った。

 

 

 

 

 

そして、世界は新たな生命に出会うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある荒野に、一人の少年が歩いている。

 

そこは草木の緑は一切なく、砂漠のように荒れた潤いが何もない乾いた地が地平線まで続いている。しかし、辺りは戦後のように滅茶苦茶な地形であった。

 

幾つもの陥没と隆起している地面、何時からあったのか分からない朽ち果てている何体もの人骨がそこら中にバラけていた。そんな屍の地に目を配ることもなく、ただあるものを一点に見詰めて足を運んでいた。

 

 

 

「……ここに来るのも、もう何度目かな。」

 

 

 

十を越えてからもう止めた。何度ここに来ようとも、何かが変わる訳でもない。正直、来る意味も特に何も無い筈なのに、気付けば此処へと足が向かっていた。

 

 

 

彼の目線の先には、一つの墓石があった。

 

 

 

「……。」

 

 

何時からだっただろうか。自分の人生がこんな風に変わっていたのは。何か、自分の中の大切な全てを失ってから、この虚無感がいつも蟠りのように残り続けるのが、今や普通とも言える。

 

小さい頃、自分は果たしてどんな人生を想像していただろうか。

 

色んな人と関わり、出来る限り悔いの無い明るい人生を送りたかったか。自分の夢を叶える為に、努力を惜しまない人生にしたかったか。好きなことを沢山して、思い出が沢山の人生にしたかったか。

 

全ての人は、自分の人生を良いものにしたいと思うだろう。それでも上手くいかないのが、思い通りの日々にならないのが人生でもある。勿論、俺もその内の一人でもあるとはっきりと言える。

 

しかし…。

 

 

 

 

 

「────少なくとも、今みたいな人生は考えてなかった。」

 

 

 

 

 

彼の瞳には、何処か遠く…儚いものを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───…お前は強い。それは俺が保証する。誰がなんと言おうと強い。優しさを持ち合わせ、穏やかな心と努力して培ったその力を持ったお前は、きっと誰よりも強くなれる。』

 

 

 

 

 

『───…お前は俺達の″希望″なんだ。絶対に死なせる訳にはいかねぇ、後は…兄ちゃんに任せろ。』

 

 

 

 

 

「────っ…?」

 

 

窓の隙間から指す太陽の光が瞼を焦がす。その鬱陶しい明るさに目が覚める。暫くぼーっとした後に上半身をゆったりと起こす。眠気はあるものの、気持ちのいい寝起き…とまでは言えなかった。

 

 

(今の…夢…か?)

 

 

顔を掌で覆って頭を悩ませる。ぼやけていたがとても見覚えのある人の姿、聞き覚えのある人の声…あれは忘れもしない、かつての兄だった。今更またあの光景を見せられるなんて、何かしら自分の生活に変化でも起こる予兆でも言うのだろうか。

 

 

「……ん?」

 

 

自分の顔に触れてから初めて気付いた。いつの間にか頬に違和感があって、触れてみればそれは涙が伝っていた。

 

 

「…はは、いつまで引き摺ってるんだろうな。兄ちゃんが見てたら、なんて言われるんだろう。」

 

 

未練がましい自分についつい自嘲気味に笑いが出てしまった。こんな情けない姿をする自分に嫌気がさすものの、何時までもこのままではいけないと深呼吸を一つしてから、ベットから降りて洗面台へと向かう。

 

起きるには少しばかり早いが、二度寝する気分にもなれず、何かをして気を紛らわそうと決めた。歯を磨くことから始め、冷たい水で顔を濡らし、目が冴える。くっきりとなった視界で鏡を見れば自分の姿が鮮明に映る。

 

穏やかだが何処か虚無感を残した蒼色を帯びた黒い瞳、襟足まで伸びた特徴的な黒髪に、前髪の一部にはチャームポイントのように白髪が混ざっている。顔の形はまだ幼さを残していると他人からはよく言われていた。実感はないが、これでもいい年になった筈なんだけどな。それに、相変わらず今日も顔付きは虚無感が色付いている。

 

 

(さてと…今日は少し出掛けて来ようかな。)

 

 

今日の頭の中での予定は、新刊の漫画本を買いに行くことと雑貨店で何か物色でもしようかと考えていた。普段の彼の生活はグータラ生活と似たような生活になっている。

 

家族はおらず一人暮らしをして数年は経っている。学業も入ってもいない、だがとある場所で通い詰めで働いてはいる。社会人かと言われれば少し違う、そんな普通とは少し掛け離れた生活を彼はしていた。今日はバイトは休みな為、ゆっくり休むなら羽目を外そうと、気分を変えて出掛けることにした。

 

慣れた手付きで素早く珈琲を作り、トーストにツナマヨを載せてからオーブンで焦げ目が付くまで焼く。珈琲を啜りながら暫く待って出来上がれば、香ばしい匂いで空腹が更に刺激される。一口食べれば止まらない美味が口の中に広がり、あっという間に朝食を終えてしまった。

 

着替えもさっさと済まして寝癖も直し、戸締りをしっかりと確認するのも忘れずに、誰にもいないこの家を後にする。出掛ける為の言葉を向ける人もいないので、彼は少し寂しくぽつりと呟いた。

 

 

「…行くか。」

 

 

外は自分の心の内とは裏腹に、とても良い天気であった。晴れやかな青空、心地良いそよ風、正に散歩日和で出掛けなければ勿体ない程だった。少しばかり日差しが暑いが、熱中症の心配はなさそうだ。

 

自宅を含む住宅街を抜けて、人が蔓延る中心市街地へとやって来た。休みの日の為か、やはり人の数は平日よりも偉く群がっている。そんな気分が悪くなりそうな景色に、彼の顔色は少し気だるさが滲み出ていた。

 

 

(人混みは苦手だ…いや誰もがそう思うか。)

 

 

自分の思ったことに突っ込みを入れ、漸く少し人数が少なくなってくる所へとやって来た。けど少し、日差しと人混みの暑さも混ざって少し汗をかいてしまった。手の甲で汗を拭いながら、傍にあった自販機で冷たい飲み物を買っておく。

 

 

「ふぃ、やっぱりいちごミルクはうんまいなぁ。」

 

 

近くのベンチで一休みをしながら、紙パックのいちごミルクを飲みつつぼーっとしながら青空に目を向けてから、人通りをチラッと横目で見やる。

 

 

(…まさに平和って感じだな。)

 

 

この世界には、様々な種族が存在している。人間だけがいる世界ではなく、動物が人型になったように耳や尻尾、種族によっては角や翼などが生えている人もいる。存在している種族で、獣人族に魔族や天族に鬼人族や、果てには機械人などがいる。そんな亜人が蔓延る世界がここでは普通である。

 

種族間の問題は無かったと言えば嘘になる。色々と差別問題など立場問題や、それなりに難しい問題が昔から発生していたものの、今は落ち着きを取って、異種族同士でも友好関係を何とか築けている。もっと分かりやすく言えば、今は種族間での戦争が起こる心配は今はない。

 

どっちかと言えば、今の世間が問題視しているものがもっと別にある。それは『ファントムヴィラン』と言う謎の存在で、直訳で言えば″幻の敵″。どういう訳か、そいつらは見境なく知性も意思も持たずにただ人々を襲う。怨みや憎悪と言った負の塊のように紫黒色の炎が様々な形で体を作り、それがパッと見で実体があるのか分からなく幻のように見える為、そう言われてきた。

 

突如、この世に現れた摩訶不思議で凶悪で厄介なことこの上ない。今さっに、平和と思っていたがそれは現状を見て素直にそう思っただけで、完璧な平和とは思っていない。けど、いつの日かそんな世界が来るといいな。

 

 

「さて、そろそろ行くか。」

 

 

小休憩も済んだことだし、飲み干したいちごミルクをゴミ箱へと捨ててから、再び足を動かし始めて本屋へと向かう。

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

「────っ!爆発…っ?」

 

 

いつだって事が起きるのは突然。それは何時何処でも同じ概念。後方からけたたましい爆発音、周りにいた人達も混乱し、爆発とは反対方向へと逃げて行く。さっきまで平和だった空間は、悲鳴と怒号と阿鼻叫喚な最悪な空間と一瞬にして変わり果てた。

 

 

「……。」

 

 

そんな中でも、彼は平然とその場に立ち尽くしていた。冷静さを失わずに爆発が起きていた所であろう、黒煙が上がっている所を真剣に見つめていた。逃げる人々はそんな彼に気にやることもなく避けて行く。

 

そして、彼もまた止めた足を動かし…爆発が起きた場所へと走り出した。その顔には何の迷いも備わっていない、ただ当然のようにそこへ行く。

 

 

(平和だと思ったらコレだよ…。)

 

 

しかし内心では呆れでいっぱいだった。折角の休日の時間を、事件に持っていかれると思うと溜息が無意識に出てくる。そして未だに爆発する音を頼りに向かえば、開けた場所へと辿り着いた。そこには異質な存在が一つ。

 

 

「まっ…そうだろうな。」

 

 

彼の目線の先には、ファントムヴィランが一体。原因は何となく想像は出来ていた。炎のような大きな体を揺らし、獲物を求めているのか辺りに視線を向けていた。何故こんな所にいるのかは考えてる暇はなさそうで、奴は何かを見つけたのかある一点を見つめていた。

 

 

「お…おかぁさん…!」

 

 

「うっ…に、逃げなさい…!」

 

 

そこには親子がまだいた。逃げ遅れたとは違い、どうやら母親が足に重傷を負ったのか動けずにいた。母親の傍には小さい男の子が一人、息子は母の姿を見て涙で顔を濡らす。掠れた声で母を呼びながら、必死に彼女の服を掴みながら引っ張っていた。

 

しかし、息子の行動が無理だと分かったのか、母親は痛みを堪えながら逃げるように伝えるが、子供はそれに首を強く左右に振って否定する。何度も言い掛けても、否定するの繰り返し。このままでは二人して襲われてしまう。ヴィランはその親子の方へ体を向かわせていた。

 

 

「私はいいからっ!早く逃げなさいっ!!」

 

 

「嫌だぁっ!絶対お母さんを助けるっ!」

 

 

「っ…どうして最後まで言うことを聞かないのっ!!最後くらいお母さんの言うことを聞いてよっ!!」

 

 

「っ…!!」

 

 

二人のやり取りにヴィランは気にすることなく、ただ見下すように白い目を向けていた。その短い間の後、ヴィランの顔にジグザグ上の線が浮かび上がると、ガパッと無かった口があんぐりと開いた。その口奥から淡い光が漏れだし始め、徐々にそれが大きくなっている。

 

そして、大口から白炎の弾が撃ち出された。花火のように発射したそれは、無慈悲に親子を撃ち殺さんと言わんばかりに飛んで行く。それに気付いた母親が、今も離れない我が息子を抱き締め、すぐそこまで来ている白炎弾を自分の体で覆い守ろうとしていた。

 

人間は何時だって脅威の存在には勝てない事が多い。ましてやこんな訳の分からない化け物に殺されるなど、理不尽極まりない。確実な死が迫っている。

 

無理だ、諦めよう。でも死にたくない。そう思うのが人の性であり当然なことであろう。しかし人間は、弱い生き物なのだ。

 

二人の親子がいた所はヴィランが撃った白炎弾が直撃し、花火のように爆発を起こす。空間がが揺らぎ衝撃波が広がる。黒煙が空に向かって伸びていき、暫くの静寂が訪れる。

 

ここまで見れば、あの親子は確実にあの世へ行ってしまっただろうと誰もが思うし、あれを止めるなんて人間業じゃあ無理なことだろう。

 

 

 

普通の人間なら、と言う話だが。

 

 

 

……!

 

 

ヴィランには表情は無いものの、驚愕の雰囲気が伝わる。黒煙が晴れれば二つの無惨な死体があると思っていた。しかし、そこにいたのは…。

 

 

「……ふぅ。」

 

 

「…えっ?」

 

 

親子の盾になっていたように、数メートル先で一人の少年が立っていた。母親が唖然と声を漏らしていたが、彼はヴィランに向けて片腕を伸ばした状態で静止している。その格好から、あの白炎弾を片手で受け止めたと言うのだろうか。

 

 

「随分な攻撃だが、もう止めろよ。」

 

 

……!!

 

 

「あぁそうかい…じゃあ悪く思うなよ。」

 

 

彼は話し掛けてみたが、ヴィランはそれを拒むように再び大口を開いた。まぁ当然と言うかやっぱ駄目かと言うように溜息を吐いた後に、目元を鋭くさせた。その後に、ヴィランは同じ攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 

「ふっ!」

 

 

……!?

 

 

しかしその隙に、少年は間合いを詰めて攻めて行った。だが、その移動の速度は常人を軽く超えていた。一瞬とも言えるその速度でヴィランの顎を蹴り上げ、がら空きとなった胴に回し蹴りを打ち込んだ。

 

真面に受けたヴィランは軽々と吹っ飛んで行き、崩れた建物の瓦礫に激突する。少年の身体能力は、明らかに普通とは掛け離れている。その光景に親子は揃えて開いた口が塞がらず、唖然としながら彼を見ていた。

 

 

……!!!

 

 

「来な。」

 

 

瓦礫から抜け出したヴィランは荒々しく威嚇していた、炎のような体が更に炎炎とざわついている。負の塊に更に怒りによる負荷が乗り、それによってヴィランも強くなっていく。しかし、少年はそれを見ても平然と見据え、挑発をするように人差し指でくいくいっとヴィランに伝える。

 

それを皮切りにヴィランも怒りが頂点に達したのか、猪の如く勢いよく猪突猛進。四足歩行の爆速の突進、足が着く度に地面が揺れる。激突すれば五体満足では済まないだろう、それでも少年はその線路から外れない。

 

 

「はっ!」

 

 

……!?

 

 

少年が掌をヴィランに向けたその時、声を発したと共にヴィランが体が宙を浮いた。どう言う原理で吹っ飛ばしたのか、ヴィランにもそれを見ている親子でも解らない。しかし、突進から怯んだその瞬間を逃さない彼は即座に懐へと潜り込む。

 

 

「ふんっ…でぁ!」

 

 

……!?

 

 

拳をめり込ませ、次に脚を下から上へと蹴る。図体の大きいヴィランは見た目とは裏腹に上空へと吹っ飛んで行く。たが、それだけでは終わらずに彼もその場から跳躍する。それはヴィランよりも上空へ跳び、体勢を捻らせて逆さになると、そのまま蹴り下ろすサマーソルトを繰り出した。

 

ヴィランはそのまま真っ直ぐ地面へと強く激突し、苦しそうに藻掻いていた。ヴィランの白い目には何かが映っている、何かが迫って来ている。それは言わずもがな、彼だ。

 

 

「終わりだ。」

 

 

自由落下してヴィランに向けて落下している少年は、右手に何かを宿しながら構えていた。指の隙間から見える小さく光る紫のような黒いナニカ。ヴィランとの距離が近付くにつれて、少年は瞳を鋭くなっていく。

 

 

「はっ!!」

 

 

……!!?

 

 

ズドンッと大きく重い音が響き渡る。激しい衝撃波が生まれ、突風が巻き起こり、大きな砂埃が辺りの空間を覆い被さる。今日一番に大きい轟だろう、砂埃が晴れるには少しばかり時間が掛かっていた。

 

ゆっくりと砂埃から歩いて出てくる少年、その後ろには大きく傷跡を残した陥没地面。その中心には原型を留めていないヴィランが倒れていた。ヴィランは苦しそうにモゾモゾと暫く動いていたが、徐々に動きが鈍くなっていき、最後には力無く動かなくなった。紫黒の体は蜃気楼のように揺らめきながらパラパラと煤のように消えていった。

 

 

「ふぅ…。」

 

 

事が収まったことに一息つく。少年は少し辺りを見渡してから、あの親子の方へと体を向けて歩き出す。未だに唖然とする二人に、少年は少し気まずそうにしながらも声を掛ける。

 

 

「あの、大丈夫でしたか?」

 

 

「…あっ、は、はい!助けて頂いてありがとうございます!お陰で息子も無事で済みました。」

 

 

「兄ちゃん、ありがとうっ!」

 

 

母親は目頭に光るものを溜めていた、男の子はそれを堪えきれずに一筋の雫が頬に伝っていた。しかし、とても良い笑顔を浮かべてながら見上げてくれる。二人の礼の言葉に、彼は表情が柔らかくなる。

 

その後は救急車を呼んで来るまでに、怪我をした母親の介護をしていた。そして直ぐにやって来た救急車に男の子も乗せて運ばれて行った。

 

 

(何とかなったが、ちょいと時間が取られちまったな。)

 

 

たが、人助けしたことに後悔などはしていない。寧ろ救えて良かったと思えている、時間は有限とは言うが、これを無駄だと誰かは言うのだろうか?

 

 

 

『誰かを守る為に戦え、───。』

 

 

 

「っ!また…。」

 

 

まただ、またあの時の光景が…夢といいどうして今日は″あの時の記憶″が不意に思い出されるのだろうか。変に胸騒ぎを覚え、胸の内が少しばかり蟠りがあって気持ち悪い。それに一瞬とはいえ頭に痛みが走り、苦い顔をして咄嗟に頭を抑えた。

 

不本意だが、今日は諦めて家でゆっくりとしていよう。本なら何時でも買えることだし、次の休みの日にでもまた出掛けることにしよう。そうと決まり、少年は踵を返して自宅へと戻ることにした。

 

 

「────ちょっといいですか?」

 

 

「…?」

 

 

透き通るような声で誰かが彼の足を止める。それに咄嗟に振り返って見れば、一人の獣人の少女がいた。まるで絵本から飛び出てきたように彼女は白銀の狐姫のような華麗であった。一見、狐の獣人…と思ったのだが……。

 

 

「……猫?」

 

 

「狐じゃい!」

 

 

どうやら前者で合っていたようだ。雪のような白髪に白い毛並みを備わせている獣耳、腰部辺りには先端に黒毛がある白い狐の尻尾が生えていた。凄く、もふもふしている。ちょっと触りたいかも。っと、そうではなく。

 

 

「何か用か?」

 

 

「あの、実はここら辺でヴィランが発生したと聞いて駆けつけて来たんですが…あ、こんこんきーつね!私は″白上 フブキ″です!白上は煌星学園の生徒なんですよ!」

 

 

「煌星学園…様々なヴィランに対抗する為の特攻隊を創るあの学園か。」

 

 

彼女のその独特な挨拶も気になったが『煌星学園』の方に目を向けた。彼女の通っている学園は三年制で普通とは掛け離れた科目が存在する。そしてファントムヴィランの唯一の対抗策と言われている生徒達の集いだ。

 

 

「そうなんですよ。それで…ヴィランの目撃情報とかありませんか?」

 

 

「あぁ〜ヴィランなら…その…。」

 

 

どうする、人助けとはいえ無関係な俺が倒してしまった。けどもしこれが御法度なものだったら俺はどんな処罰を受けてしまうのだろうか。彼はあからさまに目線が泳いでおり、口篭っているが伺える。

 

 

「…?どうしたんですか?」

 

 

「……さっき俺が倒した。」

 

 

「…ふぁ?」

 

 

彼は流石に隠すのはまずいと思っていたが、かと言って真実を伝えても自分が変に思われるのが少し怖かったからだ。フブキと言う少女から顔を背けながら、聞こえるか聞こえない程度にぼそりと呟いたのだが、獣人である彼女にはどうやら普通に聞こえるようだ。

 

 

「それって…ほ、本当ですか?」

 

 

「あぁまぁ…あれが証拠、と言うか最後にヴィランがいた場所。」

 

 

少しはっきりとしない挙動になってしまっているが、少年は先に止めを刺した所である陥没している地面の方に指を差した。フブキもそれに釣られて彼と同じ所に視線を移した。広く平らな交通道路のある所に一際目立つ陥没地面、それを目にしたフブキの顔色は真剣な眼差しで、その場所に歩んで行く。

 

 

「……。」

 

 

彼女の様子からはその光景を見ても驚愕した雰囲気は伝わらない。やはりヴィランとの戦闘経験はあるのか、こういった光景には慣れているのだろう。真偽を確かめている感じはある。

 

嘘は言ってはいないのだが、あの陥没はヴィランがやったと言う可能性もあるし、今の俺の立場ははっきりと言って彼女からしたらヤバいやつかもしれない。色々な不安が渦巻いていているが、今は彼女のことを待とうと腕を組んで、未だに無言のまま調べている彼女を見守っていた。

 

 

「確かに…微力ながらヴィランの気配がまだ残っていますね。」

 

 

「そこまで気付くのか、凄いな。」

 

 

「それは勿論ですよ!なんたって白上は煌星学園でもそれなりに凄い人ですからね!」

 

 

取り敢えず嘘つき呼ばわりされる心配はなくなった。フブキは少し自分の自慢をして軽く胸を張っていた。それに少年は少し腑抜けに似た表情を浮かべてから、苦笑いを零した。

 

 

「っとと、そうではなく…ヴィランの気配が貴方の言った所が最後に、全く気配を感じられませんでした。本当に、貴方が倒してくれたんですね。」

 

 

「…あぁ、うん。えと…ごめん。」

 

 

「え?なんで謝るんですか?」

 

 

後ろめたさが隠し切れずについ謝ったのだが、フブキは彼の言っていることに首を傾げた。何のことを言っているのか分かっていないようだった。

 

 

「ん?いや、部外者の俺が倒してしまったのって…もしかしたら駄目なんじゃないかなって思ったんだけど。違うのか?」

 

 

「えぇ!?そ、そんな事ないですよ!寧ろ御礼が言いたいですよ!」

 

 

どうやら自分の心配と思っていたのが、どうやらそんなことなかったらしい。彼女の慌てて否定する姿を見て、彼は安堵して胸を撫で下ろす。

 

 

「そうなのか?良かったぁ、もしかしたら違反で何か罰せられるかと思ってたんだけど…。」

 

 

「いやいやいや!ヴィランを倒すことに法律違反とかそんなの無いですよ!?どんな心配してるんですか!?」

 

 

普通に考えてもみれば、確かに心配する着眼点が色々と可笑しい。災害になる敵から助けて自分が罰を受けるとかどんな鬼畜であろうか。フブキは彼の言葉に強く否定してから、落ち着く為に一旦咳払いをして、言葉を続ける。

 

 

「兎に角…今回は、貴方のお陰で最小限に被害は抑えられました。この旨は、また後に学園側から謝礼が来ますが御礼を言わせて下さい!ありがとうございました!」

 

 

本題はここからとでも言うように、改めて言葉を並べていくフブキに、彼もまた彼女の話に耳を傾ける。お礼を言われてはいたが、当の本人はそれをすんなりと否定をした。

 

 

「いや、礼を言われる程じゃないよ。咄嗟だったし、別に見返りを求めてる訳じゃないから、白上が倒したとでも伝えておいてくれ。」

 

 

「そんなこと出来ませんよ!それに貴方は立派なことをしたんですよ?例えそれが自己満足だとしても、貴方の行動で多くの命が助けられたんですよ!」

 

 

「…!」

 

 

彼女の言葉で、彼はあの時に助けた親子の顔が脳裏に映り出した。それだけでなく、確かに彼が動かなかったら、仮に他の誰かが行動してくれると言う他人任せにして動かなかったら、彼女が来る前には多くの犠牲者が出ていたのかもしれない。

 

 

「そっか…助けるのってやっぱり悪くないな。」

 

 

「…?」

 

 

何かを意味を含んでいるような呟きに、フブキはまた首を傾けるだけだった。少年は彼女のその姿に目に入った時、ハッとして顔を左右に軽く振る。

 

 

「いや、なんでもない。んで…俺はもう行っていいかな?」

 

 

「あっ!待って下さい!連絡先を教えて貰ってもいいですか?」

 

 

「連絡先?あぁ…。」

 

 

少年はそのことを指摘されると、ポケットからスマホを取り出してフブキとの連絡先を交換し合う。

 

 

「それにしても、私の通ってる学園の生徒じゃなくてもヴィランを倒せるってことは強いんですね。貴方は学生…のようにも見えますけど、普段から何かしてるんですか?」

 

 

「あー…なんて言うかまぁ、俺にも色々あってちょっとキツいと言うか、わりとギリギリな生活をしていると言うか…どう伝えたらいいんだろう。」

 

 

はっきりと言えば、今の生活を続けるのは正直まずいと思っている。学業には行ったことがないけどバイトはやっている、けどその資金だけで食い繋いで行くのは難しいだろう。そんな貧困気味な生活に、苦笑いが途絶えない。

 

訳ありな生活に察してくれたのか、白上も少し気まずそうに苦笑いを浮かべていた。しかし、そこで丁度よく連絡先の交換も終えたことで、次の話題が出てくる。

 

 

「これでよしっと!それじゃあ白上はそろそろ戻って報告しに行きますね!もしかしたらまた会うかも知れませんので、その時はまた宜しくお願いしますね!えっと…そう言えば、お名前聞いてませんでしたね。」

 

 

そう言われて彼は気づいた。自分の名を教えてはいなかったと、うっかり忘れていた。彼は少し申し訳なさを覚えながら、少年はフブキに伝える。

 

 

「自己紹介が遅れて悪い。俺は…″紫黒 龍成″だ。よろしくな。」

 

 

彼の名は紫黒 龍成(しぐろ りゅうせい)。何処にでもいるような平凡を装った少年、人間であるが普通とは掛け離れた戦闘能力を持っている。彼は何者で、どう言う存在なのか。フブキとの出会いが引き金か、それとも何かの変化は既に起きているのか。

 

彼の中のある錆び付いた運命の歯車は、ゆっくりと滑らかに戻していくように動き始めている。

 

 

 

 

 




変じゃなかっただろうか…怖いな…。
というか書き終えて気付けば一万文字も超えてたのか。これって凄い方なのかな?どうでもいい?すいません。
てな感じで、入りが肝心な第一話目はいかがだったでしょうかね。満足できなかったらもっと精進しますので許して下さい。設定の後書きでも書いた通り、投稿前には誤字脱字が無いよう確認はしていますが、もし見つけたりミス等あればご報告をよろしくお願いします。
それでは〜。


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二話 『前日譚』


この方達が出てるのは見かけなかったので多分珍しいと思います。
知らない人はそんないないんじゃないかな?

ではどうぞ〜。


 

 

 

 

 

「昨日は色々とあったなぁ…。」

 

 

眠気の残る瞼を擦りながら珈琲を啜ると、程よい熱で体に温もりをくれる。しかし、未だに寝起きの気怠さは残っており、欠伸がまだ出てくる。窓から見える青空を見つめながら、消えそうな独り言を呟きながら昨日の出来事を思い出す。

 

ゆったりと目的の無い…という訳ではないのだが、静かな日常をそれなりに過ごしていて昨日のような出来事は初めてかもしれない。出掛ければヴィランと出会し、そこでかの有名な煌星学園の生徒である白上 フブキと出会った。そして、連絡先を交換して別れた。

 

ヴィランの事件は大体は彼女のとこの在籍する煌星学園の生徒達が解決してくれる…のだが、俺が時たま人知れずヴィランを倒してる時もあった。しかし、それは偶々遭遇した時のみくらいだ。

 

まぁそれはいいとして、休める日の筈だったのにとんでもない騒動に巻き込まれたものだ。仕方ないとは言え、少し損をした気分になってしまう。そんなマイナスな思考的気分に、朝から小さな鬱を感じてしまったが、深呼吸を一つして気分を入れ替える。

 

 

「取り敢えず、今日は朝からバイトだし…準備でもしとくか。」

 

 

そう、今日はバイトの日である。時間までは余裕はあるものの、早々に準備を済ましておけば少しの間は時間が空く。その空いた時間はどうするかと言われれば、別にどうもしない。特別何かをする訳でもないし、スマホを弄っているか、本とか読んでいることが基本的な習慣である。

 

時間がやってくれば余裕を持ってバイト先へと向かう。場所はそれなりに人が通る所で、商店街に並んでいる訳ではなく、ポツンと一軒家のように少し孤立している。所謂、知る人ぞ知る隠れ有名店的なものだと思えばいい。

 

家からは歩いて少し時間は掛かるが、問題なく着いた。その店の名は珈琲店『静甘(せいか)』、静かな雰囲気を大事にしながら憩いの一時を楽しむ為の場所である。珈琲店だが、何も珈琲だけでなく一品料理やデザートも揃えている。その料理の味も評判は良く、噂を聞き付けてやってくる人が最近多くいる。ただまぁ、問題なのが従業員が俺と店主の二人しかいないんだけどね。

 

そんなこんなで、店の裏口から入って自分の荷物を置いて仕事服である制服に着替える。しかし、毎度この制服の着心地には中々なれないものだ。なんせ燕尾服に近付けたデザインだからだ。堅苦しいと言うか、着苦しいと言うか、普段は着ない服装なのでやはり違和感がどうしても残る。

 

だが仕事の為にも着崩す訳にもいかないので、鏡で自分を照らし合わせて違和感な所がないか確認をしてから厨房へ向かう。

 

 

「おはようございます。お疲れ様です。」

 

 

「お〜おはよっす、紫黒ちゃん。今日は朝から悪いね、基本は厨房になるけど偶に料理運んでって貰うかも。」

 

 

「分かりました。」

 

 

この友好的な雰囲気を醸し出しているこの人が、この店の店主である″御矼 啓次(おがた けいじ)″さん。金色に近い茶色の短髪で渋い顔をしているが少しおちゃらけた口調ではある。が、根は真面目で丁寧な性格をしている。

 

そして、俺の″恩人″でもあり、信頼の出来る人である。なぜそう言った関係なのかは、説明するととても長くなってしまうので今はお預け(閑話休題)。兎に角、言えることはこの人にはとても頭が上がらないということだ。

 

 

「さて、やるかな。」

 

 

ネクタイを締め直し、一息ついて仕事モードへと切り替える。厨房からホールへ少し頭を出してお客さんの人数をパッと見で確認をしてみれば、それなりの数がやって来ていた。戻って注文が来ていないか即座に確認し、何個か注文票があったので急いで作り始める。

 

 

(相変わらず人気店だな、ここは。っとあぶねぇ…力み過ぎた。そろそろ力加減に慣れないと。)

 

 

料理は思っているよりも割と繊細な作業なので、気を抜いていたら失敗は勿論、自分が怪我をしてしまうことだってある。初めての時も、加減が慣れずに色々と失敗して迷惑を掛けたものだ。力の入れ過ぎでまな板が切れるわ、卵を少し握っただけで弾けるわ、炒め物でフライパンを振るっていたら何故か天井に飛んで行くわで散々だった。

 

 

「紫黒ちゃん悪い!これ三番テーブルに持ってってくれ!」

 

 

「あ、はい。」

 

 

料理に手を動かしながら過去の苦い修行時代を思い出しながら耽っていると、啓次さんから配膳を頼まれた。あの人も慌ただしくあっちこっちに移動してるのを見て、流石に無理だとは言える訳が無い。料理を一旦止めて、言われた通りに行動する。

 

出来上がった料理を手に持ち、ホールへ出て行く。三番テーブルは何処だったかなと一度見渡してから思い出し、さっさと渡して戻ろうと急ぎ気味で向かう。

 

 

(…?あの人…。)

 

 

向かった三番テーブルは、木材で出来ている円形テーブルで二人用の席である。そこには、二人の女性がいる。それもただの人ではない、隠す気も無い角を生やし、先端が独特なモデルの尻尾を揺らしていた。見るからに彼女らは魔界出身である魔族だろう。それに、容姿はこれまた端麗な人達だ。

 

しかし、二人の内の片方の女性を一目見た時、咄嗟に違和感を感じ取れた。それは悪い意味ではなく、かと言って良い意味でもない。純粋な気持ちから生まれた違和感、既視感に近いようなものだ。その女性は高嶺の華で可愛の雰囲気が強く伝わる。

 

桃色と混ざっている白銀の長髪だが、左右にアポロチョコみたいに髪を束ねていた。もう一人の女性は薄紫色の長髪で、もう雰囲気でお姉さん感が伝わる。

 

もしや、二人はモデルでもやっていそうだな…そんな事を考えてはいたが仕事に集中し直し、紳士を崩さずに丁寧な対応をして料理をテーブルに置く。

 

 

「お待たせしました、オムライスと蟹チャーハンです。」

 

 

「あっ、ありがとうございまーす!」

 

 

「わぁ、凄く美味しそう…。」

 

 

二人からは待ってましたと言った雰囲気が伝わり、料理に釘付けとなったその姿に思わずクスッとしてしまった。確かに、俺も初めてメニューから実物を見た時はやっぱり違うなと、感心していた。何時までもここにいる訳にはいかず、二人に会釈をしてからその場から立ち去って厨房へと戻る。

 

 

「ホントだよね、パトラ達のハニストも負けられないね!特にカニカマ料理を増やしたい!」

 

 

「パトラって何時も言ってるわよね。そう言うのは、ななしに聞いてみないと分からないよ?まぁ多分、無理だと思うけどね。」

 

 

「うぐっ…いいと思うんだけどなぁ、カニカマ料理。あむっ…美味しい♪」

 

 

「…ねぇ、それにしてもさっきの店員さん凄く様になってたよね。まるで漫画に出てくる執事さんみたいだったよね。」

 

 

「そうだね、パトラも見た瞬間ちょっとドキッとしちゃった!」

 

 

彼を話題にされているのに気付く筈もなく、二人の会話はどんどん発展していっていた。厨房に戻った龍成は止めていた料理作業を再開させ、先程の二人の内の一人の女性のことを考えていた。

 

 

(今の人…やっぱどっかで見たことあるような、ないような…。)

 

 

このもどかしい気持ちがチラついてて、何だか執拗い。遠い昔に会ったことでもあっただろうか、だが記憶を辿ってもあの女性と出会った出来事は思い出せないし、ただの気の所為だろうか。

 

 

「紫黒ちゃんごめん、またいっぱい注文来ちゃった!頼める?」

 

 

「あ、はい。大丈夫です、今やります。」

 

 

(やっぱ気の所為かな、取り敢えず今は仕事に集中するか。)

 

 

あの女性のことは一旦忘れて、やるべき仕事に集中しようと意識を変える。その後は、ただただ無心に注文された料理を作りまくっていた。偶に運んで行くこともあったが、お客さんが一向に減るどころか増えている気がしていた。それで、改めて分かったことがある。

 

やはりこの店は、従業員を増やした方がいいと。今度、啓次さんにその話を持ち掛けてみようかな。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

それからというものの、特に問題もなく時間は過ぎて行き、お客さんが入って来ては出て行き、満足した表情で食欲を満たし、疲れを癒し、良い一時を過ごせていたようだ。そろそろ閉店になる時間なので、ラストオーダーを聞きに行く為に一度ホールへ向かう。

 

この店は朝と昼しかやっておらず、夕方から夜の営業は基本的にやっていないのだ。だから人が沢山来る理由の一つでもあるのだが、なんでやっていないかと言うと、それは単純な理由で人手不足だからだ。

 

 

「ふぁ〜…お疲れ〜紫黒ちゃあん…食器の後片付けと掃除だけやったら上がっていいよ。俺もまたあの人らの付き合いで疲れちゃったし、後はほっといても明日やればいいから。」

 

 

「ラストオーダーしてからやりますね。それで…また例の人達の愚痴でも聞かされてたんですか?」

 

 

ホールへ向かうその途中で、眠そうに欠伸をしながら伸びをしている啓次さんとすれ違った。どうやら今日もとある常連客の話を長々と聞いていたようで、少しげんなりとしていた。

 

あの人達と言うのは、俺がこの店で働く前から来ているらしいとある常連客のことを示す。俺もまだ見たことはないのだが、確か…やたら一人称が船長と呼んでいるらしい女性と、酔ったら面倒臭いハーフエルフの女性とか、清楚と言いつつ下ネタが激しい女性だとか、この時点で俺は只者ではないなと察したと同時に同情した。

 

この店には珈琲以外にもお酒や子供用のジュースも提供しているので、恐らく酔って愚痴でも聞かされているのだろうか。今度、またその人達が来たら啓次さんの代わりに俺が行ってあげようかな。

 

 

「あぁ、毎回毎回聞かされる側の奴にでもなってみて欲しいもんだよ。同じ愚痴とか何度も聞いたし、変に相談事持ち掛けられたりなぁ。俺は相談屋じゃねぇっての…。」

 

 

「…もしだったら俺が代わりますよ。」

 

 

「え?いや、ありがたいけど…別にそこまでしなくていいんだよ?なんだかんだ言って悪い気はしてないからさ。」

 

 

「啓次さんがそう言うなら良いですけど、偶には俺が代わりになりますから、何時でも言って下さい。」

 

 

「ありがとねぇ〜紫黒ちゃん。ほんと出来た子だぜ!俺にもこんな息子が欲しかったもんだよ、はははっ!」

 

 

少し豪快に笑いながら裏に行く啓次さんを見て、少しだけ俺も微笑む。確かに啓次さんはそろそろいい歳で、結婚しても可笑しくはないが、まだその気はないと何となく雰囲気で伝わる。でも啓次さんなら、意外と直ぐに恋人とかは出来そうだけどな。あの人、結構いい人柄を持っているし。っと、忘れる所だったがホールに行ってラストオーダーをしないと。

 

 

(…あっ、あの人達まだ居たんだ。)

 

 

ホールに着いて真っ先に目にしたのは、俺が配膳しに行った三番テーブルのお客さん、二人の魔族の女性が未だに楽しそうに会話を繰り広げていた。周りをみればもう彼女達しかおらず、二人の会話が店内の音楽と混ざってよく聞こえていた。

 

 

「それでね!この前にこのゲームをやったんだけどね。」

 

 

「そのゲームって昔のよね?パトラって意外と昔のものとか遊んでるの?」

 

 

「うん、偶には昔にあった人気のゲームとか遊んでるの!シナリオとかもしっかりとしてるし、意外と難しい所もあるからやり甲斐はあるよ!」

 

 

「へぇ〜、私もやってみようかな。」

 

 

女子のトークはやはり盛り上がるのか、時間を忘れるくらいに話し込んでいるようだった。まぁ、ここはそういう所だから見てて微笑ましい。だが、横槍を入れて少し申し訳ないが聞かなければ。

 

 

「お話の中、申し訳ありません。当店はそろそろ閉店を迎えますので、ラストオーダーの方をお聞きしたいのですが…何かご注文の方はありますか?」

 

 

「あっ、もうそんな時間だったんだ。パトラは何かいる?」

 

 

「えーとねぇ…じゃあ、プリンをお願いします!」

 

 

パトラと呼ばれた彼女は、無難にこの店の人気デザートのプリンに決まった。それを跪きながら注文票にメモをする。

 

 

「はい、其方のお姉さんはどうします?」

 

 

「それじゃあ、カルピスで。」

 

 

「畏まりました、直ぐにお持ちしますね。」

 

 

「あ、あのっ!」

 

 

「はい?」

 

 

二人のメニューが決まったことで早速取り掛かろうとして立ち上がった時、パトラと呼ばれた女性に呼び止められた。どうしたかと思って目を丸くしながら、彼女の次の言葉を待つ。

 

 

「あの…もしだったら、そのぉ…プリンにカニカマ…とかって、付けれたり出来ます…?」

 

 

「カニカマ…ですか?」

 

 

「ちょ、ちょっと何言ってんのパトラ!流石にそれは無理よ、すいません!気にしないで下さい。」

 

 

「えぇ〜、でもこの間に乗せて食べたら美味しかったんだもん!」

 

 

カニカマとプリンの組み合わせなど聞いたことがない。俺が少し放心していると、隣にいたお姉さんが慌てて止めに入り、素早い謝罪を伝えてきた。しかし、パトラさんはどうやらそれでも食べたいらしい。

 

確かにちょっと無理な要望なのかもしれないが、俺からすれば特に問題はない。ただプリンにカニカマを乗せればいいだけなんだ…何を悟り開いているんだろう俺は。まぁ、兎に角できないことはない。

 

 

「それは自分でやればいいでしょ、もう…店員さんを困らせたらダメでしょ?」

 

 

「いえ、お客様のご要望ならやりますよ。」

 

 

「「え?」」

 

 

俺の意外な返答に、二人は同時に固まって鳩が豆鉄砲を食らったような視線でこちらに注目する。そんな反応をした美少女二人の姿に、少し笑いそうになるのを堪え、説明を続ける。

 

 

「カニカマを乗せるだけなら別に問題はありませんし、カニカマ自体もありますので。全然大丈夫ですよ。」

 

 

「ほんとですか!やったー!」

 

 

子供のように喜び燥ぐ彼女の姿を見て、何だか心が癒される感覚になった。無意識に笑みが零れ、彼女達の為にも早く作ろうとその場から颯爽と離れる。

 

 

「ふふっ…では、失礼します。」

 

 

「……もうあれって執事よね。」

 

 

何か言っていた気がしたが、気にする必要はなさそうだ。彼女のわくわくが冷めない内に、厨房へ戻って素早く手馴れた動きでプリンを作っていきカニカマを上に添えるように乗せて、カルピスを注ぐ。

 

…こうやってカニカマを乗せたプリンを見てみれば実にシュールだ。美味しそうかと聞かれれば、正直に言うとそうでもない。取り敢えず持って行こう。

 

 

「お待たせしました。カルピスと、カニカマプリンになります。」

 

 

パトラさんの前へプリンを置けば、彼女は遊園地を初めて見た幼子のように瞳を輝かせ、感嘆の声を上げていた。それを横目に、カルピスを紫のお姉さんの付近に置いておく。

 

 

「わぁーすごぉーい!見て見てメアリ!プリンにカニカマが乗ってるよ!」

 

 

「それだけで感動できるのが逆に疑問なんだけど…。すいません、態々こんなことさせて。」

 

 

それには同感できる。ただプリンの上にカニカマが乗ってるだけ、ただそれだけ、本当にそれだけ。そんな彼女の様子を見たお姉さんは申し訳なさそうに頭を下げて謝ってきた。しかし、こうしたのは俺なので謝られる必要はない。

 

 

「いえ、お気になさらず。閉店を迎えても気にせずにごゆっくりとしていって下さい。」

 

 

「……もう紳士よね、あれ。」

 

 

まだ他のテーブルに残っている食器やら、片付けや補充もやらなければならないのでこの場を離れる。また何か聞こえた気がするが、気の所為と受け取っておこう。

 

せっせと食器を運んでは食洗機に突っ込んでは、カウンターと全てのテーブルを拭いて行き、横目で彼女達の様子をチラ見にして調味料やお冷と手拭きの補充。その作業を続けて行っていれば、紫のお姉さんから会計の声が掛かって来たのでレジに向かう。

 

そして、無心で会計をしている最中に、またお姉さんが謝罪の言葉を伝えてきた。だが、俺はまたそれを否定して悪くないことだと伝える。

 

 

「長い時間滞在してすいません。お店の時間も過ぎちゃったし、迷惑でしたよね…。」

 

 

「全然大丈夫ですよ、ここはそういったのが趣旨ですので、満足頂ければ結構です。」

 

 

「…あの、じゃあ最後に一つだけいいですか?」

 

 

すると再びパトラさんが俺に向けて口を開き、何やらお願い事があるようでソワソワしているのが分かる。俺は何を伝えたいのかは分からないので首を傾げるが、勧めるように頷いて返す。

 

 

「パトラのこと…″お嬢様″って呼んでみてもらってもいいですか!?」

 

 

「もうっ!パトラったら!幾ら店員さんが優しいからって調子に乗りすぎよ!」

 

 

これは…驚いた。思ったよりハードな頼み事だけど、それをして彼女にメリットはあるのだろうか。凄く期待を込められた視線を突き付けて来るが、俺が軽く唖然と固まっていれば、代わりに紫のお姉さんが強く言い返してくれた。

 

 

「ははは…流石にそれは…。」

 

 

「あぅ…。」

 

 

愛想笑いでやり過ごそうと思ったが、思ったより苦笑いが強く出てしまった。俺も紫のお姉さんに便乗してやんわりとお断りの旨を伝えようとしたが、彼女のしょぼくれた表情を目の当たりにして言葉が詰まった。

 

申し訳ない気持ちがあるものの、レジを長引かせ訳にはいかずにせっせと会計の遣り取りを行い、紫のお姉さんにレシートとお釣りを渡す。

 

 

「はい、こちらレシートとお釣りが361円となります。」

 

 

「ご馳走様です、どうもご迷惑を掛けました。とても美味しかったし、また来ますね。行くよ、パトラ。」

 

 

「は〜い…あ、ご馳走様でした。」

 

 

不貞腐れ気味ながらもこちらに食後の挨拶を交わし、項垂れながらとぼとぼ哀愁漂う背中を見せ、出口へと向かって行った。俺は彼女のその姿にふっと小さく口角を上げて口を開いた。

 

 

「えぇ、またのご来店お待ちしております……お嬢様。」

 

 

「っ!ぅえへへ〜…。」

 

 

「もう…ふふっ。」

 

 

パトラさんが驚いて一瞬だけこちらに視線を移すと、直ぐににへらっと顔を綻ばせながらくねくねと体を揺らしながら店を出て行き、お姉さんも呆れる始末。しかし、何処か可笑しそうに微笑みながら彼女も続いて帰って行った。

 

扉に付いている鈴の音が鳴り止んでから、深い溜息を吐いてから両腕を上へと伸びをする。するとそこへ啓次さんがにやにやとしながら寄ってくる。

 

 

「やるねぇ〜?紫黒ちゃあ〜ん。中々の神対応だったよ?こりゃあまたこの店の株が上がっちゃったなぁ!」

 

 

「…見てたんですか。」

 

 

別に恥を感じている訳ではなかったが、人が悪いと言うかなんと言うか。特別どうしたという思いはないが、陰でコソコソと様子を見られていたと思うと少しいい気はしない。

 

 

「まぁまぁ、″昔″と比べて大分良くなってるよ。今じゃ気軽に対応できてるし、問題はなさそうかな?」

 

 

「……。」

 

 

昔…その単語を聞いた時、俺は一瞬だけ動きを固めた。そして、反射的に啓次さんから少しだけ顔を背けてしまう。

 

 

「…何かあったら遠慮なく言っていいからな?お前は俺の息子みたいなもんだ。どんな小さい問題だろうと、来て欲しかったら営業中だろうと投げ出して駆け付けてやるよ。」

 

 

「…ありがとうございます。」

 

 

「おいおい〜!そこは″義父さん″って言えよぉ〜!」

 

 

陰気な空気感を消し飛ばすように、啓次さんは声のトーンを上げてふざけたようにケラケラと笑いながら冗談を言って、俺に気を使ってくれた。そんな様子を見せた彼に、俺は少しだけ微笑み…。

 

 

「…ありがとう、義父さん。」

 

 

「っ!お、おぅ…急だな。」

 

 

してやった。実は啓次さんは前から俺にそう呼ばせようとしていたが、それをやんわりと何かと断っていた。けど、この時は何だか言いたくなったし、感謝も伝えたかった。でも結局、俺は気恥ずかしくなって視線を合わせられなくなったが、伝えることはちゃんと伝える。

 

 

「実際…俺はあんたには感謝し切れないくらいに恩誼を受けてる。もしもあの時、啓次さんが俺のことを見掛けてくれなかったら…俺は…きっと今の自分には戻れなかったと思ってる。」

 

 

俺には既に血の繋がった家族はいない。訳あって俺は襲われていた。

 

俺だけが何故か生き残り、何日も掛けて長距離移動して彷徨っていた。たが、体も心も満身創痍状態で限界を迎えかえようとして、路地裏でゴミのように力無く壁に凭れながら、ゆっくりと迫ってくる自分の死を覚悟をしていた時、啓次さんが救ってくれた。

 

必死に俺を心配してくれて治療を施し、匿ってくれた。お陰で変な後遺症もなく正常な体に戻ったのだが、その頃は無気力状態に陥り、感情も心もただただ虚無に侵されて、時々にふと思い出して体が震えて怯えることもあった。

 

そういう事で一人になりたかったことが酷く多かった為、啓次さんはそんな俺に気遣って、なんと一軒家を提供してくれた。それが今住んでいる所である。そんな俺はとても扱いづらい筈なのに、啓次さんはそれでも見捨てることなく、父親のように接し続けてくれたお陰で、何とかここまで戻れたのだ。

 

俯いた俺の頭に何かが乗っかる。それは見ずとも理解出来ていた。彼の手が添えられているのだった。暖かくて何だか心がホッとして落ち着ける。

 

 

「いいんだよ、困った時こそお互い様だろ?俺も紫黒ちゃんがここで働いてくれてるだけで凄い助かってるんだ。それに、お前が俺と出会う前に何があったのかなんて無闇に聞かない。とにかく前を向け。今を生きろ。」

 

 

「…うん。」

 

 

そう、俺はまだ啓次さんには事情を説明していない。と言うより、できなかった。この事だけは誰にも伝えられる気がしない。しようとは思ったがどうしても発作のように動悸が起こり、自分に悪い視線になるのが怖かいから。どうしても言い出せずにそのままになっていた。

 

 

(……いつの日か、話せる時が来るかな。俺の全てを伝えられる時が…。)

 

 

だけど、いつかこの人には知ってもらいたい。真実を知る権利もあるし、何より今の俺には唯一この人だけが信じられるんだ。だから、いつか必ず話す。

 

 

 

俺が何者なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、白上さんが言っていた通りなら…その彼がヴィランを討伐したと報告があったと。」

 

 

とある一室にて、一人の男がスマホを耳に当てて電話をしていた。真剣な面影で窓の外の虚空を眺めていた。

 

 

「なるほど…彼を尾行して何か情報を掴めたかい?在籍は?」

 

 

少し、少しだけ怪しい台詞を言っているが、決して悪い意味で聞いている訳じゃない。そう言ってから束の間。

 

 

「ふむ、そうか…なら都合がいい。」

 

 

その横顔は嬉々とした笑みを浮かべている。

 

 

 

 

 

「では、彼をこの学園に招待しよう。」

 

 

そして、視線だけを下に移す。その先には、紫黒 龍成の写真が机の上に置かれていた。

 

 

 

 

 




出てきましたハニストさんのメンバーのお二人。
口調は恐らくこんな感じだったと思う。あっ、因みに知識は浅い方であるので、「この人の口調変だな」とか「この人の性格が変だな」と思う部分があるかもしれませんが、できるだけブレないようにします。


推しはパトラさんです。


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三話 『推奨』


また新しくホロメンの方達が出てきます。
それにしても、小説を書くってやり甲斐はありますけど難しいですね。
色々と設定やら物語やら展開やら…。見切り発車で始めたけど、いい感じにします。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

人が賑やかになる時間帯でも、龍成はのんびりと本を読み込んでいた。健気にも見えるが、こう見えても暇を持て余している。ボケーッとしながら並べられている文字をひたすら読んでは想像を浮かべて楽しんでいるくらい。

 

 

「…?」

 

 

しかしそんな時、傍に置いておいたスマホが震え出した。手に取って画面を覗いて見れば、一昨日にヴィラン事件の際に連絡を交換した白上 フブキだった。

 

 

「白上?」

 

 

何で彼女から電話が来たんだろうと不思議に思い、取り敢えず通話ボタンをタップして耳に添える。

 

 

「もしもし?」

 

 

《あ、もしもし!白上です!おはようございます紫黒さん!》

 

 

電話の向こう側からは、透き通った元気な声がよく聞こえる。初対面の時から変わらぬ元気さに、こちらもつい笑みが出てくる。挨拶を返すついでに本題に入る。

 

 

「おはよ、どうしたの?」

 

 

《ほら、この間にヴィランを倒したじゃないですか。その件の御礼で、学園長からお話があるんですが今日は時間ありますか?》

 

 

(そう言えばそんなこと言ってたな。)

 

 

うっかりと忘れてはいけない事を忘れていた。確かにそう言った話をしていたのを思い出し、都合良く今日にその件が回ってきたようだ。

 

 

「あぁ、今日は特に予定は無いから大丈夫だけど…学園長?」

 

 

時間は空いているし問題ないと伝える次いでに、学園長と言っていたことに疑問を持って彼女に聞き返す。直ぐにその返事は返ってきて、彼女の声色にも少し困った雰囲気を醸し出していた。

 

 

《はい、白上も詳しいことは分かりませんが、学園長から直接お話がしたいと言っていたので。》

 

 

「まぁ分かった。取り敢えず、何時頃に向かえばいい?」

 

 

《えっと…あ、午後の一時に来て欲しいって言っていました!場所は分かりますか?分からなかったら白上が迎えに行きますよ!》

 

 

「いや、学園なら調べれば場所なんて出てくるし大丈夫だ。気持ちだけありがとうな。」

 

 

彼女からのありがたい気遣いだが、それをやんわりと断りを入れる。少し罪悪感が生まれるが、彼女は全く気にした様子はなく、変わらずの元気な音色を全面に出していた。

 

 

《いえいえ!それじゃあこれで失礼します!》

 

 

またな。と、そう一言だけ添えて通話を切り、改めて状況を頭の中で整理する。その指定された時間まではまだまだ時間はある訳で、どうしようと思ったがあることを思い付いた。ここ最近に行っていなかった、一つの個人的な習慣だったこと。

 

 

「午後一時、ね。それまでは少し…久しぶりに″特訓″でもするか。」

 

 

俺のこの力は初めから扱えていた訳じゃない。何度も失敗と練習を繰り返して、漸く形になったのだ。本当に長かったものだ、人目を考えて長距離移動に力の加減。悩みの種は比較的少なかったものの、それだけでもかなり悩まされていた。だが、続けていった結果は十分に自己満足出来る所までこれた。

 

特訓すると決まれば早速、動き易い身軽な服装に着替えて玄関を出て行き、少しだけ辺りに通行人がいないかを確認する為に意識を集中する。時間が時間な為、近くには人気は無さそうだ。

 

 

「よし……ほっ!」

 

 

そう分かれば、気休めなく行動が出来る。これから向かう所は、人目の付かない山奥に行く為には長距離を移動することになる。種族によってはひとっ飛び出来るのだが、生憎俺は走って行く。時間は掛かるけど、これもまた鍛錬になるのだから前向きにやっていかなければ。

 

その場から人間には不可能な程の跳躍をして、家の屋根へと跳び移る。そして走り出して、家から家へとパルクールのように跳び移りながら山を目指して行く。何してるんだと思うが、移動に手っ取り早いのがこれぐらいしかない。モラルに欠けるが、時間は有限。

 

ランニングも兼ねて走り続けること数十分、鬱蒼とした緑が生い茂る森に着いた。此処には熊や猪などもいるが、噂によれば遭遇する危険性は稀にしかないらしい。

 

 

「この辺なら…流石に誰もいないよな。」

 

 

森に入って更に進んで行くと、川の流れる音が聞こえてきた。草木を掻き分けていくと開けた所に着いた。距離も人気から大分離れているし、ここなら多少は暴れても問題は無いだろう。落ち着ける場所を見付けて、早速始めることにする。

 

両足を肩幅程度に広げて瞼を閉じ精神集中を行うことで、心を落ち着かせる。余計な考えは切り捨て、更なる高みを求める。

 

 

 

『誰かを守る為に強くなれ───』

 

 

 

しかし、再び不意に兄の言葉が頭の中で反響した。その言葉で過去のこともフラッシュバックしてしまい、一気に不安が募った。

 

 

「……俺に、出来るかな?」

 

 

嘗ての自分は結局役には立てられなく、過程はどうであれ結果は最悪以上の出来事となってしまった。そんな不甲斐ない自分に酷く嫌悪感が押し込まれる。

 

 

(いや…弱気になるな。もうやっていくしか道は残っていないんだ。兄ちゃんの為にも、皆の為にも…!)

 

 

だが、もう自分にしか出来ない。″あの真実″を世界に伝え、″あの組織″を、いつの日か自分の手で終結させる使命がある。何時までも殻に篭ってばかりじゃ何も変わらない、俺が報われさせなきゃならない。自分自身に鼓舞することで、気合いを入れ直す。そしてまた、頭の中で兄の言葉が響いた。

 

 

 

『お前は俺達の、最後の希望なんだ。』

 

 

 

「っ!はあああぁっ!!」

 

 

それが引き金となり、龍成は掛け声と共に身体から蒸気が発生した後に、紫色に光り輝くオーラのようなそれが、炎が噴き出したように現れた。突風が巻き起こり、草木が激しく揺らされる。それだけではない、地は揺れ大気は震えた。まるでそれは自然が彼に対して怯えているようなものだった。そんな不思議な行動をした龍成は、そのまま特訓へと励みだすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もぅ〜…本当に吃驚したぺこよ。何だったんだぺこか、さっきの揺れは…。」

 

 

木々の覆われた獣道から、とある少女がぼやきながら歩いていた。森の中では目立つ白色を基調とした服装に黒いタイツ。氷のような水色と白を混ざり合わせたツインテールの髪型だが、何故か人参がぶっ刺さっている。頭部には兎と同じ耳を生やし、腰部にはその尻尾があった。彼女は見る限り兎の獣人である。

 

 

(それにしても、今日はやけに動物達の姿が見えないぺこね。)

 

 

「まっ、別にどうでもいいけどぺこ。さっさと茸をわんさか取ってって帰るぺこか。あの四人も待っている事だしぺこね。」

 

 

背中に担いでいる竹籠を背負い直して、木の根元を軽く視線を向けながらゆったりと歩いて行く。彼女はこの森で茸狩りをしていたようだ。

 

 

「う〜ん…意外と見つからないぺこね〜。この辺にありそうだったぺこになぁ。なら…こっちぺこ!」

 

 

茸は菌類な為、湿気の多い所を好んで沢や水の流れがある場所に生えている。切り株や倒木などを転々と探し続ける。例え見付けたとしても毒茸も自生しているので、確りと見極めなければ食した時に命を落とす危険がある。その意識も忘れずに探索する。

 

しかし、それから探すこと数十分が経った頃、収穫は坊主も同然。今の季節なら色んな種類の茸が自生しても可笑しくない筈だが、一向に見付かることはなかった。流石にここまで見つからないとなると気落ちしてしまい、溜息が出る。

 

 

「はぁ…何処にもないぺこね。仕方ないぺこ、この調子なら諦めて帰るぺこか。」

 

 

流石にここまで見からないとなると断念せざるを得ない。少しばかり悔しい気持ちはあったが、またリベンジしようと考えて帰宅することにした。

 

日差しを目指して歩みを始めようとした時、ふと物音が兎耳が捉えた。自身の背後から茂みが揺らぐ音、風で靡かれたとは違う音に違和感を感じた兎少女は視線を後ろに向ける。

 

 

「うん?何ぺこか?」

 

 

振り返ったその瞬間、視界いっぱいに()()()で埋め尽くされていた。熊のような、ライオンのような鋭い視線。剥き出された八重歯、口元からは涎を垂らし、如何にも空腹を表現しているものだった。その光景はまるでホラーゲームでもあるジャンプスケアの用途と似たものだった。

 

 

「……。」

 

 

蛇に睨まれた蛙。正にその言葉が合う状況だろう。兎少女は石像のように固まっていたが、本能が全力で危険信号を送っていた。状況を理解したその刹那、極限まで瞬発力を発揮してその場から脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

「ぎぃああああああああっ!!?」

 

 

 

華麗とはとても程遠い悲鳴を上げながら、全速力で獣道を駆け抜ける。その間でも脳は情報を受け取り続け、兎少女の後を追い掛けてくる化け物、ファントム・ヴィランに対して激昂する。

 

 

「冗談じゃねーぺこ!!何でこんな所にヴィランが湧いてるペコか!?そんなの聞いてねぇぺこよ!?ふざけんじゃねぇ!!」

 

 

ヴィランは兎少女がどれだけ喚こうがそんなものどうでもよく、ただ目の前の存在を餌にしか思っていなかった。紫黒の炎のような体を揺らし、恐ろしい形相で追いかけ回す。決して逃さないという雰囲気が本能で伝わる。

 

一歩一歩が大きく、太い足が地面を陥没させていく。それだけでも地が揺らいで唸り声が微かに聞こえる。不安要素は多々あるが、兎に角今は距離を置く為に自身も攻撃をしなければならない。

 

 

「くっそぉ…!野ウサギ軍団!!突撃いいいいいいぃ!!」

 

 

少女は走るのを一旦止めてヴィランへと振り返り、自身に宿っている魔力を操作することで様々な技を創ることが出来る。そこで彼女は召喚魔法を発動させ、背後から魔法陣が現れる。

 

野ウサギ軍団と呼ばれたそれは、月見兎団子のような丸い体型に特有の兎耳には何故か人参が添えてあった。その召喚された数は、なんと五十も超えていた。野ウサギ軍団は意気揚々と跳ね上がってみせる。少女の掛け声で一斉にヴィランに向かって、烏合の衆のように飛び掛る。

 

しかし、彼女の中でも予想は大体出来ていた。野ウサギは対した戦闘能力は持ち合わせていない為、幾ら数で攻めたとて図体のでかいヴィランでは数秒しか持たなかった。邪魔された怒りに吼え、野ウサギ軍団はぶっ飛ばされてしまう。

 

 

「そりゃそうぺこっ!!ぺこーらは基本的にサポートぺこなんだから攻撃力なんてクソぺこ!!うあああああ!!こんな事になるんだったらノエルとか連れて来ればよかったぺこ!!」

 

 

「誰か助けてぺこぉおおおおおおおっ!!」

 

 

こんな事態は想定してる筈もなく、誰か仲間を誘えば良かったと今更ながら後悔に心底悶える。だがそんな事も言っていられない、このままの状況ではかなり不味いことになる。

 

 

(けど…!このまま町まで逃げたら、確実に被害が出るぺこ!ぺこーらが戦っても勝てないのは当然ぺこだから、だったら逃げ切るしかないぺこねっ!)

 

 

頭の中で状況の機転を考え、纏まったら直ぐに行動に移す。自分と相手の力量を見比べ、逃げが恥だとかそんな屁理屈などどうでも良い。今は自分の命を優先すること。

 

 

瞬足強化(ブースト)っ!!」

 

 

身体強化魔法。それは魔力で負担を軽減することで、足の筋力を上げるという単純且つ基本的なサポート魔法の一つ。それで走る速度を倍に上げて更に距離を置く。

 

 

(ついでに!罠も仕掛けるぺこっ!)

 

 

それだけでなく、持てる術を使い切る勢いで次々と簡易罠などを仕掛ける。ポケットから取り出したのは何色かの石のような物、それを軽く握り締めた後に等間隔に軽く放投げると魔法陣が浮かび上がったが、それは直ぐに消え去る。

 

少女が使用したのは、罠式魔法石と言うヴィランに対して向ける罠であり、魔力を込めれば魔石が反応して発動する。その石を中心に直径五メートル以内に入れは、魔法陣が浮かび罠が作動する仕組みとなっている。赤色の魔石は地雷の役割で、青色の魔石は喰らえば数分間の衰弱効果があり、黄色の魔石は麻痺といった三種類の魔石が存在する。

 

それなりに多くは持っていのだったが補給するのも一苦労な為、頻繁に使用出来るという訳ではなく、ある程度スタックを残しておきたいところであった。

 

 

「これなら少しは時間稼ぎが出来るペコ。今の内に連絡を…っ!?」

 

 

これで一先ずは時間稼ぎの確保は出来たと思い、さっさと学園に報告しなければとスマホを取り出した所で、更なる悲劇を目の当たりにした。

 

 

「う、嘘ぺこ…こんなことってあるぺこか…?」

 

 

少女が偶々視線を向けた先には、先程とは違う形のヴィランが存在していた。しかもヴィランは少女の存在に気付いている様子だった。

 

少女の顔には血の気が引いて青くなっていくのが分かる。落とし掛けたスマホを握り直して、目の前のヴィランに疑いながら足を一歩一歩静かに後退する。

 

 

「ただでさえ一体でも無理ぺこなのに…二体とか……有り得ないぺこ…。」

 

 

不幸が不幸を呼び、最悪な事態に少女は恐ろしさ故に涙目になってしまう。これは唯の悪い夢だと思いたいと心の中でぼやいていたところ、猪に似たヴィランがこっちに迫って来た。認識が多少遅れてしまったが、咄嗟に横に飛び込んで躱した。

 

 

「うわあぁっ!?あっぶねぇえっ!?」

 

 

ヴィランが突進した先にあった大木を軽々と粉砕し、激しい吐息を漏らしながら再び体を少女に向ける。しかしその隙となったことにより、多少の距離を離すことは成功していた。

 

 

「はぁっ…!はぁっ…!」

 

 

(やばいぺこ…!本格的にやばいぺこ!このままじゃあ先にぺこらの体力が負けるぺこ…!どうにかして…もう逃げながら連絡するしかないぺこ!)

 

 

「っ……うわっ!?」

 

 

しかし、スマホに意識を向けていたことと疲労が溜まってきたことで足元が疎かになってしまい、木の根に足を引っ掛けて転んでしまった。

 

 

「痛っ…!」

 

 

足首を挫いてしまい苦痛に顔を歪ませる。こんな時にまで運の悪さが出てくると自分の異能である運の良さが今出てこないことに苛立ちが芽生える。

 

 

(さ、最悪ぺこ…!何でこういう時に何時ものぺこらの十八番の『幸運』が発動しないぺこか!?やっぱ宛にならねぇぺこか!?)

 

 

彼女の心境など知る筈もなく、ヴィランは獲物に絶望を自覚させるようにゆっくりと歩み寄せて来る。

 

 

「うっ…い、いやぁ…!」

 

 

足が真面に動かせずにいる所為もあり、ヴィランの気迫に押されてしまい立ち上がることもままならない。そしてヴィランは大口を開き、飢えた胃袋を満たす為に喰らおうと目前まで跳んで来た。

 

 

(あ、終わったぺこ…皆、ごめんぺこ…。)

 

 

その瞬間、彼女は死を悟った。もう逃げられない、逃げようとしても今からだと確実に喰われて死ぬのがオチだ。待っている仲間もいるのに、ここで自分は呆気なく死を向かい入れるしかなくなってしまった。心の中で仲間に謝罪をして、恐怖で目を背ける。直ぐ傍まで来たヴィランの大口が彼女を喰らう

 

 

 

 

 

と、思われた。

 

 

 

 

 

「……あれ…?」

 

 

「大丈夫か?兎さんよ。」

 

 

不思議と衝撃が何時までも来ないことに目を開けてみれば、そこにはヴィランの姿はなく一人の少年が立っていた。そんな可笑しな光景に呆気を取られながらもヴィランを探してみると、何時の間にか向こう側へと吹っ飛ばされていた。

 

 

「ぺ、ぺこ…。」

 

 

「じゃあ早く逃げな…って、怪我してるのか?」

 

 

その少年、特訓をしに来てた紫黒 龍成はヴィランの気配と妙な悲鳴を聞き付け、即座に駆け付けてみれば兎の少女が喰われる寸前を目撃し、瞬発力を生かしてヴィランの胴に蹴りを入れていたのだ。

 

 

……!

 

 

ヴィランは体勢を元に戻し、自分に攻撃した張本人を生命を感じさせない白目で強く睨み付ける。そんな激怒しているヴィランを横目に龍成は小さく溜息をつく。

 

 

「はぁ…こうもまた早くヴィランと会うとか、運が悪いもんだな。ふっ!」

 

 

……!?

 

 

再び突進してきたヴィランを視界に入れることなく、スムーズな後ろ蹴りを顔面に打ち込んだ。痛々しい音と衝撃音が鳴り響いて、森の奥へと吹っ飛んで行った。

 

 

「え゛っ…!?」

 

 

「耐えたか、少し強めにしといたんだけどな。」

 

 

「あ、あれで少しって…基準どうなってるぺこか…。」

 

 

少女は龍成の蹴りを見て圧倒される。更にはあれで少しの威力と言われれば、空いた口が塞がらなくなる。しかし、こうも強い人がいるとなると安心感も圧倒的だった。次第に少女は興奮しだし龍成の後ろ姿を見続ける。

 

 

「でも…す、凄げぇぺこ!」

 

 

「時間は掛けてる暇は無いし、次で終わらせる。」

 

 

そう小さく呟いた後に、体を屈めて姿勢を低くしたと思えば風を切る音が聞こえた。気付けば目の前にいた筈の龍成の姿は居らず、既にヴィランの方面へ移動していた。

 

 

「ふっ!!」

 

 

……!?

 

 

刹那、花火でも打ち上げたかのような大音が響き渡る。ヴィランの胴に力強く拳をめり込ませた瞬間、ヴィランの体から衝撃波が貫通し、大きな風穴が出来上がっていた。反撃する間もなくその巨体は倒れ伏せ、微風と共に霧散して消えていった。

 

言葉通りに時短で事を済ませた彼の行動と圧倒的な力に、少女の心中では微かに関わっちゃ不味いんじゃないかと覚え始めていた。

 

 

「あっという間に終わちまったぺこ…あんた何者ぺこか。」

 

 

「通りすがりの…あぁ〜、まぁ格闘家みたいなもんだ。それより足の怪我、大丈夫か?」

 

 

何か濁された気がするが、足の怪我を指摘されて思い出した。多少は痛みはするが動けない程でもない。彼から差し伸ばされた手を取り、何とか悪化しないように立ち上がる。

 

 

「このくらいなら何とか問題ないぺこ。それよりも助かったぁ…ありがとうぺこ。」

 

 

「礼はいいよ、取り敢えず無事ならそれでいい。それと、ヴィランはあれだけなのか?」

 

 

正に危機一髪の所を救われて感謝の言葉を述べるが、龍成は気にしないことを伝え、それよりもと他のヴィランの存在がないかと聞かれ、少女は手短に伝えようとした時だった。

 

 

「それが…っ!!後ろぺこっ!!」

 

 

「ん?」

 

 

視線を龍成に向けた瞬間に気付いた。彼の背後からさっき少女を追い掛けていたヴィランの顔が見えた。慌てて咄嗟に伝えたものの、ヴィランの方が素早く動いてしまい。龍成に向かって牙を剥き出して突進してきた。少女の警告は虚しくも砕かされ、強い衝撃波が発生して吹き飛ばされる。

 

 

「うっ…いっつぅ……あっ!不味いぺこ!!」

 

 

何とか受け身を取って最小限に和らげたつもりだったが、思った以上に足の怪我に影響が出てしまっていた。だがそれ以上に龍成の方が確実に不味い、真面に喰らってしまっていた。幾ら強い彼であってもあんな威力のある攻撃を喰らえば普通じゃ済まない。焦りが募り、慌てて彼に顔を向けると…。

 

 

 

「なんだ、もう一体いたのか。」

 

 

 

「──── ゑ゛っ…?」

 

 

最早、ヴィランよりも龍成に対して戦慄すら覚え始めた。仲間にも似たような者は何人かはいるのだが、ヴィランの不意打ち攻撃を正面から受けて怪我一つないことなど先ず無いのだ。その筈なのに彼は呆気からんとヴィランの攻撃を背中一つで受け止めていた。

 

 

「はっ!」

 

 

……!?

 

 

俊敏な動きで裏拳を繰り出し、ヴィランの顔面へとお返しする。重量級の巨体をもってしても、いとも簡単に軽々と木々を巻き込みながら吹っ飛ばされて行った。

 

 

(ノエルの上位互換…いや、もうそれ以上ぺこ…。)

 

 

「直ぐに終わらせる。」

 

 

そして、構えを取りながら右手に何かのエネルギーが集約しだしていく。足を開きつつ脇を引き締めながら右拳を固め、左手はヴィランの方へ掌を向けて固定し標準を合わせる。徐々に拳の隙間から淡い紫色の光が漏れ出し、凄まじいエネルギー密度を感じる。

 

 

(な、何ぺこか…あの異様な力は…!?魔力も霊力でもないぺこ!普通の人間なら、そのどっちかしか使えない筈ぺこ…それなのに、あいつは一体何なのぺこ…!?何の力を使ってるぺこ…!?)

 

 

紫蓮牙(しれんが)・『絢爛(けんらん)』っ!!」

 

 

力を宿したその拳を打ち出した瞬間、ゴウッと激しく燃える音と共に鮮やかな紫炎が直線上に吹き出される。真っ直ぐとヴィランへ飛んで行き紫炎に丸呑みにされる。そして拳を広げて掌に変えて向けると、紫炎は膨張し爆発した。

 

 

「ぺこぉおおおおおおおおおおぉっ!?」

 

 

その威力は並々ならぬものであり、ヴィランは簡単に消し飛んだが、背後にいた少女も爆破の衝撃波に巻き込まれて再び吹っ飛ばされてしまった。その叫び声を聞いて、龍成もしまったと表情を変えた。

 

 

「む、無茶苦茶…ぺこ。」

 

 

「悪いっ!ちょっと力入れ過ぎちまった。大丈夫か?」

 

 

慌てて駆け寄るも、彼女に怪我が増えてる様子は見受けられないことに胸を撫で下ろす。

 

 

「も、問題ないぺこ…取り敢えず、ヴィランはあれで最後な筈ぺこ。べこらもあいつを見たから間違いないぺこ。」

 

 

「そっか、ならもう大丈夫かな。っと、俺は紫黒 龍成だ。ヴィラン二体に遭遇するとかとんだ災難だな。」

 

 

「″兎田 ぺこら″ぺこ。ぺこーらは弱いから一体でも真面に相手できないぺこだから、本当に助かったぺこよ。」

 

 

互いに名前を教え合った後に軽い小話をした。兎の少女、兎田 ぺこらは改めて感謝の言葉を伝えて服装に付いた土などを払い落とす。そんな龍成は彼女が何故一人でこんな山奥にいたのかを気にした。

 

 

「にしても兎田、どうしてここに?」

 

 

「ここの山に色んな茸があると聞いて茸狩りしに来たぺこ。そうしたらヴィランに出会したんだぺこ…そう言う紫黒は何でここにいるペこ?」

 

 

「俺は特訓しに人気の無い場所を求めて此処に来た訳だけど、その帰りだな。そしたら兎田の悲鳴らしい声が聞こえたんだ。」

 

 

「あぁ〜、そう言えば格闘家って言ってたぺこな…って!こんな事してる場合じゃないぺこ!」

 

 

突如、ぺこらはある事を思い出して慌ててスマホを取り出した。そんな彼女の様子に、龍成は首を傾げる。

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

「ヴィランの報告ぺこ!ぺこーらはこう見えても煌星学園の生徒の一人!面倒臭いけどヴィランを討伐したら、休日だろうと学園に報告書を提出しなきゃいけないんだぺこ。」

 

 

「なるほど…一手間掛かるのか。って、兎田も煌星学園なのか?」

 

 

煌星学園。それを聞いた時、フブキのこともあって少し驚いた。龍成の言った言葉にぺこらも違和感を感じ、何かを思い出しながら話し出す。

 

 

「ん?″も″ってことはどういう意味ぺこ?紫黒も煌星学園の生徒ぺこか?でも…生徒はそんなにいないから、紫黒みたいなのがいたら直ぐに分かりそうだけどぺこ。」

 

 

「あぁいや、俺は通ってないよ。ただ…実はこの後にその学園に用事があってな。」

 

 

隠す必要もない話なので、素直にその後の用事を彼女に伝えれば納得した様子を見せ、一つの提案を出した。

 

 

「そうだったぺこか。なら折角だぺこ、次いでにこのペこーらが学園を案内してやるぺこ!」

 

 

「それはありがたいけど気持ちだけにしとくよ。長いこといる訳じゃあるまいし。」

 

 

偶然なことにも互いに学園に向かう理由があり、ぺこらは一つの御礼として学園案内をすると言ったが、龍成は必要ないとやんわりと断る。しかし、それに納得のいかなかった彼女は首を左右に振る。

 

 

「でも流石に何か返さないとペこーらが落ち着かないぺこ!借りっぱなしは嫌ぺこだから、今日が駄目でも機会があったら返したいぺこ、だからせめて連絡先は交換するぺこ。」

 

 

「いいのか?そんな軽く教えても。」

 

 

「あんたはぺこーらを純粋に助けてくれたぺこ、だから特別ぺこよ?普段は他の男にはこんなことしないぺこ!それに、紫黒はそんなことする奴じゃないって思ってるぺこ。」

 

 

「…ありがとな。」

 

 

「…?いいぺこよ、ほら。」

 

 

少しの時間だが、ぺこらは龍成に対して良い印象を持った。助けられたから当然なのだが、見返りを求めないその姿勢もあり、純粋な善良の持ち主なのだと見た結果である。

 

そんな彼女の言い分に、龍成は少し間を置いて謝意をした。ぺこらはそれに少し不思議に思いながらも連絡先を交換しようと促進させる。

 

 

「それじゃ、今日はありがとぺこ。それじゃぺこーらは学園に向かうぺこね……いっつつ…。」

 

 

「おい、足…。」

 

 

連絡先の交換を済ませて別れようとしたが、ヴィランから逃げた時の足の怪我が響いた。痛みに表情を歪ます彼女に、龍成も少し心配の声を掛ける。

 

 

「こ、これくらい大丈夫ぺこよ…いぃっ!?」

 

 

「無茶すんなよ…。」

 

 

平気と言い張る彼女だが、明らかに無理がある強がりだった。その様子に龍成は少し迷ったが、放置するのも良くないと思い行動に出る。

 

 

(う〜ん…あまり自分の力の手の内を明かしくはないが、仕方ない。)

 

 

「兎田、ちょっとそこに腰かけて怪我した足を見せてくれ。」

 

 

「え、急にどうしたぺこか…まぁ、はい。何か治せる手段でもあるぺこか?」

 

 

「完全に治せる訳じゃないが、一時的な医療処置だ。戻ったらちゃんとした物で処置しろよ。」

 

 

怪我した足の部分を見せてもらうと、どうやら捻挫していたらしく少し腫れていたのが分かった。それを見た龍成は、自身の掌にエネルギーを軽く溜め込んだ。ヴィランに向けていたよりも酷く弱いが、何処か柔らかく優しいものを感じた。

 

そして、それを彼女の腫れた部分にそっと添えるように触れると、完全に痛みが引いた訳ではないが先程よりも和らいだのが分かった。不思議な力を持つ彼に、ぺこらは聞かざるを得ずに、咄嗟に質問する。

 

 

「紫黒って、本当に何者ぺこ…さっきのヴィランに使ってた力は何なのぺこか?人間にしかない霊力か魔力も感じなかったぺこ。」

 

 

彼女の言うように、この世界の者達は様々な力を宿している。人間になら霊力、人によっては魔力を宿す。魔族は決まって魔力。獣人族も亜人族も人によっては霊力、又は妖力を。鬼族も決まって妖力。天使族は特別な力の持ち主で、神力を持っている。そんな彼はそのどれにも該当しない。

 

 

「俺の使っている力は生命エネルギー…所謂、″気″って言うものを主に扱っている。霊力も魔力も無いから違和感はあるだろうな…よし、これで少しは真面に歩けるだろう。」

 

 

気。それは流動的で運動して作用を起こす物質のこと。生きとし生けるもの全てに持っているモノ、それを操り様々な手段に用いることが出来る。そんな器用さと凄さを持つ彼に、ぺこらは素直に尊敬する。

 

 

「な、なんか凄いぺこな。うん…真面に動けるぺこ。ありがとうぺこ、また貸しが出来たぺこね。」

 

 

「気にすんなって、貸し借りなんざ要らないよ。じゃ、そろそろ時間もあるし帰らねぇとな。んじゃ、またな。」

 

 

応急処置を終わらせ、さっきよりも大分マシになった足を見て、また貸しが出来たと少し微笑みながら言えば、彼も決まって要らないと否定する。そして、龍成は一足先に家路に向かって行った。ぺこらもまた、気を取り直して学園に連絡しながら向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、龍成は一旦自宅へと帰ってからシャワーを浴びて身支度を整えて、フブキの言われた指定時間の数十分前に煌星学園に到着していた。

 

 

「ここが、煌星学園なのか……いやでかいな。」

 

 

校門に入ってから圧巻に感じた。前々から大き過ぎるとは知っていたのだが、ここに来るのは初めてのことであり、来て見れば本当に広く大きい建物だった。校門から生徒玄関までの距離もそれなりにあって、周りを見渡しながら向かう。

 

 

(それにしても、このまま入ってもいいのだろうか…それか、白上に連絡…いや彼女がここにいるとも限らないし。ここは兎田に連絡するか?いやでも…。)

 

 

そして途中で気付いて足を止めていた。来たのはいいものの、関係者でもない自分が無許可で入って来るのは些か不味いことなのではないかと。

 

 

「あの…ここに何か御用ですか?」

 

 

「ん?」

 

 

そんな迷いを抱えている時、透き通るような女性の声が聞こえてその方へ振り返る。そこには銀色のショートヘアに薄紫のつぶらな瞳をした可愛らしい少女がいるのだが、一目見て人間ではないのは分かる。背から生えている天使族特有のふわふわの両翼、そしてチャームポイントであろう天使の輪っ…か……?

 

 

「……手裏剣?」

 

 

「いや天使の輪ですから!」

 

 

今時の天使族の天使の輪っかは随分と独特なモデルに変わっているものだ。そう思いながら天使の輪っかのような手裏剣を見続けていると。

 

 

「って、そうじゃなくて…この学園に御用があるなら、案内しますよ?」

 

 

そう言われ、彼女をよく見てみれば腕に生徒会の腕章が付けられていた。だが此方としてとても都合が良い。一人でこんなだだっ広い所を徘徊すれば、即迷子になる未来が簡単に見える。

 

 

「おぉ助かる。ここの学園長と話があってな、勝手に入っていいのか迷ってた所だから。」

 

 

「あぁ〜!フブキ先輩が言っていた人って貴方だったんですね!あ、僕は″天音 かなた″って言います。貴方は?」

 

 

天使族の少女こと天音 かなたは思い出したようにハッとした表情を一瞬見せた後、微笑みを浮かべながら話を続ける。それに対して龍成も、不慣れな微笑みを返しながら気さくさを込めて話す。

 

 

「俺は紫黒 龍成。よろしくな、別に敬語は要らないし、気軽に接してくれ。」

 

 

それからは、かなたに着いて行きながら他愛のない世間話をしつつ校内を歩く。そこでかなたは、こことは無関係者である龍成が何故に学園長と話をすることになったのかと言う素朴な疑問が無意識の内に言葉に出していた。

 

 

「紫黒君は、ここの生徒じゃないよね?何で学園長と話を?」

 

 

「話をするとちょっと長くなるけど…。」

 

 

特に隠す必要も無いと思った龍成は、言葉を考えながらここに来る理由を淡々と話し出した。外出したらヴィランに出会して討伐したこと、山奥に行く用事でまたヴィラン二匹と出会って討伐したこと。短期間でこんなヴィランに遭遇することに少しぼやきを混ぜながら、結果的に人を助けていることをフブキを通して学園長に伝わったのだろうと言う話をした。

 

 

「へぇ〜!それは凄いことだよ!」

 

 

「そうか?俺としては…普通と言うか、当たり前って言うか。」

 

 

「どういうこと?」

 

 

「今の時代、ヴィランの脅威に陥ってる訳だけど。力を持つ者が、人を脅かすそのものを倒すのは当然だと思ってな。俺は見返りも求めてる訳でもない。放ってもおけないし、対抗手段を持ってる自分がやらなきゃって思うんだ。」

 

 

現状、世間はヴィランに怯えている。それもそうだ、切っ掛けも分からず突如として現れて本能のままに襲っているのだから。力を持っているならそれをどう活用するかは言われずとも検討ついているものの、未だに多くの謎に包まれているヴィラン。その脅威から完全に無くすのには未確定要素が多いし、何時までこんな日々が続くかも分からない。

 

俺とて一人のヒトであり、限度だって存在する。何も出来ずにいた時だってあった。自分が酷く惨めで情けなくて悔しかった時だってあった。自分の存在意義に疑い、人生に迷走して…それでも、この気持ちだけは固まって残っていた。自分に守れる力を持っているのなら自分の手の届く範囲で助けると。

 

 

「立派だね、君は。僕は…君と同じことを胸張って言えないや。でも、確かに君の言う通り、僕達はそれを″生業″として見過てきたかもしれない。それを踏まえて一人の戦士って言うのには少し烏滸がましいかもね。」

 

 

「本当の戦士って言うのは、君みたいな人だと僕は思う。」

 

 

生業。それはヴィランを討伐した者には、国から資金が供給される決まりとなっている。人の為でもそうでなくとも平和の貢献したことには変わりない為、そこで私生活を潤す人も少なくはない。別にそれ自体が悪いことだとは思ってはいない。現実的に考えれば、命を張っているのにも関わらず相応の対価も貰わずに済むというのに納得する人は稀に程度しかいないだろう。

 

かなたの言っている言葉からは、尊敬の念を薄らと感じ取れていた。まだ会って数分しか話していないが、彼女からの言葉の中には嘘偽りのない気持ちがあるのはなんとなく分かる。確かにそう思われているのは素直に嬉しい、けど素直に喜べない自分がいる。

 

 

「…俺は言われる程、そんな立派な奴なんかじゃないよ。

 

 

ボソッと呟いたその言葉は直ぐに虚空へと消え去り、聞き取れなかったかなたは首を傾げるだけだったが、気付けば目的の場所へと到着していた。

 

 

「…?あ、ここを曲がったら学園長室だよ。」

 

 

「ありがとな、わざわざ自分のやる事があったろうに。」

 

 

恐らく生徒会のやることでここにやって来たのだろう。それなのに態々案内に対応してくれた彼女に感謝を伝える。ここまで来れば彼女のやるべきことは済み、ここでお別れとなる。

 

 

「ううん、もう終わった後だから大丈夫だよ。じゃあ、またね。」

 

 

声には出さずとも、軽く手を挙げて別れの挨拶の意図を伝えて別れる。それから、一回り大きい扉に顔を向けて一呼吸着く。

 

 

「さて、と…。」

 

 

扉の向こう側に人の気配を感じる。学園長が居ることを確認して軽くノックを三回すれば、少し間を置いた後に静かな一言が返ってきた。

 

 

「どうぞ。」

 

 

「失礼します。」

 

 

最低限のマナーは弁えている。失礼のない態度を自分なりに気を付け、一礼をして入る。その学園長は男性で柔和な雰囲気を強く醸し出して、常に微笑みを浮かべ続けているのが逆に不気味さを覚える。

 

 

「来てくれたか。今日は急に呼び出して済まないね。出来れば早めに″聞いて″おきたかったんだ。」

 

 

「はぁ…?大丈夫ですが。」

 

 

彼は自分に何が聞きたいのかをやけに強く感じた。何処か探るような、何かを見抜くような瞳をして独特な気質を備わっている。少し変な感じがする所為で、早速も小さな疑心が生まれていた。

 

 

「先ずは自己紹介といこう。僕は″谷郷″と言う者で、この煌星学園の学園長兼″特殊異能精鋭隊″の指揮者でもあります。どうぞ宜しく。君のことは知っているから自己紹介は大丈夫だよ。」

 

 

俺が続けて名を教えようとしたが、必要無いと言われそっと口を閉じる。そしてまだ何か言いたそうにしていたのを感じ取り、そのまま話の続きをさせるよう促しを目線で伝える。学園長もそれを察して、話を続ける前に龍成に目の前にソファに座るよう手で指す。それに従って座るのを確認してから口を開いた。

 

 

「では早速本題に入るけども、白上さんから聞いた事件…そして兎田さんからも聞いた。一度ならず二度までもヴィランの討伐活動を行い、民間人や兎田さんを救ってくれた。その事に深く感謝しているよ、本当にありがとう。」

 

 

「いえ、俺は自分のやりたいことをやったまでですよ…気にしないでください。」

 

 

会話のキャッチボールは成立しているが、二人の間には何処か感情が落ち着き過ぎている。一見、普通に話しているのだが当てずっぽうで会話している訳じゃない。谷郷は見切るように、龍成は下手に情報を提供しないように警戒していた。

 

 

「やはり君は…うむ、僕の見込みに間違いはなかったな。」

 

 

「…?」

 

 

しかし、そんな警戒心を持って対話しようとしても無駄に終わることになる。谷郷の確信めいたその台詞に、なんのことか理解が出来ず首を傾げながらも更に警戒心を強くしていた。それから、彼の口からは信じられない言葉が出てくる。

 

 

「本当に申し訳ないのを承知でいたのだが、君の素性をこちらで調べさせてもらったよ。」

 

 

「っ…!!」

 

 

その言葉を聞いた時、俺の身の毛がよだつ。一瞬とも言える速度でソファから立ち上がって、彼から距離を置いて構えた。少し睨みを効かせたが、彼はそんなことにも動揺の雰囲気を微塵にも感じられなかった。その恐ろしい冷静さが逆に不安を際立たせる。

 

 

「そう警戒しないで欲しい…と言うのも無理があるか。だが約束しよう、君のことは一切口外しないと。けど、僕はそれを踏まえて君のその強さを…いや、それだけじゃない。君の人柄を求めている。」

 

 

「あんたは…俺のことをどこまで知っている?」

 

 

丁寧な口調など気にしている場合じゃなかった。内容によってはこの人に手を加えるのも避けられないことになるが、極力そういうのは避けたいが仕方ない。嘘をついたら容赦はしないと鋭くした瞳で伝え、多少の殺気を含ませる。

 

 

「君が()()()()()ではない、と言えば伝わるかな?」

 

 

(……分からない。この人は一体、俺の何処までを知っているのか。もし…″アレ″を知られていたのなら…けど、口外しないって言ってるし…かと言ってもそれを守るのか分からない。と言うか何でさっきからそんな回りくどいんだよ、正直に言ってうざい!)

 

 

気を感知しても全く揺らぎがなく、動揺も焦燥も感じられない。本当に冷静沈着が似合う男だ。顔にも出さないその姿勢だからこそ、駆け引きが難しくなる。だから俺は、もう率直に伝えることにした。

 

 

「……悪いが、俺のことをいくら買おうが、あんたをちょっと信用するには難しいかもな。」

 

 

「…ふむ、そうなってしまっても仕方がないよ。なら契約を結ばないか?」

 

 

「契約…?」

 

 

本当に何を言っているんだこいつは…会話の中の要点が全く掴めない。俺の何を求めているのか全く分からない。強さ?人柄?本当にそれを求めているのか?

 

 

「君の強さはよく理解できて…いや、もしかしたらそれ以上かもしれない力。そして君の純粋で優柔な人格、熟された技術力。」

 

 

「君を…我が学園への編入をお願いします。」

 

 

「────は?」

 

 

一瞬だけ何を言っているのか理解出来なかった。だが次第にその言葉の意味を理解していくと、困惑が隠しきれなくなって呆然と佇む。そんな俺の様子を放っておいて学園長は説明を続けていく。

 

 

「君が学園に入るなら、君への支援を強く援助しよう。入りたくなければそれはそれで構わない。君のことも決して口外しないと約束する、入るか入らないかは君の意志を尊重する。」

 

 

「……。」

 

 

現状、普通なら信用の出来ない言葉を淡々と並べられているが、俺はそれを気で見破ることが出来る。嘘は気に影響して色や揺らぎで区別が可能なのだが、今の彼は嘘の感情はないようだった。つまり、学園長は本音で語っている。

 

 

「俺へのメリットは?」

 

 

だからと言って簡単に承諾するつもりもない。今更、俺がここに通っていても意味があるのかどうかも分からないし、正直言って学園に通う必要性は感じられない。

 

 

「ヴィランを討伐活動をした者には資金が支給される。それだけでなく、この学園には様々な鍛錬可能な施設がある。そうだな、言い出せば本当に色々とある…兎に角、君の求めているものがあるかもしれない。」

 

 

最後の台詞を聞いて少し迷いが生まれた。それは俺が求めているもの。別に何もない…と言えば嘘になる。と言っても俺が求めているそのものが普通とは違う。簡単に手に入るものではないし、もしかしたら無理なものかもしれない。

 

 

(だとしても…。)

 

 

 

『皆がお前みたいな奴だったら、また違った未来があったかもしれねぇかもな。』

 

 

 

その時にまた、兄ちゃんとの会話の記憶が蘇る。今の自分の生活は、自堕落気味な状態であまりよろしくないと自覚している。善し悪しがどうとかどうでもいいかもしれないが、自分の中ではここに入れば何か変わるかもしれない。

 

そして、″あの日″のことに近付ける時が来るかもしれない。正直に確率で言えばゼロにも等しい。けど、それでも何か行動しなきゃ変わらない。藁にも縋る思いで″あの組織″を探してみよう。

 

 

「…分かった、この学園に入ろう。」

 

 

「おぉ!そうか、入ってくれるんだね。では、君の手続きはこちらで任せてくれ。他の連絡は随時伝えるから、連絡先を教えて欲しい。」

 

 

溜息を軽く吐いてソファへ戻り、学園長の顔を見て一言でそう伝える。彼はそれを聞くや否や、嬉しそうに元々柔和だった表情を更に柔らかくしてスマホを取り出してきた。学園長本人との連絡先の交換とは中々ないことだろうけど、そんな簡単に渡せるものなのだろうか。

 

 

「それと、ヴィラン討伐の件は全て君に報酬が送られる。これからは色々と準備が大変になるが、そんなに気を張らなくてもいい。」

 

 

「一つ聞きたい…。」

 

 

気を張らなくてもいいと言われても、そんな気持ちの切り替えが直ぐに出来るなら苦労はしない。報酬の件や準備等は別にいいとして、俺にとって重要なことが一つあった。

 

 

「どうやって俺を調べた?」

 

 

それはシンプルな質問。俺の素性をどんな手段で調べたのか、この人が一人で出来るとは到底思っていないので確実に何者かが関与している。

 

見張られていれば気を感知するから嫌でも気付くし、返り討ちにだって出来る。だが妙なことに、俺はそれすら気付くことはなく見られ続けていたという訳だ。となると…俺の中で一つの種族が思い浮かんだ。

 

 

「機人族の優秀な生徒が一人いてね、彼女に君に偵察するよう頼んだのだよ。あぁ、流石に私生活まではしていないよ。」

 

 

(通りで…微妙な気配はあったが気を感じられなかった訳だ。)

 

 

やっぱりそうだったか。機人族は機械生命体、即ちロボットと言われている種族だ。私生活までは覗かれていないにしろ、一番偵察に向いているとなれば機人族が妥当だろうな。膨大な電力で動いている為、バッテリーが切れるまで眠る必要もないし、力も全力を出し続けられるし分析や索敵にデータ収集には持ってこいの種族だ。

 

 

「では、話はこれで終わりだよ。学園について気になったことがあったら生徒に聞いてくれ。今日はありがとう、また後日に会おう。」

 

 

それから、龍成と谷郷は連絡先の交換を済まして話を切り上げる。特に質問も無かった龍成も、軽く会釈だけして部屋から出て行った。学園から出て行き帰路についている間、誰とも会うことなく帰っていた。だが、そのこともあって一人で色々と静かに考えるのに丁度よかった。

 

学園。学園と言えば何がある?学業、運動、部活、大きく別けてこの三つが代表的なものだろう。そして多くの生徒達が通っている。俺はその中でやって行けるのだろうか、俺の求めている所へ近付いて行けるのだろうか。

 

 

「…忙しい毎日になりそうだな。」

 

 

そんなのは、俺次第だ。俺にしか出来ない場所だ。″奴ら″が存在している限り、同じ境遇にあっている者もいるかもしれない。少しでも何かヒントがあれば、俺が必ず突き止めて…。

 

 

 

 

 

────奴らを潰す。

 

 

 

 

 

「あっ…啓次さんにも話さないと。」

 

 

 

 




やっべぇ書き過ぎた。
長過ぎてどこかで区切ろうにも中途半端になりそうだったのでこのままにしますが、もっと読みやすいように注意します。にしても、よくここまで書けたもんだな…。目が痛い。これからは少し投稿が遅くなるかもしれないので、よろしくお願いします。

では〜。


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四話 『私立煌星学園』


今回は色んな人が出てきますよー、全員って訳ではないですが大体は出てきます。今回でない人がいても必ず出しますので。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

「ふぁ〜…。」

 

 

日の光により特徴的な白銀の髪が更に際立たせ、最近の肩凝りの原因でもある自慢の双丘。それなりにスリムな体型を保っている…筈だと自重している。幼い感じを残した小顔に可愛な瞳。そしてより目を引くのが魔族特有の角と尻尾。その容姿端麗は誰もが注目するだろう。

 

彼女は″周防 パトラ″。とある魔界で悪魔の女王と自分で名乗っている女の子である。朝からやってくる欠伸も、もう何度目だろうか。腑抜けた声を漏らしながら目頭に溜まった雫を軽く拭いて、視界を元に戻す。

 

 

「ん〜!今日もいい天気〜!」

 

 

眩しいくらいに明るい青空。雲一つない快晴の暑さに手を軽く仰いで紛らわす。気持ちのいい朝に気分が良くなり、無意識にお気に入りの曲を鼻歌で奏でる。

 

 

「おっはよーパトラ!」

 

 

「あっ、シャル!おはよー!」

 

 

すると後ろから紺色の長髪でパトラと似た雰囲気を持った女の子がやって来た。シャルと呼ばれた彼女は″島村 シャルロット″、パトラと同じく魔界出身で特徴的な悪魔の角と尻尾を持ち、ぱっちりとした山吹色の瞳。美人と幼さを兼ね備えた元気一杯と言う言葉が良く似合う女の子だ。

 

 

「ねぇねぇ、今日って編入生が来るみたいだよ。」

 

 

「んぇ、そうなの?」

 

 

「この前に先生が言ってたでしょ?」

 

 

「忘れちゃってた。」

 

 

今日は編入生がやって来るという小さなイベントがあることをシャルロットから聞いたが、パトラは完全に忘れてたと何気ない笑顔を浮かべる。

 

 

「おはよ、二人とも。何の話してるの?」

 

 

すると今度は大人な女性がやって来た。薄紫色の長髪に二本の角が側頭部から生やしおり、尻尾を揺らしながらおっとりとした紫色の瞳で二人を眺めていた。彼女は″西園寺 メアリ″、同じく魔界出身のお姉さん担当である。柔らかな微笑みを浮かべ続け、友人の会話に参加して行った。

 

 

「おっはよーメアリ!」

 

 

「ほら、今日って編入生が来るらしいじゃん。その話してたんだけど、パトラがその話聞いてなかったみたい。」

 

 

「あら、そう言えばそうだったわね。一体どんな人なんだろうね?」

 

 

「噂によると男の人らしいよ〜…。」

 

 

「あ、せきしー!おはよー!」

 

 

一人、また一人と増えていき、今度は少し小柄でダウナーな女の子がやって来た。いち早くシャルロットが気付いて挨拶を交わす。まだ寝足りないのか瞼を擦りながら歩み寄って来る。彼女は″堰代 ミコ″。またまた同じく魔界出身で薄緑色のショートヘアに青色のつぶらな瞳。右目に眼帯を着けており、メアリと似た捻れた角を側頭部から生やして、尻尾は何処か力無く揺れていた。

 

 

「おあよ〜…う〜ん、眠い。」

 

 

「男の人!?珍しいね、仲良くなれるかなぁ?」

 

 

彼女達は四人でいつものメンバーのようだ。二列二人並びで会話をするのに慣れているくらい、この瞬間は日常茶飯事のようだ。会話の内容は変わらず編入生の話で、シャルロットが驚いた情報である男子生徒がやって来ると言うのは、この学園では珍しいとのこと。

 

 

「意外と少ないもんね、この学園の生徒の数もただでさえ少ないんだし。まぁでも、どんな人なんだろうね。」

 

 

「僕は何だっていいけどね〜。」

 

 

「優しそうな人がいいな〜…。」

 

 

メアリの言うことに三人も同意するように軽く頷く。煌星学園は見た目の割に生徒は全くと言っていい程に少数であり、百どころか五十にも満たない。その上、女子生徒が多いというなんとも偏りが異常な所である。ミコは余り興味がないのか、また欠伸をしながらそう言う。パトラは一人、何かが変わりそうな予感がするという小さな思いを感じながらそう呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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場所は変わって、ここは二学年の教室。既に何人かの生徒はやって来ており、仲がいい者同士で何気ない会話に花を咲かせていた。そんな和気藹々とした所に、また一人の生徒がやって来た。近くにいた生徒にも軽い挨拶を交わしながら自分の席へ着くと、その前にいた生徒にも挨拶をする。

 

 

「おっはよーミオ!」

 

 

「あ、おはよーフブキ。何か今日って編入生とか来るの?噂になってるみたいだけど。」

 

 

白き狐の獣人こと白上 フブキは、一筋の赤毛が混じった黒髪の長髪で代赭色の柔和な瞳に母性を感じさせる雰囲気、そして頭にはフブキと違った黒い獣耳と尻尾を生やしている。彼女は″大神 ミオ″。狼の獣人の少女であり面倒見が良くて周りからはママとも呼ばれている。そんなミオは、今話題になっている編入生への来訪を話題にフブキと話をする。

 

 

「そうだよ。いやーお仲間さんが増えますねぇ〜。」

 

 

「どんな人なんだろ…。仲良く出来るといいね。」

 

 

フブキは能天気に編入生がどんな人だろう言う前に、新しく来る仲間ということに喜んでいた。その代わりにミオがそんな思いを言葉にしていた。

 

 

「おはなきり〜、余っ!フブキにミオ、何の話をしてるんだ?」

 

 

「おはよー!まつりちゃんもま〜ぜて〜!」

 

 

「あやめちゃんにまつりちゃん、おはよ!」

 

 

そこへ別の生徒がフブキとミオの所へやって来た。独特な挨拶をしたのは、白髪に朱色のメッシュの長髪にクリッとした赤色の瞳。そして頭部には二本の角が生えている。彼女は鬼族の″百鬼 あやめ″。見た目とは裏腹に強力な戦闘力を誇る。

 

もう一人は″夏色 まつり″、茶髪のサイドテールに空色のパッチリとした瞳をしている。彼女はただの人間であり、元気が取り柄の少女だ。ただし、あまり品がよろしくないとのこと。途中参加して来た二人にミオが簡単に話と、その内容にあやめは何処か思い出したように言い出した。

 

 

「編入生が来るって言う話してたの。多分二人もその噂とか聞いてると思うけど。」

 

 

「あー、そう言えばそんな噂聞いたことがある余。編入生…編入ってことは、つまり強い者が来ると余は推測するぞ!」

 

 

この学園に編入する、それは即ち特別な力を持った強力な者が来ると言う意味にもなる。煌星学園には多くの強力者は存在しているのだが、途中で煌星学園に入ったと言う生徒の前例はなく今回が初めてであった。あやめが自信たっぷりにそう言うが、他三人はそうは思ってなさそうだ。

 

フブキは顎に指を添えながら想像してみるも、ぱっとせずにただただ難しい表情を浮かべていた。そんなフブキを見てポーズも一緒に真似をするまつり。

 

 

「う〜ん…いまいち想像できないんだよね〜。」

 

 

「どうだろうね、そこは実際に見てみないと分からないし…それより、何でそんなウキウキしてるの?まさか戦ってみたいとか思ってる?」

 

 

「え?そうだ余?」

 

 

「何時から戦闘民族になっちゃったのあやめちゃんは…。」

 

 

そこでミオがあやめに対して少し違った雰囲気を感じ取り、まさかと思って聞いてみれば当の本人は当然かのように肯定した。これにはミオは呆れ、フブキとまつりは二人して苦笑いしていた。あやめはなんのことか理解しておらず、キョトンと可愛らしく首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはぺこー。今日もあっちぃぺこな〜。」

 

 

兎の獣人の少女こと兎田 ぺこらは、既に来ていたいつものメンバーに挨拶をして直ぐにぼやく。それに気付いたエルフの少女が彼女の言葉に反応してとある話題を持ち込む。

 

 

「あ、おはよーぺこら。この間は本当に大丈夫だったの?」

 

 

「あ〜大丈夫大丈夫ぺこ。ペこーらの運が勝って何とかなったぺこ。」

 

 

「確か、男の人が助けれくれたんだっけ?凄い強いみたいなこと言ってた気がするけど。」

 

 

「その人が処置してくれたけど、まだ怪我も完全には治りきってないんでしょ?」

 

 

少し前に、とある少年に助けられたぺこらはヴィランからの攻撃に命永らえた。だが、逃げていた途中で足を挫いてしまっていて、まだそれが治りきってはおらず心配を掛けていた。少し場の空気が悪くなってきたことを感じたぺこらは、何とか大丈夫だとアピールしようとしたが。

 

 

「それよりも船長、その男の人が気になります。どんな感じだったのぺこら?」

 

 

「それよりもって!ぺこーらのこと心配してねぇぺこか!!マジで死にかけたって言うのに!!」

 

 

赤髪のツインテールの少女が別の話題に食い付いていた。自分の危機が次いでにと聞こえたぺこらは、咄嗟に怒りを露にしてその少女に問い詰める。そんな気迫のある兎の怒りに、赤髪の少女は少し慌てて何とか弁解しようとする。

 

 

「そ、それはちゃんと心配してましたよ!それでもやっぱ気になるじゃないですか!漫画しかなさそうなシチュを生体験した時のトキメキはあった筈です!いやあっただろ!!」

 

 

「命掛かってる時にそんなもん感じるわけねぇぺこ!!何言ってんだよ!!」

 

 

弁解もクソもなかった。頭の中は少女漫画に犯されているのか、唐突に現れ始めた嫉妬心が赤髪の少女に徐々に火がついて、逆にぺこらを責めるようになっていた。勿論、訳の分からない言い分にぺこらも更に激昂する。

 

実際問題、死にかけたことだったし少しくらい慰めて欲しい気持ちがあったぺこらだが、彼女の性格上それを素直に伝えられることが出来ずに、こんな展開になることは度々ある。

 

 

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いてよ…。」

 

 

「二人は本当に朝から元気なのです。」

 

 

「でも確かにマリンの言ってることも気になるよねぇ〜。どんな人なんだろうね?」

 

 

ギャーギャー騒ぐ二人に、エルフの少女が率先して慌てて止めに入って行く。小柄な緑髪の少女は見慣れたその光景に呆れ、銀髪の少女は先程のやり取りの言葉を思い返しながら窓の外に目を向けていた。こんな少し騒がしい日常が当たり前で、幸せなことなのだと心の内からそんな思いが不意に出て来て、何気なく微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…この日が来てしまったか。」

 

 

目の前にの校門の向こう側にある校舎を眺めて、知らずの内に溜息が吐き出てくる。その少年、紫黒 龍成は今を見つめて軽い憂鬱に気分が起きていなかった。谷郷から連絡先を交換してから、随時連絡すると言う話はしていた。

 

だが、自分が思っていたよりも準備も手続きも早く済ませていたことに驚きだった。それから教材や制服が送られ、編入する指定日は近かったので慌てて啓次さんにシフトの調整をしてもらった。

 

 

「制服なんぞ初めて着たけど、こんな感じなんだな。」

 

「……変じゃないかな。」

 

 

煌星学園の制服は、紺色を基調として何処か執事服に似たようなデザインをしていた。バイト先でも似た服を来ている為、そこまで抵抗感はないがちょっと堅苦しいので多少は着崩してはいる。変な感じじゃないか心配はするが、何時までも格好のことなど気にしていられない。

 

 

「またここに来るとはなぁ…啓次さんも相当、吃驚してたなぁ。」

 

 

あの煌星学園に入ることになったといきなり話してみれば、啓次さんも仰天するのも無理もなかった。次いでにヴィランの件も話せば昇天目前。別に隠していたつもりじゃなかったが、言うタイミングがなくて中々話し出しずらかったのだ。

 

ただ…半分気絶しながらも珈琲を注ぎ続けている姿はシュールだったな、殆ど白目だったぞ。

 

 

「…ま、さっさと行くか。」

 

(あの人からの連絡通りだと、先ずは教務室に向かうんだったか。)

 

 

前に偶然やって来ていたかなたに、校舎を案内してもらったお陰である程度の構造は覚えていた。谷郷さんからの通達だと、先ずは担当となる教師に顔を出すとのこと。その人達にも話は通してあるみたいだから直ぐに気付くと言っていた。そんな内容を思い出しながら向かい、教務室までの道程はそこまで遠くはないのですんなりと着いた。

 

軽く息を吐いて気分を切り替える。変なとこで少し緊張している自分がいるが、この後の方がもっと緊張するだろうと思って一旦落ち着く。扉をノックすれば簡単な返事が返ってくる。入って中を確認して見ると、眼鏡の女性がこちらを見て察し気付いたのか、佇んでいる俺に近寄って来る。

 

 

「もしかして君が編入生かな?」

 

 

「はい、紫黒 龍成と言いますが…。」

 

 

「話は学園長から聞いてるよ。私が君の担当教師になる″有仁 永(ゆうじん えい)″だよ、何でか周りには『友人 A』こと″えーちゃん″って渾名で言われてるから、もしだったら君もそれで呼んでくれて構わないよ。」

 

 

「は、はぁ…。」

 

 

いきなり担任の先生のことを渾名で読むのは中々ハードルが高いんじゃないか?逆にフレンドリーで接しやすいのは助かるのだが、流石にすっ飛ばして友達のように呼ぶのも気が引ける。でも、これは彼女なりの緊張の解し方なのだろう。何となくそんな気がする。

 

 

「さぁ…てと、長々と説明は出来ないから早速だけど、この学園の仕組みを粗方教えるよ。後は悪いんだけど他の生徒に教えて貰っていいかな。実は私にはやることがまだまだあってね…はは。」

 

 

(め、目が死んでる…しかも体内の気も小さくて荒くなってる。大丈夫なのかこの人。)

 

 

教師という職はどれ程に大変なのかは理解しかねないが、今の彼女を見る限り余程の苦労人だと見て取れる。瞳は酷く濁ってよく見れば隈が隠し切れていないし、目の奥が死んでる…力無く乾いた微笑みが余計に哀愁を漂わせていた。

 

 

「あ、あの…無理はしないで下さいよ?それと、少し手を貸してください。」

 

 

「どうかしたの?まぁ、はい。」

 

 

通常じゃこんなになるまで働いていたらぶっ倒れても可笑しくないし、どうしたらそこまでの忍耐力を身に付けられるんだ?チラッと机の上に見えたあの大量の空き缶に何か秘密があるのだろうか。

 

それよりもと、永先生の片手を借りさせてもらうよう頼むと、彼女は少し怪訝そうにしたものの素直に手を差し出す。それに重ねるように自分の手を乗せて、川のせせらぎのように微力な気を少しずつ流し込める。

 

 

「っ!!暖かい…しかも嘘みたいに身体が軽くなったような…一体何をしたの?」

 

 

「ちょっとした御呪いみたいなものです。あからさまに窶れた顔をしてたので…流石に心配になりますよ。」

 

 

永は不思議な感覚に少し戸惑いながらも、さっきまで重苦しかった体の調子が好調に変化したことに素直に驚いた。ずっと悩みの種だった肩凝りや目の疲労等が嘘のようになくなった。

 

龍成は質問に少し濁しながら答え、オブラートに体を確りと休めるよう伝えも入れておく。完全に疲労を消したとか言うそんな都合のいい力じゃない。気は生命エネルギーを具現化させた代物、そして自身の体力に比例して反映されるものなので、弱れば弱る程エネルギーは小さくなる。あくまでも今の彼女に気を補充させて体力を補っている状態だ。

 

 

「ほぇ凄い…ありがとう、お陰で凄く楽になったよ。じゃあパパッと説明するけど、この学園は三年制でちゃんと五教科目を勉強しつつ、君達の本業であるヴィラン対抗策強化である戦闘科目。でもあくまでも君達は学生であり大人では…いや、種族によってはそんなの関係ないのかな?まぁいいや、取り敢えず無理は決してしないこと。命を第一にすること。困ったら誰かに頼ること。今はこのくらいかな、また詳しいことは追々か他の人に聞いてね。」

 

 

「分かりました。」

 

 

簡易的にこの学園の説明を受け、本校の戦闘の基本中の基本である掟を聞く。ヴィランとの戦闘において一番大切なことは、先ず己の命を最優先すること。次に信頼する仲間を持つこと。そして人々を守れる力を成長させること。

 

ヴィランとの戦闘は簡単な話ではないと言いたいのは理解はしているし自己犠牲で戦闘に貢献するのはその人のエゴだとも思ってはいるが、それは勇気ある者しか出来ない行動とも言える。考えれば考える程難しくなってくる。今はもう止めておこう、俺にはまだすべきことがある。

 

 

「それじゃあ、ここからは本題だよ。君を皆に紹介するけど、準備は出来てるかな?」

 

 

「すぅーっ……まぁはい。」

 

 

そう、これだ。一番の不安要素である自己紹介。はっきり言って俺は目立つのは好まないし、友達も出来る気はしない。コミュ障という訳じゃないが、周りからの印象がちょっと怖いのだ。何時も一人でいた俺だからどう接すればいいのか分からないから、上手くいけるかとても不安だ。

 

 

「そんな緊張しなくても…いやぁ、それは無理か。」

 

 

「まぁ、頑張ります…。」

 

 

少し固くなっている俺に、永先生は苦笑いを浮かべながら緊張感を解すことなく無理かと言った。二人で教室に向かうまでこれと言った会話は特になく、この無言の時間が更に緊張感をじわじわと募らせていくことに思わずお腹を抑えてた。教室に着くまでが長く感じるが、近付くにつれて生徒達の雑談する集団の声が聞こえてくる。

 

 

「それじゃあ君は事前に連絡した通り二年生になるから、この学園の人数は少ないけど仲良くなれるようにね。まぁ皆いい子だからきっと大丈夫だよ。」

 

 

「……だといいけどなぁ。

 

 

大丈夫だと何度伝えられようが、やはり心に残る不安は簡単には消えてくれない。先生が教室へ入って行くと、さっきまで騒がしかった室内は忽然と静寂が訪れた。生徒達のちゃんとした教育が成されているのか、それとも生徒達自身の良さが出ているのか、どちらにしろ永先生が自信を持って言っていた良いクラスなのは本当なのだろう。

 

 

「はーい、じゃあ朝礼始めるよー。」

 

 

何故俺も続いて入って行かないのかと言うと、事前に教室前で待機するようにと伝えられていた為、少しの間だけ壁に凭れて落ち着いていた。その余りの静けさに、朝礼を始める先生の声に自然と耳が傾く。

 

 

「えー先ずはね、皆さんも何だかんだ噂で気になってたと思ういますが、今日からの初の男子生徒の編入生がここにやって来ます。」

 

 

……ん?何か今、聞き捨てならぬ言葉が聞こえたような気がするんだが。あれ?聞き間違いかな…。

 

 

「では、入ってどうぞ〜。」

 

 

思考しようとしたが、先生に呼ばれてしまったことで直ぐに行動する。直前で変な不安が強くなってしまったが、もう後には引けない。覚悟を決めて目の前の扉に手を掛ける。そして開けて中の様子が目に入ると、俺は驚愕した。

 

 

「えっ…。」

 

 

「ふぇ…?」

 

 

「あっ…!?」

 

 

約三名のとある生徒が驚愕と困惑の混ぜた声を漏らす。その声の主達に龍成も見覚えのある人に気付きはしたものの、表情は崩さずに永の横へと並んで立つ。そして生徒達を見た瞬間、彼はあることに気付いた。それもとても大きな問題に。

 

 

(……なんじゃこりゃ。)

 

 

なんと男子生徒が一人も見当たらないのだ。何処を見渡しても女子、女子、女子の赤一点ならぬ一色の園となっている。全生徒が彼に視線を釘付けにすることには当然な光景だが、逆に彼からしたら全生徒が女子生徒と言う異例な光景を見ている。男のおの字も無い、色とりどりな美少女が目の前に広がっていることに思考が止まる。

 

 

「はい、今日から彼が同じクラスの紫黒 龍成君です。じゃあ自己紹介いいかな?」

 

 

「……。」

 

 

「…紫黒君?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あ。」

 

 

『(……あ?)』

 

 

皆が見守る張り詰めた空気の中、溜めに溜めた開口一番が気の抜けた一文字の台詞に、一部の生徒は何処ぞの鮫のフードを被ったある女の子を連想した。が、直ぐに彼も意識を立て直して改めて自己紹介を行う。

 

 

「紫黒 龍成です。種族は…ニ、ンゲンで趣味は読書とか音楽鑑賞が主になっています。えー…ちょっとまだこの学園に関して分からないことが多々あるので、色々教えて下さると助かります。よろしく…お願いします。」

 

 

少し緊張でちょっとした吃りと口の乾きで上手く伝えられたかは分からないが大丈夫だろう…大丈夫だろうと信じたい。未だに突き刺さる数多の視線に少しだけ萎縮する。

 

女子しかいないクラスなんだ、やはり黒一点である男の俺がいると物珍しさで見るのも分かる。ここは女子校ではないはずだ、そんな話は聞いたこともないし偶々ここのクラスだけなのかもしれない。…いやそんな偶然あるか?

 

 

「では、紫黒君の席は窓側の一番奥の席ですね。」

 

 

小さく返事をしてから一番奥にある空き机に向かう。その際にまで様々な視線が自分に向いているのがまだ分かる。出来るだけ自分を自然になっているように保ち、なんとか椅子に座ることが出来た。漸く落ち着けるようになって一息着いてから正面を眺める。

 

 

「はい。という訳でね、彼について色々と気になるかもしれませんがその前に一つ報告があります。この間に、ヴィランの発生が二件ありました。ここ最近では、ヴィランの目撃情報なども多くなっています。君達はそれに対抗する術を持っていますが、決して自らの命を犠牲にすることなどは呉々もしないように。力を合わせていきましょう。」

 

 

朝礼はまだ終わってはおらず、ヴィランが発生した内容を話し始める。テレビのニュースでもヴィランの事件は最近よく見掛けることが多いし、庶民からの不安の声も止まらない。

 

国もどうにか対策を練ってはいるらしいが、結局のところヴィランを対策に一番頼れるのはここ(煌星学園)しかないのだろう。そうなると、その不安や責め立てる声はこっちに来るのも自然だ。

 

 

(ヴィラン…最近流行ってるのか。運命の悪戯か通りでよく出会う訳だ。…思ったより大変かもしれないな、ここの学園は。)

 

 

そんなこんなで朝礼は終わりを迎え、授業の準備の為に永先生は一旦教室を出て行った。それと同時に場の空気は緩くなって、再び雑談している騒がしい空間へと変わっていった。俺も緊張感が解れて椅子の背に凭れ掛かって、落ち着きを取る為に息を吐く。

 

すると何者かに右肩を小さく突かれて、それに釣られてふと横に視線を向けると俺の隣の席だろう黒髪の女の子が眩しい笑みを浮かべていた。

 

 

「今日からよろしく!自分は″大空 スバル″って言うっす!スバルのことは名前で呼んで欲しいっす!君のことは何て呼べばいい?」

 

 

彼女はボーイッシュな見た目と口調だが、持ち前の人当たりの良さと可愛さが見え隠れしているのに何処か惹かれる魅力を感じる。スバルからどう言う名で呼べいいかと聞かれるが、そんなことを聞かれたのは初めてな為少し困ったが当たり障りのないように伝える。

 

 

「あぁ…よろしく。そう言うのはお前の呼び易い方に任せるよ。苗字でも名前でもどっちでもいいかな。」

 

 

「じゃあ普通に龍成でいいっすね?それにしても、かっこいい名前だよな!いいな″龍成″って!凄い男らしいじゃん!」

 

 

「あ、ありがとう。」

 

 

元気全開なのか話すトーンがやたら大きく聞こえて、押され気味になってしまう。名を褒められて悪い気はしないが、結構グイグイと寄ってくる彼女にちょっと引き笑いになる。そしてその後ろからは、見覚えのある一人の人物がやって来た。

 

 

「まさか、紫黒がここに転校するぺこなんてね。昨日の用事って言うのはこのことだったぺこか?」

 

 

「そう言う兎田もここのクラスとはな。」

 

 

うさ耳を生やした獣人であるぺこらは、何処か呆れたように会話に加わって来た。ぺこらだけではなくもう何人かを連れて来ながら、昨日出会ったばかりの彼女との会話に連れの人達は何処か困惑のした表情を浮かべていた。

 

 

「え、ぺこら…もしかしてぺこらが助けてくれたのって。」

 

 

「ほうほう…これは、中々なイケ優男の気配をビンビン感じます!」

 

 

「しかもちょっと可愛い感じもあるよね〜。あ、いいかも…。」

 

 

「ちょっとマリンもノエルも落ち着きなよ…。」

 

 

色とりどりな髪色をした四人の少女が龍成とぺこらの姿を凝視しながらそれぞれの反応を見せる。急な人数が集まって来たことに、龍成はちょっと動揺が顔に浮かび始めてしまう。それだけで終わることなく、次々と新しい者が彼の元へとやって来る。

 

 

「紫黒さん!一体どう言うことですか!白上はこんなこと聞いてませんよ!?」

 

 

「ちょ、ちょっとフブキも落ち着きなよ…!」

 

 

「え、なになに〜?フブキこの人のこと知ってんの?フブキも中々隅に置けないねぇ〜。」

 

 

「じ〜…。」

 

 

「ねぇあなた!やっぱりあの時の店員さんだよね?」

 

 

「え、パトラ。この人と会ったことあるの?」

 

 

「ちょっと待って待て待て。」

 

 

何か一気に頭髪の色とりどりが来た。しかも全員に美が付く少女だし、そんな迫られると息が詰まってしまう。何人かが何処か期待の込めた視線を混ぜているのに気付く、駆け込み乗車の如く押し寄せて囲まれるこの光景には困惑しかない。

 

しかし、俺が納得出来る説明しなければ彼女等はここを動きませんってそれとなく伝えてる気がする。どうにか、頭の中で説明する言葉を構築して整理する。

 

 

「えーっと…簡潔に纏めて説明すれば、兎田とは前に関わりはあったのは、さっき永先生が言ってたヴィランの件で襲われてたから助けて…。白上とは、以前ヴィランとの件で関わりがあって…。それでそっちの子とは、俺が通っているバイトで少し話したくらいだな。」

 

 

「そうだったんだ。」

 

 

「なるほどなぁ、じゃあ龍成がぺこらを助けたのって嘘じゃなかったんだな。」

 

 

「何でペこーらが嘘付いてると思ったんだよ!!」

 

 

哀れなる兎田。単純に弄られているだけなのか普段嘘をついていた弊害なのか、だが彼女の反応を見るに心外と思っているようだ。どうやら、俺が兎田をヴィランから助けたと言う話は既に出回っているようで、その話題は嘘か真かで定かではなかったらしい。哀れな兎田。

 

 

「あの、あなたがここにいるってことは何か″異能″とか持ってるの…?あ、私は周防 パトラって言うの!気軽にパトラって呼んでね!」

 

 

「なぁ…人間様?余も聞きたいことがあるのだが。」

 

 

「あ〜…。」

 

 

「なぁなぁ、流石に一気に迫り過ぎだろ。龍成もちょっと困ってるし、一旦皆で自己紹介でもしたらどう?」

 

 

ここでスバルからの一つ提案を出す。確かに、沢山いて誰がどんな人かも分からない。そんな中で質疑応答したって、無闇に自分の情報を答える程不用心ではない。

 

 

「はいはーい!じゃあ船長からいきますね?」

 

 

一番手行きます!と堂々と手を伸ばして来た、一人称が可笑しな赤髪の少女が初めに自己紹介をやる。異論はなかったのか誰一人として横槍をする者はいなかった。赤髪の少女が軽い咳払いを一つしてから、きゅるんと何処か甘い雰囲気に変わり、体をくねらせた。

 

 

「Ahoy!宝鐘海賊団船長の″宝鐘 マリン″ですぅー!ピチピチの十七歳で、気軽にマリンたんかマリリンって呼んでね♡出っ航〜♡」

 

 

「うわきっちぃぺこ…。」

 

 

「はあぁ!?何がキチィんだよ!?私みたいな美少女がやって何処に問題があるのか言ってみろよおおおおおぉ!!!」

 

 

赤髪のツインテールに朱色の瞳で片目に海賊らしい眼帯を装着していた。スタイルは女性の方では恐らく憧れを持たれる程の綺麗さがあり、面白さが滲み出ているお姉さん感がある。

 

正直、確かにあざと過ぎるとは思ったものの、兎田の吐いた毒にあんな急変になるとは情緒と本性が分からなくなる。てか、今船長って言ったか?もしかして啓次さんの厄介者の一人はこの人だったのか。二人のやり取りに、金髪のポニーテールの少女が困った表情で溜息を吐いていた。

 

 

「はぁ…騒がしくてごめんね?あたしはハーフエルフの″不知火 フレア″って言うの、よろしくね。それでこっちが…。」

 

 

「こんまっする~!白銀騎士団長の″白銀 ノエル″です!よろしくね〜!団長のことはノエルって呼んでね?ねっ?」

 

 

「こんるし~、初めましてなのです。るしあはネクロマンサーの″潤羽 るしあ″って言うのです!気軽に接してって欲しいのです、よろしくなのです!」

 

 

尖った耳が特徴のハーフエルフのフレア、少し褐色な肌色に金髪のポニーテールに柿色の瞳をして、兎田率いるこのメンバー達の纏め役に頼れる人姉御肌に感じた。

 

次に白銀騎士長のノエル、銀髪のショートに緑色の丸い瞳で胸部が凄いことなっている。ほんわかとしつつ天然よりなものがあった。

 

そしてネクロマンサーのるしあ、彼女は小柄な体で浅緑色のショートで赭色の瞳をしている。可愛の雰囲気が醸し出されているが何処かのほほんとしたものも感じる。彼女達が終わったのを察知したのか、狼の獣人の少女が次にへと話を切り出す。

 

 

「じゃあ次はウチ達かな?ウチは大神 ミオって言うの、よろしくね。ゲーマー部の副部長をやってるから、ゲームとか好きなら入ってみてね。」

 

 

「因みに部長は白上なので、入りたかったら私に言ってくださいね!」

 

 

「わっしょーい!煌星学園一の清楚でみんなのアイドル夏色 まつりで~す!ゲームとか歌とかが好きだよ!よろしくねっ!」

 

 

「余は鬼族の百鬼 あやめだ!よろしくな!それで龍成、お主からはとても強い気配を感じるぞ。是非とも余と一戦交えて欲しい余!」

 

 

「私は島村 シャルロットって言うの!シャルって呼んでほしかな。それでそれで!パトラとはどんな会話をしてたの?」

 

 

「……。」

 

 

「いやだから!そんな一遍に問い掛けられても龍成が困惑するだけだから!!」

 

 

次は自分、次は自分と再び駆け込み乗車の如く前へ前へと龍成の視界を取って自分をアピールする。なんとも言えなくなる龍成の代わりにスバルが横から遮り更に騒がしくなって苦笑いが浮かぶ。わちゃわちゃとしたこの場所は、来たばかりの彼にはまだ馴染むには少し早いのかもしれない。それでも、彼女達の個性が独特なお陰で名前は簡単に覚えることは出来た。

 

 

(これは…波乱な生活になりそうだな。)

 

 

これからの生活に刺激的な日々が送れそうだと思うと、少しだけ楽しみにしている自分がいる。今までこうやって接される人がいるのは随分と久しぶりだった。この光景を見ていたら昔に見た記憶が重なって口角が小さく上がり、次の授業が始まるまで雑談をするのだった。

 

 

 

 

 




容姿の説明に段々と面倒になってるが見えてきてる。かと言って書き過ぎるのもあれだったので、できるだけ端的にしときます。えーちゃんの名前は勿論オリジナルです。紹介的にそのまんま使うと違和感を感じたのでね。自分で見返してもよく分からんのですが、読みずらくはないでしょうか。まだまだ不慣れですがよろしくお願いします。

では〜。


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五話 『対戦』


さてさて、今回は戦闘の前置き話のようなものになっております。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

あれから慣れない授業に参加して何とか内容に食らいついて行ったが、結果を言えば散々なものだった。今まで訳あって学業に向かい合えなかったとは言え、そのツケはとても大きいものだった。

 

それに一からではなく途中から始めたのだ、新しい路線に踏み入ってみればいきなり学業と言う分厚い壁が目の前を遮って来たのだ。そんな思いもしなかった障害に龍成は頭を抱えて悩んでいた。

 

そして疲労を感じる原因はそれだけではなく、初めての男子生徒と言う名目があって質問攻めにあっていたのだ。更には聞くに、この学園には女子生徒しかいなかったらしい。初めはまさか女子校なのではと思ったが、どうやら偶々とのこと。そんな偶然あってたまるか。

 

そんなこんなで漸く昼の休憩時間がやってきたことに安堵する。全力で学業に追い付こうとしたが為に頭の使い過ぎて、何時まで経っても頭痛が収まらない。昼飯時くらいは落ち着いていたいのにそんな様子はなさそうと察すると、溜息が出てくる。

 

 

「はぁ…学園って、結構疲れるんだな。」

 

 

「いやまぁ、それは編入生だからだと思うよ。それに人間で戦闘経験もあるってなれば、皆も余計に気になって食いつくからなぁ……てか大丈夫?」

 

 

「取り敢えずはな。それにしても…ここって本当になんでもあるのな。あむっ…。」

 

 

龍成がいる場所は食堂にてスバルとぺこらとフレア、ノエルと共に昼ご飯を食していた。弁当を持ち合わせていなかった彼は、昼ご飯をどう済ませれば分からずスバルに聞いてみた所、こう言う場所があると知った。

 

この食堂では凄腕の料理人がいるので味は勿論、幅広い料理の種類が存在している。飲み物もあるしデザートもある。それも全て無料と言うのが魅力的な理由だろう。

 

この学園の凄いところはそれだけじゃなく、温泉や特訓施設に研究室にプライベートルームと言う生徒のシェアハウス的な施設まであるらしい。要はこの学園で生活を過ごせるとのこと。凄い。

 

 

「人々を助けながら学園生活って言うのは厳しいからね。それなりの待遇を得させないと生徒がただ大変な思いをするだけだって、学園長が言ってたし。はむっ…。」

 

 

「そうぺこ!ペこーら達は命張って戦ってるんだぺこだから、それぐらいはないとやってられないぺこ。」

 

 

確かに、フレアとぺこらの言うその意見も一理ある。簡単にヴィラン討伐すればいいだけの話とは言え、死と隣り合わせの生存競争の行為だ。

 

弱いヴィランが存在しようとも、未知の化け物なのは変わりないこと。油断して殺されたなんてことがあれば笑い話にもならない。そして、そこでノエルが何か思い出したように龍成に一つ聞いた。

 

 

「そう言えば、龍成君は異能とか持ってるの?」

 

 

「パトラにも聞かれたが…持ってないけど、そもそも異能って何なんだ?」

 

 

「異能を持ってないであれって、本当にヤバい奴ぺこ…。」

 

 

ちょくちょく小耳に挟んではいたが、異能と言うものに不思議に思っていた。そんなものは持ち合わせている訳はなく、分からず首を傾げば何故か兎田が俺を見て引き気味になっていた。

 

 

「異能って言うのは…まぁゲームで言うなら特殊能力と同じ意味合いだね。あたしは『強弓術』って言う、主に弓の技術を最大限に引き出す能力で。ぺこらとかは『幸運』の異能を持ってて、ノエルは『鉄壁』って言う防御に優れた異能。マリンは『千里眼』で色々と情報とか弱点を見抜く異能。るしあは異能はないけれど、ネクロマンサーとして死靈術を熟してサポートしているよ。」

 

 

「皆持ってる訳じゃないのか?」

 

 

「いんや、全員が全員持ってるって訳じゃないよ。スバルも異能とか持ってないんよ。けれど戦う術はちゃんと持ってるっすよ!」

 

 

「スバルも普通の人なら、どんなのなんだ?」

 

 

「スバルは″トランスパワードアーマー″。略して『TPA』って呼ぶんだけど、それを使って戦ってるよ!流石にスバルは生身じゃ戦えないから、技術で攻めるしかないんよね。」

 

 

「凄いな…スバルは。」

 

 

異能とは、その者の固有能力で特別な力を宿すこと。発能原因する理由は解明はされていないとのことで、突如としてその人の潜在能力が開花されて形になるらしい。

 

しかし、今言ったスバルのような異能を持たない人もいれば、るしあのように別の種族能力を持った者もいる。そんな中でスバルは異能も持たず別方向で戦いに行く姿勢に、龍成は心から尊敬した。そう褒められたスバルは少し照れそうにしていたものの、自分の手を見て困ったように語る。

 

 

「いやぁ別にそこまで凄いって訳じゃないっすよ。幾ら戦力を蓄えたって、やっぱり戦うってなるとちょっと怖いし…緊張で手が震えるっすよ。」

 

 

「そういうものぺこよ、誰だって戦いには簡単に慣れるものじゃないぺこ。」

 

 

「まぁ…一部例外はいるけどね。」

 

 

思い方は人それぞれだとは分かっている。消極的な者もいれば好戦的な者もいる事実は否定はしない。フレアの言った一部例外と言う言葉の中に、俺も思い当たる人物が容易に想像出来ていた。なんなら現状の悩みの種の一つとも言い切れる。

 

 

「あ、いたいた!おーい龍成ー!余と戦ってくれ余ー!お主は強い者だと余は確信している!だから戦ってくれ!!」

 

 

「噂をすればやって来たなぁ。」

 

 

「しかもご飯持ってきながらって…。」

 

 

「…はぁ。」

 

 

そう、百鬼 あやめの異様なまでの対戦相手の招待をしてくることに困っていたのだ。それはもう執拗いくらいに誘って来る。休み時間に一足先に俺の元へ来れば開口一番は決まってそればかりだった。流石の俺でも彼女への印象はちょっと好ましくないし、うんざりしている。

 

 

「こらーあやめちゃん、あんまり困らせちゃ駄目だよ?」

 

 

「私達も混ざってもいいですかー?」

 

 

「幽世組も来たね、いいよいいよ。丁度彼のことについて話してた所だから。」

 

 

来たのはあやめだけでなく、フブキとミオも着いて来ていた。一人興奮しているあやめに対してミオは注意を施し、フブキ達も龍成達の輪の中に参加する。そしてあやめは龍成の正面へと座ったと思えば前のめりになって来る。

 

 

「なぁなぁ龍成!余と一戦交えてくれないか?きっといい戦いの経験が出来るぞ!お願い!余と一回だけでいいから!」

 

 

「飯くらいゆっくりさせてくれ、あやめ。それに…俺とお前が戦って何になる?経験がどうこう言っているが、対人戦なんてお互いに怪我をするだけだ。悪いが俺はその話には乗れない。」

 

 

ヴィランは人なんかじゃない、それは誰が見ても明々白々な事実。それなのに人と人で力をぶつけ合う試合には、如何せん納得が出来ない。そもそもな話、この学園に通う者達の大きな力はあくまで″ヴィラン討伐の為″にある筈なんだ。それなのに人に向けるのは違くないかと、俺は思っている。

 

 

「むぅー!何でだ余ー、この経験があるからこそ更なる高みを目指せるんだ余!決して無駄ではない!」

 

 

「力を使う矛先はヴィランだけでいい。俺は…極力、人に力を向けたくないんだ。」

 

 

俺は俺の持つ力の危険性を充分に理解しているから、幾ら力加減をしたって軽い怪我で済むとは思えないから。先ず大前提として、俺は誰かに対して力を向けたくはないのだ。対人戦をしたってそれが何になる?まさか行事で試合でもさせていると言うのか?だったらこの学園は、はっきり馬鹿だと声を大にして言ってやろう。

 

 

「…どうして、そこまで頑なに否定するのだ?」

 

 

「いや、ペこーらも今思い出したけど…そう言えば紫黒の力はマジでやばかったぺこ。正直言うと、あやめちゃんでも……いや、やっぱ分かんねーわ。」

 

 

「でもでも、確かに私も龍成君の実力が気になりますね。」

 

 

「ぶっちゃけるとスバルも気になるっす!」

 

 

「あたしもちょっと気になるかな。」

 

 

皆して気になると言う理由が一致する。この学園でヴィランの事件を一人で解決すること自体がそもそも少なかったと言うのもあると、スバルからは聞いていた。それで気になると言われれば仕方はないと思うけど、だからと言って見世物にはしたくない。

 

 

「ウチも気になるけど…龍成君が嫌って言ってるんだから、強要はしない方がいいよね。」

 

 

「うぅー…余もそれなりに自信があるんだけどなぁ。ヴィランなんて何度も斬り捨てて来たから、龍成とは″良い勝負″が出来ると思ったんだけどなー。」

 

 

あやめは楽しみにしていた物を没収された子供のように凹み始め、寂しそうにそう言葉を発していた。それを聞き逃さなかった龍成は、暫し考えてみる。

 

確かにあやめの気は素晴らしいくらいに甚大なもので、そこらより強いのは戦わずとも把握している。一から十で例えるなら、六か七くらいの強い前線のタイプだ。フブキとミオも中々強い方であやめと良い勝負するだろう。

 

逆に考えて、ここで俺が戦って示してやるのも一つの手かもしれない。やってみる価値はあるし、それが俺にとっていい方向に向かうか悪い方向に向かうか、それは彼女等次第にもなる。

 

 

「……そこまで言うなら()るか?」

 

 

「え、いいの?でもさっきあんなに…。」

 

 

「気が変わった。ただし今回だけだ、今日の放課後に予定空けとけよ。どうせここに闘技場みたいな所とかあるんだろ?」

 

 

ミオが心配そうな表情でこちらに目を向ける。ミオだけでなく他何名かも同じように、彼の変わりように注目する。そんな状況になっても気にすることもなく、食事終わりに食器を重ねている。

 

 

「う、うん。あるけど…本当に無理しなくていいよ?」

 

 

「大丈夫。本当に嫌だったら執拗いくらい否定するから。あやめ、それでいいよな?」

 

 

「いい余っ!漸くやる気になってくれたな!楽しみにしてるぞ!」

 

 

闘技場のような施設はやはり存在していらしく、その確認さえすれば後は充分。あやめも龍成との戦闘が可能だと知れば、小さい子供のように喜んで楽しみにしていた。そんな彼女の純粋な笑みを見ていて、龍成はそれに対して不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「楽しみ…ね。」

 

 

先に戻ってる、と一言だけ伝えて食器を片付けて教室に戻って行った彼に、彼女達は何も言えなくなってしまっていた。その理由は言わずもがな彼の雰囲気がごろっと変わりだしたこと。それはまるで、柔らかな物から冷たくて鋭利な棘が滲み出してきたようなものだった。

 

 

「何か…雰囲気違ってたね。」

 

 

「…そうだね、何か昔にあったのかな?」

 

 

「だとしても無理に聞く訳にはいかないもんね。」

 

 

フレアとフブキとミオがそう会話して、何とか次の話題へと繰り出して一旦彼のことはそっとしておこうと、言わずとも皆は察して昼食の会話を楽しむことにした。あやめは見るからに嬉しそうになっており、それを見て癒されながらご飯を食べて至福に入り浸っている者が所々いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当に甘いな、お前は。』

 

 

(分かってる…だから俺は、その時は優しさを捨てて力の真の意味を叩き込める。昔にあんたがしてくれたように、な。)

 

 

教室に一人先に戻った龍成は、自分の席で腕を組んで目を瞑っていた。過去のことを思い出しており、昔に教えられていたものを次は自分がするようにすると心の内で決意する。考えれば対策のしようはある、例えば″攻撃を当てる必要が無い″こと。簡単に言えば力の差を見せ付けることだ。

 

 

「ねぇねぇ。」

 

 

(あやめのあの言動だと自信はありそうだし、何より鬼族だからか戦いを楽しみにしている。)

 

 

そこに一人の悪魔の少女の、周防 パトラが声を掛けて来た。たが考え込んでいる龍成はそれに気付いている様子はなく、まるでパトラを無視をしているような構図が出来てしまっていた。

 

 

「むぅ、ねぇってば!」

 

 

(まっ、どちらにしろ俺が″負けることなんてない″けどな。)

 

 

しかし、パトラは今の龍成の様子を察していたらしく、如何にも不満ですと言う少しムッとした表情を浮かべて先程より声量を上げてみる。それでも不思議と彼の耳には届くことはなく、一人で腕を組んで机を眺め続けていた。

 

 

「むぅ〜…ていっ!」

 

 

「にゅっ…!?」

 

 

こうなったらと最終手段に実行し、両手で彼の顔を挟み込んで無理矢理自分と視線を合わせて、そこで初めて龍成はパトラの存在に気付いた。ジト目をしていた彼女の顔を見て、何かしてしまったのだろうかと思ったのだが、もしかしたらさっきからいたのかと察した。

 

 

「もうっ!さっきから呼んでたんだよ?」

 

 

「ご、ごみぇん(ごめん)…。」

 

 

何とか謝罪の意を示して声を出すのだが、挟まれている所為で上手く伝えられているのか分からないが、途端に彼女は微笑みを浮かべて優しく語り掛けて来るが、それでも挟む手は止めない。

 

 

「凄く険しい顔してたけど、何か悩みごと?それだったら、この私がお話し相手になるわ!」

 

 

べちゅににゃやみってわけにゃ(別に悩みって訳じゃ)それりょに(それより)()はにゃしへ(離して)。」

 

 

「思ったよりもちもちしてるのね、貴方のほっぺ。」

 

 

「んぬぅ…。」

 

 

「ふっふふ♪可愛い顔ね。」

 

 

あまり気にしたことのない頬の柔らかさをパトラに堪能され、なんとも言えなくなってしまう。別にされて嫌悪感はないのだが、なんかこう…抵抗が出来ない。

 

そんなことで、結局パトラにされるがままに頬で遊ばされてるのだった。妖艶のような、それでいて母性のある優しい微笑みが妙に心臓の鼓動を早める。

 

 

「ちょっとちょっとパトラ、困ってるでしょ?止めてあげなよ。」

 

 

「えっへへ、ごめんねりゅう君。ついつい触りたくなっちゃって。それより、何かあったの?」

 

 

そこへシャルが何も言えずにいた俺を見て、パトラに止めるよう声を掛けてくれて、それを聞いたパトラは軽く謝りながら素直に手を退けてくれた。何か悩み事だと思った彼女は、相談相手になろうと親しみになって聞いてくる。シャルもそのやり取りに興味を持ったのか、近くまで寄って来てパトラの横に並ぶ。龍成もこのことは隠す必要はないと考え、素直に真実を告げる。

 

 

「んーとまぁ、今日の放課後にあやめと戦うことになった。」

 

 

「「……え?」」

 

 

「ん?」

 

 

瞬間、あからさまに二人の顔色が変わった。聞かなくてもそれは分かる、それは決して良くない意味が込められている。途端に二人は慌てふためいて先にシャルが口を開いた。

 

 

「え、え、え?龍成君、あやめちゃんと決闘するの…?」

 

 

「悪いことは言わないから、それは止めておいた方がいいとパトは思うな…!あやめちゃん、この学園の中でも上位に入る強さだし…だから、その…人間のりゅう君には…無理があると思うの。」

 

 

「うん…私も流石に心配になるよ…。」

 

 

人間と鬼、その二つの種族の力の差は歴然。パトラの言いたいことはよく分かるし、伝えずらい旨でもあるかもしれない。彼女達なりの優しさが言葉と態度に込められている。

 

 

「ふ〜ん、まぁ負ける気はしないし大丈夫だろ。」

 

 

けど彼は自分の中の自信は揺らぐことはなかった。負ける気は絶対にないと断言していて、余裕の態度を崩さない彼に対して、命知らずもいい所だとシャルロットは思って更に慌てて否定する。

 

 

「いやいやいや!だってあやめちゃんは鬼族なんだよ!?力に差があり過ぎなのは分かってるでしょ!?」

 

 

「だとしても、それが俺が止める理由になるのか?それに、俺が提案したんだから尚更止める訳ないだろ。結局はやってみなきゃ分からない。」

 

 

確かにそうだ。自分から約束を伝えておいてやっぱ止めますと言って、ドタキャンにもなれば信頼も無くなるし笑い話にもならない。何を言われても勝負を止める気のない彼の言葉に二人は口を塞ぐが、そこでパトラが疑問の眼差しを向けながら核心の質問を聞く。

 

 

「何で…そんなに自信があるの?」

 

 

龍成はそれの返答に少し迷いがあって、暫しの沈黙が三人を包み込む。前にぺこらにも伝えていたことだが、あまり自分の力を明かしたくはない。たが何も答えずにいると変に思われるのも嫌だったので、最善の返答を返す。

 

 

「……見世物じゃないが、そんなに気になるなら実際に見た方が早いな。」

 

 

「…わかった。今日の放課後だよね?私見に行くね!」

 

 

「でもパトラ、今日はハニストのシフト入ってなかった?」

 

 

「あ…そうだった、今日あるんだった…で、でも時間はあるし、意外と間に合うかも。うん、大丈夫。」

 

 

「そんなこと言っといて〜、前に遅刻しかけたばっかでしょ?」

 

 

「パトラも何かバイトしてるのか?」

 

 

あやめとの試合の観戦するとパトラと約束したのだが、どうやら彼女はバイトに通っている上にシフトが入っていたらしい。シャルロットに少し煽り立てられ、ぐうの音も出せなくなり苦笑いが浮かぶ。しかしそこで、ふと龍成はパトラが務めているバイト先に興味を持ち始める。

 

 

「うん。私達ね、『ハニーストラップ』って言う夕方から夜までやってる魔族が運営してる喫茶店で働いてるの!」

 

 

「そうなのか、″私達″ってことは…もしかしてシャルもそうなのか?」

 

 

「おっ、正解!まぁでも、やっぱりパトラと似たような見た目してるから分かっちゃうか。そっ、私もハニストの一員。他にも二人いるから、機会があったら紹介するね!」

 

 

「そーだ!前にりゅう君の所でサービスしてくれたから、今度はパトがいっぱいサービスするから良かったら来てね!」

 

 

「そうだな、暇があったら行ってみたいな。」

 

 

「約束だよ!あっそうだ、連絡先交換しよ?」

 

 

龍成は何処か新しい所にも行ってみたかった思いもあったので、パトラとシャルロットの務める喫茶店に行くと約束を交わす。前に龍成のいたバイト先で色々とサービスをしてもらったパトラは、そのお返しも兼ねてそれ以上のサービスをしてあげようと考えた。

 

連絡先も交換するのだが、龍成は始めパトラのだけだと思っていたのだが、どうやらシャルロットも次いでに交換したいと申し出がきたので承諾しておく。

 

 

「よーし!これで何時でも予定が作れるね!」

 

 

「ハニストに来た時はよろしくね、龍成君。」

 

 

「あぁ。…それでパトラ、俺のその呼び名は一体…?」

 

 

これで楽に連絡が取れ合うようになり、予定が作り易くなって困ることは少なくなったのだが、話の途中で龍成は一つ気付いたことがあった。それはパトラが彼への呼び方に疑問を抱いたこと。いつの間にか渾名のような名で呼ばれて、少しこそばゆい気持ちになる。

 

 

「うん?あぁー、ちょっと馴れ馴れしかったかな…?りゅう君って呼ばれるの、嫌だったかな?」

 

 

そう言うと彼女は何処か申し訳なさそうにするも、ナチュラルな上目遣いをされて龍成は咄嗟に首を左右に振って否定し、嫌な感じがある訳ではないと微笑みながら伝える。

 

 

「ううん、別にそのままで大丈夫。単純にそんな呼ばれ方は初めてだっただけだからさ。なんと言うか…まぁそう呼ばれても嫌じゃないし、寧ろ…ちょっと親しみを感じてていいなって。」

 

 

「じゃあさ…シャルも君のこと、りゅう君って呼んでいいかな?」

 

 

「あぁ、全然いいよ。」

 

 

そこでシャルロットも仲を深めたいと思い、パトラと同じように彼のことを渾名で呼ぼうと、顔色を伺いながら聞くのだが、それに対して龍成は快く承諾をして頷く。

 

 

「えへへ〜、ありがとう!」

 

 

「あ、そろそろ授業始まっちゃうね。じゃあ放課後にまた!試合頑張ってね!」

 

 

午後の授業が始まる予鈴が鳴り、他の生徒達も自分の席へと戻って行く。シャルロットは何処かルンルン気分で戻って行き、パトラは龍成に笑顔を向けながら手を振って戻って行った。

 

龍成はそんな彼女の元気な姿と小さな応援に、優しい性格の持ち主だなと思いつつ、心が何処か暖まるのを感じていた。そして授業が始まる前まで、何故か数多の視線が突き刺さっていたのに少し気味が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の全ての授業が終わりを迎えるまで何とか意識を持ち堪え、頭を使い過ぎた影響で多少の頭痛に溜息が出てくる。たがこの後はあやめとの試合が控えているが、この程度なら影響はない。

 

 

「紫黒君。百鬼さんと戦うのって本当なの?」

 

 

「あぁ、はい。」

 

 

御手洗に行って用を済まして戻ってる途中、そこへ永が真偽を確かめに龍成の元へやって来た。まさか彼女からやって来るとは思えず、龍成は少し目を開いて意外な人が来たと思いつつも素直に返答する。すると彼女はあっさりと認めた彼の顔色を伺うように、少し眉を下げながら見詰める。

 

 

「…こんなこと言うのもアレだけど、無理と分かってるなら…無茶はしないでね?」

 

 

本当に人を心配する目を向けられた。

 

 

「大丈夫ですよ、俺はそう簡単に負ける気はないので。…ニンゲンの意地ってもんを、見せますよ。」

 

 

人間と鬼の戦闘となれば、どちらが勝つかなんて考えるまでもない天秤だろう。だからこそ人間である彼の身を強く心配している。たが龍成には、不安な様子も緊張に震えている様子も見受けられない。真っ直ぐと自分の眼差しを、心配している彼女へ向け続ける。それに対して永は、未だに納得のいかない雰囲気が漂うものの、軽く頷いてから口を開く。

 

 

「君が決めたことだから引き止めたりはしないけど。そうだね、私から言えることは…頑張って。」

 

 

「ありがとうございます。…それより、何処でその情報を?」

 

 

そこが気になった。その情報源は一体何処から聞いたのか。言いふらした記憶はない、その上で誰かに聞こえるように昼休みの時にパトラとシャルロットに話した訳でもない。もしかしたら彼女達が話したのだろうか?そんな考えが頭を過ったのだが…。

 

 

「え?あやめさんが嬉しそうに皆に自慢してたよ?」

 

 

「……。」

 

 

噂を垂れ流した根源は彼女だった。だからなのだろう、やたら見られている気がしたのは。注目されるのは好きではない性分なので、勘弁して欲しかった。原因が分かると何も言えなくなってしまい、堪らず溜息が漏れる。

 

 

「ま、まぁあやめさんも久しぶりの対決で興奮してるからね。大目に見てあげて…。」

 

 

そんな彼の様子を見て察した永は、苦笑いをしながら彼女をフォローする。なってしまったのは仕方がないと自分に言い聞かせ、龍成はあやめに対してあることが気になった。

 

 

「今まであやめは、色んな人と戦ったこととかあるんですか?」

 

 

「そうだなぁ、強い人達で絞るなら何人かはいるね。同じクラスの白銀聖騎士団の白銀 ノエルさんとか、機人族の″ロボ子″さんや天才魔法使いの″紫咲 シオン″さんとか、竜族の″桐生 ココ″さんとかかな。他にもいるけど、私的にはこの辺の人達が印象深いかな。」

 

 

「竜族もいるのか…。」

 

 

「色んな種族がやって来てるからね、ここの学園は。」

 

 

(それだと、あいつが自分の力に自信を持つのも無理ないか。)

 

 

一体どれだけの種族がいるのだろうか、もしかしたらほぼ全てが揃っているのかもしれない。その中で強い者達と勝負して勝った経験があるなら、あやめの強さにも自信に繋がるのも頷ける。だが、あの時の様子を思い返すと自信がある過ぎるように龍成には見えていた。

 

 

「じゃあ私もやる事があるから、頑張って″人間″の意地を見せてあげて。」

 

 

永は真実を知りに来ただけな為、やることがあると龍成に応援の言葉を投げてからそのまま去って行った。続いて龍成も教室から出て、あやめとの試合にどう対応しようかと思考を働かせながら、ある所へ向かおうと廊下を歩いていると聞き覚えのある声が耳に入った。

 

 

「あれっ…紫黒君!?」

 

 

「ん?天音か、よっす。」

 

 

「いやよっすじゃないよ!?何でここにいるの!?」

 

 

谷郷との話をしに初めて学園にやって来た際に、案内で世話になった天音 かなたがそこにいた。彼女は酷く驚愕した表情を龍成に向けるも、彼は素っ気なく挨拶をしてみるも、そうじゃないという感情が大きく溢れる。

 

 

「天音ちゃ〜、どうしたのらぁ〜?」

 

 

「何してるのー?…あれ、この人って。」

 

 

そこに、かなたの後ろから新たに見る顔の生徒が二人やって来た。恐らく友人の人で一緒に帰る予定だったのか、かなたの反応に数々の疑問が出ている。取り敢えずと、龍成はかなたに事情を説明すると納得した様子を見せた。

 

 

「そうだったんだ。じゃあこの間、ここに来てたのって編入する為に手続きしに来てたんだね。」

 

 

「あー…うん、まぁ結果的に言えば。」

 

 

ちょっと違うのだが結果が結果な為、訂正して混乱させるのも面倒だったので肯定しておく。そして、龍成は後ろの彼女達が誰なのかを見ていると、小さな王冠を被った桃色の髪の少女が痺れを切らしたのか、緩い雰囲気で食い掛かって来た。

 

 

「むぅ〜、ルーナ達除け者なのら〜。話に混ぜさせろ〜!」

 

 

「あ、ごめん。びっくりしてたから忘れてた、紫黒君紹介するね?」

 

 

そこでかなたは二人の存在を忘れていたのに気付いて、龍成の横に並ぶと二人にアイコンタクトで続きを委ねる。そこで先に桃色髪の少女が、緩々と何処か眠そうな雰囲気を醸し出しながら自己紹介を始める。

 

 

「んなああああああぁ…初めましてなのら、ルーナは″姫森 ルーナ″って言うのなら。よろしくなのら〜。」

 

 

「こんばん…あ、違う。こんにちドドドー!″角巻 わため″です!羊の獣人です、よろしくお願いしまーす!」

 

 

ルーナは桃色の長髪で薄紫と薄黄緑のオッドアイの双眸をしていた。彼女は幼さが大きくありながらも何処かのお姫様のような風貌があった。わための容姿は羊の特徴的な捻れた角を生やし、淡黄色の長髪に青紫の丸い瞳で何処かふわふわとした雰囲気が溢れていた。可愛な雰囲気が大きな二人には妹気質が強く感じられる。

 

 

「紫黒 龍成だ、よろしくな。それで、三人は俺の教室じゃあ見かけなかったけど、学年違ったのか?」

 

 

三人の顔を見渡しながら思った、自分の教室ではルーナとわためは疎かかなたさえ見なかった。そうなると必然的に先輩か後輩のどちらかになるのだが、かなたは少しまずいと言ったような顔色が浮かび上がってくる。

 

 

「えー…てことは、紫黒…さんは先輩?」

 

 

「あー良い良い。今更改められても変な感じだし、普段通りにして欲しい。」

 

 

どうやら三人が後輩にあたるようだ。しかし今更になって上下関係を築かされるのは何処か嫌な気持ちになる為、速攻で否定して友達感覚で接して欲しいことを伝える。出会ったのは良いが、自分にはやらなきゃいけないこともあるし時間も迫っているのでここいらでお暇させてもらう。

 

 

「そんじゃ、俺は行かなきゃならない所があるから、これでな。」

 

 

「あ、僕達もこれから向かう所があったので。ルーナ、あやめ先輩が″闘技場″に向かったのって本当?」

 

 

「…ん?」

 

 

すると、聞き捨てならないことを聞いた。自分が今向かっているのはあやめと同じ所へ向かおうかとしていた。しかし、そこで俺はミスをしていたことに気付いた。

 

 

「そうなのら、確かにルーナは見たのらよ。わためぇも見たのらよね?」

 

 

「うん!何か凄いワクワクしてたって言うか、目が輝いてた。」

 

 

「全くもう!今日は生徒会の会議があるって言うのに、何で闘技場に行ってるんだよ!連れ戻して来なきゃ!」

 

 

あやめのやつ生徒会に所属してる上で会議サボったのかよ。いや…でも、あやめに誘われといて否定した癖に、結局のところ誘ったのは俺の方だ。天音には二つの意味で申し訳なくなるが、取り敢えず移動しようとした天音に待ったを掛ける。

 

 

「ちょっと待ってくれ、闘技場って言ったか?」

 

 

「え、うん…言ったけど。」

 

 

「…案内してもらっていい?」

 

 

そう、俺は闘技場の場所を把握していない。唐突な案内して欲しいと言った俺に、天音はぽかんと可愛いらしい顔をしてて意味が分かっていない。それもそうだ、まさかの原因が今目の前にいる奴だとは思うまい。何だか本当に申し訳なく思い、取り敢えず闘技場への案内させてもらっている途中で事情を説明した。

 

それでありがたいことに、天音は俺に対しては仕方ないと優しく対応してくれた。しかし、あやめにはそんな意思はなく、何か笑みじゃない笑みで片手をゴキゴキと重い音を鳴らしながら、「どんなお仕置しようか…」と呟いていた。

 

何あれ怖い。着いて来ていた姫森も角巻の二人も、彼女の憤怒の圧力には俺の後ろに隠れるほど怯えていた。

 

そんなこんなで闘技場に着くと、そこはとても広い空間だった。外側は円状に広がりつつ階段状で、全体から真ん中にあるステージを見られるような構造で作られおり、中心には直径十五メートルの正四角形の大理石のタイルで造られたステージがある。そして、そこには…。

 

 

「おお、やっと来たか龍成!待っていた余!」

 

 

「色々と言いたいことがあるんだが、先ずこの状況どういうこと?」

 

 

周りから声援が聞こえる。そう、声援が四方八方から聞こえるのだ。辺りを見渡してみれば、大勢の人達が観戦をしに来ていたのが分かる。各学年の人達だろうかまぁまぁな数だ。きっとこれも彼女が自慢した所為でこんなにも集まったのだろう。あ、パトラもシャルもちゃんと居た。ん?よく見れば何か谷郷さんもいね?

 

 

「見ての通りだ余?余が何人かこのことを話したら、いつの間にか沢山見に来る人が来たんだ。でもここじゃあ、そう言うのは珍しくないんだ余。」

 

 

恐らく初めは数人程度だったのかもしれない。けどその話を聞いた人が更に別の人に話したことで、余計に広まったのだろう。噂が噂を呼んだのと同じものだ。本当に余計なことを…これだともうほとんど、ここにいる人達に俺の力を見せびらかすものと一緒だ。自然と溜息が出て来て、そこであることを思い出す。

 

 

「それともう一つ、お前って生徒会に入ってたりするか?」

 

 

「うん、入ってる余?それがどうかしたのか?」

 

 

あっさり認めたので龍成が無言で闘技場近くの入口場所に指を差しすと、あやめは咄嗟にそれに釣られて指を差された方へ視線を向ける。そこには、激昂して声を荒らげるかなたと、その後ろに苦笑いしているわために何処か眠そうに欠伸をしているルーナがいた。

 

 

「あやめ先輩!どういう事ですかぁ!!今日は生徒会の会議があるって前にメアリ先輩が言ってたじゃないですか!!」

 

 

「あれ、そうだっけ?やっべ…余、なんも聞いとらんかった。」

 

 

それでいいのか学園を担う生徒会員が。見た感じ、これが初犯というようにはあまり見えない。天音の反応を見るにこれは放っておくのはやっぱりまずいんじゃないかと思い、あやめに一度止めることを提案してみる。

 

 

「一旦中止するか?」

 

 

「いやいや、ここまで人が集まっておいてやっぱり止めるってなると、駄目じゃないか?生徒会の方は気にしなくていい余。後が怖いけど。」

 

 

「…まぁ、あやめがそう言うなら。」

 

 

そう言われると何も言い返せなくなる。確かにここまで来てドタキャンをして寒くなるくらいなら、最後まで行った方が妥当だろう。あやめがそう言っているし、天音には本当に余計なことをして迷惑を掛けてしまった。彼女の方へ視線を向けると、それに気が付いたのか頭にはてなマークを浮かべて此方を見ていたので、軽く手を挙げながら会釈程度に頭を下げて謝罪しておく。

 

 

「それじゃあ早速始めるとしよう!ルールは、双方どちらかが気絶か敗北を認めることだ!時間は無制限、武器の使用もありだ!じゃないと余が戦えない!」

 

 

「そうか。」

 

 

背に添えてある2本の刀を抜いて見せる。白銀に輝く刀身、それには強い何かが宿っているものが見えた。恐らくあれが妖力と言うやつだろう。漸く戦いが始まる雰囲気を察したのか、周りの観客も自然と静止して見守る。一定の距離を取って暫しの睨み合い。

 

 

「では、百鬼家次期当主にて、″百鬼流華焔(かえん)剣士″百鬼 あやめ…いざ、尋常に参る!!」

 

 

今ここに、二刀流剣士の鬼娘と不思議な力を宿す少年の戦いの幕が開き始める。

 

 

 

 

 




もう少し話をさっさと進ませた方がいいかと思っているけど、なんだかんだ書いてしまう。いや、細かに書きすぎかな。
取り敢えず、次回はあやめさんとの戦闘回になります。変な描写にならないよう頑張ります。

では〜。


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六話 『圧倒』


今回はあやめさんとの戦闘回になります。自分なりにいい感じにできたんじゃないかなとは思います。でもちょっと細かく描写し過ぎたかな?

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

「百鬼家次期当主にて、″百鬼流華焔(かえん)剣士″百鬼 あやめ…いざ、尋常に参る!!」

 

 

剣士なりの礼儀を行い、あやめの何時もの穏やかな雰囲気とは打って変わる。強い気迫を纏いその目付きは敵を狩る鬼の瞳。一寸足りともの隙を見せ付けない。二本の刀を構える彼女の口からは、静かな深呼吸が聞こえる。

 

刹那、その場から消えたと思わせる程の瞬発力で龍成に迫った。常人の肉眼では捉えられない程の高速移動に並々ならぬ筋力、普通の人間なら気付いた時には首が宙に飛んでいるだろう。彼女は龍成の目前まで移動して真正面から刀を振るう。

 

 

「ふっ!」

 

 

と、思いきや彼の背後に現れた。残像を正面に置き、背後から攻撃すると言う高等技術だ。その一瞬な(かん)に、龍成はその場で静観するように一歩たりとも動いてなかった。ただただ佇む。ただただ感じる。しかし彼の肉眼は彼女の姿を捉えていない訳ではない。それに見る必要も無い。

 

 

 

 

 

───彼女の動きは手に取るように分かるからだ。

 

 

 

 

 

「百鬼流華焔剣術・弐ノ型 ──『緋柱(ひばしら)』!!」

 

 

妖力を操ることで刀に炎を纏わせる。それは炎々と滾らせて、その熱は触れたものを焦土の如く塵にするだろう。その紅き焔刀を振るって彼の背に触れようとした。

 

しかし、彼女の斬撃は地面を斬った。その衝撃は強力なもので地面には亀裂が走り、一本の炎の柱がそり立つ。

 

目の前から消えた龍成の速度にあやめは驚かされる。現状の全ての種族では上位の存在にあたる鬼族の動体視力を簡単に上回る程に、彼の移動速度は目を引かれるものがあった。だがらと言って慢心している訳でも見下している訳でない。

 

あやめは既に、彼の強さはそこらの人達とは違うと勘付いていた。その考えは間違っていないということに、彼女の口角は自然と上がっていた。

 

 

(流石に鬼族なだけはあるな。速度、力量、精度、全てに於いて戦闘能力はトップを争える。それに二刀流と来たか、厄介と言えば厄介かもな。)

 

 

龍成はあやめと距離を取って思考を働かせていた。彼女の動きや攻撃の重さ、戦闘能力を冷静に観察している。鬼族は単純な戦闘能力は高い上に、彼女の剣術と合わされば更に強力な戦闘力になるのも不思議ではない。

だが彼の顔色に焦燥感は全く現れていない。あやめは彼が余裕そうな態度を見て、即座に距離を縮めて攻撃を続ける。

 

 

「せいっ!」

 

 

だが、彼は腕を組んで躱すくらいに余裕を持っていた。一撃目、二撃目、三撃目と初めは少し手加減こそしていたものの、息も切らさずに余裕綽々に避け続ける彼に、流石に舐められるのも大概にして欲しいと思い始め、段々とムキになって速度を上げていく。

 

しかしどんなに刀を振るってもあやめは彼の移動速度に付いて行けなかった。彼女は一旦距離を置いて、再び刀を強く構える。

 

 

「百鬼流華焔剣術・陸ノ型──『憑依・鬼火纏』!」

 

 

すると、あやめの身体から赤紫色のオーラ発生した。それだけでなく、人魂のような小さな青紫炎が一つずつ現れて、合計六つの鬼火が彼女の周りを旋回している。心做しか瞳も妖しく光り、妖力も大きく増している。身体強化の類だろうと龍成は察して警戒を怠らない。

 

 

「はっ!」

 

 

「っ!」

 

 

先程よりもあやめの動きは一段と素早くなっているのが分かる。太刀筋も斬る重さも妖力も相俟っていることで、更に強力なものに成り上がる。

 

振りかぶる斬撃を躱せば扇状に衝撃波が飛んで行き、風圧が発生し出すようになった。それだけでなく、彼女に纏っていた鬼火が龍成の顔を目掛けて飛んで行った。彼はそれに不意を突かれてしまうが、何とか裏拳で弾き返して防御する。

 

 

「余の鬼火は何処までも追い掛けて行く余!」

 

 

「なるほどなっ…!」

 

 

彼女の周りを旋回していた全ての鬼火が彼を目掛けて、弾丸のように飛んで行く。小さい上にすばしっこい無数の鬼火に、流石の龍成でも全て避けることは難しいらしく、それでも腕や足を使って被弾を避けてはいた。

 

だがそこに、あやめの斬撃も加わることになれば状況は厳しいものになってくる。鬼火もどれだけ弾き返しても、直ぐに軌道を変えて彼に追突しに飛んで来る上に、あやめはその隙を狙って直接攻撃しに来る。

 

ならばと、龍成はあやめの斬撃をその場から跳躍して躱しながら移動する。その跳躍は彼女の頭上を超えて簡単に三メートルをも跳んで空中に身を投げ出した。何をするのかと全員が目を凝らして彼に集中すると、一つの鬼火が迫って来た。遅れて他の鬼火も後を追い、龍成に向かって突進して行く。

 

彼は一番早く来た鬼火を注視して、タイミングを合わせるように体勢を整える。そろそろ被弾する距離まで鬼火が迫ると、身体を捻らせることで勢いを付けて蹴り返した。そして後追いしてきた鬼火に衝突させ、相殺することにより消滅した。それを繰り返すことで、あっという間に全ての鬼火は掻き消されていった。

 

 

「はぁっ!」

 

 

続けてあやめも跳躍し、勢いに乗って攻め続けて行く。二本の刀を軽々と操り、素早く重い刃を何度も振るい続けるのだが、それでも龍成に冷静に対処されていく。

 

あやめから見れば、彼の身の熟しには無駄が無かった。回避するにも、どれも軽やかに躱される。空中での身の熟しはとても困難とも言える動作なのだが、彼にはそういったものが見えない。自由落下に沿って落ちて行く彼を追い、着地した瞬間を狙って刀を振るう。

 

 

 

見る、彼が足を着く瞬間を。

 

 

 

見えた、彼が足を着いた瞬間を。

 

 

 

「百鬼流華焔剣術・弍ノ型──『緋柱』!!」

 

 

刹那、闘技場に大きな炎の柱が空を貫くが如く聳り立つ。重い衝撃波に熱気が辺りを広がって行き渡り、思わず腕で顔を隠す程だった。ここまで激しい戦いを見て心が踊り出す者もいれば、あやめの戦闘能力に対して改めて尊敬する者、龍成の身に心配して不安な眼差しを向ける者もいた。煙が闘技場を立ち込めるも、暫くすれば段々と晴れて行く。

 

 

「…どうしたのだ?何時までも避けてばかりじゃ、お主の実力が分からない余。それとも余がもう少し本気を出した方が良いのか?」

 

 

刀を振り下ろした時、手応えは感じなかった。無論、それは避けられたからである。でも心の何処かでは分かりきっていた流れだった。そして思ったことがあって、敢えて少し手加減したことがある。

 

それは彼は何時まで経っても反撃する様子が全く見受けられないこと。さっきからあんな簡単に避けられるのなら、攻撃する隙は出来ていた筈だ。流石に変だと思い始め、刀を下ろして龍成に聞く。

 

 

「ただ観察してただけだから気にしなくていい。それよりあやめに一つ聞きたい。お前にとって力は何の為にある思っている?」

 

 

自分の疑問は簡単に一蹴され、逆に質問されることに少し動揺するも、彼の真っ直ぐな瞳でそう言われて、あやめは何の意味で言っているのか分からなかったが、真剣な表情をする彼に丁寧に答える。

 

 

「…?余にとって力は、守るべきものを守る。それ以上でもそれ以外でもない余。力を持つものならば、力無き者の為に戦うもの。それが普通ではないか?」

 

 

「お前にとって力は″守る″為、そう言いたいんだな?…俺も最初はそう思っていた。」

 

 

「最初は…?」

 

 

「いや、今でもそう思っているつもりだ。確かに俺は守る為にヴィランに力を使っている。けど…心のどこかでは、力は″強者の証明″そして″支配″するものだと思っている自分がいるんだ。」

 

 

龍成は顔を俯かせ、何処か昔の光景を思い返しながら語っているように見える。確かに今の自分の力は、誰かを救う為にも守る為にもあると信じている。

 

しかし、例え全ての人がそうとは言えない。自分の力が強ければ他者を見下し傲慢になるのも不思議では無いし、己の欲求の為に悪意に呑まれて罪を犯したりする。結局はどの世界でも弱肉強食が全てなんだと思っていることがある。

 

 

「それ故に段々と分からなくなってきたんだ。力は守るべきものを守るだとか、そんな綺麗事を言って何なるんだろうって。本当に全てを守り切れることが出来るのか、そう問われたら…俺はきっと根拠の無い答えを言うだろうな。」

 

 

「……じゃあ、龍成は何で戦ってるんだ?」

 

 

そんな思いをしておきながらも何故そうやって戦えるのか。確かに彼の力の考え方に対して間違いとは言いきれないし、誰かの為に戦うのは簡単そうに見えて意外と難しい。

 

その思考になるのは、彼に壮絶な過去があったからなのか。どんな経験をすればあんな″光を灯さない瞳″になるのか。あやめは彼の普通じゃない雰囲気に少したじろぐも、表に出さずに率直に聞く。

 

 

「…約束したからだな。遠い過去のことだけど、俺はそれに囚われている自覚はある。でも、この約束は……俺はどうしても果たさないといけない。俺にしか出来ない。」

 

 

過去の約束。聞けば大それたものじゃなさそうだが、それは彼にとって人生に関わる程とても大きく影響させたのだろう。その顔色からは強い悲しみと憎しみが含まれている気がした。一体何があったのか、何が彼をここまで強くさせたのか。あやめはそこが気になったが今ではないと、彼がいつか話すその時を待とうと決めた。少しの沈黙に彼は小さく咳払いをして話を戻す。

 

 

「話が逸れたが、結局のところ俺が何が言いたいのかというと、力は人に対して無闇に使うものじゃないと伝えたかった。それに、楽しんで力を人に向けないで欲しいと…今のお前、相当楽しそうだぞ。」

 

 

「それはこれが試合だからだ余。龍成の過去に何があったのかは知らないが、余は私利私欲で力を使っている訳じゃない余。ちゃんと使い分けているし、ヴィランとの戦いに愉快に感じた時などない余。お主は少し気にし過ぎだ余。」

 

 

「…やっぱりそうかな。」

 

 

まだ不安と言った表情が見て分かる。彼の中では力は人に向けるモノじゃないとそう言いたい。確かにそれはそうだ。だが彼の心の奥では″守るにも力を使うのも違う″という思いがあった。

 

詰まる所、話し合いで解決するのが一番の平和的解決だと言いたかったのかもしれない。今こう言ったヴィランと対抗出来る者達が、遊び感覚になっている対人戦の試合に力を使わなきゃならないのが、彼には納得がいかなかったのだろう。

 

 

「うん、龍成はきっと心優しい者なのだ!だから力の使い方や矛先に葛藤が生まれるのも可笑しくはない余。さぁ、余に怪我させるとか気にせずに戦おう余!」

 

 

怪我もして痛みはあれども、死ぬ心配は皆無と保証出来る。これは試合で人対人の勝負。しかし、龍成はヴィランにしか攻撃しないようにしている。それは誰か()を傷付けるのに気が引いているから。だが彼女は、彼との戦いを求めている。それにこんな状況下だ。もうやるべきことは一つしかない。

 

 

「…分かった。こっからは、俺も″少し″力を出そうか。そして暴力的になる、本当にそれでもいいんだな?」

 

 

「っ!!」

 

 

瞬間、この闘技場一帯の空気が重苦しくなった。見ている全員が目を見開き、動揺を隠せず気が貼りだす。ブワッと彼の身体から熱気による蜃気楼が発生して、覚悟を決めた瞳をあやめに向けている。幻覚か、或いは守護霊なのか分からない彼の背後にいる″ナニカ″が圧力に混ざって問うてくる。

 

 

 

────『こいつがその気になれば、軽い怪我じゃ済まないぜ。

 

 

 

(何だ?龍成の背後にいるアレは…?それに空気が変わった…余でも緊張を握るこの圧力、並の者じゃ表せない唯ならぬ雰囲気がある…本当に…彼は人間様なのか?けど、先手は譲らせない余っ!!)

 

 

ゆっくり観察している暇はないと、状況を見て直ぐに行動に移す。彼の圧力につい足が竦んでしまい掛けていたが刀を構え、落ち着いて呼吸を整える。

 

 

「百鬼流華焔剣術・参ノ型 ──『陽炎(かげろう)』!!」

 

 

「……。」

 

 

するとあやめが増えた。一人から三人、三人から五人、五人から七人とどんどん人数が増えて、あっという間に計十五人のあやめに囲まれてしまう。じりじりと距離を詰めて行き、何時どこから攻めるのか分からなくなる。しかし、龍成はそれに動揺を全く見せずに目線だけを動かして構える。

 

 

(流石にこの技は、初見では見破れない筈だ余!!)

 

 

そして一気に全員が飛び掛る。もう逃げ場などなくなり、避けることすらも難しいこの状況。それを彼は見て、感じて、動く。どれだけ難解な技が来ようとも打破する術は必ずある。それがゴリ押しが何だろうが、彼に出来ないものはない。

 

あやめが飛び掛った瞬間、彼の姿が消えた。それも音も無く恰も初めからそこにいなかったかのようなくらい自然な流れで消えたのだ。あやめは自分の肉眼どころか感覚でさえ追いつかない程の速度に驚愕していると、一人の残像が消えた。

 

 

「っ!?なっ…。」

 

 

また一人消え、更に一人消える。あまりにも速すぎる行動に、あやめは動揺が隠せずにいた。これでも結構厄介な技だと自負しているし、他の人に使ってみようものなら、その人には凄く嫌な顔をされるのは間違いない代物だ。

 

だがこの技は見掛けによらず、かなり神経も体力も消費させられるので少し気難しい。使い方によっては確かに強力になるが、その分疲労も大きい。だからこそ、今の彼には使わなければならないと出し惜しみ無しで行った訳だが。

 

気付けば既に五人も減らされている。まだ本体に気付いていないのか、それとも敢えて分身に攻撃しているのかは知らないが、どちらにしろこんな速く攻略され始めてるとなると、彼女も動かねばならない。どうにか彼の姿を捉えようと残りの二十の目を使って血眼になって探す。

 

すると本体のあやめの背後から声が聞こえた。

 

 

「分身と残像を掛けた技か、流石だな。」

 

 

「くっ!やぁっ!!」

 

 

咄嗟に斬り回すがそれも当たることはなかった。気付けば彼は再び背後に回り込み、分身のあやめを三人も消し飛ばしていた。早くも残り七人となってしまい、額に冷や汗が滲み始めてしまう。何とか気を持って牽制しようとしたが、突風が闘技場に発生して視界が真面に利かなくなる。

 

 

「直感で攻撃するのは余り良くないぞ。冷静さが欠けた時、自分の首を絞める傾向になる。」

 

 

「っ!?うわぁ!!」

 

 

竜巻だと思わせるような風圧につい吹き飛ばされそうになるが、腕で顔を隠しながら両足をしっかりと地に着けて何とか堪える。しかし、この状態じゃ分身の集中が出来ずにいた為、風圧と共に掻き消されてしまった。

 

真面じゃないこの圧力の威力の原因は目の前の彼にあたる。龍成から力の漲り、分散、収束していくのが感じて取れる。

 

「それともう一つ、自信を持ち過ぎるのも余り良くない。確かにあやめは鬼族だし、純粋な戦闘も強いし更に強くなれる。けどな、世の中はもっと凄い奴がいるんだ。」

 

 

すると龍成の身体からゴウッと全身を包む炎が吹き出して纏う。激しい熱風が吹き荒れて、身体の水分を奪っていく。その炎はよく見る紅いものではなく深淵に燃えゆく地獄の業火と言うべきか、闇に輝く紫黒色の炎だった。

 

 

「″上には上がいる″…と言う考えを、持っていた方がいい。」

 

 

「な、なんて力…なんでそんな…。」

 

 

なんと言う圧力、なんと言う熱さ、なんと言う強さ。

 

彼の力の凄さは目を見開かせるものがとても多い。あやめはどうにかこの場から打開策の為に思考を働かせるも、圧力により手も足も出せない所か何も思い付かない。力の差がとても開き過ぎている。

 

故に何も出来ない。その隙に彼は構えを取り、気を練って全身を滾らせる。

 

 

紫心龍拳(ししんりゅうけん)奥義・伍ノ気 ──『紫龍(しりゅう)』!」

 

 

「────なっ…!」

 

 

すると爆発でも起きたかのようにその場から跳んで行く。炎が舞う、炎が伸びて形を作る、炎が龍に成る。まるで全てを喰らい燃やすように、龍の咆哮が聞こえる気がする。その壮絶さは全員が目を引くもの、あやめは目の前まで来た紫黒色の龍の顔に思考が止まると同時に理解した。

 

駄目だ、避けれない、無理だ…。

 

 

 

 

 

───死ぬ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして余に攻撃しなかったの?」

 

 

何時まで経っても衝撃はやって来なかった。可笑しいと思い閉じた瞼を開いて見れば、炎の龍は跡形もなく消えていて、そこに居るのは龍成だけだった。その時点であやめは察した。故意で止めたのだと。

 

だが止める理由が分からず、動揺が残ったまま不思議に思って聞いてみる。すると、彼は何を言っているだというような溜息をされる。

 

 

「はぁ…女性相手に攻撃出来る訳ないだろ。ましてや、別嬪さんを余計に怪我させるとか考えられないよ。」

 

 

「ぇ…べ、別嬪…?余のこと…!?あ、あぅ...。」

 

 

不意にそう言われてしまい、顔に仄かに熱が集まってくるのが分かる。これは先程の攻撃の熱さのせいだと言えば誤魔化せそうだが、彼の様子を見るにその必要はなさそうだった。

 

 

「でも、これで大体は俺の実力は分かっただろ?」

 

 

「お、お主は…本当に人間様なのか?初戦で余と対等どころか、圧倒的だったぞ。自慢ではないが、余は特殊精鋭隊にも所属しているし、確かに強さには自信はあった余。それなのに、龍成は本気は疎か″半分″も出していない程に余裕だった。」

 

 

パトラからあやめの実力は多少は聞いていた。何でも彼女はこの学園の勢力の中でも上位に入っている者だと、確かにそれは試合を通して実感したし、彼女の実力は相当なものだと頷ける部分は多い。

 

しかし、彼はそれを優に超えていた。どれに特化してる訳じゃない、全てに於いて圧倒的強さを持っている。彼女は鬼、彼は人間。普通ならば逆の立場の筈なのに、実戦を終えた後の彼の存在はやたら大きくて強くて優しく、そしてどこか″恐ろしく″感じた。

 

だから聞いた。聞いてしまった。

 

 

「……本当に…お主は人間様なのか?」

 

 

「ニンゲンさ。言ったろ?世の中にもっと凄い奴は幾らでもいる。実際、俺より強い人を俺は知っている。」

 

 

無意識に口にしてしまったとは言え、人間なのかと心底疑心に思ってしまったからこそ、自分が失礼な発言をしたのにハッとして申し訳なさそうに直ぐに取り消そうとしたが、彼は直ぐに否定して苦笑いを浮かべながら訂正する。まるで言われ慣れているかのような、少し困った程度でそれ以上は言わず、代わりに彼より強い存在がいると伝えれば、あやめは直ぐにその話題に食い付く。

 

 

「え、更に強い者がいるの?余、その人に会ってみたい余!」

 

 

「…残念だけど、その人は凄く遠い所にいるから会うのは厳しいかな。」

 

 

あやめの素直な反応にでふっと小さく鼻で笑った後、彼は空を眺めながら寂しさを紛らわすように微笑みを浮かべながらそう言った。会えないと聞いてあやめはしゅんとなって気落ちしてしまうが、彼にリベンジ宣言をしてやる気を直ぐに取り戻した。

 

 

「そっか〜、残念。でもでも、余は龍成とまた戦いたいぞ!今回は完膚無きに負けてしまったが、次は負けない余!もっと強くなって驚かせてやるんだからなっ!」

 

 

「だから俺は人に力を向けるのは……まぁ、目的を持つのはいいことか。ヴィランのことも忘れんなよ。真の目的はそれだからな。」

 

 

「勿論、分かっている余!あっ…忘れてた!生徒会に向かわなきゃだった!?じゃ、じゃあ余は行くから!おつなきりー!」

 

 

「忙しいと言うか、能天気と言うか…。」

 

 

忘れていたことを思い出し、あやめは器用に二本の刀を背に納刀して慌てて走り去って行った。そんな彼女の猪突猛進さには少し頭を悩まされる。本当に分かっているのか、さっきまでとても激しい戦闘をした試合後のテンションとは中々思えない。流石は鬼族のフィジカルと言うべきか、疲れを見せることはなかった。

 

かく言う彼も疲れ知らずもいいところだろう。お互いに汗を一滴も流すことなく、正に強者同士の戦闘と言えよう。今回の試合は龍成の勝利という形で幕を閉じた。ほぼ全生徒が集まったこの出来事は、誰にも忘れられない光景で頭の中に深く残ることだろう。あやめが闘技場から出て行ったのを皮切りに、続々と観客の生徒達もここから去って行く。

 

 

「はぁ……俺ってなんだかんだ不器用だよな。」

 

 

龍成は帰って行く生徒達の顔を見ることは出来なかった。と言うより見ようとは思えなかった。来ると約束したパトラとシャルのことすら、目線を向けることもない。それは何故か、彼は自分の力を危惧している自覚があるからこそ、どんな風に思われているのかが怖くなっているから。出来るだけ最大限に手加減はしたけどそれでもだ。

 

結局はそれを承知の上で行ったこと、今更どう思われて悔やんだって仕方ないと、そう捉えて片付ける。いきなり明日から学園に通うのが憂鬱な気持ちになり、彼は溜息を吐きながら闘技場を去って行った。

 

 

 

 

 




果たしてあやめさんが見えた彼の背後にいたのは何なのでしょうね。
次回からは色々な人達との絡みを入れたいと思っています。お楽しみに。

では〜。


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七話 『勧誘』


今回はあのメンバーがやって来ます。フォームを沢山使って気合い入れました。文字数は変わらず一万超え…。自分の小説は楽しんで頂けてるでしょうか。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

「本当に凄かったですよね、龍成君のあの技!ゲームに出てきそうなかっこいい技でした!」

 

 

「にぇー!紫色の炎がボワーってなって、ドラゴンになった時みこ叫んじゃった!」

 

 

「団長でも流石にあれは真面に喰らいたくないなぁ。でもヴィラン相手には絶対効くね!」

 

 

「あやめちゃんと差しで戦って勝つなんて凄いことだよ!」

 

 

憂鬱気分で学園に来たのだが緩急が凄かった。個人的に俺はあやめとの戦闘の件で気まずさがあって中々話せなかったのだが、彼女達の反応は俺が思ってたのと反対の言葉を貰った。

 

正直、拍子抜けしてしまった。良くて顔を背けられて話が出来ないくらいで、悪くて無視されてハブられて危険視されることだろう。けどそんなことはなかった。

 

 

「え、あ…おぉ。」

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

「何かあったの?」

 

 

「いや、その…怖くない、のか?」

 

 

「怖いって…どういうこと?」

 

 

フブキとミオは、どこか動揺している龍成の姿を見て違和感を覚えて尋ねてみる。彼は気まずそうに目線を泳がせながらも、その原因を素直に伝える。それに対してノエルが聞き返してくる。

 

彼の言っている意味が分かっておらず、それはフブキもミオも他の人もそうだった。その雰囲気を見て、彼はぽつぽつと自分の力に対して不安になっている気持ちをさらけ出した。

 

強大な力が故に、そいつは危ない者と捉えられ、関わってはいけない危険人物だと人々から見られる。けど、これは守る為に使いたい。でも危ない奴だと野次を飛ばされるのが怖かった。

 

 

「昨日は君の力を初めて見ました。そしてとても強かった、確かにそれも私達から見ても危ないって思う程に。」

 

 

「……。」

 

 

やっぱり…。

 

 

「でも、君はそれを人々を守る為に使っているだよね?だったらそれでいいじゃないですか。確かに全員が全員そうとは言えません。でも君はそれを正しく使うとしているし、君が怖い人だなんて白上は全く思いませんよ!」

 

 

フブキがそう言うと、続々と他の人達も頷いて賛同していた。

 

 

「うん、フブキの言う通りだよ。ウチ達は君を見放したりしない、だってここは仲間を大切にしてヴィランに立ち向かうんだから!」

 

 

「そうだよ、私達の味方にいてくれるなんて心強いし、龍成君なら頼りになるね!」

 

 

「そうだにぇ!龍成君みたいな人が悪さする訳ないにぇ!男ならもっと胸を張って堂々とするのがいいにぇ!」

 

 

「そうっすよ!龍成が気に病むことなんか何もないっす!」

 

 

「っ…!」

 

 

俺は一体何を心配していたんだろうか。彼女達の笑って来てくれる姿を見て申し訳なくなった。力が危ないからと言って自分から距離を取っているのに、彼女達から詰めて来てくれることに俺は自分がとても情けなく思えた。

 

そうだ、俺はこの力は守る為に使っている。それなのに人の目を気にしてどうする。俺はヒーローになる訳じゃない、ただ自分の手の届く範囲の脅威から人々を守るだけだ。

 

 

「…ありがとう。」

 

 

彼女達の優しさが、一つの悩みの種を潰してくれたお陰で少し前向きになれた。過去のこともあって他人に疑心暗鬼しかなかったのだが、仲間だと皆から言われて嬉しくて、この学園に通って良かったなと思う瞬間でもあった。

 

しかし、ここからが問題になった。暗い話は止めようと思って別の話題として、学園に何があるのか気になって聞いてみると部活の話題が出てきた。そこから俺がどんな部活があるのか各々の内容を聞いてみたかったのだが…。

 

 

「龍成君は我が″ゲーマーズ部″に入るべきなんですよっ!」

 

 

「いーや!みこ達の″不知火建設部″こと不知建が妥当だにぇ!」

 

 

「いいえ!ここは僕達の″生徒会″に彼は所属するべきです!そうですよね、あやめ先輩!?」

 

 

「んぇ?ごめん、余なんも聞いとらんかった。」

 

 

「何でですかぁ!!」

 

 

なんか始まった。気付けば何故か天音がこの教室にやって来て、彼女達の中で話が大きく盛り上がってしまっていた。天音の話を…いや、この話自体をあやめは何も聞いていなかったらしく上の空状態でいた。そんな最中、一人の桜色をした長髪の少女がフブキに対して大きく牙を向けていた。

 

 

「フブちゃんとこのゲームしかしないとこなんて入ってどうするにぇ!ゲーム三昧でポテチ食いながら、グータラ生活みたいのが楽しいのかぁ!?楽しそうだけどにぇ!!」

 

 

「何を言うか!ゲーマーズはただただゲームをしてる訳ではないのですよ!ゲームと言う娯楽を友達と楽しみを共有し、親睦を深め合う大事な一時なのです!」

 

 

「でも部員は四人じゃん。最低でも部員は五人はいなければ部活として認められてない筈にぇ!フブちゃんの魂胆は見え見えだにぇ!龍成君を穴埋めの為に誘ってるんだろー!んにぇ!?」

 

 

独特な口調を混じえながらフブキに某裁判ゲームのようにビシッと指を指し向けて、少し少女とは思えない強ばった顔を向けていた。その少女は、″さくら みこ″。桃色の髪色をしていて丸い黄緑色の双眸で、童顔が強めに出ている可愛な少女である。彼女曰く、自分はエリートと誇張しているとのこと。

 

 

「うぐっ…!確かにそれもあるにはありますが…四六時中にPONを発動している者に、言い返せない時が来るなんて…一生の不覚っ!!」

 

 

「おいいいいぃ!!それは言い過ぎだろうがおめええええぇ!!」

 

 

仲がいいのか悪いのか、二人のやり取りを見て苦笑いが出てくる。天音は未だにあやめに説明しているが、変わらず上の空で聞いていない様子が見受けられる。そして激昂する天音のループが出来上がっていた。

 

 

「すっかり人気者だな、龍成。」

 

 

「変な奪われ合いになる人気者なんて、正直嬉しくないよ…。」

 

 

ただでさえ人目を気にするタイプであって、注目されるのはあまり好きではない彼は、スバルの言っていることが皮肉に聞こえてジト目を向ける。

 

しかし、スバルの言っていることは事実なことだろう。あやめとの試合はほぼ全ての生徒が来ていたのだから、そして人間の彼が鬼族に完膚無きに勝利したとなれば、注目を浴びるのも無理もない。

 

そしてその事実が彼に厄介を招くのは、奇しくも傍までやって来ていた。

 

 

「タイミングが良いね、この隙に彼は頂いて貰うよ。」

 

 

「「ん?」」

 

 

後ろから落ち着いた女性の声が聞こえる。それに反応して龍成とスバルが視線を向けた先は窓側になる。この時点で可笑しい事実が出来上がっている。そして、そこには窓枠に足を組みながら腰を掛ける見知らぬ女性が妖艶な笑みを浮かべて二人を見ていた。主に龍成を。

 

 

「えっ…ルイ…?」

 

 

「やぁ、待っ鷹ね?まぁ返事は聞かないけど。」

 

 

当たり前のようにそこだ平然としている彼女を見て、二人で唖然としていると、彼の身体に何かが巻き付かれる。それは彼女が手に持っている鞭のようなものだった。そして彼女の背中から羽が開いて、そのまま器用に鞭で巻いた龍成を運びながら飛んで行った。あまりの急な事態に、スバルは絶叫してしまう。

 

 

「えええええええええぇ!?おおおいいぃ龍成えぇ!?なんで何も考えてない顔してんだぁ!?少しは動揺しろぉ!!」

 

 

にも関わらず、龍成は遠い目をしてされるがままになっていた。あんまりにも不自然な彼の姿を見て、スバルは慌てて声を掛けるも…。

 

 

「違うな、俺は諦めているんだ。」

 

 

「良い顔して言うなぁ!!ちょっ!?龍成えええええええええええぇ!!?」

 

 

「それじゃあ退却〜!おつルイルイ〜。」

 

 

彼は早くも諦めの念が心に決まっていて、抵抗する気が起きていなかった。スバルの叫びも虚しく山彦のように虚空へと消えていってしまう。その時になって漸くフブキ達も事の事態に気付くが既に遅く、教室内は少し騒がしくなるのだった。

 

 

(……どうしてこんなことに。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは?」

 

 

「ここは私達がアジトにしてる場所だよ。」

 

 

「と言っても、ただの空き部屋みたいだけど。」

 

 

龍成は結局、最後まで抵抗することなくある所まで連れてこられた。そこはアジトと言っているようだが、どうも素朴な空き部屋にしか見えなかった。しかし、中に入ってみると意外にも綺麗に整えられている。

 

赤い絨毯に謎模様の入った紫のカーテンに長机とホワイトボードや本棚、大まかに言って隠れ家的なものだった。隠れ家と言っても、組織的なものが強い印象である。そして取り敢えずと、龍成は適当な椅子に座って縄で縛られることになった。だがあまりにも抵抗の無さに、ルイは不思議に思って彼に聞いてみる。

 

 

「それで、君をさらっと連れてきた訳だけど。随分と抵抗しなかったね?君はその気になれば逃げれた筈だけど、それはどうして?」

 

 

「いや…もうなんか、純粋に考えるのが疲れただけ。」

 

 

「あ…そ、そうなんだ。」

 

 

ただ本気で精神が疲れた人の反応しかなかった。ルイは彼の強さは理解していたらしいのだが、何処か苦労人な雰囲気を感じ取り、それ以上は聞かなかった。

 

 

「取り敢えず、君をここに連れてきた理由だけど。先に今から仲間を呼んでくるね。」

 

 

(そう言えば、さっき″私達″って…。)

 

 

そう言って別の部屋へと向かって行き、静寂がこの空間を包み込んだ。ルイの仲間、そう言えば私達のアジトと言っていたのを思い出す。ぶっちゃけ面倒事だなと察していて、彼は戻ろうと思えば戻れた為そのまま逃げてやろうかと思ったが、別に襲われる要素は無いだろうし、逆にどんな人がいるのか知るには良い機会なのかもしれないと思い始めた。かと言ってこんな無理矢理にも連れてこられるのは如何なものかと、そう悩まさざるを得ない。

 

 

 

「ラプ〜?例の彼を連れて来たよー?」

 

 

「は、早いな幹部。そんなあっさりと連れて来るなんて流石だな!」

 

 

「いや、彼なんか諦めてたよ。」

 

 

「え?ま、まぁいいや。兎に角いるだな?よし!行くぞお前ら!」

 

 

 

なんかやり取りが聞こえていたが、聞かなかったことにしておこう。そして一息ついていると、突然と照明が消えて暗くなった。陽の光がカーテンで遮られている為、目が慣れるのにもう少し掛かるのだが、その前に照明が途端についた。いや、ライトアップされたと言うべきか。彼の視線の先には、ルイを含めた五人の少女が立っていた。

 

 

 

そこに跪け!

 

 

 

掃いて棄てるような現実を!

 

 

 

一刀両断ぶった切る!

 

 

 

終わりなき輪廻に迷いし子らよ!

 

 

 

漆黒の翼で誘おう!

 

 

 

我ら、エデンの星を統べる者!

 

 

 

 

 

「「「「「秘密結社holoX!!」」」」」

「でござるー!」

 

 

 

 

 

一人一人別色でライトアップされた中、大々的に秘密結社と名乗り出て来た。秘密結社なのにそんな堂々と余所者に口走っていいのだろうかと、龍成は心の中で出掛けた言葉を飲み込み、ドヤ顔を向けてくる大きな角を生やした少女に視線を送り続ける。

 

 

「刮目せよ!!吾輩は″ラプラス・ダークネス″!我が秘密結社holoX(ホロックス)の総帥だ!!」

 

 

彼女こそがholoXの創設者であり総帥を担っているクソガキ ラプラス・ダークネスである。五人の中で一番身長が小さく、銀色の長髪で前髪に紫のメッシュが入っている。瞳は黄色で瞳孔が細く何処か総帥としての威厳さはあった。そしてチャームポイントとも言えよう左右側頭部から生えている紫と黒の縞模様の大きな角、頭頂部には鴉のような小さな鳥が羽を休めていた。

 

 

「待っ鷹ね~!こんルイルイ、holoXの女幹部で鷹の獣人の″鷹嶺 ルイ″と申します〜。」

 

 

龍成を拐っていた張本人こと高嶺 ルイは、薔薇色のショートヘアで前髪に羽のようなものがたたまれている。空色のパッチリとした丸い双眸、凛とした面貌で服装が制服じゃない為スリムな体格なのが分かる。パッと見で彼女がこの中で頼りになりそうな姉御肌の持ち主だろう。

 

 

「こんこよで〜す!holoXの頭脳担当の″博衣 こより″で〜す!君もこよりの助手くんにならない?」

 

 

獣耳と尻尾を生やした獣人の彼女は博衣 こより。薄ピンク色のロングヘアに薄紫と青の混ざった柔和な瞳をしていて、可愛と綺麗さを兼ね備えていて優しさに溢れている笑顔をしているのだが、何か裏があるようにも見える。

 

 

「ばっくばっくばく~ん!holoXの掃除屋でインターンの″沙花叉 クロヱ″でーす。よろしくお願いしま〜す!」

 

 

彼から見た第一印象は何だあれと言う感覚。沙花叉 クロヱは鯱のモチーフであろうフード被り、銀色のミディアムヘアが隙間から見える。目元には妙なマスクを装着しているが表情は不思議と見て取れる。初めはあがり症かと思ったのだがそんなことはなく、どちらかと言うと妹気質のようなものを感じる。

 

 

「こんにちはでござる。holoXの用心棒侍の″風真 いろは″でござる!風真は侍でござるから、決して忍者ではないでござるよ!ノットニンニン!イェスジャキンジャキンでござる!」

 

 

そして最後の一人は、どことなく忍者に見えたのだが侍らしい彼女は″風真 いろは″。金髪のポニーテールに綺麗な甕覗色の双眸で、彼女もこよりのように可愛さと綺麗さを持っているが、この中で一番の清楚感を強く感じられる。背には一本の刀を背負っているが、侍なら腰に添えるものではと思うが気にしないでおく。

 

 

「さて、貴様の名は?」

 

 

「…紫黒 龍成。それで、俺を縛り付けて何がしたい?」

 

 

自分も名乗らなければ無礼と言うものもあり、ラプラスに聞かれ素直に答える。そして御託は不要と暗に伝えるかのように少し強い口調で伝えると、ラプラスは待ってましたと言わんばかりに不敵に笑い始めた。

 

 

「ふっふっふ…吾輩の要求はただ一つ!貴様を我がholoXへの勧誘だ!先日のあやめ先輩との戦闘を見物させて貰ったが、中々の実力を持っているようだな!」

 

 

彼女は何処か嬉々として、求めている物をようやく見つけた時のような気分の盛り上がり方をしている。昨日のあやめとの試合を拝見した際に、彼女の中でパズルのピースが埋まったらしい。

 

 

「そこでだ、貴様をholoXの新たな戦闘員として吾輩達の最強の一角を担うのだ!」

 

 

「丁重にお断りする。」

 

 

ビシッと指を指し向けられ、恰も龍成がメンバーに入る雰囲気になっているが彼はそれを一刀両断。それも素早くも迷いのない反応を見せて、断固として拒否とジト目で伝える。

 

 

「判断が早い!!まだ話は終わってないぞ!!それに、しっかりとすれば報酬だって出るんだぞ!?」

 

 

「報酬…?」

 

 

しかしラプラスはどうしてもこのチャンスを逃したくはなかった。彼が入れば百人力だと見越した上で誘っているのか、何もタダ働きではないと伝えるが彼は訝しむように目を更に細くさせる。

 

 

「そうとも、いい結果を出せば″お菓子一ヶ月分″は出るぞ!!」

 

 

「……!」

 

 

(えっ…もしかしてちょっと迷ってる?)

 

 

お菓子一ヶ月分。普通に考えれば何を言っているのか、人を舐めるのも大概にしろと思うことだろう。しかし、彼の瞳には何処か動揺心が芽生え始めていた。それに気付いたルイは彼の純粋さに少し心配が出始めていた。

 

 

「それと、出来ればこよの実験にも付き合って欲しいな〜?手伝ってくれたらご褒美に……イイこと、してあげるよ♡」

 

 

「おいやめろ頭ピンクコヨーテ。」

 

 

こよりが次いでにと言う感覚で、彼女の趣味の研究に自身の色気を使って龍成に助っ人を要求するが、ラプラスが代わって速攻切り捨てる。そこで龍成は彼女達の目的が何なのか知る為に、少し興味が湧き始めたような顔色を見せる。

 

 

「因みに、秘密結社っと言ってたが具体的に何をするつもりなんだ?」

 

 

「至極単純明快な事さ、我々は秘密結社!今は生徒として通ってはいるが、いずれこの学園を支配し、そしてその暁にはこの世界をも″征服″するのだ!」

 

 

「はぁ…下らな。」

 

 

子供の遊びかよ。そう思わざるを得なかった。あまりにもふざけた目的についつい溜息と小言が自然に出てしまい、ラプラスはそれを聞き逃さなかった。

 

 

「はぁっ!?下らないって言ったな!?下らなくないもん!!これは吾輩の夢だ!今はヴィランなどと下等な生物に支配され掛けているが、いつか我々のものにして世界を導いてやるのだ!」

 

 

「まぁまぁ落ち着きなよラプ。それより、君が否定した理由を聞いても?」

 

 

「それこそ至極単純明快さ、興味がないんだ。」

 

 

彼女達がどういう思いでそんな目的が出来上がったのかは知らないが、不純としか思えない動機に付き合っていられる程、俺も優しくはない。そもそも、そんな付き合える時間はないだろう。

 

 

「悪いが俺にはそんなことに付き合っていられる暇はないんだ。俺にも…やらなきゃいけないことがあるんでね。」

 

 

「あら〜、縛り付けた意味が無いね。」

 

 

「交渉は決裂、でござるな。」

 

 

「そうみたいだね〜。」

 

 

メンバーに入らない旨を伝えてはっきりと断りを入れ、椅子と結び付けられていた縄を力任せに引きちぎって立ち上がる。しかし、彼女達は別に驚いた反応は見せず、どちらかと言えば何となく分かりきっていた様子だった。

 

 

「彼はこう言ってるみたいだけど、どうする?ラプ。」

 

 

「…まぁ、ぶっちゃけこうなるんじゃないかなとは思ってたけど、こうなったからには実力行使で分からせるしかないな!!行け!侍、新人!」

 

 

ルイはラプラスに委ねるように目線を向けると、彼女は致し方ないと総帥としての命令を二人に伝え、龍成の前にクロヱといろはを差し向ける。

 

 

「おいおい、こんな所で力を使うのは不味くないか?」

 

 

「安心するといい、そこは吾輩の力でこの空間は現世とは隔離されていて、向こうの時間も停止し幾ら騒ごうが壊れようが、吾輩が何時でも元に戻せる。だがこれは長くは持たない。」

 

 

ラプラスは自身の能力を使用して、現在六人がいるこの部屋自体が別次元の空間に繋がっている為、部屋から出ることも出来ず助けを呼ぶことも叶わない。だからか、と龍成は気を探ってみてもラプラス達の気しか探知出来なかったことに納得する。

 

 

「だから、沙花叉達も遠慮なく戦えるよ。いただきますしちゃっていい?」

 

 

「二対一とは正直不満でござる。本当は真っ向勝負がしたいところでござるが、ラプ殿の司令であるからにはやるしかないでござるな。」

 

 

「言っておくがこの二人は勿論、幹部も博士も強さは吾輩の折り紙付きだぞ。どうした?急に黙り込んで、もしかして怖いか?」

 

 

(力で人を利用する為に振るうとは、なんと愚かな行動だな…。)

 

 

彼は思った。こいつらは一体何の為にこの学園に来ているのか、まさか世界征服の為だけに遊び感覚でやっているというのだろうか。つくづくラプラスと言う者には、そしてそれを黙認して何も言わない仲間共にはとても虫唾が走る。何も言わなくなった彼に対して、ラプラスは見下したように煽り立てていたが今の彼にはそんなことはどうでもよかった。

 

 

…馬鹿どもが。

 

 

『っ!?』

 

 

龍成から放たれた声は重かった。ただ事ではない彼の異質な雰囲気を本能で感じ取った全員の背筋には、凍えるような冷たい恐怖心が芽生える。普通じゃない、まるで自分の背後には大きく口を開いた巨大なナニカがいる錯覚を感じ、その場から動けずにいた。

 

 

俺達は一体なんの為にこの学園に通っている?ヴィランを倒す為だろ。人々の命を守る為の筈がこんな下らんことに力を使うとは…恥を知れ。

 

 

さっきまで優しさを含んでいた柔和な佇まいの彼はどこにもいない。代わりに黒味掛かっている紺色の双眸は、負の感情を全て含めたような黒紫色に変色していた。瞳孔が縦細になり、青筋を立てながら酷く鋭い眼光で恐怖心だけで殺せる程に強く睨み付けていた。それは正しく逆鱗に触れられた龍の瞳と呼ぶに相応しいだろう。

 

 

もし、こんなことが許されようものなら…俺がその気になればお前らなんぞ()()だけで充分だ。

 

 

「……っ。」

 

 

脅迫や外連などではなく本当にそのことが可能だと、彼女達一人一人が心の底から震え上がる恐怖心で悟った。ラプラスは無意識の内に一歩後退って、彼の大きな変わりように驚愕しつつ恐怖心を噛み締めていた。

 

 

(何だ…こいつの異様な圧力は…!?生まれて初めての感覚だ…吾輩の身体の芯から震えている…!)

 

 

普通の人間からは有り得ない程の大きな怒気、どんな生き方をすればこんなここまで重苦しい圧力を放てるのだろうか不思議でしかない。ラプラスにとっては今まで感じたことのない圧迫感、緊張感、恐怖感。長いこと生きているが、ここまで迫力のある人間は初めて見たと思いつつ、彼女はふと龍成の眼を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ミ タ ナ ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────っ!!?」

 

 

瞬間、ラプラスの意識が巨大なナニカに呑み込まれそうになった。それはドス黒く生気のない、寧ろ全ての生き物に存在しないようなただならぬ真っ黒な感情。全てを深淵の闇に覆す存在感。明らかに普通とは大きく掛け離れたナニカがこちらを睨み吼えていた。そのナニカは意思が存在しているのか、ラプラスが無意識に入り込んだ領地から無理矢理引き離した。

 

 

「…で?戦るのか?」

 

 

「諦めようラプ。彼の言う通りだし、幾らラプの力で騒いだのがバレなくとも、私達の行いは確かに間違ってる。」

 

 

ラプラスが放心状態になったのに誰も気付かず刺々しい雰囲気が漂い続ける中、一触即発の危機感を強く感じたルイが率先してラプラスに止めることを伝える。

 

 

「……待て…。」

 

 

「…?」

 

 

「ラプ…?」

 

 

しかし、ラプラスは今となってはそんなことなどどうでもよくなった。わなわなと震えている彼女を見て全員が不審に思い始める。

 

 

「…き…貴様っ……い、一体何者なんだっ!!?」

 

 

すると突然叫び出したことにメンバーが驚く。ラプラスの異常な怯え具合に誰もが疑問に思い、こよりが先に反応してから龍成も彼女が言っている意味が分からず首を傾げていた。

 

 

「どういうこと…?ラプちゃん。」

 

 

「何がだ?」

 

 

「恍けるなっ!!今、貴様から...途轍もないモノ……いや、言葉にするのも形容し難いモノだった……!!」

 

 

酷く戦慄しきって絶望を目の前にしたような表情で瞳孔が震えていた。過呼吸を起こしたのか、手で胸を抑えながら彼女自身も必死に落ち着こうとしているが、膝も生まれたての子鹿のようになっておりその場でへたり込む。

 

 

「ちょっと大丈夫なの!?ラプラス!」

 

 

「はぁー…!はぁー…!」

 

 

「ラプ殿!落ち着いて、気をしっかりと持つでござる!」

 

 

「お、おい…大丈夫か?」

 

 

「ち、近付くな″化け物″っ!!」

 

 

「っ!」

 

 

そんなラプラスにメンバー全員が寄り添う。ルイが背中をさすり、いろはが呼び掛ける。彼女の身に何が起きたのか心配と不安がある中、流石に異常な反応を見せられた龍成も心配の念が生まれ、介抱の手伝いをしてやろうと歩み始めた所、ラプラスの怒声によって止められる。

 

 

「いきなりどうしたのラプちゃん…?」

 

 

「……貴様、ただの人間じゃないな…?いや、それどころか人間なのかすらも疑う…何を企んでいる、何を隠している?しらばっくれても無駄だぞ…吾輩には()()()…。」

 

 

「みえ、た…?」

 

 

違う意味で見えたと言われ、龍成も動揺の顔色を浮かばせる。何故そんなことを言われたのか訳も分からず、異能か固定能力で自分の何を視たのか知りたいのだが、現に彼女はそれ所ではなく代わりにルイが口を開いた。

 

 

「ラプにはね、その人の本質や、過去…又は未来が視える能力を持っているの、曖昧に強制制御されている分、時々能力が自発的に働く時があるの。今のラプの反応を見る限り…こんなになってるラプは初めてだけどこの場合…恐らく強制発動で君の本質を視えたんだろうね。」

 

 

「どんなのが視えたの…?」

 

 

「……分からない。」

 

 

彼女の能力は一部制限されてはいるが強制発動により、どうやら不本意で龍成の本質を視えてしまっていた。一体どんなものを視えたのか、こよりが聞きずらそうにしながらも念の為に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

 

 

「けど…深淵よりも深い膨大な″ドス黒いナニカ″が吾輩を呑み込んだ感覚だった……ぶっちゃけ、マジで死んだって錯覚した…!」

 

 

「……。」

 

 

ドス黒いナニカ。それを口に出された際に龍成は顔を顰めて目を背ける。この状況下で、この状態でラプラスが嘘を吐く筈もない。何処か後ろめたさを残した彼にいろはが訝しむように聞く。

 

 

「紫黒殿……何かを隠しているのでござるか?先程の圧といい、ラプ殿の反応といい。人間にしては色々と不審になる所が多いでござる。」

 

 

「俺は、別に…。」

 

 

「悪いけど、流石にこの事態は見過ごすことは出来ないよ。何かを隠しているのなら素直に話してもらわないと、幾ら不本意でも……君を始末しなきゃいけないかもしれない。」

 

 

いろはは刀に手を掛け、クロヱはナイフを手に取り、こよりは色とりどりの試験管を取り出す。ルイも咎めるように目を細めて警戒しだす。

 

 

(全員が臨戦態勢か…どうするか。いや、どうするも何も正直に話すしかないだろう。この先、俺への目の向け方は大きく変わるだろうな。それだけならまだいい。だが…大きなリスクが伴うのは確実。)

 

 

さっきまで彼の怒気によって怯えていた彼女達はいない。今は自分達の総帥を守る一人の仲間として立ち向かっている。一触即発の空気、ここで変な行動すれば確実に良くない方向へ向かう。冷静に思考を働かせて言葉を選ぶ、リスクは避けられないがそれしか道はないだろう。

 

 

「ラプラスだったか?…お前が見た俺の本質って言うのは、俺の力だろうな。」

 

 

腹を括って話すしかない。静かに話し始めて彼女等の目を合わせながら重く口を開いた。

 

 

「……俺はな、少し特殊な血筋を持っている。それは″龍族の血″だ。」

 

 

「え、龍族…?それって混血?」

 

 

自分が今まで隠していたこと、誰にも知られたくなかったこと。それは龍族の血を引き継いでいること。たがらこそ異常な程に力を持っていて、身体能力も耐久力も人間の並を大きく外れている。

 

 

「…そうだな。それを俺は色濃く継いでるようで、力の加減には苦労した。お前がそう感じたのはそれが原因だろう。確かに俺は普通じゃないし化け物みたいなもんだろうな。それでも俺は″ニンゲン″でありたいんだ。普通に生きていたいし、誰かの助けになりたい。」

 

 

今の言葉に嘘はない。過去の約束もあり、俺自身もニンゲンのように生きていたい。そしてヴィランから人々を救いたい。俺はその意志をしっかりと伝えるように目を真っ直ぐと向ける。

 

 

「成程ね、君のことは粗方分かった。強大すぎるが故に隠したかった、そう捉えていいんだね。」

 

 

「このことは他言無用にして欲しい。」

 

 

鷹嶺の言うことに頷いて肯定し、このことを秘密にするように頼む。これで伝えることは伝えたし、俺の隠していた部分を提供してしまった。これから彼女達が俺をどう思うかは彼女達次第。

 

 

「うーん、龍族と人間のハーフかぁ〜!色々と気になっちゃうな〜。血液検査とかしてもいい?」

 

 

「風真も!紫黒殿とは戦ってみたいでござるよ!あやめ殿を簡単に伏せたその力に興味が凄く湧いたでござる!」

 

 

「秘密にするからさ、沙花叉のお部屋掃除してくれなーい?」

 

 

「……俺の話、理解してる?」

 

 

約二名は嫌悪感のあることを言っているが、それよりもと全く気にしている様子はなかった。彼女達も、フブキ達のように怖くないと思ってくれているのだろうか。

 

 

「…貴様が言ってることは本当なんだな?」

 

 

「…あぁ。」

 

 

ラプラスが訝しむよう真っ直ぐな瞳をこちらに向けて聞く、それに対して俺も静かに頷いて視線を合わせる。決して目を逸らしてはいけない、確かに嘘は言っていないのだから。

 

 

「……はぁ。まぁ分かった、貴様がそう言うのなら信じよう。邪な心理が視えなかったんだ、貴様の正義の心はどうやら本物らしいな。それと……悪かった。さっきは勢いで口走ったとは言え、化け物なんぞ吹いて…。」

 

 

「そこまで気にしなくていい。俺も気にしない。もういいか?そろそろ戻りたいんだが。」

 

 

ラプラスの能力で時間が進んでいないとはいえ、話に終わりに近付いてきたのを感じたので、戻りたい旨を伝えれば彼女達も賛同する。先程までは彼は彼女達の行動に怒気を孕んでいたが今はそんな様子はなく、取り敢えず関係の悪化はすることなく事は済んだ。

 

 

「そうだね、これ以上ここにいても意味はなさそうだし。ラプ、一旦戻ろうよ。」

 

 

「そうだな、紫黒のこともある程度は知ったことだし、吾輩達も戻るか。約束通り、貴様のことは他言無用とする。だが…吾輩は貴様を変わらずholoXに勧誘するからな!」

 

 

「丁重にお断りする。」

 

 

「ねぇえええええええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても大変だったぺこね。でも、問題児の対応によく無傷で済めたぺこね。ラプちゃんとか偶にやらかして怒られてることがあるから、暫く静かにしてたと思ってたんだぺこだけどなぁ。」

 

 

教室に戻って早々、色んな人に心配されてしまい申し訳なく思ったが、こうも自分のように気にかけてくれる人がいることに、つい頬が緩んでしまう。そして昼休みに入り、教室にてぺこらから労いの言葉を貰う。

 

 

「既に問題児扱い…確かに武力で肯定させようとして来たが、俺の話で向こうは分かってくれたんだよ。」

 

 

「紫黒の言う話しがなんか物騒に聞こえたぺこ。」

 

 

「まぁまぁ、取り敢えず問題無く戻って来れたんだからいいじゃん。」

 

 

「それよりも色んな所から勧誘されているのです。龍成君は何処に行きたいとかあるのですか?」

 

 

るしあからそう言われ、龍成は忘れていたことを思い出す。部活や生徒会への勧誘をされていたのだが、途中で激しい議論になり始めた。そしてその最中で彼が連れ去られてしまい、話は一旦お預けとなっていたのだ。

 

 

「俺は何処にも入らないよ。これと言って此処でやりたいこともないし。けどそうだな…強いて言えばフブキが言っていたゲーマーズの所には興味は湧いた。」

 

 

「男の子ですからやっぱりゲームには興味ありますよね。ゲームと言えば男の子!男の子と言えばゲームと女とセッ────」

 

 

「紫黒の前でやめんかバカタレがぁ!!」

 

 

マリンが何かを言おうとしていた所を、ぺこらが何処から取り出したのか分からないハリセンでマリンを叩き付けた。頭ではなく頬を。蛙が潰れたような声を漏らしながら、あまりの衝撃に女性がしてはいけない顔になってしまっている。

 

 

「何を言おうとしたんだ?」

 

 

「龍成君は気にしなくていいよ、ちょっと今のマリンは何時ものテンションよりちょっと高いから。普通なら普通なんだけど…。」

 

 

「面倒臭い女なのです。」

 

 

言いかけたワードが分からず、龍成は代わりにフレアに聞いてみても受け流されてしまう。しかし、どうやら今のマリンは何処かご機嫌がいいらしいが、るしあが小言を言ってジト目を彼女に向けていた。

 

 

「え、るしあの方がめんどくない?束縛とヤンデレの二つ持ちとか男の子が一番面倒臭がるよ?しかもチッパイだし。」

 

 

「はああぁん!?下ネタしか言わねぇ女だって嫌だろうがよ!!ついでで私の胸弄んじゃねぇ!!ぶっ殺すぞ!!」

 

 

「潤羽って本当はあんな感じなの?」

 

 

牙を剥き出したるしあを見て、あまりにも変貌の様子に龍成も引いてしまう。フレアもノエルそれを見て、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

「るしあは…まぁ、胸を弄られると沸点が低くなると言うか、普段は温厚だよ。ただ痛い所を突かれてるだけだから気にしないでいいよ。」

 

 

「…仲がいいんだか悪いんだか。」

 

 

ぺこらとマリンとるしあ、フレアとノエルの関係性はよく分からない。仲が良さそうに見える時もあれば、今のように喧嘩を見掛けるとなると不思議に思う。

 

 

「あたし達からすればいつもの光景だけどね。でも、こんな感じでもちゃんと絆は繋がってる。一人でいるのもいいけど、やっぱり色々な人と関わると世界が違って見えるんだ。」

 

 

「そうそう、団長もね?フレアと出逢ってから凄く楽しいんだ。勿論、フレアだけじゃなくて皆と一緒にいると楽しい。だからは団長は、皆を守る為に強くなるんじゃ!」

 

 

「だから君も、折角だから試しに入ってみたら?色々と見えるものが変わるかもよ?」

 

 

「…そうと言えば、そうかもな。」

 

 

仲違いに見えて実はお互いを信頼しあっている。その事に、龍成は昔に見た光景を思い出して納得する。自分は今まで一人で行動していたことが殆どだった。けど、誰かと一緒にいると一人の時とは違う世界があるのも知った。

 

 

「龍成君!聞きましたよ!ゲーマーズに興味があるとっ!!」

 

 

「マジでどっから現れた。と言うか聞いてたのかよ。」

 

 

昔にあったことを少し耽っていると龍成の横からひょこっと狐耳と尻尾を揺らしながら突如現れた。内心驚いていたが顔には出さず、フブキに少し咎めるようにジト目で言うと、彼女は気にする様子はなく寧ろ不敵に微笑んでいた。

 

 

「舐めないで頂きたいねぇ?白上は立派な狐の獣人なんですから、君達の話し声はしっかりと聞いているんですよ!」

 

 

「清々しい程のプライベート侵害宣言。」

 

 

その言い方では、まるで何時までも話を聞いているストーカー気質を疑ってしまう。が、彼女にとってはそれはちょっとした戯言だろうと受け流し、フブキが所属しているゲーマーズに興味はあると伝える。

 

 

「まぁ、確かにゲーマーズ…と言うか、ゲーム自体に興味がある。実は俺、ゲームしたことがないんだ。」

 

 

「な、なんですと…!?」

 

 

「おぉ…意外な事実。」

 

 

そう、今の今までゲーム機という物を触ったことがない。殆ど家では本か漫画を読んだり、バイトをしていたり特訓をしていたりヴィランを倒しに行っていたりと、それ以前に…啓次さんに拾われて暫くはゲーム機械という存在自体知らなかった。

 

 

「でもでも、やってみたいんですよね?それだけでも参加理由には十分ですよ!早速、放課後に白上が案内しますよ!」

 

 

「なら、お願いしようかな。」

 

 

「はい、任せて下さい!」

 

フブキとゲーマーズ部に入ってみることを約束し、そして未だに言い争っているマリンとるしあとぺこらを横目に眺めながら、どんな活動をしているか授業が始まる前まで雑談をするのだった。

 

 

 

 

 




はい、主人公君の秘密が暴露されました。彼は人間と龍族のハーフとなります。……はい。
そして次回は、ゲーマーズと絡むお話にする予定です。出て来なかったあの二人も勿論出しますのでお楽しみに。

では〜。


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八話 『ゲーマーズ』


今回のお話はゲーマーズとの絡みになります。
キャラはブレてはいないとは思いますが、変でしたら申し訳ありません。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

「なぁ龍成、良かったらこの後少し遊ばない?」

 

 

今日の授業を全て終えて生徒達が帰る支度をする放課後、龍成の隣の席にいるスバルから遊びの誘いを受けるが、彼はそれを否定して断る。

 

 

「悪いスバル、その後にゲーマーズ部に覗きに行くから。…そうだな、休みの日にでもいいか?スバルの都合に合わせるぞ。」

 

 

「おっけー!あ、そだそだ。なんなら連絡先交換しとくか。」

 

 

「そう言えばしてなかったな。」

 

 

連絡先を交換する機会がなかった為、お互いにそのことを忘れていたのだがスバルがふと思い出した。龍成のスマホも日に日に連絡先が順調に増えていき、通達の幅が広がりつつあることに満足してはいる。

 

当時はスマホの使い方も分からず、連絡先も彼の拾い主である啓次しか持っていなかった。なんだか新鮮に感じていたが、こうも簡単に連絡先を交換してもいいものなのだろうかと思う所はあった。

 

そして連絡先を交換し終えた時、スバルは龍成が何故ゲーマーズ部に行こうと思ったのか気になり、手短に聞いてみる。

 

 

「ゲーマーズってフブキ達がいるとこだけど、気になったの?」

 

 

「実はゲームしたことがなくてな。どんなのがあるのか気になったんだ。」

 

 

「ゲームしたことないって珍しいっすね!まぁこれを機にゲームの楽しさを知るといいっすよ。そしたら色んな人とゲーム出来る楽しさも分かる筈っす!」

 

 

「なら期待できそうだな。」

 

 

スバルから見れば龍成はゲームをしているイメージはあったのだが、意外なことにないと言われて少しだけ驚いていたが、ゲームと言う一つの娯楽の良さを知る機会にはいいものだと、それで色んな人と関われることもある為、引き止める理由など何もない。

 

 

「おーい龍成君よー。不知建のことも忘れんじゃにぇよー?みこはまだ諦めてないんだにぇ!それに不知建のメンバーも君なら歓迎だって言ってたにぇ!」

 

 

そこへみこがやって来て、ブーブーと口を尖らせながら部活勧誘に乗らなかった彼に不満の声を上げる。しかし諦めておらず、彼女は既に龍成のことを部活メンバーに話していたようだった。

 

 

「誘われるのは嬉しいが……いや、そうだな。折角だからそっちの方にも行ってみるか。」

 

 

「本当かにぇ!よし言ったな!言質は確かに聞いたにぇー!忘れんなよぉ!」

 

 

「え、みこ…お前″言質″って言葉知ってたのか!?」

 

 

「馬鹿にすんなぁあああ!!」

 

 

果たしてみこは一体どんな扱いをされているのか、龍成は未だに彼女のことはよくわかっていないのだが、精々口調と語尾が独特と言うくらいだ。しかし、スバルからそう弄られているのか、それとも本当に珍しくて言っているだけなのか。スバルの気が動揺によって激しく揺らいでいたので、恐らく後者だろう。

 

 

「余っ!龍成、これから帰るのか?」

 

 

「いや、これからゲーマーズに向かいたいんだが、場所が分からないからフブキを待ってるんだ。」

 

 

そこへ更に人が龍成の下へやって来る。あやめが元気よく手を挙げながら近付いてくる。何か用があるのかと思えばそこまで大したものじゃなかった。

 

 

「そう言えばさっきフブキちゃんトイレに行ってたな。あとそうだ、かなたちゃんに言われてたんだが、何でもお主に生徒会の勧誘がきているそうだ余。」

 

 

「悪いが代わりに断る旨を伝えておいてくれないか?俺には俺のやることがあるって。」

 

 

天音には悪いが、俺の求めているものを探すのに生徒会に使う時間はない。かと言って部活にも入る気はないのだが折角の学園生活だ。今まで学業も青春時代とやらも過ごしたことのないし、出来ればそれも体験してみたい所ではある。

 

 

「分かった余!それじゃあ余も行かなきゃだから、また明日!おつなきりー!」

 

 

「あぁ、またな。」

 

 

特にこれ以上の要件はなかったのか聞くだけ聞いてそのまま別れた。そして、あやめと入れ替わるようにフブキが御手洗から戻って来た。

 

 

「お待たせしましたー!いやーちょっとお花を摘みに行ってましてね。早速行きましょうか!」

 

 

彼女の言葉に頷いて、鞄を持って移動する彼女の隣に並行しながら着いて行く。その時に龍成は、ふと彼女達の部活勧誘の言い合いになった時のことを思い出す。

 

 

「そう言えばさくらから聞いていたが、部員は五人必要だがゲーマーズは四人だったか?それってまずいんじゃなかったっけ。」

 

 

「あー…いきなり痛いと突きますね。確かに正式な部活は五人からなんですけど、私がえーちゃんに懇願して保留にして貰ってるんです。」

 

 

どうやら俺らの担任教師の永先生が目を瞑ってくれているらしい。普通ならあまりよくないことなのだが、この学園で部活動しているのは少ないらしい。

 

人数の割に大き過ぎる校舎が故に部屋が余っているとのこと。聞けばそこまで気にしなくても良さそうなのだが、やはりルールはルールなので、期限は一年以内までが許容範囲らしい。だからと言って油断はならないし、行動しない訳にはいかない。

 

 

「解決するには人手か、簡単そうに見えて難しそうだな…。」

 

 

「そ〜なんですよ〜…だから〜、ねっ?龍成君も入ってくれると白上達も嬉しいなぁ〜って…。」

 

 

「…ごめん。」

 

 

本当に困っているのが言葉からでも伝わる。チラチラとこちらを見てくるフブキに対して、龍成は顔を背けてどこか申し訳なさそうに小さく呟いていた。初めからどことなく分かっていたのか、フブキは悔しそうに唸るとヤケになっていた。

 

 

「うぅ〜…こうなったらゲーマーズの良さを全力で知らしめてやります!」

 

 

「あとそうだ、白上と大神と残りの二人はどんな人なんだ?」

 

 

話題を切り替えて、ゲーマーズの部員に関する質問をする。既に大神とは初日で顔を合わせているし、ゲーマーズ部の副部長だと本人から聞いた。しかし、その残りの二人のことは何も知らない。

 

 

「それはですね〜…あっ、でももう着くのでそこで紹介しましょうか。多分あの二人も、既に来ていると思いますし。」

 

 

気付けば部活動を行う部屋までやって来ていた。防音は備わっていないので、外からでも多少の音や話が聞こえてくる。どんちゃん騒ぎとまではいかないが、それなりに大音が漏れている。

 

 

「ああああああ!!おがゆっ!それこぉねのアイテム!!」

 

 

「え〜?でも早い者勝ちだからボクのだよ?ころさん。」

 

 

「うわぁ!そこで赤甲羅とか最悪なんだけどっ!」

 

 

一体どんなゲームをすればあんな騒げるのだろうか。そう言えば、とあることを小耳には挟んだことがある。ゲームによっては人格破壊する恐ろしいゲームも存在すると。今更になって少し恐ろしく感じていきたが、白上はそんな俺の心の内のことなどいざ知らず、ノックもせず扉を開けて入って行く。

 

 

「おっ、やってるね。」

 

 

「なんか…激しいな。」

 

 

部屋に入って先ず目にしたものは、大神を含めた三人の少女が大きなソファに座っていて、大画面に映るゲームに夢中になっていた。レースゲームをやっているみたいで中々の激しい展開を迎えているようだ。部屋の造りは部活らしいというか、ただの部屋だ。棚にはフィギュアや何かのトロフィーが置いてあり、ソファに机とふわふわの絨毯があるくらいだ。

 

取り敢えず来たものの、俺は着いて来た身なのでどうすればいいのだろうと思って白上に視線を送る。

 

 

「はいはい皆、注目ー!」

 

 

手を叩きながらこちらに視線を送るよう声を張って伝える。それに気付いた三人は一旦ゲームをする手を止めて、フブキの言う通りにこちらに振り向く。

 

 

「あ、フブキ…と龍成君じゃん!え、どうしたの?もしかして入部希望!?」

 

 

「あれ〜、編入生君だ〜。」

 

 

「なになにー?何かするのフブキちゃん。」

 

 

ミオはどうしたかと思っていたが、龍成見て驚いたと同時に何となく察した。たが、残りの二人である猫の獣人と犬の獣人はどういった経緯で彼がやって来たのか分からず、フブキに尋ねていた。その時に彼も、二人とは話したことはまだなかったが同じクラスの者だと気付いた。

 

 

「実はですね、彼が我がゲーマーズ部の体験入部をしたいとのことなのです!ゲームをやったことがないらしくて、この際ですから私達でゲームの楽しさをとことん教えて沼にハマらせようかと!」

 

 

(何か話盛られてる気がする。)

 

 

気の所為だとは思いたいが、間違ったことは伝えてはいない筈。俺の代わりに白上が説明してくれたお陰で言うことはなくなった。そして三人は事情を知ると、真っ先に反応したのは大神だった。

 

 

「嘘ぉ、ゲームやったことないって本当!?」

 

 

「お〜、そう言うことならボク達が一番妥当だね。任せてよ〜。」

 

 

ミオの驚く言葉に頷いて肯定すると、猫の獣人が尻尾を揺らしながら得意そうに表情を変えて、こちらへと歩み寄って来る。彼女が動けば犬の獣人も後に続いて龍成の下へ向かって行く。

 

 

「もぐもぐ〜、ボクは″猫又 おかゆ″って言うんだ。よろしくね〜。」

 

 

「ゆびゆび〜、こぉねは″戌神 ころね″って言うの!よろしくでな〜!」

 

 

猫の獣人は猫又 おかゆ、薄紫色のセミショートで紫色の瞳をしていて猫の耳と尻尾を生やしている。正に猫のように、何処かマイペースで自由気ままに行動する物静かと言う印象だ。

 

戌神 ころねは茶色の三つ編みセミロングに骨柄のヘアピンを付けていて真ん丸な茶色の双眸に、垂れ耳で犬のしっぽがある。人懐っこいような感じはあるが警戒心の強い小型犬と似た所があり、おかゆとは正反対のようにアグレッシブな雰囲気を感じ取れる。

 

 

「知ってると思うが一応、紫黒 龍成だ。今日はよろしく頼む。」

 

 

同じクラスなら編入初日で既に顔は知っているだろうが、名前を忘れていると思い念の為に伝えておく。自己紹介も終えたことで、本格的に活動を開始するのだが、先ず俺が知るべきことは操作方法だろう。その前にと、猫又が収納ケースからソフトを色々と取り出して見せてくる。

 

 

「早速だけど、どんなジャンルがやりたい?色々とあるけど君の好きなのでいいよ。」

 

 

「悪い、本当に何も知らないからどれが何なのか分からなくてな…。でもそうだな…。」

 

 

さっきの三人がやっていたレースでも良いがどうせなら違うものをやってみたいと思い、色々と見てみるがタイトルと表示だけだとどんなゲームなのかはあまり分からない。だが、何個か見覚えのあるものがあった。

 

 

「このゲームとか気になったな。」

 

 

「おっ、スマブラに目に付けるとは中々のチョイスですね。やっぱり男の子は格闘系が好きなんですか?」

 

 

「ん〜、まぁそれもあるかな。」

 

 

「じゃあ、今日はそれにしよっか。」

 

 

そこで龍成は巷でも人気なゲームを選んだ。それは過去に何回か見た覚えがあるもので、格闘と言うジャンルにも興味があったのでそれにした。それにころねが尻尾を振りながら、嬉しそうに反応した。

 

 

「こぉねも丁度やりたかったんだー。皆でやろうよ!」

 

 

「けど先ずは龍成君に操作の説明をしなきゃだね。」

 

 

ここからが問題になる。彼はまだコントローラーも握ったこともないので、先ずは操作法から覚えなければならない。せっせと準備を進めて起動し、取り敢えずキャラクターを選択する所までいく。

 

 

「凄い色んなキャラクターがいるんだな…。あ、このキャラクター見たことある。」

 

 

様々なキャラクターが存在しており、総勢で八十体以上がいる。ここまで膨大な数のキャラクターを選べるのはこのゲームくらいだろう。あまりの数の多さに龍成は感嘆しカーソルを適当に動かしていると、とあるキャラクターに目が留まる。

 

 

「こぉねはこれ〜!」

 

 

「じゃあ白上はこれで!」

 

 

「ゆっくりでいいよ龍成君。」

 

 

彼がどのキャラクターに悩んでいるのを他所に、フブキ達は既に決めていた。それを見て遅れるのも悪いと思いって急いで選ぼうと視線を動かすが、ミオが気を使っている龍成の様子に気付いてやんわりとフォローをする。

 

 

「じゃあ…これにしようかな。」

 

 

彼女の言葉も貰って少し落ち着けたが、やはり遅くなるのもいけないと思い込み、自分が先程目に留まった知っているキャラクターを選ぶことにした。それはピンク色で真ん丸な体につぶらな瞳で可愛いがとても似合うキャラクターである。

 

 

「カービィとは…意外と可愛いもの選んだね。」

 

 

「それじゃあ、ウチが操作説明するね。」

 

 

「ボク達はどうしようか。」

 

 

「白上達は一旦他所で戦いますかぁ!」

 

 

「ボッコボコにしてやんよ〜!」

 

 

フブキが意外そうに彼を横目で眺めるも直ぐに画面に戻し、ミオは親身になって龍成に一個一個操作法を教えてくれていた。その間はおかゆとフブキところねはステージの端あたりで戦い合うことにした。激しい戦闘が繰り広げられる中、一つ一つの動作とボタン位置を速攻で覚えていく。

 

 

「これで基本の操作は全部教えたけど、大丈夫そ?」

 

 

「あぁ、ありがとう。ある程度は分かった。そこから派生の攻撃の流れを作ればいいのか…後は慣れだな。」

 

 

格闘ゲームなだけあって色々と凝っている部分はある。戦う上でコンボを作るのはそこまで難しくはなさそうな感じはするが、実際は分からないので実践してみないと分からない。

 

 

「ここで…!チェストオオオォ!!」

 

 

「いやああああああぁ!!負けたぁ!」

 

 

「ころさん凄いはしゃいでる。」

 

 

そして丁度よく一対一の状況が出来上がっていた。フブキがころねのキャラクターを確定ぶっ飛ばしで画面外まで吹っ飛ばされていき、ころねは怖いものでも見たかのような高い絶叫して、おかゆはその様子を見て笑っていた。

 

 

「さぁ龍成君、準備はいいですか。白上は何時でも行けますよ!」

 

 

「じゃあ実戦練習を始めようか。よろしくお願いします。」

 

 

〈 ハァーイ!

 

 

準備は完璧と気合を入れてキャラクターアピールをして実践練習を始める。最初は読み合いとはいかず、フブキは咄嗟に操作して接戦に持ち込んでいった。流石はゲーマーズの部長と言うべきか多少は手加減はしてくれてるものの、それでも俊敏な操作性で龍成は押されて始めていた。

 

 

「ほっ!よっ…そこっ!」

 

 

「…!」

 

 

しかし、されるがままの彼ではない。ミオからの教えられた基本操作から頭の中で構成したコンボを繰り出しつつフブキのタイミングを計り、攻撃を避けたりカウンターを合わせるように、押され始めていた状況が一転して同等になっていた。

 

 

「…あれ?紫黒君って初めてなんだよね?」

 

 

「その筈だけど…。」

 

 

「何かこぉねより上手くない?」

 

 

おかゆの静かな動揺にミオもころねも一緒になって、龍成の操作の成長性に疑問が生まれる。ミオは彼に操作を教えていた際に確かに初めて触っていた様子をしていたし、コントローラー自体を暫く眺めていたので初めてなのは間違いない。たが、彼のゲームプレイは既にミオ達を超えるような動きをしていた。

 

 

「うわぁ…!やりますね龍成君!ですがここからは白上も本気を出しますよ!」

 

 

「それは楽しみだ。」

 

 

龍成がフブキのキャラクターを画面端まで吹っ飛ばした。フブキも彼のゲームプレイの上手さにとても目を惹かれてはいたが、彼女自身もゲーマーズの部長としてのプライドもあり、負けず嫌いの精神が強くなっていた。手加減を止めて本気のぶつかり合いをすることになり、それに龍成も少し微笑みを浮かび始めていた。

 

 

「そこだあああああああぁ!!」

 

 

「あっ!?うわくっそぉ…!敢えて攻めてときゃよかったなぁ、負けたぁ…。」

 

 

結果はフブキの勝利に収まった。確かに龍成のプレイには初心者とは思えないくらいの操作性で、読み合いや反射神経も元から優れているのもあり良い勝負ではあったのだが、時々操作ミスが見受けられ経験の差で負けたのだ。龍成も珍しく顔を顰めて悔しそうに肩の力を抜いていた。

 

 

「でも紫黒君、初めてであそこまで戦えるなんてホントに凄いよ!」

 

 

「そうそう!途中でこぉね達も熱くなっちゃった!て言うかほんとに初めてか疑うんだけど!?もうこぉねより強いじゃん!」

 

 

「いや〜手に汗握ったねぇ。ウチも見入っちゃったよ。ほんとに凄いね龍成君、才能あるんじゃない?」

 

 

「は〜危なかったぁ〜…!白上もちょっと油断してました!凄いですね龍成君!初めてでそこまで出来るならミオの言う通り、センスがありますよ!」

 

 

「そんなに褒められることかな?」

 

 

彼女達のあまりの褒め言葉の多さに龍成はこそばゆい気持ちになっていたが、そこまでとは思えずにいて聞き返してみると皆して頷いていた。

 

 

「褒められても可笑しくないよ〜?意外とこのゲームは余り初心者向けじゃないからね。本当にゲームが初めてなら、先ずはアクション系から始めるのが一般的だとボクは思うけど。」

 

 

「でもこの感じなら、色んなゲームでも大丈夫そうですね!基本操作さえ覚えれば後は龍成君のセンスでカバー出来ますからね!」

 

 

「ならもう一戦いいか?フブキに負けたのが結構悔しかったんだけど。」

 

 

ならもう一度と、龍成は久しぶりに悔しいと言う感情を身に感じた。ゲームとは言えここまで本気になれると楽しいと思えていた。そんな彼の言うことに、フブキは得意げに鼻を鳴らしながら首を縦に振る。

 

 

「おっ、ふふん!いいでしょう!その挑戦、この白上が受けて進ぜよう!次も手加減はしませんからね!」

 

 

「おうおう〜こぉね達も忘れんじゃねーぞ。」

 

 

「次はウチも参加させてもらうよ。」

 

 

「お〜、何か楽しくなってきたね〜。」

 

 

観戦してて熱くなってきたのか、やってみたくなったのかミオも参加することになった。おかゆところねもゲーマーズとして火が付き始め、皆でゲームを楽しむことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レースゲームってこうも激しくなるもんなんだな…っと、ラッキー。」

 

 

「えぇ!?そこで神回避するとか運良すぎでしょ!ずるっ!」

 

 

何回か試合をした後は次の別のソフトで遊んでいた。それは部室に訪問するまでミオ達がやっていたレースゲーム。白熱したバトルが起きていて、皆して夢中になっていた。フブキの言う通り、龍成は基礎さえ覚えれば後は自分のセンスで補っていた。

 

 

「おらおらー!こぉねのトリプル赤甲羅でも喰らっとけー!」

 

 

「うううぅ!ボクのことボム兵で邪魔したやつ許さねぇー!」

 

 

「あっ、それウチだわ。あはははっ!」

 

 

「もぅ〜!ミオちゃ〜ん!」

 

 

各々がアイテムを使用して邪魔をして、負けず嫌いな部分が強く出てくることもあり真剣になりつつも、笑い合いながら楽しい一時を過ごす。

 

 

 

 

 

「ちょちょちょっ、ころねそれこっち!」

 

 

「あ、あれ!?こっちだっけ!?」

 

 

「それだと違う料理が出来ちまう!」

 

 

次にパーティーゲームをしていた。これは所謂協力するゲームで四人で共同して料理を作って客に届けるだけのゲームである。だが、意外にもギミックや邪魔者も存在して頭を使う要素もあり、一定のノルマを達成しないとクリアが出来ないようになっている。

 

 

「うわああああぁ!洗い物が間に合わなくなるー!後は頼んだおかゆー!」

 

 

「え〜、これボク一人で出来なくない?」

 

 

「あっはははは!もう滅茶苦茶っ!」

 

 

そんなこんなで現状は滅茶苦茶な状態に陥り、ステージのステージの難易度も相まって慌ただしく作業していた。龍成はころねと料理を作る作業に移り、ミオとおかゆが皿洗いや材料出しで二組に別れて行動していた。そんな様子を人数制限で入らなかったフブキが、それを見て大笑いをしていた。

 

 

 

 

 

そして次はホラーゲームをしていた。彼は初めてやるのだが、怖いもの知らずなのかどんどんと躊躇なく進んで行く。それに対してミオところねは龍成を盾にして肩から覗いて画面を見ていた。心做しかフブキも距離が近いが、龍成はゲームの世界観に夢中になって気付いていない。

 

 

「ゲームって本当に色々あるな…まるで別世界のようだな。」

 

 

もしかしたらあるかもしれないこんな世界が、ゲームはまるで異世界への扉、別の世界のとあるストーリー、漫画やアニメの物語のようにも思えるが感覚が違う。自分の操作でアクションを楽しみながら物語まで楽しめる、そんな一石二鳥の代物に感動していた。

 

 

「ゲームって…本当に凄───」

 

 

ギャア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!

 

 

「いやあああああああっ!!」

 

 

「わああああっ!」

 

 

「イ゛キ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!ん゛ね゛ぇ゛も゛う゛無゛理゛ーー!!!」

 

 

「ちょ、ちょっと苦しいよころさん...。」

 

 

「ころねの声に吃驚したわ!!」

 

 

「目の前の奴よりやべぇ声出してる。」

 

 

突如、大きな音ともに化け物が現れて咄嗟に悲鳴が上がる。ミオは反射的に龍成の体で画面から隠れ、おかゆも驚いてはいたが何よりも一番の悲鳴を上げていたのはころねだった。操作してるのは龍成にも関わらず、事件性のある悲鳴によりフブキがそれに吃驚していた。何とか操作して化け物から逃げ切ってクリアしたのだが、彼女達が悶えているのを見て不意に笑った。

 

 

「ははは…!」

 

 

「あっ、漸く笑ったね。」

 

 

「龍成君、あんまり笑ってるところ見ないから、少し心配だったんですよ?」

 

 

「えっ?…ぁ。」

 

 

フブキとミオにそう指摘されて初めて気付いた。彼はさっき迄なら笑ってはいたが微笑んでいるくらいで、大きく口角を上げて笑う姿は初めて見たのだ。龍成はコントローラーを膝に置き添えて、どこか遠い所を見つめるように眺めながら語りだす。

 

 

「普段は一人で時間を過ごして来てたから…こうやって″誰かと遊ぶ″のって、随分と久しぶりでさ。」

 

 

「いつも…一人だったの?」

 

 

ころねからそう言われるも、何も言えなかった。と言うよりかはなんて言えば良いのか分からなかった。何とも言えない感情が心の中で渦巻いて、どこか気持ち悪い。でもこの感情はずっと離れていはいなかった。

 

 

「……昔は周りに大勢いたけど、誰もいなくなった。それから一人になった寂しさを紛らわそうと、色々と趣味趣向を手当り次第やってたけど…。」

 

 

「────やっぱり…どうしても心の奥に寂しさが残ってたんだ。」

 

 

その時に昔に見た光景を思い出す。まだ自分達が何者かに襲われる以前の時、あの時は沢山の仲間がいた。ふと頭の中でフラッシュバックのように色々な映像が映し出され、無意識に顔が顰める。

 

 

 

『おーい!───!お前もこっち来いよ!』

 

 

 

『お前すげぇじゃねぇか!流石はあいつの弟だな!』

 

 

 

『んなもん気にすんなよ、俺達がそんなんで見放すとでも思ってんのか?仲間だろ。胸を張れ、誇りを持て。自分をそう卑下すんな。お前は自分が思ってるよりも凄い奴なんだ、それは俺達が保証する。』

 

 

 

嘗ては幸せの時間を過ごしていた筈なのに、今となってはあの時の時間はもうやって来ることもないだろう。家族も友達も仲間も一度に失って、望まない独り身になる人生を彷徨うだけにいた。今は啓次さんのお陰で何とかなってはいるが、過去の大切な物を失った代償は想像のつかないくらい相当なものだ。

 

 

「寂しかったんだね。」

 

 

「ぇ…ちょっ。」

 

 

その時、頭に何かが乗せられる。それはミオの手が彼の頭を撫でていた。不意にそんなことをされて龍成は驚くものの、手を退けてることはしなかったが困惑はしていた。ミオも彼の反応に気にすることなく続ける。

 

 

「でも今はウチ達がいる。今日はこうやって遊んでて楽しかったでしょ?」

 

 

まるで母親のように諭してくれる彼女には温もりを強く感じ、何処か心地良いものを感じたが、恥ずかしさは多少はある。けど抵抗はせずに素直に黙って頷いてみせると、ミオは満足そうに微笑んでみせる。

 

 

「じゃあ次はもっと楽しもうよ、君が寂しい思いを忘れるくらいに。誰かと過ごす時間の大切さを君は知っている。だからもう大丈夫だよ、困ってる事とかあったらウチ達を頼っていいんだよ。」

 

 

「そうだよ〜。ここまで一緒の時間過ごしたなら、もうボク達は友達同然だよ。ねっ?ころさん。」

 

 

「そうそう、最初はこぉねもちょっと遠慮がちだったけど、ゲームを通して名前で呼び合うようにまでなったんだしな〜。ミオちゃんの言う通り、こぉね達に相談するといいでな〜。」

 

 

「龍成君、ここにいる皆は…いや、この学園にいる皆は全員良い人達だってはっきり言います。君が周りをどう思うのかは君次第ですが、決して見捨てるとか、裏切るなんて事は言語道断です!」

 

 

「お、おぉ…。」

 

 

彼の励ましはミオだけでなく、おかゆからもころねからもフブキからも言葉を貰い受ける。ここまで自分を気遣って貰えるとは思えず正直嬉しい限りではあるのだが、こうも言われると反応にどう答えればいいのか分からなかった龍成は、小さな返事をしていた。

 

 

「どうですか!?今日を通じてゲーマーズに入りたくなりましたか!?」

 

 

「もうフブキったら!ムードクラッシャーじゃん!」

 

 

「無理矢理に話題変えたね〜。」

 

 

しかし、フブキの急なストレートにしんみりとした空気から大きく変わり、龍成は腑抜けた表情になってミオが代わりに反応する。あからさまな雰囲気のぶち壊しでミオは呆れ、おかゆところねは変わらずと言うよりかは、見慣れた感があった。

 

 

「えぇ!?でも何時までもこの雰囲気はどうかなって…。」

 

 

「まぁまぁいいんじゃない?ボクもちょっと話し変えようかと思ってたし。」

 

 

「ほら!おかゆんもこう言ってるよ!」

 

 

しかしおかゆも同じことを思っていたらしく、フブキは自分に味方がいると分かると態度をガラッと変えていた。ミオもそんな彼女を見て呆れ始め、おかゆは変わらずニマニマと微笑んでいた。

 

 

「……ありがとうな。」

 

 

「ねね、龍成君。」

 

 

「ん?」

 

 

彼女達の優しさと気遣いに沁々と有難みと嬉しさが感じられる。彼は同情や共感が欲しかった訳じゃなかったが、彼女達はまるで自分ごとのように一緒になって言葉にしてくれていた。そのことに口角が上がって感傷していると、ころねが龍成の肩を軽く突いて呼んでいた。

 

 

「また遊ぼうね?そしたら次は龍成君のこと、もっと教えてね?こぉねも事も教えるから!」

 

 

「あぁ、約束する。」

 

 

ころねの明るい笑顔が彼の心の鬱を晴らしてくれていた。少しづつ、少しづつでも彼は色々な人と関わる気持ちを持って前に進む心掛けをして、彼女達の力にもなり、もっと信頼されるような者になろうと心から誓った。

 

 

 

 

 




如何でしたかな?個人的にはもう少し絡みを増やそうかと思いましたが、それだとまた長くなっちゃうのでここまでにします。
次回は不知火建設の皆さんとの絡みになりますので、お楽しみに。

ではー


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九話 『不知火建設』


過 去 最 多 文 字 数。
前回に言った通り不知火建設の皆さんが出てきます。ついでにあの二人も…それで今回は長くなっていますが、前回のは決して手抜きではないので…話のネタがあまり思いつかなかったんです。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

「おはよぉす。」

 

 

「おはよー、何か眠そうだね。」

 

 

朝の教室に龍成は眠たそうに瞼を擦りながらやって来た。欠伸を混ぜながら伸びをして自分の席に着くと、隣の席のスバルが真っ先に返してくれる。彼は真面目なのは既に承知のことなのでこうやって眠そうにしているのが珍しく感じていた。

 

 

「ちょっと寝不足でね。ゲーマーズで遊んでから、あれからゲームに色々と調べてたりしてたら寝るの遅くなった。」

 

 

「おっ!いい感じにゲームにハマってるっすね。なら今度、スバルが面白いゲーム紹介するっすよ!」

 

 

「…そうだな、時間があったらお願いしようかな。楽しみにしてる。けどあまり、ゲームすることはないかな。」

 

 

確かにゲームは実際にやって楽しかったし、興味は湧いていた。ただ俺には長いことゲームをする時間はあまりない気がしている。何故かと言えば、俺には目的があってこの学園にやって来ている訳だし、ヴィランのことも考えればあまり悠長なことは出来ないな。

 

 

「なんでぇ?いいじゃんかよぉゲーム。みこ達まだまだ若いんだから今の内に楽しまなきゃ損だにぇ!」

 

 

「あ、みこち。」

 

 

「ゲームは若者にとって宝にぇ!…とは言っても、みこ達もそんなのほほんと過ごせる訳じゃないけどにぇ。全く…ヴィランっていう奴は本当に迷惑だにぇ。なぁ、龍成君よ。」

 

 

すると突如、みこが二人の会話に途中参加してきた。彼女はゲームに対して熱く語ってはいたが、急に落ち着き始めて龍成に同感を持たせるように聞いてくる。

 

 

「そ、そうだな…さくらはどうやって戦ってたりするんだ?」

 

 

「みこは戦えない方にぇ、皆に加護を掛けるくらいしか出来ないし、余り期待するんじゃないよ。」

 

 

みこは一体どんな風にして戦っているのか気になって想像してみるが、接戦で貢献している感じはしなかった。本人も精々バフ効果を与えるくらいしか出来ないと言い、期待しないで欲しいとはっきりと伝えられる彼女に苦笑いする。

 

 

「誇らしげに言うなよ…でも実際はみこちのバフってすげー強いんだよ。基本的にはアレだけど、流石は神社の巫女ってなだけはあるよなー。」

 

 

「おいそれどういう意味だにぇ。」

 

 

スバルの失言を聞き逃さなかったみこは、彼女にジト目を向けるが呆気からんとして受け流していた。すると、みこは何かを思い出して龍成に再び話し掛ける。

 

 

「あ、そうだ。龍成君よ、昨日の話したこと覚えてるかにぇ?不知建に入部するって言ってたこと。」

 

 

「なんか話変わってね?俺は体験入部ってだけで、何も入るなんて一言も言ってないぞ。」

 

 

彼女の中では既に入る予定だと勘違いしていたらしく、龍成は速攻で訂正させると困惑した様子を見せる。

 

 

「あ、あれ?そうだったっけ?まぁいいや。とにかく今日は出来れば来てもらいたいにぇ!今日は不知建の部員が揃うから、なんかするよ。」

 

 

「なんかって何だよ。もうちょい詳しくてもいいんじゃないの?」

 

 

「みこが知るわけねーだろ。」

 

 

「お前ら仲悪いの?」

 

 

スバルとみこのやり取りには、何処か遠慮がないと言うか仲が悪いような言葉のキャッチボールをしているが、本人達はこれがいつものことらしい。取り敢えず、みこから誘われた不知建とやらには訪問すると伝えて、朝礼が始まるまで雑談をしていた。

 

あっという間に時間は過ぎて昼頃になり、今日は食堂ではなく自作の弁当を持って来ていた。暫くは誰かと昼ご飯を過ごしていたが、偶には一人で考え事をしながら時間を過ごしたいと思い、屋上へとやって来ていた。

 

 

(ゲームも確かに楽しかったけど、俺にはもっと重要なことがある……とは言え、今の状況も場所も不明な点が多過ぎるし、何処から手を出せばいいか分からないな…。)

 

 

重要なことと言うのは、龍成が探し求めている″ある組織″を示す。何故ここまで執着しているのか、それは彼が啓次に拾われる迄″ある日に襲われたこと″に深く関係しているから。

 

 

「そもそもな話、その″組織″の名も分からないのにどうやって調べる…。」

 

 

とは言え、その組織から消え掛けていた命と共に必死に逃げて来た彼は、ひたすら追い付かれないよう瀕死の状態で長い距離を、何度も日を跨ぐまで休まず移動を続けていた。

 

そして奇跡的に今の今まで無事…とまではいかなかったが、何とか生き永らえる結果になった。何か特徴を覚えているとすれば、様々な種族が協同していたくらいだ。

 

 

「……ぁ…。」

 

 

「ん?」

 

 

そんな時、屋上扉が開かれた音が聞こえてふと視線を向けると、薄紫で所々に水色の混じったツインテールの少女と目が合った。

 

 

「…ぁ、ぇと……スゥー……コニチワ…。」

 

 

「こんにちは。」

 

 

その少女は視線をあちこちに移しながら、聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で挨拶をする。龍成も咄嗟に返すのだが、それ以降の会話は特になく、少女は少し離れた所で座って弁当を食べ始めた。

 

 

「……。」

 

 

(気まずい…。)

 

 

お互いに話すことがないからなのだが、こうも沈黙が居心地が悪く感じるのは何故なのだろうか。何かこちらからアクションを起こした方がいいのか、別に気にしなくていいのかと変に考えていると…。

 

 

「……ぁ、あの…。」

 

 

「ん?どうかしたか?」

 

 

ヒッ…ぇ、ぇとぉ…。」

 

 

(え、今怯えられた?)

 

 

少女から話し掛けられる。小さくも頑張って声を張っているように感じるが、反射的に返事をすると何故か怯えられるような反応が一瞬見えた。

 

 

「…あー、ゆっくりで話していいよ。言いたいことがあるなら聞くよ。どうしたの?」

 

 

彼女にとって怖がられる要素が何処かしらあったのだろうと思い、一度咳払いをしてから出来るだけトーンを上げつつ目付きも表情も和らげて優しく語り掛ける。

 

 

「そ…その、編入生さん…ですか?」

 

 

「そうだけど、俺のこと知ってるのか。」

 

 

「い、今…″噂″になってるので…。」

 

 

パッと見た時から彼女は同じクラスの者ではなく、恐らく後輩に中る子なのだろうと察していた。その噂とやらは龍成は何も知らないので聞いてみることにする。

 

 

「因みにどんな噂なのか聞いてもいい?」

 

 

「え、えと…その、凄く強くて…容姿が良い…みたいな。」

 

 

(あやめ経由か…。)

 

 

前者の方を聞いて分かった。それ以前に噂と聞いて何となく分かってはいた。あやめとの試合で、ほぼ全員の生徒達が観戦しに来ていたことがあったと。思えばそんな噂が立つのも無理もないことかと納得する。

 

この学園で珍しい男子生徒で通ったばかりの人間が鬼族に戦って勝ったとなれば、前例もないらしいし起こりうるものだろう。

 

 

「そっか。それで、その…君はここでご飯を食べに?」

 

 

「は、はい…。」

 

 

「友達とかは?」

 

 

「えっと…も、もうすぐで来ます。」

 

 

話してみた限り、彼女は人とのコミュニケーションを取るのが苦手のようだ。あまり聞きすぎるのも悪いし自分の時間も欲しいだろうと思って、この場から去ろうと立ち上がる‪。

 

 

「そうか、んじゃ俺は戻るかな。……一応、自己紹介しとくわ。俺は二年生の紫黒 龍成、よろしくな。」

 

 

「ぁ、ははい!…えと、一年の″湊 あくあ″です。…よ、よろしくお願いします。」

 

 

「あぁ、じゃあまたな。」

 

 

湊 あくあは薄紫を主色に水色の混じったツインテールに紫のつぶらな双眸で人間で小柄な子だ。人見知りがあることで、何処か小動物のような癒し系と感じ取れる。何故メイド服なのかは聞かないでおく‪‪。龍成は自己紹介だけ済まして、さっさと戻ろうとすると目の前で扉が開かれた。

 

 

「ごめーんあくあー。ちょっと遅れ…あっ。」

 

 

「おっと。」

 

 

先程言っていたあくあの友達だろうか。似たような小柄な少女と、危うくぶつかりそうになったが何とか踏み止まる。その少女は目をぱちくりとさせると、龍成の姿をまじまじと見始めた。

 

 

「んー?あー、もしかして噂の編入生?…改めて近くで見るとなんか普通だね。」

 

 

「ちょっ、ちょっとシオン!?先輩だよ!?」

 

 

初対面相手に中々のパンチの効かせた言葉を送り込まれる。少し小生意気な発言にも龍成は動じず、代わりにあくあが焦って引き止めるものの、彼が手を軽く挙げて気にしないことを示す。

 

 

「いいよ、気にしてないし。それで湊の友達か?」

 

 

「そうだよ。あ、どうせなら名前教えとこうか、あくあのこと知ってるみたいだし。どうも~こんしお〜、″紫咲 シオン″で〜す。よろしくね。」

 

 

紫咲 シオンと言った彼女は、銀髪のパッツンロングヘアに橙色と黄緑色のカラフルな瞳をしていて、あくあとにた小柄でキリッとした面貌がデフォルトなのか、生意気な小娘と言う雰囲気が漂う。魔法使いのような格好をしているが、どうもそうとは思えない程の露出が多く見える。

 

 

「紫黒 龍成だ、よろしくな。俺はもう戻るから、またな。」

 

 

「えー、もう戻るの?もう少し話したっていいじゃーん。それとも、やっぱりこんな美少女二人相手に緊張してるー?してるよねー?無理もないかー!」

 

 

「もー!シオーン!だから失礼だってばぁー!」

 

 

どう言う意味で言っているのかいまいち分かりかねないが、構って欲しそうにも見えるが、彼女の無邪気さのある笑顔にはどこか裏があるようにも見える。だが、会って早々別れると言うのも味気ないかとも思える。

 

 

「俺は食べ終わったからだけで戻るだけだったし、話したいなら付き合うぞ。」

 

 

「おっ、いいね。そう来なくちゃ。」

 

 

「え…。」

 

 

シオンはニッと口角を上げるが、あくあは逆に口角を下げていた。

 

 

「もうこの際だ、敬語とか無しにしよう。その方が気楽だろ?俺は気にしてないから。」

 

 

「ぇ…で、でも。」

 

 

「紫黒がそう言ってんだからいいんじゃない?だったらもういっそ名前呼びしちゃう?シオンはさんせー。二人は?」

 

 

遠慮がないと言うかお調子者と言うか、シオンは簡単に龍成の言い分に賛成し、あくあはやはり距離感が慣れていないせいで何も言えなくなる。そして更には名前呼びになることになっていた。

 

 

「んー、まぁいいか。」

 

 

「えぇ!?ちょ、ちょっと…それ、は…。」

 

 

「はーい賛成二人の多数決でけってーい!いいよね?あくあ。」

 

 

「少しはあてぃしの話を聞いてよー!」

 

 

あくあの話にも聞く耳持たずノリと勢いで進んでしまい、反論する間もなく決まってしまった。龍成はそんな遠慮になっているあくあに気を使って無理強いはしないことを伝える。

 

 

「まぁ無理は言わないし、自分のペースでいいよあくあ。俺は取り分け不快に感じる訳じゃないから。」

 

 

「ぅ…は、はいぃ…。」

 

 

「じゃあ早速聞きたいんだけど、龍成って何者?」

 

 

「え…?」

 

 

場の空気が少し変わった。シオンは龍成に目をむけているが、その瞳は嘘や冗談が通じないのを感じる。本人もふざけてはおらず、あくあも彼女の急な変わりように唖然としていた。

 

 

「何者も何も、俺は普通の人間だけども?俺に変な所でもあったか?」

 

 

「こう見えてもシオンは天才って呼ばれてる程の魔法使いだから。あんたのその()()にはより敏感に気付けるわよ。普通とは少し程遠い力の波動を感じるし、それなのに魔力も霊力も微塵にも無い。はっきり言って可笑しいのよ。」

 

 

そう言われて思い出した。あやめと戦う前に担任教師の永から聞いていた。彼女は魔法使いの天才と称されていて、様々な魔術や魔法を難解なものまで扱うことが出来ると。だからか、人の力量の見方を人一倍理解出来ている。

 

 

「…言いたいことは何となく分かった。けど俺はそれが普通なんだよ。本来なら湊とか普通の者なら魔力か霊力が宿ってる。例外では妖力とかもいるらしいな。でも…これは誰しもが持っているもの、これは″気″と言う生命エネルギーを力に変えることができる。」

 

 

龍成が戦闘に用いる時に使っている力、それは気と呼ばれた生命エネルギーを実際に掌に現せて見せる。それは小さな太陽のように光の塊で、近寄れば暖かい熱気を感じれる。厳密に言えばこれは実体化させたもので、気は身体の中を循環しているものなのだ。

 

 

「ほわぁ綺麗…。」

 

 

「…へぇ〜、なるほどね。」

 

 

「これを主に扱って戦闘に用いている。まぁ、一概に強さの秘訣がそれだけって訳じゃないがな。取り敢えず分かったか?」

 

 

気の弾を消失させながら聞いてみると二人は頷く。それを見てシオンは興味が湧いたのか、自分達にもそれが可能なのか気になりだした。

 

 

「ふんふん、話を聞くにそれってシオン達にも出来ることっぽい感じ?」

 

 

「鍛錬を重ね続ければ出来なくもない。」

 

 

「あの、因みにどんな鍛錬を…?」

 

 

「そうだな、俺が何時もやってるメニューだと……中々ぶっ飛んでるかもな。まぁ一般的な感じなやつをハードにしたと思ってくれ。」

 

 

自分の今まで熟して来たトレーニングメニューは、普通とは掛け離れた苦行だと言える。詳しく伝えると主に自分の気が遠くなりそうなので、大雑把に伝えておく。

 

 

「じゃあさ!龍成は″そら先輩″にも勝てるんじゃない?」

 

 

「そら…?」

 

 

シオンの口から聞いた事のない人の名前が出てくる。知る人のない名前に首を傾げて鸚鵡返しすると、シオンは簡単に教えてくれる。

 

 

「この学園の生徒会長兼精鋭隊の長でもある人だよ。そら先輩だけじゃなくても、他の強い人とかと余裕で戦えそうだけどね。」

 

 

「俺は対人戦は、ちょっともう遠慮したいんだよなぁ…。苦手なんだよ。」

 

 

「え?どうして?そんなに強いのに。」

 

 

「疲れちゃうから、ですか?それか…気を遣っちゃうから…とか。」

 

 

「後者で合ってる。元々、人に対して力を向けたくないんだ。相手の苦しむ表情を見たりすると…無意識に加減したり、どうしても負い目を感じちゃって…。」

 

 

「なら何で此処に来たの?」

 

 

「それは…誰かの為に戦いたいから。俺個人としてはヴィランを倒すのが本当の目的じゃない。俺も、深い事情があって…此処になら何かヒントがあるんじゃないかと思って。」

 

 

「それは、また何で…?」

 

 

あくあも聞きずらそうにしていたが、代わりにシオンが純粋な疑問で聞いてくる。しかし、龍成は二人からの視線から背けていた。

 

 

「……悪いが、こればかりは答えられない。」

 

 

「そっ…まぁ分かったわ。色々と話してくれてどうも。お礼にあくあの面白い話してあげる。」

 

 

「えぇ!?やめてよシオン!」

 

 

「いや、別にしなくてもいいよ…。」

 

 

あくあとシオンの関係性は弄る人と弄られる人なのだろうかと、龍成は二人のやり取りに苦笑いを浮かべるしかなかった。今回、二人の顔合わせはこの辺でお暇させてもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は飛んで放課後へ、龍成はみこと訪問することを約束した不知火建設部に関して考えていた。教材の片付けををしている際にフブキから声を掛けられて振り向くと、眩しい笑顔をしながら近寄って来ていた。

 

 

「龍成くーん!」

 

 

「うん?どうした。」

 

 

「今日もゲーマーズに来ますか?今ならお菓子もジュースも付いてきますよ!」

 

 

「むっ…ごめん、今日はさくらが行く部活に向かう約束してたんだ。また時間があったらお願いするよ。」

 

 

前回訪れた時はゲームをぶっ通しでやり続けていたので、そう言った間食はしていなかった。お菓子のワードを聞いて龍成は眉を一瞬上げたのだが、先約がいるので心残りを感じるが断る。

 

 

「あらら〜、それはしょうがないですね。じゃあまた明日ですね!」

 

 

「あぁ、またな。」

 

 

フブキは残念そうに耳と尻尾を垂れさせるが、すぐに元に戻して去って行く。そこへみこが入れ替わるように龍成の所へやって来る。

 

 

「にゃっはろ〜、準備はいいかにぇ?早速、不知建にいっちょ行くにぇ!」

 

 

「あぁ。」

 

 

少し前に歩くみこを横目に見てみると、楽しみにしていたのかやたらテンションが高くルンルン気分でいた。彼女に着いて行きながら不知火建設について聞いてみることにする。

 

 

「それにしてもその不知建ってのは、何を主に活動してるんだ?」

 

 

「不知建はね〜、まぁお手伝い屋さんみたいなものだにぇ。困ってる人がいたら無償で手伝ってあげることくらいかにぇ。」

 

 

「ほー、何でも屋みたいなもんか。……?」

 

 

何でも屋というのなら、部活名にある不知火″建設″と言うのは果たして一体どういうことなのか。何か別の意味があってそう名乗っているのかは分からないが、少し気になったがみこは続けて話をする。

 

 

「そうそう、基本的な活動目的はそれくらいだにぇ。後は時々、資料整理とかやってるにぇ。それ以外にやる事がなかったら皆で遊んでるにぇ!」

 

 

(どっちかと言うと後者が本題な気がする。)

 

 

殆どゲーマーズのやっていることと変わりはなさそうな気がしてきた。それにみこのご機嫌さを見るに、何か遊ぶ予定が入っているんだろうと思った。

 

 

「さぁ着いたにぇ。ここがみこ達が活動する場所、覚えておくんだよ。多分、もう皆いると思うにぇ。」

 

 

色々と思うところはあったが、気付けば部室の前まで来ていた。木製プレートで可愛らしく不知火建設と書かれていた。その扉の向こうには数人の気配があり、恐らく自分達が最後で来るのを待っていたのだろう。そそくさと扉を開けて中へ入って行くみこに、そのまま着いて行く。

 

 

「あ、おかえりみこちー。」

 

 

「遂に来たなイケメン編入生!さっ、どうぞどうぞ。そこに腰掛けてね。」

 

 

「こんまっするー!いらっしゃい龍成君、今日はよろしくね!」

 

 

「お疲れー、わざわざみこちの我儘に付き合ってくれてありがとうね?」

 

 

そこにはノエルとフレアがの二人と、初めて見る顔の少女が二人いた。水色髪の少女がみこの帰りに声を掛け、獣耳を生やし風車のような装飾をした少女が龍成に空いている椅子を譲る。そのことに軽く礼を伝えながら、フレアの言葉に端的に返す。

 

 

「約束したからな。」

 

 

「初めましてだね、君。」

 

 

そして流れるように水色髪の少女が龍成の前に立ち上がって話し掛ける。すると突然ポージングをしたと思えば、続けて口を開いた。

 

 

「それじゃあ……彗星のごとく現れたスターの原石!煌星学園三年生″星街 すいせい″でーす!すいちゃんは~?」

 

 

「…え〜っと。……み、魅力的?」

 

 

いきなり何かを聞いてきたかと思えば、彼女の何かを伝え返さなければならなそうなことを言ってきた。それを瞬時に察した龍成は、色々と頭の中から言葉を探した。だが長引かせるのも駄目だと、取り敢えずパッとこれだと思ったことを伝える。

 

 

「ん〜!残念っ!!」

 

 

どうやら違ったようだ。少し悔しい。

 

 

「そりゃあ初見にはちょっと難しいでしょ。」

 

 

「でもすいちゃんのこと知らない人って珍しいにぇ。人気アイドルなのに。」

 

 

星街 すいせいは水色のサイドテールで深い青色の瞳をしている。凛とした面貌で美しくも可愛さが取り柄の少女だ。どうやらアイドルをやっているようで、今のはアイドル式の挨拶らしい。

 

 

「珍しいけど、いても不思議じゃないからね。でも、ノリに乗ってくれてありがとうね?因みに答えは『今日も可愛いー!』だから、次もよろしくね?」

 

 

答えは間違ったが、返してくれて嬉しかったのか輝かしい笑顔を向けてくれる彼女に、こちらも自然と笑顔が移っていた。そして続けて、先程に椅子を渡してくれた少女が前に出る。

 

 

「じゃあ次はポルカだね。どうも〜、ポルカおるか?おるよ〜!煌星学園二年生″尾丸 ポルカ″で〜す!よろしくぅ!因みに狐じゃなくてフェネックね。」

 

 

尾丸 ポルカは金髪のセミロングの片三つ編みで深紫のラメが入っているような双眸をしていた。狐ではなくフェネックの耳と尻尾があり、親近感の湧くような砕けた調子で接してくれる。二人の自己紹介も終わったことで、龍成もそれについて行く。

 

 

「え〜…どうもこんたつ〜。二年の紫黒 龍成です。今日はお世話になります。」

 

 

「ぶふっ!何その挨拶!」

 

 

そう簡単に伝えるとノエルが吹き出して笑っていた。

 

 

「思えば一人一人独特な挨拶してたから、流行ってんのかなって。ちょっと真似てみた。」

 

 

「中々面白いね君〜!」

 

 

そう、ゲーマーズ部の四人もマリン達も、今交わした二人も独特な挨拶法で自己紹介をしていた。流行りなのか分からないが、乗るべき流れだろうと思ってやってみたが笑われた。しかし、そんな彼のノリの良さにすいせいはどうやら気に入ったようだった。

 

 

「じゃあ先ずは、不知火建設について色々と説明するね?」

 

 

そして本題へ。みこからもある程度は聞いたが、ちゃんとした説明を聞く。内容は困り事を解決させる部活のようで、相談事や落し物探しに時々生徒会からの手伝いの依頼などが来るらしい。それを無償で行うのだが、特に何もなければ自由に過ごす感じである。

 

因みに部活名のことを聞いてみれば、善行を建設の如く沢山積み重ねて平和を造ると言うの意味らしく、不知火は単純に部長がフレアだから彼女の苗字を使っているらしい。当の本人は恥ずかしがっていた。

 

 

「と、こんな感じかな。」

 

 

「なるほど。さくらからもざっくりと聞いていたが、基本活動は何でも屋で合ってそうだな。」

 

 

そう言うとすいせいがみこの頭を撫でながら、小さい子供を褒めるように言葉を送っていた。しかし、本人は馬鹿にされていると分かっており、すいせいの手を払い除けて牙を向ける。

 

 

「みこち、ちゃんと説明出来たんだね。偉いねぇ〜!」

 

 

「馬鹿にすんなぁ!!みこだってそれくらい出来るにぇ!」

 

 

「真面に日本語話せないのに。」

 

 

「でゃまれ!!」

 

 

ポルカの追加攻撃にも素早く反応して威嚇する。彼女達のやり取りを横目に、龍成はフレアに今日の活動のことを聞く。

 

 

「ところで、今日は何をするんだ?」

 

 

「それが…事前に皆には知らせたけど、実は珍しく今日の依頼はなくってね。何かごめんね、折角来てもらったのに…。」

 

 

「それで皆で何処かに遊び行くかって話をしてた所なんよ。」

 

 

どうやら今日に限って何もなかったらしい。フレアは申し訳なさそうに謝るが、気にしないと首を振る。無いものは仕方ないし、今回は親睦を深めることだと捉えておく。

 

 

「因みに今決めてたのは、ボウリングとカラオケとゲーセンと牛丼屋!」

 

 

「最後のはノエルが行きたいだけでしょ。」

 

 

「んえぇ〜!いいじゃんいいじゃん牛丼〜!」

 

 

「はいはい、何時までも喋ってるのもアレだし時間まで行きたい所に全部行ってそのまま帰ろう。」

 

 

「早速行くにぇー!」

 

 

ここに行きたいと色々と意見が飛び交うが、いっそ全部回ろうとフレアの言うことに皆が賛同して決まった。龍成は何処かに行きたいものもないので、彼女達に着いて行くだけだった。彼女達が普段どれだけ仲がいいのかは、さっきの場を見て理解した。

 

 

「じゃあ先ずはゲーセン行ってみよー!」

 

 

『おぉー!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ず初めにやって来たのは、最寄り駅の近くにあるゲームセンター。様々な機種が存在しており、子供から大人までが幅広く楽しめる娯楽施設になっている。龍成は普段はここには来ないし初めての訪問なので、ゲームセンターの膨大な騒音につい耳を塞いでしまっている。

 

 

「さ、騒がしい所なんだなゲーセンって。」

 

 

「え、来たことなかったの?」

 

 

「あまりこういう所には一人で来ないから、どうにも慣れないな。あと何より音が煩い…。」

 

 

「そこは慣れるしかないにぇ。」

 

 

みこの言う通りである。少し頭に響いて残る感じに嫌悪感があるが、仕方がなく耳を塞ぐのを止める。でもやっぱり無意識に耳を塞いでしまう。それを見たみこが龍成の腕を掴んで無理矢理引き離そうとするが、必死に首を振る彼に溜息を吐く。

 

 

「取り敢えず、何かやってみようよ!」

 

 

「よーし!遊ぶぞー!」

 

 

二人のやり取りに気にすることなくノエルとすいせいは突っ走って行き、ポルカも歩きながらも後に続いて、フレアは走って行った二人に注意をしながら着いて行った。その間に龍成は、みこに耳栓効果のあるバフを掛けてもらうことで同行するようになった。

 

 

「ゲーセンの定番と言えば先ずはこれだよね〜!」

 

 

「クレーンゲームか。」

 

 

先に行ったノエルに着いて行くと、見たことのある機種を見掛けて足を止める。それぞれのクレーンゲームに色々な賞品が入っており、それをどう取るか考えながら操作に技術も必要なものだ。因みにみことすいせいは二人で別の所に行っている。

 

 

「龍成君やってみる?」

 

 

「折角だしな、やってみようか。」

 

 

ここに来ること自体がないので、来たからにはやらない訳にはいかない。何かいい賞品がないか色々と探ってみると、知っている賞品を見つけて足を止める。彼が真っ直ぐに向ける視線に、フレアが気になって聞いてみる。

 

 

「カービィ欲しいの?」

 

 

「まぁ…うん。一番知ってるキャラだし、でかいしもふもふしてそうだし。」

 

 

取り敢えず一番良さそうな賞品だとは思ったので、やってみることにする。硬貨を入れて実際に説明に沿って丁寧に操作してみる。簡単に上から掴んでいく感じで、距離を目視で確認して何とか出来たのだが、意外にもそう楽には上手くいかなかった。

 

 

「おっ、意外にいけないものなんだな…ならやり方を変えるか。」

 

 

「龍成君って結構勘が鋭いね。そうそう、そのまま掴まえても取れるには取れるけど、アームの強さも確率で変わるらしいから、安定ムーブするならちょっとずつ掴んで位置をずらすか掴み方を変えるかだね。」

 

 

「一発で取れれば一番いいんだけどね〜。」

 

 

ポルカとノエルも黙って見守る中、フレアの助言もあったことで何度か失敗したものの、上手いこと数を重ねたことで賞品を取ることが出来た。カービィのぬいぐるみの触り心地の良さに目を開き、もふもふと揉みしだいていた。

 

 

「よーし、何とか取れた。おぉ…結構でかくて柔らかい。」

 

 

「何か…エッチだね。」

 

 

「ポルカも思ったけどそこは言わない!」

 

 

「何の話だ?」

 

 

「君は気にしなくていいよ。」

 

 

ノエルの意味不明な発言に、何かポルカが強く突っ込んでいた。それがなんのことなのか分からず龍成は気になったが、フレアが真顔でそう言っていたので気にしないでおくことにした。

 

 

 

 

 

「お次はこれだにぇ!みこ達なら何時もやってるプリクラにぇ!」

 

 

「ただの写真撮影ならスマホでもいいんじゃ?」

 

 

みこに連れられて来た目の前にある機種に疑問が出る。どうやら写真が撮れる物のようだが、態々お金を払ってまでして写真を撮るのならば自前のスマホで済みそうな話だと龍成は思っているのだが、それをみこが指を振って不敵に笑う。

 

 

「にぇっへっへ…甘い、甘いにぇ龍成君。こいつはただの写真撮影じゃないんだにぇ。」

 

 

(笑い方の癖…。)

 

 

「写真に文字とかスタンプとか色々デコレーション出来る機能があるんだよ!」

 

 

「んねぇえええええええ!!すいちゃん!それみこが言いたがった!!」

 

 

「ごめんごめーん。」

 

 

みこの代わりにすいせいが特徴的部分を横から話したことで、楽しみを取られた子供のように駄々をこね始めた。喚くみことそれを見て笑っているすいせいを他所に、ノエルが先頭に入って行く。

 

 

「まぁまぁそんなことより撮ってみようよ。」

 

 

「ほれほれ、龍成君も入りな。」

 

 

「いや、全員で入るにはキツキツなんじゃ…。」

 

 

大きさを見るに精々四、五人が限度ではないだろうか。そんなの気にするなと、ポルカに背中を押されながら無理矢理プリクラの中へ入れられる。

 

 

「大丈夫だいじょーぶ。中は意外と広いから。」

 

 

「いや…やっぱりキツくね?」

 

 

並んでみるが結局人数の多さでどうにも画面には収まりきらない感じだった。自分はいいので彼女達で撮ってもらおうとしたが、ノエルが彼の体を掴んで引き戻したと思えば真ん中に寄せられた。

 

 

「こうしてくっ付けば問題ないでしょ?」

 

 

(そう言う問題じゃなく…女性の園の真ん中に男一人いるのはどうかと…それに、色々と当たってしまっている…指摘した方がいいのか?)

 

 

「それじゃあ、じゃんじゃん撮るにぇー!!」

 

 

それだけじゃなく、何とか収まるようにとくっ付かれることになったのだ。流石に写真どころじゃないように思えたのだが、思考しても分からなくなる。もう変に動くのは止めようと、その場で地蔵になることにした。そんな彼の心中に気にも留めなかった彼女達はそのまま続けるのだった。

 

撮った写真は、棒立ちになった龍成を中心に映えるようにポーズをしていた五人の少女のシュールな感じになっていた。

 

 

 

 

 

「さてお次は…カラオケ〜!」

 

 

『イエーイィ!!』

 

 

「イ、イエーイ…!」

 

 

すいせいがマイクを持ちながら場を盛り上げるように腕を上げると、それに合わせてフレア達も乗りだす。それを見て龍成もノリが悪いと思われたくはなかったのだが、遠慮気味で軽く腕を上げる。すいせいもやはりアイドルなのでこういったステージを盛り上げるのには慣れているのだろう。

 

 

「じゃあ一番手、星街すいせい歌いまーす!」

 

 

彼女がカラオケに来るのを一番に楽しみにしていたのか、早速歌い始める。アイドルのすいせいは先ず自分の持ち曲を披露してくれた。その歌声は素晴らしいの一言だった。強弱もはっきりして感情が篭っている。真剣且つ楽しそうに歌うその姿は、正に歌姫と言う言葉が似合う。

 

 

「おぉ…。」

 

 

「どう?すいちゃんの歌は。」

 

 

「アイドルって言ってたもんな。やっぱり凄く良い歌声だな、何か…培って来たものを感じる。流石アイドルって思う。」

 

 

横に座っているフレアから歌う姿に感想を聞かれるが、もう褒める言葉しかない。この時点でアイドルになる以前から歌っているイメージが定着したが、本当に歌が好きなんだとわかった。

 

 

「と言うか、アイドルしながらヴィランと戦うって結構大変だろうに…。本当に凄いな。」

 

 

「そうだよね、私もそう思う。ヴィランから守って安心感だけじゃなくて、皆に笑顔を与え続けてるのって…凄い大変なのに、嫌な顔一つせず向かい合ってる。本当に尊敬するよ私は。」

 

 

アイドルになれる夢は叶えられた。だがこの学園生活とヴィランとの戦闘にアイドル活動、とても自分の時間を作るのは難しそうだし休む暇がなさそうだ。それでもフレアからの話では、彼女は本気で向き合っている。

 

 

「安心感に笑顔……か。」

 

 

「どうかした?」

 

 

アイドルは人に勇気と笑顔を届けると聞いたことがある。それに加えてヴィランに脅かされている人々を助けている。アイドルとしての彼女は人々に心を、戦いに赴く彼女は人々の身と安全を救っている。そんなことが出来るのは本当に凄いと尊敬する。

 

 

「いや、なんでもない。」

 

 

俺も彼女のように求めているものに辿り着けるのだろうかと、そんなことを考えていた。フレアの言葉に返しながら歌っているすいせいに視線を戻す。踊りまではしていないが、ただ立って歌う姿でも威厳があり眩しい。そして気が付けば彼女の歌も終わっていた。

 

 

「ふぃ〜、歌った歌った〜!じゃあ次は…龍成君!歌ってみて!」

 

 

「え、俺?」

 

 

マイクを差し出して突然の名指し。すいせいからの指名で龍成は驚いて自分に指を指す。歌姫の次に歌ったこともない者がやるのは厳しくないだろうかと、彼は困って周りを見てみるも。

 

 

「ポルカ達の歌はお互い聞き慣れてるからね〜。折角の新人がいるんだから、初めましての人である君が歌うのだよ。ほらほら、歌え歌えー!」

 

 

「そーだー!龍成君の歌聞いてみたいにぇ!」

 

 

「わぁー!団長楽しみー!」

 

 

誰も助け舟を出す人はいなかった。フレアも苦笑いでこちらを見ているが止める様子はない。もう今更逃げ道を探すのは無駄だと察し、渋々とすいせいからマイクを受け取る。

 

 

「音楽はよく聞いている方だけど、歌は期待される程じゃないぞ…?それにあまり自信が…。」

 

 

「いいからいいから、歌に上手い下手とかどうでもいいんだよ。何よりも楽しむのが大事なの!」

 

 

歌姫の彼女からそう言われると何も言い返せない。確かに彼女の言う通りだろう。楽しまなければ損…ここで思いっきり心を解放するのが大事なのだろう。

 

 

「じゃあ…僭越ながら。」

 

 

俺が選んだ曲はよく聞いているもの。初めて聞いた時から、この曲に心から惹かれた。大部分は静かで少し寂しい雰囲気のある曲だ。静かに深呼吸して息を整え、歌詞の入りのタイミングを合わせる。ゆっくりだがはっきりと、息を伸ばし自分なりにメロディを奏でさせる。そして重要なサビにはいる時、深く呼吸を吸って構える。

 

 

「す、凄っ…。」

 

 

「わぁ…!」

 

 

「上手…。」

 

 

初めは人に見守れながら歌うのは緊張していたが、歌うに連れて段々とそっちに集中する。そして何より、こうやって思いっきり歌えるのに開放感があって何処か気持ちがいい。彼女達はそれぞれ彼の歌に凄絶さを感じていた。本人は集中して歌っていて気付いていないが、彼の歌と姿は彼女達に魅了されるものがあった。

 

彼の歌は終わりを迎え、一息ついてマイクを置く。すると真っ先にすいせいが前のめりになって龍成に迫りだした。

 

 

「すっごい上手じゃん!自信ないって言ってるけど元々センスがあるんだよ!高音も低音もちゃんと確りしてるし、息継ぎだって殆ど完璧じゃん!」

 

 

「お、おぉ…。」

 

 

すいせいにはとても好評だったらしく、瞳をキラキラと輝かせながら龍成を見続けている。そんな迫り具合にしどろもどろになっていると、みこが溜息を吐いていた。

 

 

「あぁ、始まったにぇ。」

 

 

「ねぇねぇー私と一緒にアイドルやってみない!?」

 

 

「はは…嬉しい誘いだけど、断っとくよ。」

 

 

「えぇ〜なんで〜?」

 

 

「まぁまぁ、確かに凄く上手だったけどそこまでにして、今は楽しもうよ。」

 

 

現アイドルにそこまで褒められれば嬉しくない訳がない。誘われる程なのかはいいとして、そこまで好評なら歌った甲斐があるものだ。

 

 

「団長も燃えてきましたー!」

 

 

「じゃあノエルの次はポルカね〜。」

 

 

「みこも歌うー!すいちゃんデュエットするにぇー!」

 

 

「龍成君とデュエットするから無理ー。」

 

 

「なんでだよぉ!!」

 

 

一人一人に火種がつき始め、誰が一番高い点数が取れるかの勝負が始まった。歌勝負も初めてだった龍成は、こんな日も悪くないと今は全てを忘れて歌に没頭するのだった。

 

 

 

 

 

「いや〜遊んだし歌ったね〜。」

 

 

あれから沢山歌ってはフードを食べて飲み物も飲んで、とても楽しかった一時を過ごせていた。気付けば夕方になっていて今は帰路についているが、不思議と心は晴れやかな気持ちだった。

 

 

「龍成君の良い所も沢山見れたしね〜。」

 

 

「また皆で遊びに行きたいにぇー!龍成君もどうだった?」

 

 

「勿論、楽しかったさ。また誘われたら喜んで付き合うよ。」

 

 

部活動とは掛け離れてしまってはいるが、こういう日まあるのも悪くないしまた遊びたい気持ちもあった。誘ってくれたみこにも、それに付き合ってくれた彼女達にも心の中で感謝していた。

 

 

「…ごめん、ちょっとトイレ行ってきていい?」

 

 

「あぁ全然、行ってきなよ!彼処の信号近くで待ってるね。」

 

 

変な所で尿意がやって来てしまった。フレアに一言伝えてから近くの御手洗に向かう。その間に彼女達は信号機付近で待っててもらうことにした。用をさっさと済ませて少し離れた所から声を掛ける。

 

 

「お待たせー、行こうか。」

 

 

龍成が戻って来たことに気付いたみこが、一番に歩き出して青信号を渡っていた時だった。

 

 

「…ん?」

 

 

直線道路の離れた所からやたらスピードが出ている車を見掛ける。どう見ても止まる気配がないし、このまま行けばみこと接触して事故を起こす可能性は大きい。

 

 

「あ、待って…!!みこちっ!!!」

 

 

「え…?」

 

 

「っ!!」

 

 

すいせいが車の異変に察知して、即座にみこに声を掛けるが体が動かない。動いても庇うにも間に合わない。フレアもノエルもポルカも気付いたが、その時にはもう手前まで迫っていた。

 

だが龍成だけは力を使って瞬発力を生かし、みこを抱きかかえて通り過ごそうとしたがそれでも間に合わない。片腕でみこを抱き寄せて片腕で車を正面から受け止める。その光景にすいせいが叫ぶ。

 

 

「龍成君っ!!」

 

 

衝撃はそれなりにあったが強化した身体機能で無傷、とまではいかなかったが腕が痺れる程度だ。そんなことはどうでもいいと、兎に角みこの安否を確認する。

 

 

「…ふぅ。何とか間に合ったな。大丈夫か、みこ?」

 

 

「にぇ…にえぇ…。」

 

 

見る限り怪我は無さそうだが、完全に怯えてしまっている。体は震えて目頭には涙が浮かんでいた。どうやら今の衝撃的な事態に強いショックで放心状態になっている。

 

 

「二人共っ!大丈夫っ!!?」

 

 

「怪我はないっ!?」

 

 

四人も遅れて駆け寄り、フレアとポルカが慌てて声を掛けながら容態を確認する。これは完全なる人身事故で、事態もそれなりに大きかったので、野次馬達も何だと興味本位で集まり始める。

 

 

「あ、あぅ…。」

 

 

「一先ず怪我はなさそうだが、ちょっとショックが強かったな。落ち着かせてあげよう。」

 

 

龍成は簡潔に纏めて伝え、少し人気の落ち着いた所へ移そうとみこを抱き上げる。そんな様子を見たすいせいは彼の平然さに違和感を覚える。

 

 

「みこちもそうだけど、龍成君は…?何ともないの?真面に受け止めてたけど…。」

 

 

「あぁ全然全然、ピンピンしてるよ。」

 

 

彼は片腕で車を受け止めたことに対して、何も無いのはどうも可笑しな話だ。しかし彼は何ともないように体は動き、みこを介抱してあげていた。

 

それからと言うものの、警察と救急車が来て更に事態は大袈裟にされていたが、取り敢えずその場は警察に任せるとして、龍成達はやるべき事だけやって帰っていた。みこと龍成には無傷だったものの、念の為に病院に通うことを勧められていた。

 

 

「ごめんね龍成君、助かったにぇ。本当にありがとう。皆もごめんね…。」

 

 

「みこちは悪くないよ!でももう本っ当に吃驚したよね!なんでちゃんと前見て運転しないんだよ!馬鹿じゃないの!」

 

 

「しかもスマホ弄りながら運転してたらしい、流石に有り得ないわ。」

 

 

今回の事故は完全に相手の過失によるものだったらしく、不当な理由に皆が腹を立てていた。流石に事情を知った時も龍成は頭にきていた。

 

 

「団長も話を聞いたら、メイスで殴りたくなっちゃったもん!」

 

 

「当の本人は反省してたみたいだけど、龍成君が庇ってなかったらみこちがどうなってたか…最悪のパターンもあるんだから本当に気を付けて欲しいよね。」

 

 

「まぁ結果的に怪我はなかったんだし、この話はもう止そう。…みこ、まだ離れるのは無理そうか?」

 

 

「…ごめん、もうちょっとだけ。」

 

 

まだショックが抜け切れていないのか、龍成の腕にくっ付きながら顔を振るっていた。もしもあの時…と最悪な事態を考えてしまっているのか、まだ少し顔色はよくない。

 

 

「あれ…と言うかみこのこと…名前で。」

 

 

しかし、みこはふと彼から名前呼びにされているのに気付いた。

 

 

「あーすまん…あの時に咄嗟だったから無意識だった。」

 

 

「ううん、そのままでいいにぇ。」

 

 

「だったら私達のことも名前でいいよ!」

 

 

「そうだね〜、これからも友達として過ごして行くんだし!」

 

 

みこだけじゃなく、他三人もそれに便乗していく。特に否定する要素もないし、龍成もそれに頷いて微笑んで見せる。

 

 

「分かった、次呼ぶ時はそうするよ。」

 

 

「それじゃ、そろそろ帰らなきゃだね。みこち、もう落ち着いた?」

 

 

「うん、もう大丈夫。ありがと…龍成君。」

 

 

「気にすんなよ、じゃあな。」

 

 

すいせいとみこは途中の別れ道で解散することになった。みこは何とか落ち着けていつもの調子を戻し、すいせいと手を繋ぎながら帰って行った。

 

 

 

 

 

「いや〜それにしても本当に危なかったけど、無事で良かったねみこち。」

 

 

「うん、龍成君がいなかったらみこ死んでたかもしんなかった。本当に感謝しかないし…それに…。」

 

 

途中で何かを言おうとしてるが、中々話さないみこに気になって顔を覗いてみる。

 

 

「うん?どうかした?」

 

 

「い、いや!なんでもない!」

 

 

「え〜?本当に〜?…ねぇねぇ、龍成君の抱かれ心地ってどうだった?」

 

 

「な、何言ってんだよ!そんなの!そんな、の…。」

 

 

今思い出してみれば、咄嗟に彼は抱き締めて身を呈して守ってくれていた。車に轢かれそうになった恐怖は、彼の温もりのお陰で早く対処出来ていた。

 

 

「安心した?」

 

 

「…うん……暖かくて、何でか凄く落ち着けれたにぇ。寧ろあのままだったら寝そうになったにぇ。」

 

 

「お、脈あり?」

 

 

すいせいの問に素直に答えると、調子に乗ったのか茶化したことを言うと、みこは顔を赤らめてすいせいに噛み付く。

 

 

「う、うっさい!みこがそんな、即落ちするキャラだと思ってんのかぁ!?みこをなめんなよぉ!!」

 

 

「顔真っ赤だよ?」

 

 

「んがああああああああぁ!!」

 

 

そんなやり取りでも二人の手は離れることはなかった。みこは今回、龍成に助けられた身として感謝は勿論だが、どうやら別の感情まで小さくも芽生え始めていたのだった。

 

 

 

 

 




如何でしたかな?自分ではいい感じにキャラを引き出せたんじゃないでしょうか。そして書いて気付いたらみこさんがヒロイン枠っぽくなってた。後悔はしてない。次は未だに出ていないメンバーを一気に出します。

では〜。


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十話 『ねぽらぼ』


ども。投稿が遅くなってたのは仕事を再開したので。ちょっと一ヶ月ほど療養していたので書く暇があったのですが、仕事し始めるとバタバタしてて自分の時間がなくなりますねぇ…。まだまだ若いのに好きなこともできない。まぁそれはいいとして今回はタイトル通りになります。

じゃ、どうぞ〜


 

 

 

 

 

「緊急出撃?」

 

 

不知火建設こと不知建と遊んで暫く経ったある日の昼休み頃、龍成はパトラと昼食を過ごしていた。彼女と他愛のない世間話をしていた時、彼女の口から龍成の興味を惹かせる話題が出てくる。

 

 

「うん、偶に…と言うか最近だと割と頻繁に聞いたりしない?」

 

 

「そう言えば、やけに警鐘が鳴ってたな。」

 

 

「それでね、実はヴィランが最近多発してるんだって。多分、りゅう君はこう言うことあまり知らないと思ったから伝えておくけど、ヴィランが出てきたら対応出来るのは私達しかいないじゃん?だから、緊急の出撃要請っていうのがあるの。」

 

 

緊急出撃。それは読んで字の如く、緊急時に起きた際に出撃すること。ここだとヴィラン関連でしか聞かないのだが、最近はそう言ったことが多くなっている。

 

 

「パトラも出たことあるのか?」

 

 

「それは勿論!こう見えてもパトはちゃんと戦えるのよ!ドヤッ。」

 

 

あまり自慢げに言える話題じゃないと思うのだが、彼女のドヤ顔に少しだけ笑ってしまう。だが直ぐにヴィラン発生の多発に頭を悩ませる。

 

 

「ヴィランが頻繁に…かぁ。無い方が平和なんだけどな。」

 

 

「そうだよね〜…ところで、りゅう君はもう何処の部活に入るか決まった?」

 

 

「いや、部活は入らないかな。でも確かにどれも楽しかったなぁ。入らないのは勿体ないけど、これ以上バイトのシフトを減らす訳にはいかないしな。」

 

 

「あーそっかぁ。」

 

 

あれから部活に関してはもう携わることはなくなった。二つだけ入ってみて確かに楽しかったのは否定しないし、色々と考えてはいたが入るには無理な話だった。

 

 

「あっそうだ。りゅう君、今度パトラの働いてる喫茶店に来てみてよ!この間のお礼も兼ねていっぱいサービスしてあげるわ!」

 

 

「じゃあ今の内に、行く日でも決めておくか。」

 

 

この間にもその話をしていたが、話をしただけで予定を決めていなかったのを思い出す。誘ってくれているのに後伸ばしするのも悪いと思い、近い内に決めておくことを伝える。

 

 

「えっとねぇ、この日なら多分お客さんも少ないと思うから。この日に来れる?」

 

 

「あぁ、その日は予定はないし大丈夫だ。」

 

 

「やった!いっぱいサービスするから楽しみにしててね!」

 

 

丁度予定が合う日があったのでそこにする。パトラが嬉しそうに笑顔を浮かべ、ルンルン気分になっているのを見て龍成はふとあの事が頭に過った。

 

 

「…あと、さ。」

 

 

「うん?どうかした?」

 

 

気まずそうに声を掛ける彼に対して、パトラはそれを見てキョトンと首を傾げて何か相談事かと思い、真摯に聞く体勢をとる。

 

 

「今更聞くのもあれだけど…その、パトラは俺とあやめの戦いを見てどう思った…?」

 

 

龍成はあやめとの試合の後、フブキ達とは何とか向き合えることは出来ていたが、パトラとシャルにはまだだった。彼女もその話に思い出して、直ぐに目を輝かせて龍成に向けて前のめりになる。

 

 

「そりゃあもう凄かったよ!あんなに激しいのは初めてだったし、何よりりゅう君のかっこいい所が見れたから満足!シャルも凄かったって言ってたよ!」

 

 

「そ、そうなんだ。何か悪いな、暫く話せなくて…。」

 

 

フブキ達の時でもそうだったが、どうやら気にし過ぎのようだった。自分の力が彼女にとってはどう凄いのかは分からないが、悪いように思われていないだけまだいい方だろう。

 

 

「ううん、気にしてないよ。だってりゅう君は人気者だもんね!おにゃの子に囲まれてハーレム作っちゃってるイケな〜い男の子だもんね〜。」

 

 

意地悪げに微笑みを見せながら揶揄うようにしているが、何故かそれが艶めかしく感じるのは彼女自身の魅力的な部分だろう。それよりも、龍成はとある単語に疑問が浮かんだ。

 

 

「ハーレムって…なに?」

 

 

「え?」

 

 

すっとぼけではなく純粋に分からないのだろうか、彼の困惑した表情を見てパトラも唖然とする。若き少年少女の殆どが知るだろう単語なのだが、それを知らないとは珍しいものだろう。

 

 

「ま、まぁそれより!りゅう君が味方に付いていれば百人力、いや一万力だねぇ!」

 

 

「買い被り過ぎだよ…でもありがとな。」

 

 

一瞬の静寂の空間を掻き消すかのように、パトラは無理矢理に話題を切り替えて龍成を褒める方針で話を進める。変わらずの学園の時間を過ごしていたのだが、今日はどうやらいつもと違うようだ。

 

 

 

ビーッ!!ビーッ!!

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

突如として不快感を覚える警告音が一帯に鳴り響き、最近でもこの警告音は時々聞いてはいたが、慣れるようなものじゃない。二人して驚いてつい立ち上がり、顔を見合わせる。

 

 

「言ったそばから…どうすりゃいいんだ?」

 

 

「こっちだよ!パトラに着いて来て!」

 

 

緊急事態なら警告灯が一緒になって光るのだが、それがないのなら緊急出撃と区別できる。しかし、いざこの場合になった時はどう行動すればいいのか分からずパトラに聞いてみると、手を掴まれて何処かへと連れて行かれる。

 

 

「うーん…もう少し人手が…。」

 

 

「先生!出撃要請ですか?」

 

 

「あ、パトラさんと紫黒君。もしかして行ってくれるの?」

 

 

パトラと龍成が行き着いた先は教務室。ノックもせず扉を開いて入れば、永先生ことえーちゃんが何か困っている様子だった。そこへパトラが龍成を引き連れて近寄る。

 

 

「ヴィランですか?」

 

 

「そう。現在山の麓でヴィランの目撃情報の報告が来てて、一応四人の生徒が向かって行ったんだけど、何だか心許ないからもう少し人手が欲しくて…。」

 

 

どうやらヴィランの目撃情報で既に生徒を向かわせて調査をしているらしいが、何やら彼女自身の心配性で緊急出撃の要請を出していたらしい。迷うことなく二人はそれに頷いて向かう旨を伝える。

 

 

「行かせてください。」

 

 

「私も行きます!」

 

 

「分かった。パトラさんも、紫黒君もいるならきっと大丈夫だね。じゃあ…君達に調査をお願いします。見つけた場合は遠慮なく討伐して下さい。場所の詳細は…。」

 

 

えーちゃんはパトラだけだったらまだ頭を傾けていただろうが、今回は前代未聞の強力者がいるのなら問題ないだろうと考え、同行するのを許可して詳しい場所を伝える。二人は準備を整えると、直ぐに学園から出て現場に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的の場所は学園から北東にある山麓。移動方法はそれぞれなのだが、飛べる者がいれば時折飛べない者を担いで飛行して行き、魔法を使ってテレポート等を駆使して時短で移動するのが一般的なのだが…。

 

 

「にしても、パトラって飛べたんだな。」

 

 

「そりゃあ飛べるよ!だってパトラ悪魔だもん!でびるくいーんよ!あいあむなんばーわんのパトラちゃん様だよ!?」

 

 

後者の方は何を言っているのか分からないが、パトラは悪魔なので種族的に考えて翼があるのは普通だし飛べるのも当然だろう。それはそうとして、パトラは普通に飛んでいるが龍成も″跳んで″いるのだ。

 

 

「と言うかりゅう君の方が移動の仕方が可笑しいよ!」

 

 

飛行するパトラの横で、龍成は屋根や電柱を利用して跳び移りながら移動している。宛らそれは忍者の所業と言える。平然としながらパトラの飛行速度に並走してる彼を見てツッコミせざるを得ない。

 

 

「急いでる時とかよくこうやってる。意外と見掛けないか?」

 

 

「見ないよ!?りゅう君だけだと思うよ!?」

 

 

白昼堂々とそんな移動の仕方をする輩なんぞ、きっと何処を探しても彼しかいないと思える。当の本人は少なからずいると思っているらしいが、パトラの言葉に意外だという表情が伺えた。

 

 

「っと…ここら辺か?」

 

 

話に少し夢中になっていると目的の山の手前まで来ていた。歩み寄りながらヴィランの気配がないか意識を集中させると、僅かながら気配を感知出来た。

 

 

「……確かに。ヴィランの気配の残り香があるな。」

 

 

「う〜ん、取り敢えず先に来た人と一旦合流する?」

 

 

「そうした方が良いか…でもどうやって?」

 

 

パトラの言うことには賛成するが、先に来ている四人の生徒と合流するにも闇雲に探しに行く訳にはいかない。何か方法がないか聞いてみると、パトラは自身の目元に手を翳した。淡い光が発生すると、彼女の瞳が青白く輝いていた。

 

 

「『捜索(サーチ)』!これで足跡が鮮明に見えるから、どこに行ったか分かるよ。追い付くのは時間の問題だけど歩幅的にずっと歩いてる感じだね。」

 

 

「魔法って便利だな。」

 

 

彼女の視界はより鮮明に色々なものが見えるようになり、先導して行くパトラに着いて行きながらも、何時ヴィランと接触するか分からないので警戒して気配を探り続ける。

 

 

「…少しずつだが、ヴィランの気配が強くなってきているな。」

 

 

「そうだね。もしかしたらもう戦ってるのな?」

 

 

「だとしたらもっと音が響いている思うけどな…。先に来てる人達もまだ捜索してそうだが。」

 

 

「兎に角、急がないとね!」

 

 

「そうだな。」

 

 

戦闘時となれば激しい物音が遠くからでも耳に入る筈、今は静かな木々の揺れる音と小鳥達の囀りがあるくらいだ。戦闘している心配はなくとも、早めに合流して一先ず安心するには越したことはない。

 

 

「poi!」

 

 

「…?パトラ、何か言ったか?」

 

 

「んぇ?何も言ってないよ?」

 

 

そんな時、龍成の耳には何かの声が聞こえた。だがあまりにも小さかった為、上手く聞き取れずにパトラが何か言ったかと思い尋ねてみるも、彼女も違うようだった。気の所為かと思い、直ぐに意識を切り替えて気配探りを続ける。

 

 

「ラライオーン」

 

 

「…何かいる?」

 

 

「え?りゅう君?どこ行くのー?」

 

 

今度は聞き逃さなかった。龍成が正面から見て右方面に何かの鳴き声が聞こえてきた。ヴィランの気配ではないので、何かしらの動物が何かあったと思い気になって向かってみる。

 

 

「poi!」

 

 

「…何だこれ。」

 

 

草木を掻き分けながら声の主のする方へ行ってみると、そこにいたのは未知な生物がいた。それはボールのように灰色の球体の形をしているが、何か猫のような耳と尻尾があり表情は常にのほほんと穏やかな顔をしていた。そして一番目についたのが、頭頂部分に付いている導火線のような何かがあった。

 

まじまじと観察しているとそれは龍成の姿に気が付き、短い手足でてくてく歩いて彼の足下までよって来ると、体を擦り付けて来た。まるで人懐っこい猫が甘えてくる感じで彼から傍を離れない。警戒心のなさと急な距離感の縮め方に少し動揺するが、声を掛けてみる。

 

 

「お、おぉ…どうした?」

 

 

「ラライオーン」

 

 

「……可愛いなお前。」

 

 

首を傾げてみればそいつも真似ているのか身体ごと傾けるが、自分の体重のバランスに慣れていないのかコロンとひっくり返ってしまった。その愛嬌のある姿と仕草に、思わず頬がニヤけてしまう。中々起き上がれずに藻掻いてい所を、そっと抱き上げて顔を見合わせる。

 

 

「どうしたんだお前、迷子か?」

 

 

「シシロンダイスキー!」

 

 

最早会話のキャッチボールは窓ガラスを割にいく勢いで成立しない。どうしたものかと思っていると、茂みからパトラが顔を出して来た。

 

 

「も〜!りゅう君ってば〜!先行き過ぎだって〜…って何それ!」

 

 

「poi!」

 

 

「ふわぁ〜…!んかわいいぃ!パトラにも抱っこさせて〜!」

 

 

パトラはそれを見て直ぐに瞳を輝かせて近寄って来る。羨ましそうに龍成から渡して欲しそうに両手を伸ばすが、龍成は少し離すように身体を捻る。

 

 

「…もうちょっとだけ抱っこさせて。」

 

 

「ラライオーン」

 

 

気付けばヴィランの調査をすっぽかして、目の前の動物のような何かに釘付けになっていた。こんなのは見たことないし、何で山の中にいたのか不明な点が多い。

 

 

「にしても、何でこいつがこんなとこに…。」

 

 

「poi!poi!」

 

 

「ん?」

 

 

「あれ?何か光ってない?」

 

 

そう思考に入り浸っているとまた鳴き声を発した。それから何か様子が可笑しくなり、体が少しずつ発光している気がした。それは間違いではなく徐々に光が強くなっているのが分かってくると、パトラも疑問に抱いた所で彼の頭の中で危険信号が強く反応する。

 

 

「パトラ…離れろっ!」

 

 

「えっ!?ちょ────」

 

 

咄嗟に声を掛けても色々と間に合わないと感じた龍成は、そいつを抱えたまま強く跳躍して距離を離した。パトラもこの時点で嫌な予感を察知し、離れて行った彼に声を掛ける直前…。

 

 

 

 

 

ズドォオオオオオオオオオン!!!

 

 

 

 

 

耳が劈く程のけたたましい爆音が山中に響き渡る。何故いきなり爆発したのか疑問が出てくるか、それ以前に爆発した元凶を抱えて行った龍成の安否が心配だ。あの大きい爆発だ、軽い怪我で済むようなものじゃないし、急いで具合を確認しないといけない。

 

 

「ケホッ…ケホッ…!りゅ、りゅう君…!?」

 

 

爆発した際に発生した黒煙を誤って吸い込まないよう手で口元を抑えながら、爆発した根源に捜索魔法を使用しながら向かう。すると、煙から人影が見えてくる。

 

 

「りゅう君!!大丈夫っ!?」

 

 

「あ〜吃驚したぁ〜…。」

 

 

「poi!」

 

 

何とそこには無傷の彼が爆発した筈のそいつを抱えながら平然と佇んでいた。無傷なのは確かだが爆発の影響で全身に煤があちこちに付着しているくらいで、他は何ともなかった様子だった。

 

 

「嘘っ!?何ともないの!?あのゼロ距離で!?」

 

 

パトラは今自分が見ている光景が信じられていない。普通なら木っ端微塵になって最悪死んでるか、瀕死の状態になるのが当然の筈が、彼は苦笑いを浮かべて受け流していた。

 

 

「それにしてもまさかいきなり自爆するとはな…もう爆発すんなよ?俺じゃなかったら死んでたぞ。」

 

 

「ラライオーン」

 

 

「いや、平然としてる君が一番可笑しいよ…。」

 

 

人が酷く心配しているにも関わらず、爆発した元凶にまるで犬の躾をするような会話をしているのに呆れてしまう。

 

 

 

「なぁししろー、この辺じゃなかったかー?」

 

 

「煙の匂いが近いからその辺だと思うよー。」

 

 

「でもすっごい爆発だったねー!これでヴィランも木っ端微塵になっちゃったんじゃない?」

 

 

「でも今の威力はやり過ぎじゃ…。」

 

 

「まぁまぁどうせ人なんていないでしょ。アタシ達しか来てないのは確認済みだし、ヴィランも倒せてなくても大分効いてる筈だよ。」

 

 

 

すると、鬱蒼とした茂みの奥から複数人の会話が小さくも聞こえる。足音は徐々にこちらに近付いて来て、姿を表してきた。それは龍成とパトラが探していた四人の生徒達で、その内の一人は直近で知り合った人がいた。

 

 

「あれ、ポルカ?」

 

 

「んぁ?おぉー!龍成じゃん!」

 

 

「それにパトラちゃんまで。」

 

 

不知建で知り合ったポルカがいた。他三人は初対面だが、パトラは全員を知っている様子だった。取り敢えず合流が出来たことに安堵していると、龍成に抱えられていた動物爆弾は彼の腕から抜けて、獣耳と尻尾のある銀髪の少女に向かって行った。

 

 

「シシロンダイスキー!」

 

 

「あれ?何で君がそいつと一緒に?と言うかさっきの爆発ってもしかして…。」

 

 

「多分何も聞いてないだろうから、説明するよ。」

 

 

どうやらあの自爆特攻隊の飼い主は彼女らしい。煤だらけの龍成と先の状況を思い返したのか、不味いことに気が付いたようだった。しかし、龍成は一旦それを遮ってここにやって来た経緯を話すことにした。

 

今回はえーちゃんが人手の心配と言うことでやって来たことと、何か動物っぽいのがいたと思ったら爆発に巻き込まれたこと、龍成は気にしていないのだが、飼い主の彼女は申し訳ないように頭を掻いていた。

 

 

「あ〜…その、ごめんな。無事だったとは言え巻き込んじゃって…。怪我がなくてほんと良かったよ。」

 

 

彼女の話を聞くに、その自爆する動物達は″SSRB(ししろぼ)″と呼ぶらしい。なんでも、昔に住んでいた所で偶々拾ったとのこと。そして今ではこうしてヴィラン討伐の際には手伝ってもらう時があり、嬉々として自爆特攻していくらしい。可愛らしいのに悍ましい。

 

 

「でも爆発に巻き込まれて無事って普通可笑しくない?」

 

 

「それはまぁ…俺だから?」

 

 

「いやいや理由になってないよ!」

 

 

ポルカに先程パトラにも言われたことを伝えられ、理由のならない言い分に水色の長髪の少女が、この場の全員が思ったことを代わりに言う。

 

 

「まぁまぁ兎に角、ししろ達とはこうやって顔合わせるのは初めてなんだし、自己紹介といこうよ。」

 

 

「はいはいー!じゃあねねからでいい?」

 

 

ポルカの言う通り、彼女以外は初めましてなのだから名前は知っておくべきだろう。そこへ金髪の少女が真っ先に、一番手は自分がやると手を高く伸ばして身体を前に出す。

 

 

「こんねねー!煌星学園の一年生の″桃鈴 ねね″で~す!よろしくね〜!」

 

 

元気が取り柄ですと体全体で表している彼女は、金髪に桃色掛かった長髪に緑色のつぶらな瞳をしていて、少し観察しただけでもムードメーカーのような元気を振り撒くのが得意のように見えて、満面な笑顔がとても似合う。

 

 

「アタシは君と同じ二年の″獅白 ぼたん″。よろしくね。」

 

 

SSRBの飼い主である彼女はホワイトライオンの獣人で、銀髪のツインテロングに灰色のつり目でクールビューティな風格を持っている。フレアとは違った姉御肌で、頼りになりそうな強者感が漂っている。

 

 

「同じく″雪花 ラミィ″です。よろしくね!」

 

 

そして最後にハート型のアホ毛のした水色の長髪で花飾りが添えてあり、琥珀色の双眸をして柔らかな笑顔を向ける。耳が尖っていたのでエルフらしく、その中でも何処かの令嬢のような容姿端麗に眩しく感じる。

 

 

「紫黒 龍成だ。今回は俺とパトラも同行するよ。よろしくな。」

 

 

「じゃあ早速!これで面子も集まったことだし、ヴィランの捜索の続きといきますか!」

 

 

「poi!」

 

 

自己紹介も終えたことでポルカが指揮を執り、ヴィランの捜索の再開に移る。獣道に近い山道を索敵魔法を発動しているパトラを先頭に列になって並び、その間は情報交換の話をしていた。

 

 

「ヴィランの特徴とか、何か掴めたか?」

 

 

「足跡を見つけたんだけど結構大きくてね。もしかしたら大きいヴィランかもしれないから、見つけたら総攻撃で一気に叩きのめす作戦だよ。」

 

 

「それまでにこいつらが囮になってもらって、来たら爆発する合図を出すようにしてたら君が釣れたって訳。」

 

 

この広い山の中だ。別々になって探していくのもリスクがあるし、ポルカとぼたんの言う作戦が妥当だろう。ヴィランの特徴は大きい図体と想定していて、全員で囲んで滅多打ちにすると考えていたらしい。

 

 

「あれ…足跡が無くなってる。」

 

 

「え?」

 

 

その時、パトラの足が止まった。龍成達も異変に気付いて見てみると、ヴィランの足跡を辿って探していたのだが途切れていたのだ。

 

 

「どういうことだろう?うーん…。近くにいる感じはしないなぁ。」

 

 

ねねが頭に指を添えながら思考しているのを他所に、全員で辺りを探ってみるが目的の気配はしなかった。その中、龍成だけはその場で瞳を閉じて何かに集中していた。続いていた足跡が現時点で不意に途絶え、そこからある程度の想定をしていると身体で何かが来る感覚を覚えた。

 

 

「……!上だっ!!」

 

 

咄嗟だった。彼のその言葉に直ぐに反応出来たのはポルカとぼたんの二人で、龍成はパトラを抱えて跳んで躱して、ぼたんはラミィとねねを引っ張ってその場から避ける。その後に今自分達がいた所に重い何かが降ってきた。

 

 

「あっぶな…!ししろ!二人は!」

 

 

「こっちは大丈夫!」

 

 

自力で避けたポルカは突然の危機感に冷や汗を流しながらも、仲間の安否を優先に気に掛ける。間一髪でぼたんのお陰で二人は無事に済み、落ちてきた正体を見たラミィが驚愕して声にする。

 

 

「ヴィラン!もしかしてラミィ達が来てたの分かってたの!?」

 

 

「…多分、さっきの爆発の所為かもね。それでずっと警戒して気配を隠してたのなら合点がいく。」

 

 

ヴィラン用にばら蒔いていたSSRBが龍成と接触したことにより、異変に感じたヴィランが警戒を持ち始め、気配をより消して様子を伺っていたようだった。

 

 

「パトラ、大丈夫か?」

 

 

「う、うん…ありがとう。も、もう下ろしていいよ!」

 

 

龍成はパトラを抱えて避けたのだが、それがお姫様抱っこであることに彼女は気恥しさに赤面して慌て気味に降ろすよう伝える。初めてのお姫様抱っこだった。恥ずかしかったし彼も少しは意識すると思っていたのに、平然としていることに無意識にムッとする。

 

 

「こいつが目的のヴィランか。確かに結構でかいな。」

 

 

ポルカの言う通りヴィランは少し見上げる程の巨体で、どことなくカメレオンを連想するような体格で四足歩行の爬虫類に近いものだ。どうやって対処しようか考えていると、先にぼたん達が動き始めた。

 

 

「作戦変更!プランBで行くよ!」

 

 

「「「了解っ!!」」」

 

 

作戦を複数企てていたのか、ぼたんの声で三人は頷き合うと動きを変えて行く。ねねは何処からか身の丈以上の巨大なハンマーを取り出し、ぼたんはライフル銃を構えていた。

 

 

……!

 

 

攻めてくるのを警戒し、ヴィランは燃える紫黒の身体を滾らせて威嚇している。ぼたん達の作戦の動きを変えたことで変に動く訳には行かないと思った龍成はパトラに声を掛ける。

 

 

「パトラ、俺達も皆の動きに合わせてフォローするぞ。」

 

 

「うん!」

 

 

だったらと彼女達の動きに合わせることが利口な判断だろう。パトラも龍成の意見に強く頷き、ヴィランを見据えるとポルカが前に出て来た。

 

 

「さぁさぁ!ヴィランこと観客様には、サーカス団の団長である尾丸 ポルカが!素敵な素敵なサーカスショーをお披露目して差し上げましょう!」

 

 

声高々に自分を大きくアピールしてヴィランに注意を向かせる。サーカスのショーを始めようとする道化師のように、バランスよく大玉に乗りながらヴィランの周りを移動し始める。

 

 

「先ずはこちら!『舞い踊る(ダンザ・ディスタル・)人形劇(マリオネット)』!」

 

 

指を鳴らした瞬間、白煙と紙吹雪がどこからともなく発生したかと思えば糸に吊るされた大量の操り人形が現れる。自律で動いているように見える程、ガシャガシャと音を立てながら自然的にダンスを披露している。そして人形は徐々にヴィランに近づいて行くと、鬱陶しく邪魔と感じたヴィランは前脚で破壊していく。

 

 

「雪華氷晶・『結氷』!」

 

 

……!

 

 

意識がそちらに向いた隙に、ラミィは自身の異能である氷結能力を駆使してヴィランの足元を凍り付かせる。瞬時に張り巡らされた凍結に、ヴィランは身体を大きく転ばさせた。

 

 

「はぁー!ねねハンマー!!」

 

 

大きな隙を見せたことで、四人の中で物理攻撃に特化したねねがハンマーでヴィランの顔を目掛けて大きく振りかぶる。たが、ヴィランもされるがままとはいかず、実体を透明化させてその場から気配すらも消してった。

 

 

「っ!!消えたっ!?」

 

 

「────そこっ!」

 

 

ねねはハンマーを持ち直して、ヴィランを探ろうにも見失ってしまい何処にいるか分からなくなってしまった。そこへ、いつの間にか木の枝に移動していたぼたんが虚空に向かって銃の引き金を引いた。

 

 

……!?

 

 

「よい…っしょー!!」

 

 

何回か乾いた発砲が響いたと同時に虚空からヴィランが横転しながら姿を現した。ぼたんは自身の動体視力を活かして的を射るのは得意分野。ヴィランは透明化になっただけで実体は存在しているので、消えていてもある程度動きを予測しながら″空間の揺らぎ″を視野に入れていた。

 

その考えは当たっていて、隙を見たねねは透かさずハンマーをバットの要領で振るってヴィランを撃ち上げた。

 

 

「続きましてはこちら!『華咲く(ラ・フラワレム・)火玉(ジャグリング)』!」

 

 

……!!

 

 

留まりを見せない連続の攻撃がヴィランを襲い続ける。ポルカは手を叩くと空中にソフトボール並の琥珀色の手玉が何個も現れると、それをジャグリング曲芸を玉乗り状態で暫くやって見せると、ヴィランに向けて投げ出した。途端に手玉は花火のように爆発を起こし、着実にダメージを与えていった。

 

しかし、幾度の爆発により空中で何度も弾かれているヴィランだが、体勢を持ち直して爆発の連撃の空間から脱した。人数の差で分が悪いと理解したのか、この場から逃げようと再び透明化して気配を消す。

 

 

「逃がさないよ!」

 

 

ぼたんは素早く銃を構え直して引き金を何度も引く。しかし、ヴィランも強い危機感を抱いたことでより気配を強く消していて、上手く探れずに弾丸は当たることはなかった。″狙った獲物は逃がさない″ことが自分にとってポリシーだったぼたんは、悔しそうに眉間に皺を寄せる。

 

 

「ふんっ!」

 

 

……!?

 

 

逃がしたかと思えば、そこへ龍成が移動して虚空に蹴りを入れると重い打撃音が響いた。透明化を見破られたヴィランは吹っ飛ばされて空中で何とか体勢を戻そうとした。

 

 

紅魔(ブレッディ)・『墜雷撃(サンダショット)』!」

 

 

それをパトラは許さず、追撃を喰らわせる。幾つもの赤紫色の魔法陣を展開しヴィランを囲うと、そこから紫の稲妻がヴィランに向かって堕ちる。苦しそうに痺れながらも雷撃から抜けようとするが、強力過ぎなのか上手く体が動かない。

 

 

「そろそろ終わらせるよ!雪華氷晶・『氷柱』!」

 

 

……!?

 

 

ラミィがそう言うと、彼女の足元からヴィランに向かって凍結が伸びて行く。そして氷結はヴィランを巻き込んで隆起し、身動きが取れない状態にさせる。弱まった影響もあり、そう簡単には壊れないものだろう。

 

 

「ほいっと。」

 

 

「てりゃああああああああ!!」

 

 

氷結に力無く固定されているヴィラン、その僅かに開いている口の隙間にぼたんが手榴弾を放り投げる。続けてねねがヴィランの顔面にハンマーを全力で振り下ろして叩き潰す。手榴弾が火を吹き、鉄槌がヴィランの急所を砕く。ヴィランが身体は形も残さず爆砕し、炎の幕が彼女達の背後に貼り巡る。

 

その絵面はまるで、特撮でもよくある爆発をバックに佇む場面だった。四人が立ち並ぶ中、ポルカは深くお辞儀をして告ぐ。

 

 

「これにてサーカスショーは終幕となります。ご視聴ありがとうございました!」

 

 

ヴィランも無事に討伐し、張り詰めた空気が柔らかくなる。肩の力が自然と抜け落ち、皆の顔に微笑みが浮かんでいた。

 

 

「凄いな、連携に無駄がなかった。」

 

 

「そうでしょ!ねね達これでも付き合いは長いからね!」

 

 

龍成は四人の動きに関心するものがあった。遠距離から近距離戦のバランスの取れた戦力もあるのだが、何よりも仲間の力に信じて任せられている。龍成が褒めればねねが真っ先に反応して、胸を張って強く鼻を鳴らしていた。

 

 

「ヴィランも手も足も出てなかったね。何か…ちょっとやり過ぎた感じがしちゃうね。」

 

 

「気にしなーい気にしなーい、ヴィランは悪い存在なんだからやり過ぎもクソもないよ。」

 

 

自分達のことではあるが、四方八方から数の暴力の滅多打ちとなれば何処かやり過ぎた感が否めないのだろう。そんなラミィの苦笑いにぼたんは手を軽く振って、気にしないことを伝える。

 

 

「それじゃあ、ヴィランも討伐したことだし戻ろっか。」

 

 

今回のヴィラン騒動の事態はこれで終わった。パトラの言葉に四人は頷いて、通った道の反対方向へ行って帰ろうとしていた。たが一人だけ、浮かばない表情をしていた。

 

 

「…いや、待て。」

 

 

その最中、龍成は気付いた。そして拳を構える。

 

 

「もう一体いる…。」

 

 

「え?…何処に────」

 

 

刹那、風を切るような音が静かな空間に小さく鳴ると遅れて衝撃波が彼女達に飛んでくる。そして次に聞こえたのは殴打の響いた音と…。

 

 

!…グゥゥ!

 

 

「っ!?何っ!?」

 

 

重低音な唸り声。人ではない獣の声に似た声だ。すぐさま目の当たりにしようとその主に視線を向けると龍成の少し離れた所に佇んでいた。その何者かは彼を狙って襲ったのだろうか、しかし直前で龍成に気付かれて裏拳で返り討ちにされ、今に至るということだろう。

 

 

「ヴィラン…?」

 

 

ヴィランのようなナニカ。確かに全身は紫黒色であるが、今までは見たことがない何処か人の形をしている。顔にパーツはなく体の所々に纏う黒炎のようなものが揺れている。不可解な敵が目の前に現れ、どうにか観察しようと落ち着いて構えた時だった。

 

 

…オ、マエ……ツヨイ、ヤツ…

 

 

『っ!?』

 

 

なんと、目の前のヴィランは言葉を発したのだ。流暢ではないが片言でも十分言っていることが伝わる。有り得ない事態が次々と起こり、皆は混乱してしまう始末だ。

 

 

「こいつ言葉を…!?」

 

 

「どういうこと…!」

 

 

「お前…何者だ?」

 

 

…オ、レ…?ナニモ、ノ…?…オレ…オマ…エ、ト…タタカイ、タイ…

 

 

誰よりも落ち着いていた龍成が警戒しながら聞いてみると、ヴィランは言葉の意味を探り、素早く理解し、返答する。そしてヴィランは猫背の姿勢を保ったまま龍成に向けて指を伸ばす。ヴィランは龍成との戦闘を望んでいる様子だった。

 

 

「りゅう君と…?」

 

 

パトラがその事に疑問が浮かんだ時、静寂となったこの空間に銃声が響いた。言わずもがな、ぼたんがヴィランの胴体を撃ち抜いた。不意打ちには反応出来ずに喰らったのだが、弾丸で貫通した風穴は何もなかったように一瞬で塞がった。その光景にぼたんは舌打ちをし、龍成は眉間に皺を寄せる。

 

 

「言葉を発する上に傷が瞬時に治るか…まさか前代未聞の特別個体のヴィランとかか?」

 

 

ぼたんの言うことに否定する要素がない。もしかすれば彼女の言う通り、奴は独自の進化を遂げたか突然変異か。どちらにしろ、厄介な事態が招かれたことには変わりない。すると、ヴィランの指先から黒い光の球が現れる。それは掌サイズを越えてバチバチと稲妻が走り、見て感じただけでも高密度のエネルギーが込められている。

 

 

…オ、マエラ…ジャマ…

 

 

ヴィランはそれを彼女達に向けて放った。それもかなりの速度で、意識では避けなければと思っても身体が追い付かない。あれは被弾でもすればただじゃ済まないし、即死も有り得る。パトラは目を瞑って、ラミィとねねも恐ろしくなって身を固める。ポルカとぼたんは牽制しようにももう遅い。

 

 

 

──ガッ!!

 

 

 

しかし、直前で龍成が割って入ったことで難を逃れた。ヴィランの黒球を上空に蹴り飛ばすと、彼女達の前に背を向けてヴィランと対面する。

 

 

「俺がこいつの相手をするからお前らは逃げろ。今までのヴィランとは何か違う。強さも知能も形も、より人の近いナニカだ…。」

 

 

「えっ!?」

 

 

「無茶だ!!今まで見たことのない未知のヴィランだぞ!?何してくるか分からない!!」

 

 

龍成はこの場から避難するよう彼女達に伝えるが、ポルカの言い分は尤もだ。奴に関しての情報は一切何も無い。だがそれでも彼はここから一歩も引く気はないようで、彼女達に顔を向けることなかった。

 

 

…ハヤ、ク…タ、タカエ…!

 

 

(…っ!こいつ…。)

 

 

待つのに痺れを切らしたヴィランはその場から消えるように跳んで龍成に殴り掛かった。それを腕の筋で受け止めたが、その威力の程は彼を想像を超えていたもので、そのまま受け止めると衝撃波で彼女達にも被害が被ると考えた龍成は、一旦この場から離れるのを考えて殴られた衝撃に乗ってそのまま離れて行く。

 

 

「りゅう君っ!!」

 

 

「お前らはこの事を学園に伝えに行ってくれ!!」

 

 

パトラが咄嗟に追い掛けようとするのが見えたので、それを阻止する為に彼女達に出来ることを頼む。あっという間に距離は離れ、少し開けた場所へと移り変わる。

 

 

…タタ、カエ…!…タタカ、エ…!

 

 

「お前は明らかに今までのヴィランとは桁違いだ。油断はしねぇ、いくぞ!」

 

 

二人だけの空間になったことにヴィランは興奮を覚える。漸く戦える、強い者と戦える楽しみ、感じたことのない高まりを感じていた。その反対、龍成はヴィランを強く見据えて構える。

 

過去の戦ってきたヴィランとは一線を画していると考えずとも分かる。これは油断ならない、だが不思議な感覚が渦巻いている。既視感のような、目の前のヴィランには何か似たようなものを感じるのは何故か。

 

 

(いや、考えるな。どうせ気の所為だ。)

 

 

そんな思考を直ぐに振り払い、一足先に襲い掛かって来たヴィランに遅れて拳を繰り出すのだった。

 

 

 

 

 




如何でしたかな?SSRBって可愛いですよね。ぬいぐるみ欲しいです。
そしてどうやら774inc.さんの全グループ等が統合して『ななしいんく』に変わるようですね。ハニストやシュガリリやあにまーれの名は無くなってしまうのは寂しくなりますが、新しくなるメンバーを温かく見守ります。

では〜。


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十一話 『共に戦う』


どうも、待っていた方がいたら大変お待たせ致しました。日々忙して中々手が出せずにいましたが、地道に書き続けて何とか十一話完成です。今回も長いで、どうぞよろしく。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

「……何だろう、この嫌な予感…。」

 

 

「どうしたの?」

 

 

煌星学園の校舎を繋ぐ廊下にて、茶色のロングストレートヘアに横跳ねの髪が特徴の少女が歩みを止めて窓の向こうの空に目を向けた。その表情には良いものとは言えず、不安のような感情がふと芽生えていた。そんな彼女の変わった様子に心配になった、身体に所々機械のようなものがある少女が声を掛ける。

 

 

「うーん…こう、何か胸の奥が一瞬凄く締め付けられた気がしたの。」

 

 

彼女自身もいまいち確定してる訳じゃないのか、頭を捻らせながら感じたことを素直に口にする。恐らく胸騒ぎと何ら変わらないものだろう、だがどうも変な感じだ。頭では解らなくとも身体は何かを感じ取ったのだろうか。

 

 

「え?大丈夫なのそれ?ちょこ先生に診てもらった方がいいんじゃない?」

 

 

「ううん!大丈夫、ごめんね心配させちゃって。」

 

 

しかし、その症状は病気の可能性もゼロではない。そう思った隣の少女は医療に長けている人に診てもらうよう勧めるが、それに笑顔を浮かばせて心配はないと伝え否定する。少し腑に落ちないが、彼女自身が本当に大丈夫そうにも見えたのでこれ以上は何も言わず、ふとある話題を思い出した。

 

 

「そう言えば、さっきまた緊急出撃があったよね。最近ちょっと多くてやだよね〜。」

 

 

「そうだね…向かって行った子達がちょっと心配になるけど、きっと大丈夫だよね。」

 

 

「そうそう、それで例の編入生の人が行ったらしいよ!」

 

 

その話は少し前に起きた事態、緊急出撃の件だった。ここ最近ではやたらヴィランの発生率は徐々に向上気味で、様々な生徒達がヴィラン討伐に赴いている。そこで先の緊急出撃では、現在も煌星学園内で話題になっている彼が向かったとの情報が流れていた。

 

 

「編入生……あやめちゃんを圧倒したあの強い子かぁ。」

 

 

知っている。この学園でも初めての編入生で、鬼族で強さもトップにも近い百鬼 あやめとの戦闘試合でも完膚無きまで圧倒したと証明した男。事実、あの試合はこの目で確りと見ていたから分かる。

 

 

「うーん…。」

 

 

それでも、不思議にこの胸の内にあるもやもやは未だに晴れる気がしなかった。蟠りが変に残る状態に少し嫌な気持ちになってしまうが、その内気にしなくなるだろうと決め付けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍成がヴィランと拳を交わしていなくなってから暫く経っていた。その間、彼女は彼に言われていた言葉に思考を巡らせていた。学園に戻ってあのヴィランのことを迅速に伝える。確かにそれも大事なことだろう、しかし彼女達はそれよりも大切なことを胸に抱えていた。

 

 

「りゅう君…。」

 

 

「ねね達も一緒に手助けしに行こうよ!」

 

 

彼は今たった一人であの脅威とサシで戦っている。龍成の実力なら不安要素は少ないだろうが、それでも相手は今まで見たことのない意志を宿した未知のヴィラン。そして何よりも、何もしない自分達が嫌で仕方なかった。ねねの言うことには誰もが本心では賛同している、しかし…。

 

 

「そうしたいけど、変に手を貸しても足手まといになるかもしれない。アタシ達は大人しく待ってた方がいいんじゃないかな…。」

 

 

「くそっ⋯!何も出来ないのかよ…。」

 

 

ぼたんの言い分に誰も口出しが出来なくなる。ポルカは何もしてやれずに、ただ下を眺めることしか出来ない自分に愚痴が零れていた。どうにかしたい、けどあの一瞬の攻防しか見えなかった戦況の中に入れば確実に彼の邪魔になってしまう。

 

 

「あのヴィランのことを学園に報告しに行けって、そうは言われても…。」

 

 

「いや…私達も手伝おう!」

 

 

ラミィが独り言のように呟いていた時、パトラは一人決心をして龍成が消えて行った方角へと顔を向けた。覚悟の決めたその顔に迷いはなく、皆に率先して彼に手を貸すことの意を伝える。

 

 

「だから龍成は…!」

 

 

「───私に考えがあるの!」

 

 

だがポルカはそれだけで納得することはなく、彼が指示した内容を無視しようとしたパトラに待ったを掛けようとしたが、ポルカの言葉を遮って強くその言葉を放つ。彼女達はそんなパトラの強気な姿勢に、つい呆気に取られる。

 

 

「…聞かせてくれる?」

 

 

それから静まった空気の中、ぼたんが彼女の考えについて聞いてみることにした。真剣な眼差しをパトラに向けて、少しでも可能性があるのならという顔をしていた。パトラは他の三人の反応を見てみるとねねは意気込んでおり、ポルカは渋々と、ラミィは不安そうに。それでも何も言わず彼女の言葉を待っていた。

 

それを確認したパトラは頷いて、淡々と自分が思い付いた一つの作戦を全員に話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意志を持ったヴィランと交戦していた龍成は、勢いに乗りながら攻撃を仕掛けてくるヴィランから避けつつ観察していた。木々を盾にしてヴィランの視界から外れようとしても、持ち前の速度で木々を薙ぎ倒しながら追い付いて来ていた。

 

 

(動きも速度も、やっぱり普段のと比べ物にならねぇ…!)

 

 

グオォォ…!

 

 

木から木へと移りながら移動しながら観察していたが、そろそろ彼女達と距離は大分開いただろうし、ここら辺なら多少暴れても大丈夫だろうと思い、木から降りてヴィランを見据えると、重低音な唸り声を発しながら上から襲い掛かって来る。

 

 

「紫蓮牙・『空波(くうは)』!」

 

 

即座に両拳を腰辺りに置いて構えると、淡い紫色の光が包まれる。そしてそれを素早くヴィランに向けて素早く拳を振ると、衝撃音が二回鳴り響くだけで何もしていないように見える。しかしこれは、彼の両拳には気が纏っていて、距離が開いてても殴打をすると纏った気が飛び道具となる。簡単に言うと″殴って飛ばす衝撃波″だ。

 

この技は視認しずらい技だと自負しており、それ故に飛んで行った二発の衝撃波はヴィランに気付かれることなく喰らうだろうと揺るがない自信でそう思っていた。

 

 

…ッ!

 

 

(見破られた…!?)

 

 

しかし、直前でヴィランに気付かれて跳ぶ軌道を無理矢理にでも変えて躱した。想定外にも簡単に攻略されてしまった。しかも初見で。これには彼も驚きで目を見開かせている。その同時に、このヴィランのフィジカルは中々に厄介なものだと理解した。そして奴は木を足場にして龍成に突っ込んで行くが、彼も難なく跳んで躱すことで距離を取る。

 

 

「飛び道具はあまり意味はなさそうだな…。」

 

 

戦闘する上で飛び道具は必須な戦術なのだが、効かないとなれば戦力は大きく減少すると言われても過言ではない。ならばと、構える体勢を少し変えて力強く地面を踏み込む。刹那、龍成の姿はヴィランの直ぐ傍まで迫ると、拳を下から殴り上げるようにヴィランの腹部にめり込ませた。

 

 

「紫蓮牙・『大翔(おうが)』!」

 

 

グオォォ…!?

 

 

これは守を捨てて攻に特化させた技。相手の懐に超スピードで攻め込んで殴打をするもの、至ってシンプルだかある程度の相手には戦況の機転にもなる。ヴィランは苦痛に似た唸り声と共に上へと体をくの字にしてぶっ飛ばされる。彼はそれだけでは留まらず、その場から跳ぶと利き手の右拳に気を溜め込みながらヴィランを追い抜いて行った。

 

 

「紫蓮牙・『絢爛(けんらん)』!」

 

 

振り返って、力を込めた拳をヴィランに殴り落とす。淡く光る紫はヴィランに纏い、そのまま上から下へと直線に風を切りながら落ちて行った。その直後、纏わせた光が爆発を起こす。地面は抉れ、森がざわめき、太い黒煙が青空に向かって漂って行く。

 

その近くに降りた龍成は警戒心を解かずそこを見据えていた。放ったあの力強い攻撃は相当効いているとは思っているが、俊敏且つ剛力な上に厄介な即時治癒を持ってるヴィランだ。そして段々と煙が晴れてくると、その先の光景が鮮明に見えてくる。

 

 

「マジか、タフかよ…。」

 

 

手応えはあったものの、心の奥では何となくこんな結果になるのは分かっていた。願うことならばさっさと終わって欲しかったと思っていたが、どうも甘くはないようだ。溜息混じりにぼやきながらも再び構えを取る。

 

 

…マダ、マ…ダ……!タタ、カエ…タ、タカエ…!!

 

 

「戦闘狂じゃねぇか…。」

 

 

ヴィランのあまりの戦闘欲に龍成は少し引き気味になっていた。そんな奴を見て、ふと昔に見た光景に似たようなものがあったなと、とある記憶が蘇ったのだがそれを振り払って戦いに集中する。

 

 

ウオオオオォォ…!!

 

 

「チッ…!厄介だな…。」

 

 

先程の攻撃で刺激されたのか、先程よりも動きの速度がより上がっているように見える。獣のように跳んで殴り掛かって来るのを注視しながら躱していたが、避けたら次の攻撃までの間が短くなっているのが分かる。ヴィランの攻撃を躱しながら移動し、草木を分けて、草原を通り越した先にある川瀬にまで来ていた。

 

川で足が濡れることも気にせず、殴り掛かってくるのを紙一重で躱して懐に入り込もうとしても、バックステップで距離を取られる。しかし、その両足が地面から離れた瞬間を彼は狙っていた。

 

 

「紫心龍拳奥義・弍ノ気──『月輪(げつりん)』!」

 

 

跳んで下がるヴィランに向けて体を屈めながら低く跳んで行く。あまりの速さに水が割れ、水飛沫が大きく宙に舞う。ヴィランに追い付くと、ムーンサルトで蹴り上げた。真面に喰らったヴィランはそのまま上へ吹っ飛ばせると、彼もまたその場で地を蹴って追い掛ける。

 

そして追い付くと肘鉄でそれ以上の上昇を止める。その後、左右上下からの縦横無尽の超高速打撃を連続でお見舞する。殴り、蹴り、四方八方から留まりを知らないその連続攻撃に、ヴィランは手も足も出ない状況だった。そしてトドメに真上から回転で勢いをつけて回し蹴りを放った。苦痛の声すら上げる暇なく川瀬に叩き付けられ、大きく水飛沫と白煙を巻き起こす。

 

技の反動で少し息が乱れ、ゆっくりと深呼吸をしつつヴィランがいるであろう先を見据えていた。どうにか倒し方を見つけなければ、このままだとジリ貧にも等しい結果が見えてくる。たが方法がないと言えばそうでもない。やってみる価値はあると、そう考えていると…。

 

 

───ボコッ!!

 

 

「っ!?うわっ…!」

 

 

地面からヴィランの腕のような何かが突き破って来て、彼の体に巻き付いてきた。予想だにしない方向からの攻撃に、龍成は反応しきれずに持ち上げられてしまい、そのまま木々のある方面に振り回される。

 

 

「がっ!?」

 

 

それは一体何処まで伸びて行くのか、振りほどこうとする前に大木に激突され、肺の中の空気が吐き出される。それだけでは止まらず、何度も何度も突き破って直線上に土煙が舞っていた。

 

 

…マダ…!モット、ダ…!オ、レト…タ…タカ、イ…ツヅケロ…!!

 

 

ヴィランはゴムのように伸ばした腕を元に戻し、更に戦いへの向上心が盛り上がってくる。その衝動があまり抑え切れていない所為か、何処か息が荒く見える。その頃、龍成は倒木と混ざって倒れていた。

 

 

「あ〜、いつつ…。久々に怪我したな。やってくれるじゃんか。」

 

 

激突して行った衝動で服は少しボロボロになってしまっているが、ムクリと上半身を起こしながら軽口を吐ける程にまだ余裕は備わっていた。あれだけの衝撃を受けても尚、かすり傷程度でも済むのも可笑しな話だが。

 

 

「お陰で気合いが入ってきたぜ。───はっ!」

 

 

頬に出来たかすり傷を拭い、そして体内に巡る気を全体に解放する。突風が発生して周りの空気は妙な重苦しさに変わり始めていく。それから彼は、その場から飛び出してヴィランに向かって一直線に殴り掛かった。その殴打は常識の範囲を超えていて、花火のような音に衝撃波がヴィランの体を貫通した。

 

 

…!!…ツ、ヨイ……デ…モ、オレ、モ…ツヨ、イ…!

 

 

先程とは違った彼の強さに、ヴィランも気付いて更に対抗心が燃えることになった。奴はその場から跳ぶと、なんと空中で止まってみせた。

 

 

…ハ、カイ…スル…!

 

 

どういう原理で、何でそんなことが出来るのかは考えてる暇はなかった。ヴィランは両手を覆うように手を翳すと、その手の中から黒い閃光が生まれ始め、徐々に掌で収まらなくなるくらいに膨大になっていた。

 

 

「隙だらけだ!」

 

 

ヴィランが放とうとしているその黒閃光弾には、最初にパトラ達に向けてたものと一緒のようだが、肌身で感じるからに威力は桁違いのは確実。だが、その留まっている間は格好の的でもある。

 

 

「っ!?くっ…!」

 

 

足蹴りで黒閃光弾を空に蹴り飛ばして、重い一撃を与えようと距離を詰めた瞬間、ヴィランの顔に無かった筈の口がジグザグ状に開いた。そして、そこから黒い閃光が龍成を呑み込んだ。一応、寸の所で身を固めたがそれでも威力は強力で、あっという間にまた森林に吹っ飛ばされてしまった。

 

 

「思った以上に反応速度が速い…。ちまちまやってても直ぐに回復するしなぁ…。」

 

 

ヴィランは攻撃を受けた彼は、吹っ飛ばされた所の木陰で一旦落ち着くことにした。龍成も龍成で異常にも疲労を見せておらず、攻撃を受けても未だ好調な雰囲気はある。自分自身の体力等も全く心配はない、だが問題なのはあのヴィラン。いくら彼の素の攻撃が通用するにしても、一番の厄介な所は″即効性の治癒能力″がある所。

 

 

(だったら一撃で仕留めるくらいに力を溜めて…くそっ…だとしても時間を稼ぐ暇もねぇ…。)

 

 

倒せない訳ではないのだが、一つの方法として最大威力の技を出せば即時治癒も間に合わず、確実に倒せる可能性は高いと思っている。だがその為には時間を掛けなければならないが、あのヴィランがそれを許すはずもない。

 

 

「にしても、あんな強いヴィランが何でこんなとこに…。」

 

 

…グウゥ…ド、コ…イッタ…?

 

 

木陰から顔だけを出してヴィランの気配のする方へ覗いてみると、奴は見失ったらしいのか辺りを見渡しているのが見える。今考えてみれば、あんな全く新しいタイプのヴィランは生まれて初めての経験だった。

 

 

(戦ってみた感じ、全力を出せば普通に勝てる…けど、場所が場所だから強い攻撃をしたら山が吹き飛びかねない。だったら…!)

 

 

彼の攻撃には炎の属性を持っている。その上で更に強力な物理攻撃、衝撃波と共にその人知を超えた力は容易に山など丸々消し炭にだって出来る。だがそんなことなど出来る訳がない。どれだけ被害を抑えつつヴィランを討伐するか。

 

 

(脚に集中的に気を流し続けて…!)

 

 

一つの手段を思い付いてからは直ぐに行動する。気を脚に普段より多く循環させていくと、淡い紫の閃光が灯り、紫炎となったオーラが脚に纒り付いた。それを確認すると、納得いたように頷いてからヴィランに向かって跳んで行く。

 

 

…!ミ、ツ…ケタ…!

 

 

向かって来る彼に気付いたヴィランは直ぐに大きく身体を燃やした。見切れる速度らしく、ヴィランは腕を掲げると途端に巨大化させて容赦なく殴り掛かる。それを見据えた龍成は大して驚くいた様子はなく、速度も落とすことなかった。

 

 

「紫蓮牙・『豪弩脚(ごうどきゃく)』!」

 

 

グッ…!?グオォッ…!?

 

 

その巨大化した腕を紙一重で避けた龍成は、力強くヴィランの腹部に放たれた弩の矢の如く前蹴りで蹴り飛ばす。そしてヴィランは何とか堪えはしたものの、また直後に衝撃波が連続して腹部を貫いて体が吹っ飛ばされる。

 

 

(一気に方を付ける!)

 

 

度肝を抜かれ隙が大きくなった所を畳み掛ける。ここで自分が持てる最大威力の技を放つことにした龍成は、解放する気の純度を高くして練り上げる。

 

 

「紫心龍拳奥────」

 

 

グ…ゥガアアアアアアアアアアッ!!

 

 

「っ…!?」

 

 

しかし、ヴィランは雄叫びと共に大きく体を広げることで吹っ飛んだ勢いをを無理矢理掻き消すと、巨大化させた剛腕を龍成に殴り付けた。勢いよく吹っ飛ばされると地面を抉っていく。

 

悲鳴を上げることすら出来ないその威力は、流石の彼でも顔を強ばらせていた。想像以上のタフネスに、厄介なのは即時治癒だけじゃなかった。

 

 

(こいつ……まさか、戦いながら成長してんのか…!?)

 

 

普段のヴィランには無かった成長の概念。それも急速な成長速度を感じさせる。ただでさえ強力な存在なのに成長すれば更に手に負えなくなる可能性が出てきた。

 

 

「出し惜しみしてる場合じゃねぇな…!」

 

 

彼でさえ止められなくなる程の成長をすれば堪ったもんじゃない。何としてでも倒さないと後々途轍もない存在にも成り得る。流石にこれ以上は手は抜いていられず、被害拡大の覚悟で戦うしかない。

 

大きな図体の割りにそぐわない速度で走って来るヴィランに、龍成も力を入れて走り出す。

 

 

「───グウゥ…!?

 

 

「なんだ…?」

 

 

そして手の届く範囲まで迫った瞬間、横から飛んで来た何かがヴィランの頭部に激突した。呻き声を上げながら咄嗟に足を止めたヴィランに、彼も足を止めてこの状況に介入してきた第三者の方へと目を向ける。

 

 

「手助けに来たよ!りゅう君!」

 

 

「一人だけで突っ込んでアタシ達に逃げろだなんて、舐められたもんだねぇ?」

 

 

「もうちょっとねね達を頼ってよね!」

 

 

暫く前に逃げるよう伝えていた筈の彼女達がそこにいた。さっきヴィランに攻撃をしたのはぼたんだろうか、彼女の持っているスナイパーの銃口から硝煙が出ていた。

 

 

「お前ら…。」

 

 

…ジャマ…スル、ナ…!

 

 

「っ!ふっ!!」

 

 

「いや蹴りであんな吹っ飛ぶの…?」

 

 

言いたいことがあったが、その前に彼女達に攻撃を仕掛けようとしたヴィランに強く回し蹴りをして奥の方へ吹っ飛ばして距離を離した。かなり奥の方へ行ったので会話のする余裕は出来る。それを見たポルカは驚愕しているが少し引いていた。

 

 

「俺は言っただろ、逃げて学園にあのヴィランのことを説明しろって。なんで来た。」

 

 

彼女達が自分の為に戻って来ても、そこに喜びの感情などは何もない。説得をする暇はなくとも、あのヴィランと戦わせるのは無理があると思っていたし、何より軽い怪我じゃ済まないのは身をもって知ったから尚更だった。

 

 

「龍成君こそ!なんで一人で解決しようとするの!ラミィ達は確かに君よりも強くないけど、それでも一緒に戦っちゃいけない理由でもあるの!?」

 

 

「ラミィの言う通りだよ。最初は龍成の言うことに素直に従おうとしたさ。でも、何も出来ない自分が嫌だったし、ちゃんと術を持って戻って来たんだよ!カッコつけるならポルカ達も誘えよ!″友達″なんだから!!」

 

 

そこでラミィは大きく声に出して彼の行動に怒りだし、それに続いてポルカもラミィの言葉に頷いて自分の気持ちを明白にさせる。

 

友達。

 

その言葉を聞いて龍成は何も言えなくなる。まだあって短い筈なのにこうも友人として認めてくれている。その気持ちはポルカだけではなく、皆がそれに賛同して強く頷いていた。

 

 

「俺は…お前らには怪我を負って欲しくないから言ってた。でも…余計なお世話だったみたいだな。」

 

 

龍成も本心で話す。あのヴィランの攻撃力は殺傷能力が高すぎる故、仮に共に戦っても庇いきれない時が無きにしも非ず。その最悪のパターンは誰かが犠牲になってしまうこと。それが嫌で下手に戦って欲しくなかった。

 

 

「りゅう君…貴方は何時も一人で戦ってきたから、貴方一人でも大丈夫なのかもしれない。実際に貴方が強いのはみんな知ってる。でもね、それでも心配する人達だっているの…もっと頼って欲しい人だっている。」

 

 

小さく俯く彼にパトラが優しく語り掛けてくる。自分の行動を理解してくれている上で諭してくる。彼女の言い分には何も言い返せないし、返す言葉もない。確かに普通より力は強いのは自負しているし、使い方には十分に注意しているつもりだし戦闘知識もそれなりにあるから、一人でも対処は出来ていた。ただ、今の自分に足りないもがあった。

 

 

「だから…みんなで協力しよ?」

 

 

それは共に戦ってくれる仲間の意志をちゃんと聞くこと。友達の言葉を聞くこと。今まで無かったそれらを無意識に無視してしまっていた。パトラの言う通り、ずっと一人で戦い続けていたから協調性を持ったことがなかったのだ。悪気がないとはいえ、一人で勝手な行動をしてしまったことに悔やんでいると、そっと自分の手に彼女が優しく両手で握ってくれた。

 

 

「ごめん…一人で突っ走って。」

 

 

仲間を頼らなかった自分に反省して謝罪をすると、周りの空気が緩くなった気がした。視線を元に戻して彼女達の表情を見てみると、微笑んでくれていた。

 

 

「はいはい、辛気臭いのはここまで。さっさとしないとヴィランが来るよ。」

 

 

「何か考えがあるんだったか?」

 

 

静まった空間をぼたんが率先して声を掛ける。緩んだ空気は徐々に張り詰め始め、戦いは続いてるという意識を持ち直す。ポルカが言っていた術とやらが気になった龍成はそのことを聞いてみると、パトラが代わって反応する。

 

 

「うん。それで、パトが考えた作戦なんだけど───」

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ググ……ドコ…ダ…

 

 

龍成によって蹴り飛ばされたヴィランは、巨大化した腕を元に戻して奥の森林で彷徨っていた。今も尚、彼を求め続けて探していた。龍成から放たれていた強い気配はどこにも感じられず、ただそこら中を歩いていた。

 

静かな微風と小鳥の囀り、木々の揺らぐ音があるだけで他は何もない。歩いて探すのがいよいよ面倒と感じ始めたヴィランは、いっそ辺りを吹き飛ばそうかとその場で足を止める。

 

 

「雪華氷晶・『氷柱』!」

 

 

「奇襲から失礼!『華咲く(ラ・フラワレム・)火玉(ジャグリング)』!」

 

 

…グゥ…!?

 

 

突如、ヴィランの体が足元から凍り付き始めて下半身が氷結に呑み込まれた。ラミィが凍らせたことで動きを制限させた所で、ポルカが笑みを浮かべさせながら琥珀色の手玉を投げ付けて被弾させる。氷結は砕け、黒煙が発生してヴィランの姿が見えなくなってしまうが…。

 

 

「はぁああああああっ!!」

 

 

そこへねねが勇敢にもハンマーを構えながら突っ込んで行く。見えずもその先にヴィランがいるのは分かっているので、ハンマーを手放さぬよう強く握りしめる。

 

 

「鬼殺し…じゃなくて、ヴィラン殺し火炎ねねハンマー!!」

 

 

走りながら回転を掛けてハンマーを振り回すと、何故かハンマーに炎が纏い始めた。その勢いは常人を超えていて、突風が巻き起こる程の回転力に加えてより炎が増したことで、舞っていた黒煙は一瞬にして掻き消してヴィランの姿がはっきりと視界に映る。そのまま叩き付けようとしたが、寸の所で躱されてしまった。

 

 

「こらぁあああ!避けるなぁああああ!!」

 

 

避けられて怒り出したねねは、声を荒らげながら怯んだヴィランを追い掛けて行った。距離は空いてしまっていたことで、これ以上走って追うのは危険も伴い無理だと思ったねねは、そのハンマーをヴィランに向けてぶん投げた。

 

 

「ていっ!!」

 

 

…グッ…ゥ…!?…ジャ…マ…ス、ル…ナ…!!

 

 

反応しきれなかったヴィランは喰らって怯むが、直ぐに体勢を立て直してねねに反撃しようと先程の龍成との戦闘で用いた腕を巨大化させて、ねねに襲い掛かる。

 

 

紅魔(ブレッディ)・『焔焼弾(フレアバレット)』!」

 

 

「狙い撃つ…!」

 

 

だがそれを許さないパトラとぼたんは、左右で弾幕の挟み撃ちにする。ぼたんは銃器をフルオート射撃であるマシンガンで左から射撃し、その反対のパトラは自身の目の前に魔法陣を展開させて、そこから赤紫に燃える炎の弾を連射させていた。

 

ヴィランはねねに襲い掛けた足を止めて、その場で巨大化させた腕を利用して身を固めてやり過ごそうとしていた。弾幕は簡単に弾かれてしまうがそれでも構わず撃ち続けるのには理由がある。

 

 

…!…ミ、ツケ…タ…ツヨ、イ…ケ…ハイ…!

 

 

「勘付かれた…!!」

 

 

「追い掛けよう!!」

 

 

その時、ヴィランは感じた。この闘争心を打ち震わせる感覚は彼と戦っていた時と同じもの。肌がピリつく重い圧力と鋭利な気迫、そして本能から伝わる危機感。素早く弾幕から抜け出して強い気配のする方向へ向かっていくのを見て、ぼたんが後を追い掛けて口を噛み締める。

 

 

(くそっ…どの武器も大して効いてない!なら、そろそろ″アレ″を使うかな!)

 

 

生半可な威力じゃ通用しないなら、自分が持ってきてある取って置きの秘密兵器を使うしかないと考え、ヴィランを追い掛けながら背中に背負ってある大きな鞄からとある武器を取り出した。

 

 

 

 

 

『作戦はこう。先ず、あのヴィランって直ぐに怪我が治るじゃない?だから回復が追い付かない位の強い攻撃をすればいいんじゃないかなってパトは思ったの。』

 

 

『俺もさっきそれを考えてやってみようと思ったんだが、あいつは中々に勘が鋭いぞ。どうやら強い力には敏感のようだし、何よりも戦いの中で成長もしていく…正直難しい所だ…。』

 

 

『その間は私達が全力で時間を稼ぐから、誰よりも攻撃力の高いりゅう君が一撃で倒せるくらいに力を溜めてて欲しいの!』

 

 

『え!?でも…。』

 

 

『私達はりゅう君を信じてる。だから…りゅう君も私達のことを信じて!!』

 

 

 

 

 

(頼むぞ…皆!)

 

 

パトラが考案した作戦の要である彼は、離れた所で彼女達が全力で時間稼ぎをしているのを頼りに力を溜め込み続けることにその場で佇んで集中していた。しかし、そこでヴィランが彼に向かって高速移動している姿が見えた。だが心配は要らない、何故なら…。

 

 

「行かせない!雪華氷晶・『氷雨』!」

 

 

「サーカスの正念場はこれからだよ!『囲繞追撃の(ロデ・ア・ジャス・)小刀会(ナイフ)』!」

 

 

ヴィランが行く道を阻むように掌サイズの氷塊の雨が降り注ぐ。直前でそれを躱すが、何処からともなく現れたナイフがヴィランを覆うように囲うと、一斉に動き出して刺しに行く。それでも軽々と腕を振るうと簡単に弾かれてしまった。

 

 

「そこっ!!」

 

 

…グッ…ゥウ…!?……ツ…ヨ、イ…

 

 

「ねね達を甘く見ないでよねっ!!」

 

 

だが、その隙をねねが突いた。ポルカの攻撃に気を取られている間に迫ってハンマーを全力でヴィランの胴に打ち込んだ。その衝撃で体は打ち上げられたことで無防備になった所を、ラミィが叫んだ。

 

 

「ししろん!!」

 

 

 

 

───ズダンッッ!!!

 

 

 

 

…ナ、ニ……!?

 

 

咄嗟に耳を塞がせる程の劈く爆音と共に、青白い一閃の弾丸がヴィランの右半身を吹き飛ばした。見ずとも大きな損傷を受けたのに思考が停止してしまい、ただ唖然と虚空を眺めていた。

 

 

「あー反動キッツ…でも、良いのが入ったんじゃない?」

 

 

援護射撃で大ダメージを与えたぼたんは肩を回しながら、自分の持つ銃に視線を落として口角を上げていた。

 

彼女が持つそれは特別製のレールガン。火薬を使用しない代わりに電力を用いて、威力も弾速も飛距離も超絶なもので比類なき最大火力の逸品と言える。但し、そう何度も連射出来るものではなく、大量の電力を使用する為に過熱してしまい半日のクールダウンが必要になる。一日に一度しか使用出来ないので慎重に扱わなければならない正に一発勝負の兵器。

 

 

紅魔(ブレッディ)・『枷鎖(グリゲーチェーン)』!」

 

 

そこへパトラが深手を負ったヴィランに向けて掌を翳す。するとヴィランの周りに魔法陣が出現して、その中心から魔力で創られた赤紫の鎖が雁字搦めにヴィランの身動きを封じさせる。それを見てポルカがラミィに合図を送る。

 

 

「今だっ!!」

 

 

雪凍氷零苑(せついひょうれいえん)・『終雪』!!」

 

 

それに頷いたラミィは自身に宿る異能を最大に発揮させる。煌めく青白い光がラミィを包むと、その足元に雪の結晶が大きく展開されると蜃気楼のような揺らぎが現れ、途端に周辺の空気が真冬の気温と思うくらいに凍えるのを肌で感じる。

 

ラミィが小さく息を吐くと、白い息が漂う。その次の瞬間には途轍もない冷気がヴィランの周りを凍結させた。それだけでなく、一瞬とも言える速度で巨大な氷塊でヴィランを氷結晶の中に閉じ込める。

 

 

「りゅう君っ!!」

 

 

ヴィランの即時治癒をさせる間も与えずに、パトラの魔拘束とラミィの氷の幽閉で完全に身動きを失ったのを確認すると、パトラは即座に龍成に声を掛けた。

 

 

「あぁ…!お陰で充分溜まった…ありがとな。後は任せろっ!」

 

 

準備は整った。パトラの呼び掛けに龍成は小さく微笑み、溜めに溜め込んだ気を解放させる。その瞬間、彼を中心に嵐でも起きたかのような気の突風が彼女達を酷く驚愕させる。

 

 

「うわっ…!?」

 

 

「わぁっ!?」

 

 

「な、何だよあの馬鹿げた力…すっご…。」

 

 

「あれが……りゅう君の…。」

 

 

重苦しい圧力、大きく揺れる大気、それはまるで世界が彼に怯えていると錯覚する程に力の格差が身に染みる。パトラはそんな強大な力を人間の彼が所持しているのに疑問も抱くが、今はあの炎々と滾る紫の気のオーラと威風堂々と佇む彼を目にすると、とても強い安心感と共に何故か鼓動が速くなるのに違和感を抱いていた。

 

龍成は意識を集中させて気のオーラを心の臓にへと集約させる。その胸に煌々と眩い光が現れると、姿勢を低くしてその場からヴィランに向かって跳んで行く。気から光へ、光から紫炎へと変わっていく。燃え尽くすような荒い炎の音と共に龍成の身体は紫炎に包み込まれる。

 

 

「紫心龍拳奥義・伍ノ気──『紫龍(しりゅう)』!!」

 

 

…グ…!?…ゥ…オ…オォ……───」

 

 

紫炎は意識を持っているかのように形を変え、荒々しく紫に燃える一匹の龍に成る。幻聴なのか分からない咆哮が何故か聞こえる。紫龍は大きく口を開き、低空飛行からヴィランに向かって喰らいに飛躍しに行く。

 

周辺の木々は熱気に焦げ、紫龍の通った軌道は衝撃で抉れ、氷結は瞬く間に溶けてヴィランを巻き込んで喰らいながら遥か上空へと上昇して行く。肉眼で僅かに見えるくらいまで飛んで行くと、計り知れない大爆発を起こし青空は一瞬にして光に覆われる。

 

そして次第に空に色が戻り、先程まで激しく重かった空気は嘘のように清々として静寂が訪れていた。直ぐ近くに降りて来た龍成は深く息を吐いてから、彼女達に向けて微笑みとサムズアップをする。終わったと、言わずとも彼から伝わる雰囲気にぼたん以外がその場でへたり込む。

 

 

「はぁ…はぁ……お、終わった…。」

 

 

「あ゛ぁ゛〜…疲れたぁ〜…。」

 

 

「みんなお疲れ〜。いや〜倒せてよかったな。」

 

 

「ねねも〜…もうハンマー持つの疲れたぁ〜!」

 

 

「何とか作戦通りになって良かったぁ〜…。」

 

 

なんとか異常事態の難を逃れた。強ばった体は自然と力が抜けて肩の荷が下りる。そこへ龍成は何処か気まずそうに視線を落としながら、パトラ達の方に歩み寄って来る。

 

 

「その…ありがとうな。色々と助かったよ。」

 

 

「ううん、大丈夫だよ。りゅう君もりゅう君なりに私達を危険から遠ざけようとしてくれたもんね。その気持ちだけは嬉しいよ、でももうお友達で仲間なんだから…これからも一緒に戦っていこうね!」

 

 

「っ!…あぁ…!」

 

 

まだ負い目を感じていたのか、彼の言葉にパトラが咄嗟に反応して返す。怒ってなどはいないし、あの行動は彼なり配慮もあって最悪の可能性を避けようとしてくれたのも分かる。

 

ただもう、今後は仲間であり友達がいるのを忘れてはいけない、共に戦う。そのことを優しさを包み込んだ微笑みで伝えてくれるパトラに、今まで一人で行動していた龍成には、その言葉に何処か救われた感覚になり、彼女に釣られて頬が自然と上がっていた。

 

こうして、前代未聞のヴィランの襲撃は全員の活躍により被害は最小限に抑えられた。これは一つの歴史的な転換の中に刻み込まれ、今後もヴィランの討伐活動には危機感がより強まることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、そうかい。」

 

 

煌星学園のとある一室で一人の男が誰かと通話をしていた。事態が収束したその後、龍成達が片付けたヴィランの件は学園長である谷郷の下へ既に通達していた。

 

 

「今回は彼がいたお陰もあり、被害は最小限に抑えられたと言っても過言ではないだろうね。やはり、私の目に狂いはなかったようだ。」

 

 

顔は見なくても嬉しそうな色調だけで喜んでいる表情が安易に目に浮かぶ。あの時から彼には驚かされてばかりだった。変わらずヴィランの被害はあるものの、それでも彼が来てからは事態は確実に良い方向へ向かって行っている。

 

 

「彼はこの時代の…いや、この世界の新たな革命を起こす希望だ。私達ももっと彼にも、彼女達の為にも頑張らないとだね。」

 

 

「……しかし、ヴィランに自我が宿るか…。」

 

 

それを聞いた時は顔を顰めた。過去にも少し似たような報告があったが、挙動がそれっぽいだけで言葉を発するのは今回が初めてだ。それでなく急激な成長能力に加え即時治癒という、恐ろしい能力の組み合わせ。

 

 

「謎は深まるばかりか…参ったものだね。」

 

 

本当に今回は彼が偶然にも向かってくれたことで幸が呼んだ。龍成以外だけじゃ不満だったという訳ではない、確かに彼女達の実力もどれも素晴らしい技量を持っている。ただ、今回に関して相手が悪過ぎた。龍成がいなければ今頃どうなっていたのか、考えるのも恐ろしい。

 

 

「おっと…そうだそうだ。ところで、私が考えた″アレ″の準備はどうかな?」

 

 

兎も角、終わり良ければ全てよし。そしてとあることを思い出した谷郷は電話先にいるえーちゃんに一つの確認を取る。進捗の状況を丁寧に伝えてくれる彼女に谷郷は相槌をしながら頷き、ニコッと穏やかな微笑みが浮かぶ。

 

 

「そうかい、なら間に合いそうだね。なに…彼女達には何時も頑張ってもらっているからね。偶にはこう言う機会を与えてやらないと。何時どこで命を散らすのか分からない死と隣り合わせの戦場に行って貰っているんだ。それが続けば多大なストレスで悪循環が生まれてしまうから、それを一秒でも忘れて楽しんでほしいのさ。……うん、ではよろしくお願いします。」

 

 

谷郷はえーちゃんに引き続きをお願いし通話を切る。一息ついた彼は、背後にある窓辺の向こう側を澄んだ瞳で暫く眺めた後、自分のやるべきことの続きを再開した。

 

 

 

 

 




次回は四期生辺りと絡ませようかと考えております。
また暫くは遅くなってしまうかもしれませんが、気長に待ってて下さい。

では〜。


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十二話 『攫われた姫』

ども、お久しぶりです。黒いラドンです。

待ってた人いるか分からないけど、大変お待たせ致しました。
え〜なんでこうも遅くなったかと言うと、仕事もそうっちゃそうですがねぇ…。最近になってバイオREシリーズにどハマりしてしまって没頭していました。だってバイオ面白いんだもん。勿論、ちょいちょい小説は書いてましたよ?
まぁそんな訳で、今回は四期生絡みになります。

じや、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

「んなぁ〜〜♪んな〜な〜♪」

 

 

ある日の昼下がり、世間は土日の休日に疲れた体を休める為に羽を伸ばしていた。そんなある所、ベンチで寛いでいる一人の少女が小さい子供のように足をプラプラとさせながら独特な鼻歌を披露していた。

 

その少女は姫森 ルーナ。煌星学園の一学年にして、とある異国のお姫様だと言う風説があるらしい。そう捉えられる理由はその見た目からだろうが、どうやら現在は私服のようである。それでも容姿に美が付く少女なので自然とそんな噂が世間では立つのだろう。

 

 

「今日もお菓子をたっくさん買うのら〜♪」

 

 

彼女は友人である角巻 わためと共に買い物に出掛けてる約束をしており、今は御手洗に用を足しに行ったわためを待っている所だった。だが待っている間でも楽しみが抑えれずに、その和やかな表情を晒していた。まだかまだがと、わためが早く帰って来ないかと色々と待ち遠しいように貧乏揺すりせていた足はより強く揺れていた。

 

 

「そーだ!せっかくなのら、今日はルーナの機嫌がいいから天音ちゃ達にも偶には分けてやるのら。」

 

 

どうやら彼女は機嫌が良いらしく、他の友達である人達にも分けようと考えていた。ここ最近はヴィランの事件などで学園内では切羽詰まっていた状況が暫く続いていた。規模も被害も小さくても事件は事件。立て続けに起きることに気が滅入ってしまう時もあったが、それが漸く落ち着いてきたのだ。

 

ルーナは前からわためとの買い物に行く約束をしていてて、それがやっと行動出来ることに嬉しさで沢山だった。だからか、機嫌が普段よりも強く現れていた。

 

 

 

 

 

「───ボス、目標の人物を発見。」

 

 

《よし、ならさっさと捕まえて戻って来い。傷は付けたっていいが周りにバレねぇようにしろよ。そいつは俺達の金の成る木だ。》

 

 

「了解。」

 

 

 

 

 

しかし、そんなご機嫌な彼女を遠目から覗く二人の男がいた。近くもなく遠くもない距離の道路脇に停車させており、その中で一人は電話で誰かに報告をして、もう一人は変わらず窓から黙って様子を見ているようだが、その手には縄と手巾を持っていた。電話先にいる者の命令で二人は動き始め、周りに通行人がいないことを確認してから足音を立てずにルーナへと近付いて行く。

 

 

「んな〜♪───んむっ!?」

 

 

「悪いな嬢ちゃん、俺達の大金になってもらうぜ。」

 

 

「ん!?んん〜!!」

 

 

邪悪に染まる魔の手が無慈悲にも彼女に届いてしまう。ルーナは咄嗟にその場から逃げようとしても簡単には離れない。手巾で口元を塞がれ、両腕はもう一人の男に縄で結ばれて身動きに自由が効かなくなってしまった。そして、その手巾には何かしら薬が染み込められていたのか、暫くするとルーナの抵抗は意志とは関係なく止められ、双眸は重くなった瞼にゆっくりと閉じられた。

 

男二人は彼女が眠ったのを確認した後、即座に周りを確認しながら車に戻って行き、ルーナをさっさと後ろに乗せてそのまま何処かへ走り去ってしまった。

 

 

「お待たせ〜…あれ?ルナち?」

 

 

車が曲がり角で消えて行ったと同時に、トイレから戻って来たわためがルーナがいた所に目をやるも、その場から姿が消えていたことに足を止める。

 

 

「ルナち〜?ルナち〜!……どこ行ったんだろ?」

 

 

辺りに人はいない。勝手に何処か行ってしまっても、そう遠くまで足は運んではいないだろうと思い、声を大きく出して呼び込んで返事も来ない。イタズラで隠れてるような心配かけることはしない筈と考えていたが、どうも変な胸騒ぎが起こり始める。

 

少し周りを探してみても姿は全く見当たらず、スマホで何度も連絡しても全て音信不通。心配の色は濃くなり、鼓動が不安で慌て始めてくる。何か可笑しいと彼女の中で様々な考えが巡り、一度ルーナを最後に見掛けたベンチの方へ戻ってみる。

 

 

「あれ?これって…。」

 

 

そこには太陽に光により何か反射していた。金属製の何かが落ちているのだろうが、それが目に入った瞬間何なのか理解した。飴玉がデザインのヘアピン。それはルーナが付けていた物、それが虚しさを感じさせるようにそこに落ちていた。

 

わためはそれを拾い上げて暫く見つめながら思考する。数分もしない内に消えたルーナ、音信不通の連続、落ちていたヘアピン。もしかしたらと、最悪なケースが起きてしまったのだろうかと考え着いた。可能性は低くも有り得ない状況ではないこの時、わためは咄嗟に表情を強ばらせて学園に連絡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ルーナが攫われたかもしれない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいない廊下を一人の小さな天使が酷く慌てた様子で廊下を走り抜ける。その見習い天使、天音 かなたは様々な事を学ぶ為に下界に降り、その生活の中で出来た大切な友達が危険な目に合っている。それが伝えられた瞬間、背中に冷たい汗が流れて普段とは違う緊張感が胸を締め付けられていた。自分以外は既に集まっている状態らしく、急いで皆がいる場所まで駆けつけて行き、勢いに任せて扉を開いた。

 

 

「ねぇ!!ルーナが攫われたってホントなの!?」

 

 

「かなたん…うん…わためが戻ってきた時にルナちのこれが落ちてて…。」

 

 

開口一番、焦燥し切った彼女の声に扉先にいた二人の少女が目を向ける。その内の一人である報告者のわためは、何処か負い目を漂わせながら静かに肯定した。その一つの証拠にあたる物、ルーナが身に付けていたアクセサリーを彼女に見せると、苦虫を噛み潰したように表情を歪ませた。

 

 

「攫われた場所は!?」

 

 

「落ち着きなよ、今えーちゃんも協力して色々と策を考えてる所だから。」

 

 

かなたは兎に角、一秒でもルーナを取り戻したい気持ちで沢山で視野が狭まっていることに彼女自身は気付いていない。そんな慌てようを見て、机に腰を掛けていたツインテールの少女が、悪魔の尻尾をゆらしながらかなたを宥める。

 

その少女は″常闇 トワ″。かなたと似た境遇で、魔界からやって来た見習い悪魔である。容姿は紫に桃が混じったツインテールに角の生えた帽子を被っており、ライム色の綺麗な双眸に何処か露出が多いと思わせるような服装に悪魔の尻尾を生やしている。

 

 

「トワ…。でも、今ルーナが何されてるか…。」

 

 

「トワ達が来る前にえーちゃんの所に電話が来たらしいんだけど…。」

 

 

ルーナのことで頭の中が不安で沢山のかなたを見て、トワがここに来る以前の出来事を気難しさを感じさせる表情で、えーちゃんから聞いた事を淡々と話し始める。

 

 

 

 

 

『はい、私立煌星学園のえーちゃ…有人 永です。』

 

 

《どうもご機嫌よう。》

 

 

えーちゃんは何時ものように業務に勤しんでいた時、ふと固定電話が突如として鳴ったことに気付くと咄嗟に手に取った。意識を切り替えて耳を澄ませながら電話先の相手の出方を伺うと、初めて聞くようなタイプだった。そんな紳士のような挨拶の出方にえーちゃんは少し吃る。

 

 

『は、はぁ…?あの、どう言った御用で?もしかしてヴィランが───』

 

 

《御宅の可愛い生徒はこちらで預からせてもらっている。》

 

 

『……は?』

 

 

少し動揺してしまったが、改めて用件を聞こうとした時だった。電話の向こうから衝撃的な発言に、えーちゃんは思考停止し唖然とした声が漏れる。だがそんな彼女の反応を無視し、淡々と冷たい口調で男は話し続ける

 

 

《一時間以内に一億の金を″普通の人間″が持ってこさせるようにしろ。警察とかに連絡したら直ぐに人質を殺す。》

 

 

『ちょ、ちょっと待って!一体誰を攫ったの!?』

 

 

《そんなことはどうでも──《え、えーちゃん…。》ん?なんだ起きたか。》

 

 

『その声…ルーナさん!!』

 

 

淡々と条件を述べていく男に、えーちゃんは慌てて食い付く。その話は冗談でも笑い話にもならないし悪戯にしても度が過ぎている。そして一体誰が攫われたのか分からず焦って聞き返すと、男の声の向こう側からか細い声でルーナの呼ぶ声が聞こえた。

 

 

《大事なものならさっさとした方がいいんじゃないか?タイムリミットは既に始まっている。場所は東海岸近くの廃倉庫だ。それでは…期待しているよ。》

 

 

言い返す間もなく一方的に言葉を並べられる。なんの躊躇もないような冷淡な声色に恐ろしさを感じてしまう程に。雑把に居場所を伝えられ、本当に彼女が攫われたのに無慈悲にもそれは嘘ではないことを突き付けられた。

 

 

『……大変なことになった…。』

 

 

 

 

 

「っ……。」

 

 

「それで、今はそいつらの言う通りに大事にならないようトワ達だけが集められてるの。」

 

 

「なんでルーナを…。」

 

 

トワから事の発端を知ったかなたは下唇を噛み、犯罪行動を起こした男達にふつふつと怒りが湧いてくる。何故こんなことをしたのか、何故ルーナを襲ったのか。考えても意味は分からず、ただ困惑と怒りが心中を渦巻いていた。

 

 

「煌星学園ってトワ達が思ってる以上の大きな組織だから、色々と資金が豊富な所に目を付けたんだろうね。普通なら強者ばかりの此処に狙うのは命知らずもいい所だけど、攫われたのがルーナだから変に手が出せない。もしかしたら結構念入りに計画してるかも、馬鹿だけど阿呆じゃないのかもしれない。」

 

 

「…ごめんね…わためがもっと早く戻ってれば、こんなことにならなかったかもしれないのに…。」

 

 

「わためは悪くないよ。全部悪いのはルーナを攫った奴らだよ!」

 

 

わためは自分が早く戻ればこの事態は引き起こさなかったと思い込んでしまうが、かなたの庇護の掛けた言葉にトワも便乗して頷いていた。そんな時、かなたはふと二人の姿を見て一もう人足りないことに気付いた。

 

 

「そう言えば…ココは?…て言うかさっきから気になってたけど…何で天井に穴空いてんの?」

 

 

もう一人の女子生徒である″桐生 ココ″。最強に近い強さを誇ると言われている竜族であり、高身長で分かり易い見た目をしているのだが、そんな彼女の姿が何処にも見当たらない。それどころか不自然に出来ている天井の穴から見える青空を見やるかなたに、トワとわためが何処かバツが悪そうな、呆れたように目が泳ぎ始めた。

 

 

「あー…それがさぁ…。」

 

 

 

 

 

『なにぃ?うちのルーナたんを人質に攫っただと…?へぇ……───』

 

 

 

 

 

『カチコミじゃあああああああァ!!ゲス共全員の指詰めて蟹風呂に沈めてやるぞおおおおおおォ!!』

 

 

 

 

 

「───て言って、そのまま天井突き破ってどっか行った。」

 

 

「何やってんのあの馬鹿ドラゴンはぁあっ!?」

 

 

トワから真相を聞いたかなたは空いた天井に向かって叫んだ。彼女の悲惨な叫び声に、トワもわためも何も言えずただ苦笑いが浮かぶだけだった。

 

 

「何で止めなかったのっ!?」

 

 

「いやだって…トワ達が止める間もなく飛んでったもん。」

 

 

「これわためぇは悪くないよねぇ?」

 

 

「下手に動いたらルーナが殺されるかもしれないってのに!話聞いてなかったんか!?」

 

 

変に刺激させてしまった結果、最悪の場合で人質のルーナはそのまま殺害される可能性もあるのにも関わらず、横暴に相手を処しに出たココに対してかなたは噴火する勢いで大きく慌てだす。

 

 

「あ、かなたさんも来たんですね…。」

 

 

「えーちゃん!ルーナは…!」

 

 

状況が不味い方向に陥ったと知った時、部屋にえーちゃんが少し窶れた面相をしながらやって来た。かなたは直ぐに詰め寄るがえーちゃんは既に言いたいことを理解しているのか、黙って頷いてから口を開く。

 

 

「はい、一刻を争う事態です…このことは大事にはしないよう、私と″のどか″さんと学園長、そしてトワさんとわためさんとココさん、そしてかなたさんの七人で解決していくつもりです。」

 

 

「解決するにしたって…どうやって?相手はどんな奴らなのか、何人いるのか、素直に応じてもルーナが無事に戻してくれる保証なんてあると思う?」

 

 

えーちゃんからの解決法にどんな意図があるのか分からないが、教師陣と生徒四人でどうやって打開していくのか。想像出来なかった三人であるが、トワが率先して訝しんで聞く。

 

 

「じゃ、じゃあ…どうやってルナちを助けるの?」

 

 

「…勿論、私達も素直に従うつもりはありません。そこで、とある作戦を考えてきました。ですが、色々とリスクを請け負うことになります。」

 

 

「リスクなんてドンと来いだよ。何がなんでもルーナは助ける!」

 

 

えーちゃんの神妙な顔付きになりながらこれから起こす作戦の詳細を話すが、どうやら危険が伴うものらしい。それでもかなた達の決意は変わらず、どんなに致命的な作戦だとしても自分達が必ず助けに行かなければならないことは変わらない。かなたの強い意志に、トワもわためも同じく頷いてみせる。

 

そんな彼女達の一歩も引かない姿を見て、えーちゃんも何処か安心して任せられると思ったのか表情は柔らかくなり頷いて返した。

 

 

 

 

 

「ところで…何で天井に穴が空いてるんですか?」(怒)

 

 

「「「……。」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────数十分前

 

 

 

 

 

「ふぁ〜…久々に長寝しちまったなぁ。」

 

 

町に買い物をしに行っていた龍成は、人気の無い歩道を欠伸と伸びを一緒にしながらゆったりまったりと歩んでいた。自我持ちヴィランとの戦闘を思い返しながら肩を回して、自分の身体の具合に少し悩んでいた。

 

 

「久しぶりにでかい力使うと結構身体に響くな…もっと身体鍛えとくべだなこれゃ。………また、あのヴィランが出てこないとは限らないしな。」

 

 

「そういや、そろそろスバルとぺこらの予定も合わせとくか。」

 

 

再び自我を持ったヴィランが現れるのも時間の問題だろう。もしかしたらあれよりも強いヴィランが出て来るのも可笑しくないし、それ迄に前よりも強くなっていなければならない。

 

それはそれとして、前から話していた二人の予定を入れようかと考えていた。スバルは何やら他の友達と料理会みたいなことをすると、誘ってくれていた。ぺこらからは借りを返したいと言っており、予定を空けてて欲しいと頼まれていたのを思い出す。

 

 

「買い物もさっさと終わらせて、今日は一人でゲームでも…ん?」

 

 

本当なら特訓もしたい所だが今日はゆっくりと休みたい気分な為、最近ハマり始めたゲームと言う娯楽に時間を使おうと思っていた時だった。何気なく真横を通り過ぎようとした一台の黒い車に目が向いた。その際に一瞬だけだったが、見覚えのある人物が見えた。

 

 

「今のって…確か…。」

 

 

彼が初めて学園にやって来て一日も経たない内に強力な鬼族のあやめとの戦闘試合を行った。その際に闘技場に向かおうと迷っていた時、かなたと共に出会ったルーナの姿が見えたのだが、その同時に見知らぬ男二人も見掛け、パッと見で良くない邪心な気を感じ取った。

 

 

「なんか、あまりいい雰囲気ではなかったよな…。」

 

 

移動する車のスピードもなんだか急いでいるような気がするし、見知らぬ男二人と眠っているルーナ。これだけでも見掛けたら、とある考えに到るのも変ではない筈だ。

 

 

「追った方が良さそうだな。」

 

 

咄嗟にそう思った彼は直ぐに気持ちを切り替えて、走り去って行った車を見逃さないようその場から跳んで建物を伝って行きながら、ルーナの行方を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、のどかさん…こんな危ないことさせて…。」

 

 

「いえ!私がやりたいって言ったのですから。一人の生徒を助ける為なら何だってしてやります!確かに怖いですけど…ルーナさんの方がもっと怖い思いをしてる筈です。くよくよしていられません!」

 

 

学園から場所を移し、ルーナを攫った男が言っていた廃倉庫付近までやって来ていた。そして取引に向かう前にえーちゃんはもう一人連れて来た煌星学園の一学年担当教師である″春先 のどか″に悲痛な面持ちで謝罪をしていた。

 

何故そうなっているかと言うと、取引をしに向かうのが彼女だからだ。ワイシャツの上に黄緑のカーディガンを着て黒いミニスカートを履いており、ブロンズのショートヘアに萩色の円らな双眸。のどかはえーちゃんと同じ一般人女性であり、容姿からパッと見ても可憐な上に取引条件としても疑われるこてはないだろう。

 

たが幾ら彼女自身からの要望で危険な場所へと赴くことに、見届けるしか出来ないえーちゃんは己の無力さに苛立ちが芽生えていた。のどかは怯えるどころか寧ろやる気に満ち溢れているのは、教師と言う立場もあるだろうが彼女の生まれ持っている性格からだろう。

 

 

「遠くからかなたさん達が見守っているから。もし何かされそうになっても、きっとあの人達が助けてくれますよ。」

 

 

「はい!私はそれを信じて行ってきます!」

 

 

(凄いやる気だなぁ…却って頼りになっちゃうよ。)

 

 

命の危険性があるのにも関わらず不撓不屈の精神で立ち向かうのどかには、えーちゃんも引き止めようと言う気持ちは不思議と無くなってきていた。そして、のどかは学園長から用意して貰った一億の札束が入ったアタッシュケースを持ち辛そうにしながらも、何とか目的の所へと入って行った。

 

何か身に危険に合うようなことがあっても、来ているのはこの二人だけではない。既に手は回してある。えーちゃんは兎に角、状況が良い方向に転換することを願うばかりだった。

 

 

 

 

 

「───来たようだな。」

 

 

とうとう主犯と顔を合わせることになったのどかは、自分に話し掛けてくる男よりも攫われたルーナを気にしていた。周りを見てみると男は一人だけではなく、何十人と言う規模でこの場を制していた。

 

 

「の、のどか先生…!」

 

 

「ルーナさん…!」

 

 

ルーナの呼ぶ声が奥から聞こえて直ぐにその方へ目を向けると、彼女は男達の後ろ側で椅子に縛られていた。直ぐにでも助けに行きたい衝動に駆られるが下手には動けない。

 

 

「まぁ、悪くない時間だ。それで早速本題だか…例のブツはそれか?」

 

 

余裕綽々と言った感じに悠長に腕時計で時間を確認しつつ、条件として身代金が入っているアタッシュケースを見て口元を気味悪く歪ませていた。のどかも会話をする際には慎重にしないといけないと言う緊張感があり、頬を伝う冷や汗がやけに気持ち悪く感じていた。

 

 

 

 

 

「…トワ、今の状況見える?」

 

 

その頃、のどかが取引に掛け合っている一方でかなたとトワは廃倉庫付近の上空にて待機していた。ボロボロとなっている廃倉庫の隙間から取引の様子が微妙だが垣間見えていた。かなたはそのことをトワと思念伝達(テレパシー)で会話をしていた。

 

 

《見えてるよ。今のどか先生が主犯と接触したね。》

 

 

「あいつら…本当にルーナを引き渡すのかな?」

 

 

《えーちゃんも言ってたけど可能性はゼロに近いよ。大抵こういうのは約束なんざ守らないもんだし、証拠隠滅としてルーナものどか先生も殺される可能性は高いから信じない方が利口だよ。》

 

 

「やっぱりそうだよね…。」

 

 

《そして向こうもトワ達が素直に応じるとも思ってない筈だから、こうして立ち回っているのも奴らの視野に入ってるかもしれないこと、頭に入れといて。》

 

 

えーちゃんから伝えられた作戦とは、下手に動けないならその時を待つ。大体の人質事件となると要求を満たしても素直に応じないことはある為、その裏をかく方針で行こうと話してはいたがトワの言う通り、相手も裏を取ることを分かっているかもしれない。ルーナの命は常に奴らに握られていると考えておいた方がいいだろう。

 

 

「うん、分かった。絶対助けようね!」

 

 

《当然っしょ!》

 

 

二人はお互いに顔を見なくとも、その声色から察して強い決意に漲っていた。必ず助ける。どんなに危険な状況が迫ろうとも、大切な友達を見捨てることなど出来やしない。ヴィランとは違った緊張感が身体を強ばらせるが、それを打ち砕くように拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

「…貴方が言っていた通りちゃんと身代金を持って来ました。約束通り、ルーナさんを返して下さい!」

 

 

「…ちゃんと本物のようだな。よしいいだろう…。」

 

 

手下であろう者がアタッシュケースを取って行き、主犯の男と共に中身を確認していた所をのどかが勇敢にも強気に言葉を放った。だがそんな彼女の言うことに見向きもせず、聞き流して中身の金額を見てから頷いていた。条件を満たしていることに満足しているその様子を見て、のどかはルーナを解放するよう伝えようとした。

 

 

「じゃあ───」

 

 

「なんて言うとでも思っていたのか?甘いねぇ…姉ちゃん。」

 

 

「っ!?」

 

 

しかし、不気味に口角を上げながら彼女の言葉を遮ってきた。身代金を手下に任せて主犯の男は懐から拳銃を取り出すと、それをのどかに銃口を向けた。突然と殺人道具を取り出した男を見て、のどかは目を見開くもまだ残っている冷静さで意思を保たせる。

 

 

「まだまだ若気のある雌に教えてやろう。こう言う約束なんざ端っから守る筈がないんだよ!俺達は目的のモンが手に入った瞬間から…。」

 

 

 

 

 

「───お前達を殺すと決めていたのさ。」

 

 

最初から逃がすつもりはなく、自分達の犯罪行為の口封じとして殺すことは既に決まっていた。奴らの目的は金。その目的が達成された今、のどかも人質のルーナも用済みとなり、奴らにとって残る作業は証拠隠滅をするだけ。

 

 

「のどか先生っ!!逃げてっ!!」

 

 

男が拳銃の引き金を引こうとするのを見えたルーナが、大きく声を出してのどかに逃げるよう必死に伝えた。不幸にも周辺に遮蔽物で身を隠す所も身代金を持って来ただけで、身一つで拳銃に対抗する術など持っていない。

 

それでも、のどかが逃げようとしないのは彼女達が守ってくれると信じているから。

 

 

 

 

 

「トワっ!!」

 

 

《あぁっ!!》

 

 

かなたは咄嗟にトワを呼んだ。トワも言われなくとも理解っている様子で返事を返しながら、彼女達は即座に彼女の下へ降り立った。のどかの前に二人が現れても男は特に驚いた様子は見受けられず、どちらかと言うと分かっていたようだった。

 

 

「…やっぱそう来たか。流石は天下の煌星学園の雌犬達だ、一筋縄じゃいかないようだなぁ…?」

 

 

「どうやらえーちゃんの考えは当たってたみたいだね。お互いにこう言うのを予測していた。」

 

 

取引は表向きなもので、結局は戦闘に持ち込むことになった。えーちゃんの言っていた通りの状況になっても、男の表情に焦燥感はなく寧ろ余裕が残っていた。トワはそれに違和感を抱きながらも、かなたに目線でのどかの安否確認を伝える。

 

 

「のどか先生、大丈夫?」

 

 

「ありがとう。かなたさん、トワさん。」

 

 

これと言った怪我をした様子はなく、取り敢えず一安心したが直ぐに視線を男の方へ戻す。次にかなたはルーナが近くで縛られていたことに気付いた。

 

 

「天音ちゃ…!トワトワ…!」

 

 

「ルーナ!無事で良かった…何もされてないみたいだね。待ってて!直ぐにこんな奴らぎゅっ☆ぎゅっ☆(握り潰して)して直ぐに助けるから!!」

 

 

何やら隠語のような含みのある単語を加え、一先ずルーナの心に余裕を持たせる為に明るく振る舞って見せる。トワもそれを察して同様に強気の笑みをルーナに見せると、男はそれに対して口角を三日月のように上げて狂ったように嗤い出した。

 

 

「ははははっ!!こいつは随分と活きのいい雌犬達だなぁ?あぁ…勇ましいなぁ…憧れるなぁ…───壊してぇなぁ…!」

 

 

「な、何なのこいつ…こちとら何時もヴィランと戦ってる煌星学園の生徒だぞ!強いんやぞっ!」

 

 

「油断しないでトワ!」

 

 

悪意のその奥にある、人とは思えない狂気が男を呑み込んでいた。あからさまな挙動不審に意味深な言葉を並べているのを見て、トワは不気味に感じて顔が引き攣っていた。

 

 

「あぁ…本当に世の中って腐ったゴミ溜めのように理不尽不条理が夢や理想を壊してくるなぁ…だったらこんな世界、一度真っ新にして綺麗にしてやろうか…。」

 

 

「さっきからマジで何言ってるっての!情緒不安定かっ!」

 

 

「一体何する気…?」

 

 

頭を掻きむしりながら不満気に今時の世間に苦の言葉を一概に並べる。ガリガリと掻き続け、髪の毛が抜ける所かそのまま血が出るんじゃないかと思うくらいに段々と激しくなっている。すると男は懐から何かを乱暴に取り出した。それに続いて、周りに囲んでいた手下達も同じように懐から何かを取り出す。

 

 

「俺はそんな綺麗事を吐きながらキラキラした瞳で前を向いて…英雄気取りな奴らがいっっち番嫌いなんだよぉ!!」

 

 

手に持っていたそれを高々に上げて怒声を放つ。隙間から入って来た太陽光でソレが反射していて、よく見れば何処にでもある注射器だった。ただ問題なのがその中身の色だ。ケミカルライトのように赤紫色の妙な禍々しさがあり、一目見てそれが毒か何かの有害物質が含まれているようにしか見えない。

 

しかし男達は何の躊躇もなく、それを自ら注射器を自分の首に打ち付けた。そして刺した所から根っこのように紫色に変色した血管が皮膚から浮き出てくる。

 

 

「なんなのあれ…!?」

 

 

「ぐっ…ぉおおお…!はははっ!こいつはいいもんだ!気持ちいいくらいに力がどんどん増えていくのが分かる…!」

 

 

すると今度は、身体中から耳を塞ぎたくなるような嫌な音が響き渡る。骨が軋み、骨が外れ、骨が形を変えていく。身体の骨格が変形し、体格が膨張したり角やら翼やらが生えだして、それぞれが人のような別の何かに変わり始めていた。

 

 

「あれって、もしかしたら前にココから聞いたことがあるやつかも…。最近の裏組織で出回り始めて闇市場で買える薬…!その効果は身体機能の向上だけじゃなくて────」

 

 

 

 

 

「中には身体の″細胞を造り換えて″、人間をやめる奴だっている…!」

 

 

 

 

 

かなたは変化した男達のとある事実に気付いた。この場にいない友人からの話で、裏の世界を生きる人間が密かに入手していると言う製造先が不明の薬物。それは名称も不明で手を出せるものでは決してないのだが、誰かが効果を試した結果、目の前の現象になり、いつの間にか薬の効果が忽ち広まっていた。

 

 

「何あれ……え、キモッ…なに?裏社会でバイオでも流行ってんの?」

 

 

「兎に角、早くルーナを助けないと!のどか先生は下がってて!」

 

 

「わ、分かりました!」

 

 

状況は不味い方向へと流れて行く。かなたは咄嗟に避難するようのどかに伝えながら警戒態勢に入り構えだし、目の前の状況を冷静に分析して思考を働かせる。敵が何人いるか、ルーナとの距離、相手の強さ。かなたは行く手を阻む手下達を見て口を噛み締めた。

 

 

闇影鄭(あんえんてい)・『黒鎌』!」

 

 

横でトワは自身の異能である『冥影(めいえい)』と魔法を掛け合わせて武器を創造する。影となっている所に手を翳して魔法陣を展開させると、その影がトワの手元へ集約して行く。そして形が形成されていき、次第にそれは等身大程の漆黒の鎌になった。トワはそれを手に持つと軽く振り回して構えだす。

 

 

「トワ、僕が様子を見てルーナを助けに行くから、こいつらをお願い!」

 

 

「任せなっ!」

 

 

影で全体的に漆黒で見えないが紫色の輪郭で覆われいる為、遠目からでもそれが大鎌だと分かる。それを見た手下達は警戒しだして小さく唸り、威嚇するように相手の出方を伺っていた。

 

双方で睨み合う時間が静かに続いていたが、先に動いたのはかなたからだった。その後にトワも動き始め、二人は交差しながら敵陣に突っ込んで行った。天使の羽根を駆使して迎え撃とうとして来た手下の攻撃を紙一重で躱しながら、脇をすり抜けて行く。その隙にトワが手下達に牽制をして注目を集めさせる。

 

一直線に向かったかなたは一際変形した主犯の男に拳を向けが、男も大振りで膨張した腕を振るう。そして拳がぶつかり合うと、衝撃波が一帯に広まる。かなたは細い腕なのにその数倍の大きさのある腕と拮抗状態になると男は目を見開かせた。

 

見た目は少女でも種族は天使な上にヴィランと戦ってきた経歴がある者で、本来ならサシで勝負を挑んだ所で男に勝ち目は無いだろうが、今の奴は″変異″した。禍々しく人ならざる者へと変わった男の力は計り知れず、奴も自身の未知の力に過信していた。

 

 

「図に乗るなよぉォ…!偽善者の烏合の衆があァ…!」

 

 

「そんなことない!確かに助けられない時だってある!それでも!僕達は全ての人を助ける気持ちで、何時だって諦めずに前を向かわなきゃいけないんだよ!」

 

 

男の意図に何があるのかは分からない。何が気に入らずにこんなことを起こしたのか、分かることはない。ただ今は助けることだけを考えていた。ヴィランを人々から守っていても、それ以外でも、何時しか救えないその時が来るかもしれない。それでも前向きに貢献しなくてはならないと思っているのは、前に龍成が言っていたことを胸に刻み込んでいたから。

 

『力を持つ者が、人を脅かすそのものを倒すのは当然。』

 

自分には戦える力がある。だったらそれを兎に角、人の為に世の為に守る行動をすればいい。

 

 

「こいつら…!どんだけ硬いんだよ!」

 

 

トワは熟練された身の熟しで手下達を鎌で捌いていくものの、手応えの感じはあるし斬り伏せているのにも関わらず手下達は倒れる気配がなかった。斬った所で時間は掛かれど白煙を出しながら治っていき、疲れ知らずか全く膝も付かない。

 

 

「もうキモすぎっ!かなた!一気に止めるからその隙にルーナを!闇影鄭・『影喰い』!!」

 

 

あまりにも厄介さにトワは苛つきだし、このままだと自分の体力が先に尽きると察して一気に状況を一転に持ち込みさせることにした。影と言うのは色んな所に付いてくるもの、彼女は隙を見計らって意識を集中させて異能を使うと、敵全員の人影から触手のような黒いモノが絡み付いて行動を制止させた。

 

 

「そぉ簡単にィ!止められると思うなァ!!」

 

 

しかし、手下達の動きは封じても主犯の男はそうはいかずに、咆哮を上げながら藻掻いて無理矢理引き千切った。この技はそれなりに高度な魔力も含まれているので、そう簡単に抜け出せるものではないのだが難なく突破されたことに口を噛み締めた。

 

 

「こんの馬鹿力がっ…!かなたといい勝負してんじゃんっ!」

 

 

「おいそれどういう意味だ!握り潰しちゃう…ぞっ!

 

 

トワのボヤきにかなたが反応するものの、戦闘の意識は逸らさずに隙を見計らって男に重い一撃の拳をぶつける。その小さな身体から出せるような威力とは思えない重低音が響くと、男は体を宙に浮かせて壁際まで吹っ飛んで行った。

 

 

「トワ!ルーナ!目瞑ってて!『セイクリッド・ルミナス』!」

 

 

「小癪なァ…!!」」

 

 

追加攻撃と言う訳ではないが、あくまでもルーナの奪還が最優先なので視界を奪うことにしたかなたは、天使特有の光魔法で廃倉庫内全体を真っ白な光で埋め尽くす。

 

 

「うおおおおおおおぉ!!───わためぇアタックッ!!」

 

 

「ぐぅおォっ…!?」

 

 

「ナイスわため!」

 

 

「くっ…!こっちはもう持たない!」

 

 

そんな時、突如現れたわための渾身の突進頭突きが男に容赦なくぶつかり、再び吹っ飛ばされて大量のドラム缶のある所へ激突して埋もれる。その同時に、トワの拘束魔法は維持するのが難しくなり手下達を解放してしまった。

 

 

「邪魔するな家畜がァ…!!」

 

 

「ひいぃ!」

 

 

「わため!早くこっちに!」

 

 

男はドラム缶を払い除けながら直ぐに戻って来ると、怒気の孕んだ瞳をわために向ける。獲物を狙う獣のような視線にわためは本能的に怯えるも、トワの『影食い』で自分の影から伸ばして、わためを巻き付けて安全な方に引き寄せる。男達との距離が空いたと見て、かなたは真っ先にルーナの下へと寄ろうと走り出した。

 

 

「ルーナ!今助けるから!」

 

 

「駄目っ!来ちゃ駄目なのら!!」

 

 

だがルーナは危機が迫って来ていることに気付いて、必死にかなたに伝えた。咄嗟に足を止めたかなたの前に、男が行き先を阻むように上から跳んで来た。あれだけの様々な衝撃を与えたとしても、依然として暴走は収まりを見せない。

 

 

「油断したなァ…!!お前らが幾ら戦えようがァ今の俺には……ダレもトめられねェんだよォ!!

 

 

「っ!?」

 

 

男の身体はメキメキと痛々しい音を立てながら更に肥大化しだし、最早人としての原型を留めていない程の巨体な化け物へと変わり果てた。身長は二メートル程に伸びて両腕は丸太程に太く鉤爪のようなものが五指から生えだし、闘牛のような悪魔の角に白目は黒く染まり瞳は憎悪を具現化したように紫色へと変色していた。声も獣のように段々と重く低くなっていた。

 

突然の光景を目の当たりにしたかなたは唖然として思考停止してしまい、その所為で男が突き刺そうとして鋭く尖った五指が迫って来ているのに反応が遅れてしまっていた。

 

 

「────シネエエエエエエエェ!!!

 

 

「天音ちゃっ…!!」

 

 

「かなたっ!!」

 

 

「かなたん!!」

 

 

皆が自分の名を呼んでいるのが不思議と良く聞こえる。それなのに体は動こうとしない。それは何故かは分からない。足が震えている。それは緊張からか恐怖からかは今はどうだっていい。迫り来る死が何故かゆっくりと見えていて、かなたがとった行動は目を瞑ることしか出来なかった。

 

トワもわためも助けに向かいたい気持ちでいっぱいだった。だが無慈悲にもそれを許してくれないのが、拘束から解放された手下達だった。

 

トワは自分の無力さの所為で、こんなことになってしまったと後悔していた。わためは助けに行こうとしても、自分も二の舞になると恐れてしまっていた。ルーナは自分が捕まらなければこんなことは起きなかったのにと、自分を酷く憎んだ。

 

誰もがもう間に合わないと思った時だった────

 

 

 

 

 

────ガシャアアアアンッッ!!

 

 

 

 

 

『っ!?』

 

 

唐突に窓ガラスが勢い良く弾け、甲高い音が倉庫内に響き渡る。突然の事態にその場の全員がその方向へ視線を向けると、太陽の逆光で顔は見えないが二つの人影が降りてくるのが分かった。よく見ると一人は角に尻尾が生えた少女で、もう一人は白髪の混ざったごく普通な少年だった。その少女は男勝りな強気の笑みを浮かべながら声高に周囲に注目を集めさせる。

 

 

「オラオラオラァ!!うちのルーナたんを返してもらうぜぇ!!」

 

 

「攫われたお姫様がいると聞いてやって来たぜ。」

 

 

「ココ!?紫黒君!?」

 

 

その正体は言わずもがなである。ココが何故この場所だと分かったのか、そして何故に龍成まで此処に来ているのか。気になる所ではあるが、かなた達にとっては来てくれただけでも強い安堵感が胸一杯に満し、自然と笑みが零れていた。

 

二人は状況を見るなり即座に悟って、軽く準備運動をしていた。ココは交互に指の骨を鳴らしながら目が笑っていない黒色な微笑みを浮かべる。それに対して龍成は肩を回しながら具合を確かめつつ、鋭い目付きを男達に向けていた。

 

今ここに、最強と謳わられている竜と龍が降り立った。

 

 

 

 

 




はい、本当は一話で済ませたかったのが結局長くなりそうだったので前後で別けます。また暫くは時間が掛かるとは思いますが大体この後の展開とかは考えてあるので、まぁ気長に待ってて下され。

では〜。


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十三話 『竜と龍』


ども。多分久しぶりです。
ようやく出来た十三話、まだ十三かよと思っている自分がいます。疲労感が中々抜けないけど頑張ります。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

────数十分前

 

 

 

 

 

「うーん…見失ってしまった…。」

 

 

ルーナを乗せた車を走って直接追い掛けるのは流石に愚策なので、建物から建物へと飛び移って追うしかなかった。ある程度までは視認しつつ移動していたのだが、途中で開けた繁華街に出たことで人目に付かないよう暫くは走っていた。

 

それが原因で気付けば見失ってしまい、現在は電柱の真上で佇みながら辺り一面を見渡していた。

 

 

「見間違えじゃなければ、確実にあれは拉致だよな。」

 

 

視力に自信はあるのだが一瞬な訳で、ルーナの姿は単純に寝ているのか強制的なのか微妙なラインだった。しかしその時の光景を良く思い出してみれば座って寝ておらず、横になって眠っていた。なんなら手も紐か何かで縛られていたような…?だったらこれはもう、そうだよな?

 

 

「拉致や監禁と言ったら人目には寄り付かない所にいるのが相場であり、犯罪心理的に考えてみれば…目的は身代金くらいか?だとしたら何で姫森を…。」

 

 

もしかして姫森って何処かの有名な大金持ちの家庭とか?だったらまだ分かるけど。普段の服装から見て明らかな姫様衣装だったもんな。金欲しさの犯罪者共からしたら喉から手が出るくらい大きい存在なのかもしれない。それだととんだ不憫だな。

 

 

「…とにかくこの先は海岸まで続いてるし、ここら辺から拉致しそうな所を絞り出して消去法で行くか。」

 

 

そう考えながらもう一度視線を移して色々な所を見渡す。この辺は工場地帯であり人目が付かない所が多くあって人を隠すには持ってこいだろう、恐らくこの辺りにいるのはほぼ確実とも思える。だが一箇所ずつ探している時間も無い。だったらと気配等を探れば意外と簡単に見つかるのだが…。

 

 

「変だな…気配も何か探り辛いし、早くしねぇと姫森が危ない。」

 

 

何か妙な力で対策でもされているのか、曖昧な感じに気を感知出来ない。相当な念入りで犯行に及んでいることについ溜息が出てしまう。相手は手馴れていると見た方がいいだろうし、人間以外の種族もいるかもしれない。

 

そう考えながらもう一度辺りを見回して、いざ姫森を探し出そうと足に力を込めた時───

 

 

「───おい待ちな。」

 

 

「…!!」

 

 

不意に自分の背後から女性の引き止める声が耳に入り、咄嗟に顔を振り返らせた。気付かなかった。こうも簡単に俺の背後を取られたことに驚愕していたが、声の主の姿を見れば魔族とは違った翼でホバリングしながら、自分に訝しむ視線を向けられていることに初めて気付く。

 

 

「お前確か…最近ワタシ達のシマに入った新入りだったよな?」

 

 

「島…?そう言うあんたは?」

 

 

隠語か何かの単語に首を傾げながらも、俺のことを知っていた感じからもしかすると煌星学園の人なのかもしれないとふと思ったが、どうやらその考えは当たっていたようだった。

 

 

「ワタシは煌星学園三年の桐生 ココっつーもんだ。よろしくな。そんで?お前の名前は?」

 

 

橙色に金色のメッシュが入っている長髪に赤と紫の二色の双眸。女性にしては珍しい高身長でモデルのようにスラリとした体格に、ある女性の二つの部分にも目が行きかけた。両側頭部には角があり、後ろには薄紫の尻尾が小さく揺れていた。

 

名前を聞いて思い出した。永先生から強い生徒の一人である、最強格を担う竜族だと。そんな彼女が何故こんな所にいるのか疑問に思っていたが、一先ず自分の名前を教える。

 

 

「俺は二年の紫黒 龍成、よろしく。それで何か用か?」

 

 

「色々と聞きてぇことがあんだが、いいか?」

 

 

取り敢えず敵意は感じられないが、どうも警戒はされているのに少し居心地の悪さを感じながらも、彼女を変に刺激させないよう自然体で話し、彼女の言葉に頷いて返す。

 

 

「先ず一つ…お前一体何もんだ?ただの堅気じゃあねぇよな?言っとくがワタシは竜族のもんでよぉ…″看破の双眸″って知ってるか?船長の異能(千里眼)と似たようなもんだけどな。」

 

 

看破の双眸…だとすると嘘は通じないって言われてるもんだな。各種族に宿る固有能力も存在することを忘れていた。これは…明らかに俺が人間ではないと殆ど察しているような目だな。

 

 

「…なるほどな。俺は確かに普通の人間じゃない。だが、そう思う根拠は?」

 

 

「おめぇから不吉な気配を感じるし、どうも人間にしちゃあ違和感があってなぁ。はっきりとまではいかねぇが…何か隠してんなら素直にゲロった方がいいぞ。」

 

 

「…仕方ない。正直に話すよ。簡単に説明するが他言無用で頼むよ。」

 

 

細めた瞳の奥に敵意が出始めている。彼女の気配や威圧も少しだけ溢れているのに、それだけでも強い圧力を感じる。そんな彼女の様子に軽く溜息を吐きながら、隠すのは無理だと悟って素直に龍族の血が流れていることを話すことにした。簡易的に且つ端的に説明すれば彼女の敵意も段々と薄れていき、疑いの念は晴れていた。

 

 

「なるほどなぁ。そいつは面白ぇ体してんなぁ。じゃあもう一つ確認させてくれ。」

 

 

「ん?」

 

 

真実を聞いたココは、顎に手を添えながら少し考えるような仕草をして見せる。彼女の発言の中で″面白い体″という言葉に意味がわからなかったが、まだ気になったことがあるのか、指を立てて健気に聞いてくる彼女に龍成は一瞬吃りながらも頷いた。

 

 

 

 

 

────バコンッッ!!

 

 

 

 

 

すると突然、ココは一瞬にして距離を縮めて殴った。拳から出るその音は打撃の範疇を軽々と超えている。花火のような爆音と共に衝撃の波紋は次第に消えていき、それを受け止めた龍成はこんな打撃を真面に受ければきっとただでは済まないものだと身をもって知った。最強と言われるのも伊達ではないことが分かる。

 

 

「……へぇ、実力は確かみたいだな。」

 

 

「満足したか?」

 

 

だがそれを軽々と片手で受け止めた彼の言動に、ココは不敵な笑みを浮かばせた。それに対して龍成は平然としているように見えるが、攻撃を受け止めた手を何度も開閉させている。表情には出ていないが、手が痺れているのだ。静電気のような刺激が手に広がっていることに、竜族の強さが如何程のものなのかこの瞬間で大体は把握した。

 

 

「おう!いきなり殴って悪かっな。名前を聞いてから天使に色々と話を聞いたのを思い出してね、強さは自分の目で確認したくってな。でも、このワタシの拳を平気で受け止めたんだ。それだけでも信じるに値する実力だ。こいつは久しぶりに良い相手が見つかったな…なぁ?いつかワタシと戦ってみねぇか?」

 

 

「いや…悪いが俺はそう言うのは苦手なんだ。」

 

 

初めの時とは打って変わって口調も雰囲気も明るくなり、一人で何処か満足そうに口角も小さく上がったままだった。その後に嬉々として差しの勝負を提案してくるが断っておく。

 

 

「んだよー、面白くなりそうだってのに。あっ!そんじゃあよ、ワタシの組に入らねぇか?こう見えても極道の会長をやってるんだけどよ、おめぇなら幹部以上の地位になれるぜ。」

 

 

「尚更無理だわ。」

 

 

何故に裏社会に誘おうと思った。正直、極道って普段から人を脅して金を巻き上げている悪いイメージしか思い付かない。でも彼女は組を率いる立場にいながら煌星学園に通っているのだとすると、桐生が特別なだけか?

 

 

「にしても龍族…か。」

 

 

「…?」

 

 

そんな時、彼女の表情から微笑みが消えて少し俯き始めた。何かを考えているような、と言うより思い詰めているように見えることに違和感を抱いた。何かぼそっと呟いていた気がして疑問の視線を向けていると、桐生はさっきの調子に戻り出した。

 

 

「いんや、なんでもない…って、そうだったそうだった!肝心なことを忘れてたぜ。今ワタシ人を探しててな、こいつ見てねぇか?姫森 ルーナって言うんだけどよ、知ってるか?同じ学園の生徒なんだけどよ。」

 

 

ふと大事なことを思い出したのか、手を叩いた後に懐からスマホを取り出してとある少女の写真を見せてくる。知人を探しているらしいのだが、その目的の人物に目をした時、龍成は目を白黒させた。

 

 

「……奇遇だな、俺も探してたんだよ。」

 

 

「んぁ?」

 

 

 

 

 

「状況を整理すると、龍成は偶然にもルーナたんを攫われたと思わしき所を見掛けて追い掛けて来たが、ここら辺で見失ったんだな?」

 

 

どうやら奇しくも俺と彼女の目的は一致していたらしい。お互いに過程を整理すると、既に学園の方では身代金の要求が伝わっていたらしく、それを聞いた桐生は速攻で行動に移したらしいが、場所も情報も分からずに怒りに任せて飛び出して来たことで結局行く先を見失ったとのこと。何してんだ。

 

 

「おまけに気配も探り辛いから何かしら策を設けてるかもな。もっと情報が欲しい所だな…うん、とにかく情報が必要だ。天音達に電話してみたらどうだ?」

 

 

「それがよ、さっきワタシもしたけど掛からねぇんだ。もしかすっと既にあっちでも行動してるかもしれねぇし、ワタシと龍成だけでも探すしかねぇな。」

 

 

電話しても返って来ないとなると、桐生の言う通り彼女達も動き始めている可能性はある。しかし不用意にヒントも無しに探し回るのは難しいにも程がある。

 

 

「けど手掛かりも無しに無闇矢鱈に探すのは愚策だし、参ったな…────ん?……いや、どうやら探す必要も無くなったみたいだな。」

 

 

「あん?一体何言って……あぁなるほどな。手間が省けて良かったぜ!んじゃあさっさと取り返して行くか!」

 

 

正に難攻不落。まず探す所からとても困難な壁にぶち当たった所だが、ふと視界の端に何か眩い光が見えたと同時に微かに天音の気が感じられた。気になってその方に目を向けると、廃れている感じのある倉庫から光が漏れていた光景に不意に口角が上がる。一人で盛り上がっていると桐生が不満気に俺を見るが、直ぐに理解すると真っ先に急発進して飛んで行った。

 

翼を利用しているのであっという間に距離を離されて、俺も慌ててその場から跳んで後を追う。何とか建物の上を伝って追い付くが、その同時に廃倉庫の中の様子が遠目から見えて、異型の男達とそれに対抗している天音達がいるのが分かった。しかし彼女達の方が劣勢のようで、そのことを踏まえて桐生に一つ聞く。

 

 

「状況的にはヤバそうだ。んで、どうやって突入する?」

 

 

「そりゃあ勿論…!」

 

 

 

 

 

「───カチコミじゃあああああああぁ!!」

 

 

 

 

 

当たり前のように並走する龍成に気にせず、不敵且つ好戦的な笑みを大きく見せながら、彼女はそのまま大胆に突っ込んで硝子を蹴破った。割れた甲高い音と共に着地して豪快に横槍を入れに行く。静寂となった空間に硝子の破片が落ちた音がやけに響き渡るが、それを超えるように桐生が男勝りに声を張って注目を集める。

 

 

「オラオラオラァ!!うちのルーナたんを返してもらうぜぇ!!」

 

 

「攫われたお姫様がいると聞いてやって来たぜ。」

 

 

「ココ!?紫黒君!?」

 

 

突如現れた俺達にその場にいた全員が驚愕する。一際目立つ見た目をしている巨大な男と対面していた天音を皮切りに他も唖然から冷静さを取り戻す。

 

 

「ココちんはともかく何で紫黒まで!?」

 

 

「どういうこと…?」

 

 

初めて見る人がいるが角巻までいるとは思わなかった。だがそんなことを気にしている場合ではなく気を抜けない状況な為、俺は声を掛けて意識を切り替えさせる。

 

 

「説明は後だ、今はこの状況に集中しろ!桐生、俺は周りを片付ける。お前はあいつを頼んだ。」

 

 

「おう、任せな。」

 

 

「なんだァお前らはァ…?余所者が勝手に首突っ込んで来るたァ、いいご身分だなァ?」

 

 

あの男は俺でも良かったが、何となくここは桐生に任せておいた方が良いかもしれないと思った。彼女にそう伝えるとこちらを見ずに心強い返事を返してから歩んで行き、俺はその反対に移動して角巻がいる所まで向かう。

 

男はココに向かって挑発じみた言葉を並べるがそれに全く反応を示さない、と言うよりかは興味がないと言うのが合っているだろう。ゆっくり歩んでいた彼女は途中で大きく一歩を踏み出すと、男との距離を瞬時に縮めて顔面に拳をぶつける。

 

 

「ぅぐああァっ!?」

 

 

ココの速度に付いて来れず真面に受けた男は、簡単にぶっ飛ばされて奥に転がって行く。痛がる様子に何の情も湧かず、ただひたすら胸の中にある怒りが彼女の今の原動力に拍車が掛る。

 

 

「あぁん?大事なダチが危ない目に遭ってて、このワタシが黙っていられるわきゃねーだろ。おう天使、ここはワタシに任せな。こいつにはたんまりと礼をしなきゃだからよ。」

 

 

「…わかった!じゃあ後ろは任せて!」

 

 

「舐めながってェ…!──っ!お前まさかァ…桐生組のォ…!?」

 

 

男は殴られたことで苛立って彼女を睨むも、改めてココの姿を見て思い出したようだった。彼女の組は裏社会ではかなり名を刻まれている存在になっている為、下手に喧嘩を売られることは滅多にない。今更気付いた男はたじろいでいたが、ココはそれを鼻で笑って見せる。

 

 

「おーやっと気付いたか?まぁんなことどうだっていい。それよりも…よくもうちのルーナたんに怖い思いさせて、ワタシ達にもカマシ入れてくれたなぁ?今更イモ引いたってこの落とし前は絶対に付けさせて貰うぞ。」

 

 

かなた達や煌星学園の後輩達は、ココにとっては例え裏社会の極道の道を歩いていても心から大切にしていて人情や道徳は絶対に捨てないと心から決めている。それが極道らしくなくとも、ココは人との繋がる縁を大事にする心優しい竜族なのだ。

 

 

「────さぁ、ステゴロといこうぜ!」

 

 

「チィッ…!だが所詮は女だァ!今の俺でもテメェにも負けねぇくらいの力持ってんだよォ…!!」

 

 

素の状態だったら確実に負けていただろうが、今の男はヴィラン並の脅威を持った力を宿していることで負けない自信があった。相手は竜族であれど所詮は女の一人だと、自分の力に信じて疑わなかった。

 

 

「おめぇさっき舐めてるって言ったよな?────こっちの台詞なんだよど阿呆が。」

 

 

「ぐぅあああああァ!?」

 

 

だがそんな自信は愚かであっという間に玉砕されてしまう。その形容しがたい図体で突進して来た男に対して、ココは軽く裏拳をノックする感覚でぶつけただけで身体を弾かせる。

 

 

「こちとらクソ害悪なヴィランと戦い続けて場数踏んでだぞ、おめぇみてぇな三下がワタシ相手に務まると思ってんのか?」

 

 

「うぐゥ…!黙れぇええええええええェ!!」

 

 

「いやおめぇが黙れよ。」

 

 

竜族の強さは考えるまでもなく人間相手じゃ足元にも及ばない。彼女にとってはこの男は蟻と同等な、いやそれどころか例えることすら必要も無いだろう。完全に堪忍袋の緒が切れた男は発狂気味に猪突猛進を繰り出すも、冷静なココからビンタを貰って吹っ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相手にならねぇくらい軽くいなしてんな。」

 

 

少し気になって様子を見ていたが、流石は竜族なだけあって赤子同然に扱っている。そして桐生は怒り心頭らしく、纏うオーラが普通じゃないし大分甚振っているようにも見える。軽く叩く程度で毎回吹っ飛ばされているあの男が段々と不憫に思えてくる程だ。

 

 

「相変わらず滅茶苦茶にするなぁココちんのやつ…っと!油断なんないねっ!」

 

 

その場にいた悪魔の少女は、視界端から来る変わり果てた手下の攻撃を直前で気付いて躱すと、バックステップをして距離を取った。そう、俺達もゆっくりしてられない。目の前には数十人といる怪物化となった手下達が立ちはだかっているのだ。

 

一人一人は中々に厄介なタフネスさを持ち、人間では得られなかった力に過信しているのか気味の悪い笑みを浮かべながら襲い掛かって来る。悪魔の少女は鎌を用いて何とか対処しているが、天音は体格差があって攻めるのが困難なのか攻撃を避けるので手一杯に見える。

 

 

「あぁもうっ!こいつら執拗い!オッッルゥアァッ!!」

 

 

「ぐぁあああっ!?」

 

 

「えぇ…。」

 

 

手を貸そうと急ぎで天音に近寄った時、彼女から激しく気が揺らぎだして、普段から見られない荒々しい口調が出てきたことに少しばかり引き気味になってしまった。小柄な少女から為せるとは思えない程の獣のような咆哮と、破裂したような重い殴打を手下に繰り出していた。そいつは空中に綺麗な弧を描いて真っ逆さまに頭から落ちて行き、そのまま動かなくなってしまった。

 

 

「うわ〜…めっちゃ痛そう。あれ首折れたんじゃない?」

 

 

「ん?待って…アレ元に戻ってない?」

 

 

痛々しい光景に目を背けそうになりはしたが、倒れ伏せた手下の身体から紫色の煙が出始めたと思えば次第に巨躯は萎んでいき、服装はボロボロであるがそれ以外は血色も体格も元通りに戻っていた。気絶しているようだが、先の光景のせいで角巻は何やら勘違いしているようだ。

 

 

「かなたんのゴリパンで殺しちゃった…?」

 

 

「殺してねぇわ!!てか何だゴリパンって!ゴリラか!?ゴリラのパンチってことか!?」

 

 

「お〜よく分かってんじゃん!」

 

 

勢い余って殺してしまったと思っていた角巻だが、天音は速攻でそれを否定する。実際にはちゃんと生きていることは気の作用で確認済みなのでそこは問題はない…のだが、どうやら天音は角巻の発言に気に食わない部分があったらしく激昂するが悪魔の少女に茶化される。

 

 

「誰がゴリラじゃ!握り潰すぞオラァ!こちとらピチピチの美少女天使だぞ!」

 

 

「え?」

 

 

「え…?」

 

 

「ぁ、いや…失礼。」

 

 

「え、やめて?謝らないで?」

 

 

何故か咄嗟に、条件反射みたく天音の方へ疑心の視線を向けてしまった。しかし、あんな綺麗なアッパーカットと少女とは思えない程の威力を見たりすれば自然と疑ってしまうのも可笑しくない……と思う。でもやはり相手は立派なレディだ、ついとはいえ疑心したことを即座に謝ってその場をやり過ごす。

 

 

「ん゛ん゛っ!まぁ、そんなことはどうでもよくて──「え、どうでもいい…?」気絶させる程の強い衝撃で片付けられるようだし、もう一気に終わらせるか。天音、角巻、そんでー…常闇?だっけ?」

 

 

「こんやっぴー常闇 トワ様です。よろしくね。」

 

 

「紫黒 龍成だ。よろしく。」

 

 

「いやいやいや今そのタイミングで自己紹介する!?」

 

 

常闇とこうやって話すのは初めてなので一応ね。天音に突っ込まれるのも致し方ない、まぁタイミングがあれなだけで問題は無い。取り敢えず名前と容姿が確認出来れば今はそれでいい。

 

 

「まぁまぁ…取り敢えず、後は俺に任せてくれ。」

 

 

緩んでいた空気に緊張感を入れ直し、三人を俺の後ろへ下げさせて一人で前に出る。手下達は大きく敵対心を剥き出しにして獣のように唸りながら鋭い眼光を俺に集中させて来る。だがそんなもので怯む筈もない俺は、それを受け流して一人一人顔を見ながら口を開く。

 

 

「一応最後に警告しとく。俺としてはこんなこと止めて大人しく投降して欲しい。何分、人を痛め付けるのは苦手な性分なんでね。」

 

 

「誰がそんなもん聞くかヨ…!」

 

 

「根暗なクソガキがカッコつけてんじゃねぇゾ…!」

 

 

「てめぇ一人で何ができるってんダ!?」

 

 

虚しくも俺の警告に大きい反感を買う結果となった。牙を剥き出し、図体を更に大きく見せる。そんな抵抗を止めてくれない姿に無意識に溜息が出てくる。

 

 

「はぁ…何で分かんねぇのかなぁ。まぁそうだろうと思ってたけど。────じゃあ怪我しても知らねぇからな。」

 

 

無駄だと知っていても聞くだけ聞くのは穏便に済ませたいのもそうだが、やはり何時まで経っても人に力を使うのに抵抗を抱いているからだ。でも、話で解決が出来ないのなら本当に仕方がない。意識を切り替えて、こちらも敵対心を引き起こす。

 

溜息を吐いていた拍子に閉じた双眸を、強く鋭利にさせて圧力を突き付ける。おまけに彼の青黒かった瞳は暗い紫へと変色していた。張り詰めた空気は更に重みが加わり、まるで抑えていた何かが解き放たれたように、先程の彼とは変わり過ぎる雰囲気に手下達は肝を冷やしたのか一歩後退る。

 

 

「紫心龍拳奥義・参ノ気──『龍烈演武(りゅうれつえんぶ)』」

 

 

その一瞬の隙を見逃さず素早く構えながら気を身体中に素早く強く巡らせ、龍のような幻が雷の如く一瞬を超えそうな光速で相手の懐へ飛び込み、音を置き去りにする程の速度に乗せた重い一撃を手前から順番に喰らわせる。

 

 

「え…?何が起こったの…?」

 

 

「わ、分かんない…気付いたら皆倒れてた…。」

 

 

「すごっ…これがあやめちゃんを圧倒した力…こりゃあ敵いっこないわ…。」

 

 

見ていた三人の視点からは、刹那の出来事で脳が理解を追い付かず呆然とその光景を眺めていた。先程まで立ち塞がっていた手下達は、一度の瞬きした時には既に全員が倒れ伏せており、龍成は少し離れた前方で背を向けたまま佇んでいた。

 

 

「借りた力で強くなった気でいるお前らは到底弱いままだ、覚えておけ。いや…もう聞こえちゃいないか。」

 

 

「紫黒君!どういうことか説明してくれる?どうやってここまで…ココと何時会ったの?」

 

 

「分かってるよ、手短に説明するとだな…。」

 

 

事が瞬時に終えたことで伸びている手下達に説教紛いなことだけ短く残しておくと、天音達が駆け寄って事情を求めて来る。確かに俺が来ること自体が天音達の作戦ではアクシデントみたいなものだし、何故に桐生と合流したのかを簡単に説明する。殴られて試されたこと除いて。

 

 

「こんな偶然もあるものなんだね。」

 

 

「君とココちんがいたらもう勝ったも同然じゃん。」

 

 

「紫黒先輩とココが来てくれたお陰でルーナも直ぐに助けられるね!」

 

 

天音達にとっては嬉しい誤算だったのだろう。信頼に満ちている視線を送って来る三人に、何処かこそばゆい気持ちになる。それを悟られないよう自然に体を桐生がいる方へ向けて、話題を無理矢理変える。

 

 

「さて、と……そろそろあっちも頃合いだろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、ココと男の戦いは一方的な戦況で片方に傾き続け、言うまでもなくココが圧倒した。男は完膚無きまでに痛め付けられたことで立ち上がることすらままならず、疲労と怪我により膝を着いて息を荒らげていた。

 

 

「おめぇらが使ったのは最近裏で出回った薬の『Bds-9』だろ?特別な細胞が含まれてるって聞いたぜ。人間の細胞を一時的とは言え破壊し、物理的にも心理的にも人の道から外れたおめぇらは…ただの悲哀なバケモンだ。」

 

 

出処が不明で、裏社会に瞬く間に騒ぎを広めた正体不明だった代物。ココはその薬、『Bds-9』の情報は事前に把握していた。だが得たのは名称と効果だけで、その薬が生まれた原因は尻尾も掴めておらず暗中模索となっている。

 

 

「グゥ…!お前らに何が分かるゥ…!?裏の世界に足を踏み入れざるを得なくなった俺達にィ…!何が分かるゥ…!!」

 

 

男だったその化け物は、それまで心の中で溜め続けていた何かが溢れ出したのか、糾弾するかのように目の前の少女に叫ぶ。

 

 

「虐待はされェ、非難はされェ、真面に知恵も飯も寝床も碌に恵まれずに全てに拒絶されェ…!優しさも癒しも何も無いィ…!安寧なんぞ何処にも無いィ…!!だから己の手を血で汚してまで生きるしかなかったァ…!!」

 

 

男の人生は大変だなんてものじゃなかった。物心が付いてから出会ったのは…苦痛、飢餓、虚無感、絶望。

 

まるで生まれてきたことが間違いで不幸にも思っていた。そんな世界で生きる価値も見出せずにいても、ある一つの感情が大きく生を突き動かされ、血で血を洗うことにも人の道から外れることにも躊躇はなかった。

 

 

「だから気付いたァ…!こんな世界は俺を絶望させたァ……だから俺がこの世界の浄化の権化となりィ…!」

 

 

 

 

「この世界をォ……全てを消して俺も死ぬゥ…!!」

 

 

 

 

 

これが男の心からの叫び。この平等も何も無い弱肉強食の世界への怨恨。その感情が男の全てを支配し、ただ我武者羅になって怨みを晴らす為に動き続ける悲哀の化け物。

 

 

「随分な思考してんなぁ。けどなるほどな…おめぇの言っていることは嘘じゃねぇようだ。嘸かし死より辛い経験をして来たかもしれねぇが、幾ら何と言おうとおめぇの行いは間違っている。」

 

 

「あぁ…確かに同情するよ。そんな境遇で…そんな環境で生きてさえすれば世の中の全てに怨みを持つのも変な話じゃない。」

 

 

その二人の会話の最中、ココの後ろから龍成達が歩み寄って来た。男の怨嗟はその場にいた全員に労る思いを生ませ、その中でも龍成は人一倍に男に同情心を持った。環境がこの男を壊した、境遇がこの男を狂わせた。

 

しかし全員の意思は変わらない。どれだけ過酷な人生を歩んだ悲劇の持ち主だとしても、許しはしないしこれ以上の悪事の前科を起こさせないのが、彼等にとってせめてもの情けだろう。

 

 

「お前にとっては全てが悪に見えるのかもしれないし、もう善悪も何も関係なのかもしれない。それでも俺達は、お前を止めなければならない。」

 

 

 

 

 

「黙れェ……!黙れ黙れだまれダマレエエエエエエェ…!!」

 

 

「────ひゃあっ…!?」

 

 

あれだけいた手下は一瞬で再起不能にされ、かなり傷だらけの窮地に追いやられた男は暴挙を起こし始めた。ルーナに掌を向けた時、その異型化した太い腕が蛇のように柔軟に伸び出して身動きが取れないルーナを巻き付かせて男の傍に引き寄せた。

 

 

「ルーナ!!」

 

 

「てめぇ!!」

 

 

「一歩でも動いたらこの餓鬼を殺すうゥ…!!」

 

 

嫌な予感が脳裏に過ぎった所で既に遅かった。かなたとトワが足を踏み出そうとした時、男の警告により阻止されて下手に動けなくなってしまった。その意図は本気のようで、ルーナを拘束している腕を更に締めて見せた。

 

 

「うっ…ぐっ……ぅ…っ!」

 

 

「やめてぇ!ルナたんを返してっ!!」

 

 

「いい加減にしろよっ!!」

 

 

「はっははハハハハァ…!!油断したテメェらの落ち度だァ…!もう金なんざどうでもいいィ…!ただテメェらも、俺と同じ苦痛の一部を味わせてやるよォ… !!」

 

 

ミシミシと嫌な音が耳に入り、彼女達強い焦燥感に駆られるがルーナの命が相手に握られている所為で動けずにいた。何とか口を動かしているが決まり文句しか言えず、男はそんな様子を見て口角を吊り上げる。自暴自棄、それが男を支配した。

 

 

「…っ!……かっ…は……!」

 

 

「んの野郎…っ!!」

 

 

締め付ける力が強まり、ルーナは呼吸が出来なくなってしまいとても苦しそうに藻掻く。ココの額に浮かぶ青筋がはち切れんばかりに激しく激怒して、我慢に限界を迎える一歩手前まで迫った時だった。

 

 

「……お前って奴は────」

 

 

 

 

────バキッッ!!!

 

 

 

 

 

「本当に救いようがないな。」

 

 

「ぐゥッ…ゥゥ…おごォ…!?」

 

 

刹那、何かが折れるような痛々しい音が響き渡る。その音が耳に入ってから数秒経ってからその光景に唖然としてしまう。今さっきまで隣にいた龍成は、何故かルーナをお姫様抱っこで抱えていた。悪魔や天使の肉眼ですら追い付かない程の超スピードで男の顔面を陥没するくらいに殴り飛ばし、一瞬を超えた速度でルーナを救出する彼のフィジカルさは計り知れない。

 

 

「……え?…な、何が起きたの…?」

 

 

「龍成……お前…。」

 

 

しかし、そんな中でもココだけは彼の動きを捉えられていた。けどその顔色は驚愕と言うよりも、何か不気味なものを見掛けたように顔が引き攣っていた。

 

 

「ぅ…うぅ……?」

 

 

「大丈夫か?まだ痛むなら無理に喋らなくていい、もう大丈夫だ。直ぐに終わらせるからここで少し寝ててな。」

 

 

拘束から解放されたがまだ苦痛の余韻が残っていて顔色が優れていない。だが、時間がその内彼女の調子を戻してくれるだろう。けどそのままにしておくのも気が引けるので、自身の気を彼女の身体に流し込んで緩和させてから、離れた所にそっと静かに寝かせて置く。

 

これで何も気にせず男との決着がつけられる。心内から溢れ出す怒気が身を包み、男の方へ振り向いて睨みを利かせながら歩み寄る。

 

 

「もうお前は謝っても許さねぇぞ。本来、裁くのは俺達の役目じゃないが…その身をもって最期まで罪を償え…!」

 

 

「ぅ…ルセェ…ッ!!オレの気持ちも分からねェ下等生物がァ…!!ヒーロー気取りするなァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

崩した体勢を立て直した男はまだ顔に残っている激痛に苛立ちながらも、殴られた怒りや世の中の無慈悲で不平等で理不尽への憤怒が起因となってタガが外れ、更なる力が男に与えられる代わりに理性が少しずつ崩壊していく。もう全てを破壊したくて堪らない衝動に駆られ、目に見える全てを壊しに掛る。

 

 

「紫心龍拳奥義・壱ノ気──『紫纏爆(してんばく)』」

 

 

「──っ!?う、動けねェ…!?テメェ…一体何しやがったァ…!!」

 

 

全力で殴り掛かろうと龍成に地面に足がめり込む程走っていた所を、片手を向けられた瞬間に意図せず動きが止まる。男は自身の周りを目だけを動かして確認すると、自分の身体中に紫のオーラのようなものが包まれていることが分かった。その上、呆気なく止められたことに驚愕して、次に困惑が男の思考を狂わせる。

 

 

「最後に一つ言っておく…。」

 

 

何をしたと問い質しても、返ってきた言葉は男の望んだ回答ではなかった。さっきまで怒りに燃えていた表情から一転、哀愁とも言えような気難しい顔色を浮かべながら、少し間を置いてから言葉を吐いた。

 

 

「境遇は違うが、お前のその気持ちは俺にも分かる…───こんな止め方しか出来なくてすまない。」

 

 

慈悲の視線を向けつつ不器用な自分に嫌気が差したように伝えながら、翳していた手を握り締めた。

 

 

 

 

 

────ズドォオオオオオオオオンッッ!!!

 

 

 

 

 

男を纏ったオーラが着火したように光った時、倉庫全体がぐらつく程の爆発が男の意識を刈り取った。手加減はしていたものの、それでも室内戦での規模で言ったら大きい方だろう。かなた達は強い地震に揺らされたようにふらついていて、各々慌てながらバランスを保とうとしていた。それでもココだけは無反応である。

 

爆発で発生した黒煙は隙間風に運ばれて外まで行き、状況が落ち着いてくると同時に次第に黒煙が晴れてきて、気絶して元に戻っている男の姿が目に入って来る。

 

 

「終わったの…?」

 

 

「そうみたいだね……あ〜良かったぁ〜!」

 

 

「ルナたん…!!」

 

 

暫しの沈黙。思考が今の状況に追い付いたメンバーは安堵して強ばった身体が自然と和らいでへたり込む。わためだけは真っ先にルーナの元へ駆け出して、優しく抱き締める。それを見掛けたかなたもトワも続いて傍まで寄って行く。

 

 

「ごめんね…ごめんねルナたん!わためが一緒にいなかったから…。」

 

 

「悪いのはルーナの方のらよ…皆に迷惑掛けちゃったのら…。」

 

 

「気にしなくていいよ!僕達はルーナが無事なだけで充分だよ!」

 

 

「そうそう!ルーナが気に病むことなんてないよ。悪いのは全部こいつらの所為なんだから!」

 

 

お互いに自分に責任があると口にするが、誰一人として悪くないのが事実だ。相手に如何なる事情があろうと、小さき少女を盾にして悪道をやり遂げようとしている男達が悪である。

 

 

「桐生は行かないのか?」

 

 

励まし合っている彼女達を見ていた龍成は、まだ佇んでいたココの隣に寄ると、何か難しい表情を浮かべていた。声を掛けても反応しなかった彼女に首を傾げるが、もう一度呼んでみると肩を跳ねさせて気付いた。余程深く考えていたのか、難しい表情から戻ることはなかった。

 

 

「あぁ…ワタシは後ででいい。…なぁ……龍────」

 

 

「警察だ!!大人しく武器を捨てて投降を……ん?」

 

 

ココが何かを言おうとした時、警察を名乗る武装した集団が銃を構えながら倉庫内で横一列に並んで出口を塞いだ。しかし、状況を見て直ぐに疑問の声が漏れるが、ココに目が向いた時に何かに気付いたようだった。

 

 

「君達はもしや…煌星学園の生徒かい?」

 

 

「あぁそうです!でも丁度解決したんでもう大丈夫っすよ!」

 

 

「おぉ…流石だね。では、後処理は私達に任せてくれ。君達にも事情を聞かなきゃならないから、外で待っててくれるかい?」

 

 

警察がそう確認を取るとココがいつもの調子に戻って頷いた。すんなりそれを受け入れた警察達は感嘆しつつもやるべき事を優先し、現場調査をする為に龍成達を外に移動するよう言われ、二人は頷いてかなた達を連れて外に出て行く。

 

 

「なぁ桐生、さっき何か聞こうとしてた?」

 

 

「ん?あぁいや、何でもねぇよ。気にすんな。」

 

 

その途中、龍成は警察が来る前に何か言い掛けていたことを思い出して彼女に聞いてみたが雑に受け流されてしまった。それはそれで気にはなったが、まぁいいかと小さな疑問を頭から離すことにした。

 

 

(あの時のは……ワタシの見間違い、だよな?幻覚…にしては、あれが本当の姿のように見えたのは気の所為…の筈だ。)

 

 

その時のココの表情は先程と同じく険しい表情を浮かべていた。その原因は、ルーナが男に掴まれていた時に龍成が一瞬にして救出した際のことだ。あまりの刹那な出来事だった為に誰もが気付くことはなかったのだが、ココの視点では龍成が男を殴り飛ばした際に…。

 

 

 

───彼の姿が人間から″ココと似た姿″へと変貌していたように見えていたからだ。

 

 

 

けど現実味は無くただの幻か何かの見間違えだとは思っているのだが、何故かそれを完全に否定出来ない自分がいる。龍と人のハーフと彼から口伝されたからか、初めて見た時のあの独特な不気味さの残る雰囲気、あの時の漆黒の龍人の幻影。

 

今はそのようなものは全く見受けられないが、ココはその時だけは身体の芯から悪寒が走った。そして何かを思い出した。嘗てこの世に生物としての頂点に君臨していた強大な種族がいたことを。けどそれと彼との関係性があるとも言えない、しかし無いとも言えない。

 

 

(……取り敢えず、この考えは一旦置いておくか。所詮は憶測に過ぎないし、あいつがそんな奴には感じられなかったしな。)

 

 

色々と複雑で蟠りはあるが、今は無事に事件が片付いたことに一先ず安心する。いつの間にか四人に囲まれていた龍成の姿を見て、小さく口角を上げて混ざりに行くのだった。後にえーちゃんとのどかもやって来て、龍成がいたことに驚いていたが全員で無事に戻って来たことに安心し、皆で笑い合っていた。

 

 

 

 

 





A「ココさん、天井を破壊した代償として反省文百枚です。」

コ「いや〜……その…「ん゛?」あ、はいスイマセンやります。」

龍(一番強いのって永先生なんじゃね?)





これにて四期生絡み、完ッ!
次は誰を出そうかは決めてはいるけど、まだ考え途中なのでまた時間掛かります。そろそろ物語の方も進めたいけど、現状はまだ出していないホロメンとななしいんくキャラ全員と絡ませてから進めたいので…。ま、気長にやってきますよ。

では〜。


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十四話 『料理会』



どうも、ようやく十四話が完成致しました。
ちょくちょく書ける時間を見付けては書き込み、そして時々寝ぼけながらも書いていたので誤って一部文章がリセットしては萎えていました。
ということで、今回は二期生絡みになります。
さっ、今回も長いぞ〜!

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

姫森の誘拐事件から暫くが経ち、ヴィランは相も変わらず出現はするものの、特にそれ以外大きな問題が目立つことのない日々が続いていた。気付けば俺も煌星学園に来てから一ヶ月が経とうとしている。時の流れが早いように感じるが、色々な出来事もあったことでまだ一ヶ月かと思う部分はある。

 

何も無い平和な時はバイト先で啓次さんと学園の話をしたり、誰かと偶にゲームをして過ごしたり、誰かに勉強を教わって貰ったり、誰かと鍛錬を励んだりと、今まで感じたことのない新しい生活感が前までずっと心に付いていた虚無感が薄れていく気がした。

 

前まではこんな生活になると考えもしていなかったし、永遠に″あのまま″だと思っていた。生きていると、人生何が起きるのか本当に分からないものだ。

 

感慨深くなって話が逸れてしまったが、今日は予定があるんだ。スバルから何人かで料理会をするから来ないかと言うお誘いがあったものの、あまり知らない人である俺も参加して大丈夫だろうかと思ったんだが…。

 

 

 

 

 

『料理会?パーティみたいなもんか?んー…俺が行っても大丈夫なん?』

 

 

『まだ知らない人いっぱいいるだろ?折角なら顔合わせも兼ねてと思ってさ!それにタダ飯が食えるぞ。』

 

 

『行きます。』

 

 

『即答だな…まぁよしっ!決まりだな!龍成の食欲は底無しだから気にせず″実行″出来るな!』

 

 

 

 

 

てな感じで行くことにした。確かにスバルの言う通り、この学園の殆どはあやめとの決闘の時に俺のことは周知済みだろう。だが逆に俺はまだ知らない者がちらほらといる。この学園でヴィラン討伐活動する際には、前にあった自我持ちヴィランの時みたいに誰かと行動することもあるだろうし、把握することに越したことはない。

 

タダ飯が食えると聞いてついテンションが上がってしまって、その後にスバルが何か言っていたことにあまり聞き取れなかった。何度も聞き直してもスバルは内緒と言って結局教えて貰えず、その時になるまで俺はその意味を知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第九回!!誰の料理が一番美味いか、料理王決定戦〜!!」

 

 

『いえーい!!』

 

 

「はあちゃまっちゃまぁあああ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

 

時は食欲が一際湧いて出てくる白昼の頃、やたら広遠な家庭科室内にて唐突なタイトルコールが俺の身体を小さく跳ねさせた(吃驚した)。それに続いて俺以外の人達が歓声で沸いて大きく盛り上がりを見せてくれる。何か一人だけ変なのがいたが、あれは無視でいいのだろうか。…まぁいいか。

 

 

「さぁっ!という訳で始まりました料理王決定戦!今回も進行を務めさせて頂きます!大空 スバルでーす!あじまうあじまう!」

 

 

テレビ番組でも良くありそうな企画モノがいきなり始まった。何故か司会役になっていたスバルが手馴れた口調で進行し、雰囲気がもうそれっぽくなっていた。そうこう思っている間に状況は進んで、スバルは俺の方へ紹介するように手を差し伸ばした。

 

 

「そして今回は特別な審査員をご用意しました!この方になります!」

 

 

「え、と…どうも…?紫黒 龍成です…スバルからタダ飯が食えると聞いたので来ちゃいました───ってそうじゃなくて何これ?何この状況、なんで大会?こんなん聞いてねぇぞ。」

 

 

状況が読めずにいたが何となく挨拶をしたものの、やっぱり可笑しいよなと思って直ぐに意識を戻す。料理会に誘われた訳だが、いざ来てみれば何故か大会が始まって審査係の立場に置かれていた。これは話が違うだろうと、透かさず異議を唱える。

 

 

「今回の料理王に挑むのはこの方達になります!右からどうぞ!」

 

 

「無視すんなよ。」

 

 

しかしスバルは満面の笑みで俺の声を受け流して次へと進めた。何故だろう、今日に限って彼女は普段より羽目を外している気がする。虚しくも俺の言葉に反応してくる者はおらず、そのまま続行していった。

 

 

「わっしょーい!煌星学園一の清楚!みんなのアイドル夏色 まつりで~す!料理はぶっちゃけそこまで得意じゃないけど、龍成君の胃袋をがっちり掴んでやる!」

 

 

一番初めに声を上げたのはまつり。彼女とは時間があったらよく会話をして仲良くさせて貰っている。最近はやたら距離感が近いようにも感じているが、彼女は元々活発で誰にも対しても愛嬌を振る舞いている性格だからか、話せば話すほど自然に仲良くなっていた。今回は気合いが授業を受けてる時より強く感じられるので、楽しみにしていたのだろう。

 

 

「アローナ〜!はーいどうも、アキロゼこと″アキ・ローゼンタール″でーす!料理は得意分野だから大会って聞いたからには気合い入れてくよ!」

 

 

そして次は初対面の人だ。一目見て綺麗な人なのだが耳が尖っていた為、恐らくフレアと同じエルフ族なのだろう。金髪のツインテール…なのだろうか、謎の原理で束の髪が両サイドに何故か浮いている。双眸は濃い紫色のおっとりとした印象があり、全体的に癒し系の強い大人な女性と捉えられる。どうやら料理は得意な方らしく、両腕でガッツポーズを作りながら頼り甲斐のある笑みを浮かべていた。

 

 

「ちょっこーん♪怪我の治療も料理も癒しも得意な悪魔、″癒月 ちょこ″で〜す。何だか楽しそうだったから来ちゃった♪」

 

 

お次も初めましての人だ。悪魔の生えた黒い角に小さめの羽に片足に巻き付いている尻尾、この人も大人な女性の印象なのだが、アキロゼとは違った方向である。それは見せ付けるかのように女性特有の二つの山の谷間に、必要以上の色気が備わっていて艶めかしさがもう学生の域を容易く越えている。腰まで伸びている金髪に毛先にかけて紅色のグラデーションが掛かっていて、深海色の淑やかな双眸をしている。彼女も料理も得意と言っているが、どうやら医療知識も得ているようだ。

 

 

「こんかぷー♪魔界の天才ヴァンパイア、″夜空 メル″です!今日はメルが最高に美味しいのを作って龍成君を喜ばせます!」

 

 

可愛さをふんだんに発揮している彼女は吸血鬼らしいが、そう言われて見ても人間としか見えない。彼女とは同じクラスで偶に会話したくらいだが、愛嬌さも兼ねてよく話しをする子だ。金髪のショートボブに琥珀色のパッチリとした瞳をしていて、彼女もまた露出度が高い。両肩にお腹を出した服装には目のやり場にも時々困っていた。まつりと一緒で気合いが入っており、彼女の新しい一面を見れるいい機会になるだろうな。

 

 

「ど、どうもこんあくあ〜…!湊 あくあです…きょ、今日は…頑張ります…!」

 

 

正直に言ってこの子が参加するのは意外だった。暫くは見掛けなかったのだが、再び会ってみれば前と変わらず落ち着かない挙動をしている。この調子が続いていると少し心配が芽生えてくるのだが、ここは父親が娘を見守るような温かい目で見ていよう。

 

 

「はあちゃまっちゃま~!ワールドワイドの最強アイドル!はあちゃまこと″赤井 はあと″です!料理大会と言ったら、このはあちゃまの手料理は欠かせないわよね!」

 

 

最後は冒頭で発狂していた彼女である。金髪のロングに緩く結んでいるツインテにハートの髪留め、凛とした碧眼が輝いている。料理の腕に余程自信があるのか意気に燃えている。クラスでは見掛けなかったので恐らくだが、あくあと同じ一年の子だろう。あんなに気合いが入っているのを見ると、どういった料理を作ってくれるのか楽しみだ。

 

 

「えー、赤井 はあとさんはご退場願います。」

 

 

「なんでよ!?何もしてないのにいきなり退場って可笑しいでしょ!!」

 

 

「いやそもそも呼んでねぇのになんで来た!?はあちゃまが参加する度に毎回やべぇ料理出した所為で審査役を何人も引退させただろうが!!それで前回で家庭科室を出禁されてんだろ!?」

 

 

「私はただ料理してるだけじゃない!それの何が問題なのよ!!」

 

 

「お前の料理の腕に問題しかねぇわっ!!」

 

 

先程の言葉を撤回しよう、不安になってきた。

 

彼女の料理にはどうやら前から問題視されている様子なのだが、どうやってこの会に乱入して来たのだろうか。にしても、料理で引退まで追い込むとかどんだけの下手さなんだ…。

 

 

「えー、別にいいんじゃない?龍成にとっては初めての手料理なんでしょ?だったらそのまま続行で。いい経験にもなるんだし、あと面白そうだし♪」

 

 

「後者が本音だろ。」

 

 

「ねぇ〜余もお腹空いた〜。余もご飯食べたい〜!」

 

 

「えー、外野は黙ってて下さい。と言うかそもそもお前らは呼んでないのに何で来たんだよ。お前らにやる飯は、無ぇっ!」

 

 

野次を飛ばしてきたのはシオンとあやめだった。二人は参加せずに観覧しているだけで、何がしたいのか分からない。ただあやめは多分、単純に空腹を満たしたいが為にここに来ただけだと思う。シオンに至ってはもう楽しみ目的で来ているな。主に俺が苦しい思いをするだろうと言うような含みのある理由で。意地悪げのような怪しい視線がやけに刺さるが…まぁ放っておくか。

 

そしてスバルが二人に無慈悲にご飯を与えないと残酷に公言した後、態とらしく大きな咳を一つ零してから、いつもの調子に戻って本題へと移る。

 

 

「ルールですが、料理の題材は特に決まってないので各自好きな料理を作って下さい!制限時間は三十分!結果は龍成さんの手元にあるボードにて十点満点の何点かで決めて頂きます!」

 

 

「俺は普通にご飯食べたかったんだけど…はぁ、今更何言ったって仕方ないか。」

 

 

「まぁまぁ、君の期待に応えられるように美味しい料理を作ってあげるから、楽しみにしててね♪」

 

 

「だいじょぶ…だいじょぶ……あ、あてぃしでも…料理くらい……。」

 

 

「それでは第九回料理王決定戦…スタート!!」

 

 

料理開始の合図をスバルの声高が室内に響かせた。その同時に料理組はせっせと動き始め、作業する音が慌ただしく絶えず耳に入ってくる。一人一人自分の自信作を作るのに気合いが入っている様子が一目見て伺える。包丁で切る音、フライパンで焼く音、油で揚げる音、料理でしか出せない音色を目を閉じて集中して聞いているとやけに心地良い。こんなことを思っている自分は余程楽しみなのだろう。

 

何か赤井が「こら!暴れない!」とかなんとか言っているのが聞こえた気がするが、まぁそうい感じの人とかたまにいるしな。余り気にしないでおこう。

 

……それにしても…。

 

 

「……三十分もじっとして待ってるの流石に暇だな。」

 

 

「じゃあさー、それまでシオン達とUNOしてよーよ。暇対策にと思って一応持ってきてあるんだけど。」

 

 

「余はトランプを持ってきているぞ!」

 

 

「あ、どうせならスバルも参加していい?」

 

 

「司会者まで遊びに来たらもうこの企画擬きは何なんだ?」

 

 

確かにじっとしていてて暇なのだが、自由が過ぎるだろ。さっきまで撮影ムードだったのが緩々になっちまってるよ。スバルまであっち側に行ってしまい、俺の投げ掛ける言葉はもう意味は持たなそうだ。そんな呆れ具合の俺を見た癒月が、微笑ましそうにして声を掛けてきた。

 

 

「別に待ってるだけだし気にしなくていいのよ?終わったら伝えるから、そのまま遊んでていいわよ。」

 

 

「でも何か、申し訳ないな…折角作ってもらってるのに、ただ食べるだけの俺が横で遊んでるなんて。」

 

 

「じゃあまつりのことずっと見ててくれる?まつりの頑張って料理作ってる所を見てて欲しいな?ねぇねぇ、こっちに来て?まつりの傍で───」

 

 

「やっぱ遊んで待ってまーす。」

 

 

最近のまつりは何か俺に対してスキンシップが過剰な為、少し距離感を無理矢理にでも置く。傍にいたらいたで高確率でくっ付いて来るし、やたら唇を尖らせながら迫って来るのは彼女なりのスキンシップなのだろうが、限度と言うものを超えている。

 

そして瞳から光りをどこかに置いていったまつりの視線から逃れるように、俺は一目散にスバルの所へ逃げて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余のターンだ余!くらうがいい!ワイルドドロー4だ余!」

 

 

「おいぃ!!これで何回目だよ!さっきからカードが増えてばっかじゃんか!?」

 

 

「はい、んじゃあスキップで。」

 

 

「ね゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!これでシオン六回も連続で飛ばされてるんだけど!?意地悪にも程があるじゃん!!」

 

 

「その言葉、そのまま返すぜ。」

 

 

「うわ〜…すげー良い顔でえげつないことしてんな。」

 

 

それからと言うものの、なんやかんやで俺達はUNOでひたすら遊んで楽しんでいた。スバルの手札はあやめの攻撃により大量になり、俺はシオンに一つ前の戦いでされた嫌がらせをやり返している最中である。手札には運良くスキップカードが沢山やって来たので、出し惜しみせずに使用する。

 

 

「もぉ〜怒ったし!龍成には絶対勝たせてやんないから!覚悟しといてよねっ!!」

 

 

「そりゃあ楽しみだ。はい、じゃあスキップで。」

 

 

「ね゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛! ! !」

 

 

「龍成、お前どんだけスキップ持ってんだよ!」

 

 

「ほい!またくらうがいい!ドロー2だ余!」

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ! !」

 

 

 

 

 

「どうだ!余はスリーカードだぞ!」

 

 

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…!あと一枚でストレートだったのに!」

 

 

「はい残念でした〜ww!ねぇ見て凄くない?シオン、フォーカードだよw」

 

 

「マジかよ!?」

 

 

「うぇ〜…!龍成はどうなったの?」

 

 

「あ〜、ははっ…まぁはい。」

 

 

UNOを何回か遊んだ後、次はあやめが持ってきたトランプでポーカーをしていた。運要素が強く絡むこのゲームは中々に面白い。そして、今は八回目の勝負なのだが…ここで誰もが驚く稀有な出来事が起きたのだ。スバルはハイカードであやめはスリーカード、シオンはフォーカードとなり、俺は……苦笑いを浮かべながら手札を置いて見せる。

 

 

「はあっ!?ロイヤルストレートフラッシュって嘘だろっ!?イカサマでもしたんかっ!?」

 

 

「ね゛え゛え゛え゛え゛!!絶対やってるって!イカサマしてるって!」

 

 

「いや…俺も結構吃驚したんだけど。」

 

 

「凄いな龍成!お主は相当な幸運の持ち主だ余!ぺこらちゃんと良い勝負するするんじゃないか!?」

 

 

「そんな澄まし顔で言っても信じられるかぁ!吐けっ!いつイカサマしたんだぁ!じゃないと大空警察としてお前を不正行為で捕えるぞっ!!」

 

 

「だからやってねぇって。てか何だ大空警察って…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから気付けば三十分が経過し、全員の料理が出来上がったと癒月から報告を受けた俺達は、最初の位置に戻ると再び撮影ムードに切り替わった。

 

 

「えー…ということでね。皆さんの料理の方が完成したということなので早速、龍成さんに食して頂こうかと思いますが、誰の料理からいきましょうかね?龍成、誰のからがいい?」

 

 

「あの……何か一品だけゲテモ…オーラが違う料理が混じってるんだけど。」

 

 

「それはスルーしていいよ。」

 

 

「はあちゃまの無視しないでっ!」

 

 

俺の目の前には机一個分先に皆が作った料理が一列に並べられている。誰が誰のが分からないがどれも美味しそうと思ってたが、何か一つだけ混沌が混じっていた。あの一品だけ異様に存在感が違う。

 

他のは物凄くキラキラと輝いているのに、赤井が作ったやつは…まるで自我持ちヴィラン……いやそれ以上のやばい何かを感じた。アレを食えと?ごめん多分無理です。

 

だが取り敢えず、そろそろ空腹も満たしたいし最初はガッツリ系のを食べたい気分があったので、真っ先に目が向いた料理に手を伸ばす。

 

 

「そうだな…じゃあこれから。」

 

 

「あ!私のからいくの?一番最初に選んでくれるのって何か嬉しいな〜!」

 

 

俺が初めに選んだのは、アキロゼが作った山盛り唐揚げ丼にした。一目見て中々のボリュームさにこれだと思い、実際に手元に置くと更に大きく見える。丼のサイズはラーメン屋にある器と同じくらいの大きさで、大量のご飯と山になっている唐揚げで埋め尽くしている。実に素晴らしい眺めだ。

 

 

「んじゃ、いただきます!……あぁ、美味い…。」

 

 

手始めに唐揚げを一つ食べてみる。結果は言わずもがな大変美味である。出来たてというのもあり、外は食べ応えのあるカリカリ感に中は肉汁と旨味が凝縮された柔らかい鶏肉。そしてそのお供としてご飯で更に食欲が唆られる。食べれば食べる程、身体がより欲するかのように口の中へと掻き込ませた。美味いという言葉が頭の中でいっぱいになり、夢中で食べていると…。

 

 

「む…もう完食しちゃった。」

 

 

「はやっ!?あんだけの量で三分も経ってねぇぞ!?」

 

 

「良い食べっぷりで見てて気持ち良かったわ。」

 

 

「もっと食べたかったなぁ……ご馳走様、物凄く美味かった。」

 

 

「わ〜♪そう言ってくれると嬉しいな。良かったらまた今度作ってあげるよ!」

 

 

「機会があったらお願いしようかな。」

 

 

「そ、それじゃあ…アキ先輩作の料理の点数の方お願いします。」

 

 

数分と掛からずに完食してしまい、皆が各々の反応を見せてくれる。アキロゼは夢中で食べていたことが嬉しかったのか、溢れ出る嬉々を醸し出してご満悦な様子だった。そして俺はその料理に対して点数を発表する。

 

 

「はい、これは文句無しの十点満点です。個人的評価にも程があるだろうけど、味も揚げ加減も俺好みで最高だった。」

 

 

「やった〜!!お口に合ってて良かったぁ♪」

 

 

「いきなり満点って凄いわね。まぁアキ様の料理も上手だし美味しいから不思議じゃないわ。」

 

 

「スゥー……凄い不安になってきた……。」

 

 

本当にこれは満点でいいと思っている。文句は無いし凄く好きなタイプの唐揚げだった。初っ端から満点を貰ったアキロゼに対して、少し空気に緊張感が増した気がした。

 

 

「さて、冷めない内に次行こうか。んじゃあ…これで。」

 

 

「あら、次はちょこの料理ね。どうかしら?結構自信作なのだけど。」

 

 

「これはカレー…じゃない?ハッシュドビーフか!」

 

 

次は癒月の作った料理を手に取る。これは子供から大人が好きな料理の一つ、初めはカレーかと思ったのだがよく見れば何か違うと気付く。いざスプーンを手に取って口に入れた瞬間、ドミグラスソースの香ばしさと肉と玉葱の旨味が口の中いっぱいに広がる。

 

 

「うん…!美味い!コクも深くて肉も凄い柔らかいしバターの風味も効いて食べ易いし、こりゃあ手が止まらんわ!」

 

 

「ふふっ、満足して頂けて良かったわ♪そんなに嬉しそうに食べてくれると作ったかいがあるわね。また作ってあげるわよ?」

 

 

「お願いします!」

 

 

「お前飯のことにになるとキャラ変わるのね。」

 

 

「あっ……もう食い終わっちまった。」

 

 

「だから早いって!?」

 

 

食べ始めると勢いが増していき、落ち着いて食事することを忘れてしまうくらいに美味し過ぎる。隠し味であろうバターの風味が効いていて、味に飽きが来ない。そしてまた気付いたら皿から綺麗に消えていた。

 

 

「んっん…えーでは、採点の方お願いします。」

 

 

「あい、これももう満点で決まってます。円やかでコクが深く上品な味だったし食べれば食べる程、更に食欲が引き立たせていて、また食べたい一品だった。」

 

 

「満足してくれたならそれでいいわ。私としては、何よりも美味しく食べてくれるのなら順位なんてどうでもいいのよ。でも、嬉しいわ!ありがとね♪」

 

 

俺の感想に彼女は満足そうに微笑み、その姿は本当に華麗で魅了され掛ける。手料理でこんなに美味いのを作れるのは羨ましい所はある、俺もバイトで料理するのだが負けた気がする。そんなどうでもいいことを小さく気にしながらも、次に移る。

 

 

「オムライスかぁ〜久しぶりに食べるな。そういや、あくあってメイドやってるんだったな。やっぱり料理もお手の物で、色々と何でもこなせるっていいね。」

 

 

「い、いえ…!あ、あてぇし…その、料理どころか家事も殆どやらかしちゃうし……出来ても掃除くらいしか…。」

 

 

「でもこのオムライスとか凄い綺麗に出来てるぞ?」

 

 

「そ、それは……たまたまですよ…今日上手く出来ただけで、普段は……。」

 

 

「あくあ…どれだけ自分に自信が無くても、最後までやることをやり遂げだんだ。結果がどうであれ、やり切るのは偉いことさ。それに例え失敗したとしても、折角作ってもらったのに食べなきゃ非礼ってやつだ。」

 

 

まだ彼女は俺との会話には慣れていないようで、なんだか後ろめたさもあり視線があちこちへと落ち着いていない。自分が作った料理にやたら自信が無いような言動をしているが、皆から見ても素晴らしい出来栄えなのに随分と消極的になっている。

 

しかし、その態度は間違っていると思っているのでもう褒めに褒めまくる。それはそうと、まだ俺の腹は満たされていないので取り敢えず一口食べてみる。

 

 

「ど、どうですか…?」

 

 

「うん、やっぱり美味いよ。何だか優しい味わいで卵もふわトロだし、チキンライスも量が多くて嬉しいし、ソースも絡むと更に美味くて最高だ。あくあお手製オムライスは幾らでも食えそうだ!さっきの二人もそうだけど、店に出しても可笑しくないくらいマジで美味いよ!」

 

 

「っ!……へへ…♪」

 

 

「嬉しいこと言うじゃない♪」

 

 

「そんなこと言われたら毎日作ってあげたくなるじゃん♪」

 

 

やはりあくあの作ったオムライスには失敗が無いくらい美味しい。アキロゼも癒月も、この三人の料理はレベルが高くて店に売られても可笑しくない。そのことに彼女達は嬉しそうに反応を返してくれる。

 

 

「う〜…スバルもお腹空いてきたっす…。」

 

 

「余もお腹空いたぁ〜…!ご飯〜…!」

 

 

「仕方ないわね〜、ちょこが作ってあげるから少し待ってて。簡単な炒飯作るから。」

 

 

「シオンはもう…見てるだけで何かお腹いっぱいなんだけど…てかまだ食べれるって胃袋どうなってんの?」

 

 

時間が時間な為、昼飯を食べていない者からしたらこの光景に余計に空腹感に苛まれるだろう。スバルとあやめも限界が近付いてきたのか嘆き始める。だがシオンだけは俺の食いっぷりを見ただけで満腹感の錯覚を起こしていたようだ。そんな二人を見た癒月が仕方ないと言ったように少し呆れつつも、手軽な料理を作りに行った。

 

そして、あくあの点数も文句無しの満点で決定にした。スバルがちょっと不服そうにしていたのは敢えて無視しとく。その理由は分かっている、割り当てる点数に正当さがないことだろう。それをジト目で俺に伝えて来るが、俺は目を絶対に合わせない。合わせてたまるか、美味いのが悪い。

 

 

「むああああ!もう何でもいいから早く食べてよ〜!!腕によりをかけて作ったんだから食べないと無理矢理にでも食わせるぞ!!オラァ!早くまつりを食えぇ!!」

 

 

「もう少し言葉を選べ!!」

 

 

「はあちゃまのも忘れないでよねっ!絶対美味しんだからっ!」

 

 

「メルのもね!まぁ…デザートだから最後でもいいんだけど。」

 

 

「…じゃあ次はまつりのにするか。」

 

 

「よしきた!まつりが作ったのはね〜、お祭りにある屋台の食べ物だよ!」

 

 

その時にまつりが順番が来ないという不満が爆発を起こして暴れ出しそうになっていた。だがまつりだけでなく、その不満さは赤井に夜空もまつり程ではないが小さくも持ち始めていた。

 

ということで、次はまつりの作った料理にする。彼女の作ったのは祭りの屋台にあるであろう沢山の種類の食べ物が並んでいた。焼きそばやたこ焼きにイカ焼き、お好み焼きとかじゃがバターや串焼き等と種類が豊富だった。

 

 

「まだ温かいから美味いし、バリエーションがあって飽きないな。祭りとか参加したことないからどんなのか分からんけど、市販で売ってるのよりも手作りの方が余計美味しく感じるな。」

 

 

「そりゃあこのまつりの愛情をたっぷり入れてるからね!ほらっ、このたこ焼き食べてみて!はい、あーん♪」

 

 

「あむっ。」

 

 

「何の躊躇もなく食らいつくやん。」

 

 

「餌付けされてるみたいでちょっと可愛い…。」

 

 

いつの間にか傍に来ていたまつりに、たこ焼きを差し出されるがそのまま食らいつく。何故かその光景に何人か驚いていたが、一体なんなんだろう。俺は単純に厚意でしてもらっただけだと思ってるんだけど、別の意味でも込められているんだろうか。スバルとアキロゼが何か言っていたが気にせずにその後も自分のペースで食べようとすると、まつりが飽きずに食べさせようとして来て少し時間が掛かった。

 

 

「ふぃ〜全部食い終わった〜。」

 

 

「じゃあ気になる点数の方ですが……まさかまた十点か…?」

 

 

「美味い時点で俺にとっちゃあ満点だ。」

 

 

「やった〜!!」

 

 

「人選ミスったな。」

 

 

何を言う、俺の判断で点数を付けていいんだったら文句は言わないで欲しい。こうして彼女も喜んでくれてる訳だしいいことだろう。割と適当に見えているだろうが、これでも考えてはいる。……まぁ、書き換えてもない十点のボードを堂々と見せ付けられてもそう思うのも無理ないか。

 

 

「この流れで行ったら次ははあちゃまの料理よね!」

 

 

「あ〜、いや……先に夜空のデザートでいいか?」

 

 

「えーなんでよ!?」

 

 

「あーほら、お楽しみは最後に取っておくみたいな…ね?」

 

 

「っ!そう…よね。それってやっぱり私のは一番って言ってるようなものよね!だったらいいわ!」

 

 

「ハードル上げたな。」

 

 

「あぁ…何となくこの先の未来が見えてきたわ。」

 

 

「大丈夫かな〜…?」

 

 

「あーあ、終わったねw」

 

 

確かに流れ的に言えばこのまま赤井のだとは思うのだが……ねぇ?ぶっちゃけたことを言えば、あのダークマター擬きを食べたいと思うか?あれが今までの審査役を陥れてきた元凶だろ。作って貰って本当に申し訳ないけど、食べれる気がしない。しかし、俺の不器用さがここで発揮してしまって己の首を絞めてしまった。うーん……解せぬ。

 

 

「はいどーぞ!メル特製のスペシャルフォアレッドパフェだよ!」

 

 

「これは凄いな…めっちゃ甘そう。」

 

 

「うわ〜いいなぁ、余も食べてみたいな〜。」

 

 

もう言ってしまったのは仕方ないとして、取り敢えず夜空が作ったデザートを食べることにする。彼女が持って来たデザートは見たことのない大きなパフェだった。名の通り、赤一色に拘ったパフェである。リンゴとイチゴとラズベリーにスイカが飾られていて、ストロベリークリームにイチゴジャムと赤色をふんだんに使っている。大きく関心を持った後、一口食べてみる。

 

 

「美味い!すげぇ、これが手作りで出来るって身近にそういないだろ。いいね。」

 

 

「ふふん♪そうでしょ?赤色のスイーツをふんだんに使って可愛く作ったの!」

 

 

「見てるだけでも何か甘いな…。」

 

 

「でも美味しそうね〜、ちょっと私も食べてみたいわ。ねぇ、私にも一口くれて貰えないかしら?」

 

 

「ん?いいよ、はい。」

 

 

癒月が食べたそうにこちらに寄って来て尋ねてきた。別に否定する理由は無いし、甘い物が好きな人は女性の方が多いと聞くので善意で掬ったスプーンを癒月の口元に差し出した。そしてそれを見掛けたスバルは驚き、メルも少し恥じらいのある反応をする。

 

 

「ちょっ…!おまっ!それ本気でやってのか!?」

 

 

「うわ〜…だ、大胆…!」

 

 

「え?何か不味いのか?」

 

 

「ふふふっ…盲蛇に怖じずって諺、覚えておいた方がいいわよ?でもそう言うの嫌いじゃないわ♪じゃあ遠慮無く…あーん♪」

 

 

「ああぁー!?」

 

 

「うわわわ…!」

 

 

(色々と面白そうだし、写真撮っとこ〜!)

 

 

癒月からさり気なく注意を伝えられたが、それが何を意味しているのか俺には分からず首を傾げるだけだった。そして、癒月がそのまま食べるとまつりが大声を張り上げた。あやめは手で顔を覆ってるようだが指の隙間から見てしまっているし、シオンからは面白ければいいやという意志を感じた。何処まで悪戯好きなんだ…しかし、食べさせ合ってる行為に何が羞恥心を揺るがしているのか俺にはさっぱりである。

 

 

「お、おい龍成!本当に何も分かってないのか!?って言うかちょこ先もなに受け入れてんだよ!」

 

 

「ふふふっ…大人の余裕ってやつよ♪まぁ誰でもいいって訳じゃないけどね。この子になら、不思議と抵抗感が湧かないのよね〜。」

 

 

「別に食べさせることの何が変なんだ?」

 

 

「い、いや…口つけたので…その、かっかかかかん…か、関節キ───」

 

 

「もー!!そんなことしてないで早くはあちゃまの料理食べてよー!!もういっそ無理矢理にでも口に突っ込ませるわよ!?」

 

 

「似たような台詞さっき聞いたぞ。」

 

 

赤井も我慢ならなくなったのかまつりと同じように喚き出した。もうこれ以上は時間を掛けられないようだし、覚悟を決めるか…それはそうと、夜空のデザートの評価をしなければ。食べた時を思い返しながら、どんな味でどんな感じだったか思ったことを口にする。

 

 

「そうだな…食後のデザートってなると量は多いかもしれないが、俺だから問題無し。甘さ加減もそんな諄くなかったし、色んな果物の味も楽しめつつ映えるオリジナリティなデザインがとても良かった。店にいい値で売っても違和感ない一品だったよ。と言う訳で、結果は文句無しの満点です。」

 

 

「やったぁあああ〜!!でしょでしょ!多分気に入ってくれると思ってたんだけど、良かった〜!」

 

 

「おいもうこれ全員が料理王ルートじゃねぇか!!……いや、はあちゃまだけ違うか。」

 

 

「なんでよ!そんなことないから!私の料理を舐めないでよね!」

 

 

夜空は大いに喜びながら胸を撫で下ろしていた。それでも自信があったのか、他と比べて少し余裕感があった。俺はこう見えても甘いの物は好物なのだが、夜空はそれを気付いていたのだろうか?

 

それはそれとして、スバルが異議あり!と勢い良く立ち上がったが、急に感情が冷静に支配される。彼女の言い分に対して赤井が大きく否定しているけど、俺は机の上に堂々と最後に残った料理(?)を眺めて、舐めたくもないと心底思っていた。

 

いや……ほんとに何あれ?暫く時間は経っている筈なのに、依然としてぐつぐつと煮えたぎっているスープ、大雑把にカットされた何かの野菜、そんでどうしたら全体が紫色に覆われるのか、理解しかねる。そしてド真ん中に佇む───

 

 

 

 

 

丸々一匹の蜘蛛が死んだ目で此方を見ていた。

 

 

 

 

 

「……本当にこれ、食えんの?」

 

 

「一応、過去の経験上なんだかんだ皆食べてはくれたけど……うん…。」

 

 

「……でも、そろそろ腹一杯になってきたし───」

 

 

「″折角作ってもらったのに食べなきゃ非礼″って言ったのは誰かなー?」

 

 

自分でも見苦しい言い訳を言っているのは分かっている。分かってはいるけども……シオンが横から言質を晒すのは何か凄いイラッと来た。見てみ?あの清々しい程のにやけ面、一瞬でもぶっ叩きたいと思ってしまったよ。だが落ち着け俺、シオンが言っていることは間違いじゃない。

 

 

「……いただきます…。」

 

 

手汗と共にスプーンを握り締める。何故か鼻が拒絶するくらいの匂いが襲ってくるが、ここは気合いで抜けれる。スープを掬って口元まで運ぶが、ここで自分の息遣いが荒くなっていることに気付く。だがもう、引けない場所まで来たんだ。固唾を呑んでから目を強く瞑って口の中へ入れ込む。

 

腹を括れ、俺…!

 

 

 

 

 

「────っっっっ!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

舌に触れた瞬間、味覚が大爆発を起こした。甘味、塩味、酸味、苦味、その四つの味覚が口の中で大喧嘩している。いや、喧嘩で表すにはまだまだ生温い、もう殺し合いだ。それに大変なのは口の中だけではない、身体にはまるで雷が落ちてきた衝撃だった。嫌な汗と悪寒が共に背中を這いずり、意識が少しづつ蝕まれていくのが本能的に解った。

 

体が既に拒絶反応を全力で引き起こしているが、それでも手を止めずに無理矢理にでも口に掻き込む。スープも、野菜も、そんで蜘蛛も。味と食感は無視しろ、とにかく無心で噛み砕いて飲み込め。もちゃもちゃと嫌な音が口いっぱいに響くのに、嘔吐感が湧いてしまう。だがそれでも口は絶対に止めるな、止めたらそこが最期だ。

 

 

「うわぁ…すっごw」

 

 

「お、おい…大丈夫?」

 

 

「そんな一気に食べたら…。」

 

 

「すっごい震えてるけど…。」

 

 

「顔色も凄く悪くない…?」

 

 

「だ、大丈夫ですか…?」

 

 

「ふらふらしてる余…?」

 

 

シオンと赤井を除いて皆が心配の眼差しで様子を見届けている。正直にヤバいと言えばいいのに、変に意地張って心配無用と伝えたくて一気に飲み込んで、無理のある引き攣った笑みを見せる。喋れるかも分からない今、口を開いてみればか細い声しか出なかった。

 

 

「……っ…あ、あぁ…だい…じょぶ…。」

 

 

「いや絶対に大丈夫じゃないよ!?目が死んじゃってるよ!!」

 

 

「どう?どう?はあちゃまの料理の味は!?」

 

 

「…う、うん……中々…いや…今まで食べてきた料理で…一番刺激的な────ごふっ…。」

 

 

興奮している赤井に感想を何とか述べようとしたところで、まるでテレビの電源が切れたように全身に力が入らなくなり、俺はそこで意識が途切れてしまった。

 

 

「うわぁあああああ!?龍成っ!?過去一でヤバいやつの状況だぁあああ!!」

 

 

「あら?気絶するくらい私の料理が美味しかったのかしら!」

 

 

「あ〜あ、あんな一気に食べるから…。」

 

 

「や、やばいよ〜!泡吹いちゃってるし、何か口から魂みたいなのが出ちゃってるよー!」

 

 

「あ、あぁ…えと…!ど、どうしたら…!」

 

 

「ちょ、ちょこ先生!メルも手伝うから早く保健室に運ぼっ!」

 

 

「そうね、ちょっと急いだ方がいいかもしれないわ。」

 

 

「だ、だったら余に任せて!余が保健室まで運ぶ余!」

 

 

不意に失神してしまった龍成にその場は大慌てに包まれた。スバルとアキロゼたあくあは対応手段が思い付かずあたふたとしているが、メルは即断即決でちょこに提案し、あやめはそれに便乗して離脱した魂を龍成の口に無理矢理にでも戻して、抱き上げて速攻で保健室に向かって行った。

 

その場に残された四人は暫く沈黙に支配されていたが、スバルは思い出したように一言。

 

 

「取り敢えず、はあちゃまはもう料理大会から永久追放ね。」

 

 

「なんでよぉおおおおおおお!!」

 

 

第九回料理王決定戦はアクシデントにより中止になって、はあとはスバルから永久出禁宣告を受けるのだった。その後、残った四人は後片付けをしてから、龍成の様子を見に行くのだった。そしてちょこの介抱により、後に復活した龍成はこう語っていた。

 

 

 

赤井には料理を作らせてはいけない、死人が出る…と。

 

 

 

 

 





───後日

龍「はぁ……酷い夢を見た…。」

ス「夢?どんな?」

龍「何か…赤井の面影のあるどデカい蜘蛛のような怪物に追われ続けてた。」

ス「あー…うん、大変だったな…。」





多少キャラが違うってるかもしれませんが、お許しを…。
そして、ちょっと各キャラの能力等の設定集的なのを書こうかなと思っとります。その場その場で説明を書くと頭ごっちゃになりそうなので(主に自分が)、てことでちょっと練ってきます。
まぁそれは追々として、お次は三期生とゲーマーズと絡ませようかと考えています。お楽しみに。

では〜。


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十五話 『ゲームの世界へ 其ノ壱』



ども、一ヶ月ぶりです。
ちょっとスランプ気味だったのと、用事が詰まってて中々執筆に手が出せていませんでした。
まぁそんな言い訳は消し飛ばして、今回も一話で済ませようとしたら長くなってもうたので二つに分けますね。前回で伝えた通り、ゲーマーズと三期生との絡みになります。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

───俺は今、摩訶不思議な光景を目にしている。

 

雲一つない青天に心地良い風が靡いては木々が揺らめいて、微風と共に自然の音色を運びながら奏でている。散歩日和にはいい所だろうが、注目すべき点はそこではない。自分の近くで小動物達がわいわいとじゃれ合っているしている様子に、つい微笑みが零れる。それで摩訶不思議と言っても特に変わり映えのない何時もの風景だと思うのだが、何がそれに当てはまるのかと…。

 

ふと上を見てみれば、なんと()()()()あるではないか。この時点で有り得ない光景なのだが、しかしそれだけじゃない。現実逃避気味に良い眺めだなぁと穏やかになりつつ景色を一頻り楽しんだ後、ふと横を見てみる。

 

 

 

 

 

「グォオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

「そぉーい!!団長のハンマーが猛威を振るよー!!」

 

 

「船長のあっつぅ〜い♡砲撃も受け取って下さいね♡?いくぞオラァアアアアアアアッ!!」

 

 

「マリン情緒大丈夫?一回ウチの盾で頭()とうか?」

 

 

「昭和のテレビか!そんなこと言ってないで、さっさと終わらせるぺこよ!」

 

 

「魔法少女るしあに任せるのです!」

 

 

「ほらほらー!白上の太刀筋はどんなですかー!あ、YABE☆技外した。」

 

 

「ちょ、本当にこれ私の弓矢とか効いてるの!?」

 

 

「ぉらよ〜!こぉねの大剣でその頭かち割ってやんよ!見ててねおがゆ!」

 

 

「頑張れ〜ころさ〜ん。ボクも斬りまくるよ〜!」

 

 

視線を向けた先には、色物集団のノエル達に獣人集団のフブキ達が見たことのない武器を手にしながら、ヴィランとは大きく異なった怪物、別名称モンスターと戦っていた。そのモンスターは二足歩行の恐竜の面影のあるドラゴンの見た目をしていて、自慢の大きな角を存分に使って暴れ散らかしているのに対して、フブキ達は各々の武器で対抗していた。

 

 

「痛っ!?ちょ、フレア!?白上に当たってるよ!?」

 

 

「あ、ご、ごめん!でも、射線に入ってくるから…!」

 

 

「ちょっ…!なんか魔法が効いてないんですけど!?何でだよっ!!」

 

 

「でぃっひゃははははw!こぉねの攻撃全然当だんない!」

 

 

「なんかウチばっかり狙われてない!?ちょ、ちょっと誰か…龍成君も見てないで助けてよ〜!」

 

 

そんな殺伐としつつも何処か和気あいあいとした光景に俺は、改めて実感した。

 

 

 

 

 

────本当にここが()()()()()()なんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───数時間前

 

 

最近は立て続けに快晴の天気で、その上夏季による猛暑の影響で若干クラスの士気が下がりつつなっていた。エアコンは搭載されているから暑さ対策はしているものの、それでもヴィランが現れれば現地に向かう為、結局汗で濡れることもしばしば…そのこともあって憂鬱気味に苛まれる者も少なくない。

 

しかし、その気持ちを吹き飛ばす程にテンションが爆上げになった一人の少女がいた。

 

 

「つ・い・に〜……来ましたよぉおおおおおおおお!!白上はこの時をどれだけ待ち望んだことかっ!!」

 

 

「いきなりどうした?前から愚痴ってた色違いってやつが漸く出たのか?」

 

 

「はは…もう暫く徹夜しても全部赤かったなぁ……ってそうじゃなくて!遂に来たんですよ龍成君!!」

 

 

「だから何が…。」

 

 

興奮が抑えきれずウキウキと話し掛けてきたフブキに、例の話題を持ちかけてみたが瞳からハイライトが消え去ったので違ったようだ。さっきから来た来たって言ってるけど何が来たんだ?待たせに待たせた廃部の件のことだろうか。そう思った矢先、フブキはスマホで何かを表示して見せて来た。

 

 

「これですよこれっ!最新作のゲーム機で実際にゲームの世界にダイブ出来ると言われているVRですよ!知ってるでしょう!?」

 

 

「ごめん初耳。」

 

 

「なにぃっ!!?」

 

 

いやそんな驚かれても…知らなかった物は知らなかったんだし。なんかそんな1+1も知らんのかみたいな反応されても…。

 

 

「フブキ〜…って、龍成君と何か話してた?」

 

 

「あ、ミオ。昨日発売されたVRの話してたの。」

 

 

そんな所でミオがやって来るが俺との遣り取りに気を使って後にしようとしていたのか、フブキに寄っていた足を不意に止めた。けどそんな重要な話をしてる訳でもないので、小さく手を招いて問題ないと会話に誘う。

 

 

「あ〜アレ?あれって結構高いみたいだよね〜。まぁウチ達なら問題ないと思うけど、やっぱり買うの?」

 

 

「当然っ!一家に一台は必ず欲しい必須な物!ゲーム界隈の新たな時代を切り拓いた最先端ですよ!買わない選択肢などない!!」

 

 

「いつにも増して興奮してるね…。」

 

 

「という訳で、龍成君も一緒に始めてみませんか?」

 

 

「いや…何がどう言う訳?」

 

 

依然として冷めない興奮を便乗させて、よく分からん理由付けで勧誘して来る。と言っても何となくフブキの魂胆は察している。やはり真新しいゲーム機に更には最先端の電脳技術を用いた新時代アクションとなれば、ゲームオタクの彼女からすれば喉から手が出る程欲しいのだろう。そして楽しさを布教して冒険やら戦いやらを一緒にしていきたいんだろうな。

 

 

「実は前からゲーマーズで話してたんです。このゲームが発売されたら皆で一緒にやろうって、それでもしだったら龍成君も一緒にどうかな?」

 

 

「まぁ…別にいっか。」

 

 

「よーし!じゃあまた後程に色々と連絡しときますね!」

 

 

断る理由も特になかったので頷いておく。実際にゲームの中に入れるとなれば殆どが興味を抱くものだろうけど、その反面で少し怖くもあった。どんな感覚で、どんな方法で、もし誤作動とか起きたら、などと安全の保証を考えるのも変ではないと思う。

 

でもそんな心配は杞憂に終わることだろう、試験して問題無く作動したのだから売ってるのに、変な所で心配性な自分にちょっと自傷気味に鼻で笑う。

 

そしてその後はいつも通りに過ごして、家に帰る前にちょこっと寄り道でゲーム関連の店に立ち寄ってみると例のVR機があった。ミオが値段が高いと言っていたが確かに高かった。ゲーム機一台で中古車は買えるくらいで、思わず店員さんに表記ミスではないかと聞いてしまった。遊ぶ約束はしたものの、いざ買うとなると中々手が伸びない。悩みに悩んで自分の財布とよく相談した結果、買うことにした。

 

昔なら絶対に買うことはなかっただろうが、学園に通ってからヴィラン討伐の報酬もあり、懐が暖かいを通り越して最早熱い。かと言って無駄な出費はしたくないのも本音。けども誰かと楽しみを共有出来るのなら無駄ではないだろうし、少し楽しみな自分がいる。

 

 

「これが最先端…かぁ。」

 

 

確かにVRっぽい機械だが、バイクのヘルメットにも見えなくもない見た目だ。説明書をざっくりと読みながらフブキからの伝えられた情報を思い出す。このVRは、本機に備わってる一つのゲームソフトしかプレイ出来ないとのこと。

 

膨大なプログラムのデータ量やらで現実と変わらない行動が可能なのだが、その代わりマップも超絶広大で敵やNPCの種類も約五万と超大量で、様々な技や装備やetc…ちょっと説明すると長くなると思うので割愛させてもらうが、要約するとこのゲームだけで一生が終わるまで遊べる要素がぎっしりと詰まっているのだ。夢だね。

 

 

「本当にこれでゲームの中に入れるのかよ?」

 

 

自分の時間が出来たのでいざやってみようかと思ったのだが、今になって不安になってきた。起動方法としてはVRを頭に被ってから眠る感覚で仰向けの状態で起動してから目を瞑っていると、電波が脳内にジャックして意識を弄るのだとか…怖っ。

 

溜息と同時に唸り声が無意識に口から漏れる。フブキからは時間指定で初期リスポーン地点で合流する話をしていたのだが、もうそろそろ起動しないといけない。頭のサイズを合わせて、ベストな位置を調節してから寝る体勢をとる。

 

いざ電源を入れてみれば、眠気もなかった筈の意識が時間も経たずに徐々に沈んでいく感覚に陥る。あーこれか、と一人納得しながら力が自然と段々と抜けていき、そのまま意識を暗闇へと預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「────ん…?ここは…。」

 

 

 

《ニックネームを決めてください》

 

 

 

不意に目が覚めた時、自分が今立っている場所が現実世界ではないと直ぐに気付いた。そこは真っ白な空間しかないのだが、正面の目線先には一つのメッセージウィンドが浮いていた。

 

 

「まさか本当にゲームに入り込む日が来るなんてな。」

 

 

本当に身体が自由に効くから少し実感は無いが、現実では寝てるんだよな俺…それはそうとゲーム名か、そのまんまだと良くないと聞いたのでどうするかな……────よし。

 

 

 

《『タツナリ』さんでよろしいですか?》

▶︎《YES》 ︎︎ 《NO》

 

 

 

他に色々とあったかもしれないが、ぱっと思い浮かんだ名前がこれしかなかったのでこれにした。特に深い意味はなく、自分の名前を言い替えただけの飾り気もないネームだ。うん…深い意味はない。決定して次の選択画面へと変わって、役職(ジョブ)の選択になった。

 

 

「剣を扱うか、銃にするか…結構迷うなぁ〜どれも面白そう。」

 

 

指でスクロールしながら選択肢をずらーっと見ても結構な量の役職が存在する。ゲームでしか味わえない武器を使って冒険するのも醍醐味だし、渋い武器とか持って少しハードなゲーム人生を送るのも悪くないかもしれない。けどまぁ、自分のしたいことをするのが一番か。

 

 

「ん?『拳闘士』……おいおい、俺にピッタリな役職があるじゃんか。」

 

 

その役職が目に入った瞬間これだと思った。やっぱり俺には格闘が似合っているかもしれない……いやでも剣とか刀とか振り回してみてぇ。二丁拳銃とかライフルとか、ぼたんみたいな戦い方とかしてみてぇ。…ん?

 

 

 

《ジョブは『拳闘士』でよろしいですか?》

(※ジョブは設定でいつでも変更可能です)

▶︎《YES》 ︎︎ 《NO》

 

 

 

何時でもジョブチェン出来るならこれでもいいか。これに決定して、次は容姿の設定か…と言ってもモデルは自分自身な訳で、変更できるのは髪と瞳の色程度しかない。念の為に身バレ防止として髪色は青紫にでもしとくか。よしっと…。

 

 

 

《あなたはこれからゲームの世界の住人になります。そこでは想像を絶する程の自由奔放なゲーム生活を送れます。どんな生き方をするかはあなた次第…。自由気ままにDifferent World Gameをお楽しみください》

 

 

 

「うぉっ…!」

 

 

すると辺りが突然と光出して思わず目を瞑る。数秒もすると瞼から光による微熱が冷めていくのを感じて、目を開いてみると景色が大きく変わっていた。驚愕しながら周りを見渡すと、そこは現実世界とは違った街中に囲まれていた。

と言うか、レトロ感のある田舎と言えばいいのだろうか?確かに異世界感のある所だ。噴水の手前が初期リスポーン地点らしく、周りには店などが並んでいた。

 

ふと自分の体を見てみれば初期装備に身を包んでいることに気付く。簡易で素朴な見た目だが、動き易いし関心が勝って少し感動を覚えた。それはそうと、メニューなど他設定がないか確認したいところだが…どうしたもんか。

 

 

(こういう場合って…念じるとか?───むんっ。)

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

【タツナリ】Lv.1

[役職]『拳闘士』

[所持金]0G

[装備]〈頭〉『見習い拳闘士の鉢巻』

 ︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎︎〈体〉『見習い拳闘士の道着』

 ︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎︎〈腕〉『見習い拳闘士の手甲』

 ︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎︎〈足〉『見習い拳闘士の革靴』

[装飾品]『力の御守り』

[スキル]『二連脚撃』

[アイテム]未所持

HP(体力):20

MP(魔力):10

SRT(攻撃):6(+10)

VIT(防御):8

INT(知力):3

MND(魔防):5

DEX(器用):7

AGI(俊敏):6

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

(あらっ、ステータスだなこりゃ。えーと、攻撃力が高いのは役職のお陰か?その代わり知力…確か魔法の攻撃力だよな?それは低いのか。)

 

 

役職によっては初期ステータスに差があるかもしれないが、如何せん初めてなので何とも言えない。ってそうじゃなくて、設定画面に移りたいんだけどどうやったら…あ、大丈夫だ。このままスライドすれば行けたわ。よしよし、まぁ別に設定弄りたい訳じゃなくてログアウトの場所を確認したかっただけなんだけどね。

 

 

「さて、取り敢えずはどうするか…もう少ししたら来るんかな?」

 

 

「あの〜…すみません。」

 

 

「ん?」

 

 

リスポーンしてから一歩も動かず、その場で色々と設定などを確認していると誰かが話し掛けてきた。何処か聞いたことのある透き通る声に、もしやと思いつつ声の主に目を向ける。

 

 

「人違いでしたら申し訳ないんですが……龍成、君…でしょうか?」

 

 

「そう言うあんたは…フブキ、か?」

 

 

「あぁ良かった!髪色が変わってたから最初気付かなかったんですよ!」

 

 

どうやらフブキだった。約束通り合流出来て一安心し、ステータスを閉じて彼女と向き合う。

 

 

「そう言うフブキこそ、パッと見分からなかったぞ?何時もの尻尾と猫耳が無くなってるし…。」

 

 

「狐じゃいっ!!もうそれわざと言ってるでしょ!」

 

 

そう、普段からある獣人の特徴的である彼女の耳と尻尾がないのだ。恐らくはこのゲームの影響だろうけど、初めは本当にフブキに似た他人かと一瞬思った。

 

 

「悪い悪い、ちょっとした冗談だよ。んで…これからどうするよ?合流出来たのは良かったけど、先ず何からしたらいいのか分からんのだけど。」

 

 

「そうだと思って、ちょっと白上に着いて来てもらえますか?来てるのは私だけじゃないんですよ?」

 

 

冗談にプンスカと怒る彼女に軽く謝罪してから、これからの事を聞いみるも他にも人がいるらしい。と言ってもあの時に言っていた彼女達だろう。歩き始めて行くフブキに着いて行き、少し離れた所に見覚えのある三人の顔が見える。

 

 

「お、やっと来たでな〜。やっほー龍成君?であってるよね?」

 

 

「あぁ、にしても俺が一番最後だったか。」

 

 

「待ってたよ〜。お〜それって拳闘士?龍成君だとやっぱり似合ってるねぇ、ボクが想像してた通りだ。」

 

 

「おつかれー!揃ったみたいだし、早速始めちゃう?」

 

 

「そうだね!あっちの方に『始まりの森』って書いてあった看板があるから、そこ行こう!」

 

 

ゲーマーズ部の全員が既に集合していたらしく、フブキが俺を連れて来たことに気付くと手を振ってくれた。軽く手を振り返しながら輪に混ざった所で、早速目的の地に向かう。

 

その前に彼女達の装備を確認してみると、フブキは背に掛けてある等身程の太刀を扱う「太刀職」で、ミオは片手に盾ともう片方に剣を扱う「剣士」、ころねは…可愛げのある女性が扱うにしても少し違和感のある「大剣」だ。おかゆは器用さと素早さが問われる「双剣」を扱うようだ。

 

ふむふむと、それぞれが扱う武器を眺めていると同時に一つの思いが常に引っ掛かっていた。当の本人達はもう慣れている…のかは分からないが呆気からんとしている様子に、逆にそわそわとしてしまう。

 

 

(……すっげぇ違和感!)

 

 

だがその時、よく皆の様子を一番に気にかけているミオが、俺の様子を見て話し掛けてくる。

 

 

「どうしたの龍成君?なんか落ち着きないように見えるんだけど、何かあった?」

 

 

「あ、いや…フブキを見た時から思ってたんだけど、皆に何時もあった耳と尻尾がないと違和感が凄いなって。」

 

 

「あ〜やっぱそうだよね〜、ボク達も最初は違和感あったなぁ。なんせ獣人特有でチャームポイントとも言える可愛い耳と尻尾が無くなって、ただの女の子になっちゃったもんね〜。」

 

 

「このゲーム、キャラクターは自分がモデルにはなるんだけど、人間での容姿しか反映されないみたい。」

 

 

「こぉねはそれでも可愛いと思ってるよ?無かったら無かったで新鮮だし!」

 

 

そう、フブキに会った時からなのだが何時も見慣れている耳と尻尾がない。けど、ころねの言う通りまた良い意味で印象は変わる。でも違和感があるという変な蟠りがうざい。

 

 

「あっ、それより早速来ましたよモンスターが!序盤で定番のこのモンスターが!」

 

 

それはそれとして、はじまりの森と書かれていた看板の先を通って木々の間を移動していると、フブキが興奮した様子で知らせてくる。この手のゲームでの序盤は決まってこれなのだろう。

 

水色でゼリー状の体を跳ねさせるモンスター、スライムが行く手を阻んできた。一匹だけではなくその奥から何体も連れて来ている。表情はなくともその体をプルプルと揺らしているのを見るに、恐らくは威嚇しているのだろう。しかし、そんな様子を見た彼女達には逆効果であった。

 

 

「うわぁ〜可愛い!」

 

 

「逆に倒し辛いまであるね…。」

 

 

「心痛めそう。」

 

 

「よーし!それじゃあ早速レベル上げといきますか!」

 

 

「ぉらよ〜!!」

 

 

 

────バゴォオオオオオン!!

 

 

 

逆効果と言ったが訂正しとく。そんなことなかったわ。戯れる雰囲気でもなかったので戦うとは分かっていたのだが、ころねが振り下ろした大剣の一撃が強過ぎて、多くの犠牲になったスライムについ同情してしまう。掛け声は緩いのになんだあの威力。地面割れたぞ。

 

 

「うわぁ…いきなり容赦ない。」

 

 

「そう言う龍成君も思いっきり殴ってるけど。」

 

 

そんなころねの様子に引き攣ってしまうが、その近くにいたミオも俺の行動に少し引き攣っていた。俺はその場から動いてないがスライムが跳んで来るから殴ってるだけ。それに俺の役職上、殴る蹴る以外の攻撃方法が無いわけで…そんな顔されると遣る瀬無いんですけど…。

 

 

「よっ、ほっ!うーん…ヴィランと戦ってるから物凄く生温く感じるね〜。」

 

 

「確かにそうだけどここはゲームだし、今はウチ達は初心者だからね。ゆっくりやって行こう。」

 

 

「スキルとかいっちょ使ってみますか!まだ一つしかないですけどいきますよー!白上の太刀技!」

 

 

おかゆの言う通り、俺達は戦いに慣れているから序盤の戦闘面は欠伸が死ぬ程出るだろう。でも後々どんな風になっていくかは分からない、進めば進む程ハードになっていく訳だが、それをどうやって攻略していくかを試行錯誤するのもゲームの良さだろう。もしかしたらその中で現実でも役立つかもしれない方法があるかもしれない。

 

そうなことを考えていると、フブキはスキルを試し始めていた。役職にはそれぞれの固有スキルが備わっており、その役職でしか扱えないスキルが多々存在する。

 

 

「『抜刀十字斬り』!!」

 

 

「おぉー!すっご!かっこいい!こぉねもやってみよ〜!」

 

 

太刀の扱い方にとても手慣れていると思うくらいに、流れるように等身大の太刀を素早く鞘にしまって抜刀の構えを取ると、大量のスライムが迫って来るタイミングを見計らって十字型に切り裂いた。それを間近で見ていたころねは興奮して、真似をするようにスキルを使いだした。

 

 

「いくよ〜!『牙天岩砕き』!!」

 

 

初撃の時に見せた威力とは程遠く、叩き付けた大剣は地面を大きく割って見せた。前方に広範囲に及んで、複数のスライムを巻き込みながら衝撃波を飛ばして行く。

 

 

「俺もやってみるか…『二連脚撃』!!」

 

 

何だか面白そうだったので俺もやってみることにする。スキル名を口にして構えると、頭の中でその技の詳細が入ってくる。自然と動き出して流れるように初めに風を切る程の鋭い突き蹴り、その次に広範囲の回し蹴りを放った。威力はころねまで届かなくとも使い回し易いだろう。

 

 

「わぁ……凄いねぇ。大暴れ過ぎてここら辺が更地になりそう。」

 

 

「これ大丈夫かな…?初心者のやる動きじゃないと思うんだけど…強過ぎて不正とか疑われない?」

 

 

「それはないんじゃないかな〜。確かに元々ボク達は戦いに慣れてる集団だけど、威力云々は取り敢えず、戦闘のセンスがあるってだけで片付けられると思うよ。」

 

 

「なら大丈夫…なのかな?」

 

 

三人の暴れ具合にミオは段々と変な不安に悩み始めていた。おかゆは感嘆のようなことを言いながら、ミオの中にある不安の種を否定する。確かに戦いに慣れている者の集まりだが、傍から見ればスライム相手に過剰攻撃してる変な奴らとして見られるだけで済むだろう。納得出来るような出来ないような気がするが、これ以上気にしても仕方ないので暴れ進んでいる三人にそのまま着いて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と奥まで来たけど、この先ってボスとか存在する?」

 

 

「いると思いますけどねぇ、実際に探索して回るってなると大変だけど新鮮で楽しいですね!そう言えば皆、レベルの方はどんな感じ?白上はもう八までいったよ!」

 

 

「俺は言うてまだ六だな。やっぱり拳が武器だと一体ずつ対応しないといけない所為か、レベル上げの効率は少し悪いかな。」

 

 

「こぉねはもう九までいったでな〜。大剣だと範囲攻撃がある上に広いから一気に片付けられるの凄い楽〜!」

 

 

「ウチは五だなー、フブキところねと龍成君が暴れてたからあまり戦えてなかったんだよね…。」

 

 

「ボクもミオちゃんと同じ〜。行く道行く道、仕留め損ねたのしか倒してないよぉ〜!」

 

 

道中モンスターを倒しながら突き進んでいたのだが、ふとミオが思い出したようにボスの存在について口にする。入口から大分進んではいるとは思うのだが、フブキの言う通り実際に探すとなると時間が掛かるのだろう。

 

それはそうと、今のレベルの状態がどうなっているのかと言う話し合いになった。初手から暴れ散らかしていたフブキところねの二人は既にレベルが二桁に近付いていた。

 

かく言う俺も二人に続いていたのだが…拳闘士だと一対多より一対一の方がメインな為か、ころねとフブキのような範囲攻撃は無い。スキルとかならあるかもしれないが、暫くは地道にやっていくしかない。

 

 

「ん?何だここ、急にだだっ広い所に出たな。」

 

 

「その割にはモンスターの一匹も見当たりませんねぇ。変だなぁ。」

 

 

「逆にちょっと不気味なまであるよね…。」

 

 

彼女達とそんな話をしながら進み続けていると、草木の生えていない開けた所に出た。見渡す限りフブキの言う通りモンスターの姿が全くないし、出てくる気配も皆無だった。何かありそうで何も無いそんな空間に、少しばかり不気味に思うのも仕方ないだろう。そんなミオの言葉に皆が頷いていた。

 

 

「どうやらこの先は行けなさそうだな、引き返すか?」

 

 

「そつだね〜、何も無いならここにいる意味もないし。戻ろっか。」

 

変だなと思いながらも足は止めずに進んでたら、先を遮るように巨大な岩壁が塞いでいた。多分これは…これ以上進めないと言われてるようなものだろう。言わばこのはじまりの森の端っこ辺りなのかもしれない。特に目星いものも無かったので、おかゆが戻ろうかと提案した時だった。

 

 

「ねぇ、なんか揺れてない?」

 

 

「ウチもそれ思った……て言うか、段々強くなってってない…?」

 

 

「あの……これって、もしかして…。」

 

 

不意にころねが地面が振動する感覚に頭を傾げた。それに続いてミオが賛同すると同時に俺も気が付く。確かに揺れている。地震か何かだと思っていたのだが次第に揺れは大きくなっていくことに、フブキは何かに気付いたようだ。その直後、この揺れの原因が明かになる。

 

 

 

 

 

「ガァアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

「うわぁあああああっ!!やっぱり地面から出て来たぁあっ!?」

 

 

「うわすっげ。」

 

 

「リアクションの差っ!」

 

 

唐突に地面が割れてモンスターが飛び出して来た。フブキはホラゲーのような反応をするが、対して俺の反応の温度差にミオが堪らずツッコミを挟んだ。

 

その飛び出して来たやつは、黒尽くめの巨大な図体に四足と、背には二本の翼脚、顔付きは竜のようにも見えるが獅子のような獣の面影もあった。見た目が見た目な為、その場にいる全員はとんでもないモンスターだと瞬時に察する。

 

 

「出方がもうイ〇ルジョーじゃん!」

 

 

「ど、どうしよう!戦う!?」

 

 

「待って!その前にあのモンスターのレベルは…?」

 

 

フブキには見覚えがあるのか、何か嫌悪感のような叫びを上げる。急な介入者にころねは慌てて大剣を手に持って戦闘態勢に入るが、フブキがそれを一旦制して目を細めてモンスターを見つめだした。俺もそれに釣られて彼女と同じようにモンスターを見つめていると、不意に視界の右側にメッセージウィンドが現れる。

 

 

 

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【深山幽谷の幻竜獣『フォレアデス』】Lv.50

 

[詳細]はじまりの森の人跡未踏の地に生息するという言い伝えが存在していた。しかし、誰もそのモンスターの姿を目にしていない為、幻のモンスターと認知されていた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

「───よし!逃げましょう!!

 

 

「うん、これは無理だね〜。」

 

 

「流石にレベル差があり過ぎだね。」

 

 

「装備もスキルも弱いしな。」

 

 

「逃げろ〜!」

 

 

全員同じものが見えたのか、迷うことなく即決だった。これには否定する要素はないし無理だと、装備もスキルも初期な上に前提としてレベル差だ。

 

勝てないのは目に見えて分かる為、皆の意見は一致して逃亡を図り、来た道を戻ろうと走り出した時、モンスターはその巨体からは想像出来ない程の跳躍力をして俺達の頭上を越えて先回りし、逃げ道を塞いだ。

 

どうやら簡単には逃がしてくれなさそうだな。

 

 

「ええっ!?はっや!!」

 

 

「…仕方ねぇ、やるしかなさそうだな。」

 

 

「そうみたいだね…。」

 

 

「勝てるかなぁ〜…。」

 

 

後ろは岩壁、前は巨大モンスター、正に背水の陣。装備とスキルは初期のまま、レベル差も絶望的である。半ば諦めムードではあるが各々武器を手に持って戦闘態勢へと移る。

 

 

「動きをよく見て、観察しながらパターンを覚えるしかない。声を掛け合って状況を鮮明に共有していこう。攻撃する際は慎重にな、喰らったら一発で死ぬと思う!」

 

 

『了解!』

 

 

ゲームとは言え痛覚はあるのかは分からないが、兎に角一発でも受ければ俺達は死ぬのは確実だ。ゲームだから決まった攻撃しかしてこないだろうし、情報共有し合って隙を見て攻撃するしかない。俺の言葉に皆は強く頷いてからそれぞれ散らばる。そしてモンスターは大きく咆哮して戦闘の火蓋が切られた。

 

それから、モンスターの挙動を細かく注視して隙を突いてはいるが…当然だけど体力ゲージは一向に減ってる気がしない。何だこの鬼畜は。

 

 

「こんないきなりハードコアなボス戦は、アニメでしか見たことないですよっ!」

 

 

「地道な道のりだけど…!ちゃんと効いてるみたい!」

 

 

「ほんっとにちょっとずつだね!?一ミリも削れてるのか分からないんだけど!」

 

 

「あっ!?っっぶね!!このジョブ失敗だったか!?」

 

 

マジで危なかった…薙ぎ払ってきた翼脚を、半身を反らして躱したけど紙一重でスレスレだった。拳闘士を選んだのは失敗だったかもしれない、リアルでは戦い方に馴染みがあるとはいえここはゲームだ。一度でも喰らえば終わり、そして状況は絶望的。

 

 

「四人でも流石にレベル差があると無謀だったか…仕方ねぇ、これは一旦諦めた方がいいな。皆、俺が奴を引き付けるからその隙に離れてくれ!」

 

 

「でもそれじゃあ!龍成君が…!」

 

 

「大丈夫!俺に考えがある!」

 

 

分かってはいるが、やはり無謀なことは無理して行うことじゃない。でも所詮はゲーム、死んだら初期リスに戻されるだろうし失敗したら仕方ないで済む。引き留めようとしたフブキを説得して、モンスターへと走り出す。

 

 

 

「グァアアアアアッ!!」

 

 

 

「…ここだっ!」

 

 

左右にステップするように走りながら移動して奴の攻撃を誘えば、翼脚で大きな薙ぎ払いをして来る。ここまでは想定内だ。それを直前で跳んで躱してから体勢を整える。俺が攻撃する場所は()だ。

 

そしてモンスターの目線が宙に浮いている俺に集中した時、身体を直立に伸ばすことで空気抵抗を最小限にしながら落下しつつ高速で前宙を繰り返し、勢いを付けまくって奴の目に踵落としをする。

 

グシャッと嫌な音と感触がしたが、その直後に奴は大きく悲鳴を上げながら目を抑えて悶えていた。今まで見たことない反応だったから、どうやら相当効いてるのだろう。想定通りにいった作戦に少し満足しながら、木陰から見守っているフブキ達に向かって急いで戻って行く。

 

 

 

「グルァアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

「えぇ!?復帰はやっ!?──うわぁっ!!」

 

 

『龍成君っ!!』

 

 

だが、少し安堵した直ぐだった。咆哮をした際に後ろを振り向いて見れば、あの悶絶からもう復活していたことに驚きを隠せなかった。レベル差での威力が足りなかったのかは知らないが、どの道もっと不味い状況に陥ってしまった。

 

走る速度よりも速い奴が大跳躍して、踏み潰さんと俺に向かって落下して来る。けど何とか当たらずには済んだものの、奴が着地した際に地面で割れたことで足元が縺れ、発生した衝撃波と共に吹き飛ばされる。体勢を整える暇はなく、ろくに受け身が取れずに地面を痛々しく転がって行ってしまう。

 

 

「龍成君っ!!」

 

 

「ころさん待って!行っちゃダメ!」

 

 

「なんで!?このままだと龍成君がっ!」

 

 

「でも…!龍成君が白上達に逃げる隙を…!」

 

 

「あっ…うぅ、どうしよう…!どうしたらっ!」

 

 

フブキ達の叫び声が聞こえたが、既に目の前まで迫って来たモンスターに打つ手を考える間もない。これは…失敗したと痛感した。

 

て言うかちゃんと痛ぇ…まじかよ…。

 

 

(あ〜くそっ…しくったなぁ、こりゃあ避けれねぇな…。)

 

 

せめてフブキ達だけでも逃げれるように、さっさと行けと手信号で伝え、モンスターの大口が視界いっぱいの光景を見て、万事休すかと諦念しながらその場から動くのを止め、目を閉じた。

 

 

 

 

 






──レベル上げをしてた時

龍(ふと思ったけど、この拳闘士って……かめ〇め波とか波〇拳みたいなのって出来ねぇのかな?丁度スライムも大量にいるし、今誰も見てないし、試してみるか。)

龍「かぁ…めぇ…」スッ

こ「何してんの?龍成君。」

龍「仙人っ!」ドゴォ

お「わぁ、スライムが弾け飛んだ〜。」

フ「龍成君もやっぱ男の子だねぇ〜。」

ミ「男の子って皆やるよね〜。」

普通にやりたいことバレていた龍成だった。



全メンバーが登場したら番外編的なのでも書こうかなと思ってます。それはそれとして、ちょっと今後の物語などちゃんと練ろうかなと思っています。それなりに大まかなもの思い付いてはいるものの、やっぱ細かい描写がいまいちなんすよね。ま、頑張っていきます。

誤字・脱字などがあれば報告してくれると助かります。

では〜。


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十六話 『ゲームの世界へ 其ノ弐』



やっとできた…。
最近ちょっと投稿したやつを一部訂正と変更しようかと思ってます。
まぁそれはいいとして楽しんで頂けたら幸いです。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ズドンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャアアアアアッ!?」

 

 

 

「…ん?」

 

 

避け切れないと諦めて死を受け入れようと瞼を閉じ、来たる衝撃に身を委ねた。しかし、次の瞬間には大砲のような爆音と同時にモンスターから大きな悲鳴が上がる。何が起きたのか分からず、咄嗟にその光景を目にする。

 

 

「怯んだよ!今っ!」

 

 

「マ〜…ッスル!!

 

 

海賊のような女性が合図を出すと、巨大な槌を持った女性がモンスターの顎に向かって全力で振り上げた。骨が砕けるような痛々しい音が響くと同時に頭から倒れて藻掻きながら悶絶し、悲鳴のような呻き声を漏らしていた。

 

 

「どんな掛け声してんだぺこ。」

 

 

「うわぁ、顎痛そ〜…。」

 

 

「龍成君!大丈夫なのですか!?」

 

 

その介入して来た者達に視線を向けると、何処か見覚えのある集団だったかのだが、その内の一人が俺の方へ慌てて駆け寄って来た。魔法使いの装備を纏った少女なのだが、その子は何故か俺の名前をさも当然のように呼んでいることに混乱してしまう。

 

 

「えっと、あんたは…?て言うか、何で俺の名前…。」

 

 

「るしあなのですよ!マリン達と一緒に偶々ここに来たと思ったら、龍成君が襲われてたので助けたのです!」

 

 

「え?マリン達なの?」

 

 

差し伸べてくれた手を取り、立ち上がりながら聞けば、彼女も少し驚愕の混ざった勢いでそう言った。その声はフブキ達にも届いているらしく、彼女達も唖然とし始める。

 

 

「スタンしちょるから今の内に逃げるよー!」

 

 

「ナイスー!ノエル!ほら立って龍成君!フブキちゃん達も行くよ!」

 

 

「あ、あぁ…!」

 

 

恐らくであろうノエルと短くやり取りをしたフレアは、囃し立てるように声明して意識を切り替えさせる。彼女達の円滑なやり取りやスムーズな行動に関心していたが、待たずに走り出して俺達が来た道を行き、慌てて追い掛けて行く。

 

モンスターが追い掛けて来てるかなどの確認する余裕もなく暫く走り続けていると、気付けば街にまで戻って来ていた。漸く落ち着きを取り戻した状況になり、やっと会話が出来る。

 

 

「まさかマリンちゃん達までこのゲームやってたなんて、凄い偶然だね〜。」

 

 

「それはぺこーら達も同じ台詞ぺこ、こんな偶然中々ないぺこよ。」

 

 

おかゆとぺこらの言い分に皆が頷いて賛同する。こんな偶然があるにしても、こんな遭遇は簡単ではないのは考えずとも分かる。一体どんな運命の巡り合わせなのか、変わった出会い方にどうやら彼女達は少し興奮気味のようだ。

 

会話に熱が入り始めてしまうが、まだ助けて貰った礼も言っていないので、俺は悪いと思いながらも横槍を入れる。

 

 

「取り敢えず、さっきは助かったよ。ありがとな。」

 

 

「龍成きゅんの為だったら例え火の中水の中ゲームの中でも、船長が何時でも何処でも駆け付けて助けてやるんだワ♡も・ち・ろ・ん〜…対価は龍成きゅんのその逞しい身体で船長を色々と満たして───」

 

 

「マジきっしょいぺこ。」

 

「マリン?流石にそれ以上は笑えないよ?」

 

「そんなの…るしあが許さないのです……刺すよ?

 

「しばきあげパンチングする?」

 

「ないわー、冗談でもそれはないわー。」

 

「もうマリン省いて白上達だけで行く?」

 

 

「こ゛へ゛ん゛な゛さ゛ぁ゛あ゛あ゛い゛!!ちょっとした茶目っ気なんですぅううう!!そんな今まで見たことない冷たい目で船長を見ないでぇ!!」

 

 

マリンの戯言に度し難いと捉えた面々は、バッサリと切り捨てるように言葉を吐く。るしあに関してはどっから取り出したのか包丁持っているし…。

 

そんな散々な言われようにマリンは一瞬で号泣しだして、本気の謝罪を皆に見せ付けた。なんと言う素早い感情の切り替えだ、ある意味凄い。そんな光景に俺は苦笑いを浮かべるが、けど実際あの時はマリンの砲撃が救われた発端なので助け舟を出しておく。

 

 

「ま、まぁ…助けて貰ったのは事実だし、何かして欲しいことがあるならするよ。その…″そういうこと″以外で、ね?」

 

 

「おっほ♡」

 

「マリン?」

 

「はい。」

 

 

俺はこう見えても、猥談や性的なものには疎い方のだが…全く知らない訳じゃない。いざ意識したらしたで羞恥心はある。恐らくマリンがさっき言ったのは、それに当て嵌るのだろう。それを少し恥じらいつつも伝えれば、何故か赤面しながらだらしない表情をして再び調子に乗ったと思いきや、ミオの真顔でスンッと黙った。

 

名前を言っただけなのに、なんだあの凄み…女性は恐ろしいと啓次さんから聞いたことがあるが、その通りなのだろう。未だにるしあだけまだ包丁持ってるし、何か目から光が灯ってないんですけど。何あれ、魔法少女の姿じゃないよ。

 

 

「これからどうする?ウチ達は一回、素材とか装備とか色々と見て回ろうかと思ってるんだけど。」

 

 

「団長達もそんな話してたから、一緒に行ってもいい?」

 

 

「いいでな!皆で行った方が楽しいもんね!」

 

 

「よーし!じゃあ行きましょー!」

 

 

そんなこんなで皆で街中を探索することになった。大人数で出掛けるワクワク感が伝わるのがよく分かる。本当に仲がいいんだろう、その中に俺も自然と混ざってしまっているのが何だか邪魔してるようにも思えてしまう…のだが、右にるしあが何でか腕を絡めてるし、左にはマリンがくっ付いてる所為で離れられん。仕方がないので、されるがままの状態で行く道行く道、着いて行くことにした。

 

あと包丁はもう仕舞ってくれ、るしあ。怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!ねーねー!こんなのあったよ!」

 

 

「おっ、すげーの見つけたなぁ。」

 

 

「おーこの装備…装備?見た目用があるのはありがたいね。」

 

 

「これで龍成君の違和感が無くなるね。」

 

 

(これがあるんだったら初期設定の時から出来たのでは…?)

 

 

初めに防具等が取り揃えている店を見てみると、ころねが何か珍しい物を見つけた。彼女の少し興奮した声と伸ばした指の先に釣られて見てみると、そこには色んな動物の耳のカチューシャが並んでいた。普通の装備と違って、フレアの言う通り見た目だけに反映されるらしい。

 

それは良いのだが…装備にするくらいなら初めから出来ても問題なかったんじゃないかと思う。しかし、ミオの屈託のない柔らかな笑みを見てそうは言えなかった。結局、この見た目装備はフブキとミオとおかゆにころね、そしてぺこらの獣人組が購入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え゛っ!?この武器、こんなに高いの!?」

 

 

「うわぁ〜、一千万ゴールドって…こんな錆びてるのに?」

 

 

「これってあれでしょ、超レアな素材で進化して元に戻るタイプのチート武器のやつだよ!」

 

 

「だとしても、こんなのぼったくりにしか思えないんだけど…。」

 

 

「それ以前にそこまで稼げるかだよな…。」

 

 

次に武器屋に訪れたのだが、その際に歴史感のある錆れた剣を見付けた。しかし、その値段は想像を超えるものだった。マリンの驚く声と同時におかゆも普段からのほほんとしていた表情が珍しく引き攣っていたが、フブキは逆に興奮気味のようだ。その武器の仕様に覚えがあるのか、迷い無く強い武器だと言い張る。けども…ノエルの言うことに同感し、静かに頷いた。

 

 

 

 

 

「見て見て龍成君!スライムをテイムしてみたよ!可愛いのです!」

 

 

「おぉ〜、従魔にするスキルとかあるんだなー。確かにスライムって可愛いからペットにしてみたい気持ちは分かる。」

 

 

「だとしてもこんなにいる?多過ぎない?」

 

 

「ちょっとるーちゃん!その役割はぺこーらのだろ!」

 

 

その後、武器や装備を新調してから人気の無い広場へと移り、各々でレベルが上がった際に増えたスキルなどの確認や試し打ちを行っていた。そんな時にるしあが、魔法使いにあったスキルである『テイム』で大量のスライムを従わせていた。

 

自慢するように一匹持ち上げて見せてくれる彼女を見てから、周りを見ると五月蝿いくらいポヨンポヨンと音を立てながら、辺りを走り回ったり、その場で跳ねていたりと遊んで(?)いた。

 

何かちゃっかり俺の頭に一匹乗っかってるがいるが、重さはそんな感じないのでそっとしておく。しかし、フレアの言う通り…数が多い。軽く十匹は辺りを占拠している。そんな光景を見てぺこらは己の役職と被ることに強く指摘していた。

 

 

「……スライムプレイ?」

 

「マリン?」

 

「何でもないです。」

 

 

 

 

 

伝え忘れていたがマリン達の役職は誰一人として被りがいなかった。マリンは海賊を連想させる大砲を武器にする『砲撃士』。ノエルは巨大なハンマーで接近戦を得意とする『槌』。フレアは現実でも後方支援を得意とする『弓』。るしあはさっきも言ったように魔法使い…ではなく『魔術師』。ぺこらはモンスターとはまた違った別のモンスターを従わせている『操獣士』といったイメージにあった役職をしていた。

 

戦う役職以外にもサポートジョブといった鍛冶師や占い師とか整備士等々、戦闘が苦手な人にも楽しめるようなクラフト要素に、他に技術面や器用さが問われるが至難と言う程ではないらしい。まぁ、丸めて言えばスローライフで作業が好きな人向けだな。それはそうと、色々と装備を整え終わった俺達は再び初期地点で集合していた。

 

 

「色々と見て回っては装備とかも整えて来たし、そろそろまた戦いに行ってみる?ウチは何時でも行けるよ。」

 

 

「そうだね〜、そろそろ戦いたくてうずうずしてたんだ〜。」

 

 

「あの時のモンスターみたいなのは無理だけど、まぁまぁ強いボスとかならいけると団長は思います!」

 

 

「寧ろこの人数だったら余裕なんじゃないぺこ?」

 

 

「取り敢えずどこか行ってみようぜ。」

 

 

全員レベルも既に二桁に到達しており、装備や武器も整えてきたことでより真面に戦えるようになった。と言うよりかは、あの時は相手が悪過ぎたので仕方ないっちゃ仕方ないが、今の所心配する要素は殆ど無いだろう。普通に遊んであんな事は起きないんだ、運が無かったと受け止めておこう。

 

そして話し合いの結果、『はじまりの森』とは少し違った場所へ赴くことにした。標高がそれなりにある山へと移動し、ボスを求めて登山していた。道中でモンスターを倒しながら順調に進んでいると、フレアが草木の奥でいつもと違った雰囲気を放つモンスターを見付けた。

 

 

「おっ?ねぇあれってボスかな?」

 

 

「確かにあんなにでかいと、それっぽいのです。」

 

 

「あの時の奴よりも小さいね?大きいのには変わりないけど。」

 

 

ころねの言う奴というのはフォレアデスのことだろう。あれはもう立派なドラゴンではあるが、今観察しているモンスターは一回り大きい虎って感じだ。

 

 

「戦うには丁度良さそうだけどね?」

 

 

「ちょっとレベルの方を確認してみますか。」

 

 

 

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【初心者狩りの鋼牙獣『ルースト』】Lv.20

 

[詳細]数多くの初心者冒険者を再起不能にしたと言われていることから、初心者狩りと呼ばれている。見掛けによらず素早い動きで撹乱し、見失った隙に鋭利な鋼鉄の牙や爪で攻撃してくるので注意である。

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「あれならまだ大丈夫そうか?」

 

 

「でも油断は出来ないよ、ウチ達もまだレベルは低い方だし。」

 

 

「正面戦闘でも問題ないと思うけど、どうするぺこ?奇襲するぺこか?」

 

 

「そうだね〜、猫でも急な出来事には弱いから、瞬発力はあっても警戒が緩んでる時は結構ずぼらなこともあるからね。」

 

 

「じゃあ、ちょっと作戦会議してから特攻しますか!」

 

 

(あれって猫と同じだと思っていいのか?)

 

 

虎ってネコ科ではあるけど、それはあくまで見た目の話だ。実際はどんな奴なのかは全く分からない。初心者狩りと書かれてるくらいだし、あまり油断は出来ない。フブキの言葉に全員は頷き、作戦を考案して実行することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

己の糧として餌を探し求めているモンスターが一匹、初心者狩りであるルーストは足音を立てることなく獣道を歩み、虎視眈々とした鋭い目で辺りを見渡しながら、聴覚に神経を注いでいた。

 

 

「ガルッ?」

 

 

そんな時、背後から叢が揺れる音が耳に入った。それに不審に感じたルーストは物音のした方へ視線を向ける。

 

 

「───今なのです!『フラッシュ』!」

 

 

しかし、それが己に不幸が降り注ぐことになった。まさか自分が狙われる対象だとは思わなかった為、るしあの放つ強力な光にルーストは視覚を奪われた。

 

 

「突撃だ〜!いくよころさ〜ん!」

 

 

「ぉらよー!!」

 

 

「ガァアアアッ!?」

 

 

その隙を逃さなかったおかゆところねは、るしあとは別の叢から共に飛び出す。先におかゆが双剣でルーストの上を空中回転しながら連続切り付け、ころねはおかゆの後に続いて飛び出した勢いを乗せて大剣を振り被った。大打撃を受けたルーストはころねの威力に真面に受けたことで吹っ飛んで行く。

 

 

「いくよ…!『爆塵の一矢』!」

 

 

「Ahoy!いきますよー!『破争の砲撃』!」

 

 

「ガウゥッ!?ウガァアアアアッ!!?」

 

 

慌てて体勢を立て直そうと痛めた体に鞭を振るい、何とか距離を置こうと着地した直後、フレアは爆破属性の矢を放ち、マリンは何処から取り出したのか分からないドデカい大砲を脇に置いて撃っていた。避ける動作すら出来ず着地狩りされたルーストは、更に吹っ飛ばされて行く。

 

 

「いくよ二人共!はあぁっ!」

 

 

「てやぁ!」

 

 

「マッスルー!」

 

 

「ヴガァ…ッ!?ガッ…ヴ!?」

 

 

立て続けに襲い掛かって来る武力にルーストは少しでも抵抗しようと牙を剥き出し、爪を大きく立てて引っ掻き攻撃をするが、何時もヴィランとの戦闘している彼女等にはそんなものは止まって見えている。フブキとミオとノエルはそんなものに臆せず、それぞれを武器をルーストに叩き込ませる。

 

 

「おらー!行って来い、あんた達ー!」

 

 

「グゥウッ…!」

 

 

「逃さないのです!『ライトニング・ブラスト』!」

 

 

後衛で準備していた二人も参戦する。ぺこらは小型モンスターを召喚して指示を出し、るしあは杖から円球の稲妻を放った。先の攻撃でルーストは体力は四分の一程減らされたが、まだ動けるのか迫って来た従者のモンスターを何とか攻防して、るしあの攻撃を跳躍して回避と同時に距離を取る。

 

 

「『二連脚撃』!」

 

 

「グゥアガァッ!?」

 

 

その瞬間、背後から音も無く接近していた龍成に気付かずに、真面に強力な蹴りを二度食らった。会心ダメージが入ったのか体力ゲージは大きく削がれ、やっと残り半分まできた。

 

 

「いい感じに追い込めてる!このまま押すよ!」

 

 

「ほい、やるよ〜!『赤烈斬雨』!」

 

 

「おかゆんに便乗させてもらうよ!『心刀一閃』!」

 

 

「ァ…ヴッ…グァウ…!」

 

 

止まらない攻撃の嵐がルーストを襲い続ける。休む間もなくミオとおかゆとフブキによる攻防は、彼女達の一方的だった。幾ら俺達のレベルがルーストより低かろうが、一対多なのだから数の暴力で攻めて有利なのは当然のこと。

 

おかゆのスキルがルーストの全身に赤い閃光の斬撃が雨のように襲い、フブキが突きの構えをすると彼女の姿がブレて、その場から一閃の光がルーストを貫いた。

 

 

「トドメは任せたよ!龍成君!」

 

 

「かっこいいフィニッシュ、船長に見せて下さいね!」

 

 

「男なら見せてみろぺこ!」

 

 

「え?俺なの?」

 

 

三人の攻撃によりルーストの体力は僅かになった。このまま押し切れるなとそう思っていると、フブキからまさかの頼みが来た。反論する間もなく次々と便乗する声が上がっていて、もう俺で決まった前提で空気だった。仕方ないなぁと溜息を吐きながら少し微笑み、だったら見ておけと思い立つ。

 

 

「はぁ…ならちゃんと見とけよ!───いっちょいくぜ!」

 

 

丁度新しいスキルを試したかった所だし、偶には格好付けさせてもらおうか。

 

掛け声と共にスキルの『力の解放』をする。すると全身が白いオーラに包まれる。この状態の間は全体的に物理のステータスが上がるものだ。何か…ここまで来ると普段の俺と変わらねぇか?

 

それはいいとして、その場からルーストに向かって低く跳躍して懐に入り込んで、バク宙しながら蹴り上げる。打ち上げられたルーストをその場から跳躍して追い掛け、その身体をがっしりと掴んでそのまま真っ逆さまになって落下して地面に叩き付ける。透かさず回し蹴りを入れて吹っ飛ばした同時に、距離を詰めて大胆に腕を大きく振るう。

 

 

「これでっ…!『インパクトブロー』!!」

 

 

その拳はルーストの胴に深くめり込み、鈍い音が響き渡る。そして全体重を乗せて更に勢いを付けると地面は割れ、空間は揺らぎ、衝撃波が弾ける。弾丸のように吹き飛んだルーストは、山の木々を巻き込みながら奥へ消えて行った直後に大きく爆発した。その同時にレベルが上がった効果音が全員の耳に入ると、それでルーストを撃破したのだと理解する。

 

 

「ないっすー!」

 

 

「流石です龍成君!」

 

 

「いや凄かったけど今の何っ!?」

 

 

「今のめっちゃかっこよかった!」

 

 

無事に討伐出来たことに皆は喜びだしながら俺の元へ駆け寄って来る。各々の興奮した反応を見せてくれることに、少し照れ臭く笑ってしまう。

 

最後のあのスキルは攻撃力上昇効果のある高威力の攻撃だ。その代わり防御力を時間制で暫く下げられると言うもの。連続で使用は可能だが、防御力が最低値まで下がり続けるし、そう使うことは無い。

 

 

「いやー大分美味しいですねー、まさかここまでレベルが上がるのは嬉しい誤算でした!」

 

 

「初心者狩りって二つ名が付いてたくらいだし、今の団長達にはご褒美だったね。」

 

 

「よっしゃー!この調子でレベルも素材も盛ってくぺこー!」

 

 

「お〜!」

 

 

「もっと殺っくでなー!」

 

 

ルーストを倒した成果は中々に美味しかった。素材は勿論、経験値が結構多く貰えた。まだ二十までは行き届いていないが、それでも納得の出来る報酬だろう。

 

 

「うん…?ねぇ、何か揺れてない?」

 

 

「…そうだね?ちょっとだけ揺れてる感覚がする。」

 

 

「地震かな?」

 

 

ご機嫌になっている皆の様子を一頻り見ていると、地震と思わせられる振動と既視感のある状況に俺は、自然と顔を真上に向けていた。そんな何処か諦めたような俺の様子にミオも理解したらしいのか、少し青ざめた顔をしている。

 

 

「ねぇ…これって───」

 

 

「みなまで言わないでくれ、軽くトラウマだ。」

 

 

「龍成君がそれ言うと何か絶望感があるんだけど。」

 

 

「また始まってしまうのか…あの地獄が…。」

 

 

ミオの言おうとした言葉を遮る。俺だけじゃなくフブキ達も同じ気持ちなのだろう。トラウマ宣言した俺におかゆは真顔で反応するし、フブキは膝を着いて項垂れていた。

 

マリン達はそんな俺達の様子に意味が分かっておらず、今の状況に焦り出しているが振動音も五月蝿いし、逃げるにしてももう遅い。

 

 

 

 

 

「ギィエアアアアアアアァッ!!!」

 

 

 

 

爆発したように地面から飛び出して来たモンスターは、荒々しく身体を震わせながら咆哮を上げた。発達した二足歩行に折り畳められた翼脚と巨大な一角。その存在感は大きく、凄まじい威圧感がここら一帯を支配する。

 

 

「何あれぇ!?」

 

 

「地面から出てきたんだけど!?」

 

 

そんな唐突に乱入者に、フレアとノエルが驚愕しながらそう口にする。この光景までがテンプレ?っと言うのだろう。まぁリアクションはいいとして、このモンスターのレベルは…?場合によっては戦えるかもな。

 

 

 

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【一角闘争の鋭竜獣『ユニバーン』】Lv30

 

[詳細]異常に発達した一角で多くの敵を薙ぎ払い、突き刺す。その角は簡単には折れることなくとても硬度になっており、脚力が発達している為、突進力に高い危険性がある。

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あぁ〜…う〜ん……何かすっげぇ微妙なラインだな。戦えなくはないが何とも言えない感じだな。気を付ける部分と言えば詳細を見た感じ、突進力や角による攻撃くらいか?

 

 

「今度はディア〇ロスですかぁ!?怒られますよぉ!!」

 

 

「何言ってんだ?」

 

 

「確かに似てるけど!!ちょっと似てるけど…!あんまそういうこと言うのは止めといた方が…。」

 

 

フブキがまた何か別の名前を叫んでいるが、一体何のことなのだろうか。止めようとしていたミオも否定し切れていない部分があるのか、あまり強くは言えていなかった。

 

ディア〇ロス……どっかで聞いたような…まぁそんなことより、あれどうするか〜…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛っ!?ちょ、フレア!?白上に当たってるよ!?」

 

 

「あ、ご、ごめん!でも、射線に入ってくるから…!」

 

 

「ちょっ…!なんか魔法が効いてないんですけど!?何でだよっ!!」

 

 

「でぃっひゃははははw!こぉねの攻撃全然当だんない!」

 

 

「なんかウチばっかり狙われてない!?ちょ、ちょっと誰か…龍成君も見てないで助けてよ〜!」

 

 

それから何だかんだあって(前回の)冒頭に戻る────って長すぎんだろ。どんだけ長い回想してたんだ俺。

 

 

「はぁ…しゃーねー、頑張るか…。」

 

 

ミオからヘルプを出されたので参加することにする。取り敢えず状況を改めて整理すると、そのモンスター…ユニバーンは確かに突進力が脅威的だ。油断していたら一瞬で距離を詰められてぶっ飛ばされるし、角の攻撃も注意しなくてはならない。その二つを警戒しとけばいいだろうと、そう思っていた。

 

しかしユニバーンの馬力を甘く見てた。滅茶苦茶突進して来る。そりゃもう猪とかが可愛いと思うくらいに。疲れ知らずなのか一向に落ち着く気配が見えないし、その所為か皆も攻撃出来る隙が見当たらず、体力はまだ多少しか減らせていない。

 

 

「うっわぁ!?こっち来んじゃねえぺこっ!!」

 

 

「無理無理無理っ!あんなの真正面相手にするとか絶対無理っ!!」

 

 

「ちょっ!くそ…足早すぎんだろあいつ!」

 

 

「どうにかして対策方法を……あっそうだ!」

 

 

一歩一歩が大き過ぎるから普通に逃げても直ぐに追い付けられる。ミオもそれを理解しているからか、追われていながらもサイドステップして奴の突進路線からなんとか逸れている。だが何時までもこの調子じゃいられないし、どうにかして攻撃出来る隙を作りたいのだが…。

 

打開策が思い付かず焦りが募り出した時、隣に並んでいたフブキも同じことを考えていたが何か閃いたようだ。アイテム欄を開いて少し漁ると、手に何かを持ち出した。

 

 

「雑貨屋でコレを買っておいて正解でした!ミオっ!そのままこっちに走って!」

 

 

「え、えぇ…!?わ、分かった!!」

 

 

「何するの?フブキちゃん。」

 

 

「罠ですよ、罠!念の為に買っておいたの!」

 

 

ころねが真っ先に聞くと罠だと言った。それは円盤のような形状をしていて、どんな効果で足止め出来るか分からないが、今は彼女の行動に任せることにする。にしても罠か…雑貨屋に行った時には見かけなかったんだけどな。

 

 

「流石フブキちゃんです!備えあれば憂いなしってね!」

 

 

「……もう私達がやってるのって一狩りいこうぜ!のやつじゃん。」

 

 

「それ団長も思ったけど、言わないでおこ?」

 

 

「るーちゃん、拘束魔法とかなかったぺこ?」

 

 

「持ってないよ…スキルにもなかったし…。」

 

 

「使えねーぺこじゃん。」

 

 

「はぁあ!?」

 

 

ミオが頑張って逃げ回っている中、フブキは罠を設置する様子を見守る俺達、その横ではるしあとぺこらの喧嘩が勃発し掛ける。何とも緊張感の無い状況だろう。

 

 

「フブキー!!」

 

 

「よしっ!今じゃっ!!」

 

 

 

「グゥアアッ…!?」

 

 

 

ミオがユニバーンを上手く引き連れて此方との距離を縮めて来た。フブキは冷静に距離を見据えた後に、罠を奴の手前に投げ込む。それを足で踏んだユニバーンは悲痛な叫び声と共に身体を静止させた。ぎこちない動きになってしまっていて体の自由が効かなくなった瞬間、烏合の衆のように一斉に袋叩きにする。

 

 

「今だー!畳み掛けろー!」

 

 

「うおー!頭切り落とすぞー!」

 

 

「罠ってまだある!?」

 

 

「ぺこら、罠ある?」

 

 

「も、持ってないぺこ…!」

 

 

「現実だと何時も常備してる癖に…使えないじゃん。」

 

 

「うっせぇぺこ!!」

 

 

一応フブキが何個か罠を買っていたらしいから暫くは大丈夫だろうが、そこの二人は何時まで喧嘩してんのじゃ。

 

それからスキルをふんだんに使って全力で攻撃を入れつつ、ユニバーンが罠から抜け出した瞬間を狙い、また罠で動きを止める。そんな手順を三、四回繰り返していた。しかし、それでも体力は半分も減らせていなかった。

 

 

「ま、まだ倒せないの…!?」

 

 

「もう体力多過ぎ!」

 

 

「白上の罠もこれで最後だよ!」

 

 

とうとう罠も手持ち無沙汰となってしまい、罠ハメが効かなくなってしまう。こいつがタフな所為か、それとも俺達の装備等がまだ弱い所為か。そんな不満を誰もが抱え始める。

 

一体どうしたらいいのか、るしあの魔法とフレアの矢は攻撃スキル以外では弾かれ、接近戦組でも攻撃が真面に通らないし、マリンの砲撃は衝撃だけ。ぺこらの攻撃はほぼ皆無にされる。

 

これはもうお手上げ状態かと、この場から離れるように声を掛けようとした時だった。ユニバーンを抑えている罠が弱って来た時、新たなスキルを獲得した時の効果音が耳に入った。

 

 

 

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【EXスキル】『光輝放つ気刀』Lv.1

[効果]45秒間ATK100%上昇し、打撃から斬撃へと変化する。クールタイムは5分。

 

[詳細]身体の中にある生命エネルギーを具現化することで現れる気を、更に練ることで武器に変化させる。その光り輝く気の刀はどんなものでも切り裂く。

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「何かEXスキルが来た…。」

 

 

「えっ!?EXスキル?今まで普通のスキルで統一だと思ってたけど、そういうのがあるんだ。」

 

 

「それって強いの!?」

 

 

「わ、分かんねぇけど…使ってみる価値はある!」

 

 

しかも″どんなものでも切り裂く″って書いてあるし、ここに来て斬撃タイプの攻撃か…これなら通用するんじゃないか?今までと違ったスキルに少し混乱してしまうが、もうこれに賭けるしかない。

 

 

「そんじゃあ頼みましたよ!龍成君!」

 

 

「危なくなったら逃げるんだよー!」

 

 

「「「頑張れー!」」」

 

 

「いやお前ら引くの早っ!?」

 

 

俺が声を掛ける間もなく、皆は俺から数メートル離れていた。応援されているけど素直に喜べない自分がいる。もう皆して俺に丸投げじゃんか…。

 

 

 

「グルルルッ…!」

 

 

 

「今更になっちまうが、俺と一騎討ちしようぜ。」

 

 

 

「ギィエアアアアアアアアァッ!!」

 

 

 

罠の効果が完全に切れた時、俺は静かにユニバーンの正面に立って対面になる。その際に俺が何となく一言投げ掛けてみると、奴はそれに応えるかのように雄叫びを上げ出した。

 

その様子に俺はつい可笑しく思えてしまい、無意識に微笑みが零れる。そして、頭の中でEXスキル名を唱えると、そのスキルの使い方が頭の中に流れ込んで来る。

 

 

「ふっ…はっ!」

 

 

手刀を天に伸ばしてから、イメージ通りにしながら気を手刀に集約させ、練り上げることで形が出来上がる。気の淡い光が手刀から一筋伸びて硬化し、軈てそれは剣に成る。軽く演武して感覚を少し試して見た感じ、悪くはない。

 

 

「うぉわあ〜!何あれ〜!」

 

 

「めっちゃ光ってるー!」

 

 

「凄ーい!あれって剣!?」

 

 

「かっけぇえぺこ!」

 

 

「や〜ん♡龍成君かっこうぃ〜です〜♡」

 

 

フブキ達もこのスキルに興奮気味になっており、戦う姿に釘付けとなっていることに俺は気付くことはなかった。構え方を少し変えて、抜刀するように気刀を構える。

 

 

 

「ヴルルルゥ…!!」

 

 

 

「────いくぞっ!!」

 

 

暫くお互いは睨みを利かせていたが、不意を突くように突発的に俺から動き出す。僅かに遅れてユニバーンも角攻撃で抵抗しようとするが、俺は既に懐に入り込んでいる。

 

 

「せあっ!」

 

 

 

「グガァアアアアアッ!?」

 

 

 

ザシュッと斬撃の良い音が響き、ここで初めてユニバーンから悲鳴が上がった。良かった、ちゃんと効いてる。けど安心はしていられない。有効打は今しか出来ない!

 

 

(この四十五秒でケリをつける!!)

 

 

止まることは決して許されない。動き続けろ、攻撃し続けろ。すれ違った際に攻撃した後、直ぐに振り向いてその場から跳んで、まだ悶えて隙を晒しているユニバーンの背を空中移動で切り裂きまくる。頭上まで跳んで行ったら、頭に思いっ切り蹴りを入れる。ダメージは然程受けてないが衝撃はあるので、それで頭を無理矢理下げさせると、奴の鋭利な角を全力で切り落とす。この時点で十秒が経過。

 

 

「まだまだぁ!!」

 

 

体力ゲージはまだ三分の一は残っている。ここからは更に速度を上げて、怒涛の攻撃を繰り出す。ユニバーンの周りを旋回しながら縦横無尽の斬撃を与え続ける。隈無く全身を斬り刻むくらい手刀を振り続け、奴を一歩も動かさない。悲鳴を上げ続けて弱っていくユニバーンに対して、俺はボルテージが上がっていく。ここで三十秒が経過。

 

 

「これで…終わりだぁ!!」

 

 

体力ゲージも残り僅かとなり、燃え続ける心と共に声高らかに終焉宣言をして、ユニバーンの正面を天から力一杯に斬り下してから、そのまま薙ぎ払うように全身を使った回転斬りをする。

 

その威力は空間をも切り裂くような錯覚をする強い衝撃波を放っていた。そうして手も足も出せず四等分にされたユニバーンは、光の粒子となって空に消え去った。

 

 

「うぉおおお!倒したー!!」

 

 

「す、凄過ぎて瞬き忘れてた…。」

 

 

「アニメみたいだったぺこ!」

 

 

「ナイスー!」

 

 

「流石だねー!ウチ達の出番無かったね。」

 

 

「レベルも上がった〜!」

 

 

何とかユニバーンを倒したことで、全員分に経験値と多少の素材が報酬として受け取られ、俺はゲームからMVPと認められたのか彼女達より多めに貰っていた。別にそれに関しては俺はあまり興味はなく、それよりEXスキルの技に関心があった。

 

 

「手から作る気の剣か…。」

 

 

皆がわいわいと盛り上がっている中、俺は一人他所でその事に考えていた。思えば現実での戦闘の時にそう言った工夫とかはしたことがなかった。今までは単純に火力を上げる為に気を利用していたり、身体能力の向上にしか視野を入れてなかった。これは今後使える参考になるなぁ。

 

 

 

ピッ!ピッ!ピッ!

 

 

 

「ん?なんだこのアラーム。」

 

 

「あっ、そろそろ二時間経つみたい。」

 

 

「何のアラームなのこれ?」

 

 

すると突然、一定間隔で音が鳴り続ける現象が皆の耳に入る。その意味が全く分からずフブキ達と俺は疑問に思っていると、ノエルの発言にころねが反応する。どうやらマリン達はこのアラームが何なのか知っているらしい。

 

 

「どうやらね、船長達がいるこのゲームの世界と現実の世界の時間感覚が違うみたいだから、現実で二時間経つとこのアラームが鳴るように設定されてるの。」

 

 

「二時間置きにされてるけど時間は変えれるのです。あっ、でも無効は出来ないからね?色々と現実での危険性を考慮して設定されてるから。」

 

 

「へ〜そうなんだね〜。」

 

 

「全く知らなかったでな。」

 

 

「じゃあ一旦お開きにしますか?明日も学校ですし。」

 

 

「そうだね。確か始めた時は二十時くらいだったから、やめ時には丁度いいんじゃない?」

 

 

ミオの言葉に皆は頷いて、今日の所はこれで終わりにすることにした。このゲームは確かに楽しいものだった。色々と要素が詰まっているし、技に関しては参考になるものもあった。またこうして皆で遊べたらいいな。

 

 

「じゃあおつこんでしたー!また明日ねー!」

 

 

「またね〜!」

 

 

「は〜い、ばいば〜い。」

 

 

「あれ、ぺこらっちょはもう帰った?」

 

 

「急にいなくなるじゃん。まぁいいや、おつぬいー。」

 

 

「龍成きゅ〜ん!また明日会いましょうね〜!」

 

 

「龍成君また明日なのです!」

 

 

「夜更かししたらダメだよ?おつみぉーん!」

 

 

「おーす、おやすみー。」

 

 

それぞれ別れの言葉を交わしながらログアウトし、俺もこのゲームの世界から現実に帰って行った。

 

そして現実で目が覚めると二十二時を過ぎていた。明日も学園はあるので、ミオの言う通り夜更かしは止しておこう。そうして片付けをしてから一旦ストレッチした後に布団に入った。

 

 

(それにしても、ミオって本当に母親みたいだな…。)

 

 

母親が存在しない俺からしたら、なんだか彼女には不思議に感覚を時々覚えてしまう。面倒見はいいし世話焼きな所もあって良い人だなと思う。そんなことを思いつつ昔のことを思い出していたら、今この時が少し寂しく感じた。

 

それを忘れるように、俺は無理矢理眠りについた。

 

 

 

 

 






マ「こ゛へ゛ん゛な゛さ゛ぁ゛あ゛あ゛い゛!!ちょっとした茶目っ気なんですぅううう!!そんな今まで見たことない冷たい目で船長を見ないでぇ!!」(泣)

龍「…っ…ふっw…」

マ「龍成ぎゅんもぞんな笑わないでぇえええええ!!オ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛ン゛!!」(泣)

龍「ぷはっ…w!」

「はーいカットー。龍成君は堪えてー、マリンさんはふざけないでくださーいw」

龍「す、すいません…w」

フレ「めっちゃニャン〇ゅうみたいだったw」

『www!』



さぁて、次はようやくハニスト組と絡ませられる…。待ってた人がいたらお待たせ致しました。お楽しみ。そろそろ物語も早く進めないと…。
誤字・脱字等あればご報告お願いします。

では〜。


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十七話 『悪魔が営む喫茶店』


さぁ、フラグおっ立てるゾ〜。
お待ちかねの方がいたらお待たせです、ハニスト組でっせ。ホロライブがメインとはいえ、めっちゃ後回しにしてもうた。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

「ふーんふふん♪ふーん♪」

 

 

「何かご機嫌だねパトラ。いいことでもあった?」

 

 

気怠さを覚える朝の時間帯の学園で、パトラはそれを全く感じさせないくらいに上機嫌で、机に肘をつけて両頬に手を置きながら鼻歌交じりに時を過ごしていた。そんな彼女の様子に気になったシャルロットが、何気なく聞いてくる。

 

 

「うんー?えへへ〜、今日はハニストの皆がシフト入ってるじゃん?」

 

 

「そう言えば皆シフト被ってるのって久しぶりだよね。もしかしてそれで?」

 

 

「うん!それもあるけどね〜…今日はなんと!りゅう君も遊びに来てくれるんだよ!」

 

 

「え、そうなの!?」

 

 

ご機嫌の理由は、彼女達が働いているバイト先に龍成がやって来るとのことである。前々から彼が訪問することに約束していたのだが、その日その日を待ち遠しにしていたらしく、それが今日とのこと。シャルはそれを今初めて聞いたので、少し驚いていた。

 

 

「そう!だから今日はりゅう君を虜にするぞ〜!それにメアリとミコにも紹介しないとね!」

 

 

「楽しみだね〜!」

 

 

「おはよ〜す…。」

 

 

二人の女子高生が会話に花を咲かせていると、そこへ龍成が眠そうに目を擦りながら教室に入って来た。昔はバイトに明け暮れていたこともあり、朝は得意な方であったのだが、最近の彼はどうも朝に弱い傾向にあるらしい。

 

 

「あっ!おはようりゅう君!」

 

 

「おっはよ!って寝癖凄いよ?寝坊でもした?」

 

 

「んぇ?そんな酷い?一応直したつもりだったんだけどなぁ…。」

 

 

「んも〜しょうがないわね〜!パトラお姉さんが直してあげるわ!ほら、こっちおいで♪」

 

 

「んぃ。」

 

 

そこまで酷くはないが、彼の髪の毛は所々跳ね上がっていた。そこでパトラは得意気にふふんと鼻を鳴らしながら、龍成を引っ張って席に座らせる。すると、自分の鞄から頭髪用具を取り出して、器用に彼の髪の毛を手直していく。櫛の擦れる音にパトラの優しい手付き、その温もりが心地良いのか目を細めていた。

 

その間、シャルは何処か構って欲しそうな顔色を薄く浮かべていたが、邪魔は出来ないので終わるまで、そんな仲睦まじそうな光景を彼の傍で机に突っ伏す形で黙って眺めていた。

 

 

「はい、何時ものりゅう君に戻ったよ!」

 

 

「ん〜…。」

 

 

「眠そうだね。」

 

 

「ぅん〜…。」

 

 

((可愛い…!))

 

 

十分も掛からずに元に戻ったのだが、パトラの丁寧な熟しに彼の意識はふわふわにされたのか、取り敢えず返事はするものの、かなり腑抜けた声を出していた。こんな気抜けた彼の姿は滅多に見れない為、目に焼き付けようと二人は暫く眺めることにした。

 

それから朝礼の始まる予鈴が鳴ると、意識を戻した龍成は何処か満足気に口角が上がっているパトラとシャルに首を傾げるが、その理由を聞く前にえーちゃんが来たことで聞くに聞けなかった。しかしそこまで気になっていた訳ではなかったので、暫くする内にそのことは忘れ去っていった。

 

特に大きいニュースは無かったが、本格的に夏のシーズンが迫って来ている為、暑さ対策の念を押されたくらいだった。それからは特に何事もなく時間は進み、朝礼が終わった。

 

 

「ねっ、ねっ!りゅう君りゅう君!」

 

 

「はいはいりゅう君ですよ、どうした?」

 

 

懐いた犬のように早足になって彼の所へ来たパトラは、収まらぬご機嫌を醸し出しながら話し掛けてくる。そんな彼女に少しだけノリながら返事をして、子を相手にするような振る舞いをしていた。

 

 

「今日の約束覚えてる?」

 

 

「あぁ…?んーと、何だったか?」

 

 

「もー!今日はパトラ達のバイトしてるお店に来るんでしょ!女の子との約束はちゃんと覚えておかないとダメだよ!」

 

 

「冗談だよ冗談、ちゃんと覚えるって。どんな店なのか楽しみだな。」

 

 

彼女との仲は日々を通して良好になって来たのか、彼の当初と比べて会話に遠慮が無くなってきていた。彼からはあまり変に踏み入らないが、周りが関与してくれる為か、特にギクシャクした関係をしている者は今はいない。

 

龍成もパトラの働いている店が楽しみなのか、あまり表情には出ていないがわくわくしている感はあった。

 

 

「むっふっふ…!それは来てからのお楽しみだよ!でもこれだけは教えておくね。今日でりゅう君はパトラ達の虜になっちゃうから!覚悟しててね♪」

 

 

「お、おう。」

 

 

虜の意味にいまいち理解が出来なかった龍成は、少し困惑しながらもパトラの押しの強さに少し仰け反っていた。自信たっぷりな様子を見せられて、店に行ったら一体何をされるのだろうかと思うと後が少し怖い。

 

そうこうしている内に、気付けば時間は過ぎていた。授業を受けて、誰かと昼ご飯を過ごし、特訓をして放課後へ。パトラのバイト先に向かうのは二十時頃と決めており、夕飯もそこで済ますつもりである。それまでは何をしていようかと考えながら、教材を片付けていた所だった。

 

 

「ねぇ龍成、途中まで一緒に帰らない?」

 

 

「うん?あー、いいぞ。でも珍しいな、スバルからそう誘ってくるのって。」

 

 

「メルも一緒にいいかな?」

 

 

「おっ、いいよ!メルちゃんも珍しいね。」

 

 

「偶にはいいでしょ〜?メルも龍成君と話したいし!」

 

 

すると、そこへスバルが一緒に帰らないかとお誘いをして来た。断る理由もないので素直に応じて、珍しい組み合わせの二人で帰宅しようかと思っていた時、そこへメルも参加することになった。

 

それから何か近況報告的なことや、最近の話題になっていることや、たわい無い話などをしながら帰路に就いていた。三人もいるとそれなりに話が弾んでいたのだが、スバルがある話題に持ち込んだ。

 

 

「そんでさ、龍成はこの生活も慣れてきた?」

 

 

「そうだな。色々とあったが、色んな人とも知り合えたし、楽しいことも増えたし、結構満足してるよ。」

 

 

この学園にやって来てからは色々なことがあった。

 

知らないことを知り、多くの人と邂逅し、友と戦場を乗り越えたり、送るはずのなかった自分の青春が彩られる感覚はとても気持ちが良かった。この学園に来れて、彼女達と出会えて、本当に良かったと思っている。

 

 

「じゃあさじゃあさ!気になる人とか出来た?」

 

 

「気になる人?どう言う意味だ?」

 

 

「え、もしかして恋愛とかしたことない?」

 

 

するとメルが突然そんことを言い出し、何処か期待のある視線をこちらに向けて来た。彼女の言葉の意図によく分からなかった龍成は首を傾げたが、スバルの発言で理解した。

 

 

「あー……そうだな。俺は…そう言うのには無縁だったから、よく分からないんだよな。」

 

 

「えぇー意外!結構モテそうなイメージあったんだけど。」

 

 

「ゲームも未経験な上に恋愛まで知らないって…山にでも住んでたんか?」

 

 

「なんでそうなる。」

 

 

スバルの言うことにジト目で突っ込みを入れてから、恋愛について考えてみる。自分が交際しているのを少し想像してみるが、何だかパッとしない。

 

そもそもな話、昔のこともあって恋愛など気にしていられる時なんてなかった。だから恋の感情など、全く知らない。

 

 

「なぁ…恋って、どんな感じなんだ?」

 

 

「え、興味ある!?」

 

 

「まぁ、ちょっと気になった。」

 

 

本などは良く読んでいるが、恋愛系統は全く手を付けていなかったし、興味がなかった。けども、こうして恋愛話になると不思議と気になってしまう自分がいる。

 

 

「恋愛って言うのはね色んなジャンルがあるけど、それは一旦置いといて…簡単に言うとそうだな〜。例えば…例えばだよ?」

 

 

「うん。」

 

 

ジャンルという単語が気になったが、恋愛に様々な種類が存在するとでも言うのだろうか?さっぱり分からないが、今はメルの例え話に集中する。

 

 

「龍成君に好きな人が出来たとします。その人のことを無意識に考えてたり、その人の近くにいると緊張したり、その人と会うと恥ずかしくなったり、それか嬉しくなったり…そう言うことがあったらそれが恋だよ!」

 

 

「なるほど。…んー、でもそう言うのって普通によくありそうだけどな…?」

 

 

「まぁその内分かるんじゃない?いつか龍成にも恋心とか分かる日が来るかもよ!」

 

 

「そうかな…?」

 

 

無意識に特定の人に対して緊張や羞恥や嬉々としていたりするのが、恋?そんなのは幾らでもありそうだとは思うのだが…結局分からないまま、この話は終わった。それから途中で二人とは別の道に行くことになり、そのまま一人で家に帰った。

 

そして風呂を済ませて出掛ける準備も整ったが、寛ぐ時間があったので試しに恋愛に関するものを調べていた。が、別に引き寄せられる物も見当たらなかったので取り敢えず適当に漁って読んでみけど、特に得られた知識は無かった。

 

そんなことしていると約束の時間が迫って来ていたことに気付いて、急ぎで外に出て行く。

 

 

(恋愛ねぇ…思えばそう言うのには期待していなかったと言うか…余裕が無いと言うべきか。)

 

 

自分の過去を思い返してみれば恋愛の概念など無いようなものだった。生活だって、今過ごしている所よりも上古な生活をしていたし、食料も住処も全て自給自足で大変だったけど生き甲斐も楽しさもあった。

 

けども、そんな生活とは意図せず唐突に離れることになり、もう戻ることは二度となくなった。確かに今は色々と便利で過ごし易いが、その生活でしか味わえない幸せがあったのだ。

 

昔のことを考えていると、どうも感慨深くなると同時に悲哀さが心の中を埋め尽くす。これからパトラに会うというのに、こんな感情を持ったまま行ったら駄目だろう。そこで切り替えてもう一度恋愛について考えてみる。

 

スバルが言っていた。何時か俺にも恋をする日があるかもしれないと。確かに恋愛に関する知識は殆ど無いし、自分が恋をしているビジョンが正直見えない。

 

でも、もしも自分に恋人が出来たら…それは幸せなことかもしれない。恋をして、結ばれて、愛を誓い合い、家族を作り、寿命を全うする。それがどれだけの幸福なのか。

 

俺も何時かは…。

 

 

「っ…いやいや夢見すぎだろ俺、何考えてんだ…。」

 

 

駄目だ。俺が、俺だけが幸せになる訳には…どうせ、目的を果たしたら俺はあの学園にいる必要はなくなる。自分の将来など気にしてる場合じゃないし、それに俺は───

 

 

「っと…着いたか。此処で合ってるんだよな?」

 

 

止まらぬ思考に集中していると、気付いたら目的の店に到着していた。事前に場所は教えて貰っているので、恐らくここで合っているだろう。周りに溶け込むように眩し過ぎない光で照らされている店。上を見上げると大きく『Honey Strap』と書いてあり、入口には木製プレートで「OPEN」と垂れていた。

 

間違いないことを確認してから、覗き込むようにして中の様子を見ながら入って行くと、丁度良く手前に見覚えのある少女が通りかかった。

 

 

「いらっしゃいませ〜…って、りゅう君!やっと来たぁ〜!」

 

 

その少女、パトラは来店して来た客人を元気よく持て成すが、それが龍成だと気付くと、待ち侘びていたと言わんばかりに笑みを浮かべた。彼もパトラを見掛けると、場所を間違えてなかったと少し安心して中へ入って行く。

 

 

「よっ、随分と洒落た店だな。」

 

 

「でしょー?それにほら、服装も可愛いでしょ?」

 

 

「そー…だな。うん、良く似合ってるよ…。」

 

 

店の雰囲気はとても良く、木製で出来ている少し素朴な内装だが、隅々まで綺麗に掃除がされているし、所々に悪魔のような個性的な飾りがある。

 

次に目が入ったのは、パトラの仕事服だ。この喫茶店での制服なのだろうが…少し布の面積が少ないのでは?色気があると言うか肌の露出が多いと思うんだが。

 

胸を強調するように谷間を晒し、更にはネクタイを通して挟むように見せている。それにヘソも丸出しであり、スカートも短い。

 

目のやり場に困ると言うのに、彼女はそんな思いに気付かないままその場で一回転して全体を見せてくれる。確かに良く似合ってるし、いつもと違ってより悪魔っ娘と思わせるくらい可愛らしい。

 

 

「ちょっとパトラ?まだ仕事中なんだから私語は後に…あら?貴方どこかで…。」

 

 

「メアリ。ほら、パトと一緒に出掛けた時に『静甘』って珈琲店に行ったじゃん?そこの店員さんだよ!」

 

 

そこへメアリと言う紫髪の女性が現れてパトラに注意しようとしたのだが、龍成を見るなり怪訝そうに首を傾げた。そこでパトラが短く説明すると、メアリは少しした後に目を見開いた。

 

 

「あー!あの時の!えっ!?パトラと知り合い!?」

 

 

「そーじゃなくて!いや、そーだけど!えぇと…。」

 

 

「パトラさん!メアリさん!お客様の前ですよ!ちゃんと仕事して下さい!」

 

 

龍成もメアリには見覚えがあった為、パトラと同じ所で働いていたとは予想外だったので少し驚いていた。そんなメアリは龍成とパトラがいつの間にか仲良くなってることに興味津々だったが、また別の女性が咎めるように割って入った。

 

 

「ご、ごめん!ななし!と、取り敢えず後で説明するね?ごめんね、りゅう君。こっちだよ!」

 

 

「あぁ。」

 

 

仕事中なのを忘れて話が盛り上がってしまった所を指摘され、慌ててパトラはメアリに後に説明すると伝えてから、龍成をカウンター席へと案内して行く。

 

 

「早速だけど何か食べたいのある?」

 

 

「オススメとかって何があるんだ?」

 

 

「全部だよ!」

 

 

「そう来たか〜。」

 

 

それからメニュー表に目を通していると、お冷を運んできた彼女にそう問れた。しかし初めて来る所では何がいいのか分からないので、無難におすすめにでもしようかと思い聞いてみたが、自信たっぷりに全部と返されてしまった。

 

 

「じゃあ折角だし、パトラお手製のオムライスにしようかな。後、食後にパフェと珈琲もいいか?」

 

 

「オッケー!任せて!直ぐに超美味しいオムライス作ってあげるから!」

 

 

「ゆっくりでいいからな〜。」

 

 

どうせならパトラの手料理が食べてみたくなったので、メニューに書いてあった彼女お手製のオムライスと、食後にデザートと珈琲にすることにした。そしてメニューが決まると、パトラはふんすっ!と気合いを入れて早速調理に取り掛かりにキッチンに向かって行った。

 

そんな健気な彼女に急かすつもりはないので、滾りまくってるやる気の熱を収めるように言葉を送っておいたが、それが聞こえているのかは分からない。

 

それと…。

 

 

「じ〜…。」

 

 

「……。」

 

 

「じ〜〜…。」

 

 

「……。」

 

 

「じろじろじろじろ…。」

 

 

何かめっちゃ見られてる…。

 

カウンター奥から青白橡(あおしらつるばみ)色の髪をした眼帯を女の子が、目元まで顔を出しながら此方を覗いていた。けど、変に干渉するつもりはないので、俺はあくまでもシカトして気付かないふりをする。と言うか実際に擬声語を出すなんて、構って欲しいのだろうか。

 

 

「ねぇ、人間。」

 

 

「……俺か?」

 

 

だが、彼女の方が痺れを切らして声を掛けてきた。自分のことかと聞き返すと、頷きながら何処か興味深そうな瞳で俺から視線を外さない。

 

そんなミステリアスで独特な雰囲気を醸し出している彼女からは、表情の色が上手く汲み取れない。

 

 

「初めて此処に来る人間みたいだけど、人間ってぱとぴと知り合い?」

 

 

「そうだな…知り合いと言えば知り合いだが。まぁ知り合いって言うだけの仲じゃないと思うけど、通ってる学園が一緒で同じクラスでな。あぁ、最近そこに俺が編入したんだけどね…それでその、君は?」

 

 

ぱとぴって多分パトラのことだよな?その体で話は続けるが、彼女の問い掛けに思ったけど俺とパトラの関係性って友達と認識していいんだろうか。まぁ一旦そのことは置いといて、彼女が何者なのか聞いてみる。

 

 

「ボクは堰代 ミコ、ミコって呼んでね。よろしく、人間。ボクもぱとぴとと同じ学園に通ってる一年だよ。」

 

 

「そうなのか。俺は二年の紫黒 龍成だ、よろしくな。」

 

 

「せきしー、誰と話して…ってりゅう君!いらっしゃい、来てたんだね!」

 

 

ミコも同じ学園に通っていたとは、意外と知らない所で色んな人がいるんだな。そうお互いに自己紹介を済ませた後にシャルがやって来た。今はピークが落ち着いたのか、ミコの様子を見に来たのだろう。

 

俺を見るなり少し驚いていたが、それほどでもない反応に俺が来ると知っていたのかもしれない。

 

そして現在、入店する客は俺以降から来なくなり対応する客人もいなかったのか、ミコとシャルの二人は暫く俺との会話に時間を潰していた。聞くに二人は良くゲームをし合う仲で、良くどっちかの家で遊んでいるらしい。

 

そんな話し中になんか「ぱとぉおおおおお!?」ってキッチンの奥から聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ぱとぴが来たよ。」

 

 

「パトラ…何があったんだ?」

 

 

「あー…気にしないであげて?」

 

 

暫くしているとミコからその言葉が出てくると同時に彼女の視線に釣られ、その先を見るとパトラが料理を運んで来てくれていた。別にそれが変ではないのだが、体に煤のような汚れが目立っていた。シャルがフォローするように言ってるけど、ちょっと無理がある。

 

 

「お待たせー…!えへへ、ごめんね?ちょっと気合い入れ過ぎてキッチンが爆発しちゃったけど、上手く出来たよ!」

 

 

「何したら爆発するんだよ。」

 

 

「何時ものことだよ。」

 

 

いやいや…いや…いや、まぁ俺も当時始めたては大概だったけども!爆発はなかったぞ!爆発は!それ料理下手の域を超えて軽く災害だよ!それが何時も起こってたら解雇案件だけど!慣れちゃいけないだろうに…はぁ、もういいや。

 

 

「お待たせりゅう君!パトラお手製のオムライスだよ!この私の愛情も含めてるから絶対…!きっと!…多分、美味しいよ?」

 

 

「そこは最後まで自信持って欲しい…。」

 

 

彼女の作ったオムライスの出来栄えは、お世辞にも形は少し綺麗とは言えないが美味しそうではあった。ボリュームも良くて出来たてが食欲を唆られる。何でかカニカマが大量に飾られているが、それはいいとしてよくあるケチャップで大きくハートが描かれていると少し照れるな。

 

初めは自信たっぷりだったのに最終的には微妙になってしまう彼女に苦笑いしてしまうが、いい加減空腹を満たしたいので早速一口食べてみる。

 

 

「ど、どうかな…?」

 

 

「うん、美味いよ。カニカマをふんだんに使ったオムライスも中々面白いな、ちょっと多いけど…。」

 

 

「えっへへ♪良かった〜!」

 

 

見栄えはどうであれ結構美味しかった。チキンライスに刻んだカニカマ、外にもカニカマ、オムライスの天辺に特大カニカマとカニカマだらけである。

 

そしてパトラは直ぐに仕事に戻って行くと、シャルとミコも他の客人の対応しに行っていた。俺は直ぐに食べ終えるのも何だか勿体ない気がして、一口一口をゆっくりと味わっていた。

 

 

「ありがとうございました〜♪また来て下さいね〜!」

 

 

「んぁれ?もう他の客もいなくなっちまったのか。」

 

 

「そうだよ〜、もうお客さんはりゅう君だけだよ。」

 

 

「私とパトラが残った時みたいね。」

 

 

もう周りを見てみれば他の人の気配が全く無いことに食べながら気付いた。そんな独り言が聞こえたのか、シャルが肯定しながら俺の所へ寄って来ると、続け様に紫のお姉さんとパトラも話し掛けて来た。

 

 

「実はね、メアリとミコにも知ってもらおうと思って、今日はりゅう君を誘ったのが理由なの。あ、勿論あの時のサービスしてもらったお礼も兼ねてね!」

 

 

「そうだったのか。さっきミコとは知り合ったぞ。」

 

 

「じゃあ後はメアリだけだね。」

 

 

「初めまして…はちょっと違うかな?私は西園寺 メアリって言うの、よろしくね。パトラから話は聞いたけど、編入生が貴方と知った時は驚いたよ?凄い偶然だよねぇ。あ、因みに三年だけど…敬語とか気にしなくていいし名前で呼んでいいからね?」

 

 

「ならお言葉に甘えて。俺は紫黒 龍成、よろしく。いや〜本当にな、俺も編入した当時は驚いたよ。しかもその時は顔見知りがパトラだけじゃなくて他にもいたからな、余計に世間は狭いって思ったよ。」

 

 

どうやらパトラはそう言った配慮もあったらしく、それを踏まえて誘ってくれたようだった。そしてメアリとも自己紹介を交わして、俺が編入した当時の話題に花を咲かせていた。そうしていると、この店に来た際にパトラとメアリに注意していた女性とミコがひょこっと顔を出した。

 

 

「ちょっと皆さん?まだ片付けが残って…って、あれ?まだ居らしたのですか。もしかして、お知り合いの方ですか?」

 

 

「あ、ごめんねななし。そう!同じ学園に通ってる人なの!」

 

 

「そうなんですね。皆さんが話していたのでどうしたのかと思ってたんですが…なら、私も少し混ざりますね。初めまして、ここの店長を務めてる″灰猫 ななし″と申します。今日はご利用頂きありがとうございます。」

 

 

「どうもご丁寧に、紫黒 龍成です。そろそろ営業時間も……あ、過ぎてしまってるのに長居しちゃってすいません。」

 

 

そう言ってお辞儀をした彼女は黒髪ショートに灰色のした双眸と、パトラ達と似た角はあるものの尻尾は存在してなかった。そしてこの人も少し露出が多い服装であった。

 

なんとこの人が店長さんだったとは⋯ご丁寧に挨拶をされたのなら此方も丁寧に返さなければ無作法と言うもの。けど気付いたら営業時間を過ぎてしまっていた。

 

しかし灰猫さんは全く気にした様子がなく、それはパトラ達も同じだった。

 

 

「お気になさらず、ゆっくりしていってください。ところで注文の方は大丈夫ですか?まだ来てない料理とかありましたか?」

 

 

「あ、やべ…パフェと珈琲忘れてた。」

 

 

「…まだ作ってなかったんだな。」

 

 

「パトラさん…?」

 

 

「す、直ぐ作ってくるぅ〜!!」

 

 

「ボクも手伝う。」

 

 

灰猫さんの質問に横でパトラが冷や汗をかきながらボソッと呟いた。そのことに灰猫さんはジロリとジト目を送ると、パトラは慌ててキッチンに戻って行くと続いてミコも手伝いに行った。それを見送った後に灰猫さんは溜息を吐き、シャルとメアリは苦笑いを浮かべていた。

 

パトラの作ったオムライスは既に食べ終えてある。そして食後のデザートと珈琲がまだなのだ。それを待っていたのだが、どうやら忘れ去られていたようだった。

 

 

「はぁ…ごめんなさい、紫黒さん。」

 

 

「い、いやいや。俺は全然気にしてないんで。それに良いじゃないですか、俺の所とは違って人も多くて賑やかで。」

 

 

「りゅう君ってバイトしてたの?」

 

 

「〇〇地区にある『静甘』って言う、知る人ぞ知る珈琲店さ。」

 

 

「え?静甘…?」

 

 

シャルの質問に簡単に答えると、灰猫さんが急に唖然としだした。そして突然俺の方に前のめりになった。

 

 

「あ、あの…!そこの店長さんは、もしかして御矼 啓次さんですか…?」

 

 

「そうですけど、知ってるんですか?啓次さんと。」

 

 

「私、実はこの店を建てる前に啓次さんの下で修行時代を送っていたんですよ。」

 

 

「そうなの!?」

 

 

「凄い繋がりね〜!」

 

 

 

「えー!何ー!?パトも気になるー!!」

 

「ぱとぴ、珈琲溢れてる。」

 

「うわぁあ!パトったぁ!!」

 

 

 

そんな意外な事実に誰もが驚いた。知り合いではなく師弟関係だったとは。俺は啓次さんからそんな話は一度たりとも聞いたことがないし、どうやらメアリもシャルも知らなかったようだった。

 

パトラも俺達の驚いた声に気になったみたいだが、どうやら気を取られてミスったようだ。

 

 

「啓次さんは元気ですか?あの人、無茶して一度倒れたことがあったので…。」

 

 

「え⋯?今はそんな素振りは見ないので、大丈夫だと思いますよ。」

 

 

「なら良かったです。また倒れたならまた私が直接赴かないと行けませんからねぇ…ふふっ。」

 

 

ちょっと待て、あの人ほんと自分のこと話さねぇな。弟子がいて更にはぶっ倒れたのかよ。あれだけ俺に相談しろとか言ってたけど⋯あの人も人のこと言ねぇじゃん。

 

一応、今はそんな無茶してる様子は⋯まぁあまり見受けられないから、大丈夫だとは思うと伝えて置いたが⋯灰猫さん、何か目からハイライトが消えてますよ?あと笑顔がなんか怖いです。

 

 

「お待たせー!ごめんね、忘れちゃってて!」

 

 

「ぱとぴ、気を付けてね?」

 

 

「うん!」

 

 

「…ほんとに大丈夫か?」

 

 

話の区切りが着いた所で、パトラが盆に乗せたパフェと珈琲を運んで来てくれる。ミコの心配の声に軽く反応して返しながら、嬉々とした雰囲気を全開に出して小走りで寄って来る。だが少し危なっかしく感じて、転ばないか心配になって注意深く見守る。

 

だが次の瞬間に、俺の心配は杞憂にはならなかった。

 

 

「わぁっ!?」

 

 

「───っ!」

 

 

予想していた通り、パトラは足を滑らせて仰向けに倒れ出した。

 

だが怪我を負わせる前に瞬時に彼女の身体を片腕で支え、もう片方で投げ出されたパフェと珈琲と盆に手を翳して気を操ると、空中で一瞬静止してから時間が巻き戻ったかのように手元に戻って来る。

 

普段やらない繊細で神経を使う気の扱いだったから、手元が狂わないか心配だったが上手くいって良かった。これで一先ず両方は無事で済ませられたと、安堵の溜息を小さく吐いてからパトラに顔を向けた。

 

 

「大丈夫か?パ、ト…ラ…───」

 

 

「ぁ…あぅ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔ちっっっっっ──────!!?

 

 

 

 

 

顔を向ければ鼻と鼻が触れ合いそうな距離だった。今まで女の人をこんな間近で見ることなんてなかったので、硬直と同時にパトラの顔を眺めてしまっていた。

 

 

(こ、こうして見ると…パトラって本当に美人だな…支えただけでも身体がとても軽いのが分かる…女の人ってこうも身体が柔らかいんだな…。)

 

 

汚れが全く無い綺麗な肌色は紅潮しており、ぷっくりとした潤いのある唇、小さく可愛らしい鼻、パッチリとした瞳は小さく揺らいでいて何処か保護欲を掻き立てられる。遠目から見ても紛うことなき彼女は華麗な女性だ。

 

 

(それに…いい匂いが…って何時までこうしてんだ俺!?)

 

 

それをより近くで見れば、何故か心の鼓動が速くなった気がした。そして香水の匂いが鼻腔を擽ることで、ふと我に返った。

 

 

「っ…す、すまん。怪我は…なさそうか?」

 

 

「う、うん…大丈夫だよ…ぁ、ありがとうね?」

 

 

直ぐに顔を背けて彼女を立たせて距離を取る。お互いに言動がぎこちなくなり顔も見合わせることが出来ず、パトラは指同士を合わせてもじもじしており、龍成は気まずそうに少し紅色に染まった頬を掻いていた。

 

 

「わーお…。」

 

 

「りゅう君よく反応出来たね…って言うかさっきの何!?」

 

 

「それもそうだけど、私達何見せられてるの。」

 

 

「少女漫画みたいな展開でしたね…。」

 

 

「え、皆そっちばかり気にしてるの?もう一個あったよね?」

 

 

シャル達もそんな光景に共感性羞恥によって、少し顔が赤くなっていた。そしてシャルが先程の龍成が見せた巻き戻し現象にツッコミを居れるが誰もそこには触れなくて、結局シャルも気にしないことにした。

 

 

「さ、ボク達は片付けしよーかねー。」

 

 

「そうねー、じゃあ彼の接客は任せたわよパトラ?」

 

 

「…仕方ありませんね。パトラさん抜きで片付けましょうか。」

 

 

「え…?い、いやパトラも片付けするよ?」

 

 

「いーからいーから!大した量じゃないし、話し相手にでもなってあげなよ。」

 

 

「ふぇ…!」

 

 

それから各自散らばって片付けと掃除を始め出した。パトラも仕事でしなければならない筈が、皆に龍成の接客を押し付けられたことでその場から動かなくなった。

 

 

「「……。」」

 

 

((気まずい…!!))

 

 

そんな残された二人は取り敢えず席に座り、片方はパフェを無言で食し、片方は視線が常に泳いで落ち着いていなかった。

 

 

あ〜…パフェ、甘くて美味しいよ。」

 

 

「そ、そっか〜…口に合って良かったぁ〜。」

 

 

「「……。」」

 

 

会話終了。

 

この空気に耐えれそうになかった龍成が意を決して話し出すが、秒で終わってしまった。そんな光景をこっそりと遠目で見ていたシャル達は溜息を漏らしていた。

 

この状況をどうしたらいいと焦り始めた龍成は、パフェを食べながら何か話題を頭の中で探していると、唐突にパトラが大きな溜息を吐いた。

 

 

「はぁ…。」

 

 

「何か…悩み事か?」

 

 

「ぁ…その…さっき転んだでしょ?りゅう君が助けてくれたから大丈夫だったけど、あれが初めてじゃないの…パトラってね、何時もドジしちゃってるの。本当は料理は下手だし、物忘れしちゃうし、何も無いとこで転んじゃうし…この間だって配膳の時に転んじゃって料理ダメにしてななしに怒られたばっかりなの…。」

 

 

咄嗟に聞いてみると、彼女は過去の失敗した経験をぽつぽつと話し出した。それにさっきの落ち着かない雰囲気から変わって凹み始めた。その顔は小さく笑ってはいるが、それは自嘲だと誰の目でも分かる。

 

 

「でも…今日はりゅう君が来てくれるから、パトラも楽しみにしてて、気合いも入れて失敗しないように、格好良くもてなそうと思ってたんだけど…結局りゅう君にいい所見せられなかったなぁって。こうして見ると、パトラって駄目な所多いね……ご、ごめんね!暗い話しちゃって。」

 

 

「パトラは十分偉いよ。」

 

 

「え?」

 

 

パトラは会話の内容が暗いものになってしまっていたことに謝るが、俺はそのままで話を終わらせなかった。急に褒められたパトラはキョトンとしてしまう。

 

 

「ミスは誰にでも起こりうること。偉い人だって、尊敬する人だって、俺だってミスなんぞごまんとある。取り返しのつかないことだって経験した…この世の中にはな、失敗しない人生なんてそういない。人は失敗して、それを反省して、次に繋げることが大事だ。パトラはそれをちゃんと考えている。どれだけ失敗しても、挫けずに努力し続けているのはとても偉いことだよ。」

 

 

「りゅう君…。」

 

 

「パトラが頑張ってる姿はちゃんと知ってるよ。人の為に戦い、人の為に努力し、人の為に考えている。俺はそんなパトラが…────」

 

 

そこまで言葉が出た時に気付いた。これって告白になるんじゃね?

 

俺はそう思ったら咄嗟に言葉に詰まった。いや、別に告白する訳じゃないし…パトラのこと好きじゃないし…あぁいや!嫌いじゃないけど!えー、あー⋯なんて言えばいいだ?こう、あれだ!尊敬だ、尊敬。うん。

 

などと思考が変な焦燥感に侵されてしまい、彼は真面じゃなくなっていた。しかしその焦りを表面上には出さない鉄仮面っぷりには大したものだろう。勝手に焦って勝手に自己完結したのか、調子を崩さず次の言葉を伝える。

 

 

「いや、今のは忘れてくれ…。」

 

 

「ぇ…?え?えぇ…?」

 

 

「何でもないよ。さてと、オムライスとパフェと珈琲、ご馳走様。これ以上は長居はする訳には行かないし、そろそろ帰るよ。」

 

 

「な、何言おうとしたの〜!教えなさいよ〜!」

 

 

何故か逃げるようになってしまい、結果パトラを困惑させることで話は終わってしまった。この男、素直に尊敬と伝えればいいのに。

 

結局、最後まで教えられることはなく不貞腐れるパトラであるが、何とか謝り倒して機嫌を直してもらって会計へと移った。

 

 

「はい、お釣りだよ。今日は来てくれてありがとう!また来てね!」

 

 

「ご馳走様。うん、また来るよ。じゃあな。」

 

 

「あっそうだ!待ってりゅう君!サービス忘れてた!…はいこれ!」

 

 

「これは…?」

 

 

「これはね〜、このお店の特別カードだよ!これを持ってると割引出来たり他のサービスも出来ちゃうのよ!」

 

 

「いいのかよ?そんなの貰って…。」

 

 

「いいのいいの!素直に受け取りなさい♪次は絶対格好良くもてなしてあげるからね!」

 

 

「じゃあ…ありがたく貰うよ。じゃ、またな。」

 

 

別れの挨拶を交わした後に、パトラは忘れていたことを思い出して龍成を呼び止めると、一枚のカードを渡した。贅沢な内容に貰うのを躊躇うが、善意で出された物を受け取るのも礼儀であると捉え、彼女の言う通り貰うことにした。

 

別れ際に手を振って見送るパトラに、彼も手を振り返してから店を出て行った。既に静かな夜が訪れていて、微風の音しか聞こえない。

 

 

(ふぅ…にしても、妙に落ち着かないな…けど嫌な鼓動じゃない感じ…変なときめき感だ⋯───ん?声?)

 

 

ハプニングが起きた時のことを思い返し、気持ちが妙なことになった時を思い出す。恥ずかしいようでそうでないような、感情とは矛盾した気持ちが入り交じってとても変な感じだ。

 

すると思考を遮るように、静かな空間から女性の声が聞こえた。誰かと話しているような感じではなく、これは…歌?

 

 

「あの人か…?」

 

 

ちょっとした興味本位でその声のする方へ移動してみることにした。並木のある川沿い近くまで寄ると、遠くから聞こえた声が近くなった。広い坂下を覗いて見てみると、そこに一人の女性が無人の空間に歌を披露していた。

 

 

「────…〜♪」

 

 

(凄いな…とても優しい歌声だ…。)

 

 

街灯は少ないが、今日は天気が良くて月明かりがその代わりになっているお陰で、その女性の姿がより神秘さを纏わせていた。

 

白銀に輝く長髪は微風に靡かれ、魔族なのか頭にある角はどことなくティアラを連想させる形だった。左目辺りに泣き黒子と本紫色の双眸。特徴的な尻尾、モデルのようなスタイル。

 

歌の邪魔にならないように少し遠目から聴いていたが、彼女の歌声にはとても惹かれる魅力的な印象があった。盗み聞きしているようで悪いが、それでも足がこの場から離れない。

 

 

「ふぅ…────あれ?」

 

 

「あっ…。」

 

 

「あ〜…もしかして聴いてた?」

 

 

聞き入っていたらいつの間にか歌い終わっており、人の気配を感じ取ったのか後ろを振り向いて俺に気付いてしまった。やばいと思ったが、彼女の言葉に申し訳なりながら頷くと、少し恥ずかしそうに苦笑いしながら頬を掻いていた。

 

 

「帰り途中で綺麗な歌声が聞こえたものでね。つい、聴き入ってて…邪魔したかな?」

 

 

「ううん、今のを歌い終わったら私も帰ろうと思っての。……ねぇ、少し私の話…聞いてくれる?」

 

 

「え?まぁ、俺でよければ。」

 

 

初対面ではあるが、不思議なことに彼女から急にそんなことを言われて驚いた。特に断る理由もないのだが、少し躊躇いはあるものの彼女の神妙な顔付きに素直に聞くことにした。

 

何か悩みがあったのか、何があったのかは分からないが、話をすることで彼女が満足するならば付き合おう。

 

 

「実は私ね、昔にあるお店で働いてたの。私以外に四人いて、皆可愛くて優しくて頼りになる大切な友達なんだけど、ちょっと事情があって…そこを泣く泣く辞めて此処を離れたの…。」

 

 

近くにあったベンチでお互いが座って僅かな沈黙の後、彼女は悩みを打ち明けるようにぽつぽつと話し始めた。楽しかったこと、悲しかったこと、ぶつかり合ったことも含め、彼女の話は聞いていて中々面白かった。

 

 

「でも…最近、皆のことが気になっちゃって。此処に来たのはいいけど…───ん?ごめんちょっと待って。君の持ってるそれって…。」

 

 

「あぁこれ?さっき知り合いがバイトしてる店で貰ったものなんだ。」

 

 

その途中、彼女は不意に俺の手元にある物に興味を示した。それはパトラからサービスで貰ったカードである。Honey Strapの字と可愛くデザインされた絵柄で、俺はそれを見せながらパトラの名を伏せて貰ったと伝える。

 

 

「そっか…ねぇ、そこってどんな感じだった?」

 

 

「…?そうだな…賑やかで可愛らしく、一人一人個性的な店員が接客してくれんだ。礼儀正しい人に母性溢れる人に、天然そうな子に、ドジっ子な人、そんな人達が喫茶店で働いてる所だ。料理も美味しかったし、また機会があったら来るつもりさ。」

 

 

「そう。気に入ったんだね。」

 

 

やけにこの店に何か興味が持ったのか詳しいことを聞きたがっていた。取り敢えず簡単に伝えると、何処か嬉しげな雰囲気になった気がする。そのことは気になったのだが、本題が脱線してしまったことに気付く。

 

 

「あ〜…それで、貴方の話は…。」

 

 

「あぁ、ごめんね?でももう大丈夫。少しだけだったけど、私に付き合ってくれてありがとう。ねぇ…最後に一つだけいい?ここで会ったのも何かの縁だし…君の名前、教えてくれる?」

 

 

もう大丈夫だと言われ、俺もこれ以上は何も言わないことにした。そんな最後に彼女からの要望で、俺は疑いもなく自分の名を教える。

 

 

「俺は紫黒 龍成。貴方のも聞いてもいいか?」

 

 

「私は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、綺麗な名前だな。貴方によく似合ってるよ。」

 

 

そう言うと、彼女は嬉しそうに華麗な微笑みを見せてくれる。そろそろ帰らなければならないのか、彼女は立ち上がり出した。俺も続いて立って、彼女と見合わせる。

 

 

「ふふっ、ありがとう。じゃあそろそろ帰らないと…またいつか会えたらいいわね?」

 

 

「そうだな…少しの間だけだったが、いい時間だったよ。それじゃあ、また。」

 

 

別れの挨拶を切り出し、俺は彼女に背を向けて歩み始めた。

 

 

「またね、紫黒君…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───あの子達にも…よろしく伝えておいてね?

 

 

 

 

 

「……え?っ!」

 

 

突然、意味深なことを言われて彼女の方へ振り向くも…既に彼女の姿は初めから存在していなかったかのようにいなくなっていた。その代わり、そこには神秘的な蒼い蝶が一頭、満月に向かって羽ばたいていた。

 

 

(もしかして…あの人は…。)

 

 

最後に聞いたあの台詞の意味は、きっとそういことでいいのだろう。俺はそう汲み取り、暫くその場で佇んでからこの場を去った。

 

 

 

 

 





書いてて思った。ギャグよりシリアスの方が得意なのではないかと。ま、そんなことはどうでもいいとして、如何でしたかな。
終盤での登場人物は、存じてる方ならば中々いい感じにできたと思うんですけど。エモい感じに出来たかな…。

誤字・脱字等あればご報告お願いします。

では〜。


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十八話 『特殊異能精鋭隊』


ども、最近マイクラに再熱した黒いラドンです。
共にゲームする仲間の存在がいないので、一人でする作業ってなんか虚しいね。でも楽しい。
まぁんなことはいいとして、今回は0期生の絡み…絡み?じゃないけど、登場しますん。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

もう少しで八月を迎えそうだが、未だ炎天は容赦を知らない。日に日に真夏の暑さが増してきている気がする今日この頃、ひんやり冷たいアイスが食いてぇなと思っていた所、何時しか忘れていたこの煌星学園の長である谷郷さんからお呼び出しを受けた。

 

内容は来てから話すとのこと。少しだが久しぶりに連絡を寄越したと思えば、いきなり「今から来て欲しい」と。

 

⋯寂しん坊かよ?

 

取り敢えず、学園長直々のお呼びだし今は昼休み中なので向かうしかない。

 

 

「お呼びで?谷郷学園長さん。」

 

 

「急に呼んでしまって申し訳ないね。少し急ぎで伝えたかった内容だから、直接君に話さなくてはと思って。あっ、これちょっとしたお詫び菓子だよ。受け取っておくれ。」

 

 

「頂きます。」

 

 

学園長室に向かえば、谷郷さんは相変わらずの柔和な様子で対応をしてくれた。そして気前良く、急用で訪問させた俺に詫び菓子を寄越してくれるので遠慮なく貰う。

 

 

「ははっ、甘い物が好きなのは認知していたがこうも食いつくとは、意外に可愛らしい所があるね。」

 

 

「このまま吐いてやりましょうか?」

 

 

「冗談も言えるようになれたのなら良かった。」

 

 

個包装を取って、一口サイズのチョコを口に入れながら普段言わないようなことを言えば、谷郷さんは何故か嬉しそうに口角を吊り上げて俺を見据えていた。

 

そんな短い遣り取りをした後、チョコを食べ終えてから俺は本題に持ち出す。

 

 

「それで?俺を呼び出したのは一体何用で。また変な契約ですか?」

 

 

「いいや、今回は折り入ってお願いがあって呼んだんだ。まぁ、最終的に決めるのは君次第なのだけどね。」

 

 

「はぁ⋯で、内容は?」

 

 

「単刀直入に言うと、我々が組織化している『特殊異能精鋭隊』の″特別枠″として君に参加してほしいんだ。」

 

 

(特別枠⋯?しかも精鋭隊って、あやめが前に言ってたあれのことか?*1

 

 

嘗てあやめと戦った際に、話の流れで聞いた精鋭隊と言う言葉。正称は谷郷さんが今言った『特殊異能精鋭隊』で、しかもその特別枠に入ってほしいか…参加するとなると普通とは違う扱われ方をされるだろうな。

 

 

「それって俺が入らなきゃ困る感じですか?…と言うか、先ず精鋭隊についてまだよく分かっていないんですが。」

 

 

「⋯そうだね。正直、これは政府が決めたようなものでね。軽く説明すると…先ず特殊異能精鋭隊とは、その名の通り異能を持ち合わせた集団であるが、今この学園には相応な人数が揃っていない。ので、今は学年や異能の有無関係なく何個か形成したチームでヴィラン対処をしている。」

 

「そしてヴィランの対処可能なのは彼女達と軍事力のある組織だけ。今の時代は様々な種族が共存しているが、個々人が対処出来る程ヴィランも甘くはないし、訓練もされてなければ尚更だ。例え人間よりも強い獣人や魔族に亜人だろうと。それに軍隊も簡単には動いてはくれない。」

 

 

簡潔的に纏めれば切羽詰まり掛けてるってか。確かに世間は種族によってはヴィランに対抗出来る人も少なくはないと思うが、簡単にはいかない。ド素人が変に交戦したとしても、余計な被害を生み出す可能性だって高いしな。

 

それは仕方ないとして、他にも軍事力を持つ組織がいるのなら何で協力をしようとしないのが謎だ。率直に思ったけど、連携が出来たら今より効率は良さそうに感じるのだが…。

 

 

「言ってしまえば、ヴィランに関することは全て私達に丸投げが現状さ。」

 

 

「───っ…。」

 

 

丸投げ…か。

 

ふざけているのか政府は?ヴィラン対策として企てたこの学園は、ただでさえ人数が極端だと言うのに一任とか…それにそうとなれば、大きな失敗をすれば信頼のガタ落ちは当然、余計な責任まで背負わされるかもしれない。

 

思わず顔を顰めたそんな俺を、谷郷さんは変わらず柔らかい口調で心情を察していた。

 

 

「君の思う気持ちは解る。もしヴィランの凄惨な被害が出れば私達に責任がある。幸運にもこれまでは最低限の被害で済んでいた。とは言えそれが毎回続くとは限らない時もある。だが私達にだって限度はあるし、彼女達にも無理はさせられない。君もね。」

 

「だが…それでも君はどうだ?無尽蔵の体力に、膨大な力、戦闘の知識力、対応力、技量。どれを取っても比類なき有望な人材とも言える。正に″戦いの天才″と呼べるものだ。君の実力が世間に伝われば、少しは安心出来そうだね。」

 

 

「止めてくれ、俺はそんなモノを称賛されても全く嬉しくない。下らない名声や名誉の為に俺は戦ってるんじゃない、守る為だ。」

 

 

谷郷さんは心の底から戦闘技術を褒めてくれるが、俺はそれに対して嬉しいと言った感情は湧くことはなかった。

 

俺が力を付けようと思ったのは…確かに最初こそ戦いは苦手だったけど、戦わざるを得ない時が来ると知ってからは、後ろ向きで無力なままの自分じゃ駄目だと反省して強くなろうと思ったんだ。

 

…まぁ、兄ちゃんに無理矢理付き合わされて強くなったって言うのが正しいんだけど。でもその気持ちは本当にあったからこそここまで来れた。この力は人の為でもあり己の為でもある。

 

 

「…話が脱線してしまったね。それで、君の答えを聞いてもいいかい?」

 

 

「考えるまでもないですよ。どの道、俺が協力しなきゃならないなら選択肢は一つしかないですし。」

 

 

「それが聞ければ大丈夫そうだね。では詳しい話はまた放課後にしよう。」

 

 

入っても特に問題は無いだろう。所属するにしてもプライベートまでは干渉しない筈だろうし、余程の緊急じゃなきゃ直接連絡してこないと思う。それにヴィランを積極的に殲滅する活動には出来るだけ協力したい。

 

自分の手の届く内には、色んな人の命を救いたいしな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は特に変わったことはなく、授業中はひたすら勉学にしがみついていた。未だに分からない所は多くて、追い付くにも苦労するし何とかして理解はするけど、これはこれで中々キツい。

 

他の人は問題によっては平然と答えを導き出せているし、そう出ない時はあれど俺の場合はその差が酷い。簡単であろう問題すら解くのに時間が掛かる。(一部同じような人達はいるが。*2

 

戦闘の特訓とは全く違う方向性で知識を絞らなければならないのが今の俺には苦しい。自業自得と言われれば仕方ないけど、俺は勉強しなかったんじゃない。出来なかったのが理由だ…なんて言い訳にしかならないよなぁ。

 

 

「あ、りゅう君。」

 

 

「ん?どうしたパトラ。」

 

 

「その…よかったら途中まで一緒に帰らない?」

 

 

一人でそう悩みながら小さく溜息を吐くと、パトラが何処かもじもじとしながら気まずそうにしていたが、その雰囲気を飛ばすように無理矢理何時もの感じで迫って来た。

 

今は放課後で皆はそれぞれ帰って行った。遊びに行く人もいれば用事で帰る人、まだ学園に残る人もいる。けど俺は昼に谷郷さんとの約束事がある為、少し罪悪感を感じながら断った。

 

 

「あ〜悪い、この後大事な予定があってな⋯学園長との話があるんだ。」

 

 

「あ、そうなんだ。分かった!⋯でも学園長からって珍しいね?」

 

 

「精鋭隊に関してのことだ。もしかすると、その内広まるかもな。俺もそろそろ向かわないとだから、またな。」

 

 

「うん、ばいばい!」

 

 

軽く内容を伝えると納得した様子で教室から出て行く。手を振りながら帰って行く彼女に軽く手を振り返して見送った。のはいいんだが、少し…少しだけ寂しい気持ちが芽生えたことに、ちょっと分からなかった。

 

それはいいとして、俺もさっさと谷郷さんに会いに行く。だがその前に精鋭隊の専用部屋があってそこに向かいたいのだが、場所が分からないので永先生が案内すると聞いて教務室に向かったが、その教務室前で永先生じゃない別の人がいた。

 

その人は俺を見付けると、途端に笑顔になって俺の方へ寄って来る。

 

 

「あ、来ましたか紫黒君!」

 

 

「確か…のどか先生、でしたっけ?」

 

 

名前は確かそうだった筈。この人と会ったのはこれで二回目になるのだが、初めて会ったのは姫森が攫われた事件があって、それが解決して後に合流した時だった。

 

 

「そう言えばあの時以来ですもんね、こうして話すのは。忘れちゃうのも仕方ないですし、一応もう一回教えときますね。一年担当の春風 のどかです。改めてよろしくお願いしますね!紫黒君のことは永さんから聞いてますよ!」

 

 

「どうも、改めてお願いします。ところで永先生は?」

 

 

「あー…それがですね。」

 

 

どうやら永先生は他の雑務が沢山残ってる所為で、その代わりにのどか先生が案内するとのこと。どうしたのだろうと聞いてみると、のどか先生はめっちゃ目が泳いで言葉に詰まっていた。

 

やたら言いずらそうにしてたので、教務室の扉を小さく開けてチラッと永先生の様子を見たのだが…───

 

 

 

 

 

「お仕事楽しいぃ〜!!ぅうぃいいぃいぃい〜!!↑↑」

 

「土曜日も日曜日も仕事仕事ぉおお〜!!休みなんて要らないですねぇええええぇえぇ〜!!」

 

「うぃいいぃっっっはああぁあぁあぁ〜!!↑↑」

 

 

 

 

 

───俺はそっとドアを閉めた。

 

何も見なかったことにしたいが、あのままだと本当に永先生が可笑しくなってしまう…いやもう手遅れかもしれないけど。後で気を別けてあげよう、そうしよう。

 

そう決意をしてからのどか先生へと向くと、彼女は苦笑いしながら俺の言いたいことが分かっていたようだった。しかし敢えて何も言わず、早速向かうことにした。

 

 

「それにしても紫黒君って本当に凄い人なんですね!色んな人から聞いてますよ。あやめさんと勝負して勝ったり、ねねさん達と突然変異のヴィランを倒したり、前はルーナさんのことでも助かりましたし。凄く頼りになりますよ!」

 

 

「俺は別にそんな褒められるようなことは…戦いが少し得意なだけの変な奴ですよ。」

 

 

谷郷さんに会いに行くまで暫くのどか先生と会話していたが、唐突にそんなことを言ってきた。

 

彼女の言う通り、いきなり来た編入生にしては濃すぎる日々を過ごしているのは誰もが思うだろう。あやめには圧勝はしたがあれでも彼女はかなり強い部類だし、自我持ちヴィランは前代未聞。他には事件に巻き込まれたりしたが、短い頻度で出会したのでそれを考えれば…結構色々とあったな。

 

でも俺からすれば、事件とかは俺一人で解決した訳じゃないので、別に大したことしてたとは思っていない。その旨を自嘲を含めて否定すると、彼女はあからさまに悲しげな表情になった。

 

 

「…紫黒君はあまり自分を大したことないと思ってるかもしれませんが、私達は君がここに来てくれて良かったって思ってますよ。」

 

「紫黒君が思ってる程、周りの人達は君の活躍には凄いって思ってるんですよ!その身一つで突然変異のヴィランと対等って今まで無かったですし、リスクも大き過ぎます。私もそのヴィランの詳しいことは聞きました。実際なら…犠牲者が出ても不思議じゃありません。」

 

 

…でも確かにこの人の言う通りだったかもしれない。仮に俺があの場にいなかったら、俺があの時に赴かずにパトラ達だけだったら…貢献は出来ても最悪は免れない結果になっていたかもしれない。

 

あの時のヴィランは異質だった。それはこの身体で確りと体感した。あの異常さは例えあやめがいたとしても最悪なケースも有り得ていたかもしれない。

 

 

「でも紫黒君がいたお陰もあって最悪は免れた…その事実だけでも歴史になるものなんですよ?誇って下さい。紫黒君は自分を小さく見過ぎなんです。自分の中でそうでないって思ってても、紫黒君の活躍で大勢の命が救われてるのは確かなんですから。」

 

 

 

 

 

『正義のヒーローみたいに、助けを求めている声が聞こえたら直ぐに助ける。きっと、お前はそういう奴になれる。』

 

 

 

 

 

のどか先生の言葉で、俺の記憶の中にいる兄が嘗て伝えてくれた言葉が蘇った。

 

あの頃からだったな…兄ちゃんと約束を交わしたのは。戦闘は苦手だけど守る為に戦うと誓った。でも俺はヒーローになるつもりは毛頭ないし、でも色んな人を救える者になろうと思ったんだ。そしてそれが何時しか俺の中で、力を持つ者が守る為に戦うのが当然だと思うようになっていのかもしれない。

 

でものどか先生の話で、少し肩の荷が下りた気がした。

 

 

「……そう…ですね。ありがとうございます。ちょっと…安心しました。」

 

 

「いえいえ、紫黒君は良く頑張ってますから!と…そろそろ着きますよ!」

 

 

すると彼女は何処か上機嫌になると、同時に会話の区切りがついた所で丁度よく目的の場所に着いた。彼女がノックしてから入って行き、俺もそれに続く。

 

 

「おぉ、来たかね。待っていたよ。」

 

 

「やっほ〜!久しぶりだね!」

 

 

中には谷郷さんと何故かすいせいがいた。彼女も精鋭隊の内容に関係あるのかと思い、気さく良く声を掛けてくれる変わらず元気な彼女に軽く口角が上がる。

 

 

「久しぶりだな、すいせい。元気なのは変わらずだな。最近テレビ出演したの見掛けたし、歌も良かったよ。」

 

 

「ありがと!それじゃあ何時ものいくよ?すいちゃんは〜?」

 

 

「え?ぁ…きょ、今日も───」

 

 

「今日も小さ〜い!!」

 

 

すいせい特有の挨拶のルーティンを不意に促されたが、俺はこの行為を何時もされることを忘れてしまっていた。焦ってしまって言葉が(つっか)え掛けたが大事な部分を言おうとした瞬間、何処からともなく現れたみこが被せて来た。

 

 

「何が小さいって…?あぁん?言ってみなみこち。」

 

 

いだだだだだっ!?いつもの冗談じゃん!!なんで今回に限ってアームロックするんだよっ!!折れるっ!折れるにぇっ!!」

 

 

暫しの沈黙後、すいせいはニッコリとしながらみこに近付くと一瞬の間にアームロックを決めた。そして可愛らしい微笑みから一転、般若のような表情で脅していた。

 

小さいと言ったそこに、一体何の意味があったのかは知らないけど、どうやらすいせいの触れてはいけない部分なのかもしれない。

 

 

「助゛け゛て゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ!!」

 

 

「す、すいせいさん!落ち着いて下さい…!あ、あ〜う…紫黒君、何とかお願いします!」

 

 

「そこで俺に投げます?」

 

 

のどか先生が何とか宥めようとするのが、今のすいせいは聞く耳を持たないようで困ってしまっていた。だが彼女ではどうにもならず、匙を投げるように無理矢理代わって頼まれてしまい、俺も少し参ったが一つ案が浮かんだので実行してみる。

 

 

「ぇ〜…す、すいちゃんは今日も可愛いー…!」

 

 

「ありがとう〜!君はバカみこちと違っていい子だね〜!」

 

 

「ぁうぇ…?すげー変わりよう…。」

 

 

「み、みこさん…大丈夫ですか?」

 

 

一体どんな情緒をしているのか、すいせいを褒めてみれば即座にアームロックを止めて俺の頭を撫でて来た。いや、何で撫でるの…?

 

 

「はぁ…はぁ…お、折れるかと思ったにぇ…。」

 

 

「そろそろ本題に入ってもいいかい?」

 

 

「あっははーごめんヤゴー、じゃあ早速始めようか。」

 

 

一連の流れに区切りを見出した谷郷さんが言葉を挟むと、すいせいは短く笑いながら再び定位置に戻って行く。未だに悶えているみこはのどか先生によって介抱されているが、気にしている場合じゃないのか谷郷さんは構わず話し始めた。

 

 

「先ずは精鋭隊の隊長となる彼女と他二人を紹介するから、こっちに来てくれるかい。」

 

 

(精鋭隊の隊長……確か、名前は忘れたけどシオンから聞いたことがあったな。)

 

 

前に屋上でシオンと初めて出会った時に、会話の中でそんな内容があったことを思い出す。しかし肝心な名を忘れてしまったのが、どっちにしろ知るなら丁度いい。

 

部屋の奥の方へと向かい、谷郷さんがドアをノックして返事が来るのを確認してから入ると、中には三人の女性が机に向かって何か作業をしていたようだった。

 

 

「もう約束の時間でしたか。すいません…まだ作業が終わってなくって…。」

 

 

「書類が多いよ〜…。」

 

 

「ずっと座りっぱなしで体が痛いね…。」

 

 

「こちらこそ、作業中なのに訪問して申し訳ないね。それで事前に伝えた通り、彼を連れて来たよ。」

 

 

谷郷さんはそう言いながら後ろにいた俺に視線を送る。その意図に察した俺が隣に立つと、真っ先に所々に機械のような身体をした人が立ち上がり、手を上げながら楽しそうに振る舞う。

 

 

「あ、噂の新人君だ!はろーぼー!″ロボ子″だよ~!よろしくね〜!」

 

 

「こんあずき~!私は″AZKi″って言うの、よろしくね!」

 

 

始めに挨拶した人は桃色のパーカーのみでロボ子と言っていた。ワインレッドのグラデーション長髪に琥珀色の双眸、見た目は人間とさほど変わらないが両腕と内股から両足は機械になっていた。名前から連想出来る通り、彼女は機械人だ。

 

もう一人はアズキと言う少女。同じくロングヘアで内側は 色で外と内で別れていて髪飾りを着けていた。薄紫の円なら瞳に白系を基調にしたワンピース風な服装を身に纏い、ロボ子とは違って何処かおっとりとした雰囲気があった。

 

 

「初めまして、私は″ときの そら″。生徒会の会長と精鋭隊の隊長を担当しています。君のことはある程度聞いてるよ。よろしくね。」

 

 

そして最後に、この学園の円滑を担う重要人。生徒会長と一団の隊長の二つの重い役割を一人で行っている彼女、ときの そらは茶色の横跳ねのあるロングストレートヘアに青い双眸。頭の左側には赤色のリボンと星の髪飾りを、右側にはダイヤ型のアクセサリーを着けていた。

 

そんな彼女からは何か引き寄せられるカリスマ性がありつつも、その後ろには強い包容さが備わっているように感じる。そして小さくも統率者としての威厳があった。

 

 

「紫黒 龍成と言う、よろしく頼む。」

 

 

「それじゃあ早速だけど⋯先ずはそうだなぁ、精鋭隊のことはどこまで知ってる?」

 

 

「谷郷さんからは、人数不足で異能の所持と学年の関係無くチームが作られていて、俺がその精鋭隊の特別枠とやらに入ることになった…今はそれくらいかな。」

 

 

改めて考えてみてもこの精鋭隊の現状やばいだろ。世界的存続問題に関わる事態だというのにこんなんでいいのかよ。

 

そう心の中で思っていると怒りが募り始めて来たが、今はそこに気にしていても仕方がないので一旦片隅に置いておくことにする。ときのには要約して伝えると納得したように頷いた。

 

 

「なるほどね、大まかな部分は知ってるなら大体は大丈夫そうかな。そう、この学園は大きい役割に対して人数が著しくて多少の人手不足はあるんだけど、今は何とか問題は解決していけてる…でも最近、ヴィランの出現率は右肩上がりになってきているの。」

 

「この一ヶ月で数は先月の倍になってて、現状を見てるとこれからも増えるかもしれないの。そこで、対策の一つとして君の力を貸して欲しいの。」

 

 

この一ヶ月…タイミング的に考えれば、俺がこの学園に編入してから頻繁に現れるようになったと言うこと。それだけでも溜息が絶えないのに、未だにヴィランは謎に包まれている。何か進展があったとしても、様々な形を保ちながら人々に害する存在で知性や理性は皆無、だが最近では自我持ちが現れた。

 

短い頻度でこの増大さは素人目線でも異常なのは一目瞭然。そして今後も今よりも更に増える可能性も高い。そんな不安になる内容に頭を抱えながらも、ときのの協力要請に取り敢えず承諾して詳しく聞く。

 

 

「それは構わないが、一体何をすればいいんだ?」

 

 

「簡単に言うとチームのサポートとして手伝ってほしいの、それも″毎回″も。」

 

 

「毎回か…ん?毎回?」

 

 

全体のサポートとして協力するのはいいのだが、毎回と言うのははそのままの意味らしく、彼女は頷いて返した。

 

 

「そう。でもちゃんと君の意思を最優先していくつもりだよ。君も幾ら優れた子だとしても、無限は存在しない。だから君の意思と都合に合わせるから、決めた私達が言うのも変だけど…無理はしないでね。」

 

 

「だったら問題無い。ヴィランは俺としても厄介だと思ってるし、早めに対処はしておきたい。」

 

 

「その言葉を聞ければ頼もしいよ。精鋭隊のチームの振り分けはこんな風になってるから、一応目を通して貰えるかな?それと、精鋭隊の活動について話すと…。」

 

 

急増する被害、強くなっていく災厄。今は基本的に被害が起きてから赴いてから戦闘が多く、その繰り返しが続いて根本的な解決に至らない。

 

じゃあどうするかと言うと、学園の屋上に″とある機械″を設置して今できる最大限の対策を施す。その機械というのはヴィランを探知するもので、所謂ヴィラン用のレーダー探知機の実施。ヴィランには特殊なエネルギーが放出されているらしく、それを元に探るようだ。

 

元々の活動は出現した所を満遍なく調査するだけだったが、今後は反応を見つけ次第、その場所に向かって調査及び討伐をするのが追加方針となったそうだ。

 

 

「なるほどなぁ。出動したチームと一緒に行くのはあくまでも調査で、緊急出撃はまた別な感じか。」

 

 

「そそ!そんな感じだから、一緒になった時はよろしくね!」

 

 

ロボ子が相槌を打ちながら何処か嬉しそうにそう言ってくる。やはり人手が増えることは嬉しいのか、俺は微笑みながら彼女に頷いて返す。そして、ときのからはまだ話があったのか次の内容へ移る。

 

 

「それで、ここからが本題になるけど…いいかな?」

 

 

「まだ何かあるのか?」

 

 

「君の入隊する意思は聞いたけど、それだけではまだ確定にはいかないの。形式上、相応の実力があるかどうか…″戦闘試験″通して君の実力を改めて確認したいの。」

 

 

「でも、前にあやめとの戦いで分かってたんじゃないのか?」

 

 

「それはそれ、だよ。あれはあやめちゃんとの私的な行いで、勝ったからと言ってそれだけで充分な理由にはならないの。それに、これから相手してもらうのは…あやめちゃんよりも強いよ?

 

 

そう言うと彼女からは、同情を示さないような冷淡な雰囲気を放っていた。簡単にはそう行かない、と言うようなニュアンスが伝わる。そう一変した空気を余所に、ロボ子とアズキの二人は何故か遠い目をしていた。

 

これからするであろう戦闘試験は、あやめの時の戦闘よりも更に難関と言うこと。そして鬼族の彼女より強いと言うことは、それ以上の格上の相手となる。

 

 

「その相手ってのは───」

 

 

「すいちゃんだよー!」

 

 

「っ!?」

 

 

背後から突然現れた。タイミングを見計らっていたかのように飛び出して来た彼女に少し驚き、いつの間に傍まで近寄られていたのか気付かなかった。

 

しかし、この一連の流れで俺は悟った。彼女は純粋な戦闘に於いて脅威的な存在であることを。今は気が引き締まっている所為で無意識的に気配には敏感になる方だ。

 

実際に自我持ちヴィランと出会う前の奴は気配を遮断するのが上手くて、共に行動していたポルカ達は気付かなかったが、俺だけは気付けたのがいい例だ。だからすいせいの気配の殺し具合はぶっちゃけ人間でも異常と言っていい。

 

 

「すいせいと…?」

 

 

「すいちゃんは″こんなでも″!凄いんだにぇ。この学園の中で三番目くらいには強いんだよ!」

 

 

「一言余計だよみこち。まぁ取り敢えずそう言うこと!こう見えても私、結構強いんだよ?自慢じゃないけど、かなり前にヴィラン三体纏めて相手してたからね。」

 

 

それはそうと何故にすいせいなのか疑問に思い、ときのに疑問の眼差しを向けた所で後からやって来たみこが代わって答える。

 

何処か皮肉を混ぜていたがすいせいの強さは本物らしく、猛者だらけのこの学園で三番目だと言う。更にはヴィランを三体も同時に一人で討伐したのも嘘ではないようだ。

 

 

「でも⋯本当にいいのか?」

 

 

「あっ、すいちゃんのこと甘く見てるなー?なら早く戦ってみようよ!大丈夫、君の実力に合わせて戦うから!」

 

 

「いや、そう言う問題じゃなく…。」

 

 

「さぁ!戦場にれっつごー!」

 

 

「あ、すいちゃん待ってー!みこも見に行く!」

 

 

「私達も行こうか。」

 

 

俺は怪我をする懸念の意味で聞いていたのだが、すいせいは舐められてると思ったのか弁解する間もなく俺の手を引いて戦場に向かう。何を言っても無理そうだと察した俺は、そのまま連れて行かれることにした。その様子を見た他の者達も苦笑いを浮かべた後、二人に着いて行った。

 

そうしてやって来た闘技場。ここに立つのは二回目ではなく、戦闘科目にて特訓と称して何度も足を踏み入れているのだ。どんなことをしているかと言うと、少し話が長くなるので割愛させてもらう。

 

みこ達は観戦席へと移り、今この場には俺とときのとすいせいの三人だ。すいせいとはある程度距離を取って対面していて、その間にときのがいる。

 

 

「それじゃあ、戦闘試験においてルールを説明するよ。制限時間は十五分で、この戦闘は君の実力を確かめるのは言ったね。その目処の付け方としてはすいちゃんを倒すか降参させるか、十五分間耐え凌げるか。それで決まるよ。」

 

 

「…なるほどな。」

 

 

「内容はそんな難しくないでしょ?それじゃあルールも分かったことだし、早速始めようか!」

 

 

ときのからルールを教わって納得していると、戦う気満々なすいせいはどっから出したのか分からないが、片手に等身大程の斧を持っていた。見たことないデザインなので、恐らく特注品なのかもしれない。

 

彼女は何処か嬉々としているのように口角を吊り上げながら此方を見据えている。それに対して俺は両腕を脱力させて垂らし、肩幅程度に片脚を一歩後ろに引いて、すいせいの行動を見切ろうと視線を外さない。

 

 

(斧か…見掛けによらず殺傷力の高い武器を扱うんだな。これがギャップと言うやつか。それはいいとして、すいせいはあやめよりも強いとときのは言っていた…だとすると″異能″は確実に持っているよな。それに…素の身体能力も侮れないな。)

 

(それに異能が何なのか全く分からない。身体強化系か、干渉系か、超能力系か、はたまた人知を超えたものか…。)

 

 

「それじゃあ審判は私がやるね。では……よーい!」

 

 

互いに準備は万端と雰囲気で伝えるように無口になる。そしてそれを察したときのは、充分に俺たちから離れてから戦闘の火蓋を切る用意をする。

 

その瞬間から場の空気は大きく変化する。息を忘れるような緊張感、不気味なぐらい静かな無音空間。これから起こることに誰もが目を離せない瞬間だ。不思議と神経が研ぎ澄まされ、相手の出方を注意深く伺う。

 

すいせいがどんな戦い方なのか、どんな技を使うのか、どんな能力を持っているのか。今この世界で最も弱い種族と言われてる人間でありながら、どう頂点の近くに上り詰めたのか…。

 

 

 

 

 

───それはこの後に身をもって知ることになる。

 

 

 

 

 

始めっ!!

 

 

 

「────『黄道十二宮【アリエス】』」

 

 

そらが戦端を開いた刹那。すいせいは何かを唱えたと思うと、瞬きしない内にその場から音も無く消滅し…。

 

 

 

 

 

────ドゴォッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍成は一秒足らずで場外の壁へと吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

*1
六話より

*2
??「わがった!……わがんない。」





まぁうん、長くなると思って区切りました。はい。
次は歌姫ことすいせいさんとの戦闘になります。すいコパスと言われてる彼女ですから、強くしておこうと思いました。
正直、戦闘描写は上手く書けるかは分からんけど、頑張って考えてきます。

では〜。


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十九話 『戦闘試験』



ども、ハッピーニューYear。今年も頑張って投稿続けますので(遅いけど)どうぞよろしくお願いします。
最近にゃんこ大戦争に再熱しだしたラドンです。
10年ぶりにダウンロードしてみたところ、既に11周年を迎えていて何かガチャが追加されキャラもステージも豊富に…。
初期からもうそんなに経ってたのか、時の流れは早いですね。

マイクラ?んなもん知るか。

つーわけで彗星のアイドルことすいせいさんとの戦闘回になりまっせ。


じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

 

同時刻にて、その光景を見守る形で観戦していたみこ達は、戦場から少し離れにある観戦用スペースで、強化ガラス越しに二人の戦闘を眺めていた。

 

一定の距離で対等する龍成とすいせいの二人は、どんな戦いを繰り広げるのか期待に胸を膨らませていた。しかし開始した矢先、その期待は少し怪し気に傾いてしまった。

 

一秒足らずで吹き飛ばされた龍成に、各々が早速反応する。

 

 

「うわぁ…すいちゃん、初っ端から容赦ないにぇ…。」

 

 

「突破出来ない訳ではなさそうだが、流石に彼でも簡単にはいかないかな?」

 

 

谷郷は彼の強さは理解しているつもりである。けども、すいせいも異常な強さを持ち合わせていると知っている。何方が強いかと言われたら分からないと答える程、谷郷の中では天秤に掛けるのは難しいようだ。そしてそう思うのは彼だけではなかった。

 

 

「そうだろうね、すいちゃんは紛うことなき人間の身体ではあるけど…異能の力が桁外れなんだよね。」

 

 

「それに付け加えて身体能力も並じゃないし、いや〜凄いよねすいちゃんは。アイドルもやって戦いも凄く強いってある意味恐ろしいよね。」

 

 

「あれでも合わせるって言ってたけど、手加減してるのかその気になってるのか正直分からないにぇ…大丈夫かな、龍成君。」

 

 

「それはあの子の実力次第だね。でも、きっと大丈夫だよ。彼はそう簡単には負けたりしない筈だよ。」

 

 

アズキ、ロボ子、みこの順でそれぞれが会話をしていると、いつの間にか観戦用スペースに来ていたそらが、みこの不安を打ち消すように伝える。

 

すいせいの強さは、学園の間でも話題を持たれるくらいの注目度がある。龍成も大概ではあったが…彼女は普通とは離れたその身体能力に、人知を超えた天からの贈り物である″異能″。その要素がすいせいにとって更に驚異的な存在に成り上がった。

 

一人での活躍度で言えば彼女はかなり貢献している。単独でも数体同時のヴィランを討伐した功績があり、街中での討伐の際は住民を最優先で避難誘導をさせてヴィランを人気の無い所へ誘き寄せたり、ほぼ一人で初めから終わりまで任せられる正にオールマイティな動きを熟せていた。

 

そして龍成は、編入して二ヶ月も経たずに大きな話題を何個か生んでいる。彼も中々の異常さを耳にしたことはあるが、それを元に比較して二人の強さが衝突し合えば、彼女達は一番長く一緒にいたすいせいに軍配が上がるだろうと思っていた。

 

 

「お、みこちにそら先輩とアズキ先輩とロボ子先輩。ヤゴーも、皆して何してるんですかい?」

 

 

「ヤゴーもいるなんて珍しいね。」

 

 

「こんにちはでござる!」

 

 

すると、そこへ他の面々がそら達の背後から声を掛けてきた。

 

 

「あ!ししろんにトワぴ!」

 

 

「いろはちゃんにルーナたんも、お疲れ!」

 

 

「あと激臭叉 クロヱたん!」

 

 

「おいぃ!ついで感覚で言うなみこち先輩!あとちゃんと風呂入ったわ!」

 

 

「入ったって…それ一週間前のことでござるよ。」

 

 

「うわっ、道理でさっきから臭ぇのら。」

 

 

「臭くないし!フルーティーだから!」

 

 

「無理があるだろ。」

 

 

やって来たのはぼたんとトワと、ルーナにいろはとクロヱの珍しい組み合わせだった。みこに流れるように弄られてクロヱが逆上するが、その後にいろはからとんでもないカミングアウトにルーナは素で引き、醜い言い訳にトワが呆れるように呟いた。

 

 

「おや、皆さんも見に来たんですか?」

 

 

「いや、あたしらはちょっと特訓しようと思って来たんだけど。」

 

 

「誰か戦ってるのら?」

 

 

谷郷がそう言うと、ぼたんが軽く否定しながらその向こう側にある戦場に目を向けていた。誰かが戦っているのだろうとぼたんは目を細め、ルーナが彼女の肩からひょっこりと顔を覗かせながら同じ所に目を向ける。

 

トワといろはとクロヱもそら達と並んで、戦場に誰がいるのか確認して見る。

 

 

「あれってすいせい先輩と…紫黒先輩じゃん!久々に見掛けた!」

 

 

「えっ!本当でござる!すいせい先輩は兎も角、紫黒殿までいるのは驚いたでござる!」

 

 

「紫黒って対人戦は嫌いなんじゃなかったっけ?」

 

 

「彼には精鋭隊の特別枠として入る為に、今はすいちゃんと戦闘試験をやってるの。だから、特訓はこれが終わったらでいいかな。」

 

 

「成程ね…なら仕方ないか。折角だしトワ達も見てようよ。」

 

 

「さんせ〜い。にしてもすいせい先輩とか…こいつは見物だね。」

 

 

龍成の″対人戦は消極的″と言う事実は既に周囲には知れ渡っているらしい。そのこともあり、すいせいと対戦している姿にクロヱといろはは驚くが、そこでそらが簡単に説明すると納得して頷いていた。

 

トワは先約がいるなら仕方ないと、別の所で時間を潰すよりかは見学していようと提案すると、否定する者は誰もいなかった。

 

そしてこれから起こる戦いに、一部は差を見せ付けられる程の戦況に釘付けとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開始して間もなく行動に出たすいせいは、煌々と赤いオーラを纏いながら音速をも越えた速度で吹き飛ばした龍成を見据えていた。速度に追い付けずに峰打ちを受けた彼は、壁際まで吹っ飛ばされて砂埃に埋もれている。

 

 

「あちゃ〜…いきなり強くやり過ぎたかな?」

 

(…でも手応えがあまり感じなかった。衝撃を受けたと同時に身体を引いた感じかな。咄嗟に最小限にダメージを抑えるとはやるねぇ!)

 

 

初っ端から少々力を入れ過ぎてしまっただろうかと思っていたが、殴った際の手応えは弱く感じた。となると、攻撃を受けたその瞬間に迅速な反応をして少しでもダメージを抑えたと睨んだ。仮にそうだとするならば、なんと恐ろしい反応速度だろうか。

 

すいせいは短く軽口を零しながらも内心は称賛していた。この一撃目だけで彼の強さは垣間見えたと、少し好奇心と戦いへの楽しさが胸中に芽生え始めていた。

 

 

「ふぅー…こいつは驚いたな。いきなり仕掛けて来たか。」

 

 

「どう?見切れなかったでしょ?」

 

 

そして砂埃が未だに舞っている中から、龍成は肩を軽く回しながら戦場に戻って来る。

 

すいせいの言葉に否定出来る要素はない。確かに見切れなかった⋯と言うより移動する仕草が全く見えなかった。自分でも見えない程の高速かと最初は疑ったが、だとしても構えの動作もなく超高速移動が出来るとは思えない。

 

そこで、彼の中である仮説が浮かんだ。

 

 

「───ワープ⋯か?」

 

 

「正っ解!!」

 

 

どうやらご名答だったようだ。ワープ⋯即ち瞬間移動。自分の意思で好きな時に好きな場所まで自在に移動を操れる能力。それがきっと彼女の異能なのかもしれない。

 

 

「驚いた?でも今ので何となく私の強さは分かったでしょ?」

 

 

「あぁ⋯あやめも大概だったが、すいせいは更に強い。それは身をもって知った。」

 

 

ワープで的確に移動して瞬時に攻撃を振るうのは、単純そうで意外と難しいんじゃないかと思い初めている。こういう場合、能力に頼り過ぎていて動きが単純になることはあると思っている。しかし、すいせいにはそう言った部分が見受けられないのは、この学園に長くいた努力の成果なのだろう。

 

流石に強い。あやめの時は彼女もあれで本気だとは思っていないが、すいせいは確実に油断はならないし、あの纏っている赤いオーラが何を意味しているのかもいまいち分かっていない。ただ、本気のあやめよりも強いのは分かった。

 

けども焦る必要はない。俺だってまだまだ好調は続いているし、余力は全然有り余っている。

 

 

「俺はあまり対人戦は好きじゃない、それも女性相手なら尚更な…でも今はそうは言ってられない。迷いはあるが…少し怪我させるかもしれねぇ。それでも本当にいいか?」

 

 

「ドンと来いだよ!怪我しても大丈夫、ちょこ先が綺麗さっぱり治してくれるから!」

 

 

そう、今は実力を確かめる為の試験中だ。幾ら対人戦が嫌だからといって、やりたくないなどそんな我儘を言う訳にもいかない。それでもやはり自分の変な性が気が気でならない所為で、中々その一歩が踏み出せずにいた。

 

たが、すいせいのその言葉に腹を括るように瞼を閉じる。確かに癒月は治癒系の異能を持っていると聞いたことがあるので、実際は彼女の言う通りそこまで問題視することはないのかもしれない。

 

まぁ、怪我治るから大丈夫と言われてもそう言う問題じゃないのだが⋯とにかく気にし続けても仕方ないし、長引かせて迷惑を掛ける訳にもいかない。

 

 

「分かった。あと、ついでに言えば…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────俺もかなり強いぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!そう、みたいだね⋯!」

 

 

そう宣言すると共に妖しく光る黒紫色になった双眸を向ける。そして体から炎が噴き出したかのように紫黒の気が纏う。放たれた気の突風がすいせいを襲うと、彼女の顔色に一緒だけ余裕が失った。だが直ぐに調子を取り戻すと、俺の言葉に肯定しながら先手を取って来る。

 

すいせいは斧を軽く振り回してから構えると、そのままその場から駆け出して高く跳んだ。一刀両断するかのように斧を振り下ろすのを右半身を後ろに反らして最低限で躱し、カウンターを合わせようと拳を彼女に向けて振るった。

 

が、何となく想像した通りワープを用いて距離を置かれる。体勢を立て直そうとすると咄嗟に背後からの危険を察知して、腕に気を纏わせて振り返って直ぐに防御した。

 

金属同士が衝突する甲高い音が響き、そこにはワープしたすいせいが驚愕の表情を浮かべていた。だが直ぐに屈託のない微笑みを見せると硬直した押し付け合いの末に、彼女が蹴りを放ってきた。

 

それを後ろへ跳んで躱しつつ一旦距離を置いて思考する。

 

彼女のワープ能力には体感で制限は無いように感じた。距離制限は今の状況じゃ関係ないだろうし、短い頻度で連続でワープしているとなると、クールダウンなども存在しないのだろう。何その便利な能力。

 

音も無く刹那で‎懐に入られるのはかなり厄介だし、どう対策しようかと考えてみるがそう簡単に思い浮かばない。すいせいを見据えながら小さく唸っていると、彼女が何か仕掛けてくる動作に注視する。

 

 

「『黄道十二宮【カンケル】』!」

 

 

「っ!⋯っぶね!斬撃⋯?どいうことだ?」

 

 

「まだまだ!すいちゃんの力はこんなもんじゃないよ!」

 

 

そう叫んだ瞬間だった。先程まで赤みがかったオーラは銀色へと変色して、その場で斧を振るった際に扇状に斬撃が飛んで来た。それもかなりの速度だったが紙一重でそれを躱し、後ろを見てみると壁には斬撃跡がくっきりと残っていた。

 

しかし問題はそこじゃない。彼女の異能はワープだけじゃなかった?まさか二つの異能を⋯?

 

咄嗟に頭の中で様々な仮説を立てるが彼女はその思考させる時間を与えないかのように、斬撃を何個も飛ばしながら突っ込んで来た。

 

始めの数個の斬撃は身を反らして躱していたが、避け切れないと判断したものには強化した手刀で弾いて相殺し、斧を振るって来るすいせいにタイミングを合わせるように構える。

 

その際に、彼女の崩さない微笑みに違和感を覚えて警戒を強めた。何か考えがあるのか、余裕そうな雰囲気を醸し出していた。

 

 

「『黄道十二宮【タウルス】』!」

 

 

(っ!オーラの色が変わった⋯だけで特には───っ!!

 

 

そして今度は緑色のオーラへと変わった。ワープに飛ぶ斬撃、なんとも不思議で異能の本質が分からない。次はどんなことをして来るのか知らないが、これ以上彼女の流れに乗せられない為に、振るってきた斧にカウンターを合わせようと気を纏わせた腕で受け止めた時だった。

 

重い。さっきよりも重すぎる。まるで、さっきまでが木刀と例えるなら今のは巨大な槌で振り下ろされたようなものだ。

 

先程の受け止めたものよりも何倍も重い衝撃が腕から全身に伝わった。咄嗟に正面から受け止めるのを止めて、両腕でクロスにするようにして受け止めつつ、そのまま衝撃に乗って後ろへ下がって行く。

 

 

「すいちゃん相手には油断しない方がいいよ?」

 

 

「油断してるつもりはなかったんだがな⋯!」

 

 

これは醜い言い訳になるかもしれない。確かに油断せずに集中していたのだが、気付くのが遅かった。

 

けど、これで彼女の力の一端が分かった気がする。どうやらオーラの色によって身に宿る力が変わり、重複は出来なさそうに見える。だから今はワープも出来ず斬撃も飛ばせない。

 

そして懸念すべき点は彼女のフィジカルもそうだが、異能の正体が不明なこと。今の今までは何かしらの″身体能力に付与する技″と捉えた方が正解かもしれない。慎重に考えれば、流石に一個一個が異能とは思えないだろう。

 

少し鍔迫り合いしていた状況を変える為に、受け止めていた腕に一層力を込めて弾き返す。その拍子に流れるように両手を握り合わせて、バットを振るうように両拳を向けると、斧の側面で受け止められて衝撃で少し下がった。

 

 

「そいっ!」

 

 

「っと⋯!」

 

 

すいせいはそのまま下がると見せかけて、下がりつつ回転しながら斬りかかった。それを屈んで躱したら、そのまま低姿勢で彼女に向かって小さく跳んで距離を詰める。それを見たすいせいはまた斧を振り下ろそうと頭上へと持ち上げ、振り下ろされる。

 

俺はそれを注視して斧に視線が集中してしまい、振り下ろされると同時に横から迫って来た()に気付かなかった。

 

だが直前で気付いて咄嗟に腕でギリギリ受け止めるが、振り下ろされた斧は既に目睫。

 

 

「───っっ!!」

 

 

「わっ⋯!?」

 

 

そこで俺は眼を力一杯に見開いた。すると、弾けた音と共にすいせいが軽く吹っ飛んで行く。そんな予想外の衝撃に彼女は驚かされたのか、体勢が崩れた。

 

今のは気を眼に集中させて見開いた勢いで放つ衝撃波だ。けどこれは、易々と連続で出来るものじゃない。眼という部位は脆く、酷使すれば神経を傷付けて最悪の場合には失明することもある。やむを得ず使ったが、あまり慣れていない所為で少しばかり眼が痛い。

 

そして、すいせいは直ぐにバランスを保って地に足を付けた時、何故か斧を虚空へ振り下ろした。

 

 

「『黄道十二宮【サギッタリウス】』!」

 

 

すると纏っていたオーラは紫色へ変わり、途端に彼女の頭上から幾つもの星屑が現れて俺に降り注いで来た。咄嗟に横に飛んで避けるが、彼女は構わず縦横無尽に斧を振り続けていた。

 

斧を振る度に星屑が現れ、俺に向かって堕ちる。

 

それを見るからに追撃系だと察しながら連続で迫り来る星屑の集団を、移動しながら躱したり弾いたりして、何とか被弾を避ける。次に来る攻撃に警戒しながらすいせいを見据える。

 

 

「色んな技があるな。」

 

 

「残念!これは正確に言うと技じゃなくて、これがすいちゃんの異能⋯「星座」だよ。この異能には能力が()()()もあるの。だからさっきから使ってたのはその内の能力なんだよ。」

 

 

「星座⋯?また変わったタイプだな。それに十二個の能力か⋯とんでもないな。」

 

 

「なかなか面白いでしょ?だからこんなことも出来ちゃうんだよ!」

 

 

すいせいの異能の正体を彼女自身から告げられ、その内容は普通とは掛け離れていることに驚いた。異能が一つにつき能力が一個だけだと思っていたが、彼女の場合はそれが十二個もある。それに彼女は能力に頼りきってるような弱さが見えないし、手馴れてるようだ。

 

軽く会話をした後、すいせいが自慢するように異能の能力を発動させた。

 

 

「『黄道十二宮【ゲミニ】』!」

 

 

「分身か⋯すいせい相手だとちょっと厄介かもな。」

 

 

すいせいの体が黄色のオーラに包まれた時、何も無い空間から突如現れたスライムのような黄色の物体が、彼女の横に並ぶように浮かんだ。暫くしない内にそれは人の形を形成していき、軈てそれはすいせいとそっくりな形になった。おまけに同じ武器をちゃっかり持ってやがる。

 

 

「いくよっ!」

 

 

二人が同時に真っ直ぐ走り出すが途中でステップをして左右に別れると、俺を挟むようにして距離を詰めて来る。左右別々からの同時攻撃、二つの迫る斧をそれぞれ両腕で難なく防御する。受け止めた感じ、あの緑色のオーラの時より弱かった。

 

 

(あやめの時は撹乱するやつだったが、すいせいのは完全な分身⋯しかも強さは分身の方が若干だが弱い⋯けど放っておけないし、こっちも守ってばかりじゃ拉致があかねぇ。)

 

(十五分間耐え凌ぐのもありとは言われたが、何も身を固めて防御だけでやり過ごせる訳じゃない⋯!)

 

「はっ!!」

 

 

「うわっ!?」

 

 

一先ずこの状況を打開するように力を込めて斧を押し返した刹那、両手を左右に広げて押し出すように気の衝撃波を放つ。すると、すいせいと分身はそのまま吹っ飛んで行き、一瞬で連携を乱させる。

 

本体より分身の方が脆い筈なので優先的に潰しておく。そう思いながら分身の方に一瞬で移動して、拳に気を纏わせて思いっきり腹を殴る。重々しい殴打の衝撃音、めり込んだ拳は深々と刺さっていた。

 

そんな時だった。

 

 

「うぐっ…!!?」

 

 

「え…!?」

 

 

分身に攻撃すると苦しそうな声が後ろから聞こえた。咄嗟にその方へ振り向いて見ると、本体であるすいせいが苦痛の表情を浮かべながら、腹部に手を添えて悶えていた。

 

まさか⋯分身の受けたダメージが本体に影響するデメリットが⋯?

 

俺はその様子に驚愕して気が緩んでしまった。痛がる彼女の表情を見て、罪悪感の波に心が呑み込まれてしまう。直接じゃないにしろ、女性に苦しい痛みを与えてしまった。

 

しまったと⋯どうしていいのか分からなくなって混乱していた。

 

 

 

 

 

「───なんてね?」

 

 

 

 

 

「っ!!ぐっ…!」

 

 

不意に彼女の口元が歪んだ。その同時に分身の攻撃を受けてしまった。咄嗟に気で身体を纏ったからか制服が斬られただけで済んだ。だが真面に喰らった所為で痛みに顔が歪む。すぐに反撃して蹴り飛ばすと、分身は受身を取りながらすいせいの近くで佇む。

 

人の心を悪く利用した彼女の不当な戦い方に、俺は少し怒りに苛まれる。スポーツマンシップではないが、それなりの道理があるだろうと思いながら、目を細めて少し睨み付けた。

 

 

「今のは…ちょっと酷いんじゃないか?」

 

 

「使い方は違うかもだけど、必要悪ってやつだよ。君は根っからの優しい心の持ち主だから誰に対しても傷付けたくないと思う反面、でも戦わなくちゃいけないと言う自覚はあるよね。それでも、やっぱり心の奥ではそれに気が引けている。」

 

「今ので余計分かったでしょ?君は自分が思っている以上にストッパーを掛けてしまっているの。その優しさは君の良い所であるけど、時には弱点にもなる。」

 

 

「……。」

 

 

すいせいの言い分に俺は何も言えなかった。彼女の言うことには確かに一理ある。その中途半端な気持ちで挑んでは身を滅ぼすと言いたいのだろう。

 

だがそれが自分の中で分かっていても、どうしてか…強気に行けない。

 

 

「もしも…本当にもしも、仲間が敵になったら君は戦える?」

 

 

「…それ、は…。」

 

 

そんな事など考えたこともなかった。仲間が敵に…今までそんな事実なんて出会したことなどないし、あるとも思っていなかった。しかし、すいせいの不安げな表情を見て色々と考えてしまう。

 

 

もしも、フブキ達と敵になったら?

 

 

もしも、スバル達と敵になったら?

 

 

もしも、パトラ達と敵になったら?

 

 

もしも…全ての人達が俺を敵と見做されたら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───俺は戦ってしまうのか…?戦えるのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズギッ…!

 

 

「っ…!!?」

 

 

そんな時、不意に頭が弾けそうな程の鋭い頭痛に口を噛み締めた。咄嗟に片手で頭を抑える。その痛みは一瞬だったが、余韻があって落ち着かない。

 

それになんだ…?今僅かに…何か()()()()()()()()ような…。

 

頭痛が起きたと同時に、ほんの一瞬だけ全く別の景色を視たような気がする。はっきりとまでは言えないが、何処か良くない雰囲気だったのは分かった。それがどんな景色だったかと言うと…。

 

 

 

 

 

────見覚えのある女性達が倒れ伏せていた。

 

 

 

 

 

一体…何だったんだ?過去の記憶にはない景色だ。憶測にするにしても非現実的だが、まさか未来の景色…?それとも別の何か…存在しない記憶?

 

解らない…わからない…。

 

 

「龍成君!!」

 

 

「っ!…ぁ、あぁ。なんだ…?」

 

 

「大丈夫?ごめんね…別にそこまで深く考えなくてもいいよ。今のはあくまでも君が知っておくべきだと私個人が思ったの。無理に答えなくていいんだよ、もしもの話だし。今はこの戦いに集中しよ!」

 

「さっきも言ったけど、怪我なんてしてもちょこ先が治してくれるから本当に大丈夫!すいちゃんはそう簡単に傷痕なんか付かないし、怪我しても怒らないよ!骨折なんて慣れてるし!」

 

 

意識が混乱に陥っている最中、すいせいの声で現実に戻される。深く思考して様子が可笑しかった所為か、やたら心配させていたようだった。

 

彼女が言うには、ただそのことも頭の片隅にでも覚えておいて欲しい内容だったらしく、怪我の件も全く問題ないと伝えられる。そんな力説をするすいせいを見て、俺は一つ深呼吸をして冷静を取り戻しつつ頭の中を空っぽにする。

 

 

「…分かった。じゃあこっからは本当に気にしない。」

 

 

「うん!思っきりぶつかって来な!」

 

 

本当に遠慮はしない。本気で怪我を負わせる覚悟で挑む。

 

内なる気を全面に解放し、発火したように紫黒色の気が身体に纏う。巻き起こる突風に空気を一変させる圧力。先と一風変わって佇む龍成に、すいせいは視線を外さずに斧を構える。

 

そして一歩、彼が足を踏み込んだ瞬間…その場が爆ぜた。

 

 

「ふんっ!」

 

 

「わっ!…っとと!」

 

 

瞬間移動でもしたのかと疑うくらいの速度で、すいせいの懐に入り込んだ。彼の放つ拳に一足遅れてしまったが、横にいた分身が身を呈して割って入ることで喰らわずに済んだ。

 

すいせいは一瞬慌ててしまったが直ぐに意識を切り替えて、龍成の動きに注意深く見据える。分身を利用しながら相手の動きに合わせ、意表を突けるように予測を立てながら誘導するように攻撃する。

 

だが、容赦を捨てた龍成の方が上手なのか、先程よりも動きの速度が桁違いに速い。すいせいと分身の二人の腕を掴むと、乱暴にすいせいを別方向へぶん投げて距離を離し、分身をジャイアントスイングのように振り回して空中へと放り投げる。

 

そして、その場から驚異的な跳躍して追い付くと強烈な踵落としを喰らわせて、そのまま勢い良く地面に激突させる。

 

 

「紫蓮牙・『空波』!」

 

 

そこで終わらず、両拳に気を集中させて連続で衝撃波を分身に向けて放つ。降り注ぐ衝撃波の雨を真面に喰らえばただじゃ済まないだろうと思っていたが、存外そんなことはなかった。

 

 

「やるねぇ!でもそれだけじゃあ私どころか分身も倒せないよ!」

 

 

(マジか、思ったより分身硬ぇんだな。スライムみてぇなのに。)

 

 

舞っていた砂埃が急に晴れると同時に分身が突っ込んで来た。斧を構え直して斬り掛かってくるのを受け止め、瞬時に蹴り飛ばす。すると交代するように次はすいせいが攻撃して来た。

 

 

「ほらほら!どんどんいくよっ!!」

 

 

「ふぅー…。」

 

 

深呼吸を一つしてリラックスを保つ。集中力を緩ませないよう意識は冷静に、身体は熱を帯びさせる。

 

すいせいの振りかぶる斧の軌道が見える。最早、今の状態なら防御する必要すら無くなった。彼女からすれば、まるで先を読まれているように感じるだろう。実際、すいせいの表情に僅かにだが動揺が浮かび上がっている。

 

 

(さっきより動きが鋭くなってる…!それに攻撃がさっきよりも避けられてる…!)

 

 

斧の振るう速度が上がり始めていたが、変わらず当たることはなく避け続けられる。分身も加わろうと背後から接近するが、その前に龍成は恰も察していたように迷いなく裏拳を分身にぶつけたことでまた吹っ飛される。

 

しかし、ここで焦ることなく隙を探っていたことに心の中で賞賛した。だが、意識がそこに傾いた所為か自身への守りが疎かになってしまっていた。

 

 

「紫蓮牙・『大翔』!」

 

 

「うっ…!!」

 

 

そこに虚を衝く。すいせいが攻撃をする時に僅かに懐が開けるのを見逃さなかった龍成は、その瞬間に合わせて腹部に向けて拳を振るった。ドスッと鈍い音が響き、すいせいの表情に苦痛が浮かび上がった。

 

さっきのように嘘や演技などではない、本当の苦しそうな顔色に龍成は眉を顰める。やはりと言うか…当然、女性に直接手を下すのは慣れるような行為じゃない。触れた時、まるで豆腐のように柔らかい感覚だった。

 

追撃する気も起きず、佇んですいせいの様子を観察して待っていた。

 

 

「くぅ〜…!今のは効いたよ!でも何となく分かるよ…やっぱり攻撃する直前で無意識に弱くしてるね。そんなんじゃあ何時まで経っても次に進めないよ?」

 

 

「…どうやら、俺は自分が思っている以上にブレーキを掛けてるみたいだな。幾ら治せると分かっていても、やっぱりすいせいに怪我を負わせるのが怖がってしまってるみたいだ。」

 

 

「ここまで来るともう紳士じゃん!」

 

 

「殴った時点で紳士もクソもないけどな。」

 

 

「あっはは!それもそうだ、ねっ!!」

 

 

やはり頭では分かっているつもりでも、潜在的に気持ちが力を強く抑えてしまう。すいせいもそれが本意じゃないと知ってユーモアを混ぜたことを言うが、龍成に冷静に返される。

 

そんな短い会話をした後、話を断ち切ると同時にすいせいが仕掛けて来る。分身を傍に呼び戻して、今度は二人交互で攻撃をして来た。

 

そうなるとまだ避ける分には問題はないが、逆に攻めるのが難しくなった。先のことを学んで隙の無い連撃が続いているが、俺はその時が来るまで待つのみ。すいせいの振るう斧を避け、分身の攻撃を弾く。

 

そして二人の攻撃が()()になった時、そこが機転のチャンス。

 

攻撃の軌道を読み、二つの斧の柄腹を掴む。そして分身の方を無理矢理引き寄せてから、すいせいを巻き込むように横に蹴り飛ばして、玉突き状態のようになる。

 

吹っ飛ばされたすいせいは、なんとかバランスを保って転ばずに済むと、此方に向かって屈託のない微笑みを浮かばせた。

 

 

「本当に良い動きしてるね!流石、優等生君!」

 

 

「すいせいもな。」

 

 

「もう少し戦いたかったけど…時間も無いし、すいちゃんの取って置き!見せてあげるよ!!」

 

 

また何か起こすつもりなのか、横にいた分身を消失させる。そして斧を掲げると、頭上で軽く円を描いた。斧の先端に何か眩い光が密集しており、不思議な力が集約していた。

 

あれは、気とは違った力の流れ…もしかして魔力か?

 

そんなことを思っている束の間、すいせいは円を描いたそばから斬るように振り払うと、青白い光が空間全体を満たした。強い眩しさについ腕で目元を覆うが直ぐに晴れる。何が起きたのかを確かめると…。

 

 

「おいおい…そんなんありか?」

 

 

彼女の頭上には″巨大な蒼白の塊″が留まっていた。

 

そんな突然と空中に浮かぶ物体に目を見開いた。何なんだあれは、と…全くもって底が知れない。彼女の力は範疇を超えて…更に超えている。

 

煌々と輝く青白い光の塊からは、悍ましい程の魔力量の収束が感じた。頭で理解するよりも、身体で危険だと悟った。

 

 

「『黄道十二宮【カプリコルヌス】』!!」

 

 

「っ!」

 

 

それだけではなく、更には異能による能力を使った。薄い茶色に輝くオーラが彼女を包まれるのを見て、それが一体どんな能力で何をするのか分からず、大きく構えて警戒する。

 

 

「これに耐えたら合格と言っても過言じゃないよ!!」

 

 

と、彼女がそう言いながら斧を塊に向けて高々に掲げると、纏っていた茶色のオーラが伸びて行き、塊を覆った。すると空間が地震のように大きく揺らぎ、爆発したような破裂音が轟くと塊に変化が訪れた。

 

 

(うっそだろ……あんなの人間業じゃねぇよ。)

 

「───やっっべぇな…。」

 

 

塊が更に()()()したのだ。

 

半径十五メートルにも及ぶ巨大な塊が今、彼女の頭上で待ち構えている。それと対峙した龍成の心は焦燥感に酷く駆られていた。

 

あれは避けても受け止めても確実に無事じゃ済まない。すいせいに躊躇いが見えないのはどう言う心理なのか、なんであんなのをしようと思ったのか正気を疑った。けど、もう遅い。

 

 

「いくよーっ!!」

 

 

猶予は無い。選択肢は受けて立つと言う一つの道しかなかった。

 

そして、彼女は掲げた斧を振り下ろした。

 

 

 

 

 

彗星(コメット)』!!

 

 

 

 

 

ゆっくりとだが彗星は徐々に動き始め、軈て空気を貫く勢いでダストテイルを伸ばしながら落下して来る。

 

これは出し惜しみなど生半可なものでは通用しない。今出せる全力全開の力で挑むしかない。そう決めて、両拳を腰に添えて全力で気を解放する。

 

 

「───はぁあああああああっ!!」

 

 

声を張り上げながら気の出力を最大限に引き出す。身体から噴火したように溢れ出す紫黒色のオーラは更に炎々と燃え盛って天にまで昇って行き、スパークが全身に沿って迸る。嵐のような風圧、震撼する空間、滾る力の重圧。

 

彼はここに来て初めての全力で挑む。落ちてくる彗星を睨みながら冷静にタイミングを計りつつ、気を胸中に収め始める。彗星はもうそこまで迫って来ていた。

 

一か八かの勝負。対処法はただ一つ…。

 

攻撃こそ最大の防御…!

 

 

 

 

 

「紫心龍拳奥義・伍ノ気───『紫龍(しりゅう)』!!」

 

 

 

 

 

(え…!?まさか…突っ込むつもりっ!?)

 

 

地面にめり込む程の大きな一歩を踏み出し、爆発したように彗星に向かって跳んで行く。集約させた力を一気に解放しながら拳を突き出すと、莫大な紫黒の焔が全身に包まれる。

 

その焔は形が変わっていき、畝ねる紫黒龍へと転ずる。全てを喰らわんと大口を開けて咆哮する。そしてそのまま伸びて行き、巨大な箒星と獄炎の龍は衝突した。

 

その瞬間、まるで天地を揺るがす程の衝撃波が学園全体に轟いた。お互いの力が勝とうと必死に、激しく壮絶に競り合う。

 

膨大なエネルギー同士の、そのぶつかり合いの末に勝利を掴んだのは…。

 

 

 

 

 

「───っっだああああああぁ!!!

 

 

 

 

 

「嘘っ!!?」

 

 

紫黒に輝く龍は天体である彗星を貫いた。砕け散った彗星の欠片は光の粒子となって、幻想的な風景を巻き起こす。そして紫黒龍はそのまま、驚愕と唖然に棒立ちとなっているすいせいに突っ込んだ。

 

しかし、紫黒の炎龍は直前で消失して焔から龍成が飛び出して来ると、すいせいに回し蹴りを放った。だが狙ったのはすいせいではなく、彼女の持っている()だった。

 

反応し切れなかったすいせいは、呆気なく斧を手放されるのを許してしまった。斧は弾かれてそのまま地面に突き刺さり、それに構わず彼女の首元に手刀を寸止めした。

 

 

「はぁっ⋯はぁっ⋯⋯俺の勝ちでいいよな?」

 

 

「そう…だね。うん、私の負けだよ。斧が手元に無いんじゃ何も出来ないも同然だし。それに力も殆ど使っちゃったし。」

 

 

漸く事態に理解が追い付いたすいせいは、そっと両手を上げて降参の意を伝えた。技の反動で息を酷く乱した龍成は、すいせいから少し離れて呼吸を整える。

 

 

「いやぁ〜!それにしても本当に凄いねっ!まさか無理やり突き破って来るなんて思わなかったよ。とんだ無茶したねぇ。」

 

 

「誰の所為だと思ってんだ全く…お陰で右腕が痛ぇよ。んで、すいせいは怪我してないか?」

 

 

「寧ろその怪我で済んでるのが可笑しいんだけどね…お腹の方は全然大丈夫だよ、問題無し!」

 

 

想像を絶する行動した龍成に大いに興奮しながら称賛するすいせいだが、それをジト目で睨みながら小さく反論して右腕を見た。流石に彼でも無傷で突破は困難だったらしく、制服は上下共にボロボロで全身にかすり傷などはあったが、右腕は深い火傷を負って血が酷く流れていた。

 

しかし、すいせいからしたら…いや誰もがあの光景から見て、この傷で済んでる方が可笑しいと捉えるだろう。

 

 

「それで、これで合否はどうなんだ?」

 

 

「勿論、合格だよ。とても良い戦いだったし、君の戦い方には目を惹くものが沢山あるね。」

 

 

すると審査役だったそらが戻って来るなりそう伝えて来た。何処か満足そうな微笑みを浮かべて此方を見る彼女に、龍成は彼女の存在を忘れてしまっていたと、思い出したように眉を上げていた。そして彼らを他所に、一人の少女が此方に走って来る。

 

 

「りゅー先輩〜!」

 

 

「ぅおっと…!来てたのかルーナ。何でここに?」

 

 

「ルーナだけじゃないのらよ?」

 

 

ルーナは一目散に龍成の腹部に抱き着いたのだ。彼も何処か慣れたように受け止めながら彼女の頭を血で濡れてない左手で撫でる。

 

あの誘拐事件の一件から、救い出したルーナにかなり懐かれてしまい、会う度にこうして抱き着いて来るのが、何故か日課のようになっていたのだ。龍成も初めは戸惑いはあったものの、今となっては慣れて少し満更でもなさそうである。

 

そして、何故ルーナがここにいるのかと問い掛けると、腹部に埋もれさせたまま此方を見上げて、自分一人だけじゃないと言った。そこで何人か此方に近寄って来たことに気付く。

 

 

「おつかれ〜。あんなすげーもん見せつけられたら、アタシ達も火がついちまったよ。」

 

 

「紫黒殿!次は風真と戦って欲しいでござる!」

 

 

「駄目だよいろは、紫黒君も疲れてるだろうし無理はさせられないよ。」

 

 

「つーかルーナ、何時まで紫黒にくっ付いてんの。」

 

 

「んー?トワトワもりゅー先輩に抱き着きたいのら?」

 

 

「そ、そんなんじゃないし!!」

 

 

ぼたん達や谷郷等も集まって来ていた。先程の戦闘で興奮が収まらないいろはに連戦を持ち掛けられるが、否定する前にロボ子が止めてくれた。彼女に目線で礼を伝え、トワとルーナの遣り取りを横目で眺めていると、今度はみこが慌てて龍成に近寄る。

 

 

「てか、龍成君!腕の怪我は大丈夫なのかにぇ!?」

 

 

「うわぁ〜紫黒先輩、血が出てんじゃん。」

 

 

「こんぐらいなら大丈夫だ。放っておけば治る。」

 

 

「もーダメだよ?ちょこ先生にちゃんと診てもらわなきゃ悪化しちゃうんだから。」

 

 

「アズキさんの言う通りだよ。制服も新しいのを用意しておくから、保健室に向かいなさい。ちょこさんはそこで何時も治療の研究をしているから、直ぐに治して貰えるよ。」

 

「それと、必要な書類が何枚か渡さなきゃならない。治療が終わり次第、ときのさんの所へ取りに来てくれるかい?」

 

 

治しに向かうことを否定すると、アズキと谷郷に優しく諭されて渋々行くことにした。ルーナに離れてもらい、一度保健室に向かうことにする。

 

 

「ルーナも付いて行くのら〜。」

 

 

「ルーナも特訓すんだろっ!おら、さっさと始めるよ!」

 

 

「んなぁああああ〜!離すのら〜!」

 

 

「かっかっかww!んまぁ、これで正式に精鋭隊に入れたんだし、改めてよろしくね。」

 

 

「あぁ、一緒の時はよろしく。」

 

 

着いて行こうとするルーナの腕をトワが強引に掴んで引っ張って行き、ぼたんはそれを見て一頻り笑った後、龍成に拳を差し出した。彼もぼたんの言葉にふっと微笑み、拳を突き合わせた。

 

そうして龍成は一人その場から移動して保健室に向かって行った。それを遠くから見送ったみこは、怪訝な表情を浮かべたままのすいせいに話し掛ける。

 

 

「それにしても、すいちゃんが負けるって珍しいよね。あんな大技も使ったのに。」

 

 

「ま〜正直…時間制限にしろ降参にしろ、どちらにしてもあの技を攻略されたら負けてたと思う。ただ、強行突破して来るとは流石に思わなかったな。」

 

 

そう淡々とその時のことを話していたが、依然として変わることはなかった。その時すいせいの中では、彼の力について冷静に思い返していた。

 

何であんな実力者がこの時期になって学園にやって来たのか。何処で培ってきたかも分からず、あからさまに慣れてる戦闘、力の使い方、状況把握。どれも生半可な経験から得られるモノじゃないのに、まるで…前から戦い慣れているような感じだった。

 

それに不審感を抱いたのはそこだけじゃなかった。

 

 

(それに驚いたのはそこだけじゃないんだよね…。)

 

 

 

 

 

(幻覚だと思うくらい本当に一瞬だったけど…龍成君の姿が何処か″ココちゃんと似てた″んだよ。)

 

 

 

 

 





──その後、保健室での出来事

ちょ「はい、これでお終い。止血はしたし無理に動かさなければ生活に支障は出ない筈よ。」

龍「ありがと。まぁ…別に治療しなくても治るんだけどな。」

ちょ「何言ってるの。放置してたら黴菌が入って最後には腕が使い物にならなくなって大変なことになるのよ?例え小さい怪我でも、消えない傷痕になったりでもしたら嫌でしょ。」

龍「あぁうん…まぁはい。」

ちょ「それにしても、すいせい様の技をよく正面から受けたね。実戦だとあまりにも強力過ぎるから、被害拡大の防止として使わないくらいなのに。」

龍「まぁ…なんだ、過去に似たような経験があったから対処出来たって言うか…。」

ちょ「貴方一体どんな過去を持ってるの…。」

ちょ「…ちょっと気になったのだけど、いいかしら?」

龍「ん?どうした?」

ちょ「龍成様の体つきって思ってたよりがっしりしてるわよね。治療する時に腕に触れたけど、なんだか見た目よりも力強い感じがしてね…ねぇ、ちょっとでいいから貴方の体…見せてくれない?」

龍「それはどう言う…。」

ちょ「知ってると思うけど、ちょこって医療知識はあるし実践経験もある。けれどそれは、あくまでも女性相手が多いだけで…男性の治療経験は殆どないのよ。だからね?」

ちょ「───君の身体……よく見せて?♡」

龍「ァ゚…。」

龍「勘弁してくれよ…!その言葉の意味は上辺だけで、本音がもっと別な所にありそうに見えるんだが!?てか力強っ!?」

ちょ「あっはは!そりゃそうよ、だってちょこは悪魔なのよ?女だからって甘く見たら痛い目見るわよ。ほら…大人しくしてさっさと脱ぎなさい?♡大丈夫、優しくしてあげるから♪」

龍「何も大丈夫じゃねぇよ…!!ちょっ…止めっ!何でズボンに手を掛けるんだよっ!?おい止めろっ!!」

ト「ちょこてんてー、ちょっと膝擦りむいたから───ってなにしてんだぁあああああああ!?

龍「ト、トワっ!癒月を止めてくれ!何かに目覚めてるっ!!」

トワも加勢に入ったことで事なきを得たのだった。





読み直してみたら、もはや龍拳で草。
どうしても主人公君の戦い方が戦闘民族野菜人みたいになってしまうなぁ。まぁいいや。
如何でしたかな、面白かったなら幸いに存じます。
因みにすいせいさんの星座の異能などはラテン語を利用しています。どれがどの星座か気になったら調べてみてね。

では〜。


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二十話 『禁忌族の文献』


ども、やっと二十話です。そろっと次の章に入る頃合いかなと思っております。
ちょっと今回はシリアスとなりますので、主人公君が荒れます。

じゃ、どうぞ〜。



 

 

 

 

 

「……これでもないな。」

 

 

すいせいとの戦闘試験を終えて無事に合格に達した龍成は、特殊異能精鋭隊の特別枠として正式に任せられることになった。これから日常生活が更に忙しくなるが、後悔などはしていない。寧ろ熱意に溢れていた。

 

そして、今はとある情報を得る為に一人図書室へと赴いていた。既に何十冊も読み漁っていたのか、机の上には本が乱雑に積み重なっていた。

 

何を求めてここまで本を読んでいるのか、彼の姿が見えないくらいの本の積み重ねを見るに数時間は経っているだろう。

 

 

(もう何冊も古い歴史本を漁っているが…こうも見つからないもんなのか?それとも、集めたやつが逆に古過ぎるのか?)

 

 

目的の情報が見当たらないことが続いている所為か、彼が机に指を叩く仕草が少しばかり早くなっていて、小さくも苛立ちに眉間が険しくなっていた。それでも本を捲る手は止めずに一文一文をざっと流しで見る。

 

 

「はぁ…これも違うな。これは…───っ!!」

 

 

この本も違うと、途中で閉じてまた別の所に本を重ねて置いた。読んだ本は左側へ、まだ読んでない本は右側へと別けており自分の中で分かり易いようにしていた。

 

そして、次のを読もうと本を手に取った際、他のよりも厚さが薄かった。適当に歴史物を持って来たので、変なのでも混ざったかと少し違和感を感じながらも表紙に目を向けた時、彼の瞳が大きく見開いた。

 

 

「こ、これだ…!」

 

 

無意識に呟いたその声には、何処か震えているようにも思えたが彼自身はそんなことにも気付かないくらいに、緊張に固唾を呑んだ。その本の掠れたタイトルには…。

 

『黒龍伝記』

 

まぁまぁ古い書物なのか若干汚れがあった。暫しその表紙を見つめた後、まるで希少品を扱うように丁寧に本を捲り始める。先程とは打って変わり、焦燥感のあった彼の雰囲気は緊張感へ変わり冷や汗を一つかいていた。そして一文字も読み落とさないよう慎重に読み始める。

 

 

 

【 この世には様々な種族が存在する。人間・獣人・亜人・悪魔・天使・鬼・龍。大きく別れてこの七つの種族が今世を紡いでいる。しかし、嘗て過去に存在していた種族も幾つかある。

 その内の一つが『黒龍』。この種族は他の種族に比べて残忍で暴君な血気盛んな者ばかりである。自分勝手で自尊心も高く、他種族との交流も古くから拒んでいた。

 そんなある日、黒龍が他種族に攻撃を始めた。まだ文明が今よりも発達していない頃、弱肉強食が理なこの世界ではこう言った行動も少なくはない。しかし相手が相手、黒龍族と命の奪い合いの際には全ての種族が手を取りあったのだ。

 

 それは何故か。黒龍族が強力過ぎるからだ。彼らはこの世の全ての頂点に立つのにも相応しい強さを持ち合わせている。飛べば嵐が巻き起こり、咆哮すれば世界が震え、地は割れ空は闇へ、歩く先全てが血の海と化する。他を圧倒するその姿は、「厄災の権化」と称され瞬く間に″禁忌の種族″として知れ渡った。

 そして、壮絶で悽惨な血腥い争いの末…勝利を収めたのは人間達だった。

 不幸中の幸いなのか、黒龍族の人口は五十にも満たない極小数だった。対して人間側は数十万の戦力、その圧倒的な人数での勢力差により黒龍族を戦闘不能に陥らせ、彼らは徐々に大人しくなった。

 この出来事は後世に残す大きな歴史となった。】

 

 

 

(……こんなことがあったのか。ん…?これ、は…。)

 

 

これは何時かの出来事を簡単に纏めたものなのだろう。まぁまぁざっくりとだったが、これで黒龍族と言う存在がどんな感じだったのか知ることが出来た。

 

そして、まだ内容は残っており次のページに捲った。書かれている内容に黙読し、彼の表情に何か()()が含まれているような険しい顔をしていた。

 

 

 

【 しかし、暫く年月が経った時にソレは起きた。

 再び黒龍との戦争が始まった。しかし、火蓋を切ったのは彼らではなく人間達だった。

 そして兵力を統率していたのは魔族の上位に値する″魔神族″。彼の者は黒龍族を強く危険視しており、この世に存在してはならないと世間に主張を貫いた。彼の意志に否定した者は一人もおらず、団結を築き、武器を手に取り、禁忌の黒龍族を殲滅する際に皆は口を揃えてこう言った。

 

 「我ら『魔正教義団』がこの世から真の平和を取り戻す。」と⋯。

 

 そして数多の死屍累々を築きながらも、魔正教義団は勝利に輝いた。黒龍族は完全にこの世から消え、人々に不安が消え去ったのだった。

 彼らの行動は大きく讃えられ、伝説と言われるようになった。】

 

 

 

「魔正教義団…。」

 

 

本をそっと閉じて、内容を咀嚼し反芻するようにボソッと呟いた。嘗て存在していたその黒龍族は、魔正教義団によって完全に絶滅したと、この書には記されていた。

 

龍成の瞳は暗く濁っていて、何を考えているのか分からない。その本から得た魔正教義団の存在に、何かを抱いているのとでも言うのだろうか。

 

 

「こんな所にいるとか珍しいな、紫黒。」

 

 

「ぅおっ!?え、ラ…ラプラス!?吃驚した。」

 

 

「なーに驚いてんだよ、失礼な奴だな!」

 

 

「いや、急に声掛けられたら誰だって驚くだろ…まぁ、ラプラスってここに来るイメージがないから余計驚いちまったのもあるけど。」

 

 

「本当に失礼な奴だな!!吾輩達は勉強する為にここに来てるんだよ!」

 

 

だがそこへ、突然と背後からラプラスが声を掛けられる。それに驚いた彼は、つい慌てて本を隠すように胸元に抱えた。龍成から見たら彼女のイメージは何処か我儘な雰囲気が強く、静かな図書室に来るとは思っていなかった。

 

でも教材を持っている辺り彼女の言うことは本当なんだろう。ただ、両袖が長過ぎる所為なのか脇で挟んで持っていた。

 

 

「ラプー?図書室は静かにしないと駄目でしょ?」

 

 

「ラプちゃん何処〜?あ、いた〜。」

 

 

「あれ、龍成君もいたんだ。おつみぉーん!」

 

 

「奇遇だね、りゅう君!ってか何その本の量!」

 

 

更にそこへルイとおかゆ、ミオにパトラまでやって来た。何で彼女達までいるのだろうかと思ったが、ラプラスの発言を思い出して納得する。

 

ラプラスの騒いだ声が響いたのか、ルイとおかゆが別々の本棚の陰から顔を出して此方に来ると、反対からミオとパトラが並んでやって来た。

 

この図書室にはこの今五人しかいないので、ラプラスはルイに軽く咎められる程度終わり、他三人はそれに気にせず龍成の近くまで寄る。

 

 

「龍成君も勉強してたの?これ、歴史⋯?こんな読む?」

 

 

「こんなに本あると頭痛くなりそう。」

 

 

「勉強熱心なんだね。」

 

 

「あ〜…まぁそんな感じ。」

 

 

「そうなんだ!今読んでるのってどんなの?丁度ね、パトも歴史の勉強しなくちゃだったからさー。」

 

 

「今度テストがあるからね〜。」

 

 

山のような本の量を見て、若干引き気味な微笑を浮かべるミオとルイとパトラだったが、ルイの言葉に何処か落ち着かない返事しか出来なかった。おかゆの言うテストの行事があるからなのか、偶然にもパトラは歴史に関する勉学をしようとしていた。

 

龍成の見ていた内容が気になるのか、パトラは横から覗き込むようにしてどんな本だったのか確かめようとする。

 

 

「あ、ちょ…。」

 

 

「え?なんで隠すの?」

 

 

「何だ?まさかエロ本か?こんな所でどさぐさに紛れて読むとか貴様むっつりだな!」

 

 

「え〜?どんな内容なの〜?龍成君の性癖が暴露されるチャ〜ンス!」

 

 

何を勘違いしたのか知らないが、ラプラスとおかゆに弄られていると言うのは分かった。悪い印象を持たれて変な癪を起こしたくないし、あまりこれについて話題に持ちたくなかったが素直に見せることにした。

 

 

「はぁ…これだよ、これ。」

 

 

「これって…『黒龍伝記』…?」

 

 

「何でこれを…?今更これについて知る必要ってあるか?」

 

 

「ぁ〜、ほら…昔いた種族ってどんなのか気になってたからさ。」

 

 

その本を見せると、全員はギョッとしたような嫌悪感のある表情に変わった。黒龍と言う文字を見た時の皆の目は、酷く冷めていた感じだった。ラプラスの言葉に四人も同感な気持ちだろう。

 

黒龍伝記の通りなら、書かれている内容の出来事はきっと皆は周知の事実…いや、どちらかと言えば常識の方が正しいのか。この事実は大々的に公になっているのかもしれない。だからか、俺が今更この古本に触れてるのに違和感があるのだろう。

 

咄嗟にそれらしいことを伝えたが、彼女達の顔色が優れることはなかった。

 

 

「黒龍って、あの滅茶苦茶ヤバい種族だろ。知らない奴なんかそうそういないぞ。」

 

 

「かなり凶暴で殺しも厭わない…それが過去で大問題になって戦争になったんだよね。ウチ達がまだ小さかった頃に。」

 

 

「本当にヤバかったんだよね〜。今も生きてたらどうなってたんだろ〜。」

 

 

想像以上の危険な力に凶悪な性格が所以で、昔も今も変わらず黒龍族の印象は最悪な模様。そうだと言われるのも仕方ないだろう。何せ色んな種族に喧嘩を売ったのだし、自分達が滅び掛けたのだから、やられたままでいる訳にはいかない。

 

 

「でも良かったよね、本当に滅んでくれて。」

 

 

「うん…本当にその通りだと思う…。」

 

 

ミオがそう強く安堵した様子で言い、隣にいたパトラも深く同意するようにゆっくりと頷いていた。けどその際に、彼女の雰囲気が何処か哀愁漂うのは気の所為だったのだろうか。表情は分からないが声のトーンがやけに低かった。

 

 

「……。」

 

 

「もしまだ存続してたら、また繰り返し襲われることもあるかもしれなかったからね。友好関係も築かずに敵意しかなかったから厄災だとか言われてるくらいだったし、早めに切り捨てたのは正解かも。」

 

 

「ボクもそう思うな〜、もしまだ生きてたら怖くて真面に生きていけるかも分からないしね。不安要素を除けるって言うなら否定しないな〜。」

 

 

「うん…大切な人達がそいつらに襲われるなんてされたら、ウチも悪い方に進んでたかも。」

 

 

「そうだな。そいつらが生きてても良いことがなかった訳だし、即刻消されても文句はないだろう。まっ、仮に生きてたとしても吾輩の力で一網打尽だがなっ!がはは────」

 

 

 

 

 

────ダンッ!!

 

 

 

 

 

それぞれが黒龍について話していると…顔を俯かせていたままの龍成が、突然両手を机に叩き付けながら立ち上がった。その大きな音が静かな図書室に響き渡り、彼女達の会話を強引に遮った。

 

 

「りゅう、君…?」

 

 

「ど、どうしたの…?急に…。」

 

 

「……。」

 

 

「な、なんだよ急に黙り込んで…。」

 

 

パトラとミオが動揺しながらも急な奇行をして佇む彼に声を掛けるも、一言も喋らずに、ただ机に手を置いたまま項垂れているように黙り込んでいた。

 

 

「……お前らに……何が……。」

 

 

「え…?ご、ごめんりゅう君…なんて言ったか聞き取れなかった…。」

 

 

「……いや、何でもない…驚かせてごめん。」

 

 

霧のように消える呟きが聞き取れなかったパトラが、困ったように彼の言葉を聞き返そうとしたが、龍成はそのまま自分を落ち着かせるように深呼吸を一度行なって、冷静を取り戻してから謝罪した。

 

 

「悪い…ちょっと外の空気吸ってくる。直ぐに戻るから、本はそのままにしといててくれ。後で俺が片付けておくから。」

 

 

「え…あ、うん…。」

 

 

彼女達にそう伝えながら図書室から出て行く。去り際に引き攣った笑みを見せてから出て行く後ろ姿は、何処か逃げるように…何かから目を逸らしているような印象が強く心に残った。

 

 

「何なんだよあいつ…変な奴だな。」

 

 

「私達…何か彼の気が触れるようなこと言ったのかな…?」

 

 

「う〜ん…何に対して怒っちゃったんだろ…?」

 

 

緩急のあった一時にラプラスは小言を吐いて、ルイとおかゆは龍成の癪に障ってしまったことに不安気にしていた。ただその原因が何処にあるのか分からず、困りながら首を傾げていた。

 

 

「…分からないけど、取り敢えず今はウチ達も勉強しなくちゃ。龍成君のことも気になるけど後で戻って来るんだし、その時にもっかい話そ?」

 

 

「……。」

 

 

ミオが率先して混乱した空気を立て直し、自分達のやることを優先することにした。彼女の呼び掛けに皆も賛同し、それぞれ座って勉学に励み始めた。

 

しかし、ただ一人だけ…パトラだけは気が進まず、未だに龍成が出て行った方を暫く見つめてから、乱雑に置かれた『黒龍伝記』の本を少し眺めていた。

 

彼女の見つめるその瞳は、何処か…途方に暮れているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何やってんだ、俺は…。」

 

 

分かっている。分かっていた。分かり切っていた筈だったんだ。

 

それでも彼女達の言葉が酷く不快に思ってしまうのは、俺の心の弱さが現れてしまったから。そのやり場の無い怒りを、全く関係の無い人達にぶつけてしまった自分が物凄く情けなく思ってしまう。

 

 

「あの本の書かれてることが正しければ…。」

 

 

もう一度だけ深呼吸をして冷静を保ちながら、誰もいない廊下を歩いて行く。実はこの日は休日であり、平日ではないのだ。だが、学園は変わらず校門は開ていて何時でも訪問することが出来る。

 

だから今日は色々と情報や記録を知りたくて図書室に朝から籠っていたのだが、このザマだ。

 

しかし、少なからずも得られるものはあった。

 

 

「魔正教義団…そいつらと何か大きな繋がりがある。」

 

 

中庭に出てベンチには座らずに、柱を背に寄り掛かって腕を組みながら小さく息を吐く。本によれば魔正教義団を統率しているのは、魔族よりも上の存在である魔神族。

 

これは素朴な疑問なのだが…先の様々な歴史本から齧った程度しかないけど、魔神族と言うのは普通の魔族より…恐らく癒月やトワやパトラなどの魔族より更に強力な存在で、集団での行動はせず一匹狼と書いてあった。

 

そうだとするなら、何故そいつが団体を作ってまで大きな行動したのか気になる。それに、怪しいと思う点が幾つか浮かんだ。

 

一つ目は、真の平和は表面上で″別の目的″があること。

 

二つ目、″説得″させて戦争まで準備出来たこと。

 

そして三つ目、統率しているのが自尊心の高い孤高の″魔神族″。

 

だが、あくまでも憶測でしかないから確証なんぞどこにもないので、何とも言えない。不確定要素も多いし情報もまだ全然だ…でも、取り敢えずは小さくも何かを掴めたんだ。

 

 

「…そろそろ戻るか、長いこと放置する訳にもいかんし。」

 

 

 

ビーッ!!ビーッ!!

 

 

 

 

「───っ!!ヴィランか…!」

 

 

突如、けたたましい警告音が響き渡る。緊急出撃の合図だ。

 

瞬時に理解して行動に出る。幸いにもこっから教務室には近いので、直ぐに駆け付けて向かった。

 

 

「これは少し不味いかな…。」

 

 

「先生、俺が行きます。」

 

 

「おぉ!紫黒君、来てたんだね。」

 

 

教務室に着くと、中では相変わらず永先生が仕事をしていた。この人いっつも仕事してる所しか見ないんだけど、本当に休んでるのだろうか。

 

それはそうと内容の方だが、どうやら街中でヴィランの暴走が起きているとのこと。これは早急に鎮静化しに行かなければ不味い事態なので、さっさと校門を出たらすぐさま跳んで、屋根を経由して行きながら指定された目的の所に爆速で向かって行く。

 

 

「よし、着いた。ここら辺な筈なんだけど…。」

 

 

見上げる程の建ち並ぶ高層ビル、多くの人が経由する広大な国道、ヴィランが街で暴れているとなれば流石に近辺の市民は逃げている。事故も起きたのか、あちこちに煙が舞っていて人が付けられないような傷跡が点々とそこらにあった。

 

 

「お、おい!!そこの兄ちゃん!!あんたのその制服、煌星学園だろ!?」

 

 

「あぁ、ヴィランの件でここに来たのだが…奴はどこに?」

 

 

「あっちだ…!どてかいゴリラみてぇなバケモンが大暴れしてて…!」

 

 

「情報提供、感謝する。あんたも早く避難しな。」

 

 

そこへ避難途中だった中年の男が、俺を見るなり声を掛けてきた。ヴィランが何処にいるか詳しいことを聞くと、直ぐに近くの曲がり角の先にいるらしい。礼を簡潔に伝えてからその場所へ走って行く。

 

そうして曲がり角の先を見ると、本当にゴリラのような…映画の広告で見たことのあるどてかいゴリラに似たヴィランがいた。奴はまだ気付いていないのか、此方に背を向けていた。そしていざ戦闘開始しようと、一歩踏み出した。

 

 

 

『でも良かったよね、本当に滅んでくれて。』

 

 

『早めに切り捨てたのは正解かも。』

 

 

 

「…俺は……。」

 

 

その時、不意に図書室での会話が思い出されて足が止まる。ゆっくりと自分の掌を見つめながら過去の境遇を思い返す。

 

俺のこの力は…本当に人の為になっているのか?人の為に力を使い続けられるのか?

 

この行いを続ければ……()()()くれるのか?

 

 

 

『その力はお前のもんだ、お前が好きな時に使えばいい。』

 

 

 

また、不意に兄の声が頭に響いた。その拍子に色々な過去の光景が浮かび、不覚にも視界が滲んでしまった。しかし、それを堪えて拳を強く握り、口を噛み締める。

 

 

「もしも……もしも、あの時に兄ちゃんも生きていたなら……何か違っていたのかな。」

 

 

「……?」

 

 

そしてヴィランは背後にいた龍成の気配に気付いたのか、後ろを振り向いて対面になる。他の市民達は逃げて、今この周りには人っ子一人いない無人の空間。その中で一人佇む少年とそれを眺めるヴィラン。

 

 

「もしも……あの時、皆が生きていたら……あんな気持ちなんてならなかったのかな。」

 

 

「……!!」

 

 

その時、彼の漂う雰囲気が変わり始めた。ヴィランもその異様さに気づいたのか、紫黒色の炎のような体を揺らめかせて警戒心を強め始めた。

 

 

「もしも……いや…あんなことさえ起きなければ……俺達の運命はこんなことにならなかった。」

 

 

「……!?」

 

 

そして次の瞬間、空気の流れが一変した。

 

炎が噴き出す荒々しい音と共に紫黒色のオーラが彼の身を包み、ヴィランに対してギロリと強く睨み付けた。その紺色の双眸は闇堕ちでもしたのか、深い紫色へと変色して瞳孔は縦に細長く変化していた。

 

 

「悪いな…ヴィラン。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の俺は…虫の居所が悪いんだ…!

 

 

 

 

 

聳え立つ紫炎の中に怒気を孕む龍が一人、威風堂々と立ち向かう。そんなあまりの迫力にヴィランは足を一歩退くが、それ以上は踏み止まりヤケになったように巨大な腕を振るった。

 

人一人など容易く潰せる程の大きな拳が迫る。だが、龍成はそれを()()で受け止めた。その際に発生した衝撃波にもビクともせず、澄ました顔でヴィランを見据える。

 

 

「はあぁっ!!」

 

 

「……!!?」

 

 

刹那、ヴィランの胴に彼の足が深くめり込んだ。

 

全く見えなかった。気が付けば懐に入り込まれて攻撃を許していた。ヴィランのその巨体は、見た目とは裏腹に勢い良く吹っ飛ばされて空中を泳ぐ。

 

 

「だあぁっ!!」

 

 

だがこれだけでは終わらない。ヴィランに追い付くと顔面に向けて拳を殴り下ろして、地面に激突させる。力の漲りが溢れているのか、その拳から紫黒の炎の余韻が舞っていた。

 

そしてトドメに、地面に全身をめり込ませたヴィランに向かって落ちて行く。落ちて…速度を乗せて…前宙を繰り返して勢いを更に乗せて…タイミングを見計らって、ヴィランに向けて両脚を伸ばす。

 

 

 

────ドコォッッ!!

 

 

 

そのままヴィランは抵抗する間もなく顔面に追撃させられる。全体重を乗せた踏み付け蹴りは、ヴィランの頭部を空き缶を踏んだかのように潰れた。

 

この時点でヴィランは息を引き取り、絶命した。僅か三度の攻撃のみで事態を終息させた彼は、何時ものようにこのまま学園に報告して戻って行くだろう。

 

 

 

 

 

「───っっらあぁ!!」

 

 

しかし、彼は猛攻の歯止めが効かなくなっていた。

 

ピクリとも動かないヴィランの凹んだ顔面に、拳を叩き付けた。表情も何時もの冷静な眼差しではなくなり、何処か憎しみに満ち溢れた鋭い怒気に歪めていた。その姿はまるで八つ当たりのような、堪えていた何かをぶち撒けるような、そんな凶猛になっていた。

 

乱心した彼の攻撃は加減を知らず、何度も衝撃波が飛ぶ拳を振るった。

 

何度も、何度も、何度も…───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───はぁ……はぁ……。」

 

 

それからどれだけの時間が経っていたのだろうか。気が付けばヴィランの姿は完全に消え去っていて、目の前には陥没した大穴が広がっていた。

 

今は冷静さも取り戻し、少し疲弊したのか息を乱していた。やり場のなかった怒りは消え失せたが、その代わりに心が空っぽのような…変な虚しさがあった。

 

暫くその場を佇んでから踵を返した時、建物の陰から物音がした。

 

この静かな空間ではその物音がやけに大きく聞こえて、音のした方へ視線を向けると、何かがいた。それは瓦礫や動物でもない。

 

人だ。それもよく見ると、若い女性のようだった。逃げ遅れてそこで隠れていたのだろうか。

 

 

「あ、ぁう…。」

 

 

こちらを見てやたら怯えている様子で、酷く震えているのが目に見えて分かる。流石に気付いた以上放っておく訳にもいかないので、身の安全の為に声を掛けに歩いて向かう。

 

 

「あの…大丈───」

 

 

「ひ、ひぃ…!!」

 

 

「あっ、おい…!」

 

 

しかし、その女性は俺が近寄るや否や慌てて逃げ出した。

 

その様子は正に化け物から必死に逃げているような勢いだった。差し伸べた手は虚しくも振り払われ、追い掛ける気力もなくなり、ただ逃げて行く女性を眺めるしかなかった。

 

もしかすると、いや…十中八九さっきの荒れた情景を見られていたのが原因だろうな…じゃなきゃ、俺を見てあんな怯え方しないだろう。

 

 

「あーくそっ!本当に何やってんだ…俺。」

 

 

無性にむしゃくしゃが収まらず、頭を少し乱暴に搔いてそのまま抑えるように手を添える。

 

今日は俺らしくない振る舞いばかりだ。パトラ達には強く当たり、憂さ晴らしにヴィランをひたすら殴り続け、全てを破壊したい衝動に駆られていた。

 

 

「……戻るか。」

 

 

もう事は済んだんだ。後のことは丸投げにしよう、俺も色々とあって疲れているんだ。

 

そう無理矢理決め付けて、来た道を引き返しながらスマホで永先生に終わった旨を連絡をしておく。図書室での片付けもしなくてはならないので学園に戻るのだが、パトラ達に迷惑を掛けた詫びとして、道中で飲み物を買って戻ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね〜ね〜こんこよ〜…沙花叉眠いんだけど〜。」

 

 

「文句言わないでよ〜クロたん…こっちまで眠くなるじゃん。と言うか、そもそも昼夜逆転してるのが悪いんじゃん!」

 

 

とある山奥にて、こよりとクロヱの二人は獣道に足を運ばせていた。こよりは何か目的があって探索しているのか、手元にあるレーダー探知機を偶に見ながら誘導されるように進んで行く。

 

クロヱはこんな状況に飽きたのか、欠伸をしながら気怠そうにこよりの後ろを着いて行く。両手をだらんとさせて、あからさまなやる気ありませんと身体で体現させていた。

 

 

「それはこんこよもでしょ〜…?毎日部屋に籠って変な研究ばっかりしてて、いつも何してんの?てかそれよりも、沙花叉達って今何の調査してるのか聞いてないんですけど…。」

 

 

「ここ最近だとヴィランのことばっかだね。それで調査の詳しいことだけど、前に″ヴィランにしかないエネルギー″があるってこよが言ったの覚えてる?」

 

 

「全然。」

 

 

「だるっ!」

 

 

クロヱは自分が何の調査をしているのか分かっておらず、こよりが端的に内容を伝えたが、冷たく否定された上に話を聞いていなかったことに呆れるしかなかった。

 

状況を理解していないまま調査を進める訳にもいかないので、足は止めずに軽く説明する。

 

 

「はぁ…仕方ないから少し説明するとね?ヴィランには特殊な流動エネルギーを持っていて…そうだな〜、仮に名付けて『Vエナジー』って言うようにするけど…。」

 

 

「センスの欠片も無いエナドリみたい。」

 

 

「黙らっしゃい!…それで続けるけど、そのVエナジーに関して個人的にどうも気になっててさ。これがまた言葉にするのがちょっと難しいんだけど…どの種族にも該当する力じゃないんだよね。」

 

 

「ん〜…?どゆこと?」

 

 

いまいち理解出来なかったのか、クロヱは首を傾げて思考を働かせる。ヴィランの流れている力がどの種族にも当て嵌らない…先ずあれは、元は何かだったのだと言うのか。

 

 

「人間や獣人は霊力、又は魔力…鬼族は妖力、魔族は魔力、天使は神力ってそれぞれの種族に決まった特有エネルギーを持ってるじゃん?そのどれかに該当するものがVエナジーには無いの!つまり、Vエナジーは完全に未知のエネルギー。ヴィランは新たな生命体。」

 

 

「言うなれば宇宙人…みたいな?」

 

 

「ん〜…まぁそう捉えた方が手っ取り早いかな。それで、本題はこっからなんだけどね。ヴィランってさ、数年前にある日突然現れた…でもその前に前兆のようなことがあったのって知ってる?」

 

 

「えーっと…確か流れ星みたいなのがめっちゃ堕ちてたんだっけ?もしかしてそれと何か関係あるの?」

 

 

状況を一旦整える。

 

ヴィランは数年前に突如としてこの世界に現れた未知の存在。生まれた原因は未だ解明されておらず、現在進行形で研究している。こよりもその内の一人であり、今もずっと研究に没頭し続けていた。

 

ヴィランが巷に現れる前には、この日本全土に数多くの流れ星が降り注ぐ現象が起きていた。世間はそれを楽観視していて気に留めておらず、何年かに一度の現象にしか捉えていなかった。

 

だがこよりには、その長い研究の末にその現象が気掛かりだった。ただそれが関係あるかはまだ分からない。

 

 

「確定ではないし憶測でしかないから、まだ何とも言えない…ただまぁ───」

 

 

そこまで言うと、彼女の持っているレーダーに何か反応を示した。

 

小刻み音を鳴らすレーダーと見比べて、そこの茂みを掻き分けながら目的の物に目を向ける。

 

 

「───これで、だいぶ進捗は進むと思うけどね。」

 

 

こよりが見つめる所には、一つの″鉱石のような塊″があった。

 

それは不吉な前兆を催すかのように、全てが暗い紫色で煌々と輝いていて静電気が音を鳴らしながら纏っていた。

 

 

 

 

 





さてさて、如何かな。たまにはこんな曇った話もあっていいですよね。まぁ、脳内での物語の予定じゃその内もっと曇らせるつもりですけどね。
あまり難しい話はしないようにはしてるんですけど、もし何か矛盾してたりしたら申し訳ないです。
次をお楽しみに。

では〜。


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二十一話 『脅威の激発』


遅くなって申し訳御座いませぬ。
ここ最近、書き溜めして調節やらスランプしていたので時間が掛かりました。
ちょっとここから急展開になりますかな。

じゃ、どぞ〜。


 

 

 

 

 

「───チィッ!こんなにいやがんのか!」

 

 

「「「……!!」」」

 

 

現在、この街はヴィランによる混沌に包まれていた。

 

事態は急を要する。あちこちで事故・火災・爆発・崩壊が巻き起こり、人々は阿鼻叫喚に呑み込まれている。サイレンが鳴り、避難放送が止まらない。これは過去の歴史の殆どを覆るに値する程の異常事態。

 

今、前代未聞の()()()()()()()()()()()()()()最悪の事態に見舞われていた。

 

 

「だらぁっ!」

 

 

「……!?」

 

「「……!!」」

 

 

「くっ…!」

 

 

そして今はヴィランを見つけては倒し、探して回っていた。そして今度は三体のヴィランを発見し、行く道を塞いだ。

 

その内の一体に助走をつけて右脚を胴体にめり込ませてから、左脚で蹴り上げる。そして追撃をしようとした所で二体のヴィランが肉壁となって邪魔をする。

 

瞬時に体勢と呼吸を変えて、全身に気を張り巡らせる。

 

 

「紫心龍拳奥義・参ノ気──『龍烈演武』!!」

 

 

「「「……!?」」」

 

 

紫に輝く龍の幻影を宿しながら、神速の如くヴィランに一瞬で風穴をつくる。遅れて突風が発生し、その後にヴィランは塵になって消滅していった。

 

一時の騒動は去ったが、まだ安心している場合じゃない。他にもまだわらわらとそこら中に暴れていて、俺以外にも煌星学園の生徒全員でこの街を走り回ってる。

 

 

「はぁ…はぁ…ったく、これで何体目だ…。」

 

(異常だ…異常が過ぎる。いくらなんでもこんな大量のヴィランが一斉にして湧くのは可笑しい…。)

 

 

だが可笑しなことに一向に収まる気配がしない。俺がヴィランを倒した数は既に二桁を迎えている。何度も技を利用している所為で、流石に疲弊も止まらなくなってきた。

 

だが、足は止めていられない。ヴィランの気配がまだ近くで感じ、そこに向かって走り出す。

 

 

「紫蓮牙・『豪弩脚』!!」

 

 

そして見つけては即座に対処する。走りながら利き足である右脚に気を集中させて、一直線にヴィランに跳び込む。その様は弾丸の如く跳んで、ヴィランの胴体を自分の身体ごと貫通して行った。

 

 

「一体全体どうなってんだ…!でも、考えたって仕方ねぇ…よな。色々と疑問だらけだが、今はこの事態を終わらせねぇとっ!」

 

 

そして、ヴィランが消失していく様子を確認することなく、勢いを乗せたまま次に向かう。

 

考えても理解し難いこの状況。ともかく、今やるべきことはこの事態を終わらせることを優先しなければならない。民間人の命を最優先、ヴィランの対処をしながら行うにしても限度はあるが、最大限に動いて最小限に被害を減らさなければならない。

 

 

 

 

 

何故こんなことが起きてしまったのか、それは少し前のこと⋯───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、何時ものように学園に来ていた龍成は、フブキとまつりところねとミオの五人で会話に花を広げていた。彼女達の場合の話題となると、殆どがゲームのことだったりする。その時も少し世間話を交えながら楽しい一時を過ごしていた。

 

しかし、そんな時にフブキからある話を持ち込まれた。

 

 

「龍成君、最近パトラちゃんと何かあったんですか?それにミオとも…何か君がそわそわしてるって言うか…。」

 

 

「そう言えば、おがゆと話す時にも何か落ち着いてなかったでな?」

 

 

「え、なになに?もしかして恋バナ系?」

 

 

フブキところねからそう言われて、少しビクッと反応してしまった。内容から察するに休みの日の図書室での出来事だ。まつりは何のことか分かっていない為、少し茶化すようにじりじりと詰めてくる。

 

が、そこでミオが咄嗟に割って入った。

 

 

「あー、そうじゃないんだ。実はちょっとウチ達が龍成君に迷惑を掛けちゃってね。」

 

 

「えっ、そうなの?」

 

 

「違う、逆だ。俺がこの間…その、ミオ達に強く当たってしまったんだ。」

 

 

ミオが俺の様子に気を遣ってくれたのか、なんと自分が悪い言い出した。だがそういう訳にもいかないので、直ぐに否定して真実を伝える。

 

ヴィランを倒したあの後、ちゃんと謝罪は済ませてお詫びに飲み物を差し上げたのだ。その際に皆は気にしてないと言ってくれたが、正直…俺が落ち着かなかった。

 

余談だが、皆はお茶を貰って嬉しそうにしていたけど、ラプラスにはりんごジュースに不満だったのか「子供扱いするな!」と怒られた。

 

 

「ん…?どういうこと?」

 

 

「ちょっと調べ物があってな、図書室で…そこで偶々会って、それで…少しいざこざがあってだな…兎に角、ミオやパトラ達に非はない。俺が一方的に悪かっただけだ。」

 

 

俺とミオの言い分に責任の押し付け合いならぬ奪い合いが生じている為、まつりは困った表情を浮かべながら首を傾げていた。それを見た俺は簡潔に述べると、理解を得る。

 

結果的に関係性はギクシャクせずに無事ではあったが…それ以降、単純に俺が彼女達と話す時、真面に目を合わせられなくなっていたのだ。

 

 

「あー…成程ね。要は気まずいって訳ね。」

 

 

「でも、おがゆとか気にしてなさそうだったよ?寧ろ龍成君のこと心配してたよ。」

 

 

「ウチも別に気にしてないから大丈夫だよ。パトラちゃんも、見てると気にしてる様子はなかったし。あの二人も気にしてない筈だよ。」

 

 

ころねとミオの二人がフォローを入れてくれる。彼女達が言うから嘘なんてないし、実際にパトラ達もそうなのだろう。

 

ただ、俺自身がまだ自分を許していない。

 

 

「けど…───」

 

 

「はいはい、じゃあこの話題は終わりにしよ?暗い話ばっかじゃ面白くないし、別のこと話そ?」

 

 

「と言っても何話すー?最近何か面白いこととかあったりしないー?」

 

 

「あ、そうだ。ミオちゃんの占いのやつ!あれ龍成君にもやってみたらどう?」

 

 

「おっ!いいね〜それ!という訳でミオ、後はよろしく!」

 

 

フブキは俺がまだ否定的な雰囲気を感じ取ったのか、軽く手を叩きながら強引に話を切り上げた。これ以上この話をしたら埒が明かないし、ネガティブな雰囲気になるのも不本意だろう。

 

みんなその意図が同じだったようで、フブキの話に合わせて話題を変えることになった。

 

 

「もう⋯ウチに丸投げみたいに言って。」

 

 

「占いって、どんなことをするんだ?」

 

 

「ウチ、実はタロット占いが得意でね。たまに占ってあげてるの、まぁあくまでも占いだから必ずその通りになる訳じゃないから⋯。」

 

 

どうやらミオは占いを趣味でやっているとのこと。タロット占いは、俺はあまり理解していないし名前しか聞いたことがない為、難しい内容のイメージが強くある。

 

 

「でも実際、ほんとにミオの占いは当たってるから!殆どの人が効果あるみたいだよ!」

 

 

「へぇ⋯。」

 

 

あくまでも占いだから真に受けるつもりはないが、フブキが言うには実際にその通りになった前例があるらしい。

 

不思議なもんだなと、そう思いながらミオの占いを準備する様子をぼーっと眺める。タロット占い…何枚かのカードから一枚抜き出して、そのカードの名称と絵柄と位置で色々と意味が込められているらしい。

 

準備は滞りなく終えて、早速始める。と言っても俺は全く分からないので、ミオの説明を聞きながら進めて行き、そして一枚のカードを取った。

 

 

「「っ!」」

 

 

「それは⋯。」

 

 

そしてカードを裏返して見た時、まつりところねはギョッとした表情で目を見開いて固まり、フブキも少し焦燥のある怪訝な表情でカードに目を向けていた。

 

かくいう俺も三人と似た感情を持っていた。タロット占いの分からない俺でも、このカードが芳しくないのは分かる。

 

 

「『DEATH()』のカード⋯これって、ヤバいんじゃ⋯?」

 

 

そのカードの中には、重そうな黒い鎧を着ているのは骸骨の姿をした死神。赤く光る目を持った馬に跨って戦場を進み、その足元には人が倒れている。カードの名前からも、描かれている風景からも恐ろしい印象があり⋯まるで死を宣告されたような不穏なものだった。

 

顔には出さないが、内心では俺も少し焦っていた。色々な不安が渦巻く心中だったが、ミオはそれに対して心配要らないと首を左右に振った。

 

 

「ううん、確かにそれだけだと悪い意味にしか見えないけど大丈夫、そういう直接的な意味でもないんだよ。」

 

 

「そうなの?」

 

 

「うん。今、龍成君が引いたそのカードは正位置だから、となるとキーワードは″切り替え″。全てのモノは必ず終わる。その運命を受け入れたモノだけが新しい世界へと踏み込む…こう言った解説があるの。」

 

「一つが終わり一つが始まる段階であることを表していて、強制的な終了や別れなど辛いこともあるけれど、それを受け入れることで新しい何かが始まったりする。正位置のDEATHカードにはそう捉えられるの。」

 

 

「へぇ〜!悪い意味だけじゃないんだね!」

 

 

正位置だったお陰でもあるのか、想像していたものよりも物騒な内容ではなかった。そのことに少し安心して落ち着きも取り戻し、胸を撫で下ろす。

 

 

「それを理解してもらった上で改めて説明すると⋯今後、龍成君に何か″大きな変化″が訪れるかもしれない。そんな感じかな。」

 

 

「大きな⋯変化⋯。」

 

 

ミオにそう言われると不意に心臓が小さく跳ね上がった。

 

その時に色々と考えてしまう。過去のことや、あの団体のこと⋯そしてこれからの自分のこと。終わりは全てに必ず訪れる事象であり、免れることは確実に出来ない。

 

この占いの意味が良い方向か悪い方向かは分からない。さっきのミオの説明を聞くに、″強制的な終わりと別れ″が現れる。俺に関わっているものに何かしらが終結し、俺の歩む人生の道筋に変化が訪れる。

 

一体、どうなるんだろうか⋯。

 

 

「あくまでも占いだからね?絶対にそうだって訳じゃないし、ウチは預言者でも未来が視えるわけでもないんだから、そうなんだなぁ〜って思えばいいよ。とまぁ取り敢えず、ウチの占いはこんな感じ!」

 

 

気にし過ぎて静まった龍成を見たミオは軽く注意を伝えたが、彼は頷くだけだった。そして予鈴が鳴り響き、休憩時間の終わりを伝えられると、まつりところねの二人があからさまに肩を落とした。

 

 

「あっ、予鈴だ。はぁ〜⋯もう休み時間終わっちゃったのか〜。」

 

 

「この後、訓練大変なんよな〜。」

 

 

「そろそろ白上も、何か新しい技でも考えようかな〜。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリリリリッ!!ジリリリリッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───っ!?』

 

 

そんな時だった。

 

緊急出撃とは異なった警鐘、火災報知器と似た不快感のある音が鳴り出した。何時もとは違う出来事にクラス中の全員は驚愕に染まり、身体を硬直させた。

 

そして次に放送用の鐘が鳴ると、スピーカーから永先生が慌ただしく声を震わせていた。

 

 

 

《き、緊急事態!緊急事態!生徒の皆さんは今直ぐに校門前に集合して下さい!繰り返します⋯───》

 

 

 

「どういうこと⋯?」

 

 

「兎に角、向かいましょう!」

 

 

訓練だとするなら事前に説明は受ける筈だし、とても冗談で済むような事態じゃないのは分かる。突然の事で誰もが頭が追い付けていないが、ヴィランと戦ってることもあり咄嗟に行動して、言われた通りの場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「集まったは良いがどうしたもんか。それに谷郷さんまでいる⋯一大事な感じか?」

 

 

「そうかもね⋯今までこんな、生徒全員がこうやって集まるのは初めてだし。」

 

 

「何だかあまり⋯いや、凄く良くない雰囲気がしますね。」

 

 

校門前の開けた所へ出ると、もう殆どの生徒達が一箇所に集まっていた。その他に永先生とのどか先生、それに谷郷さんまでもが横に並んで神妙な表情で佇んでいた。

 

一同、少しざわめいていたが雰囲気を察して静まり返り、彼の言葉を待った。

 

 

「皆さん、突然の招集に応じて下さりありがとうございます。前置きもしてる暇もないので、早速本題に移させてもらいます。」

 

 

(谷郷さんの気がやけに慌ただしく揺れてる⋯あんなの初めてだな。冷静沈着そのものみたいな人が、表には出さずとも内心かなり慌てている⋯一体何が起きたってんだ?)

 

 

永先生ものどか先生もそうだが、あの谷郷さんすらも顔色が優れていない様子だった。彼の気を視覚化して見ると、激しく動揺しているのが分かった。あの柔和で微笑みを普段崩さないあの人があからさまに苦い顔をしているだけで、こちらも少し不安になる。

 

そして、谷郷さんは何処か気まずそうにしながらも続けて報告する。

 

 

「先程⋯政府からの緊急戦力要請に加え、この学園の屋上に設けているヴィラン探知機レーダーから、数多のヴィランの反応がありました。その数は⋯───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───()()()を超えています⋯。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────は⋯?」

 

 

その瞬間、全ての時が止まったかのような感覚に陥った。

 

今⋯彼は何と言った?ヴィランの数が五十を超えている?数え間違いではないのだろうか?

 

そうなった原因が不明な上に信憑性があまりにも欠けている為、納得よりも疑心暗鬼が先に来るのも不思議ではない。ヴィランの被害報告もまだ聞いていないし、どういう状況なのか。

 

 

「ちょ⋯ちょっと待ってよ!五十って⋯何かの間違いじゃ⋯!!」

 

 

「それに、そんな一気に大量に湧いてくるって可笑し過ぎやしねぇか⋯?」

 

 

「どういうことなのっ!?」

 

 

そこでねねの掛けた一言を皮切りに続いて、ココとトワも皆の気持ちを表すように谷郷さんに反論しだす。他の生徒全員もざわざわと不安で溢れて、落ち着きがなくなり始めていた。

 

だが谷郷さんは、口調を強めて再び注目を集めさせた。

 

 

「皆さんが信じられないと言う気持ちは重々承知しています。ですが、詳細は後ほどに願います。今は一刻を争います、多くの人の命がヴィランによって脅かされているのは事実。被害を拡大しないように、何時ものグループで速やかに現地に向かって頂きます。」

 

「紫黒君は⋯⋯君の実力は十分理解していますので、単独行動でも構いませんし自分の出来る限りでいいので、無理せず皆さんのフォローを頼めますか?」

 

 

「勿論。」

 

 

谷郷さんの説明に全員は黙って脳内に詰め込む。確かに色々と気になる部分は多くあるが、それよりも⋯人命の危機がそこまで来ているのなら、対処出来るのは自分達しかいないし、早急に意識を切り替える。

 

現場ではヴィランが異常な数がいる為、特殊異能精鋭隊でのグループで別れて対処し、俺は谷郷さんに実力を買われて一人行動でのサポートを頼まれる。

 

そして直ぐに準備をして現場に向かうのだが、場所はこの地域の少し離れた街中らしい。今から向かうにしても走っても飛んでも時間が掛かる距離なので、そこは魔法に長けているシオンの出番だと言う。

 

間隔を縮めて一箇所に集まってシオンが転移魔法の準備をしている時に、ときのが声を掛けた。

 

 

「今回、いきなりの生徒全員での大規模な戦いになるけど⋯皆、決して無謀な行動は慎んで行くこと。市民の命の優先も大事だけど、戦える私達が大怪我などで行動出来なくなったら被害が増えると思って。これから大変になるけど、皆無事に生きて終わらせようね。」

 

「シオンちゃん、テレポートの準備はいい?」

 

 

「いつでも!じゃあ行くよ!」

 

 

ときのの鼓舞により皆は頷いて返し、シオンは杖を掲げると足元に広範囲の魔法陣が展開される。淡い光から徐々に素早く光が伸びていき、視界が眩い光で目を瞑った。

 

そして光が晴れると、その場にいた全員は完全に消えており、ヴィランが蔓延る街に向かったのだった。それを見届けたえーちゃんとのどかは不安げな顔色は変わらず、谷郷は空を見上げていた。

 

 

「⋯⋯頼みますよ、皆さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞼から光が収まるのを感じ取り、目を開けてみると景色が変わっていた。どうやら移動が出来たのだろう。

 

 

「ここか⋯っ!」

 

 

「え⋯なに、これ⋯。」

 

 

「酷い⋯もうこんなになってるの⋯?」

 

 

しかし、おかゆとパトラの反応に誰もが同じ気持ちになった。

 

真っ先にその目にしたのは⋯″街の崩壊″。

 

状況確認の為に周りを見回そうとする以前に、目を開けた傍から悲惨な光景が視界に広がった。サイレンが鳴り響き、悲鳴と怒号が飛び交い、爆発と倒壊と火災があちこちに起きて阿鼻叫喚の嵐だ。

 

 

「⋯取り敢えず、シェルターに避難誘導しつつヴィランを探そう。各グループ、行動開始!」

 

 

『はい!』

 

 

だが何時までも放心していられず、ときのの声掛けに意識を切り替えさせる。ヴィラン用シェルターが存在している為、その場所に避難誘導させながらヴィランを片付けて行くしかない。

 

早速、各グループで行動に移してその場から離れて行き、俺は少し精神統一してから向かうつもりなので、佇みながら深呼吸を繰り返しているとパトラが神妙な表情で近付いて来た。

 

 

「りゅう君⋯一人でほんとに大丈夫⋯?」

 

 

「⋯あぁ、大丈夫だ。俺は皆の様子を見掛けながら回るつもりだ。」

 

 

「そっか、気を付けてね。」

 

 

「あぁ⋯そっちもな。」

 

 

そう言うと彼女は何処か心残りのように、ちらちらと此方を伺いながらも頷いてから黙ってシャル達と去って行った。

 

俺は⋯またパトラと顔を合わせずに素っ気なく会話を終わらせてしまった。

 

ミオやころね達にあれほど大丈夫と言われたのに、自分でもそれを理解したつもりだったのに⋯彼女の心配する気持ちを蔑ろにしてしまったように感じて自分に嫌気がさしてしまう。

 

俺はなんて情けない奴なんだろうか。

 

 

「⋯行くか。」

 

 

結局、精神統一をしても心に蟠りが残ってしまい、意味を成さない状態で戦場に赴くことになった。

 

ヴィランの数は五十体以上、それが街の中で暴れてるのは完全に異常事態。出来るだけ素早く対処しに向かおうと、少し離れた所にヴィランの気配を感じ取った。

 

 

(どのくらいの範囲でヴィランが徘徊してるのか分からないが、とにかくヴィランの気配が一番近いとこに向かうか。)

 

 

「……!!」

 

 

「っと⋯!危ねぇ、いきなり来たか。しかもこいつ、気配を消してやがったか⋯!」

 

 

走り出してまだ少しの所で、間一髪で気づいて咄嗟にバク転で後ろに下がった。気配のあった場所に行き着く前に、別のヴィランが上から降って来たのだ。無駄に巧妙な戦略に少し苛つき、眉間に皺が寄る。

 

ヴィランの図体を確認して見る。そいつはまるでゲームなどで出てくるゴーレムに似たような姿をしていた。俺の身長の倍くらいはあるな⋯。

 

 

(ゆっくりはしてられねぇ⋯一発で終わらせる!)

 

「紫蓮牙・『絢爛』!」

 

 

「……!?」

 

 

一発で終わらせなければならない気持ちで挑み、拳を強く握って気を集中させる。足を踏み込んで一気に距離を縮めると、ヴィランも咄嗟に大木のような腕を伸ばして来た。

 

それを左半身を反らしてから、そのまま一回転して勢いを付けながら下からアッパーで顔面を殴り上げる。拳がめり込んで真上に吹っ飛ぶと、少ししてから爆散した。

 

よしっ、と心の中で納得しながら目指そうとした所へ再び走り出して行った。

 

 

「「「……!!」」」

 

 

「うぉ⋯まじかよ。」

 

 

そしてヴィランの気配が強くなったのを感じ取り、警戒しながらその場所に滑り込んで見ると、さっきと同じゴーレムに似た姿をしている三体のヴィランが共に行動していた。こいつらに集団意識があるとは思えなかったので普通に驚いた。

 

その三体は俺を見るなり警戒意識を強めて、炎のような幻体を揺らしていた。俺はすぐさま攻撃に移り、真ん中にいたヴィランに一瞬で移動して殴り下ろし、地面にめり込ませる。

 

右側にいたヴィランが腕を伸ばしてきたが、それを屈んで躱しながら足払いをする。バランスを崩した隙に腕を掴んで、力を込めて持ち上げると地面にめり込んでいたヴィランに重ねるように叩き付けた。

 

そして最後のヴィランは、こちらに向かって猛ダッシュして体当たりをしようとしていた。俺はそれを構えながら、動きを見据える。

 

 

「紫蓮牙・『大翔』!」

 

 

「……!?」

 

 

逆に攻めに行き、懐へ全力を尽くす一撃を胴にめり込ませる。その衝撃でヴィランは急停止して動きを止めた。透かさず力強く蹴り上げて空中に飛ばし、後を追うように地を蹴って跳んで行く。

 

そして、その進行方向に先回りすると両手を合わせて握り締め、ダブルスレッジハンマーをして叩き落とした。ヴィランが落ちて行った先には先程の二体が重なっている所だった。

 

結果、三体のヴィランが一箇所に重なって地面にめり込んでいるのが出来上がった。自分の思い描いた状況に持ち込めてほっとしながらも、終わらせる為に俺もヴィラン達に向かって急落下しながら、足を突き出した。

 

 

「紫蓮牙・『豪弩脚』!!」

 

 

空から堕ちて来るは紫黒に燃える槍。その炎槍は勢いを増してヴィランを穿つ。

 

彼は三体のヴィランに突っ込むと大爆発を起こし黒煙が上って行く。暫くして煙が晴れると、そこには大きく蜘蛛の巣状に陥没して、その中心に彼が佇んでいた。

 

その表情は優れいるとは言えず、眉間に寄せた皺は戻っていない。何処か焦燥感に駆られていて、一滴の冷や汗が顔の輪郭をなぞって落ちる。

 

 

「⋯⋯ヴィランの気配が⋯多過ぎる。」

 

 

少し開いた口を閉じることすらも忘れて、肌から感じるヴィランの不穏な気配の数々が絶え間なく存在している。ざっと予測してもこの区画外にヴィランは漏れてはいないと思う。

 

だがそれも時間の問題。いつヴィランがこの街から別の所に移動しても変じゃない、それだけは避けなければ⋯。

 

そう思うと、余計に焦る気持ちが芽生えてしまい。気付けばその場から走り出してヴィランの気配を感じる所へ向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちもか⋯!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───しかし、街を徘徊するヴィランは⋯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにも⋯!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────壊れた蛇口のように⋯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何処にでもいやがるじゃねぇか⋯!どうなってんだ⋯!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────留まりなく次々と現れ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は後に⋯この悲惨な状況が更に地獄絵図になることなど、この時は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ⋯どこまでオレを楽しめられるかな…?」

 

 

 

 

 

そして、その街を見下ろす一つの悪意が今⋯ゆっくりと動き始めていた。

 

 

 

 

 





相変わらず長いと思うけど、これでも文字数は一万も行ってないんだぜ。
さぁこっからは長い話になります。頑張るぞ。

細かい設定とかちょいちょい忘れてるかもしれないけど、気を付けつつ書いていきます。

では〜。


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二十二話 『激化する混沌』



自分の中でこういう感じにしたいな〜って思ってても、書くと意外と上手くいかないもんですね。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…ったく、これで何体目だ…。」

 

 

あれから休むことなく移動し、戦闘へ⋯そしてまた移動へと二つの工程だけでも終わりが感じられない。至る所からヴィランの気配が続けざまにやってくるのだ。

 

 

(駄目だ⋯ヴィランが多過ぎて避難誘導も真面に出来ないし⋯完全にこの街はパニック状態だ。焦るな⋯冷静に考えて対処するんだ。何を一番に優先して次に何を優先するのか。俺が焦ったら終わりだと思え⋯!)

 

 

身体が幾つあっても足りない。こう言うのを猫の手も借りたいと言うが、雑に言い換えて先手観音の手も貸してほしいくらいだ。

 

そして道中走っていると、瓦礫に巻き込まれて倒れていた人を見つけた。

 

 

「っ!⋯⋯くそっ⋯。」

 

 

しかし近付いてみるとピクリとも動いておらず、気を視認して見たがさっぱり無かった。そのことに拳を強く握り締めて、思わず苦虫を噛み潰したようになる。

 

生命力の源である気を微塵にも感じない…これは即ち、()を意味する。そして周りを良く見渡してみると、その人以外にも死体であろうものがそこらに倒れていた。

 

もう少し早くここに来ていれば、助けられたかもしれない命があったのに、どうして出来ないのだろうと自分に憤りを感じてしまう。救えることが出来なかったことに、心の中で謝罪しながらその場を去る。

 

いい加減こんな事態が終わって欲しいと思った矢先、ある人の気を感じ取った。

 

 

「この気は⋯あやめか?それ以外にもいるな。」

 

 

正確な人数は把握し切れていないが、気を感じるに二つのグループが合流したのだろう。あやめの気が一際強く感じ取れたのでヴィランと戦闘だと分かり、加勢しに向かった。

 

まだまだ動ける体力はあるが、先程から技を連発させていることもあって呼吸が乱れ易くなっていた。激しい動きは抑えて、体力の温存することを心の中で決めながら、あやめ達の所へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メル様!そっちにヴィラン行ったわ!!」

 

 

「任せて!『ブラッディ・クロー』!」

 

 

「もう!ほんっとヴィラン多過ぎ!!『サンライト・ストライク』!!」

 

 

「執拗いと嫌われるわよ!あ、今更か⋯『シリアルハートレイン』!!」

 

 

現場に着くと、一人一人が個性的な技でヴィランに貢献していた。ちょこは指揮に回っていて、恐らく怪我した人を素早く治す為の回復要員だろう。

 

メルは懐から輸血パックを徐に取り出すと、それを破って自分の手の周りに纏わせて凝固させると赤黒い鉤爪になり、それを振り回しながらヴィランを切り裂いていた。

 

まつりはヴィランに対して小言を言いながら両手を頭上に翳し、その掌から眩い光の玉が生まれる。そしてその光の玉をアンダースローのように投げ飛ばしてヴィランを爆散させる。

 

はあとの攻撃は周りの中でかなり独特な方だろう。淡い桃色のオーラを纏い、手でハートの形を作ってからヴィランに向けて翳すと、細かなハート型の雨がヴィランに撃ち注いだ。

 

 

「百鬼流華焔剣術・肆ノ型 ──『焔燈鬼斬(えんとうきざん)』!!」

 

 

複数のヴィランに囲まれたあやめは、二本の刀を大きく構えながら呼吸を整える。灼熱が纏う刃を構え、そして一閃。爆発したかのような衝撃波が発生し、ドーム状に斬撃の嵐が吹き飛んでヴィランを切り刻んだ。

 

 

「あくあちゃん!援護よろしくっ!」

 

 

「うん!任せて!」

 

 

「いくよー!『エレガンス・コンバット』!」

 

 

「スバルも全力で行くっすよ!!」

 

 

シオンとあくあはペアで挑んでいた。シオンは杖を用いながら高威力の魔法で暴れまくり、あくあはぼたんと似たような戦術である銃を使って中距離からシオンをカバーしていた。

 

それに続きアキロゼは両手に水と白銀でカラーリングされたガントレットを装着してヴィランに肉弾戦を持ち込んでいた。俊敏なステップで華麗に拳を連打してお見舞いする。

 

スバルは前に言っていたアーマーとやらを纏っているのだが、ほぼ生身で挑んでるようなものだった。頭から胴体には何も着いておらず、両手足と腰に黄色の機体が纏っていて、背には翼のような羽がある。そして手には巨大な大剣を持っていた。

 

しかし、動きに無駄がなく見た目とは裏腹に俊敏に動いていた。等身大以上の大剣を慣れた手つきで舞うように振り回し、ヴィランに優勢を渡さずに一方的に攻めていた。

 

 

「あっ⋯!?ちょこ先生!危ないっ!!」

 

 

「っ!?しまっ───」

 

 

しかし、ちょこの背後から二体のヴィランが飛び掛っているのが見えた。その時に周りを確認していたあくあも気付いて咄嗟に声を張った。だが、気付いた時には既に遅く⋯。

 

音も無く跳んで来たヴィランに襲われ掛けたちょこは、硬直してしまいその場から動けなくなっていた。

 

 

「紫心龍拳奥義・壱ノ気──『紫纏爆』!」

 

 

するとそこへ、龍成が間に入ったことで事なきを得た。

 

ヴィランに紫のオーラが包んで体を動かずに、時が止まったように空中で留まり続けていたが、龍成が翳していた手を握ると爆散して消えていった。誰もが突然の介入者に驚きを隠せず、歩み寄る彼に目を引いた。

 

 

「えっ、龍成様⋯!?助かったわ⋯。」

 

 

「ふぅ⋯大丈夫か?あちこちにヴィランはいたけど、特にここら辺は多いぞ。俺も少し加勢するからもう少し頑張れ。」

 

 

「助かるっす!!実はさっきから休まずに戦い続けてるせいでやばかったんよ!あやめちゃんも皆もいるけど、全然終わんなくってさ⋯!でももう大丈夫っすね!なんたって龍成が───」

 

 

 

「ダーリ〜ン!♡」

 

 

 

「ぐっふ⋯!」

 

 

「おいこらはあちゃま!!」

 

 

流石に桁外れの連戦の所為で疲労感が何時もよりあったこともあり、彼が加勢しに来たことで皆の様子が少し晴れやかになった気がした。

 

そして龍成がスバルの近くまで寄って来ると、はあとが爆速で龍成に飛び付いた。勢いが強過ぎるあまり龍成も身構えなかったこともあって、胸元に衝撃が走ってダメージを負った。

 

 

「やっと来てくれたのね!もうずっと待ってたんだから!はあちゃまの頑張ったご褒美にダーリンの成分を寄越しなさい!」

 

 

「おいマジか。」

 

 

「ちょ、ちょっと!まだヴィランがいるのになにしてんだ余っ!?」

 

 

はあとの訳分からん言葉に龍成も調子が狂うし、あやめの言う通りまだまだヴィランは倒し切れていない。一旦冷静になって、一向に抱き締める力を緩めないはあとに諭す。

 

 

「赤井⋯⋯この際抱き着いてくる理由は敢えて聞かないが、まだヴィランがいんだぞ。もっと意識を持ってくれ。」

 

 

「もうっ!ダーリンったら!はあちゃまのことはそんな風に呼ぶんじゃなくて!″ハニー″って呼ばないと駄目でしょ!!」

 

 

「おうマジか。」

 

 

しかし、論点がズレまくっている回答が返ってきたことに再び困惑する。自分のことをダーリン呼びされているのはこれが初ではなく、会う度に言われるのだ。

 

この要求も何度目だろうか。だが、そうこうしている内にまたわらわらとヴィランが寄って来ていた。

 

 

「「「「……!!」」」」

 

 

「もう⋯!まだこんなに⋯!」

 

 

「キリがないよ⋯!こんなのが続いてたらシオンの魔力が先に尽きそうだよ!」

 

 

「本当に執拗いわねー!いつまで続くのよっ!!」

 

 

「⋯はあと。まだやらなきゃいけないことが残ってるだろ?俺も手伝うからやるぞ。」

 

 

メルとシオンとはあとの三人がまだ湧いて出てくるヴィランに不満に表情を歪める。それでも未だに抱き締めるのを止めないはあとに、龍成は少し困っていたが一つ頭に浮かんだ案で彼女を動かす。

 

 

「っ!?ダーリンが名前で呼んでくれた!?うん!はあちゃま頑張るわっ!!」

 

 

「単純と言うか⋯素直と言うか⋯はぁ、俺も行くか。」

 

 

流石にハニーとは到底言えないので名前呼びで諭してみると、誰が見ても分かり易いくらいに目を輝かせながら、嬉々としながら気合いを入れていた。そんな変わり様に流石に呆れてしまう。

 

そうして再び戦闘を始まったのだが、先程とは打って変わってはあとがヴィランの倒す速度が心做しか早くなっている気がするのは気の所為だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラミちゃん!そっちは大丈夫?」

 

 

「今の所はね…!にしても数が多過ぎ!!」

 

 

突然と街に現れた大量のヴィランにアタシ達のグループも決して楽じゃない状況だった。どれだけ倒しても次から次へと、まるで軍隊アリのように減らせているのかも分からなかった。

 

 

「もうっ!これってヤゴーが言ってた数よりも多いんじゃないの!?もうハンマー振り回すの疲れたよー!!」

 

 

「文句言ってる暇あんならさっさと倒すんだよ!!」

 

 

ねねちゃんの弱音におまるんが喝を入れているが、実際はねねちゃんの言う通りである。皆の体力も無限じゃないし、アタシの使ってる銃の弾数もこのままだと無くなるのが早いと思う。

 

取り敢えずはまた湧いてきたヴィランをなんとか一掃してこの辺りを沈静化させる。けど、被害は甚大な方だ。最小限に抑えるようにしても、これじゃあ厳し過ぎる。

 

 

「たくっ⋯懲りない奴らだな。これ以上SSRB達も特攻させると、あいつらも身が持たないし⋯このまま続くと弾も心許ないな。」

 

 

「ラミィもこのままだと魔力が尽きちゃうよ⋯。」

 

 

「このままだとキリがないなぁホントに!龍成とか来てくんないかなー!」

 

 

「はぁ⋯はぁ⋯ねね、もう疲れたー!」

 

 

一旦休憩を挟みながら弾を補充したい所だ。喉も渇き始めて思考に影響が及ぶし、戦闘に支障を来たすから水分補給もしたい。おまるんの言い分に心の中で共感しながら、手持ちのサブマシンガンとライフルのリロードを行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々面白いのがいるじゃないか⋯───そうだ、いいことを思い付いた。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───っ!!?なんだ⋯⋯この感じ⋯。」

 

 

そんな時、強い悪寒が雷のよう全身に流れた。

 

この感覚は⋯あの時の自我持ちヴィラン⋯⋯いや、それよりも強い圧力だ。ただの強者の持つ圧倒的な覇気だけじゃない、その奥にある()()()()が肌で汲み取れる。

 

 

「あ⋯⋯ぁ⋯あっ⋯。」

 

 

「こ、これ⋯って⋯⋯まさか⋯。」

 

 

「嘘でしょ⋯?」

 

 

皆もその違和感に直ぐに気付くが、体が硬直してその場から一歩も動けずにただただ⋯ゆっくりと目の前に降りてくる″何者″かに竦んでいた。

 

そいつは見た目は人と同じ、黒の短髪に紫のメッシュが混ざっていて真紫の鋭い双眸。真っ黒なアンダーシャツにレザーパンツ、紫黒色のロングコートを羽織っていて()()()()()()()()()()()()()

 

アタシ達は既に気が付いていた。確かに見た目はそこらの人と変わりない⋯それでも、そいつが人じゃないのはその瞬間から理解した⋯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───こいつは″ファントム・ヴィラン″だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて⋯貴様らを()にさせてもらうぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───みんな逃げてっ!!!」

 

 

そいつの言葉にアタシの全身が総毛立ち、脳から送られる強い危険信号で反射的に手持ちの銃をそいつに向けて乱射し、ラミちゃん達に全力で逃げるように怒鳴った。

 

 

 

 

 

「活きがいいな。これは随分と楽しめそうだ⋯。」

 

 

 

 

 

「がっ⋯ぁ…!?」

 

 

けど、気付いた時にはそいつは背後にいた。いつ移動したのかも分からず、そんな仕草も全く見えなかった。

 

項を強く手で締め付けられて咄嗟に離れようと体を動かした時、何故か思うように動くことが出来なかった。まるで、力を奪われていくかのようにどんどん身に入らなくなる。

 

 

「───ししろんっ!!!」

 

 

ラミちゃんが悲鳴のような呼び声を最後に、アタシの意識はあっさりと闇に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…一先ず落ち着いた?輸血パックも少なくなってきたから勘弁して欲しい⋯。」

 

 

「そうみたいだね⋯ここら辺のヴィランは一掃出来たと思う余。」

 

 

「大変だったね⋯私ももう腕が疲れちゃった。」

 

 

「もう終わってほしいっす⋯。」

 

 

それから休む間もなくヴィランを倒すことに集中していると、気付いた時にはヴィランの姿が何処にも見えなくなった。気配を探ってもこの辺には一体もいる気配がないので、終わったと捉えても良さそうだ。

 

 

「他にも怪我人がいないか探して来ないとね⋯。」

 

 

「でもちょこ先生、この辺の人達はもうシェルターに逃げれたと思うよ。」

 

 

「それでも逃げ切れずに怪我した人もいるかもしれないし、念の為に探そう。今の所ヴィランもいないし、手分けして今の内に移動しとこ。」

 

 

だがそれで終わりじゃない、まだまだやるべきことが沢山ある。

 

ヴィランがいない今、次にやるべきことはシオンの言う通り市民の安全確認及び救出をすること。怪我などで逃げ遅れた人だっているだろうし、助けを求めている人を探しに行く。

 

 

「龍成君も一緒に探すの?」

 

 

「いや、俺は他のメンバーの加勢に行ってくる。だから現場に残された怪我人とかはまつり達に任せてもいいか?この辺のヴィランの気配はないから、今は大丈夫だ。」

 

 

だが、申し訳ないのだが俺は別の所へ移動することを優先した。

 

今この瞬間でもヴィランが暴れているのに変わりはないので、人命救助も手伝いたいが倒さなければそれどころじゃない。

 

 

「えー⋯ダーリンもう行っちゃうの?」

 

 

「どんだけ龍成君のこと好きなん。」

 

 

「それはもう世界一よ!!私の手料理を唯一最後まで食べてくれたんだもん!!」

 

 

「あ、はい⋯。」

 

 

移動する際に、はあとが不満げにそう言っていたが俺は気にしないことにした。しかし好意を寄せられている理由になんだが複雑な気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラオラァ!!堅気達に手ぇ出してんじゃねぇぞクソ共ぉ!!」

 

 

「ルーンナイト達も行くのらー!!」

 

 

「紫黒君!後ろのヴィランは頼むよ!!」

 

 

「任せろっ!」

 

 

次に合流したのは桐生が率いる四期生のグループだった。ヴィランも数こそは多かったが、桐生が圧倒的な力で瞬殺を繰り返していた。

 

勿論、かなたやルーナも油断せずに目の前のことに集中していた。

 

 

「切り裂けっ!闇影鄭・『深狩(しんが)』!!」

 

 

「残りはわためが⋯赫の旋律・『爆譜(ばくふ)』!!」

 

 

「紫心龍拳奥義・弐ノ気──『月輪』⋯!」

 

 

俺とトワとわためで、後ろの方から攻めてきたヴィランを対象にする。

 

横にいたトワが黒鎌を振るうと、幾つもの斬撃を飛ばして全体的にダメージを与える。だがそれだけでは倒し切れず、続けざまにわためがハープを片手にして旋律をする。

 

この状況から似つかわしくない綺麗な音色が流れると、波状に赤い音符が散布した。それがヴィランに触れるた途端に、爆発を起こして吹き飛んでいった。

 

それでも何体か倒し切れていない残りは、俺が直接叩く。

 

空中で体の自由が効かない内に力強い殴打と足蹴りを繰り返し、ヴィランを足場にして次のヴィランに同じことを⋯それを肉眼で捉えられない程の超高速で繰り出す。

 

そして地面に着地すると、一際大きな衝撃波が轟いてヴィランは霧散して消えていった。けど、いよいよ体力に疲労が追い付いてしまい、肩で息をしながら汗を拭う。

 

桐生達の方も丁度終わり、ヴィランも続けて現れることもなくなったので一旦集まって談話する。

 

 

「りゅー先輩⋯大丈夫なのら?」

 

 

「なんだか少し顔色が優れてないよ?疲れてるなら無理しない方が⋯。」

 

 

「大丈夫⋯っちゃあ大丈夫だが、ちょっと力を使い過ぎてな⋯流石に休まずに連戦続きだと疲れるな。でも休憩を挟む余裕もないし⋯。」

 

 

「それならわために任せて!海の旋律・『治跡(ちせき)』。」

 

 

わためが心強く手を挙げると再びハープを持って旋律を奏でた。先の爆発を起こしたのと音色が違っていて、儚くも何処か優しい音色が流れてると、ハープから海色の音符と譜面のようなオーラが流れて俺の身体にまとわりつく。

 

 

「お⋯すげぇ、綺麗さっぱり疲労感だけ取れて体力が戻ってきた。ありがとな、わため。」

 

 

「えへへ、これぐらい余裕ですよ!」

 

 

「⋯むぅ〜⋯⋯。」

 

 

自然と蚊帳の外に置れていたルーナは、二人の遣り取りに面白くなかったのかあからさまに不機嫌アピールで頬を膨らまし、龍成を睨み付けていた。

 

そんな光景を後ろからココとかなたとトワの三人が眺めていた。

 

 

「ルーナたんが膨れっ面になってんのオモロ。」

 

 

「あからさまにご機嫌ななめになってんね。」

 

 

「傍から見たらルーナが妹みたい。」

 

 

「天使より天使してるもんなルーナたん、どっかのゴリたんと違ってな!」

 

 

「は?潰すぞ。」

 

 

「おー?ワタシは一言も″かなたん″だって言ってねぇぞ?やっぱゴリラの自覚あんじゃねーか!ウホウホ言いながらぺったんこにドラミングしてみろよ!」

 

 

「はぁーいお前ぶっ潰〜すっ!!」

 

 

「あんだけヴィランいたのにまだ元気かよ⋯。」

 

 

さっきまで殺伐としていた状況だったのに、気が緩んだ瞬間にこの二人の遣り取りに呆れていたトワは、何処か戦いよりも疲れを感じて溜息を零すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我ら秘密結社『HoloX』は⋯このエデンを支配するのが真の目的だ。だがその前に、先ずは貴様ら下等なヴィラン共をこの世から消す。さぁ、世界征服の為の一歩と行こうか⋯!」

 

 

一本の太い道路の道を阻むヴィランの大群に、一人の小さき悪魔が不敵な笑みを浮かべながら歩いて行く。見た目とは反して彼女から放たれる威厳は、確かな実力を持っていると分かる。

 

そして、今まで共に過してきた自慢の仲間達を引き連れて、これから起きる戦に向けて士気を鼓舞する台詞を唱える⋯。

 

 

 

 

 

「刮目せよ⋯!!」

 

 

 

 

 

「「「「いえすまいだーく。」」」」

 

 

「おいこらぁ!!雰囲気が出来上がったのにやる気なくすなぁ!!」

 

 

「何してんだお前ら。」

 

 

ピリピリとし空気は何処へ。ラプラスの仲間であるルイ・こより・いろは・クロヱの四人は全力で気だるそうに掛け声を合わせたが、案の定ラプラスはそれに納得する筈もなく、ダボダボの袖の中にある両腕を上げて怒りだす。

 

そんな光景をたまたま目撃した俺は、呆れながらも声を掛ける。

 

 

「あっ、紫黒殿!助太刀でござるか?」

 

 

「なになに〜?こよ達の手伝ってくれるの?」

 

 

「あぁ、ヴィランを倒しに走り回ってるついでに他のメンバー達の様子を見に来た。大変そうなら手伝おうと思ったんだが⋯案外大丈夫そうか?」

 

 

「え〜面倒だから手伝ってよ〜!沙花叉まだ三時間しか寝てなくてダルい〜!紫黒先輩ならこんな数いても余裕でしょ?」

 

 

「紫黒君、ごめんだけど手伝って貰っていいかな?今、私のホークアイで状況を確認したんだけど⋯後からヴィランが大量に湧いてこっち来てるの。だからクロヱもちゃんと働きなさいよ?」

 

 

「え、マジ?」

 

 

「⋯⋯分かった。なら、出来るだけ俺は向こうの方を潰しておく。」

 

 

「紫黒君、一昨日のことは気にしなくてもいいからね?詳しいことは聞かないし、ラプももう気にしてないから⋯気に病まないでね?」

 

 

「⋯!ありがとう。」

 

 

すると、ルイが自然な流れでさり気なく俺の傍に寄ると、他の人に聞かれない声量でコソッとそう伝えてきた。そんな彼女の冷静な気遣いに礼を言い、俺も少し心に余裕が出来た。

 

 

「うむ!では改めて⋯我ら秘密結社『HoloX』に新たな戦闘員が入れば敵無しだ!誰がこの世界の支配者に相応しいか分からせに行くぞ!!」

 

 

状況は更に困難へと陥ったのにも関わらず、ラプラスはペースを崩さずに一致団結をするよう率先して前へ歩き出して行く。

 

 

 

 

 

「刮目せよ⋯!!」

 

 

 

 

 

「「「「「⋯⋯。」」」」」

 

 

「せめてなんか言えよっ!!」

 

 

四人は兎も角、俺はなんて返せばいいか分からんのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「団長が前を押すから、みんな着いて来て!」

 

 

「任せたよノエル!」

 

 

「数ならこっちも負けないのです。死靈術『集獄絶』!」

 

 

「全く⋯!こっちも罠が少なくなってきてるってのに!面倒な奴らぺこ!」

 

 

「ノエルはそのまま直進して道を作って!フレアは二時の方向にヴィランが跳んで来てるから弓で撃ち落として!るしあはそのまま他のヴィランの気を逸らしながら出来るだけ囲っといていて!ぺこら!準備はおっけー!?」

 

 

「いつでもいけるぺこ!!」

 

 

「それじゃあ⋯───発射ー!!」

 

 

マリンが率いる三期生のグループはヴィランの大群に多少の苦戦を強いられていた。

 

数こそは計り知れないが、一体一体の強さは大した強さはない。しかし質より量という言葉が今の状況似合うだろう。大群に囲まれながらも冷静さを欠かさずに、ノエルは自分の武器であるメイスを持って先陣を切り、ヴィランの群衆に突っ込んで道を作る。

 

彼女を先頭に後を追い、フレアは自分達に向かって跳んで来た数体のヴィランを、走りながら弓矢で吸い付くように撃ち落とす。出来るだけ敵との距離を置く為に、るしあの死靈術で大量の骸骨をブラフにしつつ一箇所に集まるように誘導させた所で、ぺこらの特製人参バズーカとマリンが魔法で出した大砲で一網打尽にした。

 

 

「まだヴィランが残ってるよ!!」

 

 

「団長に任せて!全部叩き潰すから!」

 

 

「くそっ⋯ほんとぺこーらの異能ってこういう時に限って役立たねぇぺこね!」

 

 

しかし、それでも全て片付かずまだ倒し損ねたのがいた。その残りをノエルが快く引き受けるが、それを阻むように上からまた数体のヴィランが邪魔をしてくる。フレアも続けて弓矢で一体一体を確実に射抜き、ぺこらは二人の後を追いつつ文句を言いながらバズーカの補填をして次に移る。

 

 

「まずいね⋯ヴィランがどんどん現れて来てる。るしあ、まだ召喚は出来る!?」

 

 

「正直⋯もう限界なのです。ずっと魔力を使い過ぎて、体に力が入らなくなってきた⋯。」

 

 

「分かった!無理せず休んでて!」

 

 

また囲まれそうになるくらいにヴィランが現れてくるのを見て、マリンはもう一度骸骨を囮にさせようと思ったが、るしあは魔力の枯渇により顔色は優れずその場で膝を着いていた。

 

これ以上無理はさせられず、マリンは一言伝えてからるしあを安全な位置に置いていき、ノエルのフォローをしにカトラスとフリントロック・ピストルを手にしてヴィランに突っ込む。

 

 

「チッ⋯!執拗いですね!?マリンはあんたらみたいなのにモテても全く嬉しくないんですよっ!!どうせなら龍成君のような優男に迫られたいですっ!!」

 

 

「こんな時に何言ってるぺこ!!」

 

 

ヴィランの動きを見極めながら剣と銃を的確にぶつけながら、攻撃を貰わないように立ち回る。執拗いくらいに湧いて攻めてくるヴィランに、マリンは舌打ちをして訳の分からない文句を言い放っていた。

 

だがそんな時に四人の獣人少女がやって来た。

 

 

「マリンー!そっちの状況は大丈夫ですかー!?」

 

 

「ウチ達の方は片付いたから手伝いに来たよ!」

 

 

「うわ〜こっちもこっちで多いね。」

 

 

「おうおうおうー!こぉねがぶっ潰してやんよ!」

 

 

「フブちゃん達!助かりますよ!」

 

 

フブキが率いるゲーマーズ部であるミオ・おかゆ・ころねの四人が手助けにやって来た。彼女達は並々ならぬ実力を持っているのは知っている為、今この状況で来てくれたのはとても心強い。

 

だが、来たのは彼女達だけじゃなかった。

 

 

「おーい!こっちは大丈夫ー!?パトラ達も手伝うよ!!」

 

 

「あれ、フブキちゃん達もいるのね。」

 

 

「酷い⋯もうこんなにボロボロになってるの⋯。」

 

 

「ここ、街の中心地だからかな?ヴィランが凄いいっぱいるね。人間達は大丈夫なのかな。」

 

 

此方も四人組で取り組んでいる悪魔達であるパトラ・メアリ・シャルロット・ミコが並びながらマリン達の助太刀にやって来た。この四人も戦力としては十分に任せられるし、魔法の力も質も上位の地に踏み入れている。

 

 

「パトラちゃん達も助かりますよ!早速で悪いんだけど、フブちゃん達は東方面を⋯!パトラちゃん達は南方面をお願いします!」

 

 

「おっけー!」

 

 

「うん、任せて!」

 

 

フブキ達とパトラ達には別の方向から攻めてきているヴィランを任せてもらい、マリンもノエルに並んで突っ込もうとした時⋯。

 

 

「マリン!るーちゃんは!?」

 

 

「るしあなら⋯───しまった⋯!!」

 

 

しかし、そこでマリンは大切なことを忘れていた。それはこの異常事態で集団行動を疎かにするのは御法度にあたり、数を減らしたからと言ってるしあを一人にさせてしまっていた。

 

そんな彼女は今、残り少ないの魔力を使って骸骨を呼び出し、迫って来ていた複数のヴィランを抑えていた。

 

だが呆気なく骸骨は消滅させられて、るしあは身一つだけになってしまい、ヴィランの魔の手が直ぐ近くまで迫っている。

 

表情は一気に焦りへと変わり、一秒でも早く着く為に全力で走り出す。

 

 

「うっ⋯き、来ちゃ駄目⋯!!」

 

 

「るしあっ!!」

 

 

駄目だ、ノエルとフレアは正面のヴィランて手一杯。ぺこらのバズーカじゃ巻き込んでしまう。だから自分の銃で出来るだけダメージを与えるも、一向に消える気配がない。

 

気を使ったとは言え慢心して、彼女を一人にさせてしまった愚かな自分をぶん殴ってやりたいと強く後悔しても⋯もう遅い。

 

 

そして、そのままるしあは⋯───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如現れた紫黒に燃える炎の一閃に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





出来れば殆どの人を活躍出来る場面を描写したかったけど、果てしなく掛かりそうなので手短にしときました。技名とかのセンスは目を瞑っといて下さい。

それと、スバルさんの戦闘に関して補足説明しとくと、インフィニット・ストラトスみたいな戦い方です。分からない人は各自で調べて下さい。


では〜。


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二十三話 『拡がる紫黒色』



花粉さんへ、宇宙のゴミとなれ。

じゃ、どうぞ〜。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫心龍拳奥義・参ノ気──『龍烈演武』!!」

 

 

 

 

 

突如、紫に燃える龍の一閃が雷の如くヴィランを葬り去った。

 

 

「⋯⋯え?」

 

 

「ギリギリ間に合った⋯大丈夫か、るしあ?」

 

 

「へ⋯?りゅ、龍成君⋯!助かったのです、ありがとう!」

 

 

マリンの視線の先にはるしあを抱えた龍成が佇んでいた。彼女も突然のことに唖然としていたが、彼に声を掛けられて初めて自分が助けられたことに気付いた。

 

彼女が無事と分かると丁寧に下ろして、るしあの状態を確認して見るが⋯顔が赤くなっていること以外は大丈夫そうだ。何故赤らめているのか疑問に思っていると、マリン達が素早く駆け寄って来る。

 

 

「紫黒!来たぺこか!」

 

 

「あぁ、他の所が一段落してな。」

 

 

「助かりました龍成君⋯!困った時に来てくれるなんて、流石気遣いも出来る男!船長の男になって下さい!!」

 

 

「丁重にお断りする。」

 

 

「んも〜♪照れちゃって〜可愛いですね♪」

 

 

「何言っても駄目じゃねぇか。」

 

 

「まぁ、冗談はそこまでにして⋯ごめんねるしあ、船長が傍にいれば良かったのに一人にさせちゃって⋯。」

 

 

「ううん、大丈夫だったからいいよ。それに⋯るしあが弱かったのがいけないのです。」

 

 

「そんなことない!るしあには色々と助かってるよ!」

 

 

るしあとマリンはお互いが自分に非があると責任を譲らない。しかし、今はそれに拘っている場合ではないので、少し強引に会話に割って入る。

 

 

「あ〜悪いが⋯今の状況は?俺の方は0期生と5期生以外のグループの様子は見て回ったが、今は問題なくヴィランを抑えながら市民の避難誘導は出来ている。こっちは⋯どうやらそう簡単にはいかなそうだな。」

 

 

少し周りを見渡した感じだと、ここが一番ヴィランの気配が密集している。そうなると⋯この区域が今回のヴィランが発生した根源とも捉えられる。

 

だとしたら何でこんな街の中心で突然現れたのか。いくら考えても分からないけど⋯確実に何かがあるよな。

 

実はさっきから妙な気配を時々感じてる。普通のヴィランとはまた違った感覚、あの時の⋯自我持ちヴィランと似たような気配だ。どの場所までは分かっていないが、もしかすると⋯今回もそんな奴が現れるかもしれないし注意した方が良さそうだな。

 

 

「見ての通り、こっちは気持ち悪いくらいヴィランが湧いてきてるぺこよ。さっきから倒しても倒してもキリがねぇぺこ!」

 

 

「でも龍成君が来たならさっきよりも余裕が出来る筈だよ。」

 

 

「ここを全部潰せば、他の所も合わせて終わりが見えそうだな。」

 

 

「おーい!こっちも一旦は終わったよ!るしあ大丈夫ー!?」

 

 

「ノエル、フレア⋯うん。心配掛けちゃったけど大丈夫だよ。」

 

 

「ごめん、助けに行きたかったけどヴィランが邪魔してて⋯とにかく無事で良かった⋯。」

 

 

そう会話しながら状況を見据えていると、フブキ達やパトラ達も状況が一旦落ち着いたのか此方にやって来た。

 

 

「白上達の方も落ち着いたので、こっちを集中に手伝いますよ!」

 

 

「まだまだ体力は有り余ってるからどんどんいくでな!」

 

 

「団長もいつでも行けるし、どんな攻撃も引き受けるよ!」

 

 

「私達の方も問題ないよ。ってあら、龍成君もいたのね。」

 

 

「あ、龍成だ。久しぶり〜。」

 

 

メアリとミコと話すのは、彼女達の働く喫茶店以来になる。二人の挨拶に軽く返事をする。

 

今この場には三つのグループが合流して、総勢十五人の勢力がいる。これだけいればここいらのヴィランなど造作もないだろうし、さっさと終わらせよう。

 

丁度よく皆が集まってくれたし、早速手を挙げて注目を集める。

 

 

「色々と話したいことはあるかもしれないが、事態はまだ終わってない。一旦状況を整理しながら俺の憶測を交えて伝えるけど⋯此処がヴィランの湧く中心地だと俺は思い始めてる。証拠材料は少ないが、他の場所と比べても遥かに量が多いし湧いている範囲が広い。」

 

「となると、ここを中心にヴィランが溢れてあちこちに移動して今に繋がるんじゃないかってな。どうやって急激に増加したのかは置いといて⋯取り敢えずは此処を一体も残らずに倒せばいいんじゃないか?」

 

 

原因も確かに気になるが、今はそれよりも⋯だ。

 

また大量のヴィランの気配がこっちに近付いて来ているのが分かるし、今やるべきことはヴィランが湧かなくなるまで戦い続ける脳筋的な方法で行くしかない。

 

長い持久戦になるだろうが、その内なにか対策も思い付くだろう。

 

 

「要は全滅させればいいんでしょ〜?」

 

 

「このくらいの人数がいるなら余裕なんじゃない?」

 

 

「ちゃちゃっと片付けちゃおうか。」

 

 

おかゆところねとフレアの三人は気合いが入っているのか、各々武器を持っていて今直ぐにでも戦おうという意気込みを感じる。それに続いてか、一部の他の人も見習って鼓舞していく。

 

 

「よーし!もう少しの奮闘ですね!これ以上被害を増やさない為にも、早速行きましょう!!」

 

 

「うん。ウチらは問題なくやって行けるから、手分けした方がいいかな?」

 

 

「⋯いや、その必要はないみたいだな。」

 

 

「⋯そうみたいね。」

 

 

ミオの提案に俺はある一点を見つめながら静かに否定する。その傍にいたメアリも気付いたのか、賛同して警戒心を引き出していた。

 

彼女達も俺とメアリの視線に流された先を見て、絶句する。

 

 

 

「「「「「……!!」」」」」

 

 

 

その見詰める所には、想像を絶する程の大量のヴィランがこっちに向かって移動していた。また数が増加して現れたのか、パッと見で数えても言葉を失う程だ。

 

谷郷さんの口からは五十体以上いると言っていたが、どうやらそれ以上のようだった。体感では一体一体の強さはそこまでではないが、こうも数が多いと足を引っ張られる。

 

わらわらと隙間無く並びながら攻め寄ってくるヴィラン達の光景を見て、こっちの士気は下がり始めてしまっていた。

 

 

「うわー⋯めっちゃ来たね〜⋯。」

 

 

「こ、こんなに多いの⋯倒し切れるのかな⋯。」

 

 

「こうやって見ると⋯本当に異常な光景ね。」

 

 

「いけるのかな⋯私達で⋯。」

 

 

上からおかゆ・シャル・フレア・パトラの順で口々に言う。今までこんな経験は一度たりともない、生まれて初めての出来事。人は知らない事柄が目の前に来ると″不安″や″恐怖″の二つの感情に支配され、冷静さを奪われてしまうのも仕方ないだろう。

 

彼女達を発端に他の皆も眉が下がり、俯きながら自分の力を疑い始めていた。絶望的なヴィランの進軍、それに対して此方は少数。

 

圧倒的な迄の数の暴力を目の当たりにされ、何処まで通用するのか⋯終わりが見えない戦いに気力が削がれていた。

 

しかし、それでも尚⋯瞳に闘志を宿す者がいた。

 

 

 

 

 

「大丈夫だ、皆なら守れる。」

 

 

『⋯!』

 

 

「りゅう君⋯。」

 

 

「俺はこの学園に来て半年どころかまだ三ヶ月も過ごしていないけど、それでも関わってきた人達はみんな⋯気を遣ってくれて、親身になって、友達になってくれて⋯とても暖かかった。」

 

「一緒に過ごしている内に俺も改めて色々と教えてもらった。人との繋がりの大切さ、人と共に過ごす楽しさ⋯皆は誰かを思いやって、身を削ってこの日まで戦って生きてきたんだ。」

 

「皆が自分の力を信じれなくても───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───俺は信じている。」

 

 

彼は迷いなく彼女達にそう告げる。

 

龍成は自分の過去を振り返り、煌星学園に来た当時を思い返していた。女子生徒しかいなかった場所に一人の男子生徒が入って来たと言うのに、彼女達は軽蔑や差別など一切無い純粋な気持ちで接してくれていた⋯⋯一部は特殊な接し方もいたが。

 

それでも共に過して、共に戦って、気付けば親睦が深まり⋯その三ヶ月も満たない短い期間でもお互いに信頼を得るのは難しくなかった。

 

故に彼は⋯この前代未聞の状況を前にしても、彼女達の持っている力を揺るがない気持ちで信頼していた。

 

そうして彼の言葉に、自信を失いかけていた彼女達の闘志は再び呼び覚まされる。

 

 

「そう⋯だよね。ウチ達が戦わないと守れないんだから⋯ウチ達がくよくよしてちゃ駄目だよね!」

 

 

「いいこと言ってくれますねぇ龍成君!胸がときめきましたよ!」

 

 

「そうだね〜。ボク達が人を守る要でもあるんだし、しっかりしなきゃね。」

 

 

一人、また一人とやる気を取り戻して前を向き出す。自身の責務を思い出してそれぞれが手に武器を持ち直す。目元を変えて迫り来る紫黒色の塊を睨む。各々の思う気持ちは一つになり、目的を果たす為に一歩を踏み出した。

 

覚悟は決まった。

 

 

「さぁ⋯こっからが正念場だ。」

 

 

「何時でもいけるよ!!」

 

 

「私達が⋯やらなきゃ!」

 

 

「よし⋯そんじゃあ───」

 

 

龍成が一番前に立ち、大きく奮闘に繋げるように不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっちょいくぜ!!」

 

 

『おおおおおおおおおぉ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう叫びながら気を体外に放って燃えるような紫色のオーラを纏い、率先してヴィランの軍団に突っ込んで行った。

 

それに続いて彼女達も、鼓舞するかのように雄叫びを上げながら彼の後を追い掛け、全力でヴィランに向かって矛先を向ける。

 

 

 

今ここに少数対多数の戦いが幕を開ける。

 

 

 

「「「「「……!!」」」」」

 

 

「紫蓮牙・『弾波(だんぱ)』!!」

 

 

真っ先に龍成は高く跳んで、ヴィランの群衆の中心に目掛けて両足で踏み付け蹴りをする。だが狙いは直接ヴィランに攻撃するのではなく()()だった。

 

そうすると、その衝撃は彼を中心にして地面が隆起したのだ。間近にいた複数のヴィランは空中に投げ出され、他何体かのヴィランも体勢を崩していた。彼は自ら背水の陣に入り込んだが、そんなのお構いなしと言わんばかりに突撃する。

 

 

「あたしが狙い撃つよ⋯!『千本時雨』!!」

 

 

「るしあも⋯やるのです!!」

 

 

「オラオラァ!!ぶっ飛びやがれぺこっ!!」

 

 

「白上達も龍成君に続いて行きましょう!!」

 

 

後衛に徹することにしたフレア・るしあ・ぺこらの三人は離れた所から攻撃する。

 

フレアは魔法を利用して一本の矢を空中に向けて放つと、それが大雨のように無数の矢に増えて、空中に投げ出されていたのを含めて複数のヴィランを射抜く。

 

続いてるしあも敵の気を引き付ける為に、少ない魔力を振り絞って多くの骸骨を生み出し、一体一体を相手にさせてこっちの労力を少しでも減らす。ぺこらはバズーカを連射してヴィランに牽制し、混乱を招かせる。

 

その隙にゲーマーズ組も龍成の後に続いて突っ込んで行く。

 

 

「猫パンチは甘く見ない方がいいよ?見切れるかな?」

 

 

「ウチだって⋯!怯えてられないもんね!焔天拳『業禍(ごうか)(ろう)(えん)』!!」

 

 

両手に鉤爪を装着させたおかゆは、姿勢を低くしながら猫のように素早い速度で移動しながら、ヴィランの懐に深く切り付けて致命傷を与えて次に移る。

 

その後処理はミオが行う。両拳に真っ赤な焔が纏うと、荒々しい炎の音が鳴り渡る。おかゆが傷付けたヴィランを狙って、重い一発一発をめり込ませて殴り上げる。するとヴィランの身体が瞬時に焔が纏わり付いてその体を灰にした。

 

 

「こぉねのことも忘れんなよー!纏めて掛かってきな!!」

 

 

「数こそは多いですが⋯だったらこっちも同じことをしてやりますよ!幻像『月下の』!!」

 

 

ころねも負けじと自分の武器である両手剣を軽々と振るってヴィランに牽制する。少女が持つにはとても重そうな筈だが、それは彼女の異能である「怪力」のお陰で簡単に扱っているのだ。

 

そしてフブキは刀を片手に、もう片手で印を結んでヴィランの数の多さに真似るよう術を使い、分身して自分を増やすことにした。

 

彼女の周りに蜃気楼のような淡い光が何個も灯ると、ポンッと白煙を立てて姿を現した。分身の手元にも刀が添えてあり、ヴィラン一体につき一人で戦い始める。

 

 

「そいっ!せやぁっ!ほれほれー!どっからでも掛かってきんしゃい!団長が相手じゃあー!!」

 

 

「Ahoy!船長だって負けられないんだワ!『大海原の大劇』!吹っ飛びやがれえええぇ!!」

 

 

ノエルも勇敢に突っ込んで行き、一本のメイスでヴィランを無双している。とても高い頑丈さも備わっていることで、ヴィランからの攻撃にも一切怯まずに次々と叩き潰して行った。

 

その後ろでは、マリンが魔法を用いて自身の横に大量の砲台を設置していた。啖呵を切ると同時に腕をヴィランに向けて伸ばすと、大砲の弾が発射されて、広範囲にヴィランを爆散させていた。

 

 

「パトラ達もやろう⋯絶対にここを守らないと!紅魔(ブレッディ)・『万雷の壊撃(トニトルス・インパルス)』!!」

 

 

「手加減は必要ないし、さっさと終わらせないとね。茈魔(ヴィオレ)・『花咲く重禍(フルール・グラヴィオン)』!」

 

 

少し離れた所では、パトラ達がヴィランの進軍を塞き止める。

 

魔力をふんだんに使って高火力の魔法を使う。パトラは上空に大きな紅い魔法陣を展開させると、その紋様からヴィランに向かって大量の赤雷が天誅を下すように、雷鳴を響かせながら連続で落ち続ける。

 

横でメアリも魔法を駆使して牽制を行う。パトラとは逆に地面に大きな紫の魔法陣を発動させると、その中心に半透明の一輪の花が咲いた。それは「テッセン」と似ていて煌々と光り輝いている。そしてその魔法陣内にいたヴィランは突如、地面に勢い良く倒れてめり込んだ。

 

彼女が使っているのは重力を操る魔法であり範囲攻撃は勿論、一個体のみに対象することも可能で、彼女は重力操作魔法を得意とする。

 

 

「私が動けなくさせるから、頼んだよせきしー!蒼魔(アズール)・『凍てる津波(フリージング・ウェーブ)』!!」

 

 

「任せといて。動けない的は流石に外さないよ。翠魔(ベルデ)・『鋭々風斬(スラッシング・ガスト)』⋯!」

 

 

更にその横では、シャルとミコの二人が攻撃を合わせてヴィランを倒していた。

 

シャルは詠唱しながら腕を薙ぎ払うと、大きな青の魔法陣が手前に浮かんでその中から津波のように霜雪が勢い良く噴き出して、纏まっているヴィラン達を覆う。するとその氷雪は瞬時に凝固して奴らの動きを止めた。

 

そして直ぐにミコが動いて魔法を展開させる。指で空間を切るように下から斜め上へ払うと、緑の魔法陣が顕現する。そして次に横に払うと、魔法陣から何個もの斬撃が風を切り裂きながら連続で飛び出した。

 

その不透明な翠の斬撃は、無慈悲にも身動きが取れないヴィラン達を小石程にまで細切れにして、この世から屠った。

 

 

 

 

 

「はぁっ!───んどりゃあっっ!!」

 

 

先頭にてヴィランの集団を一人で翻弄していた龍成は、その身一つだけもで大きな戦力となっていた。

 

目にも止まらない速度で移動しながらヴィラン達を殴り、蹴って、掴んで投げる。一体のヴィランを乱暴に掴むと、その場で自分を軸にして回転すしだす。そのまま勢いを乗せながら固まっている集団に向けてぶん投げる。

 

そしてボーリングのように多くのヴィランが弾き飛んだ。その隙に背後にいた一体に素早く懐に入り込む。

 

 

「紫蓮牙・『大翔』!!」

 

 

「……!!?」

 

 

「紫心龍拳奥義・参ノ気──『龍烈演武』!!」

 

 

目の前の奴を殴り飛ばして、先と同じように玉突き衝突させるがそこで終わらずに攻め続けた。透かさず構え直して気を纏う。

 

そして無防備になったヴィランに向かって跳び出すと、紫色の気は形を変えて一匹の龍の幻影が宿る。すると目にも留まらぬスピードを繰り出して、ヴィラン達に大打撃を連続で喰らわせに行く。

 

拳を突き出せば体に風穴を作り、脚で蹴り出せば体が消し飛ぶ。

 

そして空中に投げ出されていたヴィランは、塵となって風に運ばれて消えていく。

 

 

「肆ノ気──『焔撃旋舞(えんげきせんまい)』!!」

 

 

彼の猛攻はまだ止まらない。

 

地上に残っている奴らに目を向け、空中で構えを変えながら立て続けに技を使い出した。

 

身を捻って地面に着地してから、奥まで固まっているヴィランに向かって一気に距離を詰める。利き手である右腕を突き出して掌を一番手前のヴィランに翳すと、彼の纏っていた気のオーラが手に集約して一塊となり、強烈な光が広がる。

 

軈てそれは荒々しい紫焔の塊に変化して、灼熱の球が出来上がった。

 

そしてそれを、押し付けるように放つ。

 

 

────はああぁっ!!

 

 

「「「「「……!!?」」」」」

 

 

 

───ゴウッ!!!

 

 

 

その紫炎は広範囲で扇状に一瞬で燃え広がり、瞬きする間には目の前は火の海と化していた。それを真面に受けた大量のヴィランは、もはや灰すらも残さない。

 

次第に紫炎が消えていくとその先の全貌が顕になった。

 

地面は溶けてそこら中に残り火が点々と燃えており、空気中には火の粉が舞っていた。片手に少し残ったのを振り払い、その光景に構わず次に向かった。

 

 

 

 

 

「勢いが凄いですね龍成君⋯っと!危ないですね!」

 

 

「余所見してる場合じゃないよフブキ!」

 

 

「ごめんごめん!」

 

 

「にしても本当に数減ってるんかこれ?こぉね、そろそろ疲れてきたでな⋯。」

 

 

「ね、ねぇ⋯心做しか数が増えてる気がするんだけど⋯これ以上はもう、るしあも魔力が出せないのです⋯!」

 

 

「そんなことないって言いたいんだけど、ちょっと否定できないんだよね⋯あたしも魔力が⋯。」

 

 

「まだ全然いるってぺこかっ!?」

 

 

「もっと広範囲に⋯だったら!紅魔(ブレッディ)・『焔焼弾(フレアパレット)』!最大出力!!」

 

 

確実に数は減らして行っている、それは間違いないことなのは周知のこと。しかし、全員が共通して感じるその違和感も杞憂ではない。

 

答えは単純なこと、ヴィランの数が減るよりも増えて来るのが早いからだ。

 

バトラも射撃魔法を使って攻撃範囲も広くさせて一掃するが、無意味だと伝えるかのように奥から再びヴィランがぞろぞろと寄って来る。

 

 

「倒してる筈なのに、なんだか減ってる気がしないわね⋯パトラ!大きい技って出せる?」

 

 

「まだまだいけるよ!どうするの?」

 

 

「私がヴィランを一箇所に引き寄せるから、大っきいの一発お見舞してあげて!」

 

 

「おっけー⋯!」

 

 

こっちの体力は減る一方で、ヴィランは無限に入れ替わりで攻めてくる。それに対して痺れを切らしたメアリが、一気にカタをつけようと大胆な攻撃をすることに決めた。

 

パトラに特大魔法の為に魔力の溜めることを任せて、メアリは自分で出来ることを全力で行う。

 

 

「出来るだけ大量に集めないと⋯!ちょっと魔力が持つか分からないけど⋯茈魔(ヴィオレ)・『花結晶の重禍(クリスタル・グラヴィオン)』!!」

 

 

疎らになっているヴィランに手を翳して魔力を操作する。すると奴らの隙間に魔法陣が展開され、その中から等身サイズで薄紫の六角柱状の結晶が現れた。

 

その結晶の中には一輪の花である「ダチュラ」が埋まっていて、一つの芸術作品のように独特な雰囲気が解き放たれる。

 

すると、その結晶が突然輝き出して渦巻き状に薄黒い空間が現れると、周りにいたヴィランが一斉にして吸い寄せられた。

 

 

「わっ!凄っ⋯踏ん張ってないと身体が引き寄せられる⋯!」

 

 

「見て!ヴィランが一つに固まってる!」

 

 

その勢いは凄まじく、気を抜いているとあっという間に自分達も吸われそうになりそうだ。

 

だがそんなブラックホールのような光景も束の間、ころねの言葉に再び目を向けた時には、そこには大量に密集しているヴィランが脱出しようと蠢いていた。

 

 

「パトラ!準備はいい!?」

 

 

「うん!いつでもいけるよ!!」

 

 

けどそれを見逃す訳がなく吸い込む力を強めながら、後方にいるパトラに確認を取ると、準備は万全だと意気軒昂な彼女の声に頼もしく感じた。

 

すると、パトラから強大な魔力が放出される。ジリジリと肌を焼くような激しさに、魔力濃度も高いからか少し目眩が起こる。

 

 

(本当に凄いわね⋯()が無くてもこの魔力量⋯⋯魔界にいた時よりも強くなってる。流石は″次期魔女王候補″って言われてただけあるわ。)

 

 

バチバチと激しい赤雷が彼女を纏い、空間が小さくも震え上がっていた。

 

その真剣な表情は絶え間なくヴィランを射抜き、そして片腕を天に差し向けると、密集しているヴィラン達の頭上に超広範囲の魔法陣が空を覆う。

 

 

「いくよ⋯───」

 

 

そして今、ヴィランに終焉の宣告を唱える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔(ブレッディ)・『焱魔の大激怒(メテオエクスプロージョン)』!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィランに紅き一閃が降り注いだその直後、噴火したように巨大な爆炎が街に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ⋯あの小娘達も面白い力を持ってるな、中々やるじゃないか。それにあの小僧⋯妙なものだな⋯ふん。」

 

「奴の力も興味深いし、そろそろ″アレ″を仲間に入れてやるとするか。」

 

 

ビルの屋上から見下ろす一人の男は、その眼下で起こっている街の惨劇に品定めするように眺めていた。

 

彼女達の持つ力に好奇心を抱き始め、小僧と言われた龍成には一瞬だけ眉間に皺を寄せていたが直ぐに不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「あの出来損ない共を全滅に少し時間は掛かってはいたが、まぁ及第点⋯って所か。だが⋯宴はまだこれからだぞ?せいぜいこのオレを楽しませる出来の良い小物にでもなっていろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の轟音⋯凄かったな。取り敢えずこっちはもう来る気配はないし、一旦あっちに戻るか。」

 

 

皆と少し離れた所でヴィランを葬っていると、身体の芯にまで響く程の大きな衝撃波が貫通して来た。誰かが起こした特大の攻撃なのは分かるのだが、一体誰なんだろうか。

 

 

「あっ!龍成君!そっちは終わりましたか?」

 

 

「あぁ、こっちは来る気配がないから大丈夫だと思うが⋯そっちはどうだ?さっきすげぇ衝撃があったたけど⋯。」

 

 

「さっきパトラちゃんの大技でヴィランを一掃したんですよ!そりゃあもう凄かったですよ!メアリ先輩があの大量のヴィランを一網打尽にしてそのままドカンですよ!そのお陰で今はこっちも落ち着いてます。」

 

 

「そうか⋯なら良かった。」

 

 

近くにフブキがいたので彼女から状況を把握する。聞くにあの大爆発の根源はパトラからだったと聞いて驚いた。彼女からあんな衝撃を出せる程の力を隠し持っていたとは⋯。

 

倒す前にメアリも片棒を担いでいたこともあり、一気に掃討が叶ったらしい。

 

ヴィランの気配は今ので完全に途絶えている。だが残りがまだいるかもしれないし、早めに処分しに行こうと思った矢先⋯。

 

 

《あーあー、こちら2期生の紫咲 シオンでーす。聞こえてる?》

 

 

「この声⋯シオンか!」

 

 

頭の中に違和感を感じたと同時に、シオンの声が直接聞こえて来た。魔法を得意とする彼女が当たり前のようにこれをすると言うことは、俗に言う念話(テレパシー)と言うやつだろう。

 

どうやら聞こえているのは俺だけじゃなく、フブキや他の者達も彼女の声に驚いていた。

 

つーか念話する時ってこんな違和感あんの?頭ん中で突っ掛かってるのが取れない感覚⋯気持ち悪っ。

 

 

《さっきえーちゃんからの通達で、ヴィラン探知機のレーダーからあいつらの反応が無くなったって。》

 

 

「ということは⋯終わったのか?」

 

 

「はぁ〜⋯!やっと終わったぁ〜⋯!!」

 

 

「良かったぁ⋯。」

 

 

「うあぁ〜!疲れたぁ〜⋯!」

 

 

学園に設備しているヴィラン探知機からの反応がなくなったと、永先生を通じてシオンから伝えられた。

 

つまり、ヴィランの大量発生が終わったことを示めす。

 

それを聞いてマリンとシャルとフレアを始めに、他の者達も胸を撫で下ろしていた。溜息を吐く者、へたれこむ者、安堵の笑みを浮かべる者、それぞれがこの瞬間に心を落ち着かせていた。

 

 

《一応、シオンんとこの2期生は1期生と合流してて、怪我人もいないし今は一般人の保護に対応してるところだよ。他はどんな?》

 

 

《私達の所も問題ないよ。こっちも避難誘導してたところ。》

 

 

《おう!ワタシ達んとこもモーマンタイだぜ!なんならまだ暴れ足りねぇな!》

 

 

《吾輩達も余裕だったぞ!数分足らずで片付いてしまったからなぁ!ガハハ!》

 

 

各グループの状況把握の為にシオンが質問すれば、途中からそらとココとラプラスの声が割って入って来た。念話の幅の広さに瞠目するものだが、変わらず違和感に地味に苛まれる。

 

 

「白上達も今終わったところだよ!」

 

 

「こっちはゲーマーズ組と3期生とハニスト組、あと俺で合流している。こっちは他よりヴィランが多かった所為か、流石に皆疲れてるな。終わったなら後は気が楽だろうし、少し休憩を挟んだらこっちも避難誘導をするよ。」

 

 

「ところで⋯ラミィちゃん達は?」

 

 

しかしそんな平和な時間は束の間。俺達の現状を伝えていた際に、ミオの一言により状況に変化が訪れる。

 

 

《シオン達の所には何の連絡も来てないけど⋯───ん?⋯え?ちょっと待って!!

 

 

「どうした、シオン⋯?」

 

 

「何かあったの?」

 

 

シオンから五月蝿く思ってしまう程の驚愕の声が響く。やけに取り乱した彼女の動揺さに疑問を抱き、何があったのか聞く為にノエルと声を掛けるが⋯。

 

 

《今えーちゃんから連絡が来たけど⋯はっ!?ヴィランがまた出て来たの!?

 

 

『───っ!!?』

 

 

予想だにしない言葉に、その場にいた全員に血の気が引く感覚を覚えた。

 

 

「どういうことっ!?」

 

 

「なんでまた!?」

 

 

《どうやらそっちだけじゃねぇみてぇだぞ⋯ワタシ達の所にも来てんのが見えた。》

 

 

《吾輩の所もだ。恐らく全部にまた行き渡ってるようだな。ったく、どうなってんだ⋯?》

 

 

どうやら現れたのはシオン達の所だけじゃなく、ココ達とラプラス達の所にも出現したと言う。

 

混乱が再び巻き起こって焦燥感が冷静を欠かせられるが、今一度周りを見てみると⋯そこに奴らはいた。

 

 

 

 

 

「「「「「……!!」」」」」

 

 

 

 

 

「こっもだ⋯。」

 

 

《総員、引き続き戦闘準備をして!!》

 

 

そらの掛けた言葉を最後に頭の中にあった違和感が消える。念話が切られたのが分かると、皆が行動に移すのは速かった。

 

しかし、満足に体力も回復していない状態で、次のラウンドが強制開始されるのに焦りが隠し切れずにいた。

 

 

「こいつらまた⋯執拗いぺこねっ!!」

 

 

「一体どうなってるんだろ⋯自然湧きだとはボクは到底思えないんだけど⋯?」

 

 

「全く⋯こんなおかわりは要りませんよっ!!」

 

 

「チィッ⋯!とにかく戦える奴は備えてくれ!!体力が限界な者は後方で回復しつつフォローを頼むっ!!」

 

 

「ねぇ待って⋯!!()()なにっ!?」

 

 

咄嗟に俺が短くも分かり易く各々で行動出来る範囲を伝えた時、シャルが何か異様な物を見つけたのか、一際驚きに満ちてヴィランの軍団の奥に指を差していた。

 

アレと呼ばれたものが一体何なのか、その目で確かめる。

 

少し目を凝らして見ると、奥から建物の壁を途轍もない速度で黒いナニカが飛び渡っていた。

 

何かの人か?何かの動物か?何かの物か?

 

否⋯どれも違う。

 

 

「あれは、まさか⋯───」

 

 

そして、その黒いナニカは俺達の前に勢い良く降りて来た。

 

 

 

 

 

マジか⋯嫌な予感が的中しちまった⋯ここで来やがるか⋯!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スベ、テ…コワス…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───自我持ちヴィラン⋯!!」

 

 

 

 

 

紫黒色の進軍は⋯まだ終わらない。

 

 

 

 

 





事態が急激に悪化しちゃいましたね〜。まぁ書いてんの俺だけど。
変わらず技名のセンスには目を瞑って下さい。

あ〜⋯花粉つらっ。

では〜。


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二十四話 『裏に潜む支配者』



ども。めっっっっちゃ今更ですが、お気に入り登録してくださった方々へ、本当にありがとうございます。気付いたらもう少しで三桁を迎えそうになってました。びっくりです。

趣味で暇潰しで見切り発車で書き始めた作品ですが、満足して楽しんで頂けるように頑張っていきます。

終わりまでどのくらい掛かるかは分からんけど。

じゃ、どぞ〜。


 

 

 

 

 

「な、なんなのこいつ⋯船長、今までこんなの見たことありませんよっ!?」

 

 

「あたし聞いたことある⋯!自我持ちって⋯前にぼたんちゃんが言ってた⋯!?」

 

 

「こいつはそう簡単に通用しない⋯!!強さが普段より桁違いだっ!!くそっ⋯まさかこんな時に⋯!」

 

 

「とんでもねぇ奴じゃんかぺこ⋯!!」

 

 

突如として始まったヴィランの大量発生。それを一人一人が力を振り絞って限界を迎えそうになりながらも、事態は収束を収めた。

 

⋯その筈だった。

 

安心したのは束の間、暫くしない内に神出鬼没のように再び各場所にて姿を現した。

 

そして今、龍成達の前にも奴らはまた対面することになったのだが⋯一つ、大きく異なる存在があった。

 

 

 

「ギギ…オマ、エ…ツヨ、ソウダ…ナ…!」

 

 

 

───自我を持ったヴィラン

 

本来なら喋ることなど出来ない筈なのだが、突然変異として知性を得て生まれた。

 

片言の口調でありながらも、今までのヴィランとは思えない風貌に悍ましい情調。紫黒色の炎のような体は変わらず、猫背で鉤爪のような鋭い腕と脚に瞳孔の無い白目、その姿はまるで二足歩行型の獣だ。

 

 

「ま、マジで喋ったぺこ⋯。」

 

 

「こいつ⋯またりゅう君を狙って⋯!」

 

 

「またって⋯!前の奴にも狙われてたんですかっ!?」

 

 

「この感じ⋯流石に団長でも真正面から戦うのは厳しいかも⋯。」

 

 

「こぉねも対面して分かった⋯アレは無理だね。」

 

 

そんな自我持ちヴィランは何処か嬉々としているように目を細めながら、龍成から視線を外さなかった。逸早くそれに反応したパトラに続いて、フブキが驚いていたことに頷いて返す。

 

前に遭遇した自我持ちヴィラン、その時は5期生の他にパトラも同行していたので、彼女は当時と状況が重なって見えていてとても不安になっていた。

 

龍成もこのタイミングで現れた自我持ちヴィランに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら口を噛み締めていた。

 

 

「っ⋯⋯俺がこいつの相手をするから、皆は周りの奴らを頼んでいいか⋯?」

 

 

「な、なんで⋯また一人で戦うの!?前に言ってたじゃん!パトラ達を頼るって⋯。」

 

 

「頼るさ。だからパトラ達は先に周りの奴らを片付けてほしい。それが終わったら手を貸してくれ。それまでに俺が何とか耐えるから⋯!」

 

 

必死になって引き留めようとするパトラに、俺はしっかりと顔を見せながら諭す。

 

確かにあの時に約束したことは忘れていない。でも今は、奴以外に何十体ものヴィランが後ろにいる。

 

仮に皆で戦うにしても、奴の狙いは俺にしかないだろうし、皆と同じ所で戦っては余計な被害が生まれる可能性だって高い。

 

だから最小限の為には、パトラ達が取り巻き共を倒してもらい、俺は奴を引き付けて時間を稼ぐ。

 

勿論、倒すつもりでだけど。

 

 

「⋯分かりました。どちらにしろあのヴィランは龍成君にしか眼中に無さそうですし、白上達は傍らにいる奴らを手早く済ませましょう⋯!」

 

 

「ほ、本当に大丈夫なのですか⋯?幾ら何でも一人は⋯。」

 

 

「ボクも一人で戦わせるのはどうかと思うな⋯確かに戦力としてはずば抜けてるけど、厳しかったって聞いたし。でも、やっぱりそれが妥当なのかな⋯?」

 

 

「この中で一番強いのは彼だし、一度経験もしてる⋯⋯暫くお願い!龍成君!こっちはウチらで何とかする!」

 

 

彼が自我持ちヴィランの囮になる作戦に全員が賛成する訳じゃない。しかし、今のこの状況下ではそれしか選択肢がなかった。納得いかない者もそれを理解したのか、渋々と黙ることにした。

 

ミオの頼り甲斐のある強い言葉に、龍成は頷いてから自我持ちヴィランにへと視線を向ける。

 

今か今かと心待ちにしているように小刻みに震えていて、何時でも飛び出して来そうに構えていた。

 

それを見据えていた瞳を一層鋭くさせ、彼も直ぐに行動が出来るよう構える。

 

 

「お前の相手は俺だ⋯⋯───来いよ⋯!」

 

 

「ギギッ…!コ、ワス…コワ、ス…!」

 

 

そして気を解放して纏い、準備は出来たと伝えるかのように挑発をする。

 

 

 

 

 

「コワス…!!」

 

 

 

 

 

「───ふっ!っらあぁ!!」

 

 

小動物に肉食動物が飛び付くように跳んで来た自我持ちヴィランの動きを見極め、タイミングを計る。

 

鉤爪のような片腕を突き出して来た所を、サマーソルトで躱しながら顎を蹴り上げて、回避と攻撃を同時に行う。それに反応出来なかった自我持ちヴィランは強制的に顔が空へ向いた。

 

龍成は手を地面に着けると、透かさず足払いをして体勢を崩した所に、流れるように回し蹴りで追撃を加え、この場から離れさすようにかなり遠くへ吹っ飛ばした。

 

そのまま後を追いように、彼も地面を蹴ってその場から跳んで行った。

 

 

「りゅう君⋯。」

 

 

「パトラ!心配なのも分かるけど、りゅう君を信じて私達に出来ることをやろう!りゅう君だってパトラの気持ちを分かってる筈だよ。一人で無茶はしないようにしても、あのヴィランだと正面から相手出来るのはりゅう君だけ⋯。」

 

「私だって勿論凄く心配だよ。でも、りゅう君の為にも今はこっちに優先しよっ?」

 

 

「⋯⋯うん。そうだね、被害の最小限に抑えるのにはある意味りゅう君が要みたいなものだもんね。よし⋯私達はここに集中しよう⋯!!」

 

 

「じゃ⋯龍成の体力が尽きない内に、さっさとこんな奴らなんてボク達で倒しちゃおうか。」

 

 

「そうね、こっちも余裕はそんなに無いし⋯お互いにフォローしながら全力で行くわよ!!」

 

 

一連の流れを見届けたパトラは未だに消えない不安に、ぽつりと彼の名を口から零す。

 

そんな様子を見掛けていたシャルは、彼の行動を無駄にさせない為にも直ぐにパトラを説得させ、これから自分達がすることに専念させる。

 

パトラ達も群がっているヴィラン達に目を向け、メアリの言葉を最後にそれぞれが構える。

 

また増えてくる不安はあるものの、自分達が今出来ることやるしか道はない。誰もその思いは口にせず、迫り来る脅威に立ち向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍成に蹴り飛ばされたヴィランは、街中の空中を泳いでいた。

 

その最中で、彼の攻撃の強さに驚いていた。一蹴りされただけでこの威力に、闘争心が余計に燃えるこの刺激。やはり自分の向けた目に間違いはなかったと、心做しか嬉しそうに目を細めた。

 

ヴィランは一度後転して体勢を直すと、両腕の鉤爪を地面に突き刺して勢いを殺す。地面が何本の線状に抉られながらも漸く止まった。

 

その直後に彼が正面に降り立った。

 

 

「まさか⋯また自我持ちと戦うことになるとはな。」

 

 

「ギギギッ……タノ、シ…モウカ…!!」

 

 

「楽しんでられるかよっ⋯!!」

 

 

こっちは心底気怠いと思っているのをつゆ知らずに、ヴィランはこれから戦えることに傍から見ても分かる程に喜んでいた。

 

人の気も知らずに、と心の中で愚痴るものの⋯ヴィランには他人のことを考える思考なんてある訳がないので、ただただ憂鬱だった。

 

 

「グラァ…!!」

 

 

「っ!⋯っぶね!」

 

 

油断はせずに構え直した所で、ヴィランが先手を貰った。軽く地面を蹴っただけで手の届くとこまで詰められ、下から振り上げて斬り付けられる。

 

それをギリギリだったが後ろへ跳んで距離を取った。鋼鉄をも豆腐みたく簡単に切り裂くその鉤爪は、流石に喰らいたくはない。

 

 

「ズァアアァ…!!」

 

 

どう攻めようかと頭の中で考えていると、ヴィランは両腕の鉤爪を地面に突き刺して、ちゃぶ台返しのように地面を広く捲り返した。壁とも思えるような巨大な瓦礫がこちらに倒れてくる。

 

ったく、地味に面倒なことを⋯!

 

 

「紫蓮牙・『絢爛』⋯!!」

 

 

拳に紫炎を纏わせてから、瓦礫に向けて突き出して爆散させる。その際に砂埃が煙幕のように目の前に広がり、視界が塞がれる。

 

だが、直ぐにその煙幕の中からヴィランが突き抜けて鉤爪を振るって来た。でも、このまま猛進して来ることを警戒していた為、驚くことなく対処する。

 

 

(上、下⋯左、下、右⋯上⋯。)

 

 

動き方に特徴は無く、取り敢えず当てようとしているだけで工夫さも微塵もなかった。ただ我武者羅に、戦闘知識が無知な者が取る動きみたいだ。単純が過ぎていて、どの方向から来るのか読める。

 

けど油断は出来ない。前の自我持ちみたいに成長していく可能性だって十分ある。そうなると大分面倒なことになるし、やはり決着は早めにつけとこう。

 

隙だらけな懐に、膝蹴りを一つ入れてからそのまま蹴り上げる。透かさず拳と脚の打撃を打ち込み続け、ヴィランに何か特性がないか探る。

 

一先ず、前の自我持ちからの経験で回復能力がないか知る為に、一旦距離を離す為に力強く蹴り飛ばす。

 

 

「…ギギッ…マダ、ダ…!」

 

 

しかし、奴は効いてないと言わんばかりに不敵に目を細めた。

 

そして左右にあった車にそれぞれ鉤爪を刺すと、それを持ち上げて投げ付けて来た。

 

 

「似たような手口は通用しねぇぞ!!紫蓮牙・『大翔』!!」

 

 

さっきのちゃぶ台返しした地面とは違って避け易い。飛んで来る二台の車を難なく避けて、一瞬の速度で詰めて拳を腹部にめり込ませた。

 

 

「ッ!?…グ、ガアァ…!!」

 

 

「うぉっ⋯!?」

 

 

苦しそうな声を漏らしていたが、その痛みを無視して両鉤爪を振るった。左右からの斬撃に一瞬怯んでしまうものの、髪の毛先を少し斬られただけで何とか喰らわずに引き下がった。

 

 

「紫蓮牙の技じゃ、そう簡単に通用しそうにねぇか⋯。」

 

 

様子を見ていた感じ、こいつには前の自我持ちみたいに特別な特性とかは持っていないと思う。ただ、力や頑丈さは相変わらずの厄介さを備えている。

 

 

「ウオオオオォ…!!」

 

 

「───っ!?あれはやべぇ⋯!!」

 

 

そして奴は力を漲らせ始めて、鉤爪に黒い稲妻が発生して迸る。その次に妖しく黒光りに輝きだして、高密度のエネルギーが込められているのが分かる。

 

地肌でも理解出来るあの攻撃は⋯今の俺じゃ防ぎようがないから避けるしか術がない。

 

そう思った途端、奴が大きく腕を振りかぶった。

 

咄嗟に気を掌に込めて地面に投げ捨てるように着弾させる。ただの砂埃を飛ばして煙幕代わりにすることで、俺の居場所を晦ます。そしてその場から力任せに真上に高く跳ぶ。

 

その直後に、獣の爪痕のような巨大な斬撃が超スピードで俺がいた所を通過して行き、背後にあった建物を文字通り三枚おろしにされた。

 

 

「っ⋯くそっ⋯!とんでもねぇ奴だな⋯。」

 

 

その光景を見て、もしもあれを喰らっていたらと思うと冷や汗が止まらなかった。

 

 

「ギギギッ…!オ、マエ…ヤル…ナ…!」

 

 

「⋯⋯一つ聞きたい。」

 

 

「……ナン…ダ…?」

 

 

今の状況からこんな切り出し方は有り得ないが、この自我持ちヴィランは前の奴とは一つ違う所があった。微妙なラインではあるが、こいつはまだ対話が出来るくらいには理性がありそうと見た。

 

その予測は当たっていて、奴は動きをピタリと止めた。先程と違って落ち着くようになり、少し間を開いてから俺の質問に聞く耳を持った。

 

 

「お前らは、一体何処から生まれた⋯?」

 

 

「ギギッ…ワカ、ラ…ナイ……キ、ヅ…イタ、ラ…コノ…セ、カイ…ニ、イタ…」

 

 

誰もが気になるであろう、ヴィランと言う存在が何処で生まれたのか。これで奴らの原因に近付ければ良かったのだが⋯。

 

「気付いたらこの世界にいた」か⋯やはり自分達でも知らなかったようだな。仕方ない⋯。

 

 

「ならもう一つ⋯なんで人を襲う?」

 

 

「…オレ、ハ…ツヨイ…ヤツ、ト…タ、タカ…イ…タイ、ダケ…ダ…!ホカ、ハ…シラン…!」

 

 

特別も何もないとち狂った理由に大して驚きはしない。前例があるからな。

 

それに元々、普通のヴィラン共にも知性も理性の欠片も無く、本能のままに動いている訳だし、災害を起こす存在なのが当たり前か。逆に真っ当な理由がある筈がないよな、こいつらには。

 

この質問も得られるものはないと捉えて最後に移る。

 

 

「⋯⋯悪いがあと一つだけ⋯───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らの裏で()()してる奴はいるか⋯?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

沈黙。ビデオの一時停止とでも言うのか、音も動きも全てが止まったような感覚がした。奴が何も言い返さない時点で、俺の中ではほぼ確信に変わっていた。

 

これが俺にとって一番聞きたかったこと。

 

改めてこの事態の内容を思い返せば変なことが多過ぎる。ヴィラン多発の事件じゃ、せいぜい数体までが従来だった。

 

それが今回いきなり五十体以上?確実に何か裏があるだろ。

 

そもそもヴィランには集団で行動する意識はない。そして殲滅し終えたと思えばまた大量発生が起きて、おまけに自我持ちヴィランまでやって来た。

 

起きる筈のない出来事が立て続けに起こっているのに、何も感じない訳がない。

 

すると、黙っていたヴィランは何時も以上に目を細めて⋯何処か咎めるような雰囲気を醸し出していた。

 

 

「……ギギッ…ダト、シタ…ラ…ド、ウ…スル…?」

 

 

「⋯そのことについて詳しく話せたり───」

 

 

 

────ザンッ!!

 

 

 

「っっぶねぇな⋯!!」

 

 

話してる最中に不意を突かれるが紙一重で躱した。瞬間移動でもしたかのような速度で鉤爪を突き刺して来たことに、頬を掠めるだけで済んだ。

 

出来た切り傷から血が流れるのを拭って、ヴィランに鋭く目を向ける。

 

 

「…ドウ、デモ…イイ…ダ、ロ……オレ、ハ…ツヨ、イ…ヤツ…ト、タタカ…イタ、イ……ソレ…ダケ、ダ…!」

 

 

(何か知っているみたいだが、話したくないようには見えない。単純にこいつは⋯本当に戦いを楽しむこと以外がどうでもいいと思ってる。もう少しで核心辺りは聞き出せそうだったんだけどな⋯質問し過ぎたか。)

 

(だが⋯裏でヴィランを操作してるナニカがいるのは⋯否定しなかった。)

 

 

奴は戦いの続きを早くしたかったのか、攻撃してきたことで対話は強制的に終わった。

 

実際のところ、もう少し聞きたいことがあったのだが⋯もう話も碌に出来そうにないな。ちょっと焦らし過ぎてしまったか?

 

しかし、結果的に今回の原因を解明する大きな一歩が踏み出せた。

 

喜ばしいがその反面、大きな不安が心中をめぐり巡っていて無意識に溜息が出てきてしまう。

 

 

「はぁ⋯今日はとんでもない厄日になりそうだな⋯!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの小僧⋯やはり只者じゃないな。変哲もない肉弾戦にしては、やけに力の質がオレ達と()()()()⋯。」

 

 

未だに静観しているこの男は、自我持ちヴィランと接戦している龍成に注目していた。

 

彼の戦い方にはそれ程の疑問は抱きはしなかった。何処で鍛えたかはさて置き、その実力は確かな努力が身に纏っている。場数もかなり踏んでいると見た。

 

だがそこではないと、男が問題視するのは彼の持つ″力の中身″だった。

 

男の言葉にどんな意味が込められているのかは、当人しか知らない。

 

 

「⋯まっ、別にどうでもいいか。戦ったとしてもオレが勝てることには変わりはない。それに取って置きも揃っていることだ⋯そろそろこっちも遊びの仲間に入れてもらうとするか。」

 

「クッハハ⋯⋯あぁ〜⋯楽しみだな?一体どんな反応をしてくれるのか、想像するだけでも笑いが込み上げてくるぜ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ⋯?()ども。」

 

 

「「「「⋯⋯。」」」」

 

 

男は楽しみを隠し切れない子供のように口元を三日月のように歪ませて、自身の背後にいる四つの人影に問う。

 

しかし答えは返ってこずに、男の掛けた言葉は虚空に消えていくだけだった。それでも、それに気にすることなく⋯ただ男の嘲笑が不気味に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁっ!!」

 

 

「ズアァ…!!」

 

 

さっきまで話し合っていた時の緩い空気は重い緊張感へ変わり、龍成とヴィランは同時に飛び出して激しい攻防へと発展する。

 

相手の攻撃を躱して攻めて、受け流されて攻撃され、カウンターを試してみれば体を後ろ跳んで大きく距離を取られる。

 

しかし、両足が地面から離れたその瞬間を見逃さない。

 

 

「さっさとカタをつけさせてもらうぜ⋯!紫心龍拳奥義・弍ノ気──『月輪』!!」

 

 

「グッ…ォオ…ォ!?」

 

 

刹那の速さで懐に入り込み、そのまま真上に蹴り上げてから縦横無尽の超連打の打撃を与え続ける。気で身体の機能を無理矢理にでも強化させて、人間が限界まで出せる可能な速度を何倍にも引き出させる。

 

第三者の視点から見れば、彼の動きは肉眼では捉えられない程の速度で動いているのだ。一つ一つの打撃の音は爆発しており、ヴィランは対抗することもなくその流れを身に受ける。

 

そして、一層力を込めて顔面に蹴りを入れた。

 

 

「…ギギッ…キ、カン…!」

 

 

「チッ⋯!」

 

 

しかし、ヴィランはまだまだ好調と言わんばかりに不気味に嗤い、鉤爪を突き出してきた。

 

通常なら空中で躱すのは難しいことなのだが、彼は宙返りのような感じで上半身を大きく逸らすことで避ける。そして、そのままヴィランの腕を掴んで、地面に向けて真下に投げ飛ばす。

 

 

「紫蓮牙・『空波』!!」

 

 

「グウゥ…!ヌン…ッ!!」

 

 

追撃として拳圧をヴィランに喰らわせようと飛ばしたところ、ヴィランは何か力を張らせていた。

 

次の瞬間、奴の背中からグチャグチャと嫌な音が鳴ると同時に翼が生えだした。それを駆使して、拳圧と地面の間から抜け出して空中に停滞する。

 

 

「おおぃ⋯飛べんのずりぃな。」

 

 

「ギギッ…ベン、リ…ダロ…?」

 

 

龍成はそのまま地面に着地して、浮遊しだしたヴィランにジト目で苦情を訴えるが、奴は何処か見下したように嘲笑う。

 

そんな会話もそれまで。次はヴィランから先に動き出して、急降下に滑空しながら鉤爪を斬り付けて来る。その動きは正に獲物を狩る鷹の業。

 

空中で様々な動きが出来るとなれば、こちらから攻めるのは難しいだろう。だが、手段がない訳じゃない。

 

 

「⋯⋯来いよ。」

 

 

「グゥラッ…!!」

 

 

安い挑発に敢えて乗ったヴィランは翼を利用して不規則に飛びながら、棒立ちで佇んでいる龍成に襲いに行った。

 

しかし、彼の双眸は常にヴィランの動きを捉えていて、動揺する様子はない。

 

ただ待つ。もう避けた方がいい所でも彼は待つ。

 

 

 

そして、ヴィランの鉤爪が彼の顔に触れた⋯───

 

 

 

「ッ!?…キ、エ…タ…?」

 

 

と思えば、龍成の姿が霞のように消えていった。

 

まるで幻だったかのように、その場には虚空があるだけで彼は何処にもいない。そんな事態に肝を抜かれたヴィランは、一瞬だけ思考が止まった。

 

 

「紫蓮牙・『豪弩脚』!!」

 

 

「ヴッ…グ、ゥオ…!?」

 

 

しかし、その瞬間が命取りとなった。

 

いつの間にか背後に迫って来ていた龍成に気付かずに、後ろから途轍もない衝撃に目を見開いた。ヴィランは吹っ飛ばされるも、何とか体勢を元に戻して再び上昇する。

 

 

「紫心龍拳奥義・壱ノ気──『紫纏爆』⋯!!」

 

 

「ヌグ…ゥ…!?」

 

 

「砕け散れ⋯っ!」

 

 

だが、龍成はそれを許さずに両手をヴィランに向けて翳して、気を集中的に操って拘束させる。

 

そうして紫のオーラに包まれながら、空中で静止するヴィランに容赦なく爆破させた。その際に起きた激しい爆圧により、周囲に亀裂が走って瓦礫が吹き飛んだ。

 

彼の技である「紫纏爆」による拘束技は強めれば強める程、威力の強度は増すのだが⋯その分の消費もとても大きい。

 

ヴィランがいた所には黒煙に覆われていて、目視じゃどうなっているのかは分からないが普通じゃ済まない筈だと思いつつ、彼は肩で息をしながら黒煙が晴れるのを待った。

 

 

 

 

 

────ザシュッ!!

 

 

 

 

 

「───うぁっ!!?」

 

 

刹那、何かが斬り付けられた音と同時に鮮血が宙に舞った。

 

少し反応が遅れて、左肩に感じる違和感が徐々に激痛へと変わっていき、顔を顰めながらそこを抑える。深く入ったのかどくどくと血は流れ、左腕から手に滴って地に落ちる。

 

 

「キカ…ン…キ、カン…!!」

 

 

「クソったれがっ⋯!!」

 

 

言わずもがな、その原因であるヴィランは全く効いていないと嗤っていた。

 

奴は確かに龍成の技を受けたが、その黒煙が晴れる前に視界に映らないのを利用して静かに力を溜めていたのだった。後は彼の気配を頼りに斬撃を飛ばした所、不運にも当たってしまった。

 

 

「ガアアァ…!!」

 

 

「っ⋯!!うぐぁ⋯っ!?」

 

 

相手が不利だと分かればヴィランに余裕が生まれ、構わず攻撃を仕掛ける。対して龍成は、左腕が上手く使えないハンデを持たされ、片腕で対抗するしかなかった。

 

だが手数がヴィランに分がある為、攻防は必然と劣勢になってしまい、建物に向けて蹴り付けられて瓦礫に巻き込まれる。

 

 

(ちっ⋯くしょう⋯!「紫纏爆」でも致命傷まで届かないのかよ⋯!?今のでいよいよ体力がなくなってきやがった⋯はぁ、()()()なら全然動けてたってのに⋯!斬撃だって簡単に弾けてたし⋯脆くなったもんだなぁ⋯。)

 

 

何時かの自分と比べて色々と衰えたと心の中で愚痴を零す。

 

それに、即死技に近いあの技を真面に受けても平然としているとか、どれだけ頑丈な身体なんだ。

 

瓦礫を退かしながら立ち上がろうとするが、打撲で体の節々と斬られた左肩に強い痛みを感じて、上手いこと動かせずにいた。

 

そんな所をヴィランは、歩み寄って覗き込むように顔を近付いてきた。

 

 

「ギギッ…ド、ウシ…タ…?オワ…リ、カ…?」

 

 

「ちょっと考え事してただけ⋯──だっっ!!

 

 

「ングッ…!?

 

 

あくまでも余裕さを見せ付けるが為に、無理矢理にでも力を出して唐突に反撃に出た。

 

歯を食いしばって頭突きをぶち噛ませば、鈍い音と共にクリーンヒットした。予想だにしなかったヴィランは大きく怯んでしまい、隙を許してしまう。

 

咄嗟に背後に移動してから抱き締めるように拘束すると、そのまま天高く跳び上がった。ある程度の高さまで行くと、自分ごと半回転して頭から真っ逆さまに落ちて行く。

 

彼が今やろうとしているのは「パイルドライバー」またの名を「脳天杭打ち」とも言うプロレス技である。やり方は少し違えど、激突する寸でヴィランだけ地面にぶつけるつもりなのだろう。

 

 

「お前のその厄介な腕さえ封じれば⋯!どうってことねぇからな!!」

 

 

「ソ、レハ…ドウ…ダ、カ…!」

 

 

だが、気味の悪いことにヴィランの頭が梟みたく回転して龍成に顔を向けた。それだけでなく口元にギザ状の線が生まれると、それが獣の口のように大きく開いた。

 

更にその中から、バチバチと稲妻を放ちながら黒光りのエネルギーの塊が集約しているのが見て取れる。

 

 

「───っ!?くそがっ⋯!!」

 

 

ゼロ距離であれを喰らえばただじゃ済まない。ミイラ取りがミイラになる前に、直ぐに拘束させていた両腕を離して腹部に蹴りを入れる。

 

空中で弾くように離れると、ヴィランはお構いなしに溜めていたエネルギーを放った。黒い閃光が一直線に向かって来るのを、身体を捻らせて逸らし、そのまま地面に着地する。

 

 

「ぁ〜⋯っつぅ⋯。」

 

 

必死になっていると痛みを忘れていたが、こうして一旦落ち着いてしまうと、深い傷を負った痛みがまた響いてしまう。今は気を利用して無理矢理にでも止血はしているものの、痛みまでは和らぐことはない。

 

それに対して奴はまだまだ好調の様子。戦ってみた感じでは、前の奴よりも遥かに耐久力と攻撃力を兼ね備えている。その代わり特性や能力等と言ったものはない。

 

パトラ達がいつ来るのか分からない今、このまま耐え凌ぐにしてもジリ貧になっていくのは目に見えている。

 

 

「ギギッ…オ…マ、エ……キ、ニ⋯イッタ…!」

 

 

「⋯あぁ?いきなりなんだよ。」

 

 

何か打開策がないか思考していると、唐突にヴィランが機嫌良さそうにそう言ってきた。

 

いきなり変なことを言い出した奴に、龍成は思わず冷めた態度が出てしまっていた。

 

 

「オレ、ハ…タタ、カ…イヲ…タ、ノシ…ミ、タイ……ダ、カラ…」

 

「コロ…サ、ナイ…」

 

 

「はぁ⋯?」

 

 

ヴィランの言い分に首を傾げる。本当にただ純粋に⋯″戦い″そのものを楽しみたいだけなのだろうか?

 

しかし、幾ら殺さない宣言をしようが、これまでの過程を思い返してもその言葉に信用出来る要素など⋯無論、一つもない。

 

訳分かんねぇことを言っているヴィランに、忌まわしそうに呆れた表情を向けていると、背後から慌ただしく多くの足音が聞こえてきた。

 

 

「りゅう君!!」

 

 

「大丈夫ですか?白上達の所は終わってのでもう大丈夫ですよ!」

 

 

「てかあいつ⋯翼まで生えてるとかどうなってんの!?気味が悪いんだワッ!」

 

 

「団長じゃあ空中戦は難しいよ⋯!それよりも龍成君、その怪我⋯っ!」

 

 

「こんぐらい大丈夫だ⋯!」

 

 

パトラ達がやって来た。皆して服装が煤まみれになっていたが、誰一人として大きな怪我は負ってないようで一先ず安心した。

 

あの大群のヴィラン達がもう片付いたのか。思っていたよりも早く合流してきた彼女達に、不思議と安心感があった。

 

さて、後はこの自我持ちヴィランのみなのだが⋯。

 

 

「ギギッ…オ、レハ…ジュ…ウ、ブン…タノ、シ…ンダ…ダカ、ラ…カエ…ル…」

 

 

「はぁ!?か、帰るって⋯どう言う意味ぺこ!?」

 

 

「ここまで暴れといて逃がす訳ないじゃん。図に乗んなよ。」

 

 

「龍成君にこんなに怪我をさせて⋯⋯ユルサナイ⋯!」

 

 

ぺこらの反応に皆も同じ気持ちになる。楽しんだから帰る?この街を惨劇にさせた奴らが今更何言っているんだと、ころねとるしあは憤怒してヴィランを睨み付ける。

 

 

「…サス、ガ…ニ……ニン、ズ、ウ…サ、ガ…アル、ト…ムズ、カ…シイ……ジャア…ナ…!」

 

 

「逃がすか⋯っ!!」

 

 

少しずつ上昇して行き、この場から離れようとするヴィラン。逃がすまいと足に力を入れて、地面を踏み込んだ時⋯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい…何を勝手なことしてんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、ヴィランの体に何かが貫いた。

 

 

「ギッ…!?」

 

 

『────っ!!?』

 

 

予想だにしない第三者の介入に、ヴィランも含めた全員が困惑する。

 

一体何が起きたと、ヴィランの姿をよく見れば⋯剣の先端のような鋭い鉄の刃が鱗のように連なっているものが体を貫いていた。

 

咎めるその声はとても冷淡で刺々しく、不愉快極まりないと捉えられるような雰囲気で、果てしない悪意に満ち溢れているのが直ぐに理解した。

 

 

「ガ…ァ……オ…オマ、エ…!」

 

 

「貴様は他の小物と違って出来が良いと思っていたんだが⋯⋯どうやら見当違いだったようだな。オレが命令したことを忘れたのか?」

 

「戦いを楽しむと言う欲望を叶えてやるついでに⋯この街の全ての生命体を殺せと言った筈だろ。それを承諾した上で何だこの有り様は⋯?誰一人として殺していない⋯。」

 

「試しに貴様を使ってやってみたが⋯興醒めだ。」

 

 

その割り込んで来た男は、龍成達には眼中に無いのか構わずヴィランに淡々と言葉を並べていた。

 

しかし、その言葉には到底聞き逃せない内容が詰まっていて、誰もが「ちょっと待て」と声にしようと時だった。

 

 

「このオレの命令が聞けないのなら⋯───」

 

 

「ッ!?…マ…マ、テ…ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────もう用済みだ。死ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷酷且つドスの効いた声を吐き捨てると、そのまま鉄の刃を軽く振るった。

 

次の瞬間には、ヒュンッと風を切る小さな音が鳴ると、瞬く間にヴィランの全身がサイコロのように細かく切り刻まれていた。

 

そしてボロボロと崩れて塵となり、そのまま風に運ばれて消えていった。

 

 

「なっ⋯!?」

 

 

「あ、あのヴィランが⋯一瞬で⋯。」

 

 

「い、一体⋯何が、どう言う⋯こと⋯?」

 

 

呆然と言葉を漏らすパトラとミオに、他の者も思考が理解を追い付かずに混乱している。俺だってそうだ。

 

苦戦していた筈のあのヴィランを、不意打ちとは言え一瞬で亡き者に変えたんだ。しかも何だ今の?まるで剣と鞭が融合したような武器を扱い慣れてる。

 

それよりも、この気配⋯体の芯から感じるドロドロとした悍ましい気配⋯。

 

信じたくはないが、これが確かな事実なのは分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全な自我を持ったファントム・ヴィラン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その男から放たれる雰囲気は、誰もが足を竦ませる程の様々な負の感情が浮き出る。

 

そして、全員の頭の中でその男の第一に感じた印象は奇しくも一致した。

 

ドス黒い悪意の塊″、と⋯。

 

 

「⋯⋯お前⋯何者だ⋯?」

 

 

「────クッ⋯ハハ⋯。」

 

 

静まり返る空気を壊すように、誰もが気になることを龍成が率先して問い質す。

 

しかし、男は返答することもなくただ不敵に⋯不気味に⋯見下すように龍成達を嘲笑うように嗤っていた。

 

 

 

 

 





こっから中盤⋯って感じですかね。

今後の予定では三十話を迎える前に「第二章」に入ろうかと思ってます。それと、一章が終えたタイミングで番外編とか書こうかなとも思ってます。

では〜。


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