おもしれぇ女 (ソロモンは燃えている)
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おもしれぇ女

 

 

 

「おもしれぇ女」

 

 その言葉を聞いた時、身体に衝撃が走った。

 

 

 私の名はケイトリン・バグスター。

 バグスター男爵家の令嬢です。

 でも、貴族として育った訳ではありませんでした。

 私の母は、当時バグスター男爵家で働いていたメイドでした。

 バグスター家の次男と恋人となり、将来を誓い合っていたそうです。

 ですが、跡取りであった長男が事故で亡くなり、母の恋人であった次男が男爵家を継ぐことになりました。

 貴族である男爵家の次期当主になった以上、相応しい家柄の妻を迎えなければいけない。

 母は自ら身を引き、男爵家の仕事も辞めました。

 ですが、その時すでにお腹の中には新たな命が宿っていたのです。

 母は1人で私を産み、町の酒場でウェイトレスをしながら育ててくれました。

 

 

 私は、母が大好きでした。

 母が笑っていてくれれば嬉しかった。

 生活は豊かではなかったけれど、母娘2人で笑顔の絶えない家庭に確かな幸せを感じていました。

 しかし、そんな生活も長くは続きませんでした。

 私が10歳になった頃、母が流行り病で亡くなったのです。

 1人になった私は、途方に暮れてしまいました。

 そんな私に転機が訪れます。

 バグスター男爵家の使いが現れて、私を引き取ると言ってきました。

 どうやら、私の父は、何も言わずに居なくなった母をずっと探していたそうです。

 そして、ようやく見つけて自分に娘がいた事を知ったのでした。

 迎えを出そうとした矢先に母が病で死んでしまった事で再会することは叶わなかったのです。

 それでも、娘である私を幸せにしたいと男爵家の令嬢として迎え入れてもらえました。

 男爵家には、すでに奥様との間に双子の男の子が産まれていたので後継者の問題はありませんでした。

 夫が別の女性との間で作った娘という事もあり、当初は奥様との関係はギクシャクしたものでした。

 それでも、母との生活で家族には笑顔でいて欲しいと思っていた私は努力しました。

 奥様もとても良い人で、そんな私を家族として認めていただけました。

 自然と母と呼べるようになるほど仲良くなれました。

 双子の弟達も懐いてくれて、かつてのように笑いが溢れる家庭に恵まれました。

 こうして、私はバグスター男爵令嬢となったのでした。

 

 

 この国には、貴族の子弟が通う王立学園があります。

 15歳になった私も、男爵令嬢として入学しました。

 庶子として産まれ、市井で育った私は、貴族の常識に疎い所があります。

 家族は、それでもいいと言ってくれます。

 男爵は貴族の中では一番下の身分で、そう大した家柄ではない。

 身の丈に合った生活をしていれば政略結婚も必要ないのだと、好きな人と結婚すれば良いと言ってくれています。

 だから、私には婚約者がいません。

 この学園で素敵な人に出会えたらいいな。

 そんな風に思う平凡な女の子でした。

 

 まさか、躓いて転びそうになった時に、この国の王太子殿下に助けられるとは思いませんでした。

 下級貴族の令嬢でしかない私が、王太子殿下と話す事などないと思っていたので頭の中はパニックです。

 とにかくお礼をと思って話しますが、自分でも何を言っているのか分かりません。

 あわあわしている私に対して、王太子殿下が掛けた言葉が

 

「おもしれぇ女」

 

 こうして、場面は冒頭に戻る。

 

 その言葉で、私は前世の記憶を思い出しました。

 そして、この世界が前世で遊んでいた乙女ゲーム『あなたを笑顔に』の世界であり、私がヒロインの男爵令嬢だという事も。

 

 

 帰宅したケイトは、部屋でこの世界について考えていた。

 乙女ゲーム『あなたを笑顔に』通称『笑って』は、王道な乙女ゲームだった。

 この国の王太子殿下

 公爵家の令息

 宰相の息子

 騎士団長の息子

 国一番の商会の跡取り息子

 5人の攻略対象は、それぞれの理由で本当の笑顔を失っている。

 ヒロインが学生生活の中で、仲を深めていき彼らの笑顔を取り戻していく。

 最終的に攻略対象の誰かと結ばれてハッピーエンドとなるのが、このゲームの内容だった。

 

 

 前世の私は、つまらない人間でした。

 夢を追いかける勇気がなくて、普通に進学して、普通に就職した平凡な女。

 そして、なにも成さないまま交通事故で死んだ。

 それが、前世の私だった。

 乙女ゲームに嵌ったのも、そんなつまらない現実からの逃避だったのかもしれない。

 今の私には、前世の知識がある。

 それを使えば、この世界で至高の地位に着くのも難しくはないかもしれない。

 でも、本当にそれで良いのだろうか?

 前世の知識、それは、この世界ではチートと呼べる程のものだ。

 それを使って、この世界で好き勝手に生きるのは卑怯な事なのではないか?

 そんな風に自問自答を繰り返す。

 それでも、せっかく新たな人生を歩む機会に恵まれたのだ。

 勇気を持って、一歩を踏み出そう。

 そう決意していた。

 

 

 その後、私は学園の内外でイベントを勢力的にこなしていった。

 その度に信奉者が増えていく。

 王太子殿下を筆頭に攻略対象達が集まり、私をチヤホヤしてくれる。

 そんな生活をする私に嫉妬の目を向ける者達もいた。

 ですが、そんな者達より圧倒的多数の人達に好かれて、支持されている。

 何より、私から攻略対象達に近づいているのではない。

 彼らが、私の周りに集まっているのだから。

 

 

 そして3年後の卒業パーティー

 

「ロクサーヌ・グレミア公爵令嬢、そなたとの婚約を破棄する!」

 

 ゲームと同じように、王太子殿下の婚約者であり悪役令嬢のロクサーヌが断罪されて、婚約破棄された。

 別に私が何かをした訳ではない。

 グレミア公爵家が行ってきた人身売買などの犯罪行為が明るみになり、お家が取り潰しになって没落しただけだ。

 ゲームでは、ロクサーヌがヒロインに嫉妬して公爵家の力を使って嫌がらせを始める。

 その時に使った者達を切っ掛けに公爵家の暗部が明らかになるのだが、その時も捜査しているのは王国の影だった。

 まあ、学生が犯罪捜査で役に立つ訳ないですね。

 つまり、元々王国の影が公爵家をマークして調査していたという事。

 ロクサーヌが何かをしなくても、公爵家の犯罪は暴かれて断罪されたのでした。

 公爵家が取り潰しになり、貴族位が剥奪された事でロクサーヌは平民に落ちることになります。

 貴族としての生き方しか知らない彼女は、どうしたらいいのか分からず呆然としている。

 ゲームならここで終わりですが、現実の世界であるここでは当然人生は続いていきます。

 悪役令嬢が断罪されて終わりではないのです。

 私は、そんなロクサーヌに手を差し伸べました。

 

「ケイトさん、なんのつもりですの?」

 

「貴女は、公爵家の犯罪に関わっていませんでした。

 それに貴女は、稀少な属性を持ってます。

 その才能をここで腐らせるのは惜しい。

 そう思ったんです」

 

「私は、貴女を下賤な血を引く者だと蔑めていたのに」

 

「貴女にも、王国の人達を笑顔にする力があると思うから。

 私の下で学んでみませんか?」

 

 そんな、ケイトの手をロクサーヌが取った。

 

 

 数年後

 

 ロクサーヌは、王国の至高の座を争うまでに成長した。

 そして今、この王都で彼女はケイトと頂点を賭けて戦っている。

 

「ロクサーヌです・・・

 実家が犯罪を犯して没落したとです。

 ロクサーヌです・・・

 ロクサーヌです・・・」

 

 

 ケイトが学生時代から、様々なお笑いイベントをこなしてきた事でお笑いは王国で新たな娯楽のジャンルとして認められた。

 王国主催のお笑いトーナメントが開かれるまでになっている。

 そのお笑いトーナメントの決勝で、ロクサーヌが会場を大いに笑わせていた。

 

 彼女は、没落した元公爵令嬢と言う属性を武器にデビュー。

 自虐ネタや王宮内や貴族間での権力争いを扱うブラックジョークは、庶民達に受けた。

 それはもう、受けに受けまくった。

 今、最も勢いのある芸人の一人に数えられるだろう。

 その勢い、そのままに決勝の舞台でも大爆笑を起こしている。

 

 彼女のネタが終わり、次はケイトの番だ。

 どれほど大御所と言われるお笑い芸人でも、ネタのチョイスや間の取り方を少しでもミスればスベってしまう。

 お笑いの舞台に地位や身分は通用しない。

 面白いか、面白くないか、会場の観客達によって残酷なまでにはっきりと示されてしまう。

 

 前世で見た、数々のお笑い芸人達のネタ。

 それを知っている私は、確かなアドバンテージを持っている。

 それでも、会場で確実に受ける保証はない。

 足が震える。

 これは国一番のお笑い芸人を決める大会。

 私は、前世の日本のお笑い芸人達が作り上げてきたネタを知ってるだけの女。

 それでも、夢に向かって歩くと決めたのだ。

 ここで怖気付く訳にはいかない。

 

 ケイトは、強い意志を目に浮かべてステージへと歩き出す。

 その姿は、まさに一流のお笑い芸人だった。

 彼女は、様々なお笑いイベントをこなしてきた。

 数々の修羅場を潜り抜けてきたのだ。

 もう、知識があるだけの素人ではなかった。

 確かな経験に裏打ちされた、最高のお笑い芸人の称号を賭けて戦うに相応しい実力がある。

 成長したのはロクサーヌだけではなかった。

 ケイトもまた、成長してきたのだ。

 彼女の決勝のネタは、伝説となる。

 

 この日、ケイトは初代お笑いクイーンの称号を手にした。

 

 

 

 後日談1

 

 ロクサーヌは、ケイトの下で学ぶ過程で彼女の本当の望みを理解した。

 自分と競い合う対等な相手が欲しい。

 好敵手と認め、互いを高め合う。

 そんな存在を欲しているのだろう。

 自らが、更なる高みに至るために。

 

 ケイトに救われたロクサーヌは、その望みを叶えようと努力した。

 初代お笑いクイーンの称号を賭けた決勝に敗れた後も、ケイトのライバル芸人としてお笑い界の一線で戦い続けた。

 やがて、お笑い界の重鎮となり、次世代の芸人育成のためにお笑い学園を設立。

 多くの若手芸人を世に羽ばたかせた。

 その学園を卒業した芸人達は、お笑い新世代として様々な伝説を打ち建てていく事になる。

 

 プライベートでは、一般男性と結婚。

 子供にも恵まれ、幸せな家庭を築く。

 

 

 後日談2

 

 ケイトは、学生時代からのファン1号を自認する王太子と結婚。

 王妃となった後も芸人としての活動を継続。

 孤児院を視察に行けば、孤児たちを笑顔にする。

 災害が起これば、復興を支援する事業だけではなく、被災地でお笑いライブを行い被災者達の心を明るくさせた。

 こうして、国民からだけでなく、周辺諸国からも愛される王妃となっていった。

 

 成人した息子に王位を譲り、退位した夫とコンビを組み、ロイヤル夫婦漫才と言う新境地を開拓。

 お笑い界の重鎮となった彼女が主催する賞レース『O(お笑い)ー1GP』は、優勝すればどんなに無名の芸人であっても一夜にして時の人となれる若手芸人の憧れの舞台となっている。

 

 彼女は、生涯現役を貫き、孫や曾孫に囲まれて幸せの中で逝った。

 夢を追い続けた人生に悔いはないと言って、その人生を閉じた。

 彼女は死後、王国にお笑いの基礎を築いた偉大な女芸人として讃えられた。

 今も、笑いの神として芸人達に崇められている。

 

 

 〜FIN〜






おもしれぇ女がガチで面白かったらと言う妄想から生まれました。


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