蒼銀の蛮族、筋肉にて運命を破る (飴玉鉛)
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蒼銀の蛮族、筋肉にて運命を破る

筆休めに短編書き下ろし。続くかは未定。


 

 

 

 

 

 

 筋肉筋肉、やっぱ筋肉よ。金があれば尚のこと好し。

 

 女は裏切る。男は裏切る。子供は裏切る。親は裏切る。会社は裏切る。先輩も後輩も同輩も裏切る。この世の殆どのものは生まれながらに裏切りフラグを抱えているものだ。

 心は内臓だ。心は裏切る。友情は裏切る。愛情は裏切る。心が裏切れば体調が悪化する。心は内臓だから心の変調はそのまま負担になる。だから肝臓は裏切る。腎臓は裏切る。膵臓は裏切る。肺は裏切る。大腸は裏切る。小腸は裏切る。心臓は裏切る。脳は裏切る。骨という骨も裏切る。先天性、後天性の関わりなく、病気に罹るとあっさり裏切り俺を殺す。

 

 とかくこの世は裏切り者ばかり。信じられるものは一握りだ。

 

 金は裏切らない。

 筋肉は裏切らない。

 関節は裏切るが筋肉で裏切りを止められる可能性は無きにしも非ず。

 金は稼げば稼ぐだけいい、筋肉は俺が筋肉を裏切らず、鍛え続ける限りは必ず俺に応えてくれる。

 

 俺は、裏切られた。

 

 女に裏切られ、友だと思っていた男に裏切られ、俺の貯金に手を出した親も裏切り者で、会社も俺を裏切り冤罪を掛けクビにしやがった。心の均衡を崩した俺は俺の内臓に裏切られ病気になり、病院で薬漬けにされた挙げ句に筋肉が衰え、金も毟るだけ毟られ遂には死んだ。

 

 それが俺の前世の記憶。

 

 幸いにも俺には来世が待っていた。輪廻転生という奴なのか、俺を哀れんだ神様が人間として生まれ変わらせてくれたのか、そこのところは知らんしはっきり言ってどうでもいい。

 俺が新たに生まれ落ちた場所は、現代日本の令和時代に生きた俺にとっては原始時代という他にないところだった。科学技術のかの字もない、石器を用いた猿どもが俺の隣人だったのである。

 稀に鉄器も見掛けるが、俺の生まれた場所はよほどの田舎らしく、気候も寒さで厳しい海辺の土地だ。鉄器を引っ提げているのは矢鱈と偉そうにしている奴だけで、ソイツらは馬に乗って陸路で来ることもあれば、船に乗って海路で来ることもあった。

 

 俺も最初は真面目に今の時代を考察したもんだ。

 

 言葉はある。何を言ってるかは転生して二十年経ってもさっぱり分からん。学習しろよという話ではあるが、前世の頃から一人鎖国状態だった俺はグローバルな時代に全く適応しておらず、おまけに家庭の事情と頭のデキの問題で中卒で働いていたもんだから、語学を学ぶ気にならずにずっと放置していた。そして人間は裏切るもんだと知っているもんだから、まともに他人と関わる気にもならず一匹狼を気取っていたら言葉の殆どを理解することができないままで育っちまったわけだ。親兄弟ですら欠片も信頼していないせいだろう。

 言葉はあって、服を着て、集落を作って、石器がメインとはいえ鉄器もあるし、貿易っぽいことをしている。俺にとっては原始時代だが、まんま原始時代というわけではなさそうだ。だが丸っきし過去に転生したってわけでもないのは理解していた。

 

 何せこの世界には神様がいる、らしい。超パワーを持った王様がいる、らしい。魔術師とか魔法使いとかがいるらしいし、ドラゴンやらモンスターやらが蔓延っていた。

 となると俺は異世界転生したってことなんだろう。

 最初は驚いたし、怯えもした。だが明らかに人間にどうこうできるわけがない、ヒグマより巨体だった石の体のモンスターを、集落の男が石のハンマーで殴り壊したのを見て怯えは消えた。

 その男は筋骨隆々で、俺はそいつを見て理解したのだ。

 

 

 

 ――この世界は筋肉が物を言う世界なのか!

 

 

 

 それを知ったその日から……いや物心つく前から鍛えていたが、より一層の熱意を燃やして筋肉を鍛え続けた。筋肉筋肉、やっぱ筋肉だ。

 ガキの頃から鍛えまくったお蔭か、はたまた肉体の黄金率とまで旅の魔術師に称された天性の肉体のお蔭か、大人になる頃には俺にパワーで勝てる奴は一人もいなくなった。

 親に懐かず、誰ともつるまず、鍛え続ける怪しいガキ。ぶっちゃけ異常なガキだった自覚はある。

 言葉すら怪しい俺が集落から追い出されなかったのは、ひとえに俺がガキの頃から異様なまでに強かったからだ。成長したら利用できると企む村長の打算的な考えが透けて見えて気に食わんが、ガキの頃に飯を食わせてくれていた恩義は裏切らん。俺以外の何もかもは裏切るもんだが、俺だけは俺を裏切らない為に、俺の美意識にそぐわないことは絶対にしない。

 

「――ヘルモーズ!」

 

 鍛え、鍛え、鍛え。一心不乱に鍛え続けた。前世で学んだ効率的な筋トレ、漫画で見た筋トレ、全部試して鍛えまくった。やがて俺の肉体は鋼となり、鉄器の刃物すら通さない鎧となった。

 流石はファンタジー世界だ。物理的に、生物学的にありえない肉体である。

 だが満足はしなかった。

 俺はもっと筋肉を強く出来るという予感があったからだ。そうして日々を鍛錬に費やし、働きもしないでいた俺は、いつしか荒事の時だけ駆り出される集落専属の暴力装置と化していた。

 そんなある時のことだ。

 流石に何度も呼び掛けられては覚えてしまった、今生の俺の名が叫ばれた。

 聞き覚えのある声だ。たしか村長の息子だったか? 俺の胸板にしなだれていた裸の女を退かし、館の褥から出た俺は腰掛けのみ纏って外に出た。

 

 外に俺より小柄な――尤も俺よりデカい人間なんざ見たことがないが――男が立っている。俺を待っていたらしい。村長の息子は俺に付いてこいと身振りで示し、焦ったように走っていった。

 急ぎの用か。仕方ない。飯をもらい、近隣一の美女をあてがわれ、飼われてやっている身だ。急な仕事だが恩義の分だけ働いてやるとしよう。

 2メートル30センチぐらいの巨体を持つ俺は、目に掛かる白髪を後ろに撫でつけて村長の息子の後を歩いて追った。すると集落の中心に、十人ほどの厳つい余所者がいるのを発見する。

 全員が鉄の剣や斧を持っている。ソイツらは肩を怒らせ、老いぼれた村長や村人達を脅しつけていた。おまけに見慣れない旗も掲げていて、なんとなくの空気感で事情を察する。

 

 この集落の奴らを自分達の縄張りに組み込み、従わせて税でも毟ろうって魂胆だろう。

 

「ヘルモーズ! ヘルモーズ!」

 

 村長は俺を見るなり希望を見つけたように目を輝かせた。他の村人もだ。

 俺にどうしろってんだ? 身につけた衣服や革の鎧、剣とか斧とかを見る限り、コイツらは相応の勢力を築いてる奴らだ。そんな奴らに狼藉を働きゃ後がどうなるか、想像できない馬鹿なのか。

 まあいい。俺を呼んだってことは()()()()()()だろう。念の為確認するが、村長はいつものようにヤれと小さく身振りで示してきた。嘆息する。後でどうなっても知らんぞ、俺は。

 

 堂々と正面から武装した戦士達に素手で向かっていく。とっくに俺に気づいていた戦士達は、俺のガタイを見て怯みはしたものの、俺が素手なのを見て気を持ち直したらしく怒鳴りつけてきた。相変わらず何を言ってるのかさっぱり分からんし、分かろうとする気もない俺は戦士達の威嚇を無視し、戦士らしく村人達を人質にはしないまま剣を振りかぶる。

 止まれと怒鳴っているのか。止まるわけがない。平坦な目で戦士達を見下ろし、無言のまま目の前の一人を殴りつけた。すると、ソイツの頭が消し飛ぶ。

 頭を失った戦士はそのまま倒れ、地面に赤い染みを広げた。残りが唖然としているのは、俺のパンチが全く見えなかったからだろう。俺の筋肉は飾りじゃない、筋肉達磨がノロマだと思うのはヒョロガリだけだ、真の筋肉達磨は素早さも伴っているのである。

 

 やがて仲間を殺られたことで我に返った残りの戦士達が襲いかかってくる。俺は叩きつけられてくる剣や斧を、防御もせずに筋肉で受けた。びくともしない。さすがは俺の筋肉。

 傷一つ付かず、逆に切りつけた腕が痺れた様子の戦士達が唖然とする。その表情を見下ろしたまま、俺は残り九回拳を振るった。それだけで終わりだ。

 

「ヘルモーズ! ヘルモーズ! ヘルモーズ!」

 

 村人たちが歓喜の声を上げ俺の名を讃える。俺に言えた口じゃないが、随分と血に慣れた連中だ。俺自身何度もモンスターを殺し、時に集落を襲う強盗を殺してきたから慣れているが、戦士達を殺したことで歓喜するのには呆れてしまう。今度は帰ってこない戦士を探しにまた他の奴らが来て、その後は報復が来るぞと思うものの、伝える言葉を持たない俺は黙っているしかない。

 無言で館に引き返した俺は、褥で待っていた女を抱く。血を見るとどうにも猛って仕方ないのだ。我ながら完全に野蛮人に適応してしまっているが、まあ慣れたらこんな生活も悪くない。

 

 そうして暫くの日数が経つと、俺はまた呼び出された。案の定、戦士達が報復に来たようだ。今度は二十人いた。が、やはり俺の肉体に刃は通らず、打撃も効かず、俺は全員を拳で殴り殺した。

 それを見た村長は、漸く事態の重さを悟ったらしい。長老連中を集めて何事かを相談し、戦士達の勢力に対抗する術を模索しだした――かもしれない。だがこの予想も大きく外れてはいないだろう。現に稀に見掛ける近隣の集落の村長達が集まり、何かを話し合っている場面に立ち会わされたのだ。なぜ俺をそんなところに連れ出したのかは……まあ村長の悪い顔を見たら察しがつく。

 

 村長は俺の存在をバックに主導権を握り、近隣の集落を纏めあげたのだ。大した手腕だ……と感心しかけたが、俺という暴力装置を背景にしたやり口には溜め息しか出ない。馬鹿だな、武力を背景にリーダーの座に就くのは裏切りフラグを立てるもんだってのに。村長も言葉も話せない俺に馬鹿呼ばわりはされたくないだろうが。

 ともあれ血の気の多い若者連中に、俺が殺した戦士達の武器を持たせ、俺を先頭に立たせて例の戦士達に対抗させる案は悪くない。俺が敵に突っ込んで滅茶苦茶に殺し回れば、算を乱した戦士達を若者達が数人掛かりで殺すのも可能になっていたからだ。

 

「ヘルモーズ! ヘルモーズ! ヘルモーズ!」

 

 俺を讃える味方達。いい気なもんだ、お前らは俺が言葉を話せないことをいいことに、裏で俺を白痴の阿呆だと嘲っているのは知ってるんだぞ。そういうのは雰囲気で分かるもんだ。

 ま、いいさ。美味い目を見せてくれるなら、俺は恩義に応えるだけである。村長やその息子は俺の扱いを心得たもんで、攻め込んだ先で手に入れた上等な酒や食いもん、一番の美女は必ず俺に譲り渡してくれていた。蛮族として野蛮に生きるのは存外に楽しいもんだった。

 やがて俺の力を利用した村長は病で死に、その息子が後を継いだ。コイツは周りを信用せず、俺だけをやたらと持ち上げ信頼しているらしく、常に俺を近くに置き続けた。勢力を拡大し続け、例の戦士達の国を切り従えるまでになった。まったく、俺の筋肉がなかったらケチな集落が一国にまで上り詰めることはなかっただろうに、随分と偉そうに振る舞うもんだ。

 

 村長の息子、改め国王は贅の限りを尽くしているが、人間の欲望ってやつをよく理解している。俺以外の誰も信頼してねぇくせに、部下に対しちゃ太っ腹で、褒美を出し惜しむことがなかった。だがそのせいで常に国庫はカツカツで外征を繰り返す羽目になり、俺がいないところだと勝ったり負けたりを繰り返して、辛うじて黒字を保ってる程度である。

 俺は30歳ぐらいになったか。10年で変われば変わるもんで、俺の着てる服も上等な将軍様ふうだ。金糸で狼の頭を刺繍した青いマントに、白い絹の服だ。鎧なんか要らねぇから戦場にもこの格好で出る。おまけに攻め滅ぼしたどっかの国の宝物庫から、やたらと頑丈で魔法文字みたいなのが刻印された、呼べば文字通り飛んでくる魔法の斧を手に入れた。コイツは俺が本気で振っても壊れない特別製で、刃毀れもしないもんだから気に入っている。

 

 コイツを持った俺は、筋肉の力を乗せてどんなモンスターでもブチ殺していた。石の巨人も、空を飛ぶトカゲも、小賢しい魔術師も、獅子とか大蛇とかのキメラも、山みたいに大きなドラゴンもだ。特にドラゴンをブチ殺した時なんかは国を挙げてのお祭り騒ぎになっていたが、確かにコイツは割と手こずった覚えがある。千発も殴る羽目になったのはコイツがはじめてだ。

 

「ヘルモーズ!」

 

 また俺を呼びに来た。国王がだ。こういう時はたいていコイツらにとってヤバい戦がある時だ。

 だが時と場合を考えろよ。先日略奪した美姫の股ぐらを貫いていた肉槍を引き抜き、俺は嘆息して美姫を寝台に投げ捨てる。あと五発はやんなきゃおさまりがつかねえってのに……。

 ってか、俺のガキどもも連れてくるんじゃねぇよ。この前に女を抱いてるのを邪魔された俺が、興奮したまま暴れ出した前科があるとはいえ、俺のガキを盾みたいにする必要はねぇだろうが。

 

 俺は嘆息して侍女を見遣り、服を着るのを手伝わせる。そして白銀の大斧を引っ掴んで国王を見た。次はなんだ、と目で訴えると国王は頷き、俺を引き連れて戦場に出た。

 俺が乗るのは黒い体に黄色い角をはやした馬だ。バイコーンとかいう奴らしい。バイコーン、バイコーンと何度も連呼して下賜されちゃ、流石に覚えてしまった。コイツは暴れ馬で、俺を乗せたくないと暴れたが、腕力で押さえつけちまえばいいだけのことだ。畜生なんざ痛みと恐怖、餌を与えてりゃ満足して従順になるもんである。

 

 そうして出向いた先で――俺は最大の好敵手と巡り合うことになる。

 

「――――!」

 

 何かを言う奴と、二つの軍勢が挟んだ空白地点で向かい合う。

 奇妙なやつだ。黒い鎧を着た銀髪の優男。翡翠の水晶みたいな剣と何本かのナイフを武器に持ち、この時代にはないはずのメガネなんかを掛けてやがる。

 まあファンタジー世界だ、こういうこともあるか。

 俺は色々と五月蝿いメガネ野郎の口上を遮るように、一度大斧を虚空に振るう。俺の自慢の筋肉が生んだ長柄の大斧の風圧は、容易く地面を二つに割って優男を襲った。

 

 それを――優男は翡翠の大剣で掻き消した。

 

「……ほう?」

 

 はじめて見た。俺の大斧の風圧を、なんてことのないように対処した奴は。

 無意識に笑いながら声を漏らす。優男は口上をやめ、こちらの意思を了解したように頷いた。

 さっさとヤろうという意思が伝わったか。雑魚なら今ので死んでたんだが、コイツは昔に殺ったデカいドラゴンより楽しめそうだ。

 大斧を振りかぶり、突進した。俺の脚の筋肉が生む超スピードでの突撃は、どんな名馬も駄馬以下の蟻にする。だが今までろくに反応できた奴がいない俺のスピードに、メガネの優男は面食らったようだが危なげなく反応してきた。俺が振り下ろした大斧を躱し――大斧が地面を爆発させたかのように弾け、クレーターが生まれる中――翡翠の大剣で俺の脇腹を薙ぎ払ってくる。

 直撃。直後、ほんの微かな苦痛。

 翡翠の大剣は、俺の筋肉を掻き分け、ほんの少しだけ体にめり込んだのだ。驚愕したように目を見開く優男と――はじめての痛みに犬歯を剥く俺。大斧の柄から手を離し、優男の横っ面に拳を見舞うも紙一重で躱された。だが拳の風圧で優男の細く小さな体は吹き飛んだ。

 

 距離が開く。相手の軍勢から、息を呑む気配。反対に俺側の軍勢は雄叫びを上げている。

 

 雑音だ。俺は脇腹を撫でる。血は出ていない、皮膚も破れていない、しかし確かにめり込んだ。

 もしかしてコイツは――俺の筋肉に、傷を付けられるのか。

 カッと頭に血が上る。怒りによってじゃない、はじめて血に酔った時のような高揚によってだ。

 俺は獰猛に笑っていた……らしい。俺は自身を親指で指し示し、優男に告げる。

 

「ヘルモーズ」

 

 名乗る。無性に、コイツの名前を知りたくなったのだ。

 すると優男は頷き、堂々と応えてくれた。

 

「――シグルド」

 

 貴殿が――国最強の戦士ヘルモーズか、と語り掛けてくるが理解できない。

 

 シグルド。その名に、俺は満面に笑みを浮かべた。親指で首をカッ切り、そのまま親指で地面を指すジェスチャーをする。お前を殺すと、この時代で通じるかは分からない動作で伝えた。

 だがシグルドは俺の言いたいことを感じたのか、虚空に変な文字を刻んで大剣を構えた。力が増したかのような存在感だ。俺は大斧を両手で持ち、再度その男へと突貫していく。

 初恋のように燃え盛る、激情を口腔より迸らせて。

 

「シグルドォォォオオオ――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヘルモーズ
 ・天性の怪物。筋肉の化身。なお純粋な人間。バグ。バグ修正キット(抑止力)の悪竜現象(ファブニールではない)も殴り殺した。
 コイツのせいで史実にない国が生まれたが、コイツの死後は普通に瓦解するので抑止力が頑張って歴史を修正しセーフになる。
 シグルドのライバル枠。武器はただの頑丈な大斧(呼べば来る仕様)で、通称は北欧版悪役ヘラクレス。


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2話

 

 

 

 

 

 痛ぇ……。

 斬れねぇからってシグルドの野郎、ぼこすか殴りまくりやがって……。

 翡翠の大剣で全身を殴打(斬撃)され、無数のナイフで何度も何度も関節を打たれ(刺突)、本人も意外とあるパワーでボコボコ殴りつけてきやがった。

 一発一発は大したことはなかったが、塵も積もれば山となるもんだ。お蔭様で痣にこそならなかったが体の節々が痛い。あれだ、足ツボマッサージの全身版を受けた時のような痛みだ。

 

 対して俺は何度も殴りかかったし、大斧も振り回したが、一度もシグルドに当てることはできなかった。完敗だ。多分だが傍目には俺が怪獣みたいに暴れていたから、俺が負けたんじゃなくて引き分けに終わったように見えてるんだろうが……ボクシングの試合とかだと普通に判定負けを食らっていただろう。俺のパワーが全く通じないという未知の体験に結構な衝撃を受けた。

 なぜ俺は勝負は引き分けでも試合に負けた結果になったのだ。

 それはやはり、俺にはシグルドが見せてきたような『技』が皆無だったからだろう。ただただ力だけを振り回す筋肉達磨など、シグルドにとっては癇癪を起こしたガキ同然だったに違いない。

 

 屈辱だ。

 

 あの後、引き分けに見えた一騎打ちの後は、普通に戦になった。だが結果は痛み分け。俺とシグルドはどちらも健在で、双方が暴れ回ったら周りも手が付けられなくなる。当然の結末だった。

 俺側の国はショックだっただろうな。なんせ俺が殺し損ねた奴なんか今までいなかった。シグルドが俺並のバケモンに見えてる頃だろうよ。青い顔でシグルド、シグルドって言ってやがった。

 アイツらの恐怖なんざ知ったことじゃねぇが、シグルドは俺が殺す。絶対に殺す。次こそは絶対に一発ぶん殴ってやるつもりだ。その為に必要なのはなんだ? 俺も『技』を身につけるか?

 

 馬鹿な! そんなものは俺には必要ない!

 

 俺には筋肉がある。俺には筋肉がある! 俺が負けたのは、俺の筋肉がまだ弱いからだ!

 もっと力を! もっと筋肉に誠実に向き合え!

 思えば最近の俺は筋肉を維持することしかしてなかった。俺のパワーは世界一だと確信したからだ。甘かった……略奪した他国の王の女の涙よりも甘かった。

 俺は筋肉だ。筋肉は俺だ。俺は筋肉を裏切らんし筋肉も俺を裏切らん。俺は風船みたいに膨張しただけの見せ筋じゃない、筋繊維の一本一本をワイヤーより遥かに頑丈にして束ねた真の筋肉だ。

 技を学ぶ暇があるなら筋肉を鍛えろ! 俺は俺の筋肉の為にも浮気はしないのだ! 筋心合一、やがて筋肉と心は一つになる。筋トレとは筋肉と一体になることを目指す求道の究極なのだ。

 

 俺は鍛えた。捕まえたドラゴンの顎に挟まれながらスクワットをし、腕立てをし、腹筋を噛ませた。自分で自分の腹を殴って腹筋を鍛えた。胃液を吐いて悶絶するほど痛いのも我慢した。

 次にシグルドと戦う時、俺はアイツの技と力の全てを自慢の筋肉でねじ伏せてやる。アイツの全てをこの手で奪ってやる。戦って、勝利し、辱める。これぞ蛮族の生き様だ。シグルドの宝の全てをこの手で必ず略奪する為には、真っ向切っての戦いで勝たねばならん。

 蛮族に染まった俺にも矜持はある。騙し討ち、奇襲、不意打ち、そんなものはもってのほか。俺も戦士の端くれだ、絶対に正面から戦う。邪魔する奴は殺す。

 

 この大地を、天を、世界を、この筋肉だけで砕き、破り、踏みつける。それだけのパワーが俺には必要だ。何者にも屈さぬ絶対的なパワーを。もっと力を……! 俺は手に入れてみせる……!

 

 シグルドのいる国に、俺側の国は攻め入った。

 

 奴に対抗できるのは俺だけ。俺に対抗できるのは奴だけ。俺がいる戦場には必ずシグルドは現れ、シグルドがいる戦場には必ず俺が赴いた。

 戦う度に戦場は滅茶苦茶になった。奴が俺のパワーをいなし、逸らし、躱すせいだ。そのくせシグルドは俺をボコボコ殴りまくってくる。まだだ、まだ俺はシグルドの技を超えられていない。悔しくて悔しくて帰ったら女を犯し殺してしまった。糞! 気に入ってたのに!

 抑えきれない衝動に従って、俺は俺を殴り続けた。もはや何を持っても負荷にもならない。城を持ってみたが自重で城は崩壊する。使えない。だから自分で自分の筋肉に負荷を掛けるしか鍛えようがなくなってきたのだ。

 

「――――」

 

 そうしていると、隻眼の老人が俺の前に現れた。なんだコノヤロウ、ぶっ殺されたくなかったら消えろと念じて睨むも、隻眼の老人は全く怯まない。俺の殺気を受けて堂々としているとは……コイツもシグルドと同じで技に自信がある口か? なら殺す。

 何か喋ってるが知ったことじゃねぇ。俺の筋トレの邪魔をするなら国王でもデコピンするぞ。そう思って老いぼれに歩み寄ると、老いぼれは俺が言葉を理解していないのを知っているかのように一つの指輪を投げつけてきた。反射的に掴み取った俺は驚愕する。

 

 ()()

 

 ただの指輪が、重い。前世の俺がベンチプレスをした時のような負荷を感じた。

 驚愕して目を見開いた俺に、老いぼれはニヤリと笑って霧のように消え去っていく。魔術師だったのか。いやそんなことはどうでもいい。

 俺はこの指輪を老いぼれがくれたことを悟り、暫くご老人がいた場所に向けて跪いて頭を下げた。心からの感謝を捧げよう、名も知らぬご老人よ。

 そうしていると、ご老人の消えたところに、三人の女が舞い降りた。

 今まで見たどんな美姫よりも可憐な女達だ。黒髪に、赤髪に、金髪の女達。本能的に股ぐらがイキり勃つのを自覚したが、手を出すのを久しぶりに躊躇ってしまった。

 なんだぁ? 訝しんで女達を見ていると気づく。金髪の女はご老人がくれたのと同じモデルの指輪を見せてきたのだ。チッ、ご老人の関係者か。なら乱暴はできねぇ。俺は恩は裏切らん。

 

 女達は口を揃えて言った。俺が言葉を話せない、話す気もないことを知ってるかのように何度も。

 

「エインヘリヤル」

 

 はぁ? エインヘリヤル? なんだそりゃ。なんかどっかで聞いた覚えはあるが思い出せん。

 俺を指差してエインヘリヤル、エインヘリヤルと言ってくるのに眉を顰め、俺は嘆息した。

 あーはいはい、エインヘリヤルね。分かった分かった。テキトーにあしらって家に帰ると、ソイツらはなんでか俺について来やがった。なんだコイツら。

 

 無視した。

 

 俺は筋トレで忙しい。筋トレには適度な休息も不可欠。過度に鍛えりゃ筋肉もヘソを曲げるからだ。俺は筋肉には誰よりも誠実だから、常に筋肉を第一に考えて行動する。

 

 寝る。寝ることは練ることに繋がる。バランスのいい食事を心がけ、肉を貪り、野菜を貪り、魚も食らう。食事に気を使えるようになったのは国ができてからだが、俺の筋肉も喜んでいる。

 次の日の朝に起きると、女達は俺の傍で寝ていた。

 はあ? と声が出る。なんだコイツら。様子を見にきた侍女やら国の戦士やらが目を丸くした。俺が見たこともないような美女を侍らせているのに、手を出していないのが意外らしい。

 苛立つ。股間が苛立つ。この本能の猛りを抑える為に、俺は筋トレした。ご老人の関係者に不義はできねぇ。例の指輪で全身に心地よい負荷を感じながらランニングし、筋トレ一式をこなす。まるで俺がヒョロガリだった頃みたいな感覚を覚え、新鮮で懐かしい感動を味わった。そうして筋トレを満足するまでしていると、その様子を三人娘達が見ているのに気づく。

 

 無視した。

 

「ヘルモーズ!」

 

 日々を筋トレして、休んで、女を抱き、飯を食い、筋トレをするループを繰り返す。たまに他国に攻め込み略奪した女を犯し、財宝を奪うこともあった。

 三人娘は無表情についてくる。

 軽蔑も嫌悪もしてこない。機械的についてくるだけだ。まるでアンドロイドに観察されてるようで気分は悪いが、特に邪魔になることもないので無視を継続した。

 そうしていると、国王が来る。また戦か。しかもこの感じ、またシグルドとの戦いと見た。

 

 いいだろう。最初の戦いから十度目……五年も戦い、クリーンヒットは未だに無い。だが前回の戦いから一年のインターバルがある。生まれ変わった俺のパワーで奴を轢き殺してやろう。

 

 戦場に赴くと、やはりいた。

 

「シグルドォ……!」

 

 ふるふると全身が震える。にぃ、と口端が歪んだ。一年前の戦いでシグルドは俺に血を流させた。翡翠の大剣とナイフを拳で打ち出しての、いわゆる必殺技という奴だろう。

 実にファンタジック。だが俺の筋肉はファンタジーを蹂躙する。お前がこの五年の戦いで強くなっているように、俺の筋肉もまたさらなる高みへと辿り着いていることを教えてやろう。

 

 先手必勝だ。

 

 いつものように一騎打ちに入る。もはや恒例の戦いだ。シグルドのいる国と俺のいる国の戦いは、シグルドと俺の一騎打ちを行う舞台に過ぎない。

 どちらが勝つか軍勢が見守るのだ。毎度引き分け扱いでどちらも軍を引いていたが、今回でシグルドを殺し、シグルドの国をグチャグチャにしてやる。全てを奪い、犯してやるのだ。

 強者と戦い、これを辱めることこそ我が生き甲斐。積年の欲望を解放する為にも殺す。

 魔剣を構え、変な魔法文字で自身を強化し、変な魔力(パワー)を全身から漲らせるシグルドに向けて俺は突進した。いつも通りの力任せ、力押しだ。だが今回の俺の力は極まっているぞ!

 

 大斧を振りかぶって、振り下ろす。先手はいつも俺だ。俺の方が早い、俺の筋肉の方が強い、必然的にシグルドは後手に回る。そしていつもなら後手の反撃で流れを引き寄せ、一方的に俺を殴り、そして必殺技で俺の急所を狙うのがシグルドの必勝パターン。そして俺はワンパターンだし、今後もそれに変わりはないが、進化した俺のワンパターン戦法は先手を取ったらそのまま殺す。

 大斧の一撃を躱したシグルドが間合いを詰めてくる。だが何かを感じ取ったのか瞬時に止まり一気に跳び退いた。顔が強張っている、だが遅い。俺は大斧を振りかぶった時に片脚を上げていた。それを本気で振り下ろして地面を踏みつけるや、俺の筋肉が大地を割った。

 地面が揺れる。戦場を破壊する極大の地震が起こった。その衝撃波を至近距離でまともに受けたシグルドの鎧が砕け散る。広範囲を満遍なく覆う不可視の衝撃波に初見では対応できまい。たたらを踏んだシグルドの許へ更に踏み込んで、俺は渾身の力で拳を叩きつけた。

 

 必死の形相で躱した、()()()()()()()()

 

 再びの衝撃波。巻き起こる地割れの波動がシグルドを襲う。二度目のそれはシグルドの三半規管を狂わせ目眩を起こさせるほどの威力。技量の欠片も無い俺でも分かる、致命的な隙だ。

 俺は雄叫びを上げて突っ込み、大斧を()()()振り下ろす。なんとか魔剣を掲げて防いだシグルドの足が地面に埋まり、身動きが完全に止まった。この時を、この時を待っていた! 俺は嬌声にも似た歓喜の叫び声を轟かせ、空けていた拳でシグルドの鳩尾に拳を埋めた。

 皮膚が破れる音。骨が砕ける感触。内臓が破裂した手応え。全てを堪能し尽くした刹那の後、シグルドの肉体が空中へと吹き飛んだ。五年間の戦いではじめてのクリーンヒット。確実に今ので殺せた自信はある、だが奴は俺を散々手こずらせてくれた目障りな男。まだ生きているかもしれない、だから頭を消し飛ばして確実な勝利を掴む!

 

「シグルド!」

 

 追撃のために跳躍した俺の五感が、聞き慣れない女の声をキャッチした。

 なんだ、と思うよりも先に横っ面を殴り飛ばされる。

 俺を殴ったのは巨大な穂先を持つ槍だ。少し痛い。突如として現れた女は瀕死のシグルドを抱きかかえ、俺から距離をあけてこちらを睨んでいた。

 

 誰だ、この女。

 

 白い髪。とんでもない美貌。とんでもないオカルトパワー。

 ああ、いや、そんなものはどうでもいい。

 コイツは……誰の許しを得て……俺と、シグルドの、交情の邪魔をする?

 俺が、やっとの思いで、シグルドを殴って。

 これからシグルドの首を引っこ抜き、溢れた血でシャワーを浴びるつもりであったのに。

 無粋だ。無粋極まる横槍だ。

 戦士の一騎打ちに割って入るなど、誇りはないのか。

 シグルドの誇りを、戦士としての面目を潰すのか。

 赦せん。断じて、赦さん。犯してやる。殺してやる。

 犯して犯して犯しぬいてから、股から引き裂いて殺してやる!

 

 ――ギィぃやぁぁあああ!!

 

 殺気を撒き散らして吼えた俺に、女もまた劣らぬ殺気で俺を貫いた。いいだろう、お前から先に殺してやる。シグルドより先にだ!

 女は変な魔法文字で変な結界みたいなのを作りシグルドを包むと、変なカタチの槍を持って俺に突撃してきた。俺も真っ向から迎え撃つ。

 ハッハ、なかなかやる。力も、技も、魔術(オカルトパワー)も、シグルドに劣らない。だが何かがシグルド以下だ。コイツの強さからはシグルドから得られるほどの高揚がない!

 

 ――こんなものではなぁ!

 

 前世の国の言葉を叫び、俺は無粋な女の攻撃を全て受けながら突貫した。

 

 後退しながら俺を殴り、オカルトパワーで惑わしてくるも、そんな手管は俺には通じん。

 幻も変な光を放つ壁も炎も氷も雷も、全部俺には通じない。俺の筋肉を貫通できない。

 極めた筋肉はオカルトパワーも粉砕するのだ! 全力で大斧を振るうだけでファンタジーは掻き消せてしまえる! それが俺の筋肉! やはり俺の筋肉が生み出す暴力は至高なんだ!

 どれほど飛び回る女を追い掛け回したか。遂に俺の腕が届くところにまで捉えた。女が全力で防御する。変な魔法文字を散らばらせ、槍で身を守った。

 構わない。その全てが俺の前では無力。魔法の壁を大斧の一撃が砕き、そのまま女の槍に叩きつけてやった。すると女は全身を衝撃波で嘗められ血飛沫を上げながら吹き飛ぶ。

 

 一度は倒れたが、なんとか立ち上がった。女だてらに見上げたやつだ。防御されたとはいえ、まさか俺の一撃を受けてまだ立てるとは。

 だがもうダメだな。脚が生まれたての子鹿みてぇにプルプル震えてらァ。槍を杖代わりにしないと立てもしない。目も霞んでいる。意識も薄れていた。

 ハッハ。まあ生きてて都合がいい。死体を犯す趣味は流石にないからな、今から死ぬまで犯してから股から頭まで引き裂いてやろう。

 俺が歩み寄ると、女はのろのろと槍を構えた。初夜を迎える女みてぇに誘うじゃないか。いいね、そそるよ。その整った面を血だらけにしてやる。そう思い近づいていくと、女の傍に一人の男が舞い降りた。

 

「シグルド」

 

 ソイツはシグルドだった。ほとんど死んでいたはずの戦士。

 俺は呆気に取られる。なんで無事なんだ? 困惑するも、勝手に納得した。

 さっきの女が張った魔法の壁で、シグルドは癒やされたのか。なるほど。

 まあそれはいい。また戦えるなら大歓迎だ。まともに殴ってやれた達成感があるから歓迎できた。

 

 だが……。

 

 それより……。

 

 シグルドは、女を、庇っていた。

 女は、シグルドの背中を見て、安心していた。

 

 見たことがある。

 

 この光景を何度も見たことがある。

 

 夫が、妻を、守ろうとする絵面だ。妻が夫の勇姿に魅入る絵面だ。

 

「………」

 

 股ぐらが、いきり勃つ。

 ははぁ。なるほどなるほど。コイツは、お前の女か。コイツはお前の男か。

 いいねぇ。滾ってきた。女の前で男を殺す。男の前で女を犯す。

 シグルドの、女を、奪う! この喜びを俺に与えてくれるのか!

 

 俺の欲望を感じ取ったのか、かつてない怒りと殺気がシグルドから放たれてくる。失望の気配すら感じる。ははは、何度も、何年も戦って、俺に立場の垣根を超えた友情でも感じていたか? 馬鹿な奴だ。俺とお前はどこまでいっても殺し合う敵同士だろうが!

 敵は殺せ! 敵から奪え! 敵を打倒したのに何も奪わないのは怠慢だ! 俺は戦士として戦い、殺し、奪い、犯す! 気に入った女ならどんな女でも必ず手に入れ絶対に犯すぞ!

 だからな、シグルド。女を守りたければ俺を殺せ。俺達は敵同士だ。敵なら殺し合うしか無い。融和なんぞクソ喰らえだ、殺し合いという交情だけが俺とお前を結ぶ唯一無二の友情なんだよ!

 

 俺は襲い掛かった。シグルドは魔剣を手に、秒単位で回復していく女と共に俺に立ち向かった。

 

 いいね。麗しい愛だ。目が灼かれそうである。まったく、ただでさえ手強いのに二人掛かりになられると一方的に殴られるしかなくなるじゃないか。

 だが効かん。俺は倒れん。愛と勇気だけで勝てるなら苦労はしねぇよ。そんなもので俺が負けるわけがない。なぜなら俺の筋肉に対する俺の信頼と愛の方が遥かに重く大きいからだ!

 

 

 

 

 二人には勝てなかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 




ヘルモーズ
 隻眼のご老人により筋力に応じた負荷を掛ける指輪を授かった。
 一体何者なんだ……(無知)
 典型的な悪役ムーブを息をするようにやる主人公()
 シグルドとブリュンヒルデの主人公感を引き立てまくる悪役の鑑。

三人娘
 契約を取りに来た。私達と契約して(死後)エインヘリヤルになってよ!

シグルド
 ヘルモーズは初戦以降負け続けていると感じてるが、シグルドも魔剣を使う暇もないほど必死。
 なんせ幾ら切りつけても無傷の相手。しかも一発喰らえばアウトの暴力の嵐に晒されてる。
 生きた心地がしなかったが、ヘルモーズを止められるのがシグルドだけだったのが幸運だった。
 本来の時間軸ならブリュンヒルデを忘れたりして(薬)とっくに死んでる。
 奇しくもヘルモーズという外敵のお蔭で国が纏まり、内憂を抱えず外患に立ち向かえていた。
 ブリュンヒルデも揃って健在。今はまだ。

ブリュンヒルデ
 ヘルモーズぶっ殺し隊の隊長。奇しくもそのヘルモーズのお蔭で運命の時までの時間が伸びてる。

隻眼のご老人
 バグのヘルモーズに恩を与える最適解を打つ。
 自分が都合良く使える手駒にしようと企んでるのかも。



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3話

 

 

 

 

 

 二人に勝てはしなかったが負けもしなかった。

 

 例によって例の如く、毎年恒例の勝負は引き分け試合だと負けという結果になったのだ。

 あれ以降シグルドとその女に俺は一発も当てられず、二人の攻撃も俺を痛がらせるだけで傷は負わせられなかった。ただ二人とも一人で戦った時より攻撃が重く、鍛え直す前の俺だったら筋肉達磨から血達磨に強制クラス変更されていたかもしれない。愛と勇気の超パワーって現実にあるもんなんだなァ。なら俺も、とは思えないのが辛い。人間は裏切る、そんな奴と愛なんか築けん。

 俺は俺と俺の筋肉だけを愛する。俺の矜持と美意識だけが俺を服従させる。むしろ愛と勇気の超パワーがファンタジー世界にはあるのだと知れたのは僥倖というヤツだろう。そうした王道を俺の筋肉でねじ伏せられたら、もうそれだけで絶頂してしまうに違いない。

 

 とはいえ今のままだと毎年恒例の千日手で終わるのが見え透いていた。

 

 シグルドとその女は、今後もコンビで俺に向かってくるかもしれん。シグルド一人だけでも殴るのが難しいってのに、コンビで来られるとますます手こずるだろう。ではどうするか?

 決まってる、筋肉だ! 俺の筋肉がまだ足りないというだけのこと。もっと鍛えよう、俺の筋肉はまだまだ限界に達していない。俺の筋肉は大地を割ったが天はまだだ。天ってなんだ? 神ってことにしとくか。見たことねぇが神も殴ってみたい。

 筋トレをしよう。ご老人に貰った不思議な指輪を嵌めて負荷を掛ける。これだけでも充分だが、俺の筋肉は言っていた。まだイケる、と。この指輪だけでも鍛えられるが、もっともっと強くてキツい負荷が欲しい、と。これには流石の俺も困った。ワガママな筋肉だ。

 だがしかし、筋肉の可愛いワガママの一つや二つは叶えてやりたい。どうしようかと足りない知恵を絞りながら筋トレに励む毎日だ。

 

 次、あの二人と戦うのが楽しみだ。一人ずつヤるならシグルドからがいい。俺はメインディッシュは最初に喰う派だから。好みの問題でもある。あの女も犯し甲斐がありそうだが、シグルドは俺に対抗できたはじめての男。美女なら何人と犯し殺してきた俺だ、貴重な男の戦士を優先したくなるのが戦士魂という奴だろう。蛮族な俺にもレア度を優先する現金な部分はあったわけだ。

 夢想する。俺の筋肉であの二人を打倒し、シグルドの目の前であの女を犯してやる様を。あの女の目の前でシグルドを殺してやる様を。ニィ、と笑顔が溢れるのを止められない。

 

 宴会に招かれた。

 

 国王が贅の限りを尽くした宴を開いた。そうした場合、いや大勢の前に出る時は、いつもコイツは俺を傍に置く。俺を信頼してるらしいが、裏切ったらお前でも殺す。というか国土の拡大に満足したらコイツは俺を不要と感じて、いつかは裏切るだろうと思ってる。

 まあ恩を返すまでは従ってやるさ。それまで裏切らないでほしいもんだが、どうなるかね。最近のコイツは疑心暗鬼を拗らせて、俺に何人も手下を殺させてたからな。恨みを買ってるからそのうち反乱でも起きるんじゃないか。どうでもいいがな。

 と、そう思っていたのがフラグになったのか、はたまた当然の帰結なのか。国王は盃に口をつけて酒を飲み、暫くすると苦しみ出した。ん、と思って目を向けると、国王が目と鼻と口から血を噴いて倒れてしまう。場は騒然と――しない。おいおいおいおい。なんだぁ?

 

 俺に酌をしていた女を腕を払って退かし、立ち上がって国王の傍に寄る。助け起こすと国王にはまだ息があった。掠れた目で俺を見ている。力を失くした手で俺の腕を掴んだ。

 ああ……すまん。毒殺は警戒してなかった。お前もだろ? 腐っても戦士の国になってたもんな。殺しに来るなら直接来ると思い込んでた。もうお前は死ぬが、安心しろ。お前に対する恩はまだ返し切れてねぇ、ってか返し切る前にどんどん恩を売られてたからな。お前を殺した奴も、すぐお前の所に送ってやる。恨みは晴らしてやるし仇も討ってやるから目ぇ閉じて楽になれ。

 長年の付き合いがあるからか。親兄弟よりずっと身近にいたせいか。国王は俺の目を見て、安心したように目を閉じた。そして最期に何かを呟く。……やはり、言葉は要らんらしい。コイツが何を言ったのか、なんとなく分かった。コイツは最期に言ったんだ。

 

 よかった。お前が裏切ったんじゃなくて。

 

「………」

 

 舌打ちする。なぜだか、無性に何もかもを殺してやりたくなった。

 立ち上がって周りを見渡すと、全員が唖然として俺を見ていた。死んだ国王じゃなくてだ。

 なんでだ。

 ここには15になった俺のガキもいる。この異世界だと成人だ。他にも七人のガキもいる。全員10を超えてる。他には国王の手下だ。なぜ俺を見ているのか分からなかったが、空気で察した。

 ああ、俺の酒か飯にも毒が入ってたのか? 鼻で笑った。

 生憎だったな、俺はゲテモノも残さず食う主義でな。今生の俺の内臓や脳味噌は筋肉で出来てるってお前ら知ってたか? 俺の筋肉は俺を裏切らん。毒如きで俺を殺れると思うなよ。

 

 俺に毒が効いてないのが分かったのか、冷や汗を浮かべる奴ら。俺の長子が顔を引き攣らせながら笑いつつ、俺の傍に寄ってくる。他のガキ共もだ。ガキ共は国王の手下共に何かを語り掛け、歓呼の声を上げた。歓声だ。それで、理解する。ああ……ここにいる奴らが、全員裏切りモンなんだな。俺の長子が首謀者なのか? そうっぽいな。俺と国王を殺して後釜になろうってか。

 くだらねぇ。白けちまった。恩を返すまで国王に従い、ついでに国のために働いてやる気でいた自分に気づいて、らしくなさを嗤う。何もかもが――筋肉以外――どうでも良くなる。

 このあと、どうなる? 俺のガキが国王になんのか。だがなぜ裏切った? 民の暮らしの為? んなわけないな。コイツらも贅沢を楽しんでやがった。俺のガキもだ。ならなんでだ? ならどうして……どうでもいいか。大方、どっかの敵国の奴らに唆されたんだろ。何を交換条件にしてたかは知らんし、どういう取り引きが交わされてたのかも知らん。どうでもいい。ああ、どうでも。

 

 俺を煽て、囃し立てるガキの頭を掴む。生まれてはじめて撫でられたとでも思ったのか、長子は困惑しながらも微かに嬉しそうにした。構わず、一気に首を引っこ抜いた。脊髄も綺麗に抜けた。血が溢れ、ガキの面は笑顔のまま。悲鳴が宴の場に響き渡った。

 俺のガキ共や、手下共が騒然とする。立ち上がって身構える手下共だが、見事に腰が引けていた。俺の筋肉の強さを知っているからだろう。顔を真っ青にして、媚びるように俺を見ている。残りのガキ共は訳が分からないまま泣いたり、呆然としたり、腰を抜かしたり、長子を殺した俺に対して激昂し怒鳴りつけてくる奴もいた。全員殺した。

 

 強く地面を踏みつける。それだけでこの館が崩れ去り、俺の足踏みで生じた衝撃波で死んだ奴らが瓦礫の下に消えたのだ。

 

 俺は瓦礫を退かしながら廃墟から出た。汚れを払う。外には兵隊共がいた。全員俺を見て腰を抜かしている。いや、今の衝撃波で立てなくなっているだけか。コイツらは下っ端だ、無視する。

 無言で自分の館に向かうと、その途中で戦士達が現れて槍や剣を向けてきたが、一睨みすると全員が怯えて道をあけた。チッ……挑む気がないなら最初から邪魔をするな。

 

 館に入る。そして愛用の大斧を持ち出すと、厩に行きバイコーンに跨る。

 何人もが俺を引き止めようとするが、知らねぇよ。国王は死んだ。俺に恩を与えていた奴は死んだんだ。ならこんな国に用はない。なにより裏切りモンのいる国なんざ反吐が出る。

 邪魔をするなら殺すという意思を込めて睨むと、邪魔する奴は消えた。腰抜け共め。

 俺は飼いならしたバイコーンを走らせる。俺を乗せて走るようになってからコイツも鍛えられた。なんせ俺は重い。重い俺を乗せている内にコイツも成長したわけだ。成長してなかったら潰して食ってやる気でいたから、コイツも必死だったのかもしらないな。

 

 ともかく、この国を出よう。後のことは後で考える。

 

 バイコーンを走らせていると、上空に気配を感じる。見上げると三人娘がいた。光り輝く翼を羽ばたかせ、俺に随行してくる。なんだ、お前らは俺に付いてくるのか? 物好きな奴ら……。

 まあいい。俺は死んだ国王の離宮に向かい、止めようとする奴らの首を大斧で刎ね、バイコーンに乗ったまま奥に入った。そこには種が弱かったらしい国王の唯一の子、溺愛していた娘がいた。

 美女に産ませたからか面はいい。性格は知らん。

 俺の長子の婚約者かなんかだったかもしれん。それも知らんが、ありそうな話ではある。戸惑いながら見上げてくるこの国の姫を担ぎ、攫った。どうせこの国にいても幸せにはなれまい。死んだ国王への恩は、アイツが溺愛していたコイツに返すことにしよう。

 

 三人娘を一瞥し、戸惑ったままの姫を指差す。三人娘も困惑していたが、死んだ国王のいた所と姫を交互に指差すことを繰り返すと、やっと意図を察してくれたのか姫に話し掛けてくれる。

 事情を説明しろとせっついたのだ。やがて姫も事情を知ったのか、口元を手で覆い、大粒の涙を流しだした。めんどくせぇ……。慰めてやるのが面倒なので放置する。もう一度俺の館に帰り、忘れ物を身に着けた。国王がくれた白い衣装と青いマントだ。特に金糸で狼を象った青いマントは高そうだし、形見としてコイツにくれてやろう。

 バイコーンの背中で泣いたままでいる姫の頭へマントを掛け、バイコーンに跨った俺は今度こそこの国から出奔した。後は野となれ山となれ、だ。国がどうなろうと知ったことじゃない。

 

 在野に出ると、俺はあてもなく姫を連れたまま旅をした。いつしか泣き止んだ姫は、しきりに俺に話しかけてくるようになったが会話は通じない。言葉を知らんし知る気もない。無視する俺に、俺がそういう奴なんだと知った姫はまた泣いた。なんでだ? 分からん……。

 一月ほど旅をすると、訳の分からん森に来ていた。どこの森だ? 今生の俺は方向音痴だったらしい。どこに行くのも国王の指示通りにして思考停止していたからか、本来あるべき土地勘がまるで養われていなかったようだ。困って三人娘を見るも、コイツらは俺に付いてきてるだけだから目的地なんかない。俺にもない。姫は呆れ果てていて、お腹を撫でていた。腹が減ったのか。

 

 仕方ないので森に入り、獲物を探す。見つからねぇ……俺が森に入った瞬間に、全ての生き物が気配を消したのだ。なんでだ……?

 

 やむなく木の実とかを拾う。山菜も集める。キノコも。いやキノコは毒があるかもしれん。俺には効かんが姫には効くからな、キノコは俺専用にするしかないか。

 姫の所に戻り、ハッ! と掌で挟んだ枯葉や藁に摩擦を掛け火を熾す。焚き火だ。唖然とする姫を無視して、とりあえず全部に火を通したりした。不味そうに食う姫。不味くて顔を顰める俺。

 そんなこんなで旅をしていると、姫は俺には任せられんと言わんばかりに怒り出した。不味い飯に耐えかねたらしく、料理を自主的にやりだしたのだ。だが姫の料理も不味い。気まずかった。

 

 あてもなく彷徨っていると、ようやく人里を見つける。姫は両手を上げて喜んだ。此処に来るまでに肉が食いたくて堪らなくなった俺はバイコーンを絞め殺し、その肉を姫と食っていた。姫はバイコーンに愛着を持っていたらしく、ソイツを殺して食った俺に泣いて怒っていたが、肉になったのなら仕方ないと姫も食っていた。二年ぐらい一緒に旅をしたが、随分逞しくなったもんだ。

 というか野生の獣は俺の存在を察知した瞬間に息を潜めて隠れるので、本当に肉を食える機会が少なかったのが悪い。時々見掛けるモンスターや空飛ぶトカゲ、雑魚のドラゴンもどきを食えはしたが、俺は毎日でも肉を食いたいのである。耐えられなかったからバイコーンを食った、それだけだ。俺は悪くないぞ。バイコーンは鍛えられてたから筋張っていたが、意外と美味かった。

 

 見つけた人里――集落に入ろうとすると、村人に止められた。誰だと誰何してきているらしい。姫が応対しなんとか集落に入れるように交渉していた。面倒だな、殺してほしいもの奪えばいいだろうに。そう思っていると、それを察知した姫に厳しく叱責された。

 何を言ってるのかは分からんが、仕方ないので略奪はやめる。

 俺は村人に先導される姫の後について歩いた。久しぶりの人里だ、あちこちを見渡して倉の位置を把握する。長年の癖だ。ついつい奪えるものを探してしまう。性欲はここ二年我慢していたから、目が肥えているはずの俺でも芋臭い村女にも情欲を覚える。二年も周りに手を出せない女を置いていたせいでもあるだろう。犯そうとすると、やはり姫に止められた。

 

 おいおい。姫の前で女を犯したことはないだろ。なんで分かるんだ? また禁欲かよ。堪らんな。

 

 仕方ないので筋トレする。

 旅の間で気づいたが、三人娘は俺が持つのと同じ指輪を持っているのだし、それを使えば更に負荷を掛けられるはずだ。その予想は当たっていて、指輪を要求すると背中や肩に乗ってこられた。

 いや指輪を寄越せよと思うが、邪険にできない。三人娘を乗せたまま筋トレをする毎日をこの一年は送っていた。それはもはや日課になっていて、俺は今日も三人娘を乗せて筋トレした。

 

 そういえば、この女達の名前を知ったんだった。

 

 金髪がスルーズ。赤髪がヒルド。黒髪がオルトリンデというらしい。ヒルドが何度も耳元で名前を言うもんだから覚えてしまった。が、呼ぶ気はない。

 コイツら指輪だけ置いて帰ってくんねぇかなとずっと思っているのだ。抱けない女を傍に置く趣味はないのである。だが帰ってくれない……そろそろ我慢の限界だぞ、ご老人よ。この女どもが関係者なら早く連れて帰ってくれ。性欲の我慢は体に毒なんだぞ。

 

 そんなこんなで筋トレだけして一年がまた過ぎた。姫はこの集落に定住する気らしい。姫も肝が逞しくなったもんで、集落で一人の男を気に入り婿にしていた。ん、婿? 嫁に行くんじゃなく?

 なんと姫は、この一年で集落を乗っ取っていた。村長の座についたらしく、全員が姫に従っている。俺の存在を利用したんじゃないのに凄いな。捕まえた男とも恋愛の末に結ばれたらしく、愛し合っているのが分かる。シグルドとその女を見たことがあるから分かった。

 ふーん。ま、姫が幸せならそれでいいさ。恩は返せたな、よし!

 結婚式っぽいことをしてる姫を見守る。姫は笑顔で、婿も照れくさそうにしている。二人は最後に俺の所に来て、なんか言っていた。婿は姫を幸せにしますとでも言ってるのか? 分からんが頷いておいた。姫も笑顔で俺に抱き着いてきた。

 

「………」

 

 姫が、びっくりしている。

 細心の注意を払って、姫の頭を優しく撫でたのだ。そして、微笑んだ。

 どちらも今生だとはじめてのことで、我ながら似合わんことをしたと思う。

 だが姫は喜んでくれた。なら、いい。俺は婿の目を見た。幸せにしろよ。裏切ったら殺す。

 婿はブルリと震えたが、逃げなかった。よろしい。いい男だ。裏切りフラグは少ないと見てやる。

 

 その日は飲めや歌えやの大騒ぎ。姫も酒を飲んで上機嫌で、婿にしなだれかかり眠ってしまった。

 それを見届け、俺は集落を後にする。

 

「………」

 

 チッ。スルーズ達を置き去りにするつもりが、すぐついて来やがった。

 三年か。二年を姫と旅をして、三年目は姫が結婚するまでを見届けている。我ながら穏やかな時間を過ごしてしまったものだ。俺も丸くなったかな? と四年目にして隣国に辿り着き、ちょっとした規模の町で略奪しながら思った。

 奪った酒を飲み、肉を食い、町で一番の女を犯す。邪魔する奴は皆殺した。甘くなったな。昔の俺なら火をつけて火に呑まれる町の光景を楽しんでいたというのに。姫の穏やかさに当てられたか。

 

 久しぶりに女を楽しんだ。町一番の美女は十発目で死んだから、二番目の美女まで犯し殺してしまった。久々にスッキリして筋トレに集中できる。

 気ままに旅をしていると、時々国の戦士や荒くれ者っぽい奴らに狙われた。俺を明らかに狙っていたから、悪さをする俺を懲らしめに来たのかもしれん。相手にならんが。

 しかし、女でスッキリしたせいで思い出してしまった。

 

「シグルド」

 

 そういえば決着をつけていない。どちらかが死ぬまで戦いたい。俺は最後に戦った時よりもまたまたさらに強くなったぞ。今なら勝てる気がする。

 俺は次の町で攫った女を犯しながら訊いた。

 

「シグルド」

 

 と。アイツは絶対有名人だからな、聞けば分かるだろう。

 そう思っていたが、女は泣いている。いや鳴いている。仕方ないので情事が終わってから訊くと、女は泣きながらも戸惑っていた。

 何度でも訊く。シグルド、と。シグルドの居る国に案内しろと身振りで急かした。女は戸惑いつつ何かを言ってきたが理解できん。執拗に繰り返す俺に根負けしたのか、女は俺を案内した。

 

 半年掛けて女を連れ回すと、見たことのある景色の所に来た。ああ……懐かしいな。以前国王に連れられて侵攻した時に見たシグルドのいた国だ。

 女を解放してやる。気分が良くなったからだ。

 俺は堂々とこの町のお偉いさんがいるところへ向かう。すると何人もの戦士が俺の行く手を阻み、全員を殺した。

 

「シグルドォ!」

 

 吼えた。

 俺が来たぞ。此処に来て俺を止めないとこの国をグチャグチャにするぞ!

 殺気を込めてシグルドの名を叫ぶ。

 するとまた戦士達が来て――隊長らしき奴が、俺を見て顔を青くした。

 俺を知っているようだ。

 

「へ、ヘルモーズ……!?」

 

 ニヤリと嗤う。俺を知ってるなら都合がいい。結婚式の日に姫に突っ返された青いマントを翻し、白銀の大斧を携え、銀の艶を帯びた白髪を後ろに撫でつけながら歩み寄る。ズシン、ズシン、と足音を響かせた。俺の筋肉密度は我ながらえげつないぞ。身長に変化はないし体型も変わっているようには見えないが、体重はおそらく300キログラムは超えている。凄いね人体(きんにく)

 

「シグルド!」

 

 シグルドを出せ!

 大斧を突きつけて要求する。

 俺の戦意を見て、俺がシグルドと戦いに来たのだと悟ったらしい。

 なぜか――その戦士は絶望した顔になった。

 

 なんだ……?

 

 戦士は部下に何かを命じ、部下は走ってどこかに消えた。増援でも頼むつもりか? それともシグルドを呼びに行ったか。どちらでもいい、どうあれ殺すだけだ。

 特別に待っていてやると、青い顔の戦士が青い顔のお偉いさんを連れてやって来た。

 は? と顔を顰める俺に、お偉いさんは青褪めながらも毅然と何かを言い、俺に背中を見せた。

 ほう。俺について来いと? いいだろう。

 大人しくついていってやった。待っているのは罠か? なんでもいい。さあどこにでも連れていけ。シグルドがいるならなんの不満もないぞ。

 

 そうして連れてこられたのは、霊廟だった。墓だった。

 

「………?」

 

 なんだ? 何がしたい。俺は墓参りなんかする趣味はないぞ。

 

「シグルド」

 

 身なりのいいお偉いさんが、墓を指差して名を言う。

 

「は……?」

 

 声が漏れた。

 何を言われたのか脳が理解を拒んだ。

 

 何度もお偉いさんと墓を見比べる。

 

 これは……誰の墓だ?

 

「シグルド」

 

 嘘だ。アイツは強い。俺の筋肉の次ぐらいには。

 そんなわけがない。死んでるわけがない。死……? いやいやそんなアホなことがあるか。

 シグルドの傍にはあの女もいたはずだぞ。あの女はどうした?

 お偉いさんの頭を裏拳で消し飛ばす。さあ殺したぞ。戦いだぞ、シグルド。

 お前以外の誰が俺と戦える? あの女と二人でかかってきていい。さっさと来い。ここで待っていてやるから。

 

 だが、来ない。戦士達が様子を見に来て、お偉いさんが死んでるのを見て気色ばみ、殺気立つのを無視してシグルドを待った。

 しかし、どれほど待ってもシグルドは来ない。

 仕方ないから虐殺してみた。周辺に居る全てを殺した。

 来ない。

 シグルドが、来ない。

 墓に戻り、墓を暴く。中には――魔剣があった。翡翠の大剣だけが唯一残った遺品のように。

 

「…………」

 

 まさか。

 

 まさか、本当に……?

 

「し、シグルド……」

 

 俺は茫然と、その場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヘルモーズのいた国
 ヘルモーズの死を待つまでもなかった(抑止力)

名無しの戦士
 四年間行方不明で、死んだと言われていたヘルモーズがいきなり現れ。
 その四年間であった国のゴタゴタした陰謀でシグルドが死んでいた時の心境を答えよ。

シグルドの国
 ヘルモーズのいた国に策を仕掛け、まんまと国王を暗殺成功。
 ヘルモーズも死んだと報告されていた。

シグルド
 終幕。

ブリュンヒルデ
 終幕。


 ヘルモーズに関わって明白に幸せになった数少ない人。勝ち組のままフェードアウト。

ヘルモーズ
 シグルドが主人公の『ヴォルスンガ・サガ』における最大最強の敵。
 結局倒せなかったから策略で謀殺したはずの敵役で、シグルドの死後に彼の国を訪れてくる。
 好敵手シグルドの死を知ったヘルモーズは茫然自失とし、シグルドのいた国に居座ることに。
 何もかも(筋トレ以外)に萎えて気力が失くなっている。
 気力が回復するまで大人しくなる模様。たぶん存命者の中で一番シグルドの死を悲しんでる。
 俺が殺したかったのに! と。

 なお女は普通に犯す。原作キャラとかお構いなし。コイツに負けた女は生きてたらヤられる。なんせ美人しかいないので。子供でも関係ない。
 FGOだとマスターが女の子だったらやっぱりヤられる。マシュも危ない。ダ・ヴィンチちゃんもヤバい。敵も味方も全員ヤバい。なので強制退去待ったなしになるかもしれないが、マスターがパーフェクトコミュニケーションをしたらなんとかなる可能性も無きにしも非ず。その場合被害はマスターだけに。
 女の子が呼ぶべきじゃない奴ナンバーワン。マスターが男の子だったら女サーヴァントにタゲが移る。男マスターがマシュを庇えばマシュだけセーフ。

 ちなみに令呪は効かない。筋肉は自由だ。


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4話

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 

 シグルドが知らん女に横恋慕され、忘却薬を知らずの内に飲まされてあの女――ブリュンヒルデというらしい――のことを忘れ去り、政略結婚として横恋慕してきた女と結婚した。

 ブリュンヒルデはシグルドに捨てられた、裏切られたと思って絶望した。そんな中で知らん男に横恋慕され、求婚されるも拒絶し、試練を乗り越えないとダメだと告げる。殺す気で無理難題を出すも男はシグルドに頼んで、シグルドはその男に変装して試練を突破。男はブリュンヒルデを娶るも、あの女は狂乱してその男と横恋慕女を関係者含めて皆殺しにした。

 そして、シグルドは義務感でブリュンヒルデと戦おうとして――ブリュンヒルデになぜか魔剣を向けられないまま、忘れてしまった愛した女に殺された。そうして虚無の中にいたブリュンヒルデは火葬されるシグルドのいる火の中に身を投じて自殺したのだ。

 

 夢から覚める。

 

 見れば、隣にいつもより更に機械的に無表情だった、スルーズやヒルド、オルトリンデがいた。

 俺が目覚めたのを見ると、顔に血が通ったように緩まる。だがスルーズ達の顔は悲しげで、目の端に涙を浮かべていた。――どこかブリュンヒルデに似ている気がしていたが、もしかしたらコイツらは姉妹なのかもしれん……ハッ、そんなもん今更どうでもいいがな。

 今の夢は、魔術か。はじめて食らったな。今まで魔術の類いは筋肉で弾いてきたし。いや、俺がコイツらに気を許していたから通したのかもしれん。俺は無意識の内に、いつの間にかコイツらに気を許していた。コイツらの機械的な様子が気に入っていたのだと自覚する。

 

 機械も人を裏切らないからだろう。裏切ったように見えた時は単なるヒューマンエラーが原因だ。

 

 となると、今のがシグルドの死の真相というわけか。

 

 ――くだらねぇ。どっちも裏切られて死んでんじゃねぇよ。

 

 得体の知れない怒り、失望、呆れ、諦め。ぐるぐると胸の中で、前世の最期に覚えた絶望に似た感情が渦を巻いている。シグルドは薬のせいとはいえ愛する女を裏切り、周りは恩義ある英雄シグルドを裏切り、ブリュンヒルデはシグルドの愛が失われた元凶を知らないままシグルドを殺したから裏切っているようなもんだ。薬で忘れたなら、何かの薬か魔術で思い出させることも出来るだろうと俺でも想像がつくぞ。短慮過ぎるし、自殺した流れもシグルドを裏切っている。アイツなら自分の死後も幸せに生きて欲しいと願うんじゃねぇかよ。馬鹿が、馬鹿共が。人間はやはり裏切る。他人を信じるからそうなるんだ。俺に殺されてた方がまだ戦士らしくて良かったんじゃねぇか?

 むしゃくしゃする。腹が立って仕方ない。だが、何もする気になれん。俺はシグルドの墓のある廃墟の町から立ち去った。シグルドの魔剣を盗んで。

 別に俺が使うつもりはない。ただこのまま墓に置いていても、いずれ墓荒らしかなんかがシグルドの魔剣を盗むだろうと確信し、そうなるぐらいなら俺が持っていた方がマシだと思っただけだ。

 どこに行こう。悩みながらテキトーにほっつき歩いていると、スルーズ達が俺の周りを飛び、先導しようとするかのようにどこかに向かっていった。なんだ? いや……目的もねぇし、たまには連れて行かれてやるか。そう気まぐれを起こした俺の肩にヒルドが乗る。

 

 泣いていた。声はないし、涙も流してないが、そんな気がする。先導するスルーズも、隣にいるオルトリンデも。チッ……辛気臭いったらねぇな。機械っぽさを気に入ってたのに、急に人間っぽくなりやがって。そんなにブリュンヒルデが死んだのがショックだったか。

 目障りだ、と思えないのは……悲しむ三姉妹が、国王が死んだ時の俺を思い出させたからだ。ますます不愉快になる。苛立つ。結局何もしないまま、俺はスルーズに導かれるまま別の城に来た。

 そこにいた男を指差される。俺に何をさせたい? まあいい。男に歩み寄ると、ソイツは俺のことを知っていたらしく恐怖で震えたが、俺が魔剣を持っているのを見て顔色を変えた。なぜか決死の表情で剣を持ち斬りかかってきたが普通に顔面を掴んで握り潰してやる。

 雑魚だな。だが、嫌いじゃない雑魚だ。俺を誰か知った上で挑んできた奴は雑魚でもいい戦士だと認めはする。俺が雑魚を殺すと、オルトリンデが一つの竪琴を抱えてきた。鬱陶しい。俺は楽器なんか弾かねぇよ。煩わしくて裏拳を振るうと竪琴が破壊された。

 

 すると、中から一人の女のガキが出てきた。

 

 あ? なんだ……コイツ。女のガキは目を白黒させて俺を見上げている。

 誰かに似ていた。いや、はっきり言ってブリュンヒルデに似ている。これは血の繋がりを感じた。まさかシグルドとブリュンヒルデの娘か?

 

「シグルド。ブリュンヒルデ」

 

 名前を言うと、メスガキは目の色を変えた。何事かをまくし立てる。この反応からして、本当にあの二人の娘であるような気がした。

 スルーズを見る。頷かれた。

 ヒルドを見る。微笑まれた。

 オルトリンデを見る。懇願するような目だ。

 舌打ちする。ああ、そういうことかよ。ブリュンヒルデの娘が、こんな竪琴の中に身を置かれているのが哀れで仕方ねぇってか? ハッ、だからって俺みたいな奴に預けるとか頭沸いてるだろ。

 ま、いいさ。俺は喋り疲れて肩で息をするガキに言った。

 

「シグルド」

 

 翡翠の大剣をガキに押し付ける。すると虚を突かれたような顔をして、ガキは目ん玉が零れそうなほど目を見開き、すぐにその魔剣がなんなのかを悟ると大事そうに魔剣を抱き締めた。

 じゃあな。竪琴から出してやったし、遺品も確かに渡した。これでいいだろう。そう思って立ち去ると、なぜかガキはついてきた。……あぁ? 見ると、ヒルドがガキの背中を押して、俺に付いていくように促しているようだった。何してんだコイツは……。

 

「ヘルモーズ」

 

 覚悟を決めたように切りかかられる。は? いや効かんが。お前より遥かに強い父母より強いんだぞ俺はよ。そんな俺にシグルドの魔剣を使っても傷なんか付けられるわけねぇだろうが。

 だが傷が付かないと見て、ガキは変な喜び方をした。本物の有名人に会ったミーハーな女みたいに。なんだこのガキ。訳が分からん。分からんが一回だけ切りかかってきたことを許してやる。殺気がなかったからな……なんかを試して確認したかったのか?

 なぁんかやる気出ねぇし許す。ヤる気になったらヤるが。そろそろ萎えていた心も復活しそうではあるから、付いてくるならそのうちヤるぞ。いいのか? いや言葉は通じねぇけど。

 ガキは付いてくる。スルーズ達が世話を焼いていた。そして俺のことを話している。犯していない女がガキ含めて四人も居るのは、姫と旅していた時以来だ。なんだか複雑な気分である。

 

「アスラウグ! アスラウグ!」

 

 ガキが名前を連呼する。分かった分かった、耳元で叫ぶな。アスラウグな、覚えたよ。

 なんで付いてくるんだ。俺といてもつまらんだろうに。

 俺はシグルドのいた国の首都に来た。誰も彼もが止めようとしてくるのを振り払う。邪魔するなら殺すだけだ。殺気を放つと腰抜け共は退いたが、何割かは挑んでくる。勇敢な奴は全員殺した。すると後に残るのは腰抜けばかり。誰も俺の行く手を遮らない。

 首都に行きテキトーな家屋を選んで住みこむ。住人は追い出した。腹が減ったらお偉いさんのところに行き飯を奪い、酒を奪う。邪魔した奴は殺した。筋トレする。奪う。休む。寝る。筋トレして奪い休み寝た。これを毎日繰り返していると、アスラウグが魔剣を持って何かを要求してきた。なんだ? 誘われるまま広い所に行くと、今からいくぞと身振りで示された後切りかかられる。

 

 は?

 

 デコピンしてふっ飛ばしたら気絶していた。よっわ……雑魚が挑むんじゃねえよ。時間の無駄だ。

 また同じような日々を過ごす。またアスラウグが挑んでくる。今度はビンタしてブッ飛ばした。

 筋トレで筋肉を高める毎日。懲りずにアスラウグが挑んでくる。

 

 気に入った。いつも正面から来るのが特に。

 

 気に入ったから顔面を(グー)で殴り飛ばした。かなり手加減はしたが普通なら死んでいる。だがアスラウグは死ななかった。ニィ、と口端が緩んだ。

 そうだ。そういえばアスラウグはあの二人の娘だったな。筋も悪くない。ならいずれあの二人並みに、もしくはあの二人以上に強くなる可能性はある。いいなぁ、それ。実にいい。

 俺はいつでも来いと、アスラウグの頭を掴んだ。撫でられたと思ったらしいが、違う。頭を揺らして脳震盪を起こさせ寝させたのだ。今は筋トレ中なので邪魔だったのである。

 

 翌日からスルーズがアスラウグに魔術を教え、ヒルドが魔剣の扱い方をシグルドの名前を出しながら教えて、オルトリンデはアスラウグの訓練相手になっていた。そしてアスラウグが俺に挑む時はまるでセコンドみたいにバックについて助言や指示を飛ばしている。

 なんだか愉快になってきた。むくむくと股間がいきり勃つ。アスラウグが俺に負けたらまずはお前だぞスルーズ。ヤる気がもりもり湧いてきたのだ。気づいたスルーズが固まっているが知らん。

 アスラウグを返り討ちにして気絶させている最中、スルーズを引きずって褥に入る。本当に久しぶりの女である。ご老人には悪いが五年以上我慢したんだから許してくれ。俺がこういう奴なんだと知ってるはずだからな、スルーズ達も含めて。

 

 スッキリはしないし物足りないが、スルーズを壊す気はない。ガクガクと脚を震えさせ、内股になったスルーズは熱を入れてアスラウグに指導をしはじめてガキを困惑させていた。

 次はヒルドだ。返り討ちになったアスラウグが目を回している内に褥に連れ込むも、スルーズと違い意外と乗り気だ。この分だと普段から誘えば抱けたなコイツ……損をしていた気分になった。

 次はオルトリンデ。コイツも逆らったり抵抗したりはしない。締まりがいいな。耐えている顔が特にいい。単純に可愛らしい。俺の筋肉の次に。

 以降はスルーズ、ヒルド、オルトリンデと、ローテーションを組んで順繰りに抱いた。たまに三人纏めて犯し倒し気絶させたがまだ物足りん。我慢できないほどじゃないが、40近いオッサンになったのに性欲が若い頃より激しくなっている気がする。筋肉が躍動するからか? 分からん。

 

 そうした平穏で肉欲に塗れた毎日を送って数年が経った。俺は50手前だ。だがまだまだ元気である。筋肉は衰えていない。むしろ進化している。

 いつしかこの国は俺がいるのを受け入れていて――諦めたとも言う――俺が略奪に出る前に色んな物が自主的に提供されるようになった。中には毒もあったりしたが効かんので無視してやった。魔術師の霊薬やらなんやらで殺したり操ったりしようとしていたらしいと、オルトリンデ達に夢を見せられて知ったが放置する。んなもんが俺の筋肉に効くわけねぇだろう。

 

 ある時のことだ。

 

 代替わりしたお偉いさんが俺の所に来て頭を下げた。金銀財宝を捧げてきている。俺は黙っていたがアスラウグが応対し、なんでか快く引き受けたみたいな空気になっていた。

 なんなんだ。意味が分からず黙っていると、その日の夜にまた夢を見せられる。俺に話を理解させるために夢を見せる流れはそろそろやめろ。どうでもいいんだよ、他人の話なんざ。

 だが見ちまったもんは仕方ない。どうやらこの首都の外に悪竜現象で邪竜になった奴が出たそうだ。ソイツを俺に退治してほしいらしい。悪竜現象……? なんだそりゃ。分からんが、竜が出たという理解でいいのか? だったら最高だな。俺が覚えている竜ってのは、昔の俺が1000発殴ってやっと殺せた奴である。いいねぇ、やる気が出てきたぞ。

 ウキウキしていると、ヒルドが夢の中で言った。コイツは抑止力だね、と。ヘルモーズを殺そうとしてるんだ――とか言っていた。ははぁ。つまり俺が此処にいるから邪竜も此処に現れたってことなのか。周りの奴らは巻き込まれて可哀想である。引っ越しはしないがな。

 で……抑止力ってなんだ? なんでもいいか。俺を殺そうとする敵だということだけ分かればいい。殺せるもんなら殺してみろ。俺は筋肉で受けて立つ。

 

 城の外に出て暫く歩くと、俺のことを待ち構えていたらしい邪竜が湖の畔にいた。

 

 あぁ……コイツは強そうだ。昔1000発殴って殺した奴よりもずっと。だが、いいのか? たった一匹で来てよ。今の俺は昔の俺より百倍強い。筋肉がそう言っているから間違いない。

 咆哮する邪竜の大きさは城サイズ。ハッハ、こいつはご機嫌だな。吼えただけで湖の水が弾け飛んで辺りに雨として降り注いでいる。あんまりにもデカい声量で雑魚どもなら肉体が破裂していただろうよ。俺の筋肉には効かんが、久しぶりに血湧き肉踊る。

 歓喜の雄叫びで応えてやった。流石に声量では劣ったが俺の周りに降る局地的な雨は蒸発する。なんか付いてきていたアスラウグが耳をふさいでいた。魔法文字で防護しはじめている。

 

 ハッ、殺る気で来たらしいが、今回は大人しく見てろ。今日は俺の本気を見せてやるぞ。

 

 いきなりよく分からん青い炎の息を吐き出されたのを大斧を投げつけて相殺しながら突っ込む。炎の余波が熱い。服が燃えた。やべぇ、俺の一張羅が! 怒りの鉄拳を顔面に叩き込むと邪竜の首が跳ね上がり、巨体が宙に浮いた。すげぇな、死なねぇのかよ! 牙も折れてねえなんて最高のサンドバッグだ!

 辛うじて無事だったマントを外してアスラウグに投げ渡し、全裸にさせられたまま躍り懸かる。反撃の尻尾の薙ぎ払いをまともに受けて吹き飛んだ。痛ぇ……シグルドの必殺技並だ! いいねいいね、期待通りだ。なかなかいい筋肉してるぞ、俺の次になぁ!

 

 嗤いながら叫ぶ。来い! 大斧が飛来してくるのを掴み取り、雄叫びを上げながら突撃した。強靭な腕で殴られ、爪で掻き毟られ、尻尾で突かれたり薙ぎ飛ばされる。痛ぇ痛ぇ! 顔面に頭突きとかその図体でよくもやるもんだ。鼻血が出たのも久しぶりだ、ブリュンヒルデの槍並に痛いぞ! テメェの炎でほんのり火傷もしてる! 俺の筋肉にダメージを通すたぁやるじゃねぇかよ!

 だがなぁ、それだけしてこの程度か? 所詮は蜥蜴頭だ、俺に力で挑むたぁ馬鹿にしてくれる。力は俺の土俵だぞ。力でこの俺に勝てるわけがない。力でだけは誰にも負けない。俺は狂喜しながら蜥蜴頭を殴りつけ、薙がれる尻尾を掴み振り回して大気圏の向こうまで投げ飛ばしてやった。宇宙から帰ってこれるか? 普通に帰ってきやがった! 摩擦熱で炎を纏い隕石みてぇになって俺に突撃して――直撃された。音より早く光に迫る速さは躱せなかった。はじめて血反吐を吐く。ああ、なるほど、お前が天だったか。大地は割れる、なら次は天を殺してやるよ。

 

 

 

 ――炎の海に呑まれ灰燼と帰していく一帯の中、大気を振動させる雄叫びと咆哮が二重に轟く。大地が超人の足撃により揺れ大地震が起き、邪竜の超質量の突貫で北欧世界が悲鳴を上げた。

 

 

 

 人々は恐れた。ついにラグナロクが始まったのかと。神々が最終戦争に赴いたのかと。

 だが違う。これは一体の邪竜と一人の人間による死闘の余波。見守る戦乙女達と大英雄の娘の前で。恐れ知らずの吟遊詩人の目の前で、たった二体の怪物による世界大戦が繰り広げられた。

 

「ギャァァァッハハハハハハハ――――!!」

 

 蛮人。否、蛮神の哄笑が響き渡る。全身から血を流す様はまさに狂気の神。人とは思えぬ戦の暗黒面としか映らない。だが対する邪竜の強大さ、巨大さが巨人の如き巨漢の勇姿を光に魅せる。

 大英雄亡き後、大英雄最大最強の宿敵だった反英雄は、この時まさに北欧世界に冠たる英雄だった。邪竜の首に組み付いた悪の光は大斧の柄を使い首を締め付ける。苦しげに暴れる邪竜だが、悪の光と化した暴虐の化身を振り払えない。苦し紛れに邪竜が炎を溢れさせる。口からではない、全身の鱗の隙間からだ。さながら地上の太陽の如き有様に、蛮神から絶叫が迸る。

 僅かな力の緩みを感じて邪竜が暴れる。振り払われた蛮神が地面を転がり、一度距離が空いた。

 蛮神は満身創痍だった。一度も躱さず、全ての攻撃を受けていたのだから当然だろう。だが相対する邪竜の方が弱っていた。首の骨が砕けかけている、尻尾は半ばから千切られている、片翼は根本から切断され、片目は拳で潰され刳り出されていた。

 

「ハハハハ」

 

 地上に残る最強の勇士は嗤う。今まで経験したことのないダメージを負っているのに怯みもしない。ただただ愉快げに笑い、暴虐の気配を衰えさせない。

 頑丈な大斧は半壊していた。両刃が片刃になり、それも罅が入っている。だが激戦を繰り広げたせいか、それとも生ける超越者の戦意が乗り移っているのか、半壊した戦斧の威容は異常だった。

 邪竜は竜の誇りにかけて怯えない。逃げ去らない。最強の生命体である竜種としての意地が人間からの逃走を赦さない。嬉しそうに超人は犬歯を剥く。だが、反英雄ヘルモーズは言った。

 

 ――テメェよりシグルドの方が強ぇな。

 

 シグルドの剣撃、拳撃、蹴撃、必殺技。その悉くを受け止めてもほとんど流血したことはない。対して邪竜との死闘の中で猛攻を受け、満身創痍となっているのに宿敵の方が強いと彼は思う。

 美化された思い出補正か? いいや違う、断じて違う。

 なぜならシグルドと戦っていた時の方が手こずった。勝てるビジョンがなかなか見えなかった。勝利とはすなわち殺害であり、殺害の能わなかった場合は負けであると彼は個人的に考えている。

 故にシグルドの方が邪竜より強い。なんせ、蛮神は最初からこの邪竜を殺せる(勝てる)相手だと感じ、実際に勝利するまでの過程が見えていた。戦いやすい相手だったのだ。

 

 決着の時だ。悪の光ヘルモーズが跳躍する。邪竜は魔力炉心を全力稼働させ迎撃した。迸るのは血の混じったドラゴンブレス。喉から血を溢れさせ、自傷の激痛に耐えながらの決死の攻撃だ。

 それをヘルモーズは避けない。避けないことが美学なのではない、防がないのが誇りなのではない、単に防いだり避けたりする必要性を感じていないだけだ。今までで最大の火力を叩き出した邪竜の魔力息の只中を突っ切った蛮神は黒焦げになっている。だが動く。ぎょろりとした白目から血涙が溢れ、渾身の力で皹が入っていた邪竜の頭蓋を戦斧が叩き割った。

 食い込んだ刃が邪竜の血を吸う。白銀の光を放つ大斧は獲物の血に歓喜しているかのようだ。よろめいた邪竜の顎を掴み、無理矢理こじ開けたヘルモーズが口内に侵入した。黒焦げている体皮は暗黒の如し。死力を尽くして再び炎が吐き出されるのに構わず体内に侵入した反英雄が、邪竜の腹の中に落ちて中身をグチャグチャにかき回す。

 

 断末魔が轟いた。生きたまま内臓を破られ、心臓に辿り着かれた邪竜はのたうち回る。魔人としか言えない悪逆の英雄は心臓を貪り、骨を引き抜き、血を啜り、哄笑を迸らせながら逆流して邪竜の脳まで泳いでいく。桁外れの生命力のせいでまだ生きていた邪竜は地獄の苦しみの中にいたが、脳を食われた末にやっと絶命することが出来た。

 

 巨体が倒れ、軽い地響きを起こす。遺骸から這い出た全裸のヘルモーズは、類稀な邪竜の生命を吸い取ったように全快していた。

 しかし流石に疲れたのだろう。駆け寄る戦乙女たちを見て、フッと意識を失い倒れ伏す。

 

 斯くして人竜死戦は決着した。世界の遣わした強大極まる竜が、一度ならず二度までも、たった一人の人間に敗れ去ったのだ。

 

 意識を失ったヘルモーズを、戦乙女達は家へ連れ帰る。人間たちは生きて帰った反英雄を、意識がない内に殺してしまおうと試みたが、彼を守護する戦乙女に撃退された。

 尤も……仮に守られずとも、誰も眠るヘルモーズに傷を付けることはできなかっただろうが。

 翌日、なんてことのないように目を覚ましたヘルモーズは、久方ぶりに本気で暴れられて機嫌を良くしていたらしい。以後はこの国の周辺に蔓延る魔獣の類いを、誰に頼まれることなく積極的に狩り殺していく。自然と安全になった首都周りは栄えていくことになり、当時の王は家臣ともども酷く困惑させられることになるのだった。

 

 

 

 そうして、更に十年が過ぎた。

 

 

 

 この時、ヘルモーズは60歳だったという。しかし十年前から老いず、衰えない。意気軒昂、精力絶倫にして無双の戦士は、穏やかで肉欲に塗れた毎日を過ごしていたという。

 だが、彼の物語はまだ終わっていなかったと詩人は詠った。

 何も情勢を知らぬ大英雄の許に、国の王から遣いが訪れたのだ。

 遥か遠方から襲来し、ローマをも破った蛮族の王が来たというのである。何を言われているか理解しないまま、しかし何者かの気配を感じて興味を抱いた蛮人は招待に応じて出向いていった。

 

 果たしてヘルモーズは二度目の――否、戦乙女達や宿敵の娘を含めたら三度目の運命の出会いを果たす。

 

 かつてシグルドのいたこの国に、()()()の王、神の災い、神の鞭、大進撃と謳われる()()()()()()()()が襲来してきたのである。

 

 蛮族と歴史的大蛮族が、同じ時代、同じ地域で出会ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 




スルーズ・ヒルド・オルトリンデ
 遂にヤられる。
 むしろ戦乙女的に誘ってたから「やっとか」感が強いという。
 ラグナロクが近い。

アスラウグ
 なんか拾われた。ついていった。敬愛する父の魔剣を貰えて嬉しい。
 諸事情で親を知らないせいか、親のようにヘルモーズを見ている。
 が、十年経って大人になると、上三人が盛ってるのを知りモヤる。
 養父兼師だが、戦乙女の血のせいで養父が一番の男に見えている。
 実は一番倒錯した感情を持て余していたり。

アッティラ(アルテラ)
 来ちゃった。
 世界的大蛮族の長。王。実は何気に同じ時代の人物。
 長生きしてたら出会っちゃうのだ。

ヘルモーズ
 シグルドの死の真相を知り激萎え。暫く大人しくなっていた。
 が、色々あって、邪竜とか殺した辺りで完全復活。
 しかし対応マニュアルが作られたから結果的に被害は最小限に。
 女も戦乙女三人で満足(してない)
 だが飢えてる訳でもないのでそそる相手がいない限り手は出さない。

 そそる相手が来た。


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5話

 

 

 

 

 

 邪竜を殺してからというもの、筋肉の躍動が止まらない。

 

 活力が漲り、丹田から熱が巡り、火照った体は筋肉が唄う国歌に酔い痴れていた。

 最高潮に達したテンションに身を任せ、貪っただけのつもりであったが、あの邪竜は最高のタンパク源だったのだと後から理解させられる。筋肉に、だ。

 俺の脳は筋肉だ。つまり筋肉が求めるものが俺を動かす。筋肉は邪竜のこってりとした血を求め、心臓の溢れんばかりの瑞々しさを欲し、最高の肉を、脳髄という濃厚なデザートを欲した。

 筋肉の求めるタンパク質は喰らうに限る。邪竜はプロテインだったのか? 邪竜を喰ってからは筋繊維の一本一本がより強靭になり、以前より数割増でパワーの出力が上がり、持久力や耐久力も自覚できるほど劇的に向上していた。筋肉のキレに磨きが掛かり、岩石が宝石へと様変わりしたかのようで。心臓に後付けのエンジンを搭載したように馬力が数倍増し。体皮は異常に堅い。

 どうやら俺の筋肉はファンタジー認定されたらしい。確かにこんなにも素晴らしい天の恵みは、プロテインと称する他にないのは間違いない。異世界ファンタジーのプロテインの効力は目を瞠るものがある。邪竜が最高級品だというのは分かるし、滅多に手に入らない貴重なものだというのも分かるから、妥協して安いプロテインでも欲しくなるというものだ。

 

 そんなわけで俺の日々のルーチンの中に、モンスターハントが加わるのは自明というものである。

 

 こんな原始時代だとプロテインなんか手に入らない。今までそう諦めていたが、『モンスターを喰えばプロテイン代わりになるのでは』という発想は、まさしく筋肉のブレイクスルーになった。

 来る日も来る日もモンスターハントに明け暮れた。全ては俺の筋肉の為である。だが安物は安物でしかない……無いよりはマシだが、俺の大斧という無機物にすら筋肉を与えた邪竜(プロテイン)には遠く及ばなかった。また抑止力とかいうのが、俺にプロテインを恵んでくれたらいいのにな。もう喜びまくって万歳三唱して恩に着るというのに……まあ無い物ねだりをしても仕方ない。

 

 そういえば、俺としては些事なので忘れかけていたが、大斧に筋肉が出来ていた。

 

 邪竜との戦いの末に両刃だったのが片刃になり、残った刃も罅が入っている半壊状態だった。今まで愛用してきただけあって、俺としては珍しいことにほんの少し愛着があった為、鍛冶仕事をしてる奴に直すことを要求しようとしていたわけだが。なんとコイツ、持ち主の俺に似たのかプロテインを吸収していやがった。具体的に言うと邪竜の血が浸透していたのだ。

 だからどうした。前の俺ならそう一蹴していたが、頭脳(きんにく)のキレが増した今の俺の筋肉は違う。今まで殺しまくり、犯しまくり、壊しまくった奴らの怨念が蘇って宿ったのが分かる。半壊した状態のまま完全状態よりも力強さが増し、俺が力を込めると俺の中から何か(竜血)を吸い俺の筋力を増大させて威力を数倍に跳ね上げるようになったのだ。

 今まで腕で届かん所の奴を殴る為に使っていただけの大斧が、この時やっと俺の武器になった。

 

 ――呆れました。ヘルモーズ様の体は半分が竜になっています。

 

 ――ね、すっごいよ。血は全部竜血だし、心臓とそれ以外の内臓とか脳も竜になってるじゃん。

 

 ――叡智が宿ったはずなのに相変わらず言葉は理解してくれません……。

 

 ――理解する気がないだけよ、きっと。

 

 女どもが何事かを囀ってるが理解しない。

 俺は今までの経験則で悟ったのだ。

 裏切りを誘発する最大の要因は言葉である、と。

 

 言葉があるから人は分かり合う。だが積もりに積もった言葉は誤解を生み、すれ違い、直截な理解を失い、果てに互いに向けあった心を傷つけ消え去る。言葉がなければそれはなくなる。

 言葉は便利だ。喋れた方がずっといい。俺の悟った答えは偏見しかないのは自覚しているし、一方的な価値観でしかないが、俺の場合は他人とは違う。俺は喋れなくていい。言葉がなくていい。身振りで伝える努力はしている、相手の意思を理解しようと考えもする。考えが正しいか観察もする。伝わらないなら仕方ないと諦める。伝わったなら――村長の息子(あのバカ)のように、裏切らん。

 俺はこれでいい。今のままでいい。俺は俺を理解し、俺が理解した奴だけ傍に置くし、傍に寄る。

 言葉があるせいであのバカは疑心暗鬼になった。言葉が足りないせいであの女はシグルドを殺した。言葉が周りにあるせいでシグルドは他人の思惑に絡め取られた。俺は白痴だと思われていい。言葉は要らないと、あのバカが教えてくれた。

 

 俺は強くなった。筋肉が強くなった。なんか老いるのが異様に遅くなった。

 

 半人半竜。十年の時を掛けて、邪竜の遺骸を残さず喰ったら後天的にそんな存在になったらしい。

 そのせいでアスラウグの魔剣、シグルドの遺品で殴られるとちょっと痛いと感じるようになったが誤差のレベルだろう。俺の筋肉はファンタジー的相性なんかに後れは取らん。

 ハッハ。もはや俺はブッチギリで強くなったぞ。シグルドとブリュンヒルデがコンビできても殺してやれるはず――ああ、いや、なんでもない。忘れる。永遠に確かめられんことなんか忘れた。

 

 そうしてモンスターハントして邪竜プロテインを節約しながら過ごし、遂に完食した頃だ。シグルドのいた国の偉い奴が俺に頭を下げに来た。なんだなんだ何事だ。俺を国に居座る邪竜扱いで、遠巻きにして何もしないでくれと祈ってきてた奴がなんの用だ?

 近頃の俺は、ヴァイキングっぽい奴らとか、戦士を荒っぽくしたような奴らに訪ねられ、握手を求められたり崇められたり献上品をもらったりしていたが……蛮族は分かりやすくて好きだし、アイツらを殺せと言われても手は貸さんぞ。握手してやった奴なんか泣いて喜んでたしな。歳食って心の余裕ができたのか、慕ってくる奴はあんまり邪険にする気になれんのだ。

 

 付いてきて欲しい? 身振りで察する。……まあ、暇だしいいか。ハッハ、俺はやはり丸くなった。昔ならウルセェって言って殴り殺していたぞ。良かったな、俺が穏やかになって。

 

 ――とか、呑気に思っていたわけだが。

 

 どうやら俺はまだ蛮族だったらしい。蛮族から文明人に進化することが出来ないぐらい、野蛮人の血が骨の髄まで染み込んでいたようだ。

 鍛えてる大の大人が、小さいガキの未熟な筋肉と張り合うことはない。それと同じで張り合える相手がいない故に、相対的に穏やかになったように見えていただけのようだ。

 それを自覚する。

 筋肉(たましい)が躍動する。

 ついて行ってやった王宮で巡り会った奴を見て――股間が、いきり勃った。

 

 

 

「――マルス?」

 

 

 

 褐色の肌の、小柄な女。俺にとっては大概の人間は小柄だが、その女は華奢に見える。

 色素の抜けた白髪は俺に似ていない。どちらかというと、ブリュンヒルデのそれに似ている。

 女が被っているヴェール越しに目が合った。

 全身に鳥肌が立つ。総毛立つ。今まで見たことのない、感じたことのない戦慄――この華奢な女の後ろに、何か途方もなく強大で奇怪で悍しく恐ろしい、白亜の巨人を幻視した。

 女は俺を見て目を見開いている。マルス、と呟いた。だが小さく頭を横に振る。

 

「アレス」

 

 ――いいやマルスではない。お前は、アレスに似ている。

 

 女が言ったことが、はっきり理解できた。初対面なのに、だ。

 機械のようなのに人間で、人間のようなのに機械のようで。俺の背後で三人娘と小娘が固まり、褐色肌に白髪の女を見詰めている。

 マルス? アレス? 誰だそれは知らんぞどうでもいい。俺はそんな名前ではない。

 

「ヘルモーズ」

 

 名を告げる。ふるふると総身が震え、欲望の矛先を見つけたように犬歯を剥く。

 殺したい。戦いたい。コイツは、強い。きっと強い。絶対強い。

 戦いたい。殺したい。犯したい。打ち倒し犯し抜き辱め殺してやる。十年ぶりの血の沸騰。心臓が強く脈打ち全身へと熱い血が駆け巡る。

 止められない。止まらない。うんざりせず、動揺せず、機械的に対応するように、女は変なカラーリングの剣を抜き放った。

 周りが五月蝿い。外野が喚いている。俺を止めようとしている。うるせぇ、知るか。こんな、こんな極上の獲物を前にして、今更止まれる訳ねぇだろう。

 

「私はアッティラ。フン族の王だ。アレスの如き戦士よ、私に挑むのか?」

 

 女は無感動に――だが俺を通して、憧れの何かを見るような目をして――名を告げる。

 アッティラ。アッティラか。覚えたぞ。

 だがな。だがなぁ……今すぐ、その不愉快な目をやめろ。

 お前は誰を見ていやがる。アレスとかいう奴か? いいやマルスとかいう奴だな。お前の前にいるのはマルスじゃねぇ、俺だ。ヘルモーズだ。あのバカが信じ誇ったヘルモーズという名の俺だ!

 

 俺を見ろ! 見ないならすぐ殺しちまうぞ!

 

「アッティラァァァアアア!!」

 

 雄叫びを上げて床を蹴り突撃した。予想以上の速さだったのか――それとも雑魚しか相手にしたことがないのか――アッティラは咄嗟に妙な剣を構えて俺の大斧を防ぐのが精一杯だった。

 渾身の力で振り抜く。手加減はしなかった。アッティラの姿が掻き消え、壁を貫通して遥か彼方へと吹き飛んでいき、城の外にある山に激突して止まる。悲鳴が聞こえる。外野の悲鳴。

 雑音として遮断した。

 アッティラを追って穴の空いた壁から飛び出す。一足飛びに山に埋まっていたアッティラまで迫り、一瞬で距離を零にした俺は、咆哮しながら拳を綺麗な面に叩きつけようとした。だが寸前で俺の脚に絡みつく、赤と青と緑の刀身。鞭のように撓ったそれが俺を持ち上げ、無造作に地面へと叩きつけた。ダメージは零。何度も地面に叩きつけられる。全く効かん。

 

 投げ飛ばされた。大斧を地面に突き刺し強引に止まる。

 

 アッティラが辺りの土を蹴散らし山の中から出てきた。こちらも、無傷。俺の一撃を受けていながら堪えた様子がない。歓喜が湧き出て――

 

「……ヘルモーズか。いい名だ。記憶しよう、お前という戦士(ちから)を」

 

 ――ヘルモーズと、名を呼ばれた瞬間、狂喜が爆発した。

 

「アッティラぁ……!」

 

 嗚呼。俺を見たな。俺を呼んだな。いいぞ。それでいい。アッティラ、俺はお前を必ず――

 跳んだ。大斧を振りかぶり、全身の筋肉を隆起させ、渾身を超えた全身全霊を込める。出し惜しみはしないし周りも気にしない。何もかも、お前との戦いに比べたら価値がない。

 

「ヘルモーズ!」

 

 一握りの理性が戻る。アスラウグが叫んでいた。チッ……アイツらも雑魚ではねぇし、巻き込まれて死ぬようなことはないだろうが……一応は余波がそっちにいかねぇように気をつけてやる。

 それだけ頭の片隅に置いてアッティラに意識を向け直した。

 すまん、待たせた。今からお前しか見ねぇ。だから勘弁してくれ。

 

「ふふ……ん? 笑った……のか、私は……これは、なんだ……?」

 

 アッティラは微かに相好を崩し、やや困惑して、それを振り払うように三色の剣を構える。

 柄を手元に引き寄せ、剣の切っ先が俺を睨んだ。

 旋風が起こる。嵐がゆったりと刀身を包む。螺旋の三色光が巻き起こり、フン族の大王は、慣れていないような殺気を滲み出した。

 

「フォトン・レイ」

 

 

 

 

 

 神の鞭が見舞う文明を無に帰す破壊の光。突貫する神剣の刺突。正面から受けて立った無双の戦士の体皮を削り微かな血が流れ蒸発する。

 真っ向から両手で受け止めながら後退させられる戦士。押し切らんとする神の災い。異名とする大進撃の名が伊達ではないと示す破壊の余波と、直撃を受け掌と全身を削られる戦士は鬩ぎ合う。

 雄叫び。無言の気勢。地震が平らにする破滅の光が、遂に浅い裂傷を総身に刻まれながらも戦士が止めた。所詮は皮一枚、すぐに治癒する。今度はこちらの番だとばかりに三色の刀身を握ったまま大斧が振るわれ、あべこべに大進撃を弾き飛ばした。

 

 だが吹き飛んだ大進撃は地面へ綺麗に着地すると跳ね返ったように戦士に襲い掛かり、先程の破滅の光は児戯であったと言わんばかりに数倍する破壊を齎す。抑え込んだ戦士が血を流す。はじめての防御を行いながら反撃の拳が大進撃の額を捉えた。華奢な体が浮く。戦士が地に膝をつく。大進撃は着地した、しかし額から血を流している。戦士の傷の治りが遅い、昔なら死んでいた。

 ニィ、と戦士が笑った。会心の笑みだ。

 唇を歪めた。大進撃は不慣れながら、不思議な心境をなんとか表現した。

 激突する。正面から、小細工抜きで、戦うために戦う。強烈な欲望と幼い闘争心が、筋骨隆々の大男と華奢な女が、一介の戦士と大国の大王が、蛮神の如き野蛮人と機械的な大蛮族の長が。

 何度も、何度でも、激突する。

 白銀の戦斧が純白の波動を刻み、大地が噴火したように竜の息吹を吹き上げる。歪な軍神の剣が照準を合わせ、異なる次元から軍神の一撃を誘導し衝突させる。全身全霊全力全開。両雄はもはや互いのことしか見ていなかった。後先のことなど考えもしなかった。

 

「マルス。……アレス。いいや――ヘルモーズ。私と、共に来てくれ!」

 

 日が暮れるまでぶつかり合った末に、満身創痍のアッティラは、まるで幼児がはじめての友達を家に誘うように、来てくれるか不安がるように、手を差し伸べて幼い欲を示した。

 

「………」

 

 ヘルモーズは何を思ったのか、土手っ腹に空いた風穴がたちどころに修復され、完全に治癒した状態で仁王立ち、嘆息すると小さな手を握り返す。

 アッティラの顔が華やいだ。不安がなくなった。気が抜けて崩れ落ちる体をヘルモーズは支える。

 一度で終わるのは勿体ない、また戦おう――と思ったのではない。

 勝てなかった。が、個人的に負けたとも思わない。

 はじめて、引き分けという言葉を認識した。

 

 勝ったのでも負けたのでもないなら、殺せない。犯せない。次は勝てると確信しつつ、相手も勝てると踏んだかなとぼんやり思って。

 

 翌日、ヘルモーズはアッティラに連れられ国を出た。

 

 

 

 

 

 




アッティラ(アルテラ)
 ヘルモーズの連れていた三姉妹を妹と認識。アスラウグは姪。
 突然襲い掛かられるも、アッティラは見事に応戦して激戦を繰り広げる。
 何を思ってかヘルモーズを気に入り国から連れ出した。
 ヘルモーズは史実でアッティラの親友、または伴侶と語られる。



ヘルモーズ
 性欲の強さは男版キアラ。弾切れになったことは今のところ一度もない。
 この世界線における北欧神話の一部「ヴォルスンガ・サガ」が初出。
 シグルドの宿敵で、王の仇を討ち行方を晦ませた後、シグルドの死後に再登場。
 他には「ウルヴール・サガ」の主役として登場。これはシグルド死後の話。
 ヴォルスンガはヴォルスンガ家の物語という意味。シグルドはヴォルスンガ家の人間。
 ウルヴールは狼という意味。狼の物語が、狼をシンボルとするヘルモーズの物語。

 悪役に焦点を当てた世界的に珍しい神話物語の一つ。

 ウルヴール・サガ序盤だとヘルモーズは英雄然とし、邪竜や魔物を数多く討ち取る。
 しかし中盤で最悪のやらかしをしでかした。
 滞在していた国の王と交渉中だったアッティラに襲い掛かったのだ。
 国の王の思惑は、強大な勢力の王にヘルモーズを見せナメられないようにしよう、というもの。
 交渉はご破算。アッティラと戦った後、ヘルモーズはアッティラについて国外に出た。
 アッティラと共にローマをひどい目に遭わせたりする予定。

 なお史実に記されるのは二つの記述。ヘルモーズは「アッティラ唯一の友」となった。
 または「伴侶」となった。

 歴史家は頭を抱えた。ヘルモーズは女だったのか? アッティラが女だったのか?
 はたまたどちらも男で男色家だったのか?
 それとも伴侶というのは誤字か何かなのか?
 夫婦のように仲がいい親友という意味であってくれ。

 なおどちらが女なのか論争で有力なのはアッティラが女というもの。
 だってヘルモーズは筋トレの創始者なのだ。
 彼の家を訪問したヴァイキングが筋トレを見て学び広めているのが根拠。

 なおウルヴール・サガ中盤はここまで。国外に出てしまったので終盤に続く。


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6話

今回は短い。


 

 

 

 

 

 

 国を出ることで惜しむものはなかった。

 

 大斧と青いマント、白い装束。いつもの格好でアッティラに付いていく。

 

 なんで誘われるまま付いていくのか。餌を貰った犬猫じゃあるまいし。

 

 些細な疑問は、上機嫌なガキ――アッティラを見ると氷解した。

 

 まあ、そうだろうな。コイツは一所に定住するような奴じゃない。

 

 本人が望んでるわけじゃあなさそうだが、フン族の王って立場の義務に律儀に従っている。

 

 コイツは放っておいたら俺の前から消える。俺との決着を付ける前に。

 

 ソイツは赦せない。もう二度と、俺は獲物を逃さないと決めている。

 

 俺はコイツを殺す。倒して犯して殺す。そう決めていた。

 

 だが。

 

 

 

 ――ヘルモーズ様。

 

 ――あー……ごめんね。あたし達はちょっとついて行けないかなぁ。

 

 ――ごめんなさい。スルーズも、ヒルドも、私も、行けません。

 

 ――私は行く。

 

 

 

 スルーズ達が申し訳なさそうに眉を落とし、謝罪して去って行こうとしたのには虚を突かれた。

 

 頼んでもないのにコイツらはいつも俺の傍にいた。当たり前に感じていた。

 

 二十年以上一緒にいた。なんで来ない。機嫌が悪くなる。

 

 

 

 ――私達はワルキューレです。勇士に傅き、仕え、ヴァルハラに導く役目があります。

 

 ――でも、ね。まあ小難しい話を抜きにして言うと。

 

 ――私達は、この北欧(セカイ)から出られません。出てはいけない。

 

 ――アッティラみたいな奴が一緒じゃないと貴方も出られないはず。私は半分人間で、ワルキューレの使命もないからついて行くけど。

 

 ――ちょっとアスラウグ? 自己主張強くない?

 

 

 

 何を言っているのか分からん。分からんでいい。だが俺に随行するのは無理だというのは解った。

 

 うるせぇ。ゴチャゴチャ喋ってんじゃねぇよ。雄弁な奴は嫌いだ。

 

 勝手にしろと思うが、はたと思う。俺も勝手だ。俺は自由だ。誰の指図も聞かん。

 

 

 

 ――あっ、ヘルモーズ様!?

 

 

 

 コイツらは三人で一人だ。一人捕まえるだけで充分。スルーズの腕を掴み無理矢理連れて行く。

 

 アッティラがいたらこの国から出ていけるってのはなんとなく分かる。ならコイツらも出させる。

 

 理屈だとか使命だとか知ったことか。今更お前らがいなくなってみろ、誰が俺に付き合う。

 

 女が壊れないか気にしながら抱くのは今更無理……じゃないが、面倒で抱き殺しちまう。

 

 

 

 ――ど、どうしよっか?

 

 ――どうしようも何も、スルーズが連れて行かれたら私達も……。

 

 ――待って。何か来る。

 

 

 

 あ? ()()()()()()()

 

 咄嗟に空を見上げて睨むと、二つの天が降りてきた。

 

 いつか見た隻眼の老人と、ハンマーを持った巨躯の男。

 

 

 

 ――お、オーディン様、トール様!?

 

 

 

 スルーズ達が慌てて跪く。だが俺は立ったまま。むしろ、苛立ちから殺気が漏れた。

 

 おい……誰だか知らねぇし興味もねぇが……誰を睨んでやがる?

 

 俺と同じぐらいデカい男は初めて見るしいい筋肉だが……スルーズ達を連れて行くのは許さんだと。

 

 目は雄弁だ。明確に俺を咎めてやがる。瞬時に殴り殺してやりたくなったがご老人が邪魔だ。

 

 

 

 ――久しいなヘルモーズ。

 

 

 

 チッ……なんのつもりだ。俺の邪魔をするのか?

 

 お前には指輪を貰った恩があるが……邪魔をするなら殺す。

 

 大斧を握りしめる。力が大斧に宿る。巨漢が前に出た。あぁ、お前が死ぬつもりか。なら。

 

 大斧で殴り殺すべく無造作に振るおうとした。

 

 瞬間、一瞬で迫った巨漢のハンマーが俺の横っ面を殴打する。

 

 

 

 ――ヘルモーズ様!?

 

 ――ヘルモーズ!

 

 

 

 吹っ飛んだ。意識が一瞬途切れ、城壁に激突して止まる。

 

 崩れ落ちた城壁を蹴散らしながら飛び出た。

 

 血だ……右の眼球が破裂した。奥歯も砕けている。頭蓋骨も陥没した。

 

 治る。便利な体になっちまったもんだ。

 

 ハッハ……だが効いたぞ。今までで一番。たった一撃、しかも軽く殴ってこれか。

 

 だがなぁ……お前、愉快じゃねぇ。殺すぞ、天。

 

 

 

「どうしたヘルモーズ」

 

 

 

 待ちかねた様子のアッティラが来た。

 

 なんでもねぇ。待ってろ。すぐコイツを殺して行く。

 

 

 

「ああ、ソレが邪魔なのか。手を貸そう」

 

 

 

 要らねぇ。黙ってろ……とは言えねぇな。

 

 なんてーか、あぁ、癪だが認める。今はまだ、コイツの方がいい筋肉だ。

 

 格上の筋肉なんざガキの頃以来見てなかったがな……殺せるならなんでもいい。手ぇ貸せ。

 

 

 

「良くわからないが、私の妹とヘルモーズを引き離すのは悪い文明だ。破壊する」

 

 

 

 ――待て。

 

 

 

 ご老人が何かを言う。なんだ?

 

 

 

 ――おまえ達と事を構えるのは本意ではない。

 

 

 

 分からねぇ。何言ってんのかさっぱりだ。やっぱアッティラの時みてぇには分からん。

 

 

 

 ――ワルキューレを連れて行かせるわけにはいかない。他所との間に摩擦が出る。ひいては人理に正しようのない歪が生まれ、特異点と化すだろう。人間であるお前とは訳が違う。どうしても連れて行くというのなら仕方ない、そのワルキューレの姉妹達に自壊命令を出さざるを得なくなる。

 

 

 

 分からん。分からんが、不快だ。何を上から目線で言っている。

 

 ああ、だが、そうだな。脅されてるのは……解った。

 

 恩がある。恩があるが……チャラだ。脅してくるなら、敵だ。

 

 頭ぁ良さそうだなぁ、ジジイ。バカな俺には分からんことをできるんだろ。

 

 だが俺は頭の良い奴の頭を叩き割るのが大好きでな。

 

 ……ああ、賢いお前の脳を地面の染みにしてやる。

 

 今じゃない。今じゃないが、いずれ必ずだ。

 

 その前に。

 

 俺は地面に大斧を突き刺し、筋肉に歩み寄る。両手でゆっくり掴み掛かり、男は応じた。

 

 手と手で取っ組み合う。力を込める。握力を、足腰を、背筋を、筋肉を、全力で。

 

 

 

「グゥぅうううう!!」

 

 

 

 屈さない。俺の力を受けて苦痛に顔面を歪め膝を地につき握り潰されねぇ。

 

 強い。いい、筋肉だ。奴も力を出している。痛ぇ。しかも余力がある。

 

 屈辱。ああ、屈辱だ。俺より上の筋肉だと? まだ鍛えようが足りねぇってか?

 

 よりにもよって、今? 今俺より強い筋肉が現れる? ……ふざけるな。

 

 殺す。絶対に殺す。認めない。俺は俺より力で上回る奴を認めねぇ!

 

 限界を超えようと全身が呼応する。だが男は俺を投げ飛ばした。

 

 

 

 ――よせ。お前は殺すなとオーディンに頼まれている。

 

 

 

 あぁ? ……あぁ!? お前、手加減しやがったな。この俺に。

 

 グ、ググ……ッ。く、屈辱なんてもんじゃない。手加減……された。だと。

 

 ジジイが囀る。

 

 

 

 ――ラグナロクは起こる。だが予言が変わった。終焉が、予言が早まった。有りえない事だ。故にお前が永遠に流離うのは見逃せない。この娘達を取り戻したくば必ず戻れ。そして取り返せ。

 

 ――ヘルモーズ様……。オーディン様……。

 

 ――言葉が通じないふりはいい。だが理解するのだ。戻らねば、この娘達もラグナロクで永遠の死を迎える。抗うのなら戦え。戦って栄光を掴め。戦士であるならば。人界一の勇士として。

 

 

 

 言って……スルーズが、ヒルドが、オルトリンデが、ジジイとハンマー男と消えていく。

 

 待て! そう叫んだ。雄叫びだった。

 

 だが待てと言われて待つわけがない。消えた。三人とも。

 

 ……奪われたのか? 俺が? 今まで、誰にも、何にも、奪われたことのない俺が?

 

 奪われた。負けて奪われた。

 

 

 

「グ、ググ、グゥゥゥ……!」

 

 

 

 呻く。歯を噛み締め、唸る。今に気が狂うほどの怒り。

 

 大斧を引き抜く。天に投げつける。だが何にも当たらないで落ちてくる。

 

 吼えた。吠え猛った。

 

 ……いいだろう。俺は奪われたもんを奪われたままにはしない。取り戻す。殺す。

 

 まずはあの男からだ。その次にジジイだ。殺す。絶対に殺す。

 

 だが……その為には、強くならねぇとな。

 

 あの男よりも、もっと、もっと、もっとだ。もっと力を……!

 

 

 

「ヘルモーズ。強くなろうとしているのか」

 

 

 

 そうだ。

 

 

 

 ――私も付き合おう。大神と最強の神に挑む勇士などお前だけだ。私も付き合う。

 

「なら、今は去ろう。行くぞヘルモーズ」

 

 

 

 頷いた。

 

 待っていろ。筋肉を鍛え、必ず取り戻す。

 

 

 

「――オーディン」

 

 北欧最強の神格、武勇高らかなる偉丈夫は得物を肩に担いで大神に言った。

 自らの掌を見る。震えはない。しかし、感じたのだ。力を。分不相応の強大な力を。

 無愛想で無骨、男らしい男神が、珍しく笑みを浮かべていた。

 

「あれがヘルモーズか。()()()人間か。……なんの冗談だ?」

 

 笑わずにおれない。崇めるのではなく、殺す気で挑まれたのはいつ以来だ。それも人間相手に。

 最強。大神を、主神たるオーディンを差し置いて、最強の神の名を冠する神は苦く笑う。

 もしこの身が人間なら、あるいはアレが神ならば……己はアレより優越していたか。

 ありえぬし、くだらぬ夢想だ。だが正しく、アレは無双の勇士だ。人間世界(ミズガルズ)最強だと断じられる。

 

「断言しよう。オレやお前以外では……フレイ以外は後れを取りかねん。それほどだ」

 

 嬉しそうだなと言われ、雷神トールは失笑した。

 好敵手に恵まれぬ最強は、同じ出生なら好敵手たりえたかもしれないと夢想した、とは。口が割けても決して言えぬ妄想であると自覚していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 




スルーズ・ヒルド・オルトリンデ
 囚われのお姫様(戦乙女)
 実家に連れ帰らされた。

オーディン
 貸しを作っていたのを台無しに。
 強くなってもらわないと困るので別に困らない。

トール
 人間に生まれたかったのではない。
 神に生まれたかったのでもない。
 対等に戦える友がほしかった。
 叶わぬ願いである。

アスラウグ
 半分人間のお蔭でセーフ判定。敬愛する父に感謝。

アッティラ
 まだアッティラ呼ばわりを許容。名乗りもする。
 でもヘルモーズにアッティラと呼ばれるとモニョる(無自覚)
 遠距離恋愛と恋人同士を引き裂くのは悪い文明、破壊する。
 が、妹を人質を取られたので剣を引いた。

ヘルモーズ
 実は60歳。まだまだ元気だし全盛期。全盛期は更新されるもの。
 目標が出来た。最強の神を超える。
 人間には不可能である。
 でも蛮族だから無理とか分からないので挑むし手を伸ばす。
 世界一お姫様を助けるムーブが似合わない男。


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7話

 

 

 

 

 

 アッティラに付いて行き、コイツが率いている群れの天幕に入る。

 

 なかなかの大軍勢だ。アッティラは慕われているらしい、畏れられもしているし認められてもいるようだ。滑稽に見える……この中の誰がアッティラが覇王じゃないと知っている?

 誰も知らんだろう。アッティラは生まれと立場の義務を遂行し、ついでに本能的に気に入らん、発展の灯火を踏み潰して回っているだけだ。ほとんど初見の俺でも分かることを分からんコイツらは俺以上の馬鹿か、あるいはとんでもない節穴に違いない。

 ハッハ、俺より馬鹿な奴は滅多にいないぞ。だが馬鹿だから一等単純で分かりやすい。コイツらはコイツらなりにアッティラを信奉している。自分達を勝たせてくれる覇王に忠実だ。となると新参に見える俺が気に入らんと感じる奴が出てくるのも当然というもの。

 俺を見上げて顔を真っ赤にし、唾を散らしながら怒鳴りつけてくる輩に何も言わずビンタした。頭が消し飛び胴体が倒れる。途端に気色ばむ連中を睨んでやると、彼我の力の差を獣のように感じたのか萎縮してしまう。そうだ、獣なのだ。獣はいい、人間みたいに勝てないと知りつつ挑むことは滅多にない。死にたくなければ突っかかって来るなよ。

 

「ヘルモーズ、殺すな」

 

 脇腹をアッティラに小突かれる。ちらりと視線を下にやれば、無表情でどうでもよさそうに諌められた。俺の鳩尾ぐらいに頭があるガキに、俺は露骨に溜め息を吐く。無理を言うな。

 こういうのは最初が肝心だ。誰が上で誰が下か、出会い頭の一発目に分からせてやらないと後が面倒くさくなる。それは人間だろうと獣だろうと同じことで、俺より上の奴なんざいないとはっきりさせておくのが楽でいい。俺の目を見てアッティラは頷いた。

 

「不必要に殺さないならいい」

 

 ああ。流石に60のジジイになったんだしな、自分から雑魚に絡んでいくほど尖っていない。それに血の気の多い奴は嫌いじゃないのだ。

 その日は案内された天幕で寝た。アスラウグが付いてきて隣で寝やがったが何もしない。流石にガキの頃から知ってる奴だ、自分のガキみてぇに感じてそそらねぇ。昔は……育ったら犯してやるつもりでいたんだが、どうにもなぁ、実の息子や娘より可愛く感じる。俺に並ぼうと背伸びをし続けるのが良い。寝る時なんかは引っ付いて来るのもガキの頃から変わらねぇが。

 もうそろそろ男でも探してやるか……と思う。

 アスラウグに相応しい野郎なんざどうやったら見つかるかは知らないが、そろそろ嫁ぎ遅れかねん。曲がりなりにも親代わり――いや、親っぽいことをした覚えはないが、長い付き合いだ。小娘の気に入りそうな奴には唾を付けといてやろう。そんな奴が居れば、だが。

 

 今日は、色々あった。アッティラと出会い、天に負かされ、女を奪われた。あの野郎のハンマーで殴られた頭が未だに痺れていやがる。表面は完治しているが、芯の部分が治りきっていない。

 こういう時は早々に寝る。寝ようと思った瞬間に眠りに落ちた。そうしたら芯まで治った。翌朝に跳ね起きると気力が充実し、全身に力が漲っているのが分かる。筋トレしろと体が叫んだ。

 だがその前にヤることがある。俺はアッティラのいるところに大斧を引っ掴んで向かうと吼えた。

 

「アッティラぁ!」

 

 ヤるぞ! 戦うぞ! 今から、すぐに、気が済むまで、あるいは死ぬまで!

 だが寝所から出てきたアッティラは、不機嫌そうに眉根を寄せていた。

 

「ヘルモーズ……」

 

 あ? なんだぁ、その面。

 

「アッティラと呼ぶな」

 

 ……。

 ………。

 …………は?

 アッティラと、呼ぶな? じゃあ……なんと呼べばいい。

 

「その名前は、うん……響きが、良くない」

 

 いや。

 いや……お前の名だろう。お前が今まで生きてきて、持っていた名だ。

 それを響きが良くないだと? 今更か? 漲っていた気勢が削がれ、俺は黙らされてしまった。

 無言で見詰めると、アッティラは照れたように目を逸らす。隙ありだ、今なら簡単に殺せる。だがどうにもその隙は突けない。俺は天を仰いだ。

 

「アルテラ……そうだ。アルテラと、そう呼べ」

「………」

 

 白けた。萎えた。あんなに張り切ってきたのに、殺しに来たのに、強くなる為に戦おうとしていたのに。なんだその、ガキが玩具を強請るみてぇな……。

 踵を返す。やめだやめ。やめた。大斧を投げ捨てる。

 そそる相手だと思った。本能で感じた。だが外れた。

 薄々そんな気はしていたが、まるっきしガキじゃねぇかよ。ガキはダメだ、何がダメって、いたたまれねぇ。ガキを相手に勝っただの負けただの……恥ずかしいだろう。勝っても誇れない。嬉しくないし犯しても楽しくない。ある程度成熟していないと競えない。

 ガキでも殺せる。どうでもいいなら犯せる。実際、ガキを何度も殺した。自分のガキでもだ。辱めたくて敵国の王と王妃の前でメスガキを嬲り、犯したこともある。だが……このガキはダメだ。

 

 欲望がない。義務に従ってきただけの機械だ。そんなのとヤッても自慰にしかならん。せっかく篦棒に強いのに、こんなんじゃダメだ。

 

「ヘルモーズ!」

 

 追い掛けてきたアッティラ……アルテラが手を掴んでくる。握り締めた。捕まえた。

 

「……? どうした」

 

 無理矢理連れて出た。群れの奴らがワラワラと出てきて邪魔をしようとするのを睨み、本当に邪魔をした奴はビンタして殺した。

 

「殺すなと言っただろう」

 

 咎められるも無視する。邪魔するのが悪い。俺はアルテラを連れて昨夜に寝た天幕に戻って、まだ寝ていたアスラウグに蹴りを入れた。だが寸前で跳ね起きて躱される。

 何をすると不機嫌そうにするアスラウグも空いている手で捕まえ、二人を引きずっていくと近くの川に二人を投げ入れた。浅瀬の川だった為、綺麗に着地した二人はずぶ濡れになりながらも俺を睨みつける。アルテラの方は戸惑いが強い。俺が何をしたいのか分からんか。

 安心しろ、俺も分からん。分からんが俺も川に浸かる。無造作に地面を踏みつけると、軽く大地が揺れた。ぷかぁ、と川に小さい魚が浮き、それを掴んで陸に戻るとそのへんに唾を吐く。

 

 発火した。なんでか俺は火を吹ける。地面に焚き火みたいな火が落ちて、それで魚を焼いた。頭からかじりついて食う。朝飯がまだだったなと思いつつ。

 すると二人も朝飯がまだだったのか、呆れたように嘆息したアスラウグがまだ川に浮いていた魚を掴み上がってくる。そして火で魚を焼き、翡翠のナイフで器用に捌いてから身だけを食った。

 アルテラは俺とアスラウグを見て、なんでそんなことを? と首を傾げつつも真似をしている。

 魚を食う二人を無言で見詰めた。食い終わるのを見てまた二人を捕まえる。アスラウグは肩車をしてアルテラは手を引いて歩く。

 

 ――何がしたい……。

 

 アスラウグが深々と嘆息し、頭を掴んできながら呟く。その感情を拾って、元いた場所に戻った。

 ますます理解が出来ず疑問を浮かべる二人。答えなんかねぇよ。

 アルテラは俺を気にしながら立ち去った。そりゃ仕事があるよな。シグルドのいた国と交渉かなんかしていたっぽいし、ここには率いていた群れが野営していたっぽいしな。

 誘いに乗っちまったし、強くならねぇといけねえからついて行くが、ガキのケツを追い掛けるんだと思うと萎えてくる。一人……アスラウグも連れて二人で好き勝手していた方がよくないか?

 

「ヘルモーズ、行くぞ」

 

 そんな、俺が付いてくるのが当然みたいな面しやがって……馬を手下に用意させんじゃねぇよ。

 露骨に気が抜けた面で見ていると、アルテラは小さな不安を目に浮かべた。

 

「ヘルモーズ……?」

 

 チッ……。ガキはガキか。普通のガキなら放っておいても成熟するもんだが……このガキは今の図体になるまでガキのまま。放っておいても成熟する、とはならんわな。

 思えばアスラウグは手間の掛からんガキだった。勝手に俺に挑み勝手に学び勝手に育った。早熟だったような気もする。俺の知らんところでスルーズが真面目さを、ヒルドが力の抜き方を、オルトリンデが「らしさ」を育んだのかもしれん。俺は関わってない。ただ構っていただけだ。そう考えると、アルテラにはそういう奴がいなかったのか。

 俺がそういう情緒を育ててやろうとは思えん。……ああ、クソ、朝のアレはらしくなくガキはガキらしく遊んでろと言いたかったのか? 馬鹿か俺は。いや馬鹿だったか。馬鹿の考え休むに似たりというが、まさにそれだったな。

 

「ハァ……」

 

 不安げに見んな。今は行く当てもねぇし、よさげな獲物を見つけるまでは一緒に行ってやる。

 群れが荷物を纏め、行軍を開始するのを最後尾についていく。アルテラは先頭だ。しきりにこちらを気にするアルテラにうんざりする。

 何日か掛けてどっかの城についた。遅い……騎兵だからある程度は早いが、俺からするとノロマ。わざわざ雑魚どもと足並みを揃えるのは何年ぶりだ。

 城で寝泊まりする。あてがわれた従者や侍女が飯や酒を持ってくる。

 アルテラが隠れて、遠巻きにこちらを見ているのがまた溜め息を誘った。隠れ方も下手かよ……。俺に見つかるとかセンス以前に経験も発想もないな。

 

 ――ヘルモーズ、なぜアトリ様を邪険にし出した。最初はあんなに気に入っていただろう? いつもみたいに交わらないのか?

 

 あぁ? アトリ……? 誰だそれは。疑問符を浮かべると、アスラウグは隠れているアルテラを一瞥した。ああ、アルテラのことか。

 

 ――もしかして、アルテラと呼べと言われたのが嫌なのか? ……そんなわけないか。ヘルモーズはそんな幼子みたいなヘソの曲げ方は流石にしない。何が気に食わない?

 

 なんだ、矢鱈と話し掛けてくるな。ハッ……アルテラに仲裁かなんかを頼まれたか? 姪に頼るとは情けねえ……姪? なんでアスラウグがアイツの姪なんだ……? ……まあいいか。

 なんであれ答える気はない。答える言葉はない。だがアスラウグは視線を逸らした先に回り込んできて目を覗き込んでくる。鬱陶しい。あっちに行け。

 

 ――そうか。アトリ様が私の父のように、雄大な勇士でないと気づいて失望しているのか。

 

 何を解ったような面してやがる。したり顔をやめろ。

 

 ――スルーズ達がいない今、私が一番だ。私が一番ヘルモーズを理解している。だから言う。自分の節穴に苛ついているなら私が相手になろう。

 

 胡乱なものを見た。なんで脱ぎ始める。意味が分からん。

 

 ――苛ついたらこれじゃないのか。さあ脱げ。

 

 ……。

 ……俺は、無言で、アスラウグに拳骨を落として地面にめり込ませた。

 何かを喚いている馬鹿が首まで地面に埋まっているのから目を切り、どっと疲れて城壁に登る。

 適当なところに寝そべって寝た。

 昔はあんな奴じゃなかったんだがなぁ……朱に交わればなんとやらか。俺に似た馬鹿になるな、頼むから賢くなれ。あの三人を見習え。いや見習ったからこうなったのか? 分からん……。

 世の中は分からんことばかりだ。この歳まで生きても分からんことが多い。いい歳こいたジジイが勝手に期待して勝手に失望して勝手に白けることもあるんだ。なんだそりゃ、ダッサ……。

 

「ヘルモーズ……」

 

 ……。

 

「私は何か、お前の気に入らないことを言ってしまったか? 嫌ならアッティラでもいいぞ」

 

 ……隠れてたんなら最後まで隠れてろよ。出てくるな。人生で早々ない自己嫌悪に陥ってるんだ。

 ムシャクシャする。苛つく。そういうのが自分に向くのが堪らなく嫌だ。

 どうしたらいい? 来い、と念じた。飛来した大斧を掴む。掴んで、握り締める。半壊した状態のまま修理していないそれを見下ろし、長く長く長い特大の溜め息をこぼした。

 もういい。考えるようなことじゃない。

 待とう。コイツが育つのを。それまではお預けだ。殺すのだけは我慢してやるよ。

 ……我慢? ハッハ、俺に我慢させたのはお前だけだぞ。こんなでも年寄りなんだ、長生きするだろうがいつ死ぬかも分からねえ、案外明日ぽっくり逝くかもな。だからあんまり待てんぞ。

 

「アルテラ」

「!」

「チッ……」

 

 名を呼ぶとパッと顔が明るくなる。軽く頭を叩くと疑問符を浮かべた。かなりいい音がした。結構痛そうにしている。

 ガキが変に構おうとするな。今まで守ってきた義務があるんだろう、ならそれをやれ。好きにやれ。ついて行ってやる。育つまで、とりあえずはな。

 アルテラはいそいそと剣を抜いた。

 

「やろう」

 

 ……なんだ。結局お前もそれは好きなのか。

 

「いいや、好きじゃない。だがお前とやるのは好きだ」

 

 ……。

 

「だからやろう。今、一時間ほど手が空いている。……やらないのか?」

 

 なんで……ガキと遊んでやるみたいな空気なんだ。これで強いからなんとも言えない気分になる。

 いや、待てよ。ガキでこれだけ強いなら……大人になったらもっと強くなるか? ガキは遊ぶのが仕事だ。なら歳だけ食ってる阿呆な俺でも、遊びに付き合うぐらいはしてやるのが甲斐性って奴なのかね。蛮族的なお遊びだと思えば案外お似合いなのかもしれん。

 仕方ない。いや仕方なくはない。結局は暴力(これ)が最大のコミュニケーションツールだ。暴力は全てを解決する。筋肉による対話が筋肉を育み人生を豊かにする。こんなことでウジウジしてるようだから俺の筋肉はまだ至高に手が届いていないのかもしれない。

 

 いいだろう。ヤろう。ぶん殴ってブチ犯してやったらガキでも大人になるもんだ。長く待てねえなら無理矢理にでも大人の階段登らせてやるさ。

 大斧に力を込めると、アルテラも身構えた。どうでもいいが……本気は出すなよ。お前が出さなかったら俺も出さん。本気を出したらお前の群れが巻き込まれるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 447年、アッティラは軍を率いて南下し、モエシアを通過し東ローマ帝国への侵攻を再開した。

 

 ローマ軍は果敢にも迎撃を選択し、ウトゥスという地で戦端を開くも、フン族の猛攻を受け止めきれずに潰走。その後フン族はトラキアまでのバルカン半島を蹂躙し、老若男女のケツ毛も毟る勢いで略奪を働いた。多くの悲劇に涙と血が流れる中、先頭にいたのは大斧を担いだフン族ではない巨漢の戦士とアッティラだったという。特に大斧の戦士ヘルモーズの暴虐は戦場伝説となった。

 コンスタンティノープルは地震により城壁が損傷していたが、ローマ軍により再建され、併用された防衛線によってフン族へ頑強に抵抗したものの、巨漢の戦士が城壁を乗り越えて城門を開き陥落してしまったのだ。無残な敗北を喫した東ローマ帝国はバルカン半島からの撤退を余儀なくされ、莫大な資産を投じてフン族と交渉し領土を取り戻すしかなかったという。

 

 実際のコンスタンティノープルの城壁は、一人の戦士の起こした地震で全損していたが。史書はそれをローマ兵が敗戦のショックで見た幻としている。

 

 フン族の侵略は苛烈を極め、ローマの心ある者は嘆き悲しんで語り継いだ。野蛮なる蛮族は数百の都市を奪い、大勢の人々が殺され、死者の数を数えることもできない。蛮族は教会と修道院までも襲い、罪もない修道士や修道女達も虐殺された――と。西洋世界史に刻まれた恐怖の権化である、アッティラの名と共に。

 だが北欧に立ち寄って從えた戦士を連れ、アッティラの快進撃は続く。トラキアで遺跡を漁ったアッティラと戦士は、古の神殿跡地からある物を見つけて異様なまでに興奮していたという。

 

「白き滅び」との戦いで流れた、古の軍神の欠片(アレス・クリロノミア)

 

 先んじて()った戦士にアッティラは激昂し、殴り合いの諍いを起こしたが、腹を下した戦士は半殺しの憂き目に遭ったという。が、それは魔術世界にのみ語られる秘された歴史だった。

 

 

 

 

 

 




アルテラ
 女の子っぽい感性でアルテラと呼べと言ったらよそよそしくされ不安がる。
 その後、相手の好きなことで遊べば仲直りできると思い誘う。
 仲直りできた。嬉しい。
 だがその後に憧れの軍神の破片を目の前で食われ喧嘩に。
 激怒プンプン丸。

アスラウグ
 どうしてこうなった。
 朱に交わりすぎたのだ。手遅れである。
 どさくさ紛れ作戦は失敗に終わった。

ヘルモーズ
 あるはずがない、見つからないはずのものを発見。
 プロテインとして摂取。
 なぜこんなものが此処にあったのか。細かい理屈は相変わらず無視。
 正解はとうの軍神による導き。ソイツを殺せ…という殺意満点の施しだったりする。
 自分の剣を使われるのが癪で仕方ない。


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8話

 

 

 

 

 

 人は、理解を超えたモノを恐れる。

 己の知らぬモノを恐れる。

 自らの持つ尺度で測れないモノを敬遠する。

 

 そして自然災害の如き、人という種にはどうしようと抗えぬモノを畏れ、畏敬の念を抱くのだ。

 

 故に――名もなきローマ兵は。

 高々と跳躍した後に落下してくるモノを見て――無意識に祈ったのである。

 

「か、神……」

 

 堕ちてくる暴力の権化は災害に似て。ローマ兵は成す術もなく踏み潰され、死んだ。

 

 

 

 戦火に呑まれ炎上する都市の中、量産された安い悲劇に嘆きと狂奔、怒りと嘆きと狂喜が交じる。

 

 

 

 この時代、この世界にはありふれた、略奪と虐殺。如何にありふれようとも蹂躙される側の悲嘆は真に迫り、数ある涙といえどもその悲憤は心ある者の義憤を掻き立てる。だがそれがどうした、溢れる嗚咽と嬌声を生み出す者達は己らの振るう暴力に酔っていた。

 真人間ほど馬鹿を見る。弱肉強食などと飾って言う価値はない。あるのはただの獣の理だ。貪れるものを好きに食い散らかし、己らの欲望を晴らす為だけに暴力を振りかざしている。

 こういうのを見ていると、心が若返るようだ。欲望の歯止めが利かない、幼児並みの癇癪や率直な欲を制御せず、溢れるままに身を晒すことのなんて幼稚なことだ。あまりにも幼稚すぎるが、だからこそ人間という獣の本性を剥き出しにしていて――そこに嘘はない。人間は欲望を抑えられても裏切れないのだと、人間心理の真実を如実に表している光景だ。

 

 どちゃ、と湿った音がする。股から白濁としたものを垂れ流した女が発生源で、快楽に溺れて放心状態になった女を投げ捨てた音である。周囲には二十を超える同様の女が山になっていた。

 俺は性欲に筋肉の手綱を掛けられる程度に発散すると、小さく欠伸をして服を着る。地に突き立てていた大斧が、都市中から漆黒の怨念を吸い上げ、取り憑かれることなく己が力へと変換しているのを引き抜く。畏敬の眼差しが周囲から向けられていた。訝しんで見ると、フン族の戦士達は俺の精力絶倫っぷりに同じ雄として憧れを抱いたらしい。

 単純なことだ。しかし獣としては正しい姿なのかもしれないが――悲鳴が上がる。悔しさや驚きに満ちた断末魔だ。理外の暴力の気配が近づいてくるのを知覚し、そちらに目を向けてみると、何やらローブを纏った男が大股に歩み寄って来ている。

 

 ――貴様がアッティラだな、私の領土を荒らした不埒な人間め……!

 

 畜生が吼えている。気を吐いている。なんでか俺に恨みがあるようだが、心当たりが有りすぎて全然分からん。誰だコイツ。

 近くのフン族の戦士が弓矢を射掛けたが、躱しもしない。頭や胴体に矢が突き刺さる。普通なら死んでしまうはずだが、男は平然と動いていた。

 動揺というより困惑した雰囲気が戦士達を包んだ。

 しかし一部のフン族は飽きたように嘆息している。「ああ、またか」と顔に書いていた。

 ローブの男は俺の許へ一直線に進んできた。他は眼中にないとばかりに。だが、ソイツの後ろから身の丈に並ぶ大きな鉄の棍棒を持った戦士が迫り、無造作に男を叩き潰したではないか。同時に他の戦士たちも飛びかかり、剣や斧や槍でめった刺し、切り刻み始める。合間を見て鉄の棍棒を持った戦士も得物を叩きつけ、男を何度もミンチにしたりしていた。

 

 なんだありゃ。殺しても殺しても再生して復活している。フン族達は構わず殺し続けた。ローブの男は不細工な怒声を張り上げ、次第に情けない悲鳴へと声色を転じさせている。

 あー……さっき殺られてた奴は、コイツの変な再生能力が初見だったのか。

 

「吸血種か」

 

 やってきたアルテラが言う。吸血種?

 

「今まで何回も侵攻先で見かけた。不死身に見える再生力と怪力、珍しい異能を持った個体もいる魔術師の成れの果てだそうだ。生まれた時からの吸血鬼は真祖と呼ばれる星の触覚らしい。真祖は見たことがないが、それ以外は不死身に見えるだけで限界はあるな。ああして殺し続ければいずれ死ぬ」

 

 ファンタジーおなじみの吸血鬼か。想像よりしょうもないな。あんな雑魚に殺られるとは。

 いや、よくよく考えてみたらフン族の戦士達は、多くの国を荒らし回った俺の知るどの軍勢よりも遥かに精強だ。こういうのは俺基準で評価するべきじゃないのかもしれん。数を揃えて上手く連携を取れば英雄とかいう人種でも殺られるかもしれんしな。俺は筋肉があるからそもそも武器も効かんし、殺られる要素はないが……やはり筋肉だ。筋肉は全てを裏切らない。

 筋肉といえば、最近新鮮なプロテインを摂取したが、それ以来矢鱈と筋肉のキレがいい。全身の細胞という細胞が筋肉になったかのようで、細胞単位で俺を筋肉に仕立てる働きをしている。神殿の遺跡にあったプロテインだから、古臭く栄養バランスの悪いプロテインなんだろうと内心決めつけていた訳だが……このプロテインから感じる濃厚な筋肉の香りを信じて正解だった。あの神殿が祀っていた神は、きっと素晴らしい筋肉をしていたに違いない。

 

 吸血鬼は灰になった。命の燃料が尽きたのだろう。辺りに飛び散っていた腕やら脚やらの肉片、それに血もさらさらと灰になっていっている。

 俺は興味を持った。たしか、俺の知る吸血鬼って奴は……噛んだ奴を自分と同じ吸血鬼にできるんじゃあなかったか。おまけに姿形は似ていても人間ではない。食人の趣味はないが、人間ではないなら試してみるのもいいかもしれない。珍しい魔獣の一種だとでも思えばイケなくもないのではないかと思った。

 ものは試し、善は急げだ。灰になる前の肉片を拾い口にする。

 

「……呆れたな。この間マルスの神殿で腹を下したのを忘れたのか」

 

 嘆息するアルテラを無視して咀嚼し嚥下した。

 ……体の中で何かが暴れ細胞を汚染しようとしている。だが俺の細胞に鎮圧された。有益な要素だけを抽出し、それ以外は――ペッ、と痰を吐き出すと黒いものが出た。汚ぇ。

 だがプロテインだな、これは。不純物が混ざっているが、それは取り除けるようだ。不純物のことさえ抜きにしたら悪くはない。雑魚の魔獣を食うよりはいい栄養になりそうだ。

 吸血鬼か。覚えた。味も。本体は取るに足らん雑魚だが、歩く粗悪プロテインだと思えば喰えなくもない。これの上にいる真祖とやらはマシな品質をしているのか? なら食ってみたい。食っても再生するなら生きたプロテインサーバーになるだろう。効率食だ。

 

「……まさか真祖を食いたいのか? ゲテモノ好きも大概にした方が身のためだぞ」

 

 見つけられたらでいい。期待はしないが、真祖とやらがいたら喰ってみる。筋トレとは試行錯誤の連続だ。科学的に最適最善とされているものも、個々人によって合う合わないがあるものである。俺は俺に合うかどうかはひとまず試してみる主義だ。

 暴力も、セックスも、財産集めも、ストレスのない筋トレの為にしている。滾る性欲のぶつけ先として筋トレをしたりするが、ドロドロとした欲が筋トレの純度を下げることはままあることだ。ストレスフリーの筋トレこそが俺の信条である。

 そんな訳で真祖の吸血鬼を見つけたら喰おう。お前もどうだ、アスラウグ。

 

 ――私は遠慮する……はっきり言って人の形をしたものは食べたくない。

 

 そうか……アルテラは?

 

「お腹を壊しそうだからいらない」

 

 ……そうか。

 

 そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 戦争の相手はローマ軍だけではないらしい。ローマという響きも聞き覚えはあるが……さておくとして蛮族は蛮族相手にも蛮族する。

 

 ――dw'@grg-/$@#**%#@="'

 

 訳の分からんことを叫びながら猛る、緑の肌の半裸の戦士達がフン族の軍勢と激突していた。

 なかなかいい勝負をしているが、全体的にフン族が押している。

 緑の奴らの身体能力は優れ、馬より速く走り、岩や鉄を平然と砕く膂力を持つ上に、当たり前みたいな面で下手な城壁なら飛び越えそうなジャンプ力を披露もしてくれている。だが身体能力面では若干劣るフン族が押せているのは、連携力が雲泥の差だからだろう。

 フン族達は僅かに力で勝る相手に連携して挑んでいるのに、緑の蛮族はあくまで個々の力だけで戦いに臨んでいる。そんな様じゃ個人同士でも圧倒しているわけでもないフン族の戦士に勝てる道理はなかった。フン族は騎乗しての弓を得意としているから、正面切っての戦闘をしている場面さえ少なく、ほとんどが遠巻きに砲弾じみた矢を放って緑の奴らを駆逐し追い立てている。戦況は圧倒的にフン族側の有利で進み、そのまま終わりそうな勢いだった。

 

 しかしこのまま終わりはしないという意地があるのか、一際大きい体躯の奴が出てきて吼え立てていた。大盾のように大きな穂先を持った巨槍を掲げている。

 

「ピクトの戦士長だな。少し待て、私が――」

 

 言い終わる前に俺は前に出ていた。なぜならソイツは俺を見てかかってこいと挑発している。言葉は分からなくても一騎打ちの申し出は伝わるのが戦士というもの。挑まれたなら無視はしない。

 不服そうにするアルテラを無視して上裸になりつつ進み出ると、ソイツは一息に巨槍を突き出してきた。胸板の体皮が擦れる感覚がする。いい突きだ。傷一つ付かない俺の筋肉に、ソイツは愕然として俺を見上げた。その面に拳を叩き込むと頭部が消滅する。

 緑の戦士長の体が倒れると、ソイツの仲間である緑の奴らが歓声を上げた。戦士長の死を喜んでいるのではない、戦士長を倒した俺を讃えている。次は俺だ、いいや俺だと猛っているのを見て、面白い奴らだと苦笑しながら引き下がる。後はアルテラの指揮に任せよう。

 

 ピクトか。完全に獣だし、宇宙人みたいにおかしな奴らだが、可愛いな。手下になるというなら面倒を見てやっても良い気はする。まあ、アルテラが駆逐するのだろうが。

 

 ――いつになく微笑ましそうにしている。だが殺しはするのか。

 

 当たり前だ。挑んできた敵は殺す、それが礼儀ってもんだろう。特にこういう奴らにとってはな。

 意味のある言葉は話していないし、口にしているのは奇声。ファンタジー武器の謎の光も恐れない勇敢な奴らだ。好意を抱くに値する。俺もコイツらの部族に生まれたかったかもしれん。

 

 ――その顔。ピクトを気に入ったか? だが緑のヘルモーズは嫌だな……。

 

 そうか? そうか……まあ色で言うなら俺は青と白が好きだな。

 

 ――そういえば、いつも血塗れになったり汚れたりしているのに、白を好むのはなぜだ?

 

 ……さあな。忘れたよ、そんなことは。

 それより戦が終わったようだぞ。

 見ろ、ピクトの奴らめ俺に手ぇ振ってやがる。

 ハッハ、縁があればまた会おうってか。可愛い奴らめ。

 

 ――本格的に気に入ってるな……確かに良い勇士ではあるが……ところで血を見た後は滾ると聞く。仕方ないから私が――

 

 飯食って暖かくして寝ろ、ガキ。

 

 ――私はもう大人だ! むしろ25歳になってまで独身なんだぞ、ヘルモーズが責任を取るべきだ!

 

 ………? 分からんな。何を言っている。

 分からん……分からんが、手頃な所にコイツに相応しい男はいないものか。

 真祖探しと並行してこのガキの婿取りでも手伝ってやろう。

 故郷的に考えて近しいのはヴァイキングっぽい奴らか? ピクトは……不評のようだからやめよう。いや生まれはどうでも良い、良い筋肉をした奴がいたら一度ぶちのめしてアスラウグのところに連れて来てみようか。見合いのセッティングを考えるなど、本格的に老け込んできそうだが背に腹は代えられん。シグルドの娘だ、下手な奴が近寄らんようにせんとな。

 

 ――ヘルモーズっ! 鈍感ぶるのはいい加減やめろっ! 似合ってない!

 

 いや……別に鈍感ぶってない……ただお前だと……その、勃たんのだ。趣味じゃない。――ということを伝えるのは残酷な気がして、残虐無道を自認するさしもの俺も顔を背けるしかない。

 どういうわけかスルーズ達やアスラウグは、俺の面を見たら考えてることが分かるらしい。意思疎通に言葉が要らんのはいいが、そんなに俺はわかりやすいのか? ……わかりやすいんだろうな。コイツらは頭が良い、馬鹿な俺の考えなどお見通しということだろう。

 だから誤魔化す。面は見せん。

 流石に……流石に親代わり的な立ち位置に立ってしまっていた身として、コイツを憐れに思う心はあるのだ。どう考えてもアスラウグの男の趣味は悪すぎる。冷静に考えて俺だけは有り得んだろ。ガキだった頃のコイツの前で、平然と他の女を犯すような奴だぞ、俺は。

 

 あと平時ならコイツに勃たないが、血を見た今とか普通に勃ってる。ヤろうと思えばヤれる。略奪してない時の禁欲的な日が続いた時もヤバい。だから嫌なのだ、普段は勃たん相手に勃った時ほど歯止めが利かないことを俺は知っている。下手したら俺はコイツを壊すだろうという予感があった。だから、ヤらん。世にも珍しい俺の気遣いを無駄にするな。

 

 勝鬨を上げるフン族の群れが王の名を讃える様を見る。早く次に行きたい。世界帝国を壊して犯して辱めてやろう。皇帝の女を目の前で犯してやり、法王の首でサッカーをしてやる。

 

 この変に溜まった鬱憤を晴らすには、偉い奴を辱めるのが一番だ。

 

 

 

 

 

 

 




アルテラ
 大帝国の大王様。仕事は機械的にしている。文明も破壊している。
 ピクト人を何度目になるか分からないぐらい蹴散らした。
 ヘルモーズといると遠征につぐ遠征の侵略業務も旅行気分。
 ヘルモーズの蛮行の酷さも理解していない。
 なんとなく酷いやつだと思うがアレス(っぽい)なら仕方ない。
 混同はしていないものの、最近興味が芽生えた。
 ヘルモーズは楽しそうに交わっている。そんなにいいものなのか?
 なお指揮官として前線に出たりはするが、自分で戦うことは殆どない。
 敗戦の時でもそれは変わらない。本人が出張ると全て勝ってしまうだろう。

アスラウグ
 一言で全てを纏めると、我慢の限界である。

ヘルモーズ
 吸血鬼を見て真祖に興味を持つ。真祖の踊り食い…そういうのもあるのか。
 ピクト人を可愛いと感じる筋肉の悪魔。
 どれだけ美化しても残虐非道で無道の鬼畜であることに変わりはない。
 反英雄や大英雄というより蛮地の王がお似合い。
 地味にフン族の侵略に耐え抜くはずの都市も陥落させている。
 アルテラにある自重が全く無いせいである。
 蛮族は後先を考えない。


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9話

 

 

 

 

 

 城の一角が弾けて飛んだ。瓦礫の破片が無数に舞い、重力に絡め取られ地に落ちていく中、一つの人影が夜の月へ目掛け飛翔している。

 否、何者かの殴打を受けたのだ。踏み留まれず空を舞ったのは、王侯貴族の如く瀟洒な美男。血反吐を吐いた美男は白目を剥いている、あまりの威力に彼ほどの上位存在でも耐え切れなかった。

 森の深奥に或る幻想の城。史に刻まれぬ幻想の頂点。竜と並び称される搾取せし王共の種に連なる美男は、崩れた城から追撃に出た巨漢に追いつかれ半壊している戦斧に殴り落とされた。

 地に激突し意識が戻る。隕石の如く炎を纏って飛来する巨雄を見上げ、歯を噛み締めて叫んだ。人間風情が、我を見下ろすか……! 振り下ろされる戦斧を交差した両腕で受け止め、足元が陥没し肉体が軋むのも構わず、彼の足元から伸びた無数の鎖が巨雄を捕らえる。

 

「ハッハァ!」

 

 だがなんの妨げにもならず鎖は粉砕された。ただ筋肉に力を込めただけの圧で破砕した鎖に瞠目した美男だが、無惨にも拉げた両腕を再生させつつも怒りと屈辱で巨雄を睨み宣告する。

 もはや許容できぬ不敬、我が力を目にする栄誉に打ち震えて死ね!

 巨雄目掛けて翳した再生せし右手から莫大な魔力が打ち放たれる。広域破壊兵器に等しい魔力放出による全身全霊の砲撃だ。

 大軍勢をも一撃で壊滅させる無尽蔵の魔力が惜しみなく注がれ、直撃させたことで確かに巨雄の進撃をほんの数秒押し留めた。その隙に牙持つ黄金の髪の美男は世界を改変する。

 広がるは空想を具現化せしめる精霊の力。魔術師の奥義とされる固有結界のモデル、本家本元。あらゆる人工物が排された自然の胎内は月の表面にも似て――儚き月輪草が埋め尽くした地面、満点に座する巨大過ぎる満月を背にする美男は神の如き威容を誇った。

 

 もはや貴様に勝ち目は――

 

 ない、と言い切る前に戦斧が吸血鬼の真祖を縦一文字に両断した。幻想的で美しい大自然に見入り感動する繊細な感性など無い。世界の改変という異常事態に動じるような肝の細さもない。ただ目の前の獲物だけを見詰めており環境の変化に気づいてすらいなかった。

 巨雄は青いマントを翻した。白銀の戦斧を縦横無尽に振り回し、大地を踏みつける力で大地震を巻き起こす。神秘の極峰の只中で、戦斧を獲物の胴体に突き刺して縫い止めると、自らを襲う世界そのものの圧力や鎖、魔力の津波を己が筋肉のみで耐え抜きながら、幸運に恵まれ遭遇できた真祖へと拳の雨を降らせ続ける。起こるのは地震、地震、世界に亀裂が走るほどの圧倒的破壊の力。

 これが人間の成せることなのか。これが身一つの力なのか。星の触覚たる真祖は漸く気づいた。これは――この男は、世界に在ってはならぬバグなのだ、と。神の加護も特別な運命もなく、世界の表層に突如として発生した黒点。人間が夢想する力という概念の化身。

 

 人型の特異点たる蒼銀の蛮族は、無造作に千切りとった真祖の左腕にかじりついた。

 

 咀嚼し、嚥下し、黒い唾を吐く。ニィ、と笑う顔は邪悪そのもの。真祖は慄然として唇をわななかせた。ま、まさか……と。真祖は己には有り得ぬはずの被食者の立場を自覚し恐怖に震えた。まさか、我を……喰らう気か!? と。喚く言葉は通じることなく、反対の腕を、再生した腕を、脚を、頭を、何度も何度も貪られた。やがて一つの事実に気づいた蛮族が愕然とする。

 

(再生する奴を、どうやって生け捕りにして捕まえときゃいいんだ?)

 

 盲点だった。無尽蔵の魔力で復活を続ける存在。殺す気はなく、捕まえ、いつでも喰えるようにしようと考えていた程度だが、これほどの力を持つ存在を捕らえておける不思議なアイテムなど持ち合わせていない。ではこのまま放流するのかというとそれも嫌だ。

 あまりの激痛と悍ましさに失禁する真祖を見下ろして、無限プロテイン計画の破綻を悟った巨雄にして蛮神は、一思いに真祖という神秘のプロテインを一気に摂取することを選択した。

 真祖をその桁外れに規格を外れた理外の怪力で持ち上げ、再生した両腕と両脚を圧し折りながら螺旋状に纏めて一本にすると、雑巾絞りをするように捻じ曲げ――絶叫は無視――真祖の体を細長い棒状にしてのける。再生しようにも捻れを元通りにする間はない。大口を開けた蛮神は、真祖の纏う衣服や骨ごと足先から一気に噛み砕きながら呑み込んでいったのだ。

 無限に再生するなら再生が終わる前に己の腹に収める。意味不明で理解不能な対処法は、この星の誕生から終わりまでで再現できるモノなど、人の身ならざる暴虐の悪神か蜘蛛だけだろう。

 

 凄惨な捕食の一幕。理性ある人間が見ていたら、あまりの悍ましさと根源的な嫌悪感で正気を失くし気絶していたかもしれない。だがそれがどうした。ぱくりと真祖を丸呑みにした蛮神は、辺り一帯が元の森の中になっているのに気づく。全身は返り血に塗れて腹も膨れ、なんだか体が重く気怠い。血の一滴も残さず飲み干した結果、腹の中で真祖だったモノが暴れている気がした。

 断末魔。消化される前の火事場の馬鹿力。

 流石の蛮神も胃もたれして腹痛に襲われるが、額に脂汗を浮かべながらも蛮神は吼えた。ハッ! と単音を発して力み、自らの肉体を構成する筋肉で圧を掛けたのだ。途端に腹の中で圧迫され抵抗を押し潰された真祖が、トラキアの神殿遺跡で摂取した古き軍神の欠片(アレス・クリノロミア)という筋肉細胞(ナノマシン)に群がられ、強制的に分解されて栄養に置換される。不要となる不純物は、突如として発生した吐き気で蛮神を嘔吐させ、10kg以上の黒いヘドロとして体外に排出された。

 

「ゲェェェエエエ――――ッッッ!?」

 

 気持ち悪い。青い顔をしてフラついた蛮神は、戦斧を支えになんとか体勢を維持する。このプロテインはとんでもない粗悪品ではないか、もう二度と食いたくない。こんなに不味いなんて知っていたら、ものは試しで食ってみようとは思わなかっただろう。

 実際の味は個体差があるとは露知らず。斯くして一体の不摂生に暮らしていた真祖という尊い犠牲のお蔭で、他の美味なる真祖は蛮神から向けられていた矢印を外されることになるのだった。

 もし不味いと思われなかったならば、とある真祖の姫君が生まれる前に生みの親である真祖達がほぼ全滅し、作り出されることがなかっただろう。ある意味で快挙と言えるかもしれない。

 

 なお、真祖は不味いがそれ以外の吸血種はイケるという認識は残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー……ひどい目に遭った。あんなに吐くと、もう気持ち悪くて気持ち悪くて気分が悪い。

 

 お手軽プロテインの一種として摂取してみた結果、味はないが歯ごたえを気に入ったモノ――殺したり捕まえたりした魔術師からくり抜いた魔術刻印(しんけい)を食べ歩きしつつ、俺は単独行動をやめてアルテラの率いる群れと合流しに向かう。

 

 以前と同じ過ちを犯さないように、一度通った道は忘れないように心がけた結果、もう道に迷う方向音痴ぶりを晒すことはなくなった。

 一人きりになるのはいつ以来だろう。のっしのっしと歩いていると、不意にノスタルジックな気分になりつつ自問する。いつも付いてきていた三姉妹、いつも後ろに付いてきた小娘がいない。暇があれば顔を出しに来るアルテラもいないし、絡んでくる雑魚もいない。

 思えば最後に一人になったのは、二十年以上……いいや、四十年以上の時を遡るか。毒で死んだアイツやその親父が生きていた頃、あの集落で時々一人になれていた気がする。

 たまには悪くない。荒野を歩きながら思う。

 

 真祖を見つけられたのはひとえに怨念のお蔭だ。俺のプロテインを欲する怨念という意味ではなく、俺の大斧――戦斧に宿った怨念が、膨大な怨念を纏うモノに呼応して反応するのだ。

 反応する方に向かって行ったら真祖がいただけで、恨み辛みを大量に向けられる個人になら、たとえ普通の人間であれ魔術師であれ、魔獣であれ妖精であれ、なんにでも反応する。今回はたまたま真祖に反応したというだけで、今までだと魔術師に反応することが多かった。なんならアルテラにも強い反応を示しているので紛らわしいったらない。

 しかしこれのお蔭で効率的にプロテインを摂取できる。質はピンキリだが、魔術師って奴はどこにどうやって隠れていようと見つけ出せるし、魔術刻印(変な痣のヤツ)を奪って喰えば無いよりはマシ程度のタンパク質になる。神秘とかいうファンタジー要素はプロテインに置換できるらしい。いいことだ。

 

 アルテラの所にいる魔術師曰く、お蔭様で魔術師連中には蛇蝎の如く嫌われているし怖がられているらしいが――数百から千年以上の研鑽が食われて終わる恐怖――「良い子にしないとヘルモーズが来る」というのが、ここ最近の魔術師一家が子供を躾ける際によく使うフレーズになりつつあるとかなんとか。どうでもいい話だが、ふと思い出すと笑ってしまう。

 しかしアルテラは俺専用の翻訳機になっているのにうんざりしないのかね。俺ならウザったらしくて一々翻訳を頼んでくる奴とかブチ殺しているぞ。もう翻訳しなくていいと伝えるべきか? ああそうしよう。どうでもいいヒョロガリ君の言葉なんざ知りたくもない。俺に認識されたかったら筋肉を鍛えろ筋肉を。筋トレのことなら教えてやってもいい。

 

 しっかし、あれだな。邪竜プロテインに始まり魔獣、精霊、妖精、吸血鬼やらを食ってみたり、神殿遺跡にあった謎のプロテインを飲んでみたり、毎日の筋トレを欠かさずやったりしているが、今の俺の筋肉はどれほどまでになったのかね。あのハンマー男を殴り殺せるぐらいになったか? それはまだだ、と感じる。最近は筋トレをして多種多様なプロテインを摂取したりもして、色々と試行錯誤をしているが……どうにも伸び悩んでいる感があった。

 これが人間の限界なのか? よしんば人間の限界だとしても、筋肉に限界など……あるか普通に。限界を軽率に超えた筋トレなど筋トレに非ず。限界の上限を上げる為の筋トレなのに、安易に限界を超えようとしてどうする。その限界の上限が上がらないのが問題だから、どうしたらいいのだと足りない知恵を絞ってしまう。どうしたらいいと思う? 俺の筋肉。

 ……やはり筋トレだ。伸び悩んでいる? だからどうした。元々飛躍的に進化するものではない。筋肉は一日にして成らず、この金言を忘れてはならん。伸び悩んでいるからこそ堅実な筋トレをして、筋肉を決して疎かにしない誠実さを見せるのだ。筋肉は裏切らない、俺の誠実さを俺の筋肉に認めて貰おう。だから見ていろ全体的に見たらちょっと細い上腕二頭筋よ。

 

 筋肉と言えばアレだ。アスラウグの婿候補を探してやらねばならん。せっかく一人になったんだし寄り道でもして適当に良さげなのを見繕ってみるか。

 

 思い立ったが吉日だ、俺は最寄りの都市に寄った。守衛を殴り殺して都市に侵入すると、なんとローマの領土だったらしくワラワラと雑魚共が湧いて出てきたではないか。

 兵士達を物色しながら殺戮し、城主の所まで行って偉そうな奴を殺し、頭を持って散策してみるが、よさげな筋肉の持ち主は見当たらない。仕方ないから後二、三個ほど都市を回ってみよう。

 

 そうして最寄りの都市を順繰りに回ると、俺を迎撃する軍勢が組織されて平原で攻撃された。鬱陶しい。地面を踏みつけての地震で地割れを起こし、地の底に落としてやる。さようなら。

 不可解なのは軍が組織されるまでが早いのと、初動と対処が早すぎること。長年の蛮族経験で俺はピンときた。ははーん、さては俺……道に迷ったな? 迷った挙げ句に変な所に出て、ローマの結構首都寄りに来たのかもしれん。こりゃあいい、世界帝国を謳うなら、首都にはいい筋肉があるかもな。期待を胸に軍勢のならした地面を辿っていくと、デカくて活気のある都市を見つけた。やはりあったか、首都。

 ……ところで俺は今どこにいて、アルテラやアスラウグはどこにいるんだ? 一人旅が楽しくて何日も日付を数えず歩いていたらここに来ていたが……真面目に迷子は恥だぞ。何か手土産がないと帰るに帰れんのではないか。そう思うと、たらり、と頬を冷や汗が伝う。

 

 ……首都のお偉いさんの首を奪って帰るか。帰り道は知らんが。戦斧を立てて、倒れた方に進んでいけばいずれ帰れそうだ。

 

 首都を訪ねると、早速とばかりに俺の面を見た奴が血相を変えて叫び出す。悪いが土産が必要なんでな、雑魚に構う暇はない。万倍いい筋肉に育ってから出直せと思いつつ戦斧を振るう。

 宮殿に向かっていくと雑魚共は必死に止めようと挑んできた。その反応は偉い奴がいるって自白してるようなもんだぞ。賢いやり方じゃねぇなと、ブーメランなことを少し思う。

 

 略奪技能が告げる。この反応からしてお宝はこっちから逃げるな、と。その経験則に従って空気の壁を突破し走っていくと、一人の矢鱈偉そうな老いぼれが馬車に詰めて逃げているのを発見した。

 護衛に付いているのは高貴な騎士様連中だ。自分で戦ったこともなさそうな奴らにしか見えん。腕は確かなんだろうが、雑魚だな。とりあえず馬車に戦斧を投げつけ車体を破壊すると、老いぼれが転がり出て地面に這いつくばった。騎士が悲鳴を上げる。「――テオドシウス二世陛下ぁ!」とかなんとか。かなりのお偉いさんっぽいな、土産はコイツの首でいいか。

 ジャッ、と砂利を鳴らして傍に近寄ると、こちらを見上げようとした老いぼれの首に刃を落とす。綺麗に切断すると首を持ち、長持ちさせる為に塩漬けにしようと都市の方へ引き返した。その背中を報復に燃える騎士達に狙われたが無視する。こっちは急いでるんだ、邪魔をするのはいいが後にしろ――と思ったが鬱陶しくなったので、適当に戦斧を振るい風圧で皆殺しにした。

 

 桶に入れ、塩に漬ける。

 

 よしよし、これで言い訳にはなるな。

 

 俺は満足して首都を離れた。帰り道は……斧はこっちに倒れた。そっちにアスラウグ達がいるんだな。よし、行こう。ちょっと急ぎ目に走るぞ。

 何日間か走り回っていると、やっと群れに合流できたのか、アルテラとアスラウグが走り寄ってきた。

 よう、久しぶり。愛想笑いを浮かべて片手を上げると――

 

「フォトン・レイ」

「ベルヴェルク・グラム!」

 

 なぜか神剣と魔剣で殴られた。まさかの合わせ技に鼻血が出る。

 何すんだテメェら……痛ぇだろ……。

 

「馬鹿かお前は。おおかた私達に合流できたと思っているのだろうがそれは違うぞ」

「ヘルモーズのしでかしの騒ぎを聞きつけて、私達がお前を探して見つけたんだ。アトリ様に手間を掛けさせるなこの馬鹿……! ああ、ヘルモーズの方向音痴ぶりを忘れていた私も馬鹿だ……」

 

 なんだなんだ。しでかし? なんのことだ。それより見ろよこれ。ローマの偉い奴を殺ったんだ。お前にとってはいい土産だろう、アルテラ。

 そう思って桶を見せると、アルテラは露骨に溜め息を吐いて、アスラウグも頭が痛そうにする。見ない間に随分と打ち解けているな……何があった?

 

「お前こそ何があったらそうなる……ぷろていん、とかいうのを探しに行くと言って急にいなくなったと思ったら……」

「いいかヘルモーズ。それは……東ローマ帝国の皇帝だぞ……」

 

 ………? 何がマズイ? いいだろ別に。

 

 疑問符を浮かべる俺に、アルテラとアスラウグは揃って額を押さえた。

 

 

 

 

 

 

 

 




抑止力
 セーフ! まだセーフ! テオドシウス二世はもうすぐ寿命だった!
 新帝即位が少し早まっただけ!
 ヘルモーズのやらかしも目撃者少ない(殺戮)から都市伝説とかそういうのにする!
 伝説! 作り話! なかった話! 天災が東ローマ首都近隣を襲っただけ!
 セーフ! セーフだから!

テオドシウス二世
 被害者リスト行き。

真祖
 不摂生な生活をしていてプロテインとしての品質はよくても味が最低だった。
 そのお蔭で他の真祖も不味いと認識されるファインプレー。
 なお真祖として空想具現化はできるが、全盛期アルクェイドに比べれば雑魚である。

アルテラ
 頭が痛い。

アスラウグ
 ヘルモーズの方向音痴っぷりを忘れる痛恨のミス。
 スルーズ達がいたら呆れている。

ヘルモーズ
 実は方向音痴。世界一迷惑な迷子。
 アッティラがヨーロッパ世界の破壊者なら、ヘルモーズはヨーロッパの災害。
 魔術世界からは神秘喰いと恐れられ、呪われ、嫌われ、避けられる。
 避けられるものなら避けてみろと追尾してくる模様。
 まだ魔術協会はないが、設立された後も、現代でも悪名高い。
 ローマの天敵として語り継がれる。ローマの破壊者。


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10話

 

 

 

 

 

 

 俺には理解できん。敵の親玉をブチ殺したことがなぜ咎められる。

 

 これは手柄だろう、感謝されこそすれ責められる謂れはないはずだ。

 

 アルテラとアスラウグは結構な遠出をして、国境を跨いで俺を探し出したらしい。帰り道でアルテラがこんこんと説明してきたが、馬の耳に念仏、全部聞き流した。一部耳に入ったのは、本格的に本腰を入れられる前に、ローマの力を削いでいったほうがフン族の戦がやり易くなるだのなんだのといった事くらいだが、やはり全く理解できない話だった。

 

 最初に地元を離れた時に感じたことだが、ここいらは空気が軽いし薄い。呼吸が苦しくなるだのという不便さはないが、外の人間は異様に弱い雑魚ばかりなのだ。比較してフン族やピクト人はおかしいが、それ以外の人種は同じ人間かと疑わしくなるほどに弱かった。

 インテリぶって言うなら、神秘が薄いって奴だ。ファンタジー要素を抜いた普通の人間の範疇にいるといえば馬鹿でも分かる。こんな奴らを相手に負ける要素はねぇし、フン族の奴らの相手になるのなんざピクト人だけで、ローマの奴らはハッキリ言って烏合の衆でしかない。フン族が負け戦をする可能性があるとしたら、とんでもなく頭がよく手下を上手く死にに行かせられる将軍がいた上で、天の奴らが味方してやってようやくというところだろう。

 

 それだって俺やアルテラ、アスラウグが出張れば簡単にひっくり返る。分からんのはアルテラが自分の力を出し惜しんでることだ。あっちこっちを荒らし回り破壊しまくってんのに、変に自重しているのが本気で分からん。一部の奴は地元の奴並にやれたりはするが、そういう奴の数は少ないし、魔術師も奇術師みてぇなびっくり人間なだけで、全部取るに足らないヒョロガリ共だ。

 なぜアルテラは自分で戦わん。戦いが好きじゃないからか? なのにフン族にはよく戦わせているな。略奪や陵辱が嫌いなのか? 手下には好き勝手させてるよな。発展した都市ほど念入りに踏み躙る指示も出していたはずだ。分からん、コイツが自分で戦わんことも、言動が一致しない蛮族そのものの戦も。アルテラは力があるだけのガキだってことだけが確かだが……。

 

 ああ、なるほど。解った。コイツは王の責務通り、望まれた通りに版図を広げてはいるし、それに真面目に向き合ってはいるが、別に自分のやりたい事ってわけでもねぇんだな。そんで侵略先で見かけた文明を粉砕したくなる、自身の破壊衝動を抑えられねぇってわけか。

 コイツを見た時に幻視した白い巨人は……アルテラの大元かなんかか。女々しいガキっぽい感性が付随している割に機械っぽいのは……真っ白だったコイツをフン族の小賢しい奴が役割で縛り付けて、利用したってあたりだな。お蔭で人間にふれあい人間らしさがほんの少し芽生えたのはいいことなのかもしれんが……ハァ。これだから偉い奴が考えることは小賢しく煩わしく腹が立つ。

 ……ああ、スルーズ達やアスラウグがアルテラに敬意を払ってんのは、あの大元の奴を……あのジジイ辺りがなんかして造ったってとこか? ってことはあのジジイはスルーズ達の親父だな。

 

 クソだな。何がクソかって、ちょっと考えただけでなんもかんもの裏が見えちまう。幾ら俺の脳も筋肉だからって、俺の筋肉は頑張りすぎだ。これじゃあ世界一の知恵者を名乗れちまうぞ。

 明らかに俺のガラじゃないから頭ん中は空っぽにしとくか……あれこれと見通せたところで面倒臭いだけだろう。どうでもいいんだよ、賢い奴らの思惑だのなんだのは。誰それの過去にこういうことがあっただのなかっただの、そんなもんには鼻糞ほどにも興味はない。

 あの三人は俺のモンだし、アルテラがどんな奴であれ俺の獲物なのも変わりはない。大事なのは現実にあるこの事実だけで、それ以外はどうでもいい。

 

「……何を言っても無駄か。解ってはいたが」

 

 諦めたように嘆息するアルテラに、俺は一つ強い鼻息を漏らす。当たり前だろう。

 俺がここにいるのは強くなる為だ。地元から出たのはアルテラという獲物を逃さない為だ。

 ここいらには雑魚ばかりしかいないが、神殿遺跡なり真祖なり面白いものもある。怨念だけは一丁前の雑魚共をヤれば戦斧の強化も効率よく出来るし、天が雑魚共に味方しているような流れを感じもする。天に味方された奴を狙えば俺の筋トレも捗るというものだろう。

 

「もういい。好きにしろ」

 

 ああ、好きにするさ。今までも、これからも。

 

 

 

 

 

 

 来る日も来る日も行軍、侵略、交渉だ。支配したところの統治もなんのかんのと差配している。もちろん俺は関わっていない。全部アルテラのやっていることだ。

 奪って殺して犯してお終いとはならんらしい。解っちゃいたがお偉いさんにもお偉いだけの由縁があり、相応にアルテラも忙しなく王様をしていた。

 

 アルテラはあのバカなんか及びもつかねぇほど優秀な王様なんだろうよ。

 

 だが、つまらん。コイツに付き合っていると欠伸が出る。

 

 なので殴る。一人で黄昏れているのを見掛けると、必ず手を出した。メスガキのくせして嬉しそうに応じるもんだから、さっさと王様なんかやめちまえと思うが……変に律儀で生真面目だからなコイツは。なかなか義務を投げ出さねえから面倒臭い。巻き添えが出ない程度に力をセーブして殺し合いのごっこ遊びをしても、軽い運動にしかなりようがないし、却って鬱憤も溜まるってもんだが、ローマの雑魚を相手にするよりはマシってもんだ。

 

 ほんの数年だ。俺は戦にだけ参加し、それ以外の時は大抵、道先案内人のアスラウグだけ連れて妖精とか精霊とかを探して喰ったり、魔獣の焼き肉をしてキャンプをしたりと悠々自適に過ごしていた。稀に活きのいい幻想種とやらもいて焼き肉が旨くなったりもする。魔術師の変な痣みたいな神経も、食いごたえのある奴を持った大物を狩れたりもした。

 

 今日はフン族に混じって略奪をした。こういうのはもう呼吸と同じで、襲った先だと何も考えずにやってしまうことだ。フン族の奴らも大張り切りで、コイツらも元気だなと感心する。

 たぶん、いや絶対にトップがアルテラでないと、コイツらの精鋭は一枚岩になって戦えんな。飛び抜けて強い奴が上にいて重石になってるからなんとか軍隊の形になっているだけだ。コイツらも略奪は習性の一部だし、女が大好きだし、暴力を愛している。暴力を振るわれる側に立つのは断固として認めない我儘さもあった。獣そのもので実に人間的だ。

 コイツらは俺に配慮しているが、女に関しては早い者勝ちだ。地元にいた時みたいに進んで女を差し出しに来る奴はいない。不便だが、こういう嗅覚なら俺も負けん。今まで襲った先の一番の器量良しを逃したことはなかった。今回もだ。散々に殺戮して滾っていきり勃った一物を丸出しにし、裸で捕まえた女を二十人檻に閉じ込めお楽しみタイムである。

 

 が、今回は異例の事態が起こった。

 

 女を閉じ込めていた檻が女ごと業火に焼かれて灰となり、俺が今からヤろうとしていた女の頭も消し飛ばされたのだ。

 

 あ? こめかみに青筋を浮かべる。俺は奇襲にはめっぽう鈍い。雑魚の攻撃なんざ効かんし奇襲を警戒する意識がなく、いい筋肉の持ち主には俺の筋肉が勝手に反応するからだ。

 だからすんなり女を殺され、一瞬で俺の殺意のボルテージはMAXに跳ね上がった。

 誰だ俺の邪魔をするのは。殺してやる。憤怒の形相で振り返ると、そこにいた奴の面を見て殺意は呆れに転身する。俺の邪魔をしたのはアスラウグだったのだ。

 

 ――ヘルモーズ、観念しろ。これから先、お前が女を抱けると思うな。この私を差し置いては!

 

「………」

 

 俺はいきり勃った一物を見下ろす。寂しそうにしていた。

 マズイ。精子(きんにく)が脳に昇る。この体の性欲は俺の理性(きんにく)でも制御が困難な暴れ馬、直前でお預けを食らってしまったら俺は……!

 男ってのは馬鹿で愚かだ。普段は反応しない相手に一度反応してしまったら脳がバグる。コイツはイケる奴だと認識してしまう。そして始まるのは暴走だ……止められない。

 しゅるりと衣擦れの音をさせて裸体を晒したアスラウグに、俺の視線が完全に吸い寄せられている。やめろ。お前はこんな燃え盛る都市の中で、死体と瓦礫に囲まれながら抱かれていい奴じゃあない。もっとこう、なんかいい感じにいい感じの奴といい感じになれ。

 

 そう思うのに体は正直だ。俺の手はアスラウグの方へと伸びて、自ら進み出てくる女に――

 

「お、おぉー……」

「………」

 

 途方もないヤッてしまった感に内心頭を抱えつつ、力尽きて失神しているアスラウグを地面にマントを敷いて寝かしてやっていると、物陰からこちらを見ているガキがいるのを見つける。

 ……なに見てんだ。

 

「あ、い、いや……悩める姪に策を授け道を示した手前、見届ける義務が私にはある、はずだ」

 

 ……良くも悪くも正面突破しかしないアスラウグに要らん入れ知恵をしたのはテメェか。悪ガキには折檻が必要だな。コイツ一人で俺が治まると思ってんのか? ブチ犯すぞクソガキ。

 

「あっ、う、うん……姪の後詰めをしてやるのも吝かじゃないぞ」

 

 ……。

 ………ん?

 お前……なんで鼻血なんか垂らしてやがる。

 

「え?」

 

 立ち上がって裸のままアルテラに近づき、両手でむんずと小さい顔を挟む。

 情事を見て興奮し鼻血を流す、なんて間抜けな奴じゃない。微かに赤面するアルテラの顔を注視した。

 ……なんだ? なんで……コイツの面に、()()()()()

 俺は無言でアルテラの服を剥ぎ取った。羞恥を感じたのか慌てて身を捻るのを押さえつける。

 アルテラの裸体を見下ろした。周りに野次馬はいない。ヤッてる時の俺に近づく馬鹿を、何度か無意識に殴り殺していたらいなくなっていたからだが、今は誰もいないのは都合が良かった。

 アルテラの体に手を翳し、あちらこちらを触る。おい、やめろ! と弱々しく抵抗するアルテラを無視して全身を隅々まで検分し、俺は顔を険しくさせてアルテラを睨んだ。

 

 おい……お前。

 

「な、なんだ?」

 

 惚けた面だ。だが、わざとではない。

 俺の顔から血の気が引いた。普段ならアスラウグがあと三人は必要になる猛りが治まった。

 青白い顔の俺を見て、流石に冷静になったアルテラは問う。

 

「……私がどうかしたのか」

「………」

「……そうか」

 

 鼻血を拭い、アルテラは悟ったような顔になった。

 

活動限界(じゅみょう)が近いんだな」

 

 寿命だと。コイツはまだ俺の半分も生きて……そもそもこれは寿命などではない。病の反応だが病でもない。コイツは、そうだ、例えるなら、燃料が尽きている。必要な食い物を喰えていない。

 生きていく上で何らかの負荷が掛かり続けていたのか。コイツは――地球上の生命ではない。そして根源的な問題として、コイツは最初から()()()()()()()()んじゃないか。

 幻視した白い巨人。天を壊す天。ソイツの残骸から発掘された……? 残骸は残骸、骸から出てきたコイツは通常の人間のような生態をしていなくて。

 

「保って……なんとか、あと三年ぐらいか」

 

 三年。長いと思う一方、たったの三年だと、と愕然とする己がいる。

 なんとかならないのか。

 

「ならないだろう。なぜなら()()()()()()()。私はお前から感じるものを言語化しただけだ」

 

 言いながらアルテラは、仄かに微笑んだ。女のように。

 

「頼みがある」

 

 なんだ。

 

「私を破壊しろ。止まる(死ぬ)なら、お前に破壊されたい」

「………」

「お前は私が本質的に何にも縛られない人ならざる身で、裏切りや嘘を持たないと察知したから私の言葉を認識した。そしてそうであるが故に――()()()()()

「――――」

 

 愛?

 ……愛だと?

 ……俺が!?

 

「そうだ。だから私も人の理をねじ伏せた、お前という特異点に――外宇宙からの襲来物は惹かれたのかもしれない。私を破壊する者は、お前がいいと私が決めた」

 

 ………。

 

「だが私を起動した者達への手向けとして残り三年の殆どを捧げる。最後にお前と命を賭して戦おう。それまでに、この私を破壊し尽くせる力をつけろ。私を破壊した末に――お前はお前の運命を超えろ。そして願わくば、お前に惹かれた私に……お前の子を宿してくれ」

 

 ……ガキを? お前に?

 

「ああ。お前の精はもう強すぎる。並の女では宿らんだろう。だが私なら宿せる。お前の子を産み、お前と共にいた証を残したい。破壊しかできない私に、創ることを教えてくれ」

 

 命あるものはいずれ死ぬ。俺もだ。いつ死ぬかはともかく、永遠の命に興味はない。いずれ死ぬ為に生きている。だが、死ぬのは今じゃない。コイツも。

 細い腰を抱き寄せた。軽く、浅く口付ける。

 

「……ふふ。さっきまで緊張していたのに、今はそうでもないな。……なあ、ヘルモーズ。私に心を宿した残酷な戦士、比類なき悪逆の暴威。お前は私に破壊されず、縛られずに在ってくれ」

 

 何を当たり前の話をしている。

 たとえ俺がお前を愛しているのだとしても、お前を殺すことを躊躇いはしないだろう。殺したことを悔やむことはないだろう。お前は俺の獲物(もの)だと出会った時から決めている。

 三年だな。いいだろう。三年後のこの時間に、お前を壊す。そしてお前が確かに在った証を連れて行こう。これは誓約だ。俺がお前だけに定める誓いだ。お前の屍を越えて征く。俺は必ず俺のまま生きて死ぬ。死んだ先に――地獄に落ちた後、共に地獄を征こう。

 

「いいな。そういう告白は――この空っぽだったはずの胸に、響く」

 

 ――ま……待、て……!

 

 らしくなく重苦しい空気の中、交わろうとした矢先。よたよたと起き上がったアスラウグが、恨めしそうに俺とアルテラを睨んだ。

 

 ――私も、まだやれる……アトリ様は、後だ……っ。何年も耐えた私を差し置いて、いい雰囲気になることはアトリ様でも赦さない……!

 

「む……だが私に残された時間は少ない。今は私に譲れ」

 

 ――ダメだ。認めない。私がいるのに他へ目を向けるのは。

 

 気が抜けた。延々と言い争いはじめた二人を見て、俺は深く嘆息する。

 面倒だ。俺は強引に二人を抱き寄せる。どうせこの二人が潰れた後でも俺はピンピンしているのだ。自分が先だの後だのという言い争いを眺めておいてやる義理はない。

 特にアスラウグだ。自制できないタイミングで仕掛けてきたこの馬鹿は、念入りに潰してやる。

 

「へ、ヘルモーズ……?」

「父う……ヘルモーズ、ま、まさか……」

 

 今更怯えるな、滾ってしまうだろうが。

 俺のような外道に迫ったゲテモノ好き共め。精々、後悔させてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 




ローマ
 蛮族のおやつ。

幻想種
 生き残りは潜伏を開始。

魔術師
 活動圏から退避。

アスラウグ
 本懐を遂げるもいきなりメインヒロインの風格を出したアルテラの影に隠れかける。
 そうはさせじと母譲りの独占欲を発揮。
 蛮族には意味がなかった。

アルテラ
 寿命を知る。
 バグと接していたらバグった。
 なぜこんな悪魔のような外道・無道・非道の男に惹かれたのか。
 理屈はあるが、理屈は捨てた。
 自分の子供を名乗る他人のフン族がいるが認識していない。
 ヘルモーズと自分の子が生まれたら、ちゃんと親子をして欲しいと思っている。

ヘルモーズ
 叡智は言葉を解さない。だが見ようとしたモノの真実を見破る。
 歴史に名が残るほどでも関係なく、知恵者の天敵であり、人の上に立つ者の天敵だ。
 如何なる企みも無視し真実を見破り単身で企んだ者を殺しに来る。
 アルテラに対して一目惚れしていたことを自覚させられた。
 一目惚れしているのに殺すのは、近い内に死ぬと察知していたから。
 死なれる前に殺して自分のものにするという、歪んだ独占欲を発露していた。


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11話

 

 

 

 

 

 

 一見、大王アッティラに変調はなかった。

 

 常の如く軍勢を指揮し、築き上げた大帝国の拡大に腐心し、ヨーロッパ世界に破壊と恐怖、略奪の悲劇を振りまいた。もはや悪魔と神を抱き合わせた神々しさをも幻視させる、まさに神の鞭なる威名を体現する暴れようだった。その威厳は遂にヨーロッパ世界を襲う恐ろしき災害にすら手綱を掛け、自らに忠実な無敵の戦士に仕立て上げたという。

 災害の名はヘルモーズ。彼が当初振るってきた暴虐は鳴りを潜め、何時如何なる時にもアッティラの傍を離れることはなくなっていた。その変わりようには味方は困惑し、特に不気味に感じていたのは敵であるはずのローマ帝国だったという。戦勝を重ねようともフン帝国の略奪に加わらず、国政の場ですらヘルモーズはアッティラから離れようとしなかったのだ。

 

 東西のローマ帝国をして帝国最大の脅威と見做していた悪魔の沈黙は、却って両帝国の不安を煽り、わざわざ使節団まで組織して大王アッティラへ謁見を申し込み機嫌を伺ったというのは余りに有名な話だ。それほどまでにローマがヘルモーズを危険視していたという証左である。特に東ローマ帝国の新帝は、即位する前からヘルモーズの名を聞いただけで挙動不審になっていたらしい。

 新帝は没するまでの間、病的なまでに警戒心を強く持ち、複数の秘密の脱出路のある都市でなければ安眠できず、また複数の影武者や腕の立つ護衛を集めるのに執心し、更には教会を宮殿の中に建てると毎日祈りを捧げていた。その振る舞いを諌めた臣下や、ローマ教皇レオ一世にまで新帝は喚いたという。お前たちはヘルモーズを見たことがないから分からないだけだ、と。

 新帝はかつてテオドシウス二世が亡くなった、首都を襲った災害の数少ない生き残りだった。彼の怯えようが都市伝説、戦場伝説に過ぎなかったヘルモーズの神話的武勇に一定の信憑性を持たせることになったのだが、それはさておくとして。

 

 ヘルモーズは大王の命令も聞かず、アッティラから離れることを断固として拒絶した。あの強欲で貪欲な悪魔が金品に目もくれず、色香を漂わせる美女に反応せず、影の如く大王に寄り添っていたと言えば、史に詳しい者にほど驚嘆と不審を芽生えさせるだろう。

 常に傍にいたと言っても、ヘルモーズは甲斐甲斐しく大王の世話をしていた訳ではない。身辺の世話は侍女達に任せきりで、本人はただ近くにいるだけで平然と昼寝をし、飯を食い、衆目を気にせず筋トレしていた。そして気に入らない者は味方でも、他国からの外交の使節であろうと撲殺したという。大王は軽くヘルモーズを叱責するだけで罰することがなく、また周囲の者も甘い大王を諌めようともしなかった。ヘルモーズが周囲から特別視されていたのは間違いないだろう。

 

 神の災い、神の鞭、大進撃。サタンの角、竜人(ドラゴニアン)、大冒涜。数々の異名を持ちヨーロッパ世界を震撼させた殺戮者と大王の蜜月は続く。

 

 私的な時間となると大王は信頼する戦士と隠れ、人払いをして二人きりで過ごすことが多かった。気になった臣下が二人で何をしているのかと問うと、大王は戦をしていたとはぐらかしたという。どんな戦なのかまでは語らず、臣下は気を揉んだ。

 また戦士は二度、大王の命を救っている。とある侵略戦争で敗退した東ローマ帝国が、なんとか一時の停戦と和睦を求めて派遣した使節団の中に刺客が紛れ込み、大王を刺殺しようとしたのだ。

 だが完璧に使節団員になりすましていた刺客を戦士は見ただけで見破り、交渉の最中であろうとお構いなしに服を剥いで、持ち込みを禁じられていた短刀を奪い取り、刺客の首を捻じ切った。

 更には食事に盛られていた毒にも勘付いて、毒を盛った者を自ら捕らえると強引に毒を食わせて苦しみ抜かせて殺している。以来、ますます大王は戦士を傍から離そうとしなくなり、彼の所業を咎めることすらなくなったのだ。

 

 とはいえ、その頃になるとそもそも咎められるようなことを滅多にしていなかった為、大王が戦士を特別扱いするのを諌める者は現れなかった。

 ある時、宴の席で大王は戦士に笑いながら言ったという。これまで大王が笑顔を見せたのは戦士にだけだった為、臣下はたいそう驚いたらしい。

 

「行儀のいいフリが上手くなったな」

 

 献身と忠誠への褒美として、大王は獅子を贈ろうとしたが、戦士はその場で獅子を縊り殺して周囲を驚かせたという。獅子を簡単に、しかも素手で殺してのけたのもそうだが、大王からの褒美を無用だと無言のまま態度と行いで示して、その忠心にフン族は感動したのだ。

 

「アレは皮肉はやめろという意味だ」

 

 大王は戦士の態度をそう訳したが、一部の忠臣は戦士の行いに倣い、以後は大王からの褒美を固辞するようになった。現地調達という名の略奪は規模を増したが。

 しかし蜜月の時は終わる。大王が病床に臥せったのだ。時は西暦453年――大王アッティラが没する一週間前のことである。唐突に史へ現れ、唐突に去った戦士は三度目の運命を遂げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんっ……! ぅぅううう――!」

 

 想像を絶するわけではない。だが今まで体験したことのない未知の激痛に、アルテラは満面に大粒の汗を浮かべ、歯を食いしばって耐えるしかなかった。

 アルテラが台頭する以前、最初期から仕えていたフン族の老婆が産婆として手を尽くしている。その老婆はアルテラの性別、正体を知る数少ないフン族の一人であり、彼女の状態を把握する部外者の一人でもあった。――そう、部外者である。同席している俺は無言で生みの苦しみに耐えるアルテラを見詰めつつ、しくじれば殺すという凄絶な殺気を老婆に突き刺し続けている。

 アルテラが懐妊し、今に出産しようとしていることを知っているのはこの産婆と宮廷魔術師だけだ。宮廷魔術師は膨らんでいたアルテラの腹を誤魔化す為に魔術を使っており、用済みとなった今は秘密を守る為に俺が始末している。魔術師は信用してはならない、余計なことをされる前に殺すのが一番だ。産婆は俺に殺されたくない一心で、死に物狂いでアルテラの出産を手伝っているが、事が済めばコイツも殺すつもりでいる。

 

「へ、へる、もぉず、ぅ……!」

「………」

「て、手っ、握って、くれ……」

 

 差し伸べられた手を、黙って握る。

 俺は何をしている。何を見ている。そう自問する時期は過ぎていた。

 ただ確実に、着実に迫る運命の時を前に心が凪いで、神聖な場で重苦しく沈黙している。

 アルテラの力は知っている。だが限界を超えて強く握られる手が、ギチギチと異音を発していて、途方もない痛みに耐えて生きた証を残そうとする様を俺は見届けようとしていた。

 

「あぁっ! ぁ、ンンっ……ぅあ……!」

 

 手が痛い。悶える女の力はかつてなく、この瞬間のアルテラは俺よりも力が強いのではないかと錯覚させるほどだ。それこそあのハンマーの男に殴られた時よりも、ずっとずっと強い。痛い。

 喘ぎ、苦しむ。拷問されているかのように、内臓を掻き回されているかのように、男が同じ痛みを味わえば途中でショック死するであろう、灼熱の炎の海を泳ぐかのような、凄惨な様だ。

 血が流れている。このまま死んでしまうのではないかと思うほど、アルテラが血を流している。俺は何も言わず、力も込めず、ただただアルテラの苦しむ様を目に焼き付けた。

 

 ――あ、ああっ! う、生まれない! 生まれません! ややこが、出てきません! 逆子で!

 

 産婆が悲鳴を上げている。股から片足が出ている。頭から出てきていない。

 まるでこの世に生まれるのを拒むかのように、母の胎内に縋りついていた。生まれてしまえば永遠の別れが来るのだと理解しているかのようである。

 

「っ……! おねがい、おねがいだ、たの、む……生まれて……くれ……!」

 

 アルテラが産婆の言葉を聞いて必死になる。

 こうまで、何かに必死になる女だったか。

 何人も殺してきたのに。何人も踏みにじって来たのに。破壊者とは悪魔だ。鬼畜だ。外道だ。なのに何を必死になる。他人にしてきたことの一部が返ってきただけのことだろう。

 心の中で誰かがそう言った。それを踏み潰して殺しながら、俺は一瞬瞑目すると腕を払い、赤子の脚を掴んで引っ張る産婆を退かした。

 

 アルテラ。踏ん張れ。俺がやる。一気に行くぞ。

 

「……! わ、かっ……た……! 来て……!」

 

 赤子の脚を掴む。ぎくりと強張ったような反応があった。誰が触れてきたのか解っているらしい。

 やだやだと、やめてと、お願い、と。赤子の声がした。

 聞こえたのは俺だけだ。俺は構わず、容易く赤子を引き出す。アルテラが、かはっ、と空気を吐き出し痙攣する。片脚を掴んでぶら下げた赤子はしわくちゃではあったが、歯が生え揃い、赤い髪も豊かで、肉付きもよく体格に秀でていた。

 赤子が雷鳴のように泣き喚く。ひどい、ひどいよ。どうして? 父さん。ねえ……帰してよ。赤子はそう泣いている。俺は冷めた目でそれを見ながら清潔な布で包み、こちらを見るアルテラへ赤子を渡した。その前にへその緒を手刀で切っておくのは忘れない。

 

「ああ……ああ……生まれたん、だな……」

 

 アルテラがはらはらと透明な涙を流す。赤子を抱いて、自覚のない涙を溢れさせている。

 俺は産婆を睨んだ。何をしている? 我に返って慌ただしく動き出した産婆を尻目に、赤子を見詰め続けるアルテラを一瞥して、俺は退室した。

 

「――この子の名前は、マナガルム。太陽狼、マナガルムだ。アレスとマルスのどれにしようか悩んだが、お前は狼だからな。ヘルモーズ、お前の世界(くに)から名を奪ってみた。どうだ?」

 

 男のガキを抱いて、柔和に微笑む母親。

 ガキは安心したように寝入っており、母親に抱き着いて離れない。

 マナガルムか。名前だけは勇ましい。

 母親は子供を俺に渡してくる。やめておけと思った。すぐに泣き出すぞ。

 押し付けられた。案の定、すぐに目覚めて俺を視認し、大気がビリビリと震える大音声で泣いた。

 生まれてすぐのガキは目が見えないもんだが、コイツはもう目が見えているらしい。乳歯も髪もしっかりあるし、肌にも張りがあって到底0歳児には見えなかった。いつもなら五月蝿いガキだと投げ捨てているところだが……そうする気に、ならない。

 赤子は、ピタリと泣き止んだ。

 

「………」

 

 ジッと、俺の目を見ている。

 俺とアルテラのガキなのに髪は赤い。肌は褐色だ。瞳は琥珀色で、既に小さな知性の光が宿っている。俺が色んなモノを食って混ざり過ぎている影響だろうか、純粋な人間ではない。

 いやアルテラ自身が人間ではないのだ、父母が人間から遠ければガキもそうなる。当然だ。

 やがて、マナガルムは笑顔を咲かせた。きゃっきゃっ、と無邪気に笑っている。

 

 困惑した。俺に笑いかけるガキなんざ、見たことがなかった。アルテラが愉快そうに笑う。

 

「ふふふ、父親だと解っているらしい。自分を庇護し、愛してくれる奴だと」

 

 ……どうだか。俺は何人もいた自分のガキを殺した奴だぞ。

 俺はマナガルムを、無言で付いてきていたアスラウグに渡した。途端に泣き喚くマナガルムに無言のまま動揺して慌てている様を無視し、アルテラと並んで平野を歩いていく。

 歩幅が違う。合わせてやった。アルテラは普段の格好に戻っていて、麗らかな日差しの下を歩く。

 まるで唄うように、誇るように、恥じるように、アルテラは言った。

 

「私は破壊者だ。文明を破壊し、平らにし、踏み均すばかりで、何も作り出しては来なかった」

 

 サァァ、と穏やかな風が吹く。吹き抜けた風にさらわれヴェールが彼方に飛んでいき、短い白髪を晒したアルテラは目を細めて風の往く果てを見通した。

 

 太腕を見下ろす。俺はどうだ? アルテラと同じだ。いやもっと酷い。なのに後悔がない。

 なぜだ。知れたこと、俺は自由だからだ。同時に、最後は誰よりも何よりも酷い責め苦に遭い、永遠に苦しみ続けるべき悪魔でもある。だがそんな客観視をしてくるはずの、心の中の小さな誰かも今はいない。少し前に、踏み潰して殺したからだ。

 俺は自由だ。だからこそ不自由で、地獄に落ちたとしても責め苦は負ってやる気はない。逆に地獄の奴らを責め殺してやる。死んだ後でまた死ねるかはともかくとして。

 

「破壊してばかりだったから知らなかったよ。創ることは、こんなにも……大変だったんだな」

「………」

「なあ、ヘルモーズ」

 

 次第にアルテラと距離が離れる。

 俺は東北に、アルテラは東南に歩く先を変えていたから。

 少しの距離を開けて対峙し、アルテラの顔を見た。

 

 綺麗だった。美しかった。今まで見た何よりも、手に入れてきたどんな財宝よりも。口元を伝う赤い線も、鼻から溢れた命の赤も。今に散りそうな華のようで。

 

 神剣を抜き放つ。戦斧を肩に担ぐ。

 

「約束して欲しい。マナガルムが一人前になるまで、守ってくれ」

「………」

「その後はいい。生きるも死ぬも自己責任だ。だから……頼む」

 

 頷いた。元からそのつもりだった。

 

 安堵したように吐息を溢し、アルテラは俺の目を見る。

 俺も見た。

 言葉を探している。アルテラは何かを、なんとか、必死に、追い立てられるように探っていた。

 未練がある。執着がある。恐怖が、あった。アルテラは震え出す。ガクガクと情けなく。

 わなないて、唇を震えさせ、双眸を濡らし、言葉を――

 

「――わ……私はっ、し、しにたく――」

 

 戦斧の先端で、地面を叩きつけ轟音を響かせた。

 

 言うな。言葉は不要だ。その言葉は呪いだ。

 ビクリと震えた後、俺の目を見たアルテラから震えが消える。

 深呼吸をしていた。震えている手に、力を込めている。

 

「……すまない。ありがとう。謝る、感謝する。危うく――お前を呪ってしまうところだった。呪いで縛り付けようとしてしまった」

「………」

「だから、これが最後だ。最後に――これだけは言いたい。これだけは――言わせてくれ」

 

 凛として神剣を虚空に薙ぎ、アルテラは透明な微笑みに満開の華の色を添えて、言葉を紡いだ。

 俺はそれを聞き届ける。

 何がすまないだ、何がありがとうだ。呪いだと? 馬鹿が、その言葉も呪いだろうに。

 だが遮らなかった。言いたいことを言えばいい。アルテラも、自由だからだ。

 

 殺気のない、透徹とした剣気と戦気。母親は、女は、最期の最後に大切な呪いを遺した。

 

 

 

「愛していた。愛している。愛を、捧げよう。

 

 ――さらばだ。私の、愛」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アルテラ
 破壊の容易さを知った。創造の苦しさを知った。
 しに■く■■。
 見届けたい。
 叶わない願いだ。だから託した。呪いを遺して。

ヘルモーズ
 言葉は、やはり不要だった。
 だが不要でも捨てずにいる自由がある女を知った。
 一度目は運命を逃した。二度目は運命がついてきた。
 三度目は、捕まえた。
 そして四度目の運命がヘルモーズを待つ。

 愛した女の遺体は、丁重に、容赦なく、細胞の一片も残さず焼却した。
 その女は自由だ。さらばと言われたのなら、共にはいけない。


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12話

あと少し


 

 

 

 

 

 奇妙なガキだった。赤子というのは世話をするのに難儀をするはずのものだが、マナガルムは俺のような奴が煩わしいとも思わんぐらい手間が掛からないガキだったのだ。

 

 乳を飲まない。妊娠したことがないアスラウグは乳が出ない為、当初は乳母になれないと焦っていたようだし、他の女を捕まえてもマナガルムはそういう女から乳を飲もうとしなかった。

 代わりに俺が飲み食いしている物を欲した。試しに与えてみると、当たり前のように喰らい、飲み、問題なく消化したのだ。生後一週間とせずにそれだったのである、異常に成熟が早かった。

 無駄に泣きもしない。排泄の時も不定期には漏らさず、食い物や飲み物を摂取した後、一定の時間ごとに排泄する。まるで赤子じゃないように、だ。おかしなガキだろう、マナガルムは俺に憎しみの目を向け、殺意すら見せていたが、俺が傍から離れようとしたりすると悲しそうに泣き、寂しそうに泣く。そのせいで俺の頭の上から離すに離せず、付きっきりでいてやらざるを得ない。

 

 そして憎しみも、殺意も、怒りも、次第に薄れていった。夜にジッと月を見上げるのを好み、嬉しくて楽しくて満ち足りたような笑顔を浮かべている。そうして時を経るにつれ俺への殺意が薄まり、憎まなくなり、寂しそうにせず、ただ不満そうにしているようになった。

 訳が分からん。俺を父としてだけ見るようになったのだ。

 手間の掛からん奴なのは、いい。だが煩わしくはある。俺が人里で略奪を働くのはジッと頭の上で見ているくせに、アスラウグ以外の女を抱こうとすると咎めるように見てきた。そのくせガキを遠くに置こうとすると泣き喚く。はっきり言って萎えて萎えて仕方ない。

 いや……元々、そこらの女を見ても常なら勃ちもしなくはなっていたのだ。肉体から生じる無尽蔵の性欲さえなければ、食指も動かずピクリとも反応しなかっただろう。

 

 だが俺の肉欲は無限とも思えるもの。抑え込むのは難しかったが、ガキから煩わしい目を向けられるぐらいなら耐えた方がマシだ。禁欲の経験がないでもない。俺は久しぶりにセックスの時間をほとんど削り、相手も限定して残りの時間は筋トレにあてた。

 

 ――貴様は……まさか、神秘喰い!? なぜ貴様がここに……!

 

 雑多な魔獣を狩る。奇妙な瞳で見てくる妖精を縊る。お高くとまった精霊をバラす。黄金の人狼は旨く、人間を弄んでいた妖精は不味く、聖剣や魔剣や財宝を蓄えていた精霊は薄味だ。精霊や妖精が蓄えていた奇妙な小袋――どれだけ多くの物品を押し込んでも収納できる物を奪い、見つけた財宝やらなんやらを根こそぎ小袋に詰め込んだ。異空間にでも繋がっているのだろう。

 稀に見掛ける魔術師や、その集団からは刻印だけ奪う。人間を喰う趣味は無い。中には真祖が使っていた環境を変化させるような魔術を使う奴や、魔眼やら炎やら水やら氷やら、水銀、溶岩、底なし沼、剣や槍など様々な手段で抵抗してくる奴らもいたが、生憎と魔術の類いで傷ついたことも惑わされたこともない。俺にとって連中は、栄養素の高い刻印を持つ奇術師のようなものだ。

 

 そうしながら大陸を流離っていると、極稀に神格を失い失墜した神霊、かつて天だったモノを見掛けることもあった。そういう奴らは何処かに立ち去ることが出来ないまま、あるいは去るタイミングを逃した阿呆である。そういう奴を縊り、調理して喰うと絶品だった。それにこういう奴ほど財を蓄えていたりもするし、ソイツを殺すと近隣の人間がもてはやしてくる。

 鬱陶しいが、マナガルムは嬉しそうだ。誇らしげにもしている。アスラウグは当たり前みたいな顔で饗されてやっているし、俺も美味い飯を食った後だから機嫌が良かった。

 だから大抵は饗されてやり、翌日には立ち去るようにしている。そういう時に機嫌が良いままでいると、財宝の一部を置いていったりもした時はあった。

 

 俺は蓄財を好んでいた。元からその性質はあったが、邪竜プロテインを喰ってからはその傾向もかなり強まっている。だが同時に散財も好んでいたから、溜め込んだ財宝をばら撒くのは好きだ。特に好きなのは俺のくれてやった財宝に、人間の目が欲に染まるのを見る事で、俺の残した財宝を巡って争う奴らを遠目に見た時は心が洗われるようだった。

 人間の欲深さは、いい。それでこそだとも、やはり人間は獣だと再確認できる。ほんの一握りの人間は財宝に興味がないが、欲の向き先が違うだけだ。例外的に聖者のような奴もいるが、俺はそういう奴にこそ財宝をくれてやった。決して手放せず、手放せたとしても持ち主の許に帰ってくる呪いの宝をだ。するとソイツを中心に争いが起き、聖者は嘆き悲しんで命を絶った。

 ハッハ。嗤った。頭の上でマナガルムが叩いてくるのも気にならんぐらい。

 笑える。聖者は、凄い奴だ。認めよう。だが愚かだ。他人を信じるからそうなる。力で押さえつけないからそうなる。無理矢理に押さえつける力もない奴が何を嘆く? 無様でしかない。そう表面上は思っても、失望していた。俺は英雄を探していたのだと思う。聖者の如く正しい者が、英雄としての力を持ち、英雄として生きる様を――無念を残さず誰かと愛し合うのを見たかった。

 

 見れなかったが。

 

 シグルドとブリュンヒルデを超える英雄はいなかった。心はあっても力がない。アイツらは最期には愛を失い死んだから、失わないままでいる奴らがアイツらより上の英雄なのだろうと思ったが、そういう人間には一度も出会えずに終わってしまった。

 アスラウグのお蔭で迷わず大陸中を流離ったはずだが、魔獣も妖精も、精霊も魔術師も見掛けることがなくなり、ついでに空気が軽く薄くなっていっていたのだ。苦しくはなかったが退屈ではある。得られる物も単なる黄金、宝石ぐらいで面白みはない。

 地元に帰ろうと決心が付いた。

 

 ――人理が星の表層にほぼ定着したらしい。抑止力はお前を利用し、居残ろうとする幻想種達を駆逐するように導いていたみたいだ。あと百年か二百年したら島国以外に神秘は残らないだろう。

 

 アスラウグが言う。ニュアンスは察した。そんな気はしていたので驚きはない。

 

 俺はなぜ英雄を探していたのか。シグルド達を超える英雄を見たかった? それはある。ソイツを殺してみたかったのか? それは……違う気がする。

 ただ、確かめたかったのかもしれん。

 シグルド達は愛を失い死んだ。

 俺とアルテラは愛を失わずに別れた。

 だから、失って死ぬことがなく。失わずとも別れず。そういう結末を迎える英雄が、力や欲がない奴が見てみたかったのかもしれん。そういう奴もいるのだと知って、何かを満たしたかった。

 まあ、無理な話だろう。欲は人を狂わせる。裏切らせる。たとえ欲のない奴がいたとしても、ソイツの周りには欲がある。奪われない為にはなんらかの力が必要で、支配されない心が必要だ。

 そんなものを兼ね備えた奴なんか、普通の人間の中にいるわけがない。そんなことは解っていたが、失望はした。期待していたのかもしれん。俺のような奴でさえ失わないことが出来たのに、他の奴にはそれすら出来んのか。雑魚共の囀る愛や勇気の虚しさを知る。

 

「………」

 

 マナガルムは寡黙だ。喋れんわけじゃない。だが不必要な言葉は紡がなかった。ジッと俺を見て、夜になると月を見上げ、声もなく何かを話している。

 マナガルムが七歳になっていた。つまり、俺は70歳になったってことだ。相変わらず老いはしていないし、衰えてもいない。強くなった実感はある。アルテラと引き分けた出会いの時と比べ、アルテラを超えて更に力を付けている確信があった。今の俺ならいけるんじゃないか。あのいけ好かないジジイや、ハンマー男を殺せるんじゃないか。そう思った。

 自分の脚で歩くようになったマナガルムの歩調に合わせてやりながら、深刻な顔をしているアスラウグを見遣る。どうした、アスラウグ。

 

 ――ヘルモーズ……私は、なぜ孕まないのだろう。アトリ様は産めたのに。

 

 知るか。呆れて鼻を鳴らし、目を背けるとマナガルムに膝を叩かれた。

 あ? ……チッ。ちゃんと教えてやれだぁ? 教えてやる必要はねぇよ、馬鹿なチビガキが。

 ムッとしたマナガルムにまた叩かれると、頭に拳骨を落とした。頭を抱えてのたうち回り、涙目でこちらを睨む顔はアルテラに似ている。……俺に似なくてよかったな。無駄にバカデカくなり、厳つくなられたら暑苦しくって傍に置きたくなくなるところだ。

 

「アスラウグ」

 

 ――む、なんだ。

 

 おい。生意気なガキめ、余計なことは言うな。

 

「父さん、うるさい。悩んでいるアスラウグを放っておけない。アスラウグが命を孕めないのは、半分がワルキューレで、ワルキューレはオーディンに機能を制限されているからだ。この機能の制限を外すかオーディンが死なない限り今のアスラウグは孕めない」

 

 ――何……!? 大神が、私がヘルモーズの子を孕めないようにしている?

 

 両方の拳でマナガルムの頭を挟み込み、グリグリと抉ってやる。悲鳴も出ないほど壮絶に痛がるマナガルムに容赦しない。いつもなら助けに入るアスラウグも愕然として立ち尽くしていた。

 賢しらに語れて満足かクソガキ。あのジジイはコイツらにとって軽い存在じゃねぇ、安易に教えんなってのはそれ込みの話だ。分かったかクソガキ。

 必死に俺の拳を掴むガキの力は、ガキとしては強い。だが貧弱だ、俺の筋肉には到底及ばん。

 暫く折檻して反省を促すと、マナガルムを離してやる。声を上げて泣き出したクソガキを蹴って吹き飛ばして黙らせると、岩石に激突して止まったマナガルムが癇癪を起こし、泣きながら「いつか殺してやるからなクソ親父!」と嬉しいことを吼えてくれた。

 

 俺を殺す? いいな、お前に殺されるなら良い最期だ。笑って歩み寄り、頭を撫でてやるとマナガルムは虚を突かれたような顔になり、泣き止んだ。

 無言でタックルしてきて、抱き着いてくる。

 

「やだ」

 

 何がだ。変なガキだ。お前も俺のガキなら……アイツと俺のガキなら、俺を超えてみろ。俺を殺してみせろ。一度だけ挑戦は受けてやる、親父としてな。いいか、一度だけだぞ。覚えておけ。

 

「………」

 

 動かなくなったガキに嘆息し、掴んで肩の上に乗せた。

 呆然としているアスラウグを促して、また歩く。

 帰路についてからは何もない旅だった。

 殺戮も、虐殺も、略奪も。陵辱も、蹂躙も、追跡も。

 獲物のいない旅。獲物を探さない旅。何も求めない旅。欲がない、旅。

 

 季節が変わる。何度も変わる。

 マナガルムはすくすくと成長し、10歳になり、俺も更に歳を食った。

 

 故郷が近い。肌で感じる。失われていくばかりなはずの濃厚な空気を感じられた。

 肌がひりつく。ぶるりと震える。武者震いだ。

 戦の気配が、いや予感が俺を襲う。

 穏やかで静かなだけの旅からは得られない、獰猛で血に溢れた予感だ。

 戦が起こる。もうすぐ起こる。あるいはもう起こっているのか?

 

 神秘とやらが濃厚に残る異常な世界が俺の国だ。俺の故郷だ。懐かしい。

 

 ――ここだ。

 

 神妙な面持ちで、アスラウグが言う。何もない地点に立って。

 俺もここだと思った。だから足を止めた。

 すると、()()()()()()。何もない空間に扉が出来たように広がり、俺達を呑み込んだ。

 幻視する。一瞬だけ垣間見えたのは――遥か彼方の(そら)まで伸びた、巨大で荘厳なる生命に満ち満ちている、九つの世界を具えた黄金の大樹。これこそが偉大なる世界樹(ユグドラシル)

 頭痛。

 知らないはずの、しかし知っていて当然のこと。

 煩わしい。こんなのは要らん。知る必要はない。

 

 微かに苛立つも、苛立ちは長続きしなかった。いつか見た懐かしい景色は、しかし赤く燃えていて。

 

 ――ヘルモーズ様!

 

 懐かしい声に呼ばれ、咄嗟に見上げた空から三人の乙女が飛んできたのだ。

 抱き着いてくるのを三人まとめて受け止める。

 スルーズ……ヒルド、オルトリンデ。なぜ……? 解放されたのか?

 いや、されていない。ジジイの支配の感覚を感じる。縋りついてくる三人の様子もおかしい。

 

 傷だらけだ。泣いている。焦っている。涙ながらにスルーズ達は言った。

 

 ――ヘルモーズ様……お願いしますっ。

 ――助けて!

 ――オーディン様を、助けてください……っ。

 

「………」

 

 あのジジイを……助けろ? 俺はあのジジイを殺す気で戻ってきたんだぞ。

 それに何年ぶりに再会したと思っている。もっとこう、あるんじゃないか。

 そう思う。

 だが、ボケてはいない。そんな場合じゃないのは悟っていた。

 戦の気配だ。遠く、本当に遠くからは――俺よりも大食いの、ゲテモノ食いの気配もする。別のところには太陽が落ちている。更に別のところでは冷たい獣の臭いがする。阿呆みたいに巨大な、俺よりも馬鹿デカい巨人の姿が遠望できる。世界が――終わろうとしている。

 縋りついてきて、俺を見上げる三人。涙に濡れた顔。

 アスラウグを見遣った。険しい顔だ。ラグナロク……と呟いている。そして俺に頷いてきた。

 

 ……。

 

 ………。

 

 …………いいだろう。

 滅多にない気紛れを起こしてやる。お前の企み通りになるのは癪だが、乗ってやるぞ糞爺。

 たまには奪わないでやる。スルーズ達(コイツら)を、()()()行ってやろう。

 

 マナガルムをアスラウグに投げ渡す。戦斧で肩を叩きながら、スルーズ達を促した。

 再会を祝すのは後だ。まずはお前らを俺のものにする。取り戻す。その為に……まずあの糞爺に返し切れない貸しをくれてやろう。

 案内しろ、スルーズ。俺を導くのには慣れているだろう。

 

 ――っ……! はい、こちらです、勇士ヘルモーズ様……!

 

 ラグナロク。ラグナロクか。知らんな。どうでもいい。

 感謝しろよ大神オーディン。お前は殺さん。お前の娘達を貰った後で、残った片目を抉り右腕と片脚を刎ね飛ばすだけで勘弁してやる。なに、ご自慢の頭が残っているなら問題ないだろう。

 胸が踊る。血が沸き立つ。ああ、ああ、戦だ。我慢していた殺戮への渇望を開放できる場だ。ふつふつと殺意が全身を巡って高揚し、戦意で頭蓋骨の中が沸騰する。

 

 そうか。一度目は逃した。二度目はついてきた。三度目は捕まえた。四度目の運命は――俺を此処でこうして待ち構えていたわけか。予感がする――四度目の運命は、俺の死って訳だな。

 ハッハ。滾るねぇ。燃えてきた。

 馬鹿め。俺は、自由だ。何にも支配されない。何にも縛られない。

 俺は俺のやりたいようにして、そして好き勝手をして死ぬ。

 

 ここでは死なん。

 

 運命とやらが俺を殺すつもりか。殺せるものなら殺してみろよ。

 俺を殺していいのは――俺と、マナガルムだけだ。

 

 

 

 

 

 




ウルヴール・サガ
 終盤は、短い。中盤の最後に一度国を出た後、ヘルモーズは帰ってきた。サガの終盤は、帰還したヘルモーズが戦乙女に請われ、ラグナロクに参戦する所からはじまる。
 死んでおらず、ヴァルハラにおらず、エインヘリヤルにならぬまま、生身で神々の黄昏に参戦した唯一の勇士。その活躍の末に――。

ヘルモーズ
 退屈な旅だった。だが、悪くない旅だった。
 穏やかに過ごせたのは、終わりを前に昂ぶる血を抑えていたから。
 息子に己を超えて欲しいと願う。超えられて、殺して欲しい。
 殺されたいのではない。超えるということは、殺すということだと思っているだけ。
 叶わぬ願いだ。
 ヘルモーズは、強すぎる。抑止力が排除を諦めたほどに。


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13話

 

 

 

 

 嗚呼、嗚呼! 神々の滅亡を予言しよう!

 

 過酷な飢饉が先触れとなる。春も夏も秋もなく、三度続きし大いなる冬――狼の冬(フィンブルヴェト)により人々は飢え、家族同士ですら殺し合い奪い合う凄惨な戦が起こるだろう。

 憐れなるかな。人間世界(ミズガルズ)の全ては人の手により破壊され、三冬の苛烈な雪と風で人間世界は閉ざされる。人々の倫理や自制、理性は崩れ去り、神秘ならざる生物は死に絶え、斯様な景色を見るまで最後の時が訪れたのだと神々は知る術がない。

 おお、おお。ノロマな角笛の持ち主よ。ギャラルホルンを吹きしヘイムダルよ。太陽が恐るべき氷狼の子スコールに呑み込まれ、その兄弟ハティに月が粉砕され。大地は脆く儚くなり、豊穣を約束せし樹木は腐り倒れ、山は支えを失くし平らに均される。星々すら地に流れ落ちた斯くなる時、あらゆる神々の施せし戒めは力を失い、あの氷狼フェンリルがグレイブニルを食い破り解き放たれる! 世界蛇ヨルムンガルドが氷狼の雄叫びに呼応して海底を離れ陸地を目指す! 自由を手に入れるのだ! その時ようやくノロマなヘイムダルは角笛に口づけ終わりの時を報せるだろう!

 

 世界蛇の這いずりで津波が起こる。大地を洗い、押し、地上を無に帰す。ああ、ああ! 悍しい! 津波に乗り巨人族とヘルの死者を乗せた船がやって来るぞ! 囚われていたはずの悪神ロキが軍勢を率いている! 南を見よ! ムスペルヘイムから炎の剣を持つ最も強大なスルトが世界を焼き払うぞ! 神々は滅びに対抗する為に勇者エインヘリヤルの軍を率い、決戦の地ヴィーグリーズの平野に向かうだろう。遅きに失する、先頭に視えるぞ、黄金の兜と輝く鎧を纏った大神の姿が!

 

 勇壮なるかな。光輝なるかな。眩き大戦は誉れと永遠を約束する。だが忘れることなかれ、終わりもまた約束される。神々の世は終わる。人の世界は終わる。全てが灰となり、然る後に再生し、神の失墜と終焉により人の時代が訪れるだろう。全てが終わる、多くの神は死に絶える。私には視えるのだ! 予言の成就する時が、私には視えているのだ!

 人間も巨人も、妖精も小人も、怪物も動物も、悉くが絶滅する。空を灰が塞ぎ、大地は海の底へと沈んで消え、再生と復活に長い時を要する。滅びは約束された、ならば再生の時を希望とせよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予言を知るのは。

 

 未来を視たのは。

 

 大神オーディンと、黄昏を予言した女亡霊。そして一握りの傍観者。

 

 しかし、予言は一柱を除いて気づかぬ内に狂っていた。魔術神、智慧の神、主たる神オーディンだけが狂いを察知していた。

 予言の時が、黄昏の時が早まったのだ。

 オーディンは探した。運命の歯車が狂った要因を。そして見つけた。

 人の身にありながら人を超え。倒されるべき邪悪でありながら英雄であり、英雄でありながら正義に反する悪逆だった。為すのはありふれた悪事。略奪、殺戮、陵辱、王権の侮辱。だがありふれて俗に過ぎぬ者でありながら、成るのは凡の規格に収まらぬ暴虐である。

 悪の光。野蛮なる自由。蒼き外套を翻す、白銀の戦斧を携えた邪な(ひじり)。言葉を知らぬ白痴であり、背信を呪う力の化身。人の想う壮絶な暴力の概念の体現者にして、白痴でありながら叡智を宿す野生の賢者。大神は見つけ出した、この正義と悪を併せた光と闇の暴力を。人の規格を人のまま超え、末に既存の規格を超克する此の世の歪を。

 

 神々の世は終わる。神代は終わる。後に、人の世が始まる。

 

 この運命を受け入れ、人の世へと時代のバトンを渡そうとしていた決心が、揺らいだ。

 叡智を誇る魔術神に野心が芽生えたのだ。ささやかで微かな、運命の空隙を見つけた故に。

 果たしてそれは野心であるのか。判然としないが、欲であることに変わりはあるまい。一度芽生えた欲を自制するのは、智慧あるからこそ神でも難しいことをオーディンは識っていた。

 

 予言の時が早まった。ならば、狂いは正さねばならぬ。が、何も正す必要はあるまい。運命が狂ったのなら狂ったまま時を進めよう、狂いに狂った末に、僅かな空隙は広まるか、閉ざされるか。

 賭けてみよう。狂いが自ずと正されたなら、運命に従う。正されずに空隙が広がりを見せるのなら従わない。己の視た、今も視える未来があてにならないことにオーディンは歓喜していた。

 視えない光、反英雄にして大英雄ヘルモーズ。肉眼でしか見えず、未来視では視えぬ者。すなわちこの歪の根源こそが、真に運命が白紙の者! 視えないことが、視えぬモノが在ることが、これほどまで心を踊らせるとは! 叡智を手に入れる代わりに手放したモノが、ここまでこの平らな心を熱するとは! オーディンをして、見えなくなっていた命の喜びだ! 未知への恐怖だ!

 

 知らぬことは恐ろしい。恐ろしいのに楽しみだ。何をする、何を成す、見てみたい――人の身の強さの果てを。同じ舞台(時間)に立つ喜びを。

 

 

 

 果たして義悪の闇光、蒼銀の戦狼が馳せる。

 

 

 

「あれは……何者(なん)だ」

 

 名を残した勇士エインヘリヤルの軍勢が大暴の気配を感じて空を見上げた。

 ヴィーグリーズの平野にて干戈を交わす巨人の軍勢もまた戦慄と共に止まり空を見上げる。

 血で血を洗う死闘の最中、束の間の空白が奇妙な沈黙を齎した。

 

 恐るべき神狼、大吹雪を齎す冬の化身、冬狼フェンリルと大神オーディンが壮絶な一騎打ちを演じている最中のことである。

 全てを凍てつかせる氷狼と、神槍グングニルとあらゆる魔術を行使し戦う場へと、雑多な軍勢を飛び越え参じるモノがある。それを見たエインヘリヤルのシグムンドが呆然と呟いた。

 もしも戦乙女の長姉が使命を果たしていればエインヘリヤルとなり、父と共に戦っていたであろう戦士王シグルドが此処にいたなら、父王シグムンドの呆然とした懐疑に答えていただろう。そして仮に答えなかったとしても、アレを知る者が戦慄きながら答えていた。

 

「あれは、ヘルモーズだ」

 

 あれがヘルモーズ。あれこそがヘルモーズ。ミズガルズの全ての勇士が生者と死者の区別なく耳にする伝説的威名。未だ健在なる生身の勇者。生きとし生ける者、死せる勇士達が憧れ、恐れ、悪なるに構わず自由に力を示す巨雄。ミズガルズ最強の戦士!

 エインヘリヤル達はその名を唱える。嫌悪で、侮蔑で、恐怖で、そして敵ではない安堵で。

 大いなる勇名を馳せ、戦士の館ヴァルハラに招かれたほどの勇士だからこその、圧倒的な力への敬意と憧れを込めて盾を打ち鳴らした。勇士の軍勢は剣を握り締めた。槍で地を叩いた。

 

「ヘルモーズ」

「ヘルモーズだ」

「ヘルモーズが来たぞ!」

「ヘルモーズ――ッ!」

 

 

 

雄々々々々々(ギィィイイイイ)――――圧々々々々々々々(ヤァアアアアアア)――――ッッッ!!」

 

 飛来した。襲来した力が凍てつく冬の化身の頭蓋を叩きつける。振り下ろされた戦斧がフェンリルを大地に叩き落とした。目の前の獲物、オーディンだけを見て、全神経を傾けていたからこそ反応できなかったフェンリルは地響きを伴う轟音と共に地に伏せる。大山に伍する巨狼の頭上に着地した蛮神は、白銀に輝く戦斧を片手に空に在る魔術神を見上げた。

 香り立つ武威。積年の研鑽により完成した力。

 漲る暴力のオーラを纏う狂気なき()戦士の眼光を、どこか狂喜に光っているようにも見える隻眼で魔術神は受け止めた。オーディンはグングニルを下ろす。凶狼は魔術神に片手を差し出し、強く、強く、恐ろしく強く、明確に要求した。殺気を隠そうともせずに。

 

 寄越せ。

 

「――よかろう」

 

 オーディンは躊躇せず、もったいぶらず、そして命じず、交渉しようともせずに虚空へ指を這わせ文字を刻む。刻まれた魔術が溶けて消え、何者かに課していたあらゆる戒め、制限を解除し、永遠に手放す措置を下した。それを見届けた蛮神は鼻を鳴らし、差し出していた手を握り締め、中指だけをおっ立ててオーディンに不服従を示す。怖い怖いとオーディンは笑った。

 

 なるほど、解ってはいたが、赦しはしない。後で半殺しにする、か。

 この大神たる身を。人が。混ざりはしても人のままある者が。

 

 だが。

 それは。

 後で(・・)だ。

 つまり。

 即ち。

 今は(・・)

 

 僅かな意識の断絶。目覚めた獣が我に返る。

 地を嘗めている? 数秒とはいえ気絶していた?

 ……誰が? 誰に? 己の頭の上に立つ――立ちながら凍らず、屹立する小さな人間?

 意識を覚醒させた冬の化身が屈辱に身を震わせ、跳ね起きる。反動で弾き飛ばされた蒼銀が、不幸にも着地先にいた巨人を撲殺して止まった。

 見上げるは巨峰。雪積もる蒼白の大狼。総身を侵す氷の波動を、筋肉の圧だけで粉砕する。

 確かに効いた。気絶した。だがそれは、意識の外からの英雄的殴打だったから。意識の内に捉えた今はもう無様は晒さない。神代最高峰の神獣、神をも喰い殺し得る極北の極寒。戒めから解放され自由を得た冬狼は遠吠えを上げた。悪神より課されし使命を果たす為、己を生み出し自由を与えたモノへの義理を果たす為、どこか己に似ていながら決定的な差異を匂わす蒼銀を睨む。

 

 冬狼はたかが人間などと侮りはしなかった。獣の本能ゆえか? それは、ある。だが何より冬の化身に警戒心を捨てさせなかったのは、その嗅覚が捉えた匂いが警戒を訴えていたからである。

 この蒼銀の正体が謎だ。人間である、だが違う。いや違わない? 獣であり妖精であり巨人であり精霊であり星であり神である。だが違う、違わない。人間の匂いと他の匂いが雑多に混ざり、血と肉の全てが混ざった悍しい雑種だ。後天的に獲得したものが全て、一切の矛盾や対立なく束ねられ、桁外れの力を持っている。神の域にあると、冬狼は感じた。

 獣に侮りはない。冬狼は認めた。これは、敵だ。脅威だ。そして闘争の相手たり得ると見ながらも確信を抱いていた。一対一で戦ったなら、己が勝つ。己がこれを食い殺すだろう、と。

 

 力の格差の天秤は、己に大きく傾いている。負ける要素はない。

 

「生憎」

 

 ニヤリと嗤うのは智慧の神。大神にして魔術神、そして戦神としての側面も持つオーディンだ。――対峙しているのは一体の敵だけではない。蒼銀を前衛に、後衛に下がったオーディンが神槍を振るう。神槍グングニルは武具だ、しかし本質は違った。魔術神オーディンが振るう魔術師にとっての杖、礼装。彼の扱う魔術の効力を甚大に跳ね上げる神杖なのだ。

 オーディンの魔術が蒼銀の力を強化する。神の援護を受けた蒼銀は、しかし拒まなかった。これは戦である、そして戦とは勝つ為にやるもの。勝利にも貪欲な蛮神に、オーディンの齎す力を拒む理由はなかった。オーディンを殺すと決めていたなら拒んでいただろうが、そうでない以上はオーディンの力も己の力として計上する強かさが蛮神にはある。

 

 緊迫した空気が満ちる。睨み合う冬狼と戦狼。この瞬間――冬狼は逡巡したのだ。まだ蛮神より己が強いのは間違いない、だが、しかし、背後に控える魔術神が邪魔だ。どうする、どうする。

 頂点に座す神獣は迷いを捨てた。魔術神に余計な時間を与えてはならない。大きさで言えば蟻と象、如何に手強くとも一個の生命であることに変わりはあるまい。この瞬間、フェンリルは捨て身の覚悟を固めた。深手を負うのを許容し、恐るべき蒼銀と魔術神を屠り去る為に全力を振り絞る。吹き荒ぶ嵐が世界を純白に染め上げ、降り注ぐ雪嵐がフェンリルの姿を消した。

 世界を染め上げる白き災害は温度を奪い、視界を塞ぎ、命を侵す。幻のように消えたフェンリルの姿を見つけ出すことはオーディンにすら能わなかった。

 これこそが冬狼フェンリルの本領、認知を奪い熱を奪う氷の権能だ。炎の巨人スルトと双璧を成す獣の頂点は、確かに蛮神の目をも欺いている。

 フェンリルに実体はない。冬となった、雪となった、嵐となった。雪粒の一つ一つが氷狼フェンリルであり、嵐の全てが息吹である。体皮が霜に覆われ、吐く息が白くなり、内臓はおろか血すらも凍りつかんばかりの寒さに蛮神は目を細める。あらかじめこの権能を見越していたオーディンの援護がなければ、あるいはこのまま氷像と化していたかもしれない。それほどの力。

 

 生きたまま丸呑みにするのは危険だ。フェンリルは正面から蒼銀に突進し、彼を撥ね飛ばした。骨という骨が粉砕され、内臓の全てが破裂し、即死しかねない衝撃に蛮神は血反吐を吐いて吹き飛ばされる。魔術神の張った結界に受け止められねばどこまで飛んでいたか。不可解さに蛮神は舌打ちした、接触の瞬間に確かに戦斧を振るったというのに当たっていない。

 実体のない敵との交戦経験はある。殺した経験だ。敵からの攻撃の瞬間は実体化しているもの、その瞬間に殴り殺したのだ。だが、フェンリルには通じない戦法だった。フェンリルからの突進は当たるのに己の戦斧は当たらない。一方通行である。なぜ? しかも接触の瞬間に熱を奪われ凍りついている。気合いを込めて身を覆う氷を破砕したが、何度もできることではない。

 後数回で熱量の全てを奪われ死ぬだろう。攻撃は一方通行、当たれば即死級の暴力的な質量と力。熱を奪う冬の化身。これがフェンリルだ。予言通りならオーディンですらも敵わず、食い殺される瞬間にフェンリルの実像を固定し、自らが食い殺された直後に息子のヴィーザル神に逆撃による一撃を加えさせ、そのまま倒し切らねばならなかったほどである。

 

 奇しくもオーディンとヘルモーズの見解が一致する。

 

 勝負は一瞬、勝機は一つ、機会は一度。逃せば死。戦士は戦斧を投げ捨て、無手となる。武器を振るうというインターバルは致命的だ。己が剛力を振るうことこそ必殺の術。肺が凍り、破れるのを許容してまで蛮神は深呼吸する。体内を侵す冷気で命が縮まった。

 雄叫び。命を燃やす。否、己を燃やすのは邪竜の炎。

 蛮神を中心に噴出した獄炎は、しかしフェンリルの齎す極寒の冷気の前に無力である。だが確かに、ほんの微かに、蛮神の心臓が脈打つ熱量を確保した。息をするだけ、命を繋ぐだけで喪失していく力。結界を自らの周りに張り身を守るオーディンですらも同じだ。フェンリルは間断なく突進する。シンプルな攻撃こそが付随する権能を活かす最適にして最強のワンパターン戦法。シンプル故に破る隙が少なく、対抗手段も複雑なシステムの介在を赦さない。

 オーディンの結界が軋む。同時に複数体存在しているかのように、フェンリルの氷幻がヘルモーズに攻撃する。ヘルモーズは体を丸め、ただただ防御に徹さざるを得なかった。まだか、まだか、まだか! 己だけでは完封されるのは最初の一撃で悟っていた。故に場を整える役を魔術神に投げて耐えている。加速度的に弱まる命の火――蛮神は魔術神の逆転の一手を待った。

 

 なぜだ。らしくないにも程がある。己の力だけを恃み、戦うのが蛮神の誇りではないのか。そう詰るのは彼に踏み躙られた怨嗟だろう。だが浅い理解だ、蛮神を真に理解している者なら分かる。

 魔術神オーディンをあてにしているのは、義理があるからだ。通すべき筋があるからだ。かつて踏み倒していた恩を清算しておこう、娘を()()()義理として共闘してやろう、そうして過去と現在の義理を果たすことが矜持である。さもないと後で半殺しにできない。

 

 やがてオーディンの身を守る強固な結界が破られる。ヘルモーズの持つ熱量も底を突く寸前だ。あと一息で冬狼は獲物を仕留められる――だがオーディンは準備を整えきった。

 いくぞ。応。叡智持つ者達は合図なく、言葉なく、間を読んだ。獣はトドメの瞬間に最大の力を溜め渾身の一撃を放つもの。その本能が生んだ僅かな隙をオーディンは逃さなかった。

 神槍を掲げ、神が用いる原初のルーンが解放される。宣言した。

 

大神宣言(グングニル)――大神刻印(オホド・デウグ・オーディン)

 

 北欧神話の主神オーディンの魔力が唸りを上げた。辺り一帯、フェンリルの権能が覆う極冬の領域全体を範囲とした大規模な神炎が発される。

 生存している敵対者の能力に干渉して全解除し、更に対象の各能力値を大幅に減退させ、常時発動型の権能やそれに類する異能を発揮していた故に――冬狼の身動きが強力に阻害された。

 何――声なき驚愕は獣のもの。雪嵐が掻き消え、実体化させられたことに動揺した――したはず。するはずだ。だが、()()()()()

 魔術神こそが動揺した。こうなるのを獣の本能は嗅ぎ取っていたのだ。冬獣は敵を易々と仕留められるとは最初から考えていなかった。相手がオーディンだけなら勝ちを確信して隙を晒し、彼の後継たるヴィーザル神に殺られていただろう――だがここには蛮神がいる。

 

 油断などない。あるはずもなかった。

 

 炯々(ギラリ)と蛮神の目が光る。冬が晴れ、姿を現した眼前の獣の額に全力の拳が放たれた。彼我のサイズ差ゆえに針に刺されたようなもの――しかしその一撃は確かに致命のそれで。

 フェンリルは己を襲う針の威力に脳漿を弾け散らした。脳髄すら溢れた。だが鮮血に濡れながらも冬の化身は息絶えない。まだ死なない。来ると解っていたなら耐えられる。深手を負うのは織り込み済みだ。獣の嗅覚は叡智を超えた。そして顎が開かれる。丸呑みにするのではない、己を殺す蛮神の上体と下半身を噛み分けて寸断し逆に殺し返すのだ。この蛮神は命の宝庫、喰えばこの程度の致命傷は治る、然る後にオーディンを殺す。強かで狡猾な冬獣の顎が閉ざされて――ヘルモーズは咄嗟に下顎を足で踏み、両手で上顎を掴んだ。足を貫く鋭利な牙、両手を霜焼き凍らせる牙。

 

「ギィィイイィヤャャアアアアアア――――ッッッ!!」

 

 咆哮は断末魔にも似て。顎と剛力は拮抗するも、付随する冷気がヘルモーズから力を奪おうとした。

 力の限りを尽くす。だが、及ばないのか。赫怒を燃やしヘルモーズが奮起した。全身が膨張する、まだだ、まだ俺は出し切っていない――その声なき声をフェンリルは嘲笑う。敵に力を出し切らせる馬鹿があるか、と。吐き出される冬の塊の直撃を受けた。蛮神は口腔の目の前にいるのである。避けられる道理はない。力が弱まる。目を見開き、ヘルモーズは天と地を支えた。

 このままでは数秒の後に凍りつき噛み砕かれて終わるだろう。だが彼は、反英雄だ。反英雄だが大英雄なのだ。悪なのに義を為すことがある。英雄である故の光明が差したのを逃さなかった。

 

「――終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)ッ!」

 

 彼に付き従う戦乙女が、全ての戦乙女達を引き連れ参陣する。白き衣を纏い高速で飛来し、『偽・大神宣言』なる光槍の雨をフェンリルの背に降らしたのだ。

 フェンリルにとっては虫の一咬み。だが、慮外の群れ。

 絶対強者である故に、同じ強者しか見ていなかった、認識していなかった神狼は、取るに足りない弱者の放った決死の特攻に気が散った。散った気は、蛮神を噛み砕かんとする顎の力を緩めた。

 遮二無二。我武者羅だった。蒼銀の戦狼は上顎を拳撃でカチ上げ、足を貫く牙を圧し折り、主の呼び声に応じて飛んだ戦斧を掴むとほんの刹那の隙間に身を踊らせた。振り抜いた戦斧がフェンリルの口の中心から、頭頂部に至るまでを斬撃する。脳が掻き斬られる。

 

 ガ、と呻いた。

 

 それだけ。それだけで、魔術神を食い殺すはずだった神獣は絶命した。

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 喘声を漏らし、息切れした。吐く息は白い。体温が極度に低下している。0度に近い。普通の人間ならもっと早くに死んでいるだろう。

 だが生きている。人間が、生きている。生身で、生きていた。

 全身を濡らす血と付着した脳髄を口に含む。習性だ。ヘルモーズはそうしなければ死ぬとばかりにフェンリルの遺骸から舌を切り取り、喰った。本当なら丸ごと喰いたい。だが消化する体力がまるでない。これが限界だ。彼の隔絶した生命力が体温を上げていき、なんとか呼吸を整えると、渾身の魔術を放って停止せざるを得なかった魔術神を見た。それから己に最後の一撃を出せる隙を生んだ救い主を見上げた。拳を突き出す。戦乙女達は――スルーズ達は頷き、地に落ちた。『白鳥礼装』という心身の絶対性を保持する宝具を纏いながら、ほんの一瞬接近しただけで瀕死になったのだ。限界だった。

 

「アスラウグ……」

 

 囁くような小さな声でヘルモーズが呼ぶ。マナガルムを保護する為に離れて見ていなくてはならなかった半神はスルーズ達を抱きかかえ、離脱していく。

 悔しさで泣きそうだった。共に戦場に立てない屈辱に震えていた。弱い、自分は弱い。強くなりたい。女の渇望は、しかし届かない。

 

「……よもや」

 

 オーディンは……呆然としていた。

 もしかして。あるいは。可能性はある。その程度に考えていた。

 だが――よもや、だ。こうして――生き残っている。

 たかが一人の英雄の介入で、死すべき運命にあったオーディンが、生き残ってしまった。

 

 運命が、破られた。予言が、外れた。無意識に頬が緩み、オーディンは笑っていた。

 

「見てみたくなるではないか」

 

 定められた運命の覆った未来(さき)を。

 成すべき仕事はある。人理の妨げにならぬこと、剪定を避けること。

 己が生き残ったのにそれは成せるのか。死して神霊とならぬまま。

 成せる。なぜなら彼は智慧の神。魔術神オーディンである。

 

 だが今はそれよりも――

 

「見事」

 

 確かに一つの運命を破った戦士を、オーディンは心底からの敬意を払って讃えた。

 

 黄昏は未だ終わらず。されど罪人は踊るだろう。ならば今は、今は、どこまで運命を狂わせるのか。狂気なき狂戦士が何処まで運命と未来を狂わせるのか。これこそまさに冠位の偉業、己を狂わぬまま狂わせ、関わった運命を狂わせる冠位の資格。

 

「ッ……ゥ、ゥウ――ッ……――ゥゥウウウォォオオオ――!!」

 

 冠位(グランド)()戦士。その産声をオーディンは聞き届けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オーディン
 見つけた。期待した。狂喜した。
 自らの生存に。有り得ず赦されぬはずの未来に。
 定めよう、固めよう。このまま剪定されたのでは申し訳ない。
 生まれた冠位の資格の持ち主に敬意を払おう。
 そして讃える。お前こそが、ユグドラシル最強の戦士だ。

アスラウグ
 情けない。情けない。見ているだけ。見ているだけか、私は。
 戦いたいのだ。本当は隣に立って戦いたいのである。
 赦してくれなかった。お前は弱い。来るなと。守るのは苦手だと。
 偉大な父(シグルド)よ。偉大な母よ。聞いてほしい。強くなりたい。
 偉大な師。最悪の下郎。最低の伴侶。憧れの戦士ヘルモーズよ。
 強くなりたい。共に戦わせてくれ。

スルーズ・ヒルド・オルトリンデ
 他の姉妹達を率いての決死の特攻を敢行した。
 フェンリルに近づいただけで一時的に機能停止するほどの瀕死になる。
 弱い。私達は、こんなに弱かった。
 でも助けになれたのなら本望だ。

マナガルム
 見ていた。ただ、見ていた。父の戦う背中を。

ヘルモーズ
 一人では勝てなかった。二人でも勝てなかった。
 恥辱に吼える。もっと力を――もっと強くならねばならぬのだ。
 己の無道は力がある故に通せたもの。力を付けるのだ。
 もっと、もっと力を。
 己の力だけで勝利する為に、蛮神は怪物に挑む。
 かつて己より奪った天に、手を届かせる為に。

 冬の化身は己を仕留めた人間に敬意を払った。
 強き者、己を喰らいどこへいく。


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14話

 

 

 

 

 

 たった一つの後悔があるとするなら。

 

 たった一つの過ちがあるとするなら。

 

 それは、自らが邪悪な獣であったことだろう。

 

 暴れ狂う暴風に、庇護する術はなく、知る意思もなく。

 

 極限まで高めた力は、奪い、殺す為の暴力でしかなかった。

 

 故に――永年の悔いは此処に。

 

 力を信じたのに、力が足りない憤怒へ収束する。

 

 愚かな男の、愚かな結末まで――後、二戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界蛇ヨルムンガルドは人間世界(ミズガルズ)を囲い、自らの尾を噛めるほどに巨大な毒蛇の神獣である。

 

 身動き一つで津波を起こし、暴れ、既に人間世界の地表を洗い流した世界蛇は、首魁ウートガルザ・ロキに課された使命を全て果たしたと言える。だが安寧はない、寧ろヨルムンガルドは使命を果たしたからこそ、絶体絶命の窮地に立たされていたのだ。

 

 人間世界ミズガルズを静寂で満たし、大地を海底に沈没させた蛇の許に、終末装置の一角たるヨルムンガルドを屠らんと最強の神が襲来したのである。

 

 神の名はトール。『武器を振るう者トール』という意のヴィング・トール。戦神にして雷神、農耕も司る武神。アースガルズの全ての神々を集めるよりも強い豪力を誇り、数多の巨人――フルングニル、スリュム、ゲイルロズという強大な霜の巨人をも討ち取った神格。

 巨人はトールを恐れた。トールがミョルニルを振り上げる音だけで、遠くに在りながら震え、怯えて警戒するほどに。そうだ、稲妻の光を知れ、雷鳴の轟を聞け、彼こそが神々と人間を巨人から守る要であり、燃え上がる真紅の瞳と紅蓮の髪持ちし偉神だ。

 だが小さき者である。

 世界を覆うほどの大神蛇に比較すれば塵だ。だがその塵にこそ、世界蛇ヨルムンガルドは極大の恐怖を覚えた。過去二回もの邂逅を経ている故に雷神の力を識っていたのである。

 しかしヨルムンガルドは恐怖に溺れず、自らへ死を運ぶ為に訪れた雷神に戦いを挑んだ。トールが挑んだのではない、挑戦者は世界蛇であった。だが、世界と塵の戦いは一方的なものとなる。

 雷神の放つ雷撃で鱗の数割を焼き焦がされ、見舞われた拳撃の殴打により護りを剥がれた。世界蛇を撲殺するに充分なほど巨大化した鉄槌ミョルニルが二度擲たれた後、最後の一投で蛇が仕留められる寸前である。人界のあらゆる生命と物質が洗い流された以上、雷神が力を抑える理由はない。雷神が本気で見舞った鉄槌を受け、一撃で死ななかったのは現状だと世界蛇のみだが、如意で大きさを変え、電熱で朱く光る鉄槌は世界蛇の巨体を叩き潰して余りあった。

 

 末期(まつご)の時に総身を引き攣らせ、己の最期を悟った世界蛇は、せめて己を殺すトールだけでも道連れにしようと毒の飛沫を槍として吐きつける。

 

 渾身の一投。これまで一撃であらゆる敵を葬ってきた故に、二度も耐えられたのには怒りを覚えた。短気で激昂しやすい雷神の、その苛立ちこそが彼を殺すのである。

 まさに三度目の投擲で鉄槌は稲妻となって放たれ、ヨルムンガルドを潰しながら焼き払う威力を叩き出したトールは、全力の攻撃の直後だったからこそ毒液の槍を躱すことができなかった。

 

 しまった――トールは失策を悟る。

 

 全力で投じずとも後二回か三回、隙を見せずに鉄槌で殴れば殺せていたというのに、怒りに身を任せたが故に致命的な神殺しの毒に襲われた。

 果たして雷神と世界蛇は相討ちになる――はずだったのだが――あわや神殺しの猛毒に貫かれ掛けた雷神の前に、見知った魔術の防壁が展開される。毒液の槍はルーンの壁に堰き止められた。直後に貫通されるもそれだけの間があれば雷神の退避は叶う。辛くも死から逃れた雷神であったが、己の救い主を見る前に、横合いから英雄的殴打を食らわされ海面に叩きつけられた。

 

「ッ………!?」

 

 気が遠くなるほどの威力だった。瞼の裏で星が散る。

 受け身も取れずに着水し、しかし瞬時に海水を蒸発させて跳ね起きたトールは見た。信じられない。この雷神を殴ったのは、いつか見た人間だったのだ。

 まるでいつぞやの意趣返しだとばかりに戦斧を振るわれ、斧の腹で殴り飛ばされたのである。頭に血を上らせ憤激するよりも、まずトールは唖然とした。

 

 大神のルーンを足場とするその男の一撃が効いたのである。

 

 力を誇り、孤高の最強だった神に、たかが人間如きの一撃が通用したのだ。

 

 だが殺す気のない一撃だ。蛮神は雷神を不意打ちで殺すのを好しとしなかったのか。今のは意趣返しがしたかっただけで、殺すなら正面から殺すのが蛮神の遣り方である、奇襲で殺す気はない。

 なぜ躱せなかった。トールは舌打ちし、思考する。

 己の失策で死を確信していたから? 紙一重で運命の魔手から逃れられて、流石の最強も気が緩んでいたから? ……いや、そもそも躱すだと? この俺が人間に脅威を覚えたのか?

 トールの短絡的な脳にぐるぐると思念が渦を巻く。

 

「危うかったな」

「………」

 

 原初のルーンにて防壁を張った大神が、口角を上げ嫌味ったらしく皮肉を告げる。対してトールは沈黙を強いられていた。

 何も言い返せないのではない、己を救ったのが大神だったのに驚愕していたのだ。彼はオーディンを凌ぐ北欧最強の神である故に、大神の力の程も測れている。大神は氷雪の魔狼に敵わず敗死を遂げるだろうと思っていた。見立ては正しい。だが魔術神がこうして生きていること、人間の殴打で意識が飛びかけたこと、二つの事象に驚愕していて声を出せなかったのである。

 

 ――蒼銀の戦狼はルーンの防壁の上で、海底に沈没したミズガルズを見下ろす。

 

 見ているのは、世界樹の枝葉の一つに並ぶ巨大さを持つ、規格外の大魔獣の遺骸。叩き潰されて息絶えた神の如き獣。性質は異なる、在り方も違う、だが存在や力の規格は氷狼に匹敵していた。

 それを、雷神は単騎で葬った。

 些細な怒りで相討ちに持ち込まれそうではあった。だが勝っている、殺している。殺されそうだったが勝利している。蛮神は歯を食いしばった。相性の差はあるだろう、氷狼の方が厄介ではあるだろう、雷神が単騎で氷狼と戦っても相性差で負けるかもしれない。

 しかし世界蛇には勝った。圧倒的に。強い――力の信奉者である故に認めざるを得なかった。己がここまで強くなってもなお、目標とした最強は己よりも明白に強い。明確に上だ。

 

 世界蛇の骸を、内臓を、鱗を、肉を、骨を、毒を、牙を見る。

 あれは、雷神の獲物だ。横取りして貪るのは盗人以下の畜生だろう。

 目標とした天の獲物を掠めとる真似はできない。そんな恥知らずな所業は己自身が許容しない。

 

 ――殺気に貫かれる。雷神は飛び上がって押し寄せる海水から逃れると、蛮神と同じくルーンの壁を足場とした。そして己に殺気を向ける蒼銀の戦士に向き直る。ヤるのか、と睨んだ。

 来るなら応じる。心がフツフツと滾り出し笑みが浮かびかけるのに、とうの蛮神はそっぽを向いた。拍子抜けした雷神だったが、戦士の殺意は収まっていない。戦士はただ優先順位を設けているだけで雷神は殺すと決めてはいる。今殺ろうとしないのは、雷神よりも優先しなければならない敵がいるからだ。――オーディンが言う。楽しげに。隻眼で狂戦士を横目に見つつ。

 

戦神(テュール)めは冥界(ニブルヘイム)と現世の境を守る獣、境界の魔犬(ガルム)と相打った。今頃ロキとヘイムダルは相打っているだろう。残すはムスペルヘイムの巨人王だ」

 

 スルト。既存世界に終焉を齎し、新たな時代の到来を促す終末装置の一角。ムスペルヘイムに住まう火の巨人達の王にして、原初の霜の巨人ユミルの分かたれたユミルの怒りそのものである。

 スルトは世界を滅ぼすだろう。世界とは即ち今在るこの世界樹だ。蛮神の宿す叡智はその終焉の足音を掴んでいる。どこにいても感じている。

 この神話(テクスチャ)の中には己だけでなく、己のものである女達と息子がいた。ならば滅ぼさせるわけにはいかない。断固として奪わせはしない。だが口惜しいかな、スルトは誰よりも何よりも、己はおろかトールですらも及ばぬ炎である。スルトという巨人王を倒す為には、巨人殺しであるトールの力は必要不可欠であった。同じ理由でオーディンに手を出さず、ヘルモーズは巨人王の殺害を最優先の目的に据えている。これは戦争だ、決闘は後回しでいい。

 

 オーディンは愉快そうに笑っている。死ぬはずの己、死ぬはずのトール、二柱の神が生き延びた。直接雷神を救ったのは魔術神だが、狂いは連鎖した。

 関わっていない者は死ぬだろう。だが関われば? 関わった運命はどこまで捩れる。興味深い。しかしこうして立ち止まり、時を浪費していては元の木阿弥だ。現に視るがいい――旧時代に終末を告げ新時代を齎す灼炎が、世界樹の枝葉を焼き落としたぞ。

 

 神々の世界アースガルズが最初だった。巨人世界(ヨーツンヘイム)氷結世界(ニブルヘイム)も終焉の炎に呑まれ灰と化し、妖精世界(アルフヘイム)も同様の末路を辿っている。次の標的はこのミズガルズだろう。この一撃で多くの神々が死に絶えて、エインヘリヤルも巨人も小人も妖精も、あらゆる怪物も絶滅する。これは確定事項だ。避けられない。

 遠見する隻眼は視ていた。未来を、ではない。単に遥か遠くを視ただけ。

 やはりだ。妖精世界が滅んでいる時点で明らかだったが、やはりスルトに単身で勝利し得たはずの平和と豊穣の勝利神――実り豊かなユングヴィの君(ユングヴィ・フレイ・イン・フロージ)は敗れ、消滅してしまっている。テュールもヘイムダルも、ガルムもロキも死んでいた。

 それだけではない。

 スルトは魔術神と雷神の生存に辻褄を合わせようとするかの如く、予言通りなら彼の後継となるはずの息子ヴィーザル、生き残るはずだったトールの子達も徹底的に焼き滅ぼしていた。

 

「炎の巨人は別格だ」

 

 あらゆる神々が力を合わせて挑み、なお滅ぼされ、最後になんとかオーディンが相討ちに持ち込んですらも封印が限界か。オーディンはそう読む。

 無論、対スルト戦を想定した『神々』の中に、勝利の剣を持ったフレイ神、本来ヨルムンガルドと相打つはずだったトール神は含んでいない。前者であれば単騎でスルトを倒している。相性が絡んでいる故の勝利だが、勝ちは勝ち。また最強の神もスルトと戦う前に死ぬはずであったから計算に入れる方が間違いだ。

 

 だが、ここには強大な魔力を持つオーディンがいる。理不尽な暴力を有するヘルモーズがいる。最強の名を恣にするトールがいる。この三つの存在と戦うと想定するなら結果はどうだ。

 

 わからない。

 

 オーディンですら分からなかった。らしくなく、獰猛に笑む。

 

 

 

「スルトを討つ。我々でだ。異論はあるか、両名」

 

 

 

 宣言に、反対はない。オーディンは頷き、武勇高らかなる二騎を引き連れ滅びゆくミズガルズから立ち去った。オーディンの魔術により忽然と姿を消した三騎は、まだ残っていたヴァン神族の世界である光輝世界(ヴァナヘイム)に現れた。この世界で待ち構えるのである。

 神々の黄昏。旧時代を畳む大戦もいよいよ大詰めか。最大最強の巨人王がミズガルズを焼き滅ぼし、光輝満ちるヴァナヘイムへと侵略する。待ち構える者がいると気づいていながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――クク……クククク……。

 

 ――なんだこれは。なんなのだそれは。

 

 ――俺は絶望していた。

 

 ――運命に沿うだけの己に。

 

 ――単なる終末装置でしかない己に。

 

 ――だが、これはなんだ?

 

 ――この運命はなんだ?

 

 ――知らないぞ。お前は誰だ。

 

 ――ユミルの知らぬお前は誰だ。

 

 ――知らない。識らない。不知()らない!

 

 ――俺が発生して以来、初めての。()()、だ。

 

 ――クク。お前か、哀れな男。愚かな男。

 

 

 

 ――お前がヘルモーズ。

 

 

 

 ――俺に未知なるもの、驚きを教えた男。

 

 ――礼がしたい。礼をしよう。

 

 ――破壊でしかない者に、破壊でしかない俺が。

 

 ――星の終わりを、見せてやろう。

 

 

 

 

 

 

 





 九つの世界最後の国ヴァナヘイムに、僅かな生き残りを導いた。
 どうか生き延びてほしい。滅びを超え、再生の時に生きてほしい。
 それは復活するはずだった神、バルドルの声だったか。

オーディン
 想定外の未知の武と暴を引き連れ、炎の終焉へ挑む。
 この決戦に上下の関係はない。要らない。
 横並びに、対等に、戦士として、魔術神として、戦う。

トール
 最強の神は、最強の炎に畏怖を懐く。
 だが己はトールである。
 傍らには不可解な人間――己を殺すと告げるおかしな人間。
 不思議と、負ける気がしない。
 挑まれるのなら受けて立つ。だがまずは、巨人王を屠ろうぞ。

ヘルモーズ
 優先順位を設けてまでトールとの共闘を受容。
 驚天動地の異常事態。だが、そうしなければ全て滅ぶのならやむをえない。
 この最後の世界には宝がある。

スルト
 おかしな男を視た。おかしな流れに乗った。
 驚いた。ただ、驚いた。
 運命に抗うでも、叛逆するでも、従うでもなしに。
 運命が白紙の者がいて、それが生む流れに驚かされた。
 炎と破壊の巨人王は喜悦する。
 礼がしたい。
 どこか己に似ていながら弱い人間に、星の終わりを見せたくなった。
 そして見たくなった。
 あるいはそれは、同族嫌悪に似ている。
 破壊の匂いが薄いぞ人間。愚かだ。お前は、守ろうとしているのか?


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15話

 

 

 

 

 

 耀ける世界樹(ユグドラシル)の神代現実。地表に残された数少ない神秘の世。

 

 八つの枝葉は焼け落ちた。幹たる黄金の大樹は赤く延焼し、灰となった森羅万象が無に堕ちる。

 

 光輝世界(ヴァナヘイム)へと侵攻せしは終焉の火の巨人。枝葉を渡る巨人王スルトの背後に広がるのは、灰燼に帰し虚無となった暗黒空間である。星々の輝きすら消えた全き闇だ。

 見るがいい。天をも衝く巨躯は黒く、噴出する炎が赤く化粧している。さながら天を巡る太陽が、意思を持つ人型と化したかのような非現実的な光景だろう。炎の厄災はしのび笑い、世界樹最後の幻想を焼き滅ぼさんと、ゆっくりその足で光輝世界に踏み込んだ。

 これが北欧世界の神代終末。神々の黄昏を過去として、長い夜の末に朝日を齎す破壊の足音。新しき時代の為に旧き時代を終わらせる、正しい終わり。だがそれは、新しきの為に旧きを駆逐する冷酷な所業だ。旧きものとして今を生きる人々は世界の終わりに恐懼した。

 

 北欧世界の神々の一族が支配する光輝世界に、本来は人間の姿などあるはずがない。故にそれは緊急避難の一時的な措置だろう。本来なら滅びの後に復活するはずだった光神が、完全に復活の目を断たれる前に最後の力で八つの世界の生き残りを退避させたのである。

 ほんの僅かな神々と。ほんの僅かな人々と。ほんの僅かな動植物。心のある人や神はおろか、ただの植物ですら絶望の具現を前にうなだれる。

 強力で勇敢な神々は死に、伝説の勇士の軍勢エインヘリヤルも消滅した。もはや抗う者もなく、力もない故に希望はない。そのはずなのに――彼らはふと顔を上げた。

 

 そして見た。光輝世界の果てに立つ、三つの人影を。

 光輝世界の水際で巨人王を食い止めんとする最後の希望達の姿を。

 

 中心に立つのはつばの長い帽子を被った隻眼の翁。それは嵐の神、軍神、農耕神、死の神の側面を持つ神々の父であろう。魔術神は右手にグングニルを持ち、左手側に二羽のカラスと二頭の狼を従えている。オーディンは()()()()()()しもべを下がらせ隻眼を閉じた。

 父たる神の右に立つのは赤髪赤目の偉丈夫だ。両手に分厚い手袋を嵌め、赤熱する鉄槌を持つ者。稲妻を纏いし神の名はヴィング・トール、威名高らかな巨人殺し。人と神を守護せし要の者だ。雷神は首を傾けてゴキリと鳴らし、切り札である鉄槌を両手で構えた。

 智慧の神の左に在るのは白髪の老戦士。青いマントを纏い、白銀の戦斧を担ぐ者。信じられない、なぜお前がここにいる。なぜそこに立ち戦わんとする。破壊と悪逆しか為さぬ無道の雄、数多の屍と涙の海を築いた悪の化身ヘルモーズ。我意が終わりを拒んだのか。

 

 人間の最強、神の最強を率いる神々の父にして主は、開眼すると遠望できるスルトを見て呟く。

 

「……久しいなユミル。いや、その残照よ」

 

 万感の籠もった郷愁。原初の霜の巨人ユミルを解体し、その肉体の九つの部位を以て世界創生を成した大神は、確かに巨人王の姿にユミルの怒りを視た。目を細めた魔術神はグングニルにて鎮魂するかの如く地を叩くと、両脇に立つ双つの最強を見遣ってニヤリと笑った。激昂する者という意の名を持ち、かつて若かりし頃は名の通りの性分で。確かにその名残を残した深い色の笑みだ。

 

「トール、そしてヘルモーズ。お前たちに、これより試練を課す」

 

 光輝世界の端に上陸した巨人の標高は、成人した人間の腰までしか身長がない小人(一メートル)を1000体縦に積み上げたようなもの。纏う炎により立ち上る陽炎で、遠近感が掴めない。

 遠くにいるのか近くにいるのか、肉眼だけに頼れば感覚が狂うだろう。喜悦を滲ませた笑みは破壊への喜びか、怒りを晴らす終末への猛りか。いずれにせよ、目にするだけで強大さが伝わる。

 一対一では相手にならない。相手は九つの世界全てを終わらせられる者。この惑星全土を当たり前に焼却してしまえる破壊神。全てのヴァン神族、アース神族を束ねて漸く相手になるかどうか。それに二柱の神と、一人の人間で挑むという狂気に、更に狂気の沙汰を下すのが軍神としてのオーディンであった。

 隻眼の大神は言う。試練を課す。試練という名の死刑宣告を。

 

「アレに通じる術を通すには、我が権能の悉くを費やし、余力も残さず全霊で投じねばならん。である以上、我が術を行使するのは二度のみだ。それで勝利できねば敗北するだろう」

「まどろっこしいな、何が言いたい」

「勝機を手繰り寄せよ。我が術を開陳する機が訪れるまで、お前とヘルモーズで、()()()()()()()()

 

 ハッ、と雷神は総身に帯電しながら鼻を鳴らした。

 不可能だ、無謀だ。強大な敵を前にして、そんな弱音などこの(おとこ)には有り得ない。

 むしろ逆だ。滾っている、高ぶっている、そして父たる神々の王の弱腰を詰るように気を吐いた。

 

「オーディン、ここは()()()()()と命じるべきだった。いつも通りにな」

 

 どこまでも強気に断定する。雷神トールはそんなものは試練にもならぬと本気で言っていた。

 見ただけで分かる、巨人王の強大さは。しかしこの身は最強なのだと、あらゆる神々を凌駕する存在なのだと信仰されていた。人に、神に、だ。

 故にオーディンの課す試練は試練に非ず。勝つべくして勝つ当然の闘争である。

 

 ――だが、だがである。トールもスルトとの力の差は解っていた。なのにこうまで強気でいられるのはなぜか、理由はたった一つの単純な想いにある。

 既に前に進み出ていた戦狼に並び立つべく歩むと、トールは男臭い笑みを湛えて言葉を伝えた。

 

「ヘルモーズ、拳を合わせろ。それで、分かる」

 

 真横にいる男へ、男は左拳を突き出す。ちらりと視線を寄越したヘルモーズに、男は万の言葉よりも雄弁な覇気を浴びせていた。

 男と男の間に種族の壁はない。戦場を共にするなら同胞である。至極シンプルな熱い魂、この男と共に戦うのであれば、如何に強大な敵を迎えようと勝利してみせる。雷神の目はそう語って。

 

 戦狼は滾る獣気で応じ、神の覇気に畜生の如く噛み付いた。

 

 差し出されていた左拳に、右拳を上から叩きつけて疾走(はし)り出したのだ。共に戦うだと? せいぜい()れているがいい、俺は俺で勝手にする、と。億の言葉より雄弁な独断専行だった。

 飛び出した戦狼に、トールは破顔した。無愛想(短気)で無骨な男が、腹の奥底に沈殿させていた快活な豪傑らしい、力強くも朗らかな笑い声を上げる。

 

「そうか、お前はそういう男か! ハ、それでこそだ勇者ヘルモーズ――!」

 

 狂奔する殺意に怯懦はない。獣の道をひた走る男に遅れて飛び出したトールもまた、一層の歓びを胸に追い越さんと地を蹴った。人間の勇士に遅れを取れば恥になるとばかりに。

 オーディンもまた血が滾っていた。狂い果てた運命の戦い、全知を得た身が得られた未知の舞台。これに心躍らずにいるほど枯れていなかった――そんなことすら忘れていた。忘れていた戦への高揚を大事な宝の如く胸に抱き、一度目の術を戦の開幕と共に行使する。

 

 魔術神は戦の最初と最後に司る叡智を注ぎ込む。二羽と二頭のしもべを使役し、この光輝世界全土に刻みつけた極大の原初のルーン。

 これこそが古今東西あらゆるルーン使いが束になっても再現の能わぬ魔術神渾身の大権能だ。規格外の規模で以て行使されるのは、ただただ単純で純粋な強化の概念。膂力、速度、強度、肉体的な機能の全て。それらを極限まで高める術。対象は、たったの二つ。一柱と一人の男たちだ。

 オーディンが全力を惜しまず注ぎ込んだ力の波動を受けた男たちは、迫りくる炎の終焉へと開幕の洗礼を叩き込まんと猛っている。

 

 巨人王スルトは見た。臆さず自身に挑む者達の姿を。全長1000メートルを超える巨躯は、スルトが担う終末装置として最大規格(サイズ)。スルトにしてみれば二つの武と暴など塵芥に過ぎない。

 だが、良い。灰となるモノの最後の輝きだ。その輝きを焼き尽くすのが終末装置たる己である。終わらせるだけ、破壊するだけ、焼却する機能だけしか知らぬまま、己が妻すら終わらせて来た炎は歩を刻む。いや、走る。奔る。疾走(はし)った。天を衝く巨躯の炎が。

 世界そのものが揺れる。その足が地を蹴る度に世界が灼かれ、スルトの領域が拡大した。炎の勢力が光輝世界を侵食し、灰となる景色を背景に紅蓮の終末が嗤いながら炎の剣を振りかぶった。

 

「グォォオオ――ッ!」

 

 受けて立つのは凶獣ヘルモーズ。まだ接敵していない、だのに近づくごとに空気が薄くなり、全身が高温で炙られ、今に発火しそうなほどの熱波に圧される。如何に凶獣といえども、翳した戦斧を叩き込む頃には全身の肉が爛れて骨となり灰になるだろう。これでは戦いすら成り立たない、そうと悟ったが故に凶獣は吼えるのだ。喰らいて己が身に宿る氷結の風を。冬の化身の息吹を。

 ニヴルヘイムの風――魔狼が喰らった霜と氷の世界から流れ込む絶対零度の吹雪だ。凶獣より解き放たれた吹雪の勢力は、オーディンの強化を受けているが為に本来のものよりも強力となり、スルトの纏う炎の余波を相殺する。そして魔狼の吹雪を放つ為に止まった瞬間に雷神が追い越していく。一番槍の栄誉を手にするのはやはりこの男だった。

 手袋は太々とした太腕を包む籠手ヤールングレイプルへと変じ、腰に巻かれた力帯メギンギョルズが雷神の力を倍加、握り締める持ち手の短い鉄槌が帯電する。振りかぶられた炎の剣を迎撃し、そのまま叩き潰さんと烈火の気迫を以て神造兵装を巨大化させた。

 

 振るわれるのは、悉く打ち砕く雷神の槌(ミョルニル)

 

 世界蛇ヨルムンガルドすらも三撃で仕留め、その他全ての敵対者を一撃で粉砕した武具。太古の巨神も斯くやといった巨人王すらも撲殺することが能うほど、天を打ち据える大地の如き巨大化を果たして振り下ろされ――しかし、振り上げた炎の剣を下ろし、斬り上げる迎撃へ舵を切ったスルトによって、その一撃は弾き返されてしまう。

 スルトは本気で、全力で雷神の槌を迎え撃ったのだ。己を殺し得ると認めた証左であるが――雷神は己の手に返る衝撃に驚愕した。世界蛇をも屠った? だからどうした――嘲笑する悪意。俺ならあの程度の蛇、素手でも殺して喰らえていたぞ――交感される思念。確かにスルトは全力でトールの一撃を迎撃した、だがそれだけなのだ。トールほどの神が権能たる稲妻を纏わせ、神造兵装の真価を叩き出して振るった一撃を――ただの力だけで、相殺してのけた。

 トールは憤怒で顔を赤黒く変色させる。鉄槌と炎の剣が接触した衝撃で、過半部が焼け落ちている世界樹を震撼させた。おのれ、とトールは更に鉄槌を振るう。スルトも己が領域とした炎の大地に確り腰を落として紅蓮の剣を幾度も走らせた。――激突に次ぐ激突、数十の交錯で光輝世界の大地へ亀裂が奔る。先に圧されたのはトールだった。

 

 全ての攻勢に掛け値なしの全霊を込めていたのである、ただ全力で炎の剣を振っていただけのスルトよりも先に力尽きるのは道理だろう。

 

 己をも撃ち殺し得る鉄槌の乱舞を、スルトは完全に無傷のまま突破する。彼は嘲笑った。雑魚を幾ら一撃で仕留めようと、世界蛇を三撃で昇天させようと、火の巨人王を仕留めるにはたとえ百回振るってもまるで足りぬ。――フレイ神が勝利の剣を担っていればこのスルトに勝利し得たというのは、勝利の剣には破壊という炎を鎮める何かがあったからであり。そうであるが故に、炎を鎮められないミョルニルではスルトに届かないのは自明であった。

 巨大化させていた槌を雷神は元の規格に戻した。憤怒に燃えるトールの目に諦めの色はない、これで駄目ならもっと強く、もっと速く、もっと巧みに攻め立てるのだ。力押しである、力で圧すのである、力で上回らねば話にならぬ。これだけの体格差だ、もはや技の介在する余地はないだろう。圧倒的な力での攻めでなければ、巨人王を討ち取ることはできないと痛感した。

 

 だからこそ、()が馳せていたのだ。

 

 筋肉とは力である。力とは速さである。速さとは筋肉である。数多の理、道理を踏み均して蹴散らした理不尽の権化は、雷神と巨人王の撃ち合いを黙って見ていたわけではない。

 スルトの顔面に氷結の魔力を纏った戦斧が飛翔していたのだ。彼我のサイズ差により針が飛んできたようなものであるというのに、スルトの眼力は正確に戦斧を視認し、そして破滅的な威力が内包されているのを看破する。受けてもいい、だが無視しがたい。スルトは炎の剣の振り終わりを狙われた故に素手での防御を選択する。紅蓮に発する漆黒の腕を動かし、手の甲で戦斧を逸らすという器用で絶妙な受け流しを成してみせた。体皮の表面を滑り、彼方に飛んでいく戦斧に巨人王は嗤い――次の瞬間だった。凶獣ヘルモーズはスルトの頭上を取っているではないか。

 

 持ち合わせていた元々の筋肉と、魔術神による光輝世界全土に記された原初のルーンの強化。二つが掛け合わされたヘルモーズはスルトの死角を取っている。果たして冷気を体内に溜め、一気に爆発させながら突き出したヘルモーズの拳がスルトの脳天を痛烈に殴打する。

 

「――ガッ……ッ、グ……」

 

 さながら頭の上で地殻変動が巻き起こったかの如き拳打の威力。意識の外からの強襲で、堪らず地面と接吻する羽目になる。スルトほどの巨体が地に叩きつけられる衝撃はもはや災害だ。

 来い! 担い手の呼び声に応じた戦斧を掴み、落下しながら戦斧での追撃に出る。しかしその巨体からは想像もつかないほど俊敏に起き上がり、膝立ちしたスルトは速やかな反撃を見舞った。

 振り向き様の肘打ち。まるで大地が起き上がったかのような面積は、空中に在るヘルモーズに回避を赦さない。直撃を受けたヘルモーズは塵のように弾き飛ばされ、地面にめり込んでしまう。

 喀血しながら地面から出たヘルモーズは、余りにもデカすぎる火の巨人王を見上げた。スルトを殴打した拳には氷結地獄が如き冷気が込められていた、だというのに痛痒を覚えてもいない。凶獣の顔が険しくなる。スルトはやはり、嗤った。嘲笑った。悪意のみの嘲りだ。

 

「――ク」

 

 愚かだ。愚かに過ぎる。小賢しいオーディン、原初の霜の巨人ユミルを弑した者から何も聞かされていないのか? 巨人殺しで知られる雷神ともあろう者が知らないのか? ああ、答えは確かめるまでもない。聞かされていないのだろう、知りもしていないのだろう。聞かせて言うことを聞く者達ではなく、知るまでもなく巨人達を殺めて来た雷神は気にした試しもないのであろうから。

 スルトの肉体を構成するのは最高峰の巨人外殻。巨人種の強靭な体皮。他に例を見ない特殊な組成で成り立ち、攻撃的エネルギーを吸収して魔力へと変換する驚異の鎧だ。吸収限界を上回る分は魔力変換できず、ダメージを負いはしたが軽微なものでしかなかった。

 そう。つまりは、準備が整ったのだ。トールの乱れ打った鉄槌の衝撃で魔力が溜まり、規格外の膂力で脳天を殴打されることでスルトの魔力は臨界を超えたのである。

 

「――クク。返礼だ。星よ終われ、灰燼に帰せ。太陽を超え耀く、(ほのお)の剣を見せてやる」

 

 息切れし止まってしまっていたトールは鳥肌を立たせた。赤毛が、赤髭が総毛立つ。地より這い出た血塗れのヘルモーズは目を見開いて空を見上げた。

 赫々と、赤々と燃え盛るは終末の炎。これにて九度目の解放、前八度にて八つの世界を焼き滅ぼした灼熱地獄の具現化した業火。単純に、純粋な、熱量だけで世界を滅亡させる対界攻撃。神に、世界に、そしてありとあらゆる生命を害する滅却の裁き。人の文明の開闢、神の発展が火と共にあったのなら、終わりもまた火と共にあるのが摂理というもの。

 地球上に有り得てはならない、摂氏400万度を超える焔。解放しただけで周囲が灰燼に帰し、振るえば八つの世界を無に落としてきた。生命に対する優先権を有するのは終末装置ゆえであり、だからこそ歩く生命の宝庫のヘルモーズや、形ある生物である神トールは慄然とさせられる。ただ呆然と魅入っていたのでは何もかもが終わりを遂げるだろう、雷神と蛮神は同時に我に返った。

 

「ッッッ――――!!」

「――――ウゥゥウオオオオォォォォォッッッ!!」

 

 この瞬間、雷神は限界を超えた。男だろう、男なら限界の超え時を誤るな。今こそ命を燃やして吼え猛る時だ。終わらせはしない、終わりはしない、終わるのはお前だけでいい、最強の神の命の輝きに呼応し、豪雷の鉄槌が極限まで光り、稲妻と化す。トール自身ですら見たことがない限界を超えた神造兵装、その真の姿。雷鳴が轟き、鋼鉄が赤く溶け、稲妻となった槌を両手で握る。

 ――同時に、蛮神もまた限界を超えた。今まで力の上限を高め続けることに腐心して、一度たりとも限界を超えたことのない、ある意味で理性の怪物でもあった蛮神だったが。この終焉の炎を前に己の力を制御(セーブ)したままでいるのは愚の骨頂、蛮神は意識的に限界を超えた力を捻出し、戦斧に致命的な亀裂が奔るほど強力にして強大な魔力(ちから)を注ぎ込む。

 

 稲光る青白き雷轟の槌を、総身が余さず白く染まった雷神が構える。

 溢れ出る怨念と断末魔で白銀に耀く戦斧、怨嗟で総身が黒く染まった蛮神が構える。

 

 横薙に払われる終末の剣。地平線の彼方に至るまで、悉くを焼き払わんとする炎の津波。迎え撃つは雷劫の神槌、担うは雷神。跳躍した蛮神が力の限りを振り絞り戦斧を投じた。

 桁外れの熱と力、光と炎が激突する。光輝世界が、光の世界が暴力的な光に呑まれた。地表が捲れ上がり、震撼する衝撃が法則性を狂わせ内側に向かい、新世界開闢を想わせる大火を発する。内に閉じた力に余波はなく――果たして数分に亘り消えなかった光の末に、二つの人型が地に落ちているのを生き残り達は目撃した。

 

「――――」

 

 仁王立つは雷神。しかし立ったまま雷神の心臓は止まっていた。燃え尽きて灰となった体が形を保てているのは奇跡か意地か。双眸に赤い瞳はなく、半壊した鉄槌を握り締めたままの焼死体だ。

 片膝をつき、纏う衣は消え、無惨な腰布がしがみつくだけの蛮神。全身に壮絶な火傷を刻み、治癒することなく止まっている。魔力炉心たる心臓が破裂して、六割の血液が蒸発し死んでいた。

 ――対して。巨人外殻に皹を走らせながらも、片膝を突いてはいるが健在なのが巨人王スルト。しのび笑う悪意に歯止めは利かない。絶命した二つの人型を踏み潰そうと立ち上がる。

 

「トール様!」

「ヘルモーズ――!」

「トール――」

「ヘルモーズ様――!」

 

 神への祈りは悲鳴と悲嘆に満ちている。

 だが、戦乙女の最後の生き残りたる三姉妹、半神の女は檄を飛ばした。

 まだだろう、まだ終わりではないはずだ、と。

 死んだ程度で()むのなら――お前(あなた)は己が自由を謳歌する獣になどならなかったはずだから。

 これは信頼ではない。信用ではない。

 愛ではなく、友好ではなく、祈りではなく、願いでもない。

 ただ知っているのだ。彼は、あの男は、最悪の獣は、災厄なのだと。

 世界の終焉程度の災害などで、焼き尽くされる男ではない!

 

 立ち上がった。得物たる戦斧を喪失し、無手となった狼が原始の戦士に回帰する。

 

 立ち上がった。背にした祈りを無碍にするのは男ではない、半壊した鉄槌を素手で掴んだまま、力帯や籠手が焼失したというのに限界を超え死を超えた雷神が駆動する。

 

 スルトは目を細める。

 

 

 

 ――()()()()()

 

 

 

 まだ終わっていないのだろうと。

 

 

 

 だから。

 

 

 

 絶望を、告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――二度目は、どうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「       」

 

 一度目の炎剣は、雷神と蛮神の攻撃により変換・吸収した莫大な魔力を投じたもの。

 そして今度は、スルトの自前の魔力を込めたもの。

 連射はない。連続しない。そう信じたがっていた無意識の祈りを踏み躙り、破壊たる炎は残忍に嗤い太陽を超えて耀く剣を、世界から現実を剥ぎ取る神造兵装を掲げてみせた。

 瞬間、ひたすらに耐え忍び、趨勢を見極めていたオーディンが幻視する。

 視えた。視えてしまった。未来が、視えたのだ。

 

 ――たった一つの後悔があるとするなら。たった一つの過ちがあるとするなら。それは、自らが邪悪な獣であったことだろう――

 

 大神が視た通りに残虐な悪意を滴らせる巨人の王。

 

 ――暴れ狂う暴風に、庇護する術はなく、知る意思もなく。極限まで高めた力は、奪い、殺す為の暴力でしかなかった――

 

 

 

「守ろうとしているのか、愚かな男だ」

 

 

 

 ――故に、永年の悔いは此処に――

 

「…………!!」

 

 大神の視た通りに、立ち上がった蛮神が戦慄き、身を翻して跳躍した。

 間に合わない。間に合うはずがない。炎の剣を再度振るうより先に、極大の魔力放出は炎の形態となりて、光輝世界の生き残り達がいる地点に打ち込まれる。

 

 ――力を信じたのに、力が足りない憤怒へ収束する――

 

 大神が視た通りだった。炎の津波が光輝世界の一角を焼き落とし、生き残り達は全て死ぬ。

 戦乙女の三姉妹も。大英雄と戦乙女の娘も。文明の破壊者と蛮神の子も。

 守れなかった。救えなかった。その事実に、蛮神は呆然と立ちすくむ。そして自らの死の瞬間まで、彼はもう動けなくなっていて。

 世界は終わる。雷神は討たれ、魔術神の待った機は訪れず。結局は過程は違えど予言の通りにこの北欧世界は終焉を――否、予言よりも酷い惨劇を辿る。

 神代現実を剥ぎ取ったスルトは、己を阻む者が消えた故に『外』の世界へと進出するだろう。そしてこの惑星は炎に呑まれるのである。酷い結末だ。魔術神の高揚は消え去った。

 

 だが――しかし。

 

 だが、しかしだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()男がいた。

 

 

 

「がァァアァ嗚呼亜阿猗婀亞――!」

 

 

 

 解き放たれるのはこれまで蓄えた全ての力。その身が宿した命の奔流。地上に残っていた全ての幻想種を平らげたが故の、何もかもを捧げる乾坤一擲。

 これにて仕舞い。終いだ。あらゆる超常の力を返還し、裸一貫ただの男に立ち返った。そして放たれた獣道の結晶は――果たして、戯れに放たれただけのスルトの悪意を相殺してのける。

 

「――なに?」

 

 今度こそスルトは驚愕した。

 

 戯れではあった。悪意でしかなかった。だが、たかが人間――己に似ていながら破壊ではなく、守りに重きを置いていた破壊の匂いが薄い者。嫌悪した弱者が、まさか児戯とはいえ己の一撃を相殺するとは思わなかったのだ。だからこその驚きは不愉快で。顔を顰めたスルトは炎の剣で何もかもを滅ぼそうと思い切る。終わりの運命を超えた奮迅を、無価値の灰にしてやるとばかりに。

 トールはまだ動けない。苦しげに、重そうに、鉄槌を抱え。まだ、動けないでいる。超常種を捨て只人に回帰した蛮神――否、単なる野蛮人に己を止める手立てなどない。魔術神は来るわけがない勝機を待ち座して動かぬ妄想の徒、恐れる必要はなかった。もはや終焉は決定されている。このまま全てを焼却してやろう、約束通り末期に星の終わりを見せてやるのだ。

 

 運命は、決まった。固定された。

 

 剪定される結末が世界を待っている。

 

 固定され、定められ、終わった未来。ありとあらゆる者は虚無の灰になるのを待つだけとなった。

 

 

 

 ――しかし、ここに例外が存在する。

 

 

 

 大神は、笑った。己が視た未来は確かに幻視、幻に過ぎなかったと再認し。

 故にこそ確信したのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 死に体の凶獣が馳せる、残留思念の如き氷狼が勝者へ最後の手向けを寄越した。近寄るだけで蒸発したであろう凶獣に、ニヴルヘイムの風を送り熱波を相殺している。

 速い。速すぎる。疾く、走る。人間の速さではない、無傷の時と比べてなお遜色はない。すなわち何かの力を借りずとも、力を奪うまでもない筋肉の力が獣にはあるということ。慮外の捷さで獣は筋書きを置き去りに馳せた。スルトは失態を犯している、敵対者の勝機を発芽させている。児戯とはいえ気を散らして獲物を狙わず、敵とした者達の後方を狙ったことが隙だった。

 炎の終わりを解き放つ寸前に、獣が飛び込む隙間の時間を作ってしまったのだ。

 

「――グゥ……!?」

 

 炎の剣を振るわんとした腕、その肘に渾身の力で突撃されたスルトが狙いを逸らされる。

 薙がれた終末の一撃、ラグナロクそのものの炎は――光輝世界の遥か上空へと消え、虚無に堕ちた世界樹の外縁を照らす流星となる。

 瞬間だった。

 これだ。これしかない。今しかない。此処で限界を超えずして何が男だ。何が最強だ。死んでいるのに運命を二度も覆した勇者がいる、ならば死んでいる程度で終わっていては名折れ!

 

 雷神が始動する。再起動する。以前までは力帯がないと持ち上げられなかった鉄槌を、半壊しているとはいえ素の力で持ち上げる。雷神ヴィング・トールは二度も限界を超えた。

 人間の勇者は偉業を魅せた。ならば己も魅せねば死んでも死にきれない。その意地が、雷神に最大最強、至大至高の一撃を見舞わせる。稲妻そのものと化した鉄槌が、炎剣を振り終えた力と、狙いを逸らされた反動で体勢を崩しているスルトのこめかみを殴打した。

 

 束の間――火の巨人王の意識が途絶える。全ての抵抗力が弱まる。

 

 

 

 この瞬間を、熱望していた。

 

 

 

 魔術神オーディンが吼え猛る。掲げるは神槍グングニル。起動するは光輝世界に収まらず、残った世界樹の面積全てに刻んだ原初のルーンだ。

 大権能たる超級大魔術は後世に定まる魔法の領域を易々と超える。

 世界樹全体から閉じていく秘跡文字が失神した巨人王を捕らえ、包み、閉じ込め、疑似太陽の形へと封印する。封印して終わりなのか? 否だ。大神もまた無理を通しての()()()()()()を行使し、グングニルを巨大化させ全身全霊の力で擲って疑似太陽を中のスルトごと貫いた。

 激痛の余り意識を覚醒させたスルトが現状を把握する。封印する気かと憤怒し、腹部を貫く神槍を見て赫怒する。疑似太陽をも燃やし尽くそうと全霊で魔力を滾らせ、赤々と球体を赤熱させた。

 

「――今だ。やるがいい」

 

 魔力が尽きたオーディンが地に膝をつき、静かに終幕を告げる。

 

 雄叫びを上げて巨大化した神槍の柄を掴んだのは凶獣ヘルモーズ。両足が炭化するのも構わず疑似太陽を疾走し――突き刺さったままの神槍が己の体を縦に割ることにスルトが絶叫した。

 駆け抜け、地に落ちた。獣は黒焦げ、全身のいたる箇所が炭化している。そしてトドメだ。雷神は己が誇る象徴の鉄槌を自壊させながらも振るい、疑似太陽を上から叩き潰して――スルトの命脈を完全に断ってしまった。

 

 戦いが、終わる。

 

 黄昏が終わった。

 

 既に灰でしかない神と、灰でしかないニンゲン。

 

 奇しくも肩が触れ合うほどの近くに降り立った両雄は、間髪入れず互いの顔面に拳を叩き込んだ。

 

 

 

「クハッ……」

「……ハッハ」

 

 

 

 命の終わりが視えた。だが、まだだ。まだ終わっていない。

 たたらを踏み後退した両雄は笑っていた。

 戦いは終わった。黄昏は終わった。だがまだ敵が残っている。

 不本意な共闘が終わったに過ぎない。ならば後は、我欲のままに。我意のままに、尽きるまでに力を振り絞ろう。

 

 雷神ではなく、ただのトールが。

 獣ではなく、ただのヘルモーズが。

 

 最後に戦わんとして、決着をつけようとしていた。

 

 大神も笑う。

 

「バカ者共が……好きにやれい。勇者共に、無限の賛辞を。そして勝者に報酬を約束しようではないか」

 

 

 

 

 

 




オーディン
 視えた結末が、直後に白紙化した。
 笑うしかない。極まった力を前にすれば、如何なる叡智も机上の妄想に堕すのだろう。
 契約した。拘束力のない単なる口約束を交わした。だがオーディンは必ず約束を守る。
 それが運命を破った勇士への、せめてもの報酬なのだ。


トール
 此処にいたのか。とうに出会っていたのか。熱望した好敵手よ。
 互いに全死無生、己は死の上に立ちほとんど力は残っていない。
 だが、どうか戦ってくれ。
 スルトの炎に蝕まれ、無為に死ぬ前に戦いたい。
 己もまた戦士である故に、死ぬなら戦いの中で死にたいのだ。
 人のまま人を超え、人でない何かになった人でなし。在り方を損なわぬ腕力の果てよ。
 せめて万全であればとは言わない。権能を使えれば、鉄槌を使えたらなどと泣き言は吐かない。
 全力で挑め。俺も全力で挑もう。

 ――雷神は既に死んでいる。死んでいてなお、意思の力で戦うだろう。


ヘルモーズ
 死の結末を勝手に決めつけるものを筋肉で破った。
 だがスルトの炎は、確かにヘルモーズの命に届いている。
 永遠に生きたかもしれない魔人はもう永くない。
 それでも殺すと決めている。死んでいても殺すと決めている。
 雷神を殺す。これが最後の戦いだ。
 常に限界の上限を高め続けた反英雄は、スルトとの戦いに次いで、再び限界を超える。
 ただ我意を押し通すだけの暴虐を、最後まで貫くのが獣に等しい戦士の誇りである故に。

 ――蛮神は既に死んでいる。死んでいてなお、我欲のまま戦うだろう。

 雷神と。そして死のうとする自らの体と。
 まだ終わる気はない、まだ、まだ――月に眠る女との約束が残っている。
 俺は嘘吐きにだけはならない、裏切り者にはならないのだ。



設計図
 ・ニヴルヘイムの風(B):冬の化身に由来するスキル。フェンリルが喰った霜と氷の世界から流れ込む絶対零度の吹雪。炎に類するものの中で地球最強は間違いなくスルトであり、本スキルで熱の余波を相殺しなければ、スルトと対峙することすら不可能だった。高ランクの対魔力、魔力放出(炎)に類するスキルまたは宝具がない相手の全能力を2ランクダウンさせるか凍結させる。
 ・戦死者の獣(A+):ヘルモーズが喰らい手に入れた獲物達の力。中でも最強だった魔狼の性質が強く出ている。真祖の再生力、邪竜の無尽蔵の魔力、叡智、巨人の怪力、妖精の瞳、精霊の環境改変力、失墜した神霊の権能、その他多数の数々のスキルを自在に操れる。本人の好みにより打ち消されている力が殆ど。本スキルの本質は「喰った相手の力を手に入れる」ことにある。
 ・白紙の獣道(EX):決まったもの、定められたもの、そうした自身に押し付けられる概念を白紙にする特異な筋肉。あらゆるモノのルールに従わないし、従うことも選択できる。本スキルによりヘルモーズは概念・神秘の干渉を受け付けず、如何なる特別な瞳でも肉眼の機能としてしか視認できない。打倒するには極めて物理的な直接攻撃をする他にないのだ。魔術であろうと呪術であろうと、効くか効かないかはヘルモーズが決めることである。


魔術世界
「白紙の獣道」と「戦死者の獣」のスキルにより、魔術師たちはヘルモーズを「神秘喰い」という魔術世界の禁忌の一つに認定。決して関わらない。


余談
 上記三つのスキルがなければ、そもそもスルトと対峙することすら出来ず、戦いを成立させることが出来ず、勝利する結果も手に入らず、近寄っただけで燃え尽きて焼滅していた。
 そして四人の戦乙女と息子も死んでいただろう。
 故に上記のスキルは基本スキルに過ぎない。他にも多数のスキルを保持しており、グランドとして現界したなら限りなく生前に近い暴力を発揮する。敢えてヘルモーズを形容するなら人間版スルトというべきだ。最大の差異は役割がないこと。


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16話

 

 

 

 

 ガキが見ている……負けてやる訳にはいかねぇな。

 

 男は好敵手と認めた男の声なき啖呵と――己に言い聞かせる強い意地の籠もった目に見惚れた。

 フッと笑う。なるほど、それは確かに負けられない。

 親父を超えていいのは我が子だけ。親父は強い背中を魅せてこそ。

 心地いい。男は、笑ったまま地に伏した。

 

 

 

 ――邪気が抜け、獣気が溶け、情欲が枯れる。未だ嘗てなく、すっきりと明瞭に頭が冴えた。

 

 

 

 俺が此の世に産声を上げて六十と余年、あるいは七十年以上も経っているかもしれない。

 それ以前に何かがあった。今はもう思い出せない、有象無象の雑念があった気がする。思い出せないということは、些末な出来事でもあったのだろう。

 どうでもいい。俺は今、気分が良かった。

 筋肉を鍛えた。俺を裏切らない筋肉だけを信じてきた。

 強くなる為に鍛え、満足しそうになった時に敵を見つけ、また鍛え……。

 出会った女。出会っていたことに気づかなかった裏切らない友。強かに成長した友のガキと、俺と女の間に生まれた雑種のガキ。それ以外にも頭を過ぎった幾人かを想う。

 

 酸鼻を極める外道働きを何度もしたのに、それは思い出す気にもならない。力が支配するこの世界で、力が強い故に支配されず自由を謳歌した。自分に嘘を吐かず気儘に振る舞い、欲望を抑えず弱者を踏みつけた。どれもが人という獣が持つ根源的な欲だろう。これを恥じるつもりは俺にはない。俺には俺こそが人間なる獣だという誇りがあった。

 物語であれば、俺は英雄に倒される為の悪役になるだろう。だが俺は誰にも倒されなかった。無惨に敗れてこれまでの報いを受けることもなかった。なぜなら俺が強かったからである。

 最強の目標を見つけた。コイツを殺そうと思った。俺よりも遥かに強い力の持ち主が赦せなかったのではない。俺のものを奪い去ったことが赦せなかったのは……ある。だが同時に、確信的な予感がしていた。コイツを殺せた時、俺は本当の意味で誰にも支配されない力を手に入れたのだ、本物の獣の自由を手に入れた証になるのだ、と……馬鹿みたいに決めつけたのである。

 

 鍛えた。効率的に筋肉を鍛える為に、とにかく沢山のものを食べた。

 

 竜を。竜もどきの蜥蜴を。吸血鬼を。魔術師の刻印を。モンスターや、黄金の人狼、妖精、精霊、とにかく俺の力を高めると感じた栄養素を取り込み続けて……最後に、冷たい巨狼を喰った。

 脳の欠片と、舌の一部。喰ったのはその程度だ。しかし数多のものを貪った果てに――()()()()()()()()()()()のだろう。混ざりすぎ、純粋ではなくなっていたのである。

 だが、今は体が軽い。裸一貫、素の自分と数十年ぶりに再会した。

 純然たる人の肉と人の血。人として鍛えてきた力の全てが、邪道によって力を磨くという背信を働いていたかもしれない俺に、変わらず寄り添って共に在るままでいてくれたのだ。

 この感動は、筆舌に尽くし難い。血を六割失くし、肉体の至る箇所が炭化して、もう肉体は死んでいるというのに。死に分かたれることもなく、死んだ後でも俺と共に力は在った。気が狂うかと思うほどの歓びが、感動が、頭と胸を満たして撹拌している。

 

「――見事」

 

 仰向けに倒れ、末期の感動に浸り霞んでいる意識の中、いけ好かない爺が何かを言う。

 ああ? なんだ、何を言っている。少し前まで、実は何を言っているか理解していたというのに、今は本当に何を言っているのか全く分からない。

 そうか。混ざった力を捨て、純化したせいだ。

 純粋で、純血となった今の俺に奇妙な智慧はない。全て纏めて捨てた。あの燃えるゴミの処理に便利そうな、デカブツの吐いた吐瀉物を除く為に、俺の体を重くしていた物を投げつけたのだ。

 そういえば、なぜ俺は倒れている。

 前後の記憶がない。不覚にも、気絶していたのだろうか。

 おい、俺を見下ろすな。俺はお前みたいに偉い奴が嫌いだ。賢しく他人を使う奴が嫌いだ。思うように体が動くなら殺している……そういえばこの老いぼれは、半殺しで勘弁してやるんだった。

 

 軽くなったはずの体が重い。そういえば、爺の面もはっきり見えない。

 

 何があった? なんとか首を動かして、周りを見ようとする。だがやはり、何も見えない。全部に靄が掛かり、見通せない。なんで見えないんだ……女達とガキがいるのが分かるのに、その顔が全然見えない。段々遠ざかっている気がする。おい……何処に行く?

 いや、俺が遠のいているのか。俺は何処に行こうとしている? 辺りをよく見ようとした。

 

「お前は最強の神を打ち倒した。無二の勇者たるお前に、約束通り報酬をやろう」

 

 一つだけ、見えた。霞んではいるが、赤髪の奴が隣に倒れている。

 誰だ。……いや、コイツは、まさか。

 アイツだ。俺が目指した力の果てだ。

 ……俺が倒したのか? デカブツを始末した後、戦ったのか?

 思い出せない。だが、とにかく必死で、死に物狂いだった気はする。

 

 勝った……? 俺が……コイツに……?

 

 不思議と歓びはない、安堵もない。実感がなかった……記憶がないせいだ。

 いや……違う。記憶がぶっ飛んだからじゃない。朧気に記憶している、デカブツを斃した後アイツも死んでいたが、俺より確実に弱くなっていた。俺よりも深手を負い、死に近づいていたのだ。

 だからだ。俺がアイツより強くなっていたから勝ったんじゃない。単に、アイツが俺より死に近づいていたから、俺より先に死んだというだけ。五分の状態なら……いいや違うな。七割俺が有利でも、俺が負けていた。肉体の損傷具合で十割俺が有利であり、死というタイムリミットが長かったから生き残っているだけだろう。もし少しでもアイツの傷が浅ければ、こうして意識を保っていたのは俺じゃなくアイツの方だったに違いない。

 

 畜生……勝ち逃げしやがるのか、天。

 

 せっかく気分が良かったのに、胸糞悪くなる。おい、起きろ。起きてまた戦え。俺は勝っていない、譲られただけの、偶然拾っただけの勝ちに満足できるか。勝ち逃げするな。戦え。

 思うだけだ。グッと、無念を飲み干す。

 吐き出せる言葉がない。何より、勝ちは勝ちだ。どれだけ不満でも、勝ったのなら勝者だ。勝者が敗者に掛けるのは勝鬨だけ。それ以外は、上手く言えないが駄目だ。

 

「――時間をくれてやる。都合のいいことに、死後魂の流れ着く先はこの世界の何処にもない。神代を畳み辻褄を合わせ、人理との折り合いをつければ、お前が生きていても誤魔化せよう。お前の骸を修復する、騙し騙しとなるが充分な時を生き永らえるだろう」

 

 俺は聞いていなかった。どうせ聞いていても理解できない。そんなものよりも、俺の傍にいるガキと女達を見ようと目を凝らしていた。

 ハッハ……なんか湿っぽいな。なんだ、マナガルム。ワンワンワンワン泣いてんな。俺のガキが情けない面して喚くんじゃない。男が泣いていいのは、生まれた時と親が死んだ時だけ……ん、俺が死にかけてるから泣いてんのか。なら……まあ……大目に見てやるか。

 

 だが早合点だ。俺は死なんぞ、死んで堪るか。死ぬのが怖いんじゃない、死を恐れていいのは善良に生きた人間の特権だ。野生のままに欲望を満たしてきた俺に、死を恐れる権利はないのだ。

 ただ、俺は嘘つきになることを恐れる。約束を果たせないことを呪う。マナガルム、俺はお前が一人前になるまでの軌跡を見届けないといけないんだ。そうすると誓っている。俺に愛とかいう、俺が持つはずがないものを自覚させた女に対する約束がある。

 ……強がりだな。

 自分のガキを全員殺してきた俺だ。俺や、俺の友を裏切ったクソガキを全員殺した。子殺しの分際で今更ガキを一人前にしたいと思うのは女々しいが、気になるのだ。コイツに俺を超えられるのかどうかが。超えてほしいと思えるガキが生まれてきたことが嬉しかった。

 

 死ぬわけにはいかない。ああ、死んで堪るものか。だから泣き止め、気が滅入ってうっかり死んだらどうしてくれる。

 

「それと、無双の勇者がそんなみすぼらしい姿では格好がつかん。お前の衣装も、得物も直そうか……まだ足りんな。あれだけの偉業を成した勇者に、それだけの報酬で済ませたとあっては儂の面目に関わる。故に最後にもう一つ、呪いを()()()()()掛けてやろう」

 

 寝よう。寝たら死ぬ気がするが、俺は死なない。寝て、起きたら、今度はどこに行こうか。

 スルーズ、ヒルド……オルトリンデ。久しぶりに、あてもなく流離ってみるのもいいだろう。

 アスラウグ……ガキが欲しいんだったか。俺は要らんな、マナガルムが生まれてから自覚したが、親父をやるのが俺には難しすぎる。勘弁してくれよ。

 

「いつか人理は欲するだろう。定まった結末を覆せる者を。その時、人理はお前に目を付ける。もし斯くの如く現界が成ったのなら、儂が紐付けた呪いがお前の欲する者を引き付けるだろう」

 

 あ……? おい、爺。お前、どこに行きやがる。待て、まだ一発も殴ってないぞ。殴らせろ。

 眠い。クソ、抗えない。

 ……運の良い爺だ。半殺しは、また今度にしてやる。

 ハッハ……どうせ、もう会う機会はないんだろうがな。

 

 じゃあな、爺。俺は寝る。せいぜい俺と鉢合わせないように気をつけろよ。

 

「さらばだ、北欧世界(ユグドラシル)随一の戦士、ヘルモーズ。悔いのない余生を愉しむがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び目を覚ました時には、全てが終わり、そして始まっていた。

 

 嘗てアルテラと共に国を出た時に見た景色がある。それを見ただけで察するものがあった。俺の生まれ育った北欧世界(こきょう)は消えたのだ、と。滅び去ったのだと自然に悟ってしまった。

 そうか……まあ、仕方ないな。どのみちあのデカブツにほとんど滅ぼされていたようなもんだ。寝てる間に全部終わってたってのは、面倒がなくてむしろよかったかもしれん。

 

 ――ヘルモーズ!

 

 俺が起き上がったのを見るなり、名を呼んで駆け寄ってきたのは――どこか見覚えのある女だ。

 よく見たら、歳を喰った姫だった。ハッハ、おばはんになったなぁ、姫。

 ……いやよくよく考えたらなんでお前がいる? あの馬鹿の一人娘……なんでお前がここに?

 泣きながら縋りついてきて、ワンワンとガキみたいに喚くのはやめろ。耳元で喚くな、お前の泣き声は耳に障るんだよ。鬱陶しくなって引き剥がし、見渡すと俺は天幕の中にいたらしい。子持ちの腰になっている姫を抱えて外に出ると、姫は泣きながら笑っていた。

 懐かしいのか? ああ、俺もだ。あの時は黙っていなくなって悪かった。お前、いい年の喰い方をしてるぞ。婆のくせに綺麗になったと思ってしまう。

 

 ――ヘルモーズ!

 

 外に出ると空から三姉妹が飛んできた。背後からタックルを喰らって振り向くとアスラウグがいる。なんだなんだ、辛気臭い面ぁしやがって。鬱陶しい。俺はまとわりついて来る女達をそのまま引き摺って歩き、何十年も前に姫を預けた男を探した。

 いた。

 オッサンになっているが、精悍な面になっている。色々あったらしく、傷だらけの面だ。俺を見るなりあからさまに怯えやがるのは情けないが、無視して肩に担いでいた姫を投げつけた。

 なんとか受け止めた野郎がホッとする。投げられた姫が抗議するように猛っている。そしてその二人の周りに十代半ばぐらいの小僧と小娘――それから小娘の抱く赤ん坊――に姫は囲まれた。

 他の奴らは俺に怯えてやがる。だが姫が何かを言ったのか、警戒心がほつれた。予想でしかないが昔の俺が姫を連れ回していた頃の話でもしていて、その男が俺だって言ったのか。

 

 なんでもいいが……少し、胸が詰まった。

 

 そうか……孫が生まれてんのか。早すぎる気もするが、小娘の方はガキを生める歳ではある。

 ……良かったな。お前はお前で、自分の力で幸せになってやがったか。

 

 ――父さん!

 

 で。

 脚にタックルしてきたガキの首根っこを掴み、肩に乗せてやりながら周りを見渡す。

 天幕が幾つも張られている。場所はどこかの平野。森が近く川もある。騒ぎを聞きつけたのか何人も雑魚共が天幕から出てきたり、外にいた奴も集まってきた。

 

 ここはどこだ? コイツらは誰だ? 何がどうなっている。

 

 困惑しながらスルーズ達を見ると、ヒルドがニヒヒと悪戯げに笑った。

 嫌な予感。お前がそんな笑い方をすると、大概面倒臭いんだ。

 ヒルドが飛び立って、周囲の雑魚共に何かを言いやがる。戦乙女であるコイツらを崇め、敬っている雑魚共の様子を見ながら、俺はやっと事態を呑み込みつつあった。

 

 コイツらは……もしかして、あの世界の生き残りか? 行き場がなくなって群れになり、俺が寝ている間にここで暮らせる生活基盤を作ったのか。

 傍らでスルーズとオルトリンデが無表情に見てくる。

 アスラウグは薄く笑いながら何かを囁いてきた。

 言葉は、分からない。前までは意図は掴めていたが、今はその超感覚すらない。ないが、伊達に長年付き合ってきたわけじゃなかったらしい。言葉が通じなくてもおおよその心は伝わる。

 

 老い先短いヘルモーズ。どうせなら、最後はゆっくりと過ごそう。今はもう数少ない、同郷の者達を護りながら――か? 嫌だね。ガラじゃない。俺に部族長の真似事でもしろってのか?

 そんなのは御免だ。そう思うが……他にやることも思い当たらない。

 老い先短い、か。確かにな。俺も老いぼれだ、先は長くないのはなんとなく分かる。

 そんな様だと、気ままに流離って好き勝手するのも無理か。

 

 それにお前達がいる。ガキもいる。ついでに姫も。なら……らしくないが腰を落ち着ける時が来たのかもしれんな。

 分かった、俺はここで死ぬとしよう。ここじゃなくても、お前達のいるところで死のう。なあ、アスラウグ。スルーズ。ヒルド。オルトリンデ。残り短い余生は、俺に踏み潰された怨嗟を無視して穏やかに過ごしてやろう。ハッハ……そう考えると、俺らしくはあるか。

 

 ――ヘルモーズ!

 

 月日が流れる。何かにつけて俺を呼びつけ、夕餉の席に連れて行く姫に苦く笑う。

 他の面子はあからさまに俺を歓迎してないってのに、良い面の皮だな。

 

 ――ヘルモーズぅ!

 

 なんだなんだ、なんで雑魚共のガキを俺に抱かせる。ヒルド、あんまり困らせようとするな。

 

 ――ヘルモーズ様。

 

 ああ、ああ、集落の運営は勝手にしてろ。スルーズの方が絶対上手い。そもそも俺は言葉が解らんし解る気もないんだ。俺が必要な時だけ頼れ。

 

 ――ヘルモーズ様。

 

 あ? 何? 俺が必要? なんだってんだ……おい、オルトリンデ。俺の斧はどこにある?

 どうせあの爺が破片でも拾って直してんだろ。そういう奴だ、アイツは。

 呼んでも来ねぇから持ってこい。

 

 ――ヘルモーズ。

 

 よし、あったな。……呼んでも来なくなったのか、不便だな。まあいい。

 それよりアスラウグ、お前も殺るか? なにやらこの集落を襲う馬鹿がいるらしい。

 行くならいい。

 ったくよぉ……老いぼれをこき使うな、若い奴らがやれ。

 ちったぁ俺にも年寄りぶらせろ。面倒臭いからな。

 

 ――父さん。

 

 あ? ……ああ。なんだ、アイツらか。懐かしいなぁ、()()()

 アルテラの掃討から生き残ってやがったとは驚きだ。ここらできっちり絶滅させるか。

 ……なんだマナガルム。なんかしたいのか。

 

 ――アイツら、俺が貰いたい。

 

 物欲しそうな目ぇしてんな。何が言いたい。

 ……。

 ………。

 …………。

 ……………ハッハ。ハッハハハ! そうか、そういうことか!

 よし、いいぞ。だがせっかく殺る気になってるんだ。先に俺が奴らを叩き潰す。後でお前も殺れ。必要分が残ってりゃ文句はねぇな。

 

 ――ない。

 

 喋んなガキ。お前の言いたいこと、望みは解る。俺のガキだ。俺は親父だ。無駄な言葉を、俺相手に紡ぐ必要はないぞ。

 アイツらを飼いならす……ピクトをこの集落の飼い犬にするか。なかなか剛毅なことを企みやがる。俺には出来ない発想だ。ピクトの奴らを従わせる方法は解るか? アイツらは蛮族だ、俺と同じ野生だ、蝗みてぇな災害なんだ。解る? ならいい。徹底的に叩き潰し、奴らの土俵で完膚なきまでに負かし、認めさせ、押さえつけ、首輪じゃなく縄を掛ける。ほどよく餌を与えて暴力を振るわせる。これだけさせてりゃ長になれるだろうさ。

 まずは俺が長になる。俺がくたばった後はお前だ。いいな、マナガルム。お前はどっか甘い、変なところでいい子ちゃんだ。頭で分かっていても、畜生の飼い方を実践するのは難しいだろう。だから俺が教えてやる。コイツらにも言葉は要らねぇんだよ。俺と同じだ。

 

 

 

 ――父さん……!

 

 

 

 月日が、流れる。

 

 大きくなったマナガルムが、悲痛に叫んだ。

 デカくなった。ガキの成長は本当に早い。18歳か? ちょっと長く見届け過ぎた。

 赤い髪ってのはアイツを思い出すが、いい面だ。いい筋肉だ。

 ……もう一人前じゃないか?

 後は女を知ればいいんだが……趣味に合う女に会えてないんじゃ仕方ない。

 

 なあ、マナガルム。そろそろだぞ。俺も気ぃ張って踏ん張った。

 約束を果たそう。昔、確かに言ったはずだ。いや、言ってはいないが、伝えはした。伝わっていたのは俺も知っている。だから、来い。約束の時だ、マナガルム。

 

 一度だけ親父として挑戦を受けよう。もう俺は待てない。待ちたくても、解るもんだ。

 

 明日、俺は死ぬ。だからこれが最初で最後だ。

 俺を超えてみろ、マナガルム。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オーディン
 剪定を阻む為、人理との辻褄合わせに奔走する。過労死したかもしれない。
 勇者への報酬に時間と武具の修復を、そして一つの呪い(祝福)を与えた。
 さっさと立ち去った為、何気に唯一ヘルモーズから報復を受けなかった。
 受けていた方が楽だったかもしれない。

トール
 勝敗の分かれ目は、残された時間の長短。今少し残された時が長ければ勝っていた。
 悔いはない。
 同じ父親として共感する。己を超え得る子を持った同士として。
 己の子はスルトに殺された。
 だから子が生きているお前が勝つのは道理なのだろう。
 雷神だった男は満足して死んだ。お前の勝ちだヘルモーズ。

スルーズ・ヒルド・オルトリンデ
 戦乙女としての使命は終わった。だから戸惑っていた。
 これからどうしたらいい? 戸惑いはすぐに溶けて消える。
 今まで通り、最期の時まで仕えよう。
 死ですらも私達は引き裂けない。
 死にゆく勇士ヘルモーズ、死の果てに、時の果てでまた共に。

アスラウグ
 当然の帰結だった。蛮雄の最期を見届けるのが己のしたいこと。
 共に逝くことを決めている。子供を作ってくれなかった報いだ。
 欲しかった。けど今はもういい。父と母でも成せなかった、愛に殉じる。
 時の果てで、今度こそ、共に戦えるのだと知ったから。

ヘルモーズ
 蛮雄は弱くなったと人は言う。穏やかになって牙が抜けたと人は言う。
 だが知らぬだろう。識ることはないだろう。
 今こそがヘルモーズの最強形態。雑多な血が抜け純化した今が、余人の知らぬ最盛期。
 以前のヘルモーズと今のヘルモーズ、百度戦っても今のヘルモーズが勝つのだと誰が知る。
 人は言う。最盛期は黄昏の時だと。ウルヴール・サガは謳う、全盛期が終わったと。

 知られざる最強期、力の極限は雑念の消えた現在だ。

 英霊としての記録にも残らぬ最盛する力。
 超えてくれ。ただ一人の息子、マナガルム。父はそう願う。
 ――叶わぬ願いだ。
 ヘルモーズは強すぎる。強すぎるのだ。
 死を明日に控えた今が最強なのだと彼すら知らぬ。
 筋肉は裏切らない。だが、今回だけは……裏切ってほしかった。



次回、最終話


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17話

 

 

 

 

 

 後の世。北欧神代最後の民の安住の地を求めた謎多きピクト族の長、老王マナガルムは捕虜とした円卓の騎士に述懐した。

 老いてなお若々しさを失わぬマナガルムは、自らをヘルモーズの子だと称した上で、過去に一度だけ父へと挑んだことがあるという。

 マナガルムという最大の外敵が、伝説の悪光(えいゆう)の子だと聞いた騎士は興味を覚えて訊ねた。貴公が勝ったのだろう? 北欧最強の男の力はどうだった、と。

 老王の脅威をブリテン王国は骨の髄まで思い知っていた。故にマナガルム以上に強大な存在を想像できなかったのかもしれない。だが騎士の問いにマナガルムは苦い貌をして嘆いた。

 

 ――勝てなかった。たった一度の、父からの贈り物(親超えの権利)を受け取れなかった。

 

 未熟だった当時も、そして今に至っても、まるで勝てる気がしないのだと。懺悔するように、本物の後悔を滲ませて老王(青年王)は回顧する。

 勝ちたかった、勝ってやりたかった。

 寂しそうに表情を消した邪悪な獣が、強くなったなと頭を一度だけ撫でてくれたのがとても辛く、悔しく、そして誇りとなって今も残っている。故に、赤髪の青年は誓ったのだと語る。

 

 ――(オレ)こそがヘルモーズの一粒種。ヘルモーズを超えるのが己の使命だ。そして、いずれあの父をも超える己が、父以外の何者にも敗れることはない。ブリテンの精強なる騎士よ、敬愛する誇り高き騎士よ、正義がお前達の側にあるのは百も承知だ。奪い、貪る獣の我らが悪である。だが神代(こきょう)を失くした我が民が生きられる、最後の土地は必ず手に入れるぞ。

 

 老王は騎士を解放した。

 ピクト族の戦士が騎士を殺そうとするのを咎め、身代金も取らずに自由にしたのだ。

 なぜ強敵を捕らえたのに無償で解放したのか。なぜ出生を明かして対談したのか。その思惑を判じかねたまま騎士は帰還していく。

 彼らはまだ理解していなかったのだ。

 恐るべき暴力を担う戦士達を、老王がそれ以上の暴力で支配し、そして類稀な叡智で差配して真の目的を果たす為に邁進しているのだと。

 虜とした騎士を解放したのも目的を達する為の一手に過ぎない。戦略家、戦術家としても史上に冠たる器を持つ、親譲りの武力と制圧力を持つ不老の王に迷いはなかった。

 

 せめて神代(こきょう)を失くし、行き場を失くした自らの民が、安心して暮らせる安住の地を手に入れて、人理に即した子孫が残せるようにするのが族長としての責務である。

 

 父の成した偉業と比すれば余りに矮小。

 母の成した破壊と比べれば余りに卑小。

 だが彼が敵としたのは人理である。神代の民の死滅を推進する理だ。

 父母より遺伝した力と智慧、器と視野を用いた彼でなければ勝てない戦である。

 

 そうして彼はアーサー王伝説にその名を刻む。古王ウーサーをして軍神の如しと恐れた威名を。

 

 父と同じく強大な敵として。アーサー王に倒されるべき悪役として。ただの悪として終わるのか、敵として記されるだけで終わるのか――あるいは、父の軌跡を再現するに至るのか。

 再現したのなら、彼は勝利する。勝利とは征服でも、破壊でも、殺害でもない。ブリテンを滅ぼすことが勝利の味ではないのだ。目的を達することで、彼は自らに対して言えるのである。

 

 父に並んだ、と。そして有り得ない二度目の挑戦権を手に入れた、と。

 

 人理との戦いなど、彼にとって前座に過ぎないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界樹が燃え尽き、北欧神代が終わり、人理の定着した地表に放り出された者達を待っていたのは、想像以上に過酷な日々だった。

 彼らは神秘渦巻く世界の住人である。ただの村人ですら、人理の世の人間と比較すると、超人並に優れた身体能力を持っているのだ。もちろん物理法則が支配する世界の人間にも、神代の人間を上回る例外(英雄)はいる。だが平均的な数値を比較したなら差は歴然としていた。

 故に平然と物理法則に反する彼らの存在は、人理にとって一枚の敷布を汚す目障りな()()でしかない。早急に取り除くべき存在に認定するのは当然のことであった。

 

 だが、人理は性急に掃除屋を送る真似はしない。

 

 なぜなら滅んだ神代の生き残り達の中に、ヘルモーズがいたからだ。彼が生きている内に迂闊な手を打てば、一方的に痛い目を見るだけだと静観させられた。

 だから真綿で首を絞めるかのように、じわじわとヘルモーズに関係しないように責め立てる。

 ある日を境に北欧の民は体の不調を訴え出した。体が重い、空気が薄い。戦乙女はすぐに原因を察する。神秘が当たり前に満ちた世界の民にとって、物理法則とは常に全身を押さえつける重石を背負わされたようなものだ。かつてはヘルモーズですら違和感を覚えていた。彼は耐えられていたし、慣れてからは気にもしていなかったが、ヘルモーズは参考にならないし、してはいけない。

 ただちに心身へ深刻な害が出るわけではない、だが放置はできないだろう。魔術知識に明るい戦乙女達は人理という理を認知しており、このまま何も手を打たずにいたのでは、やがて民達は病を得て失墜し、北欧神代の民は絶えてしまうと想像できた。

 

 故に、彼らは遠征に出ることになる。

 

 斯くしてピクト族を私設兵団として従えたヘルモーズは、北欧神代最後の生き残り達を守護するべく遠征を開始した。部族は拠点を各地へ移動させ続け、安寧の地を探し求めたのだ。

 向かう先々に敵はいなかった。個々の力では恐るべき大蛮族たるフン族に勝るピクト族が、何者よりも強大な暴力を持つヘルモーズを頭領の座へ据え、戦乙女の指揮に従って暴れるのである。最も被害を受けたのはローマ帝国で、ヘルモーズという伝説的個人災害の再来を知った当時のローマ帝国の上層部、皇帝、および全魔術師の間に激震が走ったという。

 ただちに討伐隊が編成され、ピクト族やその首魁の討滅に一部の魔術師すら積極的に協力したが、何者も彼らの進撃を阻めなかった。蝗害の如く大陸を流離った彼らは、少しでも神秘の残る秘境に居を構え続け、その度に定住しようとした地から神秘が失われた。

 

 放浪する民は嘆いた。この世界に自分達の居場所はないのか、と。

 

 ヘルモーズはこの時ようやく本気になった。彼が嘗て庇護し、守護した姫が体調を崩したのだ。

 このままでは急激に変化した環境(ほうそく)に適応できずに病を得て、彼女は没してしまうだろう。

 姫から死の匂いを嗅ぎ取ったヘルモーズは、ピクト族の後方に控え督戦していたのをやめ、自らが先頭に立ち行く手を阻む者達を悉く粉砕していく。

 そうして彼らは流れ着いた。数多の悪名、伝説的悪夢を各地に残しながら、神秘の終の地たるブリテン島の最北端、ローマ帝国の支配していたカレドニア――スコットランド地方に。

 

 八年の時を放浪した末に、カレドニア(スコットランド)に流れ着いた彼らであったが、当然の如く安寧を手に入れられはしなかった。恐慌をきたし、ヘルモーズを殺せ、殺せと呪詛を吐くローマ帝国の皇帝と、ブリテン島の先住民である民達と王国が、彼らを排斥しようとしたのだ。

 ひとまずの安住の地を得たことで、その地の守護の為に――姫が快復したのでやる気を失くしたのが真相だが――ヘルモーズは外敵を打ち払うのみで、集落から離れようとはしなかった。ピクト族を放し飼いにしていれば充分だとばかりに、先住民やローマ帝国からの刺客を無視したのである。斯くしてブリテン島に定着した神代の民達は安堵して、その地に根を張ることになる。

 

 

 

 遠征は終わった。人理に追い立てられるように流れ着いた先で、老いた獣は星を見上げていた。

 

 

 

「……父さんは、弱くなったな」

 

 手頃な岩に腰掛けた巨漢を、少し離れた所から眺めながら少年は呟く。

 

 父は弱くなった。獣が人になったと人は言う。

 しかし成長したマナガルムには分かっていた。叡智を受け継いだ特異な少年は、父から()()()()()のを察知していたのである。()()()からずっと、ずっとだ。

 欲がなくなって当たり前だ。欲とは生きている証、生命を生かすエネルギーの源泉。弱くなり丸くなるのは当然だ、なぜなら父は強大な敵と戦い続けている。寿命という、抗えないはずの敵と。

 父は弱くなった。嘗ての終末戦争を経て、蓄えた力が全て失われたのだとマナガルムは知っている。なぜなら全てを見て、見届けていた。戦う父の背を見続けて、父の全てを知っていたのだ。

 

 父は今も死という敵と戦っている。

 

 少年となったマナガルムは、すっかり戦場に出なくなった父の代わりに、番犬代わりのピクト人がやり過ぎないよう手綱を握るべく、進んで戦へ出るようになっていた。

 敵を殺した。言うことを聞かないピクト人も。

 特に思うところはない。敵は殺すべき存在だという認識が、凶悪無比な父母を持つマナガルムには根付いている。だが殺し過ぎてもならないし、殺戮は好みではない。戦いは面白くない。

 ――死と戦い続け、弱くなった父をマナガルムは寂寥と共に見る。

 父が寿命に抗っている理由が、この身の為なのだと自惚れではなく理解していたから。父は月に眠る亡き母との約束の為に、(オレ)が一人前になるのを待っているのだ。

 

 己は未熟なままでいい。このまま独り立ちできずともいい。そうであれば、ヘルモーズはずっと生きている。マナガルムは愚かにもそう信じていた。煌めく頭脳が示す答えから目を逸らして。

 此の世に残る唯一の肉親に、マナガルムは執着していたのだ。親離れができない。したくない。まるで母の未練までも受け継いだかの如く、ヘルモーズとの離別を彼は心の底から拒んでいた。

 最低最悪の父親だろう。悪逆無道の化身である。それでも――マナガルムにとっては父親だ。どれだけの悪名を背負っていようと、自らを気にかけてくれる父は特別な存在なのだ。

 

「………」

 

 昔、マナガルムは月をよく見上げていた。繋がりがあるのだろう、彼には月に何があるかを生まれた時から識っていた。月を見上げると母と話せたのだ。母からあの決闘に至る経緯を聞いたから、最初は母を殺した父を憎んでいたのに赦せたし、父を父として想えた。

 現在、ヘルモーズの方が月見を好んでいる。

 今のヘルモーズに特別な力はない。神代の頂点に立つ英雄の力はない。故に月を見ても何も視えないし聞こえないはずだ。だというのに、ヘルモーズは月を好んだ。自らに寄り添う戦乙女達と、そして育ての母に近い――歳の離れた姉でもあったアスラウグと共に、月見酒を楽しんでいる光景を頻繁に目にできる。近頃……ヘルモーズの様子がおかしいと、マナガルムは肌で感じた。

 

 三人の戦乙女と、アスラウグ、ヘルモーズの間に言葉はなかった。何も語らわず月光を浴び、静かに酒を酌み交わしてばかりいる。

 

 まるで過去を懐かしむ年寄りのように。まるで、離別の前の儀式のように。

 マナガルムは戦場に出た。本能的に――否、宝石よりもなお煌めく頭脳が弾き出す答えから逃げるように。とにかく自分達の集落から出て、ピクト人を率いての遠征を繰り返した。

 マナガルムはもう帰らない、あの集落に帰りはしない。

 月見に興じる父達を見たくなかったのだ。問題をとにかく先延ばしにしようと、一年、二年、三年も戦い通した。海を渡って大陸につき、ローマ帝国への逆撃を食らわせ、集落を守る為だと自分に言い訳して、スコットランドに大陸からの刺客が向かわないよう防波堤の役割を己に課したりもする。奪ったものを蓄え、集落に送るのも帰らない理由作りの言い訳であった。

 

 だがマナガルムは失念していた。いや……なんだかんだで己に甘い父に、どこかで甘えていたから知らなかっただけかもしれない。

 ヘルモーズは、自分勝手な男である。マナガルムにもその傾向はあるが、それに数十倍するほどに自分本位な親だった。

 ある日、ローマ帝国からの使節団と交渉し、スコットランド地方の占有、帝国からの賠償金を得た帰り道で、マナガルムは襲撃を受けたのだ。他ならぬ己の父、ヘルモーズに。

 

「ゥあッ……!?」

 

 マナガルムは反応できなかった。突然やってきて、お祭り騒ぎで挑むピクト人の戦士達を一撃で昏倒させつつ天幕に入るなり、目を見開いて固まるマナガルムの胸ぐらを掴むと外に引き摺り出し地面へ放り投げたのだ。咄嗟に跳ね起きた時、マナガルムは涙する。

 父からの死臭が、酷い。もう一日とせずに死ぬのが直感的に分かった。

 弱い……嘗て漲っていた力の波動が、見る影もないほどに弱まっている。だからピクト人の戦士達は挑んだのだ。今なら勝てるのではないか? という姑息さ、もう二度と挑めなくなるのではという焦燥。尊敬する暴虐の戦士との最後の交わりの如くに挑んだのである。

 はらはらと落涙するマナガルムに、ヘルモーズは手招いた。かかってこい、と。相変わらず万の言葉に勝る雄弁な沈黙だ、胸に詰まる激情に突き動かされてマナガルムは叫ぶ。何が約束を果たすぞ、だ。何が挑戦を受けてやるだ。そんなに弱くなった父に勝っても嬉しくない! 叫ばずにはいられなかった。

 

「やめてくれ、父さん! 貴方はもう(オレ)よりも弱い! 無駄に命を縮め――る、な……?」

 

 言葉尻が、細くなる。相対したこの瞬間――ヘルモーズから温かな戦意を浴びせられた瞬間、彼は愕然とさせられたのである。

 弱い、だと。誰が、誰より? 充実する力、張りのある肌、隆起する筋肉。筋骨隆々とはまさにこれであろう、父の姿が天を衝く巨体だと幻視するほどの威圧感。たじろいで、後退る。圧倒される感覚に父の全盛期を思い出し――全盛期(ラグナロク)以上の理不尽な力の波動を肌で感じて、稀世の大賢者たるマナガルムは己の節穴を悟った。

 

「ぁ、ぁああ……」

 

 腰が抜けそうになる。恐怖だった、拭い難い畏怖の念だ。勝てない、勝てる気がしない。マナガルムは己の不明と不覚を自覚し痛切に後悔した。

 なぜ逃げた? なんで鍛えなかった? 父さんが弱くなっただって? そんなのは有りえないことぐらい少し考えたら分かっただろう。未熟なままでいたら生きていてくれる? そんな生温いことを赦してくれる父ではないのは、今までの父を知っていれば自明だろう。

 戦場に逃げた。だが、人を相手にして、希薄な神秘しか使わない人の魔術師を相手にして鍛えられる力などが、父に通じるわけがない。宝具とされる宝剣、名剣、聖剣や魔剣は幾らか見た。そんなものに脅威は感じない、父の力を思い出せば玩具にしか見えなかったから。

 父の許にいて、死に物狂いに鍛えてさえいれば――こんなに情けなく怯える無様は――

 

 ――来い。

 

「あ」

 

 気づく。

 父の目……。

 そこに、殺意や殺気が、ない。

 恥入る。殺されると、恐怖した己を。

 確かに殺されるかもしれない。父に限って確証はない。

 だが……踏み潰し、踏み躙り、破壊するのではない。

 ただ、試そうとしている。己を、マナガルムという息子の力を。

 過去に結んだ約束。一度だけ父として挑戦を受けると、父の想いを受けた。

 なら恐れる必要はなかった。なかったのだ。

 己が賢しらな小僧でしかなかったことを再び知る。何もかもを見通した気になっていた青二才だと、ようやく認められた。

 

「ああ」

 

 戦斧を地に突き立て、無手でゆっくり向かってくる父に、マナガルムは天を仰ぐ。

 愚かだった。馬鹿だった。これが、最後なのに。

 父が記憶する最後のマナガルムの姿が、腑抜けた雑魚のものになるところだった。

 

「――――」

 

 透明になっていく。恐れ、畏れ、怯え――――弱いガキの自分が解れ、千切れ、溶けていく。

 成人式だ。父は己の独り立ちを祝福してくれている。

 マナガルムもまた帯びていた武具防具を全て捨て、真っ向から父に向かう。

 全力で父を殴った。顔面を拳打した。今まで出したこともない力で。

 

 小揺るぎもしない。まるで一つの世界を殴ったような錯覚――実感。

 

 父の目は完全に己の拳打を見切り、それでも受けた。何度も叩きつけられる豪打は、地面を捲り上がらせ砂塵を巻き上げる破壊兵器そのもの。しかし父はピクリともしない。

 戯れに繰り出された拳が必殺の威力を宿している。紙一重で、なんとか、必死に躱す。カウンターを叩き込んでも全く効いた気がしない。逆に己の拳の方が破壊される不条理に笑うしかない。

 なんで。

 なんで今が強い。昔の力を捨てた今の父の方がなぜ強い。

 疑問に、答えは一つ。ヘルモーズだから。答えはたった一つのシンプルなもの。それだけで全てに納得できる。理屈などない、理由などない、ただただヘルモーズだからというだけで納得した。

 この人が、こんな怪物が、父親なのだ。

 この父親の血が自分にも流れているのだ。

 なら……なら、自分だって! オレだって! マナガルムは遮二無二に、我武者羅に拳を振るった。蹴りつけ、組み付き、何度も何度も何度も殴る。その度に威力は上がった。限界を、全力を出す度に眠っていた潜在能力が解き放たれていく。悔しかった、もっと前から本気で鍛えていれば――殴る。殴った。引き出される力の遅さに焦れ、見て覚えたものや教えられた原初のルーンを用い己を強化する。力だ、もっと力が要る!

 

 悉くが着弾する。一つの都市を更地にしているであろう拳撃の嵐を、父は躱しもせず、防ぎもしない。全てを受け止め、マナガルムの力を確かめている。

 やがて、父は寂しそうに微笑んだ。あんまりにも似合わない、虚しそうな貌――やめろ。そんな貌をしないでくれ。いや、させて堪るか!

 超えるから。今すぐに超えるから。貴方を超えて、安心させてやるから。

 マナガルムは血を吐くほどに吼えた。母さん、父さん、力を! オレは貴方達の息子だ! なら貴方達に負けない力がオレにはあるはずなんだ!

 

 振り絞る。もう何もかも失ってもいい、父を失望させたくない。出せるものを全て出せ。出せないなら限界を超えろ。嘗て父がそうしたように――限界を超えた父の姿をなんの為に見てきた。

 超えた。一つの壁が破壊されたのを実感する。朝日が登り、日が傾き、夜になる刹那の前。一瞬も止まらずひたすらに強くなり続け、父を殴り続けた。

 やがて、父が動く。

 もういい、もう……休め。そう言われた気がした。誰が休むか。まだやれる……まだまだオレはやれるんだ! そう叫ぼうとした刹那、父の姿が消えた。反応できない。父が儀式の終わりを示すように、振るった。平手だった。頬を張られて吹き飛ばされ――ない。

 

 吹き飛ぶ前に脚を掴まれていた。引っ張られ、平手で貌を圧され、地面に叩きつけられる。

 

 ぐわんぐわんとマナガルムの脳が振動した。何をされたのか、霞む意識の中で分析する。

 ただ、父は早く動いただけ。殴るだけのマナガルムは隙だらけで、技は持たなくとも呼吸は読める父は意識の間隙を正面から突いてきただけだ。

 たった一撃、いや、一発。全力でもなんでもない、ただのビンタ。それだけで昏倒し掛け、意識が曖昧になる己の不甲斐なさに泣きたくなる。

 意地だった。離れた父を追い掛けるように、意識がほとんどなくても意地がマナガルムを立ち上がらせる。ちらりとこちらを見た父は、嘆息した。もういい、もういいんだ、そう言うように。

 よくない。まだ、全部は出していない。出せていない。マナガルムは疲れたように溜め息を吐く老人へ生気を送り込むように、若々しくも青い、青い故に熱い拳を叩き込んだ。

 

 手応えが、少し、ほんの少し、違った。

 

 再びビンタされる。吹き飛びもしない、だが体の芯を打ち砕くような強い平手。

 腰が砕け、マナガルムは崩れ落ちる。立てない、立ちたいのに。

 父は己を見下ろしていた。そして趣の異なる笑みを浮かべ、満足げに頷く。

 

 跪く赤髪の偉丈夫の前に片膝をつけ、目線の高さを合わせた父が、我が子の頭に手を置いた。

 

 ――強くなったな。

 

 違う。強くなっていない。もともと持っていたものを出しただけだ。強くなるのはこれからだ、これからなんだ、強くなるところを、強くなった己を見てくれ。

 だから、いかないで。いかないで、父さん――

 倒れ伏したマナガルムの顔の横に、父は戦斧を突き立てた。餞別だとでも言うように、独り立ちする祝の品のように、父は戦斧を置いて去っていく。

 待て。待って。お願いだ……お願い、だ……死な……な……い……で……。

 声は届かない。ただ、意識が深い闇の中に堕ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余人のない森の中、開けた空間まで歩き、俺は不意に両脚をガクガクと震えさせた。

 危うく膝をつき掛ける。

 効いた……最後の一発は、効いた。諦めていたところで、気が抜けていたというのはあるが、確かに効いたのだ。俺はニィ、と笑う。強くなった、俺のガキは、強くなった。

 超えてはくれなかったが……及第点だろう。赤点ギリギリで、まだまだ雑魚だが、光るものはある。大目に見て一人前と言っていい。

 

「遅い」

 

 待ち構えていたように女が現れる。容色の衰えがない白銀の女、アスラウグだ。

 

「私達もいます」

「やっほー」

「………」

 

 なんでいる。まさか俺の来るところが分かっていたのか。

 ……まあ、解るんだろうな。習性というか、思考パターンというか、そういうものを完璧に理解されてしまっているのだ。思わず溜め息を吐く。

 

「一人で逝かせません。私達も、最後までお供します」

 

 オルトリンデが何かを言った。女達に囲まれる。振り払うのは簡単だが、無意味だろう。

 また、嘆息。

 さっさと帰れ、マナガルムを一人にする気か? 母代わりのアスラウグがいなくなると悲しいはずだ。アイツは甘ちゃんだからな、先生でもあった叔母が揃っていなくなったら寂しがる。

 

「本当に、分かりやすい男だ」

「マナガルムは独り立ちしました」

「なら、あたし達がいなくても大丈夫だよ」

「それに私達はヘルモーズ様に仕えるワルキューレです」

 

 一斉に喋っても何言ってるか分からん。だが意思が固いのは解る。

 無理矢理帰らせても意味はない。順序が前後するだけで、俺の後を追うのは変わらんか。

 物好きな奴らだ。なんだってコイツらは、俺に付き合おうとする。

 今までも、これからも。理解できんが、悪くない。悪くない気分だ。

 

「フゥ……ハァ……」

 

 深呼吸をする。覚悟を決める。

 俺は、明日死ぬ。だがそれは寿命でだ。

 寿命などに、決められたものに、殺されてやるものか。

 俺は一息に手刀を己の胸に突き刺す。

 

 激痛。

 

 構わず手を奥に刺し入れて、中から脈打つものを引き摺り出す。

 ブチブチと血管が千切れる。痛みが揮発し、死の闇が意識を蝕む感触を心地好く迎え入れた。

 辺りが炎に包まれる。夜の闇が追い払われる。

 目映くなった炎の中、ちらりと見ると女達のルーンが周囲に刻まれていた。

 準備万端じゃねぇかよ。苦笑して、心臓を天に捧げて握り潰す。

 

 俺の体が腐ると思うか?

 

「腐らないな」

 

 燃えると思うか?

 

「燃えないでしょう」

 

 相槌を打つな、独り言だ。ん……独り言、じゃない。独り念?

 頭を振る。

 火葬は無意味だろう。なら、必要なものがある。

 

「これ?」

 

 薄い赤髪の乙女が得意げに、一振りの剣を取り出す。

 アルテラの剣だ。アルテラが死んだ後、取っておいたもの。

 なんでお前が持っている。俺が此処に隠して……もういい。

 

「どうぞ、お使いください」

 

 掴んだ剣をしげしげと見ていると、オルトリンデが何かを言う。

 促されているのは解るが、使い方が分からん。分からんから、記憶を掘り起こした。

 嘗て妙な智慧があった頃、この剣を見た時、元々の持ち主の赫怒と殺意を感じた。

 それなら……返してやる。軍神だったか? コイツを返してやる、取りに来い。

 

 そう思い剣を掲げると、次元の壁を貫いて光が堕ちてきた。

 全力で破壊しに来ている。だが、感謝の念が伝わってきて笑った。

 

 灼かれる。焼かれていく。女達が寄り添ってきて、光の中で笑っている。

 

 ……佳いものだ。

 最期の時に、佳い女達が傍にいる。

 本当に、佳いものだ――

 

 光に呑まれて、消えていく。細胞の一片も残さずに。跡形もなく。

 

 最期に、呟いた。

 

「アイシテル」

 

 たどたどしい片言。馬鹿馬鹿しくて、軽薄で、あんまりにも虚しい。

 寒々しい言葉というもので――女達が晒した間抜けな貌が、ほんのりと記憶に刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき(反省)

本作は万人受けを狙った作品ではない。というかそんなの狙っても無理。
けど反省点はいくつかある。
北欧神話のテクスチャから出たのは無茶だったな、とか。言葉理解しないはずなのに、叡智得てからどうしても完全無理解を通せなくなってたな、とか。
言い訳はある。原典でもジークフリートの奥様のところにアッティラ来てたしアッティラ居たら出られるやろとか(ブリテン異聞帯見る限りそれも厳しそうな印象はある。汎人類史なら出来なくはなさそうだが)。叡智得ちゃったし話作るのムズいし少しは意訳が通じてもええやろとか。他にも二つぐらい。

やっぱり人気出たの嬉しいからって一発ネタを引っ張るもんじゃない。なんにも考えないでやると破綻してるところが目立つ。オリ主なしで、せっかく蓄えた世界観とか設定とか無視せず真面目にやってみたいなとは思いましたハイ。やるならの話ですが。


本作はここで完結。原作パートはやる可能性はなくもないが、やるにしても今まで通りの高速更新はない。
本命(?)のオリジナル作品に帰ります。


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蛇足のマテリアル

数件ほど要望があったため書いてみた。
バワーバランスを無視した酷すぎるものなので、こんなブッ壊れ見たくもねぇ!って方は注意されたし。


 

 

 

クラス適正:狂戦士のみ

クラス:バーサーカー(冠位資格有)

 真名:ヘルモーズ

ATK:16300

 HP:11530

カード構成:Q・A・B・B・B → B・B・B・B・B

 特性:人属性・男性・混沌悪・人型・猛獣・竜・神性・魔性・死霊・悪魔

    魔獣・巨人・妖精・精霊・愛する者・人類の脅威・領域外の生命

 

スキル:ニヴルヘイムの風(B)

 冬の化身に由来するスキル。フェンリルが喰った霜と氷の世界から流れ込む絶対零度の吹雪。炎に類するものの中で地球最強は間違いなくスルトであり、本スキルで熱の余波を相殺しなければ、スルトと対峙することすら不可能だった。高ランクの対魔力、魔力放出(炎)に類するスキルまたは宝具がない相手の全能力を2ランクダウンさせるか凍結させる。

【敵全体の弱体無効を無効&敵全体の無敵解除&敵全体の防御力低下(10%〜40%)&スタン付与(1T)&バスター耐性をダウン(30%】※強敵エネミーの固定されたスキルの効果貫通。

 

 戦死者の獣(A+)

 ヘルモーズが喰らい手に入れた獲物達の力。中でも最強だった魔狼の性質が強く出ている。真祖の再生力、邪竜の無尽蔵の魔力、叡智、巨人の怪力、妖精の瞳、精霊の環境改変力、失墜した神霊の権能、その他多数の数々のスキルを自在に操れる。本人の好みにより打ち消されている力が殆ど。本スキルの本質は「喰った相手の力を手に入れる」ことにある。

【NPチャージ(50%〜100%)&自身の攻撃力アップ(3T・30%〜60%)&スター獲得(15個)&自身のバスター性能アップ(3T・40%)&バスターカードのクリティカル威力アップ(3T・100%〜200%)&被ダメージ(3T)倍加(デメリット・強化扱い)】

 

 白紙の獣道(EX)

 決まったもの、定められたもの、そうした自身に押し付けられる概念を白紙にする特異な筋肉。あらゆるモノのルールに従わないし、従うことも選択できる。本スキルによりヘルモーズは概念・神秘の干渉を受け付けず、如何なる特別な瞳でも肉眼の機能としてしか視認できない。打倒するには極めて物理的な直接攻撃をする他にないのだ。魔術であろうと呪術であろうと、効くか効かないかはヘルモーズが決めることである。

【キャスター・ローマ・王・獣・神性特攻付与(3T)&クラス相性弱点無効(3T)&対粛清防御(3T・3回)&強化解除無効(永続)&弱体化無効(永続)】

 

 

 

第一宝具:蛮神五体(ヘルモーズ)(A+)(対自己)

 北欧神話「ヴォルスンガ・サガ」「ウルヴール・サガ」に於いて、無敵と称された強靭な五体。無双の肉体が有する純粋な筋肉密度は最高位の防御宝具に匹敵する。数多の幻想種を貪り、邪竜や失墜した神霊、魔狼を喰らった末に物理・概念問わず、あらゆる敵対干渉を削減する無敵の体と化した。Bランク以下のあらゆるダメージ数値が無効化され、上回ったダメージ数値すらも十分の一まで軽減してしまう。また霊核さえ無事ならどのような傷も即座に回復する出鱈目な自己治癒能力も有し、不死身と形容するに相応しい堅牢さを誇る。全盛期のヘルモーズは高ランクの叡智と魔力炉心を併せ持つ為、魔力切れを期待することすらできない理不尽の権化だった。

 

第二宝具:貪食大斧・鈍磨竜血(リサナウト・クータモ)(B)(対生命)

 本来はドワーフが造った異常に頑丈な習作。偶然若き日のヘルモーズが手に入れ、生涯に亘って愛用した戦斧となる。ヘルモーズが生前に犯し、殺し、踏みつけた多くの怨嗟を宿し、担い手を常に呪殺しようと怨念を注いでいたのだが、ヘルモーズには全く効いておらず、ヘルモーズの力を注ぎ込まれると怨嗟が活性化し、悪を滅ぼす光を放って彼の敵を薙ぎ払った。当初は刻まれていたルーンにより、ヘルモーズが念じると飛来してその手に収まっていたが、邪竜の血を啜った後はヘルモーズを殺そうと襲撃していたようだ。当人には全く気づかれていなかったが。真名解放をすると悪・竜属性を持つモノや、生命力の強大なモノへ特に高い威力を発揮する。

 なおヘルモーズは無手の方が強い。

 

第三宝具:極冬にて覇せ我が力(ヘルモーズ・タルヴィー)(A++)(対自己)

 ヘルモーズが信仰した自らの力。生前に限りなく近い力を発揮し、オーディンに世界樹最強とまで称された怪力を以て只管に突撃する。極限の先にある断崖、その向こう側へと飛翔する筋肉の中の筋肉。ただ生前の力を再現するだけの宝具だが、それは出鱈目に強力だ。

【自身に「通常攻撃後、敵全体にバスター耐性ダウンを付与(3T)」を付与&自身に「バスターカードが敵全体攻撃になる状態(3T)」を付与&自身に対生命・対神特攻を付与(3T)&自身に3T後、NP100%チャージ、宝具を更新する「蛮神純化状態」を付与】

 

最終宝具:語られざる終幕の物語(ウルヴール・サガ・フィナーレ)(EX)

 詳細不明。上記宝具・スキルを全て破棄することで、英霊ヘルモーズ本人ですら認識していない最強宝具が解放される。真名解放すると新たなスキル・ステータスに更新され、霊核が破壊された状態でも無傷の状態で再誕する。またこの宝具が解放されることで、彼に縁深い三人の戦乙女と一人の半神が連鎖召喚され、独立したサーヴァントとして敵対者に刃を向けるだろう。

【「蛮神純化状態」を発動後、自身が2Tで消滅する状態を付与(解除不可)&毎ターン、スター大量獲得する状態を付与(2T・50個)&全てのコマンドカードを自身のバスターカードに変化させる(2T)&自身に防御力無視・クラス相性有利状態・無敵貫通を付与(2T)&クリティカル威力アップ(2T・600%)&自身のバスター性能をアップ(2T600%)&通常攻撃が敵全体攻撃に変更(2T)&自身に対粛清防御を付与(1T)】

 

 

 

ステータス(※公式設定の概要説明※)

「筋力(一撃における威力。筋肉の強さではない)」

「耐久(打たれ強さを示してるわけではない。中には持久力でEX判定される英霊もいる)」

「敏捷(移動速度を表しているわけではない。反応速度や攻撃速度で高ランクになる英霊もいる)」

「魔力(保有する魔力量ではない。一度に発揮できる魔力放出量)」

「幸運(そのまま)」

「宝具(ステータスに表示されるランクと、保有する宝具のランクが合致しない英霊もいる)」

 

ヘルモーズのステータス

「筋力:A++」「耐久:A++」「敏捷:B」「魔力:D」

「幸運:A+」「宝具:EX」

 

 

 

キャラクター詳細

 クラス・バーサーカー。北欧神話のベルセルクとは、軍神オーディンの祝福を受けた戦士である。ヘルモーズはオーディンの祝福を受けていないが、北欧最高の狂戦士と目されている故に、狂戦士のクラスしか適正を有していない。比類なきその豪腕は無双を謳われ、ラグナロクを生還した後、ユグドラシル最強の戦士と号されるまでに至った。

 

 

絆レベル1で開放

 身長:254cm・体重:230kg

 出典:北欧神話

 地域:欧州

 ヘルモーズは語らない。人語を解さず、しかし関心を寄せたモノの心を解する。

 

 

絆レベル2で開放

 大英雄にして反英雄という、相反した属性を矛盾なく両立させた存在。余りに人間離れしている為、実はオーディンの息子ではないかとする説もある。

 ヘルモーズとは古ノルド語で「勇気・戦い」を意味する名であり、俊敏のヘルモーズとしてアース神族に名を連ねていると考えるのが妥当だと。

 無論ヘルモーズは神ではなく人間だ。たとえ同名の神がいたとしても、彼は歯牙にも掛けない。

 そう、恐るべきことに彼は特別な出生ではなかった。純粋な人間でありながら神々ですら認めざるを得ない怪力を発揮し、大神オーディンにヘルモーズをラグナロクへ参戦させようと企ませた。

 桁外れの頑強さと怪力は、第二特異点で縁を結んだ彼の大英雄シグルドをして「……ヘルモーズと決着を付けたいか……か。正直に告白しよう、当方も負けるつもりはないが……カルデア内で鉢合わせたが最後、周りに被害を出さずに戦う自信はない」と言わしめる。北欧版ヘラクレスと称すれば通りは良いものの、一部の英霊は強烈な不快感を示す為、北欧版「悪役」ヘラクレスと称するのが正解だ。

 

 

絆レベル3で開放

 一つの神話体系で頂点に立つ最強の戦士でありながら、残虐非道、悪逆無道の野蛮さを体現する。英霊となった後もその在り方は歪まない為、扱いには細心の注意が必要とされる。また女性は英霊も人も関係なく接触は避けること。口にするのも憚られる所業に晒されたくなければ、とにかく視界に入らないことが肝要である。そのような存在であるため、正道の英霊からは白眼視され、相性は明らかに最悪だが、力だけは認めざるを得ないらしい。女のいない、弱者のいない、戦士だけの場なら戦士としての一面しか見せない為、なんとか致命的な対立は避けられなくもないだろう。

 また彼と接する上で絶対的なルールがある。どんな事情があっても嘘を吐かないこと、裏切り行為を働かないことだ。隠し事は黙認してくれるが、もしも彼が裏切り行為を目の当たりにした場合、対象とは間違いなく敵対し、敵対とイコールして殺害されてしまう。今のところそうした例は見られていないが、逸話から見て間違いないと断じられる。

 ヘルモーズは裏切らないし、裏切りを赦さない。裏切ったなら実の子であっても殺害している。狂戦士である為、人理の危機の最中でも容赦なく殺害に踏み切る可能性は濃厚だ。だが反面、味方にはケンカを売られない限り暴力を振るわないのは救いだろう。

 纏めると、女性はマスター以外近づかず、些細なことでも裏切らないこと。これさえ守れば、悔しいが非常に頼もしい味方戦力である。

 

 追記。利用しようとしたりマスターを良からぬ企みに巻き込もうとするな、というのもルールとして追加する。彼は亜種特異点で敵の黒幕だった教授を出会って一秒、初手で殺害しているのだ。これが意味することを賢明なる人達は分かってくれるだろう。

 

 

絆レベル4で開放

 ・狂化(E−)

 取り扱いルールを守っているうちは、基本的に彼は寡黙な英雄だ。そこに狂気は見られない。北欧神話のベルセルクの筆頭、代名詞的に扱われることも多いはずなのに、だ。

 調べてみると確かに、彼は神話上で一度も狂っていない。言葉を話さず、人心なく暴虐に振る舞っていただけだ。もしかすると彼は正気の上で、あれだけの悪行を積み重ねたのだろうか。

 

 ・天性の肉体(EX)

 生まれながらに生物として完全な肉体を持つ。このスキルの所有者は、一時的に筋力のパラメーターをランクアップさせることが出来る。さらに鍛えなくても筋骨隆々の体躯を保つ上、どれだけカロリーを摂取しても体型が変わらない。環境変化による肉体の影響を受けず常に最高の状態が保たれる。ヘルモーズはこの上で更に、評価規格外の頑健さも併せ持ち、あらゆる状態異常(疫病など)を寄せ付けないようだ。

 

 ・竜種改造(EX)

 竜の心臓を呑み込んだことによる、究極の自己改造。竜種としての魔力炉心が形成され、サーヴァントでありながらほぼ独立した行動が可能。本当に勘弁して欲しい。

 

 ・野生の叡智(A)

 竜の心臓を口にして得た叡智は理性ではなく本能に作用する。莫大な情報量を昇華し、他者の思惑や悪意、策謀を論理抜きに見破り直接的に打破する行動へ移る。秘された敵拠点でも一直線に突き破る為、どうかカルデアのサーヴァント達はよからぬ企みをしないこと。一度裏切ったサーヴァントは、どんな事情があれ退去させざるを得ない。再召喚してもすぐにヘルモーズが襲いかかり二次被害が甚大になるからだ。改心しても関係ないので本当にお願いします。

 

 

絆レベル5で開放

 神話上の人物であるはずのヘルモーズだが、史実にもヘルモーズと思われる人物が登場する。フン族の大王にして文明の破壊者、アッティラが北欧のとある地域に向かった際、ヘルモーズらしき人物を連れ帰還したのだ。それはウルヴール・サガにてヘルモーズが一時国許を離れた時期と符合し、ヘルモーズらしい活躍を史に刻んでいる。主な被害者は東西のローマ帝国であり、とある地域の戦場伝説では東ローマ帝国の皇帝はヘルモーズに討たれ大混乱に陥ったとされ、後の皇帝もヘルモーズの影に怯え続けていたようだ。

 このように史上に姿を見せたヘルモーズは、後世に様々な影響を及ぼしている。中でも一般に広く知られているものは、ヘルモーズが極めて高度な筋トレ技術を開発し、ヴァイキングを通じて後世に遺したというもの。真偽は定かでないものの、カルデア職員が筋トレをしているのを目撃したヘルモーズは、該当職員が怯えるのも構わず、彼に合った最適の筋トレ方法を指導したという報告が挙げられている。筋トレをしている者には微妙に優しいとも。

 

 遺憾ながら最もヘルモーズからの被害に遭っているマスターの報告では、目を見て話して、嘘を言わずに、裏切らずに、包み隠さず素の自分で根気強く接したら、この人ほど隣にいて安心感のある人はいない、らしい。マスターの精神状態が危ぶまれる、早急に心療セラピストの手配を求める。

 

 

絆レベル5&終局特異点クリア後に開放

 

 

 

 

 

 

シグルド召喚済みの場合

「な――! ……すまない、当方は急用を思い出したので失礼する。アレは当方を見つけたら周囲の被害も考えず暴れ出す故、カルデア内で鉢合わせる訳にはいかん。決着をつけたいというのには同意するが、流石に二次被害の拡大は見過ごせまい。……叶うなら我が愛と共に、あの暴虐を討ち果たすのを望む。特に我が愛の結晶(娘)のことで言いたいことがあるのでな」

 

ブリュンヒルデ召喚済みの場合

「ああ……彼も、いるのですね。ふふ……ふふふふ……どうして、どうして……? どうして――どうして! 彼に私の宝具が反応するのですか……? ……赦せない……赦せない、赦しておけない。シグルド……シグルド! 私、殺します。アレと同じ場所にいることに耐えられる自信がありません」

 

ネロ召喚済みの場合

「あれがヘルモーズか。うぅむ、彼のヘラクレスにも通ずる肉体美よ……だが余の琴線には触れんな。あと相対すると危ない気がするので関わりたくない」

 

アルトリア(セイバー)召喚済みの場合

「あれがあの……マナガルムの父ヘルモーズ。……え? これを、私に? ……マスター、彼はなぜ私にプロテインを……?」

 

ワルキューレ召喚済みの場合

 スルーズ

「相変わらずですね、あの方は。ええ、分かっています。あの方の被害を抑えればよいのでしょう? お任せください。最も猛き勇士を慰めるのも役目の内、完璧に遂行してみせます」

 ヒルド

「うわぁ……やっぱり危険人物扱いされてる。正解なんだけど。でもあれでいいところもあるんだし、マスターだけでも分かってあげてほしいかな。何を? そりゃあ……何だろ?」

 オルトリンデ

「ヘルモーズ様。それは駄目です。……駄目です。それも。それも。……聞いてください、ヘルモーズ様。シグルドがあっちにいました」

 

アスラウグ召喚済みの場合

「……むぅ。聖杯で受肉を検討しているところだが、お前もどうだヘルモーズ。今生でこそ子を成してみたいと思わないか? 私は思う。……何処に行く? ヘルモーズ、ヘルモーズ! 逃さないぞヘルモーズ! 私と共に受肉しよう!」

 

アルテラ召喚済みの場合

「久しいな。約束……守ってくれたことを感謝する。ふふふ……いずれマナガルムもカルデアに来るのかな。もし来たのなら一緒に話そう。積もる話があるだろう、私にもある。――ところでヘルモーズ、姪が自慢してきたのだが……お前、最期の時に言ったことがあるらしいな。私にも言うべきだと思う。ヘルモーズ? 何処に行くヘルモーズ。……ヘルモーズ? 私を置いていくな、ヘルモーズ……。あ……ふふ。分かればいい。さあこっちに来い、流石の私も他の目があるところだと恥ずかしい」

 

 

 

 

 

 




ヘルモーズがfgoに登場する場合の条件
 そのいち、マシュが生身で無事なこと。デミ化しない。
 そのに、カルデアの資源が原作以上にカツカツになっていること。
 そのさん、マスターがコミュ強でヘルモーズを知っていて原作以上の初期精神力と忍耐力を持っていること。
 そのよん、カルデアにファースト・サーヴァント未召喚であること。

 完全に詰んでる状況じゃないとヘルモーズ召喚不能。理由? 人理くんも死体蹴りは御免なので、極限状況下で博打に出ないといけない限りお鉢が回らないのです(テキトー)
 完全に詰んでる時の方が、覆してくれる確率が高いというのもある。

 ここまでじゃ。


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