飛べよ個性~異世界転生したら空も飛べるはず~ (桜子道 晴幸)
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第一話 無価値な俺、転生してみます

同じものが小説家になろうにも掲載されています。
同一作者ですので、あちらもよろしければお願いします。

個性をなくした大人が、異世界転生を機に頑張ってみる物語です。どうか応援よろしくお願いします!


私の夢は空を飛ぶことだった。空を見上げた時のあの雄大な感覚と、その中に自分が浮遊するという妄想を繰り返しては空を飛んでいる航空機に羨望の眼差しを向け続けた。そんなどこにでもいるような子ども時分だった私はある時思い立った。私も空を飛べるのでは・・・・・・と。

 

 

 

そう思ってからは行動は早かった。私の住む地域はとある片田舎の雪国である。簡単に飛ぶという行為を達成できるのである。私は家の屋根、といっても平屋の地上3メートルくらいの高さだが、そこに登った。目線の高さを考えるとおよそ4メートル。私にとっては今まで見たこともない景色の高さに高揚感を覚えた。そして、その高揚感もそのままに私は雪原に向けて自由落下を開始する。その時の浮遊感と男特有の股間が浮き上がる感覚は、それは想像を絶するものだった。まさにこの時、私は空を飛ぶこと、正確に言えば落下することだが、それでも空を飛ぶことに惑わされることとなる。

 

 

 

それからは少しでも高く雪を積み、そこから飛び降りることを繰り返した。周りからどれだけ止められようと、とにかく飛びまくった。そしてある時、私はしくじった。とある小高い砂山を発見したのだ。もちろん私は登る。そこから見える景色に満足し、下を見下ろす。砂山だけに下にも柔らかそうな砂が堆積していた。しかし、今までと違うことはその高さだった。今まではおよそ高くても3メートル程度だったが、今回の高さは5メートル程度だった。私は恐れる感情と共に飛んでみたいという感情の両方が巻き上がってしまった。そこで気持ちを落ち着けるために、一度帰り道を確認する。確認することでいつでも帰れるという安心感を得るためだった。しかし、その道は断たれていた。それは物理的にだった。砂山だっただけに、登った際にそのか細い道が崩れてしまっていたのだった。私は少し焦った。それと同時に、飛び降りれれば帰れるじゃないかという楽観的思考も湧いてくる。私は後者を選択した。その飛び降りた瞬間の感覚は今なお忘れもしない。恐怖を克服したという達成感と、今までにない浮遊感に飛び降りている最中の私はまさに最高の快感を得ていた。視線を向ければ落下地点は先ほど砂山の頂上から見た岩・・・・・・岩? 私は飛び降りている最中のほんのコンマ何秒に先ほどの情景を思い起こしていた。見た景色と言えば砂が堆積した柔らかそうな足場である。だが、現実はそれは違った。現実はとんだ飛距離が短く、砂山の真下は本来山を削ったために残っていた大きな岩石が砂山から生えていたのだった。私は今そのおぞましいまでの岩石に向かって落ちている。足から落ちても痛いだろう。他の場所を打っても身体に重大な影響を与えるだろう。私は重力に逆らえずに岩に激突した。

 

 

 

岩に激突した私は足の痛み、尾てい骨の痛み、そしてなにより呼吸困難に陥った。横隔膜が動かず呼吸ができない。なんとか空気を取り込もうと空気を求めるも、出るのは身体から捻りだされる僅かな飛沫だけ。このまま自分は死ぬのだと、そう思ったが私はなんとか呼吸を取り戻す。あれほど求めていた空気を存分に吸った時、ようやく遅れていた恐怖が押し寄せる。私はそれ以降飛ぶのを止めてしまった。

 

 

そして今の私は現代日本のサラリーマンだ。言われた仕事をこなし、下げたくもない頭を下げることもお手の物。毎日同じサイクルを回し続けるネズミのような存在だ。自我がないも同じ私は一体何をすればいいのか、毎日そればかりを考えていた。そして、ある会社からの帰り道、空を飛ぶ飛行機を見た。それは夜空の中で煌めく一番星のように煌めきながら頭上を通過していく。その光景を見つめながらつい口走ってしまった。

 

 

 

 

「飛びたい・・・・・・」

「それはまことか」

 

 

 

 

独り言に返答があったことに一瞬脳が怯んだ。しかも、脳に直接語り掛けるような音にびくりとして周囲を見渡す。先ほどまで夜道を一人寂しく歩いていたが、後ろにはギリシャ神話に出てくるようなおじさんが立ってた。私は困惑しながら擦れた声で問う。

 

 

 

 

「あなたは・・・・・・」

「我は多次元世界を結ぶ神、数多の世界の不足を補う者。そなたの願い、あちらの世界では叶えられるやもしれん」

「え・・・・・・」

 

 

 

 

 

神と名乗るおじさんは何もない空間を指さす。すると、神を信じない私ですらびっくりの渦を巻く空間の歪みが出現する。まさにこれは、日本人が、日本人たるものだれもが夢見るあれではないか。

 

 

 

 

 

「異世界転生?」

「最近の日本人は理解が早くて助かる」

「で、でもチート能力とかそう言うのは・・・・・・」

 

 

 

 

そう言うと神は大きな溜息を吐いて私を憐れんでくる。そんなに多くの日本人を異世界に送ったのだろうか。私でも、その世界では役に立てるのだろうか。そんなことを考えていると、神を自称するおじさんは説明を始める。

 

 

 

 

 

「チート能力? とかいうそんなものはないのが普通なのだ。最近の日本人はこれだから困る。むしろ、この世界で学んだ知識は他の世界では稀に見る高水準のもの・・・・・・それが異世界でチートと言わず何とする」

「は、はあ・・・・・・」

 

 

 

 

腑抜けた返事になってしまったが、神を自称するおじさんは大層めんどくさそうにそう説教してくる。確かに、これまで見て来た異世界モノは全て現代世界よりもはるかに時代が遅れている。元々持てる知識が財産とはよく言ったものだ。とまれ、私は神に説教されなぜか感心してしまっていたが、これも神の力かと話を戻す。

 

 

 

 

 

「まあ、私は能力は望みません。しかし、質問があります」

 

 

 

 

神は私の質問をしっかりと待ってくれる。私の願いは、確実に叶うのか。そんな疑問が過ったが、そのことは最終目標であって、私が重視すべきはその過程である。だからこそ私は神を自称するおじさんに問う。

 

 

 

 

 

「その世界では私は、私の存在は必要とされるのでしょうか?」

 

 

 

 

 

私の問いに神を自称するおじさんは、神の顔になる。そして、私の目を真っすぐに見つめると答えを出す。

 

 

 

 

 

「それは君次第だ」

 

 

 

 

 

私は少し恥ずかしい気持ちを抱いた。この恵まれた日本ですら自我がなかった私だ。厳しい異世界でなら私でも、なんていう生半可な気持ちで務まるはずがない。私は意を決して歪みに入ろうとする。神はそんな私に勧告する。

 

 

 

 

 

「本当に良いのだな?」

「はい」

「この日本でやり残したこと、やらなかったことはないのだな?」

 

 

 

 

 

その言葉に私の心はびくりとする。自分探しをすると言って外国に行くのは愚かなことだ。今の自分を知り、海を渡ってさらに自分を探すのだ。何もしていない自分が探しものなどおこがましいにもほどがある。だが、それでも私は新たな一歩を踏み出すきっかけが欲しかっただけの弱い人間なのだ。だからこそ、このチャンスだけはものにしたかった。そして、迷いなくもう一歩を踏みぬく。

 

 

 

 

 

「やり残したことだらけですよ。だから行くのです」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた神は歪みの先を鮮明の映し出す。私は遂にこの世界を止めるのだ。そして、異世界で為すのだ。異世界では自分を自分たらしめるべく決断し、行動するのだ。なにより、私の夢である飛ぶことを叶えてみせる。その決意と共に歪みを潜り抜ける。その瞬間、眩いばかりの光が私を包んだ。

 

 

 

 

歪みに入った私は光と共に意識が遠のいていき、それと同時に猛烈な熱さで目を覚ます。私は目を開くとそこは正に異世界、とはいかなかった。高い天井と数人の人間に囲まれた部屋の中で、私は抱えられていた。目の前の私を持ち上げている老婆らしき人物が頬を緩めて何かを言っている。私にはその言葉の意味は分からなかった。言語がまるで違うのだ。

 

 

 

 

「おぎゃー!」

 

 

 

 

私は声にならない声で叫ぶ。どうやら私は赤ちゃんらしい。確かに新しく転生したことを確認して私の意識は眠気を催した。

 

 

それから月日を経て、私は少しづつこの世界の言語を理解し始めた。と言ってもまだまだ幼い単語と、拙い発声能力ではまともには喋ることもできないが。しかし、私は赤ん坊ながらに少しずつ理と自分が置かれている立場については観察したつもりだ。どうやら私はそれなりに身分のある家系に生まれたらしい。調度品や召使がいる所を見れば、それなりであろうことはわかる。果たしてどれほどの身分なのか、はたまたどのような身分制度があるのかを調べるのはこれからの課題だ。そして、一番重要なことであるのは俺の性別だ。実はこれも理解している。なぜなら、召使いの老婆が私の、いや俺のムスコをしっかりと洗っているのを目撃したからだ。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま・・・・・・立派な・・・・・・お世継ぎ」

「おぎゃー!!!」

 

 

 

 

 

それから数年の時間を経ると、言語もほとんど理解できるようになっていた。やはり言語は習うより慣れろである。日本では文法などは学んでも話すこと等できるとも思わなかった自分としては、まず第一歩目の小さくはあるが、貴重な成長だ。そして、俺はついに5才になったらしい。自我がきちんと芽生え、手足をしっかりコントロールできることを確認した俺は、ついに異世界で羽ばたくことを決意する。

 

 

 

 

 

「この世界では絶対飛んでみせる!」

 

 

 

 

 

そう小さく囁くと、さっそく行動に取り掛かる。まずは怪我をしないことを第一に高いところから飛び降りることにする。とりあえずはベッドからだ。程よく5歳児には高い高低差に頬を上げて飛び降りる。

 

 

 

 

 

「ほっ!」

 

 

 

 

 

一瞬の出来事ではあったが、このふわりとする浮遊感と若干の重力を感じることの感覚に、子ども時代の感覚が蘇ってくる。まあ今は子どもではあるのだが。それはさておき、この世界では俺の予てよりの願いであった、飛行するとこまで行きたいところである。自分の身分がどれほど高いかは知らないが、ある程度ならおそらく事業を起こせたりする自由はあるだろう。そんな妄想に耽る毎日だったが、さらに私の異世界での行動はこんなものでは済まない。前世では何もできなかった、いえ、何もしなかったのだから、この異世界ではとにかく個性を見出そうと決意した。個性を身に着けるにあたって、私はまずは個性が強い人物を参考にしようと考えた。しかし、如何せん俺の今の身の回りには個性がまるでない。メイドは毎日飽きもせず同じことの繰り返しだ。それでは俺の個性は育たない。だから、俺は見本を見せることにした。

 

 

 

 

 

「ばあや、一つ頼みがある」

「はい、なんでしょう坊ちゃま?」

 

 

 

 

俺は俺を取り上げた老婆に身の回りの世話をされていた。そして、このばあやに無理難題を吹っかけることにしたのだ。まあ、なんせ今の俺は子どもだ。少々の我儘くらい許してもらうではないか。なんなら俺が立派に個性を身に着けた大人になったら武勇伝として語ってもらおうとも考えている。そこで、俺がばあやに頼んだのはもちろんあれだ。

 

 

 

 

 

「空を飛びたい!」

 

 

 

 

 

俺がやりたいことを言いきり、ばあやの反応を待つと、ばあやは面白そうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

「おやおや坊ちゃま、そんな下賤な真似はいけませんよ」

「下賤だと?」

 

 

 

 

ばあやは何をバカなとでも言いたげに俺の願望を一蹴するではないか。そもそも空を飛ぶことがこの異世界ではできるのか、はたまたどうして空を飛ぶという行為が下賤なのか、疑問は止まなかった。俺はばあやにその疑問をぶつけてみることにした。

 

 

 

 

 

「どうして空を飛んではいけないんだ?」

「空は災厄をもたらす場所、それ故現在は国王陛下の管轄の下、我々が豊かに暮らすことができるのですよ」

 

 

 

 

 

さっぱり意味が分からなかった。この世界では空は何か脅威の象徴なのだろうか。それにしては俺はこの異世界に生まれてこの方災厄など見ていない。それに国王とやらは空をどう管轄しているのだろうか。疑問は増すばかりである。そして、ばあやは俺の頭を撫でると立ち去ろうとする。まだまだ聞きたいことがあるのだ。俺はばあやを引き留める。

 

 

 

 

「ばあや、なぜ空は災厄をもたらすのだ?」

「あらあら坊ちゃま、ばあやは忙しいのですよ?」

「少しだけ、少しだけだから!」

 

 

 

 

ばあやをなんとか引き留めようとするが、子どもの力ではばあやの動きを止められすらしない。ばあやはそのまま俺を部屋に残していってしまった。部屋の残された俺はこれではいけないと思った。これでは俺の華麗なる異世界デビューが果たせない。俺は何としても個性豊かな人間になるのだ。そう決意してからは早かった。ばあやが部屋に再び戻ってくるとノックをする。

 

 

 

 

「坊ちゃま、お昼ご飯の時間ですよ・・・はあっ!坊ちゃま!?」

 

 

 

 

 

ばあやは顔を真っ青にして部屋を見上げる。そこには天井まで届きそうなほど積まれた本とそこに立つ俺がいた。俺は満面の笑みでばあやを見下ろす。

 

 

 

 

 

「やあ、ばあや」

「いけません坊ちゃま!危険ですから早く降りてくださいませ!」

 

 

 

 

あたふたとするばあやを面白く見下ろしていると、とても気分がいい。俺は自分の願望をこれからばあやに見せつけるつもりだ。俺のこの頑強で雄大な願望への飽くなき探究心を見せつけられるこの興奮はもう止められない。俺はゆらゆらと本の塔を揺らし始める。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま!どうか降りてきてくださいましっ!」

 

 

 

 

 

金切り声を上げ始めるばあやをよそに、俺はついに華麗なる子供時代の武勇伝その一である伝説を残そうとしていた。まさにこんな行為こそが俺の求めていた個性である。ゆらゆらと反動をつけた本の塔はついに倒れ始める。重力に従いゆっくりと俺を地面に倒し始める。

 

 

 

 

 

「きゃあああ!!!」

 

 

 

 

 

ばあやの絶叫と共に本が轟音を立てて崩れ、部屋の埃と本が舞い上がる。ばあやが急いで倒れた先に俺を探しに来る。

 

 

 

「坊ちゃまっ?!!」

 

 

 

 

そこには満面の笑みでばあやを出迎える俺が、ふかふかのベッドで大の字になって寝そべっていた。

 

 

その日は本当にひどい目にあった。昼飯どころか夕飯も抜かれた上、さらには尻を叩かれたのだ。しかし、こんなことでへこたれて堪るものか。俺はばあやを質問責めにし、答えに窮すると逃げるばあやに対して奇行を繰り返す。ある時は階段をローラ付きのそりで下り、扉を壊した。またある時はゴムを何本を繋げて特大の人間パチンコを作成し窓ガラスを破壊した。さらには一番大きなカーテンを外し、二階からパラシュート降下をして足首を捻ったりした。そんなことを繰り返した俺はばあやも含め館のメイド全員に「破壊神」とあだ名されるようになっていた。そんなことを数カ月も続けていると、さすがにばあやも疲労の色が見え始めた。俺はその頃には一通り館を壊し終え、ついでに自分の骨も折っていた。骨を折ってさすがに横になっているとばあやともう一人若いメイドが入ってきた。若いメイドはこの館では見たことのない顔だった。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、ばあやはお役御免です。お暇を頂きに参りました」

 

 

 

 

あれ、やり過ぎたのだろうか。俺は疲れた顔で挨拶するばあやと、後ろに控えるメイドの景色を間抜けな顔で見ているしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 




頑張って毎日くらいの頻度で投稿してみたいです
頑張ります!


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第二話 メイド交代

メイドに奉仕されたいでも身分高いのは面倒
そんな願いを叶えて見せましょう


「ばあやはお役御免です。お暇を頂きに参りました」

 

 

 

 

どうやらばあやはついに俺を見放したらしい。少し、いや結構痩せたばあやはそれだけ言うと若いメイドを呼び寄せる。若いメイドは背筋をピシりと伸ばした姿で優雅にやってくる。顔立ちは凛としており、顔立ちは整った紅い髪をしたうら若きメイドだった。まだ若さが目立つが、それでも前世の日本にはいないような落ち着いた美人だ。ぶっちゃけ結構可愛い。そんなメイドが俺の前に立つとばあやが説明を始める。

 

 

 

 

 

「この者は私の孫にございます。先日18歳の成人を迎えましたので、私の代わりに坊ちゃまの面倒を見ることとなりました。ではクリスティーナ、ご挨拶なさい」

「はい・・・・・・お初にお目にかかります、クリスティーナ・ローデンシアと申します。以後坊ちゃまのお目付け役を賜ります。どうぞよろしくお願いいたします。」

 

 

 

 

 

クリスティーナと名乗るメイドは、髪とよく似た綺麗な紅い瞳を輝かせて華麗にお辞儀する。俺は今日と言う日を忘れないだろうと思った。こんな美人のメイドが俺のお世話をするという。これは立派なステータスだ。俺は新たな個性を得たと心の中で狂喜乱舞した。紹介を終えるとさっさと出ていくばあやを尻目に、クリスティーナは早速俺の身の回りを掃除し始める。俺はすぐにクリスティーナに質問する。

 

 

 

 

「クリスティーナはどこの生まれだ?」

「王国の西にあります、リンデンという村です」

「リンデンでは何をしていたのだ?」

「リンデンではメイドとなるべく、学校に通っていました」

 

 

 

 

クリスティーナは淡々と掃除をしながらきちんと俺の質問に応えてくれた。俺はこの異世界をまだよく知らない。知っているのはこの館とその庭くらいのものだ。なぜかこの館の外には出してくれないのだ。だから、俺は人から話を聞いて想像を膨らませ、知識として蓄積するしかないのだ。しかし、クリスティーナは俺の質問を全て答えてくれた。

 

 

 

 

「クリスティーナは何が好物だ?」

「リンデンの特産でライスを潰し、ソースを付けて炙る『キヌタンポ』と料理が好物です」

「キヌタンポ!!?」

「どうかしましたか?」

 

 

 

 

俺は思わず日本を思い出した。名前と言い、料理の特徴と言いまさに日本の北国を代表する料理とそっくりではないか。俺はまさにクリスティーナに食らいつかんばかりに疑問をぶつける。

 

 

 

 

「それが食べてみたい!」

「え・・・・・・キヌタンポをですか?」

「ああそうだ。手に入らないのか?」

「いえ、そういうわけでは・・・・・・」

 

 

 

 

クリスティーナは途端に目を丸くし、可愛い顔を困らせている。ぶっちゃけ可愛い。しかし、異世界にいてもなお脳裏を過る日本食の懐かしい味は垂涎物だ。ぜひとも食しておきたい。俺は出来るだけかわいい顔をして頼んでみる。そうそう、鏡で確認したのだが、俺の顔は前世でもまあまあ可愛い子どもの顔をしていたのだ。これならおねだり攻撃をしても叩かれることはなかろう。

 

 

 

 

 

「クリスティーナ・・・・・・俺の最初のお願いだ。聞いてくれないか?」

 

 

 

 

 

幼い子どものきらきら顔に負けたクリスティーナは渋々夕飯にキヌタンポを提供した。5歳児のお願いを聞くとはなんと甘やかしてくれるメイドだろう。俺は心底感謝しながらキヌタンポにありつく。それを不思議そうな、気の毒そうな顔をしながら見つめるクリスティーナの可愛さと言ったらなかった。思わず俺はクリスティーナにキヌタンポを差し向ける。

 

 

 

 

「クリスティーナも食べないか?好物だろう?」

「いいえ、私は坊ちゃまと食事をお供させていただくわけには参りませんので」

 

 

 

 

 

そう断るクリスティーナに俺はうざいおやじ作戦を発動する。

 

 

 

 

 

「好物を食べないとは・・・・・・俺のキヌタンポが食えないのか?」

「そういうわけでは・・・・・・」

 

 

 

 

少しうざそうな顔をするクリスティーナも可愛いものだ。しかし、それでも食べようとしないクリスティーナだったので、俺はさらに追加の作戦に出る。俺は脚を捻って療養中であるため、包帯が巻かれている。俺はニヤリと薄気味の悪い笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「あああ!脚が!折れた脚が痛い!クリスティーナが食べてくれないと収まらなそうな痛みだ!」

「そんな嘘を仰られても私は食べま・・・・・・」

「うごごごがががggggg!!!!」

「・・・・・・分かりました」

 

 

 

渾身の演技で口の端から泡を出す名演技でようやくクリスティーナの方が落ちる。我ながら子供とは役得であるとしみじみ思った。恥ずかしそう?はたまたおっかなびっくりキヌタンポを齧るクリスティーナをまじまじと見つめる。リスのように小さく齧る可愛いクリスティーナを見つめていると、少し懐かしかったのか、おいしかったのか頬が上がった気がした。

 

 

 

 

 

「おいしいか?」

「はい・・・・・・っ!いえ!」

「おいしくないのか?」

「ああ、そう言うことでは・・・・・・その、大変懐かしい味でした」

 

 

 

 

俺は満足して顔を赤らめる可愛いクリスティーナに満足する。そして、俺は再びキヌタンポを齧る。日本のきりたんぽとは少し味が違うが、触感と米の風味を存分に味わうことができた。俺はそもそも久しぶりこんなに笑って食事をしたのだ。美味しい食事になるのも頷ける。だから俺はクリスティーナに礼を述べる。

 

 

 

 

「クリスティーナ、ありがとう」

「いえ、私なぞを食事に招いていただき恐縮です」

「いやな、俺は生まれてこの方誰かと飯を共にしたことがない。遊び相手すらいなのだ。まあ、遊び相手に関しては俺が悪いのだが・・・・・・」

 

 

 

 

俺はそもそも親の顔を覚えていない。生まれてからずっとこの館に閉じこもらせられ、一度も両親の顔を拝んだことがない。養子にしてもひどい扱いだ。だが、メイドはいて身の回りの世話はしてくれるし、まだ読めないが本も豊富にある。それにいくら館を破壊しても修理するだけの金はあるのだ。資金面は恵まれているのだろうが、俺は寂しかったのだ。クリスティーナが来て初日にこんなに初々しく人間味のある生活ができたのはまさに僥倖だった。だからこそ、俺はクリスティーナ礼を言わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

「まあだからな、今日はありがとう。クリスティーナ」

 

 

 

 

 

しっかりと頭を下げて感謝を伝える。いくら個性を求めてもこういった感謝は忘れてはいけない。偉くなろうが悪くなろうがこれだけはしなくては。そう感じていると、いやにクリスティーナの影を感じない。先ほどまで立っていたクリスティーナの気配が消え辺りを見渡すと、地面に片膝をついて頭を垂れるクリスティーナの姿があった。俺は驚いていると、クリスティーナが恭しく述べる。

 

 

 

 

 

「不敬な行為に対し、感謝のお気持ちを賜れるとは思いませんでした。坊ちゃま、いえ、あなたからの感謝と言う栄誉を得た祝福すべき日を励みにいたします」

 

 

 

 

仰々しい物言いに少し驚きながらも、俺と言う存在に栄誉を感じてくれる幸福感を俺は気恥ずかしくも嬉しく思った。久しく俺を真っすぐ見てくれた気がして俺は頬を緩める。クリスティーナがゆっくりと立ち上がり、俺は言葉を口にしようとしたとき、俺の言葉を遮ってクリスティーナが冷ややかに見降ろす。

 

 

 

 

「ですので、あなた様を敬い続けられるようしっかりと教育して参ります」

「・・・へ?」

 

 

 

 

 

先ほどまでとは違う声音に俺が凍り付く中、クリスティーナはキヌタンポを持つ俺の手をぴしゃりと叩く。真逆の態度の豹変ぶりに目を丸くする俺をよそにクリスティーナは気味の悪い笑みを携える。

 

 

 

 

「く、クリスティーナ?」

「坊ちゃま、これからはそれ相応の立ち振る舞いをして頂きます。まずは食事の仕方からです」

 

 

 

 

ナイフとフォークをまるで武器を扱うように持ち上げると、まるでこれから俺を刺し殺すかとでもいう雰囲気で俺に持たせようとする。まさか、クリスティーナがこんなに恐ろしさを秘めた女性だったとは思わず、俺はこの世界で初めての悲鳴を上げた。

 

 

 

 

「ひぎゃあああああああ!!!!」

 

 

 

 




今日は2話同時投稿です
明日もお楽しみに!


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第三話 新メイド「クリスティーナ」

新しいメイドはかわいいですよ


クリスティーナが来てから季節が巡り、俺は6歳になった。相変わらずクリスティーナはマナーや作法に厳しかったが、それ以上に俺の話を親身に聞いてくれた。ばあやではあまり構ってくれなかった俺にとっては願ってもないことだっただけに、俺は一日のほとんどをクリスティーナと共に過ごすようになっていた。

 

 

 

 

 

「クリス、この世界は広いのか?」

「そうですね、私も行ったことのない場所ばかりで申し訳ないのですが・・・・・・そうですね。今日は絵本を読んで差し上げましょう」

 

 

 

 

 

クリスと呼ぶほど仲が良くなり、毎日いろいろなことを聞いているうちに俺はこの世界について何も知らないことを思い出した。個性を求めるばかりこの世界の情報についてあまり収集していなかったのは痛恨のミスだと思った。しかし、俺は日本で言う小学生にはなったはずだが、今しがたクリスが提案したように絵本は少し幼稚だと感じた俺は、もう少し難しい専門書を要求した。

 

 

 

 

「絵本なんて子どもの読むものだ。もっとこの世界の地図とか、経済とか農業・・・・・・あと機械について記したものはないか?」

 

 

 

 

最後の機械については大いに期待していた。俺は元より飛びたいのだ。クリスとの話でこの世界に魔法はないことは理解していた。それならば移動手段として車や航空機はあってしかるべきだろうと感じていた。もし飛行機がないのなら、俺がまず最初に作ってやろうとすら思っていた。しかし、クリスの答えは俺を満足させるものではないかった。

 

 

 

 

 

「何を仰るかと思えば・・・・・・坊ちゃまはまだ子どもではありませんか」

「子どもだからと言って読まなくていいなんて言う法律はないはずだ! 機械についてとか、飛ぶことのできる本はないのか?!」

 

 

 

 

俺は思わず興奮を抑えられずに捲し立てると、クリスの表情が目に見えて曇っていくのが分かった。俺は何かまずいことを聞いたのかと思ったが、そもそもこの世界の常識というものすら知らないのだから仕方がないと開き直ってみることにした。

 

 

 

 

「俺はあの大空を自由に飛んでみたいんだ! 人間なら誰しも飛んでみたいと思うのは本能だろう?」

「そんなことを考えるのは坊ちゃまと、一部の野蛮な考えを持った下賤な者たちだけです」

 

 

 

 

 

クリスの言った『下賤』という言葉に俺は、一抹の記憶が蘇った。それはばあやも同じことを言っていたからだった。ばあやは下賤という言葉の他に、空は災厄をもたらすとも言っていた。飛行することが下賤で災厄?一体飛ぶことの何が悪いと言うのだろうか。俺は正直な疑問をクリスに聞いてみる。

 

 

 

 

 

「どうして飛ぶことが下賤なんだ?」

「・・・・・・坊ちゃま、空は災厄を齎す場です。そのような場は坊ちゃまには似合いません。どうか諦めてください」

「答えになっていない!」

「坊ちゃま、進んで危険に御身に晒されることはメイドの私にはできません。どうかご容赦を」

 

 

 

 

クリスまでもばあやと同様の反応を示すことに俺は嫌悪感を抱いた。駄目だと言うならばどうして教えてくれないのか、俺は未だに信用すらされていないのかと憤慨にも似た感情を抱いた。そして、俺はばあやと同じ反応をするならばと、過去に倣うことにした。

 

 

 

 

「もういい!」

「左様ですか、それはよかったで・・・・・・坊ちゃま?」

 

 

 

 

 

俺はベッドのシーツを剥ぐと、自分の身体に端を結び付ける。忍者の真似事ではあるが、理論上は子どもの軽い身体くらいならばふわりと風を受けることは出来るだろうと考えた。そして、俺は窓を開くと何をするのかぽかんとするクリスを睨むと窓に足をかける。

 

 

 

 

「飛ぶことができぬならせめて落ちてやる!」

 

 

 

 

 

クリスは大層驚いて俺の下に駆けだす。俺はその驚愕の表情を見ることで憤怒の感情を鎮めることに成功すると同時に窓から外に飛び出した。結論から言おう。二階からでは高さが足りなかった。俺は着地に失敗し腕を骨折したのだった。落ちた瞬間のクリスの悲鳴と言ったら傑作だった。着地の衝撃で意識が飛びかけたが、それ以上に俺の耳をつんざくクリスの絶叫と言ったらまさに断末魔だった。すぐに医者が呼ばれ、治療を受けていると医者がうるさいくらいに安否を心配するものだから俺は言ってやったのだ。

 

 

 

 

 

「三階ならこうはならなか・・・・・・おえええええ!!!!」

 

 

 

 

 

そういえばそうだった。着地に失敗して腹部も強打したのだ。喋った瞬間、肺や内臓が悲鳴を上げて、俺のせっかくの皮肉を消し去ってしまった。これは無念である。そう思いながら俺は一旦寝てやることにした。決して意識を失ったのではない。いや、意識を放してやったのだ。

 

 

二日後、俺はようやく目を覚ましたらしい。目を覚ますと同時に腕が悲鳴を上げたため、不覚にも声が出てしまった。その瞬間、クリスが俺の視界に飛び込んできた。その可愛らしい顔を喜色と心配の涙に染めて覗き込んでくる。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま!! お医者様! 早く! 早く!!」

「クリス・・・・・・」

「坊ちゃま、大丈夫ですか!?クリスは心配しましたよ!!」

 

 

 

 

 

ああ、なんと役得なのだろう。こんな美少女に解放されて目を覚ますなんて、前世の俺からは想像もできなかったことだ。クリスの大声で医者がすっ飛んできてからは、そんな俺の華やかな時間は消し飛ばされ、年端も行かない少年である俺の無垢な身体を隅から隅まで検査された。それもクリスの前でだ。俺は初めて美少女の前で息子を曝け出してしまった。なんという破廉恥なのだ異世界め。そんなイベントを乗り越えた夜、なんとか元気であることをアピールしまくり、医者を返した俺は早速大層と筋トレを始めてみた。これぞ不屈の男、という感じでまさに個性だ。まあその結果はこっぴどくクリスに叱られたわけだが。しかし、クリスはどこか悲し気な表情で俺の傍を離れなかった。ああ、悲しそうな顔もかわいいとはけしからん、そう思って眺めているとクリスは突然深々と頭を下げてきた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、この度は大変申し訳ございませんでした。私の言動が坊ちゃまを・・・・・・」

 

 

 

 

 

そう言い始めるクリスを俺の言葉で遮る。こればかりは個性を求める俺でも少しばかり罪悪感を感じてしまったからだ。俺はベッドから身体を起こし、クリスに向き直る。

 

 

 

 

 

「飛び降りたのは俺で、飛び降りる決断をしたのも俺のはずだ。クリスは悪くない」

「ですが・・・・・・」

「ごめん、本当はそうじゃない。心配させるつもりはなかったんだ。ただ、俺のやりたいことを無下にされたのが嫌だったんだ。だから、俺の方こそ結果的には怪我をしてお前を心配させてしまった。ごめんなさい」

 

 

 

 

 

俺は心からの謝罪をした。そういえば前世では謝罪こそ形式的には何度もしてきたが、心から謝ったことなんて何度あるだろうか。こんな嫌な経験を思い出しながら、俺はクリスの言葉を待った。クリスはなんて言おうか迷っているようだった。だが、俺はやりたいことを通したし、言いたいことを言ったのだ。今度はクリスの番であると思った俺はクリスの言葉を待ち続けた。すると、意を決したクリスは俺に近づいて折れていない方の腕を優しく撫でてくれた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、先代の世話係だった私の祖母からも坊ちゃまの行動について何度も聞かされているつもりでした。ですが、坊ちゃまとお会いしてからというものの、そのような行動は一度もなく、きちんと目を見て話せる方だと認識を改めていました」

 

 

 

 

 

クリスは俺の世話係をする前のことを思い出すかのようにゆっくりと、そして申し訳なさそうに言葉を紡ぐのだった。俺は確かにクリスはばあやより話を聞いてくれるし、厳しいが愛のある教育だと感じていた。しかし、いつからだろうか。俺は普段も前世でも、人の目を見て話すことが苦手だった。自信がないことを悟られたくない、人の目を見るのが恥ずかしい、本当の自分は空っぽであることを見透かされるのが嫌だった。なにより怖かったのだ。しかし、クリスと過ごすようになり、いつしか俺は自然とクリスが何を教えてくれるのか、クリスが何を考えているのかを知りたくなったのだ。そして、クリスは話を続ける。

 

 

 

 

 

「坊ちゃまが窓から飛び降りるとき、身体が動きませんでした。坊ちゃまが何を考えているか理解できなかったからです。ですが、坊ちゃまがお眠りになられているときによく考えてみました。坊ちゃまがどうしてそのような行動に出られたのかを」

 

 

 

 

クリスはいい子だ。俺は少なくともこの館の人間しか知らない。だが、前世でもここまで俺を見て、考えてくれる人がいただろうか。俺はやはり自分をあまりにも見せてこなかったのだ。クリスがここまで考えてくれると言うことは、俺をきちんと見ていてくれていたからなのだろう。俺は自分というものを少し持つことができたと感じることができた。そしてなにより、それを気付かせてくれるクリスという人物に俺は嬉しくなった。

 

 

 

 

 

「あなた様は仰られた。空を飛びたいと・・・・・・私はあなたの言葉を端から否定してしまった。主に対してあるまじき行為でした。謝罪をお受けくださいますか?」

「一つ条件がある」

「はい、なんなんりと」

 

 

 

 

クリスは目を瞑って覚悟したようだった。確かに主に対しての否定や怪我を負わせたことは失態だろう。だから、罪を背負いたいと言うのなら、それで罪悪感が消えるのならと、俺は条件を告げた。

 

 

 

 

 

「クリス、これからはもっと俺の話を聞いてくれ。俺は知りたいこと、やりたいことだらけなんだ。だから、ずっとそばにいてくれ。そして、教えてくれ。この世界のこと、お前のことを」

 

 

 

 

 

 

俺の真摯な言葉に対するクリスの回答は聞くまでもなかった。華麗な所作でメイド服の裾を摘まみ、一糸乱れぬ動作で俺に最敬礼を見せてくれた。俺は満足してクリスの顔を上げさせる。そして、俺の条件である要求を早速行使する。

 

 

 

 

 

「では、空を飛んではいけないことについて教えてくれないか?」

 

 

 

 




今日はもう一話投稿します


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第四話 解放、外へ!

ついにお外に出られます
脱獄です


俺の純粋な問いにクリスは素直に話してくれた。それは夜が更けてもなお俺の飽きることのない質問で、夜を明かすほど不思議な話だった。クリス曰く、空を飛んではいけない理由は昔話にあるらしい。その昔話と言うのは、かつてこの国を空の怪物が襲った。それは何日も、何カ月も続き、果ては国土のほとんどは焼け野原になったらしい。伝承では、その怪物は銀翼の鯨ほどもある大きさだったと言う。王国はこの国の労働階級の全ての男性を根こそぎ徴兵してようやくその災厄を退けたと言う。その際、その銀翼の怪物はこう言い残したされる。

 

 

 

 

 

『空に上がることは許さぬ。空にもし上がることがあれば、地上の災厄と共に今度こそこの世界を滅ぼす』

 

 

 

 

 

地上の災厄とは、王国にはいくつかの地域があるらしいのだが、その方々に100m以上にも届くほどの巨木で構成された深い森が点在するのだと言う。その森の中には古代より姿を変えることのない獣たちが未だに人類の侵入を防いでいるのだという。俺はまるでジブリの世界観のようであるとワクワクしてしまった。しかし、それにしても空を飛べないと言うのは困った。俺はどうしても空を飛びたいのだ。俺は伝承はどれくらい前の話なのかを聞いてみた。

 

 

 

 

 

「そうですね、私も祖母から伝え聞いたのですが、400年ほど前のこととか」

「そんなに昔の話なのか? 本当のことなのか?」

「私も実際に見たわけではないのですが、森には想像を絶する大きさの主がいるとか。その主を筆頭に言葉を介する獣や神獣の類の存在は現在でもいくつか確認されています」

 

 

 

 

 

俺はクリスの回答にまるで子ども時代に戻ったかのような、いや実際今は子どもであるのだが、それはさておきこの冒険心の高まりをどうしてくれようか。俺はすでに夢中になっていた。それからの俺は腕を骨折しているため外で遊ぶことは許されず、本の虫となっていた。もちろんクリスにマナーが悪いと叱られてもご飯お時間ですら読み耽った。さらに、いつ外に出て冒険してもいいように、常に筋トレを欠かさなかった。もちろんけが人の筋トレをクリスに叱られながらではあったが。そして腕が回復した時、ついに館の外に出ることを許されたのだ。俺はそこら中から本をかき集めてカバンに突っ込んだ。

 

 

 

 

 

「そんなに持っていくのですか?」

「これでも足りないくらいだ」

「重いでしょう。私が持ちますから坊ちゃまは・・・・・・」

「いい」

 

 

 

 

 

俺はクリスの申し出を断る。少しぶっきらぼうだったかもしれないが、今はそれどころではない。人生で初めて、いやこの異世界に生を受けておよそ7年近く、晴れて館から出ることができるのだ。興奮を止めることの方が難しい。クリスをちらりと見ると、まるで成長を微笑ましく見守る母のように少し嬉しそうにしている。かわいい。そして、重いカバンも重力を感じさせずに駆けだすと、門の外に出る。ようやく、ようやく外である。まさに籠の中の鳥とでもいうべき存在だった俺は今、放たれたのだ。スキップで外に出ると目の前に広がっていたのは雄大な自然だった。近くにはそこまで険しくない小山、目の前には広大な農地とその先に街が見えた。俺はまず駆けださずに周囲を散策することにする。

 

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、案外と申しますか近場を散策されるのですね」

「まずは近場から知らずしてどうする。それよりクリス見てくれ!この花は何と言うのだろうな!」

 

 

 

 

 

目を輝かせる俺を目にクリスはにこりと微笑んで花の名前を答えてくれる。

 

 

 

 

 

「そちらは庭に私どもが植えておりますダナンの近縁種である、モライエという花です」

 

 

 

 

 

庭に咲いているダナンの花と言うのは赤い花で、観賞用に綺麗だからメイドたちが植えている綺麗な花だ。他にも庭にはバラに似た花も植えてある。そして、この館の外で見つけた初めての花ですら感動を覚える俺をクリスは微笑ましく見守ってくれるようだ。花の名前の由来を教えてくれた。

 

 

 

 

 

「モライエの由来はモラという、昔この近くに住んでいたとされる人間のお話が由来なのだそうです」

「ほう、どんな話なんだ?」

「モラは貧しい農民でした。ある時、モラの母親が病で臥せってしまい、どうしても森へ入らなければならなかったそうです」

 

 

 

 

 

森と言うのは以前も聞いた、神聖な森のことだろう。当時から危険な場所であることは変わりないのだなと納得しながら俺はクリスに先を促した。

 

 

 

 

「森で薬草を摘んでいたモラは、そこで森の主に出会ってしまい怒りを買ってしまいます」

「そりゃ大変だ」

「はい、モラは逃げるのに必死でついには森で迷子になってしまいます。力も尽き、家までの道も分からず母へ薬を届けられないことを嘆いたモラはそこで眠ってしまいます」

 

 

 

 

 

俺はもしかしてこれはよく古典などにある親孝行の話に似ていると思った。どこの世界でも親を想う孝行の気持ちが美談として伝わるのは良いことだと感心していると、クリスの話が異世界じみた話を続ける。

 

 

 

 

 

「ふと目を覚ましたモラの目の前では、綺麗な光に満ちて揺れる薬草が光の胞子を飛ばしていたそうです。モラは自分の取った先ほどの薬草を見てみると、その薬草たちも光だし、その宙を舞う光の胞子を籠に集めるとふわりと浮き上がり、無事に家に帰ることができた、というお話です」

「え、まさかモラの家に帰ることができたから『モライエ』なのか?」

「そうです」

 

 

 

 

 

これまでの感動を返してほしい。そこは不思議な力を持つ薬草なんだからもっといいネーミングがあっただろう。この世界の住人はネーミングセンスが乏しいのかもしれない。少し変な感情を抱きつつ、それでもなお異世界にピッタリの話に興奮が冷めなかった。そして、ふと疑問に思ったことがある。モラは空を飛んでいるではないか、と言うことだ。早速クリスに聞いてみる。

 

 

 

 

 

「モラは空を飛んでしまったのだな」

「はい、禁忌を冒してまで母の下へ帰ろうとする心優しいモラのお話は、私の大好きなお話です」

「さいですか・・・・・・」

 

 

 

 

少し都合の良いような気がするが、俺は伝承にケチを付けるほど狭量な人間ではないのだ。それにしても、花が薬草になるとは驚いた。持って来た本で調べてみると、効能としては打ち身や擦り傷などに効くのだと言う。薬学は覚えていて損はないだろうと、俺は速やかに脳内に知識として保存した。そして、俺はやってみたかったことを実行する。それは雑草の名を尋ねてドやるやつだ。さっそく実行に移す。

 

 

 

 

 

「クリス、この草は何と言うんだ?」

「それは雑草です」

 

 

 

 

 

完璧の回答だ、と俺は脳内で歓喜の舞を踊る。俺はあらかじめ本でこの草の名前を知っている。俺は満を持してクリスに自慢しようとしたところで、ふと我に返る。聞いておいて名前を知っていたなんて意地が悪くないだろうか、と。意地が悪いキャラを確立してもいいが、クリスに意地悪をするのは心が痛む。俺は咄嗟に披露しようとした知識を少し我慢した。代わりに今感じたことを素直に言ってみることにした。

 

 

 

 

 

「この草は『ザッソウ』と言うのか」

 

 

 

 

 

俺の言葉にクリスはハッとしたのか、俺の傍に寄って目線を合わせてくる。真剣な目で俺と向き合う凛々しいクリスは、目線で謝意を伝えて訂正する。

 

 

 

 

「申し訳ございません。どこにでも生えている草でしたので、名前を知らないのです。無学な私を許してください」

 

 

 

 

俺はきちんと対等に謝ることのできるクリスに好感を持てた。やはり、こういったところは変に威張る必要はないのだ、と先ほどの自慢しようとした自分を恥じた。クリスが真剣に向き合ったのだ、俺も真剣に向き合わねばなるまい。そう考えた俺はクリスの目を見て許しを与える。

 

 

 

 

「雑草なんてこの世にはないんだね。じゃあ、一緒に調べよう」

「はい!」

 

 

 

 

素直な心が一番だと本を開き、草の名前を調べると本にはこう注釈がついていた。

 

 

 

 

『クサ』:その辺に生えているどこにでもある草。どこにでも生える為、農業従事者においては駆除すべき草である。雑草全般を指す。

 

 

 

 

あまりにもあまりな説明に思わず二人して顔を見合わせてしまった。その瞬間、吹き出したのは言うまでもない。

そうこうして俺は粗方周囲を散策し終えると、小山を目指し始める。まあ、1000メートルもない山だ。見晴らしのいい場所まで行くことにした。

 

 

 

 

 

「ここには森の主はいないよな」

「はい・・・・・・ここは館の近くですから・・・・・・獣は・・・・・・いません」

 

 

 

 

ずんずんと突き進んできてしまったが、クリスをすっかり忘れていた。クリスはメイド服と言う軽装で山登りを強いられているのだ。完全対策をしている俺とは違い、さすがに疲労の色が滲むクリスに俺は手を差し伸べる。

 

 

 

 

 

「クリス、もう少し先に丘がある。そこまで行って休憩にしよう」

「はい・・・・・・申し訳ございませ・・・・・・っ!?」

 

 

 

 

靴が斜面に突き出た木の根に引っ掛かり、クリスが体勢を崩す。俺はすかさず左手を木に掛けてクリスの手を握る。間一髪、クリスが転ぶ前に救うことができ、俺はほっと一息を吐く。その瞬間、俺の木を掴んだ左手首辺りがズキリと痛んだが、今はそれどころではない。手を差し伸べたクリスの安否を気遣う為、クリスを見ると目を一杯に広げて頬を赤らめている。俺はまずいと思い急いでクリスを引き寄せる。

 

 

 

 

「きゃっ」

 

 

 

 

 

クリスの可愛らしい声が漏れ出たが、俺は急いでクリスに謝る。

 

 

 

 

 

「すまない! 俺がお前のことも考えずに連れ回してしまった! どこか怪我はしていないか?」

 

 

 

 

 

そう急いで詫びを入れ、容体を見る。クリスは少し間をおいて慌てて俺から離れるも、足をくじいたのかまた体勢を崩してしまう。すかさず俺はクリスの裾をめくり、足の様子を確認しようとするとクリスが急いで足を隠そうとする。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま! お戯れを・・・・・・」

「バカっ! 言ってる場合か!」

 

 

 

 

そう言って強引に裾を捲る。クリスは恥ずかしそうに可愛い顔を手で覆うが、俺はそれに構わず足の様子を確認する。足の様子は色の変化はないものの、足首が腫れており捻挫が疑われた。俺は先ほどの花のことを思い出し、急いで探しに出かけようとする。クリスを安定した場所に休ませると、水を渡して動かないように言いつける。まだ顔を赤らめるクリスはコクコクと頷いて了承した。俺は役に立たないクリスを残してモライエの花を探しに駆けだす。ああ、それはもうかっこよく颯爽と駆けだしたさ。ただ、一つ嘘をついた。

 

 

 

 

 

「クリスの脚、色っぽいなあ・・・・・・」

 

 

 

 

俺はモライエの花を集めると沢の水に浸し簡易的な薬を作成する。クリスの足にその薬を充ててハンカチで縛ると、クリスは少し痛そうにしたが我慢してもらうしかない。痛みと疲労で汗を滲ませたクリスを見て俺は決断する。クリスにここから自力で下山させるのは無理だ。そう判断した俺は、本を詰め込んだカバンを置き捨てるとクリスを背負うことにした。

 

 

 

 

「クリス、すまないが麓まで我慢してくれ」

「坊ちゃま?! いけません! 私は歩けます!」

「嘘を言え、その足じゃこの斜面はまともに下れないだろ!」

 

 

 

 

そう強く言ってもクリスは必死に抵抗しようとした。それでも俺は疲労の色が濃いクリスを強引に背負うと、木を伝って降りることを決心する。疲れもあるだろうが、怪我をしてあまり動けないクリスを背負うこと自体は容易かった。しかし、問題は俺はまだ子どもだと言うことだ。筋トレを欠かさずしているとはいえ、さすがに子どもの体で成人女性を背負うことはかなり不安定だった。それを見かねたクリスが何度も降りようとする。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、いけません! 坊ちゃままで怪我をしてしまいます!」

 

 

 

 

 

心配されているが、俺は心配される度にクリスを強く抱えた。反抗期だろうか。俺は絶対にどんなに苦しかろうと、クリスを下ろす気はなくなっていた。それどころか、徐々にクリスを支えていると言う行為そのものが俺に力を与えてくれているような気がした。一つ余計なことを言えば、クリスの胸の感触と後ろから汗と共に香るいい匂いのせいだとは言うまい。これは役得である。しかし、あまりにもクリスが言うので、俺は奮起してクリスに言い返す。

 

 

 

 

「俺はお前の主人なんだろう?だったらお前の面倒を見る責任があるじゃないか!」

「それは・・・・・・私が坊ちゃまのお世話をすることが使命であって・・・・・・」

「クリスは使命で俺の面倒を見てるのか?」

「え・・・・・・」

 

 

 

 

 

まあ仕事なのだから仕方ないだろうが、俺は見てもらう側だ。あまり文句は言いたくないが、ただの仕事としては割り切れない、クリスは家族のような大切な存在であると思っている。それだけに、クリスには仕事だからと言われてしまうのは少しばかり悲しかったのだ。言うなれば嫉妬だ。個性を身に着けることを目標とする俺からすれば情けない話だが、仕事だからと言われてしまったら多分一週間は落ち込む自身がある。いや、半年かもしれない。だから、俺はクリスを畳みかける。

 

 

 

 

 

「俺はクリスを家族のように信頼してる。だから、お前の心配をして何が悪い!」

「坊ちゃま・・・・・・」

「こんな時くらい黙って心配されていろ!」

 

 

 

 

 

言ってやったぜ、男らしいところをアピールできただろうか。嫉妬しているとはバレなかっただろうかと、モヤモヤしているとクリスはようやく俺の背中にピタリとその豊かな胸を預けてくれた。そして、俺の耳元で囁いたのだ。

 

 

 

 

「・・・・・・はい、心優しい坊ちゃま」

「ふん!」

 

 

 

 

 

今の「ふん!」は決してあれだからね、耳元で可愛いボイスで囁かれたから気持ちが昂っちゃったわけじゃないからね。意地っ張り男子を演出してみたんだからね。それにしても、役得だな。

 

 

その後、無事に奮起して下山できた俺とクリスは館から駆けつけた執事とメイドに抱えられると急いで持ち帰られた。もちろん抵抗しましたとも。足が疲労でガクブルだったけど。

 

 

 

 

 

「俺は自分の足で来た!だから、この足で帰・・・・・・ってああ!俺の決め台詞がああああああ!!!!」

 

 

 

 




いろいろパロディ入ってますが、楽しみながらやらせてください


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第五話 弟?!それどころじゃない!

兄弟っていいですよね
今回は自分のことについて少しづつ分かっていきますよ


それから数日が経ち、怪我も大したことがなかったクリスを見て安心した俺だったが、執事のおじさんにはこっぴどく叱られてしまったようだ。可哀そうなクリス。だから、執事には俺から嫌がらせをしておいた。執事の椅子にヒビを入れておいたのだ。そんなことをして気を晴らしていたが、俺も少し不安に思うことがあった。クリスを庇ったあの時に、木を掴んだ左手首を痛めてしまったことだ。クリスの方が先に治ってしまったのは驚いたが、まだ子どもだから治癒力が弱いせいだろう、そう自分に言い聞かせた。

 

そうして怪我を隠したまま月日は経ち、俺は8歳になろうとしていた。誕生日は年を経るごとに豪華絢爛になって行くのだが、今回は特別だった。なんと俺のプレゼント、というかなんなのだこれは。そう、まるで人間。それもとびっきり俺に似た人間だった。まるで俺の弟であるかのような。そう考えているとクリスがその俺に似た子どもと少し厳しそうなメイドを紹介するのだった。

 

 

 

 

「こちらは坊ちゃまの弟君であるアルフレッド・マクシミリアン・デ・メ・フェルディナンド様とその従者でございます」

 

 

 

 

 

うんうんうん、待って意味が分からない。弟?名前長くない?どゆこと?後出しにもほどがある。俺が混乱しているためアルフレッドなにがしがきつそうなメイドに挨拶をさせられる。

 

 

 

 

 

「アルフレッド様、ほらお兄様にご挨拶なさい」

「は、はい・・・・・・お、お・・・・・・おはっ・・・・・・」

 

 

 

 

俺は弟の少し緊張が過ぎるその言葉のたどたどしさに目を奪われた。緊張しているものを見ると逆に落ち着くものだが、弟のそれは少し度が過ぎている。俺は緊張を解そうと、弟に向かって声を掛けようとしたその時だった。きつそうなメイドが機先を制した。

 

 

 

 

「アルフレッド様っ! さあしっかりなさってください! お兄様の前で失礼ですよ!」

「あっ、あっ・・・・・・」

「申し訳ございません、ビスマルク様」

 

 

 

 

 

うむうむまた意味の分からないことを。それにしてもこのメイドはきついのは顔だけじゃないようだ。一応兄?である俺がこの場を収めてやるとしよう。そう思い、アルフレッドに俺は歩み寄る。恐る恐る俺を見るアルフレッドは酷く小さく、怯えているように見えた。だが、それを払拭してやるがごとく俺は優しく声を掛ける。

 

 

 

 

 

「俺に弟がいるなんてなんと嬉しいことだろうか。これからは俺と一緒に愉快に暮らそう」

「にっ・・・にい、・・・」

「ゆっくりでいい。ちゃんと聞いているから」

 

 

 

 

 

俺はきちんと弟であるアルフレッドの目を見て話す。アルフレッドは目を逸らしたが、か細い声でようやく息を吐きだす様に、詰まった声を出した。

 

 

 

 

 

「にい、さま。ありっ、がとう」

 

 

 

 

 

その可愛らしい声で俺とアルフレッドはぎこちないが握手をするに至る。クリスは自慢げに、きつそうな弟のメイドは恍惚とした表情で俺たちの邂逅を祝福してくれた。アルフレッドを一頻り誕生日の料理を食べさせると眠くなったのか、メイドが連れて行ってしまった。誕生日会は恙なく終わり、俺もようやく就寝の準備をする。俺は弟という存在に少しばかり、いやかなり興奮していた。前世では一人っ子だったからこそ、兄弟という響きが俺の心からハーモニーを奏でていた。しかし、少し気になることがあるのも事実だった。

 

 

 

 

 

「クリス」

「はい、なんでしょう?」

「アルフレッドはいくつなんだ?」

「坊ちゃまの三つ下の5才です」

 

 

 

 

 

アルフレッドは5才だったらしい。それならもっと元気はつらつでもいい気がするが、俺は前世でも今世でも5才と言えばやんちゃばかりだ。その点、アルフレッドのあの言語能力は見逃せない。あれだけの躓きだ、あいさつの後も笑うことはあっても喋った所は見たことがなかった。俺は不安に思ってしまった。

 

 

 

 

 

「クリス、弟は、アルフレッドは吃音症なのかな?」

「きつ?申し訳ございません。そのような病を聞いたことがありません」

「そうか・・・・・・」

 

 

 

 

この世界ではまだこの症状が浸透していないのだろう。前世の世界でも吃音は治療が難しい症状だ。俺の友人にもそのような症状の奴がいたが、そいつは話せるようになってから人生が変わったと言っていた。それほどに理解と適切な治療がなければ治らないものなのだ。それでもアルフレッドは俺の弟だ。俺は、俺だけはアルフレッドの味方であろうと心に決めた。

 

 

 

 

 

「クリス、アルフレッドは俺の弟なんだよな?」

「はい。坊ちゃまの弟君であらせられます」

「じゃあ、俺が守らないとな」

「・・・・・・はい。坊ちゃまなら、きっと」

 

 

 

 

クリスは既に分かり切っているかのような自信満々の顔で頷いてくれた。俺はクリスもそうだが、俺を信じてくれる人を裏切りたくない。だから、絶対にアルフレッドは大切にすると心に誓った。そして、部屋の電気を消そうとするクリスに俺は何気なく問うてみる。

 

 

 

 

 

「そういえば、俺の名前って何?」

「え・・・・・・」

「え・・・・・・」

 

 

 

 

クリスは先ほどまでの自慢げな顔を冷ややかな顔に塗り替えると、まるで鉄仮面でも被ったかのような形相で俺の鼻に人差し指を置いて言う。

 

 

 

 

 

 

「坊ちゃまはビスマルク・マクシミリアン・デ・メ・フェルディナンド・・・・・・このフェルディナンド王国の次期国王です」

「ああなるほど、そうなんだ。じゃあ、おやすみ」

「はい・・・・・・おやすみなさいませ」

 

 

 

 

 

電気を消されて俺は床に就いた。俺の脳は疲れているんだ。きっとそうだ。だって今日はいろんなことがあったのだ。聞き間違えても仕方がない。俺そんな外国チックな名前じゃないし、元は日本人よ?田中太郎とか、鈴木坊ちゃまとかそういうのでしょ?てか、俺生まれてこの方坊ちゃまとしか呼ばれていないのよ?俺の名前は坊ちゃまと思うに決まってるじゃん。むしろなに?俺の中では夏目漱石の作品名が浮かんでたよ。この世界のネーミングセンスゼロでしょ?まさかまさか、俺の名前があのビスマルク?ドイツの混迷期を支えた外交の天才「鉄血宰相」ビスマルク?笑っちゃうね、はっはー。うんうんうん、おかしい。これだけはない。俺が王族とか。俺はスヤっと意識を手放した。

 

 

 

 

 

「手放せるかああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

だからね、後出しが多すぎるんだって。俺はむしろ気絶したように眠ることになった。

 

 

翌日、俺は不機嫌を顔に出したままクリスに起こしに来てもらった。クリスはとてもおかしそうに俺の不機嫌顔を見てはクスクスと笑う。俺の心はその行為でますます不機嫌になる。俺は不機嫌を隠しもせずクリスに文句を言う。

 

 

 

 

「俺が王族だって? 俺の名前がビスマルクだって? 初めて聞いたぞ」

「坊ちゃまは王族に相応しい方です。お名前だって私は恐れ多くて易々とお呼びすることは出来ませんが、その名に相応しい方に坊ちゃまなられると、私はそう信じております」

 

 

 

 

信頼は素晴らしい。だが、俺のこの心はどうしてくれるのだ。前世では個性も自分もないただの無能だったんだぞ。それがどうして過去の偉人に相応しくなれるものか。俺の怒りを知らずか、クリスは鼻歌でも歌うかのように俺の身支度を始める。俺は仕方なく、名前は受け入れるがキラキラネームを付けられてた子どもの気分だった。それに、自分が王族だなんて全く想像もできない。だから、俺は両親にも合わないのかと納得したが、それでも俺が王様になるなんてまっぴらだ。そんな文句を心中でぶつくさ言っていると、朝食の準備ができていた。席に着くと、少し遅れて弟のアルフレッドが入ってきた。俺は席を立ってアルフレッドを迎えに行く。

 

 

 

 

 

「おはよう、アルフレッド」

「おっ・・・・・・お、はよ・・・・・・」

 

 

 

 

 

相変わらず吃音は継続中である弟を不憫に思っていると、すかさず朝っぱらからアルフレッドのメイドの雷が落ちる。そうそう、アルフレッドのメイドの名前はミザリーというらしい。俺の中では既にミザリーと言う名が恐ろしい名前に聞こえてしょうがない。その雷に打たれれて絶賛痺れているのが我が弟であるアルフレッドだ。

 

 

 

 

 

「王子殿下に挨拶もできないとはどういうことです! できるまで朝食はお預けです!」

 

 

 

 

 

こうやって恐怖に打ちひしがれている内は絶対にアルフレッドの吃音は治らないだろう。おそらくこのミザリーというメイドも自分の身分に必死なのだろう。第二王子の世話係なのに吃音でまともに喋れないだなんて、自分の沽券にかかわるだろう。だが、だからと言って功を焦ってはいけない。これではどちらも泥船だ。せっかくできた俺の大切な弟だ。俺が何とかしてやろうではないか。

 

 

 

 

 

「アルフレッド、俺は堅苦しい挨拶は嫌いなんだ。だから、『おはようございます』を略して『おっす』ってのはどうだ?」

 

 

 

 

俺がそう言うとアルフレッドは一瞬目を輝かせたような気がしたが、すぐに不安そうに辺りを見渡した挙句、ミザリーに答えを求めてしまう。その結果は言わずとも分かるだろう。ミザリーは首を横に振り、俺にも注意を行ってきた。

 

 

 

 

 

「殿下、アルフレッド様は喋ることもままなりません。だから、王族として正しい言葉遣いをまずは鍛えなければなりません。そのように気軽な挨拶を勧めることはおやめ下さい」

 

 

 

 

 

ミザリーにぴしゃりと言われ、アルフレッドは泣きそうな顔をしているが、俺もこんなことでへこたれるようなやわな性格をしていない。俺ってば異世界の王族なのよ?どうして俺のよりよい未来の弟の可能性を摘んでしまえようか。否、断じて否。俺はこの世界では俺となって生きたいように生きることを決めた人間だ。そんな人間が一人二人増えようが世界は変わったりするまい。ましてや俺の大切な弟だ。そうと分かれば俺が言い返す言葉は何か分かるよね?

 

 

 

 

 

「ミザリー、その要請は却下だ」

「へ? 殿下、今何と?」

「却下だ。却・下!」

 

 

 

 

ミザリーは目を丸くして俺を睨もうとするが、俺だって睨むくらいできる。嘗めないでもらいたい。ミザリーは俺が怯まないと分かったのか、驚いたように後ずさると今度は俺のメイドのクリスを見る。困ったものだが、こういったことは同業者に理解を求めるに限るのだろう。クリスは溜息を我慢して俺を嗜めようとする。だが、そんなことで俺が止まらないのは分かっているようで、クリスも呆れた口調で俺を止めに入る。分かってるじゃないか、さすがクリス。可愛い。

 

 

 

 

「坊ちゃま、ミザリーさんの言うことにも一理あります。あまりムキになられず普通に挨拶為されては?」

「そうは言うがな、俺は教育に関してはうるさいんだ。時にミザリー」

「は、はい?」

 

 

 

 

突然呼ばれたことに驚いたか、はたまた俺の口調が妙に怖かったのか、ミザリーは既に俺の論調に押されていた。そのことに機を見た俺は一気に畳みかける。現代日本にいた俺を嘗めるなよ。クレーム対応や難癖に対してどれだけ苦労させられたか。現代日本のクレームをプレゼントだ。

 

 

 

 

 

「先ほど、ご飯を食べる権利を取り上げたが、それはアルフレッドへの虐待か?」

「け、権利?! ぎゃ、虐待?!!」

「そうだ。子どもは食べねば死ぬのだ。飯を報酬のように扱うが、子どもに課された使命は食う・寝る・遊ぶ・学ぶのはずだ。ミザリーはその当然の権利をどうして取り上げることができるのだ?」

 

 

 

 

 

 

俺の権利だの虐待だのという難しい言葉による威圧は効果てきめんのようだ。現代日本でもよく蔓延する、主語を大きくすることであたかも大多数の総意であるかのような物言いは、経験していないと対応が難しく、万が一にも真に受けると一生付け込まれることになるという最悪の劇薬だ。まさかこの俺がこのような手法を使うとは思わなかったが、この世界では未だにこの手法は使われてはいないようだ。であるならば、俺が先駆者となろうではないか。たじたじのミザリーはどうにか言い訳を考えようと、言葉探しで必死のようだ。少しでもアルフレッドの気持ちを味わうといいさ。

 

 

 

 

 

「そ。それは・・・・・・」

「もし、アルフレッドが食事を食べることができなかったせいで死んでしまったり、虚弱になったら誰が責任を取ってくれるのかな?」

「う、うぐぐ・・・・・・」

 

 

 

 

 

ミザリーはがくりと膝を屈したことだし、ここまでで良いだろう。窮鼠猫を嚙むとも言うし、これを機に恨まれてはかなわない。あくまでもアルフレッドの教育を正しい姿に戻すのが最大の目標なのだ。当のアルフレッドなんてさっきから目を丸くしているだけだし、場を収めようとしたクリスでさえ、少しおろおろとし出す始末だ。そろそろお開きといこう。

 

 

 

 

 

「とは言ったものの、先ほどのアルフレッドを見れば分かる。ミザリー、アルフレッドは君を頼りにしている」

「え・・・・・・」

 

 

 

 

 

突然下げきられた所で上げられたら誰でも困惑するだろう。しかし、だからこそ今なのだ。困惑したという事象を起こした人間は脆いのだ。ここで一気に勝負を付けてしまおう。俺はへたり込んだミザリーの肩に手を置くと、今度はしっかりと目を見て優しく微笑みかける。

 

 

 

 

「君は心からアルフレッドを立派な人間にしようとしている、その気持ちは大事だ。だが、頼られるにはまずそれに値する人間にならなければ。人を信じ、やって見せ、任せてみなければ人は育たないぞ?」

「は、はい・・・・・・仰る通りでございます」

「アルフレッドの所作は見たところ大変きれいだ。言葉はミザリーからすればまだまだかもしれないが、それ以外はとても優れてる。一つのことばかり叱責してはつまらん。これまで立派にアルフレッドを育てて来たのだ。これからの仕事ぶりに期待しているぞ」

 

 

 

 

 

俺が肩をポンと叩くと、ミザリーは涙を受けべて頷いた。これで一件落着と晴れて食事にありつけると、アルフレッドを見るとまだ驚いたまま立ち直れずにいた。俺はアルフレッドの椅子を引いてやり、席に座らせる。俺も席について食べ始めると、今度は後ろからただならぬ気配を感じる。頬張った食事を飲み込めずにゆっくりと後ろを振り返ると、そこには般若の顔を今にも思念で送ってきそうなほど冷ややかな目線を送っているクリスがいた。

 

 

 

 

「く、クリス・・・・・・どうかしたか?」

「・・・・・・弟君はあれほどマナーがなっていると言うのに・・・・・・」

「はにゃ?」

 

 

 

 

 

俺は無茶苦茶なテーブルマナーをその後一時間かけて説教された。アルフレッドはその間もニコニコと俺を見てご飯を食べていた。ああ、これ完璧ブーメランってやつですわ。俺が輝いた分だけクリスはそれを真似て説教をかましてくれるのだ。こんな信頼関係みなさんならどうですか?

 

 

 

 

 




王族って大変だなあ(小並感)


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第六話 アルフレッドの医者探し

今回は弟の医者探しをします


みっちりと叱られた後はようやく弟の遊び時間だ。弟は気をよくしたのか、俺の所にすぐ来てくれた。なんて憂い奴なのだろう。だが、そんなことに時間を費やしている暇はない。暇はないのだ。すぐにでもアルフレッドの吃音を治してやらねば。そう思っていた時期が俺にもありました。弟と兄弟として遊ぶのが楽し過ぎていつの間にか夜になっていました。すみません。これが一日だけだと思うじゃん?残念、一月まるまるただ遊んで過ごしてしまいました。だって弟、超いいんだもん。その日も俺は昼前まで顔面を兄弟愛に崩壊させて過ごしきるところで、ようやく理性を取り戻せた。危ない危ない、もう少しで浦島太郎になるところだった。俺はアルフレッドの吃音を治す決心をしたのだ。

 

 

 

 

「アルフレッド」

「なに?兄様」

 

 

 

 

 

これだよこれ、兄様だよ。身悶えちゃうよね。いやー兄弟っていいな。おっとまた理性が飛ぶところだった。弟と兄弟愛を育むことにより、弟は俺に対し少しずつ話せるようになってきていた。しかし、メイドや執事に対しては全然で、案外クリスに対して一番喋ることができないという謎現象さえ起きているのだ。当のクリスはそのことに密かに心を病んでるらしいのだが、このままではいけない。俺はもっと弟と話したいのだ。そうと決まれば、俺のやることは医者を探すことだ。早速ミザリーに許可を取り、クリスと俺の同伴という条件で外の街に出かけることが許可された。

 

 

 

 

 

「よし、アルフレッドの吃音を治すぞ!」

「坊ちゃま、何か良い策はあるのですか?」

 

 

 

 

 

よくぞ聞いてくれましたクリス、やはり元祖可愛い。吃音を治す方法の一つは言語聴覚士に診せることだ。俺のような素人とは違った視点でアルフレッドの吃音を治す方法を思いついてくれるはずだ。俺はそんな希望を胸に、初の街に繰り出ることにしたのだった。

 

街に着くと、そこはまるで中世のような趣の街並みに、古めかしい昭和チックな車と馬車が混在するなんとも異世界的な街並みだった。それにしても異様な街だ。中世のような建造物が多くありながら、その大半は電気が通っており、車もとてつもなく錆びてて古めかしいが、昭和のような角張った車がゆっくりと走っているのだ。そして、衛生観念はギリギリあるのか、馬車の糞は極力ないようにしてあるようだが、若干通りがかる人が鼻を押さえているところを見るに、やはり臭いものは臭いようだ。そんな感じで俺の興味は一気にこの街に引き込まれかけたが、アルフレッドの俺の裾を掴む感覚で理性を留まらせる。俺はアルフレッドを安心させるべく、お兄さんをする。

 

 

 

 

 

「アルフレッド、今からお前を治してくれるお医者さんを見つけるからな」

「うん」

 

 

 

 

 

可愛い返事に頷き、俺はさっそく街の住人に医者の所在を聞いてみることにした。まず第一街人は野菜を馬車で運搬するおじさんだ。結構臭い。まあ、馬車だからね仕方ないね。動物は悪くない。

 

 

 

 

 

 

「すみません、少しよろしいですか?」

「ん?坊ちゃんどうしたね?道にでも迷ったかい?」

「この辺で言語聴覚士のような医者はいらっしゃるでしょうか?」

「げ、げん、なんだって?」

 

 

 

 

 

おじさんは言語聴覚士の存在を知らないらしい。そもそもこれまでに医者にはかかったことがないらしい。恐るべき自然治癒派だ。俺は改めて第二街人を探す。今度はちょっとインテリそうな眼鏡をかけたおじさんだ。眼鏡を掛けているなら医者の居場所くらい知っているだろう。そう考えて話しかけてみる。

 

 

 

 

 

「すみません、ここらに医者はいませんか?」

「なんだね、僕は今忙しいんだ。あとにしてくれ」

 

 

 

 

 

子どもの僕を強引に押しのけて先を急ごうとするインテリ非人道さんに俺はちっともキレていなかった。ただちょっとくらい話を聞いてくれてもいいなと思った。うん、それだけだ。なので、その人に別れの挨拶をすることにした。足を掛けてやったのだ。案の定、インテリ非人道さんはすっころび、俺を睨んできた。俺はそんな睨みに屈さず、さも大変であるかのように看病を買って出た。

 

 

 

 

 

「おおっといけない! 怪我をされているではありませんか! これは大変だ! 医者に行かなければ!」

「ふざけるなクソガキ!なんてことしてくれ・・・・・・」

 

 

 

 

 

俺はそんな気が短い人じゃないんだ。異世界に来ても古き良き日本人の土下座スピリッツは忘れてないさ。ただ、ちょ~っとこのインテリ非人道おバカさんには付ける薬がありそうだなって、そう思っただけですよいやだなー。まあ、そういうわけで俺はインテリ非人道おバカさんに怪我の状態を説明して差し上げた。もちろん訴えられないように暴力も暴言もなしですとも。暴力反対っ!

 

 

 

 

 

「いや~この怪我はまずいですねえ」

「擦り傷ができちまったよ! 訴えさせてもらうからな!」

「ははは、いいですけど裁判する頃にあなたは生きているでしょうかね~」

「なんだと?」

 

 

 

 

俺は現代日本の医学知識を脅しも込めて大げさに披露してみせた。もちろん心優しい俺は他人を気遣って教えるよ?だってばい菌入ったらまずいもん。

 

 

 

 

 

「いやあね、最近ここらでは破傷風が流行ってましてね」

「は、はしょうふう?」

「はい、傷口にそのばい菌が入ると傷が腐ってやがては死んじゃうんですよ」

「う、うそこけ!」

 

 

 

 

 

おやあ?人の話を信じないって言うのは良くないですね。これでも間違ったことは言ってないんだけどな。だから、俺はもう少しばい菌の恐ろしさを教えてあげた。

 

 

 

 

 

「あれ知らないんですか? さっきここで馬が糞を落としましたけど、やつらの糞ってのは時としてかなりやばいのが入ってるんですよ」

「な、なんだってんだよ」

「大腸菌って言って、そいつが体内に入ると地獄の腹痛を患うことになり・・・死にます」

「さっきから聞いてれば嘘ばかり! そんなことどの本にも書いてなかったぞ!」

 

 

 

 

 

おっとインテリ非人道おバカさんはインテリ非人道おバカグレートに昇格ですな。本の知識だけに頼っていては新しい発見は生まれないのだよ。疑って自分で確かめて見なきゃね。俺ってば優しいなあ。

 

 

 

 

 

 

「ばい菌は時間が経てば侵入していきます。あなたが医者に行かないのは自由ですが、どうなっても知りませんよ?」

「う、うう・・・・・・」

「なんで糞ってみんな避けるんでしょうね?」

「そんなの汚いからに決まってるじゃないか」

「ほう?」

 

 

 

 

 

俺は今満面の笑みだろう。いいや、もちろんインテリ非人道おバカグレートさんを心の底から心配していますとも。でも、人の思い込みって怖いねえ。人は知らないってことに対して過剰な恐怖心を見せる生き物なんだ。ちょっと分からないことを怖そうに仕立てるだけでこの有様さ。いわば歴史はスタジオで作られるってやつだね。

子どもの自分が大人を怖がらせられるんだもの。あ、ちなみに俺は怖がらせてはいないよ。心配しているだけだから。そこんとこ分かってよね。

 

 

 

 

 

「汚いってことは、そこに汚いばい菌がいてもおかしくないですよね」

「え・・・・・・」

「人って本能では分かってるんですね。糞はやばいって」

「わ、わ、わかった! 医者を教えるよ!」

「あざます!」

 

 

 

 

こうして俺はようやく医者の場所を聞き出すことができた。ついでに言うと、軽い擦り傷なんて水で洗えば大抵大丈夫だ。あとは身体を清潔にしておけばね。だが、あのインテリ非人道おバカグレートさんはうちクリスが手当てしてくれた。あの野郎、クリスが可愛く甲斐甲斐しく手当てしてくれたことに鼻の下伸ばしやがって。クリスに手当てされるのは俺の特権だと言うのに。あとで痔にでもなってしまえ。そんな悪態を心の中で呟いていると、目的の医者の所までついた。着いたのだが、これは何とも言えない、あれが出てきてしまった。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、ここは・・・・・・」

「ああ・・・・・・眼科だな」

 

 

 

 

 

あのクソインテリ非人道おバカグレートスケベめ!眼鏡屋紹介されてどうやって吃音を治すじゃ!憤慨のあまり今すぐ石を投げてやろうと思ったが、可愛いクリスに止められたのでやめてあげた。しかし、同じ医者ならば言語聴覚士の情報を知っているのではいか、という微かな希望の下で店に入ってみることにする。店内に入ると、お馴染みのCがあった。これは異世界でも共通なのだと感心していると、少しやつれた医者がやってきた。

 

 

 

 

 

「何の御用で?」

 

 

 

 

 

そうぶっきらぼうに言い放つと、俺はアルフレッドの経緯を話した。するとその眼科医は頭をポリポリと掻くと、ため息を吐いて無理だと言った。俺は言語聴覚士の所在を教えてもらうだけでいいと懇願したが、なんと驚くべきことを言ったのだ。なんとも気だるげな眼科医はこういった。

 

 

 

 

 

「どこにどの店があるか、まったく把握できん」

「へ?」

「出ては消えていく店なぞ一々覚えてられるか」

 

 

 

 

 

これは大変困ったことになった。医者がどこにいるか分からないのでは治療すらできないではないか。外には不安そうな顔をしたアルフレッドがいた。兄として困っている弟をなんとかしたいという気持ちは山々だがどうしたものか。俺は心底現代日本の某サイトの地図マップが恋しくなった。その時、俺に電撃が駆け抜けた。そして、俺は不敵に笑い出すのを堪えることができなかった。

 

 

 

 

 

「フハハハハハハハハ!!!」

「にっ、にいさま?」

「分からないだと? 知らないだと? ふあははははは!!」

「坊ちゃま?」

 

 

 

 

 

アルフレッドは俺をとても心配そうに、クリスはまた何かやらかすのかと頭を抱えてとても俺好みな反応を見せてくれた。二人とも最高だ。そしてなにより、俺と現代世界の技術は最高だ!

 

 

 

 

俺が考えたのは、マップがないなら作ればいいと、至極簡単なものだ。不敵な笑みに気圧されたのか、アルフレッドは普段懐かないクリスの影に隠れてしまっている。クリスは案外ご満悦のようだが、それ以上に俺の突飛な発想を受けとめる心の準備を使用としているようだ。馬鹿めっ!速度は火力だ!

 

 

 

 

 

「できないってのは噓つきの言葉なんだよ・・・・・・ふはは」

「で、坊ちゃまはいかがされるのですか」

「地図を作る。店とその店の情報を乗せた地図をな!」

 

 

 

 

 

俺の素晴らしい発想にひれ伏したのか、クリスはまさに青天の霹靂とでも言いたげに天を見上げる。俺は満足げにクリスの意識が戻るのを待つ。すると、ようやく帰ってきたクリスがさっそく俺を褒め称えてくれる。

 

 

 

 

「で、医者はどうされるのです?」

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

俺は天才なんだ。そんなこと忘れていたわけがない。まさかね、弟の吃音を治す方法を探るために最良の方法を探していたところさごめんなさい。よし、素直に間違いは認めよう。俺は過ちを認められる男だ。だが、医者の所在が分からないのであれば治しようがないのも事実だ。俺は決して間違えていたわけではない。そうとも探しながら最高の医者を見つけるつもりだったそうさ当り前よ!

 

 

 

 

 

「まずはアルフレッドに合う医者を見つけることが最重要だ。だが、それには情報を精査する必要がある。分かるな?」

「ええ、とりあえず今日はその日ではないことだけは分かりました」

「理解が早くて助かるよ」

 

 

 

 

 

俺は心の中で泣いた。男たるもの泣かないのが流儀だ。だが、信頼と言うか相手を知り尽くした間柄と言うのは時に厄介だ。こうして俺はクリスに泣かされそうになっている。だが、こんなことでは諦めない。絶対にアルフレッドの吃音を治してくれる医者を見つけてやるのだ。そう決意した俺は、一度作戦を練り直すべく館に帰ることにした。

 

 

 

 




昨日投稿できなかったので、今日はもう一話行きます


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第七話 希望の光

今回からようやく異世界チートとやらを披露していくよ


クリスは一気に無表情というより蔑んだ目で見て来たため、俺は急いで弁明する。一応、みんなにも言っておくと本当にうんこは金の原石なんだよ?まあ、こういうわけだ。野菜のおじさん他、農作物を売りに来る農家の馬糞を引き取る。その際、それまでかかっていた処分代の半額を頂くわけだ。そして、糞が一定量に溜まったら今度は糞専門の引き取り業者を雇う。その糞を館が所有する広大な土地のどっかに置いてもらう。それに藁や何やらを混ぜて肥料にする。馬糞と言うのは牛や豚と違い、糞の含水量が少ないため発酵が進みやすく、肥料として申し分ない性能を持つ代物になるのだ。そして、肥料化した馬糞を今度は農家に売りつける。売りつける際に、また販売業者を仲介させることにより差し引きプラマイゼロかプラス位にするという手筈だ。俺の手元に残る金と言うのは別に多くなくていいので、人件費に多く割けるのが利点だ。この人件費に多くを割いたおかげで、運搬業者は直ぐに見つけることができた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃまは街に出た時にこんなことを考えていたのですか?」

「まあね、人、物、金があって初めて動けるからね。需要と供給を見つけてあげただけだよ」

 

 

 

 

それっぽいことを言って俺は満足だが、存外にクリスは俺を尊敬の眼差しで見てくれているようだ。とにかくこれで資金の面は大丈夫そうだ。俺はこの事業のおかげで少しばかりの利益を上げることにする。もちろん、そのような金銭を持つ行為は王族として禁止されているらしいため、利益のほとんどをクリスに預けることにしたのだが。クリスは少しずつだが着実に溜まっていく資金を目に、ため息と若干の喜びを孕んでいるようだった。そして、俺の目標金額に達したその日に、俺は動くこととなる。

 

 

 

 

「今日から店調べを再開する」

「はい坊ちゃま。ですが、これまでの運搬業者や農家の方からの情報提供でかなりの店を調べることができたと思いますが?」

 

 

 

 

クリスは尤もな質問をしてくれるが、本来の目的は優秀な医者を探すことだ。これまで収集した情報は主に食べ物や食品、工芸品を扱う店ばかりで、医療にかかる人間はかなり少なかった。さらに言えば、重複する店種の情報が混在するため、どこに何があるかをはっきりと見分ける必要があるのだ。俺は穴あきの地図から医者を探すことにした。

 

 

 

 

「歯科医に眼科医に内科医、外科医、耳鼻科と医者にもさまざまある。その中でも言語聴覚士を探し当てなきゃいけない。とにかくこれには自分の目と肌で確かめないといけない。なんたって可愛い弟のためだからな」

 

 

 

 

クリスはにこりと可愛く微笑むとしっかりと俺の後に付いてきてくれた。俺は一軒一軒に足を運び、店主と話をした。これまでに稼いだお金を少しちらつかせるだけで簡単に情報を曝け出さしてくれた。やはり世の中は金なのだ。そして、7軒目の医者は外科医だったのだがここで少し問題が起きた。口コミによると結構腕がいい医者なのだとか。だが、俺が見た感じとてもそうは見えなかった。というのも、俺が金を見せびらかす人間だと情報が広まっていたのか、はたまた羽振りがいい子どもだから身分が高いのがバレたのか、嫌に下手に出たかと思えば高額な値段を要求し始めたのだ。

 

 

 

 

 

「お噂はかねがね聞いております。私はこの街一番の外科医であるマックス・バリューと申します。今回はどういったご用向きで?」

「・・・・・・言語聴覚士を探している。吃音と言って、声が出にくい症状に詳しい医者を知らないか?」

 

 

 

 

 

マックス・バリューなる最悪の名前の医者は下卑た笑みを隠そうともせず、ゴマをするように俺を値踏みする。俺はここから一刻も早く出たかったため、日本円で1万円にあたる1万ダルを見せびらかす。すると、目を輝かせるマックス・バリューは何か気づいたかのように俺の差し出した左手をまじまじと見つめる。俺は急いで右手に持ち替えて、左手を隠す。マックスは確信したのか、ふむふむと無精ひげを生やした顎を撫でると俺にこっそりと打ち明けた。

 

 

 

 

「左手を明らかに使っていませんね」

「なんのことだ」

「右手に比べて明らかに細い、いや細すぎる」

 

 

 

 

俺は隠した左手に目をやる。ここまでだれにも気づかれずにいたことをこんな銭ゲバに見つかったことは災難だった。さすがに街一番の外科医だけはあると憎いながらも称賛を送るほかない。だが、俺が探しているのは言語聴覚士だ。話を進めるべくこの話は打ち切ることにした。

 

 

 

 

「・・・・・・それで、言語聴覚士を知っているのか?」

「まあ、いいでしょう。声が出なくなる症状でしたか? そんな障害は前世で悪いことでもしたからでしょうが、まあ医者と名乗るのもおこがましい野郎ではありますが、そのような治療をしている者を知っています」

 

 

 

 

一々気に食わないことを言わないと気が済まないのか、と今にも口から飛び出そうな悪態を飲み込み、ようやく見つけた希望の光を逃すわけにはいかない。俺がその話に食いつくと、マックスは口角を上げて情報を出し渋る。俺はさすがに苛ついてきた。俺は1万ダルを引っ込めて財布ごとマックスに差し出す。マックスは目を見開いて釘付けである。俺はぶっきらぼうに言葉を続ける。

 

 

 

 

 

「情報を渡すのかどうなのか。ちなみに言うが、俺はガセネタは嫌いだ。新鮮で正確な情報でなければこの店を潰す」

「おお怖い怖い」

 

 

 

 

 

大根役者もいいとこなマックスは財布から10万円に相当する大金貨を一枚取ると、大事そうに懐にしまう。下卑た笑みを張り付けてついにアルフレッドの希望を教えるに至る。

 

 

 

 

 

「言語に問題を抱える者を治療する場所は、街外れにある見すぼらしい店です。行けば分かる程度にみすぼらしい店です。店の名前は『サリマン言語治療院』、あまりいい噂は聞きませんがね」

「それはこちらが判断する」

 

 

 

 

そう言うと俺はさっさと店を出ようとする。肩を震わせて毎度あり、と笑いながら言うマックスは思い出したように俺を引き留める。俺はぎろりと睨みつけてやるも、怯まずに言い放つ。

 

 

 

 

 

「あなたの左手、握力が弱くなっている。このまま成長すれば立派な障害になり得るでしょうね」

「・・・・・・世話になった。まあ、二度と世話になることもないだろうがな」

「いいえ、あなたはきっと来ますよ。ケヘへ」

 

 

 

 

 

嫌な声だと俺は当てつけにドアを強く締めてやった。その行為を見たのかクリスが心配そうに出迎えてくる。外で待たせていたからか、少し寒そうである。そういえばもう冬の季節が近い。冬も似合うクリスを見て、俺の心は少し落ち着きを取り戻す。俺は冷えて赤くなったクリスの手を取り、最後の目的地へと向かう。クリスは何も言わずに、まだ小さな俺の歩調に合わせてくれていた。

 

 

クリスのかじかんだ手が、俺の体温が移って温くなったころ、俺は目的に遂に辿りつく。確かに見すぼらしい店構えだ。ボロイ木の看板には言われた通り『サリマン治療院』と書かれていた。俺は意を決して店に入る。今度は外では寒いと思い、クリスも同伴させる。中に入っても外とあまり変わらない室温に一抹の不安を覚えるも、ドアをノックしてみる。二三回ノックをしてようやく中から足音が聞こえ、扉が音を立てて開く。扉から現れたのは意外にも髭をきちんと剃った、雰囲気明るめのおじさんだった。俺はまず挨拶をする。

 

 

 

 

「サリマンさんですね、初めまして。私はビス・・・・・・マクシミリアンと言います」

 

 

 

 

 

俺は咄嗟に本名を隠した。ミドルネームであるマクシミリアンがどのような家格を表すかは知らないが、名前や苗字を知られるよりはましだと思い、自分をマクシミリアンとして自己紹介した。すると、サリマンはにこりと笑うと挨拶をきちんと返してくれた。存外先ほどの医者より信頼できると思ってしまった。

 

 

 

 

「丁寧なご紹介いただきありがとうございます。私が当治療院の医院長をしております、オットー・サリマンです。以後お見知りおきを」

「よろしくお願いします。それでサリマンさん、あなたは言語障害を持つ患者を専門にされていると聞きましたが、本当ですか?」

 

 

 

 

一番の目的である専門治療について核心にせまる。サリマンはゆっくりと頷き、ようやく俺の悲願は達成されたのだと心から嬉しくなった。だが、むしろここからである。本当にアルフレッドの吃音を治せるのか、それが重要だ。俺はいくつか質問することにした。

 

 

 

 

「実は俺の弟が吃音でしてね、あなたに是非見てほしいのです」

「ほう、吃音をご存じでしたか」

「それはどうでもいい。問題はあなが弟を治してくれるのかどうかと言うことです」

 

 

 

 

俺の物言いにサリマンは然程も気を悪くせず、俺とクリスに席を促す。俺はそれを断るもサリマンは気にせず座った。この世界の医者は無遠慮じゃなきゃ務まらないのだろうか。それはさておき、サリマンはお茶を啜り、俺の質問に応え始める。

 

 

 

 

「さっぱりですな」

「なっ!?」

 

 

 

 

俺はサリマンの物言いにカチンときた。しかし、優雅にお茶を啜るサリマンは俺を気にも留めず再び立ち上がると俺と目を合わせるようにしゃがみ込み、こう言うのだった。

 

 

 

 

「患者本人がいないのでは話になりませんな。それと吃音についてですが、私の治療実績は抜群です」

 

 

 

 

自信満々と言い放つサリマンはにっこり笑うと、俺の肩に手を置き俺の目を真っすぐ見て聞いて来る。

 

 

 

 

 

「あなたの言うアルフレッドは弟くんだね?立派なお兄さんだ。きちんと連れてきてくれるのなら、私が必ず治してみせよう」

 

 

 

 

 

俺はこのサリマンという人物を見くびっていたのかもしれない。医者が皆酷い人間ではなさそうだと感じた。クリスも遠慮がちに質問に加わる。ここが見どころなのだが、なんとサリマンは俺の可愛いクリスに鼻の下を伸ばさなかった。これはひょっとするといい奴確定かもしれない。

 

 

 

 

「つかぬことをお聞きしますが、彼はあまり外に出たがりません。サリマン先生がこちらまで出向いてはくださいませんか?」

「ダメです。治療はここで行います」

 

 

 

 

 

おお!俺は思い出したのだが、前世に吃音だった友人がいたと言ったが、俺はその友人に吃音の話を聞いて観てみた映画があったのだ。その映画は第二次世界大戦時のイギリス国王のお話だった。その国王も吃音を患い、戦時下に国民に声を届ける必要に悩み、言語聴覚士の下を訪れたのだ。その時観た医者と同じ感じではないか!俺の中でサリマンという人物の株が急上昇していた。俺はクリスに納得させ、後日伺うことを伝えて店を出た。俺は遂にアルフレッドの医者を見つけたのだ。この希望の日を俺を生涯忘れないだろう。館に帰ると、なんと外にあまり出たがらないアルフレッドとミザリーが門の所で俺の帰りを待っていた。

 

 

 

 

「兄さまっ!」

「アルフレッド!!」

 

 

 

 

俺とアルフレッドは駆けつけて抱き合った。かなりの時間を待っていたのかアルフレッドの鼻や耳が赤くなっており、俺は心配が隠せない。過保護になっているかもしれないが、こんなにも可愛い生き物を心配しない方がおかしいのだ。

 

 

 

 

「待ったんじゃないか?赤くなっているぞ」

「今っ・・・・・・あたっ、たかい!」

 

 

 

 

俺は言葉は稚拙かもしれないが、素直な気持ちを伝えてくれるアルフレッドが大好きだ。こんなにも綺麗な気持ちが言える人間がこの世にいるだろうか。こればかりはクリスだってできないことだ。俺はようやくアルフレッドともっと話せるようになるかもしれないと考えたら、どうしようもなく嬉しくてたまらなかった。それはあのミザリーでも同様のようだ。涙を浮かべてこちらを見ている。俺はそこでアルフレッドに対してハンカチを差し出す。アルフレッドはぽかんとしていたが、俺はミザリーに指を差すと、ハッとしたのか一目散に駆けだしていく。

 

 

 

 

 

「はいっ!」

「アルフレッド様・・・・・・ありがとうございます」

 

 

 

 

俺はアルフレッドとミザリーの組み合わせが最近は悪いとはまったく思っていなかった。それどころかやはりお互いに頼り合っているのか、アルフレッドも最近は頑張ってミザリーに話すようにしているみたいだし。そして、俺がハンカチを持つ意味を理解できたのも最近だったからだ。ハンカチはいいものだ。使い方は多様だ。もちろん手拭きとしても、以前クリスの怪我した足を手当てしたようにも使えるが、本当の使い方と言うのがあるのだよ。それはもちろんアルフレッドの行動を見れば分かるだろう?クリスがやってきて俺にそのカッコよさを披露する機会をくれる。

 

 

 

 

 

「涙を拭くために貸すとは坊ちゃまも粋な計らいをしますね」

「ハンカチは涙を拭くのが目的じゃないのさ」

「え?」

 

 

 

 

 

クリスは本当に俺を分かっている。最高のタイミングで最高の決め台詞を言わせてくれるなんて、なんてクリスは可愛いのだろうか。いや、いつも可愛いかったですわ。俺は努めてどや顔にならない顔で、まるで弟を見守る兄の顔であるように、いや普通にその顔ができているかもしれない。

 

 

 

 

「ハンカチは貸すことが目的なのさ」

 

 

 

 

 

俺の言葉にクリスは何も言わずに俺の隣でアルフレッドとミザリーの温かい光景を見守っていた。俺とクリスはようやく、本当に時間をかけてついに探り当てたのだ。弟の、希望の光を。

 

 

 

 

 

 




異世界チート羨ましいですね
宝くじ当たってほしいです


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第八話 株式とデート

今回はクリスの魅力を叩きつけました
大戦よろしくお願いいたします。


弟はミザリーを伴って週に四回サリマンの下へ向かうこととなった。最初は嫌がっていたが、俺が頑張って見つけたことを知っているからか、俺の前では努めて明るく出ていくのだが、窓から見送るその足元は全然早くないことを見るにやはり人と会うのは好きではないのだろう。だが、それも最初の一カ月ほどで、それからはミザリーも見違えるほど前向きに外へ出ることができるようになっていた。俺は弟の成長を温かく見守るのと同時に、これまでに見つけた店の情報を地図にまとめ掲示板へ掲載することとした。

 

 

 

 

「ついに全ての店に顔を出すことができたな」

「はい、坊ちゃまの努力の賜物ですね」

 

 

 

 

クリスも真剣に褒めてくれるほどこれはかなりの力作だった。誰が見ても一目でわかる所在地に加え、どの店がどのような特徴があるか、どれくらいおすすめかを示すマップは俺の貯金を使って至る所に設置する手はずだ。あとは待てば勝手に人から人へ伝播する。そうすればこの街は一気に活性化するだろう。俺は宿屋など宿泊施設に対して、店を宣伝する代わりに宿泊料金を割引させる約束も行っていた。先行投資ではあるが、信じられない宿には俺が投資を行い、もしこれまで以上に儲かればその投資分を返してもらう契約である。また、情報の交換と最新情報の受付窓口も開いた。貯金は短期間でほとんどが散財してしまったが、この投資により情報センターなるものも併設する情報産業を立ち上げた。全てバックアップというか金ずるを俺が行ったのだ。これにはクリスやミザリーまでもいい顔はしなかったが。

 

 

 

 

「坊ちゃま、王族は金銭を・・・・・・」

「分かっている。だが、持ってはいないぞ? 俺は今もきちんと文無しだ!」

 

 

 

 

威張れることではないが、水面下で動くお金の量は貯金していた金額を遥かに上回っていた。さらに言えば、やはり農家の馬糞を肥料化するあの事業もかなり大当たりしてしまい、俺の予想をかなる上回るスピードで俺の貯金が増えてきて実はやばいのである。俺は何とか使用方法はないかと思案しなければならなかった。そこである妙案を思いついたので、思い付きで口に出してみることにした。

 

 

 

 

「よし、飛行機を作ろう!」

 

 

 

 

俺はこの言葉を口走っただけでクリスに睨まれることとなった。怖いが可愛い。俺は前言撤回をし、試案を続ける。俺は金のことでこんなに首が回らなくなることが初めてだった。きっと宝くじが当たったら使い道に悩むのだろう。だが、使うのは絶対だ。どうしよう、そう考えた時俺の前世が輝いた。首が回らない、この言葉にピンと来てしまったのだ。これで俺も某ウシジマくんの仲間入りである。俺は急いでクリスに提案を持ちかける。この興奮を一刻も早くクリスに伝えなければ。

 

 

 

 

 

「クリス!」

「はい、なんでしょう坊ちゃま」

「投資だ! 金を貸して丸儲け!」

 

 

 

 

今度こそ俺はクリスに叩かれるかと思った。説明を省きすぎるのは良くないのか。俺は短気な人間にはならないぞと心に決めた。しかし、金を使わなければいけないのなら誰かに使ってもらおうではないか。これぞ他人任せである。俺はクリス投資について説明をする。

 

 

 

 

 

「そ、それで『カブシキ』とやらを分配してどうするのです?」

「だから、金銭面を支援してやる代わりに経営にちょこ~っとだけ口を出す権利を貰うだけだって!」

 

 

 

 

クリスは完全に俺を信頼していないようで警戒していたが、システムとしては納得しているらしい。俺は王族だから金を持てない。でも継続して入る貯金を誰かが使うならば、王族が使用したことにはならずお手々は真っ白なままである。クリスは腑に落ちないように俺を見ながら今後の方針を聞いて来る。

 

 

 

 

 

「ではどのようにしてそのカブシキを公開するのですか?」

「そんなの情報誌で情報をばら撒けばいいだろう。出入りの早い店が多いのならきっと金をせびりに来るぞ」

 

 

 

 

俺の予感は当たっていた。連日たくさんの商人が株式を求めて情報誌片手にやってくるのだった。俺の予想が外れた点はその規模である。外を見ると街の住人の半分近くがいるのではないだろうかと言うほどの人垣ができていた。まるで一揆かと家のメイドや執事が大慌てになったほどだ。まあそれでクリスに叱られたことは言うまい。俺は身分を隠さなければいけない身だ。誰かに任せなければ。実は、俺は心辺りがあった。それは前に会った彼である。

 

 

 

 

「やあインテリ・・・・・・ボルドーさん!」

「・・・・・・マクシミリアン、殿。私がカブシキを主導してよろしいのですか?」

 

 

 

 

 

この彼こそ株式について学ぶかつての好敵手である、インテリ非人道おバカグレートスケベ改め、ボルドー・ルクシック君だ。俺がインテリ・・・・・・ボルドー君に給料を払って雇い、ボルドー君は俺の教えたように株式を公開すると言う流れだ。だから、ボルドー君の銀行役が俺と言うわけだ。だから、インテリボルドー君は俺の部下と言うことになった。

 

 

 

 

 

「これからよろしく頼むよ、インテリ・・・・・・ボルドー君!」

「あまりいい呼ばれ方ではないような・・・・・・」

「私からもよろしくお願いします。ボルドー様」

 

 

 

 

 

クリスも丁寧にあいさつをすると態度が急変するインテリ非人道おバカグレートスケベであるボルドー君は、相変わらずである。俺は痔になるように冷たく固い椅子を貸してやった。

 

 

 

 

 

「クリスティーナ様っ! こちらこそよろしくお願いしまっぐへ!」

「よしよしインテリボルドー君は仕事をしようか!!!」

 

 

 

 

鼻の下を伸ばしている暇があれば労働だ。俺は容赦せず浣腸してやった。ざまあみろ。尻を押さえて出ていくボルドー君を見送る俺に、クリスはニコリと笑いかけてくれる。これだから天使のような微笑み攻撃は効果抜群だ。俺は敵を追い払ったことで満足していたが、大事なことをクリスが思い出させてくれた。

 

 

 

 

「坊ちゃま、まもなく誕生会でございますね」

「あっ! そうだった!」

 

 

 

 

俺はもうすぐ9歳になってしまうのだ。なんでも10歳からはお披露目会をするそうで、正当な王位継承権を持つ者として貴族の間で紹介し合うのだそうだ。となれば、俺の王族デビュー前最後の誕生会となるのだ。俺はどうしてもしてみたいことがあった。それはクリスには秘密のことである。俺は密かに計画を立てている傍ら、ボルドー君が株式のことで泣きついて来るためあしらうのに忙しい日々を送っていた。そして、俺は誕生会前日に作戦を決行する。

 

 

 

 

「クリス、街へ行くぞ」

「今日はどのようなご用向きですか?」

「今日は街の情報をこの目で確かめる」

 

 

 

 

俺はクリスと二人で街へ出かけた。かつてより賑わいを見せるこの街では、周辺の街からも商人が流入し始め、以前と比べほどもないほど物が溢れていた。俺は街の変遷を見ながら改善事項を脳内にメモしつつ、お目当ての店に到着する。クリスと一緒に入店すると、そこに広がるのは女性向けのアクセサリー店だった。俺はやはりここは気後れするのだ。前世でも彼女らしい彼女はおらず、デートも数えるほどしか経験していない。そんな俺とボルドー君もそうだが、女性物の商品の取り扱いに困っていた。その視察と言うことで来店したのだ。俺はクリスに店の品について聞いてみる。

 

 

 

 

「クリス、どうだろうか。俺はあまり女性物のアクセサリーについては疎くてな。クリスの意見を聞きたい」

「私でよろしければ・・・・・・」

 

 

 

 

クリスは冷静に商品について教えてくれ、俺はバレないようにメモしつつクリスの様子を窺っていた。煌びやかな、時にちょっと大人向けな品など、我慢しているのだろうか少し頬を赤らめるクリスを眺めながら聞き取るこの仕事はまさに至福の時間だった。そんなこんなで粗方商品の把握を行っていると、いつのまにか店員まで話に混ざり始め、クリスと深く話し込んでしまった。女性の買い物が長いのはこういったこだわりが強いからなのだろうか。俺はへとへとになりながら必死にメモをしまくる。そして、ようやく解放された俺は一度クリスを外で待たせることにする。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、なにかお忘れ物でも?」

「いいや、店主とこの情報について打ち合わせをしてくる。少しで済むから待っていてくれ」

「承りました」

 

 

 

 

クリスは俺の言いつけを守り待っていてくれた。ここで懺悔しておくが少しというのは語弊があった。待ってくれといって一時間、俺は店から出てこなかった。すっかり日が落ちかけてしまった頃、俺は慌てて店を出た。怒られるか呆れられてしまえば大変だと、俺は店を出てすぐに謝罪の姿勢に入った。なんならジャンピングスライディング土下座までなら披露できるほどだった。しかし、そこには雪を頭の帽子に積もらせたクリスが先ほどの場から少しも動かずに待っていていくれた。俺は急いでクリスの頭に積もった雪を払ってやる。

 

 

 

 

「すまない! 寒い中待たせ過ぎてしまった!」

「いえ、たったの一時間です」

「寒い中のな! 酷い主もいたものだな・・・・・・ごめん」

 

 

 

 

俺がすっかりしょんぼりしていると、クリスはそんな俺を優しく撫でてくれた。俺はそんな優しく可愛いクリスにこれまで時間がかかった原因を手渡す。紙袋をクリスは不思議そうに見ているので、俺は急いで中から一つの品を取り出してみせる。

 

 

 

 

「これは・・・・・・」

「かんざしだ。俺はお金を持てないからな。使ってしまうに限るんだ」

「私にですか?」

 

 

 

 

俺はなんとも気恥ずかしくて早口で話し、目も合わせることができずにいた。だが、クリスはあまりにも寒いところにい過ぎたのか、言葉数が少なく、俺はむしろさらに困惑することになった。

 

 

 

 

「俺は女性物には疎いと言っただろ。それに商品を実際に使う人がいないと分からない・・・・・・だから!実際にクリスが使ってみて感想を教えてく・・・・・・れたら・・・・・・なあ~って・・・・・・」

 

 

 

 

どんどんと自信がなくなっていく。初めて異性にプレゼントを贈るわけだが、こんなにも気恥ずかしくてそわそわするものなのか。世の男性は偉大だぜ。俺は今すぐにでも逃げ出したくなり、思わずクリスを見てしまう。ここでは見てしまったという方が正しいだろう。なぜなら、そこで見てしまったのは女神だったからだ。暗くなりかけた道すがらに落ちている女神をどこぞのだれかが安売りしているのかと思うほどに、それは周りが明るく色づくくらいにといっても過言じゃない。それほどにクリスの顔が弾けていたのだ。喜びって200種類あんねんな。俺には言い表せないほど幸せそうなクリスがそこにいた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、大切にします」

「お、おう」

「大切にします!」

「お、おおう」

 

 

 

 

ぎこちないやり取りが交わさせるも、ここで俺がギブアップを迎えてしまった。だって心臓が痛いのよ?俺はまだ十歳にもなってないけどあれかな、心臓を患ったかなと思うほど血圧が上昇していた。そして、俺は照れ隠しに袋の中身を出していく。

 

 

 

 

「そ、それから寒そうだからマフラーと手袋も! ついでだ!」

「はい・・・・・・ついで、ですね?」

「うるさい笑うな!」

 

 

 

 

俺を嘲笑うような、いやいつもと違った笑い方に俺はムズムズしてしまい、その場から早歩きで歩き始める。しっかりと付いてくるクリスは今しがた渡してやったマフラーと手袋、そしてかんざしを付けながら歩いているようだ。雪がちらつく夕暮れに、クリスの俺を呼ぶ声が響く。

 

 

 

 

「坊ちゃま」

「なんだ」

「どうですか?」

 

 

 

 

その姿はまるで艶やかなとでも表現すればよいだろうか、女性耐性のない俺からすればクリティカルヒットそのものだった。どうして俺は男に生まれてしまったんだ、神様ありがとうございます。クリスの手袋マフラーからのかんざし姿アピールはまるで雪の妖精そのものだ。赤い髪にひらりと舞うかんざしと、喜色満面の赤い瞳はこれから白み始めるだろう冬の中でも、一際淡く輝くのだ。俺は言葉を奪われる感覚を初めて味わったわけだが、個性を求める男たるもの何か言わなければ。しかし、俺はありきたりな言葉しか思いつかなかった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・暖かいなら十分だ」

 

 

 

 

 

俺は簡単に可愛いなどと人に言いたくない性分なのだ。前世ではたくさん言ってほしいと女性は言っていたが(そもそも言う相手がいなかったんですけどね)、残念ながら俺はあまり言いたくないのだ。本当にそう思った時にしか言いたくなんだ。自然と口をついて出る本物の言葉、それが可愛いってもんだろう。あ、でも弟のアルフレッドは別よ?あれは特別だから。それにしてもクリスは本当に嬉しそうに俺の後をついて来るもんだ。少し積もった雪を踏みしめる音が、先ほどから軽い。俺は早く帰るため帰路を急ぐ。その後ろでクリスが囁いた気がしたが、気のせいと言うことにしとこうと思う。

 

 

 

 

「とても、温かいです」

 

 

 

 

 

そして、俺は誕生会を迎えた。クリスはかんざしをさりげなくつけてくれているが、俺が指摘してやるまでもないだろう。さらに嬉しいことと言えば、誕生会の最後に弟のアルフレッドが俺に手紙を書いてくれたことだった。そこには感謝の言葉がつづられており、俺は涙を止めることがギリギリできていた。いや、クリスがハンカチで拭いてくれました。びしょびしょになるくらい。弟のアルフレッドも少しずつではあるが、言語能力に成長が見られ、俺を祝う歌をなんと他のみんなと一緒に歌ってくれたのだ。俺は王族デビュー前最後の誕生日を最高の形で迎えることができたのである。

 

 

 

 

 




ボルドー君がいい味を出してくれて助かります
クリスはかわいい


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第九話 王族辞めます

今回少し少なめです
もう一話投稿しようと思います


それから一年はあっという間だった。一応俺は王族になるため、そのための作法やマナー講座が、ダンスなど様々な訓練を行わなくてはならない。可憐で可愛いクリスとマンツーマン指導なのは嬉しいが、思い出してほしい。クリスは教育に関しては俺と同じかそれ以上に厳しいのだ。うん、嘘をつきました。断トツに厳しです。だが、それ以外の算数計算や科学的知識、読解力は前世の感覚でやれば合格点以上を楽に叩きだせる。これでも一応国立大学を出させてもらってるんでね。この時ばかりはクリスも俺を認めざるを得なかったようだ。

 

 

 

 

「坊ちゃまは出来ることとできないことの差が激し過ぎます」

 

 

 

 

 

誉めてくれたんだよね、これ?まあいいのだ。さらに言えば、社会と経済についてはこれまでに学んだ知識があれば並みの貴族以上の知識があるのも分かった。クリスに言わせれば、その商才があれば王族を辞めても生きていけるそうだ。俺はその言葉に飛びついた。

 

 

 

 

 

「じゃあ俺、王族辞める」

 

 

 

 

俺は今の言葉を世に出してしまったことを心から後悔した。凍てつく視線を可視化できる人間がいるとしたらそれはクリスだろう。俺は貫かれて死にそうになった。まあ嘘々、そんなこと思うわけないよね。話を戻すと、王族や貴族は領地を経営しなければならないため、帝王学なるものを学ばなければならないらしい。しかし、これはクリスの方からストップがかかった。俺としては名前からしてカッコいいその学問を学んでやらないでもない、というか学んでみたいと思ったのだが、なぜかクリスが嫌がった。

 

 

 

 

「これ以上人をたぶらかすような才能を身に着けてどうするつもりですか・・・・・・」

「なんだって~?」

「何でもありません」

 

 

 

 

 

クリスがなにか囁いた気がするがまあ俺への称賛だろうきっと。そう思うことにしよう。そう、ポジティブ大事。そして、学問をする時間が浮いたためその穴あき時間を俺は、インテリ君改めボルドー君と株式の情報についてやり取りするようになっていた。どうやら規模があまりにもでかくなりすぎているようだ。俺の資金はいつの間にか地方財産に匹敵するほど巨額になっていた。これではボルドー君の銀行たる俺もパンクですよ。そんでもってボルドー君は足しげくこの館に通っているが、お目当てが俺以外にもあるようだ。鼻の下を伸ばすのを辞めてもらいたい。俺はもっとボルドー君に勉強して痔になってもらう為、情報誌と株式の拡大を命じた。

 

 

 

 

 

「マクシミリアン殿! 私は生まれてこの方この街からは出たことが・・・・・・」

「農家や商人ですら出ているのに、インテリの君が出ないのはおかしいよね?」

「わ、私はできませんよ!」

 

 

 

はい嘘確定です。俺は昔も言ったけど元は日本人よ?俺が一番言いたかった言葉ランキング上位が「できません」。これが言える環境を整えるのも大事だけ、それ以上に俺は前世では言ったことがないんですよこれが。だから、ボルドー君には頑張ってもらいましょうそうしよう。

 

 

 

 

 

「できないってのは、嘘つきの言葉なんですよ」

「ひえっ!」

「給料アップを提示しよう」

「やらせていただきます」

 

 

 

 

俺とボルドー君はこれからもいい付き合いができそうだ。領地は広いが、他の領主が治める地域にも情報は拡大している。人・物・金ではなく、目に見えない情報は規制の仕様がなく、俺は情報産業を一手に担う裏の支配者となりつつあった。う~ん、トレビア~ン。裏のボスって響きがいい。俺は新たな個性を手に入れた気がしてとても満足だ。そうこうしているうちにまた冬の季節が巡ってきた。去年はクリスと楽しいデート・・・うん、やっぱ恥ずかしいから贈り物記念日とでもしておこう。そんな楽しい年だったが、10歳の誕生会はついに俺の王族お披露目会である。内容はあまりよく知らないが、まあ大丈夫だろう。問題はクリスが風邪をひいたことだった。俺の可愛いクリスが寝込んでいる姿はあまりに忍びなく、俺は他のメイドの助けを借りつつ看病をしてやることにした。

 

 

 

 

「具合はどうだ、クリス」

「はい、とても良いです」

「嘘が下手だね。辛そうだぞ」

 

 

 

 

クリスは倒れる直前まで俺の世話をしていたが、まったくそんな素振りを見せなかったというか、俺が不注意だったのだ。俺はなんとしても誕生会までにはクリスに治ってほしかった。だから俺は必死に看病した。夜中に部屋を抜け出してはクリスの部屋に忍び込み、額のタオルを替えてやったりした。俺がタオルを水に浸して絞るとき、クリスがふと起きてしまった。

 

 

 

 

「坊ちゃま?」

「起こしてしまったか?すまない、今タオルを替えてやるからな」

 

 

 

 

俺の絞る動作を見てクリスは飛び起きる。俺は突然の動きに反応が遅れてしまった。クリスは俺の左手を掴んで凝視する。俺は完全にやらかしたと思った。俺は以前、アルフレッドの医者を探すために外科医のマックス・バリューの下を訪れたが、その時に言い当てられたように俺の左手は握力がかなり弱い。それを遂に、というかこんな時にクリスに見つかってしまったのは痛恨の極みだった。クリスは風邪で辛いはずなのに、すごい勢いで俺に迫る。その気迫と言ったら思わず逃げ出したくなるほどだった。

 

 

 

 

「坊ちゃま、もしかして・・・・・・左手が動かないのですか?!」

「そんなわけあるか。ちゃんと絞って見せたじゃないか」

 

 

 

 

俺は必死にかつ至って冷静に対応を試みる。内心、心臓が破裂しそうな勢いで収縮を繰り返すがそれを悟られるわけにはいかなかった。だが、さすがに長年連れ添ったクリスだ。俺の嘘にすぐに気づいてしまった。

 

 

 

 

 

「もしかして、あの時ですか?」

 

 

 

 

 

俺はクリスの考える同じ光景を見ているだろう。初めて外出して山へ繰り出したあの日のことだ。俺は躓いたクリスを助けるために、無理な姿勢で左手を行使してしまった。その時の怪我が未だに引きずっているのだ。だが、これを認めてしまえばクリスを悲しませることになる。もとあといえば俺が強引に山に誘ったのが悪いのだから、クリスが謝る必要もないと考え隠してきた。しかし、クリスは気づいてしまう。俺の否定にも。

 

 

 

 

「あの時? いや、俺は無茶ばかりして来たからね。たぶんその時だろう」

「どうして仰って下さらなかったのですか!?」

 

 

 

 

クリスは俺のか細い左手をまじまじと見つめる。俺はそんなクリスからそっと左手を放し、クリスに休むように促す。

 

 

 

 

 

「ほら、まだ病人なんだから寝てなきゃ」

「寝ている場合ではありません!ああどうしたら・・・・・・」

 

 

 

 

あたふたしているクリスを普段は可愛いと思えるのだろうが、今の俺にはそんな余裕はなかった。俺は一刻も早く離れるべきだと思ったのだ。俺は急いでクリスを部屋に残し逃げ帰ってしまった。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま!」

 

 

 

 

俺はクリスを傷つけたくない。本当の親より親らしいことをしてもらい、こんな俺に愛を注ぎ、こんな俺といてくれたかけがえのない人なのだ。この左手のせいでクリスを傷つけてしまうくらいなら、いっそのこと切り落としてしまいたいくらいだ。左手がなければクリスも悲しまずに済むだろう。だが、他の人に隠せている以上気に病む必要はない。俺はそうこびり付いた考えを振り切った。

 

 

 

 

 

 

 




最近、看病とかされたりしたりした思いでないですね


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第十話 王族デビュー

今回はなかなか・・・
登場人物増やしますよ


数日後、無事にクリスは回復し、俺の王族デビューの日に間に合った。あれからどこかクリスはよそよそしかったが、俺が今まで以上にボルドー君をいじめていたためか気にならなかった。そうそう、ボルドー君は痔ではないが、日ごろの緊張感ある仕事で胃を痛めたらしい。ざまあみろ。良い胃薬をやるとしよう。そんな日を最後に俺はついに館を出立する日を迎える。弟のアルフレッドがお見送りをしてくれ、俺は胸を張って出立する。いや、ちょっと可愛い弟の成長した言葉に泣いたかもしれないけど。

 

 

 

 

「兄様、行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくるよアルフレッド」

 

 

 

 

俺は場所に揺られ初めて王宮に向かう。なんとお披露目会の前に両親である国王と女王に謁見しなければならないらしい。実はあまり緊張と言うか、現実離れしすぎていて実感が湧かないのだが。少しずつ立派な宮殿が目の前に広がり、王都の街並みも観察したいなと考えていることをクリスに窘められながら到着したのだった。

 

 

 

 

 

「ここが王都かあ」

「坊ちゃま、あまり突飛な行動はお控えください」

「分かってるよ。ちょっと見てくるだけだって」

「まったく分かっておられませんね。これから坊ちゃまの父君と母君に会われるのです。気を引き締めてくださいませ」

 

 

 

 

 

どうやらクリスも緊張しているようだ。さすがに国王ともなるとこうなるのも当たり前か。俺はしぶしぶクリスに従うことにした。王宮は広く、豪華そのものだった。さすがに王宮というだけあって威厳に満ちている。俺はクリスと王宮の近衛兵に導かれるままに王座の間へとやってきた。これからどんな魔王が来るのだろう、なんてファイナルファンタジー妄想をしながら待っていると、扉が開き、仰々しいエキストラ、もとい従者たちがズラリと並んだ空間が広がっていた。俺は促されるままに進み、王と女王が座るところまできびきび歩いた。

 

 

 

 

「ビスマルク・マクシミリアン・デ・メ・フェルディナンド様のご到着です!」

 

 

 

 

 

近衛の隊長と思しき立派な鎧を着こんだ男が大きな声でそう叫ぶ。声の大きさなら俺だって負けないけどね。こんなとこで闘志を燃やしているのに気付いたのか、クリスが無言の圧力をかけてくる。こいつ、テレパシーか!そんないつものやり取りをしていると、俺の親である王が口を開く。確かに王冠を被り、服装もイメージ通りの王様だ。

 

 

 

 

 

「よく来たビスマルクよ」

「ようやく拝謁することができ光栄です、陛下」

 

 

 

 

俺はクリスが言えと言ったセリフをそのまま申し上げる。そういえば、俺は親の名前も知らないもんね。そう言うと王様は頷いてクリスにも挨拶をする。

 

 

 

 

「ここまでよく育てた。大儀であった」

「はっ! 恐悦至極にございます。ヴィルヘルム陛下」

 

 

 

 

クリスの労をねぎらうにはあと二日ほど言葉が足りないと思ったが、賢い俺は黙っていた。偉いでしょ。さて、こんな時でも俺の疑問をさらっと解決できるクリスってば優秀過ぎるでしょう。あとで誉めてやらなきゃ。俺の父親の名はヴィルヘルムというらしい。どこかで聞いた名だなと考えていると、謁見は終了したようで俺は退室を促された。えっ、あっという間過ぎない?そう感じたのも束の間、俺はすぐに着替えをさせられ、今度はお披露目会の支度を始めなければならなかった。

 

 

 

 

「あのさ、父親ってあんなもんなの?母なんて一言も話さなかったよ?」

 

 

 

 

俺は着付けをしてくれるクリスにそう尋ねるも、クリスはテキパキと俺に服を着せながら答えにくそうに回答を出す。

 

 

 

 

 

「王族は無闇に人を褒めたりしてはいけないのです。それが美徳であり、栄誉を賜る際に価値が上がるというものです」

 

 

 

 

 

なるほど、じゃないよ。え、なに?つまり俺も王様になったら喋っちゃダメみたいな罰ゲーム生活しなきゃいけないの?ヤダヤダやだよ絶対に嫌。現代日本の家族関係も希薄だと思ってたけど、それ以上じゃん王族。王族マジ嫌悪なんですけど。俺は口悪いギャル語を話すくらいには王様になるのが嫌になっていた。ただ、そんなことを考えているうちに着替えが終了していたようで、今度こそ俺の誕生会兼お披露目会に移るようだ。あ、ちなみに順序を誕生会を先にしたのはもちろんあれだよ?俺は祝われる立場なんだからお披露目会なんていらんもんは次いでよ。

 

 

 

 

 

「どれくらいの貴族が来るものなの?」

「坊ちゃまのお披露目会ですから、国中の貴族が集まるはずです。先日、目を通して頂いた貴族の方たちの名前と経歴など覚えていらっしゃいますよね?」

 

 

 

 

あちゃー、それを忘れてたよ。だってこの国貴族ってやたら多いんだよ。爵位ですら覚えるのに大変だったのに、そんな知らん人なんか覚えたくないよだ。俺の中でごろりくんが駄々をこねているが、逆にこれはこれで面白いのでは、と感じているのも事実だ。だって、貴族って言ったら・・・・・・

 

 

 

 

 

「わたくし、公爵令嬢のリーゼロッテ・シュタインマイヤーと申しますわ!殿下にお目にかかれて光栄ですわ!」

 

 

 

 

 

これこれ、これだよ。主語といい、語尾といい完璧だよ。加えるなら、金髪縦ロール。匂いはバラときたら百点満点極まれりだよ。ザ・お貴族様って感じでこれがまた最高。これぞ個性ってやつよね。あたり一面の背景にバラを漂わせられる貴族って、むしろ日本でも貴重な存在でしょ。俺はこのリーゼロッテとの出会いに感動を覚えていた。そして、次に紹介されたのが同じ公爵家の令嬢だ。

 

 

 

 

 

「ブルボン公爵家から参りました、シャルロッテ・ブルボン・オダです」

 

 

 

 

 

ブルボンて・・・・・・お菓子メーカーかよ。いやいや、ブルボン王朝ってのもあったし確かに貴族に分類されるよね、うんうんってオダ?どゆこと?俺は興味からシャルロッテに聞いてみることにした。

 

 

 

 

 

「初めましてシャルロッテ公爵令嬢。オダというのはご先祖の継承ですかな?」

 

 

 

 

 

俺が声を掛けてくれたことに気をよくしたのか、シャルロッテお姫様はその日本美人的な長い黒髪を揺らして答えてくれた。まさかその黒髪といい、和服っぽい出で立ちと言い、まさかだよね?俺の妄想を打ち砕くというより、上回る回答をシャルロッテ姫様は言葉を繋げる。

 

 

 

 

「はい、私の先祖であるオダノブの継承です」

 

 

 

 

 

俺はもう少しで吹き出すところだった。まさかあの織田信長?!もしかして本能寺で討たれたと見せかけて異世界転生してた?あり得る・・・・・・実にあり得る。うわあ、この異世界のネーミングセンスのルーツこれかも~。俺が脳内で爆発が起きる中、シャルロッテ姫様は俺を気遣ってくれる。

 

 

 

 

「あの大丈夫でしょうか?」

「あ、ああ問題ない。よいご先祖をお持ちだね」

「はい、ありがとうございますわ。それと・・・・・・お誕生日おめでとうございます」

 

 

 

 

 

俺は初めてお披露目会の本質を思い出した。そういえば、俺の誕生会のはずじゃないか。俺ですら忘れるくらい、貴族と話してたせいで誕生会をすっかり忘れていた。俺をきちんと祝ってくれる人物がいたことにほっとしつつ、次の面会である。

 

 

そうこうしてあっという間に時間が経ち、ようやくご飯会の時間となった。と言っても俺はほとんど食べることは許されてないんだけどね。俺の誕生日ぃ~ああ、去年のクリスとアルフレッドと祝った日が懐かしいよぉ。そんな少しメンタルが弱った所で俺はこっそり外へ出る。

 

 

 

 

 

「だあ、まったく俺の誕生日なのに祝われてる気がしない」

 

 

 

 

クソでか溜息をかます俺の後ろで気配があった。俺はすかさず背筋を伸ばし、ワイン(水)をクルクルしながら月を物憂げな顔で見上げてかます。

 

 

 

 

「今宵は月が静かだ」

 

 

 

 

 

決まった・・・俺は満足です。俺が感慨に浸っていると裾を掴まれる。俺はなんだろう、話しかければいいのにと思い振り返ると、そこにはふくれっ面の金髪縦ロールでおなじみのリーゼロッテが立っていた。俺何かしましたっけ?

 

 

 

 

「殿下っ! どうして私のお相手をして下さらないの?!」

 

 

 

 

 

おやあ?これはまさかのあれですか?貴族の我儘ルート入りましたか?リーゼロッテさん、あんたどんだけ属性お持ちなのよ。俺は努めて紳士的に対応する。先ほどの決め台詞を全無視されたことはこの際目を瞑ってあげよう。

 

 

 

 

 

「リーゼロッテ姫はおいくつなのですか?」

「12です! そんなことよりお戻りになって私をダンスにお誘いくださいまし!」

 

 

 

 

おおっと出ました。『女の私を放っておくなんて!』攻撃。この手の気の強い女性を俺は俺は幾度となく見て来た。攻略方法ももちろん知っている。漫画でな。俺は漫画の知識を頼りに反撃に転じることを決断する。攻撃は最大の防御なのだ。

 

 

 

 

「あなたのような月の輝きにも負けない美しさを、私が独占するのも心が痛みます。今宵、この月下で二人だけで、というのはいかがですか?」

 

 

 

 

ああ死にたい。俺は二度とキザなキャラは止めようと心に誓った。強気のキャラにはきちんと自分の想いと包容力のある行動が大事なのだ・・・・・・と漫画で学んだ。だが、俺には無理だよクリスぅ~だって俺恋愛経験ゴミよ?確かに前世で一人二人と付き合ったことあるけど、このタイプは経験値ゼロですって。たちゅけてクリス~そんな寸劇を胸中で繰り広げていると、リーゼロッテはプルプルしている。俺は選択をしくじったかと、急いで脳内に保管してある決め台詞を探そうとする。しかし、リーゼロッテは顔を真っ赤にして捨て台詞を吐くのだった。

 

 

 

 

「ビ、ビスマルク殿下っ! あ、あなたという人は・・・・・・・もういいですわ!」

 

 

 

 

 

完璧にやらかした。完全に怒らせてしまったか。初見プレイで貴族対応なんて無理だよ。テンプレを誰か作ってくれ。そんな感じで一人取り残されて傷心した心を夜風で慰めていると、また誰かの気配がした。俺は今度こそ決めてやろうと、趣向を変えて日本で有名な短歌を口ずさんでみることにする。

 

 

 

 

「外に出て 月に立てば 冬の雲 明るき空を 近く飛べるも」

「あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの 夜渡る月の 隠らく惜しも」

 

 

 

 

 

まさか俺の短歌に返答しただと?!俺は驚いて振り返ると、そこには妖艶な笑みを浮かべたシャルロッテが立っていた。まずい、俺の学がないのがバレてしまう。なんとか意味を考えろ!たぶん、たぶん日が差してるけど俺が夜空を渡る月のように隠れてしまって悲しいとかそんなだろ!さすがに月と俺の願望を絡めて即答で返すとか学力マウントかよ、怖えよお!俺は百人一首の歌は覚えていたり、お空を飛びたいなという短歌は知っていてもシャルロッテ、あんたの歌は知らないよ。でも、確か百人一首にはないからおそらく古今和歌集か万葉集あたりだろう。見切ったぜ!そんな古典マウントを自分の中で確立していると、シャルロッテがゆっくりとだが確実に、絡みつくように俺の下へやってくる。

 

 

 

 

「ビスマルク殿下・・・・・・私、あのように心躍る歌を贈られたのは初めてです」

「おお、そうか」

 

 

 

 

俺はマジで絶賛焦っている。俺は知っている詩しか知らないわけで、あんな古典和歌の意味なんてまるで分からない。それに俺は空を飛びたいって言ってるのよ?この世界じゃ絶対ダメでしょうがぁ!てか、俺の短歌の意味わかるのか!織田さんやりすぎです!

 

 

 

 

「私の想い・・・・・・つい胸を打って出てしまいました」

 

 

 

 

やばい、この流れだとおそらく茶会やら連歌会とかに呼ばれてしまう!それだけは何とか避けねば!頑張れ、捻りだせ俺の語彙力ぅ!!

 

 

 

 

「シャルロッテ姫のためだけにしか・・・・・・今宵だけの秘密です」

「まあ・・・・・・」

 

 

 

 

どうやらシャルロッテはなんとも惚れ惚れしているようだ。乗り切ったああああ!!!詐欺師になれるぞ、いやならないけど。リップサービスもこんなもんでいいだろう。俺はうっとりするシャルロッテを部屋に戻すと、この場から離れることを決意する。窓辺の近くにちょうどいい大きさの木があるため、それを伝って下に降りてやり過ごすことにする。ああ、これまで二階から飛び降りていただけあって簡単なものだ。下に辿り着き、着地を決めると足元から腑抜けた音がする。どうやら下に空間があるようだ。俺は芝生をめくると案の定鉄格子が姿を現し、空間が顔を覗かせる。はい、冒険ルート突入です。

 

 

 

 

「レディゴー♪」

 

 

 

 

既に脳内は某ゲームの赤いおじさんです。空間はかなり下まで続いており、ラッタルを下り続けるとさらに大きな空間に出た。暗くてよく分からないが、なにかの倉庫のようだ。俺は恐る恐る歩くとなにか目の前を遮る大きな物体があることに気が付いた。夜目に馴らそうと少し待っていると、ようやくその全貌がぼんやりと見えて来た。

 

 

 

 

「なんだよこれ・・・・・・飛行機じゃないか!?」

 

 

 

 

目の前に広がるのは確かに巨大な飛行機状の物体だった。シルエットで分かるだけでも40メートルを優に超える大きさに俺は圧倒された。飛行機なんてものがどうしてこの王宮の地下にあるのか、それを考えるだけでも映画を一本作れる気がしていた。妙な興奮が俺の物づくりの精神を触発してやまない。俺はそんな大発見をしてしまった気がしたが、奥から人の話す声が聞こえて来たため、仕方なく元来た道へ引き返す。俺のこの探究心をどうしてくれようか。俺は興奮のあまり一気にラッタルを駆け上がり、外に出る。俺は再び芝生を元に戻すと、披露宴会場に何食わぬ顔で戻り、食事でもしようとこっそり入室する。すると、そこに立っていたのは般若の形相をしたクリスだった。

 

 

 

 

「今までどこに?」

「あ~お手洗いにね、迷っちゃって。てへぺろ」

 

 

 

 

俺は会場に戻されたが、そこにはきれいさっぱり料理は片付けられた後だった。夜眠る前まで説教されたのはいい思い出だ。枕を濡らしたけど。だけで、その怒ったクリスの顔はどこか悲しげだったのが印象的だった。

 

 

 

 

 

 




やっぱりキザな言葉は身震いがしますよ
まさかの織田信長公も異世界転生してましたですよ
作中の和歌については万葉集とヴィオロンの溜息です
是非皆さんも見てみてください、本当にの意味が分かります


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第十一話 左手とクリスの告白

ハプニング回突入です


翌日、俺はクリスに起こされる。今日は最後にもう一度国王に会って挨拶をして帰るようだ。俺はお披露目会を無事に終えたし、再び日常が送れるのだと思うとさっさと帰りたい気持ちが先行していた。

 

 

 

 

「坊ちゃま、本日は国王陛下と謁見になります」

「分かってる。さっさと終わらせて帰ろうな」

「・・・・・・はい」

 

 

 

 

俺は寝不足からか、昨晩と今のクリスの変化に気づくことができなかった。むしろ、今の俺には昨日見た飛行機らしき物体の正体を解明したくてうずうずしていたのだ。そうして支度ができたため、王座の間へ向かう。俺はさすがに父親であるヴィルヘルム王に昨日のことは言ってはいけないよな、と思考を巡らせていた。そうこうしてる間に目的に着き、俺は再び父親であるヴィルヘルム国王に謁見する。

 

 

 

 

「おもてを上げよ」

 

 

 

 

厳かな声で顔を上げると、ヴィルヘルム国王は少し険しい顔をしているようだった。ぶっちゃけ昨日の今日で変化なんて分かるわけはないのだが、若干強張っている気がしたのだ。その俺の勘はおおよそ当たることになるわけだが。

 

 

 

 

「息子よ、そなた、左手が使えぬそうだな」

「なっ!?」

 

 

 

 

 

俺はまさかの事態に冷静さを失ってしまった。慌てて焦った表情を引っ込めて無表情を装うも、国王とその隣に鎮座する女王にはバレてしまったようだ。どうしてこのことがバレたんだ。いつそんな素振りを見たのか。俺は過去の記憶を探るもそのようなヘマをこの両親の前で見せた記憶が全く見当たらなかった。まさか、テレパシー?すると、ヴィルヘルム国王は近衛兵を呼びつけると、剣を抜かせる。まさか斬首?まさかの展開に俺の脳内は爆発寸前になる。しかし、近衛兵はしっかりと俺にお辞儀をしてから注意しつつ、俺に剣を差し出す。よかった、切られはしないようだ。しかし、ヴィルヘルム国王は俺に剣を持つように指示する。

 

 

 

 

「ビスマルクよ、その剣を左手でもってみよ」

「陛下、私は右利きです。左手では・・・・・・」

「いいから持ってみよ!!」

 

 

 

 

王の一喝は迫力があった。さしもの俺もこの一喝にはさすがにビビった。俺は渋々剣を左手で持ち上げてみる。俺はなんとか持てることをアピールしなくてはならない。全身全霊の力を無表情で左手に集中させる。あたかも簡単ですよ、と言わんばかりのポーカーフェイスで乗り切ってやると意気込んでみたものの、やはり俺の左手は言うことを聞いてくれなかった。俺はどうか頼むからと、必死に動かない左手に力を込める。しかし、残念ながら剣を左手で持ち上げることはついにできなかった。

 

 

 

 

「もうよい」

「いえっ! まだこれから!」

「もうよい!」

 

 

 

 

さっきから怒鳴られてるけど怖いです。止めてください。俺は力なく剣を手放すと、剣は呆気なく地面に転がる。俺は下を見つめることしかできなかった。しかし、まだだからと言って最悪の事態にはならないはずだ、と俺は必死に頭を振る回転させる。ヴィルヘルム国王は溜息を、女王は額に手をかけ嘆いている。大丈夫、俺がなんとかこの事態を、そう考えていると直球かつ剛速球で俺は攻撃を受けることになる。

 

 

 

 

 

「メイドのクリスティーナを庇ったとにできたのだな?」

 

 

 

 

 

あれぇ、どうしてバレたんだ。俺は目の前が真っ白になり、足に力が入らなくなっていた。その沈黙を見てヴィルヘルム国王は大きくため息を吐く。

 

 

 

 

 

「第一王子たるビスマルクは左手に障害、第二王子たるアルフレッドはまともに喋れぬ・・・・・・か。なんたることだ。そうは思わぬか、クリスティーナ」

 

 

 

 

 

俺はびくりとした。後ろのクリスを見るとまさに沈黙の姿があった。俺はなんとか誤解を解こうとヴィルヘルム国王に弁解を試みようとする。しかし、その言葉を遮ったのは紛れもなくクリス、その人だった。

 

 

 

 

 

「はい、陛下の、延いてはこの国の宝となられるお人に、生涯残る傷を残してしまい、申し開く言葉もありません。ただ懺悔し、この罪を償いたく存じます」

 

 

 

 

 

俺は一体クリスが何を言っているのか理解できなかった。どうしてクリスはそんなことを言うのか、俺がここで否定すれば全て丸く収まるのか、頭の中は混沌に包まれていた。俺は咄嗟に否定を口にする。

 

 

 

 

「違う! 違います陛下! 俺が、私が自分で招いた結果なのです。自分で怪我をしただけなのです!」

「そうなのか? クリスティーナよ」

 

 

 

 

 

ヴィルヘルム国王は、そうクリスに問う。俺はこれが最後のチャンスだと、精一杯のエールをクリスの送る。しかし、クリスは俺のことなど見向きもせず、俺の言葉を否定する。そして、俺も負けじとその否定を真っ向から否定する。

 

 

 

 

「いいえ、私を庇われてお怪我なされたのです。また、もし違ったとしてもビスマルク殿下の左手が使えないのは事実にございます」

「違うっ! 力仕事は出来ないが不自由はない! 黙っていろ!」

 

 

 

 

俺とクリスの声の大きさは張り合うどころか、俺の声が少しずつ小さくなっていた。俺はこの結末を知っている。王族である俺の左手が怪我したことは事実であり、その監督責任は間違えなくクリスに向いてしまうのだ。こんな最悪のことばかり想定できてしまう前世での記憶が憎かった。だからこそ俺の声は小さくなってしまう。

 

 

 

 

 

「今までこの状態で生きて来た。お前は悪くない! 頼むから黙っていてくれ・・・・・・」

 

 

 

 

 

俺の懇願に近い言葉にも、少しもクリスは動揺することも俺を見向きすることもなく、結論を言い渡す。

 

 

 

 

「全ての責任は、監督不行き届きの私の責任です」

 

 

 

 

 

俺は膝から崩れ落ちた。どうしてクリスはここまで頑ななのだろう。俺がダメな子だったからだろうか。それとも俺が迷惑をかけすぎたからだろうか。昨日お披露目会を無断で抜け出した挙句、地下の秘密を見てしまったからだろうか。俺が、嫌いだからだろうか。俺の頭の中で負の記憶が埋め尽くしていく。だが、同時にこれまでのクリスとの思い出も蘇ってくるのだ。初めてキヌタンポを一緒に食べてくれた顔、初めて泣かせてしまった顔、草の名前を調べて笑い合った顔、そして、雪の日にかんざしをプレゼントしてあげた時の顔。それらが負の記憶を上回る速度で駆けのぼる。俺はいても立ってもいられず、行動に移る。俺の行動は簡単だった。

 

 

 

 

「よし、左腕斬るか」

 

 

 

 

その場にいた全員が俺の行動に釘付けになる。俺は転がった剣を右手で持つと左手を地面に置く。右手の剣を振りかぶって、そこで近衛がようやく動き出す。だが、もう遅い。俺の右手は既に振り下ろされている。そんなに左手が駄目ならいっそのこといらないだろう。別に俺が困るわけじゃない。そう考えると、どこか困る人が浮かぶ気がした。その瞬間だった、ヴィルヘルム国王が一喝する。

 

 

 

 

 

「もうよい!」

 

 

 

 

 

さっきからそれしか言ってねえぞ、そう思い俺は剣を止めていた。若干切れちゃったけど。痛くないからいいよね。実は結構痛いです、血が出てます痛いです。この惨状を鎮めるべく、ヴィルヘルム国王は立ち上がると俺の剣を取り上げて、そのいかつい瞳をぎらつかせる。俺は負けじと涙目を引っ込めて見つめ合う。ヴィルヘルム国王は諦めたのか、目を閉じて言葉を紡ぐ。やったね、俺の勝ち。

 

 

 

 

「噂は本当であったか・・・・・・ここまで厄介な息子をよくぞ育て上げた。その功に免じて・・・・・・」

 

 

 

 

あれ、もしかしてこれ勝ったのでは!俺の脳内はこの言葉に勝利確定BGMが鳴り響いていた。俺の個性の大勝利だ。やっぱ個性って大事だな、そうお気楽に考えていると勝手に話が進もうとしていたので、耳を澄ます。あれ、おかしいな。何か聞こえたな。そうだ、もう一度巻き戻そう。

 

 

 

 

「その功に免じて、そなたに子爵の爵位を与え、ビスマルク第一王子の愛人になることを許そう」

 

 

 

 

 

うん、ごめん一旦電源切っていいかな。リセットボタンはど~こだ。あ、リセットさんが出ちゃうからダメダメっと!あははあははは!はあ~?全くもって脈絡がなくないだろうか。この異世界は性急にことを進めないといけない法律でもあるのでしょうか。

 

 

 

 

 

「そなたの子孫に期待することにしよう。それとクリスティーナ、これからも王国と王室に尽くせ」

 

 

 

 

なに言っちゃってくれてんのこの変態国王は。俺とクリスの年の差分かってんの。12歳差よ。てか俺まだ10歳よ。まだ息子は聖剣の加護を受けてないから。俺はすかさず首の骨が折れるかと思うほど早くクリスを見る。さすがに賢いクリスのことだ断りますよね。それはそれで悲しいけど、だってそういう関係だもん。雇用主と労働者、子と親、そんな関係よ?ねえ、クリスさん?

 

 

 

 

 

「寛大なご配慮痛み入ります。陛下の御心のままに」

 

 

 

 

 

はい、ゲームオーバー。誰か担架持ってきて、はいそこ患者が通りますよって、なにさせとんのじゃ。で、俺は今どういう状況なわけ。誰か説明しろください。いや、一旦落ち着こう。一旦ここは大人しく家に帰って寝てみよう。そうそう、家路だよ~わあ、王都ってばきれい!道中の街も栄えて来たなぁ、おっ!もうすぐ愛しのアルフレッドが待つ我が家じゃん。よし、風呂だよ風呂。ふう、さっぱりした。じゃあ、一旦セーブしますよ。魔王倒す前には必ずセーブしなきゃね。

 

 

 

 

「おやすみぃ~」

「おやすみなさい」

 

 

 

 

はあ、我が家のベッドは最高だな。久しぶりなのにこんなにも温もりで溢れて、おまけに抱き枕まで。誰だこんな抱き枕なんて粋なプレゼントしてくれたのは!さてはアルフレッドだな。お茶目な弟だな~あはははは!

 

 

 

 

 

「あん・・・・・・あまり強く抱きしめないでください」

「ああ、ごめんごめん」

 

 

 

 

抱き枕は癒しボイス付きか、なんて気の利いたプレゼントなんだ。最高だよ、ありがとうアルフレッドぉおおおおおおお!!!

 

 

 

 

「アルフレッドぉおおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

俺は瞬発的にベッドから飛び起きる。この速さならオリンピックでも無双できそうだ。この世界にオリンピックないけど。ないなら俺が開催しちゃうか。ああいいねそれ。でも、今はそれどころじゃないよね。俺の理性、少し黙って。うんうん、なにこの状況。

 

 

 

 

「どうして一緒のベッドにいるわけ・・・・・・クリス」

 

 

 

 

間違えようのない俺の愛用してきたベッドには、主人たる俺がいないのに盛り上がり、もぞもぞと中から人が出てくる。そして、そこから出てくる人物も見間違えようのない人物である。俺は心臓どころか脳までやられてしまったのだろうか、確かに王都からここまでの記憶があやふやだ。まずい医者を呼ぼう。そうあたふたしていると、ベッドから手が伸びる。白く艶やかな腕にからめとられた俺は、ベッドへ強引に引き込まれる。これ、シチュエーション違うければ立派なホラーですよ。ああ、ホラー映画作ろう。じゃなかった、なにこれ。なにこのいい香り、俺のベッドの匂いじゃないよ。はわわ。

 

 

 

 

「はわわっわわ!」

「坊ちゃま、いえ、殿下?」

 

 

 

 

止めて、その呼び方というかその色気。なんでこんなに変わっちゃうわけ。俺、恋愛経験ゴミって言ったよね。まだ俺の聖剣エクスカリバーは精霊の加護を受けてないんだって。それでもなにかが爆発しちゃうよなにこれ。前々から思ってたけど、クリスってばダイナマイトボディなのよ。発育良すぎだって。そりゃ街の男どもに鼻の下伸ばされるよ。絶賛俺のなにかが伸びそうだもん。俺は必至の抵抗を試みる。

 

 

 

 

「クリス、いや、クリスティーナ・・・・・・俺まだ準備が・・・・・・」

「はい、待っています」

 

 

 

 

 

待っちゃうのかぁ、いやだからダメだって。こういう時は素数を数えろって、生前ばあちゃんが言ってた気がする。2,3,5,7,11・・・・・・はあ、はあ、だめだそういえばうちのばあちゃんまだ生きてたもん。俺がこんな感じで人生の山場に差し掛かっていたところに、クリスが再び今度は脚を絡めてくる。この形は俺が抱き枕の感じだ。これもこれでまずいでござる。

 

 

 

 

 

「殿下・・・・・・私、待っています。あなたがやりたいことができるようになるまで、ずっと」

「え・・・・・・」

「私は殿下からいただいてばかりです・・・・・・ありがとうございます」

 

 

 

 

クリスはそう言うと俺の背中に顔を摺り寄せて来た。おそらくこの感触は唇だろう。俺の気持ちは高ぶったままだが、俺は動くことができなかった。そうこうしているうちに、クリスは静かに寝息を立て始めてしまった。こうして抱き枕になり果てた俺は、翌朝まで一睡もできぬまま、香りと温もりに包まれ続けなければならなかった。これにて激動波乱の王宮編は無事に終わりを迎えたのであった。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

「次回、ビスマルク死す!よろしく!」

「何を仰られているのですか」

 

 

 

 

 




クリス・・・頑張れ


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第十二話

ようやく日常回?ですよ
友達?もできました


山場を無事に乗り切った俺は、クリスとの間に勝手に不可侵条約を結んだ。クリスにはいつも通り俺の傍で世話をしてもらうことにし、なんとか束の間の平穏を手に入れたのである。そんな平穏な朝に、俺宛に手紙が届く。初めての手紙に俺はワクワクしながらクリスから受け取る。一体なにが書かれているのか早速封を切って中を見る。そこには達筆な字で招待状が入っていた。

 

 

 

 

「この妙に達筆な感じ、まさか織田のシャルロッテさんかな」

「もしかしなくともこの家紋はシャルロッテ様のものですよ」

 

 

 

 

クリスにそう言われ、よく見ると確かに家紋だ。てかこの家紋完璧にあれじゃん。織田家の家紋だ。だって織田信長と言えばの織田木瓜そのまんまだもん。マジで信長さん転生してたのかな。そんなことを考えていると、内容を見るのを忘れていた。どれどれと、凝視する。

 

 

 

 

「ふむふむ、要するに是非シャルロッテの領地に来てほしいってことか」

 

 

 

 

良く見慣れた日本式の回りくどい言い回しだ。この世界にSNSを普及させたらこういうのなくなるのかなと、考え、考えるのを止める。俺はもう一度よく手紙を見る。よく考えろビスマルク、シャルロッテの領地?まさか俺旅に出られるんの?

 

 

 

 

「ひゃっほう!!」

 

 

 

 

俺は飛び上がって喜んだ。俺は今回の王都でも全然観光できていないのだ。外の世界を見て回る絶好の機会じゃないか。俺は急いで了承の返事を出すべく筆を取ろうとする。しかし、それをクリスに止められる。どうして止めるんだクリスぅ~俺はご飯を取り上げられた犬のような眼差しを一瞥し、クリスが説明をしてくれる。

 

 

 

 

 

「シャルロッテ様の領地であるオワリ領はここより東の大領地です。さらにあそこは軍事大国、坊ちゃまを招く理由が理解できません」

 

 

 

 

そんなの俺だって知りたい。それに領地名がまんまあれなんですが。それに軍事大国だって?絶対侍的なあれじゃん。天下布武?焼き討ち?なにそれ怖い楽しそう。確かによく考えないといけない。自分の身は自分で守らなければいけないのだ。だから、今度こそ慎重に考えて結論を出す。

 

 

 

「よし、行こう」

「私の話を聞いていましたか・・・・・・」

 

 

 

 

クリスが頭を抱えているが、招待されている以上大丈夫なはずだろう。だって俺、王族だし。そんな自信を胸に俺はすぐさま返事を書き始める。もうクリスは諦めたのか旅の支度を始めてくれている。さすがによくわかっている。返事を送って了承をもらう往復時間を考えれば、およそ2週間は好きなことができるだろう。俺はその余暇をアルフレッドと過ごすつもりだ。久しぶりに感じるアルフレッドとの時間にワクワクしていると、館のチャイムが鳴る。俺はまたインテリのボルドー君が、俺のクリスを見に来たのかと、執事より早く下に降りて迎えに行く。

 

 

 

 

「ようボルドー君! 痔にしてやろうか!」

「・・・・・・」

 

 

 

 

俺の時間が止まった。いや、相手も止まったのだろう。相手はボルドー君ではなかったのだ。そりゃ気まずいに決まってる。俺とその知らないおじさんが固まっていると、後ろからツカツカと突っ込んでくる気配を感じた。俺は何とか理性を取り戻し、この場を何とかするべく決めていく。

 

 

 

 

「そして時は動き出すっ!」

 

 

 

 

俺の言葉に目の前のおじさんも俺のザ・ワールドから抜け出し、今しがたこちらは動きを止めた突進人物を見る。そこで俺の魔法にかかった哀れな人物は、金髪縦ロールでおなじみのリーゼロッテだった。

 

 

 

なぜこんなことになったのだ。俺は庭のテラスでお茶を飲みつつ、リーゼロッテの相手をしていた。まじで貴族ってキャラ立ちすぎ。この俺がたじたじなんだぞ。なんでも突然押し掛けたのは、お披露目会で俺と踊れなかったかららしい。うーん、意味が分からん。そんな理由で罷り通るなら俺はきっと空を飛べている。ただ、とにかくリーゼロッテの俺と話をしてみたいと言う気持ちは伝わっていた。

 

 

 

 

「リーゼロッテ姫、突然の来訪なわけだけど、こちらはなにも準備をしていなくて申し訳ない。もしなにか不満なことがあれば・・・・・・」

「ありますわ!」

 

 

 

 

俺の話を聞けぇ~遮るなまったく。俺のプチ怒りが収まった所で、不満な所を聞いてやろうじゃないか。こう見えてもいざと言う時の対応は、うちのクリスを始め優秀なメイドたちのおかげでこなせてしまうのだ。これまでもたくさん、主に俺が迷惑を掛けて来たから、ちょっとやそっとじゃ動じない精鋭メイドに成長しているのだ。だって、俺のせいで館のほとんどを破壊したし、街の半分の住人の対応もさせたしね。そんな臨機応変さには定評があるうちに何の不満だ!さあこい!

 

 

 

 

「この街があんにも栄えているなんて、私、不満です!」

 

 

 

 

 

あんたは神か、悪魔か。俺はリーゼロッテに尻尾と輪がないか確認する。大丈夫、生えてはいないようだ。うん、てことはもっとやばい。どうしちゃったのこの子は。お母さんこの子が心配だわ。まあ、確かにここ最近で一気に活性化したこの街は俺の主導で王都の商店街よりもひょっとすると活気があるくらいだ。少し誇らしい気持ちになるが、リーゼロッテ様は不満らしい。俺は仕方なくその理由を聞いてみる。

 

 

 

 

 

「リーゼロッテ姫の領地は栄えているのではないのですか?」

「当たり前です! ですが、私の領地が一番でないのが許せないのです!」

 

 

 

 

 

二番じゃダメなんですか、の模範解答が出ましたよ。俺は某総理大臣を思いだし、この場を収めることにする。

 

 

 

 

「そんなに興奮しないでください」

「なぜビスマルク殿下のお膝元の街が急に栄えたのですか? そこを教えてくださいましっ!」

 

 

 

 

鼻息荒く聞き出そうとするリーゼロッテには困ったものだ。別に教えてもいいが、せっかくここまで手塩に掛けて育てたのだ。簡単に教えてはつまらない。ここはひとつ勝負といこうじゃないか、そう俺の中のギャンブラーが囁いた。俺はクリスを呼び出すと、指示したものを持ってこさせる。

 

 

 

 

「ビスマルク殿下、これは一体・・・・・・」

「これはオセロだ」

「オセロ?」

 

 

 

 

案の定、リーゼロッテはこのオセロは知らないらしい。チェスのような存在は確認しているが、この王国には娯楽が結構少ない。それこそ自然が遊び相手といった感じの古き良き時代感はあるのだが、やはりここは貴族っぽくオセロでしょ。俺はそこまで強くはないが、初心者には負けないつもりだ。この勝負、もろたで。俺はリーゼロッテにルールを説明し、勝負と称し俺の情報を賭けることにした。リーゼロッテはもちろん乗り気だ。

 

 

 

 

「では、私が勝ったら教えてくださいませ!」

「もちろん、俺が勝ったらなにか頂戴ね」

 

 

 

 

俺は高価なものを要求してやろうと下衆なことを考え、勝ち馬に乗った気で勝負を挑んだ。それはもう圧倒的な勝ちだったよ。ちょっと可愛そうなくらい完膚なきまでに勝ったさ。見れば、オセロ盤は全てが白く塗りつぶされている。ちなみに俺の色は黒だ。そう、勝ったのはリーゼロッテ。あれ、なんで?圧倒的敗北!

 

 

 

 

「どうしてだよぉぉぉぉぉ!!!」

「やった! 勝ちましたわ!!」

 

 

 

 

まじで初心者のリーゼロッテ鬼強い。なにこの子、恐ろしいまでの才能だよ。藤井君もびっくりだよ。俺は完敗を喫し、リーゼロッテの望みを聞くことになった。

 

 

 

 

 

「では、この街の秘密を教えてくださいな♪」

「はいはい・・・・・・」

 

 

 

 

俺はこの街が栄えている情報の一部を話してあげた。それは、店の情報を乗せたマップを配布したことだった。さすがに全部教えるほどお人好しじゃない。だが、そのマップを穴が開くほど凝視するリーゼロッテの好奇心溢れる眼差しは嫌いではなかった。元々商売人気質なのだろう。利益に貪欲なまでの執念は、その矛先を収めることを知らないのだ。俺は少しリーゼロッテのことが面白くなった。しかし、俺はリーゼロッテの本性を根本から取り違えていたことに気づいていなかった。

 

 

 

 

「ビスマルク殿下、もう一つお聞きしても?」

「仕方ないね、もう一つだけだよ」

「愛人の方とはもう初夜を済ませましたの?」

 

 

 

 

 

俺は飲みかけていたお茶を全て自然に返す羽目になった。何言ってんだこの姫は!このバラガキは!この国のモラルを疑うよ!俺は気管に入ったお茶に咽ながらなんとか、回復を待つ。俺にはこの強烈なダメージを回復する時間が必要だ。こんなときのザ・ワールドだが、俺の選択肢は『咽る・吐く・寝る』と役に立たない。くそっ!状態異常条件下ではまともな選択肢がない!クソゲーだ。俺は空気をようやく取り込むと、真剣な眼差しで回答を待つリーゼロッテに向き直る。

 

 

 

 

「ごほん・・・・・・あのね、俺はまだ10歳なんだよね。だから、そんなことはまだ・・・・・・」

「なら良かったですわ!」

 

 

 

 

本当に話を聞かない嬢ちゃんだな。でもちょっとはいい感じなこと・・・・・・してないですすみません見栄張りました。それにしてもなんでこんなことを聞くのか分からない俺は、リーゼロッテにどうしてこんなことになったのかを聞いてみる。

 

 

 

 

「良かったって、まさか俺のこと好きなの?」

「・・・・・・」

 

 

 

 

あれ、今頃ザ・ワールド発動したのかな?ラグがあるなあ。リーゼロッテを見ると顔を真っ赤にしてプルプルしている。あ、これあかんやつです。お披露目会でも同じ光景を見た記憶があります。キンキンの高音ボイスで怒られる奴ですわ。俺は咄嗟に耳を塞いで、リーゼロッテの高音ボイスに防御姿勢を取る。

 

 

 

 

「・・・・・・好き、ですわ」

 

 

 

 

リーゼロッテの口が動かなくなったのを見計らい、俺は耳から手を放す。ふう、無事に鼓膜を守ることができた。上手く風船のガス抜きすることができたようだ。俺は満足してリーゼロッテの機嫌を直してもらうべく優しく応対する。

 

 

 

 

「まあそうなる気持ちもわかるよ」

「分かるのですか?!」

「えっ?まあね」

 

 

 

 

案外微妙な反応に俺は戸惑うも、ここで混乱しては負けだ。勝負には負けたが試合には負けていない。まだここから逆転の俺のターンなのさ。俺はとりあえず言葉を守備表示で展開し、手札を回復させる。

 

 

 

 

 

「じゃあ、こういうのはどう?」

「なんですの?」

「俺、実はオワリ領のシャルロッテに招待されてるんだ。もしリーゼロッテさえよければそっちの領地にもお邪魔させてよ」

 

 

 

 

俺はシャルロッテという切り札かつ公爵令嬢という、リーゼロッテと同格の人物を召喚することによって相手の攻撃を弱体化させる。ついでに、リーゼロッテの領地を見学させてもらうことで、そちらの手札を強制的に開示させると言うダブル攻撃だ。これでいかにバラガキと言えど困惑するだろう。さあ、吐け!吐き出せ!その飲み込んだこれまでの幾人もの人の遮られた言葉を!俺は試合に勝つべく内心で心を鬼にして戦っていた。これで渋れば俺の要求が通らなかったとして、リーゼロッテの先ほど怒りを帳消しにできるという伏兵まで忍ばせておいたのだ。これが三方面飽和攻撃だ。どうだ参ったか!

 

 

 

 

 

「ビスマルク殿下がっ! 私の領地に?!」

「そう、ダメだった?」

 

 

 

 

そうそう、王族である俺がここまで下手に出てるんだ。その小さな要求すらお前は飲めないっていうのか、リーゼロッテ姫ぇ~くへへへへへ!まるで世紀末のような笑い方を内心でしていると、リーゼロッテはまた顔を赤く染めてついに返答する。俺はこの時を待っていたとばかりに追い打ちをかける。

 

 

 

 

「ダメだよね! じゃあ、この話はなかったことに・・・・・・」

「とても嬉しい提案です」

「そうかそうか、じゃあ・・・・・・・あるぇ?」

 

 

 

 

 

俺はどこで間違えたのだろうか。先ほどまであれほど出し渋っていたはずなのに、どうして突然了承してくれたんだ。分からん、このリーゼロッテ姫は思った以上の強敵かもしれん。俺は頭を抱えてこのリーゼロッテというお転婆な姫の理解に苦しむ中、対照的にホクホク顔のリーゼロッテにさらに頭を抱えるのだった。しかし、俺は見逃さなかった。舌打ちをするリーゼロッテの口を。

 

 

 

 

 

「あのオワリの女狐めが、抜け駆けしやがって」

 

 

 

 

おお、やはり渋っていたのか。俺は少し悔しがるリーゼロッテを見てまだ勝負はついていないとバトルスピリッツを燃やす。もちろん何かが食い違っていることを忘れてだが。

 

 

 

 

 

 




たまに鈍感ムーブしちゃうときってありますよね
リーゼロッテくらいがめつくなりたいですな


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第十三話 いざ、オワリ領へ!

今回はシャルロッテ回・・・なのか
ビスマルクのいいとこ見せちゃいます


俺は馬車に揺られ長閑な風景を楽しみながらオワリ領へ向かっていた。オワリ領は公爵家という大貴族だけあって、その領地もとても大きい。特にオワリ領は王国の中でも武装国家という役割であり、非常事態時の戦闘員及びその指揮官役になり得る言わば将軍職である。しかし、武装国家であるが故に食料自給率はかなり貧弱で、むしろ考えないという一極集中方式にしているらしい。その証拠に、隣接する領地であるアグリム伯爵家が治めるアグリ領と相互に交易を行い、保護をする代わりに安く農産物を輸入しているのが現状だそうだ。俺はそのアグリム伯爵家の領地の広大な農地を眺めながらオワリ領へと向かっていた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、間もなくアグリム伯爵家の別邸を通過します。手紙にはぜひともアグリム伯爵家にも顔を出してほしいとの要請がありましたが、いかがいたしますか」

 

 

 

 

もちろん一緒に連れて来たクリスがきちんと俺の正面に座ってお仕事をしてくれている。二人旅なんてなんて優雅なのだろう。馬車に揺られるクリスも格別だ。それはそうと、確かにアグリム伯爵家からもシャルロッテの手紙に混じって招待状が入っていた。一体どういった繋がりなのかは俺も心辺りがないが、俺は会いたいと言う人には会っておくタイプだ。もしかしたらとてつもない個性ある人かもしれない。是非参考にさせて頂こう。そう考え、俺はアグリム伯爵家の別邸に辿り着いた。

 

 

 

 

 

「ようこそおいでくださいました。ビスマルク殿下」

「こちらこそお招きいただき感謝します。アグリム伯爵」

 

 

 

 

 

俺を出迎えたのはアグリム伯爵、その人ではなくその息子であるマルコ・アグリムである。年はだいたい20歳くらいだろうか。とても人当たりのよさそうな感じがにじみ出ている。さて、本題はどうして俺を招いたかである。俺の気を察してくれたのか、マルコはにこりと人のいい笑みを浮かべて説明してくれるのだった。

 

 

 

 

 

「殿下をぜひ我が領地にお招きしたかった理由は、現在ボルドー殿と取引している農産物についてのお礼を申し上げておきたかったからです。本来は父が出向くべきなのですが、このような形となってお会いできた幸運に感謝しております」

 

 

 

 

 

マルコは俺から見てよくわかる、平凡な男だ。だが、俺はそんなマルコを嫌いではない。本心から感謝していると感じさせる感謝と言うのはなかなか人を愉快にさせる。俺は前世でもこんな笑顔をできただろうか。俺がそんなことを考えるも、その取引とやらが気になった。

 

 

 

 

「どうして俺に?」

「現在、我がアグリ領地内で生産される農産物の買い取り先は、主にオワリ領です。しかし、そちらのボルドー殿に提案していただいた馬糞の有効活用と、殿下の街との繋がりを新たな得たことで、アグリ領民の暮らしぶりは少しずつ良くなっています。これは殿下に感謝せねばなりません。」

 

 

 

 

俺は初めてボルドーの働きに感謝している人を見かけた。普段は鼻の下を伸ばすインテリだとばかり思っていたが、きちんと仕事はしているようだ。仕方ないから俺も心の中で少し褒めてやった。そして、なによりマルコの領民を思う姿勢が感じられ、俺としては非常に好感を持てる人物だと感じていた。それにしても20歳くらいだとは言え、よくもここまでしっかりしているものだと俺は感心していた。

 

 

 

 

 

「だいぶご苦労なさっているように見えますが?」

「お分かりになられますか?」

 

 

 

 

 

マルコは笑顔の裏に疲労の色を滲ませ、鼻をポリポリと掻きながら俺に話してくれた。

 

 

 

 

 

 

「主要取引先であるオワリ領とは長い付き合いなのですが、少々気の強い方が多く・・・・・・はい。それに比べてボルドー殿は農産物を適正価格で・・・・・・」

 

 

 

 

 

ああ、俺はなんとなく察してしまった。おそらくは保護国と農業国のような関係で主従関係があるのだろう。守ってやっている側という尊厳が大きくなりすぎているようだ。逆にアグリ領はそれに辟易していると。確かに同じ王国とは言え、領民に差が出過ぎるのは軋轢の種だ。お互いに助け合ってるはずなのにね。どれだけ安く買い叩かれているのだろうか。俺は苦労の絶えないマルコに同情の念を抱いていた。

 

 

 

 

 

「これからも我が街と良い関係を続けて頂きたいですね」

「それはもう! ぜひ良しなにしていただきたい!」

 

 

 

 

俺は固い握手を交わして盟友と感じたマルコと別れることにする。これはシャルロッテと話すときに話題にすべきことだなと、俺は我ながらいい伝書鳩だと思った。そこからはついにオワリ領へと向かう。領地に入った途端、関所のようなものが複数存在し、何度も止められるが、シャルロッテからの招待状を見せると途端に背筋を伸ばして通してくれる。そのようなことを数回行ってようやく本丸と言うべき領内に入ることができる。これはマルコが苦労するのも頷ける。それに、やはりオワリ領は武装国家と言うほどあって要塞である。まるで信長の野望を詰め込んだかのような様相には苦笑いを禁じえない。おそらく戦国時代の安土城のような一際大きな城にシャルロッテがいるのだろう。てか、少し遠くから見ても異様な存在感だ。

 

 

 

 

 

「まさか・・・・・・城の天守閣に要塞砲が乗ってるとは」

 

 

 

 

 

 

俺は城下を抜け、本丸に辿り着き下から上を見上げる。まさかの天守閣からど太い大砲がはみ出ている。一体何に使うのだろうか。そもそも天守閣ってそういう役割だったかと苦笑いをしていると、シャルロッテが挨拶に出て来た。

 

 

 

 

 

「お久しぶりにございます、ビスマルク殿下」

「やあ、シャルロッテ姫」

 

 

 

 

俺は軽く挨拶をするに留めておいた。これまでの関所のやり取りで挨拶的なことは飽き飽きしていたからだ。そんな疲れを知ってか、シャルロッテはさっそく城の中へ俺を案内してくれた。さすがに城だけあって内装もなかなかである。俺が物珍しそうに物色していると、シャルロッテが襖の前で止まり俺もそれに続く。

 

 

 

 

 

「先に父上を紹介いたします。ビスマルク殿下が来るのを楽しみにしていたんですよ」

「そうか、それはありがとう」

「ええ、ではご健闘を」

「え、どゆこと」

 

 

 

 

 

俺に一抹の不安を植え付けていくシャルロッテに、俺は手を打つ間もなく襖の奥にいるであろうシャルロッテの父親に面会させられる。

 

 

 

 

 

「父上様、ビスマルク殿下がお越しです」

「もす!」

「もす?」

 

 

 

 

 

俺は変な掛け声と共に開く、襖の遠い奥に鎮座する存在に目を奪われる。シャルロッテの人物像からして日本美人を地で行くような性格を想像していたために、これは裏切られた。だって、目の前にいる男の顔が西郷どんなんだもん。俺があっけに取られていると、西郷どんはずかずかと俺に歩み寄ってくる。俺はそののしのし歩く姿を見て若干押され気味ではあったが、なんとかポーカーフェイスで踏み止まる。そして、西郷どんは俺の顔の目の前で挨拶をしてくる。

 

 

 

 

 

「もすっ! 殿下っ! よくぞ来られたっ! もすっ!」

「こ、こちらこそ・・・・・・もす?」

 

 

 

 

 

声でかっ! 顔近っ! もす?! 初対面の距離の詰め方じゃないって! 語尾に『っ!』ってつけないと喋れないのか!そんな顔の圧で威圧されていると、俺は肩を抱かれて部屋に勧められる。だから距離感っ! 俺は今圧倒的存在感を放つ西郷どんに為す術もなく個性で押し負けていた。いや別にこの人になら負けたとは感じていないけどね。それでも猛牛と化す西郷どんに対して、俺はとりあえず対話によるコミュニケーションという現代人御用達の技能で勝負を挑むことにした。

 

 

 

 

 

「おっほん! お初にお目にかかります。ビスマルク・マクシミリアン・デ・メ・フェルディナンドです。今回のオワリ領への招待、誠にありがたく・・・・・・」

「ワシの名はオビワン・ブルボン・オダでごわすっ!」

 

 

 

 

 

こいつも話聞かねぇ~この世界では話を聞かない流儀でもあるのかよ。てか、オビワンて。ライトセーバーで戦うあの惑星戦争を英語で言う映画の人ですかい。織田の家名といい盛り過ぎだろ少しは自重しろ! 今ある要素だけでも織田、西郷、オビワンと三つですよ、三つ! 次元すら超えていくのかよ。少しくらいフォースと共にあれよ。俺は笑顔を張り付けたまま鼻息の荒いオビワン西郷どんと距離を取りつつ次の作戦を考える。とりあえず距離を稼いでアウトレンジ戦法だ。相手の手の出しようないところからの一方的な攻撃、これこそがオビワン西郷どんへの最適解だ。

 

 

 

 

 

「オビワン殿にはせっかくですのでゆっくりとオワリ領での暮らしぶりでもお話頂けたら・・・・・・」

「それは良いっ! それならまず立ち合いと行きましょう! もすっ!」

「え」

 

 

 

 

 

お前は脳筋タイプも属性追加かよ。やってらんねえ。俺はとりあえず話を進めるためにもついて行くことにした。向かった先は稽古場のような道場だ。俺はこの場に来るべきではなかった。着いた途端オビワン西郷どんが脱ぎだし、ぶっとい竹刀を振り回し始めたからだ。俺はこれから何が起きるか分からずぽかんとしていると、シャルロッテが俺に竹刀を渡してくる。俺は意味が分からずシャルロッテに訳を聞いてみることにした。

 

 

 

 

「これってどういう状況?」

「さきほど殿下がお話をと言われましたので」

 

 

 

 

 

うん、ここは言語が通じない世界線らしい。フォースで話し合えと? 冗談じゃない。俺はただでさえ左手が使えないのだ。話し合いに来た相手を普通武術に誘うか? 体育会系ってみんなこうなのか。これならまだ近くで某日体大コールを聞いていた方がまだいい。今の俺の気分を叫ぶとしたら『帰りたい帰りたい帰りたい!』ってな所だろう。知らない人は日体大コールを聞いておこう。あれは日本じゃない、聞けばわかる。俺は今そんな気分だ。さて、話し合いというか殺し合いに引き出された俺だが、そんな俺を見かねてクリスが助け舟を出してくれる。

 

 

 

 

 

「オビワン様、ぶしつけな申し出ですが坊ちゃまは剣が・・・・・・」

「女は黙っておれっ!」

 

 

 

 

 

 

はい、俺の怒りのボルテージが今吹っ切れました。剣を握った瞬間理性であるもすっ! まで消えてるし、それ以上に俺のかわいいクリスに対する暴言、これはいただけない。俺、やっちゃうよ? 本気? 出しちゃうよ? 俺の目が座ったのを感じたのか、オビワン西郷どんはにかりと笑う。その顔もむかつくんだよ。俺は渡された竹刀と向き合う。確かに俺は左手が使えない。だが、俺は人とのハンディキャップがあろうと、守りたいものを守らないという選択肢を行使するほど頭が使えないわけではない。俺はオビワン西郷どんとの戦いで見せつけなければならない。クリスが俺にとってどれだけ大切なものなのかを。

 

 

 

 

 

「では、試合開始っ!」

 

 

 

 

 




書き溜めは一気に解放した方がいいのか・・・
たぶんちまちま出します


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第十四話 オビワンとの決闘

投稿が遅れて申し訳ありません
今日は三話一気に投稿します


シャルロッテが試合開始の合図をすると、オビワン西郷どんが竹刀を構える。武人と言うだけあって、その構えだけで圧倒するほど殺気を放っている。これは時代が違えど剣豪の称号が相応しいだろう。だって名前から武人と騎士の血が流れているんだもん当たり前だよね。俺は剣豪に挑むただの一般人かつ左手が使えない一般人だ。勝てるわけがない。勝負自体成立しないのだから。だが、後ろにいて必死に俺の無事を願うクリスが見えるだろうか。あれがいては負けるわけにはいかない。そう、負けられないのだ。俺は静かに竹刀を手を添える。

 

 

 

 

 

 

「む?」

「あの構えは・・・・・・・」

 

 

 

 

 

何度も繰り返すが、俺は左手が使えない。だが、それでもできることはあるはずだ。俺が導いた答えは瞬殺の間合いだ。格好をつけた物言いにしたがようは簡単な話、右手一本で繰り出す技である。

 

 

 

 

 

「ほう」

 

 

 

 

 

 

オビワン西郷どんも気づいたようで、俺の間合いに気軽に迫ることを止めた。俺は微動だにせず間合いに入るのを待つ。確かに剣道なんか高校の体育で習ったくらいで、居合道なんて知る由もない。だが、これが俺のできる最大の自衛手段なのだ。オビワン西郷どんがじりじりと間合いを詰める度に、俺は少しずつ体の軸を直していく。緊張と言う空気が周囲を冷やし、その熱を体の内側へと押し込んでくる。俺は咽かえる熱気をゆっくりと吐き出し、その時を待つ。自然と汗がほとばしる。その瞬きの刹那を見逃さずオビワン西郷どんが胸声を震わせて突っ込んでくる。俺はとっくに覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

「きええええええ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

なるほどオビワン西郷どんも俺に見合う技を見せてくれるらしい。この掛け声と言い迷いの無さといい、この技はあれだ。一撃必殺を生業とする西郷どん地元の流儀、示現流だ。一切合切の力と魂を込めて振り下ろされる剣戟の最中、背中に集まる視線を受けて抜刀する。勝負は既についたのだ。

 

 

 

 

 

「ありがとうごわぁた」

「ありがとうございました」

 

 

 

 

 

俺とオビワン西郷どんは互いに礼をして竹刀を収める。その瞬間、愛しのクリスが駆け寄り愛の囁きを、と思ったのだが空気は俺を読んでくれはしなかった。くそっ、俺はいつも空気を読んできたのに! 俺に飛びついてきたのはクリスではなく、シャルロッテだった。

 

 

 

 

 

「ビスマルク殿下っ! ありがとうございます!」

「うん、なんで?」

 

 

 

 

 

俺に飛びつくシャルロッテが涙を浮かべて喜ぶ意味が分からず困惑していると、ようやく落ち着いたと思われるオビワン西郷どんが話しかけてくる。

 

 

 

 

 

「ビスマルク殿下の太刀筋、見事でございました」

「いや、俺負けましたけどね」

 

 

 

 

 

オビワン西郷どんが寸止めで止めてくれたからよかったものの、示現流をまともに喰らったら左手だけでなく頭も動かなくなっただろうけどね。俺の居合はただただ真っすぐに抜かれた。ただ、一介の素人が放つ居合などオビワン西郷どんの放つ示現流に適うはずもなく、届くことなく空を切っただけだった。ただ、俺はやり切っただけだ。それでもオビワン西郷どんのお眼鏡には敵ったようだ。

 

 

 

 

 

「おいの殺法に臆せず挑んできたその目は本物たい。ヴィルヘルム国王陛下もおいが稽古をつけてやったち、それでも殿下は殿下の信念を見せてくれよった。おいは満足たい」

 

 

 

 

 

どうやらオビワン西郷どんは俺を見極めるためにやったことらしい。まったく脳筋馬鹿かと思ったがそうではないらしい。俺は全身の力が抜ける思いだったと言うのに。俺は考えるのが馬鹿馬鹿らしくなり、初めてオビワン西郷どんの前で笑うことができた。

 

 

 

 

 

「最初は娘を歌で落とした軟弱者かと思うとったち、これがどうしてなかなか骨のある王子たい」

「なんですって」

 

 

 

 

 

聞いてないぞ、俺がいつこのシャルロッテを口説いたって? 俺がシャルロッテと会ったのなんて、俺のお披露目会のあの一度しか・・・・・・・あの時かああああ!!! 俺もてんぱってたが、俺の飛んでみたいと思った気持ちを格好つけて歌にしてみただけで、むしろ過去の歌人の盗作、パチモン、バッタモン、パクリだぞ!俺の歌なんかじゃ決してないのに。俺は思わず頭を抱えた。

 

 

 

 

 

「シャルロッテ姫、俺あの時は・・・・・・」

「はい、私はわかっておりました。殿下は必ずや父上を納得させてくれると!」

「いや、そういうことじゃなくてね」

 

 

 

 

 

俺の言葉なんて耳に入らないようで、うっとりと自分の世界に浸ってしまったシャルロッテに頬を引きつらせながら父親であるオビワン西郷どんに向き直る。オビワン西郷どんはそんな俺の視線に気が付くと、鼻息を大きく吐きながら恐ろしいことを言う。

 

 

 

 

 

「もし本当に軟弱者だったら叩き斬っており申した。もすっ!」

「父上、これで認めて下さいますね?」

「もすっ!」

 

 

 

 

 

ああ、もすっ!って興奮した時に出るのね。いいや、そういうことじゃない。俺もしかしたら本当にぶっ叩かれてたの? 一応これでも一国の王子なんですけど。いやいやいや、そんなこと言ってる場合じゃない。この二人は一体全体何を言ってるんだ?親子そろって話聞かないとか冗談じゃないぞ。

 

 

 

 

 

「あの俺は・・・・・・」

「もすっ!」

 

 

 

 

 

もすっ! じゃねえ! はっ倒すぞ、無理ですが。雰囲気が俺に喋るなと言っているぅう! これが空気を読む日本人の性か! くそったれめ! どうしてこうなった・・・・・・俺はこの国には旅行で来たと思っていたのだが、どうやらそれ以上に政治的な事情が絡んでいたらしい。くそう!過去の俺はどうしてクリスの言うことを聞かなかったんだ。クリスを見ると肩を落としている。ごめんよクリス。俺は今すぐにこの場から解放されたくて撤退を進言する。

 

 

 

 

 

「あのう、じゃあ俺はこの辺で」

「うむ、シャルロッテ案内してやれ」

「はい、父上様!」

 

 

 

 

 

あっ、シャルロッテは別にいらないんですけど。そうは言えなかった意志薄弱な俺はシャルロッテを連れ立って城下を散策することになった。俺に寄り添って離れないシャルロッテを隣に城下を見ていると、そこら中に腰に刀を差した侍っぽい住人がいた。俺は時代劇の中に入り込んだようで少し興奮してしまった。そんな俺の機嫌を見たのか、シャルロッテがこの街を紹介してくれた。この気が少しでも俺の本音に気づいてくれればね。

 

 

 

 

 

「我が領地は武装国家としての役割を担う為、各個人が日々鍛錬に励んでいます。他の領地の騎士団では到底かなわない武力を個人が所有しているのです」

 

 

 

 

 

確かに一人一人が桁違いに強そうだ。眼光からして常人のそれとは全く異なる。これは農業国家のマルコにとっては臆するわけだ。逆に目を見れないマルコはこの領地の人からすれば軟弱者に映ってしまうということだ。俺は相いれない両者の性にため息が出てしまう。そんな俺の溜息をかき消したのが銃声だった。俺がその音源へ向かうと、そこには銃の訓練場があった。

 

 

 

 

 

「ここでは射撃の訓練をしているわけか」

「そうです。ですがここの者は・・・・・・」

 

 

 

 

言い渋るシャルロッテが気になり話を聞いてみると、なんでもこの領地では個人の武芸が物を言う世界なのだが、それは顕著に武芸として現れる刀によってのみ体現されるべき代物らしく、銃などは所詮刀を扱えない無能の一歩手前だと言う。何たることだろうか、織田信長ですら銃の有効性を見出したのに、その子孫がそれを否定するとは。俺は織田信長の悲願が崩れているのを嘆いた。

 

 

 

 

 

 

「銃は将来的に有効だからこそ持ち込まれたんじゃないの?」

「ええ、それはそうですが森の獣を前にして毅然と構えることができる真の勇者こそが必要とされているのです」

 

 

 

 

 

銃の有効性と言うのはだれでも扱えることである。信長がその有効性を見出したのは、尾張という風土で生み出される兵士の質からだと言う。少し前に農民だった者が立派に武士を撃ち殺すことができ、また射程という距離がその恐怖心を緩和してくれるのだ。さらに言えば、その銃声が相手に次は自分が死ぬという恐怖を誘発してくれることも銃の発達を確固たるものにさせたのだ。つまり、銃の発達はその威力でも射程でもなく、音にある。詰まるところは人間の恐怖と言う感情だ。感情が銃産業を発展させ続けてきたのだ。俺はそんな歴史を学んでいる。だからこそ、ここで理解に阻まれ成長する機会を失う兵士に同情した。

 

 

 

 

 

「シャルロッテ、ここの銃を扱う兵士に話を聞いてもいい?」

「ええ、それはもちろんですが、いいのですか?」

「ああ」

 

 

 

 

 

俺は訓練所に立ち寄ると、訓練をすぐに中断し、一糸乱れぬ規律ある姿勢で整列、敬礼を繰り出される。訓練を中断させてしまったのは心苦しいが、企業の社長が現場を訪れるときと言うのはこういう気持ちだったのだろうと少し感慨深くなってしまった。俺は頭を切り替え、兵士から話を聞くことにする。

 

 

 

 

 

「諸君、先ほどの訓練見事だった。その弛まぬ向上心をぜひとも王国に示し続けてくれ!」

「「「・・・・・・おう」」」」

 

 

 

 

おおこれはなんとも。銃を扱う者はここでは卑下されていると言うが、これはちと考え物だ。萎縮した兵士や自信がないのはいけない。俺がそうであったように、常に自分を卑下し、萎縮してしまうのはこの世界に来てから勿体ないことだと心底感じて来たことだ。だからこそ、俺はそんな過去の俺を見ているようでついつい声を掛けてしまったのだ。これは過去の俺への説教だ。

 

 

 

 

 

「君、先ほどの射撃は見事じゃないか」

「はっ、ありがとうございます」

「名前を聞いても?」

 

 

 

 

 

気の弱そうな、先ほど見た武士より少し華奢な、でもそれでも十分なほどに引き締まった身体をした青年は俺の目を少し見てはじらすという、なんとも過去の俺とそっくりムーブをかましてくれる。俺がしっかりと目を見てやると答えずらそうにしながらも、なんとか回答を出す。

 

 

 

 

 

「ヨイチ・ロシュフォール・ナスと申します」

「ヨイチ・・・え?!」

 

 

 

 

俺は一瞬脳がフリーズした。ここが織田信長が転生したかもしれない場所なら、あの人物がいてもおかしくない。俺は名前と最後の祖先からの継称を聞いて気付いてしまった。この男の祖先はあの源平の合戦で活躍した、天才弓使いの那須与一ではないかと。俺はゾクゾクとする興奮をかみ殺してある提案をする。

 

 

 

 

 

「ヨイチさん、もし俺が君を欲しいと言ったらどうする?」

「え・・・・・・」

 

 

 

 

 

ヨイチは大きく困惑したようで、俺の言葉を信じられないようだった。だが、こんなところで燻っているような人物ではないことは確かだ。先ほどの射撃訓練ではほとんどど真ん中を必中するほどの精度と、射撃速度はぴか一だった。もし、那須与一がこの世界に転生し、この男がその末裔だとしたら、俺はここでその才能を捨ててしまうことを良しとしたくない。俺が過去の俺を捨てることができたように、このヨイチという男にも自分を生きてほしかった。俺はもう一度ヨイチの目を見据えて問う。

 

 

 

 

 

「俺はヨイチさん、あなたが欲しい」

 

 

 

 

 

 

俺の言葉を今度はまっすぐ見て、聞いてくれたヨイチは迷っているようだ。無理もなかろう。ヨイチはここで生まれ、先祖代々この地で育ってきたのだ。この地の理で言えばヨイチは刀を使えない無能であり、それを良しとしてきた。しかし、それでも毎日銃を手に持ち、その腕を磨いてきた。誰を守るでもないかもしれないその腕を。俺はヨイチに踏ん切りをつけてもらうために、シャルロッテに許可を取る。

 

 

 

 

 

「シャルロッテ姫、ここの銃を扱う兵士を少し貰ってもいい?」

「え、ええ・・・・・・ですがこのような兵でよいのですか?もしお望みなら我が領地の精鋭武士を付けますが?」

 

 

 

 

 

 

俺は願ってもない条件に飛びつかず、もう一度逃がさないようにヨイチに向き直る。そして、そのシャルロッテの提案に対する答えをヨイチに向けて放つ。

 

 

 

 

 

「いらない、俺はここの兵に輝いてほしい」

 

 

 

 

 

俺の言葉に数人が顔を上げた。そして、その先頭に立つヨイチも目の奥を少しだけ、ほんの少しだけキラつかせたのを、俺は見逃さなかった。俺は手を差し伸べ、ヨイチの前に突き出す。迷いを孕んだその瞳に、俺は動機を加えてやる。俺の言葉で動くかどうかはヨイチ次第だが、それでもその答えを知っている俺はずるいと言えるだろう。そして、ヨイチは選択を迫られる。

 

 

 

 

 

「我が領地でその腕を存分に発揮させてやろう。来てくれるか?」

「・・・・・・あなた様に仕えます。どうか私たちをお導き下さい」

 

 

 

 

 

その答えを知っていた俺は少し意地悪をしてやる。かつて神が俺にしたように、その真似事ではあるが、ヨイチには必要なことだろう。俺はシャルロッテに許可を取るために書類を作成し、サインと言質をもらう。即決で戦力を貰うわけだが、余剰なら俺が貰っても何も悪くないよね。そして、既に俺の物となったヨイチに先ほどの返答をしてやる。

 

 

 

 

 

「ヨイチさん、俺がお前たちを導くのではない。君が導くんだ」

 

 

 

 

 

あの時の神が俺に言った言葉は、時を変え、形を変えヨイチに届いたようだった。心なしか目が微笑んだ気がした。俺はこうして優秀な人材をこの地、オワリ領で手に入れることができたのだった。

 

 

 

 

 

 




ビスマルクはヨイチを仲間にした
パワーアップですね


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第十五話 オワリ領の確執と問題

オワリ領編、少しだけ続きます


俺はシャルロッテとの取引として、余剰な兵を貰う代わりに何を要求したいかを尋ねてみた。シャルロッテが少し微笑んだ気がしたが、俺の悪寒がしただけでとりあえず聞いてみようとしたとき、シャルロッテの従者が息を切らして緊急を伝える。

 

 

 

 

 

「もう、あと少しでしたのに・・・・・・」

「何か言った?」

「なんでもないです」

 

 

 

 

シャルロッテが口惜しそうにしたが、瞬時に表情を姫としての顔に変える。ここはさすがに貴族令嬢だ。立ち振る舞いが俺とは段違いだ。話を戻し、シャルロッテの遣いがやってきた内容は俺の耳も疑わせるものだった。その内容は反乱だった。

 

 

 

 

 

「またですか」

「またなの?」

 

 

 

 

 

俺はシャルロッテが肩を落とす内容について興味本位で聞いてみた。なんでもこのオワリ領では国民皆兵の制度を取っているらしく、その徴兵や武芸を怠った者と言うのを反逆者や反乱分子として罰しているとのことだった。前世の日本では大変なことになるだろう、いやお隣の国の事情かな。そんなことを思いながら俺たちは現場に向かう。そこには人だかりができており、中から怒号も聞こえていた。すかさずシャルロッテが割って入ると、群集がきれいに波を切るかのように避けていき、難なく中に入れてしまう。さすがは公爵令嬢は伊達じゃない。

 

 

 

 

 

「あなたがたには法に従ってどちらかを受け入れて頂きます。一つは武芸に励むこと、もう一つは一生を牢獄の中で過ごすことです。どちらがよいですか?」

 

 

 

 

 

わお、案外強烈かも。励め、さもなくば死を!ってやつか。なかなか体育会系まっしぐらだ。いや、軍人系か。俺はシャルロッテが取り治めるその中を覗いてみる。そこには眼鏡をかけた、この領地には確かに似つかわしくない人物たちがいた。知性を感じさせる目つき体格と、散らばる書籍がそれを物語っていた。もしかしてこの人たちは知識人たちではないだろうか。俺はこの旅に出る前の教育施設での問題点を考えていた。その瞬間、俺の中で何かが閃いた。もちろん、後ろに控えている今回は影が控えめだけど可愛さだけは控えていないクリスのため息が聞こえたが。

 

 

 

 

 

「シャルロッテ姫、この人たちは?」

「ああ、お見苦しいところをお見せしました。この者たちは・・・・・・」

「私たちは何も悪くない!」

 

 

 

 

 

シャルロッテの言葉を遮った男がゆっくりと立ち上がる。周りの群集が野次を飛ばしたり、ゴミを投げつけるがそれにも屈さず、その男は俺たちの前に出る。

 

 

 

 

 

「私たちは知識を求め、それを広める者たちです。何も悪いことをしているわけではありません!」

「うるせえ! 弱っちいのはそれだけで罪だ!」

「そうだ! ひょろ長もやしは黙ってろ!」

「そうだそうだ! 少しはお国に仕えることをしたらどうだ!」

 

 

 

 

 

周りからの野次が一層強くなり、既に収集がつかなくなっていた。シャルロッテもこのような事態が一度ではないのか、少し迷いが見えた。だが俺としては俺の利益のためにこんな争いほど無益で無駄なものはなかった。俺は絶賛困っているシャルロッテに提案を持ちかけるべく現状把握に努めてみる。

 

 

 

 

 

「シャルロッテ姫、彼らの他にもあのような知識人はいるの?」

「はい、私も尽力してはいるのですが彼らの居場所を作ってやれず・・・・・・」

 

 

 

 

 

おお、意外なことにシャルロッテは知識人迫害派ではないらしい。ここは安心した点だ。では、そんな困っているシャルロッテを助けてあげよう。さっきの取引の交換条件もまだ提示されてなかったしね。美味しい話は熱いうちにしなくっちゃ。

 

 

 

 

 

「じゃあ、その人たちを俺が引き取るってのはどう?」

「えっ?! 殿下がですか?!」

 

 

 

 

 

俺は胸を叩いて請け負う。シャルロッテは目をぱちくりさせていたが、渡りに船とばかりに先ほどの取引の交換条件として受け入れてくれた。俺はこのオワリ領で兵士と教師の二つを得ることに成功したのである。まさにホクホクである。それにこの野次は何とかしなくてはならない。前世でも今でも、俺はもやしとかヒョロとか言われるのが大嫌いなのだ。前世ではよく俺の祖母によくもやしっ子と言われては悔しい思いをしたものだ。だから、俺はその野次に対抗せねばなるまい。

 

 

 

 

 

「ええ~注目!」

 

 

 

 

 

俺の間延びした声に観衆が一気に注目する。あ、案外視線の集中って怖いかも。いや、ここで怖気づいてはいけないと、今一度心を引き締める。そして、深呼吸をして声を出す。俺のやろうとしたことを理解したのか、控えていたクリスがそそくさと後ろに回ってくれる。さすがはクリスだ。俺はあまりやりたくはなかったが、権力を笠に着ることにしたのだ。クリスに家の家紋を出すように小声で指示を出す。俺はあたかも時代劇のあの人のように家紋を見せびらかす。

 

 

 

 

「この家紋が目に入らぬかあああ!!!」

「「「ははぁ!!!」」」

 

 

 

 

一斉にひれ伏す民衆の姿に俺は若干の罪悪感を抱く。俺は偉いさんなんかじゃない。今は確かに王族かもしれないが、基本の俺は一般人に紛れるモブだ。こんなことを平然とやってのける勇気があの黄門様だとしたら、隣に控えている格さん助さんはよほどの持ち上げ者だろう。なにより威厳たっぷりで真ん中に立っていられる黄門様はやっぱすげえよ。だって今の俺すげえ恥ずかしいし、罪悪感でいっぱいだもん。俺はなんとか取り繕って知識人の前に進む。怯える知識人を前に俺は顔を上げることを許す。

 

 

 

 

 

「お許しを・・・・・・」

「ならば許そう」

 

 

 

 

 

俺ってば何言っちゃってんだろう。時代劇に当てられたか。俺の口調はこんなんじゃないが、ここまで来たら後戻りはできまい。俺は意を決してこの役をやり切ることにする。

 

 

 

 

「そなた名を何と申す」

「はっ! 私はユキチ・オールモンドと申します」

 

 

 

 

うん、これ教育者確定ガチャだね。ユキチとか現代日本のお札のあの人じゃないですか。ユキチさんなんて大学設立者だもん、行くっきゃない。これはぜひとも引き取らないとね。

 

 

 

 

 

「そなたらに罰を与える」

「ははっ!」

「それは終わりなき罰だ。それをもやしのお前たちに償うことは出来るか?」

 

 

 

 

 

俺の脅しに知識人たちだけでなく、民衆も固唾を飲んで見守っている。ここは威厳を示さなければ、知識人たちの門出が不出来なものになってしまう。だからこそ、俺がここまで恥を忍んで演技しているわけだ。それにもやしは悪いことじゃねえ!もやしなめんな!

 

 

 

 

 

「終わりなき罰・・・・・・それは我の下でそなたらの身が朽ちるその日まで成長することだ。人はだれしも成長に怠惰になる。しかし、そなたらを拾う我の下ではそれを許さぬ。日々成長し、欲を忘れてただ人のためだけに生きる、それがそなたらにできるか?」

 

 

 

 

 

俺の言葉に知識人たちは顔を見合わせる。これくらい大げさに言わなきゃ、周りは納得しないだろう。まあ、俺の街に来たら教師としてそれはもう活躍してもらうけどね。だってうちは絶賛人手不足だからね。これからは教育!うん、もやしっ子量産だ! 違うか。そして、知識人たちは互いに決心を固めたのか、俺に向き直ると、その額を地面にこすりつけて許しを請う。だが、俺はいつものようにそれを一蹴する。

 

 

 

 

 

「この命、殿下に捧げます」

「いらぬ、俺ではなく民に捧げよ」

「はっ! ははぁあ!!!」

 

 

 

 

俺は事件を解決に導いたことで民衆の拍手を得ることができ、なおかつ知識人も得ることができた。これぞまさにウィンウィンってやつだよね。ああ、ここで肩を出して一件落着って言いたいな。俺はクリスにそれとなく視線を向けると、小さくバツを作っている。あっ、これはダメだって、残念。

 

 

 

こうして得難いものを手に入れることができたオワリ領での旅も終わろうとしている。まあその後、オビワン西郷どんと一緒に風呂に入らなきゃいけなくなったりして大変な目に遭ったけど。だって、あのおっさん子どもの俺に酒飲まそうとしたり、音痴な歌聞かせたり、裸踊りするんだもん。あんなおじさんのむさ苦しいとこなんて見たくないよだ。逆に、クリスのそういうとこなら見たかったけど。たぶん許してくれるかもしれないけど、ダメだよね。何がとは言わないけど。そして、俺はオワリ領出ようと見送りに来たオビワン西郷どんとシャルロッテに別れを告げていた。

 

 

 

 

 

「今回は招待してくれてありがとう、シャルロッテ姫」

「いいえ、こちらこそ殿下には感謝したいのです」

 

 

 

 

 

シャルロッテは胸に手を添えると、優しく微笑みかける。日本美人的ななんか恨めしい目つきと言い、魅惑の表情ってずるいよね。俺は子どもだから大丈夫よ?だって子どもだもん。俺が邪な思いを抱いていると、真逆に純真な心内をシャルロッテは曝け出してくれた。

 

 

 

 

 

「今回、私の身勝手で会っていただき、その上我が領地の問題まで解決してくれて、本当に殿下のことを私は・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

最後の方は小さく囁いたため聞き取れなかったが、おそらく大丈夫だろう。俺はそう解釈しておく。鈍感系主人公じゃないんで、俺は。今回の政略結婚的なことも、もとあといえば自分で蒔いた種だ。それを上手く回収できたのだ。一仕事終えた別れはいいものだ。俺はシャルロッテに別れを告げて馬車を出してもらう。きちんと見えなくなるまで手を振ってお別れだ。稜線に見えるシャルロッテが小さく見えなくなるまで、俺は手を振った。心地よい風が葉を落としていく。そういえば、もうすぐ秋だ。

 

 

 

 

 

「シャルロッテよ、言わなくてよかったのか?」

「はい・・・・・・」

「武士の娘たるもの、東を向いていろと言われれば、いつまでも向いておくものだぞ」

「はい・・・・・・」

 

 

 

 

 

オビワン西郷どんは城へと足を向ける。残されたシャルロッテがいつまでも見送り続ける中、葉が舞い落ちる。シャルロッテの目線の先には既に馬車は見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

「秋の日の 満月のため息の 身に染みて うら悲し 風の音に胸ひたぎ 色かえて 涙ぐむ 過ぎし日の思い出や げに我は うらぶれて ここかしこ定めなく とび散らう落ち葉かな」

 

 

 

 

 

俺はようやく弟の待つアルフレッドの下へ辿り着いたのは秋の訪れが身に染みるようになった頃だった。アルフレッドはここ最近毎日言語聴覚士のサリマン先生の下へ通っているようで、俺が館に着くと部屋から発生練習を行っているようだった。俺はそんなまだぎこちない言葉の羅列を聞き入り、弟の成長を涙ぐましく聞いていると、こちらに気づいたアルフレッドが恥ずかしったのか、顔を赤くしてやってくる。

 

 

 

 

「まだっ、れっ、練習中だっから!」

「ごめんごめん! でも、とても良くなっていると思うぞ!」

 

 

 

 

 

俺が心からの言葉を口にすると、アルフレッドは顔をくしゃくしゃにして笑顔になる。俺はそんな笑顔が最高のお帰りの言葉に変換して悦に入っていた。俺は久しぶりにアルフレッドと遊んでやろうと、部屋に入ろうとすると、クリスが俺を呼び止める。いくら可愛いクリスだろうと、アルフレッドとの楽しい時間を邪魔されるのは癪であり、俺は心の感情をそのまま顔に出した。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、そんな顔をしてもダメです」

「一体なんなんだよう」

「坊ちゃまにご面会です」

 

 

 

 

 

俺の大切な時間を邪魔するとはいい度胸だ。俺はもすもすとオビワン西郷どんばりに鼻息を荒くして玄関へと向かう。もしこれでインテリボルドー君だったら痔にしてやるぞと、息巻きながら玄関の扉を開けると、そこには額に汗を浮かばせていかにも大変だと言うことを知らせる、新設した教育施設を任せた教師の一人が立っていた。彼の名はダンブルドアだ。そう、あの魔法使いの物語に出てくるあの人だ。でも、残念ながらこの世界に魔法はない。よってダンブルドア君は一介の教師だ。そんなダンブルドア君は俺に問題を持って来た。

 

 

 

 

 

「ビスマルク殿下、大変です!」

「うん、そうだろうね」

「生徒が、生徒がおりません!」

 

 

 

 

おやあ、なにそれどゆこと?俺は頭の中が真っ白になった。だって、ようやく待望の学校ができたし、教科指導の教育内容も決めた。それになんたってシャルロッテのところから教師となり得る人材を雇っちゃったんだよ?あれもしかしてこれ、負債抱えちゃった?俺もダンブルドア君と一緒の顔色になる。俺は息を整えてもう一度聞く。

 

 

 

 

 

「生徒がいないって、一人も?」

「はい、一人もわが校には入学しておりません!」

 

 

 

 

なんてこった。




知識人ゲットだぜ!


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第十六話 俺は俺が嫌い

今回は教育問題について語りたいです


あああかんやつや、これはほんまにあかんやつや。でもどうしてだろう。教育ってそんなに価値が低いのだろうか。本当に誰も学びを欲していないのか。そんなわけはない。誰だって学びたいことはあるだろうし、その機会は平等に与えられるべき当然の権利のはずだ。では一体なぜ誰も学校に入学しないのだろうか。

 

 

 

 

 

「問題はなんだと思う?」

「はい、おそらくは入学金及び授業料が問題かと・・・・・・・」

「ん?」

 

 

 

 

 

俺はまたもフリーズしてしまった。どうしてここでお金の話が出てくるのだろうか。学校の建設費や教師の給料に至るまで、すべて俺持ちだというのに。どうしてダンブルドア君は金銭面が問題だと言うのだろうか。俺は自分の言ったことを思い出してみた。確か学校のビジョンを話した時、『貴族とかなら多めに金を取っても良いかも』って言ったかもしれない。もしかして、あのときの話をしているのだろうか。俺は心配になったため、ダンブルドア君にそのことを聞いてみる。

 

 

 

 

 

「もしかして、お金取ろうとしてるの?」

「え、もちろんですが・・・・・・・」

 

 

 

 

 

あちゃー、これは俺が悪いですわ。俺は確かに今後の教育に関して将来的に金銭を貰おうと考えていたが、それは決して今ではない。だって、どの世界に貧困かつこれまで碌な教育をされてこなかった人間に、汗をかいて貯めたお金を払ってまで学ぼうとする人間がいるだろうか。一人二人ならいるかもしれないが、おそらくダンブルドア君の調子だと、結構高めの値段設定かもしれない。普通に考えて、入学金って前金なわけだし、そんな一括で大金を払える家庭はいないだろう。俺は全ての非を認めてダンブルドア君に俺の本音を話す。

 

 

 

 

 

「ごめんダンブルドア君、俺は教育に関して金銭を受け取る気はないんだ」

「なんですって!?」

 

 

 

 

 

俺の考える教育はだれでも受けることができて、なろうと努力さえすればなんにでもなれる、そんな未来を掴むことができる努力の場なのだ。もちろん、勉強を途中で切り上げてもいいし、とことん突き詰めてもらっていい。だがしかし、金銭を受け取るのは基本知識を学ぶ場ではなく、前世で言う大学水準での話なのだ。しかも、高等教育を受けたいのならばそこからは保証は出来かねる、くらいのニュアンスなのだ。そもそもそこまで高度な勉強を欲するのならば、それなりの所に就職はできるだろうし、金銭面には困らない成果を上げている者にのみ高等専門教育を施す気でいたのだ。俺はそれをダンブルドア君に話してやる。

 

 

 

 

 

「そういうことでしたか・・・・・・」

「俺の話し方が悪かった、ごめん」

「いえ、殿下が謝られることでは、ですがそういうこととなりますと新たな問題が」

 

 

 

 

 

ダンブルドア君は俺に新たな問題を提示した。それは、学問を修めたいという人物層の問題だった。学問を修める人間の多くは、この世界において貴族が大半を占めるのだそうだ。そして、今ある教育施設はたったの一つ。そう、学校が足りないのだ。さらに、貴族だけを入学させるとなると、俺の描いた万民のための学校と言う定義が崩れてしまう。それだけは何としても阻止したかった。俺はどうしたものかと頭を悩ませる。

 

 

 

 

 

「仮定でいいが、生徒が定員まで入学するとして貴族と平民の割合はどれくらいになると予想する?」

「おそらく良くて8対2、悪くて10対0でしょう」

 

 

 

 

俺は頭を抱えた。それでは駄目だ。貴族が少ない平民を蔑むことくらい容易に想像がつく。大して学がなくとも身分だけで批判されるのは御免被る。そのための学校なのだ。絶対に許されることではないし、それでは平民の知識向上には繋がらない。大多数を占める平民にこそ学んでほしいのだ。国民基盤を鍛えることこそが、王国の発展の礎となる。身分も学歴も揶揄される世界線なんてまっぴらだ。俺はおそらく庶民の味方でありたい。ああ、こうして無能な貴族が増えるのだ、こう考えた時、俺の中の貴族ヘイトが燃え始める。

 

 

 

 

 

「貴族には入学試験を設けよう」

「へっ?」

「お貴族様なんだろ?普段からいい暮らししてるんだから、平民より頭が良くて当たり前だろう?」

 

 

 

 

俺は環境が整っていたからこそ、前世でもこの異世界でも割と、というかかなり恵まれている。人がマナーを作るのではない、マナーが人を創るのだ。その理論で行くとおおよその問題に片がつく。俺はダンブルドア君にその方針で話を進めてもらうことにする。同時に、ダンブルドア君の思っていることも言い添えてやる。ダンブルドア君が思っているのは貴族と平民の学力差である。確かに、これでは入学してからが大変だ。だから俺は、平民向けに長期的教育戦略を提案した。

 

 

 

 

 

「かるた・・・・・・ですか?」

「そう、紙や木片といった札に文字を書いて、それを読み手と取り手に別れて取り合うんだ。早く文字を覚えたものが札を取るっていうゲームさ」

 

 

 

 

 

言語などは遊びの中で習得するものである。これからの平民にはそれらカルタを娯楽として流布し、長期的に国民全員が読み書きが最低限出来る状態にしておくのだ。さらに、この副次的な効果として、現在俺が発行している街の情報誌を誰もが読むことができるため、購買層が一挙に増えることにも繋がる。そのために、テコ入れとして新聞を発行することにした。これで現在起きた出来事を広く知らしめ、同時に言語習得を目標とした企業を立ち上げるのだ。この手の企業は既に起業馴れしたインテリボルドー君あたりにでも任せれば問題ないだろう。頑張れインテリボルドー君。

 

 

 

 

 

「分かりました。授業料などは免除とし、貴族には入学試験を実施、比率を半々とします」

「それでいい」

「ですが、平民の障害を持った子供はいかがしますか?」

 

 

 

 

 

おっとまだ問題ですか。今日はなかなかアルフレッドと遊ぶことができないな、そう物悲しくなったがそれもこれも未来の国民のためだ。すまない、アルフレッド。俺は問題に向き直るが、ダンブルドア君がそこまで気にするかがいまいち理解できなかった。普通に障害があろうと、勉学に意欲のある子どもは積極的に取るべきだろうに、何を迷う必要があるのだろうか。ダンブルドア君は言いにくそうに進言する。

 

 

 

 

 

「殿下、これは我々でも手に負えないのです」

「なに?」

 

 

 

 

 

俺の眼光が一気に鋭くなる。生徒を身体的特徴で区別することは一番やってはいけないことだ。それに俺もダンブルドア君のいうそれに該当することになる。しかし、俺は左手が使えなくともこうして立派に大人に講釈を垂れているわけだ。何も問題はないはずなのだ。それに気づいたのか、慌ててダンブルドア君は弁明する。

 

 

 

 

 

「障害を持った児童・生徒というのは一概に教育を施しても、他の生徒と同様の成果を上げるとは思えません」

「それをどうにかするのが君の仕事だろう?」

 

 

 

 

俺の口調が少し険しくなる。ダンブルドア君も冷や汗が滲んできており、互いに退かない状況になってしまった。そんな時、アルフレッドのメイドをしているミザリーがアルフレッドを共に連れてやってきた。

 

 

 

 

 

「殿下、教師といっても全ての生徒を一様に接せられるわけではございません。アルフレッド様のように、特別な方法で成長される方もいらっしゃるのです。それを教えてくれたのはあなた様ではありませんか」

 

 

 

 

 

俺はハッとしてアルフレッドを見る。アルフレッドは俺の話している難しい内容についていけていないようだったが、俺が苦しんでいるのが分かったのか、スッと俺の下に寄り添い、俺を見上げて呟くのだった。

 

 

 

 

 

「にっ、兄様。ぼっ、僕も・・・がっ、がっ、学校に行って・・・も! いいの?」

 

 

 

 

 

俺は忘れていた。人はそれぞれ自分のペースがある。だからこそ、俺は飛び級制度も作り、上へ登れるものはどんどん進めと考えたのだ。しかし、それの反対にゆっくりと成長する者もいるのだ。障害があるからと言って、一様に同じ教育を受けろと言うのは、むしろ苦痛になるだろう。それは障害のある者も健常者も同じであると一概に言っていることと同じで、その本人の差を見ていないだけなのだ。人は皆違っている。俺だって人と違っていただろうし、前世ではみんなと同じになり過ぎて空虚だった。そんなことを一番分かっていたはずの俺が忘れていたのだ。それに教師だって万能ではない。教師の仕事量の多さは現代日本でも問題になっていたほどだ。これでは教師が摩耗しかねない。俺は人的価値を無視した偽善の行為に心から反省した。ゆっくりとアルフレッドの前に屈むと、心配そうに見つめるアルフレッドを撫でてやる。嬉しそうに撫でられているアルフレッドを見て、俺の心は決まった。

 

 

 

 

 

「ミザリー、言語聴覚士のサリマン先生へ伝言を頼む」

「はい、承知いたしております」

「そうか・・・・・・・ダンブルドア君、こちらで障害のある者へ対し教育できる者を用意する」

 

 

 

 

 

ダンブルドア君はようやく苦しい表情を和らげると、握手を求めてくる。俺は少し恥ずかしがりながらもしっかりと握り返してやる。

 

 

 

 

 

「ご厚意に感謝いたします」

「弟のためだ」

「分かっております」

 

 

 

 

 

そう言うと、ダンブルドア君は学校の運営状況の訂正をしに、ミザリーはサリマンの下へ教育関係の紹介に関して打診しに出かけて行った。少し疲れた俺は部屋に戻る。椅子に座って外を眺めていると、香しい紅茶の匂いがした。振り返ると、何も言わずにてきぱきとお茶の準備をするクリスがいた。俺は何も言えずにまた窓の外を見る。机にお茶が優しく置かれ、湯気がゆらゆらと上る様子がガラスの反射で俺の目に移りこんでくる。俺はその揺らめきが自分の情けなさの様で、鼻の奥がツーンとした。決して泣いてはいない。

 

 

 

 

 

「俺は大切な存在をぞんざいに扱うところだった」

 

 

 

 

ぽつりと呟いた言葉は、湯気のように部屋に消えてしまうほど小さかったが、クリスはそんな囁きにも似た俺の言葉を全て拾ってくれた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃまには皆が感謝することになります」

「そんなことない」

 

 

 

 

 

俺は鼻の奥がツーンとしたことを隠そうとムキになってしまう。クリスにそんな八つ当たりをしたくはなかったが、なんとかツーンとした痛みを耐えるには攻撃的な、もしくは自虐的になるしかなかった。

 

 

 

 

 

「俺はだれかの考えを真似ているだけだ。それは俺でなくて感謝されても、それは俺ではない誰かの手柄だ。俺は・・・・・・・俺じゃない」

 

 

 

 

 

俺の卑屈をクリスは黙って聞いてくれた。俺はむしろ呆れや嘲笑が欲しかった。叱ってほしかった。だが、クリスは静かに俺の言うことを聞くだけだった。だから、俺はクリスを少し困らせてやりたくなった。俺は汚くも意地悪をすることにしたのだ。本当にこんな汚い俺が、俺は大嫌いだ。

 

 

 

 

 

「お前もそんな俺だと知ったら失望するだろう? でも、俺はそういう人間なんだ。それだけの人間なんだ。なあ、そうだろう?」

 

 

 

 

 

俺の挑発的な質問にクリスは膝を曲げて、俺と目線を合わせる。ああ、今のクリスの目には俺がどんなふうに映っているだろうか。情けない奴、無能な奴、バカな奴、哀れな奴、仕方のない奴どれだろうか。でも、こんな俺も知っておいてほしかったのだ。他ならぬクリスに、俺のこんな所も知ってほしかったんだ。俺が目を見つめられるのを自分から止め、目を瞑ると頬に衝撃が走る。俺は驚いて目を開くと、そこには少し怒ったような顔のクリスがいて、それは初めて見る顔だった。目の端には涙が溜まっていて、俺はそんなクリスを見ることが嫌だと思ってしまった。

 

 

 

 

 

「だれかの考えを坊ちゃまが如何にされようと、私には全て輝いて見えるのです。私は坊ちゃまに全て頂きました。それは他ならぬ坊ちゃまご自身からです。他の誰でもありません。坊ちゃま、私にはあなたが全てなのです」

 

 

 

 

 

どうしてクリスが泣くのだろう。俺の方がいつも元気をもらっているし、お世話をしてもらってる。こんなにも大切なものを傍に置いてくれて、こんな俺を支えてくれる人が他にいるだろうか。俺はそんな人を泣かせてもいいのだろうか。いいや、絶対にあってはならないことに決まっている。俺は涙を零すクリスと、ぶたれてジンジンと頬に残る優しい痛みで泣いた。この世界で初めて泣いた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃまが私の全てであるように、これからは全ての国民が坊ちゃまから、私と同じように慈しみを頂くのです。そんなお方が自分を卑下なさる? では私たちはどうすればよいのです? あなたが自分を否定なさるのなら、それ以上に私をご否定ください」

 

 

 

 

 

それは嫌だ。俺は大切な存在を否定されることだけは嫌なんだ。どうしたら許してくれるのか、俺はまた間違いを犯してしまったのか。俺は涙を憚ることもなく流し続ける。汚いが鼻水すらも垂らしながら。でも、そんな汚い俺でも認めてくれる人がこんなにも傍にいる。こんにも俺を見てくれる人が俺を大切に思ってくれている。それだけで俺は満足だ。俺は、俺を許そうと思う。

 

 

 

 

 

「ごべん! クリスティーナ・・・・・・ごめん!! 誰も、誰も悪くないよぉ!」

「ようやくお分かりになられましたか。出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」

 

 

 

 

 

クリスは自分の仕事に戻り、俺に接してくれるが、それでも溢れる人間味に俺は慰められていた。俺はこんな人にいつかなれるのだろうか。将来の自分への不安をまたもクリスが拭ってくれる。

 

 

 

 

 

「許す、許すよ! もっと俺を見ててくれよぉ!きっといい奴になるから!」

「はい、いつまでも」

 

 

 

 

 

俺の言葉を受けとめてくれたクリスは、俺の涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭いてくれる。俺は汚い顔を拭かれて新しい自分に生まれ変われる気がした。クリスやアルフレッドが俺にとっての希望の光であるように、俺もクリスやアルフレッドを照らし続けられるようになろうと決心したのだった。

 

 

 

 

 

「ハンカチの意味、分かっただろ?」

「・・・・・・はい、このハンカチは私の生涯の最大の誇りとなるでしょうね」

「大げさだよ」

「いいえ」

 

 

 

 

 

俺とクリスは笑い合っていた。俺の紅茶はすっかり冷めてしまったが、俺の心は、過去の俺はすっかり温かくなっていた。俺はこれからも頑張るぞ。可愛いクリスや弟のアルフレッドと面白おかしく暮らしてやるんだ。俺が楽しくなってやるんだ。俺の心は前よりも強く、カッコよくなっている気がした。

 

 

 

 

 

 




自分を見つめ直すいい機会でしたね


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第十七話 対決

前の投稿から時間が空いてしまい申し訳ないです
お詫びとして今日3話投稿します


さて、俺は学校の運営を刷新し、新年度を春からとして募集をかけた。すると予想を超える募集が集まり、選抜や抽選に四苦八苦しているとあっという間に秋が過ぎ、俺は11歳になった。俺のお披露目会は終わっているが、10歳を超えたら国王には祝われに行かなければいけないらしい。いや、おかしいだろ。祝われるのは俺なんだから面倒くさがらずに祝いに来いよ。俺がそんな文句をぶつくさと呟いていると、馬車が来てしまった。はあ、冬の馬車って寒いのに。俺は泣く泣く愛しのアルフレッドを置いて王都に向かう。

 

 

 

 

 

「王都は雪が降らないんだな」

「王都は比較的温暖な場所ですから」

 

 

 

 

クリスとそんなやり取りをしていると、曇天の空からパラパラと雪が降ってきた。天気予報があればこんなことにはならないのになあと考え、将来的に気象予報士を育てようと決意する。そして、雪が地面を覆う頃に、俺たちは王宮に到着した。王宮に到着した俺たちは、荷物を部屋に入れると少し時間が余るようになった。なんでも、俺を祝う貴族の到着がこの雪で遅れているとのことだった。馬車で雪はきついよなと思っていると、ガタガタと揺れるトラックが出現した。そこから出てきたのは以前オワリ領に行く際に、途中で挨拶しに行ったアグリム領の領主、アグリム伯爵の息子であるマルコだった。

 

 

 

 

「マルコ! 久しぶり!」

「殿下! これはこれは寒い中お出迎え下さりましてありがとうございます!」

「いいっていいって!それよりこのトラックは?」

 

 

 

 

俺の興味は完全にトラックに向いていた。何しろこの世界で車が走っていることは知っているが、どれもおんぼろの小型車ばかりだった。そんな中、かなりまともなトラックを初めて見た俺は興奮のあまりマルコを出迎えに外に出てきてしまったのだ。マルコはそんな俺に優しく経緯を説明してくれた。

 

 

 

 

 

「我が領地のアグリは農業国ですので、こういった運搬車両は豊富にあるんです。それに今回は私どもの他に同乗者もおりまして」

 

 

 

 

 

マルコはトラックの荷台を開くと、そこには雪道で揺られに揺られて死屍累々となったオワリ領の兵士と知識人であったヨイチ、ユキチらが乗り合わせていた。マルコに聞いたところ、彼らは実質の国外追放処分となっており、歩いて俺のいる王宮まで行く手筈になっていたところを拾ってくれたのだと言う。俺は車酔いで死にそうになっている彼らに変わり、マルコに礼を言う。

 

 

 

 

 

「マルコ、彼らをありがとう」

「いえいえ、私も彼らに恩を売ることができ良かったです」

 

 

 

 

 

なかなか貴族らしく強かな性格なようだ。しかし、腹の中ではきっと純粋に困っている人を助けたい、そう思っていそうな顔だった。貴族の建前とか皮肉たっぷりだと思っていたが、なかなか気持ちのいい皮肉である。俺はマルコがますます好きになっていた。俺はトラックから酔いつぶれのヨイチたちを出し、俺の控室に案内することにした。これからうちの街で働いてもらう者たちだ、丁重に扱わなければ。そうこうしているうちに、他の馬車も到着し始め、俺は俄かに慌ただしくなっていった。

 

 

ほとんどの貴族が揃い、俺の誕生会という名目のパーティーが開催されていた。俺はまたもお飾りとして椅子に座り、挨拶ばかりしていた。お腹もすいたし、ご馳走を食べたいところだが続々と挨拶の列が途絶えることはなかった。王族も大変なものだと、火照った顔を手で仰ぐとクリスが水を持ってきてくれる。さすがは気配りのクリスだ。

 

 

 

 

「坊ちゃま、暖房が熱すぎますか?」

「え、暖房ついてたの?!」

 

 

 

 

俺はびっくりしたことに、暖房がついていたことに驚愕した。何を当たり前のことをと言わんばかりのクリスの顔だが、それよりも俺は気になっていた。よくよく考えれば当然だが、この異世界には少ないながらも車が走っている。その燃料や発電システムはどうなっているのだろうか。この中世のような情勢のどこにそんな技術が眠っていたのかと、俺は興味がふつふつと湧いてきてしまった。そのことに気づいたのか、クリスが俺に釘を刺しに来る。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、今は挨拶に集中してください」

「ああ、でもあとで教えてね」

 

 

 

 

俺は抑えられそうにない知的好奇心に座っているのが辛くなってきてしまった。しかし、強制的に座らざるを得ない事態が発生してしまったのだ。俺の目の前にやってきた人物は二人、その二人は同格にして王族の俺からしてみれば王族以外での地位は最強格の二人。それが俺への挨拶に同時にやってきてしまったのだ。もちろんその二人をご紹介させて頂こう。最近領地にも遊びに行ったオワリ領からの使者、青コーナーはシャルロッテ・ブルボン・オダ! 続いて金髪縦ロールでお馴染み、オセロの虐殺者、赤コーナーはリーゼロッテ・シュタインマイヤー!

 

 

 

 

「レディ・・・・・・・・ファイッ!」

 

 

 

 

俺が小さく囁くと同時に二人は俺への挨拶の順番で厳かに、それはそれはお上品にお貴族様らしくお喧嘩をお始めになられた。青白い高圧電流のような火花を互いに散らせた見事なまでの淑女同士の戦い。さあ、どちらが勝つのか見物です。実況は私、このパーティーの主人公であるビスマルク・マクシミリアン・デ・メ・フェルディナンドです。さあ始まってしまいました、まず最初は金髪縦ロールでお馴染みリーゼロッテの攻撃のようです。

 

 

 

 

 

「あら、お久しぶりですこと。以前よりお太りになられて? それともそれは筋肉ですか? 貴族の淑女たるもの身体のラインくらい整えて下さいまし。仮にも貴族の頂点たる公爵令嬢ともあろうあなたが、見すぼらしいですわ」

 

 

 

 

 

おおっとこれは痛烈! 武装国家の姫に対し女性らしさのアピール攻撃だあ! これはなかなか手厳しい指摘ですね。確かにリーゼロッテはバラです。全身からバラの香り及びバラの装飾及びバラが背景となっています。これは確かに攻撃力としては申し分ありません! さて青コーナーのシャルロッテどう対応するのでしょうか!

 

 

 

 

 

「あら、見ない内に随分と派手さだけが優れたようですね。殿方によく見られたいのは分かりますが、それでは夜のお相手の時にがっかりされましてよ? もう少し内面も磨かれては?」

 

 

 

 

何と言うことでしょう! 外面を叩かれた思いきや返す刀で内面を攻撃だあ! これは手痛いしっぺ返しを食らってしまいました、赤コーナーのリーゼロッテ選手! 最後の『内面も』という三文字には外面もダメであるとの二重の意味の口撃が含まれています。これは芸術点も加点です! それに夜のお相手ってなんのことなのでしょうか。俺はさっぱり、皆目見当がつきません! みなさんは分かるでしょうか。さて、ここで会場の皆さんの反応を伺ってみましょう。

 

 

 

 

「「「・・・・・・」」」

 

 

 

 

 

見事に、見事なまでに会場は静まり返っております! この会場には多くのギャラリーと言う名の貴族が集まっておりますが、先ほどまで熱く感じていた会場の熱もいまや氷河期時代に突入した模様です! この先の天気は曇りのち天変地異、繰り返します。この先の天気は曇りのち天変地異です! これはどのように収集を付ければいいのでしょうか。主賓であるはずの俺が置いてけぼりなところを鑑みますに、一番の被害者はこの俺と言うことで間違いなさそうです! 二人にダメージが蓄積されていくところではありますが、現状俺のHPの方が先に尽きそう、というかとっくの昔に瀕死状態です! ここで回復アイテムを使用しましょう! 回復ポーションとして我が愛しのメイド、クリスを召喚します! さて、これで少しは私のHPも回復することでしょう!

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

なんてことだ! 俺の応急修理女神であるクリス女神は不在! まさかの不在、というか逃亡です! 助けて下さぁい! そして、どことなくこの状況を収めろと無言の圧力が俺に注がれているのは気のせいでしょうか! いいえ、二人の公爵令嬢以外全ての貴族が俺に注目しています! 無責任でぇす!

 

 

 

 

「ちっ! どうして王族の俺が一番働かなきゃいけないんだ・・・・・・一応俺の誕生日のはずだろ」

 

 

 

 

 

俺はようやく立ち上がると、一斉に先ほどまで距離を取っていた貴族たちがまるで誘蛾灯に誘われる虫のように集まり出したではありませんか。これだから貴族は嫌いだ。俺はゆっくりと、限りなくゆっくりとバチバチに燃え盛る炎に近づく。周りから見れば英雄か蛮勇のどちらかに映っているだろう。俺もこんなことに巻き込まれたくなどなかったのだ。仕方なく、仕方なくである。

 

 

 

 

「二人とも久しぶり。シャルロッテ先日はお招きありがとう。リーゼロッテ、この前は遊びに来てくれて嬉しかったよ」

 

 

 

 

 

俺は二人にいい顔をしてやり過ごすことを選択する。とにかくこのリングと言う名のバトルフィールドを鎮火しなければ燃えてしまう。主に俺が。俺が話しかけると二人は目を輝かせて話しかけに来る。二人同時に。

 

 

 

 

 

「「どういたしまして!」」

 

 

 

 

 

二人とも本当は仲いいだろ、俺を困らせたいだけだな。だが、俺は二人の仲を止めることは出来ず、今度はどちらが先に会話するかが争点となってしまっている。ああ、ビスマルクよ。俺じゃなく、ドイツ首相の偉人ビスマルクよ、どうか同じ名を持つよしみとして俺にお力を授けたまへ。俺は天に願いを捧げた。しかし、もちろん都合のいい考えなんて降りてくるはずもなく、俺は深刻球をして二人と向かい合うことを決心する。

 

 

 

 

 

「シャルロッテ姫」

「はい、何でしょう?」

「あとで二人だけの時間を貰えるかい?」

 

 

 

 

 

俺の提案にシャルロッテは目を見開いて喜んでみせる。対照にふくれっ面になるリーゼロッテ。もちろん俺はどちらも差別する気はない。改めて今度はリーゼロッテに向き直り、提案をする。

 

 

 

 

 

「先に今お話を伺わせてもらっても?でも他の方もいるから少しだけね」

「私だけ少しだなんて、殿下もお人が悪いですわ」

「だって、君の領地にはこれからお邪魔するからね、楽しみは取っておくものだろう?」

 

 

 

 

俺の人差し指を口元に当ててウィンクをする仕草にリーゼロッテも顔を紅く染めている。俺だって恥ずかしいんだ、我慢してほしい。でもどうにかして俺の提案を遂にリーゼロッテも首を縦に振った。周囲からは小さく称賛の声すら聞こえてくる始末だ。どうやら乗り切ったらしい。これがホストの気分なのだろうか。世のホストの皆さん、刺されないようにお気を付けください。とりあえず、シャルロッテを下がらせ今はリーゼロッテの話を聞くとしよう。

 

 

 

 

 

「それで、リーゼロッテの用事はなんだい?」

「どうしたもこうしたもないですわ!」

 

 

 

 

 

どうやらリーゼロッテ姫はご機嫌な斜めのようだ。ここで俺はなぜリーゼロッテが怒っているのか考えてみる。よければみんなも考えてみよう。シンキングタイムは5秒だ。ええ、まず・・・・・・うん、分からない。たぶん俺と同じでお腹が減っているのだろう。それかまた一番になれなかったことを嘆いているのだろう。なんの一番かは知らないけれど。では、答え合わせだ。

 

 

 

 

 

「以前にやったオセロの販売権を私に下さいましっ!」

 

 

 

 

 




喧嘩の仲裁ってなんか怖いですよね
よく巻き込まれるので勘弁願いたいです


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第十八話 シャルロッテの告白

案外短めでした
今回はシャルロッテとの会話シーンです


みなさんは当たったかな。俺は全く予想だにしていない回答が来てしまい、絶賛脳がフリーズ中だ。ええと、どうしてこの困ったちゃんはオセロの販売権なんかを欲しているんだ。たかがオセロで何をそんな憤っているのだろうか。そもそもあなたオセロめちゃ強じゃん。あなたがオセロやる相手なんかそうそう見つからないからやめなさいって。それにしても、なんで俺に要求して来るんだか。

 

 

 

 

 

「ええと、オセロならうちの街の行商人から買えばいいじゃない?」

「そう言うことではありませんわ!」

 

 

 

 

 

ううむ、これは困った。みんなは欲しいものがあったらどうする? もちろん買うよね。でも、この困ったお姫様は販売権を欲しいらしい。石油王の思考かよ。オセロなんて娯楽アイテム、あんまり売れ行きがすごくいいわけでもないのに。俺はとりあえずリーゼロッテから訳を聞いてみることにした。

 

 

 

 

 

「あのオセロの販売権を我が領でなら必ずや生産・販売規模を拡大して見せますわ!」

 

 

 

 

うんうん、つまりはあれか。リーゼロッテ姫自慢の魅力ならお客はみんな虜、大儲けですわ! ってとこかな。その自信はどこから来るのか。だが、うちの領地ではオセロはそこまで主力商品ではない。大いに売って設ける算段があってのことなんだろうな。俺はリーゼロッテと交渉してみる。

 

 

 

 

 

「いいよ」

「やりましたわ!」

「でも、利益の20%はちょうだいね」

 

 

 

 

俺の交渉が入った途端にリーゼロッテの表情が変わる。俺そんな暴利を吹っかけたかな。原価率がいい代物だし、これ以上安くするのはうちとしてもよろしい取引とは言えない。そもそも本当にただで販売権をもらえるとでも思ったのだろうか。リーゼロッテは俺の鼻先を指で差すと、キンキンとした声で喚き始める。

 

 

 

 

「どうして下さらないのですか?!」

「どうしてタダで譲らないといけないのさ?」

 

 

 

 

これでは平行線だ。子どもの駄々に付き合っている暇はないのだが、てかこれ俺の誕生会だしね。普通俺に何かプレゼントをくれるものじゃないのか。これでは絶対にアンフェアだ。なにかしらこちらも利益がないと・・・・・・ああ、別に金銭じゃなくてもいいじゃないか。そうだよ、リーゼロッテが売る自信があるならこちらはその秘密なり、人的資源を提供してもらえばいい話じゃないか。俺は自分の中で商談を決める手筈を整えた。

 

 

 

 

「じゃあ、あげるよ」

「最初から素直に渡してくれれば・・・・・・」

「あげるからリーゼロッテの領地の情報をちょうだい」

「・・・・・・情報、ですか?」

 

 

 

 

リーゼロッテがキョトンとしているので、俺はリーゼロッテに前に話した街の情報誌について思い出してもらうことにした。情報と言うのは集めるのに膨大な時間が必要な代物で、それこそ俺は自分の街の情報誌を作成するだけでもかなりの時間を要した。だから、リーゼロッテの領地の地形や商売形態、特産品、医療技術などを記した情報を提供してもらうことでオセロの販売権を譲ることにした。

 

 

 

 

「情報ですか・・・・・・その程度のもので良ければ」

「商談成立だね」

 

 

 

 

俺とリーゼロッテは握手を交わし、これにて商談終了だ。リーゼロッテは未だに不思議そうにしていたが、情報の価値は偉大だ。それにリーゼロッテの領地とも交易が盛んになればみんなハッピーだ。俺はなにも自分だけが幸せになろうなんて思っていない。美味しい物は共有したいし、美しいものはみんなにも見てほしい。誰にとっても便利なものは広めるべきだと考えている。俺はリーゼロッテの齎してくれる情報を楽しみに、今度リーゼロッテの領地に行くことを確約する。

 

 

 

 

「リーゼロッテ姫」

「なんですの?」

「楽しみだね」

 

 

 

 

俺が耳元で囁き、微笑みかけるとリーゼロッテは少し動きを止めたかと思えば、顔をほんのり赤くさせてあたふたし始めた。俺が行くことを忘れてたのかな。なんて薄情な。俺はあれだけ押しかけられたから頑張ってアルフレッドと遊ぶ予定を切り上げてまで準備したのに。リーゼロッテはそそくさと姿を消すと今度はシャルロッテの番だ。なんて誕生日だろう。周りが俺の疲労困憊の顔を察して道を開けてくれたため、俺はちゃっかり戻ってきたクリスの監視の下、バルコニーに出る。そこには確かに月光に照らされて、ほのかに青白く輝くシャルロッテが待っていた。

 

 

 

 

「お待たせ、シャルロッテ姫」

「お待ちしておりました、ビスマルク殿下」

 

 

 

 

その美しい所作で静かにお辞儀をするシャルロッテは、誰もがその上目遣いで見られたら熱くなってしまうような雰囲気があった。先ほどの険悪な感情はどこへ行ったのか、シャルロッテはその厳かな空気を纏い、俺の近くに寄って来る。

 

 

 

 

「今宵、またこの月の下でお会いできましたことを嬉しく思います」

「ああ、俺もだよ」

 

 

 

 

そう言うとシャルロッテは艶やかに微笑み、スッと感情を下げる。冷たい風がシャルロッテの黒く長い髪を揺らす。俺はどこかその表情が恐ろしく、どこか寒々しいものが背筋を駆けのぼった。

 

 

 

 

 

「殿下、殿下は以前空を飛びたいと仰られましたね?」

「そ、そうだったね」

 

 

 

 

シャルロッテと初めて会った日、確かに俺は和歌で自分の空を飛びたいと言う気持ちを表現したことがあった。この異世界では空は災厄を招く場として畏れられ、下賤な行為とされている。俺が空を飛びたいと言うと誰もがいい顔をしなかった。だが、なぜシャルロッテはこんなにも俺の言葉を嬉しがるのだろう。俺はシャルロッテの次の言葉を待った。

 

 

 

 

「私、殿下のお言葉を忘れた日はありません」

「う、うん」

「殿下がそこまで我がオワリ領のことをお考えになってくださるなんて」

 

 

 

 

なんかおかしくない。どうして俺が空を飛びたいことと、シャルロッテの領地を俺が考えてることに繋がるって言うのさ。そもそもさっきあれだけリーゼロッテといがみ合っていた、俺と先に話す権利争奪戦の果てがこんな話題? てっきりなにか告白でもされるのかと思って少しドキドキしてた俺が馬鹿みたいだよ。あああ、気持ちを高ぶらせた俺が馬鹿だった。じゃあ、そろそろ本題きてくれないかなぁ。

 

 

 

 

 

「私は殿下を・・・・・・お慕い申し上げます」

「ああ、なるほどね・・・・・・ん?」

 

 

 

 

 

一体どうしてこうなった! どこで食い違った? 俺はなにか話を聞き逃したか!? 俺は頭の中を必死に回転させるが全ての結論はエラーメッセージばかりである。シャルロッテに限って『お慕いする』だなんて冗談で言うわけないし、えっまさか、この異世界では違う意味になるとか?! もう分からないよ。俺が思考停止していると、シャルロッテがこの場を紛らわすかのように話題を変える。

 

 

 

 

「そ、そういえば、私の領からヨイチやユキチがそちらに向かったと思うのですが」

「あ、あああ! そう、そうだね!」

 

 

 

 

もう、女の子ってわかんないわっ! 唐突な話題転換について行くので精一杯な俺は、脳に酸素を巡らすべく深呼吸する。そういえば先ほどアグリ領主の息子であるマルコのトラックに乗せられてきたヨイチとユキチがこの王都にやってきていた。俺はその話が本題なのかと頭を切り替えることにした。

 

 

 

 

 

「これからは俺の街で活躍してもらうよ」

「はい、ぜひ彼らをよろしくお願いいたします」

 

 

 

 

 

ふう、これで社交辞令は完了だ。それにしても突然の告白と言い、シャルロッテって女の子が俺にはさっぱりだ。俺は再び疲れ果てた脳を休める為、会場に戻ろうとする。

 

 

 

 

「じゃあ、俺は戻るとするよ。シャルロッテも冷えるから早く戻るんだよ」

「お気遣いいただきありがとうございます、殿下」

 

 

 

 

俺はクリスに扉を開けてもらい中に入る。さすがに冬の夜は冷え込む。さきほどまで暑すぎるくらいだった部屋は心地よい暖かさで身体を包んでくれるようだった。一方、バルコニーに残ったシャルロッテは、俺の背中を見えなくなるまで見送ると、夜空に浮かぶ月を覗き込む。

 

 

 

 

「殿下なら・・・・・・殿下となら」

 

 

 

 

 

シャルロッテは冷たく覗き込む月の光に照らされて火照った身体を冷ましていく。未だに燃えるように疼く背中を月の光から隠しながら。その後、無事に誕生会を終えた俺は疲れ果ててしまい、そのまま休むことにした。

 

 

 

 

 




告白とか、リア充イベントを作ってしまった自分が憎いです


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第十九話 謁見と宿題

今回も少し短めです
明日は必ず頑張ります


次の日は恒例の国王と女王との謁見である。再びトラウマが蘇るようで憂鬱だが、こればかりはやらなければいけない俺だけの仕事だ。俺は溜息を隠しきれずクリスに叱られる。

 

 

 

 

「坊ちゃま、気を抜き過ぎです」

「クリスぅ、そうは言ってもこればっかりは気が進まないって」

 

 

 

 

俺の着替えを手伝ってくれるクリスだが、つい去年に俺は国王と女王の前でクリスを処罰されかけたし、俺は左手を切り落とそうとした。これが溜息を堪えずにいられるだろうか。俺は気分がダダ下がりのまま王宮に向かうこととなる。

 

 

 

 

「ビスマルク殿下が参内されましたぁ!」

 

 

 

 

相変わらず仰々しい声で扉を開かれる。俺は仕方なく王座の間へ通されるままに従う。父たるヴィルヘルム国王と母たる王女が奥の玉座に鎮座している。今回はどんなことを言われることか。俺は王の前でかしずき、クリスの台本通りに挨拶をする。

 

 

 

 

「ビスマルク・マクシミリアン・デ・メ・フェルディナンド、11歳の奏上に陛下の御前に参上しました」

「うむ、楽にせよ」

 

 

 

 

だからなんで祝われる側の俺が面倒なことしなきゃならないんだ。態度がでかすぎるぞ国王め。俺のそんな愚痴を悟ったのか、近くに控えるクリスの冷たい視線が背中に刺さる。ごめんってクリス。ちゃんとするってば。

 

 

 

 

「ビスマルクよ、世継ぎはまだか」

 

 

 

 

口を開いたらこれだよ。だから俺はまだ11歳だっつってんだろ。はいそこクリスさん、顔を赤くしないように。可愛いけども。まったく変態家族を持つと苦労するね。俺は平然を装って国王であるヴィルヘルムに華麗に返答してみせる。

 

 

 

 

「陛下、我が愚息はまだ目を覚ましません。こればかりは夜が明けるまでしばしお待ちください」

 

 

 

 

へっ、どうだねこの華麗なる下ネタ敬語。俺にクリスをショタコンにさせる勇気はございませんっての。諦めろ変態おやじ。ヴィルヘルム国王は溜息をつくと、いや俺がそうしたいんだけどね、もうよいとばかりに話題を変える。

 

 

 

 

「最近好き勝手やっているそうだが、王族の義務を忘れてはおらぬな」

 

 

 

 

 

王族の義務、出ましたよ。俺に王族の自覚なんかあるはずもないし、あわよくば禁止されてる空を飛ぶことを画策してますよだ。メラメラと燃える下心を隠しつつ、俺は最近手を出している株式取引や各領への外遊、そして学校の設立を美辞麗句を並べ立てて正当化する。

 

 

 

 

「もちろんです。王族たるもの、民への配慮を忘れず、日々苦慮しております」

「分かれば良い。ただ、卑しき金銭を持つことは王の務めではないことを心に留めておけ」

 

 

 

 

なにを言っちゃってくれてんですか。俺のやってることこそ国民の明日への希望になるんだろうが。そもそもあんたら国王様とやらは何をしてんのか。黙って王宮に籠って毎年誕生日の度に煌びやかなパーティーやってる暇があるなら俺に投資しやがれってんだ。俺はいつの間にかべらんめえ口調になっていることに気づき、心を落ち着けるためヴィルヘルム国王に嫌味を放ってやる。

 

 

 

 

「私が好きな詩にこのようなものがあります。『高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり』」

 

 

 

 

俺の言ったこの詠った句は前世日本で人徳天皇が言ったとされる逸話だ。難波高津宮から遠くを見ると、人々の家から煙が立っていないことに気づき、民が燃やす薪すらないためかまどから煙が立っていないと嘆き、3年間の税を免除した結果、再び煙が民家から立つようになった、という民を思う慈愛に満ちた指導者の言葉だ。俺の言葉にヴィルヘルム国王はムッとしたような気がしたが、ざまあないとしか思わなかった。

 

 

 

 

「・・・・・・ビスマルク、ならばお前に一つ頼んでみるとしよう」

 

 

 

 

 

ヴィルヘルム国王は俺に次のことを指示した。なんでもこの王国の南にはヒンブルム皇国という小さな国があると言うのだ。もちろん俺は初耳だった。そのヒンブルムで最近きな臭い動きがあるのだと言う。フェルディナンド王国とヒンブルム皇国との関係は決して良いものとは言えず、そんな国で動きがあると言うのは王国としても看過できないことだと言う。一体そんな複雑怪奇な国際情勢を俺にどうせいちゅうんだ。

 

 

 

 

「ビスマルク、そなたのその曇りなき目で見定めよ」

「曇りなき目とか・・・・・・ぷっ」

「なにか言ったか?」

「いえなにも」

 

 

 

 

どこのジブリの名シーンですか。でも、見定めるって言うけど俺は具体的に何をすればいいのやら。俺はとりあえず適当に返事をしておいた。ようやく変態国王から解放され、俺とクリスは部屋へと引き返し、帰りの支度を始める。もちろん、帰りには馬車を手配してヨイチやユキチたちを俺の街へと運んでもらう手配も抜かりはない。ようやく誕生会という、既に罰ゲームと化した忌々しい行事を終え俺たちはアルフレッドの待つ館への帰路に着くのだった。

 

 

 

 

 




あれ、王様に好感が持てないのはどうしてだろう
下ネタとかやってる場合じゃないですね
心は清廉潔白にですよ


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第二十話 紙がない!

ぎ、ギリギリ間に合った・・・
今日は二本投稿します


冬が過ぎ、寒さがようやく和らいだ頃、ついに俺の街では学校がその入学式を迎える。全校生徒は初年度のためまだ200人に過ぎないが、貴族・平民双方100人ずつの入学を受け入れることができた。希望を胸に晴れやかな顔で入学してくる新入生の顔ぶれに、俺は校長として立ち会えたことを誇りに思う日が来てくれるだろうか。まあ、俺は王族だし、まだ11歳だし表立ったことは何もしないけどね。代わりに教頭を務めるダンブルドア君が新入生を迎える代表役となってくれる。さらに、この冬にやってきたユキチ率いるオワリ領の知識人も加え、教育体制はとりあえず間に合わせることができたのも僥倖だった。

 

 

 

 

「いやあ、これでなんの憂いもなくリーゼロッテのところに・・・・・・」

「ビスマルク殿下ぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 

先ほどまでの穏やかな気持ちを返してほしい。せっかくの門出の日となりそうだったのに。俺は血相を変えてやってくるダンブルドア君とユキチの二人にやるせなく応対する。

 

 

 

 

「大変です!!!」

「だろうね」

「紙が、紙が足りません!!!」

 

 

 

 

はて、カミとは。神、髪はたまた紙だろうか。同音異義語は止めなさい。仮にも教育者ともあろうものが。俺が混乱しちゃうでしょうが。なんだって紙なんかが足りなくなるんだか。俺は全く危機感を持てずになあなあで話を聞く。

 

 

 

 

「足りないなら買えばいいじゃん」

「もう買いました!」

 

 

 

 

 

もう買った? それでも足りないならまた買えばいいのに、マリーアントワネットみたいなことを言ってしまったが、紙なんて買い足せば事足りること。しかし、それでもダンブルドア君が焦るほどだ。よほど在庫がないと見える。俺も重い腰を上げて資金を貸すことを視野に入れる。

 

 

 

 

 

「じゃあ、予算を組むから必要分を報告してね」

「予算は余っております!」

 

 

 

 

今度はユキチ君だ。なら何が困っていると言うのか。もう一度考え直そう、紙が足りない? 予算は余っていて、既に不足分を買い足してもまだ足りず、どこからも買うことができていないという現状だろう。もしくは紙そのものがどこにもないか、だ。後者だと考えると・・・・・・あれ、これ詰んでね?

 

 

 

 

 

「も、もしかして・・・・・・この街のどこにも紙がないの?」

「おそれながら・・・・・・この街どころか、周辺の取引先も軒並み在庫が払底したとのことです」

 

 

 

 

オーマイガー、俺の素晴らしい学校計画、初っ端から頓挫ですよ。これはまずい、何がまずいって教育として用いる資材がない学校なんて終わっている。学問には最高の環境を、が売りの我が校にはあるまじき失態である。俺は急いで原因と対策を考える。

 

 

 

 

「ど、どうして紙が足りなくなった?」

「はい、貴族の入学試験及び教科書の策定、生徒名簿の作成、配布資料に使用した結果、生徒用ノートが全くと言っていいほど足り得ません!」

 

 

 

 

事務屋の仕事と言えば紙との戦争だ。紙に埋もれる仕事なだけに、紙を暴力的なまでに使用することを俺はすっかり忘れていた。加えて、我が校には文字を教えるのに多くの紙を割り当ててある。その紙がないとなると教えるどころではない。俺は今ここで教育の電子媒体化を強く切望した。よくよく考えると、この異世界には紙を作る製紙業界が圧倒的に足りていないのだ。俺は急いで対策を考える。

 

 

 

 

 

「いかがいたしましょうか?!」

「紙を生産する拠点を確保しろ!」

「生産拠点ですか?紙の製造業者ではなく?」

 

 

 

 

俺はこんなことで時間を取られたくはなかったが、ダンブルドア君を含めまだ基本的な仕組みを理解できていないだろう二人に説明を施すことにした。こういうのは現物をただ与えても無駄なのだ。一歩ずつでも初歩から教えないと人は同じ過ちを犯してしまうものである。

 

 

 

 

「このまま在庫が少ない業者とやり取りをしても生産数の増大なんて見込めない! このままではジリ貧だ。ならば、俺らで製紙産業を立ち上げるぞ!」

 

 

 

 

 

俺は自分の学校で扱う紙が大量に欲しい。例え安く粗い作りだろうと、量が無くては教育の基本は成り立たない。ならば、自分で作ってしまう方が長期的スパンで考えれば圧倒的にコストパフォーマンスが良くなる。俺はユキチに一時的に教育者の内、研究色の強い人物を選定してもらうことにした。

 

 

 

 

「どのような人材を選定基準にしましょうか?」

「過酷なまでの暴力的試行回数をこなせることを苦と思わない人物にしてくれ」

 

 

 

 

 

俺の言葉に若干顔が引きつった気がするが、こんなことになることを想定できなかった俺を含め教職員も悪いのだ。ここは一緒に地獄に落ちるほかない。俺が覚悟を決めたのが分かったのか、ユキチは自分が立候補しつつ、あと4人を選定して製紙に使える素材を探しに出る。まさか素材探しからしなくてはならないとは、途方もない作業である。

 

 

学校では急場で凌いでもらい、なんとか紙の消費を抑えてもらう方針を取ってもらうことにした。その間、ユキチ率いる紙製造の研究チームの第一次報告書に俺は目を通していた。

 

 

 

 

「既存の製紙職人からの情報はあまり引き出せずか・・・・・・新規の素材を自分たちで見つけるしかないか」

「はい、申し訳ございません」

 

 

 

 

がっかりとするユキチだが、彼も相当苦労したのだろう。確かに紙を作る職人は存在するが彼らも自分の技術をおいそれとは手放したがらないだろう。だからこそ、紙の材料などは秘匿され、手を焼いているわけだが。俺も頭を抱えしまい、行き詰ってしまう。そんな時、俺は何の気なしに外を見てみる。外には庭の手入れをする庭師の姿があった。庭師は雑草であるクサを刈っていた。その瞬間、俺の頭に閃くものがあった。

 

 

 

 

「これだああああああ!!!!」

「ああああ!!! 紙がぁぁぁああ!!!」

 

 

 

 

俺は思わずユキチが持参した報告書を破いてしまい、涙目のユキチ君に泣かれてしまった。とりあえず平謝りをし、俺は急いで自分の考えを落ち込むユキチに話す。

 

 

 

 

「紙の原料は動物性の革と植物だったな!」

「はい、そうですが」

 

 

 

 

俺はユキチたち研究メンバーを引き連れ庭に出る。そこには庭師が刈り集めた雑草であるクサが山盛りになっていた。それらの多くは若い草であったが、中には大きく育ちすぎてしまい、木質化したものがあった。俺はそれを手に取りユキチたちに見せる。

 

 

 

 

「この植物ならいくらでも取れるじゃないか!」

 

 

 

 

 

本来、紙の原料は針葉樹や広葉樹であり、ユーカリ、アカシア、スギ、マツなどである。そのような木材の間伐材を細かく砕いたチップを用いるのが一般的ではあるが、要は木材であればいいのだ。前世日本でも明治時代には稲わらからわら半紙を生産していたように、植物ならおおよそ紙自体は生産可能なのである。高価な羊皮紙などは学校現場では使うのは憚れる。さらに、今は量が必要なのだ。そこら辺にある物ならなんでも使うほかない。曲がりなりにも駆除対象ともなればなおさらだ。俺は直ぐにクサを用いた紙生産をユキチに命令する。俺は研究に励むユキチには悪いが出かけなければいけない用事があるのだ。心苦しいがここは彼らに任せることにした。向かう先は予てよりの約束であるリーゼロッテの領地である。

 

 

 

 




ようやく異世界無双始まるか!?
始まらないんだなあ


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第二十一話 リブルボン領!

今回はリーゼロッテのいるブルボン領にお出かけです
どんな出会いがあるかな


俺は泣く泣く街を離れ、クリスを伴ってリーゼロッテのいる領地である、ブルボン領へと足を向けていた。ブルボン領は鉱山が多く、冬の間は雪で閉ざされてしまうためこうして春に出向くこととになった。冬の間もリーゼロッテからは催促の手紙が届いていたが、こうした足場の良い時節にした。いくつかの山を抜けると、そこには確かな賑わいを見せるブルボン領が広がっていた。

 

 

 

 

「確かに王都の次に、いや俺の街くらい賑やかだな」

「ブルボン領は鉱山資源が豊富な領地です。王国に普及する貨幣のほとんどはここで生産されています」

 

 

 

 

解説ありがとうクリス。今日も可愛いよ。俺は説明を聞いた頭でリーゼロッテのいる館へと向かうわけだが、そこにはシャルロッテの領地、オワリ領で見た安土城みたな城にも劣らない立派なお屋敷が屹立していた。おそらく、というか絶対あそこに住んでいるんだろうな。俺は大貴族の権力を目の当たりにした気分で、少し参ってしまった。もちろん近くに到着するとその屋敷の迫力はより一層増すもので、俺は思わず首を180度見渡すほどの広さを誇っていた。

 

 

 

 

「お待ちしておりましたわ!」

 

 

 

 

元気よく出迎えてくれるリーゼロッテを見ても、その背景がまさにマッチするのは幻覚だろうか。バラの花で埋め尽くさんばかりのリーゼロッテだが、いつもにも増してバラが生えまくっている。俺はこの目で実際に見たことはないが、この屋敷というか宮殿はまさか。

 

 

 

 

「やあ、リーゼロッテ姫。すごいお屋敷だね」

「屋敷ではありませんわ!宮殿でしてよ!」

 

 

 

 

 

やっぱり、そうなるとこの宮殿の名はおそらく。マジもんの宮殿を自分の口から言っちゃうあたり、既にリーゼロッテの中ではこの領地の王たる自信を持っていると言うことなのだろう。時代が時代なら打ち首もんだよ。それこそギロチンでね。そんな王族たる俺を前にして意気揚々と自慢するリーゼロッテの隣にこれもまた見栄えがいいおじさんが登場する。

 

 

 

 

 

「これはこれはよくお越しになられました、殿下」

 

 

 

 

 

でっぷりと肥やした腹、周りを圧倒する髭、過装飾気味の服装といい、まさに大貴族いや、悪代官を彷彿とさせるおじさんはどうやらリーゼロッテの父親であり、このブルボン領の領主であるその人だろう。

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかります、ワシがこのブルボン領を治め、フェルディナンド王国最大の領地を保有する大貴族、公爵のゴールデン・ブルボンであります」

 

 

 

 

うわあ、まじで口をついて出そうになっちゃったよ。ここまで自画自賛できる神経って元日本人の俺からするとマジでできないよ。尊敬したくないけど、この自信は誉めるべきかな。俺が悩んでいるとゴールデンは俺の後ろにいるクリスに舐めるような視線を向ける。

 

 

 

 

「ほうほうこれは・・・・・・」

 

 

 

 

俺はこの変態オブ変態な視線に気づき、悪寒を超えて吐き気がした。クリスもそれに勘づいたのか、それでもメイドとしてあくまで仕事と割り切ってお辞儀をする。なんともげすい野郎だ。俺は少しむかっ腹が立ったが、リーゼロッテに向かって話を進めることにした。

 

 

 

 

 

「リーゼロッテ姫、今日この日をとても楽しみにしていたよ。長く待たせてしまって悪かったね」

「本当に待ちくたびれましたわ! 早くお上がりになって!」

 

 

 

 

俺は促されるままに宮殿とやらに入る。もちろんリーゼロッテの父親であるゴールデンも一緒に。クリスにはこの変態おじさんの視界に入らないように少し俺から離れるように命じておいた。クリスも了承し、少し俺とは距離を取っての行動となった。

 

 

 

 

 

「それにしても大きいやし・・・・・・宮殿だね」

「もちろんですわ!この宮殿は私のために立てられた、その名もベルサイラル宮殿ですもの!」

 

 

 

 

なにその石油王発想。前世で聞いたことのありそうな名前がさらに豪華な名前になってパワーアップだよ。それにしても果てしなく大きい。聞くところによるとこの地に住む貴族の家族ごと住まわせてもいるらしい。共同住宅ですかい。

 

 

 

 

 

「その昔、この鉱山の利権を賭けて争っていた家族を招いて決めた条約? というのでここにいるんですわ」

「え、戦争してたの?」

 

 

 

 

俺はびっくりした。やはり金の集まるところに人の欲ありっていうしね。というか、戦争してた派閥の家族を住まわせるって悪く言うとそれ人質だよね。てか、条約? そんなのが同じ領地内であるとかおもしろい自治権も存在したもんだね。これ同一王国って言っていいんだろうか。俺が不安になると後ろからついてきたリーゼロッテの父であるゴールデンが話に割って入る。

 

 

 

 

 

「昔はたくさんの小さな地域同士で争っておりましてな。それをワシの一族がまとめ上げ、統一してこの大規模な連合にしたのです。さしずめ、ワシは連合国家の統一王という立ち位置ですわい」

 

 

 

 

ああどうも、いたんだね。どうしていちいち自慢を挟むかね。王族の俺がいる前であんま自分のことを王、王って連呼しない方がいいと思うけどな。ていうか、戦争を終結させた人間がどうして王国の二番手なんてやっているのだろう。ここまで野心丸出しなら王様になっていてもおかしくはないのに。

 

 

 

 

「さすがはお父様ですわ!」

「ははははは!リーゼロッテはやはり可愛いのう!」

 

 

 

 

この親あってこの子ありってか、マジもんのやばい親子だったか。ここで人質に取られている貴族もさぞかし大変なんだろうな。どういう条件でここに住んでいるんだろう。間取りとか賃金とか。俺がそんな部屋探しのようなことを考えていると、またもゴールデンが口を挟んで説明を入れてくる。

 

 

 

 

「ここに住む貴族たちとは『ベルサイラル条約』というのを結んでおりましてな」

 

 

 

 

 

なにその怖い名前の条約! 俺の名前と言い、ちょっと怖いんですけど。王族になんか恨みでもあるんですか。まさか前世の史実通りの条約内容だったりしないよね。前世の史実では、戦勝国が敗戦国に巨額の賠償金を吹っかけたために世界は大変なことになったりもしてたりする。俺がそんなことを考えながら恐る恐るリーゼロッテを見ると、リーゼロッテは俺の視線に気づき、にこりと満面の笑みを開花させる。ああ、あかんやつかもしれませんわ。俺は聞かなかったことにしてリーゼロッテと二人きりで話をすることにする。

 

 

 

 

 

「さて、殿下からいただいたオセロの販売についてですが、さっそく売れ行きは好調ですわ!」

 

 

 

 

 

以前、リーゼロッテに無理やりせがまれてなんとか条件付きで交換したオセロの独占販売権だが、なんと既にリーゼロッテは軌道に乗せてしまったらしい。さすがはオセロの虐殺者と俺が陰で言っているだけはある。確かに、貴族を住まわせたりするくらいだし、娯楽が結構必要とされているのかもしれない。地域柄が出る商品だったんだなと感慨にふけっていると、リーゼロッテが俺に紙を渡してくる。

 

 

 

 

「これが殿下が仰っていた、我が領地の諸情報ですわ」

「おお! これが!」

 

 

 

 

渡された紙に目を通すと、確かにこのブルボン領の情報が数多く記載されており、俺としても結構満足のいく揃者に仕上がっていた。さすがは仕事はできるリーゼロッテさんだ。俺が喜ぶのを見て、リーゼロッテも喜んでいるようだ。

 

 

 

 

「どうしたの? 嬉しそうだけど?」

「そっ、そんなことはありませんわ!」

「そう? それにしてもリーゼロッテに頼んでよかったよ」

「本当ですの?!」

 

 

 

 

これまた笑顔を満開にさせて喜ぶリーゼロッテを前に、俺は素直な称賛を贈る。有言実行してくれる人間ほど信用できる者はいない。約束を守ると言うのはそれだけでかけがえのない価値があるのだ。

 

 

 

 

「本当だよ。リーゼロッテにあげてよかった」

「・・・・・・!!!」

 

 

 

 

リーゼロッテはピョンピョンとそこら辺を跳ねて回っている。よほど褒められたのが嬉しかったのか、俺はそんなリーゼロッテを微笑ましく見ていた。ようやく我に返ったリーゼロッテが顔を赤くして席に着くと、咳ばらいをして何事もなかったように話を続けようとする。やはり貴族は貴族でもまだ子どもには変わりないのだと安心してしまった。

 

 

 

 

 

「オセロは人気を博し、今では領民のほとんどがオセロを保有している状況ですわ」

「え、そんなに!」

 

 

 

 

まさかそんな爆発的にバズルとは思わず、俺は腰を抜かしそうになる。娯楽によほど飢えていたのか、俺はさらなら娯楽遊戯に思考を加速させる。俺の計画を察したのか、リーゼロッテは商人顔になってにこりと提案を持ちかけてくる。

 

 

 

 

「殿下の頭の中にはまだなにか面白そうなものが眠っていそうですわね」

「まあね」

「それを下さいまし」

「いやです」

 

 

 

 

 

俺は即答で拒否する。なんだってこの困った姫は俺の知的財産をタダでもらおうとするのか。抜け目ないと言えば聞こえはいいが、今の現状ではジャイアンだよ。俺はやれやれと内心思っていいると、ふくれっ面になるリーゼロッテが我儘を通そうとする。

 

 

 

 

「どうしてですの!」

「だって、俺の知的財産だよ?」

「チテキ財産?」

 

 

 

 

俺はリーゼロッテに知的財産について説明してやる。リーゼロッテは実に興味深そうに俺の話しを聞いていた。まるで宝石でも見つけたかのように目を輝かせて食い入るように俺の話しに相づちを打っている。

 

 

 

 

「そんな無から有を生み出すなんて、まるで錬金術ですわ!」

「錬金術なんてあるの?」

 

 

 

 

俺はリーゼロッテの言った錬金術に反応してしまった。俺もどうしてリーゼロッテと同じ穴の狢らしい。でもよく考えてほしい。この異世界だ。錬金術があってもおかしくないじゃないか。俺が錬金術について聞こうとすると、リーゼロッテはにこりと嫌な顔をして手を差し出す。俺は徐にリーゼロッテの手にお手をしてみる。

 

 

 

 

「なにをしてらっしゃるのですか?」

「え、えっと・・・・・・ワン?」

 

 

 

 

俺の渾身のギャグを振り払うと、リーゼロッテは話を知的財産に転換する。せっかくの俺のギャグが。

 

 

 

 

 

「錬金術について聞きたくば私も知的財産権を行使しますわ!」

「うわっ! ずるいぞ!」

 

 

 

 

俺の抵抗を勝利の笑みで一蹴するリーゼロッテに俺はまんまと一杯食わされた。まさかこんなに早く吸収学習して反撃して来るとは。さすがはリーゼロッテ、侮れん。俺はやむなく俺が知るボードゲームやカードゲームについての知識を教えることにした。満足したと思われるリーゼロッテのホクホク顔に俺は苦虫を嚙み潰したようになるも、これで交渉は成立だ。俺はさっそく錬金術について話を聞く。

 

 

 

 

「この鉱山地帯には炭鉱夫など鉱山を生業とする人が多くいますわ。その中でも、変人・・・・・・面白いことをしてる人物がいますの」

「え、今変人って言いかけたよね」

 

 

 

 

俺の不安を忘れさせるように、リーゼロッテは俺を外へと誘う。俺は一抹の不安を抱えながら外に出る。リーゼロッテに付き添われて鉱山の麓まで来ると、そこにはいかにも怪しげな家が建っていた。

 

 

 

 

「着きましたわ」

「え、ここなの?」

 

 

 

 

 

そこにはいかにもやばそうな、家が建っていた。そう、変な人が住んでいそうな家である。

 

 

 

 

 

 

 

 




明日も頑張ります


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第二十二話 リーゼロッテの条件

どんどん新しい仲間を手に入れたい、そんな回です!


どこからどうみてもやばい場所だと分かる。だって、ところどころ穴が空いてるし、煙突からは変な色の煙がモクモクと出ている。それにさっきから家の中から高笑い、それもヤバい系の笑い声が聞こえてくるのだ。俺は一向に入ろうとしないリーゼロッテに先を促すも先に入れと譲らない。こんなときこそレディファーストだと思うのだが、いやそもそもあんたの領地だろ。俺が観念して恐る恐る足を踏み入れる。

 

 

 

 

「ごめん下さぁい・・・・・・」

 

 

 

 

 

中を除くと、部屋は薄暗く、それでいて何か薬品の匂いが充満している。ああ、ここはいちゃいけない場所だと、俺はすぐに住人がいないことにして退散することにする。すると奥から走り出す音がこちらに向かってくるではないか。俺は目を凝らしてみると、奥から頭を爆発させた、それこそマッドな雰囲気を全身から醸し出す初老のおじさんが出て来たではないか。

 

 

 

 

「芸術の時間だあああ!!!」

 

 

 

 

俺は底知れぬ恐怖でおじさんと合わせて家を飛び出す。慌てて家の外でずるくも退避していたリーゼロッテの手を引き、家から距離を取る。その瞬間、家は青緑の炎を上げながら爆発した。

 

 

 

 

「ひゃっほう!!! 失敗だあああ!!!」

 

 

 

 

何がそんなに面白いのだろうか。今しがたあんたの危機感を感じさせる目つきを見なければ俺もあんたの家同様に吹き飛ばされていたのだけど。俺の目線に気づいた初老のおじさんはずかずかと歩み寄って来る。

 

 

 

 

「お前さん今の芸術を見たかっ!!!」

 

 

 

 

ああ、声がでかい。オワリ領で会ったオビワン西郷どんと負けないくらい声がでかい。どうやら先ほどの爆発を何度も体験しているからか、耳が悪いようだ。

 

 

 

 

「くそじじい」

「聞こえておるぞ!!」

 

 

 

 

だからうるさいって。それに都合のいい言葉は聞こえる地獄耳のようだ。俺は怖がるリーゼロッテを退避させ、やばいおじさんに話を聞く。

 

 

 

 

 

「あなたが錬金術師ですか?」

「ああ?」

「あなたが錬金術師ですかああああ!!!」

「うっさいわ!」

 

 

 

 

くそこの偏屈じじいめ。俺はおそらくこのじじいが嫌いの様だ。だが、今の爆発といい、おそらくこの人はこの世界で初めて出会うタイプの個性的な、直すべき個性を持った人間、それも科学者であろう。俺は少しの期待を胸に話を聞いてみることにする。

 

 

 

 

 

「今の化学爆発ですよね」

「おおう!よく分かったな小僧!」

 

 

 

 

少し機嫌がよくなったと思われるやばいおじさんは意気揚々と今の実験を説明してくれる。別に頼んではいないんだけどね。

 

 

 

 

「今のはこの鉱山で取れた銅の炎色反応を確かめておったのだ!」

 

 

 

 

 

俺は少し距離を取って話を聞くことにしたため、少しは耳へのダメージが軽減されているが、それでも大きな声である。それにしても初めて異世界に来てから化学者に会った。俺は少しの興奮を覚え、興味を持ってしまう。

 

 

 

 

 

「もしよければなんですが、僕の街に来ては来てはくれませんか?」

「いやじゃ」

 

 

 

 

ええ、こんな明確に即答で拒否された経験がない俺は一瞬反応が遅れてしまった。だが、俺もこんなことでへこたれるわけにはいかない。俺は再度お願いをしてみる。

 

 

 

 

「そこをどうか」

「やじゃ」

 

 

 

 

くそじじいが。可愛く言うんじゃねえ。さして可愛くもないし。俺は手法を変えて嫌がる訳を聞いてみることにした。

 

 

 

 

「どうしてそこまで拒否なさるのですか?」

「あんた、王族じゃろ?」

 

 

 

 

今、確かにこのやばいおじさんから明確な敵意が感じられた。初めて敵意を向けられたことに驚くが、それ以上になぜ俺の正体がバレたのだろうか。俺は少し注意深く話を聞くことにする。

 

 

 

 

「俺が王族だといけないことでもありますか?」

「王族は嫌いじゃ」

 

 

 

 

 

一体何をしてくれたんだ変態国王め。俺は王宮にいるであろう父、ヴィルヘルム国王に中指を立てておいた。俺も王族は、というかあの国王が好きではないため、同類としてこのやばいおじさんから同情を買うことにする。

 

 

 

 

 

「俺も国王が嫌いです」

「なんじゃと?」

 

 

 

 

 

おじさんの興味が少し俺に向いたのを確認し、俺は胸中でガッツポーズを取る。だが、ここからは本心だ。俺は王族が嫌いだとはっきり言うことのできるこのやばいおじさんが、若干ではあるが好ましいと思っているのだ。いつの時代もイエスマンばかりでは世の中は腐敗する。だれか一人でも反対する人間がいないとおかしいし、面白くない。俺は正直に俺が以前ヴィルヘルム国王に言った和歌を口ずさむ。

 

 

 

 

 

「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり・・・・・・これが俺の本心です」

「・・・・・・」

 

 

 

 

やばいおじさんは少しの間をおいて荒ぶっていた鼻息を押さえると、初めて俺の目をしっかりと見つめて話を聞こうとしてくれた。

 

 

 

 

「お前さん、本当に王族なのだな」

「はい、俺はヴィルヘルム国王の息子のビスマルク。だが、俺は俺で、父とは違います」

 

 

 

 

俺の言葉の真実を確かめるように、やばいおじさんは俺の目をまじまじと見つめる。それでも俺の本心は変わらないし、嘘もついていない。だからこそ、不動の俺の瞳を覗き込んだやばいおじさんはようやく姿勢を正し、頭を下げて来た。

 

 

 

 

 

「これは失礼しました、ビスマルク殿下。私はハーバード・ノーベルと申します。ここに住むまでは王宮で科学者として仕えておりました」

 

 

 

 

これは驚いた。案外しっかりとやればできるではないか。俺は感心しながらも、ハーバードと名乗るこのやばいおじさんに興味を抱いていた。名前からして頭のいい某世界的有名大学の名を冠し、さらには科学の権威たるアルフレッド・ノーベルの苗字を持つとは。これで都人と言うのだから申し分ない人材である。しかし、どうして王宮に仕えていた人物が王族を嫌いになったのだろうか。

 

 

 

 

 

「どうして王宮を離れたんだ?」

「はい、あそこは息が詰まる故・・・・・・それに、人を人とも思わない人間には嫌気が差しました」

 

 

 

 

どうやらなかなかディープな闇を抱えているらしい。あえて聞かないであげよう。俺は暗い表情をするハーバードに俺の提案をもう一度する。

 

 

 

 

 

「ハーバード、もう一度聞く。俺の下で働く気はないか?」

「・・・・・・ご容赦頂ければ」

 

 

 

 

 

これでもダメか、と俺は内心諦めていた。しかし、そんな俺の心を読んだのか、ハーバードは顔を上げて改めて要求を提案する。

 

 

 

 

 

「しかし! 民のため! 平和のためならば! このハーバード・ノーベル、殿下の下でも身を粉にして尽くしましょう!」

 

 

 

 

 

俺はこのやばいおじさんという認識を改めなければなるまい。この化学者は元はなにがあろうと、民のことを、誰かのためになることを考えられる、未来に生きることができる稀有な人間なのだ。俺はそんなハーバードが人間として好印象を抱いていた。

 

 

 

 

「ハーバード、当たり前だ。この世を、お前と俺たちで面白おかしく暮らせる平和で楽しい世界にするぞ」

「・・・・・・ははぁっ!」

 

 

 

 

 

俺とハーバードは握手を交わし、ここで一件落着かと思いきや、ここですっかり失念していた存在が待ったをかける。もちろんその人物とはこの領地の領主の娘であるリーゼロッテである。

 

 

 

 

 

「ちょっとお待ちください!」

「なんだよリーゼロッテ姫」

 

 

 

 

俺は忘れていたとはいえ、このキンキンとする声に辟易している。ラッキーなことに耳の悪いハーバードは聞こえていないようだ。都合のいい耳め。俺はそんなちょっと羨ましいハーバードを見ながら、リーゼロッテの話しを聞いてやることにした。

 

 

 

 

「なんだではありませんわ! 勝手に殿下が我が領地の人間を引き抜くのは止めてくださいまし!」

 

 

 

 

おおっと、そういえばそうだった。ここは確かにリーゼロッテの領地であり、勝手な人材の引き抜きはよろしくない。俺はこれは困ったことになったと、リーゼロッテに交渉を要求する。

 

 

 

 

 

「そこをなんとか、リーゼロッテの要求を受けるからさ」

「私の要求を・・・・・・ですの?」

 

 

 

 

俺はどことなく嫌な予感はしているが、あまりにも法外な要求でなければ手放してもよさそうな物ならあげてやるとすら考えていた。だが、リーゼロッテはもじもじとしながらなかなか要求を言おうとしない。これはハーバードの価値を時間的焦らしで高めているのだと考え、俺も冷や汗が出てくる。一体どんな要求をされるのか。

 

 

 

 

「では、殿下の財産を全て私に譲ってください」

「・・・・・・へっ?」

 

 

 

 

 

 




化学者ってやばい人が多いですよね
類は友を呼ぶってやつですな


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第二十三話 契約の行く末

リーゼロッテに全財産もってかれるかもしれません。どうしよう


こいつは悪魔かあああああ!!! 俺の想像の斜め上どころかはるかかなた天空を突き抜ける勢いの法外な要求に俺は唖然としてしまった。どんだけがめついんだよ、この姫様は。俺が目をぱちくりさせていると、リーゼロッテはなぜか怒ったように要求の答えを聞く。

 

 

 

 

「殿下がこのハーバードを貰うと言うのであれば、殿下も全てを投げ打ってでもその男を手に入れることができるでしょう? でしたら、なにも問題はないではありませんの?!」

 

 

 

 

 

どうしてここまでリーゼロッテが俺に対して強く当たるのだろうか。俺は困惑の表情を受けベると、隣で心配そうに俺を見つめるハーバードの姿が見えた。俺はそんなハーバードを見てしまうと、心がすっと決まってしまう気がした。俺はリーゼッテに向き直ると、きちんと目を見て話す。

 

 

 

 

 

「ああ、問題ない」

 

 

 

 

 

その答えを聞いて、隣のハーバードは目を見開き、対面するリーゼロッテはどこか安心したような、だが少し不安なような不思議な感情を浮かべていた。俺としては財産なんてどうでもいいのだ。俺が夢見る、空を飛ぶことができるためなら俺はどんな金だって苦労だってしよう。俺はこの異世界では、とことん夢を見てやると固く決めているのだ。

 

 

 

 

 

「それなら・・・・・・安心しましたわ」

「ああ、追って目録を渡そう」

 

 

 

 

俺はそう言うと、紙に契約書を書いてリーゼロッテに渡す。リーゼロッテはなぜか渋々とその書類にサインすると、これで契約は成ったと、俺はリーゼロッテと握手を交わす。これで一文無しだ、そう心で泣いたりはしたけど。しかし、そこに闖入者が現れる。

 

 

 

 

 

「おいコラハーバード!前に貸した200ダル返せっ!」

「ああん?聞こえんわ!相変わらず金にがめついボッシュめ!」

「聞こえてんじゃねーか!くそじじい!」

 

 

 

 

あのう、今ここは感動的なシーンなんですよ。喧嘩ならあっちでやってもらえませんかね。俺が泣きたい気持ちを押さえて見ていると、ハーバードが嬉々として俺の肩を抱いて来る。

 

 

 

 

 

「ボッシュよ! 悪いが今日からワシはこの方の下で働くのだ! お前のそのうるさい顔を見るのも今日でしまいじゃ! このエセ科学者め!」

「なんだとっ! エセはどっちだ! くっそお、おいそこの坊ちゃん! 俺もこいつと一緒に連れてけよ! こいつよりは科学ってもんを分かってるぜ!」

「なんじゃとこの、この没シュートめっ!」

「ああんやろうってのか!」

 

 

 

 

あああ、うるせええ! 俺は感動の文無しシーンをもう少し堪能したかったんだよ! 俺はリーゼロッテを見ると、まるでゴミムシを見るかのように冷たい目でその光景を見ていた。俺は背筋が寒くなり、リーゼロッテに声を掛ける。

 

 

 

 

「あのう・・・・・・リーゼロッテ姫?」

「ああ殿下、あの方も一緒に連れて行って下さいまし」

「え、いらな・・・・・・」

 

 

 

 

 

俺のささやかな反抗も虚しく、リーゼロッテは元来た道を引き返してしまう。とほほ、俺は今文無しなのに。とりあえず俺は道中もやかまし二人に挟まれながらベルサイラル宮殿に帰ってくるしかなかった。俺は道中でハーバードについてきてしまったボッシュの素性を聞くことにした。

 

 

 

 

「ハーバード、ボッシュってどんな人?」

「こやつはとにかく変人じゃな」

「変とはなんだ!」

「ちょっと黙っててね」

 

 

 

 

三人で話すといちいちケチを付けられて話が進まない為、俺はボッシュの口を塞ぐことにした。ハーバードはその行為がよほど気に入ったのか、俺へボッシュのことをぺらぺらと話してくれた。

 

 

 

 

「こやつはワシの弟子でして」

「え、弟子なの?」

「まあ、腐れ縁ですじゃ。しかし、こやつの変態的な趣味はさておき、一応科学者の端くれとしてそれなりの腕はあります」

 

 

 

 

素直に褒めるハーバードのことだ、ある程度の科学知識を有しているのは間違いないだろう。しかし、問題はそこじゃない。変人のハーバードが変態と罵るのだ。よほどの変態な趣味をお持ちなのだろう。聞きたくはないが、これからうちの街に来るのなら知っておくべきだろう。俺はボッシュの口ぐるわを外し、喋ることを許可する。

 

 

 

 

「ボッシュ君、君ってばどんな趣味があるのさ?」

「そんなの全男の夢さ!」

 

 

 

 

おお、と言うことは俺と同じ空を飛ぶことなのだろうか。俺は少しの不安を抱えながらボッシュの夢を促す。もちろん不安だけど。

 

 

 

 

「俺の夢は・・・・・・可愛い女の子の下着を食べれるようにすることだっ!」

 

 

 

 

ああ・・・・・・あかんやつでしたわ。これは個性がぶっ飛び過ぎている。案の定だけども、これはひどすぎる。コンプライアンスに引っ掛からないことを願うばかりだが、それ以上に犯罪匂がプンプンするのはやばすぎる。類は友を呼ぶんだな。ハーバードの弟子と言うだけあって、かなりの変人、変態だ。俺はあらかじめ警察組織に根回ししないといけないだろう。

 

 

 

 

 

「ね、変なやつでしょう?」

「ハーバードもね」

「え?なんですか?」

「変人」

「なんですと?!」

「聞こえてんじゃん!」

 

 

 

 

俺はあたかも変じゃないですよ、とばかりの顔を辞めてほしい。あんたも十分にキャラが立ってるよ。むしろこんな個性は取り入れちゃいけない気がするんですけど。俺はそんな変人二人を仲間にしてしまい、肩を落としてリーゼロッテの宮殿へと戻ってきた。戻るとクリスが俺を嫌そうな顔をして出迎える。確かに変人を二人ほど連れてはいるけど、酷いよクリス。

 

 

 

 

「変な人が三人いますね」

「え、怖いこと言わないでよ」

 

 

 

 

おいおいクリスさんや、幽霊でもいるのかい。異世界に幽霊はいないと信じているのだけど。あれ待って、もしかしてだけど三人目って俺のこと? だとしたら心外だ。俺は変じゃない。こいつら二人からすればまだまだ足元にも及ばないはずだ。だって、俺はまだまだ個性の修行中、これからもっと個性を身に着けるんだからね。てことで俺は変人じゃない。これで証明終了ってわけ。俺がどこ吹く風という顔でいると、クリスは仕方なく笑ってくれた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃまのすることです。きっといい人たちなのでしょう」

「いいや、こいつらはダメだ」

「え」

 

 

 

 

 

ちゃんとクリスには警告しとかなきゃ。だって、一人はマッドサイエンティストかもしれないし、その弟子に至っては女性の下着を食べたがる犯罪者だ。俺のクリスに二人がくれぐれも近づきませんように。俺の言葉にクリスが引きつっているが、気にせずリーゼロッテの宮殿に入る。しかし、リーゼロッテと先ほどの内容について話す前に、俺はクリスにあることを打診しておく。

 

 

 

 

「今手持ちの金をできるだけ用意しておいて」

「いかがされるのですか」

「石ころを買うのさ」

 

 

 

 

俺の内緒話にクリスは嫌そうな顔をする。またこの顔だよ、やめてよ俺にも考えがあるんだから。はいそこも、残念な子みたいな憐れみを止めろ! お前らの方がもっと残念だからな! そんな不毛なやり取りをしていると、リーゼロッテの部屋に着く。そこにはあの悪代官のようなリーゼロッテの父親である、ゴールデンもなぜか待機していた。俺は嫌な感じを全身で感じとりながら席に座る。

 

 

 

 

 

「殿下、我が領はいかがでしたか? 風光明媚な観光街とはいきませんが、それなりに豪華絢爛な建物が揃っておりましたでしょう!」

 

 

 

 

 

確かに落ち着きがある街かと聞かれれば、そうではないだろう。ここは鉱山の街だ。いわゆるモノカルチャー経済で成り立っていると言っても過言ではない。活力があり、それなりに大きな金の動きがある街だけあって、成金のような人間が多くいる為、その権勢を誇るがごとくドでかい建物が乱立するありさまだ。まあ、俺は悪くはないと思うけど、その元締めがこの悪代官だと思うとなあ。

 

 

 

 

 

「ええ、とても活力のある街ですね」

「そうでしょうとも! ですが、なかなか領土の運営にも困っているのも事実でして・・・・・・」

 

 

 

 

ゴールデンはゴマをするように俺を見る。そんなん言ったって、今しがたあんたの娘に財産根こそぎ奪われたんだから出せる余裕なんてあるわけないっしょ。どんだけがめついんだよこの親子は。親の顔が見てみたいものだよまったく。

 

 

 

 

「あ、あの方が私のおじい様ですわ!」

 

 

 

 

 

ああ、ゴールデンに似てるなあ。名前は、ええと、ゼニー公爵・・・・・・どんだけ銭ゲバなんだよこの家系。まったくリーゼロッテがこの親の顔みたくあくどくなくてよかったよ。顔は、顔だけは可愛いもん。さて、それにしてもどうやってゴールデンの要求を断るかな。まあ、普通に王族には金がないとでも言っとくか。本当に文無しだし。

 

 

 

 

 

「ゴールデン公爵、残念ながら俺にも金はなく手ですね。ない袖は振れません。ご容赦下さい」

「な、なんと・・・・・・まあ、現金だけとは申しません。価値のあるものでも」

 

 

 

 

 

おいおい今ないって言ったよね。俺に残ったのなんて人材と株式とかなんで譲渡もできないものばっかだぞ。俺を破滅させる気か。まあ、価値が分かる人でもなさそうだし、もうないものはないってきちんと伝えよう。

 

 

 

 

「私の持っている物に価値のあるものなんてありませんよ」

「では、そのメイドでも構いませんよ?」

「・・・・・・は?」

 

 

 

 

本当にこいつは何を言ってやがるんだ。メイドってのは俺の、大事な大切なクリスのことか。舐めまわすような目線がクリスを襲うが、俺の眼光が鋭くなったのを見てか、ゴールデンもしっかりと肩を落としてみせる。

 

 

 

 

「冗談ですよ、殿下」

「まだ子どもなもので、冗談もご容赦願いますよ」

 

 

 

 

俺の本気の心がまるで伝わっていないな。冗談とかぬかしやがるが、今のはおそらく本心だろう。まったく貴族は貴族でも本物の悪代官だなんてまっぴらだ。冗談は顔だけにしとけよな。俺は少し腹を立てると、そそくさとゴールデンは部屋を去っていく。ようやく人払いが済んだので、俺はリーゼロッテと契約書を交わす。

 

 

 

 

「これが今街にあるおおよその財産の全てだ。まあ、人件費とかは取られると困る人が多いから、そこは引かせてね」

「こんな資産を・・・・・・早く私に渡して正解でしたわ」

 

 

 

 

 

うん、君が言っていいことではないよね。なんか資産を増やしてくれる売人みたいで嫌だなぁ。まあ、こんな身に余る財産くらいで優秀な人材が来てくれるんだ。安いもんだ。俺はそう割り切ってサインする。リーゼロッテはなぜかたいそうホッとしたように契約書を眺めている。そんなに金が欲しかったのかな。俺は経済状況を考えたりしたが、無用なお節介だと頭を切り替えた。

 

 

俺は数日リーゼロッテと遊びながら、ブルボン領を歩き回り、無事に帰国の途につこうとしていた。俺の馬車には俺とクリスと大量の石ころ。そして、別の馬車にハーバードとボッシュと大量の石ころを摘んでいる。クリスとリーゼロッテはその石ころをとても不思議そうな目で見ていたが、ブルボン領でもただの石扱いされている物なので格安で大量に入手することができた。

 

 

 

 

「そんな小汚い石なんてどうしますの?」

「趣味でね、これを欲しいっていう人がいるから」

「ふうん」

 

 

 

 

明らかに疑われているが今は価値がないのだから仕方がない。俺はまんまと財産をこの姫様に全部持ってかれてしまったのだから、新たな金策を練るしかない。これは俺の秘策なのだ。ここで明かすわけにはいかない。それでも疑うリーゼロッテから俺は視線を逸らしてもらうべく、また遊んでやることを提案する。

 

 

 

 

 

「まあ、また来るからさ」

「すぐですよ?」

「すぐは無理かな。あ、でも今度はオワリ領のシャルロッテも・・・・・・」

「それは遠慮しますわ」

 

 

 

 

最速で断られたけどやはりシャルロッテとは仲が悪いのかな。俺はやれやれと思っていると、なにやらリーゼロッテが俺のことを凝視している。俺はそれが気になって聞いてみることにした。もうリーゼロッテに取られる者もないし、気が楽だからね。

 

 

 

 

「どうしたの、リーゼロッテ姫」

「・・・・・・殿下、私は早くその左手を治した方が良いと思いますわよ?」

「な・・・・・・」

 

 

 

 

どうしてバレたのだろうか。この姫様やはり目利きだけは鋭すぎる。俺が隠してきた他の人にバレなかったことがことごとくバレている。クリスもかなり動揺しているようだ。一応、ヴィルヘルム国王の一件以来俺が何事もないように振る舞ってはいるが、クリスの中では未だに心に残る棘のような存在なのだろう。無理もないことだ。だが、だからこそ俺はクリスを心配させるわけにはいかないのだ。俺は少しの冷や汗を隠しながらリーゼロッテの話しにそれとなく同意しておく。

 

 

 

 

「あ、ああ! これのことね! お医者さんに見せておくよ! 心配ありがとね!」

「いえ、よければよい医者を・・・・・・」

「うんああ! 俺が見つけるよ大丈夫大丈夫じゃあね!」

 

 

 

 

俺はそう急ぎ足で話を切り上げると、出発を指示する。馬車は動き出し、リーゼロッテの心配の眼差しが俺たちを見送ってくれる。俺は安心から一息つき、窓から右手を出して手を振り返す。いつまでも馬車を見続けるリーゼロッテの姿が見えなくなるまで。

 

 

 

 

「殿下・・・・・・私があなたを・・・・・・」

 

 

 

 

 

いろいろ得たものもあれば全部財産を失うことになったりもして波乱万丈だったブルボン旅行も無事に?終わり、俺は故郷である街に帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




お金は大事、でもどう使うかもすごく大事


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第二十四話 組織作りと起業

長らく空いてしまい申し訳ありません!
お詫びに少し長めの投稿します!


いろいろ得たものもあれば全部財産を失うことになったりもして波乱万丈だったブルボン旅行も無事に?終わり、俺は故郷である街に帰ってきた。ああ、落ち着くなあ。そう思っている頃だった。俺が館に着いたのを見計らってか、玄関から慌ただしい声がする。どうやら来客らしい。ああ、せっかくのアルフレッドと遊ぶ時間が。俺は少し憂鬱になりながら応対することにする。

 

 

 

 

 

「殿下ぁ!!! ビスマルク殿下ぁぁああ!!!」

「うわあ! なんだよヨイチ!!」

 

 

 

 

俺の下に縋りついてきたのはオワリ領で仲間になってくれたヨイチだった。ヨイチは少し身体が豊満になったのか、顎のラインが丸くなっている。たくさん食べてくれているようでなによりだ。それよりどうしてこの男は泣き顔なのだろうか。俺が不思議に思っていると、ヨイチは泣きながら窮状を訴えて来た。もちろん、俺は給料払ってるよ?無賃労働とかしてないからね?

 

 

 

 

 

「殿下ぁ! 仕事を! 我らに仕事を下さいぃ!!!」

 

 

 

 

 

ああ、逆のパターンね。え、逆の?! 俺が驚きながらヨイチの現状について思考を巡らせてみる。俺はきちんと給料を払って飯も福利厚生もしっかりとしているつもりだ。何不自由ない生活をしてもらっているが、何が不満なのだろう。確かに今は館の警備しかしてもらってないけれども。

 

 

 

 

 

「何が問題だって言うんだい?」

「銃を・・・・・・銃を撃っていません!」

 

 

 

 

 

わお、ヨイチってばそんなにバカスカ銃を撃つウォーモンガーだったっけ。俺はそんな人を見る目がないわけではないはずだ。俺が困惑していると、ヨイチは銃について語ってくれた。なんでも一定期間銃を扱わないと腕が鈍ってしまい、それは武人としての誇りに係るとのことだった。なにしろ俺が銃の腕を見込んで雇ったのだ、その成果を主である俺に見せたいとのことだった。俺は納得したが、残念なことに今できる戦はない。俺が困っているとクリスがあることを提案してくれる。

 

 

 

 

 

「ここ最近、街が活発化したことで付近に野党や盗賊が出て被害が出ているとのことです」

「野党に盗賊とな?」

「はい、王国の法によれば非法には厳罰が処されるのが通例です」

「ほう?」

 

 

 

 

 

俺はクリスの意図がよくわかってしまった。俺の街が荒らされるなんてまっぴらだ。ましてや自分で稼ぐこともせず、他人から奪うとは。働かざる者食うべからずと教えられてきた俺としては許すまじ行為だ。俺は不安そうなユキチにピッタリの仕事を思いつく。

 

 

 

 

「ヨイチ、出番だ!」

「はっ! なんなりと!」

「警察を組織せよ!」

「・・・・・・ケイサツ?」

 

 

 

 

俺は警察についてヨイチに説明した。俺の説明にヨイチは歓喜しながら肯定を示してくれた。よほど仕事がしたかったらしい。ワーカーホリックってやつだろう。だが俺は喜ぶヨイチに一つ釘をさしておく。

 

 

 

 

 

「だが、極力殺さないでもらいたい」

「なんですって!?」

 

 

 

 

ヨイチの顔が大げさに盛り下がる。そんなに血に飢えてんのかよ。でもすぐに殺すなんて、人的価値を何だと思っているのだろうか。きちんと法で裁き、贖罪の機会を与えてこその近代国家というものだろう。もし、見つけ次第殺しまくっていたら冤罪があった際にこちらが非を被ってしまう。そんなことにならないように俺はきちんとヨイチに説明しておいた。さらに、俺はリーゼロッテの領から連れて来たハーバードとボッシュに連絡を取り、ある物の製造を依頼する。

 

 

 

 

「殿下、これをワシらに作れと?」

「ああ」

「これは何と言いますか・・・・・・爆弾では?」

 

 

 

 

 

ハーバードとボッシュが恐々としながら目にしている紙は、俺が提案した爆弾の手配書だった。ハーバードは俺について来る条件として、民のためになることと、平和のためならばと言い、俺はそれを承諾して仲間になってもらったのだ。それが早速爆弾を作れと言われたのだから怪訝な顔をするのも無理はないだろう。だが、俺はそんな凶暴な性格ではないのだ。これはあくまでもヨイチたちに仕事をしやすくしてもらうための、むしろ自衛手段用の物なのだ。その名も『催涙弾』と『閃光弾』である。

 

 

 

 

 

「いいや、一見爆弾に見えるだろうがこれは人を殺さない」

「では、これらの武器は何を為すのですか?」

 

 

 

 

 

尤もな質問だろう。俺は前世でたくさんの警察が活躍する映画などを観てきている。その中でも活躍するのは突入シーンなどに使われる制圧用に用いられるこれらの非致死性兵器である。盗賊や野党などの野蛮な者と戦うともなればヨイチたちに怪我をされてしまう可能性がゼロではない。俺は仲間を大切にする性分なのだ。俺はヨイチたちに怪我をしてほしくない一心でハーバードたちにこれらを依頼することにした。

 

 

 

 

「そう言うことであるならば・・・・・・」

「よろしく頼むよ」

 

 

 

 

 

俺はなけなしのお金をハーバードとボッシュに渡し、開発費用とする。ただでさえ文無しなのだ。これ以上の出費はまずい。節約せねば。俺は金がない苦しみにこれからの期間耐えなければならなくなった。なにせ、俺が雇っている人間の給料を捻出せねばならず、少しばかりリーゼロッテから猶予を得たとはいえ、払ってしまえば本当に文無しになってしまうのだ。俺はなんとかして金策を考えなければいけなくなったわけだ。

 

 

 

 

 

「どうすれば今後のみんなの給料と研究費を稼げるか・・・・・・」

 

 

 

 

 

今まで細々と稼いではいるが、これまでの蓄積によって莫大な資産が形成できていたが、あくまでこの資産は学校の建設費や運営費、その他雇っている人の給料に宛てがわれていた。それがリーゼロッテによって全て巻き上げられてしまうのだ。俺は倉庫にしまっていたリーゼロッテの領地で買った石ころをに手を付けることにした。

 

 

 

 

 

「仕方ない、君たちを変身させてあげることにするか!」

 

 

 

 

俺は石ころを片手に街へ出かけることにした。もちろん付き添いにクリスを連れてきているが、クリスも俺の持つ石ころに怪訝な顔をしている。俺がクリスと訪れたのは焼物商人の場所だった。陶器などを扱う店であり、主に花瓶や器などを作成している。俺はここにリーゼロッテの領地で買ってきた石ころを見せる。

 

 

 

 

「坊ちゃん、この石ころは何だ?」

「これは陶石と言って、茶わんや壺と言った陶磁器の原料です」

「トウセキ?」

 

 

 

 

 

俺は焼物屋の主人に石ころを渡して説明する。店主は興味深そうに俺の話しを聞いてくれたが、相変わらずクリスは石ころ如きという固定観念を捨てきれていないようだ。俺はとりあえず物は試しだと好きに作らせることにした。前世日本でも有田焼に代表されるように、各地の焼物は人の心を打って来た。俺はそんな風情を日常に取り入れてほしいと考えている。まあぶっちゃけ本当の目的は織田信長や豊臣秀吉の行った来たことを踏襲するつもりでいる。そう、茶器で一国が買えると言われるほど付加価値を創るのだ。

 

 

 

 

 

「他の焼物商人にも同じく作ってもらうつもりです。そして、その中で特に優秀な作品を提出してください」

「何をするってんだ?」

「もちろん・・・・・・国宝を作るんですよ。それであなたたちも人間国宝です」

 

 

 

 

 

俺の言葉に焼物職人である店主の目の色が変わる。俺はあとは素人が介入すべきではないと店を立ち去る。クリスは未だによくわかっていないのか、俺に説明を求めることを目で訴えている。なかなか想像しにくいものだし無理もない。俺はクリスに前世日本での歴史を説明してやる。

 

 

 

 

「あの石は陶石といって焼物としてとても味のある作品に早変わりする石なんだ」

「そこら辺の石と変わらないように思えるのですが?」

「まあそうだろうね。でも、職人の手であの石は原石から宝石にも劣らぬ価値を生み出すんだ」

 

 

 

 

まだ信じられないのか、俺はにやりと続けてこれからの作戦を披露する。織田信長や秀吉もこんな気持ちだったのだろうか。俺は今彼らの気持ちがなんとなく分かった気がして少し嬉しくなった。

 

 

 

 

「芸術作品は高額で取引されるが、あれはなぜ高いのだと思う?」

「世に一つとない貴重なものだからです」

「そうだね、それと同じように茶器とかを芸術作品として、もしくはなにかの褒美として授与するのはどうかな?」

 

 

 

 

俺の言葉にクリスは目をハッとさせて気づいてくれる。こういう反応は新鮮味があるし、なにより話してて楽しい。さすが俺のことを分かっているクリスだ。

 

 

 

 

「優秀な作品は俺が買い取る。その作品の流出を俺が一手に引き受ければ・・・・・・」

「一個の価値は跳ね上がり、希少ゆえにだれもが欲しくなる!」

「その通り、もちろん職人の腕次第ではあるけど、徐々に、だが着実に良さが分かってしまう。画とは違って使う物だからこそ欲しくなる。豊富な種類で誰もが欲しくなる逸品を作り出せるんだ!」

 

 

 

 

 

俺はただ物の価値を跳ね上げてやるだけ。物の素材が良いからできることではあるけど、俺は簡単に複製できる物なんて作ってやらない。服や財布と言ったブランド品の模造品が出回るのはなぜか。それはもちろん複製が簡単だからである。逆に高級品の時計と言うのは簡単に複製はできない。それは内部構造が複雑だったり、そもそも材料が高価だからだ。俺はそういった時間と腕を注いだ温かみのある価値を生み出したい。俺は職人に呼びかけ陶石を譲り、各々の最高傑作を持ってくるよう伝えた。それと同時に優秀作品に選出された者は金一封を約束したのだった。

 

 

 

 

「坊ちゃま、金一封なんてよろしいのですか?」

「ああ、これからボルドー君と会議をして、新たな試みをしてみるつもりだから」

「新たな試み・・・・・・ですか?」

 

 

 

 

クリスが首を傾げるのも仕方がないことだ。俺は予てより計画していた製紙産業の工場建設及び、それに伴う会社を設立するつもりだった。ユキチからの報告で、雑草であるクサを使用した紙の生産にようやく目途が立ちそうだったからである。現物を見た時の正直な感想は粗悪な紙もいいところであった。しかし、紙は紙である。俺はその紙を筆で書ける代物であることを確認し、量産の認可を与えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ユキチ、クサ紙の研究開発ご苦労だった」

「いえ、これでようやく学校での自由な勉学を保障できると思えば今までの苦労など・・・・・・」

 

 

 

 

 

ユキチは今までの数カ月という、短くない試行錯誤の日々を振り返ると自然と込み上げてくるものがあるらしい。昼夜を問わない研究と、俺からにダメ出し、職人との技術交換など実に様々なことがあった。その日々がようやく実を結び、ようやく日の目を見ることができたのだ。俺はそんなユキチ達研究者たちを褒め称えてあげた。ここからは俺の仕事である。まずは、当分の間は学校に紙を卸すことを目標に生産を続けてもらう。そして、その規模を拡大するために会社を立ち上げることにしたのだ。

 

 

 

 

 

「ボルドー君、製紙会社の設立よろしく!」

「ええ!? もう無理です! 情報産業と販路拡大の取り纏めだけでどれだけ私が苦労して・・・・・・」

「クリスが見てるよ?」

「やらせていただきます」

 

 

 

 

単純なインテリは嫌いじゃない。俺は心から逞しくなったボルドー君をとても心の底から嬉しく思う。涙がちょちょぎれんばかりだよ。あとで靴の中に小石入れといてやろう。俺はそんなことを考えていると、最近強かさも手に入れ始めたボルドー君から初めての反撃を食らうことになる。

 

 

 

 

「では会社の長・・・・・・社長を選定しませんと。マクシミリアン殿でよろしいですね?」

「え、俺?」

「マクシミリアン殿以外に誰がいますか」

 

 

 

 

 

これは困った。俺は会社の社長なんてさらさらやる気がないのだ。俺が困っていると意外な人物が名乗りを上げてくれた。その人物とは、クサから紙を開発してくれた主任研究員のユキチだった。

 

 

 

 

「学校の業務と併行でもよろしければ。これでも少しクサ紙に親心が湧いてしまって」

「ではユキチ、君に決めた!」

 

 

 

 

俺はまるで某国民的アニメのトレーナーのようにユキチを指名した。俺的にはこのままユキチには成長してほしいと考えているため、この提案は思ってもみない幸運だった。持つべきものは優秀な人材だよね。俺は会社の設立と株式の発行の手続きをボルドー君に一任し、次のやるべきことに着手する。その内容はリーゼロッテに当てて送る、俺の資産の送付だった。俺は輸送業者を選定し、俺の倉庫にある金銭に一切をリーゼロッテに運んでもらうよう指示した。その様子を見ていたのがクリスだった。

 

 

 

 

「坊ちゃま!? あれは一体どういうことですか?!」

「え?俺の財産をリーゼロッテに譲るんだけど?」

「聞いていません!」

 

 

 

 

おおっと、確かにクリスはあのリーゼロッテとの取引のことを知らないのだ。ハーバードとボッシュをこちらに引き入れる交換条件として俺の持てる金銭の財産の一切をリーゼロッテに渡すことに同意したのだったが、確かにクリスをあのリーゼロッテの父親である下衆なゴールデン公爵の毒牙にかからないよう同行していなかったのである。俺はまあ仕方のないことだと割り切っていたので、このことをクリスに話すのをすっかり忘れていたのである。俺は落ち着いてクリスに説明した。

 

 

 

 

 

「・・・・・・というわけで、化学者のハーバードとボッシュを引き入れる交換条件として資産の一切を」

「どうして私にご相談して下さらなかったのですか?!」

「まあ、でも資産はこれからまた増やせるから」

「そう言うことではありませんっ!!」

 

 

 

 

 

俺はこんなに怒るクリスを見たことがない。いつも俺を叱るときはとても怖いが愛のある説教なのだ。だがこれはいつもと違う。確かに勝手に資産を全部譲ってしまったことは悪かったが、俺は元々王族として金銭を持ってはいけない身分なのだ。これでいい厄介払いができたと、むしろ俺は晴れ晴れしているのだ。しかし、クリスはそうではないようだった。

 

 

 

 

「ああ、なんてことを・・・・・・」

「クリス、お前に相談しなかったことは悪かったよ。これからは相談するからさ」

「・・・・・・・坊ちゃまはなにも分かっておりません」

 

 

 

 

 

頭を抱えてまるで絶望している、いや本気で絶望している。俺はこんなクリスの態度を初めて見る。どこしれぬやってしまった感の漂う空気間の中、俺は素直に土下座を敢行する。資産を勝手に譲ったことも、相談しなかったことも確かに俺が悪いのである。俺は心からクリスを信頼していたが、信頼も相手の尊重の姿勢があってこそである。俺はまた間違えてしまったと、この時自分を恥じた。だからこそ、真摯な土下座をクリスに捧げる。

 

 

 

 

 

「クリス、相談もせずに勝手に資産を譲ってしまってごめんなさい! これからはなんでもクリス相談する!」

「・・・・・・坊ちゃま」

 

 

 

 

俺は顔を数秒の時間を置いて顔を上げる。しかし、そこにあったのはいつもの仕方ないな、という諦めと赦しの混ざったいつものクリスの顔ではなかった。そこには、ただただ悲嘆にくれるクリスの顔があった。俺の頭の中は混乱していた。どうしてこうなったのだ。なぜクリスが泣いているのだ。俺は何を間違えた。必死に頭を働かせるが答えは一向に出ることはなかった。その間に、クリスはキッと口を結び、目を引き締めると涙を止め、俺に向き直った。

 

 

 

 

「・・・・・・取り乱しました。申し訳ございません。私は普段の業務に戻らせていただきます」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 

 

 

 

俺はあまりに一瞬のクリスの切り替えに、未だに脳の処理が追い付いていなかった。ただ、あの瞬間に見せたクリスの表情は過去に見た気がしたのだ。そのことを思い出せないが、俺の胸の中は焼け付いてただれた気持ち悪さが残っていた。俺が知らないクリスがそこにいるようで、心の中をドロドロと流れるヘドロのような気持悪さが拭えないままその日は過ぎて行ってしまった。

 

 

 

あの日以来クリスを気にして見ているが、クリスに変わった所はなく、むしろ俺が気を散らせるあまり説教される始末だった。そんなことで俺も違和感が残りるまま日常を過ごしていた時、インテリボルドー君から製紙会社の設立準備が完了したとの知らせを受ける。俺はインテリボルドー君から株式会社としての設立の経緯を聞き満足していた。

 

 

 

 

「これほどの株が売れるとは私も思いませんでした」

「案外紙の需要と言うのは大きいのかもな。市場調査を継続し、その分野で開発も行ってくれ」

「それは社長のユキチ殿に」

「ああそれもそうか」

 

 

 

 

俺は待機していたユキチを呼び出し、固く握手を交わす。ユキチはまだ緊張しているようだったが、これからこの世界の中で初の株式会社としてスタートする会社の社長になるのだ。ユキチにはぜひとも頑張ってもらわねばならない。この会社が軌道に乗るかどうかで、今後のこの世界での大きな変革を迎えられるかどうかが決まるのだ。小さいように思えて実に大きな一歩である。だからこそ、俺はユキチにとある提案をする。

 

 

 

 

「会社の名前を決めよう」

「名前ですか?」

「ああ、ユキチに任せるよ。中継ぎかもしれないけど表向きは君の会社なんだから」

 

 

 

 

俺がそう言うとユキチは少し考えを巡らせた後、あたかも今閃いたかのように俺に会社名を伝える。俺はその言葉に耳を疑うことになる。だって、その名は前世日本に存在したからだった。

 

 

 

 

「王子製紙ぃ?!」

「ダメでしたでしょうか?」

「いや、ダメってことはないけど・・・・・・ちなみに由来は?」

 

 

 

 

俺はもしかするとの悪い勘が当たらないように祈りながらユキチの回答を待つ。すると、ユキチは目を輝かせながら堂々と会社目の由来を俺を目の前にして紹介する。

 

 

 

 

 

「だって、ビスマルク殿下の、この王国の王子であるあなた様から生まれた会社なのですから!」

「あちゃ~」

 

 

 

 

本当にあちゃ~だよ。めちゃめちゃ恥ずかしいじゃん。このまま行くと、もし電化製品ができたらその会社名を『ビスマルクデンカ』とかにしそうだ。実に恥ずかしい。止めてもらおうと俺はユキチに否定を伝えようとするとなにやらユキチが同僚から手渡されているのが見えた。どうやら木の板のようである。まさかまさかだよね? ユキチが自慢げに俺に見せつけるそれは看板だった。それもでかでかと『王子製紙』と書かれてある。俺は頭を抱えた。

 

 

 

 

 

「殿下、そんなにお喜びになられるとは!我々一同で考えた甲斐がありました!」

「うん・・・・・・もうそれでいいよ」

 

 

 

 

 

俺の否定の言葉はどこかに霧散してしまった。だって、この状況でダメとか言える? あたかもみんなで一生懸命考えて、みんなが納得しちゃってる名前を。俺はこういう同調圧力が嫌いだ。今からでも間に合うかと思い、ユキチ達を見てみると、そこには看板を掲げて恍惚とした表情で、今後の会社の将来について語り合う、青春真っ只中といった感じのユキチ達がいた。

 

 

 

 

「これから俺たちがこの王国を良くするんだ!」

「そうだ! 殿下が拾ってくれなければ、私たちは一生オワリで浪人だったんだ!」

「殿下に感謝を示し続けることこそが、我々のせめてもの恩返しだ!」

 

 

 

 

ああ、やめちくり。背中がムズムズして今すぐ服を脱ぎ捨てて叫び倒れたい気分だよこっちは。俺は顔を真っ赤にさせられながら、ユキチ達の推しまくる会社名に採用のサインを出す。大喜びで勇み帰るユキチ達を見送り、俺の恥ずかしく激しい一日がこうして終わった。

 

 

 

 

 

 

 




いろいろ盛りだくさんの内容になってしましました。
自分の名前を世に出すって結構恥ずかしいですよね


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第二十五話 ヒンブルム皇国へ!

ついにヒンブルム皇国へ!
大陸唯一の王国以外の国の登場です!


そうこうしているうちに俺は国王であるヴィルヘルム国王の宿題とやらに着手しなければならないことを思い出す。王国の南に存在すると言う、ヒンブルム皇国の調査の件だ。曇りなき目で見極めなければならない。結構な距離があるが俺は重い腰を上げて行くことにした。今回は距離が距離のため移動手段として車が用意された。俺はこの世界で乗る車の存在にときめきが止まらなかった。

 

 

 

 

 

「おお!! これが車か! なんだかとても古臭いけどそこがまたいい!」

「なにを仰います。これは帝都でも最新型なんですよ?」

 

 

 

 

 

クリスが車について教えてくれた。どうやらこの戦時中の黒塗りの車のようなデザインは、この異世界では最新式のものらしい。この中世のような時代にそぐわないギャップが俺の好奇心をくすぐって止まなかった。俺はクリスに説明を求めるが、クリスもあまり車の情報は知らないらしく、俺の満足いく回答を得ることは出来なかった。しかし、窓から見える景色で一つ気になることがあった。

 

 

 

 

「あの深い森は?」

「あれはこの街の一番外れにあります、マリシテンの森です」

「マリシテン?」

 

 

 

 

俺は知らぬ名に首を傾げてクリスに説明の続きを促す。クリスの説明では、この森では猪が主となって治める森であり、その大きさは並みの動物の大きさではないらしい。その中でもマリシテンと呼ばれる神獣はこの地でも山神として崇められる存在であり、決してこの森には近づかないのが暗黙のルールになっているようだった。俺はそんな森を見ていると、なにやら暗くなっている森の奥が一瞬光った気がした。

 

 

 

 

「クリス、森の中が光っていないか?」

「え・・・・・・ああ、もしかしたらモライエの花かもしれません」

「モライエ?あの初めて見た花のことか?」

 

 

 

 

 

モライエとは俺が初めて館から出た際に発見した花の名前だ。モラという主人公が森に迷った際に積んでいた薬草で、その鼻から出た光を集めて飛ぶことが出きたという、摩訶不思議なお伽噺のモチーフになった花だ。どうやらその花の輝きではないかとクリは言うわけだ。しかし、俺はいまいち納得いっていないのだ。花がそんな輝きを放つのか、はたまたどうしてこの異世界の動物は大きくなることができるのか。暗い森の中で輝くほどの可視光を放つ物質を放つ花の正体、そして、生物の限界を超えた成長の謎を俺は解き明かしたくてたまらなかった。

 

 

 

 

「なあ、森へ行っちゃ・・・・・・」

「なりません」

 

 

 

 

 

ですよね。分かってました。俺は華麗に窓を眺めてクリスの視線を交わすことにした。俺はこういう謎について考えるのが大好きだ。普通、動物と言うのはその進化上自分の大きさなどにはきちんと意味があり、古代に生きていた恐竜などはその大きさや骨格などから様々なことが分かってきている。例えば大きさだが、あの有名なティラノサウルスなんかは生物としてあの大きさが限界だったのだ。前足があの小ささだった理由として、立ち上がるためだけにあったのではないかと考えられることもあり、実際にティラノサウルスの化石には異常に前足の鎖骨部分が骨折しているものが多いらしい。立ち上がる時に骨折したのだろうが、要は骨粗鬆症である。今回の猪で考えれば、猪に特徴的な牙はカルシウムでできており、その大きさが相手を見つけるのに役立つ場合がある。しかし、あまりに大きいとティラノサウルスの件同様に骨粗鬆症になりかねないのだ。つまり、通常の猪よりも大きいと言うのはそれだけで生物上の限界を迎えているわけだ。俺はそんな神獣をこの目で見てみたいな、そう思いを馳せながら目的地であるヒンブルム皇国の旅路を急ぐ。

 

 

 

 

 

「おお、着いたね」

「はい、ここがヒンブルム皇国です」

 

 

 

 

 

俺の目の間に広がる景色をぜひともみんなにも見てみてほしい。ここはまさに産業革命前夜と言った感じだ。活気があり、まだ幼くはあるが機械の端くれが転がっている。一般人にまで普及した工作機械というのを売る小売店がそこかしこに広がっている。これはこれで賑やかなものだ。俺はあたりを興味津々に見て回っているとクリスから忠告が入る。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、ここはどうかお控えください。あくまでここはヒンブルム皇国内です。フェルディナンド王国ではないのですよ」

「そうか、それもそうだね。慎重に気を引き締めないとね」

 

 

 

 

 

確かに俺は気を引き締めないといけない。ここは一応他国であり、どんな犯罪に巻き込まれるか分からないし、俺がフェルディナンド王国の王族であるなんてバレたら、それはそれで大惨事になりかねない。俺は一層気を引き締めてヒンブルム皇国を視察することを固く心に決めた。

 

 

 

 

「坊ちゃま・・・・・・目が動き過ぎです」

 

 

 

 

 

だってだってぇ。なんか産業革命前って前世を知る俺からすればまさに時代の転換点なわけだ。そんなビックイベント見逃すわけにはいかないでしょ。どの国だってこれから隆盛をするっていう時は、国民が輝くのだ。明日のために、より良くなる明日を信じ、確実に良くなる今日に希望を見ているのだ。俺はこんな国のどこがきな臭いのかと疑いを持てなくなっていた。まああの変態国王が言うことだ。端から信じてはいなかったけどね。俺はあたりを見ていると目を奪われるものが行われていた。

 

 

 

 

 

「クリス・・・・・・あそこなんだろう気になるな行ってくる!」

「坊ちゃま!」

 

 

 

 

 

俺の早口による許可申請をクリスが承認する前に俺は駆けだしてしまう。だって仕方ない。俺の目の前には夢が広がっていたのだから。それは、へんてこな物に跨って地上数センチのところをフヨフヨと浮かぶ機械のレースだった。速度は原付のバイクより少しだけ早いくらいだろうか。それでも確かに僅かだが浮いているのだ。競馬場のような広い場所で、何機かが競っている。俺はその光景に釘付けになっていると、焦って追いついてきたクリスに引き留められる。

 

 

 

 

「勝手な行動をされては困ります!」

「ごめんクリス・・・・・・でも、ここには・・・・・・俺の夢があるんだ」

 

 

 

 

 

俺はクリスの制止を振りほどいても目の前の光景から目を離すことができなかった。夢にまで見た人が空を飛ぶ光景、俺はこの空を飛ぶという行為に恋焦がれてこの異世界に来たと言っても過言ではないのだ。その道筋が今、俺の目の前で行われている。興奮するなと言う方が無理な話である。俺はたった今、目の前で繰り広げられているレースに目を輝かせていた。

 

 

 

 

 

『第三コーナーを曲がりいよいよ最終コーナーに差し掛かりましたっ! 依然トップを走るのは本大会のレジェンド、ウィリアムだぁ!』

 

 

 

 

 

会場の解説がマイクを握って現状を解説してくれる。どうやら先頭は歴戦のエースらしい。確かに乗り物の扱いが上手い。他の人の二枚上手を行っているような感じだ。俺が感心しながらレースを見ていると、後方集団の一人の挙動がおかしいことに気が付いた。見れば非常に若い選手が埋もれながらも、機会を伺っているようだった。若い選手が乗る機械はバイクのような形状とは少し毛色が違い、新幹線のような流線形のフォルムに小さな補助翼みたいなものが付いている。俺はその若い選手を自然と目で追っていた。

 

 

 

 

 

『第四コーナーを曲がり、あとはゴールまで一直線だっ! おおっと、ここでレジェンドに十八番を奪われまいと飛び出してきたのは赤い彗星こと、シャア選手だっ!』

 

 

 

 

 

赤い彗星とか、久しぶりに聞いたあだ名だ。俺はクスリとしていると周囲のざわめきが一層激しくなった。賭け事が行われているのか、必死に、血眼になって自分の応援している選手の名を叫んでいる。俺は若い選手を応援したかったが、名前も分からず、まだ後方集団に埋もれていた。やはり戦闘の二人、レジェンドと赤い彗星を推す声が多いようだ。しかし、そんな時だった。後方から凄まじい土煙を上げた若い選手が、乗り物を一気に加速させる。

 

 

 

 

 

『ここで後方集団からの刺客が追い上げを見せる! あの古めかしいゴーグルをかけた少年は・・・・・・彼です! ライトだっ! ライト選手が追い上げている!』

 

 

 

 

 

ライトと紹介される少年は一気に加速するも、前方にはまだ後方集団が道を塞いでおり、前に出られる状況ではない。しかし、加速を止めることなく一挙に突っ込んで行く姿に会場は騒然となる。しかし、少年はまるで速度を緩めることなく突っ込み、会場の人たちが目を覆う瞬間、彼はまさしく俺の夢の希望の星となっていた。

 

 

 

 

 

『と、飛んだぁぁぁぁあああ!!! ライト選手が今、後方集団の真上を通過して一気に先頭の二人に追いついていく! まだだ! まだ止まらない!』

 

 

 

 

解説員も興奮冷めやらぬ感情の篭った声で熱弁する。会場の目は既に先頭の二人とライトの三人に釘付けだった。見る見るうちに先頭の二人に迫り、その鬼気迫る速さにレジェンドと赤い彗星も無我夢中でゴールを目指し続ける。間もなくゴールのゲートが差し迫る。先頭の二人が横並びになり、それに追いつき、追い抜こうと迫るライトの構図。観客席はすでに熱狂的な雰囲気ではなく、固唾を飲んで結果を見逃すまいと目を見開くしかできなかった。もちろん俺もその一人である。

 

 

 

 

 

『ライト選手の猛追にレジェンドと赤い彗星は逃げ切ることができるのかぁ! 依然高さを保持したままライト選手が二人の真上に達する! ゴールの行く末は!! どうなるっ!!』

 

 

 

 

 

レジェンドと赤い彗星は横並び、その真上に若き星のライトがゴールに向かう。俺はもちろん夢を追う少年を応援していたが、そんなことは忘れて一心に行く末を見守っていた。そして、ついにその瞬間が訪れる。

 

 

 

 

 

『来るか!? 来るぞ! 栄冠は誰の手にぃ!!!』

 

 

 

 

 

 




ガンダムとかスターウォーズのあの疾走感はなかなか真似できませんね


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第二十六話 レース少年ライト

なりふり構わずなにかを頑張れるってすごいことですよね


『来るか!? 来るぞ! 栄冠は誰の手にぃ!!!』

 

 

 

 

 

ゴールテープを越したのは若き星、ライトだった。次いでレジェンドと赤い彗星が順にゴールテープを切った。会場は歓声に包まれ、頭を抱えて吠える者など様々だった。俺は大興奮のままライトの姿を目で追った。しかし、ゴールゲートの真上を通過したライトの様子がおかしかった。なんと、姿勢が崩れ始めたのだ。俺も周りも危ない、そう思った瞬間だった。ライトは姿勢を直しきれずそのまま地面へと落ちてしまった。会場が一斉にどよめき、救助員が急いで近づく。俺も慌ててその近くに駆け寄る。ライトは地面の土煙の中でうつ伏せの状態だった。俺はぞっとしながら見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

『ライト選手大丈夫かっ?!』

 

 

 

 

 

解説員も心配そうにライトの安否を窺っている。俺も勝負の行く末と同じくらい固唾を飲んで見守っていると、土煙からグローブを付けた手がグッドサインを出しているのに気が付いた。そう、ライトは生きていたのだ。

 

 

 

 

 

「「「おおおおお!!!」」」

 

 

 

 

 

会場が再び歓声に包まれ、拍手が巻き起こる。俺もつられて拍手を送ると、救助員に両肩を支えられながら立ち上がるライト少年が出て来た。俺はホッとして胸を撫で下ろす。俺はそんなアクシデントにも屈さない若き空を飛ぼうとした少年に興味が湧き出てしまった。自分が未だ手を着けられていないことに、既に着手しているその先進性を彼は持ち合わせている。これは彼と関係を持つしかない。俺はそう考えていると、それを察したクリスの注意が入る。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、先ほどのアクシデントいい、やはり空を飛ぶことは危険かと」

「クリス、俺がこの世界に生を受けて初めて思ったことは何だと思う?」

 

 

 

 

 

俺がそう言うとクリスは困った顔をしてしまう。いくらクリスの頼みでも空を飛ぶことを諦めることは出来ない。こればかりは譲れやしない、俺の本能ともいうべき目標であり、夢なのだ。俺が解説員の表彰式の言葉を今かと待っていると、クリスはそんな俺を悲しそうな顔をして見つめていた。そして、そんな不安をかき消すように解説員が表彰式を執り行おうとする。

 

 

 

 

 

『先ほどのレースの結果を審議しましたところ、一着はライト選手ではありましたが・・・・・・ゴールゲートを通過していない為、結果は無効となりました。よって、優勝はレジェンド、ウィリアム選手ぅ!!!』

 

 

 

 

 

会場は一気に湧きかえり、先ほどまで賭け事をして頭を抱えていた者が歓喜の雄たけびを上げていた。俺はまさかの出来事に脳の処理が追い付いていなかった。あまりの理不尽に俺は口をパクパクとさせてクリスを見ると、クリスは首を振って結果が覆らないことを示唆する。俺は本当の優勝者であるライトを見る。ライトはその場で立ち尽くし、優勝台で賞金とトロフィーを受け取るウィリアムを眺めていた。その顔は表彰台に向けられていたため見ることは叶わないが、俺はライトが悲しんでいるだけの表情であるはずがないことを確信していた。しかし、そんなライトを差し置いて、会場はレジェンドのウィリアムを称える賞賛一色である。俺はあまりの出来事に怒りを堪えきれなかった。

 

 

 

 

 

「どうして・・・・・・」

「坊ちゃま、ご理解ください」

 

 

 

 

 

 

クリスの冷たく非情な声音が、俺には我慢できなかった。どうしてこんな理不尽がまかり通ってしまうのだろうか。誰も本当に今の勝負の結果が本当だと信じることができているのだろうか。ライトはどう思っているのだろうか。俺はそればかりが逡巡していた。クリスが優しく俺の背中に手を置いてくれたが、今の俺に同情はいらない。向けるべき焦点は空を飛ぼうとした、勝負をしたライトであるはずなのだ。俺はライトの顔が見たくなった。ライトは今、項垂れているのか。否、彼は上を見つめていた。そこには青く、広い空があり。そこに自由に翼を広げて飛ぶ鳥の姿があった。

 

 

 

 

 

「彼には翼が必要だ」

「坊ちゃま?」

 

 

 

 

 

俺はクリスの目を見て硬い決意を伝える。クリスにはもう分かっているのだろう。俺のこれから行う行動が。クリスはそんな俺に驚きこそしないが、表情を強張らせて俺を引き留める。それはもうクリスにしては珍しいほどの切実な請願だった。

 

 

 

 

 

「いけません坊ちゃま! きっと後悔します! きっと悲しい思いをされます!」

「するかどうかも分からない後悔なんてもうこりごりだ! 悲しい思いなんてしてる暇があれば、俺は挑戦する!」

 

 

 

 

 

俺の言葉にクリスはたじろぐ。これまで俺と過ごしてきたからこそ分かる、不退転の決意を前に討つ手を考えあぐねているようだった。だが俺も刹那的な感情でこんな我儘を通そうとしているわけではない。俺は前世では何もしてこなかった。一度の失敗から恐怖し、諦めて後悔したのだ。それがどういうわけか異世界に転生する機会を得た。だからこそ、俺がやりたいことをしない理由は一つとしてないのである。

 

 

 

 

 

「俺は空を飛ぶことが俺の、延いてはこの世界の希望になることを確信している。人は決して実現不可能に思える困難を、艱難辛苦を乗り越えて今の繁栄を手に入れて来た。ならば、この世に不可能なんてことはないんだ、ないはずなんだよ」

 

 

 

 

 

俺は未来を見ている。それは前世で見て来た航空産業の発展と、空の知識が当時の人類の生活を豊かにしてきた。確かに人は空を飛ぶことを始めたのはたった百年程度だ。だが、百年で人類は空を、宇宙を見て来たのだ。人の弛まぬ努力と、空を飛びたいと言う欲求が人々を空に駆り立てたように、空は平等に人の上に広がっているのだ。大地が分かれようと、大海が隔たろうと、大山が横たわろうと、空だけは万人を繋ぐのだ。三次元の壁を突破した時、人類はどんな景色をみたのか、それを考えるだけで俺は身を焦がし、恋焦がれる少女のように悶えてしまう。俺はクリスにもう一度訴える。

 

 

 

 

 

「彼は挑戦した。負け戦だろうと、失敗を喫しようと上を見続けて諦めない。彼は今悲しんでいるだろうか。真に悲しんでいると俺は思えない。既に次の成功に向けて考えているんだ。そこには不可能なんて言葉は絶対にないはずだ。他人がどう思うと勝手だが、不可能を押し付けるな。不可能をたたき売りされたところで、俺のこの情熱の薪にしかならないぞ!」

 

 

 

 

 

 

一気にまくし立てる俺の言葉と言うにはあまりにもな論調に、クリスは翻弄されまくりだった。この世界で空気が当たり前に吸えるように、俺が空を飛ぶ決意も既に当たり前なのだ。議論の余地がないことを悟ったクリスは、屈んで俺に目線を合わせると、憎々し気に自分の素直な気持ちを伝えてくれる。

 

 

 

 

 

「メイドの分際で不敬をお許しください・・・・・・私は坊ちゃまには空に関わってほしくありません。それどころか、先ほどの彼の結果の無効に歓喜したほどです」

 

 

 

 

 

正直な告白をクリスは堂々としてくれる。それはそれで嬉しいことなのだが、俺にとっては好ましくない思想でもある。この世界のでの一般通説がクリスのような意見であることは理解できるし、空を飛ぶことは嫌悪されるべきことなのだろう。しかしである、ならばどうしてこの世界に俺が呼ばれたのか。あの自称神のおじさんは俺の夢を聞いてこの世界に俺を転生させたのだ。もちろんクリスには意味の分からない話だろうが、俺の夢はこの世界にとって役に立つから送られたのだと、そう俺は認識している。ならば、ならばこそ俺はクリスの心配をも無視しなければならないのだ。

 

 

 

 

 

「俺も周りの人間のように、彼を笑えと?」

「い、いえ・・・・・・私はそのようなことは」

「クリスが俺を心配してくれているのは嬉しい。だが・・・・・・俺はみんなが無理だと言うその先に、みんなの笑顔があると知りながらそれをしないのは意地悪だと思う」

 

 

 

 

 

ここでライトという空を飛ぶことを夢見る少年を、周囲の人間同様に笑うことができるだろうか。俺は限りなく彼と同じ夢の持ち主だし、応援している。ここで俺が周りに合わせて口を閉ざして手を差し伸べなければ、俺は周りの人間と同罪になってしまう。そんなことができるはずがない。俺はそんな罪を被りたくなんてないのだ。俺はクリスの目を真っ直ぐに見つめ、再度自分の意思の固さを見せる。今までの口論と言い、俺のあまりの頑固さからクリスは完全に固まってしまったようだ。しかし、クリスはついに折れることになる。

 

 

 

 

 

「・・・・・・分かり、ました」

「よかった、ありがとう。クリ・・・・・・」

「ただし! 諦めることは許しませんよ?」

 

 

 

 

 

にこりとようやく微笑んでくれるクリスの許可に、俺の心は歓喜する。俺はクリスにもう一度感謝を述べると、今しがた控室に向かうライトの下へ駆けていくのだった。それを見送るクリスは駆けていく俺の背中にこう呟いた。

 

 

 

 

 

「全ては、あなたの夢のために・・・・・・私は」

 

 

 

 

 

最後の言葉はクリス自身にも呟けすらしなかった。風のように夢に向かって走る主の背中は、子どもながらに大きく、そして愛おしかった。

 

 

 

俺は急いでライトの下へ駆け寄る。トボトボと誰もいない歓声の遠ざかる場所へと向かうライトの背中に声が向けられる。突風が吹くような俺の声はライトを振り向かせた。

 

 

 

 

 

「空を飛びたいか?!」

 

 

 

 

 

俺の言葉を聞き、ライトは振り返る。そこには小さな体を精一杯に上下させて息をする輝きがあった。俺は肩で息をしながらゆっくりとライトに近寄る。ライトは俺の言葉から一歩も動こうとしない。不思議そうな顔をして固まっているのだ。俺は同じ夢を持つ同志に目を輝かせて話しかける。

 

 

 

 

 

「もう一度聞く! 空を飛びたいか?」

「・・・・・・あんた誰だよ」

 

 

 

 

 

ライトの声を初めて聴いたが、まだ声変わりの途中と言ったあどけなさが残る声音だった。飛行帽にゴーグルを掛けた少年は、俺と言う初対面でズカズカと近寄る不思議な少年に怯えているようだった。だが、俺はそんなこともお構いなしにライトに話の先を促すため自己紹介をする。

 

 

 

 

 

「俺はフェルディナンド王国から来たビスマルク。今君のレースを見て感動した者だ。俺も空を飛ぶことを夢見る者だ!」

 

 

 

 

 

 

ライトは俺の言葉に戸惑っているようだった。それもそうだろう。今しがた理不尽な現実に打ちひしがれたばかりの自分に、共感してくれる人物が都合よく現れたら怪しむのも無理はない。だが、人は困難に打ちひしがれた時ほど付け込まれやすいのだ。もちろん俺は悪いことしようとなんてしてないよ。宗教勧誘とかしてないからね。

 

 

 

 

 

「フェルディナンド王国・・・・・・夢って、あんた子どもじゃないか」

「子どもでも夢を観ちゃ悪いか?」

「・・・・・・」

 

 

 

 

俺の歯に衣着せぬ物言いにライトはさらに戸惑っているようだ。会話の主導権は貰ったも同然だ。俺はここが詰場所であると一気に畳みかける、いや俺の興奮具合をライトにぶつけたのだ。

 

 

 

 

 

「俺は空を飛びたい。でも、空を飛びたいと言う同志を見たことがなかった。だが、今君を見た。君は空を飛びたいんだろ?」

「僕は・・・・・・」

 

 

 

 

 

先ほどのレースで自信を失ってしまったのか、ライトは何かを我慢しているようだった。しかし、先ほどの空を見上げるライトの顔は見なくとも分かる。空を飛びという、この世界では異端な行為に思いを馳せる数少ない同志の俺からすれば痛いほどよくわかってしまうのだ。ライトは諦めてなんかいやしない。ただ、少し躊躇しているだけなのだ。だからこそ、俺は彼と共に歩みたい。ライトの目は俺の一挙手一投足を怯える子どものように見つめていた。

 

 

 

 

 

「なるほどね・・・・・・君は、翼はあるのに勇気はないのか」

「っ!?」

「俺には勇気があるが翼はない・・・・・・これって素晴らしいことだとは思わないか?」

 

 

 

 

 

にやりと俺は挑発的な笑みを浮かべてライトと見つめ合う。自分より一回り小さな子供に言われているのだ。ライトは手をギュッと握りしめ、口を真一文字に結んでまだ耐えている。俺はこれ以上の挑発は必要ないと、勝ち誇ったように彼に全てを任せることにする。

 

 

 

 

 

「俺はあと数週間はこの国にいるよ。もし、君さえよければ一緒に・・・・・・ああ、君に言っても仕方がないか。まあ、俺が空を飛べたら空から笑ってあげるよ」

「くっ!」

 

 

 

 

 

俺は振り返りはせずに後ろ手に手を振りライトの下を離れる。臆病者に空は似合わない。あとはライト次第なのだが、これを決めるのは神でなければ実はライトでもない。なぜなら既に俺が決めたからだ。傲慢に見えるだろうけど、空を飛びたい者に傲慢じゃない者なんかいるはずがない。同じ志を持つ者ならこんなチャンスを棒に振るはずがないのだから、答えはとっくに決まっている。俺はそんな悪魔との取引を終えて姿を消そうとすると、後ろから叫び声が聞こえる。

 

 

 

 

 

「僕は! 行かないぞ! 行ってやるもんか! 僕は・・・・・・っ!」

 

 

 

 

 

そんな台詞聞きたかないね。もちろん来てもらえないとそれはそれで俺が悲しくなるが。それでも彼なりの気持ちが聞けたことは収穫であったと、俺はそのままクリスの下に戻る。外は快晴で、今しがたレース優勝の宴会が始まろうとしていた。歓声の中に埋もれる少年の雄たけびは静かに木霊する。俺だけに聞こえる慟哭は小さく、まだ滑走路に立っただけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 




空を、飛びたいっ!自分の願望を抑えられなくなってきましたね


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第二十七話 ヒンブルム皇国皇女マリエ

今回はついに皇国の重鎮が登場です!


クリスの下に戻ると、クリスが心配そうに出迎えてくれる。俺はクリスの心配を振りほどくように手を引いてヒンブルム皇国の散策に出かけることを提案する。俺はまだこの国をこの目で見なければならないのだ。このヒンブルム皇国はフェルディナンド王国よりも国土人口は少ないが、それでも余りある魅力を持っていた。所々に見られる機械の片鱗や、フェルディナンド王国では見られない農産物。中には見慣れたフェルディナンド王国と同じ農産物も多く見られた。それに動物の売買に溢れる、見る者の目を楽しませるのに十分な特色を兼ね備えていた。俺は見たことのない農産物の交易を脳内で考えながら、とある店に立ち止まる。そこは動物や毛皮、そして何かの卵を販売していた。

 

 

 

 

 

「クリス、ここには動物がたくさんいるんだな」

「ええ、いずれもフェルディナンド王国では動物の売買は禁止されておりますが」

「へえ」

 

 

 

 

 

俺は確かに神話級の神獣の話を聞かされたりしたからか、この世界で動物を飼うことはタブーなのかと想像していたが、国を超えれば常識も異なるのだと感心を寄せていた。俺は店を物色していると、その中でも不思議な色をした卵を発見する。

 

 

 

 

 

「この卵はなんだろう? 食用か? それとも孵化する前なのか? 飼育方法は周知されているのだろうか」

「坊ちゃん、それ買うのかい?」

 

 

 

 

 

俺が卵を見ていると店主が話しかけて来た。少しごつくて目つきが怖い。俺は買うつもりはないため、冷やかしだと思われるもまずいので早々に退散しようとする。だが、店主は商売根性逞しく、俺に卵の良さについて語り始めてしまう。挙句の果てに卵を俺に持たせる始末だ。俺は顔に嫌がる様子を出さないように配慮していると、卵を持つ手に違和感が走る。

 

 

 

 

 

「この卵は小さいが肌質がいい!孵化させても良し、料理にするのも良しの優れもんだ! ん? どうした坊ちゃん?」

「いや、何か心臓が一瞬熱くなったというか・・・・・・」

 

 

 

 

 

確かに卵を持った瞬間、俺の心臓が熱くなり、心臓が跳ねたのだ。授業中寝かけた時指名されて飛び起きるあの感覚に近いかもしれない。と言っても一瞬で、びっくりしたと言うよりかはなにか身体に異物が侵入しかけた感じかもしれない。俺にもよく分からない反応に少し困惑していると、卵にヒビが入っていた。俺がそれに気づくと店主は目を向いて困った顔をする。

 

 

 

 

 

「坊ちゃん困るよ! 商品を雑に扱われちゃ敵わん! それはもうあんたが買ってくれ」

「え、でも・・・・・・」

「ああん? 商品傷物にしたのあんただろ?」

 

 

 

 

 

強面の店主に恐喝されて俺は縮み上がってしまう。こういうところはまだまだ成長していない。やはりこういう時にも動じない心を見に付けなければと、俺は心に決めつつ財布を出していた。財布を見た瞬間、店主のおじさんは怖い顔を引っ込めて値段を高らかに宣言する。

 

 

 

 

 

「一個7万マソね」

「え、高くないですか?」

「なんだって?」

「あ・・・・・・お買い得ですね」

 

 

 

 

 

俺は決して負けてない。このヒンブルム皇国とフェルディナンド王国の為替レートはフェルディナンド王国のダル通貨の方がレートが高い。よってマソ安で実際より安く仕入れることができるのだ、と俺は心に言い聞かせた。実際、7万マソはダル換算で6万5千ダルくらいの感覚だ。俺がダル硬貨で支払い、ホクホク顔で受け取る店主の憎たらしい顔よ。俺は本当に得をしたということにして、要りもしない卵を押し付けられた。でも、不思議と卵は先ほどより大きくなっているような気がした。

 

 

 

 

 

「まあそいつは売れ残りだし、見たことない形だから食べてもおいしくないだろうけどな」

「え・・・・・・」

 

 

 

 

 

俺は完全に下に見られたわけだ。これでも身分を隠しているとはいえ王族よ? 俺はしょんぼりしながら店を立ち去る。クリスが優しく肩に手を掛けて同情してくれたのが唯一の救いだった。さて、気持ちを切り替えて俺は散策を続行する。父であるヴィルヘルム国王の宿題で、きな臭いと言われるヒンブルム皇国だが、俺の感覚ではそんな気配はあまり感じられない。それどころか国民は皆顔を輝かせているほどだ。俺は拍子抜けしてヴィルヘルム国王の勘違いを嘲笑う。碌に見もせず噂に踊らされるとは滑稽だと、俺は俺なりにこの国を楽しんで宿題を片付ける気でいた。すると、進行方向の方からなにやら喧騒が聞こえてくる。俺は野次馬をするべく近づいてみる。

 

 

 

 

 

「どうしたんですか?」

「ああ? 何って、皇女様だよ! 皇女のマリエ様がいらっしゃったんだ!」

 

 

 

 

 

群集の注目は突如として街に現れた皇女とされる人物に向けられていた。俺はこの国の俺と同じ身分に当たる人物に少し興味が湧いた。クリスによればこの国、ヒンブルム皇国の皇帝エドワード家には一人娘がいるらしく、それが今見えている皇女と称されるマリエらしい。外見は気品あふれる、けど活発な黒髪に少し赤が混じった瞳を持つ少女だった。年は俺より上だろうか。丁寧な所作を振りまき、群集の敬愛を一身に受ける皇女マリエは、従者を数人連れただけで視察をしているようだった。

 

 

 

 

 

「マリエ様!」

「ああ、我らがマリエ様っ!」

 

 

 

 

 

群集はそれはもうウットリと言った感じで心酔しているご様子だ。俺にはきっと縁がない光景だ。俺はクリスを見て反応を確かめる。こういう仕事は俺じゃなくてクリスの方が適任だ。俺はクリスの表情を伺うべく振り返ると、そこにはがっかりした表情のクリスがいる。俺はどうしたものかとクリスに聞いてみる。

 

 

 

 

 

「どうした?」

「いえ、もう少し坊ちゃまが落ち着いてくだされば、あれくらい慕われているのに、と思いまして」

 

 

 

 

 

ガーンと内心、いや表にも出ているだろう感情はクリスの更なる呆れを生んでしまう。気づいてなかったのかとでも言わんばかりの顔に俺はがっかりする。だってこれでも王国の発展にために奔走してきたつもりなのだが、こんな憐れまれることがあるだろうか。俺は痛く自尊心が傷つけられたため必死に自己アピールをして繕っておくことにした。

 

 

 

 

 

「ま、まあ、俺は慕われることが目標なわけじゃないからね」

「はい、分かっております」

「分かってるならよしっ!」

 

 

 

 

 

この話はお終いだと、俺はこの居た堪れない雰囲気を消すべく列の前に出る。小さな体は力に押し負けてしまうが、その分隙間を縫うことができる為、俺は案外すんなりと列の最前列に出ることに成功する。目の前を通り過ぎる皇女マリエが手のひらを広げない気品ある振り方で国民の声に応えている。中には老人に気を遣い、話しかける徹底ぶりだ。俺には出来そうもない芸当に負けた気がして眉間に皺を寄せてしまう。すると、それに気が付いたのか皇女マリエの視線が俺に向いた気がした。

 

 

 

 

 

 

「もし、あなたお名前は?」

「え、俺?」

 

 

 

 

 

唐突に話しかけられること等想像していなかった俺は思いっきり緊張してしまう。だが、ここはクリスの前だ。各個割るところは見せられない。俺は緊張する心臓を落ち着かせ、皇女マリエに優しい営業スマイルで対応してみせる。

 

 

 

 

 

「私はマクシミリアンと申します。公女殿下とこうしてお会いでき光栄に存じます」

「・・・・・・これはご丁寧に、まだお若いのにしっかりなされていますね。あなたのような子どもが皇国の誇りとなる日も近いでしょう」

 

 

 

 

 

一瞬皇女マリエの笑顔が引いた気がしたが、すぐに皇女は笑顔を取り戻し、俺の頭を撫でた。これは一本取られた、俺はそう感じた。完璧に子ども扱いされている。まあ、俺は子どもだけど。周りは皇女に話しかけられて俺を羨ましそうに見ているが、俺はたまったものではない。ここでフェルディナンド王国の王子だとバラしてしまおうかと思うくらいには立つ瀬がなかった。しかし、そういうわけにもいかず、俺はただ頭を撫でられる、身分を隠した子どもを演じなければいけなかった。これは屈辱である。だって頭を撫でられるなんてクリスにもされたことがないのだ。

 

 

 

 

 

「おお、なんとお優しいのだ! 皇女様万歳!!」

「「「万歳!!!」」」

 

 

 

 

 

俺への行為がどうしてこうも賛美されるのか分からないが、熱狂的な指示を得る皇女マリエは万歳三唱を延々と浴びながら俺の下を離れていく。ただし、俺の下を去る間際にウィンクをしていったのは高得点だと思った。いやもちろんクリスへの浮気ではないよ。クリスの方が可愛いもん。でもクリスの表情はいつもより若干冷たい気がした。

 

 

 

 

 

「何ですか、坊ちゃま?」

「い、いや~なんでも、ありません」

 

 

 

 

 

なぜか俺は敬語になったが、とりあえずこの場は逃げ切ることに成功した。ここで俺は気持ちを切り替えるためにもこのヒンブルム皇国の特徴について考えることにした。国民の結束は今見た通り高く、きな臭いと言われる事象もあまり感じられない。きな臭いと言われるからには、内戦のような内輪揉めのパターンと、フェルディナンド王国を敵国として見ている敵対視するかのような熱気があるものに大別されるだろうか。俺はそんなことを考えていると、国民の誰かが叫んだ。

 

 

 

 

 

「皇女様に全てを!!」

 

 

 

 

 

一人の声はやがて大きくなっていき、それはいつしか大きな一つの合唱として重なっていく。俺はそんな異常とも思えるほど熱狂を集める皇女を見つめる。皇女はそんな声にたじろぐことなく、先ほどと同様の笑みを浮かべて切れる海を神の如く闊歩するのだった。俺はそんな皇女の姿に確かな心のざわめきを覚えた。人はこれをきな臭いと言うのだろうか。

 

 

 

 

 

「皇女、いやマリエと言ったか・・・・・・何か企んでるのか?」

 

 

 

 

 

 

俺の独り言はクリスにしか聞こえなかったが、そのクリスも何かを感じ取ったのか、妙な違和感は深まるばかりだった。俺はこの違和感を確かめるべくなるべく目立たないように人に尋ねることにした。もちろん身分を隠すために子どもアピールは欠かせない。俺は異世界で某探偵漫画の真似をするとは思わず、苦笑いを堪えるのに必死だった。

 

 

 

 

 

 

「ねえおばさん、皇女様について教えてよ」

「お姉さんね!」

「おば」

「お姉さん!」

「・・・・・・お姉さん」

 

 

 

 

 

某探偵君、君はよくやっているよ。俺には子ども役は務まりそうにない。しかし、俺は皇女の情報を得るためなんとかおばさん改めお姉さんに話を聞いてみる。

 

 

 

 

 

「皇女様はね、窮地に立たされたこの皇国の救世主なのさ」

「救世主?」

 

 

 

 

 

おばさ、お姉さんは話したがりなのか、質問した俺にそれはもう全て話してくれた。いつの間にか世間話も混じっていたが、俺は子どもだからきちんと笑顔を張り付けて対応したとも。でも、もう二度とやらないと心に決めた。まあ要約するとこうだ。その昔、フェルディナンド王国と戦争をしたヒンブルム皇国は、辛うじてその攻撃を撃退したが、その栄光は長くは続かず、大国となったフェルディナンド王国との貿易を止めたため食糧危機に陥ってしまったという。現皇帝のエドワード7世は未だにフェルディナンド王国との貿易に忌避感があるらしく、最近まで国民の大半は飢えている状態にあったと言う。しかし、とおばさ、お姉さんは目を輝かせて言う。

 

 

 

 

 

「民の窮状を嘆いた皇女様は秘密裏にフェルディナンド王国との貿易を開始されたのさ」

 

 

 

 

 

これは皇女マリエまさかの有能説浮上である。俺自身、フェルディナンド王国のヴィルヘルム国王に対して民の竈について啖呵切った身故、俺の行動と似通っている部分を見つけて少し親近感を覚えてしまった。俺の顔が喜色になったのを喜んだのか、おば、お姉さんはさらに気合を入れて話し始めてしまう。落ち着いてほしい。

 

 

 

 

 

「皇女様は私財を投げ打ってまで私たちの食糧を準備してくださった。かつて敵だったフェルディナンド王国に頭を下げてまでだ。この素晴らしさがあんたにわかるかい?」

 

 

 

 

 

かつてという言葉に戦後の敵対感は薄れたのかと俺は感じていた。それにしてもなんとも清廉潔白な皇女様だ。でも、フェルディナンド王国のどこがそんな貿易をしているのだろうか。俺は過分にして耳にしたことがない。俺はそれをフェルディナンド王国へのイメージとして、ヒンブルム皇国の国民であるおばお姉さんに聞いてみる。

 

 

 

 

 

「フェルディナンド王国のどこと貿易してるか分かる?」

「ああ、その商人たちが名乗るの一つだからね。その名も・・・・・・マクシミリアン商会さ!」

「ふ~ん、マクシミリアン商会かぁ~ああああ???!!!」

 

 

 

 

 

俺は耳を疑った。俺のいるフェルディナンド王国において、マクシミリアンと名乗る商会なんて一つしかない。そもそもこれは俺のミドルネームを使った俺の偽名なのだ。俺はまさかの事態に冷や汗を禁じえない。恐る恐る俺はおばお姉さんにその商人の名前も聞いてみる。

 

 

 

 

 

「そ、その商人って~もしかしてボルドー・・・・・・とか言ったりしてぇ?」

「おおよく知ってるね! マクシミリアン商会の代表代理とかいう役職で、皇女様と取引を行ったのはボルドーとか言ってたね」

 

 

 

 

 

まさかああああああ!!! 何してんだあのクソインテリボルドー君んんんんん!!! 俺は内心のボルドー君人形をボコボコにしながら平静を装った。収まらない怒りで荒れ狂う中、俺はボルドー君をあらん限りの罵詈雑言を掛ける。誰だよただの鼻の下を伸ばすしか能がなかったインテリをこんな優秀にしたの! こんな販路拡大しちゃうなんて俺聞いてないよ! え、待って。販路拡大を指示したのって誰だっけ? あ、これ、しくじったのって・・・・・・・俺は急いでクリスを見る。

 

 

 

 

 

 

「クリス・・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

クリスはそれは見事なまでに頭を抱えてらっしゃった。要するにだ、フェルディナンド王国とヒンブルム皇国の仲を繋いだのって、間接的にも、曲がりなりにも、俺ってことにならない。てか、ボルドー君に任せた商会の名前、勝手に俺の名前にしてやがったのかやっべ。俺は混乱する頭を冷やそうと努力する。しかし、思い出してみてほしい。先ほど俺が皇女に名乗った名前を。

 

 

 

 

 

『もし、あなたのお名前は?』

『私はマクシミリアンと申します。公女殿下とこうしてお会いでき光栄に存じます』

 

 

 

 

 

存じてんじゃねえ!!! 思いっきりの嘘つきか、ものほんのボスだとバラしてるようなもんじゃないかあああ!

俺は罪の上塗りに頭を抱えた。クリスも同じことを考えているのだろう。俺はなんてことをしてしまったんだ。俺が絶望していると、そんな俺にも気づかずにまだ恍惚とした表情で皇女賛美を続けるおばお姉さんが話を続ける。

 

 

 

 

 

 

「でもまあ、皇女様は身を削って貿易したおかげでこうして私たち国民は飢えずに生きてられるわけだけど、皇女様が可哀そうでね・・・・・・」

「どうして?」

「そりゃ、皇帝陛下の意向に逆らったわけだからね。これからどうなるか」

 

 

 

 

 

なるほど、そういった意味できな臭いのか。これでは確かに敵を敵として認識しておきたい皇帝側と、民のために敵に頭を下げてでも飢えを救った皇女側で内戦が起きかねないわけか。俺としては無用な争いはまっぴらだ。こんなお国騒動に首を突っ込むほど野暮ではないし、そもそもそんなことをして俺にメリットなんかない。でも一部の貴族にはこういう甘い蜜を吸おうとする連中がフェルディナンド王国にもいるだろうな、と下衆な勘ぐりをしなくてはならない自分に辟易した。俺は大分事情が掴めたため、引き上げることにした。ぶっちゃけこれ以上の長話は飽きたのだ。俺は一度宿に戻り脳内を整理することにした。

 

 

 

 

 

 




なんだかんだ世間は狭いものですな


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第二十八話 危険

ようやく戻ったと思ったら・・・
今回から戦闘編です


翌日もヒンブルム皇国を散策し、情報収集をしつつ食事や機械などについて観察していった。そうすると時間は早いもので、あっという間に帰国の日になっていた。俺は少ない手持ちの金銭をやりくりし、どうにか自分のお眼鏡に適う品を手に入れることができた。それはまたしても石だった。

 

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、またこのような石を」

「これは違うんだよ! これはすごいやつなの!」

 

 

 

 

俺の興奮した声をまるで無価値な物でも見るかのような目で見てくるのは止めてほしい。だってこの石はすごいのだ。なんたってあのレースでも使用されていた機械の心臓部である部品資源なのだ。その名も『浮遊石』。原料は人の手で生産することは出来ないらしく、狩猟によって狩った動物、特に大きな獣からのみ採取することができる貴重な逸品だ。なんでも、この浮遊石を利用することにより物質を浮遊させることができるのだ。俺はこの異世界に来てから初めて目にする、異世界らしい物質に目と胸を輝かせていた。

 

 

 

 

 

「これであんなことやこんなことを・・・・・・ぐへへ」

「坊ちゃま、それで空を飛ぶようなことは・・・・・・」

「いや、これで空は飛べないよ」

 

 

 

 

 

クリスが危惧することをあっさりと否定する俺にクリスは少々驚いたようだ。だってそうだろう。科学的に考えて浮遊することができる石なんて意味わからないし、そもそも飛行できるほどの出力があれば獣はだれでも空を飛んでいる。俺はこの世界の神獣と呼ばれる存在の定義について少しばかりの回答を得た気がしていた。

 

 

 

 

 

「おそらく神獣が大きくなる理由はこの浮遊石だ」

「どういうことですか?」

 

 

 

 

 

クリスが目を丸くして聞いて来るので、俺は自分の考えをなるべく分かりやすく説明してみる。ヒンブルム皇国に来る途中でも考えたことだが、神獣と呼ばれる動物が従来の動物と比較して大きくなるのは限界があるはずだと、俺はそう考えていた。しかし、それは体重を支える骨格の増大と、それに伴う骨量、つまりカルシウム需要の逼迫が生物の大きさの限界をかたどっている。牙や角が大きい動物などは常に自分のカルシウム不足と戦っているのだ。骨粗鬆症ともいうべき症状になんとか打ち勝って生存競争を有利にしている。中には立派な物を持ちすぎて骨粗鬆症で絶滅した動物もいたほどだ。しかし、この浮遊石があればどうだろうか。

 

 

 

 

 

 

「浮遊石があれば骨格に回すカルシウムを抑えられる・・・・・・と言うことですか?」

「ご名答」

 

 

 

 

 

クイズに正解したクリスにはご褒美をあげたいところだ。しかし、俺は取り急ぎ話を進めることを優先する。動物の成長限界を超えた大きさになることが可能なのはこの浮遊石に依るところが大きいのだろう。例えば、前世の事例で考えると、重力がない宇宙空間では人の身長が伸びるらしい。もちろん地球の重力下に戻れば身長も戻ってしまうが。このような仮説が成り立つのなら、神獣が大きくなる理由は説明がつくだろう。そんな仮説を紹介し終えると俺は一息を付ける。クリスはお伽噺の存在の理由を考えることができ、先ほどから頻りに頷いている。とても可愛い。そんな俺の和んだ表情に気づいたクリスは、咳ばらいをして頬を赤らめると俺に出発を促す。

 

 

 

 

 

「ごほん・・・・・・坊ちゃま、そろそろお時間です」

「ああ・・・・・・」

 

 

 

 

 

俺がそう言われて躊躇うのには理由があった。それはこのヒンブルム皇国に来て最初に感動した、あの人物の姿が見えなかったからだ。クリスとしては彼、ライトには来てほしくはないのだろう。それもそうだ。俺と喧嘩をしてまで空を飛ぶことを否定したのだ、空を飛ぶことを夢見る少年なんて来てほしくないに決まっている。しかし、俺はそれでも彼に期待しているのだ。声を掛けてから数週間、彼は俺のところに顔を出さなかった。そしてついに最終日である。俺はトラックの荷が積まれ切るのを切実に遅くしてほしいと考えていた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃま、残念ですが」

「ああ、今回は俺の負けかな」

 

 

 

 

 

今回は上手く釣ることができなかったのだ。むしろこれまでが上手く行き過ぎたのだ。俺は少しホッとした顔のクリスに降参のポーズを取る。残念だが、今回は諦めよう。もしかしたらまたヒンブルムに繰る機会が巡ってくるかもしれないし、自分で勝手に飛行機を作ってしまえばいいのだ。俺はそんな夢の先延ばしに妥協点を見出した。俺は今回の旅で見つけたよく分からない卵と浮遊石という戦利品を眺めて、動き出すトラックに揺られる。そんな諦めの空の下、俺は故郷であるフェルディナンド王国の自分の街に帰るのだった。卵について観察すると、なんだか一回りくらい大きくなっているような気がする。まあ、生まれてきてからのお楽しみだ。お楽しみと言えば、弟ともしばらく会っていない。帰ったらたくさん遊んでやるのだ。主に俺が。そんな期待を胸に俺は館に向かった。

 

 

 

 

 

「きゃっほうただいまぁ! アルフレッッッドぅ~♡」

 

 

 

 

 

俺の讃美歌のようにも聞こえるであろうアルフレッドを呼ぶ声は、玄関を開けたところでアルフレッドのメイドであるミザリーの顔の出現によって枯れ果てることとなる。なんとアルフレッドはこの館に居ないと言うのだ。俺はアルフレッドが不在なことに酷く取り乱した。

 

 

 

 

 

「えっ?! なんで?! どうして?!」

「落ち着いてくださいませ」

「無理っ!? やだっ! 嫌っ!」

 

 

 

 

 

俺の動揺ぶりは凄まじかった。駄々をこねる子どもが床を虫のように転げまわるように、俺は無様に拗ねた。しかし、それと同時に話に割り込んでくる人物が二人、俺の前に出て緊張した面持ちで話し始める。先に話し始めたのは、先日警察組織的な物に任命したヨイチだった。ヨイチは俺の醜態にも動揺せず、落ち着いた声音で緊急事態を伝える。

 

 

 

 

 

「殿下、緊急事態です」

「むう・・・・・・何だってんだよこんな時に」

「盗賊集団の襲撃予想です」

「何だって?!」

 

 

 

 

 

俺はまさに寝耳に水の状態で急いで起き上がる。確かにヨイチたちには街周辺の警備に当たってもらっていたが、まさかこんなにも早く危機的状況が訪れるだなんて予期していなかった。俺は急いでヨイチから報告を聞く。

 

 

 

 

 

「先日、殿下がリーゼロッテ公爵令嬢にお送りになった金銭が狙われました」

「被害は?」

「運搬業者が数人負傷しましたが、潔く撤退したため死者は出なかったとのことです」

「大金を狙ったからそれどころじゃなかったか」

 

 

 

 

 

俺は自分の送った大金で人が怪我をする状況になってしまったことに歯噛みする。しかし、死者が出なかったことは不幸中の幸いだ。その業者の弁によると現金輸送の大元であるここ、俺のいる街に狙いを定めているとのことだった。そりゃあ、こんな大金が流れてくるのだ。大元を狙えば一攫千金だろう。しかし、俺はそう甘くない。人を怪我させた挙句、ここまで汚い毒手を伸ばしてくるなど腸が煮えくり返る思いだ。俺はすぐにヨイチと対策に映る。その時、待機していた俺と話したい人間がおずおずと出てくる。

 

 

 

 

 

「あのう・・・・・・お取込み中のところすみません」

「え・・・・・・君は?!」

 

 

 

 

 

俺の前に恐る恐る現れたのは、なんとまさかのライト少年だった。完璧にタイミングを間違えたけどね。俺はライトを歓迎するべく、なるべく手短に俺の感謝を最大限伝える。

 

 

 

 

 

「来てくれてありがとう!でもどうして?」

「はあ、あなたに言われたことを考えてまして・・・・・・僕も空を飛びたい」

「そうか、そうか!」

 

 

 

 

 

俺はライトと固く握手を交わす。ここに同じ志を持つ二人が集ったのだ。これからの夢への実現に希望が見えて来た。だからこそ、俺はこの街を、この生活を守らなければならない。俺は感動の再会もそこそこにライトをミザリーに紹介し、匿ってもらえるよう手配させる。そして、ヨイチと盗賊への対策を練るのだった。

 

 

 

 

 

「して殿下、盗賊にはどう対応しますか? 撃退、または交渉の余地があると考えられ・・・・・・」

「もちろん、殲滅あるのみだ」

「へっ?!」

 

 

 

 

 

俺の提案にヨイチは変な声を上げる。俺はどうして変な声を出すのか不思議に思っていると、ヨイチが言い出しずらそうに現状を教えてくれる。

 

 

 

 

 

「その、戦力差があり過ぎます」

「え、どの位?」

「我が方、私含め警備隊7人に対し・・・・・・盗賊の数、30人です。それに襲撃予想は・・・・・・」

「予想は?」

「今夜です」

「おうふ」

 

 

 

 

 

まさかの戦力不足の上に時間がないのである。確かにこれは殲滅なんて発想は蛮勇もいいところである。だがである、大金をせしめただけでは飽き足らず、仮にも街に攻め込む盗賊だ。我々の交渉に乗ってくれるとは考えにくい。さらに言えば、30人という戦力に対して彼我の戦力差が大きい現状、撃退するといっても街を守れなければそれでは勝負に勝って試合に負けたようなものだ。これはまずいことになった。俺は頭を悩ませていると、そこに化学者のハーバードとボッシュがやって来る。

 

 

 

 

 

「殿下、大変なことになりましたな」

「ああ、ハーバードとボッシュ。巻き込んでしまってすまない」

「いいえ、これも殿下に仕えるワシらの義務ですじゃ」

 

 

 

 

 

そう言って笑うハーバードには安心させられる。やはりこういう時に感覚が狂っているおじさんは心強い。普段からこれくらい頼れるといいのに。俺がそう思っていると、ボッシュが俺にある物を手渡す。それは以前俺が生産を指示したものだった。

 

 

 

 

 

「殿下、ご用命通りの品を作成しました」

「こ、これは!?」

「はい、実証実験までは間に合いませんでしたが、『閃光弾』です!」

 

 

 

 

 

俺はこの二つを見比べてからハーバードとボッシュを見つめる。二人とも寝不足なのか目の下にクマをこしらえている。ここまで短期間でこの重大事に間に合わせてくれた二人には感謝するしかない。俺は二人の手を取り礼を尽くす。

 

 

 

 

 

「ハーバード、ボッシュ・・・・・・大儀であった」

「「ありがたき幸せ!!」」

 

 

 

 

普段仲の悪い二人だが、こんな時は息がピッタリだ。俺はそんな二人の素晴らしい化学者に感謝をし、こんな自分についてきてくれた人間の顔を思い出す。思えば非道の限りを味わさせて来たインテリボルドー君や学校で活躍するダンブルドア、クサ紙を実用化させてくれたユキチ達、今身命を賭してこの街を守ろうとしてくれているヨイチたち、自分の身上を曲げてついてきてくれたハーバードとボッシュ。先ほど俺と共に夢を追いかけてくれると宣言してくれたライト。そして、俺の愛するクリスやアルフレッド。俺はこんなにもたくさんの人間に支えられて来たのだ。そして、そんな人間が俺の庇護の下で暮らしているのだ。俺は絶対にこの街を守りたくなった。いや、守らなくてはならないのだ。俺は決断する。それはこの異世界に来てから初めての大きな決断だった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・めつだ」

「殿下?」

「殲滅だ!」

 

 

 

 

俺の再度発せられた殲滅宣言にヨイチは目を見開いて再考を願い出る。だが、俺の心に敗北の二文字は許されなかった。

 

 

 

 

 

「ヨイチ・・・・・・俺はこの街が、お前たちがなによりも大切だ」

「は、はあ」

「俺は大切なものを絶対に見捨てたりはしない」

「!」

 

 

 

 

 

俺の言葉にヨイチは違う意味で目を見開いた。ヨイチの手はブルブルと力が籠められ、今にも俺の言葉に身体を震わせんと待っていた。俺はもう一度この場にいる人間の顔を見る。心配そうにしているミザリー、訳が分からなそうなライト、ニヤリとしたり顔をするハーバードとボッシュ、涙を堪えんばかりのヨイチ。そして、覚悟を決めたようにしつつも胸の前で握られた手が震えてしまっているクリス。俺は満足して言葉を発する。

 

 

 

 

 

 

「この俺、フェルディナンド王国第一王子であるビスマルク・マクシミリアン・デ・メ・フェルディナンドが命じる! この街を害そうとする不届きな盗賊連中を殲滅せよ!!!」

「ははっ!」

 

 

 

 

 

ヨイチは頭をこれでもかと言うほど下げている。涙というか興奮した顔を隠しきれないのだろう。俺は今にも盗賊を皆殺しにしそうなヨイチの漏れる殺気を嬉しくかつ頼もしく感じていた。そして、俺はクリスにも命令を出す。

 

 

 

 

 

「クリス、頼みがある」

「はい、何なりと」

 

 

 

 

さすがは俺のメイドを務めて来ただけはある。肝の据わり方が素晴らしい。俺は安全なうちに街に非常事態宣言を出すよう下達する。住民の避難場所としてこの館の地下なども開放する旨を伝える。クリスは心得たとばかりに早速館のメイドや執事たちに分担して仕事を割り振っていく。さすがは俺の愛しのクリスだ。そして、ミザリーにはアルフレッドの安全を最優先してもらうことを伝える。こちらも端からそのつもりであり、ミザリー自身も戦う覚悟だったらしいことには苦笑いだ。俺は非戦闘員を選り分け、純粋な戦闘員のみを選抜する。

 

 

 

 

 

「ヨイチ、配下を集めろ。作戦を伝える」

「もし、住民の中に戦闘に加わりたい者がいたらいかがしますか?」

「ヨイチたち七人がそれぞれ掌握できる人数・・・・・・一人当たり7人を上限に許可しよう」

 

 

 

 

 

俺の言葉にヨイチはニッと口角を上げて戦闘員を集める。クリスたちメイド連中のおかげでスムーズに住民の避難ができ初めようとしていた。以前から直接顔を出して住民と関りを持っていたおかげであるのと、説得に参加してくれたボルドー君のおかげで住民の素早い理解を得ることができたのだ。こればかりは日頃のコミュニケーションに感謝だと思った。さて、そんな中ポツンと残されたと感じたハーバードとボッシュが駄々をこね始めた。

 

 

 

 

 

「ワシらも盗賊に一泡吹かせたいですじゃ」

「俺も!!」

 

 

 

 

 

この変人は戦闘ってものを理解しているのだろうか。マッドなサイエンティストにはご遠慮頂きたいところだ。俺は今回の功績を称えて今後の研究開発資金の増額を約束した。すると二人はよほど嬉しかったのか、普段仲が悪い二人が抱き合って踊っていた。俺はやれやれと作戦指導に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 




世の中平和が一番、だけど中世の世の中そう簡単には参りませんな


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第二十九話 決戦の気持ち

今回は名場面多数ですよ
頑張りました


そこには既に殺気立ったヨイチたち戦闘員が整列していた。こいつらはシャルロッテのいるオワリ領から俺が引き抜いてきた銃の達人たちだ。俺の領地に来てからはあまり活躍の場がなく、暇を持て余していただけに、今回の大抜擢に居ても立っても居られない様子だ。俺はそんな七人に感謝をしつつ、作戦内容について話す。

 

 

 

 

 

「さて諸君、聞いての通り戦局は我らの劣勢だ。だが、ここは我らの土地・・・・・・地の利は我らにあることを忘れてはならない」

「分かっております。我ら警備隊全員、身命を賭してこの街と殿下をお守りいたします!」

 

 

 

 

 

俺は頼もしいヨイチの言葉だが、首を振って否定する。たとえ戦闘員であっても貴重な明日を築く人材だ。一人たりとも欠けてほしくない。俺は理想であるとは理解しているが、誰にも死んでほしくないのだ。そのための作戦でもある。俺はヨイチたちに忠告する。

 

 

 

 

 

「今度の作戦では死者を出すことは許さん。俺が死なない作戦を考える。だから、お前らは仲間が死なないよう全力で働け」

「分かりました!」

 

 

 

 

 

俺は最も大事な注意事項を伝えたため、作戦構想を伝達する。俺の作戦はこうだ。街に続く街道は全部で4本ある。この内2本は王都やオワリ領に向かう方面であるため、防衛範囲外となる。残る場所は二つの街道である。一つはリーゼロッテのいるブルボン領に続く街道であり、盗賊はおそらくここに主力を割いて来る。もう一つは山道であり、道は悪いが隠れ場所が多い。そのため伏兵や遊撃部隊あたりが攻めてくることが予想される。この敵戦力分布の理解の下、俺は戦力を分配していく。

 

 

 

 

「まずは第一小隊にムラタ!」

「はっ!」

「第二小隊にヤエ!」

「はっ!」

 

 

 

 

この二人には主戦力が来るであろうブルボン街道の守備に就いてもらう。どちらも部隊掌握術に長けており、さらに第二小隊長に抜擢したヤエは女性である。男顔負けの力自慢で近接戦闘も熟せる優秀な人材だ。もちろん第一小隊長のムラタも負けていない。ムラタはここぞと言う時に明るく、苦しいときに重宝するムードメーカーである。この二人には街から参戦を願い出た農民を14人を任せた。農民と言っても農作業で鍛えられ、隆起した筋肉を持つ強者である。しかし、ムラタとヤエは農民の武装について苦言を呈す。

 

 

 

 

 

「主武装が竹やりと鋤や鍬では・・・・・・」

「大丈夫だ」

 

 

 

 

 

俺の言葉に全員が注目する。盗賊の主武装は剣や単発銃であると証言が取れている。数に物を言わせた戦法である。だからこそ、俺は俺らなりの戦い方をするのだ。

 

 

 

 

 

「第一、二小隊は主力を迎え撃つことになるが、あくまで蓋の役だ」

「「?」」

 

 

 

 

 

 

俺の作戦にいまいちピンと来ていないようであるので、説明を付け加える。俺の作戦は第一、二小隊で敵主力を迎え撃ってもらう。だがここでは敢えて力推ししてくる敵を少数だけ通すのだ。あとの主力が通る頃には竹やりなど棒きれで蓋をしてしまい、戦力を分散させるのだ。ようやく納得がいった二人だが、ここで一人が疑問を投げかける。それはこれから第三小隊長に任命する予定だったナオイエである。ナオイエの特徴として全体の俯瞰役でいられると言うことだ。作戦の参謀役と言ったところだろうか。彼の指摘はいつも鋭く、だから俺もこれからナオイエに指示するのだった。

 

 

 

 

「敢えて分散させたのは後方に陣を構えるからですかな?」

「よくぞ聞いてくれた。第三小隊長にはナオイエ、君を選抜する」

「はっ、して私の役目は?」

「ナオイエは第一、二小隊が通し、街の大通りにのこのこ出て来た少数の敵の殲滅を頼む」

「御意」

 

 

 

 

 

取り逃がしたと錯覚させた敵は街の中枢まで入り込む。だがそこには万全の状態で待ち構えるナオイエがいるのだ。さぞ驚くことだろう。逃げ場所の無い街の至る所からナオイエ率いる第三小隊が襲い掛かり、ナオイエが狙撃していくのだ。たった少数で意気揚々と乗り込んできた敵はあえなく御用である。さらに、俺は万全を期すために第四小隊長にヒデキヨを任命する。

 

 

 

 

 

「第四小隊長、ヒデキヨ」

「へいっ!」

「君はナオイエと連携し市街戦を展開せよ。敵を攪乱し、こちらに被害を出させるな」

「了解でさっ!」

 

 

 

 

ヒデキヨは調子のいいやつだが協調性に富み、かつ気が利くのだ。それは敵の嫌な所や連携の不備を的確に見抜く能力に置換でき、ヒデキヨには市街戦が持って来いの戦場なのだ。そもそも普段の巡回も、街の良き警察官のように振る舞ってくれているため、街の隅々まで知り尽くしているのも大きい。こういう時のために巡回警備をさせていてつくづくよかったと実感している。そして、次なる戦場である山道ルートの作戦を伝える。

 

 

 

 

 

 

「第五、六小隊長にカイル、ヘイヘを起用する」

「イエッサー!」

「セルヴァエ!」

 

 

 

 

 

なにやらどこぞの大国の返事や小国だが悪魔と恐れられた国の独特な返事が聞こえるがまあいいだろう。順に紹介すると、第五小隊のカイル、第六小隊のヘイヘはともに狙撃兵である。腕は命中率が6割が普通と言われるこの世界において、脅威の9割を叩き出す化け物級のスナイパーだ。独自に銃の改造を行っており、他の者の銃より若干銃身が長く、狙撃向きになっている。俺はこの二人に10人の住民を付けた。この住民は炭屋や炭鉱夫のような、山を知り尽くし、夜目が利く人物たちである。山では基本明かりはなく、木々に囲まれた戦場である。俺はそんな過酷な戦場に秘密兵器を放出する。

 

 

 

 

「カイル、ヘイヘにはこれを渡そう。閃光弾だ」

「「おお!」」

 

 

 

 

二人は俺の渡した非殺傷兵器である閃光弾に興味津々である。俺はあらかじめハーバードとボッシュに書かせておいた説明書を手渡す。まじまじと見つめる二人はこの兵器について議論し合っている。これなら使用場所を説明しなくとも自分たちで適切に扱ってくれるだろう。実に頼もしい。これでおおよその布陣が整った。俺はこの6人に頷くと、六人はそれぞれの持ち場に駆けだす。しかし、その場にソワソワとした人物が残っていた。それはヨイチであった。

 

 

 

 

 

「殿下?! 私は? 私は戦えないのですか?!」

「まあ落ち着きなよ」

「これが落ち着いていられますか!」

 

 

 

 

 

俺はいきり立つヨイチを宥め、席に座らせる。俺は別に意地悪をしているつもりはないし、予備戦力を捻出するほど余裕があるわけでもない。俺はヨイチだからこそ託したい任務があったのだ。俺は既に目を血走らせるヨイチに作戦を伝え、第七小隊長に任命する。俺の作戦を聞いたヨイチは目をそれはもう輝かせて頷き、敬礼をしては飛び出していく。

 

 

 

 

 

「殿下っ! このヨイチにお任せください!」

「うん、頼んだよ」

 

 

 

 

 

ヨイチならばやり遂げてくれることだろう。俺は良き仲間に恵まれたものだ。恵まれた俺はこの街にどんなことを返せるだろうか。子どもで王族で左手が使えないただの夢見るバカ。前世で何もしてこなかった俺の初めての決断は、あまりにも重く、しかしながらこの街を守ると言う最高のものだと感じていた。俺はこの作戦の行く末をただ見守るだけになったのだ。だが、この街を誰よ入りも愛し、誰よりも守りたいと思うのは俺なのだ。俺は自分にできることをする。俺は覚悟を決め、ヨイチたちが待つ場に足を向ける。

 

 

 

 

 

街の中央広場である場所にヨイチとそれに従う志願兵が集っていた。皆見知った顔ばかりである。俺はそんな俺の愛する仲間の前に立ち、息を吸う。後ろにはクリスが付いていてくれる。頼もしい仲間がいるのだ。もう何も怖くはない。俺は目を閉じてからゆっくりと開ける。そして、俺は静かに話し始める。

 

 

 

 

 

「諸君・・・・・・俺はこの街が好きだ」

 

 

 

 

 

俺の静かな声が広場に木霊する。この場に集う全員が俺の言葉に集中している。中には学校に所属する教師の姿まである。あれはダンブルドアだ。あれも一端の貴族だ。基礎剣術を習得した覚悟のある人物だ。他には子供である俺がなぜここに立っているか分からずにいる者もいる。だが、そんな人たちにも伝わるように俺は語り掛ける。

 

 

 

 

 

 

「諸君、俺は君たちが大事だ。君たちがいてくれてこそ、俺は今日まで楽しく過ごしてこれた。だが、その楽しい日常がぶち壊されようとしている。我らは一体何をしたと言うのか。答えは何も・・・・・・我らは何もしていないのだ」

 

 

 

 

 

俺の言葉の一つ一つがここに集まる人間の心に染み込んでいくようだった。住民も最初は俺の登場に疑心を抱いていたが、それももう既にと言った様子だ。俺が例え子どもだろうと、俺の語る言葉に嘘偽りはないのだ。その真実の気持ちに気づいた住民は、俺の言葉にのめり込んでいく。

 

 

 

 

 

「今夜、この街で君たちは初めての戦闘を行うことになる。我らはこの戦いで何を得るのだろうか・・・・・・その答えを俺は先に答えておこう。それは・・・・・・明日だ! 領地や身分を乗り越えて、一つの目的のために結束する。この街を愛し、この街に愛された諸君と、明日を獲得するために戦うのだ! より良い明日を獲得するために! 自らの愛するものを守るために! 明日を、勝利を手にしたいのなら、今日と言うこの日を、やつら盗賊に見せつけてやろう! 我々は戦わずに明日を迎えたりはしない! 我々は生き残り、明日を生きていく!」

 

 

 

 

 

俺の言葉に徐々に住民やヨイチたちがムズムズしているのがよくわかる。しかし、それ以上に誰かの前に立って、自分の意思を伝えているという、俺の人生史上初ともいえる行為に、俺自身が一番燃え上がっていた。俺はこのセリフが大好きだ。前世で観たことのあるエイリアンと戦う大統領の言葉だ。俺は最後に引用を用いて引き締める。

 

 

 

 

「理不尽な略奪者に抵抗し、明日を生き抜くために全員が立ち上がった今日この日が、我々が成し遂げ、後世にまで語り継がれるであろう、我らの独立記念日だっ!!!」

 

 

 

 

 

少しこっぱずかしい台詞だっただろうか。俺は少しやり過ぎたかと、反応を待つ。すると、地を震わせんばかりの咆哮が辺り一面に鳴り響く。兵士たちは拳を上げ、咆哮を上げて応えてくれた。俺は心からこの街が好きになった。この街を守り抜く。この街と一つになって戦うのだ。俺の勢いに乗り、住民たちは結束した。そして、俺は忘れないうちにヨイチたち七人を集まる。皆、住民たちとは対照的に案外落ち着いている。俺は緊張しているのかと思い解してあげることにした。

 

 

 

 

 

「鉄砲集よ。君たちにはこの街を守ってもらう。だが、決して死んではいけない。君たちがこの街や住民を守りたいように、俺も君たちに生きていてほしい。こんな我儘だが、これだけは約束してもらいたい」

 

 

 

 

 

俺の言葉に感動してくれるかと思ったが、聞こえてくるのは笑い声だった。それは実に心地よいと言った感じの温かい笑い声だった。俺はどうしたものかとヨイチたちを見る。すると、涙を拭いてヨイチが答えてくれる。

 

 

 

 

 

「なにを今更・・・・・・私たちはあの時あの場所で言われた言葉を忘れたことはありません」

 

 

 

 

 

ヨイチらは皆頷いて同意見であることを示してくれる。俺は確かに我儘にも警察的な武力が欲しいと思ってヨイチらを引き抜いた。彼らの居場所を曲がりなりにも変えてしまったのだ。俺はその後も彼らに満足できる仕事を与えられはしなかった。今思えばとんだ詐欺師である。だが、そんな俺についてきてくれたヨイチたちは俺を認めた上で、過去に俺が言った言葉を繰り返す。

 

 

 

 

 

「『俺はここの兵に輝いてほしい、我が領地でその腕を存分に発揮させてやろう』・・・・・・そして、あなたはこうも仰った。私があなたの下に下ると決心した時、『俺がお前たちを導くのではない。君が導くんだ』と・・・・・・そうあのお言葉は今この時のためにあったのだと。我らは今、心から感謝しております。仕えるべき主君を頂き、活躍できる戦場を得た。これほどの喜びを与えて下さる殿下に、我らは一生の忠義を尽くしたく思うのであります」

 

 

 

 

 

俺は過去のカッコつけた発言に顔を赤くするところだったが、ヨイチたちの真剣な表情にそれは失礼にあたると、俺は精一杯背伸びをしてヨイチたちの主人であることを誇らせてやる。俺が彼らにできることは鼓舞すること。これくらいしかできないのだ。

 

 

 

 

「そう言ってくれてありがとう」

「殿下、ご命令を」

「ではくれてやろう・・・・・・殲滅だ。殲滅しろ! 鎧袖一触だ! お前ら七人の兵が、これから三千世界の先駆けであると知らしめるのだ! そして、俺に示せ! お前たち番犬が優秀であると言うことを! 見返してやれ! お前たちを見くびった連中を! お前たちが、この世界の番人だ!」

 

 

 

 

 

 

俺の号令がヨイチたちを駆り立てた。今夜、この時、この街は立ち上がったのだ。もしくはこうとも言えるだろう。この街が俺たちを立ち上がらせたのだと。

 

 

 

 

 




さあどうなる!?


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