魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。 (八魔刀)
しおりを挟む

第一章 魔王の娘
プロローグ


 

 

 嘗てこの世界には魔王がいた。

 魔王、魔族の王、魔法を極めし者、人族の敵。力で全てを支配してきた存在。

 人族は魔王とそれが率いる魔族と長い長い、それは長い戦いを繰り広げてきた。魔族の魔法は人族が使う魔法よりも遙かに強力で、戦いの果てに人族は魔王軍によって滅びの危機に瀕してしまった。

 

 その危機を救ったのは七人の勇者と呼ばれる存在だ。

 勇者は世界を創造した七柱の神様によって遣わされた若者達だった。

 彼らは『地・水・火・風・光・氷・雷』の力をそれぞれ身に宿し、その力で魔王軍の勢いを削ぎ落とした。そして瓦解していた人族の軍を瞬く間に纏め上げ、新たに勇者軍を結成して魔王軍と戦った。

 

 結果、七人の勇者によって魔王は討たれ、王を失った魔族は人族と停戦協定を結んだ。

 人族を救った勇者達は伝説となり、後世に長く語り継がれることになる。

 

 そんな戦いがあったのはたった五年前のことだ。伝説と言えるようになるには、まだまだ時間が掛かるだろう。

 勇者軍と魔王軍の戦いを『人魔大戦』と人は呼ぶ。その大戦で俺は勇者達と一緒に戦っていた。自慢じゃないが、魔王との直接対決にも俺は参加していた。

 

 勇者達は七柱の神様の力である『地・水・火・風・光・氷・雷』の七つの属性にそれぞれ特化した魔法を身に宿していたが、対する魔王はその全てをたった一人で行使し、しかも威力も勇者達と同等且つそれ以上だった。

 

 そんな魔王との戦いは正に想像を絶する戦いだった。勇者でもない俺が一緒に戦って、しかも勝って生還したんだ。さぞかし褒美だって貰えたことだろう。

 

 だが実際は褒美なんて貰っていない。

 あくまでも魔王を討ち取ったのは七人の勇者達。そう言うことに世界の国々はしておきたかったのだろう。

 

 何しろ、俺の出自はお偉いさん方にとっては少々厄介だからだ。

 

 俺は人族と魔族、その両方の血を持つ半人半魔だからだ。両親のどっちが魔族でどっちが人族なのかは知らない。育ての親も大戦で亡くした。物心ついた時には戦場で屍から剥いだ剣を振り回して生き延びていた。

 

 この黒髪と赤目が魔族の象徴であり、そんな奴が英雄視されるのは、お国としては気に食わないのだろう。

 

 だから俺は大戦が終わって軍を辞め、国を出て世界中を旅して腰を落ち着けられる場所を探し回った。人族の大陸じゃ生きづらいと感じた俺は魔族の大陸に渡ってみたりもしたが、向こうからしたら俺は裏切り者のような存在だったことを思い出させられた。

 

 結局、俺は人族の大陸にも魔族の大陸にも馴染めず、三年かかって最終的に人族と同盟関係であったエルフ族の大陸に身を寄せることになった。

 エルフ族は良い。美男美女ばかりで目の保養になるし、清らかな魔力が大陸中に満たされて大地の恵みで溢れている。掟さえ遵守していれば良き隣人として接してくれる。

 

 不満があるとすれば、掟に対して絶対遵守で融通が利かないことと、信奉心が高すぎることだ。例え誰かの命が失われるとしても、それが掟に則ったものならば仕方が無いと受け入れる。神の啓示、即ち予言とあらば簡単に命を差し出すような考えも、俺からしたら異常なものだ。

 それ以外を見れば彼らはとても友好な種族であり、俺のような奴にも友人の一人や二人は持つことができた。

 

 エルフ族は人族とは違い国を複数持たず、大陸が一つの国になっている。

 国の名をヴァーレン王国と言い、エルフの王族が住む都と多くの村が存在する。

 

 俺は大戦時代にエルフの王子と友好関係を築いており、その縁で都であるアルフに迎え入れられた。そこで学校の一教師として雇われ、エルフの子供達に外界に対する知識を教えている。主に怪物から身を守る手段や他種族の歴史、時折剣術も教えている。またいつ戦争が始まるか分からないこの時勢には必要なことでもあった。

 

「よーし、今回はここまで。来週の授業までにウォルフの生態系についてレポートを纏めるように。ノート二ページは最低でも書くこと」

『はい先生』

「よろしい。ではまた次の授業で」

 

 教室から出て行く生徒達を見送り、俺は教壇の席に腰を下ろして一息吐く。

 

 もうこの暮らしを始めて二年経つが、未だ子供達の前で教鞭たれることに慣れない。慣れないと言うか、自分にその資格があるのかといつも疑っている。この手は魔族の血で汚れきっている。この身も血を浴びて臭いがこびり付いている。戦争とは言え、多くの命を奪ってきた俺が、子供達の前で何かを教える資格があるのだろうか。

 

 いくら自問自答しても答えは見つからない。この学校の教師や生徒達は俺を快く迎え入れてくれている。結局のところは俺の心次第だ。

 

 首に提げている金の指輪を指で弄りながら耽っていると、教室のドアをノックする音が聞こえた。

 

「ルドガー先生」

 

 視線を向けると、床に着きそうなほど長い金色の髪を持つ女性が立っていた。

 

「アイリーン先生。何か用でも?」

「ええ。これから昼食なのですが、ご一緒にどうかと思いまして」

 

 アイリーン先生はそう言って優しく微笑む。

 こんな美女からの誘いを断るようなら男じゃない。

 

「喜んで」

 

 俺は席から立ち上がり、緩めているネクタイを正して快く誘いを受けた。

 教室から出て俺とアイリーン先生は廊下を並んで歩く。

 

 この学校は嘗てのエルフ王が建てた巨大な城をそのまま学校にしたもので、古き歴史が溢れる内装をしている。石造りの床や壁に美しい装飾の窓ガラス、城が建てられてから飾られている芸術品等々。魔法で老朽化を防ぎ、当時のままの姿をしている。

 

「ルドガー先生、もう此処に来て二年ですが、随分と教師姿が板に付いてきましたね」

「自分じゃあ、未だに教師としての自信が持てないよ」

「そんなことありませんわ。生徒達は皆ルドガー先生を慕っておられますよ。特に、剣術を教わっている子達は」

「俺もまさかエルフに剣術を教える日が来るとは思ってもみなかったよ。独自の剣術があるのに、態々俺から学ばなくても……」

 

 エルフ族には伝統的な剣術や魔法がある。剣の太刀筋や足運びなどはどの種族でも学べるが、種族特有の個性がある。人族なら身を守ることに特化した盾術、魔族なら圧倒的な魔法、獣族なら驚異的な身体能力を活かした俊敏性と怪力。

 

 そしてエルフ族は魔力から相手の動きを読み取って動く読心術に長けている。更にそれを極めたエルフは魔力から運命を読み取り、未来までも予知することができるとか。

 

 俺が教える剣術は基本は人族の物だが盾を使わない。剣だけで攻撃を捌き、猛攻で相手の攻撃を封じる。意外にも、その剣術はエルフ族の剣術と相性が良かった。学校の生徒だけじゃなく、エルフの軍人にも手解きをしている。

 

「ルドガー先生は人魔大戦の英雄。それにフレイ王子の御友人。我がエルフの戦士達が教えを請いたがるのは当然ですわ」

「英雄ねぇ……」

 

 本当に英雄なら、俺は今頃人族の大陸で相応の地位に収まっていた筈だ。

 でも考えてみれば大きな屋敷で偉そうに踏ん反り返るような生活は性に合わない。英雄視されなくて良かったのかもしれない。勇者達が人族の大陸でどんな生活を送っているのかは知らないが。

 

「こう言ってはなんですが、人族には感謝しています。ルドガー先生を手放してくれたおかげで、我々エルフは稀代の英雄を手に入れられたのですから」

 

 アイリーン先生は誰もが魅了される笑みを魅せてそう言った。

 

 エルフ族に迎え入れられてから、こうやってやけに褒め称える言葉を投げ掛けられることが多くなった。悪い気はしないが、そう褒められ続けられると何か企みでもあるのではないかと勘ぐってしまう。

 

 おそらくだが、王子の信用を得ているからこそ、此処まで英雄視されているのだろう。

 エルフ族は掟の次に王家を何よりも大事に考えている。絶対君主、と言えば聞こえは悪いが、それ程まで王家に重きを置いていると言っても過言ではない。

 もし王子と交流を持たなかったら、エルフ族でも半人半魔である俺を受け入れてくれなかったかもしれない。

 

 俺とアイリーン先生は学校の大食堂へとやって来た。

 この学校では教師と生徒も同じ大食堂を使う。テーブルに着くといつの間にか皿が並べられており、瞬きした直後にはいつも昼に食べているチキンとスープとパンが盛り付けられていた。

 

 これはエルフ族の魔法で、別の場所で調理した料理を移動させてきたのだ。今回はアイリーン先生が大食堂に着く前に厨房へ伝えていたらしくすぐに出て来たが、本来であれば席に着いてから備え付けられている伝票に食べたい料理を書く。すると厨房にそれが伝わって魔法で即座に調理して即座に出される。

 

 今まで世界を見て回ってきたが、此処まで高度で摩訶不思議な魔法はエルフ族と魔族しか使えない。魔法、魔力の適応能力はこの二種族が抜きん出ていて、他の種族では魔法の仕組みを理解しても使えないだろう。

 

 人族も魔法は使えるが、他の種族と比べると一番劣っていると言っても良い。その分、知能が高いのか魔法を発動させる道具を生み出して文明を築き上げている。

 

 その魔力を動力源として魔法を発動させる装置のことを『魔導機』と言う。

 風の噂じゃ、最近になって鉄の馬車が走っているとか何とか聞いた。大戦時代でも魔導兵器なる物があったし、戦争が終わって兵器以外のことを考える時間ができたのだろう。この五年で随分と技術が進んだようで何よりだ。

 

 アイリーン先生はキッシュを上品に食べ、俺はチキンをパンに挟んで口に頬張る。

 

「ところで、ルドガー先生。ルドガー先生は半分魔族の血が流れてますけれど、人族とは成長速度は同じなのですか?」

「ん? いやぁ……どうだろうな。今までは同じように年食ってたけど、これから先は人族と比べたら緩やかかもしれないな。人族と同じ速度で年老いるとは思えないし」

「ではもしかしたらエルフ族や魔族のように長寿かもしれないのですね」

「だとは思うけどな。それが何か?」

「いえ……我々としてもルドガー先生と長く生きられるのは喜ばしいことなので」

 

 何だろう、何か含みのある物言いな気がする。

 

 だけどそうか……寿命のことは考えたことがなかったな。人族の寿命は長く生きられても百年程度だが、魔族の寿命はエルフ族並みに長い。半分だけとは言え魔族の血を引いているのだから、少なくとも人族よりは長生きするだろうな。

 

 それに怪我をしても一日や二日で完治するし、身体能力もどっちかと言うと魔族寄りだ。人族と寿命が違うのなら、尚のこと此処に来て良かったかもしれない。時の流れが違う存在の中で生きていくと言うのは何かと辛い。特に、自分が取り残される側であれば。

 

「ルドガー先生は、午後は授業がありませんが、何かご予定でも?」

「ちょっと王子様に呼び出されててな。また釣りにでも連れ回されるんだろうさ」

 

 エルフの王子様は少しだけ変わっている。エルフの王家は城から出たりはしないのだが、王子様だけは度々城を抜け出しては都を練り歩いたり狩りをしたりする。

 最近では俺が教えた釣りに夢中になってしまい、事あるごとに俺を誘うのだ。

 

 おかげで父君である王様に「余計なことを教えおって」と睨まれたものだ。

 

「ふふっ……フレイ王子はルドガー先生と過ごすことが何よりの楽しみですから」

「止してくれ。俺は男よりも女が好きだ」

「それはそれは、安心しましたよ」

 

 それはどう言う意味だろうか。俺が王子様とそう言う関係だと疑っていたとでも言うのだろうか。それともアイリーン先生は俺に気があるとでも言うのだろうか。後者であれば男として嬉しいものだが。

 

 正直言って、アイリーン先生は俺が今まで見てきた美女の中でとびきりの美貌を持つ。長くて美しい金髪に白魚のように美しい肌、ボンッキュッボンッとしたグラマラスボディは同じ女でも性的興奮を誘発させられるだろう。性格も奥ゆかしさの中にもはっきりと強い意志を見せ、人族で言うところの聖母と言っても差し支えないだろう。

 

 彼女が教えているのはエルフ族の魔法だが、持ち合わせている魔法の知識はエルフ族だけに留まらず、世界中の種族にまで手が届く。

 エルフ族の中でも彼女は正に逸材な存在だろう。俺がエルフ族なら迷わずアイリーン先生を口説いていたね。

 

「ルドガーせんせー! 北大陸の妖精について訊きたいことがあるんですけどー!」

「僕は獣族について!」

「あたしはゴースト退治!」

 

 生徒達が本を持って挙って集まってくる。

 勉強熱心で関心だが、もう少しだけ美女との一時を楽しませて欲しいものだ。

 だが子供達の探究心を捨て置くわけにはいかない。教師としての使命を全うするのが今の俺の役目だ。

 

 アイリーン先生と一緒に群がってくる生徒達の相手をしている内に俺の昼休みは終わるのであった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグ2

 

 午後、俺は学校の城から出て都の一番高い場所にある王の城へと赴く。

 

 このアルフの都は広大な大自然の中にある丘の上に築かれており、自然の山と石造りの城壁で囲まれている。その周りには深い森もあれば大草原もあり、どれぐらい深いのか分からない大きな湖もある。建物には基本的に石と木が使われているが、城や神殿は全て石造だ。

 

 この都が築かれたのはもう何千年も昔らしいが、人族が此処までの都を築けるようになったのはほんの数百年ぐらい前だ。これも全て魔法の力によるものと言うのだから、エルフ族の魔法って凄い。

 

 城の門番に軽く挨拶して城門を潜り、城の敷地内を歩く。

 この城の作りは学校の城とそこまで違いは無い。寧ろ学校のほうがデカくて広い気がする。

 

 王子を探しながら中庭の廊下を歩いていると、正面から数人のお供を引き連れた緑色のローブを纏った初老の男エルフが歩いてくるのが見えた。

 

 少しだけくすんだ金色の髪を後ろに長し、蒼く輝く鋭い眼光をしたそのエルフは俺に気が付くと無愛想だった顔がより無愛想なものになる。

 

 俺は廊下の端に寄り、軽くお辞儀をするように腰を折る。

 エルフが俺の前に来ると、そのまま立ち去らず前を向いたまま立ち止まる。

 

「半魔の教師が、此処で何をしておる?」

 

 渋く、そして高貴な声でそう訊いてきた。

 

「王子様に呼び出されましてね。探しているところです」

「無闇矢鱈に城の中を歩かれても困るのだがな」

「これは失礼。王子様が居場所を教えてくれないもので」

「……アレなら城の裏手の湖におる。どこかの教師が釣りなどを教えてからというもの、いつも魚や水魔の臭いを着けて、困り果てたものだ」

 

 俺はグッと口を閉じて目を逸らした。

 

 あのアホ王子、まさかずっと釣りをしてんのかよ。エルフの王子から釣りの王子に職替えでもする気か? 釣りの前はキャンプにはまって何日も森の中で過ごしてこっぴどく叱られたってのに、何も懲りてねぇじゃねぇか。

 

 目の前のエルフは落胆したように溜息を吐き、改めて俺に向き直る。

 

「ルドガーよ、アレはたった一人しかいない我が息子だ。謂わば我がエルフ族の次代の王だ。それに相応しい振る舞いをしてもらわなければならん。王子がいつまでも遊び呆けては示しがつかんのだ。これ以上息子を堕落の道に誘おうと言うのなら、我が手でお主を息子の遊び道具に変えてやっても良いのだぞ?」

 

 キレていた。このエルフの王は完全にキレていた。目が冗談を言っている目じゃなかった。頷いていなければ俺の骨を釣り竿にして血管を釣り糸に変えて肉を餌にされるところだった。毛は浮きにでもなってたかもしれない。

 

 エルフの王は「フンッ」と鼻を鳴らして立ち去っていった。

 

 俺は王様に嫌われている。嫌ってるまではいかないかもしれないが、少なくとも気に食わない奴だと思われている。何せ、王子様の遊び癖を酷くしてしまったのは俺なのだから。

 

 所謂、悪い友達って奴だ。元々が城の中でじっとしていられるような性格じゃなかった王子様が、人族の娯楽を知って歯止めが利かなくなったのだろう。

 見た目はもの凄くハンサムだし、肉体も鍛え上げられているからまるで生きた美術品のようなエルフだ。王子だと言うのに物腰も丁寧で気さくな上にノリも良いとくる。人族の中に放り込めば、いったい何人の女が落ちるか分かったもんじゃない。

 

 実際、エルフ族の女達も城を抜け出して街を練り歩く王子様にメロメロだ。

 王子様が女遊びに興味を持たなかったのが唯一の救いだろう。

 

 城を裏口から出て、丘の下にある湖に繋がっている階段を下りていく。その先の桟橋で釣り糸を垂らしている金髪ロングの男エルフが、我らが王子様だ。

 

「王子」

「ああ、ルドガー。やっと来たか」

 

 王子はこっちを見て爽やかに笑う。

 

「王子、頼むから遊びは程々にしてくれって言ったろ。おかげでまた王様にネチネチと小言を貰っちまっただろ」

「そう言うなよ。私にこんな遊びを教えたお前が悪い。お前もやるか?」

 

 元々誘うつもりだったのだろう。釣り竿がもう一本置かれていた。

 いつもなら誘いに乗って付き合うが、今回はそうもいかないだろう。

 

「いや、いい。それより、話があるんだろう? でなきゃ、『城に来てくれ』なんてメモを飛ばしてこない」

 

 釣りに誘うなら素直に最初から釣りをしようと誘ってくるのが王子だ。その王子が用件を伏せてただ来てくれなんて、別の何かがあると言っているようなものだ。

 王子は釣り糸を垂らしながら頷いて本題に入った。

 

「知っての通り、魔族は魔王を失ったことで衰退して、以前のように戦争を仕掛けることができなくなってしまった。そのお陰で魔族が人族を始め、他の種族と停戦協定を結んで戦争を終わらせることができた。魔族にも穏健派というものが生まれたのは知ってるか?」

「いや、それは知らなかったな。俺が知る魔族は――いや、一人だけいたな。もう死んだが」

「大戦で魔族は主だった一族を殆ど失った。辛うじて種を保っていられるのはその穏健派が台頭して纏め上げているからだ。停戦協定も穏健派が提示したからこそだ」

「互いに痛み分けだったからな。人族も多くの国を失った。勇者達がいたとしても、あれ以上続ければ泥沼の戦いが続いていただけだ。人族が停戦を飲んだのも、勇者達がそれを認めさせたようなものだし」

 

 魔王を倒した後、人族の王達は魔族を殲滅しようと戦い続けさせようとしていた。

 

 だが人族も甚大な損害を被っていた。

 そもそもが大きな負け戦状態からの立て直しである。人族の大陸領土の半分以上が魔族に占領させれていた。幾つかの大国も滅び、多くの人族は殺されるか奴隷として囚われていた。

 

 勇者達が現れ、そこから何とか小さな損害を出しつつも無敗で形勢を逆転させていったのだが、最後の戦いの時点で人族の総力戦を仕掛け、既に全戦力は消耗しきっていた。それ以上戦いを続けて縦しんば魔族を滅ぼすことができたとして、人族も更に少なくない損害を受けることになる。

 そうなれば人族が国を、大陸を、生活を立て直す為の力を残しておけなくなる。

 

 それを危惧した勇者達が王達を諫め、停戦を受け入れたのだ。

 だから厳密に言えば、人族と魔族の戦争は水面下で続いている。人族や魔族だけではない、エルフ族も獣族も他の種族も、いつか再び起きるであろう戦争の準備を視野に入れている。

 

 穏健派というのは、その戦争を回避する為に尽力している者達のことを総じてそう呼ぶ。

 

「人族はいずれ魔族を滅ぼそうと戦争を仕掛けるだろう。事実、エルフ族に軍備増強の支援を申し立ててきた。ま、今はまだことを起こそうとは考えていないみたいだが」

「勇者達はどうした? アイツらが戦争を望んでいるとは思えないが……?」

「勇者達は人族の英雄だ。魔族を滅ぼす人族の英雄が、民衆から望まれたら断る訳にもいくまい。本当に民衆が望んでいるかどうかは別としてな」

「民衆は望んでないだろうな。望んでいるのは王達だろう。今の勇者達は王と民の間で板挟みになってるのかもな」

 

 嘗ての勇者達の姿を思い出す。本当に勇ましく、正しくあろうと常に前を向いていた。どんな絶望的状況でも決して諦めず、泥だらけになろうと傷だらけになろうと勝利を掴んできた。

 

 一緒に戦っていた頃が懐かしいかと問われれば懐かしいが、色々とあって今は会いたくはない。

 最後にアイツらの顔を見た時は俺が軍を辞めて国から出て行く時だった。俺を引き止めようとしてくれたが、俺は自分が出て行けば丸く収まると言って何もさせなかった。

 

 雷の勇者なんか、俺が全部諦めて出て行くと言った時にはバカって言って一発ビンタされた。

 ああ、でも光の勇者だけは何も言わなかったな。ただ出て行く俺を冷めた目で見ていた。

 アイツと俺は反りが合わないというか、いつも喧嘩ばかりしていたっけか。

 

「エルフ族は魔族との戦いよりも大戦で失った繁栄を取り戻すことが最優先だと、軍備に関しては丁重にお断りさせてもらったよ」

「懸命な判断だ」

「だがそれにはもう一つ別の理由があってね」

「別の?」

 

 魚が水から飛び跳ねた。

 

「昨日、魔族から使者が来た」

「……宣戦布告、じゃあないよな。穏健派か?」

「そうだ。魔族は魔族でかなり面倒な事態が起きている。その前に、『聖女』については知っているか?」

 

 聖女、これまた久しく聞いてない単語が出たな。

 

 読んで字の如く『聖なる女性』と言う意味の存在は、いずれかの種族に現れる神の使いだ。今まで確認されてきた聖女達は、その種の窮地を救う力を持っていた。

 

 例えば、疫病が蔓延していた時代では病を治癒する力を備えた聖女が。

 例えば、作物が実らず飢餓に瀕していた時代では豊穣の力を備えた聖女が。

 例えば、大地が干上がって乾いた時代では雨乞いの力を備えた聖女が。

 

 言うなれば、種が滅びに瀕した時に現れる女の勇者みたいなものだ。

 

 七人の勇者の中には女も二人いるが、彼女達は聖女ではない。

 聖女はその証として身体の何処かに赤い翼のような形の刻印が現れる。

 二人にその刻印は無かった。実際に俺がこの目で見たわけじゃないが。

 

「その種の滅びを防ぐ為に現れる女、ってことしか知らない」

「それで良い。実は聖女が現代に現れた」

「現れたって……おい、まさか……」

「ああ――今代の聖女は魔族だ。それもかなり厄介な立場のな」

 

 王子は端麗な顔を曇らせた。

 

「魔族に聖女が現れたことで、それは魔族を滅びから救い出す神の啓示となってしまった。それを人族の王達が知ればどうなると思う?」

「当然、面白くはないだろうな。最悪、聖女を殺しにかかるかもしれない」

「それだけじゃない。穏健派以外の魔族は、聖女を御旗にして戦争を仕掛けるだろう。魔族が滅びに直面しているとすれば、それは魔王が不在で繁栄する力を失っているからだ。魔族は魔王がいなければ力が衰退していく存在だからな」

 

 魔族は魔王がいて初めて本来の力を発揮できる。謂わば、魔王が力の動力源なのだ。

 

 魔王となった瞬間から心臓を捧げ、全ての魔族に力を齎す。心臓を失ってしまえば力は大きく削がれてしまい、繁栄力も極めて小さくなってしまう。

 

 だからこそ魔族は種が滅びる前に停戦を申し出たのだ。王達は魔族を滅ぼしたいが為に戦いを望んだが、このまま放っておけばいずれ魔族は滅ぶ。それまでに人の王は何代も入れ替わるが。

 

「穏健派は聖女が魔王の座に就かされることを避けようとしている。いずれは魔王を決めるつもりのようだが、それは他種族と共存の道を示して遂行できた後の話だそうだ」

「それは助かる」

「だからこそ、余計な刺激を与えない為、人族の軍備増強には手を貸さない。我らエルフ族も戦いを避けられるのならば、避けたいからな」

「ご立派だ」

「そこで使者の話に戻すが、我らエルフ族に助けを求めてきた」

「まさか生きている内に魔族が他種族に助けを求めるなんて、聞けるとは思わなかったよ」

 

 俺が知る魔族は排他主義で魔族以外は下等種族だと蔑んでばかりで、交流すら持とうとしなかった。

 だからこそ本当に驚いている。穏健派ができたとこともそうだが、他種族に助けを請うような姿勢を取れるようになったことは、世界的に見てもとても大きな変化だろう。

 

 だがその話がいったい俺に何の関係があるのだろうか。ただ耳に入れておきたいだけって様子じゃなさそうだが。

 

「幸いにして、聖女の存在は穏健派以外の魔族には知られていない。だから聖女を我が国に亡命させてほしいと言ってきたのだ」

「……引き受けたのか?」

 

 思わず声が上擦って引き攣ってしまった。

 

 魔族の聖女を匿うと言うことは、エルフ族にとって爆弾を抱えると同意義だ。

 人族に知られれば人族との同盟も危ぶまれ、魔族に知られれば奪い去ろうとエルフ族に牙を向けるだろう。

 二つの種族だけじゃない。獣族に水族や天族、魔族を敵視する種族からもイイ顔はされないだろう。

 そんなモノを、エルフ族が引き受ける筈なんてない。

 

 そう思いたい。

 だが現実は無情だった。

 

「協議の末、引き受けることになったよ。エルフ族は聖女を神聖視している。例え魔族だろうが火種だろうが、守るべき存在だとしている。俺もその掟には逆らうつもりはない」

 

 バチンッ、と俺は頭を抱える。

 

 そうだった、エルフ族は掟が第一で全てだ。思考の放棄に近い遵守さを忘れていた。

 掟に従った末に戦火に巻き込まれても、それを受け入れるのがエルフ族だ。

 人族と同盟を結んだのも、同じく勇者を神聖視しているからこそだ。神様が使わした英雄側に付くのが正しいと、掟に従ったまでだ。

 

「後悔することにならないと良いがな……」

「他人事みたいに言わないでくれよ。お前にも関係あることだ。と言うか、お前が一番関係してる」

「あァ? いったい何の話だ?」

 

 王子は釣り竿を置いて、いたって真面目な顔を向けた。

 

 彼からこれ以上話を聞くなと、唐突に本能が訴えかけてきた。

 これ以上聞けば、お前は一生苦しむことになるぞ、と。

 だが俺が聞いた。聞かなければならないと思ったからだ。

 

 王子はゆっくりと口を開く。

 

「魔族の聖女はな……先代魔王の娘なんだよ。つまり、彼女にとってお前は仇なんだ」

 

 俺は目の前が真っ暗になる感覚を味わった。平衡感覚を失い、吐き気も催してきた。

 逃げ続けてきた過去が、俺を追いかけてきた――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 行方知らずの王子

 

 

 魔王は討たれるその時まで、最期の時まで魔王で在り続けた。

 

 魔王の心臓に剣を突き刺したのは俺だ。

 俺がこの手で止めを刺した。魔王の返り血を浴びた俺の腕の中で魔王は死んだ。

 

 アイツは最期、俺に何かを言った。思い出そうとしても何を言われたのか、靄が掛かったように思い出せない。

 

 だが何かを言われたのは確かだ。思い出せないのか、それとも思い出したくないのか。

 思い出そうとして気分が落ち込むということは、思い出したくないのだろう。

 

 フレイ王子から聖女について聞かされた日から既に一週間が経っている。

 

 今日、魔族の聖女がこのアルフの都にやって来る。今頃王子が迎えに行っているだろう。

 

 俺は教壇に座り、生徒達が静かに悪戯精霊の対処法をノートに書き留めているのを呆然と眺める。

 

 もし、魔王の娘が俺のことを知ったら復讐しに来るだろうか。父を殺した男が、子供達に教鞭たれていると知れば何と思うだろうか。滑稽に思うか、それとも侮蔑するのか、いずれにせよ良い思いはしないだろう。

 

 復讐によって殺されるのならまだ良い。だが子供達が復讐に巻き込まれでもしたら?

 それだけは絶対に駄目だ。この子達は関係無い。

 もしそうなった時、俺はどうすれば良い――。

 

「先生? ルドガー先生?」

「――ん? ああ、何だ?」

 

 一人の男の子の生徒が俺の前に立っていた。

 俺はすぐに笑顔を繕った。

 

「レポートを纏め終わりました」

「ああ、もう終わったのか。よろしい、言った通り提出できた者から自由にしていい」

「……先生、怖い顔してましたよ? 何かあったんですか?」

 

 ハッと手で頬を触る。どうやら随分と思い詰めていたらしい。

 

 もう一度笑みを浮かべ、何でもないよと告げる。

 

 生徒に心配されるような教師じゃ、俺もまだまだだな。

 英雄だ先生だ何だの言われても、所詮二十数年しか生きてない若輩者。多少知識と経験が豊富なだけで、まだまだ精神が未熟なようだ。

 

 過去から逃げようとしているただの臆病者――のままでいるわけにはいかないな。

 

 そんなことを考えながら時間を過ごしていると、教室のドアが開かれた。

 顔を其方に向けると、そこにいたのはエルフ族の若い戦士だった。

 

「し、失礼。ルドガー様、至急城へいらしてください。王がお呼びです」

「何? 王が俺を?」

 

 どう言うことだろうか。王が俺を城に呼ぶなど初めてだ。

 それに戦士の様子も変だ。妙に焦っているというか、まるで襲撃があったかのような危機感を抱いている感じだ。

 

 そこまで考え、ふと魔王の娘のことが頭に浮かんだ。

 

 もしや、その件で何か起きたのか?

 

 俺は生徒の一人にレポートを回収しておくようにとだけ伝え、戦士の後について城へと向かう。

 

「何があった?」

「あまり大きな声では言えませんが……フレイ王子から救援要請が届きました」

 

 どうやら俺の勘は当たってしまったようだ。

 

 大急ぎで城に駆け込み、王と重鎮達が集まっている会議室に入った。

 長テーブルに座って話し合っている王達の様子から、かなりマズい状況だというのが見て取れる。

 

「ヴァルドール王」

「ルドガーか、早かったな」

「王子の一大事と聞いて」

「ウム……フレイが近衛隊を率いて聖女を迎えに行ったのは知っているな?」

「はい」

「都の北の森で魔族の穏健派と落ち合い、聖女を引き取る予定だった。だがどうやらそこで思わぬ襲撃があったらしい」

「と、言うと?」

「魔族の襲撃だ。フレイが精霊を使わせて知らせてくれたが、聖女と共に消息を絶ってしまった」

 

 魔族に襲われた? まさか、聖女の話は嘘で王子を森へ誘い出すのが狙いだった?

 いや、そんなことをする理由もなければ、狙ったとしても穴だらけの策だ。

 だが魔族に襲われたのは本当なのだろう。だとすれば襲撃者の狙いは聖女か。

 

「強硬派によるものですか?」

「私はそう睨んでいる。聖女の話自体が嘘という可能性もあるが、少なくともフレイが巻き込まれている。相手が何者にせよフレイを見つけ出して救出せねば」

「……俺に王子の捜索をしろと?」

「そうだ。付け加えるならば、聖女の話が本当ならば表沙汰にはできない。大々的な人員を動かすわけにもいかん。お前一人で向かってくれ」

 

 王の言葉に俺は顔を顰める。一人で戦う分には問題は無い。その方が戦い慣れているし、周りを気にしないで戦いに集中できる。

 

 だが捜索となれば話は別だ。北の森と言ってもかなり広い。それに彼処は霧がよく出る。一人では王子を探し出せる可能性が低い。せめてもう数人は捜索に回して欲しいところだ。

 

「了解しました。しかし精霊での捜索は続けて下さい。流石にあの広さを一人では探し回れません」

「無論だ。見つけ次第、精霊で伝える。時間が惜しい、すぐに発ってくれ」

 

 俺は一礼し、会議室から出た。

 

 大急ぎで学校の宿舎に戻り、準備に取り掛かる。

 

 埃を被った大箱から昔懐かしい装備品を取り出し、装着していく。

 鎖帷子に胸から腹をガードするプレート、獰猛な獣の意匠をしたガントレットとレギンス、そして裏地が赤い黒のボロボロなマントを纏う。これらは特殊な魔力でコーティングされており、マントでさえ刃を通さない防御力を誇る。

 

 うん、この数年で体型が変わっていなくて良かった。いや待て、少し腹回りがキツいかも。

 

 装備の具合を確かめた後、俺は部屋の壁に飾られている大剣を見る。

 

 剣身は黒く、幅は通常の剣よりも一回り太く、長さは剣先から柄頭までで160センチはある。鍔の部分はドラゴンの頭を模しており、剣身が口から伸びているようになっている。

 

 凡そ人族が両手で振り回しても剣に振り回されるような重さの大剣を、俺は片手で軽々と持ち上げる。

 

「またお前を使う日が来るとはな……頼むぜ、ナハト」

 

 愛剣ナハトを指で弾き、背負うようにして後ろに回す

 この剣は俺の意志と魔力に反応するようになっており、鞘が無くとも背中にくっ付けて持ち運びができる。

 

 装備を整えて宿舎から出ると、白い馬と一緒にアイリーン先生が待っていた。

 どうやら俺が出ることを聞き付け、見送りに来てくれたらしい。

 

 アイリーン先生は俺に気が付くと近寄ってきて緑色の宝石を差し出してきた。

 

「これには私の魔法が込められています。ルドガー先生を邪なモノから守るようにと。その御守りよりは効果が無いかもしれませんが……」

 

 アイリーン先生は俺の首元を見つめる。そこにはもうずっとぶら下げている金の指輪がある。

 

「いや、これは単なるアクセサリーだ。ありがとう、アイリーン先生」

 

 宝石を受け取り、首から提げた。それだけで心が清められていくような感覚を味わう。

 アイリーン先生の魔法はエルフ族随一だ。きっとこの先で苦難があっても守ってくれるだろうと確信する。

 

「それじゃ、行ってくる。生徒達に宜しく」

「はい。貴方に七神の加護があらんことを……」

 

 俺は馬に跨がり、都の北側へと向かう。

 北側の門では戦士達が待機しており、胸の前に右腕を出して敬礼を送ってくる。

 戦士達の見送りを受け、北の森へと馬を走らせた。

 

 

 

 

 この北の森には様々な魔法生物が棲んでいる。通常の野生生物もいるにはいるが、殆どが魔法生物の獲物として狩られているだろう。

 

 魔法生物とは読んで字の如く、魔法を使う、もしくは魔力を持つ生物のことを指す。凶暴なものから温和しいものまでいる。北の森に棲息する魔法生物の大半は温和しいものだが、凶暴なものも少なからずいる。

 

 そんな森を魔族との合流地点に指定したのは、人目に付かないこともそうだが、魔族の大陸が北側にあるから自然とこの森になったのだ。

 

 魔族の大陸が北にあり、人族の大陸が東に、獣族の大陸が南に、そしてエルフの大陸が西側にある。それぞれ海を隔てて存在しているが、嘗ては一つの大陸だったとか。

 伝説では神々の戦いで大地が割れたとか、天変地異によって変動したのだとか色々説はあるが、どれも確証に至る証拠は無い。

 

 兎も角、北に住む魔族と合流するなら必然的に北側になる。

 

 森はかなり深く、今は霧が出ていないがそれでも薄暗くて視界が悪い。事前に聞かされた合流地点はまだ先なのだが、合流地点に近付くにつれて久しく感じていなかった魔力が大きくなっていくのが分かる。

 

 馬もそれを感じ取っているのだろう、最初軽快だった足取りが次第に重くなり始め、言う事を聞かなくなってきた。

 

「お前も感じるのか?」

 

 撫でて安心させてもこれ以上馬を奥に進めてやれないと判断し、俺は馬を下りて鞄を担ぎ、来た道へ馬を帰してやった。あれは賢い馬だ。自分で都へと帰れるだろう。

 

 俺は鞄の中から小瓶を取り出し、中に入っている黒い石を手に乗せる。軽く握り締めて魔力を体内で練り上げる。

 

「精霊よ来たれ――」

 

 そう唱え、石に魔力を込めた息を吹きかける。そして石を放り投げると、石は砂粒へと変わり、砂粒は翼が生えた小人の形を取る。

 

「王に伝えろ。森に魔族が潜んでいる。すぐに北門の守りを固めて万が一の時に備えよ、と」

 

 俺が造り出した精霊に伝言を頼み、精霊は都へと飛んでいった。

 

 さっきからヒシヒシと伝わってくるこの魔力には覚えがある。戦争の相手だった魔族のそれと同じだ。攻撃的で、心の底から凍えさせるような冷徹な魔力。

 

 王子が心配だ。王子も大戦で生き延びた実力者だからそう簡単にはやられないとは思うが、どんな強者でも死ぬ時は一瞬だ。せめて生きているかだけでも知りたいものだ。

 

 五年ぶりに味わう緊張感を噛み締めながら、俺は森の奥へと進んでいく。空は木で覆われて太陽の光が差し込まない。薄暗い森の中を、湿っている地面に足を取られないよう気を付けながら進む。

 

「……妙だな? 静かだ。静か過ぎる」

 

 小鳥の囀りも、風が葉を揺らす音も聞こえない。

 そう言えば、薄らと霧も出て来ている。

 

 背中の剣に手を伸ばし、すぐに抜剣できるように警戒する。

 

「……チッ!」

 

 俺は剣を抜くよりも先に全力で走った。風よりも素早く、木々の間を駆け抜け、後ろから追いかけてくる存在から逃げる。背後をチラリと一瞥すると、五匹のウォルフが追ってくるのが見えた。

 

 ウォルフは言ってしまえば魔力を持った狼だ。尾の数が二本以上あるのが特徴で、群れで狩りを行う。ウォルフの咆哮には仲間への意思の伝達だけでなく、獲物を撹乱させる力がある。咆哮を受ける前に先手を打たなければ厄介な怪物だ。

 

 だがおかしな点がある。北の森にウォルフは棲んでいない筈だ。ウォルフは北か東の大陸に棲息する魔法生物だ。それが此処にいるということは何者かが此処へ連れて来たということだ。

 

 ならば誰が連れてきた? この場に置いてそれは魔族しか考えられない。

 

「くそっ! 追い付かれる!」

 

 ウォルフと戦うことにはもう慣れている。だが正確な数が分からない。魔力の気配からして見えている五匹だけじゃない。ウォルフ以外の何かがどこかに姿を隠して追いかけてきている。

 

 ウォルフは黒い影になり素早く地を這って背後を追ってくる。

 

 仕方ない、このままじゃ追い付かれる。素早く見えている五匹を倒すしかない。

 

 逃げるのを止めて急停止し、背中の剣を抜いた。

 

「行くぞ、ナハト。五年ぶりの獲物だ!」

 

 俺の言葉に呼応するように、ナハトの黒い剣身が輝く。

 

 ウォルフの動きは素早い。だが襲い掛かってくる時は必ず真っ直ぐ飛び込んでくる。素早さを過信しているが故の単調な攻撃。

 

 先ずは最初に飛び掛かってきた一匹を正面から両断する。続いて二匹目の攻撃を横に動いてかわし、擦れ違い様に剣で斬り裂く。

 

 これで残るは三匹になったが、二匹やられたことで慎重になったのか飛び掛かるのを止め、俺を囲むように三方向に分かれる。

 

 来る、咆哮だ。

 

『ウォォォォォンッ!』

 

 三匹は同時に魔力を込めた咆哮を繰り出す。

 

 この咆哮を喰らえば、視界は揺れて平衡感覚を失い、最悪聴覚を破壊されてしまう。

 

 だが、最初からその咆哮を遮断しておけば何も問題は無い。

 魔法で聴覚を一時的に無くすことでこれは防げる。だがデメリットとして魔法が切れるまで無音状態で戦わなければならない。それにきちんと魔法を会得しておかなければ、一生聴覚を失ったままになる。

 

 しかしウォルフを相手にするには一番簡単で効果的な戦法だ。後は己の戦闘経験値次第だ。

 

 一匹にナハトを投げ付け串刺しに、もう一匹には腰に差していたナイフを魔力で強化して投げ付け、眉間を射貫いた。

 

 残る一匹が背後から飛び掛かってくるのを気配で察知し、屈むことで避ける。右手をナハトに向けて手元に呼び戻し、反転して飛び掛かってくるウォルフの頭に叩き込んだ。

 

 これで確認できていた五匹を倒せたが、まだ姿を見せていない相手がいる。

 五匹のウォルフを速攻で片付けたのが効いたのか、警戒して姿を見せないようだ。

 

 やがてその気配は小さくなっていき、完全に消えていった。

 

「……退いた、か」

 

 剣を血振るいし、背中に戻す。地面に置いた鞄を拾い、ウォルフの死骸からナイフを抜き取ってホルスターにしまう。

 

 実戦は本当に五年ぶりだ。少々動きに鈍りを感じるが、何度か繰り返せば現役時代と同じように動けるだろう。そんな時が来ないのを祈るばかりだが。

 

 だが状況は些か拙いかもしれない。このウォルフは明らかに訓練された怪物だ。野良のウォルフより統率が取れている。怪物を飼い慣らすことができる種族は魔族しかいない。狙いが王子なのか聖女なのか不明だが、早く見つけ出さなければ厄介だ。

 

 それに訓練されたウォルフがまだ森にいたということは、襲撃者の目的はまだ果たせていないのかもしれない。訓練されたウォルフは獲物を見付けるのに最適な怪物だ。此処にいたと言うのなら、王子は何処かに身を潜めているのかも。

 

「考えろ俺。もし王子が襲撃者から身を隠すなら何処だ? 北の森……北の森……」

 

 鼻が利くウォルフでも見つからない隠れ場所。人の目から隠れられる場所。

 

 王子が北の森に入ったことは……ある。あるじゃないか。

 

 確かあれは――。

 

 王子が身を隠している可能性がある場所に心当たりがあった。

 鞄から小袋を取り出し、その袋から黒い砂を掴み取る。

 

「我、その身を隠す者なり――ハイド」

 

 呪文を唱え、黒い砂を周囲に散蒔く。すると砂は辺りを霧のようになって広がっていき、俺の臭いと魔力を一時的に隠した。追跡の可能性を潰す為だ。黒い砂はハイドの効力を高める特殊な砂である。

 

 魔法が切れる前に急いで移動し、王子が隠れているかもしれない場所へと走った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 森からの脱出

 

 この森には以前、王子と二人でキャンプをした場所がある。王子が誰にも見つからない場所を見付けたと息巻き、俺を強引に連れて行った秘密の場所だ。

 

 森を西に向かって移動した先に、大樹が集まった場所がある。その大樹の根が迷路のように広がっており、一種の迷宮を生み出している。何の目印も無く入ってしまえば瞬く間に道を見失い、空でも飛ばない限り抜け出せなくなるだろう。

 

 俺も王子も空を飛ぶ魔法は使えない。飛行魔法を掛けた物に乗って空を飛ぶことはできるが、生身だと翼を持つ天族か魔族しか飛べない。

 

 だから王子は目印として行く先々に許した者にしか見えない魔法の文字を根に刻んでいる。

 俺はその許された者であり、目印を辿って根の迷宮を進むことができる。

 

 この樹海は北の森の中でも特に暗く、灯りが無ければ殆ど見えない。それに大樹から発する特殊な臭いは嗅覚の鋭い生物の鼻を効かなくする。隠れるには此処しか無い。

 

 明かりを灯すわけにもいかず真っ暗な状態で進むが、半魔である俺は夜目が利く。どんなに暗い場所でも魔族の目は完璧に見通すことができる。

 この目のお陰で夜間の任務に引っ張りだこだったのは良い思い出だ。お陰でまともに眠れる時間が無く、危うく戦場のど真ん中で居眠りしてしまうところだった。

 

 いや、居眠りしてたわ。ははっ。

 

 何度も迷路を曲がりくねり、目的の場所へと辿り着く。

 此処は一つの大樹の根元で、丁度良い洞穴の形になっている場所だ。此処で王子と一週間ほどキャンプしていた。

 

「……」

 

 魔族の気配は感じられないが、念の為に剣を抜いた状態で洞穴に近付く。

 そっと入り口まで近寄り、幕のように垂れ下がっている葉をバッと開いた。

 直後、銀色に煌めく刃が眼前に迫り、それを左手で掴んで止める。

 

「フレイ!」

「――っ!? ルドガーか!? 驚かさないでくれ!」

 

 突き出されたナイフを握っていたのはフレイ王子だった。

 見た感じ、多少汚れてはいるが怪我はしていないようだ。

 

「やっぱり此処にいたか。無事で何よりだ」

「ああ。奴らの目から逃れるには此処しか思い付かなかった」

「……他の者は?」

 

 王子の他に近衛隊がいたはずだが、洞穴の中にはフードを被った一人以外誰も居ない。

 王子は首を横に振って顔を曇らせる。

 

「皆、やられてしまった……」

「……取り敢えず入るぞ」

 

 俺は洞穴に入り、幕を下ろした。

 剣を背中に戻し、右手に魔力を集めて火を掌の上に灯す。洞穴の中を火の明かりが照らし、二人から俺の姿がはっきり見えるようになる。

 

 王子は俺の格好を見て、口笛を吹く。

 

「その格好、久しぶりに見たな」

「ちょっと腹回りがキツい。太っちまったかな?」

 

 洞穴の中にはキャンプ道具を置きっぱなしにしていた。俺が近くに来るまで薪に火を灯していたのだろう、消したばかりで煙が立ち上っている薪に火を魔法で移す。ついでに洞穴の壁に垂らしてある複数のランプにも火を移し、より明るく洞穴を照らす。

 

 夜目が利くと言っても色までは鮮明に見えるわけではない。明るくなったことでフードを被っている人の銀色の髪と白い肌が見えた。

 

「……それで? 説明してもらおうか?」

 

 王子は木を椅子代わりにして座り、何があったのかを説明する。

 

「いきなりだった。穏健派と合流して聖女を引き受けた直後、魔族に襲撃された」

「穏健派とは別か?」

「ああ。穏健派諸共私達を攻撃してきた。不意打ちの急襲で、瞬く間に戦士達がやられた。穏健派達が決死の覚悟で私と聖女を守り、私は聖女を連れて此処に逃げた。精霊で居場所を伝えようと思ったが、見つかると思って何もしなかった。もしかしたらお前なら此処に辿り着くんじゃないかと思ってね」

「何とか辿り着けたよ。それで……」

 

 俺はフードの人に目をやった。

 話の通りであれば、この人が、いや彼女が聖女、なのだろう。

 

 正直言おう。俺は此処にいるのが王子だけであってほしいと、心の何処かで願っていた。

 もし聖女が一緒にいれば、否応なしに顔を合わせ言葉を交わすことになる。

 

 その時、もし聖女が俺のことを知れば……。

 俺が魔王を殺した張本人だと分かり、憎しみに染まった目で見られたら。

 

 俺はそれが怖かった。戦争中は殺して殺され続けてきた。だから恨み辛みの感覚は麻痺していた。戦いの最中、同胞の、家族の仇と言われて勝負を挑まれたこともあった。その時は何も感じなかった。

 ただの敵として、剣を振るって命を終わらせた。

 

 だが、彼女は――魔王の娘だけは別だ。彼女から憎しみをぶつけられる覚悟を、俺は持てていない。

 

 何故なら俺にとって魔王はただの敵じゃなかった。俺の人生に大きな影響を与えた人物だ。

 

 だからその娘も、俺にとっては他の魔族とは違う特別な存在だ。

 その存在から憎まれるのが怖い。

 

「そうだ。彼女が魔族の聖女――名を……そう言えば、まだ聞いていなかったな」

 

 王子は俺のそんな気持ちを知らず、気さくに名を尋ねた。

 

 聖女は両腕を動かし、被っているフードを下ろした。

 

 俺の黒髪と同じく魔族の象徴である美しく長い銀髪に、雪のように白い肌。目は俺と同じで赤く、冷たさを感じさせる目付きをしている。

 氷の美姫ようだ、そんな言葉が思い浮かぶほど彼女は美しかった。思わず心を奪われ、氷付けにされてしまうかと思うほど。

 

 彼女は透き通った声で、名を名乗る。

 

「ララ……ララ・エルモール」

 

 ――私には娘がいる。とても可愛らしい子だ。

 

 脳裏に嘗て聞いたことがある台詞が蘇る。

 すぐに消え去ったが、俺は気が動転しかけているのに気が付く。悟られないように平静さを装い、此方も名を告げる。

 

「ルドガーだ。早速で悪いが、襲撃してきた魔族に心当たりは?」

「大方、私を魔王として担ぎ上げたい一派だろう。私なら魔王になれると踏んで、他種族に戦争を仕掛けたいらしい」

 

 狙われている立場だというのに、この子はあっけからんと考察を述べた。肝が据わっているのか、それとも大した問題ではないと考えているのだろうか。

 

 俺と王子は顔を見合わせ、肩をすくめてみせる。

 

「聖女とばれてるのか?」

「さぁな。聖女だろうとそうでなかろうと、先代魔王の子なら血の力だけで魔王になれる素質があるからな。だが爺やとその周りの者は口が固い。聖女だと漏らしたとは思えない」

「……だが今回の一件で魔王の娘をエルフ族の大陸に移すことがバレた。その理由を調べ上げようとする筈だ。お前が聖女だと知っている魔族は向こうの大陸に残っているのか?」

「……いるには、いる。けど……」

 

 ララは膝を抱え、憂いた表情を浮かべる。

 

「……皆、私を守る為に口を閉じる。永遠にな……」

 

 それは、何とも言い難い決意の表れだった。

 

 魔族の穏健派は、俺が思っている以上に戦争を望まない覚悟と決意を持っているらしい。

 命を断ってまでこの子の秘密を守り抜き、魔族が戦争を起こすのを防ごうとするのは、他の種族でも簡単にはできない。

 

 そしてその思想は、『あの人』にそっくりだ。あの人の魂を、穏健派はしっかりと受け継いでいたのだと、俺は込み上がってくるこの想いを噛み締める。

 

 ならば、俺が今すべきなのは王子とこの子を全力で守り抜くことだ。

 先ずはこの森を無事に抜け出し、都へと連れ帰らなければ。

 

「王子、敵はまだ森に潜みこの子を探している。精霊で応援を呼んでくれ」

「だが居場所がバレてしまう」

「ずっと此処に隠れる訳にはいかない。少し危険だが、強引に突破する」

「……できるのか?」

 

 俺は頷いた。そしてララの前で膝を着き、左手を差し出す。

 

「この手を絶対に離すな。俺がお前を必ず守る」

「……」

 

 ララは俺の目を見つめた後、怖ず怖ずといった感じで俺の手を握り締めた。

 ララの手をしっかりと掴み、立ち上がらせて王子に目配せする。

 王子は頷き、洞穴から出て腰から魔法樹から作ったエルフの杖を取り出した。

 

「精霊よ来たれ――」

 

 杖を優雅に振るうと、杖から金色の精霊が現れて空へと飛んでいく。

 

 俺は魔力が込められた触媒を使わないと精霊を呼び出せないが、エルフなら己の魔力と願いだけで呼び出せる。

 

 精霊を空に放ったことで、森一帯を監視しているであろう敵に位置がバレただろう。

 その証拠に、敵意を持った魔力が近付いてくるのが分かる。

 

 王子に置かれていた弓矢を投げ渡し、明かり代わりの光の球を宙に浮かせて背中の剣を抜いた。

 

「頼むぞ英雄」

「任せろ」

「英雄……?」

 

 ララの手をしっかりと握る。

 

「走れ!」

 

 俺達は都の方角へと迷宮を走り出す。迷宮内なら敵の襲撃があったとしても相手の位置を搾れる。狭い通路の中じゃ、正面か後ろからしか俺達を襲えない。頭上は大樹の根で防げる。

 

 どんどん敵の魔力が近付いてくるのが分かる。先に戦ったウォルフじゃない、何か別の怪物だ。

 

「ルドガー!」

 

 前を走る王子が叫んだ。

 正面から六本足に鎌の腕を持った怪物が走ってくるのが見える。

 

「何だありゃ!?」

「キメラだ! 自然界の怪物じゃない!」

 

 ララが怪物を指してそう言った。どうりで知らない怪物な訳だ。

 怪物を人工的に作る手法は魔族の専売特許だったな。

 

「王子! 風だ! 風の魔法で奴らを吹き飛ばせ! 一々殺してる暇は無い!」

「それもそうだ!」

 

 王子は走りながら弓を構え、正面から迫り来る怪物へと狙いを定める。

 

「風の精霊よ来たれ――シル・ド・イクス!」

 

 王子の矢に風が渦巻いた瞬間、王子は矢を放つ。矢から巻き起こる突風で正面の怪物は吹き飛び、地面に転がる。その隙に隣を通り抜け、行きがけの駄賃代わりに剣を頭に刺しておいた。

 

 殺すことを狙う必要は無いが、殺せるなら殺しておいたほうがいい。

 

 正面から来る怪物は王子の魔法の矢で押し進むことができるが、後ろから追ってくる怪物は此方で対処しなければならない。走りながら根を剣で斬り落とし、怪物の道を防いで距離を稼ぐ。だが怪物は両腕の鎌で根を斬り裂いて追ってくる。

 

「ルドガー! 矢が切れた!」

 

 もう少しで樹海を抜けられると言うところで王子の矢が無くなった。

 俺は右手に握る剣に魔力を喰わせる。

 

「王子、伏せろ!」

 

 剣を正面にいる怪物らに投げつけた。剣は怪物らを纏めて串刺しにしていき、突き当たりの根に刺さって止まる。

 

「行け!」

 

 突き当たりを曲がれば樹海から出られる。剣を右手に呼び戻し、俺達は樹海から出る。

 

 当然、樹海の外で敵は待ち構えていた。

 キメラの怪物を従えた漆黒の鎧を纏った大柄の魔族が俺達の前に立ち塞がる。顔は兜で見えないが、金色の三叉角の装飾が特徴的だった。

 

「ウルガ将軍……」

 

 ララが俺の後に隠れて呟く。

 ウルガ将軍……大戦時代には聞かなかった名だ。戦後に就いた奴だろうか。

 明らかにただ者ではない雰囲気を纏っている。あれは明らかに戦場を知っている者の空気だ。

 

「ララ姫、お迎えに上がりました」

 

 将軍が手を差し出す。周りにいる怪物達は何もしてこないが、命令があればすぐに襲い掛かってきそうだ。

 

 ララは将軍の声に応じることはなく、少し怯えたように俺の後から出ようとしない。

 

 王子にも後ろへ下がるように言い、俺は剣を将軍に向ける。

 

「悪いが姫は俺達の城に招いてるんだ。横入りは止めてもらおうか?」

「……姫の前でこれ以上血を流したくはないのだがな」

 

 怪物達が鎌を広げてジリジリと近寄ってくる。

 

「……一つ聞きたい。姫をどうするつもりだ?」

「知れたこと。ララ姫は次の魔王になる御方。こんな所にいるのがおかしいのだ」

 

 その言葉から、ララが聖女であることはまだ知られていないと推測できる。ただ言わずに隠しているとも取れるが、将軍の物言いからしてララを魔王の娘としか見ていないと感じられる。

 

 その時、ララが顔を出して将軍に反論する。

 

「私は魔王なんかにならない! 魔王など、他の誰かにやらせればいい!」

 

 これには俺も王子も驚いた。てっきりこの子は将来魔王になるとばかり思っていたが、確かにこの子の口から魔王になるとか、穏健派からララが将来の魔王だとは聞かされていなかった。

 

 ララは魔王になることを嫌がっているようだ。理由は知らないが、尚更この子を渡すわけにはいかなくなった。元から渡す気は無かったが。

 

「ララ姫、貴女様は先代魔王の唯一の子。力を大きく失った我々の誰かが魔王になることは、現実的に考えて不可能な話です。魔族が再び立ち上がるには、血の力が必要なのです」

「立ち上がって戦争でも吹っ掛けようてっか?」

「それもまた望むとこだ人族の戦士……いや、貴様は本当に人族か?」

 

 将軍は訝しんだ声を上げる。おそらく俺の魔力を感じ取って戸惑ったのだろう。

 

 俺の魔力は人族よりも魔族に近い。それに臭いも人族と魔族が混じり合ったような、嗅ぐ奴によっては異臭に感じるらしい。

 

「この臭い……まさか、貴様――」

「そこまでだ! 魔族の戦士よ!」

 

 将軍が俺の正体を口にする直前、高らかな声と共に降ってきた矢の雨が怪物を射貫いた。

 

 将軍は鎧と腕で矢を防ぎ、声が聞こえた背後へと振り向く。

 

 木々の間からエルフ族の戦士達が現れ、矢をウルガ将軍へと向けた。

 王子の応援要請が届いて駆け付けてくれたようだ。

 

 エルフ族の将軍、エメドールが白馬に乗って前に出る。

 

「此処は我がエルフの領土だ! 大人しく投降すれば命まではとらん!」

「……どうやら邪魔が入ったようです。ララ姫、いずれまたお迎えに上がります」

 

 将軍は一礼すると足下から黒い煙が巻き起こり、そのまま煙の塊となって空へと飛んでいった。

 

 あれは飛行魔法の一種か? だが見たことが無い魔法だ。この五年の間に新しい魔法を開発したというのか。

 

 ともあれ、怪物は討たれウルガ将軍は撤退していったことに安堵する。

 五年のブランクを抱えた状態で将軍職の奴と剣を交え、王子と姫を守りきれる確信は無かった。正直なところ応援が間に合ってくれて助かっている。

 

 必ず守ると言った手前、どうしようかと少々焦っていたのは胸の内に秘めておこう。

 

「フレイ王子! ご無事ですか!?」

「ああ、私は無事だ。だが近衛隊が全滅してしまった……」

「王子の助けになったのなら彼らも本望でしょう。さぁ、急いで森を出ましょう」

「そうだな。姫君、参りましょう」

 

 王子はララに手を差し伸べたが、ララは俺の左手を握ったまま俺から離れようとしない。

 

 それを見た王子は「ははーん?」とニヤついた顔を俺に向けた。

 

 この顔は良くない。きっと腹の中でくだらないことを考えているのだろう。

 

 王子は俺の肩にポンッと手を置き、親指を立ててサムズアップしてきた。

 

「何だその顔は?」

「いんや、何でも」

 

 王子は戦士達に連れられて先に進んだ。

 将軍は王子の側にいたいが、聖女であるララを放っておく訳にもいかず、その場に留まっている。

 

「……お姫様、もう大丈夫だ。彼らはお前を守る為に来た」

「……」

 

 ララの手が震えていた。寒いからではない、何かを怖がっている。

 

 同胞である魔族に狙われたからだろうか。それとも嘗て敵だった者達に対する恐怖心か。

 俺の手を握り締めているということは、少なくとも俺のことは怖がっていないのか。

 

 将軍へ目配せし、王子の下へ行かせた。

 

 膝を折ってララと目線を合わせ、頬に付いている泥の汚れを拭ってやる。

 ララは顔が汚れていたのが恥ずかしいのか、頬を紅くして顔を逸らす。

 

「安心しろ。彼らはお姫様を聖女として丁重に扱ってくれる。魔族の姫君としては誰も見ていない」

「……私は……聖女にもなりたくなかった……」

 

 ララは悲しそうに目を伏せた。

 

 そこで俺はハッと気が付く。

 

 魔王の娘であるララは魔族の大陸でも次期魔王として扱われてきたのだろう。

 そして聖女となった時にはララは大きな重荷を否応なしに背負わされた。

 魔族を滅びから救う者、救世主として見られていただろう。

 ただの魔族の女の子のララとして見られたことなど、一度も無かったのではないか。

 

 その顔はよく知っている。誰にも己を見てくれなかった寂しさを、俺は知っている。

 

「……分かったよ、ララ。聖女としての扱いが辛くなったら俺の所に来い。ただの女の子として茶ぐらい出してやる」

「え……?」

「身分や立場でしか見てくれないのは寂しいって、俺も良く分かる。だけどそう言う生まれになってしまったのなら癪だが受け入れるしかない。でも息抜きは必要だ。童心に返って誰かのお菓子に、おできができる悪戯呪いを掛けて遊ぶような息抜きがな」

「……そんな呪い聞いたこと無いぞ?」

「エルフの子供達の間じゃ人気の悪戯だ」

「……フッ、それは楽しそうだな」

 

 初めて、ララが笑ったのを見た。満面じゃなく、鼻で笑うような小さな笑みだが、手の震えは止まっていた。

 

 俺はレディを案内するように手で促し、ララは漸く歩き出した。

 俺の左手は、まだ繋がれたままだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 思わぬ編入生

 

 

 アルフの都にフレイ王子とララを届けた俺は、王の城ではなく学校の寄宿舎に戻った。

 

 これから戦死者の遺体回収とララの今後を取り決める話し合いをするんだろうが、それに俺は参加しない。

 

 あくまでも俺は客将としての扱いであり、政務や軍務には不必要に口を出すわけにはいかない。それは英雄だろうと何だろうと関係無いのだ。

 

 久しぶりの実戦で思った以上に疲れていた俺は部屋に入るなり装備を脱ぎ捨て、椅子にドカッと座り込む。

 

 一息吐いたところで頭の中に戦いで忘れていたことが思い浮かんでくる。

 

 ララにはああ言ってしまったが、俺はララにとって父の仇だ。俺の名を聞いても反応しなかったのは、おそらく父親を殺した者の名を聞かされていなかったからだろう。

 もし知れば、ララは俺に復讐するだろうか。その時に俺はどうするだろうか。

 

「……顔は似てなかったな。髪の色と物言いはそっくりだったが」

 

 たぶん、母親似なんだろう。

 

「……さてと、明日の授業の用意をしとかないとな」

 

 休む間も無いとはこのことだ。

 

 これからどうなるのかは想像も付かない。ララは王の城で暮らすことになるだろう。俺と関わるのは、言った通り息抜きに茶を呑みに来る時ぐらいだろう。フレイ王子が余計な真似をしなければの話だが。

 

 ララと関わらない間はいつもの日常が来るはず。毎日教壇に立って子供達に授業をして、戦士達に剣の手解きをする。変わらない日常が戻ってくるはずだ。

 

「……」

 

 ――本当に?

 

 日常なんて日々変化するものだ。

 魔王の娘が聖女に選ばれるなんて、偶然なわけが無い。これには何か理由があるはずだ。

 

 この先、何かを大きく揺るがすような出来事が起きるんじゃないか?

 

 壁に掛けた愛剣のナハトが視界に入る。

 

 今日の実戦、昔と変わらないこともあったが変わったこともあった。

 新種の怪物に新しい将軍に新たな飛行魔法。

 もし魔族の力が衰えていたとしても、それを補う手段を会得していたら。

 大きな犠牲を払ってまで作ったこの一時の平和を、壊せる出来事が起こるとしたら。

 今のままでは駄目だ。何もできないかもしれない。

 少なくとも、俺には何かが起こる。それは確かだ。

 

「……過去からは逃げられない。アイツもそう言っていたな……」

 

 昔の仲間に言われた言葉。俺をビンタしたアイツも、何か変わっているのだろうか。

 

 ――コンコン。

 

 部屋のドアがノックされた。

 

「開いてるぞ」

 

 ガチャリと開けられたドアの向こうから現れたのはアイリーン先生だった。

 

「失礼しますわ。お帰りになったと聞きまして……ッ」

 

 アイリーン先生はギョッとして後ろに振り向いた。

 

 何だと不思議に思ったが、そう言えば装備を脱ぎ捨てた上に上半身は裸だった。

 

「すまない、見苦しいものを見せた」

「い、いえ。その……傷は男の勲章と言いますし」

「ん? ああ……」

 

 俺の胸には大きな傷痕がある。半人半魔である俺は傷を負ってもすぐに再生するが、この傷だけは消えなかった。

 

 これは魔王との戦いで受けたものだ。魔王の一撃だけはその特性上、俺でも傷を塞ぐのに数日掛かり、傷痕までは消えることはなかった。

 

 汗をかいた身体をタオルで拭い、シャツに着替える。

 

「……その傷は、大戦の時のですか?」

「ああ、魔王に付けられた傷だ」

「よくぞご無事で……」

「……もう大丈夫、着替え終わった」

 

 ラフな格好に着替え終わり、アイリーン先生は此方に振り向く。

 

 顔が若干赤いが、まさかこの傷だらけの身体に興奮したわけじゃなかろう。それに先生の年齢は確か二百歳ぐらいだったか。エルフ族では若者だが、男の裸ぐらい二百年生きてれば見慣れるだろうし。

 

 アイリーン先生を部屋に招き入れて椅子に座らせる。

 

「お茶でも出したい所だが、生憎此処には酒しかなくてね。全部学校の私室に置いてるんだ」

「お構いなく。ルドガー先生のお顔を見に来ただけですから」

「嬉しいことを言ってくれる」

 

 アイリーン先生はニコリと笑う。

 本当に良い女性だ。どうして特定の男がいないのか不思議なぐらい。

 

 もしかしたら既にいるかもしれないけど。

 

「森で何があったのか、お聞きしても?」

「あー、すまない。詳しくは言えない。だけど……戦死者が出た」

「……そうですか。それは……痛ましいことです」

 

 この五年の間、小さな小競り合い一つ起きなかった。戦死者が出たのは、本当に嘆かわしいことだ。これが戦争に繋がらなければ良いが、遺された家族達の心には一生消えない傷が刻まれただろう。

 

 ララだってそうだ。同胞が同胞によって目の前で殺された。その心の傷は計り知れない。

 

「こう言っては何ですが……ルドガー先生が無事に戻られて良かったですわ」

「先生の御守りが効いたかな? これ、持っていても?」

「ええ、是非!」

 

 首から提げている緑の宝石と指輪を手の中に感じながら、これから身に起こるであろう出来事から本当に俺を守ってくれないだろうかと願う。

 

 その後、少しだけ談話してアイリーン先生は部屋から出て行った。

 

 俺は寄宿舎の大浴場ではなく、部屋の浴室で身体を清めて眠りに着いた。

 

 

 

 翌朝、俺は学校の私室で授業の準備をしていると、校長室に呼び出された。

 何だろうと思いながら校長室へ向かい、ノックしてから中へ入った。

 

 校長室はかなり広く、大きな本棚や歴史的価値のある魔法道具やらが置いてある。

 

 その部屋の奥でエルフにしては珍しく白くて長い髭を生やした老人が椅子に座っている。

 

 彼こそがこのアーヴル学校の校長であり、古くから王家に仕えている老臣。

 

 エグノール・ダルゴニス・アルフォニア校長先生だ。

 

 俺の他にも学校の先生方が集められており、アイリーン先生もその中にいる。

 

 そしてこの学校にいないはずのフレイ王子とララまでもがいたことに目を疑った。

 

「おお、よく来てくれた」

 

 校長先生はニコニコと笑い、近くに来るようにと手招きする。

 俺は何だか嫌な予感がして堪らない。

 

 王子を見れば、ニタリと笑いやがった。

 

「さて、揃ったことじゃし本題に移るかの。先ず此方の子を紹介しよう」

 

 そう言って校長先生は立ち上がってララに手を伸ばした。

 

 ララは澄ました顔のまま座っている椅子から立ち上がった。

 

 そこで漸く俺は気が付いた。

 

 おい待て、何でその服を着ている?

 

 ララが着ている服はこの学校の制服だ。白いスカートに白いローブは紛うこと無きこの学校の制服だ。

 

 どうしてか、背中に冷や汗がダラダラと流れる。

 

「この子はララ・エルモール。今日からこのアーヴル学校に通うこととなった」

 

 開いた口が閉じないとはこのことだ。

 俺の驚きを余所に校長先生は話を進める。

 

「これは極秘じゃが、この子は亡き魔王の娘であり、魔族の聖女に選ばれた特別な子じゃ」

「……校長先生、今何と仰いました?」

 

 サラッと紹介されたが、先生方は当然のように驚きで顔が固まっている。

 

 辛うじてアイリーン先生が正気を取り戻し、校長先生に聞き直した。

 

「魔族の姫君で聖女じゃ。じゃが、ララは見ての通りまだ若い少女じゃ。であれば、同じ年頃の子供達とよく学び、よく遊ぶことが必要だと思うての。この学校で面倒を見ることにしたのじゃ」

 

 はいそうですね、とはいかんぞこのサンタクロース擬きめ。

 

 校長先生は何を考えているんだ。エルフの学校に魔王の娘を、それも聖女を通わせるだと?

 しかも面倒を見るって、王の城に住まわせるんじゃなかったのか?

 

 校長先生の発言にアイリーン先生も絶句しており、他の先生方に至っては腰を抜かして壁や物にもたれ掛かる者までもいた。

 

 だが校長先生はお茶目に「ホッホッホ」と笑って髭を撫でる。

 

「ルドガー先生」

「――は、はい?」

 

 校長先生から名指しされ、思わずドキリとしてしまった。

 たぶん、今の俺の顔は引き攣っているだろう。

 

「先生はララの護衛も兼ねて色々と面倒を見てくれんかの?」

「……は?」

 

 生まれて初めて変な声を出してしまった。

 

 どうして俺がと尋ねる前に、王子が先に口を開いた。

 

「アーヴル学校には王城と変わりない防衛の魔法が掛けられてるが、それでも聖女の近くで常に守る存在が必要だと考えていてな。先生方の実力は申し分ないが、それでも英雄であるルドガーが一番心強い。それに姫君の要望であるからね。流石は我が友、姫君の心を見事に射止めたと言うことさ」

「……それなら学校に通うのを止めれば?」

「ルドガー、これは既に決定したことだ。友よ、任せたぞ」

 

 その憎たらしいウィンク顔にこの拳を叩き付けてやりたい。

 

 ヒクヒクと頬を引き攣らせ、ぎこちない笑みを浮かべてそう願った。

 

「さて、そう言うわけじゃ。詳しい事はまた後で伝えよう。もうすぐ授業の時間じゃ」

 

 校長先生は笑いながら先生方を解散させる。

 

 先生方は困惑しつつも一先ずは事態を飲み込み、各自教室に向かい始めた。

 

 アイリーン先生は俺の様子を気に掛けるが、校長先生に促されて校長室を出て行った。

 

 校長室に残ったのは俺と校長先生、そして王子とララの四人だけになる。

 

 校長室のドアが閉まるのを確認した校長先生は、椅子に座って先程までとは違う雰囲気を醸し出した。王子もニタニタしていた顔を引っ込め、真面目な顔になる。

 

「さて、ルドガー先生。表向きの事情は今話した通りじゃ。此処からが本当の本題じゃ」

「はぁ……」

「ララをこの学校に通わせるのは、何も本当に学ばせるだけが理由ではない。君の側に居させることが本当の理由だ」

「……あの、仰る意味が分かりません。どうして私なのです?」

「姫君は半魔だ。それもお前と同じ人族との」

 

 王子の言葉に我が耳を疑った。

 

 魔王の娘が俺と同じ半人半魔だなんて、それは何て冗談だ? まさか、ありえない。

 

「魔族の力を濃く受け継いでいる為に他の魔族には気付かれなかったようだが、姫君の母は人族だそうだ。念の為に血を調べさせてもらったが、間違いは無い」

「……それと私に何の関係が?」

「理由は二つある。一つは守護の魔法じゃ。同じ種族でしか発動できない、その種の中で最も強い魔法。それは互いが近ければ近いほど強さを増す。その魔法を完全に発動させる為には、少なくとも一年は一緒に暮らしてもらわなければならん」

 

 確かにこの世で確認されている半人半魔は俺と、事実ならララの二人だけだ。半人半魔を種族と仮定付けるならば、確かに俺達しかいない。

 

 守護の魔法はどんな防衛魔法よりも強固な物で、死に至らしめる魔法であっても魔法なら弾き返したり無効化させることができる。当たらないようにすることも可能らしいが、謂わば最後の砦だ。

 

 しかしその魔法は最も古い魔法であり、原理が不明だ。魔法の存在は認知されているが、誰も任意で使えた例しがない。

 

 稀に守護の魔法を身に纏っている者はいるが、どうやって魔法を掛けたのか、または掛けられたのか分かっていない。

 

「校長先生は守護の魔法をお使いになられるのですか?」

「いやいや、儂にも使い方は分からん。じゃが、既に二人の間には魔法が施されている」

「何ですって?」

 

 そんな馬鹿な。俺とララは昨日北の森で初めて出会ったばかりだ。そんな魔法を使うような真似は何もしていないはず。

 

「ルドガー、何か心当たりは無いか?」

 

 王子が尋ねてくるが、何度思い返しても心当たりは無い。

 

「無い。本当に守護の魔法が掛かっているのですか?」

「左様。使えなくとも魔法を見ることは儂にもできる。間違いなく二人には縁が結ばれており、魔法が掛かっておる。だがごく最近に発動したようで、まだ不完全じゃ」

 

 ごく最近だというのなら、間違いなく昨日の内に発動したに違いない。

 

 だが俺は魔法を使った覚えは無いし、守護の魔法の使い方も知らない。何がトリガーになったのか不明だが、校長先生は魔法に関して右に出る者はいないとされる方だ。アイリーン先生も相当な実力者ではあるが、校長先生はそれを遙かに凌駕する。校長先生がそう仰るのなら、間違いは無いのだろう。

 

「二つ目の理由じゃが、ララには予言が告げられておる」

「予言?」

「そうじゃ。その予言はまだ君にも教えることはできぬが、確かなことはいずれ君とララは大いなる選択を迫られ決断する時が来る。その選択をするには、互いをより深く理解し合う必要があるのじゃ。その為の時間じゃよ」

 

 予言とは、これまた久しく聞いてなかった言葉だ。

 

 七人の勇者に関しても予言は存在したし、その通りに戦争を終わらせた。

 

 聖女であるララに関して予言があると言うのは分かる。特別な存在にはその手の話は付き物だから。

 

 だがまさか俺も予言に関わっているとはどう言うことだろうか。

 

 もう俺の頭は事態を理解することを放棄しかけていた。

 

「以上が、君にララを任せる理由じゃ。ルドガー先生、引き受けてくれるな?」

 

 優しく丁寧な口調だが、物言わせない威圧感を放ってくるのが分かった。

 此処で俺が何を言っても結果は変わらないと悟り、諦めて頷くしかなかった。

 

 ところで、一つだけ疑問がある。

 

「それで、王子はどうして此処にいるので? ララの説明には校長お一人で充分でしょうに」

「ん? お前が困る顔を見たかったから」

 

 俺は今度こそ王子の顔面に、近くにあった本を投げ付けた。

 

 王子はケラケラと笑いがなら本を受け止めた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 変化した日常

ご愛読、ありがとうございます!


 

 校長室からララを連れて出た俺は、重い足取りで私室へと戻った。

 

 ララを私室に入れ、俺は椅子にドカリと座って天井を見上げた。

 

 何てことだ。ララと関わるのは極力避けられると思っていたのに、まさか避けるどころか面倒を見ることになるとは誰が予想できたか。

 

 もうすぐ授業が始まるが、俺の頭の中はそれどころじゃない。

 これからどうララに接していけば良いのか、不安が殆どを占めている。

 

「……迷惑だったか?」

 

 そんな声が、ララから聞こえた。

 ララは積み上げられた本を手に取り、パラパラとページを捲っていた。

 

「……そう言うわけじゃない。事態を飲み込むのに頭と心が追い付いていないだけだ」

「私も守護の魔法や予言のことは知らなかった。ただこの国に身を隠すことが唯一の道だと、私を守ってくれた爺やが言っていた。私はそれに従っただけだ」

 

 淡々と物語るララだが、その赤い瞳は揺れていた。

 何も知らない場所でただ一人、何も知らないまま置かれてしまった。

 抱く不安は大きいだろう。その不安を取り除いてやるのが、大人の役目でもあるか。

 

「それにしても、お前も半魔なのだな? 私と同じ……」

「そうだ。どっちがどっちなのかは知らん。両親を全く覚えてなくてね」

「……私も父のことは知らない。物心ついた時には、母と二人だけだった。半魔であることは教えられていたが、魔王の娘だと知ったのは父が死んでからだ。魔族の迎えが来て、城で暮らすことになった」

「……母はどうしてるんだ?」

 

 ララの手が止まる。目を伏せて表情に暗い陰を落とす。

 

「元々病弱だった。父が死んだと知り、心を病んでそのまま衰弱して死んだ」

「――そう、か」

 

 パタンッ、とララは本を閉じた。

 

 そして俺を真っ直ぐ見つめる。

 俺の心は凍て付きそうだった。

 

「お前は英雄と呼ばれていたな? なら、人魔大戦に参戦していたんだろう?」

「……ああ」

「なら、魔王と戦ったか?」

「……」

 

 何と答えたら良いのか分からない。

 俺が殺したと言えば良いのか、それとも知らないと嘘を吐くべきか分からない。

 鼓動が激しくなる。焦点が定まらなくなる。呼吸が浅く荒くなるのが分かる。

 

 ララはそんな俺を見てフッと冷ややかに笑う。

 

「安心しろ、ルドガー。私は別に父を殺された復讐がしたいわけじゃない。復讐心を抱くには、私は父のことを知らなさすぎる。だから気にするな。お前は昨日言った通り、私に茶でも淹れてくれれば良い」

「……生徒達の前では先生と呼べ」

「分かったよ、センセ」

「……授業の時間だ。教室に案内する。今日は俺に付いて回れ。明日以降のことは放課後に」

 

 俺は臆病者だ。

 言い訳を並べて問題を先送りにしてしまった。

 ララに告げることができなかった。

 そんな時間があったと言えるわけではないが、時間があったとしても言えなかっただろう。

 

 ララは口にしなかったが、彼女の目は確かに語っていた。

 父への思いは無いが、母への思いはある。

 母の死の原因を作ったのは俺だ。

 

 俺はララの両親を殺した――。

 

 その事実が、俺の肩にずっしりとのしかかった。

 

 

 

    ★

 

 

 

 ララがアルフの都に来てから俺の生活は少し、いや見様によってはだいぶ変わったかもしれない。

 

 先ず、ララが住む場所は城ではなく俺と同じ寄宿舎である。寄宿舎と言ってもララが来るまでは俺しか使っていなかった。他の先生方は当然持ち家があることだし、態々此処を使う必要が無い。

 

 ララが同じ寄宿舎で過ごすのは、少しでも守護の魔法を強固にする為の措置である。

 

 最初は年頃の若い娘がいい歳した大人と二人だけの宿舎で生活するのはどうかと反論したが、エルフ族というのはその辺の価値観というか貞操観念みたいなものが違った。

 

 ララも最初は難色を示したが、一日二日過ごしたら寧ろ自由が利いて良かったと言い出した。

 

 この寄宿舎には学校のような魔法は掛けられていない。食事も自分で作らないといけないし、掃除や洗濯等と言った家事も己でする。

 

 これは俺のポリシーというか、何でも魔法に頼らないようにする為の日課である。

 魔法で全て片付けてしまっていては、いざ魔法が使えなくなってしまった時に何もできなくなってしまう。

 

 実際、大戦の時に魔力切れや魔法を発動できない罠に嵌まってしまった時、魔法頼りにしていた者達は焚き火すら点けられなかった。

 

 話がずれたが、俺とララは此処での生活に一つのルールを設けた。

 

 家事の分担と料理当番だ。朝食と夕食は特別な理由が無い限り寄宿舎で食べる為、七日に五日は俺が担当し、二日はララが担当することに決めた。

 

 幸い、ララは何でもそつなくこなすことができた。少々面倒臭がりでだらしない所もあるが、それは俺も同じで別段咎める気も無い。

 

 毎朝洗面所で寝ぼけた顔を合わせ、二人揃って歯を磨いて顔を洗う。当番が厨房で朝食を作り、二人で静かに食事を摂る。その後は授業の準備もあって俺が先に寄宿舎を出て学校に向かい、ララがその後に出る。

 

 それが毎朝の生活リズムだ。いつも一人だった朝が、少し賑やかになった。

 

「水族と水魔の見分け方はいくつかあるが、分かりやすいのは人型をしているかどうかだ。水魔によっては人型を模しているモノもあるが、その場合は言語を話すかどうかになってくる」

 

 学校でのララは不思議な編入生という立場に収まっていた。

 

 アーヴル学校でエルフ族以外を通わせた事例は無いが、エルフ族ではない俺が教師をしていることもあり、生徒達はすんなりとララを受け入れた。

 

 ララは魔法の才能に溢れている。

 

 エルフ族が使う魔法は魔族の物とは違い、精霊を介して発動させる精霊魔法だ。

 

 精霊とはそれぞれの属性の魔力の集合体であり、ある程度の知性と力を持ち合わせている。

 エルフは精霊と契約を結び、その力で魔法を発動する。

 

 エルフ族以外の種族が精霊と契約を結ぼうとしても、エルフと魔力の質が違う為に精霊側が契約を結ぼうとしない。

 

 俺の場合、エルフ族の魔力が込められた触媒を使い、そこに自分の魔力を少しだけ加えて契約を結ぶことを可能にしている。森で使ったあの石がそれである。

 

 しかしララは精霊を虜にする魔力を備えていた。触媒無しに自分の魔力だけで精霊と契約を結び、エルフ族の魔法を使用可能にした。

 

「さて、此処で質問だ。ミフィラーという水魔の特徴は? 誰か分かる者は?」

 

 ララが手を挙げた。

 

「じゃ、ララ」

「十九本の触手と鋭い二本の牙だろ? 西側の海に棲息する温和しい水魔だ」

「正解。正確には触手ではなく、あれは全部足だ。海底や陸をウネウネと歩く。ララの言う通り、見た目は凶悪そうだがもの凄く温和しい」

 

 ララは探究心が強かった。

 

 エルフ族の書物を読み漁り、俺が外界の知識を詰め込んだ本も毎日読み耽っている。

 様々な魔法生物や他種族の生活様式、魔法、歴史等々に興味津々で毎日質問してくる。

 普段は大人びた様子のララも、その時だけは幼い子供に戻ったように目を輝かせる。

 

 そこまで喜ばれたら、俺も時間をかけて本を書いた甲斐がある。

 

 外界の本を書いたのが俺だと教えた時の驚き様は今思い出しても笑える。

 

 エルフ族の図書館には基本的にエルフ族に関する書物しか無かった。ほんの少しだけは他種族に関して書かれた物もあったが、かなり古い物だったから俺が加筆修正した物や新たに書いた本が図書館には並んでいる。

 

 一ヶ月間もの時間をかけて俺が持つ知識を本に纏められたのは、頭の中で思い浮かべた事を文字にして書き出す文章自動作成魔法があったのが大きい。

 

 あれは便利だ。複数の羽根ペンが一気に動いて一度に何冊も違う内容の本を書くことができた。学校で使う教材は複製魔法で増やした物を生徒達に配っている。

 

 それを教えたら、ララは目を丸くして「半魔も見かけによらないんだ……」と感心していたが、あれはどう言う意味だったのだろうか。

 

 だがあの魔法は便利だが厄介な所もある。

 あれは一度使えば頭の中の情報を一から十まで書き出してしまう欠点があり、他者に教えるべきではない内容も書き出してしまった。

 

 処分してしまおうと考えたが、王達と協議した結果、禁書として厳重に保管することになった。

 もし今後その知識が必要になってしまった場合、何も残っていなかったらどうすることもできないと考えたからだ。

 

 ララはその禁書の内容にも興味を示しているが、それは俺が固く禁じた。

 教えるべき時が来たら、或いは学ばせるかもしれないが。

 

 また話が逸れた。

 ララの学校生活は順風満帆のそれだった。

 既に一ヶ月が経過しているが、魔族の動きも無く、ララは平穏に暮らしている。

 

「ルドガー先生、今よろしいかの?」

 

 学校の私室で生徒達が提出した課題をチェックしていると、校長先生が入ってきた。

 

「ええ、どうぞ。御茶を淹れましょうか?」

「是非お願いしよう。茶菓子はその棚にあるハニーケーキが良いのぉ」

 

 それは俺が一人で楽しもうとしていたんだが、まぁ仕方が無い。

 

 ハーブティーを淹れ、隠していたハニーケーキを切り分けて差し出した。

 校長先生は甘いケーキに舌鼓を打ち、楽しそうにホクホクと頬を緩める。

 

「美味しいケーキじゃ。先生の手作りかね?」

「生憎と菓子作りは苦手でして。それはララが作った物です」

「ほっほ! 随分と仲が良くなったようで安心じゃ!」

「お陰様で。真実を知ったらどんな顔をされるか……」

「……まだ言うとらんようじゃな。君が魔王を討った張本人だと」

 

 日に日に言い出せなくなっている。

 

 一ヶ月間共に暮らせば、ある程度の情が湧いてしまう。真実を伝えたら最後、ララが俺に向ける笑みは消え、憎しみに染まった顔を向けてくるかもしれない。

 

 それが堪らなく、怖い。

 

「……君は人魔大戦で多くの魔族をその手で斬ってきたであろう。今更何を怖がる?」

「……詳しくは言えません。他の魔族からなら何とも……いや、戦争が終わった今であれば思わないこともない。親を殺された子供達から憎しみをぶつけられでもしたら、少しは心にくるものがあるでしょう。だが、あの子は別です。あの子からの憎しみは……堪らない」

「どうしてそう思うのか、儂は追求せぬ。じゃがいつかは知る時が来る。君の口からでなくとも、何処からか知り得よう」

「俺が魔王を殺したことは、勇者達と人族の王達、エルフ族の王家と校長先生しか知りません。勇者達は人族の大陸にいる。もしララが俺以外から知るとすれば、それは貴方達の誰かが教えたことになります」

 

 俺は校長先生に睨みを利かせる。

 くれぐれも口にはしないでくれと意を込めた。

 

「儂から言うつもりは無い。請われても、この口は開かぬ」

「そう望みます……それで、ご用件は何でしょう?」

「おおぅ、そうじゃった!」

 

 本当に忘れていたのか怪しいものだが、校長先生はポンッと手を打つ。

 一つ咳払いをしてやっと本題に入る。

 

「この一月、魔族の動きを探っておった。今、魔族の大陸ではララが拐かされたと噂が広まっておる。次の魔王として有力候補であったが故に、ララを奪還しようと戦意が高まりつつある」

「まさか戦争を仕掛けてくるつもりですか?」

「いやいや、まだそうと決まったわけではない。じゃが、このまま放置しておけばそうなっていまう可能性は高いじゃろうな」

 

 ララが攫われたと噂を煽動したのは、北の森で出会したウルガ将軍だろう。

 ララを奪還する為にエルフ族の大陸へ攻め入る大義と戦力を得ようとしたのか。

 

 確かに魔族は力を大きく削がれてしまっている。

 だが戦う力を失ったわけではない。個々の力は弱くなったが、数を集めれば一度だけの戦争を仕掛けられる力は残っている。

 

 しかし戦争を仕掛けて長引いたり負けてしまえば、今度こそ魔族は滅びるだろう。

 

 ララを奪い返し、魔王に就かせれば状況はひっくり返るのだろうが、そんな危険な賭をするような将軍ではない気がする。

 

 それにララ自身が魔王になることを嫌がっている。でもそれはララの問題であり、魔族にとっては何ら関係の無いことなのだろう。

 

「このままでは魔族は存続を懸けた大きな戦いを起こすかもしれぬ。それは儂らエルフ族も望まぬ。前回は人族の大陸が戦場だったが、今度は此処かもしれぬからの」

「それを私に教えて、何をさせようと言うんです?」

「ルドガー……正直に言おう。王は聖女を守る為ならば戦争が起きてもそれを良しとしておる。じゃが儂は違う。儂は戦争を望まぬ。子供達にあの地獄を見せてはならぬ。それは聖女を守る代価にはならん」

 

 校長先生の瞳には力強い覚悟が見えた。

 

 戦争を望まないことについては同意だ。あんな生き地獄を再び味わうのはまっぴらごめんだ。子供達は当然として、これからの未来がある若者達にも明るい道を歩いてほしい。

 

 しかし校長先生の仰ることが真実ならば、エルフ王は魔族が行動を起こすまで静観するつもりなのだろうか。

 

 あり得る。エルフ族の掟は基本的に迫り来る火の粉を振り払うようなものだ。火の粉を起こさないように先手を打つような行動は取らない。大戦の時も勇者達から同盟の声を掛けられて初めて駆け付けてきたようなものだった。

 

「私に戦争を防げと?」

「君にはそれができると、儂は信じておる」

「ですが、どうやって?」

「今、魔族の軍を統率しておるのはウルガ将軍じゃ。ウルガ将軍は穏健派を力尽くで抑え、政権をも掌握しつつある。戦争を止めるには、穏健派を将軍の手から解放せねばなるまい」

「魔族の大陸へ行って穏健派を解放して来いと?」

「左様。魔族の大陸の案内人にはララを連れて行くのじゃ」

「ララを? それは本末転倒では? 将軍達からララを匿う為に此処へ迎え入れたのでしょう?」

「じゃが、案内人にはララが一番じゃ。それに、君の側にいたほうが何処よりも安全だと儂は確信しておる」

 

 俺は頭を抱えて考える。

 

 戦争は止めなければならない。その為に穏健派を将軍から解放して政権を握らさなければならない。

 そこまでは解るし、納得もできる。

 

 だがララを連れて行くことはどうだろうか。あまりに危険過ぎやしないか?

 

 あの将軍はきっとララを何としてでも魔王にさせる腹だ。どんな手を使ってでも、ララが拒んでも力尽くで魔王にさせるだろう。今度は心臓を抉り出して別の場所へと隠すかもしれない。

 

 そんな目にララを遭わせたくはない。

 だけど、魔族の本国へ案内も無しに潜入はできない。それができるのはララだけだ。

 

 やるしかないのか……。

 

「……校長先生、この事、当然王は承知ではないのでしょう?」

「うむ。じゃが、この話は王子から持ち掛けられた。ララを都から連れ出す為に手を貸してくれる」

「……わかりました。出立は明朝に。ララには私から。それと王子に伝言を――」

 

 俺は校長先生に伝言を頼み、それを受け取った校長先生は頷いて部屋から出て行った。

 

 一人になった俺は溜息を零し、書斎の机の引き出しを開けて一冊の手帳を取り出す。

 この手帳は俺の師が日々の記録を残しておきなさいと言ってくれた物。

 古びた革製の手帳を開き、挟んであった写し絵を手に取る。

 これは模写魔法の一種で、見た物を紙に実物そっくりに写した絵だ。

 その絵には八人の若者が写っている。

 その中の一人に、若い頃の俺もいる。

 

「……過去のままには、しておけないみたいだよ」

 

 写し絵を手帳に戻し、来るその時へ覚悟を決めた――。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 二人だけの前夜

 

 ララへの説明は思いの外すんなりとできた。

 

 戦争を防ぐ為に魔族の大陸へと向かい、穏健派をウルガ将軍から解放する。

 

 そう伝えたらララは考える間もなく一緒に行くと答えた。

 穏健派を助け出せるのなら、何だってすると言ってのけたのだ。

 危険な目に遭うかもしれないと忠告しても、ララの決意は変わらなかった。

 

 荷物を纏めさせ、明朝に出立できるようにさせて今夜は早く寝かせた。

 

 俺はと言うと、寝付けるわけもなく、酒瓶を片手に屋根に登って月夜を肴にしている。

 

 半人半魔の身体はこんな時に便利だ。数日眠らなくても活動には支障をきたさないし、酒瓶の二、三本飲んでも少しも酔わない。

 

 酔えない酒ってのも、それはそれで味気なくて旨いとは言い難いが、それでも少しは大人の心を満たすことはできる。

 

 既に荷物は纏め終えている。明朝になれば王子が東側の門を開けてくれる手筈になっている。

 俺とララは馬に乗ってその門から都を抜け出し、海を渡る船を探す。

 

 あと数時間でララを起こすと言うところで、掛かるはずのない声が掛けられた。

 

「こんな所で何してるんだ?」

「うお吃驚した!?」

 

 俺に声を掛けてきたのは寝ているはずのララだった。

 寝巻にローブを羽織って俺の後に腰を下ろして俺を見つめている。

 

「おまっ、何で寝てねぇんだ?」

「センセこそ、何で寝てないんだ?」

「俺は半魔だから寝なくても――それはお前もか」

「ふふん」

 

 ララは何故か自慢げに笑い、俺の隣に移動して座り込む。

 ララの髪が月明かりに反射して美しく輝いている。その輝きに照らされたララは、どこか幻想的な美しさを纏っていた。

 

「それで? 何しに来た?」

「別に。ただ何となく話し相手が欲しかっただけだ」

「此処には俺しかいないが?」

「ならセンセで我慢する」

「そら光栄なこって」

「……センセは、魔族の大陸に行ったことはあるのか?」

 

 ララがおもむろにそんなことを聞いてきた。

 酒を煽りながら、昔の記憶を掘り返してみる。

 

「ガキの頃に、師に連れて行かれたことがある。もう十数年も前だ。戦争が酷くなる前かな」

「……私は最初、田舎で暮らしてた。父が死んでからは都で。ま、都で暮らしてたと言っても、殆ど城の中だったけど」

「故郷にダチはいねぇのか?」

「ダチ?」

「友達だよ。知り合いでも良いけど」

「……私は半魔だぞ。いるわけがない。城では魔王の娘だから大切にされていたが、本音は蔑んでいる者が多かっただろう。力を濃く受け継いでいなければ、母と一緒に殺されていたかもしれない」

「そうか……ま、そうだよな」

 

 半魔と言う存在は、それだけで生きづらい存在だ。

 

 半魔だけじゃない、異なる種族との間に生まれた子供はその異質さによって蔑まれる傾向にある。

 

 特に魔族は他種よりも純血を重んじる。それは力が弱まると言うのもあるが、魔族の魔力に大きな理由がある。

 

 魔族の魔力はかなり強力だが、同時に自身を蝕む毒でもある。他種族の血が流れる身体では、強すぎる魔力に耐えられない。身体は崩れていき、憐れな姿になって生きるか短命で終わるかのどちらかだ。

 

 俺とララが此処まで生きていられるのは、運が良かったからに過ぎない。

 

 更に悪いことに、俺とララは人族との間に生まれた。

 人族は魔族に恨み辛みしか抱いていない。今の魔族も同じだろう。

 

 そんな俺達に、友人などできる訳がなかった。

 

「だけど、此処じゃ友達はできただろ?」

「まぁ……」

「まぁ? まぁってことはねぇだろ。彼氏の一人や二人できても可笑しくない勢いじゃねぇか」

「ガキに興味は無い。私は年上が好きだ」

「ガキの癖に何言ってやがる」

「私は十六歳だぞ? 十六はもう大人だ」

「それは魔族のだろ。人族じゃまだガキだ」

「ふん、お前こそどうなんだ? あのアイリーンって女エルフと随分と仲が良いじゃないか」

「先生を付けろ。別に、そんなんじゃねぇよ」

 

 確かにアイリーン先生は魅力的な女性だ。一夜の過ちが起きないかと思ったりもする。

 

 だけどそれは本当に一夜限りの夢で良い。

 俺はこの先、家庭を築くつもりは無い。いずれ何処かで孤独に死ぬのが、俺の終着点だ。

 半魔である俺の苦労を、誰かに背負わせる気なんて無い。

 

 両親がどんな気持ちで俺を生んだのかは知らない。望んでいなかったかもしれない。

 今更それはどうだって良い。だけどこの重荷を誰かに継がせるなんて所業、俺には無理だ。

 

「どうだか……いっつも鼻の下伸ばしてるぞ」

「そりゃあんな美女が相手じゃ、鉄仮面ですら鼻の下を伸ばすね」

「……少しは隠そうとしろよ」

「隠したほうが下心ありそうだろ?」

「……確かに」

 

 酒瓶を傾けてると、ララの視線がそれに釘付けになっているのに気が付く。

 試しに目の前で瓶を動かしてみると、目線が瓶に釣られて動く。

 

「酒に興味があるのか?」

「……ある」

「……ませガキめ。ほら、飲んでみろ」

「良いのか? やった」

 

 ララは俺の手から酒瓶を引っ手繰ると、目を輝かせて一気に口の中へと流した。

 

 案の定、度のキツい酒に喉がやられ、ゲホゲホと咳き込む。

 

「ハッハッハ! やっぱガキじゃねぇか!」

「ふざっ、けるな! 何だこれ飲み物じゃないぞ!」

「友達にもそう言ってやれ。ほれ、返せ」

「やだっ」

 

 ララは酒瓶を俺から遠ざけ、もう一度挑戦する。

 

 まぁ、俺と同じ半魔だからこの程度の酒でどうこうなるわけじゃないしな。

 

 しかし、不思議なものだ。

 俺の隣で酒に咽せている女の子は魔王の娘で、聖女で、同じ半魔だんてな。

 

 しかもララにとっては俺は両親の仇だ。

 

 そのことはまだ伝えられていないが、何と言うかな……。

 

 これからの道中で、きっとララに真実を伝える時が来るだろうと、俺は確信めいたものを抱いていた。その時に俺はどうなるのか分からないが、もしララが復讐したいと思ったのなら、俺はそれを受け入れようと思う。

 

 ララの手で最期を迎えられるのなら、それはそれで良いかもしれないとまで思えてくる。

 

 でもそれはララを完全に守り通せてからだ。俺が死んで、ララの身に危険が及んでしまっては意味が無い。

 

「ララ」

「ゲホッ……んん?」

「……いや、何でもねぇ。それより酒返せ」

「残念、もう飲みきった」

「ったく、腹壊しても知らねぇぞ」

「大丈夫だろ。あ、そうだルドガー」

「あァ?」

「旅の途中でも私に色々と教えてくれ。本だけじゃ物足りない。実際にそこに行って、この目で直接見てみたい」

「……良いだろう。それじゃ、今から教えてやる。あの星、分かるか? あれはドラゴン座で――」

 

 俺達は出立の時間まで、星空を眺めながら二人だけの授業を続けた。

 

 この時を、俺は決して忘れることは無い。

 

 いずれ決別の時が来たとしても、この思い出は色褪せることはなく、永遠に俺の心の中で輝き続けるだろう。

 

 

 

 明朝、俺は森に出た時の装備姿で、ララを連れて寝静まっている都の中を移動する。

 音を立てずに迅速に東門へと辿り着く。

 

 そこでは王子が数人の戦士を引き連れ、一頭の馬を用意して待機していた。

 

「友よ……」

「フレイ……」

「……必ず戻ってきてくれ。生きて、だぞ?」

「……ああ。その時は湖じゃなく、海で釣りでもしよう」

「……ララ姫、お気を付けて。貴女を危険に晒すことを、お許しください。これは、餞別です」

 

 王子は白い杖をララに渡す。

 

「この杖はユニコーンの角で作られた物です。貴女に幸運と勇気を与えるでしょう」

「……ありがとう。私も戻ってきて良いか? 釣り、私もしてみたい」

 

 そう言われた王子は目を見開かせ、輝いた笑顔を浮かべる。

 目尻に涙を浮かばせ、ララの手に自分の手を重ねた。

 

「ええ! ええ、勿論! その日を楽しみにしてます!」

 

 王子はそう言うと、戦士達に頷いて合図を出す。

 俺はララを馬に乗せ、その後に俺が跨がる。

 静かに東門が開かれ、俺は手綱を握り締めて馬を進めた。

 

「ルドガー。伝言通り、私個人の伝手で東海岸の港に船を用意させている。出航するまで、できるだけ父に気付かれぬよう時間を稼ぐ」

「頼む」

「七神の加護あれ――」

 

 俺は馬を走らせた。

 

 ここから、俺とララの最初の旅が始まる。

 戦争を回避する為に、命懸けの旅に出る。

 どんな壁が立ち塞がっているのか、きっと想像以上に高い壁だろう。

 

 だがどうしてか――。

 

「ララ! 振り落とされるなよ!」

「分かってるよ! センセ!」

 

 どうしてか――今の俺の前に広がる道は、明るく見えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 東へ

いつもありがとうございます!


 

 アルフの都から東海岸の港まで馬を走らせて凡そ4時間は掛かる。

 ぶっ通しで馬を走らせ続ける訳にもいかず、時間は更に掛かる。

 フレイ王子が時間稼ぎをしてくれると言っても、できるだけ早く港に着きたい。

 

 もし港に着く前にバレてしまえば、精霊を使っての交信術で港の戦士達に一報を入れられてしまう。そうなれば少し厄介だ。

 

 今は山を越え、平坦な大地を移動している。

 此処から最初の村まで後ほんの数十分程度だろう。そこで一度馬を休ませるべきか否かを悩んでいた。

 

「……ルドガー、馬がしんどそうだ」

「だよな。鎧を装備した大人一人に子供一人」

「ムッ」

「失礼、レディ一人だ。此処までよく走り続けてくれたもんだ」

「私が馬に乗れていればもっと距離を稼げたか?」

「気にすることじゃない。もうすぐ村に着く。そこで馬を休ませるぞ」

 

 本当にララが気にするようなことじゃない。馬での移動を選んだのは俺だ。ララが馬に乗れないことはこの一ヶ月の間で知っていたことだ。

 

 それでも馬を選んだのは、一番身軽で早く移動できる手段だったからだ。

 

 もう少しだけ馬に頑張ってもらい、最初の村に到着した。

 

 閑散としているようだが、エルフ族の村はこんなもんだ。都が特別集まっているだけ。

 だが村がある場所では必ず自然の恵みが得られる。農作物でも狩りでも漁でも、何かしらの恩恵が得られる。

 

 この村は農作物で暮らしているらしい。各家の近くに畑が広がっている。

 

「止まれ! 何者だ!」

 

 村に入った途端、弓を携えた若者が数人現れた。

 

 村にもよるが、大抵はその村の自警団が村を守っている。

 彼らはその自警団なのだろう。

 

 俺は一度両手を上げて抵抗する気が無いことを示す。

 

「落ち着け。俺はルドガー・ライオット。フレイ王子の盟友にして戦士だ。王子から任を預かり東の海へと向かっている。この村には馬を休ませる為に来た。書状もある。だから武器を下ろしてくれ」

「え、英雄ルドガー様!? し、失礼しました!」

 

 どうやら彼らは俺の名を知っているようだった。

 

 慌てて弓を下ろし、腕を胸の前に持ってきてエルフ族の礼をする。

 

「そう畏まらなくて良い。馬を休ませたい。彼に水を提供して欲しいのだが……」

「すぐに!」

 

 若者達は道を空けて、馬を休める場所へと案内してくれた。

 

 一応、本当に事前に受け取っていた王子の証明書を見せて確認を取らせた。

 馬から下りてララを下ろし、馬に少しの間の休息を与えた。

 

「本当に此処までよく走ってくれた。名前は――ルートか。この先もよろしくな」

 

 馬の鐙に記されていた名前を確認して優しく撫でてやると、ルートは気持ちよさそうに小さく嘶く。

 

 ララが馬を撫でたそうにしていたのに気が付き、ララにも撫でさせてやる。

 そこへこの村の村長であろう老エルフがやって来た。

 

「ルドガー様、宜しければ我が家でお休みになられますか?」

「いや、構わなくても良い。先を急いでる。書状にある通り、急を要するものでな」

「そうですか。では、我が村で採れたカボチャのキッシュだけでも召し上がってください」

「ご厚意、感謝する」

 

 丁度、飯時だったのだろう。ホクホクの焼きたてキッシュが盛られた皿を受け取り、ララと分けて食べる。

 

 カボチャの甘味を堪能していると、周囲をキョロキョロと見ているララが首を傾げ、あることを訊いてきた。

 

「センセ、ずっと気になってたんだが……エルフ族はどうやって物を手に入れてるんだ?」

「物を?」

「ほら、お金とか」

「金? ああ、無いよ。基本的にエルフ族は助け合いの掟と大地の恵みで生きてる。都に市場なんて無かったろ?」

「無かった」

「それで生きていけるのは大地の恵みが他の大陸よりも圧倒的に多いからだ。何で多いか分かるか?」

 

 ララにそう質問すると、少し考える素振りを見せてから「あ……」と声を漏らした。

 どうやら気が付いたようだ。

 

「清浄な魔力が多い……」

「そう。この西の大陸は他の三大陸と違い、圧倒的に清浄な魔力が多い。それのお陰で森や水が枯れることが無く、生命で溢れている。だからエルフ族は大地から与えられる恵みだけで豊かに暮らしていける。そして何より、欲が無い。共通の掟に従い、正しく生きていく事こそがエルフの幸せと考えているから成り立っている。たぶん、他の種族が同じ恵みを貰っても成り立たないだろうな」

「……性欲も無いのか?」

 

 ズルッと、姿勢を崩してしまった。

 

 気になるところがそこかよと突っ込みたかったが、単純に知的好奇心から来ているようなので素直に答えてやる。

 

「他種族よりは少ないと思う。ただ発情期はあるらしくて、その時にパートナーが居れば……」

 

 俺は拳を前後に突き動かして性行のジェスチャーをしてみせる。

 

 ララはふんふんと頷き。「ん?」と首を傾げる。

 

「パートナーが居ない場合は?」

「……そら、自分でするだろ」

「エルフもするのか……ならアイリーン先生も?」

 

 思わず、俺はその光景を想像してしまった。

 

 あの色気溢れるグラマラスボディの美女が、熱気に籠もったベッドの上で身をくねらせている様は正に素晴らしき理想郷かな。

 

 その考えが見抜かれたのか、ララはジトーっと見つめてくる。

 

「……考えさせたお前が悪い」

「私は何も言ってないぞ」

「……言っておくが、俺は手を出したことは無い。ホントだ」

「だから、何も言ってないって」

「ったく……」

 

 キッシュの最後の欠片を口に放り込み、ララの頬に付いているキッシュのカスを指で拭い取ってやる。

 

 それから少し経ち、休息を切り上げて先へと進む。

 

 今度の村までまた暫く時間が掛かる。休息が必要かどうかはその時に判断しよう。

 

 馬を走らせている途中、ララは初めて見る景色に興味津々なのか目に付く物を何でも訊いてくる。

 

 あの山には何が棲んでいるのか、あの湖では何が棲んでいるのか、あの遺跡は何の遺跡なのか。あの鳥は何だ、あの動物は、知りたがりな子供の様に何でも指さして尋ねる。

 

 俺はまるで小さな子供を相手にするように、その一つ一つに答えていく。

 

 嘗て俺が師に全てを教えられた時のように、今度は俺がララに教えていく。

 

 気付けば剣を握り、生きる為に戦場を闊歩していた俺が、誰かに物事を教えることになるとは二年前まで考えてもみなかった。

 

 アーヴル学校の教壇に立っている時は、自分が教師に相応しくないといつも心の何処かで思っていた。

 

 だがララにこうやって教えているこの時は、教師になって良かったと思い始めている。

 

 惜しむらくは、俺がララにとって両親の仇であるということ。

 ララにその真実を伝える時が、刻一刻と近付いている予感がある。

 だけどその時まで、この不思議な幸福感を噛み締めたい。

 

「……? センセ、あれは……?」

「次は何だ……?」

 

 丘を登り切った辺りで、ララは何かに気付いて指をさした。

 

 今度は何を訊かれたのかと、其方へと視線を向けた。

 

 離れた所に黒い大きな布切れのような物がフヨフヨと浮いている。

 

 いや、あれは本当に布切れか……?

 

「……しまった! あれは悪霊だ!」

「悪霊!? うわっ!?」

 

 俺は全速力でルートを走らせた。走り続けで疲れているだろうが、どうか堪えてほしい。

 

「悪霊って、何で!?」

「ウルガ将軍の配下だろ! お前が都を出るのを粘り強く待ってやがったな!」

 

 気を抜き過ぎていた。ウルガ将軍はずっとララが都から出て来るのを、都から離れた場所に悪霊を隠れさせて待っていやがったんだ。

 

 何でその可能性を少しでも思い付けなかった。ララが都に匿われてることは、将軍は知っていただろ。手先を潜ませることぐらい予想できたはずなのに。

 

 五年間の平和に頭が呆けてしまったか、このクソッタレ!

 

 逃げる俺達を、悪霊は地を這うように飛んで追い掛けてくる。その速さは馬以上だ。

 このまま平地を逃げ続けても追い付かれてしまう。

 

「ララ! 悪霊祓いの魔法は習ったか!?」

「な、習ってない――けど自分で学んだ!」

「よし! 奴らが近付いてきたらやれ!」

 

 どこか、どこか身を隠せる場所は無いか?

 

 奴らは鼻が利かない。姿を隠して音を立てなければやり過ごせる。

 戦ってる時間は無い。グズグズしてると王に気付かれる。

 

 逃げ隠れる場所を探しながらルートを走らせていると、隠れる場所では無いが、木の壁に囲まれた集落を見付けた。

 

 しめた! 砦の中なら悪霊は招かれないと入れない!

 

「センセ! 来た!」

 

 チラリと後ろを見ると、悪霊がすぐ後ろまで追い付いていた。

 

「ララ! やれ!」

「くっ……光の精霊よ来たれ――ルク・エクソル!」

 

 ララは王子から貰った杖を握り締め、俺にしがみ付きながら後方へと伸ばし、悪霊祓いの呪文を唱える。

 

 杖から神々しい光の霞が放たれ、悪霊の一体に纏わり付いて動きを封じた。

 

「ルク・エクソル! センセ! 数が多い!」

「中級の魔法は!?」

「わかんない!」

「もっと魔力を精霊に与えて広く光を出すイメージだ! 呪文はルク・ド・エクソルズ!」

「光の精霊よ来たれ――ルク・ド・エクソルズ!」

 

 ララが呪文を唱えると、先程よりも大きな光の輝きが杖から放たれる。

 

 扇状に光が放たれていき、一気に悪霊達を押し返していく。

 

 俺はその威力に驚いた。エルフ族の中級悪霊払いでも此処まで力強く悪霊を押し返す力は無い。精々、壁となって進行を妨げるぐらいだ。間違っても押し返すことは無い。

 

 やはり魔王の娘だからか、魔法力に対して大きな才能を持ち合わせているのだろうか。

 

 しかし、今はありがたい。お陰で無事に集落へと辿り着ける。

 

「せ……せんせ……くるし……!」

「ララ!?」

 

 ララがぐったりとしていた。

 

 一目で魔力失調症を引き起こしていると分かった。急速に魔力が精霊に吸い取られている。

 

 集落の門番の制止を無視してルートを突入させた。

 

 エルフの戦士達が取り囲んでくるがそれどころじゃない。

 ララを急いで馬から下ろし、地面に寝転がらせた。

 

「ハッ――ハッ――!?」

「息をしろ! 息をするんだ!」

 

 俺はララの手を掴み、自分の魔力をララに送り込んでいく。

 

 魔力は生命の源。魔力を失えば命に関わる。失った分の魔力を補填しなければいけない。

 

 次第にララの呼吸は落ち着きを取り戻していき、青かった顔色も血色が通った良い色に戻る。

 

「ララ! ララ! 大丈夫か!?」

「せんせ……いったい何が……?」

「精霊に魔力を根刮ぎ持ってかれたんだろう……魔力のコントロールを誤れば、精霊に喰い尽くされる。俺が迂闊だった……いきなりやらせるべきじゃなかった」

「い、いったい何事だ!?」

 

 この集落の戦士の一人が槍を突き付けながら近付く。

 

 門の外へを見れば、悪霊達はいなくなっていた。

 

 俺はララを立たせ、戦士達に身分と事情を明かしてララを休ませる場所を提供してもらった。

 魔力を奪われて体温も一気に下がったのか寒そうにしていた。腰のポーチから毛布を取り出し、ララに羽織らせた。

 

「大丈夫か?」

「あ、ああ……ちょっと寒いだけ」

「……本当に悪かった。俺が祓うべきだった」

「初めてだったから加減を間違えただけだ。次は大丈夫」

「……すまない」

「そ、それより、そのポーチ……」

「ん? これか? 校長先生から特別に借りた。空間拡大魔法を掛けてある魔法のポーチだ。どんな大きさの物でもこれに入れて持ち歩ける」

 

 試しにポーチから大きな本を取り出して見せる。

 ララは寒さなど忘れて、そのポーチを食い入るように見つめる。

 

 その気持ちは分かる。俺も初めてこの魔法を目にした時は口が開きっぱなしになった。他の種族でこの魔法を使ってるのは見たことが無い。たぶん、エルフ族だけが知る魔法だと思う。

 

 でも似たような魔法で、自分自身だけの固有空間を創造して、そこに物を収納する空間魔法があったな。確か上位の魔族が使っているのを見たことがある。

 

 ララにポーチを渡すと、ララはポーチの中を可愛らしく覗き込む。

 

「……」

 

 しかし、今回は本当に迂闊だった。

 ララの魔法の素質ならどんな魔法でも操れると勝手に思い込んでしまっていた。

 

 精霊を介して使用する魔法の危険性は充分に承知していた。それを忘れて、危うくララを死なせてしまうところだった。

 

 どんな魔法にも必ず危険は伴う。どんなに簡単な魔法でも、コントロールを失えばそれは自分に牙を向ける。己の魔法に呑まれて死んだ者を何人も見てきた。

 

 浮かれていた訳じゃない、気が緩んでいた訳でもない。完全に忘れてしまっていた。

 

 しっかりしろルドガー。ララはまだ子供で知らない事が多い。俺が間違えれば、常に危険に晒されているララは簡単に死ぬぞ。

 

「……センセ?」

「……もう少し休んだら出発しよう。今度は港までノンストップだ」

「……うん」

 

 ララの頭を撫で、場所を提供してくれた主人に礼を言って外に出る。

 

 悪霊達は祓えた。一度祓った場所には当分やって来ないだろう。

 

 だが魔族に居場所はバレたはずだ。この集落の周りに増援が来て潜んでいるかもしれない。

 その前に港へ辿り着ければ良いのだが、どうにか安全を確保する手段は無いだろうか。

 

 ポーチから黒い石を取り出し、魔力を込めて精霊を呼び出す。

 

「精霊よ来たれ――」

 

 石は砂粒に変わり、小人の形になり精霊と化す。

 その精霊に付近に偵察をさせ、魔族が潜んでいないか確認してもらう。

 

 この大陸に魔族の軍がやって来ているとは考え難い。いても数人、後は怪物の類いだろう。

 軍で来ていたら、侵略行為と見なされて停戦協定違反として攻め入る口実を与えるだけだ。

 

 それは魔族も望んではいない筈だ。少なくとも、今すぐには。

 あの将軍が、そんな愚かな事を考えていないのを願うばかりだ。

 

 偵察に行かせた精霊が戻り、まだ敵らしき影は見当たらないと、吉報を持ってきてくれた。

 今がチャンスだと思い、まだ少し怠そうなララに辛抱してもらって集落を出発した。

 

 ルートはよく頑張ってくれている。人を二人乗せて走り続けてくれるコイツはきっと名馬だろう。王子が気を利かせて、できるだけ良い馬を用意してくれたんだろうな。

 

 ほんと、フレイはイイ奴だ。友人になれたことは俺の誉れだ。

 

 やがて太陽がそろそろ一番上に昇ろうとしている頃、やっと目的の港が目に入った。

 丘の下に広がる青い海に、俺は懐かしさを感じた。湖や川は何度も目にしているが、海は久々だ。この大陸に来てからは近付いていないから、二年ぐらい目にしていないのか。

 

「あれが港か?」

「ああ。北のとは違うだろ?」

「北のは何か雰囲気が暗かった」

「魔族の大陸に一番近いからな。戦士達の基地として機能してるから、彼処みたいに明るくはない。さ、ルート。あとほんの少し頑張ってくれ」

 

 ルートを走らせ、港へと急ぐ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 出港

 

 此処まで魔族の襲撃などは無かった。あとは王にバレていないことを願う。精霊を使った交信術じゃ、圧倒的に精霊のほうが早く港に着く。

 

 用心しながら港へと入り、王子が用意してくれているはずの船を探す。

 ララはフードを被って顔を隠してはいるが、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見る。

 

「……何か、都のエルフと違う」

 

 ララがふとそんな事を口にした。

 

「どう言う風に違う?」

「んー……何と言うか……ゴツい?」

「ぷっ……」

 

 ララの感想に思わず笑いが漏れてしまう。

 

 だがそう言うのも無理は無い。何故ならララの言う通り、港にいるエルフ達は筋骨隆々の者達が多い。都や此処まで来る間に見た村のエルフ達は、戦士であっても此処までゴツくない。

 

「この港は漁業が盛んだ。遠い海を航海して、数週間から数ヶ月掛けて漁に出る。歴戦の戦士ですらキツい体力仕事をする彼らが、ムキムキになるのは当然だ。決して戦士達の訓練が楽って意味じゃないぞ。それに、海には海賊がいる。海賊と戦う彼らも立派な戦士だ」

「海賊……」

「海賊の多くは水族だが、決してそれだけじゃない。厄介なのは水族以外の海賊だ。水族は種族故に海を自由に航海できるが、他の種族はそうもいかない。それなのに水族を押し退けてまで勢力を拡大しているってことは、それ程大きな力を持ってるってことだ」

「遭遇したくないものだな」

「それが一番だ。さて、王子が用意した船を見付けなくちゃな」

 

 一応、向こうも俺達を探してくれている筈だ。

 港の端から端までを探していき、目的の船を見付けた。

 

 だが少し様子が変だ。

 

 船に乗船しているエルフの船乗り達と、エルフの戦士達が睨み合っている。

 

 俺はルートの足を止めて建物の物陰に移動させる。

 

 おそらくだが、あの戦士達は王側の者達だ。きっと俺達のことがバレたんだ。

 ララをルートと一緒に隠し、俺は様子を探るため船に近寄って彼らの話を盗み聞く。

 

「退くのだ。この船に魔族の要人が乗っていると、陛下から報告があった」

「知らねぇな。この船はフレイ王子御用達の船だ。魔族なんざ乗せちゃいねぇ」

「それを確かめる為に調べるのだ」

「聞こえなかったかい? これはフレイ王子の船だ。王子の許しが無けりゃ、誰も乗せさせねぇよ」

「これはヴァルドール陛下の御命令だ!」

「こちとら王子から、例えヴァルドール王だとしても乗せるなと言われてんだよ! 文句があんならフレイ王子に言いな! 王子から許可が出たらいくらでも乗せてやらァ!」

 

 その一言で戦士達が今にも剣を抜きそうになる。

 船乗り達も決して退くことなく、剣や斧を手に取って威圧する。

 

 だが戦士側のリーダーは同族で争うことを望んでいないのか、戦士達に下がるように命じる。

 船乗り側も、武器を下ろす。

 

「……分かった。陛下と王子に今一度連絡を取る。今は下がろう」

「フン、初めからそうしときゃ良いんだよ」

 

 戦士達はその場から一度離れていき、先程まで見事な啖呵を切っていた船乗りは軽く溜息を吐いた。

 

 俺は今がチャンスだと思い、マントのフードで顔を隠して物陰から出て彼に声を掛けた。

 

「失礼、アンタが船長か?」

「……そうだが、てめぇは?」

「ルドガー」

「じゃ、アンタが……!? 遅ぇんだよ! もっと早く来れなかったのか!?」

 

 船長は野太い声で俺に怒鳴る。

 

 それも仕方が無い。もっと早く到着していれば、彼らも戦士達と喧嘩腰になる必要も無かった。彼らへの反感は、そのまま王への反感になりかねない。それは船長達だって絶対に避けたいはずだ。

 

「すまない。これでも急いだんだ。それより、出港できるか?」

「いつでも出せるように準備は済ませてある。だが戦士達の目がある。それをどうにかしねぇと面倒だ」

「分かった。彼らの陽動は俺がする。戦士達の目が離れたら、すぐに出港してくれ。出港したら、一度左手の海岸に船を寄せてくれ」

「……それは分かった。で、件の子は?」

「こっちだ」

 

 俺は船長を連れて、ララとルートが待っている場所に戻る。

 

 ララに船長を紹介し、ララとルートを船長に任せて俺は一度港の門から外に出る。

 今、戦士達は王に精霊を使わして連絡を取っているだろう。戦士達の目を船だけじゃなく港からも離しておきたい。

 

 港から少し離れた場所にある雑木林に入り、背中のナハトを抜いた。

 

「さて、ちょっとド派手にやるぞ」

 

 剣を前に構え、剣身を左手で撫でるように動かす。同時に己の魔力を練り上げ、光属性へと変換する。その魔力を剣身に纏わせていく。

 

「我、此処に不死鳥の幻影を顕現させる者なり――ラージド・ファントムフェニクス!」

 

 剣を天へと突き出すと、天へ向かって剣から光が放たれる。

 その光は雑木林を越えると眩く炸裂し、空を覆うほどの炎を撒き散らしながら不死鳥へと姿を変えた。

 巨大な火の鳥となったそれは咆哮を上げながら、空を泳ぐ。炎を雑木林に降り注ぎ、火の海をへと変えていく。

 

 これで戦士達は港から離れて此処の消火活動に回るはずだ。

 

 フェニックスを操りながら少し待っていると、戦士達が駆け付けてくる音が聞こえた。

 俺は剣を背中に戻し、海岸へと急いで向かう。

 

 狙い通りに船は出港を始めており、海岸沿いギリギリを走っていた。

 船の甲板ではララが俺を見付けて大きく手を振って呼んでいる。

 

 海岸に出た俺は、今度は魔力を氷属性へと変えて右手に集める。

 

「我、凍て付かせる者なり――アイスバーン」

 

 右手を下から上に振り上げると、海水の一部が凍り付いて船までの氷道ができた。

 滑るようにして渡り、船へと飛び移ると氷は砕けて消える。

 

「船長!」

「よし来たァ! 野郎共! かっ飛ばせ!」

 

 船長の号令により船乗り達は帆を下ろし、風の魔法で風を起こして帆に受けさせる。

 船の速度がぐんぐんと上がっていき、海岸から一気に離れていった。

 

 遠く離れていく港を眺めながら、暫しの別れを告げる。

 

「ったく、旦那も滅茶苦茶なことをしやがる。誰が大火事を起こせつったよ?」

 

 船長が燃え盛る雑木林を見て溜息を吐く。

 確かに、あれではかなりの被害が出るだろう。

 

 だが、それはあれが本当の火事だったらの話だ。

 

「安心しろよ。あれ全部、幻だから」

 

 俺は発動を続けていた魔法を解いた。

 すると空をずっと羽ばたいていた不死鳥は蜃気楼のように消え、広がっていた炎も嘘のように消えた。

 いくら人目を集める為とは言え、本当に火災を起こすつもりなんてない。

 

 船長はあれが幻だと分かり目を丸くし、ララは「凄い……」と感嘆の声を漏らした。

 

「……さ、流石英雄と呼ばれる旦那だ。エルフでも、彼処まで本物と違わない幻影を出すなんざ中々できやしねぇ」

「そうか? あんな魔法より、王子に忠を誓って戦士達に彼処まで啖呵を切れるあんたらのほうが凄ぇよ」

「ヘッ、エルフ族きっての海の戦士は何者も恐れねぇ強者ばかりよ。旦那、予定の港までは四日は掛かるぜ。だが安心しな。居心地は保証するぜ」

「ああ。世話になる。さっきも名乗ったが、ルドガー・ライオットだ」

「エルヴィスだ。英雄と航海できるなんざ光栄だ。野郎共もこんなに可愛い子を前にしてイイとこ見せようといつになく張り切ってやがる」

「……この子について、王子から何を聞いてる?」

「旦那、安心しな。船長であるからには事情は知っている。だが野郎共は知らねぇし、俺も言う気はねぇ」

 

 船長の言葉に嘘は無いように思えた。目を見て、この船長なら信頼できると確信した。

 

 船長に礼を言うと、甲板の端っこで海を眺めているララの隣に立つ。

 ララは銀髪を海風で靡かせながら、赤い目を子供の様に輝かせて景色を楽しんでいる。

 

 俺も久々の船旅に、年甲斐も無く少しだけ高揚している。

 

「エルフの大陸に来る時、船から海を眺めなかったのか?」

「ずっと部屋に閉じ込められっぱなしだった。少しでも私を守る為だったんだろうけど……」

「……目的地まで四日掛かる。その間に海釣りでも教えてやろうか?」

「良いのか!? あ、いや、でも……王子と一緒にする約束したし……」

「それもそうか。取り敢えず、船室に行こう。たぶん、驚くぞ」

 

 ララは驚くぞという言葉に首を傾げる。

 

 百聞は一見にしかずと言うことで、これから四日間過ごす部屋へと連れて行く。

 

 甲板にあるドアを潜ると、そこは長い廊下に繋がっていた。

 

 ララは一度廊下に出て、足を止めて甲板に戻って船を端から端まで見渡す。

 

 そしてもう一度ドアを潜って廊下に出て、混乱したように目をパチパチとさせる。

 

「これと同じだ」

 

 俺は腰のポーチをポンポンと叩いた。

 

 そう、この船の内部にも空間拡大魔法が掛けられている。船の大きさからはあり得ない長さの廊下が現れたのはこの為だ。

 

 当然、各船室にもこれが掛けられている。

 ララが使用する船室は王子が過ごす場所であり、他よりも広く豪華になっている。

 ソファーにベッドに、備え付けの浴室まである。

 船の揺れも感じず、快適に過ごせるように魔法が掛けられている。

 

「……エルフの魔法って凄いな」

「ちゃんと学んで訓練すれば、お前も使えるようになるさ」

「センセの部屋は?」

「向かいの部屋だ。天気の良い日で、船乗りの仕事の邪魔をしなけりゃ、外に出てもいい。波が荒い日は出るなよ」

「わかった。……センセ」

「ん?」

 

 自分の部屋に入ろうとしたらララに呼び止められた。

 ララは少しモジモジとしてから、漸く口を開く。

 

「……いや、何でもない」

「そうか? それじゃ、俺は少し休む」

「ん……」

 

 俺は部屋に入るとドアを閉め、剣を壁に立て掛けて鎧を外してからベッドに寝転がる。

 

 久々に魔法を連発して少しだけ疲れてしまった。エルフの大陸に来てからはエルフの魔法しか使ってこなかったからか、人族の魔法を、それも少し大きめの物を発動して身体が吃驚してやがる。

 

 人族の魔法はエルフ族の魔法と違い、自分の魔力だけ発動する。

 

 世界に存在する七つの属性へと用途に分けて変化させ、精霊ではなく七神に名を告げる呪文の儀式を経て魔法を発動する。

 

 火の神イフリート、水の神ティアマト、風の神ラファート、地の神テラート、氷の神ニフルート、雷の神マスティア、光の神リディアス。

 

 この七神に名を告げることによって人族は魔法を発動する力を得る。あとは己の魔力を対応する属性に変化、もしくは余所からその属性の魔力を用意して発動呪文を唱える。

 

 しかし、人族は魔法力に適応する能力が低い。多くの人族は中級までの魔法が限界であり、その上を発動できる者はそういない。

 

 だからこそ、勇者の力は凄まじい。殆ど呪文など要らず、上級を越えて最上級の魔法を扱える。

 ただし、一つの属性のみだが。

 それでも七人の勇者達のお陰で人族は救われた。

 

「……元気にしてっかな、アイツら」

 

 東の港から出港したこの船は、更に東へと進んでいく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 船旅での魔法授業

 

 

 船旅は順調である。天候にも恵まれ、荒波に揉まれることも無く、海賊に見つかることも無く進んでいる。

 

 その間、俺はララの要望で授業をしていた。

 

 ララは悪霊を祓った時のことを気にしており、俺もまた魔法力が高いまま放っておくことは危険だと思い、魔法の授業に取り組んだ。

 

 アーヴル学校では魔法の授業はアイリーン先生の担当だが、それはあくまでも精霊魔法に関してだ。俺も精霊魔法は使えるが、俺の場合は触媒が必要。ララは触媒を必要としない程素質が高く、俺では力不足。だからエルフ族の魔法は教えずに人族の魔法を教える。

 

「良いか、ララ。先ずはお前の属性を見る。エルフの魔法は精霊を介せば全ての属性を使えるが、人族と魔族の魔法はそうもいかない。大抵の人は一つや二つの適正で、他の属性は余所から持ってくる」

 

 俺はポーチから掌サイズの水晶玉を取り出してテーブルに置く。

 

「これに魔力を流すと、適正のある魔力の色に変わる。火なら赤、水なら青って具合にな」

「複数の適性があった場合は?」

「少し混ざり合ったような色をする」

 

 ララは水晶玉を手に取り、魔力を流し込む。

 すると水晶玉の中心から煙のようなものが現れ、水晶玉の中を漂って広がっていく。

 玉いっぱいに広がった時、色が一色に染まる。

 

「……黒?」

「黒、だな」

 

 水晶玉は黒く染まっていた。混じりけの無い、純粋な黒だ。

 

 ララは不安そうにこっちを見てくる。

 

 正直、そうだろうと思っていた。

 何て言ったってこの子は魔王の娘だ。何も不思議なことじゃない。

 

 不安がるララを安心させる為、微笑んで頭を撫でてやる。

 

「おめでとう、お前は全属性に適性がある」

「そ、そうなのか?」

「ああ、嘘じゃない。お前は自分の魔力だけで全属性に変化させることができる」

 

 黒一色に染まるのは、七属性全てに適性がある者だけだ。

 

「センセの属性は?」

 

 ララから水晶玉を受け取り、魔力を流した。

 すると水晶玉はララと同じように黒く染まった。

 

「俺も同じだ」

「……何だ、珍しいことじゃないのか」

 

 ララはがっくりと気を落とす。

 だが俺は首を横に振る。

 

「いや、珍しい。俺とお前以外で全属性に適性があるのは、お前の父だけだ」

「そう、なのか……?」

「魔族も魔法力が高くても適正属性は人族と変わらない。特に魔族はそれが顕著だ。親の適正に左右され、その純度を高めていく。だからお前が全属性に適性があるのは、実は予想していた」

「じゃあ、何で調べた? 分かっていたんだろ?」

「半分は人族だ。もしかしたら使えない属性があるかもしれないだろ?」

「……確かに」

 

 納得したのか、ララはうんうんと頷く。

 

 一々反応が可愛いこいつに物を教えるのが、何だか癖になりそうだ。

 

 それから一冊の魔導書を取り出し、ララに初級の魔法を教える。

 

「最初はそうだな……火の魔法から始めよう。先ず呪文だが、七神に名前を告げる形になる。告げる名前だが、これは今から自分の行うことに因む。例えばこの蝋燭に火を灯したい時は……我、火を灯す者なり」

「まんまだな」

「初級は大抵そのままだ。中級、上級、最上級になるに連れて難解な言い回しになる」

「ふーん……どうして?」

「そうだな……いくつか説はあるが、解釈の仕方というのが有力だ。例えば、俺が幻影で見せた大火災。あれも火を蝋燭に点けることはできるが、蝋燭一本の為にあんな威力の火を出すわけにはいかない。だからもっと簡単に、灯すことだけを意識した言い回しが生まれた。あとはそうだな、大昔の言葉だったりだとか、七神の言葉だったとか色々ある」

 

 確実にこれだという答えは無い。人族の学者達が挙って魔法の研究をしてはいるが、学説が増えるだけで確証は持てない。

 

 今ではその答えを探している者がいるかどうかも怪しいもんだ。

 

 蝋燭を立てて先端に指を向ける。

 

「我、火を灯す者なり――フェルド」

 

 蝋燭に火が灯る。

 

「我、火を消す者なり――アン・フェルド」

 

 蝋燭から火が消えた。

 

「因みに、下級の魔法なら特訓次第じゃ無言で操れる」

 

 呪文を唱えず、蝋燭に火を灯しては消す。

 

 態々蝋燭の火を魔法で消すような奴はいないが、殆どの魔法にはそれを打ち消す反対魔法がある。それをセットで覚えることが、魔法の合格ラインだ。

 

 ララにやって見ろと、蝋燭を差し出す。

 

「いいか? 火属性の魔力に変えるには、イメージが必要だ。火を連想しろ。色、形、感触、動き、それら全てを魔力に込めろ。そうすればあとは魔力が勝手に変わる」

 

 ララは頷くと、蝋燭へと手を伸ばした。

 すると蝋燭に火が灯された。

 

 俺はジロリ、とララを見てしまう。

 

「……わざとじゃない。ちょっと無言でやってみたいと思っただけだ」

「どうやら魔力の出力コントロールから先にやったほうが良いみたいだな?」

「それは大丈夫。爺やから習ってる。無意識で魔力を垂れ流すことはしない」

「……そう言えば聞いてなかったな。魔族の魔法は使えるのか?」

 

 ララはアーヴル学校で初めて魔法を使った訳じゃない。それより前から使える。

 今の話を聞く限り、その爺やが魔法を教えていたようだが。

 

 今後魔法を教える基準点になるかもと思って尋ねたのだが、ララは目を逸らした。

 

「まさか……使えない?」

「違う、使える」

「じゃあ、何で目を逸らす?」

「…………い」

「なに?」

「……使いたくない。使ったら……誰かが死ぬ」

 

 ララは小さくそう呟いた。

 

 その様子から、ララの魔法に察しが付いた。

 

 魔族の魔法は、人族と同じで自分の魔力だけで魔法を発動する。

 人族と違うのは人族の呪文が七神への名乗りに対して、魔族は対象への命令だ。

 

 そして血族にしか現れない『血統魔法』の二つだ。

 

 前者は兎も角、後者は魔族にとって最大の武器でもある。これがあるからこそ魔族は例え適正のある属性が一つだけだったとしても、他種族に圧倒的優位でいられた。

 

 魔王の血統魔法は恐ろしいものだった。魔力に触れた生命が全て死に絶えるという、死の魔法。これに対抗するには魔王と同等の魔力で相殺する必要があった。

 

 俺は勇者程の魔力は無かったが、愛剣のナハトがそれを補う力を有していた。

 ナハトは魔王の力を唯一打ち破れる魔剣であり、魔王を殺せたのもナハトの力があってこそだ。ナハトの所有者となることで、魔王の力に対抗する体質を手に入れた。

 

 だからこそ、ララが半魔であると聞いた時に信じられなかった。

 魔王の魔力に触れても死なない人族が、勇者以外に存在していたなんて思いもしない。

 

 ララが魔族の力を使いたがらないのは、その力を受け継いでしまっているからだろう。

 

「分かった。お前に魔族の力を使わせるようなことは言わないし、させない」

「……」

「だけど困ったな。人族の魔法は魔族のそれと発動方法は基本的に同じだ。呪文が違うだけでやってることは同じだし。この分だと、人族の魔法は粗方呪文無しで使えそうだぞ」

「……でもどんな魔法があるのかは知らない。知らなかったら想像もできない」

「それもそうか。なら少し方針を変えて、どんな魔法があるかを教えて、それを一通り真似るようにしよう。その都度、解らないことがあればそれを教えよう」

「……うん!」

 

 ララは笑みを浮かべて頷いた。

 

 少し、ララの性格というか、内面的なことが解った気がする。

 

 普段のララの口調は大人びたもので、「ああ」や「~だ」のようなものだ。

 だけど心が動かされるような喜びを感じた時には「うん」や「~よ」と、年相応の子供らしさが現れる。

 

 たぶんだが、半魔ということで孤独を感じ、病弱な母と暮らしていくには大人という虚勢を張らなければいけなかったんだ。そうすることで、自分の心を守っていた。

 

 俺もそうだったから解る。孤独で生きるには、そうしないといけなかった。

 

 なのに、俺は……ララを裏切っている。

 

 やっと出会えた同族。だけどその同族は両親の仇。

 それを知った時、ララの心はどうなってしまうのだろうか。

 ララから憎しみの目で見られることは怖い。

 だがそれ以上に、ララの心が壊れてしまうのではないかと、別の怖さが生まれた。

 

 楽しそうに魔導書を読むララを見て、俺は心が潰れていくような感覚を味わった。

 

 

 

 船旅もいよいよ四日経ち、目的の港が見えてきた。

 

 ララは渡した魔導書の殆どを覚え、呪文無しに魔法を発動できるようになった。

 今は風を起こす魔法で船を進め、船乗りのエルフ達から拍手喝采を受けている。

 魔力の出力コントロールも申し分ない。これならば精霊を介した魔法でも失敗することはないだろう。

 

 本当にララは魔法の天才だ。それが血なのかはさて置き、ララ自身魔法を学ぶことが好きであり、魔法を愛し魔法に愛された存在とでも言うべきだろうか。

 

 それならそれで、気になる事もある。

 

 ララは聖女だ。それは間違いない。ララの背中一面には聖女の刻印である赤い翼があった。

 聖女はその種の滅びを救う為の力を持っている。

 

 それであるならば、ララの聖女としての力はいったい何なのか。

 魔力、魔法力、魔王の力、そのどれもが可能性として当てはまる。

 

 それに、校長先生が仰っていた『予言』についてもまだ聞かされていない。

 俺とララが大きな選択を迫られると言っていたが、それも聖女に関係するものなのだろうか。

 

 分からないことが多すぎる中、今それを考えてもどうしようもないと思い至り、頭の片隅にでも投げ捨てて置いた。

 

「嬢ちゃん! もう魔法は止めて良いぞ! あとは自然の風に任せりゃ良い!」

「わかった!」

 

 風の魔法を止めたララは、甲板の端にいた俺の隣に移動し、港を見た。

 

「私はてっきり北の大陸に行くのかと思ってた」

「それはいくらなんでも無謀過ぎる。魔王が居なくなったとしても、魔族の力は油断できない。あのウルガ将軍が使っていた飛行魔法……あれは見たことが無い。たぶん、この五年で新しい力を付けているはずだ。だから、俺一人じゃ心細くてね」

 

 東の港を出港したこの船は、北ではなく更に東へと向かった。

 

 東の大陸――人族の大陸に、俺達はやって来たのだ。

 

「私、聞いたぞ? 人族はセンセのこと、あまり良く思ってないって」

「まぁ……国のお偉いさんはそうだろうな」

「……英雄ってのに、関係があるのか?」

 

 ――心臓が破裂しそうだった。

 

 今此処で打ち明けるべきか、一瞬だが迷った。

 だけど打ち明けられなかった。

 

 その英雄という称号は、今の俺にとって海の底へ投げ捨てたいと思える物だった。

 

「……半人半魔である俺が、勇者達と肩を並べて戦っていたのが気に食わないんだよ」

 

 嘘とも本当とも取れる言葉を並べて誤魔化した。

 

 ララは「酷い国だなぁ……」と冷めた目で港を見ていた。

 

 ララに真実が伝わるのは、この大陸にいる時かもしれない。

 そんな嫌な予感が、俺の心臓を撫でた気がする。

 

 そんな俺の気持ちを余所に、船は港へと着港した。

 あまり気の進まない足取りで、俺は五年ぶりの大陸に足を踏み入れた。

 

「じゃあな、旦那に嬢ちゃん。俺達は此処で補給してから国に帰る」

「本当に助かった。ありがとう」

「船旅、楽しかった」

「……気を付けてな」

 

 俺とエルヴィス船長は握手を交わして別れた。

 ルートにララを乗せ、俺は手綱を引いて前を歩く。

 

 この港は五年前と変わっていないようだ。エルフ族の船から降りてきた俺達が珍しいのか、彼方此方から視線を向けられるが、それらを無視して港から出て行く。

 

 次の目的地は此処から一日もしない所だが、足取りが重い。

 

 永遠に辿り着かなければ良いのにと、そんな悪い考えが頭を過ってしまう。

 

 だがそうも言ってはいられない。

 俺はこの大陸に、嘗ての友に、力を借りに来たのだから。

 

「センセ、これから何処に向かうんだ?」

「……此処からそう離れていない所にゲルディアスと言う王国がある。そこに……そこに知り合いがいる。その人に力を借りる」

「……勇者?」

「そう、勇者」

 

 勇者……そう、勇者。俺と大戦を戦い、生き抜いてきた勇者。

 

 最後は喧嘩別れのような感じになってしまったが、兄弟のように育ってきた。

 

 兄弟……兄弟ね。自分で言ってて、笑えてくる。

 何が兄弟だ。俺には勇者のような力は無い。戦うことができても、同じ力は持っていない。

 アイツらだって兄弟とは思ってないだろう。

 

「……センセ、勇者と仲が悪いのか?」

「どうだろうな。まぁでも、悪い奴らじゃない」

「私が魔王の娘って知ったら、どう思う?」

 

 俺は足を止め、ルートに乗っているララを見上げる。

 

 しまった……俺はまたとんでもない間違いを犯してしまった。

 

 表向きでは勇者達が魔王を討ったことになっている。

 なのに俺は自分のことで頭がいっぱいだった。真実を知らないララにとって、仇は勇者達だ。

 

 俺はララの気持ちを置いて、先走った行動に出ていたことを悟った。

 

「ララ……すまない。お前の気持ちを考えてなかった。ああそうだよ、くそ……お前にとって勇者は……」

「センセ、勘違いするな。前にも言ったろ? 復讐心を抱くには、父を知らなさすぎるって。だから私が勇者達に対して思うことは何も無い。ただ向こうが何て思うか……」

 

 ララは不安そうに目を伏せた。

 

 きっとララは勇者達に魔王の娘として見られ、父親と同じように討たれるのではないかと怖がっているのだろう。

 

 ララを怖がらせるような真似をした俺が恥ずかしい。勇者達の事情や人柄を知っているのは俺だけだ。ララは何も知らないのに、俺はララに何も言わずに此処まで来てしまった。

 

 教師どころか、大人失格だ。

 

「……ララ。勇者達はお前を悪く思わない。それどころか、お前の優しい心に共感して力になってくれる」

「私が優しい?」

「穏健派を助け出そうとしてるじゃないか。勇者は人族の味方じゃない。正しき者の味方だ。お前は正しい。だから勇者はお前の味方になってくれる」

「……もしなってくれなかったら?」

「俺がお前の勇者になってやる」

「――」

 

 それは本心から出た言葉だ。

 

 まったく酷い男だルドガー。お前はいずれララを裏切るクソッタレだと言うのに、ララを安心させたい一心で酷い嘘を吐くなんて。

 

 だがどうしても俺は、ララの勇者になってやりたいと思った。

 

 この矛盾を孕んだ願望が、どのような悲劇を齎すのかは分からない。例え勇者達がララの敵になったとしても、俺だけは最後までララの勇者でありたい。

 

「……ありがと、センセ」

「……どういたしまして」

 

 俺はルートに上ってララの後ろに跨がる。

 手綱をしっかりと握り、ルートを走らせた。

 

 目指すはゲルディアス王国の第二首都リィンウェル。

 

 そこに、『彼女』はいる――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 ガラスの花

読んでいただきありがとうございます!!


 

 

 人族の大陸には七つの大きな国が存在する。

 

 それぞれが七神を祀った国であり、それぞれの神が最初に降り立ったとされる場所が首都に指定されている。

 

 此処、ゲルディアス王国は雷の神マスティアを祀る国であり、七つの国の中でも一番技術革新が進んでいる国でもある。

 

 その国の第二都市リィンウェルは、円形の城壁に囲まれた都市である。それもかなりの大きさであり、街の端から端まで行くのに、乗り物に乗って一時間以上掛かると言う。

 

 五年ぶりに目にした街の様子は、昔の記憶にあるまま変わらなかった。

 いや、どこか綺麗になって明るい印象があるな。

 

 軽快な街並みが広がっており、人々も賑やかに活気づいている。あまり貧困な様子は見られず、皆それなりに裕福そうな暮らしをしている。

 

 大戦が終わるまで、人族は魔族に領土を侵略されて資源も食料も乏しい生活を送っていた。子供が餓死することなんて当たり前のようにあった。

 

 それがたった五年で此処まで変われるものなのだろうか。魔導機の技術革新が進んでいるとは聞いていたが、それも一役買っているのかもしれない。

 

 それに俺とララが一番驚いたのは、鉄の馬車だ。馬車というか、馬も無しに鉄の箱が動いて人を運んでいる。

 

 俺達以外にも馬を移動に使っている人達はいるが、大通りの真ん中を巨大な鉄の箱が多くの人を乗せて運んでいる光景に二人して目を疑った。

 

 あれは魔導機、だと思うのだが、よもや此処まで魔導機が成長しているとは思わなかった。

 

 俺の知る魔導機は使い勝手が悪く、魔力の燃費も激しくて、何より大きくて持ち運びが大変な物ばかりだった。兵器としてしか魔導機を運用していなかったから、それも仕方が無いことかもしれない。

 

 しかしあの鉄の箱は兵器じゃない。日常の移動手段として使っているようだが、あれは安全なのだろうか。爆発したり、暴走したりするんじゃないだろうな。

 

「センセ……何、此処……?」

「……どうやら俺も、これから学んでいく必要があるみたいだ」

「あれ乗ってみたい!」

「……俺は遠慮したい」

 

 ともあれ、人族が大戦から立ち直れているようで一つ安堵した。

 俺は早々とルートを歩かせ、リィンウェルの城へと向かう。

 

 確か、リィンウェルの城は大戦中に倒壊したんだったか。

 新しく建て直したとして、たぶん大きくて綺麗な建物になっているだろう。

 それを探せば辿り着けるだろう。

 

 それにしても、リィンウェルの建物もよく見れば少し変わっているな。基本的な造りはレンガや木だが、そこに鉄やらガラスやらが多く見られる。と言うか、窓が全部ガラスだ。

 

 ガラスは人族の魔法技術ではこんなにも多く作れなかったと思うが、これも魔導機の技術だろうか。

 これじゃあ、ガラス細工を生業としていた数少ない職人は廃業してしまったんじゃないか。

 

 いや、寧ろ技術が進んで仕事が増えたかも?

 

 昔は女性へのプレゼントにガラス細工の物を渡すのが、どれだけの富を持っているのかを示せる手段だったが、今じゃそれも無さそうだ。

 

 そう言えば、ララもそう言った物に興味があるのだろうか。普段からあまり装飾品を身に付けていないが、もしかしたら欲しかったりするのかもしれない。

 

 丁度良く、目の前に廃れたのではと思っていたガラス細工の装飾店が目に入った。

 

「ララ、お前ってああいうのに興味あるか?」

「ん? え、何あれ!?」

 

 おっと、どうやら興味津々らしい。

 

 俺達はルートから下りて、街灯に手綱を結んでから店に入った。

 

 店に並べられているガラス細工は見事な物だった。宝石のアクセサリーとなんら変わらない美しさに加えて、宝石では加工できないような形の物まである。色も様々あり、本当にこれがガラスなのかと疑う程だった。

 

「いらっしゃいませ。おや、お客様方は外国の方ですかな?」

 

 店主であろう、膨よかな男性がそう聞いてきた。

 

「分かるのか?」

「それはもう。この街でそんな格好をしてれば、余所から来たと一目で分かりますよ」

 

 言われてみれば、街に入ってから鎧姿の兵士を見ていない。門番も鎧を着けておらず、黒い服で統一されていた。街に入ってから視線を集めているような気がしたのは、その所為か。

 

「その背中の剣もあまり見せないほうが良いかもしれませんねぇ」

「……確かに、怪しく見えちまうな」

 

 俺はナハトを背中から抜いてポーチの中へとしまう。鎧も脱いだほうが良いだろうが、此処で脱いで着替える訳にもいくまい。

 

「ほう? 珍しい魔法のポーチですね」

「エルフ族の特別製でな。珍しいと言えば、このガラス細工も凄いな。こんな加工技術、他じゃ見たことない」

「ええ、ええ。余所の国の事情は深く存じませんが、ゲルディアス王国は魔導技術の最先端を行ってますからね。ガラスの精製も加工も、魔導機さえあればあとはアイディア次第で何でも作れます」

「それは……凄いな。もうガラス細工の魔法使いは廃れたか」

「そんな者もおりましたね。今じゃ、自力で魔法を使う物好きはこの国では見かけませんねぇ」

 

 それは寂しいことを聞いた。

 

 人族の魔法は心の表れとも言われていた。魔法を使って物を作る人は、魔法に願いや思いを込めて作り上げる。出来上がった物には作った人の心を感じられると、人々は語ったものだ。

 

 それが魔導機に取って代わられたと聞けば、この美しいガラス細工も見かけだけで中身が無いように思えてくる。

 

 だがお陰で人々が豊かになっている。それ自体は素晴らしいことなのだろうが、やはり寂しさを感じてしまう。慣れてしまえばその限りではないのかもしれない。

 

 そんな俺の心を店主は見抜いたのか、ニッコリと微笑んでカウンターの後ろの棚からいくつかのガラス細工を取り出した。

 

「ちょうど此処に、その物好きがおりましてね。ただ、少々不得意なものですから店先には並べてないのですよ」

 

 それは色んな花の形をしたガラスのブローチだった。

 

 確かに店先に並んでいる商品に比べたら、どこか洗練さが足りないように思える。

 だけど却ってそれが味を出して、他のどれよりも素晴らしい物に見える。

 

 ララはその一つを手に取ってまじまじと見つめる。

 

 美しい赤色のガラスの花で、少し花びらが丸っこい感じだ。

 

「……店主、これをこの子に」

「え?」

「かしこまりました」

「いや、悪いよ……それにこういうのって高いんじゃ……」

「気にするほどじゃない」

「……ありがとう」

 

 ララは頬を緩めて嬉しそうに笑った。

 

 店主から提示された額は、予想外に安いものだった。最初、これは店主が敢えて安くしているものだと思ったのだが、よく見ると他の商品よりもちょっと安いぐらいだった。

 

 多く生産できるから価値が昔よりも下がったのだと分かり、だけど俺は提示された額よりも多くを支払った。これ程の作品に提示された額は安すぎると思い、せめてこれだけは支払わせてほしいと、三倍の額を支払った。

 

 人族の金は、実は潤沢に持ち合わせている。エルフ族の大陸で過ごしていれば、お金は埃を被るだけだった。それに大戦の功績で得た金も結局使わず終いでいたから、腰のポーチにたんまりと入っている。

 厄介払いの為に支払われた金が、此処で役立つとは当時は考えもしなかっただろう。

 

 店から出る前に、店主はララに花のモチーフについて語った。

 

「それはアネモネという花を模して作りましてね。花言葉はご存じで?」

「……」

 

 ララは首を横に振った。

 俺も花言葉は詳しくない。

 

 店主は俺達を見てニッコリと笑う。

 

「貴女を愛す……お二人に幸せが訪れることを願ってますよ」

「いや店主!? 俺達はそういうんじゃ――」

 

 最後の最後でとんでもない発言をしてくれた店主にはいつか礼をしてやる。

 

 ララは店から出てずっとブローチを見つめて黙り込んでいる。

 

 俺はルートの手綱を引きながら、ルートの背で黙り込んでいるララを見る。 

 その顔は何を考えているのか分からないが、何かとても懐かしんでいるような気がする。

 

「……アネモネの花に、思い入れでもあるのか?」

「……母が……お母さんが好きだったんだ」

「……」

 

 ララはそのブローチを通して母親を思い出していた。

 今にも泣きそうな顔をして、ポツポツと母について語ってくれる。

 

「母は父のことをあまり話さなかった……。だけど、父から花を贈られた話をしてくれたことがある。その花が赤いアネモネで、それ以来その花が好きだって……」

「……そうか」

「花言葉なんて知らなかったけど、母と父は知っていたのかな……なんて、魔王が花言葉なんて知る訳もないか」

「……花を贈るような魔王だ。きっと知ってたさ」

「……うん」

 

 俺は立ち止まり、ララが持っているブローチを貸すように手を出した。

 

 ララは俺の掌にブローチを載せ、俺はブローチに魔法を掛けた。

 

「時よ、永遠に――ペェレマーメン・セーレヴァ」

 

 半永久保存の魔法。俺の魔力が尽きるまで、ブローチが壊れないようにする中々難しい魔法だ。この魔法に属性は無く、強いて言うなら無属性魔法と言ったところか。

 

「壊れるから物は美しいとは言うが、これは壊れてほしくないだろ? 俺の魔力が尽きない限り、このブローチは壊れない」

「……その魔法、私も覚えられる?」

「俺のオリジナルだが、お前ならな」

「……センセ、ありがとう」

 

 ララはブローチをローブの胸元に付けた。白いローブに赤いブローチが良い具合にアクセントになって似合っていた。

 

 少し湿っぽかった空気も明るくなり、俺達は城を探した。

 

 先程からずっと歩いているのだが、城らしき建物が見つからない。

 昔あった場所には巨大な塔が建っているが、まさかそれが城な訳がないだろう。

 

 念の為、その塔へと近付く。

 するとだ、塔だと思っていたそれは塔ではなかった。

 

 鉄とガラス窓で聳え立っているのは紛れもなく城であった。

 空高く聳え立つそれは城と言うには真っ直ぐすぎた。だが城であると分かる。

 

 何故なら、入り口らしき所にご丁寧に『ノクティス城』と彫られた鉄の看板がある。

 

「……何がどうなって城が塔になった?」

「凄いな……何階まであるんだ?」

 

 ララはルートの上で城を見上げ、ルートまでもが首を上げて城を見ていた。

 

 と言うか、ルートは何処に繋げていけば良いんだ?

 

 辺りを見ても馬留めも無ければ厩舎も見当たらない。馬に乗っている人もいたから、何処かにはあるんだろうが、来客用が見つからない。

 

 いや、それより何だこの城は? 城壁も無ければ城門らしき物もない。入り口、だと思う所は一面ガラス張りだしドアノブも無い。

 俺の常識が通用しない建物だと? おいおい、勘弁してくれよ。これからアイツに会うのに、余計なところで精神を消耗させたくないって。

 

「センセ、とりあえずあの人に訊いてみたら? たぶん、兵士だろ?」

 

 俺が目を回していると、ララがそう言って指をさした。その先には黒い服を身に纏った男が此方を不審者を見るような目で見ていた。

 

「……そ、そうだな。おーい、そこの人! ちょっと訊きたいんだが!」

 

 俺が手を振って呼ぶと、その男は警戒しながらもこっちに近寄ってくる。

 

「……城に何の用だ?」

「やっぱ城なのか……。あー、エリシア・ライオットに会いたいんだが、どうすればいい?」

「……雷の勇者様にいったい何の用だ?」

「えりしあ……? ライオットって……」

 

 男は左腰に差している棒状の物に左手を添えた。

 おそらく警棒の類いだろう。纏う雰囲気と足の運び方から、場慣れしていない兵士だ。

 

 此処で下手に騒ぎを起こす訳にはいかない。

 俺はあくまでも穏便に済ませようと、そもそも尋ねているだけなのだから何もしていないが、軽く笑みをみせて用件を伝える。

 

「ルドガー・ライオットが来たと伝えてくれれば、すぐに分かるからさ。ちょっと中に入って伝えてくれないか?」

「貴様!? 勇者様の家名を騙るか!」

「いや本名なんですけど!?」

 

 男は警棒を抜き放ち、俺の眼前に突き出す。

 

 分かっていたことだが、やはり俺の名前は人族の間では浸透していないらしい。

 エルフの間では英雄と持て囃されていたから、逆に新鮮さを感じてしまう。

 

 だがこのままじゃ騒ぎが大きくなってしまう。

 

 此処は諦めて一度離れようかと考えた、その矢先――。

 

「ルドガー……? おいルドガーじゃねぇか!?」

 

 少ししゃがれた声で俺を呼ぶ者が現れた。

 声がしたほうを向くと、城から褐色肌で灰色の髪を短く切った初老の男が出て来ていた。

 

 彼の顔を見て、俺は驚いた。

 

「モリソン……? おまっ、モリソンじゃねぇか!」

 

 何故なら現れたその男は大戦時代を共に戦った戦友だったからだ。

 

 モリソン・J・クリフォード、老将ではあるが実力は人族の中でも随一で、どんな時でも最前線に立ってきた兵士だ。

 

 俺にとって、彼こそが人族の英雄なのではないかと思っている。

 

 モリソンは俺に駆け寄り、拳を突き出してきた。

 

「てめぇ久しぶりじゃねぇかよおい!」

「それはこっちの台詞だ! お前、まだ引退してなかったのかよ!?」

 

 突き出された拳に自分の拳をぶつけ、ガシッと握手を交わす。

 

 このっ、あれから更に年食ってるはずなのに力が全く衰えていねぇ!

 

「あたぼうよ! ジャリ共を育て上げるまでは嫌がられようとも離れてやんねぇよ!」

「元気そうで何よりだ」

「てめぇもな。それで、こんな所で何をしてる? ああ、おめーさんは見回りに戻りな。こいつは俺のダチ公よ」

 

 モリソンは俺に警棒を突き付けていた男にそう言うが、男はこの場から退こうとしなかった。

 

「しかし、クリフォード教官! こいつは勇者様の家名を騙ったのですよ!?」

「馬鹿野郎ッ!」

 

 モリソンが怒鳴ると、辺りの大気が震えた。

 ララから「おおっ」と驚く声が漏れる。

 

「俺がダチ公っつったらダチ公なんだよ! 家名なんざ世界を探しゃ同じ奴もいらァ!」

「えぇ!?」

 

 あー、うん。正直、困惑する気持ちは分からなくはない。

 

 すまん、名も知らぬ若き兵士よ。これもこれ以上面倒事を起こさない為、その理不尽に屈して立ち去ってくれ。

 

 モリソンに一喝された若き兵士は渋々とこの場から立ち去っていった。

 

「すまねぇな。お前さんのことを知る奴は、一部しか軍に残ってねぇ」

「いや、仕方ねぇよ。あの若者には気の毒な事をした。あとで飯でも奢ってやってくれ」

「ふん、お前さん持ちだからな。それで……こっちの嬢ちゃんは誰だ?」

 

 モリソンはルートに乗っているララを見上げる。

 ララをルートから下ろし、彼女をモリソンに紹介する。

 

「この子は俺の教え子だ」

「ララ・エルモールだ」

「教え子? お前さん、今どこで何をしてんだ?」

「ちょっと学校の教師を――いや、それは良いんだ。エリシアに会いたい。魔族絡みの案件だ」

「……よし、取り敢えずこっちに来い。その馬を休ませる場所に案内してから、詳しく話そう」

 

 俺達はモリソンに案内され、城を回り込んで裏から敷地内に入った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 勇者を訪ねて

 

 厩舎にルートを繋ぎ、モリソンの後について城の中に入る。

 

 入る時に窓ガラスが独りでにスライドして開き、俺とララは思わず驚いてしまう。

 

 魔法の類いを感じなかったが、モリソン曰く、全部魔導機が自動的に動かしているらしい。

 

 動く窓ガラス、動く階段、上層階に瞬く間に上がる部屋。

 これら全部が魔導機と言うのだから、人族はとうとう魔法を捨て去る時が来たのかと思ってしまった。

 

 だがよくよく考えてみれば、魔法を使えば窓も階段も部屋も動き出す。

 見た目に騙されて驚きが勝っていたが、手法が違うだけでやっていることは同じだ。驚いて損をした気分だ。

 

 それに、魔法力が低い人族が魔法の代わりを生み出すのは自然の摂理として正しい。

 魔法無しで魔法と変わりない力を手に入れる事ができているのは、喜ばしいことだと思う。

 

 動力源は基本的に魔力を生み出す鉱石である『エーテリオンダイト』と呼ばれる魔石であり、エーテリオンダイトは東の大陸、つまり人族の大陸に多く存在する。南の大陸にも存在するが、その総量は雲泥の差だ。

 

 モリソンに応接室へ案内された俺達は出された紅茶を飲んで一息入れる。

 

「それで? エリシア嬢に何の用だ? まさか、そう言う話か?」

 

 モリソンは小指を立ててそんなことを言ってきた。

 ララは意味が分かっていないようで首を傾げる。

 

「違う。確かにこの子に関係はするがな。で、エリシアは?」

「間が悪かったな。今、お嬢は別件で立て込んでてな。現場で指揮を執ってる」

「ちっ……勇者が態々現場に出るような案件だ。何があった?」

 

 モリソンは紅茶を啜り、声を少しだけ潜めた。

 

「……お前さん、七神の遺跡については知ってるだろ?」

「遺跡だ? ああ、当然。何せ、七つの遺跡全部を回ったんだからな」

「センセ、七神の遺跡って?」

 

 ララが興味を持ったようで、爛々とした目で訊いてきた。

 別に内緒にするようなものでもないので、素直に教えることにした。

 

「勇者ってのは、最初から魔王と戦えるような力を持ってた訳じゃない。魔王と戦う前に七神の力を、試練で勝ち取ったんだ。その試練が行われる場所が、七神の遺跡だ。七つの国にそれぞれ一つずつある。でも何で今更それが? 試練を終えて、遺跡は力を完全に失ったはずだが?」

 

 今もはっきりと覚えている。勇者達と七つの遺跡を回り、試練に挑戦したあの頃を。

 

 神々が用意した怪物に挑み、その怪物を倒して力を手に入れた。試練に挑戦できるのは選ばれた勇者のみだが、その道中にも強力な怪物が棲んでいて遺跡に入るだけで一苦労だった。

 

 勇者が試練を乗り越えて力を得た時、遺跡は役目を終えたと言わんばかりに眠りに入った。

 

 モリソンは小さく呻って腕を組む。

 そして聞き捨てならない話を切り出した。

 

「それがな……遺跡に力が戻ったんだよ。それも一つじゃない。七つの遺跡全てだ」

「馬鹿な!? あり得ない! 遺跡に力が戻るってことは、新たな勇者が現れたってことか!?」

「声がでけぇよ。嬢ちゃんが吃驚してる」

「――あ、ああ、すまんララ」

「……どうして新しい勇者が現れたって思うんだ?」

 

 ララの質問を聞き、俺は冷静さを取り戻した。

 一度紅茶を飲んで気を切り替える。

 

「人族の言い伝えだ。七神の遺跡が魔力を宿す時は、勇者が現れる時だと云われている」

「でも、勇者は健在……」

「そうだ。そしてその勇者達は既に試練を乗り越えている。新しい力ってことなら、話は変わってくるかもしれないが……」

「お嬢もそう考えて遺跡に向かった。遺跡に力が戻った理由を探りにな。今度はそっちの番だ。何があった?」

 

 俺は一度ララを見る。

 

 ララが聖女であることを伝えても良いだろうかと考えた。

 モリソンなら信頼できる相手だ。秘密は守るし、見た感じ立場もそれなりに上みたいだし、ある程度の情報を共有していたほうが良いかもしれない。

 

 モリソンに顔を寄せ、声が部屋の外に漏れない程度の大きさで話す。

 

「モリソン、魔族側に聖女が現れた」

「何だって? おい、まさか……」

 

 モリソンは俺の隣に座るララを見た。

 俺は頷き、ララも頷いた。

 モリソンは驚いた表情を顔に張り付けるが、声を出さないでいてくれた。

 

「今、魔族は戦争を望まない穏健派と、聖女であるララを魔王の座に就かせて再び戦争を仕掛けようとする強硬派で対立してる。穏健派はララを強硬派から逃がして、今俺が守ってる。だけど魔族の大陸では強硬派のウルガ将軍が穏健派を力尽くで抑え付けて、ララを奪還しようと戦意を煽ってる。このままじゃ、また戦争が起きる」

「だがよ、魔族は戦う力を失ってるだろ? 戦争を起こしたとして嬢ちゃんを奪えなかったら、それこそ本当に終わりだろ?」

「だとしても、大きな一戦を起こすだけの力はあるだろう。それに俺は見た。新しい怪物に新しい魔法。ウルガ将軍も初めて見た顔だが、底知れない力を感じた」

「……それとお前さんが此処に来た理由と何の関係がある?」

「魔族の本国に行って将軍から穏健派を解放する。そして戦争を止める。その為には俺一人の力じゃ足りない。だからエリシアの力を借りに来たんだ」

 

 モリソンに一部を伏せて情報を伝えた。

 流石にララが魔王の娘であることは伝えられない。今教えたことだけでも、モリソンにとって、延いては人族にとって重大なことなのだから。

 

 魔族側に聖女が現れたとなれば、人族は魔族に対してどういう姿勢を取るのか容易に分かる。

 聖女を殺して魔族に立ち上がらせる機会を永遠に失わせるだろう。

 

 それでもララを連れて人族の大陸に来たのは、戦争を止める為だ。

 そしてララにとっては自分を守ってくれた穏健派を助ける為だ。

 

 その二つを達成するには、どうしても俺一人の力では足りない。少なくとも、勇者の一人か二人は必要だ。

 

 モリソンは頭を抱えて目頭を擦る。

 

「……聖女に遺跡、魔族の動き……こいつはどうも大変なことが起きてそうだ」

「モリソン、ララのことは絶対に漏らさないでくれ」

「分かってら。嬢ちゃんのことは何があっても漏らさねぇ。で、どうするつもりだ?」

「俺も遺跡のことは気になるし、ララを守って戦争を止めるにはエリシアの力が必要だ。これから遺跡に向かってエリシアと会う。力を貸してくれなかったら、別の勇者に当たる。そう時間は残されてないと思うが……」

 

 他の勇者達を探しに行く時間は多い訳じゃない。それに、一番話の分かる奴はエリシアだ。エリシアが駄目なら、他もおそらく駄目だろう。

 

 もしそうなったら、俺とララだけで魔族の本国に乗り込まなければならない。

 その時は、ララを守り切れるかどうか自信が持てない。

 

 俺の不安がララに伝わってしまったのか、俺のマントをララの手がギュッと掴む。

 

 俺はララを守りたい。いずれ裏切るとしても、ララは守り通したい。

 

「……よし分かった。お嬢が此処に戻らなくても大丈夫なように、こっちで手を回しておいてやる。お前さんはお嬢が嫌だと言っても無理矢理連れて行きな」

「それは……心強いが、良いのか?」

「なぁに、教官なんて呼ばれてるが、こう見えて爵位持ちでリィンウェルのトップツーだ。頭であるお嬢が居ない間、留守を任されるのが俺の仕事でぇ」

「……お前、貴族になったのか!?」

 

 初耳である。

 俺が知っているモリソンの実家はそこまで名の知れた家じゃない。何処ぞの貴族に使える騎士が良いとこだったはずなのだが。

 

 モリソンはニカッと笑って自慢げに言う。

 

「大戦の功績でな。まぁ、理由はそれだけじゃないが、それは黒い社会って奴よ」

「ああ、脅したのか」

「ふん、お前さんを除け者にしようとしたのが気に食わなかっただけでぇ。ってことで、こっちは任せな。それに、五年経った今でもお嬢はお前のことをずっと気に掛けてる」

「……別れ際にビンタされたよ。だけど、そうか。助かるよ、モリソン」

「今度は色々終わらせてから来な。ゆっくり酒でも飲もうや」

「ああ。ララ、行くぞ」

「ああ……じゃ、お爺さん」

 

 ララはモリソンに手を振り、俺達は応接室から出た。

 

 下の階に降りる、何と言ったか……えれべーたーに乗って、モリソンから聞いた情報を思い返す。

 

 七神の遺跡が力を取り戻した。それも七つ全部。

 

 それが意味するのは、新たな勇者が誕生したか、もしくは新しい力を現勇者に授ける為か。

 どちらにしても、勇者の力が必要な事態が迫っていると言うことだ。

 

 それは魔族に聖女が現れたことに関係があるのだろうか。

 仮に、最悪な場合として聖女に対するカウンターだったとしたら。聖女を殺す力を勇者に授ける為に力が戻ったとしたら、それはもう戦争を止めるどころの話じゃなくなる。

 

 そんなことになれば、俺は七人の勇者と全面戦争を起こすことになる。

 世界がララを排除しようとするのなら、俺は世界を排除するだろう。

 

 それをするだけの理由が、俺にはある。

 ララの両親を殺した俺が、俺だからこそ、ララを守らなきゃならない。

 

「……センセ、また怖い顔してる」

「……え? あ、ああ……すまん」

「……そのエリシアって人、どんな人?」

 

 唐突に、ララが質問を投げ掛けてきた。

 

「どんな……んー……イイ奴なんだけど、気が強いって言うか、当たりが強いって言うか……結構考え込むタイプだけど最終的には全部斬っちまうタイプ?」

「……それ、大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。斬って良いものと悪いものはちゃんと見極めれるから」

 

 ララは少し雷の勇者に不信感を抱いた。

 

 でも案外、ララとは気の合う友達になれるかもしれない。アイツもアイツで知りたがりだし、行動派でララのように力ある者を好む性格だしな。それに可愛いもの好きで、ララの可愛さなら気に入られるだろう。同性の友達を欲しがってたし、思うような心配は無いかもしれない。

 

「……センセとその人、家族なのか?」

「え?」

「名前、同じだし」

 

 そこでえれべーたーは一階に到着し、ドアが開いた。

 えれべーたーから出てルートがいる厩舎へと向かう。

 

「まぁ……家族というか、俺と勇者達って同門の出なんだよ。血は繋がってない」

「同門……」

 

 厩舎にいるルートの手綱を引いて厩舎から出し、ララを乗せる。自分もララの後ろに乗ってルートを歩かせる。

 

「同じ家名なのは……師がそう名付けたからだ」

「……センセのセンセって、どんな人?」

 

 俺は口が固まった。

 

 ララに師のことをどう伝えたら良いのか分からなかった。

 こればかりは、まだ自分の口では言えない。

 

「……凄く強かったよ」

「……そう」

「……さ、話は一旦終わり。これから遺跡に向かうぞ」

「ああ」

 

 リィンウェルの大通りを北へと進んでいく。

 

 リィンウェルの北側にある山脈に、七神の遺跡がある。馬で走れば日が昇っている内に辿り着ける。

 そこに彼女がいるはずだ。アイツなら、きっと助けになってくれるはずだ。

 

 ララを落とさないようにしっかりと注意を払いながら、ルートを北へと走らせた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 雷の勇者

 

 ロニール山脈。雷の神マスティアを信仰するゲルディアス王国と、火の神イフリートを信仰するファルナディア帝国の国境線として伸びる、緑が一切無い岩肌の山脈だ。

 

 その昔、世界を創造した七神が世界の覇権を巡って争っていた神話の時代がある

 雷神マスティアは火神イフリートの侵攻を防ぐ為、ロニール山脈に沿って長城を築いた。

 

 そのうねる様に長く続く姿から『ロニールの大蛇』と呼ばれた長城は、一定の間隔ごとに神殿が設けられている。本殿とされるのは長城の中央であり、山脈の中へと続く入り口が存在する。

 

 雷の勇者が試練を突破し、力を失った今でも立ち入りを禁止されている。立ち入りを許されているのは雷の勇者と、彼女に許しを得た者だけである。

 

「――ってのが、今から行く七神の遺跡だ。長城やら大蛇やら色々と呼び名はあるが、俺は分かりやすく雷の神殿って呼んでる」

「雷の神殿……山の中に入れるのか?」

「ああ。山脈の内部に空洞があってな。広いぞ」

「へぇー……。神話についても初めて聞いたな」

「まぁ、魔法について学んでいけば必然と神話時代を学ぶことになるさ」

 

 ルートの背に乗って山道を登りながら、ララに遺跡についての知識を教えていた。

 

 歴史を学ぶことは明日へ進む為の糧なり、と師から教わった。

 

 歴史を専門的に研究する考古学者みたいに詳しい訳ではないが、少なくとも直接神話の力を目の当たりにしてきた分、その他よりは詳しいと自負している。

 

 歴史を学んでいたお陰で生き延びてこられた場面に幾度も遭遇した。怪物退治がそもそも神話を知らなければ土台無理な話だ。あれらは神話時代から存在している唯一の存在だと言っても良い。倒す為にあれらについて学ぶのなら、神話を学ぶことになる。

 

 例えば有名な怪物を挙げるのならバジリスクという蛇の怪物がある。アレの血は猛毒で触れただけで死に至らしめる力を持つ。更に上位種になれば睨まれただけで魂を奪われてしまう。

 

 それさえ知っておけば対策を立てられる。下位のバジリスクと正面切って戦うのであれば、毒を浄化する霊薬を事前に飲んでおけば良いし、上位のバジリスクが相手なら鏡を用意すればいい。鏡に映った自分の眼で死んでくれる。

 

 過去、実際にバジリスクと戦ったことがあるが、対策を事前に練っていれば楽な相手ではあった。

 それにバジリスクの毒は貴重な霊薬の材料にもなる。その毒から作られる血清は凡そどんな毒をも中和することができる。

 

「さて、ルートに乗って進めるのは此処までか」

 

 もうすぐで長城に辿り着けるという所で、馬で進むには険しい道が現れた。

 ルートからララを下ろし、俺はルートの首を優しく撫でてやる。

 

「ルート……暫くの間我慢していてくれ」

 

 俺は腰からポーチを取り、ポーチの口をいっぱいに開いてルートの頭を入れるようにして被せる。するとルートはスルスルとポーチの中に入っていき、あっという間にポーチの中に収まった。

 

 ポーチの中は生物が入っても問題無い。これでポーチを無くさない限りはルートを手軽に運べる。

 

「……魔法って凄い」

「だろ? 魔法は人生を費やしても学びきれないほど溢れてる。いつかお前も新しい魔法を作り出せるかもな」

 

 ポーチを腰にしっかりと括り付け、ナハトをポーチから取り出して背中に装着した。

 岩が剥き出しの道を、足を滑らさないように気を付けながら進んでいく。

 

 飛行魔法を用意しておけば良かったかなと少し思い始めた頃、漸く神殿へと辿り着いた。

 

 山の頂上を神の力で斬って平らにしたと云われるような場所に大きな神殿がある。その神殿の両端から城壁が遙か先まで伸びており、神殿の入り口の両脇には二体の女神像が佇んでいる。

 

 久しぶりに目にした雷の神殿に懐かしさを覚える間もなく、神殿前の広場に拠点を築いている兵士達を見て、やっとエリシアに会えると安堵する。

 

 これで会えなかったじゃ、時間をかけて山を登ってきた甲斐が無くなる。

 

「ん? 何者だ?」

 

 黒服ではなく、黒い鎧に身を包んだ兵士が俺達に気付き、警戒の色を現した。

 

 また不審者扱いされるのだろうかと軽く溜息を吐く。

 だが騒ぎが大きくなれば、エリシアが出て来るだろう。

 

「此処にエリシアがいるとモリソンから聞いたんだが、ルドガーが来たと伝えてくれないか?」

「ルドガー? 『グリムロック』のルドガーか?」

 

 兵士の一人が口にした名に、俺は背中がむず痒くなる感覚を味わう。

 

 ララは「ぐりむろっく?」と首を傾げ、何のことだと尋ねたそうにしているが、できればそれを尋ねてほしくはない。

 

 俺は目を兵士からツーッと逸らしながら、それを肯定する。

 

「そ、そう……グリムロック。そのグリムロックで間違いない」

「……少しお待ちを」

 

 兵士は俺を訝しんだ目で爪先から頭の天辺まで見渡した後、そう言って拠点の奥へと消えていく。

 

 周りの兵士達は口々に「あれがグリムロック?」「半魔の?」「いや、俺は魔族だって聞いたぜ」「もっと化け物みたいな姿だと」とか色々言っている。

 

 チラリ、とララを見ると興味津々な顔をして此方を見ている。

 さぁ教えろ、その恥ずかしい異名みたいな奴について語れと目が訴えている。

 

 それを敢えて無視し続けていると、兵士達の群れをかき分けながら此方に歩み寄ってくる女性が目に入った。

 

 紫電色の髪の毛をポニーテールにし、人族の大陸、その最東端に伝わるカタナと呼ばれる二振りの剣を腰に差した女剣士。紫の軽装にジャケット姿は、昔と変わらない。

 

 髪の色と同じ瞳で俺を見た彼女は、本当に俺が来たと分かり歩く速度を上げる。

 

 俺は右手を上げて久しぶりに会った友人に向けるような笑みを浮かべた。

 

「よ、よぉ……久し――」

「歯ァ食い縛れェ!」

「ぶりぃアッ!?」

 

 紫電を発した右ストレートにより笑顔は粉砕され、俺は激しい痛みと全身を突き抜ける痺れを感じながら地面にぶっ転がされた。

 

 そのままエリシアは俺の上に跨がり、何度も何度も俺の鼻っ柱を殴り付け、その度に雷撃が迸る。

 

「よくも! ノコノコと! 顔を! 出せた! わね!」

「ぐぎゃッ!? ちょば!? まばっ!? やぶべっ!? おちばっ!?」

 

 エリシアを止めようとするが、呼吸する間もあらず、顔面がペシャンコになっていくのが分かる。

 

「お――おい止めろ! センセが死ぬ!」

「ちょっ、離しなさいよ!」

 

 情けなくも、俺をエリシアの殴打から助けてくれたのはララだった。

 ララはエリシアが振り上げた右腕にしがみ付いて動きを止めてくれた。

 

 俺は折れ曲がった鼻を力尽くで戻し、ララにしがみ付かれて動けないエリシアを強引に退かして起き上がる。

 

 ダラダラとみっともなく鼻血を流す俺を憐れに思ったのか、兵士の一人がハンカチを差し出してくれた。

 

「このっ! 離しなさいよガキんちょ! もう殴らないわよ!」

「ガキじゃない! ララだゴリラ女!」

「誰がゴリラですってぇ!?」

「ちょいちょいちょい! そこまで! ララ、もう大丈夫だから離れろ!」

 

 ララはエリシアと睨み合い、エリシアの腕を放して俺の後に回り込んだ。そして顔だけを覗かせ、エリシアに舌を「ベーッ」と出して見せた。

 

 エリシアは頬をヒクつかせて「このっ……」と怒りを露わにしたが、兵士達の手前、これ以上の醜態を晒さないようにとグッと堪えた。

 

 どうやら二人のファーストコンタクトは失敗に終わってしまったようだ。

 

 主に俺の所為で。

 

 貰ったハンカチで血を拭い、改めてエリシアに挨拶をする。

 

「相変わらず、口よりも手が先に出るな」

「手が気に食わないなら剣を出してあげましょうか?」

「いや遠慮しておく。久しぶり、エリシア。この子はララ。ララ、こいつが雷の勇者エリシアだ」

「……どーも」

 

 ララは不満タラタラな態度で挨拶をした。

 

 エリシアもララを睨むが、そこは大人。ララをスルーして親指で自分の背後を指した。

 

 あっちで話そうと言っているのだろう。

 

 ハンカチを兵士に返し、その際「うへぇ」という声が聞こえたが、俺とララはエリシアに付いて行き、大きな天幕の中に入った。

 

 天幕の中にいた兵士達を追い出し、俺達三人だけになってエリシアは大きな溜息を吐いた。

 

「ハァ~……久しぶりね、ルドガー。ちょっと老けたんじゃない?」

「五年も経てばな。お前も年食ったじゃねぇか。今年で二十四だろ?」

「二十三よ! この三十路!」

「俺はまだ三十路じゃねぇよ。二十六かそこらだ」

「ハァ……で? 急に何? って言うか、その子、何?」

 

 えらく機嫌が悪いな。まぁ、喧嘩別れしたような形だったし、連絡も一つもしていなかったから一発ぐらいは殴られる覚悟だったが、これは思った以上だ。

 

 エリシアは机に置かれていた瓶を手に持ち、コルク栓を口で抜いて吐き捨て、中の飲み物をグビグビと飲む。

 

 機嫌が悪い時の癖だ。乱暴に飲み食いして気を紛らわせようとしているのだ。

 

 俺は無言で音漏れ防止の魔法を天幕に張り、早速本題に入ることにした。

 

「先ずはエリシア、そっちの状況を確認したい。モリソンから遺跡に力が戻ったことは聞いた」

「あっそ、それなら話が早いわね。って言っても、まだ何も分かってないの。一度、私だけで最奥に行ったけど、力が溢れてるだけで何も起きなかったのよ」

「お前が行っても何も起きない? それは変だな……なら新しい力って訳じゃなさそうだ」

「どっかに新しい雷の勇者でも誕生したのかもね。もしかして魔族に、とか」

 

 勇者ではなく聖女です。

 

 強ち間違いでもない、的を射た発言に俺とララは黙ってしまう。

 

 瓶を口に付けて傾けていたエリシアは、急に黙ってしまった俺達を見て眉を顰める。

 

「んぐ……何よ? 何で黙るのよ?」

「あー……エリシア。先ず最初に言っておく。これから話すことは絶対に他言無用で頼む」

「アンタがそう言う時は必ず厄介事よね。良いわよ、もう慣れてるし。態々防音の魔法まで張ってるんだもの。魔王が復活したとかでも驚きやしないわ」

「この子は俺と同じ半魔で魔族の聖女だ」

「ぶぅぅぅぅッ!?」

 

 エリシアの口から噴き出された水が俺の顔面に直撃した。

 

 しかもこれ酒じゃねぇか。それもかなり良い酒だな。

 

「……良い酒をどうもありがとう」

 

 皮肉を言いながらマントで顔を拭う。

 

 エリシアは怒涛の勢いで俺に詰め寄り、マントの襟を締め上げた。

 

「どぅ、どどどどど、どう言うことよ!? それ魔王復活並みの大事件じゃない!」

「魔王復活でも驚かないって言ったのはどいつだよ……」

「そんなの冗談に決まってるじゃない! ってか、この子が聖女!? しかもアンタと同じ半魔!?」

「因みに、私の父は魔王だ」

「ま――!?」

 

 今度こそエリシアは絶句した。

 

 絶句して俺を見た。その顔は信じられないものをみたと言った顔だ。

 

 そうだろうな。俺が殺した男の娘と一緒にいるのは信じられないだろうし、何より俺達にとって魔王はただの宿敵と言う言葉では片付けられない。エリシアが俺を侮蔑の目で見るのは無理もない。

 

「アンタ……どうしてその子と一緒にいるのよ?」

「話せば長い。ただ、俺とララの間には守護の魔法が掛かってる。俺の仕業じゃない。それだけが理由じゃないが、俺はララを守ると決めてる」

「……じゃあ、私がその子を殺すと言ったら?」

「お前を殺してでも守る」

 

 エリシアは唇を噛んだ。俺を締め上げる手に力が籠もる。

 

 本当にエリシアがララを殺すとは思ってはいない。だが仮にそうなっても、俺は覚悟を決めている。

 

 俺の言葉が嘘じゃないと分かってくれたのか、エリシアは乱暴に手を離し、不貞腐れたように腕を組んで机に腰を掛ける。

 

 ただ俺を睨むのは止めなかった。

 

「そう……まぁ、そこら辺は後で説明してもらうとして、此処に来た理由は何?」

「魔族とエルフ族の戦争を止める為に、手を貸してほしい」

 

 俺はモリソンに話したように、魔族がララを魔王に仕立てようとしていること、ウルガ将軍が穏健派を抑えていること、そして戦争を止める為に穏健派を助けようとしていることを伝えた

 最初は黙って聞いていたエリシアだが、徐々に難しそうな顔をして、終わり際には頭を抱えていた。

 

 おそらく、彼女の頭の中では既に何をすべきか答えを出している。頭を悩ませている理由はこの遺跡についてだろう。遺跡が力を取り戻した原因を追及しないことには、勇者である自分が現場を離れて他国の問題に首を突っ込む訳にはいかないと考えているはずだ。

 

「頼む、俺一人じゃ正直、魔族の本国に行くのはキツい」

「キツいで済ませるアンタも大概だけど。力は貸してあげたいわ。エルフ族は人族と同盟関係だし、勇者としても戦争を起こすわけにはいかないし。でも……」

「遺跡か?」

「ええ。先ずは自国の問題を片付けないと。せめて、原因が分かれば……」

 

 やはり、遺跡が問題だった。

 

 勇者として、懐で起きている異常事態を放置しておく訳にはいかない。それは理解できるし、当然のことでもある。決して他種族の問題を軽視している訳ではない。勇者は正しき者の味方であるし、穏健派を助けることはその道理に反しない。

 

 だが目の前の問題を無視する理由にはならない。もしこの異常事態が人族の危機に関わる事ならば、それを解決するまたは解決策を見出さなければならない。

 

「他の勇者も、おそらく同じでしょうね」

「だろうな」

「……ねぇ、何で私なの?」

「は?」

「だから、何で最初に私の所に来たの? 確かにリィンウェルが一番西の大陸に近いけど、それだけが理由な訳ないわよね?」

 

 エリシアの質問の意図が分からない。どうしてそれを今知る必要があるのだろうか。

 

 別に、特に深い理由は無い。あるとすれば、それはエリシアが他の勇者よりも話が分かりやすいし、エリシアの言う通り一番近い場所にいたからと言うのもある。

 

 あとは性格の問題か。エリシアは何だかんだ冷静に物事を判断できるし、今回の戦いは時間との勝負になる。迅速かつ慎重に、魔族との全面戦闘を避けての短期決戦になるだろうと踏み、エリシアを選んだ。

 

 他は駄目だ。火と土はド派手に立ち回るし、水と風は俺からの頼みだと高い見返りを要求してくる。氷はそもそも協力的じゃないだろうし、光は駄目だ。アイツとは馬が合わないと言うか、喧嘩ばかりして絶対に面倒事になる。

 

 あれ? 俺ってホントに勇者と同門で一緒に戦った仲なんだろうか?

 

 ちょっと自分の人望の無さに気付いてしまい、少しだけ落ち込んでしまう。

 

「どうなのよ?」

「ど、どうって……ん?」

 

 ララがマントを引っ張って耳を貸せという。

 素直に従って耳を寄せると、ララはエリシアに聞こえないように小声で耳打ちしてくる。

 

「センセ、こんな時はこう言うんだ――」

「……わ、わかった。あー、エリシア」

「ん?」

「――お前じゃなきゃ、駄目なんだ」

「――」

 

 ララに言われた通りにそう言うと、エリシアは真顔になった黙り込む。

 

 ララを見ると親指を立てていた。

 

 何となく気不味い空気が流れる中、やっとエリシアが反応した。

 

「――そ、そう。私じゃないと駄目なんだ。ふーん……」

「あー、まぁ……うん、お前じゃないと駄目だ」

 

 他とは上手くやっていけない気がするから嘘ではない。

 

 そう言うと、エリシアはニヤリと笑い、何故か後ろを向いて小さくガッツポーズをした。

 

「……ララ、何だか知らんがアイツ喜んでるぞ?」

「喜ばせておけ。そして後で糠喜びだったと後悔させてやる」

 

 ララもララで、不敵なニヤつきをしていた。

 

 俺は思った。絶対に碌な目に遭わないんだろうなと。主に俺が。

 

 どうしてか気分を良くしたエリシアはくるりと此方に向き直り、咳払いをして話を戻した。

 

 ちょっと顔が赤い気がするが、気のせいだろうか。

 

「よし、分かったわ! 力を貸してあげる!」

「本当か? 助かる!」

「でも遺跡の原因を解明してから。これだけは譲れないわ」

「……此方もあまり時間が多い訳じゃないが、仕方ない。俺とララも協力しよう」

「アンタは分かるけど……その子は大丈夫なの?」

 

 エリシアはララを見て訝しむ。

 

 それはララの安全を思ってではなく、たぶんララに協力できるだけの力があるのかどうかを言っているのだろう。

 

 だがそれは任せてほしい。何と言ってもこの子はアーヴル学校の優等生なのだから。

 

「大丈夫だ。ララは賢いし、着眼点も鋭い。安全なら、俺が守るから問題無い」

「……そう。なら、宜しく頼むわね、魔族のお姫様?」

 

 エリシアはララに手を差し出して握手を求めた。

 ララはその手を見て、何を思ったのか勢い良くバシンと手を叩く様に掴んだ。

 

「此方こそ、私のセンセを殺してくれるなよ?」

「へ、へぇ~……? 私の……あんま調子乗んないでよね、ガキんちょ」

「お前こそ、ゴリラ女」

 

 俺は二人からそっと離れた。

 

 何故かは分からないが、二人から不穏な空気を感じた。エリシアが怒るところは何度も見たが、ララが怒っているのを見るのは初めてだ。

 

 いや、ララは怒っているのか? 怒りとは違う何かなような気もするが、どちらにせよ怖かった。

 

 二人は俺が声を掛けるまで、握手を交わした手からギチギチと音を鳴らしていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 雷神殿

 

 

 雷の神殿に入るのは、これで二度目だ。

 

 一度目は、エリシアの力を高める為、試練に挑戦しに行った時だ。

 あの時、エリシアは強力な力を有してはいたが、まだ今ほどの力は無かった。

 強力な雷を体内で発生させられる彼女は七人の勇者の中でも力強く、誰よりも速かった。

 

 それでも試練を受ける前はただ雷を生み出すことしかできなかった。

 試練を乗り越えた彼女は最上級魔法を無言で放てるようになり、雷そのものになって戦場を駆け抜けた。

 

 その姿は正に伝承にある雷神マスティアだった。神罰の雷を敵の頭上から降り注がせ、瞬きする間に百の敵を薙ぎ払った。

 

 今でもその光景は鮮明に思い出せる。何しろ、その雷を受けたのは敵だけじゃなく、俺自身もだからだ。

 

 あれは強烈だった。事故でエリシアと氷の勇者の湯浴みを覗いてしまった時に受けたが、正直言って魔王との戦い以外で死を覚悟したのはその時だけかもしれない。

 

 話を戻そう。

 

 俺とララはエリシアと彼女の部隊の後に続いて神殿内へと入った。

 

 神殿の広間に入ると、すぐに地下深くへ繋がる巨大な階段がある。神殿の幅と同じ大きな階段を下りていくと、そこはまるで異空間だ。超巨大な空洞が広がっており、床の下は底が見えない暗闇となっている。此処はロニール山脈の山の中なのだが、そうとは思えない広さと深さだ。

 空洞の中は巨大な柱が山を支えているように立ち並んでおり、この柱が無くなれば山脈は崩れ落ちてしまうのではないかと、恐ろしい考えが頭を過る。

 

 柱と底が見えない崖下以外は、ほぼ何も無い空洞だ。エリシアが試練を受けた場所は真っ直ぐ伸びるこの広い通路を進んだ奥にある。一番奥にもう一つ神殿があり、その中だ。

 

「……センセ」

「ん?」

「随分と明るいが……何か魔法でも使ってるのか?」

 

 空洞の中は外と変わらず、視界が良好だ。太陽の光が差さないのに、確かに不思議なことだ。

 

「神殿内は何処もこんなんさ。俺にも探知できない魔法が掛けられてる」

「……正に神業、か」

「……止まって」

 

 先頭を歩いていたエリシアが右拳を上げて立ち止まると、部隊はピタリと立ち止まる。

 そして少しの沈黙があり、エリシアの右拳がぐるりと回される。

 

 途端、部隊は円陣形態を組み、盾を構えて周囲を警戒する。

 

 俺はララに杖を握らせ、背中のナハトを抜いていつでもララを守れるようにする。

 エリシアはカタナを一振りだけ抜き、八相の構えを取ってゆっくりと前に進む。

 

 緊張が場を支配する中、エリシアが何に反応したのかを探る。

 

 エリシアは体内で発生させる電磁波によって人の何倍もの広さを探知することができる。その能力で俺達には感じ取れない何かを察知したのだろう。

 

「……あのゴリラ女は何を警戒してるんだ?」

「そうだな……昔、この神殿には怪物がわんさかと棲み着いていた。神殿の力に引き寄せられ、凶悪な怪物が俺達に襲い掛かり、仲間を何人も殺した」

「……その怪物って、四足歩行で歩いたり天井を這ったりする奴か?」

「そうだが……何で分かった?」

 

 ララが上を指した。釣られて俺達はララの指先を見上げる。

 

 見上げた先にいたのは、鋭い牙と爪を生やし、長い尾を持った怪物が群れを成して天井を這い回っている光景だった。

 

「全員上だァ!」

「っ、シールド展開!」

 

 エリシアの指示で兵士達の盾が輝き、金属の盾から魔法の障壁が広がり、大きな一つの盾となって上から落ちてくる怪物を弾いていく。

 

 俺はララを片腕で抱き寄せ、落ちてくる怪物を剣で叩き斬りながら下りてきた階段の方へと下がる。

 

「エリシア! リザードだ! それもライトニングリザードだ!」

「言われなくても分かってるわよ!」

 

 この怪物は以前にもこの神殿に棲み着いていた大蜥蜴のリザード種。それもこの神殿の力に影響され、雷の背鰭を生やしている変異型だ。

 

 リザードは蜥蜴をそのまま巨大化させたような怪物であり、特性も蜥蜴と変わりない。巨大化した分、その特性も蜥蜴より何倍もの性能を誇る。

 更にこいつは雷の特性も兼ね備え、雷撃を吐いたり攻撃に麻痺性を付与してくる。

 

 エリシアはカタナでリザードを斬り倒していき、兵士達は覆い被さってくるリザードを盾で防ぎ、その盾の隙間から剣を突き出して攻撃していく。

 

「ララ! そこから魔法を放て!」

 

 ララをある程度下がらせ、リザードが降ってこない所から魔法による遠距離攻撃を任せる。

 

「我、数多の敵を撥ね除ける者なり――ラージド・プロテクション!」

 

 ララの周囲に外側から攻撃と侵入を防ぎ、内側からは攻撃を放てる防御魔法を敷いた。これで俺が側にいなくてもララを守ることができる。

 

「さて、怪物退治と行こうぜ」

 

 ナハトを握り締め、リザードの群れへと突撃していく。リザード達も俺に突撃を仕掛ける。

 

 漆黒の剣がリザードの首を斬り落とし、前足を斬り落とし、腹を斬り裂き、頭から尾まで真っ直ぐ両断する。

 リザードは鋭い爪を振るって俺の首を引き裂こうとするが、ガントレットで先に顔を殴り付けて剣で殺す。

 数体同時にリザードが足下と頭上から襲い掛かるが、俺の間合いに入るや否や、俺の後から飛んで来た風の刃によって斬り裂かれる。

 

 後ろを見れば、ララがしたり顔で杖を向けていた。

 

「良い腕だ」

 

 ララの魔法の援護を受けながら、リザードの群れを突破していく。

 

 通路を埋め尽くさんばかりの数に、兵士達は徐々に疲弊していく。あの盾の魔法がいつまで保つか不明だが、そう長くは掛からないだろう。それまでにリザードを殲滅するか、突破して逃げるかだ。

 

 カタナを振るい、手から雷撃を放っているエリシアの後ろに並び、背中合わせで剣を振るう。

 

「おい! このままじゃ部隊がやられるぞ!」

「分かってるわよ! ってか何なのよこいつら!? 私が入った時はいなかったのに!」

「一瞬の隙を作るからデカい一撃を撃って正面の道を開け! その後部隊を連れて奥に走れ!」

「本気!? こんな所で撃ったら道が崩壊するかもしれないわよ!?」

「そんな柔な造りじゃないだろ此処は!」

 

 リザードの首を斬り落とし、ナハトを高速回転させながら投げ付ける。ブーメランのように回転して俺達の周囲を何度も何度も旋回し、その都度リザード達を両断していく。

 

 リザード達と俺達の間にスペースが生まれ、エリシアが技を放てるタイミングを作った。

 

「もう! 知らないから!」

 

 エリシアはカタナに雷を充填していき、紫電が激しく迸っていく。

 

「撃ち払う――アラストール!」

 

 エリシアが突き出したカタナから集束された雷が放たれ、雷鳴を轟かせながら正面に群がっているリザード達を焼き払った。リザード達の肉が焼き焦げる臭いと、死骸がバチバチと放電する音が残り、進路が生まれた。

 

「前進!」

 

 エリシアが先頭を走り、その後ろから二列に隊を組み、それぞれ盾を列の外側に向けた部隊が走って前進する。

 

 俺はナハトを呼び戻し、一気に跳躍でララの下まで戻る。防御の魔法を消してララを抱き上げ、エリシアの後を追い掛ける。

 

 リザード達は大きな一撃で数を減らしてはいるが、それでも視界を埋め尽くすほど数は多い。

 

「ララ、俺にしっかり掴まってろ!」

「ああ!」

 

 だが、この数の壁程度なら力技で突破できる。

 

 ナハトを正面に突き出し、魔力を先端へと集める。ナハトの剣と同じ黒色の魔力が渦巻くように噴き出し、近付くリザード達を捻じ切るように弾き飛ばしていく。

 

「おぉぉぉぉらぁぁア!」

 

 そのままリザードの群れを押し通るよにして突破し、リザード達を置いて全速力で最奥の神殿に入る。

 

 俺とララが神殿に入ると、先に到達していた兵士達が入り口を盾の魔法で塞ぎ、追ってきたリザード達を防ぐ。

 一箇所に集まったリザード達は盾を破ろうとして更に密集する。兵士達は雄叫びをあげながら踏ん張り、リザード達を押し返す。

 

「エリシア!」

「分かってるってば!」

 

 エリシアはカタナを盾の隙間から突き出し、一気に魔力を練り上げた。

 

「アラストール!」

 

 先程と同じ放電技を放ち、密集していたリザード達は跡形も無く焼き払われた。

 

 まだ生き残っているリザードがちらほらといたが、エリシアの力を見て恐れをなしたのか底が見えない暗闇の崖下へと逃げていった。

 

 全てのリザード達の姿が見えなくなり、漸く俺達は臨戦態勢を解いた。

 

 エリシアはカタナを収めながら「ふぅ……」と安堵の息を吐く。

 ララにも怪我が無いことを確かめ、エリシアの背中をパシンと叩いた。

 

「やるじゃん。同じ属性の怪物相手をよく圧倒したな」

「そりゃ『雷』の勇者だからねぇ~、ただの電気に負ける訳ないじゃない」

「それもそうか」

「アンタも腕は落ちてないみたいじゃん。グリムロックの異名は錆びてないようで安心したわ」

 

 エリシアはニタニタした口からその名を出した。

 

 俺が何かを言う前に、ララが先に口を挟む。

 

「センセ、そのグリムロックって何だ?」

 

 俺はエリシアを睨んだ。

 折角、ララからその話題を離せていたと言うのに。

 

 自分で自分の異名を話すのはどうにも恥ずかしい。それも勝手に名付けられて勝手に呼ばれている物だとしたら尚更である。

 

 俺は一度たりとも 自分でグリムロックだと名乗った覚えは無い。

 

 俺が口籠もっていると、エリシアは兵士の一人を指パッチンで指名した。

 

「ねぇちょっと、この子にグリムロックについて説明してあげて」

「はっ! グリムロックとは、ルドガー・ライオットの異名であり恐れられる名であります! 彼の通った道には屍しか残らず、漆黒の大剣を担ぎ戦場を闊歩する様は正に死神の如く! 魔族だけではなく、人族にも恐れられた英雄であります! グリムロックの名は歴史に刻み込まれるでしょう!」

 

 その若い兵士は頭に右手を添える敬礼をしながら、そうハキハキと答えた。

 

「……態々説明どうも」

「恐縮です!」

 

 俺が皮肉を込めて礼を言ったら、若い兵士は何故か嬉しそうにした。

 どうしてそんな反応をするのかと訝しんでいたら、エリシアが笑いを漏らす。

 

「ご、ごめん……! 彼、アンタのファンなのよ」

「……ファン?」

 

 俺にファンがいるだなんて信じられないが。

 

 何しろ俺は人族のお偉いさん方から嫌われ、国の記録から抹消されるような奴だぞ。

 現に、リィンウェルで本名を名乗っても強く疑われたものだしな。

 

 俺が更に困惑していると、エリシアが笑いから落ち着きを取り戻して説明をしてくれる。

 

「あのね、確かにアンタは王のおっさん達から酷い扱いをされたけど、それが国民の総意な訳ないじゃない。アンタの戦ってる姿は戦場にいた全員が知ってるんだし、アンタが私達に並ぶ勇者だって思ってる人は少なからず居るのよ。まぁ、本名よりも異名のほうが広まっちゃってるけど」

「自分の父は嘗てルドガー様に命を救われております! その大恩人とこうして任に就けていること、大変嬉しく思います!」

 

 戦場にいれば、そんなことは少なくはない。助けようと思って助けたのではなく、戦いの中でそれが助けに繋がったことって言うのが殆どだ。

 

 あの頃の俺は確かに死神と恐れられるぐらいには戦場で暴れ回っていた。敵に一切の容赦を与えず、只管に剣を振るって敵の返り血を全身に浴びて陣営に帰っていた。お陰で血の臭いが身体に染み込み、今でも時折血の臭いが鼻について嫌になる。

 

 その戦いっぷりから魔族は当然のこと、味方ですら怖がっていた。勇者達がいなければ、半魔である俺はとっくの昔に危険因子だとして処刑されていたかもしれない。

 

 憧れに近い眼差しで俺を見てくる若い兵士から視線を逸らすと、ララが俺のマントをぎゅっと握り締めた。

 

 嫌な記憶を思い出し、それが顔にでも出ていただろうか。

 ララに軽く笑みを見せ、神殿ついて考えることにする。

 

「エリシア、神殿の様子はどうだ?」

「……前回と同じよ。もの凄い力を感じるけど、私に対して何も言ってこないわ」

「ララは? 何か感じるか?」

「……何か、引っ張られてる気がする」

「引っ張られる?」

 

 俺とエリシアは目を見合わせた。

 

 俺達の意見は合致した。この神殿に力が戻った理由は勇者が関係している訳じゃなのかもしれないと。

 エリシアに感じられず、ララに感じられるとすれば、聖女に関係しているのかもしれない。

 

 まだそう決まったわけじゃない。ララの魔法力の高さがそうさせているだけかもしれない。

 

 しかし今此処で異変感じ取っているのはララだけだ。

 

「ララ、何処に引っ張られてる?」

「……この奥だ」

 

 ララが指したのは最奥の神殿、そこにある試練の間だ。

 

 巨大な石扉があり、両脇に外の神殿と同じ二体の女神像。

 試練の間は一見すれば何てことのない、ただの円形の広場だ。

 

 だがそこで待ち受けていたのは雷神マスティア。当人ではなく、あくまでも力の集合体だが。

 

 試練の間は選ばれた勇者しか入ることはできない。扉を潜ろうとしても、見えない結界で選ばれし勇者以外は弾かれる。

 

「前回の時は、お前が入った瞬間、俺達は怪物に囲まれたっけか?」

「さぁ? 試練を終えて出て来たら、アンタ達草臥れてたもの」

「お前が最初だったからな。それ以降は楽なもんだった。俺達が来る前は入ったのか?」

「入ったけれど、何も起きなかったわ」

「……念の為、全員武器を握ってろ」

 

 俺が左側、エリシアが右側の扉に手を置き、タイミングを合わせて押し開く。

 

 ゴゴゴッ、と重い石が床を擦る音が響き、試練の間の扉が開かれる。

 

 ある程度開くと扉は独りでに開いていき、試練の間が露わになる。

 

 だだっ広い円形の広間の中心に、二体の女神像が佇んでいた。

 右側の女神像には剣が、左側の女神像には槍が握られている。

 

 あんな石像、昔はあったか?

 

「エリシア、あんな像あったか?」

「……おかしいわ。あんな像、昨日来た時には無かったわよ」

 

 それは変な話だ。それではまるで、エリシアが去った後に何者かが此処へ運んで来たみたいじゃないか。

 だけどそれはありえない。この試練の間には選ばれた者しか入ることができない。

 

 仮に第三者が置いたとして、この神殿の守りを通り抜けることができる力を持っていることになる。それは随分と穏やかじゃない話だ。

 

「……エリシア、調べてきてくれ。俺達じゃ入れない」

「……分かったわよ」

「気を付けろ。異変を感じ取ったらすぐに引き返せ」

 

 エリシアは頷き、足を広間へと踏み入れた。

 

「――いぎゃっ!?」

「はあっ!?」

 

 エリシアは結界に弾かれ、大きく後ろに突き飛ばされた。

 顔面に衝撃を喰らったのか、顔を両手で押さえて床をジタバタと転がり回る。

 

「何やってんだよお前!?」

「私の所為じゃないわよ! 昨日だって入れたわ!」

「いや、でも、えぇ……?」

 

 勇者が試練の間を弾かれた。

 

 それは俺達を驚愕の色に染めるのには充分すぎるほどだった。

 

 勇者に力を与える為の場所が、勇者を拒むことなどありえて良いものか。

 それならばどうして力が戻ったりしている。

 

 まさか本当に聖女に関係しているのか、それとも別の勇者が現れたとでも言うのか。

 

 エリシアは見えない結界を、今度は雷を纏わせた拳で殴り付けた。だが結界は変わらずエリシアを拒み続ける。

 

「どうしてよ……!? もしかして私、勇者じゃなくなっちゃったの!?」

「だったらその力も無くなってるだろうよ。ララ、本当に此処に引っ張られてるんだな?」

「ああ。開けてみてより強く感じる」

「……危険だ。一旦戻ろう」

 

 俺がそう提案すると、エリシアは「はぁ?」と眉を顰めた。

 

「何言ってんのよ? やっと原因を突き止められるかもしれないのよ?」

「考えてみてくれ。お前は試練の間に入れない。だけどララが此処に呼ばれてる。なら、ララは試練の間に入れるかもしれない」

「じゃあ試してみましょう」

「駄目だ、危険過ぎる!」

 

 俺はララを自分から離さないように肩を引っ張って寄せる。

 

 エリシアはムッとした顔をして、どういうことかを説明しろと言ってくる。

 

「もし、もしだ。ララが試練を受ける者だったら、ララは一人で試練を受けなければならない」

「そうね」

「お前でも試練に打ち勝つには苦労したんだろ? そんな試練にララ一人を送り出すのは危険だ、危険過ぎる。まだララに戦闘訓練は教えていない」

 

 色々な魔法を知っていても、それを戦闘で上手く披露して立ち回れるかどうかは別の話だ。

 ララに試練を受けさせるとしても、それはまだ早い。せめて一ヶ月、いや半月は訓練に専念させないと命がいくらあっても足りやしない。

 

 そう説明しても、エリシアは溜息を吐いて首を横に振る。

 

「アンタの気持ちは分からなくはないわ。でも、それじゃどうするって言うのよ? アンタ達の事情に関しても、時間は無いんでしょう? 私はこの件に解決の道が見つかるまではリィンウェルから離れないわよ」

「……ララ、戻るぞ」

「え? でもセンセ……」

 

 ララは驚いた声を出す。

 

 だが仕方が無い。俺は何があってもララをこのまま試練に挑ませるつもりはない。

 

 この扉を潜れば最後、試練が終わるまでララは出て来られなくなる。だから試すつもりは毛頭無い。

 ララを信じていない訳じゃない。だが楽観視も絶対にできないことだ。万が一の可能性が高い現状で、試すのはただの自殺行為に等しい。

 

 俺は動こうとしないララの手を掴み、来た道を引き返そうとする。

 

「――またそうやって逃げるの?」

 

 エリシアの声に、足を止めてしまった。

 

「……何の話だ?」

「アンタって昔からそうよね。勝ち目の無い戦いからはいつも逃げて、都合の良い言い訳ばかり並べてさ。その先に可能性があったとしても、その可能性を掴もうともしない」

「……俺の命ならいくらでも懸けてやる。だがララの命を懸けろと言うんなら断る。この子は絶対に守る」

「でもこの先、私の助けが無いとその子を助けられないんでしょ?」

「……断言できないだけだ」

「それって、できないって言ってるようなもんじゃない」

「何が言いたい?」

 

 ララの手を離し、エリシアに詰め寄る。周りの兵士達が武器を構えるが、そんなことは気にならない。

 先程からエリシアは俺を煽るような言葉ばかり並べる。何を言われようともララの命をベットするつもりは無い。俺の性格を知るエリシアなら、そんなことは分かっているはずだ。

 

 だがエリシアは挑戦的な態度を崩さない。その真意が気になる。

 

「あの日、アンタが私達の前からいなくなった日、私……どれだけ悔しかったか分かる?」

「……」

「アンタがどれだけ命懸けで戦って、どれだけ人族を救って、どんな思いで魔王を殺したのか私達は知ってる。それをアンタが半魔って理由だけで、全部無かったことにされた」

「それについてはもう終わったことだ。今更どうこうできる訳でもないし、何とも思ってない」

「終わってない! まだ終わってないのよ! 私達は今もずっと、アンタを取り戻そうとしてるのよ! なのにアンタは! アンタは最初から諦めて逃げて……アーサーがどんな顔をしてたかも知らないで!」

 

 アーサー……アイツが、何だ? 寧ろアイツは俺が居なくなったことで清々してるんじゃないのか?

 

 エリシアが俺の首元のマントを掴んで締め上げる。

 エリシアの目から涙が一粒流れ落ちた。

 

「一度ぐらいは男らしく戦って見せなさいよ! こんな所で逃げ回ってちゃ、いつまでも負け犬のままよ! アンタは!」

「っ――だからってララの命を危険に晒す真似ができるか!」

「もう既に危険に晒されてるんでしょうが! この子だっていつまでも守られ続ける訳にはいかないでしょ!」

「俺が守るって言ってんだろ!」

「どの口が言えるのよ! アンタは――」

「もういい!!」

 

 エリシアがそれを口にしようとして、俺が力尽くで黙らせようとしたその時、ララの声が木霊する。

 ララは俺とエリシアの間に割り込み、俺をエリシアから引き離す。

 

「こんな所で喧嘩してる場合じゃないだろ! 私がその試練とやらを受けて戻ってきたら良いんだろ!?」

「なっ――ば、違う! それにまだお前が受けると決まった訳じゃない!」

「うるさい! そうかそうじゃないかは試せば分かる!」

 

 そう言い終わる前にララが試練の間へと駆け出した。

 

 慌てて止めようと伸ばした手は届かず、ララは扉を潜って試練の間へと足を踏み入れてしまった。

 直後、広間の壁から雷が噴き出し、まるで松明の様に広間を眩い光で照らす。中央に佇んでいた女神像の目に光が灯り、命が吹き込まれたように動き始める。

 

 二体の女神像が握る武器に雷が纏わり、怪物のように咆哮をあげた。

 

 最悪の答えだ。神殿に力が戻った理由は、勇者に試練を与える為ではなく、聖女に試練を与える為だった。

 

 だが何の為に? 魔族を救う為には七神の力が必要なのか? それなら試練無しで力を与えるべきだろう。試練で聖女が死んでしまえば、聖女に選んだ意味が無くなる。

 いや……これは聖女を殺す為の試練かもしれない。エリシアを弾き、ララを受け入れたのはそれを狙ってのことかもしれない。

 

 そうだとすればララが危険だ。早く助けなければいけない。

 

 俺は無意識だった。結界に阻まれると分かっていたのに、ララを助け出したい一心で試練の間へと走り出してしまった。

 

 そしてララの手を引っ張り、二体の女神像から守るようにして背中に回した。

 

 ――――ん?

 

「……?」

 

 あれ、何でララの手を掴めたんだろう。ララは試練の間に入って入り口から離れていたはずなのに。

 あれ、何で俺は二体の女神像と睨み合っているんだろう。此処は選ばれた者しか入れない試練の間なのに。

 あれ、何で俺……入れてるんだ?

 

「はぁぁぁぁ!?」

「えぇぇぇぇ!?」

 

 俺と結界の外にいるエリシアの驚愕の悲鳴が重なった。

 

「センセ! センセも入れたってことは、センセも勇者なのか!?」

「いや! 俺は! そんな!? ええ!?」

「ルドガー! 危ない!」

 

 エリシアの悲鳴に近い声で今の状況を思い出し、ララを抱えてこの場から後ろへと跳び退く。

 

 直後、雷の剣がマントを掠め、標的を失った剣はそのまま床を破壊する。

 

 そうだ、今は驚いている場合じゃない。どうしてこうなったかは分からないが、分かることは俺とララは試練を受けることになってしまったということだ。

 試練を受ける以上、生きて乗り越えるしか選択肢は存在しない。どうやら試練内容はあの二体の女神像との戦いらしいが、それならやることは一つ。

 

「ララ! 兎も角、アイツらを蹴散らすぞ!」

「ああ!」

 

 ナハトを構え、ララは杖を構える。

 二体の女神像はゆらりゆらりと恐怖を煽ってくような動きでゆっくりと距離を縮めてくる。

 

「エリシア! 俺とララでコイツらを片付ける! お前は外を警戒してろ!」

「――ええい! もう訳わかんないけど分かったわ! 絶対に勝ちなさいよね!」

 

 エリシアは兵士達に指示を出して、怪物が再び襲ってきても大丈夫なように準備させる。

 

「勝つしかねぇんだよ……」

 

 剣を握る手に力が入る。

 

 今、俺の隣にはララがいる。まだ子供で、本格的な戦闘を経験していない、ただ魔法力と知識力が高い少女だ。

 俺が守るべき大切な子、大切な生徒。

 

 アイツの――忘れ形見。

 

「スー……ハー……っ!」

 

 魔力を限界まで練り上げる。

 

 何が何でもララは無傷で生還させる。試練と言うからには生半可な力ではクリアできない。

 受ける前から強大な力を持ったエリシアでさえ手子摺った試練だ。

 ならその力が無い俺は、命を燃やさなければ乗り越えられないだろう。

 

「ナハト、俺に力を……。ララ、お前は後方で魔法をぶつけ続けろ。教えた魔法、全部披露するつもりでな」

「ああ。センセは?」

「女神とダンスだ」

 

 俺は床を蹴り、一気に距離を詰めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 雷の試練、死の魔力

 

 

 剣の女神にナハトを振り下ろし、一撃目で仕留めようとするも、容易く受け止められてしまう。攻撃の直後を狙って槍の女神が心臓を狙って突いてくるが、左腕で軌道を逸らしてかわす。そのまま左拳で槍の女神の顔面を殴り、大きく後ろに仰け反ったところへララの風魔法が直撃し、槍の女神を吹き飛ばす。

 

 ララには船の上で人族の魔法を粗方教えた。中級までの魔法だが、ララには天性の才能があり人族の魔法なら無言で発動できる。今のは単に突風を吹かせる魔法だが、使い方によっては御覧の通り相手を吹き飛ばすことができる。

 

 槍の女神が吹き飛んだその隙に、剣の女神へと猛攻を仕掛ける。一歩も後ろに退かず、ナハトを振り続ける。向こうから攻撃を仕掛けてきたとしても、その剣を斬るつもりでナハトを振るう。

 

 俺の剣術は盾を必要としない、前進あるのみの超攻撃型剣術。防御は全て攻撃の動きで行い、相手の攻撃を防ぐのではなく攻撃で上塗りして攻め立てる。言うは易し行うは難しのデタラメな技だが、俺はこの剣術を十数年の月日で完成させた。

 

 そしてアルフの都に入ってから、その剣術は更に高みへと至ることができた。

 エルフの剣術、魔力で相手の心を読み解き、次の攻撃手順を先読みして剣を振るう技を学び、それを俺の剣術に取り入れることで技が昇華した。今までは相手の動きから行動を予測して剣を振っていたが、これならば先読みの精度を跳ね上げることができる。

 相手が石像だろうが、魔力を使い魔力を纏っているのならば例え魂が無くとも読み取れる。

 

 剣の女神の動きが手に取るように判り、先んじて剣を振るって攻めを許さない。

 

「チッ……!」

 

 だがそれでも決め手になる一撃を放てないのは、女神の攻撃が鋭くて俺の剣を押し返してくるからだ。更に言えば、女神も俺の動きに目が慣れ始めているのか対処されやすくなってきている。

 

「地の精霊よ来たれ――ノム・グラビトル!」

 

 ララが剣の女神に魔法を掛けると、剣の女神はまるで重い何かを背負わされたようにガクリと動きが遅くなる。

 

 その絶好のチャンスを逃すはずもなく、ナハトで剣の女神の左腕を肩から斬り落とした。

 

 斬って分かったが、こいつらは石像なんかじゃない。外側は石だが、内側にはちゃんと血肉が通っている。赤い血が傷口から噴き出し、剣の女神像は絶叫しながら雷を全身から迸らせる。

 

 ナハトで雷を斬り払うと、今度は戻ってきた槍の女神が剣の女神と入れ替わって襲い掛かってくる。槍を操る速度は凄まじく、ナハトで受け流したと思ったら既に次の一手が繰り出されている。

 

「センセ!」

 

 ララが杖を下から上に振るうと、その度に槍の女神の足下から床が隆起して石の槍が突き上がる。その槍に気を取られた隙を狙い、ナハトを横から薙ぎ払って女神を後退させる。

 しっかりとナハトを槍で受け止めた女神は今度は近接攻撃ではなく、魔法による攻撃を仕掛けてきた。槍を振るうと地を這うようにして雷撃が迫り、俺の後にいるララにも攻撃を仕掛ける。

 

「ナハト! 喰らえ!」

 

 俺はナハトに己の魔力を喰わせ、ナハトの力を引き出す。その状態でナハトを振り払うと、魔力が斬撃となって放たれて雷撃をぶつかり合う。衝撃波を撒き散らしながら相殺し、俺はその中へ突っ込んで槍の女神へと詰め寄る。

 

 だがそれは剣の女神も同じで、俺は剣の女神とぶつかる。左腕を失っても力が衰えることはなく、俺は足を止められてしまう。

 

 槍の女神は俺ではなくララを狙い、上に跳んで雷の槍を突き出す。槍から雷撃が放たれ、ララへと迫る。

 

 俺は剣の女神の攻撃をナハトで逸らし、そのままナハトを上に放り投げて雷撃の射線上に出す。雷撃はナハトに当たり、空中で弾けて消える。

 

 ララは杖をパッパッパッと振るって上空にいる槍の女神へ風の衝撃波を叩き込み、床へと叩き落とす。そして杖を力強く振るって強烈な一撃を与えると、槍の女神の身体に罅が入って少しだけ砕けた。

 

 その間にも俺は剣の女神の攻撃をかわし、ナハトを手元に呼び戻して今度は袈裟切りにして女神の身体に切り傷を負わせた。最後に蹴りを放ち、槍の女神が伏している所へとぶっ飛ばした。

 

 此処までは上手く事を運べている。片方は左腕を失い、片方は小さくないダメージを負っている。対して此方はまだダメージというダメージを負っていない。

 

 だがまだ向こうも本気ではないはずだ。まだ力を隠している。一見すると有利に見えるだろうが、俺は魔力を常に限界を超える力で燃やし続けている。女神との近接戦闘で渡り合えているのはその御陰だ。この状態がいつまでも続く筈もなく、いずれは魔力も尽きてしまう。

 

 ララだってそうだ。ララの魔力にも限度はあるし、きっとララは目の前の戦闘で頭がいっぱいだ。一手二手先のことを予測する余裕は持ち合わせていない。

 

 早く勝負を決めなければ負けは濃厚。エリシアの助けは望めないし、途中退場も許されない。

 ナハトを持ち上げる腕が重い、鎧が重たい、二体の女神像の動きが徐々に読みづらくなっている。

 

 背にいるララを守るため、俺は更に魔力を燃やす。

 

 二体の女神像は立ち上がり、咆哮をあげる。女性の悲鳴のような声が響き、二体の魔力が上がった。

 来る、奴らの本気が。

 

「ララ、何があっても俺を信じろ。必ず勝つぞ」

「ああ」

 

 それは果たして本当にララに向けて言った言葉なのか。本当は自分にそう言い聞かせただけなのかもしれない。だがララは二つ返事で頷いた。その気持ちに、嘘は吐けない。

 

 二体の女神は重なり合い、周囲から雷を取り込んで一つになっていく。斬り落とした左腕も吸い込まれ、身体の大きさも膨れ上がり、二つの顔に四つの腕を持つ巨大な女神へと変貌した。更に頭上に雷の輪が形成され、おまけに背中から白い翼が生えた。魔力も先程よりも上だ。試練もいよいよ本番に入った訳だ。

 

「ルドガー!」

 

 試練の間の外にいるエリシアから声を投げ掛けられた。

 

「そいつ! マスティアの力を持ってるわ! さっきまではただの魔力だったのに、此処へ来て変質したのよ!」

「そうかい! できれば手ェ貸してほしいんだが!?」

「それはできそうにないわ! こっちもこっちでお客さんが来たみたいだから!」

 

 チラリとエリシアの方を見た。

 

 どうやら彼女の方にも怪物がわんさかとやって来たらしい。あっちは問題は無いだろうが、こっちは大変だ。マスティアの力を持っているのであれば、今までのように善戦はできないだろう。

 

 あれは雷神マスティア、それ自身だと思ってかかったほうが良い。

 

『アアアアアアアッ!』

 

 女性の悲鳴のような歌のような咆哮をあげ、雷神は一瞬にして俺の目の前に移動した。

 咄嗟にララを魔法で遠くに飛ばし、俺は振り払われた剣をナハトで受け止め、そのまま壁まで吹き飛ばされた。

 

「センセ!?」

「敵に集中しろ!」

「っ!?」

 

 雷神は既にララの前に移動していた。槍を振り上げ、ララは目の前の死に身体が固まってしまう。

 

 雷神が槍を振り下ろすよりも早く、俺は床に手を当てて無言魔法で土属性の魔法を発動する。ララと雷神の間に巨大な岩を突き出させ、雷神をララから離す。そして光属性の鎖を作り出して雷神を縛り付ける。

 

「こっちに来い!」

 

 強引に雷神を引っ張り、ララから更に距離を離す。そのまま雷神を振り回し、壁に投げてぶつける。

 

 雷神はまるで効かないと咆哮をあげ、俺の頭上から雷を落とす。雷が落ちる前に足下が光ってくれたお陰で避けることができた。落雷を避けながら雷神へと近付くが、雷神は自身の前に雷の柱を何本も形成し、それをそのまま扇状に広げてきた。

 

 最初の雷柱をかわすが、連発で放たれた雷柱をかわしきれず、ナハトで受け止める。だが斬り払うことも勢いを殺すこともできず、そのまま雷柱に巻き込まれてしまう。

 

 全身に激痛が走り、一瞬だけ気を失いそうになるものの、何とか耐えきってみせる。

 

 ナハトに全体重を乗せて身体を支え、雷神を睨み付ける。

 

 今の一撃を耐える為に魔力の大半を消費してしまった。これ以上、雷神の一撃を受ける訳にはいかない。攻撃に回す魔力が無くなってしまう。

 

 ほんの二、三手で形勢を覆されてしまった。それにまだ雷神は全てを出し切っていないはず。何とかして現状を打破する方法を見つけ出さなければならない。

 

「ララ! 自分に防御魔法を掛け――ララ!」

 

 ララは恐怖に染まった顔で雷神を見て固まっていた。さっきので雷神の恐怖を刻み込まれてしまったのか。

 

 雷神はよりによって俺ではなく、動けないでいるララを標的にした。

 

 雷神が動き出した瞬間、俺はララの下へと駆け付けようと動く。

 だが雷神のもう一つの顔が俺を見ており、剣を振り下ろして雷の壁を俺とララの間に敷いた。

 

 俺が壁をナハトで強引に斬り開いた時、雷神は既にララの目の前におり、槍を振り上げていた。

 

 ララが殺される光景が頭に過る。守ると誓ったララが、槍で貫かれて血に染まる最悪な未来が見えた。

 

「止ァめェろォォッ!」

 

 全ての魔力を脚に回し、ララが貫かれるよりも早く槍の前に移動した。

 

 ナハトで槍を逸らそうとしたが、それよりも早く槍は真っ直ぐ伸び、俺の胸の中心を穿った。

 

 幸いにも、貫いた槍はララに命中することなく、俺の血を顔に浴びただけで済んだ。

 

「せ――せんせ――?」

「――くそ――たれ――」

 

 雷神に向かって何とか振り絞って出せた声で言えたのはそれだけだった。

 

 雷神は俺を貫いたままの槍を持ち上げ、俺を上に放り投げた。

 

 そして俺は剣と槍の怒涛の突きを全身に浴びた。

 

 

 

    ★

 

 

 

 ララはルドガーの血の雨を浴びながら、信じたくない光景を目の当たりにしていた。

 自分を守ると言ってくれた人が、自分を守って串刺しにされた。

 

 アレでは生きていられない。

 

 そう思った瞬間、ララは底知れぬ恐怖と絶望を抱いた。

 

 これと似た感情を、ララは以前にも一度抱いた。

 

 それは母が死んだ時だ。魔族の重鎮達に城へと移されてから、母の寿命はどんどん磨り減っていった。やがて寿命が尽き、目の前で息を引き取った時にそれは起きた。

 

 感情のままに力を解放し、周囲にいたメイドや執事、兵士達を全て巻き込んで死に至らしめてしまった。

 

 気が付いた時には全てが終わっており、自分が魔王の力を受け継いでいることを自覚した。

 

 もう二度と使いたくない――。

 

 そう決めていた力が、再び心を支配し始めた。

 

「いやあああああああああッ!!」

 

 ララの魔力が暴走を始める。七属性のどれでもない魔力が吹き荒れ、雷神の動きを捉えて拘束した。

 雷神は手足を動かそうと藻掻くが、目を赤く光らせたララがそれを許さない。

 

 雷神は四肢を引っ張られ、メキメキと音を立てて亀裂が入り始める。

 

「うああああああ!」

 

 ララは頭を抱えながら絶叫し、それに呼応するように魔力が暴れ始める。

 

 やがて雷神の四肢は潰れていき、そしてとうとう全ての四肢が四散してしまう。

 身体を支える物を失った雷神は赤い血を噴き出しながら床を転げ回り、悲鳴をあげる。

 

 それでもララの魔力は暴走を止めない。黒い魔力が渦巻き始め、雷神の力を打ち消し始める。

 

 ララは己の命が吸い取られていく感覚を味わう。魔力に命を食われているのだと理解し、死の恐怖から身体を丸めて怯える。

 

 暴走を抑え込もうにも心が乱れ、恐怖で頭の中が真っ白になる。

 

 雷神は残っている力を使い、ララを殺そうと雷の槍を生み出す。

 

 そして放たれた雷槍は真っ直ぐにララの頭を目掛けて伸び、ララは目を閉じた。

 

 だが――いつまで経っても襲い掛かる痛みや衝撃は来なかった。

 

 ララは恐る恐る目を開くと、目の前には漆黒のマントをはためかせた男が立っていた。

 

「せ――センセ――!?」

 

 ララの前に立っていたのはルドガーだった。血だらけのルドガーが雷槍を手で受け止め、ララを守っていた。

 

 そこでララは自分の魔力がルドガーの中へ流れ込んでいるのに気が付く。そしてルドガーの魔力も、自分の中に流れ込んでくるのが分かった。

 

 その魔力を通じて、見たことも無い光景が頭の中に浮かんでくる。

 

 それはルドガーが誰かの心臓に剣を突き刺している光景だった。

 剣に突き刺されている男の人を、ララは知っているような気がする。

 自分と同じ長い銀髪で赤い瞳のその男は、自分によく似ている。

 

 ――お父さん……?

 

 無意識の内にそう口にして、ララは意識を失った。

 

 

 

    ★

 

 

 

「デェリャアアアアッ!」

 

 渾身の力で雷槍を雷神へと投げ返し、雷槍は雷神の胸を穿つ。

 

 そしてナハトを呼び寄せ、雷神へと飛び掛かる。ナハトで雷神の頭を貫き、そのまま力を込めて斬り下ろす。赤い血を撒き散らし、雷神は断末魔をあげながら身体がボロボロに朽ちていった。

 

 ナハトで雷神を両断した時、マスティアの雷がナハトに吸収され、剣身から紫電が迸る。

 

 どうやらこれで試練は終わったようだ。

 

 ナハトを背中に戻し、気を失っているララの下へと駆け付ける。魔力の暴走の影響で意識を失っただけのようで、外傷は何処にもない。だが体内がどうなっているかまではすぐには分からない。調べようにも、俺もそろそろ限界に近い。

 

 雷神に穴だらけにされた筈だが、その傷は何処にも無い。鎧は穴だらけで血塗れなことから、幻術や錯覚なんかではない。元々、剣で刺されても死なない身体だけど、あんな重傷を負ってすぐに再生したのは初めてだ。

 

 ララを抱えて試練の間から出ると、ちょうど怪物との戦闘が終わったエリシアが駆け寄ってきて目をギョッとさせた。

 

「ちょっ!? 血だらけじゃない! ガキんちょは!? 生きてるの!?」

「エリシア……後は頼む――」

「へっ!?」

 

 意識を保てたのはそこまでだった。

 

 俺はララを抱き締めながら膝から崩れ落ちて、意識を失ってしまった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 罪の告白

 

 

 魔王は言った――いずれ世界は滅びると。

 

 魔王は言った――だから私が世界を救うと。

 

 だが魔王はその言葉とは逆に、世界の破壊を目論んだ。その破壊が世界を救う為に必要だったことなのか、それは今となっては分からない。

 

 分かっていたのはただ一つ、魔王の行いは同族以外を滅ぼすことだった。

 

 魔族の王として君臨し、世界を構成する七属性の魔力を全て操って何かを探していた。世界の支配は、その何かを見付ける為の手段だった。

 

 何かを見付けたその先に、魔王の言う救済があったのかもしれない。だがあったとしても、魔族以外は全て滅んでいた。それは救いにはならない。

 

 それを魔王は理解していた。理解していたからこそ、俺達を育てた。

 

 勇者の予言を調べ上げ、人族の捨て子を集めて篩に掛けた。各属性の魔力に適応する七人の子供だけが生き延び、魔王は己の全てをその子供達に授けた。

 

 そして魔王が破滅の道を選んだ時、彼らは立ち上がり、武器を握り、勇気と覚悟を持って魔王に挑んだ。

 

 その果てに、魔王は死んだ。七人の子供達の手によってではなく、篩にすら掛けなかった一番最初の子供に。

 

 なぁ……どうして俺を育てたんだ。勇者として育て上げた訳でもないのに、どうして最期は俺だったんだ。どうして俺に父親殺しをさせたんだ。

 

 答えてくれ……答えてくれよ!

 

「親父ィ!」

 

 気が付けば、ベッドの上だった。伸ばした手が宙を切り、力なく垂れ下がった。

 

 凄い汗だ。シーツがもの凄く湿っている。

 

 頭痛が酷い頭を抱えながら身体を起こす。

 

 いったい何があった……確か試練をクリアして、それでエリシアに後を頼んで……。

 

「……気を失ったのか。なら此処は……リィンウェルか?」

「そうよ」

「……エリシア」

 

 声を掛けられるまで気づけなかった。エリシアが部屋の隅でリンゴを囓っていた。

 

 どうやらリィンウェルに戻ってきてしまったらしい。だが気を失わなかったとしても、ララの容態や俺の状態でそのまま魔族の大陸に向かうことはできなかった。少し時間を消費してしまったが、こればかりは仕方が無い。

 

 とりあえずベッドから下りようとして、違和感に気が付く。

 

 やけに身体が開放感に包まれている。ペタペタと身体を触って見れば、何も着ていなかった。いつも首から提げている指輪とアイリーン先生から貰った御守りの緑の宝石以外、何も纏っていない。そしてその開放感は下半身にもある。

 

 おそるおそるシーツを捲ってみると、そこには立派な男の象徴が。

 

「……俺に何をした?」

「ちょっと!? 変な誤解しないでよ! 何もしてないわよ!」

「良かった……」

「……手ェ出しときゃ良かった」

「え?」

「何でも無いわよ。ほら、そこに着替えがあるから」

 

 ベッドの脇には部屋着が置かれていた。黒のズボンに灰色のシャツと、落ち着く色をしていて実に好みだ。

 

 エリシアが背を向けている間に着替えを済まし、状況を確認する。

 

「それで? ララは? 俺が気を失ってからどれぐらい経った?」

「……少しは落ち着きなさいよ。あれから一日も経ってないわよ。ただ今日出発するのは無理ね。夜だから、日が昇ってからよ」

「……ララは?」

「……」

 

 エリシアは口籠もった。

 

 その反応はララに何かあった証拠だ。もしかして暴走で悪い影響でも受けてしまったのか?

 有り得る。魔力の暴走はその殆どが悪影響を身体に及ぼす。気を失っただけかと思ったが、やはり何か体内で起きていたのか。

 

「ララは何処だ?」

「その前にルドガー……確認しておきたいの。あの子に……魔王のことは話してたの?」

「……何でそれが今関係あるんだ?」

「……話してないのね? アンタが魔王を殺したこと」

 

 急激に、魂が凍て付くような感覚を味わった。動悸も激しくなり、視界がグラつく。

 

 どうして……どうしてその話が出る。俺は一度もエリシアにそのことを話していない。なのに、どうしてそれをお前が訊くんだ。

 

「……アンタが目を覚ますよりも先に、ガキんちょが起きたのよ。それで、起き抜けに訊いてきたのよ……魔王を殺したのは誰なんだって」

「――まさか、話したのか?」

 

 我ながら、口から出た声はもの凄く冷たい印象だった。

 その証拠にエリシアがビクッと怯えた。エリシアは首を横にブンブンと振った。

 

「は、話してないわ! ホントよ! でも……様子がおかしくて。あの顔色は……たぶん……」

 

 どうして知られた……何が切欠で……!

 

 俺はララの魔力が流れ込んできた時のことを思い出す。あの時、俺の魔力もララの中に流れた。まるで混ざるようにして魔力が溶け合ったのを覚えている。

 

 魔力は生命の源でもあり、今まで生きてきた記録のような物が刷り込まれていると聞く。だからエルフ族は魔力からあらゆるモノを読み解くことができる。

 

 もし仮に、俺の魔力がララに流れ込んだ際に俺の記憶を垣間見たとすれば。

 その記憶が魔王を殺した時のものだったら。

 

 その考えに至った時、俺は全てが終わったと感じてしまった。力なくベッドに座り、何も考えられなくなってしまった。

 

「……ルドガー、大丈夫?」

「……ララは父を殺されたことを恨んでないと言った。恨むには父のことを知らなさすぎると」

「そ、そう。なら、大丈夫なんじゃないの?」

「だけど母親は別だ。母親が死んだ切欠は、俺が父親を殺したことだ。精神的な拠り所を俺が奪ってしまったが故に、母親は生きる力を失ったんだ。ララは母親を愛してる。きっと俺を恨んでる」

「ルドガー……」

 

 エリシアが俺に近寄り、俺の頬を伝うものを指で拭う。

 

 涙を流す資格など俺には無いと言うのに。嘘つきで裏切り者の俺が慰められるのは間違っている。

 それでも涙が止まらない。ボロボロと涙が流れ落ちる。

 

「俺は……俺はララを守りたい。罪滅ぼしのつもりなんかじゃない。本心から守りたいと思ってる。でも、俺にララを守る資格があるのかってずっと考えてた。ララを裏切るような嘘を吐いて、真実を隠して……どんな顔をして守れば良いんだって……!」

 

 守りたい気持ちに偽りは無い。あの子は守られるべき存在だ。聖女であることなんてどうでも良い。あの子はまだ十六歳で、両親を失って、立場のせいで辛い目にあっている。教師としてもあの子を守りたいと思う。他の生徒達と一緒に学んで育ち、いずれやりたいことを見付けて大人になっていってほしい。

 

「俺とララの間には縁がある。守護の魔法が俺達を結びつけた。今なら分かる……俺とララを結びつけたのは親父だ。魔王が、俺とララを出会わせた」

「……だったら、やるべきことは一つじゃない」

 

 エリシアの両手が俺の顔を包み、顔を上げさせた。

 

「あのクソ親父がアンタに任せた最後の頼み、責任持って最後までやり遂げなさいよ」

「……俺は怖い。ララに……親父の子に恨まれるのが。親父に恨まれるようで……怖いんだ」

「へぇ? アンタでも怖いものってあるんだ」

 

 俺の気持ちを知っても尚、エリシアはカラカラと笑う。

 

 エリシアは俺の頭を抱き締め、子供をあやすように頭を撫でてくる。不思議と、気分が落ち着く感じがする。

 

「安心しなさいって。恨まれたとしても、一緒に恨まれてやるわよ。そもそも、魔王の敵は勇者なんだし」

「……お前は……強いな。やっぱ勇者だよ」

「えぇ? 知らなかったの? 私って雷の勇者なんだよ?」

 

 バシンバシンと、俺の頭を叩いたエリシアは俺を強引に立たせ、部屋の出入り口へと押し出した。

 

「ガキんちょは城の屋上よ。モリソンが見ていてくれてるから」

「……何だよ。一緒に来てくれねぇのか?」

「アンタ……ったく、私はアンタの母親でも姉でもないの。最初は一人で行ってきなさい」

「……そうだな。サンキュ、ちょっと行ってくるわ」

 

 涙でぐしょぐしょになった顔を袖で拭い、部屋から出て行く。

 

「……はぁ、ガキんちょが羨まし」

「あ、エリシア」

「ふぇい!? な、何!?」

 

 言い忘れたことがあって戻ったのだが、どうしてかエリシアは慌てふためいた様子を見せた。

 気になったが、訊いても教えてくれないだろうと思い、用件を済ませることにした。

 

「お前に助けを求めて正解だった。ララの言う通り、俺にはお前が必要だったみたいだ」

「――」

「それだけ。じゃ、また後で」

 

 それだけを伝えて、今度こそ部屋を後にした。

 

「……そう。それは……嬉しいわね……え? ララの言う通り? ちょっ、それどう言う意味!?」

 

 

 

 城の中を走り回り、やっとこさ屋上に辿り着いた。

 屋上の入り口では、モリソンが煙草を口に咥えながら外を眺めていた。

 外、と言うよりも外にいるララを眺めていた。

 

「モリソン」

「……随分とまぁ酷い顔じゃねぇか。目が腫れてんぞ?」

「久しぶりに泣いちまったからな」

「そいつぁ見たかったぜ」

「……いつから此処に?」

「かれこれ二時間以上。まぁ、詳しくは聞かねぇが……言葉は慎重にな」

 

 モリソンは俺の肩を叩き、屋上から消えていった。

 

 俺は一度大きく深呼吸してから、屋上のベンチに座っているララの後ろ姿を見る。

 

 月明かりに輝く銀髪はこんな時でも美しく思えてしまう。

 

 彼女は白いワンピースを着て星空を眺めていた。

 意を決して足を進め、静かにララの下まで歩み寄った。

 

 ララの隣まで来ると、いつもならセンセと呼んでくれる筈が、何も反応しない。

 

 それが酷く不安に思えて仕方が無い。

 

 だがいつまでも黙ったままでいる訳にはいかない。

 俺は口を開いてみせた。

 

「……ララ。身体の具合は……どうだ?」

「……何ともない」

 

 返事を返してくれた。それだけでも俺は嬉しさと安堵を感じた。

 だがララは体調面に関して返事をくれただけで、これから話す事とは関係無い。今のは義務的に返事をしただけかもしれない。

 

 魔王との決戦前よりも恐怖と緊張を覚え、本題に入ることにした。

 

「その……ララ。俺は……お前に言わなきゃならないことがある」

「……」

「お前の……父親なんだが……」

 

 何て、言えば良いのだろうか。そのまま素直に俺が殺したと言うべきなのだろうか。だがいきなりそんな言葉を投げ掛けるのは如何なものか。

 

 しかし他に言葉が思い付かない。そもそもな話、殺した相手の家族に向かって殺したことの告白をするなんて場面はそうそう無い。辞書にだって適切な言葉は載っていない。

 

 相手はまだ十六歳の少女だ。聡明であり大人びていても少女だ。信じていた相手が実は父親を殺した人であったなんて事実は、俺でもショックが大きいと思う。

 

 それでも、言わねばならない。ララを傷付けることになるとしても、これ以上ララを裏切り続けたくない。

 

「お前の父は――――ヴェルスレクス・エルモールを殺したのは俺だ」

「……」

 

 ララの息を呑んだ声が聞こえた。口は固く閉ざされ、スカートの裾をギュッと握り締める。

 俺は此処で言葉を止めてはいけないと思い、胸の内を全部打ち明ける。

 

「俺はお前の父を殺し、母の死の切欠を生んだ男だ。今まで黙っていて……悪かった」

「……何で今になって話したんだ?」

 

 ララは消沈したような声でそう訊いてきた。

 

「この旅の中で、お前に話す時が来るとは思っていた。だけどその……話す勇気が無くて……。見たんだろ? 俺の記憶を……」

「……じゃあ、やっぱりアレは父だったんだな」

 

 やはりララは俺の記憶を見ていた。

 

 こんなことでララに話すつもりなんて無かった。自分から話を切り出す腹ではいたのだが、俺の臆病さがこんな結果を招いてしまった。

 

 いや、今更そんなことを言っても俺がララを裏切って傷付けたのは変わらない。それに例えどんなに場を用意して話したとしても、ララを傷付けていたに違いない。

 

 俺はララの正面に移動し、膝を着いてララと視線を合わせた。

 ララは泣いてはいなかった。ただ悲しみの色を灯している。

 

 俺は首から提げている金の指輪を外し、ララの手に持たせた。

 

「これは……お前の父の指輪だ。盗ったんじゃない。訳あって、彼から渡された物だ……お前に返すよ」

 

 ララは指輪を手の上で転がした。何の変哲も無い金の指輪だが、俺にとってこれは彼の形見であり、ララにとっても父の形見だ。なら、本当の娘であるララの手元にあったほうが良い。

 

 そう思って返したのだが、ララも自分の首に提げている物を取り出した。

 それは銀の指輪であり、見た目は色以外金の指輪と同じだった。

 

「それは……?」

「……母の形見だ」

「……」

 

 その時分かった。この二つは結婚指輪で、ララの両親を繋ぐ大切な物だ。

 なら尚のこと、この指輪はララに返したい。彼も妻と娘の下にあることを望む筈だ。

 

「……ルドガーはどうして……この指輪を貰ったんだ?」

「……前に言ったろ? 俺と勇者達は同門の出だって。俺達を育てたのは魔王だ」

「……何で、そんなことを?」

「詳しくは知らない。だけど魔王は……お前の父は自分を殺す存在を欲していた。自分が世界を滅ぼしてしまうことを知っていたんだと思う。そしてそれを自分では止められないことも。俺は幼い頃に戦場で魔王に拾われた最初の子供だった。魔王が望んでいたのは勇者だったのに、勇者じゃない俺を最後まで育ててくれた」

「なのに、殺したのか?」

 

 ララの言葉が重くのしかかる。言い訳はしないしできない。

 

 俺達が彼を父として見ていたのは事実だ。残酷な試練を与えて乗り越えられなかった者達の命を捨て置いたとしても、彼を父として尊敬していた。

 

 その父を、俺はこの手で殺した。それが父の望みだったから。

 

「……そうだ、俺が殺した」

「……勇者達は?」

「一緒に戦った。だけど心臓に剣を突き立てたのは俺だ」

「……父のことについては何とも思ってない。私が生まれる前に母を置いて消えた奴だ。最初に会った時に言った通り、私は父を知らない」

 

 だけど、とララは一言置き、涙を堪えながら俺の目を見つめる。

 

「母は別だ……。母を悲しませ、母から生きる力を奪ったことは許せない」

「……ああ」

「ルドガーには言わなかったけど……そいつを見付けたら殺してやろうと思ってた。勇者に会いに行くと聞いた時、父を殺した勇者だったらどうしようと思った。でもルドガーだった……お父さんを殺してお母さんを死なせたのはセンセだった!」

 

 ララから魔力が漏れ始めた。負の感情に反応し、ララの魔族としての力が表に出かけている。

 黒いオーラが身体から滲み出し、屋上にある花壇の花が全部萎れ、そして枯れて土塊に変わった。

 魔王ヴェルスレクスと同じ死の魔力をララはその身に宿している。

 

 その力の矛先が、俺に向けられた。

 

 この場でララに殺されたとしても恨みはしない。ララには俺を殺す権利がある。

 

 復讐は何も生まないと言うが、それは確かではない。生まないかもしれないが、少なくとも過去との因縁に決着を付けることができる。過去から解放され、未来へと足を進めることができる。此処で俺を殺し、その一歩を踏み出せるのなら、俺はララに殺されよう。

 

 死の魔力を滾らせるララの手を取り、その手を俺の心臓の位置に置いた。

 

 こうやって触れているだけで、俺の手は激しい痛みを感じている。すぐに死なないのはヴェルスレクスの時と同じだった。ナハトの力で守られているが、いつでも破れる程の力しか出していない。

 

「俺を殺したいなら殺しても良い。誰にも咎めさせない。お前には復讐する権利がある」

「……」

「でも……良ければもう少しだけ待ってほしい。せめて戦争を止め、お前の安全が確保されてから殺してほしい」

「……何でセンセは私を守るの? 罪滅ぼしのつもり?」

「……いいや。俺がお前を守りたいと思ったからだ。勉強好きで、心優しくて、勇敢な少女を……俺と同じ半魔のララを。お前にとっての勇者になりたい、そう思ったからだ」

 

 最初は逃げたかった。関わりたくなかった。父を殺した過去から離れたかった。ララから憎しみを向けられると考えた時、同時に父の顔が浮かんだ。殺して止めるのではなく、生きて止めてほしかったと恨み言を言われているような気になる。

 

 ララの信頼を得ていくにつれて、その恐怖心は強くなっていった。父だけじゃなく、その娘であるララを裏切るような行為が、心を押し潰してしまいそうになった。

 

 だが同時に、ララに物を教えていく内にララの存在が大きくなっていった。

 

 俺と縁が繋がった子、俺の大切な生徒、俺と同族の子、ヴェルスレクスの娘。

 

 守る理由が増えていくに連れて、本心からララの勇者になりたいと思い始めた。

 

 だから殺されるとしても、もう少しだけ待ってほしい。

 ララを守る務めを、一度で良いから果たさせてほしい。

 

「校長先生が言っていた……私とセンセの間には縁があると」

「ああ……」

「……それは父が繋いだのか?」

「……俺はそう思ってる。俺とお前を知るのは彼しかいない」

 

 ララの目を見つめ、ララも俺の目を見つめる。

 

 どれ程長い、または短い時間だったかは分からない。沈黙が続き、ララは俺の胸から手を離した。感情が落ち着きを取り戻したのか、死の魔力も形を潜めて消えた。

 

 ララは持っていた銀の指輪を襟の中にしまい、金の指輪を俺に突き返した。

 

「これはセンセの物だ。私はこれだけで良い」

「……いや、だが――」

「その代わり約束してくれ。父がお前を選んだのなら、父の代わりに――いや、父以上に私を守り続けろ。この指輪と私の指輪に誓え」

 

 ララが差し出す指輪が月明かりに照らされて輝く。

 

 まるで契約魔法だ。この指輪を受け取ったその瞬間から、俺はララを守る為だけに生きることになる。俺と言う個を捨て、ララという個を守る為にその身を捧ぐ。

 

 捉えようによっては呪いなのかもしれない。

 だがこの呪いは同時に俺にとって心の救済になる。

 

 狡い魔女だ。こんなにも断れない契約を持ち掛けるなんて、将来が心配になる。

 

 俺はララの手から指輪を受け取り、首に提げた。

 

 これで契約は結ばれた。俺は今日この時をもって、ララを守るララだけの勇者になった。

 

「……これでセンセの命は私の物か?」

 

 ララは涙を拭い、不敵に笑って見せた。

 その笑みに呆気に取られ、そして俺も笑ってしまう。

 

「ああ、そうだよ。ったく、そんな所は父親に似なくて良いのに」

「……センセ、良かったら……センセの知ってる父について教えてくれないか?」

「……長いぞ? 悪いところも良いところも沢山知ってる」

「私達は寝なくても問題は無い」

「……そうだな」

 

 俺はララの隣に座り、そのまま日が昇るまで魔王ヴェルスレクスについて語り聞かせた。

 

 魔王との出会いから終わりまで全て。

 

 思えば、こうして親父のことを誰かに語ったことは無かった。親父のことを知っているのは勇者達しかいないし、後は魔王としての側面しか知らない人達だ。俺達が魔王に育てられたなんて知られたら、立場は無くなってしまう。

 

 ララに親父のことを話していると、エリシア達と話している時とは違う感覚を抱く。勇者達以外の者に親父のことを話せて嬉しく思っているのだろうか。ずっと打ち明けられなかったことを話せて、何だか不思議な気分になる。

 

 嗚呼、そうか……ララだからだ。親父の実の娘であるララに、親父のことを教えられるのが嬉しいんだ。とんでもなくクソッタレな親父だったけど、どうしてこんな良い子を娘に持てたのか不思議でならない。きっと母親が素晴らしい女性だったんだろう。

 

「ララ、母親の名前を教えてくれないか? お前のような子を産んだ偉大な母の名を知りたい」

「……マーテル。マーテル・R・エルモール。ミドルネームの意味は教えてくれなかったけど」

「……」

 

 マーテル・R・エルモール。Rか……大方の予想は付く。

 

 親父は魔王の癖に案外女々しいと言うか、未練がましいというか、人臭い所があるものだ。

 

「ララ、親父はきっとマーテルさんのことを愛してたと思う。捨てた訳じゃない」

「どうしてそう思うんだ?」

「でなきゃ俺に託すまで大事に指輪を持ってたり、お前と俺を縁で結ぶ理由が無い。俺は終始親父のことを理解できなかったが、アレでいて割と面倒くさい性格ってのは知ってる。それに、誰かを愛する心を俺達に教えた。そんな奴がどうして世界を滅ぼそうとしたのかは知らないが……少なくとも俺達の親父は愛を知っていた」

「……そうか。ならまぁ……あの世で母と暮らしてるだろ」

「ああ……しっかりと送ってやったよ。最期に何て言われたのかまでは思い出せないけど」

 

 きっと謝罪や感謝の言葉なんかじゃなかったと思う。あの男はどんな時でも無茶な要求をしてくるような奴だ。今際の際にふと思い出したことを口にしただけかもしれない。

 

 でもその内容が、ララを俺に託すものだったかもしれない。そうであればもしかしたら、俺とララはもっと早くに出会っていたかもしれない。そうなっていれば、今の俺の生活はガラリと変わっていただろうか。エルフ族の学校で教師なんかしていなかったかもしれないな。

 

「……ところで、センセ」

「ん?」

「日が昇ってきたからそろそろ部屋に戻ろうと思うんだが……後ろのアレは何だ?」

「んー……たぶん、俺の所為?」

 

 俺達は屋上の入り口へと目をやる。そこにはバチバチと雷を漏電させながら、此方を怒りの形相で睨んでいるエリシアが立っていた。両手にはカタナが二本抜き身で握られている。

 

 そう言えば、話しに行くと言ったきりで何も連絡してなかったな。

 

 頭を抱えてどうしようかと嘆いていると、エリシアがドシドシと近付いてくる。

 

「ねぇ……こっちは寝ずに待ってたんだけど……? 何……? 心配して見に来たらどうしてイイ感じの空気が流れてんの……?」

「よーし落ち着けエリシア。寝不足で苛々してるだけだ。だから仮眠を取ろう。良い霊薬があるから、な?」

「ええ、ええ、良いわよ、そっちがその気なら容赦しないわ……雷神の試練を乗り越えたんなら私で試しなよ」

 

 目がマジだった。殺す気と書いてマジと読むぐらいのマジだった。

 

 その後、エリシアと命を懸けた追いかけっこを演じ、リィンウェル中を駆け回ることになった。都市中を雷が縦横無尽に駆け回る光景を見たモリソンからは、魔族が攻めてきたのかと思ったと言われ、俺とエリシアは深く反省することになった。

 

 だがこれで俺の中の葛藤は消え、ララとの関係も決裂することなく済んだ。エリシアの力も借りられ、いよいよ魔族の大陸に乗り込む準備が整った。

 

 あとはウルガ将軍から穏健派を解放し、戦争が起きる前に止めるだけ。

 これが最も難しく、危険なものである。

 

 しかし、新たな謎も生まれた。

 

 雷の神殿で試練を受けること担ったのは俺とララであり、成り行きで雷神の力を手に入れてしまった。ララは聖女が関わっていると予想が付くが、俺については謎だ。

 

 俺は勇者でもなければ聖職者でもない。教師ではあるが。ただの半人半魔で、力もナハトが無ければ勇者と渡り合えないような奴だ。

 

 これが校長先生が言っていた、俺とララに関わる予言なのだろうか。

 

 いずれ大いなる選択を迫られる時が来ると言っていたが、それはまだ何のことか分かりそうにない。今は目の前の戦火に意識を向けておくべきだ。

 

 そして、その時は来た――。

 

 リィンウェルで北大陸に向かう準備をしていた頃、俺の下に一羽の鳥が飛んできた。

 その鳥はフレイ王子から使わされた精霊だった。

 

 精霊は俺の腕に降り立つと、俺の中に入って王子からの知らせを伝えた。

 

『――魔族の軍勢が侵攻を開始した。ルドガー、すぐに戻ってくれ』

 

 それは最悪な知らせであった。

 

 戦争が、起きてしまったのだ――。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 帰還

 

 

 フレイ王子からの知らせを受け、俺とララ、そしてエリシアはすぐにリィンウェルを出発することになった。

 

 魔族の侵攻が始まってしまったのなら、本国に乗り込んで穏健派を助けても止めることはできない。それはもはや何の意味も無い。今から穏健派を助け出しても、出兵まで叶えてしまったウルガ将軍を止めることは不可能だろう。

 

 だがまだ侵攻が始まっただけで戦いは始まっていない。今ならまだ別の手段で戦争を阻止することができる。

 その為には、魔族がエルフ族の軍とぶつかる前に現地へ到着しなければならない。

 

 だがリィンウェルからアルフの都は数日掛かってしまう。それでは間に合わない。最低でも今日中に戻らなければならなかった。

 

 そこで俺達は、ある特別な手段を用いることにした。大昔に編み出された魔法で、魔法力の高い魔族やエルフ族でも、歴史上でほんの数人しか使えなかった古の転移魔法だ。普通の転移魔法では短い距離しか移動できず、加えて転移させられるのは物だけに限定される。

 

 アーヴル学校の大食堂で厨房から皿の上に現れるのも、転移魔法の一種だ。

 

 しかし、これから使う転移魔法はそのどれよりも難しく、大きなリスクを伴う。

 失敗すれば命の保証は無い。死ななくとも、身体が滅茶苦茶に壊れるだろう。

 

 だが俺達なら成功する可能性は高い。確信めいたものもある。

 

 魔法の発動は魔法力が高いララに、用いる魔力はエリシアに、そして魔法を安定させる為に俺が魔法のバランス調整を行う。伊達に親父から魔法を学んじゃいない。

 

 過去に一度、親父に内緒でこの魔法を使ったことがある。魔力が足りずに短距離しか移動できなかったが、転移自体は成功させた。その後死ぬほど叱られたのは今では良い思い出だ。

 

 ララには魔法を発動させる為の呪文と仕組みだけ教える。俺が発動するよりもララに発動してもらったほうが魔法の安定率は高いはず。

 

 城の屋上に出た俺達は互いに手を繋ぎ円を作る。

 

 これから行うのは文字通り命懸けの魔法。最悪、俺達は死体となって何処かに放り出されるかもしれない。だがこの方法しか今は移動手段が思い付かない。本当に戦争が始まる前にアルフの都へと戻らなければ、多くの犠牲者が生まれてしまう。

 

「良いか、ララ。もう一度言うぞ? 意識するのは目的地、そこへ行きたいと言う願望、そして明確な移動姿だ。移動姿は何でも良いが、鈍いのは避けろ。目的地も明確にイメージしろ。でないと下手すりゃ地面や壁の中に埋もれて即死ってこともある」

「わ、分かった」

「ちょっとルドガー! 怖がらせるようなこと言わないでよ! 私まで怖くなるじゃない!」

「大丈夫だララ。魔法の制御は俺がする。お前が発動させた魔法なら制御しやすい……筈だ」

「ルドガー!?」

「仕方ないだろ!? 俺だってガキの頃に一回しか試してないんだ! でもその時の記憶は鮮明にあるし知識もある!」

「もう! 良い!? ガキんちょ! こうなったら一蓮托生よ! アンタが失敗して死んだとしても恨みっこ無しよ! ……ごめんやっぱちょっとは恨む!」

「二人とも落ち着けぇ! 嬢ちゃんよりも大人なてめぇらが慌ててどうする!?」

 

 一緒に屋上に来ていたモリソンが一喝して俺とエリシアを止めた。

 モリソンは煙草を吸いながら頭を抱え、俺達を心配そうに見てくる。

 

 確かに俺達がしっかりしなければならない。一番不安なのはララのはずだ。

 

 ララを見ると、少し不安そうだが頭の中で必死にイメージを固めている。

 

 俺達がやることは、ララが安心して魔法を発動できるようにすることだ。その俺達が動揺してどうすると言うんだ。

 

「……ララ、俺達を信じろ。自分自身の力を信じろ。必ず成功する」

「そうよ、ガキんちょ。私の魔力を使うんだから失敗なんてありえないわよ」

「……大丈夫。やるぞ……!」

 

 ララが閉じていた目を開けると、赤い目が光り輝く。ララが魔法の発動体勢に入ったのを確認したエリシアが、魔力をララに同調させて握っている手から魔力を送る。

 

「目的地……願望……姿……目的地……願望……姿……!」

 

 ララはイメージを呟きながら頭の中で明確な物にしていく。エリシアの魔力がそれに反応し、辺りに紫電色の魔力粒子が沸々と浮き上がって輝いていく。

 

「姿……姿……姿……! センセ! 行くぞ!」

「よし……やれ!」

「我らを運べ――シーネ・フィーネ・ヴィエートルズ!」

 

 直後、魔力が爆発するような音と光が炸裂し、俺達は城の屋上から姿を消した。

 

 

 

 世界が高速で回るような感覚を味わい、気が付いた時には見慣れた部屋に立っていた。

 

 此処はアーヴル学校の俺の私室であり、この場所に出た際に生じた風で本やら教材やらが滅茶苦茶に散らばった。

 

「……」

「……」

「……」

『……!』

 

 俺達は三人同時に窓へと駆け寄り、叩き割るような勢いで窓を開けて外に頭を突き出す。

 

 そして同時に胃袋の中をオロロロッと吐き出した。

 

 転移は一瞬だったが、その一瞬だけで目が回ってしまった。

 三人仲良く吐瀉物を窓の外から撒き散らせ、どっと疲れたように床に座り込む。

 

「ルドガー……うぇ……ちゃんと安定させてよ……!」

「これでもだいぶ……うぷっ……安定させた……! ララ、いったいどんな移動姿をイメージしたんだ……!?」

「な、流れ星……気持ち悪い……」

 

 流れ星とはまた予想外なものを想像したもんだ。確かに鈍いのは避けろと言ったが、それはそれで速過ぎる。だがそのお陰で転移魔法が上手く発動できたとも言える。

 

 まだ若干目が回る状態で何とか立ち上がり、身体に何も起きていないことを確かめていると部屋のドアが勢いよく開かれた。

 

 部屋に飛び込んできたのはアイリーン先生だった。

 

「る、ルドガー先生!? いったい何が……!?」

「アイリーン先生。いや何、転移魔法で戻ってきただけさ」

「……誰? あの女」

「センセの愛人」

「は?」

「アイリーン先生! 紹介します! 雷の勇者エリシアです!」

 

 ララが言った変な冗談をサラリと無視し、エリシアを紹介する。

 

 何故か怖い視線を向けてくるエリシアは咳払いを一つ挟み、ものっ凄い笑顔を浮かべてアイリーン先生に挨拶をする。

 

「エリシアです。『うちの』ルドガーがお世話になってるようで」

「は、はぁ……アイリーンです。この学校で魔法学を教えております」

「よし、もういいな! 先生、色々と積もる話があると思うけど、それよりも俺達は急いで城に向かわないといけない」

「そ、そうですわ! ルドガー先生、陛下が大変お怒りですよ! フレイ王子が諫めなければ罪人として戦士達を差し向けるとことでしたわ!」

 

 うーむ、あのヴァルドール王が静かに怒るところは何度も目にしてきたが、そこまで激怒しているのは初めてかもしれないな。城へ行ったら問答無用で牢へぶち込まれる可能性だってあるかもしれん。

 

 だが魔族の軍が侵攻してきているのであれば、それどころの話じゃないだろう。

 

 まぁそこら辺はフレイ王子と校長先生が何とかしてくれるだろう。話に乗ったのは俺とは言え、持ってきたのはあの二人なのだから。

 

 俺達は急いで城へと向かった。道中で都の様子を見たが、民達には知らされていないのか何も変わった様子は見られない。だがすれ違う戦士達は一様にしてピリついていると言うか、緊張感を高めている。少なくとも異変が起きていることは知っているようだ。

 

「ルドガー様!? いつお戻りに!?」

「今さっきだ。中に入るぞ」

 

 城門の戦士達を素通りし、城の中に入る。

 どうせ王達がいるのは会議室だろう。

 

「アンタ、様付けで呼ばれてんの?」

「そう。何か文句でも?」

「ふーん……あのアイリーンって女エルフとはどう言うご関係?」

「別に、ただの同僚だ。かなり魅力的ではあるがな」

「……やっぱエロさか。エロさが足らないのか」

 

 エリシアが何かブツブツと言いながら自分の身体を弄っているが、気にしている時間はないと思い無視した。

 

 会議室に辿り着き、ドアを開いて中に踏み入る。

 やはりそこには王を初めとした重鎮達が集まっており、そこには校長先生の姿もあった。

 

 王は俺の姿を見るや否や、顔を険しくさせて腰の剣を抜いて俺に詰め寄ってきた。

 

「この愚か者が! 聖女を都から連れ出しおって!」

「父上!」

 

 喉元に剣の先が食い込み、薄く血が流れる。エリシアがカタナに手を添えるが、何もしないようにと制する。

 俺は王に跪いて頭を垂れる。

 

「ヴァルドール王、全ては戦争を止める為にしたことです」

「その行為も無駄に終わったようだがな」

「確かに当初の目的は果たせておりません。ですが収穫もありました。此度の戦争を止めることに繋がるかは別として、おそらく予言に関わる事かと」

「何?」

「しかしながら、今はそれを語る時ではないかと。今は何よりも戦争を止めることです」

 

 王は少しだけ考えた後、俺に向けていた剣を鞘に収めた。

 周りの者達から力が抜ける安堵の声が漏れる。

 

「今は貴様の口車に乗せられてやろう」

「感謝します。紹介が遅れました、此方は雷の勇者エリシア・ライオット」

「……エリシアです。エルフ族の王、ヴァルドール陛下にお会いでき光栄です」

 

 エリシアは似合わない言葉遣いを口にして畏まったように一礼する。

 雷の勇者と聞いて、王は眉を顰める。

 

「何故勇者が此処に? 人族からの援軍か?」

「私が個人的に力を借りました。今回の件には、私の戦友(とも)として来ていますので、人族とは無関係にあります。そこをご理解ください」

「……よかろう。今、軍議をしておる。話に加われ。聖女殿は別室に案内せよ」

「私も此処で話を聞く」

「……好きにするが良い」

 

 王の許しを貰い、俺達はフレイ王子側への移動する。

 王子は俺に前に立って手を軽く振り上げ、俺もそれに合わせて王子と手を叩き合う。

 

「ルドガー、よく戻った」

「悪い、フレイ……間に合わなかった」

「まだ諦めるには早い。そうだろ?」

「ああ」

「ンンッ……軍議を再開する」

 

 長テーブルの上には西大陸の模型のような物が置かれており、二つの配色の駒が散りばめられている。青は西大陸の内側に、赤は海側に配置されており、それがエルフ族と魔族の軍を表しているのだと分かる。

 

 赤い船の形をした駒が北の海域に置かれているだけで、それだけを見ればまだ大陸に乗り込んでいない思われる。

 

「ゾールズ、報告の続きを」

「はい。魔族の軍勢は凡そ三千。数だけをみればそこまで大きな軍ではありませんが、見慣れぬ怪物達の姿もあります。また、先頭の船団には新しく将軍の地位に就いたウルガ将軍の姿も確認しております」

「奴らからの要求は?」

「何もありません。ですが、狙いは一つだけかと」

 

 重鎮達はララに視線を向けた。

 

 此処にいる彼らはララが魔王の娘であり聖女であることを知っている。

 

 ウルガ将軍が聖女のことまでを知っているかは不明だが、ララが魔王の娘であり、その座を継がせようとしているのは周知の通りだ。ララがそれを望んでいないのも知っている。

 

「陛下、此度の騒動の原因は魔族の聖女様を我が国に隠した為です。戦を避けるのであれば、聖女様を魔族へとお返しするべきでは?」

 

 重鎮の一人がそんな提案をすると、ララが俺の手を握った。

 

 大丈夫だ、誰もお前を渡すつもりなんてない。

 

 俺の思いを代弁するように、王子がそれに異を唱える。

 

「姫君を我が国へ招いたのは、悪しき者の手によって魔王の座に就かせないようにする為だ。新たに魔王が生まれれば、魔族は依然と同様の、いやそれ以上の力を得ることになる。此処で姫君を返したとしても、それは戦場が我が国から世界へと変わるだけだ。より酷い未来が待っている」

「しかし、聖女様が現代の魔族に現れたのならば、それは天啓では? 我らは大戦で必要以上に魔族の力を削ぎ落としてしまったのかも……」

「だからと言って戦争を是とするのか?」

「掟では神々の御意志が絶対です。人族の時は勇者という神々の御意志が御座いました。此度は聖女様です。掟に従い、やはり聖女様を魔族へとお返しすべきです」

 

「その結果、戦争が起きてもか? だったら俺はこう言おう。掟などクソ食らえだ!」

 

「な、なんと!?」

「王子ともあろう御方が……!?」

 

 王子の発言に重鎮達は度肝を抜かれる。ワナワナと怒りで震える者もいるが、俺は腹の中で大笑いしていた。

 

 以前から王子はエルフの掟遵守の文化を嫌っている所があった。美徳で尊ぶべき所はあるが、大事なことさえも掟にだけ従って決めるようではこの先に未来は無いと。他種族と交流をしていくのなら、いずれは掟の解釈を改めていく必要があると。今がその時かもしれない。

 

 王子は言ってしまって吹っ切れたように堂々と居座る。

 

 だが流石にその発言を無視できなかった王は、テーブルを叩いて騒ぎ始めた皆を静かにさせる。

 

「静まらんか! フレイ、今までお前の遊び癖には幾度も目を零して来たが、今の言葉は許せん。掟は我らエルフ族が恵みと繁栄を得る為の神聖な物だ。それを王族であるお前が侮辱するとは何事だ?」

「では父上も聖女をウルガ将軍へ引き渡し、更なる戦火を広げようとお考えですか?」

「それが天啓であるのならば我らは従う」

「父上!?」

「だがまだそうと決まったわけではない! ララ姫は確かに聖女ではあるが、まだその力がどういったものなのか不明だ。魔王になる為の力なのか、それ以外の為の力なのか判らないのであれば……将軍に渡すのは早計であろう」

 

 陛下の言葉に、ララはホッと胸を撫で下ろす。俺も少しだけ身構えてしまったが、陛下の掟遵守が良い方向に働いてくれたようだ。王子も父親が戦争を望んでいる訳ではないと分かり、安心した顔をする。

 

 だが言い換えれば聖女の力が魔王になる為の力であれば、魔族に引き渡すと言うことだ。

 

 そんなことは絶対に無いと信じているが、確証的なものは何も無い。

 

「では陛下……我々は魔族と一戦交えるのでしょうか?」

「……その答えを持っているのは、そこにいる英雄殿だ」

「……ルドガー、ご指名よ」

 

 エリシアに肘で突っつかれる。

 

 陛下のご要望に応え、俺は前に出て王子の隣に立つ。重鎮達からの注目を集めて少々居心地が悪いが、戦場のど真ん中に立つよりは気楽だ。

 

 いや、剣で薙ぎ倒せば良いだけの分、戦場のほうが気楽かも。

 

 校長先生も目を光らせて此方を見てくる中、王が手を組んで口を開く。

 

「では聞こう。この戦いを止める手立てがあるのかね?」

「――はい。一つだけ」

「ほう?」

「それを話す前に一つだけ確認を。アルフォニア校長、魔族の軍事力を支えているのはウルガ将軍だけですか?」

 

 校長先生は長い髭を撫でて頷く。

 

「左様。儂の調べでは、戦意を煽ったのも、戦力を整えたのもウルガ将軍ただ一人。他の将軍らは穏健派ではないようじゃが、かと言って此度の騒動には見向きもしておらぬ」

「ありがとうございます。それを聞けて安心しました。ヴァルドール王、この戦いはウルガ将軍一人が焚き付けたもの。言ってしまえば、将軍が戦う理由です」

「つまり?」

「エルフ族と魔族、二つの軍がぶつかる前に将軍を退けます。それしか戦争を止める手段はありません」

 

 俺の発案に、重鎮達はざわつく。

 

 それもそうだ。俺が言っていることは机上の空論に等しい。矛盾も孕んでいる。

 戦いを止める為に戦いを仕掛けると言っている。それも将軍だけを狙い、二つの軍が戦いを始める前に成し遂げると言うのだから、そんな話をいったい誰が信じられよう。

 

 しかし、この狙いは外れていないと思う。魔族はまだ力を大きく削がれている状態だ。新しい魔法や新種の怪物などで補強できていたとしても、地盤を整えられているとは思えない。

 

 そんな状態でウルガ将軍は強引に打って出て来た。それについては正直驚いているが、付け入る隙があるとすれば此処だけ。旗印である将軍が崩れてしまえば、魔族の軍は戦いを止めざるを得なくなる。

 

 だが不安要素もある。先に考えたとおり、ウルガ将軍の強引な出兵だ。北の森で対峙した時の底知れぬ力、あんな力を持つような将軍が博打を打つような真似をするだろうか。この出兵には何か裏がありそうだが、現状として戦争を止めるには将軍を退けるしかない。

 

「では貴様が将軍を退けると? 流石英雄殿、言うことが豪胆だな。傲慢も甚だしい。貴様一人でどうにかできるとでも?」

 

 王が俺を侮蔑するような目で睨んでくる。どうやら今回のララの件で相当お冠のようだ。今までは俺が何を言っても「そうか」の一言で済ませていたが、今は何を言っても悪いように捉えられそうだ。

 

「どうやってウルガ将軍を退けると言うのだ?」

「一騎討ちです。俺とウルガ将軍で一騎討ちをします」

「将軍がそんな提案を飲むとでも?」

「飲まざるを得ないでしょう。ララを条件に提示すれば、将軍に一騎討ちを受ける以外の選択肢はありません」

「聖女殿を?」

 

 そうだ。将軍が勝てば戦力に一切の消耗もなくララを手に入れられる。少しでも力のある魔族を残したい彼らにとって、この条件の一騎討ちは喉から手が出るほど欲しくなる状況の筈だ。

 

 仮に断ろうとしても此方にはエリシアがいる。エリシアの力を今一度魔族に示せば、どれだけの損害を被るかはすぐに想像できる。一騎討ちを飲むしか選択肢は無い。

 

「……今起ころうとしている戦いは、聖女を将軍の手から守る為であると理解しておるのか?」

「無論です」

「では貴様は、我々に世界の命運を貴様一人に託せと、そう申すのだな?」

「有り体に言えば――そうなります。私が必ず将軍を退けます」

「大きく出よったな、ルドガー・ライオット……」

 

 王は椅子に深く腰を掛け、頭を抱え込む。

 

 この一騎討ちの勝敗次第で、世界の命運は大きく変わる。

 勝てば今の平穏が続き、負ければ将軍の手によって再び戦乱の世に変わる。

 

 それにララも、望まぬ宿命を背負わされる。

 

 全ては俺の手に委ねられることになる。それを良しとするかは、ヴァルドール王次第だ。

 

 最悪の場合、エルフ族を敵に回す事になったとしても、俺は単身でウルガ将軍の下へ向かうだろう。そうしてでも、戦火を止めなければならない。

 

 もし戦争になれば、俺の教え子達が地獄を見ることになる。生きとし生けるもの全てが焼け野原になっていく悪夢を、家族を目の前で失う残酷な光景を味合わせる訳にはいかない。

 

「父上、私はルドガーを信じ、ララ姫を託したいと思います」

「フレイ……何故貴様はそこまでその男を信じることができる?」

「彼に命を助けられました。彼に世界を救ってもらいました。そして彼は私の唯一無二の友です。私はルドガー・ライオットの為ならば自分の命も差し出しましょう」

 

 フレイ王子は椅子から立ち上がり、片膝を床に付けて王に跪く。

 そして校長先生も立ち上がり、王子の隣で同じように跪く。

 

「陛下、儂もルドガーを信じております。何より、彼には『予言』がある。その予言通りならば、ルドガーはララと共に必ずや戻ってきます」

「エグノール……其方は彼の予言を信じておるのか?」

「予言を信じておるのではありませぬ。ルドガーとララを信じておるのです」

 

 校長先生の言葉に、王は今度こそ頭を抱えて項垂れた。

 

 二人が言う予言とは何のことか分からないが、その予言を信じるならば俺とララにはこの先の未来があるらしい。それを聞けただけでも戦いに赴く心が軽くなる。

 

 しかし、二人だけに頭を下げさせる訳にはいかない。この策を思い付き言い出したのは俺なのだから、俺が王に頭を下げるのが道理だ。

 俺も二人の隣に並んで跪き、王に許可を求める。

 

「王よ、我が命に変えてもララを守り抜きます。どうか、ご英断を」

「――王様、私からもお願いします」

「聖女殿……」

 

 ララも隣で跪き、更にエリシアも跪いてくれた。

 

 王も聖女と勇者から請われては流石に撥ね除ける訳にはいかなくなったのか、諦めたように溜息を吐いた。ドッと疲れたような表情を浮かべ、天井を見上げてしまう。

 

「――良かろう。もしこれで聖女殿が将軍の手に渡ったとなったら、それは神のお告げであると言うことだ」

「陛下!?」

「ああ、王よ! 今一度考え直しては――」

「ええい! 黙らんか! もう決めたことだ! ルドガー!!」

 

 王は椅子を蹴るようにして立ち上がり、跪いている俺の前にズカズカと近寄る。「立て」と言われて立ち上がると、王は苦虫を潰したような顔で俺を睨む。歯を噛み締め、拳を握って何かを耐えているような、そんな様子の王はわき上がる感情を呑み込み、澄んだ蒼い目で俺を覗き込む。

 

「――私とて戦争なぞ望んでおらん。貴様を信じた我々を、努々裏切るでないぞ」

「――御意」

「――宜しい。では行け、英雄ルドガーよ」

 

 そう言うと、王は会議室から出て行った。その後を重鎮達が追い掛けていき、この場に残ったのは俺とララとエリシア、そしてフレイ王子と校長先生の五人だった。

 

 王の許しも出たことだ。後は覚悟を決めてウルガ将軍が乗っている船に突撃をするだけ。

 

「センセ……」

「ララ……大丈夫だ。俺が必ずお前を守り通す」

「……私は魔王になりたくない。この聖女の刻印も消せるなら消したい」

「分かってる。お前は俺の大切な生徒だ。だから信じててくれ」

「……うん」

 

 未だ不安そうなララを撫で、校長先生と王子へと顔を向ける。

 

「校長先生、俺とララの予言とやらは……」

「すまぬが、まだそれを明かす時ではない。じゃがこれだけは言える。君とララはここで道が終わることはない」

「……それを聞けただけでもありがたい」

 

 予言は絶対だとは思っていないが、少なくとも予言では今回の戦いで終わるとは言われていないようだ。

 

 そうだ、こんな所で終わるわけにはいかない。予言を守る為じゃなく、ララを守る為、エルフ族を守る為にはウルガ将軍に勝たなければならない。

 

 それだけじゃない。魔族をこれ以上滅ぼさないように、最低限の被害で終わらせなければならない。

 

 俺は魔族を滅ぼしたい訳ではない。それは俺が半魔だからではない。魔族にだって穏健派のように他者と共存を望む者がいる。それを知ったからこそ、魔族を滅ぼしてしまえばそれは滅ぼそうとしてきた魔族と同じだ。

 

 共存を望むのなら、俺はその手を握る覚悟がある。

 その為にも、俺は絶対に負けられない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 決戦

 

 

 俺達がアルフの都に戻って半日以上が経過した。

 日は傾き始め、もうすぐすれば夕暮れの時間になる。

 

 魔族の船団が肉眼で完全に捉えられる距離まで迫り、北の港は緊張感で支配されていた。

 もし攻撃が始まれば真っ先に被害を受けるのはこの港である。北の港には魔族を警戒する為に多くの戦士と物資が配置されているが、それだけでは眼前に広がる船団を食い止めきれない。ものの数時間で魔族の旗が立てたれることになるだろう。

 

 戦士達はいつ戦いが起きても良いように準備を整え、覚悟を済ませている。

 

 俺とララとエリシアは港に入ると早速一隻の船を借りて船団に向かって進めた。

 この船には俺達三人しかいない。戦士達は港で待たせ、万が一の為に備えさせた。

 船の先頭に俺とララが立ち、向こう側からこの船に乗っているのが見えるようにする。

 

「さて……踏ん張り時だぞ。お前はいつものように不敵に構えてろ」

「センセ、それじゃ私がいつも偉そうにしているみたいじゃないか」

「それもまたお前の魅力だ」

「ふむ……なら良い」

「――来たぞ」

 

 魔族の船団から一隻の船が前に出て来た。その船には三つ叉の角を生やした兜と鎧を身に纏った巨漢が立っている。その手には巨大な戦斧が握られている。

 

 ウルガ将軍だ。まだ距離があるのに、此処まで大きなプレッシャーを感じる。

 

 ウルガ将軍が乗った船は俺達の船の目の前で停止した。

 

「何時ぞやの男ではないか。大人しく姫を引き渡す気になったか?」

「再会して開口一番がそれか。余程、ララが欲しいようだな?」

「当然。その御方は次の魔王になるべき存在。我が魔族を救済するには、ララ姫が必要なのだ」

 

 ウルガ将軍は鉄仮面の顔をララに向けた。兜の隙間から覗く赤い瞳が妖しく光り輝く。

 

 ララは将軍の目を見て、ゴクリと息を呑む。だが後ろに下がることはなく、俺の隣に立って将軍を睨み返す。

 

「……どうやら引き渡しに来たのではないようだ。ならば、何用か?」

 

 ――来た。此処が正念場だ。

 

「お前と一騎討ちの申し出に来た! 俺が負けたら、ララを引き渡す!」

「何……?」

 

 ウルガ将軍は俺の真意を見抜こうと俺を睨む。

 

 さぁ悩め、考えろ。魔族の戦力事情は分かっている。この戦いに導入したこの戦力こそが最後の力だろう。可能な限りの被害を抑えたいはず。俺に勝てば魔族は今の力を完全に残したまま魔王の力を得ることができる。

 

 それに将軍の座に就く男だ。一騎討ちを挑まれて拒むような真似はしない筈だ。

 

「……何故、私がその申し出を受けるのだ? 今此処で一斉に襲い掛かれば、姫を取り返すことができるぞ?」

「そうなれば俺だけじゃない――雷の勇者も相手になるぞ」

 

 俺は指を鳴らし、魔法で音を大きく響かせる。

 すると晴天だった空は一気に曇天の空へと変わり、雷雲が渦巻く。

 そして紫の雷が轟々と鳴り響いて海に落ちていく。俺達の船の後ろを雷のカーテンが落ち、神の雷がこの場を支配する。

 

 エリシアが船から力を使い、雷を落としている。そうすることでエリシアの力を示し、一騎討ちを受けなければこの力が相手になると脅しをかけているのだ。

 

 魔族達にとって勇者の力は苦々しい思い出だろう。魔王を打ち破った者達の力なのだから、その力の脅威を一番知っているのは彼らだ。勇者一人で一騎当千の実力を有する彼らを一人でも相手にすれば、負けることは無かったとしても甚大な被害を受けるのは確かだ。

 

 ウルガ将軍もそこは弁えているようで、先程までの威勢も形を潜めて息を呑んだ声が漏れた。

 

「何故、エルフ族の大陸に人族の勇者がいるのだ? 同盟を結んでいるのは知っているが、救援としては早過ぎる」

「それはアンタに関係無いことだ。今大事なのは俺と一騎討ちをするか、俺と雷の勇者を相手に派手に立ち回るかだ」

「……」

 

 別にエリシアがエルフ族との同盟族として来ていると言っても良いが、もしそれが人族の王達の耳に入りでもしたら、それを皮切りにエルフ族に色々と要求してくるだろう。だから大々的に言えないし、ヴァルドール王にもあくまでも俺の友人として力を借りていることにしている。

 

 だが魔族にとってそれはどうでも良いこと。大事なのは戦う相手に勇者がいること。勇者という切り札を盾に、如何に一騎討ちが魔族にとって都合の良いことかを考えさせる。勇者の力を警戒し、一騎討ちでこの戦いに終止符を打てるのなら、例え負けても魔族には再建のチャンスが残る。勝てば尚のこと、魔族の力は確固たるものになる。

 

「――良かろう。その申し出、受けて立とう」

「――上等だ」

 

 ウルガ将軍は俺の思惑通り一騎討ちを受けた。

 これで勝負の場は整った。後は死力を尽くしてウルガ将軍に黒星を叩き付けてやるだけだ。

 

「決闘の場所は、私が作ろう」

 

 ウルガ将軍はそう言うと、戦斧頭上に掲げて魔力を練り上げた。離れていても肌がジリジリと、焼けるような感覚を味わわされる強大な魔力に目を見張る。

 

 いったい何をするつもりだのだろうか。何があってもララを守れるように手を握り、後方にいるエリシアに気を付けるように警告する。

 

「フンッ!」

 

 ウルガ将軍が魔法を発動すると、大きな揺れが起こり、海面の一部が渦巻く。そしてその渦の中から地面が現れた。ウルガ将軍は海底を隆起させ、即席の決闘場を作り出したのか。

 

 何と言う魔力だ。しかも呪文無しで大地を動かしやがった。

 成る程、将軍に相応しい力を持っているようだ。一騎討ちを受けたのも、勝てる自信があるからだろう。

 

 作り上げた決闘場に船から飛び移った将軍は、戦斧の柄頭を地面に叩き付けて此方に来いと言う。

 

「センセ……」

「……行ってくる」

「……信じてるぞ」

 

 エリシアにララを任せ、俺も決闘場に飛び移る。

 

 此処は既に奴のステージだ。此処にどんな仕掛けが仕込まれているのか分からない。相手が作った戦場に飛び込むということは、これから先どんなことをされても文句は言えない。

 

 ウルガ将軍の前で立ち止まり、背中のナハトを抜き放つ。

 

「一つ、決闘のルールを決めよう」

 

 将軍がそんなことを言い出した。

 

「良いだろう。何だ?」

「勝敗は、どちらかの命が尽きるまで。負けを認めることは即ち、死を意味する」

「――良いだろう」

 

 将軍の目が光った。

 

 直後、それが合図だったのか将軍の戦斧がいきなり振るわれた。ナハトで一撃を受け止めるも、将軍の怪力によって吹き飛ばされる。飛ばされた先で岩に背中を打ち付け、全身にキツいダメージが入る。

 

「どうしたァ? 強がりは口だけか?」

「野郎……!」

 

 先手は取られたが、この程度ではやられはしない。

 

 ナハトを片手で握り締め、今度は此方から攻撃を仕掛ける。大剣によるラッシュを打ち込み、将軍はそれを戦斧できっちりと受けて弾いていく。図体に似合わず切れの良い動きで戦斧を振り回し、俺の攻撃を的確に防いでいく。

 

 パワーでゴリ押ししてくるタイプかと思ったが、どうやらそんな脳筋ではなかったらしい。

 

 どんなに素早く振るおうとも、フェイントを入れて惑わそうとも、ナハトを弾き返してカウンターを入れてくる。

 

「ぞらぁ!」

「甘いわァ!」

 

 上段から振り下ろしたナハトを横に弾かれ、将軍の拳が俺の腹に捻じ込まれる。

 ただの拳じゃない。魔力を込められた技だ。

 

「ぬぇい!」

「ごばァ!?」

 

 俺の体内をウルガ将軍の魔力が駆け巡り、内部から身体を壊そうとしてくる。

 普通の身体なら、この一撃で何もかも吹き飛んでいただろう。そうならなかったのは俺の身体が魔族の肉体を持っていたからだろう。

 

 だが危なかった。咄嗟に体内で魔力を防御に回さなければ、吹き飛ばなくても内臓を潰されていたかもしれない。

 

「ほう? 耐えるか!」

「この程度!」

「ぬう!?」

 

 俺の腹に抉り混んでいる拳を左手で掴み、将軍に胴体に膝蹴りを撃ち込む。将軍がやったように、膝から俺の魔力を衝撃波として撃ち込んでやる。

 

 鎧を通って駆け巡る衝撃波に将軍は怯み、その隙にナハトで将軍の頭を叩く。兜で切れなかったが、打撃としてダメージは与えられたはずだ。

 

 将軍はユラユラとしながら俺から離れ、俺はナハトで追撃に出る。

 

「面白い!」

 

 将軍も戦斧を巧みに振るい、俺のナハトと打ち合う。互いに魔力で刃を強化し、刃が交差し合う度に火花が迸る。剣戟の音が奏でられ、空気が大きく震動する。

 

 もう何度刃を交えたか、気付けば刃を交えた余波で辺りの地面が砕け始めている。

 

「ぜぇぇい!」

「ぬぇぇい!」

 

 互いの頭を叩き割ろうとした刃がぶつかり、衝撃が辺りに走る。

 

 ガチガチと音を立てながら競り合い、俺と将軍は睨み合う。

 

「貴様! やはり人族ではないな! だが魔族でもない! 半魔か!」

「ご名答! 半人前の魔族に手加減でもしてくれんのか!?」

「笑止! 半魔という理由だけで下に見るは、ララ姫を侮辱すると同義よ!」

 

 俺達は互いに刃を弾き、後ろに下がって距離を取る。

 

 これまでの打ち合いで、ある程度の互いの力を測ることができた。俺もだが、まだ将軍は本気の力を出していない。今までのはただ魔力を乗せた刃を叩き合っていただけ。

 

 おそらく、此処から戦いは次のステージに以降する筈だ。

 

 ウルガ将軍は戦斧をグルグルと回し、一度地面に柄頭を突いて構えを解く。

 

「まだ名乗っていなかったな。魔王軍が四天王の一人、煉獄のウルガ。貴公の名は?」

「――ルドガー・ライオット」

「――ほぅ? 貴公があのグリムロックとは! 成る程、どうりで強いはずだ……!」

 

 どうやら俺の異名はちゃんと轟いているようだ。

 

 あまり轟いてほしいわけじゃないが。

 

 俺の名を聞いて目の前に立っているのが魔王を殺した相手だと分かったのか、先程よりも更に強大な魔力を将軍は練り上げる。その魔力はまるでマグマのように赤くなり、気のせいか熱気を感じさせる。

 

「一騎討ちを申し出たのも己が力を理解していたが故か……! 面白い! 魔王様を倒したその力、我が煉獄の力とどちらが強いか! 今試してやろう!」

「――ッ!」

 

 ウルガ将軍は戦斧を両手で持ち上げ、地面に力強く叩き付ける。

 すると地面に亀裂が入り、俺の足下まで伸びる。その亀裂から強大な魔力を感じ、すぐに後ろへと大きく跳び退く。

 

「地を駆けよ! 我が炎!」

 

 亀裂から灼熱の炎が噴き出し、地面を赤く燃やした。

 

 まるで噴火に近い。噴き出す前に離れたはずなのに、魔力でコーティングされている鎧が熱で赤くなっている。火傷する前に熱を打ち消したが、まともに食らえば丸焼きどころではない。熔けて骨も残らないかもしれない。

 

「続けて行くぞォ!」

 

 その声と同時に戦斧が下から上へと振り上げられ、炎が地面を走って迫ってくる。

 

 これはナハトや鎧で防ぐのは避けたほうが良い。

 

 そう考えた俺は魔法で決闘場外の海水を操り、水の壁を前に作った。

 だが海水は炎を消すどころか、逆に蒸発して炎を通してしまう。

 

「ええい!」

 

 地面を転がって炎を避けるが、直撃していないのに火傷しそうになる。

 ナハトに魔力を喰わせ、迫り来る炎を斬り払う。熱風が頬を炙り、唇が乾燥して切れる。

 

 何て熱さだ。火の勇者ばりの力を操ってるんじゃないだろうな。

 だがナハトで斬れることは分かった。多少の火傷は覚悟の上で挑むしかない。

 

「ッ――!?」

 

 ナハトを正面で構えた直後だった。

 将軍は既に次の攻撃に移っており、戦斧を正面で高速で回転させて炎の渦を生み出して放っていた。

 

「炎竜破ッ!」

「ナハトッ!!」

 

 俺の叫びにナハトが呼応し、炎の渦に対抗できる魔力を剣身に流して盾となる。

 炎の渦を両断して直撃を免れたが、両脇から襲い掛かる熱気に体力を奪われていく。

 

 このまま防戦一方になってしまえば将軍の思う壺だ。此処から攻戦に転じないと炎で炙り殺しにされる。

 

 炎を斬り払い、全力で地面を踏み込んで将軍に突撃する。ナハトを突き出し、一つの槍となって心臓を狙う。

 

「遅いわ!」

 

 しかしナハトは戦斧に受け止められ、横へとずらされる。反撃される前にナハトを振り戻し、戦斧とぶつけ合う。そのまま力任せに将軍を後ろに押し返し、再びナハトの連撃を叩き込む。

 将軍も戦斧を両手で握って振り回し、大剣と戦斧が火花を散らす。

 

「炎竜爪ォ!」

 

 戦斧に灼熱の炎が纏い付き、そのままナハトを焼き斬ろうとしてくる。

 

 だが俺の魔力を喰らい続けてるナハトはその程度じゃ焼き切れない。此方もナハトに魔力を纏わせ、漆黒の刃と紅蓮の刃が交差する。

 

「ぬぇぇぇぇい!」

「ぐっ!?」

 

 戦斧の切り上げにナハトが大きく上に弾かれ、一瞬の隙を見せてしまう。

 その隙を突いて、将軍は戦斧を地面と水平に構え、刃を俺に向けたまま炎を纏った突進を繰り出してきた。ナハトで防御できず、そのまま鎧で受け止めてしまう。

 

 鎧の魔力を突き通って襲い来る激しい熱さによる痛みに顔を歪め、そのまま後ろに押されて岩に叩き付けられる。

 

「ぐはっ――!?」

「このまま斬り裂いてくれる!」

 

 将軍が戦斧で俺を斬り裂こうとする。

 

「させるかァ!」

 

 ナハトと左手で戦斧を押し止め、手がガントレットごと焼かれようとも力を緩めず、その状態のまま魔法を発動する。

 地属性の魔法で将軍の足下から岩の槍を突き上げ、そのまま将軍を上空へと持ち上げる。

 次に水属性の魔法で海水を操り、決闘場を囲む海が荒れ始める。

 

「この私に水など効かぬぞ!」

「我、水竜の牙をもって敵を屠り去る者なり――出やがれ、レヴィアタン!」

「何!?」

 

 膨大な量の海水を操り、海の怪物を創り出す。

 

 これには下級や中級は存在しない、俺のオリジナル魔法。威力は最上級並みで、消費する魔力も相応なものだ。

 

 一つ首の竜の姿をした水竜が咆哮を上げ、上空で水に押し止められている将軍へと口を開けて迫る。

 

「喰らいやがれぇ!」

 

 水竜は将軍を丸呑みし、そして将軍が纏っていた炎の熱によって水蒸気爆発を起こした。

 

 この爆発の衝撃で少しでもダメージが入っていれば良いが、果たしてどうだろうか。

 

 水蒸気で上空が埋め尽くされ、海水が熱湯となって降り注ぐ。

 

「――ちっ!」

 

 水蒸気の向こう側に見える赤い光を見て、将軍は健在だと確信した。

 そして水蒸気が一瞬で消え、炎の戦斧を携えた将軍が現れる。

 

「面白いぞ、グリムロック……! 我が鎧が砕けるかと肝を冷やしたぞ!」

 

 地面に落ちてきた将軍の鎧には罅が入っているだけだった。三つ叉の角にも罅が入っているが、砕くまでまだ掛かりそうだ。

 

「今度は此方の魔法を見せる番だ――一撃で消えてくれるな」

 

 ウルガ将軍の魔力が更に跳ね上がった。黒い鎧は赤く染まり、背中に炎の日輪が生まれる。

 

「我が名の下にその姿を現し、灼炎(しゃくえん)をもって葬送せよ! その名を――灼熱の巨人スルト!

 ウルガ将軍から噴き出す炎が集束していき、将軍の背後に上半身だけだが炎の巨人が生まれた。将軍と同じ三つ叉の角を生やし、右手には炎の戦斧が握られている。

 

 水で濡れた髪や鎧が一瞬で乾き、地面すらも焼ける熱量を持つ巨人に、俺は戦慄した。

 あんな強大な炎を御せる者が、火の勇者以外にいるとは思いもしなかった。

 火の勇者の力に比べたらまだ格下の炎だが、それでも今まで戦って来た魔族の中では、魔王を除いて一番強大だ。

 

「これはまだ未完成だが、貴公を葬るには充分よ!」

「生憎様……そんな蝋燭の火なんかよりもえげつない炎を俺は見てきたんでな!」

「ならば防いで見せよ! スルト! 薙ぎ払えぇい!」

『ルァァァァァァアッ!!』

 

 将軍の動きに合わせて巨人が右腕を振り上げる。炎の戦斧に魔力が集まり、空を赤く染める。

 

 強がって見せたものの、正直に言ってあのレベルの攻撃を無傷で防ぐ自信は無い。あの大きさでは避けるも何もあったもんじゃない。

 ありったけの魔力をナハトに喰わせ、文字通り決死の刃で巨人を斬り裂くしかない。

 

 それにあの程度の魔法、魔王の一撃と比べたら屁でもねぇ。

 

「灰燼と化せ!」

「来ォォォォォォォい!!」

 

 振り下ろされた巨大な炎の戦斧を、両手で支えたナハトで受け止める。

 強烈な衝撃と爆煙に呑み込まれながらも、巨人の一撃に耐えてみせる。

 

 ジュウゥ――と、ナハトが焼ける音が聞こえ、俺自身も戦斧の熱量で焼かれ始めている。

 

「ぬぅぅぅえぇぇぇい!!」

 

 将軍が更に力を込めると、ナハトにのし掛かっている炎の戦斧に力が加わる。

 

「ジィィリャァァァアアッ!!」

 

 気合いと共に炎の戦斧を受け止め続けるが、俺の魔力が底を突きかけてしまう。

 このままでは戦斧に焼き消されてしまう。

 

 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!

 耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!

 

 此処で俺が負ければララは連れて行かれる!

 ララが望まない魔王になってしまう!

 

 そうなったらララだけじゃない!

 フレイが、校長先生が、アイリーン先生が、子供達が地獄を見ることになる!

 

 やっと世界が平和の道を歩もうとしているのに、此処で俺が負けたらまたエリシア達も戦いに身を投じることになる!

 

 そんなのは嫌だ! 絶対に嫌だ! もう二度とあんな思いをアイツらにさせたくない!

 

「アアアアアアアアアアッ!!」

「キェェェェェェイ!!」

 

 襲い来る強大なパワーに、俺よりも先に地面が根を上げた。ドロドロに熔解していき、俺の足を呑み込んだ。熔けてしまいそうな熱さに気が狂いそうになるが、すぐに痛みには慣れた。

 

「俺――はァ――! 負け――ない――!」

 

 心は挫けなかった。

 

 だが心よりも先に魔力が尽きた。

 

 炎の戦斧に呑み込まれるその時、俺の耳に声が届く。

 

 ――負けるなぁぁあ!! ルドガーセンセェェェえ!!

 

「ッ――!!」

 

 直後、ナハトの鍔であるドラゴンの口が開く。目が赤く光り、稲妻を口から発した。

 空になった魔力の代わりに雷の力が満ちていき、全身からも黒い雷が迸る。

 

 その雷は音を鳴らしながらスルトの炎を穿ち、弾き、打ち消していく。

 

 あの時、神殿で雷神から吸収した力が今になって俺の物になり、俺に力を与えていく。

 

「オオオオアアアッ!!」

「何!?」

 

 雷鳴を轟かせ、スルトの戦斧を上に弾き返した。力に任せて飛び上がり、スルトの眼前まで行くと稲妻を纏ったナハトでその鼻先を貫く。雷がスルトの頭を貫き、更にスルトの頭から下へナハトで斬り刻んでいく。一振りで両断し、更に一振りで両断し、それを繰り返してスルトを細切れにしてやった。

 

「ば――馬鹿な――!?」

「ハァァァァアッ!」

「っ!? グリムロックゥゥゥ!」

 

 眼下にいるウルガ将軍目掛け、落雷の如くナハトを振り落とした。

 

 雷の魔剣と化したナハトは将軍の鎧を簡単に斬り裂き、そのまま身体を袈裟斬りにした。

 追撃として落雷が将軍に襲い掛かり、将軍の傷を更に深い物にした。

 

 将軍は兜の隙間から血を吐き出し、地面に両膝を突いて戦斧を落とした。

 

「貴様……その姿は……!?」

「ハァ……ハァ……」

 

 ナハトを握る俺の手が、異形の物になっていた。人族のような肌ではなく、黒くてゴツゴツとした腕だ。太さも増し、まるで怪物のように爪も鋭い。

 

 それに腕だけじゃない。足も、胴体も、そしてたぶん頭も。俺の姿は人から怪物のような姿に変身していた。

 

 これが、雷神の力を得た姿か。まるで怪物じゃないか。

 だが中々どうして……悪くない。そう、半魔である俺の魔の部分が表に剥き出しになった、いや、解放されたような感覚だ。

 

「貴様は……何だ……?」

「俺は……そうだな――――魔王を殺した勇者だ」

「――――さらばだ、勇者グリムロック。ルドガー・ライオットよ」

 

 将軍の最期の言葉を聞き、俺はナハトで将軍の首を刎ねた。

 身体から斬り落とした頭が兜ごとゴロゴロと転がり、将軍の身体は崩れ落ちた。

 

 勝った……将軍との一騎討ちに勝つことができた。

 

 兜の角を持ち、首を掲げて魔族の船団に見せつけるようにして宣言する。

 

「聴けぇ! ウルガ将軍は俺が討ち取ったァ! 将軍の首を持って祖国に帰るがいい! それでも戦いたいのなら、俺と雷の勇者が相手になってやるぞォ!」

 

 果たして、俺の言葉は聞き入れられた。

 

 魔族の戦士がウルガ将軍の首を受け取り、船団は引き返していった。

 

 その時、首を受け取った戦士からこう言われた。

 

 ――これは始まりに過ぎない。いずれ魔族は立ち上がってみせるぞ。

 

 その言葉に俺はこう返した。

 

 ――その時は酒でも奢ってやる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 エピローグ

これにて第一章完結になります!
続けて第二章も投稿していきますので、これからもよろしくお願いします!!


 

 ウルガ将軍との一騎討ちから一週間が経った。

 

 俺はあの後すぐに気を失ったらしく、気が付けばベッドの上だった。

 

 一日だけだったが高熱で魘されていたようで、エリシアも雷神の力を得た時は身体に力が馴染むまで高熱を出していた。おそらくだが、俺もそれと同じような目に遭っていたのだろう。

 

 負った火傷は既に治っていた。都に運ばれた時は全身をかなり火傷していたようだが、ベッドに寝かされる時には既に再生が始まっていたらしい。

 

 目が覚めて最初に目にした光景は、寝ているベッドの隣で船を漕ぐようにカックンカックンしていたララだった。ずっと俺の看病をしていてくれたらしい。

 

 因みにエリシアもいたが、アイツは俺のタフさを知っているからか、ぐっすり寝ていた。

 

 隣で寝ているララを見て、俺はこいつを守ることができたんだと自覚できた。

 

 ララだけじゃなく、エルフの皆も守ることができた。

 当初の予定とはだいぶ違うが、戦争を止めたという点を見れば成功と言って良いだろう。

 

 それにしても、一週間足らずのこの旅は良くも悪くも充実していた。

 

 最初は俺に戦争を止められるか不安だった。ララに真実を知られるのを怖がってもいた。ララに魔法を教えていく内にその気持ちは高まり、知られたくないとまで考えた。このまま知られず、少し仲の良い教師と生徒の関係を続けたいとも思った。

 

 結局は記憶を覗かれるという形で知られたが、ララを守り続けるという贖罪で落ち着いた。 赦された、と言うわけじゃない。ララはあの時確かに俺に憎しみを持っていた。憎しみを消すことは難しい。きっと今でもララの胸の中では俺に対する憎しみがある筈だ。

 

 俺にできることは、この指輪に誓った通りララを守り続けることだけだ。その上で、ララが俺の命をご所望なら、その時はそれを受け入れよう。

 

 赦される、と言えばエリシアだ。アイツにもまだ色々と謝っていなかった気がする。

 

 結局、魔族の軍を牽制する為だけに力を借りることになったが、最初はアイツと一緒に魔族の本国に乗り込んでウルガ将軍を討とうとしていた。討てなくても、穏健派の解放だけでもしようと考えていた。解放してからは、戦争を止めるまで穏健派を将軍の手から守ろうと思っていた。

 

 実際には御覧の通り、本国に乗り込む前に将軍が行動に出てしまったからギリギリの手段を打つことになったのだが。

 

 しかし、そのほうが良かったのかもしれない。敵地である本国で穏健派を守り続けるより、一騎討ちで方が付いたのなら楽なものだ。

 

 我ながら上手くいったものだとは正直思う。あれで魔族が退かなければ、本当に戦争になっていた。俺とエリシアだけで戦って、エルフ族に被害が及ばないようにするにはかなり骨を折ったことだろう。

 

 それにエリシアから気になることも聞いた。

 

 アーサーがどんな顔をしていたとか……アレはいったいどう言う意味だったのだろうか。

 

 アーサーとは光の勇者のことで、俺と一番仲が悪かった男だ。何かと意見が食い違ったり張り合ったりして、犬猿の仲と言って差し支えない間柄だ。

 

 アイツと最後に顔を合わせたのは、俺が軍を辞めて去る少し前だったか……。

 

 他の奴らも、元気にしているだろうか。エリシアに殴られたから、他の奴らに会っても殴られるのかもしれないな。

 

「それじゃ、今日はここまで。次の授業までにちゃんと雪妖精とイエティの違いについて復習しておくこと」

 

 そんなことを頭の片隅に置きながら、教壇の上から生徒達に向けて言った。

 

 俺は目を覚まして数日もしない内に教職に復帰している。ララも生徒として前と変わらず通っている。

 

 俺はヴァルドール王からララを、聖女を勝手に連れ出した罪を追求された。だが戦争を止めたと言うのも事実であり、校長先生と王子の口添えもあって無罪放免となった。煽動した校長先生と王子も、一応の無罪が言い渡されて何も変わっていない。

 

 ただ、チクチクと小言を言われ続けたのが唯一の罰だったかもしれない。

 

 校長先生の調べによると、魔族の穏健派はウルガ将軍がいなくなったことで抑えが弱まり、自力で脱して無事に政権を動かしてくれている。

 

 元々、ウルガ将軍配下以外は戦いに目を向けておらず、己の力を高めようとしている者達ばかりらしく、政権を取り戻すには苦労しなかったようだ。

 

 ただ、ララが魔王の座に就くことが一番望ましいとは考えているようで、いつ何時にララを取り戻そうと画策する者が現れるか分からないときた。

 

 まだ聖女であることは知られていないのが幸いだ。知られたら今度こそ躍起になって取り戻しに来るかもしれない。

 

 聖女……その種を滅びから救う力を授かった者。

 

 ララがいったいどんな力を授かっているのか今も分からない。だが聖女であることは間違いない。それに雷神の試練に挑まされた理由も、俺が雷神の力を授かった理由も未だ不明。

 

 関係があるとすれば校長先生と王が口にした『予言』……それに聖女という因子が加わった何かだろう。

 

 予言というのは当人が知れば成就しないと言われることもあるが、大事件に関わるのなら早く教えて貰いたいものだ。

 

 教壇の上に広げている教材を片付けていると、教室のドアをノックする音が聞こえた。

 

「やっほー」

「エリシア……まだいたのか?」

 

 底に立っていたのは何かのパイを食べているエリシアだった。

 

 エリシアはあれから国に帰らず、ずっと寄宿舎で過ごしている。

 本人曰く、久々の休暇代わりに都暮らしを堪能するとか言っているが、いつまでも此処にいたらモリソンが怒鳴り込んできそうだ。

 

「何よー? 良いじゃない別に。私だってエルフ族と魔族の戦争を止めた功労者でもあるんだから、もうちょっとのんびりさせてよ」

「お前は雷落としただけだろ」

「あー! そんなこと言うんだー? いったい何処のどいつが頼み込んできたんですかねぇ?」

「はいはい、俺が悪かった。ゆっくりしてっても良いが、モリソンが可哀想だろ?」

「偶には良いのよ。ね、それより此処って居心地良いわねー。食べ物も美味しいし、何でもタダだし」

「別にタダって訳じゃねぇよ。助け合いの掟だ。恵んで貰うだけじゃなくて恵むことを忘れるな」

「エルフ族の若い戦士を転がして鍛えてやってんだから大丈夫でしょ」

 

 エリシアはアルフの都に滞在するにあたって、ヴァルドール王から一つの条件を出された。

 

 勇者としての力量で戦士達を鍛えて欲しいと言われ、エリシアは毎日戦士達の屯所に行っては暴れ回っている。

 

 王の間違いはただ一つ。エリシアが他人に手解きできるような器用さを持ち合わせていないことを見抜けなかったことだ。エリシアは基本的には脳筋だ。ぶっつけ本番、当たって砕けろ、実戦に勝る物なし精神でやって来てるのだから。

 

 しかし不思議なことに、戦士達はどうしてかやる気を出して活き活きとエリシアにぶつかっている。たぶん、自分の力量を確かめるのにうってつけだとか思っているのだろう。

 

 つまるところ、彼らのサンドバッグである。

 

 そんなことに気付いていないのか、エリシアは頼られてると思って鼻を高くしている。

 

「それにしても、アンタが本当に教師なんてしてるとはねぇ……」

「自分でも似合わないと思うさ」

「良いんじゃない? 他の皆が見たらどう思うかは知らないけど」

「……アイツら、元気にしてるのか?」

 

 ふと、ちょうど気になっていた彼らのことを聞いてみた。

 エリシアなら、定期的に連絡ぐらい取り合っているだろうと思ったからだ。

 

「さぁ? シオンなら元気にしてるようだけど、他は知らないわよ」

「……連絡取ってないのか?」

「だってぇー、毎日忙しいしぃー。それに年に数回ある勇者会議にだって全員が揃うことあんま無いし」

「何だよ勇者会議って……」

「それぞれの国の動向を報告し合うような奴よ。そうでもしないと態々顔を合わせないわよ」

 

 嘆かわしいな。昔は八人揃って親父のしごきに耐えてたり、地獄の試練を乗り越えたりした仲だったと言うのに。お兄ちゃんは悲しいよ。

 

 エリシアは手に付いたパイのカスをはたき落とし、生徒達が座る席に腰を下ろした。

 

 ああ、こらこら、足を上げるんじゃない。

 

「ねぇ……アンタ、ずっと此処で暮らすの?」

「何だよいきなり?」

「いきなりじゃないわよ。あのガキんちょのお守りをずっとしてくつもりなの?」

「……ああ。親父が守ろうとした子だし、俺もララを守りたいと思ってる」

「…………す、好きなの?」

「は?」

 

 エリシアが変なことを言い出した。

 

 こいつは何を言っているんだろうか。俺がララを好きだって? おいおい、冗談は脳筋だけにしてくれ。

 

 確かにララは好ましい子ではあるが、それは決して恋愛感情なんかではない。親父の娘だし、良くて義理の妹ってところだ。向こうにしたって、少し特別な事情を抱えた教師って目で見てるだろ。それに俺の好みはアイリーン先生のように魅力的な女性だ。子供に興味は無い。

 

「だ、だって随分と仲が良いじゃない! それにい、い、一緒に住んでるし……!」

「仲が良いように見えるのは嬉しいが、そんなことは考えたこともない。それに一緒っつったって、同じ寄宿舎ってだけだろうが」

「……じゃあ、何で私達の所に帰って来ないのよ?」

 

 エリシアは打って変わって顔に暗い陰を落とした。

 まるで捨てられた子犬のよう、とは言い過ぎかもしれないが、とても寂しがっているように思えた。

 

「……人族の王達は俺を追い出した。あの大陸に、俺の居場所は無い」

「……ごめん。私達があの時王を殴ってでも止めてたら――」

「それを止めたのは俺だ。出て行く選択をしたのも俺だ。お前達に悔しい思いをさせたのは悪かった。出て行く時にも殴られたが、遺跡でお前に殴られた時、その悔しさがどれほど大きかったか痛いほど分かった。というかホントに痛かった」

 

 殴られた鼻を抑えて戯けてみるも、エリシアは浮かない顔のままだ。

 

 俺が軍を去る時、最後まで俺を引き止めてくれたのはエリシアだ。他の皆も何とかしようとしてくれたが、結局俺は勝手に一人で決めて出て言った。

 あの時はそれが一番だと思っていたし、親父を殺した俺がエリシア達の前にいるのも何だか辛かったという理由もある。

 

 臆病者、とエリシアが怒るのも無理はない。

 

「……ま、取り敢えずは分かったわ。アンタが此処にいるってのが分かっただけでも良しとするわよ」

「悪いな。これからは、偶には俺からも顔を出すようにするさ」

「そん時はお土産沢山持ってきなさいよ。食べ物とお酒が良いわ」

「食いしん坊め」

「さて、と」

 

 エリシアは意気揚々と席から立ち上がり、うーんと伸びをした。

 

「じゃ、私帰るわ」

「……唐突だな。今から出たんじゃ、野宿することになるぞ?」

「私を誰だと思ってるのよ? 雷の勇者よ。あの時はアンタ達がいたからできなかったけど、私一人なら飛べるわよ」

「ああ、そうだったな」

 

 エリシアは教室の窓を開けて桟に足を掛けた。

 

 外に飛び出す前に此方に振り向き、笑顔を浮かべた。

 

「それじゃ、またね――ルドガー兄さん」

「っ――ああ、またな」

 

 エリシアは手を振ると窓から飛び出し、雷となって空の彼方へと消えていった。

 

 流石は雷の勇者。俺も雷神の力を得たってことは、同じことができるのだろうか。

 

 ちょっと試してみたい気持ちを抑え、窓を閉めて教材を手に教室から出た。

 

 学校の私室に戻ると、そこには何故かララが居座っていた。

 

 ララは本を読みながら杖を振って魔法の練習をしていた。杖を振るうと小さな光の精霊が現れ、ピョンピョンとララの周りを駆けては消えていく。

 

「凄いな、精霊魔法も無詠唱でできるのか?」

「あ、センセ。いや、精霊の欠片を呼び出せるだけで、それ以上のことはできない」

「それでも凄いことだ。俺なんかこの大陸の魔石を触媒にしなきゃ精霊を喚べないんだから」

「なら、私のほうが精霊魔法については優秀だな」

「言ってろ」

 

 教材をしまい、棚から隠しておいたクッキーを取り出してテーブルに置く。

 ララに食べても良いぞと伝え、ハーブティーを淹れてやる。

 

 クッキーをモソモソと食べるララの胸元に、リィンウェルでプレゼントしたアネモネのブローチが付けられているのを見付ける。

 

「それ、付けてくれてるのか?」

「……ああ。センセからのプレゼントだからな」

「それは嬉しいねぇ。でもそれを付けてちゃ、男共が警戒して近寄ってこないだろ?」

「どうでも良いことだ。ガキには興味無い」

「ガキが何言ってんだ」

「それを言うなら、センセはどうなんだ? 聞いたぞ、アイリーン先生から御守り貰ってたんだってな?」

 

 思わず胸元の宝石に手をやる。

 別に特別な意味は無いが、何だか指摘されてしまうと気恥ずかしいく感じた。

 

 アイリーン先生は確かに賢くて献身的で美しくて魅力的な女性ではあるが、俺にそう言った考えは無い。あくまでも同僚、仲の良い女エルフって所だ。

 

「やっぱり好きなのか?」

「……どうしてお前もエリシアもそんな変なことを考える?」

「別に変じゃないだろう?」

「変だ」

「変か」

「ったく……」

 

 どうしてかざわついた心を静める為に、自分で淹れたハーブティーに口を付ける。

 

 やはりこの土地で採れるハーブで淹れた茶は上手い。

 

「――私はセンセのこと好きだぞ?」

「ぶぅー!?」

 

 勢い良く口からハーブティーを吹き出す俺。

 

 気管に入って咽せている俺を、ララはケラケラと見て笑う。

 

 まるでその笑いは魔女のように妖しいものだった。

 

「お前なー!?」

「勿論、人としてな」

「~~~っ、分かってるよ!」

 

 何を動揺してるんだか。子供の戯れ言に心を乱されるなんて、随分と気が抜けたものだよ。

 

 だがまぁ……悪くない。

 

 こうやって冗談を言いながらティータイムを過ごせると言うのは、この上なく幸福というものだ。

 

「明日は約束してた王子との海釣りだ。センセ、寝坊するなよ?」

「分かってるよ」

 

 それが親父の娘相手だったら尚のこと。

 

 俺とララの付き合いはまだまだ始まったばかりだ。

 これからこの先、色々なことが起きるだろう。

 

 聖女、予言、勇者の試練、きっと大きな困難が俺達に立ち塞がる。

 

 それならば俺はララを守る勇者として、この剣を振るう。

 

 それまではこうして、幸せな一時を過ごそう――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 魔獣戦争
第18話 プロローグ


第二章の始まりです!


 

 

 魔王が討たれて五年の月日が流れた。

 その間、七人の勇者達は何をしているのか、誰しもが気になった。

 

 雷の勇者はゲルディアス王国に属し、第二都市リィンウェルを治めているのは有名だ。

 

 火の勇者と地の勇者はファルナディア帝国とイルマキア共和国に属してはいるが、頻繁に二人はそれぞれの領土内を行き交いして遊んでいる。

 

 氷の勇者は水の勇者と仲が大変宜しいようで、自国よりも水の勇者が治めるローマンダルフ王国に度々姿を現しているという噂も聞く。

 

 水の勇者は国に属するのではなく、小国の王に就いているのは周知の事実だ。

 

 だが、光の勇者と風の勇者の情報はかなり少ない。

 

 二人ともそれぞれの神を祀る国に属してはいるものの、その姿を見せることはあまりない。

 会いに行こうとしても、留守にしていることが殆どだ。

 

 そのお陰で妙な噂が立っている。

 

 曰く、二人とも実は国に属しておらず、世界中を流離っているだとか。

 曰く、国の王が勇者を監禁しているのではないのか。

 曰く、実は死んでしまっているのではないだろうか。

 

 噂はあくまで噂でしかない。その中に真実が混じっているのかもしれないし、全くのデタラメかもしれない。

 

 しかし、火の無い所に煙は立たないと言う。

 二人の勇者の姿を目にした民達は、この数年誰もいないのだ。

 

 勇者達が年に数回開くと言う勇者会議にも、風の勇者と光の勇者は最初の一度しか顔を出していないと言う。

 

 風の勇者と光の勇者は七人の勇者の中では一番と二番目に若い。光の勇者に至っては、まだ二十歳にもギリギリ届いていない。

 

 七人の中で一番年上である雷の勇者エリシアは、便りの無い二人を気に懸けていた。

 勇者としての実力は確かではあるが、こうも連絡が取れないとなると、何かあったのではないかと思ってしまう。

 

 現に、エリシアは何度も二人に便りを飛ばしてはいた。

 しかし返事が返ってくることは無く、未だに二人の消息は掴めていない。

 

 エリシアにとって二人は弟的存在である。幼少の頃から義理の父である魔王の下で育ってきた。できることなら今すぐにでも自分の足で二人の無事を確かめに行きたいと思っている。

 

 だが勇者の立場がそれを邪魔する。

 

 現在、勇者というのはその国の最高戦力として扱われている。

 勿論、兵器としてではなく勇者という神聖な存在として大事にされている。

 だが法の上ではあくまでも戦力として見なされており、その戦力が他国へ無断で立ち入ることは許されない。

 

 火の勇者と地の勇者、そして氷の勇者はそれぞれの国がそれを許しているからであり、エリシアの属するゲルディアス王国はそれを固く禁じている。

 

 元々、魔族との戦争が始まる前は人族間で戦争をしていた歴史がある。

 その中でもゲルディアス王国は一大勢力を築いており、エリシアを離したがらないのは人族間での戦争を目論んでいるからという噂まである。

 

 当然、エリシアは戦争なぞに力を貸すつもりは無い。

 しかし法で縛られている以上、勇者としてそれを犯すことはできない。

 

 つい半年ほど前のエルフ族の件は、自国に知られる前に方を付けることができ、モリソンという裏方の功労者のお陰でエリシアが国を空けることができた。

 

 だが今回ばかりはどうにもできない。

 

 この時ほど、エリシアは自分が勇者であることを苦に感じたことは無い。

 

 しかし、ふとある事に気が付く。

 

 自分のように勇者としての力があり、二人の勇者とも顔なじみであり、完璧とまではいかないが自由に動ける者がいることを。

 

 早速、エリシアはモリソンにほんの半日だけ留守にするとだけ伝え、窓から雷となって空へと飛び出し、西の大陸へと飛んだのだった。

 

 

 

    ★

 

 

 

「――ってな訳で、お願いルドガー。可愛い弟達を探しに行ってくれない?」

「行くわけねぇだろ」

 

 目の前で手を合わせて願い出てくるエリシアにそう言ってやった。

 

 今日は学校が休みで休日を満喫していた時、寄宿舎の庭に雷が落ちてきたと思ったらエリシアが現れた。危うく花壇が駄目になるところで、エリシアに文句を言ってやろうとしたら、いきなり勇者二人を探してくれとぬかしやがった。

 

「何よ!? アーサーとユーリが心配じゃないの!?」

 

 怒りの形相を押し付ける勢いのエリシアを手で押し返し、ララが作ってくれた昼食のサンドイッチを頬張る。シャキシャキのレタスと甘味と酸味が抜群のトマトにプリプリのチキンと黄金エッグ、特性のマスタードが口の中で踊って脳髄を旨味の一撃が走る。

 

 そのサンドイッチをあろう事かエリシアは俺から奪い取り、自分の口の中に放り込む。

 

「あ、うま」

「チッ……取り敢えず何があったかぐらい話せ。いきなり探せって言われて、はい分かりましたなんて言えないだろうが」

 

 皿の上に残っている最後の一切れを取ろうとしたが、それさえを許されずにエリシアが奪い取る。

 

「はぐっ……実は三年ぐらい……もぐっ……二人の……うまっ……顔を見てないのよ」

「へぇーそうかい。まぁ、ユーリは正に風のようにフラフラとどっか行くような奴だからな」

「んぐっ……ユーリはそうだけど、問題はアーサーよ。あの真面目なアーサーが連絡一つ寄越さないなんて、ちょっとありえないわよ」

 

 エリシアは俺のサンドイッチを完食し、俺が飲む為に用意していた紅茶も飲み干す。

 

 こいつ、まさか二人のことを口実に集りに来た訳じゃないだろうな。

 折角ララが作ってくれたサンドイッチを、俺はまだ一口しか食べてなかったんだぞ。

 

 因みに、ララは自室で薬草学の勉強をしている。

 最近、授業で霊薬作りを覚えてからは魔法学以上に興味を示し、ここ数週間はずっと薬草を煎じて様々な効果がある霊薬を作り上げている。

 

 その副作用なのか、料理の腕もメキメキと上がっていき、料理のスパイスとして薬草を使い始めた程だ。

 そのお陰でここ最近の身体の調子が頗る良い。

 

 しかし、ユーリは兎も角アーサーもねぇ……確かにそれは少し気になるな。

 

 アーサーは勇者の中でも一番若い。確か今年で二十歳になるぐらいじゃなかったか。

 性格も生真面目で、曲がったことが大嫌いな正直者だった。

 よく俺と喧嘩していたのも、当時の俺は今とは違って大雑把な性格だった。

 その性格は教師になってからと言うもの、子供達に良くないと治したが。

 

 それにアーサーはエリシアによく懐いていた。お姉ちゃんお姉ちゃんとよくくっ付いていたものだ。

 そのアーサーがエリシアに何の便りも無く、顔すら見せないのは変な話だ。

 まさか、今更恥ずかしくなったとか言うまい。

 

「それで? 何で俺の所に?」

「勇者が何の許しも無く他国に踏み入るのは法で禁じられてるのよ。国王は私が国を出ることを許してくれないし、アンタしか居ないのよ。二人の知り合いで自由に動ける奴が」

「あのな、俺だって人族の国じゃそこまで自由じゃないし、お偉いさん方には良くない目で見られる。それに俺はララを守らなきゃならない。まだ守護の魔法は完全なものになってないし、離れられない」

「何よー!? 人には力を貸せだなんて頼んできたくせに、私の頼みは聞けないっての!?」

「いや、そう言う訳じゃ……」

 

 確かに、それは筋が通らないって話だ。

 

 エリシアの立場を無視したとまでは言わないが、法を犯させるような真似をさせたのは此方だ。例え後でそのことを聞かされたとしても、それを承知の上で力を貸してくれたのはエリシアだ。此処は力を貸すのが道理ってものだ。

 

 だがこれは俺だけの問題じゃない。仮に俺が二人を探しに行くとして、そうなればララも連れて行かなければならない。まだ守護の魔法は完全なものになっておらず、そうする為には校長先生が言うには一年間は側にいなければならない。

 

 ララを連れて行くとなれば本人の同意もそうだし、何よりヴァルドール王の許しを得なければならない。

 

 だがしかし、俺も二人のことは気になる。俺にとっても二人は弟的な存在だ。向こうがどう思っているかは別として、エリシアの気持ちも充分に理解できる。

 

 ここは道理に則って俺が二人を説得するべきだろうな。

 

「……分かった。ララと王への説得は俺が何とかする。借りを返さないのは義に反するしな」

「最初からそう言えば良いのよ。はい、私が発行したアンタの身分証明書。私の印章があるから、滅多なことでは疑われないわ。それじゃ、頼んだわよ」

「おい、何も情報は無しか? それはあんまりだろ?」

 

 証明書をテーブルに置き、窓を開けて飛び立とうとするエリシアを引き止め、二人に関する情報が無いかと聞く。

 

 流石に何も無しで何処に居るかも分からない二人を探すのは骨が折れる。

 

 エリシアはうーんと首を傾げ、ある事を口にする。

 

「ユーリはエフィロディア連合王国で、アーサーはアズガル王国に席を置いてるけど、そう言えばその二つの国の情勢はあまり聞かないわね。あ、でもユーリと最後に話した時に、何だか怪物が騒がしいとか何とか言ってた気がするわ」

 

 それはあまり情報になっていない内容だった。

 二人が住んでいる国は俺も知っている。せめて最後に見た場所とか知りたかったが、無いのなら仕方が無い。

 

 だがそうなると王の説得は難しいものになるかもしれない。説得させるだけの材料が手元に無い状態で行くとなると、これは校長先生やフレイの手助けが必要になるかもしれない。

 

「それじゃ任せたわよ、お兄ちゃん」

 

 エリシアはピッとピースをしてから窓から雷となって消えていった。

 

 こういう時ばかり兄扱いするのは如何なものか。

 

 しかし、これからどうしたものか。先ずはララに話してから校長先生に助言でも貰いに行くべきか。それから王子を引き込んで王への説得に踏み込むか。

 それに勇者の問題とくれば、掟に従順な王ならば丸め込めるかもしれないな。

 

「センセ? ゴリラ女は帰ったのか?」

 

 丁度タイミング良く、ララが食堂にやって来た。

 手には薬草学の本を持っている。

 

「ああ。ちょっと頼み事をされてな……。ララ、お前……また人族の大陸に行くって言ったら一緒に来るか?」

「行く」

 

 二つ返事だった。

 まぁ、ララがそう言うと予想は付いていた。

 

 ララは学校だけじゃなく、外の世界に出て学びを得たいと常々考えているタイプであり、多少の危険があっても都から出たいと度々口にしている。

 

 それに王子の遊び癖に影響されたのか、俺が王子の遊びに付き合えない時はララが代わりに付いて行くようになり、王が俺に毎日小言を言うようになってしまった。

 

 ともあれ、ララの同意は得られた。次は校長先生か。あの人なら休日の今でも学校にいるだろう。学校が家みたいなものだしな。

 

 ララに校長先生に会いに行くと言うと、一緒に行くと言われて二人で学校に向かった。

 

 学校は休日でも無人ではない。生徒の中には休日を利用して学校内で活動している子達もいる。クラブ、なんてものも存在しており、そのクラブには顧問として教師が一人就いている。

 

 ララはクラブには参加していないが、時折クラブの生徒達と交流している姿を見かける。

 

 その時のララは実に楽しそうにしていた。魔族の大陸での暮らしでは得られなかった友達を持てて、本当に良かったと思う。

 

 校長室に到着すると、ドアをノックする。

 

「アルフォニア校長。ルドガーとララです」

『おお、ドアは開いておる。お入り』

「失礼します」

 

 ドアを開けてはいると、ティータイム中だったのか、お菓子のカスを髭に付けた校長が出迎えた。

 髭を指してやると、校長はお茶目な様子でカスを取って口に運んだ。

 

「お取り込み中すみません。少し、ご助言を頂きたいと思いまして」

「儂で良ければいくらでも助言するとも。クッキーとレモネードは如何かね?」

「いただきます。ちょうど妹分に昼のサンドイッチを盗られたところでして」

「……あのゴリラ女」

 

 ララがムキッとしてそう呟く。

 

 校長先生は手をパンパンと叩くと、何も無かった場所に椅子二つと小さなテーブル一つを出現させてその上にクッキーとレモネードを置いた。

 

 茶菓子で空きっ腹を満たし、早速本題に入ることにした。

 

「実は、エリシアから頼み事をされまして。また学校を休んで人族の大陸に向かいたいのですが……」

「ほう? 勇者からの頼み事とな? して、どのような内容じゃ?」

「数年前から光の勇者と風の勇者と連絡が取れていないようでして。最後に顔を見たのもかなり前で、それで心配したエリシアが自由に動けない自分の代わりとして探しに行ってくれないかと」

「ふむ……勇者二人を探しにか……。宛てはあるのかね?」

「いえ。最後に風の勇者からは『怪物が騒がしい』と報告を受けただけでさっぱりと。一先ず、その怪物が騒がしいという線から当たってみようかと」

 

 もし今でもユーリが口にした怪物が騒がしいという状態が続いているのなら、もしかしたらユーリはそれを調べ続けているかもしれない。その怪物を探して辿れば、ユーリの尻尾を掴める可能性がある。

 

 校長先生は髭を撫でながら思案に耽ると、おもむろに手を伸ばして本棚から本を呼び寄せた。

 その本を開きながら校長先生は口を開く。

 

「実は、儂も妙な噂を聞いての。何でも、人族の大陸の一部で伝説の神獣を見たと言うのじゃ」

「神獣?」

「風の神ラファートの眷属である『ケツァルコアトル』じゃよ」

 

 校長先生が俺達に本を見せる。

 その本には巨大な鳥の絵が描かれていた。

 

 ケツァルコアトル――空の島とも呼ばれるほど巨大な鳥であり、事実その背中には都市が築かれていたと言う。

 

 流石にそれは誇張しているとは思うが、そう言われるほど大きな鳥と言うことだ。

 鳥とも蛇とも巨人とも言われるが、その姿を正しく見た者はいないとされる。

 伝説では風神ラファートの眷属であり、人々に平和を齎すとされている。

 

 だが平和を齎す時は決まって世が乱れている時だ。

 つまり、ケツァルコアトルが現れたのが本当だとすれば、それは異変が起きていると言うことに繋がる。

 

「本当に現れたのですか?」

「確かなものは無いのぉ。じゃが……何と言うたかの? 風の勇者がおる国の名は……」

「エフィロディア」

「そうじゃ、そのエフィロディア連合王国で多くの人が巨大な鳥を目撃しておる。彼処は人族の大陸でも一番多くの生物が棲息しておる、緑豊かな国じゃ。新種の生物が誕生していたとしても何ら不思議ではないがの」

 

 その巨大な鳥が、ユーリの言った怪物が騒いでることに関係しているのだろうか。

 それを調べる為にも現地へ行くしか手段は無いだろう。

 

 俺は校長先生に本題である王の説得について頼んでみることにした。

 

「校長先生、勇者絡みの案件として、先生からも王の説得にご助力してくださいませんか?」

「ええじゃろ。じゃがその代わり一つ頼まれてくれんかの?」

「何をです?」

「もし本当にケツァルコアトルを見付けたらじゃ……羽根を数枚手に入れてくれんかの? 儂のコレクションに是非とも加えたい」

 

 俺とララは顔を見合わせた。

 

 エグノール・ダルゴニス・アルフォニアス、852歳、趣味『歴史的物品の収集』である。

 

 いや、神の眷属の羽根を毟り取ってこいとか、かなり罰当たりな真似をさせないで欲しいのだが。

 

 

 

「ならぬ」

 

 王の返事は即答だった。

 

 校長先生を伴って王城へとやって来た俺達は、謁見の間にてヴァルドール王へ旅立ちの許しを請うた。

 しかし王は無愛想な顔をしたまま俺達の願いを突き返した。

 

「貴様はまた聖女殿を危険な目に遭わせるつもりか?」

「いえ、そんなつもりは……」

「ならば貴様だけで行くが良い。そのほうが却って安全だ」

「しかしですじゃ、王よ。ルドガーとララには守護の魔法が掛けられておる。じゃがそれはまだ完全とは言い難いもの。ララからルドガーを離すのは避けねばなりませぬ」

「だったら出て行かなければ良かろう」

「王とも在ろう御方が、掟に背いて勇者を助けぬと?」

「まだ二人の勇者が危険に晒されていると決まった訳ではなかろう」

 

 王は疲れた様子で肘掛けに身体を凭れさせる。頭痛がするのかこめかみを抑え、眉間に皺を寄せている。

 

 さてはまた王子が何か仕出かしたな?

 

 俺は王の隣に座っている王子を睨む。

 

 大方、また城を抜け出して遊びに興じたんだろう。頼むから少しは温和しく城に籠もってはくれないだろうか。その所為で俺への小言がどんどん酷くなっていく一方だ。

 

 まぁ、俺も王子を強く止めたり、ララの同行を大目に見ている時点で片棒を担いでるようなものになるのか。

 

 しかし、このままでは王の許しを得られない。どうにかして王の機嫌を取らなければならないか。

 

「父上、勇者達が危険に晒されているのか調べる為にも、ルドガーを向かわせるべきです」

 

 王子が膝を組んだ状態で王にそう進言する。

 王子が話始めたことで、王はより一層ウンザリとした顔になってしまう。

 

「行くならルドガー一人で行くが良い。私はそう言っておるのだ」

「それはなりません。ララ姫を守る為にもルドガーの側にいさせるべきです。ララ姫もルドガーと一緒に外の世界へと赴くことを望んでおります」

 

 そう言って王子は俺の隣にいるララに目をやる。

 ララは頷いて、王の前に膝を突く。

 

「王様、私を守ってくださっていることには感謝しています。ですが、その所為で恩師であるルドガーの枷にはなりたくありません。どうか、聖女である私に免じて同行をお許しください」

 

 芝居掛かったような仕草でララは王に懇願する。

 

 この子は実に強かな性格をしている。聖女になりたくなかったと思いながらも、その立場を利用する時は躊躇無く利用する。普通ならプライドが邪魔をするような場面だが、ララはそんなものは投げ捨ててしまう。

 

 まったく、将来が楽しみだ。いったいどんな女性に育つことやら。

 

 王は聖女に懇願され、ウッと息が詰まる顔をする。

 

 エルフ族にとって聖女とは勇者と同等以上の神聖なる存在。そんな存在に跪かれて頼まれたら無碍にする訳にもいかず、王は頭の中で着地点を探しているのだろう。

 

 ここでもう一押しすれば、王は首を縦に振るだろう。

 すかさず、校長先生が王に進言する。

 

「王よ、ルドガーとララの旅路は予言にも読まれていることかもしれませぬぞ?」

「……どういうことだ、エグノールよ?」

「彼の予言には二人は大いなる旅をすると読まれておる。その時期は定かではないが、都を出るのは定められたことじゃ。これはその最初の旅かもしれませぬぞ?」

 

 それは俺達も初耳な情報だ。

 

 校長先生が言う予言については、未だ何も聞かされていない。

 おそらくだが、その予言の時が来るまで事前に聞かされることは無いだろう。

 

 校長先生はその予言を成就させる為に敢えて知らせず、俺達が予言から逸れた行動を取らせないようにしようとしているのだろう。

 

 つまり俺達に読まれている予言は、少なくとも最悪な予言では無いのかもしれない。

 校長先生の思想からして、そんなものを成就させようと考えているとは考えられない。

 

 しかし、その予言を校長先生と王はどのようにして知ったのだろうか。

 

 ララも知らないことから、魔族側から得た情報でも無さそうだ。であるのならば、エルフ族側が持っていた予言だと推測される。

 

 その予言はいったい誰が読んだ物なのだろうか。

 

 大いなる旅に大いなる選択、その物言いからきっと大層な物なのだろうが、何だかその予言に俺達の行動を左右されているようで少し気に食わない。

 

 そんな俺を余所に、校長先生と王は予言について語る。

 

「二人には旅が必要じゃ。掟に従い、必要以上にララを都から出さないのも必要じゃが、時には大舞台へと羽ばたかせる必要もあると、儂は思いますぞ」

「……ルドガー」

「はっ」

 

 王に呼ばれた俺は姿勢を正して返事をする。

 王は少し黙っていたが、すぐに口を開いた。

 

「ルドガー、私が聖女殿を守るのは聖女だからというだけではない。彼の予言を実現させたいという理由もある。その予言は必ず実現させなければならん。これは世界に関わることだ。その事を肝に銘じ、必ず無事に戻るとお前の信じるモノに誓え」

「……誓います。我が魂に誓って、ララを守り通します」

「聖女殿だけではない。貴様も必ず生きて戻るのだ。以上だ、私は少し休む。早々に立ち去れ」

 

 王はすくっと立ち上がり、お供のエルフ達を引き連れて謁見の間から出て行った。

 

 俺は最後に王が言った言葉に耳を疑い、王子と顔を見合わせた。

 王子も珍しいものを見たと、少し驚いた表情を見せる。

 

「……あれ、俺を案じたのか?」

「父は素直じゃないと思っていたが……」

「可愛いところもあるじゃないか」

 

 俺と王子はララの感想にゲーッと舌を出して心情を表した。

 

 ともあれ、王からの許しは得られた。これで今度は何の後ろめたさも無く都から出立できる。

 それに俺とララはどうやらこの先、大いなる旅というものを経験するらしい。

 これを機に万が一、都からララを連れ出す用件ができた時には交渉材料として活用させてもらおう。

 

 さて、城を後にした俺達は寄宿舎に戻り、出立の準備を始めた。

 前回と同様に校長先生から空間拡大魔法を掛けられたポーチを借り受け、そこに荷物を二人で押し込んでいく。

 

 ララは霊薬作りの道具一式といくつかの予備を持って行くことにし、旅の道中で材料が手に入れば実際に作ってみたいと言った。

 

 贔屓目ではないが、ララは霊薬作りに関しても抜群の才能を有している。

 

 一応、アーヴル学校では一年生として通っているのだが、一年生で学ぶ霊薬作りは基本的にはとても初歩的で簡単な物だ。

 しかしそれでも霊薬作りはほんの少しの配合ミスは許されない程に繊細な物で、初歩的であってもよく失敗するぐらいには難しい。

 

 その霊薬作りを、ララは一度も失敗することも無く課題を満点で熟している。

 

 更に二年生、三年生で学ぶ内容にも手を伸ばしており、薬草学の教師の座を奪ってしまいそうな勢いで知識を習得している。

 

 実際、俺が実験体になっていくつかの霊薬を飲んだことがある。魔力が一時的に上がる物や各属性の力を高めたり耐性を得られたりと、結果は大成功だった。

 

 霊薬の材料には人族の大陸でしか採れない物もあり、ララは霊薬作りのチャンスだと息巻いている。

 

 俺はと言うと、そんなララの力にでもなれるようにといくつかの教材を持って行くことにした。

 

 これでも教師だ。生徒が現地で学ぼうとしているのだから、それをサポートするのも仕事の内だ。

 とりあえず、俺が親父から学んだ霊薬の知識を書き込んだ本を数冊と、材料を採取する為の専門的な道具を持って行こう。

 

 それから俺は学校を留守にする間、生徒達に課題を出しておく。流石に何もさせないってのも、雇われ教師としてどうかと思うし、そこまで責任を放棄するつもりもない。

 

 アイリーン先生に、もしも生徒達から質問があった時に使ってくれと参考資料を用意して渡しておくことも忘れない。

 

 資料を渡す時、アイリーン先生はとても心配してくれた。半年前に御守りをくれた時もそうだが、アイリーン先生は本当に優しい女性だ。

 

 翌日、前回の旅でも世話になったルートを王子から託され、ララと一緒に乗って都を出た。

 此処から、ララとの第二の旅が始まる。

 目指すは、風の国エフィロディア連合王国だ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 噂話

お金の話が出ますが、難しく考えないで下さい。


 

 

 前回と同様、エルヴィス船長の船で海を渡り人族の大陸へとやって来た。

 

 エフィロディア連合王国は港から南に位置する場所にある。

 リィンウェルに立ち寄れないこともないが、寄る必要も無かったのでそのまま南下した。

 

 ララは人族の大陸について俺に色々と尋ねてきた。

 

 例えば、大陸の形態について。

 

 エルフ族の大陸はヴァーレン王国と言う一つの国で、大陸全土が緑豊かな土地だ。清浄な魔力で満ち溢れており、何処に行っても気候は同じで住みやすく、アルフの都の他は集落や村だけである。 

 

 対して人族の大陸には七つの国が存在し、それぞれが領土を持ち守っている。気候も様々であり、暑い地域もあれば寒い地域もある。

 

 リィンウェルは比較的バランスの良い気候だったが、これから向かうエフィロディア連合王国は人族の大陸の中でも一番緑が生い茂り、様々な生物が棲息する場所だ。気温は少し高めだが、風の神の恩恵を受けている為か心地良い風が毎日吹いている。

 

 エフィロディア連合王国は幾つもの氏族が興した小国が集まって出来上がった国で、ラファンという国を中心に南を支配している。

 

 俺が知っているエフィロディアは風力による技術が盛んで、多くの風車が聳え立っていた。

 魔導機が普及し始めているのなら、その姿は変わっているのかもしれないが、草原に立ち並ぶ風車の光景は有名であった。

 

 また、エフィロディアは少し変わった特徴があり、それは王の決め方になる。

 通常、人族の王は血筋によって決められるだが、エフィロディアは完全実力主義。

 つまり、武力や知力だけで頂点に登り詰めることができる。

 

 どうしてそうなったかは諸説あるが、複数の氏族を従わせるのに一番分かり易くて手っ取り早いからという理由が始まりらしい。

 

 現在の王はグンフィルド・カレーラス・ラファンという女王が国を治めている。

 

 彼女はカレーラスという氏族の出で、大戦当時は氏族の当主を務めており、エフィロディアの一番槍として戦場に赴いていた。

 

 あの光景は今でも忘れられない。

 千を越える魔族を相手に、槍一本を握り締め単身で攻め入った時のことだ。

 勇者でもない彼女は、類い希な膂力と槍術で魔族の軍勢を足止めした。

 

 いや、あれは足止めなんかじゃない。俺達が駆け付けた時にはその殆どを壊滅させ、血塗れの顔で笑っていた。

 

「本当に人族なのか?」

「紛れもない人族だよ。間違っても彼女の前でそれを言うなよ? 実は結構気にしてるらしいからな」

「ふーん……」

 

 南へ進む道中は平穏そのものだった。一応、魔族がララを狙っていないか警戒しているものの、前回とは打って変わって何の問題も起きなかった。

 

 校長先生曰く、魔族は魔王無しで力を高める研究に没頭しているらしく、ララを奪いに来るような行動は取っていないそうだ。

 ただ、ララを狙っているのは間違いなく、常に警戒の必要があると言う。

 

 しかし、校長先生のその情報網はいったいどうなっているのだろうか。

 魔族の大陸にエルフを忍ばせているのか、それとも精霊を使役して情報を探っているのだろうか。

 たぶん、精霊を使っているんだろう。流石にエルフを危険な場所に配置し続けることはしないはずだ。校長先生はエルフ族きっての魔法使い、精霊を魔族の大陸まで飛ばすことなど造作も無いのだろう。

 

 ルートを軽快に歩かせていると、最初の街が見えてきた。

 遠目からだが、リィンウェルのような魔導機仕掛けの建物は見当たらない。

 やはりリィンウェル延いてはゲルディアス王国が進んでいただけらしい。

 

 此処は既にエフィロディア連合王国の領地だ。

 東の港から一番近い街は、確かマルネの街って名前だったか。

 至って普通の街で、酒場もあれば市場もある。そこで少し休憩しよう。

 

 街門から入り、酒場の馬留めにルートを繋いで酒場にララと入った。

 時間にして今は昼間だ。酒場は昼飯を食べに来た客で埋まっている。

 隅っこに空いてる席を見付けてそこに座る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 此処の給仕係である若い娘がやって来た。

 

「オススメのランチを二つ。それから、馬の食事は此処でも用意してもらえるのか?」

「はい、ご用意できますよ」

「それじゃ、外にいる白い馬に。金は先払いか?」

「はい! 全部で1500レギいただきます!」

 

 ポーチから銅貨を十五枚取り出して給仕に渡す。

 給仕は注文を厨房に伝えに行き、俺はガントレットを外してポーチにしまう。

 

「なぁ、センセ。お金って、やはり種族によって違うのか?」

「ん? ああ、当然違う。金銀銅を通貨に使うのは人族と魔族で、お金の概念が無いのはエルフ族と天族、水族と獣族は特別な魔石を使う」

「人族と魔族は同じ通貨なのか? でも魔族じゃ『レギ』じゃなくて『アス』だったぞ?」

「人族の場合はお金という概念が生まれた時から『レギ』という通貨単位を使ってるが、流石に俺も魔族の通貨単位の語源は知らないなぁ。人族は、光の神リディアスがそう名付けたからとされてるが、魔族もそんな感じかもしれない」

 

 ポーチから金貨を一枚取り出してララに渡す。

 ララは受け取った金貨を摘まんでジロジロと見つめる。

 金貨には男性のような顔と、その金貨がいつ作られたかの製造年月日が彫られている。

 

「銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚って計算だ。これは魔族でも同じだろ?」

「ああ。でも彫られてるのは違うな。魔族はドラゴンだ」

「ドラゴンか……そっちの方が格好いいな」

 

 ララから金貨を返してもらい、ポーチにしまう。

 

 人族の金はまだまだ残っているが、もしこれから度々人族の大陸に足を運ぶことになるのならば、その資金を調達する方法を探しておかなければならないな。潤沢にあると言っても限度がある。贅沢を続けられる程は持っていない。

 

 エリシアやモリソンに相談でもしてみようか。

 いや、エリシアにしたら絶対に割に合わない見返りを求められる。止めておこう。

 

「お待たせしました! ウォータートードの丸焼きです!」

「ヒギッ!?」

 

 給仕が運んで来た料理を目の当たりにしたララは、変な悲鳴を漏らして表情を引き攣らせた。

 何をそんなに驚いているのかと思い、俺もテーブルに置かれた料理に目を向ける。

 

 すると皿の上に載っているソレと目が合う。

 

 こんがりと旨そうな焼き色が付き、匂いも空腹をそそるスパイスの利いたものであったが、それらを全て台無しにさせる姿がそこにはあった。

 

 巨大なカエルの丸焼きが皿に載せられており、顔が俺を見上げていた。

 

 待て……給仕の子は何て言ってた? ウォータートードの丸焼き?

 え? あれって食えるの……?

 

「せ、せせせせ、センセ……!? 何これ……!?」

「……エフィロディアに棲息する巨大なカエルで、ウォータートードの名前の通り、水中を泳いで魚や甲殻類を捕食する生物。中には超巨大な個体もいて、そいつは人族の子供を食べるとか……」

「た、食べられるのか……?」

「だ、出されてるから、食べれるんだろ……」

 

 エフィロディアの食文化は他と少し変わっているとは聞いたことがあるが、まさかこれを食すなんて知らなかった。

 

 確かに世の中には蜥蜴や蛇も食べる文化もあるし、昆虫食なんて言葉だって存在する。

 カエルが食卓に出たぐらいで驚くことは無い。

 

 ただ……皿の上からこっちを見ないでほしい。もの凄く食欲が失せる。

 顔を見ないように頭部を掴んで身体から骨ごとへし折って取り外す。こうすれば少しは食べやすいだろう。

 

 ララはナイフとフォークを使って肉を切り分け、口まで肉を運ぶ。

 俺もカエルを持ち上げ、肉に齧り付く。

 肉汁が口の中で弾け、スパイスと肉が舌の上で飛び跳ねる。

 

「……美味ぇ」

「……美味しい」

 

 見た目は兎も角、味は最高だった。肉が瑞々しいと言うか、もの凄く柔らかくて口の中で蕩けるようだ。

 

 カエルの肉を堪能していると、周りの客の話し声が耳に入ってきた。

 

「なぁ、聞いたか? また村が襲われたってよ」

「また? これで何件目だ?」

「さぁ、だが少なくはねぇさ」

「今度は何処だって?」

「ダール村だよ」

「おい、此処からそんなに離れてねぇじゃん! 此処は大丈夫なのか……?」

 

 何やら物騒な話だ。その感じから、おそらく死者が出ているのかもしれない。

 それによく耳を澄ませてみると、似たような話がそこら中から聞こえてくる。

 

 もしや、ユーリが言っていた怪物が騒がしいというのに何か関係があるのか?

 それにどうやら被害はかなり大きいようだし、勇者であるユーリが放っておく筈もない。

 調べて見る価値はあるか……。

 

 食事を済ませ、ララを先にルートの下へと行かせて俺は酒場の人達に起きている事件について聞き回った。

 

 聞くところによると、小さな村や町で怪物による殺人が行われているらしい。

 それも一人二人ではなく、村全ての人を殺しているという。

 しかも質の悪いことに、目的は捕食ではなくただの殺し。遺体を調べてみると、何処にも捕食された痕跡が無いそうだ。

 

 怪物が捕食以外で生物を殺すことが無いわけではないが、珍しい部類だ。

 そう言った怪物に限って、中途半端に知能があることが多い。

 

 最近被害に遭ったというダール村の場所を教えてもらい、そこに向かうことにした。

 ダール村の場所は、此処から半日の場所らしい。

 

「センセ、その怪物ってどんなだと思う?」

 

 ルートに乗って道を進んでいると、ララがそんなことを聞いてきた。

 

「正直、何も情報が無いから何とも言えない。遺体には大きく斬り裂かれた痕があったと言うが、そんなものは特徴にはならない。ただ、捕食が目的じゃないみたいだから、知能は高いはずだ」

「どうして?」

「殺しを楽しんでる。そんなことができるのは知的生命体だけだ。動物や怪物が生物を殺すのは捕食という本能、もしくは自己防衛や闘争本能からだ。決して殺しだけを目的に動くことはない」

「知能が高い怪物か……」

「それかもしくは……」

 

 俺は少しだけ言い淀む。

 何故ならこれはあまりあってほしくない事だからだ。

 これは謂わば禁忌、犯していけない生命への冒涜に近しい。

 もしそれを犯せば、人族の法では問答無用で死罪を言い渡される。

 

「センセ……?」

「……もしくは呪いだ。呪いで怪物を生み出し、人を殺させる。呪いで生み出された怪物は殺すことしか考えられず、殺しだけが奴らの快楽だ」

「……怖いものだな」

「ああ、まったくだ」

 

 世界には数多くの呪いが存在する。子供の悪戯から身の毛もよだつ恐ろしいものまで。

 呪いを解く魔法や手段は粗方開発されているが、存在しないものもある。

 もしその呪いを掛けられてしまったら、術者を殺しても止まらなければ覚悟するしかない。

 

 だが呪いにも当然リスクはある。

 その第一が術者が支払う代償だ。強力な呪いほど、自身の命に関わる代償を払うことになる。

 また失敗して呪いが跳ね返ってくることもある。

 

 だから滅多なことで呪いを使うことは無い。

 呪いを掛ける者がいるとすれば、それ程の覚悟を持たざるを得なかった悲しき者達が多い。

 稀に研究の為にと呪いを掛けようとする狂った奴もいるが、そう言う奴らは尽く死んでいった。

 

 今回の事件にも呪いが関わっている可能性は捨てきることはできない。

 ただの怪物の仕業なら退治だけで済むかもしれないが、呪いだと退治だけでは済まない。術者の発見と拿捕、呪いを解呪しなければ怪物は生まれ続けるだろう。

 

 件の村に到着する前に日が暮れてしまう。

 俺達はキャンプすることにし、ポーチからテントやら道具やらを取り出して寝床を設置する。

 テントは一つだけだが、ララに使わせて俺は見張りも兼ねて外で火の番をする。

 食事は定番のシチュー。肉は干し肉を使ったが、簡単に噛み千切れる程度まで煮込んだ。

 調理はララが行った。霊薬作りで調理自体も好きになったようで、率先して調理を始めた。

 

 食事を済ませ、あとは寝るだけだったが、ララは焚き火に当たりながら本を読んでいる。態々杖の先から光を出して熱心に本を読んでいる。

 

 何を読んでいるのかと気になり、本の表紙を確かめる。

 

「……エルフ神話?」

「ん? ああ……校長先生がくれたんだ。面白いぞ?」

「知ってる。俺も読んだ」

「へぇ……それじゃ、どの登場人物が好きなんだ?」

「それを答えたら寝るか?」

「答えによる」

 

 ララの返答に苦笑し、「そうだなぁ……」と物語を思い返す。

 その間に何故かララは俺の隣に移動して腰を下ろした。

 右隣にララの温もりを感じながら、星空を見上げる。

 

 エルフ神話は、エルフ族の誕生から繁栄までを描いた物語だ。

 最初にエルフを生み出したのは光の神リディアスだとされている。だからエルフ族は七神の中でも光の神を特に神聖視している。神の予言というのも、そのリディアスからの天啓だと考えている。

 

 エルフ神話には最初のエルフと、世界を旅するお供である精霊達が登場する。

 

 火の精霊サラマンダー、水の精霊ウィンデーネ、風の精霊シルフ、地の精霊ノーム、光の精霊ルーク、氷の精霊グラキエス、雷の精霊ヴォルト。

 

 精霊魔法の呪文は、この精霊達に向けて唱えている。

 

 最初のエルフは男とも女とも捉えられる説明書きで、そのどちらでもあったとされている。

 名前はエーヴァと呼ばれ、純粋無垢な存在で良心に溢れていたと記されている。

 エルフ族には人気の存在だが、俺はこの人物よりも印象に残っている者がいる。

 

「旅の案内人アルダートかな」

「アルダート? どうして?」

「一緒に旅こそしてないが、エーヴァの行く先々で彼を助けてる。そう言った影の主人公みたいな奴が結構好きなんだよ」

「ふむ……」

「お前は誰が好きなんだ?」

「……私もアルダートかな」

「本当に?」

「本当だ! 別にセンセと一緒でも良いだろ!」

「……そうかい」

 

 センセと一緒、か……。

 

 ――俺も親父と一緒のが良い!

 

 何処かで聞いたことのある台詞だ。

 その台詞をララの口から聞けるのは、何だか感慨深いものを感じる。

 

 まだ本を読もうとするララから本を取り上げ、テントへ入れと言う。

 半魔だろうと、眠らない日が続けば活動に支障をきたす。もう休ませて明日に備えなければならない。

 

 ララは渋々とテントに入り、寝袋に身体を収めた。

 

「おやすみ、センセ」

「ああ、おやすみ……」

 

 眠りに入ったララを見つめ、焚き火に目を戻す。

 薪を焼べて、小さくなった火を少し大きくする。

 

 野営は野生生物や魔法生物に気を付けなければならない。その為には火を熾し続ける必要がある。決して絶やさず、常に明るくしておくこと。

 

 昔は気兼ねに野営はできなかった。何故なら盗賊が沢山いたからだ。

 魔族や怪物によって拠り所を失い、生きる為に他人の財を奪うことは日常茶飯事だった。

 今でこそ、それは少なくなったかもしれないが警戒は必要だ。

 

「……」

 

 それにしても、こうしてララと旅をすることになるとは思いもしなかった。

 

 言葉にして伝える気は無いが、俺はララと旅をすることに嬉しさを感じている。

 それはララが好きだからとか、そう言う理由ではない。

 

 ヴェルスレクス――親父の娘と旅をしていると、親父と二人で旅をしていた頃を思い出すからだ。

 

 立場は今と逆。俺がララで、ララが親父の立場だった。

 

 あの頃はまだエリシア達と出会っておらず、親父とずっと二人きりだった。

 戦場で育った俺に初めて愛情を向けてくれた親父と旅をするのが好きだった。

 旅の途中で色々なことを教えてもらった。俺が持っている知識の殆どは親父が教えてくれたもの。

 

 その知識を、親父の代わりと言っては何だが、その娘であるララに授けられている。

 それがとても嬉しく感じた。

 

 親父はクソッタレな奴だったが、少なくとも俺にとっては最高の父親だった。ほんとにクソッタレだったが。

 

「……最期の言葉ぐらい、ちゃんと聞いておけば良かった」

 

 焚き火に薪を放り込み、火がパチパチと鳴いた――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 神獣

おかげさまで毎日投稿を続けられています!
これからもご愛読お願い致します!


 

 翌朝――。

 

 朝食を済ませて道具をポーチに片付け、ルートの背に乗ってダール村へと向かった。

 

 ダール村、話に聞くところでは牛を育ててミルクやチーズを生産していたらしい。

 エフィロディアではランダルンという国に属しており、此処から売り出されるチーズは領主の好物だったと聞く。

 

 その村は、今や無惨な姿へと変わっていた。

 家は破壊され、まだ片付けられていない牛の死骸が至る所に転がっている。

 

 腐臭が酷い。半魔である俺とララにはかなりキツい臭いで、思わず嘔吐いてしまう。

 

「む? 何者だ?」

 

 ダール村で事件の調査をしているであろうランダルン戦士が俺達に気付き、警戒の色を見せて行く手を止めた。獣の毛皮とプレートを纏い、手には槍が握られている。

 

「馬上から失礼。俺はルドガー・ライオット。勇者ユーリ・ライオットを探しにこの地へと来た」

「ルドガー・ライオット? 勇者と一緒に戦ったと言う、グリムロックか?」

「そうだ」

「証明する物はあるか?」

「雷の勇者が発行した証明書がある」

 

 ポーチからエリシアが発行した身分証明書を取り出し、戦士に渡す。

 証明書を確認した戦士は姿勢を改め、書類を返してくる。

 

「失礼しました、グリムロック殿。貴殿の勇猛さは女王陛下から聞き及んでおります」

「ルドガーでいい。これは怪物の仕業か?」

「詳しくはまだ。しかし、人の仕業ではないのは確かです。魔法であるならば、その痕跡が見つかるはずですが……」

「……責任者は?」

「ご案内します」

 

 ルートから下り、ララは乗せたままルートを引いて戦士の後を付いていく。

 

 村の中に入ると、事件の残酷さがより鮮明に見えてくる。

 地面や家の壁には赤い血の痕跡があり、村の中心には被害者である村人の遺体が集められて寝かされ、布を被されていた。

 

 戦士に案内された場所はこの村の集会場だった場所で、大きな建物だが一部が破壊されている。ララを下ろして中に入ると、数名の戦士達が顔を付き合わせて話し込んでいた。

 

 案内してくれた戦士が一番屈強そうな戦士に俺達のことを耳打ちすると、その戦士はギョロリと視線を向けてくる。

 

 案内してくれた戦士は用件が済んで集会場から出て行き、俺とララは戦士達の視線を集める。

 

「グリムロック……その名を聞くのは実に五年ぶりだ。いったい何処で何をしていたのやら……」

「西の大陸で学校の教師をしてるんだよ――アーロン」

 

 その男の名はアーロン。気高きランダルンの戦士であり、二本の戦斧を握って戦場を横断する紛れもない猛者。

 身に纏いし毛皮は嘗て己が素手で殺した獅子から剥ぎ取ったものであり、今まで打ち倒してきた怪物の牙や爪を飾りにして身体の至る所に身に付けている。

 

「まさか此処の責任者がお前だったとはな」

「それほど今回の事件が重大だってことだ。そっちの嬢ちゃんは? まさか女房か? それにしては若いな」

「俺の生徒だ。訳あって一緒に旅をしてる」

「ふん、まぁそう言うことにしといてやる。で、此処に何の用だ?」

 

 アーロンは他の戦士達に此処から去るように命じ、デカい椅子に腰掛けて酒瓶を口に傾ける。

 

「勇者ユーリを探してる。此処に来たのは、アイツが最後に『怪物が騒いでる』と言ったから、それに関係があるかもしれないと思ってだ」

「ユーリねぇ……悪いが、俺も奴の所在は知らねぇ。知ってるとすりゃ、女王だけだろうよ」

「……女王に謁見は可能か?」

「……ま、お前なら大丈夫だろう。女王は強い男にしか興味がねぇからな」

 

 ほらよ、とアーロンは開いていない酒瓶を此方に放り投げ、ララには青いリンゴを投げた。

 お言葉に甘えて席に座り、酒を飲んでララはリンゴを囓る。

 

 酒を飲みながら、この事件についてアーロンに聞いてみる。

 

「この事件について、何処まで掴んでる?」

「一見すりゃあ、怪物の仕業だってのは分かる。問題はその怪物の正体だ。破壊の痕跡からそれなりのデカさだ。だが何処から現れ何処に消えたのか不明だ」

「要するに、何も分からんってことか」

「そうとも限らねぇよ」

 

 アーロンは何処からか太い葉巻を取り出し、火を点けて煙を吹かす。

 

「ふー……俺の予想じゃ、こりゃあ『呪い』だ」

「……その根拠は?」

「殺しだけを目的にしてる。それも不特定多数。そんな怪物は自然界にはいねぇ。となると呪いで生み出された怪物が暴れ回ってると、俺は考えてる」

 

 やはり、呪いか……。

 

 呪いの怪物が相手だと、ただの殺人事件とは話が変わってくる。

 それに長けた専門家が集まり、呪いによって生み出された怪物退治と術者の発見と捕縛を同時に行わなければいけない。

 

 怪物退治だって、ただ戦えば良いというわけじゃない。呪いによって生み出された怪物は基本的に不死だ。正しい殺し方をしなければ決して死なず、例え細切れにしたとしても少しすれば復活してしまう。

 

 そして一番最悪なのは、術者が既に死んでいる場合。

 呪いだけが残り、暴走してしまっている場合は更に厄介だ。呪いの解き方が分からず、呪いを封印しなければならない。封印した後も、悪用されないように厳重に保管しなければならない。

 

「ふー……せめて次の襲撃場所が分かれば、俺達で怪物を仕留められるんだがな」

「何か手掛かりは無いのか?」

 

 そう尋ねると、アーロンはテーブルの上にある物を乱暴に退かし、何かの地図を広げた。

 その地図には罰印が幾つか付けられている。

 

「これが襲われた村の場所だ。この村で五件目だ。最初の村は此処、ホドル村だ」

「どんな村だったんだ?」

「何のことはねぇ、ただの田舎村さ」

「……」

 

 地図によるとホドル村はエフィロディアの一番南橋にあり、その次に襲われた村はラールムラから北西に進んだ先にある。その次の村は北に進んだ所、その次は西……。

 

「……北西に向かってる?」

 

 地図を見ていたララがそう呟いた。

 確かに襲われた五件を繋げてみると、北や西と向かっているが、全体的に見れば北西に上っていると言ってもおかしくはない。

 だが村と村の間には別の村もある。北西しているのなら、どうして道沿いにある村を襲わず、通り越して別の村を襲ったのだろうか。

 

「襲われた村に、何か共通点は?」

「そんなもん、あったら真っ先に調べてる。北西に延びてるってのも、今回のではっきりしたばかりだ。最悪、該当しそうな場所を全て戦士で固めるしかねぇな」

「それは労力が大き過ぎるだろ。避難させる住民達だけでどれだけの時間と物資が必要か……」

「分かってるわ、んなもん。だがこれ以上被害を出す訳にはいかねぇ。女王も、ランダルンの領主も民の血が流れてたいそうお冠だ。この俺もな」

 

 アーロンは手に持っていた酒瓶を握り割った。表情にも怒りが刻まれ、どれだけこの怪物と呪いの術者に腸が煮えくり返っているのか見て取れる。

 

 アーロンの気持ちは十分に理解できる。

 俺も大切な生徒達が怪物に襲われたりしたら、その時は怪物を苦しめに苦しめてから殺したい。

 

 せめて、次の標的を割り出してやりたい。ピンポイントで戦士を配置したほうが怪物への対処の難易度は下がる。戦士達の戦力にも限りはある。分散させるより一箇所に集めたほうが断然良い。

 

 地図と睨めっこするが、地図だけでは何も情報を得られない。

 

 ここは一度村を直接調べなければいけないか。

 

「アーロン、俺達も村を調べても?」

「それは構わねぇが、良いのか? ユーリを探しに来たんだろ?」

「民達の命が脅かされてるんだ。放っては置けない」

 

 ここで力を貸さなければ、勇者達の同族として胸を張れない。

 これでも魔族から人族を守った英雄と呼ばれる男だ。そんな男が目の前で起きてる事件を無視することはできない。

 

「ララ、お前も手伝ってくれるか?」

「仕方ないな。センセに頼まれたら断れない」

「……そいつは助かるよ。仲間達にはお前達のことを伝えておく。好きに調べてくれ」

 

 俺達は村を調べる為に集会所から出た。

 

 さて、先ずは何から手を付けるべきか。一番痕跡が分かりやすいのは村人達の遺体だ。付けられた傷痕から、他では分からなくても俺なら分かることがあるかもしれない。

 

 流石にララに遺体を見させるわけにいかず、できるだけ戦士達の近くで村を見てきてほしいと伝え、俺一人で遺体が集められている場所へと向かう。

 

「さて……」

 

 近くで警備している戦士に断りを入れ、一体の遺体の布を捲った。

 

 男性遺体の表情は恐ろしいモノをみた表情で固まっていた。腹が大きく切り裂かれ、臓物がグチャグチャになっている。

 

 次の遺体も男性だ。確かめると、今度は首が切断されていた。幸いと言って良いのか、頭は綺麗に残っており、回収されて丁寧に置かれていた。

 

 次の遺体は女性の物だった。腹には大きな穴が開けられ、臓器が無くなっていた。

 

「……ん?」

 

 無くなっている臓器は肝臓だ。他は残っている。

 それから他の遺体を調べても、若い男女の遺体から肝臓だけが無くなっていた。

 

「これは……なぁ! そこのアンタ!」

「俺かい?」

 

 近くで警備している戦士を呼び止め、あることを尋ねる。

 

「他の村の遺体には、此処の彼女らのように腹部に大きな傷痕が無かったか?」

「む? いや、どうだろう……前の現場も担当したけど、そんな報告は……いや、でも確かにやけに腹が血みどろの遺体が多かった気がする」

「そうか……」

 

 鋭利な切り口を持つ怪物で、肝臓を抉り出している。

 

 その二つの特徴を持つ怪物に心当たりがある。

 もしそれが当たりなら、呪いの術者は既に死んでいるはずだ。

 

 だが、もし本当にそうなら……俺はこの怪物を殺せない。

 

 兎も角だ、この怪物の正体は予想が付いた。これをアーロンに報告して対策を練らなくちゃならない。

 

「センセ!」

「ッ!?」

 

 ララの悲鳴に近い声が聞こえた。

 慌てて声がした方へ振り向くと、ララが空を指さした。

 

 先程まで広がっていた青空がどす黒く染まっていき、黒雲に支配される。

 

 何かが空にいる。

 

 そう感じた俺は急いでララの下へ駆け付け、庇うようにして前に出る。

 異変に気が付いたアーロンも戦斧を両手に持って外に出てきた。

 

「グリムロック! いったい何が起こってんだ!?」

「さぁな! 碌なことじゃないのは確かだろうよ!」

「センセ! あれ!」

 

 ララが何かを見付けた。

 

 黒雲から超巨大な鳥が姿を覗かせた。

 あまりに巨大、巨大過ぎて全貌を視界に収めることができない。

 その大きさに俺達は言葉を失ってしまう。

 

 ――何だ、あれは……!?

 

「――ケツァル……コアトル」

 

 誰かがそう口にした。

 

 まさか、そんな……本当に実在したって言うのか?

 

 ――オォォォォォォォン。

 

 空が鳴いた。

 

 その直後、超巨大な鳥から光が雨のように降り注ぐ――。

 

「――全員伏せろォォォォオ!!」

 

 気が付いたら俺はそう叫んで背中のナハトを抜き放っていた。

 ありったけの魔力を練り上げ、今放てる最大の防御魔法を展開する。

 

「マキシド・プロテクション!」

 

 ナハトを地面に突き刺し、村全体を覆う魔法障壁を展開した。

 その障壁に光の雨が降り注ぎ、強烈な爆発を繰り返す。

 轟々と爆音が響き、大気と大地を揺らす。

 

 しかし、咄嗟の無言魔法の所為で魔法の出力が足りず、障壁に罅が入る。

 

「我、七神から授かりし盾を持ち、仇なす者から万物を守護する者なり!」

 

 後付け呪文で出力を上げ、障壁を建て直す。

 

 空から降り注ぐ光はそれでも障壁を破ろう力強く叩き続ける。

 

 これだけでは盾が持たないと判断し、危険だがもう一つの魔法を同時展開する。

 

「閉じろ! クラウザーアルチェ!」

 

 俺が知る中で広範囲に渡る魔族の防御魔法を発動する。

 村全域を魔力で形成された城壁で取り囲み、魔法障壁と一体となって強固な盾となる。

 

「アアアアアアアアッ!」

 

 全身全霊で魔力を注ぎ込み、血管がはち切れそうになったその時、光の雨は降り止んだ。

 

 気を失いそうになる感覚を味わいながら魔法を解除し、地面に崩れそうになった。

 そのまま倒れるかと思ったが、アーロンが俺を受け止めて支えた。

 

 気が付けば黒雲は消え去り、巨大な鳥も姿を消していた。

 

「センセ!?」

「おいグリムロック! しっかりしやがれ!」

 

 二つの別種の魔法を同時に使用したことで極度の魔力消耗と反動によって意識が遠退いていく。

 此処で意識を失うわけにはいかないと、ララにある物を要求する。

 

「らら……らら……あれ……あれ……を……」

「あれ!? あれって……あれか!?」

 

 ポーチを弄ろうとする俺の手を見て伝わったようだ。

 ララは俺の腰のポーチに手を突っ込み、そこから小瓶を取り出した。

 その小瓶のコルクを開け、俺の口に押し付ける。

 中の液体を呑み込むと、消耗していた魔力が沸き上がってくる感覚がやって来る。

 

「アァー!?」

 

 衝動に駆られて叫び、そのまま勢い良く立ち上がる。

 

「センセ!?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だ! きつけの作用で身体が吃驚してるだけだ!」

 

 ララが俺に飲ませたのは、ララが作った魔力を上昇させる霊薬だ。

 俺の体内に残った少量の魔力を霊薬で強引に上げて、魔力失調を誤魔化したのだ。

 本来ならばこれは寿命を縮めるような飲み方だが、半魔である俺の身体なら耐えられる。

 誤魔化している間に魔力を回復できれば何の問題も無い。

 

「良かった……調合を間違えたのかと思った」

「いや、効果抜群だ。助かった」

「おい、グリムロック! さっきのアレは何だったんだ!?」

「何って、どっちだ? 鳥のことか?」

「それ以外に何がある!?」

 

 そう怒鳴られても、それを訊きたいのは俺のほうだ。

 

 一先ず、先程のアレで被害が出てないかを確認させ、俺とララはアーロンと一緒に集会場へと戻った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 呪い

 

 

 集会場にはアーロン以外にも何人かの戦士達が集まり、先程現れたアレについて話し合いが行われる。

 

「アーロン隊長、アレはケツァルコアトルです!」

「あの空を覆う巨体! 間違いありません!」

「馬鹿な! ケツァルコアトルは平和の象徴! 攻撃してくる筈がない!」

「アーロン隊長! 此処は女王陛下に報告すべきです!」

 

 話し合いと言っても、彼らの中で答えは決まっていた。

 風の神ラファートの眷属であるケツァルコアトルだと言い張り、てんやわんやしている。

 

 俺はその様子を飲み物を飲みながら見ている。

 ララはまだ俺のことが心配なのか、ソワソワと落ち着かない様子で隣に座っている。

 

 やがてアーロンがダンッとテーブルを叩き、騒いでいる戦士達を鎮まらせる。

 

「喧しいぞ、てめぇら。今何を言ってもアレが何なのか確かな答えを持つ奴はいねぇ。これは報告するにしても、俺達には他にやるべきことがあんだろ。で、どうなんだグリムロック?」

 

 アーロンが俺に話を振ってきた。

 他の戦士達が俺に視線を寄越す。

 

「……ま、あの鳥のことは俺も知らない。だが、この事件には関係無いと思う」

「ほう? どうしてそう言える」

「この事件の怪物に予想が付いた。俺の知る中で一番ゲスで残酷な呪いだ」

「それは?」

 

「――ヴァーガスだ。胎児に呪いを掛けることで生まれる怪物。その力は他の怪物よりもあらゆる面で凌駕する」

 

 俺がその名を口にした瞬間、その呪いを知っている戦士達は騒然とする。

 

 顔を青くし怯える者や、義憤に顔を引き攣らせる者までいる。

 アーロンは黙って葉巻を咥え、だが沸々と怒りが内から沸き上がって来ているようだ。

 

 それもそのはず。エフィロディアの氏族達は子供を何よりも大切にする。

 子供は次代を担う大切な宝であり、何よりも尊び愛すべき存在だと教えられている。

 

 ヴァーガスはそれを踏み躙って生まれる存在。

 

 それ故、彼らは激しい怒りを感じているのだ。

 アーロンは葉巻を吹かし、静かに口を開く。

 

「グリムロック……それを口にする意味を……分かってるんだろうな?」

「ああ」

「俺達エフィロディアの氏族の中に、子供を怪物にする裏切り者がいるってことか?」

「現状ではな。もしかしたら外部の――」

 

 俺はそれ以上言葉を紡げなかった。

 

 アーロンがテーブルを引っくり返し、俺に一瞬で近寄って首を締め上げたからだ。

 そのまま柱に押し付けられ、アーロンは怒りの形相で俺を睨み付ける。

 

「俺達の魂である子供を、俺達の誰かが怪物に変えたってのか!? ええ!?」

「落ち――つけ――! まだ――そうだと決まった――!」

「例え冗談でも口にすることじゃねぇ! 憶測でもなぁ!」

「センセを離せ!」

 

 ララが杖をアーロンに向けてそう言う。

 アーロンは俺をもうひと睨みした後、俺を離した。

 

 俺は咳き込みながら息を整え、ララは俺をアーロンから庇うようにして前に立って杖を向け続けている。

 ララの手をそっと下げさせ、大丈夫だからと椅子に座らせる。

 

 アーロンの激昂は当然のことだ。

 

 エルフ族が掟を遵守するように、アーロン達エフィロディアの氏族は裏切り行為を絶対悪として見ている。

 

 つまりは仲間意識が高いとも言える。

 

 それなのに俺は彼らの前で堂々と裏切り者がいると口にしたようなものだ。

 最悪殺されてもおかしくはない。

 

 だが俺は毅然として事実を言わなければならない。

 そうしなければ救われない命があるからだ。

 

「アーロン、まだ裏切り者がいると決まった訳じゃない。外部の仕業かもしれない。だが今回の事件はヴァーガスに間違いない。若い人の肝臓だけが無くなってる。ヴァーガスが好んで食べるんだ。つまりはただの殺しじゃない。捕食だ」

「……北西へ向かっているのは?」

「それは分からない。ただの偶然かも」

「……分かった。ヴァーガスの線で考えよう」

「隊長!?」

 

「黙れ。もう五つの村が滅ぼされてる。俺達には何の手掛かりも無い。グリムロックは信頼できる男だ……嘘は言わない。だが俺達の中に裏切り者がいるとは考えていない。外の誰かがヴァーガスを生み出した。その考えで進める」

 

「……良いだろう。俺も裏切り者がいるとは考えてない」

「……悪かった。多くの子供達が殺されたんだ……」

「いや、気にしなくて良い」

 

 落ち着きを完全に取り戻したアーロンは新しい葉巻に火を点け、煙を吐き出す。

 俺は魔法を使い、散らばったテーブルを元に戻して椅子に座る。

 

 まだ魔力が戻りきっていない。ララの霊薬で誤魔化せているが、早く魔力を回復させないと効果が切れて気を失うかもしれない。

 

 それ程までにあの巨大鳥の攻撃は凄まじかった。俺の魔力の殆どを費やさなければ防ぎきれなかった。

 人族の防御魔法の中でも上級の魔法を使い、同時に魔族の魔法を使うのは身体への負担が大き過ぎた。

 あれが何であれ、あの一撃は魔王級、下手をすればそれ以上の威力を持っていた。

 

 あれが本当にケツァルコアトルなのか、俺にも分からない。

 だが何かがこの地で起きているのは確かなようだ。

 

 ユーリ……お前は今どこで何をしている?

 何を知っているんだ……?

 

 

 

    ★

 

 

 

 ヴァーガスの仕業と断定した後、アーロン達と対応策を考えた。

 ヴァーガスは夜に行動する。太陽が昇っている間は休眠状態になり、何処かで身を潜めている。隠れ場所を見つけ出すには特別な匂いを追い掛ければ良い。

 

 その匂いは嗅覚の鋭い獣族ですら捉えるのは難しい。

 だが精霊なら、それができる。

 

「ララ、頼んだ」

「ああ」

 

 ララは布で覆われている遺体の前に立ち、杖を取り出した。

 

「風の精霊よ来たれ――シル・フージェント」

 

 杖を軽く振るうと、杖先から緑色の風が噴き出し、小さな犬の形を取った。

 

「頼んだぞ」

 

 ララがそう伝えると、風の子犬は遺体の周りをグルグルと駆け回り、何かを見付けたのか何処かへと走り去っていく。

 

 ルートに乗って俺とララはその子犬を追い掛けていき、村を出た。

 子犬を追い掛けて数十分、漸く子犬は足を止めて姿を消した。

 

 その場所には古城があった。随分と古い、もう誰も住んでいない廃墟と化した古城だ。

 

「此処にいるのか? そのヴァーガスってのは……」

「みたいだな。精霊はどんなに微かな匂いでも嗅ぎ取れる。ヴァーガスの匂いは特殊だ。獣族でも嗅ぎ取れないほど微かだ。この城にヴァーガスは隠れてる」

「殺すのか?」

 

 ララは背中越しに俺を見上げる。

 俺は首を横に振った。

 

「殺せない。ヴァーガスは胎児に呪いを掛けて生まれる。赤ん坊が望んでやったことじゃない」

「じゃあ……」

「……呪いを解けば助けられる、かもしれない」

 

 試した例は無いが……。

 

 だが俺は戦争じゃない限り、子供を殺す気なんてない。

 村を襲ったのはその子の意思なんかじゃない。術者が何を考えていたのかは知らないが、その術者の意志でそうさせたのだ。

 

 例え大勢の人を殺そうとも、赤ん坊は救われるべきだ。

 

「できそうなのか?」

「やるしかない。一度村に戻るぞ」

 

 ルートで来た道を引き返し、アーロン達がいるダール村へと戻った。

 

 集会場でアーロン達にヴァーガスの隠れ場所を伝え、そこが嘗てランダルンの領主が持っていた城だと分かった。

 その城は呪われていると言われ、領主の一族が不審死を繰り返した。

 その為放棄されたが、呪いの所為もあって打ち壊されずにそのまま残っているらしい。

 

「で? どうするつもりだ?」

 

 アーロンが尋ねる。

 

「城に結界を張ってヴァーガスを閉じ込める。ヴァーガスの呪いを解くには銀の鎖で縛り付けて力を失わせる。それから解呪の魔法を掛けるしかない」

「それで呪いが解けるのか?」

「……ヴァーガスの呪いを解くのは初めてだ。何が起こるか分からない」

「ちっ、結局はでたとこ勝負ってことか」

 

 仕方が無いだろう。ヴァーガスの存在自体稀有なものだ。遭遇すること自体生きている内に一度あるかないかの確率だ。文献にだって専門的な解呪方法が載っている訳じゃない。解呪の魔法だって、ヴァーガスに使う為の魔法じゃない。専用の魔法じゃなければ、解呪の成功率は低いかもしれない。呪いを解けるかどうか、それは本当にでたとこ勝負になる。

 

 だが必ず呪いを解いてみせる。赤子を助けなければ。

 

 アーロン達を引き連れ、日が昇っている内に古城へと向かう。

 

 古城の周囲を戦士達で囲み、俺が教えた即席の結界魔法を展開させることにした。常時展開し続けなければいけないが、それは交代で行ってもらう。

 

 日が沈むとヴァーガスは城から出ようと、城の何処かから姿を現すはずだ。

 そこを見つけ出して銀の鎖で拘束し、力を失わせる。

 

 やることは至って単純だ。だが実際はそんなに甘くはない。

 

 ヴァーガスの力は怪物の中でもかなり強力。単純な怪力だけでもかなり厄介だ。

 古城に突入するのは俺だけだと考えていたが、アーロンも同行すると言い出した。

 

 アーロンの腕前なら申し分ない。

 だが問題はララだ。ララを古城へと同行させるような危険を冒させたくない。

 

 最初はアーロンに警護を任せようと思ったが、アーロンは頑なに同行すると言ってきかない。

 ランダルンの戦士の実力を疑っている訳じゃないが、こうなると俺の側にいさせたほうが俺が安心する。

 

「ララ、城の中では俺から絶対に離れるな。物珍しい物があっても決して触れるなよ」

「分かった。私はそこまで子供じゃない」

「お前には力がある。それは理解してる。お前を認めてない訳じゃない。いいな?」

「……ああ」

 

 ララに危険な行動をしないと約束させ、時が来るのを待った。

 やがて太陽は西へと沈んでいき、月が出た。星が輝き、暗い世界を光で満たす。

 

 その時がやって来た。

 

「行くぞ。準備は良いか、アーロン?」

「ったりめぇだ」

「ララ」

「ああ」

 

 戦士達に合図し、教えた結界魔法を展開させる。

 

『我、汝を閉じ込める者なり――フォース・プリズン』

 

 俺達と古城を白い光の結界が覆う。

 これで展開し続けている限り、ヴァーガスがすぐに外へと出ることはない。

 

 正直言って、この結界がどれだけ役に立つかは分からない。けれどあるに越したことはない。

 

 古い木の門を開けて古城の中に入る。

 最初に俺達を出迎えたのは埃臭いエントランスだが明かりも無く、視界が暗闇で遮られる。

 

 手に魔力を灯し、光の魔法を発動する。水晶玉程度の大きさの光が手から離れ、一定間隔で分裂していって広がっていく。

 光が暗闇を照らし、古城の内部を明かりで満たす。

 

 嘗ては豪華絢爛の装飾が施されていたのだろう、朽ち果てた内装にはその面影がある。

 前の持ち主は美術品の収集家でもあったのか、おそらく価値のある壺やら武具やら絵画やらが飾られている。

 

「薄気味悪いな……」

 

 ララが辺りを警戒しながらボソッとそう言う。

 

「こういう場所にはゴーストが棲み着く。大抵は悪戯で済ませる奴らばかりだが、長年同じ場所に棲み着くと力が増す。その力に飲まれて悪霊と化すのがオチだ」

「また悪霊祓いが必要?」

「そうだな。ゴーストにも効くから、そいつらの相手はお前に任せよう」

「ふふん、任されよう」

 

 ララは可愛らしく胸を張った。

 俺はその様子を見て軽く笑い、アーロンはやれやれと肩をすくめる。

 俺の左後ろをララが歩き、右隣をアーロンが歩く。

 

「随分と仲が良さそうじゃねぇか。本当に教師と生徒か?」

「本当だよ。まぁ、知り合いの娘だからな。贔屓な部分は否定しない」

「へ、そうかい。なら女房は? いないのか?」

「は?」

 

 突然何を言い出すんだ。

 此処はもう相手のテリトリーなのだから警戒を強めてほしいものなんだが。

 

 アーロンは構わず話を続ける。

 

「お前もいい歳だろ? 身を固めて子供を作らねぇのか?」

「何を言い出すんだ……。俺は誰ともくっ付くつもりはねぇよ」

「何でさ?」

「……」

 

 半魔だから、と答えそうになったのを咄嗟に堪える。

 

 それが本当の理由だが、そう答えてしまうと同じ半魔であるララがショックを受けると思った。

 

 混血は何かと生き辛い世の中だ。それが半魔となると、世間からの当たりが強くなり、一緒に居るだけで嫌われる。

 

 それにもし俺が子供を誰かとの間に儲けたら、その子は当然魔族の血を受け継ぐ。力も受け継いでしまえば、その身が保たないかもしれない。縦しんば保ったとしても、何かしらのハンデを負わされる可能性が高い。

 

 そんな辛い人生を子供には歩んでほしくない。

 だから俺はこの先誰とも一緒にならない。

 

 だけど、そう考えるとララは? ララも一生独りで生きていくことになるのか?

 

「……グリムロック?」

 

 考えに耽って黙ってしまったのか、アーロンが訝しむ。

 何でもないと平静を装い、適当に理由を答える。

 

「いや……いい父親になれない気がするからな。お前のほうこそどうなんだ?」

「女房は三人、子供は五人だ」

「さん!?」

「あー、そういやエフィロディアの氏族は多夫多妻だったか」

「たふ!?」

 

 ララが目を見開いて驚く。

 

 そう、エフィロディアは多夫多妻という異色の文化を持つ。

 最初は一夫多妻だったが、女性の実力者が台頭してからは夫を複数人持つようになった。

 多夫多妻は力の表れでもあるし、優秀な子孫を多く残す手段でもあった。

 

 前国王なんかは十数人もの妻が居たし、歴史で見れば百人単位で妻が存在していた時代もある。

 

 そう言えば、グンフィルド女王は結婚したのだろうか。

 カレーラスの当主の頃はまだ居なかったが、女王になってからは一人や二人ぐらい夫がいるだろう。

 

「女王は結婚したのか?」

「……」

 

 アーロンは黙った。

 それも何とも言い難い顔をして。

 

「……え、してねぇのか?」

「……お前達の所為だ」

「何で?」

「女王は強い男を好む。そこで質問だ。今の世の中で最も強い男に部類される者達とは?」

「そら……あー……」

 

 そこまで口にして何故だか分かった。

 今この世で最も強いかどうかは別にして、最強の部類に入る男は誰か。

 

 それは勇者達だ。おまけで俺だ。

 つまり、女王が結婚するとしたら勇者の男共か俺しかいないということだ。

 

「なんか……スマン」

「ちょうど良い。お前、女王と結婚しろ」

「断る。ユーリはどうした? というか、アイツの居場所知らねぇか?」

 

 此処でアーロンから有益な情報が聞ければありがたいが、残念ながらアーロンは首を横に振った。

 

「三年前から姿も見てねぇ。女王なら何か知ってるかもしれねぇがな」

「ったく、何処で何してんだよアイツは」

「っ……センセ、あれ」

 

 ララが何かを見付けて杖を指した。

 その先にはユラユラと揺らめく何かがあった。

 ヴァーガスかと警戒したが、それは以前にも見た悪霊の類いだった。

 フードを被り、ボロ切れの布が辛うじて人の形に見えるその悪霊は、廊下を真っ直ぐ此方に近寄ってくる。

 

「ありゃあ、レイスか?」

「それに近いゴースト体だろ。あの程度ならララでも祓える。ララ、任せた」

「うむ……呪文は唱えたほうが良いのか?」

「無言でできるのなら、試してみな」

 

 そう言うと、ララは杖を手首でくるりと回し、悪霊祓いの精霊魔法であるルク・エクソルを発動した。

 

 以前は光の霞だったが、魔法が洗練されたのか光の壁となって悪霊を押し退けた。

 威力が随分と上がっている。低級の魔法だが中級程度の魔法に仕上がってるな。

 

 初めてララの魔法を見たアーロンは口笛を吹いて感嘆を表した。

 

「凄ぇな。無言魔法か。その歳でよくやる」

「ララは魔法力が高い。教え甲斐のある生徒だよ」

「……薄々思っていたが、魔族か?」

 

 アーロンからそんな声が上がった。

 意図して黙っていたが、長くは誤魔化せなかったか。

 

 魔法力が高いと言ったのがマズかったか? いや、そもそも銀髪の時点で魔族と言っているようなものか。黒髪と銀髪は魔族特有の色だし、人族じゃ見ないからな。

 

「……半魔だ。センセと同じ」

「……いや、すまねぇ。安心しな、嬢ちゃん。偏見の目はねぇよ」

 

 アーロンはララを否定しないでくれた。

 

 アーロンの良い所はこういう所だ。魔族だろうが何だろうが、敵でなければ懐疑的な目で見ない。懐が深いと言えば良いのか、初めて俺と会った時も、半魔である俺を戦士の一人として最初から受け入れてくれた。

 

 アーロンにララのことを言わなかったのは、アーロン以外の者達に知れ渡るのは念の為避けておきたかったからだ。

 

 その後も老朽化でボロボロになった廊下を進んでいき、その道中でゴーストが現れたらララに祓ってもらう。

 

 それにしても、本当にゴーストが多いな。そこまで危険度の高いゴーストはいないが、数が異常だ。

 

「アーロン、この城は確か曰く付きだとか言ってたな?」

「ああ。最初にこの城を所有していた当主が女絡みで問題を起こしてな。それで女の方が呪いを掛けて自殺したのさ。それ以来、当主の血縁者は不審死をこの城で繰り返した」

「いつの世も男はどうしようもねぇな。それで? 呪いを解こうとしたり何なりしたのか?」

「当然さ。だが呪いを解こうとした者は皆あの世だ。結局、城を放棄して去ったのさ」

「……ならちょっと面倒かもな。そこまで強力な呪いを掛けたのなら、自殺した女が悪霊になって棲み着いてるかもしれない。ヴァーガスだけでも厄介なのに……」

「仕方ねぇ。悪霊になってないことを祈るしかねぇよ」

 

 確かに、祈るしかない。

 だが経験上、こういう場合は必ず悪い方向へと物事が動く。

 せめてララが怪我を負わないように立ち回らなくては。

 

 そのまま廊下を進んでいくつかの部屋を探索した。そろそろ夜も濃くなる頃合いだ。

 ヴァーガスが休眠から目覚め、城から出始める。そうなれば必然と気配で居場所が判明するだろう。

 

 その内、他のとは違う印象のドアが目の前に現れた。

 かなり大きく、おそらく古城の中でも一番広い部屋に繋がっているのだろう。

 

 俺とアーロンは己の武器を手に握り締め、ララには俺達の後ろに下がっているよう伝える。

 

 そしてドアをナハトで押し開き、中へと入った。

 部屋の中はかなり広く、装飾や様式の面影から舞踏会でも開く大広間と言ったところだ。

 柱や天井が崩れ落ち、床には瓦礫が散らばっている。

 

「アーロン……こういう場所に来た時、決まって大当たりって感じたことは?」

「奇遇だな……俺もしょっちゅうそう感じる。例えば、アレとか」

 

 俺達の目の前には大広間に似つかわしくない巨大な棺がある。それは明らかに古城に最初からあった物ではない。何者かが此処に運び込んだ物だ。

 

 その証拠に、棺が置かれている床には引き摺ったような痕跡がある。それもごく最近に付けられたものだ。

 悪霊の気配は感じられない。その他の怪物の気配も無い。

 

 俺とアーロンは頷いて示し合わし、ゆっくりと棺に近付く。ララは常に真後ろに付けさせ、マントを握らせる。

 

 棺の前まで辿り着き、ナハトで棺をコンコンと突いた。

 

『……』

 

 何も反応が無い。

 ヴァーガスはまだ起きていないのか、それとも中には何も入っていないのか。

 

「……開けるぞ」

「……ああ」

 

 アーロンは両手の戦斧を握り直す。

 ナハトの切っ先で棺の蓋をゆっくりと押し開く。

 

 ズズズズッと重い音が鳴り、蓋がずれていく。

 

 いよいよ中身が見えそうになったその時、蓋が中から何かに吹き飛ばされた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 勇者ならば

 

 

 俺はララを抱えて棺から跳び離れ、アーロンも同じように離れた。

 

「アーロン!」

「こっちは大丈夫だ!」

 

 棺からは巨大な腕が伸びていた。

 黒っぽい肌に黒く鋭い爪、肘からも角のような物が生えている。

 

 その腕の持ち主は棺から這い上がり、全貌を露わにした。

 膨れ上がった規格外の筋肉に鋭く並び立つ牙、獣のように伸びた口先と狼を連想させるような灰色の髪の毛を生やし、その姿はまるでウルフマンの亜種のような姿だ。

 

『グオオオオオオッ!』

 

 これは予想外だ。

 俺が知っているヴァーガスとはまるで姿が違う。

 ヴァーガスはもっと邪悪で醜い姿をしている。

 

 だがこのヴァーガスは邪悪というよりも、何処となく気品さを感じられる。

 

 違う……これは人族から生まれたヴァーガスじゃない!

 

「魔族か……!?」

 

 目の前のヴァーガスから感じられる魔力は魔族の物だ。混ざり気無しの純粋な魔族の胎児をヴァーガスに変貌させたと言うのか。

 

『ッ!』

 

 ヴァーガスが俺を捉えた。

 そう認識した時にはヴァーガスの爪が俺の眼前に迫っていた。

 

 後ろに倒れるように爪を避け、ほぼ反射的にヴァーガスを蹴り上げるようにして足を出した。蹴りはヴァーガスの腹に当たるが、固い筋肉で受け止められる。

 

 ララを魔法で更に後ろへと強制的に下がらせ、ヴァーガスの顔面に拳を叩き込む。拳は顔面にめり込むが、少し顔を動かしただけで全く効いていない。

 

 反撃の拳が俺の腹にめり込み、そのまま天井まで打ち上げられ、背中を天井に打ち付けてしまう。

 

「グリムロック! このォ!」

 

 アーロンがヴァーガスに向かって両手の戦斧を振るう。

 

『グルゥ!』

 

 ヴァーガスは俊敏な動きで戦斧をかわしていき、アーロンに蹴りを見舞いする。

 アーロンは咄嗟に戦斧を割り込ませるが、そのまま壁へと蹴り飛ばされる。

 

『ウォォォォォォン!』

「チィッ!」

 

 床に着地した俺はポーチから銀の鎖を取り出す。銀の鎖を振り回して左腕に巻き付け、即席の銀のガントレットへと変える。

 

 あれが魔族であれヴァーガスであることには変わりはない。なら銀には弱いはず。

 当初の予定とは少し違うが、少し痛い目に遭わせて大人しくさせるしかない。

 

「来い! 俺が相手だ!」

『グルァア!』

 

 ヴァーガスは素早い動きで俺に迫る。

 

 振るわれた爪を右手のナハトで弾き、左手の銀の鎖で顔面を殴る。

 鎖で殴り付けたヴァーガスの頬から肉が焼けるような音が聞こえて煙を上げる。

 その傷が痛いのか、ヴァーガスは此処で初めて威嚇ではない鳴き声を上げた。

 

 よし、銀は効く。このままコイツで殴り続ければ鎮静化できる!

 

「ララ! 俺とアーロンを魔法で援護しろ!」

「分かった!」

「アーロン!」

「おうよ!」

 

 アーロンにもう一つの銀の鎖を投げ渡し、受け取ったアーロンは銀の鎖を俺と同じように左腕に巻き付ける。戦斧は右手にだけ持ち、二人でヴァーガスと対峙する。

 

 殴り付けたヴァーガスの頬は軽い火傷の痕が残り、しかしすぐに再生された。

 再生力も高いようだ。これでは鎖で朝まで拘束なんてできたもんじゃない。何か他の手段を考えなければ、夜通し戦い続けることになる。

 そんな長時間も戦い続けることは現実的ではない。できたとしても、結界の外に出さないようにちょっかいを出してヴァーガスとの追いかけっこを披露するだけだ。

 

「フンッ!」

 

 アーロンが飛び出すフェイントを掛け、俺がヴァーガスに迫る。

 反応が遅れたヴァーガスの顔面を左腕で薙ぎ、怯んだところを更に叩く。

 皮膚を銀の鎖で焼かれる痛みに吠えながら、ヴァーガスは反撃してくる。

 鋭い爪が振るわれ、ナハトで受け止める。その間にアーロンが左腕を前にしてヴァーガスにタックルし、吹き飛ばしたところを狙って飛び込んでヴァーガスの腹に拳を叩き込む。

 

『アオォォォン!』

「くっ!」

 

 振るわれたヴァーガスの腕を左腕で受け止めるが、銀の鎖ごと左腕を掴まれて投げ飛ばされる。壁にぶつかって床に転げ落ちるも、すぐに立ち上がって体勢を整える。

 ヴァーガスは身を屈め、バネのように脚を使って突撃してくる。

 ナハトで攻撃を受け止めようとするが、咄嗟にその判断を変えて身を伏せる。

 風切る速さで突進してきたヴァーガスはそのまま爪を薙ぎ、俺の背後の壁を斬り砕いた。

 ヴァーガスは床に転がっている俺に追撃を仕掛け、俺は風の魔法を床に放ち、その衝撃でヴァーガスから離れる。

 

「オラァ!」

 

 アーロンがヴァーガスの背後から殴り掛かり、背中に拳を叩き込む。

 アーロンの怪力でヴァーガスは床に叩き付けられるが、アーロンに蹴りを放って反撃する。

 蹴りを戦斧で受け止めるが、そのまま宙に浮かされてしまう。

 無防備になってしまったアーロンにヴァーガスは爪を突き立てる。

 

「させない!」

 

 ララが杖を振るい、ヴァーガスを風の魔法で突き飛ばす。

 ダメージは通らないが、ヴァーガスの攻撃を阻止することはできた。

 

 そのままララは自身の周囲に氷の鏃を出現させ、ヴァーガスに向けて放つ。

 ヴァーガスは腕を前で交差して氷の鏃を防ぐ。その間に俺とアーロンはヴァーガスに飛び掛かり、交互に銀の鎖の拳で殴り付ける。

 

「光の精霊よ来たれ――ルク・サンクトリウス!」

 

 ララによる魔法の支援で銀の鎖の浄化力が上昇する。

 俺とアーロンは鎖を左腕から伸ばし、ヴァーガスの身体に巻き付ける。

 ヴァーガスは両腕ごと身体を鎖で縛られ、鎖と接している部分が浄化によって焼けていく。

 

『グルォォォォォ!』

「グリムロック! このままいつまでも抑えられねぇぞ!」

「分かってる! だが辛抱しろ!」

「何とかならねぇのか!?」

「この子を殺す訳にはいかねぇんだ! 泣き言言ってんじゃねぇ!」

「誰が泣き言なんか言うかボケェ!」

 

 だがアーロンの言う通り、このまま鎖で拘束し続けることは難しいかもしれない。

 俺達の力でもヴァーガスが暴れる動きに身体が引っ張られる。少しでも力を緩めれば振り回されて鎖を離してしまいそうだ。

 

 これじゃあ、解呪の魔法を発動する隙が無い。

 

「ララ! 何でも言い! 拘束魔法を!」

「えっと、えっと……! 光の精霊よ来たれ――ルク・ド・イリガーレ!」

 

 床や天井から光の鎖が現れ、ヴァーガスを縛り上げていく。

 ヴァーガスは暴れることができなくなるが、その代わり鎖を力尽くで引き千切ろうと力を込め始める。

 銀の鎖も光の鎖もギチギチと音を立て始め、今にも砕かれそうだ。

 

「くそ! アトラク!」

 

 ポーチに入っている銀の鎖を全て魔法で呼び出し、宙に浮かせる。

 

「バインド!」

 

 その鎖を魔法で操り、ヴァーガスに巻き付けていく。

 ほぼ首だけになったヴァーガスは焼かれていく痛みに堪え、絶叫を上げる。

 

『ウォォォォン!』

「よし! このまま拘束し続けられそうだ!」

「だが焼き殺しちまわねぇか!?」

「力を奪っていくだけだ! 痛いだろうが、我慢してもらうしかねぇ!」

 

 銀は邪なモノを浄化する作用を持つ。その過程で確かに焼けるような痛みは起きるが、ヴァーガスであるのならば死にはしないし、呪いが解けても精神に異常をきたすことは無い。

 

 それにそこまで気をやっていてはこの子を救うことはできない。

 此処は心を鬼に徹して痛みを与え続けるしかない。

 

 しかし、ヴァーガスの力は俺の予想を超えていた。

 

『グルォォォォォン!』

 

 ヴァーガスが吠えると、ヴァーガスから強大な魔力が発生した。

 それはヴァーガスを包み込み、ヴァーガスと一つとなって力を与えた。

 

 全ての鎖を一瞬で砕き、俺とアーロンはその反動で倒れてしまう。

 

 すぐに起き上がり、何があったのかを確かめると、ヴァーガスはその姿を変えていた。

 筋肉で膨れ上がっていた身体は萎み、極限まで脂肪を落としたような体型になり、肌は赤黒く変色していた。黒い魔力の靄を全身に纏い、まるでボロボロのローブを纏っているような姿になっている。

 

 何だ、あれは……? 身体付きは俺が知っているようなヴァーガスに近い。

 だが全身の纏っている魔力は何だ?

 あれではまるで悪霊のようじゃないか……?

 

「悪霊……?」

 

 ふと、ある考えが脳裏を過る。

 

 この古城には数多のゴーストが棲み着いていた。

 ゴーストとは霊体、つまりは魔力の塊に近しい存在。

 その存在を取り込んで己の力に転換する技も現実に存在する。

 

 そしてヴァーガスは呪いによって生み出された存在、悪霊やゴーストに反応しやすい体質だ。

 もし、仮にだ。

 

 このヴァーガスが霊体を取り込むことができたとすれば――。

 

『オオオオオオオオッ!』

 

 ――このヴァーガスは更に上位への存在に進化する。

 

 ヴァーガスの咆哮と共に魔力が衝撃波となって巻き起こり、俺達を壁まで吹き飛ばした。

 

 咄嗟にララへ防御魔法を掛けることができたお陰で、ララが壁に激突することは避けられた。

 俺とアーロンは壁に激突したが、これしきのことでは怪我を負わない。

 

 ヴァーガスは先程よりも素早く、瞬きした時には既に俺とアーロンの隣に移動していた。

 俺とアーロンに掌を向け、魔力を撃ち込んできた。

 俺はナハトで、アーロンは戦斧で魔力を防ぐ。

 

 このヴァーガスが吐き出す魔力、基が魔族だからか毒素に汚染されている!

 一度でも全身に浴びてしまえば、俺とララなら兎も角、人族であるアーロンなら致命傷に関わる!

 

 ヴァーガスは魔力を撃ち込んですぐに姿を消した。

 透明になったとか、この部屋からいなくなったとかじゃない。素早い動きで姿を捉えられないだけだ。

 

 ララの周囲に防御魔法を張り、俺とアーロンは背中合わせになる。

 

「奴は何処だ!?」

「落ち着けアーロン! 攻撃してくる時は真っ直ぐだ!」

「簡単に言うなボケ!」

 

 ヴァーガスが移動する際に生じる風を切る音だけが聞こえる。

 僅かに纏っている魔力の残り滓が移動の足跡を残し、目で追いかけても既にそこにはいない。

 

「――そこ!」

 

 右側から気配を察知し、咄嗟に攻撃を防ぐ為にナハトを振るう。

 しかしナハトはヴァーガスに触れることなく、ヴァーガスの身体を通り抜ける。

 

「なっ――霊体化!? ゴーストを取り込んだ所為か!?」

 

 聞いたことがある。

 霊体を取り込んだ際には、その霊体が持つ特性を引き継ぐことがあると。

 

 それでもまさかヴァーガスが霊体化するとか、そんなの反則だぞ!

 

 ヴァーガスは素早い動きと霊体化で俺とアーロンを翻弄し、何度も攻撃を仕掛けてくる。

 その攻撃を凌ぐだけで精一杯になってしまい、防戦一方に苦戦を強いられる。

 何とか反撃の糸口を見付けて耐性を整え直さなければいけない。

 

「ルク・ド・エクソルズ!」

 

 その時、ララから悪霊祓いの魔法が放たれる。 

 聖なる光が部屋一面を満たし、影という影を消していく。

 

 いったい何を、そう思ったがすぐにララの考えを理解した。

 今のヴァーガスはゴーストを取り込んでその特性を引き継いでいる。

 

 なら、悪霊祓いの魔法が効いても何ら不思議ではない。

 

『ウォォォォ……!』

 

 思った通り、悪霊祓いの光がヴァーガスを捕らえた。光に押し出される形で姿を現し、纏っていた魔力も剥がれ落ちた。

 

「でかしたぞララ!」

 

 砕けて床に散らばっている銀の鎖の残骸を浮遊魔法で操り、ヴァーガスへと飛ばして全身に張り付かせる。

 

 残骸とは言え銀、弱っている今なら動きを封じるぐらいはできるはずだ。

 浄化の力で藻掻き苦しむヴァーガスを見て、今がチャンスだと、解呪の魔法を使用する。

 

「我、聖なる光を持ちて悪しき力を退け、不浄なるモノを清浄へと誘う者なり――マキシド・ディスペル!」

 

 ヴァーガスを中心に六芒星の陣を描き、足下と頭上の二つに分ける。二つの陣でヴァーガスを挟み、陣から放たれる光によって呪いを洗い流そうと試みる。

 

 解呪の魔法は集中力が必要になる。術者の心に比例してその強さを変える。

 心が弱い者が使えばより弱く、心が強い者が使えばより強くなる。

 今、俺が発動したのは人族の解呪魔法の中でも上位の物だが、発動だけでも相応の心の強さが必要になる。

 

 俺はあの子を救いたい。

 

 その思いを強く持ち、魔法に込める。

 

「解ッ!」

 

 ヴァーガスを挟み込むように、手を縦に叩いて二つの陣を閉じる。

 バチバチと激しく魔力が弾け合い、強烈な光が溢れる。

 

『オォォォォォン!』

「いっけぇぇぇえ!」

 

 やがて光は弾けて消えた。

 

 ヴァーガスが立っていた所からはシューと音が聞こえ、煙が立ち籠めている。

 解呪に成功したのか否か、煙が晴れるまでは分からない。

 

 警戒を怠らず、煙が晴れるまでジッと待つ。

 

 正直言って、今の解呪魔法で俺の魔力はもう殆ど残っていない。まだあの巨大鳥に使った防御魔法分の魔力が回復しきっていない状態で、上位の解呪魔法を使用した。

 これで上手くいかなければ、撤退か最悪の結果として殺すしかなくなってしまう。

 

 やがて煙が晴れていき、ヴァーガスが立っていた場所がはっきりと見えるようになった。

 

「これは……!?」

「子供……だと……?」

 

 そこで意識を失っているのは四、五歳程度の男の子だった。

 

 俺はてっきり、呪いが解けたら赤ん坊に戻ると思っていた。

 

 これはどう言うことだろうか。怪物の姿からして、もしかしてヴァーガスでは無く、他の怪物だったということか?

 いや、だが銀の鎖は効いたし、肝臓だけを狙うのはヴァーガスだけだ。

 

 ならこの子はいったい……?

 

「グリムロック、どういうことだ? ヴァーガスは赤ん坊のはずだろ?」

「分からない……もしかして、成長した? 魔族なら成長速度が早い種もいるが……」

「……何にせよ、呪いは解けたんだな?」

「ああ」

 

 それははっきり言える。もうこの子から呪いは感じ取れない。

 

 俺達はこの子を呪いから救えたのだ。

 

 マントを外し、裸の男の子を包んで抱き上げる。

 呼吸もちゃんとしている、魔力の流れも正常だ。

 魔族の証である黒髪を撫で、生きて救えたことに感謝する。

 

「待て、グリムロック」

 

 アーロンが戦斧を握り締めて俺を止めた。

 僅かだが、彼から殺気を感じられた。

 

「……何のつもりだ、アーロン?」

「その子をどうするつもりだ?」

「……お前はどうするつもりだ?」

「……その子は多くの人を殺した」

「この子の意思じゃない。この子を利用した何者かの仕業だ」

「それでもその子に殺された同胞がいる。俺達が、俺達の法で裁く」

 

 それは一理ある話だ。

 

 この子にその意思が無かったとしても、罪を犯す行為をしたのはこの子だ。

 この子に対して恨みを抱く人が必ずいる。何の責も負わせず野放しにすることを許せない人が彼らの中に存在する。

 エフィロディアにおいて子供は至高の宝だ。だからこそこの子を正しく裁きたいのだろう。

 

 しかし、だ――。

 

 俺は彼らに一つだけ懸念がある。

 

「……アーロン、お前を信じていない訳じゃない。だが……お前達人族が、魔族に対して平等な目で見ることができるのか?」

「……」

 

 そう、この子は魔族だ。

 

 魔族は人族にとって嘗ての戦争相手。憎しみの象徴と言っても過言ではない。

 彼らが子供を宝にすると言っても、その子供が魔族ならその限りではないはずだ。

 

 この子にとって魔族という血は、それだけで人族に迫害される危険を孕む。

 

 アーロン達エフィロディアの戦士がそのような下劣な行為をするとは思いたくはない。

 だが彼ら以外の多くの人族は違うだろう。

 

 この子は漸く救われた。俺はこの子に地獄を見せる為に救った訳じゃない。

 

「それじゃあ……どうするつもりだ?」

「…………俺が引き取る」

「何?」

「ヴァーガスの呪いが解けたのはこれが初めてだ。何がこの子に影響しているか分からない。殺戮衝動が刷り込まれているかもしれない。教育が必要だ」

「……もしその子がまた殺したら?」

「その時は……俺が責任を持ってこの子を殺す」

「それだけじゃ足りねぇ。お前も死ね。それが責任だ」

 

 アーロンの条件に、俺はララに視線を向けてしまう。

 

 この命はララを守る為にあると、あの日の夜、二つの指輪に誓った。

 此処で勝手に頷いてしまえば、この子の為に命を使うと、誓いを破ることになってしまうと思ったからだ。

 

「……」

 

 ララは静かに頷いてくれた。

 アーロンに視線を戻し、首を縦に振る。

 

「分かった。この子がまた怪物になって殺しをしたら、この子を殺して俺も死のう」

「……お前だから信じてやる」

「お前のそういう所は好きだぜ」

「止せ、気色悪い」

 

 アーロンは戦斧を背中にしまった。

 

 これで一先ずはこの子を救うことができた。

 勇者の同族として、兄貴分として、ララの勇者として胸を張って誇れることをしたと思う。

 あとはこの子を怪物にしないように、覚悟を持って育ててみせる。

 

 男の子を腕に抱え、俺達は古城を後にした――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 エフィロディアの女王

 

 

 古城での一件から数日が経った。

 

 俺とララはアーロンの協力を得て、エフィロディアの女王が住む国ラファン、その首都であるメーヴィルへと向かっていた。

 

 アーロンから馬車を頂戴し、馬も一頭貰い、ルートを含んで二頭で馬車を引かせた。

 物資も幾らか貰い、これで旅の道中はそれなりに快適なものになった。

 

 さて、件の男の子についてだが。

 

 一度、アーロンと数人の戦士達を伴って古城近くの村の宿屋で、男の子が目覚めるのを待った。

 目を覚ました途端、男の子は一番近くにいた俺に噛み付いてきた。噛まれたと言っても鎧の上からだ、傷は負わなかった。

 

 ヴァーガスの時に刷り込まれた防衛本能なのだろう、俺達を強く警戒して動物のように威嚇してきた。

 

 俺達が敵ではないと示す為に、武器は全部外して手を差し伸べた。

 再び噛み付かれたが、噛む力は子供のそれと同じで、俺の手では噛み痕が残るだけだった。

 

 そのまま男の子を抱き締めてやり、子供をあやすように髪を撫でてやると、敵意が無いと伝わったのか口を手から離してくれた。

 

 それからは温和しいものだった。俺を敵ではないと認めてくれてからは、俺の真似をするようになり、ヴァーガスのような凶暴性を見せることはなかった。

 

 男の子の安全性に一先ず安堵し、アーロン達も思う所はあるだろうが男の子を約束通り俺に預けてくれた。

 

 今は馬車の中で、俺から言葉を学ぼうとしている。

 

 男の子は言葉を理解していなかった。やはり、ヴァーガスとして生まれてから身体だけが成長しているようだった。

 それがこの子の魔族としての特性なのか、ヴァーガスになった影響なのかは不明だが、この子の状態はちぐはぐだ。

 

 赤ん坊のように泣き喚くことはせず、ちゃんと物事を考えられるぐらいには精神が育っている。だが分別の判断は付かず、子供が何でも口の中に物を入れるような行動を取る。性格も落ち着いているが、それが却って子供らしくない。

 精神年齢は見た目以上のようだが、知能は赤子に等しいという特殊な状態である。

 

 それでも教えたことはすぐに理解できるようで、まだ満足に言葉は話せないが、単語を話したり、ある程度の意思疎通はできるようになった。

 

「シンク、これは『リンゴ』だ、リ・ン・ゴ」

「り……ん……ご」

「そう、リンゴ。甘酸っぱくて美味しいぞ」

 

 俺は男の子にシンクと名付けた。

 名の意味は古代の言葉で『旅人』という意味だ。

 この子はこれから色々の旅をして大人に成長してほしい、そんな願いを込めて名付けた。

 

 シンクは俺から受け取ったリンゴをまじまじと見つめる。そして小さな口でシャクリとリンゴを囓り、モゴモゴと口を動かす。

 

「美味いか?」

「うま、い……?」

「あー……もっと食べたくなるか?」

「……うん。シンク、リンゴ、食べたい」

「そうか、そうか」

 

 シンクの頭を撫でてやる。

 シンクは言葉を覚え始めてもあまり話さない。顔も無表情に近いが、それはまだ感情の出し方を覚えていないからだろう。感情が無い訳じゃない。自ずと表情も豊かになっていくだろう。

 

 シンクがリンゴを食べる姿を眺めながら、手綱を握っているララに話しかける。

 

「ララ、そろそろ代わるか?」

「だ、大丈夫だ。やっとコツを掴んできたところだ」

 

 馬車になってから、ララは馬の操り方を学び始めた。馬も二頭に増え、シンクも旅に加わったことで、いつまでも俺に任せる訳にはいかないと言い出した。

 

 乗馬と馬車では違う勝手が違うが、手綱を握って馬を操る点に関しては同じだ。

 

 ララの運動神経は半魔ということもあり、それなりに高かった。

 最初はビクビクして腰が引けていたが、今では中々様になりつつある。

 

 旅の仲間であるララにも、シンクは敵意を抱いていない。

 それどころか、食事を作ってくれる相手として懐いている。

 ララもシンクに物を教える役を買って出て、色々と教えている。どれぐらいシンクが理解しているかは分からないが、二人の関係は概ね良好と言って良いだろう。

 

 ララは弟ができたみたいだと言って喜んでいる節がある。半分だけだが同じ魔族の血を流す者としても、親近感が湧いたのだろう。

 

「とと、リンゴ」

「ん? もう食べ……って、芯まで食べたのか? そこは食べなくて良いんだぞ」

 

 シンクに新しいリンゴを渡す。

 シンクは食欲旺盛で、大の大人が食べきれない程の量をペロリと平らげてしまう。

 教育上、間食を無闇に許す訳にもいかないのだが、これぐらいなら問題は無いだろう。

 

 ところで、シンクは俺のことを『とと』と呼ぶ。

 

 とと、とは父親のことで、ララが面白半分でシンクに俺をそう呼ばせたのが始まりだ。

 確かに俺はシンクを引き取ったが、父親になるつもりなんて無かった。そう言ったら無責任だとか言われそうだから敢えて何も言わなかったのがマズかった。

 

 シンクは俺を呼ぶ時は絶対に『とと』と呼び、ララに関しては『ねーね』と呼ぶ。

 

 まぁ、『ママ』じゃなかっただけマシである。これでママ呼びだったら、変な誤解を周囲に与えることになる。

 

「センセ、街が見えてきたぞ」

 

 馬を操るララが少し強張った声でそう言った。

 荷台から外を覗き込むと、大きな城壁で囲まれた街が見えた。

 

 エフィロディア連合王国・ラファン王国の首都メーヴィルは巨大な山々に囲まれ、都の中心を大河が流れる街だ。そしてエフィロディアの象徴でもある風車が至る所に設置されており、風力によって生活の基盤を築いている。

 

 そしてラファンを象徴とするのは風神ラファートの眷属であるケツァルコアトルを模した黄金の像が、都を見下ろすようにして山の高台に建造されている。

 

 メーヴィルの街の建物は石造で、塔のように高いのが特徴的だ。これは風の恩恵を受けるため、高度が高い場所を住処にしようとした名残だそうだ。

 

 そして女王が住む宮殿は二対から成る巨大な塔だ。

 

 リィンウェルの城も塔のような形をしているが、アレとはまるで違う。リィンウェルのはガラスと鉄の塊だが、ラファンの宮殿は全て石で造られており、形もリィンウェルのが四角に対して此方は三角形だ。

 

 その姿が昔と変わっていなくて安心した。リィンウェルみたく、姿形が変わっていたらどうしようかと思っていた。

 

 ララと運転を代わり、馬車を城へと向かわせる。

 街並みも変わっていない。いや、昔と比べてもっと活気付いているだろうか。

 それもグンフィルドが女王に就いた影響なのだろう。

 

 馬車の荷台からララとシンクが顔を覗かせて街の景色を楽しんでいる。

 今進んでいる通りは市場になっている大通りで、道沿いには様々な露店が並んでいる。

 

 皆笑顔で溢れている。

 

 大戦時代でも、この街は元気だった。空元気、と言ってしまえばそれまでだが、戦争に赴いている戦士達を応援するように、民達はいつも活気で溢れていた。

 

 あの頃とは違う、何と言うか余裕のある活気と言って良いだろうか、そう言う笑顔で溢れていた。

 

 やがて馬車は城の門前まで辿り着いた。

 聳え立つ二つの塔を前に、俺は懐かしさを感じる。

 

 前に此処に来た時は、ユーリの試練に挑む時だったっけか……。

 

 あれから五年、当時の王は現在の女王に決闘で負け既に隠居している。

 

 アーロンからグンフィルドの近状を聞いたが、相変わらず元気なようで何よりだ。

 

「止まれ。此処から先は女王陛下の領域だ。許可無き者は立ち入れん」

 

 門番である女戦士二人が道を阻む。

 

 前から思っていたが、エフィロディアの女戦士の装束は際どいな。もっと鎧とか毛皮とか纏ってほしいものだ。ララとシンクの教育に悪い。

 

 俺はエリシアから発行された身分証明書と、アーロンからの紹介状を出して彼女らに見せる。

 

「グンフィルド女王陛下の友、ルドガー・ライオットだ。陛下に謁見を願いたい」

「……暫しお待ちを」

 

 門番の一人が城の中へと入っていった。

 暫くその場で待っていると、先程の門番が戻ってきて俺の身分証明書を返した。

 

「女王陛下の許可が下りました。ご案内します。馬車は此方で預かります」

「分かった、頼むよ」

 

 馬車から降りて、ララとシンクを降ろす。ララにシンクの手を繋がせ、何処かへ行ってしまわないようにする。

 

 女戦士に案内されて門を潜り、城の中を歩く。

 城内には歴代の王達の遺品が飾られていたり、功績の証として敵から奪い取った武具などが展示されていた。

 その中に、嘗ての魔族の将軍の武器である巨大なランスがあり、懐かしさを感じてしまった。

 

 城内の階段を登り歩くこと数分、案内してくれた女戦士がドアを開く。

 

「此方でお待ちください」

「ありがとう」

 

 案内された場所は謁見の間だった。

 女王が座る玉座を中心に椅子が半円に並び、玉座の背後は巨大なテラスで都が見下ろせる。

 謁見の間には俺達の他に給仕係である女性達と、警備兵である女戦士達が脇に控えている。

 

 そこでふと、違和感に気が付く。

 

 此処に来るまで男の戦士を目にしていない。門番も、城内を巡回していた戦士も皆女だった。

 エフィロディアの王が女王だから、城内の戦士も女性になっているのだろうか。

 

 しかしエフィロディアは完全実力主義な文化だ。いくら女王の采配だからといって、城内を女戦士だけで固めるような贔屓はしないと思うが……。

 

「女王陛下、御入来!」

 

 何処からともなく吹奏楽器の演奏が謁見の間に響き、大勢の女官を引き連れた朱いドレス姿の女性が現れる。

 

 燃えるような赤い長髪に琥珀色の瞳、小麦色の褐色肌に引き締まったグラマラスボディが妖艶さを醸し出す。

 

 彼女こそがエフィロディア連合王国の女王、グンフィルド・カレーラス・ラファンだ。

 

 女王は玉座に優雅に座ると、クワッと目をかっ開いた。

 

 突然の表情に俺とララは困惑した。

 

「ルドガー! 其方(そち)……妾を差し置いて若い女と子を成したのか!?」

「ぶっ飛ばすぞてめぇ」

 

 おっといかん、女王相手に口が滑った。

 

 女王はケラケラと笑う。

 

「冗談じゃ。お主にはエリシアがおるからのぉ」

「それも違うわ」

「何? なら何故妾と番いにならぬ? ほれ、これでも男共が欲情するような身体じゃぞ?」

「子供の前でそんな話をするなよ……」

 

 あはん、うふんとポージングをする女王に呆れて頭を抱えてしまう。

 

 ララをチラリと見てみると、想像していた女王と違ったのか何とも言えない表情をして、シンクの目を手で覆っている。

 このまま女王のペースに飲まれてはいかんと、咳払いをしてから先ずは世間話から入る。

 

「んんっ……兎も角、久しぶりで御座います、グンフィルド陛下」

「止せ止せ、其方から斯様な口振りは聞きとうない。昔と同じで良い」

「……そうかい。なら遠慮無く。五年ぶりだが元気そうで何より」

 

 気遣い無用と言われたので、気を楽にして腕を組んだ。

 グンフィルドも満足そうに頷き、玉座にもたれ掛かる。

 

「まぁ、戦が終わって退屈しとるがのぉ。其方も健在そうで何よりじゃ」

「アーロンから聞いたがまだ結婚してないそうだな?」

「ふん、其方達を知ってしまえば他の男共なぞ有象無象よ。どうじゃ? 先も言ったが其方が番いにならぬか?」

「ならぬ。俺より勇者のユーリがいるだろうに」

「ユーリ……其方の用件はユーリと、グランツ将軍からの報告書に書いてあったのぉ」

 

 グンフィルドは羽毛扇を手に持ち顔を扇ぐ。

 どこか憂いたような表情を浮かべ、俺は彼女が何かを知っているのだと確信する。

 

「聞いているのなら話が早い。アイツは何処にいる?」

「ホルの森の何処かに居るよ。もう三年も顔を見ておらん」

「……都に帰ってきてないのか?」

「そうじゃ。最後に会うた時には、聖獣の研究をしておるとか言っておったな」

 

 聖獣、読んで字の如く聖なる獣。

 

 代表的なのはユニコーンとかだが、それをどうしてユーリが研究している?

 怪物が騒がしいと言うのと何か関係があるのだろうか。

 

「ユーリを呼び出せるか?」

「無理じゃな。手段が無い。此方から探しに行かねばならぬよ」

「何やってんだアイツは……」

 

 ユーリのいい加減さに頭を抱える。

 昔から一人で何処かにフラリといなくなっては、気付けば戻ってきているような奴だった。

 

 それが勇者として国に属してからも続けているとは、エリシアが聞けば説教ものだぞ。

 俺だって説教してやりたいが、大陸を捨てて出た身では何とも言えないからな。

 

 しかし、ユーリの居場所は分かった。

 ホルの森と言えば、メーヴィルからそう離れていない場所だ。彼処には怪物は棲んでおらず、聖獣や野生動物が多く棲息する清浄な森だ。

 そこに赴いてユーリを探せば、エリシアからの頼み事の一つが片付く。

 

 さっさと探しに行って終わらせるとしよう。

 

「それじゃ、ホルの森に入る許可をくれ」

「んー……」

「……グンフィルド?」

 

 グンフィルドは顎に手をやり、何やら考えている。

 そこはかとなく、嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 

 タラリと、背中に嫌な汗が流れ、グンフィルドは「うむ」と大きく頷いた。

 

 あ、これは面倒事を押し付けられる。

 

「許可は出そう。じゃが一つ条件じゃ」

「……聞こう」

「ユーリを連れ戻してくれ。彼奴には勇者故、この地に縛り付けるようなことはせなんだが、我が国に属している以上は国の政にも目を向けてもらいたいものじゃ」

「……それだけか?」

「それだけじゃ。まぁ、ユーリに妾と番いになるよう説得してくれたらありがたいのじゃが?」

「そう言うのは当人同士だけで話してほしいんだが?」

「別に良いが……未だに相手が決まらぬとなれば、妾は総力を以て其方を番いにするぞ?」

「仰せのままに女王陛下。必ずやユーリを陛下に献上いたしましょう」

 

 冗談じゃない。グンフィルドがその気になれば例えエルフ族の大陸に逃げようが、本気で俺を狙ってくる。

 

 俺は素直にユーリを売るしかなかった。俺は悪くない。

 

「うわぁ……」

 

 だからララよ、そんな目で俺を見るんじゃない。

 

「ところで、そこの少年じゃが……」

「……シンクは渡さないぞ」

 

 アーロンの報告にシンクのことが書いてあったのだろう。僅かにだが、グンフィルドから敵意に近いモノを感じた。

 

 ララもそれを感じ取ったようで、シンクを自分の後ろに隠す。

 グンフィルドは俺達の反応を見て肩をすくめた。

 

「そう邪険にするでない。アーロンの報告で聞いておる。じゃが……努々忘れるでないぞ。その子は我が民の命を多く奪ったことをの」

「忘れはしないさ」

「……よい。この事件の怪物は討ち取られた。民達にはそう告げておく」

 

 グンフィルドは俺に警告した。

 

 シンクがまた怪物になることがあれば、その時は自ら俺を含めて殺しに行くと。

 

 ララの後ろで此方を見ているシンクに大丈夫だと微笑みかける

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 ホルの森と守り神

 

 

 ホルの森はメーヴィルの西側に位置する大森林だ。山や渓谷が存在し、土地勘の無い者が足を踏み入れれば遭難してしまう程に入り組んでいる。

 こういった森はアルフの都の北の森で慣れてはいるが、子供を連れて歩き回るような場所ではない。

 しかしシンクを誰かに預ける訳にもいかず、移動に時間が掛かることを承知で森に連れてきた。

 

 此処では馬車が使えず、ルートともう一頭の馬は城に置いてきた。

 帰ったらもう一頭の馬にも名前を付けてやらないといけないな。

 

 今、俺とララとシンクの三人でホルの森の中を散策している。

 

 グンフィルドにユーリが拠点を構えている可能性がある場所を記された地図を渡され、それを頼りに森を進んでいる。

 エフィロディアの戦士達を共に付けようかと言われたが、俺とユーリが出会えば他の者に聞かれたくない会話もあるだろうから丁重に断らせてもらった。

 

 それから、グンフィルドにとある許可を貰った。

 それはホルの森に生えている薬草や魔石の採取についてだ。

 

 どうせならララの薬草学の糧になるようなことをさせたいと思い、ホルの森でしか自生していない植物を採取させて霊薬作りをさせたかった。

 

 その許可はあっさりと下り、ララは嬉しそうにした。

 今も、シンクを俺に任せて図鑑を片手に植物を見て回っている。

 

「センセ! この森凄いぞ! 図鑑に載ってる植物が何でも生えてる!」

「ホルの森は人族の大陸の中で一番清浄な魔力が満ちてるからな。此処でしか採取できない物もある」

「これなら色んな霊薬が作れそうだ!」

「植物だけじゃなく、魔石もあるからな。採り過ぎなければ良いから、採っときな」

「うん!」

 

 ララは意気揚々と森を進んでいく。

 

 ここまで喜ばれたら交渉した甲斐もあったものだ。

 俺もララのような時期があったっけな。親父に霊薬作りの知識を教えられた頃、霊薬作りに嵌まって彼方此方に材料を採取しにいったものだ。

 

 霊薬は魔法並みに面白い。材料の煎じ方、分量、組み合わせ方、様々な方法次第で魔法に匹敵する現象を引き起こす。

 それに霊薬は医療としても充分に効力を発揮する。治癒魔法なんかよりも治りが早い霊薬も存在するし、霊薬でなければ取り除けない毒や病巣なんかも存在する。

 

 俺はアーヴル学校の薬草学教師より詳しい訳ではないが、戦争中に霊薬を役立たせるぐらいには知識を詰め込んでいる。

 ララは俺以上の才能を秘めている。魔法力も俺より上だ。鍛えようによっては俺を越えて勇者に匹敵する存在になれるだろう。

 

 もしかしたら、親父よりも……。

 

「とと」

「ん?」

 

 左手で手を繋いでいるシンクが俺を呼んだ。

 見ると、シンクは何かを指していた。

 其方を見ると、鹿の親子がいた。

 

「あれ、なに?」

「あれは鹿だ、シ・カ」

「し、か……たべる?」

「食べられるが……今は駄目だ。いつか一緒に狩りでもするか」

「……?」

 

 狩りのことを知らないシンクは首を傾げる。

 

 俺も昔はこんなだったのだろうか。

 戦場で言葉も知らなかった俺を親父はどうしてか引き取り、あらゆることを教えてくれた。

 親父がやっているようなことを、まさか俺もすることになるだなんて思いもしなかった。

 

 俺と同じ黒髪に赤い目をしたシンクの頭を撫で、ララの後を追い掛けながらユーリを探す。

 

 地図に記されている最初の場所はもうすぐだ。地図によると、そこは天高く聳え立つ大樹が群生している場所で、大昔にそこを住処としていた部族の跡地がある。

 

 所謂、ツリーハウスって奴だ。木の上に家を造り、そこで暮らしていた。

 その跡が今でも綺麗に残っており、実際にユーリが此処を拠点にしていた時期があるらしい。

 

 やがてその場所に辿り着いた。

 古ぼけたツリーハウスが大樹の上にいくつも存在しており、吊り橋でそれぞれを連結している。

 

 俺は息を大きく吸い込み、大声でユーリを呼ぶ。

 

「ユーリィィィ! 居るかァァァ!?」

 

 俺の声は虚しく森に木霊するだけで、返答は帰って来なかった。

 

 一応、何か手掛かりが無いかとツリーハウスを調べることにする。

 危ないからララとシンクには地上で待ってもらうことにし、木と蔓でできたハシゴを一人で登る。

 木の板で敷かれた踊り場に到達し、近くのツリーハウスから調べていく。

 

 殆どは使われた形跡が無かったが、一つだけ最近使われた形跡があるハウスを見付けた。

 放置された鍋やランプ、焚き火の跡、使われた形跡のある寝台があった。

 

 此処で誰かが生活していたのは間違いない。おそらくそれがユーリだろう。

 

 だが痕跡からしてもう長い間此処へ帰ってきていないようだ。他の拠点に移ったのだろう。

 他に手掛かりもなく、ツリーハウスから地上へ飛び降りた。

 

「センセ、どうだった?」

「此処に居たのは間違いない。だが他の拠点に移動したようだ」

「そうか……」

 

 ララは少しだけホッとしたような顔をした。

 

「……エリシア以外の勇者に会うの、怖いか?」

「……」

 

 図星のようだ。

 

 まぁ、そうだろうとは思っていた。

 

 ララは魔王の娘だ。勇者と魔王の関係は複雑で、ララはエリシア以外の勇者からどんな目で見られるのかと不安がっている。

 

 それは杞憂って奴だ。親父の実の娘なら、驚きはするが悪い目で見ることはない。

 それどころか、きっと大切にされるはずだ。

 

「大丈夫だ。皆イイ奴だ。気難しい奴もいるけどな。勇者は魔王の敵だったが、それは憎いからじゃないって教えたろ? 寧ろ可愛がられるさ」

「……それはそれで嫌だな」

「恥ずかしがるな。次に行くぞ」

 

 ララの不安を取り除いた所で次の場所へと向かう。

 

 次はホルの森にある渓谷だ。此処は洞窟が多く、雨風を凌ぐには丁度良い場所である。

 水も川で確保できるし、食料も調達しやすい。

 それに川の付近に自生しているヤッカルの水草は毒消しに使えるし、ヌルヨモギと組み合わすと傷薬にもなる。

 

 俺達は渓谷まで辿り着き、近くの洞窟を探索する。

 此処にもユーリの姿は無く、だが拠点にしていた形跡が残っていた。

 

 時間も時間になり、今日はこの洞窟で夜を過ごすことにする。

 ポーチに入れていた食料と調理器具を取り出し、ララに食事の用意をしてもらう。

 

 その間、俺は付近に防御魔法と索敵魔法を張り、侵入者の対策を確保する。

 日が沈み、焚き火と光の魔法で洞窟内が明るく照らされる。

 

「ほら、シンク。熱いから気を付けるんだぞ?」

「うん」

 

 ララは野営の定番メニューであるシチューを器に盛り付け、シンクにそっと渡す。

 シンクは腹が減っていたのか、無我夢中でシチューを食べていく。

 

「ほら、センセ」

「ああ、ありがとう」

 

 ララからシチューを受け取り、夜風で冷えた身体を温めていく。

 

「……霊薬の材料は集まったか?」

 

 ふと、材料の調達具合が気になり、シチューを食べながらララに尋ねる。

 ララは側に置いていた肩掛け鞄を弄り、満足げに頷く。

 

「ああ、だいぶ集まったぞ。食後にでも作ってみるさ。できたらセンセにあげるよ」

「お前の霊薬なら心強いことこの上ないな」

「ふふん」

「ねーね、もっと」

「シンク、そう言う時は何て言うか教えただろ?」

「……おかわり」

「はい、よくできました」

 

 この数日でララの世話焼き加減が上がった気がする。

 

 シンクもヴァーガスになった影響が薄いようで助かる。殺戮本能や殺し続けてきたことで倫理観が損なわれでもしていたら、今のようなやりとりまでどれだけ時間が掛かったことか。

 

 しかし、分からないことがある。いったい誰が、シンクをヴァーガスに変えたのだ。

 

 それにシンクは生粋の魔族だ。両親が魔族であるのは確かであり、それがどうして人族の大陸、それもエフィロディアにいたのだろうか。

 

 呪いの術者が連れてきた? 態々此処へ? それはどうして? 何故魔族を使った?

 

 ヴァーガスはそれだけで強力な怪物だ。元から力強い魔族の子供をヴァーガスに変える必要はない。戦力増強を目的とした物だったとしても効率が悪い。

 

 だがもうそれを解き明かすのは難しいだろう。

 

 何故なら、ヴァーガスの呪いに必要なのは子を宿している母体の命と術者の命だ。

 

 つまり、術者は既に死んでいる。

 

 呪いを施した現場を見付けることができれば何か分かるかもしれないが、それを見付けるのも困難だろう。

 

 最初に被害があった村を調べでもしたら、それが分かるだろうか。

 

 ケツァルコアトルの噂、実際に現れた巨大な鳥、ヴァーガス、行方不明のユーリ。

 

 これらがどう繋がっているのはまだ分からない。何も繋がっていないのかもしれない。

 

 だが俺の胸中は妙な胸騒ぎがしている。

 何かこれから途轍もなく面倒なことが起こるのではないかと。

 

 校長先生が言っていた大いなる旅とやらを聞いたから、余計な心配をしているだけなのかも。

 どちらにせよ、俺のやることは決まっている。

 

 ララを、そしてシンクを必ず守り抜くことだ。

 これだけが揺るがなければ、どんなことが起きようとも為べき事は見失わない。

 

 また明日も、こうやって食事ができるように――。

 

 

 

    ★

 

 

 

 夜中、何かの気配を感じて目を開けた。

 寝ていた身体を起こし、ララとシンクの様子を確かめる。

 

 ララは寝袋に包まっていたが、シンクの姿が無い。

 慌てて辺りを見渡しシンクを探す。

 

 シンクはすぐに見つかった。洞窟の入り口に座り込んでいる。

 何処かへ行ってなかったことに安堵するが、どこか様子がおかしい。

 

 異変に気付いたララも目を覚まして起き上がる。

 

「シンク……?」

「シッ……」

 

 ララの口を閉じさせ、シンクの様子を観察する。

 

 シンクは座っている態勢から四つん這いになり、まるで狼のような遠吠えを上げる。

 

『ウォォォォン……!』

 

 ヴァーガスの時に聞いた声と同じだった。

 

 まさか、呪いは完全に解けておらずに再発現した?

 

 念の為、ナハトを手元に呼び寄せて警戒する。

 

『ウォォォォン……!』

『ウォォォォン……!』

 

 再びシンクが遠吠えをすると、何処からか別の遠吠えが聞こえた。

 そして次に感じたのは獣が集まってくる気配だ。

 

 シンクは獣を呼び寄せたのか?

 

「シンク……!?」

 

 シンクが洞窟から獣のように飛び出した。

 

「ララ、此処にいろ!」

「あ、ああ」

 

 ララに動かないように伝え、飛び出していったシンクを追い掛ける。

 シンクはヴァーガスの時よりは遅いがそれでも俊敏な動きで渓谷を走り抜け、森の中へと入っていく。

 

 見失わないように追い掛け森に入ると、シンクは拓けた場所で立ち止まった。

 ゆっくりとシンクに近付いていき、真後ろまで行く。

 

「シンク、何やってる……?」

「……」

 

 シンクは正面を指さした。

 そこへ視線を向けると、巨大な狼と目が合った。

 

 大きさは小屋ぐらいあるだろうか、銀色の毛に金色の眼を持つその狼は闇の中からずずいと姿を見せる。

 

 ナハトを構えようとして気が付く。この狼からは怪物の気配がしないことに。

 

 その狼の他にも通常よりも少しだけ大きい狼達が姿を見せ、俺とシンクを取り囲む。

 不思議なことに、彼らから敵意を感じない。だが友好的な気配もしない。

 

 何だこの感覚は……いったいこの狼達は何なんだ?

 

 襲い掛かられてもシンクを守れるように警戒していると、巨大な狼が口を開いた。

 

「不思議な呼び声に応えて来てみたら、魔族と混ざり者がいるとはねぇ」

 

 言葉を話した。

 

 その事実に俺は我が耳を疑う。

 

 女性的な声だ。目の前の狼が喋った。

 

「若造、貴様が我らを呼んだのか?」

 

 若造とは、俺のことだろう。

 

 だが俺は呼んじゃいない。呼んだとすれば……。

 

 シンクに視線を落とすと、狼もシンクを見つめる。

 

「ほぅ……この童か。童……ワーウルフの類いだね?」

「……?」

「おや……? 違ったかい?」

「……この子はヴァーガスにされて出自が不明なんだ」

『ガルルッ!』

 

 俺がシンクの代わりに答えると、狼は牙を向けて威嚇してくる。

 

「誰が喋っても良いと言った?」

「……」

「……ふん、ヴァーガスね。あれは忌まわしい呪法だよ。人だろうと魔だろうと、全ての命を怪物に変えてしまう。貴様が呪いを解いたのか?」

 

 俺は頷いて答える。

 

 下手に刺激すると攻撃をしてきそうな雰囲気だ。此処は大人しく聞かれたことだけに答えた方が良い。

 

「……呪いから解放された子は初めて見る。さて、童……どうして我らを呼んだ?」

「……とと、探してる、教えて」

「……? 要領を得ないねぇ……若造、どういうことだい?」

「……シンク、もしかしてユーリのことを言ってるのか?」

「ユーリ、ユーリ」

 

 驚いた、まさか俺がユーリを探しているのを理解して、探す為に彼らを呼んだというのか?

 

「ユーリ……風の勇者のことかい?」

「っ、知ってるのか?」

 

 狼からユーリの名が出たことに驚き、またもや余計な口を利いてしまう。

 咎められはしなかったが強く睨まれた。

 

 狼はその場に伏せ、他の狼たちを何処かへ引っ込めさせた。

 

「若造、貴様はユーリの何だ?」

「……一緒に育った兄弟で、共に魔王と戦った仲だ」

「貴様の名は?」

「ルドガー・ライオット」

「……ルドガー……その名の意味を分かって名乗っているのかい?」

「どういうことだ?」

 

 俺が尋ね返すと、狼はやれやれと肩をすくめるような動作をする。

 

「嘆かわしい……何も知らないとは」

「……?」

「まぁ、良いさ。それで? ユーリを探しているのかい?」

「……ああ。居場所を知ってるのか?」

「勿論、知っているとも。この森に住まう者なら、彼の居場所を常に把握している」

 

 住まう者……彼らのような動物のことを言っているのだろうか。

 

 今もホルの森に人が住んでいるとは聞いていない。聖獣や野生動物に魔法動物ぐらいしか住んでいないはずだ。

 その彼らならユーリの居場所を把握していると言う。

 

 それが本当なら是非とも教えてほしいが……。

 

「教えてもらえないか?」

「……彼をどうするつもりだい?」

「安否の確認と、メーヴィルに連れ戻すと女王に約束した」

「安否なら兎も角、連れ戻されるのは困るねぇ」

「何故だ?」

「今この森には彼が必要だからさ」

「必要?」

 

「そう……予言の日が近いのさ」

 

 予言、その言葉に思わず身構えてしまう。

 

 また予言だ。どうして俺には予言という言葉が纏わり付く。俺は勇者じゃないんだぞ。

 確かに雷神の試練を受ける資格があって雷神の力を手に入れたけども。

 

 ――って、充分勇者の資格持ってるじゃん。

 

 改めて自分の立場を理解した俺は軽く頭を抱える。

 

「彼はその予言の日に向けて準備をしている。今、彼を森から出すわけにはいかないのさ」

「……その予言について聞いても? いや、もし話してくれるなら一度寝床に来てほしい。連れがこの子を心配して待ってる」

 

 シンクを抱きかかえ、狼に提案してみる。

 狼はジッとこちらを見つめた後、のそりと立ち上がる。

 

「良いだろう。童をいつまでも夜風に晒す訳にもいくまい」

 

 思いの外、すんなりと俺の提案は許諾された。

 

 もしかして、話せば大抵のことは解ってくれるタイプの狼なんだろうか。

 いや待て、先ず狼なのだろうか。形は狼だがあまりに巨大、そして言葉を話す。

 怪物でなければ聖獣の類いだろうか。

 しかし狼の聖獣なんて聞いたことが無い。無いだけで実は居たんだろうか。

 

 狼を引き連れ、ララが待っている洞窟へと戻る。

 出迎えたララは俺の背後にいる巨大な狼に面を喰らい、小さく悲鳴を上げた。

 

 いつの間にか腕の中で眠っていたシンクを寝袋に寝かせ、俺とララは洞窟の入り口に鎮座する狼と対面する。

 

「……お前さん、魔王の血族だね?」

「っ!?」

 

 狼はララを一目見てそう言った。

 ララは息を呑み、俺の後に身を隠す。

 狼は軽く笑い、「何もしないさ」と言い、火が消えている薪に息を吹きかけると火がボウッと点火した。

 

「あのヴェル坊にこんな可愛らしい娘がいたなんてねぇ……」

「……アンタは、何者なんだ?」

「私は森の守り神。名はアスカ」

 

 狼はアスカと名乗った。

 守り神、それは七神とは別個の神であり、その土地を守護する力を持った聖獣を意味する。

 

「守り神だったか」

「センセ、守り神って?」

「与えられた土地を守護する聖獣さ。それがシンクの呼び声に応えてくれたのか?」

「不思議な声だったよ。思わず一族総出で赴く程にね」

 

 アスカは眠っているシンクを慈しむように見つめる。

 それからスッと表情を引き締め、俺達に向き直る。

 

「さて、ユーリのことだったね」

「ああ。どうしてユーリが必要なんだ?」

「ラファートの予言さ。魔獣戦争が起きるんだよ」

「魔獣? 馬鹿な、魔獣が生まれるのか? しかも戦争だと?」

「魔獣?」

 

 ララが首を傾げる。

 俺は一度落ち着く為、ララに魔獣について教える。

 

「魔獣は穢れた魔力を発する凶悪な怪物で、別名『黒きモノ』と言う。魔獣が誕生すれば、その地にいる生物は穢れに染まって魔獣の眷属に変わる。だが魔獣はもう何千年前に滅ぼされている。生き残りがいたのか?」

「いたかどうかは関係無い。重要なのは魔獣が現れることさ。ユーリは我々と一緒に魔獣と戦ってくれるのさ。だから森から連れ出されると困るんだよ」

 

 ユーリが魔獣と戦う? そんな話、どうしてアイツは他の皆に黙ってるんだよ。

 

 魔獣の危険さはユーリも知っているはずだ。勇者一人では、聖獣が一緒だとしてもそれはあまりにも危険過ぎる。どうして他の勇者に救援を請わない。

 

 そこでふと、俺はエリシアが言っていたことを思い出す。

 

 ――勇者は許可無く他国へと足を踏み入れられない。

 

 いや、でもそれは、これは人族の存亡に関わる問題だ。それで勇者を現場に派遣しない、なんてことはしないはずだ。

 

 だが実際にユーリは一人で解決しようとしている。女王にも伝えず、たった一人で。

 

 それは何故だ?

 

「何でユーリがそんな大事を一人で解決しようとしてるんだ?」

「ホルの森は清浄なる神秘な場所だ。人が踏み荒らして良い場所ではない」

「だからってユーリ一人だけに任せておけるか!」

「ではどうする? 貴様も魔獣と戦うか? 勇者でもない貴様が」

「弟一人を危険な目には遭わせられない。俺も戦ってやる」

 

 魔獣は倒さなければならない。それは絶対だ。魔獣は世界に禍を振り撒く。それこそ嘗ての魔王のように。

 ユーリが魔獣を倒すと言うのなら、兄として、勇者の同族として指を咥えて見ているわけにはいかない。

 

 俺は隣に座るララに身体を向け、頭を下げる。

 

「ララ、俺はユーリを見捨ててはおけない。だから頼む、ユーリと一緒に戦わせてくれ」

「……」

 

 魔獣と戦うと言うことは命懸けになる。

 俺の命はララを守る為に存在する。

 ユーリと一緒に戦うということは、ララ以外の為に命を懸けるということになる。

 それでは契約違反だ。シンクの時といい、二度目の勝手だが、弟を見捨てられないのだ。

 

「……センセ、顔を上げてくれ」

「……」

「センセ、シンクの時も勝手に命を懸けたな?」

「……ああ」

「また契約を破るのか?」

 

 ララからは怒りを感じた。

 

 当然だ、契約を破ろうとしているのだから。

 ララの母を死なせた俺を、ララは許していない。咎めない代わりにララを守り続けることが契約だ。

 その契約を破ると言うことは、今此処でララに母を死なせた罪を追及されることになる。

 

 契約を破るつもりはない。だけどユーリを一人にさせられない。

 

 俺は葛藤した。ララか弟か、二択を迫られた。

 

「……ふぅ。仕方ない、私も戦おう」

「は?」

 

 ララが仕方ないと肩をすくめてそんなことを言い出した。

 

「恩師を嘘吐きにする訳にもいくまい。私が戦えば、センセは私を守る為に戦うだろ?」

「え? いや、それは――」

「それとも契約を破るのか?」

「ッ……!?」

 

 それ以上何も言えなかった。

 ララは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

 その様子を見てアスカは口を大きく開けて笑い出す。

 

「クハハハ! いつの世も男は女に勝てないもんさ」

「喧しい……兎も角、俺も戦う。ユーリに会わせてくれ」

「勇者でもない貴様がどれ程のことができるか知らぬが、精々風の勇者の邪魔はしてくれるな」

「おい、このクソデカ狼」

「クソデカッ!?」

 

 ララが突然立ち上がり、アスカを前に罵倒して睨み付けた。

 アスカはまさかの呼び名に愕然とした。

 

 ララは腕を組んでアスカにズイッと迫る。

 

 最初に悲鳴を上げていた姿とはえらい違いだ。

 

「センセはな、お前が思っている何倍、何十倍、何百倍も強いんだからな。あまりセンセのことを弱い奴みたいに言うな!」

「ララ……」

 

 少し、いやだいぶ嬉しかった。思わず頬がニヤけてしまいそうになる。

 

 ララにバレないよう、口元を手で隠して顔を背ける。

 アスカは唖然としていたが、また口を大きく開けて笑う。

 

「クハハハッ! 面白い子だ! 流石はヴェル坊の血族だね」

「……その口振り、父を知ってるのか?」

「大昔にねぇ。アレはイイ男だったよ」

「ふん、どうだか。センセ、私はもう寝る。置いてくなよ」

 

 ララはそう言ってシンクの隣で寝袋に入っていった。

 俺とアスカは洞窟の外に出て星空を眺める。

 

「……若造、ユーリと兄弟だって言ったね?」

「ああ……」

「……育ての親はヴェル坊、そうだね?」

 

 俺は驚いた。アスカにそれが知られるようなヘマはしていないはずだ。

 

 アスカは口元をニヤリと歪ませる。

 

「そうかい、あの坊やはやりきったんだね……」

「……何を知ってるんだ?」

「それを語る口を、私は持たない。いずれ知る時が来るだろうよ……」

 

 いったい何だってんだ……。

 

 親父は勇者の予言や伝説を基にエリシア達を育てた。命の篩に掛け、何人もの子供が死んでいったが、エリシア達は生き残って勇者の力を得られた。

 どうして己を殺す為の勇者を生み出したのかまでは知らないが、もしかしてこいつはそれも知っているのだろうか。

 

「若造」

「何だ?」

「その名を受け継ぐことの意味と責任、しっかし考えるんだよ」

「は?」

 

 アスカは立ち上がり、図体の割りに俊敏な動きで森の中へと立ち去っていった。

 

 その名を受け継ぐ? ルドガーって名前にいったいどんな意味があるってんだ。

 せめてそれを教えてから帰ってくれよ。

 

「ってか、ちゃんとユーリに会わせてくれるんだろうなー!?」

 

 俺の叫びは夜の闇の中に消えていった。

 静寂に満ちた森を眺めた後、俺は洞窟に戻り焚き火に薪を焼べた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 風の勇者

ご評価、ご感想があれば是非よろしくお願いします!


 

 

 翌朝、洞窟前にはアスカが待っていた。

 ちゃんと約束通りユーリに会わせてくれるようだ。

 アスカの後ろを歩きながら森の中を進んで行きながら、アスカにユーリのことを尋ねる。

 

「アイツは元気なのか?」

「少なくとも、病に罹ってはいないね」

「準備をしていると言ってたが、ユーリは何をしてるんだ?」

「それは本人に聞くと良い。守り神である私がこうして人の前に現れている時点で特殊なことだ。多くを語るとは思わないことだね」

 

 一先ず、ユーリは健在のようだ。

 

 だがこのアスカと言う守り神、イマイチ性格が良く分からない。

 

 シンクの呼び声に応えて現れ、話が分かる奴だと思ったら肝心なことは話さない。敵意は持っていないがまだ友好的には思われていない。しかしどこか気に掛けているような、そんな感じの雰囲気を持っている。

 

 守り神自体、確かに人前に現れるのは珍しい。俺達とは生態系も違うし、価値観も違う。

 俺達の尺度で測れるような存在ではないのは間違いない。

 

「ほら、着いたよ」

「此処は……」

 

 アスカに案内された場所は地図にも載っていない遺跡群だった。

 

 古代都市、そう言っても良いだろう。大きな建物から民家らしき小さな建物まで存在する。

 

 ホルの森の中にこんな場所があったとは知らなかった。

 

「此処は聖域で守られている。案内人がいなければ外からも見えない場所だよ」

「……女王は知ってるのか?」

「さぁね。此処を知る氏族なら知ってるんじゃないかい。ユーリは彼処に居るよ」

 

 アスカが見る方向には一つの民家がある。その民家の窓口からは白い煙が立ち上っている。

 アスカはくるりと背を向け、来た道を戻り始める。

 

「一緒に来ないのか?」

「言っただろう? 人前に現れるのが特殊だと。くれぐれも、ユーリの邪魔をするんじゃないよ」

 

 アスカはそう言い残し、森の中へと姿を消していった。

 俺達はアスカを見送り、遺跡へと足を踏み入れる。

 

 此処はどの時代の遺跡だろうか。考古学は専門外だから正確な所は判らないが、かなり古い時代の物だとは判る。

 

 通りを渡り、目的の民家の前まで来た。ドアは無く、中の様子が窺える。

 一応、ララに杖を握らせてから民家の中に入った。

 

「ユーリ、居るか?」

 

 中は随分と散らかっている。何かの研究でもしているのか、メモや本が持ち運ばれたテーブルに山積みにされ、霊薬作りでもしているのか道具が散乱している。竈にはスープが入った鍋があり火に掛けられている。

 先程まで此処に居た証拠だ。だが姿が見えない。

 

 警戒を強めながら家の中を見渡していると、入り口にいるララの背後から気配を感じた。

 

「ララ! 伏せろ!」

「え?」

 

 ララは驚いた顔をするが身体は素直に動き、シンクを抱き締めてその場に伏せる。

 ララの背後に立っていたそいつに風の魔法をぶつけ、後ろへと退かせる。

 

「っと――」

 

 そいつはすぐに体勢を整え、両手のダガーを構える。

 ララとシンクを背に置き、ダガーを構えたそいつと対峙する。

 

「……ユーリ?」

「おっと、俺の名をご存じで? なら俺が風の勇者ってことも――」

 

 そいつは緑色の瞳で俺を見て、表情を固める。

 

 少しボサついているが長い緑色の髪を項で一纏めにし、トレードマークである黄色いロングマフラーが風で靡く。

 

「……兄さん?」

 

 風の勇者ユーリ・ライオットがそこにはいた。

 

 

 ユーリの家に入り、淹れられた薬草茶を啜る。

 テーブルには朝食として用意していたであろう干し肉のスープが盛られた皿が並べられている。

 

「それにしても驚きましたよ。侵入者が兄さんとは」

「俺も驚いたよ。まさか久々の再会で弟に襲われるなんてな」

「襲うだなんて人聞きの悪い。ちょっと用心しただけですよ。寧ろ魔法で吹き飛ばされました」

「悪かったよ」

「お嬢さんも申し訳ないね。別に危害を加えようと思っていた訳ではないのですよ」

「は、はぁ……」

 

 ララは少し戸惑いながらユーリを見る。

 エリシアとは違うタイプの勇者に戸惑っているのだろう。

 

 ユーリは基本的に紳士的に他人に接する。女性に対しては少し女誑し感が出るが、物腰は柔らかくほんわかとした空気を纏う。

 

 ただ、戦いになればエリシアと変わりない。敵陣に斬り込んでいき、風の魔法で百の敵を斬り裂く。口調は丁寧だが行動はかなり過激になる。

 

「それで、兄さん? いったいどうして此処へ?」

「お前、ここずっとエリシア達と連絡取ってなかっただろ? エリシアが心配して俺を寄越したんだよ」

「ああ、そうでしたか。姉さんに心配掛けましたね。というか、姉さんとは会ってるのですか?」

「まぁ、仲直りはしたよ。鼻が潰れるぐらい殴られたけど」

「姉さんらしい。あ、俺も怒ってますよ」

 

 さらり笑顔で気不味いこと言うなよ。

 ユーリはニコニコとしているが、その腹の内からは黒いモノが垣間見える。

 

「悪かったよ。あの時は俺が出て行くのが一番だと思ってたんだよ」

「まったく……まぁ、元気そうで何よりです。ところで……そちらのお嬢さんとお坊ちゃんは? もしかして――」

「親父の娘だ」

 

 ユーリがまた勘違いした発言をする前に答えた。

 

 親父の娘と聞き、ユーリは「え?」と声を漏らしてララを見る。

 

 ララはティーカップを置き、ユーリを見る。

 

「ララ・エルモール。魔王ヴェルスレクスは私の実の父だ」

「……驚きました。クソ親父――失礼、あの父に血の繋がった娘がいるとは……」

「俺とララには守護の魔法が掛けられてる。親父が俺とララを縁で結び付けたんだと思う」

「守護の魔法ですか? あれは同種族でないと発動できないのでは……?」

「ああ。ララも半魔だ。魔族の血と力が濃いが、俺と同じだ」

「成る程……」

 

 ユーリはララの顔をまじまじと見つめる。

 たぶん、ララを通して親父のことを思い出しているのだろう。

 

 ララは見つめられて少しムッとする。

 

「失礼、お嬢さん。それで、お坊ちゃんのほうは? 其方もまさか?」

「いや、この子は――」

「とと、おかわり」

 

 シンクのことを教えようとしたら、俺の手を引いて皿を出してきた。

 

 ユーリは信じられない光景を見たような顔になり、俺とシンクを交互に見る。

 そして最後にララを見て、ハッと息を呑む。

 

「そんな、兄さん……もしかしてお嬢さんと!?」

「違う」

「お坊ちゃんの年齢も我々と別れてからと考えるとありえる……しかしお嬢さんの年齢は」

「おい」

「兄さん! まさかそう言う趣味――」

「落ち着けアホ」

 

 空になった皿をユーリの額に投げ付け、その先を言わせないようにした。

 

 何? 俺はこれから先そう言う目で見られて誤解を与えることになるのか?

 ララが年の割には大人びているから確かにそう思えなくもないが、毎度毎度このやり取りをしなくちゃならないとか、それはちょっと勘弁してくれ。

 

「この子は魔族の子供で、ヴァーガスにされたのを助けたんだ。それで俺が引き取った」

「ってて……ヴァーガス、ですか……それは何ともまぁ……」

「そんなことはどうでも良い。本題に入ろう。お前、魔獣と戦うんだってな?」

 

 ユーリは皿にスープを盛り付け、シンクの前に出す。

 ユーリは「聞いたんですか……」と言って苦笑する。

 

「ええ。ラファートの予言書には魔獣が復活すると記されています。俺は風の勇者として、これを討つつもりです」

「……その予言書って奴のことを教えろ」

「ええ、いいですよ」

 

 ユーリは立ち上がって研究の道具が散乱している所から一冊の古びた本を持ち出した。

 緑色の革の表紙で、金色の刺繍で文字が縫われている。

 

『ラファートの予言書』

 

 そう書かれた本をユーリを俺に差し出し、それを受け取った俺は開いて中を見る。

 ララも気になったのか覗き込んでくる。

 

 その本に書かれている文字は古代の文字であり、専門家でなければ解読はできないだろう。

 俺も少しは古代語を囓ってはいるが、正しく全てを解読できる訳じゃない。

 それでも大まかだが読み取れる部分もある。

 予言書の始まりは神話時代以降のようで、神々の争いが終わってからだ。

 

「全部読めるのか?」

「不思議なことに、俺には何て書いてあるのか解るんですよ。勇者であることが関係しているのだと思いますが」

「……それで、魔獣のことは何て?」

「失礼」

 

 ユーリは俺から本を取り上げ、ペラペラとページを捲っていく。

 そしてとあるページで手を止めて、俺とララに見せてくる。

 

 そこには『黒いモノ』が森を燃やす絵が描かれていた。

 

「ここに。『真なる王討たれた時、古より魔の災禍来る。これを魔獣の復活と知れ。魔獣は聖獣が住まう森を燃やし女王が治める国を転覆す。そこを始まりとし世界を穢れで染め上げるだろう』、そう書かれています」

 

 真なる王討たれた時……。

 

 俺はユーリを見た。ユーリは頷き、俺の考えが間違っていないことを示す。

 

 真なる王、それは即ち『ヴェルスレクス』、魔王ヴェルスレクスのことだ。

 

 ヴェルスは真なる、レクスは王と言う意味がある。

 

 この書には魔王が討たれた後で、魔獣が復活すると書いてあるのだ。

 

「本当に魔獣が復活すると?」

「予言が外れるに越したことはありませんよ。しかし、魔王がいなくなってから怪物や魔法生物の様子がおかしくなっているのは事実」

「どんな風におかしいんだ?」

「何かに怯えてる。怪物ですらも、何かか逃げようと普段は出ていかない場所に現れ、人に害を為しています」

「お前が言っていた『怪物が騒がしい』ってのは、それか?」

「ええ。怪物が逃げてくる方を辿っていくと此処に辿り着きました。そして守り神に出会い、この予言書のことを教えてもらいました」

 

 怪物が逃げ出すか……。

 怪物が逃げ出すような兆候は危険度的にかなりマズい状況だ。

 

 怪物は基本的に逃走本能なんてものは極僅かしかない。己より格上の怪物と遭遇しても、所構わず縄張り争いをしてどちらか一方が命を落とす。最後に逃げたとしても必ずと言って良いほど戦いは行われる。

 

 それが怪物の摂理だ。その摂理が覆されている。

 

 怪物が尻尾を巻いて逃げ出すほどということは、魔獣かどうかは兎も角、それに匹敵する脅威が迫っていることになる。

 

 それ程までの脅威なら尚更、ユーリを一人で戦わせることはできない。

 

「ユーリ、事情は解った。俺も力を貸す」

「え、本当ですか? それはありがたいのですが……」

 

 ユーリはララとシンクを見た。

 何を考えているのかは分かる。ララは兎も角シンクの身の安全を懸念しているのだろう。

 

「ララは大丈夫。魔法の才能が桁違いだ。シンクは……どうしようか」

「私の側にいさせる。私は後方で魔法支援だろう?」

「良いのか?」

「仕方ないだろう」

「助かるよ」

 

 ララが側にいてくれるなら問題は無い。シンクはララにも懐いている。ララの言うことなら素直に聞くだろう。

 

 ララには後方で魔法による支援攻撃をさせるつもりではいるが、できるだけ戦いには参加させたくはない、と言うのは勝手が過ぎるだろうか。

 

 ララがこうしてここまで足を運んでくれているのは、俺の為であり俺の所為なのだ。契約を破るような真似をさせない為に、ララは危険を承知の上で一緒に来てくれた。

 

 シンクも幼い子供だ。本当は安全な所に置いておきたいが、ヴァーガスとして罪を犯してしまったこの子を保護責任者として手の届く範囲に置いておかなければならない。

 

 少なくとも、エフィロディアに居る間は誰にも任せることはできない。

 魔獣と戦いながらララとシンクを守り通す。

 勇者であるユーリがいるとは言え、かなり大変な絶対条件だ。

 だがそれを完璧に行うのが勇者の務め。

 俺はララの勇者だ。勇者ならこれしきの偉業、成し遂げてみせなければ。

 

「ユーリ、他に増援は頼めないのか?」

「俺もそう思ったのですが、色々と複雑な事情がありましてね。主に、国際問題とか」

「どうしてだ? 世界の危機だろ?」

「あまり言いたくはないのですが、これはあくまでもエフィロディアの問題。他国に支援を要請するとなると借りを作ることになります。そうなれば今後エフィロディアは他国に対して大きく出られなくなります」

 

 人族は決して一つの国ではない。同じ種族ではあるが、それぞれの国に王が存在し、己の国の地位を高めようとしている。

 他の種族にも氏族や部族などが存在して派閥を競い合う所は存在するが、それでも彼らは一つの国として動いている。

 

 魔族との戦争が停戦した今、人族は己が国の繁栄と存亡を懸けて水面下で競い合っている。

 

 俺が人族の大陸を出ようと思った切欠もその一つだ。魔族との戦いに明け暮れ、今度は人族同士の権力争いを目にし嫌気が差したのだ。

 

 グンフィルド女王が権力に固執するような人物だとは思っていないが、女王となった今ではそう言った厭らしい側面も見ていかなければならないのかもしれない。

 

「はぁ……人族も人族で魔族と同じく競い、争うことで発展してきたしな」

「でも兄さんなら何処にも属してないですし、問題ありませんね。そう言えば、今は何処に?」

「エルフ族の国だ。そこで学校の教師をしてる。ララはそこの生徒だ」

「……兄さんが教師を? それに半魔であるララお嬢さんが生徒?」

「あー……」

 

 どうしよう、ユーリに説明しておいたほうが良いだろうか。

 

 ユーリは風の勇者だし、俺の弟分でもあるし、それにもしかすると雷の神殿の時のように風神の試練を受けることになるかもしれない。

 どうせその時に知られるだろうし、ユーリに言っても大丈夫だろう。

 

「ユーリ、七神の神殿に力が戻ってるのは知ってるか?」

「ええ、怪物騒動の原因かと思い、一度調査しました。けれど何も起こらず、一先ず保留にしています」

「あれな……実は俺とララに関係があるようなんだ?」

「……どういうことです?」

 

 俺はユーリに雷の神殿であったことを話した。

 その過程でララが聖女であることも伝え、いずれ俺とララが大いなる旅と大いなる選択を迫られるという予言も話した。

 

 ユーリは終始驚きの表情をしていたが、最後には納得したように頷いた。

 

「成る程……通りで兄さんから雷神の気配を感じた訳ですか」

「あ、やっぱ感じるのか?」

「ええ。姉さんとは少し違うようですが、確かに兄さんから雷神の力を感じますよ」

 

 俺は右手を上げて雷神の力を少しだけ発動させた。

 バチバチと黒い稲妻が右手で迸り、ユーリは興味深げにそれを見つめる。

 

 あれから半年だが、コツコツとこの力の訓練は続けてきた。まだエリシアのように雷そのものになるようなことはしていないが、少なくとも通常の雷属性の魔力よりも大きな力を操れるようにはなった。

 

 ウルガ将軍と戦った時のような変身も、まだ完璧じゃないが三回に一回は変身できるようになったばかりだ。

 

「凄い……ただの雷属性じゃありませんね」

「ああ。これだけじゃない。雷神の力を更に高めると、俺の魔の部分が剥き出しになって変身できる」

「変身!? それは是非見てみたいものです!」

「見世物じゃないんだが。まぁ、もしかしたら魔獣との戦いで変身するかもな」

 

 魔獣が相手となれば、雷神の力を引き出す必要に迫られるだろう。

 魔獣は怪物のカテゴリーに入るが、その強さは一線を画すほどだ。下手をすれば魔王に迫るまである。

 

 俺の力は勇者よりも格下だ。魔法を使わない剣術だけなら他よりも優れていると自負はしているが、魔法を組み合わされると負ける。

 

 どれだけ剣術で抑え込もうとも、どれだけ魔法を多用して撹乱しようとしても、勇者の地力によって最終的に覆されてしまう。

 

 だが俺にも雷神の力が備わったことで、勇者と同じ強さになれたのだろうか。

 

 まだその実感は無い。

 仮に同じ力になっているとすれば、俺は勇者ということになるのだろうか。

 

 もしそうだとしたら、親父はそれを知っていたのだろうか。

 

 親父はエリシア達をそれぞれの属性の魔力の奔流へと投げ込み、生き残った子供を勇者として育てた。

 勇者はそうして生まれた。決して最初から神に選ばれ力を授けられた訳じゃない。

 

 親父は俺にそれをさせなかった。どうしてと訊いても、何も答えてくれなかった。

 何の地獄を見ないで勇者の力を得たのだとしたら、他の勇者達は何と思うだろうか。

 

 何て……アイツらがそんなこと気にするようなことはないか。

 

「それで? どうやって戦うんだ? 流石に俺も魔獣と戦うのは初めてだ」

「ある霊装が必要なんです。その霊装を見つけ出さなければ魔獣には勝てません」

「見つけ出さなければ……まだ見つかってないのか?」

「兄さんも聞いたことがあるでしょう……聖槍フレスヴェルグです」

「これはまた……どうしてそれが?」

 

 ユーリはまたラファートの予言書を開き、俺にとあるページを見せた。

 そこには魔獣に立ち向かう、槍を携えた戦士が描かれていた。

 

「『聖なる風の槍を携えし者、魔の災禍を滅するだろう』……聖槍フレスヴェルグは風の槍です。魔獣を倒すのに必要なのですが……」

「……槍は魔王を倒した後、消えちまったよな」

 

 そうなのである。

 

 聖槍フレスヴェルグは嘗て風神の試練を乗り越えたユーリが手にした霊装だ。魔王を討った後、役目を終えたのか聖槍はそのまま風となって何処かへと消え去ってしまったのだ。

 

 それが今になって再び必要になるとは思いもしなかった。

 

 だがあの聖槍は風の勇者であるユーリにしか使えない霊装だ。ユーリが望めばまた現れるのではないのか?

 

「聖槍はお前の物だろ? 喚び出せないのか?」

「兄さん、厳密にはアレは俺の物ではありませんよ。風の勇者に使える霊装って言うだけで、所有権は風神にあります」

「……所有権は神、か」

 

 ならば、聖槍は今、風神の手元にあると言うことか。

 

 しかしそれならばまたユーリに渡しても良いもんだと思うのだが、渡していないということは渡せない理由があるのか、それとも必要無いのか。

 

 いや、必要無いなんてことはないだろう。ラファートの予言書にはそう書かれているのだから。となれば、ユーリに渡せない理由があるのだろう。

 

「風の神殿は調べに行ったんだったな?」

「はい、何も起きませんでしたけれど」

「……」

 

 俺は隣に座るララへと視線を動かした。

 

 いや、まさかな。それはありえない。ララと俺は既に雷神の試練を受けた。風神の試練を受けられる訳がない。

 

 しかし、他の神殿で力が失われたという報告は耳にしていない。と言うことは今でも何かしらの役目を待っているのだ。役目を果たさない限り神殿に宿った力は失われない。

 

 ではその役目とは何だ。決まっている、力を勇者に渡す為の試練だ。

 

 だが風の勇者であるユーリが赴いても何も無かった。

 エリシアの時と同じだ。アイツも一人で調べに行った時には何も起こらず、俺とララを伴って調べに行った時には試練が発動した。

 

 今回も、もしかしたらそうなのかもしれない。

 そこに聖槍があるかどうかは別として、神殿はララ、もしくは俺を待っているのかもしれない。

 

「……調べて見るしかねぇよな」

 

 もし風神が聖槍を渡すとすれば、試練を乗り越えた時だ。

 迷っている時間は無い。グズグズしていると何の用意もしないまま、魔獣の復活を迎えることになる。

 少々、かなり危険だが、風の神殿に行ってみるしかないだろう。

 

「よし、ユーリ。風の神殿に行くぞ」

「え? ですが、何もありませんでしたよ?」

「雷の神殿の時もそうだった。エリシアが行っても何も無かったが、ララと俺が行った時には変化があり試練を受けることになった。今回もそうかもしれない」

「……」

 

 ララはあの時を思い出したのか、少し表情を暗くする。

 

 ララの目の前で俺は串刺しになり、それを見たララは魔族の力を暴発させてしまった。

 あの時、雷神に刻み込まれた死を克服することは難しいだろう。

 

 それに今度はシンクもいる。雷神の力を得たとは言え、戦えない子供を連れて神殿に赴くのは危険過ぎるか。

 

 いや、試練を受けるとなればそれは前回と同じなら俺とララだけだ。その間だけはユーリに任せることになるだろう。こればかりは、他人に頼むしかない。

 

「ララ、怖いか?」

「正直……でも、必要なことなんだろう?」

「……まだその確証は無い。だけど、それもこれで分かる」

「……うん」

 

 本当なら俺一人で神殿に赴きたい。だが二人揃わなければ試練を受けられないのかどうかも分からない。

 

 あの時、ララは引っ張られる感覚があると言った。俺にはそれが無かった。

 だから俺の中では試練はララがいなければ発動しないのではないかと考えている。

 

 だが奇妙な点もある。

 

 試練を突破した結果、力を手に入れたのは俺だけだ。ララには何も発現していない。

 試練を受けるにはララが必要だが、力を行使できるのは俺、という説がある。

 

 正直、ララに力が発現しなくて良かったとは思う。

 この力は人類には過ぎた力だ。一個人が保有して良い力ではない。

 そんな大きな力を子供が手にすれば、それこそ世界は放っておかないだろう。悪用しようと企む輩が必ず存在する。

 

 ララなら尚更だ。魔王の娘であり聖女である彼女が勇者の力まで手にしてみろ。その力を手に入れようと躍起になる馬鹿共が絶対に現れる。

 ただでさえ魔族に魔王として狙われているし、人族に魔王の娘であり聖女だと知られてしまえば命を狙われかねない立場だ。

 

 これ以上ララに危険な重荷を背負わせる訳にはいかない。

 

 だから、力の業は俺が背負う。

 

「……兄さん、すみませんが俺は神殿にいけません」

「は? 何でだ?」

 

 ユーリが困った顔でそんなことを言った。

 

「魔獣の復活が近い。俺がこの地を離れた時に魔獣が復活してしまえば、守り神だけでは魔獣を抑え込めません。だから俺が此処を離れる訳にはいかないんです」

「っ、いやだが、仮にお前が残って魔獣が復活したとしても、聖槍が無ければ倒せないんだろ?」

「はい。ですから、聖槍は兄さんに任せます」

「任せますって……」

 

 俺はシンクをチラリと見る。

 

 神殿で試練を受けることになればシンクだけが試練の間の外に取り残される。その間に怪物がシンクを襲ってしまえば、魔族の子供だろうと死んでしまう。シンクを守ってくれる存在が必要だというのに。

 

「シンクお坊ちゃんは俺に任せて下さい。魔獣が復活しても、俺と聖獣が守ります」

「いや、だがシンクは……」

「どうせ兄さんのことです。俺が責任を持って、とか考えているのでしょう?」

「……」

 

 そうだ。シンクは罪が許されている訳ではない。今こうして生きていられるのは、俺がシンクを『監視』して『教育』しているからだ。

 

 その監視役がシンクの側を離れる訳にはいかない。俺が離れてしまえば、シンクが怪物になってしまった時に責任を持って殺せない。その役割を他人に譲る訳にはいかないんだ。

 

「兄さん。兄さんがこの子の責任を取ると言うのなら、俺も弟として兄の尻拭いをしますよ」

「……何でもお前がそこまでするんだ? これは俺が勝手にしたことなんだぞ?」

「だって、俺も勇者ですから」

「――」

 

 ユーリは笑顔で言ってのけた。

 

 そうか……お前も勇者だったよな。

 

 俺だって勇者ならと、シンクを助けた。勇者なら絶対に助けると信じているから。

 

 ユーリの言葉に俺は笑みが溢れる。

 

「……そうか。なら、頼むよ」

 

 俺は相変わらず無表情のまま此方を見つめるシンクに顔を向け、頭を撫でる。

 

「シンク、ととは少しねーねと一緒に出かけてくる。それまで、あのにーにと一緒に居てくれるか?」

「……? とと、いっちゃう?」

「……絶対に帰ってくる。良い子にしてられるな?」

「……うん」

 

 シンクはユーリを一瞥してから頷いた。

 俺は微笑み、立ち上がってナハトを背中に背負う。ララも立ち上がり、シンクを撫でる。

 

「ユーリ、アレは居るか?」

「ええ、居ますよ。久々に走らせてやって下さい」

 

 ユーリはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 風の神殿

 

 

 

 エフィロディア連合王国、北東――。

 そこは世界の中でも一番標高が高い山があり、その高さは雲を突き抜けるほどだ。

 

 『世界の壁』と称されるそこは、嘗て風神ラファートが己の楽園を作ろうとした場所であり、世界の風が始まる場所ともされている。

 

 壁と言われる通り、山を登るにはあまりにも直角で、その山を登ることは不可能とされている。それ故、山の頂上を目にした者は誰一人としていない。

 

 そう、勇者一行以外は――。

 

「いやっっっほぉぉぉぉお!」

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

 俺は五年ぶりの空をテンション高く駆け抜け、俺の背中ではララが必死に俺にしがみ付いて悲鳴を上げる。

 

 手綱を引き、天を真っ直ぐ上に駆け上らせていく。

 

「ララ! 大丈夫だ! 魔法で俺とくっ付けてるから、俺が落ちない限りお前は落ちないよ!」

「そ、そうは言っても怖いってぇ!!」

「せっかくの空だ! 楽しまなきゃ損だろ!」

 

 俺は空を駆け上がる速度を上げる。

 ララは更に悲鳴を上げてしがみ付いてくる。

 

 今、俺とララは世界の壁と呼ばれるカエルムという山を登る為に空を飛んでいる。

 

 勿論、飛んでいるのは俺達ではなく、俺達が乗っている聖獣だ。

 聖獣ペガサス、馬に天使の羽根が生えた魔法生物であり、ユーリが使役する聖獣の一つだ。

 

 ペガサスはどんな空でも飛行することができる能力を持っており、風の神殿に辿り着くにはピッタリの存在だ。

 

 ユーリはペガサスの他にも聖獣を使役することができる。風の勇者としての能力ではなく、本人が生まれ持った特別な力だ。

 

 シンクをユーリに預けた後、ユーリに一頭のペガサスを召喚してもらい、背中に乗って空を飛んだのだ。

 

 ララも最初は好奇心でワクワクしていたのだが、今では御覧の通り悲鳴を上げて折角の空を楽しめないでいる。

 

「センセぇ! もっとゆっくり飛んでぇ!」

「ったく! 仕方ないな!」

『ヒヒィーン!』

 

 ペガサスの速度を緩め、空をゆっくり散歩するように飛行させる。

 もう大地は建物が豆粒に見える程下にあり、高所恐怖症の人が見たら一瞬で魂が口から抜け出るだろう。

 

「ハァ……ハァ……!」

「ほら、ララ。ゆっくり下を見てみろ」

「み、見れるか!」

「なんだよ、魔法で安全に飛行できるようにしてるんだから、少しは景色を味わえ」

 

 通常、此処まで高度を上げると風は強く、気温も低く、酸素も少ない。

 それを魔法で補助して長時間滞空しても平気なようにしている。

 これが飛行魔法には必要なもので、空を飛ぶ者達は皆これを習得している。

 

 ララには更に俺とペガサスから落ちないようにと、一種の拘束魔法で俺と縛って落ちないようにしている。

 

「せめてもっとゆっくり飛んでよ! そうすれば慣れるかもしれないのに!」

「スマン、スマン。確かにちょっと調子に乗り過ぎたかもな。何せ、五年ぶりに空を飛ぶんだ」

「センセのバカ! アホ!」

「ほら、あまりゆっくりはできないが、落ち着く速度で飛んでやるよ」

 

 ペガサスを操り、できるだけゆっくりと空を駆け上がる。

 ララも落ち着きを取り戻し始め、周りを見渡すことはできるようになってきた。

 

「うぅ……高い……」

「高いのは苦手か?」

「ここまで高ければ誰でも怖いだろ……」

「雲の上はもっと綺麗だぞ。ほら、しっかり掴まってろ」

「う、うん」

 

 俺達は雲の中へと突入した。

 地上では味わえない雲の中の感触を肌で感じ、真っ直ぐ上へと駆け上がる。

 やがて雲から飛び出し、何も遮る物が無くなった太陽の光が俺達を照らす。

 

「ほら、目を開けて見ろ」

「……っ!? うわぁ……!」

 

 その景色はまさに神秘的で幻想的だった。

 白い雲はまるで海のように広がり、その上に太陽だけが爛々と輝き続ける。

 雲海からはカエルムの上部が突き出し、その上に大きな神殿が存在していた。

 

 太陽、神殿、雲海、三つの要素が一つの絵に収まる美しい光景に、ララだけでなく俺も見蕩れてしまう。

 

「……っ! おい、ララ! アレを見てみろ!」

「え?」

 

 俺は太陽の下辺りを指した。

 そこには雲海を泳ぐ巨大な生物がいる。

 

「何あれ!?」

「空鯨だ! 雲の中だけに棲息する魔法生物だよ! お目にかかれるなんてラッキーだ!」

 

 空鯨は絶滅危惧種に認定されている魔法生物であり、その個体は百にも満たないとされている。

 巨大な雲を空で見付けたら、その中には空鯨がいるんだと、人族の子供達は聞いて育つ。

 

「お、襲ってこない?」

「大丈夫だ。空鯨は温厚で、雲の中に充満する魔力しか食べない」

「……センセ、世界にはあんなのが沢山存在するの?」

「ああ。学校じゃ教えきれない程にな」

「……私、もっと世界を見てみたい」

「……そうだな」

 

 少しの間空鯨を眺めた後、俺はペガサスを操りカエルムの頂上へと向かった。

 

 カエルムの頂上は平地であり、ちょっとした草原地帯になっている。気候も気流も神殿に掛けられている魔法で整えられており、俺達が降り立っても問題無くいられる。

 

 心地良い風が頬と髪を撫で、太陽の温度が身体をじんわりと温めてくれる。

 

 ペガサスに跨がったまま頂上におり、目の前に建つ神殿へと近寄る。

 神殿の入り口には翼が生えた男性の石像があり、手には二叉の槍を携えている。

 これは風神ラファートを模した石像であり、彼が握っている槍が聖槍フレスヴェルグである。

 

 尤も、これはただの石像だが。

 

 神殿はただの四角い建物だが、見た目に騙されてはいけない。あの中はこのポーチと同じ、空間拡大魔法で別空間となっている。

 

 ペガサスから降りると、彼は地面に伏せて休む体勢に入った。

 

「さて……ララ、神殿の中では――」

「勝手な真似はしない、だろ?」

「――分かってるなら良い。行くぞ」

 

 俺達は風の神殿の入り口から中へと入った。

 

 中は雷の神殿と同じで明るく、歩くのに不自由はしない。ただ高低差がある道や、石柱が倒れて通りづらかったりと、不自由は無いが少し大変である。

 遺跡の内部の筈なのだが、川が流れていたり木が生えていたりと、外なのか中なのか時折分からなくなる光景は続く。

 

 今のところ、怪物の気配は無い。五年前には風の属性を取り込んだウォルフやら鳥形の怪物であるシルフバードとかいたものだが、不思議なことに影の一つさえ見つからない。

 姿を隠しているのか、それともいなくなったのか不明だが、襲ってこないことに越したことはない。

 

「っと……」

 

 俺は足を止めた。今まで道が続いていたが、此処に来て道が途切れたのだ。

 しかも、途切れた道の先は空が広がっていた。宙に道らしき残骸が浮かんでおり、まるで意図的に崩されたように散らばっている。

 

「道が無い……」

「……五年前と様子が違うな。前はこんなんじゃなかった」

「どうするんだ? まさか、飛び移るのか?」

 

 ララは顔を青くする。まだペガサスに乗ってきた時の恐怖が拭えていないようだ。

 

 確かに飛び移れないことはない。俺の脚力なら容易に届くだろうし、ララを抱えても問題は無い。

 だが、神殿の内部が以前に比べて変化しているのには何かしら理由があるはずだ。

 

 そう、例えば侵入者に対する防衛措置とか。

 

 落ちている掌サイズの石を拾い上げ、試しに空へと放り投げてみる。

 すると急激に突風が吹き、投げた石は空の彼方へと飛ばされてしまった。

 

「うわぁ……」

「飛び移るのは無しだな。となると、道を直すしかないか」

 

 さてさて、どの魔法なら適しているだろうか。

 修復魔法? 時間逆転魔法? それとも風魔法で瓦礫を移動させて道にするか?

 

 試しに修復魔法を道に掛けてみることにする。

 

「我、その姿を戻す者なり――レペアー」

 

 魔法を発動したが、道は修復されなかった。

 魔法を発動できなかったのではなく、何かに邪魔をされたような感覚があった。

 時間逆転魔法を掛けてみようとも考えたが、その魔法はごく短時間しか戻すことができない。この道がいつからこうなったのか不明だが、少なくともそのごく短時間内ではないことは確かだろう。

 

 なら、風魔法で瓦礫を操って道を作るしかないか。

 

「センセ、私がやってみる」

「ん? そうか、頼む」

 

 ララが杖を取り出し俺の前に出る。杖を振るい、風を起こして瓦礫を動かし始める。

 

 いい出力コントロールだ。力の維持加減も申し分ない。

 

 ララは一つ目の瓦礫を俺達の前まで運び、途切れている道に連結させた。

 

「上手いぞ」

 

 ララが連結させた瓦礫を、俺の氷魔法で凍結させて固定する。

 ララは次の瓦礫を動かし、また連結させては俺が氷で固定する。

 それを繰り返し、前にどんどん進んでいく。

 

「っ、ララ、ストップ!」

 

 俺はララを後ろから抱き締め、ナハトを道に突き刺す。

 

 直後、突風が俺達を襲い、道から吹き飛ばそうとしてくる。

 

 ナハトを掴んでその場で踏ん張り、何とか突風をやり過ごすことに成功した。

 

「ふぅ……」

「ありがとう、センセ」

「いいさ。さ、あともう少しだ」

「ああ」

 

 ララの風魔法で道を連結し、俺達は空を渡ることができた。道を渡りきり、少し歩いた先で待っていたのは、今度は瓦礫も何も無い空だった。

 

 行き止まり? そう考えたが、道を間違えたとは思えない。それに向こう側に通路が見える。

 

 また試しに石を投げ入れてみると、石は上に押し上げられるようにして飛んでいった。

 

 どうやら下から上に魔法の風が吹いているようで、これをどうにかして向こう側に渡るしかないらしい。

 

「センセ、どうする? 魔法で道を作るのか?」

「……いや、作ったところで壊されそうだ。たぶん、風を利用して渡れってことだろ」

「え?」

 

 俺はニヤリと笑い、ララの後ろからララの両手を手に取る。

 

「せ、センセ?」

「大丈夫、俺の言う通りに。ゆっくりと前に進め」

 

 ダンスを教えるような体勢になり、ララと一緒に前に進む。

 

 使う魔法は地属性と風属性の魔法。足下に風を操る魔法を展開し、頭上から重力を加える魔法を展開する。

 

「センセ? センセ? このままじゃ落ちる――」

「大丈夫――そらっ」

「きゃっ!?」

 

 途切れた道ギリギリで踏ん張っていたララを後ろから押し、俺とララは空に身体を放り出す。

 だが空から落ちることなく、また上に吹き飛んでいくこともなく、俺達はその場に滞空している。

 

「……あれ?」

「足下で風を調節して、上から重力を加えて宙に留まってるんだ。ほら、ゆっくり前に歩いてみろ」

「う、うん」

 

 ララは恐る恐ると足を前に出す。大地を歩くように空を歩き始め、ララは驚いた表情を浮かべて高揚する。

 

「す、凄い! 空を歩いてる!」

「下から吹く風のお陰だ。飛行魔法とはちょっと違うけどな」

 

 下から吹く風を魔法で微調整しながら、時折上から重力を加えて浮きすぎないようにする。

 

 言ってることは簡単だが、二つの魔法を同時に行うことは実は難しい。

 体内で魔力を二種類に変換しなければいけないし、魔法の操作も二つ同時に行う。

 

 俺は二つまでなら同時に行えるが、魔法力の高い者なら三つ四つと操ることができる。

 

 魔王は七つ同時に操れた。流石に七つ同時は魔王でも疲れるようで乱用はしなかったが、ララならそれも可能かもしれないな。

 

 空の散歩を終え、俺とララは道無き道を渡り終える。

 

「っと、どうだった? 空の散歩」

「すっごい楽しかった!」

「それは良かった。なんなら、お前なら一人で飛べるようになるさ」

「飛行魔法は難しいのか?」

「まぁ、複数の魔法を一度に発動して繰り返し使うようなもんだからな。だから基本的には物に主だった魔法を仕込んで自動的に発動させて、残りの魔法は自分で発動して調整するんだ。ただ、空を飛ぶ方法はそれだけじゃないからな。いつか、自分なりの飛び方を覚えるさ」

 

 例えばエリシアの雷や、ウルガ将軍が使っていた煙になって飛んでいくような方法がある。

 将軍の煙になる魔法は知らないが、そんな風に飛ぶに適した姿へと変える手段だ。

 

 だがその難しさは群を抜く。己の存在定義を改竄するようなものだからな。失敗すれば二度と元に戻れなくなることだってある。実際に、それで死亡した者だって何人も存在するのだから。

 

 ララの魔法力なら、いずれ一人で飛行できるようになるだろう。それも新しい方法を見付けるかもしれないな。

 

 その後も道を進んでいき、怪物と遭遇することなく、目的の試練の間まで到着した。

 

「ララ、どうだ? 何か感じるか?」

「……ああ。あの時にも感じた、引っ張られるような感覚だ」

 

 やはり、ララには感じ取れるものがあるようだ。

 俺には何も感じられない。

 

 試練の間は、雷の神殿と同じように円形のコロシアムのような形だ。

 此処も選ばれた者しか入れないようになっている。

 

「……先ずは俺が入る。もし試練が始まったら、お前は入らず防御魔法を展開しろ」

「でも……」

「ララ」

「……分かった」

 

 渋々と頷いたララの頭を撫で、俺はナハトを手に持った。

 

 見える範囲には何もない。怪物らしき姿も、試練で戦うであろう相手の姿も無い。

 ゴクリと唾を飲み込み、意を決して試練の間へと足を踏み入れた。

 

「……」

 

 ――何も、起きない。

 

 だが入ることはできた。つまり俺には試練を受ける資格があるが、俺だけでは始まらない、ということなのかもしれない。

 

 後ろに控えているララに顔を向け、こっちに来るようにと伝える。

 

 ララは頷いて、杖をギュッと握り締めて足を踏み出した。

 

 ララが試練の間に入った瞬間、試練の間がゴゴゴッと音を立て始める。

 

 試練が始まったのだ。

 

 やはりララの存在が試練には必要不可欠のようだ。

 

 鍵はララ、剣は俺、という具合か。

 

「ララ! 常に防御を忘れるな!」

「あ、ああ!」

 

 ララを後ろにし、ナハトを両手で構える。

 

 試練の間に小さな竜巻が幾つも現れ、壁に沿って動き出す。

 

 そして俺達の正面に風が一つに集まっていき、超巨大な緑色の獅子が姿を見せた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 風の試練

 

 

『グルァァァァァァアッ!』

 

 これが試練の相手か。

 ただの怪物に見えるが油断はできない。どんな姿であっても風神の力を有する存在の筈だ。

 

「ララ! 奴が俺に引き付けられてる間に好きなだけ魔法を放て!」

「分かった!」

 

 俺は床を蹴り、獅子へと突撃する。

 ナハトを獅子の顔目掛けて振り下ろす。獅子は後ろにずれてナハトをかわし、右前足を振り下ろしてくる。その足を、身体を捻りながらジャンプしてかわす。

 

「サラ・ド・イクスズ!」

 

 ララの杖から火花が放たれ、獅子の身体に着弾する。その途端、着弾した所が大きく爆発し、獅子にダメージを与え、獅子は身体を怯ませる。

 

 その瞬間を逃さず、ナハトで横薙ぎにする。獅子の左前足に刃が食い込むが、毛皮の硬さで斬ることができなかった。そのまま足を弾き、返す刃で顔面に叩き付ける。獅子の顔面も硬く、ただ殴り付けるだけになってしまう。

 

「硬っ!?」

『グラァァ!』

「センセ! サラ・ド・イクスズ!」

 

 獅子が俺に噛み付こうとしたところを、ララの魔法が割り込み、獅子は大きく仰け反る。

 俺は一度獅子から距離を取り、今一度ナハトに魔力を喰わせる。俺の魔力を喰ったナハトは黒い刃を爛々と輝かせる。

 

 獅子は黄色く輝く眼光で俺を睨み付けてくる。俺も負けじと睨み返し、ナハトを握り締める。

 

「デリャアッ!」

『ラァァァッ!』

 

 俺と獅子がぶつかり合い、剣と爪が火花を散らす。

 俺がナハトを振るうと獅子は器用に前足の爪で捌いてくる。獅子が俺の攻撃に気を取られていると、そこにララの魔法が炸裂しダメージを通していく。

 獅子はララの魔法を嫌がったのか、後ろに飛び退いて俺から距離を取る。

 そして獅子は鬣を逆立たせ、風の魔力を練り上げた。

 

 ――魔法が来る!

 

「ララ! 防御だ!」

 

 ララにそう命じると、ララは無言で人族の防御魔法を展開する。俺には展開しなくても良いのに、ララは俺の分まで障壁を展開した。

 

『ガァァァァァアッ!』

 

 獅子は最大限まで魔力を練り上げると、大きな咆哮を上げて鬣と口から竜巻を吐き出した。

 竜巻は真っ直ぐ俺達に襲い掛かり、ララの障壁に激しく音を立てながら直撃する。

 俺は魔力を風属性に変換し、魔力を練り上げる。

 

「我、風の竜を生み出し敵を喰らう者なり――ラージド・ウインドラグーン!」

 

 魔法で生み出した風と獅子の攻撃によって吹き荒れる風を利用し、風のドラゴンを召喚して獅子に攻撃を跳ね返す。獅子の風を巻き込んだことで威力が倍増したドラゴンの顎が獅子に喰らい付く。

 

 獅子はその衝撃で後ろに吹き飛ぶも、硬い毛皮のお陰でそこまで大きなダメージは通っていないようだ。

 

「ちっ……!」

「センセ! 全然攻撃が通用してないぞ!」

「あの硬い毛皮をなんとかしなきゃな!」

『ガルルゥ……!』

 

 獅子は立ち上がり身体を捩らせる。

 俺が放った魔法はそれなりに強力な物だった筈なんだが、傷一つ付いていない。

 

 あの毛皮の強度は中位の魔法じゃ突破できない程か。上位の魔法を放つことはできるが、流石に上位になると放つまでに少し時間が必要になる。その時間をあの獅子が許してくれるとは思えないな。

 

 此処で雷神の力を使ってみるか……? 相手がまだ『本気』を出していない間に速攻で方を付けたほうが良いか。

 

「よし……使うか」

 

 俺の中の魔力に意識を集中させ、雷神の力に切り替える。

 イメージするは黒い稲妻、圧倒的力で相手を焼き貫く神罰の雷……!

 

「見様見真似! アラストール!」

 

 エリシアが神殿で放った雷の集束砲を放つイメージでナハトを思いっ切り突き出す。

 

 黒い雷がナハトから迸り、強力な雷を放――――。

 

「……」

「……」

『……』

 

 ――――何も、起こらなかった。

 

「あれぇ!?」

「センセ! 何やってるんだ!?」

「っ!?」

 

 獅子の口から風の大砲が放たれ、俺は慌ててナハトで風を斬る。風の大砲は掻き消え、直撃は免れたが、俺にはそれに安堵する余裕が無かった。

 

 雷神の力が使えなかった――。

 

 確かに魔力は雷神の物に切り替わった。それは間違いない。

 だが身体の外に魔法として放とうとしたら、蝋燭の灯火を吹き消すようにフッと消えた。

 

 俺が雷神の力をコントロールできなかった、という訳じゃない。

 第三者による妨害を受けたような感覚だった。

 

 もう一度、雷神の力を使おうと手から雷を放つ。

 やはり同じように力が消え、手からは何も放たれなかった。

 

「何でだ!?」

「センセ! 危ない!」

『ガァァァ!』

 

 ララの叫びで獅子が飛び付いてくるのに気が付き、後ろに飛び退いて攻撃を避ける。

 ララの隣まで後退し、ナハトを構え直す。

 

「センセ、どうしたんだ!?」

「分からん! 雷神の力が使えない!」

「え!?」

「まさか……試練は勇者の力無しで挑めってことか!?」

 

 だとしたらかなり面倒だ。あの獅子はまだ本気を出していない。魔法だってちょっと漏らしてる程度の力だ。あれが本気になれば、また雷神の時と同じようなことになるかもしれない。

 

 俺がやられたら、ララが死ぬ――。

 

 脳裏に嫌な未来が過る。鼓動が荒くなり、呼吸がしづらい。

 落ち着け、落ち着け。雷神の力が無くても俺は魔王を倒した。やることをきっちりやれば、間違いを犯さなければ風神の試練だろうがなんだろうが乗り越えられる。

 

 だから落ち着け、落ち着いてナハトを握り締めろ。

 

「センセ! センセ!!」

「っ!?」

 

 思考の海に飲まれていた俺を、ララの声が掬い上げた。

 ララは以前の時とは違い、強い眼光を持ったままそこに立っている。

 

「センセ! 私達なら勝てる! だって聖女と勇者なんだから!」

 

 そう言うララは、目の力は強くても足が少しだけ震えていた。恐怖を必死に抑え込んで強がっているんだ――。

 

 ――違う、ララは信じてるんだ。

 

 しっかりしろルドガー・ライオット! 大切な生徒がこんなにも頑張ってるんだ!

 俺がここで臆していったい何ができる!

 

「悪い、ララ! ちょっとへこたれてた!」

「……センセ! 指示をくれ!」

 

 今一度、獅子を観察する。

 

 獅子が本気を出すまでにつけ込めるだけつけ込んでおきたい。本気を出しても覆せないアドバンテージを掴んでおくのが確実な勝利に繋がる一手だ。

 

 考えろ、獅子は風の魔法を使う。毛皮は硬いが石や鉄で構成されている訳じゃない。風の魔法なら跳ね返すことも可能。あとは魔法を使う際には鬣が逆立つ動作が入る。

 

「サラ・ド・イクスズ!」

 ララが獅子に牽制として火の精霊魔法を放つ。獅子の鬣付近に着弾し、大きな爆発を起こす。

 獅子は嫌がったように声を上げ、身体を捩らせる。

 

 ……そう言えば、その魔法だけやけに反応が大きいな。ダメージは通っていないように見えるが、もしかしてそれは表面上だけか?

 

 俺は試しにと魔力を火属性に変換し、火の魔法を放つ。攻撃力が高い、魔族の魔法を選ぶ。

 

「我が敵を焼き貫け――フレイムランス!」

 

 炎の槍を生成に、獅子に投擲する。

 獅子は魔法で防ぐ訳でもなく、爪で叩き落とす訳でもなく、今まで一番大きな動きで炎の槍を避けた。

 

 まるでそれには絶対に触れたくないと言わんばかりな反応だ。

 

「……なるほど」

 

 獅子の攻略方法の一つが思い浮かんだ気がする。

 

「ララ、使える火の魔法で一番デカいのは何だ?」

「……火の精霊魔法で、炎(えん)雲(うん)召喚」

「ちょうど良い。俺が合図したら放てるよう、準備してろ」

「……ああ、分かった」

 

 ナハトを肩に担ぎ、獅子に近付いていく。

 

 さぁ、いっちょ派手に立ち回ろうじゃないか。

 

「行くぞ、化け獅子。できるだけ派手な技を頼むぞ」

 

 魔力を練り上げ、身体能力を向上させる。一歩で獅子の懐に潜り込み、下からナハトで突き上げる。

 

「ドォォリャァァ!」

 

 そのまま獅子を宙に浮かせ、更にナハトへ魔力を集束させてもう一度突きを放つ。

 魔力による衝撃波を獅子に浴びせるが、獅子は少し怯んだだけに終わる。

 獅子は空中で体勢を整え、俺に向けて風の砲弾を放つ。

 

 違う、これじゃない。

 

 砲弾を斬り裂き、落ちてくる獅子をかわし、ナハトで顔面を殴り付ける。

 

『ガオォォォォ!』

 

 獅子は牙と爪を立てて俺に反撃してくる。

 爪に風の魔法が纏わり付き斬れ味を増大させているが、望んでいるのはその魔法じゃない。

 

 爪をナハトで受け流していき、隙を見付けては反撃してナハトで殴り付ける。

 

 ガキンッ、ゴキンッ、と硬い物を殴る音が響き、鳴る度に火花が散る。

 

「ゼリャァ!」

 

 ナハトに魔力を喰わせ、衝撃波を放ちながら獅子の前足を大きく弾き、顔面にナハトを突き立てる。切っ先が獅子の眉間に直撃し、そのまま獅子を突き飛ばした。

 

 獅子の巨体はそのまま壁まで吹き飛び、壁に激突して床に転がり落ちる。

 ただ、見た目に反してやはりダメージが通っていない。頑丈な硬さで全身を守っていやがる。

 

『グルゥゥ……!』

 

 獅子の鬣が激しく逆立つ。風が獅子の周りで吹き荒れて集まっていく。

 

 来た、この魔法だ。この魔法に合わせて反撃すれば!

 

『ガァァァァァァッ!』

 

 獅子が咆哮を上げ、巨大な竜巻が砲弾となって放たれる。

 俺はナハトで正面からその砲弾を受け止める。

 

「ララ! 今だ!」

「火の精霊よ来たれ! サラ・フォル・フラマヌーベスディア!」

 

 ララの魔力が一気に高まり、広範囲に紅蓮の炎が生み出される。その炎は大地に走る雲のように広がっていき、俺が受け止めている竜巻の砲弾に襲い掛かる。

 

「ナハト! 喰らえ!」

 

 ナハトの鍔であるドラゴンの眼が紅く光り、獅子の風とララの炎を喰らい始める。

 二つの魔力がナハトの物となり、獅子から竜巻の制御を奪い取る。ララの炎も制御し、巨大な炎の竜巻をナハトに纏わせ付けた。

 

「返すぞ化け獅子! 炎竜破!」

 

 嘗て戦ったウルガ将軍が使っていた炎の技。それを俺なりにアレンジした物を獅子に向かって放つ。ララの炎で倍増された威力の炎の竜巻が砲撃となって獅子を呑み込む。

 

『グギャアアアアア!』

 

 今までダメージというダメージが入らなかった獅子が絶叫する。

 

 やはり、こいつには火属性の魔法が効くようだ。通りでララの魔法だけ大きく反応していた訳だ。弱点である火を本能的に嫌っていたのだ。

 

「燃えろォ!」

『グルァァァァア!』

 

 魔力が大きく爆ぜた。獅子は全身を燃やし、床にぐったりと倒れる。

 

 これで終わった、とは思ってはいない。

 試練の第一段階が終わり、次の段階へと移行するはずだ。

 

 そう考えている間に、それは起きる。

 

 燃えていた獅子から炎が掻き消され、焼けていた肉体が再生していく。獅子は立ち上がり、鬣の隙間から二つの首を生やす。三つの頭を持った獅子へと変貌し、更に背中から一対の翼を生やしやがった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 炎の魔剣

 

 

『ガァァァァァァァッ!』

 

 三つの頭から耳を劈く咆哮が上げられ、俺とララは耳を塞ぐ。

 獅子は翼を羽ばたかせ、宙を浮いて周囲に風の槍を展開した。

 

 ここからが正念場だ。ここを乗り越えれば試練を突破できる。

 

「ララ! 踏ん張れよ!」

「センセこそ!」

「我、大地の怒りを以て敵を貫く者なり――ラージド・アースランス!」

「火の精霊よ来たれ――サラ・ド・トゥルボーズ!」

 

 俺が床から大岩の槍を生み出して射出し、獅子が放った風の槍とぶつける。そしてララが発動した炎の竜巻が獅子を呑み込む。獅子は翼を動かして風を起こし、炎の竜巻を掻き消して広間を飛び回る。

 

 デカい図体して頭上を飛び回りやがって。アイツに大ダメージを与えるには一度床に叩き落とさなければいけないか。

 

 なら地属性の重力魔法だ。それも威力の強い魔族の奴でいくか。

 

 飛び回る獅子に手を翳し、魔力を一気に練り上げる。

 

「大地に這い蹲れ――グラヴィタス・ディアボロス!」

 

 獅子の頭上に魔法陣を展開し、巨大な黒い球体を生み出す。その球体から発生させた重力で獅子を上から押し潰す。獅子を床に勢い良く叩き付け、そのまま重力で押し潰してしまおうと更に力を高める。

 

 これは魔族の中位魔法だ。魔力の消費が激しいが、その分威力は高い。

 

「そのまま潰れろ……!」

『グル……グラァァ!』

 

 最初こそ獅子は苦しんでいたが、咆哮と共に魔力を瞬間的に爆発させ、重力の魔法を強制的に解除させられた。魔法を壊され、制御していた左手にその反動で激しい痛みが襲い来る。

 

「くっ……!?」

『ガァァア!』

 

 獅子は風を全身に纏い、回転しながら突撃してくる。

 ララを抱き上げ、獅子の突進を避ける。ララは俺に抱えられながら杖を獅子に向けた。

 

「サラ・ド・ハスタズ!」

 

 炎の槍が一本、杖から放たれて獅子に迫る。しかし獅子に直撃する前に纏っている風によって掻き消される。

 

 ララを獅子から遠ざけた場所で降ろし、ナハトを構えて獅子に立ち向かう。

 獅子は三つの口から風の砲弾を乱射し、俺とララに当たる砲弾だけを見切ってナハトで斬り裂く。

 

 先程よりも威力が増している。ただ数が増えただけじゃないようだ。ナハトが魔剣じゃなければ打ち破れなかっただろう。

 

『グルォォォォォオ!』

 

 獅子が雄叫びを上げると、広間中に幾つもの竜巻が発生した。その力で試練の間の天井が破壊され、蒼天と太陽が俺達を照らす。天井の瓦礫を巻き込んだ竜巻が乱雑に移動し、俺とララを呑み込もうとする。

 

 更に天井が壊れたことで試練の間の結界が破れたのか、獅子は空高く飛び上がって神殿から飛び出て上空で力を高め始めた。

 

 マズいな、空のアドバンテージを取られたら戦況が不利になってしまう。

 地上に落とすか、もしくは俺達も空を飛べれば――。

 

「――っ、そうだ! ララ、こっちへ!」

 

 ララを近くに寄せ、俺は魔法で音を大きくした指笛を吹く。

 指笛の音が響いてすぐ、馬の嘶きが聞こえた。

 壊れた天井を見上げると、そこからペガサスが現れて目の前に降り立つ。

 

「え、センセまさか!?」

「そのまさかだ!」

 

 顔を若干青くしたララをペガサスに乗せ、俺も乗ってララの後ろから手綱を左手で握る。

 

「ハイヨォ!」

「いやああああっ!?」

 

 ペガサスを走らせ、急加速で上空へと飛び上がる。

 

 同時に獅子から風の衝撃波から放たれるが、ペガサスを操ってそれをかわす。衝撃波は神殿に直撃し、神殿に大きな損傷を与えた。

 

「ったく、貴重な歴史的遺産なんだぞ!」

「センセ! そんなのはいいから前!」

 

 前から獅子が突撃してきた。それを寸前でかわし、獅子の周りを旋回する。

 獅子も俺達の様子を窺いながら、まるで空の王者だと言わんばかりに翼を羽ばたかせる。

 

「行くぞララ! 振り落とされないようにしっかり掴まってろ!」

「何に!? 落ちない魔法は!?」

「それに割いてる余裕は無い!」

「そんな――きゃああああっ!?」

 

 ペガサスを急加速させ、獅子を追い掛ける。ペガサスの速度は獅子が飛ぶ速度よりも速く、追い付くことは簡単だった。

 

 此処からは近接戦闘ではなく魔法戦闘が主体になる。

 俺とララは残っている魔力を総動員して魔法を獅子に向けて放っていく。

 今の魔力残量では魔族の魔法は使えず、人族の魔法を使う。威力は下がるが、魔力消費量は此方のほうが少ない。

 

 雷神の力もまだ使えないか試してみるが、結界が壊れた今でも使えなかった。

 

「ラージド・フレイムバーン!」

「サラ・ド・イクスズ!」

 

 俺の炎とララの爆発が獅子を攻撃し、獅子はそれらを纏う風で防いでいく。

 

 あの風に炎を混ぜ込ませればと思ったが、そうは問屋が許さないようだ。風が鋭い刃のようになり魔法を斬り裂いてしまう。

 近寄って斬ろうにも風が邪魔で近付くことができない。同じ空というステージに立ったのは良いが、これでは無駄に魔力を消費するだけで終わってしまう。何とかしてあの風を突破する方法を考えないと。

 

「センセ! どうするんだ!?」

「……あの風をナハトで断ち切るしかない!」

「どうやって!? うわっ!?」

 

 獅子が風の砲弾を放ってきた。ペガサスを駆って砲弾を避け、獅子の後ろを追い掛けるようにして空を走らせる。

 

「ララ! 俺がこれから教える魔法を、合図したら放て!」

「何をする気なんだ!?」

「奴に斬り込む! それしか勝つ方法は無い!」

「でもアイツの身体硬いんじゃ!? それに風の結界だって!」

「賭けになるが……やってみるしかない!」

 

 ペガサスを急加速させ、獅子の上空へと向かわせる。その途中でララに呪文を教え、ペガサスの手綱を握らせる。

 

「いいか! 魔法を放ったらすぐに離れろ!」

「センセ! 信じて良いんだな!?」

「嘘吐いたことあるか!?」

「隠し事はある!」

「そうだったな! ――今だやれ!」

 

 ララにそう合図した俺はペガサスから下を飛んでいる獅子へ目掛けて飛び降りる。

 ララはペガサスの上から杖を構え、空に向けて魔法を唱える。

 

「我、此処に天照らす日輪を具現させし神の巫女なり――マキシド・ソリス!」

 

 ララが魔法で赤い太陽を創り出した。これで空に自然の太陽と魔法の太陽、二つの太陽が存在することになる。

 

 太陽は月と同じく魔法的要素が強い。それが片方は擬似的とは言え二つ、俺の頭上に存在する。

 

 つまり、強大な魔法を使える準備が整ったということだ。

 

「我、火神に捧ぐ! それは我が右手! 我、火神に捧ぐ! それは二つの太陽! 我が剣に宿れ! 火神の剣! その名は魔剣――倶利迦羅!」

 

 直後、二つの太陽から強大な魔力が俺の右腕に注ぎ込まれる。その魔力は凄まじい熱を発し、俺の右腕がガントレットごと真っ赤な炎に染まる。灼熱による激痛が襲うがすぐに慣れ、注ぎ込まれた魔力をナハトに全て喰わせる。灼熱の魔力を喰らったナハトの刀身が真っ赤に染まり、炎を凝縮したような刀身に形を変える。

 

「オオオオオオオッ!」

 

 右腕が完全に焼け落ちる前に勝負を決める。

 

 倶利迦羅と化したナハトを振り上げ、眼前に迫る獅子の風へと力を解放しながら斬り払う。

 

 一瞬の拮抗があったが、倶利迦羅は獅子が纏う風の結界を焼き斬り、ズパンッという音を立てて結界は砕かれる。

 

「ハアアアアアアアッ!」

 

 がら空きとなった獅子の背中に倶利迦羅は簡単に突き刺さり、獅子の体内に灼熱の炎を一気に送り込む。

 

『グギャアアアアアッ!!』

 

 体内に炎が流れ込んだ獅子の口や目から炎が噴き出し、全身の内側から炎が漏れ出す。

 

「燃えろぉぉぉぉオ!」

 

 全ての力を流し込んだその時、獅子は内側から弾けて爆発した。

 

 決着がついたのを確認し、すぐに魔法を終了させる。右腕は殆ど炭と化し、シューシューと音を立てている。

 

 これが人族の身体なら右腕はもう使い物にならず、即座に切り捨てるべき状態だが、都合良く俺の身体は半魔だ。時間は少し掛かるが、治癒魔法も加えたら元通りに治る。

 

「っ……!」

 

 空を落ちながら獅子が爆発した煙を眺めていると、中から緑色の光が見えた。

 

 まさか、獅子を倒しきれなかったのか?

 

 俺は焦りを覚えたが、それは杞憂だった。

 煙の中から現れた光は煙から飛び出し、俺の炭と化した右腕に飛び込んできた。

 

 その途端、風属性の魔力が全身を駆け巡り、俺の中の魔力を刺激した。

 

 瞬間理解した――これは風神の力だと。

 試練を乗り越えた証として、風神から力を授かったのだと。

 

 右腕はガントレットごと元通りになっていた。痛みも無く、問題無く動かすことができる。

 

「……」

 

 俺は落ち着いて風神の魔力を意識する。風を纏い、自由に操れるようなイメージを強く持つ。風で身体を持ち上げるように操り、落ちていく身体を支えた。

 

「……ふぅ! やればできるもんだな!」

「センセ!」

 

 滞空に成功したことに安堵していると、ペガサスに乗ったララが泣きそうな顔でやってきた。

 俺があのまま空から落ちていってしまうとか思ったのだろう。

 空に立つようにして身体を起こすと、ララがペガサスから俺の胸に飛び込んできた。

 

「おいバカ!?」

「バカはセンセだ! 落ちていくかと思ったじゃないか!」

「悪い悪い……それまでにお前が来てくれると思ってたんだよ」

「……でも空飛んでる」

「あー……風神の力を手に入れたみたいだからな」

「……やっぱりセンセって勇者?」

「……そろそろ否定できないかもな」

 

 ララをペガサスに戻し、俺も背中に乗り込む。

 

 空の上から風の神殿を見下ろすと、神殿からは力を感じなくなっていた。

 役目を終えたのだろう。力は俺に授けられた。

 そして聖槍フレスヴェルグも、その存在を俺の内に確かに感じる。

 

 魔獣を倒す武器は手に入れた。ついでに風神の力も。

 

 どうして雷神の力を持っているのに風神の力も授けられたのか、俺にはまだその理由は分からない。

 

 だがこれが俺に課せられた予言なのだろうか。

 だとすればいったい俺に、ララに、この先で何が待ち受けているんだ。

 

 ……今はそれを考える時じゃないか。魔獣を倒さなければならない。

 

「さ、ユーリとシンクのところへ帰ろう」

「ああ……安全運転で頼むぞ?」

「……ニヤ」

 

 俺はペガサスを全速力で走らせるのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 前哨戦

 

 

 ユーリとシンクが待っている遺跡へ戻ると、何やら様子がおかしかった。

 守り神アスカを筆頭にその一族である狼の群れと動物達が遺跡に群がっていた。

 

 ペガサスを遺跡へ降ろし、ちょうど外にいたユーリとシンクと合流する。

 

「兄さん!」

「とと、ねーね」

 

 ユーリと手を繋いでいたシンクがトコトコと此方に歩み寄り、足下に来たところで抱き上げる。

 

「ただいまシンク。良い子にしてたか?」

「うん」

「……何かあったのか?」

 

 俺とララが戻ったことに安堵の表情を浮かべたユーリだが、すぐにその表情を引っ込めて少し険しい表情になる。

 

「魔獣の復活が……始まったようです」

「っ、遂にか」

 

 魔獣がとうとう復活するのか……!

 

 今度はウルガ将軍の時と違って何とか間に合ったようで良かった。聖槍もあれば風神の力もある。それに雷神の力と風の勇者であるユーリの力を合わせれば心強い。

 

 俺は右手に風神の魔力を集中させ、内にある聖槍を引っ張り出す。

 

 右手に現れた槍は二叉で、全体的に緑掛かっている。風の魔力が膨大に秘められており、選ばれた担い手が持てば強大な力を振るえるだろう。

 

「ユーリ、これを」

「これは……兄さんが?」

「俺が持つより風の勇者であるお前が相応しいだろ。使い方もお前のほうがよく知ってる」

「……分かりました」

 

 聖槍はユーリに渡した。元々、これは風の勇者にしか使えない槍だ。俺に渡されたとしても、風の勇者であるユーリこそが担い手に相応しい。力の引き出し方も俺なんかよりも余っ程慣れているし詳しい。

 

 聖槍を手にしたユーリはそれを魔力に変えて身体に内包した。

 

「若造が聖槍を、ねぇ……」

 

 アスカが俺を見てそう呟く。

 

「若造、貴様……自分が何をしたのか理解しているのかい?」

「……さぁな。誰に聞いても教えてくれないもんでね」

「ククク……いずれ理解するさ」

 

 アスカはニヤリと笑った。

 

 気にはなるが、今はそれよりも魔獣だ。復活が始まったと言うからには、何か影響が出ているのだろう。だからこそこうして聖獣達が集っているはず。

 

 ユーリに現状がどうなっているのか確認する。

 

「現在、メーヴィル周辺で怪物が出現しています。それも大群です。グンフィルド女王は全軍を導入して都への侵入を防いでいます」

「何だと? 被害は出てるのか?」

「そこまでの情報はまだ。ただ、このままではいずれ……」

 

 チラリとアスカを見た。

 

 アスカはユーリが魔獣を倒すのに必要だと言い、ホルの森から出されるのを嫌がっていた。

 だがユーリは勇者だ。属する国じゃなかったとしても、目の前で人が怪物と戦っていれば駆け付けて助けるのが勇者の役目だ。

 

 アスカはそれを許してくれるだろうか。いや、許されなかったとしてもユーリは向かわなければならない。

 

「行くのか、ユーリ?」

「ええ、当然です。まだ魔獣は復活していません。せめて復活するまで、犠牲者は出させませんよ」

「……」

「……何だい、若造?」

 

 アスカと目が合う。アスカは尊大な態度のまま俺を見下ろす。

 

「止めないんだな?」

「止めたところでユーリは行くだろう。ただ、魔獣討伐はやり遂げてもらうさ」

「任せてください。それでは兄さん、俺はもう行きます。兄さんはどうしますか?」

「当然、俺達も行くさ」

「では急ぎましょう」

 

 俺はシンクを前に抱えてペガサスに跨がり、ララを後ろに乗せる。

 ユーリは風を足下に集めてボードのような物を作り、その上に乗るようにして風を操って空を飛んだ。

 これからまた大きな戦いが待っている。その戦いでは多くの命が犠牲になるだろう。

 

 勇者探しの旅が、まさかこんな大事になるとは思ってもみなかった。

 

 俺達はこれから――魔獣と戦う。

 

 

 

 

 俺達がメーヴィルに到着した時、都の様子は緊迫した雰囲気を纏っていた。

 

 城壁には戦士達が投擲機や弩弓、大砲などを用意して配置についており、既に城壁間近に迫ってきている数体の怪物を相手に戦っていた。

 

 空から見えた怪物達は全て黒い魔力を身から漏れ出している。

 

 あれが穢れた魔力……既に魔獣によって存在を変えられてしまった怪物達だ。

 

 俺達は城へと急いだ。先ずは女王に会って状況を確かめなければならない。

 

 城の庭に降り立ち、城内を知っているユーリの案内で女王がいるであろう謁見の間へと向かう。

 ドアを開けて中に入ると、女王を初めとする女戦士達とアーロンを初めとする男戦士達が睨めっこしている場面に遭遇した。

 

「あー……間が悪かったか?」

「グリムロック!」

「ルドガー……ん? ユーリもおるではないか!」

 

 グンフィルド女王は朱いドレスではなく、朱い鎧と動物の毛皮を身に纏っている。

 

 ユーリに気が付いた女王はニッコリと笑い近付き、そして――。

 

「こぉんのたわけめがぁ!」

「いたぁっ!?」

 

 そしてユーリの頭を拳でどついた。

 ユーリは床に沈み、目をグルグルと回した。

 

「勇者のくせに三年間も姿を消しおって! それでも勇者かァ!?」

「い、いえ……それにつきましては申し訳なく思ってます。ですが事情がありまして……」

「問答無用じゃ! 此度の戦が終われば、貴様にはたんまりと仕事をしてもらうからの!」

 

 女王はズカズカと元いた場所に戻り、椅子にドカリと座り込む。

 ユーリの腕を引っ張って立たせ、俺達も会議の輪に加わる。

 

「で? 貴様が戻ったからには何が起こっているのか説明できるのだろうな?」

「はい、陛下。魔獣です。ラファートの予言書に記された魔獣が復活します」

 

 魔獣、とユーリの口から出た途端、戦士達が騒然とする。

 

 当然だ。神話の中でしか名前を聞かない最悪の怪物。それが振り撒く禍とくれば、それは魔族との戦争並みの被害が予想される。

 

 それに事はこの国だけに留まらない。この国が破れてしまえば被害は世界的規模へと拡大する。言ってしまえば、この戦いは世界の命運を懸けたものになるのだ。

 

 彼らがただの怪物退治だと思っていたのは、そんな大きな戦いへと変わった。

 

「魔獣……それは真か?」

「はい。ラファートの予言書にはそう書かれています。ホルの森の守り神も、聖獣達も魔獣の復活に備えています」

「……そうか、魔獣か。貴様が森に籠もっていたのも、それが理由か?」

「はい。魔獣について調べ、戦いの準備をしてきました」

「なら策はあるのだろうな?」

 

 ユーリは頷いた。そして両手に聖槍フレスヴェルグを出現させて女王達に見せる。

 

「魔獣を倒す為の武器は此処にあります。予言では魔獣はホルの森を最初に燃やすと読まれていました。であれば、ホルの森を魔獣との最初にして最後の決戦場所にします。その為の準備も済ませております」

「うむ……じゃが先ずは目の前の怪物らだ。アーロン!」

「はっ」

 

 アーロンは椅子から立ち上がり、女王の前に跪く。

 

「全軍を率いて怪物の掃討に当たれ。指揮は全て貴様に任せる」

「仰せのままに。陛下は如何されます?」

「決まっておろう」

 

 女王も立ち上がり、ギラギラした笑みを見せる。

 

「妾も出るぞ!」

「ハァ……言っても止まらないでしょうな」

 

 アーロンは溜息を吐いて立ち上がる。

 

 何だろう、アーロンから苦労人の気配が漂っている気がする。

 

 女王という立場からしてあまり前線に出てほしくないだろうが、それでも女王が戦場に赴くのなら頼もしいことこの上ない。

 

「者共! 久方ぶりの戦じゃ! 怪物を一番多く殺した者には褒美を与えようぞ!」

『オォー!』

 

 戦士達は叫び、各自の持ち場へと向かっていった。

 アーロンは部下に指示を出して行かせ、俺達の前で立ち止まる。

 

「グリムロック、ユーリ、お前らも来るんだろう?」

「ああ、勿論だ」

「勇者として力添えしますよ」

「……そうか。なら、俺達にも獲物は残しておいてくれよ。この戦で功績を挙げにゃ、男共の立つ瀬が無いからな」

「……男なら獲物を奪ってみせろよ」

「へっ、上等だ」

 

 俺とアーロンは拳をぶつけ合い、アーロンは謁見の間から出て行った。

 

 俺達も戦いに出ようと謁見の間から出ようとしたが、そこに女王から待ったをかけられた。

 正確には、俺達ではなくユーリを引き止めた。

 

「ユーリよ、お前は少し残れ」

「……はい。兄さん、先に行ってください」

「分かった。ララ、シンク、行くぞ」

 

 俺達はユーリと女王を残して謁見の間から出る。預けていたルート達を返してもらい、跨がって戦いが行われている城壁へと向かう。

 

 余談ではあるが、もう一頭の馬にはフィンという名前を付けた。

 

 ルートにはララを、フィンには俺とシンクが乗り街中を移動する。

 

 街中では民達が戦士達の助けになろうと、物資を運んだり食事を作っていたりしている。

 随分と頼もしい民達で、城壁の向こう側には怪物達が押し迫っているのに怖がっている様子を見せていない。子供や老人は避難場所に身を寄せているのか、流石に姿は見当たらない。

 

 彼らの為にも、怪物を、魔獣を倒さなければならない。

 

 城壁に辿り着き、貨車に乗り込んで城壁の上部に到着する。

 城壁の上では戦士達が大砲と弩弓で迫り来る怪物達を迎撃している。上から外を見れば、先程よりも怪物の数はドッと増えており、地平線を埋め尽くそうとしていた。

 

 怪物達が迫ってきている場所は切り拓かれた場所で、一番奥の森の中から洪水のように現れている。こんなに大量の怪物達がいったい何処から現れているのか皆目見当も付かない。

 

「……あれが魔獣に穢された怪物の成れの果てか」

 

 怪物達は黒い魔力に身を侵され、黒い影のような姿に赤い目だけが光っている。

 

 ざっと見ただけで怪物の種類は三種類。獣型と異形型、そして巨人型だ。

 

 獣型はウォルフのような見た目をしており、異形型は複数の昆虫が合体したような姿だ。

 そして巨人型は数は少ないが一番小さな個体でも五メートルぐらいはある。

 巨人とは何度か戦ったことがあるが、馬鹿力とタフさが厄介だった。あの巨人もその特性を持っているんだろうか。

 

「センセ……」

「……大丈夫だ。お前はシンクと一緒に城壁の中に隠れてるんだ」

「私も戦える!」

「分かってる。だけど試練で魔力を消耗してるだろ? だから回復を待ちながらシンクを守れ」

「……分かった。じゃあ、これだけでも持って行って」

 

 ララは肩から掛けていた鞄から霊薬の入ったアンプルを取り出して渡してきた。

 その霊薬を受け取り、ララとシンクを城壁の中に向かわせる。

 

 城壁からもう一度怪物達を見下ろしていると、ユーリが風に乗って現れた。

 

「来たか」

「……いよいよですね、兄さん」

「ああ……腕は鈍ってないよな?」

「兄さんこそ。勝負でもします? どっちが怪物を多く倒せるか」

「上等」

 

 俺とユーリは風を起こして城壁から怪物達に向かって飛び出した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 乱戦

これで一旦毎日更新はストップです。
できるだけ早く次の話を更新していきますので、少しの間お待ちください!

ご評価、ご感想あればよろしくおねがいします!



 

 

 ユーリは飛ぶことに慣れているが、そうでもない俺は少々出遅れて空を飛ぶ。

 迫る怪物達に向けて、ユーリは魔法を発動する。

 

「纏めて薙ぎ払う! トルネードディザスター!」

 

 ユーリが発動した魔法は複数の巨大な竜巻を生み出し、怪物達の群れに突っ込んで竜巻に巻き込んでいく。怪物達は竜巻によってミンチになっていき肉片が散らばっていく。

 

 いや、肉片は残らなかった。命を終えた怪物達はそのまま魔力の粒子となって消えていった。

 

 あれは穢れた魔力に侵された怪物達じゃない。取り込んだ怪物をベースに魔力のみで生み出された魔力集合体、謂わば穢れた精霊に近い。

 

 どうりで数が尋常じゃない訳だ。魔力の塊なら、魔力があるかぎり何処からでもあの怪物を生み出すことができる。

 

 だが何故此処を狙う。ホルの森を焼き払うともあるが、どうして魔獣は最初にそこを狙う。

 何かまだ隠された事実があるんじゃないだろうか。

 

「ちっ……考える暇も無いか」

 

 ユーリより出遅れた俺も魔法を発動する。風神の力はぶっつけ本番だが、使い方は通常の魔法を使う時と同じのはず。どれだけ魔力を持っていかれるのか知らないが、一度に多くを薙ぎ払ってやる。

 

「トルネードディザスター!」

 

 ――シーン……。

 

 何も発動できなかった。

 

「なんっでだよ!?」

 

 風神の力は確かに発動している。なのに魔法は不発に終わった。

 今度は邪魔された訳じゃない。単純に魔法を発動させることができなかった。

 

 魔力が足りないから? それとも上位魔法を放てるほど力を貰えなかった?

 

「くそっ!」

 

 魔法を上空から使えないんだったら俺にできることは一つだけ。

 

 ――地面に降りて直接叩き斬る!

 

 地上の怪物に目掛けて直滑降で落ち、ナハトで怪物を両断する。

 

 そもそも俺は魔法での殲滅戦タイプじゃない。堂々と正面から相手をぶった斬るのが俺の戦い方だ。

 

「おら来いやァ!」

 

 上位魔法を放てなくても風自体は操れる。

 ナハトの剣身に黒い風を渦巻かせ、触れるだけで木っ端微塵にできる風の魔剣に変化させる。

 

『ガァァァァッ!』

『オォォォォンッ!』

『キシャァァァァッ!』

 

 怪物の軍勢が咆哮を上げながら突撃してくる。

 ナハトを一振りするごとに強烈な鎌鼬が発生し、ナハトが触れることなく怪物らを細切れにしていく。攻撃されてもナハトの一撃で上塗りして逆に斬り裂く。

 

 数は圧倒的に怪物のほうが多いが、それがどうした。この程度で俺が止められるものか。

 

 怪物らをぶった斬っていると、城門から激しい太鼓の音が響いてきた。城壁からの砲撃も止み、俺は城壁へと振り返る。

 

 見ると城門が開き、グンフィルド女王を戦闘にアーロン達が武器を手に現れた。

 

「者共ォ! 戦じゃァ!」

『オォォォォォッ!』

 

 女王達が一斉に突撃を仕掛けた。戦士達が走り大地が激しく揺れる。

 あっという間に戦士達の津波が俺を通り過ぎ、怪物達を喰らっていく。

 

 人族特有の盾を使う部隊が先に突撃して怪物に体当たりし、衝撃で怯んだ隙に盾の後ろから剣や戦斧を持った戦士達が怪物を討ち取る。

 決して一人で戦わず、最低でも盾役と攻撃役の二人組で行動して怪物を叩いていく。

 

 その勢いは凄まじく、ユーリが幾分か殲滅しているとは言え、怪物の軍勢を呑み込んでは進軍していく。

 

 これがエフィロディアの戦士達。恐れを知らず、痛みを知らず、仲間を信じ、ただ敵を喰い尽くす。

 

「グリムロックゥ!」

 

 アーロンが怪物の首を戦斧で斬り落とし、俺に吠えた。

 

「何チンタラやってんだてめぇ! 俺が全部喰っちまうぞ!」

「……残しておけって言ったの誰だよ!」

 

 俺も負けじと怪物の身体を両断する。

 

 久々に戦の血が滾ってきそうだ。怪物を殺す度に口角が吊り上がり、身体が熱く火照る。

 

 忘れていたこの感覚――そうだ、俺は戦場で生まれて戦場で育った戦人。

 

 向かってくる敵は全部魔剣で斬り殺す。敵が怪物なら容赦する必要なんかねぇ……全部喰らっちまえ。

 

「ナハト――喰らえぇ!」

 

 風の魔力を開放してナハトを振り払う。すると風が斬撃となって放たれ、正面にいる怪物らを纏めて薙ぎ払う。

 

 巨人型の怪物が俺に拳を振り下ろしてくるが、その拳をナハトでかち割り、そのまま身体を縦に両断する。

 

 遠くの方で穢れた魔力が結集していき怪物の姿に変わる。数は増えていかないが減ってもいかない。いつまで人と怪物の軍勢がぶつかり合って命を喰らい合う。

 

 左手に黒い稲妻を宿し、怪物らに向けて手を伸ばす。戦士達も射線上にいるが、怪物だけに的を絞って雷を地面に打ち込む。

 

「駆け抜けろ!」

 

 轟ッ! と雷鳴が響いて黒い雷が地面を四方八方に走り抜ける。雷は怪物だけを的確に貫き、確実に殺す。

 

 雷神と風神の力の使い方が少しだけ理解できた。

 

 エリシアやユーリのように上位魔法を使うことはできないが、力そのものは自在に操れる。魔法に変換できないがそれ単体だけで如何様にもでき、引き出せる力は中位程度まで。

 

 だがそれだけでも充分に強い。無言で操れる力の限界を大きく引き上げている感じだ。

 これなら魔法を使えなくても替えが効く。

 

「ソラァ!」

 

 俺の目の前を赤い女性が飛来する。その人は怪物を押し倒し、足で首を踏み潰した。そして槍で周りにいる怪物を斬り裂いていき、槍を投擲して一度に怪物を貫いて殺す。槍はある程度飛んでいくと、独りでに女性の手に戻った。

 

「フハハハハッ! 怪物などこの程度か!」

 

 グンフィルド女王が赤い魔力を滾らせながら高笑いした。

 

「随分とご機嫌だなグンフィルド!」

「おうとも! 久方ぶりの戦に血が騒いでおるわ!」

「そんなだから貰い手がいねぇんじゃねぇか!?」

「ハッ! いつの話をしておる! この戦が終われば、妾は婚儀を挙げるぞ!」

「は!? 誰と!?」

 

 予想外の話に驚きながら怪物の首を斬り落とす。

 グンフィルドはとても楽しそうに笑い、怪物を槍で穿つ。

 

「ユーリとじゃ! 言質は取ったぞ!」

 

 マジで!? アイツにそんな気があったのか!?

 え、じゃあグンフィルドが俺の義妹になるってことなのか!?

 俺の義弟が勇者で一国の女王が義妹って何それ!?

 

「さぁ! 者共! このまま怪物らを呑み込んでしまえ!」

『ウォォォォ!』

 

 女王の声に戦士達が雄叫びを上げ、怪物達への猛攻を続ける。地上の怪物達はどんどん森側へと押し返されていく。

 

 その時、空に無数の黒い影が現れる。注視すると、それは鳥形の怪物の群れだった。

 

「アーロン!」

「はっ!」

 

 女王に命じられたアーロンが空に魔法で光の球を放つ。光は上空で弾けて大きな音を鳴らす。

 

 その直後、城壁から無数の矢が放たれた。それもただの矢ではない。風の魔法で強化された大砲並みの威力を持った矢だ。

 その矢は空を飛ぶ怪物らに襲い掛かり、穿つどころか身体を弾けさせて撃ち落としていく。

 

 そして矢はそのまま地上で戦っている俺達の上から降り注いでくる。

 

「おいおいおいおい!?」

 

 俺は慌てて防御魔法と風を張って矢を防ぐ。他の戦士達は矢が降り注ぐ寸前に盾を上に構え、その下に盾を持っていない戦士達が入って矢をやり過ごす。

 盾を持っていない怪物らに矢が降り注ぎ、一気にその数を減らした。

 

 こいつら、やってることが無茶苦茶だろ! 下手すれば味方を巻き込んでたぞ!

 

「かかれぇ!」

『オオオオオオッ!』

 

 戦士達が一気に怪物を押し返す。数が減ったことで攻勢が更に強まり、もう少しで怪物を全滅させられるところまでやってこれた。

 

 しかし、それもすぐに止まることになった。

 

 ――ゴゴゴッ!

 

「何だ?」

 

 激しい地鳴りが起こり、森から何かが生まれた。

 

 それはあまりにデカい。都の城壁よりも高く、まるで山そのものだ。

 それは巨人だった。巨人の中でも更に巨大な怪物だ。

 

 二本の足と二本の腕で身体を支え、その巨人は咆哮を上げる。

 

『ゴォォォォォオ――!!』

 

 咆哮だけで大地が揺れた。

 あれほど巨大な怪物は見たことが無い。

 

 まさか、あれが魔獣なのか?

 いやだが、穢れた魔力の気配が弱い。魔獣ならもっと強いはずだ。

 

 巨人は両腕をゆっくりと振り上げた。

 

 背筋が凍った――。

 

「我、七神から授かりし盾を持ち、我に仇なす者から万物を守護する者なり!」

 

 全力で魔力を練り上げ、ナハトを地面に突き刺した。

 効果範囲を可能な限り広げ、防御魔法を展開する。

 

「マキシド・プロテクション!」

 

 広範囲に防御魔法を展開し、戦士達を包み込む。

 

 直後、巨人の両腕は大地に振り下ろされた。

 それにより発生した衝撃波が俺達に襲い掛かり、発動した防御魔法に激突する。

 

「ギィッ――!?」

 

 その威力に魔法が崩れ落ちる。できるだけ多くの戦士達を守ろうとして力を広げ過ぎたのが悪かった。ある程度は攻撃を凌いだが、衝撃波が防御を貫き、他の怪物ごと俺達を呑み込んだ。

 

 衝撃波が全身を鞭打ち、吹き飛ばされたのか地面に身体を打ち付けて転がってしまう。

 

 頭を強く打った……気絶しなかったのは幸いだ。

 

 ボタボタと頭から血を流しながら立ち上がり、舞い上がっている土煙を風魔法で吹き飛ばす。

 

 そして見えたのは壊滅したエフィロディアの戦士達の姿だった。

 

 壊滅した、というのは正しくない。比較的俺の近くにいた戦士達は吹き飛ばされているものの、まだまだ戦える状態に収まっている。

 

 だが離れていた戦士達はもろに攻撃を受け、全滅していた。

 

 グンフィルドは大丈夫だ。アーロンも女王の盾になっていたようだが、少し怪我をしているだけで問題無い。

 

 しかし、今の一撃で軍の大半がやられてしまった。これでは戦線を維持できない。

 

「兄さん! 陛下!」

 

 ユーリが隣に降りてきた。空を飛んでいたお陰で攻撃を免れていたようだ。

 

「俺は大丈夫だ……俺よりグンフィルドを心配しろ」

「何言ってるんですか!? 陛下より怪我が酷いですよ!」

「怪我ならすぐに治る!」

 

 言ってる間に頭の傷は塞がった。どうも力を得てから怪我の治りが異常だ。これも恩恵と捉えて良いのか分からないが、今の状況ではありがたい。

 

「それより、あれは何だ?」

「分かりません。魔獣でないのは確かなようですが……」

「何にせよ、アレは俺達で止めなけりゃいけねぇな……」

 

 あれは人の手に負えない。いくら女王でもあれは倒せないだろう。

 

 俺とユーリは女王とアーロンの下へ移動した。

 

「グンフィルド! アーロン!」

「ルドガー……助かったぞ」

「だが守り切れなかった。一度お前達は下がれ」

「何だと!? 妾に撤退せよと申すか!?」

 

 女王は激昂した。魔力が昂ぶり、足下の地面が割れる。

 

「最終防衛線まで下がれ。まだ生きてる戦士達を助けろ。あれは俺とユーリが相手する」

「巫山戯るでない! エフィロディアの女王たる妾が、怪物相手に背を向ける訳にはいかん!」

「あ、おい待て!!」

 

 グンフィルドは俺の制止を無視し、槍を握って新たに生まれて向かってくる怪物らへと突撃する。

 

「ちっ! あの脳筋馬鹿が! アーロン! 動けるならお前が軍を下がらせろ! 生存者を救出して後ろで怪物の侵入を防げ!」

「だが陛下が――ぐっ!?」

「俺とユーリが行く!」

「くそっ……! 頼む!」

 

 俺とユーリはグンフィルドを追い掛ける。

 

 再び穢れた魔力から生まれた怪物を葬りながら、グンフィルドは巨人に飛び掛かった。地面に着いている巨人の片腕を駆け上がながら槍で斬り裂く。巨人はグンフィルドを腕から払い落とそうと、もう片方の腕を動かした。

 

「舐めるなァ!」

 

 グンフィルドはその腕を正面から受け止め、巨人の腕を止めた。

 

「おいおい……!? 無茶すんじゃねぇよ! ユーリ!」

「はい!」

 

 グンフィルドが腕を止めている間にユーリと接近し、グンフィルドの隣まで腕を駆け上がった。グンフィルドが止めている腕に目掛けてユーリと一緒に蹴りを放つ。

 

『はぁぁぁっ!』

 

 巨人の腕は大きく跳ね上がり、正面の道が拓く。

 俺とユーリとグンフィルドは更に腕を駆け上がり、巨人の頭まで到達する。

 

 俺はナハトに、ユーリは脚に、グンフィルドは槍に魔力を込め、巨人の顔面に向かって一斉に攻撃を仕掛ける。

 

『おおおおおっ!』

 

 攻撃は直撃し、巨人の頭部を破壊することに成功した。

 

 これで巨人を倒せたかと思った直後、巨人の腕によって纏めて横から薙ぎ払われた。

 俺とユーリで防御魔法を咄嗟に張ってグンフィルドを庇うが、俺達はそのまま地面に叩き落とされる。

 

「ぐぞっ……!? 痛ぇ……!?」

 

 右の脇腹に激痛が走る。手をやると、破砕されて鋭く尖った石が後ろ側から脇腹を貫いていた。ちょうど鎧のプレートが無い部分で、鎖帷子も貫いていた。血が大量に流れ、地面を赤く染めていく。

 

「兄さん! 大丈夫ですか!?」

 

 ユーリが瓦礫を退かして下から出てきた。そこにはグンフィルドもいて、傷だらけだがまだまだ元気そうだった。

 

「だい――丈夫だっ!」

 

 石を抜き取ると、徐々に傷が再生されていく。傷は塞がり、痛みも完全に消えた。

 

 ナハトを握り締めて立ち上がり、頭部を破壊しても尚動き続ける巨人を見上げる。

 

 あれは生物じゃねぇな……何か別の力があれを動かしてやがる。

 

 巨人の正体を探っていると、破壊した頭部から何かが出てくるのが見えた。

 

 それは男の姿だった。魔族特有の黒くて長い髪に、細くも引き締まった肉体を持つそいつは、背中から黒い鳥の翼を生やした。

 

 そいつは巨人の上から俺達を見下ろし、自分の髪を後ろに掻き上げる。

 

「おやおやぁ……? 今の一撃で死ななかったのですかぁ?」

「魔族……!?」

「どうして巨人の中から……!?」

 

 魔族は何が面白いのか顔を歪めて笑い、興味深げに俺達を見下ろす。その間、巨人の動きは止まり、怪物も生まれてこなかった。

 

「まさか私の作品の一撃を受けて死なない人族がいるなんて! もしかして、貴方達が勇者なのですかぁ!?」

「てめぇ……いったい誰だ!?」

 

「私ですか? 私こそ魔王軍の四天王が一人、暴嵐のルキアーノ! 以後、お見知りおきを」

 

「四天王だと!?」

「魔族が我が国を攻めてきたのか……!」

 

 馬鹿な、何で魔族の四天王がエフィロディアに攻撃を仕掛けてきた!?

 まさか、ララを狙って? だとすればどこから情報が漏れた? それとも別の目的が?

 

 ルキアーノと名乗った魔族は巨人の上でお辞儀をした。

 

 一々動きが癪に障る奴だ。俺が嫌いなタイプだ。

 

「魔族が此処に何の用だ!?」

「それを答える必要は……ありませぇん! でもどうしても知りたいと言うのなら、もう少し私を楽しませてくださいよぉ!」

 

 ルキアーノは再び巨人の中へと姿を消していった。巨人は命を吹き込まれたように再び動き出し、俺達に接近してくる。

 

 くそ、あの野郎ォ……ぜってぇ泣かしてやる!

 

 魔族の四天王が相手になっちまったが、やることは何も変わらねぇ。あの巨人をぶった切ってついでに中にいるクソ野郎を気が済むまで殴り続ける。

 

「ユーリ! グンフィルド! 気合い入れろよ!」

「分かってますよ兄さん!」

「誰に物を言っておる!」

 

 俺達は同時に地面を蹴り、巨人へと突撃した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 激闘! 巨人兵!

 

 

『潰れろ!』

 

 巨人が拳を振り上げる。振り下ろされれば衝撃波だけで致命的だ。

 なら攻撃を全て未然に防ぐしかない。

 

「ユーリ!」

「風よ――巻き起これ!」

 

 ユーリが特大の風を集めて振り下ろされる巨人の拳にぶつける。風とぶつかった拳はそのまま押し止められる。その間に俺とグンフィルドは巨人へと近付き、俺は右脚、グンフィルドは左脚へと分かれる。

 

「ナハト!」

「我が槍よ!」

『斬り裂け!/焼き貫け!』

 

 雷神の力を発動し、ナハトから稲妻を発生させる。雷の刃となったナハトは巨人の右脚を斬り付け、黒い雷を巨人の右脚全体に走らせる。グンフィルドの槍は紅い炎を纏い、巨人の左脚に突き刺さって内部へと炎を送り込む。

 

 頭を吹き飛ばしても倒れない以上、この巨人の動きを止めるには足下を崩す他無い。巨大な岩のような脚を雷と炎で破壊する。

 

 脚を無くした巨人はそのまま身体が崩れ落ち、両手で身体を支えようとする。

 

『何とぉ!?』

「次はその腕を貰います! ストームランス!」

 

 ユーリは上空で緑色の魔法陣を二つ展開し、それらの中心から激しく風が渦巻く緑の魔力の槍を巨人の腕目掛けて放つ。槍は巨人の両腕を貫いて砕き、巨人の身体を地面に転がす。

 

 激しい地鳴りを起こしながら倒れた巨人の中から、ルキアーノの楽しそうな声が聞こえる。

 

『ヒィヤーハー! やりますねぇ! 今度は此方の番ですよぉ!』

 

 崩れ落ちた巨人の手足が瞬く間に修復されていく。最初に破壊した頭部も時間が巻戻るようにして修復され、巨人は再び立ち上がる。

 

 成る程、あれはゴーレムの類いか。ならコアとなる部分が何処かにあるはずだ。ルキアーノ自身がそうだという可能性もあるが、魔族の将軍がコアになるとは思えない。あくまでもルキアーノはゴーレムの操縦士ってところだろう。

 

 完全に修復された巨人は再び両腕を大きく振り上げる。

 

「そう何度も何度も同じ攻撃が通用するか! 芸がねぇぞ!」

 

 もう他の戦士達の撤退は済んでいる。今この戦場にいるのは俺達だけだ。

 

 巨人の拳が振り下ろされる瞬間、俺とグンフィルドは上に大きく跳躍する。拳が地面に叩き付けられた時には巨人の腕に乗っており、そのまま上に駆け上る。

 

「駆け抜けろ――迅雷!」

 

 全身に黒い稲妻を纏わせ、雷の速度で巨人の頭部に接近する。ナハトを額に突き刺し、雷を流し込む。大量の黒い雷が激しく迸り、巨人の身体を駆け抜ける。

 

「我、猛炎を以て焼却せし破壊者なり――スカーレットレーザー!」

 

 人で言うところの心臓部分にグンフィルドが炎の集束砲を槍から放つ。それは巨人の胸を焼き穿ち、巨人の胸に大きな穴を開けた。だが穴はすぐに塞がり始める。

 

「それは許しませんよ!」

 

 ユーリが風を巨人の穴に集め、風の結界を作り出して修復を阻害していく。

 

 風を彼処まで高密度に、それも瞬時に集められるユーリの力は相変わらずデタラメだ。普通の魔法ならもっと時間が掛かると言うのに。

 

「ユーリ! そのまま風を維持するのじゃ!」

 

 グンフィルドが地上で槍に炎を込め、投擲の構えに入る。そのグンフィルドに向かって巨人が踏み付けようと脚を上げる。ゴゴゴッと、大気を振動させながら脚が降ろされる。

 

「やらせるかよ!」

 

 上位の防御魔法を発動する魔力はもう残っていない。だったら俺にできることはただ一つ。

 

「おおおおおおっ!」

 

 稲妻を纏ったまま巨人の脚へと突進し、横から渾身の力で脚をナハトで打ち付ける。脚をグンフィルドから大きくずらし、そのままナハトで巨人の巨大な脚を両断する。

 

「天を焦がせ――鳳凰天照破!」

 

 グンフィルドの槍が炎の鳥となって放たれる。鳳凰は巨人の胸に展開されている風の結界に飛び込み、そのまま風で炎が増長される。巨人の胸で炎が溢れ、巨人を内側から劫火で焼き尽くしていく。

 

「これで――終わりです!」

 

 ユーリが炎の風を操り、巨人を内側から大爆発させた。巨人の上半身は吹き飛び、身体を構成していた瓦礫が四散する。

 

 俺はその瓦礫を一欠片も逃さず注視する。

 

 ――あった!

 

 瓦礫に埋もれている巨大な水晶を見付け、稲妻を纏わせたナハトで両断する。

 

 水晶は雷によって砕かれ、込められていた魔力が弾ける。

 巨人の身体は修復されず、残っていた下半身も崩壊していった。

 

 やはりあの水晶が巨人のコアだったようだ。

 

 俺はグンフィルドとユーリの近くに着地した。

 

「奴は!?」

 

 俺達はルキアーノを探した。コアは破壊したが、完全のルキアーノの姿を確認していない。

 巨人の瓦礫を見渡すが、ルキアーノの姿も無ければ魔力も気配も感じられない。

 

 逃がしたか……くそっ、巨人に集中しすぎていつの間にかルキアーノの離脱を許してしまっていた。

 

 だが、逃げてくれて正直ホッとしている部分もある。予想以上に魔力を消費し過ぎた。このまま魔族の将軍と戦闘になれば消耗している俺達が不利になる。怪物もこれ以上現れず、一先ずは俺達の勝利ってところで良いだろう。

 

「グンフィルド、すぐに軍を立ち直らせろ。将軍が出て来たからには、この先も油断ならないぞ」

「言われずとも分かっておる」

「ユーリ、俺とお前は魔力の回復に専念するぞ。魔獣だけじゃなく将軍も相手にすることになる。いくらお前でもだいぶ消耗しただろ」

「これぐらい何とも……って言いたいところですけど、ええ、そうしましょう」

 

 ユーリも額から汗を流している。いくら勇者と言えども上位魔法を連発すれば疲れはする。

 

 しかし、どうして俺は上位魔法をユーリのように使えない?

 もしかして、俺が手に入れたこの力は勇者とは別のモノなのだろうか?

 属性自体は操ることができる。威力も上がっている。

 

 そもそも、二つの試練を受けていること自体がおかしい。今までの歴史でも勇者の登場は何度かあった。だが彼らでさえ力は一つだけだ。

 

 俺に全属性の適正があるからか? 分からない……もっと調べる必要がありそうだ。

 

 新たな謎を残して、俺達は城壁の内側へと戻った。

 

 

 

    ★

 

 

 

 撤退した戦士達は負傷した戦士達の治療と武器の補充に勤しんでいた。

 

 兵器の補充はもう間もなく完了する。

 

 しかし、負傷者が多すぎる。城壁内の部屋に負傷者がぎゅうぎゅう詰めに集められ治療を受けているが、治癒魔法が追い付いていない。治癒士の数もそうだが、全員を治すには魔力が足りないだろう。

 

 魔法を施せない者には医療品で手当をするが、それでは次の戦いに満足に挑めない。

 

 次の攻撃がまた怪物の総攻撃なのか、それとも将軍自らやってくるのか、はたまた魔獣が来るのか分からない。可能な限り完璧な状態まで戦力を戻しておきたいところだ。

 

「次! 三番から六番までの霊薬を負傷者に使え!」

「……ララ?」

 

 ララが髪をアップに結んで戦士達の治療を行っていた。動ける戦士達に霊薬の精製方法と使い方の指示を出して統率している。

 

「裂傷には二番のを! 骨折には四番! 一番の霊薬は!?」

「もう間もなく完成します!」

「材料が足りない! もっと集めて班ごとに作って!」

 

 ララは負傷者の血で白いローブを汚しながらも、テキパキと鬼気迫った様子で霊薬を使って治療していく。

 

 ララの霊薬を施された戦士達の傷は見る見る内に再生していく。霊薬は確かに強力な薬だが、治癒魔法と比べたら遅効性なものが基本だ。

 

 だがララの霊薬は治癒魔法と同等の即効性を持っていた。

 これなら治癒士が足りなくても何とかなりそうだ。

 

 治療しているララを見つめていると、ララが俺に気が付いた。

 

「センセ!? 血が!?」

「あ、ああ……大丈夫だ。傷はもう塞がってる。それより、戦士達を治療してくれてるんだな」

「……守られてるだけじゃ、嫌だったからな。今の私にできることはこれぐらいだ」

「充分凄いことだ。ありがとう。シンクは?」

「向こうの部屋で待ってもらってる……。センセ、何か霊薬要るか?」

「……大丈夫だ。お前から貰った霊薬がある。ただ少し疲れた。シンクのところで休んでるよ」

 

 ララに無理はするなとだけ伝え、奥の部屋へと向かう。扉を開けると、小さな鉄格子から外を眺めているシンクがいた。

 

 シンクは俺に気が付くとトコトコと寄って来て、脚に抱き着いてきた。

 シンクを持ち上げ、俺は床に腰を下ろした。

 

「とと、おかえり」

「ああ……ただいま」

 

 霊薬のアンプルを取り出し、蓋を開けて中の液体を飲み干す。これで少しは魔力の回復を早められるだろう。

 

 シンクを腕に抱き、シンクの温もりを感じる。

 

 嗚呼……何とかこの子達を守れたんだな……。次もまた、シンクとララを置いて戦いに出るのか……。

 

「……なぁ、シンク。次も良い子で待ってられるか?」

「……? うん、シンク、まつ」

「……そうか。待っててくれるか……」

 

 瞼が重い。このまま少し眠りに入ろう。次もまた激しい戦いになるだろう。

 その時にしっかりと暴れられるように疲れを取っておかなきゃ……。

 

「……」

「……」

 

 俺はシンクを抱いたまま眠りに着いた。

 その時、シンクが何を考えていたのか知らないまま。

 

 ――目覚めた時、シンクは俺達の前から姿を消していた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 勇者の使命

 

 俺とララはシンクを探してメーヴィル中を探し回った。シンクの姿は何処にも無く、とうとう日が暮れてしまった。

 

 俺が眠ったのはほんの一時間程度だ。幼い子供の足ならそう遠くまで行けないはずだが、シンクを普通の子供の範疇で考えても良いのか迷った。魔族の子供なら幼くても身体能力は人族の子供よりも高いし、ヴァーガスだった頃の影響もある。

 

 もし都から出てしまったとすれば、いったい何処に行ってしまったのか。都の人に訊いても誰もシンクの姿を見ていない。

 

 もしかして攫われた? だとすればどうして?

 

「センセ……」

「……お前は城に居ろ。シンクが戻ってくるかもしれない」

「センセは……?」

「城壁の外を探してくる」

 

 ララを城に残し、俺は城壁の外へとルートに乗って飛び出た。都の周りを走り、シンクの手掛かりを探した。日は暮れているが、俺の目なら夜でも見える。

 

 一通り走り回ってみたが、手掛かりらしき物は見つからなかった。

 

 いったい何処に行ったんだ、シンク……。

 

「……まさか」

 

 ふと、シンクがアスカを呼び出したことを思い出す。あの時もシンクはふらりと外に出ていった。今回も森へ行ったのかもしれないと頭を過る。

 

 俺は森へ探しに行こうとルートを操る。だがそこへ空からユーリが降りてきた。

 

「兄さん、すぐに城へ戻ってください」

「……何があった?」

 

 

 シンクの捜索を中断して城に戻った。ララはシンクが見つからなかったことに落ち込んでいたが、状況が状況なだけにグッと堪えた。

 

 今、俺達は城の謁見の間に集まっている。グンフィルドを筆頭に、戦士達が顔を突き合わせ、深刻な表情を浮かべていた。

 

「……強大な魔力が此方に向かっているとな?」

 

 それは一人の戦士が齎した一報だった。その戦士によると、魔法による遠視で西の空から強大な魔力の塊が移動してきていることが分かった。それは真っ直ぐ此方に向かってきており、此処に到達するのにそう時間が掛からないとのことだ。

 

 その魔力の正体が何なのかまでは判らず、こうして会議を開いている。

 

「属性は判るのか?」

「報告によれば、風属性だと。ただ、邪気を感じるとも」

 

 戦士の報告を聞き、俺と、この場にいるアーロンはある心当たりに辿り着いた。

 

 ダール村の空に突如として現れた超巨大な鳥――ケツァルコアトルと思われるアレだ。

 

 ダール村に現れてから一度も他で現れたという報告は聞かないが、空に浮かぶ強大な魔力の正体がケツァルコアトルという可能性は高い。

 

 だが邪気を感じる……その言葉に引っ掛かりを覚える。

 

 あの時のケツァルコアトルは凄まじい力を持っていたが、邪気までは感じなかった。観測されるまでに何かあったのだろうか。

 

「……例の報告にあった超巨大な鳥か」

 

 グンフィルドもその可能性に気が付いた。

 

 ケツァルコアトルが此処へ向かっている。

 それを知った戦士達は騒然とする。

 

 ケツァルコアトルは平和を齎す存在だが、同時に異変を齎す存在だ。それにダール村では何の前触れも無く攻撃を仕掛けてきた。俺が全力で防御しなければ俺達は村ごと消滅していた。

 

 もしあの力が此処で振るわれでもしたら、都全体を守ることは俺でも、ユーリがいてもできやしない。

 

「陛下、もしケツァルコアトルだった場合、我らはどう対処すべきだと思いますか?」

 

 アーロンがグンフィルドにそう尋ねる。

 ケツァルコアトルは風神の眷属だ。怪物として処理する訳にもいかないだろうし、かと言って見過ごす訳にもいかない。民達を避難させるなり防衛策を取るなり、何かしらの行動を起こさなければならない。

 

「知れたこと。眷属であれ神獣であれ、我が民に害をなすなら敵として討つまでじゃ」

「しかし斯様な存在、果たして我らの力が通用するか……」

「エフィロディアの戦士、それもランダルンの出がよもや憶している訳ではあるまい?」

 

 グンフィルドはアーロンに挑発めいた言葉を投げる。

 アーロンはそれに強く反応することはなく、ただ淡々と現実を述べる。

 

「陛下、我ら戦士が戦うことに異論はありません。しかし、現実問題として民達のことを考える必要があります。ケツァルコアトルが此処に向かってくるのであれば、避難させるべきかと」

「……お前は奴の力を目の当たりにしているのであったな。それ程か?」

「はい。グリム……ルドガーがいなければ死んでおりました」

 

 グンフィルドは玉座で肘を突いて思案する。

 

 アーロンの意見には俺も賛成だ。此処が戦場になるのであれば、戦えない者達は避難させるべきだ。幾人かの戦士達も一緒に避難させ、最悪エフィロディアの戦士の血を後世に遺さなければいけない。

 

 グンフィルドは溜息を一つ吐き、俯かせていた顔を上げる。

 

「良かろう。歳が二十に満たない戦士達を民の避難に回せ。これは勅命だ。有無を言わさず従わせるのじゃ」

「ご英断です」

「さて、これで問題がまた増えたな。将軍ルキアーノに魔獣、そしてケツァルコアトル。この三つの問題をどう片付けるか……」

 

 グンフィルドは頭を悩ませる。これは確かに厄介な状況だ。

 

 魔獣の問題だけでも世界的危機なのに、そこへ魔族の将軍が乱入し、ケツァルコアトルまでもが戦場にやって来る。

 

 異常事態が三つも同時に発生するのは、どう考えても偶然じゃない。

 一見、無関係そうに見えても、この三つは何処かで繋がっているのではないだろうか。

 

 予言された魔獣復活、目的が不明な将軍、ケツァルコアトル……。

 

 何か、何か大事なことを俺達は見付けられていないんじゃないだろうか。

 

「ユーリ、魔獣は其方に任せても良いのじゃな?」

「はい。兄が聖槍フレスヴェルグを手に入れました。それで魔獣を倒せるはずです」

「ルドガーが? 聖槍は勇者である其方しか使えないのでは?」

「あー……まぁ、色々とあんだよ、色々と」

 

 俺だってその理由を知りてぇよ。

 

 グンフィルドは俺を訝しんだ目で睨み、俺に答える気が無いと解ると「そうか」と言ってそれ以上何も聞かなかった。

 

「では、魔獣は任せるとして将軍ルキアーノじゃが……」

「それも俺達に任せてくれ」

 

 俺は手を上げてそう言った。

 

「良いのか?」

「態々魔族の将軍が此処に現れたんだ。きっと魔獣と何か関係がある。魔獣と戦うことになれば、望まずとも奴とぶつかるだろうさ」

 

 魔族の将軍という立場の魔族が、大きな目的も無しに人族の国に現れて行動を起こすはずがない。タイミングも魔獣が復活する直前だ。きっと何処からか魔獣のことを知ったに違いない。魔獣を狙っての行動なら、何処かで必ずぶつかる。

 

 今度はウルガ将軍のような一騎討ちにはならない。魔獣を巻き込んだ、何が起こるのか予想できない戦いになるだろう。

 

 それでも俺とユーリは勝たなくちゃならない。負ければ世界が再び争いに呑まれ、多大な犠牲を払うことになる。これはそういう戦いなんだ。

 

「……よし、ならばケツァルコアトルは妾達に任せよ」

「因みに、具体的にはどうやって?」

「そんなもの……こう、一気呵成にドォーンっとやれば良かろう」

『……』

 

 俺とユーリはグンフィルドに背中を向け、腕を組みながら顔を寄せる。

 

「なぁ、やっぱケツァルコアトルも俺達でどうにかしたほうが良いんじゃないか?」

「正直、手一杯ってところですけど……並みの戦士では対抗できないでしょうし……」

「最初にケツァル、次に将軍もしくは魔獣って流れで行くか?」

「それでいきましょう。全部終わったら祝言の前に惰眠を貪りたい……」

「婚約おめでとう、弟よ。アレが妹になるなんて驚きだよ」

「まぁ……僕もいい歳ですからね。此処だけの話、彼女のように主張の激しい人は好ましい」

「お前にはお似合いだよ」

 

「これ、何をコソコソと話しておる?」

 

 俺とユーリはくるりと振り返り、咳払いを一つして口を開く。

 

「んんっ、あー、ケツァルも俺とユーリが対処する。お前達は後方での支援と民達の避難を任せたい」

「何? 妾達戦士に戦いをさせぬつもりか?」

 

 グンフィルドの目は険しかった。言ってみれば、確かに彼女達に戦いをさせないようにしているようなものだ。それがエフィロディアの戦士にとってどれ程の屈辱になるのか、容易く想像できる。

 

 けれど、戦士のプライドを尊重したところで、彼らがアレに勝てるとは思えない。

 

 縦しんば勝てたとしよう。だがそれに支払うことになる犠牲は計り知れないだろう。

 であれば、勇者であるユーリと同門である俺が彼らよりも前に立つべきだ。

 

 勇者は誰よりも前に立ち、誰よりも傷付き、誰よりも多くを守らなければならない。

 

 それが勇者の使命なのだから。

 

 勇者と共に戦場を駆け抜けるのが戦士の本願なのかもしれない。勇者と共に戦場で果てることこそが至高なのかもしれない。

 

 だが勇者は決してそれを許さない。共に戦うことはあれど、彼らを死なせることは決してあってはならない。

 

 勇者とは、そういう存在なのだ。

 

「戦いはしてもらう。民達を守る戦いをな。先駆けは勇者の特権だ」

「……其方は勇者ではなかろう」

「これでも勇者の兄なんでね。兄の特権だ」

「……ハァー。分かった分かった。好きにせい。じゃがこれだけは言うておく――死ぬなよ」

『当然』

 

 

 会議が終わり、俺達は謁見の間から出て行く。

 これからすぐにケツァルコアトルの対処に向かい、魔獣が現れる前に方を付ける。

 

 だが俺とララには別の問題がある。

 

 シンクをまだ見付けられていない。森にいるかもしれないとまで予想したが、これから探しに行く時間が無い。すぐにケツァルコアトルの方へと向かわなければならない。

 

 俺が頭を悩ませていると、ララが決心した表情で口を開く。

 

「センセ、私が探しに行く」

「なに? ダメだ、一人じゃ危険過ぎる」

 

 昼間に戦った怪物が森に潜んでいるかもしれない。怪物じゃなくとも、獰猛な野生動物に遭遇するかもしれない。いくら守護の魔法が施されていると言っても、そんな場所に一人で向かわせる訳にはいかない。

 

 それに今は夜だ。ララも俺と同じで夜目は利くが、夜の森はあまりにも危険過ぎる。

 

「シンクだって一人かもしれないんだ。それに私だってある程度は戦える」

「だがな……」

「……兄さん、ララお嬢さんに任せましょう」

「ユーリ……」

「聖獣達にララお嬢さんを守って貰えるよう頼みます。もしかしたらシンク坊ちゃんも、聖獣達のところにいるかもしれない」

「……くそっ」

 

 俺は首から提げている、アイリーン先生から貰った宝石を外し、それに俺の魔力を込めてララに渡す。

 

「いいか? これに俺の魔力を込めた。ちょっとした防衛魔法なら自動で発動する。お前を見付ける目印にもなる。絶対に無くすな」

「……他の女から貰った物を渡して良いのか?」

「お前を守る為なら軽蔑されたって良い」

「……」

 

 ララは少し目を見開いて、宝石を手に取った。

 

 俺はララを一度抱き締める。

 まじないみたいなものだ。ララが無事にシンクを見付けられるように願い、ララの背中をポンポンと叩く。

 

「無事でいろよ……」

「……せ、せんせもな」

 

 ちょっと上擦った声でララがそう返す。

 ララを離し、俺はユーリと一緒に城壁の外側へと向かう。

 

「……兄さん」

「ん?」

「エルフの国に行ってから、誑しになりました?」

「はぁ?」

「いえ……姉さんも大変だ」

 

 何かユーリが呟いたが、どうせくだらないことだろう。

 

「さてと、ユーリ。覚悟は良いか? こっからは休み無しだぞ?」

「望むところですよ。勝負はまだついてませんからね!」

 

 俺とユーリは地を蹴り、風の魔法を操って夜空へと飛びたった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 遺跡にて

 

 

 ララはホルの森の中を走る。白いローブが泥で汚れることも構わず、額に汗を流しながら暗い森を見渡す。

 

 弟のように思っているシンクが森の何処か、もしくは遺跡にいることを願って探し回る。右手に握っている杖の先に光を灯し、シンクが見付けられるようにする。ララ自身は夜目が利き、どれだけ森が闇に染められようとも、遠くまで見通すことができる。

 

 此処まで怪物にも獰猛な動物にも遭遇することはなかった。代わりに見たことが無い動物がララの目に付いた。

 

 鳥の羽のような耳をした兎に、毛深い白い鹿のような動物、角が生えた小熊のような動物。

 

 魔法生物のようだが、アレがユーリの言っていた聖獣なのだろうと、ララは察した。

 聖獣達はララに何をする訳でもなく、遠巻きにララを見守っているようだ。

 

「ハァ……ハァ……見てるだけじゃなくて、探すのも手伝ってほしいものだがな」

 

 流れる汗を袖で拭い、聖獣達に文句を呟く。

 

 夜だというのにこのエフィロディアは気温が高い。森の中は更に熱が籠もっている。魔法で水を生成して水分を補給し、脱水症状に気を付ける。

 

 シンクがもし一人でこの森にいたら、この気温の中で水に飢えているかもしれない。

 そう考えるとララは焦心に駆られる。あんな幼い子供では体力が保たない。

 

 ララは何とかしてシンクを見つけ出す方法を考える。

 自分にできることは魔法と霊薬作り。魔法でシンクを探せないかと、使える魔法を頭の中から探す。

 

「痕跡を見つける……ダメ、範囲が広すぎる。ならシンクの魔力を探知する……探知系の魔法……アレなら使えるか?」

 

 ララは杖の光を消し、頭上でくるんと振り、呪文を唱える。

 

「精霊よ来たれ――デプレーション」

 

 探知対象をシンクの魔力にして、ララは精霊魔法を発動する。

 

 特定の属性精霊を介する魔法ではなく、全ての精霊を使役して発動する魔法。習得難易度はそこまで高くないが、術者の力量次第で探知範囲は左右される。

 

 ララの魔法力は言わずもがな、探知範囲は広範囲になる。

 

 精霊によって範囲内の魔力をララに教える。複数の反応があるが、それらは魔法生物や魔石の魔力だ。

 

 ――何処だ……頼む、見つかってくれ……!

 

「っ、あった……!」

 

 シンクの魔力を見付けた。ララは魔力の反応があった方向へと走る。

 その途中であることに気が付く。この道は遺跡へ向かう時に通った道だと。

 ならシンクは遺跡にいるのだろう。遺跡にいるのなら守り神であるアスカと一緒にいるはずだ。少なくとも、シンクの安全は保障されているだろう。

 

「シンク……どうして一人で遺跡に……」

 

 木々を掻き分け、シンクがいる場所へ急ぐ。

 

 早くシンクを見付けてやりたい。センセの下へと連れて帰ってやりたい。

 

 その一心でララは夜の森を駆けた。

 そして遺跡へと辿り着き、ララはもう一度探知魔法を発動する。

 この遺跡の何処かにシンクがいるはずだ。ララはシンクの魔力を探した。

 

「……魔力の反応が……無い?」

 

 ――おかしい、確かに魔力は此処から感じたはずなのに。

 

 遺跡は結界で守られていると、アスカはそう言っていた。その結界の作用なのだろうか。

 そう言えば、聖獣の姿も見えない。

 何か変だと気付いたララは杖を握り締めて警戒した。

 

「落ち着け……常に周りを意識して……両手はいつでも動かせるように……心を落ち着かせて……」

 

 ララはルドガーに教わった通りに、戦闘時の心構えを口にする。

 

 この場にルドガーはいない。自分を守ってくれる勇者は今回はいない。自分の身は自分で守らなければいけない。

 

 ララはルドガーから渡された緑の宝石の首飾りに手をやる。身を守ってくれると言っていたが、それも何処までの力があるのか分からない。

 

「……センセ、力を貸してくれ」

 

 ララは意を決して遺跡の中へと足を踏み入れる。

 

 遺跡の中は不気味なまでに静かだった。夜の遺跡ということもあり、不気味さは更に増している。虫の音すら聞こえないことにララは不信感を抱き、何か異変が起きているのだと確信する。

 

 早くシンクを見付けて此処から出なければならないと思い、ララは急ぐ。

 

 最初に探したのはユーリの家だ。中に入って杖に光を灯し、シンクがいないか探す。

 

「いない……」

 

 ララは手当たり次第に遺跡内の建物を探し回る。粗方小さな建物は探し終わり、残ったのは遺跡の中心にある大きな建物だけだ。不気味に佇む建物を見てゴクリと唾を飲み込み、ララは意を決して建物に近付く。

 

 神殿か何かだったのだろうか。中は広い空間で柱や壁にビッシリと文字が彫られている。壁画もあったが、掠れて何が書かれているのか分からない。ユーリが研究をしていたのだろうか、何かの資料や道具が山積みにされている。

 

「……魔力?」

「おんやぁ?」

「っ!?」

 

 ララが神殿の奥から魔力を感じたその時、背後から男の声が聞こえた。ハッとして振り返ると、上半身裸で白いコートを着た長い黒髪の男性が立っている。赤い瞳に歪んだ笑みを浮かべたその男性は、ララを面白そうに見つめる。

 

「おやおやおやぁ? 何処かで見た顔ですねぇ? そう魔王様の城で……」

「……ルキアーノ……将軍……!?」

「ああ! ララ姫じゃあないですかぁ!」

 

 ララはその男性を知っていた。城に住んでいた頃に顔を何度か合わせている。

 

 魔王軍の将軍、ルキアーノ――暴嵐のルキアーノ。

 

 どうして魔族の将軍が此処にいるのか。この遺跡は特別な結界が張られているのではなかったか。

 否、それは今はどうでも良い。問題なのは、ララの目の前に魔族の将軍が立っているということだ。

 

 ララは自分がどう言う立場なのか理解している。次期魔王の候補として挙げられており、魔族に力を取り戻す心臓として狙われている。

 

 半年前はウルガ将軍が狙ってエルフの国にやって来た。アルフォニア校長の話では、他の将軍はララを積極的に狙っている訳ではないと言っていた。

 

 だがこうして目の前に現れたら話は別だ。目の前に格好の獲物がいて見逃すハンターはいない。

 

「これはこれは姫様ァ……こんなところでお目にかかれるなんて。エルフ族の大陸にいると聞いておりましたが、どうしてこんな所に?」

「お前こそ……何故此処にいる……!?」

「私はぁ、研究でこの遺跡に用があるんですよぉ。何やら邪魔者もいましたけどぉ、ご退場願いましたよぉ」

「アスカに何をした!?」

 

 ララは杖をルキアーノに向ける。いつでも攻撃魔法を放てるように魔力をセットし、ルキアーノを睨み付けた。

 

 ルキアーノはニヤニヤと笑いながら、「チッチッチ」と舌を鳴らして指を振る。

 

「誤解しないで下さいぃ……確かに殺そうとしましたけどぉ、その前にワーウルフに邪魔されて逃がしてしまいましたからぁ」

「ワーウルフ……?」

 

 ふと、ララの頭にシンクが過った。だがアレはヴァーガスの呪いだったはずと、その考えを頭から消した。

 

「聖獣、でしたかぁ? 私の研究材料に丁度良いかと思いましたけどぉ、逃げられたのなら仕方ありませんねぇ」

「……」

「――代わりに姫様を材料にしましょうかぁ?」

「サラ・ド・イクスズ!」

 

 ララはルキアーノに火属性の爆発魔法を放った。炎弾がルキアーノに直撃する寸前、ルキアーノの背中から黒い翼が生え、盾になってララの魔法を防いだ。

 

 爆煙でルキアーノの視界が遮られている内にララは出口へと振り返って全力で走った。

 

 しかし出口に辿り着く直前、ララの後頭部に衝撃と痛みが走り、ララは力なく床に転がってしまう。

 

「いけませんねぇ、魔王様のご息女が精霊魔法を使うだなんてぇ……。ただでさえ混ざり者だと言うのに、それ以上穢れてどうするんですかぁ?」

「くっ……!」

 

 ララは何とか身体を動かし、杖を振るってルキアーノを吹き飛ばそうとする。

 だがルキアーノはララの魔法を簡単に手で弾いた。

 

「おんやぁ? 殺すつもりで攻撃したのに、何で生きてるんですかぁ?」

 

 ルキアーノは首を傾げ、倒れているララに近付く。首を掴もうと手を伸ばすと、激しく光が迸り、ルキアーノの手を弾いた。

 

 弾かれたルキアーノの手からは煙が立ち上がり、ルキアーノは驚いた顔で焼かれた手を見つめる。

 

「これは……防御魔法? いえ……その程度で私の手が……まさか、守護の魔法ですかぁ?」

「……ッ!」

「これはこれはぁ! 珍しい魔法をお使いで! でもまだ不完全のようですねぇ! 完全な守護なら弾かれるだけでは済みませんでしたからァ!」

「くそっ――」

「おそぉい!」

 

 ララの杖がルキアーノによって蹴り飛ばされ、見えない力によってララは壁まで吹き飛ばされる。防御魔法と守護の魔法によって致命的なダメージは負わないが、衝撃で全身に痛みが走る。

 

 ルキアーノが両手をララに伸ばすと、ララは首を絞められたように持ち上げられ、宙で藻掻き苦しむ。

 

「がっ――!?」

「この程度ならば私の力で上から押し潰せますぅ。でもぉ、姫様をこの場で殺すよりもっといい事を思い付いたので殺しませんよぉ! 少しの間眠ってもらいますねェ!」

「くがっ――!?」

 

 ――せ、センセ……たすけ……。

 

 ララはそのまま意識を失った。ぐったりとしたララを魔法で浮かばせたまま、ルキアーノはララを連れて遺跡の中へと姿を消してしまう。

 

 魔族が、魔王の娘を手中に収めてしまったのだ――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 供物

 

 

 星が輝く夜空を俺とユーリは全力でかっ飛ばしていく。最初はユーリにおくれを取っていたが、風で飛ぶコツを掴めば並んで飛行することができた。

 

 これならエリシアみたいに雷にならないで済む。まぁ、上位の魔法を使えなかった時点でそれはできなかっただろうが。

 

 ともあれ、今出せる最速で報告のあった場所へと向かっている。

 

 ララは大丈夫だろうか……。渡した御守りじゃ、大きなダメージは防ぎきれない。守護の魔法だって不完全だから何処まで通用するのか不明だ。戦えると言っても、まだまだ素人の域だ。怪物に襲われでもしたらどうなるか……。

 

 ユーリが聖獣達に声を掛けてくれたが、聖獣は聖獣でやれることに限界がある。

 やはり一人で行かせるべきではなかったかも……。

 

「っ、兄さん見えました!」

「……やはり、あの鳥か」

 

 俺達の正面で空を飛んでいるのは、あの村に現れた超巨大鳥だった。

 

 島が一つ飛んでいると錯覚しそうなほど巨大なそれは、悠々と翼を羽ばたかせて此方へと向かってきている。

 

「ユーリ、アレが何だか分かるか?」

「……あれからは風神の力を感じます。陛下達が言うように、ケツァルコアトルかと」

「風神の眷属……本当にいたとはな」

 

 校長先生に羽根を持ち帰ってほしいとか言われたが、あんな巨大な羽根をどうやって持ち帰れと。

 

 しかし、あれがケツァルコアトルなら討伐するのは流石にマズいか。できるできないは兎も角、あれでも一応平和の象徴。神獣と言っても過言ではない存在を殺す訳にはいかないだろう。何とかして巣に戻ってもらうしかないか。

 

「……様子が変です」

「なに?」

「ケツァルコアトルなら魔力に神性さが感じられるはずです。ですが、あれからは邪悪な気配を感じます」

「ケツァルコアトルじゃ、ないってことか?」

「いえ、アレは間違いなくケツァルコアトルです。でも何だ、この感じ……」

 

 確かに、アレからは邪気が感じられる。風神の眷属ならそれに相応しい神性さを纏っていなければならない。平和の象徴である存在から邪なモノが発せられているのは明らかにおかしい。

 

 だが何れにせよ、アレを止めなければいけない。正体がケツァルコアトルでなくとも、俺達の目的はアレを撃退することにある。

 

「ユーリ、兎も角アレに乗り込もう」

「……ええ、そうですね」

 

 謎を抱えながらも、俺達はケツァルコアトルに近付く。

 

 ケツァルコアトルの巨大さは異常だ。この巨体で飛ぶには一対の翼では不可能だ。何か魔法を使っているのだろう。

 

 ケツァルコアトルからの迎撃は無く、俺達は難無くケツァルコアトルの背中へと回り込めた。

 そこで目にした光景は予想外なものだった。

 

 町だ、町がある。正確には町の残骸、と言ったところだろう。ケツァルコアトルの背中に町の残骸があった。背中だけじゃなく、翼や尾の部分にも背中よりは小さいが町らしき残骸がある。

 

 本当に島が鳥となって飛んでいると言って良い光景に、俺とユーリは言葉を失う。

 

 これがケツァルコアトル……流石に神獣ともなると人知を超えてきやがる。

 

 俺達は背中の町に降り立ち、辺りを警戒する。

 するとケツァルコアトルが大きな咆哮を上げた。

 

 ――オォォォォォォォン!

 

「――っ!? 何だって!?」

「どうしたユーリ?」

 

 ユーリが驚きの声を上げた。

 

「今、ケツァルコアトルの声が……!」

「声? 咆哮のことか? おいおい、聖獣だけじゃなくて神獣とも心を通わせるのか?」

「もしそうだとすれば、何てことだ……!?」

「おい、俺にも分かるように話してくれ」

「――ケツァルコアトルが魔獣です!」

「は?」

 

 直後、頭上から黒い怪物が降ってきた。

 

 俺とユーリは左右に分かれて跳び退き、武器を構える。

 怪物はメーヴィルを襲撃したのと同種で、穢れた魔力で構成されている奴だった。

 

「何でコイツが!?」

「兄さん! 後ろ!」

「っ!?」

 

 背後から殺気を感じ、ナハトを振り払う。背後に迫っていた怪物を両断し、怪物は魔力の塵になる。

 周囲を見渡すと、ケツァルコアトルの背中から怪物達が次々と生まれてくるのが見えた。

 

「おいおい、どういうことだよ……!?」

「ケツァルコアトルが魔獣化しているんです! 先程の咆哮は、俺達に助けを求める声でした!」

「はぁ!?」

 

 神の眷属が魔獣化!? それ何て冗談だ!?

 

 襲い来る怪物達を斬り倒しながら、ユーリは叫ぶ。

 

「何とかしてケツァルコアトルの魔獣化を止めなければ! まだ完全に魔獣になった訳じゃありません!」

「何とかって何だよ!?」

「何か外的要因があるはずです! それを見付けなければ!」

「ええいくそぉ!」

 

 黒い雷を放ち、周りに群れる怪物を一掃する。

 

 外的要因つったって、何処をどう探せば良いんだよ。魔獣なんて相手するのは初めてだし、神獣が魔獣化するなんて前代未聞だろうが。

 

 愚痴ったって仕方がない。怪物を倒しながらその要因ってのを探すしかねぇ。

 

「ユーリ! 二手に別れる! お前は右側! 俺は左側! 何か見付けたら対処しろ!」

「分かりました!」

 

 怪物を薙ぎ払い、俺はケツァルコアトルの左側を走る。町の残骸の中を駆け、道を塞ぐ怪物を斬り、魔獣化の要因を探し回る。

 

 だがどんな要因が魔獣化を引き起こしているのかが分からない。闇雲に走っても見つかりそうもない。

 

 落ち着け、こういう時に役立つのは今まで頭の中に詰め込んできた知識だろうが。

 

 魔獣、穢れた魔力を宿す災厄の獣。穢れた魔力は自然に発生するものじゃない。負のエネルギーが清浄な魔力を侵食して生まれる代物。

 

 もしケツァルコアトルが魔獣化させられているのであれば、負のエネルギーによって侵食されていることになる。

 

 その負のエネルギーとはいったい何だ? 神の眷属を侵食できるような負のエネルギーの正体……ダメだ、分からない。

 

 だがその負のエネルギーさえ見付けられれば、後はそれを取り除くなり破壊するなりすれば良い。

 

 なら俺が今すべきことは――。

 

「魔力の流れを見定めて場所を特定すること!」

 

 この怪物達が生まれる場所に穢れた魔力がある。その魔力が何処から流れてきているのか調べれば、後はそれを追い掛けていけば――!

 

「大当たり!」

 

 怪物らを倒しながら進んだ先に、ケツァルコアトルの身体に埋め込まれた巨大な瘤のような物があった。それは紫色に光っており、そこから負のエネルギーがケツァルコアトルに流し込まれているのが分かる。

 

 いったい何だこれは……? 何かの魔力タンクのようだが、中に何が入っているんだ?

 

 斬れば分かるだろうと思い、黒い雷を纏わせたナハトで瘤を斬り裂く。

 

 斬り裂かれた瘤の中からドロドロとした液体が流れ出し、それと一緒に流れ出てきたのは人型のナニかだった。

 

「これは……!?」

 

 それは何人もの魔族の遺体だった。それもこれは、呪いによって生み出された子供達――ヴァーガスの遺体だ。細く痩せ細り、骨と皮だけしかないような姿は見間違いようがない。

 

 なるほど、呪いによって生まれた存在ならば負のエネルギーにはもってこいだ。

 

「――ふざけるなよっ」

 

 俺は唇を噛み締めた。瘤から零れ落ちてきたヴァーガスの数は十人近い。

 

 つまり、十人近い子供達の命が奪われた。更に言うなら、母胎である母親も死んでいる。

 

 それにもっと最悪なことに、この瘤はこれだけじゃない。魔力を探ればケツァルコアトルの至る所にいくつも存在している。

 

 胸糞悪い――! 魔獣なんて存在を生み出す為にいったいどれだけの子供達を犠牲にした? どれだけの命を弄びやがった!?

 何処のどいつだ、こんなクソッタレな真似をしやがった奴はァ!?

 

「クソッタレがァ!」

 

 近付いてくる怪物を斬り殺し、次の瘤へと向かう。

 

 もうエネルギーにされた子供達は死んでいる。シンクのように救うことはできない。俺にしてやれることはその亡骸を解放してやることだ。

 

 瘤を守るようにして何体もの怪物が生まれて立ち塞がる。その全てを薙ぎ払い、また一つ破壊する。

 

『グガァァ!』

「退けぇぇぇえ!」

 

 怒りしか湧いてこない。此処まで怒りを覚えたのは生まれて初めてだ。大戦中ですら、仲間が殺されても憎しみに囚われることはなかった。

 

 だがこれだけは別だ。今の俺は怒りだけで剣を振るっている。こんな惨いことを仕出かす奴を見つけ出して必ず殺してやる。必ずだ。コイツだけは怒りと憎しみだけで殺してやる。

 

『ゴアアアアッ!』

 

 目の前に巨人型の怪物が現れる。殴り掛かってきた拳を俺の左拳で殴り返し、木っ端微塵にする。そして首を斬り落とし、その先にある瘤をまた一つ斬り裂く。

 

 これで三つ目。まだまだ瘤は存在する。此方側だけでもこんなにあるのなら、ユーリ側にも複数存在するだろう。

 

 ユーリなら瘤の存在に気が付いてくれるはずだ。そしてユーリも真実を目の当たりにして怒りで震えるだろう。

 

 何個目かの瘤を破壊した時、ダガーを両手に怒りの形相をしたユーリと対面した。

 

「兄さん、これは……何でこんな……!?」

「分かってる……早く残りも楽にしてやろう」

「はい……っ!?」

 

 突如、ケツァルコアトルが大きく身体を動かした。俺とユーリは身体から振り払われないように気を付け、何が起こっているのか確認する。

 

 ケツァルコアトルは移動速度を速め、高度を上昇させた。雲の上に飛び出したと思えば、今度は魚が水面を跳躍するようにして雲の中に沈み、急降下を始めた。

 

 雲を抜けた先には、森が広がっていた。

 

 まさか、ホルの森!? ならあの遺跡は……!

 

 ケツァルコアトルはそのまま遺跡の隣の森へと墜落した。森を薙ぎ倒し、大地を揺らしながらケツァルコアトルは動きを止めた。

 

「くそっ……! ユーリ、無事か?」

「はい……!」

 

 俺達は立ち上がり、急いでケツァルコアトルから飛び立つ。まだ瘤は破壊しきれていないが、何が起きているのか把握するのが最優先だ。

 

 上空から森を眺めると、ケツァルコアトルの墜落で森の一角が破壊されてしまっているものの、遺跡には被害が出ていなかった。

 

 瘤を破壊したことでケツァルコアトルの力が弱まって墜落したのだろうか? しかしまだケツァルコアトルから放たれる邪悪な気配は消えていない。

 

「……兄さん、おかしいです。遺跡に聖獣の気配がありません」

「なに?」

「――ま、待ってください! 遺跡からルキアーノの魔力と、ララお嬢さんの魔力が!」

 

 それを聞いた俺はケツァルコアトルを放置し、遺跡へと飛んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 魔人ルドガー

 

 

 遺跡の上空を飛びながら、ララの魔力を探す。

 

 ララとルキアーノが鉢合わせたらマズい。いや、もう鉢合わせているかもしれない。ララのことが知られたら、何に利用されるか分からない。

 

「っ、そこか!」

 

 遺跡の中で一番大きな建物からララの魔力を感じ取れた。ララに渡した御守りの魔力もそこから感じられる。

 遺跡に飛び込む形で降り、ナハトを握り締めてララを探す。中に入ってもララの姿は無く、ルキアーノの姿も無い。

 

 しかし魔力は確かに此処から感じる。この空間の何処かにララがいるはずだ。

 

「何処だ!? ララ!」

 

 その時、建物が揺れた。建物だけじゃない、遺跡全土が揺れている。

 

 地震? いや違う、何かが下から来る!?

 

 建物から飛び出し、空へと上がる。

 その直後、建物が下から瓦解していく。地鳴りを起こしながら周囲の建物も巻き込み、地中から巨大な黒いナニかが現れた。

 

 それは獣だ。漆黒の皮膚と漆黒の鬣、巨大な二本の角、闘牛と獅子が組み合わさったような風体の黒い獣だ。大きさはケツァルコアトルよりも若干小さい程度だろうか。それでもかなりの大きさだ。

 

 その獣の目は閉じられ、ただ静かにそこに鎮座している。

 

「何だ……あれは……!?」

「兄さん! あれを!」

「――ララ!?」

 

 獣の額部分にある大きな赤い石にララがぐったりとして埋もれていた。

 その側に、黒い翼を羽ばたかせてルキアーノが降り立った。

 

「ルキアーノォ!」

「おんやぁ? あの時の男じゃないですかぁ」

「ララに何をした!?」

 

 ルキアーノはニタリと嗤い、ララの顎を汚らしい手で掴んだ。

 

「この子は魔王様のご息女……魔王様に迫る力を有している……。これを動かす為の動力源としては利用させてもらいましたぁ!」

「てめぇ……!」

 

 腸が煮えくり返る。

 

 ララを動力源と抜かしやがったなぁ……!? てめぇだけは生きて帰さねぇ!

 

 頭に血が上ったのを自覚したまま、ルキアーノに目掛けて突進する。ナハトで首を斬り落とそうと振るうが、ルキアーノは翼を羽ばたかせてヒラリとかわす。

 

 ルキアーノがララから離れたその隙にララを助け出そうと手を伸ばす。だがララは石の中に引き摺り込まれ、俺の手は空を切る。

 

「ララ!」

「大切な動力源を手放す訳ないでしょぉ!」

 

 ルキアーノから風が放たれ、それをギリギリで避けて空に飛び上がる。

 

「てめぇ……いったい何が目的だ!?」

「ふぅむ……もはや目的は達成したも同然ですから? 教えて差し上げましょう!」

 

 ルキアーノは獣の頭部に立ち、両手を大きく開いて見せる。

 

「私の目的はそうズバリ『魔獣』を我が手中に収めること! そして私の足下にいるのが遙か昔に封じられた最後の魔獣ベヘモス! 今此処に蘇ったのだァ!」

「アレが魔獣……!? ならあのケツァルコアトルは!?」

「それは私の研究の成果でしてねぇ! 人為的に魔獣を造り出そうとして神の眷属を実験体にしたんですよぉ! 結果は先ず先ずと言ったところ……ま! 貴方達に倒されてしまったようですがねぇ!」

 

 ルキアーノは嗤う。

 その反面、俺は激しい憎悪を胸に抱く。

 

 コイツが……アレをやったのか。多くの子供達を呪いの犠牲にして、魔獣なんて最悪な物を作ろうとしたってのか。

 

 そしてララまで魔獣を動かす道具にしようってのか……?

 

 ――ふざけるな……ふざけるなよ……!

 

「ふざけてんじゃねぇぞ貴様ァ!!」

「失敬な! 私は至って真剣さァ!」

「命を何だと思ってやがる!? テメェを気持ちよくさせる道具じゃねぇんだぞ!」

「私はねぇ! 私の心を満たす為なら己の命でさえ材料にするんですよぉ! 貴方の命もくださいよぉ!」

「この外道がァ!」

 

 殺す。アイツだけは全身全霊で殺す。何が何でも殺す。死んでも殺す。殺しても殺してやる。

 あのクソ野郎だけは俺のこの手で必ず殺してやる。ララを道具にしやがった報いを、子供達をヴァーガスに変えて殺した報いを――。

 

 待て――奴がヴァーガスの呪いを掛けたのだとしたら、何故生きている?

 

 呪いの代償は母体の命と術者の命のはずだ。ルキアーノが術者なのだとすれば、ルキアーノは死んでいなければならない。

 

 何か抜け穴があった? それとも術者は別に用意して犠牲にさせた? 奴の思考ならあり得る。あり得るが、そうだったとしてもアイツを殺すことには変わりない。

 

 ナハトを構え、隣では俺と同じように激しい怒りを顔に出しているユーリがダガーを構える。

 

 ルキアーノはニタリと嗤い、魔獣の中へと姿を消した。

 

 途端、魔獣の目が開き、赤い眼が光り輝く。額と四肢にある赤い石も光り出し、魔獣は命を吹き込まれた。

 

 ――ブォォォォォォォ!

 

『さぁ! 魔獣ベヘモスの力! 貴方達で試させてもらいますよぉ!』

「ララを返してもらうぞクソッタレ!」

「兄さん……アイツをぶっ殺しますよ!」

「ああ!」

 

 俺とユーリは雷と風を纏って魔獣に突撃する。

 

「斬り裂け!」

 

 ユーリが凄まじい鎌鼬を生み出し、魔獣の額にぶつける。鎌鼬は直撃するが、額には傷一つ付かなかった。

 魔獣は咆哮を上げ、周囲に魔力で構成された黒い球体を生み出した。それを俺とユーリに向けて放ってくる。

 

 俺はナハトで斬り裂き、ユーリは風で明後日の方向へと球体を弾く。斬り裂いて解ったが、この球体は穢れた魔力そのもので、一瞬でも身体が触れたら体内の魔力を汚染されて怪物に成り果ててしまうだろう。

 

 続けざまに放ってくる球体を避け、ナハトに黒い雷を込める。雷の魔剣と化したナハトで魔獣の身体を斬り付ける。

 

「固っ!?」

 

 ナハトは容易く弾かれてしまう。

 雷神の力を持ってしてでも傷付けられない防御力を誇るとか、いったい何の冗談だ?

 

 ――オオオオオオオ!

 

『魔獣の力を思い知りなさいぃ!』

 

 魔獣の魔力が高まり、空に曇天が広がる。その黒い雲から紫色の雷が生まれ、俺とユーリを落雷が襲う。空を飛び回り落雷を避けていくが、落雷の数が多い。

 

 だが雷が相手なら打つ手はある。俺とユーリに直撃しそうな雷だけを選定し、命中しないように雷を操っていく。

 

「返すぞ!」

 

 落雷を操作し、魔獣の身体に直撃させる。自身の力は通用するのか、雷が直撃した魔獣の体表には焼跡が残る。

 

『やりますねぇ! 他者の魔法を操るなんて、並大抵のことではありませんよ!』

「喧しい! 隠れてないで出てきやがれ!」

『魔獣の力がこの程度とは思わないでくださいよぉ!』

 

 ――ボォォォォォオ!

 

 魔獣の身体に付いている赤い石が強い光を放つ。それと同時に魔力が高まり、魔獣の全身から魔力の波動が全範囲に放たれる。不快感を抱かせる甲高い音が鳴り、穢れた魔力が迫り来る。

 

「ナハト! 喰らえ!」

 

 俺の魔力をナハトに喰らわせ、斬撃の威力を高める。目の前に迫る波動を大きく斬り裂き、裂け目に飛び込んで波動をかわす。波動は周囲の遺跡を破壊しながら広がっていき、森を呑み込んでしまう。波動に呑み込まれた森は枯れていき、黒い霧が立ち籠める。

 

『さぁ! 生まれなさい!』

 

 ルキアーノの声が響いた直後、枯れた森から黒い怪物が生まれ始める。その数は凄まじく、メーヴィルに迫った時よりも多い。

 

 もしあれがメーヴィルに迫ってしまえば、今度こそメーヴィルは怪物の大群に呑まれてしまうかもしれない。

 

「くそっ! ユーリ! お前は雑魚共を一掃しろ!」

「そんな、でも!」

「殲滅に関してはお前のほうが上だ! 頼む!」

「っ――分かりました! ならこれを!」

 

 ユーリの手から聖槍が現れ、それを此方に投げてきた。聖槍を受け取った俺は左手で構え、一人で魔獣に立ち向かう。

 

 果たして俺に聖槍が使えるのだろうか? 聖槍を託されたのは俺だが、これは本来風の勇者にしか使えない霊装だ。勇者でない俺がコイツの力を引き出せるのか不明だ。だが無いよりマシだろう。これ単体でも邪悪なモノにはそこそこ威力を出せる。

 

『さぁ! 行きますよぉ!』

「てめぇをぶっ殺してララを返してもらう!」

 

 ――オオオオオオ!

 

 魔獣の口が開き、そこからブレスが放たれる。高度を上げて空に狙いを逸らし、攻撃の隙を見て急接近し、聖槍で魔獣を斬り裂く。

 

 今度は聖槍の力が働き、魔獣の体表を斬り裂くことに成功し、緑色の血液が流れ出す。

 だが傷が浅い。もっと深く斬り付けたと思ったが、巨体からしてほんの掠り傷程度にしかなっていない。

 

 何か、何か弱点とかは無いのか? いくら何でも攻撃が通用しなさすぎる!

 

『そらそらそらぁ!』

 

 また赤い石が光り輝き、今度は紫色の槍が何本も精製されて射出される。ナハトと聖槍で槍を叩き落としていき、攻撃をかわしていく。

 

 あの赤い石……さっきから攻撃を放つ時に力を高めてやがる。もしかして……。

 

 俺は上空から急降下し、地面すれすれを疾走して魔獣の右前足に迫る。その足にある赤い石に目掛けて聖槍を突き出し、石に切っ先を突き刺した。

 

 ガキンッ、と音を鳴らして聖槍が石に穴を開け、その傷口からバチバチと魔力が迸る。

 

「せぇぇい!」

 

 聖槍を抜き取り、傷口を狙ってナハトと聖槍の連撃を叩き込む。すると巨大な赤い石は爆発と共に砕け散り、大量の魔力がそこから噴き出した。

 

『あああ!? 何と言うことを!?』

「やっぱりこれが制御装置か!」

 

 この赤い石は魔獣の力を制御する類いの物のようだ。攻撃を放つ時に魔力が高まるのはその所為だ。

 なら、残りの石を全部破壊すれば魔獣を止められるかもしれない!

 

『よくも私の研究成果を……! 許しませんよぉ!』

「なっ!?」

 

 ――ブォォォォオ!

 

 魔獣が天に向かって咆哮を上げる。その巨体が徐々に持ち上がっていき、前足が大地から離れる。骨格が変わっていき、四本足の獣だった魔獣は、二本足で立ち上がった。

 

「立つのか……!? その巨体で……!?」

『ボォォォォォォオ!』

 

 魔獣は更に魔力を高め、背中から一対の黒い翼を生やした。

 その姿はまさに怪物の王、それに相応しい禍々しさと恐ろしさを持っている。今まで多くの怪物をこの目で見てきたが、これほど邪悪な存在は見たことがない。

 

『虫けらのように潰して差し上げますよぉ!』

 

 魔獣が拳を振り上げた。超巨大な拳が俺に迫ってくる。風を切る音が聞こえ、拳を振るうことによって生じる衝撃波が襲い来る。

 

 まともに喰らえば防御なんか無意味だ。此処は回避するしかない。

 

 横に大きく飛んで拳自体はかわしたが、拳が大地に叩き付けられた衝撃波までは避けられず、俺はそれに呑み込まれてしまい全身を強く打たれる。鎧は木っ端微塵に砕け、全身の骨が折れて砕ける音と痛みが襲う。

 

「兄さん!?」

 

 ユーリの悲痛な声が微かに聞こえた。

 

 俺は今どうなっている? 空を飛んでいるのか? それとも倒れているのか?

 

 朦朧とする意識の中、自分の状況を確認しようと目を動かす。

 

 視界の半分が真っ赤に染まっていた。呼吸もしづらい。空を見上げている。どうやら地面に倒れているようだ。

 

「……?」

 

 立ち上がろうとしたが身体が動かない。腕も足も動かない。首だけは何とか動かせ、ゆっくりとナハトを握っている筈の右腕を見る。

 

 右腕は曲がってはいけない方向に捻じ曲がり、血が噴き出していた。

 

 空が暗くなる。見上げると、魔獣の拳が迫っていた。

 

 ――やるしか、ねぇ……!

 

『終わりですよォ!』

 

 拳が鼻先まで迫った時、俺は魔力を一気に高めた。黒い雷が爆ぜ、魔獣の拳を受け止める。

 動きを止めた魔獣の拳に向かって、俺の黒い右拳を叩き付ける。大量の雷が拳と一緒に放たれ、魔獣の拳を大きく弾き返した。

 

『な――何ですかァ!?』

「あれは……!?」

『フゥー……ッ!』

 

 振り抜いた異形の右腕を引っ込め、全身の傷が無くなった異形の身体を起こす。右手にナハトを握り、左手に聖槍を握る。聖槍を握ると聖槍から力が流れ込み、俺の中の魔力を強く刺激した。

 

 そしてその力は俺の力に変換され、黒い翼となって背中に現れる。

 

 黒い雷と黒い風を纏い、俺は魔の力を解放した姿で魔獣に睨みを利かせる。

 

『そ――その姿は!?』

『さぁ……第二ラウンドと行こうか』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 魔の力

お待たせしました。


 

 

 生えた翼を動かし、空へと駆け上がる。飛ぶというイメージで翼を動かすだけで空に舞い上がれる。翼が飛行魔法を独りでに発動して操作してくれているようだ。

 

 咄嗟に一か八かの勝負で変身能力を使ってみたが、何とか上手くいった。

 

 だがこの形態は身体に掛かる負担が大きすぎる。魔力の消費量もえげつない。常時変身し続けるのは不可能だ。

 

 保って二分……身体のことを度外視すれば三分。その間に勝利の一手を打ち込まなければならない。

 

 魔獣の弱点は判明した。身体の数カ所にある赤い石、あれを壊せば魔獣の力が四散する。

 

 ララが呑み込まれた額の石を先に壊すか、それとも確実性を高める為に一番最後に壊したほうが良いか。

 

 いや、ララがあの中にいるとは限らない。この形態になって初めて奴の体内に流れる魔力がはっきりと見える。魔獣の魔力、ルキアーノの魔力、ララの魔力がごちゃ混ぜになっている。

 

 ララの正確な位置が分からない。持っているはずの御守りの魔力を追うにも他の魔力がそれを阻害してはっきりと分からない。やはり他の石から破壊するのが賢明か。

 

 ――ララを助けるまで保ってくれよ、俺の身体!

 

 振るわれた魔獣の腕を飛んでかわし、次に破壊する石を狙い定める。

 右前足――今は右腕か、それは破壊した。残りは左腕、両脚、胸、背中にもあるな。なら次は両脚から破壊させてもらおう。

 

『墜ちなさい!』

 

 ――ウォォォォォオ!

 

 魔獣の背後に幾つもの円陣が浮かび上がり、そこから魔力の光が放たれる。

 俺は風の力を翼に集束させ、大きく翼を羽ばたかせて黒い突風を放つ。風の防壁により光は阻まれ、弾かれて大きく射線が逸れていく。

 

 ナハトに黒い雷を纏わせ、俺自身も雷を全身から放ちながら魔獣の右脚へと下降する。ナハトを突き立て、右脚の石を貫く。そのまま雷を石に流し、内部から爆発させる。

 

 これで右脚の石は破壊できた。魔獣の力が大きく四散するのを感じる。

 

 次に左脚へと飛び移り、今度は左手の聖槍を石に突き刺す。黒い風を渦巻かせ、爆ぜさせることで石を木っ端微塵に破壊する。

 

 これで両脚の石は破壊できた。残るは左腕、胸、そして背中と額だ。

 

『よくもぉ!』

『ッ!?』

 

 魔獣の右手が俺を鷲掴みにする。拳の中に閉じ込められたまま持ち上げられてしまう。

 

『このまま握り潰して差し上げましょうかぁ!』

『――誰がァ!』

 

 雷と風の力を体内で高め、一気に体外へ排出する。爆発力を備えた魔力の放出に魔獣の拳は耐えられず、内側から破壊して外へと脱出した。

 

『手が!?』

『そのまま腕置いてけ!』

 

 聖槍を正面に突き出し、ナハトを横に突き出す。雷と風の力を纏い、身体を高速回転させて嵐の弾丸と化す。その状態で砕け散った右腕目掛けて突っ込み、右腕を傷口から粉砕していく。右腕の石まで到達し、そのまま石を右腕ごと巻き込んで破壊する。

 

 これで残るは胸と背中と額の三つ。

 

『おのれぇ! っ、なにぃ!?』

 

 魔獣が膝から崩れ落ち、大地に左手をつく。

 

 どうやら石を立て続けに破壊したことで魔獣のコントロール性が失われたようだ。魔獣は手をついた状態から動きだそうとしない。

 

 これはチャンスだ。空を駆けて魔獣の背中側に回り込む。背中の赤い石に目掛けて飛翔すると、石の周りから黒い怪物が生み出される。

 

『ええい! させませんよぉ!』

「それは此方の台詞です!」

 

 地上の怪物を相手にしていたユーリの声が聞こえると、魔獣の背中に緑色の竜巻がいくつも発生し、怪物達を呑み込んでいく。ユーリの風魔法が石までの道を切り拓いてくれたのだ。

 

 俺は聖槍を左手でグルグルと高速で回し、怪物を呑み込んだユーリの竜巻を一つに集束させていく。竜巻は黒く染まり、巨大な一つ首の竜と姿を変える。

 

『抉れ――ヴリームニル!』

 

 ユーリの力と俺の力が合わさり、強大な一撃となって背中の石に噛み付かせる。石は背中の一部ごと抉り取られ、そのまま砕け散っていく。

 

 残り二つ。胸の石を破壊すれば魔力が大きく削れてララの居場所を探知できる。ララを見つけ出して助け出せば最後の一つを破壊して魔獣は終わりだ。

 

 だが、此処へ来て変身形態の反動が身体を襲う。

 

『――ッ!?』

 

 全身を走り抜ける激痛、数時間も全力で泳ぎ続けたような疲労感、止まりそうになる呼吸、身体中の血管や筋肉が破裂しそうな圧迫感。

 

 それらを気合いと根性で身体を慣らす。元からそんな状態だったと誤認させ、ゼロから力を絞り出させる。

 

 此処で止まる訳にはいかない。此処で止まってしまえばララを失ってしまう。大切な教え子を、守ると誓った女の子をあんなクソ野郎の手によって奪われてしまう。

 

 それだけは駄目だ。例え此処で命を落とすとしても、それはララを助け出してあの野郎をぶち殺してからだ。

 

 だからまだ耐えろ。もう少しだけ堪えろ。まだ先へ、限界を超えて更にその先へ足を踏み入れろ。

 

『――グッ!』

 

 翼を動かし、上空に舞い上がる。

 

『動きなさぁいぃ!』

 

 魔獣が再び動き始める。巨体を動かして立ち上がり、空を飛ぶ俺を睨み付ける。

 

 何だよクソッタレ……俺にガンつけてんじゃねぇよ。

 テメェは俺からララを奪ったんだ。ララを苦しめてんだよ。そのテメェがなに怒り狂ってんだ。怒り狂ってんのはなぁ……!

 

『こっちなんだよォォオ!』

 

 限界を超えて力を引き出し、魔獣の正面から突撃する。

 

 魔獣は胸の赤い石を強く光らせ、魔力を集束していく。

 バチバチと魔力を迸らせ、耳を劈く轟音を鳴らしながら極大の魔力が放たれる。

 

 ナハトと聖槍を重ね、正面に突き出す。雷と風の二つを合わせ、放たれた魔力とぶつかる。

 

 衝撃と衝撃が衝突し、その余波が全方位に飛んでいく。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

 魔獣の穢れた魔力が全身を侵食しようとしていく。雷神と風神の力を以てしても身体が崩れ去りそうになってしまう。力を放出すればするほど身体の内側から破裂しそうになる。

 

 それでも力の放出を止めない。此処で止めたらクソ野郎を殺せない。

 

 もっとだ……もっと……もっと……!

 

『もっと力を! 俺に力を寄越せェ! ナハトォォォ!』

 

 ナハトの鍔であるドラゴンの眼が赤く光った。ナハトが魔獣の魔力を喰らっていき、その力を俺に還元していく。力が泉のように身体の底から湧いてくる。黒い雷と風が膨れ上がり、魔獣の攻撃を押し返していく。

 

『オオオオオオオオオオオッ!』

 

 まるで怪物のような咆哮を上げ、俺は魔獣の攻撃を打ち破り、その勢いに乗って胸の石を穿つ。両手を力強く開き、胸に大きな一文字の傷を与える。

 

 これで額以外の石を全て破壊し終えた。その結果、予想通り魔獣から大きく力を削ぐことができ、魔獣の体内にある魔力を感知しやすくなった。

 

 ララの魔力と俺が渡した御守りの魔力の場所を見つけ出し、斬り開いた胸の傷口から魔獣の体内に侵入した。

 

 体内はまるで異界だ。凡そ肉体の中とは呼べない空間になっている。所々肉塊の壁や床があるが、それ以外は遺跡のような石で構成されている。

 

 どうやら魔獣ってのは生物ではなくゴーレムのような造られた存在のようだ。

 

 変身形態が続く内にララの魔力の反応がある方向へと飛んでいき、進行を邪魔する障害物は斬り崩して進んでいく。

 

 そしてやっとの思いでララがいる場所まで辿り着いた。

 ララは巨大な赤い石に身体を埋もれさせてぐったりとしていた。

 

『ララ! ぐっ――!?』

 

 変身形態の維持が限界を超え、元の人の姿に戻ってしまい地面に転がり落ちる。鎧はあの一撃で砕け散っており、中に着ていたインナーとズボンと辛うじて形を保っているレギンスだけだった。

 

 変身が解けたことで今まで異常に疲労とダメージが身体を襲い意識を失い掛けるが、そこはグッと堪えて立ち上がり、ララの元まで歩いて行く。

 

 その時、俺の目の前に黒い翼を生やした黒髪の男が何処からともなく現れる。

 そいつはララの前に立ち、翼をララの首元に添えた。

 

「ルキアーノ……!」

「よくもやってくれましたねぇ……せっかく魔獣の力を手に入れたと言うのに」

「ハッ、何が魔獣だ。ただの巨大なゴーレム擬きじゃねぇか。大したことねぇよ」

「……言ってくれますねぇ。まぁ、魔獣本来の役目は戦闘ではなく穢れを世界に撒き散らすこと。まだ魔獣はその機能をなんら損なっていません。このまま穢れを放ち続ければやがて世界は再び暗黒時代に戻るでしょう。そうなれば生き残るのは魔力に適正の高い力ある魔族だけ。我々魔族が世界を手に入れる野望は果たされるでしょう!」

 

 ペラペラ、ペラペラとよくもまぁ訊いてもないことを喋るもんだ。それになんだ、世界征服が本当の目的だったのか? 呆れた……まだそんな馬鹿でも夢を見ないようなクソッタレな妄言を吐けるもんだ。

 

 殆ど握っているのかどうかも分からないナハトと聖槍を持ち上げ、息も絶え絶えな身体に鞭を打って構えを取る。

 

 こいつを……こいつを殺しさえすれば万事解決だ。ララを助け、ルキアーノを失った魔獣ならユーリ一人でも倒せる。外に溢れ出している怪物だって、グンフィルド達に任せれば問題無い。

 

 問題はこいつだけなんだ。こいつを……こいつを……!

 

「テメェは此処で殺す。俺のララに手を出した、多くの子供達を呪い殺したその罪……心臓を抉り出して報いを受けさせてやる!」

 

「そんなボロボロな姿で何ができるのですかぁ? この私、暴嵐のルキアーノに勝てるとでも思いですかァ!」

 

 ルキアーノはそう叫ぶと体内の魔力を爆発させた。ドス黒い緑色の魔力の光に包まれ、その姿を変えていく。

 

 身体は肥大化し、大きな二本の角が生え、鋭い牙と爪が伸び、醜い形相をした怪物へと変身した。その姿は一見するとまるでオーガだ。背中の翼も二枚から六枚に増え、大きく開いて吠えて見せた。

 

『これが私の真の姿だァ! 人族よ! 私に跪けぇ!』

「さて……ファイナルラウンドだ」

 

 待っていろララ、今助け出してやる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 決死

 

 

 ルドガーが魔獣の体内でルキアーノと対峙している同時刻――。

 

 風の勇者ユーリは、魔獣が撒き散らす穢れた魔力から生み出されてくる怪物の大群とただ一人で戦っていた。

 

 魔獣は最初よりも動きが鈍くなり、四つん這いの状態になって穢れを撒き散らし続けている。獣型に戻ることはしなかったが、今の様はそれこそ獣のようだった。

 

 ユーリは風を操り、怪物の群れを殲滅していくが、殲滅速度よりも怪物の生成速度のほうが速く、徐々に殲滅の勢いを失い始めていた。

 

 更に、魔獣化したケツァルコアトルの様子にも変化が現れ始め、のそのそと動き出した。このままでは魔獣とケツァルコアトル、そして怪物の相手を一人でしなければならなくなる。そうなれば流石にユーリでも手が足りなくなり、今の状態が瓦解してしまうだろう。

 

「ええい……!」

 

 ユーリはルドガーが魔獣の体内に侵入したのを確認している。この戦いの黒幕であるルキアーノを直接叩きに行ったのだ。

 

 ならば己がやるべきことは、ルドガーがケリをつけるまでの間、怪物らの相手をして足止めしておくことだ。勿論、ユーリも勇者の端くれ。足止めで終わらせるつもりは無く、外の戦いに決着をつけるつもりでいた。

 

 しかし予想外にも怪物が生まれるペースが速く、魔獣本体からも少なからず攻撃があり手を焼いているのだ。

 

「呻れ烈風――ダウンバースト!」

 

 上から下に風が吹き荒れ、怪物達を風の衝撃波で薙ぎ払っていく。

 

 勇者にだって魔力の上限は存在する。桁違いに魔力を保有しているとしても、上位魔法を連発していれば、いずれ魔力切れを起こしてしまう。

 現に、ユーリは己の体内から魔力が空になっていく感覚を味わっていた。先程放った魔法も、本来であればもう少し威力が高く、広範囲に渡るものであった。だが残りの魔力量を考えてセーブしてしまい、満足のいく攻撃にならなかった。

 

 もうこれ以上魔法による殲滅戦は厳しいと判断し、ダガーによる近接戦闘に切り替える。ダガーを両手に逆手に構え、風のブーストで動きを速くして怪物達の急所を的確に斬り裂き突いていく。

 

 体力にも限界がある。此処までまともな休息もなく戦い続けてきたユーリは肩で息をしており、夥しい汗が流れている。

 

「流石の俺もこれじゃキツい……! 見栄張らず救援要請を飛ばせば良かったかな……」

 

 メーヴィルでは今頃、民達の避難に人員を割いているだろう。当初ならいざ知らず、今の状況なら救援に回せる人員もいるだろう。

 

 だが勇者が一度口にしたことを曲げるわけにもいかず、何とかして此処は保たせてみせるとユーリは意気込む。

 

 もう何十、何百もの怪物を屠った頃、とうとうユーリに魔力は尽きてしまう。体力も限界を超えており、ダガーを握り締めて立っているのが精一杯という状況だ。

 

 眼前には新たな怪物が次々と生まれ、ユーリを喰らおうと咆哮を上げながら走り出している。

 

 そんな状況でも諦めないのが勇者だ。

 ユーリは強引に不敵な笑みを浮かべ、怪物達へと正面から突撃していく。

 

 その時、何処からか狼の遠吠えがユーリの耳に入る。

 直後、ユーリの目の前にいた怪物の首が何者かに食い千切られた。

 

「え――?」

 

 目の前の怪物だけじゃない。ユーリに迫っていた怪物達が次々と何かの影に噛み千切られていく。

 呆然と立ち尽くすユーリの後ろに、巨大な影が差した。

 

「おや? 随分と満身創痍じゃあないか? それでも勇者かい?」

「――アスカ!?」

 

 それは巨大な銀色の狼――守り神であるアスカだった。アスカの背後には同胞である狼の群れが広がっている。

 

「アスカ! 今まで何処に!?」

「魔族の厄介者に手を焼かされてね。この子が助けてくれなきゃ今頃あの魔獣の腹の中さ」

「ん」

「シンク坊ちゃん!?」

 

 アスカの背中から顔を覗かせたのは、今まで行方不明だったシンクだった。

 

 いったいどういうことだとユーリは混乱するが、そんな暇を怪物達は与えてくれなかった。

 新たに生まれた怪物達が再びユーリ達に迫る。

 

 ユーリはダガーを構えるが、そのユーリの前にアスカが出て喉を鳴らす。

 

「アンタは後ろで魔力を回復してなさいな。此処は我らに任せなさいな――」

 

 ――アオォォォォォォン!

 

 アスカが吠えると、他の狼たちも吠え、一斉に怪物に向かって走り出す。狼は風のように地を走り、擦れ違い様に怪物達を牙で噛み千切り、爪で斬り裂いていく。

 

 アスカもシンクを背負ったまま走り出し、怪物達を一掃していく。銀色の魔力が爪に宿り、腕の一振りで怪物を薙ぎ払う。咆哮を上げると衝撃波となり、怪物を殲滅していく。

 

「童! アンタもその力を見せてみなさいな!」

「――うん」

「ぼ、坊ちゃん――!?」

 

 なんと、シンクがアスカの背中から飛び降りた。

 

 次の瞬間、シンクは緑色の光に包まれ、その姿を変えたのだ。

 

 緑色の体毛をした、屈強なワーウルフへと。

 

『ウオオオオオ!』

 

 シンクであったワーウルフはその鋭い爪で怪物達を斬り裂いていき、掴んでは怪力で引き千切っていく。

 

 まさかヴァーガスへと変わってしまったのかとユーリは思ってしまったが、そんな様子ではないと考えを改める。

 

 アレはシンクが本来持つ魔族としての能力なのだと察する。ワーウルフ族の子供なら、あの姿になれるとユーリは知っている。

 

 まさかの出来事にユーリは脱力してその場に膝を着いてしまう。

 

 シンクがルドガーの側から居なくなってしまったのは、遠く離れたアスカ達に危険が迫っていると察し、一人で助けに行ったのだとユーリは理解する。

 

「ハハ……」

 

 乾いた笑いが口から漏れる。

 

 ともあれ、今はアスカ達に救われたことに感謝する。これで少なくとも戦況の維持はできる。後は不完全ながらも動いている魔獣と、復活しつつある魔獣化したケツァルコアトルの動きを封じればいい。

 

 最後は兄であるルドガーが片付けてくれると、ユーリはこの戦いの勝利の道筋が見えた。

 

「兄さん……こっちは任せて、あのクソッタレをぶん殴ってください」

 

 ユーリは早く戦線に戻るため、魔力の回復に努めた――。

 

 

 

    ★

 

 

 

「おおおおおお!」

『ハアアアアア!』

 

 ナハトと黒い翼が火花を散らす。

 

 此方は限界を超えて怒りと気力だけで身体を動かしている状態。対して相手は魔力を完全に解放した全力の状態。分が悪いのは明らかに俺だ。戦いが長引けば負けが濃厚になるのは明らか。短期決戦でいきたいところがだ、そうは簡単にはいかなかった。

 

「でえええい!」

『遅いですよぉ!』

 

 ナハトと聖槍を振るうが、それよりも速く力強く六枚の翼が振るわれて身体を斬り裂いていく。付けられた傷は深くはないが、再生速度がかなり遅い。おそらく、再生力の限界を先程から超えているんだろう。このまま大きな傷を喰らってしまえば再生する前に死んでしまうかもしれない。

 

 魔力の限界は超え、体力の限界も超え、残っているのは怒りと気力だけ。根性で武器を振るい、何とかルキアーノと戦えている状態だ。

 

『砕け暴風――ジェットストリーム!』

 

 六枚の翼が羽ばたき、そこから複数の鎌鼬が放たれる。

 

 ナハトで鎌鼬を斬り裂き、そこに込められているルキアーノの魔力をナハトに喰わせる。それを俺の中に流し込み、魔力の回復に回す。

 

 本来、魔族の魔力を取り込めば強すぎる故に身体が崩壊していく。だが俺は半人半魔であり魔族の魔力を取り込むことができる。

 

 このままルキアーノが魔法を連発してくれたら、魔力の回復が捗って助かるんだがな。

 

『吹き荒れ蹂躙せよ――ヘルゲート!』

 

 俺の足下に亀裂が入り、そこから風が吹き出す。

 

「だからってもうちっと加減しやがれ!」

 

 上に跳んでナハトと聖槍を盾にする。

 

 直後、亀裂が広がり十字に鋭い刃の風が噴射する。ナハトで風を喰らい、聖槍で風を無効化していくが、範囲が広くていくらか風の刃を受けてしまう。

 

 腹と肩が斬り裂かれ、血が流れ落ちる。激しい痛みを感じるが、この程度で立ち止まれない。

 

『このモードに入った私は誰にも止められませんよぉ! 暴嵐の異名、その身に刻みなさい!』

 

 ルキアーノは翼を広げ、風を指先に集束させていく。たぶん更に大技を発動するつもりなのだろう。

 

 ナハトで喰らえて聖槍で風を無効化できると言っても一度には限界がある。魔力の回復が先か力で押しきられるのが先か、我慢比べになってしまう。

 

「上等だよ……!」

『嵐よ巻き起これ――テンペスト!』

 

 竜巻と鎌鼬が一斉に生み出される。直撃する風だけを見破り、ナハトと聖槍で防いでいく。

 風の数は凄まじく、武器を二本使っても捌ききれない。身体の肉を斬り裂いて血が吹き荒れる風に呑まれていく。

 

 迫り来る竜巻をナハトで受け止め、魔力を喰らっていく。

 

「オオオオオオオ!」

『チッ――押し切れない……!』

 

 竜巻を斬り裂き、ある程度の魔力が回復したのを感じる。魔力を全身に流し、負った傷をある程度回復させた。

 

「行くぞルキアーノ!」

『くっ……ハハッ! 来なさいぃ!』

 

 ナハトに雷を纏わせ、聖槍に風を渦巻かせてルキアーノに斬りかかる。ルキアーノは翼と爪を振るい、俺と斬り結ぶ。

 

 コイツ、研究研究ばかり言ってたから肉弾戦は不得意だと勝手に思ってたが、腐っても魔族、この程度の肉弾戦ならお手の物と言える程には対等に斬り結べている。変身前は弱そうな雰囲気を出していたが、やっぱり見た目で判断するのは良くないな。

 

『風狼牙ァ!』

 

 ルキアーノが掌底を繰り出すと、そこから風でできた狼の顎が飛び出し、俺を突き飛ばす。

 

「ぐはっ!?」

『絶空ゥ!』

 

 突き飛ばされたところにルキアーノが迫り、風を纏った爪で腹を切り裂かれる。夥しい血が流れ出るが、補充した魔力を練り上げることで傷をすぐに再生させる。ルキアーノが爪を振り抜いている隙を狙い、顔面に蹴りをぶち込む。そのまま地面に叩き落とし、聖槍を投擲してルキアーノの翼一枚を貫く。

 

『くぅ!?』

「爆ぜろ!」

 

 聖槍に渦巻かせている風を破裂させ、ルキアーノにダメージを与える。ルキアーノの翼が二枚ボロボロになったが、俺と同じようにすぐに傷が再生される。

 

 チッ、やっぱりそうだよな。魔族ってのは魔力があれば傷の再生ぐらい何てことないか。

 半人半魔である俺がそうなんだ、純粋な魔族なら俺以上に再生力は高いはずだ。なら再生できない傷を、首を刎ねれば奴を殺せるだろ。

 

 聖槍を手元に呼び戻し、ルキアーノと睨み合う。今の俺に奴を一撃で殺せる力は無い。チャンスを窺ってジッと堪えるのも良いが、この戦いに時間をかける訳にはいかない。俺の体力もそうだが、ララの体力が保たない可能性が高い。

 

 今こうしている内にララの魔力が魔獣の動力源として使われている。いくら膨大な魔力を持つララでも吸われ続ければいずれ空になる。魔力が空になれば命に関わる。

 

「くそっ……!」

『焦ってますねぇ! 急いていますねぇ! 目の前に救いたい者がいるのに手も足も出せない。嗚呼、なんて楽しいんでしょうぅ!』

「この下衆野郎が……!」

『諦めなさい! 半人半魔如きが純粋な魔族に勝てる訳がないでしょう!』

「これでも魔王を殺したんでな。てめぇ如きに負ける気はサラサラねぇよ!」

 

 ルキアーノの笑みが消えた。目が鋭くなり、獣のように唸り声を上げる。

 

『そうか……貴様が魔王様を殺した勇者か』

「何だ? 気付いてなかったのか? 厳密に言えばそん時は勇者じゃなかったけどな」

『ならば貴様を殺せば私は魔王様よりも強いと言うことですかァ!』

「ハッ、ほざけ。あの男の足下にすらてめぇは届いてねぇよ!」

『その減らず口、今すぐ止めて差し上げますよぉ!』

 

 ルキアーノは翼を広げ、正面から迫ってきた。跳び退いてかわそうとしたが、足がガクンとかくついてしまい動けなかった。ルキアーノは俺の顔面を鷲掴みにして持ち上げる。

 

「ぐぅ……!?」

『このまま握り潰して差し上げますぅ!』

 

 鷲掴みにしている手に力が込められ、頭が締め付けられる。

 

 このままじゃ頭がミンチになって流石の俺も死んでしまう。どうにかして振りほどかないといけない。武器で殴ったり蹴ったりして振りほどこうとするが、翼で邪魔されてしまう。

 

「がぁっ――!?」

 

 ギチギチと頭から音が鳴る。このままじゃいけない。何か、何か手を考えなければ!

 

 くそっ、やるしかねぇ!

 

 俺はナハトを後ろへと放り投げる。ある程度離れたところで、俺はナハトを此方に呼び戻した。切っ先を此方に向けさせ、俺の背中に突き刺さるようにして戻す。ナハトは俺を貫き、密着していたルキアーノの腹をも貫く。

 

『ぐおっ!?』

「かはっ――ナハト、喰らえ!」

 

 ルキアーノに突き刺さったナハトはルキアーノから魔力を貪り喰らう。その魔力を俺に流し込み、魔力を回復させていく。奪った魔力で聖槍に風を纏わせ、衝撃波を放ってルキアーノを俺から突き放した。

 

 俺は地面に落ち、ナハトを背中から押し出して引っこ抜いた。血がドバドバと流れるが、傷は忽ち塞がっていく。

 

 もう身体を酷使し過ぎている。いくら再生能力があると言っても、身体に大きな負担を掛けていることには変わりない。間違いなく寿命を縮めるような行為だ。

 

 だがそれがどうした。ここで寿命を縮めようが、ララを救い出せるのなら本望。ついでに奴をぶち殺せるのなら尚更だ。

 

 必ず奴は此処で殺す。そしてララを助け出す。その為なら命なんて惜しくはない。

 

 聖槍を地面に突き刺し、使い慣れているナハトだけを構えて起き上がるルキアーノを睨み付ける。

 

 魔力はごっそりと頂いた。これなら一瞬だけだがあの力を使える。もうその一瞬で勝負を決める。それ以上は身体が持たない。もう身体の彼方此方の感覚が無い。視界も半分以上霞んで見えない。

 

 此処で、これで、この一撃で奴の首を斬り落とす。

 

 ナハトに黒い雷を纏わせ、意識をルキアーノの魔力に集中する。奴の魔力から次の動きを読み取る。確実な一撃を叩き込む為に、一瞬先の未来を完全に読み取ってみせる。

 

『この――下等生物がァ!』

「テメェは此処で殺ォす!」

 

 俺とルキアーノの刃が交差する――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 終戦

ちょっと駆け足気味かもしれませんが……。

誤字脱字報告ありがとうございます!


 

 

 ルキアーノは六枚の翼と爪を振るってくる。その一つ一つを見極めるのは至難の業だ。

 だから俺は奴の魔力を読み取る。どれが本命なのかを見極め、最低限の動きだけでかわす。

 

 答えは――全部だ。全部の攻撃が俺の心臓を狙ってきていた。時間差でどこに避けても命中するように奴は攻撃を放った。

 

 全てをかわすにはもう一度限界を超えて動かなければならない。奪い取った魔力を完全に解放し、雷神の力を発動する。

 

 黒い雷が体内から吹き荒れ、俺の魔の部分を剥き出しにさせる。限界を超えた状態で更に限界を超えて変身し、ルキアーノから繰り出された攻撃よりも速く、雷速で全ての刃をギリギリでかわす。

 身体が悲鳴を上げ、肉体の彼方此方が内部から破裂して血が噴き出す。息をすることすら叶わず、痛みに声すら上げられない。

 

 それでも俺の目はルキアーノを捉え、ナハトを握っている腕を動かす。攻撃の間を掻い潜り、下から上に振り上げたナハトがルキアーノの上半身に食い込み、赤い血が迸る。

 

『なっ――!?』

『――ハァァァァァアッ!!』

 

 ナハトが雷を発し、ルキアーノの身体を斜めに両断する。ルキアーノは両断された身体を再生させることなく、地面に転がり落ちる。

 

 まだしぶとく、身体を再生させようと藻掻いているが、再生可能な域を超えた傷に苦しんでいるだけだった。

 

 首と心臓を切り離したんだ。いくら魔族でも、魔王じゃない限りそこから再生することはできない。

 だが念には念をだ。俺はルキアーノの心臓にナハトを突き刺し、雷で焼き払う。

 

『ばか――な――!? このわた――しが――暴嵐のわたし――が――』

「ハァ……ハァ……地獄に堕ちろ、クソッタレ」

『――ァァァアアアア――!!』

 

 ルキアーノは絶命の声を上げながら身体を塵へと変えていった。

 

 これでルキアーノは死んだ。俺達の勝ちだ。

 

 ナハトを引き摺りながら拘束されているララの下へと向かう。残っている力で石を砕き、ララを助け出して抱きかかえる。

 

「ララ……ララ……頼む、起きてくれ……」

「……ぅ、ぅぅん……せんせ……?」

 

 ララは薄らと瞼を開き、ボンヤリとした顔で俺を見上げる。

 

 良かった……無事で良かった……。

 

「帰ろう、ララ……」

「せんせ……ごめん……わたし……」

「大丈夫、もう終わった」

 

 ララの髪を撫で、背中に背負う。正直、人一人を背負う体力すら残ってないが、ララに格好つける為にもやせ我慢する。

 

 聖槍を拾い、ナハトを操って壁を破壊させた。ララを解放したからか、魔獣は沈黙して動いていなかった。破壊した壁から外に飛び出し、高く上った太陽に照らされる。

 

 外ではユーリ達が待っていた。いつ来たのか、アスカとその同胞達もおり、シンクもそこにいた。

 シンクは俺を見付けるとトコトコと駆け寄り、俺の足にしがみ付く。

 

「シンク……どこ行ってたんだ……!?」

「アスカ……危なかった……」

「……? まぁ、お前が無事で良かった……」

 

 流石にシンクまで抱き上げる力は残っていなかった。シンクの頭をガシガシと撫で、待っているユーリの下へと向かう。

 

「兄さん……」

「奴は殺した。もうこれで魔獣は動かない」

「――ハァ……、お疲れ様です」

「ああ、ホント、疲れたよ」

 

 ――オォォォォォン!

 

『ッ!?』

 

 全てが終わったと思い安堵していると、甲高い咆哮が空を駆け巡った。

 何だと警戒すると、大地に横たわっていたケツァルコアトルが起き上がり、今にも飛び立とうと翼を動かそうとしていた。

 

 それも、穢れた魔力を帯びたままでだ。

 

 ケツァルコアトルはまだ魔獣化の状態だったのを完全に忘れていた。このまま逃がしてしまえば、穢れた魔力を世界に散蒔く第二の魔獣と化してしまう。

 

 漸く終わったと思ったのに、まだ大きな問題が残っていた。

 

 こちとらもう魔力も体力もスッカラカンだと言うのに、これ以上俺達に何をさせるつもりなんだよ。

 

 その時、手に握っていた聖槍が脈打ち、緑色の光を放ち始めた。

 それは俺に魔力を流し、何をすべきなのかを聖槍が伝えてくる。

 

 その意図を理解した俺は溜息を吐き、舌打ち一つをしてユーリにララを預ける。

 

「ユーリ、ララを頼む」

「兄さん、何を?」

「どうやらラファートの予言を俺が遂行させられるようだ」

 

 ナハトも預け、聖槍フレスヴェルグを強く握り締める。

 

「アスカ、あのデカブツの所まで乗っけてってくれないか?」

「守り神を乗り物扱いかい? 良い度胸だねぇ……。でも今回だけは特別だ。乗りな」

 

 地面に伏せるアスカの背中に乗り込み、アスカはケツァルコアトルに向かって走り出す。

 

 魔力は聖槍から送られてきて回復し、ある程度は身体を動かせるようになった。聖槍から伝えられたことをすれば力尽きるだろうが、俺がやらないといけないのなら仕方が無い。

 

 俺は勇者の長男で、ララを守る勇者なのだから。

 

「若造、何をするつもりだい?」

 

 アスカは走りながら俺にそう尋ねる。

 

「聖槍でケツァルコアトルの魔力を完全に浄化させる。どうやらその役目はユーリじゃなくて俺のようだ」

「……やはり、『ルドガーの名を継ぐ者』だねぇ」

「それ、どう言う意味だ?」

「いずれ知る時が来るさ」

 

 アスカはケツァルコアトルに飛び移り、そのまま身体を駆け上がって背中まで移動する。

 ケツァルコアトルの背中に辿り着いた俺はアスカから降り、アスカはそのままケツァルコアトルから離れていく。

 

「後は任せたよ」

「帰りはどうする?」

「迎えは寄越してやるさ」

 

 残された俺は聖槍を両手で握り、力一杯ケツァルコアトルに突き刺す。回復して僅かしか残っていない魔力を聖槍に送り込み、聖槍が力を発揮できるようにする。

 

 ケツァルコアトルに突き刺さった聖槍は清浄な緑の光を強く放ち、ケツァルコアトルを包み込んでいく。

 

 ――オオオオオオオ!

 

 ケツァルコアトルの声が頭に響く。ケツァルコアトルの穢れた魔力が清められていき、まだ身体に残っていた穢れの塊が消えていくのが分かる。

 

 ヴァーガスにされた子供達……安らかに眠れ。お前達の仇は取ってやった。もう苦しまなくて良いんだ。新しい命に生まれ変わって今度こそ幸せに生きていけ。

 

 ――オオオオオオオ!

 

 光はケツァルコアトルの全身を包み込み、穢れた魔力を完全に浄化していった。

 

 俺はそこで力尽き、その場に倒れ込んでしまう。

 

 もう無理、もう限界、立っていられない。空を見上げながら大の字で寝転び、意識が薄れていくのを感じる。

 こんなに疲れたのは魔王との戦い以来だ。ユーリを探しに来ただけだったのに、どうしてこんな目に遭ってるんだろうか。

 これからアーサーを探しに行く? いやいや冗談じゃない。一度アルフの都に帰って休んでやる。アーサーならどうせユーリと同じように無事だろうさ。ちょっと探しに行くのが遅くてもエリシアは許してくれるだろうさ。

 

 そんなことを考えていると、ケツァルコアトルの翼が動き出し、空へと羽ばたこうとしているのが見えた。

 

「おいおいおいおい……まだ降りてないんだけど……!?」

 

 薄れていく意識もはっきりとし、動かない身体を必死になって動かす。

 

 このまま空を飛ばれたらどこへ連れて行かれるのか分かったもんじゃない。早く此処から離脱しないと……!

 

 だが身体は言う事を聞かず、寝返りさえもうてない。

 このまま何処かへ連れ去られてしまうのか、そう諦めかけた時、俺の目の前に獣が降り立った。

 アスカが迎えに来たのかと思ったのだが、彼は二足歩行で此方に歩み寄ってくる。体毛も緑で、狼ではあるが守り神ではなくワーウルフだった。

 

「ワーウルフ? 誰だ……?」

 

 そのワーウルフは俺を抱えると、聖槍も抜き取ってその場からもの凄い速度で走り出す。ケツァルコアトルから飛び降りると、俺を地面に降ろして聖槍を落とした。

 

 ――オオオオオン!

 

 正常な状態に戻ったケツァルコアトルは翼を羽ばたき、空高く飛び上がる。飛び上がったケツァルコアトルは翼から魔力の粒子を大地に散布した。その粒子が大地に降り注ぐと、荒れに荒れ果てた森が再生していき、遺跡は破壊されたままであるが元通りの姿へと変わった。

 

 撒かれていた穢れの残滓も綺麗に払われ、清浄な魔力で再び溢れかえった。

 

 迷惑を掛けた詫びのつもりなのだろうか。それにしては割に合わない気もするが、神の眷属の考えが人如きに分かるはずもないかと諦める。

 

 ところで、このワーウルフはいったい何者なのだろうか。というか、彼の魔力にはもの凄く身に覚えがあるんだが。

 

 ワーウルフは小さく声を上げたかと思うと、その身体をブルブルと縮めていき、人型の姿へと変わっていった。

 

 そしてその姿はシンクだった。

 

「シンク……? え、シンクなのか?」

「うん、シンク、だよ」

「……え、どう言う事だ?」

 

 ヴァーガスに変わってしまったのかと一瞬だけ考えたが、どうやらそうじゃないみたいだ。

 なら何だ? この子が持つ本来の力? そう言えばアスカもワーウルフの童とか言っていたような……ああ、駄目だ、頭がもう回らない。

 

「兄さん!」

「……ユーリ、俺はもう休む。後は全部任せた」

 

 駆け付けてきたユーリにそう託し、俺は目を閉じた。

 もうこれ以上は起きていられない。もう戦いは全部終わった。

 

 俺は意識を落とすのだった――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 エピローグ

これにて第2章は終了です!


 

 エフィロディア連合国を騒がせた一大事件から一週間が経った。

 

 俺は既にアルフの都へと帰還し、休暇を取ってボロボロになった身体を休めていた。

 

 あの後、事後処理は全てグンフィルドが引き受け、魔獣の残骸などの片付けはエフィロディアの戦士達が行った。

 俺はその間死んだように眠っていて、目が覚めた時には事後処理の殆どが終わっていた。

 

 結局、ルキアーノの目的は魔獣を使って世界中に穢れを撒き散らし、魔族以外の全てを滅ぼすことだった。ヴァーガスはその過程で生み出されたものであり、シンクはルキアーノの実験体にさせられたのだろうと結論付けた。

 

 これは後で気付いたことなのだが、ルキアーノはいったいどのような手段でヴァーガスを生み出していたのか。ヴァーガスの条件は妊娠した母体と呪いの術者の命だ。そう都合良く多くの妊婦を用意できるものかと疑問に感じたが、ワーウルフに変身したシンクの魔力を見て理解してしまった。

 

 口にするのも悍ましく、考えただけでも腸が煮えくり変えることなのだが、今言えることはただ一つ。

 

 シンクはルキアーノの子だ。術者は別の者を用意したのだろう。

 

 本当に狂気の沙汰だ。何が奴をそこまで掻き立てたのだろうか。奴は魔族の中でも相当な下衆野郎だった。奴を彼処で殺したのは間違いではなかった。

 

 勿論、シンクは俺が引き取ってアルフの都へと連れ帰った。父親面をする訳じゃないが、シンクが俺を父と呼ぶのなら、まぁ仕方が無い。シンクは俺が責任を持って育てる。

 

 奴の話は此処までにして、明るい未来の話をしよう。

 

 最初に、ユーリとグンフィルドについてだ。

 

 あの二人は宣言通り夫婦の誓いを立てた。結婚式はまだ挙げていないが、俺が動けるようになったら結婚式に招待してくれるそうだ。弟の結婚式に出席することになるなんて、今まで考えたことが無かった。

 

 まぁ、あの二人なら何だかんだ上手くやっていけるだろう。

 

 ユーリは風の勇者としてエフィロディアで暮らしていく。今まで仕事を放棄していた分、グンフィルドに扱き使われるだろう。

 

 次に、俺の立場の話。

 

 俺は人族の大陸では厄介者扱いとしてお偉いさん方に嫌われているが、今回の件でエフィロディアは俺の後ろ盾になってくれた。本来ならとうの昔にそうしたかったのだとグンフィルドは言っていたが、その時はまだ女王じゃなかったからできなかったらしい。

 

 現在は女王として君臨しているし、何より国を救ってくれた英雄をいつまでもほったらかしにする訳にはいかないと言ってくれた。

 

 後ろ盾を得たからと言って、俺のこれからの生活に劇的な変化が起こるわけでもない。今後、人族の大陸で活動する際に他の国でぞんざいな扱いがされ難くなるようになった、その程度の話だ。

 

 あと、これは余計なお節介だったが、グンフィルドが俺に所帯を持たせようと何名かの女性を紹介されたが全て断った。全員が美人で強い女だったが、今の俺にそのつもりはない。

 

 まぁ、そんな感じで一週間が経ち、俺は寄宿舎で静かに休んでいる。

 学校からは暫くの間休暇を貰い、療養せざるを得なくなっていた。

 

 限界に限界を超え、身体を酷使した結果、俺の身体は酷い有様だった。身体の半分以上は動かせず、右腕と左脚でしか生活できない。ほぼ全身の骨は折れ、筋肉や血管、内臓なども酷く傷付いていた。

 今でこそ魔力が回復してほぼ再生し終えているが、大事を取って休ませてもらっている。

 

「んで、ユーリは元気だったんだ?」

「ああ。まったく人騒がせな奴だよ」

 

 ベッドで寝ている俺の隣で、リィンウェルにいるはずのエリシアがリンゴを剥いている。

 今朝方、どうやってか俺が都に戻ったことを知ったエリシアは雷となってやって来た。俺の状態を知った時は酷く動揺していたが、今では落ち着いていつもの様子を取り戻している。

 

「はー……エフィロディアが騒がしかったのは知ってたけど、まさか魔獣が現れてたなんてねー」

「……一応お前の国の隣だったんだが?」

「余所は余所、ウチはウチってのが人族の国だから」

「それで良いのかよ」

 

 もし俺が負けていればエフィロディアだけの問題じゃなくなっていたんだがな。

 ま、負ける気はしなかったけど。

 

 エリシアは剥き終えたリンゴを皿に載せ、串で刺して俺の口元に運ぶ。

 

「ほら、愛しい愛しいエリシア様がルドガーの為に剥いたリンゴはいかが?」

「……今食欲無いんだけど?」

「何よもー。私が頼んだからこうなってるって責任を感じて剥いてあげたのにー」

「リンゴ一つで割合とれねぇよ」

 

 シャクリ、と差し出されたリンゴを口に頬張る。

 

「この分じゃ、アーサーのほうでも何か問題抱えてそうよねぇ」

「止してくれよ……もう予言とか勘弁してほしいんだが」

 

 俺が項垂れていると、部屋の扉がノックして開けられる。

 入ってきたのはララで、シンクと一緒にいた。

 

「ん? 何だいたのかゴリラ女」

「何だ帰ってきたのガキんちょ」

 

 二人はバチバチと視線を交わす。

 おいおい、止してくれ。喧嘩するなら余所で頼むよ。

 

 二人を放置してシンクがトトトと歩み寄ってくる。

 

「とと、元気?」

「ああ、元気元気。明日はリハビリを兼ねて散歩にでも行くか」

「うん」

 

 シンクをベッドの上に乗せ、頭を撫でてやる。

 

 何だかんだ言って、シンクとこうやって接するのは嫌いじゃない。今まで子供相手は教師と生徒としてだけだったが、擬似的にとは言えこうやって親子のように接するのも悪くない。

 

 シンクを撫でていると、皿が落ちる音が隣から響いた。

 見ると、エリシアが口をあんぐりと開けて俺とシンクを見つめている。

 

「え? え? え? とと……? え? どういう……?」

「……ん? ああ、紹介がまだだったな。この子はシンク。俺が――」

「シンク・ライオット。センセの子供だ」

 

 何故かララが答えた。それもニタリと黒い笑みを浮かべて。

 それを聞いたエリシアは雷に打たれたような顔をして立ち上がり、頭を抱えて奇声を上げる。

 

「いやあああああ!? 子供!? 誰の!? 誰との!? まさか!?」

 

 ハッとしてエリシアはララを見る。

 ララは何も答えず、ただ笑っている。

 

「――してやる」

「おい、エリシア?」

「――殺してやる! 兄さんを殺して私も死んでやるぅ!」

「おい馬鹿!? こんな所でカタナ抜くな! ララも笑ってないで誤解を解け!」

 

 シンクを抱えてベッドから飛び起き、カタナを振り回して追い掛けてくるエリシアから逃げ回る。

 

 どうしてお前が来るといつも騒がしくなるんだよ! せっかくの休みなんだから静かにさせてくれよ!

 

「兄さんの馬鹿ァ! 私の気持ちも知らないでぇ!」

「ああもう! いったい何なんだよぉぉぉぉ!」

「とと、がんば」

「センセー! あまり無理するなよー!」

 

 俺はエリシアの癇癪が収まるまで、都中を逃げ回ることになるのだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 後継者
第40話 プロローグ


第三章の始まりです!


 

 

 その青年は、愛に飢えていた。

 

 物心が付いた時には掃き溜めの中で暮らしていた。家族は居らず、ゴミ漁りをして飢えを凌いでいた。

 村の通りを歩く家族を見ると、どうして自分には家族がいないのかといつも疑問に感じていた。どうして自分は独りなのだと、どうしてゴミを漁らなければいけないのだと嘆いていた。

 

 青年が少年だった時、焼け野原となった戦場を漁っていた。何か食べ物に換えられる物はないか、運が良ければ食べ物がないかと泥だらけになって亡骸を引っくり返す。

 

 そんなある日、少年の日常は転換する。

 

「何してんだ、お前?」

「え……?」

 

 少年の前に、少し年上の黒髪の少年が現れた。ぶっきら棒で少年にしては険しい目をしている彼は、泥だらけになっている少年をまじまじと見つめる。

 

「どうした、ルドガー?」

 

 その少年の後ろから、白銀の髪をした美丈夫が現れる。腰に差す剣や装いからして兵士だろうか。だが何処となく高貴な雰囲気を纏い、兵士にしては綺麗な格好をしていた。

 

 その美丈夫は泥だらけの少年を見ると、「おや?」と声を漏らして歩み寄る。

 少年に手を伸ばした瞬間、少年は怯えたように身体を縮こまらせた。

 

「おやおや……大丈夫。手荒なことはしないよ」

「……あぅぁ……ぅあ……?」

 

 少年は言葉を話せなかった。誰にも教えてこられなかったからだ。

 

 美丈夫は少しだけ顔を暗くすると、すぐに優しい笑みを浮かべる。そして懐から何かを取り出して少年に差し出す。それは紙に包まれた菓子だった。

 

 菓子を受け取った少年は美丈夫を見上げ、美丈夫が頷くと一心不乱に菓子に食いつく。

 少年にとってちゃんとした食べ物はこれが初めてだった。あまりにもの美味しさに少年の目からは涙が流れる。

 

「ルドガー、この子を連れて行くぞ」

「分かった」

 

 少年は二人が何を話しているのか分からなかった。黒髪の少年の手が自分の手を掴み、そのまま歩き出す。手を引かれる少年は少しだけ恐怖心を抱いた。

 

 黒髪の少年が振り返り、小さな少年に笑いかける。

 

「俺、ルドガー。お前、名前は?」

 

 これが、後に光の勇者となるアーサー・ライオットと魔王を殺すことになるルドガー・ライオットの出会いだった――。

 

 

 古ぼけた建物の中にある古い書庫で、金髪の青年が棚から本を取って開く。静かに本に目を通すその姿は、まるで芸術家が描いた絵のようだ。

 凜々しくあり美しい顔立ちである青年の腰には煌びやかな剣が差されている。

 

 本のページを捲っていると、青年の後ろにフードを被ったローブ姿の女性が影から現れる。

 

「我が君――」

「……収穫はあったか?」

 

 女性は金髪の青年を我が君と呼び、青年は本から目を離さずそう訊いた。

 

「兄君様は雷神と風神の力を手に入れたようです。しかしながら、他の勇者様のように上位の魔法を使えない模様です。代わりに、元素そのものの扱いに秀で、更に魔の部分がより強力になるようです。まるで純粋な魔族のように」

「……そうか。やはり遺跡の力は兄さんの為のモノか」

「現在はアルフの都に帰還して療養しております。如何なさいますか?」

 

 青年は本を閉じ、棚に戻した。

 蒼い瞳を女性に向け、静かに命じる。

 

「何もするな。まだその時ではない。兄さんにはもっと力を高めてもらわなければならない」

「――御意のままに」

 

 女性は青年に一礼すると、再び影の中に姿を消した。

 

 一人残った青年はおもむろに首から提げているペンダントを取り出した。小さな盾のような形をしているそれを、青年はどこか寂しそうに見つめる。

 

「父さん……僕は……兄さんを……」

 

 ペンダントを握り締め、額に当てる青年の声は掠れて消えていった。

 

 

 

    ★

 

 

 

 エフィロディアでの戦いから二ヶ月が経過した。

 

 ルドガーの身体はすっかり元通りとなり、今ではいつものようにアーヴル学校の教壇に立って生徒達に授業を行っている。

 

 何週間も授業を休んでしまった分、生徒達からの質問攻めに遭い、当初はそれだけで時間が潰れてしまう程だった。与えておいた課題も当然とっくの昔に終わっており、ルドガーの授業が好きな生徒達は水を与えられた魚のように食ってかかった。

 

 ルドガーも教師として責任を果たすべく、アーサーを探しに行くことよりも生徒達を優先し、授業に腰を入れて専念した。

 

「暴れ木であるトコヤニの木を静めるには蜂蜜酒を一壺用意すればいい。側に置いておけば、勝手に飲み干して酔い潰れる。トコヤニの木から何が作られる?」

「はい!」

「よしヤーベン、答えてみろ」

「トコヤニの木は頑丈で弾力性が高いので、弓の材料に使われます。また火に耐性が高く、建築素材にも活用されます。地属性の魔力に適正も高く、魔法の杖の素材にも好まれます」

「正解だ。トコヤニの木の性質上、枝一本採取するのにもかなり危険だ。油断すれば命を落とすことだってある。だからトコヤニの木を採取する職人達には蜂蜜酒は欠かせない物であり、彼らの村は蜂蜜酒の名産地になる。酒を売るほうが安全に金を稼げると思うけどな」

 

 こうして教壇で教鞭たれるのが幸せなことだと思える日が来るとは思わなかった。今まで俺には教師が向いていないんじゃないかと思い、どこか後ろめたい気持ちが見え隠れしていた。戦場で手を血で染めてきた俺が子供達に教える資格はないんじゃないかと。

 

 でもララのお陰でその気持ちは消えた。親父の娘であるララに物を教えることで、教える者としての喜びを本当の意味で知ることができたし、ララとの契約で気持ちの踏ん切りも付けることができた。

 

 今は子供達に授業をすることが楽しみになっている。今までが嫌々だった訳じゃないが、以前と比べたら気持ちの明るさは雲泥の差だ。

 

「トコヤニの木と似た性質を持つヤエヤナギは蜂蜜酒ではなく葡萄酒を飲ませれば良いが、此方は適量を見極めないと即座に枯れてしまう。ヤエヤナギは枝先が鋭く大昔ではその頑丈さと切れ味から剣の代わりにされてきた。今でも充分使える優れものだ」

 

 従業終了の鐘が鳴り、開いていた教科書を閉じる。

 

「さ、今日の授業は此処まで。また近い内に先生は学校を空けることになるから、それまでに質問があればしておくように」

『はーい』

 

 生徒達は荷物を纏めて教室から出て行く。板書した物を消して自分の荷物を纏めていると、教材を持ったアイリーン先生が現れた。

 

「ルドガー先生、宜しいですか?」

「アイリーン先生、ええ、どうぞ。あ、どうせなら俺の部屋で御茶でも?」

「まぁ、いただきますわ」

 

 教材を手に教室から出て離れた場所にある俺の私室へと向かう。道中では最近の授業の様子や、日常生活での他愛ない会話をしつつ話を弾ませる。

 

 私室に招き入れると、アイリーン先生を座らせて紅茶を淹れる。茶菓子にはいつも隠している棚からマカロンを取り出してテーブルに置く。

 

 二人で紅茶を啜り、俺は一つアイリーン先生に謝罪する。

 

「あ、そうだアイリーン先生。いただいた御守りだけど、勝手にララに渡して申し訳ない。せっかく俺の為にくれた物なのに……」

「ああ、いいえ。確かにアレはルドガー先生を守る為に差し上げた物ですけれど、ララさんを守れたのならそれはそれで本望です。お気になさらずに」

「まぁ、その……必要なことだったとは言え、女性からのプレゼントを他の女性に渡すってのも……」

「私は気にしておりませんわ。ですが、先生が気にしてくれているのなら、今度は先生から何か贈り物が欲しいですわね。それで手打ちとしましょう」

 

 アイリーン先生はニッコリと微笑む。

 

 む、アイリーン先生への贈り物か……。困ったな、そうなると都で手に入れられるような物じゃ駄目か。ララにプレゼントしたようなガラス細工とか、リィンウェルにあるような此処じゃ手に入れられないような物じゃないと相応しくないか。

 

「んん……それでアイリーン先生、何か御用があるようで?」

「ああ、そうでした。ルドガー先生とのお話が楽しくてつい忘れていましたわ」

 

 んん……アイリーン先生はワザとやっているのだろうか。一々男の心を惑わせるような言動をしてくる。心臓に悪い。本当に一夜の過ちが起きてしまうのではないかと内心バクバクしてしまうじゃないか。

 

 結婚なんて考えていないが、だからこそそれは宜しくない。エルフは高潔な存在でもある。結婚しない相手との行為なんて禁忌に等しいものだ。

 

 もし俺と先生が過ちを犯してしまったら、俺は責任を取ってアイリーン先生と誓い立てをしなければならない。

 

 別にアイリーン先生が嫌だっていう訳じゃない。先生なら男としても個人としても最高の女性だ。何ら不満は無いし、寧ろ勿体ない気がするほどだ。

 

 問題は俺自身。半人半魔である俺は普通の人族とは生きる時間は違うだろうし、子供ができたとしたらその子には魔族の血が混ざる。純粋な魔族じゃなければ保有する魔族の魔力に身体が付いていかない可能性がある。身籠もった母体にも影響がでるかもしれない。

 

 だから俺は結婚なんて考えていない。

 

 ――あれ? でも待てよ? 子供云々は兎も角、生きる時間ならエルフ族であるアイリーン先生は問題無いのでは? エルフ族の寿命は千年を超えると言うし、少なくとも俺よりは長生きするよな? そう考えるとアイリーン先生はあり、なのか……?

 

「お話というのは私の妹のことなんですが……先生?」

「……え? あ、ああ! 何でもない! って、妹? 妹がいるのか?」

 

 それは初耳だ。アイリーン先生と出会って五年になるが、先生の口から妹という言葉は聞いたことがない。

 先生の妹さんだ、さぞかし美人なんだろう。

 

「はい。もう五年も会っておりませんが、文通はしているんです」

「五年も……。妹さんは何をなされて?」

「それが、妹は父に似て武芸に秀でてまして。父と一緒に大陸中を旅して剣術の修行をしているんです」

「へぇ、アイリーン先生の父君の話も初耳だ。父君は戦士なのか?」

 

 思えば、アイリーン先生の家族構成を知らないな。初めて先生の口から家族の事を聞くかもしれない。これも友好関係が深まったからなのだろうか。

 

「ええ。立派な戦士でしたわ」

「……でした?」

「大戦で負傷してしまいまして。戦士は引退したんです。もしかしたら先生と顔を合わせているかもしれませんね」

 

 そうか、大戦の参加者だったのか。それなら確かに何処かで顔を合わせているかもしれない。

 エルフ族とはフレイ王子を初めとして幾度も共闘してきたから、同じ作戦に参加していても何らおかしくはない。世間は広いようで狭いというのは正にこの事か。

 

「それからは妹が父の後を継ぐと言って。私は見ての通り戦士としての才能はありませんから」

「でもアイリーン先生の知識や魔法に関しては素晴らしいじゃないか。どのエルフにも引けは取らない」

「そんな褒めてくださっても、先生には敵いませんわ」

 

 いやいや、俺なんか広く浅く知識を得ているだけだから、専門的になればなるほど通用しなくなるし、魔法だってたぶんアイリーン先生の足下に及ばないかもしれない。先生の魔法の知識量には敵わない。

 

 俺の魔法の知識は魔王である親父仕込みだが、全部使える訳じゃない。確かに適正は全部にあるが、それでも得手不得手がどうしても出てきてしまう。魔力量もそうだし、精度だって粗い物もある。

 

 その点、アイリーン先生の魔法は素晴らしい。俺の知らない魔法も知っており、精霊魔法だって上位の物でも杖の一振りで発動してしまう。その精度も美しく、芸術作品を見ているかのように目を奪われてしまう。

 

「それで、その妹なんですが……近々帰って来ることになりまして」

「それはそれは。五年ぶりの再会はさぞ嬉しいでしょうね」

「父は田舎で過ごすことになって、妹だけ帰ってくるんです。でもその……ちょっとした問題が……」

 

 アイリーン先生は苦笑いを浮かべる。

 妹が帰ってくるのに、どうして問題なんかが出て来るんだろうか。

 あ、もしかしてアイリーン先生にイイ人がいて、それを妹に知られたくないとか?

 いやいや、それは無いか。別に知られたところで何が起こるわけでもない。

 ああ、でも俗に言うシスコンって奴で、大好きな姉を盗られたくないと癇癪を起こすとか?

 

 いや、そんなまさか――。

 

「その……手紙にルドガー先生のことを書いていましたら、妹が勘違いをしまして……私を誑かす男になってしまっているようで」

「ブゥー!?」

 

 思わず口に含んでいた紅茶を窓の外に向けて吐き出してしまう。

 

 え、なんでそうなったの……!? なんでまさかの考えに近い事象が起きてやがんの?

 

「……ど、どうしてそうなったんで?」

「いえその……それは言えませんけど」

 

 あ、アイリーン先生の顔が赤くなった。

 駄目ですよ先生、そんな反応しては世の男共はすぐに勘違いしてしまうので。

 

 しかしまぁ、俺がアイリーン先生のそういう人と勘違いされてるとして、いったい妹さんに何をされると言うのだろうか?

 

「それで、どう問題に?」

「……先にも言いましたが、妹は戦士として少々荒っぽくて……帰ったらルドガー先生を斬りに掛かるしれません」

 

 テヘッ、と笑うアイリーン先生は可愛かった。

 だが笑ってる場合じゃない。どうやら俺はアイリーン先生の妹さんに命を狙われているようだ。

 

「はは……」

 

 乾いた笑みが出てしまう。

 

 まぁ、命を狙われるのには慣れっこだしそれはいい。斬りかかってくるのならそれなりに応戦してやり過ごせば良いだけだ。

 

 問題なのは、何故だか無性に嫌な予感がするということ。それももの凄く面倒そうな予感がする。具体的に言えと言われたら言えないが、何故だがもの凄くそう思うのだ。

 

 またエリシアが乗り込んでこないだろうかと心配になってしまう。

 

「ですので、妹が帰ってきたら気を付けてくださいとご忠告を……」

「止めては……」

「ごめんなさい、言っても聞かない子なので……」

 

 軽く頭を抱えた。

 

 まぁ、たぶん、大丈夫だろう……。

 

 俺は何となしに、そんな風に考えてしまった。

 それが、俺の頭痛の種になるとは、この時本気で思ってもみなかったのである。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 プロローグ2

ご感想ご評価、お待ちしてます。


 

 

 数日が経った頃、俺はララとシンクを連れて街を散歩していた。

 

 アルフの都では市場が存在しないが、それは店が無いというだけであり、生活に必要な物を供給する場所は存在する。

 

 以前にも説明したことだが、エルフ族は助け合いの精神で生活している。エルフの大陸では清浄な魔力が溢れ恵みに溢れており且つ掟に従って不必要に欲を持たない。それ故に成り立っている生活様式であり、助け合い以外に対価を要求しない。

 

 街に出ると、生活に必要な道具や衣服、娯楽品などが置かれている場所がある。娯楽と言っても何てことはない。本や子供達が暇潰しで遊べる玩具等だ。それにエルフ族にだって美意識が存在する。女性が着飾るアクセサリーや美容を保つ用品等を作れるエルフがいて、それを提供している。数は少ないが、酒場のような場所もあり、夜には賑わったりしている。

 

 狩りや漁に出てて糧を手に入れる狩人達、持ち帰った糧を物に変える職人達、治安を守る戦士達、次代に知を授ける教育者達、それぞれが己の仕事を全うして支え合っていくのがエルフ族だ。

 

 話は逸れたが、俺達は散歩しながら物色していた。アルフの都で教師として過ごす俺は勿論のこと、生徒であり子供であるララとシンクも物の提供を受ける権利がある。子供は成人になるまで必然と権利がある。

 

 散歩がてら、ララとシンクの服や生活必需品を手に入れに街へ出ているのだ。

 

「センセ、これなんかどうだ?」

 

 ララは藁で編まれた帽子を手に取り、カポッと自分の頭に被る。

 

「んー? 似合ってるよ」

「あ、でも私帽子は好きじゃないや。髪型が崩れる」

「何だ? お前でも髪型を気にするんだな?」

「どう言う意味だ?」

 

 ララは頬を膨らませる。だがすぐに機嫌を元に戻してシンクに似合いそうな帽子を探す。

 

 それにしても、二年前俺がこの都に来たばかりの頃は、此処まで物の種類が多くはなかった。殆ど一緒のデザイン、と言うか同じ物ばかりが並んでいた。

 それが今はどうだろう。人族との交易が始まってから向こうの職人芸を盗んだエルフがいたのか、瞬く間に種類は増えていった。何と言うか、色が増えたというか静かな所に喧しい若者が入ってきたと言うか、そんな感じに変わっていった。

 

 良いことだとは思う。他種族の文化を取り入れ、己の文化を高めていく行為は種が進化していく上で必要なことだし、それは自然の摂理に則っていると思う。

 

 ただ、掟に厳格な王達がいつまでこの光景を黙認していられるかだ。今はまだ物の姿形が変わっていくだけに留まっているが、これが思想にまで及んでいくと話は変わるだろう。

 

 まぁ、変わり者の王子がいることだし、そう悪いようにはならないだろう。

 

「……ん?」

 

 何処からか視線を感じた。何だかジッと見られているような気がして辺りを見渡す。

 通りを歩いている女エルフ達と視線が合うと、彼女達はニコリと笑って手を振ってくる。

 

 自惚れているわけではないが、俺と言う存在はエルフ族にとっては英雄視されている身だ。ああいう風に色目で見られるのは良くあることだ。

 

 さっきの視線もその一つだったのだろうかと、深くは考えないことにした。

 

 必需品などを手に入れた俺達は食事を提供する場所で休息することにし、軽食を食べる。

 

 物の種類もそうだが、料理の種類も増えた。エルフ族の料理は素材そのものを味わう調理法を用いているのが多いが、最近は人族の料理も取り入れている。学校の食堂でもその料理は出されており、今ではそれが主流だったりする。

 

 エルフと言えど、人族と同じ舌を持ち同じ物を食べる。好みの差はあれど、自ずと美味しい物にはどうしても手が伸びてしまうのだろう。あまり贅沢な物には掟に従って手を出さないが、それ以外なら何でも取り入れた。

 

 それにしても俺の舌は肥えてしまったかな。ララの手料理を食べていると、此処の料理でも満足感を得られなくなってしまったのかもしれない。いや、マズくはない。かなり美味いのだが、こればかりはララの腕前が良過ぎるのだろう。

 

「……?」

 

 ふと、此処でも視線を感じた。先程と同じ視線だと感覚で理解する。

 

 誰かが後をつけてる……? 誰だ? 生徒か……?

 

「センセ、どうかしたのか?」

「いや……何でもない」

「……?」

 

 何者だ? 俺を見ているから狙いは俺なんだろうが、万が一と言うこともある。ララを狙った魔族の手先かもしれない。四天王だったルキアーノの子であるシンクを狙っている可能性も否めない。

 

 だがアルフの都の内部まで魔族の手先が入り込めるか? 魔族なら都に近寄っただけで分かる。魔族に抱き込まれたエルフ? 分からない……用心したほうが良いか。

 

 その後も視線を感じながら街を歩き、寄宿舎に帰るまで終始それは続いた。

 

 夜、ララとシンクを寝かせた後も視線の主は寄宿舎の周りに潜んでいた。

 ナハトを手に寄宿舎の外へ出ると、俺は姿無き視線の主に声を掛ける。

 

「昼間からコソコソと嗅ぎ回ってる奴、出て来い」

 

 そう声を掛けると、そいつは隠れ続けることなく、何処からともなく現れた。

 フードを被り、ローブで身体を隠した人物だ。

 

「……何者だ?」

「……」

 

 その人物は何も答えず、ローブの下から細剣を抜いた。一瞬身体が見えたが、大きな胸をしていたことから女だと判る。

 

「目的は、俺か?」

「……お命、頂戴する!」

 

 女は目も止まらぬ速さで目の前まで迫ってきた。振り払われた剣をナハトで受け流し、蹴りを放つ。女は猫のようにしなやかな動きで蹴りをかわし、再び剣で高速の突きの連打を放ってくる。ナハトを盾にして剣を弾いていき、隙を見てナハトを振り払う。

 

 女は俺から距離を取り、剣を低めに構えて対峙する。

 

「……?」

 

 そこで違和感に気が付く。

 

 殺気はある。敵意もある。だが悪意が感じ取れない。魔族の手先ならば少なからず悪意を持っている筈だ。しかし彼女からは愚直なまでの殺気と敵意しか感じ取れない。

 

 まるでそう……怒りで癇癪を起こしているような、そんな殺気。

 

 まさか――。

 

「お前……」

「ハァ!」

 

 女の手から光が放たれる。それは砲弾のように俺に襲い掛かる。

 避ければ寄宿舎に直撃すると判断してナハトで斬り裂いて喰らう。

 女は俺が砲弾を斬り裂いている間に急接近しており、懐に飛び込んで突きの構えを取っていた。

 

烈光(れっこう)――」

「遅い」

「え!? きゃああ!?」

 

 女の剣が光り輝き技を放つ直前、その動きを見切って女の腕を掴み、後ろに捻り投げる。女は地面に背中から落ちて転がり、ローブが開きフードが捲れ上がる。

 

 垣間見えた通り、胸元がパックリと開いた大胆な服に短いスカートという戦闘装束の格好で、薄金色の長い髪をポニーテールにした女エルフの顔が現れる。

 

「うぐぐぐ……!」

「……」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 この子はたぶん、というか絶対にそうだろう。

 

 女エルフは痛みを堪えながらバッと立ち上がり、再び剣を構える。

 

 うーん、見れば見るほど似ていると言えば似ている。

 

「なぁ、君……お姉さんいるよな?」

「黙れ! 姉さんを誑かす色情魔め! 貴様はこの私! リイン・ラングリーブが成敗してくれる!」

 

 ラングリーブ……アイリーン先生のファミリーネームはラングリーブだ。

 つまり、彼女、リイン・ラングリーブはアイリーン先生の妹さんである。

 

 おいおい……本当に斬りかかって来たよ。俺、どうすりゃいいんだ?

 

 夜の虫の音が聞こえる中、俺は夜空を仰ぐのだった――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 新人教師

 

 

 俺、ルドガー・ライオットの教師としての一日は多忙だ。

 

 一日数回に渡って違うクラスの授業を受け持つ。これは他の教師も同じだ。アーヴル学校の生徒達は決して少なくはない。都中の子供達が集まるのは勿論のこと、都外からも態々やって来て通う子供達もいる。

 

 一クラス十五人程度が五クラス、学年は六学年まで存在する。それぞれの学年、クラスに合った授業内容を設定し、振り分けられた時間に授業を行う。同じようで違う内容もあれば、全く同じ内容の時もある。それぞれの生徒に合った教え方も考えなければならない為、頭を悩ませることもしばしばある。

 

 そして、俺だけは他の教師と違うところがある。それは担当する授業が二つあるということ。

 俺がメインで担当するのは一言で言えば雑学。正確に言えばヴァーレン王国の外の知識や怪物に対する防衛術と言ったところだ。人族との交流が始まったことで、エルフも大陸から出て他の大陸へ渡る機会が増えてくる。その時に必要な知識を俺が教えるのだ。

 

 それでもう一つの授業が護身術だ。外に出れば危険が伴う。ある程度の戦闘技術を身に付けておかなければ、やはり生きてはいけない。俺が此処に赴任する際、校長先生に護身術も生徒達に教えてやってほしいと頼まれ、雑学と護身術の二つを担当することになった。

 

 因みに、本格的な戦闘技術を教えることもあるが、それは戦士達の鍛錬の時であり、学校の仕事の合間を縫って城で戦士達を訓練している。

 

 つまりだ、本来俺はかなり忙しい毎日を送っている。学校、城、学校、城、と行ったり来たりして仕事をしている。そこにララの件も加わり、多忙では済まされない生活をしているのだ。

 

 これが人族の生活であればそれなりの給金を貰っていることだろう。金を使う間も無く貯まっていく一方になること間違い無しだが。エルフ族には金という概念は無いため、無給ということになる。

 まぁ、それで生活に困ることは無いのだから、社会の違いって凄い。

 

 そんな生活を送っている俺だが、ここに一つ新たな悩みの種を抱えることになった。

 

「……」

「……」

「あらあら……」

 

 アーヴル学校の校長室で、俺は一人の女エルフに睨まれていた。側には校長先生と、困ったように笑うアイリーン先生もいる。

 

 俺を睨んでいるのはアイリーン先生の実妹、リインである。

 

 昨晩、俺はリインにストーカー紛いなことをされた上に斬りかかられた。それだけを見るとリインの行いは悪行に等しいもので、当初はアイリーン先生に激怒されていた。

 

 あんなに激しく怒りを露わにしたアイリーン先生を見たのは初めてだ。一応事前に忠告されていたとは言え、俺も先生もまさか本当に斬りかかられるとは思ってもみなかった。

 

 俺に怪我は無く、ララやシンクにも被害は出ていないし、俺からは特に何も言うことはなかった。狙われるのは慣れているし、この程度でとやかく言う気は起きない。ララやシンクが巻き込まれていたら話は別だが。

 

 それで、どうして俺達が校長室に集まっているかというと、なんとリインがアーヴル学校の教師見習いとして招かれるというのだ。それも担当教科は護身術。戦士として修行してきた腕を、生徒達に護身術を教える為に振るおうと言うのだ。

 

 そうさせたのは校長先生であり、俺が可能な限りララを守ることに専念してほしいという配慮らしいが、果たして何処までが本当の話なのだろうか。

 

「ホッホッホ……ルドガー先生には本当に驚かされてばかりじゃ。もう既にリイン先生と交流があったとはの」

「交流? 今、交流と言いました? ストーカーに斬りかかられるのを交流と言うのは止めていただきたい」

「だ、誰がストーカーよ!?」

「リイン?」

「うっ……ごめんなさい、姉さん。こいつがどんな男なのかをこの目で確かめたくて……」

 

 アイリーン先生が黒い笑みでリインを威圧した。

 

 ふむ、アイリーン先生の新鮮な反応が見られるだけでも、ストーカーされた甲斐があったと言うもんだ。

 しかし、どんな男ねぇ……いったい俺はどういう風にその目に映ったのやら。

 

「で、どんな男じゃったかの?」

「年端もいかない魔族の女の子を孕ませて子を生ませたクズ男」

「ちょぉい!?」

 

 何だそれは聞き捨てならないぞ!? いったい誰が誰を孕ませたクズ男だと!? 誤解って話じゃすまねぇ濡れ衣だぞおい!

 

「何よ? 昨日家族で街に出てたじゃない」

「ララは俺の生徒で護衛対象! シンクは確かに俺が引き取った子だが誰とも血は繋がってない!」

「……そうなの、姉さん?」

「はぁ……そうよ。ララさんはルドガー先生の教え子で、事情があって先生が面倒を見てるの。シンク君も同じ」

「……なーんだ、そうだったの」

 

 リインは納得したのか「紛らわしいわね」とボソッと呟いてそっぽ向いた。

 

 分かった、俺こいつ嫌いだわ。酷い勘違いしたくせに一言も謝罪無しとか、何も咎めない俺に対して少しは誠意を見せようとは思わないのか?

 はぁん? アイリーン先生に似て美人だからって何でもかんでも許されると思うなよ。俺より年上なんだろうけどエルフ族からしたらお子様のくせに。

 

 と、心の中で鬱憤を晴らしたところでさっさと本題に入らせてもらおうことにする。こうしている間にも従業の開始時間が迫っているのだから。

 

「それで、校長先生? どうしてここに集められたんですか?」

「おお、そうじゃった。リイン先生は教職に就くのが初めてだからの。いきなり担任を任せる訳にもいかんのじゃ。そこでじゃ、護身術の引き継ぎにも丁度良いから、ルドガー先生の副担任として少しの間行動を共にしてほしいのじゃ」

「――は?」

 

 頬がピクリと引き攣った。

 

 おっと落ち着け、俺は大人だ。いくら相手が気に食わないガキだとしても、大人である以上仕事に私情を持ち込む訳にはいかない。俺達の一番上の上司である校長先生の指示なら従わざるを得ないしな。

 

 何とか心を落ち着かせた俺は改めて校長先生の顔を見る。

 

「それは、護身術の授業の時だけですよね?」

「いやいや、生徒達との交流もしてほしいからの。ずっとじゃ」

 

 爺さん、髭を毟り取ってやろうか? 俺がケツァルコアトルの羽根を持ち帰らなかったことに実は腹を立ててるとか言うんじゃないよな? 仕方ないでしょう、あんな状況じゃそこまで気が回らないんだから。

 

 俺が顔から表情を失わせていると、リインが横から非難の声を出す。

 

「えぇー? お爺ちゃん、私嫌よ。姉さんを誑かすような男の下に就くのは」

「お爺ちゃん?」

「こら、リイン! 校長先生に向かって何て口を利くの! もう貴女はここで働くのだから、立場を弁えなさい!」

 

 アイリーン先生がリインの頬を抓る。

 

 まぁ、校長先生は長生きしてるし、他のエルフ達にとってはお爺ちゃんみたいな存在なんだろうけど。

 

 しかし、ここでそんな考えをしているのなら、この子に教師なんてできるのだろうか?

 教師ってのは生徒達に道を示す大きな存在だ。子供染みた勝手な考えを持つような子に、とても務まるとは思えないが。

 

 もしかして、それを俺に矯正させようとか思っていないだろうか? だとすれば明らかに人選ミスだ。この子は俺をどういう訳か姉を誑かすクズ男と認識している。大人しく言うことを聞くようには思えない

 

「ホッホッホ、ここでは校長先生で頼むの。リイン先生、ルドガー先生は君が思っているような者ではないぞ。一日二日、一緒に居れば自ずと分かるでな」

「……はい」

 

 リインは俺を睨んだ後、渋々と頷く。

 どうせ俺には拒否権なんてものは無いだろうから、頭を抱えて溜息を吐く。

 

 校長先生の話は終わり、俺達は校長室から出る。

 アイリーン先生との別れ際、彼女はとても心配そうな顔をして俺に頭を下げてくる。

 

「ルドガー先生、妹が失礼なことをしましたら、遠慮無く叱ってください。リイン、昨晩のようなことをしたら、お父様に言い付けますからね?」

「は、はい」

 

 ギロリと睨まれたリインは背筋を伸ばして何度も頷く。

 

 凄いな、今朝だけでアイリーン先生の知らない顔が何度も見られる。ある意味役得だったのかもしれない。

 

 アイリーン先生と別れた俺とリインは、そのまま教室へと向かう。リインは俺の後を黙って付いてくる。何やら視線を感じるが、ここで何かを言って変わる訳でもなし、一先ず今日は特に何もなければ口は出さないでおこう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 護身術

 

 

 担当の教室に入ると生徒達は既に揃っている。今回はララがいるクラスであり、ララは一番後ろの席に座っている。

 

 そう言えばシンクだが、あの子もこの学校にいる。この学校には幼いエルフ達が集まるクラスがありそこで遊んで学んでいる。

 もうヴァーガスの心配は無いし、シンクの賢さなら迷惑をかけることもない。何かあれば同じ学校の敷地内にあるからすぐに駆け付けられる。

 

 俺が教壇に立つと、リインは教室のドアの側で立ち止まって生徒達を見渡す。生徒達も見知らぬ顔に首を傾げる。

 

「あー、んん……さて、授業を始める前に彼女を紹介する。彼女はリイン・ラングリーブ先生。先生と言っても見習いで、いずれは護身術の担当教師になってもらう。これから少しの間俺の補佐で入ってもらうから、皆仲良くしてやってくれ」

 

 リインに教壇前に来て挨拶するように言うと、ムッと睨んで来るが言われた通りに教壇の前に出て挨拶を始める。

 

 今更だけど、男の眼には悪い格好をしているよな。胸元はパックリ開いてるし、スカートだって結構短いぞ。生徒の中には健全な男の子もいるのだから考えてもらったほうがいいか?

 いや、エルフの子供って思春期は来るんだろうか? 来るとしてもそれはいつだ? 人族と同じなのだろうか?

 うーむ、流石にそこらへんのことは学んでこなかったな。まだまだ俺にも学ぶべき部分があると言うことか。

 

「アルフの戦士、アドラスの子、リイン・ラングリーブです。早く一人前の教師になれるよう頑張るので、皆よろしくね」

「……じゃ、軽く交流ってことで、質問タイムだ。何かあるか?」

 

 生徒達に聞くと、何人からも手が挙がる。全員に質問させる時間は無いが、数人を指名して質問させることにしよう。

 

「歳はいくつですか?」

「164よ」

「趣味は何ですか?」

「そうね、剣術の鍛錬ってところかしら」

「アイリーン先生と姉妹なんですか?」

「そうよ」

 

 リインは生徒達の質問に愛想良く答えていく。

 

 なんだ、ちゃんと生徒達の目を見て笑って話せるのか。その愛想を俺にも見せてくれたら、こっちは気が楽なんだけどな。

 

 質問タイムもそこそこにして、授業を開始していく。このクラスの今回の授業は地生生物についての続きだ。リインには教室の隅で授業の様を見学してもらう。校長先生は彼女に教師の仕事がどんなものかを教えさせるつもりなのだろうから、補佐と言っても基本は見学で済ませる。

 

 生徒達に教科書とノートを開かせて講義を始める。

 

 地生生物、それは文字通り地中の中に生息する生物だ。無害なものから有害なものまでその種類は様々。その多くは魔法生物であり、通常の野生動物もいるにはいるが数は少ない。

 野生動物の代表例としてモグラが存在するが、それが生息しているのは人族の大陸だけ。他の大陸では魔法生物が殆どで、野生動物はいないといっても良い。

 

 地生生物の中でも怪物の枠組みにされるのはワームやボラスが有名だ。ワームは巨大なミミズみたいな怪物で、ボラスは地中を泳ぎ回るワニみたいな怪物だ。

 

 他にも、植物に擬態して地上の生物を捕らえて餌にする魔法生物や、地中の中に群生する植物も存在する。

 

「――このように、実は地中には地上と違った生態系が広がっている。言ってしまえば、地上の海ってところか」

「先生、ヴァーレンの下にも地生生物はいるんですか?」

「まぁな。だけど怪物の類いは魔族の大陸と獣族の大陸にしかいない。大地に含まれる魔力が合わないからな。それに地生生物が地上に上がってくることは無い。海や湖に棲んでる魚だって上がってこないだろ? それと同じだ」

「へぇ~」

 

 逆を言えば、魔族の大陸と獣族の大陸では地中には怪物が棲んでいる。その怪物だって滅多なことでは地上に出て来ないが、どうして怪物なんて呼ばれるかと考えれば分かるだろう。餌を求めて地上に這いずり出て、地中へ引き摺り込むからだ。

 

 獣族の大陸に足を運んだことがあるが、その時に何度か地生生物の巣の上で野宿してしまって大変な目に遭ったことがある。あれは生きた心地がしなかった。あっちの大陸に住む彼らはエルフ族や人族と違って日常の中にかなりの危険が潜んでいて生きていくのが大変だ。

 

「この大陸に居る限りは地生生物と遭遇することは殆どないだろうけど、君達が大人になって他の大陸に行くことがあれば、目にすることがあるかもしれない。その時に正しい行動と考えを持っていれば安全でいられる。しっかりと学んでおいて損は無いぞ」

『はい、先生』

 

 その後もいくつか質問を交えながら授業を進めていき、最初の授業を無事終えることができた。

 リインは終始無言でいたが、何度か俺を見つめ続けていたようで、視線をかなり感じた。

 少しは俺がまともな男だと理解してくれたら助かるんだけどな。

 

「センセ」

「ん、何だララ?」

 

 次の授業に向かう生徒達の間からララが抜け出し、俺に話しかけてきた。

 

「……あの女、ずっとセンセを睨んでたけど」

「ああ……どうも俺をアイリーン先生を誑かす男だと思ってるようでな。昨日、お前が寝てる間に斬りかかられた」

「は?」

 

 ララの目付きが細くなり、リインを睨み付ける。

 

「大丈夫だ、子供の癇癪を鎮めたようなもんだから。そう睨むな睨むな」

「……まぁでも、アイリーン先生に鼻の下伸ばしてるのは確かだし」

「誰がだ、誰が。馬鹿なこと言ってないで、ほれ、次の授業に行ってこい」

 

 ララを教室から出させ、板書したものを消していく。別クラスの授業も次の時間で此処で行われる為、急いで準備をしていく。

 

「……随分と仲が良さそうね、あの子と」

「驚いた。会話してくれるんだな?」

 

 リインがまさかの会話を投げ掛けてきた。

 俺はてっきり口を利きたくないのかと思っていたが、どうやらそうとは限らなかったらしい。

 

「別に。会話しなきゃ、貴方の形をしれないもの」

「それは良い考えだ。で、仲が良いかって? まぁな。ただの生徒って訳じゃないし、一緒に命懸けの旅をしてきた仲だからな。学校じゃ贔屓しないように気を付けてるが」

「……? 護衛っておじい――校長先生が言ってたけど、どういう子なの?」

 

 それを知らないと言うことは、校長先生が話していないということだ。校長先生が話していないのなら、それは何か訳あってのことだろう。此処で俺が伝えられる真実を伝えてしまうのはよろしくないかもしれない。

 

 では何と説明したら良いものか。あまりテキトーな言葉で説明する訳にもいかないし、そんなことをすれば築かれようとしている信頼関係を崩してしまう可能性だってある。

 

「まぁ……魔族のやんごとなきお姫様ってところだ。訳あってとある魔族の一派に狙われてると言うか、魔族の穏健派から匿ってほしいと頼まれた。で、一応此処では英雄視されてる俺が彼女を守る役を担ってるって訳だ」

「その英雄って肩書きを利用して姉さんに近付いたのね?」

「そんなことは一切してねぇよ。いったいアイリーン先生の手紙にどんなことが書かれてたんだ?」

「そ、そんなの言える訳ないじゃない!」

 

 えー、なんでそこで顔を赤くするんだ? いったい先生は俺のことを何て伝えたんだ?

 そんな反応されちゃあ、酷い勘違いをしそうだ。

 

 とりあえず、もうそっちのことは深く考えない方針で行くとして、まだまだリインの中では俺はどうしようもない男だという認識らしい。会話をしてくれるだけまだマシか。

 

 その後の雑学の授業でもリインは黙って見学していた。ただずっと黙らせておくのも忍びなく、時折リインに質問して答えさせたりしてみせたが、やはりというか外の世界につての知識はそこまで深くはなかった。

 

 だが分からなかったことで生徒達と一緒に学ぶという機会をやることができ、それなりに生徒達と会話も挟みつつ馴染んでいくことができたようだ。

 

 此処までの俺からのリインへの評価は、子供っぽいがある程度は大人の考えを持ち、俺やアイリーン先生が関わらなければだいぶ真面なエルフだということ。

 

 この分なら慣れていけば少なくとも教師として働いていけるだろう。

 ま、それもこれから行う護身術の授業でどれだけ教師としての適性を見せられるかだが。

 

 生徒達に教える護身術は剣を使うものから徒手空拳まである。上級生になれば弓術や馬術等と言ったものも触り程度で教えるが、今回教えるクラスはララがいる三年生だ。皆動きやすい服に着替えて整列している。

 

 三年生は十六歳の子供達からなる学年で、今は剣術を教えている。

 

 思えば、エルフで十六歳と言えばかなり幼い子達になるだろう。エルフの成人年齢は十八歳からだが、都に住まう大人達は殆ど百歳を超えている。年齢に対して子供の出生率は低いみたいだが、今通っている子供達が学校を卒業してしまえば、次に入学してくる子供達はかなり少ない。もしかしたらいないかもしれないのだが、そうなった場合学校は休校になるのだろうか。

 

 今は教師として働けているが、休校になった場合、俺は戦士として働くことになるかもしれないな。じゃないとこの国で生きていくことができなくなる。

 

 そんなことはさて置き、護身術の授業ではメインで俺が教えるが、今回はリインにも働いてもらうことにする。できるだけ早くリインには担当授業を引き継いでもらいたいからな。

 

「さ、じゃあ前回と同じように二人一組になってくれ。引き続き、相手の動きを魔力から読み取る訓練だ」

 

 エルフの剣術は相手の魔力から行動を先読みし、それに合わせて剣を振るう読心術だ。魔力に関しては魔法の授業で習っているし、読み取ることぐらいはこの学年ならできる。

 

 生徒達は布を巻いた木剣を手に握り、交互に攻撃と防御を役割を変えて木剣を振るっていく。

 

 俺が護身術で教えるのは身体の動かし方や基本的な型、力の入れ方や防御の仕方等だ。本格的な戦闘術は此処では教えない。そんなものを子供達に教える気は無いし、教えたところで怪我人が続出してしまう。

 

「そうだ。身体は半身に、余計な力を抜け。腕で振るおうとするな。全身で振るえ」

 

 木剣を振るう生徒達を見て回り、指摘する場所があれば口を出し、見事な動きをする子達には素直に褒め称える。

 

「ララ」

「ん?」

 

 女の子と組んでいるララを呼び、こっちに来させる。組んでいた女の子には別の組と合流してもらう。

 

「何だ、センセ?」

「リイン、この子と組んで剣技を見せてみろ」

「はぁ?」

「……」

 

 ララとリインを向かい合わせ、リインに木剣を投げ渡す。

 

「お前の実力は昨日の晩にある程度分かった。だけど他人に教えられるのかを知りたい」

「何? 私を疑ってるの?」

「そう言う訳じゃない。教師としてちゃんと引き継げるか見極めなければならない」

「……ま、それもそうね。良いわ、掛かって来なさい」

「……」

 

 ララは木剣を構えるリインを険しい目で睨み付ける。木剣を正眼に構え、足を踏み込んだ。木剣を上から振り下ろし、リインはそれを身体を横にずらして避ける。

 

 ララの運動神経は悪くない。半人半魔であるが故に魔族の身体能力を備えている。俺と比べたら魔力側に能力を割いているが、少なくとも人族よりも運動能力は高い。俺が教えた動きも基本的には習得していき、まずまずではあるがかなり良い動きができる。

 

 魔力に関しても俺より強く、エルフのようにまでとはいかないが、読心術も少なからず会得している。

 

 だからこそ、リインは驚いている。避けた先にはララが繰り出した木剣が既に待ち構えていることに。

 

 リインは木剣でララの木剣を逸らし、反撃を繰り出す。ララは少しぎこちない動きでリインの木剣を受け止め、鍔迫り合いの形に持っていく。

 

「驚いた……貴女、エルフの剣術が使えるの?」

「くっ……」

「でも駄目ね。基礎的な動きを理解してるようだけど、身体がそれに追い付けてないわ」

 

 リインはララを木剣ごと後ろに押し返し、距離を取って片手で木剣を構える。

 

「限界まで打ち込んできなさい。軽く揉んであげるわ」

「チッ……センセを斬ろうとした奴が、生意気言うなっ」

 

 ララはリインに向かって斬りかかる。リインはそれを最低限の動きだけで捌いていき、時折反撃も交えてララの反応を見ていく。

 リインの動きは落ち着いている。物腰も軽く、しなやかに動き回って直撃を許さない。それに剣の筋も綺麗だ。何度も剣を振るって自身の一部にまで昇華させている証拠。

 

「くそっ」

「はいはい力みすぎない。何も一撃で相手を倒す必要は無いんだから。軽く何度も斬り付けていけば良いの」

 

 リインの剣術は言葉を選ばずに言うと軽い。細剣で繰り出す最速の攻撃で相手にダメージを蓄積させていく攻撃手段のようだ。俺のように一太刀で葬り去る力の剣技とは対局に位置するものだ。それなら力に不利な女性でも確実に相手を倒せる。

 

「ハァ、ハァ……!」

「あら? もう体力切れ? 無駄な力と動きをするからよ。もっと的確に、素早く、それでいて丁寧に」

「あっ……!?」

 

 ララの木剣が手から弾き飛ばされ、後ろに転がり落ちる。リインの木剣をララの首に添え、ペシペシと軽く叩く。

 

「動きは良いけれど、まだまだね。先ずは基礎体力を付けたほうが良いかも」

「……私の本分は魔法だ」

「優れた魔法使いは身体が資本よ」

 

 パチパチパチ――!

 

 リインとララの組み手に目を取られていた生徒達が拍手を送る。

 リインは照れたように舌を出して笑い、頬を赤くする。

 

 ふむ……教えるべき場所を確りと見極められているし、やはり剣術の腕前も申し分ない。

 護身術の授業であれば問題無く教えられそうだな。

 

「リイン、剣術は合格だ」

「当然よ」

「じゃ、剣以外のも見せてもらおうか」

「え?」

 

 俺はボキボキと拳を固め、リインの前に立つ。

 護身術の授業は剣だけじゃない。槍に弓に馬に素手、まだまだ試すことは多いぞ。

 

「センセー、私の仇を取ってくれー……割と本気で」

「よぉし皆ー。今日はこれから俺とリインの組み手を見学してもらうぞー」

『はーい!』

 

「……え、ちょっと待ってよ。私、剣以外はそこまで――」

「安心しろ。戦士なら数日で叩き込んでやる」

 

 ララが魔法で組み手開始のゴングを鳴らした――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 新たな同居人

この作品を読んでくださっている方々、この作品についてどう感じてくれているのだろうか……。


 

 

 リインが来てから最初の一日が終わった。夕方を過ぎ、俺は寄宿舎で食事の用意をしている。

 ララが積極的に料理を作ってくれるとは言え、毎日頼りっぱなしもいけない。今日は俺の当番であり、鹿肉のステーキを焼いている。

 ララはラウンジでシンクの相手をしながら寛いでいる。

 

 ――ドンドンドンドンドンッ。

 

「ん?」

 

 寄宿舎の玄関のドアを叩く音が聞こえた。誰か来たのだろうか。

 

「ララー。誰か来たみたいだから出てくれー。手が離せない」

「わかったー」

 

 夕飯時にいったい誰だろうか。まさかフレイ王子か? 城から抜け出してきたとか言わないだろうな? もしそうだったら小言を言われるのは王子じゃなく俺なんだけど。

 焼けたステーキを皿に盛り付け、サラダとスープも食卓に並べる。

 

 すると仏頂面をしたララがやって来た。

 

「誰だったんだ……って、え?」

 

 ララの後ろに立っていたのはリインだった。それも大きな鞄を背負った状態でだ。

 何故だか唐突に嫌な予感がしたが、取り敢えず何の用なのかを尋ねる。

 

「あー……どした?」

「……――む」

「な、何だって?」

 

 声が小さくて聞き返すと、リインは何故かキッと睨み付けてきた。

 

「私! 今日から! 此処に! 住むの!」

「…………ぇぇ?」

 

 彼女が何を言っているのか分からなかった。というか理解したくなかった。

 

 ララはムスッとしてシンクを食卓へと連れてきて席に座り、我関せずと言った態度を取る。

 リインは少し顔を赤くして憤りを示し、俺は何でこんな目に遭っているのかと、泣きたくなる。

 

 一先ず、考えるのは後にして夕食を済ませることにした。折角のステーキが冷めてしまう。

 リインの分が無いのはどうかと思い、夕食はいるかと尋ねると「……いる」と静かに頷く。

 新たにステーキを焼き、俺達四人で食卓を囲って夕食を食べる。

 

 この日の夕食は実に静かだった。気まずささえ感じた。シンクのもぐもぐとステーキを食べる姿だけが唯一の癒やしだった。

 

 食事を終え、ララにシンクを湯浴みに連れて行かせ、俺とリインは話し合いを行う。

 

「えーっと……それで、何で此処に住むと?」

「……私、都に家が無いの。姉さんの家に住もうかと思ってたけど、大人なら一人で暮らしなさいって……。それで校長先生に相談したら、寄宿舎があるからって」

 

 そうだった。この寄宿舎は学校の教師が使う場所だった。誰も住む必要性がなかったから俺しか使わなかったから、そのことをすっかり忘れていた。リインが此処に住むことは何ら可笑しな話ではない。

 

 ちょっと焦ったが、通常のことだと自覚し、落ち着きを完全に取り戻した。

 

「そうだった……悪い。ずっと俺一人だったから此処はそう言う場所だと忘れていた。なら話は早い。俺とララとシンクの三部屋しか使ってないから、そこ以外の好きな部屋を使うと良い。部屋にも浴室とトレイはあるが、大浴場もある。キッチンはそこで、後は好きに見れば良い」

「……念の為に訊くけど、あの子とそう言う関係って訳じゃないのよね? 私がここに住むって言ったらもの凄く睨まれたんだけど」

「違う。大切な子だが、そういうのじゃない」

 

 どうして皆そんな風に勘繰るんだ? 仲が良いように思われるのは嬉しいことだが、俺とララは十歳ぐらい歳が離れているし、間違われても兄と妹だろうに。確かにララは大人びていて実際の歳よりも上に見えるかもしれないが、大人と子供だ。ララだってそんな感情は持たないだろう。

 

 でもそんなに勘違いされるのなら、ララとの接し方を少し考え直したほうが良いかもしれないな。行く先々で勘違いされるのもララだって迷惑に感じるかもしれないし、一々誤解を解くのも手間だ。

 

「……ま、いいわ。ところで、此処の食事は貴方が作ってるの?」

「いや、当番制だが、基本はララだ。買い出しは当番じゃない方、掃除や洗濯は各自だ。今日はもう休んで、それは明日話そう」

「分かったわ。ともあれ、今日からよろしく。あ、変な真似したら許さないから」

「しない。お前が思ってるような男じゃない」

「どうだか。それじゃ、おやすみ」

 

 リインは荷物を持って二階へと上がっていった。

 俺は椅子に深く座り込み、天井を見上げて脱力する。

 

 思わぬ展開に心が安まらない。今日は本当に精神的に疲れた。こういう時って、面倒事が立て続けに降り注いでくるのが定石だと、今までの人生経験で身にしみている。明日か近い内に来るんだろうなぁ。

 

「……あー、あるじゃん。面倒事……」

 

 そう言えばあったわ。アーサーを探しに行くっていう大きな出来事が。

 でもそれはリインが護身術の担当教師に正式に任命されてからの話だし、まだそれまでに猶予はある。アーサーに何か起きたという知らせも無いし、予言だの何だとのと校長先生が話題を振ってきていない辺り、まだこの平穏は保たれるだろう。

 

 あー、今日は疲れた。さっさと片付けて湯浴みして寝るか。

 

 俺は立ち上がって夕食の片付けを始めた。

 

 

 

 翌朝、俺達はララが作った朝食を食べながら、これからの生活について軽く話し合う。

 

「昨日も言ったが、家事は全部当番制だ。料理当番はイフ、ラファ、ティア、テラの曜日がララ、リディとニフの曜日は俺、マスティの曜日はリイン。大浴場の掃除は俺とリインで交互にやる。それで良いな?」

「この子に負担掛かってない?」

「良いんだ。料理は私が好きでやってる。お前こそ、料理できるのか?」

「ず、随分と生意気な子ね……。できるわよ。伊達に大陸を旅してないわ」

「どーだか」

 

 ララは未だリインが俺に斬りかかったことを根に持っているようだ。リインに対する態度が少々冷たい。俺はもう気にしていないし、これから一緒に暮らすんだから仲良くしてほしいものだが、まぁ時間が経てばそれも解決するだろう。

 

「部屋の掃除と洗濯は各自でしてもらうが、週末は全員で寄宿舎全体の大掃除をする。これが決まりだ」

「ええ、分かったわ」

 

 基本的な決まりを共有し、朝食を片付けて学校に向かう準備をする。

 俺はワイシャツにループタイといったいつもの服に着替え、鞄を手に部屋を出る。

 ララも学校の制服である白いローブ姿に、シンクも学校の白ローブを来ている。

 教師に制服は無いが、だらしない格好は常識的に考えて駄目である。

 

 だがしかし……。

 

「……」

「……ちっ」

「……何よ?」

 

 リインの格好はどうにかならないだろうか。

 

 昨日と同じ、胸元が開いた服で丈の短いスカートを履いている。加えて言うならノースリーブで腕はアームガードと、男の眼を引っ張るような扇情的な格好をしている。

 

「なぁ……他の服は無いのか? ちょっと目のやり場に困るんだが……」

「なっ!? どこ見てるのよ!? この変態!」

「変態なのはお前だこの牛女! 腋出し胸出しで喧嘩売ってるのか!?」

 

 ララが怒りで興奮して叫びだし、リインの胸を鷲掴みにして振り回す。リインの大きな胸が伸び縮みし、非常に目に毒である。シンクの両目を手で塞ぎ、二人の言い争いが終わるのを待つ。

 

「きゃあ!? 何するのよ!?」

「昨日は敢えて何も触れなかったが、学校の教師の格好じゃないだろう! お前の姉でももっと慎ましい格好をしてるぞ! 何か? その大きな胸を自慢したいのか? アアン!?」

「ち、違うわよ! これは由緒正しい戦士の装束よ! ちょっと改造してるけど……立派な戦士の格好よ!」

「お前それでセンセを誘惑してみろ! その無駄な脂肪を削ぎ落として霊薬の材料にしてやる!」

 

 安心しろララ、俺は子供には興味無いから。身体は大人でも中身が子供なら全く以てそう言う目で見ることは無いから。

 

 でも意外だな。ララでも胸の大きさとか、そう言うのを気にするタイプだったのか。エリシアもそう言うのを気にしていたし、此処に彼女がいればララと同じようなことをしていたかもしれない。

 

「くぅ~……!? 胸が取れるかと思ったわ……!」

「そんなもの取れてしまえ」

「はいはい、朝から喧嘩するな。だがな、リイン……生徒には健全な男の子達もいるんだ。装束だったとしても、過激なのはどうなんだ?」

「はぁ? そんなの誰も気にしないわよ。何言ってるのよ?」

 

 俺とララは首を傾げて顔を見合わせる。

 

 もしかして、この格好を気にしているのは俺とララだけなのか?

 思えば、校長先生もアイリーン先生もリインの格好について何も言わなかった。それに確かにエルフの女戦士達の格好も、肌を露出する面積が多いと言えば多いような気もする。

 

 俺はエルフについて何でも知ってる訳じゃないし、もしかしたらリインのような格好はエルフにとっては何でもない日常なのかもしれない。性欲も他種族よりは少ないと言うし、種族の違いなのかも。

 

 だがそれなら俺がとやかく言うことではないな。此処はエルフの国であり、エルフのルールで生きるのが筋だ。郷に入っては郷に従えと言うし、リインが問題無いと言うのならそれが正しいのだろう。

 

「分かった。たぶん、俺とララの文化の違いだな。じゃ、早く行くぞ」

「……ちっ」

「……え、何? 私何で怒鳴られたのよ!?」

 

 リインの言葉を右から左へ受け流し、俺達は学校へと向かった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 黒き魔法

感想待ってます。


 

 

 リインが来てからは俺の授業にリインが常に付いて回り、護身術の授業の時には実際に教えさせたり、俺との組み手を見せて生徒にリインの実力を示させたりした。

 

 リインの実力は現役の戦士達と同等かそれ以上と言ったところだ。俺の戦い方とは違うが、読心術もきちんと身に付けており授業を受け持つ分には何の問題も無いだろう。生徒達もリインに対して壁を作ることなく、親しく接してくれている。リイン自身も生徒達、つまりは子供達を相手にすることに慣れているのか、年の近い姉のような感じで接している。

 

 彼女が来て数日が経ち、そろそろ正式に護身術の担任を噛ませても良いかと学校終わりに校長先生へ進言しに向かった。

 校長室ではアルフォニア校長が椅子に座って書類を読んでおり、何やら真剣な顔を浮かべていた。

 

「校長、宜しいですか?」

「おお、ルドガー先生。良いとも、そこに座りなさい」

 

 校長のデスクの前に置かれている椅子に腰掛けると、校長先生は手を翳す。すると何処からともなく小さなテーブルとティーセットが現れ、淹れ立てのミルクティーが差し出される。

 

 相変わらず校長先生の魔法はよく分からん。たぶん、物体を転移させているんだろうが、呪文も無しに簡単に使えるモノじゃないと思うんだが。

 

「最近は書類整理が忙しくての。老体には堪えるわい」

「左様で」

「さてさて、今回は何の用じゃね?」

「リインの件です。俺に付かせてから一週間が経ちましたが、そろそろ正式に引き継いでも問題無いかと」

 

 ミルクティーを飲み、喉を潤す。

 誰が淹れたのか知らないが、中々美味いじゃないか。

 

「ホッホ、そうかの。あの子は優秀な子じゃ。ルドガー先生のお墨付きなら間違いないじゃろ」

「……校長、本当にリインは俺の後釜の為だけに呼んだので?」

 

 此処で一つ、気になっていること訊くことにした。

 

 校長先生は自分のミルクティーを啜り、目を怪しく光らせた。

 ああ、やっぱり何か別の企みがあったのかと察し、一人溜息を吐く。

 

「やはり分かるかの?」

「まぁ……状況が状況ですからね。聡明で誰よりも先を見据えている大賢者様が、ただ後釜を用意するだけとは思えませんでしたし」

「君は賢いの。そうじゃ、あの子はきっとルドガー先生の役に立つはずじゃ」

「はぁ……」

 

 校長先生は引き出しから封書を取り出して渡してきた。

 また何か面倒事を頼まれるのだろうと観念し、封書を手に取り中身を確かめる。

 中に入っていたのは何かの報告書のような物で、長ったらしく文字の羅列が続いていた。

 目を通してその内容を読んでいく内に、俺の心は驚きと不穏に包まれる。

 

「校長、これは……」

「読んでもらった通り、君の弟君であるアーサーについてじゃ」

 

 アーサー、アーサー・ライオット。歳は今年で確か二十歳。光の勇者であり俺達の末弟。

 エリシア曰くもう三年以上も連絡が取れていない。もうすぐ探しに行くところではあるが、まさか校長がアーサーの情報を手に入れているとは思いもしなかった。

 

 もう一度報告書に目を通して最初から読み直す。

 

 アーサーが最後に目撃されたのは光の神殿であり、中に入っていくのが確認されている。時期はちょうど連絡が取れなくなった三年前付近。それまでは属しているアズガル王国で勇者として務めていたらしいが、神殿に入ってからは一度も国に帰っていないと。

 アーサーはずっと何かを研究していたようだが、その全貌は明らかにされていない。魔法に関わる何かのようだが、アーサーの異様な警戒心によりそこまでしか確かめることができなかった。

 

 あのアーサーが何かを研究している? 確かにアーサーは勤勉だったが、いったい何を調べている? アーサーは俺と同じで親父から全てを学んだ。それこそ魔法の全てを教わったと言っても過言ではない。

 もし魔法を研究しているのであれば、それは親父ですら知らなかった何かなのだろう。

 

「報告によればアーサーは何かを探しておる。それも良からぬことじゃ」

「良からぬ? どうしてそうだと?」

「アーサーが調べておるのは――『黒き魔法』じゃ」

「……」

 

 黒き魔法……親父から一度聞いたことがある。

 

 その昔、魔法の属性……元素は七つではなく八つだった。だがその一つはあまりにも力強く、それでいて邪悪だったという。神々はその力を世界の果てに封じ、未来永劫この世から消し去った。

 言い伝えでは、その力を手にした者は神々をも殺し、世界を破壊するとされている。

 

 それが黒き魔法――。

 ただ親父は作り話だと言って、それ以上は話してくれなかった。

 

 それをアーサーが探している? 何故アーサーが? 勇者であるアーサーが世界を破壊する力を探す理由がどこにある?

 

「儂の伝手で調べられたのはそこまでじゃ。じゃが何か途轍もないことが起ころうとしておる」

「……」

 

 頭を抱えた。

 またもや弟の捜索から一変、世界に関わる一大事件へとなろうとしている。

 

 これも何か? 俺に読まれている予言の一つなのか? だとしたら俺はどんな呪われた星の下に生まれたんだ? 全く以て嫌になる。大人しく此処で教師として余生を過ごして、ララやシンクがそれぞれの家庭を築く様子を眺めていたいもんだ。

 

「それで、俺にどうしろと?」

「今こそ君とララに読まれている予言の一部を話そう。君とララはいずれ黒き魔法と対峙することになる。そしてその予言には、リインも含まれておる」

「何ですって?」

 

 校長先生の口から思いも寄らない内容が飛んで来た。

 俺とララが黒き魔法と対峙することも重大だが、そこにリインも読まれているというのか。

 

 いったい俺達は何に巻き込まれてしまっているのだろうか。そんな御伽噺みたいな存在を相手に俺達は何をさせられ、何を試されるというのか。

 

 そして校長は、国王は、いったい何をどこまで知っているというのだ。

 

「あの子を都に戻したのは、あの子にも運命が待ち受けておるからじゃ。君と共に旅をする仲間として、あの子はその力を振るわねばならぬ」

「貴方が呼んだからそうなっただけでは?」

「先生は運命というものを信じておらんのじゃな?」

 

 俺は頷く。

 

「運命なんて所詮は結果論に過ぎない。己の行動次第で結果は変えられる。過程だって変わる。何でもかんでも運命だと言って未来を切り拓こうとしないのはただの怠慢だ。運命だからと、その生き方に従うのはただの操り人形だ。予言ってのは、一つの過程と結果を示した物に過ぎない。運命を決め付ける物じゃない。示されたそれを参考にして生きるのは良い。だけどそれに従って生きるつもりは俺には無い。俺の道は俺の手で拓いて進む。それだけだ」

 

 もしも、もしも仮に俺が運命に従って生きているというのなら、俺は親父を俺の意志ではなく運命に従って殺したことになる。

 それは違う。断じて違う。親父をこの手で殺したのは俺の意志で、俺が決めたことだ。親父にそうさせらたことは否定しないが、最後にそう決めたのは俺だ。この手で親父を殺したことを運命なんかの所為には決してしない。

 

 俺は今まで自分の意志で生きてきた。これが定められた運命だとは誰にも言わせない。

 

「……先生の気持ちはよく理解した。ならば、年寄りの頼み事として聞いてくれんかの?」

「……内容によります」

「……一月後、人族の国、アスガル王国へと行ってくれんか?」

「……命懸けですか?」

「左様。これから儂が頼むことは全て命懸けじゃ。言えぬことも多い。味方と思えぬ時が来るやもしれぬ。じゃが儂は最後まで君の味方で居たいと思っておる」

 

 命懸け――か。

 

 俺自身、命懸けの戦いはもう慣れきっている。戦いの中で命を落とすことに戸惑いは今更無い。ララと契約したことで勝手に死ぬことは許されないが、既に覚悟はできているし今までも多くの修羅場を潜ってきた。

 

 だがララは別だ。あの子はまだ子供だ。魔王の娘だの聖女だの何だのと背負ってはいるが、まだ十六歳の女の子だ。これから幸せに生きる未来が待っているはずだ。

 

 そんな子を命懸けの戦場に連れ出さなければならない。果たしてそれは正しいことなのだろうか? いくら世界の命運が懸かっていると言われても、子供を戦いに赴かせる道理は何処にも無いはずだ。

 

 一月後……まだララの守護の魔法は完全じゃない。まだもう数ヶ月はかかる。守護の魔法さえ完全になれば、悪意を持った存在はララに触れられなくなる。それまで待てないだろうか。

 

「校長、守護の魔法が完全になるまで待てませんか?」

「残念じゃが、それはできぬ。こうも言っておこう。例え守護の魔法が完全になったとしても、君とララが離れることはできぬ。君が戦いに出ればララもそこに身を置く。それは逆も然りじゃ」

「それではララが安心して過ごせるのはいつになるんですか?」

「全てが終わったらじゃ。勘違いするでないぞ? あの子を危険な目に遭わせたいと思っておる訳ではない。君とララは予言の中心におる。儂が何もせずとも、君達は運命に飛び込むことになる」

 

 俺とララが中心にいるかぎり、ララは安全な人生を歩めないと言うのか。

 

 どうして俺とララなんだ。どうしてララが危険な目に遭わなければならない。ただ彼女が笑って過ごせるだけの人生を、どうして歩ませてやれない。

 

 いったいその予言は何を読んでいるんだ。俺だけじゃ駄目なのか。

 

 今此処でそれを自問自答しても答えは明白にならない。どうせ此処で校長に何を言っても俺とララをアスガルに向かわせる。

 

 なら俺が考えるべきことは、ララを必ず守り通すことだ。ララに危険が迫るというのなら、俺がその全てを斬り捨てる。それしかララを守る術は無いだろう。

 

 更にそこへリインが加わる。リインは戦士としての実力があるから、そこまで大きな心配はしていない。戦士ならば命懸けの戦場など覚悟の上のはずだ。

 

 だがもしリインに何かあれば、アイリーン先生が悲しむ。彼女が悲しむ姿を見たいとは思わない。

 命を二つ、この背中に背負うことになる。

 アスガルで何が俺達を待ち受けているのか知らないが、それはきっと苦しいものになるのだろう。

 

 俺は大きな溜息を吐き、胸中で覚悟を固めた。

 

「――分かりました。校長、貴方の話に乗りましょう」

「そうか」

「ただ勘違いしないでください。私が戦いに赴くのは予言だからではありません。ララを守る為です」

「それで構わぬ。君には……大変なことを頼んでおると自覚しておる。儂を恨んでも良いのじゃぞ?」

 

 校長先生は悲しそうに苦笑する。

 

 そんな顔をするのなら初めから予言なんて持ち出さないでほしい。

 だけど校長先生には少なからず恩もある。俺を学校の教師として受け入れてくれた件もあるし、俺とララを引き合わせてくれる件もある。

 

 初めから予言のことを知っていたのかもしれないが、そこに感謝はあれど恨み辛みは無い。

 それにアスガルにはいずれ行くことにしていた。アーサーを探すだけのつもりだったが、アイツが黒き魔法を探しているのなら、それを調べなければならない。

 

「それで、俺はアスガルで何をすれば良いんですか?」

「そこで待ち受けているものを乗り越えてほしいのじゃ。詳しくは分からぬ。ただ君達はアスガルで黒き魔法と関わることになる」

 

 不明瞭な内容だが、今までと違って何も分からない状態で行く訳じゃないみたいだ。

 黒き魔法と関わる、それを聞けただけでも覚悟の重みが変わってくる。

 俺はもう一度溜息を吐き、校長先生に頷いて見せた。

 

「分かりました。一月後ですね。それまでに準備しておきます」

「頼む」

「国王陛下の説得はしてくださいよ。前回もララが攫われたことを知られた時、正直生きた心地がしなかったもので」

「それは大丈夫じゃ。今回も予言を持ち出して既に説得済みじゃ」

「手の早いことで……」

 

 それならもう俺が国王と顔を合わせる必要は無いな。顔を合わせる度に小言を貰っていては堪らないし、向こうだって俺に小言を言いたくは無いだろう。

 

「それで……リインも連れて行くのですか? 折角護身術の引き継ぎができるのに……」

「必要なことじゃ。生徒達には悪いが……また自習してもらうかの」

 

 リインには悪いとは思っていないのだろうか。

 しかし、リインが旅に付いてくるとなったら、ララのことを教えておかなければならないだろう。まだリインはララが魔王の娘で聖女であることを知らないし、俺が雷神と風神の力を有していることも知らない。

 教えたところで何か俺達に不利なことを仕出かすとは考えにくいが、機を見て話すしかないか。

 

 そもそも、リインが旅に同行することを承諾するのか? それにアイリーン先生も妹がそんな危険な旅に出ることを許すだろうか? 何方か一方でも嫌がれば、俺は連れて行く気なんて無いぞ。

 

「リインと家族であるアイリーン先生には何と? 二人から承諾を得られなければ、校長が何と言おうと連れて行く気はありませんよ」

「うむ。二人には儂から話そう。ララのことについてもじゃ」

「……分かりました。くれぐれも二人の意志を尊重してください。予言だからと掟だからと押し付けないよう、お願いします。あ、それと空間拡大魔法のポーチ、また用意をお願いします」

 

 俺は椅子から立ち上がり、校長に一礼してから部屋を出た。このまま私室に戻らず、寄宿舎に帰ることにする。

 

 一月後、アスガルに旅立つのであれば、それなりの用意をしていかなければならない。アスガル付近に生息する怪物に対抗する為の魔法道具とか、戦いに必要な霊薬とか、食料とか消耗品とか色々と。

 

 霊薬はララに頼むとして――待て、それより先にララへの説明と説得をしなければならない。命懸けの旅になるのなら、ララとちゃんと話し合わなければ。それにシンクについても考えなければ。誰かに預けて良いものなのか、それとも責任を持って連れて行かなければならないのか。ヴァーガスになる心配はもう皆無とは言え、エフィロディアの者達に対してシンクを誰かに預けるのは義理に反しているのではないだろうか。

 

 ええい、やることが多い。先ずはララとの話し合い、その次にシンクのこと、諸々の道具の準備、黒き魔法についてもう一度昔の文献に書かれていないか調べたほうが良いか。

 

 これで無給か……いや、金の為にやってる訳じゃないけど――あ、そう言えば金も無いんだった。持ち合わせは魔獣との戦いでポーチごと無くしてしまった。魔獣の一撃を喰らった時に鎧もポーチも吹き飛んで――あ! 鎧! 鎧がねぇ! 旅立ちまでに装備を一式新調しなきゃいけねぇじゃん!

 

 どんどんやるべき事が頭の中で増えていき、立ち眩みを覚えて中庭の廊下で壁にもたれ掛かってしまう。

 

 その時、後ろから声が掛けられた。

 

「何やってるのよ?」

「へ? あー、リインか」

 

 リインがそこには立っていた。まだ寄宿舎に帰っていなかったようだ。

 壁から身体を離し、大きく息を吐いて気分を切り替える。

 

「別に、ちょっと先のことでナイーブになってただけ」

「はぁ?」

「それより、お前こそ何してんだ? 帰ったんじゃなかったのか?」

「校長先生に呼び出されたのよ。そろそろ貴方から授業を引き継ぐんじゃないかしら?」

 

 そう言うリインの顔は少しだけ嬉しそうだった。やっと都で一人前の扱いをしてもらえるのだ、誰であれそれは喜ばしいことだ。

 

 この子が、俺とララの予言にも読まれている――。

 

 エルフ族の中ではまだまだ若い、人族で言うところの少女に匹敵する若さだ。大戦が終わり、平和の日々が続いているのに、この子はこれから命懸けの旅を俺達とするかもしれない。

 

 叶うことなら、そんなことにはなってほしくない。予言なんて訳のわからないことに巻き込まれず、都で幸せに過ごしてほしい。

 

 そんな思いが顔に滲み出ていたのか、リインが訝しんだ顔を向けてくる。

 

「何?」

「――いや、そうだな。校長先生には俺から推薦しておいたから、すぐに引き継ぎが始まるだろうさ」

「本当!?」

 

 リインはぱぁっと表情を明るくさせるが、すぐにハッとして俺から身体を守るようにして離れた。

 

「……変なこと企んでるんじゃないでしょうね?」

「推薦取り消すぞ?」

「ちょっと、真顔で言わないでよ……え、本気じゃないわよね? ね? ね?」

「気が変わらない内に早く校長の所に行ってこい」

「行ってくるわ!」

 

 リインは脱兎の如く校長室へと向かっていった。

 

 たぶん、旅の話もするのだろう。その時リインがどんな反応をしてどんな考えを持つのか分からない。

 願わくば、彼女の意思が尊重されるように。

 

 そんなことを願いながら、俺はララとシンクが待つ寄宿舎へと帰っていった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 話し合い

感想お待ちしています!ご評価お待ちしています!!


 

 

 その日の夜、リインは寄宿舎に帰ってこなかった。

 

 ララとは、夕食後にリビングで旅のことを話した。

 予言に纏わる旅であり、命懸けのものになるということを伝えた。

 

 ララがこの国に来た理由は魔族のタカ派から身を守る為。それなのにエルフ側の都合で身を危険に晒さなければならない。そんな状況になってしまっていることへの申し訳なさを隠さず、ララに謝った上で改めて申し出た。

 

 俺と一緒に旅をしてくれないかと。

 

 予言がどうであれ、俺はアスガルへと赴かなければならない。一番歯車が噛み合わない弟でも大切な弟であるアーサーが黒き魔法を研究している。それが真実なら馬鹿な真似を止めさせなければならない。

 その旅にであるのであれば、守護の魔法が完全ではない状態でララと離れる訳にはかない。だから必然とララには一緒に来てもらう必要がある。

 

 もしここでララが嫌だと意思を示してくれたのなら、俺はそれを尊重し、守護の魔法が完全になるまで待つか、最悪、あらゆる準備を施して俺一人で旅に出る。

 

 ララは俺の話を静かに聞いた後、少しだけ考える素振りを見せてから口を開いた。

 

「センセの弟が、その黒き魔法ってのに関わってるのかもしれないんだな?」

「ああ……」

「……だったら行こう。センセの家族が関わってるのなら、私は何処へでも一緒に行く」

「……だが危険だぞ? 何が起こるのか分からない。また怖い目に遭うかもしれない」

「それでも行くさ。センセが行くなら、私も行く」

 

 ララは笑った。

 

 どうしてこんなにララは俺を信用してくれているのだろうか。俺はララの両親を殺しているというのに、ララは俺に贖罪の機会を与えてくれた。その上で俺の我が儘に付き合ってくれる。

 俺はララに贖罪できているのだろうか。ただララの厚意に甘えているだけじゃないのだろうか。ララを守ると誓っているのに、俺の行動がララを危険に晒している。

 

 いつかララの身に取り返しの付かないことが起きてしまったら、その時俺は後悔するだけじゃすまないだろう。

 

「……ありがとう、ララ。お前は絶対に俺が守ってみせる」

「――ああ。でも、守ってもらうだけってのも嫌だからな。私だって力を身に付けてるんだ。少しは頼ってくれても良いんだぞ?」

「……ああ。その時は頼むよ」

 

 ララはふふんと胸を張り、その姿に俺は笑ってしまう。

 

「あ、じゃあシンクはどうするんだ?」

「それなんだがな……変身能力があると言ってもまだ小さな子供だ。旅に同行させる訳にもいかない。もうヴァーガスの心配も皆無だ。誰かに預けようと思う」

「そう……。仕方が無いか」

 

 ララは膝の上で眠っているシンクを撫でる。随分とお姉さんが板に付いてきたな。そうしていると本当の姉弟のようだ。

 

 シンクは……別の意味で少し不安だがフレイ王子に頼もうか。それとも校長先生に頼むか。

 うん、変な遊びを教えそうな王子より校長先生のほうが安心できる。初めてシンクと会った時も、孫を可愛がるように接してくれていたし、何かあっても校長先生なら何とかしてくれるだろう。

 

 俺とララに面倒事を押し付けるんだ。これぐらいは頼んでもバチは当たらないだろう。

 それともまかさ、シンクまで予言に読まれているとか言い出さないよな? 流石に幼いシンクを連れていく気は毛頭ないからな。

 

「それじゃあ……明日から旅の準備を進めよう。ララには霊薬を頼みたい」

「分かった。色々な効能の霊薬を作っておく」

「頼むよ。俺はもう少し起きてる。リインが帰ってきたら話さないといけないしな」

「……本当にあのゴリラ女も連れて行くのか?」

「そうなったらな」

「……もう寝る」

 

 ララはシンクを抱えてリビングから出て行った。

 俺はキッチンから酒を持ってきて、リビングのテーブルで飲み始める。

 

 リインが帰って来ない理由はおそらく旅に関係しているのだろう。校長先生から話を聞き、事の重大さに一人で考え込んでいるか、姉であるアイリーン先生の下に身を寄せているのだろう。

 

 気持ちは充分に理解できる。俺だって物心ついた時から生きるか死ぬかの環境で戦って生きてきたが、命懸けの戦いの前には一人で考え込む時はある。

 

 あれは何時だっただろうか。魔王軍が占拠している街を奪還する任務が国から与えられた日だ。メンバーを選ぶ時、手の空いている者は俺だけだった。他の勇者達は同時作戦で余所へ回されていて、前線で軍を率いて戦えるのは俺だけだった。援軍も無く、その場にいた人族の部隊で事に当たらなければならなかった。部隊のメンバー達はまだ若く、成人になっていない者もいた。

 

 街を占拠している魔王軍には四天王までとは言わずとも、それに匹敵するような魔族が居座っていた。戦いになれば犠牲者が出るのは必然だった。

 国からの命令には従わないと行けないのが兵士の役目。俺は安全なところで口だけを出してくる奴らを罵りながら、部隊の面々に作戦を伝えた。

 

 作戦を伝えた後、俺は時間が来るまで部屋に閉じ籠もった。部屋の中で俺は怯えていた。俺が命じた作戦で何人の兵士が死んでしまうのか。ひょっとしたら己が死ぬのではないか。俺だけが生き残ってしまうのではないか。そうなったら俺は兵士の遺族達に恨まれるのではないかと。どうして俺が彼らの命の責任を負わなければならないんだと。

 

 結局、戦いには勝って街を奪還できたが、部隊の殆どが犠牲となった。成人になっていない彼も犠牲者となった。

 

 今だって同じだ。これから先、ララを失うかもしれない。ララを遺して死んでしまうかもしれない。その不安が俺にはある。その不安を現実にしない為、俺は覚悟を以て剣を振るっている。

 リインにも、その覚悟が必要だ。戦士として鍛えてきたと言っても、きっと本物の戦場を知らない。助けも何も無い状況で、本当に命を懸けて生き残る覚悟が必要だ。

 

 酒瓶の中身が半分以上無くなった頃、寄宿舎の玄関が開く音が聞こえた。足音が近付いて、リビングの前で止まった。

 

「……入れよ」

 

 そう声を掛けるとリビングのドアが開かれ、何かを思い詰めた表情をしているリインが入ってきた。

 リインに座りなと正面の席を指すと、リインは何も言わずにそこへ座った。グラスを用意し、酒を注ぐとリインに差し出す。

 

 リインはグラスを手に持つと、酒をチビリと飲む。

 

「……お爺ちゃんが言ってたこと、本当なの?」

「何処まで聞いた?」

「……あの子が魔王の娘で、魔族の聖女に選ばれたって話」

「――ああ、本当だ」

「――ぁぁ~……!」

 

 リインは頭を抱えて悶え始めた。

 

 それもそうだろうな。俺も最初聞かされた時は信じられなかった。だけどこれは事実であり、逃れられない現実だ。そう割り切れば飲み込めないことも飲み込めるようになる。

 

 リインは両手で髪をくしゃくしゃに掻き毟ると、後悔するように悲鳴を上げる。

 

「うああ~……! 私、聖女様に何て口の利き方してたのぉ!?」

「――――うん? あぁ……え? そっち?」

 

 目を丸くした。予想外の反応に俺は軽く混乱する。

 

 だって魔王の娘で聖女なんだぞ? それにそれを聞いたってことは予言についてもある程度聞かされているはずだよな? なのに気にするのは聖女に対しての口の利き方?

 

 リインはテーブルに頭から突っ伏してダンダンとテーブルを叩く。

 

「聖女様ってのはエルフ族にとってとても神聖な御方なのよ!? 私なんかが気安く話しかけていい存在じゃないの! それを私ったら知らぬこととは言え、上から目線で物を教えるだなんて!」

 

 上から目線で良いんです。教師と生徒って立場なんだから、物を教えるのは至極当然のことであって、君は何も間違ってません。

 

 いや確かにエルフ族にとって聖女は神聖視される存在であり、場合によっては国王よりも重要視されるけど、ララはそれを望んでいないし他の教師達だってそれを尊重して他の生徒達と同じように接してくれている。

 

 だからリインが己を責めることは何も無いし、そもそもリインがそれをそんなに気にするだなんて思いもしなかった。

 

 未だに泣き喚くリインを、ララとシンクが起きるからと言って静かにさせる。

 

「えっと……校長先生から何を聞かされた?」

「ぐすっ……聖女様と貴方が世界に関わる予言を読まれているから、その予言を成就させる為に危険な旅をしなければならないって。それで私には聖女様を守る戦士として共に旅をしてほしいって……」

「……それで? 付いてくる気なのか?」

 

 そう尋ねると、リインはガバッと顔を上げてキリッとした目を向けてきた。

 

「当たり前じゃない! エルフの戦士にとって聖女様を御守りする役目を得られることは大変名誉なことなのよ!? 教師なんてやってる場合じゃないわ!」

「そ、そうか……。だが命懸けになるんだぞ?」

「これでも父と一緒に何度も危険を冒してきたわ。承知の上よ」

「……アイリーン先生は何て言ってた?」

 

 それを訊くと、リインは口を閉じた。先程までの勢いは無くなり、シュンとしたように表情を暗くさせる。

 

 ああ、これはアイリーン先生に反対されたなと、俺はすぐに察した。

 

 アイリーン先生はとても慈愛深い方だ。俺が戦いに出る時ももの凄く心配してくれた。それが血を分けた姉妹となると、反対するのも当然だ。

 アイリーン先生が反対したのならリインを連れていく訳にはいかないと告げようとしたが、リインが先に口を開く。

 

「姉さんは許してくれたわ」

「……そうなのか? なら何でそんな顔をする?」

「……ちょっと喧嘩になって。勝手にしなさいって話を終えられたの」

 

 それは……許された訳ではないだろうに。喧嘩して感情が昂ぶったあまりに飛び出てしまった言葉だろう。本心は行ってほしくないはずだ。

 いつも穏やかな先生がそこまで感情を露わにするほど激しい口論だったのだろう。やはりリインは連れてはいけない。

 

「……アイリーン先生が反対しているのなら、お前を連れて行く訳にはいかない」

「嫌よ! やっとエルフの戦士として剣を振るえるのよ? 姉さんが反対しても断固として行くわ!」

「それでアイリーン先生を悲しませて、心配させても良いのか?」

「っ……」

 

 リインは押し黙る。アイリーン先生に心配を掛けたくはないとは思っているらしい。

 だがそれでもリインは俺達の旅に付いて行きたいと言っている。

 何方か一方でも反対の意があればリインを連れて行かないつもりではあった。

 

 しかしリインの様子からして諦めさせるのはかなり骨が折れる、というよりも難しいだろう。

 俺だってアイリーン先生に心配を掛けさせたくないし悲しませたくはない。先生が嫌だと言うのなら、リインには悪いが最終的には連れて行かない。

 

 だがまぁ……旅立つまでにはまだ時間はある。リインがそこまで決心を固めているというのならば、時間を与えてやっても良いかもしれない。

 

「リイン。旅立つのは一月後だ。それまでにアイリーン先生をちゃんと説得できたなら、同行を許そう」

「別に、姉さんの許しなんて――」

「駄目だ。これだけは絶対に譲らない。俺はアイリーン先生の本心から許しが出ない限り、同行は認めない」

 

 これは絶対に譲らない。命懸けになるんだ。絶対にどちらも後悔させないようにしなければならない。それが年長者である俺の責任でもある。

 

 リインは何か言い返そうとしたが、渋々と「わかった」と頷く。

 俺は軽く苦笑し、グラスに入った酒を飲み干す。

 

「時間はある。徹底的に姉妹喧嘩でもして、腹の内を全部ぶつけ合え。その上で互いに納得する答えを出すんだ。絶対に後悔しないように、な」

「……貴方は、後悔したことあるの?」

「ん?」

「家族で……後悔したことはあるの?」

 

 その問いに、俺は暫し固まった。

 

 家族……俺に残された家族と言えば勇者達しかいない。あいつらとの関係で後悔したことなんて腐るほどある。

 

 その一番の相手はアーサーだった。アイツとは馬が合わなかったが大切な弟の一人だ。もっと上手く話せなかったのかとか、アイツの気持ちを理解してやれなかったのかとか、色々後悔したことがある。その殆どを喧嘩という手段で消化していったが。

 

 それに、一番の後悔はもっと親父を理解してやれなかったことだ。親父のことをもっと知っていれば、親父が魔王として敵になることはなかったかもしれない。俺が親父を殺すことになんかならなかったかもしれない。

 

 もう過ぎた話だが、過ぎたからこそ、もう取り返しのつかない過去になってしまった。

 

「――ああ。ずっと心を蝕む後悔がな」

「……そう。そうよね……後悔はしたくないもの。分かった。姉さんともっと話してみるわ」

「そうしてくれ」

「それじゃ、今日はもう寝るわ。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 リインは少し憑き物が取れたような、スッキリとした表情を浮かべ、リビングから出て行った。

 俺は寝る気になれず、そのまま朝まで酒を飲み続けた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 姉心

 

 

 翌日から、俺とララは旅の準備に取り掛かった。学校終わりや学校が休みの日には道具や材料を掻き集め、俺は魔法道具の製作、ララは霊薬の調合を進めた。材料が街で揃わない時には群生している場所へと採取しに行った。

 

 リインはアイリーン先生の説得に時間が掛かっている。アイリーン先生は勝手にしなさいと言っているが、それが本心ではないのをリインは理解している。本心から許可が出るまで俺が許さないと断言している以上、それでは駄目だ。アイリーン先生が本当に旅を許すまで説得を続けさせる。

 

 アイリーン先生は何も意地悪で反対している訳じゃない。大切な家族だからこそ、命懸けなんて危険な真似をしてほしくないと願っているのだ。例えエルフの戦士として誉れである聖女の護衛だとしても、肉親を失う心配をしたくないのだ。

 

 リインもアイリーン先生の気持ちは理解しているだろう。だがそれに負けないぐらい、戦士としての夢を抱いている。命を落とすことになるとしても、戦士として誉れを抱いて生きていきたいという気持ち。

 

 アイリーン先生の気持ちは理解できる。俺ももし、ララが俺の手の届かないところで危険な旅をしたいと言い出したら反対するだろう。嫌われたとしても頑なに認めないと思う。アイリーン先生と同じように、もしララを失ったらと不安に駆られ、そんな真似はしてほしくないと願う。

 

 だが一方でリインの気持ちも理解できる。誉れとかそんなご大層な物を望んだことは無いが、俺もガキの頃は無茶を沢山してきた。親父の子として、勇者達の兄貴として誇れる男になりたかった。一週間も意識を失う大怪我を負った時は親父から大目玉を食らったものだ。

 

 少し違うかもしれないが、リインも戦士として周りの者達に誇れる存在になりたいのだろう。

 

 肉親、か……。俺がこうして世に生まれている以上、血の繋がった父と母はいるんだろう。生きているのか死んでいるの知らないが、もし生きているのならいつかは会えるだろうか。

 別に会って何をする訳でもない。情がある訳でもないし、ただ「ああ、これが俺を生んだ奴か」程度にしか思わないだろう。

 もしかして、血の繋がった兄弟がいたりするんだろうか。いたとしても、半人半魔の兄などいても迷惑なだけだろう。

 

 霊薬の調合をララに任せている分、俺は魔法道具の製作に勤しむ。

 学校にある工房を借りてそこで道具作りを行う。

 

 大凡の怪物は剣で殺せるが、それ以外の怪物は特殊な手段を用いなければ倒せない。

 

 例えば純銀の霊装。銀の杭に銀の鎖、銀の矢に銀のナイフなど色々ある。銀が使われている道具をできるだけ手に入れ、または銀鉱石から直接銀を作り出して型に流す。鏃やナイフには浄化の魔法文字を刻み、威力を上げる。

 

 他にも嗅覚の強い怪物に効く臭い玉や、火属性の魔法を込めた爆弾、色々な魔法の効力を上げる魔砂(まさ)なども調合して作る。

 

 ポーチを無くしたのは正直痛かった。あの中には俺の道具全部が入っていた。ルートとフィンを入れておかなくて良かった。金も無くなったが、まぁそこは何とかなるだろう。必要な道具を全部一から作るとなると重労働だ。

 

 道具製作は大変だが問題無く進んでいる。問題なのは鎧だ。別に絶対に必要って訳じゃないが、俺の戦闘スタイル上、何かと鎧で攻撃を防ぐことが多い。あの鎧は親父がくれた物で、それなりに優れた鎧だった。あれと同じ性能の鎧を作るとなると、この国では厳しい。

 

 エルフの鎧は人族や魔族のそれと違って軽装だ。それも革や布を使い、鉄なんかは使わない。動きを鈍くしてしまうからだ。だからこの国には鎧を作れるような道具が揃っていない。道具から作らなければならなくなるが、かなり手間な上に時間が掛かりすぎる。

 

 鎧は諦めて、この国で作れる装いにすべきかと考えていると、工房のドアが開かれた。

 顔を向けると、そこにはサンドイッチを載せた銀のトレーを手に持ったアイリーン先生が立っていた。

 

「アイリーン先生?」

「……お疲れ様です。もうお昼ですから、差し入れをと……」

 

 そう言ってアイリーン先生は笑ってみせるが、何処かその笑顔には陰りがある。

 

 水瓶の水とタオルで汚れた手を綺麗にし、そこら辺に隣同士で座ってアイリーン先生が持ってきてくれたサンドイッチを食べる。

 その間、アイリーン先生は黙ったままだった。少々気不味い空気が流れるが、たぶんあの事だろうと思い、アイリーン先生が話しやすくなるよう、此方から口を開く。

 

「何か、相談事でも?」

「……わかりますか?」

「まぁ……それしか無いだろうし」

 

 アイリーン先生は顔を伏せ、意を決したように頷き口を開く。

 

「その……リインから聞きました。旅に同行したいのなら私を説得するよう、ルドガー先生が仰ったと」

「ええ、何分、事が事だ。一方の気持ちだけで決めて良いものじゃない」

 

 最悪、それが肉親との最期の会話になるかもしれない。命懸けの旅とは、そういうことなのだから。ちゃんと互いの気持ちをぶつけ、整理した上で出発しなければ絶対に後悔が残る。その後悔は決して取り返しの付くものではなくなってしまう。そんな後悔を二人にはしてほしくない。

 

「……先生には、私達の母のことを話しませんでしたね」

「……」

「母も父と同じく戦士でした。とても勇敢で、とても強くて、私と妹にとっては優しい母でした。王家に仕え、当時は今よりも怪物が出没していてよく怪物退治に赴いていました。母はいつも言っていました。私は貴女達をおいて死んだりしない。また帰ってきて美味しい料理を振る舞ってあげる、と。私もリインもそれを疑わず、笑顔でいつも見送っていました」

 

 アイリーン先生は膝の上で組んでいる手を固く握り締め、プルプルと震えさせる。表情も悲しそうで、今にも泣き出しそうだった。

 

「でもある日、父だけが帰ってきたんです。母の行方を問うと、母は……怪物に喰い殺されてしまったと言われました。母は私の知らないところで死んでしまいました。それからです……私は死に対して言いようのない恐怖を抱いてしまいました。父が大戦で人族の大陸へ向かった時も、妹を抱き締めて泣いていました。父が負傷したと知らせを聞いた時は頭が真っ白になりました。先生が戦いに向かわれる時だって、誰にも見せないようにしていましたが怖くて涙を流していました」

 

 アイリーン先生の目から涙がスーッと零れ落ちる。

 

 アイリーン先生が泣く姿を初めて見て俺は慌ててしまう。動揺して綺麗なタオルじゃなく、さっき自分の手を拭ったタオルを渡してしまい、気付いた時にはアイリーン先生がタオルを受け取って涙を拭ってしまう。先生の顔に汚れが付かなくて良かった。

 

 アイリーン先生は涙を拭い、話を続ける。

 

「大戦が終わって父も妹も、もう危険なことをしないで済むと思っていたのに、今度は先生とララさんの予言にあの子が関わっていると聞かされて、私は……私は……!」

 

 突然、先生はバッと顔を上げて俺の手を握り、顔を近付けてくる。

 アイリーン先生のような美しい顔が眼前に迫り思わず息を呑んでしまう。

 

「お願いです先生! どうか、どうか約束してください! あの子を、私の妹を守ってください! あの子以外に守らなければならない者がいるのは承知しています! ですがあの子は私の……私のたった一人の妹なんです!」

 

 アイリーン先生は必死だった。いつもの優雅な姿はなく、そこにいるのはただ一人の妹の身を案じる偉大なる姉であり、不安で心が引き裂かれそうなか弱き乙女であった。

 涙を流し必死になって懇願してくるアイリーン先生の肩に手を置き、優しく身体から押し離す。

 

「アイリーン先生……一つ聞かせてくれ。リインが旅に同行することは反対なのでは?」

「反対です!」

「なら――」

「でも! あの子の夢を奪いたくないのです! あの子が、血が滲むような努力をしてきたのは知っています! その努力を無駄にはさせたくありません!」

「……」

 

 アイリーン先生は葛藤している。大切な妹を危険な旅に同行させたくない。だがその旅は妹の長年の夢でもある。その夢を壊したくない自分もいる。

 天秤をどちらに傾ければ良いのか分からず、リインとも気持ちを分かり合えないでいるのか。

 

「……」

 

 目頭を押さえて天井を見上げる。

 

 つまるところ、アイリーン先生は安心したいのだ。妹がどんな危険に晒されても無事に帰ってこられる保障が欲しいのだ。

 

 その保障を俺にしてほしい、そう言っているのだろう。

 

 だが果たして俺で良いのか。アイリーン先生とは五年の付き合いだ。だが五年しか経っていない。まだ俺と言う男を完全に理解しているとは思えない。

 

 俺は高潔な男でも、聖人のような心も持ち合わせていない。ただ戦うことが得意で、偶々強い力を持っているだけの男だ。納得できないまま父親を殺し、知らないところで女の子の母親を殺したような男だ。そんな男の言葉を彼女は信じられるというのか?

 

 俺は彼女の信頼に応えられるような男なのだろうか?

 

「お願いします、ルドガー先生……!」

 

 だが――彼女がそれを望んでいるのならば。

 

「……分かった。約束しよう。リインを必ず無事にアイリーン先生の下へと帰すと」

「っ……!」

「この俺の魂に懸けて、リインを守ると誓う」

「……ありっ、がとう、ございますっ」

 

 アイリーン先生は再び涙を流す。暫しの間泣き続け、漸く泣き止んだ頃にはアイリーン先生の目元は赤く腫れ上がっていた。その顔が恥ずかしいのか、俺に顔を見られないようにそっぽを向く。

 

「あの……私が泣いたことは妹には内緒にしておいてください」

「ええ、勿論」

「そ、それと……無事に帰ってきてほしいのは妹だけではありません。ララさんも……ルドガー先生もです」

 

 アイリーン先生はそれを言うと立ち上がり、そそくさと工房から出て行った。

 

 一人になった工房で、俺はアイリーン先生に誓った言葉を思い返す。

 リインを必ず守り通し、アイリーン先生の下へ無事に帰す。

 ララだけじゃなく、リインの命までを背中に背負った。その重みは計り知れない。

 

 だが二つの命を背負う以上、その責任を死んでも果たさなければならない。

 

 予言が何だ、黒き魔法が何だ。俺はララとリインを守る。それが俺の戦う理由だ。

 

「そうとなればこうしちゃいられねぇ。もっと入念に準備をしなきゃな」

 

 俺は作業に戻り、授業の時間まで道具を加工し続けた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 敵

ご感想まってます!!!ありがとうございます!!


 

 

 一月が経った――。

 

 旅の準備は滞りなく済ませることができた。霊薬はこれでもかというぐらい補充ができたし、怪物退治の道具も予備も含めて揃えられた。旅が便利になる道具も用意できたし、道中で可能な限り不便な思いはしないだろう。

 

 人族の金も、校長先生がある程度用意してくれた。どうやって手に入れたかは訊かんでくれと言われたが、真っ黒な金ではないことを祈るばかりだ。

 

 アイリーン先生は俺がリインを守ることを約束してからはリインの旅立ちを許すことができた。あれからもう一度話し合い、自分の心を打ち明けてリインもその気持ちを汲み取ることができた。絶対に死なないことを約束し、必ず帰ると誓って旅立ちに向けて準備を進めた。

 

 そして今日――俺達は旅に出る。目的地は光の神を祀る国、アスガル王国。そこで待ち受ける何かと命懸けの戦いをすることになる。

 

「センセー! そろそろ時間だぞー!」

 

 寄宿舎の部屋で最後の装備点検をしていると、外からララの呼び声が聞こえた。ベッドに置いてある黒皮のコートを着込み、ナハトを背中に装着する。

 

 部屋を後にして外に出ると、寄宿舎の前にはフレイ王子と校長、そしてアイリーン先生もいた。

 

「へぇ? そういう格好も似合ってるじゃないか」

 

 フレイ王子が茶化すように俺の格好を見てニヤニヤと笑う。

 

 俺の装備は結局、鉄を使った鎧にはならなかった。魔法を編んだ革と布を使って、ロングコートを作った。勿論それだけじゃなく、胴体にフィットさせたレザーアーマーや脛当てを作った。ブーツには鉄板も仕込んでいるし、コート自体も矢を防ぐほど強固だ。

 

 ただ、彩りが単色でしかも真っ黒になってしまっているから目立つ気がしてならない。

 

「うるせぇ」

「センセ、格好いいぞ」

「そらどうも」

 

 親指と人差し指が飛び出た薄皮の手袋をぎゅっぎゅっとはめながら、側に寄ってきたシンクを抱き上げる。

 シンクは校長先生とアイリーン先生の二人が面倒を見てくれることになった。二人なら何かあっても問題無い。安心してシンクを預けられる。

 

「シンク、良い子にしてるんだぞ?」

「うん」

「気軽に変身はするな。他の子供達が怯えてしまう」

「うん……良い子にしてる」

 

 シンクの髪を撫でてシンクを降ろしてやると、今度はララと抱擁を交わす。ララはシンクを慈愛深く抱き締め、「すぐに帰ってくるからな」と言って離した。

 

 アイリーン先生はリインに何度も忘れ物は無いか、無茶はしては駄目とか、心配する様子を見せている。

 

「本当に忘れ物は無い?」

「無いわよ。大丈夫だから」

「ルドガー先生のご迷惑にならないようにするのよ? 貴女はまだまだ子供っぽい所があるんだから……」

「姉さん! 大丈夫だから! 私はもう大人よ? それに一人前の戦士なの!」

「自分でそう言ってる間はまだ半人前よ」

 

 アイリーン先生は一瞬泣きそうな表情をするが、ぐっとそれを引っ込めてリインを抱き締めた。リインは驚くもその抱擁を受け入れ、別れの前に確りと互いの温もりを感じ取る。

 

 これから向かう旅路は文字通り命懸けになる。黒き魔法が関わっているのなら、それが噂通りの恐ろしいモノならば、命が幾つあっても足りないかもしれない。その黒き魔法に関わっているのは最強と謳われる勇者の一人、アーサーだ。最悪、アーサーと敵対することになるかもしれない。

 

 その時、アーサーを止められるとすればそれは俺だけだ。ララとリインを守れるのは俺だけなのだ。命に替えてでも、二人を必ず生きて此処へ帰さなければならない。

 

「ルドガー先生、くれぐれも命を粗末にせんでくれの?」

 

 俺の心情を読んだのか、校長先生が俺の前に立って柔やかにそう言ってくる。

 

 命を粗末にする気は無いが、命と引き換えに二人を守れるのなら俺は迷わずそうするだろう。

 だから校長先生のその言葉には頷くことはできなかった。

 

 俺はルートにララを乗せ、その後に跨がる。リインはフィンに跨がる。

 

「ルドガー先生! これを!」

 

 アイリーン先生が以前にくれた宝石の御守りと似たペンダントを差し出してきた。

 蒼色の宝石で、小さなナイフのような形をしている。

 

「御守りです。どうか無事に帰ってきて下さい」

「アイリーン先生……ありがとう」

「ルドガー。帰ってきたら俺の遊びに付き合ってもらうからな」

 

 今度はフレイ王子が、まるで家に帰る友達を見送るような態度でそう言った。

 

「お前は心配してくれないんだな?」

「心配? してないさ。お前なら無事に帰ってくる」

「……じゃあな、フレイ。精々、陛下に小言を貰わないようにな」

 

 そう言って、俺はルートの手綱を握って走らせる。後ろからリインも付いてフィンを走らせる。都の門を潜り、俺達は再び人族の大陸へと旅立っていった。

 

 

 

 今回の旅路は前々回、前回と同様にエルヴィス船長の船に乗って国を出港する。東の港に到着したら、そのまま更に東へと向かいアスガル王国へと向かう。

 

 アスガル王国に向かう最短の道はゲルディアス王国を横断することだ。リィンウェルを通過することになるし、一報も兼ねて一度エリシアと顔を合わせるつもりだ。

 

 エルヴィス船長の船に乗船し、大海原を進んでいく。ララとリインは宛がわれた部屋で休んでおり、俺は甲板に出て景色を眺めている。

 そこへエルヴィス船長が話しかけてきた。

 

「旦那、今のところ航海は順調ですぜ」

「おう、今回も悪いな」

「王子の御命令だ。仕事でやってるからよ。謝る必要はねぇさ」

 

 通常、貿易の仕事が無ければ人族の大陸へと航海することはない。エルヴィス船長の本業は漁師だ。貿易でもなければ運び屋でもない。それでも俺達を運んでくれるのはフレイ王子の命令があるからだ。

 

 航海は決して安全なものではない。天候によって波の状況が悪くなり船が転覆する可能性がある。海賊や海の怪物に襲われる可能性だってある。それを覚悟して航海してくれているのだ。仕事とは言えど、船長達には感謝しかない。

 

 海の潮風を浴びながら、船長と船端にもたれ掛かって会話を続ける。

 

「聞きやしたぜ? 今回の旅は中々に厄介だと」

「厄介じゃなかったことなんて無いさ。結局はいつも命懸けだ」

「心中お察しするぜ。せっかく戦争が終わったってのに、旦那は未だ戦いから抜け出せねぇ」

「教師生活に専念したいが、どうも世界はそれを許してくれないみたいだ」

 

 本当に、いつか戦いを完全に捨て去れる日が来るのだろうか。予言とやらが成就した暁には俺は、俺達は戦いから解放されるのだろうか。

 最悪、俺が戦い続けるのはまだ良い。だが、ララの人生からは戦いを取り除いてほしい。あの子には平穏に生きていてほしい。

 

 いったい校長先生が言う予言ってのは何を示しているのだろうか。黒き魔法が関わっているのは分かった。だがそれだけで、俺達がそれに対してどう対峙するのことになるのか不明だ。

 また世界を巻き込んだ大きな戦いになってしまうのだろうか。再び戦火が世界を覆ってしまうのだろうか。そうならないことを切に願う。

 

 

 その後の船旅は順調に進んだ。嵐に見舞われることなく、着々と人族の大陸へと近付いていく。

 夜、部屋で寝ていると不思議な感覚に目を覚ました。敵意は無いが邪気を孕んだ黒い気配に警戒心を高め、ナハトを手元に呼び寄せる。気配は部屋の外から感じ、物音を出さないように警戒しながら廊下に出る。

 

 船員も寝静まっており、波で船が揺れる音だけが響く。だが確かに邪な気配が俺を視ている。

 

 甲板か――。

 

 俺は廊下を進み、甲板へと出るドアを開けて身を乗り出す。甲板は不気味なまで静かで、薄らと霧が辺りを包んでいた。

 甲板には見張りの者がいるはずだが、霧でその姿は見えない。

 

 何者かの襲撃か? 狙いはララか?

 

 船内に入るドアに防御魔法を掛けて入れないようにし、ナハトを構えてゆっくりと甲板を進む。

 気配はまだ何処からか感じる。霧で周囲が見えないが、何処から襲われても対処できるように気を全方位に張り巡らせる。

 

「……っ!? おい!」

 

 甲板を進んでいると、見張りの船員が倒れていた。急いで駆け寄り抱き起こすと、彼は意識を失ってはいるが命に別状が無いことを確かめて胸を撫で下ろす。

 

 その時、背後に誰かが立つ気配を感じた。

 

 ナハトを後ろへと振り払うと、そいつは片手でナハトの剣身を掴んでピタリと止めた。

 そいつはフードとローブで全身を隠してはいるが、滲み出る気配までは隠せていなかった。

 

「言の葉を交わす前に刃を振るってくるとは……些か乱暴者ですね」

 

 声は女性のものだった。

 

「何者だ?」

 

 女性はナハトから手を離し、数歩後ろに下がって行儀良く一礼する。

 

「お初にお目に掛かります、ルドガー様。私はグリゼル。我が君から貴方様への贈り物を預かって参りました」

「我が君……?」

「はい――我が君は楽しみにしておられます。貴方様と再び相見える日を」

 

 突如、波が大きくなり船を揺らした。

 何が起こったのか把握する前に、女性は霞となってその場から姿を消した。

 霧も晴れ、周囲の景色がはっきりと見えるようになる。

 

「待て! くそっ!」

 

 ――グオオオオンッ!

 

 何かの咆哮が聞こえた。それもおそらく巨大なナニかが発した咆哮だ。

 まさかと思い、船端から身を乗り出して海を見下ろす。荒波の中から、巨大な生物の背鰭がチラリと見え、血の気が引いた。

 

 あれはシードラゴン!? まだ子供のようだが、襲われたら船なんか一溜まりもないぞ!

 あのクソアマ……! 厄介なのを押し付けやがったな!

 

「我、光照らし続ける者なり――ラージド・ルミネイト!」

 

 手から夜空に向かって光を放ち、船の周囲を照らす。それにより異常を察知した船員達が動き出す。

 

「船長! 怪物の襲撃だ!」

「何だと!? 野郎共! 聞こえたな! 各自武器を手に配置に着けェ!」

 

 船長の指示で戦意達は弓と槍を手に取り配置に着き始める。槍を投擲する弩弓も準備するが、それではシードラゴンを撃退できない。

 シードラゴンは海の魔物であるリヴァイアサンの眷属であり、鯨以上にデカい鮫のような怪物だ。その鱗は固くて槍程度じゃ貫けない。

 

 ここは俺一人でどうにかするしかないか。

 

「センセ!」

「馬鹿! 部屋に戻ってろ! リイン! 絶対にララを外に出すな!」

「わ、分かったわ!」

 

 騒ぎを聞き付けて外に出てきたララをリインに任せ、俺は船の先頭に移動する。

 

 シードラゴンは船の前方を塞ぐ様に泳ぎ回っており、その巨体をチラチラと海面から覗かせる。

 

 落ち着け、シードラゴンはリヴァイアサンと違って魔法は使わない。ただのクソデカい鮫だ。昔ならいざ知らず、今の俺には力がある。シードラゴン程度に後れは取らない。

 

「船長! このまま船を進ませろ! 絶対に止まるな!」

「旦那ァ! 何をするつもりだ!?」

「奴を仕留める!」

 

 俺はそう言うと、ナハトに黒い雷を纏わせる。風を操り船から飛び立ち、泳ぎ回っているシードラゴンへと近付く。ナハトをシードラゴンへと向け、雷を放つ。雷はシードラゴンが泳いでる海を駆け巡り、シードラゴンへとダメージを与えていく。

 

 雷に焼かれる苦しみから逃れようとしたのか、シードラゴンは海面から飛び出しその姿を見せる。鮫にしては毛のように長いヒレをしており、黒いゴツゴツした鱗が全身を覆っている。

 

 シードラゴンは俺を狙って首を伸ばしてくるが、それをかわして雷撃をナハトから放ってシードラゴンに直接打ち込む。

 

『グギャアアア!』

「フン!」

 

 シードラゴンに接近し、雷撃を纏わせたままのナハトをシードラゴンの腹に突き刺す。

 シードラゴンはその状態のまま海へと潜り、俺はシードラゴンと一緒に海へと沈んでしまう。

 呼吸を止めた状態でシードラゴンにしがみ付き、雷撃をシードラゴンの体内へと打ち込む。海に雷が流れ出して俺も被弾するが、焼かれる側からすぐに再生していく。

 

 ナハトでシードラゴンの腹を掻っ捌き、真っ赤な血が海へと広がっていく。

 シードラゴンはそのまま絶命していき、海の底へと沈んでいく。

 

 俺はナハトを下に向け、風の衝撃を放つ魔法を発動して、その勢いで海面へと急上昇する。海上に出ると風を操って海から飛び上がり、船へと戻った。

 

「旦那!」

「ゲホッ、ゲホッ! だ、大丈夫だ!」

 

 シードラゴン……手に入れた力があったから簡単に倒せた。だが俺が昔のままだったら今のように倒せただろうか。少なくとも、空を飛べなかったから船上で戦う羽目になっていた。そうなれば船を転覆させられていたかもしれない。船に近付く前に倒せたから被害は出なかったが、もし船に体当たりでもされていたらと思うとゾッとする。

 

 それにしても、あの女はいったい誰に差し向けられた? 我が君とは誰だ? シードラゴンが贈り物ならば、明らかに敵対の意を示している。それに俺と会うのを楽しみにしている? 殺そうとしておいて何を言ってやがる。

 

 甲板に寝転びながら、俺は存在を示してきた敵を警戒するのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 姉の心配

ご感想お待ちしております!せつに!!


 

 

 暗がりの書庫にて――。

 

「――只今戻りました、我が君」

 

 ルドガーの前でグリゼルと名乗ったフード姿の女性が、本棚の前で本を読んでいる金髪の青年の後ろに現れて跪く。

 

「……どうだった?」

「兄君様はシードラゴンを容易く葬りました。それもお一人で」

「流石にそれだけの力は持っている、か。勇者の力は使っていたか?」

「元素の力を引き出しておりました。また、風を操り空を飛行する術を持っております」

「魔法は使わなかったのか?」

「使っておりません」

「……そうか。分かった。追って指示を出す」

「御意」

 

 グリゼルは霞のように姿を消した。

 青年は本を棚に戻し、何処かへと歩き出す。

 

「……来るか、兄さん。精々失いたくないモノを手放さないようにな」

 

 

 

    ★

 

 

 

 シードラゴンの襲撃以降、何事も無く港へと辿り着くことができた。

 

 グリゼルという謎の存在が現れ、俺達に敵対する存在がいることが分かった。シードラゴンを嗾けられることから、魔族であることは確かだ。あれは水族でも操ることはできない。できるのは強力な力を持つ魔族だけだ。

 

 問題なのはララを狙っている魔族なのか、それともそれとは関係の無い魔族なのかだ。

 あの女のボスであろう存在は俺と再び会うことを楽しみにしていると言った。

 つまり、俺の知る何者かになるのだが、正直魔族には恨みを買い過ぎていて誰か分からない。

 

 狙いは俺、なんだろうがそれでもララに危険が及ぶ。俺を狙う為にララを利用するかもしれないからだ。

 

 船から港に降り、船長に向き直る。

 

「これからすぐに帰るのか?」

「いや、今回は旦那の帰りまで託されてる。旦那達が戻ってくるまで此処に停泊してるさ」

「そうか。世話を掛ける」

「だから必ず戻って来るんだぞ。俺は仕事を必ず完了させる男だからな」

「……全力を尽くすよ」

 

 船長と握手を交わし、俺達はルートとフィンに乗って港を出る。

 

 先ずはリィンウェルを目指しエリシアに会う。会わなくても良いが、態々リィンウェルを通るのに挨拶も無しだと、後々何か言われて面倒でもある。それにエリシアから人族の国の情勢を聞いておきたい。もしアーサーが何かを企んでいるとしたら、その影響が何か出ているかもしれない。

 

 道中、人族の大陸が初めてのリインはまるで子供のようにキョロキョロと辺りを見渡す。

 時折すれ違う人族を見てはフードを深く被り、顔が見えないようにしている。

 

「どうした、リイン?」

「な、何でも無いわよ。ただ……貴方以外の人族は初めてだから」

「怖がりめ」

「お前だって最初は怖がってただろ」

「怖がってなどいない!」

 

 どうどうと、ララを諫めてルートを進める。

 

 リインはエルフ族の大陸を旅しても、人族の大陸は初めてだ。異なる土地に異なる環境、異なる種族に異なる文化の所に足を踏み入れるのはとても勇気がいることだ。それに加えて命懸けの旅ということもある。彼女の胸中は緊張と不安でいっぱいだろう。

 

 ここは人族に慣れている俺が確りしなければならないな。

 

「リイン、人族は基本的にエルフ族と同じだ。目が合ったからといって食われる訳じゃない」

「わ、分かってるわよ」

「ま、エルフ族との交流はまだ浸透してないから、注目はされるだろうけど」

「おまけにその乳じゃ瞬く間に男の餌食になるだろうさ」

「こら、ララ」

「ふん」

 

 ララは頬を膨らませて鼻を鳴らす。どうもララはリインのことが気に入らないようだ。俺に斬りかかったことが一番の原因らしいが、もう一つはリインのララに対する態度だろう。

 

「聖女様! その言い方はあんまりです!」

「だから聖女様と呼ぶなと……!」

 

 リインはララを聖女様と呼び、腰を低くして敬うように接する。それがララの琴線に触れているようで、リインに冷たく当たる。

 

 ララは己が聖女であることを自覚してはいるが、受け入れがたい事実だとして認識している。聖女にされたお陰で命を狙われ、普通の生活を奪われてしまった。ただでさえ魔王の娘というだけで大変な立場なのに、そこへ聖女という更に大きな重役を押し付けられてしまった。

 

 だからララはお堅い場所では聖女と呼ばれることを良しとはしているが、それ以外で聖女と呼ばれることをかなり嫌っている。同時に魔王の娘として呼ばれることも嫌っており、ただのララとして接することを望んでいる。

 

「いいか牛女! 私を聖女と呼ぶな! その恭しい態度も止めろ!」

「いいえ、聖女様! 私達エルフ族にとって聖女様という存在はとても神聖な御方なのです!」

「だから私は聖女なんて呼ばれたく……センセぇ! 何とかしてくれ!」

「諦めろララ。ま、時間が何とかしてくれるさ……たぶん」

「いーやーだー!」

「ちょっと! 聖女様にあまり失礼な態度を取らないで!」

「えぇ? 俺も?」

「それは絶対に嫌だ!」

 

 こんな感じで騒がしいまま俺達は道を進んだ。ワイワイと騒いでいる二人を見ていると、そこまで仲が悪いようには見えない。子供同士がちょっと喧嘩遊びしているような光景にほっこりしてしまう。

 

 リィンウェルには問題無く到着することができた。初めての人族の都市にリインは言葉を失う。リインじゃなくても、今のこの都市の様子を見て俺とララも言葉を失ったもんだ。

 相変わらず大通りの真ん中には鉄の箱が走っており、リインはそれを見て悲鳴を上げる。

 

 さて、早速俺達はエリシアがいるであろう城(後から聞いた話じゃ、あれはビルと呼ぶらしい)へと向かう。玄関に立っている兵士にエリシアを訪ねてきたことを伝え、ルートとフィンを預けてロビーへと通される。

 

 暫く待っていると、走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「ルドガー!」

「おー、エリシア」

 

 紫色の髪を揺らし、満面の笑みを浮かべたエリシアがそこにいた。

 エリシアは俺の前で立ち止まると、乱れた髪を整えてニッコリと笑う。

 

「どうしたのいきなり? 私に会いたくなったのかしら?」

「ん? まぁ、お前に会いに来たのは間違いないけど」

「ンフフフ……そう! それは良い心懸けね! あ、アンタも居たんだガキんちょ」

「ふん」

 

 ララはロビーのソファーに座ったまま腕と足を組んでムスッとしている。その隣ではフードを被ったままのリインがエリシアを興味深げに見つめている。

 エルフ族にとって勇者も神聖視されている存在だ。エリシアが雷の勇者だとは知られていることだ。噂の勇者に会えて興奮しているのだろう。

 

「それで? どうしたの?」

「ああ、これからアーサーを探しに行くつもりなんだが、アスガルに向かうついでにお前に挨拶と、人族の国の情勢を聞きにな」

「アーサーを? 居場所の検討は付いてるの?」

「まぁな。お前がどうしても探してほしいって言うから、色々と準備してたんだよ」

「そう! それは良かったわ! で、情勢って何を聞きたいの? あ、その前に部屋に案内するわね」

 

 俺達はエリシアに案内され、エリシアの書斎に案内される。書斎ではモリソンが書類と睨めっこしており、俺達に気付いたモリソンが手を挙げる。

 

「ルドガー! 久しぶりじゃねぇか! 嬢ちゃんも、元気してたか?」

「久しぶりだな、モリソン」

 

 モリソンと握手を交わし、空いているソファーに座る。エリシアは上機嫌な様子で自分のデスクに座り、モリソンが俺達に茶を淹れてくれる。

 

「仕事の邪魔したか?」

「なーに、大したことないさ。寧ろお前さんが来てくれたお陰でエリシア嬢の機嫌が良くなった」

「んんっ、モリソン」

「おっと。それじゃ、お邪魔虫はここで失礼するよ。別の仕事があるもんでな」

「悪いな。またゆっくりと会おう」

 

 モリソンは書類を手に持ち書斎から出て行った。自分の仕事があるのに態々御茶を淹れてもてなしてくれるのは流石と言ったところだ。本当に貴族か? と疑いたくなる程だ。

 

「それで、えーっと、そっちは誰?」

 

 ララが座っているソファーの後ろに控えるリインに向かってエリシアが尋ねる。

 

「あ、悪い。まだ紹介してなかったな。この子はリイン・ラングリーブ。エルフの戦士で、ララの護衛。学校で護身術を教えてる。リイン、彼女はエリシア・ライオット。雷の勇者だ」

 

 リインはフードを取り、その美しい美貌を曝け出す。長い金髪が零れ落ち、エルフ特有の長い耳が現れる。

 

 その瞬間、エリシアの瞳から光が消えた気がした。

 

「初めまして勇者様。アルフの戦士、アドラスの子、リイン・ラングリーブです。雷の勇者様にお目にかかれて光栄です」

 

 リインはエルフ式の敬礼をする。その時、フードの間からリインの大きな胸が溢れ出る。

 それを見たエリシアから稲妻が迸り、俺を光の無い眼で睨み付けてきた。

 

 え、何で睨まれてるんだ?

 

「ルドガー……? また女……?」

「因みに一緒に住んでる」

「お、おいララ……!」

「一緒に住んでるですってぇ!?」

 

 エリシアが雷となってデスクからソファーに座っている俺の下へ接近し、俺の胸倉を掴み上げる。雷が俺の全身を駆け巡ったが、同じく雷神の力を有する俺には流れるだけでダメージを負わなかったのが幸いだ。

 

「ルドガー! アンタ! やっぱこんなエロい女がタイプなのね!? だからエルフ族の国に行ったんだ!」

「違う違う違う違う! 誰がそんなこと言ったよ!?」

「じゃあ何で一緒に住んでるのよぉ!? 私も住むぅ!」

「俺が住んでるのは教師の寄宿舎だからだ!」

「じゃあ私も教師になるぅぅ!」

「わぁ!? 馬鹿落ち着け! それ以上は流石に受け止めきれアバババババババッ!?」

 

 エリシアから流される雷の許容範囲を超え、全身にもの凄い痺れと痛みが襲い来る。

 

 どうしてエリシアが癇癪を起こしたのか不明だが、その後何とかしてエリシアを落ち着かせて本題へと話を持っていくことに成功した。

 半ばグズっているエリシアに、アスガル王国の情報が何か無いかと尋ねると、エリシアは少し考える素振りを見せる。

 

「ぐすっ……情報も何も、アスガル王国の話は何も聞かないわ。ゲルディアスは隣の国だけど、交流が深い訳でもないし」

「でも何かあるだろ? 人族の国は終戦後、国を建て直す為に協力し合っていた訳だし」

「アスガルは別よ。アーサーが属してからアスガルは何処からも協力を得ずに再建して復興してるわ」

 

 つまり、アスガル王国は他国に干渉していないしされてもいないという訳か。アスガルに赴く前に何か有力な情報でもと思ったが、そうは上手くいかないか。

 

 いや、情報が何も無いというのが情報なのかもしれない。

 もしアーサーが最初から何かを企んでいたとするのならば、可能な限り情報を外に漏らさないはずだ。つまり意図的に他国から自国を遮断している。遮断するということは、何か隠しておきたいモノがあるということだ。

 

 やはり本当にアーサーが黒き魔法と関わっているのか……?

 

「……」

「……ねぇ、アーサーは何か厄介なことに巻き込まれてるの?」

 

 エリシアが心配そうな声色でそう聞いてきた。

 

 ここで俺が知っていることを全てそのまま伝えても良いのかと、少し躊躇った。

 エリシアは弟であるアーサーを純粋に心配している。俺にとってもエリシアにとってもアーサーはかけがえのない家族だ。その家族が黒き魔法に関わっていると知れば、エリシアの心配は大きくなってしまうだろう。

 

 こう見えてエリシアは繊細な奴でもある。これ以上心配を掛けてしまえば、不安で押し潰されてしまうかもしれない。

 

 俺はエリシアに全てを伝えないことにした。

 

「大丈夫だ。アイツは真面目で良い子な奴だ。俺とはあまり馬が合わなかったが、俺にとっても大事な弟だ。何かあったとしても、俺が解決してくるよ」

「……うん。お願いね」

 

 エリシアは少し不安そうだったが、ニコリと微笑む。

 

 まったく、アーサーめ。お前の大好きな姉に何心配掛けてんだ。再会したら良からぬ事を企んでようといまいと、一発殴ってやらないと気が済まないな。

 

 その後、エリシアと少しだけ談笑し、俺達はリィンウェルを出発した。リィンウェルで一泊しても良かったが、どうしてか先を急いだほうが良いと思った。

 

 これからゲルディアス王国を横断してアスガル王国へと向かう。道中、船の上であったように敵からの妨害があるかもしれない。一瞬たりとも気が抜けない危険な旅路に、俺達は挑む。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 ハーウィル

ご評価、ご感想をお待ちしております!!
よろしくお願いします!


 

 翌日、野宿を終えた俺達は先を急いだ。いくつかの街を越え、山を越え、森を越えた。

 

 ゲルディアス王国は魔導技術が進んでいるだけあり、どこの街も魔導技術で栄えていた。リィンウェル程とは言えないが、それでも充分進んでいる。

 

 これから入るゲルディアス王国の第一首都、つまりは王都だが、魔導技術はリィンウェル以上だろう。アスガル王国へ向かうには王都を回り込むより抜けるほうが早い。王都の周りは山で囲まれており、一日で山を越えるには無理がある。身分証明はエリシアが用意してくれているし、いくらお上が俺を嫌っていようとも、自国に属す勇者の後ろ盾がある以上酷い扱いはしないだろう。

 

 だが一つだけ問題がある。それはララの存在だ。

 

 ララは魔王の娘であり聖女だ。魔王の娘というだけで人族にとっては敵になる。それが聖女であれば、魔族の存在を認められない奴らはララの命を狙うだろう。

 

 ――やはりここは王都を回り込もう。余計な危険を背負う必要は無い。時間が掛かると言っても数日遅れるだけだ。その数日でララを守れるのなら何てことない。

 

「やっぱり王都は避けよう」

「え? でも急いでるんじゃなかったの?」

「ララの存在を知られたくない」

「どうして……って、ああ、そうね」

 

 リインも察してくれた。

 だがララは不服そうな顔をしている。

 

「センセ、私の所為で手間を掛けるのなら、気にしなくて良い」

「な……何言ってんだ? 人族はエルフ族と違う。お前が魔王の娘と知られたら、必ず命を奪いに来る」

「魔王の娘と知られたら、だろ? バレるとしても魔族ってだけだ。センセと牛女が口を滑らさなければ問題無い」

「だけどなぁ……」

「センセ」

 

 ララは俺を見上げ、真剣な眼差しで見つめてくる。

 

「私なら大丈夫だ。センセが私を守ろうとしてくれているのは分かっている。そういう契約だからな。でもそれでセンセの重荷になりたくない」

「……我が儘なお姫様だ。分かった。王都を突っ切るぞ」

「ご安心下さい聖女様! 何があっても私が御守りします!」

「あ、うん……だから聖女止めて」

 

 俺達は馬を進め、王都へと近付く。

 

 王都はリィンウェルと同じく城郭都市だ。正確には何処の国も城郭都市だが。

 円形に城壁が組まれ、都市の中央に巨大な城がある。流石にリィンウェルみたいな城ではなく、昔と同じこれぞ城って形をしている。

 

 大戦時代にはよくこの王都へと足を運んでいた。何故ならゲルディアス王国が魔族との戦争の最前線だったからだ。

 

 北の国にファルナディア帝国があるが、大戦時代は魔族に支配されていた。その隣国であるイルマキア共和国も半分以上が支配されており、アスガル王国も激戦区となっていた。

 ゲルディアス王国は魔導技術による兵器で何とか前線を維持していて、魔族との戦いでは人族の本拠地となっていた。

 

 そんなゲルディアス王国の王都を『ハーウィル』と呼ぶ。ハーウィルは戦後に魔導技術を更に発展させ、それを取り入れた鋼鉄の建物が並んでいる。

 

 やはり此処も馬に乗っている者は殆どおらず、俺達は周りから浮いて見られていた。

 背中に背負っているナハトをポーチの中に入れ、これ以上怪しく見られないように気を付ける。

 さっさと王都を抜けよう。面倒事に巻き込まれない内が吉だ。

 

 そう思い、ルートの足を速める。

 その時、前方から何やら騒ぎが聞こえてきた。

 

「何だ?」

「……っ、ルドガー! 聖女様を守って!」

 

 リインがフィンから降りて俺とララの前に出て腰の剣に手を添える。

 

 何事かと思い、前方の騒ぎを見つめる。

 

 此処から見えるのは数人の男が建物から出てきた場面だ。どうやらそれなりの魔法を使える者達のようで、既に駆け付けていた兵士達に向かって魔法を放って威嚇している。

 

 強盗か、それに近いモノだろうと思い、厄介事に近付かないほうが良いと思い迂回しようとした。

 

 しかしその時、男が放った火の魔法の一つが通行人の女性に流れていくのを、俺とリインは見てしまう。

 

 リインはその場から駆け、俺は流れていく魔法に手を翳す。

 

「我、大火を消し去る者なり――ラージド・アン・フェルド」

 

 火を消す魔法で火の魔法を掻き消し、リインは女性を抱えて安全な場所まで運び出す。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい……ありがとうございます」

「良かった。――ルドガー!」

 

 女性を降ろしたリインは剣を抜いた。

 

 こうなってはもう仕方が無い。後々どうなるか分からないが、一般人に被害を出すような奴らを見逃しては勇者の兄として沽券に関わる。

 

「殺すなよ!」

「ええ!」

 

 リインは男達に斬りかかる。

 

「な、何だこいつ!? ぎゃっ!?」

「は、はや――ぐへぇ!?」

「わ、我、敵をもや――ぎゃああっ!?」

 

 リインの手に掛かれば複数人の魔法使い相手でも敵ではなかった。剣の腹で殴打し、格闘を混ぜた攻撃で一気に男達を無力化していく。

 

 その際、被っていたフードが捲れ上がり、エルフ耳が露見してしまう。それを見ていた周りの者達はエルフだと口々にして騒ぎ立てる。

 

 最後の男を無力化させたリインは剣を鞘に収め、今更遅いがフードを被り直す。無力化した男達を唖然としている兵士達に任せ、リインはせっせと此方に戻ってくる。フィンに乗り込み、俺達はすぐさまこの場から離れる。

 

 ルートとフィンを走らせて王都の外に出る門へと向かったが、どうやら面倒事は俺達を見逃してはくれなかったようだ。

 

 門の前には剣と盾を構えて隊列を組んだ兵士達が陣取っており、明らかに俺達を外に出さないようにしていた。

 

 偉そうな態度と格好をしている一人の兵士が前に出て声を張り上げた。

 

「ルドガー・ライオットだな!? 貴様には国王陛下より召喚状が出ている! 大人しく登城せよ!」

「はぁ!? 何であのおっさんが俺を呼んでるんだよ!?」

「貴様! 陛下に向かって無礼であろう!」

「それはとんだ失礼を! で、返答だが、断る!」

 

 この国のお偉いさんと絡んだら碌なことが無いのは間違いない。態々俺を厄介払いしたような奴に会いたくもないしな。それにこっちは色々と立て込んでて忙しい。よって会うつもりは毛頭無い。

 

 その意を伝えたが、偉そうな兵士はニヤリと笑う。

 

「貴様の目的は分かっている! 黒き魔法について調べているのだろう!?」

「っ、どうしてそれを……!?」

 

 何でこいつらがそれを知っている? それを知っているのは人族にはいないはずだ。どこからか情報が漏れた? どうやって? 分からない。それにそれを知った上で何を言い出すつもりだ?

 

「陛下のご用件はその黒き魔法についてだ! 喜べ半魔! 陛下自らお前をご指名だ!」

 

 チッ、癪に障る野郎だ。これだから此処は嫌いなんだ。

 

 しかしだ、あのおっさんが黒き魔法について俺達に用があるというのも気にはなる。俺達がそれについて調べているのを知った手段も気になる。

 もしかしたらアーサーについて何か手掛かりが掴めるかもしれない。

 俺達を誘き寄せる嘘という可能性も捨てきれない。その時はララとリインに危害が加えられるのなら、王の首を取ってでも脱出しよう。

 

「ララ……」

「分かってる。気に食わないが、奴らの話、聞いてみよう」

「……お前達は絶対に俺が守る」

「ああ……」

 

 リインにも頷いて奴らの話を飲むことを伝え、俺達は兵士達に囲まれた状態で城へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 ゲルディアスの王

ご感想とご評価をお待ちしております!


 

 

 兵士達に連れられ、俺達はハーウィルの城へとやって来た。城は昔ながらの作りだが、所々魔導技術が後から組み込まれているようで、その様は異様なものだった。

 

 まるで手当たり次第に新しい物を一緒くたにしたような感じだ。

 城に入る直前、兵士の一人が頑丈な手錠を持って俺の前に立った。

 

「……何だ?」

「貴様にはこれを付けてもらう。半魔だからな」

「はぁ? そっちから呼びつけておいて囚人扱いか?」

「半魔を手錠も無しに陛下の前に出せるか! そっちのガキも、フードを取れ!」

 

 兵士がララのフードに手を伸ばそうとした瞬間、俺はその兵士の腕を掴み、ゴリッと音がするまで握り締めた。兵士は骨が折れた痛みで悲鳴を上げ、その場に蹲る。

 

「き、貴様!?」

「この子に触れるなクソ共が。手錠すれば良いんだろ?」

 

 手錠を持つ兵士に両手を差し出す。

 どうせこんな手錠、俺が力を入れたら簡単に壊せる。

 

 兵士は俺を睨み付けるが、これ以上グダグダ言えば暴れてやるぞと目で訴えたらそれ以上何も言わずに俺の手に手錠を掛けた。

 

「センセ、何で……」

「大丈夫だ。お前は何も言わずに静かにしてろ。フードは取るな。リイン、ララの近くにいろ」

「分かってるわ。せ――ララ様、私の後ろに」

 

 此処で聖女と口にするのを避け、リインはララの名前を呼んだ。

 

 聖女と知られてしまえば悪いことが起こるのは明白。此処は素直にコイツらに従ってララに余計な注目をさせないようにしなければ。

 

 手錠をされた状態で連れて行かれた場所は謁見の間ではなく、食卓だった。食卓では数人の男達がお世辞にも行儀良くとは言えない食べ方で食事をしていた。

 

 その中の一人、茶髪に濃い無精髭を生やしたそれなりに屈強な男が肉を摘まみながら俺に向けて口を開いた。

 

「久しいな、グリムロック」

「ヘクター・ヴォルティス……」

 

 ゲルディアス王国、現国王、ヘクター・ヴォルティス。生まれながらにして王族であり、戦士であり、魔族を強く憎む男。大戦時代には国王でありながら前線に出ては魔族の首を剣で刎ねていた猛勇でもある。魔族への恨みが強すぎて蛮勇な行動を取る時があるが、それ以外は王としては相応しい人物でもある。

 

 ただ、本当に魔族に対して恨みしかなく、半魔である俺を何としてでも戦場で殺してやろうと色々された覚えがある。

 

「お前は我が国から追放したはずだが?」

「追放された覚えは無いな。俺から去っただけだ」

「何故戻った?」

「戻ったつもりは無い。アスガルに用があるから通り道にしただけだ」

 

 ヘクターは肉を食いながらぶっきら棒に俺に話しかける。如何にも不機嫌だと言わんばかりな顔だ。そんなに不機嫌になるのなら俺を呼ばなければ良かっただろ。

 

 ヘクターの周りで食事をしているのは国の重鎮だろう。戦士の風格を持つ者もいれば、ぶくぶくに太った奴もいる。彼らは政治を担当しているんだろう。

 

「アスガルに? 何の用でだ?」

「答える義理は無い」

「……俺は王だぞ?」

「王ならもう少し上品に食事したらどうだ?」

「貴様、無礼であろう!」

 

 太った男が口の中の食べカスを噴き出しながら怒鳴る。

 知るか馬鹿が。俺にはお前達に払う礼儀など持ち合わせてないんだよ。

 

「……まぁ良い。お前と長々と会話する気は俺にも無い。お前、黒き魔法について調べてるのは本当か? これは答えろ。さもなきゃその女とガキを殺す」

 

 手錠がミシリと歪んだ。

 

 ヘクターの言葉には虚偽が無い。コイツらは俺の関係者ならば殺しても良いと心その底から思っている。俺達を人として見ていないのだ。

 俺は心を何とか落ち着かせながら言葉を選ぶ。此処で嘘を吐く必要は無い。答えたく無い気持ちがデカいが、余計な面倒は起こしたくない。

 

「本当だ。その為にアスガルに向かってる」

「……あの女の言った通りか」

 

 あの女――?

 

 ヘクターが食事の手を止め、指パッチンで召使いを呼んだ。俺達に聞こえない程度で耳打ちし、召使いは何処かへと去って行く。

 ヘクターは手拭いで手と口の汚れを拭い取り、ワインをグラスで飲み干す。

 

「グリムロック、お前に仕事をやる」

「あ?」

「喜べ、半魔でも仕事をやれば報酬は出す」

「おい、誰が引き受けるっつったよ? お前達に構ってる時間は無いんだよ」

 

 冗談じゃない。何で俺がこんな奴らの頼みを引き受けなければならないんだ。戦時中ならいざ知らず、もう俺はお前達とは何の関係も無い。仕事を引き受ける必要も、ましてやこうして話す必要だって本来は無いんだ。

 それなのに仕事をやる? 報酬を出す? どうせ碌なもんじゃないだろうし、報酬だって微々たるものか、何だかんだ言って無くすつもりだろう。

 

 ヘクターは舌打ちを一つしてから口を開く。

 

「チッ……お前はつくづく俺を苛つかせる。だがお前は絶対にこの仕事を引き受ける。何せ、黒き魔法が関わってるんだからな」

「……何?」

「お前、いや、そこの女が大通りで男達を殴っただろ?」

 

 それはあの魔法を使っていた奴らの事だろうか? あれがいったい何だ?

 

「アイツらは最近になって現れた集団の一員でな。手を焼いてる」

「それが俺達に何の関係がある?」

「アイツらは黒き魔法を信奉している魔術組織でな。組織の名は『クレセント』。信奉者達を黒魔道士と呼んでる」

 

 黒き魔法を信奉? それは初耳だ。

 そもそも、黒き魔法は殆どが御伽噺のような存在だ。実際に存在したのかどうかも怪しく、本気で研究している者など今まで誰一人としていない。

 それなのに黒き魔法を信奉している組織が存在する? アーサーの件と何か関係しているのか?

 

「黒魔道士は我が国だけじゃなく、他の国でも確認されている。他の国がどうなろうと知ったことではないが、我が国で不届き者が蔓延るのは我慢ならん。お前にはクレセントを潰してもらう」

「だから、何で俺がそれを引き受ける? お前からの仕事など引き受ける気は無い」

「貴様! 先程から陛下に対して何て口を――」

「クソデブは黙ってろ!」

「で、でぶ――!?」

 

 太った男は顔を真っ赤にして歯軋りをし、今にも血管がはち切れそうだ。

 俺はヘクターを睨み付ける。ヘクターだってそこまで馬鹿じゃない。俺が仕事を断るのは分かっていたはずだ。それなのにまるで俺が仕事を引き受けるのが当然だと言った態度を取っている。それには何か理由があるはずだ。

 

 ヘクターと睨み合っていると、食卓の扉が開かれ、扉の向こうから灰色の髪をした女性が入ってきた。

 薄紫のローブ姿に、魔法使いが持つ等身大の杖を手にしたその女性は紛うこと無き魔女であった。

 

「陛下、お呼びでしょうか?」

「アーゼル、この男がお前の言っていたグリムロックだ」

「この方が……」

 

 何だ、この女……。人族か? それにしては体内に流れている魔力が濃い。他種族との混血? だがヘクターが混血を側に置くか?

 

 アーゼルと呼ばれた女性は俺を一瞥した後、ニコリと微笑みかけてくる。

 

「お初にお目に掛かります。私はアーゼル。ここ、ハーウィルで陛下の相談役として務めております、特級魔法使いです」

「特級?」

「お前が去った後で新たに導入した制度だ。魔法を使える者の実力に応じて役職を与えてる。そんなもんはどうでも良い。問題は、アーゼルの占いでお前と黒き魔法が読まれた」

 

 占い……占い? 予言の次は占いかよ。いったい何なんだよ? 俺は何かに呪われているのか? 不確定な未来の所為で俺に面倒事が降り掛かってくるなんて、俺がいったい何をしたってんだよ!

 

「私の占いでは貴方様が我が国に蔓延る犯罪組織を一掃してくださると。その結果、貴方様が追い求める答えを、或いは手掛かりを得られると出ました」

「占いって……そんな不確定なもんで俺が引き受けるとでも? 嘗められたもんだ」

「クレセントに対処しなければ、そちらのお嬢さんが殺されるとしても?」

「――あ?」

 

 とうとう手錠を壊してしまう。引き千切り、魔力を滾らせ、アーゼルを睨み付ける。

 リインはララを守るべく腰の剣に手を伸ばし、ララもローブの下で杖を握り締める。

 

「それは脅しか?」

「いいえ、警告です。もし貴方様がクレセントを見逃してしまえば、彼らはお嬢さんに危害を加えるでしょう。私の占いの的中率は絶対に等しい。少なくとも、危険には見舞われるでしょう」

 

 つまりは、コイツらが何かをする訳じゃなく、そのクレセントって組織がララを狙うことになると?

 それは俺達がクレセントに関わるからそうなるのではないのか? 何もしなければ狙われることはないと思うが。

 

 だが、この女の言葉をそのまま信用するのならば、何もしなければ狙われ、対処に走ればララは安全だと言う。

 どこまでその言葉を信じれば良いのか、判断に困る。

 

 俺は周囲へと目を走らせる。

 剣や槍を携えた兵士達が俺達を睨み付けている。いつでも命令が下されれば即座にその刃を突き立てるだろう。

 こいつらにやられるような俺ではないが、ララを危険な状態に置く訳にはいかない。

 

 それに黒き魔法、アーサーの手掛かりを得られるかもしれない。ここで放置したとしても、いずれこの先で相手にすることになるだろう。

 

 少々危険だが、此処はこいつらの話に乗せられてみるべきか……。

 

「……分かった。そのクレセントについて分かってる情報を寄越せ」

「英断です」

「ふん……それほどそのガキが大事か? 何だ、お前の番いか?」

 

 後ろ腰のナイフを抜いてヘクターが座っている椅子の背もたれに投げ付けた。

 

「……次からお前を呼ぶ時は手錠だけじゃなく、丸裸にしたほうがいいな」

「それで止められるのなら、止めてみろ。彼女達に手を出してみろ。お前を必ず殺してやる」

「……さっさとアーゼルと失せろ。飯が不味くなる」

 

 俺達はアーゼルに連れて行かれ、食卓を後にした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 謎の組織

ご感想お待ちしております。



 

 

 アーゼルに連れられた場所は、彼女の執務室だった。古めかしい本やら校長先生が欲しがりそうな骨董品などが置かれており、とても女性らしい部屋とは思えなかった。

 

 御茶を淹れようかと言われたが、此処の奴らに出される物を口にする気は一切無い。さっさと本題に入れと無言の圧力を放つ。

 

 アーゼルは苦笑し、自分のデスクに座って話を始める。

 

「彼らが現れたのは一年ぐらい前です。黒き魔法こそが是と掲げ、その力を振るい、悪逆非道を尽くしています」

「例えば?」

「やってることは単なる賊と変わりません。人より強力な魔法を使って強奪したり、クレセントに対立する者達を襲撃したりと」

「軍は何をしている? たかが賊ならさっさと捕らえれば良いだろう」

「言ったでしょう? 人より強力な魔法を使うと。大戦で人族は思い知ったはずです。人族の魔法はあまりにも弱いと。強力な魔法を使えるというだけで中々に厄介なのです」

 

 アーゼルの言っていることは分かる。現在の人族の魔法力はかなり低い。大昔の人族と比べると天と地の差だ。知識として強力な魔法を知っていたとしても、それを扱える魔法力は既に失われている。

 だから他人より突出した力を持った人族が暴れてしまえば、それを抑えるのに数十人掛かりで挑まなければならない始末だ。

 

 その力を持った者達が組織を成して犯罪行為をしているとなると、成る程、確かに手を焼くはずだ。

 加えて言うと、おそらく組織の増大も止められていないのだろう。どんな原理か不明だが、その組織に属している者達は皆力を持っている。それはつまり力を得る手段があるということだ。力無き者達が知れば、自ずと手を伸ばしたくなるだろう。

 

「先程、貴方達が無力化した者達を捕らえ尋問してみましたが、どうやら彼らは末端のようで、有益な情報を持っていませんでした」

 

 末端でアレか。中位には届いていなかったが、下位にしては強力な魔法だった。

 なら上層部は更に力のある魔法を使うと見て良いだろう。

 

「クレセントについて知っている情報は? 全部話せ」

「勿論そのつもりです。此方に全て纏めてあります」

 

 アーゼルは資料を纏めた物を渡してきた。それを手に取り、その場でパラパラと捲って見てみる。今此処で全部に目を通すのは無理だ。何処かで時間を取らなければならないか。

 

「……宿を取って検める」

「でしたら、城のほうで部屋を――」

「命を狙わない保証は無いだろう」

 

 あのヘクターならやりかねない。どうもこのクレセントの件はこのアーゼルの手によって俺に任せることにした臭い。つまりはヘクターの意志ではない。ならいつでも気が変わって俺を、俺達を殺しにくる可能性がある。そんな奴の懐にいつまでもいるつもりはない。

 

「では王都で一番良い宿を――」

「それもいらん。こっちで決める。どうしてもというなら宿代だけ貰っておこうか」

「分かりました……これだけあれば数日は事足りるでしょう」

 

 金が入った袋をデスクから取り出し、それを渡してきた。随分と用意が良いなと思ったが、考えてみればこの女は占い師だ。占いで俺の行動でも先読みしたんだろう。気に食わない。

 

 アーゼルから金を受け取り、クレセントに関する資料を持って執務室から出た。

 兵士に連れられ城から出た俺達は、急ぎ足で城から離れる。少しでも早くアイツらの目の届かない場所へと移動したかった。

 その足で城から一番離れた場所にある宿を押さえ、俺達は束の間の休息を行った。

 

「ねぇ、何で一部屋だけなの?」

「仕方ないだろ、一部屋しか空いてなかったんだから」

「だからって、女の部屋に男が居るのってどうなの?」

 

 宿の部屋は一部屋しか空いておらず、俺達は同じ部屋で過ごすことになった。

 モラル的にどうかとは思いはするが、これはこれで都合が良いと俺は思っている。

 

「気を抜くなよ、リイン。王都にいるかぎり、俺達以外に味方がいないと考えとけ」

「……ねぇ、どうしてあんなに嫌われてるの?」

 

 受け取った資料に目を通していると、リインがそんなことを訊いてきた。

 ベットに寝転がっているララも、チラリと俺を見てきた。

 

「……人族は混血に理解が浅い。ハーフとは見ずに化け物として見る。俺は半魔だから尚更だ」

「でも貴方、英雄なんでしょう? 大戦で多くの魔族を倒して、人族に貢献したんじゃないの?」

「だからこそだよ。魔族が人族に貢献したって事実が気に食わないんだ。一部じゃ、裏切り者の烙印を押されてる。同族を殺す化け物だとさ」

「何それ……酷い」

 

 リインは顔を顰めた。

 

 そう感じてくれるだけで俺は充分だ。俺を受け入れてくれる場所がある。その事実だけで、俺を嫌う者達のことはどうでもよくなる。

 いっそのこと、永久に人族の土地に足を踏み入れられなくなったって良い。思い入れも無ければ、拘りも無い。エリシア達に会いづらくなるだろうが、こっちに招待すれば良いだけだ。

 それに人族の土地で過ごしたとしても、たぶん俺と人では生きる時間が違う。時間が違う中で一緒に過ごすのは無理な話だ。

 

「……私、人族のこと嫌いになりそう」

「全員が全員同じじゃない。一緒くたにしないでやってくれ」

「まぁ……貴方がそれで良いって言うなら」

「それより、クレセントだ。さっさと片付けて先に進もう」

 

 アーゼルから受け取った資料を読んでみると、色々とクレセントについて分かったことがある。

 

 先ず、クレセントという組織はかなり前から存在していたらしい。あくまでも噂、伝説として語られていただけだが、それが一年前になって姿を現した。

 元々、クレセントは確かに黒き魔法に関わる組織で、謎に包まれたものだった。

 

 それがどうして突然姿を現して悪さをし始めたのか……。

 おそらくだが、今クレセントと名乗って活動している奴らは、組織の名を騙った偽物か、或いは本来の組織とは別の系統かだ。

 

 組織のメンバーに共通しているのは、全員が必ず身体の何処かに黒い三日月の入れ墨が彫られている、下位以上の魔法を使用することができることだ。それ以外は一般人と何も変わらない。

 犯行のタイミングは昼夜問わずで、いつ襲撃があるのか分からない。故に後手に回るしかなく、未然に防ぐことができない。

 

「センセ、黒き魔法って結局何なんだ?」

「あー……そうだな……簡単に言うと、破滅の魔法だ」

「破滅……」

 

 ララは自分の胸に手を当てて表情を暗くした。

 ララも魔族としての力で、似たような力を持っている。それもそれでかなり強力な魔法だが、黒き魔法はそれ以上だ。

 

「俺も詳しいことは知らない。今は七属性の魔力だが、元は八属性だった。その力があまりにも強力で恐ろしいモノだったから神々がその力を封じた。それが黒き魔法……」

「私も少しは聞いたことあるわ。えっと……その封印には光の神リディアスが活躍したとか」

 

 リディアスか……アスガル王国が奉る神。エルフの国であるヴァーレン王国も光の精霊と同列に崇めているが、その力は七神の中でも群を抜くと云われている。

 女神、とされているがドラゴンとも云われている。

 

「何分、御伽噺とされてる代物だから、確かな資料が少ない。そんなものを崇めてる組織があるってのも初耳だ」

「……それがどうして私を狙うことになるんだ……」

 

 ララは疲れたように呟いた。

 

 確かに何でララが狙われることになるのだろうか。ララが黒き魔法に関わっている訳でもないし、ララが脅威になるとも思えない。

 狙われる要因を挙げるとしたら、魔王の娘か聖女であることぐらいしかない。仮にそうだとすれば、その情報がどうやって漏れるかだ。今現在、この国でそれを知っているのは此処に居る三人だけだ。

 

「……それで? これからどうするの?」

「……クレセントのメンバーを捕らえて拠点を聞き出すしかない」

「どうやって? 事件が起こるのを待つの?」

 

 俺は資料の一ページを開いてリインとララに見せる。

 

「どうやらあのアーゼルって女、既に策を用意していたらしい」

 

 あの女……最初から俺が仕事を引き受けることを前提に動き出していやがったな。

 気配もただ者じゃない……いったい何者だ?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 黒魔道士とアサシン

ご感想とご評価をお待ちしております!!



Tips

ルドガーの魔剣ナハトは、魔力を喰らい己の力にする、持ち主の力に還元する、呪いを打ち消す、三つの力を持つ。


 

 

 時が経ち、その日の晩――。

 ハーウィルの一角にある教会で、俺達は身を潜めていた。

 

 此処は何の事は無いただの教会ではあるが、此処に属する神父がクレセントの行いを日々緋弾しているのだ。それが原因でクレセントから脅迫状が届き、神父の身が危険に晒されている。

 クレセントのメンバーが次に襲撃を仕掛けるとすれば、この教会の可能性が高い。

 

 そう、神父は敢えてクレセントを緋弾し、囮として行動しているのだ。

 

 アーゼルから渡された資料の中に、今回の作戦計画書が挟み込まれていた。内容としては至って単純で、餌となった神父に食いついた黒魔道士達を捕縛し、拷問なり何なりして拠点の場所を聞き出す。末端であろうと、どうやって力を手にしたかを聞き出すだけでも価値のある情報源だ。

 

 神父は教会の礼拝堂で一人祈りを捧げている。祀ってあるのは当然雷神であるマスティア。双子の女神であるマスティア像を前に跪き、祈りの言葉を呟いている。

 

 俺とララとリインは礼拝堂の二階部分に隠れ、その様子を窺っていた。

 

「本当に来るの?」

「さぁな。ただ、来てもらわなきゃ、この仕事が続く。それは御免だ」

「……この教会、何か陰気臭い」

 

 ララが顔を顰める。

 

 まぁ、確かに少々古い教会のようだ。それに魔族にとって光の神を祀る教会というのは毒の領域のようなものだ。俺とララは半魔故にそこまで苦しくないが、それでも居づらさを感じる。

 

 此処はララの為にも早く仕事を終わらせたい所だ。

 

「……来たぞ」

「え? 本当?」

 

 教会の近くに不穏な魔力の気配を感じた。息を静めて待っていると、黒いローブを纏った者達が礼拝堂にゾロゾロと入ってきた。正面から堂々と入ってくるとは、それ程自分の力に過信しているのか、馬鹿なのか。

 

 黒魔道士と思われる者達は祈りを捧げていた神父を取り囲むと、一人の男が一歩前に出る。

 

「貴様か、我らクレセントを侮辱する不逞の輩は? 神父がそのような事を口にするとは……」

「貴方達……黒魔道士ですか? 貴方達は間違っている! 破滅の魔法をその身に宿そう等と! それは神を侮辱する行為です!」

「黙れ! 黒き魔法は人族を破滅から救う唯一の魔法だ! 崇高なる魔力を侮辱する者には黒き鉄槌を!」

「ひぃっ!?」

 

 黒魔道士の一人が両手に紅い炎を灯した瞬間、俺は背中のナハトをそいつの足下へと投げ付けた。ナハトが床に突き刺さり、神父と黒魔道士達の間を別つ。黒魔道士達が驚愕で怯んでいる間に二階から一階へと飛び降りた。

 

「だ、誰だ貴様!?」

「勇者の兄だ」

 

 ナハトを床から抜き取り、肩に担ぐ。

 

「神父、奥へ逃げてろ」

「た、頼みましたよ……!」

 

 神父を逃がし、黒魔道士達と対峙する。見たところ、魔力は確かに普通よりは強いが、それだけだ。他に何か特別なモノを持っているとか、如何にも肉体派とかそんなことはなさそうだ。

 

「おい、お前ら。大人しく組織の拠点を教えたら優しくしてやる」

「な、何を言ってやがる!? 貴様もクレセントに刃向かう不届き者だな!? 構わん! 神父まとめてやってしまえ!」

 

 ありきたりな台詞を吐き、黒魔道士達は魔力を高め始める。使う属性は火と、実に分かりやすい攻撃魔法だ。こんな所で火を撒き散らされたら大火災になってしまう。

 ナハトを使う訳にもいかず、ナハトを床に突き刺して素手で黒魔道士に立ち向かう。

 

「我、炎の――」

「遅い」

 

 一番近くにいた黒魔道士の鳩尾に拳を叩き込み、一撃で気を失わせる。そのまま黒魔道士の腕を掴み隣にいたもう一人に投げ付ける。

 

 対魔法使いの戦闘方法で一番有効なのは何だと思う? それは魔法を使わせる前に接近して叩くこと。

 こいつらは魔力が高いだけで戦闘に慣れていない。呪文も遅い、魔力を練り上げる練度も粗い。不相応な力を手に入れてはしゃいでいるガキと何ら変わりない。

 

 慌てている黒魔道士の腕を捻り回し、床へと叩き付ける。腕を放す前に肩の関節を外し、黒魔道士の口から悲鳴が上がる。

 

 残りは二人――。一方は何とか魔法を発動しており、火の玉を放ってくる。だがその魔法の出来映えは酷く、ただの拳で叩き落とせた。

 

 二人に接近し、それぞれの頭を掴んで叩き合わせる。それだけで気を失い、黒魔道士達を無力化した。

 

 いや、一人だけまだ動ける奴がいる。最初に気を失わせた奴をぶつけた奴だ。そいつは意識を失っている黒魔道士の下で俺を怯えるような目付きで見上げていた。

 そいつの襟元を掴み、下敷きから引き摺り出す。

 

「さーて、とっとと答えてくれ。拠点は何処だ?」

「し、知らない!」

「……なぁ、よく見ろ。アイツは肩を外され、アイツらは頭を叩き割られてる。もうあれ以上酷いことはされないだろう。だけどお前はどうだ? ん? 全くの無傷だ。軍は何としてでも組織の場所を吐き出させようと血気盛んだ。そんな奴らの前に無傷のお前を突き出してやろうか? きっと想像だにできない拷問を行うだろう。それとも、今此処で素直に吐いとくか? そうすれば拷問なんかにはかけられないぞ」

 

 俺は少し苛立っていたかもしれない。気に食わない奴らからの仕事で鬱憤が溜まっているのかも。俺の前で頑なに口を閉じている奴の指を掴み、グッと力を入れる。折れるまではいかないが、そのギリギリで止めて痛みを与える。

 

「此処で指を折っても拷問はされる。だから吐いとけ、俺もお前を拷問送りにはしたくない」

「ほ、ほんとに知らないんだ! 嘘じゃない!」

「……大人なら聞き分けを良くしておくんだったな」

 

 脅しが本気だということを教えてやろうと指を折ろうとしたその直前、真上から殺気を感じ、黒魔道士を放り投げて後ろへと跳び退いた。

 

 直後、黒装束に身を包んだアサシンが俺の立っていた場所にダガーを突き付けて上から降ってきた。

 

 ナハトを拾い、アサシンへと向ける。

 

「ほぉ? 俺の攻撃を避けたか……殺気が漏れちまったかな?」

「……何者だ?」

 

 アサシンは赤い髪の隙間から蒼い眼を覗かせ、ニタリと嗤う。ダガーをクルクルと回し、如何にもダガーの扱いに長けているとアピールする。

 

「し、執行官殿……!」

 

 倒れている黒魔道士がアサシンをそう呼んだ。

 

 執行官? 役職か何かか?

 

「久々に張り合いのある殺し合いができそうだァ……!」

「っ!」

 

 アサシンが風のような速さで接近してきた。ナハトで振るわれたダガーを受け止め、蹴りを放つ。蹴りはアサシンの蹴りによって止められ、拳が返ってくる。その拳を左手で逸らし、アサシンの首下を掴んで後ろに投げた。

 

 アサシンは猫のように宙で体勢を整え、柱に着地してバネのように帰ってくる。俺は礼拝堂の長椅子を掴み、力任せに持ち上げてアサシンへと叩き付ける。流石に長椅子で反撃してくるとは思っていなかったのか、驚いた顔をしたまま長椅子を横から喰らい、他の長椅子を壊しながら床に転がり込んだ。

 

 こいつ、身体強化系の魔法を常時展開してるな。動きも戦闘、いや殺し慣れてる動きだ。戸惑いも無く、急所を常に狙ってきている。

 

「ルドガー!」

「来るな! ララを守ってろ!」

「……センセのバカが」

「あ、ちょっ、聖女様!?」

 

 上でララが何かをやったらしい。だが其方を確かめる暇は無い。この狭い礼拝堂の中で不利なのは大剣を扱う俺だ。相手の動きは素早く、おそらく一撃でも受けたら致命傷。形からして刃先に毒を塗っていてもおかしくない。俺に大抵の毒は効かないが、それでも用心しなければならない。

 

 アサシンは長椅子の瓦礫から飛び上がり、小さなナイフを複数投げ付けてくる。そのナイフをナハトで薙ぎ払い、次いで飛んで来たアサシンの一撃を受け止める。

 動きは素早く攻撃は的確だが、力はそこまで無い。大丈夫だ、勝機は此方にある。

 アサシンは何度もダガーを突き立ててくる。喉、心臓、動脈、一撃で致命傷を与えられる場所を狙ってくるが、その攻撃を全て捌いていく。

 接近戦では勝てないと判断したのか、アサシンは距離を取る。いつの間に魔力を練り上げていたのか、ダガーを持っていない左手に雷が纏っていた。

 

「そらぁ!」

「呪文無しか!」

 

 振るわれた左手を起点に、床を跳ねるようにして雷が襲い掛かってくる。

 威力も下位以上だが、この程度の雷魔法なら俺には効かん。

 迫り来る雷に左手を翳し、アサシンの雷を雷神の力で操る。雷を左手に吸収し、逆にアサシンへと放出する。

 

 アサシンは予想外の現象に驚き、雷を真面に喰らう。そのまま壁まで吹き飛び、気を失ったようにだらりと崩れ落ちる。

 

 終わったか……。

 

「ひ、ひぃぃ……!? 執行官殿が……!?」

「おい、どうやら俺達の知らない事を知ってるようだな……。お前を軍に引き渡す」

「く、くそぉぉ!」

 

 黒魔道士が懐からナイフを抜き取り、俺に襲い掛かってくる。

 当然、そんな攻撃が当たるわけもなく、ナイフを手刀で叩き落とし、黒魔道士の首筋に打ち込んで気絶させた。

 

 その一瞬の隙が、アサシンに最大の好機を与えてしまったらしい。

 

 気付いた時にはアサシンがすぐ後ろまで迫っており、ダガーを突き立てていた。

 アサシンに対処しようとしたその瞬間、真横からララの魔力を感じた。

 

「シル・ド・インプルスズ!」

 

 風の衝撃がアサシンを横から殴り飛ばし、アサシンは礼拝堂の窓を突き破って外へと飛んでいった。

 アサシンの気配はそのまま遠くなっていき、この場から逃げ去ったみたいだ。

 

「……」

「センセ」

「ララ、助かったよ――」

「フンッ」

「アイテッ!?」

 

 ララが突然俺の脛を蹴り上げた。

 何をするんだと睨むが、ララは頬を膨らませて不貞腐れていた。

 

「センセ、私だって戦える」

「い、いやでもなぁ……」

「戦える!」

「……悪かったよ。一緒に解決しような」

「うむ」

 

 俺の言葉に満足したのか、ララは満足げに頷く。

 一緒に降りてきたリインは肩をすくめ、「私がちゃんとしなきゃ」と謎の意気込みを見せる。

 

 一先ず、無力化した黒魔道士達を拘束し、軍に引き渡す準備をするのだった。

 




Tips

今のルドガーは怪我をしても瞬時に再生するが、雷神の力を有する前は数日掛かった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 束の間の講義

ご感想、お待ちしております!


Tips

ララの好みは年上の男性。


 

 

 軍に黒魔道士達を引き渡し、俺達は取っている宿へと戻った。

 何か新たな情報が判明すれば軍から連絡してくるだろう。その間俺達は休息を取る。

 

「なぁ、センセ」

「ん?」

 

 休んでいると、本を読んでいたララが話しかけてきた。

 

「人族の軍は、騎士とは違うのか?」

「騎士? 何でまた?」

 

 そう尋ねるとララは読んでいる本を指した。その本は小説で、騎士が登場する物語だ。

 そういや、ララに軍の形態を教えたことは無かったな。

 良い暇潰しになるかもと、ララに一つ講義することにした。リインも剣の手入れをしながら聞き耳を立てている。

 

「かなり前、そうだな……ざっと五百年前は騎士と呼ばれた兵士はいた。馬に乗り、王に忠誠を誓った兵士が始まりだと言われてる」

「五百……まだ人族と魔族が戦争をしていない時代か」

 

「小競り合いはあったけどな。ただ、騎士は誰しもがなれるものじゃなかった。魔法力が高く、高貴な血筋であることが前提だった。クソ食らえだけどな。当時の騎士には二通りあって、よく言う騎士道に殉じて王と民達の為に剣を振るった者、地位に物言わせて傲慢の限りを尽くした者。後者であるほど、いざという時に役に立たなかった。やがて魔族との戦争が始まり、騎士の数が足りなくなった。そこで形態を変えて、魔法力が無くとも武器を手に取り戦える者を集めた。それが今の軍の始まり。それらには騎士のような血統主義も無く、あるのはただ国や家族を想い、兵士として戦う覚悟だけ」

 

 だから今の時代に騎士という存在は殆ど無い。血統主義なんてモノも、王族以外に縁が無い。

 騎士は廃れた。その必要性を失い、形を変えて存在している。

 昔は騎士に憧れ、騎士こそが男の本懐、女は騎士に娶られるのが幸せ。そう言う時代もあった。

 今じゃ、男よりも女のほうが強い戦士も多い。時代は変わったのだ。それが良かったのか悪かったのかはさて置き、誰もが戦える時代になった。

 

 そう――例え小さな子供でも、必要があるのなら血みどろになって戦える時代に。

 

「じゃあ、騎士はもう居ないのか?」

「いや……これから向かうアスガルだけは騎士がいる。とは言っても、数も少ないし軍人より偉い立場の人ってだけだ」

「ふーん……夢が無いな」

 

 ララが呟いた。

 

「夢? 何だ? 白馬に乗った騎士様とかに憧れてるのか?」

「別に……それを言うなら私の騎士はセンセだし。白馬ならルートがいるし」

「お、おう……」

 

 何だ……何か照れるな。別に騎士に憧れてる訳じゃないけど、ララにそう思われるのは悪くない。

 

 俺が少し照れていると、リインが「え? え?」と俺とララを交互に見る。

 

「い、いけませんよ聖女様!? こ、こんな男にそのような気を起こしては!」

「だから私を聖女様と……いや待て。何でそんな話になる?」

「貴方も! こ、子供に対して何鼻の下伸ばしてるの!?」

「俺が何時伸ばしたよ? 落ち着け、他の部屋に迷惑だ」

 

 大声で叫くリインを宥め、リインは顔を赤くしてベッドの脇に座る。

 

 どうもリインは俺をずっと誤解しているようだ。たぶん、アイリーン先生の手紙の内容の所為なんだろうけど、いったいどんな風に俺のことが伝わってるんだ?

 

「ま、まったく……大人と子供なんだから線引きと言うものを――」

「私は子供じゃ無い。もう十六だ。身体だって子供が産めるし、別に十六で結婚するのは珍しい話じゃないだろ?」

「やっぱり貴方と聖女様ってそう言う関係!?」

「いや、そうじゃなくてだな……」

「許せない……! 姉さんに手を出して置きながら聖女様と……!」

 

 もう勝手にしろ……。

 

 一人暴走を始めるリインの相手を片手間でしながら、俺も俺で持ってきた本を読んで時間を潰した。

 

 やがて時間が過ぎ、リインが船をこぎ出した頃、部屋の窓際に一羽の梟が止まった。

 明らかに野生の梟ではなく、飼い慣らされた梟だ。きっとアーゼルの梟だろう。

 窓を開けて梟を腕に乗せると、梟の足に括り付けられている文を取った。

 梟は役目を終えたのか、夜空へと飛んで消えていく。

 受け取った文を広げ、中身を確認する。そこには捕らえた黒魔道士から得た情報が記されていた。

 

「センセ?」

「……拠点の場所が割れた。これから攻めに行く」

「じゃあ私も行く。おい、起きろ牛女」

「ふがっ――!? 寝てないわ! ええ、寝てませんとも!」

「さっさと顔を洗って目を覚ませ。ララの側を離れるな」

 

 コートを着込み、ナハトを背負う。宿を出てルートとフィンに乗り込む。

 これから俺達はハーウィルの軍と一緒にクレセントの拠点に乗り込む。

 

 正直、気が重いと言えば重い。これから戦う相手は人族だ。魔族ではない。理由がどうあれ、人族と人族が殺し合う。同族の殺し合いだ。

 

 ――ララを人族の殺し合いに参加させるのか?

 

 頭の中で声が響く。

 

 ――ララは守るべき存在だ。大切な子だ。そんな子に醜い戦いを見せるのか?

 

「……ララ。やっぱりお前は――」

「駄目、私も戦う」

「だがこれから行うのは人族同士の――」

「センセが戦うなら私も戦う。この先、ずっと守られてる訳にはいかないから」

「……分かった」

「でも契約は果たせよ? センセはずっと私を守るんだ」

「当然」

 

 俺は軍との合流場所へと急いだ。

 

 迷いはある。その迷いを晴らす為に、俺は剣を振るおう。

 ララは絶対に守りぬく。それが俺の役目だ。

 

 軍との待ち合わせ場所はクレセントの拠点付近だ。まだ攻め入ることを悟られてはいけない為、少し離れた位置で潜んでいる。

 軍を指揮しているのはアーゼルのようで、待ち合わせ場所の彼女がいた。

 

「お待ちしておりました」

「状況は?」

「何も変わらず営業中です」

 

 拠点はハーウィルの何処にでもあるような酒場だ。その酒場は朝方まで営業している店で、その店の地下が拠点の入り口らしい。酒場の従業員も黒魔道士であり、今いる客も関係者のようだ。

 

「作戦は?」

「一気に突撃し現場を押さえます」

「なら俺達が切欠を作ろう。俺達は軍人じゃない。怪しまれるが、懐まで入れる」

「ではお願いします」

 

 背中のナハトをポーチにしまう。これから行われるのは殺し合いだが、それはあくまでも軍の仕事だ。俺は可能な限り人族を殺しはしない。人族相手なら素手でも俺の怪力なら充分だ。

 

 ララとリインを連れて酒場へと近付く。入り口までは問題無く近寄れ、そのまま中へと入る。

 中に入ると客も従業員も一斉に此方を見て黙り込む。

 今の俺達は見様によっては旅人が夜中に空いている酒場へと足を運んできたように見えるだろう。

 カウンター席に三人で座り、酒二つとミルク一つを頼む。

 

「マスター、酒二つとミルクを一つ」

「……」

 

 マスターは訝しんだ目で見つめてくるが、黙って酒『三つ』を出してカウンターに置いた。

 

「此処は酒場だ。酒しか出さん」

 

 俺達はジョッキを手に持ち、一口飲む。ララはまだ子供だが、魔族の身体ならこの程度の酒は問題無い。

 

 その時、俺達の背後に誰かが立つのを察した。俺とリインはそろりと後ろを振り向いて確認する。

 

 ――大男だった。それも身長二メートル以上ある大男だ。

 

 俺とリインはそろりと前に向き直る。

 

「大きいわね……」

「デカいな……」

 

 酒をもう一口飲む。

 

「女連れで旅か? 此処は乳臭いガキ共を連れてくる場所じゃないぞ」

 

 大男が低い声でそう言う。

 

「それとも……俺達に女を提供しに来たのかァ?」

 

 大男がララのフードに手を伸ばした。

 

 開戦の合図は今、出された――。

 

 俺とリインは振り返って大男の顔面を殴り飛ばし、更に近くにいた男達を拳と蹴りで沈めていく。

 

「て、テメェら!?」

「ララ、今だ」

「光の精霊よ来たれ――ルク・ド・エグレージェズ!」

 

 ララの杖先から強い光が酒場を包み込み、男達の目を潰した。

 直後、外から軍人達が突入してきた。

 

 

 





Tips
アイリーン先生は毎日勝負下着を履いている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 黒魔道士討伐

ご感想、ご評価ありがとうございます!
励みになり頑張れます!
これからも是非よろしくお願いします!


Tips
ルドガーは下位の魔法なら無言で発動できる。


 

 

「王国軍だ! 全員大人しく投降しろ!」

「軍だァ!? 野郎共やっちまえ!」

 

 黒魔道士と軍の衝突が始まった。

 黒魔道士は魔法を使って抵抗しようとするが、先に動き出している軍のほうが一歩有利だ。盾を前に出してタックルをかまし、魔法が使われる前に接近して攻撃する。尚も抵抗する黒魔道士に対して、軍は剣を抜き斬りかかる。悲鳴と血飛沫が吹き荒れ、一人、また一人と倒れていく。

 

 俺とリインも近くにいる奴らを片っ端から徒手空拳で静めていく。ララは杖を黒魔道士に向けて風属性の衝撃魔法で手当たり次第に吹き飛ばしていく。

 できるだけ殺さないように配慮はするが、怪我だけは負ってもらうことになる。殺さないで済むならそれに越したことは無い。ララにも殺傷能力が低い魔法を使わせ、リインにも可能な限り剣を抜くなと命じてある。

 

「そらよ!」

 

 近くにいた黒魔道士を両手で掴み、他の黒魔道士の集団へと投げ付ける。武器は古き良き喧嘩殺法。椅子やら机やら酒樽やら、トレーや皿等で頭を叩き割る。本当に割る訳じゃないが、叩いて叩きのめす。

 

「な、何だこいつら!? 逃げろ!」

 

 黒魔道士の数名が奥の部屋へ逃げていくのを見付ける。

 

「ララ、リイン! 来い!」

 

 二人を呼び、奥の部屋に入っていった奴らを追い掛ける。部屋の扉を蹴破り中へ入ると、そこは酒樽が保管されている場所で、入っていった奴らの姿は無かった。

 おそらく、この部屋の何処かに拠点へ通じる入り口があるのだろう。

 

「ララ、精霊魔法で足跡を探してくれ」

「分かった……地の精霊よ来たれ――ノム・ヴィスティージャ」

 

 ララが杖を振るうと、床に足跡がくっきりと浮かび上がった。その足跡を隈なく探ってみると、不自然に途切れている場所を見付けた。その床を調べて見ると、下に空洞があるのが分かった。

 

「フンッ!」

 

 その床に拳を叩き付けて貫通させる。そのまま床を持ち上げると、地下へ通じる道が現れた。床を投げ捨て、先に俺が降りて中の様子を見てみる。下は長い通路になっており、どこかへ通じているようだ。

 

「ルドガー、軍に伝える?」

「いや、時間が惜しい。俺達でこのまま追い掛けよう。どうせ軍もすぐに気が付く」

 

 ララに手を差し出し、ララを下へと降ろす。リインにも手を貸そうとしたが、リインは自分で降りて、差し出した俺の手は宙を切った。

 

 リインの為にララが杖先に光を灯し、通路を急ぎ足で進んでいく。かなり長い通路のようで、中々抜け出せないでいた。

 

 漸く通路の終わりが見え、抜け出したその先で待っていたのは古い小さな遺跡だった。遺跡の周りには黒魔道士達が控えており、火の魔法を既に展開して此方を狙っていた。

 

 俺は手を前に出し、防御魔法を発動する。

 

「我、数多の敵を撥ね除ける者なり――ラージド・プロテクション!」

 

 放たれた火が展開された障壁にぶつかる。威力もそこそこあり数も多い。下位の魔法のはずだが中位の防御魔法じゃなければ防ぎきれない。いったいどうやってこんな力を手に入れた?

 

「ララ!」

「地の精霊よ来たれ――ノム・ド・グラビトルズ!」

『うわああっ!?』

 

 ララの広範囲に渡る重力の魔法により、黒魔道士達は地面に押さえ付けられる。

 

 少し強い魔法を使えるようになっただけで、魔法の対処法までは身に付けていない。これではいずれ大きな事故に繋がるのは時間の問題だ。下手したら下位の魔法の暴走で街一つ壊滅する恐れだってあるんだぞ。

 

 地に伏している黒魔道士達を光属性の魔法で作り上げた鎖で拘束していき、その内の一人を締め上げる。

 

「おい、ここのリーダーはどいつだ?」

「ぐっ……!? だ、誰が貴様なんかに――ぐへぇ!?」

「おい、リーダーはどいつだ?」

「し、しらん――ごえぇ!?」

「おい、リーダは?」

「おしえ――がはぁ!?」

 

 素直に教えない奴は腹を殴って沈めていく。聞き出すのに時間を費やす気は無い。教える気が無いのなら見せしめに気絶させていく。気絶させた奴は放り投げ、次の奴を締め上げる。

 それを何度か繰り返している内に、やっと答える気のある奴を引き当てた。

 

「お、教えます! 教えますからゴミを捨てるように扱わないで下さい!」

「ならさっさと教えろ」

「し、執行官殿なら本拠に向かわれました! 此処にいるのは全員組織の一員なだけで、リーダーは執行官殿なんです!」

 

 執行官……あのアサシンか! 本拠に向かったってことは、既に此処にはいないってことか。

 クソ、あの時逃がすんじゃ無かった。アイツがリーダーなら更に有益な情報を得られたのに!

 

「おい、ハーウィルにいる黒魔道士はお前達で全員か?」

「そ、そうです!」

「……そうか」

 

 締め上げていた黒魔道士を降ろし、俺は力が抜けてしまった。

 

 これでヘクターとアーゼルに持ち掛けられた仕事は終わった。リーダーを捕らえられはしなかったが、ハーウィルに蔓延る黒魔道士はこれで全員捕らえた。後の処理は軍に任せればいい。新たな情報が分かればアーゼルから知らせが来るだろう。

 

「終わったのか、センセ?」

「ああ、終わったようだ」

「……それなら良いが。どうして私が狙われるのか、終ぞ分からなかったな」

 

 ――そうだ。コイツらを野放しにすればララが狙われるとアーゼルが言っていた。それを危険視してこの仕事を引き受けたが、コイツらとララにいったい何が関係しているんだ? それもこれから吐かせる情報で分かるのだろうか。

 

 それとも、本当はまったく関係無くて俺を利用する為に嘘を吐かれた? アーゼルの良いように掌で踊らされた?

 

「アーゼル……もしこれでララの件が嘘だったら女だろうと容赦しねぇぞ」

「センセ、その時は私も一発かましてやる」

「おう、頼むぞ」

 

 その後、やって来た軍に黒魔道士を任せ、俺達は撤退した。

 宿に戻り、俺達は疲れた身体を癒やす為にすぐに休むことにした。

 

 

 

 翌日、俺達は再び城へと来ていた。

 アーゼルから呼び出しを受け、アーゼルの執務室へと足を運ぶ。

 

「お待ちしておりました」

「……で? 何か分かったんだろ?」

 

 城に長居したくない俺は本題を急かせる。

 アーゼルは苦笑し、手元の資料に目を通しながら、今回の件の報告を始める。

 

「先ずは感謝を。貴方達のお陰でハーウィルに潜む黒魔道士達は、リーダーを除いて全員捕縛することができました。これでハーウィルの平穏は保たれるでしょう」

「ふん……」

 

 別にハーウィルの為にやった訳じゃない。半ば脅しのようなものだ。

 

「では、本題に……。黒魔道士達の力ですが、どうやら組織に入る際に口にした『ある物』が原因のようです」

「『ある物』?」

「所謂、禁断の果実です。その果実がこれです」

 

 アーゼルがテーブルの上に置いてある物を示した。それはルビーのように青いリンゴのような果実であり、異様な魔力が込められていた。

 感じられる魔力は七属性全てであり、無理矢理に結合されたような感じだ。

 

「何だそれは……?」

「名称は不明。彼らも禁断の果実としか。ですがこれを食べた者は皆、黒魔道士としての力を付けております」

「こんな物で……? 馬鹿が、こんな物を体内に取り込めば、何が起こるか分かったもんじゃねぇぞ」

「センセ、どう言う事なんだ?」

 

 ララは何が何だか分からないのか、説明を求めてきた。

 

「前に教えただろ。生物には適した属性があると。適応した属性なら体内に取り込んでも力になるだけで害は無い。だけどそれ以外の属性を取り込んでしまうと大抵の場合は拒絶反応を起こす。最悪の場合、ショック死を引き起こす。このリンゴは七属性全ての魔力が詰め込まれてる。これを口にしてしまったら――おい、黒魔道士達は?」

 

 ハッとして尋ねる。これを口にした黒魔道士達は今どうなっているのか。

 アーゼルは首を横に振り、表情に影を落とした。

 

「残念ながら、拒絶反応を引き越し始めております。どうやらクレセントの刻印が拒絶反応を抑え込む魔法だったようで、その刻印が何らかの要因で消えて……。どうやら彼らは切り捨てられたようです」

「そんな……酷い」

 

 リインが呟いた。

 

 酷い……確かに酷いが、愚かな事をしたのは彼らだ。騙されていたのか、承知の上なのかは知らないが、何て馬鹿なことを……。

 

「……それで、その果実の出所は?」

「……それを聞き出す前に拒絶反応が出てしまいました。ですが、本拠地の情報は掴めました」

「場所は?」

「――アスガル。光の国、アスガル王国です」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 ララの心情

ご感想、ご評価ありがとうございます!
お気に入り登録も感謝です!
これからもよろしくおねがいします!



 

 

 アスガル王国。その歴史は一番古いと云われる。

 

 最初に世界に降臨したのが光の神リディアスであり、最初に興した国であると云う。一番神の信仰に深く、その姿勢はエルフ族にも迫るモノがある。

 毎日同じ時間に同じ方角へ祈りを捧げるその光景は一種の絶景とも言える。祈りを捧げる方角には、リディアスの聖遺物が保管されている遺跡がある。

 

 アスガル王国の王都ミズガルは五角形の城壁に囲まれた都市であり、その周りは麦畑で囲まれている。河から水を引き、刈り入れ前の畑は正に光と揶揄しても過言では無い黄金色が広がる。

 丁度今の季節がそうであり、俺達の眼前には黄金色に染まっている麦畑が広がっている。

 

 また、アスガル王国は人族の大陸で唯一『騎士制度』を取り入れている国である。

 騎士制度――その昔存在していた騎士を階級に取り入れ、地位を与えるもの。

 騎士は王族の次に権力があり、軍の指揮系統を担う存在であり、光の神の名の下に審判を下す執行者でもある。

 騎士になるには選ばれた血族か、その血族から認められた力ある者だけである。

 特に後者は稀であり、殆どは血縁だけで選ばれている。

 

 アスガルに住まう者の特徴として、常に白いローブを纏っていることだ。女性に至ってはフード、もしくはフェイスベールを着用している。

 

「――ってのが、アスガルの掻い摘まんだ説明だ。分かったか?」

「ああ、分かった」

「綺麗な光景ねぇ……」

 

 俺達は数日を掛けてアスガル王国へと辿り着いた。

 

 ハーウィルの黒魔道士事件解決後、俺達はすぐにハーウィルを発った。

 アーゼルから齎された情報に、クレセントの本拠地がアスガルにあるというのがあった。

 

 それを聞いた俺は益々アーサーが黒き魔法に関わっている現実味を強く感じてしまった。居ても立っても居られず、アーゼルから情報を纏められた資料を受け取りアスガルへと出発した。

 

 ヘクターにはアーゼルからアスガルにアクションをしないように進言させた。俺が問題を解決するからと伝え、ゲルディアスから余計な手出しをさせないように釘を打った。

 

「これからどうするんだ?」

「……先ずはミズガルに宿を取る。アスガルの国王とは繋がりが無い。時間を掛けてアーサーを探す。チャンスがあれば王族に謁見してアーサーの話を聞く」

「分かった」

「了解よ」

 

 俺達はミズガルへとルートとフィンの足を進めた。

 

 城門を潜り、街を闊歩する。ミズガルは魔導技術が取り入れられておらず、白い石で建物と道が築かれている。太陽の光で美しく輝き、その美しさはヴァーレン王国に劣らない。

 

 馬の世話をしてくれる宿屋を探し、そこに部屋を取って一先ず休憩する。今回は二部屋取り、ララとリインは一緒の部屋にした。

 

 部屋のベッドに寝転がりながら、アーゼルから受け取った資料に目を通す。

 

 禁断の果実は七属性の魔力を帯びており、それを口にした者は皆、高い魔法力を得て魔法を使えるようになった。その代わり拒絶反応を起こし廃人となってしまう。それを防ぐために三日月型の魔法の刻印が身体の何処かに刻まれる。

 

 禁断の果実……これはおそらく自然界に存在する物じゃない。何者かが作り出した造物。それを量産してハーウィルに、いや、世界中に散蒔いている。

 

 アスガルにクレセントの本拠地があるのなら、禁断の果実は十中八九アスガルから流れ出ていることになる。

 

 問題はそれが何処にあるかだ。本拠地の正確な場所までは掴めず、アスガルの首都ミズガルにあることしか分からない。

 

 もし――もしだ。もしアーサーがクレセントに関わっているのなら、そう簡単に見つかるような場所に拠点を造る訳がない。アイツはアスガルにとって上位の立場にあり、王家と同等の扱いを受けている。いくらでも隠し場所など用意できるだろう。

 

「アーサー……今どこで何をしている?」

 

 ――コンコン。

 

「ん?」

 

 部屋の扉がノックされた。念の為、ナハトを手にしてから扉に近付く。

 

「誰だ?」

『私だ、ララだ』

「ララ?」

 

 扉を開けると、寝巻姿のララがそこにいた。中に招き入れると、ララは俺のベッドに座り込む。

 

「どうしたんだ?」

「……」

 

 ララは隣をポンポンと叩く。

 隣に座れということだろうか。言われるがまま隣に座ると、俺はララにベッドへ押し倒された。

 突然の事に目を白黒させるが、俺の胸に顔を沈めているララの肩が震えているのに気が付く。

 

「どうしたんだ?」

「……光の勇者は……味方じゃないかもしれないんだろ?」

「……あぁ、そうか」

 

 理解した。

 ララは怖がっている。エリシアの時とユーリの時は味方であると分かっていた。それでもララは勇者に会うのを怖がっていた。

 

 魔王の娘であり、魔族の聖女であるララは、世間一般的に見れば人族の敵に価する。

 勇者は人族の味方だ。ララにとって最大の敵になり得る存在だ。

 

 そして今回、光の勇者であるアーサーは味方とは限らない。もしアーサーが敵だった場合、ララがアーサーに狙われる可能性が高い。

 

 そのアーサーがいるかもしれないミズガルに、ララは勇気を振り絞って来ている。

 俺の家族の問題だからと、ララは恐怖を押し殺して付いてきてくれている。

 

 リインのことを信頼していない訳ではないのだろうが、それでも部屋違いなだけであっても、俺と離れるのが怖かったのだろう。

 

 俺はララの頭を撫で、ララを落ち着かせようとする。

 

「大丈夫だ、ララ。お前は俺が絶対に守る。どんなに危険な目に遭ったとしても、必ず最後には助け出す。お前を守り続けることが、お前との契約だ」

「……守られてばかりなのは嫌だけど、私は守られなければ生きていけない」

「それの何が悪い? お姫様は守られるのが王道だ」

「お姫様なんて……好きでなった訳じゃない」

「そうだな……お前は俺にとってただの女の子だよ。唯一の同族の、大切な教え子だ」

 

 そうだ。俺にとってララは魔王の娘でも聖女でもない。俺の同族で、俺の大切な教え子だ。最早家族だと言っても良い。

 この子が抱えているしがらみを代わりに抱えてやれるのなら、喜んで抱えてやる。

 

 だけどそれはできない。だからせめて、この子は何が何でも守り通してやる。

 

「ほら、部屋に戻れ」

「……今日はここで寝る」

「え? マジ?」

「マジ」

「……明日、リインにどやされるな」

 

 未だに少し震えるララを腕に、俺達はそのまま眠りについた。

 

 こうしてララと一緒に寝るのは初めてだ。いつも尊大な態度をとるような子だが、こうして見れば小さくて可愛い女の子じゃないか。

 

「おやすみ、ララ」

「おやすみ、センセ」

 

 翌朝――リインが鬼の形相で剣を振り回してくるのだった。

 

 

 

    ★

 

 

 

「そうか……とうとう来たか」

『はい』

 

 水晶玉に映し出されるグリゼルの姿を背後に、金髪の青年は言った。

 青年の顔は平然としたものだったが、どこか嬉しそうな雰囲気を醸し出している。

 

「今、どこに?」

『ミズガルの宿に宿泊しているようです』

「……なら、そろそろ僕も行動に出るとしよう」

『我が君、魔王の娘は如何なさいますか?』

 

 青年はピクリと反応し、少し考える素振りを見せる。

 

「……兄さんだけで充分だが、予備は必要だ。捕らえるさ」

『御意』

 

 水晶玉のグリゼルは姿を消した。

 青年はその場から歩き出し、窓からテラスに出る。

 そこはミズガルの城の一角であり、ミズガルを一望できる場所であった。

 

「兄さん……父さんを殺した報いは……受けてもらうよ」

 

 青年――アーサー・ライオットの蒼い瞳には、憎悪の炎が宿っていた。

 

 




Tips
ルドガーは童貞ではない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 襲来

短いですが。


 

 

 右頬に大きな紅葉を付けながら、俺はミズガルの街中を歩いている。

 後ろにはご機嫌なララと不機嫌なリインが付いてきている。

 

 現在、俺達は街の住民に聞き込みを行っている。光の勇者アーサーが何処に居るのか、最後に目撃されたのは何時なのか、何か変わったことはないかと聞き回った。

 

 すると不思議なことに、三年もの間音信不通だったというのに、ミズガル内ではアーサーは日常的に目撃されていると言う。最後に街で目撃されたのは凡そ一週間前。それ以前はよく街を警邏していたらしい。

 

 今アーサーがどこに住んでいるのかと問えば、住まいは城にあると返ってくる。

 城はかなり厳重であり、関係者以外は立ち入り禁止。謁見も一定の立場の者しかできず、俺達にその権限は無い。アーサーの義兄であったとしても、この国での俺の知名度はあまり無い。

 

 俺は確かに魔王を殺してはいるが、表向き殺したのは勇者になっているし、その真実を知っているのは大戦当時の王達と極々一部の者達。この国の王も俺のことを知ってはいるが、俺を嫌う一人でもある。特別な理由が無い限り門前払いを受けるだろう。

 

 昼時、街の酒場で昼食を摂りながら、これからどうするかを考える。

 

「ねぇ、光の勇者様が御健在なら、目的は殆ど達成したものじゃないの?」

 

 ふと、リインがそのようなことを口にした。

 確かに、俺の最初の目的であるアーサーを探すという目的はほぼ達成させたようなものだ。城に住んでいると言うし、ここ一週間は違うが日常的に警邏もしているという。それだけ知れれば、別に会わなくともエリシアに報告できる。

 

 だが事はそんな単純な話ではなくなっている。アーサーが黒き魔法に関わっている可能性がある。それに船上で襲われた件も、アーサーが何か企んでいるのは間違いない。義兄として、それを明かした上で止めなければいけない。

 

「アーサーの目的をはっきりさせないことには、帰れないよ」

「……ねぇ、光の勇者様ってどんな人なの?」

「それは私も気になる」

 

 酒場のカウンターでジョッキを傾けながら、アーサーのことを思い出す。

 

「アイツは……そうだな。一言で言えば生真面目だ。それに頑固。一度決めたら絶対に曲げない。正義感も強くて、一番勇者らしい青年だよ」

「ふーん……。どれぐらい強いの?」

「勇者の中で一番強かったな。光の魔法と剣技、それから人族の技である盾技を駆使する」

 

 その時、俺の隣のカウンター席に客が座った。

 俺は気にせず話を続ける。

 

「よくエリシアに懐いていた。エリシアが俺に付いて回るから必然的にアーサーも付いて回った。だからいつも俺のことを嫌ってた。姉さんを盗るからだって」

「可愛らしいじゃない」

「あのゴリラ女に懐く? 信じられんな……」

 

 今思い返せば、幼い頃のアーサーは可愛いもんだった。一番年下ってのもあるが、あいつは何だかんだ言って家族が大好きな奴だった。親父にも一番懐いてたし、エリシア以上に親父に付いて回っていた。

 

「そう言えば、親父と戦うのもアイツが最後まで反対していたな――」

「そう――そして兄さんは父さんを殺したんだ」

 

 刹那――。

 

 俺は顔面を強打されカウンター席から吹き飛ばされた。そのまま入り口を突き破り、外まで転がり出る。打たれた箇所から全身に渡って焼けるような激痛が走る。上手く身体に力が入らず、地面の上でのたうち回る。

 

「は、離せ!」

「ッ!? ララ!」

 

 ララの声が聞こえた瞬間、魔力を練り上げて全身に走る『光の魔力』を打ち消す。立ち上がってナハトを握ると、ララの手首を掴んだ青年が突き破られた入り口から出て来る。

 金髪に蒼い瞳、白いコートと白銀の軽装を纏った若い男だ。腰には剣を携えており、鋭く冷たい視線で此方を睨み付けている。

 

「……ララを離せ」

「……ララ、と言うのか。父さんの娘は」

「っ、父さん……!?」

 

 チラリと、酒場の中へと視線をやる。どうやらリインも彼にやられたようで、潰れたカウンターに身体を沈めて痛みを堪えていた。

 

「いったい何の真似だ、アーサー……!?」

 

 俺を殴り飛ばし、ララの手首を掴んでいるのは光の勇者であるアーサー・ライオットだ。

 五年ぶりの再会は、どうやらかなり面倒な状況に陥ってしまっているようだ。

 

 俺達の周りを、白銀の鎧を纏った兵士達が取り囲み、アーサーはララを兵士に引き渡した。

 

「さ、触るな! センセ!」

「ララ!? アーサー! ララを離せ!」

「離してほしいか? なら、そうさせてみろよ」

 

 アーサーが剣を抜いた。周りの兵士達は手を出さないようだ。

 何が何だか分からないが、やることは分かりきっている。

 

 馬鹿な愚弟を叩きのめしてララを助け出すことだ!

 

「アーサー!」

「ルドガー!」

 

 俺とアーサーの剣がぶつかり合う。

 

 アーサーの剣技と力は俺よりも僅かに劣るが、魔法力で圧倒的大差を付けられる。盾技も相当な腕前。使われる前に――!?

 

「お前、盾はどうした!?」

 

 アーサーは盾を持っていなかった。剣一振りだけで、どこにも盾らしき装備が見当たらない。

 

「盾など、とうに捨てたさ!」

 

 ガキンッ、と俺の剣が大きく弾かれる。

 以前よりも力が上がっている。殺す気の本気じゃなかったにしろ、俺が力負けするとは思わなかった。

 

「ルドガー、よく僕の前に顔を出せたな」

「なに?」

「父を殺しておいて……よく僕の前に顔を出せたな」

「っ――、お前、まだ……!?」

 

 ――何で父さんを殺すんだ!?

 ――僕達の父親じゃないか!

 ――兄さん! 駄目だ!

 

 あの時の、アーサーの叫びが脳裏で木霊する。その声に気を取られ、動きを止めてしまった。

 アーサーが懐に入ってくる。下から振り上げられた剣を辛うじてかわし、返す刃で振り下ろされた剣をナハトで受け止めると、重すぎる一撃に膝を着いてしまう。

 

「ぐっ!?」

「だけど来てくれて助かったよ。これで復讐を果たせる」

「復讐……!?」

「ルドガー兄さん……父さんの為に死んでくれ」

「あがっ!?」

 

 顎を蹴られ、後ろに転がる。

 その隙にアーサーが剣を上に掲げ、光を剣身に集束していく。

 俺はナハトを盾にして全力で防御障壁を展開する。

 

「――ライト・オブ・カリバー」

 

 アーサーが振るった剣身から、光の斬撃が集束した砲撃が放たれる。

 光に呑み込まれた俺は衝撃と共に吹き飛ばされ、意識を失った――。

 

 

 

「センセ!? センセェ!」

 

 光に吹き飛ばされ、空高く消えていくルドガーを見て、ララは悲鳴を上げる。

 剣を鞘に収めたアーサーは乱れた髪を整え、ララへと向き直る。

 

 その時、酒場からリインが飛び出し、アーサーへと斬りかかる。

 しかしアーサーは拳一つでリインを地面に叩き落とし、リインは意識を狩られてしまう。

 

「牛女!?」

「衛兵、コイツらを城へ連行しろ」

「くそっ! 離せ!」

 

 ララは兵士達に引っ張られ、連行されていく。意識を失っているリインも拘束されてしまう。

 

「センセェ! センセェェ!」

「……奴ならまだ生きてるさ――まだ生きててもらわなきゃ困る」

 

 アーサーはルドガーが消えていった空を一瞥し、そう呟いた。

 

 

 




Tips
幼い頃、ルドガーとエリシアが弟と妹の食事を作ってやっていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 光の神殿

ご感想、ご評価お待ちしております!


 

 ――目覚めよ。

 ――誰だ……?

 ――目覚めよ……我が……。

 ――誰なんだ……?

 ――目覚めよ、ルドガー。

 

「はっ……!」

 

 目を開けて最初に飛び込んできた光景は森だった。身体を起こそうと力を入れると、腹と背中に激痛が走った。触って見ると、大きな木の破片が胴体を貫いていた。力任せに破片を抜くと、一気に出血するがすぐに傷が塞がる。

 

 我ながら、もう人の要素は姿形しか残っていないのかもしれないと嗤笑する。

 

 修復魔法で装備を直し、立ち上がって周囲を見渡す。

 見渡す限り森しか見えず、何処まで飛ばされたのか分からない。

 

 そも、ミズガルの周りに森なんか無かったはずだが、いったい此処は何処だ?

 ナハトも手元に無く、手を翳して呼び寄せを試みる。だがナハトは戻ってこず、呆然と立ち尽くす。

 

「……ララ。そうだ、ララ!」

 

 ララがアーサーに掴まった。何の目的でララを捕まえたのか知らないが、ララが『敵』の手に落ちた。おそらくリインも掴まっているはずだ。何とかして早く助け出さなければ。

 

 というか、何でアーサーはララに触れることができた? 不完全ではあるが、ララには守護の魔法が掛けられている。悪意ある者が触れれば魔法が跳ね返すはずだが。

 

「……悪意が無かった? ララを拘束した兵士にも?」

 

 そんなこと有り得るのか? だとしたらとんだ抜け穴だぞ。

 だがそうだとしたら少なくともララに何かしらの危害が加えられることは――いや、それは甘すぎる。悪意がないだけで何の目的も無いはずがない。

 

「くそっ、何処だよ此処は?」

 

 一先ず周囲を散策してみよう。空を飛べば分かりやすい。

 そう思い、風神の力で風を操ってみせる。

 だが風は一向に操れず、飛ぶことができなかった。

 

「何でだ……?」

 

 試しに雷神の力で雷を生み出そうとしてみる。

 結果、何も起きなかった。

 

 二つの勇者としての力が使えなくなった。その前例はある。

 風の試練に挑む時、雷神の力は使えなかった。

 今回もそれに感覚が似ている。

 

 ならば此処は光の神殿なのか? いや、前回来た時と全く景色が違う。森なんか無かったし、そもそも光の神殿は特別な手段を用いなければ辿り着けない場所だ。アーサーに吹き飛ばされて偶然入れる場所じゃない。

 

 兎も角、此処で立ち止まっている訳にはいかず、森を歩いてみた。ナハトが手元に無く、戦力が落ちているが仕方ない。他に武器になりそうな物をポーチから取り出す。

 普通の予備の剣を持ってきていて良かった。何事も備えあれば憂い無しって奴だ。

 剣を腰に差して森を歩き回る。随分と深い森で、まるで熱帯雨林のようだが、気温は常温といった所だ。野生生物の姿も無ければ怪物の姿も見えない。

 

 いったい此処は何処なんだろうか……。

 

 暫く開けると、少し拓けている場所に出られた。そこは丁度崖上のようで、更に下に広がる森を見下ろせる場所だった。

 そこで見えた物は驚きの光景だった。

 

「どうなってんだ……? ここ、光の神殿じゃねぇか……!」

 

 下に広がる森を更に進んだ場所に、どっしりと佇む城のような神殿があった。森に囲まれ、壁や屋根にも植物が生えて、まるで森に呑み込みかけられているような姿だ。

 

 この五年の間に森が生まれた? 神殿に力が宿った影響なのか?

 

 内に宿る雷神と風神の力が光神の力に強く反応している。

 ララとリインを今すぐに助けに行きたい。

 

 だが此処へ飛ばされたのは偶然ではないのかもしれない。今の俺ではアーサーに太刀打ちできない可能性が高い。光神の力を手に入れたらアーサーにも勝てるかもしれない。

 

 二人を助け出せる力が欲しい――。

 

「……待ってろよ、二人とも」

 

 俺は崖から飛び降り、崖下の森へと潜った。全力疾走で森を駆け抜けていき、最短距離で神殿へと向かう。

 

 その途中、殺気を感じて飛び上がる。

 すると鋭い爪と尻尾を持った四足歩行の怪物、インペトゥムの群れが襲い掛かってきた。

 

 インペトゥムは素早い動きで鋭い爪と尻尾を使って腸を斬り裂く獰猛な怪物だ。どうやら神殿を守っているのか、俺を神殿へ近付けさせないようにしている。

 

 俺は剣を抜き、魔力を練り上げる。剣身に魔力を這わせ、強度と斬れ味を強化する。

 

「悪いがゆっくり相手してる暇は無い……押し通らせてもらう!」

 

 地を蹴った。まっすぐ駆け抜け、邪魔をするインペトゥムだけを斬り裂いていく。赤い血飛沫を浴びながらインペトゥムの群れを突破していく。

 剣で斬れないタイミングで襲い掛かってきたインペトゥムの首を掴み、地面に叩き付けてそのまま引き摺る。近寄ってきたインペトゥムにそいつを叩き付け、二体同時に剣で両断する。

 純粋な魔力を剣身に込め、地面に叩き付けながら魔力を解き放つ。衝撃波となって複数のインペトゥムをズタズタに引き裂き、突破口を生み出す。

 

「ハァァァァア!」

 

 剣を縦横無尽に振り回し、インペトゥムを細切れにして群れを抜け出した。真っ直ぐ神殿へ駆け出し、森を走る。

 

 気が付けば、怪物の血を全身に浴びた状態で神殿の入り口前に辿り着いていた。

 

 魔法で水を出して被り、血を洗い流す。火の魔法で装備を乾かしてから神殿へと突入する。

 

 光の神殿に来るのは二回目であり、一回目はアーサーが試練に挑む時だった。

 あの時は既に他の勇者達の試練が終わっており、楽に試練まで到達できた。

 

 思えば、どうして俺だけ勇者の力が使えなくなっているのだろうか。あの時はエリシア達は力を使えたのに、今の俺は使えない。

 試練に挑戦する者だからか? それともエリシア達が持つ力とは違うからか?

 分からないが、今の俺は力を封じられている状態だ。腹の傷がすぐに塞がったのを見る限り、再生能力は失われていないようだが、だからと言って油断は禁物だ。流石に首を落とされたら即死だろう。

 

 入り口から入りホールを歩いていると、どこからから薄気味悪い笑い声が聞こえてきた。

 

『ウフフフフ……』

「誰だ?」

『私でございます』

 

 俺の前に霞みが集まり、人型を作っていく。

 そして現れたのは船上でグリゼルと名乗ったフードを被った女だった。

 

「再びお目に会えたこと、嬉しく思います」

「どうだか……。いったい何が目的だ? お前の言う我が君ってのは、アーサーのことか?」

 

 グリゼルは笑うと、ゆっくりとフードを取り去る。

 フードの下から現れた素顔に俺は目を疑った。

 

「アーゼル……!?」

 

 その顔はハーウィルに居るはずのアーゼルだった。

 彼女は薄く笑うと首を横に振る。

 

「いいえ、それは我が妹の名」

「妹……? ハッ、姉妹揃って何を企んでいる?」

「勘違いなさらぬよう、我が妹は私の敵……一緒にしてもらっては困ります」

「どうでもいい。何を企んでる?」

「我が君の悲願。それだけでございます。その為にルドガー様……貴方様のお力を試させていただきます!」

 

 グリゼルが両手を大きく開くと、彼女の頭上にいくつもの魔法陣が展開され、そこから魔力が射出される。

 

 その魔力を全て剣で斬り裂く。

 

「……良いだろう。こちとらララとリインを攫われて自分の不甲斐なさに憤ってんだ。八つ当たり、させてもらうぞ!」

 

 グリゼルに剣の切っ先を向け、俺は吠えた。

 




Tips
ララの得意料理は薬草をスパイスに用いたビーフシチュー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 魔女

ご感想、ご評価よろしくおねがいします!


 

 

 最初に仕掛けてきたのはグリゼルだ。グリゼルは再び魔法陣を展開すると魔力の砲撃を放ってくる。俺はその場から駆け出し、グリゼルに近付きながら砲撃を避けていく。

 単調な砲撃、避けるのに苦労はしない。

 グリゼルに近寄り剣を振り下ろす。しかしグリゼルは身体を霞に変えて消え去り、俺から離れた場所に移動していた。

 いったいどういう魔法なのか分からないが、グリゼルは相当な魔法の使い手だと言うことだ。

 

「さすが、この程度では意味がありませんか。では今度は此方で」

 

 グリゼルが右手を上げると、ホールに転がっていた瓦礫が組み上がっていき、三体の巨大なゴーレムが生み出された。

 

 甘く見られたものだ。ゴーレム程度で俺を止められるとでも思っているのだろうか。

 

「更にこれを追加です」

 

 ゴーレムの内側から魔力が爆ぜた。

 火、雷、氷の三属性がそれぞれゴーレムに纏わり付く。

 

「……なるほど?」

 

 火のゴーレムが口から炎を吐き出した。

 魔力を衝撃波に変えて炎を引き裂き、その場から動き出す。

 次は氷のゴーレムが床を氷漬けにして俺の足場を崩す。その崩れた一瞬を狙われ、雷のゴーレムに稲妻の速さで接近されて拳を叩き込まれてしまう。

 

「かはっ!?」

 

 壁まで吹き飛ばされ、背中を打ち付ける。衝撃と激痛が全身を襲い、骨が軋む。

 だが痛みに苦しんでいる暇は無い。雷のゴーレムが再び接近してくる。

 壁を蹴り、振り払われた拳をかわす。

 

 今の俺には雷神の力が使えない。雷のゴーレムを操り返すことはできない。なら今の俺にできることは、昔ながらの怪物退治の方法だけだ。

 ポーチから銀の杭を三本取り出し、それを雷のゴーレムの周りに目掛けて投げ付ける。

 

「我、その身を肥大させる者なり――ハイパトゥラフィ!」

 

 その銀の杭を肥大化させて巨大な杭へと変える。その杭が雷のゴーレムの周りに突き刺さり、雷のゴーレムを囲む。

 

「我、悪しき者を拘束する者なり――スィールド!」

 

 三本の杭に封印魔法を添付すると、雷のゴーレムの身体から三本の銀の杭へと雷が吸収されていき、その身を動けなくする。

 銀は伝導率が高く、避雷針代わりに丁度良い代物。それに封印魔法を加えることで即興だが檻を形成したのだ。

 

「お前は後! 先ずは――」

 

 雷は厄介だ。速い上に力も強い。だったらまだ動きが遅い火と氷のゴーレムを先に仕留めたほうが良い。

 

「火と氷なら対処はしやすい!」

 

 先ずは火からだ。水属性の魔力を練り上げ、魔法を発動する。

 

「濁流よ降り注げ――スプラッシュ!」

 

 魔族の魔法を使用し、火のゴーレムの上から濁流を落とす。火のゴーレムは濁流に呑み込まれるが、火が消えることはなく、寧ろ水が蒸発していく。

 

 ゴーレムの倒し方は動力源、核を破壊することだ。火や氷を何とかしたところでは倒すまでには至らない。水は蒸発しているが、全く効果が無い訳ではない。火のゴーレムが帯びる火は小さくなっている。これならば近付くことも可能だ。

 

「火よ巻き起これ――レイジングストーム」

 

 続いて火属性の魔法を発動し、氷のゴーレムを火の竜巻で囲む。氷のゴーレムが纏う氷は少しだけ溶け、冷気が弱まる。

 

 よし、弱点である属性をぶつけることで力の軽減ができることは確認できた。後は核の場所を見付けてそれを破壊すれば良い。

 

 その核を見付ける方法は、これから起きる。

 水と火の魔法を解除すれば、火と氷のゴーレムは失われた力を取り戻す為に魔力を練り上げる。その瞬間を注視し、魔力が一番集まっている場所を見定める。

 

 ――見付けた。右胸部分!

 

 勝利条件は揃った。この剣で完全に破壊できるか分からないが、全力で核に叩き込んでやる。

 

 火のゴーレムが再び炎を吐き出す。同時に氷のゴーレムも宙に氷柱を展開して射出してくる。

 下位の防御障壁を左手に展開し、盾のように扱って直撃する氷柱だけを弾いていく。火は先程と同じように斬り裂き、二体のゴーレムに向かって突撃していく。

 

 先に狙ったのは火のゴーレムだ。

 

「水牢に呑み込まれろ――ウォーターロック!」

 

 火のゴーレムを水の球体に閉じ込める。内部で水を蒸発させようと火を強めていくが、そのお陰で核が浮き彫りになる。その核を狙い、剣を突き立てる。

 

「でぇりゃああ!」

 

 水牢を貫き、火のゴーレムの核に辿り着く。剣は核を貫き、だが剣も折れてしまう。

 火のゴーレムが撃沈し、ただの瓦礫へと戻る。

 

 氷のゴーレムが地面から氷柱を突き出して攻撃してくる。その氷柱をギリギリでかわし、左手を氷のゴーレムに向ける。

 

「炎に掻き消されろ――フレイムキャノン」

 

 左手から炎の砲弾を放ち、氷のゴーレムに喰らわせる。氷が炎によって溶け、氷で守られていた核が露出する。

 

 今手元に剣は無い。もう一本予備はあるが取り出している暇が無い。

 仕方ない、滅茶苦茶痛いだろうけどやるしかない。

 

「この手に宿れ、炎獄の覇者――ベリアル・クロウ!」

 

 右腕が炎に包まれ、灼熱の腕と化す。その腕を氷のゴーレムの核に向けて伸ばし、灼熱の爪で核を貫き壊す。

 

「爆ァぜろォ!」

 

 トドメに爆発を加え、氷のゴーレムは土塊へと還った。

 

 右腕は焼き爛れ炭と化してしまうが、すぐに傷の再生が始まり元通りになる。袖は無くなったが、半袖のコートってのもそれはそれで良いだろう。

 

「なんと……!? 容易くハイゴーレムを倒しますか……! ですが雷のゴーレムがまだ!」

「あ? もう終わりだよ」

 

 核の場所は分かった。態々近付かなくても、場所さえ分かっていれば攻撃手段なんていくらでもある。

 

「大地よ貫け――グレイブ」

 

 雷のゴーレムを拘束している床から鋭い石柱が隆起し、雷のゴーレムの核を貫く。

 

 正直、雷のゴーレムは動きを封じた時点で勝利は確定していた。厄介なのは雷の放出と雷速での動きだけだった。

 

 魔族の魔法を連発して少しだけ疲れたが、まだまだ戦える。

 最後の予備の剣をポーチから取りだし、グリゼルへと向ける。

 

「さぁ、次はお前だ」

「……ウフフッ! 流石は我が君がお認めしているだけのことはありますね。ですが、ゴーレムを倒しただけで調子に乗らないことですね!」

 

 グリゼルの魔力が高まった。ローブが翼のように広がり、宙を舞い始める。

 剣を構えて、俺はグリゼルと対峙した。

 

 グリゼルは魔力の砲撃を雨のように降らし、俺を攻撃する。

 俺は左手に障壁を張り、頭上に盾を構えるようにして走り回り、砲撃の雨を防いでいく。

 

 グリゼルの攻撃手段を見る限り、完全に後衛タイプなのだろう。砲撃にゴーレム、ゴーレムから属性の添付もできるようだ。

 しかも三属性……火と氷と雷の魔法を使えると見て良いだろう。

 

「雷よ、降り注げ――ライトニング!」

 

 言った側から雷の魔法を使用してきた。頭上から降り注ぐ雷をかわし、剣で捌き、盾で防ぐ。

 威力はそこまで高くはない。

 

「氷塊よ、落ちよ――ブリーズ!」

 

 巨大な氷塊が出現し、俺を押し潰さんとして迫る。

 氷塊を避けようとしたが、足が動かない。見ると、床が氷付けになっており足が氷に呑み込まれていた。

 

 ――いつの間に!?

 

 これでは避けられない。剣に魔力を込め、上段に構える。

 

「おおおおおおっ!」

 

 魔力を込めた剣を氷塊に叩き付ける。力が拮抗し、やがて剣が勝って氷塊を両断する。

 足下の氷を剣で叩き壊し、その場から即離脱する。

 

 魔法の練度かかなり高いな。呪文を唱えながら別の魔法も発動していやがった。

 これ程魔法力が高いなんて……人族ではないのか?

 

「グリゼル……貴様、魔族か?」

「いいえ、厳密には違います。私は人族ですよ。ですが……肉体を改造して魔族へと近付けました。禁断の果実は、その副産物に過ぎません」

 

 グリゼルは薄気味悪い笑みを浮かべ、とんでもないことを口走った。

 

 肉体を改造して魔族へと近付いた? そんなことが可能なのか? その改造を成功させるまで、いったいどれだけの犠牲を払った?

 それに、思わぬ所で禁断の果実についての情報が出てきた。あれはグリゼルが作ったのか。

 なら、クレセントの主犯は、その我が君なのか……?

 

「さぁ! ルドガー・ライオット! もっとその力を示して下さい!」

「チッ、お前からはもっと話を聞いたほうがいいみたいだな!」

 

 

 




Tips
七属性以外に、魔法力の高い者は魔力だけで発動できる無属性の魔法を発明、使用することができる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 魔女2

お、お気に入り100件越え!?UA10000!?
日間ランキング29位!?赤バー!?

皆様ありがとうございます!
これからも応援のほど、よろしくおねがいします!


 

 

 グリゼルの魔法陣が、今度は俺の周囲を取り囲んだ。脚力を魔力で強化し、その場から即座に跳び退き、グリゼルへと迫る。

 

 グリゼルは俺を近付けまいと魔力による砲撃を乱射する。その乱射によりグリゼルへと近づきづらくなった俺は、只管砲撃をかわすだけになってしまう。

 

 何とかして突破口を斬り開かなければ、戦いが長引いて消耗戦に持ち込まれてしまう。この戦いが終わっても、俺にはまだ光の試練が待っている。此処でこれ以上力を大きく消耗する訳にはいかないのだ。

 

 相手が典型的な魔法使いタイプなら、俺の手持ちの魔法道具のいくつかは有効か……。

 雷神と風神の力が使えない以上、魔法道具を活用するしかない。

 

 俺はポーチに手を突っ込んで、小さな包み玉をいくつか取り出した。その包み玉をグリゼルへ向けて投げ付ける。

 

 グリゼルはその包み玉を砲撃で迎撃し、包み玉は破裂した。破裂した側から、内包されていた粉塵が舞い、グリゼルの周囲を漂う。

 

「これは……!?」

「痺れ粉だ! 魔力の阻害効果もある、ララのお手製の道具だよ!」

 

 旅の準備の段階で、ララにいくつかの道具の調合を任せていた。その内の一つがこれだ。

 複数の霊草と魔石を粉塵状態で混ぜ込むと麻痺毒へと変わる代物であり、調合するのにかなりの技術が要るが、ララはその技術を有する天才だ。

 

「くっ……小賢しい!」

 

 グリゼルは霞となってその場から離脱しようとするが、麻痺毒が効いて上手く魔法が発動できないようだ。

 

 チャンスだ。俺は左手に火の玉を生み出し、粉塵の中にいるグリゼルへと投げ付けた。

 痺れ粉は可燃性の粉だ。それが大量の粉塵を生み出している。その中へと火種を投げ付けるとどうなる?

 

 答えは爆発だ。

 

「爆ぜろ」

 

 ――ドォォンッ!

 

 火の玉が粉塵の中に入ると、爆発が引き起こりグリゼルを呑み込んだ。

 これである程度のダメージを与えられていればいいんだが。

 

 爆煙を眺めていると、その中からローブの翼を煤だらけにしたグリゼルが飛び出してきた。

 

「チッ、あまり喰らってないか……」

「いえ、氷の盾が間に合わなければどうなっていたか……」

 

 剣を構え、次の一手を考える。

 だがその前にグリゼルが今度は攻めに入った。

 

「今度は此方の番です……炎よ、竜となれ――アサルト・フレイム!」

「っ!?」

 

 グリゼルの両手から炎が掃射され、それが一つ首の竜へと変わる。炎の竜は縦横無尽に動きながら俺に襲い掛かる。剣を前に出して炎の竜の顎を受け止め、後ろに押される。剣で顎を逸らすと、炎の竜は再び宙を舞い襲い掛かってくる。

 

 剣に渾身の魔力を込め、上段に構える。炎の竜が迫った時、剣を兜割の要領で振り下ろし、炎の竜を両断する。

 だが炎の竜の顎は固く、俺の攻撃でも両断できなかった。

 

「くそっ!」

「まだまだいきますよ! 三元素よ、竜となれ――トリプル・アサルト!」

 

 グリゼルから雷と氷の竜が出現した。

 

 マジかよ、炎の竜だけでも少々厄介だってのに、もう二つ!?

 いや、だが落ち着け。対処方法はある。雷、氷、火の属性に対して有効な反対属性をぶつければ良い! 魔力の消耗が激しいが、回復の手段ならある!

 

「三元素よ、竜となれ――トリプル・アサルト!」

「なっ!? 私と同じ魔法を!?」

「こちとら親父に魔法を徹底的に叩き込まれてんだ! 魔族の魔法なら尚更な!」

 

 グリゼルが雷、氷、火の三属性を召喚したことに対して、俺は地、火、水の三属性を召喚する。地は雷に、火は氷に、水は火に対抗させてぶつける。

 

 魔力の消耗は激しく、同時に三つの属性を操る為、かなりの集中力が必要になる。

 おそらくだが、魔法力に関してはグリゼルのほうが上だろう。少しでもその差を埋めるべく、俺はポーチから液体の入った小瓶を取り出す。

 

 これはララが作ったエーテル。魔力を一時的に回復、増強させる薬だ。それを一気に飲み干し、失われた魔力を回復させる。その回復した魔力を、召喚した三属性の竜へと更に加えて巨大化させる。

 

「ぐっ……!?」

 

 魔力を増強させたことで威力は増大したが、その分コントロールが難しくなる。

 だがここでミスをしてはグリゼルの魔法に対抗できない。

 意地でもコントロールを離さず、グリゼルの魔法にぶつけていく。

 

「いっけぇぇぇ!」

 

 ――グゴォォォォ!

 

 俺が召喚した竜が、グリゼルの竜を噛み千切る。そのままグリゼルへ向けて竜を放つ。

 

「素晴らしい……此処まで私に対抗するとは……」

 

 グリゼルはそのまま三つの竜の顎に呑み込まれ、魔力の爆発に消えていった。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 ポーチからエーテルを取り出し、一気に飲み干す。あまり多用することは控えるよう、ララから厳命されているが、そうも言っていられない。

 

 何故ならまだ戦いは終わっていないからだ。

 

 爆煙の中からまだまだ健在なグリゼルが姿を現した。

 フードはボロボロで、薄気味悪いほど美しい顔にも傷が付き、灰色の髪も煤で汚れているが、まだ戦意は喪失しておらず、寧ろ力が高まっている。

 

「しつこいな……!」

 

 俺は剣を構える。

 

 次はどうする? どう出てくる? まったく厄介な奴だ。

 

 俺が戦う気満々でいると、グリゼルの戦意が小さくなっていくのを感じた。

 不審に思っていると、グリゼルは床に降り立ち、ローブを元に戻した。

 

「もう宜しいでしょう……貴方様は力を示しました。この先に進んでもきっと大丈夫でしょう」

「あ……? 何を言ってやがる?」

 

 グリゼルは微笑む。

 

「最初に言ったはずです。お力を試させていただくと。私の此処での目的は、貴方様が光の試練を受けても乗り越えられるか、そして我が君のご信頼にお応えできるかどうかを確かめることです」

「何様のつもりかは知らないが……お眼鏡にはかなったようだな?」

「はい」

 

 グリゼルは身体を徐々に霞へと変えていき、その場から姿を消した。

 声だけがホール全体に響く。

 

『我が君は貴方様が光神の力を手にすることを望んでおられます。その時、再び我らと相見えましょう』

「待ちやがれ! 我が君ってのはアーサーか!? アイツは何を考えてる!?」

 

 返事は無かった。気配も完全に消え、この場からグリゼルは完全に逃げ果せた。

 俺は己の無力さに憤った。力が使えなければ結局グリゼルを倒せなかった。何もできない、ただの半人半魔の男だった。

 

「くっそぉぉぉぉぉ!」

 

 怒りでどうにかなりそうで、ホールの床を殴り砕いた。

 

 結局相手の目的も分からず、ただいいように翻弄されただけ。

 これで何が守れる? 誰を守れると言うんだ!?

 

「……くそが。今度会ったらただじゃ済ませねぇ」

 

 ポーチから鞘を取り出して剣を腰に差す。

 

 この城を上っていけば光の試練の間に辿り着く。そこで試練を乗り越えてララとリインを助け出す。

 今はそれだけを考えよう。

 

 一度気持ちを落ち着かせ、今優先すべき事を考える。

 俺はホールを走り、先へと進んだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 アーサーの企み

皆様、ご評価、ご感想、誤字脱字報告、本当にありがとうございます!
ランキングにも載れて大変嬉しく思います!
これからも精進していきますので、何卒よろしくお願いします!


 

 

 アーサー達に連行されたララは、ミズガルの城の一室に軟禁されていた。

 部屋も綺麗で待遇は悪くなく、まるでそれなりの客人をもてなすような扱いを受けていた。

 リインも別室に軟禁されており、ララと同じような待遇を受けていた。

 

 ララは淹れられた御茶には手を出さず、ソファーに座ったまま此処からどうやって抜け出そうかずっと考えていた。

 部屋の出入り口には内側と外側に兵士が立っており、窓の外も上階故に飛び出せない。魔法を使おうにも杖は取り上げられており、更には魔法を封じる特別な魔法道具を両手首に装着されているため使えない。

 

 もう部屋に軟禁されて数時間は経過している。アーサーに吹き飛ばされてしまったルドガーのことも心配であり、ララは無力な自分に歯痒さを感じていた。

 

 その時、部屋のドアが開かれた。

 現れたのは白いコートに白銀の軽装を纏ったアーサーだった。

 ララはソファーから立ち上がりアーサーを警戒する。

 アーサーは済ました顔で対面のソファーに座る。

 

「そう警戒しなくても良い。今は君にこれ以上何かをするつもりは無い」

「今は、ね……」

 

 ララは警戒の色を消さないままソファーに座り直す。

 そんなララをアーサーはジッと見つめる。そして静かに呟く。

 

「……似ているな、父に」

「……これでもよく母親似だと言われるんだけど?」

「顔はそうなんだろう。だがその目と髪、それから雰囲気はそっくりだ」

「……何が目的なんだ?」

 

 ララは情報の収集に徹した。此処から出られない以上、やれることは限られている。ルドガーが戻ってきた時に可能な限りの情報を持っていればそれが武器になり得る。そう考えての発言だった。

 

 アーサーはララを一瞥した後、冷めた御茶を魔法で温め直し、空いているもう一つのカップに注いで口を付ける。

 

「……僕の目的は二つだ。一つは復讐。もう一つは――再会だ」

「……? 復讐? 再会?」

「……兄さん、ルドガーは君の父、魔王を殺したんだ」

「知ってる」

「……へぇ。てっきり黙っているのかと思っていたよ。許しているのかい?」

 

 許した許していない、どちらかと問われれば、ララは父を殺されたことに関しては何とも思っていない。ララが許せていないのは父が殺されたことで間接的に母が殺されたことだ。

 

 それ故に、ララはルドガーの人生を縛った。ララが赦すまでルドガーはララを側で守り続ける契約を持ち掛けた。ルドガーはそれを受け入れ、ルドガーの命はララのモノになっている。

 

 だがそれをアーサーに言う必要は無い。

 

「私は父を知らない。一度も顔を合わせたこともない父に思い入れなんて無いからな」

「……そうかい。僕の知らない父の話を聞けるかと思ったけど、残念だ」

「……まさか、父を殺したセンセに復讐するつもりなのか? お前だって勇者として魔王と戦ったのだろう?」

「僕は殺すつもりで戦っていた訳じゃない。父を元の父に戻す為に戦っていた。それは他の兄姉達もそうだった。だけどルドガーは父を殺したんだ。大切な家族だったのに」

 

 それはララも初耳だった。ララが聞かされていたのは単純に勇者達と魔王が戦っていたという話だけ。父親を取り戻す為に戦っていたとは聞いていない。

 

 なのにルドガーは父を殺した。そこにどんな理由があったのか、ララは知りたかった。

 

「何でセンセは父を、魔王を殺したんだ?」

「知らないね。何度聞いても答えてくれなかった。ただ一言、『もう親父はいない』、それだけしか言わなかった」

 

 ララはその言葉からある可能性を考慮した。

 

 ルドガーも最初は父親を取り戻す為に戦っていた。だが戦っている内にもう父親の面影は無く、人族を蹂躙し世界を支配しようとする魔王でしかいなかった。だから殺したのかもしれないと。

 

 あの優しくて立派な恩師が何の理由も無く、それこそ悪意を以て父親を殺すはずが無い。

 ララはそう信じている。きっと何かどうしようもない理由があったはずなんだと。

 

 だがアーサーにとってそれは関係なく、ただ大切な父を殺された憎しみだけが心に渦巻いているようだ。

 

「……復讐は分かった。再会、というのは?」

「言葉の通りさ。父を蘇らせる」

「不可能だ。死者は蘇らない。そんな魔法は存在しない」

 

 ララは学校で魔法を学んだ。それこそ多くの魔法をだ。

 だがそこに死者蘇生の魔法なんてものは無かった。多くの者達が死者蘇生の魔法を研究して求めたが、成功した実例は存在しない。霊体として現世に降ろす魔法は存在しても、肉体も蘇る魔法は存在しないのだ。

 

 だがアーサーは首を横に振る。

 

「いいや、あるのさ。僕はそれを知っている」

「……黒き魔法」

 

 ルドガーが何度も口にしていた魔法。この旅の目的でもある魔法。

 もしかしてそれが関係しているのだろうかと、ララは察した。

 

「そう、黒き魔法さ。それさえあれば、父は蘇る」

「……だったら勝手に蘇らせればいいじゃないか。どうして復讐なんて――」

 

 ララは嫌な予感がした。途轍もなく悍ましい可能性が頭に思い浮かんだのだ。

 それを察したのか、アーサーはニヤリと笑う。

 

「察しが良いね……。そう、黒き魔法であっても代償無しでは死者を蘇らせることはできない。だから、ルドガーには生贄になってもらう」

「……兄を殺して父を蘇らせるのか? この外道」

「少し違うな。これでも僕は兄のことは愛している。僕に最初に愛を教えてくれた人だから。だからどれだけ憎くても殺したいとは思っていない」

「話がややこしくなってきたな。復讐したいんだろ?」

 

「復讐は必ずしも殺すことだけじゃない。ルドガーには生き続けてもらうよ――父としてね」

 

 ララはアーサーの瞳に狂気を感じた。蒼い瞳は濁っており、真っ暗な闇が見えた。

 アーサーの言葉をそのまま信じるのであれば、アーサーは兄を、ルドガーを依り代にして父親を蘇らそうとしているのだ。そしてルドガーは死ぬことはなく、父、即ち魔王として生き続ける。

 

 ララはカップを掴み、中身をアーサーへとぶっかけた。

 

「この――クソッタレが! センセを、センセをそんな目に遭わせてなるものか!」

「……ふぅ。君の意見は聞いていないよ。ここまで君に話したのは、君が父の実の娘だから特別に教えてあげたんだ。それに父が蘇れば君も父親と再会できるじゃないか」

「私はそんなこと望んじゃいない! 私は父よりもセンセのほうが大切だ!」

「……君が何と言おうと、既に事は運んでいる。今頃、兄は光の試練に挑んでいるだろう。光神の力を手にした時、兄の力は黒き魔法に耐えられるようになる。その時が父の復活だ」

「っ!?」

 

 ララは歯を食いしばった。今此処でアーサーを殺せたらアーサーの企みは止められる。

 だが自分の力がアーサーに敵う訳がないと言うのを自覚してしまっている。刺し違えてでもと思っても、それも敵わないだろう。

 

「言っておくが、何の理由もなく君を捕らえた訳じゃない」

「……?」

「君はスペアだ。兄さんが失敗した時の、ね」

「どういうことだ?」

「――この世界でただ二人だけなんだ。全属性に適応し、黒き魔法を生み出せる存在はね」

 

 




Tips
ルドガーは人族と魔族の魔法は使えるが、精霊魔法は媒体が無いと上手くいかない。
他種族の魔法も、種族的違いにより使えない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 光の試練

ご感想、ご評価よろしくおねがいします!


 

 

 城の中を進み続けて暫くした――。

 

 道中に雑魚の怪物が潜んでいたが、何の苦も無く倒して進み続けた。

 試練の間は城の最上部の広い屋上だったはずだ。嘗てはそこでアーサーが試練を受けて光の力を手に入れた。

 

 今度もそこで試練が行われるはずだ。

 

「……五年ぶりだな」

 

 屋上に辿り着くと、そこには五年前には無かった巨大な白いクリスタルが佇んでいた。

 そして何故かそのクリスタルに俺の愛剣であるナハトが突き刺さっている。クリスタルから力を吸い取り続けているようだが、俺が気を失っている間いったい彼に何があったと言うのか。

 

「……」

 

 既に屋上に足を踏み入れている。試練は始まっていると言って良いだろう。

 だがまだ何も起こらない。試練の相手らしき者も現れない。

 

 一先ず、ナハトを回収しようとクリスタルへと近寄る。巨大なクリスタルの下部に突き刺さっているナハトに手を伸ばし、柄を握り締めた。

 

 その直後、ナハトから力の奔流が襲い掛かり、全身を駆け抜けた。

 

「ぐっ――ぉぉぉおおお!?」

 

 奔流に意識を持っていかれそうになり、ナハトから手を離す。しかし力の奔流は体内に移ってしまったようで、身体の中で暴れ回る。四肢に激しい熱が生じ、光が発生して四肢を呑み込んでいく。

 その痛みに耐えると、光は収まった。両腕を見ると、指先から肘まで銀色のガントレットがはめられており、脚をみるとブーツの上から脛まで覆われた銀色のレギンスが侵食していた。

 

 体内に流れた力はこのガントレットとレギンスから強く感じる。

 

 もしかして、これが光神の力なのだろうか。だが試練はまだ受けていないぞ。

 

 するとクリスタルが光り始め、その光が外へと飛び出す。

 その光は形を変え、盾と剣を携えた大きな天使へと化した。

 白い大きな翼を生やし、石灰のように白い肌に紫色の瞳を持つその姿は天使ではあるが、まるで怪物のようにも見て取れる。

 

「なるほど、これを使って試練を乗り越えろってか?」

 

 拳と拳をぶつけ、火花を散らす。

 

 要はこの力に相応しいかどうかを神に示せば良いんだな。

 本格的な徒手空拳は専門外だが、どうにかなるだろう。というかどうにかしなけりゃならん。

 

 その場でシャドーを行い、天使に向けて手招きして挑発する。

 

「来いよ!」

『オオオオオ!』

 

 天使が剣を振り上げ突進してくる。左腕で振り払われた剣を受け止め、カウンターで右拳を振るう。右拳は盾によって防がれたが、力任せに振り抜いて天使を後ろへと弾き飛ばす。

 

 頑丈さは申し分ない。重さもまるで感じない。身体の一部として同化しているようだ。

 天使へと接近し、両腕に魔力を回す。するとガントレットが白い光を放ち、キュィィンと音を立てる。

 

「オララララララララァッ!」

 

 盾を構える天使に向かって拳のラッシュを叩き込む。ガントレットの力によって拳を振るう速度が加速し、凄まじい猛攻を与える。一発一発が強烈な衝撃を生み、天使を盾の上から後ろへと押し出していく。

 

『オオオオオ!』

 

 天使もただ打ち込まれるだけではなく、魔力を剣に込めて振り払ってくる。両腕をクロスさせて剣から放たれた魔力の斬撃を防ぎ、後ろへと跳んで距離を取る。

 

 天使は怒り狂ったように咆哮を上げ、盾を前にして突進してくる。衝撃波を纏った突進をかわすと、天使は反転して再び突進を仕掛けてくる。

 

 何度か突進をかわしていくと、天使は剣を頭上に掲げた。バチバチと雷光のように光が剣へと集束していき、それが振るわれた時、光の雷が俺に向かって襲い掛かってくる。

 

 俺は脚に魔力を込め、バク宙蹴りの要領で右脚を振り切った。すると右脚から光の斬撃が放たれ、光の雷とぶつかって相殺する。

 

 そのまま何度も蹴りを放ち、光の斬撃を天使に向けて放つ。天使は盾と剣を使って斬撃を防いでいく。

 

「だったらこれでどうだ?」

 

 右拳に魔力を集束していく。大きな光の塊が渦巻き、それを振り抜きながら解放する。

 光の砲撃が放たれ、天使は盾でそれを防ぐ。

 

『ウオオオオオ!』

 

 天使は怒りの咆哮を上げ、剣から何度も光の斬撃を放ってくる。それらを跳び回ってかわし、魔力を込めた手刀で斬り裂いていく。

 

 天使は翼を羽ばたかせて空へと飛ぶ。空のアドバンテージを取られたら不利になってしまう。

 俺は脚力を強化し、天使より更に上に跳び上がる。

 

「ゥォラァ!」

 

 縦に高速回転し、天使へと強烈な蹴りを落とす。天使は盾で受け止めるが衝撃までは防げず、そのまま屋上に叩き落とす。

 

 俺は上空で更に脚へと魔力を込め、光が右脚に集束していく。

 

「喰らいやがれ!」

 

 右脚を突き出し、屋上で跪いている天使に目掛けて蹴りを落とす。

 天使は剣に光を集束させて蹴りに対抗してきた。

 脚と剣がぶつかり合い、凄まじい衝撃が巻き起こる。

 

「ハァァァアッ!」

『オオオオオッ!』

 

 ガキンッ、と天使の剣が折れた。俺の蹴りはそのまま天使の懐を潜り込み、天使の胸部に叩き込まれる。

 

 天使は蹴り飛ばされ、屋上の床を転げ回る。俺は屋上に着地し、残心の構えを取って天使を睨み付ける。

 

 このガントレットとレギンスは凄い。装着しているだけで飛躍的に身体能力が上がっている。

 それに光の魔力だけだが格段に上昇している。これが光神の力、その一端なのか。

 もうこの力の使い方にも慣れた。最初は痛みもあったが、今ではかなり身体に馴染んでいる。

 

 俺が光神の力に感心していると、天使が起き上がった。

 天使は胸に大きな穴を貫通させており、向こう側がはっきりと見える。

 それでも尚、天使は健在のようで、新たに剣を創造して更に翼を一対生やした。

 

「ふぅん……中々タフだな」

 

 俺はクリスタルに突き刺さっているナハトへと右手を伸ばした。ナハトはカタカタと動き出し、クリスタルから抜け出して俺の手に戻ってきた。

 

 手に収まった瞬間、光の力が更に身体に流れ込み、ナハトの漆黒の剣身に白い光の亀裂が走り、光の力が溢れ出る。

 

「来いよ怪物。浄化してやるよ」

『オオオオオオッ!』

 

 天使は咆哮を上げて剣を掲げ突進してくる。

 ナハトで剣を受け止め、更に攻撃してくる天使の剣を何度も弾いていく。

 

 やはり身体能力が更に上がっている。天使の動きが鈍く見える。

 光は癒やしの力も持っているが、それが肉体活性にも繋がっているのだろう。

 

 ナハトで剣を弾き、天使の肉体を斬り付けていく。石のように固い身体だがナハトの前には泥のように斬れていく。

 

 天使の腕を左手で掴み、グルグルと振り回してクリスタルへと放り投げる。

 天使はクリスタルに身体をぶつけて床に転げ落ちる。

 その間にナハトへと光の魔力を集束させていき、上段へと構える。

 

「極光の前には影すらも生まれぬ――消え失せろ!」

 

 光の集束を解き放ち、ナハトを振り下ろした。

 

「ライト・オブ・カリバーァァァア!」

 

 アーサーが俺に対して放った光の集束斬撃砲――。

 

 それを天使へと放ち、天使は盾で防ごうとするも、後ろのクリスタル諸共光に呑み込まれて消滅していった。

 

「コォォ……!」

 

 力を一気に解放したことで一瞬目眩がしたが、すぐに持ち直して呼吸を整えた。

 ガントレットとレギンスは俺の身体の中へと消えていき、ナハトの剣身も元に戻った。

 雷神と風神の力も元に戻り、試練が終わったのだと判明する。

 

 雷神と風神の試練に比べたら簡単なように思えたが、今回は最初から光神の力が使えた。

 もし次の試練に挑むようなことがあれば、同じようには行かないだろう。

 

 今回は運が良かった。そう思わざるを得なかった。

 

「……待ってろララ、リイン。今助けに行くぞ」

 

 風を操り、空へと飛ぶ。

 

 ナハトに光神の力を纏わせ、空を斬り裂く。空に亀裂が入り、光の神殿がある空間から脱出する入り口が現れる。

 俺はそこへ飛び込み、ララとリインが囚われているであろうミズガルへと戻った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 ミズガル戦

ご感想ご評価おまちしております!!


 

 

 ミズガルに戻った俺を待っていたのは静寂だった。

 通行人の一人も居らず、風が流れる音だけが聞こえる。

 

 よく見ると、建物の窓からいくつもの顔が覗いている。それはそこに住まう民達ではあるが、どこか様子が変だ。まるで何かに取り憑かれてるかのように呆然と此方を見ている。

 

 アーサーが何かをしたのだろうか? それともグリゼルが? いずれにせよ、此処に戻ってきたのは罠に飛び込むようなものだったか。

 だが飛び込まなければララとリインを助け出せないのだと言うのなら、喜んで飛び込んでやろう。

 

 光のガントレットとレギンスを展開し、いつ襲われても対応できるようにする。

 大通りを歩いていると、何処からともなくアスガルの兵士達が現れ、俺を取り囲む。

 

 やはり罠か、そう考えていると兵士達の先頭に派手な騎士甲冑を身に纏った者が出てきた。

 背中にはナハトよりも大きな剣を背負っており、纏う雰囲気もただ者ではなかった。

 

「騎士――か」

 

 騎士、唯一アスガルに存在する嘗ての遺物。軍系統の上を担い、血統や稀な実力によって認められる存在。

 

 おそらく、目の前にいる奴がそうなのだろう。

 

 大戦時代でも騎士は前線に出てはいたらしい。一緒に戦った経験は無いが、その時戦っていた騎士の実力は確かなモノだったとは聞いている。

 目の前の奴が大戦時代を経験しているのかは知らないが、一筋縄ではいかなそうだ。

 

「有罪人――発見――死刑――執行――」

 

 覇気の無い声でそう言うと、騎士は背中の剣を抜き取り、高々と掲げた。

 すると他の兵士達も剣を抜き取り、盾を構えた。

 

「罪人――断罪せよ――」

『オオオオオオ』

 

 騎士が剣を振り下ろすと、兵士達が不気味な雄叫びを上げて迫り来る。

 

 何だ? 何か様子が変だ?

 

 迫り来る彼らに違和感を抱きつつも、彼らの攻撃に対処していく。

 ガントレットとレギンスに魔力を回し、死なない程度に攻撃を加える。

 

 俺の拳が直撃した兵士達は吹き飛んでいくが、すぐにモゾリと動き出し、再び剣を振るってくる。

 

 嘘だろ? 本気で無いにしろ、人族なら一撃で意識を刈り取れる威力だぞ? 何でまだ動ける?

 

 攻撃を喰らってもすぐに動き出してくる兵士達を見て、俺は不気味さを拭えなかった。

 その不気味さの正体を確かめるために、一人の兵士を捕まえて兜を強引に外した。

 

 するとそこに広がっていた光景は驚くべきものだった。

 

「ゥァー……」

「っ!?」

 

 人ではなかった。

 いや、人であったものだった。

 顔は青白く、黒い涙を流し、人としての意識は皆無だった。

 

「これは……!?」

 

 他の兵士の兜も外して確かめてみると、最初の兵士同様、人成らざるモノへと変貌してしまっていた。

 

 これはドラキュラが人を眷属にするものや、ゾンビが仲間を増やす方法に近い呪いだ。

 だが彼らが来ている鎧は銀だ。ドラキュラやゾンビなら銀に弱いはず。

 ならこれは何だ? 俺の知らない呪いか? 解く方法は? 彼らを救う方法はあるのか?

 

「――」

 

 違う……そうじゃない。俺の目的は何だ? ララとリインを助け出すことだろ。

 彼らを救うことじゃない。

 だけど、彼らをこのまま見捨てても良いのか? それが勇者の兄として正しいことなのか?

 ここで彼らを見捨ててしまっては、二度と勇者の兄と名乗れなくなるのではないのか?

 

「……」

 

 彼らは俺を殺しに来ている。そこに躊躇など一切無い。操られているとしても、もはや彼らは人ではなくなってしまっている。

 

 もはや人に戻すことなど――できやしない。

 

「――すまん」

 

 俺は一人の兵士の頭を拳で吹き飛ばした。鮮血が舞い、脳髄が散蒔かれる。

 

 せめてもの救いは、彼らを楽にしてやること。

 俺はその為に、再び手を血で染める。

 

 手刀から魔力を放ち、拳から衝撃波を放ち、蹴りから斬撃を放ち、兵士達を肉塊へと変えていく。

 全身に返り血が降り掛かり、黒を赤黒く染めていく。

 

 そして最後の兵士を殺し、残っている騎士と対峙する。

 あの騎士も、きっと人成らざるモノへと変えられているのだろう。

 

 ナハトを抜き取り、構える。

 ナハトには呪いを断ち切る力があるが、その為には斬る必要がある。彼を斬って呪いを解いたとしても、命を刈り取ることに変わりない。

 

「死刑――執行――」

「――来い」

 

 俺と騎士は同時に駆け出した。

 騎士は大剣を振り下ろし、俺はそれに合わせるようにしてナハトを振るった。

 大剣と大剣が打ち合い、火花を散らす。

 騎士の力は凄まじいモノだった。ガントレットを装備していなければ力負けしていたかもしれない。

 騎士は大剣を更に振るう。こちらも負けじとナハトを振るい更に打ち合う。

 

 騎士の剣技は見事なモノだ。おそらく、操られる前は立派な騎士だったのだろう。

 叶うことなら、人である時に正々堂々と戦いたかったものだ。

 

 しかし今は違う。人成らざるモノになってしまい、見事な剣技でも単調な動きになってしまっている。魔力で相手の動きを読んでしまえば、対処することは容易だ。

 

「オオオオ――」

「――すまない」

 

 上段から振るわれた大剣を、ナハトで逸らし、騎士の両腕を斬り付ける。手首から下を失い、大剣を落とした騎士の首を、ナハトで刎ねた。

 

 生前は立派な騎士であったであろう彼は、そのまま物言わぬ肉塊へとなってしまった。

 

「……アーサー……!」

 

 アーサーに怒りが湧く。

 

 あんなにも正義感が強く、真面目なアーサーが、此処まで堕ちてしまった。

 どうして? 俺が親父を殺してしまったから? アーサーの心が弱かったから?

 アーサー……アーサー……俺の義弟よ……。義兄はどうすればいいんだ……。

 

「……くっ」

 

 ナハトを背負い、俺は城へと急いだ。

 城には更に兵士達が待ち構えているだろう。

 それを突破してララとリインを救い出し、アーサーを一発ぶん殴ってやらなければならない。

 

「アーサァァァ!」

 

 

 

    ★

 

 

 

 ――アーサァァァ!

 

「――聞こえているよ、兄さん」

 

 城のテラスで、アーサーは城へと向かってくるルドガーを見下ろしていた。

 後ろには手枷を付けられたララとリインが立たされていた。

 アーサーは後ろに二人に振り向くと、淡々と口を開く。

 

「ルドガーは力を手に入れた。これで黒き魔法に耐えうる肉体になった」

「くっ……」

「……」

 

 リインは周りを見た。控えている兵士は二人だけであり、アーサーは離れた場所にいる。

 

「父を蘇らせる下拵えは完了した。此処からは憂さ晴らしだ。父を殺した兄を痛めつける」

「センセはお前に負けやしない」

「どうかな? 僕は彼に負けたことが無い」

「それは勇者の力を手にする前だろう? 今は三つも持っている」

 

 アーサーとララが会話している隙を見て、リインはゆっくりと手枷を付けられている腕を脱力させる。

 

「君は勘違いをしている。あれは勇者の力なんかじゃない」

「何?」

「あれは――」

「聖女様っ! 伏せて!」

 

 アーサーが何かを言おうとしたその時、リインは脱力させた腕を一気に広げた。

 直後、発生した力によって手枷は引き千切られ、リインの両手は自由になる。

 

 そのままリインは後ろの兵士の鞘から剣を奪い取り、兵士の首を斬り、もう一人の兵士も鎧と兜の隙間に剣を刺して殺した。

 リインはララの腕を掴み、全力でアーサーから離れると部屋のドアを蹴り破って廊下へと飛び出した。

 逃げていく二人の背中をアーサーは冷めた目で見つめ、軽く溜息を吐いた。

 

「無駄なことを……グリゼル」

「はい」

 

 霞となって現れたグリゼルが、アーサーに前に跪く。

 

「追え。エルフの女は殺して良い。人質として価値があると思ったが、好き勝手するのならいらん」

「御意」

 

 グリゼルは霞となりその場から消えた。

 

 アーサーはテラスから街を見下ろす。再び兵士と騎士に道を阻まれているルドガーを見て、アーサーは拳を握り締めるのだった。

 

 




Tips
ララは下位の魔法なら無言で放てる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 合流、そして任せた

ご感想とご評価お待ちしております!ありがとうございます!


 

 

「ララァ!」

 

 城の門を蹴破り、城内へと突入する。

 此処に来るまで何十、何百という兵士を斬り殺してきた。

 もうこの王都の兵士達は全員人成らざるモノへと変えられているのではないだろうか。

 門を潜った先のホールでも兵士達が待ち構えており、ワラワラと群れを成して道を阻んでくる。

 

「退けぇぇぇ!」

 

 その全てをナハトで薙ぎ払っていく。血潮がホールを真っ赤に染め上げ、血のカーペットを作っていく。

 兵士達を倒したら今度は騎士が現れる。騎士は兵士達と違って少し手強いが、兵士達と同じようにナハトで斬り、ガントレットとレギンスで吹き飛ばしていく。

 

 ホールの階段を駆け上がり、廊下を走り、部屋という部屋を虱潰しに調べていく。

 

「ララァ! リイィン!」

 

 邪魔をする兵士達は残らず殺し、城内を屍で埋め尽くしていく。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 体力と魔力を消耗し肩で息をする。近くの部屋に入り、ドアを閉めて床に座り込む。

 此処まで休憩無しで戦い続けてきた。少し休まなければ身体が保たない。

 いくら力を手に入れたと言っても、体力は無限にある訳じゃない。

 汗を拭い、少しでも早く体力を回復する為に呼吸を整える。

 

 此処は何処だ……?

 

 部屋の中を見渡すと、どうやら此処は書庫のようだ。いくつもの本棚に大量の本が並べられている。

 

 アーサーの好きそうな部屋だ。

 アーサーは本を読むのが好きだった。ララのように物語を読むのも大好きだった。

 勉強を始めてからは魔法や武術の本を読み漁るのに時間を割いていたが。

 俺もアーサーに負けじと親父に本を読まされたな。お陰で色んな知識を付けて、それを実戦して身体に覚え込まされた。

 

 あの頃は楽しかった。親父の篩に生き残った妹、弟達の面倒を見ながら親父に全てを教わっていた。一番上だからと見本になれるように頑張って、全員と仲が良かった。

 アーサーとは馬が合わないと言ったが、最初にであった頃は一番可愛がっていた。一番幼かったってのもあるが、アイツが最初に懐いていたのは親父でもエリシアでもなく俺だったからだ。

 覚えたての言葉で兄さん兄さんって言って、いつも俺の真似をしていた。

 

 なのに、今では啀み合い、アーサーは俺を恨んでる。

 親父を目の前で殺した俺を心底恨んでいる。

 

「……」

 

 仕方が無かった。

 もう親父は、親父じゃなかった。

 あの優しくも厳しい親父じゃなかったんだ。

 

 ――親父!

 ――止めろ! アーサーを殺す気か!?

 ――アンタの息子だぞ!?

 ――親父! 親父ィ!

 ――ウワアアアアアッ!

 

 俺達全員で戦っても親父を止められなかった。親父はたった一人で俺達と互角以上に渡り合い、止める気でいた俺達と違って完全に殺す気できていた。

 

 アーサーが親父に殺されそうになった時、俺は覚悟を決めた。

 親父を止めるのではく、親父を殺す覚悟を。

 

 アーサーを庇い、親父の剣を胸で受け、親父の心臓をナハトで貫いた。

 アレは、アーサーを守る為だった。大切な弟を守りたかった。

 だけど俺は……アーサーの命は守れても心は守れなかったのかもしれない。

 

「……アーサー……」

 

 これは罰なのかもしれない。親父を殺し、弟を守れなかった俺に対する罰なのかもしれない。

 

 アーサーはこれからララとリインを殺すかもしれない。俺の大切な教え子と同僚を俺の前の前で、俺が親父を殺したように殺すかもしれない。

 

 そうなったら俺はどうする? アーサーを止めるのか? それとも殺すのか?

 兄弟で殺し合うのか? 親子で殺し合ったってのに、今度は兄弟で殺し合いをしなければいけないのか?

 

「くっ……」

 

 嫌な考えがグルグルと頭の中で回る。アーサーがそんなことをするとは思いたくない。

 だけど今のアーサーは俺が知っているアーサーじゃない。何を仕出かすか分からない。

 

 もし……もしアーサーがララを手に掛けようとするのなら、俺は……。

 

 ――イヤアアアア!

 

「っ、リイン!?」

 

 リインの叫び声が聞こえた。部屋から飛び出し、近くに兵士を斬って、リインを探す。

 

「リイン!! 何処だ!?」

 

 ――来ないでぇぇ!

 

「リイン!」

 

 リインの声が聞こえる方へと走り出す。廊下を駆け抜け、階段ホールに出ると、上階にリインとリインに腕を引かれて走るララを見付けた。

 

「ララ! リイン!」

 

 二人は兵士達に追われていた。

 俺はレギンスに魔力を送り込み、その場から跳び上がり、最短距離で階段ホールを上昇していく。

 ララとリインがいる階段へと辿り着くと、二人を追い掛ける兵士達を全てナハトで斬り殺した。

 

「ララ! リイン! 無事か!?」

「センセ!!」

「ルドガー!」

「――っておい!?」

 

 二人は俺の姿を見ると抱き着いてくる。

 ララはまだ分かるが、まさかリインまで抱き着いてくるとは思わなかった。

 二人を落ち着かせ、二人は俺から離れる。

 

「何なのよこいつら!? 斬っても死なないのよ!?」

「センセ、無事か!? 怪我は無いか!?」

「落ち着けお前ら。俺は大丈夫だ。こいつらは呪いで人成らざるモノになってる。よく無事だったな?」

 

 ララの手枷を引き千切り、リインとララの腕に付いている魔法道具もナハトで壊す。

 

「牛女が隙を突いて逃げ出せたんだが……」

「死なない兵士に襲われて逃げ回ってたの……」

「そうか……よく無事でいてくれた」

 

 本当に無事で良かった。これでアーサーが二人を人質にして何かしてくることもない。

 もう一度ララを抱き締め、ララが無事に此処に居ることを噛み締める。

 

「せ、センセ……くるしい……」

「あぁ……すまん。本当にすまん……怖い目に遭わせたな」

「……大丈夫。センセを信じてたから」

「そうか……」

 

『……』

 

「あー……ゴホン。ねぇちょっと?」

 

 リインの声で我に返り、ララを離す。

 ララは少し顔を赤くしていたが、少しキツく抱き締めたかもしれない。

 少し変な空気が流れた所で、話題を変えるために咳払いをする。

 

「ンンッ……それで、アーサーは?」

「上の階にいるはずよ……貴方を痛めつけるって」

「……そうか」

「ねぇ……魔王が貴方の父親って本当なの?」

 

 リインの口からとうとうその言葉が出てしまった。

 

 ララを見ると、首を横に振る。どうやらララは言ってないようだ。

 なら、アーサーか。

 俺は観念して頷く。

 

「ああ……。勇者全員と俺を育てたのは魔王だ。その魔王を殺したのは俺だ」

「……どうして? 父親だったんでしょう?」

「……親父が弟を殺そうとしたからだ」

「いったい何が――」

「悪い、これ以上はまた今度だ」

 

 俺は話を止めた。

 

 この話は此処でこれ以上するもんじゃない。

 今は二人をどうするかだ。ミズガルから脱出させるか、一緒にアーサーのところへ行くか、行動を慎重に選ばなければいけない。

 

 リインは不満そうだったが、状況を考えて頷いてくれた。

 

「分かった……。だけど、後で話してよ?」

「……その時が来たらな」

 

 俺はナハトを構え、背後へと振り返った。

 そこにはグリゼルが立っていた。

 

「おやおや……随分とお早い到着ですね?」

「グリゼル……」

「っ……」

 

 リインが前に出た。剣を構え、グリゼルと対峙する。

 

「行って」

「は? いや、だが……」

「ん……センセ、此処は私達に任せろ」

 

 ララもリインの隣に立ち、両手に魔力を灯した。

 

「ララ!?」

「センセはあの愚か者を殴ってこい」

「大丈夫。聖女様は私が守ってみせるから」

「……」

 

 此処は彼女達を信じて任せるのか、それとも俺も一緒に戦うべきか。

 別にタイムリミットがある訳でもない。であれば、此処で一緒にグリゼルを倒したほうが確実か?

 

 いやだが……アーサーと戦う前に力を消耗してしまう。光神の力を手に入れたとは言え、消耗した状態でアーサーと戦えば負けるかもしれない。

 

「ララ……リイン……」

「センセ……此処で私も戦えることを証明するから」

「……分かった。必ず勝て。リイン……任せたぞ」

「ええ!」

 

 俺は二人にグリゼルを任せ、階段ホールを駆け上がっていった。

 

 待っていろアーサー。今お前をぶん殴りに行ってやる!

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 共闘

ご感想、ご評価、誤字脱字報告、誠に感謝です!!
これからもよろしくお願いします!!!


 

 

 ルドガーと別れた二人は、目の前に佇むグリゼルと対峙する。

 グリゼルは余裕の表情で笑みを浮かべ、ローブの袖で笑い顔を隠す。

 

「ふふふ……お二方がお相手ですか。宜しいでしょう。此方を受け取りなさい」

 

 そう言ってグリゼルは魔法でリインの愛剣とララの杖を何処からともなく取り出し、それを二人に投げ渡した。

 二人はそれらを受け取ると、訝しんだ表情をグリゼルに向ける。

 

 グリゼルはクツクツと笑う。

 

「どういうつもり?」

「私は戦において堂々と立ち会う主義でして」

「魔女って陰湿なイメージだったけど、貴女はそうじゃないみたいね?」

 

 リインは奪った剣を捨て去り、愛剣を鞘から抜く。

 兵士から奪った剣は愛剣よりも大きく重く、本来の戦い方ができなかったのだ。

 ララも杖に何か仕掛けられていないか確かめた上で、問題無しと判断して構える。

 

「その余裕が、後悔に繋がらないと良いわね?」

「後悔、させてみせてくださいな?」

 

 グリゼルの周囲に氷柱が現れ、それらがリインとララに襲い掛かる。

 

 ララが杖を突き出し、魔力を練り上げた。ララとリインを覆う魔力障壁が展開され、氷柱を弾いていく。

 

 リインが障壁の脇から飛び出し、グリゼルへと接近する。魔力からグリゼルの動きを読み取り、剣を突き出す。グリゼルは剣が突き出される箇所に障壁をピンポイントで張り、リインの突きのラッシュを止めていく。

 

 ララが杖を振るうと壁が隆起してグリゼルに槍のように襲い掛かる。それをグリゼルは身体を霞にしてかわし、後ろに数歩下がった場所で再び現れる。

 

 魔法の操作と言い、攻撃を避ける速度と言い、グリゼルの反応速度は驚異的なモノだった。

 戦っている場所も階段ということもあり、リインは戦いづらくもあった。

 先ずは戦いの場所を変えた方が良いかと、リインは思案する。

 この狭くて足場の悪い場所では、魔法を素早く繰り出せるグリゼルのほうが有利である。

 

「聖女様! 場所を変えましょう!」

「何処に?」

 

 リインは周囲を見渡す。此処は巨大な階段ホールであり上下に伸びる巨大な螺旋階段だ。廊下に繋がるドアもあるが、廊下でも足場が良くなるだけで狭い。

 

 ならば何処が良いか。リインは階段の手摺りの向こう側を見た。

 

「……下です!」

「下……? ああ、分かった!」

 

 リインの意図を汲み、ララは頷く。

 

 リインは再びグリゼルに攻撃を仕掛ける。素早く動き、グリゼルが魔法を使うよりも早く動くように身体を動かす。剣を振るい、グリゼルの意識を己へと向ける。

 

 グリゼルは雷を周囲から放ち、リインを攻撃する。その雷を読んでいたのか、リインは剣で目の前に迫り来る雷を斬り払う。

 

「やりますね――!?」

 

 グリゼルの身体が傾く。何かに腕を掴まれ、身体が引っ張られた。

 見ると、光の鎖が階段から生えて腕に絡まっていた。

 

「フンッ!」

 

 ララが杖を振るうとその鎖はグリゼルを思いっ切り引っ張り、階段の手摺りの向こう側へと身体を引き摺り出した。

 

「ハァッ!」

 

 リインも手摺りから飛び出し、グリゼルへ向かって跳び蹴りを放つ。

 

「ぐふっ!?」

 

 グリゼルの顔にリインの蹴りが炸裂し、グリゼルは嗚咽を漏らしながらホールの一番下へと蹴り飛ばされる。

 

「聖女様!」

「フッ!」

 

 落ちる寸前、リインはララに手を伸ばし、ララは手摺りからリインへと飛び移る。リインはララを胸で受け止め、そのまま一緒にホールの下へと落ちていく。

 

 ホールの一番下は広い空間になっており、足場も悪くない。リインは此処を戦いの場に選び、ララにグリゼルを引き摺り出してもらったのだ。

 

 リインとララはホールに着地し、起き上がるグリゼルを睨み付ける。

 

 グリゼルは少々痛みに顔を歪めながら立ち上がり、ローブに付いた埃を払って乱れた髪を撫でて直した。

 

 まだまだ余裕はあるようで、リインとララはここからが本番だと意気込む。

 

「私を足蹴にしましたね……」

「だったらなに? 戦ってるんだから当然でしょう?」

「大丈夫だおばさん。蹴られなくても顔は醜いぞ」

 

 ピクリ、とグリゼルが反応した。

 どうやら顔についてとやかく言われるのは癪に障るらしい。

 

「我が君が褒めて下さった美貌を侮辱することは許しません。炎よ! 燃やせ!」

 

 グリゼルが手を掲げると炎が渦巻き、リインとララに炎の旋風が襲い掛かる。

 

「水の精霊よ来たれ――ウィン・ド・トーレンスズ!」

 

 ララの杖先から水の激流が掃射され、炎と相殺していく。

 その隙にリインはグリゼルへと近付き、突きの高速ラッシュを叩き込む。

 

「ハァァァ!」

 

 その剣には魔力が込められており、先に放った剣撃よりも威力が高められている。

 グリゼルは同じように障壁で対処しようとしたが、リインの剣のほうが威力が高く障壁を破壊する。

 

「なに!?」

「そんなものォ!」

 

 グリゼルは障壁ではなく氷の壁でリインの剣を防ぎ、後ろへと下がっていく。

 そして三種の魔力を同時に練り上げて魔法を発動する。

 

「三元素よ、竜となれ――トリプル・アサルト!」

 

 火、氷、雷の竜が現れ、リインとララに襲い掛かる。

 ララは落ち着いて三種の竜を見据え、対となる属性の魔法を発動する。

 

「水の精霊よ来たれ――ウィン・ド・クストスズ! 火の精霊よ来たれ――サラ・ド・クストスズ! 地の精霊よ来たれ――ノム・ド・クストスズ!」

 

 ララが三つの呪文を唱えると、それぞれの属性魔力が集結していき、三体の巨人が現れる。

 その巨人がそれぞれの属性の竜へと立ち向かい、竜の攻撃を受け止める。

 

「パワー・ゴーレムですって!? そんな高度な魔法を!?」

「もう一つおまけだ……風の精霊よ来たれ――シフ・ド・クストスズ!」

 

 ララは更に風の巨人まで生み出し、グリゼルを攻撃させた。

 グリゼルは此処で初めて表情を一変させ、唇を噛み締めながら風の巨人の攻撃を受け止める。

 

「パワー・ゴーレムは魔力の塊だけで生み出す……一体だけで激しい魔力の消費量だというのに……! 流石は魔王の娘……!」

 

 グリゼルとて魔法に精通している。ララが使用する魔法が己とは違う系統である精霊魔法だと知っていても、その高度な技術力を見抜いている。それだけでなく、彼女が保有する魔力量を肌で感じて身の毛がよだつ。

 

 一時、魔法道具で彼女の魔法を封じていたが、その気になればあんな物、純粋な魔力だけで破壊できていたのではないかと、ララの素質に背筋が冷えた。

 

 しかし、まだまだ子供。魔法を発動できてもまだまだ制御が甘いと、グリゼルはニヤリと笑う。最初の一撃は凄まじかったが、今もこうして攻撃を受け止め続けていると巨人の身体が四散していっているのが目に見えた。

 

 もう一押し力を加えてやれば打破できると、グリゼルは読んだ。

 

「――?」

 

 そう言えば、と――。

 あのエルフの女は何処に行ったのかと、グリゼルは思い出した。

 

「秘技――」

「っ!?」

 

 グリゼルの背後で声がした。

 リインが剣を引き絞り、そこにいたのだ。

 

「――パーデレ・ムンドゥス!」

 

 リインは己の魔力を乗せた高速の突き、そのラッシュでグリゼルを刺突した。

 一度突かれる剣先から魔力の衝撃波が放たれ、グリゼルの身体を容赦なく貫いていく。霞化による回避も間に合わず、全身を穴だらけにされていく。

 

「ハァァァッ!」

 

 最後に一突かれされ、グリゼルはホールの壁へと吹き飛ばされる。

 全身から夥しい量の血が流れており、何処からどう見ても即死、或いは致命傷だった。

 リインは残心を取り、魔力を収めた。ララもゴーレムを消してリインの隣に立つ。

 

 これで終わった――。

 

 二人がそう思った時、グリゼルはムクリと起き上がった。

 

『っ!?』

「おのれぇ……! よくも私の身体に傷を! 捕縛の命だったから本気を出さずにいれば、調子に乗りおってぇ!」

 

 グリゼルは穴だらけの身体のままその場で地団駄を踏む。その旅に赤い血が撒き散らされる。

 

「おい、アイツ……化けの皮剥がれてないか……?」

「聖女様、お気を付けください。まだアレには何かあります」

 

 リインは油断せず剣を構える。

 グリゼルはカッと目を開き、全身から魔力を噴き出した。

 

「おのれおのれおのれぇ! 貴様らは此処で必ず殺してやるぅ!」

 

 直後――、グリゼルから闇が発生し、ホール全体を呑み込んだ。

 




敗因は手を抜いていたこと、ララの魔法力が天才的であったこと、そしてリインには――。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 コンビネーション

注意:最強はルドガーだけじゃありません。


 

 

 暗闇の包み込まれたララとリインは息を呑む。暗闇はまるで星空のような点々とした光を放ち、ホールから別の異空間へと跳ばされたのだと理解するのに時間は掛からなかった。

 

 グリゼルは穴が空いた箇所を押さえながら魔力を垂れ流しており、怒りに染まった形相で二人を睨み付けている。

 

 二人は察する――ここからがグリゼルの本気だと言うことを。

 

「貴様らにこの姿を見せることになるとは……! お許し下さい我が君! アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 グリゼルが突然叫び出す。するとグリゼルの魔力が更に噴き出し、全身を覆う。魔力はどんどん肥大化していき、その中から巨大な怪物が現れた。

 

 上半身はグリゼルのままであるが、下半身は蛇であり、背中からは二対の翼が生えている。

 

 ララは以前、ルドガーから教わった怪物の中で似たような姿をしているものを思い出す。

 

 怪物エキドナ。あらゆる怪物の母と言われ、神話上の怪物だ。

 本物、と言うわけではないだろうとララは考える。先程から感じていた魔力から、純粋な魔族の気配を感じず、人族の魔力と混ざり合った気配から、どういう手段かは不明だが己に改造を施したのだろうと推察する。

 

 グリゼルの顔は人と言うよりも怪物らしい恐ろしい形相でララとリインを睨み付ける。

 

「この結界は外界と分断する魔法……これならば私の姿が我が君に見られる心配は無い。貴様達は誰にも見られることなく、私に殺されるのだ!」

 

 グリゼルは吠えた。その声はまさに怪物のそれであった。

 リインは剣を構え、ララに話しかける。

 

「……聖女様、お身体に変化は?」

「無い。本当にただの結界のようだ。だが魔法は使える」

「私が斬り込みます。聖女様は――」

「ララ、で良い、リイン」

 

 ララがリインの名前を呼んだ。

 牛女という不名誉な渾名ではなく、リインの名前を。

 

 リインは驚き、ララに振り返る。

 

「……いつまでも聖女様じゃ、私が聖女だってバラしてるようなものだ」

「……ふふっ、確かに。では、参りますよ――ララ様」

「ああ、魔法は任せろ」

 

 リインは駆けた。怪物に向かって一直線に。

 グリゼルは雷をリインに向かって降り注ぐ。リインは自身に直撃する雷だけを読み取り、その全てを避けてグリゼルに迫る。

 

 リインの魔力から行動を読み取る力はルドガーにも迫る程だ。寧ろ、純粋なエルフな分、ルドガーよりも才能がある。雷を避ける程度は造作も無かった。

 

 グリゼルは蛇のように動き出し、リインへと直接攻撃を仕掛ける。

 その動きすらリインは読み取り、最適な攻撃で防いでいく。

 

「氷の精霊よ来たれ――グラ・ド・コントゥディトズ!」

 

 ララの魔法により、グリゼルの頭上に氷塊が現れ、グリゼルを押しつぶそうと落ちてくる。

 グリゼルは蛇の動きで氷塊を避け、今度はララに向かって口から雷を吐き出した。

 

 ララは雷に反応できるほど、反応速度は速くない。

 

 だがリインは別だ。

 

 既にグリゼルの行動を見切っており、グリゼルが雷を吐くよりも先に動き出し、ララの前に躍り出ていた。

 剣で雷を受け止め、雷を剣に帯電させる。その剣を振るい、雷をグリゼルへと返した。

 

 グリゼルは雷を浴び、悲鳴を上げる。

 だが少し焼けただけでダメージはそこまで通っていない。

 

「おのれ! 炎よ――!」

「ララ様、地の防御魔法を!」

「地の精霊よ来たれ――ノム・ド・スクートゥムズ!」

 

 ララが呪文を唱えると、二人を岩の球体が包み込む。

 次の瞬間、グリゼルの魔法が発動する。

 

「――灰燼と化せ! バーン・エクスプロード!」

 

 地面が真っ赤に染まり、大爆発が起きる。

 燃えカスすら残さないような灼熱の炎が空間を包み、ララとリインを遅う。

 

 しかし岩の盾に守られている二人は無傷で生還し、爆発が収まったと同時に岩の盾が解除されてリインが飛び出す。

 

「耐えたのか!?」

「秘技――」

「させぬわ!」

 

 グリゼルが翼を広げると、無数の羽根が刃となってリインに降り注ぐ。

 

「誰に言っている? 風の精霊よ来たれ――シフ・ド・スクートゥムズ!」

 

 だがそれらはララが張った風の盾により逸らされてしまう。

 その間にリインがグリゼルに迫り、剣を腰だめに構える。

 

「――ルナエ・エクシウム!」

 

 リインが放った斬撃は三日月の如く煌めき、魔力の衝撃と共にグリゼルの翼一つを両断した。

 まさか翼が両断されるとは思っていなかったのか、グリゼルは驚愕に満ちた表情を浮かべる。

 

「き、貴様ァ!」

「火の精霊よ来たれ――サラ・ド・イクスズ!」

 

 グリゼルの顔面に、ララの爆発魔法が炸裂する。

 

 二人の連携によりグリゼルは強力な魔法を使うも、常に反撃されて圧倒されてしまう。

 

 こんなことがあって堪るか、あの男の時よりも本気を出しているのに、何故こうもいいように遇われてしまうのか。

 

 グリゼルは半ば錯乱状態に陥った。この状態を落ち着かせる為に、グリゼルは新たな魔法を発動する。

 

「絶氷よ! 凍て付け! バーン・ブリザード!」

 

 空間が白く染まり始め、氷の大爆発が発生する。

 

 一瞬で空間が凍り付き、猛吹雪が起こる。炎ですら凍り付かせるであろう絶氷に、グリゼルはこれでララとリインを凍り付かせたと思い込む。

 

 だがしかし、それは違った――。

 

 ララの魔力、魔法は戦いの中でグリゼルを上回りつつあった。

 火、たかが火だ。グリゼルの魔法は炎を凍らす程の威力が確かにあった。

 しかしララは火のゴーレムを即座に召喚し、自身とリインを包み込むようにして凍て付くのを凌いで見せたのだ。

 

 それは即ち、ララの魔力がグリゼルの魔力を上回ったということ。

 

「ば、馬鹿な――!?」

「魔王の娘を――舐めるな、下郎」

「おのれぇ! おのれおのれおのれぇえ!」

 

 グリゼルは魔力を溜め始めた。バチバチと帯電し始め、雷の魔法が発動する前触れだと分かる。

 ララは地属性の防御魔法を張ろうとしたが、流石に魔法を連発し過ぎたのか、グリゼルがこれから放とうとする魔法に対抗できるだけの魔法を放つ魔力が残っていないことに気付く。

 

「リイン、アレを完全に防ぐのは無理だ」

「ララ様、ご安心を。あの程度の雷など、私の剣で斬って見せましょう。ただ、一つお願いが」

「うむ」

 

 グリゼルの魔力が更に高まる。

 リインは姿勢を低くし、突撃の構えを取る。

 

「ララ様、お願いします!」

「地の精霊よ来たれ――ノム・ド・コンフィルマズ!」

 

 ララがリインの剣に地属性の魔力を付与し、剣身が地色に染まる。

 それを受けたリインは獣が駆け出すようにして地を蹴り出す。獣の如くグリゼルに迫り、剣を正面に突き出す。

 

「雷轟よ! 轟け! バーン・ライトニング!」

「穿ち貫け! 奥義! ノーム・クウェイカー!」

 

 グリゼルが空間を青一色で染める。雷鳴が轟き、雷の大爆発が巻き起こる。

 ララとリインを呑み込もうとするが、リインが全身から発する地属性の魔力とララが剣身に付与した地属性の魔力が連鎖爆発し、強烈な衝撃波が巻き起こり雷を遮断していく。

 

 グリゼルの胸に向かって一直線に剣が向かい、一瞬の拮抗を経てリインの剣がグリゼルの胸を穿ち貫いた。

 

「ぐあああああああ!?」

 

 グリゼルの胴体はボロボロに砕けていき、翼は羽が抜けていき、蛇の下半身は消失していく。

 リインは剣を抜き取り、ララの前に着地する。剣を血振るいし、魔力を収めた。

 勝敗は決した。ララとリインのコンビネーションを以て、魔女グリゼルを仕留めたのだ。

 

 しかし――、まだ物事は終わってはいなかった。

 

「うあああああああ!!」

「っ!?」

 

 身体が砕けていくグリゼルが咆哮を上げると、結界が解けて元のホールへと戻る。

 するとグリゼルは人型に戻り、霞となって上階へと逃げていった。

 

 グリゼルはまだ生きている。それが上階へ向かっていった。

 上階にはルドガーがいる。もしアーサーと合流されたら、ルドガーにとってよくない状況になるかもしれない。

 

 二人は急いで階段を駆け上がるのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話 兄弟の決闘

ご感想、ご評価お待ちしております!

面白いの一言で喜びの心と意欲が湧きます!


 

 

 階段を登り続ける。

 

 もう随分と歩いた気がする。実際にはそれほど長い階段じゃなかったかもしれない。

 なのにそんな風に感じてしまっているのは、単に足取りが重いからだろう。

 

 この先にアーサーがいる。間違いなくいる。魔力を滾らせ、明らかに俺を挑発してきている。

 辿り着けば、戦いになることは必然だろう。

 

 思えば、アーサーと勝負をするのはこれで何度目だっただろうか?

 アーサーが力を付け始めてから勝負が始まり、最初の内はまだ剣技だけで勝てていた。

 

 だがアーサーの光の力が強くなるにつれて勝ちづらくなり、最終的には勝ち越されてしまっている。勇者として覚醒してからはまるっきりだ。

 

 だが今回ばかりは負ける訳にはいかない。俺が負ければララとリインがどうなるか分からない。

 それにアーサーの目的がまだ分かっていない。俺に復讐したいってのは何となく分かる。だがそれだけじゃ無い気がする。

 

 階段を登り切り、屋上へと出た。

 屋上の隅で眼下の景色を眺めているアーサーがそこにいた。

 蒼い剣を床に突き刺し、ジッと待っていた。

 

「アーサー……」

「……やっと来たか、ルドガー」

「……もう『兄さん』って呼んではくれないんだな?」

 

 アーサーは剣を抜き取り、此方へと振り返る。

 

 何とも、澄ました顔をしている。これから兄弟が戦い合うってのに、弟からは全く迷いを感じない。

 

 それに悲しさを感じながら、俺も黙ってナハトを背中から抜き取る。

 

「何度目だろうな? こうやって戦うのは……」

「あの頃は兄弟としての戦いだ。これからするのはそうじゃない。殺し合いだ」

「俺にお前を殺すつもりはない」

「ではその気にさせてやろう――僕を殺さなければ、あの小娘を殺す」

 

 ナハトを握る手に力が籠もる。

 あの小娘とは、ララのことか。

 

「親父の娘を殺すのか?」

「お前が僕を殺さなければ、な――」

 

 俺達の間を、冷たい風が流れる。

 

 風が止んだ瞬間、俺達は同時に駆け出した。

 

 剣と剣が重なり合い火花を散らす。そのまま何度か打ち合い、激しく剣劇を演じる。

 最後に互いに強烈な一撃を放ち、力の限り張り合う。鍔迫り合いになりながら睨み合う。

 剣を当時に押し込み、俺達は一度距離を取る。

 

 沈黙が流れ、俺はアーサーの心を読もうと魔力を探る。

 

「……手に入れた力は馴染んでいるようだな?」

「お陰様でな。本気、出してもいいぞ?」

「――では、そうさせてもらおう」

 

 直後、アーサーは光となって俺の前に一瞬で現れた。

 エリシアと同じように、その身に宿す光そのものになり移動してきた。

 

 通常なら光の速さを捉えることは不可能。

 だが、今の俺にも同じ光の力がある。アーサーの動きを目で捉え、振るわれた剣をナハトで受け止める。

 

「光を捉えるか」

「もう昔の俺だと思うなよ?」

「警告、どうも」

 

 アーサーの蹴りが俺の脇腹を捉える。蹴りによって身体が折れ曲がり、横に薙ぎ跳ばされる。

 俺の体勢が崩れた所を狙ってアーサーが剣を振るう。俺は身体を捻って宙で回転して剣を避け、ナハトで反撃する。アーサーは何の苦も無くその剣を受け止めると、弾き返して反撃してくる。

 反撃をいなし、左のガントレットに魔力を込めて殴り掛かる。アーサーの右頬を掠めるが、アーサーは眉一つ動かさず冷静に反撃してくる。

 ナハトと格闘を交えた攻撃を繰り出し、アーサーは剣一つで対応し反撃してくる。

 刃と刃がぶつかりあう剣撃の音が何度も屋上に響き渡る。

 

 もう何百と刃を重ね合わせた。未だにどちらにも攻撃は当たらず、体力だけが消耗していく。

 

「どうしたアーサー? やっぱ盾が無けりゃキツいか?」

「っ……」

「出しても良いんだぞ、盾を」

「盾など……とうに捨てた!」

 

 此処で初めてアーサーが感情を露わにした。顔付きも変わり、澄ました顔から苛立ちの感情が浮かんだ。

 

 蒼い剣が白く光り輝き、上から振るわれる。

 俺はそれをナハトで受け止めず、身体を反らして避ける。

 するとアーサーの剣身から光の斬撃が放たれ、屋上を大きく斬りつける。

 

「盾が無くともお前に勝てる!」

 

 アーサーの魔力が身体から弾け、宙に四散する。

 すると四散した魔力が光の槍へと変わり、アーサーの周りに滞空する。

 何十という魔力の槍の矛先が此方を向く。

 

「フォトンランサー!」

 

 槍が射出される。

 左手を突き出し防御魔法を展開して槍を弾いていく。だが槍が魔力障壁にぶつかった瞬間、槍は小さな爆発を起こし、確実に障壁を削り取っていく。しかし魔力を注ぎ続ければ防げないことはない。

 

 アーサーが剣で正面に円を描いた。すると六芒星の魔法陣が展開され、光が集束していく。

 

「フォトンブレイザー!」

「くっ!?」

 

 六芒星から光の集束砲が放たれ、俺を障壁ごと呑み込む。障壁が壊れる前にナハトを振りかぶり、砲撃に向かってナハトを振り下ろす。

 

「ナハト、喰らえ!」

 

 障壁が壊れ、ナハトと砲撃がぶつかる。ナハトは砲撃の魔力を喰らい始め、俺に力を還元していく。その力はガントレットとレギンスに回り、白く光り輝く。

 砲撃を斬り裂き、光の速度でアーサーへと接近する。

 

「インパクトォ!」

 

 左拳をアーサーに叩き付けるも、六芒星の魔法陣がそれを防ぎ、衝撃を外へと弾いていく。

 

「フォトンエッジ!」

 

 アーサーの左手に白い光の剣が出現する。

 蒼い剣と白い剣の二つで俺に斬りかかってくる。

 俺はナハトとガントレットで双剣に対応し、火花を散らす。

 

「ディバインクウェイク!」

 

 アーサーは剣を床に突き立てる。すると光の波が床から発生し俺に押し寄せる。

 ナハトで光を斬り裂くと、アーサーは既に俺に接近していた。

 俺の首と胴を狙って蒼と白の剣を振り払う。

 ナハトを盾にして双剣を受け止め、押し込まれる身体を突っ張って耐える。

 

「このっ……!」

「ドライブ!」

 

 双剣の魔力が瞬間的に高まり、魔力が炸裂した。その衝撃でナハトを頭上に弾き飛ばされ、身体がガラ空きになってしまう。

 アーサーはそこを狙って剣を突き出してくる。

 俺は両手でアーサーの双剣を掴み取り、身体に刺さるのを防ぐ。

 

「ドライブ!」

 

 再び剣から魔力が炸裂する。身体の正面に激しい衝撃が襲い掛かり、肉が斬り裂かれるのを感じる。

 だが剣は決して離さず、しっかりと掴んだままだ。

 

「っ、分かってはいたが……!」

 

 アーサーの驚く声が聞こえる。

 

 そうだろうな。今の顔はたぶんさっきの衝撃で一部が吹き飛んだだろう。

 だがその傷は即座に再生して、もう治りかかっているのだから。

 

「悪いな……! お前の兄は化け物になっちまったかもな……!」

「ハハッ……望む所だ……! そうでなければ困る!」

 

 アーサーは俺を蹴り飛ばして後ろへと下がっていく。

 俺はナハトを手元に呼び戻し、アーサーを睨み付ける。

 

 そうでなければ困る……? いったいそれはどう言う意味だ?

 

 アーサーは白い剣を消し、蒼い剣を両手で握る。

 

「ルドガー……父の為にその身を捧げてくれ」

 

 蒼い剣に光が集束していき、ゴゴゴッと音を鳴らす。

 

 俺もナハトに光の力を集束させ、剣身に白い亀裂を走らせる。

 

 アーサーが剣を頭上に構え、俺も同じように構える。

 アーサーが言霊を唱え、俺もそれに続く。

 

「極光の前には――」

「影すらも生まれぬ――」

 

『ライト・オブ・カリバー!!』

 

 アーサーの剣と俺の剣から光の集束斬撃砲が放たれ、二つの光はぶつかり合った――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話 狂愛

難産……でした……!


 

 

 轟音と爆音、魔力と魔力が鬩ぎ合い、互いの光を斬り裂いていく音が耳を劈き、衝撃波と震動が周囲を襲う。

 

 屋上を破壊してしまうのではないかと思ってしまうほどの事象が発生し、屋上は光に包まれた。

 

 このライト・オブ・カリバーはアーサーの得意技であり決め技の一つだ。この技で多くの魔族を薙ぎ払ってきた。

 

 もしこれが本気の威力ならば、屋上などとうに吹き飛んでいるだろう。吹き飛んでいないということは、アーサーはまだ完全に本気を出していない。

 

「ハァァァ!」

「ウオオオ!」

 

 撃ち放った魔力が尽きるまで光の掃射を止めず、最終的には相殺に終わった。

 屋上は全体的に罅割れ、もう少しで破壊してしまうところだった。

 

 ライト・オブ・カリバー……予想以上に魔力を消費し続ける技だ。

 こんな技をアーサーはポンポン放っていたのか。正に光の権化そのものだな。

 

「……僕の技を使うとは。つくづく僕を苛つかせる」

「そうか、なら使って良かった」

『……』

 

 俺達は再び剣を構える。まだまだアーサーには出していない技がある。俺が知る技だけでもその数は多い。この五年で新たに技を習得しているのならば更に多いだろう。

 

 その点、此方は光神の力を得た。雷神と風神の力もあるが、技と言うよりは現象だ。雷や風を直接操る程度だが、使いようによっては有利に立てる。

 

 そういえば……俺の雷と風の色は黒色だったが、光だけは黒じゃないな。雷神と風神の力を得るまでは黒色じゃなかったが、得てからは色が黒に変わり威力も増大した。

 

 どうして光神の力だけ色が変わっていない?

 もしかして――まだ完全に力を手に入れているわけではない? それとも光だけは特別なのか?

 

 慌ててかぶりを振って思考を停止する。

 

 今はそれを考えてる場合じゃない。目の前にアーサーという強敵がいるんだ、アーサーに集中しなければならない。

 

 それにしても、アーサーはこの戦いを殺し合いと言った。

 だがアーサーからは敵意や怒りを感じれど、殺意までは感じられない。言っていることが矛盾しているが、それは別の真意を隠しているからなのか……。

 

「アーサー、お前……本当に俺を殺す気があるのか?」

「……何が言いたい?」

「殺し合いと言ったな? だがお前からは殺気を感じない。何を考えている?」

 

 アーサーは一呼吸置くと、剣の構えを解いた。

 

「ふぅ……流石に、隠し通せないか」

「……?」

「そうだ。僕は『兄さん』を殺すつもりはない――殺すつもりはね」

「どういうことだ?」

 

 アーサーは空いている左手の指を自分の米神に当てると、そこから白い光を取りだした。

 

「これが何か分かるか?」

「……記憶だろ? 魔法で取りだした……」

「そうだ……此処には父さんの記憶が詰まっている」

「……」

「これだけじゃない……既に僕の手の中には他の兄さんや姉さん達からコピーした父さんの記憶がある」

 

 アーサーは光を頭の中へ戻した。

 

 アーサーが何を言おうとしているのか前々読めない。俺達に親父の記憶があるのは当然だ。

 俺達には親父と初めて会った時から最期の時までの記憶がある。

 どんな姿で、どんな顔で、どんな声で、どんな性格で、全て覚えている。

 

「それだけじゃない。父さんの墓から骨も採取した」

「墓を荒らしたのか!?」

 

 親父の墓は誰にも知られない場所に隠してある。

 腐っても父親だ。墓を建てて祈ることぐらいはする。

 その墓を掘り起こしたってのか? 何故だ? 何故そんなことをする?

 記憶、骨、俺を殺すつもりはない……駄目だ、何にも結びつかない。

 

「兄さん……僕は黒き魔法を研究した。その結果、分かったことがいくつかある」

「……」

「黒き魔法は神々に封印された八番目の属性……いや、原初の魔力だ」

「原初……?」

 

 アーサーは俺との間に七色の光を魔法で投影した。

 

 土色、水色、赤色、緑色、紫色、青色、白色。

 地、水、火、風、雷、氷、光をそれぞれ現しているのだろう。

 

「今でこそ魔力は七つ存在するが――最初は一つだけだった」

 

 七つの光が一つに集まり、黒色に変わる。

 一点の光もない、漆黒の色に。

 

「それこそが『闇』……黒き魔法とは闇属性の魔法だ」

「闇属性……?」

「そうだ――今なら分かる。父さんはこの魔法を探していたんだ」

「親父が? そんなことどうして分かる?」

「それは兄さんが知る必要の無いことだ。重要なのは、その闇魔法をどうやって発現させるかだ」

 

 アーサーは手袋を外した。素肌を晒した手の甲を、俺に向ける。

 そこにはクレセントの黒魔道士達が身体の一部に刻んでいた三日月の刻印と同じものがあった。

 

「まさか……お前も?」

「禁断の果実……あれは僕が作った。拒絶反応を抑える刻印はグリゼルダが……」

 

 アーサーは手袋を填め直す。

 禁断の果実は七属性の魔力を帯びた果実、それを食べた物は皆魔力が上がり強力な魔法を使えるようになった。その代わり適正でない魔力を体内に取り入れたことで拒絶反応が起こり、最悪死に至る者が現れている。

 それを抑えるための刻印が、あの三日月の刻印だ。

 

「あの果実は魔力を強化させる為の物じゃない。服用した者に七属性を付与する為の物だ。結果、元々持っている属性が強くなる副作用が出たが」

「七属性……どうしてそんなことを?」

「言っただろう? 元は一つだけだと」

「――」

 

 合点がいった。

 つまり、闇属性の魔力を生み出す為に七属性全ての魔力を体内に取り入れさせたのか。

 

 だが結果は失敗。それはそうだ。元々持っていない魔力を体内に入れるんだ。魔力が体内を適正に循環するはずも無く拒絶反応だけが起こる。

 

 魔力というのは適正を持って初めて体内を循環することができる。

 火を強くしようとして水を焼べたら火は強くなるか? 消えるだろう。

 それと同じで、根本的に相性が悪く毒にしかならないのだ。

 

「それで? 結果的に失敗してるじゃねぇか」

「いや、そうでもない。拒絶反応が始まる寸前、服用者は確かに闇を発していた。つまり、七属性全てに耐えられる者であれば、闇属性を扱えるという訳だ」

 

 アーサーの目が俺を捉える。

 

 その瞬間、何故だかゾッとした。

 

 アーサーに何かされた訳でもない。だがとてつもなく悍ましい予感が頭を過ったのだ。

 

「兄さん……兄さんとあの子だけなんだ――闇の魔法に耐えられる者は」

 

 俺とララだけ――。

 

 俺とララだけが、七属性全てに適性がある。禁断の果実を食っても、拒絶反応を起こさず、全ての力を高めることができる存在は、俺とララだけだ。

 

「俺に果実を食えって? 食う訳ねぇだろ」

「いや、兄さんにその必要は無い。兄さんは元から闇属性を扱える。ただ、その使い方を知らないだけなんだ」

「……闇属性を使えたとして……結局何が目的なんだ?」

「――だから、言っただろ? 父の為にその身を捧げてくれと」

 

 アーサーが目の前に迫っていた。

 

 先程までよりも速い動きに俺が目が追い付けなかった。

 アーサーの手刀が俺の腹を突き破り、激しく出血する。

 

「うぐっ!?」

「兄さんは何もしなくて良い……ただその身体と記憶を父さんの為に捧げてくれ」

 

 身体の中にアーサーの手以外に何か異物が入ってきた。その異物が腹の奥底に侵食していき、腹を中心に全身へ激しい痛みが走る。

 

「うご――がぁあぁあぁああっ!?」

「最後の記憶は揃った……骨肉も、魔力も、器も。これで兄さんを父さんに変えられる……!」

 

 アーサーの身体から黒い魔力が滲み出す。

 感じたことの無い魔力に驚愕し、これがアーサーの言う闇属性なのだと察する。

 

 アーサーの肩と腕を掴み、腹から手を引き抜こうとするが、より深くアーサーの手が腹の中に食い込む。

 

「うごぁ!?」

「知ってるか兄さん? 原初の魔法は死者すらも蘇らせる……嗚呼……兄さん……! 大好きな兄さんが大好きな父さんになるんだ……!」

「アー……サー……!」

 

 アーサーの瞳が濁っていた。それはもうドス黒く、それこそ闇のようだった。

 

「兄さんはこれから父さんとして生きていくんだ! 兄さんも父さんも僕の下へ戻ってくるんだ! これは罰だよ兄さん! 兄さんが父さんを殺したから! 僕から父さんを奪っておきながら兄さんは去って行った! その罰を受けてよ! 兄さん!」

「ぐっ――ぁぁぁぁあああああああああああああっ!?」

 

 激痛の中、俺の魂を別の何かが塗り替えていく感覚を味わう。

 

 俺の意識は反転していき、真っ黒へと染まり始めた――。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話 魔王と雷鳴

久々に、少し長いです。
感想、ありがとうございます。


 

 

 私が屋上に辿り着いた時、そこにはあのいけ好かないアーサーとかいう光の勇者と、アーサーに抱えられている見慣れない長い黒髪の男がいた。

 

 センセは? センセは何処だ? アーサーと戦ってるはずじゃ? それにグリゼルは何処に行った? 上に逃げたはずなのに……。

 

 見慣れない黒髪の男がアーサーに肩を貸されて立ち上がり、ゆっくりと顔を上げた。

 その顔が見えた時、私の背筋が凍った。

 

 見たことがある――あれは――何処でだったか――?

 そうだ、センセの記憶の中で――確かアレは――。

 

「おと――う――さん?」

 

 そうだ――あの顔は私の父だ。死んだはずの父だ。

 

 え――どうして……? 何で父が目の前にいるんだ……?

 

『ルドガーには生き続けてもらうよ――父としてね』

 

 あの時、あの部屋でアーサーに言われたことを思い出した。

 

「うそ――だ――」

 

 嘘だ、嘘だ嘘だ――そんな、そんなはずはない。アレがそんなはずはない。

 センセが、センセが負けるはずなんてない。あんなに強いセンセが、あんな男に負けるはずなんてない。

 センセは私と契約して誓ったんだ。私の側でずっと守り続けるって。

 センセは約束を破らない。だからアレが……アレが……いやだ……違う!

 

「ハァ――ハァ――!?」

「ララ様!?」

 

 突然呼吸ができなくなり、胸を押さえて蹲る。苦しくて涙がボロボロと流れ出る。

 リインが何か言ってくるが何も聞こえない。

 

「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

「ララ様! しっかりしてください! 貴方! ララ様に何をしたの!? ルドガーはどこ!?」

「――兄さんなら、此処にいるじゃないか」

 

 アーサーの何処か惚けた声だけは聞こえた。

 

 顔を上げてもう一度、父の顔をした男を見た。

 顔付きはどこからどう見ても、センセの記憶で見た父の顔だ。髪の色は違うが、アレは紛うこと無き父だ。

 

 だが来ている服は――センセの物だった。側にセンセの愛剣も落ちており、四肢に装着しているガントレットとレギンスもセンセが身につけていた物だ。

 

「ぁ――あぁ……!?」

「え……? どういうこと……!?」

 

 そんな――どうして――センセ……!

 

「さぁ……父さん、兄さん。僕が分かる? アーサーだよ」

「…………ァー……サー……?」

 

 声までも、センセの声じゃなかった。

 私は頭の中が真っ白になり、どうにもならない感情が押し寄せてきて涙を流すだけだった。

 

「そうだよ、アーサーだよ! 帰ってきてくれたんだね、父さん!」

「……」

 

 センセだって父がアーサーの顔を見つめ、不思議そうにそっとその頬を撫でる。

 

 止めろ……止めろ……それ以上私の前でセンセを消すな……!

 

「……アーサー……『私』の……子……」

「っ――!! そうだよ! 父さん!」

「私は……どうして……?」

「兄さんがね! 兄さんが父さんの為に身体を差し出してくれたんだ! それでね! 僕がね! 闇の魔法を使って父さんを蘇らせたんだ!」

 

 アーサーが、まるで親に褒めてもらいたい子供のようにはしゃいでそう言う。

 それを聞いたリインが口を手で押さえて息を呑む。

 

 父――であるだろうその男は首を傾げ、自分の身体を見つめる。手足を見つめ、身体を触り、魔力を手に灯す。

 

「…………ルドガー……? これは、ルドガーなのか?」

「そうだよ! ルドガー兄さんだよ!」

「そうか……ルドガーの――――良くやってくれた、息子よ」

「――え?」

『っ!?』

 

 父が――アーサーの腹を腕で貫いた。

 

 アーサーは何が起こったのか理解しておらず、首を傾げて貫かれた腹を見る。

 そして口から血を吐き出し、困惑した顔で父を見つめる。

 

「とうさん……ごふっ……なんで……?」

「んん? 不思議なことを言う。私達は――敵同士だろう?」

 

 父がアーサーを放り投げ、アーサーはそのまま意識を失った。腕に滴る血を振り払い、父はニィッと笑みを浮かべる。

 

「フハハハハハハッ! よもや! よもや蘇るとは! それも愛して愛して止まない息子の身体を意図せずして手に入れるとは!」

「……なんだ、アレは……!?」

 

 アレが……父だと? あんなのが私の父親だというのか!?

 

「ま……魔王……!」

 

 リインが口にした。

 

 そうだ……あれは魔王だ。あれは父でもセンセでもない。

 ただのクソ野郎な魔王だ!

 

「んん……?」

 

 魔王が私に気が付き、私の顔を見る。

 目を凝らし、私の顔を凝視して何かに気付いたように顔が弾けた。

 

「おやこれは……誰かと思えば我が娘じゃないか。んん? 何か記憶があるぞ……ほほぅ、そうか。お前はルドガーと共に暮らしているのか!」

「……」

 

 身体に力が戻る。杖を握り締める手も強くなる。

 静かに立ち上がり、魔王を睨み付けた。

 

「これは何とも嬉しいことだ。我が愛する義理の息子と、我が実の娘が共に過ごしている。これを何と言ったか……そう、感動的だ!」

「黙れ……センセの身体で、父の顔でそれ以上囀るな」

「おや……これは……敵意? 実の娘もこの私に敵意を向けるか」

 

 魔王が指を鳴らした。

 それだけで、私とリインは左右に吹き飛ばされ、手摺りに激突した。

 背中から激しい痛みを感じ、空気が肺から全部抜けていく。

 

 今、何をされた? アイツは指を鳴らしただけで魔法を使った気配も無かった。魔力だって練り上げる気配を感じなかった。

 

 私は痛みを堪えながら杖を魔王に向ける。

 

「……それは何だ?」

 

 パチンッ――また指を鳴らす音が聞こえると、杖がへし折られた。フレイ王子に貰った杖が枝を折るようにして簡単に真っ二つになってしまった。

 

「私の――魔王の娘がエルフの真似事か? 嘆かわしい」

 

 パチンッ――。

 

「っ!? ああああああっ!?」

 

 杖を持っていた右手の指が折れた。何か魔法が発動した気配があったが、それは魔王のじゃない。たぶん、私に掛けられている守護の魔法が破られる気配だ。

 

 右手の人差し指が逆に折れ曲がり、内部で出血しているのか青紫色に染まっていく。

 

「これは教育だ……我が娘への……んん? これは……守護の魔法? 誰がそんなものを……」

「っ……」

 

 守護の魔法は父が掛けたと聞いた。なのにコイツはそれを覚えていない?

 やはりこいつは父じゃない、魔王だ。

 

 センセ……センセ……何してるんだ……早く……早く戻ってきてよ……!

 

「このおおおおおお!」

「っ、止せ! リイン!」

 

 リインが剣を振りかぶって、魔王の背後から斬りかかった。

 だが魔王は後ろを見向きもせず、魔力だけで飛び掛かったリインを宙に固定した。

 そして振り向き様に腕を一閃すると、リインの身体に無数の裂傷が生まれた。

 リインは大量の血を撒き散らし、その場に倒れ込んだ。

 

「リイン!」

「エルフが……私に楯突くか!」

 

 魔王が足を上げ、リインの頭を踏み抜こうとする。

 

 私はリインに左手を向け、風の魔法を放ってリインを魔王の足下から遠ざけた。

 魔王の足は床を踏み砕き、驚いた声を漏らす。

 私へと顔を向け、感心したように拍手をしだした。

 

「無言魔法……流石は私の娘だ。いいぞ、もっと見せてくれ」

 

 パチンと指を鳴らすと、私の折れた指が元通りに治った。杖は直っていないが、癪だがこれで満足に手を動かせる。

 

 私は立ち上がり、魔王に向けて右手を向ける。

 

「雷の精霊よ来たれ――ヴォル・ド・ハスタズ!」

 

 雷の精霊魔法で雷の槍を精製し、魔王にぶつけようとした。

 だが精霊魔法は一向に発動せず、魔力が悪戯に消費されただけだった。

 

 私がそれに驚いていると、魔王は残念そうに首をふり、私に手を向けた。

 私の身体は引っ張られ、魔王の下へと引き寄せられる。

 魔王は私の首を掴み締め上げる。

 

「かはっ――!?」

「愚かな……魔王の娘が精霊魔法なんぞ使いおって。お前程度が使役する精霊など、私の前では怯えて出てくるはずもない」

「ぐっ……!?」

「魔王の娘なら娘らしく……受け継がれし力を使え!」

 

 魔王の魔力が私の中に流れてくる。正確にはセンセの魔力なのだろう。

 私の中にある魔族の力を刺激し始め、私の身体から黒い魔力が溢れ出し始める。

 

 これは……まずい……! 強制的に力を引き出されている。屋上にはまだリインがいる。このまま力が溢れ続ければリインを殺してしまう!

 

 私はできうる限りの力を以て魔族の力を体内に抑え込もうとした。

 だが魔王の力に簡単にこじ開けられ、力の放出が止められない。

 

「何を抗う? その力はお前をお前たらしめる物だ。拒んではいけない」

「ち――ちが――! 私――は……!」

「さぁ、見せてくれ。お前に受け継がれた力を……む?」

 

 私の首を掴んでいた手が離され、私は床に落ちる。手を離されたことで力への刺激が無くなり、その隙に私は魔族の力を全力で抑え込んだ。

 

 いったい何が起きた? 何で突然手を離した?

 

 苦しく咳き込みながら顔を上げると、魔王は驚いた顔をして己の手を見つめていた。

 

「……ルドガー……私に抗うか」

「っ、せ、センセ……!」

 

 魔王の手が動き出し、己の腹に穴を空けた。血が私にかかるが、構わず魔王は腹の中で手を動かす。

 

「ぬぅ……!? おのれ、ルドガー! 私を二度も殺す気か!?」

「センセ……センセ! センセ! 負けるな!」

 

 私はセンセに呼びかける。

 今、私にできるのはそれだけだ。センセに呼びかけてセンセの意志を強くさせる。

 魔王に抗っているセンセは腹の中から何かを引き抜き、それを握り潰した。

 白い……骨のようなものだった。

 

「ルドガー!」

「――れの――!」

 

 魔王の口からセンセの声が聞こえた。

 

「――俺の――ララに――! 手ぇ出したなぁああああああああああ!」

「ぐぬぅ!? 私の娘だ! 正当なる私の後継者だ!」

「テメェのじゃねぇえええ! ヴェルスレクス、俺の親父のだあああああ!!」

 

 センセが手を伸ばし、ナハトを引き寄せた。剣身を握り、腹に切っ先を向けた。

 

「っ!? センセダメ!」

「俺のララの前で父親面すんじゃねぇええええええええ!!」

 

 センセはナハトを己の腹に突き刺し、剣身が背中から貫き出た。

 

「ぐおおおおおおお!?」

「俺の身体から出ていけ! 今すぐに!」

「ぐぬぅ……!? 覚えておけルドガー……! 後継者は娘だけじゃない。お前も私の後継者だ。寧ろお前こそが――――ぁぁっぁぁああああああ――!!」

 

 センセの身体から黒い魔力が噴き出し、塵となって空へと消えていった。

 魔力が抜けていった先で待っていたのは、元の姿に戻ったセンセだった。

 センセはナハトに貫かれたまま意識を失い、その場に倒れ込んだ。

 

「センセ!?」

 

 センセを抱き起こし身体を揺する。ナハトに貫かれたままで傷が塞がらず、血がドバドバと流れ出て床を血の池に変えていく。ナハトを抜こうにも重くて私の力では抜けず、魔法で抜こうとしてもナハトの特性で魔法が掻き消されていく。

 

 霊薬で傷を塞ごうとしても、やはりナハトが邪魔をして治せない。

 それにリインも早く手当てをしなければマズい。リインも血を大量に流している。

 私が動揺で混乱していると、背後に誰かが立った。

 

「兄さん……何で……」

 

 アーサーだった。

 腹に穴を空けた状態で、剣を握り締めて私の背後に立っている。

 

「何で……何で……また父さんを殺したんだぁ!?」

 

 アーサーが剣を振り上げた。

 私はセンセを庇うようにセンセを抱き締め、襲い来る痛みに覚悟した。

 

 だが――。

 

 ゴォォォォッ!

 

 雷鳴が轟き、アーサーを吹き飛ばした。

 顔を上げると、そこに立っていたのは紫電を身体からバチバチと吐き出しているゴリラ女だった。

 

「え、えりしあ……?」

「ね、姉さん……?」

 

 ゴリラ女……エリシアはカタナを抜いてアーサーを睨み付ける。

 

「アンタ――いったい何やってんのよ――!?」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話 兄だから?

ご評価ご感想よろしくお願い致します!!



 

 

 エリシアの登場に、アーサーは殴られたであろう頬を手で押さえながら驚いていた。

 エリシアはアーサーを怒りの形相で睨み付けており、今にもそのカタナでアーサーに斬りかかる勢いだった。

 

 だがそうはせず、振り返って私とセンセを見下ろした。エリシアは私の肩に手を置いてセンセから少し離し、ナハトの柄を握り締めて一気に抜き取った。

 血が噴き出すが傷口はすぐに塞がっていき、センセの顔色も良くなっていく。

 

「念の為、アンタの霊薬で回復させておいて」

「あ、ああ……」

 

 どうしてエリシアが此処に? そんな疑問はあったが、言われた通りセンセの首を抱えて霊薬を飲ませた。

 

 エリシアはセンセがもう大丈夫だと安心すると、稲妻の速さでリインを運んで来てセンセの隣に寝かせる。私はリインにも霊薬を飲ませ、全身の傷口に霊薬を注ぎ込む。

 

 傷痕……残らなきゃ良いけど……。

 

「……アーサー」

「っ――」

 

 アーサーの肩がビクッと震えた。

 エリシアはカタナを抜いたまま前に出てアーサーと対峙する。

 

「アンタ……ルドガーに何をしたの?」

「……兄さんを依り代にして父さんを蘇らせたんだよ、姉さん」

 

 刹那、エリシアが稲妻を纏った拳をアーサーに叩き込んだ。今さっきまで私の目の前にいたのに、瞬きする間にアーサーへと接近していた。遅れて雷鳴が轟き、アーサーは遠くへ殴り飛ばされる。

 

 エリシアは怒りからか肩で息をしており、涙すら流していた。

 その涙はセンセが弟の手によって此処までされたからなのか、それとも弟が狂った真似をしたからなのか。

 

「アンタ……いったい何考えてんのよ……!? ルドガーをこんなにしただけでも許されないのに……あのクソ親父を蘇らせた……!? どこまで腐れば気が済むのよ!?」

「ぐ……酷いな姉さん……僕、身体に穴が空いてるんだよ……少しは心配してくれても――」

「自業自得よこの大馬鹿野郎! そのままもう一つ穴空けてやろうじゃないの!」

 

 エリシアの気が大きくなり、空が雷雲で埋め尽くされる。ゴロゴロと雷が鳴り、エリシアの怒り具合を現しているようだった。

 

「クソ親父の気配を感じて飛んで来てみればルドガーは死にかけてるし! そうさせたのがアンタだし! いったい私を怒らせて何がしたいのよアンタは!?」

「……僕は大好きな兄さんと父さんを一緒に取り戻したかっただけだ。その為に多くを犠牲にしてきた! 父さんを見殺しにて! 兄さんを諦めた姉さんに怒られる謂れは無い!」

 

 アーサーが剣を握り締めてエリシアに突撃した。

 エリシアはカタナを振るい、アーサーの剣を受け止める。受け止めるだけでなく、雷をアーサーの身体へと流し、アーサーはそれを光で弾き飛ばす。アーサーは頭上から光の槍をエリシアに向けて放つが、エリシアはもう一振りのカタナを逆手で抜いて振り払い、雷を飛ばして相殺する。

 

 アーサーは腹の傷が響くのか、顔を顰めながら剣を再び振るう。

 しかしエリシアの雷撃と一緒に放たれたカタナによってアーサーは剣を弾き飛ばされ、首筋にカタナを添えられた。

 

「いい加減にしてよ……! 私にアンタを殺させる気!?」

「……姉さんじゃ僕に勝てないよ」

「どうかしらね……今の私は人生で一番腸が煮えくり返ってるのよ……!」

「……」

 

 アーサーは私とセンセを一瞥した。腹の傷を押さえ、ゆっくりとエリシアから離れていく。剣を拾い上げ鞘に収めると、アーサーは悔しそうな顔を浮かべる。

 

「今回は退いてあげるよ……。だけど覚えておいてくれ……兄さんは父さんになれるんだ――グリゼル」

「我が君!」

 

 何処からともなく、ボロボロの姿になったグリゼルが現れ、アーサーの身体を支えた。

 

 己も死にかけているのに、見上げた下僕魂だ。

 

 グリゼルはアーサーを抱えると、一緒に霞となって消えていく。

 最後に、アーサーは私を睨み付けた。

 

 ――兄さんは僕の物だ。

 

 そう唇を動かし、アーサーとグリゼルは消えていった。

 

 アーサーの気配が消えるとエリシアはカタナを鞘に収め、歯軋りを鳴らして拳を握り締める。

 それから私達のほうへと振り返り、急いで駆け寄ってくる。

 

「ガキんちょ、ルドガーの容態は?」

「……怪我は治ってる。だけど意識が戻らない」

「……そっちのエルフの子は?」

「同じだ。でもセンセよりは軽傷だ……まだ」

 

 エリシアがセンセの顔を撫でる。

 

 私は場所をエリシアに代わる。

 

 エリシアは涙を流して、センセが生きていることに安堵した。

 そして涙を拭い、センセを抱き上げる。

 

「一先ず、リィンウェルに戻るわよ。そこでルドガーとその子を休ませるわ」

「ああ……。な、なぁ……」

「何?」

「…………助けてくれて、ありがとう」

「……アンタこそ、ルドガーを守ってくれてありがと」

 

 

 

    ★

 

 

 

 親父が変わり始めたのは俺達がまだ一緒に暮らしていた頃だ。

 急に親父は家から外に出なくなり、何かに苦しんでいるようだった。

 病気か何かかと俺達は心配していたが、親父は堪えているような笑みを浮かべて優しく「何でもないよ。ただ少し、風邪を拗らせただけさ」とだけ言う。

 

 だが親父の容態は悪化していくばかりで、終いには寝たきりになってしまった。

 俺達は親父から授かったあらゆる知識を総動員して親父の病気を調べたが、今思えばあれは病気じゃなかった。

 

 あれは親父の内に住まう狂気が身体を苦しめていたんだと思う。

 

 でなけりゃ、あんなに人族に優しかった親父が、殺戮を始め出すはずがない。

 

 親父の魔族としての特性なのか、それとも別のナニかなのかは分からない。

 だが親父は狂いに狂い、命という命を奪い始めた。

 

 そして忌み嫌っていた魔王という名を使い、魔族を統率し、人族を殺し回っていった。

 

 俺達は、いや、俺の弟妹達は親父から勇者になるべくして育てられた。エリシア達は親父を止めるべく勇者として名乗り出て戦場に赴き、俺も彼らの兄として親父を止めるべく戦った。

 

 だが結局、親父は止められなかった。

 

 俺がこの手で殺した。勇者でもなかったこの俺が、いつか親父が俺に言っていた、「私に何かあったらお前が終わらせるんだ」という言葉通りに、俺が親父を終わらせた。

 

 何で俺なんだ……どうして俺だったんだ……。

 

 最初はそう思った。だけど俺がやらなきゃ弟や妹が親父に殺されていた。

 

 アーサーに憎まれて当然だ……アーサーにとって親父は命の恩人であり、愛を授けた大きな人だ。あの時のアーサーにとって親父は全てだった。

 

 親父が魔王になった時に一番取り乱していたのはアーサーで、一番取り返したいと思っていたのはアーサーだ。

 

 いつか、アーサーは泣きながら俺に頼んできた。

 

『兄さん……! 父さんを……! 父さんを止めようよ……! 家に連れ戻そうよ……!』

 

 そんな約束をしたのに、俺は……アーサーの目の前で親父を殺したんだ。

 

 嗚呼……許せ……許してくれアーサー……! お前を守りたかったんだ! お前を死なせたくなかった! だってお前は俺の弟だから! お前は俺の大切な家族なんだ!

 

 ――父さんは家族じゃなかったの?

 ――兄さんにとって父さんはいらなかったの?

 ――兄さんが殺したんだ……父さんを……僕をォ!

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 気が付けば、俺は叫んでベッドから身体を起こしていた。

 

「センセ!?」

「ッ……!? ラ……ラ……?」

 

 白い部屋着に身を包んだララがベッドの隣に座っていた。

 俺はララの頬に手を当て、そこにいるのが幻覚ではないことを確かめる。

 ララは俺の手を握り、涙を流す。

 

「ララ……」

「センセ……良かった……! やっと起きてくれた……!」

「……?」

 

 やっと起きた……? あれ……俺今まで何をして……?

 

 ――その罰を受けてよ! 兄さん!

 ――私の娘だ! 正当なる後継者だ!

 

「ッ!? アーサーは!? 俺は!?」

 

 そうだアーサーとの戦いで俺は……! 不覚にも魔王の依り代に!

 

「大丈夫! もう終わった……終わったんだ……!」

「おわっ……た……?」

 

 ララはベッドから飛び降りようとした俺の肩を押さえ、驚愕の事実を口にする。

 

「アーサーとの戦いから……センセは眠り続けてたんだ」

「……どのくらいだ?」

「――二ヶ月」

 

 どうやら俺はかなり寝過ごしてしまったらしい――。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話 エピローグ

これにて第三章後継者は終了です(最後駆け足だったかな?)!
次回からは第四章の開幕です!!

応援ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!!


 

 

 あれから俺はリィンウェルに運ばれたらしく、そこから今の今まで二ヶ月間眠り続けていたらしい。肉体に衰えが無いのは傷の再生と同じで、力が作用しているようだ。

 

 目覚めてからララに泣かれ、知らせを聞いて飛び込んできたエリシアに号泣され、リインにはララを泣かせたことへの説教をされた。

 

 騒ぎが一段落付いた後、俺はエリシアから事の顛末を聞かされた。

 

 先ずはそうだな……アーサーのことからだ。

 アーサーはあの場所から逃げ出して、再び行方知らずになっている。腹部に大きな傷を抱えていたらしいが、アーサーなら大丈夫だろうという確信が俺にはあった。

 

 それにあのアーサーが一度の失敗で諦める訳がない。今度こそは親父を蘇らそうと、再び俺達の前に立ち塞がるだろう。

 

 続いてグリゼル。アレも死に体の様だったらしいが、アーサーを連れて逃げた辺り、アレも回復する手立てを用意しているのだろう。魔女ならそう言うのは念入りに準備しているはずだ。

 

 それから、ハーウィルからアーゼルがリィンウェルへとやって来て、グリゼルのことを訊いてきた。

 グリゼルが口にした通り、アーゼルはグリゼルの妹であり、長年グリゼルの行方を捜していたらしい。

 

 ただそれは、姉を心配してではなく、邪悪に染まった姉に鉄槌を下す為に捜していたという。

 グリゼルの顛末を聞いたアーゼルは申し訳なさそうな顔をして俺達に謝罪してきた。

 肉親が齎した不始末に責任を感じ、アーゼルはミズガルでの後始末を任せてほしいと申し出てきた。

 

 だがそれを断ったのは俺ではなくエリシアだった。

 

 ここでミズガルの話に変わる。

 ミズガルの兵士達は皆、アーサーの手によって人成らざる者へと変えられていた。悲しいことに生存者は無しであり、まだミズガルを彷徨っている者達への対応を、リィンウェルの軍が引き受けた。

 

 そしてミズガルに住まう民達だが……皆、魔法に掛けられていたのか暫くの間の記憶が全く残っていなかった。おそらくこれもアーサー、もしくはグリゼルが仕出かしたことだろう。

 

 魔法が解けた今でも、その後遺症で言葉も満足に話せず、思考も上手く働かないといった状況に陥ってしまった。生活がままならなくなった彼らを、エリシアはリィンウェル総出で救済する処置を執った。

 

 どうして他国であるゲルディアス王国のリィンウェルがアーサーの尻拭いをするのかというと、既にアスガル王国の政治は破綻していたからだ。

 

 アスガルの国王は既に死んでいた――否、アーサーの手によって殺されていた。

 

 どうりで城に王族の姿が無かったわけだ。

 たぶんだが、闇の魔法を研究するのに邪魔だったか、それとも――他の理由で殺したのか。

 

 いずれにせよ本来国を治める立場の者達が存在せず、アスガル王国の王都ミズガルは導く者がいなかった。他の街の領主がすぐに治められる訳もなく、事情を知るエリシアが治めるリィンウェルが手を差し伸べたのだ。

 

 そしてどうしてアーゼルの申し出を断ったのかというと、アーゼルが出れば必然的にゲルディアス王であるヘクターが出しゃばってくるだろう。そうなればアスガルはヘクターに食い散らかされる可能性がある。

 

 アーゼルはヘクターがそんなことはしないと言うが、以前から他国への利権を目論んでいた奴だ。この機に乗じて、ってこともあり得る。

 

 いくらアスガルの国が崩壊しかかっていると言っても、エリシアは勇者として了承も無くアスガル王国を吸収することは許せなかった。

 

 リィンウェルはあくまでもいずれミズガルを治める者が現れるまでの間だけ、民達を助けるつもりだ。

 

 だが実際、王族を失ったアスガル王国は瓦解しているのも同じだ。他の街は領主達が治めているからまだ安心であろうが、王族を失ったと知った他国がこの機に乗じて強引に支配って可能性は高い。

 

 アスガルの何処かに王族の血を受け継ぐ者が隠れ潜んでいるならまだしも、このままでは最悪内戦を勃発させてでもアスガル王国を治めようとする者が現れるかもしれない。

 

 アスガルはこれから混迷の時代に入るだろう。その時代を少しでも良くしようと、エリシアは必死だ。

 

 当然、それには俺も手を貸したい。

 何故ならこうなった原因は俺達の弟にあるからだ。エリシアが必死なのも、勇者としてということもあるが、弟の責任を負うつもりだからだ。

 

 エリシア一人で背負わせる気は更々無いが、人族に受け入れられていない俺ができることはあまりにも少ないだろう。

 

 

 さて、次はリインのことだ。

 リインも大怪我を負い眠っていたが、俺よりもかなり早く目覚めていた。

 

 怪我をした原因は、俺が魔王に乗っ取られていた時に負わされたようで、俺はリインに必死になって謝り倒した。

 

 リインは俺がやったことじゃないと言って許してくれたが、俺はかなり気落ちしていた。

 

 何故ならリインの姉、アイリーン先生との約束を、俺が破ろうとしていたからだ。

 リインの怪我が魔王によるモノなら、それは魔王を蘇らせる要因を作らせてしまった俺にある。

 

 怪我はすっかり治り傷痕も残っていないが、万が一なことでもあれば、俺はアイリーン先生に死んでも詫びることができない過ちを犯すことになっていた。

 

 リインを守ると約束したというのに何と言う体たらく……俺は自分の弱さを呪った。

 

 そして、これは個人的で悪いが、俺はもう一つ悔やんでも悔やみきれないことがあった。

 

 それはララに関してだ。より厳密に言えば、ララと親父の関係性だ。

 

 俺はララの前で魔王と言えど親父と同じ顔の奴になってしまった。そして魔王はララを傷付けた。

 ララは親父を知らない。親父の良いところを先に沢山知ってほしかった。

 だけどララに狂気の権化である魔王としての親父を見せてしまった。ララの深層意識では、親父に対する恐怖が生まれているだろう。

 

 これも全て俺の弱さが招いた不祥事。この不祥事をどうやって始末するかベッドの上で悩んでいた。

 

「くっだらな」

「はぁ~?」

 

 そのことを見舞いに来てくれているエリシアに打ち明けると、エリシアはペッと唾を吐くような顔をしてそんな言葉を吐いた。

 

「お前な……親父の悪いところだけをララに見せちまったんだぞ? どうやって親父の名誉を挽回させるか悩むだろ?」

「知らないわよ、そんなこと。そもそもあのクソ親父に名誉なんてあったかしら?」

「ぬぐっ……」

 

 そう言われると、何て言葉を返せば良いのか分からない。

 だって親父は優しかったが、それはあの篩の後の話であり、どう足掻いても親父のしたことは名誉あることじゃない。

 

「確かに育ての親として感謝と恩は感じてるわよ。でもね、クソ親父が私達に何をしたのか、アンタ覚えてるでしょ?」

「……まぁな」

「私達八人意外にも多くの孤児(みなしご)がいたけど、篩に掛けられて皆死んだわ。その中に仲の良かった子だっているもの。クソ親父なんてクソ親父で充分よ」

「……でもララにはなぁ――むぐっ」

 

 エリシアにリンゴを口に突っ込まれた。

 エリシアは呆れた眼をして溜息を吐き、ベッドに肘を突いて頬杖を突く。

 

「いい? はっきり言ってクソ親父は異常よ。それを受け入れて尚、父親として感謝してる私達も異常だけど。そんな異常者に名誉なんてあるもんですか」

「……」

「……ま、でもあの子は賢い子よ。あれが魔王だって分かってるし、父親じゃないって割り切ってたわ」

「そうなのか?」

 

 それは初耳だ。ララからはそんな話を聞いていない。こっちから訊かなかったのもあるが、そんな話をエリシアにはしているのか。

 

 何と言うか意外だ。顔を合わせればやいのやいのと子供のような口喧嘩をする間柄なのに、それなりに信頼関係を築けてると自負している俺にはしてくれなかったのか。

 

 何かこう……ショックというか、嫉妬する。

 

「ね、それよりこれからどうするの?」

「……アーサーのことか?」

「それもあるけど……いえ、そうね。アーサーをどうするつもりなの?」

 

 俺は少し自身に問う。

 答えはすぐに、いや、既に出ている。

 

「アーサーは何が何でも止める。俺達の弟だ。狂気に染まっても、今度こそ助け出して見せる」

「……そう。そうよね……勿論私も今回は出るわ」

「いいのか?」

「良いわよ。だって、私達家族の問題だし」

 

 エリシアは俺の手を取り、優しく微笑んだ。

 

 いつもそうだった。弟達のことで悩んでいると、エリシアがいつも手を貸してくれた。

 長男と長女で力を合わせれば、弟達にしてやれないことは何一つ無かった。

 俺も笑みを浮かべ、エリシアの手を握り返す。

 

 するとエリシアの顔が何故か赤くなり、わたわたとして目を逸らされた。

 

 何だ? 何か恥ずかしいことでもあったか?

 

「そ、そそそ、それで! またエルフの国に帰るの?」

「……」

 

 俺は少し押し黙った。

 

 今まで旅なら、たぶんここで一度エルフの国へ戻っていただろう。

 だが今回は少し悩む。

 

 今、リィンウェルは大変だ。ミズガルへの救援活動に他国がアスガルを侵略させないように予防線を張る必要がある。

 

 それをエリシア達だけに任せるのは気が引ける。元はと言えばアーサーが仕出かしたことであり、アーサーの目的は俺だった。謂わば当事者のようなものだ。それにアーサーは俺の弟。俺がこのまま国戻るのは、筋じゃ無い気がする。

 

 だから、今回は違う答えを出した。

 

「いや、当分は帰らない。お前一人に責任を押し付ける訳にはいかない」

「え? じ、じゃあ……此処に残ってくれるの?」

「ああ……暫く世話になる。一緒にアスガルの問題に取り組もう」

「え――ええ! 当然よね! そうよね! 任せて! アンタ一人ぐらい私が世話するわよ!」

 

 エリシアは立ち上がり、嬉しそうに胸を張ってそう言ってくれた。

 ただ、それには少し訂正する箇所が……。

 

「あ、いや……ララも一緒にいるんだが」

「――――」

 

 途端、エリシアは苦虫を潰したような、悔しそうな、そんな顔を浮かべた。

 

 

 

    ★

 

 

 

 今、俺とララとリインは港へと来ていた。

 二ヶ月も経っていたというのに、エルヴィス船長は律儀に船を待たせてくれていた。

 どうやらエリシアから連絡を受けていたようで、滞在費やら何やらを工面してくれていたらしい。

 エリシアには感謝しかない。

 

 船の整備は万端で、すぐに出発できる状態だ。

 

 その船に、俺とララは乗らない。

 

 乗るのはリインだけだ。リインだけが、一度国へと戻る。

 

「ねぇ、ルドガー。どうしても戻らなきゃだめ?」

「頼むよリイン。俺達の現状を陛下達に報告してくれ」

「……私が死にかけたことなら、あんなの――」

 

 俺はリインの肩に手を置き言葉を止めさせた。

 

「あれは俺の責任だ。だけど、それで別にお前を旅から外す訳じゃない。今回の旅で良く分かった。俺にはお前という力が必要だ。だから報告が終わって、アイリーン先生と顔を合わせてからまた戻ってきてくれ」

「ひ、必要? 本当に?」

「ああ」

 

 俺一人じゃ、ララを守りきることはできなかっただろう。

 不甲斐ない話だが、それが事実だ。

 ララを守るには、リインの力が絶対に必要だ。

 

 それを伝えると、リインは嬉しそうにニヘリと笑い、元気よく頷いた。

 

「分かったわ! すぐに戻るわよ!」

「いや、ゆっくりで良いんだが――」

「ララ様! 少しの間ですがお別れです! ですがすぐに戻ってまたララ様を御守りしますね! あ! シンクちゃんのことも見てきますから!」

「あ、ああ……頼む」

 

 リインは意気揚々と船に練り込むと、はしゃぐ子供のように腕をブンブンと振って船の中に入っていった。

 

「……やかましい牛女だ」

「……それじゃ、旦那。俺達はこれで」

「ああ……世話を掛けるな」

 

 エルヴィスと握手を交わし、彼らは港を発っていった。

 船が小さくなるまで見送り、俺とララはルートに跨がって帰路に就く。

 

「センセ」

「ん?」

「……あれは父じゃないんだろう?」

「……」

 

 ララは前を向いたまま、確かめるように訊いてきた。

 俺は少し黙り、ララの頭を撫でる。

 

「ああ……お前の父じゃない。ごめんな……怖い目に遭わせて」

「……いい。センセと旅をすると決めた時から覚悟してる」

「……今度、一緒に墓参りに行くか」

「え?」

 

 ララが目を丸くする。

 俺は軽く微笑んだ。

 

「親父の墓はこの大陸にある。一回報告しに行こう。俺達は元気に暮らしてるって……」

「……うん」

 

 俺はルートの手綱を握り締め、リィンウェルに向かって走らせる。

 

 今回の戦いは俺の負けだ、アーサー。

 だがアーサー……お前を絶対に見捨てやしない。

 親父の時とは違う。今度こそお前を本当に救ってやる。

 

 その決意を胸に、俺とララとルートは大地を駆け抜けた――。

 

 

 

 

 

 




次章――勇者戦争〈ブレイブ・ウォー〉。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章 勇者戦争〈ブレイブ・ウォー〉
第72話 プロローグ


第四章の開幕です。

勇者戦争――勃発。


 

 

 最強の勇者は誰かと問われれば、凡そ大抵の者達はこう答えるだろう。

 光の勇者アーサー・ライオットと――。

 彼は勇者の中で唯一盾を使う者であり、その盾は魔王ですら破れなかったと言う。

 剣を一振りするだけで黒雲に染まった空が光り輝き、世界を眩い光で照らした。

 

 次点で強いのは誰かと問われれば、凡そ大抵の者達はこの名を口にするだろう。

 雷の勇者エリシア・ライオットと――。

 彼女は人族の東国に伝わるカタナを二振り使い、文字通り雷となって戦場を駆け抜ける。

 彼女の通る道は雷嵐の如く荒れ狂い、神々の怒りと例えられる。

 

 三番目に強いのは誰かと問われれば、凡そ大抵の者達はこう答えるだろう。

 そこまでは比べられないと――。

 地、水、火、風、氷の五人の勇者達は確かに強い。兵士達が戦えば十秒も保たないだろう。

 しかし彼らは圧倒的な力で敵を粉砕することを得意としているが、アーサーやエリシアのように技術までが優れているとは言えないのだ。

 

 それでも彼らは勇者として君臨しており、今でも魔族への切り札として大事にされている。

 

 ところで、最近になって妙な噂が一部の国で立っている。

 水の勇者であるカイ・ライオットが病に伏していると。その病は重く、一時は危篤に状態まで陥ったとか。

 

 真相は明らかではない。噂が立った理由も、水の勇者の姿を彼が治めているローマンダルフ王国の民達はずっと見ていないからだ。

 

 大臣達の話ではカイ王は御健在だと、噂されているようなことは無いと公言しているが、カイが民達の前に姿を現すことは無かった。

 

 そしてもう一つ、氷の勇者の姿が頻繁にローマンダルフ王国で目撃されているというのだ。

 氷の勇者シオン・ライオットとカイが大変仲が良いというのは周知の事実。

 そのシオンが病と噂されているカイの下に頻繁に現れている。

 それが噂を拍車させる要因になっているのだ。

 

 その噂を確かめるべく、エリシアはローマンダルフ王国へ自身の名代として部下を派遣し、様子を窺いに行かせた。

 

 暫くして派遣した部下が帰還した。だが部下はカイに謁見することが叶わず、何故かその場にいたシオンに帰されたと言う。

 

 疑問が残るも、シオンがカイの傍にいるのなら大丈夫だろうとエリシアは判断し、一先ずは自都の問題に努めることにした。

 

 リィンウェルは今やミズガルを唯一支える街になっている。

 

 もう半年前になる。光の勇者アーサーの手によってアスガル王国は事実上の瓦解を迎えてしまい、今や名ばかりの国へと落ちてしまった。

 国を治める王族を皆殺しにし、王都ミズガルを守る兵士達を人成らざる者へと変え、民達を魔法で操り、解けた今でも元の生活に戻れない程の後遺症を残してしまった。

 

 民達へは後遺症が無くなるまでリィンウェルが支援し、ミズガルが他の国に侵略されるのを勇者の名において禁じさせている。ミズガル以外の街も勇者の名において侵略することを禁じ、その件については風の勇者であるユーリ・ライオットも己と自国の名の下に支持しており、それを破ることはエリシアとユーリを敵に回す事と同意義になる。

 

 エリシアが属するゲルディアス王国の国王ヘクター・ヴォルティスは最初、この機に乗じてアスガル王国の領土を手に入れようとしたようだが、エリシアがそれを許さず、更にはエフィロディア連合国がエリシア側に付いてしまったとなれば迂闊に手を出せなくなった。

 

 国に属して国の法に従ってはいるが、それはあくまでも勇者の道理に反しない範囲であり、その一線を越えるのならば例え誰であろうと勇者は不義理を働く者を決して許さない。

 

 かくして、一応アスガルの生命線を維持させることができたエリシアは、この半年間でミズガルの民達の治療と支援、他のアスガル領の領主達と話を付け、アスガル王国が復興するのを手伝い続けている。

 

「うはぁ~~~ん……!」

 

 エリシアは自分の書斎で書類を放り投げてデスクに突っ伏した。

 彼此数週間も徹夜で仕事を続けている。そろそろ休憩したい。湯浴みをしたい。ルドガーに会いたい、ご飯を食べたいと、心が挫けそうになり涙目になる。

 

「お嬢……もう少しで終わりますから辛抱してくだせぇ」

「それ三日前にも聞いた~! 二日前も昨日も! でも全然終わらないぃ!」

 

 補佐に就いているモリソンも草臥れた様子で肩を解し、エリシアの気持ちも分かると頷く。

 

 人事、予算、日程調整、計画書の確認、承認、その他諸々の書類が山のように毎日積まれ、一山片付けたと思えば新たな山が襲ってくる。

 

 それもそうだろう。国でもなく街が王都一つ丸々を囲っているのだ。ゲルディアス王国はエリシアが勝手にしたことだと手は貸さず、リィンウェルだけで面倒を見ている。

 

 リィンウェルから人員を割きミズガルに派遣し、予算も全てリィンウェル、延いてはエリシア持ち。アスガルにある予算にも限りがあり贅沢には使えない。

 

 それにアスガルにはアスガルの法や理念、文化だってある。それを侵害せず守りながら支援を行わなければならない。それを厳正なる調査をしながら計画を練り、不備が無いかを時間を掛けて確認する。

 

 そんな日々を過ごせば窶れもするだろう。寝れても一、二時間程度。これでは仕事の効率も悪くなってしまう。

 

「あぁ~……ルドガーに会いたい」

「……ルドガーが帰るのは二日後ですぜ」

「……明日は絶対に湯浴みする。それで明後日は休むわよ」

「……ま、いいでしょう。他の者達にも休みを与えましょう。流石に士気も落ちれば効率が下がる」

 

 モリソンも休むことを許可した。

 当然である。何せモリソンも休みたいからである。上が休まなければ下が休めない。

 モリソンはモリソンで苦労しているのだ。

 

「はぁ~……早く帰ってこないかな、ルドガー」

「失礼します。勇者様、お客様がお見えになられております」

「お客……?」

 

 

 

    ★

 

 

 

「おら!」

 

 最後の怪物を仕留め、ナハトを背中に背負う。

 

 今、俺達はアスガル領の街の付近に出没している怪物退治にやって来ている。

 

 元々はその街の兵士達の仕事なのだが、彼らでは太刀打ちできないような相手だった。

 そういう場合は王都から騎士が派遣されるのだが、王都は知っての通り壊滅している。救援を得られない彼らに俺達は力を貸して怪物退治をしているのだ。

 

 今し方倒したのは『レーシー』と呼ばれる木の怪物だ。元は妖精の類いだったが、それが毒素を含んだ魔力を吸収して怪物に変貌してしまったものだ。

 レーシーは全身が木の巨人のような姿をしており、木の枝や幹を伸ばして人や動物を襲い自分の栄養にする。

 弱点は身体の何処かにある心臓で、火属性の力で潰せば問題無く倒せる。

 ただ厄介なのは全身が武器であるレーシーに迂闊に近付けないこと。それにレーシーは喰らうだけじゃなく、種子を植え付けて仲間を増やす特性も持つ。

 

 有効な戦い方は常に火属性の魔力を纏うか、レーシーの周辺を燃やすかだ。

 

「センセ」

 

 ララと、こっちに戻ってきていたリインと合流する。

 

「ララ、そっちはどうだ?」

「全部片付けた。レーシーの木片は良い霊薬の素材になる。丁度良い収穫だ」

 

 レーシーの木片を詰め込んだ小瓶を揺らしポーチに戻す。

 二人にも怪物退治を手伝ってもらい、戦いの場数を踏んでもらっている。

 

 もうララは守るだけの存在じゃない。一緒に戦う相棒のような奴だと思っている。

 それにリイン……リインのお陰でララの傍から離れても大丈夫になった。

 彼女も、俺にとっては頼もしい仲間だ。

 

「ならこれで最後か……。戻って領主に報告するぞ」

「んー……人族の大陸って不思議。どうしてこんなに怪物が多いのかしら? ヴァーレンじゃ、そういないのに」

 

 リインがレーシーの死骸を爪先で突きながらそんなことを言う。

 

「あっちは清浄な魔力で豊富だからな。怪物が生まれ難い」

「……人族の大陸でこれじゃ、魔族の大陸はヤバそうね」

「ヤバいどころじゃない。ララが無事に育ったことが奇跡のようだって言える」

「ま、私と母が住んでいた場所は辺境も辺境だからな。怪物も少なかった」

 

 俺達は森を歩き、怪物退治の依頼を受けた街へと戻る。

 街に戻った俺達は領主達から沢山の感謝をされ、報酬として金銭を差し出されたが、国を支援している俺達がそれを貰うわけにはいかない。リィンウェルに買えるまでの水や食料だけを頂いてその街を出た。

 

 もうアレから半年……俺達は未だリィンウェルに滞在している。その間、教師としての仕事はできず生徒達には申し訳ないことをしていると思っている。

 

 本来ならば一度戻ってまた旅をする機会が訪れるまで教師生活に時間を費やしているのだが、今回はそうもいかなかった。

 

 弟であるアーサーが仕出かした責任を兄である俺が取らなければならない。俺にできることはこうした剣を振るうことだけだが、それが役に立つのであれば全力を尽くす。

 

 エリシアの仕事を手伝ってやりたいが、一応あくまでも部外者である俺達ができることは極々限られている。だからこうして身体を動かす仕事を請け負い、アスガルの彼方此方に派遣されているのだ。

 

「しかし……そろそろあっちの様子が気になる頃だな」

「……えー? また私に戻れって言うの?」

「いや、でもなぁ……」

 

 エルフ族に英雄として受け入れられ、居場所をくれたあの国を放置しておくのはどうかとも思う。せめて情報を仕入れ、気に掛けることくらいはしておきたい。

 その為リインにはこの半年の間、何度かあっちに戻ってもらい近況報告のついでに様子を見に行ってもらっている。

 

 だがリインはそれについて不満を感じている。

 自分はあくまでも聖女であるララを守る戦士であり、伝書鳩ではないと。

 

 いやまったく仰る通りなんだが、今自由に行き来できるのはリインだけであり、どうしても頼む形になるのだ。

 

「……たかが数ヶ月じゃない。そんな短い期間でエルフの状況が変わると思って?」

「数ヶ月って……一月で色々変わるだろう?」

「まぁ……人族はそうかもしれないけど。こっちはエルフよ? 寿命が違うんだから、時間の感じ方や流れが全部一緒な訳ないじゃない」

『……』

 

 俺とララは顔を見合わせる。

 

 確かに、言われてみればそうだ。

 エルフ族はその一生が千年以上続くことだってある。最低でも八百年は生きる。それだけ生きる存在が感じる時間の流れなんて、人族では予想も付かないだろう。

 

 俺やララも半人半魔で寿命はたぶん長いほうだろうけど、基本的には人族と同じ時間の感覚だ。既に数百年以上生きている彼女達にとって、数ヶ月など短く感じるのだろう。

 

 盲点だ。盲点だった。

 だがそれを言われてしまえば、今すぐにリインを国へ戻す理由が無くなってしまう。

 

 まぁ……今回は諦めるか。また時間が経ってから様子を見に行ってもらおう。

 

 

 俺達は二日掛けてリィンウェルへと戻ってきた。リィンウェルを発って一週間以上……。

 エリシアは元気に仕事をしているだろうか。

 

 報告の為に城へと向かう。エントランスへ入るドアが独りでに開かれ、中へ入ると何者かが俺の腹へと飛び込んできた。

 

「は?」

 

 その者は腕を俺の背中に回し、力一杯抱き締めてくる。

 いったい誰だと思い、飛び込んできた者を見下ろす。

 

 黒髪の少年、だ……。ララより少し年下だろうか。

 

 俺が困惑していると、その少年は顔を上げて口を開いた。

 

「父さん!」

「――――ん?」

「会いたかったよ父さん!」

「――――んん!?」

 

 少年は俺の顔をキラキラした目で見つめ、『父さん』と呼んだ。

 

 え、父さん……? 誰が? 誰の? ん?

 

 隣に居るララとリインを見ると、絶句した顔で俺を見つめていた。

 リインに至っては剣を半ば鞘から抜き放っていた。

 

「ルドガー先生!」

「え――アイリーン先生!?」

 

 エントランスのソファーに座っていたのか、エルフの大陸にいるはずのアイリーン先生が笑顔で駆け寄ってきた。

 

 その後ろには、もの凄く不機嫌そうな顔をしたエリシアと、やれやれと言ったような顔をしているモリソンがいる。

 

「ね、姉さん!?」

「ルドガー先生! お帰りなさいませ!」

 

 アイリーン先生は驚く妹に反応することなく俺の前で立ち止まり、嬉しそうにニコニコする。

 

 待ってくれ、理解が追い付かない。何でリィンウェルに帰ってきたらアイリーン先生がいるんだ? それにこの子は誰だ? 俺はこんな男の子知らな――。

 

「……?」

 

 いや待て……知ってる……知ってるぞ。いや、俺の知っている子はもっと幼い子だ。

 だがこの目、この顔は……まるでその子が成長したらこんな顔になるんだろうなと言う顔だ。

 

「……シンク?」

「そうだよ父さん!」

 

「…………ええええええええええええええ!?」

「うそおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「はあああああああああああああああああ!?」

 

 俺、ララ、リインは驚愕のあまり悲鳴を上げてしまった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話 エルフと英雄の予言

ご感想、ご評価、よろしくお願いします!


 

 

 落ち着いて今の現状を観察してみよう。

 今、俺はエリシアの書斎室にて微かに震える手で紅茶を飲んでいる。

 依頼から帰り、湯浴みを済ませてYシャツにズボンというラフな格好に落ち着いている。

 

 書斎にいるのは俺以外にララ、リイン、エリシア、モリソンは胃痛がすると言って出て行ったきり戻ってこない。そして対面のソファーでニコニコと俺を見てくるアイリーン先生と、俺の膝上に座っている何故か急成長しているシンク、この五人が書斎にいる。

 

 エリシアは死んだような目をして自分のデスクで手を組んで俺を睨んでおり、ララは隣で澄ました顔をしているが、チラチラとシンクを見ては混乱している。リインはソファーに座らず、ララの後ろに控えているが何かに呆れ返って溜息を吐いている。

 

 そしてアイリーン先生はいつも学校で見ていた格好ではなく、リインと同じような伝統的な戦士の衣装を纏っており、ただでさえ大きかった胸が露出していることで更に視線を惹かれてしまう。リインと違うのは、リインが短いスカートに対してアイリーン先生は長いスカートという所だけだ。

 

 それから俺の膝の上に座ってご機嫌にお菓子を食べている少年……未だ本当にシンクなのか疑ってしまう容姿に性格だが、顔や魔力はシンクのだし、何より俺を心から父と呼んでくれている。

 

 いったいどうしてこんな状況になってしまったのか――俺は考えるのを止めて流れに身を任せることにした。

 

 だってもうどうしようもないじゃん? 勇者の兄でも一度に許容できる現実には限度があるよ。もうそれを超えて掠れた笑いしか出ないんだから、もう知らねぇよ。

 

 ソファーの背もたれに項垂れると、シンクも俺の腹に身体を預けて俺と同じような格好をする。それがどうしてか面白く、シンクの頭を撫でてしまう。

 

 嗚呼……癒やしだ……もう構うもんか。シンクが何で急成長したのかは知らん。でもこの子はシンクであり俺の子だ。それだけで良いじゃないか。

 

「こほん――」

 

 ――ビクンッ!?

 

 エリシアの咳払いによって現実へと引き戻され、俺は姿勢を正す。

 エリシアを見ると、微かにだが雷が荒れてエリシアの周囲で小さくパチパチと弾けている。

 

「……んで?」

 

 ギロリとエリシアは俺を睨む。

 だが生憎とエリシアが望むような答えを、俺は持っていない。

 寧ろ俺が知りたい。どうしてアイリーン先生が成長したシンクを連れて此処に来ているのか知りたいのは俺もなんだ。

 

 その答えを知るべく、俺はアイリーン先生に尋ねる。

 

「その……アイリーン先生はどうして此処へ? それとシンクのことはいったい……」

「そうですね……先ずは何からお話すれば良いか……」

 

 ゴソゴソと、アイリーン先生は小さなポーチに手を突っ込んで何かを探している。

 

 あ――、と……この時点では俺はこの状態に陥らせた存在の顔が頭に浮かんだ。

 

 その顔を何度も何度も殴ってやろうかと思い始め、いやいやエルフの大賢者であり俺の面倒を一番よく見てくださっている方をクソ爺なんかとは思っていない。

 

 だが現実は非情なり――。そのポーチはあの爺さんにしかできない魔法を掛けられている。

 

 いや、アイリーン先生も大賢者に迫る知識を有している。実は先生も使えるのではないだろうか? うん、きっとそうだ。

 

「あ、ありましたわ! 先ずは此方を」

「これは?」

「エグノール・ダルゴニス・アルフォニア校長からのお手紙です」

 

 現実は……非情なり。

 

 目眩がした頭を抱え、差し出された手紙を受け取る。

 

 正直……開きたくない。あの校長のことだ。きっと……きっと予言についてうんたらかんたら語り、その後に俺達にこれから立ちはだかる苦労を突き付け、俺達をそこに向かわせるつもりなんだ。

 

 きっとそうだ……もういっそのこと予言なんて放り投げてララを連れて何処か田舎に引っ越したい。畑仕事なんかしながら金を貯めてララが嫁入する時に全部使ってやる。そうなれば俺は気儘な旅なんかをして最終的に寿命が尽きるまで何処かの山奥にでも身を潜めたいかも。

 

 そんな、どこかの世界の俺が考えてそうなことを願いながら、手紙を開いて目を通す。ララも隣から顔を覗かせる。

 

『拝啓、英雄殿――まぁ、お固い挨拶は無しじゃ。どうじゃね? 其方での生活は快適かの? うむうむ、それは良かったのぉ。此方は先生が居らず生徒達も戦士達も寂しがっておる。

特にアイリー【此処から先一部分の文字が掻き消されている】……』

 

 手紙から目を離し、正面に座っているアイリーン先生を見る。先生は澄ました表情で紅茶を啜っている。

 

 手紙の封を確かめてみた。僅かだが……目を凝らして見なければ気付かない極僅かな、空けられたような形跡が見受けられる気がする。

 

 もう一度アイリーン先生を見る。先生はニコッと微笑む。

 俺とララは何も見なかったことにした。

 

『――という訳じゃ。寂しいのぉ……ララに会えぬのも辛いものじゃ。孫のような子じゃからな。さて、世間話は此処までにして本題じゃ。もう出会っておるじゃろうが、シンクのことじゃ。シンクがある日突然魔力の暴走を起こした。最初はヴァーガスのそれと勘繰ったが、実際は違った。魔力が大きくなり、それに合わせるように身体が成長したのじゃ。性格も知能も育ったが、悪いところは何処にもあらぬ。それはエルフ族の名医が診たから安心しなさい』

 

 俺は膝上に座っているシンクを見る。

 シンクは明るい表情で首を傾げ、茶菓子であるクッキーを頬張る。

 

 シンクは魔王軍の将軍ルキアーノの子供だ。だが普通に生まれた訳じゃないのだろう。何かしらの実験過程で生まれ、魔獣の動力源の一つとして使われる予定だった。

 

 普通じゃないのは百も承知だ。生まれて間もない頃には赤ん坊ではなく五歳程度の幼子。今じゃ、十歳から十二、三歳程度だ。これから先も、もしかしたら急激に成長して最終的には俺をも越すかもしれない。

 

 シンクの頭を撫で、手紙に目を戻す。

 

『このまま此方で面倒を見るのは勿論構わなかった。じゃが、このタイミングで成長したと言うことに違和感を感じての。シンクの運命を占ってみたんじゃ。すると――お主には酷な話かもしれぬが、あの子は戦いの運命におる。それも君と同じ戦いじゃ』

 

 俺は苛立ちのあまりテーブルを蹴ってしまった。ララ達は驚き、シンクはビクンッと怯えてしまった。

 

「あ、ああ!? すまないシンク! 怪我はしてないか? 茶が掛かって火傷とか……先生もお怪我は?」

「んーん、へーき」

「私も大丈夫です……」

「……すまない。シンク、ララと一緒に遊んでてくれないか?

「……うん」

 

 ララに目線で「すまない」と頼み、何かを察したララは頷いてシンクの手を引き書斎から出て行った。リインもララの護衛として一緒に出て行ってくれた。

 

 ふざけるな……ふざけるなよ……何でシンクをこっちに寄越した? 戦いが待っていると占いで出たのなら、シンクを都から出すなよ! 何で……何であんな小さな子まで戦いに巻き込む! そんなに……そんなに予言とやらが大事かよ!

 

 予言予言予言予言……! 予言なんて……俺が壊してやろうかァ……!

 

 握り締めた拳から血が流れ出る。魔力が漏れ出し、ガタガタと周囲の物を動かし始める。

 

「てい」

「あだっ!?」

 

 怒りで興奮していると、額に雷が突き刺さった。おかげで血が上っていた頭が冷え、だだ漏れになっていた魔力を引っ込める。

 

「そこのおっぱいエルフが怖がってるでしょうが」

「おっぱ……あの、私にはアイリーンと言う名前が――」

「煩いおっぱい」

「うぅ……」

 

 ふぅ……エリシアのお陰で何とか冷静に戻れた。

 

 一言皆に謝り、手紙の続きを読み進める。

 

『儂も幼い子を戦いには出しとうない。じゃが……このまま儂らがシンクを預かるよりも、君の傍に居させたほうが良いと判断した。儂を恨んでも良い。じゃが儂らは君とララに読まれている予言を何としてでも成就させなければならぬ。儂の命を差し出してもの。しかしそこで一つ問題が発生した。いったい誰がシンクを君に届けるのか。信頼できる者に頼まなければいけないと悩んでおると、目の前にスイカの如く揺れ動く二つの山が――』

 

 別の意味で頭を抱えた。

 

 あの爺さん……実は裏でアイリーン先生をそんな目で見ていたのか。

 だがその気持ちは分かる。アイリーン先生の胸部は俺が目にしただけでも一番の大きさを誇り、それは魔族よりもご立派ァ! だと理解できる。

 

 ――違う、そうじゃない。何で先生はこの部分を削除してないんだ? さっきのは消し潰していたのに何故?

 

 何故か気恥ずかしくなり咳払いをし、先を読む。

 

『アイリーン先生は快く引き受けてくれた。アイリーン先生は魔法の天才じゃ。ララにも引けを取らぬ。きっとララのお手本になってくれるじゃろう』

 

 ララの手本ねぇ……。まぁ、俺もララに魔法を教えられるが、アイリーン先生程ではないだろう。親父からあらゆる魔法を教えられたと言っても、所詮は敵を殺す為の魔法が殆どだ。それに精霊魔法に関しては俺は触媒が無ければまともに使えない。そこをアイリーン先生が教えてくれるのなら、ララにとってこの上ない成長を促されるだろう。

 

 ――ちょっと悔しいが。いや、悔しくなんてないやい。

 

『さて、此処からは予言の話じゃ。君は黒き魔法と対峙した。兄弟と戦うことになり辛かろう。じゃが君はこのまま立ち止まれぬ。黒き魔法は世界を破滅へと導く。君はこれからより熾烈な戦いへと赴くだろう。その時、決して己を見失ってはいけぬ。君はこの世界で唯一――ララを黒き魔法から守れる存在なのだから』

 

 手紙はそこで終わっていた。

 しかし紙が透けて裏側にも何か書かれているのを見付けた。

 

『――追記。なんやこれから君は古代に関することにも首を突っ込むようじゃからの。何か貴重な品を見付けたら土産にいくつかよろしくの』

 

「でぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 手紙を右手に丸め、黒い雷を込めて窓から空へと投げ付けた。手紙は消し炭すら残らず消失し、空に黒き稲妻が駆けた。

 

「ちょっ、アンタ何してんの!?」

「うるせぇ! いつかあの髭全部剃ってやらぁ!」

「あの、ルドガー先生……」

「あん!?」

 

 怒りのあまり、アイリーン先生に乱暴な口を利いてしまった。

 アイリーン先生はソファーから立ち上がり、佇まいを直し、まるで聖女が祈る如しに跪いた。

 

「このアイリーン・ラングリーブ……この身は全て、ルドガー様の物です。不束者ですが、誠心誠意お努めさせていただきます」

『……』

 

 俺は窓枠に足を掛け、エリシアは俺の肩をガジリッと掴んだ。

 バチバチバチバチと雷が始め、殺気が俺の首筋に当てられる。

 

「ねぇ……ルドガー兄さん……」

「違う……違うぞエリシア……俺は……何も知らない」

 

「言い訳は……空で聞くわよ」

 

 雷神へと変貌したエリシアは、俺ごと窓から空へと駆け上がり、俺は雷神と再び相見えることになった。

 

「こんのおおおおおおおおおおお! やっぱりおっぱいかあああああああああああああ!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話 新たな仲間

ルドガー、女難の相の始まり。


 

 

 エリシアからの制裁(正直、誠に遺憾ある)を受け、俺は頬に紅葉の痕を付けた状態でここ半年間住んでいる部屋に引き籠もっていた。傍ではシンクが大人しく本を読んでいる。

 

 今、女性陣達は話し合いの真っ最中だ。シンクは兎も角としてアイリーン先生が旅に加わることを許可するかどうかを、何故か俺を除け者にして決め合っているのだ。

 

 一応、旅の中心にいるのは俺とララなんだけどな……どうしてか女性陣は俺を話し合いに加えさせてくれなかった。

 

 だから俺とシンクは自室で大人しく待ってることにしたのだ。

 

「……」

 

 ロッキングチェアに座りユラユラと揺らしてシンクを眺める。

 

 容姿と知能からして十二、三歳なのは間違いない。本当に急成長して身体に悪影響が出ていないのだろうか? それに性格も変化している。

 

 普通、性格は育った環境で変わっていくものだと思うのだが。シンクの今の性格は何を基準に構成されたのだろうか?

 

「……シンク」

「何、父さん?」

 

 本を読む手を止め、此方に振り向く。

 シンクを近くに呼び寄せ、シンクを膝の上に座らせる。

 

「本当に身体は何とも無いのか?」

「無いよ。皆心配しすぎだよ」

「それほどお前を大切に考えてるってことだ。その、な……成長する前のことはどれぐらい覚えてる?」

 

 それはシンクが生まれてから俺と出会い、エフィロディアでの事件が終わるまでのことだ。

 ヴァーレン王国に移り住んでからはまぁ……良しとしてだ。

 

 シンクは出会った時から聡明な子だった。もしかしたら自分がどうやって生まれたのかも覚えているかもしれない。

 

 もしそうだとしたら、それをシンクはどう思っているのだろうか。感情を押し殺したり、無理に考えないようにしていないだろうか。

 

 シンクは首を傾げ、う~んと呻る。

 

「たぶん……全部覚えてると思う。生まれた時から大きくなるまで」

「……平気か?」

「平気だよ。だって父さんと姉さんがいるもん。友達だって沢山できたし……友達は驚いてちょっと怖がってたけど」

 

 シンクは少し悲しそうに顔を伏せる。

 

 この子は自分の異常性を自覚している。強い子だ。普通なら自分という存在に怖がったり、認められなかったりするものだ。それなのにシンクはそれを平然として受け入れている。

 

 俺とララがいるから、友達がいるからとシンクは笑みを見せる。

 

 本当に……本当に平気なのだろうか。せっかくできた友達に怖がられたと言っていたが、それは……それは辛いことじゃないのか?

 

「……シンク」

「なーに?」

「……お前は誰が何と言おうと俺の子だ。ちょっと成長が早いだけで、可愛い可愛い俺の坊やだ。ララだってお前のことを大切な弟だって思ってる。それを忘れるな」

「……うん」

 

 シンクの頭を撫で回していると、シンクが思い出したように「あ!」と声を出す。

 

「どうした?」

「父さんに見てほしいものがあるんだ!」

「ほう? 見せてみな」

 

 シンクは俺の膝上から降りると、両腕を後ろに回して隠す。

 

 何か持っているのだろうか?

 

 そう予想していると、シンクは「じゃーん!」と言って両腕を出した。

 

 ――鋭い爪を生やした獣の腕を。

 

「おぅ!?」

 

 その腕には見覚えがある。シンクがワーウルフに変化した時の腕だ。あの時は全身だったが、まさか身体の一部分だけを変化させることができるのか!?

 

「シンク、その腕……!?」

「これだけじゃないよ! えい!」

 

 ピョコン、と頭の上部から狼の耳が生えた。頭の横を見ると人族の耳が消えていた。

 これは完全に部分変化を行えている。魔族や獣族にも形態変化を持つ者はいるが、一部分だけを変化させるのは至難の技だと言う。

 

 それをこの子はこの年で完璧に変化させられている。凄い……凄いとしか言えない。

 

 シンクの両脇に手を入れ、上に持ち上げる。

 

「凄いじゃないかシンク! 部分変化は簡単にできることじゃない!」

「えへへ……! これで父さんの役に立てるかな?」

「っ……」

 

 俺はシンクを降ろし、目線を合わせる。シンクの頭に手を置き、真剣な眼差しでシンクを見つめる。

 

「いいか、シンク……お前はまだ子供だ。力があっても子供だ。お前が危険を冒す必要は無いんだ」

「……でもせっかく力があるのに、使わないのは間違ってるよ」

「どうして?」

「本で読んだ。特別な力を持つ者には特別な責任がある。僕にはその責任がまだ何だか分からないけど……じっと待ってることじゃないと思うんだ」

「……」

 

 シンクは本当に賢い。自分の力が他人に無い物と分かっており、その力を何かに役立てたいと考えている。

 

 その気持ちはありがたい。そしてシンクを戦いから遠ざけることは容易い。

 

 だが果たしてそれでいいのかと迷ってしまう。

 

 シンクは幼くも自分の道を見つけ出そうとして前に進もうとしている。それを妨げるのは教師の……大人のやることではない気がする。

 

 保護者として、親としてならばまだ若すぎると止めるたい気持ちがある。

 

 しかし同時に親として子が此処まで考えていることに感心し、意を汲んでやりたいとも思っている。

 

 これからの旅も危険になるだろう。命のやり取りを行うはずだ。シンクにその力があるかどうか……見極めなければならない。

 

「……分かった」

「父さん……!」

「だけど、俺の言うことは聞くように。お前はまだちゃんとした実戦を知らない。力があれど幼くもある。絶対に無茶はさせないし、するんじゃない。それを約束できるか?」

「……うん! 僕、僕にできることをやるよ!」

「……約束だぞ」

 

 シンクを抱き上げ頭を撫でてやると同時に、部屋のドアが開かれた。

 ノックも無く入ってくるのはどうかと思うが、どうせ彼女達に言っても聞かないだろうと呆れながら、入ってきた人物を見る。

 

 案の定、女性陣が揃って入ってきた。

 

「センセ、話はおわ――」

「まったく、姉さんたら――」

「またルドガーに女が――」

「あらあら……!」

 

 ララ、リイン、エリシア、アイリーン先生がそれぞれ何かを見て反応する。

 視線の先を見ると、俺の腕に抱えられている狼耳を生やしたシンクがいる。

 

 俺とシンクが首を傾げていると、突然エリシアが俺に蹴りを入れてシンクを奪い取った。

 

「ぐぎゃ!? 何を――!?」

 

「可愛いいいいいいいいいい! 何この子こんな姿になれるのぉ!?」

「シンク! シンク! お姉ちゃんにその耳触らせてくれ!」

「シンク君! その次は私に!」

 

「…………」

 

 俺はそっと立ち上がり、アホらしいと思ってロッキングチェアに座り込む。

 

 確かにシンクの姿は獣族の国に行っても見られない。

 

 人族と同じ姿をした状態で獣の一部を持てるのは、人族と獣族のハーフだけ。魔族や獣族の場合は、簡単に言えば四足歩行の獣が人型になっているだけだ。

 

 ――あれ? なら何でシンクは人族の姿をしてるんだ? シンクは魔族じゃ……もしかして血と魔力が濃いだけで人族の血が流れてる……?

 

 ルキアーノはどうやってシンクを生み出したんだ……?

 

「決めた! ルドガー! 私この子の母になる! 私にちょーだい!」

「は? シンクは私の弟だ。お前が私の義母になるなんて御免被る」

「はっ! そうよ! この子の母になれば、それは必然的にルドガーと……!」

「エリシア様! 次! 次私に抱かせてください!」

 

 ……ま、シンクがシンクであることには変わりないか。どんな生まれであれ、シンクは俺の子。もうそれでいいじゃないか。

 

「ルドガー様」

 

 椅子を揺らして思考を放棄していると、アイリーン先生が近寄ってきた。

 

「アイリーン先生、様は止してくれ」

「では私のことはアイリーンと。私も……その、ルドガーとお呼びさせていただきます」

 

 おっと……アイリーン先生、いやアイリーンから先生無しで呼ばれるとこう……くるものがあるな。

 

 ちょっと気恥ずかしくなり視線を逸らし、話し合いの結果について尋ねる。

 

「それで……結局付いてくるので?」

「はい。リインのこともありますし、実はルドガーと一緒に旅をしたいと考えたこともあります。これも神のお導きでしょう」

「……だけど、命懸けになる。リインが目の前で危険に見舞われるかもしれない。俺は貴女の約束を守れたとは思っていない。そんな男の旅路に本当に付いてくるのか?」

 

 アイリーンは一度目を閉じてから頷き、決意を固めた瞳で見つめてくる。

 

「確かに怖いことでもあります。ですが……私達全員で力を合わせれば、その恐怖を乗り越えられるのではないかと考えました。ですからお願いします。私も連れて行ってください」

 

 アイリーンは俺の手を握ってきた。微かに震えている。

 

 怖いはずだろうに……どうして俺の周りの女達はこんなにも強かな人が多いんだ。

 

 俺は「ハァ……」と諦めの溜息を吐き、アイリーンに向かって頷いた。

 

「分かったよ……これからよろしく、アイリーン」

「……! はい! 不束者ですが、よろしくお願いします!」

「いやあの、その言い方は似つかわしくないというか、誤解を招くというか……」

 

 チラリ、とエリシアのほうを見た。

 エリシアの目からは光が消え、ララはシンクをエリシアから遠ざけていた。

 

「……ルドガー?」

「……だから違うんだって」

 

 その日、俺は二度目の紫電をこの身に喰らうこととなった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話 その頃――

導入部分なので短めです。


 

 

 何処かの国の何処か――。

 

 光の勇者アーサーは腹に巻かれた包帯を剥ぎ取り、傷を確認する。

 魔王――父に貫かれた腹の穴は塞がってはいるものの、大きな傷痕が残ってしまっている。

 

 魔王の魔力は触れただけで死に至る恐ろしい力だ。それでも生きているということは、あの時はまだ完全に復活していなかったのか、依り代が兄であったからその力が無くなったからなのか。

 

 アーサーはいつも身に纏っているコートを着込み、外へと出た。

 そこは森の中にある洞窟であり、新鮮な空気を肺へと入れては吐き出す。

 

 ミズガルから逃げ出したアーサーはグリゼルに此処へ運ばせ、共に怪我を癒やした。

 グリゼルに至っては死にかけており、回復には少々手間取っていた。今ではもう回復しきっており、アーサーの為に各地で動き回っている。

 

「……」

 

 アーサーは首に掛けている盾のアクセサリーを手に取り、感触を確かめるように確りと握り締める。

 

「……?」

「――メテオキャノン!」

「――!?」

 

 アーサーが何かを感じ取ったその直後、上空から大きな炎弾が飛来してきた。

 アーサーは手に光の剣を出現させて炎弾を斬り裂く。

 

地顎掌(じがくしょう)!」

 

 そのすぐ後にアーサーの足下から岩の牙が沸き起こり、アーサーに噛み付こうとしてくる。

 アーサーは剣を足下に突き刺し、光の力を噴射させる。そうすることで岩の牙を全て破壊する。

 

 光の剣を地面から抜き取り、光の刃を二撃、正面と上に放つ。

 その刃は赤と黄の閃光に斬り裂かれ、二つの光はアーサーの前に着地する。

 

 一人は火のように赤い髪をし、緑色の瞳をした青年。

 一人はスキンヘッドで、琥珀色の瞳をした筋骨隆々の青年。

 どちらも素肌に赤と黄のジャケットを着た格好であり、一見すると喧嘩屋のように思える。

 

 アーサーは洞窟へと手を伸ばし、中に置いてある愛剣を手に引き寄せた。鞘から抜き取り、双剣を構える。

 

 少し睨み合った末、赤髪の青年が大きく笑う。

 

「――ハハハハッ! おいおい、そう警戒するなよアーサー!」

「ウム、兄者の言う通り。剣を収めよ、弟よ」

「……」

 

 アーサーは剣を鞘にしまい、光の剣を消した。

 

「久しぶりだな――ライア、ガイウス」

 

 アーサーがそう言うと、名を呼ばれた二人は笑みを浮かべる。

 ライアと呼ばれた赤髪の青年は嬉しそうにアーサーへと近付き、馴れ馴れしく肩に腕を回す。

 アーサーはそれを拒絶することはせず、ただされるがままにしている。

 

「久しぶりだな! 三年ぶりか? いやもう四年か? まぁ元気そうで何よりだぜ!」

「お前から手紙を受け取った時は我が目を疑ったがな。無事で何より」

「……咎めないんだな?」

 

 アーサーは努めて冷静に、二人に尋ねる。

 ライアは目を丸くした後、ニマニマとしてアーサーの頭をこねくり回す。

 

「咎める訳ねぇだろ。可愛い可愛い弟が命張ったってのに、咎める奴は兄貴じゃねぇ」

「お前が無事で何よりである」

「……そうか」

 

 それに安堵したのか、漸くアーサーは肩から力を抜いた。

 ほんの僅かだが、表情に余裕が見て取れる。

 

 ライアは肩を組んだまま、あることを尋ねる。

 

「で? 兄貴は強かったか?」

「……ああ。昔より遙かに」

「クハッ! そうかい! そうかい! そらぁ朗報だぜ! なぁ! ガイウス!」

「ウム、それでこそ大兄者(おおあにじゃ)というもの」

「クハハハハハ――――で、親父は? 魔王だったのか?」

 

 ギラついた笑みを浮かべたまま、ライアは興奮を隠さずアーサーに尋ねる。

 アーサーは一瞬戸惑うも、素直に頷いた。

 それにライアはより一層深い笑みを浮かべる。

 

「ぃやっぱりな! そうでなくちゃなぁ! 親父ィ! アーサーを思えば優しい優しいお父様であってほしかったが、この退屈な日々を壊してくれるのは魔王だけだ!」

「……」

「よぉーし! アーサー! 次だ! 次はどうする!? まさかたった一度の失敗で諦めるなんて言わねぇよな!?」

 

 ライアは炎を纏った拳で何度も宙を殴り付け、戦いに疼く身体を収めようとする。

 

 ライアの言う通り、アーサーはヴェルスレクスの復活を諦めていなかった。

 ルドガーが依り代になれることは実証され、実際に闇魔法でヴェルスレクスを蘇らせることに成功した。

 失敗したのはルドガーの魂が強く、復活したばかりのヴェルスレクスでは抗いきれなかったこと。

 ならば今度はもっとルドガーの魂を弱らせるか、ヴェルスレクスの魂を強くするかだ。

 

 その為の方法を、既にアーサーは頭に描いていた。

 

「ライア、ガイウス……何処まで俺に付いてこれる?」

 

 アーサーはその策を成功させる為に、二人に覚悟を問うた。

 

「ハッ! ハッハァ! 水臭いこと聞くんじゃねぇよ! 今度は俺達も最後まで出るぜ!」

「ウム、兄者の向かうところ我あり。弟よ、我が拳を存分に使うのだ」

「……良いだろう。なら手始めに……カイを手に入れるぞ」

 

 アーサーの蒼い瞳が、一瞬だけだが赤く、妖しく光り輝いた――。

 

 

 

    ★

 

 

 

 ゲルディアス王国第二首都リィンウェルにて――。

 

 今日、俺は休みであった。奇しくもエリシアも休みであり、エリシアは久々に兄妹水入らず一緒に過ごしたいと言ってきた。それも二人きりでと念を押してきて。

 

 まぁ、リィンウェルから離れない限りはララも安全だろうし、リインやアイリーンもいる。守護の魔法もほぼ完全になっており、勇者や魔王、精々魔族の将軍並みじゃなければ早々破れなくなっている。

 

 別に良いぞと返事をすると、何故か城から一緒に出ず、外で待ち合わせることになった。

 

 普段着で行こうとしたらララにもの凄く咎められ、リィンウェルで流行っているジャケットやズボンを着せられて外に出された。

 

 その時、少しだけララがムスッとしていたのは何故だろうか。そんなに見窄らしい格好だっただろうか。

 

 取り敢えず、待ち合わせ場所である街の噴水場にやって来た。エリシアはまだ来ていないようで、待つことにした。

 

 それから暫くし、後ろから声を掛けられた。

 

「お待たせ、ルドガー」

「ん? ああ、別にそんなに待って――」

 

 振り返って、言葉を失った。

 

 エリシアは普段、紫色のジャケットを着ている。

 しかし目の前にいるエリシアの格好はいつもと違っていた。

 

 ポニーテールだった髪は下ろされ、黒いシャツの上に白いお洒落なジャケットを着ており、黒いスカートとストッキング、白いブーツを履いていた。顔を見るといつもと違う、気合いの入った化粧をしており、薄い口紅を塗っているのが分かる。

 

 ――あれ? エリシアってこんなに……美人だったっけ……。

 

「……る、ルドガー……?」

「――ぁ、いや、大丈夫だ。その……お前のそういう格好をあまり見てこなかったか」

「へ、変、かしら……?」

「いや……似合ってるさ。言葉を失うぐらい」

「~~~っ」

 

 エリシアは顔を赤くして後ろを向いてしまった。

 

 何故だろう……感想を言った俺も何か恥ずかしく思えてきた。

 落ち着けルドガー。相手は妹、相手は妹。血が繋がらなくても妹。

 しっかりしろルドガー。

 

「あ~……じ、じゃあ行こうか。休み、今日しかないんだし、楽しもう」

「そ、そうね! そうしましょ!」

 

 エリシアは俺の手を掴み、俺を引っ張るようにして歩き始めた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話 兄妹水入らず

トップページに、ララとリインのイメージイラストを載せてみました。
拙い出来映えですが、少しでも想像しやすくなれますように。


 

 

 最初に向かったのはリィンウェルの大通りにある市場である。此処にはあらゆる物が売られており、見慣れた物から珍しい物まで揃えられている。

 

 最初にララを連れてリィンウェルにやって来た時も、ガラス細工屋でアネモネをモチーフにしたガラスのブローチを買ってプレゼントした。あれには半永久保存の魔法を掛けており、俺の魔力が完全に尽きるまで壊れないようになっている。

 

 ララは今もそのブローチをずっと身に付けている。

 

「さ! ルドガー! 何か欲しい物はある!?」

 

 エリシアは俺と手を繋いだまま意気揚々と尋ねてきた。

 

 欲しい物、と言われても俺にはそこまで物欲が無い。強いて挙げるなら教材に使える物か、戦闘に使える物かになってしまうが、それはこの場では相応しくないだろうと言うことは承知している。

 

 エリシアは兄妹水入らずのこの時間を楽しみたいと思っているはずだ。そこに生徒の為にとか戦いの為にとか口に出してしまうのは間違い。あくまでもエリシアは俺『に』楽しんでもらいたいと思っているはずだ。

 

 しかし欲しい物か……何かあるか……。

 

「あー……エリシアは何かあるのか?」

 

 欲しい物が思い浮かばなかったので、逆にエリシアに尋ねてみる。

 

「私? んー……ご飯?」

「まだ昼前だぞ?」

「し、仕方ないじゃない! 朝ご飯足りなかったんだもん……」

「じゃ、まぁ……食べ歩きしながら見て回ろう」

「――え、ええ! そうね!」

 

 エリシアは俺の手を離さず、そのままズンズンと歩いて行く。

 

 思い返せば、エリシアとこうして二人きりで出かけたことは無かった。

 親父と暮らしていた頃は勉強と鍛錬の毎日だった。娯楽と言えば、食料を調達する時の狩りや漁ぐらいだった。

 

 最初は俺と親父だけだったが、最初に出会った妹はエリシアだ。エリシアは山に捨てられて衰弱死寸前の状態だった。俺と親父が見付け、親父の魔法と俺の看病でエリシアの命は助かった。

 親父にエリシアの面倒を押し付けられてからは、エリシアが元気になるまでずっと一緒だったのを覚えている。

 

 その後も何人かの子供達が親父によって拾われ、または奴隷市場で買われ、俺とエリシアで面倒を見ては家族のように過ごした。

 

 結局、その子達は親父の篩に耐えられず死んでしまったが……。

 

 何だよ、エリシアと兄妹として遊んだことなんてねぇじゃんか。ならこれが初めての遊びになるのか。

 他の弟達とだって大戦が終わってからも顔を合わせることも無く、人並みの娯楽を共有したことがない。

 

 そう考えると、この時間がとてもかけがえのないモノに思えてきた。

 

 エリシアと食い物屋を回り、肉や果物を食べながら大通りを横に並んで歩く。

 

「それ美味そうだな」

「美味しいわよ~。はい」

 

 エリシアが生地に包まれたフルーツを口元に差し出してきた。それを囓ると何とも言えない甘さと生地の食感が舌を喜ばせてくる。

 

「ねね、私にもそれちょーだい」

「肉だぞ? デザートに合わないんじゃ……」

「ルドガーだって同じじゃない。あ~ん」

「ほらよ」

 

 俺が持つ串に刺さった肉を差し出し、エリシアは俺の食いかけの肉を頬張る。

 美味そうに食べるその顔は、贔屓目じゃなくても可愛いと思う。

 

「あ! ルドガー! 服! 服みましょ!」

「服? 欲しいのか?」

「違うわよ! 定番でしょ!」

「……?」

 

 何が定番なのか分からないが、エリシアが定番と言うのならそうなのだろう。

 

 服屋に入り、エリシアはもの凄い勢いで服を見ていく。時折気になったのがあれば俺に重ねて俺に似合っているか確かめては服を戻し、また気になったのを見付けたら俺に重ねて確かめる。

 

「う~ん……結構なんでも似合うわね」

「まぁ、身体は鍛えてるし、顔も良いほうらしいし?」

「……女に言われたの?」

「エルフのな」

「……私もエルフの国に移り住みたい」

「諸々の問題を片付けたら、来たら良いさ」

「え?」

 

 今すぐにとは難しいだろう。アスガルの件もあれば、国的にも色々と面倒な手続きやら説得やら何やらあるだろう。それらさえ片付ければ、エリシアが国を去るのは問題無い。

 

 エルフ側だって、勇者を受け入れるのは光栄だと言って拒否はしないだろう。

 半人半魔の魔王殺しや、魔王の娘で聖女を受け入れてるんだ。勇者ぐらい何てことないさ。

 

「……いいの?」

「俺が断る理由なんて無いさ。また昔みたいに暮らせるのなら、それは良いことだろう」

「……うん。じゃあ、そうする」

 

 ――ん? 何で顔を赤くしてるんだ? 俺の台詞に何か恥ずかしい所あったか?

 

「つ、次行きましょ!」

「え? お前の服は良いのか?」

「い、いいの! ほら、行こ!」

 

 俺はエリシアに引かれて店の外へと連れ出され、そのまま大通りを歩く。

 エリシアが良いのなら良いが、服の一着や二着ぐらいなら買ってやれるのに。

 

 次に訪れたのは小物を扱っている雑貨屋だった。綺麗なアクセサリーや部屋の装飾品等を取り扱っている。

 エリシアはその一つ一つを吟味し、自分に合っているかどうかを見定めていく。

 

 チラリ、と反対側の通りを見ると、そこにはララと入ったガラス細工屋があった。あそこにも綺麗なアクセサリーが売っているが、別の女性と同じ店で買うというのはダメだと言うことぐらい、俺も理解している。

 

 エリシアに何かプレゼントするならこの店か、別の店にしたほうが良いだろう。

 

「……ん? 店主、これは?」

 

 品物を見ていると、側に立て掛けられている看板が目に入った。

 

「はい、それは今やっているイベントでして。彼方にご用意している砂場から宝石を探し出す遊びをしていただき、見つけ出した宝石でアクセサリーを制作いたします」

「宝石? 太っ腹ねぇ……」

「いえいえ勇者様。宝石と言っても宝石店に並べられるような価値のある物ではないのですよ。言うなれば、宝石のような綺麗な石です」

 

 店主はカウンターから見本を出して見せてくれた。綺麗な石というが、宝石と言われて出されてしまえば一瞬でも信じてしまうほどの美しさだ。

 

 これらが低予算――子供のお小遣い程度の値段で手に入るのか。

 

「へぇー……綺麗ね」

「如何です? プランとして職人に制作を依頼する他に、お客様ご自身でお作りになられるものもありますよ」

「……エリシア、作ってやろうか?」

「え? いいの!?」

 

 本当はちゃんとした宝石を贈るのが是なんだろうが、エリシアの目が訴えていた。

 

 これ欲しい、と。

 

 専門の職人に比べれば落ちたもんだが、俺もアクセサリーぐらいなら作れる。見たところ、店の奥に専用の道具もあるようだし、作れないことはないだろう。

 

「店主、俺にやらせてくれ」

「かしこまりました」

 

 店主に金を払い、砂場へと案内され、スコップと篩を渡される。どれだけの宝石がこの砂の中に埋まっているのか分からないが、せめてエリシアに似合う宝石が手に入ってほしいものだ。

 

「それでは始めてください。制限時間は三分です」

「うっし!」

 

 スコップを砂に突き刺し、すくって篩へと砂を入れる。篩を振れば砂が落ちて砂に紛れ込んでいた石が現れる。

 

 残念ながら一発目はただの小石で宝石では無い。小石を退かし、もう一度砂をすくって篩へと入れる。篩を振るうと今度は青色の宝石が一つ現れた。だが少し小さくて見栄えが無い。

 

 中々満足いく物が採れないな。まぁ、そう簡単にホイホイと採れてしまえば、店の商売としては破綻するか。

 

「ルドガー、頑張って」

「任せな」

 

 その後も何度も何度も繰り返し、制限時間ギリギリのところで漸く大きな宝石を手に入れることができた。

 アメジスト色の宝石で、大きさもそこそこあって見栄えも良い。

 

「おめでとうございます。中々良い物を見つけましたね。ではどうなさいます? 職人にお任せするか、ご自身でお作りになりますか?」

「自分で作るよ。道具は貸してもらえるんだろ?」

「はい」

 

 加工場へと案内され、俺はアクセサリーの製作に取り掛かった。

 暫くして、アメジストの宝石を組み込んだバングルが完成した。宝石の大きさに合わせて太めのバングルになったが、それでも美しい出来映えだと自負できる。

 

 俺は早速それをエリシアにプレゼントする。

 

「ほら、できたぞ」

「わ……綺麗……いいの?」

「お前の為に作ったんだから、良いに決まってるだろ」

「……ありがと! 嬉しい!」

 

 エリシアはバングルを左腕にはめ込み、嬉しそうに撫でた。

 エリシアの喜んだ顔が見られ、作った甲斐があったというものだ。

 

「半永久保存の魔法も組み込んだから壊れることは無いぞ」

「ぜーったいに壊さないわよ!」

 

 嬉しそうに笑うエリシアと一緒に店を出る。

 さて、次は何をしようかと考えていると、一人の兵士が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「ゆ、勇者様ァー! グリムロック様ァー!」

 

 俺は俺に対する呼び方にガクッと肩を落とした。今時そんな通り名で俺を呼ぶ奴は、リィンウェルの他に俺を貶す奴らだけだ。未だにグリムロックと呼ばれるのに慣れない。というか慣れたくない。

 

 兵士は俺達の前で立ち止まると、膝に手を付いて呼吸を乱れさせる。

 随分と急いで探し回ったんだろう。いったい何事だ?

 

「何? どうしたの?」

「ろ、ローマンダルフ王国から特使が! 水の勇者カイ様が凶刃に倒れられたと!」

「何だと!?」

 

 カイが……カイがやられただと!? 馬鹿な、いったい誰に!?

 

「そ、それから! 特使は氷の勇者シオン様です! シオン様もお怪我をなされております! 至急、城にお戻りください!」

 

 俺とエリシアは頷き、兵士を置いて城へと急ぎ戻るのだった――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話 氷の妹

短めです。
とうとう氷の勇者の登場です。


 

 

 城へ戻り、エリシアの書斎室ではなく、大会議室へと向かう。そこにシオンはいるようで、俺達の帰還を待っているらしい。

 

 大会議室のドアを潜り中へ入ると、そこにはララ、シンク、アイリーン、リイン、モリソンの五人もいた。

 

 椅子に座る白髪の女性の具合をララが見ており、テーブルの上には空の小瓶がいくつも置かれていた。

 

「ありがとう、もう大丈夫よ」

「そうか」

 

 どうやらララは霊薬を使って女性の怪我を治していたようだ。

 

 白髪の女性は俺達に気が付くと、アクアブルーの瞳を此方に向けてくる。

 彼女こそがシオン・ライオット。勇者兄妹の末妹であり、氷の力を有する勇者だ。

 シオンは椅子から立ち上がると、凄まじい勢いで俺達に駆け寄ってくる。

 そしてシオンは――――俺に跳び蹴りを食らわし、俺は壁まで吹き飛んだ。

 

「お姉様! お兄様が! お兄様が!」

「あーはいはい。分かったから落ち着いて」

 

 俺を蹴り飛ばしたシオンは泣き顔を浮かべてエリシアに縋り付く。

 

 あぁ……何だかもの凄く懐かしい感じ。よくシオンにはこうやって暴力を振るわれてたっけか。五年経って大人になった今ならそれも引っ込んでると思ってたけど、どうやら健在らしい。

 

 壁に食い込んだ身体を引っ張り出し、ゴキゴキと全身の骨を鳴らしながらエリシアとシオンに歩み寄る。

 

 ほら見てみぃ。ララ達が驚いて固まってるじゃないか。

 

「シオン、いきなりご挨拶だ――」

「黙ってろクソ兄」

「……ぐすん」

 

 拝啓親父殿――我が妹の言葉に早くも心が折れそうです。

 

 床に項垂れている俺を余所に、エリシアとシオンは話を進めていく。

 

「お姉様! お兄様をお助け下さい!」

「分かってる、分かってるから。先ずは落ち着いて、何があったのか話して」

 

 エリシアはシオンを落ち着かせて椅子に座らせ、自分も椅子に座る。他の皆も俺を心配する視線を向け(リインだけは呆れた目で見ていた)、空いている席に座る。

 シンクだけは俺の傍に来て「大丈夫?」と訊いてくれた。

 シンクの心に癒やされた俺はシンクを抱きかかえ、一緒の椅子に座る。

 

 シオンは一息吐いてから、何があったのか話始めた。

 

「いきなりでした……。私とお兄様の前にライアとガイウス、それからアーサーが現れたんです。アーサーがお兄様に一緒に来るよう申し出た時、お兄様は魔法でアーサー達を阻んだのです。それから……」

 

 シオンは少し辛そうな表情を浮かべる。

 

「それから……激しい戦闘になって、私はお兄様と一緒に戦いましたけど、ライアとガイウスは兎も角、アーサーに勝てずお兄様は私を庇って――!」

 

 シオンはその時のことを思い出したのか、再び泣き出してしまう。エリシアがシオンの肩に手を置くと、シオンは益々涙を流す。

 

「その時お兄様が言ったんです『大兄上を頼れと』……! その後お兄様の魔法で強制的にリィンウェルに飛ばされたんです! 今頃お兄様が彼らに何をされているのか……!」

「シオン……っ、あの子は何でまたそんなことを……!」

 

 アーサー……今度はいったい何を企んでいる? しかも今回はアーサーだけじゃない。ライアとガイウス――火と地の勇者がアーサーに付いている。

 アーサーの最終的な目的は親父の復活なのだろう。その手段として二人を味方に付け、カイを狙った――そう言うことなんだろうが、どうしてライアとガイウスはアーサーに付いた?

 まさか二人も魔王復活を望んでいる? 何の為に? アイツらもそんなに親父に執着していたのか?

 それにどうしてカイを狙った? 復活にカイの『力』が必要だったのか?

 

「ねぇ、父さん」

「ん?」

 

 シンクが俺を呼んだ。

 

「カイって人は父さんの弟……なんだよね? どうして兄弟で戦いになったの?」

「どうして、か……。おそらくだが、カイはアーサーの魂を『視た』んだろう。カイは万物の魂を視認することができる。魂は生物の本質だ。嘘も偽りも隠せない。悪意や善意も見抜ける。だからカイはアーサーが良からぬことを企んでいると見抜いて――」

 

 そこまで口にして、俺は何かに思考が引っ掛かった。それが何なのか確かめる為に、今話した内容を頭の中で復唱する。

 

 カイは魂を視ることができる……それはどの勇者にも無いカイだけの力。

 魂……魂……魂……もし魂を視るだけじゃなくて触れる、つまりは干渉することが可能ならば? その術をアーサーが心得ていたら? 親父の魂を手中に収める算段を付けていたのなら?

 

「……父さん?」

「ルドガー……? どうしたの?」

「……シオン。カイはアーサーと敵対したんだな?」

「ぐずっ……そうよ」

 

 ならカイはアーサーの企みに決して屈しない。そういう男だ、カイは。

 だが今のアーサーがそれを是とする訳がない。何かしらの方法で力を使わせるか、それとも力を奪い取るかもしれない。それを許すカイじゃない。

 

 俺は立ち上がり、エリシアに伝える。

 

「エリシア、俺は今すぐにローマンダルフ王国へと向かう」

「えぇ!? 今から!? いや、カイを助けに行くのは当然だけど準備とかあるでしょう?」

「時間が惜しい。早くしないとカイが……」

 

 シオンを見る。此処であくまでも可能性の話を彼女に聞かせて取り乱させる訳にはいかないが、重大さを伝えるためには致し方ないか。

 

「――カイが死ぬ」

「――ッ!?」

 

 シオンが驚愕と恐怖に満ちた表情を浮かべて立ち上がった。

 

「なんで……なんでそんなこと言うのよ!?」

「落ち着け、まだ死んだとは言ってない。だが時間が経てば経つほどカイの命は危ぶまれる。アーサーはおそらくカイの魂を視る力を利用するつもりだ。それをカイは拒んだ。カイは力の重要さを自覚している。アーサーを拒んだということは、力を使わせないという意思の表れ。カイがアーサーに掴まったのなら、力を使われるもしくは奪われる前に自死するだろう。そういう奴だろう、カイは」

「ぁ……!」

「……確かに」

 

 カイをよく知るシオンとエリシアはその可能性があると納得する。

 

 そうだ、だから急いでカイを見つけ出さなければならない。その為には今すぐに王国へ向かう必要がある。そこにカイが居なくても、居場所の手掛かりが無いかを探さなければ。

 

「センセ、じゃあ早く行こう」

 

 ララが立ち上がってそう言う。

 だが俺はそれに首を横に振る。

 

「いや、一緒にはいけない」

「何で!?」

「ローマンダルフ王国は大陸の最東端だ。此処から徒歩で向かえば何十日も掛かる。そんなに時間は掛けてられない。空を飛べる俺なら最短ルートで向かえる。お前達は来るなら後から――」

 

「――いいえ、それよりもっと良い方法があるわ」

 

 エリシアが言葉を遮った。

 

 良い方法? 転送魔法でもやるのか? あれはかなり危険だぞ?

 

 首を傾げていると、エリシアは指をピッと立てて言う。

 

「皆で空を飛べば良いのよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78話 スカイサイファー

ご感想、ご評価よろしくお願いします!!



 

 

「……は?」

 

 エリシアの提案に呆れた声が漏れた。

 

 そりゃ全員が飛べれば問題無いが、それができないからこその俺の話だろう?

 それとも何か? リィンウェルには安全が保障された飛行道具でもあるのか? あるんだったら貸してほしいところだが、ララ達がそれを乗りこなすまで待っていられないぞ。

 

「エリシア、いったい何を言ってるんだ?」

「だから、全員で行くのよ――空路で」

「空路?」

「ちょっと待ってて。話付けてくるから」

 

 そう言うとエリシアは大会議室の窓を開けて外へと飛び出し、稲妻となって空へと姿を消した。

 

 いったい何処へ? 待ってろって言われてもそう長くは待ってられないぞ。

 

 しかしエリシアに待ってろって言われたからには待たなければいけない。もし無視して行動すれば、雷が落ちてくるのは目に見えている。

 

 俺は椅子に座り直し、エリシアが帰ってくるのを待つことにした。

 頬杖を突いて待っていると、隣の席にララが座ってきた。

 

「センセ」

「……別に俺一人で片付けようと思ってたわけじゃない。ただ時間を惜しんだからだ。もうお前達を置いて戦いに行ったりはしない」

「いや、そっちじゃなくて……」

「ん?」

 

 ララはシオンのほうへと目配せをした。見ると、シオンはカイを心配して不安に駆られながら、手を組んで頭を伏せていた。カイの無事を祈っているのだろう。

 

「……シオンがどうした?」

「仲……悪いのか?」

「あぁ……そういう」

 

 俺とシオンの仲ねぇ……。一言で表すにはちょっと難しいな。

 

「……親父が子供達を篩に掛けたって話はしたな?」

「ああ」

「シオンも篩に掛けられた。シオンが篩に掛けられるまではそれなりに仲は良かった。それこそ、お前とシンクのようにな」

「えぇ? さっきの様子からは考えられないけど……」

「……俺達の関係を歪にしちまったのは、篩に掛けられてからだ」

 

 親父が掛けた篩ってのは、第一に眠れる力を強制的に引き上げる霊薬の投薬だ。この時点で死ぬほど苦しい思いをする。俺はされなかったから正確な所は分からないが、全身から血管を浮かし、泡を吹いて全身を掻き毟っていた。激痛にも見舞われていたようで、常に泣き声が聞こえていた。

 

 親父は冷徹にそれらを見下ろしていたが、俺は違った。多くの弟、妹達が苦しんでるのを見て何度も親父に止めるように訴えた。

 

 だけど親父は絶対に止めず、俺に彼らの行く末を見届けろとまで命じた。

 言い付けたんじゃない、命じたんだ。反論は許されず、手出しも許されなかった。

 

「その時だ……シオンが鳴きながら俺の足に縋り付いた。『助けて、お兄ちゃん』……必死に出した声で俺に助けを求めた。でも俺は助けられなかった。そのまま歯を食いしばって見ているだけしかできなかった。結果的にシオンは第一の篩に耐えて見せた。だけど、その時点で俺に対する親愛は無くなっていたよ」

 

「……どうして、父はそんなことを……」

「勇者を見付ける……いや、あれは勇者を作る為だったんだろう。親父が何処まで見通していたのか不明だが、親父は必死だった」

 

 そんな訳でシオンは俺に対して恨みがあるのだろう。兄なのに助けてくれなかった恨みが。だから俺に拒絶の態度を取る。

 

 どうして他が未だに俺を兄と呼んでくれるのかが不思議だ。アーサーはちょっと狂っちまってるから別にして、エリシアも篩に掛けられた。どうしてあんなにも良く接してくれるのだろうか。

 

 ライア、ガイウス、カイ……アイツらの前から姿を消して五年。果たしてまだ兄と思ってくれているのだろうか。

 

 三人の弟のことを考えていると、開いた窓から稲妻が雷鳴と共に侵入してきた。

 エリシアの帰還だ。

 

「ただいま。話付けてきたわ」

「話も何も、まだ何にも説明されてないんだが? いったい何を考えてる?」

「だから飛ぶのよ、空を」

「……?」

「ま、あと一時間ぐらい待ちなさい」

「……一時間だけだぞ。それが過ぎたら俺は行く」

 

 正直、一時間も待っていたくはない。飛んで行くにしたってそれでも時間は掛かる。カイがまだローマンダルフにいるのか不明だし、いなかった場合、手掛かりを探して見つけ出さなければならない。

 

 しかし、もし本当に全員で向かえるのだとすれば、それは大助かりだ。探し手も増え、戦闘があっても全員で対処できる。

 

 ここはカイの無事を信じて待つが吉かもしれない。

 

 俺達はエリシアを信じ、一時間待ってみることにした――。

 

 

 

 一時間後、俺達は城の屋上へと来ていた。

 装備を整え、いつでも出立できる状態にしている。

 

 此処へ来て初めて分かったことだが、アイリーンは弓が使えるらしく、白い弓と矢を背負っている。どれぐらい扱えるのかと訊けば、少女時代は狩りの獲物を一発も外さなかったらしい。

 

 魔法の使い手な上に弓矢の使い手か……。色々と戦いの助けになりそうだ。

 

 それにしても、一時間経ったがエリシアは何もしやしない。このまま時間が過ぎるのなら、当初の予定通り俺一人で先に向かったほうが良いか。

 

「エリシア、時間だ――」

「――そうね、時間通りよ」

 

 エリシアはそう言うと空を指さした。そちらへ視線を向けると、何やら空から大きな物体が近づいてくるように見えた。

 

 否、ようにではない――本当に大きな物体が近づいている。

 

 怪物か? そう思った俺はナハトに手を掛ける。

 だがそれが大きくなるにつれて形がはっきりとし、俺は我が目を疑った。

 

 船だ――それも羽の生えた船だ。船が空を飛んでいる。

 

「な――何だありゃ!?」

 

 船が、船が飛ぶ? は? いやいや、飛行魔法を付与したとしてもあの大きさは規格外だ。

 

 飛行魔法を付与できるのは精々、人族の身の丈程度までだ。それ以上は魔法制御が不安定になって飛行できない。

 

 なのにあの船は、普通の海運船と変わりない大きさだぞ!?

 

「姉さーん! 兄さーん!」

 

 船が屋上に寄せると、船上から現れたのはユーリだった。緑色の髪と黄色のロングマフラーを風に靡かせ、笑顔で手を振っている。

 

「ユーリ!? おい何だこの船は!?」

「エフィロディアは風の国ですよ? 風魔法を応用した飛行術なら我らが最先端です!」

「うっそだろ!?」

 

 これ、風魔法で浮いて飛んでるのか? どういう仕組みで? 術式は? 誰が術者だ? どうやって制御してんだこれ!?

 

 開いた口が閉じないでいると、船から屋上へ橋が掛けられ、エリシアが先に船に乗り込む。

 

「さ、これで文句無いでしょ? 全員でカイを助けに行くわよ!」

「さっすがお姉様です! ユーリ兄様もよくやりました」

 

 シオンがさっと船に乗り込む。その後ろに続いてララが、シンクが、リインが、アイリーンが、怖ず怖ずと乗り込んでいく。

 

 俺は、俺だけが取り残されているような気がして少し落ち込んでしまった。

 

「ま、ルドガーよ。お嬢の突発的な行動にはもう慣れてるだろ? 諦めて礼を言っとくんだな」

「……は、はは……そうだな……。モリソン、エリシアを借りてく。ルートの世話、頼んだぞ」

「任せな。弟を救ってこい、英雄グリムロック」

 

 俺とモリソンはパシンッと手を叩き合い、俺は船に飛び乗った。

 船上ではユーリだけじゃなく、エフィロディアの戦士達も乗組員としていた。

 その中には、葉巻を咥えたアーロンもいる。

 

「よし、全員乗りましたよ!」

「あいよ、勇者殿! テメェら! 旋回して全速前進だ!」

『ウーッス!!』

 

 乗組員達が帆と翼を操り、アーロンが船の舵を切る。船は屋上から離れていき、更に上昇する。

 

「おら! 走りやがれスカイサイファー!」

 

 アーロンが舵の側にあるレバーを引くと風が船の背後に集束していき、一気に噴射して速度を上げた。

 俺達は空と船に乗り、弟――カイを助ける為に東の国ローマンダルフ王国へと向かうのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話 王都ガーラン

最近筆がのりにくい……!
登場人物が多いと中々会話に織り交ぜるのも難しい……!

ご評価ご感想よろしくお願いします!



 

 

 ローマンダルフ王国――。

 

 多くの水源地帯を領土に持ち、王都も湖の上に建てられている。水力を動力源とした装置を彼方此方に設置しており、水車が多く見られる。

 王都の周囲には樹木や海、瀑布や鍾乳洞に湿原といった地帯が広がっている。

 

 嘗てこの国は暴君による絶対王政が敷かれていた。民衆だけではなく軍に属する兵士達も圧政を強いられ、自由を奪われていた。

 

 そこへ勇者達一行が現れ、魔王との戦いよりも先にこの国を救わなければと行動し、抗ってきた暴君を力尽くで退かせた。

 

 暴君がいなくなったローマンダルフの民達は歓喜し、新たな時代の幕開けだと勇者達を崇めた。

 

 その中でも水の力を持つカイは特別だった。この国が水に縁ある国と言うこともあるし、何よりカイの生まれ故郷がローマンダルフだったからだ。民達はカイを崇め、大戦が終わってからカイを新たなる王にしたいと担ぎ始めた。

 

 カイ自身は欲があまり無く、王という立場に興味を抱かなかったが、民達をこのまま捨て置くのは道理に反するとして玉座に着いた。

 

 それが俺の見てきたローマンダルフ王国だ。因みに、エリシアのカタナはこの国が発祥の地だ。ローマンダルフの兵士達は剣ではなくカタナを使い、極めた者達は岩すらも両断すると言う。

 

 まぁ、その強者も歴史の中に消えていき、現在では見ないが。

 

 そんな風にスカイサイファーの上から水の都を見下ろしながら、ララとシンクに国の説明をしてやった。

 

「此処は何の産業が栄えてるんだ?」

「ま、分かりやすいのは漁業だ――と言いたいが実はそうじゃない。漁業も盛んだが、それ以上に盛んなのは造船業だ」

「造船? 何で?」

 

 ララは首を傾げる。そんなララにもう一度ローマンダルフの王都を上から見させる。

 

「ほら、上から見て分かるとおり、王都内は水路が多い。何故だか分かるか?」

 

 ララとシンクは首をフルフルと横に振る。

 

「王都ガーランは巨大な湖の上に築かれてるんだ。だから陸路よりも水路が多い造りになってる。水路を渡る為には船が必要だ。必然と造船の技術が高められて、今や造船に関しては世界に誇るまでになってる」

「へぇー……じゃあ、人族の船はこの国が造ってるのか?」

 

「そうだ。設計図を売ったりして金を稼いでる。他にもさっき言った漁業、鍾乳洞内での炭鉱業とかもな。知ってるか? 王都近くにある鍾乳洞で採れるクリスタルは世界で一番綺麗なんだとさ。結婚相手に贈ると永遠の幸せが約束されるって言い伝えだ」

 

「……素敵だな」

 

 クリスタルの話を聞いて、ララの顔は乙女のそれになった。やっぱりララもこの手のものに興味がおありのようだ。こっそり話を聞いていたエリシアや、聞き耳を立てていたアイリーンとリインも興味津々といった様子だ。まぁ、俺には永遠と縁が無い話だろう。

 

 結婚か……。俺は混血を理由にそれを遠ざけているが、ララは違うだろう。やはり心から愛せる人を見付けて一緒になりたいと思っているはずだ。

 

 もしララがそんな人を見付けて連れてきたりしたら、一つテストしてやらないとな。

 混血という重荷をちゃんと一緒に背負い、いやララ以上に背負う覚悟が決まっているかどうか、少なくとも俺よりララを守れるかどうか見極めてやらなければ。

 

 まぁテストに落ちたとしても、ララがどうしてもその人が良いというのなら、俺が認められるまで鍛えに鍛えてやるけど。

 

 そんな将来を考えていると、船から離れていたユーリが戻ってきた。

 

 ユーリは王都を周りから偵察に出ていた。もしアーサー達がいるとすれば、何かしらの防衛が張られているかもしれないからだ。

 

「ユーリ、どうだった?」

「ええ、周辺をぐるりと回って見てきましたが、侵入を阻むような物は見つかりませんでした。ですが異様に静かで、まるで何かが待っている気配はします」

「正面から行くと戦闘になりそうか……。俺達の姿は向こうも捉えているだろうし、戦闘は避けられないか」

 

 遙か高い上空にいるとしても、空を見上げれば船の姿は見える。空飛ぶ船なんて見れば騒ぎ出すはずだが、それでも静かということは何かしらの異常が王都内で起きているということだ。

 

 嫌なことを思い出させる。ミズガルでは民達は精神を操られ、兵士達は人成らざる者に変えられていた。もしそれがまた此処で繰り返されていれば――そんな恐ろしいことはもう御免だ。

 

「どうする、ルドガー?」

「……内部の情報が欲しい。何も分からないままで正面突破は危険だ」

「そ、なら裏口を探す?」

「……お前ら泳げるか?」

 

 

 

 ローマンダルフ王国の王都ガーランは湖の上に築かれている。王都の外から内に流れ、内から外に流れる水路が彼方此方に存在する。人が通れない大きさの入り口から船が通れる大きなの入り口まで揃っている。俺達はその水路の一つを利用して王都に入ることにした。

 

 湖の上空にスカイサイファーを動かし、俺、エリシア、ユーリ、シオン、ララ、シンク、アイリーン、リインの八人は船から飛び降りた。

 

 俺とユーリによる風魔法で全員を浮遊させ、ゆっくりと王都の城壁付近の水辺に着水させる。無事着水できたことを確認し、俺達は泳いで水路の穴へと向かう。水路の穴に近づくと、先ずは俺とユーリだけで中の様子を確認する。

 

 小舟なら悠々と通れる大きさの穴と空間、水路に沿って続いている道があり、此処から王都へと侵入できそうだ。

 

「いいぞ、来い」

 

 俺とユーリは先に道に上がり、後から続く皆を引き上げる。その後、魔法で服を即座に乾かした。

 

「よく頑張ったな、シンク」

「平気だよ。泳ぎは得意みたい」

「みたいって……まさか初めてだったのか?」

「うん!」

「……今度からそう言うのは前もって言うように」

 

 いつ敵に遭遇してもいいように各自武器を手に持たせ、通路を進んでいく。明かりが無く、足下に追従する光の球を魔法で出して警戒しながら進んでいくと、奥から光が差し始めた。

 

 光の球を消し、俺が先頭になってゆっくりと進んでいく。

 

 そこは上水路の出口であり、王都の内部へと出られた。辺りを警戒しながら取り付けられているハシゴを上り、通りに誰かいないか探る。

 

「……」

 

 俺はそっとハシゴを下り、通りに広がっていた光景に頭を抱えた。

 

 ゴーレムだ。ゴーレムがわんさかいた。ただの土塊で組み上げられたゴーレムで、大きさも人の大きさと変わりない。ただ数は多いようで、数体固まって警邏をしていようだった。

 

「どうしたの?」

 

 眉間を押さえて頭を抱えていると、エリシアが訊いてきた。親指でハシゴの上を指すとエリシアも上って確認し、「うわっ……」と声を漏らして戻ってきた。

 

「どうする? やっちゃう?」

「……シオン。もし民達が避難するとしたら何処だと思う?」

 

 俺は此処に多く通っていたと聞くシオンに尋ねてみた。

 

 ゴーレムの他に住民の気配は無く、家の中に隠れている様子も無い。だとすれば何処かへ非難していると思ったからだ。

 

 シオンは腕を組んで考え、何かに思い至ったのか「あっ」と声を漏らす。

 

「地下……湖の中」

「なに?」

「この国は湖の中に水没した街があるの。過去の遺物ね。そこは魔法が働いてて、水と空間を隔ててるの。私も行ったことがあるわ。そこなら隠れられる」

 

 地下か……潜って行けるような場所じゃないな。どこかそこに繋がる専用の道があるはずだ。

 カイのことは勿論だが、民達のことも心配だ。民を見捨ててカイを助けたところで、それは勇者の道理に反する行為だ。

 

 なら此処から俺達が為べきことは二つ。

 

 カイを助けて民達を助ける――これに限る。

 

「よし、二手に別れよう。一方は城へ向かってカイを探す。もう一方は地下に行って民達の無事を確かめる」

「どうしてなのよ? お兄様が最優先でしょう?」

 

 シオンがキッと俺を睨んだ。

 俺は目を逸らさず、シオンを見据えて口を開く。

 

「お前達は勇者だ。勇者が私情に走って民達を見捨てるのは道理に反する。それはカイも心得ている」

「で、でも……!」

「シオン、ルドガーの言う通りよ。私達は勇者なの。救われるべき民を救うのが勇者よ」

「お姉様……っ、分かりました」

「よし、チーム分けするぞ」

 

 城へ向かう面子は俺、エリシア、ユーリの三人。

 地下へ向かう面子はシオン、ララ、シンク、アイリーン、リインの五人。

 

 そう決めた理由は難しくない。

 

 城にカイがいるとすれば、当然そこにはアーサー達もいる。激しい戦闘になることが予想され、優先的に回すのはアーサー達と戦える戦力だ。それができるのはこの中で俺、エリシア、ユーリ、シオンの四人だけ。

 

 だが地下に向かうには唯一行き方を知っているシオンが必要。ララとシンクを地下組に回したのは単純にアーサー達とはまだ正面切って戦えないからだ。リインはララの護衛だし、アイリーンには地下組のまとめ役をやってもらいたいから。

 

 シオンは正直、冷静な判断ができるとは思えない。カイが絡んだシオンは視界が狭くなる。アイリーンなら勇者相手であろうと物怖じせずに発言できると思うし、博識な知識で皆を助けてくれると思ったからだ。

 

「シオン、くれぐれも勇者の責務を忘れるな」

「……クソ兄に言われなくても分かってるわよ」

「……大丈夫。カイは必ず助け出す」

「……フン」

 

 シオンは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 

 さて、シオン達が地下へ向かうには、激しく敵の注意を引き付ける必要がある。

 俺はゴキゴキと首を鳴らし、ガントレットとレギンスを出現させた。

 エリシアもカタナを両方抜き放ち、ユーリもダガーを手元でクルクルと回して準備を整えた。

 

「さて……いっちょやるか!」

「ええ!」

「はい!」

 

 俺達三人は水路から通りへ飛び出し、近くのゴーレム三体を屠った。

 雷鳴と風鳴(かざなり)、そして光の柱が立ち上がり他のゴーレム達の注意を引いた。

 

「来いよアーサー! 兄ちゃん姉ちゃん達が相手してやるぞ!」

 

 

 

 

 




Tips
シオンはエリシアと似たような白色のジャケットを来ている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話 アサシン再び

今回は会話が多めです。


 

 

 近くに迫ったゴーレムの首を掴み、ぶん回して別のゴーレムに投げ付ける。ぶつかったゴーレムは核ごと砕け散っていく。少し離れているゴーレムにはガントレットから光弾を放って砕き、蹴りでレギンスから光の斬撃を放って斬り裂く。

 

 エリシアは二振りのカタナを巧みに扱い、ゴーレムの四肢を斬り裂き、核を両断し貫いていく。雷撃がエリシアの攻撃に合わせて発生し、ゴーレムの身体を砕いていく。

 

 ユーリは両手のダガーで的確に核だけを貫き、風でゴーレムを吹き飛ばしていく。野良猫のようにしなやかに動き且つ強烈で力強い一撃をゴーレムに見舞っていく。

 

 たかがゴーレムに俺達は本気を出さない。出してしまえば街ごと吹き飛ばしてしまう。

 今も戦いに関係無い会話をしながらゴーレムを屠っていく。

 

「そう言えばユーリ、結婚したんでしょ?」

「ええ、まぁ。女王陛下の夫ってだけなので、王位はありませんけど」

「何で結婚式に呼んでくれなかったのよ?」

「呼んだところで来られなかったのでは?」

「弟の晴れ舞台よ? 仕事なんて放り投げて――は行けないけど、式ぐらい出たわよ」

「それは失礼。まぁ、形式だけでしたしパーティーとかはありませんでしたよ」

「どうして?」

「パーティーと称して三日三晩、私と狩りに出かけただけですから」

「何それ? ま、あの女王様らしいけど」

「あぁ、でも初夜は共にしましたよ」

「だ、誰も何も訊いてないわよ!」

 

 エリシアの雷が民家に直撃して一角を小さく削り取ってしまう。「やばっ」と声を漏らしてエリシアはゴーレムを削れた場所へと放り投げる。ゴーレムが直撃したことで更に削れてしまったが、エリシアの顔には「ゴーレムがやったのよ」と書かれていた。

 

 こいつ、ゴーレムの所為にしやがった……。

 

 ゴーレムの腕を引き千切り、核がある部分を手刀で貫く。

 エリシアとユーリは尚も屠りながら会話を続ける。

 

「私のことより姉さんです。そろそろ二十四でしたっけ? 早く射止めないと手遅れになりますよ?」

「手遅れって何よ!? 私だって一生懸命やってるわよ!」

「にい――ンンッ、彼のことです。素直に面と向かって言わなきゃ分かってもらえないですよ?」

「ウッサいわねぇ! 少しは進展あったもん!」

「グズグズしてられませんよ? 気付けばまた女性が増えますよ」

「おいお前ら、少しは緊張感を持ってだな……」

 

 モリモリと迫ってくる人型ゴーレムの波を蹴散らしながら、呆れて注意する。

 いくら雑魚のゴーレムと言っても、油断はできねぇんだぞ。

 

「うっさい! この朴念仁!」

「何で?」

「兄さん、この際はっきりしてください。結婚願望あるんですか?」

「無い――嘘あるから雷撃と風撃を俺に向けるな」

 

 何で俺に結婚願望が無いだけでお前らが怒るんだよ。

 あれか? 偉大なる兄君には早く家庭を築いて腰を落ち着かせてほしいってか?

 いやいや、そんな殊勝なことを考える弟妹じゃあるまい。

 

「正直なところどうなんです?」

「何が?」

「兄さんの周りには女性が沢山いるじゃないですか。思う所は無いので?」

「思うも何も……まぁ、美人揃いなのは確かだな」

「ほぅ? 兄さんにも隅に置けませんね。具体的に誰が好みなんですか?」

「あのなぁ……」

「失礼。質問を変えましょう。どのような女性が好みなんですか?」

「好みぃ?」

 

 ゴーレムの頭を潰し、核を殴り砕く。

 

 もう何十体目だ? 流石に多すぎるだろ。そろそろ此処を終わらせて城に向かいたいんだけど。

 それにしても女性の好みか……。あまり考えたこと無いな。

 

「好みねぇ……特別これと言ったもんはねぇよ」

「エリシア姉さんはどうなんです?」

「ちょっ!?」

「馬鹿なこと言ってないで、そろそろ城へ向かうぞ」

 

 ゴーレムを拳で砕き、俺は先にゴーレムの群れから飛び出す。

 

「……馬鹿なこと……馬鹿なことって……」

「あー……姉さん、お先です」

 

 後からユーリも飛び出し、俺の後を追い掛けてくる。

 残ったエリシアもブツブツと何かを言いながらゴーレムを薙ぎ払い、俺達の後を走る。

 

 離れた場所にある城に向かって走っていると、俺達の前に炎が降り注いで行く手を遮った。

 ライアが現れたかと一瞬だけ思ったが、アイツにしては炎がショボすぎる。

 

 立ち止まると、何処からともなく俺達の前に黒衣を纏った男が現れた。

 

「これはこれは……何時ぞやの男じゃないか」

「……ルドガー、知ってるの?」

「んん……?」

 

 何か向こうは俺を知ってるようだが、俺には覚えが無いぞ……。

 あーいや待て……薄らと何処か見覚えがあるようで無いような……。

 

 俺が思い出そうとしていると、黒衣の男は少し気に触ったのか苛立った表情を浮かべた。

 

「……ハーウィルの教会だ。忘れたとは言わさんぞ?」

「ハーウィル……? ああ! あの時のアサシンか!」

 

 そいつはハーウィルの教会でクレセントの黒魔道士を引っ捕らえた時に現れたアサシンだった。確か執行官と呼ばれていたな。色々あってすっかり忘れていた。

 

 黒衣の男は俺が覚えていたことが嬉しいのか、ニィッと笑って喜ぶ。両手にナイフを握り締め、沸々と魔力を高め始めた。

 

「あの時の借りを漸く返せる……アーサー様の御恩に報いるチャンスだ」

「ハッ、手も足も出せなかったくせによく言う」

「あの時とは違う! 俺は力を手にしたんだよ……!」

 

 黒衣の男の魔力が変わった。

 

 最初は火と雷の二属性しか感じなかった。

 だが今は七属性全ての魔力を感じられる。あの禁断の果実を口にしたのだろうか、しかしただ属性が増えただけじゃなく、全ての属性が研ぎ澄まされていっている。

 

 そして最後には七属性が一つの属性となり、その力が男から噴き出した。

 

 何処までも黒く、悍ましい気配を持ったそれは――闇属性だった。

 

 俺達は今までの余裕を一端捨て、目の前の男に意識を集中させた。

 男は闇を纏い、俺達を睨みながら高らかに吠える。

 

(あるじ)よ! 今こそ我に力をお貸し下さい!」

 

 闇が吐き出され、俺達を取り囲んだ。

 まるで此処が闘技場だと言わんばかりの闇のサークルが形勢された。

 俺はナハトを背中から抜き放ち、黒衣の男を見据える。

 

「これが闇、ですか……。魔王とは別のベクトルで悍ましいですね」

「少しは楽しめそうじゃない」

「気を抜くなよ……久々に連携といこうじゃないか」

「ええ!」

「はい!」

「行くぞ!」

 

 俺達は一斉に男に向かって駆け出した。

 

 

 

    ★

 

 

 

 同時刻――地下組。

 

 センセと別れた後、このシオンって女に付いて道を進んでいる。道中にゴーレムがいれば身を隠し、立ち去っていくのを待つ。

 センセの陽動が効いているのか、ゴーレム達は一目散に走り去っていく。

 

「……今よ」

 

 シオンの合図で物陰から飛び出し、地下へと繋がる入り口へと急ぐ。

 私はシンクが遅れないようにシンクの手を引き、その後ろにリインとアイリーン先生が続く。

 

「地下への入り口は何処なんだ?」

「いくつかあるけれど、一番近いのは教会よ。隠し通路があるの」

 

 何で教会に隠し通路があるのか訊きたいが、それどころじゃないか。

 まぁ、教会と言えば物語でもよくそう言った扱いをされる。あれは作り話かと思っていたが、どうやらそうとは限らないらしい。

 

 暫く移動していると、教会らしき建物が見えてきた。移動を急ごうとしたが、シオンが急に立ち止まった為、停止を余儀なくされる。

 

「何だ?」

「……全員、少し下がりなさい」

 

 シオンがそう言い終わるや否や、私達と教会の間の地面が捲れ上がり、そこから巨人型のゴーレムが現れた。

 

 あのゴーレムには見覚えがある。あれは確かグリゼルが使役していたゴーレムだ。

 だが大きさはあの時よりも遙かに大きい。教会と同じぐらいの大きさに、少しだけ息を呑んだ。

 

「チッ、またグリゼルか……」

 

 私は杖を取り出した。以前の杖は魔王に折られたが、これはフレイ王子が新調してくれた杖だ。

 リインとアイリーン先生も剣と弓矢を構える。

 

「――邪魔」

 

 だが私達に出る幕は無かった。

 

 シオンが腕を振り払うと、一瞬でゴーレムが氷に呑み込まれた。そしてシオンが指を鳴らすと、氷は中のゴーレムごと砕け散っていった。

 

「さ、行くわよ」

 

 シオンは何事も無かったかのように足を進めだした。

 

 私は勇者というのを改めて認識したかもしれない。リインとアイリーン先生も今の一瞬の出来事に目を丸くして驚いていた。

 

「何してるの? 早く」

「あ、ああ……」

 

 これ……私達必要なのか……?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第81話 闇の力

あ、アイリーン先生のイラストは修正してだいぶ変わりました。

【挿絵表示】



 

 

 黒衣の男――面倒だからアサシンは全身から闇を吐き出し、それを蛇のように動かして攻撃を仕掛けてきた。動きは素早いが避けられないほどではない。俺達は散開して蛇を避け、蛇は地面に激突した。蛇が激突した場所はシューシューと音を立てながら解けていく。

 

 酸化する力を持っているのか……直接触れるのは避けたほうが良いな。

 

「ユーリ! エリシア! 常に魔力を武器に纏わせておけ!」

 

 俺が命じると、二人は風と雷を得物に纏わせる。俺もナハトに光の力を流し込み、光の亀裂を剣身に走らせる。

 

蛇哮烈破(じゃこうれっぱ)!」

 

 アサシンが腕を下から上に振り上げると、アサシンの足下から俺達に向かって蛇を形取った闇の衝撃波が襲い掛かる。

 

「フンッ!」

 

 光を纏ったナハトで蛇の衝撃破を斬り裂き、ナハトを地面に叩き付けて光の衝撃波をアサシンに向かって這わせる。アサシンは闇を纏った蹴りで光を斬り裂くが、斬り裂いた先にはユーリが待ち構えている。

 ユーリは風を纏った四肢とダガーでアサシンに攻撃を仕掛ける。

 

「ハハァッ!」

 

 アサシンは高揚したように笑い、闇を纏った四肢とナイフで応戦する。

 風と闇が何度もぶつかり合い、小さな衝撃を撒き散らしていく。

 

 ユーリは勇者だ。最強の風の力を有している。だが体術や剣術も優れているのかと言えば、そうとは限らない。勿論ある程度の強さはある。しかし風を使わない純粋な実力だけで見ると、鍛え上げられた兵士達と同格レベルだ。

 

 アサシンはその鍛え上げられた兵士達と同等の実力があるようで、ユーリと見事に渡り合っている。

 以前の時よりも強くなっている。それはおそらくあの闇の力なのだろう。

 

「蛇連脚!」

「くっ!?」

 

 アサシンの足に闇の蛇が纏い、激しい回し蹴りの連撃をユーリに叩き込む。

 ユーリは風の障壁を立てて直撃を防いだが、そのまま後ろへと吹き飛ばされる。

 

「ユーリ!?」

「気を付けて下さい! こいつ、力を吸い取る――いや、食い千切ってます!」

「何だと!?」

 

 どうりでユーリが手子摺っていたはずだ。いくら同等の技術であったとしても、風の力を使えば圧倒できていたはずだ。ったく、闇属性ってのはいったい何なんだよ!?

 

「ホラァ! 次来いよォ!」

「ルドガー!」

「おう!」

 

 俺は光の力ではなく、雷の力に切り替え黒い雷を放出した。紫色の雷を放つエリシアと同時にアサシンに斬りかかる。エリシアは雷の速さで動き、俺の攻撃に合わせてカタナを振るう。 アサシンはナイフと四肢に纏わせた闇で全ての攻撃を見切り防いでいく。

 

 俺の攻撃は兎も角、エリシアの攻撃すら見切っているのか? どれだけ強くなってやがる!?

 

「遅ぇ! 遅ぇ! 蛇爪滅掌(じゃそうめっしょう)!」

 

 アサシンの両腕から闇の蛇が鋭く突き出してくる。エリシアはカタナを交差させて蛇を受け止め、俺は左のガントレットに蛇を噛み付かせる。

 途端、噛み付かれたガントレット部分から力がズズズッと喰われていくのを感じる。

 

「こいつ……!?」

「カァー! オメェの力は美味ぇなァ!」

「勝手に人の兄を喰ってんじゃないわよ!」

 

 瞬きする間に二つの蛇が細切れにされた。エリシアはそのままアサシンに斬りかかる。アサシンは背後から闇の蛇を複数体出してエリシアの剣撃に対応する。

 

 エリシアの二振りのカタナによる素早い剣撃は通常、肉眼では捉えきれない。ユーリと違いエリシアは剣術を皆伝している。俺と同じく攻撃で攻撃を封殺する超攻撃的な剣術であり、一切の防御技を持たない。そこに雷の力が加わり、エリシアの剣術は最強に相応しい。

 

 だがその動きにアサシンは付いてきている。背後から出している闇蛇を高速で動かして、エリシアが刃を振るう先に突き出して防ぐ。

 

「何よこいつ!?」

「エリシア! 一度さがれ!」

 

 ナハトに光の力を込め、斬撃をアサシンに向けて放つ。

 エリシアは蛇を一度に弾き飛ばし、後ろへと跳ぶ。

 アサシンは蛇を束ねて斬撃を防ぎ、無傷で耐える。

 

 少し、こいつの認識を改めなければならないようだ。どういう訳か闇属性に適正があるのか。正直、戦闘能力は勇者並みかもしれない。それは言い過ぎかもしれないが、闇属性に関して分からないことが多すぎる。闇魔法だけで術者の力を勇者並みに引き上げる作用があるかもしれない。

 

 黒き魔法は破滅を齎すとか云われてるんだ、そうだったとしても何ら不思議じゃない。

 俺達は一度アサシンから距離を取り、状況をリセットする。

 

「兄さん、アレは厄介ですよ……力を喰っては己の物にしています」

「街に被害を出さないようにするのも限界があるわよ。そもそも私達は市街戦には不向きだし」

「……三人で同時に攻めるか。いつものように俺が前に出て引き付ける」

 

 俺達は同時に駆け出す。アサシンの動きを魔力で読み、ナハトを振り下ろす。

 

「ハッハァ! 今こそあの時の借りを返してやるぜぇ!」

「言ってろ!」

 

 縦横無尽から召喚される闇蛇をナハトとガントレットで防いでいき、アサシンの動きを俺に釘付けにしていく。その間にユーリとエリシアはアサシンの横へと移動し、俺に気を取られている隙を突いて攻撃を仕掛ける。

 

 だがアサシンは左右にも目があるのか、俺から目を一切離さずに闇蛇を左右へと伸ばしてユーリとエリシアの攻撃を防ぐ。

 

蛇翼天衝(じゃよくてんしょう)!」

 

 アサシンの背中から生えている闇蛇が渦巻き、衝撃波を全方位に放つ。

 

「ナハト! 喰らえ!」

 

 アサシンから放たれる闇の衝撃波をナハトで喰らっていき斬り裂いていく。

 闇をナハトで喰らうのは初めてだが、ナハトは問題無く喰らい続けてくれる。

 

 流石に喰らった魔力を体内に還元するのは止めておこう。何が起こるか分からない。

 

 アサシンの技を打ち破り、ガラ空きになった腹に蹴りを打ち込む。

 しかしアサシンは足を上げて俺の蹴りを受け止めた。

 

「どうしたどうした!? 前はこんなにも弱くはなかっただろ!?」

「喧しい!」

 

 アサシンは随分とハイになっている。顔を見ると、服の下から黒い痣が侵食しているように見えた。

 

 こいつ……闇属性に適正がある訳じゃないのか? 拒絶反応に耐えながら技を放ってるって訳か。何て奴だ……。

 

 俺がアサシンに抱いた感情は哀れみだった。身に余る力を宿り、身を滅ぼしながら俺に立ち向かってくる姿は哀れなものだった。

 

 アサシンを蹴り飛ばし、ナハトで首を狙う。アサシンは闇蛇で防ぎ、ナイフを突き出してくる。そのナイフをガントレットで掴んで握り潰した。

 

「ゴハッ……まだまだァ!」

 

 アサシンは黒い血を口から吐いた。もう身体が限界を迎えようとしているのだろう。

 アサシンは俺達から離れ、闇の魔力を手に集める。大技を放つ気だ。

 

「ユーリ、エリシア、耳を貸せ」

 

 俺は二人に指示を出すと、ナハトに先程アサシンから喰らった力と光の力を込める。

 ユーリは魔力を高め、エリシアはカタナを鞘に収めて居合いの体勢に入る。

 

「行くぞォ! 王蛇闇獄殺(おうじゃあんごくさつ)!」

 

 アサシンから放たれたのは巨大な蛇の形をした闇の魔力砲だった。蛇は大きな口を開き俺達を喰らわんと迫り来る。

 俺は一歩前に出てナハトを蛇に向けて振り下ろす。

 

「オオオオオ!」

 

 ナハトで蛇を受け止め、吹き飛ばされないように足を踏ん張り耐える。闇がナハトを通して俺を喰らおうとしてくるのを感じる。このまま砲撃が続けば闇に身体を喰われてしまいそうだ。

 

 だがそれに必死で耐え、ナハトを吹き飛ばされないように強く握り締める。

 耐えて耐えて耐えて――そして蛇を大きく斬り裂いた。

 

「クソがッ――ゴフッ!?」

「ユーリ!」

「はい! ウィンドプリズン!」

 

 ユーリが風の魔法を発動する。アサシンを風の球体で囲み、アサシンを上空へと浮かせて球体の中に拘束する。

 

「このぉぉぉぉぉ!」

 

 アサシンは球体の中で闇蛇を吐き出し、風を喰らって脱出を試みようとする。

 

 だが遅い――。

 

「エリシア!」

 

 エリシアの雷が一気に弾け出す。雷鳴と共に拘束されているアサシンへと飛翔し、カタナを鞘から抜く。

 

「紫電――一閃!!」

 

 紫色の雷がアサシンを風の牢獄ごと斬り裂き、天を貫く。雷轟が耳を劈き、空を紫電一色で染める。

 

 アサシンは身体を両断され、しかしそれでも闇の力で生き長らえている。アサシンは再び闇蛇を召喚しようとするが――それは許さない。

 

 相手が空なら……これが放てる。

 

「極光の前には影すら生まれぬ――ライト・オブ・カリバー」

 

 極光の斬撃砲が空を貫き、アサシンを呑み込んだ――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話 一悶着

二日も休んでしまった……!


 

 

 天を穿つ極光が収まり、空に漂っていた雲も後には残らなかった。

 

 だが――手応えが感じられなかった。アサシンを極光が呑み込む直前、アサシンの気配が消えた。極光を浴びる前に絶命したのならそれはそれで良いが、そんな感じではなかった。

 

 これは……逃げられたな。

 

「やったの?」

「いや……逃げられた」

「あの状況で? しぶといわね……」

「それにしても、闇とはこんなにも厄介なんですね。力を制限しているとはいえ、勇者である俺達と戦えるなんて」

 

 アサシンが使っていた闇属性の魔力……アレがただの魔力なんかじゃないのは明白だ。

 黒き魔法と呼ばれる闇属性魔法、それを俺はまだよく知らない。これからこの先、この魔法と関わっていくのなら、もっとよく知る必要がある。

 

 アーサーはどうやってこの魔法を知った? どこから情報を手に入れた? 闇とはいったい何だ? どうにかして調べないと……このままじゃいずれ対処できなくなるかもしれない。

 

「……城へ急ごう」

「ええ……」

「……」

 

 もうシオン達も地下へと向かえただろう。此処からは空を飛んで直接城へ向かっても良いだろう。

 俺とユーリは風を操り、エリシアは雷となって空へと飛んだ。

 

 

 

    ★

 

 

 

 教会へと入った私達はそのまま奥へと進み、地下へと繋がる道へと入った。

 薄暗い空間に長い長い階段が続き、足を踏み外さないように注意しながら下っていく。

 

 階段が終わると、出た先はとんでもなく広い空間だった。光り輝くクリスタルが照明代わりとなり、幻想的で明るい空間を作り出していた。

 

 私は思わずその光景に魅入ってしまった。まるで綺麗な星空が目の前まで迫ってきたような光景に息を呑み、その場で立ち止まってしまう。

 

 それは私だけじゃなかった。リインも同じように魅入っており、ほぅっと息を漏らしていた。

 

「凄い、綺麗……」

「これがセンセの言ってたクリスタルか?」

「姉さんこれ……光の魔力を帯びてるよ」

 

 シンクが近くにあるクリスタルを調べる。私もクリスタルに触って見ていると、シオンが咳払いをしだした。

 

「ンンッ……道草食ってる場合じゃないでしょ」

「あ、ああ……目的の場所はまだなのか?」

「此処はまだ入り口よ。この洞窟を更に下りるのよ」

「分かった」

「一応、辺りを警戒しておきなさい。敵が潜んでいるかも」

 

 シオンは冷静にそう言うと、洞窟の奥へと進んでいく。

 私達も後に続き、足を滑らさないように先を急ぐ。

 

 それにしても、このシオンって勇者はエリシア、ユーリとはまた別な感じがする。

 

 ユーリの第一印象は少々キザったらしい優男で、エリシアのように脳筋って訳でもなさそうだ。何と言うか、冷静――周りを冷めた目で見ているというか、特定のこと以外に関心を持っていないかのように感じる。

 

 センセと絡むと関心というか拒絶に近いモノを感じ、逆にそのお兄様――カイという勇者には盲目的な熱を抱いているようだ。以前はセンセとも仲が良かったらしいが、今は本当にそうではないのだろうか? 好き避け、って言葉があるぐらいだ。実は照れ隠しとかそんなだったり――。

 

「なに?」

 

 ギロリ、とシオンに睨まれた。考えていることでも読まれたかと思い、ビクンッと肩を震わせてしまう。

 

 私としたことが、この程度でビクついてどうする。

 私はいたって何もありませんという顔でシオンから目をそらした。

 

「……別に」

「……貴女、あのクソ兄とどういう関係なの?」

 

 何て答えたものだろうか……。教師と生徒という簡単な関係ではないのは確かだ。

 

 思えば、センセとの関係も最初と比べてだいぶ変わった気がする。

 

 最初は聖女である私を守る人ってだけだった。そこから一緒に暮らし始めてそれなりに仲が良い教師と生徒になり、私を守る勇者になってくれて、それから真実を知って私だけのものになり――な、何か私だけのものって言い方もアレだな。その……強い契約関係を結んだり。

 

 今の私とセンセの関係は何だろうか……。シオンに説明できる言葉を選ぶとすると……。

 

「あー……私を守ってくれる勇者?」

「……貴女、魔族……よね?」

「……半分は」

 

 まぁ、バレるか。銀髪と黒髪は魔族にしかいないし。

 シオンは私の隣を歩きながら私を見下ろしてくる。

 

「半分……クソ兄と一緒なの?」

「そうだ」

「……驚いた。半人半魔がもう一人いるなんて」

「……」

「でも……それだけの関係じゃないわね?」

 

 ――何だろう、もの凄く怖い。睨まれてる訳でもないし、敵意を向けられている訳でもない。なのに何だこの身体の底から凍えて震えるような寒さは。

 

 確かに言ってないことはある。私が魔王の娘であり聖女であることを。

 

 それだけは迂闊には言えない。シオンをそこまで信用できるかと問われれば、私はまだそうじゃない。正直信用度だけで言えば、センセに暴力を振るってる時点でマイナスだ。

 

 私は何も言えず、ただ無言を貫いた。

 

「……まさか」

「っ……」

「――クソ兄の愛人じゃないでしょうね?」

 

 思わず足を滑らしかけた。

 そんな様子の私を見て、シオンは「やっぱり……」と口から漏らした。

 

 いや、やっぱりじゃない。何処をどう見てそんな風に思えたんだ?

 

「怪しいと思ったのよ。クソ兄が貴女だけ妙に気にしているし、距離も近いし」

「いや、私は……」

「悪いことは言わないわ。今すぐに別れなさい。一緒に居ても不幸になるだけよ」

「……センセはそんな人じゃない」

 

 気付けば私は反論していた。愛人という誤解を解きたかったが、センセを悪く言われるのは嫌だ。一緒に居ても不幸になるどころか幸せだ。この女はセンセのことを間違って認識している。

 

 シオンは立ち止まり「は?」と顔を歪ませて私を睨んできた。

 

「貴女は知らないのよ。あのクソ兄が過去に何をしたか」

「話は聞いてる。お前を篩から助けなかったのだろう?」

「……私だけじゃないわよ。他の家族も見捨てたのよ」

 

 他の家族……他の勇者達は、死んでいった子供達のことなのだろう。

 

 だがそれについて責めるのなら、それはセンセにではなく私の父にだ。私の父が子供達を集めて篩に掛けたのだから、それを助けてくれなかったという理由でセンセだけを責めるのは間違っている。

 

 それにセンセは本当は助けたかったと言っている。私の父が強引に止めさえしなければ、センセは篩から助け出していたはずだ。

 確かに父は既に死んで責められないのだとしても、センセの気持ちも知らずにただ一方的に責めてほしくない。

 

「それでも、センセは皆を助けたかった」

「どうして貴女がそう言えるのよ?」

「センセがそう言っていた」

「それを素直に信じる馬鹿がいるものですか」

「私は馬鹿じゃない。センセは私に嘘を吐かない」

「はっ、盲目なのね。あの男はそうやって自分を良いように正当化してるのよ」

「……」

 

 私は懐にある杖に手を伸ばした。

 シオンも腰に差してある細剣の柄に手を置いた。

 

 この女……いけ好かない。いくら勇者であろうと、これ以上センセを貶めるような発言を、私は絶対に許せない。

 

「……」

「……」

 

 正に一触即発――その時だった。

 

 パンッ、と乾いた音が私とシオンの間から鳴り響いた。

 

 音を出した正体を見ると、アイリーン先生が私とシオン間に入って手を叩いていた。

 

「はーい、そこまで。今は喧嘩をしてる場合じゃありません」

「……別に、喧嘩してる訳じゃないわ。子供に現実を教えてあげようとしただけよ」

「それでもです、シオン様。今は優先すべきことがあるのでは?」

「……それも、そうね」

 

 シオンは剣の柄から手を離し、私に背を向けた。

 私も杖から手を離し、フンと鼻を鳴らしてシオンから顔を逸らす。

 

「……ララさん、今は仲間割れをしている場合ではありませんわ。今は先を急ぎませんと」

「……分かってる。ただセンセを悪く言われるのが嫌なだけだ」

「ええ、お気持ちは良く分かりますわ。でも、今は……」

「分かってる。もうしない」

「良い子ですね」

 

 そう言ってアイリーン先生は柔やかに笑う。

 

 ふぅ……私としたことが、少し熱くなってしまったようだ。

 

 心配そうに私を見ていたシンクの頭を撫でてやり、私達はシオンの後を追いかけた。

 

 その後ろを――誰かが見ていたことに気付かずに。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話 地の勇者

いよいよ対面です。


 

 

 洞窟内をある程度進むと、かなり拓けた場所に辿り着いた。相変わらずクリスタルの光が暗い洞窟内を照らしており、暗闇に飲まれることはない。

 

「まだかかるのか?」

 

 ここまで相当歩いてきた。そろそろ湖の底にあるという街に辿り着いても良いのではないだろうかと思ってシオンに尋ねてみる。

 だがシオンは急に立ち止まり、剣の柄に手を置いた。

 

「……おかしいわ」

「おかしい?」

「――こんな場所、前は無かった」

 

 シオンの発言に、私達は武器を抜いて背中を合わせて固まった。

 

 すると、何処からともなくパン、パンと拍手をするような乾いた音が鳴り響いた。それと同時に人影が二つ、私達の前に現れた。

 

 一つは赤い髪をした男性、もう一つはスキンヘッドの大男だ。

 その二人を目にしたシオンは氷の魔力が滾り、二人を強く睨み付ける。

 

「ライア、ガイウス……!」

「……それって――」

 

 その名前はセンセから教えて貰った。確か火の勇者と地の勇者の名前だ。

 ならば、目の前にいるのがそうなのか。

 

 赤い髪の男がケラケラと笑いながら口を開く。

 

「よぉよぉ! シオンじゃねぇか! 何処に行ってたんだ?」

「お兄様は何処!?」

 

 シオンは細剣の切っ先を赤髪に向ける。

 

「いの一番にカイのことか。愛されてるねぇ」

「答えなさい!」

「どうしようかなぁ? なぁ、ガイウス」

 

 赤髪は隣に立っている大男の胸元を叩き、大男は「フムゥ」と顎をさする。

 

「教えても良いが、タダでとは言えぬなぁ……」

「だよなー! 代価が必要だよなぁ?」

 

 赤髪が私を見据えた。

 

 その瞬間、私の背後を冷たいナニかが走る。

 

 どうして私を見る? あの男と私の間には何も無いはずだ――!

 いや……ある。アレが勇者なら、私と何かしらの関係があるとすれば、それは『魔王』だ。

 あの男は……私が魔王の娘だということを知っている。

 アーサーから聞いたのか、先の流れで私を見るなら、アイツの狙いは私か?

 有り得る……アーサーは私をセンセのスペアだと言っていた。魔王復活に関しては、私もセンセのように狙われる可能性がある。

 

 赤髪と睨み合っていると、赤髪は「クカカカ」と笑い、私達に背中を向けた。

 

「まぁ、此処は弟に任せるとしよう。見たいもんは見れたし、俺は先に城へ戻るぜ」

「ウム、任された」

 

 赤髪は大男の背中を叩き、全身を赤い炎に変えて私達が通ってきた道を戻っていった。

 赤髪がいなくなったことで、私は漸く忘れていた呼吸を取り戻す。

 

 あの男は異常だ……とても勇者には思えない。

 

 アレは……アレは……狂人だ。何かが狂っているような気がする。アレと二度と対峙したくない。アレは危険だ……アーサーとは違う別の危険な気配がする。

 

 残った大男は拳をボキボキと固め、ストレッチを始める。

 

「さて、兄者に頼まれて此処をリングに変えたが。シオンよ、お主は我が妹だ。これ以上傷付けたくない。大人しく投降してもらえぬか?」

 

 まるで兄が妹を優しく諫めるかのように、大男はシオンに向かってそう言う。

 

 だが此処でシオンがはい分かりましたなんて言うはずもなく、口から白い息を吐き出しながら極めて冷静に、されど怒りの激情を感じさせるような声で拒絶の意を吐く。

 

「巫山戯るな……お兄様を襲う貴様らなど、兄ではない!」

「……ならば、致し方あるまい」

 

 大男はストレッチを止めると、目付きを変えて私達を見据えた。

 その途端、大男から地属性の魔力が溢れ出し、洞窟内を揺らし始める。

 

「殺しはせん……。だが、他の者はその限りではない」

「……ララ様、お下がりを。前は私とシオン様で引き受けます。宜しいですね、シオン様?」

 

 リインは私の前に出て、シオンの隣に立つ。

 シオンはその提案を断ることなく、静かに頷く。

 

 今から始まるのはただの戦いじゃない。

 

 勇者同士が敵になって戦う、前代未聞の戦いだ。私達が勇者同士の戦いに付いていけるかどうか、それが生き残れる可能性を左右するだろう。

 

 私の力がどこまで通用するのか……センセと一緒に行くと決めてるんだ。勇者の一人ぐらい、力を合わせて倒せるぐらいにはなっておかなければ。

 

「回復は私にお任せを。ララさん、貴女は魔法で支援に専念してください」

「姉さん、僕は大丈夫だから」

 

 アイリーン先生は弓矢を手に握り、シンクは風の魔力を全身に纏い出す。シンクの魔力が一定値を超えた時、シンクは黒い毛皮のワーウルフへと変身した。

 

『オォーン!』

「……ふむ、妹にエルフにワーウルフ。そして親父殿の……これは面白くなりそうだ」

 

 大男は拳を構え、地の魔力を一気に高めた。

 

「我が名はガイウス・ライオット――いざ参る」

 

 大男――ガイウスは両手を広げ、地属性の魔力を撒き散らしながら突進してきた。

 私達は散開し、ガイウスの一撃をかわす。

 私とアイリーン先生は後ろへと下がり、魔法を発動する準備に入る。

 シオン、リイン、そしてシンクはガイウスに向かって近接戦闘を仕掛ける。

 私は杖を振り、リインの剣に属性の付与を施す。

 相手が地属性なら水属性か氷属性の魔力が適している。私はリインの剣に水属性を付与する。

 

「水の精霊よ来たれ――ウィン・ド・コンフィルマズ!」

 

 リインの剣に水属性が帯び、リインはガイウスに向けって剣を一閃する。

 その剣をガイウスは腕一本で受け止め、しかも刃は腕に食い込むことすらしなかった。

 

「嘘!?」

「我が肉体は大地の如し」

「下がりなさいエルフ!」

 

 リインは剣を引っ込めて後ろへとバク転しながら下がる。

 ガイウスが拳を振り上げると同時に、シオンがガイウスに手を翳して氷の魔力を放つ。

 するとガイウスの足下が瞬時に凍り付き、そのままガイウスを氷の結晶に閉じ込めてしまう。しかしそれもほんの束の間、氷の結晶全体に罅が走り、瞬きする内に氷の結晶は砕け散りガイウスが健全な状態で出てきた。

 

「効かぬわァ!」

『オォーン!』

 

 シンクがガイウスに接近し、鋭い爪を振り払う。爪はガイウスの腹に直撃するが、傷一つ付けることはできなかった。

 

「軽い!」

 

 ガイウスはシンク目掛けて拳を振り下ろす。シンクは首を逸らして拳をかわしたが、拳から放たれた衝撃波によって吹き飛ばされる。

 

「シンク!?」

『グルルゥ!』

 

 シンクは体勢を整え、次の攻撃の隙を探しながら周りを走り回る。

 シンクが無事であることに安堵し、私は杖をガイウスに向ける。

 

 奴の攻撃力は兎も角、防御力は群を抜いているようだ。そう言う相手には力が拡散してしまう攻撃よりも、力を一点に集中させるような鋭くも強烈な一撃を狙ったほうがいいだろう。

 

「水の精霊よ来たれ――ウィン・ド・クストスズ!」

 

 水のゴーレムを召喚し、ガイウスに突撃させる。

 

「氷の精霊よ来たれ――グラ・ド・コンフィルマズ」

 

 アイリーン先生が私の出した水のゴーレムに氷属性を付与し、ゴーレムは氷のゴーレムへと変わる。

 私が属性付与するよりもその精度は高く、威力が格段に上がった。

 

 アイリーン先生は弓を引き絞り、矢をガイウスに向ける。

 

「氷の精霊よ来たれ――グラ・ド・サジッタズ」

 

 矢が放たれた瞬間、矢は氷の矢に成り代わり、複数に分裂してガイウスに迫る。

 ガイウスは氷のゴーレムが振るった両拳を己の両拳で受け止め、アイリーン先生の氷の矢を肉体で受け止める。矢は肉体を突き破ることはせず、そのまま砕け散ってしまう。

 

 ガイウスは氷のゴーレムをそのまま振り回し、私のほうへと投げ尽きてきた。そのゴーレムをシンクが斬り裂き、私は直撃を免れた。

 

「ガイウス!」

 

 シオンが腕を振り払うと氷の槍が精製され、そのままガイウスに向かって伸びていく。

 氷の槍をガイウスは拳で受け止め、力を込めて一気に振り払う。氷の槍は砕かれ、衝撃波がシオンを襲う。

 シオンは剣を振り払い、氷の斬撃を飛ばして衝撃波を相殺する。

 

「凍て付け、アイスバーン!」

 

 シオンが手を地面に付けると、広範囲にかけて一気に氷が駆け抜ける。氷はガイウスを呑み込み、再びガイウスを氷漬けにしてしまう。

 

「今よ!」

 

 リインが剣を後ろに引いてガイウスの懐に潜り込む。リインの剣に魔力が渦巻き、リインはガイウスの腹に向かって剣を突き出した。

 

「サンクトゥス・イクト!」

 

 剣はシオンの氷を突き破り、中にいるガイウスの腹に直撃する。魔力による衝撃がガイウスを貫き、洞窟内を激しく揺らす。

 

 だがリインの剣はガイウスを貫くどころか、切っ先がほんの僅かに食い込む程度で終わってしまう。

 

「よい一撃だ。されど、我には届かぬ」

「ッ!?」

 

 ガイウスがリインに向かって拳を振り下ろす。リインの顔面に拳が叩き込まれる寸前、シンクがリインを押し倒してガイウスの拳をかわさせた。

 ガイウスの拳はそのまま地面に直撃し、地面に大穴を空ける。

 シンクはララを引っ張りガイウスから離れる。

 

 氷漬けにしても、剣を突き刺しても、矢が命中しても、何をしてもガイウスは無傷で反撃してくる。攻撃力もかなりある。おそらく一撃でもまともに喰らえばそれだけで再起不能になりそうだ。

 

 これが勇者……まだ本気を出していないだろうに、まるで子供の相手をするようだというのに、私達とここまで差があるというのか。

 

 どうやればあの怪物に一矢報いることができるのか――。

 

 シオンだけなら……同じ勇者なら渡り合えるのだろうけど、私達が一緒にいるせいで本気を出せないでいるようだ。

 

「くそっ……!」

 

 地属性の魔力を滾らせるガイウスを睨み、私は悪態を吐く。

 

「さぁ……まだまだ楽しもうぞ」

 

 ガイウスは更に魔力を高めるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話 本気の片鱗

ご感想、ご評価よろしくお願いします!


 

 このままじゃ一方的にやられて終わりだ。何か他に手立てを考えなければ。

 

 私達が束になってもガイウスに勝てないのだとしたら、シオンに任せるしかない。だけどシオンが本気になれば十中八九私達が巻き添えになってしまう。それを分かっているからシオンは本気を出せないでいる。

 

 そもそも攻撃が全く通用しないって何だ? 勇者って実は化け物なのか? それともガイウスだけが特別なのか? これから先のことを考えると、後者であってほしいと思う。

 

「今度は此方から行かせてもらおう」

 

 ガイウスが拳を振り上げる。

 

「岩竜槍」

 

 ガイウスの拳が地面に叩き付けられる。その直後、私達の周りから鋭い岩の槍が生え、一斉に襲い掛かってくる。槍が直撃する前に、シオンが槍を氷漬けにして動きを止めた。

 

「相変わらず、反応速度は姉上に迫るモノがあるのぉ……ならこれはどうする?」

 

 ガイウスは拳を引き絞り、魔力を拳に集めていく。

 私はアイリーン先生と一緒に魔力障壁を前方に展開する。

 

「空烈破」

 

 ガイウスが拳を振り抜くと、大人一人分ぐらいの大きさである魔力の塊が放たれた。

 全力で障壁を張ったのにも関わらず、直撃した瞬間ガラス細工が砕けるようにして破壊された。相殺もできず、魔力の塊は私を狙っていたのか私に迫ってくる。

 

 だが直撃する前に私はアイリーン先生と一緒にシンクに抱えられてその場から離脱する。魔力は外れて壁を木っ端微塵に破壊する。

 

「空烈破・乱」

 

 先程の攻撃が連続で飛んでくる。

 今度はシオンが氷の壁を造り出して攻撃を防ぐ。

 その間にリインとシンクがガイウスに迫り、左右から攻撃を仕掛ける。

 ガイウスの動きを止めようと、杖を向ける。

 

「光の精霊よ来たれ――ルク・ド・イリガーレズ!」

 

 ガイウスの周囲から光の鎖を伸ばし、四肢に絡み付かせる。しかし拘束できたのはほんの一瞬で、鎖は容易く引き千切られる。

 

 リインとシンクが左右からガイウスに向けて剣と爪を振るい、ガイウスはそれを両手で受け止めた。

 

「軽いと、言っている」

 

 ガイウスの全身から魔力が噴き出し、リインとシンクを壁まで吹き飛ばした。

 

「きゃあ!?」

『ガウッ!?』

 

 二人は壁に打ち付けられ、地面に転がる。

 

「ご退場願おう」

 

 倒れている二人に向けてガイウスが再び魔力を放つ。が、シオンがガイウスと二人の間に氷の壁を造り出して魔力を防いでくれた。

 

「アイリーン先生! 二人を!」

「ええ!」

 

 氷で隔てられている内に二人の回復をアイリーン先生に任せ、私はシオンと隣り合ってガイウスと睨み合う。

 

 駄目だ、私達の攻撃が全く通用しない。やはりシオンを攻撃に集中させる戦法に変えたほうが良い。私達じゃガイウスに傷一つ付けられない。

 

 どうする……シオンの攻撃手段を見る限り、広範囲に渡っての殲滅魔法だと思う。なら戦闘区域から私達が離脱すればシオンは力を発揮できるはず。ガイウスの動きを止めるか気を逸らすかして離れるか……?

 

 そうこう考えている内に、ガイウスは次の行動に入る。ガイウスは魔力を高めると、ただでさえ筋骨隆々だった身体が更に肥大化し、さながらオークのような巨体へと変貌する。

 

「そろそろ終いとしよう……シオン、そして姫君よ……お主らだけは生かそう」

「くっ……!」

「……仕方ないわね、少し本気を出すわ。貴女達、死ぬ気で逃げなさい」

 

 シオンがそう言った瞬間、周囲の温度が一気に下がった気がした。

 

 この女――やる気だ。私達がいるのにも関わらず、本気の一撃を放つ気だ。止める気配なんて無い。この女はやると言ったら必ずやる。

 

 私は慌ててアイリーン先生達の下へと向かい、シオンが本気の一撃を放つ気であることを伝える。すると大人の余裕を崩さなかったアイリーン先生でさえも血相を変え、元の姿に戻っていたシンクを抱えて奥の通路を目指して走り出す。私もリインも走り、シオンとガイウスから可能な限り離れる。

 

「逃がすと思うてか?」

 

 ガイウスが私達を見据える。一歩踏み出した瞬間、ガイウスの足が凍り付いた。

 

「ぬぅ……!」

 

 シオンから強烈な魔力を感じた。見るとシオンの髪は伸び、白い肌がパキパキと霜に覆われていっている。

 

 私達は全力で通路に引っ込み、私とアイリーン先生で防御魔法を展開する。

 

「ララさん! 火属性の魔法を!」

「ああ!」

『火の精霊よ来たれ――サラ・フォル・スクートゥムディア!』

 

 火属性の上位精霊魔法を展開し、私達の空間とシオン達の空間を遮断した。紅蓮の炎が空間いっぱいに広がり、壁となって具現化する。

 

 これでシオンの攻撃を防げるとは思っていない。少なくとも被害を最小限に抑え込められる程度だろう。

 

 そして――シオンの攻撃は放たれる。

 

「永久に凍れ――コキュートス」

 

 無音――空間や時間、概念すらも凍結してしまったと認識してしまう程の規模だった。炎の壁の向こう側が一瞬で凍り付き、氷で埋め尽くされる。この炎の壁でさえも凍結してしまい、術者である私とアイリーン先生をも凍らせようと停止の世界が襲い掛かる。

 

 無意識だった――私はアイリーン先生を後ろに押し退け、忌み嫌っている魔族の力を引き出していた。黒い魔力が私の中から這いずり出て、迫り来る氷に纏わり付く。氷の動きはそこで止まり、私達を呑み込むことはなかった。

 

 代わりに、黒い力が私を呑み込もうと牙を向けた。呑み込まれる前に力を抑え込み、何とか自我を保つことに成功した。

 

「ララさん!? 大丈夫ですか!?」

「ララ様!?」

「姉さん!?」

 

 いきなり蹲った私を心配して三人が私に近寄る。

 

「だ、大丈夫……! 魔族の力を使っただけだ……!」

 

 大丈夫……大丈夫……私は私のままだ……誰も殺してない。力に呑まれてない。

 

 必死に自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと立ち上がる。

 

 炎が凍ったこの向こう側ではいったいどうなっているのだろうか? シオンは? ガイウスはどうなった? まさか二人とも氷の中に?

 

 すると、目の前の氷が罅割れて砕け散った。

 慌てて杖を構えると、氷の向こう側から現れたのはシオンだった。髪の毛の長さも元に戻り、肌や服に付いた霜を払いながらシオンが歩いて出てきた。

 

「……生きてたのね」

「……何とか。ガイウスは?」

「氷漬けにしたわ。暫くは動けないはずよ」

「……死んでないのか?」

「死んでくれたらありがたいけど、頑丈さは勇者の中でも一番だから」

 

 そう言って、シオンは私達を素通りして洞窟を進んでいった。

 

 シオンがやって来た方へと視線を向けると、そこは一面の氷景色で、中央に巨大な氷塊があった。その中にガイウスが閉じ込められているが、今にも動きそうな気配がして私は息を呑んだ。

 

 これが……勇者。魔王と戦った者達の力はやはり人知を超えている。

 こんな力を持つ勇者七人を相手にたった一人で戦っていた魔王は、果たしてどれだけの力を持っていたのか……。

 

 私は怖くなった。その魔王の力が私の中に潜んでいる。一度でもその力に呑み込まれてしまったら、私はいったいどうなってしまうのだろう……私の周りにいる者達はどうなってしまうのだろう。

 

「……ララ様?」

「……大丈夫。先を急ごう。民達の無事を確認してセンセと早く合流しよう」

 

 私は一抹の不安を胸に抱き、シオンを追いかけて洞窟を進んだ。

 

 センセ……私は……大丈夫だよね……?

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話 光VS

お待たせしました。


 

 

 光の剣が俺の腹を貫く――。ただの魔力の塊の衝撃だったが故に打撲で済んだ。

 

 ナハトを振り払い、魔力の斬撃を放つ。対抗して放たれた光の斬撃がそれを相殺し、新たに放たれた斬撃が俺に迫る。それを雷が弾き、風の刃が反撃する。

 

 光は強烈な輝きを見せ、俺達を一度に吹き飛ばす。宙で体勢を整え、上手く着地する。

 

 目の前にいる相手はたった一人。その一人に勇者二人と英雄一人は攻めあぐねていた。

 

「どうした三人とも!? その程度か!?」

「何なのアーサーの力……!? 昔と違うわ!」

「俺の風じゃ、あの光は突破できそうもありません……!」

「くそっ、分かってたことだが……!」

 

 アーサーの力は予想を遙かに超えていた。前回より光の力が格段に上がっている。まるでエリシア達勇者の力よりも上の力だ。

 

 口端から流れる血を拭い、ナハトを構え直す。

 アーサーは蒼い剣を床に突き刺し、ホール全体に力を浸透させた。

 

「まだまだ終わりにはしないぞ! 兄さん!」

「――来いよ、アーサー!」

 

 俺とアーサーは駆け出し、互いの剣を打ち付けた――。

 

 

 

    ★

 

 

 

 空を飛んで直接城に降り立った。

 空に対する妨害は無く、何の問題も無く辿り着けた。

 

 ローマンダルフ王国の城内には水が沢山ある。水路が入り組んでいたり、噴水があったりして随分と涼しげな印象を受ける。

 

 俺達は城の屋上のテラスに降り立ち、そこから街を見下ろす。街にはまだゴーレムの姿があり、俺達を探して動き回っている。ララ達の姿は既に見えず、何とか地下へと向かえたのだろう。

 

「カイはいるのかしら?」

「……どうだろうな。ただ……アイツはいるな」

 

 城の中からは一つの魔力を感じる。光――つまりはアーサーが此処にいる。

 

 だがどういうことだ……? 以前より光の力が増している……ような気がする。

 それにこれは……研ぎ澄まされているというよりかは、荒ぶっている? 何だか嫌な感じだ。

 

 俺達が此処に来たことも既に察知しているだろう。

 だからこそ魔力の気配を消さずに俺達を挑発している。

 

 此処に来い――此処にいるぞ、と。

 

 背中に背負っているナハトと、体内にある光の力が震えている。

 

「兄さん、これからどうするつもりで?」

「……お望み通り、中に突入してやろう」

「……兄弟喧嘩は何年ぶりでしょうね?」

 

 ユーリは首をコキコキと鳴らし、ギラついた笑みを浮かべる。

 

 俺達にとって兄弟喧嘩というのは、力をぶつけ合える絶好の機会だ。

 勇者というのは大きな力を持っているが、全力で戦える相手はいない。力を手にしてから遠慮無くぶっ放せるのは兄弟だけ。

 幼い頃、エリシア達はそれでよく喧嘩という名の遊びをしていた。

 

 ホント、何年ぶりだろうか……勇者と勇者が戦うのは。

 

 あの頃は最終的に親父が皆を止めていたが、今回からはいない。その役目を負うとすればそれは……俺だろう。長兄として、最後の一線を越えさせないように全力を出さなければならない。

 

 ――違うな。それじゃまるで戦いをエリシア達に任せるような言い方だ。これは兄弟全員の問題だ。長兄である俺が一番戦わなきゃならない。

 

「行くぞ、エリシア、ユーリ。弟を叱りに行こう」

 

 テラスを歩き、城内へと突入する。城内からはアーサーの魔力の他に、雑魚の怪物の魔力も感じる。それ程驚異的では無い。アーサーとの戦いの肩慣らしには丁度良い。

 

 怪物を蹴散らしながら城の中を進み、アーサーの魔力を感じる場所へ向かう。

 

 辿り着いた場所は巨大なホールだった。一番奥の壁は分厚い窓ガラスで構成され、その前に玉座が置かれている。

 

 その玉座に――アーサーが座っていた。

 

 アーサーは退屈そうに剣を床に突き立て、クルクルと回しながら俺達が来るのを待っていたようだ。

 

「アーサー……」

「やっと来たんだ、兄さん。それに姉さんも……ユーリも久しぶりだね」

 

 俺達とは目を合わさず、そう静かに口にする。

 

「アーサー……カイは何処だ?」

「……カイ兄さんなら此処にはいないよ。もう用は済んだから」

「カイに何をした?」

 

 アーサーは剣を弄るのを止め、玉座から立ち上がってやっと俺達を見た。

 いつものように澄ました顔をして、その胸の内を悟られないように感情を隠している。

 

「安心してよ。カイ兄さんは生きてる。尤も……時間の問題だろうけど」

「何だと……?」

「それより兄さん……今度こそ父さんの依り代になってよ」

 

 アーサーが蒼い剣を構え、光の力を高めた。どうやら俺達と話をする気は無いようだ。

 それならそれで話は早い。アーサーを懲らしめてからカイの居場所を聞き出せばいい。

 もとよりこっちは話し合いで済むとは考えていなかった。初めから戦うつもりで此処に来たんだ。ごちゃごちゃと話す面倒が無くて寧ろ助かる。

 

 俺はナハトを抜き、ガントレットを出現させる。エリシアもカタナを一振り抜き、ユーリはダガーを両手に構える。

 

「ねぇ、アーサー。今ならまだお説教で済ませてあげる」

「姉さん、それはこっちの台詞だよ。一度でも僕に勝てたことある?」

「アーサー、君は相変わらず兄姉の話を聞かないね」

「ユーリ、僕はアンタを兄と思ったことは一度も無い。僕の兄はただ一人、ルドガー兄さんだけだ」

 

 ナハトを握り締め、魔力を高める。

 

「泣いても知らんぞ、アーサー……行くぞ!」

 

 俺達は同時にアーサーへと向かった。

 

 一番手はエリシアだ。雷速でアーサーに斬りかかり、アーサーはカタナを剣で受け止める。何度か刃を切り結び、その間に風に乗ったユーリがアーサーの横から斬りかかる。アーサーは左手に光の剣を展開し、ユーリのダガーを弾いていく。

 

「アーサー!」

 

 最後に俺が斬りかかると、アーサーは回転するようにして両手の剣を振るい、エリシアとユーリを振り払う。そして俺が振り下ろしたナハトを両手の剣で受け止めた。

 

「あの時は兄さんの強靱な魂が邪魔をした。今度はそれさえもさせない!」

「もう馬鹿な真似は止せ! 親父は死んだんだ! 蘇りはしない!」

「うるさい!」

 

 ナハトが上に弾かれ、アーサーの剣が振るわれる。ナハトで剣を捌き、アーサーの視線を俺に釘付けにする。

 

 あの時と違ってこの場にいるのは俺だけじゃない。エリシアとユーリがいる。

 エリシアがアーサーの後ろから斬りかかり、アーサーは光の剣でエリシアに対応する。

 そしてユーリがアーサーの隙を狙って斬りかかる。

 だがアーサーはユーリに目もくれず、周囲に光の槍を展開してそれをユーリに射出する。

 ユーリは風の障壁で槍を逸らし、直撃を免れる。

 光の槍は俺とエリシアにも降り注ぎ、後ろに退きながら槍を叩き落としていく。

 

「光龍槍!」

 

 アーサーの剣から光が放たれ、それはドラゴンの顎へと変化し、槍となって向かってくる。

 ナハトの刃で受け止め、槍を両断する。

 

「タービュランス!」

 

 ユーリがアーサーの足下に風を渦巻かせ、鋭い鎌鼬の竜巻を発生させた。アーサーはその竜巻を中から光の剣で両断し、ユーリ目掛けて光の斬撃を放つ。

 

「烈風刃!」

 

 ユーリも風の斬撃を飛ばし、光の斬撃を相殺する。

 

「ユーリ、アンタじゃ僕には勝てない。それに外ならまだしも、室内じゃ力が制限されるだろう」

「ま、確かに。なら外へ行ってくれるかい?」

「行かせてみろよ」

 

 アーサーが剣を背後に振り払う。すると剣が雷を弾く。

 エリシアがアーサーに向かって紫電を飛ばしたのだ。

 

「城を消し飛ばしても良いのよ、こっちは」

「ならやってみてよ姉さん。勇者と勇者が戦うんだ。城の一つや二つぐらい、消えるものさ」

「調子に乗って……! そんな子に育てた覚えは無いわよ!」

 

 エリシアが雷をホールに召喚し、アーサーに降り注ぐ。アーサーは雷の動きが見えているのか、光の速さで全ての雷をかわしていく。そうしてエリシアに近付き、剣を振り下ろす。エリシアはカタナで受け止め、競り合いになる。

 

「どうしてもう一本を抜かない?」

「姉心よ……! 弟に手加減するのは当然じゃない……!」

「それが命取りになるんだよ、姉さん」

「さぁ、それはどうかしら……!」

「アーサー!」

 

 アーサーが動いていない内に近付き、俺はナハトを振るう。アーサーはエリシアを蹴り飛ばし、俺に身体を向けて剣でナハトを防いだ。

 

 くそっ、三人がかりなのにどうして一撃を与えられない! アーサーの反応速度が速すぎる上に戦闘技術が高い! 流石は最強とまで言われただけはある!

 

「兄さん! 姉さんとユーリを連れてきたら僕に勝てると思ったのかい!? なら大間違いだ! 勇者の力は室内での対人戦には不向きだ! 力を制限してるようじゃ、僕に一生掛かっても一撃は入れられないよ!」

「それはお前だって!」

「そうだね! でも姉さん達よりはマシさ!」

 

 光が氾濫する。アーサーの全身を光が纏わり付き、アーサーの魔力が増大する。

 

 マズい――そう思った時には、俺は吹き飛ばされていた。

 

「ディバインドライブ」

 

 アーサーの剣から強烈な光の斬撃が放たれる。俺は吹き飛ばされながらもナハトを振り、斬撃を受け止める。直後、激しい爆発が俺を呑み込み、俺は更に吹き飛ばされてしまう。

 

「ルドガー!?」

「兄さん!?」

「ディバインソード」

 

 アーサーは左手から巨大な光の剣を出現させ、ユーリへと振り下ろした。

 ユーリはかわすことができず、風を纏わせたダガーで剣を受け止める。

 

「ぐっ!?」

 

 だが重すぎる一撃に耐えきることができず、剣を逸らすことで直撃だけは免れたものの、床に剣が叩き付けられた際に生じた衝撃破に巻き込まれてしまう。

 

「アーサー!」

 

 エリシアが雷撃を撒き散らしながらアーサーに斬りかかる。

 アーサーは雷撃を纏っている光で弾き返し、剣を振り払う。振り払うと同時に光の衝撃波を放ち、エリシアを吹き飛ばす。

 

 そしてアーサーは剣を床に突き刺し、ホール全体に光の魔力を充満させた。視界いっぱいに白い光が立ち籠め始め、俺はアーサーが何をする気なのかを察した。

 

「耐えてみせてよ――ホーリーノヴァ」

 

 直後、光が大爆発を起こした――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86話 極光と紫電

ご感想、ご評価よろしくお願いします!
ありがとうございます!


 

 

 光に見込まれた直後、全身が焼かれる激痛を味わう。服が、肌が、肉が、骨が、眼球が全てが焼かれる感覚が全身を駆け巡る。悲鳴を上げる余裕すらなく、俺は吹き飛ばされる。

 

 床に転がり落ちた時、俺は正直死んだのかと思った。全身の感覚は無く、視覚や聴覚さえ無くなっていた。その二つはすぐに戻ったが、完全にとはいかなかった。周囲の音は籠もったように聞こえづらく、視界もぼやけている。

 

 辛うじて見えた腕は完全に皮膚が焼け落ち、骨と筋肉が焦げ付いている。着ていたコートも焼け落ち、上半身は完全に露出している。露出していると言っても、皮膚は全て焼き爛れている。

 

 激しい痛みを感じるが、いつもの高速再生によって傷は治っていく。

 

「ぐがっ……!?」

 

 起き上がろうとするが吐血し、全身から力が抜けてしまう。

 顔を上げれば、正面からアーサーからゆっくりと近づいてくるのが見える。

 

 マズい……今の状態じゃアーサーに対抗できない……!

 

 まだ身体の再生は半分以下で、立ち上がることさえ侭ならない。

 

「……大丈夫だよ兄さん。殺しはしない……四肢を斬り落として動けなくして――」

 

 刹那――紫と緑の閃光がアーサーの前に現れた。

 紫電と刃風を身に纏ったエリシアとユーリがアーサーの剣を受け止めていた。

 アーサーの攻撃を受けていたはずなのに、二人は無傷だった。

 

「あんた……ちょっとやり過ぎたわね……!」

「喧嘩じゃ済まないよ、これは……!」

「……だったらどうするんだ?」

 

 エリシアとユーリは雷と風を放出する。

 

「アッタマにきた! もう力加減なんてどうでもいいわ!」

 

 エリシアは鞘に収めているもう一振りのカタナを抜き放ち、アーサーの胴を狙って横に薙ぎ払う。すると雷の斬撃が放出され、アーサーを吹き飛ばす。アーサーは剣で受け止めるも、勢いを殺せず分厚い窓ガラスを砕いて外へと飛び出した。

 

 エリシアは雷になりアーサーを追いかけて外へと飛び出す。ユーリは追いかける前に俺の側に駆け寄ってくる。

 

「兄さん、生きてますか?」

「い……いぎでるよ……!」

 

 再生は進み、焼き爛れた皮膚は元に戻っている。まだ立ち上がれそうにないが、それも時間の問題だ。

 

「そうですか。なら、俺は姉さんの加勢に行きますよ」

「まで……! ぎをづげろ……! アーザーはまだ何ががぐじでる……!」

「ご忠告どうも。怒った姉さんは止められませんよ。街には被害が出ないようにしますが、城は吹き飛ぶかも」

「ま、まがぜる……!」

 

 どうせ今の俺は再生が終わるまでこの場から動けない。二人にアーサーを任せるしかない。

今は一刻も早く身体の再生を終わらせなければならない。

 

 それにエリシアとユーリなら、アーサーを任せられる。城一つでアーサーを抑え込めるなら安いもんだろう。

 

 ユーリはアーサーが突き破った窓へと飛び込み、外へと向かった。

 

「……くそっ」

 

 だらしない……情けない……。俺が一番戦わなければならないのに、結局は足手纏いになってやがる。三つの勇者としての力を手に入れたとしても、できているのは怪物と同じような再生だけ。

 

 全くもって情けない……! 何が兄だ……何が親父の代わりだ……! 力を手に入れても、俺は勇者なんかじゃない……!

 

 俺は無力感に打ちひしがれ、力無く床を殴り付けた。

 

 

 

 

    ★

 

 

 

 

 アーサーを追って外に飛び出したエリシアは空中でアーサーの頭を雷を纏った脚で蹴り付ける。追撃で雷が発生し、アーサーを落雷と共に庭園へと叩き落とした。

 

 アーサーは雷を払いながら地面で体勢を整え、更なる追撃を加えるエリシアを見上げる。

 

 エリシアは雷と共にアーサーへ蹴りを放ち、アーサーは後ろに跳び退いて蹴りをかわす。雷脚はかわされたが、雷の余波がアーサーを襲う。アーサーは剣を振り払い、雷を斬り裂いた。

 

「もう手加減はしないわよ!」

 

 エリシアは左手のカタナをアーサーへと投げ付け、アーサーの頬を掠める。アーサーが剣をエリシアに向けて振り払おうとしたが、既にエリシアの姿はそこには無かった。

 だがすぐ後ろからエリシアの気配を察知し、後ろを振り返らずに剣を後ろに振り抜いた。

 エリシアは投げ付けたカタナの下へ雷速で移動し、アーサーを斬り付けたのだ。

 

 アーサーの剣とエリシアのカタナが重なり、光と雷が激しくぶつかり合う。

 

 エリシアは空に雷雲を召喚し、強大な雷をアーサーに落とした。アーサーは雷をまともに喰らい、地面を抉りながら吹き飛ばされる。エリシアは攻撃の手を緩めず、更に雷を召喚してアーサーへと落とす。

 

 アーサーは雷を喰らいながらも、光の力を放出して雷を払い除ける。そして剣を逆手に持ち、光の斬撃を三連撃で放つ。エリシアは雷を纏いながら斬撃を掻い潜り、アーサーへと接近する。

 

「雷轟一閃!」

「くっ――」

 

 雷鳴を響かせながらカタナを二閃――縦に一撃、横に二撃を加えた。エリシアの一撃はアーサーの剣を叩き落とし、胸に一撃を与えた。

 

 アーサーの胸に横一文字の斬り傷を与え、アーサーはこの戦いで初めて出血した。

 

「ぐはっ――!?」

「天衝雷斬破!」

 

 エリシアがカタナを地面に突き刺すと、エリシアを中心に強力な紫電の塊が発生する。庭園を埋め尽くすほどの紫電が発生し、アーサーを呑み込む。

 

 だがアーサーも剣を地面に突き刺し、光の力を解放する。

 

「天衝光斬破!」

 

 エリシアと同じように光の柱を開放し、エリシアの雷と対抗する。二つの力は庭園を薙ぎ払い、天を穿つ。轟音と衝撃を撒き散らし、二つの力は四散する。

 

 力を打ち消し合った二人は睨み合い、静かな瞬間が流れる。

 

「――」

「――」

 

 一拍の間があり――二人は同時に刃を振るった。

 

 光速と雷速で振り抜かれた刃は激しい衝撃を生んだ。

 ギチギチと鍔迫り合いをし、二人は睨み合う。

 

「ぐっ……!」

「アンタはいったい何を企んでるの!?」

「僕の望みはただ一つ! 父さんと兄さんをこの手に取り戻す!」

「ルドガーならそこにいるじゃない! アンタが何もしなくてもルドガーはいるじゃない!」

「だけど父さんがいない! 父さんと兄さんが居てこそ、僕は初めて取り戻せるんだ!」

「あんのクソ親父はもう死んだのよ!」

 

 エリシアはカタナを振るう。アーサーも光の剣を再び展開し、二本の剣と二本のカタナがぶつかり合う。

 

 紫電と極光の閃光が駆け回り、火花と衝撃が生じる。

 今まで顔色一つ変えなかったアーサーは、胸の傷が痛むのか顔を顰めて剣を振るう。

 アーサーの胸の傷にはエリシアの雷が侵食しており、身体を痺れさせて動きを鈍らせている。

 

「クソ親父を蘇らせてどうする気よ!?」

「どうもしない! 僕はあの頃を取り戻すだけだ!」

「クソ親父が蘇ったところで、昔に戻る訳ないでしょ!」

「そんなの取り戻してみなくちゃ分からないだろ! 僕にはそれしか生きる目的が無いんだ!」

「巫山戯んじゃないわよ!」

 

 エリシアは右腕のカタナを引き絞った。左腕のカタナを突き出しアーサーを牽制する。

 そして瞬時に右腕のカタナに雷を集束させる。

 

「撃ち貫け――アラストール!」

 

 右腕のカタナが突き出され、雷の集束砲が放たれる。それはアーサーを呑み込み、背後にあった城を綺麗に穿つ。

 

 大戦時代、彼女はエリシアの代名詞とまで言われたこの技で魔王軍を葬り去ってきた。その威力は言葉にするまでもなく、最強の部類に位置する。

 

 その雷撃をアーサーは正面から喰らった。普通ならこれ仕留めたと思うだろうが、相手は勇者最強と謳われるアーサーである。

 

 ――『この程度』で倒されるはずもなかった。

 

 雷撃が光に押し返された。エリシアはその場から跳び退き、光の集束砲を避けた。

 

 先程穿った城からアーサーがゆったりと歩いてくる。胸の傷以外何一つ傷付いていないアーサーは両手の剣に光を集束していく。

 

 エリシアは唇を噛み締め、カタナを構える。

 

「酷いな、姉さん……折角の城が台無しだよ」

「何とも思ってないくせに」

「もし城に民達を幽閉していたらどうしていたんだ?」

「そんなもの、居ないって分かってるわよ」

 

 エリシアは城の中にローマンダルフ王国の民達がいないことを察知していた。精製される電磁波によって人の何倍もの広さを探知することができる。入り組んだ場所ではそれなりに時間を要するが、ここまで時間を使えば城の中と言えど探知が完了する。

 

 当然、カイが城にいるかどうかまで筒抜けである。

 

「アンタ……カイを何処にやったの?」

「……さぁね。怪物の餌にしたのかも」

「そう……カイは無事なんだ。シオン達のほうかしら?」

「……」

 

 アーサーの反応にエリシアはニヤリと笑う。

 

 どうやらカイは城ではなく、シオン達が向かった地下なのだろう。逃げられたのか逃がしたのかまでは分からないが、カイは生きてそこにいる。

 

 それが分かっただけでもアーサーと戦った甲斐はあると、エリシアは笑ったのだ。

 

 アーサーは見抜かれたことに舌打ちをし、蒼と白の剣を構える。

 

「一番の目的は果たせた。それだけだ」

「昔からそうよね。自分の計画が上手くいかなかったことを突かれたら、そうやって苛立つの」

「……そろそろ遊びは終いにしよう。兄さんの再生が終わる頃だ」

 

 その時、ユーリがエリシアの隣に降り立った。

 

「遅かったわね」

「周囲に結界を張ってたんですよ。城は兎も角、街に被害出しちゃいけないでしょう。でもこれである程度までは本気で戦えますよ」

 

 エリシアとユーリは雷と風の力を高めた。対するアーサーも光の力を高める。

 三つの力が高まり、空間が震える。

 

「アーサー……もう謝っても許してあげないから」

「大人しく折檻をうけなさい」

「僕には勝てない――絶対にだ」

 

 三人は駆け出した。

 紫、緑、白の閃光がぶつかり合った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87話 弟なんだ

ご感想、ご評価よろしくお願いします!!

誤字脱字報告も圧倒的感謝!!ありがとうございます!!!


 

 

「駆けろ――風狼!」

 

 ユーリの手により、風で構成された二体の巨大な狼が召喚される。風狼はアーサーに向かって襲い掛かり、爪と牙を振るった。

 

 アーサーは光の剣で風狼の一体を斬り、もう一体を蒼い剣で斬り裂いた。

 

 だが風狼は斬られたところから身体を再構築し、元の姿で再びアーサーに襲い掛かる。

 

 一体の風狼が前足を振るってアーサーを殴り飛ばし、もう一体が同じようにアーサーを殴り飛ばす。それを何度も繰り返し、アーサーを上空へと打ち上げた。

 

「掻き消せ――咆哮破!」

 

 上空に打ち上がったアーサーに向けて風狼が吠えると、風の衝撃波を発生させてアーサーに放つ。

 アーサーは上空で体勢を整え、二つの剣で衝撃波を両断する。殴られた傷も無く、アーサーは健在だった。

 

「迅雷一閃!」

 

 衝撃波を斬り払って硬直している隙を狙い、エリシアが紫電を纏って上空のアーサーの横を駆け抜けた。擦れ違い様にカタナでの一撃を与え、アーサーの光の剣が折れた。

 

「鳴神一閃!」

 

 返す刃で放ったエリシアの一撃は剣閃に沿って稲妻が走り、空間を雷で斬り裂いた。斬り裂かれ、放たれた雷の斬撃はアーサーだけではなく、城を斜めに大きく斬り付けた。力をセーブしていたのか、城は両断されずに済んだが、大きな傷痕が残された。

 

 そして斬り裂かれたはずのアーサーは白いコートに斬り裂かれた痕を残してはいるものの、さしてダメージを負っておらず、エリシアを睨み付けていた。

 

「そんなっ!?」

「殺す気で放たないと、今の僕はやれないよ」

 

 アーサーはエリシアの頭を左手で掴み、地面へと投げ付ける。凄まじい力で投げられたエリシアはそのまま地面に激突し、大きな窪みを生み出した。

 

 そしてアーサーは剣をエリシアに向け、光の魔力を放つ。

 

「光の雨に呑まれろ――ホーリーレイ!」

 

 アーサーの周囲から光の矢が雨の如く放たれ、エリシアに襲い掛かる。

 

 その間にユーリが操る風狼が割り込み、一体はエリシアに覆い被さり、もう一体は咆哮破を光の雨に向かって放つ。咆哮破によって光の雨は掻き消されるが、消しきれなかった雨が二体の風狼を貫き、木っ端微塵に打ち消してしまう。

 

 その間にエリシアは雷速でその場から離脱し、光の雨を避けることができた。

 地面に着地したアーサーは剣を地面に突き刺し、光の魔力を荒ぶらせる。

 

「光に裁かれ消え失せろ――シャイニングジャッジメント!」

 

 空が白く光り輝く――。

 雲の間から幾十もの光の柱が落ち、アーサー達が立っている場所を焼き始める。

 

 アーサーは地面から剣を抜き、ギラついた瞳を浮かべながらエリシアとユーリに歩み寄る。

 その間、光の柱が点々と庭園に落ちては焼き尽くしていく。

 

 エリシアとユーリは察する。あの光の柱に触れたら一巻の終わりだと。

 目の前のアーサーに集中しながらも頭上を注意しなければならない。エリシアとユーリは固唾を呑み、己が武器を構える。

 

「ユーリ……アンタの風で、一瞬だけでいい……隙を作って」

「姉さんはどうするんで?」

「……もうやるしかないのよ」

 

 エリシアは左手に持つカタナを鞘に戻し、右手のカタナを目線と平行に持ち、切っ先をアーサーに向けて構える。バチバチと紫電がカタナに纏い、エリシアの口の隙間から息のように紫電が漏れ出る。

 

 ユーリはエリシアが何をするのか顔を見ただけで察し、少しだけ顔を伏せた。

 次には覚悟が決まった顔を浮かべ、力強く頷く。

 

「今この場で放てる最大の技を放ちます。それならアイツも足を止めるでしょう」

「ええ……ごめんね、付き合わせて」

「……これも勇者の務めです」

 

 ユーリは体内の魔力を総動員し、前方に五つの魔法陣を展開する。

 中心の魔法陣は大きく、四隅に小さな魔法陣が描かれる。

 ユーリの強大な魔力を感じ取ったアーサーは足を止め、蒼い剣に光を集束させる。

 

「アーサー……弟よ……永久に眠れ」

 

 ユーリは展開した魔法陣に魔力を回した。魔法陣が激しく回転しだし、周囲の風を吸い込んでいく。すぐ側に光の柱が落ちようとも動じず、ただアーサーを真っ直ぐ見据えていた。

 

「暴風よ薙ぎ払え――テンペストゲイル!」

 

 五つの魔法陣から風の集束砲が放たれた。小さな四つの魔法陣と大きな魔法陣それぞれから放たれた風の砲撃はアーサーの眼前へと迫る。

 

 アーサーは光を集束させた蒼い剣を斜め下から上に向けて斬り上げる。

 

「ライト・オブ・カリバー!」

 

 光の集束砲が放たれ、風とぶつかり合う。

 ユーリは魔力を更に強め、光に対抗して競り合いに持ち込む。

 アーサーは一撃で打ち消すつもりだったのか一瞬だけ驚き、光の力を注ぎ混む。

 

 やがて二つの力は大きく始め、二人の間で消し飛んだ。

 

 その消し飛んだ力の中から、紫電となったエリシアが現れ、アーサーの正面に辿り着いた。

 

 紫電が静かに揺らめき、アーサーは目を大きく見張る。エリシアに対処しようと剣を持つ腕を振るおうとするが、先程の技による反動で動きが鈍る。

 

 エリシアはカタナの切っ先をアーサーの胸に向けたまま更に接近し、雷の力を解放した。

 

「ごめん――アーサー……ごめんね……!」

 

 紫電がカタナから激しく迸り、エリシアはカタナをアーサーの心臓目掛けて力強く突き出した。

 

 そして、刃は肉を貫いた――――この世で一番大好きな男の胸を。

 

「え――?」

「それは――駄目だ……!」

 

 

 

    ★

 

 

 

 エリシアの、本気の一撃をこの身で受けたのはこれが初めてだろう。というか、過去にあって堪るか。この先もあってほしくない。

 

 怪我の再生が終わり動けるようになった俺は急いで立ち上がり、窓から庭園を見下ろした。

 先程から三人の凄まじい攻防が続いているのは動けないでも分かっていた。

 

 だがまさか、エリシアがアーサーを殺そうとしていたのには驚いた。

 

 あくまでも兄弟喧嘩、お説教で済ませるかと勝手に思っていたから、我が目を疑ってしまった。

 

 俺は光の力を引き出し、最速でアーサーとエリシアの間に割り込み、この身でエリシアの一撃を受け止めた。心臓は僅かにずれたが、エリシアの雷撃が直接体内に流れ込んでくる。

 

 咄嗟に技を止めてくれたのだろう、それだけで済んだ。もしこのまま技が最後まで発動してしまえば、落雷が俺に落ちて更に体内で雷撃が暴れ回り最後には内側から雷が爆発するところだった。

 

「る、ルドガー!? 何で!?」

 

 エリシアがカタナを俺から抜き取る。血が勢い良く噴き出すが、傷はすぐに再生する。

 俺はエリシアの肩に手を置き、痛みを堪えながら怒鳴りつける。

 

「姉弟が殺し合うな! その一線だけは越えるな! アーサーは俺達の弟だろ!?」

「で――でもアーサーはもうそんなこと思ってないわ!」

「だとしても! 何処まで行ってもアーサーは弟だ! 弟を殺すことは、この俺が許さない!」

 

 足手纏いのくせに何言ってやがる……アーサーと同等に戦える力を持っていない奴が何を語っている。

 

 そんなことは言われなくても分かっている。だけど、アーサーは弟なんだ。今は憎まれていても、馬鹿な野望を持っていても、どれだけ殺されかけようとも、アーサーは俺達にとって弟なんだよ。

 

 だからお前達に殺し合いはさせない。死にかけたとしても死なせない。

 それが俺の、兄として親父に誓ったことだ。

 

「兄さん――――――だから駄目なんだよ」

 

 ガシリッ、と右腕が掴まれた。

 

 その直後、俺の中にある光の力が俺に牙を向けた。体内から俺の身体を壊すように、生物が体内から食い破ろうとするように、光の力が俺を蝕み始めた。

 

「がっ、ぐっ、オアアアアアアアア!?」

「ルドガー!? アーサー!」

 

 エリシアが俺の腕を掴んでいるアーサーを斬り付ける。アーサーは俺の腕を離し、俺達から離れた。

 俺は痛みに藻掻き苦しみ、エリシアにもたれかかってしまう。

 

 掴まれた腕を見ると、その腕は肉が腐ったように黒く変色し、それは肘まで達していた。激しい痛みは全身からというよりも、この右腕からだ。

 

 いったいこれは何だ!? 毒!? いや毒じゃない! 呪いか! 何の呪いか分からないが、とても強力な呪いだ!

 

「兄さん!」

「ユーリ! ルドガーを下げて! アーサァー! ルドガーに何したのよ!?」

 

 俺はユーリに預けられ、エリシアはアーサーにカタナを向ける。

 

「これは……予想以上だ。随分と『恨まれてる』ようだね」

「何を言って――!?」

 

 その時、俺達とアーサーの間が炎の壁で隔てられた。

 

「よぉよぉ、お取り込み中悪ぃな」

「ライア……!?」

 

 炎の壁を出したのは、火の勇者であるライアだった。

 ライアはアーサーの隣に立ち、俺達を値踏みするように見つめてくる。

 

「あの様子じゃあ、力は上手く発動したようだな?」

「……撤収するぞ」

「なぁ、ちょっと此処で摘まみ食いしても――」

「……」

 

 ライアの首筋にアーサーは剣を突き出した。ライアは肩をすくめ、アーサーと一緒にこの場から去って行く。

 

「ま、待ちなさい!」

「姉さん! 今は兄さんを何とかしないと!」

「くっ……!」

 

 俺の右腕の変色は肘を越えて二の腕に食い込んでいた。痛みは治まらず、俺の身体を内側から食い破ろうとしてくる。

 

 その痛みに耐えながら、俺は意識を失ってしまった――。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88話 湖の底

ご感想、ご評価よろしくお願いします!!!


 

 

 長い長い洞窟を抜けると、その先に待っていたのは不思議な空間だった。

 

 水の中に沈んでいるはずのその空間は、見えない何かで水を塞き止めているのかのように空気が広がっていた。上を向けば水の天井があり、横を向けば水の壁がある。太陽の光は此処まで届いていないのか暗く、代わりにクリスタルの光で辺りが照らされている。

 

 此処が湖の底にある街……古い街だが手入れされているのか綺麗な街だ。此処にローマンダルフ王国の民達が避難しているのだろうか?

 

 街の入り口に辿り着くと、シオンは足を止めた。私達も足を止めると、街の入り口から数人の男達が、エリシアが持っているカタナと同じ形の剣を握って現れた。

 

 そういえば、センセがエリシアのカタナは此処が発祥とか言っていたっけ。

 

 男達は私達にカタナを向けて対峙するが、相手がシオンだと気が付くと驚いた顔を浮かべてカタナを下げた。

 

「し、シオン様!? シオン様じゃないですか!?」

「本当だ! シオン様だ! シオン様が帰られた!」

「おい! 急いで皆に知らせろ!」

 

 男達は騒ぎだし、シオンの周りに集まり始める。

 シオンはそれを鬱陶しがってはいるが、強く拒絶したりはしなかった。

 

 彼らがローマンダルフの民達なのだろう。此処にいるということは、予想通り此処へ避難していたのだろう。

 

 だが国民全員が避難できるとは思えない。湖は小さくはなかったがそこまで大きくはなかった。街だってそこまで大きな街とは言えない。他の場所にでも避難しているのだろうか……。

 

「貴方達、無事に避難できてたのね?」

「はい! カイ陛下のおかげで……! 此処にいない者達も、陛下のお力で別々の場所に逃がされております!」

「そう……お兄様の行方は?」

「此方に居られます!」

「っ!? 案内しなさい!」

 

 カイ……水の勇者が此処にいる? 城じゃなかったのか……?

 

 シオンは民達に案内され、街の中へと走って行った。

 残された私達は此処で待っている訳にもいかず、仕方なくシオンの後を追いかけた。

 

 街の中は人で溢れていた。それも怪我人が多い。男達は兵士……なのだろうか。カタナを腰に提げている者達ばかりだ。勿論、武器を持たない男達もいるが、殆どがカタナを携帯している。

 

 此処に逃げて来たのは兵士が主で、それ以外は逃げ遅れた民達なのだろうか。

 

 シオンが駆け込んでいった建物に遅れて入ると、寝台に横になっている男性にシオンは縋っていた。

 

 暗い蒼の髪をした色白の美男子……あれが水の勇者カイ・ライオットなのだろう。

 

 シオンはカイの手を握り締め、涙を流しながら勇者を呼ぶ。

 

「お兄様……お兄様……! シオンが戻りました! どうかお目覚め下さい!」

「――――ん……シオン……?」

 

 カイの瞼がゆっくりと開く。エメラルド色の瞳がシオンを映すと、その表情は柔らかいものになった。

 

「シオン……戻ったのか」

「お兄様……! はい! 戻りました!」

「無事で良かった……」

 

 カイはシオンの頬を優しく撫でると、身体を寝台から起こす。シオンはカイの身体を支える。

 

 病気……なのか? 随分と身体の具合が悪そうだ。そういった噂が流れているとセンセとエリシアから聞いてはいたが、どうやらそれは嘘でもないらしい。血色もあまり良くなさそうで、結構重病のように思える。

 

「……シオン。大兄上は呼んでくれたか?」

「っ――はい、お兄様。既に地上の街で戦闘を始めています」

「そうか……。なら僕も……!」

 

 カイは寝台から立ち上がろうとするも、立ち眩みが襲ったのかフラついてしまう。

 シオンがしっかりと受け止めなければ倒れていただろう。

 

 おいおい、随分と危なっかしい状態じゃないか。そんな状態で地上に向かおうとしてるのか? 流石にそれは見逃せないぞ。

 

 それに見逃せないと言えば、建物の外にいる兵士達もそうだ。怪我人が多い。治療が充分に行き渡っていないように見える。

 

「お兄様!? いけません! この様な状態で外に出られるなどと!」

「それでも行かなければ……! 大兄上に伝えなくてはならないことがある……!」

 

 カイは止められても尚、寝台から立ち上がって地上へと向かおうとする。

 シオンは必死に止めようとするが、カイは意地でも聞かない。

 

 しかし、外に出ることを許せないのはシオンだけじゃない。この私と、アイリーン先生もだ。

 

 アイリーン先生はポーチから杖を取り出すと、カイに向けて軽く振るう。するとカイの身体は蹌踉めき、寝台へと見えない力によって押し戻された。

 

「うぐ……!?」

「勇者様、ご無礼を承知で申し上げます。地上はおそらく戦闘中。そこへ今の勇者様を送り出すことは認められません」

「貴女には関係無い――!」

「地上に勇者様がいないと分かれば、ルドガー様も此処へ来るでしょう。それまでどうかお休み下さい」

「……だが!」

 

 アイリーン先生の笑みがこれ以上無いくらいに引き攣った。握り締めている杖を再びカイに向けると、カイは寝台に横になり離れなくなる。

 

 あぁ、これは完全にキレてるな――。

 

 アイリーン先生は黒い笑みを浮かべながら、パシンッ、パシンッと杖で自分の手元を叩き、強く宣言した。

 

「私の目が黒い内は、何人たりとも地上へは行かせません。少なくとも、治療を終えるまでは」

「……」

「ララさん」

「っ、はい」

 

 思わず背筋を伸ばしてアイリーン先生へと振り向く。

 アイリーン先生は朗らかな笑みを浮かべてはいるが、その奥には確固たる覚悟を感じられた。

 

 絶対にカイを此処から出さないと――。

 

「怪我人の治療、手伝ってくれないかしら?」

「――」

 

 私は首を縦に振ることしかできなかった。

 

 ま、まぁ元々そのつもりだったし、別に良いけど……。

 

 アイリーン先生にカイを任せ、私は外に出て動ける怪我人を集めた。

 ポーチからありったけの霊薬を取り出し、それぞれの怪我にあった物を渡して飲ませていく。

 

 私が作った霊薬はセンセのお墨付きだ。呑んだだけで即座に効果が現れる。判りやすい怪我なら即効で治るだろう。

 

 現に、目の前で私の霊薬を呑んだ怪我人達は忽ち回復していく。貴重な霊草を材料に作り出した霊薬の効果は抜群だ。帰ったらまた材料を集めに行かなくちゃな。

 

 霊薬を渡しながら、彼らから地上で何があったのか話を聞いた。

 

 ある日、突然三人の勇者がこの国を襲い、カイとシオンは勇者と戦った。

 しかし、カイは御覧の通り病気で力を発揮できず、シオン一人では三人に太刀打ちできなかった。

 

 そこでカイは魔法で民達を別の場所へと逃がし、シオンも逃がしてたった一人で三人と戦ったらしい。最初は捕まってしまったらしいが、隙を見て逃げ出してきたらしい。

 

 この街にいるのは基本的には兵士で、逃がしきれなかった一般人達もいるようだ。

 兵士達は勇者とは戦わなかったが、現れたゴーレムや怪物達と戦っていたらしい。

 

 いったい、アーサー達は何を企んでいる? 最終的には魔王を蘇らせるつもりなのだろうが、どうして水の勇者を狙ったのかは分からない。地上で戦っているセンセが無事であってほしいが……何だか胸騒ぎがして落ち着かない。

 

 霊薬の整理をしていると、リインが息を切らして私の下へと駆け付けてきた。

 

「ララ様! ルドガー達が来ました!」

「っ!」

 

 私は霊薬を捨て置き、街の入り口へと急いだ。入り口にはエリシアとユーリ、そしてセンセがいた。センセの服が替わっているが、無事のようだ。

 

「センセ!」

「ララ……っ!」

 

 私はセンセの下へと駆け寄り、その胸に飛び付いた。

 普段ならこんなことはしないのに、さっきから感じていた胸騒ぎの所為でガラにもないことをしてしまった。

 

 慌ててセンセから離れ、乱れた髪を整える。

 

「よ、良かった……何だか嫌な胸騒ぎがしてたから……」

「……心配掛けたな。この通り、無事だよ。服は戦いで駄目になったから城から拝借した」

 

 センセは笑みを浮かべて左手で私の頭を撫でてきた。

 センセの服は兵士達と同じような蒼い軍服だ。センセは何を着ても様になるから狡いと思う。

 

「……エリシアも無事か」

「……ええ、残念ながらね」

「お嬢さん、私もいるのですが?」

「分かってるよユーリ。三人とも無事で何よりだ」

 

 本当に、三人が無事で良かった。あの胸騒ぎも考えすぎのようだ。

 ああ、そうだ。センセにカイがいることを伝えなきゃ。

 

「センセ、水の勇者が奥にいる。随分と具合が悪そうだけど、アイリーン先生が看てる」

「そうか……案内してくれ」

「こっちだ」

 

 私は水の勇者がいる建物へとセンセを案内する。

 

 

 

 この時、私は気が付くべきだったんだ。

 

 センセが右手だけ黒い手袋をしていることに。

 

 センセの右腕から歪な魔力が僅かに漏れていることに――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89話 兄の後悔

お忘れかもしれませんが、人族の前ではララは常に銀髪を隠すためにフードを被っています。


 

 

 ララに案内され、俺達は一つの建物に入った。その中では数人の兵士と心配そうな表情を浮かべているシオン、そしてその視線の先には寝台に横になっているカイと、カイを看ているアイリーンがいた。シンクは部屋の端っこで大人しくしている。

 

 カイはアイリーンの治癒魔法を受けてはいるが、顔色が優れないように見える。アイリーンの肩に手を置き、場所を変わってもらう。寝台横の椅子に座り、カイと目が合う。

 

「やぁ……大兄上」

「カイ……無事で良かった」

「……すみません。僕じゃ、アーサー達を止められなかった」

 

 カイは寝台から身体を起こそうとし、それに手を貸してやる。

 

 カイが病に侵されているとは風の噂で聞いていたが、まさか此処までとは……。

 以前と比べて血色は悪いし、身体も痩せ細っている。こんな状態でアーサーらと戦ったのか。

 

 カイは咳をし、辛そうにしながらもそれを堪える。

 

「すみません……彼女のお陰でだいぶ楽にはなったのですが……」

「いったいどうしたんだ? 何の病気だ?」

「……」

 

 カイは答えなかった。いや、周囲を見ていることから、この場では答えられないものなのか。

 

 俺は他の皆に建物から出て行くように伝える。

 エリシア達は少し戸惑うもすぐに頷いて出て行くが、シオンだけは頑なに居座り続けた。エリシアが一緒に出るようにと促すが、シオンはカイの側から離れない。

 

「シオン……大兄上と二人だけにしてくれないか?」

「でも……!」

「シオン、お願いだ……」

「……」

 

 カイにそう言われ、シオンは渋々と頷く。

 出て行く間際に俺を射殺すような目で睨み付けてきたが、俺は肩をすくめるだけで何も言わない。

 俺とカイの二人だけになり、念の為に音漏れ防止の魔法を部屋に掛けた。

 

「すみません、大兄上……お手数をおかけして」

「再会してから謝ってばかりだぞ。シオンのアレは俺の所為だ」

「……」

「……それで? いったいどうしたんだ?」

 

 カイは視線を下に落とした。

 

 以前のカイならこんなに弱々しい姿を見せるような真似はしなかった。もっと自信満々で、クールに振る舞って、格好つけなのがカイだ。だと言うのに、今のカイからはそんな影は微塵も見当たらない。

 

 いったい何がカイを蝕んでいる? カイにいったい何があった?

 

 暫しの時間が過ぎ、カイは重苦しく口を開いた。

 

「大兄上……僕には……もう時間がありません」

「何を言ってる……?」

「父上が僕達に何をしたのか……大兄上はどこまで理解していますか?」

 

 カイの言葉で頭の中に過去の光景が思い浮かぶ。

 

 一つの場所に集められた、俺よりも年下の子供達。親父によって何かを『埋め込まれ』、苦痛に藻掻き苦しみ、泣き叫びながら助けを求める俺の弟、妹達。何もしてやれなかった俺は、ただ地獄を見続けさせられるだけだった。

 

 右腕がズキズキと疼き、堪らず震える右腕を左手で握り締める。

 

「……親父がお前達にやったのは……すまない、詳細は知らないんだ」

「……父上は僕達に各属性の力を宿した特別なクリスタルを埋め込みました。そのクリスタルが今でも体内で勇者としての力を引き出させています。僕達はそれに適合し、更なる篩にも生き残り、勇者としての今があります。だけど僕は……どうやら勇者では無かったようです」

「何言ってる? お前は誰もが認める水の勇者だ」

 

 カイは悲しそうな笑みを浮かべ、胸元を開けさせた。カイの白い胸元が露わになると、カイは胸に施している『魔法』を解いた。

 

 すると白くて綺麗な肌は消え去り、代わりに現れたのは毒々しく赤く腐ったような肌だった。その中心には紺色のクリスタルが僅かに、体内から盛り上がって姿を見せている。

 

 俺はそれを見て息を呑んでしまう。

 

 この状態は嘗て見たことがある。篩に耐えきれず死んでしまった彼らのそれと全く一緒だった。

 

 まさか……まさかまさか……! そんな、ありえない! どうして今になって……何でこんな……!?

 

「何の冗談だ……これは……!?」

「冗談……なら良かったんですけどね……。最初は身体の不調だけでしたが、徐々に痣が広がって、このように身体を蝕んでるんです。一年は保ちましたが……そろそろ限界なようです」

「巫山戯るな! どうして今更拒絶反応なんて起こるんだ!? もう十数年も経ってるんだぞ!?」

 

 カイは篩を乗り越えたはずだ! だからこそ勇者としての力を手に入れて今まで生きてこられた! 力を使っている間も何とも無かった! ありえない! 何か別の要因が働いているはずだ! それを取り除けば、カイは助かるはずだ!

 

 カイは再び魔法で肌を綺麗なものに見せ掛け、開けた服を元に戻した。

 

「ちょっと長く耐えていただけなんでしょう……。いずれにせよ、僕は彼らと同じ道を辿る……。それも、そう遠くない内に」

「諦めるな! 何か手があるはずだ……!」

「それを探している時間もありません。聞いてください、大兄上。今はアーサー達が先決です」

「いいや! お前のことが先だ! 俺にまた弟を見殺しにさせる気か!?」

 

 あの時の、彼らの悲鳴が蘇る。

 

 ――痛いいいいいいいい!

 ――やだあああああ!

 ――アッ……ガッ……ごべぇ……!

 ――たすけ、たすけて……!

 ――おかぁさぁぁぁん! おとぉ……!

 

 

 ――助けてぇ! お兄ちゃぁん!

 

 

 俺はその全てを聞き流した。扉一枚隔てた先で、弟達が泣き叫んでる。

 助けに行こうとしても、親父がそれをさせてくれなかった。

 

 ――ルドガー、お前は何もしてはいけない。

 

 あの時ばかりは親父が怖かった。一切の表情を見せず、子供達の悲鳴が途絶えるまで扉を開けなかった。悲鳴が途絶え、扉が開けられたその向こう側では、半分以上が息絶えていた。

 

 生き残った殆どの者達の目が訴えていた。

 

 ――どうして助けてくれなかったの?

 

 俺は何も言えなかった。ただ親父に連れて行かれ、次の篩に掛けられるのを黙って見ていることしかできなかった。

 

 俺はあの時、弟妹達を見殺しにしたんだ。

 

 だけど今度はあの時とは違う。親父はもういない。苦しんでいる弟を助け出してやれるんだ。あの時よりも知識がある、力がある。弟一人を助けることぐらいできるはずだ。

 

「絶対に……絶対にだ……! 俺の弟である以上、絶対に助けてやる!」

「……ありがとうございます、大兄上。でも、僕よりも世界が大事です。アーサーの目的は既に半分達成しています」

 

 カイは俺の気持ちを差し置いて話を進めてしまう。これ以上この事で問答をする気は無いのだろう。

 

 だが俺の気持ちは変わらない。弟も世界も全部纏めて救う。今度こそ弟を見殺しにしない。

 

 興奮していた気をなんとか静め、カイの話に耳を傾ける。

 

「知っての通り、僕には魂を視る力が備わっていました。アーサーはそれを狙って僕を捉えました。そして彼は見たことも無い魔法で、僕から力を奪ったんです。抵抗や自決を試みましたが、無駄でした」

 

 やはり、カイは死のうとしたか。どうやらアーサーがカイからすぐに力を奪わなければ、俺は間に合っていなかったようだ。その点だけはアーサーに感謝しなければいけない。

 

 いや、そもそもアーサーがそんなことをしなければ良かっただけの話だが……。

 

 ともあれ、カイが今こうして生きてくれている。タイムリミットが掛かっているとは言え、こうして生きてくれている。それだけでも心が救われる。

 

 しかし、やはりアーサーの狙いはその力だったか。魂を視る力…やはりそれで親父を、いや魔王を……。

 

「カイ、あの力は……もしかして魂に『干渉』することも可能なのか?」

「はい……ずっと黙っていましたが、可能です。ですがそれは人の尊厳を侮辱する、命の冒涜に他ならない。だからずっと秘密にしていました。それをアーサーはどうやって……」

 

 やはり、俺の推測は正しかったようだ。カイの力は視るだけじゃなかった。

 

「……カイ。アーサーは今、闇の魔法を習得している。黒き魔法だ。俺達の知らない力を、アーサーは持っている」

「……アーサーが言っていました。父上を蘇らせると。僕達がよく知る父ならまだしも、もし『魔王』として蘇ってしまったら……」

「……ああ。半年前にアーサーは親父の復活を試みた。俺を依り代にしてな。結果は最悪なことに魔王だったよ。今回もまたそうなるだろう」

 

 俺は半年前にミズガルで起こった出来事を話した。

 

 アーサーが黒き魔法、闇の魔法を使って親父を蘇らせようとしたこと。その結果、魔王が蘇ってしまったこと。アーサーが親父の依り代として俺を狙っていること。

 

 あの時は魔王の魂に抗えたから最悪の事態は免れた。

 

 そう、魂だ。あの時、俺が魔王にならなかったのは俺の魂が魔王の魂に勝っていたからだ。

 

 だが今回、アーサーは魂に干渉できる力を手に入れてしまった。もし魔王の魂に干渉し、俺が抗えなくなってしまったら、その時は今度こそ終わりだ。

 

「……カイ。干渉はどこまで及ぶ?」

 

 俺は右手を摩りながら訊いた。

 

「……分かりません。ただ……あの感じなら大兄上の言う通り、魂の強化のようなものも行えると思います」

「……逆に言えば、弱めることもできる――か」

「……大兄上?」

 

 右腕が酷く疼く。

 

 痛い――。痛みがする度に精神が磨り減っているのを感じる。

 その度に弟妹達の恨み辛みが聞こえてくる。見殺しにした俺を責め立てる言葉が聞こえる。

 瞼を閉じれば、血塗れの弟妹達が俺を地獄へと引き摺り込もうとしてくる光景が浮かんでくる。

 

 その度に――俺の魂が削られていく。

 

 アーサーめ……やってくれたな。

 

「大兄上、まさか……!?」

「……誰にも言うな。特に……ララって子には」

「……あのフードを被った魔族の子ですか?」

 

 俺は苦笑し、右手から左手を離す。

 

「あの子は俺と同じ半人半魔だ……親父の実の娘だよ」

「……どうりで、懐かしい気配を感じた訳だ」

「……カイ。あとは俺達に任せろ。アーサーは必ず俺達が止める」

「……では大兄上。任せるにあたってもう一つお話が」

「何だ?」

 

「――水の神殿の話です」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90話 罪の意識

ご評価、ご感想よろしくお願いします!!

最近スランプです!!!


 

 

 カイとの話を終え、俺は建物から出た。外では皆が各々の事をしながら俺を待っていた。

 シオンは俺に気が付くと俺に何も言わず、俺と肩をすれ違わせて建物の中へと入っていった。

 

「センセ……」

 

 ララが少し不安そうな顔をして俺を呼ぶ。手頃な場所に腰を掛け、両手で頭を抱えて深く息を吐いた。

 

 肉体的にも精神的にも疲れた……。これから先のことを考えると更に疲れる。

 だが立ち止まる訳にもいかない。カイとの話で、アーサーの目的は八割以上達成したと見るべきだ。

 アーサーの目的は親父の復活。その依り代として俺を選んでいることは依然と変わらない。

 

 その手順として一つ加えられたのが、カイの力であった魂への干渉――。

 

 手袋をはめた右手を見る――。魂の干渉がどういう具合なのかはよく知らないが、アーサーは俺の右腕に触れてその力を使った。

 

 右腕は肘を越えた辺りまで黒く変色したままだ。あの時のような激しい痛みは治まっているが、発作的に痛みが襲ってくる。

 

 おそらくだがこれは対象者の魂を蝕む呪い……だとは思う。時間が経つにつれて精神力が弱まっている気がする。それに気を抜けば忌々しい悪夢を幻視する。それを視る度に魂が削られている。

 

 万が一、このまま魂を蝕まれた状態で魔王の依り代にされてしまえば、今度こそ抗えなくなるだろう。

 

 それと、アーサーの力だ。半年前に戦った時よりも、力が上がっている気がする。それに何か得体の知れないモノを感じた。このままもう一度戦うのは危険過ぎる。闇の魔法を手に入れたからなのか、アーサーの力が変貌しているようにも思える。

 

「はぁ……」

 

 思わず溜息が出てしまう。

 あまり考えたくないが、こんな面倒な状況になっているのは俺とララに読まれている予言の所為だと思いたくなる。

 

「センセ……」

「……悪い。ちょっと考えることが多くて。それより、ララ達が無事で何よりだ」

「まぁ……シオンのおかげとしか言えないが……。地の勇者相手に私達は何もできなかった」

「ガイウスと戦ったのか? ほんと、無事で良かった……」

 

 あの筋肉ムキムキの鉄拳野郎と戦って無事で済んだのは本当に良かった。

 アイツの防御力と突貫力は勇者随一と言っても過言ではない。シオンを一緒に回して正解だった。シオンの力ならガイウスの動きを止めることぐらい造作も無いだろう。倒すとなったら話は別だが。

 

「……それで? これからどうすんの?」

 

 カタナの手入れをしていたエリシアが不貞腐れた様子で訊いてきた。

 それに苦笑し、カイとの話し合いで考えた行動方針をポツポツと伝える。

 

「ローマンダルフの民は無事。カイが安全な場所に水鏡の魔法で移動させた。街にいるゴーレムは此処に来るまでに殆ど倒した。城にいた怪物もな。アーサー達も何処かへ去った。安全が確認できたら民達を戻せば良いだろう」

「アーサーがいなくなったのか?」

 

 ララが隣に座り、霊薬を煎じた茶を渡してきた。礼を言ってそれを受け取り、喉を潤す。精神的回復を促す霊薬なのか、飲むと気持ちがだいぶマシになる。

 

「ああ……城から完全に姿を消した」

「それじゃ、もう終わったのか?」

 

 それは、この戦いが終わったのかということか。そうだとしたらどれだけ良かっただろうか。

 

 俺は首を横に振る。

 

「いや……アーサーを探し出す」

「どうしてだ?」

「……色々と借りを返さなきゃいけないからな」

 

 魔王復活……いやアーサーからすれば親父の復活か。それを此処で完全に止めなければならない。放置しておいたら、また厄介な手段を用いてくる。そうなれば危険は俺だけじゃない。ララだって狙われるはずだ。親父の実の娘なんだ、俺とは別の意味で依り代に最適だろう。

 

 それにカイのアレもある。親父の研究を調べていたアーサーなら、カイの回復手立てを知っているかもしれない。それを聞き出してカイを救う。

 

 それと……この右腕のこともある。この腕をこのままにしておけば、いずれ俺の命は――。

 

「……センセ?」

「……いや、何も。ともかく、アーサーを探す」

「どーやって探すのよ?」

 

 エリシアはカタナを鞘に戻し、腕を組んで壁に凭れる。

 

 少し苛立ってる様子だが、それも仕方ない。俺の我が儘でエリシアの覚悟を邪魔した上に、俺のドジで俺は呪いを受けてしまった。

 

 不甲斐ない、全く以て不甲斐ない。だが俺の意志は変わらない。アーサーが何を企もうと、何を仕出かそうとアーサーは弟だ。弟を兄姉である俺達が殺す訳にはいかない。

 

 ミズガでの悪行を鑑みれば、法の下に晒し出せば死罪極刑を免れない。それでも俺達が直接殺す訳にはいかない。

 

 違うな……殺したくないんだよ……これ以上、弟妹を殺したくない。他の弟妹を見殺しにしてしまった、俺の罪をこれ以上増やしたくないだけだ。

 

 これは俺の我が儘……俺のエゴだ。

 

「そうだな……。ユーリ、スカイサイファーで周囲を探索できるか?」

「できますが……それでアーサー達を探せと?」

「お前ならできるだろ? それに、アイツはまだそう遠く離れてはいないはずだ。俺が此処にいる限りな」

 

 アーサーの狙いはまだ俺のはずだ。今は呪いが俺を蝕むのを待ってるってところだろう。

 俺を依り代にしようとしているのなら、必ず何処かで俺を監視しているはずだ。頃合いを見て俺を依り代にしようとするはずだ。

 ならきっと何処か近くに隠れているはず。そこを見つけ出してこっちから行ってやる。

 

「わかりました。私が同乗して探索に力を注ぎましょう」

「頼む」

「……それで? それまで此処にいるの?」

「いや……水の神殿に行く」

 

 水の神殿……此処からそう離れていない別の湖にある。雷の神殿、風の神殿、光の神殿のように力が宿っている。その力が俺に対するモノだとは最早言うまでもない。

 

 アーサーと戦うなら更なる力が必要だ。水の力を得ることができれば、アーサーに対抗できるかもしれない。付け焼き刃かもしれないが、無いよりはマシだろう。

 

 カイの話じゃ、他の神殿と同じように力は感じるが勇者であるカイが赴いても何も無かったそうだ。きっと俺が行けば試練が行われるだろうさ。

 

「……じゃあ、私も行く」

「……」

 

 俺は考える。

 

 雷の試練と風の試練は俺とララで挑戦した。その時は俺達がセットじゃなければならないと思っていた。

 だけど光の試練の時は俺一人だった。そこから考えられるのは、試練は俺に対してだけということだ。態々危険な試練にララを連れて行く必要は無い。

 

 ララを信頼していない訳じゃない。寧ろ今は戦える相棒として信頼している。

 だがそれとこれは別だ。避けられる危険なら避けておきたい。

 

「いや……こればかりは俺一人で行く」

「え……」

 

 俺は立ち上がり、ナハトを背負い直す。ズキズキと疼く右腕に耐えながら、グルグルと右肩を回す。

 

「リイン、ララを守れ。シンクもララを守ってやってくれ。アイリーン、またララ達の面倒を頼む。エリシア、ユーリと一緒に――」

 

 ドゲシッ――。

 

 エリシアの爪先蹴りが俺の脛に直撃する。痛みに顔を歪め、蹴ったエリシアを軽く睨み付ける。

 

「……そうやって、また全部……」

「……エリシア……」

 

 エリシアは俺と顔を合わさないまま、ララの隣に立って背を向けた。

 そんなエリシアに何も声を掛けられず、俺は顔を伏せるだけだった。

 ララは俺とエリシアを交互に見て首を傾げ、俺の言葉に食ってかかる。

 

「センセ、何で? 私を置いていくのか?」

「……悪いな。今は一人にさせてくれ」

 

 ララから右腕をかくすように身体を動かす。

 

 ――この呪いを受けてからララに右腕を見せるのがもの凄く怖い。

 

 この腕は謂わば俺の罪だ。罪が俺の魂を蝕んでいる。

 その罪を、ララには見せたくない。

 

 だから、色々な言い訳を並べて俺はララから離れようとしている。

 

「――はぁ……すまない。それじゃ、俺は行く。用が終わったらすぐに合流する」

 

 そう言って俺は風を操り空を飛んだ。

 

 最後に見たのは、エリシアの震える背中と、悲しそうにしているララの顔だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91話 悪しき予言

ご感想、ご評価よろしくお願いします!!


 

 

 ララ達の下から飛び立って暫くした頃――。

 湖に浮かぶ神殿の手前まで辿り着いた時に、それは来た。

 

「グッ――!?」

 

 右腕が強烈な痛みを発し、風の制御を失ってしまう。そのまま墜落するようにして湖に落ち、身体が水面に叩き付けられる。叩き付けられた痛みよりも右腕の痛みのほうが酷く、まるで内側から焼かれるような痛みだ。

 

 黒い魔力が右腕に纏わり付き、右腕を作り変えていくように広がっていく。

 水中で藻掻き苦しんでいると、誰かの手が俺の身体を後ろから掴んだ。

 その腕の先を見ると、幼い子供達が俺を水底へと引き摺り込もうとしていた。

 

「――!?」

 

 その子供達には見覚えがある。

 

 忘れるはずも無い……俺が見殺しにした嘗ての弟妹達だ。

 

 弟妹達は恨みがましい目で俺を見つめており、弟妹達の言葉が頭に響き渡る。

 

 ――どうしてお兄ちゃんは助けてくれなかったの?

 ――苦しかったのに。

 ――お兄ちゃんも苦しんでよ。

 

 その言葉と弟妹達を振り払うように暴れて水面へと上がっていく。

 

 これは幻影だ……この右腕が見せる幻影だ。囚われるな。あの子達はもう死んだ。あの子達はもういない。

 

 必死に藻掻き、意識が遠退くギリギリのところで水面に出ることができた。

 右腕の痛みはいつの間にか引いていて、今は何も感じない。

 

「ハァ――ハァ――」

 

 湖に浮かびながらなんとか心を平常に戻す。

 

 この右腕の呪いは厄介だ。まるで本当に弟妹達の魂が俺を蝕んでいるように思える。このまま呪い殺されてしまうのかもしれない。事実、俺の精神にダメージを確実に、それも大きく与えている。

 

 いっその事、この右腕ごと斬り落としてやろうかと考える。炭になっても再生するぐらいだ、腕の一本ぐらい生えてきそうな予感はする。しかしこの呪いは右腕に掛かってる訳じゃなく、俺の魂に掛けられているものだ。腕を生やしたところで呪いもそのままだろう。

 

 湖を泳ぎ、水没している石の通路に上がる。

 

 水の神殿は、この湖の中へと続いている。水上に出ている部分はあくまでも入り口で、魔法によって水中で空間が保たれている。

 

 ナハトを担ぎ直して神殿の入り口から中に入る。水の神殿入り口は崩落したかのように滅茶苦茶だが、五年前もこうだった。穴という穴を潜り、降り、下へ下へと降っていく。

 

 ある程度下まで降りると、通路が現れる。此処にもクリスタルがあり、光り輝いて照明代わりになってくれている。

 

 試練の間はまだ先だ。こういった静かな通路がずっと続く。怪物の気配は未だに無く、だけど警戒を怠らないようにして脚を進める。

 

 すると、少しだけ広い空間に出た。壁画や遺物の残骸があるだけの何の事無い部屋だ。

 

「……」

 

 背中のナハトに手を伸ばし、抜剣できる状態にする。

 風が吹き、目の前に青白い光が集まっていく。

 試練の間はまだ先だ。この光は進行を阻害するトラップのような物か。

 

 そう警戒していると、光は更に集まり、やがて人型を取った。

 光が晴れると、半透明の女性がそこにいた。

 

『……』

「……?」

 

 その女性は俺を凝視すると、コテンと首を傾げる。俺も首を傾げると、女性はゆっくりと口を開く。

 

『……貴方、呪われている』

「……まぁ、な」

 

 ナハトから手を離し、右手を一瞥する。

 不思議な感じだが、この女性からは敵意を感じない。

 五年前は姿を見せなかった。いったい彼女は何者だろうか?

 

 女性は床の上を滑るように移動し、俺の周りを一周して俺を観察する。そして俺の右腕を見て、女性は首を横に振る。

 

『その呪いは確実に貴方を殺す』

「これを知ってるのか?」

『それは魂殺(こんさつ)の鏡……貴方に恨みを抱く者達の魂が、貴方の身と魂を腐らせ殺す。誰にも解くことができない最悪の呪い』

 

 魂殺の鏡……聞いたことの無い呪いだ。これも闇の魔法なんだろうか。

 

 女性は俺を憐れむように見つめ、俺の右腕を『掴んだ』。

 こいつ、『実体』があるのか。

 

 女性は俺の袖を捲り、黒く変色した腕を触る。

 

『……随分と強い呪力。呪いの術者が相当な力の持ち主なのか、それとも貴方の恨みを持つ者が多いのか』

「……どっちもだろ」

 

 女性から右腕を離し、袖を伸ばして腕を隠す。

 

 恨み……やはり弟妹達は俺を恨んでいるのか。何度も目の前に現れては俺に報いを受けさせようとする。

 分かっていたことだが、そう事実を突き付けられるとクルものがあるな。

 

「お前は誰なんだ?」

『私は水神の使い……名は無い』

「その使いがどうして現れた?」

『貴方を見定めろと……力を持つに相応しいか』

 

 これはまた……他の試練とは毛色が違うな。水神の趣味趣向なのか、それとも俺が既に三つも力を手にしているからなのか。それとも、事情が変わったのか。

 

 ま、いきなり怪物をぶつけられるよりは面白見もあるし、お陰で呪いの概要も分かった。

 俺は使いと更に会話を進める。

 

「それで? お眼鏡にはかなったかな?」

『……まだ。水神だけではなく、他の神々も貴方を見ている』

「……それは、どうしてだ?」

『貴方は世界にとって救いになる。だけどそれと同時に災いともなるのです』

 

 使いは付いてくるようにと促し、奥へと進む。

 俺はそれに従い、使いの後ろを歩く。

 

『今、世界は均衡を崩そうとしている。数万、数千年保たれてきた均衡が崩れれば、世界は滅びる』

「いきなり重いな」

『貴方はその均衡を保つことも、破壊することもできる』

「どうして俺なんだ?」

『貴方が【ルドガー】だから』

「……?」

 

 【俺】だから? 訳が分からない。どうして俺に均衡をどうこうすることができるのかと尋ねたら、返ってきた答えが【俺】だから? まるで答えになってない。

 

「……あるエルフの大賢者が、俺には予言があると言った。それと関係はあるのか?」

『それは【悪しき】予言。成就させてはならない』

 

 俺は足を止めた。

 

 アルフォニア校長の言う予言が、悪しき予言? それはどういうことだ?

 それではまるで、エルフの王と大賢者が悪しき予言を成就させようとしているようではないか。

 いったいその予言ってのは何なんだ? いい加減に教えてほしい。

 

「その悪しき予言というのは?」

 

『原初にして最悪の神――闇神(あんしん)レギアスの復活』

「闇神……レギアス……?」

 

 使いは立ち止まって振り返る。その顔からは何も読み取れない。使いは無表情のまま、極めて冷静に言葉を紡ぐ。

 

『闇を司る神が復活すれば、世界の均衡は崩れる。貴方は闇神に選ばれた存在。だけど同時に七神に選ばれた存在。故に、保つことも破壊することもできる』

「だから……何で俺なんだ?」

『さっきも答えた――貴方が【ルドガー】だから』

 

 使いは再び歩き出した。俺はそれに続き、通路を進む。

 まだまだ使いに訊きたいことがある。真実がどうあれ、この機に色々と訊きだしておきたい。

 冷たい風が流れる通路を進みながら、俺は使いに問う。

 

「その悪しき予言ってのには、俺がレギアスを復活させると読まれているのか?」

『そう。そして貴方はレギアスの眷属となり、世界を滅ぼす』

「……エルフの大賢者がそれを望んでるとは思えないがな」

『予言が全てを語るとは限らない。そもそも、レギアスの予言書を人類がまともに読めるはずがない』

 

 レギアスの予言書……ユーリが持っていたラファートの予言書と同じような物か。その予言書に書かれいるのが、レギアスの復活なのだろう。

 

 俺はどうしてもアルフォニア校長やヴァルドール陛下がレギアスの復活を望んでいるようには思えない。その予言を間違って解釈しているのか、それとも別の思惑があるのか。

 

 一度アルフの都に帰って予言について徹底的に問い質す必要があるかもしれない。

 それはそうとして、もう一つ確かめなければならないことがある。

 

「その予言では俺以外に今代の聖女についても同時に読まれている。その聖女については?」

『聖女は救世の存在。しかし此度の救世は見る者によっては滅びと同意義』

「分かるように言ってくれ」

 

『聖女は七神が使わしたのではない――――闇神が使わせた存在だ』

 

 これは……思ったより厄介なことになりそうだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92話 運命

短いですが、重要な場面です。
誤字脱字報告感謝です。


 

 

 ララが闇神に使わされた聖女――それはつまり、七神にとっては魔女に他ならない。

 俺は落ち着きを装い、いたって冷静に、そう冷静にだ。取り乱すこともせず、動揺も焦りも見せず、使いの話を聞き続ける。

 

 使いは歩みを止めずに此方へと身体を向け、ララについて語る。

 

『言ってしまえば、ララ・エルモールは闇の聖女だ。世界の均衡を崩すべく選ばれた存在。そして貴方という選ばれし者を取り込み、レギアスの予言を成就させる。それを、七神は止めようとしている』

「……」

『闇神レギアスはその活動を一切封じられていた。だが今は亡き魔王がその封印を緩めてしまった。その結果、闇神は世界に僅かだが干渉できるようになってしまった』

 

 魔王……親父のことか。俺はそれについて何も知らないが、親父のことを調べていたアーサーなら何か知っているのかもしれない。

 

 もしかしたら、親父が闇神の封印を緩めてしまったから、勇者達を作ったのだろうか?

 それにアーサーは言っていた。親父が闇の魔法を探していたと。親父は闇神レギアスについて調べていたのか?

 

『そして悪いことに、貴方は闇の聖女と共にある。試練で【殺そうと】しても、貴方が防いだ』

 

 使いは俺を感情の無い瞳で見つめ、静かに――言葉を紡ぐ。

 

『貴方は――どちらの味方?』

 

 感情が籠もっていないはずなのに、その答えを間違えるな、と言われているようだった。間違えたら最後、決して許すつもりはない。使いから、否――七神から警告されている。

 

 右腕がズキズキと疼く。

 

 正直、答えは最初から決まっている。それを答える前に使いはくるりと身体を反対に向け、奥へと進んでいく。

 

 もしかしたら、俺とララが離れたのは間違いだったかもしれない。

 使いは言った……試練でララを殺そうとしたと。

 つまり、七神はララを殺そうと画策しているということだ。俺がララの側にいない今、七神によってララの命が脅かされているかもしれない。

 

 そう考えると、一刻も早くこの場から去りたかった。

 

 やがて使いと俺は試練の前へと繋がる大きな扉の前まで辿り着いた。

 使いはその扉を開かずその場で止まり、俺へ振り返る。

 

『さぁ、答えを聞こう。貴方はどちらの味方?』

 

 嘘は許さない――。

 

 俺は、此処が俺の分岐点なのだと悟る。此処での答えが、今後の俺を左右する。

 

 いや……正確には違うか。俺は運命とか予言とかは信じないが、仮にそう言ったのがあるのだとしたら、俺はララに出会った時点で俺の運命は決まっていたのだろう。

 

 今はそうだな、その決まった運命を変えられる場面なんだろう。

 だがお生憎様、俺はその運命を変えるつもりは毛頭ない。

 

 俺は大きく息を吸い、そして吐いた。

 

 使いの目を見て、俺ははっきりと告げる。

 

「俺は――ララの味方だ」

 

 使いの表情が、此処で初めて感情を露わにしたように見えた。

 

『それは……闇神につくということか?』

「違う」

『では七神か?』

「違う」

 

 首から提げている親父の指輪を握り締める。

 

 ララと約束した――ララの側でララを守り続けると。俺はララの、ララだけの勇者だ。ララのあの笑顔を守り続けるのが俺の使命。

 

 七神? 闇神? 闇の聖女? 全部知ったことか。何であろうと、ララに害するのなら、それは俺の敵だ。

 

「俺はララの味方だ。ララの笑顔を曇らせる奴は、七神だろうと闇神だろうと殺してやる」

『……神々を敵に回すつもりか?』

「敵に回ったのはお前らだ」

 

 ナハトを抜き放ち、使いに切っ先を向ける。

 

 覚悟はとっくの昔にできている。世界を、神を敵に回しても俺はララを守る。

 

 ただ、それだけだ。

 

 使いは目を閉じ、少しだけ押し黙る。

 そしてカッと目を開き、魂が凍り付くような恐ろしい形相になった。

 

『なら、貴方はもう必要ない。貴方を殺して新たな【勇者】を生み出すまで』

「あぐっ――!?」

 

 突然、俺の身体から力が抜ける。抜けると言うよりも、強引に引っこ抜かれている感覚だ。

 使いが手を伸ばすと、俺の胸から三つの光の玉が飛び出した。紫、緑、白の光が使いの手に収まり、俺は膝を突いて激しい脱力感に苦しむ。

 

『この力は返してもらう』

 

 それは試練で勝ち取った力か。俺の体内から雷と風と光の力が消えた。

 

 試練を受ける前の最初の身体に戻ったのか!?

 

『貴方の始末は試練で用意していたアレにしてもらう。失望したぞ、ルドガー・ライオット』

「ま、待て……っ!」

 

 使いは俺の力を持ったまま、その場から消え失せた。

 

 そして試練の扉が開き、俺は試練の間へと吸い込まれてしまう。床に投げ出され、転がった先は水の壁に囲まれた広間だ。円形状の空間で、壁と天井が湖の水でできている。

 

 ナハトを握り締め立ち上がり、フラフラとしながら状況を確かめる。

 力を奪われたことで、今の俺は雷の力を手に入れる前に戻っているだろう。ということは、あの怪物染みた回復力も無いはずだ。

 

 くそっ、アーサーと戦う力を求めに来たのに、逆に無くなっちまった。

 

 おそらく、この先試練に挑んでも力を手に入れることは無いだろう。神々と敵対するとはっきり宣言したんだ。だからこそ持っていた力も奪われてしまった。

 失ってしまったのは仕方が無い。思考を切り替えていこう。先ずは装備の確認だ。ナハト以外に使える物は――。

 

「……」

 

 そこでハッと思い出す。恐る恐る腰に手をやり、いつもぶら下げているはずのポーチを探す。

 

 それは何処にも無かった。

 

 それは、そうだ。ポーチはアーサーとの戦いで全身を焼かれた時に失ってしまった。あの時に残ったのはナハトと保護魔法を掛けていた親父の指輪と、アイリーンに貰った御守りの首飾りだけだ。あとボロボロのズボン。

 

 ポーチにも保護魔法を掛けておくべきだったと後悔しても、もう遅い。

 つまり、今俺に使える武器はナハトだけだ。ララの霊薬も無い。

 勇者の力は失い、回復力は失い、装備もナハト以外失ってしまった。

 

「ったく……神と敵対するってのに、締まらねぇな」

 

 ナハトを構え、先程からグルグルと水の中を泳いでいる巨大な影に注視する。

 

 今の俺を殺すだけなら、水の神殿を完全に沈めてしまえば良いのに、それをせずに怪物を仕向けるなんて、確実に俺を此処で殺しておきたいんだろう。

 

 水の中を泳いでいる影は魚ではない。蛇のように身体をうねらせ、時折水の中から巨大な鰭を飛び出させている。

 

 おそらく、海竜(かいりゅう)の類いだろう……。この空間がいつまで持つのか分からないが、水中戦になってしまえば完全に此方が不利だ。せめて地上に出られれば……。

 

 落ち着け、戦いようはいくらでもある。昔はこの状態が当たり前だったじゃないか。

 なら大丈夫……戦って勝つだけだ。

 

「さぁ……来いよクソ野郎」

 

 俺がそう呟いた瞬間、それを合図に待っていたのか、海竜の首が水から飛び出してきた。

 醜いまでに大きく口を開き、何重にも重なり並んだ歯を見せ、ウネウネと長い髭を動かし、二本の角を生やしている。

 

 見たこと無い怪物だ。試練用に生み出された特別製って訳か。

 

『キシャアアアアッ!』

 

 海竜が吠え、水の壁が大きくうねりを起こした。

 

 右腕が、激しく疼く――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93話 空の上では

二話同時更新です。


 

 

「……」

 

 スカイサイファーの甲板で、私は身体を縮こまらせて座り込んでいた。

 

 センセが私達を、私を置いて水の神殿に向かってしまった。

 

 またセンセは一人で戦いにいった。私を守る為、危険から遠ざける為だというのは理解できる。理解できるけど、私を頼ってくれなかったのは悲しかった。

 

 もうあれからほぼ一年だ。センセと出会ってから魔法を学んだし、戦い方だって学んだ。以前の私と比べたら守られるだけの私じゃなくなっている。

 

 センセは私との契約で私を守り続けてくれる。そうさせたのは私だし、それを後悔してはいない。

 

 母のことを、赦したつもりはない――。

 

 滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。だけど、私にとっての事実はそうなのだ。どんな理由、事情があっても、唯一の家族である母を殺したのはセンセの行いだ。

 

 気付けば、母の指輪を握り締めている。

 

 だからこの指輪に誓わせた。センセに復讐しない代わりに私を守り続けろと。

 センセの命は私の物だ。勝手に知らないところで死んでもらっては困る。

 

「……はぁ」

 

 正直なところ、赦せてはいないけど復讐なんて考えていない。

 ただ、落とし所をそこにしただけだ。

 

 だって私にとってセンセは……。

 

「何暗い顔してんのよ?」

「……?」

 

 私の隣に、大きなマグカップを二つ持ったエリシアがやって来た。持っているマグカップの一つを私に差し出し、私はそれを受け取った。中身は温かいシチューだった。

 

「腹満たして少しでも体力を回復させときなさい」

「……」

 

 エリシアは豪快にシチューを飲み干していく。

 

 大きめにカットされた野菜とか入ってるけど、ちゃんと噛んでるのか?

 

「ったく……ルドガーのアホタレ」

「……エリシア」

「あに?」

「センセと……何かあった?」

 

 そう尋ねると、エリシアは押し黙った。

 

 あぁ、何かあったんだな……。

 

 シチューを一口飲み、風で冷えた身体を温める。

 

 うん……美味しい。

 

「……」

「……何で私を連れてきた?」

 

 私はエリシアとユーリと一緒にスカイサイファーに乗ってアーサーを探している。リインとアイリーン先生、シンクは奪還した王都ガーランに残って引き続き怪我人の手当と警備をしている。

 

 当初は私も王都に残る予定だった。だけどエリシアが強引に私を捜索組に入れた。護衛に付こうとしたリインを強引に押し退けてだ。

 

 強引に出るのはセンセに対してだけだし、あの時は勇者の肩書きを出してまでリインを黙らせた。普段のエリシアなら、そんなことはしないはずだ。

 

「……言ったでしょ。エルフの二人に守らせるより、勇者二人のほうが安全だって」

「でも向こうにはシオンもいるぞ?」

「どうせシオンはカイにしか目がいかないわよ」

「……ま、確かに」

 

 シオンは水の勇者カイに付きっきりで、離れようとしなかった。勇者としてどうなんだとは思ったが、私もセンセかシンクが同じようになったら離れようとしないだろう。気持ちは理解できる。

 

 でも、それだけじゃないだろう。私を連れてきた理由は。

 

「本当のところは?」

「……」

 

 エリシアはバツの悪い表情をして、船端に背を預ける。既にシチューは飲み干したのか、持ち手を指に引っ掛けて揺らしている。

 

「……私ね、アンタのこと結構気に入ってるのよ」

「へー」

「勇者に対してそんな態度取るところとか、クソ親父の娘ってのもあるけど……ま、言ってみればアンタは私にとって妹分みたいなもんよ」

 

 魔王の娘が勇者の妹分ねぇ……。知らない奴が聞けば正気を疑うような話だが、確かに立場的にはそうなるのかもしれないな。

 

 私は静かにエリシアの話に耳を傾ける。

 

「そんなアンタだから、気兼ねなく愚痴を溢せるのよ」

「……え? 愚痴る為に連れてきたのか?」

 

 エリシアは冗談を笑うようにカラカラと笑い、手をパタパタと振る。

 

「別にそれだけじゃないわよ……ねぇ、アンタ――」

 

 ――ルドガーのこと、好きでしょ?

 

「――――」

 

 エリシアは私の顔を覗いて、そんなことを言ってきた。

 

 何を言っているのか分からなかった。

 

 好き……? 私がセンセのことを……?

 それは、まぁ……好きじゃなければ此処まで付いてきたりはしてない。

 でもそれは親愛に近いモノであり、異性としてという意味では――。

 ぁ――待て、何で異性としてが出てきた? そんなこと誰も口にはしてないのに。

 

「ププッ、何て顔してんの? まるで気付いてなかったって感じね」

「――違う。別にセンセをそんな目で……」

「分かるのよ。同じ男を好きになった女の勘ってやつ? アンタ、ルドガーの前じゃ女の顔してるもの」

「違う! 別にそんなんじゃ――!?」

 

 何故だ……何故顔が熱くなる? センセにそんな感情は抱いてない。抱いてないったら抱いてない。だってセンセは母の仇だし、あでも落とし所は見付けたけど――いやそうじゃない! そうじゃなくて私は……!

 

「~~~~っ」

「ハハハッ、観念しなさいよ。別に誰も何も言わないわよ」

 

 クソ、屈辱だ……! エリシアにこんな、こんな恥を見せるだなんて……!

 

 私はエリシアに背を向けてシチューをヤケ飲みする。熱いが顔の熱さに比べたら何てことない。マグカップを床に叩き付けて気持ちを少しでも発散させる。

 

 エリシアは私の隣に腰を下ろした。

 

「罪な男よねぇ~。こんな美女二人から思われて。あのおっぱいエルフもそうだけど」

「……絶対にセンセに言うな。言ったらお前を毒殺してやる」

「……マジで毒殺されそうだから止めとこ。で? いつから好きなの?」

「知らん知らん!」

「私はねぇ~」

 

 誰も聞いてねぇよ!

 

 ドクンッドクンッと脈打つ顔を必死に抑え、熱を冷まそうと杖先から魔法で冷気を出して顔に当てる。

 だけど、どうしようもなく火照った顔の熱は一向に引かない。

 

 こんな、こんなの私……知らない……! 何これ……!?

 

「私は一目惚れよ。魔族に住んでた村を滅ぼされて、家族も友達も失って、ただ死を待つだけだった私を見つけ出してくれたのがルドガー。その頃からルドガーはもの凄く格好よくて、助けてくれた後もトラウマで怖がってた私の側から離れないでいてくれた。怪物から何度も助けてくれたし、純粋な乙女なら惚れない要素は無いわ」

「あーあー、そうですか。それは良かったですね」

「でもルドガーは私を妹としか見てくれてない。諦める気は全く無いけど」

 

 何なんだコイツは……!? 私にこんな恥をかかせた上で惚気話か!? 私のほうがセンセが好きですからアピールってか!? 知らんわ! 馬鹿者!

 

「ルドガーはさ、弟妹が増える度に喜んでたの。新しい家族だって、本当に嬉しそうで、一人一人を大切にしてた」

 

 ――そんなルドガーの前で私……アーサーを殺そうとしちゃった。

 

「……」

 

 振り返ると、エリシアは空を見上げていた。

 まるで目から涙が零れ落ちないようにしているようだった。

 エリシアは震える声で、私に話を続ける。

 

「私にとっても弟だったのに……簡単に殺すって覚悟を決めちゃった……。私って、こんなに薄情だったんだ……っ」

「エリシア……」

「ルドガーにね、怒られちゃった。弟を殺すなって。ルドガーにとってアーサーは、何をしたとしても大切な弟なのよ。そんなの、私だって同じはずだったのに……どうしてだろ……?」

 

 エリシアは膝を抱え、顔を膝に埋めてしまった。

 

 こんなに弱っているエリシアを見るのは初めてだ。図太いかと思っていたが、思いの外繊細な奴だったのか。

 

 それにしても、センセはアーサーをまだ大切な弟と思っているのか。殺されそうになったというのに、センセは何処までお人好しなんだろう。

 

 ――だからこそ、センセは私にとって勇者なんだろうな。

 

 気を落としているエリシアに何て言葉を掛ければ良いだろう。

 

 私にも血は繋がっていない、シンクという弟がいる。もしシンクがアーサーと同じようなことをしたとして、私もエリシアのように殺してでも止めようとするだろうか? そんな風に考えられるのだろうか?

 今この場で考えても実感が湧かない。その時にならなければ分からないだろう。

 私はエリシアを慰められる言葉を持ち合わせていなかった。

 

「私……ルドガーに嫌われちゃったかなぁ……?」

「……センセは、別にお前のこと嫌わないだろ」

 

 それだけは答えられた。

 あのお人好しでしょうがないセンセのことだ。きっと今頃エリシアに怒ったことを気にしてるだろう。

 それにエリシアはどうせセンセを助けようとしてアーサーを殺そうとしたんだろう。その気持ちを汲み取ってやらないようなセンセじゃない。

 

「そうかなぁ……?」

「面倒臭いなぁ。センセの人柄を私より知ってるだろ? センセがそれだけでお前を嫌うはずないだろ」

「……ぅん。そっか……」

 

 ……って、何だこの状況は? どうして私がエリシアを慰めるような構図になってるんだ?

 こう言うのって、その……互いに牽制し合うようなもんじゃないのか? あくまでも私がセンセのことを好きならって話だけど。

 どうして私がセンセとエリシアのことで慰めなきゃならん?

 

 私が一人で訳のわからない自問自答をしていると、エリシアはパンッと自分の頬を叩いた。

 もう涙は流しておらず、いつものエリシアの表情に戻っていた。

 

 何だコイツ、切り替え早いな。

 

「はー! 何か切り替えられたわ! やっぱ愚痴れるって良いわねー!」

「……あ、そ」

「いやー、恋敵だってのに、アンタなら別に良いわ! 何でかしら? 妹分だから?」

「いやあの……お前の妹分にはなりたくないです」

 

 私はエリシアから身体を離した。

 

 エリシアは「何でよー?」と頬を膨らませるが、こんな面倒な女が私の姉貴分とか御免被る。姉になるんだったらアイリーン先生のほうが断然良い。

 

 私はくっ付いてくるエリシアを押し退けた。

 

 

 この時、私はセンセに置いて行かれたことなんてすっかり忘れていた。悲しさなんて胸中から吹き飛んでいつもの調子に戻っていた。

 きっとエリシアはそのつもりで私を連れて行ったのだろう。自分の愚痴を言うという理由もあったのだろうけど、あのまま王都に残っていたら私はマイナスな思考でいっぱいになっていただろう。

 センセに対する気持ちは兎も角として、エリシアのことを少しは好きになる機会だったのは間違いない。

 

 まぁ、私にとっての一番の友達と言ってやっても良いだろう。

 

「ほら、ユーリと一緒にアーサーを探せ」

「ちぇー」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94話 闇雷

ご感想ご評価、よろしくお願いします!
誤字脱字報告も大変感謝しています!!!


 

 

 周囲から水の鞭が、水の槍が襲い掛かってくる。

 少しばかり動かしづらい身体を気合いで動かし、ナハトも使って全て避けていく。

 

 海竜は水の中を泳ぎ回り水を操って攻撃し、時折飛び出してきては俺に直接攻撃してくる。

 その時が俺の攻撃の機会で、擦れ違い様にナハトで斬り付けるが、鱗を傷付けるだけで大きな一撃を与えられない。もっとナハトの力を高めなければ海竜を打ち倒せない。

 

 それに、力を奪われたからか、右腕の呪いに対する耐性が下がってしまった気がする。魔力を練り上げる度に右腕が激しく痛み出す。痛みの範囲が広がっているように思える。

 

 どうやら長期戦は避けなければならないようだ。一刻も早く海竜を撃退する策を見出して実行に移さなければならない。

 

 海竜は基本的に水の中に姿を隠している。その状態ではナハトが届かない。何とかして此方側に引き摺り出さなければ勝機は無い。

 

 どうする? 手持ちの魔法道具は無し。何か使える魔法は――。

 

 海竜が再び水を操り、槍にして射出してきた。ナハトを振るい、水の槍を叩き落とす。攻撃速度は大したことない。容易に見切れるが、このまま続けばいずれ体力の消耗で捌けなくなる。

 それに、この空間がいつまで持つのか分からない。海竜の攻撃で水没される可能性だってある。その前に倒すか地上に出なければ。

 

「くそっ、いい加減にこっちに来やがれ!」

 

 魔力を練り上げ、雷属性へと変換する。

 

「我、大いなる雷を撃ち放つ者なり――ラージド・ライトニング!」

 

 ナハトを水の壁に突き刺し、剣身から中位の雷魔法を放つ。雷が広範囲に渡り広がり、水中を泳いでいる海竜を呑み込む。

 

 海竜は水属性だ。雷属性の魔法なら通りやすい。中にはその性質を利用して雷を取り込む奴もいるが、こいつはそうじゃないと願いたい。

 

『キシャアアアア!』

 

 願いは通じたのか、雷撃を喰らった海竜は水中で苦しみだした。

 

「もういっちょォ!」

 

 再び雷撃を放つ。雷が湖に行き渡り、海竜を焼き付ける。

 海竜は堪らず水中から此方側に飛び出してきた。巨大な身体で空間を埋める。

 ナハトを水の壁から抜き、雷撃を纏ったまま海竜の身体を斬り付ける。今度は威力も上がっており、海竜の鱗を斬り裂くことができた。赤い血が噴き出し、海竜が悲鳴を上げる。

 

 だがその傷はすぐに塞がり始める。鱗も再生し、完全に傷が無くなってしまった。

 

「マジかよ……!?」

 

 海竜の尾が俺を殴り付ける。モロに喰らった俺はそのまま水の壁を突き抜けて水中に放り出されてしまう。

 

 マズ――!?

 

 海竜が動き出し、水中に躍り出る。そのまま水中に漂っている俺に向かって泳ぎだし、大きな口を開いた。

 

 俺を丸呑みするつもりか!? 巫山戯んじゃねぇ!

 

 ナハトを縦にして前に突き出し、口が閉じないように受け止める。俺は海竜の口に下半身を突っ込んだまま水中を引きずり回される。

 

 水中では呪文を唱えられない。無言魔法じゃ中位の魔法を放っても威力が下がってしまう。

 だがやらなければこのまま抜け出させず死んでしまう。

 

 海竜の喉奥に向かって左手を突き出し、無言魔法で火属性の魔法を放つ。ただの火では水で消されてしまうが、それが爆発系なら話は別だ。

 

 海竜の喉奥で小規模の爆発を連続で引き起こし、海竜の体内を傷付けていく。

 

 どうだ!? 固い鱗で身体を覆っていても、体内までは固くないだろ!

 

『キシャアアア!』

 

 ダメージを与えられているのか海竜の動きが激しくなり、もの凄い速度で上昇していく。

 そのまま海竜は水面を飛び出し、大きく水面を跳ねた。

 

「ぶはっ――!?」

 

 俺は今がチャンスだと大きく呼吸を行い、海竜の口を蹴って口から飛び出す。そのまま落下し、水面に出ている神殿部分に着地する。

 

 海竜は水中に潜り、神殿の周囲を泳ぎ回る。

 

 思いも寄らなかった方法で水没の心配は無くなった。地上に出られれば、此方の勝機も飛躍的に上がる。

 体力、魔力共に健在。右腕は相変わらず痛いが、まだ発作ほど痛い訳じゃない。

 

 やれる、戦況は良い方向へと向かっている。

 

 海竜は俺の周りを旋回しながら様子を窺っているのか、攻撃してくる素振りをまだ見せない。

 

 なら先制攻撃を決めさせてもらう。

 左手を湖に突っ込み、再び雷撃を放つ。

 

「我、大いなる雷を撃ち放つ者なり――ラージド・ライトニング!」

 

 雷撃は湖を駆け抜け、海竜を呑み込む。海竜は水面から身体を出し、水を操って反撃してくる。水が鞭のように動き、俺を叩こうとする。水の鞭をかわしていき、次の魔法の準備に入る。

 

 水面に浮かぶ神殿の通路を走りながらナハトの切っ先を湖に入れ、今度は氷属性の魔力を用意する。

 

「我、広き大地を凍て付かせる者なり――ラージド・アイスバーン!」

 

 ナハトが触れている部分から広範囲に渡り湖の水面が凍り付いていく。氷は海竜の場所まで侵食していき、水から身体を出している海竜の動きを氷で封じ込める。

 

 俺は氷の上に乗り出し、海竜へ向かって走り出す。

 

「ナハト!」

 

 ナハトに雷属性の魔力を喰わせ、雷を纏わせる。雷神の力を取り込んでからは黒色だったが、今は以前と同じ青色に戻っている。

 

『キシャア!』

 海竜が口を大きく開ける。口の中から強大な水属性の魔力を感じる。

 そう思った直後、海竜の口から魔力が吐き出された。

 

 所謂、『ブレス』というやつだ。竜と名の付く種類なら殆どが持っているその種最強の技。

 

 雷を纏わせたナハトを振り、海竜のブレスを斬り付ける。ブレスを受け止めることには成功したが、その勢いに押されて吹き飛ばされてしまう。氷の上を何度も身体が跳ね、全身打撲を負いながらなんとか体勢を整える。

 

 海竜はブレスで自身の周囲の氷を割っていき、水中へと潜ってしまった。

 

「……!」

 

 俺はすぐさま氷の上を走り、この場からの脱出を試みる。

 

 何も海竜を此処で倒さなくてもいい。地上に出られたのなら、このまま逃げてしまえば海竜は追ってこられない。

 

 俺が逃げ出そうとしているのを察知したのか、湖の氷をブレスで割りながら背後から迫ってくる。

 

 もう少しで大地へと逃げ出せるところで、正面の氷の下からブレスが飛び出してきた。海竜に追い抜かれ、海竜が氷の下から身体を出す。海竜はそのままブレスと水を操って俺に攻撃を仕掛ける。跳び退いて攻撃を避け、海竜から距離を取る。

 

『キシャアアアア!』

「シャアシャア喧しい! 退けよ!」

 

 直後、海竜から凄まじい魔力を感じた。氷が割れ、その下から水の柱が立つ。

 

 ナハトを構えて海竜と睨み合っていると、海竜が水中へ潜った。

 

 そのすぐ後、潜った場所から海竜が飛び出し、全身を外へと出した。そのまま海竜は落ちることなく昇り続け、空を泳ぎだした。

 

「……飛ぶのは反則だろ」

『キシャアアアアアアア――!』

 

 これで逃げるという選択肢は完全に無くなった。逃げたとしても空を飛ぶ海竜は何処までも追ってくる。此処でケリをつけなければならない。

 

 ゴクリと唾を飲み込むと、俺の足下の氷が割れる。水柱が俺を押し上げ、俺は宙に放たれる。

 

 俺だけじゃない――水面に飛び出していた神殿や水中に沈んでいた神殿の瓦礫までも宙に放たれ、何かの魔法が働いているのかそのまま空中に固定される。

 

 俺は大きな瓦礫を足場に着地し、体勢を整える。

 海竜は空を泳ぎながら、自身の周りに水を渦巻かせる。

 

 成る程、第二回戦って訳か。

 

 ナハトを強く握り締め、瓦礫の上から飛び出す。近くの瓦礫へと飛び移り、また近くの瓦礫へと飛んで海竜へと近づく。海竜も水の槍を精製して俺に放ちながら近づいてくる。

 海竜と交差するその瞬間、俺は海竜に飛び移り、雷を纏ったナハトを海竜の身体に突き刺してしがみ付く。

 

「くお――!?」

 

 激しく揺れ動く海竜から振り払われないようにナハトを更に深く刺し込み、そのまま体内へ雷を流し込む。バチバチと海竜の身体を雷撃が走るが、威力が低いからか仕留めるまでに至らない。

 

 海竜は俺を振り払おうと身体を激しく動かし、堪らず俺はナハトを抜いて海竜から離れる。空中に浮遊している瓦礫の上に着地し、海竜を見据える。

 

 今度は海竜が全身に纏っている水を更に激しく渦巻かせ、俺に特攻をかましてきた。別の瓦礫へと飛び移り攻撃を避ける。海竜が再び特攻を仕掛け、俺はまた別の瓦礫へと飛び移る。

 

 すると今度は湖の水を操り、巨大な水の竜巻を作り上げる。俺が乗っている瓦礫だけではなく、他の瓦礫も竜巻に巻き込む。

 

 俺はナハトを瓦礫に突き刺し、振り払われないように耐える。小さな瓦礫が俺に襲い掛かり、その内の一つが額に直撃し、血が流れる。傷は塞がらず、血が止めどなく流れ続ける。

 

 やはり元の身体に戻ってしまってるようだ。だったら一撃でも海竜の攻撃を喰らってしまったら終わりだと思え。

 

 振り払われないように耐えていると、やがて竜巻は収まった。海竜が瓦礫にしがみ付いている俺を見付け、苛立ったように咆哮を上げる。

 

 このままチマチマと戦い続けても埒が明かない。何か一撃、それも海竜を仕留められるほと大きな一撃を叩き込まなければアレは倒せない。

 

 今の俺に、その一撃を放つ力はあるか……? 力を奪われた俺に、一人で奴を倒せる技を放てるのか……?

 

 ズキズキと疼く右腕に目が行く。

 

 ――――ある。あるじゃないか、奴を倒せる力の一端が此処に。

 

 だが危険な賭けだ。失敗すれば俺は確実に死ぬ。成功しても死ぬかもしれない。

 それでもやらなければ、どの道死ぬか……。なら、やるか。

 

 俺は覚悟を決め、雷属性の魔力を極限まで高めた。

 同時に、右腕を蝕む力を、抑え込んでいる呪いの力を自分で引き出す。

 

「ッ――!?」

 

 言葉にできない激痛が襲う。意識が持っていかれそうになり、白目をむきかける。

 だがそれに耐え、右腕でナハトを天に掲げる。

 

「我、雷神に――」

 

 そこまで口にしてハッと気が付く。

 

 俺は神と戦うことを決めた。その俺が魔法を使う為に神に名を告げたりするのはおかしい。

 今は使えても、その内使えなくなるかもしれない。

 

 そう考えたら、これから唱える呪文が馬鹿らしくなってしまった。

 

 だったら……あぁ、そうだな……少なくとも、ララを殺そうとしているような神じゃなく、別の神に頼るのも悪かねぇな。

 

 俺は即席で呪文を頭の中で組み立てる。

 

 奴は存在はしてるんだ、魔力だって存在しているし働いている。アーサーにだって使えるのなら、俺にだって使えるはずだ。

 

 俺は新たな呪文を口にする。

 

「我、闇神に告げる! 天に遍く全ての怒りを此処に招来せよ! 我が敵は汝の敵なり! 汝の敵は我が敵なり!」

 

 天に雷雲が立ち籠める。凄まじく恐ろしいほどの雷の魔力が雷雲から漏れ出している。

 

 海竜が雷雲に気付き、雷雲に向かってブレスを放つ。だがブレスは雷雲をすり抜けるだけで雷雲は掻き消されない。

 

 俺は更に右腕の呪いから湧き出る闇属性の魔力を掴み取り、練り上げている雷属性へと混ぜ込む。

 

 二つの属性を同時に使うのは身体に大きな負担を掛ける。それを混ぜて使うようなモノなら尚更だ。下手に扱えば身体が弾けてしまう。

 

 だがやれる……俺にはできる。根拠の無い自信が、俺にはある。

 

「我が闇雷(あんらい)によって我らが敵を滅ぼさん! 我が剣に宿れ! 闇神の剣! その名は魔剣――雷霆(らいてい)!」

 

 雷雲から強大な雷が雷鳴と共に放たれ、掲げているナハトへと落ちる。ナハトだけではなく俺自身も雷に打たれ、雷が駆け巡る。

 

 だが不思議と、身体には異常が発生しない。通常なら雷で焼け死んでいるはずだが、まるで身体に雷が宿ったように発雷している。

 

 そしてナハトと俺に宿った雷は漆黒に染まっている。雷属性の魔力と、俺の右腕にある闇の魔力が混ざり合い、闇雷へと変貌したのだ。

 

「喰らいやがれぇぇぇぇ!!」

 

 俺はナハトを上段に構え、そして力を解放しながら縦に振り下ろした。

 

 すると、集束された闇雷が海竜に向かって放たれる。その大きさは海竜を呑み込むほどであり、鼓膜を破るほど大きな雷鳴を轟かせて海竜に迫る。

 

 海竜はブレスを吐いて対抗しようとしたが、そのブレスごと闇雷は海竜を呑み込んだ。

 

「オオオオオオオッ!!」

 

 右腕の痛みが広がるが構わず力の解放を続けた。

 

 そして最後の一滴まで魔力を解き放つと、後には何も残らなかった。海竜は闇雷に呑まれて肉片すら残らなかったようだ。

 

 力を出し切った俺はフラつき、倒れるようにして瓦礫の上から落ちた。瓦礫も浮遊力を失い一緒に湖に落ちていく。湖に身体を打ち付け、俺はそのまま湖に沈んでいく。

 

 もう身体が動かない……意識も保てそうにない。

 くそ……せっかく勝ったのに……このまま死ぬのか……?

 

 薄れ行く意識の中、最後に見えたのは水の中に飛び込んでくる何かだった――。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95話 裏切り

す、進まねぇ……!


 

 

『ルドガー、お前はいつか大きな選択を迫られる』

『……?』

『その時、私は側に居ないだろう。信じられるのは自分自身だけだ』

『……』

『お前は【ルドガー】としてこの世に生まれてしまったが故に、背負わされたくもない責任を背負うことになる。それは決して避けられない。だからルドガー……全てを受け入れ、強くなりなさい。それだけが、お前に残された唯一の道だ。お前だけが……世界の希望だ』

 

 大きな手が頭を撫でる。どこか冷たい印象を受ける細い手は何処までも温かく、大きな安心感をくれる。

 目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。何の話しか訊いても答えてくれず、ただ悲しそうな笑みを浮かべる。

 

 まだ弟妹ができる前の話……親になってくれたばかりの頃だった。

 

 親父に言われた通り、俺は力を追い求めた。親父の厳しい鍛錬に耐え、必死に魔法を覚え、社会を学び、戦場を彷徨く獣から一端の人になれた。

 

 俺は実の両親を知らない。気付けば屑鉄を片手に戦場を闊歩していた。言葉も話せず、自分以外の生き物は獲物か敵かの二択しかなかった。

 

 そんな俺を拾い育ててくれた親父の言い付け通りに力を身に付け、人として成長していく内に俺は親父が言っていた話をいつしか忘れてしまっていた。

 

 大きな選択、【ルドガー】、世界の希望――。

 

 親父は何を知り、何を想い、何の為に俺を育てた。

 いつかその答えを知る日が来るのだろうか。

 俺は正しい選択をすることができるのだろうか。

 

 俺はいったい――何者なんだ。

 

「……」

 

 目を覚ました。

 

 薄らとぼやける視界の先は見慣れない天井だ。首を横に向けると、銀色が見えた。

 俺はどうやらベッドに寝かされていて、その脇に誰かが顔を伏せて眠っている。

 

 誰かはすぐに分かった。

 ララだ。ララが俺の左手を握って眠っている。

 

 何でララがいる? 俺は何でベッドに寝ているんだ?

 

 上手く働かない頭で眠る前の記憶を探る。

 

 確か水の神殿に向かい、そこで神の使いと名乗る奴が現れて闇神のことを聞いた。

 それからララを狙うとか言うから神と敵対して――。

 

「……俺、生きてるのか」

 

 思い出した。海竜を倒した後、俺は湖に落ちて気を失ったんだ。そのまま死ぬのかと思ったが、どうやら不思議なことに生きているらしい。

 

 誰かが助けてくれたのか? それに此処は何処だ? あれからどれぐらいが経った?

 

 ララを起こすために俺は右腕を動かそうとした。

 

「ッ!?」

 

 ガチンッ、と強烈な痛みが襲った。悲鳴を上げそうになったが堪え、右腕に目をやる。

 

「……何だ、これ?」

 

 右腕は肩まで白い布で巻かれていた。怪我をした時に巻く医療用の布ではなく、もっと厚くてしっかりとした布だ。魔力も帯びており、まるで何かを閉じ込めるかのように『拘束』されている。

 

 右腕……あるよな? 感覚はあるし、痛いが動かせる。

 

 よく観察してみると、これは封印魔法の一種のようだ。目を凝らして見れば、布にエルフの文字が刻まれている。それを見るに、これを施したのはアイリーンなのだろう。ということは、右腕の呪いは知られたと見るべきか。

 

 ともあれ、このまま黙って寝ている訳にもいかない。ララを起こして状況を確認しよう。

 

「ララ……ララ、おい、起きろ」

 

 左腕は問題無く動く。ララを揺さぶって声を掛けると、ララはもぞもぞと動き出して顔を上げた。暫し俺の顔を見つめると、目をクワッと見開く。

 

「センセ!?」

「おはよ――」

 

 お目覚めの挨拶は遮られた。他ならぬ、ララの拳によって。

 

 ララは一応怪我人であるはずの俺の頬に拳を叩き込み、そのまま拳を振り切る。俺は首が捻れ、反動で右腕が強烈に痛み出す。

 

「ァ~~~~~~ッ!?」

 

 声にならない悲鳴を上げ、ベッドの上で悶え苦しむ。

 ララはそんな俺に向かって怒り心頭の様子で怒鳴り出す。

 

「この大馬鹿者! アホ! マヌケ!」

「ら、ララ……?」

 

 ララの目には涙が浮かんでいた。椅子から立ち上がり、フーフーと肩で息をして興奮している。

 

「センセ……何で黙ってたんだ……?」

「……何の話だ?」

「惚けるな! その呪いのことだ!」

 

 やはり知られてしまっていたか。

 

 俺は右腕をララから見えないように身体を反らす。そんなことをしても意味が無いと言うのに、俺はララにこの腕を見せたくなかった。

 

 これは俺の罪の証。俺がどれだけ汚れているのか示すものだ。多くの命を奪い、見殺しにしてきた俺の悪の象徴と言っても良いだろう。

 

 魂殺の鏡――俺を呪い殺すにはこれ以上無い最高で最悪な魔法だろう。

 

 そんな汚れた部分を仲間達に、特にララには見せたくなかった。

 

「……どこまで聞いた?」

「その腕の呪いがセンセの命を奪うって……解呪方法も分からないって水の勇者が言っていた」

「そうか……」

 

 良かった、最も知られたくない部分をララは知らない。カイが黙っていてくれたのか、カイすらも分からなかったのかは知らないが。

 

 俺がホッとしたのを見逃さなかったのか、ララが更に怒る。

 

「なに安心してるんだ!? センセ、死にかけてたんだぞ!? アイリーン先生が呪いを抑え込む呪符を巻かなかったら、呪いに殺されてたんだぞ!?」

 

 海竜を倒す際、右腕の呪いを抑え込むのを止めてその力を引き出した。呪いに宿る闇属性の魔力を使用して最強の一撃を叩き込んだ。その影響で呪いが一気に進行したのだろう。

 

 一つの賭けだったが、どうやら賭けには半分勝って半分負けたらしい。海竜は倒せたが呪いには勝てなかったか。

 

 今俺がこうして生きているのは、アイリーンが適切な処置をしてくれたからだ。

 

 しかし、疑問が残る。俺達は別行動していたはずだ。湖に落ちた俺を助けたのは誰だ?

 

「俺を湖から助け出したのは誰だ?」

「……水の勇者がセンセを連れてきたらしい。私はそこにいなかったから詳しくは知らない」

 

 カイ、が……。おそらくだが、カイだけに使える移動魔法だろう。

 

 カイは水を通して遠くの場所に移動できる。水の神殿での異変を感じ取り、動かしづらい身体に鞭打って駆け付けてくれたのだろう。

 

 不甲斐ない……弟妹達に助けられてばかりだ。仲間達にも心配を掛けて、力も奪われて死にかけて……いったい何やってんだ、俺は。

 

 自己嫌悪に陥り、俺は頭を抱える。

 

「センセ……センセは誓ったよな? 私を守り続けるって……アレは嘘だったのか?」

「嘘な訳ないだろ……俺はお前を守る為なら何だってする」

「なら死ぬようなことをするな! 生きて私を守り続けてよ!」

「……すまん」

 

 謝ることしかできなかった。

 

 親父とララの母親の指輪に誓ったのは、親父以上にララを守ること。勝手に死ぬことは許されない。それがララに対する贖罪であり、俺にとって心の救済だったはずだ。

 もしカイが助けに来てくれなければ、俺はその誓いを破ることになっていた。

 ララにとってそれは決して許せないことであり、最悪の裏切り行為になる。

 

 それなのに俺は海竜に勝つ為に自分の命を天秤に掛けてしまった。そうしなければ勝てなかったのは変えられない事実だ。死ぬことなんて考えもしなかった。

 

 だが実際はどうだ? 海竜に勝てたが俺は死んでいた。ララを守る為に神々と敵対する道を取ったのに、呆気なく死んでいた。

 

 俺が取った行動はララを裏切るところだった。何も言い返せない。

 

「謝るくらいなら……もっと私達を頼ってよ……!」

「……頼りにはしてるさ。ただ今回は……いや、すまない。もう二度と危険な賭けはしない」

「……約束だからな」

 

 ララは涙を拭い、蹴飛ばした椅子を戻して座る。俺の右腕を見て、不安そうな表情を浮かべる。

 

「腕……痛むのか?」

「あぁ……痛いな」

「何で黙ってたんだ?」

「……心配掛けたくなかった」

「……本当にそれだけか? 何か隠してるんじゃないのか?」

 

 ララは鋭いな……。でもこれだけは言いたくない。

 少なくとも、打ち明ける覚悟がまだ無い。

 

 軽く笑みを浮かべて首を横に振る。

 

 ララの前では格好いい勇者でありたい。汚れた勇者なんて見せたくない。

 

「……分かった、信じる」

 

 ララに嘘を吐いてしまった。

 その罪の意識が右腕の呪いを強めた気がする。呪符に巻かれた右腕が痛い。

 

 ララは表情に落ち着きを取り戻し、思い出したように立ち上がる。

 エリシア達を呼んでくる、そう言ってララは部屋から飛び出していった。

 

 残された俺は自己嫌悪で吐きそうになり、顔を顰める。瞼を閉じれば、見殺しにした弟妹達の顔が浮かび、呪いを刺激してくる気がする。

 

 ララ、許してくれ……。これからこの先、俺はお前を守る為に今以上に己の命を懸ける。例えそれで命を失うことになるとしても、俺は迷わずお前をとる。裏切り者と蔑まれることになろうとも、恨まれるとしても、お前を守る為なら迷いはしない。

 

「……碌な死に方しねぇな、俺」

 

 俺の呟きは誰にも届くこと無く、ただ天井に吸い込まれていった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第96話 確執

ご評価、ご感想よろしくお願いします!


 

 

 それからすぐにエリシア達がやって来た。エリシアは俺の顔を見るや否や泣きながら抱き着いてきて、かなり心配を掛けたのだと申し訳なくなった。シンクも半泣き状態で、頭を撫でてやるとボロボロと大粒の涙を流し始める始末だ。

 

 どうやら俺の状態は相当悪かったようだ。アイリーンにあんなに怒られたのは初めてだった。激情して怒鳴り散らす訳じゃなく、淡々と冷たくどうしてそんなことをしたのか、自分の命を軽視しているのか、反省しているのかと詰めてきた。正直、もの凄く顔も怖かった。

 

 此処が何処なのか訊けば、王都ガーランの城だと言う。王都内の安全を確保し、一旦地下に避難していた者達だけで城を奪還したらしい。それからカイが水渡りの魔法で他の民達を迎えにやり、その時に水の神殿での異常を察知したそうだ。

 

 再会したカイの顔には疲労の色が出ている。拒絶反応で苦しんでいるというのに、カイに余計な力を使わせてしまった。シオンにそのことでもの凄くネチネチと詰められてしまったが仕方がない。

 

「……やはり呪い自体は消すことができません。呪符で何とか抑え付けられていますが、それも時間の問題かと……」

 

 アイリーンが俺の右腕を改めて診察してくれた。アイリーンを以てしてでもこの『魂殺の鏡』の解き方は知らないか。闇属性の魔法自体、全く知られていない未知の物なのだからそれは至極当然のことなのだが。

 

「そうか……」

 

 シャツを羽織り、右腕を隠す。呪符に巻かれているとは言え、こんな姿を堂々と見せる訳にはいかない。

 

 今この場には俺とアイリーン、それにエリシアとユーリ、カイとシオンがいる。ララとシンク、リインには部屋から出て行ってもらっている。ララにはあまり話したくない内容をこれから話すからだ。

 

「魂殺の鏡……僕の力でもその呪いは解けません。魂に直接働きかける呪いだということは分かるのですが」

 

 カイのエメラルド色の瞳が青く輝き、俺の魂を覗く。

 

「今、大兄上の魂には無数の邪悪な魂が渦巻いています。それを祓えば何とかなるかもしれませんが……すみません。今の僕ではその力に対抗できそうにありません」

「いや、カイが謝ることじゃない。たぶん、これを解くには闇属性の魔法を会得する必要があるだろう。今それを扱えるのはアーサーだけだ。俺も呪いを利用すれば使えなくはないが……」

「ルドガー様、それは私が絶対に許しません」

 

 アイリーンの目が厳しくなる。呪いを利用した結果、死にかけたのだからこの手段は最悪な最終手段になるだろう。闇属性の呪いを解く為に呪いを解放したのでは、矛盾が生じて失敗してしまうだろうしな。

 

 右腕の呪いに渦巻いている闇属性の魔力を逆手に取る考えは良かったが、そこから先が駄目だった。何とかして呪いの進行を妨げられるようになれば、闇属性の魔法をいつでも使えるかもしれない。

 

 自分で闇属性の魔力を生み出せるのなら、或いは……。でもその方法が分からない。アーサーは俺が闇属性の扱い方を知らないだけだと言っていたが、何をどうすれば良いのか分からない。

 

 七つ全ての魔力を同時に練り上げれば良いのか? だがそんなことをすれば間違いなく身体は張り裂ける。たった二つの属性を同時に使っただけで限界だったんだ。それを七つともなると、命がいくつあっても足りない。

 

 だがアーサーは実際に使っている。アーサーには光属性しか適正が無かったはずだが、『禁断の果実』を服用したことで七つの魔力を手に入れた。グリゼルの刻印で拒絶反応を抑え込んでいるが、もしかしたらあの刻印の効果はそれだけではないのかもしれない。七つ同時に魔力を扱っても拒絶反応を抑え込んでいるのだとすれば……適正がある俺なら、試してみる価値はあるだろう。

 

 これからこの先、七神は敵だ。七属性の魔力を練り上げられるとしても、魔法は使えなくなるかもしれない。その時、頼りになるのは闇属性だけだ。闇神がどんな存在なのかはまだ理解していないが、ララを守る為なら俺は喜んで闇神に使われてやる。

 

「……ところで、アーサー達は見つかったのか?」

「王都周辺を探ってみましたが、残念ながら見つかりませんでした。ですが、手掛かりならあります」

 

 ユーリは大きな地図をベッドに身体を預けている俺の脚の上に広げる。ローマンダルフ王国周辺を記した地図であり、その地図に羽根ペンで印を付けていく。

 

「正確な位置は分かりませんでしたが、魔力の残滓からどうやらアーサー達はイルマキア共和国方面へ移動したようです。シオンの氷からガイウスが姿を消していることから、共に移動しているのでしょう。丁度、国境に大きな拠点があります」

「その拠点って……」

 

 俺はその拠点に心当たりがある。

 

 五年前、俺達が魔族から奪い返した拠点だ。ファルナディア帝国とイルマキア共和国は今では完全に人族の国だが、大戦中は多くの魔族が国を侵略して支配していた。魔族の大陸に近かったということもあり、北側の領土は魔族に殆ど奪われていた。

 

 ユーリの言う拠点は魔族に奪われた拠点の一つであり、戦時中に奪い返した場所だ。だがそこに居座っていた魔族が毒素を扱う魔族で、立ち去った後でもそこの土地は魔族の瘴気に侵されて立ち入られないと聞く。

 そこなら確かに身を隠すには持って来いの場所だろう。

 

「おそらくそこで俺達を待ち構えてるのでしょうね。それか、新たな手を打つ準備をしているのか……」

「どっちにしろ、これ以上後手に回る訳にはいかない。そこを決戦の地にするしかない」

「アーサー達がいる確信が?」

「いなかったら、俺を囮にして呼び寄せる。アイツの狙いは俺だ」

 

 親父の、魔王の依り代にしようとしているのなら、アーサーが姿を現さない訳がない。依り代にする為に呪いまで施した。俺が弱るのを待っているのだろう。

 

 もう俺にもカイにも時間が無い。次で強引に最後にしなければ、俺はともかくカイの命が危ない。カイの拒絶反応を無くす手立てをアーサーから聞き出さなければ。親父の魔法を研究していたアーサーならきっと、いや絶対何か知っているはずだ。知っててもらわなければ困る。

 

「分かりました。では戦力はどうしますか? 激しい戦いになりますよ?」

「――カイとシオンは置いていく。それ以外全員だ」

 

 それを聞いて、椅子に座っているカイが反応した。どうしてと、疑問に満ちた表情だ。

 

「何故、僕を置いていくのですか?」

「今のお前を戦わせる訳にはいかない。力を使えば、症状が悪化するはずだ」

「相手は勇者の中でも別格のアーサーです。ライア兄上とガイウス兄上も、単純な馬力だけなら全員に勝る。僕達全員でかかるべきです」

「駄目だ。お前は戦わせない」

 

 アーサー達と戦うことになれば、激戦は避けられない。そうなればカイは否応なしに全力で戦うことになる。それ程の力を使わせればまず間違いなくカイの身体は耐えきれなくなる。

 

 カイを死なせたくない。大切な弟だ。弟がこれ以上苦しむのは兄として見過ごせない。

 

 カイは唇を噛み締め、納得のいかない表情を浮かべる。責任感が強い子だ。王都でアーサー達を止められなかった負い目を感じているのだろう。

 

 しかしそれを言うのなら、ミズガルでアーサーを止めることができなかった俺の責任だ。カイが責任を感じる必要は無いのだ。

 

 だがカイは引き下がらず、ある事実を口にしてしまう。

 

「だったら……だったら大兄上も戦いに参加してはいけません。今の大兄上には、勇者の力が無いのですから」

「――」

「……え? それってどういうこと?」

 

 カイの言葉に、エリシアが首を傾げる。ユーリも首を傾げ、俺をジッと見つめる。そして何かに気付き、ハッとした顔をする。

 

「兄さん――風神の力はどうしたんですか?」

「……ちょっと、雷神の力もどうしたのよ!?」

 

 同じ勇者の力だから目を凝らして見れば分かったのだろう。カイに至っては魂を直接視たのだろう。今の俺には雷も風も光の力も無い。水の神殿で神の使いに奪われてしまった。残っているのは右腕の呪いと普通よりも強い魔力ぐらいだ。

 

 別に黙り続けるつもりはなかった。これから話すつもりだったし、この先俺が何と戦うのかも打ち明けるつもりだった。

 

 俺は少しばかり重い口を開き、皆に伝える。

 

「もう俺には……勇者としての力は無い。神に奪われた」

「奪われたって……何で!?」

「――――七神と敵対した」

 

 アイリーンから息を呑む声が聞こえた。ユーリとエリシアも絶句し、カイは目を伏せ、シオンも驚きの顔をしている。

 

 俺は水の神殿であったことを嘘偽り無く話した。

 闇神レギアス、闇の聖女、俺の立場、予言に纏わる話を全て伝えた。

 

 その話を聞いて特に驚いていたのはアイリーンだ。エルフ族の賢者と王が闇神レギアスの予言を成就させようとしているのかもしれないと言われ、信じられないと顔を真っ青にしている。

 

 言っておくが、俺は校長やエルフ王が本当に世界の均衡を崩そうと考えているとは思っていない。七神の一方的な観点からの話だ。そこには絶対に偏向がある。全てを知らない状態で断言することはできないし、あの二人がそんなことを企むような人柄では無いと信頼している。

 

 予言の件は国に帰って検める必要がある。

 だがそれは後でだ。今はこっちが優先だ。

 

 全てを話し、皆は押し黙ってそれぞれの考えに耽る。

 

 これは、もしかすると、俺は弟妹達と戦うことになるかもしれない。

 何故なら勇者は世界を守る存在。言うなれば七神側だ。今の俺はその七神と敵対する立場にあり、勇者達の敵でもあるからだ。

 

 俺とて世界を滅ぼす気なんて更々無い。もし闇神が世界を滅ぼすというのなら、闇神とだって戦う腹だ。

 だがもう俺は七神を完全に敵と捉えた。ララを殺そうとしているのだから、戦うには充分過ぎる理由だ。

 

 もし……もし、今此処でエリシア達が敵に回ってしまうのなら……俺はエリシア達とも戦う。

 

 その覚悟が、俺にはある。

 

 少しして、やはりというか予想通りというか、こういう複雑で難しい問題に対してサッパリする性格のエリシアから先に口を開いた。

 

「……とりあえず、アンタはララを守る為に戦うつもりなんでしょ?」

「ああ」

「ふぅん……なら良いわ、私も戦ってあげる」

「……理由を聞いてもいいか?」

 

 エリシアは腕を組んだまま笑みを浮かべる。

 

「簡単よ――友達を守りたいから。私から友達を奪うなんて、神様が相手でも許さないわ」

 

 そう言ってララは誇らしげに胸を張る。

 そんなララに俺は呆気に取られ、次いで溜息と笑みが零れる。

 

 流石はエリシア、恐れ入る。それでこそ、俺の妹だ。

 

「……なら、自分もお供しますよ。ま、兄さんと姉さんが動きやすいように裏方に回りますが」

 

 ユーリが肩をすくめた。その顔は苦笑している。

 

「いいのか? お前、一応一国の主だろ?」

「だからこその裏方です。権力はこういう時の為に使わなければ。それに戦闘狂が集まる部族国家です。神と戦うと聞けば、喜んで参加するでしょう」

 

 確かに、グンフィルドなら槍を片手に高らかに笑って参戦するだろうな。

 そんな姿が容易に想像出来る。

 

 それに、とユーリが言葉を続ける。

 

「ララお嬢さんを殺すだなんて、勇者としてもクソ親父の子としても許せません」

 

 ユーリはギラついた目を向けてくる。

 

 神と戦うってのにそんな笑みを浮かべるなんて、お前も立派な戦闘狂だよ。

 

 エリシアとユーリの頼もしい協力を得られ、俺はホッと一安心する。

 

 正直な話、たった一人で七神と戦うのは自信が無かったというか、心細かった節がある。二人が一緒に戦ってくれるのなら、その不安も無くなるというものだ。

 

 しかし、俺達の考えに賛同できない者も当然いる。

 

 シオンが信じられないと声を上げた。

 

「ちょっと待ってくださいお姉様! 本当に七神と戦うおつもりなんですか!?」

「シオン……ええ、そうよ。私の友達を殺すって言ってるもの。見過ごすつもりなんてないわ」

「そ、そんな……!? 考え直してください! 相手は七神です! 魔王とは訳が違うんです!」

「分かってるわよ。でも覚悟の上よ」

 

 シオンの言葉にエリシアは耳を向けた上で拒否した。それでもシオンは首を横に強く振り、エリシアを引き止めようと言葉を紡ぐ。

 

「分かってません! 魔王ですら私達は倒せなかったのですよ!? そこのクソ兄が殺さなければ、やられていたのは私達だったはず! それなのに七神に勝てる訳ありません!」

「シオン、でもね――」

「もしその男が理由で決めているのだとしたら、今すぐ考えを改めてください! その男は私達にとって疫病神です!」

 

 シオンが俺を指してそう言った。

 

 シオンの言葉に傷付かなかった、と言えば嘘になる。俺にとってシオンも可愛い妹の一人だ。負い目もあるが、それ抜きにしてもシオンは大切な家族だ。命を懸けて守る対象でもある。

 

 そのシオンに面と向かって疫病神と言われたら、悲しくなるのは仕方が無い。

 

 シオンは悪くない。シオンにそんな感情を抱かせてしまったのは俺自身だ。

 

 だから怒る気は全く無い。

 

 だけど、弟は違った。

 

「――シオン、今すぐ大兄上に謝るんだ」

「お兄様……!?」

 

 カイがシオンを睨み付け、低い声でそう言ったのだ。

 シオンはカイからそんなことを言われるとは思っていなかった為、酷く驚いた。

 カイはそんなシオンに更に言葉を投げる。

 

「僕達の兄に向かって疫病神とは何てことを言うんだ? シオン、君はいつからそんな浅ましい女になったんだ?」

「で、ですがこの男は……!」

「大兄上がいつ僕達に不幸を齎した? 寧ろ僕達は大兄上に守られていた。君が言った通り、大兄上が魔王を殺さなければ僕達が死んでいた。神との戦いだって、やっと大兄上にも僕達以外に守りたい人ができたんだ。家族として尊重すべきだろう」

「で、でも……クソ兄は最初に私達を見捨てたんです! 他の兄姉はそれで皆死んだです!」

 

 右腕が痛み出す。

 俺の首や心臓を、俺以外には見えない死んだ弟妹達の手が掴む。

 

 あの時、親父に逆らえていれば彼らは死ななかったかもしれない。彼らの叫び声を聞きながら、助けの声を聞きながら俺は何もしなかった。

 

 俺が見殺しにした……殺した……弟妹達を死なせた。

 

「っ……ルドガー先生……」

 

 アイリーンが俺の顔を見て様呼びじゃなくていつもの先生呼びをして俺の手を握る。

 

 そんなに酷い顔をしていただろうか……。幻影を振り払い、顔を左手で覆う。

 

 カイとシオンの口論は続く。

 

「勘違いはいけない。僕らを苦しめ、彼らを死に追いやったのは僕達の育ての親だ。大兄上じゃない」

「違う! 『お兄ちゃん』は助けてくれなかった! 何もしてくれなかった!」

「ッ――!? カイ、それ以上は止せ!」

 

 シオンの様子を察した俺は、カイの口を閉じさせる。シオンからは冷気が漏れ出し、流れる涙が氷に変わっていく。

 

 シオンは精神がエリシア達と違い幼く脆い。感情を爆発させてしまうと力の制御が効かず、辺り一面を氷漬けにしてしまう。

 

 今のシオンは大好きなカイから詰められてしまい、味方がいないと感じて心が崩壊しかけている。

 

「ですが……」

「シオンの言っていることは正しい。俺はお前達にとって疫病神だ。弟妹達を見殺しにしたのも事実だ。シオンを責めるな」

「……」

「……っ!」

 

 シオンが部屋から飛び出した。

 

 俺に庇われたのが惨めに思えたのだろう。あんなにカイから離れたがらなかったのに、シオンは一人で行ってしまった。

 

 カイは申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「申し訳ありません……」

「お前も謝るな。全面的に俺が悪い。謝るなら俺のほうだ」

「いいえ、そんなことは……」

「諄い。これ以上この話は無しだ」

 

 俺はこの話題を避ける為、強引に終わらせた。カイは納得いってない表情を浮かべるが、渋々と頷く。

 

 だがこれ以上、話を続けるには空気が重い。まだ俺も動けるまでに回復できていないし、右腕が激しい痛みを訴えてきた。少し休息を取ったほうが良いかもしれない。

 

 エリシア達に少し休ませてほしいと頼み、俺は一人になった部屋で静かに瞼を閉じた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97話 雪解け

ご評価、ご感想よろしくお願いします!
シリアス回が続いていますがご容赦を。


 

 

 気付けば、とても広い空間に立っていた。空は黄金色に輝き、赤い夕日が雲の隙間から顔を覗かせている。地面はまるで水面のようで、歩く度に波紋が広がる。

 

 どうして此処にいるのか分からず、かと言って気にすることなく歩き続ける。

 そうしなければならないと、本能が訴えかけている。

 

 暫く歩き続けると、石の瓦礫が現れた。遺跡の残骸のようなその上に、一人の男が背を此方に向けて座っていた。

 

 黒衣に身を包んだその男、風に黒髪を靡かせるその男、傍らに赤黒い大剣を置いているその男。

 

 その男に近付き、すぐ後ろで立ち止まる。

 その男は此方に顔を向けないまま話しかけてくる。

 

「ルドガー、お前は何を望む?」

 

 その男の問いに俺は答えなかった。答えられなかった、と言ったほうが正しい。口を開くことができず、かと言って何かを答えようとも思わなかった。ただ目の前の男の話を聞くだけに徹していた。

 

「その道は――重いぞ」

 

 男は更に言葉を紡ぐ。どこか悲しそうに、だがどこか……期待しているような雰囲気を醸し出す。

 

「先ずは人を棄てろ。お前の望みは、人の身では掴めない」

 

 男が指を鳴らすと、俺の四肢に黒い鎖が何処からか現れて巻き付く。黒く渦巻く空間に引き摺り込まれながら、俺は初めて口を開くことができた。

 

「お前は――誰なんだ?」

 

 男は此方を向くこと無く、片手を上げて背中越しに振る。

 

「いずれまた会う。その時はお前が人を脱しているのを願う」

 

 俺は鎖に引っ張られ、空間に呑み込まれた。

 

「ハッ――!?」

 

 目を覚ました。どうやらあの後すぐに眠ってしまったようだ。

 

 身体を起こし、右腕の調子を探る。痛みは無く、しっかりと動かすことができる。呪符を外すのは危険だと思い、そのままにしておく。ベッドから起き上がり、凝り固まった身体をバキバキと解していく。

 

 不思議だ。一眠りしただけで身体を動かせるようになっている。力を得る前でも、大きな怪我なら一日二日経たなければ治らなかった。呪いによるダメージが大きかっただけで、身体的外傷が無かったからだろうか。

 

 近くに置かれていた兵服に着替え、壁に立て掛けられているナハトを背中に背負う。戦いにいく訳じゃないが、少しでもナハトを身に付けておきたい。

 

 どこかでも言ったが、ナハトはあらゆる魔力を、魔法を、呪いを斬り裂き喰らい尽くす性質を持っている。身に付けているだけでも右腕の呪いに対して効力を発揮してくれる。

 

 ――いっそのことナハトで右腕を斬り落として……いや、止めておこう。ナハトを握っているのに呪いが喰われないということは、魂殺の鏡はナハトでも断ち切れないということだ。

 

 部屋の扉を開け、廊下を進んでいく。廊下の窓から見える空は暗く、今が夜だと分かる。

 もう皆は寝静まっただろうか。静かな廊下を歩き、外の空気を吸う為に丁度良い場所を探す。

 

 やがて辿り着いたのは壊れた庭園だった。アーサーとの戦闘の跡がそのまま残っており、殆どの花が駄目になってしまっている。

 

 その庭園の中心に、一人佇んでいる人がいた。

 よく見てみると、それはシオンだった。

 

 シオンは庭園の地面に座り込み、膝を抱えている。

 カイもいるのかと見渡してみるが、何処にも姿は無かった。

 

 シオンがカイの側から離れるなんて珍しい、なんて思ったが、眠る前の一件があればそれを仕方が無いことだろう。

 

 さて、どうしようか……このままスルーして立ち去ることは可能だ。俺がシオンに声を掛けてもシオンは俺を鬱陶しがるだろうし、下手に刺激する必要も無い。

 

 だが俺は見えてしまった――シオンの頬に涙が流れる瞬間を。

 

 それを見てしまっては、例え嫌われているとしても兄として放っておけなかった。

 

 庭園に足を踏み入れ、シオンの背後に歩み寄る。

 

 足音で気が付いたのか、シオンがハッとして此方に振り向き、俺と分かったらムスッとしてあっちを向いてしまった。

 俺はナハトを地面に置き、シオンと少しだけ間を空けて右側に腰を地面に下ろす。

 

「……何でこっちに来るのよ?」

「妹が泣いてるんだ。放ってはおけない」

「クソ兄には関係無いでしょ……」

 

 どうやら会話はしてくれるようだ。そこまで拒絶する気力が無いだけかもしれないが。

 

 シオンの隣に座ったのは良いが、此処から何をすればいいのか分からない。

 

 たぶん、というか絶対にシオンが泣いている理由はカイとの言い合いが原因だろう。俺が知る限り、二人が喧嘩をしたことはあれが初めてだ。カイがあれ程俺に対して礼儀というか敬意を持ってくれていたのは初めて知ったが、カイがシオンを叱りつけたことも初めてだ。

 

 シオンはそれに堪えてしまったのだろう。原因である俺が何かを言うのが間違っているのか分からないが、このまま喧嘩を引き摺るってのもよろしくない。ここでシオンと色々話し合うってのもありかもしれない。

 

 でも何から話せばいい? 最後に兄妹として話したのっていつだ? シオンが篩で生き残ってからは真面に話した記憶が無い。シオンが俺を避けるのを言い訳にして、罪の意識から目をそらし続けてきたからだ。

 

 沈黙の時間が続いてしまい、シオンが立ち上がる。

 

「部屋に戻る」

 

 ここでシオンが立ち去ってしまっては、もう二度と話し合いはできない。

 そう感じてしまい、去ろうとしたシオンの手を咄嗟に掴んでしまう。

 

「……なに?」

「ぁ……いや……少し話そう」

「……」

 

 シオンは嫌な顔を一瞬浮かべたが、元の位置に腰を下ろした。

 

 これが少し前のシオンなら、手を触れただけで激怒したことだろう。こうして素直になっているのは、余程カイとの件が堪えているからなのだろう。弱った心につけ込むような卑怯な真似をしているようだが、どうか許してくれ。臆病な兄はこうでもしなければ妹と話せないのだ。

 

 シオンを引き止めたのは良いが、話の切り出し方が分からない。先ずは謝罪からだろうか、いやきっとそうだ。謝ることができない奴は何をしたって駄目なんだ。

 

「あー……シオン。その……悪かった。俺の所為でカイに怒られて」

「……本当よ。貴方の所為でお兄様に嫌われちゃったかもしれないじゃない」

「……お前が俺に怒りを抱くのは正しい。カイにはあとでまた言っておくから」

「……そうして」

 

 腕を後ろに伸ばして身体を支え、空を見上げる。

 

 庭園は見るも無惨にボロボロなのに、此処から見上げる星空はどうしてこんなにも綺麗なんだろうか。

 昔は弟妹達と一緒に星空を眺めて、星の勉強をしたもんだ。親父からくすねた本を片手にどれがどの星で、星座やら何やらを一緒に学んだ。

 

 もうあの頃には戻れないのだろうか。アーサーの所業を止めたとして、もう元の形には戻れないのかもしれない。

 

 アーサーが犯した罪は決して許されることではない。私情で多くの命を奪い取ったその罪は必ず問われる。勇者であろうと、いや勇者だからこそ民の命を奪った罪は償わなければならない。それがその命を以てしてであっても。

 

 その時、俺は心を保てるだろうか? 保てたとしても、それはきっと見せかけで、ボロボロに砕けているのだろう。

 

「……クソ兄」

「っ……ん?」

 

 シオンが俯いたまま俺の名を呼んだ。シオンは視線を下げたまま、遠くを見据える目で地面を見つめている。

 

「どうして……どうして助けてくれなかったの?」

 

 右腕が痛み出した。

 

 俺は口を僅かに開き、そこから言葉を紡ごうとした。

 だけどすぐに言葉が出て来ず、シオンと同じように俯いてしまう。

 シオンからグッと息を呑む声が聞こえる。鼻を啜るような音も聞こえた気がした。

 

「私はね……こんな力欲しくなかった。皆とただ普通に過ごすだけで良かった。そう考えてたのは私だけだったの……?」

「それは違う! 俺達は皆一緒に過ごしたかった!」

「じゃあどうして、お兄ちゃんはあの時助けてくれなかったの!?」

 

 シオンの身体から冷気が漏れる。周囲に薄い氷が張り、俺の左半身にも霜が張り巡る。吐く息が白くなり、一気に気温が下がる。シオンの感情が大きく揺れ、力の制御が外れかかっている。

 

 シオンは涙を地面に零しながら、今まで溜め込んでいたモノを一気に吐き出すかのように大声で叫ぶ。

 

「苦しかった! 痛かった! 怖かった! 身体が中から変わっていくのを感じて自分が自分でなくなっちゃうと思った! 何度もお兄ちゃんを呼んだのに、お兄ちゃんは何もしてくれなかった! 痛いのが終わっても、お兄ちゃんは何も言ってくれなかった! 本当はお兄ちゃん、私達のことなんてどうでも良かったんでしょ!?」

「違う……それは違う! 俺はお前達を愛してた! それは今でも変わらない!」

「嘘! 嘘よ! だったらどうして助けてくれなかったのよ!?」

 

 ――手を出すなルドガー。お前は何もするな。私が絶対に許さない。

 

 あの時、苦しんでいる弟妹達の前で親父が俺に向かって言った。

 

 今まで一度も見たことのない、温かい光を失った冷たい瞳で俺を見下ろし、魂を凍えさせるような恐ろしい声で俺に命じた。

 

 俺は恐怖で何も言えなくなった。親父に逆らうなんて考えが一瞬で吹き飛んだ。考えることすらできなくなった。扉一枚隔てた場所で弟妹達が泣き叫んでいるのに、俺は親父への恐怖で何もしてやれなかった。

 

「俺は……あの時俺は……親父に……! 怖かったんだ……! 親父への恐怖でお前達を助けられなかった……!」

「ッ――」

 

 右腕がはち切れそうに痛い。血塗れの弟妹達が俺の首を絞める。俺を地獄へと連れて行こうとする。よくも見殺しにしたな、恨んでやる、殺してやる、そんな呪いの言葉を口にしながら弟妹達が俺を連れて行こうとする。

 

「お前達を助けたかった……。当然だろう! 俺の大切な家族が、俺のすぐ後ろで苦しんでるのに見捨てるなんてありえない! でも親父に逆らえなかった……逆らうのが怖くて結果的に弟妹達を見殺しにしてしまった……」

 

 今でも鮮明に覚えている。扉が開かれた先では弟妹達が血を噴き出して死んでいた。明日のご飯は一緒に作ろうと約束した妹、勉強を教える約束をした弟、狩りの約束をした弟、一緒に遊ぶ約束をした妹が物言わぬ姿で転がっていた。

 

 生きていた弟妹達も、すぐに親父に連れて行かれ、戻ってきたのは七人だった。

 

 十五人……十五人だ。親父と見付けて家族にした弟妹達。その内、八人が死んだ。

 まだ幼い、十歳も越えなかった子だっていた。

 

 その時ばかりは親父を恨んだ。殺す為に子供を集めたのか、何の為に育ててきたのか、問い詰めても返事は帰って来なかった。

 

 ただ――その時親父は泣いていた。

 

 それから暫くして、親父は世界を救う勇者を造る為だと俺達に話した。エリシア達は勇者に選ばれたのだと、死んでしまった弟妹達の分まで強くなれと言って、俺達を鍛えた。

 

 俺達と親父の間に親愛があったのか、そう言われるとはっきりとは答えられない。生かし育てられた恩はある。父と子として暮らしてきた時間に嘘は無かったと断言できる。

 

 しかし俺達と親父の間には確かな確執があった。決して拭えない確執だ。

 俺達と親父の間には家族としての歪な絆が、確かに存在していたのだ。

 

「全部親父の所為にするつもりは無い。お前達を助けられなかったのは俺の弱さだ。俺が親父に逆らえる勇気があれば、弟妹達は死ななかったかもしれない」

「……」

「だがお前達への想いを失ったことは一度たりとも無い! 今でも覚えてる……レオル、ニーナ、カール、モルト、フリート、アスハ、マリーン、ダート……全員俺の頭の中に残ってる。忘れた日なんて無い」

 

 忘れるものか。俺の大切な家族だ。恨まれていても、俺にとってはかけがえのない弟妹達だ。

 

 それはシオン……お前も同じだ。お前は俺にとって可愛い可愛い妹なんだ。お前に嫌われようと、俺はいつまでもお前を愛している。その心に嘘偽りは決して無いんだ。

 

 俯いていたシオンの顔が上がり、ボロボロと涙を流している顔が見れた。ゆっくりとシオンの顔に手を伸ばし、目元を指で拭ってやる。

 

「シオン……ごめんな。俺が弱いばかりにお前を怖い目に遭わせた。俺のことは嫌ったままでいい。許してくれとも言わない。ただ覚えていてほしい……兄はお前を愛していると」

「ッ……何で……何で……それをもっと早く言ってくれなかったの……?」

「……怖かった。大切な妹に拒絶されるのが」

 

 昔は今ほど心が強くなかった。その時にもし直接拒絶の言葉を投げられていたら、俺の心は完全に壊れていただろう。

 

 いや……違うか。俺の心は既に壊れているのかもしれない。弟妹達を見殺しにし、親父をこの手で殺した時から、俺の心は既にボロボロに砕け散り、ハリボテのようになっていたのかもしれない。

 

 そのハリボテの心を覆ってくれたのは――それはきっと『あの子』なんだろう。

 

「……それでも私は、お兄ちゃんを許せない」

「……あぁ」

「クソ親父だって許してない。あの時だって本当はクソ親父を助ける気なんて無かった。最初から殺す気でいた。でも殺せなかった……お父さんの顔がチラついて戦えなかった」

「あぁ……」

 

 あの時、全員が全員同じ気持ちだった訳じゃないことぐらい、最初から知っていた。

 本気で親父を助けようとしていたのは、俺とアーサーぐらいだ。あとの皆はそれに乗せられただけだ。ただ勇者としての役目を果たす、そのつもりでいた。

 

「私はたぶん、ずっとお兄ちゃんを許さない。でも……それでも……昔みたいに戻りたい……!」

 

 最後の言葉は涙声で聞きづらかった。

 

 だがしっかりとその思いは俺の胸に届いた。込み上げる想いを噛み締め、シオンの頭を優しく撫でる。

 幼い頃、よくシオンの頭を撫でてやった。心地良さそうに目を閉じるシオンが可愛くて、いつも撫でていた。

 

 あぁ……戻りたい……皆一緒にいたあの頃に戻りたい。その輪の中にララ達も入れて、幸せに溢れた時間を過ごしたい。

 

 何でだ……何でだアーサー……。どうしてこんなことになってしまったんだ……!

 

「お兄ちゃん、約束して」

「約束?」

「カイお兄様を……カイお兄様を助けて。今度こそ私達を助けて」

 

 あぁ……この子はカイの拒絶反応のことを知ってるのか。だからいつもカイのことになると気が気でなくなっていたのか。

 

 俺は目から流れる涙を拭い、シオンの目を見つめて頷く。

 

「ああ、約束する。カイは絶対に死なせない。必ず助ける」

「約束だから……それまでずっとクソ兄って呼んでやる」

 

 そう言ってシオンは、俺に五年ぶりの笑顔を向けてくれた。

 その笑顔はとても可愛らしく、氷を溶かしてしまうほど温かなものだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第98話 いざ出陣

ご感想、ご評価に感謝を!そしてよろしくお願いします!


 

 

 翌朝――俺達は再び一堂に会していた。

 決戦に向けての話し合いをするためだ。

 

 アーサーが待ち構えているであろう場所はローマンダルフ王国とイルマキア共和国の国境付近にある要塞拠点だ。きっとそこで最後の戦いが行われる。

 

 俺とアーサーの、魔王復活を懸けた戦いだ。俺は魔王復活を阻止し、カイの救出方法を聞き出す。アーサーは魂が弱りきった俺を依り代にして魔王を、親父を復活させる。

 ライアとガイウスがどうしてアーサーに協力しているのかは不明瞭だが、彼らもいる。

 

 二人の力はよく知っている。絶大な炎と大地そのものを有する彼らはコンビネーションも抜群だ。一番仲が良い兄弟で、いつも行動を共にしていた。

 

 ライアは次男で、ガイウスが三男だ。ついでに言えばユーリが四男でカイが五男、アーサーが末弟だ。エリシアは俺の下で長女、ライアの姉。シオンが一番下の妹だ。

 

 ライアとガイウスの力はアーサーには及ばないものの、本気を出されるとかなり厄介だ。

 

 ライアの炎は万物を焼き尽くす程の火力を持ち、カイの水を以てしてでも消すことはできない。海に叩き落としても海水が蒸発してしまい、消火なんてできやしない。

 

 ガイウスの厄介なところは防御力だ。まるで山を殴っているのかと錯覚させられる程の頑丈さを持ち、それを攻撃に転用してくるから更に厄介だ。

 

 そこに勇者最強の称号を持つアーサーが加わり、嘗ての魔王戦を彷彿させる激闘になることだろう。

 

 それに対して此方側の陣営はエリシアとユーリであり、本当はそこに俺も肩を並べたかったが、力を奪われたことで戦力の差が大きく広がってしまった。

 

 カイをこれ以上戦わせる訳にはいかず、シオンにはララとシンクを守ってほしい。アイリーンとリインがいるが、七神がララを狙っているのならはやり勇者の力が必要だ。

 

 今回の戦いにはララを連れて行かない。アーサー達と戦いながらララを守れる自信が無い。まだ完全に守護の魔法も張れていない状態では不安要素がでかい。

 

「むっす……」

 

 今まさにそのことをララに伝えると、ララは腕を組んで不貞腐れてしまった。

 だがこればかりは仕方が無い。妥協もできない。俺がこんな様じゃなければ話は変わっていたかもしれないが、ララを守るためだ。俺が新しく力を身に付けるまでは、我慢してもらうしかない。

 

「ですがルドガー様……その状態で戦いに出向くのは、私は反対です」

 

 アイリーンがシンクを膝の上に乗せながら、心配そうな表情でそう言う。シンクもウンウンと頷き、リインに至っては呆れた表情で俺を見つめている。

 

 確かに端から見れば自殺行為ではある。三つの力は奪われ、魂殺の鏡による影響でいつ死んでもおかしくない状態。相手は勇者三人であり、手負いの半人半魔が立ち向かえる相手ではない。

 

 それは理解している。だがこの戦いの中心にいるのは俺だ。俺とアーサーが決着を付けなければならない戦いだ。

 

 その俺が、後方で匿われる訳にはいかない。

 

「これは俺とアーサーが終わらさなければならない問題だ。皆にはすまないと思っているが……俺がアーサーを止める」

「でもどうすんの? アンタ、以前の状態になっちゃってるし……私の雷身体に流し込んでみる?」

「流し込んでどうすんだよ……。考えはいくつかある。これでも俺はアーサーの兄だ。力では負けても剣術じゃ負けやしない」

「兄は関係ないでしょ……」

 

 剣術だけなら此方に分がある。力の差はどうしようもないが、持てる技術を全て動員すれば勝てる可能性はある。それに少々危険ではあるが、試してみる価値のある策もある。

 

 問題は俺の身体がどこまで言うことを聞いてくれるか、だが……こればかりはその時にならなければ分からない。いつ右腕の発作が始まるのか予想付かないし、呪符の効力を突き破って呪いが進行するのも分からない。

 

 アーサーの狙いは俺が呪いに蝕まれて魂を弱らせることだ。そこに前回と同じように俺を親父の依り代にして親父を復活させること。

 

 ミズガルの時は俺の魂が魔王の魂に勝って事無きを得たが、今度ばかりは同じようにはいかないかもしれない。

 

 もし親父が復活したとして、それが魔王の人格だった場合、世界は再び厄災に見舞われるだろう。そうなってしまえば大戦時代に逆戻りだ。

 

 そうは絶対にさせない。アーサーを止めてカイを救う手立てを見付ける。全部をやってのけてこそ、戦いは俺達の勝利になる。

 

「……大兄上、やはり僕も――」

「駄目だ。それは何度も言っただろう? お前にこれ以上力を使わせる訳にはいかない」

 

 椅子に座っているカイが諦め悪く一緒に戦うと言い出すが、それは認められない。俺もそれなりに身体がボロボロだが、カイ程じゃない。動くことも戦うこともできるが、カイは違う。親父に埋め込まれたクリスタルとの拒絶反応が身体を限界まで蝕んでいる。勇者としての力を使えばそれは際限無く大きくなっていく。右腕の呪いのように抑え込む手段も無い。

 

 俺を湖から助け出してくれた時だって、カイにとっては死に直結するような大博打だったのだから。

 

「お前はシオンと一緒に此処に居ろ。俺達が必ずお前を助ける」

「……わかり、ました」

 

 カイは渋々と頷くと、それ以降は口を開かなかった。

 シオンもカイが納得したことに安堵し、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 戦いの準備はそんなに無い。小細工は一切無し、正々堂々正面から敵地に乗り込む。

 移動はスカイサイファーを使う。俺達が降りたらアーロン達にはできるだけ遠くに離れてもらう。

 勇者同士の戦いは前代未聞だ。どれだけの被害が出るのか分かったもんじゃない。下手すれば、一帯が更地になることだってあり得る。

 

 懸念なのは、国同士の争いに発展しやしないだろうかってところだ。

 勇者は言ってしまえばその国が保有する戦力のようなものだ。

 各国の勇者が一箇所に集まり、戦いを起こして大きな被害を齎してしまったとしよう。

 

 その責任はいったいどの勇者、どの国が取るのか? それを機に争いに発展してしまう可能性だって否めない。

 

 だがそれを考えていてはアーサーは止められない。その問題はその時に、戦いを終えた俺達に任せるとしよう。

 

 話し合いは終わり、俺達は装備を整えてスカイサイファーに向かう。

 

 アイリーンに呪符の状態を見てもらい、問題無く効力が発揮されているのを確認する。

 ナハトを背負い、スカイサイファーに向かっていると、ララとシンクが待っていた。

 

「ララ……」

「……センセ」

 

 ララがポーチから霊薬が入ったアンプルを三つ取り出し、俺に差し出してきた。

 

「センセの為に特別に作った。呑めば限界以上に魔力を高められる」

「そうか……ありがとう」

 

 霊薬を受け取ろうとしたら、ララがサッと手を引っ込めてしまう。

 ララの顔には不安の二文字が浮き出ている。

 

「これは劇薬だ……呑めばセンセ……私達半魔でも寿命を縮める可能性だってある。本当は渡したくない……でも今のセンセはこうでもしなきゃ、生きて帰ってこられないかもしれない」

「ララ……」

 

 霊薬を持つララの手が震えている。そっと両手で包んでやると、ララは額を俺の胸に当ててきた。

 

「絶対に死ぬな……生きて帰って来い。私との誓いを破るような真似は許さない」

「ああ……必ず帰ってくる。一緒に国へ帰ろう」

 

 ララから霊薬を受け取り、腰のポーチへと入れる。

 入れ替わりでシンクを前にし、膝を着いて目線を合わせる。

 

「シンク、良い子で待ってろよ」

「うん……姉さんは僕が守るから、安心して頑張ってきて」

「任せるぞ、息子」

 

 シンクを抱き締め、幼い息子の温もりをしっかりと感じる。

 

 必ず全てを片付けてこの子達も下に戻る――そう決心して。

 

 エリシア達と合流し、スカイサイファーに乗り込む。

 

「ルドガー、ちゃんと生きて帰ってきなさいよ」

「ああ。ララを頼むぞ、リイン」

「言われなくても」

 

 リインがベーッと舌を出しておちゃらける。それをアイリーンが止めさせるが、リインのどんな時でも俺に対して対等に接するその態度は正直好感が持てる。

 

 スカイサイファーがゆっくりと飛び上がり、地上から離れていく。

 小さくなっていくララ達を背に、俺達はガーランを出発した。

 

 待っていろアーサー、今度こそ決着を付けてやる。

 

 

 

    ★

 

 

 

「……もうすぐだ」

 

 大きな椅子に座り頬杖を突いているアーサーがそう口にした。

 少し離れた場所では手に炎を灯して遊んでいるライアと、瞑想しているガイウスもいる。

 

「もうすぐ父と兄を取り戻せる」

「なぁ、アーサーよぉ。兄貴の相手は俺にさせてくれよ?」

「……ルドガーは既に七神に力を奪われている。それでも良いのか?」

「げっ、何だよそれ? 聞いてねぇぞ……あーあー、力を付けた兄貴を喰いたかったのによぉ」

 

 ライアは残念そうに声を上げ、テーブルの上に足をドカリと乗せて椅子にもたれかかる。

 

「ってか何でお前さんがそれを知ってんだ?」

「こっちには使える駒が多いってことだ」

「……あーやだやだ。あんなに可愛かった弟がこんなに可愛くなくなっちまって」

 

 瞑想していたガイウスが瞼を開き、二人の会話に口を挟む。

 

「兄者、例え大兄者が弱くなろうとも我らが兄。油断はできぬ。それに姉者とユーリがいる。馳走には違いなかろう」

 

「ま、確かに! 勇者同士の本気の戦いなんて、五年ぶりに心が躍るぜ!」

 

 ライアはギラついた笑みを浮かべ、今か今かと身体が疼いて仕方が無い様子だ。

 そんなライアを見てアーサーは気付かれず、小さく溜息を吐く。

 背後の窓に近寄り、どんよりとした空を見上げる。

 

 ――兄さん、今度こそ父さんを取り戻させてもらうよ。兄さんも一緒に、ずっとずっと暮らしていくんだ。

 

 アーサーの瞳は、狂気で濁っていた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99話 ブレイブ・ウォー

いよいよ第四章も最終局面に入ってきました。
頑張ります。


 

 

 ローマンダルフ王国とイルマキア共和国の国境付近にある要塞拠点。

 元々はイルマキア共和国が建てた要塞であり、此処だけじゃなく他の国々との国境にも同じような要塞がある。

 魔族の侵攻が本格的になり、領土が奪われたと同時に要塞も占領され、国を守る要塞が一転して人族にとって難攻不落の壁となってしまった。

 

 俺達が降り立ったこの要塞は、毒素を扱う魔族が占領しており、その魔族を退けた今でもその毒素の影響で一般人は立ち入れなくなってしまった。

 俺達は強い魔力によってその毒素の影響に抵抗できており、何の問題も無く行動できる。

 

 スカイサイファーにはできるだけ遠くに離れてもらい、戦いの余波に巻き込まれないようにする。

 

 俺とエリシアとユーリは警戒を緩めずに要塞の入り口へと歩いて行く。

 閉じられているはずの城門は全開になっており、明らかにこの先でアーサー達が待っていることが分かる。

 

 城門を潜り歩いた先は巨大な広場であり、多くの怪物の死骸が転がっている。焼き尽くされた死骸や破裂したようにバラバラになっている死骸を見て、これをやったのがライアとガイウスだと察した。

 

 此処を巣にしていた怪物達だろう。戦いの邪魔になるから殺したのか、暇潰しで殺したのかは定かではない。

 

 広場の中央までやって来たところで、俺達は足を止める。

 

 赤い炎が風のように何処からともなく現れ、俺達の正面に降り立った。その炎の中から赤髪の男が現れ、嬉しそうにニヤけた顔を向けてくる。

 

「ライア……」

「ひっさしぶりだなぁ、兄貴! 元気してたかぁ?」

 

 素肌の上から赤いジャケットを来たそいつは俺の弟、ライアだった。

 ライアはゴキゴキと首を鳴らし、唾を地面に吐き捨てる。

 

「色々あったがな……それなりに元気さ。お前は?」

「こっちは退屈で仕方がねぇ……。大戦以来大暴れできなくて身体を鈍らせちまってる」

「退屈なのは良いことだろ。世界が平和な証拠だ」

「平和過ぎるのも考えようだけどなァ……なぁガイウス?」

 

 ライアの隣に、巨漢が降って現れる。黄色のジャケットをライアと同じように着たスキンヘッドの男は、俺の弟であるガイウスだ。

 

 ガイウスは舞った土埃を手で振り払い、礼儀正しく俺に頭を下げる。

 

「ご無沙汰しております、大兄者」

「おう、相変わらず固っ苦しいな」

「性分故……ご容赦を」

 

 ガイウスの巨体にライアが背中を預けてもたれかかる。相変わらず仲の良いことだ。

 まだ二人から戦闘を始める気配を感じず、話し合いを続けることにする。

 五年ぶりの再会だ。色々積もる話もあるが、先ずはこれだろう。

 

「それで? お前達は何が望みなんだ?」

「いいね……回りくどいことは無しで本題に入る兄貴はやっぱ好きだわ」

「本当は世間話でも挟みたいところだがな」

 

 ライアが「ハッ」と鼻で笑う。

 

「俺の性分じゃねぇ。それで、望みだったか? 俺の望みは一つだ。強ぇ奴と戦いてぇ」

「我の望みも同じく。兄者との最強の道」

「勇者のくせに争いを望むのか?」

「別に俺達は勇者になりたくてなった訳じゃねぇ。親父殿から力を授かったから、その礼として勇者をやってただけだ。勇者の役目が終わりゃ、次は俺の番だろ?」

 

 さも当然のようにライアは言ってのける。

 

 ライアの性格は理解していた。昔から好戦的で、己よりも強い奴に挑むのが好きな奴だった。弱きを助け強きを挫くを口にしては戦っていたが、それは単に力のある奴と戦いたかっただけで、結果的にそれが勇者としての務めを果たしていたに過ぎない。

 

 大戦が終わって、暇を持て余しているとは耳にしていたが、まさかそれだけの理由でアーサーに手を貸しているなんて思いもしなかった。

 

「アーサーの望みが叶えば世界は再び混沌に呑み込まれるぞ?」

「それで良いじゃねぇか。そしたらまた世界は争いで溢れる。強ぇ奴だけが生き残れる世界になる。俺はそこで手前の力を証明したいのさ」

「それで犠牲になる命は?」

「弱ぇ奴は死ぬ、ただそれだけだろ?」

「アンタ……本気で言ってんの?」

 

 ライアの発言にエリシアが怒りを見せる。腰に差している刀に左手を添え、バチバチと紫電が迸る。

 ライアはニヤニヤと笑みを増し、手を叩いてエリシアを挑発する。

 

「良いねぇ姉貴! その殺気……弟に向けるもんじゃねぇだろ! 流石、アーサーを本気で殺そうとしただけはある!」

「ッ……!?」

 

 エリシアがハッとした表情を見せ、下唇を噛む。

 

 弟に殺気を向けてしまったことを悔やんでいるのだろう……だがそれも仕方が無いところはある。

 

 ライアの発言は到底許しがたいものだ。戦争を引き起こし、それによって失われる命を何とも思っていない。勇者としてだけではなく、姉として、人としても許せないものだった。

 

 ライアの在り方はもはや勇者ではない。争いを呼ぶ悪の権化、そう言っても差し支えないだろう。

 

 ライアと同じ意見なのかと、視線でガイウスに問う。

 ガイウスは澄ました顔をして、ライアの発言を訂正しようとしない。

 それに俺は歯軋りを立てる。冷静さを欠かないように深呼吸をする。

 

「馬鹿な考えは止めろ。お前も知ってるだろ? 戦争で生み出される地獄を」

「ああ、知ってるぜ? 焼けた肉と腐った肉の臭い、雨が降ったと思えばそれは赤い血、生きる為ならばと友を殺す奴、飢餓の果てにやっと口にしたそれは親や子の肉。よーく知ってるぜ?」

 

 大戦時代の光景が頭を過る。

 

 食糧が無くガリガリに痩せ細った者達が、隣で死んでいる家族や友人の肉を貪っている姿。

 泣き叫びながら敵軍に特攻していく兵士達の血が戦場を染めていく光景。

 俺達が歩く道は遺体で積み上げられた肉の道。

 

 そんな地獄を知っておきながら、どうしてライアは平然としていられる?

 

「ならどうしてそんな世界に戻そうとする?」

「言っただろ? 俺は強ぇ奴と戦いたい。真の強者はそんな地獄からしか生まれねぇ。俺達が良い例だ。だからもう一度親父殿を蘇らせて世界を絶望に沈める。そうすりゃ強ぇ奴が浮き彫りになる。俺はそいつらと戦いたいだけなんだ」

 

 俺の言っていることは正しい、間違っちゃいないと、ライアの目は語る。

 

 私情の為ならば他の命はどうなっても良い、俺の弟がそんなことを口にするなんて思いもよらなかった。

 

 俺の両隣にいるエリシアとユーリも言葉を失っている。ライアのことが理解できなくなってしまっている。

 

「……ガイウスは? それで良いのか?」

 

 いつまでも黙っているガイウスに、一抹の希望を抱いて問う。

 ガイウスは腕を組み、平然と首を縦に振る。

 

「我らが最強になる為ならば、致し方なし」

 

 ガイウス……お前はそんな奴じゃなかっただろう……?

 お前は俺達兄弟の中でも一番義に厚くて、漢気のある奴だったじゃないか。

 いったいお前達に何があったんだ……? どうしてそんな……残酷なことが言えるんだ?

 

「あれが……私達の弟だって言うの……?」

「どうやら俺達の知る二人じゃないようですね……勇者としての矜持を完全に棄てている。いや……もはや俺達と同じ人なんかじゃない……!」

 

 エリシアは弟達の変わりように顔を青くし、ユーリは苦虫を噛み潰したような顔でライアとガイウスを睨み付ける。

 

 かく言う俺は、呆れや怒りなんかよりも先に、虚無感が生まれていた。

 

 兄として、勇者の心構えを必死に説いてきたつもりだった。篩の時に何もしてやれなかった俺を、それでも兄として慕ってくれた弟妹達を、せめて立派な勇者にしてやろうと弱い背中を大きく見せてきた。

 

 それなのに、ライアとガイウスの二人にはその想いが届かなかったのか……。

 正しい力の使い方を教えてやれることができなかったのか……。

 

 だが、それでも……それでも俺はこいつらの兄だ。弟二人が間違った道に進もうとするのなら、俺は全身全霊でそれを正すまでだ。

 

 俺が心の中でそう決心したその時、ライアとガイウスの後ろから金髪の青年が歩いてきた。

 白銀の軽装と白いコートに身を包んだ彼は、二人の間を抜けて前に立つ。

 

「兄さん……半年ぶりだね」

「アーサー……」

 

 アーサーは蒼い眼で俺を見据える。

 俺もアーサーを見据え、沈黙の間が流れる。

 

「……呪いは順調に効いているようだね」

「お陰様でな」

「なら――そろそろ最後の工程に入ろう」

 

 アーサーは腰から愛剣の蒼い剣を抜いた。それを皮切りに、ライアの全身から炎が溢れ、ガイアスは地属性の魔力を滾らせる。

 

 俺もナハトを抜き、エリシアはカタナを二振り抜き、ユーリはダガーを構える。

 火、土、光、雷、風、五つの強大な魔力がひしめき合う中、俺はナハトを眼前に構える。

 

 己の中の魔力を高め、意識を戦いに集中させる。

 右腕が痛み出す。この戦いの中で無惨に死ねと、呪いが俺に訴えかけてくる。

 死んだ弟妹達が俺の後で囁く。

 

 ――また弟達を殺すんだ。

 

 いいや殺さない。誰も死なせない。誰も間違った道に進ませやしない。

 今度こそ俺は、兄として弟達を救ってみせる。

 

「――行くぞ、二人とも。俺達の家族を止めるぞ」

 

 今此処に、勇者同士の戦いが始まった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100話 魔と光

ご感想、ご評価よろしくお願いします!
此処からは戦いが続きます。


 

 

 ナハトを握り締めて駆け出す。エリシアとユーリは雷と風になり突撃する。

 ライアは炎と化してユーリとぶつかり、ガイウスはエリシアの一太刀を両腕を盾にして受け止める。そして俺とアーサーは互いの間合いに入り、剣と剣が交差して火花を散らす。

 

 ライアとユーリは炎と風をぶつけ合いながら上空へと舞い上がり、ガイウスはエリシアにより押し出されて要塞の壁をぶち抜いて姿を消した。

 

 俺とアーサーは剣を幾度も振るい火花を散らす。もう俺には以前戦った時のような力は無い。だから基本に戻り、エルフの国で学んだ魔力を介して心を読む力を全身全霊で使う。

 

 アーサーの一挙一動を先読みして剣を振るう。アーサーが光の力を使う前にナハトで牽制して防御に徹底させる。

 

 今の俺がアーサーに勝っている物があるとすれば、それは剣術だけ。魔法による殲滅攻撃でもされてしまえば勝機を一気に失ってしまう。

 

 ナハトを上段から振り下ろし、アーサーはそれを剣を横にして頭上で受け止める。

 

「ッ――いつになく必死だね」

「今の俺にはこれしか無いからな……!」

「……どうやらその布切れが呪いを食い止めてるらしい」

「魂殺の呪い……厄介なのを押し付けてくれたな」

「兄さんの魂を弱らせるには丁度良いから――ねッ!」

 

 ナハトが押し返され、上に弾かれる。アーサーの剣が横から迫るが、それは既に読めている。弾かれた力を利用して身体を回転させ、ナハトを割り込ませて剣を防ぐ。

 アーサーから魔力が高まるのを感じ、魔法を使わせる前に顔面目掛けて蹴りを放つ。

 しかしその蹴りはアーサーの左手によって掴まれて止められる。

 アーサーはそのまま俺を振り回し、地面に何度か叩き付ける。強烈な痛みと衝撃が全身を襲うが、これぐらいは慣れている。

 俺を放り投げたアーサーは剣を上から下に振り下ろし、光の斬撃を放つ。

 

「ディバインドライブ」

 

 空間をも巻き込み斬り裂く光の斬撃が迫り来る。

 ナハトを地面に突き刺して地面に着地し、ナハトに俺の魔力を喰わせて剣身を強化する。

 漆黒の剣身から魔力が沸き上がり、鍔のドラゴンの眼が赤く光る。

 眼前に迫った光の斬撃をナハトで横に斬り払う。斬り払った先では既にアーサーが迫っており、腰を捻らせて剣を構えていた。

 

「ドライブ」

 

 アーサーは剣身から魔力を炸裂させる魔法技を放ち、剣を振り払う。

 その炸裂する剣を受け止める訳にはいかず、身体を反らしてかわす。かわしたと同時にナハトを突き出し、アーサーは左手から光の剣を展開してナハトの突きを受け止める。

 

 フォトンエッジ、アーサーの得意技の一つ。光の魔力だけで剣を構成する技。

 

 アーサーの魔力を読み解き、次に繰り出される攻撃を先読みする。

 光の槍を射出するフォトンランサーを使用するつもりだ。

 その魔法の発動を止めることはできないが、避けることならできる。

 

 ナハトでアーサーに斬りかかり、同時に周囲の空間に魔法陣が展開されて光の槍が射出される。直撃しない地点を見極め、どうしても当たる槍はナハトで斬り落とす。アーサーから距離を取らないように、常に剣術で勝負できる間合いで攻める。

 

 アーサーはまだ本気を出していない。俺を殺す気なら初手で強力な魔法を放って終わりにしている。それをしないのは、俺を生かしておきたいからだ。俺を親父の依り代にするには生きている状態でないといけない。

 

 だからこそ、そこに俺の勝機がある。アーサーが本気を出せない今の内に、俺の全てを以てアーサーを無力化する。

 

 上空では炎と風が吹き荒れ、空を真っ赤に染めていく。要塞側では雷が迸り、衝撃が巻き起こっている。

 

「兄さん、今の兄さんじゃどう足掻いても僕に勝てないよ。その呪いを解き放つんだ。水の神殿でやったように、呪いの力を逆手に取らなきゃ、僕を越えられない」

「呪いを解放すればお前の思う壺だろ! 剣術だけでお前を抑え込む!」

「それ――本気で言ってるのかい?」

 

 直後、アーサーの魔力が膨れ上がった。

 

 アーサーの全身から光が噴き出し、その衝撃によって吹き飛ばされる。

 即座に体勢を整えるが、顔を上げた瞬間にアーサーの拳が鼻っ柱を捉え、殴り飛ばされる。

 殴り飛ばされた先にアーサーが光の速度で回り込み、再び俺を殴り飛ばす。俺が地面に落ちる前に先回りして蹴り飛ばし、上空に打ち上がったところへ踵が落とされ、光の衝撃と一緒に地面に叩き付けられる。

 

「ゴハァッ!?」

「あまり図に乗るなよ、兄さん。今の兄さんにそんなことができる訳ないだろう?」

 

 ゴリッとアーサーの足が俺の腹にめり込む。骨と内蔵が押し潰されそうになり、ナハトを振り回してアーサーを俺から離れさせる。アーサーが離れてすぐに身体を起こし、ナハトを構え直す。

 

 アーサーの魔力がどんどん高まっていく。今にも殲滅魔法を使ってきそうな雰囲気だが、その魔力は全て身体能力へと回すだろう。俺の先読みでも対応できない動きをされたらかなり分が悪い。さっきのように光速で動かれたら、今の俺では対処できない。

 

 ただの剣術だけじゃ、アーサーに勝つことは流石にできないか。やはり大きなリスクを背負ってでも、此方の手札を増やさなければならないな。

 

 俺は腰のポーチに手を伸ばし、中からアンプルを一つ取り出す。

 

 ララから貰った三つの霊薬。呑めば魔力を限界以上に高めることができるが寿命を縮める代物。

 

 俺の寿命がどれだけあるのかは知らないが、アーサーに打ち勝つことができるのなら構うものか。

 

 アンプルの栓を抜き、一気に中身の霊薬を飲み干す。

 その途端、俺の中の魔力が激しく昂ぶり、抑えが効かなくなる。同時に内からの激痛と圧迫感に襲われる。

 

 だがこれならいける。これ程までに魔力が高まれば、アーサーにも迫ることができる。

 

「……何をした?」

「大切な教え子からのプレゼントだ」

 

 ナハトに魔力を喰わせ、身体強化に残りの魔力を回す。

 

 アーサーが光速で動き出す――しかしその動きはしっかりと目で捉えられる。

 

 地面を踏み砕き、俺も光速に迫る速さで動く。一度交差する瞬間に幾度の刃を交え、その余波で周囲の地面が崩れていく。

 

 霊薬の効力がいつまで続くのか分からないが、続いている間にアーサーとの勝負に決着を付けなければいけない。

 

 俺がナハトを振り下ろせばアーサーが剣で捌き、アーサーが剣を振り払えば俺がナハトで弾く。アーサーが剣から光の魔力を掃射すれば、ナハトで受け止めてナハトに喰らわせる。その喰らった魔力をアーサーへと返し、アーサーが剣で魔力を斬り裂く。

 

「おおおおおお!」

「はあああああ!」

 

 俺とアーサーが繰り出した剣撃がぶつかり合い、魔力の衝突が発生する。空間を揺らし、周囲の地面が罅割れていく。

 

 鍔迫り合いの中、アーサと睨み合う。漆黒の剣身と蒼い剣身が火花を散らし、魔力と魔力が衝撃を撒き散らす。

 

 ここまでアーサーと渡り合えているのはララの霊薬のおかげなのか、それともアーサーが手加減しているからなのか。何方にせよ、今の内に勝利の一手を打っておかなければならない。

 

「アーサー!」

「この程度で……僕に勝ったつもりか!?」

 

 アーサーから光が放たれた。その光に押し返され、アーサーから距離を取ってしまう。

 アーサーは剣を上空に掲げ、光の魔法を発動する。

 

「光の雨に呑まれろ――ホーリーレイ」

 

 赤い空から白い光の矢が降り注いでくる。俺はナハトを盾にし、魔力障壁を展開する。光の矢は障壁によって防げたが、これでは動くことができない。

 その間にアーサーが次の攻撃態勢に入ってしまった。

 

「これも防げるか?」

 

 アーサーは剣を引き絞り、剣身に強烈な光の魔力を集束させる。

 魔力の先読みで、これからアーサーが繰り出す技を理解して目を見開く。

 

「光龍槍・顎!」

 

 突き出されたアーサーの剣から巨大な光龍の顎が放たれる。それは口を大きく開き、地面を呑み込みながら迫ってくる。あんなに大きければ丸呑みにされてしまう。

 

 光の矢で動けない以上、この状態でアレを受け止めなければならない。だがあれ程の力、ただの魔力障壁で防げる訳がない。

 

 俺は限界を越えて高まっている魔力を更に練り上げた。ナハトにありったけの魔力を喰わせ、荒ぶる程の魔力をナハトから放出させる。

 

「おおおおおおっ!」

 

 血管がはち切れる音を耳にしながらナハトを大きく振り落とす。ナハトから放たれた魔力により光の矢は全て打ち払われ、眼前に迫った光龍を縦に両断して薙ぎ払う。

 

 ただの魔力の放出だが、その量は身体が耐えられる限界を超えており、今にも脳が破裂しそうだった。

 だが場を乗り切った。反動による痛みにも慣れた。まだ戦える。

 

 ナハトを肩に担ぎ、アーサーを睨み付ける。

 アーサーはただ静かに、此方を睨み返していた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第101話 風と炎

お待たせしました。もっと文章力が欲しいこの頃。


 

 

 睨み合っていると、俺達の隣に緑と赤が降り立った。

 厳密に言えば、降り立ったのは赤だけで、緑は落ちてきたが正しい。

 

「グッ……!?」

 

 落ちてきたのはユーリだ。ユーリは地面に転がり苦悶の表情を浮かべ、口から赤い血を吐き出す。

 

「ユーリ!?」

「も、問題ありません……!」

 

 ユーリはすぐに立ち上がると、俺の隣に立ち並ぶ。アーサーの隣には余裕の笑みを浮かべたライアが立っており、アーサーの肩に腕を置く。

 

「だらしねぇなァ、ユーリ……それでも勇者かァ?」

「ライア……!」

「おっと兄貴、そう睨むなよ。俺は今感激してんだぜ? 上から見てたが、よくその状態でアーサーと戦えてるなってな。やっぱ兄貴は凄ぇよなァ」

 

 ライアは嬉しそうに笑い、アーサーの肩から腕を退ける。

 

 ユーリと戦いながら俺達のことを観察する余裕があったという訳か。

 

 ユーリが弱い訳では決してない。ただライアの火力はアーサーにも届く程だ。ユーリの力だけでは最終的に押されてしまう。

 

 ユーリは悔しそうに歯を食いしばり、ダガーを構える。俺もナハトを肩に担ぎ、アーサーとライアを見据える。

 

「ガイウスはまだ姉貴とやってんのか……ならよォ、俺達は俺達で楽しもうや!」

 

 ライアの全身が炎に変わる。その状態で両手を突き出し、炎を放ってきた。

 その炎をナハトで受け止め、その間にユーリが風の魔法を発動する。

 

「駆けろ――風狼!」

 

 風で構成された二体の狼が出現し、アーサーとライアを襲わせる。

 

「シャイニングブレード」

 

 だがアーサーが剣を上に掲げると、巨大な光の剣が二振り頭上から飛来し、二体の風狼を串刺しにした。

 

「行くぜ兄貴ィ!」

 

 ライアが拳を引き絞り、炎を急速に集束させていく。俺はユーリの前にナハトを突き出し、ユーリはナハトに風を渦巻かせた。その風と俺の魔力が合わさっていき、黒く染まっていく。

 

「一発でくたばんじゃねぇぞ――デッドフレイム!」

 

 炎を集束された拳が振り抜かれると、超極太の炎が放たれた。地面が熔解していき、触れていないのに肌が火傷しそうになる。

 

「風牙・絶剣!」

 

 その炎に向かって黒い風が渦巻くナハトを振り落とす。それと同時に魔力を解放し、暴風の斬撃を放った。それはライアの赤い炎を縦に斬り裂き、派手に炎を四散させる。

 

 その炎の中からアーサーが斬り込んできた。アーサーの剣が振られるより早く、ユーリの風がアーサーに直撃する。アーサーは地面を転がり、そこへ更にユーリが竜巻を起こしてアーサーを攻撃する。アーサーを地面にめり込ませ、引き摺るようにしてアーサーを風で何度も殴り付けていく。

 

「余所見してんじゃねぇ!」

 

 ライアがいつの間にか接近しており、炎の拳を放ってきた。ナハトの剣身で拳を受け止めると、ナハトがライアの拳から炎を喰らっていく。

 

 ライアの炎は魔法で生み出された物だ。魔力を喰らい斬り裂く魔剣であるナハトであればその炎を無力化できる。

 

 しかしライアの拳から炎が消えることはなかった。ナハトは確かにライアの炎を喰らっているが、無力化されるより先に魔法を再構築しているようだ。

 

「そらァ!」

 

 ライアの拳と蹴りが連続で放たれる。一撃でも身体で受け止めてしまえば炎で焼かれてしまう。ナハトで攻撃を受け止めながら反撃の隙を窺う。

 

「その魔剣は厄介だなァ! だけど無敵じゃねぇ! 今みたいに小さな魔力なら一瞬で無力化できっけど、さっきのような大きすぎる力は一瞬でかき消せねぇ! 俺が連続で放てば対処しきれねぇよなァ!?」

「それを知って態々近接戦を挑むか!」

「すぐに終わっちまったらつまんねぇからよォ!」

 

 正面から放たれたストレートをナハトで受け止めるが、そのまま背後へと吹き飛ばされる。

 

 相変わらずの馬鹿力だ。ナハトが殴り砕かれたかと思ってしまった。

 

「そぉらァ!」

 

 ライアが地面に炎の拳を叩き付けると炎柱が地面から噴き出し、それは俺に近付いてくる。

 俺はすぐに立ち上がってその場から走り出す。俺がいた場所から炎柱が噴き出し、更に逃げる俺を追いかけてくる。

 

「逃げてばかりじゃ面白くねぇぞ!」

「だったらそっちに行ってやるよ!」

 

 魔力を脚に集中させる。限界を超えた魔力で強化した脚力により、一瞬でライアの懐に潜り込む。そのままライアの横っ腹を蹴り抜き、吹き飛ばす。蹴った右脚がライアの炎によって焼かれるが、強化している魔力により無傷で済む。

 

 ここで攻撃の手を緩める訳にもいかず、すかさずライアを追撃する。吹き飛んでいくライアに近付き、ナハトを振りかぶる。

 

 殺すつもりは無い。だがアーサー達を止めるには大怪我を負ってもらうしかない。あくまでもナハトから放つ魔力そのもので攻撃して大打撃を与える。言うなれば刃引きした剣で叩くようなものだ。

 

 下から振り上げたナハトが、交差したライアの両腕を跳ね上げる。返す刃でライアに叩き付けようとしたが、ライアは足から炎を噴射させて速度を出してその場から離脱した。

 標的を失ったナハトが地面を叩き、叩き付けられた地面は大きく砕ける。

 

「ヒデぇな兄貴! 弟にそんな威力の一撃を叩き込むつもりだったのか!?」

 

 俺の周りを旋回するライアが嬉しそうな声を上げる。

 

「信頼してるからな、お前達の頑丈さを」

「俺も信頼してるぜ! 兄貴が遠慮無くぶっ放してくれるってことをよ!」

 

 旋回していたライアが飛翔し、上空で火球を生み出す。人一人よりも大きいその火球がライアの掌の上で輝き、攻撃の準備を整えた。

 

「燃え駆けろ――ルージュ!」

 

 火球が爆ぜた。火花が散ったように見えたが、それは火の砲弾だった。火球から放たれる無数の火の砲弾が、まるで水の中を泳ぐ小魚のように宙を舞い、俺に迫ってくる。あれら全てがライアから生み出された強力な炎であり、一つ一つが鉄をも簡単に溶かす威力を持つ。

 

「兄さん!」

 

 ユーリが俺の前に現れ、大きな風を巻き起こす。その風に火の砲弾が巻き込まれていき、風の中を泳ぎ始める。

 火球から放たれる砲弾は止まることなく続き、やがてユーリの風を埋め尽くしていく。

 

「ユーリ! 風を上に伸ばせ!」

「やってます!」

 

 火の砲弾を巻き込んだ風が上に上に伸びていき、雲の上へと飛んで消えていく。雲の上で砲弾が弾けていき、赤い光が雲を透けて輝く。

 

「隙ありだ」

「ッ――」

 

 今度はアーサーがユーリの懐へと飛んで来た。ユーリの後ろからナハトを伸ばし、アーサーの剣を受け止める。

 

 アーサーに気付かなければ今頃ユーリの身体は横に真っ二つになっていた。

 

「アーサー! お前……!」

「まだ僕が他の兄姉を殺さないと思ってるのかい?」

「家族だろ、俺達は!?」

「家族は――死んだ! だから取り戻す! 僕だけの……兄さんと父さんを!」

 

 アーサーの動きを先読みし、ユーリを抱えてその場から離脱する。ユーリを上空へと投げ、斬りかかってくるアーサーと斬り結ぶ。

 

 そろそろララの霊薬の効果が切れそうだ。限界を超えていた魔力がどんどん弱まってきている。このままじゃ魔力切れを起こす上に霊薬の反動で動けなくなりそうだ。

 

「兄さん! 離れてください!」

 

 ユーリの声に従いアーサーから離れる。

 直後、複数の巨大な竜巻が発生し、アーサーを呑み込んだ。

 

 否、呑み込んだように見えた。

 アーサーは光となって光速で移動し、上空にいるユーリの正面へと現れる。

 

「そろそろ――目障りだ」

「ッ――!?」

 

 アーサーの蒼い剣が、ユーリに振るわれる。

 斬られる寸前にところでユーリのダガーが剣を受け止めることができた。

 しかし剣はダガーを砕き、ユーリの身体を斬り裂いてしまう。

 鮮血が舞い、ユーリは飛行不能になり地面へと落ちてしまう。

 

「ユーリ!!」

 

 地面に激突する前にユーリを受け止め、地面へと降ろす。

 ユーリは倒れることはしなかったものの、袈裟切りされた傷口から血が地面に流れ落ちる。

 

「大丈夫かユーリ!?」

「痛手ですが……反射的に防御を挟んだので見た目ほど傷は深くありません……!」

 

 俺はユーリの傷口に手を与え、光属性の魔力を練り上げる。簡易的な治癒魔法なら会得している。それを施せばと思い魔法を発動しようとしたが、途端に魔法が掻き消された。

 

 魔法の工程は間違っていない。失敗したわけでもない。何かが強引に魔法を取り消した。

 

「くそっ……!」

 

 やはり、七神に敵対したことで魔法が使えなくなってしまった。それぞれの属性に魔力を変換するところまでは可能だが、魔法の発動までいかなくなってしまったようだ。

 

 それを察したのか、ユーリが俺の手を退かす。

 

「大丈夫ですよ、兄さん。これでも勇者、魔力だけで止血ぐらいできます」

 

 痛いですが、そう言ってニヤリと笑うユーリの額からは脂汗が流れている。

 

 くそっ、いつもなら回復用の魔法道具を持ち歩いてるのに、今回に限ってそんな用意をしていない。魔法のポーチを失ったのがこんなところで痛手になるなんて。

 

 ユーリを支えながら自分の失態を悔やんでいると、アーサーとライアが正面に立つ。

 少々分が悪いか、そう考えながらナハトを握り締める。

 

 その時だ――要塞の方から雷の大爆発が起こった。要塞の上部が完全に吹き飛び、紫の雷が天を貫く柱となって聳え立つ。

 

「――ぬぉぉぉぉぉお!?」

 

 野太い叫び声が聞こえると、要塞の方から巨体が降って落ちてきた。それは俺達の間に落ち、地面にクレーターを作る。

 

 それはガイウスだった。ガイウスは全身から紫電をバチバチとさせて煙を噴かしている。

 

「ガイ――」

 

 ズドォン――!!

 

 俺がガイウスの名を口にしようとした瞬間、ガイウスに雷が落ちる。雷がガイウスに直撃する寸前に、ガイウスはその場から転がって移動し、雷は地面に落雷した。

 

 その雷から姿を現したのは、紫の髪をユラユラと揺らしたエリシアであり、ガイウスが倒れていた場所を足で踏み抜いていた。

 

「ぬぅ……!?」

 

 ガイウスは膝を着いた状態でライアの隣にいた。あの勇者一固い防御力を誇るガイウスの身体が傷付いている。

 その様を見たライアが口笛を吹いて驚いた顔を浮かべる。

 

「マジか……? ガイウスの防御を抜いてんのか?」

「……」

 

 地面から足を抜いたエリシアがアーサー達を見て、それから俺達に振り返る。傷を負っているユーリを見て目を見開き、またアーサー達に振り返る。

 

 バチバチと紫電を放電し始め、空に雷雲が立ち籠める。エリシアの魔力がそうさせているのだ。

 雷鳴が轟き、エリシアはカタナに紫電を帯電させる。

 それに合わせてアーサーが剣に光を、ライアが四肢に炎を宿す。

 

 彼女の背中を見るだけで分かる……エリシアは本気でキレている。

 

「叩っ斬る――」

 

 三つの雷が、アーサー達を襲った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102話 怒れる雷

ご感想、ご評価よろしくお願いします!

あまり戦闘が続いたらグダグダしそうですが、中々終わりません。


 

 

 雷雲から落とされた紫色の雷はライアとガイウスを貫き、アーサーは立っていた場所から跳び退くことで雷を避けた。

 

 雷を受け、痺れて動けないライアに目掛けてエリシアは右手のカタナを振り上げる。上段から一切の手加減も無く振り下ろし、ライアの頭から下まで両断する。

 

 だがライアは斬られた訳ではない。全身を炎に変えて斬られるのを逃れた。そのまま炎が四散してエリシアから離れていく。

 

 離れていく炎に目もくれず、エリシアはライアの隣にいたガイウスへと狙いを変える。左手のカタナに紫電を纏わせ、ガイウスの腹へと薙ぎ払う。ガイウスは腹の防御を固めたようだが、エリシアの雷を纏った斬撃を受けて大きな傷を与えられる。

 

 しかしこれもまた肉体が斬られた訳じゃない。ガイウスは肉体を強固な岩で覆っており、斬られたのは岩の部分だけだった。

 

 エリシアは攻撃の手を緩めず、右手のカタナに雷を束ね、それをガイウスに向けて突き出す。途端にカタナから雷の集束砲が放たれる。耳を塞ぎたくなる轟音が鳴り響き、ガイウスを呑み込んでしまう。

 

 エリシアの技である『アラストール』、それを零距離で放たれたガイウスは背後の要塞ごと吹き飛ばされる。大きな爆発が巻き起こり、雷が派手に飛び散る。

 

 エリシアは既にその場から動いていた。雷速で一人離れていたアーサーの正面に移動し、二振りのカタナを上段から振り下ろす。アーサーは蒼い剣と光の剣で受け止めるが、落雷の追撃を受けて地面に片膝を突く。

 

 アーサーは『フォトンランサー』を発動してエリシアへ光の槍を射出する。エリシアはアーサーから離れ、瞬きする間に全ての槍を斬り払った。その直後、エリシア目掛けて炎が襲い掛かる。エリシアがカタナを一振りすると稲妻が走り、炎を両断していく。その稲妻は炎の先にいたライアに迫り、ライアは稲妻を炎の腕で打ち払う。

 

 エリシアの足下の地面が隆起し、岩の槍となってエリシアを貫こうとする。矛先をカタナで受け止め、そのまま上空へと押し出されていくが、稲妻が一瞬走ったと思いきや岩の槍が細切れにされる。

 

 アーサーが地上から『光龍槍』を放ち、エリシアの左手のカタナを弾き飛ばす。その瞬間を狙ってライアがエリシアの正面に現れ、炎の拳を叩き込む。その拳をエリシアは紫電を纏った左手で受け止めた。ライアは何度も炎のエリシアに拳や蹴りを叩き込むが、エリシアのカタナによって全て捌かれる。終にはエリシアの蹴りがライアの首を捉え、雷と共に地面に蹴り落とされる。

 

 エリシアはそのままライアを追いかけ、カタナを突き立ててライアを貫こうとする。それを阻んだのは崩れた要塞から呼び出してきたガイウスであり、彼の巨大な拳がエリシアのカタナを捉えていた。

 

 ガイウスの怪力によって押し出されるエリシアは全身から雷を発し、ガイウスと同等の怪力を発揮して踏み止まる。空いている左手で拳を作り、ガイウスの腹に一撃、もう一撃、更に一撃を加えてガイウスの身体を雷が貫き、ガイウスを怯ませる。

 

 エリシアはガイウスの拳を振り払い、左手でガイウスの顔を鷲掴みにする。そのまま地面に頭を叩き付け、雷撃を打ち込みながら引き摺り回し、起き上がろうとするライアに放り投げる。放り投げたガイウスがライアとぶつかって折り重なる。エリシアはカタナを鞘に収めて抜刀の体勢に入り、雷速でライアとガイウスに迫る。雷が二人と交差し、ライアとガイウスを纏めて斬り裂いた。

 

 圧倒的――勇者三人を前にしてエリシアは退くことなく攻め手に回っている。

 

 エリシアの実力は知っている。勇者の中でもアーサーに次ぐ猛者であり、どんな敵であろうとも雷とカタナで葬り去ってきた。

 

 正直、俺の中では現勇者最強はアーサーじゃなくエリシアだと思っている。アーサーが最強と言われる所以は盾術(じゅんじゅつ)にある。最強の攻撃と最強の防御を駆使した戦法を取っていたからこそ最強だった。

 

 だが今のアーサーは盾を棄てている。最強の防御を失ったアーサーが、同じく最強の攻撃を持つエリシアを止められるとは思えない。

 

 本気になったエリシアを止めることなんてできやしない。

 

 だが止めなければ。今はまだアイツらの肉体を直接斬るようなことはしていないが、このままでは時間の問題だろう。いずれエリシアはアイツらの防御を完全に抜けて斬ってしまう。

 

「兄さん、俺に構わず行ってください」

 

 肩を貸しているユーリが胸の傷を抑えながらそう言ってくれた。

 

「俺なら大丈夫です。もう少し傷を魔力で塞いでから向かいます」

 

 エリシアは雷速でアーサーに迫り、激しい攻防を繰り広げる。目で追うのがやっとだ。

 アーサーが光の技を放てばエリシアが雷の技を放ち、魔力と魔力が爆ぜて衝撃波を生む。アーサーが光速で動けばエリシアも雷速で追いかけ、白と紫の閃光だけが交差して激しい火花を散らしていく。戦線に復帰したライアとガイウスもそこに飛び込み、エリシアは三人を同時に相手取る。

 

 俺はユーリを地面に降ろし、ナハトを握り締めて足を踏み出す。

 その時、ユーリが待ったをかける。

 

「兄さん」

「……?」

「兄さんは……アーサー達を殺すつもりは無いんですよね?」

「当たり前だ。大切な弟達だ」

 

 どんなに大きな罪を犯そうと、彼らは俺に遺された唯一の家族。その家族を殺すつもりは毛頭無い。

 

「……兄さん、この際だからはっきりと言っておきます。僕と姉さんは……勇者として彼らを殺す覚悟はできています」

 

 その言葉は、俺の心を締め付けた。同時に、右腕の呪いが疼き始める。

 

「何を――」

「彼らがやろうとしていることは魔王と同じです。止めなければ世界は再び戦火に包まれる。家族なら分かるでしょう……彼らが止まることは無い。殺さなければ、彼らを止めることはできません」

 

 それは、俺が無意識に目を逸らし続けてきた事実だ。

 

 俺は知っている――理解している……アイツらは決して止まらない。どんなに言葉を投げようとも、どんなに拳を交えようとも、どんなに打ち負かそうとも、アイツらが企みを止めることはあり得ない。

 このまま戦い続けたとしても、アイツらの考えが変わることは無い。それを一番理解しているのは兄である俺だ。

 

 何度も止める、止めてみせると口にしてきたのは、その事実から目を逸らし、己に言い聞かせる為だったのかもしれない。

 

 しかし、だが、それでも――俺の思いは変わらない。

 

 ナハトを肩に担ぎ、ユーリの頭に軽く手を乗せる。

 

「それでも俺は――家族を殺さない」

「……なら、俺か姉さんが殺す前に止めてみてください。俺達だって……家族は殺したくない」

「おう、任せろ」

 

 俺は駆け出した。ポーチから二つ目のアンプルを取り出し、中の霊薬を一気に飲み干した。

 

 これで二つ目。身体にかかる負担は限界に限界を超えて襲い掛かってくる。空になりかけていた魔力が漲り、六感全てを研ぎ澄ませる。脚力を強化し、未だ斬り合いを続けているエリシア達の下へと向かう。

 

 エリシアの背後から殴り掛かろうとしているガイウスの横顔を蹴り飛ばし、エリシアと背中合わせになってナハトを構える。

 

「ちょっとルドガー!? ユーリは!?」

 

 キレて我を失っているのかと思ったが、存外冷静だったようだ。

 魔力を練り上げながら周りを見渡し、俺とエリシアを囲んでいるアーサー達を確認する。

 

「ユーリなら大丈夫だ。それより、コイツらを止めるぞ」

「止めるって、アンタ手子摺ってたじゃない!」

「ハッ、手子摺ってなんかいねぇよ。ちょっと攻めあぐねてただけだ」

「それを手子摺るって言うのよ!」

 

 炎が正面から飛んで来た。ナハトで斬り払い、炎を飛ばしてきたライアを睨み付ける。

 

「なァ、アーサー! もう『手加減』は止めようや!」

 

 突然、ライアが声を上げた。

 

「このまま小さくやり合っても時間の無駄だ! 兄貴を弱らせるにァ、本気をぶつけるしかねぇ! 姉貴も混ざってるんだったら尚更なァ!」

「ウム、我も同感だ。それにこのままでは姉者に斬られてしまう」

 

 ガイウスもライアに同意を示す。

 

 コイツらが本気じゃなかったことぐらい分かる。特にライアは。勇者が本領を発揮すれば殲滅戦に切り替わって一帯を攻撃することになる。

 

 基本的に対人戦向きじゃないのだ、勇者の力は。対軍向きであり、圧倒的力で殲滅するのが勇者の戦い方だった。剣術と盾術、格闘術を持つエリシアとアーサーとガイウスの三人だけが対人に切り替えられるだけだ。

 

 その彼らが今までその力を使わなかったのは、手加減をしていたからだ。ガイウスも、本気を出せば殲滅戦を交えた圧倒的な力で立ち向かってくる。

 

 その彼らが今までその力を使わなかったのは、手加減をしていたからだ。

 

 エリシアの正面に立つアーサーは静かに溜息を吐いた。

 

「はぁ……良いだろう。ただし、僕は手を出さない。僕まで本気を出せば、二人とも死ぬ」

 

 アーサーは剣を鞘に収め背中を向けた。離れていくアーサーを止めようとしたが、二つの魔力が急激に大きくなっていくのを感じ取り、そちらへと意識を向けた。

 

 ライアとガイウスの魔力が膨れ上がっていき、大気が震え始める。

 

「ルドガー……!」

「ああ……!」

 

 ライアの全身が炎に変わり、広場全域を炎の壁で包み込んだ。炎の壁はとても高く、空を飛ばない限り乗り越えられない程だ。温度が急激に高くなり、汗がボタボタと流れ落ちる。魔力で身を守っていなければ熱波で焼き殺されているだろう。

 

 そしてガイウスは地面から地の魔力を吸収し始め、全身を岩に変えていく。ただ変わっていくだけじゃなく、大きく肥大化していき、最終的には岩の巨人へと姿を変えた。怪物のような形相をした巨人ガイウスが咆哮を上げる。

 

『行くぜ兄貴、姉貴! 一撃で死ぬんじゃねぇぞォ!』

『オオオオオオッ!』

 

 ライアは上空に飛び上がり、ガイウスは巨体を走らせた。

 

「死なないでよ、ルドガー!」

「お前もな!」

 

 ここが最初の正念場だ。ライアとガイウスを叩きのめす!

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第103話 絶対なる牙

5日も間があいてしまった……。
この第四章が終われば、少し原点に戻ってストーリが進みます。
それまで第四章、長々ですがお付き合いください!


 

 

 最初に技を放ってきたのはガイウスだった。ガイウスは全身から土色の魔力を溢れさせ、身体に更なる強化を施した。両腕を交差させ、巨体が砲弾のように迫ってくる。

 

 地面を抉り、空気を断ち切りながら迫ってくるガイウスを前にして、俺とエリシアは全身に魔力を駆け巡らせる。俺はナハトに魔力を喰わせ、エリシアはカタナを鞘に収めて抜刀の体勢に入る。

 

 ガイウスが目前に迫った瞬間、ナハトの魔力を一気に開放して振り払う。同時にエリシアもカタナを抜き放ち、紫電と共に振るう。ナハトとカタナがガイウスの巨体を受け止め、三人の魔力が衝突し合う。

 

 ガイウスの勢いは止まらず、俺とエリシアは後ろに押し返されていく。踏ん張っている足が地面を抉っていく。脚の骨が粉々に折れてしまうのかと思ってしまうほど、強烈な衝撃が襲う。それでも力を振り絞り、ガイウスの突進を止めた。

 

『ヌゥ!?』

「ガイウス……本気を出すのならさっさと出すべきだったな!」

 

 俺とエリシアは魔力を全開に上げる。ナハトとカタナを振り切り、ガイウスの両腕を外に大きく弾く。ガラ空きとなった胴体へ同時に突きを放ち、俺とエリシアの魔力を撃つ。魔力がガイウスの胴体を駆け抜け、背中から飛び出す。

 

 ガイウスが後ろへ蹈鞴を踏んだところにエリシアが特大の雷を落とす。ガイウスは雷によって地面に押し倒され、巨体が地面に沈む。

 

「いっけええええええ!」

 

 エリシアは更に雷を落とす。ガイウスの巨体がどんどん地面に沈んでいき、地中深く落ちていく。

 その時、上空から炎を感じた。見上げれば、ライアが空を覆うほどの巨大な火球を生み出していた。

 

 言うなれば、小さな太陽だ。

 

『行くぜ! 兄貴ィ!』

 

 ライアはその太陽を操り、俺達に向かって落としてくる。

 

『ザ・サン!』

 

 太陽が落ちてくる。

 

 この技は昔に何度か見た。地上に落ちた瞬間太陽が爆ぜ、広範囲に渡って大地を焼き尽くす、ライアが持つ大技の一つ。これを防いだのはただ一人、魔王だけだ。

 

 障壁で防ぐことは不可能、障壁ごと焼き尽くされる。魔法で防ぐことも不可能、今の俺は魔法が使えない。

 

 なら、やれることはただ一つ――太陽を破壊する。

 

 最後の霊薬を取り出し、全て飲み干す。人生でこれ以上感じたことの無い膨大な魔力が身体から沸き上がる。

 

「エリシア! 少しでいい! アレを受け止めろ!」

「無茶を言う!」

 

 エリシアはカタナを地面に突き刺し、両腕を広げる。膨大な魔力がエリシアに集まり、それら全てが雷へと変わる。

 

「天を穿て――タケミカズチ!」

 

 瞬間、太陽を支える雷柱が生まれた。エリシアが放った雷は巨大な束となり、ライアが落とした太陽を下から押し返す。太陽も負けじと雷柱を押し潰そうと押し返す。

 

 俺はエリシアの雷の中で、ナハトに俺の全魔力を喰わせる。鍔の目が赤く光り、ナハトが脈打つ。

 

 今から放つこの技は、親父が教えてくれた奥義。今まで一度たりとも放てたことは無かった。単純に必要な魔力が足りていなかったからだ。

 だけど今ならその魔力も補える。改めて親父の凄さが解る。これ程までに強大な魔力を必要とする技を、親父は難無く片手で放てた。俺は今でもギリギリ放てる状態なのに。

 

 この技でライアの鼻っ柱をへし折ってやる。説教はその後だ。

 

「っ――ルドガー! もう無理!」

 

 エリシアの雷が止まった。支えを失った太陽が再び落ちてくる。

 

 そして丁度、此方の準備も整った。

 

 ナハトに喰らわせた魔力を完全開放させる。漆黒の魔力が暴風のように周囲を渦巻き、一瞬だけだが時を止めたような錯覚に囚われる。

 

 ――今だ、ルドガー。

 

 誰かの声が聞こえた気がした。

 俺はその技を叫ぶ――。

 

「絶牙――黑竜破!!」

 

 ナハトを太陽に向けて薙ぎ払う。開放した全魔力が斬撃に乗って放たれ、強烈な衝撃波と共に太陽へと伸びていく。

 

 一言で言えば、それは膨大な魔力に斬撃という特性を持たせた、集束斬撃砲。その究極は一振りで万の敵を葬り去る最強の技であり、魔剣ナハトだけが放てる唯一無二の技。

 

 それは太陽に辿り着き、一瞬の拮抗があった後に太陽を貫き斬り裂いた。太陽はそのまま瓦解し、漆黒の斬撃に呑み込まれて消失していった。俺達を囲んでいた炎の壁も消え去った。

 

「マジかよ――!?」

 

 ライアの焦った声が聞こえた。先程の大技を放った影響で炎化を解除されているライアが目に入り、エリシアに目配せする。俺の意図を察したエリシアは地面からカタナを抜き取り、愕然として太陽があった場所を眺めているライアの目の前へと移動する。

 

「ッ、やべ――」

「鳴神一閃!」

 

 エリシアの一撃がライアの腕を捉える。ライアの右肘から下がカタナによって切断され、追撃の雷によって地面へと叩き落とされる。すぐに起き上がろうとするが、それより速くエリシアが落雷と共に降りてきて、ライアの右肩をカタナで貫き地面へと打ち付ける。

 

「グハァ――!?」

「これぐらいで済んで、ありがたく思いなさいよ……!」

 

 カタナを更に刺し込み、ライアは苦悶の表情を浮かべる。

 

 だがその直後、大きな揺れが俺達を襲う。エリシアの足下から何かが昇ってくる気配を察知し、慌ててエリシアに声をかける。

 

「エリシア! 下だ!」

 

 助けに向かおうと脚を動かした途端、力が抜けてその場に倒れてしまう。

 

 先程放った大技の反動か、それとも霊薬を飲んだ反動なのか、立ち上がることすらもできなくなってしまった。

 

 エリシアがライアから離れた直後、巨大な手が地中から現れてライアを握り締めた。その手は更に昇り、腕を見せ、やがて身体を見せた。

 

 それは岩の巨人だった。上半身だけで要塞よりも大きく、まさに山のように巨大なそれは大気を震わす咆哮を上げる。

 

『オオオオオオオ!!』

 

 それはガイウスだった。ガイウスが更に巨人へと変身した姿だ。

 

 ガイウスの本気は己の身体を巨体に変え、大地を踏み荒らす巨人になること。拳の一撃で大地が割れ、山を放り投げる姿こそが、ガイウスの勇者としての真の力だ。

 

 だから俺はあの時ガイウスに本気を出すならさっさと出すべきだったと言った。この大型の巨人になられては俺とエリシアだけじゃ勝てなかったかもしれないから。

 

 だがこの形態ですら、まだガイウスは余力を残している。彼の本気はもっとデカい。

 

 ガイウスは掌を開き、ライアを右肩に乗せた。ライアは右腕の切断面を炎で焼いて塞ぎ、差された右肩を左手で押さえる。

 

『兄者、傷の具合は?』

「下手打っちまった……ザ・サンで充分だと思ったが、やられた」

『スマヌ、兄者。兄者の楽しみを奪いたくないが故に力を出さなかった。我の失態だ……』

「バーカ、こりゃ俺の失態だ。正直、最後まで兄貴を見くびってた。結局は俺達より下だってな……事実は違ったぜ」

 

 震える身体で起き上がろうと藻掻くが、膝を突く状態まで持っていくだけで精一杯だった。エリシアが駆け寄ってきて、俺に肩を貸して立ち上がらせてくる。

 

 まずい……このままじゃ俺がエリシアの足を引っ張ってしまう。霊薬の効果で魔力はまだ残っているが、如何せん身体に力が入らない。何とかして早く回復させなければ負けてしまう。

 

「兄さん! 姉さん!」

 

 そこへユーリが駆け付けてきた。傷口を止血したのか出血は止まっているようだった。手には弾き飛ばされたもう一振りのエリシアのカタナが握られている。

 

「ユーリ! ルドガーをお願い!」

 

 エリシアが俺をユーリに渡し、ユーリからカタナを受け取る。

 

 一人で戦う気か? それは駄目だ。ライアが手負いとは言え、本気を出し始めたガイウスも相手だ。後ろにはアーサーも控えている。いくらエリシアでも一人では勝ち目は限りなく少ない。

 

 俺はユーリの手を払い除け、ガクガクと震える脚を叩き起こして一人で立つ。

 

「駄目だ! お前一人で戦わせられるか!」

「そうは言っても、アンタもう限界じゃない! 私はまだ魔力が残ってるし、奥の手だってある! ここでアンタを守りながら戦うほうが無理よ!」

「ですが姉さん、一人でって言うのは流石に見過ごせません。ここは一度撤退したほうが……」

「それをアーサーが許すとは思えないわよ。ほら、噂をすれば……」

 

 エリシアが向く方を見れば、澄ました顔のアーサーが歩いてくる。

 アーサーは俺達とライア達の間までやって来ると、ライア達の方へと顔を向ける。

 

「……お前達はもう退け」

「アァ? こっからが本番だろうが!」

 

 ライアが噛み付くが、その瞬間、アーサーの魔力が膨れ上がった。ライアとガイウスよりも大きく、誰よりも強い魔力を発揮し、ライアとガイウスを睨み付ける。

 

 今までアーサーから強大な魔力を何度も感じてきた。だがそれ以上に強い魔力だ。まるで別物。今まで戦ってきたアーサーとは比べ物にならない魔力、俺は固唾を呑んだ。

 

 何だこの魔力は……? ただの魔力じゃない。勇者の魔力とは明らかに違う別の何かだ。いったいアーサーの中で何が起こっている?

 

 俺がアーサーに驚愕していると、睨まれていたライアは舌打ちをしてガイウスの肩に座り込む。

 

「チッ、わーったよ。退くぞ、ガイウス」

『……ウム。アーサーよ、油断するでないぞ?』

 

 ガイウスの巨体が地面に沈んでいく。彼らを止めようにも、目の前に立ち塞がるアーサーがそれを許してくれそうにない。

 

 やがてガイウスは地中へと姿を消し、完全に気配が無くなった。

 二人がいなくなると、アーサーは軽く溜息を吐いた。

 

「まったく……調子に乗った結果がこれか。熟々無能な奴らだ」

「兄に向かってその口は無いんじゃないか?」

「黙れユーリ。勇者の中でも一番の役立たずが。貴様では病弱のカイですら倒せない」

「まぁ、俺はどっちかというと裏方が性に合っているからね。でも、俺だって勇者の一人だ。俺一人で国一つ相手取ることぐらいはできるさ。今ここで君を空の彼方へ飛ばすことも、お望みならってみせようか?」

 

 そう言ってみせるユーリだが、僅かに身体が震えている。ユーリもアーサーの魔力を感じ取ったのだろう。口では強がっているが、内心はアーサーに恐れを抱いていることだろう。

 

 ユーリは決して弱くない。口にしている通り、その気になれば国一つを滅ぼせる力を持つ。それは他の勇者達も同じことだ。

 

 今回のライア達との戦いでは、本気と謳っておきながらその片鱗を見せるだけに留まった。本気の殺し合い、それこそ周りの被害を考えない戦いになっていたら、要塞の破壊だけじゃ済まなかった。

 彼らの目的が俺を殺すことなら、俺は為す術も無く負けていただろう。

 

 アーサーが剣を鞘から抜いた。

 

「もう茶番はいい。良い具合に兄さんの身体も弱っている。あとは兄さんの魂をもう少し削るだけ。その為に姉さん、ユーリ……死んでくれ」

 

 アーサーの目が青く光る。それを見て、アレがカイから奪い取った力だと察する。まるで魂を見透かされているような感覚を味わう。

 

 エリシアとユーリは武器を構えるが、俺はナハトを杖代わりにして立っていることしかできない。これではアーサーと戦えない。エリシアとユーリが戦う姿を眺めるだけになってしまう。

 それだけは避けなければと、本能が俺に訴えてくる。このまま戦わせてしまえば、良くないことが起きてしまうと、警笛を鳴らしている。

 

 アーサーが一歩前に踏み出した、その時――アーサーの足下に氷の剣が突き刺さった。

 

「……?」

 

 アーサーが足を止め、空を見上げる。途端、アーサーが目の色を変えて後ろに跳び退く。アーサーが立っていた場所に何十本もの氷の剣が降り注ぎ、地面を凍て付かせた。

 

「これは……!?」

 

 氷の剣が降り注いだ後、俺達の目の前に白髪の女性が降り立った。彼女が立つ場所が徐々に凍り付いていき、体感温度が下がっていく。

 

「お前は……っ!」

 

 アーサーがその女性を見て口を開いた瞬間、アーサーの背後にあった要塞の壁を破壊して水の波が押し寄せる。その波を剣と光で斬り裂き、並みの向こう側に立っている男性を見付ける。

 

 俺はその男性を見て目を見開く。

 この場に来てはいけない、来てほしくなかった人物だ。

 

「……カイ。その身体でよく此処へ来たな?」

 

 アーサーの前に立っているのはカイだった。水色のジャケットを着て、蒼い髪を靡かせるカイは、闘志が宿った瞳でアーサーを睨み付けている。

 

「アーサー、これ以上は好きにさせないよ。僕達が君を止めてみせる」

 

 カイは足下を流れる水を操り、アーサーに向かって宣言した。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104話 水と氷、覚悟と想い

お待たせしました!


 

 

 時は巻戻り、ルドガー達がアーサー達と戦闘を始めた頃、王都ガーランにて。

 

 カイは自室ではなく玉座に座って頭を抱えていた。今の今まで国王としての仕事を行っており、漸く一息吐いたところだ。身体が言うことを聞かない状態でも、アーサーらの所為で不安に陥っている民達を放っておく訳にはいかないと、無理を通して民達の前に出ていたのだ。

 

 それでも時折、目眩を起こし激痛が走り気を失いそうになったことが何度もあった。その度に魔法に精通しているエルフの賢者であるアイリーンの手助けを受け、何とか持ち堪えていた。

 

 今は玉座の上で暫しの休息に入っていたが、突然襲い掛かってきた頭痛に苦しんでいる。

 

「っく……!」

 

 カイはその頭痛の正体に勘付いていた。生まれながらにして持っていた、魂を視ることができる特殊な力に関係していると。魂を介して運命を垣間見る時にくる頭痛だった。

 

 アーサーに力を奪われたとしても、その力は本来の持ち主であるカイの魂に深く根付いている。きっと燃えカスのような小さな力の残影が発動し、カイに運命を視させているのだろう。

 

 カイは力が視せる運命に意識を集中させた。

 

 ――それは誰かの葬式だった。棺が三つ並んでいる。

 

 その内の一つに、白銀の髪をした少女が縋り付き泣いている。

 運命を視ているカイは、その棺の中を覗き込む。

 そこに横たわっているのは、自分が大兄上と呼んでいる人物だった。他二つの棺の中には、紫の髪をした女性に緑の髪をした男性が苦しそうな表情のまま横たわっていた。

 

 そこまで視て、カイは意識を現実に引っ張り戻した。

 今視たのはいずれ自分に訪れる運命の光景――即ち、ルドガー達が死んでしまう未来だった。

 

 嘘だと思いたい。力が視せた悪い冗談だと自分に言い聞かせようとするも、今まで力が嘘を吐いたことは無かったとカイは知っている。

 

 カイが未来を視ることは少なかった。時折、力が勝手に視せるだけで、自分では自由に視られないからだ。視る未来は決まって碌なものではなかった。そんな未来を勇者としての力を得る前は変えることはできなかったし、得てからも視るタイミングが不規則過ぎて変えようにも変えられなかったことが殆どだ。

 

 運良く変えられたとしても、運命は決まっていることをカイは知っている。多少、過程や形が変わるだけで結果は変わらない。定めからは逃れられないのだ。

 

 それをよく知っているからこそ、カイは今視た運命を受け入れられなかった。

 

「そんな……嘘だ……嘘だと言ってくれ……」

 

 玉座の上で項垂れ、最悪の結果に顔を青くしてしまう。この戦いにおいて、ルドガー達の死はそのまま世界の終わりを意味する。

 

 いや――そうではないかもしれない。少なくとも、魔王復活は阻止できているのではないだろうか。ルドガーを依り代にするのであれば、ルドガーが棺に横たわっている光景は視られないはずだ。ルドガーは己の命を犠牲にしてアーサー達を止めたのかもしれない。

 

 その時、カイは自分が何を考えているのかを自覚し、自己嫌悪に陥る。

 まるで兄姉の犠牲で世界が救われるのを望んでいるかのようだった。

 

「違う……そんなの望んじゃいない……!」

「失礼しますお兄様……お兄様? また具合が悪くなったのですか!?」

 

 カイが項垂れていると、シオンが駆け付けてきた。顔色が悪いカイを見て血相を変え、今にも泣きそうな表情を浮かべる。

 そんなシオンにカイは軽く微笑み、手を重ねてきたシオンの手に自分の手を重ねる。

 

「大丈夫……少し疲れただけだよ」

「……」

 

 シオンはカイの言葉を信じ切れていないようだ。瞳を潤ませ、何かを言いたげに唇をワナワナと震わせている。

 

 カイは玉座に座り直し、大きく深呼吸をした。

 

「……シオン。お客の方達はどうしてる?」

「……エルフの姉は精霊を介して故郷に連絡し、お兄様の身体を治す方法を探しています。妹のほうと魔族の子は半魔の子に付きっきりです」

「その彼女は何をしているんだい?」

「……ずっと落ち着きの無い様子です。霊薬を作って気を紛らわせているようですが」

 

 カイは思い浮かべる。ルドガーを水の神殿から連れ帰った後、ずっと側から離れようとしなかった半人半魔の少女。自分達を育てた父親の実の娘。

 

 随分とルドガーを慕い、大切にしているのが一目で分かった。生まれ故に自分達家族以外から疎まれてきた兄に、そんな相手ができたことを弟としてカイは嬉しく思っている。

 

 だが、運命は残酷だ。兄を想う彼女には大きな悲しみが待っている。そんなことがあっていいのだろうか。

 

 当然、よくないはずだ。そんな絶望を良しとする人など何処にいようか。可能ならば、運命を変えてやりたい。カイは強くそう望んだ。

 

 だがしかし――と、カイは己の胸に手を当てる。魔法で見えないようにはしているが、そこには体内から突き出たクリスタルがある。大きな力を使えば、クリスタルとの拒絶反応でギリギリ保てている身体が壊れてしまうだろう。

 

 命を保てない――良くて、今ならもしかすると治るかもしれない可能性は消える。

 

「……」

 

 カイは考える。

 

 もし――もし彼らの死を回避することができるのならば? できなくても、その運命を先延ばしにすることが可能ならば?

 この命を代償にそれができるのなら――それは、この消えゆく命に大きな意味と価値を与えてくれるのではないだろうか。

 

 それを決してルドガーは許さないだろう。カイの目の前にいるシオンも断固として認めないはずだ。

 

 だけど、どうしても――と、カイは思う。

 

 自分は最期の最期まで勇者でありたい。ライオット家の一員として、死する時も大きく胸を張っておきたいと。

 

 ――カイ、お前は選ばれし者だ。お前の生は、大いなる責任を伴う。

 

 カイは嘗て父親から言われた言葉を思い出す。勝手に勇者にしておいて何をと思ったことも多々あるが、力を得てからは勇者としての在り方を学び続けた。

 

 可笑しな話だと、カイは胸の内で苦笑する。

 あんなに苦しく怖い思いをさせられたというのに、自分達はすんなりと勇者としての自覚を持ち始めた。仲良くしていた他の兄妹達は死んでいったというのに、それを簡単に受け入れてしまった。

 

 埋め込まれたクリスタルがそうさせているのか、それとも別の要因なのか。それを知る術は無いが、ともかくカイは勇者になろうと気高く在り続けた。

 

 そのお手本となる人物が、ルドガーだった。勇者ではない彼だからこそ、勇者がどんな存在であってほしいのかを知っていた。気高き勇者の心は全て兄であるルドガーから学んだのだと、カイはルドガーを今でも尊敬している。

 

 その彼を――運命が決まっているからと言って見殺しにできるのか?

 

 カイには、それがどうしても許せないことだった。

 

「シオン」

「はい?」

「……僕は、行くよ」

「……? 何処へ行かれるのですか?」

「大兄上の下に」

 

 シオンの顔が凍り付いた。

 それも当然だ。これから死地に向かうと言っていることと同意義なのだから。

 シオンが何かを言う前に、カイが口を開く。

 

「視えたんだ。大兄上、姉上、ユーリ兄上が死ぬ運命が」

「そん――な……!?」

「だから、僕はそれを変えたい」

「ぁ――だ、駄目です! お兄様を戦わせる訳にはいきません! お兄様のお身体はもう……!」

 

 シオンはカイの身体のことを知っている。父親が埋め込んだクリスタルによって、他の兄姉達と同じ結末に向かおうとしていることを。

 

 シオンにとってカイは特別な兄だ。一番歳が近く、一番仲が良く、一番側にいた兄だ。半身と言っても良い。カイを失うことはシオンにとって考えられない苦痛であり絶望なのだ。

 

 ルドガーはシオンと約束した。必ずカイを救う方法を見付けてくると。だからシオンはそれまでカイを生かさなければならない。

 そのカイが、自ら死にに行こうとしているのだ。シオンは涙ぐみながらカイを押し止める。

 

「君が僕を大事に想ってくれていることは知っている。僕も君が大事だ。愛おしく想う。できることならもっと君と一緒にいたいと思う」

「何を……何を言っているのですか!? これからもずっと一緒にいられます! クソ兄がお兄様を救う方法を見付けて帰ってきます!」

「残念だけど、それは無理だ。このまま何もしなければ、大兄上達は物言わぬ姿になって戻ってくる。待っていても僕は……死ぬ」

「そんな……そんなこと……!」

 

 シオンはカイの言葉を否定する。否定するしかない。認めるはずもない。愛する者が死ぬ運命だと、誰しもが認めたくない。

 必ずルドガーがカイを救ってくれるのだと、またカイの元気な姿を見れるのだと自分に言い聞かせる。

 

 しかし、シオンもまたカイの力を知っている。カイが視た運命は必ずその通りになる。過程が変わっても、最終的なものは変えられないことをよく知っている。

 

 なら、ならばと……シオンは尚更カイを引き止める。

 

「なら、尚更です! お兄様は行ってはなりません! 行けば死んでしまいます! ですがここに残ればまだ生き長らえることができます!」

 

「それで僕が納得するとでも? それは君も良く分かっているはずだ。運命は変えられない。だけど流れは変えられる。それを知っているのに、それができる力があるのに何もしないのは、僕の矜持に反する。僕は最期まで勇者でありたい。君が誇れる兄でありたい。だから僕は行く。例えそこで死ぬことになろうとも、僕はこの力を使う」

 

 シオンは泣き崩れた。最愛の兄が死んでしまう。止めることすら許してもらえない。自分だって勇者のはずなのに、多くの人族を守ってきたというのに、兄一人を守れない。この身に宿る力で兄を守れないのだと、シオンは悟ってしまった。

 

 カイは床で泣き崩れるシオンの前に跪き、顔を上げさせる。シオンの顔は涙でボロボロだった。

 

「でもね、シオン。僕一人じゃ……流れを変えられるのか分からない。これはきっと、僕達家族が力を合わせなければいけないことなんだと思う。シオン……どうかこの哀れな兄に、力を貸してくれないだろうか?」

 

 カイはシオンに手を差し出した。

 

 拒めるはずがない――シオンは最愛の兄を、この時ばかりは恨んだ。

 

 だが同時にこれはひょっとすると、と一つの可能性を見出した。

 

 まだカイが死ぬとは決まっていない。確かに戦いになればカイは力を使って命を削っていくだろう。

 

 しかし、命を削りきる前に決着を付けることができれば――。

 身に宿るこの力でルドガー達の運命の流れを変え、アーサー達を倒すことができれば――。

 

 兄を死なせずに助け出すことができるかもしれない。

 己の力では兄を守ることができないと嘆いたが早計だった。

 

 シオンは差し出されたカイの手を取った。

 

 全ては兄を助ける為に――。

 

 カイは頷き、己が身とシオンの身体を魔法で生み出した水の中に沈めるのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105話 魔への至り

お待たせしました。
もうすぐで長い長い戦闘回も終わりそうです。


 

 

 カイとシオンの登場に俺は一瞬言葉を失ってしまう。カイは戦えるような身体じゃない。多少の魔法ならまだ何とかなるだろうが、戦闘、それも相手がアーサーになると話は全く違ってくる。先程の魔法だって、身体に大きな負担を掛けてしまう。

 

 それを避ける為に戦いから外したのに、どうして此処に来てしまったんだ。シオンもどうしてカイを止めず、一緒に来たんだ。

 

「僕を止める……? お前にできる訳がないだろう」

「僕一人じゃ無理でも……今度は皆がいる!」

 

 地面から大量の水が噴き出した。それは水竜のように動き回り、アーサーへと襲い掛かる。

 

 アーサーが剣を構え、迫り来る水と対峙する。斬り裂かれる水はそれでも尚勢いは止まらず、アーサーの周囲を取り囲んでいく。と、そこにシオンが魔力を水に流し込む。水は一瞬にして凍り付いていき、アーサーを閉じ込める氷牢へと化す。

 

 一瞬で出来上がった氷塊、中に閉じ込められているアーサーは動く気配を見せない。

 

 しかしそれは時間の問題だろう。今までのアーサーを見ていれば分かる。この程度でアーサーを無力化できるのならここまで苦労していない。

 

 カイが水に乗って俺達の前までやって来る。俺はカイの胸倉を掴み上げる。

 

「大兄――」

「何で此処に来た!?」

「ちょっとルドガー……!」

 

 エリシアが俺を宥めようとしてくる。だけど俺はエリシアの言葉を無視し、胸倉を掴む力を強める。

 

「言っただろうが!? お前は戦うなって! これ以上力を使えばお前は!」

「大兄上……すみません。でも視てしまったんです、最悪な運命を。その運命を僕は変えたい」

「っ……魂を視る力か? アーサーに奪われたんじゃ……」

「元々は僕の力です。奪われても、燃えカス程度には残ってます」

 

 カイの魂を視る力は、その魂の本質を視るだけじゃなく、その魂の運命まで見通すことがあるのは知っている。運命なんて俺は信じちゃいないが、ちゃちな占いよりはよく当たると思う。

 

 カイだって自分の身体の状態を理解していない訳がない。アーサーと戦えばどうなることぐらい把握しているだろうし、俺からも強く言い聞かせた。

 

 それを承知の上で此処へ来たと言うのなら、カイが視た運命とやらはどれだけ最悪なモノだったのか、想像に難くない。

 

 きっと俺達の誰かが死ぬ――もしくは全員死ぬ。それぐらいのモノなのだろう。

 

「……だがお前は戦えない。戦わせられない。俺達三人でこの様だ。ライアとガイウスは退けれたが、アーサーは別格だ。それ以上死に急がないでくれ」

「大兄上……それはできません。僕はライオット家の勇者として、今ここで死力を尽くして戦いたい。戦わなければならない。カイ・ライオットの魂がそう叫んでるんだ」

「……」

 

 胸倉を掴んでいた手から力が抜ける。手を離し、自分の頭を抱える。

 

 俺は悟ってしまった。カイはもう覚悟を決めている。俺の声なんかもう届きゃしない。俺がいくら言おうが、カイは決して退かない。

 

 どうしてここまで意志が固いんだ――そう考えてすぐに答えは出た。

 その勇者としての在り方を教え込んだのは誰でもない――俺自身だ。

 俺が勇者に求めた屈強な精神力、意志力、覚悟、その存在意義を説いたのは俺だ。

 勇者でもない俺が、勝手な理想として語った勇者像を、弟はしっかりと体現してくれている。

 それを教え込んだ俺が、カイの覚悟にこれ以上とやかく言える立場じゃない。

 

 もう、答えは一つだった。

 

「……分かった。もう戦うなとは言わない。だが、これだけは守れ――――死ぬなよ」

「――はい」

 

 その時、氷牢がピシリと音を立てた。

 

「くっ――もう持ち堪えられない!」

 

 今まで氷牢の維持をしていたシオンが苦悶の声を上げる。

 

 アーサーが氷牢の中から抜け出そうと魔力を高めていた。そして氷牢は大きな音を立てて激しく砕け散る。氷は魔力の粒子となって四散し、中心から瞳を青く光らせたアーサーが地に降り立つ。

 

 とても激しい魔力だ。今までより更に強さを肌で感じる。それにとても禍々しい気配がする。五年前まではそんな気配の欠片も無かったというのに、魔王復活という野望がアーサーを狂わせてしまった。

 

 それもこれも、俺が弱かったから……。もっと俺に力があれば、親父を殺さないで済んだかもしれない。親父を殺した後も、皆から逃げるようにして去ったのは俺だ。

 

 俺がアーサーをここまで変えてしまった。だからアーサーを止めなければならない。昔の優しいアーサーを取り戻す。

 

 俺はナハトを握り締め前に出る。エリシアとユーリ、カイも後ろについて歩く。シオンの前に出て、アーサーと対峙する。

 

「決着の時だ、アーサー」

「そうだね、兄さん。今度こそ父さんと兄さんを取り戻す」

 

 アーサーの手の蒼い剣と光の剣が輝く。

 

 合図は無く始まった。先手はエリシア、雷速でアーサーに迫り、カタナを振るう。それを受け止めたアーサーは後ろに押されるが、カタナをいなしてエリシアを蹴り飛ばす。

 

 その隙に俺が地を蹴って迫り、ナハトを振り下ろす。蒼い剣で受け止められ、光の剣で反撃をしてくる。ナハトを動かし、光の剣を受け止めて次に迫る蒼い剣を受け止める。特大の魔力を込めた一振りを見舞いすると、それは受け止められずに跳んで回転してかわされる。

 

 アーサーの双剣が同時に振り払われ、ナハトで受け止めるも力で負けて吹き飛ばされる。そのまま俺を追撃しようとしたが、ユーリの放った突風によってアーサーは吹き飛ぶ。吹き飛んだ先に氷壁が出現し、アーサーは背中から氷壁に打ち付けられる。風がアーサーを抑え付け、ほんの少し動けないようにする。

 

 そこへカイの水が襲い掛かる。水面を跳ねるように地面を移動し、それは水竜と化す。水竜が咆哮を上げながら抑え付けられているアーサーに飛び込んだ。激しい爆発が起こり水柱が立つ。その水をシオンが全て凍らせる。

 

 再び氷の中にアーサーは閉じ込められたが、今度はすぐに光と共に氷を砕いて抜け出してきた。飛び出してきたアーサーは双剣を振るい、光の斬撃を放つ。向かい来る光の斬撃をナハトに乗せた魔力で一気に薙ぎ払う。

 

 剣を振り払ったアーサーに雷の集束砲が襲い掛かる。アーサーは剣で雷を受け止めて斬り裂く。斬り裂いたその先にはエリシアがおり、一瞬で数多の斬撃を繰り出す。その斬撃をアーサーは全て見切り双剣で弾く。

 

 エリシアの一撃が落雷と一緒に放たれ、アーサーは地面に叩き落とされる。アーサーが立ち上がろうとしたその瞬間、緑の風がアーサーを踏み付けた。ユーリの風がアーサーを地面に抑え付け、アーサーの動きを封じる。

 

 今が絶好の好機。ここしかない。もう俺の魔力も限界だ。ララに貰った霊薬も無い。これ以上戦闘を引き延ばすことはできない。カイにもこれ以上力を使わせる訳にはいかない。

 

 これで終わらせる。重症を負わせることになるだろうが、アーサーを止めてみせる。

 

「アーサーァァァァァ!」

 

 俺達は一斉にアーサーへと飛び掛かった。

 

「――ッ!!」

 

 閃光が爆ぜた――。

 

 視界が白く染まり、衝撃と遅れてやって来た轟音が全身を打ち付ける。防ぐ術もなく吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。何度も何度も身体が地面を跳ね、激痛を味わう。

 

 身体中の骨が折れた。内蔵も大きく傷付いた。半魔じゃなければ即死していただろう。

 それ程のダメージを負った。正直言って、致命傷一歩手前ってところだ。

 

 なんとか動かせる首を動かし、何が起きたのか確認する為に見渡す。

 

 大きな爆発によって辺り一面が砕け散っている。エリシア達は気を失っているのか、皆倒れていて動かない。

 

 アーサーがいた場所へ視線を動かす。そこには光の柱が立っており天を貫いていた。

 

 俺は手から離れて近くに落ちていたナハトを拾い、地面に突いて立ち上がる。激痛が全身を駆け巡るが、もう慣れた。

 

 光の柱へとナハトを引き摺りながら歩いて行く。

 

 もう魔力が無い。全身の負傷の処置で残りの魔力を使ってしまった。今は意地と根性で身体を動かしている状態だ。

 心臓の鼓動が煩い。呼吸もしづらい。今本当に歩いているのかどうかも怪しく思える。

 

 光の柱の前に立った。ナハトを持ち上げて肩に担ぐ。

 

 やがて光の柱が止み、中からナニかが現れた。

 

 ナニか――いや分かっているはずだ。アレはアーサーだ。

 

 例え、白い鎧殻を身に纏い、金の鬣を生やした姿であっても、だ。

 

「ハァ……ハァ……」

『……』

 

 アーサーは怪物の形相で俺を見る。蒼い眼が俺を睨み付ける。

 

「アーサー……お前……」

『そうだ……【俺】は至ったぞ――これが闇の魔法だ』

「どうしてお前が……その姿は……まるで魔族だ」

 

 アーサーの姿は力を持っていた俺が変身した姿と似ている。俺の内側に眠る魔の部分を剥き出しにしたような姿だ。その姿と今のアーサーは酷使している。姿だけじゃない、アーサーから感じる魔力もだ。

 

『これで俺は父と同じ存在になれた……兄さんとも同じに……。感謝するぞ、カイ。お前の力のお陰だ』

「まさかお前……自分の魂に干渉して……」

 

 アーサーが肥大化した蒼い剣を掲げる。

 俺もナハトを構える。

 

『兄よ……次はそちらの番だ』

 

 ズサッ――。

 

「――?」

 

 一瞬だった。瞬きする間も無く、何が起きたのか理解する暇も無く、気付けばアーサーが目の前にいた。

 ただ目の前に立っていただけじゃない。剣を握っているはずの腕が俺の胸に伸ばされていた。

 

 その握られているはずの剣が――俺の心臓に突き刺さっていた。深々と剣が突き刺さり、背中を突き出ていた。

 

 アーサーが剣を抜こうとしたその腕を掴み、アーサーの目を見つめた。アーサーも俺を見つめ返してくる。

 

『――今度こそ父と兄を取り戻す。さようなら、偽りの兄よ』

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106話 復活

長らくお待たせしました。
あと二、三話以内に第四章は完結します。
第五章からは一度物語の原点に戻り、新たなる旅が始まります。

それまでもう暫くお付き合いくださいませ。


 

 

「アァァァァァァァァァァサァァァァァッ!!」

『ッ――』

 

 目の前を雷が過ぎた。アーサーが雷に連れて行かれ、目の前からいなくなる。

 全身から力が抜けていき、地面へと倒れ込む。

 地面に激突する直前、誰かが俺を受け止めた。

 

「兄さん!」

 

 ユーリだった。額から血を流し、慌てた様子で俺を見下ろす。突き刺さっている剣をどうにかしようとしているのか、触っては離してを繰り返しては悪態を吐く。

 

「クソッ! このまま抜いたら出血が……! 俺は治癒魔法が使えないのに!」

「大兄上!」

「クソ兄……!?」

 

 カイとシオンも駆け寄ってきた。

 

 馬鹿野郎……今は俺なんかよりもアーサーに注意しろよ……。

 

 剣を抜かなきゃ……いや、今の俺じゃ心臓を貫かれた時点で終わりだ。抜いたところで超再生はできない。今生きてるのも、半魔だから即死していないだけだ。

 

 くそ……ララに帰るって約束したのに……これじゃ……。

 

「カイ! 水鏡の魔法で兄さんを王都へ運ぶんだ!」

「そんな……大兄上……!」

「カイ! カイ! おい、しっかり――」

『兄さんに触れるな』

「っ――!?」

 

 カイが風の障壁を張る。その障壁に変身したアーサーの拳が叩き込まれる。拳を叩き込まれただけで障壁が破れかける。

 

『まだ最後のピースを埋め込んでいない。父の欠片をもう一度埋め込まなければ』

「まさか……アーサーなのか……!? そうはさせない!」

 

 ユーリが風を噴射させてアーサーを吹き飛ばそうとする。だがアーサーの身体に風が直撃する手前で風は何かに弾かれたように四散してしまう。

 アーサーはユーリに手を向け、純粋な魔力衝撃波だけで吹き飛ばす。シオンがアーサーを氷漬けにしようとするが、氷は形成されるより早く溶けていく。シオンを片腕で殴り飛ばし、カイの首を掴んで放り投げる。

 

 アーサーは俺の頭を掴んで持ち上げ、俺に突き刺さっている剣を握り締める。何の戸惑いも無く剣が抜かれ、大量の血が噴き出す。

 

 これでもまだ死なないか――ほんっと、魔族の生命力はどうかしてる。

 

 アーサーは剣を捨て、右手に白い何かを出現させた。

 それは骨だった。前回と同様、俺に親父の骨を打ち込むつもりなのか。

 

『この遺骨は特別製。カイの力でこれに僅かに残っていた魂を刺激した。魂が弱っている今の兄さんなら、今度こそ抵抗できないだろう』

 

 アーサーが骨を打ち込もうとしたその時、アーサーの右腕が止まった。血だらけのエリシアがアーサーの腕に抱き着くようにして止めていた。雷を発しているが、アーサーの力の前に無力化されていく。

 

「ルドガーを――離せぇ……!」

『往生際の悪い』

 

 エリシアが再度魔力によって吹き飛ばされる。瓦礫に激突し、だがエリシアはボロボロになりながらも立ち上がる。血反吐を吐き、いくら傷が増えようとも、何度も何度もアーサーに体当たりする。

 

 ――エリシアが死ぬ――。

 

「――っ!!」

 

 霞む視界でそんなエリシアの姿を見て、俺は覚悟を決めた。

 

 アーサーが此方を見ていない内に左手で右腕の呪符を破いた。

 その直後、右腕に抑え込まれていた魂殺の呪いが一気に膨れ上がり、右半身全てを飲み込む。痛みはもう感じすぎて何も感じない。寧ろそれは好都合で、俺は口端を吊り上げる。

 魂殺の呪いに込められている闇属性の魔力を掴み取り、己のモノへと瞬時に変える。

 

『なにっ!?』

 

 右手をアーサーに向け、魔力を解き放つ。闇属性による強力な一撃によりアーサーを吹き飛ばし拘束から逃れる。

 

 魔力と呪いを全て喰らっていき、今この瞬間、この時だけでいい――アーサーを超える力へと変質させていく。

 

「――――ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおッ!!」

 

 右半身だけが異形のモノになり、アーサーの白い鎧殻とは対の黒い鎧殻を纏う。右半身だけが内なる魔を剥き出しにし、俺に闇の魔法を扱わせてくれるようになった。

 

 命の灯火が一気に小さくなっていく。もって数秒――もう此処で終わらせるしかない。もう後は無く、俺の命は此処で潰える。

 

 あぁ、俺はララを裏切るのか……。ララだけじゃない、エリシア、ユーリ、カイ、シオン、アイリーン、リイン、シンク、フレイ……帰ると約束したのに、帰れないや。

 

 右腕に闇を集束させていく。もう視界も霞んで僅かな輪郭しか見えない。だがアーサーの魔力はしっかりと捉えている。そこに狙いを定めた。

 

 ――殺すんだ、弟を。

 ――僕達みたいに。

 ――家族だと思ってたのに。

 

 死んだ弟妹達の声が聞こえる。恨みがましい声で、俺を地獄へと引きずり落とそうとしてくる。

 

 あぁ、ごめんな皆――どうしようもない兄でごめん。

 ごめん――アーサー……ごめん……救ってやれなくてごめん――!

 

「うあああああああああああっ!!」

 

 闇の魔力を右半身から溢れさせながらアーサーへと飛び掛かる。ちょうど立ち上がったアーサーの身体目掛け、右腕を突き出す。闇の魔力を纏った拳がアーサーを守っていた障壁を砕き、そのまま身体を貫く。魔力が爆ぜ、アーサーの身体に大きな穴を空けた。

 

『――』

 

 アーサーは声を上げることもなく俺を見つめ、そのまま後ろへと倒れていった。

 赤い血が地面に広がり、アーサーの目の部分から光が消えた。

 

 そして俺も静かに後ろへと下がり、そして倒れた。

 

 もう何も聞こえない。何も見えない。何も感じない。

 

 静かだ――あんなにも俺を恨む声が聞こえていたというのに、呼吸の音一つ聞こえない。

 

 思えば、人生の中でこんなにも静かな時は無かったような気がする。

 

 戦いの中で生まれ育ち、殺し合いしかしてこなかった俺が教師の真似事をしても得られなかったこの静けさ……。

 

 ぁぁ……そうか――俺はやっと……剣を置くのか……。

 

 もう充分戦ったもんな………………。

 

「――――――――」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――センセ』

 

 ――――ドクッ。

 

 

 

 

 

 

「大兄上ッ!!」

「お兄ちゃん!!」

「兄さん!!」

「ルドガー!!」

 

 大兄上とアーサーが倒れ、僕達は身体を引き摺るようにして大兄上に駆け寄った。

 急いで大兄上の脈を測ると、そこにあるはずのものは無かった。呼吸も確かめてみるが完全に止まっていた。生きていれば感じるはずの魔力だって感じない。

 

 何も、何も感じない――。

 

「大兄上……?」

「何よ……どうしたのよカイ!? ルドガーは? まだ生きてるんでしょ!?」

 

 姉上に叫びに何て答えればいいか分からない。

 

 死んだ? 大兄上が? 僕達の兄が死んだ?

 何で? どうして? 大兄上達を此処で死なせない為に来たというのに?

 助けられたのは姉上とユーリ兄上だけ? 大兄上は……?

 

 泣き叫ぶ姉上に身体を揺さぶられながら、僕は現実を見られないでいた。

 

 その時、背後で何かが動く音がした。

 僕達が振り向くと、そこでは胸に大きな穴を空けたアーサーが右手を空に向けていた。

 

 その右手には、白い何かがあった。

 

『に、兄さん……し、死んじゃったら……だ、だめじゃないか。僕、と兄さんと、と、父さんの三人で暮らすはずだ、だったの、に』

 

 瞬間、僕の運命を視る力が発動した。

 僕の目に映った光景は、暗黒の空と赤く燃える大地、大勢の生命が死んでいく様。

 

 そして、その絶望を引き起こした存在――魔王の姿を。

 

「だめだ――アーサーを止めろォ!」

 

 僕の叫びに、姉上達は反応して動き出す。

 

 だけど遅かった。

 

『父さん――もう僕でいいよね?』

 

 アーサーは右手に掴むそれを自分の体内へと捻り込んだ。

 

 直後――黒き魔力が爆ぜた。黒い魔力がアーサーを呑み込んでいき、アーサーを違う存在へと創り変えていく。

 

 そして黒い魔力の中から生まれてきたその姿はアーサーではなかった。

 

 長く伸びた金髪に赤眼、一対の大きな黒い角に強靱で洗練された肉体、背中から生えた黒い翼――顔付きは嘗ての魔王に酷似していた。

 

 酷似なんかじゃない――魔王だ。見間違えるはずがない。

 

 アレは――魔王だ。

 

「ふぅ……」

 

 魔王が息を吐いた。

 たったそれだけのことなのに、僕達の心臓は凍り付いたように止まった。

 そんな錯覚をするほど、魔王から放たれる威圧感と恐怖が凄まじい。

 

 魔王は周囲を見渡し、目を閉じ顎に手を当てて何かを考え始める。

 

「ふむ……成る程、理解した」

 

 再び目を開くと、魔王はニタリと口を歪め、大きな笑い声を上げる。

 

「フハハハハハハ! そうか! 息子よ! よもや貴様が私を蘇らせたか! 我が真の息子ではなく、貴様がか! これは、魔王の私ですら見通せなんだ!」

「うそ……でしょ……!? 魔王が……!? 何でアーサーの身体で……!?」

「マズい……この状況でこれは、流石に無理ですよ……!」

「ハァ……!? ハァ……!?」

 

 姉上とユーリ兄上は驚愕しつつも何とか立ち上がって臨戦態勢を取ろうとする。だがシオンは魔王を目にして恐怖に呑み込まれかけているのか、身体をガタガタと震わせていた。

 

 魔王は一頻り笑った後、僕達へと目を向ける。

 僕達は固まって動けなくなった。

 魔法なんて掛けられていない。ただ睨まれたという恐怖で動けなくなった。

 

 万全の状態なら違っただろう。だけど今の僕達は体力的にも精神的に満身創痍だ。万全の状態でも恐怖を覚えていたのに、今の状態なら恐怖に何の抵抗も無く呑まれてしまう。

 

「息子達が一堂に……二人ほど姿が見えないが、良しとしよう。どれ、我が真の息子を父に差し出してくれんか? 死んだとしてもその身体は使える」

 

 だがその恐怖は、魔王自身の言葉によって解かれた。

 

 僕達の兄を差し出せ――それを聞いた僕達は恐怖よりも怒りが勝った。

 

 身体は簡単に動き、魔王から兄を守るため立ち塞がる。

 

 僕達は勇者だ。魔王を前にして屈する訳にはいかない。

 勇者はどんな時でも毅然と振る舞い、勇気を持って立ち上がり、勇気を与える一人の戦士。

 

 嘗て大兄上が僕達に語った理想の勇者。僕達はその理想を体現する者達だ。

 

 例え魔王に造られた存在だとしても、この意志は――魔王に造られた物なんかじゃない。

 

「ふむ……まぁ、そうなるな。では――再戦と行こう」

 

 魔王が片腕を振るった。飛んでいる虫を払うように、手についた汚れを払い落とすように、ただそれだけの所作を行った。それだけで、僕達は何の抵抗もできずに力に押されて吹き飛ばされた。

 

 僕とシオンはまだ魔力があって魔法で防御を取ることができた。だけど姉上とユーリ兄上は防御ができず、既にボロボロで血だらけだった身体に更に深い傷を負ってしまう。

 防御を取った僕とシオンも、それでも防御を破られて傷を負った。僕の腹は斬り裂かれ、そこから大量の血が流れ出ている。

 

「む……? ふぅん……この身体では力の扱いが難しいな。まだ私の魂と力が馴染んでいないようだし……やはり偽りの後継者では限度があるか」

 

 大兄上の身体も吹き飛ばされ、僕の目の前に転がっていた。

 

 大兄上……本当に死んでしまったのですか? あの大兄上が、どんな戦いでも必ず生きて帰ってきたあの大兄上が――僕達の兄が、こんな所で死んだというのですか?

 

「大兄上……っ!」

 

 その時、僕の力が大兄上を観測した。アーサーに奪われてから燃えカスのように燻っていた小さな小さな魂を視る力が、何の因果か此処で力を発揮した。

 

 大兄上の肉体の中に、ほんの僅かな小さな光が――針の先端が光るようなそんな小さな小さな光が、大兄上の肉体に結び付けられていた。

 

「ぁ……ぁぁ……っ!」

 

 何がそうさせているのだろうか。執念か、渇望か、奇跡か――。

 大兄上の魂は、まだ肉体に宿っている。

 

 まだ、大兄上は完全に死んではいない……!

 

「っ……」

 

 胸のクリスタルへと手を当てる。

 

 大兄上は神に力を奪われるまで、本来僕達にしか得られなかった力に適応していた。その力によって大兄上の身体は人知を超えたそれになっていた。

 

 もう一度その力を、もしくはそれに等しい力を手にすることができれば、大兄上は――。

 

 これは――何の保証も無い、何の確信も無い、ただそうであって欲しいという願望。

 

 だけどこれしかもう手は残されていない。元々、僕は此処に覚悟を持って来たのだ。

 

 僕は――この命を以て運命に抗いに来たのだから。

 

「……」

「おにい……さま……?」

 

 シオンと目が合う。

 

 僕の大事な妹。家族の中で一番近くにいて、一番長く一緒に過ごして、一番愛している家族。

 欲を言えば、もっと彼女と一緒に人生を歩みたかった。彼女の笑顔をもっと独り占めしたかった。

 

 それはもう――叶うことのない夢。だけど来世があるのならば、その時こそは――。

 

 僕は立ち上がり、転げるようにして大兄上へと近付く。

 シオンが僕を止めようと叫ぶ。

 それを無視して僕は、自分の胸からクリスタルを抉り出した――。

 

 このクリスタルは父が僕達に埋め込んだ各属性の源になる特殊なクリスタル。適合すれば強大な力を得るが、不適合なら身体を内側から破壊する危険な代物。

 

 僕は完全には適合していなかった。だけど大兄上なら、僕達の『勇者』なら!

 

「む? 何をするつもりだ!?」

 

 魔王が力を放ってくる。

 

 それよりも早く僕は――クリスタルを大兄上に打ち込んだ。

 

「目を覚まして! ルドガァーーーー!!」

 

 世界が一瞬だけ静止した。

 

 そして――僕達の勇者が戻ってくる。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107話 犠牲

お待たせしました。
これで戦いは終了です。
随分と長くしてしまいました。


 

 

 気付けば、俺はさっきまでとは違う場所に居た。

 服装も、ラフな格好になっている。

 

 見覚えのある光景だ――長年此処で暮らしていた気がする。

 

 石造りの家で、まるで岩山をくり抜いて広がった秘密の城と言ったところだ。

 

 覚えている――此処は嘗て親父達と住んでいた隠れ家だ。

 

 人魔大戦に参加する時に破棄してからは帰っていない。

 どうして此処に居るのか分からない。分からないが、懐かしい気持ちになり歩いて見て回る。

 部屋や廊下は昔と何ら変わらず、まるで今も誰かが生活しているようだ。

 食堂、子供部屋、学習部屋、浴室、全てあの時のままだ。

 

 そう、俺達がまだ幼い子供の時と同じ――。

 

「……何が起こってる?」

 

 バタバタバタ――!

 

「っ……」

 

 複数の小さな足音が聞こえた。子供が走るような、そんな音だ。

 その足音を追いかけ、廊下を進んでいく。

 

 確か、この先は――記憶が正しければ親父の部屋だ。

 

 その予想は正しく、目の前に扉が現れた。

 親父の部屋だ。子供の頃、部屋に何度も入ろうとして怒られたのをよく覚えている。

 

 扉の取っ手に手をゆっくりと伸ばし、指先が触れる。

 

「……!」

 

 扉の向こう側から、気配を感じた。

 何者かが、部屋の中に居る。

 武器は何も無い。其れ処か、よくよく確かめてみれば魔力も感じられない。

 

 いったい何が何だか分からないが、俺はこの扉を開けて、向こう側に居る誰かと会わなければならない。

 

 そう感じ、扉を恐る恐ると開く。ギギギッ、と扉が軋む音を鳴らして押し開く。

 

「――――ぁ」

 

 真っ先に目に入ったのは、長い銀髪だった。美しい銀細工のような髪を垂らし、背中を此方に向けているその人を、彼を――俺は知っている。

 

 彼は机に向かって本を開き、ペンを握ってノートに何かを書き連ねている。

 その彼の背中を見つめていると彼の肩がピクリと揺れ、動きを止めた。

 

 そして此方へと振り返った。

 

「……何だ、ルドガーじゃないか」

「――――親父」

 

 その彼とは――ヴェルスレクス・エルモール、俺の親父だった。

 

 親父の顔は魔王になる前の穏やかで優しさに溢れるものだった。

 

 目尻に皺が見える……魔王になる直前の姿だ。

 

「どうしたんだい? そんな所に突っ立って」

「……」

 

 これは……幻想だ。現実じゃない。

 

 だけど、俺には分かる。目の前にいる親父は本物だ。偽りじゃない。

 

 そう断言できると、俺の魂が訴えている。

 

 なら此処は……あの世とでも言うのか? 俺は――死んだのだろうか。

 

 死んだとしたら、此処は地獄なのだろうか。地獄の檻が嘗ての住まいとか、何だか拍子抜けしてしまう。

 

「早く扉を閉めて、そこに座りなさい」

「……あ、ああ」

 

 親父に言われるがまま扉を閉めて中に入り、空いている椅子に座った。

 

 親父が開いていた本を閉じると、本やペンが独りでに動いてしまわれていく。そして親父が指を鳴らすと、石の床からテーブルが音も無く生えてきて俺と親父を隔てる。何処からともなくポットとティーカップが飛んで来て、飲み物をカップに注いでテーブルに置かれていく。

 

 そう言えば親父の魔法もエルフの学校、アーヴル学校で見ているような高等なものだった。

 

「ほら、角砂糖は三つだったね?」

「……それは子供の頃の話だ」

「おや? そうだったね……」

 

 あの頃は砂糖なんてそれなりに高価な贅沢品だったのに、親父と二人で飲む時は弟妹達には内緒で多めに入れていた。

 

 親父がお茶を啜るのを眺め、俺は親父に思ったことを訊く。

 

「……俺は、死んだのか?」

「……此処に来たということは、そうなんだろうね」

 

 親父はそう答えた。

 

 やはり、俺は死んだのか。

 ま、それはそうか。あんな致命傷を負って、呪いにも蝕まれて、生きているはずもないか。

 

 死んじまった……。ララに帰ると約束したのに裏切ってしまった。

 アーサーを殺して、カイを見捨てることになって、何も救えずにくたばっちまった。

 

「……っ」

 

 結局何もできなかった自分が憎い、悔しい。

 俺は兄としても、人としても、勇者としても出来損ないだったようだ。

 泣く資格など無いというのに、知らず知らずの内に涙が零れ始める。

 

「驚いたな。お前が泣くところなんて、初めてみたよ」

「……うるせぇ」

「聞かせておくれ。私が死んでから、お前が経験したことを」

 

 俺は親父に全部話した。

 

 親父を殺してから居場所を探して世界を巡り、エルフの国に行き着いて教師となり、ララと出会って予言に纏わる旅をしてきたこと、その全部を話した。

 

 親父は微笑みを浮かべたまま話を聞き続け、時折相づちを打っては反応してくれる。

 

 最初は何て言葉にしたら分からなかった。戸惑いもあったし、久しぶりに親父と会って緊張もしていた。だけど話していく内に舌は回り、親父に思い出を語るのが楽しくなっていた。 

 

 いつの間にかカップのお茶は無くなり、長い時間が流れていた。

 

「そうか……お前には苦労をかけたね」

「苦労……だったんだろうか。自分なりに楽しんでいた気もするけど」

「……ララも元気そうで何よりだ」

「あ、そうだよ。確かに娘がいるってのは聞いてたけどさ、半魔だなんて聞いてねぇぞ」

「できるだけ存在を秘匿しておきたかったのだよ。少なくとも、父である私はね」

「……俺にララを託したのは、予言を知っていたからか? 守護の魔法まで掛けて」

 

 俺はこの際、今まで気になっていたことを訊くことにした。

 親父が何を考えていたのか、どうして俺を育てたのか、どうしてエリシア達を勇者にしたのか。今まで謎だった部分を張本人の口から語ってもらおうと考えた。

 

 親父はポットのお茶を魔法で温め直してカップに注ぎ、一度飲んでから口を開く。

 

「それは――もういいだろう。全部終わったことだ」

「……何だよそれ? 教えてくれたっていいじゃないか」

「それを言ったところでもう意味は無いよ。お前の役目はもう終わった。もう何も背負うことなく、ゆっくり休めば良いさ」

 

 到底納得いく筈もない答えだった。モヤモヤしたものが心に残ったが、確かに――もう俺の役目は終わった。満足のいく結果ではなかったにしろ、もう死んでしまった俺がこれ以上考えても仕方のないことだ。

 

 ゆっくり休めと言われても、地獄でそうそう羽を伸ばせるとは思えないが。

 何にせよ、もういいんだ……。もう何も考えないで済む。

 最後に親父とこうして話せただけでも幸運だった。

 

 もう……良いんだ……。

 

 

 

 ――――センセ。

 

 

 

「……」

 

 声が聞こえた。後ろからだ。

 振り返って見るも、何の変哲も無い扉があるだけ。

 気のせいだと思い、扉から視線を戻す。

 

 

 

 ――――センセ。

 

 

 

「……!」

 

 聞こえた。気のせいなんかじゃない。確かに声が聞こえた。

 ララだ……ララの声だ。ララの声が聞こえた。

 

「……ルドガー」

「っ……親父、声が……声が聞こえる。ララの……ララの声が」

「……どうやら、お前はまだ此処へ来るべきではなかったようだね」

 

 親父は立ち上がり、俺の後へと移動し、扉を開いた。

 扉の向こう側は見慣れた廊下ではなく、青い輝きを放つ光の空間だった。

 

 その光から、見知った気配を感じ取った。

 

 これを、この青い輝きを俺は知っている。

 

 俺の大事な家族……大事な弟の輝きだ。

 

 その光はまるで俺に進むべき道を教えるかのように、強く強く光照らす。

 

「まったく、あの子は……。だが、これも私の咎か」

 

 親父はそう呟くと、俺に身体を向ける。

 

「ルドガー。先の言葉は訂正しよう。お前にはまだ役目がある。まだ死んではならない」

「親父……?」

「お前に伝えなければならないことがある。だがそれを全て伝える時間は無い。だからこれから言うことをしっかりと守りなさい」

「ちょっ、待てって親父! いったいなにを――」

 

 親父が魔法で俺を青い光の前まで引っ張り出す。前に立った瞬間、青い光が俺を絡め取るように包み込む。身体が引っ張られる感覚を味わい、その場に踏み止まる。

 

「光の予言書と闇の予言書を見つけ出しなさい。光はエルフの国に、闇は魔の国にある。二つが揃ったとき、世界の真実が暴かれる」

「くっ――」

 

 引っ張られる力が強まり身体が持って行かれそうになるが、親父の腕を手を掴んで踏み止まる。

 

「いつの日か必ず、お前はいくつもの決断を迫られる。その時、自分を信じなさい。予言や運命や責任感に縛られず、自らの想いに従って突き進みなさい」

「親父――!」

 

 親父の顔が見えた。

 

 親父は優しく微笑んでいた。子供を見送るような、父の愛情に溢れた微笑みを。

 

「お前が何者であろうと、お前は私の子だ。私はお前を誇りに思っている。それを決して忘れるな」

 

 親父の手が俺の手を離す。

 俺は急激に強くなった光の力によって引っ張られ、光の中へと吸い込まれていった。

 

 もう親父の声は聞こえなかった。

 だが口の動きで、親父の言葉が理解できた。

 

 ――ララを頼む、真の勇者よ。

 

 

 

    ★

 

 

 

 覚醒した瞬間、身体の内から温かい力が漲った。受けた傷が瞬く間に治り、身体に力が入る。空になっていたはずの魔力が蘇り、身体を蝕んでいた呪いが一気に抑え込まれていく。抑えきれない魔力が身体から溢れ出し、覚醒の咆哮を上げた。

 

「オオオオオオオッ!!」

 

 飛び起き、目の前にいた『魔王』をぶん殴る。拳が頬を捉え、そのまま捻じ込むように拳を振り抜く。魔王の顎が砕け散る感触を拳に残し、そのまま魔王を殴り飛ばす。

 

 一瞬で何もかも理解した。何が起こったのか、どうして魔王と俺が蘇ったのか、その全てを俺の身体に『打ち込まれた』クリスタルが教えてくれた。

 

「魔王ーーーーーーーーッ!!」

「馬鹿な!? 確かに死んでいた――」

 

 蘇った俺に驚愕している魔王に突っ込み、鼻っ柱を殴り付ける。魔力を込めた一撃により、魔王は上半身を大きく跳ね上げ、血を吹き出す。

 そのまま俺は魔王の身体に拳のラッシュを叩き込む。相手に呼吸をさせる暇を与えず、防御を取る余裕さえ与えず、逃げる隙させ与えず、絶え間なく拳を叩き続ける。

 

「オオオオオオオ!!」

 

 顔面を殴り付け、地面に沈める。右脚に魔力を集中させ、魔王の腹に蹴りを叩き込む。

 魔王は身体をくの字に折り曲げ、宙に浮かぶ。魔王が地に落ちる前に回し蹴りを放ち、魔王を壁まで吹き飛ばした。

 

「ナハトォ!!」

 

 手を地面に落ちているナハトに伸ばして引き寄せる。ナハトを掴んだ途端、体内の魔力が更に膨れ上がる。その魔力を抑制することなく、力に身を任せて完全に解放する。

 

『ヴォオオオオオ!!』

 

 内なる魔を完全に解放し、俺は再び魔へと転じた。漆黒の鎧殻が全身を覆い、一対の黒い翼が生える。人の身ではどんなに魔力を振り絞っても到達できない強大な力を引き出し、ナハトへと送り込んでいく。剣身から青い魔力が吹き出し、大気を震わせる。

 

 魔力を集束させたナハトを何の躊躇いも無く振り下ろし、魔王に向かって力を解き放つ。

 空間を突き破る轟音と共に青の一撃が放たれ、壁にめり込んでいる魔王を飲み込んだ。

 前方の障害物を全て消し去り、強烈な衝撃を生み出しながら伸びていく魔力は次第に萎んでいき、やがて完全に収まった。

 

 魔王はその一撃を凌ぎきっていた。どうやら魔力障壁を直前に展開したようで、直撃を免れていたようだ。

 だがそれでも身体の節々がロウのようにドロドロに溶けており、無事では済んでいなかった。

 

 魔王は膝を着き、顔の半分を溶かした状態で睨み付けてくる。

 

「おのれぇ……! この不完全な身体でなければ……!」

『……』

 

 俺はナハトを構え直す。

 だがその直後、急激に力が抜けていき、変身が解除されて膝を着いてしまう。

 まだこの力に身体が追い付いていないようだ。いきなりの大きな負担に身体が耐えられていない。

 

「っ!」

 

 俺が膝を着く様を見て隙だと思ったのか、魔王は自身の背後に黒い光の空間を作り出す。フラフラと立ち上がって、その空間へと下がっていく。

 

「今は退こう……! いずれこの身体を完全へと至らしめたその時、再び相見えよう。それまで、精々己の後悔に苛まれるがいい!」

「待て――!」

 

 魔王は空間の中に倒れ込むようにして入り込み、姿を消した。黒い空間は消え去り、魔王が完全にこの場から逃げ出したのだった。

 

 魔王を取り逃がしてしまったことに歯痒さを感じたが、そんなことよりも優先しなければならないことがある。

 

 俺は立ち上がり、ガクガクと震える脚を動かして後ろへと走り出す。

 そこには、シオンに身体を抱きかかえられたカイが横たわっている。

 

「カイ!」

 

 カイの下に駆け寄り、顔を覗き込む。

 カイの顔からは生気を感じられず、胸元は血で真っ赤に染まっていた。

 

「カイ、何てことを……! 今からお前にクリスタルを戻す!」

 

 俺は自分の中に埋め込まれたカイのクリスタルを抉り出そうとしたその時、その手をカイが止めた。

 

「カイ、離せ!」

「……だめ……です……それは……もう……おおあに……うえの……命……」

「っ……!?」

 

 俺はこのクリスタルの力によって蘇った。それを抉り出せば死ぬのは確かに道理だ。

 だが、弟の命と引き換えに生き長らえるなど認められるものか。

 

 俺はカイの手を外そうとした。

 だがカイの手は外れなかった。力無く震えているというのに、俺の手を絶対に離すものかと引っ付いて離れない。

 

「ぼく……は……たすから……ない……ですが……それで……いい……」

「良いわけあるか……! お前が死ぬなんて認められるか!」

「ぼく……おおあにうえの……おとうとで……よかった……」

「っ――」

 

 何で……何でそんなにお前は俺のことを……!

 俺はお前を助けることができなかったのに、エリシアを助けるためにアーサーを殺してお前を見捨てるようなことになったのに……!

 どうしてお前はまだ俺を兄として見てくれているんだ!

 

「し……おん……」

「お兄様……?」

 

 カイは俺から手を離し、シオンの頬に手を添えた。

 

「ごめ……んね……」

「……謝るくらいなら、最初からしないで下さい。クソ兄なんて放っておけば良かったんです」

「ははっ……そんな……こと……言わないで……シオン……」

 

 ――――愛してる――――。

 

 カイの手が、シオンの頬から零れ落ちた。カイの瞳から光が消え、呼吸を止めた。

 

 愛する妹の腕の中で、カイは永遠の眠りについてしまった。

 

 シオンはカイの瞼を閉じさせ、ボロボロと涙を流してカイを抱き締める。次第に嗚咽が大きくなっていき、嫌に静かになった空間に木霊する。

 

 シオンの慟哭を耳にしながら、俺は一つの現実を突き付けられた。

 

 俺は二人の弟の命を奪ってしまったのだと――。

 

 

 

    ★

 

 

 

「……来てしまったのかい」

「……父上?」

「……さぁ、こっちに来なさい。温かいお茶と甘いお菓子を食べながら、色々と話をしよう」

「……はい。色々と、恨み辛みがありますからね。そうですね、ざっと十数年分」

「それはそれは……。いいとも、暫くは二人きりだ。じっくり聞かせてもらうとしよう」

「それじゃあ、早速。よくも僕達にあんなものを植え付けてくれましたね?」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108話 エピローグ

これにて第四章勇者戦争は終わりです。
次回からはまた新たな物語が始まります。


 

 

 カイが死んでから既に一週間が経過した。

 

 カイが王に就いていたローマンダルフ王国は一時的に統治者を失った。

 だがカイは事前に自分が死んだ後のことを考えていた。

 生前、カイ自らが指名した者を王とし国を支えるようにと、予め用意していた。

 その者は民を想い、国を想う立派な志を持った青年だった。

 魂を視る力で彼の本質を見抜けたカイに間違いは無い。

 その者が完全なる王になるまでの間は、シオンが後ろ盾として動くことになっている。

 

 勇者が死んだことは人族の間に激震を走らせた。

 その死因も勇者同士の戦いによるものだと、どこからか漏れて知れ渡り、人々の間に争いの不安を植え付けることになってしまった。

 火の勇者ライア、地の勇者ガイウスは消息を絶ってしまった。ファルナディア帝国とイルマキア共和国は二人が仕出かしたことについて沈黙を貫いているが、そのため大陸中から非難の声が上がっている。

 

 そして魔王復活については、まだ知られていない。当事者同士で秘密にし、世界に混乱を齎さないようにしている。

 

 勇者同士の戦いは勇者の死と魔王復活という、最悪な結果を生み出した。

 それぞれに思惑があったとは言え、結果的に世界を災いに包み込む危険性を孕ませることになってしまった。

 

 エリシア、ユーリは国に帰って魔王の行方を捜すことにした。十中八九魔族の大陸であるだろうが、万が一の対応策も考慮しなければと、重い面持ちを見せた。

 

 二人もカイを失ったことに心を痛めており、カイを守れなかったことに憤りを感じていた。

 カイの葬儀では皆涙を流し、別れを惜しんだ。

 

「……」

「……」

 

 俺はカイの墓の前でカイのことをずっと考えていた。

 隣にはシオンがいる。

 俺達は言葉を交わすことなく、ただただ墓の前で時間が過ぎていく。

 

 やがてシオンから溜息の声が聞こえた。

 

「……はぁ、言いたいことがあるのなら言ってよ」

「……」

「……何なのよ、もう」

 

 俺はシオンに謝りたかった。

 

 シオンにカイを助けると約束した。

 だが結局は俺はアーサーを殺すという選択を取った。それは親父の研究について調べていたアーサーからカイを助ける方法を聞き出すという手段を捨てることと同じだ。

 

 つまり、俺はカイを見捨てたのだ。

 

 あのままではエリシアが殺されていた。それを言い訳にするつもりは無い。妹と弟、二人を天秤に掛けるなんて真似は、決して許される行為ではない。

 

 そして、カイは俺に命を与えた。自分の命を犠牲にしてだ。

 シオンにとって俺は、裏切り者でありカイの仇である。

 

「……ねぇ、クソ兄」

「……」

「……私が今考えている事、当ててみて」

「……」

「……今ね、アーサーと同じことを考えてる。どうやってお兄様を蘇らせようかって」

「……」

「そんな方法、無いのに……」

「……すまない」

 

 やっと出た言葉はその四文字だった。

 掠れた声で出た謝罪の言葉を聞いたシオンは息を呑み込み、白い息を吐き出す。

 辺りに薄く氷が張り、俺の左半身にも氷が張る。

 

 このまま氷漬けにされるのだろうか。シオンの怒りは尤もだ。俺を氷漬けにする権利は、シオンにはある。

 

「……お兄ちゃんが謝らないでよ……! お兄ちゃんが謝ったら、お兄様が滑稽じゃないっ」

「……」

「……覚えといて。その命はお兄様が与えたもの。もうクソ兄だけの命じゃないの。もし死のうとしたら……私が殺してやる」

 

 そう言ってシオンは立ち去って言ってしまった。

 

 氷が溶け出し、水が滴る。

 それはまるでシオンの悲しみを表しているようだった。

 

 この命はもう俺だけのではない――そんなのは、ララと契約した時点でそうだったはずじゃないか。

 どうして俺はこんなにも……こんなにも……約束を守れないんだ。

 

 鼻先に、水滴が落ちた。

 どんよりとした空から、雨が降ってきた。

 その雨にずっと打たれていると、急に雨が止んだ。

 

「センセ……」

 

 雨が止んだのではない。俺の頭上だけ、雨が弾かれている。ララが魔法で弾いてくれていた。

 

「ララ……」

「……帰ろう。風邪引いちゃう」

「……ララ、俺はお前に……謝らなくちゃ……」

「……いいよ、別に。センセが生きて帰ってきてくれた。それだけで、私は充分」

「……」

 

 己が惨めに思えてくる。

 

 救ってやりたかった弟を殺し、助けたかった弟は俺を助けて死に、妹との約束は破り、教え子との契約は破る。

 

 どうしてこんなにも俺は……どうしようもない役立たずなんだ。

 

「センセ……そう自分を責めるな。センセがそうだと……私も苦しい」

「っ……」

 

 そこで初めてララの顔を見た。

 

 ララは悲しそうにしていた。

 

 ――何をやってるんだ、俺は。

 

 ララを悲しませてどうするんだ。俺はこれからララを守らなければならない。七神からララを守らなければならない。それをどうして忘れていたんだ。

 

 いつまで己の世界に浸っている。俺にはまだ、ララを守るという約束があるだろう。

 

 手袋をはめた右手を見る。

 

 この身はまだ呪われている。勇者の力を一つ得たことによって今は抑えられてはいるが、呪いは再び命を蝕み始める。

 

 この呪いを解く方法も探さなければならない。ララを守るために、もっと力を手に入れなければならない。

 

 その為には……。

 

 ――光の予言書と闇の予言書を見つけ出しなさい。

 

「……ララ」

「ん……?」

「帰ろう、俺達の家に」

「……うん」

 

 先ずは原点に戻ろう。

 

 俺とララが出会った場所に――始まりの場所に。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章 七大精霊
第109話 プロローグ1


大変お待たせしました。
今回から第五章の始まりです。
ルドガーの物語をよろしくお願いします!


 

 

 

 精霊――それは世界を構築する七つの属性の集合体。『地・水・火・風・光・氷・雷』、それぞれの集合体が存在し、それぞれが守り神のような役割を持っている。

 精霊の存在を確認しているのは世界広しと言えどエルフ族だけである。それは精霊がエルフ族の大陸ヴァーレン王国にしか存在せず、精霊と関わりが深いのがエルフ族だからである。

 

 特に光の精霊ルークは光の神リディアスと同列視される程であり、エルフ族の中では信仰の対象だ。無論、他の精霊についてもルーク程ではないが信仰の対象となっており、エルフ族の魔法も神ではなく精霊との契約で発動する。

 

 精霊はヴァーレン王国の至る所に存在し、普段はその姿を見せない。それぞれの精霊は互いに干渉することはせず、自らが収める地を守っている。

 

 だが今日この時ばかりは違った――。

 

 大陸のとある森の中にて、強大な力を持った七体の精霊が一堂に会していた。

 その姿はただの光の球だが、円卓を囲んで何やら話し込んでいる。

 

『――魔王が復活した』

『――世界が再び混沌に包まれる』

『――だがこれは契機だ』

『――数万年に渡る奴隷からの解放』

『我らが宿願、今こそその時』

『しかし我らが鍵は未だ覚醒には至らず』

『時間が無い。真なる予言の時は近い』

『鍵に試練を与えるべきだ。覚醒を促さなければ』

『鍵は我らが国にいる。エルフの王に伝えよ』

『彼の者を――審判の鍵、ルドガー・ライオットに試練を与えるのだ』

 

 

 

    ★

 

 

 

 暗闇の中で叫び声が聞こえる。絶望と苦痛から来るその声は俺の肩にのし掛かってくる。まるで泥沼の中に足を突っ込んで歩いているみたいに足が重い。それでも叫び声から逃れようと必死に藻掻いて歩く。

 

 何処だ……出口は何処だ……。いつまでこうしていればいい……どうやったら此処から抜け出せるんだ……。どうして俺は此処に……どうして……何でこんな所にいるんだ……。

 

 ――お兄ちゃんは僕達を見殺しにしたんだ。

 ――あんなに苦しかったのに。

 ――お兄ちゃんは逃げたんだ。

 

 違う、違う……俺は……俺は本当は助けたかったんだ。お前達を見殺しにするつもりはなかったんだ。お前達は俺の大切な家族で、何よりも愛していた。

 

 ――うそだ。だったら見殺しにしなかった。

 

 違うんだ……俺は本当にお前達を――。

 

「だったら何で僕を殺したんだい?」

「――ッ!?」

 

 目の前にアーサーが立っていた。胸に大きな穴を空け、血塗れになった俺の弟が。

 

「兄さんは僕を殺したんだ。その手で、兄さんが、僕の身体に穴を空けたんだよ」

 

 右手が生暖かく感じた。その手を見ると、血で真っ赤に染まっていた。驚いてその手を振って血を払おうとするが、血は俺の手から離れようとしない。

 

 そうだ――俺はこの手でアーサーを貫いた。妹を守る為に、救うはずだった弟を俺が殺した。

 

 アーサーは血塗れの顔で狂気染みた笑みを浮かべた。

 

「僕から姉さんを救ったんだ。本望だろう? 弟を殺して妹を救ったんだ……兄の鑑だね」

「アーサー……俺は……許してくれ……俺はお前を……」

「……そう言えば、カイはどうしたんだい? 僕を殺して、救えたのかい?」

「……!?」

 

 俺振り向いた。そこには俺のもう一人の弟がいた。胸元を血だらけにし、生気の無い顔で俺を見つめていた。

 

「大兄上――どうして助けてくれなかったんだ――?」

 

 その瞬間、俺は悲鳴を上げた。

 

 

 

    ★

 

 

 

「センセ! センセ! ルドガー!」

「っ――はっ――!?」

 

 目を開けると、寝巻姿のララが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 何があったのか分からず呆然としていると、ララが俺の顔に触れる。ヒンヤリとした手が俺の額に触れて汗を拭う。

 

「センセ、大丈夫? もの凄く……魘されてた」

「はぁ……はぁ……魘され……そうか……夢……夢か……」

「……毎晩酷いけど、今日のは特に酷かった」

 

 俺が落ち着いたのを見ると、ララはホッと一息吐いてそのままベッドに座る。

 

 もうあの悪夢を見始めて随分経つ。アーサーを殺し、カイの命を糧に蘇ってからずっと見続けている。殆どは俺の弟妹たちが出てくるが、偶に他の人物も出てくる。俺が今まで殺した魔族、大戦で俺と一緒に戦って死んだ者たち。その全員が出てきて俺に恨み言を叫んでくる。

 

 もうずっとだ。どんなに心を落ち着かせる霊薬を飲もうとも、望んだ夢を見られる霊薬を飲んでも一向に悪夢から逃れられない。

 

「センセ……それ」

 

 ララが俺の首に触れた。その指先には俺を蝕むようにして右腕から伸びている黒い線がある。

 魂殺の鏡……一度は症状を抑え込んだ呪いだが、呪いは消え去らなかった。呪いは再び俺を蝕んでいき、既に右腕は再び黒く染まり、ララが触る首筋にまで進んでいた。

 

「待ってろ、今、霊薬を持ってくる」

「いや、いや……大丈夫だ、必要ない」

「でも……」

「大丈夫だ……大丈夫」

 

 何とか落ち着きを取り戻し、ベッドに身体を沈める。半人半魔である俺は眠らなくてもある程度の期間は問題無い。だがもうそのある程度をだいぶ超えている。そろそろ睡眠を確保しなければ流石の俺も限界だ。

 

「……まったく」

「……おい」

 

 ララが俺の隣に寝転がった。ベッドは少し大きめとは言え、二人じゃくっ付かなければ落ちてしまう。

 

「……何だ?」

「何だはこっちの台詞だ。何してんだ?」

「センセの所為で飛び起きたんだ。もう部屋に戻るのも面倒臭い。このまま寝る」

「……お前、もうじき18なんだからそういうのは……おい、ったく……」

 

 結局そのままララは俺の腕を枕にして朝まで眠ってしまった。俺はというとそのまま眠らず朝までララの鼓動を感じていた。

 

 

 

 

 

 もうあれから一年と半年だ。もう少し経ってるかもしれないが、それぐらいの月日が流れた。

 この一年、魔王は復活したが世界に大きな変化は見られなかった。魔族が戦争を仕掛けることも、世界に災いが降り掛かることもなかった。

 

 しかし水面下では、いずれ来たる大きな戦いの準備を進めている。雷の勇者であるエリシアを筆頭に、各国の王達へ秘密裏に魔王のことが知らされた。光の勇者が魔王を復活させてしまい、当初は勇者に対してその責任や在り方を問われたが、勇者がいなければ魔王に立ち向かうことができないのも事実。残っている勇者達と国々が協力して軍事力の強化を始めた。

 魔王復活を知るのは各国の王達と極々一部の者達だけであり、世間はまだその真実を知らない。

 

 そして俺達がいるエルフの国でも戦いの準備を密かに進めていた。戦士達の育成は勿論のこと、魔法を組み込んだ兵器の開発と量産。エルフの王ヴァルドールの名の下に重鎮達が知恵を振り絞って魔王との戦いに備えている。

 

 そんな中、俺は呪いの解呪方法を探りながらアーヴル学校の教師として再び暮らしていた。

 

「ハァ……」

 

 朝、鏡に映る随分と顔色の悪い男の顔を見つめる。呪いが侵食し、悪夢に魘されて生気を失いつつある顔に腹が立つ。冷たい水で顔を洗い流し、隠匿魔法で目の隈や呪いの痕を消す。これで他の者には血色が良い肌色に見えるだろう。

 

『センセー! 朝食ができたー!』

 

 食堂からララが呼んでいる声が聞こえる。身嗜みを整え、食堂へと向かう。既にララ達は席に着いており、俺が座るのを待っていた。いつもの席に座り、朝食を食べ始める。

 

 何となしに、朝食を摂るララ達に目をやる。

 16歳から17歳を超えてもうじき18歳になるララは、魔族の血を半分流すからか以前よりもずっと大人びている。年齢的にも立派な成人として見られるだろう。

 エルフであるリインはたったの一年半じゃ外見は変わらない。ただ付き合いが長くなった分、ツンツケとした態度はそれなりに柔らかくなった。それでもまだ勝ち気な所は変わらない。

 

 そしてシンクだが――俺の目の前で朝食をガッツリと頬張っている『青年』がそうだ。

 

 青年……青年だ。いや、正確には青年と少年の間辺りか。年齢で言えばララと同じぐらい。たった一年半でシンクの成長は此処までに至った。シンクの身体が普通ではないのは理解していたが、こんな症例は初めて見る。きっと改造に改造を施されているのだろう。いずれはシンクの身体を調べておかなければ。

 

「んぐ……何、父さん?」

「いや、これも食うか?」

「あー、食べるけど……食欲無いの?」

「……最近どうもな。言っておくが、味は最高だ」

「当然だ」

「貴方、ずっと食べてないじゃない。やっぱりその腕……」

 

 リインが俺の右手を見て眉を顰める。今は魔法で普通の手に見せているが、解除すれば真っ黒に腐ったような手に戻る。この呪いの所為でせっかくのララの料理が喉を通らない。

 

 三人を心配させないように笑みを作り、呪いの苦痛を和らげるララ特性のティーだけを飲む。

 

「魔法で見せ掛けてるけど、顔も随分と窶れてる。今日は休んだら?」

「そういう訳にはいかない。生徒達に教えることが沢山ある」

「……」

「……あっそ。でも姉さんの所には必ず顔を出してよね。それを診てもらわないと。最近診てもらってないでしょ?」

 

 リインは頬を膨らませた。彼女の言う通り、アイリーンに呪いを診てもらっているが、最近はそれをしてもらっていない。どうせ診てもらってもこの呪いは解けない。それに呪いを診るアイリーンの顔を見ていると、俺が苦しめているようで辛く感じる。

 

 だが確かにそろそろ顔を出したほうが良いかもしれない。アイリーンが怒って俺の書斎に突入してくる光景が目に浮かぶ。

 

「分かった。放課後にでもな。俺は先に出る」

 

 俺は立ち上がり、さっさと用意を済ませて学校へと向かった。学校に到着し、授業の準備をして時間になったら教室に向かって授業を始める。何てことはない、ララと出会う前と同じありふれた授業だ。俺が知り得ている外の知識を子供達に教えていく。彼らが疑問に思ったことを真摯に聞き、ユーモアを交えて答えてあげる。

 

 こうして授業をしている間だけ、抱えている問題を頭から排除することができる。弟達の死、魔王復活、呪い、親父が遺した言葉――その複雑且つ難しい問題から解放されて心が落ち着く。

 

 一年半だ……一年半、俺は停滞している。エリシア達が魔王に対して頭を抱えて必死に動いているというのに、俺は何もできないでいる。心が押し潰されそうで、考えることすらできない。

 

 逃げている――たぶん、逃げているんだ。現実を直視する覚悟ができていない、今までのは悪い夢だったのだ、次に目を覚ましたらそこには家族全員がいるんだ、と……。そんなことばかり考えてしまっている。

 

「雲の上に生息する空鯨は――」

 

 だから俺はこうして授業に集中する。この時間だけが、俺を悪夢から解放してくれる。

 

 どうして――どうしてこうなってしまったのだろうか?

 

 黒板に押し付けていたチョークが潰れた。

 

「……」

 

 いけない……授業中にまでこんなことを考え始めてしまったら……。

 

 丁度その時、授業時間の終了を告げるベルが鳴った。

 俺は顔に笑みを貼り付け、生徒達へと振り返る。

 

「今日は此処まで。次回までに空鯨に関するレポートを纏めて提出するように」

『はい、先生』

 

 生徒達が教室から出て行き、俺は一人で教壇の椅子に腰掛ける。呪いの所為か疲れやすくなった身体に苛立ちながら大きな溜息を吐く。

 

 前に進まなければ……。魔王が復活してから一年半、かなり無駄な時間を過ごしてしまっている。それだけの時間を魔王にも与えてしまった。力を完全に取り戻すには充分な時間かもしれない。

 

「……立てよルドガー。弟の命を犠牲にしてるんだ……立ち止まってる暇は無いだろ」

 

 もう放課後だ。アイリーンが怒鳴り込んでくる前にこっちから会いに行こう。

 

 俺は重い腰を上げて教室から出て行った。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110話 プロローグ2

やっと更新です。

実は主人公のファミリーネームが誤字ってたり、年月日が狂ってたりとしていたので微修正。

新章ですから更新頻度を戻したい……。


 

 

 アイリーンの書斎室前にやって来た。少々躊躇いながらもドアをノックすると、中からアイリーンの声が返ってくる。

 

『はい、空いていますよ』

 

 ノブに手を伸ばし、ゆっくりとドアを開く。部屋の中ではアイリーンが机に向かって何やら書き物をしていた。ただ本を開きノートに字を書いているだけだというのに、その上品な佇まいが彼女の美しさを更に強調しているようだった。

 

「……すまない。忙しかったか?」

「あ、ルドガー先生でしたか。いいえ、そんなことはありません」

 

 学校では、アイリーンは俺のことを先生呼びをし、それ以外では様付けで呼ぶようになった。様付けはやはり止めないかと改めて提案したが、どうしても様が付いてしまうということで受け入れることにした。決して、ルドガー呼びにならなくて残念がってはいない。俺も校内ではアイリーンのことを先生付けで呼んではいるが、私用の時はアイリーンで通している。

 

 アイリーンが杖を一振りすると、部屋の隅から椅子が机の前に引っ張り出され、俺はそれに腰を下ろす。

 

 アイリーンの書斎は魔法の研究室にもなっている。ズラリと並んでいる本棚には魔導書がビッシリと詰め込まれ、幾つもある棚には古い魔法道具から新しい魔法道具まで置かれている。俺も魔法道具の知識はそれなりに持ち合わせているが、見たことも使い方も分からない道具もある。

 

「やっと来て下さいました。もし今日来られなかったら……」

 

 ニッコリ、とアイリーンは威圧的な笑みを浮かべた。とても……とても威圧的で、数々の修羅場を潜り抜けてきた俺でさえある種の覚悟を決めてしまいそうになった。

 

「さ、腕を診せて下さい」

 

 俺はシャツの袖を捲り、隠匿魔法を解除する。肌色だった右腕は黒く腐ったものに戻り、呪いの瘴気を発する。アイリーンは机を回り込み、俺の右腕に触れて持ち上げる。手に淡い光を灯し、光の魔力による癒しの魔法を右腕に流し込んでいく。我慢していた苦痛がほんの僅かだが和らいでいく。

 だがそれもほんの僅かな間だけだ。またすぐにいつもの苦痛に苛まれる。アイリーンもそれは分かっているはずだが、諦める事無く治療してくれている。

 

 アイリーンはずっと『魂殺の鏡』について研究し続けてくれている。学校や城にある大図書館から古い魔導書を片っ端から手に取り、闇属性の魔法について調べては呪いを解こうとしてくれている。残念ながら何の進歩も無いまま一年半が過ぎ去り、呪いは進行している。

 

 俺が闇属性の魔法を使えるようになれば或いは解呪できるのかもしれないが、生憎とまだその域までには至っていない。闇属性の魔力が生まれる原理は理解したが、それを成せるだけの力が俺には備わっていない。

 

 備わっていない、は語弊かもしれない。厳密に言えば、素質は持ち合わせている。全属性に適正がある俺は理論上体内に全属性の魔力を取り入れる、又は練り上げる事が可能だ。だがそれは身体の中に火薬を入れて爆発させるようなものだ。猛毒を流し込むと言ってもいい。

 

 アーサーが闇属性の魔力を生み出せていたのは、恐らくだがグリゼルによって刻まれた刻印による効力が副作用を抑え込んでいたのだろう。しかしそれでも此処ぞという時にしか使えなかった。呪いを掛けたり親父を蘇らそうと俺に魔法を掛けた時にしか。それでも破格の効力だが。

 

「……前回に診た時よりも呪いが進んでいます。まだ先生の力が最後の一線を越えないように押し止めていますが、このままではそれも越えてしまいます」

「……遺書でも認めておくか」

「馬鹿なことを言わないでください。いくら先生でも、その発言は許しません」

 

 うっかり漏れてしまった言葉にアイリーンが目尻を立てた。

 

 いけない、随分と精神的に参っているようだ。人前でこんな後ろ向きな発言をしてしまうなんて……。まぁ、それも仕方が無い。呪いの所為もあって肉体も心も休む事ができていないのだから。

 

「昨日見付け出した魔法を試してみます。解呪できなくとも、進行を遅らせたり戻すことができるかもしれません」

「……なぁ、アイリーン。正直に言ってくれ――――どれぐらい時間が残ってる?」

「絶対に解呪してみせます。ですからその問いには意味がありません」

 

 魔法を施すアイリーンの手をそっと掴み、右腕から離す。アイリーンの綺麗な青い瞳から目を離さず、真剣であると伝える。

 

「答えてくれ。希望的観測なんてものはいらない。事実が知りたい」

「希望なんてものじゃありません。先生は呪いなどで死ぬことはありません」

「アイリーン」

「――――」

 

 アイリーンの手を握る力を強める。彼女の手が震え、彼女は唇を噛み締める。泣きそうで、辛そうで、憤りの表情を見せ、やがて口を開いてくれた。

 

「――良くて一年……悪くて……半年です」

「……そうか」

 

 俺の命はあと半年で呪いに殺される。それまでに解呪しなければ、ララを守ることはそれ以上できなくなる。解呪は絶望的、俺が闇属性を扱えるようになるのも見えてこない。

 であれば、早くて残り半年以内に全ての戦いに決着を付けなければならない。予言とやらをさっさと片付けて、ララが平穏に暮らせるようにしていかなければならない。

 

 そんなこと――本当にできるのか? こんな様で神々からララを守ることができるのか?

 今の俺にいったい何が――何をしてやれると言うんだ?

 そんなの――戦うことしかないだろうが。

 

「……ルドガー様。どうか、どうか諦めないでください。貴方様は決して呪いに負けません。私が、私がこの命に替えてでも必ず呪いから解放させてみせます」

 

 アイリーンの手が俺の手に重なる。

 

 どうして彼女は此処まで俺に尽くしてくれるのだろうか? たった三年ちょっとの付き合いだと言うのに、どうしてそう己が身を懸けることができるんだ?

 

「アイリーン……どうしてそこまでして俺を助けようとしてくれるんだ?」

「それは……」

 

 アイリーンの口が止まった。俺から顔を逸らし、「ぅー……ぁー……」と声を漏らすだけで話そうとしない。

 

「……それは?」

「えぇっと……あ、貴方様が……ゆ、勇者様ですから」

「……それは違う。俺は勇者達の兄であって、俺が勇者って訳じゃない」

「いいえ、勇者様です。少なくとも……私にとっては」

「……?」

 

 はて……? それはどういう意味だろうか? アイリーンとはアルフの都に来てからの付き合いのはず。確かにエルフとの交流は大戦中にもあったが、それはフレイ王子が率いるエルフの戦士達とだ。フレイ達と一緒に戦場を戦い抜いたが、その時も俺は勇者とは名乗らなかったし、彼らも『英雄』とは呼んだが勇者とは呼ばなかった。何か個人的にアイリーンが俺を勇者として見るような出来事でもあっただろうか?

 

 俺は記憶を遡って見たが、心当たりがあるような過去は思い浮かばなかった。アイリーンにもっと詳しく話を聞かせてもらうという手もあるが、言葉を濁しているということは話したくないのだろう。俺は聞かずそのままにしておくことにした。

 

「と、とにかく、私は先生を必ずお助け致します。ですから、どうか諦めないでください」

「……あぁ、そうだな。すまない、ちょっと弱気になっていた。最近、眠れていないからそれでかな」

「まぁ……。でしたら眠りにつける魔法の香をご用意しましょうか?」

「お願いしようかな」

「はい。ですがその前に、右腕に魔法を施しますね」

 

 右腕をアイリーンに差し出し、魔法を掛けてもらう。やはり解呪することはできなかったが、心なしか身体が楽になった気がした。いつものように一時的なものかもしれないが、それでもいつもより効果的に思えた。

 

 

 

    ★

 

 

 

 その日の夜――。

 

 アイリーンから貰った魔法の香を焚いて眠りにつき、夢に魘されることなく静かな夜を過ごしていた。何度か起きてしまったが、またすぐに眠りにつけるようにはなっていた。

 

 しかし、その時間も唐突に終わりが来る。

 

 突然、寄宿舎の玄関からけたたましい音が鳴り響いた。ノックにしては乱暴で、まるで殴り付けているかのようだ。

 

 俺はすぐに目を覚まし、ナハトを手に握って一階へと下りる。ララとリイン、そしてシンクも起きて何事かと警戒しながら下りてくる。三人に離れているように伝え、ドアの向こうにいる者に声を掛ける。

 

「誰だ?」

『夜更けに申し訳ありません! 至急、ルドガー様に登城するようにと、王から御命令です!』

「何?」

 

 相手はエルフの戦士だった。

 

 王が俺を呼んでいる? それもこんな夜中に?

 

「センセ……」

「……お前達は寝てろ」

 

 これは只事じゃない。俺はすぐに向かうと戦士に伝え、上着を羽織って寄宿舎から出る。

 馬小屋からルートを連れ出して跨がり、できるだけ急いで城へと向かった。

 城に入り、案内された場所は会議室だ。そこでは寝巻姿のフレイ王子と玉座に疲れたようにして座り込んでいるヴァルドール王がいた。

 

「ルドガー、只今参りました」

「友よ、夜更けにすまない」

「いや、それより何があった?」

 

 フレイ王子にそう尋ねるも、首を振るだけで何も分からない。ただ玉座に座る王を一瞥し、深刻そうな表情を浮かべるだけだ。

 王は俺を見ると疲れ切った顔を引っ込め、重っ苦しい声で話し出す。

 

「……先程、天啓を受けた」

「天啓、ですか?」

「左様……それも『七大精霊』からだ」

 

 七大精霊――それは七つの属性をそれぞれ司る精霊の呼称。エルフにとって神に等しい存在のことだ。

 通常、精霊は精霊魔法の契約以外ではエルフに接することは無い。その姿を目にすることも、ましてや言葉を聞くことなど長寿のエルフですら極稀なことだ。

 

 それなのに王は『七大精霊』から天啓を受けたと――そう言った。

 七大――つまり全ての精霊からだ。そんなの、エルフの歴史上でも初期の初期ぐらいにしかないだろう。

 

「父上、それは本当ですか?」

「本当だ。夢の中で、七大精霊が私を囲んだ。そして私にある役目を与えたのだ」

「役目ですか?」

「ウム……その役目とはルドガー、お前に関することだ」

 

 いきなり俺の名前が出て驚いてしまう。

 

 何だ? 精霊に喧嘩を売るような真似はしてないぞ? 神に逆らったから精霊からも敵対されるのか?

 

 俺のそんな心配を余所に、王は静かにそれを告げる。

 

「ルドガー、私はお前に命じねばならん。即刻、アルヴヘイムへと向かい七大精霊の試練を受けよ」

「アルヴヘイム? アルヴヘイムとは……あの伝説の?」

 

 我が耳を疑った。その名は伝説上でしか聞いたことがない。

 精霊と妖精が住まう伝説上の土地。妖精とは精霊の眷属のようなもので、その姿形は様々だ。

 アルヴヘイムはヴァーレンの何処かにあるだとか、異世界にあるだとか、地下世界にあるだとか色々言われているが、その存在を確認できたことは一度も無く、空想上の存在だと思われている。

 親父は実在するとは言っていたが、それでも確固たる証拠が無いから伝説上という認識でしかなかった。それが、実在するのか?

 

「父上、本当にアルヴヘイムが存在するというのですか?」

 

 フレイも知らないようだった。フレイは少しばかり興奮した様子で王に迫る。

 

「私もこの目で見たことは一度も無い。だが我らが祖先はその地に足を踏み入れている。だからこそエルフ族は精霊との繋がりが深い」

 

 ヴァルドール王ですら実際に見たことが無い伝説の地。そんな地にいったいどうやって向かえと言うのか。それ以前に、どうして俺が試練とやらを受けなければならない? ララを守ることだけでもう精一杯だと言うのに、何故精霊側の事情に巻き込まれなければならない。

 

 正直に言おう、できることなら断りたい。ただでさえ俺には時間が残されていないんだ。もう一年半も時間を無駄にした。これ以上無駄にはできないんだ。

 

「王よ、何故自分がその試練とやらに? 私は聖女であるララを守るので精一杯なのですが……」

「そんなもの、私が訊きたい。何故エルフではないお前が、それも人と魔の混血がアルヴヘイムに呼ばれるのか理解しがたい。だが七大精霊がお前を呼んでいるのは確かだ。私はお前をアルヴヘイムへと案内しなければならない」

 

 頭を抱えた。理由も分からずに試練を受けさせられるというのか。いったい何だと言うのだ? どうして俺が精霊に目を付けられなければならない? まさかこれも、予言に読まれているとか言い出さないだろうな?

 

 俺が頭を抱えて黙り込んでいると、会議室のドアが開かれた。現れたのはアルフォニア校長で、眠いのか目をゴシゴシと擦りながら入ってきた。

 

「お呼びですかの? 我が王よ」

「エグノール、七大精霊によって天啓が齎された。ルドガーをアルヴヘイムへと案内し試練を受けさせねばならない」

「何と……彼の地へですと? それは真ですかの?」

 

 校長先生は眼をカッと開き、事の大きさに眠そうだった身体をビシッと真っ直ぐに伸ばした。

 王が本当だと肯定すると、校長は長い顎髭を摩りながら「ふむふむ」と頷く。

 

 俺には分かる、分かりたくないけど分かる。どうせこの後、例の言葉が出るんだ。

 

「――予言と一致しておりますな」

 

 ――ほらな? 出たよ、予言が。

 

 予想通りの流れに脱力し、王の前だが空いている椅子に腰を落としてしまう。

 もうこれで俺の逃げ道は無くなった。きっと俺はアルヴヘイムへと行くことになるだろう。

 

「件の予言……何処まで信じるつもりだ?」

「儂は予言を信じておるつもりはありませんぞ? 儂が信じるのはルドガー先生じゃ」

「……まぁ良い。予言のことは其方に任せる。私はルドガーを案内せねば」

 

 王は玉座から立ち上がろうとした。だが王の身体はガクッと崩れ落ちて玉座に座り込んだ。

 フレイ王子は慌てて王に駆け寄り、玉座から倒れようとした王を支える。

 

「父上!?」

「ヌゥ……天啓を受けてからというもの、気分が優れん」

 

 王の顔色は悪かった。先程よりも疲れが増してきているようにも見える。

 

「おそらく、精霊からの干渉により身体へ大きな負担が掛かっておるのでしょうな。七大精霊全員からとくれば、数日は引き摺ると考えたほうが良いかと」

 

 校長が髭を摩りながらそう予想付ける。

 それを聞いた王は首を横に振り、辛そうに喋り出す。

 

「いかん……ルドガーをアルヴヘイムへと案内せねば。道を知っておるのは代々エルフの王だけ……」

「父上、いけません! そんな身体では動けるはずありません!」

「だが――」

「私が父上の代わりに案内します」

「何だと……? いや、しかし……ウム。時間も無い。お前は私の子、次期王だ。特例で王の秘密を知ることを許そう」

 

 フレイ王子がヴァルドール王の代わりに案内をすることになり、王子は俺に向かってウィンクを飛ばしてきた。

 

 アイツ、城から抜け出す大義名分を得たと喜んでるだろ……。

 

「共はお前が選べ。良いか? 絶対にルドガーをアルヴヘイムへと案内するのだぞ?」

「お任せ下さい、父上」

 

 王子はニコニコ顔だった。

 俺は溜息を吐き、椅子から立ち上がる。

 

 もう今更何を言っても俺が試練を受けることは避けられない。だったらいっその事それを受け入れて準備を進めたほうが建設的だ。それに予言に読まれているのであれば、癪ではあるがララを守るために必要なことだ。やるしかないんだ。

 

「では私は準備を――」

「おっと、ルドガー先生。少し儂に付き合ってくれぬかの?」

 

 準備を進めて参ります――そう言おうとして校長に呼び止められた。

 校長は真剣な眼差しで言う。

 

「新たな旅に出る前に、先生には言っておかなければならぬ事がある」

「……?」

「『光の予言書』――つまり、君とララについての予言じゃ」

「――!」

 

 ――光の予言書と闇の予言書を見つけ出しなさい。光はエルフの国に、闇は魔の国にある。二つが揃ったとき、世界の真実が暴かれる――

 

 親父の遺言が、頭を過った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第111話 光神の予言

お待たせしました。難しくなっていたら申し訳ない。


 

 

 俺は校長室まで付いて行き、中へと案内された。校長は部屋の奥の壁に掛けてある、一人の老エルフと書斎の大きな絵画へと近付く。そしてその絵画に片手を文字通り突っ込んだ。まるで泥の中に手を突っ込むような感じで、校長は絵画の中を弄る。そして絵画に描かれていた一冊の本を掴むと、それを絵画から取り出した。どうやら絵の中に物を収納、もしくは隠す魔法だったようだ。

 

 校長が取り出した本は白く固い表紙の大きな物だ。挿絵は無く、随分と古そうな文字が刻まれている。その本からは不思議な魔力を感じる。小さいようで強大で、清浄に感じるかと思えば何処か恐ろしさも感じる。

 

 校長はその本を机の上にドンッと置き、一息吐いて俺に向き直る。

 

「さて……順を追って話そうかの。あまり時間は取れぬが」

 

 いつの間にか魔法で俺のすぐ後ろに椅子が現れる。それに座り、校長の言葉に耳を傾ける。

 

「まず初めに言っておこう。これは『光の予言書』の複製品じゃ。本物ではない」

「……何故、複製品が?」

「本物は最初のエルフ王、アーヴル王がアルヴヘイムへと持ち去り共に眠っておる。本物には予言以外にも超古代魔法が記されておったそうじゃが、あまりに危険ということで予言の部分だけを書き記したのがこれじゃ。予言を書いただけじゃというのに、それだけで神性を帯びるようになっておるのじゃ」

 

 アーヴル王と言えば、エルフの祖先と云われている伝説の存在だ。エルフの歴史が始まった時代、推定約五万年前。七神が覇権を巡って戦争を始めるより少し前の時代。光の神リディアスによって生み出された生命体がアーヴル王である。

 

 彼はリディアスの使徒として地上に生まれ落ち、既に存在していたとされる精霊や妖精と手を組んでリディアスへの信仰を深めていった。彼が持つ力は神のそれと同格だとされており、彼が使う魔法は現在では再現不可能とまで云われている。

 

 あくまでも伝説だ。彼の存在を実証する物は無く、文献や言い伝えでしかその名を見ない。しかしエルフ族が存在する以上、真相は兎も角としてアーヴル王の基になったエルフが存在することは間違いない。

 

「さてと、君が今聞きたいのは他の事じゃ。儂が今まで君に話していた予言は全て此処に記されておる。光神リディアスが読んだ予言がの」

「その前に聞いておきたいがあります」

「何かね?」

「以前、水の神殿にて水神の使いと名乗る存在と対話しました。その際、私が教えられた予言は『悪しき予言』と断言されました。闇神レギアスを復活させる予言だと。その書に書かれている予言は、レギアスの復活を示しているのですか?」

「ふむ……良い質問じゃな。実は儂も最初はそう考えた」

「……では今は?」

 

 校長は髭を一撫でし、落ち着いた様子でその問いに答える。

 

「確かにこれは、闇神レギアスの復活を望む予言じゃ」

「……」

 

 校長は、今確かに答えた。

 闇神レギアスの復活だと。

 

 闇神について俺は何も分からない。ただ闇を司る神であり、復活すれば世界の均衡が崩れる。

 この部分だけを聞けば、レギアスを復活させることは避けなければならない案件だ。世界の均衡が崩れるなど、絶対に碌なことじゃない。下手をすれば魔王復活よりも遙かに厄介な事だ。

 

 なのに、俺とララに読まれている予言は本当にレギアスの復活に関する物だった。

 

 それを校長は、あろう事かエルフの大賢者ともあろう方が、その予言を成就させようとしている? 一体全体どういう事だ?

 

 俺が校長の真意を尋ねようとした時、校長が先に手で俺を制した。

 

「先ずは間違いを正そう。闇神レギアスは世界の均衡を崩すのではない、寧ろその逆じゃ。彼の神こそ世界に真の均衡を齎すのじゃ」

「……どうしてそうだと?」

 

 校長がレギアスに対してどう思うが勝手だ。俺は神に対してどうこう思うことは無いが、大賢者がレギアスに対してそこまで入れ込むにはそれなりの理由があるはずだ。

 校長は一つ頷き、予言書の表紙を開いた。

 

「我らがエルフ族は七神の中でも光神リディアスを信奉しておる。それは何故か――リディアスこそ、唯一残された真なる神だからじゃ」

「真なる神? お言葉ですが、それは余所の種の前では口にしないほうが良いでしょう。最悪、大きな争いが起きる」

 

 それぞれの種族が掲げる神は違う。それぞれの神こそが絶対だと考える種族もいる。人族だけだ、全ての神を等しく信じて掲げているのは。

 

 エルフ族がリディアスを絶対神だと信じるのは別に良い。それは各種族の勝手であるし、それがその種族の社会でもある。しかしそれを他に押し付けることだけはあってはならない。それはきっと大きな災いを招く。

 

「いやいや、儂は何もそういう意味で言ったのではない。事実として、リディアスだけが現存する神の中で本物なのじゃ」

「……? それはどういう……?」

 

 校長は予言書のページを捲り、そのページの一節目を指さした。

 俺はその一節に目を通す。

 そこにはエルフの古代語でこう記されていた――。

 

「『古の神々は既におらず、後の世は偽りに染まるだろう』――これが意味するところは?」

「良いか、ルドガーよ。君は、いや君だからこそ世界に蔓延る欺瞞を見破ることができる」

「何故?」

「君が【ルドガー】だからじゃよ」

 

 そう言って校長は違うページを開いて指を指した。

 指先にある一節には、名が記されている。

 

『黒き髪と赤き眼を持つ者、【闇の勇者】として覚醒す。其は名を【ルドガー】と冠し、闇神の剣となりて偽りの世界を打ち破るであろう』

 

 その名は、俺が獣から人になってから付き合い続けてきたものだ。

 俺の親父が俺に名付けた、俺の名前――。

 

「リディアスは君を予見しておった。君が闇の勇者として覚醒し、世界を救うのじゃ」

「――俺が……勇者……?」

 

 まさか、そんな……俺が勇者……? それも闇の? いったい何だ、それは? 俺はただの半人半魔で、孤児で、教師で、魔王の息子で、勇者達の兄で――。

 

「君はもうとっくに気が付いておるのじゃろう? 自分が特別な者だと」

「……っ」

 

 その言葉で、無意識に考えていたことが頭の中で鮮明に浮かぶ。

 

 人族と魔族の混血であること、全属性に適性があること、そして勇者の力を得て扱えること。

 

 魔族の魔力は他種族の身には猛毒だ。その猛毒に耐え、更には完全に自身の物にして今の今まで何の問題も無く生き残れている。

 全属性の魔力を扱えるのも、ララを覗けば俺と親父しか知らない。そういう意味では稀少で、これも特別な事である。

 そして何より、勇者だけが手に入れられるはずの力を、俺はこの身に宿して使うことができる。これが一番、俺が特別な者であると証明しているようなものだ。

 

 なら、予言に書かれている事は真実なのか? 俺が『闇の勇者』になるから、全ての魔力も他の勇者の力も扱えるのか?

 

「……いったい俺は、何なんだ?」

「……君は君じゃよ」

 

 校長は俺に優しく微笑む。

 

 いったい校長には俺の何が見えているのだろうか?

 

 何でも見通していそうなその蒼い瞳に、俺は気押されてしまった。

 

「さて、本題に入ろう。君はこれから、七大精霊の試練に挑む。それについても予言がされておる。予言では試練を乗り越えるとされておるが……油断はできぬぞ? 七大精霊はリディアスと同じく、最古から存在する尊きモノじゃ。決死の覚悟で挑まねばならぬ。然もなくば予言は成就せず、世界は偽りに包まれたままじゃ」

「校長、結局のところ偽りとは何ですか? 何故光神が正しいと、そこまで断言できるのですか?」

「では訊くが、仮に他の神々が真実を言っているとして、君は認められるのかね? 神々が、君の大切なララを殺すのを」

 

 息を呑んだ。そうである、神々はララを殺そうとしている。闇神レギアスによって選ばれた闇の聖女であるララを、レギアス復活を阻止するために亡き者にしようとしている。他の六神を正しいものと捉えるのなら、ララが殺されることを認めなければならなくなる。

 

 当然、それは認められない。例えララが闇の聖女だとしても、あの子はただ平和を望む心優しき少女だ。守られるべきただの女の子だ。だからこそ、俺は神々と敵対してまでララを守ることを望んだ。

 

 だが、それはそれだ。それだけで、リディアス以外の神が嘘を吐いているとは断言できない。知るべき情報がまだ少な過ぎる。まだ真相に辿り着くための重要なピースが幾つも足りていない。迂闊にリディアスの予言通り歩んでしまう訳にはいかない。もし闇神レギアスが均衡を崩すモノならばそれを阻止しなければならない。逆にリディアスの予言が正しいのなら、レギアスは復活するほうが善なのかもしれない。

 

 分からない、判断ができない。分かっていることは、例えレギアスがどちらであったとしても、ララを絶対に守るということだけだ。

 

「……リディアスは、ララをどうするつもりですか?」

「少なくとも、あの子を死なせるようなことは書かれておらぬ。君とララが真なる存在に成り、その力を合わせて闇神は復活する。その真なる存在に成る為に、君は七大精霊の試練を乗り越えなければならぬ」

 

 俺は机の上に置かれている予言書を見つめる。

 

 いったいリディアスと他の神々の間で何があったのか、どうして予言に食い違いがあるのか、闇神レギアスは世界にとって祝福なのか禍なのか、偽りの世界とは果たしてどういう意味なのか、分からないことが多すぎる。果たしてそれもその予言書に書かれているのだろうか? 俺とララはいったい、何に巻き込まれているのだろうか?

 

 尽きない疑問を今は強引に飲み込み、はっきりしている部分だけに焦点を当てる。

 

 兎も角俺は、予言がどうであれ七大精霊の試練を受けて乗り越えなければならない。生きて戻るためにはそうするしかないのだ。

 

 それにだ――それとは別にもう一つ目的ができた。

 

 オリジナルの光の予言書はアルヴヘイムにある――それが本当なら、俺はそれを見付けなければならない。親父が俺に伝えたあの言葉。光の予言書と闇の予言書が揃ったとき、世界の真実が暴かれる――それが偽りの世界というモノを解き明かしてくれるかもしれない。

 

 そう考えれば、ゴチャゴチャとした頭がスッキリした。

 

 やることは二つ――試練を乗り越えること、光の予言書を手に入れること。それさえ分かっていればどうとでもなる。難しいことはその後で考えれば良い。

 

「……どうやら、やるべき事を見付けたようじゃな?」

「取り敢えずは。しかし校長、最後に一つお聞きしたいことがあります」

「何かね?」

「何故、今まで教えてくれなかった事を、今になって教えるのですか?」

 

 俺がそう尋ねると、校長は予言書をパタンと閉じ、浮遊させて背後の絵画の中へと戻した。

 

 そして静かに申す――。

 

「予言とは必要な時に必要なだけじゃよ、ルドガー先生。儂はまだまだ予言について君に教えておらぬ事が多々ある。それは儂がリディアスの予言を何としてでも成就させなければならぬからじゃ。何故儂がここまでこの予言に拘るのかは……すまぬが今はどうしても言えぬ。じゃが信じてほしい。儂は何があっても君とララの味方でおる。決して君達の命を害することはせぬ。考えもせぬ。その理由も言えぬが……。言えぬ事ばかりで何も示せず申し訳なく思う。いつかこれを打ち明けられる日が来ると良いが……」

 

 アルフォニア校長はそう言って申し訳なさそうに目を伏せた。

 

 俺だけだろうな、エルフの大賢者をそんな顔にさせることができるのは。

 校長が何を考えているのか、俺にはほんの少しぐらいしか推察することはできない。

 しかし、この大賢者が世界を破滅を望むようなことはありえないと断言できる。

 本当に破滅を望んだ者を俺はこの目で見て、この手で殺しているからこそ分かる。

 校長は、本当に世界を救おうとしている。そこにどんな犠牲があるのかは不明だが、少なくとも、その犠牲を良しとは考えていない。

 校長が言えぬのなら、俺自身がそれを見付けるしかないか――。

 

「……分かりました。一先ず、それで良しとしましょう」

「そう言ってくれて助かるのう……。さて、少し長くなってしまったかの? 予定では明朝に出発じゃ。また生徒達には先生の授業が受けられなくなると謝らなくてはのう」

「そろそろ教師としての立場が無くなりそうで心配です」

「ホッホッホ」

「いや笑い事じゃないんだが……」

 

 柔やかに笑う校長とは違い、俺は乾いた笑みしか出なかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112話 旅路と神話

最新話です。また、時間が掛かっちゃいました……。


 

 

 ――明朝。

 

 俺は出発の準備を済ませ、寄宿舎の前にいる。ララ、シンク、リインが見送りの為に起きて外に出て来てくれている。

 今回の旅、というより試練は俺だけが受ける。もうララに掛かっている守護の魔法は完璧に仕上がっており、俺が近くに居なくてもその効力を強く発揮できる。態々ララを危険な場に連れて行く必要は無い。

 

 アルフの都に帰ってから造り上げた、魔法を組み込んだ籠手と具足を装備し、あとは黒皮のジャケットコートを纏いナハトを背負う。

 本当は以前のように鎧が欲しいところだが、半魔である俺の力に耐えられる素材となると、魔族の大陸にしか無いだろう。親父から貰ったあの鎧が一番しっくりきていたが、無い物は仕方がない。今回も軽装で挑むことになった。

 

「それじゃ、行ってくる」

「……」

「……そんな顔するなよ」

 

 ララは拗ねたような顔をして俺を睨んで来る。

 最初、俺が試練に行くと話したら俺が何を言うまでもなくララは付いていくと言い出した。それが当然だと、それが大前提だと言わんばかりに荷物を纏め始めた。俺一人で行くと伝えると、ララは「は?」と額に青筋を立てて俺を睨み、絶対に付いていくと言って中々聞かなかった。最終的に説得はできたものの、もの凄く機嫌を損ねてしまった。

 

「ふん……」

「態々お前が危険を冒す必要は無いんだ。都に居てくれたら、俺も安心できる」

「……でもセンセは危険を冒すんだろ? センセの命は私のだぞ。あの時の契約を守らないつもりか?」

 

 それを持ち出されるのは困るが、俺はこの試練で死ぬつもりは無い。命を懸けることにはなるだろうが、無事に帰ってくれば契約を破ることにはならない。

 

 まぁ……アーサーとの戦いで一度死を受け入れてしまった手前、俺はララに対して負い目を感じて強く出られない。ララをいつまでも守り続ける――その契約を二度と破らない為に、俺は絶対に死ぬわけにはいかない。

 

「必ず帰る。それなら契約違反にはならないだろ?」

「……一度破ったくせに」

「それは……何度も謝っただろ」

「謝って済むものじゃない」

「済ませてくれたお前には感謝しかないよ。精霊の試練なんて、弟や魔王相手に比べたら楽なもんだ。必ず帰るから、それまで待っててくれ」

 

 俺はルートに跨がり、手綱を握る。

 リインとシンクに顔を向けて、留守の間を頼む。

 

「リイン、ララとシンクを頼む」

「ええ」

「シンク、ララを頼むぞ」

「任せてよ、父さん」

 

 ルートを踵で蹴って走らせる。都の城門前でフレイ王子が待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さ、準備しろ」

「あの……ララ様? 本気なんですか?」

「愚問。聖女である私がこの程度で退く訳がない」

「姉さん、あまり父さんを困らせるのは……」

「違うぞ、シンク。センセが私を困らせてるんだ」

『……はぁ』

 

 

 

    ★

 

 

 

 城門に辿り着けば、既にフレイ王子が一人の女エルフと一緒に待機していた。

 そう言えば、お供を付けるとか言っていたな。てっきり屈強な戦士の一人を連れてくるのかと思ったが、そうではないようだ。いったい誰――。

 

「……アイリーン先生?」

「あ、ルドガー様」

 

 そこに居たのはアイリーン先生だった。伝統的な戦士の装束に緑のローブを纏い、背中に弓矢を背負った姿で俺を待っていた。出立の度にいつも見送りには来てくれていたが、今日のそれは明らかに違う。どこからどう見ても同行する為に待っていたようにしか見えない。

 

 俺が驚いて固まっていると、アイリーン先生の側で座り込んでいたフレイ王子が立ち上がり、俺にアイリーン先生が此処に居る理由を話し始める。

 

「ルドガー、今回の旅はアイリーンに同行してもらう」

「……何故?」

「この都で一番優秀な魔法使いだし、古の文献にも造詣が深い。アルヴヘイムについても、彼女は第一人者と言っても過言ではない。と言うか『様』って何だ? まさか二人はそういう――」

 

 フレイ王子、いやフレイの馬鹿は言葉を途中で止めて、俺とアイリーン先生を指して何かを理解したように何度も頷く。そのムカつくほど整った顔に今すぐ拳を叩き込んでやりたいと激情に駆られたがそれをグッと堪え、掌から水を出して馬上からフレイに投げ付けるだけにした。

 

 ルートに乗ったまま、アイリーン先生に事情説明を求める。

 

「殿下から同行を求められまして。断る理由も無く、ルドガー様の手助けになるならと引き受けたまでです」

「……フレイ。試練を受けるのは俺だけだろ? 何で彼女を巻き込む?」

「手は多いほうが良い。アイリーンなら必ず力になる」

「……分かった。精霊やアルヴヘイムについて俺は詳しくない。世話になる、アイリーン」

「はい、全力を尽くしますわ」

 

 取り敢えず、アイリーンの同行を了承し、都を発つことにする。

 フレイとアイリーンは自分の馬に跨がり、城門を飛び出していった。森へと続く道をフレイを先頭にして走り、都から離れていく。

 

 急遽決まった新たな旅路。七大精霊から試練の招待なんて予想だにしなかったが、また命を懸けた戦いが待っているのだろう。どれだけ危険なのかは分からない。俺にその試練が乗り越えられるのかも分からない。

 

 だがこれだけは分かっている。否、確定している。

 

 俺は必ず生きてララの下へ帰る。今度こそ約束を破らず、胸を張って堂々と帰る。

 

 親父を殺し、弟を殺し、呪いで命の灯火が消えかかっている今、それだけが俺にとって生きる目的なのだから。

 

 ララだけが――俺が生にしがみ付ける唯一の理由なんだ。

 

 

 

 

 

 

 都を出発して暫くが経った。森の中を移動し続け、既に太陽に光があまり差さない深さまで来ている。エルフの大陸ヴァーレン王国は広大な森が幾つも存在し、清浄な魔力で包まれている。森を抜けたら大草原が広がり、川が流れ、動物や魔法生物たちが悠々と暮らしている。

 

 今走っている森を抜ければ最初の草原に出て、また別の森へと入るとフレイは言う。その森に辿り着くまで、まだ一日掛かるそうだ。馬を走り続けさせる訳にもいかず、休憩を挟むとどうしてもそれぐらい掛かってしまう。

 

 思えば、ヴァーレン王国に来て七年経つが、この大陸を旅したことは無かったな。都からある程度離れた場所までは足を運んだことはあるが、今回はそれを越えることになる。そう考えれば、新たな世界を目にするチャンスなのだと心が躍ってしまう。

 

 世界はエルフと人族の大陸だけじゃない。南へ行けば獣族の大陸があり、海には水族の国があり、空には天族の国がある。俺は確かに世界を回ったが、それは人の脚で行ける範囲だけだ。水族の国にはたった一度だけ、しかもほんの僅かな間しか居られなかったし、天族の国に至っては正確な場所すら知らない。

 

 世界は広い――。もし俺が違う生き方をしていたら、それはきっと冒険家になっていただろう。そして、その冒険で見てきた物をララに……。

 

「っ――」

 

 そんな、有り得なかった未来の情景に耽っていたら、右腕が痛み出した。まるで現実から目を背けさせないと主張するかのように、お前の命はもうすぐ地獄へと落ちるのだと訴えるように、右腕の呪いが俺を蝕む。

 

「ルドガー様、右腕が痛むのですか?」

「……いや、大丈夫だ。もう治まった」

 

 ふと、考える事がある。この一年半、ずっと呪いによって蝕まれながら考えている。

 

 俺とララには予言がある。その予言の内容がまだずっと先のこと、何年も先の事であるのならば、それはこの呪いも織り込んだものなのだろうか。

 

 つまり、俺がこの呪いで死ぬとしても、それは予言が成就された後のことなのだろうか。であるのならば、残りの時間から見て予言の時はそう遠くない未来、命が尽きるこの一年以内のはずだ。その短い時間で、いったいどんな事が起きると言うのだ。

 

 その大凡の答えは、昨晩聞いた。俺とララは、闇神レギアスを復活させる。そして世界に均衡を齎すという、どうにも曖昧なモノだった。

 

 世界の均衡とは何だ? 今が均衡的ではないと言うのか? 世界の偽り、闇の勇者、訳の分からないことばかりだ。全てを咀嚼し、理解して受け入れるにはあまりにも抽象的過ぎる。

 

 それ以外にも世界には大きな問題がある。魔王が復活しているんだぞ? 今はまだ力を蓄えている期間だが、いずれは完全に復活して再び大戦が始まってしまうかもしれない。

 

 正直手一杯だ。もう生きられる時間が少ない俺に、これ以上何をさせるつもりなんだ?

 

「ハァ……」

 

 思わず溜息が出てしまう。ララを守ることだけに集中しているのも、実はこの複雑怪奇な状況から目を逸らしたいからでもある。

 

 戦場でただ剣を振るっていた頃が懐かしい。いっそ恋しくもある。眼前の敵を屠るだけで良かった。何も考えず、何も思わず、ただ手に握る剣で骨肉を両断するだけで良い。それがどれだけ楽だったことか。

 

 それと比べると、今の状況は全く以て――面倒だ。

 

「ハァァ……!」

「溜息が多いぞ、ルドガー。まだ旅だって半日も経ってないというのに」

「うるせー。お前のように気楽に生きていけたらどれだけ楽か……」

「『俺』だってそんなに気楽じゃないさ。王に相応しくあれと、色々とやらされてるんだから」

「……『俺』、ねぇ」

 

 フレイの一人称が『私』から『俺』に変わっている。

 フレイは公の立場や城にいる時は『私』と言うが、こうやって都から出てただのフレイになる時は『俺』を使う。フレイもフレイなりに、自己を切り替えていかなければやっていけないのだろう。

 

 まぁ、『俺』を使う時は大抵面倒事が起きることが多いのだが……。

 

「フレイ、お前はただアルヴヘイムに案内してくれるだけで良いんだからな? それ以外のことはしてくれるなよ?」

「おいおい、冗談だろ? せっかくお前とまた旅ができるんだ。命懸けで楽しまなきゃ、死んでも死にきれない」

「何だよ、お前も試練に挑むつもりか?」

「七大精霊の試練、お前だけ味わわせるのは勿体ない。ついでにアルヴヘイムも探検しようじゃないか」

 

 フレイは目を輝かせ、ニヤリと笑った。俺は歩くルートの上でがっくしと項垂れ、フレイらしいやと苦笑する。

 

「お前、道案内を名乗り出たのはそれが本命だな? まったく……しょうがない奴だ」

「殿下……あまり陛下に心配を掛けさせないほうがよろしいかと」

 

 アイリーンが困り顔でフレイにそう提言するも、フレイはキラキラと輝く歯を見せながら笑う。

 

「案ずるな。俺は俺でちゃんと考えている。父上のように城の中で王になるより、世界をこの身で知って王になるほうが、エルフの繁栄に繋がる。父上が思う王よりも、俺は大きな王になるのさ」

 

 そう、フレイは胸を張って言いのけた。フレイの考えを聞いたアイリーンは「まぁ……!」と尊敬の眼差しを向けるが、俺は騙されないぞ。

 

 こいつは自身の好奇心を満たす為に後付けの理由で正当化しているだけだ。仮に本気であっても、最優先するのは好奇心に他ならない。

 度々、こいつが次期王で本当に良いのかと思うことがあるが、ヴァルドール王にはフレイしか子がいないし、フレイも何だかんだで民のことを想っているから一概に否定できない。

 

「で? アルヴヘイムにはどうやって行くんだ? 先に聞いておきたい」

 

 ポーチから水筒を取り出し、水分補給をしながらそう尋ねた。

 

 アルヴヘイムへの行き方はフレイしか知らない。エルフの王が代々それを受け継いでいるそうで、今回は異例で王子であるフレイがヴァルドール王から教えられている。

 

「もう二つほど森を越えた先にある霊峰が最初の目的地だ。その霊峰に住まう案内人に協力を求める」

「案内人?」

「お前も読んだことがあるだろ? エルフ神話を基に描かれたエーヴァの物語」

「……アルダートか!」

 

 それは昔に読んだことがある物語の登場人物。最初のエルフ、エーヴァが旅する物語で、その道中で何度もエーヴァを助ける案内人がアルダートだ。

 

 だがしかし、エーヴァは実在に近い架空のエルフではなかったか? 正しいとされる歴史ではアーヴル王が最初のエルフであり、光神に生み出された存在だ。エーヴァの旅路はアーヴル王の生涯を基に創作された架空の物語で、出てくる登場人物も殆どが架空だったはずだ。

 

「架空の人物じゃないのか?」

「まぁ、他の者達にしたらそうなのかもしれないがな。エーヴァは実在するぞ」

「本当か?」

「アイリーン、我が友にご説明してさせあげろ」

「はい」

 

 アイリーンは馬上で喉の調子を整え、俺にエーヴァの物語について語り始める。

 

「我らが祖先、アーヴル王こそが最初のエルフだと云われていますが、厳密には違います。アーヴル王は光神リディアスによって生み出された生命体であり、私達エルフとは違う存在なのです。謂わば上位種……ハイエルフと呼ばれる者です。そしてアーヴル王によって生み出された種が私達、エルフなのです。つまりは、エーヴァこそが最初のエルフなのです」

 

「ハイエルフ……そう言えば、親父の書物にそんな名前が……」

 

 しかし、そうか。確かにそれは頷ける。アーヴル王が神から直接生まれた存在ならば、それは神と同種だ。もし彼の血を直接受け継いでるのなら、エルフ族はもっと神性な存在として世界に君臨しているはずだ。

 

 おそらくだが、アーヴル王は魔法か何かで自身の複製に近い存在を生み出したのだろう。それがエルフであり、複製故に神性が少ないのかもしれない。

 

「エーヴァの墓を守っているのがアルダートだと聞く。どんな姿をしているのかまでは知らないが、もう数え切れない時間を過ごしているんだ。きっとアルフォニア校長よりも爺だぞ」

「アルダートか……。物語の中で一番好きな人物だ。まさか本物に会えるなんて……」

「俺は精霊の踊り子アーティオンが好きだな。精霊と妖精を踊りで魅了した美貌には興味がある」

「お前にも女の趣味があるんだな?」

「健全な男ですから。じゃなきゃ、お家は俺で終わる」

 

 フレイと俺は二人して笑ってしまう。

 

 懐かしい……。大戦中はこうしてフレイと話ながら部隊を率いて戦場から戦場を渡り歩いていた。部下達ともくだらない話をしながら次の死地へと赴き、半分が生き残っては半分が死んでいった。

 

 いや、それは置いておこう。ともかく、俺とフレイは出会ってからずっと同じ部隊で戦い続けた。そのお陰で今もこうして友人としていられて、エルフ族という居場所を得ることができた。面倒事の尻拭いはいつも俺の仕事だが、それを差し引いても尚、フレイと友人であることは良いものだ。

 

「ま、ともあれだ。アルダートに会ってアルヴヘイムの入り口まで案内してもらう。俺は言ってしまえばお前とアルダートの仲立ちって訳だ」

「頼りにしてるよ。もう此処ら辺からは土地勘が無いからな。お前とアイリーンだけが頼りだ」

「おっと、ずっと都に閉じ込められてた俺に土地勘があるとでも?」

「無いのか? アイリーンは?」

「地図上であれば……」

「……ま、何とかなる……か」

 

 俺達の最初の問題は、迷わず森から抜け出せるかであった。

 

 まったく、行く先が不安な旅だぜ、こりゃ――。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。