バズれアリス (富士伸太)
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本編
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◆エヴァーン王国 裁定の間

 

 

 

「アリス=セルティよ! 貴様は魔王討伐に貢献した英雄でありながら野心を抱いた! 騎士たちを誘惑し、文官に賄賂を渡し、自分こそ王に相応しいなどと吹聴する……。これは明白な、国家への反逆である!」

 

 エヴァーン王国の王城の中心部。

 

 そこに「裁定の間」があった。

 

 まるで巨人のためにしつらえたように高い天井と、盤石な大理石の床。

 

 壁面には王国を築き上げた初代王の巨大な彫像が飾られており、そこに座す者たちを睥睨している。

 

 そんな荘厳を絵に描いたような場所で、ダモス王は秀麗な顔を醜く歪ませながら叫んだ。

 

 一方、鎖に繋がれた銀髪の小柄な少女――アリスは、それをただ黙って受け入れていた。

 どれ一つとして心当たりのない冤罪であっても、抗弁しなかった。

 

「し、しかし陛下よ……。このアリスは魔王を倒した救国の聖女の一人ですぞ。国家反逆罪の罰は死刑しかありません。こやつを殺したとあれば、聖戦で戦った兵や騎士の心が離れることも……」

 

 裁判を見守る文官の一人が、冷や汗をかきながら言った。

 

 それはアリスを擁護するための発言ではなかった。ただ、自分らに批判や恨みの矛先が向かうことだけを恐れていた。誰ひとり、事実無根の罪そのものからアリスを助けようとはしていなかった。

 

「ふん、情けない。他人の力に寄生するだけの無能に恐れおって……。しかし確かに、功績そのものは認めねばならんな」

「な、ならば」

「しかし! この者は野心を持ち、人々を誘惑し、反乱をくわだてた! どれだけの功績を積み重ねようとも決して消えぬ罪である!」

 

 ダモス王は被告の席でたたずむアリスを指差し、射殺すような目つきで睨みつけた。

 

「我はこの国を、この国の民を、この国の歴史を愛している。こやつも魔王を倒すために剣を取ったとき、きっとこの国を愛していたことだろう。さぞ立派なことであっただろう。多くの人間が褒めたたえ、そこに希望を見た者も多かろう……だがな! 貴様はおごりたかぶり! 神に与えられた力をもてあそび! 人々を誘惑し! 反乱を計画した! 疑いの余地はない!」

「……」

 

 アリスにはもはや、反論する気すら失せていた。

 どれだけ挑発されようとも、一切の反論を口にしなかった。

 うつむき、目をそらし、諦め、ただそこにいるだけの姿をさらしていた。

 ダモス王はそれを見て、満足そうに邪悪な笑みを浮かべる。

 

「もし万が一アリスの反逆が無実であったならば、義憤にかられて弁護する者が現れたであろう。だがこやつを弁護しようとする者が現れないどころか、セリーヌさえも雲隠れしたようだぞ? それこそが動かぬ証拠。こやつは聖女として認められていたのではない。兵たちを騙し、誘惑していたのだ」

「し、しかし王よ……」

 

 物言いたげな文官をダモス王が一目見ると、すぐに文官は怯えて黙った。

 しかし意外にもダモス王は表情を緩め、微笑みを浮かべた。

 

「……しかし我もそこまで鬼ではない。本来、国家反逆罪は死あるのみ……ではあるが、そこまでは求めぬ」

「おお、それでは……」

「しかし罪に罰を与えねば示しがつかぬ! こやつは国外追放! 幽神大砂界《ゆうしんだいさかい》へと流す!」

「な、なんと!?」

 

 裁定の間に控える文官達の間に、衝撃が走った。

 

 幽神大砂界。

 

 そこは人間の支配域から遠く離れた、最果ての砂漠である。

 緑がほとんど無く雨も降らないため、人も獣も住むには適さない。

 ガラス質の硬い砂だけがひたすらに広がる、荒れ果てた砂漠だ。

 

 本来は寒冷な位置にあるはずだが、輝く砂が太陽の光を照り返すため昼間は恐ろしく暑い。

 一方で、夜は空気さえも凍てつき、汗や涙さえも凍るほどに寒い。

 そこに住まう者は過酷な環境に適応した異形の生物か、あるいは命なき亡者たち。

 そんな悪夢のような世界だ。

 

 だがそれ以上に恐ろしいのは、砂漠の中心にある幽神霊廟《ゆうしんれいびょう》だ。

 

 今から千年以上も昔、人間、天使、魔族が力を合わせて打ち倒した『幽神《ゆうしん》』という恐ろしい存在があった。

 その死体が霊廟の奥深くに祀られているのだ。

 おそらくは今の世に現れる魔王などよりも遥かに強い。

 未だに幽神の気配が立ち込めているために霊廟内では常に恐ろしい魔物が生まれ、そして互いに争い合う地獄のような光景が繰り広げられている。

 

 もっともそれは、人の世界に害を及ぼすものではない。

 

 幽神霊廟の魔物は神にさえも通じる力を振るうことができるが、その代わりに人間が住む魔力の薄い場所では生きていけない。人の国に襲いかかることなど今までに一つも無く、あえて討伐する必要などはないはずだ。

 

 だが、この先もずっとそうなのかはわからない……という脅威論は根強くこの国の重鎮達の間に出回っていた。

 

「幽神霊廟の存在は国家を脅かす暗雲である。アリスよ。霊廟の最下層まで踏破し、魔物のことごとくを打ち倒して来るが良い。もしそれが叶ったときはすべての罪を許そう」

 

 無理難題であった。

 常人ならば1日でさえ生きていけるかどうかという場所だ。

 大いなる力を与えられた聖女でさえ、単身で放り込まれては生き残ることは不可能だ。

 ある意味、死刑よりも残酷な罰と言えた。

 

「……というところでどうだ? 魔王を倒し平和をもたらした真の聖女、ディオーネよ」

「いかに罪人と言えど、仲間だった者が死罪となるのは忍びなく心を痛めておりました……。陛下の慈しみはまさに全ての国民の心に響くことでありましょう」

「フッ、他人に寄生するしか能のない聖女には過ぎた情けとも思うがな。我ながら甘いことよ」

「うふふ、お優しい御方」

 

 王の側に控える流麗な金髪の女が、吟遊詩人のような艶やかな声で褒め称えた。

 

 彼女こそは『天の聖女』ディオーネ=トレアス。

 才能、風格、知性、すべてを完璧に兼ね備えた、聖女の中の聖女だ。

 彼女が魔王にとどめを刺した……と言われている。

 

 だが、本当に魔王を打ち倒したのは、アリスだった。

 それは、魔王との決戦に居合わせた者のみが知る秘密である。

 

 あるいは、王も知っているかもしれない。

 だが知っていたとしたら王もまた謀略の共犯者だ。

 自分が魔王を倒したと訴えても無駄になるどころか、ますます重い罰を求めてくるだろう。

 アリスに親しい人に不幸が訪れることさえありえる。

 

 アリスの故郷。

 アリスが育った孤児院。

 アリスへの刑罰に反対する戦友。

 

 すべて人質に取られているも同じだ。

 アリスはこの裁定の間に出る前に「家族や友を失いたくはあるまい」と何度も脅されていた。

 

 だからアリスは、諦めることにした。

 元より栄誉、栄達のために戦ってきたわけではない。

 今のアリスの心の中にあるのは怨恨や怒りではない。

 剣など持たなければ良かったという寒々しい後悔だった。

 

 裏切り者達の哄笑が響き渡る。

 

 それは、ほんの一時の栄華をむさぼる愚者の幸福であり。

 

 王国滅亡を告げる予言であった。

 

 

 

 

 



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◆エヴァーン王国 国境近くの寒村

 

「ここから先は一人になります。良いですか」

 

 アリスは、護送団の隊長の言葉に小さく頷いた。

 

「……はい、わかりました」

 

 王都から国境まで、徒歩の道のりだった。

 

 囚人の護送でありながら、奇妙な旅路だった。

 通常の囚人であれば格子付きの荷台に乗せて馬車で引き、晒し者にするものだ。

 

 しかし今は、荷台どころか馬さえもない。

 

 みすぼらしいローブを羽織り、徒歩で移動していた。王はアリスを信奉する人間によって奪還されることを恐れたのだ。他にも偽の馬車を四方八方に走らせ、当の本人には旅人に偽装させるという手の入れようであった。

 

「しっかし、見送りにさえ誰も来ねえ。騙された連中はともかく、村人は怖がって木戸を降ろしてやがる。まったく寂しいことだな」

 

 護送の兵の一人が、アリスをせせら笑った。

 

「おいよせ」

「なんでこんな小娘にみんなびくついてるんだ。理解できねえよ」

 

 アリスは、特に動じることもない。

 この程度の嘲笑で動かす心など、とっくに持ち合わせていなかった。

 むしろ慌てたのは護送団の他の兵士や護送隊長だ。

 

「馬鹿野郎が……見たことねえのかお前」

 

 護送隊長の問いかけに、兵士は素直に尋ね返した。

 

「何をですか?」

「せい……いや、アリスの力に決まっているだろう」

 

 今やアリスを聖女と呼ぶことは禁じられている。

 部下をたしなめようとした隊長は、慌てて言い直した。

 

「力ぁ? 祈りや応援を力に変えるって言ったって……それがどうしたんですか。魔王を倒したのだってディオーネ様じゃありませんか」

 

 隊長は、アリスを侮る部下の愚かさに溜息を付いた。

 

 魔王にまつわる話は、十年前に遡る。

 

 死霊術師ゼラフィーという男が邪神と契約し、リッチという高位種族に転生した。そして数多の死霊を使役してエヴァーン王国に宣戦布告。国土を荒らし、数多くの人間の命を奪い取った。

 

 エヴァーン王国の国教、聖水教は死霊術師ゼラフィーを『人の世に仇なす魔王である』と認定し、聖戦宣言が出された。

 

 聖戦宣言とは、聖天水素教と国が力を合わせて「必ずや魔王を討つべし」と誓う宣言である。そのために国中の村や町から若者が兵として集められ、同時に「聖人選抜」という儀式がなされた。

 

 魔王と認定されるような邪悪な存在が生まれるとき、人間の間にも聖なる力を宿す者が現れるためだ。男であれば聖人と呼ばれ、女であれば聖女と呼ばれる。たがそこには身分や性別、血筋などの法則性のようなものはなく、聖職者がひたすらに多くの人間を調べるしかない。

 

 その調査の結果、三人の聖人が選定された。

 

 一人目は「天の聖女」。

 

 天候、気象を操る権能を与えられし者。

 あるときは雲と風を操って嵐を巻き起こし。

 あるときは温かな陽光で町を照らし雪を溶かす。

 そして太陽の光を集めて魔物や亡者を灼き尽くす、自然の猛威の化身。

 ディオーネ=エヴァーン=トレアス

 

 二人目は「地の聖女」。

 

 大地を操る権能を与えられし者。

 あるときは土と水を操って川の氾濫や地のゆらぎを鎮め。

 あるときは鉄と岩石の砦を作り出して人を守る。

 そして農地に滋養を与えて麦や薬草を芽吹かせる、自然の恩恵の化身。

 セリーヌ=エヴァーン=ウェストニア。

 

 三人目は「人の聖女」。

 

 人々の心を繋ぐ権能を与えられし者。

 地の聖女や天の聖女のような多岐に渡る異能は持たない。

 与えられたのはたった一つの力。

 多くの人々の祈りを結集することのみ。

 アリス=セルティ。

 

 聖戦に関わった者は三人を惜しみなく称賛する。

 

 もっとも多くの人が褒め称えるのは天の聖女ディオーネだ。彼女の必殺技『聖光滅』は聖なる気と太陽光を何千倍にも増幅して照射する強力なもので、誰よりも多くの死霊兵を倒した。

 

 その次に称賛が多いのは、地の聖女セリーヌだ。彼女の秘技『緑手《りょくしゅ》』は大地を活性化させ数百倍の速度で植物を育てる。これにより多くの食料が生産され、兵士のみならず多くの国民が彼女に救われた。

 

 そして、最後にアリスだった。

 

 アリスの権能は、同じ戦場にいた者にしか理解できない。だが聖女たちと共に戦った兵士であれば誰もがアリスを一番と褒め称える。一人一人の称賛の強さは、アリスがもっとも大きかっただろう。

 

 理由は単純だ。

 アリスだけは兵士たちと共に、同じ戦場に立っていたからだ。

 

 アリスは祈りや応援を集めて増幅し、力に変えることができる。そして自分自身を大きく強化したり、あるいは共に戦う仲間や軍団の力を大きく向上させることができる。

 

 だがそのためには、戦場にいる兵士たちすべてがアリスの姿を見て、祈りや応援を捧げる必要があった。空を飛び敵を討つディオーネや後方で食料や物資を増産するセリーヌとはそこが違っていた。

 

 戦争において、すべての仲間が目に見える場所とはどこか。

 

 それは、最前線だ。

 

 アリスは、数万の軍勢と軍勢がぶつかり合う瞬間、一番先頭に立って歩かなければならなかった。

 

 アリスの背後に控える親衛隊が命がけでアリスを守る体制にはなっていた。だが開戦の瞬間、アリスの隣には誰もいない。ぽつんと、たった一人で、一番前にいた。一度戦争が始まれば、数万の死霊兵がまっさきにアリスに襲いかかってくる。アリスは、そんな地獄のような光景を乗り越えてきた。

 

 しかも兵士たちから祈りの力を集めたところで、アリスが元々使えない力が宿るわけではない。腕力や体力が大きくなることはあっても、剣術や弓術をいきなり習得できるわけではない。火を放つ魔法を他人の百倍、万倍の力で撃てるとしても、まず自分自身がその魔法を覚えていなければ意味がなかった。

 

 だから、もっとも訓練が必要だったのはアリスだ。

 

 聖女であると認められる前は、人よりちょっとだけおてんばな、ただの村娘だったアリスだ。

 

 アリスは戦いのない日、早朝も夕方も剣を振り、魔法書を読み、自分を鍛えた。「お前みたいなチビが聖女だって? どんなペテンを使ったんだ?」と鼻で笑う陰険な兵士もいた。「きみのような少女が死ぬのは忍びない。厩舎の鍵を夜中開けておくから、馬を奪って逃げなさい」と諭す優しい兵士もいた。

 

 それでも必死に続けた鍛錬と、誰よりも前を歩く勇気は、やがて兵士たちの心を掴んだ。

 

 有象無象の敵兵を倒したのはディオーネであっても、絶大な力を持つ魔王や魔王の側近を倒したのは、ほとんどアリスとその仲間たちであった。

 

 共に戦った兵士は「アリスこそ勝利の女神」、「真の聖女だ」と褒め称える。

 

 戦場にいなかった人間とは深いところでわかりあえない感動であり、それこそが王が警戒したものだった。事実、アリスの醜聞と追放刑が伝えられても、信じない兵士は多かった。

 

 しかしアリスの件で抗議する者に王は容赦なく罰を与え、そしてアリスを脅迫した。大人しく刑を受けないのであれば、お前に味方するものをことごとく殺してやると。

 

「……ともかく、囚人が誰であろうが、俺達に与えられた任務は無事に国境まで彼女を送り届けることだ。罰を与えるのは俺たちの仕事じゃない。先に休んでて構わんから宿に戻ってろ」

「ちっ……」

 

 たしなめられた兵士は不満を隠しもせず、この場から立ち去った。

 だがそのおかげで、安堵の空気がこの場に流れる。

 

「申し訳ない……聖女様。俺たちには止めることができなかった」

 

 護送隊長が、アリスに向き直って詫びた。

 だが、アリスは首を横に振る。

 

「お互いに聖戦を生き延びて拾った命、無駄にしてはいけません。私も……ここまで来たならば未練はありませんから」

 

 アリスは、さっぱりとした顔で言った。

 

「諦めてはなりません! きっと、セリーヌ様がいずれは……!」

「セリーヌは、来てくれませんでした……。きっと、もう生きてはいないのでしょう。ならば私も潔く諦め、やるべきことをやるしかありません」

 

 アリスの心残りは、地の聖女セリーヌの安否であった。

 

 セリーヌは傍系とはいえ王族の一人であり、多大な功績を上げた聖女だ。公明正大であり慈愛に溢れた人格は誰もが褒め称え、きっとダモス王の圧政を打倒してくれるだろうと誰もが信じた。

 

 アリスが投獄されるときもセリーヌは「みんなを救ってみせるから、私を信じて待っていて欲しい」と告げた。

 

 しかし、あるときを境に、セリーヌの消息はぷっつりと途絶えた。

 

 恐らくは、暗殺された。そして王族殺しが広まることを恐れたダモス王が情報を隠蔽したのだろう。投獄された者はそのように諦め、そして自分の末路を受け入れざるを得なかった。

 

「……それで、この先が幽神大砂界なのですね?」

「は、はい。間違いありません。ここから先はもはや人間の支配地の外です……。この程度の物が助けになるかはわかりませんが……」

 

 護送隊長が、アリスに旅の道具を渡そうとした。

 だがアリスはそれを見て眉をひそめた。

 

「これは……いけません」

 

 アリスは食料と水、そして胸当てなどの防具や靴を確認して大事そうに受け取る。

 しかし剣だけは受け取ろうとせず、首を横に振った。

 

「ご心配なさらず。名剣や魔剣ほどではなくともお役に立てるかと思います」

「そういう意味ではありません!」

 

 剣は、明らかにこの護送隊長の好意だった。

 王による嫌がらせで、本来アリスには粗悪な剣を渡されるはずだ。

 アリスは王都の牢獄にいる間、その話を看守から聞かされていた。

 

 だが、今目の前にあるものは傷一つなく、よく研がれている。

 新品であり、そして上質な剣だ。

 

「私を助けようとしたことが王に知られれば、あなたまで……!」

「良いのです。むしろ王の命に従って粗末なものを渡せば、私が戦友から恨まれましょう。……それに、私自身が心苦しいのです」

「私は、私にできることをしただけです。気に病むことはありません」

「それでも、恩を仇で返さねばならない自分が恨めしくてなりません。私が言う資格もありませんが、どうかお気をつけて」

 

 アリスはついに折れて、剣を受け取った。

 今からたった一人で、国境から目的地へと旅立つ。

 目指すは幽神大砂界。

 今いる国境からまっすぐ北に進み、三週間ほど歩けば着くはずだ。

 

 おそらくアリスは、このときの施しがなければすぐに首を吊るか手首を切るかしていただろう。

 

 ほんの少しの優しさが、彼女の足を動かした。

 

 

 

 

 



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◆ レストラン「しろうさぎ」

 

 

 

「誠! ほんっとーに申し訳ない……!」

 

 黒いパンツスーツに身を固めたすらりとした女性が、びしっと完璧な角度で頭を下げた。

 

「いやいや、翔子姉さんやめてくれ。あと座って。事情はちゃんとわかってますよ。むしろこのコロナの状況で宴会を強行するって方がおかしいから」

 

 レストラン「しろうさぎ」店長の誠(まこと)は、困っていた。

 

 予定していた宴会が一週間前にキャンセルされた……のは予想通りだったので問題はない。飲食店の夜間営業自粛が自治体から求められており、どうやって宴会を断ったものか誠は悩んでいた。むしろ翔子の話は渡りに船であった。

 

 誠の頭を悩ませていたのはむしろ営業自粛の要請そのものであり、そしてその原因となっている病気の蔓延である。

 

 その病気とはコロナ……新型コロナウイルス感染症COVID-19であった。

 

「でもウチの会社、毎年この時期はあんたのところで宴会をやってたじゃないか。せめてテイクアウトで会社内で宴会しようかとも思ったんだけど、それも難しくてね……」

「今日もテイクアウト買ってもらったし、消毒液も分けてもらったし……もらい過ぎなくらいだ」

「良いんだよ。ステイホームに飽きてるから、みんなあんたのところの料理は楽しみにしてるのさ。オヤジも洋食派の洋酒派になっちまったよ」

 

 姫宮翔子はそう言ってにこやかに笑った。

 彼女は近隣の工場の三代目経営者であり、同時に誠の従姉であった。

 

 誠より五歳年上で、姉と弟のような関係だ。

 翔子は両親を亡くした誠を心配し、弟分扱いしつつもよく面倒を見ていた。

 

「そりゃありがたい。じゃあこれ、テイクアウト用の新作メニューおまけしておくんで食べてくれる? エビのフリッターに、小分けにした魚醤とネギのソースが入ってるから」

「こりゃ美味そうだ……けど、本当に売上とか大丈夫なのかい」

「ん、まあ厳しいですけど補助金がちゃんと出たからなぁ。やり方教えてくれて助かった」

「簡単だっただろ?」

「おかげで100万円バッチリ」

 

 誠は、翔子にアドバイスをもらって国に補助金を申請していた。

 

 持続化給付金である。

 

 コロナ禍によって売上の減った会社や店舗を援助するための制度であり、前の年と比べて売上が半額以下になった月があればこの補助金を受け取る資格がある。誠はそれにばっちりと該当し、個人事業主としては最大の100万円を手にしていた。

 

「100万出たってことはけっこう売上下がったってことじゃないか」

「あはは、いやあそうなんだけどさ。でも材料の廃棄も減ったし悪いことばっかりじゃないよ」

 

 翔子が溜め息をつくが、誠は笑って答えた。

 

「だったらいいんだけどね」

「翔子姉さんこそ会社は大丈夫か?」

「ウチで作ってるのは食品工場の機械だからね。惣菜とか冷凍食品とかが売れるから忙しくなっちまったよ」

「羨ましい」

「だから、困ったことがあったら言うんだよ」

「大丈夫。他にも補助金は出そうだし、なんとかやってみせる。昔からある実家兼レストランだから他の店みたいに家賃負担もない。維持費は小さいんだ」

「ならいいんだけどね」

 

 翔子は誠の言葉に頷きつつ、店内をぐるりと見渡した。

 そして店の壁に飾られた、一際大きな鏡を見つめる。

 

「テーブルとかインテリアは変わってもこの鏡だけは昔から変わらないね……アンティークなんだっけ?」

 

 2メートルを超える高さと、同じく2メートルを超える横幅の、とても大きな鏡だ。鏡の縁は銀色の金属光沢を放っている。装飾などの飾り気は少ないが、それでも十分に豪華であるという印象を感じさせる。

 

「それがよくわからないんだ。ウチのご先祖様から伝わってるらしいんだが、いつからなのかハッキリしなくて。少なくとも五代くらい前には遡るらしい」

「そりゃもう明治とか江戸とかの時代じゃないのかい」

「そう。だからちょっと眉唾なんだ。でも祖父ちゃんや親父が大事にしてきたことには変わらないし、お客さんも『でっかい鏡が飾ってある店』って覚えてもらえるし。だから店も鏡もできるだけ大事にしたい」

 

 誠がそう言って微笑むと、翔子もつられて笑った。

 

「だったらがんばらないとね」

「もちろん」

 

 

 

 

 

 

「さーて、上手く撮れたかな……?」

 

 誠が幼稚園児くらいの頃、誠の両親は地域に密着したレストランをオープンした。誠はそれを見て育ち、自分もなんとなく料理を仕事にするものと思って育った。

 

 高校を出て調理師学校に入り、そして卒業後はイタリアンレストランに就職した。そこで5年ほど修行した後に転職し、今度はダイニングバーの雇われ店長を始めた。料理の腕と経営ノウハウを覚えて開店資金を集め、30歳になったら自分の店を持つ。そういう夢を持っていた。

 

 だがそうなる前に、両親が事故で他界した。

 

 高速道路上での事故で、二人とも即死であった。ほぼ両親側に責任のない形であり、事後処理は保険会社任せで丸く収まった。そして残ったのは保険金や貯金、家屋。そして父の日記だ。日記には主に、子供への心配と期待が綴られていた。

 

『飲食業はつらく厳しい。修行中であれば労働時間が長く指導も厳しく、かといって自分で店を持つようになれば常に経営の心配をしなければならない。だがそれでも息子が店を持つようになったらこんなに嬉しいことはない』

 

『そのときは今の店をそっくりそのまま譲るべきか、それとも陰ながら応援すべきか。妻は「先のことはわからないわ」と笑うが、それでも期待をせずにはいられない』

 

 そんな、切々とした思いが綴られていた。

 

 これを読んだ誠は涙した。

 

 そして誠は、実家兼店舗を相続し、地元でレストランを始めた。父が得意だったオムライスやハンバーグといった洋食メニューはそのままにしつつ、自分が覚えたイタリア料理などを取り入れた創作レストランだ。店の名前も親の代から変えず「しろうさぎ」という可愛らしい名前で地域住民に親しまれている。

 

 だがそのレストランは今、不景気だった。突然のコロナの流行によって外食産業まるごと大きなダメージを受けていた。

 

 かといって、なにもしないわけにもいかない。誠は料理のテイクアウトを始めると同時に、「動画撮ルン」という動画投稿サイトにチャンネルを開設した。料理動画を公開して店の宣伝をしたり、あるいは動画そのもので金を稼ぐためだ。

 

 幸運なことに、親から仕込まれたオムライスの作り方の動画がそこそこバズって3万人ほどのチャンネルフォロワーを獲得した。動画を見て来たという客も現れた。このフォロワー数を更に伸ばすのが、今の誠の仕事であった。

 

「へっくし」

 

 そんなわけで、今日の夜の誠は料理動画の撮影作業に勤しんでいたが、妙に体が冷えてくしゃみが出た。真夏だと言うのに妙に空気が冷たい。

 

「こんな寒いならもうちょっと辛いカレーにすれば良かったな」

 

 誠が撮影しながら作っていた料理はカレーだった。

 

 動画用であり、客に出すためのものではない。ご家庭で作るためのレシピを紹介するため、市販のルゥにちょっとしたスパイスを使ったり、レストランならではの小技を使って一味美味しくするためのアドバイスなどを解説していた。

 

 そして次に、自分が食べながら味を解説する実食パートの撮影をしなければならない。

 

「ま、さっさと食べるか……と、やべ。カメラの電池切れそうだな。電源ケーブル持ってこないと」

 

 誠が厨房を出て住居スペースに戻ると、べったりした蒸し暑さが襲ってきた。

 

 風呂場も、廊下も、蒸す。

 いや、違う。ここが蒸し暑いんじゃない。

 店舗部分だけが、エアコンを効かせたかのように涼しい。

 誠は異常事態にようやく気付いた。

 

「幽霊でも出たか……? いや、まさかな」

 

 独り言を呟いて自嘲しながら居間に戻る。

 誠はホラー現象などは信じていない。

 何かしら原因があるはずだと思い、異変がないか誠は厨房や客席を調べた。

 

「窓が開いてるわけでもないし……なんだ?」

 

 誠は違和感の正体を探した。

 

 椅子とテーブルはいつも通りだ。変わったことと言えば消毒スプレーを入り口に設置したのと、光が反射しないように鏡にテーブルクロスを掛けておいただけだ。

 

 そのテーブルクロスが、風に揺られている。

 

 これもいつものことと流しそうになって、ようやく誠は鏡に注目した。

 

 窓は閉めておりエアコンも扇風機も掛けていないのに、どうしてテーブルクロスがはためいているんだ、と。まるで内側から、空気が流れ込んでいるかのようだ。

 

 ははは、と誠は乾いた笑いを出しながらテーブルクロスをはがしていく。そこから、あきらかにひんやりとした風が流れ出ている。その冷たさは、決して気の所為ではない。

 

「……!」

 

 そして、覚悟して鏡を見た。

 

「え?」

「……あっ」

 

 その鏡には、なんとも幸の薄そうな顔をした、銀髪の美少女が映っていた。

 

「ゆっ、幽霊だぁああああああああ!!!!!????」

 

 

 

 

 



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◆幽神大砂界~幽神霊廟

 

 

 

 誠が悲鳴を上げる数日前。

 

 アリスは一人、砂漠を歩いていた。

 

 道のりは思った以上に過酷だった。エヴァーン王国の国境から北に一日歩いたあたりで、森や草木といった深緑が景色から消失した。そこから先にあったのは、ひたすらに真白い砂漠の光景だ。一歩一歩大地を踏みしめる度に、ガラス質の砂がこすれあう不思議な音を立てた。

 

 神々の古代文明が大量に作り上げたガラスや水晶が粉々に砕け、さらに数百年かけて破片同士がぶつかってさらに小さな丸い粒となった。

 

 それが幽砂《ゆうさ》の正体だ。

 

 色鮮やかだが、植物や動物を一切育てない幽霊のような砂。その粒が大量に積もり積もったために出来上がった砂漠が幽神大砂界であった。あたり一面、まるで宝石を散りばめたがごとく眩しい景色が広がってる。

 

 自然の凄まじさにアリスは感動しつつも、険しい旅の予感に警戒を強めた。どんなに美しくとも、いや、美しいからこそ危険である。人知を超えた神の威光が色濃く残る人外の世界そのものだからだ。

 

「てやああっ!!!」

 

 アリスが襲いかかってきた魔物に剣を振るい、両断した。

 金属がこすれ合うような耳障りな音が響き渡る。

 

 倒したのは、硬い甲殻に覆われたクモの魔物、クリスタルスパイダーだった。

 

 巣は作らずに砂漠を移動して獲物を探す。人よりも高い身長、馬よりも長い体長でありながら、八本の足で砂の上を跳躍し翻弄する。

 

 また、緑色の宝石のような甲殻はただ硬いだけでなく幽砂と同じように光り輝いているため、近づけばその眩しさに幻惑される。ひよっこの兵ではとても太刀打ちできない恐ろしい魔物だ。しかし、現状のアリスは問題無く対処できた。

 

「……祈りの力が、まだ少しだけ残っていますね」

 

 アリスは、自分の手を開き、握り、己の力を確かめる。

 

 人の聖女とは、祈りや応援を自分の力に変換することができる。魔王との最終決戦においては兵士10万人の祈りを受け取ることができた。一人一人の祈りの力は僅かだが、万単位ともなれば絶大な力を発揮する。その力を振るい、魔王を倒すことさえできた。

 

 しかし、その力も今、尽きようとしている。

 

 魔王との戦いで八割方消えてしまい、残った力も今までの空腹や消耗、傷を治すことに消費している。残った力は全盛期の1割といったところだろう。

 

「……いえ、ここで挫けるわけには参りません」

 

 そこからまたアリスは数日間歩き続けた。

 

 体力の消耗を避けるため、夕方と早朝の僅かな時間だけを移動に費やした。酷暑となる真昼、極寒となる真夜中は、魔物の警戒と休養にあてた。ゆっくりと、だが一歩一歩確実に進んでいった。

 

 王や天の聖女などアリスを陥れた人々は、幽神霊廟《ゆうしんれいびょう》にたどり着く前に死ぬだろうと予測していた。すでに彼らの予想は覆している。

 

 しかしそれでも、アリスは消耗していた。

 

「ここが……」

 

 幽神霊廟。

 

 千年が経てなお美しい姿を保つ、神の寝所。

 

 入り口は大きく、人の背丈の十倍はあるだろう。

 まさしく人ではなく神が出入りするための設計であった。

 入り口の左右にある白い柱はあまりにも雄大だ。

 

 柱の近くには、門番のように佇むガーゴイルの石像があった。

 まるで生きているように見えるほど生々しい質感がある。

 

 また、霊廟の入り口付近の壁には、神話に現れる神々や、神々同士の戦争を示す壁画が刻まれている。これらを解読するだけで研究者がその一生を費やすことだろう。

 

 人の手で作った城などが児戯に等しいほど、美しく荘厳な建物だった。

 

 しかもここは地表に露出したごく一部であり、あくまで玄関に過ぎない。

 

 霊廟の本来の姿は、地下100層にも及ぶ史上最大の迷宮であった。ここまでの道程とは比べ物にならないほどの過酷な環境、そして困難な敵が待ち構えている。全盛期の10万の祈りを受け取ったアリスならまだしも、現状の力量で挑むのは自殺行為だった。

 

「……死に場所としては、豪勢過ぎますね」

 

 アリスの口から微笑みがこぼれた。

 それはようやく死ぬことができるという、暗さと諦めに満ちた安堵であった。

 

 

 

 

 

 

 霊廟の入り口から中心に向かって、大きな通路が伸びている。

 中心部には大きな下り階段と、更に奥へ進む通路があった。

 

 アリスは、地下に降りるのは早いと考えて奥の通路へ進んだ。通路は、古代の人間の生活拠点につながっていた。水場や寝台、あるいは備蓄を保管するための倉庫や、おそらくは貴重品を管理するための宝物庫などがある。

 

「……これは、すごい」

 

 宝物庫らしき場所はほとんど空で、井戸らしき場所の水も涸《か》れきっていたが、唯一残されていたものがある。

 

 それは、大きな『鏡』だった。

 

 高さは人の背丈よりも大きく、横幅も同じように広い。

 貴族が姿鏡とするにしても大きすぎる。

 くもり一つなく美しく磨き上げられた表面は、アリスが今まで一度も見たこともないものだった。

 アリスはその素晴らしさに感動する一方で、ひどく落胆した。

 

「我ながら、ひどい姿ですね……」

 

 マントは砂ぼこりと魔物の血で無残に汚れきって、もはやボロ布だ。

 当然ながら、その下の衣服や靴もひどい有様だ。

 聖女とうたわれたことがありながら、なんとみすぼらしいのだろう。

 

 だがもっとも酷いのは顔つきだった。

 

 冤罪による虜囚生活と一ヶ月に渡る一人旅によって、アリスは自分自身でも笑いが出るほどに暗い顔をしていた。

 

 アリスは、男に言い寄られることが少なかった。

 

 聖女となる前の14歳の頃は同世代の男どもからちんちくりんと馬鹿にされ、聖女として認められて軍に入ってからはそれどころではなかった。

 

 それで何の問題もなかった。異性のために剣を振るったことなどない。すべては魔王を倒し平和をもたらすためで、色恋にうつつを抜かす暇などあるはずがない。むしろ兵士の男達に混ざるために、自分が男であるとさえ思い込もうとした。

 

 気付けば少女らしさやうぶさなど消え、裸で水浴びする男を見ても笑い飛ばすことさえできるようになった。お気に入りの娼婦の元へ足繁く通う兵士をからかうことさえあった。なんともむさ苦しい青春を送ったものだとアリスは自嘲する。

 

 実際のところ、兵士たちはアリスと付き合うことを固く軍規で禁じられており、少しでも口説こうとしたものは厳罰が課せられた。

 

 更には、アリスを妹のように可愛がる兵士たちがお互いに牽制しあってナンパから守っていたという事情があったのだが、どちらもアリス本人には徹底的に伏せられた秘密だった。

 

「体くらいは清めておきましょうか……」

 

 ともあれ、アリスは自分に、女性的な魅力が備わっているなどこれっぽっちも思っていなかった。せめて身を清めようと思ったのも自分の女性らしさのためではなく、死を目前にした礼儀作法のようなものに近かった。

 

 アリスは衣服を脱ぎ、魔法で水を出して頭から被った。

 そして手拭いで丁寧に身を清めていく。

 

 一通り体を洗ったあたりで体に巻き付けた。

 服やマントも洗濯して、すべて清潔にしてから地下へ進む。

 そして、そこで死のう。

 そう思った瞬間、アリスははたと気付いた。

 

「……この鏡、おかしいですね?」

 

 鏡に映る動きが、ほんの少しだけ現実よりも遅れる。

 

 時間にして1秒にも満たないだろう。

 0.1秒にさえなるかどうか。

 常人ならば気付かない。

 鍛錬を積んだアリスだからこそ違和感に気付いた。

 

「これは……鏡に偽装した魔道具ですか」

 

 アリスは地の聖女セリーヌから様々なことを教わっていた。

 

 セリーヌは、王家に連なる高貴な身分でありながら博愛の心の持ち主で、低い身分から取り立てられたアリスを見下さなかった。そして学のないアリスに根気よく様々な物事や学問を教え、やがてアリスはセリーヌを師匠のように敬愛し、姉のように親愛を抱くようになった。

 

 アリスはそんなセリーヌとの雑談の中で、「古代の遺跡には、防犯のために魔道具を日用品に偽装していることがある」と聞いたことがあった。

 

 たとえば、ただのティーカップと思いきやすぐさま熱い湯を沸かす魔道具だったりする。

 

 あるいはごく普通の箪笥《たんす》かと思いきや、「ここではないどこか」に繋がっていて見た目の何倍もの衣服をしまうことができたりする。

 

 古代人がなぜそんなことをしたのかはわかっていない。盗人の目をごまかすために一般的な調度品に紛れ込むような外見にしたとか、いかにも魔道具らしい魔道具は成金をひけらかすようで無粋とされたとか、様々な説がある。

 

 だが今大事なことは、『鏡』は見た目通りの鏡ではないということだ。

 

「……どういう魔道具でしょうか?」

 

 アリスは、鏡をぺたぺたと触った。

 手触りはただの金属の鏡で、ひんやりとした感触がアリスの手に伝わる。

 

 そして、『鏡』の縁の部分に不思議な宝玉があることに気付いた。

 そこに手を当てた瞬間、『鏡』が強烈に輝き始めた。

 

「な、なに……!?」

 

 だが、すぐに光は収まった。

 

 そのかわり、『鏡』が鏡の役割をしなくなった。

 『鏡』の目の前の光景ではなく、どこか別の場所を映している。

 白いカーテンが揺れていてよく見えないが、恐らくはどこかの『部屋』だ。

 

 屋内であり、音が聞こえる。

 男性が妙に芝居がかった声で話をしているのが耳に届く。

 同時に、火を使う音も聞こえた。

 香ばしい匂いも漂う。

 料理でもしているのだろうか。

 思わずアリスのお腹がぐうと鳴った。

 

 アリスは、このカーテンをどけられないだろうかと手を伸ばす。

 しかし、鏡の向こうに手をのばすことができなかった。

 手が向こう側に届かない。

 『鏡』の表面に手がぶつかり、それ以上進まないのだ。

 

「……見るだけ、ですか」

 

 落胆を覚えつつも、アリスはなんとなく『鏡』の機能がわかってきた。

 

 これはおそらく、どこか遠くの場所を映すことができるのだ。

 『遠見』や『千里眼』の魔法を魔道具にしたものだろう。

 『鏡』の向こうの誰かが私に気づかないだろうか。

 いや、でも向こうからこちらが見えるという保証もない。

 見えたとして、人間であるという保証もない。

 恐ろしい邪神や魔人の可能性もある。

 

「でもおかしいですね。見るだけならば、なぜ匂いがこっちまで……?」

 

 本来なら、強く警戒するべきところだ。

 しかしアリスは大砂界を渡る旅の間、ひたすらに孤独だった。

 誰かと話せるならばなんだっていいとさえ思うようになっていた。

 

 その気持ちが通じたのだろうか。

 カーテンの向こう側で、誰かがこちらに近づいてきた。

 人影がすぐ間近にある。

 その誰かの手で、カーテン……実際はテーブルクロスが外されていく。

 

 するとそこには、あっけにとられた人間の顔があった。

 

 黒髪の、どこかひょうひょうとした感じの男性だ。

 よくアイロンを効かせた皺のない白いシャツに、同じく皺のない黒いズボン。

 ズボンの上にはこれまた黒いエプロンを付けている。

 アリスにとって初めて見る服装だが、なんとなく「料理人なのだろう」と察した。

 

 服装の清潔さに加えて、仕事人らしいごつごつした手。決して太っているわけではないが、毎日鍋を振るっているであろう肩の大きさや腕の太さが、服の上からでも見て取れた。

 

 戦士にありがちな厳しすぎる顔立ちはしていないが、かと言って暴利を貪る貴族にありがちな、脂ぎった顔などはしていない。日常を真面目に生きる人が持つ、他人への優しさと仕事への厳しさが雰囲気として伝わってくる。

 

 だがそれ以上にアリスにとって重要なことがある。

 

 魔物でもない。悪魔や魔王でもない。

 

 紛れもなく、ごく普通の人間であることだ。

 

「あっ」

 

 ど、どうしよう。

 なんて声をかければよいのか。

 というか『鏡』の向こうって、普通の民家になっているなんて。

 

 ……ということは、私は民家を覗こうとしていたってこと?

 

 そこまで気付いたアリスは、詫びの言葉を呟き掛けた。

 

「す、すみませ……」

「ゆっ、幽霊だぁああああああああ!!!!!????」

 

 だがアリスの言葉は、男の絶叫によってかき消された。

 

 

 

 

 



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◆幽神霊廟&レストラン『しろうさぎ』

 

 

 

「落ち着いてください。幽霊ではありません」

 

 アリスの言葉に、目の前の男がぴたりと動きを止めた。

 見るからに困惑している。

 だが頭の先から爪先までまじまじと見て、ようやく納得したようだった。

 

「あっ、ご、ごめん!」

「こちらこそいきなり覗いてしまったようで、すみません」

「覗いて……っていうか……。いや、こっちが覗きみたいなものでは」

「え?」

 

 アリスはそう言われて、初めてあられもない姿の自分に気付いた。

 布一枚を羽織っただけの、ほぼ裸のような姿だ。

 

「あっ、そ、その……。まじまじと見ないで頂けると。服は今、洗濯していて……」

 

 しまった。

 気まずい。

 アリスはこんなところで生身の人間と会うなどまったく考えてもいなかった。

 恥じらいを覚えて背をそむけたところで、男が叫んだ。

 

「だー! わかった! 服、持ってくるから待ってろ!」

「え?」

 

 男がどたばたと足音を立てて鏡の前から姿を消した……と思いきや、布やら何やらを持ってきた。それら全部を乱暴にアリスの方へ投げつける。随分と肌触りが良く暖かそうな服だ。それが4着も5着も投げ込まれた。

 

「あれっ、通り抜けた……?」

 

 思わず受け止めてからアリスは疑問を呟く。先程は指先一つさえ通り抜けられなかった。だが今はごく当たり前のように服が通り抜けた。気になってアリスは鏡を触る。やはり通り抜けることはできない。

 

「あ、なるほど。モノは通り抜けられるわけですね。だから匂いもこちらに届いたんですか……」

「良いから服を着る! あとタオルも! びしょ濡れなんだから風邪引くだろ!」

「あっ、す、すみません」

 

 アリスは叱られていることにようやく気付き、服を着始めた。

 きらきらした夜空と、驚愕して目を見開いている猫が描かれた、不思議な服だった。

 

 

 

 

 

 

「それで、名前はアリスさんでしたっけ」

「はい。マコト殿」

「殿は良いよ、くすぐったい」

「では私も呼び捨ててください」

 

 アリスは、慌てている誠の姿を見て逆に冷静になっていた。誠もまた体を拭い服を着たアリスを見て、ようやく落ち着いた。ここで誠とアリスはお互いに話をして、鏡の向こうがまったく異なる世界だ……という大事な前提をようやく共有したのだった。

 

 誠の世界には魔法が一切なく、その代わりとして科学技術が発達して生活を便利にしている。魔法が使える証拠として水や火を出す魔法をアリスが使うと、誠は凄まじく驚いていた。

 

 逆にアリスも、誠が持っている家電製品……LEDライトやスマートフォンなどを見せられてひどく驚いていた。

 

 そしてお互いの世界の違いを大まかに理解したあたりで、お互いの境遇の話となった。

 

「……なるほど。アリスは冒険者で、幽神さまとやらが眠っている迷宮を探索しに来たと」

「まあ、そんなところです」

 

 とはいえアリスは、『罪人として追放された』という話は流石にぼかした。

 あくまで、この幽神霊廟を攻略している一介の冒険者だと話した。

 

「なんで一人で?」

 

 すぐに答えにくい質問が出てきた。

 

「い、いや、流石に高難度の迷宮ですからね。足手まといがいたらかえって危険なんです」

「ふーん……そういうものか」

 

 誠は深く追求することはなかった。

 アリスは内心ホッと胸を撫で下ろす。

 

「……しかし、世界と世界を繋ぐ道具があるなんて凄いな」

「流石に私も初めて見ました。マコトの世界にはこういうものはないんですか?」

「まさか。別世界なんて初めて見た……。外国語だってわからないし海外だってあんまり行ったことない……あれ?」

 

 誠は言葉を止めて首をひねった。

 

「どうしました、マコト?」

「アリス、日本語わかるのか?」

「私が喋っているのはエヴァーン公用語ですが……。おそらく、『鏡』に翻訳する機能があるのだと思います」

「はぁ……ちょっと理解を超えているな。流石は剣と魔法の世界」

「こんな凄まじいものが標準と思われるのも困りますが……」

 

 誠の隠さない驚きにアリスは苦笑する。

 

「むしろ、私が借りた服がありふれてるそちらの世界の方が凄いです。見た目より温かいし生地も柔らかいし……本当に安物なんですか?」

 

 今アリスが着ているのは、Lサイズの宇宙猫のパーカーだった。

 

 アリスの体には大きすぎてワンピースのような状態になっている。袖も長すぎて指先が出ない。だがそんなことよりも、生地の質感や精巧な猫の絵が描かれていることの方が気になっていた。

 

「それは持て余してたやつだから気にしないでくれ。後でもっとちゃんとした服も買ってくる」

「そ、それは困ります! これ以上頂いても返せるものがありません!」

「いいっていいって。本当に安物だから。それに、あげて困るものは渡さないよ。モノは送れても体は通過できないんだから取り返しにも行けないし」

「それはそうでしょうけど……」

 

 アリスは誠からパーカーやタオルを投げつけられたことで、一つの事実に気付いた。

 

 この『鏡』は、人間は行き来できないが物品のやり取りはできる、ということだ。

 

 あれこれと試してみたが、何故か人間は髪の毛一本さえも向こう側に行くことができない。冷蔵庫のまだ生きているアサリも無理だった。だが、一度料理したり完全に死んでいるものであれば、なんの問題もなく通過する。

 

 誠が「微生物や菌なんかも食べ物にはいるはずなんだけどな」と言い、アリスも微生物や菌の概念はわからずとも何となくおかしいとは思った。だが矛盾や疑問を棚上げするしかなかった。調べる手段などないのだ。

 

「それでアリス。これからどうするつもりなんだ?」

「……霊廟の地下を探索するつもりです」

「そんな軽装で?」

 

 誠が、疑いの目でアリスを見ていた。

 どきりとしつつも、アリスはあえて胸を張った。

 

「おっと、見くびってもらっては困ります。こう見えても強いんですよ」

「食料は?」

「あと5日……いや、一週間くらいなら問題なく……」

「その迷宮を探索するのに、どれくらい時間かかるもんなの? というか足手まといはいらないって言ったけど、一人で探検するのって事故もありえるんじゃ」

「……」

 

 誠の問いかけに、アリスは答えなかった。

 

 アリスは迷っていた。

 罪人としてここに流されたという事実を話すべきかどうか。

 だがありのままを話して何になるだろうか。

 

 あまりにも身軽であることや、荒んだ目をしていることから「相当な訳ありだな」と誠に勘付かれているとは夢にも思わず、ひたすら迷い続けた。

 

「……いや、すまん。困らせたいわけじゃないんだ」

「こ、こっちも困ってるわけではなく……」

「それより晩飯食べた?」

「え? いや……」

「じゃあちょっと待っててくれ」

 

 と言って誠は立ち上がって、厨房の方へ歩いていった。

 

「あのう、マコト……?」

 

 アリスの困惑の声を無視して誠は料理を皿に盛り始めた。

 

「カレーあるんだけど、アリスは辛いの大丈夫!?」

「大丈夫ですが……」

「このままだと三日連続カレーになるところだったから、食ってくれると助かるんだ」

 

 誠は皿にカレーライスをよそい、アリスのいる方へ差し出した。

 

 

 

 

 

 

 あっという間に空っぽになった。

 

 皿が、ではない。

 

 鍋が、だ。

 

「す、すみません……少々空腹だったもので……」

「あー、良いって良いって。……実食編はまた後で撮るか」

 

 アリスは平身低頭で謝り、誠は苦笑しながらさらっと流した。

 

 とにかく、アリスは空腹だった。国境を発ったときに持っていた保存食はすべて食べつくしていた。大砂界に入る前に野鳥を狩ったり野草を採ったりしていたが、それも長くは持たなかった。

 

 虜囚生活していた頃でさえ満足な食事は与えられていない。

 

 数カ月ぶりに食べる、人間らしい食事だった。

 

 一口食べた瞬間アリスは無言になり、凄まじい勢いでスプーンを動かした。

 誠は何も言わずに2皿、3皿と出して、気付けば米もカレーもなくなっていた。

 

「美味しかった……。ああ、辛いのにどこか甘さがあって……お肉も柔らかくて……」

「そりゃあ何より。市販のルゥを使ってるけどフレンチの野菜ダシと特製スパイスを加えてるんだ。美味いだろ」

「あっ……!」

 

 アリスは誠の視線に気付き、手で顔を覆った。

 

「あ、あの、あまり見ないで頂けると……助かるのですが」

「ああ、ごめんごめん」

「い、いや、それより……返せるものが無いのにここまで世話になってしまい……申し訳ないと言いますか……」

 

 どう恩返しすれば……というアリスの言葉を誠が遮った。

 

「そうだ、朝飯のパンも渡しておく。俺、明日は仕事してるから適当に食べておいて」

 

 誠はそう言って、食パンの包みとジャムの入った瓶を投げた。

 

「え!?」

「あとこれ、そっちはけっこう寒いみたいだから使って」

 

 そして誠は、パンを受け取ったタイミングで毛布とクッションを投げる。

 

「んじゃ、夜も遅いし俺はそろそろ寝るよ。おやすみ。また明日」

「ちょ、ちょっと……!」

「なんか用があったら大声で呼んでくれ」

 

 アリスの困惑の声を無視して、誠は鏡の前から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 アリスは呆気にとられたまま、誠が『鏡』の前から去るのを見送った。

 

「これはどうすれば……」

 

 手元に残ったのは食料と衣服だ。

 食料が足りていないと見越した誠の判断は、悔しいくらいに正しかった。

 

 アリスは予想外の状況に困惑し、どうすべきか自問自答した。

 だが突然、瞼が鉛のように重く感じた。

 

「……うっ……ね、眠い……」

 

 今まで無視してきた精神的、肉体的な疲労が一気にアリスに襲いかかってきた。

 

 温かいご飯を食べ、過ごしやすい衣服に身を包んだことで、緊張の糸がぷっつりと切れた。体も頭も、完全に休む態勢に入っている。なんとか這いずって自分の身を毛布で包んだところで、アリスの意識は途切れた。

 

 

 

 

 



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 次にアリスが目を覚ましたときはすでに昼下がりで、鏡の向こうに誠は居なかった。

 一瞬、アリスはすべて夢だったのではないかとさえ思った。

 

 だが、誠との出会いが夢でも幻でもなかった証明が幾つもある。

 まず『鏡』の向こう側は相変わらず、レストランの空席を映し出している。

 今着ている服も、誠が用意した猫パーカーだ。

 もらったパンやジャムの瓶もある。

 そして『鏡』の前には、受け取ったパンとは別に食事を載せた盆があった。

 

 6枚切りのぶ厚いトーストが2枚。

 その横に添えられた、たっぷりのバターとあんことジャム。

 ゆで卵と塩。

 トマトとレタスのサラダ。

 蓋付きの保温タンブラーに入れられたコーヒー。

 500mlペットボトルに入ったミネラルウォーターが3本。

 

 そして置き手紙もあった。

 アリスは、食欲がうずくのを抑えつつ手紙を手にとった。

 

「『やっぱりジャムと食パンだけだと寂しいので朝食を用意しておきました。仕事が終わったらまた来ますが、何かあれば大声で呼んでください』ですか……」

 

 と、日本語の書き置きが残されていた。

 アリスにはそれがなぜか理解できた。

 

「しゃべる言葉だけでなく、文字まで読めるようになるのですか……。想像を絶する道具ですね」

 

 だが、それを考えてもアリスに答えを出せるわけもない。

 古代の研究をする専門家ですら『鏡』の原理を解明できるかは怪しいだろう。

 

 少なくとも今のアリスにとって大事なことは『鏡』の解明ではない。それよりも『鏡』の向こうの人間と話をしたり文字でやりとりできるという大きな幸運に恵まれたこと、そして向こうの人間に命を救われたという事実の方が遥かに大事だ。

 

 そして他にも大事なことがあった。

 

「これだけもらったのに、返せるものがありません……」

 

 アリスは一文無しであった。

 

 ただ、金になりそうなものが皆無というわけではない。

 剣がある。

 だが今のアリスの使命はここの魔物を討伐することだ。

 いかに『聖女』と言えども、流石に素手では戦えない。

 祈りの力を万全に蓄えた状態であれば、攻撃魔法だけで力押しして魔物を倒すこともできるだろうが、今現在のアリスに届く祈りは少ない。

 現在の力でできることと言えば、自分の消耗を抑えたり力を倍加させる程度だ。

 ゆえに剣は手放せない。

 

「うーん……あ! そうだ! 良い考えがあります……!」

 

 それは、アリスの使命と誠への恩返しの両方を達成できる。

 

 かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 昼間の誠の主な仕事は、弁当販売だ。

 

「お電話ありがとうございます、レストラン『しろうさぎ』です。……はい、本日の日替わりメニューは鯖と水菜のオイルパスタです。はい。……日替わりパスタ二つとオードブル盛り合わせ一つですね。承りました。何時頃に受け取りにいらっしゃいますか? ……12時? ごめんなさいちょっとその時間集中してまして……10分ほど遅れますが……あ、大丈夫ですか? ありがとうございます」

 

 本来のレストラン『しろうさぎ』であればランチ営業をしている時間帯だが、今は客がほとんど来ない。時折、一人二人の客は来るが、絶賛自粛ムードであり四人を超える団体客はめったに来ない。密にならないようにテーブルを減らしてなお閑散とした状態で、テイクアウトや弁当販売の方がまだ忙しい有様だ。

 

「墨田くん、日替わり2とオードブル1。来客は12時10分ね。パスタはこっちでやるからオードブル頼むわ」

 

 誠は、客の名前とオーダーを注文票に書き、ぺたりと壁に貼り付けた。

 そこには五枚ほどの注文票が並んでいる。

 すべてテイクアウトの注文だ。

 

「了解でーす。オードブル出ますねぇ」

 

 墨田はアルバイトだ。近所に住むフリーターだが、居酒屋で働いていた経験があるため厨房の仕事の飲み込みも早く、いくつかの料理を任せている。ホールも厨房もそつなくこなし頼りになるため誠は社員として雇いたいくらいだったが、「いや兼業主夫なんで。嫁が銀行マンで転勤あるから、引っ越すかもしれないんす」と言われて断られていた。

 

「そういや店長。なんで一番奥の個室、間仕切りで覆ってるんですか? あと鏡もないし」

「ちょっと撮影専用スペースの背景に使おうと思ってな。どうせお客さん来ないなら出しっぱにしておく必要もないし」

「このご時世じゃ動画の方が儲かるんじゃないすか」

「そこまで収益は出ないって。ところで墨田くん、撮影スタッフ以外もやってみないか? キャストとして出たら人気出ると思うんだけど」

「いやー、あがり症なんで無理無理のかたつむりですわ」

 

 何気ない雑談で躱したが、撮影部屋にするというのは嘘だ。

 その部屋にはアリスの世界に通じる鏡が置いてある。

 今は『鏡』としての機能が失われているので、他人に見られるわけにはいかなかった。

 

(とりあえずバイトには秘密にしておくか……。でも間仕切りで閉じっぱなしだとアリスが困るかもしれないな。後で内線電話かスマホでも渡しておかないと)

 

 誠は、そんなことを考えながら電話注文の弁当を作り始めた。

 自粛期間中と言えども、慌ただしくお昼の時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 レストラン『しろうさぎ』のランチタイムは終わり、アルバイトたちも帰宅した。

 誠はアリスのために色々と買い出しをしてから、鏡の置いてある個室へと顔を出した。

 

「アリスー、甘いものでも食べないか……うわっ!?」

「しくしくしく……」

 

 そこには昨日と同じく『鏡』が鎮座しており、昨日出会った少女が体育座りでさめざめと泣いていた。膝小僧が涙でべしょべしょになっている。

 

「ど、どうしたの?」

「わ、わたしは、救いようのない愚か者です……しくしく……」

「もうちょっと詳しく」

「かくかくしかじか……」

 

 アリスをなだめながら誠は事情を聞き出す。

 そして誠は深く同情した。

 

「……ええと、まず俺に恩返しをしようとして迷宮に潜ったわけだ」

「はい……宝物や魔物の素材など、貴重品が手に入るかと思いまして……地下の迷宮を探索していたのです」

「なるほど」

「地下5階まで潜ったんです。ただそこまでは、幽鬼や悪霊など、何も落とさない魔物ばかりで」

「悪霊退治できるんだ、すごいな」

「い、いえ、大したことではありません……。それで、6階からは魔物の性質ががらっと変わって……。硬い甲殻に覆われた竜が群れをなしてて……」

「それで竜に剣を振り下ろしたら、剣がぽっきり折れてしまったと」

 

 『鏡』の前には、無残に真っ二つに折れた剣が寂しく転がっていた。

 

「ううっ……。自分が情けなくて情けなくて……! 罰を受けるかもしれない危険を冒してまで譲ってくれた剣なのに……!」

「大事なものだったんだな」

「しくしくしく……」

 

(罰を受けるかもしれない危険……? やはり訳ありみたいだな)

 

 そういう予測を立てていることがバレないよう、誠は平静を装いつつアリスを励ます。

 

「ともかくお腹空いただろう。ご飯用意するから待っててくれ」

「はい……」

 

 アリスは、誠の申し出を断る力さえ無かった。

 

 これは随分へこんでいる……と危機感を抱いた誠は、アリスの気を紛らわせるためにタブレットを操作する。動画配信サイトにアクセスし、できる限り明るくポップな曲を流す。

 

「ん、これは……?」

「あー、適当に探した作業用BGM付けたんだ」

「さぎょーよーびーじーえむ?」

「えーと、ともかくこの板を使うと、誰かが投稿した音楽とか動画とかを見れるんだ」

 

 説明になってないな、と思いつつも誠は説明した。

 だがアリスは意外にも納得の表情をしている。

 

「なるほど……。記録宝珠のようなものですか」

「あれ、わかる?」

「一度、聖水教の総本山で見たことがあります。何代か前の大僧正の演説やシスターの賛美歌を記録して保管していました」

 

 せいすいきょう、とは恐らくアリスの世界の宗教か。

 誠はなんとなくニュアンスで察した。

 

「しかし宝珠一つで屋敷が建つほど高価なものでした。これは……」

 

 アリスは恐る恐る誠に尋ねる。

 

「そこまで貴重品じゃない。ちょっとお高い宿に泊まって飯と酒を食べるくらいの値段かな?」

「そ、そうなんですか」

「ほら、見てみて」

 

 と言って、誠はアリスの方へタブレットを投げ入れた。

 

「わっ!? こ、こら! 魔道具をこのように扱ってはいけません!」

「魔道具じゃないって。適当にいじっていいから」

「はぁ……」

 

 アリスは、音楽がなりっぱなしのタブレットをまじまじと眺める。

 そこでは、音楽にあわせて絵が動いていた。

 当然、アリスにとって初めて見るものだった。

 

「おお……これはすごいです……」

 

 『鏡』を通しているがゆえに、タブレットの画面に表示された文字がアリスにはなんとなく読める。ただし、英語の部分はよくわからなかった。恐らく翻訳機能が発揮されるのはアリスと誠が使う言語に絞られているのだろう。

 

 だが、そんな発見よりも驚いたことがあった。

 

「さ、再生数、ごひゃくまん……!?」

「驚くところそこ?」

「だ、だって! エヴァーン王国の国民と同じくらいですよ!」

 

 国民少ないな!?

 と言おうとして誠はこらえた。

 ちょっと小馬鹿にした発言に聞こえるかもしれない。

 

「あ、あのう、マコト。これはどう扱うものなのですか? 『どうが』とやらを色々と選べるようなのですが……」

「見たいところを指で触ると反応するよ」

「おお……!」

 

 アリスが指でタブレットを触る。

 その度にいろんな音が流れる。

 流行曲や、動画配信者の「どーもどーも!」という軽い感じの挨拶。

 あるいは無料配信中のドラマやアニメ。

 

「……すみません、ちょっとくらくらしてきました」

「おっと、明るすぎたか。悪い悪い」

「いえ、そうではなく……情報量が多くて混乱して……。でもこれは……本当に面白いですね……!」

 

 どうやらご満足いただけたようだ、と誠は安堵する。

 アリスは気を取り直して再びタブレットを眺め始めた。

 流れてくる音からして、恐らく無料配信中のアニメを見ているのだろう。

 しかし物語の内容はわかるのだろうかと誠は疑問に思うが、アリスの目は動画に夢中になっている。

 

「……よし、今のうちに料理しとくか」

 

 

 

 

 

 

 アリスは、満たされていた。

 

「ああ……美味しかった……」

 

 温かい食事。

 暖かい服。

 愉快な歌や面白い芝居。

 

 今日の晩餐は、魚だった。

 鯖の塩焼きというメニューだ。

 エヴァーン王国は内陸で海はない。川も少ない。

 アリスが食べたことがあるのは、貴人が趣味で輸入する魚の干物だけだ。

 

 それは岩のように固く、そして塩辛い料理で、好き好んで食べるものではないと思っていた。だが誠が作ったサバの塩焼きは柔らかく脂も乗っていて、想像以上に美味しい料理だった。

 

 少々独特の臭いはあるが、アリスにとってさほど問題ではない。兵舎で食べる飯に比べたら段違いにまともと言うものだった。

 

 そして何より、食事の後に出されたデザートがまさに至高だった。

 

「モンブランケーキも素晴らしかったです……栗にあんな食べ方があるなんて」

 

 エヴァーン王国にも栗はあった。だがアリスが食べたことがあるのは焼き栗ばかりで、手を加えた菓子として食べたことはない。滑らかな舌触りのクリームとして食べるのは感動だった。アリスは満腹感も落ち着き、食べた料理がどれだけ素晴らしかったかを再確認できた。

 

 また、借りたタブレットで見た動画も驚きの連続だった。あんな風に動画を楽しむ文化があるなんて思いも寄らなかった。

 

 他にも色々と受け取ったものがあった。

 

 漫画を受け取って、気付けば夢中で読んでいた。

 

 最初はどう読むものかわからず適当にページをめくって目で追いかけていたが、アニメのように物語を楽しむものだと気づいてからはすんなりと読めるようになった。

 

 駄菓子も受け取った。これも夢中で食べてしまった。気付けば一袋分のチョコレートが空っぽになっていた。

 

 こんなに素晴らしいものばかり受け取って良いのだろうか。

 

 ……そこで、アリスは大事な事に気付いた。

 

「……って、ああっ!? また恩返ししそこねた!?」

 

 

 

 



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「だから! これ以上の施しは不要だと言っているんです!」

「なんで?」

「頂く! 理由が! ありません!」

 

 誠はアリスの隙あらば鏡の向こうの世界におにぎり、パン、駄菓子、誠の作った料理が入ったタッパー、あるいは食料品以外の生活用品――肌着やタオル、布団、歯磨きなどなど――を放り投げていた。

 

 しかしついにアリスは、欲望を振り切って怒りの声を上げた。

 

「お金の無駄遣いでしょう! 私などに与える余裕はあるのですか!」

「レストランやってたらどうしたって食材は余っちゃうんだよ。食べて貰えるほうが嬉しい。それに布団やシーツも余ってたやつだし」

 

 アリスの叱責に、誠は気にしないとばかりに肩をすくめた。

 消耗品がほとんど新品であることについてはしれっと黙っていた。

 

「そ、それでも時間と金を費やしてくれていることには変わりないでしょう!」

「……じゃあ聞くけれど、アリス」

「なんですか」

「たとえば目の前で、死にそうなくらい腹を空かせてる人間がいたとする。そして今の自分の手元には、食べきれなくて腐って捨てるしかない料理があるとする。どうする?」

 

 うっ、という声がアリスの口から漏れた。

 

「そ、それは話が違います」

「どんな風に?」

「私はなにも、あなたから施しをもらわなくとも生きていけます」

「あーあ、残念だなぁ。今日はカレーにしようと思ったのに」

「ううっ」

 

 カレー。

 もはやそれはアリスの一番の大好物となっていた。

 

「今日は前のカレーとは違って、バターチキンカレーを作ろうと思うんだ。ルーを使わずに香辛料を使う。さらにカシューナッツをふやかして砕いてカシューナッツミルクでコクを出す。追いバターも入れる。でもこれ、一人分だけ作るのもかえって面倒でさ、寸胴いっぱいになるくらい作りたいんだ。誰か食べてくれる人が居ると助かるんだが、断られるとは思ってなかったなぁ……あーあ、悲しい」

「ぐっ、ぐぬぬ……!」

「一緒に食べてくれる人がいたらなぁ……」

「マコト……それは卑怯です……!」

 

 

 

 

 

 

 そして、気付けば再びアリスは流された。

 

 カレーの芳醇な香りに抗うことなどできなかった。スパイシーかつコクのあるバターチキンカレーは、前回のカレーよりも好きかも知れないとアリスは思った。

 

「くっ……欲望に流された自分が憎い……!」

「お粗末様でした」

 

 誠は、3皿分をぺろりと平らげたアリスを満足そうに眺める。

 

「中に入った鶏肉の軟らかいこと……これは反則です……!」

 

 バターチキンカレーは基本チキンだけが具材だが、誠はそこにブラウンマッシュルームを入れることで食感と旨味を強調していた。それによって、香りだけで頭がやられていたアリスは更なるカレーの深みへと引きずり込まれていった。

 

「次は豚の角煮を使ってカレーを作ろうと思うんだ。今回はマッシュルームを使ったけど、マイタケも悪くないかな」

「キノコですか……子供の頃はよく摘みに行ったものです」

「そっちの世界にもキノコあるのか。どんなのがあるのか興味あるな……。ところで今日は酒があるんだ。アリスは酒飲む人?」

「酒ですか」

「あ、もしかして苦手? っていうか今まで聞いてなかったけどアリスいくつ?」

「26歳です」

「……あ、そうなんだ」

 

 誠は思った。

 26歳にはとても見えないくらい小さいな、と。

 だがアリスは、誠の反応を勘違いして怒りの声を上げた。

 

「も、文句ありますか! どうせ行き遅れです!」

「いやいや、単にお酒飲んで良い年齢か聞きたかっただけだって! 他意はない!」

「同じ部隊に居た人達からも早く結婚しろって言われましたし……。戦争終わったから結婚しなきゃって思ってもこんな境遇になってしまいましたし……」

「ま、まあまあ! 人生これからじゃないか!」

「……これから」

 

 アリスが、真っ白な表情で呟いた。

 

「これから、なんてものはありません」

「い、いやいや」

「……でも」

「ほ、ほら! 今日はビール買ってきたんだ! 飲もう飲もう!」

「ビール……」

「麦で作った醸造酒なんだが……」

「エールのようなものですか?」

「まあエールビールじゃなくてラガービールなんだが、大体そんなもんだよ」

 

 誠はビアグラスをアリスに渡し、そこに缶ビールを注ぐ。

 透き通った金色の液体が、鏡の向こう側のグラスへと吸い込まれていった。

 

「これは……綺麗な金色ですね。それに全然濁ってません」

「さあ、乾杯しよう乾杯!」

 

 誠は暗くなったアリスの気分を払拭しようと、酒の勢いに頼った。

 

 それがいけなかった。

 

 

 

 

 

 

「……というわけなんですよぉ。聞いてますかマコト!」

 

 アリスは、酔うと絡むタイプだった。

 しかもザルだ。

 すでに誠が用意したロング缶ビール10缶、全て飲み尽くした。

 それだけでは足らず、甲類焼酎の水割りをがばがばと飲み始めている。

 誠はすでに自分のリミットを超えつつあるのを自覚して、こっそり水割りではなくお冷やを飲んでいた。

 

 これ以上酒に付き合って意識を失ったり寝たりするわけにはいかなかった。

 絡み酒とはいえ、相当に重く真剣な話を聞かされていた。

 今アリスが話しているのは、嘘偽りない自分の境遇についてだ。

 

「……苦労したんだな」

「本当ですよ! あんなに頑張って魔王を倒したってのに、王も側近たちも手の平を返して! あの恩知らずども、全員地獄に落ちれば良いのに!」

 

 アリスは誠に、吐き出すだけ吐き出した。

 

 子供の頃に親を流行病で亡くし、孤児院に引き取られたこと。

 

 孤児院は忙しかったが、それでも楽しく暮らしたこと。

 

 孤児院を出た後は洗濯屋で住み込みで働いて、ようやく人並みの暮らしができるようになったこと。

 

 そこの店主に、店主の息子との見合いを勧められたこと。

 

 その頃に魔王が現れて国を荒らし回り、見合いどころではなくなったこと。

 

 教会に呼び出されて不可思議な儀式を行ったら、お前は魔王を倒す力を持った聖女だと言われたこと。

 

 いきなり軍に放り込まれて兵士生活が始まったこと。

 

 始めはひどく辛かったが、同じ兵士仲間が支えてくれたこと。

 

 いじめたりからかったりする意地悪な兵士もいたこと。

 

 訓練所が魔王の軍勢に襲われ、唐突に初めての実戦を迎えたこと。

 

 優しい兵士も、意地悪な兵士も、戦いの中で死んでしまったこと。

 

 それ以来、今までより必死に訓練に打ち込み、とにかく強くなろうとしたこと。

 

 一人の聖女とは育ちが違いすぎてひどく嫌われていたこと。

 

 もう一人の聖女はちょっと抜けているが、優しく自分の世話をしてくれたこと。

 

 皆と協力して魔王を打ち倒したこと。

 

 魔王を倒した功績が大きすぎて、国から厄介者扱いされたこと。

 

 もはや死刑と変わらないような国外追放と迷宮探索の罰を受けたこと。

 

 元平民の聖女ということで皆が手の平を返したこと。

 

 それでも精一杯の手助けをしてくれた戦友もいたこと。

 

 ここで死のうと思っていたときに、突然異世界の料理人が助けてくれたこと。

 

 今はちょっと酒を飲み過ぎて吐き気がこみ上げてきたこと。

 

「うっ、きぼちわるい……」

「ああっ、ま、待った! ほら、袋に吐いて!」

「おえええっ……えほっ、げほっ」

 

 誠はアリスにビニール袋を渡した。

 こういうとき背中をさすってやるものだが、それはできなかった。

 『鏡』が隔てる向こう側の世界に、生身の腕を伸ばすことはできない。

 

「……よし」

 

 吐き出したものが入ってるビニール袋を、誠はある道具を使って引き寄せた。

 

「これが役立つとはなぁ」

 

 マジックハンドだ。

 

 プラスチックの玩具ではなく業務用の頑丈なもので、それなりに重い物でも掴める。ゴミ拾いをする感覚で、吐瀉物の入ったビニール袋や転がった空き缶などをひょいひょいと回収していく。

 

「すっ、すみませ……」

「良いって、全部任せて」

「はい……」

「他には、何かない?」

「ほか?」

「食べたいものとか、やりたいこととか」

「そうですね……。蜂蜜酒(ミード)をもう一度飲みたかったです。功績をあげた兵は上官から瓶ごと支給されて、それが羨ましくて……」

「ミードか。ああ、それなら輸入品店とかリカーショップで探せば手に入るな。あ、通販の方が早いかな? ともかく買ってくる。他には?」

 

 アリスは酔いの回った虚ろな顔のまま、ぽつりと呟いた。

 

「結婚したかったです」

「結婚」

「とはいえ、もうこんな歳です。後妻や側室を求めるような人にしか相手にされません。いや、そもそも、こんな無骨な生き方をしてる女など見向きもしないでしょう」

「そんなことないって」

「慰めはやめてください」

「いや慰めとかじゃなくて。愚痴はどんどん出して良いけど、そうやって卑下するのはよくない」

「では聞きますけど、マコトが結婚してくれるとでも言うんですか?」

 

 と言って、アリスは焼酎の水割りを一息で飲み干した。

 

「いいよ、結婚しよう」

「は?」

 

 アリスは誠の顔をまじまじと見つめる。

 

「俺もコンパ行ったり婚活したことはあるけど、どうもピンと来なくてさ。俺は結婚するならアリスみたいな人がいいよ」

 

 そこで、アリスは吹き出した。

 けたけたと、子供のように笑った。

 

「そんなに面白かったか?」

「いえ、とても嬉しい……夢みたいです」

「別に夢じゃないけどな」

 

 だがしばらくするとアリスはそのまま鏡の前で寝入った。

 静かな寝息が聞こえてくる。

 

「ったく、風邪引くんじゃないか」

 

 誠は、マジックハンドを使って器用に毛布を掛けた。

 誠から見たアリスは、聖女などではない。

 

 心に傷を負った、さみしがり屋の、ただの26歳児だった。

 

 

 

 

 



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 次の日の朝。

 

 とてもすっきりとした顔のアリスが鏡の前にあった。

 

 それだけではない。

 今まで与えた服や毛布が折りたたまれて並んでいる。

 初めて誠と出会ったときの外套をまとい、神妙な顔で座っていた。

 誠は、言いようのない危機感を覚えた。

 

 誠がどう声を掛けるか迷ってるうちに、アリスの方が話を切り出した。

 

「マコト。少々お願いがあります」

「なんだ?」

「以前頂いた食パンと、ジャムの入った瓶をまた頂きたいんです。できれば十袋ほど」

「用意するのは別に問題ないけど……」

「すみません、何から何まで」

「……理由を聞いてもいいか?」

「そろそろ、お暇しようと思います」

「おいとまって……どこに?」

「国へ帰ります」

 

 アリスは、淡々と告げた。

 

「……帰れるのか?」

「帰ってはいけません。捕まったら今度こそ斬首になります」

「じゃあ」

「なので、捕らえようとするものは返り討ちにしようと思います」

「ええと……」

「安心してください、こう見えても強いんです」

 

 と言って、アリスは力こぶを見せようとする。

 男の豪腕ではない。

 むしろ、細い。

 よく見れば鍛えられているのはわかるが「陸上部かな?」と思う程度だ。

 

「……昨晩は、色々とお恥ずかしいところを見せました。本当に申し訳ありません」

「いやいや」

「私は、罪人です。このような怪しげな場所にいるのは、追放刑を受けたためです」

 

 アリスが淡々と、自分の境遇を話す。

 昨日、誠に暴露した内容とまったく同じであった。

 

「けど、冤罪なんだろう?」

「はい。だから私が私として生きるためには、国に反抗せねばなりません」

「そ、そうかもしれないけど……勝てるのか? いや勝ち負け以前に、生き残れるのか?」

「腕に覚えがあると言ったでしょう? それに味方もきっといるはずです」

「……相手も強いんだろ?」

 

 誠の問いにアリスは何も答えず、ただ微笑んだ。

 

「マコト、あなたには感謝してもしきれません。子供の頃の夢が叶いました」

「夢?」

「俗っぽいことですけど……。ひとつは、甘い物をお腹いっぱい食べることです」

「ああ、チョコの袋一晩で食べたよな」

「気づいたら空っぽになってて焦りました。つまみ食いして死んだ母に怒られたことを思い出しました」

 

 アリスは、恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「それくらい……」

 

 大したことじゃない、と言おうとした誠に、アリスは首を横に振る。

 

「兵舎は本当にまずい飯ばかりでした。牢獄では……説明する必要もないでしょう。兵舎にチョコの袋やジャムの瓶を放り込めば取り合いの殴り合いになると思います。もちろん私も率先して殴りにいきます」

 

 アリスは気楽に話すが、同時に嘘偽りのない淡々とした口調だった。

 誠は、それを聞いて頷くことしかできなかった。

 

「それともうひとつ……結婚することです」

「……そっか」

「もちろん、冗談や方便であることはわかっています。それでも、嬉しかったんです」

 

 誠は、冗談を言ったつもりはなかった。

 だが方便ではあった。

 

 今にも死にそうな人間を止めるための、口からでまかせのプロポーズじゃないか?

 そう言われたとしたら、誠は否定はできない。

 

 酔った勢いで綺麗な女を口説きたかっただけじゃないか?

 そう言われたとしても、誠は否定はできない。

 

 実際、誠はアリスに見とれていた。

 

 だがそれを抜きにしても目の前の人間が希望を捨てて死んでいくのは嫌だった。一ヶ月にも満たない関係ではあっても、見捨てるのを辛いと思う程度には誠は普通の人間だった。

 

「……嬉しかったなら別にいいだろ。わざわざ死にに行くような真似をするこたぁない。夢が叶ったなら叶ったままで、何の問題もないじゃないか」

「あります。私はあなたと出会ってからずっと、働きもせず家事もせずに、与えられたものを好きなだけ食べて、寝たいだけ寝て、あまつさえ王侯貴族さえも楽しめないような娯楽にふけっていました」

「真顔でそんなこと言うとまるで悪いことしてるみたいだろ。悪いことじゃない。少なくともアリスは、そういう生活をしても良いくらい苦労してるじゃないか」

「だとしても褒められたことではありません。ずっと続いて良いものでもありません」

「いやいいよ。ずっと続ければいいじゃないか」

 

 誠の焦りが滲んだ言葉に、アリスは微笑みつつも首を横に振った。

 

「それはできません。マコト、あなたにも親はいるでしょう。こんな鏡の外の女の世話ばかりしていれば引き離そうとするでしょう」

「いやそれが事故で両親とも死んじゃってな。一軒家で一人暮らしなんだ」

「あう」

 

 予想外の答えだったのか、アリスの口から変な声が出た。

 

「え、ええと、他のご家族は?」

「叔母さん夫婦と、その娘さん……従姉の翔子姉さんって親戚がいるくらいかな。あ、心配しないでくれ。俺の結婚相手が女だろうが男だろうが、画面の中にしかいない架空の存在だろうが何でもいいって感じの人たちだから」

「ご親戚殿は少々冗談が過ぎると思います」

「まあともかく、親族トラブルの心配はしなくていい。だからここにいてくれよ」

「それなら、普通に結婚相手を探せば良いでしょう!」

「俺はアリス以外にプロポーズするつもりはない。指輪だって買う。市役所に婚姻届を出すし、戸籍や国籍の問題で申請が蹴られたら家庭裁判所に訴え出る。こっちは本気だ」

「そ、そういうのは反則です! 大体、出会って一ヶ月も経っていないのに結婚だなんて、話が早すぎます!」

 

 アリスが顔を真っ赤にしながら怒る。

 誠は、かわいいなこの人、と思いつつも話を続けた。

 

「……実際に手も触れられない相手など、結婚相手にならないでしょう。触れあえる人の方が絶対にいいはずです」

「それが最近はコロナ……まあ、疫病が流行ってるから遠出できないんだよ。インターネットお見合いとかオンライン婚活とか、直接対面せずに結婚考えてる人も今どきは増えてきてるんだ」

「はわわわわわ」

 

 バグった反応をするアリスに誠は思わず失笑する。

 アリスはきっと誠を睨みつつ、こそこそとタブレットを操作した。

 

「え、疫病って本当でしょうね? 嘘ならすぐバレますよ。私、ちょっとくらいタブレットの操作は覚えたんですから。確か、ニュースのウェブサイトがあったはず……前に見たときは難しくてわかりませんでしたけど……」

「コロナで検索すると出てくるぞ」

「えーと……アルファベットはよくわからなくて」

「あ、キーボード型の入力になっててちょっと面倒か。フリック入力に切り替えるから貸して」

 

 アリスは誠から操作を教わりながら、ブラウザの検索画面に文字を入力した。すぐに様々な検索結果が出てきた。トップに来たのは新聞社のウェブサイトだ。そこには新型コロナウイルスCOVID-19による感染状況や、罹ったときの症状などが事細かに書かれていた。

 

 他にもセンセーショナルな見出しで恐怖を煽るものもあれば、強い口調で楽観論を訴えているもの、陰謀論を唱えるものなど、様々なニュースがある。ともかく、世界的なレベルの大問題であることがアリスにはすぐ理解できたようだった。

 

「洒落にならないレベルの疫病じゃないですか! あなた、こんな状況で赤の他人を助けたり何をやってるんですか!?」

「いや、つい」

 

 アリスが血相を変えて怒った。

 言われてみれば確かにと、誠もちょっと思った。

 

「ついではなく! マコト自身は大丈夫なんですか!?」

「ウチの県だと都会ほどは深刻じゃないよ。まあ自粛ムードは強いし店の売上はヤバいけどさ」

「だったら尚更自分のことを……」

 

 アリスの切々とした訴えに対し、誠は寂しげな微笑みを返した。

 

「まあ結婚って判断は確かに早いかもしれないけど、同居人みたいな人がいて、嬉しかったんだよ」

「あ……」

「親父もおふくろも死んだ実家で一人暮らしってのもやっぱり寂しいもんでさ。普段ならそれでもなんとかやってこれたけど、今はコロナがあるから迂闊に友達と遊ぶってのもできないし、なによりお客さんの顔が見えない。たまに顔を見せてくれる従姉にはいつも心配ないって言ってるけど……やっぱりしんどかった」

 

 誠は、子供の頃はよくレストランを手伝っていた。中学校や高校の授業が終わって家に帰ったあたりからがレストランの書き入れ時で、腹を空かせた勤め人や、子供の誕生日を祝う家族、コーヒー1杯で粘るご近所さんなどがレストランでくつろいでいるのが、誠の思う『実家』であった。

 

 今の誠の目には、その風景が映ることはない。当たり前に客と会話し、当たり前に食事を提供することをずっと続けてきた誠は、知らず知らずの内に心が追い詰められていた。

 

「自粛生活が気楽って人も今どきは多いんだろうけど、俺はちょっと苦手な方なんだ。アリスが来て美味しそうにごはん食べてくれて……俺は救われたんだよ。夕方、晩ごはんを作るのが楽しくて、もうちょっと頑張ろうって気持ちになった」

「……マコトは意地悪なことを言います」

 

 アリスは口をわなわなさせて、そして恥ずかしそうにぽつりと呟いた。

 

「意外と意地悪なんだよ。俺を助けると思って、ここに居てくれないか?」

「……ですが、たとえばマコトが職を失って貧しくなったとき、それでも私に援助できると言えますか? 私からはなにもできないのに」

「できる範囲のことはやる……ていうか、そうならないように頑張るしかないさ。もしもを考えてたらきりがないし、夫婦ってそういうものじゃないか?」

「だとしても、私がここにいるのは一ヶ月や二ヶ月ではありません。私がここに居続けても、霊廟を攻略するのは年単位でかかります。あるいは一生かかっても無理かもしれません」

「うん」

「私への援助を続けても、続けなくても、きっとしこりが残ります。援助を止めたマコトはきっと『自分が見捨てた』と思うでしょう。私が苦しいのは私のせいであっても、きっとあなたは後悔します。だからこれ以上巻き込みたくはないんです」

「つらいし悲しいとは思う。それが後悔かはともかく」

「逆に、私があなたを逆恨みしないとも限りません……いえ、きっと、恨みます。自分を棚に上げて。この生活が長続きしてしまったら、きっと私はこの状況を……あなたの世話になることを、当たり前の権利だと受け入れてしまうでしょうから」

 

 アリスは、そこで微笑んだ。

 誰にだってわかるような、わざとらしい顔だった。

 

「だからここでお別れにしましょう。私はマコトを逆恨みなどしたくありません」

「だからヤダっつってんじゃん」

「子供みたいなこと言わないでください!」

「……というか結局、しこりは残るよ? ここまで言わせて『そうですね、バイバイ』とは言いたくないよ。今の時点ですごく気を遣われてるわけでさ」

「それはそうですけど……」

 

 アリスは溜め息をついた。

 当然、アリスにとって嬉しい言葉だった。

 だがアリスの方も勇気を持って別れを決断したつもりで、今更引き下がることはできない。

 どうやって誠を説得しようか……とアリスが悩んでいたあたりで、誠の口から思わぬ言葉が出てきた。

 

「だから、俺から提案がある」

「提案?」

「俺がアリスを助けているだけの一方的な関係。確かにそれは健全じゃないし、健全じゃない関係は長続きしない。いつの日か破綻してお互いが傷付く。だから傷が浅いうちにやめようって話なんだろ」

「ま、まあ、そういうことですけど……」

「じゃあアリスが、俺に返せる何かがあればいいわけだ」

「その『何か』などないから困ってるのです!」

「ある。アリス。俺はあなたに頼みたい仕事がある」

「え? 仕事?」

 

 アリスは思わず、きょとんとした顔で聞き返した。

 

「ああ。ちゃんと報酬が発生する仕事だ。アリスが稼いだら、その金を使ってアリスの食料や生活用品を俺が代行して買ってくる。俺が一方的に与える生活から、お互いに支え合う生活に変えていこう」

「……と言っても、私はそちらの世界には行けませんし……。声や姿を見せることしかできないのに、仕事らしい仕事なんて」

「あるよ。声と姿だけでできる仕事なんていくらでも」

「……え?」

「動画配信者だ」

 

 

 

 

 




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◆5分ちょっとでわかるアリス=セルティ

 

 

 

◆5分ちょっとでわかるアリス=セルティ

 

 はい!

 そういうわけで、5分ちょっとでわかるアリス=セルティ!

 

 出身は地球ではないどこか別の世界です。

 ここの野蛮なる原住民どもは『永劫の旅の地ヴィマ』と呼んでいます。

 

 そこの大陸の北寄りの場所、エヴァーン王国という国に住んでました。

 

 どんなところかと言いますと……そうですねぇ、一言で言えば。

 

 ド田舎ですね。

 

 いや、ド田舎なんて表現をしたら流石に地方在住の人に失礼ですね。言い直します。

 

 クソ田舎です。

 

 バカと酔っ払いとゾンビと厚顔無恥で無責任な卑怯者を100年ほど丁寧に熟成させた連中がゴキブリみたいに湧いて出てくる、悪い意味での『田舎』を凝縮した国ですね。素敵な自然の風景とか、心温まるふれあいとか、田舎の善良な側面を削ぎ落とした田舎オルタです。地球の皆さんはくれぐれも観光しようなんて思わないでください。

 

 おっと、話が逸れましたね。

 胸クソの悪くなるクソ田舎の話なんてやめましょう。

 

 ともかく私は、ファッキン・エヴァーン・クソ王国から出て、この幽神霊廟というクソみたいに何にもない僻地に住んでます。

 

 見てください、この石畳の寒々しい部屋。

 

 クッションや布団などを頂いたのでなんとか暮らせる状態にはなっていますが……。

 こんな場所で生きていけるのはちょっと奇跡だと思うんですよね。

 

 で、紆余曲折ありまして私は『動画撮ルン』の配信者、撮るチューバーとなったわけです。

 

 ……紆余曲折の一言ではしょりすぎという気もしますが、そこは気にしない方向で。

 

 まずこうして地球に映像を送れるってあたりが非常に謎なんですが、

 霊廟を潜ってたらなんだか地球と繋がっちゃいました。

 いやービックリですね。

 

 私自身とか生身の人間はこちらとそちらの世界を行き来できないのですが、物品はやり取りできるんです。協力者にお願いしてこうしてカメラ機材を持ち込むこともできます。

 

 ですので、次の動画では皆様にこちらの世界をもっと詳しくご案内したいと思いまーす!

 

 もしよろしければ、チャンネルフォローといいね評価ボタンを押してくださいね。

 

 まったねー!

 

 

 

 

 

 

 かち、かちと、マウスのクリック音が響く。

『鏡』の前で誠がパソコン作業する音だ。

 アリスはなんとも微妙な顔をしてそれを見守っていた。

 

「あのう……マコト」

「何か聞きたいことある?」

「何から聞けば良いのか……その『ぱそこん』と『かめら』は一体どうしたんですか……?」

 

 今、鏡のある部屋には幾つかの機材があった。

 

 まずはテーブルだ。これは『鏡』を貫通し、半分は誠のいる世界に、もう半分はアリスのいる世界に置かれている。アリスは椅子にかけて誠の対面に座っている。

 

 そしてテーブルの上にパソコンのディスプレイがあった。

 

 ディスプレイは大小一つずつ存在し、大きい方は誠の側にある。そしてもう一つの小さい方のディスプレイは、アリスが手にとって眺めている。

 

 メインディスプレイとまったく同じ画面をサブディスプレイにも表示させている、という状態だった。

 

「パソコンは元々あるやつだよ。サブディスプレイとウェアラブルカメラは持続化給付金で買っちゃった」

「ジゾクカキュウフキン?」

「コロナのせいで店の売上が下がってるんだよね。で、売上が下がってますよって証明する書類を付けて国に申告するとお金がもらえる」

「はぁ……」

「で、良い感じに動画がまとまったと思うんだけど、アリスはどう?」

 

 アリスは感想を求められて、言葉に詰まった。

 

 カメラを向けられた瞬間、アリスは自分でも理由がわからないほどにテンションが上がっていた。何を話したのか今ひとつ覚えてないくらいだ。改めて動画として自分の有様を見ると、アリスは恥ずかしさを改めて感じていた。わけもなく手をわなわなと震わせている。

 

「ど、どうと言われましてもぉ……」

「やっぱり慣れない? こういうの嫌かな?」

「い、嫌というわけではないです。ただ、実感がわかないと言うか……カメラで撮った自分が画面にいるということに現実味がないというか……」

「なるほど、それは確かにね。じゃあ、ああしたいとか、こうしたいとか、そういう要望もまだ思いつかない感じか?」

「要望と言われても……。あ、そうだ、質問があります」

「なんでもどうぞ」

「動画、短くないですか? もうちょっと長々と喋ったような気がしたのですが」

 

 撮影中、アリスは熱に浮かされたようにとりとめもなく喋っていた。

 だが動画の中のアリスは非常にテンポよく話を進めている。

 

「あ、編集した。間や沈黙が入ったところとか説明わかりにくいところはバッサリ切ってる」

「そういうこともできるんですね……」

「熟練の動画配信者は数分でまとめた短い動画を出してて、不慣れな人は長い動画作るの不思議だったんだよな。でも自分でやってみてわかった。短くまとめるのって長く作るよりもすごい難しいって」

「そ、そうですか……」

「あ、カットしちゃうのいやだったか?」

「そういうわけではないんですが……ええと……」

「不満があれば遠慮なく言ってくれ。これから一緒に動画を配信するビジネスパートナーなんだから」

「そ、そこです」

「そこ?」

「ほ、本当にこれを、全世界に発信するつもりなのですか?」

 

 アリスは苦み走った顔で問いかけるが、誠はにこやかに頷く。

 

「まだやらない。チャンネルそのものはすでに開設してあるけど、動画のストックが増えてきたタイミングで本格的に投稿しよう」

「そ、そうですか……」

「でも撮影中めちゃくちゃ楽しそうだったよ? 口調も、敬語を使いつつもちょっと砕けてて手慣れた動画配信者っぽさが出てたし。ファッキン・エヴァーン・クソ王国なんて言葉もアドリブだし」

「しっ、仕方ないじゃないですか! 軍にいたときのノリを思い出しちゃって!」

「こんなノリだったんだ」

「どうも男社会だったので、全体的に口汚かったですね……。このくらいの罵声言えないと舐められちゃいますし」

「苦労したんだなぁ……」

「ともかく! 冷静に見返すと恥ずかしいんです!」

 

 アリスは、真っ赤になった顔を手で覆う。

 

「大丈夫、綺麗だしキャラも濃いし、人気出るよ」

「濃いとはどういう意味ですかマコト!」

「異世界の迷宮を冒険する女の子って時点で属性盛りすぎだから、大丈夫」

「事実だから仕方ないじゃないですか!」

「そう、そこがいい」

 

 と言って、誠はアリスを指さした。

 

「最初にこれを見た地球人は、絶対にアリスのことを痛いロールプレイだと思う。でもアリスはその思い込みを覆すポテンシャルがある」

「そ、そういうものですか……?」

「最初は苦労するかもしれないが、動画が増えていけば絶対に広告収入を得られるくらい視聴者が集まる」

「その、こうこくしゅうにゅう……という仕組みがよくわからないのですが」

 

 アリスは眉をしかめながら首をひねる。

 

「ああ、そっか。確かにわかりにくいか。アリスはタブレットで動画サイトの見方はなんとなくわかったよな?」

「はい。あれから何度か借りて見てるので」

「アリスがよく見てる動画サイトは、『動画撮ルン』というウェブサイトなんだ。基本的には誰でも動画を投稿することができる。会社や団体が公式動画を出してることも多いけど、チャンネル数で言えば個人で投稿してる方が圧倒的に多い」

 

 誠がそう言いながら、タブレットを操作した。

 そして『動画撮ルン』というウェブサイトを表示してアリスに見せる。

 

「個人で動画を配信している人を、通称『撮るチューバー』と呼ぶ」

「そこまでは私にもわかります」

「ところでアリスは、見たい動画を見ようとしたら全然関係ない動画が流れるのを見たことはないか?」

 

 言われてみて、アリスは思い当たる記憶があった。

 動画を再生すると、本編とは無関係の動画が流れることがあった。

 

「そういえばありましたね……。健康食品とか脱毛クリーム、あとはゲームの広告が流れたりしていました」

「それが動画の広告だ。そっちの世界にも看板とかビラとかはないか? 何か宣伝する人なんかは?」

「確かにいましたね。吟遊詩人に頼んで褒め称える詞を作ってもらう貴族もいました」

「その吟遊詩人ってのが一番近いかもな。有名な吟遊詩人に頼めば多分高く付くだろう? 俺たち……撮るチューバーも同じだ」

「同じ?」

「アクセスしてくれる視聴者が増えて、一定以上の合計の再生時間を稼げば、運営サイトから『ユーザーに影響力がある人』と認めてもらえる。そして広告が見られたり、広告リンクを押して商品が買われたら『動画撮ルン』が広告収入の分け前をくれるんだよ」

「直接その商品を宣伝しなくても?」

「そうだ。あ、でも有名になれば「直接この商品を宣伝してくれ」って案件を頼まれることもありえる」

「なんとなくわかってきました……たとえば『動画撮ルン』の動画を見ていて、途中で十秒か二十秒くらい挿入されるウザい広告を見たり商品を買ったり、気風の良さと厚かましさを少々勘違いしているふくよかな女性の漫画を読んだりすれば、動画投稿した人にお金が入るというわけですか」

「みんながみんな収益化してるわけじゃないが、大体そんな理解で合ってる」

「そういうことですか……」

 

 アリスは、顎に手を当てて考えた。

 

 アリスは、学校に通ってはいない。だが軍の中で読み書きや簡単な計算を覚える必要もあった。そこでアリスと同じ聖女のセリーヌが、書の読み方や魔法の使い方のついでに様々な基礎教養を教えてくれていた。

 

 だからアリスは決して戦うことしかできない人間ではない。むしろ飲み込みの早い方だ。タブレットの使い方もすぐに覚えて、配信されている動画をたくさん見た。

 

 そのため動画から収益を得られる理屈については納得しつつも、「そんなことができるのはアクセス数をどんどん稼げる上澄みだけじゃないのか?」という当然の疑いを抱いた。

 

「……マコト」

「なんだ?」

「目標を決めましょう」

「目標か」

「これは、私に与えられた仕事です。半端はしたくありません。どうせなら本気で収益を狙えるように頑張りたいと思います。恥ずかしいのも克服します」

「無理はしなくて良いけど……」

「いや、やらせてください。どうすれば収益化できるのですか?」

「そうだな……とりあえずチャンネルフォロー1000件くらい集めたら何とかなったかな。あとは合計の再生時間だね」

「ひとまずは視聴者を1000人集めるのが第一段階ということですね」

「あくまで収益をもらえる最低限のラインで、発生するお金も小遣い未満だけどな。だからもっともっと上を目指す必要はあるけど、まずはスタートラインに立たなきゃ」

「そのためにブックマーク登録やいいね評価は大事というわけですね」

「うん。大事だ。とても大事だ……まあブックマークや評価を増やすテクニックばかり上手くなって肝心の動画の出来が悪いみたいな悲しい逆転現象を起こしちゃう人もいるけど……やっぱり仕事として成り立たせるにはすごく数字は大事なんだ……」

 

 誠が頭を抱えるように呻く。

 初めて見る誠の苦悩の表情に、アリスが恐る恐る声を掛けた。

 

「ま、マコト、大丈夫ですか……?」

「い、いや、悪い。なんでもない。ただ……頑張って素晴らしい動画を作っても数字が上がらなかったり、逆になんとなく作った動画が何故かバズったりしたときのことを思い出して……」

「まあ、うん、予想外のことは常に起こるものです」

「でも、頑張って作ったけど数字の出ない動画って、熱烈に応援してくれるファンは喜んでくれるんだよ……! 数字を目指すべきか自分のやりたいものをやるべきか凄く悩んで……!」

「と……ともかくマコト! 動画を作るにあたって私に考えがあります!」

 

 アリスが自信ありげに言い切ると、謎の苦悩をしていた誠が顔を上げた。

 

「考え?」

「マコトの世界にはダンジョンはありません。そういう理解で合っていますね?」

「ない。ダンジョンもないし、幽霊とかドラゴンとかもいない。あと人間より大きい蜘蛛もいない。アニメや映画で出てくるばかりで、実在はしない」

「であれば、私がダンジョンを探索したり、魔物を倒す動画を出せばきっと見る人は驚くはずです。私の世界で、聖人や聖女が魔物と戦う話は吟遊詩人も詩にして語り継ぐほどの人気がありました」

「確かにそういう派手な絵は欲しいけど、無理はしなくていいよ。異世界の風景を紹介するだけでも十分アクセス数は稼げると思うし」

「心配ご無用です。ドラゴンはともかく、この霊廟の浅い層の幽鬼や、周辺に現れる蜘蛛くらいならば魔法で倒せます」

「本当に大丈夫?」

「もちろん! ……と言いたいところですが、ちょっと不安はあります」

 

 アリスが苦笑いをして誤魔化そうとする。

 だが、誠の方は真面目に考え込み始めた。

 

「じゃあ別の方法で、ゲーム実況とか歌ってみた動画あたりをメインにしつつ、今いる霊廟の紹介とか風景を撮るとか……あと飲食する動画なんかもいいと思う」

「もちろんそうした動画もやりますが、それだけでは足りません! ダンジョン探索や魔物退治はきっと売りになると思います!」

 

 アリスが叫ぶように誠に食って掛かった。

 そして、誠に見せつけるようにあるものを差し出した。

 

「これは……剣?」

 

 誠は質問しつつも、紛れもなく剣であるとわかっていた。

 ただし、無残にも真っ二つに割れてしまっている。

 

「その通りです」

「……そういえば、ドラゴンを切ろうとしたら壊れたって言ってたっけ」

「マコト、恥を忍んで頼みがあります。これを直すことはできませんか?」

 

 そしてアリスは、うやうやしい手付きで剣の柄の方を誠に差し出した。

 誠は柄を握り、誠の世界の方に引っ張り込む。

 

「……これが本物の剣か」

 

 誠の言葉に、アリスは嫌な予感がした。

 少なくとも簡単に話が進む気配ではないと感じた。

 

「む、難しいですか?」

「……難しい以前に、さっぱりわからない。金属を扱う工場とか金物店はあるけど、武器店なんてないんだよな」

「ええっ!? 武器店がない……!?」

 

 その言葉は、アリスにとってショックだった。

 

「まあ鍛冶職人なら探せばいるけど、大多数の職人が作ってるのは包丁とかハサミとか日用品だし……刀鍛冶なんてそんなにいない。あと法律にも引っかかったような」

「そ、そんな……」

 

 アリスはがっくりと肩を落とした。

 誠は今まで現代技術を代表するような物品を見せていた。

 スマートフォンやタブレット、印刷物やテレビなどなど。

 知らず知らずの内にアリスは、「これなら武器も簡単に手に入るだろう」と錯覚していた。

 

「あんまり武器自体持っちゃいけないんだよな、こっちの世界では」

「……平和な世界が羨ましいですね」

「そんな重い羨望を持たれたのは初めてだな……いや、本当にすまん」

「き、気にしないでください。私のワガママですから……」

「だから、とりあえず間に合わせの品を用意しよう」

「間に合わせの品?」

 

 アリスは誠の言う意味がよくわからず、きょとんとした顔をしていた。

 

 

 

 



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◆ホームセンターで売ってる鉈や斧で、人間より大きい蜘蛛型モンスターを倒せるか検証してみた

 

 

 

「というわけで、本日はこちらの品々をご用意しました」

 

 誠がアリスのいる『鏡』の前から二時間ほど去り、そして再び戻ってきた。

 買い物してきた品々をアリスの前に並べている。

 

「気になるお値段は!?」

 

 アリスは日本の動画文化に染まってきた。

 なんとなく誠のノリに合わせることもできるくらいだ。

 

「斧が6千円。鉈が1万円だ」

 

 斧は薪割り用のものだ。

 柄は70センチほどで、刃渡りは10センチほど。

 そこそこ重量もある。

 

 鉈の方は刃渡り15センチほどで、刃が薄いためか、見た目ほどの重さはない。

 恐らくは頑丈さよりも使い勝手を優先している製品だった。

 

「……一つ、聞いても良いですか?」

「どうした?」

「そちらの金銭感覚はまだ掴めてないのですが……これ、安くないのでは?」

「必要経費だよ。給付金はまだまだ残ってる」

「本当にすみません……何から何まで……。こうなったからには、私も全力で撮影に取り組みます!」

 

 と、アリスは決意に燃える目で言った。

 

 アリスは自分の出ている動画に対し、まだまだ恥ずかしさが残っている。だが目標を立て、必要な機材を揃えたあたりで、恥ずかしさでまごまごしていることに恥ずかしさを覚えてきた。「ここでやる気を出さねば聖女の名がすたる」とまで思い始めた。

 

「あー、まずは魔物退治する動画とかは考えなくて良いよ。そのあたりの風景を録画してきてもらうだけで良いから」

「任せてください!」

「ウェアラブルカメラも、録画オンにしてるからそのまま周囲を散策してくれれば大丈夫。まずはカメラのテストや撮影に慣れることから始めよう。編集して切り貼りして上手く使えたらそれで儲けもの……くらいの感覚で大丈夫」

「承知しました!」

「あとは……」

「心配ご無用! 聖女アリス、バズ動画を撮ってきます!」

 

 こうしてアリスは立ち上がり、撮影へと旅立った。

 

 

 

 

◆ホームセンターで売ってる鉈や斧で、人間より大きい蜘蛛型モンスターを倒せるか検証してみた

 

 地球のみなさーん!

 聖女アリスですよー! へへいへい!

 2回目の動画になります、張り切っていきましょう!

 

 さて、今回の動画ではいよいよ外の様子を撮影しようと思います。

 まずは霊廟の中の私の部屋から出てみましょうか。

 なんでかわからないんですが、千年経っても不思議と壊れたり荒れ果てたりはしていないようなんです。

 ……で、私の部屋を出て廊下を抜けて、一番大きな通路に出ました。

 通路沿いに進めばそのまま外に出られます。

 

 で、歩いていくと……ここから外になります。

 

 さっきまで居た霊廟を外から眺めてみましょうか。

 どうです、けっこう大きな建物でしょう?

 地球の超高層ビルほどではないかもしれませんが。

 

 でも、この太い柱は日本の皆さんもあまり見ないと思うんですよ。

 太さは3メートルくらい。

 高さは……たぶん40メートルくらいかな?

 天井が高すぎて寒いんですよね。

 部屋の中も隙間風が凄く吹き込んできますし。

 

 まあ、霊廟の方はこのくらいにして、周囲の方に目を向けましょう。

 

 ……さあ、ここが! 幽神大砂界です!

 

 めちゃめちゃ眩しいでしょう?

 

 砂が普通の砂じゃなくて、なんかガラスとかオリハルコン?とか言うよくわかんないものが粉々になってできあがった砂漠なんだそうです。

 

 見てる人にとっては「うわっ、まぶし」で済むんですが。

 

 ここ、クソみたいに暑いんですね。

 

 暑いっていうか熱いですね。

 

 ああ、日焼けとか火傷とかはしないです。

 

 根性でなんとかなります。

 

 嘘です。

 

 根性じゃなくて、魔力ですね。

 

 魔力が強い人間は、自然にバリア的なものが張られて熱や紫外線から守られるんです。

 

 あとは剣で斬られたり噛みつかれたりしても軽傷で済んだり。

 

 ただ、相手も魔力を持ってたりするとそのバリアも破られたりします。

 

 なので筋力+魔力で、最終的な防御力や攻撃力になるっていうか……。

 

 ……おや?

 

 みなさん向こうの方は見えますか。

 

 いま、ちょうどよく魔物がいました。

 

 蜘蛛です。

 

 クリスタルスパイダーという強敵ですね。

 

 こっちの方が風下なので、まだ気付かれていません。

 

 ただの鹿とか虎とかウサギとかハイエナなら可愛いもので見逃しても問題ないんですけど、魔物は人間を見ると本能的に襲いかかってくるんで大変厄介なんです。

 

 なので、まあ、先手必勝あるのみですね。

 

 サクっとやってしまいましょうか。

 

 

 

 

 

 

 誠は、アリスが撮ってきた動画データを確かめていた。

 

 最初の動画のように、妙なハイテンションとシニカルさを兼ね備えた喋りは配信者向きだと思いながらチェックする。だがそのとき、突然映像がジャンプした。

 

 そして気付けば、カメラの前に巨大な蜘蛛がいる。

 

「あれ?」

 

 誠は思わず呟き、「いや、違う」とすぐに気付いた。

 

 一瞬でカメラが切り替わったわけではない。そんな錯覚を覚えるほどに、猛スピードでアリスが移動したのだ。

 

『死ね!!! ホームセンターDO IT YOUR SELFオリジナルブランド税込6,000円の斧が!!! あなたの運命です!!!』

 

 そして次の瞬間、左側の足が3本ほど吹き飛んだ。

 斧でまとめて両断されたのだ。

 

 蜘蛛が体勢を崩す。

 わしゃわしゃと体を動かそうとするが上手く行かない。

 跳躍しようとしてバランスを崩し、ずっこけた。

 

『往生際が悪い! 逃がしませんよ!!!』

 

 そしてアリスが蜘蛛の背後に回り込む。

 大柄な蜘蛛の背中を踏み台にして、今度は鉈を振り下ろした。

 蜘蛛の関節部にがっつんがっつん何度も振り下ろす。

 

 誠は思った。

 

 これ戦闘じゃない。

 

 解体だ。

 

『はぁ、はぁ……っしゃオラァ! この通り、ホムセンで売ってる刃物でも十分に魔物は、倒せますね!』

 

 動画の中のアリスは息が荒い。

 うわずった声でナレーションをしている。

 あんな速度で魔物を倒したのだ、流石に疲労はあるのだろう。

 

『ふう、すみません深呼吸しますね。すぅー、はぁー……』

 

 が、一分くらい休めばすぐに呼吸は落ち着いた。

 

 そして再び霊廟のいつものアリスの部屋へと戻る。

 アリスはそこでカメラを切り、映像が途切れた。

 

「なるほど……これが今撮ってきた光景ってわけか」

「……はい」

 

 誠が、難しい顔をして呟いた。

 

「で、ホムセンの鉈がこんなことになっちゃったわけだ」

「しくしくしく……」

 

 動画を撮って『鏡』の前に戻ってきたアリスは、へこんでいた。

 鉈が一度で使い物にならなくなったからだ。

 刃こぼれが酷く、柄もガタついている。

 もはや使い物にならないことは一目瞭然だった。

 

「いや、うん……そうなるわな。よくもった方だと思うよ」

「ごめんなさい……本当に申し訳ありません……ていうか、見直してみたらグロ動画になってますよね……見せられますかねこれ……」

「そんなことはない。この動画は価値がある」

「はぁ……大丈夫でしょうか……?」

「正直言うと、動画運営側が子供に見せられない動画って判断する可能性はあるかも……」

「ええっ」

 

 アリスの顔が絶望に彩られる。

 しかし、誠は語気を強めて話を続けた。

 

「けど、この霊廟の映像だけで歴史建築マニアは飛びつくし、蜘蛛の映像だけでも生き物クラスタが飛びつく。なんならアリスが美味しそうにご飯食べてるだけだって絵になる。確かにアリスの戦う姿は格好いいし迫力あるけど、それ以外にもいろんな魅力がある。色んな動画を取ってトライアンドエラーを続ければきっと成功する。自信を持つんだ」

 

 誠が強く断言する。

 アリスは気圧されて、こくりと頷いた。

 

「は、はい」

「けど、あんな大きな蜘蛛がいるなら護身用の武器は確かに必要だよな……相談するか」

「相談?」

「武器店や武器職人に心あたりはないけど、金属製品に強い人なら知ってる」

 

 

 

 

 



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「……こいつはおったまげたね」

 

 翔子が、ぽかんとした顔で呟いた。

 その視線の先にあるのは『鏡』、そしてアリスだった。

 

「突然この鏡が変な世界に繋がって、そこのアリスちゃんがいたと」

「そうだ」

 

 誠が、翔子の言葉に頷く。

 

「で、アリスちゃんを助けるために食料とか服とか毛布とかを与えたと」

「そうだね」

 

 誠が再び、翔子の言葉に頷く。

 

「で、一緒に動画配信者になると」

「そういうことになった」

「それがわかんねーんだけどぉ!?」

 

 翔子がキレ気味に質問をぶつけた。

 誠はまるで気にせず、翔子の言葉に頷く。

 

「翔子姉さん。気持ちはわかるが怒らないでほしい。俺もわけがわからないんだけど、そういうことになったんだ」

「いや……ファンタジー小説とかファンタジー漫画とかは嫌いじゃないけど、流石に予想外だったよ。電話で真剣な声で相談があるって言われたから、てっきり金に困ったからお金貸してーとか言われるのかと」

 

 はぁ、と翔子が疲れた溜め息を付く。

 

「言ったじゃないか、大丈夫だって」

 

 誠が憮然として反論するが、翔子の目は厳しかった。

 

「それは『今月は大丈夫』ってことなんじゃないかい? まさか半年とか一年とか、ずっとこの状況が続いても大丈夫って言えるかい?」

「それを言われるとキツいっす」

「あんたねー、他人を助けてる暇あるのかい?」

「そうです、もっと言って下さい翔子さん!」

 

 翔子の叱責めいた言葉に、何故かアリスが便乗してきた。

 

「余裕あるんですかって聞いても、この人いつも曖昧にはぐらかすんです。キュウフキンがあるから大丈夫とかなんとか……」

 

 くどくどとアリスが愚痴を漏らす。

 翔子は最初呆気に取られてアリスの言葉を聞いていた。

 次第に、翔子の表情の険しさがほどけてゆく。

 

「……というわけなんですよっ! 私の言うことちっとも聞いてくれないし! ねえ翔子さん!」

「あっはっは、なんだいそりゃ」

 

 気付けば、翔子は声を上げて笑った。

 

「え、えーと、なにか面白かったですか?」

「あべこべじゃないかい。誠は能天気で、あんたが誠の懐を心配してるんだから」

「は、はぁ……」

「気に入った。相談があるなら乗るよ」

「え?」

 

 アリスの困惑など気にせず、翔子は話を続けた。

 

「あたしが気になったのは、鏡が異世界に通じてるってことだけだよ。誠が苦しい女の子を見捨てて放置したらむしろ怒るところさ」

「え、そっちですか?」

「だいたい誠、アリスちゃんのこの服はなんなんだい! もうちょっと可愛い服とかあるだろ!」

「あ、うん、それは同感」

 

 アリスが今着ているのは、猫がフレーメン反応してる柄のパーカーだ。

 サイズが大きすぎてだぶだぶになっており、それをワンピースのようにして着ている。誠は他にも落ち着いたデザインの服を通販で買って与えていたが、なぜかアリスは猫パーカーを好んで着ていた。

 

「ファッションセンスもアレだし、部屋は殺風景だし……もうちょっとなんとかならないのかい。ベッドもないし。石畳の上に布団じゃ寒いだろう」

「今、アレって言いました?」

「一応布団の下にアウトドア用の断熱シートを敷いてるけど、やっぱりベッドのほうが良いよなぁ」

「今、アレって言いましたよね?」

 

 翔子が、アリスの質問をスルーして手をぱぁんと叩いた。

 

「よし! 乗りかかった船だ。服とか毛布とかベッドとか、まずはそっちを用意しようじゃないか」

「え? い、いや、これ以上は流石にもらえません! 十分です!」

「年頃の女の子がそんな殺風景の部屋に住ませとくわけにはいかないよ。武器だかなんだかが欲しいみたいだけど、ちゃんとした生活をしない人にはなにもあげられないね。ちょっと待ってな」

「待ってなって、翔子姉さんどうするつもりだ?」

「ちょいとツテがあってね。またすぐ来るよ!」

 

 翔子は困惑する二人にそれだけ言い残して、颯爽と去っていった。

 

 

 

 

 

 

 翔子が再び現れたのは次の日のことだった。

 

「こりゃ見違えたな……」

「はっはっは、これがちゃんとした生活ってもんだよ」

 

 翔子が、鏡の向こうのアリスの部屋を見て自慢気に微笑んだ。

 昨日の今日で、翔子は様々な家具を調達して持ってきたのだ。

 

 アリスの部屋に新たに置かれたのは、まずは簡易な組み立て式ベッド。

 そしてアルミ製のラック。

 床に敷く分厚い絨毯。

 椅子と机、クッションやカーテンなどもアリスの部屋に押し込んでいる。

 一人暮らしの女の子の部屋……というにはまだまだ物が少なく、壁や天井の無骨さも消しきれていないが、それでも十分に見栄えするようになった。

 

「まだまだ足りてないところはあるけど、まずはこんなところかね」

「しかし翔子姉さん、どこで見つけてきたんだ? もしかして全部新品?」

「……知り合いの娘さんが旅行代理店に就職して東京に引っ越す予定だったんだけど、コロナで内定取り消しになっちゃってね……家具店に返品しようにも上手く行かなくて扱いに困ってたんだよ……」

「つ、つらい……」

「中古の家具店に売ろうにも安く買い叩かれるのがオチだし、せっかくだからあたしが買い取ったのさ。あんたらがもうかったら代金を請求するから、がんばるんだよ」

「いや今払うよそれは」

「ダメだ。あんたはあんたの店の心配をしな」

 

 翔子は頑として受け取るつもりはなさそうだった。

 仕方ない、きっちり稼いで倍にして返そうと誠は内心で決意をする。

 

「そういえばアリスはまだ着替え中かな?」

「こ、ここにいます」

 

 アリスは、鏡の前にいなかった。

 誠たちの視界に入らないよう、家具の物陰に隠れていた。

 

「着替え終わったんだろう? 恥ずかしがってないで出ておいでよ」

「わ、笑いませんか?」

「笑うわけないだろう。ほら、早く」

 

 翔子に急かされ、アリスがおずおずと鏡の前に現れる。

 そこには、現代的なファッションに身を包むアリスがいた。

 

「ど、どうでしょう……?」

 

 頭にはキャスケットを被り、サングラスを掛けている。

 上半身は涼し気な半袖のパーカー。ただし柄は猫ではない。

 下半身はスキニーなデニムパンツで、靴は白字にピンクのラインが入ったスニーカー。

 つややかな銀髪以外、現代人との違いはどこにもなかった。

 

「うん、いい感じだね」

「おお! 似合う似合う!」

 

 翔子が自慢げに微笑み、誠も手放しで褒めた。

 

「ううっ……どうも落ち着きません……」

 

 そしてアリスは正反対に、悔しそうな恥ずかしそうな顔をしていた。

 

「クール系だな。帽子もサングラスも格好いい」

「向こうの世界が砂漠らしいからサングラスあると便利だと思ってね。ちなみにもっと可愛い感じの服もあげたよ。着たがらなかったみたいだけど」

 

 翔子は、妙に残念そうな口ぶりで言った。

 

「翔子姉さん、着せたかったの?」

「ウチの家族や親戚は男ばっかりだから、女の子の服を買って着せるってやってみたかったんだよね」

「助かるよ。俺が女の子の服を全部選ぶのは流石にセンスの問題が出るし」

「こういう手伝いなら大歓迎さ」

 

 ふふっと翔子が笑う。

 しかし、アリスが困り顔で口を挟んだ。

 

「で、ですが、流石に贅沢というものでは……」

「大丈夫、必要経費だ。撮るチューバーっぽいカジュアルな印象の服装をするのは仕事の一つ。今の時点ですごく絵になってるし、絶対に視聴者数を稼げる」

「じょ、冗談はやめてください……」

「口説くならあたしのいないところでやりな」

 

 誠の言葉に、アリスがますます恥ずかしそうに身じろぎし、翔子が呆れたとばかりに肩をすくめた。

 

「い、いや、そうじゃなくてだな! 配信者としての仕事をする上で服は必要だし、そうでなくても生活必需品だし、遠慮して欲しくないんだよ」

「ぜ、善処しますけど……でも」

「でも?」

「……新しい服を買う前に、もらったものを、大事にしたいです」

 

 アリスの声は蚊の鳴くような小さな声だったが、それを聞き届けた誠と翔子は満足そうに頷いた。

 

「アリスちゃん、他の家具類は大丈夫かい? 組み立ては任せちまったようだけど」

「いえ、問題ないです。陣地の設営にしろ大工仕事の手伝いにしろ、戦争中はよく手伝ってましたから。棚もベッドも組み立てやすかったです」

「そりゃよかった」

「で、そのぅ……そろそろ本題の相談をしたいんですけど、いいですか……?」

 

 アリスがおずおずと話を切り出すと、翔子はしっかりと頷いた。

 

「ああ、もちろん。服のコーディーネートは……」

「そうではなく! 武器です!」

 

 翔子の言葉を遮るようにアリスが叫ぶ。

 

「武器?」

 

 翔子がきょとんとした顔で聞き返した。

 

 

 

 



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 ようやく誠は、翔子に本来の相談内容……武器がほしいことを説明し始めた。

 タブレットを持ち出し、アリスが蜘蛛退治する動画を見せる。

 

「……こりゃまた……ヤバいね」

「翔子姉さん、語彙力が低下してます」

「いや、ヤバいとしか言いようがないじゃないか……」

 

 翔子は再び驚き、戦慄していた様子だった。

 アリスの状況が洒落になっていないことを、改めて思い知った様子だった。

 

「アリスちゃん」

「なんでしょう、翔子さん」

「……魔物と戦う動画を撮るって、あんまり危なっかしいことはするべきじゃないと思うけどねぇ」

「そ、それはそうなのですが……!」

「ただ、危なっかしい魔物とかいうのが近くにうろついてるんなら、武器は必要なのかもね……うーん……」

 

 翔子が顎に手を当てて悩み始めた。

 

「そ、そうなんです! 火の粉を振り払うためにも必要なんです!」

「そういうことなら協力してあげられないこともないが……」

「いいのですか!?」

「ただ、あたしは武器職人でも武器商人でもないけどね。できることは限られてるよ」

「そうなのですか? ではなにを仕事にしてるのでしょう……?」

「工場の経営者さ。鋼材を削っていろんな部品を作ってる」

「はぁ」

 

 アリスは、翔子の仕事内容が今ひとつわからなかったようで、曖昧に頷いた。

 

「流石に刀鍛冶をしたことはないけど、刃物も作ったことはあるよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「コンビニとか惣菜の工場で食パンとかピザとかを切断する専用機械だけど」

「しょ、食パンですか」

「ともかく、折れた剣をなんとかしたいって話だったね。見せてみな」

「はい」

 

 アリスは、翔子に真っ二つに折れた剣を見せた。

 

「ふむ、ちょいと見せてもらうよ」

 

 アリスが頷き、翔子に渡した。

 翔子は軽くこんこんと叩いたり、折れた箇所をしげしげと眺めている。

 

「へぇ……実用品としての剣は初めて見るよ」

「最初は鉈と斧を渡したんだが、ホムセンの物じゃ流石に軽すぎたみたいだ。かといって日本刀みたいなものを買うのも難しいしな」

「アウトドア用の高級品とかでもいいんじゃないかい? あるいはアメ横あたりのミリタリーショップでアーミーナイフ買うとか」

「ただ、高級すぎるナイフを使うと販売店から身元がバレて各方面から怒られる気がする」

「確かにね……。それに、ナイフでさえ軽すぎてダメかもしれない」

「もう少し刃渡りと厚さがあれば申し分ないのですが……」

 

 アリスが残念そうに呟く。

 

「それでこれを直したいというわけね……でも正直言って、あまりお薦めはしないよ。溶接して無理やりくっつけても強度が落ちたりするし」

「やはり難しいですか」

 

 翔子の言葉に、アリスは肩を落とす。

 

「でもそんなに珍しい素材を使ってるようにも見えないね。一応詳しく確かめてみるけど」

「材質って、鉄だろ?」

「鉄にも色々あるんだよ。純粋な鉄なんてそうそう出回ってなくて、世の中にある鉄にはだいたい不純物が混じってる合金さ。その不純物の比率次第で硬くなったり柔らかくなったりって違いが出てくる」

「ああ、それで剣の硬さの違いが出てくるってことか」

「あとは焼入れしたり表面処理したりでも変わってくるよ」

「おお……」

 

 アリスと誠が、翔子に尊敬の眼差しを送る。

 

「な、なんだい、その目は?」

「なんかプロっぽいな……流石は社長」

「そりゃ社長だからね」

 

 謙遜なのか自慢なのかよくわからない呟きだなと誠は思った。

 

「それで、修理が難しいなら……買う?」

「そっちのが無茶だと思うよ」

 

 誠の言葉に翔子が渋い顔をした。

 

「こういう洋風の剣の方が日本刀より入手するのは難しいだろうね。日本刀は美術品扱いで手に入れられるけど、刃のついた本物のサーベルなんか間違いなく銃刀法違反になっちまう。それにアリスちゃんの剣って、西洋刀剣やサーベルとも違うんじゃないかい?」

「え、そうなの?」

「これ、割れてなかったら4キロくらいあるだろ。剣ってこんなに重くないはずだよ。剣っていうか、これはもう刃のついてるだけの鈍器だね」

「……確かに、これを振り回すとなったらすごく重いな」

 

 誠は改めてアリスの剣を眺める。

 博物館などで見かける刀や剣よりかなり分厚いと感じた。

 出刃包丁をそのままサイズアップしたかのような有様だ。

 

「ああ、そういえば聞いたことがあります。昔の騎士はもっと薄い剣を使ってたものの、魔物やスケルトンのような死霊と戦うために分厚くしたんだとか」

 

 アリスの言葉に、翔子が納得したように頷いた。

 

「なるほど、斬る相手に合わせて剣の形状や重さが変わってきたわけね……ということは」

 

 地球の刀剣を渡すのは解決にならない?

 

 そんな言葉が、誠の頭の中を巡る。

 アリスもそれを察したのか、落胆の感情を顔に浮かばせていた。

 だが、翔子の顔は違っていた。

 むしろ自信ありげに微笑んでいる。

 

「そこで提案があるんだよ」

 

 翔子は自分のカバンからメモ用紙を取り出し、そこにボールペンで何かを書き始めた。

 

「こんな感じかね」

「えーと……ただの四角?」

 

 翔子は、紙に2つの四角形と、1つの五角形を並べて描いた。

 五角形の部分は細長く描かれてる。

 話の流れからしてこの五角形は、刃の断面図のようなものだろう。

 

「三面図だよ」

「でも、これだと真っ直ぐで薄い鉄の板に刃をつけただけに見えるが……。剣というよりただのカッターナイフの刃をデカくしただけじゃないか?」

「その通り」

 

 翔子が描いた剣の図面は、ひどく素っ気なかった。

 鍔がない、だけではない。

 切っ先さえもない。

 分厚く細長い、四角い板だ。

 コンビニで売っているアイスのように、鉄板に棒が刺さっているだけだ。

 

「あたしのできる範囲で作れるのは剣じゃない。刃物や金属製品。刀剣じゃ法律に違反するしね。一線は守らなきゃ」

「いやでも……用途としては剣でしょ?」

「大丈夫。切っ先がない。鍔がない。法律的には剣じゃあないさ。作っている過程を見られても実用の剣とは思われないよ」

「つまり‥…使い勝手の問題とかじゃなくて、何を作ってるかごまかすためにこういうシンプルな作りにするって?」

「うん。『こういうものならできますよ』という提案さ」

「う、うーむ……」

 

 あまりに身も蓋もない青写真に、誠は難色を示した。

 

「アリスはどう?」

「わ、私ですか……?」

 

 アリスはそわそわしていた。

 見るからに興味を惹かれている。

 

「なんでも言いなよ。というより言わなきゃ始まらない」

 

 誠に促されて、アリスは翔子の顔を見た。

 

「え、ええと……翔子さん、確認させてください」

「なんだい?」

「本当に、このサイズのものが作れるんですか?」

「問題ないよ。なんならもっと大きくたって……」

「ぜひ! お願いしたいです!」

「よし、契約成立だ。握手できないのが寂しいね」

「まったくです」

 

 アリスがくすくすと笑った。

 

 こうして、アリスのための剣の製造が始まった。

 

 

 

 



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◆鋼材から作った剣でドラゴンの鱗を貫けるか試してみた

 

 

 

 一週間ほど過ぎたあたりで、再び翔子が現れた。

 誠とアリスの前に、ずずいっと頼まれた物を差し出す。

 それを見た誠は、ストレートな感想を呟いた。

 

「これ、ただの鉄だよな……? なんていうか、鋼材とか建材そのまま……?」

 

 その忌憚ない言葉に、翔子は気分を害するでもなく頷いた。

 

「その通り、ただの鉄だよ。一応、クロムモリブデン鋼を焼入れして……まあ、大雑把に言えば、配管とか自転車のフレームとかに使われる合金を削って焼いて固くしただけ」

 

 翔子が差し出したものは、菜切り包丁や中華包丁をまっすぐ伸ばしたような形をしたものだった。剣と呼ぶにはあまりにも工業製品の匂いが強すぎた。取っ手をつけただけの鉄板と言われても言い訳ができない、そんな無味乾燥な形だ。

 

「柄と刃が一体なんだな」

「そういう包丁、たまに売ってるだろう?」

「うん、まあ、あるけど……出刃包丁よりもつっけんどんな形だなぁと」

「用途としては出刃包丁と似てるだろうからね。あと、刃は磨いてないから切れ味は鈍いよ。重量があるからそのままブッ叩いてもなんとかなるけど」

「え? なんで?」

「あたしのところで完璧な剣として完成させるわけにはいかないからね。一番最後の研磨はアリスちゃん自身にやってもらう。道具は持ってきたよ。研磨粉とか包丁研ぎ用グラインダーとか。ああ、使い方もちゃんと教えるからそこは任せな」

「うーん……」

 

 誠は微妙な印象を抱き、そしてそれを予測していた翔子も淡々としていた。

 

 だが一人だけ温度が違った人間がいた。

 

「すごい……これです、これでいいんです! 持ってみてもいいですか?」

「あ、ああ。10キロくらいあるから気をつけるんだよ」

「いえ、私には軽いくらいです。ちょっと素振りしてみます」

 

 アリスは剣を受け取ると、それなりに重量があるはずの試作の剣をひゅんひゅんと振るった。

 まるで竹刀のような軽やかさで扱っている。

 

「とりあえずこれを使ってもらって、そこから改良点を洗い出そうか」

「なるほど、まずはお試しバージョンってことか」

「そういうことさ。あたしは別に武器職人でも鍛冶職人でもないからね。けど、それらしい試作品を作って、反省点を元に改良することはできるよ。それに……」

 

 翔子が言葉を切り、意味深に微笑んだ。

 

「この方が動画として面白いだろ?」

「おお、さすが翔子姉さん……。商才がある」

「ふふふ、もっと褒めてくれていいんだよ? ところでアリスちゃん、使い勝手はどうだい?」

「いえ、これだけのものを作ってもらったのです、文句もなにも……」

「感謝してくれるのは嬉しいけど、それはそれとして問題点を洗い出したいのさ。初めて作るものだし商品レビューと考えておくれ」

「そ、そういうことなら……」

 

 そう言われたアリスは、神妙な顔をして素振りをする。

 剣を振った音というよりは、近くでエンジンが唸っているかのような迫力だった。

 

「そうですね……。柄の部分……握ってる方がもう少し重いと助かります」

「なるほど、重心が偏ってるというわけか」

「はい。槍で言うところの石突きが欲しいですね」

「まずは柄の方にウェイトを付ける形で対処しよう。改造を繰り返して適切なバランスを割り出して、それを次回に活かそうか」

「それと、これを置いておける台座かなにかはありませんか?」

「そういえば鞘もなにもないね……」

「あ、確かに」

 

 翔子も誠も、「忘れてた」と言い、アリスがくすくすと笑った。

 その他、細かい相談をしながらアリスの武器製造計画は進んでいった。

 

 

 

◆鋼材から作った剣はドラゴンの鱗を貫けるか試してみた

 

 

 えー、まず、注意喚起から始めます。

 

 動画の5分から10分までの部分について、流血描写や、人によってはグロと感じる映像が入りますのでご注意ください。大きな鱈《たら》とか鮫《さめ》あたりの魚さばき動画が大丈夫なら問題ないと思いますので、よろしくおねがいします。苦手な人はシーケンスバーをいじって10分後に移動してくださいね。

 

 ……ってわけで、はい! ついにダンジョン攻略の動画を初めて行きたいと思います!

 

 私が幽神霊廟という場所に住んでいることは説明しましたが、幽神霊廟とは何なのかはまだ説明していませんでしたね。

 

 霊廟という名の通り、ここはお墓です。

 

 それも人間の墓ではなく、神様の墓です。

 

 過去に世界を危機に陥れた、幽神とかいう迷惑な神様の死体と魂がここに眠っています。ですが幽神の魂がここにあるというだけで謎のエネルギー的なものが発生して、魔物が勝手に生まれてきます。で、魔物が増えすぎると人間を食べたり環境を破壊したり色んな悪影響が出てくるので、私はここで駆除を命じられているわけです。

 

 ちなみに、魔物は瘴気とかいうよくわかんないエネルギーの塊みたいなもので、殺すときは若干グロいですが死体は2~3日くらい経てば砂みたいになって消えます。放置して環境が悪化するとかはないのでご安心ください。水が水蒸気になるようなものらしいです。よくわかんないですけど。

 

 さて、前置きはこのくらいにして、攻略していきましょう!

 

 あ、地下1層から5層までは早送りで行きますね。絵面が地味なので。

 

 ……ってわけで、地下6層に到着しました!

 

 どうです、この景色!

 

 地下だというのに緑色の大草原! そして青い空! 眩しい太陽!

 

 不思議な力で別の空間に繋がっているのだそうです。ここまで不思議空間だと私もよくわかりませんが、私の部屋にも変な鏡があるし、細かいことは頭の良い人がいつか解明してくれると信じて気にしない方向で行きます。

 

 ではそろそろ今回の動画のタイトル回収と行きましょうか。

 

 鋼材から作った剣はドラゴンの鱗を貫けるか試してみた!

 

 わー、ぱちぱちぱちー。

 

 本日用意しましたのは、こちらですね。

 

 剣です。

 

 と言っても、どこにでもある鉄を切断したり焼入れしたり刃の形状に削っただけで、それ以外にあまり特別な処理は加えていないそうです。本当に単なる鉄板です。

 

 とはいえこれだけ重量があれば十分に武器として活用できると思うんですよね。できるできないじゃねえ! やるんだよ! という勢いでドラゴンを一発スレイヤーしたいと思います。

 

 ……というわけで、ドラゴンを探しに散策に行きましょう。

 

 このあたりを歩けばすぐに見つかると思うので……と、早速、第一ドラゴン発見しました。五分掛かりませんでしたね。

 

 あ、目が合いました。

 

 めちゃめちゃ吠えてますね。

 

 ぐあーとか、ごあーとか、うるさいです。

 

 魔物というのはこんな風に、人間と目が合っただけで全殺しするつもりで来るので大変危ないんです。新宿やミナミのヤクザより多分強いので、戦闘の心得がない人はくれぐれもこちらの迷宮などには立ち入らないようにしてください。ああ、でも、4トントラックにブチ轢かれてもピンピンしてるとか、そのくらい強ければ大丈夫だと思います。

 

 というわけで……かかってきなさい! そこのドラゴン!

 

 あっ、反応しました! 来た来た!

 

 襲いかかってきましたね! そりゃー!

 

 あっ、今、一発斬りかかってみたんですが、剣は大丈夫ですね!

 ドラゴンの鱗に当たっても折れてません!

 

 ドラゴンの方もめっちゃびびって空を飛んでいきました。

 

 さあ、ドラゴン退治は、ドラゴンが空を飛んでからが本番ですよ!高く飛ばれる前に翼を折って落とすのが定石なんですが、今回はあえてハードモードで行こうと思います。

 

 そんなわけで、ばっちこーい!

 

 ヘイ! カモン! ドーラゴーンくーん!

 

 さあさあ! 今の私は隙だらけですよー!

 

 ……あれ?

 

 ちょっとー、戻ってきてー。

 

 ねえってばー!

 

 ……戻ってこないですね。

 

 これは、ちょっとファーストコンタクト失敗しちゃいましたかね?

 

 あっちゃー、もうちょっとこっちが弱いフリした方が良かったかもしれません。

 

 しかたない、第二ドラゴンを探しに行きましょ……おっ?

 

 来た。

 

 来ましたよ。

 

 皆さん見えますか?

 

 仲間を引き連れて来ました。

 

 勝てないと見るや即座に仲間を頼るとは、あいつ本当に誇り高きドラゴンでしょうか。

 

 隊列を組んで一斉に攻撃する構えのようです。

 

 へーえ、なぁるほどねー、そーゆーことしちゃうわけだ。

 

 はっ。

 

 しゃらくさいじゃない。

 

 今、少しずつ近付いてきてて、あと30秒ほどで私に激突するコースでしょうか。

 

 29、28、27、26…………ああもうカウント面倒くさい! こっちから仕掛けます!

 

 まっすぐ行って剣で叩く、それで全ては解決します!

 

 クロムモリブデン鋼、ロックウェル硬度60ドラゴンバスターソードが!!!

 

 あなたたちの運命です!!!

 

 どりゃああー!

 

 

 

 

 

 

 

 ……あー、疲れた。

 

 しぶとかったですねー、そこらの野良ドラゴンより強かったかもしれません。

 

 恐らく魔物の生育環境としてはとてもよいのでしょう。

 

 ただ向こうは人間と戦い慣れしてない感じがして、付け入る隙は十分にありました。

 

 ま、そんなわけで勝ったんですが。

 

 剣がちょっと曲がっちゃいましたね。

 

 ですが完全に折れたり割れたり、ということはありませんでした。

 

 いい仕事してますね! 合格!

 

 しかし、流石に空を飛ぶドラゴン5匹と正面からガチ殴りするのは蛮勇でしたね。さっきも言いましたが一匹ずつ慎重に、羽根とか足とか、脆そうなところを潰して地面に落とすのが定石というものでした。

 

 まあ試合内容の講評はともかく、勝利は勝利です!

 

 鋼材で作った剣で、ドラゴンは倒せます!

 

 

 

 



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◆聖剣ピザカッターを作ってみた

 

 

 

 

 以上が、完成した動画の内容だった。

 誠はこれをインターネットに公開する前に翔子を再び呼んで、こっそり動画を見せることにした。

 

「誠」

「うっす、翔子姉さん」

「これマジ?」

 

 再び翔子は、語彙力を失うほどの衝撃を受けていた。

 

「マジ中のマジだね」

「いや……あの……なんて言ったらいいか……」

「あー、引いた?」

 

 誠が心配していたことの一つだ。

 

 アリスが凄まじいテンションでドラゴンを撲殺する動画というのは流石に刺激が強かったのだろうか。もう協力を止めると言われたらどうしよう……と思ったあたりで、翔子は小さな吐息を漏らした。

 

「……くっ……くく……」

「し、翔子姉さん?」

「凄い……こりゃ凄いよ……!」

 

 翔子の目は、ぎらついた輝きを放っていた。

 

「あたしは竜退治なんてゲームでしかプレイできないものかと思ってたし、魔法なんてこの世にはないと思ってた」

「ま、まあ、あるところにはあるものですから」

「そう、あるんだよ!」

 

 翔子は、アリスの世界に通じる鏡のふちをがしっと掴む。

 そして額が鏡につきそうになるくらいに顔を近づけた。

 

「え、えーと、翔子さん……その、もう少し落ち着いてくれると……」

「あたし、けっこうファンタジーとかゲームとか好きなんだよ」

「そ、そうか」

「大学に居た頃、本当はプログラミングを勉強してゲームメーカーに就職したかったんだよ。でも親父の仕事を考えると自由に将来を選ぶのも難しくて家業を継いだのさ。同人ゲーサークル作ったらシナリオライターとイラストレーターがバックれて心折れたのもあるけど」

「翔子姉さんそんな経験してたんだ」

「よ、よくわかりませんが、苦労しておられるんですね」

 

 誠とアリスがおずおずと心配そうに声をかける。

 だが、翔子はそんなことは一切気にせず、アリスに語り続けた。

 

「アリスちゃんほどじゃないよ! だからアリスちゃん!」

「な、なんでしょうか」

 

 鏡の向こうで礼儀正しく座るアリスは、若干引きつつも尋ね返した。

 

「あたしが支援する。最高の剣を用意するよ!」

「い、いや、今使ってるものでも十分……」

「なーにいってるんだい。あんなキログラムいくらで売るようなナマクラで満足されては困るよ」

「意気込みは嬉しいんですが……」

 

 アリスが翔子に曖昧に頷きつつ、救いを求めるようにちらちらと誠に視線を送る。

 

「……そういえば翔子姉さん、こういう性格だったな」

「こういう、とは」

「普段は冷静だけど、一度火が付くと凄いことになるんだ。文化祭とかイベント毎とか、翔子姉さんに幹事を任せるといつも大盛り上がりでね。実行力も交渉力もあるし……」

 

 誠が昔を懐かしむように呟く。

 翔子はそんな苦言まじりの呟きなど意に介さず、スマホを取り出した。

 

「あ、もしもし? 姫宮工業の姫宮翔子です。鋼材のお見積もりをお願いしたいのですが……ええ、はい、特急で」

「……今は金もある」

 

 

 

 

 

 

 意気揚々と会社に戻った姫宮翔子は、自分の会社のデスクで悩んでいた。

 

 最高の剣を用意するなどと言ったは良いものの、具体的な考えをまとめる内に幾つかのハードルがあると気付いたのだ。

 

 原材料……鉄や合金などは用意できる。会社のツテを使えばなんの問題なく、その鉄を好きな形状に形作る環境もある。

 

 それでも二つ、大きな問題が残っていた。

 

 一つは、剣をどういう合金にして、どのくらいの硬さにするべきか、という細かい設定であった。アリスからドラゴンの死体の一部を分けてもらって硬さを計測したが、表面や鱗は鉄のように硬い。そして肉の部分は普通だ。鶏肉よりは硬いが当然皮膚のような硬さはない。もっとも硬いのは骨だった。まさに焼きを入れて鍛え上げた鋼のような硬さだ。

 

 ただ硬いだけならばあまり問題はない。刃をそれに応じた硬さにすれば良い。だが様々な硬さが入り混じった生き物を切断するとなると、翔子には「これだ」と言える解答が思い浮かばなかった。

 

 あるいは料理人のように、用途に応じて様々な包丁を使い分ければ良いかも知れない。どんな食材でもスパスパ切れる包丁や刃物は意外とないものだ。

 

 羽根や末端部位を狙うための剣、肉を裂くための剣、止めを刺すための剣など、用途の違う剣を用意するならば翔子の技術力で十分解決できる。だがちょっとそれもスマートではない気がして、翔子は乗り気ではなかった。

 

 ドラゴン退治はそういう解体作業ではなく、浪漫のある決闘であって欲しい。

 

 そして残るもう一つの問題は、工程が進めば進むほど「それ何に使うの?」と問われるだろうということだ。ただの鉄のカタマリに取っ手を付けただけの剣ならば問題ないが、工夫を凝らそうと思えば思うほど他人に見せなければいけない状況が起きる。だがさすがに「ドラゴン退治に使います」と正直には言えない。

 

 つまり翔子は、こそこそバレないように製造を進める方法について悩んでいた。

 

 普段の仕事が終わった後にこっそりCADソフトを立ち上げて図面は作ったものの、溜め息を付かざるを得ない。せっかく夢のある仕事ができるというのに。

 

「どうしたもんだろうね……あれ?」

 

 そんなとき、会社の電話が鳴り響いた。すでに定時を過ぎており、事務所にいるのは翔子だけだ。こんなときに鳴る電話など、良い知らせであった試しがない。嫌な予感を感じつつも翔子は電話を取る。

 

「はい、姫宮工業です……ああ、平山さん」

『どうも取締役。まだいらっしゃいましたか、良かった』

「ちょっと図面を検討してましてね……ところで、なにかありました?」

 

 電話に出たのは壮年の男性だ。

 近隣の下請けの会社の人間で、翔子は幾つか頼んでいる仕事があった。

 普段の平山は明るい人間だが、このときは妙に声が暗かった。

 

『すみません……注文された製品で不良を出してしまいました』

 

 

 

 

 

 

 翔子の会社で製造しているものの一つに、食品工場用の切断機がある。

 

 工場のラインで流れてくる食材を自動的に判別してカットする、という機械だ。たとえば円形のピザやケーキが流れてきたら、扇形にカットする。食パンが流れてきたら6枚切りや8枚切りにカットする。そんな様々な形の食材に対応した切断機を製造している。

 

 その機械の一から十までのすべてを翔子の会社で作っているわけではない。自社で作ることもあるが、細かい部品については下請けに手伝ってもらうことも多い。

 

 翔子に電話をした平山は、その機械のもっとも肝心な部品である「刃」の部分の製造を依頼していた。

 

「で、他社の似た図面と間違えて作ってしまったと。不良というか完全に別製品だね」

「も、申し訳ございません……。偶然、図面のファイル名や番号がまったく一緒になってしまって、図面を上書きしてしまったようで……」

「なるほど……」

 

 翔子は、自分の父親ほどの年上の人間が汗をかいて弁明する姿を眺めるのが気まずく、できあがった現物の方に視線を固定した。

 

 本来、翔子はこういう場合は叱責する側の立場だ。納期遅れが確実だからだ。こちらが設定した納期は来週で、これから作り直したとしてもどう考えても間に合わない。

 

 とはいえ、さほど翔子は焦っていなかった。本当のデッドラインはまだまだ先だからだ。翔子は誠たちの動画制作を手伝う時間を確保するため、様々な仕事を前倒しで作業していた。それが功を奏した。

 

「最後の組み立てはもう少し先だから、こちらのスケジュールを組み直せばなんとかなるよ。焦らず慎重にね」

「すみません、助かります……」

「ところで平山さん、ひとつ聞いてもいいかい?」

「なんでしょうか?」

「なんていうか……随分と豪勢な設計だね」

 

 間違えて作られた刃は、太く、長く、分厚い。

 

 翔子がアリスに渡したものよりも数倍の厚みがある。そして今は柄や握りこそないが、剣のような切っ先が作られている。

 

 また、峰の部分は普通の金属光沢だが、刃の部分には何か特殊なコーティングがしてあるのだろう。光の加減で不思議な色合いを見せている。もしこの刃に(つば)や握りを付けたならば、本当に竜を殺せそうな剣のできあがりだ。

 

「いやぁ……その、図面を描いた経緯が特殊でしてね」

「特殊?」

「ゴミ処理関係の会社から、倒壊した家屋とか川から流されたゴミとかを破砕する機械を作りたいって依頼がありましてね。ですがその会社の購買担当が、なんとも嫌味な人で、『いちいちメンテナンスが面倒だから、何千回、何万回使っても壊れない頑丈なものが欲しい』、『どうせメンテナンスで高くぼったくるつもりでしょ? そうならないよう頑張ってよ』と若干ケンカ腰に言ってきまして」

「あらら」

「それで、最高品質の最高級品を設計して、見た目も格好よくして……その分予算も大きくしてお見積もり出したら怒って断られてしまいました」

「あー、元々断らせるための設計だったってわけかい」

「ええ。材質も、コーティングも、ふんだんにお金を掛けてます。どれだけ使おうとも傷一つつきません。……図面のデータも破棄したつもりだったのですが、たまたま今回の図面の番号や製品名とまったく一緒で、どこかで図面データがすり替わってしまって……お恥ずかしい限りです」

 

 完全なうっかりミスであった。

 相当高く付いただろうと翔子は内心で同情する。

 

「もしかしたら、今期は赤字転落するくらいのミスですね……」

 

 平山ががっくりと肩を落とす。

 それを見て翔子は、「ああ、なんて幸運だろう」と思った。

 

「家屋ってことは、木材を切るのを想定しているわけだね?」

「正確には、ドアやタンスなど、木材とそれを補強している鉄の部品を同時に破断するのを目的としていますね。あとはコンクリートと鉄筋を強引に引き裂くとか。ですから相当頑丈なものでもイケますよ。世が世ならヤマタノオロチだって怪獣だってイチコロかもしれませんね。ははは」

「なるほど、なるほど」

 

 翔子は、自分の顔に笑みが浮かぶのを必死に我慢して真剣な表情を作る。

 だが平山はてっきり、脱線した話で苛つかせてしまったかと戦々恐々としていた。

 

「平山さん」

「あっ、はい、すみません雑談が長くて。納期なんですが……」

「物は相談なんだけどね平山さん。これ、あたしが買い取ってもいいかなぁ? 他の人には内緒で」

「へあ?」

 

 平山は、まさか冗談だろうと言う顔をした。

 

「ええと、姫宮さんのところで作ってるの、ピザとかケーキの切断機ですよね?」

「そうだね。でも怪獣みたいに硬くて強いピザがあるかもしれないだろ?」

「あはは、そりゃ凄い。こんなに豪華なピザカッターはありませんよ」

「それじゃ幾らになるか見積りしておいておくれ。ああ、宛先は会社じゃなくて私個人にして書いて欲しいんだ。どうせこのままじゃスクラップ扱いで処分しなきゃいけない物だし、別にいいだろ?」

「は、はぁ」

「あ、でもこのままじゃ使えないか。外観から出所がわからないようにしたいね。見た目を誤魔化すような塗装や表面処理をして……それと形状もアリスちゃん好みに整えないと。バランスウエイトも欲しいって言ってたっけ。あ、平山さん、心配しないで。もちろん改造のための費用も出すから」

 

 平山は、翔子から真剣にあれこれと質問や買い取りの条件、納品する際の仕様の相談をされ、「翔子さんは本気だ」と信じざるをえなかった。そして平山の顔は絶望から、「ああ、なんて幸運だろう」という顔へと変わっていった。

 

 

 

 

 



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フォロワー数 7人  累計good評価 23pt

 

 

 

 誠は自宅で動画編集の作業をしていたところで、翔子からの吉報を受け取った。

 

「アリス、翔子姉さんからの電話だ。剣の目処が付いたらしいぞ」

 

 誠がアリスにそう伝えると、アリスは鏡の向こうでにんまりと微笑んだ。

 

「なんだ、やっぱり嬉しそうじゃないか」

「そ、それはそうです。やはりあるとないとでは話が違いますからね」

「動画も撮りためが増えてきたし、そろそろ動画投稿を始めようか」

「と、とうとうやるんですね」

 

 アリスが重々しく頷く。

 

「そんなに大それたことじゃないって。別に失敗したらやり直せば良いだけだ」

「ですけど、初陣は初陣です!」

 

 実直な返答に誠は苦笑する。

 だが茶化すことはなく、誠は『動画撮ルン』にログインした。

 

「さて、それじゃあ第一弾の動画投稿と行こう」

「はい……!」

 

 誠は既に動画配信の経験者だ。動画そのもののデータの他、サムネイル画像や説明文など、あらかじめ用意すべきものは前もって準備している。流れ作業のようにアップロードを済ませた。

 

「お、回線空いてるな。アップロードもすぐに済んだ」

「おお!」

 

 アリスは喜びの声を上げた。

 

 ほとんどアリス用になっているタブレットで動画アプリを開く。そしてURLを直打ちして目当てのチャンネルを開いた。

 

「おお……これが……!」

「そうだ。これがアリスのチャンネル、『聖女アリスの生配信』」

「……マコト」

「なんだ?」

「ふと思ったんですが、投稿動画なのだから生配信ではないのでは?」

「まあそのうち生配信もやろう」

「そ、そうですね……それも一度やってみたいです……しかし、マコト」

「どうした、アリス」

「再生数が上がらないんですけど」

「そうだな」

「おかしくないですか!? そ、そんなに私の動画は魅力がないんですか!」

 

 アリスの顔が絶望に染まるが、誠はどうどうと宥める。

 

「落ち着いて落ち着いて、宣伝も何もしてないんだから当然だ。誰でも最初はこうなる」

「なら一刻も早く宣伝するべきです!」

「いや、まずは一週間くらい毎日投下する。『あ、ちゃんと毎日投稿してるんだ』ってことがパッと見でわかるようにしてから本格的に宣伝していこう」

「……考えがあってのことなのですね?」

「画面とにらめっこしててもアクセス数は増えない。大丈夫、動画のポテンシャルは保証するから落ち着いてやろう」

「は、はい」

 

 しかしアリスはそわそわしながらタブレットをいじり、ログインしてアクセス解析を見てはガッカリしてログアウトする……を繰り返している。誠はそれを生暖かい目で見守っていた。誠自身、自分の動画チャンネルを開設したときはそうだったからよくわかる。

 

 すぐに話題になることなどありえないと頭では理解していても、視聴者の反応がないか、どうしても気になるものなのだ。だからこそ、自分が落ち着いてアリスのサポートをしなければと誠は気を引き締めた。

 

「さて、これから忙しくなるぞ」

 

 

 

 

 

 

 幽神霊廟とは、神の眠る墓だ。

 

 今の世の人間は、あまりにもその場所に対して無知である。ただ伝説と恐怖だけが残るのみで、実際にどんな脅威があるかについては忘れ去ってしまった。

 

 幽神とはまさしく偉大なる死の神であり、その神が生み出した眷属や信奉者たちは霊廟の中で封印された幽神を、そして霊廟そのものを守っている。

 

 ただ、上層にいるドラゴンは眷属でも信奉者でもない。ただ霊廟の魔力に惹かれてやってきた野良犬に過ぎない。

 

「……野良犬と言えど、霊廟の庇護を受けた者が倒されたことには違いあるまい」

 

 幽神の眷属である守護精霊、スプリガンが呟いた。

 

 こんなことは数百年もの間、一度もなかったことだ。この霊廟の地下十層を守る存在として生み出されたスプリガンは、心が躍っていた。

 

 幽神の復活までただ静かに時が過ぎるのを待つのは、あまりにも長すぎる。当たり前に生まれた人間であれば肉体が滅び、あるいは人間の上位存在の魔人であったとしても精神が発狂するであろう。幽神の眷属であるが故に、体も心も滅びることなく長きに渡り生き長らえることができる。

 

 が、暇なものは暇だ。

 

 スプリガンは生まれ落ちて千年もの間、霊廟の上層を守り通してきた。自分の守る地下十層よりも下に進むことができた者は数えるほどだ。ほとんどの挑戦者が、鋼鉄の巨人たるスプリガンを攻略できなかった。百年も過ぎた頃には、挑戦者自体が現れなくなった。

 

 次に、霊廟の魔力に惹かれて外界の魔物がやってきた。これもことごとく倒した。倒した魔物は十層より下に行くことは諦め、やがて定住するようになった。結局、平穏が訪れてしまった。

 

 そんな退屈の数百年の中、ようやく挑戦者が現れたのだ。

 ここで心躍らずして、なにに踊るというのだろうか。

 

「さて、何者かは知らぬが……顔を拝ませてもらおうか」

 

 

 

 



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◆第1回 聖女アリスの生配信です! / フォロワー数 92人 累計good評価 126pt

 

 

 

 チャンネル開設して一週間後の日曜日。

 

 誠は店内で機材をセッティングしていた。

 

 動画の生配信をするためだ。普段はウェアラブルカメラを装着して撮影しているが、生配信となるとカメラをパソコンと常に接続していなければならない。そうなると必然的に、誠の店側にカメラを設置して鏡の向こうのアリスの部屋を映すしかなかった。

 

「根本的な疑問があるのですが、マコト」

「どうしたアリス?」

「視聴者もいないのに生配信をするんですか……? しかもまだ朝10時ですよね?」

「うん」

 

 アリスの問いに、誠は何の屈託もなく頷いた。

 

「な、なぜでしょう……?」

「まあ、練習を兼ねてだよ。視聴者がいない状況で生配信できるなんて今の内だけだと思う。たくさんの視聴者が来る前に段取りを覚えておかないと。満を持しての初生配信……とかやって配信トラブルで即終了とか、あまりにも悲しすぎるからなぁ」

「杞憂だと思うのですが……。再生数は300回程度で、チャンネルフォロワーに至っては92人ですよ?」

「いや、その再生数でフォロワーが92人もいるのはおかしい。コメント欄も盛り上がってる。ここからどんどん伸びていくはずだ」

「う、うーん……なんだか流されている気もしますけど……わかりました」

 

 アリスはあまり納得していない様子だったが、誠は決して嘘を言ってるつもりはなかった。むしろ、数日以内には何らかの大きな反応があると確信している。

 

 チャンネル開設をしてから今日まで、毎日午後9時に動画を投稿していた。最初の動画は、一番最初に撮影した3分程度の自己紹介の動画だ。

 

 次にクモ退治の動画、ドラゴン退治の動画を続けて投稿した。

 

 それ以外にも、幽神霊廟の中を散策してスライムや悪霊と戦う動画や、誠が作った日本の料理を食べる動画、ホラーゲーム実況プレイ動画といったものを撮影して投稿していた。だがやはり、クモ退治とドラゴン退治に衝撃を受けた人が多いようで、コメント欄も異様だった。

 

「これはゲームなのか、特撮なのか」、「どういうことなんだ」、「CGか何かじゃないのか?」などなどの質問がどどん書き込まれている。動画をクリックした人間の内、半分以上が何らかのコメントを残している計算だった。誠はむしろ、バズるまで時間の問題だと思っていた。

 

「それじゃアリス。行くよ」

「は、はい」

 

 誠が手でスタートの合図を出す。

 

「え、えーと、配信開始された……ようですね。流石にまだ一人もいませんけど」

 

 配信画面にカウントされてる視聴者数は一人だ。その一人というのも、配信が正常に行われているか確認するために誠が別端末で再生しているのがカウントされているだけで、実質的な視聴者はゼロ。予告も何もしていないゲリラ配信であり、当然の数字であった。

 

 誠はフリップを使い、アリスに指示を送る。

 

『視聴者数は見ないで。生配信を後で見る人もいるから。普通の撮影と同じように、誰かがいると思ってカメラに向かって会話しよう』

 

 そしてアリスがフリップを見た瞬間、アリスのスイッチが入った。

 

「あ、えーと、初めましての人は初めまして。っていうか生配信そのものが初めてですから基本的に初対面みたいな扱いですよね。どうもー、聖女アリスでーす」

 

 これは、アリスが撮影しているときのキャラクターだ。普段よりも随分とくだけている。誠は、あるいはこれがアリスの素なのかもしれないと思った。軍に入る前は、こんな感じのカラっとした少女だったのだろうと。

 

「さて、ドラゴン退治をなんとか勝利に終えた私は思いました……。もうちょっと強い武器が欲しいと! そちらのことわざで言うと、猫に小判でしたっけ。……あ、違う。マネージャーさんからツッコミが来ましたね。えーと、なになに? 鬼に金棒、って言うんですか?」

 

 アリスが流暢に喋る。

 視聴者数は増えていない。

 この配信を見ている幸運な人間はいないようだ。

 

「……鬼が金棒持ってるのって普通では? いやまあ、木の棍棒とか丸太を武器にしてる方が多いですけど。あ、そういえば地球には鬼っていないんでしたっけ。それじゃあオーガとかゴブリンもいない? 良いなぁ。こっちじゃ山とか洞窟とかいくとゴキブリみたいにいますよ。ていうかゴキブリって知ってます? え、ゴキブリは地球にもウジャウジャいる? なんでそんな微妙なところだけ一緒なんですか」

 

 誠が生配信を見守っていると、携帯電話に着信が入った。

 姫宮翔子、と画面には表示されている。

 

『あ、誠? これから行っても大丈夫かい?』

「じゃあ、十分後にうちの玄関から入る感じで頼みます。新兵器のお披露目ですね」

『ああ、予定通りに』

 

 新兵器。

 

 それが今回の動画の目玉だ。

 翔子の制作した剣を受け取り、それを披露することである。

 

 また試し斬り用のための藁束や木材、冷凍マグロなども用意しており、アリスがそれらをばっさりと斬ることで剣の性能を視聴者に味わってもらう予定であった。

 

「っと、話が脱線しましたけど、まだ剣が到着していないのでフリートークと行きましょうか……ああっ!?」

 

 そのとき、配信動画のコメント欄に投稿があった。

 

『初見です』

 

 そのコメントを見て、アリスの顔がぱっと華やいだ。

 

「おお、いらっしゃいませ! どうぞゆっくりしていってくださいね!」

 

 閲覧者数のカウンターが上がった。

 2人になり、3人になる。

 気付けば10人になった。

 

『あの動画、本物ですか?』

『生アリスだ』

『彼氏いる?』

『新兵器ってなに? チェーンソー? 丸太?』

『決めセリフ言ってよ。お前の運命ですってやつ』

 

 そして間を置かずに幾つもの質問が投げかけられる。

 誠はフリップで指示を出す。

 

『慌てなくて良い。時間は気にせず一つずつゆっくり答えて』

 

 それを見たアリスが小さく頷く。

 

「え、動画が本物か、ですか? あっはっは、まさか。そんな精巧な偽物の動画作る労力あったら本物を撮る方が遥かにラクですよ?」

『証拠うp』

「証拠? 証拠って言われても……魔物って殺すと消えちゃうんですよ。死後2~3日くらいは死体として残ってるから調理しようと思えばできるでしょうけど、お腹壊しそうでイヤですね。ジビエ系は嫌いじゃないですが、ウサギとかムクドリあたりまでが私的に食べ物の範疇です。

 他の質問は、ええと「彼氏いますか」ですか? プロポーズしてくれた人って日本語的に彼氏扱いでいいんでしたっけ? ……ああっ、しまった! これ、いるって答えてるようなものじゃ……えー、はい! 次! 次の質問! 新兵器ですね! ここは存分に語りたいところですが……もうちょっとで到着しますからお待ち下さいねー」

 

 アリスがそう返事をした瞬間のことだった。

 

『後ろ後ろ』

『なんだあれ』

『これは流石にCGだろ』

『彼氏いんのかよフォロー外します』

 

 というコメントが流れた。

 

 誠は、その異常事態に気付くのが遅れた。

 翔子が入ってくるタイミングを細かく指示しており、アリスの方をよく見ていなかった。

 

 だから、完全な奇襲となった。

 

 誠が気付いたときには、身の丈3メートルはあろうかという鉄の巨人がのっそりとアリスの部屋に入り、猛然と襲いかかってきた。ようやく誠が気付いて叫び声を上げた。

 

「……アリス! 危ない!」

 

 

 

 



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フォロワー数 3,352人  累計good評価 5,890pt

 

 

 

「食らえ!」

「なにっ……!?」

 

 雷鳴のような音が響き渡った。

 それは、巨人の拳を受け止めた剣がひしゃげ、そして砕け散る音だった。

 

「ふん、その程度か」

 

 重苦しい水音が響き渡った。

 それは、アリスの体が吹き飛ばされて壁に叩き付けられた音だった。

 だが誠も、そして視聴者も、音と視覚が脳の中で結びつかなかった。

 人間の体が出して良い音ではない。

 

「我はスプリガン。幽神様の誇り高き眷属にして、幽神霊廟、地下十層の番人である。ああ、貴様の名は言わずとも良い。覚えるほどでもなさそうだ」

「な……なんだ、と……番人……?」

「大丈夫か!? 逃げるんだ!」

 

 誠の叫び声に、アリスは皮肉げな笑みを浮かべた。

 どこに逃げようというのか。

 ここは幽神霊廟。

 外は熱砂の砂漠であり、中は恐ろしい魔物がうごめく地獄。

 そしてかろうじて確保した自分の安全圏は、目の前の怪物によって荒らされようとしている。

 冗談じゃない。

 

「まったく、何百年ぶりかの侵入者で心躍らせたものだが、がっかりさせてくれる」

 

 スプリガンと名乗った巨人が、値踏みするようにアリスを見る。

 だが、アリスはスプリガンの言葉も、視線も、届いてはいなかった。

 それ以上に、怒りを燃やしていた。

 

「初めての……」

「うん?」

「初めての! 配信だったんですよ! よくも滅茶苦茶にしてくれましたね!」

 

 アリスが立ち上がった。

 既にスプリガンの一撃で満身創痍だ。

 だがそれでも、闘志を失ってはいない。

 

「無茶だアリス!」

「なんでもいいです……武器を頼みます!」

「武器、って……戦うつもりか!?」

「はい!」

 

 アリスは剣の柄を投げつけた。

 巨人は意に介することなく不気味にアリスを眺めている。

 

「ふむ、その意気や良し。……しかし、『鏡』が起動している? 異世界と繋がったのか……?」

「よそ見をしてる暇がありますか!」

「ぬっ……?」

 

 巨人の視線が外れた瞬間に、アリスはシーツを投げつけた。

 当然巨人はそれを剥がそうとするが、その手に絡みつくものがあった。

 荷造り用の紐だ。

 

「猪口才な!」

 

 巨人の鉄の指は簡単に紐を千切り、シーツを破る。

 だがその間に、アリスは新たな武器を手にしていた。

 幾つもの包丁。

 そしてドライバーだ。

 

 包丁は料理動画の撮影のために用意だけしておいて、まだ使用しなかったものだ。ドライバーは、家具の組み立てに使ったもので、アリスの部屋に置きっぱなしにしていた。

 

「身のこなしは良好。しかし駆け引きや機微には疎いですね」

「はっ! そんな頼りない玩具で倒せると思ったか!」

「思ってはいませんよ。しかしあなた、ゴーレムや魔導生物に属していますね? どんなに強力でも種類がわかれば対処はできます」

「口だけならばなんとでも……ぐっ!?」

 

 スプリガンが動きを止めた。

 踵の裏側の隙間に、包丁が突き立っていた。

 

「ゴーレムは、魔王が死霊の次に愛用していました。土塊や泥のゴーレムは幾らでも大きくなるものの総じて鈍足。そして、あなたのような金属のゴーレムは重量級でありながら敏捷性に富み、油断できません……が、決して無敵というわけでもない」

 

 スプリガンが無理矢理自分の足を動かし、アリスに近付こうとする。

 だがバランスを崩して転倒した。

 凄まじい音が響き渡る。

 

「関節部の隙間が多い癖に、感覚が鈍い」

「……ぅおのれ! 小癪な!」

 

 スプリガンが自分に突き刺さった包丁を抜く。

 

 だがその隙にアリスはドライバーや千枚通しなど、どのご家庭にもある工具や調理道具を使ってスプリガンの関節を封じていく。

 

「ぐぐっ……貴様、卑怯だぞ……!」

「人の部屋に勝手に押し入っておきながら、卑怯もクソもありますか!」

「勝手に住んでるのは貴様だろうが!」

 

 そして、膠着状態が訪れた。

 

 アリスが持っていた工具も調理道具も尽きた。すべて、スプリガンの体の各関節に突き刺さっていた。

 

 一本や二本であれば力任せに関節を動かして工具ごと折り曲げるくらいはできたかもしれない。だが、今や何本もの工具がそれぞれの関節の動きを封じている。むしろ、スプリガンがもがけばもがくほどそれらはきつく食い込む状態になった。

 

「……ははは」

「なにかおかしいことでも?」

「詫びよう。舐めておった。油断していた。ドラゴンを退治する程度で四苦八苦するような脆弱な魔力の持ち主だ。暇つぶしにもなるまいと思っていたが、なかなかどうして大したものだ。貴様の名は?」

「……アリス。アリス=セルティです。負け惜しみはそれだけですか」

 

 そう言いながらも、アリスは冷や汗を流していた。

 一見、アリスが有利だ。

 だがこのまま長引けば不利なのはアリスだ。

 いかに動きを封じたとは言え、スプリガンの強さは本物だ。アリスは最初に一撃を食らってそれを重々承知していた。

 

「ああ。ここからは本気で相手をしようではないか」

 

 スプリガンの右拳に、ほのかな光が灯った。

 それは徐々に強まり、恐ろしい熱を発していく。

 

「なっ……ゴーレムが魔法を使うだなんて……!?」

「幽神の名の下に、出でよ地獄の炎……【獄炎】!」

 

 凄まじい爆音と炎が上がった。

 

「アリス!」

 

 誠の叫びも虚しく、閃光と爆発が全てを白く染め上げた。

 

 

 

 

 

 

「なんだこれ、凄いな……?」

 

 吉沢太一郎は大学生である。

 

 趣味は模型制作と卓上ゲーム、そして動画投稿だ。

 

 ドイツから仕入れた卓上ゲームをプレイしたり、あるいはプラモ制作、キット購入といったホビー関係の動画を撮影して動画投稿している。

 

 外見は、いかにもオタクらしい痩せぎすのメガネ男子。しかし喋り方が軽妙で嫌味がなく、動画のつくりもわかりやすいため多くの視聴者を抱えていた。100万人ものブックマークを稼いでいる有名配信者に比べればまだまだ可愛いものだが、それでも普通にバイトする以上の広告収入を得ている。

 

 吉沢は当然、現状に甘んじるつもりはない。コロナ不況のため就活が惨敗中で、動画配信で食べていく選択肢が現実的になってきたという側面もあるが、それを抜きにしても純粋に多くのフォロワーを集めて自分のチャンネルを拡大したいという夢と野心を持っている。

 

 吉沢は単純に好きなのだ。模型を作ることも卓上ゲームをプレイすることも、そして動画を制作することも、どれも吉沢の胸をときめかせるものだった。

 

 そんな吉沢は、自分と同じような『撮るチューバー』の動向にも敏感だった。コラボできる相手を探したり、同じ趣味を共有する友人を増やしたかった。吉沢は社交的なオタクだった。そのため今日も新たな動画配信者がいないか、SNSをチェックしていた。

 

 そして、ついに見つけた。

 

「CGとかじゃないよな……? どこだよここ……?」

 

 奇妙な動画だった。

 

 どうやらチャンネル開設したばかりらしく、5本程度の動画しかない。最初の動画は、銀髪の女騎士みたいな少女がイタい自己紹介をするだけの内容だった。しかも自分の国に対する謎の怨念に満ちている。

 

 ずいぶんオタク文化に染まった外国人さんだなと思った。が、すぐにちょっとこれはおかしいぞと気付いた。

 

 まず、撮影している風景がおかしい。この石畳の神殿みたいな場所はいったいどこなのだろうか。ドイツや東欧の古城のようにも見えるが、それにしてはどうも広々としすぎているような気がする。これだけ壮大な場所であれば、世界的に有名な観光地になっていてもおかしくないはずだ。

 

 服装も妙だ。胸甲にマントというファンタジー丸出しのコスプレだ。そのはずだが、妙に風格とリアリティがあった。胸甲の傷やへこみは、まるで本当に魔物か何かと戦ったかのようだ。マントも古びていて、まるで砂漠あたりで長旅をしたかのような質感があった。

 

「な、なんだこれ……! どうなってんの……!?」

 

 そして次の動画を見て更に吉沢は度肝を抜かれた。

 

 巨大なクモ。

 スライムとしか言いようのない、粘液状の怪物。

 空を駆けるドラゴン。

 

 そして、それらをばっさばっさと倒して行くアリス。

 

 吉沢は既に、アリスのチャンネルの虜になっていた。

 SNSで拡散しつつ、生配信の画面を開く。

 そして更に度肝を抜かれた。

 アリスが今まさに、謎の鋼鉄のロボットと戦っているのだ。

 

「うおおおお!? なんかすげえことになってるぞ……!」

 

 吉沢は実況を始めた。

 SNS上で画面スクショと共に呟きを投稿し、自分のフォロワーに拡散させていく。

 吉沢のフォロワーもまた動画に衝撃を受け、ますますアリスの情報が拡散していく。

 

 視聴者数を示すカウンタが、激しく回り始めた。

 

 

 

 



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フォロワー数 45,054人  累計good評価 125,991pt

 

 

 

 幽神霊廟の通路には扉などはなく、天井も高い。

 空気の流れが良いために火の粉や煙は滞留せず、少しずつ流れ出ていく。

 

「流石に人間相手に大人げなかったか。……まさか、死んでしまったか?」

 

 スプリガンが残念そうに呟いた。

 

 そして、自分の関節に打ち込まれた工具や包丁をゆっくり抜いていく。

 一本一本慎重に抜き、ようやくすべて取り除いた。

 自由になった体を楽しむかのように足首や手首を回す。

 そうしているうちに、完全に視界が晴れた。

 

「……おかしい。奴はどこだ? 何故、奴の持ち込んだ物が燃えていない?」

 

 幽神霊廟は神の手による建造物だ。

 いかにスプリガンといえど、霊廟そのものを傷つけることはできない。

 神の魔法によって、あらゆる衝撃、あらゆる魔法への耐性を付与されている。

 

 だが、人間が持ち込んだ物は別だ。

 ただの服や家具は消し炭になっているはずだった。

 真正面から魔法の威力すべてを防がれていたとしたら、物が無事である可能性もある。

 まさかそんなはずはないとスプリガンが考えた瞬間、声が届いた。

 

「どこを見ているのですか」

 

 アリスは、スプリガンの背後にたたずんでいた。

 スプリガンは言葉を返さず、体をひねりながら裏拳で答えた。

 

「なっ……!?」

 

 それは、何かに防がれた。

 あまりにも強靱な硬さに、スプリガンの豪腕の方が変形していた。

 

「間に合ったようですね」

「アリス! 気をつけるんだよ!」

「ええ……ですが心配は要りません!」

 

 翔子の心配そうな言葉に、アリスは不敵に返した。

 そして、スプリガンの豪腕を防いだ巨大な剣を掲げる。

 

「そう、この剣があればね!」

「ば、馬鹿な……その強大な魔力はなんだ……? いったいなにをした……?」

「さあ、そんなことは知りません。大事なのは一つ。あなたは私の部屋を荒らそうとしました。ここにあるものはすべて私の宝……手を触れることは許しません!」

 

 このとき、アリス自身も気付いていなかった。

 スプリガンとの苛烈な攻防によってもたらされたものを。

 今、アリスの目に映っていない、配信中の画面に表示されているものを。

 

『生きてるぞ!? すげえ!』

『え、これ生配信でアクションしてるの?』

『本物みたいだな。どういうロボットだ』

『危険すぎてBANされるんじゃね』

『とにかくがんばれ』

 

 様々な応援コメントが次々と書き込まれていく。書き込まれる速度が速すぎて誰が何を書いているのか目で追えないほどだ。

 

 今も視聴者は増え続け、good評価の満点を示す★10が大盤振る舞いされている。配信中ランキングを瞬く間に駆け上がり、それを検知したニュース収集ボットが記事を自動生成してSNSで呟き、そこからまた視聴者が増えていく。

 

 止まらぬ勢いは配信中ランキング以外にも手を伸ばし始めた。動画毎時ランキング、注目新人ランキング、エンタメジャンルランキングなどなど様々なカテゴリをアリスが侵食し始める。今この瞬間「動画撮ルン」トップページにアクセスすればそこにはアリスの顔がある。

 

 そしてトップページを導線としてまたも新たな視聴者がアクセスし、再生数が上昇し★10が投げ込まれる。

 

 フォロワーがフォロワーを呼び、再生数が再生数を増やす好循環。それは極小の低気圧がすべてを破壊する嵐に変貌するかのように誰にも止められない成長と拡大の螺旋を描く。その現象は、俗にこう呼ばれる。

 

「バズった……!」

 

 誠は、配信中の画面を見て驚いた。

 動画の視聴者が、5万人を超えている。

 そしてSNSでは10万人が実況者の呟きを閲覧している。

 これら視聴者による応援がアリスに力をもたらし、スプリガンの炎の魔法を防いだのだ。

 

「行きますよ、スプリガンとやら!」

「がっ!?」

 

 巨大な剣の一閃が、スプリガンの右腕を切り飛ばした。

 

「ぐっ……【障壁】!」

「甘いッ!」

 

 スプリガンが残った左手を前に突き出すと、まるでガラスのような壁がアリスの間に立ちはだかった。だがそれも、アリスの巨剣の振り下ろしによって破壊されるのは時間の問題であった。一撃、二撃と振り下ろされる度に、蜘蛛の巣のようなひび割れがどんどん大きくなっていく。

 

「【獄氷】!」

 

 だがアリスが壁を破壊した瞬間、スプリガンがまた別の魔法を唱えた。

 巨大な氷柱がスプリガンの左手から生み出され、凄まじい勢いで射出されアリスに襲いかかる。

 

「ばっ、バカめ……! はあっ……そんな力任せの戦いに、負けると思ったか……!」

「力任せなのはそちらです……【炎弾】!」

 

 アリスが魔法を唱えると、その手から炎の球が発射された。

 襲いかかる氷柱に直撃し、小規模な爆発が起きた。

 

「なんだとっ……」

 

 蒸気が部屋の中を包み込む。

 温度差が激しく、氷が瞬時にとけたために爆発のような反応が起きたのだ。

 

「【炎弾】【炎弾】【炎弾】【炎弾】【炎弾】」

 

 アリスが間髪入れずに魔法を連射した。

 それは氷柱によってできた障壁の穴を的確にすり抜けてスプリガンに連続で4発着弾する。

 

「ぐっ……があっ!?」

 

 だがそれも攪乱だった。

 本命は、アリス自身の攻撃だ。氷柱による穴とは別の場所を炎の球で撃ち抜き、障壁内部へ侵入したのだ。スプリガンが気付いたときには脇腹を思い切り蹴りつけられ、倒れていた。

 

「覚悟! 建築物破断用非JIS規格特殊合金ブレード・プロジェクト『ピザカッター』が!!! あなたの運命です!!!」

 

 アリスがスプリガンの胸を足で押さえつけ、巨剣を振りかぶる。

 もはや勝負は決まった。

 誰もがそう思った瞬間。

 

「……降参だ!」

「へ?」

 

 ばしゅっ、という間抜けな音が響いたかと思うと、スプリガンの首筋に固定されているボルトが音を立てて外れる。スプリガンの目から光が消え、頭部そのものががたんごとんと音を立てて転がった。

 

「降参! こうさんでーす! ごめんなさい! 参った!」

 

 そして空洞となった首の中から、奇妙な子供が現れた。

 

 

 

 

 

 

 スプリガンの巨体はぴくりとも動かない。

 

 というより、中から出てきた子供こそがスプリガンであり、巨人は操り人形のようなものだったらしい。

 

「そういえばスプリガンってドワーフみたいな妖精じゃなかったっけ。まあドワーフというよりメカニックみたいだけど」

「マコトの世界にもいるのですか? 今のこの子の姿は古代文明の装いに見えるのですが」

 

 見た目は、人間で言うところの12歳くらいの子供だ。

 緑色と赤色のツートンカラーというサイケデリックな髪。

 首にはゴーグルをぶら下げ、上下一体になったツナギのような服を着ていた。

 

「ところでマコト」

「大丈夫。配信は終わらせたよ」

 

 誠の言葉を聞き、アリスがにやりと笑う。

 

「よし……では、遠慮なく話ができますね」

「ひょえっ」

 

 がたがたとスプリガンが震えだしたが、別に拷問が始まったわけでもなかった。

 アリスが何かするまでもなく、スプリガンがしゃべり出した。

 

 自分が幽神の眷属であること。

 長い年月の間、地下10層を守ってきた番人であること。

 最近ドラゴンが撃退されていてアリスに興味が湧いてきたこと。

 

「あなたが幽神の作りだした眷属だというのですか……?」

「そーだよ」

「妙に軽いですね……さっきの口調とは全然違いますし」

 

 アリスが困惑気味に質問した。

 だがスプリガンは気を悪くすることもなく肩をすくめた。

 

「負けたから格好付けてても意味ないしね。どうせ僕の守護する階層はスルーパスするでしょ?」

「するーぱす? どういうことですか?」

「僕は地下10階層の守護精霊なんだよ。で、僕を倒すことで挑戦者は転送機能を使って地下11階に直行できる。ちなみに10層毎に転送ポイントがあるよ」

「ワープなんてできるのですか……しかし、まるでルールでもあるかのような物言いですね。いきなり攻め込んだ割には律儀ですし」

 

 アリスが呆れて呟くが、今度はスプリガンがむっとして反論した。

 

「そりゃあるよ。いきなり攻め込んだ僕も悪かったけど、そもそもそっちがルール違反してるし。ガーゴイルに聞かなかったの?」

「ガーゴイル……?」

「ほら、階段のところにいるあいつだよ……あっ、もしかしてあいつ、居眠りしてるかも……?」

 

 スプリガンは、何かに気付いたような顔をした。

 

「アリス、ちょっと来て」

「へ?」

「ちゃんと説明するから。この霊廟のルールとか仕組みとか」

 

 スプリガンが部屋から出てついてくるようにアリスを促す。

 

「……マコトさん、ちょっと行ってみようと思います」

 

 アリスは誠にそう言うが、誠の方はなんとも不安な顔をしていた。

 

「大丈夫か?」

「ええ。もう敵意はなさそうですし」

「なにかあったらすぐ戻るんだぞ」

「はい。ちゃんと帰ってきます」

 

 アリスは、帰ってくるという言葉に自分でも驚いた。

 ここはもう自分の家なのだという実感が改めて湧いてくる。

 帰る家があるという安らぎが、アリスの足を動かした。

 

 

 

 



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◆霊廟を管理するスタッフに話を聞いてみた

 

 

 

 幽神霊廟の1階……表層階の階段にはガーゴイルの石像がある。

 

 最初アリスはこれを見たとき、侵入者に対しての敵意や警戒を示すためのモニュメントかと思っていた。

 

「おいこら! 起きろバカ!」

 

 それを、スプリガンが怒鳴りつけている。

 

「……何をしてるんです?」

「何してるって、起こしてるんだよ。あ、ちょっと壊れない程度に叩いてくれる?」

「はぁ、構いませんが……」

 

 アリスはとりあえずスプリガンの言葉に従い、巨剣の峰で石像の頭を叩いた。

 ごん、という鈍い音がする。

 

「うっ、うわああああ! なんじゃあー!?」

「喋った!?」

 

 鈍重な動きで、きょろきょろと石像は周囲を見回す。

 そしてスプリガンと目が合うと、のっそりした口調で喋りだした。

 

「うん? おお……すまん、ちょっと寝ておったわい。久しぶりじゃの、スプリガン」

「そーねー、何百年ぶり……じゃないよ! 挑戦者が来てるんだよ!」

「む? ……おお! そこの女子か! よくぞ幽神霊廟へと訪れた。我は霊廟の門の守護者にして案内人のガーゴイルじゃ」

 

 石像はガーゴイルと名乗り、畏まった態度と口調でアリスに挨拶した。

 だが、アリスは冷ややかな目でガーゴイルを見ている。

 

「本当は、霊廟の挑戦者はまずこいつから説明を受けるんだよ。アリスがいる部屋はスタッフルームだから入らないでねーとか。攻略したフロアは転送で移動できるよーとか。ギブアップのときは呪文を唱えてねーとか」

「やけに親切ですね……幽神を守っているのではないのですか?」

 

 アリスが困惑気味に問いかけるが、スプリガンたちはむしろアリスの様子に疑問を持った様子だった。

 

「そりゃ守ってるけど……? あれ、もしかして幽神様に謁見に来たんじゃないの?」

「探索しろと命じられただけです。謁見できることも初めて知りました」

「はー、全然知らないんだね」

「この石像が寝ていたからじゃないですか!」

 

 アリスがガーゴイルを指さす。

 ガーゴイルはばつが悪そうに、「だって……」と反論しかけたが、アリスとスプリガンの厳しい視線を受けて黙った。

 

「ともかく、最初から説明をお願いします」

「うむ、よかろう」

 

 

 

 

 

 

 幽神とは眠れる神だ。

 

 永劫の旅の地ヴィマそのものを作りし原初の神々の一人であり、世界創造の後はヴィマを守護する役目を担っている。

 

 ヴィマが生まれたばかりの頃は、様々な異世界からの来訪者に狙われていた。新しき世界は様々な資源や可能性を豊富に蓄えており、異なる世界の邪神や悪神にとって格好の餌だった。それらの敵からヴィマを守るために、幽神は強大な力を振るった。

 

 だが、あまりにも強大過ぎた。ヴィマに襲いかかる異世界の敵をすべて倒すか退却させた後は、力を持て余してしまった。ただ息を吸って吐くだけで周囲の命を奪ってしまうほどに。それは決して、心優しい幽神の本意ではなかった。

 

 そこで幽神はヴィマに生きる種族に協力を求めて、自分を封印させた。

 

 そして自身が目覚めることがないように、眷属たちに霊廟を建てさせたのだ。

 

「……じゃが、幽神様は永遠の眠りについたわけではない。異世界の敵などいないのに復活し、幽神様ご自身がヴィマを滅ぼしてしまう可能性があるのじゃ。そこで」

 

 ガーゴイルが重々しく説明し、おほんと咳払いをする。

 

「そこで?」

「この霊廟に住む眷属を突破できるほどの存在であれば、幽神様を攻撃して魔力を減らす程度のことはできよう。さすれば目覚めのときは遠ざかり、この地に生きる者の繁栄も長引く」

「そんな事情が……」

「もし幽神さまに一撃でも傷を与えることができれば、願いは思うがままじゃ。古代の遺産をねだるも良し。永久の命を願うも良し。古代ではそれを求めて多くの強者が霊廟に挑戦したものじゃった」

 

 ガーゴイルが懐かしむように呟く。

 アリスはその説明を聞き、驚いた。

 その情報が正しいとしたら、あまりに多くの情報が抜け落ちていたからだ。

 

「私が知っているのは、『幽神とその眷属がいる。幽神がいつ目覚めるかわからない』というところまでです。他の話はまるで伝わっていませんね……」

「千年近く挑戦者は現れておらんからのう。正しく伝承として伝わらなかったのじゃろう。いや儂も暇で暇で仕方なくてずーっと寝ておったわ」

 

 ガーゴイルが、かっかと笑う。

 それを見たスプリガンがげしげしと蹴った。

 

「お前が寝てたから面倒事になったんだろ! 反省しろよ」

「いてて、すまぬすまぬ」

 

 ガーゴイルはあまり表情が変わらないため、反省はあまり感じなかった。

 

 もっとも、怒っているのはスプリガンばかりで、アリスにとってはどうでも良い。それよりも気になることが幾つかあった。

 

「質問があります。今、私がいる部屋の『鏡』はなんなんですか?」

「あれは幽神様が様々な異世界に旅立った神々と交信するためのものじゃが……開発失敗して放置しておる」

「欠陥品というわけですか。確かに人間は移動できないようですしね」

「いや、そうではない。そこは正常じゃ。疫病や呪詛、あるいはこの世界に害意を持つ者を招かないためのセーフティじゃからな」

「正常……? ならばどこが失敗作なのですか?」

「去っていった神々と連絡先の交換を忘れてしまったらしい」

 

 アホなのか?

 という呆れた顔がアリスの表情にありありと浮かんでいた。

 

「い、いや、仕方ないのじゃよ。空間と空間を繋ぐというのは神であっても難易度の高い魔法じゃ。ミスも出るわい」

 

 ガーゴイルが幽神を弁護する。

 アリスはやれやれと思いつつも、本題に戻った。

 

「ま、まあ、そこを深く掘り下げたいわけじゃありません。ただあの鏡はこれからも使わせて欲しいんです。お願いします」

「いやぁ、頼まれても儂のものでもないし、そもそも廃棄されたものじゃからのう……。とはいえ幽神様はずっと眠っておられるし、仮に目覚めることがあっても慈悲深い神じゃ。あれを利用して悪神や邪神を引き入れたら怒られるじゃろうが、そうでなければ問題はなかろう」

「なるほど、幽神様はお優しいんですね」

「もっとも、完全に覚醒した幽神様はあまりにも強力すぎて普通の人間など視線が合うだけで死に至るのじゃが」

「あー、うん、とりあえず使わせてもらいます」

 

 アリスがほっと安心したところで、スプリガンが口を挟んだ。

 

「ていうかあんた、どーして幽神霊廟を探索してるの? 外じゃこの霊廟のことは忘れ去られてるんでしょ。願いを叶えて欲しくてきたわけでもなさそうだし」

「確かにそれも不思議じゃの」

「それは……」

 

 アリスは、はっきりと説明するべきか迷った。

 あまり語りたいことではないが、アリスは誠に洗いざらいぶちまけて心の整理が付いていた。

 

「わかりました、話しましょう」

 

 そしてアリスは、自分の身に起きたこと、そして誠と出会ったことの説明を始めた。

 

 

 

 



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 アリスがスプリガンに連れられて『鏡』の前から去り、1時間ほど経った。

 誠は『鏡』の前でアリスを待ち続けている。

 

「大丈夫かな? うーん……」

「最後の方はすごい勢いで巨人を倒してたし、大丈夫じゃないかい?」

 

 誠は落ち着きなく、あれこれと悩んでいる。

 翔子も同様に心配していたが、誠を見て逆に冷静になっていた。

 

「しっかし、動画の方も凄いことになってるね。やばいよこりゃ」

「SNSでも拡散されてるみたいだ。完全にバズった」

 

 まだアカウントを作っていないSNSに偽物アカウントが出始めた。早く公式アカウントを作って動画チャンネルのプロフィール欄にリンクを貼る必要がある。誠は、バズったことで新たに発生したタスクを自分のメモ帳に書き込んでいく。

 

 だが誠はとりとめもなく書かれたメモを破り捨てた。頭がまとまらない。誠にとって最優先タスクは、アリスの安全の確認であった。

 

「はぁ……」

「誠。まずは無事を信じるしかないじゃないか。あたしらがじたばたしても仕方ない」

「翔子姉さん……」

「その上で、アリスちゃんが戻ってきたときに一番必要なことを考えな。あんたが動揺してたら、戻ってきたアリスだって不安に思うだろ?」

「……そうか、そうだな」

 

 確かにその通りだ、と誠は納得する。

 そして自分がなにをすべきかを考えたときに、「そういえばお腹が空いたな」と思い始めた。

 それはきっと、アリスも同じはずだと誠は気付く。

 

「よし」

「……あれ? ええと、なにするんだい?」

 

 立ち上がって厨房に向かう誠に、翔子が声を掛ける。

 

「初の生配信祝いと、フォロワー5万人超え記念に料理でも作ろうかと。あ、もちろん翔子姉さんの分も用意するから」

「あたしの分はいらないよ。まだ自粛中さ」

「あー、まだ会食ダメだったか」

「四人以上の飲み会は禁止してるんだよ……パーっとやりたいもんだけどねぇ」

 

 やれやれと翔子が肩をすくめた。

 

「まったくだなぁ……。テイクアウトはたっぷり作るから、それで許してくれ」

「そうさせてもらうよ。さて、それじゃあたしはジュースとかソフトドリンク買ってくるかね」

「頼む、翔子姉さん」

 

 そう言って翔子は立ち上がり、颯爽と買い物にでかけていった。

 

 

 

 

 

 

 そして更に1時間ほど過ぎたあたりで、アリスたちが『鏡』の前に戻ってきた。

 

「あら、いい香りですね?」

「おかえり。待ってたよ」

 

 翔子は買い物を終えて、テーブルを出したり食事の準備をしていた。

 台所の方からはぐつぐつと何かを煮込む音が聞こえてくる。

 

「マコトがなにか作ってるんですか?」

「お祝いだよ。フォロワーがうなぎ登りだからね。さっきは1万人程度だったけど、5万人突破記念になったところさ」

「ご、5万!?」

 

 アリスが狼狽し、それを翔子が微笑ましく眺めていた。

 

「あれだけ大騒ぎしたんだから驚くほどじゃないよ。ほら」

 

 翔子がアリスにタブレットを渡す。

 タブレットの画面には、『聖女アリスの生配信』のホーム画面が表示されている。最新の動画は、生配信の録画版だ。振り返り視聴ができるように設定していたのだった。

 

「動画再生数8万、チャンネルフォロワー数、ごっ、ごまんよんせん……?」

「ああ。応援コメントも読み切れないくらい入ってるよ」

「そうか、なるほど……そういうことでしたか……」

 

 アリスの聖女としての力。

 それは、自分に送られた応援や祈りを自分の力に変換するものだ。

 動画を通して力を得られたことに、アリスは奇妙な感動を覚えていた。

 

「むっ、疑ってる人もいますね。まったく失礼な」

 

 純粋な応援のコメントが多いが「特撮だろ」、「映画のプロモ?」、「この人たちどの劇団にいるの?」などなど、アリスの素性や動画そのものを疑うコメントが多い。そもそも、動画自体を面白がってるだけの人間も多い。切実に世界の救済を願う人ばかりの自分の故郷とは全然違う。

 

 それでもアリスは、満足していた。

 

「まったく、気楽な人ばかりですけど……気楽に生きていける世界は、よいものですね」

「ならよかった。ところで……なんか変なのが増えてるんだけど」

 

 翔子がちらりとアリスの後ろを見る。

 そこには、一人と一匹の姿があった。

 

「うっ……うっ……ひどい……こんなのあんまりだぁ」

「なんとむごいことを……これだから人間の国は信用できんわい……! ぐすっ」

 

 スプリガンと、ガーゴイルだ。

 どちらも、ぐしぐしと泣きべそをかいていた。

 

「……どうしたんだい、これ?」

「はぁ……私がここに来た経緯を話したらこんな風になってしまって」

「涙もろいんだねぇ。しかもなんか一匹増えてるし」

「だって、だって、ひどいじゃないのさ!」

 

 スプリガンが気勢を上げるが、アリスは肩をすくめただけだった。

 

「同情してくれるのはありがたいんですが、もう私の中では済んだことです。それより、この『鏡』使わせてもらうということでよいですね?」

「うんうん! 幽神様が目覚めてもきっと納得してくれるよ!」

「そうじゃそうじゃ!」

 

 スプリガンとガーゴイルが激しく首を縦に振った。

 

「目覚められても困りますけど……ともあれ、ありがとうございます」

「あたしたちにできることならなんでも言って! 霊廟攻略のルールに反しないことなら、幾らでも協力してあげるわ!」

「だ、そうです」

 

 アリスが困ったように翔子の方を見た。

 

「とりあえず……部屋の片付けをしたらどうだい? それまでには準備もできるだろうし」

「準備?」

「誠がなんか作ってるだろ。そういうことさ」

 

 丁度そのあたりで、厨房から食欲を誘う匂いが漂ってきた。

 アリスはその香しさに顔を綻ばせる。

 

「そういうことなら準備しなきゃですね。スプリガン、鎧はどこか壁にでも立てかけてください。片付け始めますよ!」

「りょうかーい」

 

 そして倒れた家具を脇に寄せたり埃を払ったりする内に、パーティーの用意も整っていった。

 

 

 

 



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フォロワー数 54,851人  累計good評価 158,335pt

 

 

 

「えー、そういうわけで、『聖女アリスの生配信』、初の生配信の成功、フォロワー5万人突破、それと撮影スタッフメンバーの増員、諸々を祝って、乾杯」

 

 誠がビアグラスを掲げると、全員がそれにならって手元のグラスを掲げた。

 

「「「「かんぱーい!」」」」

 

 誠の部屋の方には、誠と翔子が。

 アリスの部屋の方には、スプリガン、アリス、ガーゴイルが並んで座っている。

 

 そして鏡を貫通するようにテーブルが置かれ、様々な料理が並べられていた。

 今日はイタリア料理風のラインナップだ。

 

 メインはピザとアクアパッツァだ。焼いたチーズとトマトの香りや、アサリの出汁の魚介の香りが複雑に絡み合い、全員の食欲を刺激している。

 

 他にも大皿に盛られたサラダや肉料理、そして酒を中心とした飲み物などなどが所狭しと並べられていた。

 

「ほほーう、これが異世界の酒か」

「……ガーゴイルは食事できるんですか?」

 

 石像の体のガーゴイルが何の頓着もなくビールを飲んでいるのを見て、アリスが呟く。

 

「眷属で食事できないものはおらんぞ。まあ食事しなければ生きていけない者もおらんのだが」

「便利なものですね」

「そのかわり役目には縛られるぞ? 今まで暇で暇で仕方なかったわい」

「それは流石に想像もつきませんが……」

「まあまあ、そんなことよりさぁ! 面白い世界と繋がったじゃない! 他の世界はつまんないところばっかでさぁ。年がら年中戦争しかしてないところとか、人間みたいに喋れる生命体がいないところとか。そんなのばっかし!」

 

 スプリガンが大きなジョッキで酒を飲み干したと思うと機関銃のように喋り始めた。

 アリスが呆れて肩をすくめる。

 

「まったく、武人みたいな佇まいをしてると思ったら、中身の性格も全然違うじゃないですか」

「ほら、アリスも食べなよ」

 

 誠が料理をよそってアリスに渡した。

 

「これがアクアパッツァですか。鯖の味噌煮とも違いますね」

「まあ食べてごらんよ」

 

 アクアパッツァとは、魚介をトマトで煮込んだ料理の総称だ。今、誠が作ったものはアサリを白ワインで蒸して出汁をとり、そこにミニトマトと小鯛を入れて炒め煮にしたオーソドックスなレシピだ。

 

「……!」

 

 アリスが無言になった。

 そして、一心不乱に食べている。

 

「感想は聞くまでもなさそうだな」

「昔を思い出すねぇ。さて、乾杯もしたし帰るよ。会社的には4人以上の飲み会禁止にしてるしね」

「む、帰るのか? そういえばそこのシェフも食っとらんようだし、腹でも壊したのか?」

 

 ガーゴイルが不思議そうに尋ねる。

 

「それが、こっちは疫病が流行ってて色々と差し障りがあるんだ」

「疫病じゃと? 穏やかじゃないのう」

「コロナって言ってな……」

 

 そこで誠が、コロナが蔓延してることや飲み会・会食が制限されていることなどをかいつまんで説明した。

 

「そらまた大変じゃのう。じゃがそっちは実質二人の宴会だろうし問題ないと思うがの」

「実質二人? どういうことだい?」

 

 翔子が、意図が掴めず聞き返した。

 

「おぬしらがこちらへの感染を心配する必要はない、ということじゃ。鏡がフィルターとなって歯止めが掛かるからの」

「……それ、本当かい? 食べ物や服は問題なく行き来できて病気だけは大丈夫ってのも信用しにくいんだけど……」

 

 翔子の疑いの目に、ガーゴイルがふふんと自慢気に鼻を鳴らした。

 

「過去に幽神様が戦った異界の神々の中には、猛毒や病魔の権能を持つ者もおった。じゃが幽神様は偉大なる『死』を司る神。数千万種類の感染症の原因となるウイルスや菌、あるいは異常タンパク質のように生命と言うには微妙なものなど数万種すべてに死を与えて封殺した。この『鏡』のように転送機能を持つ魔道具には基本的に幽神様の力を与えられておるから何の問題もない」

 

 えっ、という声が誠と翔子から漏れた。

 

「あー、そういうことなら……食べようか。ご近所の親戚二人なら会食には当たらないし」

「……なんかズルしてるみたいで悪いけど、それならご相伴に預かるかねぇ」

 

 やはり内心参加したかったのか、誠と翔子は嬉しそうに席に座り直して料理を食べ始めた。

 

「……なら、人間も行き来できていいんじゃないですか?」

 

 アリスが、小声でガーゴイルに尋ねた。

 ガーゴイルも空気を読んでか、小声で返す。

 

「それはまた別問題じゃ。防疫ではなく防衛の話になるからの。異世界からの侵略者を迂闊に招くことにも繋がりかねん。こればかりは幽神様がお決めになられたこと、儂には逆らえぬわい」

「そうですか……」

 

 アリスがガーゴイルの答えに内心落胆を覚えた。

 だがそのとき、翔子と誠の会話が耳に入った。

 

「やっぱりテイクアウトも悪くないけど、こうして作りたてを食べるのが美味しいねえ」

「まあ親父ほどの腕じゃないけど、そう言ってくれると嬉しい。翔子姉さんもけっこう来てくれたもんなぁ」

 

 その言葉に、アリスがぴくりと反応した。

 誠はアリスに、自分の両親のことを話す機会はあまりなかった。

 ついついアリスは口を挟んだ。

 

「料理の腕前は父上譲り、ということですか?」

「まあちょっと事故で他界しちゃったけど、夫婦でレストランやってたんだよね」

「さぞかし、腕の立つ料理人だったんでしょうね」

「ああ。子供の頃から教わったおかげでこうして仕事もできてる。親から教えてもらった料理でバズったし、親父様々だよ」

「そういえば、マコトは動画を作らなくて大丈夫なんですか?」

「作ってるぞ。アリスの」

「自分のチャンネルを持ってるんですよね? 私にかかりきりではまずいのでは」

「いや、俺はこのままアリスのサポートに回った方がよさそうだ。見てくれ」

 

 誠がタブレットを操作する。

 それをアリスに見せると、アリスは絶句した。

 

「こ、これは……」

「すごいだろ?」

 

 誠が見せたのは動画のチャンネルではなく、まったく別のSNSのトップページだ。

 アリスの名前が流行ワードとなっており、そこから話題を拾い上げると様々な感想や議論がざくざく湧いて出てくる。口論やレスバトルに発展しているのも珍しくない。

 

「次の動画を早く出さないと炎上しそうな勢いで質問が殺到してるんだ」

「……凄いことになってますね……。なにかコメント返しして説明した方がいいでしょうか……?」

「無事を報告するだけでいいよ。詳しい説明は動画として投稿しよう。ついでにスプリガンにも出てもらって」

「あ、それはいいですね」

 

 誠とアリスが、スプリガンを見る。

 スプリガンは話に気付かず料理を堪能していた。

 

「ほへ? なに?」

「あなたも撮るチューバーになってお手伝いしなさい」

「とるちゅーばー? よくわかんないけどいいよ?」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、あたしはそろそろ帰るよ。おつかれさん」

「儂らもそろそろお暇するかの」

「まったねー」

 

 宴もたけなわになり、アリスと誠以外の全員がそれぞれ帰途についた。

 テーブルの上の料理も片付けられ、お冷を飲むためのグラスがあるだけだ。

 

「では、そろそろ私たちも寝ましょうか」

「……の前に、1杯だけ付き合ってくれないか?」

 

 アリスが引き上げようとすると、誠がそれを押し留めた。

 

「1杯? 構いませんが……」

「ちょっと面白いものを見つけて買っておいたんだ」

 

 そう言って誠が取り出したのは、金色の酒が入った瓶であった。

 アリスは一瞬ビールかと思ったが、見たところ透明感がビールよりも強い。

 ラベルには可愛らしい蜂が飛んでいる絵が描かれている。

 

蜂蜜酒(ミード)だ」

「えっ、これが……!?」

「そっちの世界のものとは味わいが違うかもしれないけどな。どう?」

 

 アリスは、静かにこくりと頷いた。

 誠は瓶を開栓し、グラスに注いでアリスに渡す。

 

「じゃ、乾杯」

 

 鏡越しにグラスとグラスを合わせて鳴らす。

 一口飲むと、アリスは顔をほころばせた。

 

「これは……甘いですね……!?」

「酸味抑えめの白ワインって感じだな……しまった、これにあう肴を作っておけばよかった」

「いいですよ。これだけで十分美味しいです」

 

 アリスはうっとりとした顔で蜂蜜酒を味わう。

 

「そっかぁ……これが蜂蜜酒(ミード)なんですね……。みんなが夢中になる理由もよくわかりました」

「そっか」

「願いが叶いました」

「うん」

 

 アリスが頬を赤らめて微笑み、誠はそれを満足そうに眺めた。

 

「マコト。私、ひとつ目標ができたんです」

「目標?」

「この、幽神霊廟の最下層を目指そうと思います」

「ああ、幽神さまに会えたら願い事が叶うんだっけ。……ってことは、なにか他に願い事が?」

「はい」

「どんな願い事を?」

「それは秘密です」

「ずるいな。教えてくれよ」

「ダメです、秘密です。それよりもっと楽しみましょう」

 

 アリスはすぐに一杯目を飲み干し、おかわりを求めた。

 そして瓶の口が鏡を通ってアリスのいる世界に来た瞬間、瓶ごと手にとった。

 

「マコトも、もっと飲んでください。私が祝われるばっかりではおかしいでしょう? 私とあなたでチャンネルの運営をしてるんですから、マコトも祝われる側です」

 

 アリスが誠に、グラスを出すよう促した。

 

「あんまり酒は強くないんだけどな。ま、いいか、今日くらい」

「そうですそうです」

 

 アリスは意外と、人に酒を飲ませるのが得意だった。

 

 戦勝の酒宴に出た回数も多く、自分は酔わずに人を酔わせる流れを作るのはお手の物だ。以前、誠と飲んだときはメンタルがぐずぐずだったことに加えて、初めて味わうラガービールにうっかり感動して不覚にも自分自身が酔い潰れてしまったが。

 

 ともあれ、誠は上手くアリスの手のひらで踊らされ何杯も蜂蜜酒を飲んでしまった。

 蜂蜜酒は飲みやすい割に度数が高く、ワインより強いものも珍しくはない。

 気付けば誠はテーブルでうたた寝をしていた。

 

「本当は、秘密にするほどのお願いでもないんですけどね。私の願いは以前話したときと変わっていませんから。……ガーゴイルの話が正しければ、幽神様に謁見してお願いする余地は十分にありそうですし」

 

 アリスは部屋の毛布を手に取り、自分用に買ってもらったマジックハンドを駆使して器用に誠にかぶせた。

 

「おやすみなさい。また明日もよろしくおねがいします」

 

 

 

 



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◆幽神霊廟について、私、聖女アリスの口から説明したいと思います

 

 

 

 はい、そういうわけで、この霊廟の歩き方のチュートリアルを改めて始めようと思います。

 

 いや、わかります、みなさんの聞きたいことは。

 

 昨日のアレは何だったのか、ということですね?

 

 なんで私の部屋で暴れたのか。

 

 アレの正体は何なのか。

 

 その答えを得るためには、そもそも幽神霊廟というものが何なのかを改めて説明しなければなりません。

 

 と、いうわけで、幽神霊廟の入り口に移動しましょう。

 

 ……はい、移動しました。

 

 いや、外から見るとほんとデカいですね。

 

 で、入り口のすぐ側に石像がありますね?

 

 鳥人間みたいなやつ。

 

 私の世界ではガーゴイルって呼んでいます。

 

 城とか迷宮によくありますよね、

 

 なんだか地球にもあるみたいですね、ビックリです。

 

 今までの私はここでイベント回収忘れて突っ込んでしまったんですね。

 

 というわけで、ガーゴイルさん。

 

「わ、儂が、ここの守護精霊の、が、ガーゴイルじゃ」

 

 表情硬いですねー、はいリラックスリラックス。

 

「おぬしこそキャラ違くない?」

 

 あの、そういうのやめてください。カメラ回ってますんで。

 

「すまんすまん」

 

 えー、彼がここの門番だそうです。

 

 本来ならばこのガーゴイルさんに色々と説明を聞いた上で幽神霊廟《ゆうしんれいびょう》を探索するらしいのですが、いやあ、すっ飛ばしちゃいましたね。すみません私、マニュアル読まずにゲームするタイプなんです。

 

「……勇敢な人間の戦士よ。よくぞ幽神霊廟へ参った。もしおぬしが10階層毎に現れる守護神を倒して最下層の地下100層に辿り着いたとき、褒美は思いのままじゃ」

 

 はい、ありがとうございまーす。そういうわけで、ここを攻略すると幽神様に謁見できるらしいです。わー、ぱちぱち。

 

「軽いのー」

 

 話が壮大すぎてティンと来ないんですよ。

 ま、ともかく地下10階層までサクサク潜ってみましょうか。

 

「え、儂の出番これだけ?」

 

 あ、はい。

 

 なにかやります? 場面終了のアイキャッチな挨拶とかジャンケンとか。

 

「自然な流れで定番アイキャッチができるならともかく、無理矢理な流れでやっても寒いだけじゃないかのう。それになんかパクリっぽいし」

 

 たまにツッコミ鋭いですねあなた。

 

 それじゃあ移動しまーす。ありがとうございましたー。

 

「雑じゃのー。なんか儂がもうちょい格好良くバえる企画考えておいてくれ」

 

 はーい、なんか思いついたらがんばります。

 

 さて、地下1階層から5階層までは、地表階と同じ石造りの迷宮ですね。

 代わり映えしないんで飛ばしましょう。

 

 次の地下6階層から10階層は、森と平原が組み合わさった広大な場所ですね。

 

 住環境が良いのか、野良犬とか野良狼とか野良竜とか住んでいますね。

 

 以前探索したときの竜退治の動画もあるので、未見の方はそちらもどうぞ。

 

「ギャワー!?」

「グワッ! グワッ!」

「はよせな」

 

 ……ええと、ドラゴンが私の姿を確認した途端に猛スピードで飛び去っていきました。

 

 こないだ戦っていたのが他のドラゴンにも見られてたのかもしれませんね。

 

 他の魔物も近付く様子がありません。

 

 以前ここを探索したときと比べて明らかにエンカウント率が下がってます。

 

 みなさんの応援のおかげで魔力がめちゃめちゃ高まってますし、そのあたり感知されてる気もします。

 

 せっかくできあがった聖剣ピザカッターも、スプリガン戦以来使いどころがないですね。

 

 あ、剣の名前は仮称です。ピザを切る刃物メーカーにお願いしたのでそんな名前にしてるだけです。アイディアがある人はぜひぜひコメント欄に書き込んでくださいね。

 

 ともかく、だいたいこんな感じの光景が続きますから10階まで飛ばしましょう!

 

 はい、ジャンプ!

 

 

 

 

 

 ……はい! ここが10階ですね。

 

「ねえ、いまなんでジャンプしたの?」

 

 ジャンプして場面転換して着地するやつ、やりたかったんです。

 

「ふーん、まあいいや。戦士よ、よくぞ我が守護する10層まで来たな。ほめてやるー」

 

 もうちょっとやる気ある感じでやりませんか?

 

 鎧も脱いでますし。

 

 あれ意外と評判いいんですよ。

 

「いや、アリスがめちゃめちゃ壊しちゃったじゃん」

 

 ……そうでしたね。

 

 腕とか千切れたりひしゃげたりしてましたし。

 

「オーバーホール中だよ」

 

 予備とかないんですか?

 

「あるけど、ケンカするのもたまにでいいよたまにで。50年に1回くらい」

 

 長命種特有のウエメセ時間感覚ですね。

 

「そお? それよりゲーム実況しようよ、ゲーム実況。アリスは壺少年やらないの?」

 

 えー、知らない視聴者様に説明しますね。壺少年とは、壺に入った少年をマウス操作で移動させて、少年が囚われていた謎の研究所から脱出させるゲームです。私あれ苦手なんですよね。

 

 あとFPSとかTPSとか、マウスぐりぐり視点移動させて戦うゲームもだいたい苦手です。

 

「じゃあなにが得意なのさ」

 

 いやゲームとかまだよくわかってませんよ。

 あなたが一週間くらいで馴染みすぎなんです。

 

「えー、そうかなー? ともかくゲームやろうよゲーム。欲しい物リスト作ってもらったら送ってくれた視聴者さんいるんだよね。勝ったら先進んでいいからさ」

 

 ですからなんで私より馴染んでるんですか!?

 

 ていうか私、あなたに勝ちましたよね?

 

「あー、勝ったってことでいいのかな? でもよく考えたら僕の守ってる10階層を突破したとも言いにくくない?」

 

 じゃあ今からゴッ倒すので構えてください。

 

「ボク、マルゴシ。ブキ、モッテナイ。オソイカカルノ、ヒキョウ。オーケー?」

 

 なんで片言なんですか。

 

 まあ確かにフェアじゃないかもしれませんが……かといってゲームもフェアではないでしょう。私だって不得意なんですから。

 

「じゃあこうしようよ。多人数プレイするゲームで、視聴者も参加できるようにしよ。それで視聴者は好きな方に味方するとか」

 

 いや、ここWIFI届かないから無理じゃないですか?

 

「あ、大丈夫。鏡の向こうから来る電波くらいなら拾えるからここでも通信できるよ。もともとここは1層にワープできるんだもん。人間ワープさせるより遥かにラクショー。録画撮影だけじゃなくてここで生配信もできると思うよ」

 

 えっ、知らなかったんですけど。

 

「僕、アリスのサブチャンネル担当するから今のうちにゲーム実況配信のやり方とか覚えておきたいんだよね。いいでしょー?」

 

 そういうことならいいですよ。

 ただ、今回は解説動画なんで別枠でやりましょう。

 

「はーい」

 

 というわけで、次回の迷宮探索動画もお楽しみに!

 スプリガンは一体どんなゲームを提案するのか!

 そして次なる11層から20層では一体なにが待ち受けているのか!

 まだまだ未知の部分は多く、これからもアリスは頑張って探索してきたいと思います!

 

 いかがでしたか?

 

「あ、次は氷河の世界だね。氷の足場をジャンプして移動する感じ。海に落ちると凍死しちゃうから気をつけてね。ボスは氷属性の亀だから火とか熱に弱いよ」

 

 いやここで唐突なネタバレやめてくださいよ。

 

 こほん! ともかく、チャンネルフォローとgood評価もお願いしまーす!

 まったねー!

 

 

 

 

 

 

「……どうしてこれでアクセス数が稼げるんでしょうね?」

 

 アリスが画面を見ながらなんとも微妙な顔をした。

 

 生配信トラブルから一週間が過ぎて、チャンネル登録者数は順調に伸びている。

 

 当初はファンタジーやオタク向けコンテンツが好きな人に対してバズっており、初日のフォロワー増加は5万人ほどであった。

 

 しかしこの一週間で、オタククラスタの外にも『聖女アリスの生配信』の異常性が認知され始めた。作り物とは思えない幽霊やドラゴン、水晶のような蜘蛛は、生き物・ペット系動画を見る人々にも大きな驚きを与えた。

 

 また、建築関係が好きな人にも幽神霊廟の異常さが伝わった。地球上にはあんな建築物はなく、あの大きな天井を支える柱の材質はなんなのか、どういう重機や工法に頼ればあんな無茶な建物を作れるのか、どうして地下に入った瞬間に別世界になるのか……などなど、終わりのない議論を続けている。

 

 あるいは気象・天文などの専門家も疑問を投げかけた。地球から見える星空とはまったく違う星が見えることや、雲の流れが地球とは微妙に異なっているなど、各方面から「この動画なんかおかしい」という疑問がどんどん投げかけられており、検証まとめサイトが出来上がりつつあった。ついでに言えば『アリスの婚約者ってどこの誰やねん特定班』のトピックも熱く盛り上がっている。

 

 だがもっとも視聴者に受けたのは、アリスの素の性格であった。

 

「アリスが絶叫して蜘蛛を倒してるシーンが一番コメント多いんだよなぁ」

 

 誠がぽつりと呟いた。

 

 視聴者たちはなぜかアリスの悪態や罵声を大変高く評価していた。

 動画内でアリスが大絶叫する度に高評価やハイテンションなコメントが書き込まれる。

 これこそがアリスのチャンネルの個性だと言わざるを得なかった。

 

「ですからそれがわかんないんですけど!? 普通、ここまで口が悪い女の子ってドン引きませんか!?」

「自分でそれを言っちゃうのもどうかと思うけど……」

「それはわかってますけどぉ!」

「まあまあ落ち着いて。お茶でも飲んで」

 

 アリスが、誠に出された麦茶を飲んで深呼吸した。

 

「と、ともかく、更に追加で2万フォロワーを獲得したのは素晴らしいことだとは思います、はい……」

「う、うん」

 

 ちらっと誠はチャンネルフォロワーの数を見ると、78,825人の登録者がいた。

 

「でも、もうちょっと落ち着いた動画も撮りませんかぁ……?」

「そ、そうしよう」

 

 アリスの涙ながらの訴えに誠は素直に頷いた。

 

 だがそもそも、アリスは撮影モードに入るとやたらとハイテンションな性格になってしまう。本人曰く「緊張しすぎて、自分でもなにを言ってるのかよくわからないトランス状態になってしまいます」とのことで、本人が自覚的にその性格を抑えないとどうにもならない問題であった。

 

「ともかく、これで収益化には問題ない程度にチャンネルフォロワーも再生時間も稼げそうだ。広告案件も来るかもしれないし、がんばろう」

「ハッ、そ、そうでした……。私もこの世界でお金が稼げるんですね……!」

「ああ、そうだ。最初の月は微々たる額だろうけど、このペースで動画を投稿していけば収益アップは間違いないよ。頑張ろう」

「ハイ!」

 

 アリスは元気よく頷く。

 だが、喜んだ顔が少し曇った。

 

「……となると、私はこのキャラ付けを続けたほうがいい……?」

「そこはまた後で考えよう」

 

 だが、アリスはこのとき気付いていなかった。視聴者が勝手に動画を切り貼りして「アリス絶叫場面集」と題し動画撮るンやSNSに投稿し、これがまたバズってしまうことに。

 

 そしてアリスの悪態そのものに「ファッキンエヴァーンしぐさ」「エヴァーンクソマナー講座」などという謎のあだ名が付いて更なる人気が出て、ますますアリスのチャンネルフォロワーは増えていくのであった。

 

 

 

 



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フォロワー数 108,859人  累計good評価 593,264pt

 

 

 

 現状、アリスと誠は1日に1本の動画を投稿している。

 

 ときどき20分程度のそれなりに見応えのある動画を作りつつ、普段は5分程度の動画を投稿する、というペースだ。

 

 5分と言えども撮影や編集の手間はそれなりに忙しく、誠は店のオープン時間を短くして動画の制作に当たっていた。そろそろ手一杯になりそうになってきた頃に、「んじゃボクが手伝おうか?」とスプリガンが手を挙げた。

 

 スプリガンはパソコンやタブレットをいじっているうちに、なんとなく操作方法を覚えたようだった。流石にアリスはそこまでの順応性はないようで、ぐぬぬ顔をしつつもありがたく手助けしてもらっていた。

 

 こうして動画制作の流れができつつあった。企画はアリス、誠、スプリガンで相談し、翔子とガーゴイルが企画に必要な技術提供をする。そして大雑把な動画の切り貼りはスプリガンが担当。文字やキャプションを入れるのはアリスが誠に教わりながらなんとかこなし、最終チェック、動画サムネ制作や投稿作業は誠が担当する……という分担だ。こうして動画の毎日投稿と誠のレストランのランチ営業が両立していた。

 

「決算報告をしよう」

 

 撮りためた動画がたまってきたので、今日は全員オフだ。

 アリスと誠だけが『鏡』の前で寛いでいた。

 そんな休みの最中の突然の誠の言葉に、アリスは曖昧に頷いた。

 

「は、はぁ」

「まず、収益化申請は簡単に通った。来月から広告収益が入金される」

「えっ! 本当ですか!?」

「で、来月の入金額がこちら」

 

 誠は、A4サイズの紙をアリスに渡した。

 そこには一ヶ月分の動画の再生時間や発生した報酬金額が書かれている。

 

「えーと……562円、ですか……」

「うん」

「うそ……私の動画広告収益、これだけ……?」

「うん」

 

 アリスは、自分の口を抑えて目を見開いて驚いていた。

 だがすぐに真剣な顔つきとなり、しずしずと正座して頭を下げた。

 

「マコト。本当にお世話になりました。一ヶ月分で一宿一飯の対価にもならないのでは恩を返すなど夢のまた夢。このままおめおめと生き続けることはできません。せめて一太刀、幽神に浴びせて華々しく散ってアクセス数を稼ごうかと……」

「いや待って待って! ちょうど収益化したタイミングと料金計算のタイミングが被っちゃったから、実質動画投稿して30分くらいしか反映されてないだけだ!」

「え?」

「あと決死の特攻とか動画アップしたらセンシティブ判定されて収益化取り消しされると思う。ていうか現状でもかなりギリギリのラインだと思う」

「あ、はい」

「いいかアリス。これから投稿する動画の再生時間全部がカウントされる。だから来月は10倍や20倍どころじゃないよ」

「具体的には、おいくらくらい?」

「この再生数の伸び率を考えたら……来月は20万は手堅いんじゃないかな。もちろん動画投稿をコンスタントに続ければ、の話だけど。再来月はそこから更に2倍3倍になる可能性だってある」

「……本当に?」

「本当に」

 

 アリスはようやく正気を取り戻し、誠から渡された資料を冷静に眺めた。

 

 そこに記載されている数字は確かに、誠の言うことを裏付けているものであった。アクセス数がどれくらいのものか。動画の再生時間の合計や平均。そして一つの動画でどれくらいの報酬が発生しているか。どのデータも右肩上がりで推移している。間違いなく収益は伸びるとアリスも納得せざるをえなかった。

 

「誠さん」

「どうした、アリス?」

「562円で注文できるレストランのメニューはなんですか?」

「んん? そうだな……。ソフトドリンク、グラスワイン、フライ盛り合わせとか……」

「ではフライ盛り合わせを所望します、シェフ」

 

 誠はきょとんとした顔をしていたが、すぐにアリスの意を組んでにこやかに微笑んだ。

 

「少々お待ちを。お客様」

「フォークは二つお願いしますね」

「ちなみに今はハッピーアワーで、グラスワイン無料となっております」

「ではそれも!」

 

 こうして、アリスと誠はささやかに収益化を祝った。

 

 ちなみに現時点での報酬額562円は実のところ「暫定的な金額」でしかない。広告主が最終的に決定する金額とは微妙なズレが起きてフライ盛り合わせの単価以下の515円になってしまい、二人は入金通知を見て苦笑するのであった。

 

 

 

 

 

 

 アリスの動画配信ちゃんねるはますますSNSやニュースに周知されて収益化も決まり、勢いに乗って動画をどんどん投稿した。だが、何故かフォロワーの伸びは鈍化していった。

 

 7万人から10万人にいくまで2、3日ほどしかかからなかったが、そこから1日あたり1,000人程度しか増加しなくなってしまった。

 

「うーん、現時点で悪い状態ではありませんけど、なんででしょうね?」

 

 アリスは、皿に盛られたフライドポテトや海老のフリットを割り箸で食べながらタブレットを眺めていた。誠や翔子、そしてスプリガンとガーゴイルも寛ぎながら各々の端末の画面を眺めている。

 

 皆が見ているのは、なろチューブのアクセス解析の画面だ。動画ごとのアクセスの内訳や、アクセスの多い時間帯、そしてフォロワー数の変化などが表示されている。

 

「それは確かに俺も思っていた。まあ原因はなんとなくわかるけど。あ、スパイス塩かけると美味しいよ」

 

 誠が出した小皿には、赤々とした粉末が盛られていた。これは塩と香辛料……カレーに使われるクミンやカイエンペッパーなどなどの粉末を独自の調合で混ぜ合わせたスパイス塩だ。

 

 アリスは、海老のフリットをスパイス塩とマヨネーズをつけて食べると嬉しそうに顔をほころばせた。

 

「あ、これ止まらないやつですね……。って、いやいや、ダメです。このままだとお酒が入ってぐだぐだになります。こないだもそんな感じだったじゃないですか」

「そうだそうだー。だから僕にちょうだい」

「全部上げるわけないでしょう!」

 

 スプリガンが皿ごと持っていこうとしてアリスに止められている。

 

 ときどきスプリガンやガーゴイルが遊びに来るので、誠はその度にお菓子や料理などをあげつつ雑談に興じたり、動画撮影に誘ったりしていた。中でもスプリガンは地球のゲームや動画、アニメなどに興味を示し、乾いたスポンジのごとく地球の知識を吸い込んでいる。

 

「ともかく、動画視聴者に不満みたいなものは貯まってるとは思う」

「ああ、それは確かに……」

 

 動画のコメント欄には様々な質問が投稿されていた。

 

 それに対して誠とアリスは新たな動画で質問に対して答えを出しているが、その内容に満足していない視聴者が多いのだ。「アリスの住む世界はどんな世界で、どこにあるのか」が根本的な視聴者の疑問だが、一言で答える術がない。

 

「どうしましょうね……?」

「まずいのは『一切答えません』というスタンスを継続することかな。これだといつか飽きられちゃうと思う」

「ええっ、ど、どうしましょう……!?」

 

 アリスが血相を変えて叫ぶが、誠がどうどうと宥めた。

 

「俺たちはなにも、秘密にしたくて秘密にしてるんじゃないってことを知ってもらう必要がある」

「しかし、私たちの能力ではそちらの世界の学者先生を納得させるほどの調査ができるかどうか……」

「確かにそれはある。だから、できる範囲でやっていこう。例えばこれとか」

「あ、なるほど」

 

 アリスは、誠に示された動画のコメントの一つに注目した。

 

「……『そちらの空気や砂が欲しい』はできそうですね」

「ああ。しかもこれ、大学勤めの学者さんだ。学識の高い人の要望は具体的だし、これを企画として採用するなら他の人も納得する。他にも、俺たちでできそうな調査は色々ある」

「これなんかどうだい? 『霊廟の全体像を撮影して欲しい』とか。ついでに色んな角度から写真を取って、それをもとに3Dモデル作ってみようよ。そうすれば霊廟全体の大きさもざっくり把握できるよ」

 

 翔子が言うと、スプリガンが食いついてきた。

 

「え、マジで! それ見たいなー! それじゃ僕の鎧とかも3Dで作れるの!?」

「流石に細かすぎる形状のものは写真取ってハイおしまいってわけにはいかないだろうけど、プロに素材渡してお願いすればできるんじゃないかい?」

「いいなーそれ。ボクそれ使ってVtuberやりたい」

「いや、そのまま鎧を着て配信すればいいじゃないですか」

 

 呆れ気味にアリスがツッコミを入れるが、スプリガンはまるで聞いていなかった。

 アリスは溜め息を付きつつ、ふと疑問を口にした。

 

「でも、霊廟の全体像とか、こちらの土とか、そんなに気になるものでしょうか? そちらの世界のドラマとかスポーツ、グルメなどより熱くなってる人が多そうで、ちょっとびっくりしますね」

 

 アリスは首をひねった。

 コメント欄の質問の怒濤の勢いに、ちょっと引いている。

 

「やっぱり、未知の世界があるってのは夢があるからなぁ。それにみんな、遠出とか旅とかを我慢してるからね」

「あ、そうか。疫病が流行ってるわけですしね……。そういうことならば、地球のみなさんのかわりに冒険するのもやぶさかではありません。みなさん、喜んでくれるといいですね」

「ああ。少なくとも俺は見てて痛快だし楽しいよ。視聴者のみんな、そうだと思うよ」

 

 アリスが嬉しそうに呟き、誠も頷いた。

 だがそのとき、翔子が悩ましげな言葉を漏らした。

 

「……しかし、勝手にそういうことやっていいのかい? ここって幽神様のお墓なんだろう? 家の写真を勝手に取ったらトラブルになることもあるし、無許可でやっていいのかね?」

 

 翔子の疑問に、スプリガンとガーゴイルはむしろ不思議そうに言葉を返した。

 

「ん? 別にいいんじゃないの? てかなにか問題あるの?」

「物騒なことを考えるならともかく、戦争しかけるつもりでもないんじゃろ」

「物騒なことはしないって。ただこっち側の世界にとって、そっちは不思議なものばっかりなわけだよ。視聴者はただ映像を見たいだけじゃない。知的好奇心を満たしたいんだ」

「そっちの世界の方が刺激あって面白そうだけどねー。ゲームやるだけで百年くらい時間潰せそうだし、漫画もたくさんあるし」

 

 スプリガンのお気楽な言葉に、アリスが少しばかり眉を顰めた。

 

「スプリガン。借りるならばちゃんと本棚に戻しなさい」

「わかったよママ」

「ママじゃありません! ともかく霊廟を調べることは問題なさそうですし、次は霊廟の次のステージに進む前に周辺調査ですね」

 

 アリスが恥ずかしそうに咳払いしつつ話をまとめた。

 

 こうしてアリスは、「魔物を倒す冒険」ではなく、「科学的な調査をするための冒険」をすることになった。

 

 

 

 

 



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◆行き倒れを拾ってみた

 

 

 

 えー、今私たちは霊廟の中ではなく外に来ています。

 

 今日は曇り空のため、キラキラした砂の照り返しはまだ穏やかですね。

 ほどほどにカメラ写りもよく、絶好の撮影日和となりました。

 

「しまっていこー! おー!」

 

 で、スプリガンも一緒です。

 

 鎧の修理が間に合ったので、最初のときのいかつい外見が戻っています。

 

 ノリは軽いままですが。

 

「あ、口調戻す?」

 

 ワザとらしいからいいです。

 

「だよねー。で、どーするの?」

 

 とりあえず、カメラ回して、動画と静画どっちも録りながら一周ぐるっと回ります。

 それが終わったら上空ですね。

 

「あ、空撮いいねぇ! ドローン飛ばすの!?」

 

 別にドローン飛ばさなくても魔法使えば飛べますよ。

 今けっこう魔力溜まってますから。

 

「えー、ロマンがないよ。時代は今やロボットだよ」

 

 いや、空飛んでくれってお願いの方が多いんですよ。

 

「ぶーぶー、まあいいけど」

 

 はいはい、時間ないんで出発しますよ。

 天気が変わったら撮影できませんし。

 

「へいへーい」

 

 へいは一回。

 

「へい!」

 

 

 

 

 

 

 撮影は順調に進んだ。

 

 途中、クリスタルスパイダーが襲いかかってくるというトラブルはあったが、スプリガンが『鎧の状態を試したい』と言って積極的に狩ってくれた。いい絵が撮れたとアリスはほくそ笑みながらカメラを回し続けた。

 

 そして一周ぐるっと回った後、今度は霊廟の屋根へ向かっているところだった。

 

「ところでアリス、なんで柱にセミの幼虫みたいに捕まってるの? 飛ばないの?」

「いや、風が予想外に強くてバランスが取りにくくて……【浮遊】の魔法、そんなに得意じゃないんですし……。ちょっと5分休みます」

「いやそうじゃなくて、職員用の非常階段を使えばいいんじゃないかなって。一層の奥の方に実は隠し扉があるんだよね。あとは飛ぶ瞬間と着地する瞬間を上手く編集して、ずっと空を飛んだように見せかければいいんじゃないかな」

「早く言いなさいそういうことは!」

 

 アリスはすでに柱の7割ほど登り終えており、階段を使うのは諦めてそのまま登りきった。

 

 屋根は、地球で言うところのローマ神殿に似ていた。日本の屋敷などよりもゆるやかな傾斜が左右対称についている。そこでアリスとスプリガンは、屋根のへりに腰を下ろした。

 

「うーん……相変わらず目が痛くなるような砂漠ですね」

「地球の人、喜ぶかなー? ニンゲンのいない景色は寂しいし、向こうの世界の方が面白いのたくさんあると思うんだけど」

「私もそう思います」

 

 この世界は寂しい。

 

 アリスは常々そう思っている。ここに来るまでの牢獄生活が最悪だったとか、国家元首がクソみたいだという理由だけではない。なんとなく、滅びの空気がある。

 

 今まではどこもそんなものだろうと思っていたが、ここではない別の世界を見て寂しさを強く感じるようになった。それはどうやら、スプリガンも同じらしい。

 

「ここに現れるのは魔物ばかりですしね」

「ニンゲンなんてここに来るのだって大変だしねー。……あれ?」

 

 唐突にスプリガンが目を凝らし、遠くを見つめた。

 

「なにかありました?」

「うーん……なんか変なのがいる」

「へんなの?」

 

 つられてアリスも、スプリガンが見てる方に目を凝らした。

 確かに、なにかがある。

 クリスタルスパイダーが集まり始めている。

 すでに倒された個体もいる。

 わしゃわしゃと攻撃を仕掛けている個体もいる。

 

 詳細は見えないが、クリスタルスパイダーにとっての外敵がいる、ということだ。

 

「あれってもしかして」

「……人間、みたいですね。行きましょう! あ、カメラよろしく!」

「え、撮影すんの!?」

 

 アリスは、屋根から飛び降りて数十メートルの高さを難なく着地した。

 そして一目散に駆け出す。

 

(もしかして、私と同じような追放刑を受けた者が……!)

 

 アリスは、ぐんぐんと速度を上げていく。

 現在アリスのチャンネルフォロワー数は10万2405人。

 すでにアリスは、魔王との戦争のときの自身と同等の力を取り戻していた。

 10トントラックが高速道路を爆走するが勢いで砂漠を駆け抜けていく。

 

「そこのあなた! 諦めてはなりません!」

 

 アリスは、人影が見えたあたりで叫び声を上げた。

 

 そこにいたのは、ローブを纏った女性が一人だ。この軽装でよくここまで来たものだと感心しつつも、アリスは襲いかかってくるクリスタルスパイダーに魔法の火を放ち、そして剣で斬り裂いた。10匹以上の蜘蛛を倒すのに、ものの5分とかからなかった。

 

 アリスは呼吸を整え、汗を拭ってローブの女性に語りかけた。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 だが、予想外のことが起きた。

 女性はアリスの方へ近寄ったかと思うと、震えながらアリスの手を取る。

 

「あ、あの、ご婦人……?」

「ああ、生きていたのですね……本当に、本当によかった……!」

 

 アリスはその声に衝撃を覚えた。

 それは、アリスがこの10年間、何度となく聞いた懐かしい声であった。

 

「その声は、セリーヌ……!」

「ええ、そうですアリス! わたくしです……!」

 

 ローブのフードを払うと、そこにあったのは長い黒髪の麗しい女性であった。

 背は高く、だが腕や腰はたおやかだ。

 小麦色の肌は滑らかで、過酷な旅をしていてなお消えない気品がある。

 もうとっくに死んだのだろうと思っていた、アリスの大切な師匠であり親友の声。

 

 彼女が、『地の聖女』セリーヌであった。

 

 

 

 

 

 

「これは異界の門ですわね。霊廟も凄まじいですが、異界の品々も珍しいものばかり……」

 

 セリーヌはアリスの部屋に案内されて感嘆の息を漏らした。

 

「ええと……アリス、こちらの方々は?」

「私の古い知り合いです」

 

 誠が恐る恐る尋ねると、アリスがぽつりと返した。

 顔は能面のようだ。

 誠の目から見て、明らかに気分を害している。

 

「名乗りもせずに失礼いたしましたわ。私はセドレムス=エヴァーン=ウェストニア大公が娘、『地の聖女』セリーヌでございます」

「ええっ! ってことは……」

「……はい。以前マコトにも話しましたね。彼女が私と同じ聖女であり、我が師匠です」

 

 アリスの説明に、誠は少し引っかかりを覚えた。

 だがここで追求するのも躊躇われて、誠はセリーヌに向き合う。

 

「ええと、はじめまして、壇鱒(だんます)誠です。レストランの店長と動画配信者をしています」

「あなたがアリスを助けてくれたのですね……本当にありがとうございます」

 

 セリーヌは、花のような微笑みを浮かべた。

 異世界の人間に対しても露骨な警戒を見せず、物腰も落ち着いている。

 見た目と違って中々に豪胆だなと思う一方で、なんともいえない違和感を覚えていた。

 初めてこの『鏡』の前に現れたアリスとは、まったく様子が違う。

 

「しかし、なんでまたこんなところに……? もしかしてアリスと同じように……」

「いえ」

 

 セリーヌは首を横に振った。

 

「私は追放されてここに来たのではありません。この子を助けに、そして共に王国に戻り、反旗を翻すために来たのです」

 

 その言葉は、ある程度誠も予想できたものだった。

 初めてみたときのアリスとの違いは一目瞭然であったからだ。

 表情に、希望がある。

 少なくとも、罪人として追放された人間の顔ではないと、一目見て誠は理解していた。

 

「そう、ですか」

「もしかしたら、アリスが追放された先で誰かに助けられていたり、あるいは逆に迫害されていたり……いろんな可能性を考えておりました。無事でいてくれて……本当によかった……!」

 

 セリーヌは、感極まったように涙ぐんだ。

 だが落ち着きを取り戻すと、さっと手を伸ばして何事かを呟いた。

 

「【アイテムボックス】」

 

 その呟きと共に、セリーヌの指先に黒いもやが現れた。

 

 ずもももも、と怪しげな気配を放っていると思いきや、そこからきらびやかな四角い塊が現れる。

 

 その不可思議な現象に誠は驚かなかった。そういう魔法もあるのだろうな、程度だ。それよりも取り出された塊の正体こそが問題であった。

 

「こ、これ、もしかして……」

「金塊です。そちらの世界でも価値があると良いのですが」

 

 金塊は一つのみならず、ごとんごとんと積み重なっていく。恐らく10キロ以上はあるだろう。いきなり金のインゴットや延べ棒を現金化するのは難しいにしても数千万円の価値はある。誠は慌ててセリーヌを静止する。

 

「あ、いや、ストップ。いいです。仕舞ってください」

「あら、すみません。そちらの世界ではあまり大したものではないのですね。ですがアリスを救ってくださったのです。どうかお礼を……」

「そうではなく! お礼が欲しくてアリスを助けたわけじゃないんだ!」

「なんと素晴らしい……! その善意、その人徳にこそ報いがあるべきです!」

 

 このままでは流されてしまうと思って誠は声を張り上げたが、セリーヌはマイペースなままであった。

 どうしたものかと迷っているところに、アリスが口を挟んだ。

 

「マコト。地の聖女たるセリーヌにとって金塊を掘り出すなど、そこまで大変なことではありません。もらえるものはもらっておきましょう」

「え、あ、そう?」

「それよりもセリーヌ。あなたはなんのために来たのですか」

 

 アリスが、笑みさえも浮かべずに淡々とセリーヌに尋ねた。

 

「それはもちろん、あなたを救いに」

「なんのために救いに来たのかと問うているのです」

 

 アリスの言葉に、セリーヌは口元の笑みを消した。

 そして、真剣なまなざしでアリスの目を見つめる。

 

「準備が整いました」

「準備?」

「今こそ非道な王、そして天の聖女を討ち、王国に平和をもたらしましょう。そのためにはアリス、あなたが必要なのです」

 

 セリーヌは、アリスに手を伸ばした。

 しかし、アリスはその手を握らなかった。

 

「……アリス?」

「セリーヌ。お断りいたします」

 

 アリスは、小さく首を横に振った。

 

「私は、動画配信で生きていくと決めたのです」

 

 

 

 



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◆地の聖女セリーヌとケンカした

 

 

 

 アリスに提案を断られたセリーヌはひどく動揺していた。

 

 そして長い話が始まった。セリーヌの「そもそも動画配信ってなんですか」という問いから始まり、アリスは今に至る経緯を事細かに説明することとなった。

 

 話が終わり、セリーヌは大体の経緯を理解し、誠から出された茶を飲み、一息ついて、そしてようやく盛大にツッコミを入れた。

 

「芸人ではありませぬか!?」

「芸人とはなんですか、芸人とは! あ、いや確かに芸人ですけど! 一座の長や事務所に所属してないことの方が多いですし!」

「もっと不安定ではありませぬか!」

 

 アリスが即座に反論した。

 そこから口論に発展した。

 

「それが気高き聖女の仕事ですか!」

「配信で稼ぐことに恥も曇りもありません! だいたい聖女など気高くないでしょーが! あの陰険で高慢ちきのディオーネだって聖女なんですよ!」

「あんなのを見て判断するんじゃありません!」

「ではセリーヌこそどうなのですか! なんでもかんでもお金や物資で解決しようとするあなたの性格、ちっとも聖女らしくありません! マコトがドン引きしてたのに気付かなかったんですか、この成金!」

「あなただって怒るととんでもない悪口が出るでしょう! それで見る人が喜ぶとお思いですか!」

「残念でしたー! 私が悪態をつくとなぜかフォロワーが増えるんですー!」

「意味がわかりません!」

「わたしだってわかりませんよ!」

 

 売り言葉に買い言葉といった様子で怒号が飛び交っている。

 

 それを見て誠は、内心安堵した。

 

 以前にアリスが酔っ払いながら話してくれた内容を思い出す限り、アリスはずっと、セリーヌが死んでいるものと思っていたはずだ。セリーヌが生きていることを知ってどういう感情を抱くか想像がつかなかった。本音を言い合い、気兼ねなく罵声を言い合えるのであれば、それはそれで悪くないこととも思った。

 

 だが、それは楽観すぎたとすぐに気付かされた。

 

 怒号が飛び交う内に、少しずつ声はひそやかで静かなものになっていく。

 そして、アリスの声に嗚咽が混ざり始めた。

 

「セリーヌ、どうして、あなたを信じた者が死ぬ前に、動いてくださらなかったのですか。どうして、私が新たな生きる目標を見つけるまでに、私を助けてくれなかったのですか。どうして、セリーヌ、間に合わなかったのですか」

「アリス……」

 

 セリーヌが、わなわなと震えるアリスの手を取ろうとして、しかし諦めた。

 ぐっと拳を握り、ぽつりぽつりと罪の告白を始めた。

 

「間に合いませんでした……。いえ、ごまかしはやめましょう……あなたを後回しにしました。誰を救えば勝算が生まれるか。誰であれば助けずとも生き延びることができるか。助けることがどれだけ困難で、こちらの被害がどれだけ出してしまうのか。どうすれば勝利し、どうすれば多くの味方が生き残れるか……。そんな、命の勘定をしました」

「私は、助けるまでもないと」

「ダモス王は恐らく、あなたを死刑にはできなかった。あなたを殺してしまえば、それこそ復讐や反抗の旗頭となり国中が荒れるのを見越していたはずです」

「ではなぜ、あなたは今更来たのですか」

「どうしても今の戦力では、天の聖女に勝てるという確信を得られませんでした。あなたに生きていて欲しかったという気持ちは決して嘘ではありません。ですが……あなたを見捨てながら、あなたに頼ろうとしました」

 

 そのセリーヌの言葉に、アリスは答えなかった。

 重苦しい沈黙の後に、アリスがぽつりと口を開く。

 

「もうすぐ夜が来ます。恐ろしい寒さになるでしょうから、一日ここに泊まることは許します。……夜が明けたら、そのときが今生の別れです」

 

 

 

 

 

 

「友達に酷いことを言いました」

「そうかな」

「マコト。私を軽蔑しますか」

「まさか」

 

 アリスはセリーヌに毛布や食料を譲り、霊廟一階の中央の方へ移動してもらった。

 ガーゴイルとスプリガンにセリーヌの面倒を見てもらっている。

 

 アリスの部屋にいるのはアリスと、鏡越しにいる誠だけだ。

 

 そのアリスは、ひどく気落ちしていた。

 鏡の前で体育座りして、顔も上げずに陰々鬱々としていた。

 

「仲、よかったんだな」

「いいえ、あんな風に喧嘩するのはしょっちゅうでした」

「そういう風に喧嘩できる相手ってのはなかなかいないさ」

「……そうかもしれません」

 

 アリスが、ふふっと笑った。

 

「セリーヌは、もっとも慈愛に溢れた聖女ということで、民衆から尊敬されていました……まあ、少々悪癖がありますが」

「悪癖?」

「はい。金銭感覚が少しおかしいんです」

「なるほど」

 

 誠が、それは確かにと頷く。

 

「血筋は確かで、年若くして天文学や暦学、史学、数学、詩歌や古典など、あらゆる学問を修めています。聖女としての権能以外の魔法も達者で並ぶ者がおりません。まさに天才です。でもその分、浮世離れしてて……たとえば旅の途中、馬車が壊れて進めなくなったときにたまたま村人が助けてくれたことがありました」

「……金塊を渡したとか?」

「いえ、あれよりは遥かに小さな金貨です。しかしそれがきっかけで村人同士が金貨の権利を巡って争いに発展しそうになったこともありました。庶民の金銭感覚をわかってなくて、必死にセリーヌを諌めたものです」

「なんか聞いてたイメージと違うな……もっとちゃんとした人かと」

 

 その誠の言葉に、アリスが苦笑を浮かべた。

 

「もっともセリーヌがまだ12歳か13歳くらいの話です。今では金銭感覚も身に付けて金満主義も表に出さないようになって、成長して……ずいぶん立派になりました。みんなに信頼されるようになりました」

「こんなのでてきたけどな」

 

 誠が金の延べ棒を持ち上げた。

 

「こうして金塊を大盤振る舞いするのは本当に久しぶりなんですよ。あれを見たのは何年ぶりのことでしょうか」

「それくらい嬉しかったんだろうな」

「ええ。まったくもう」

 

 アリスの呟きは困ったようでもあり、嬉しいようでもあった。

 

「本当は、セリーヌは別に悪くないなどわかっているのです。私も、立場が逆であればセリーヌを見捨てました。幽神大砂界までの護送はセリーヌをおびき出して殺すための罠でしたから。でも、今こうして生きているのは、他の誰でもないあなたのおかげです」

「……アリスはどうしたい?」

「え……」

「……って聞く前に、一つ言っておく。俺は、アリスと一緒に動画作り続けたいよ。可能だったらこっちの世界に引っ張り込んで、レストラン営業中はウェイトレスもやってほしい。時給いくらにする?」

「そこは、君の自由にしていいよとか言うところじゃないんですか?」

 

 アリスがくすっと笑った。

 

「ただ……別に休みなくここにいて、永遠に動画を撮り続けろとは言わない。どこか外出するにしても、ここに戻ってきてくれるなら構わない」

「でもそれは怖いです」

「怖い?」

「私とあなたは、この鏡を隔てています。鏡から離れることを受け入れてしまうと、そのまま離ればなれになりそうで……怖いんです」

「アリス……」

「そもそも、私が加勢したところで、勝てる見込みがあるかはわかりません。天の聖女の力は底知れないものがあります」

「今のアリスでも?」

 

 現状、アリスのフォロワーは15万に近付きつつある。

 動画配信者として最高峰にはまだまだ遠いが、十分に成功してるとも言えた。

 

「セリーヌと力を合わせればなんとかなるかもしれません。しかし……勝つにしろ負けるにしろ、力を使い果たしてしまいます。再び力を取り戻して霊廟の最下層まで攻略する力を得るには、長い時間が掛かるでしょう。ここから更にバズってフォロワーが増えゆく好循環が生まれなければ、一生無理かも知れません」

 

 長期的な休みを経てから復活しても、継続的にフォロワーを増やせるかは誰にもわからない。このまま飽きられてフォローを外す人が続出したり、あるいは「フォローしてるだけで動画を見ないフォロワー」が続出する可能性もある。

 

「霊廟を攻略? もういいんじゃないのか?」

「え? あ……そっか、まだ話してませんでしたね。幽神様にお目通りができたら一つお願いをするつもりです」

 

 アリスが、誠の方を振り向いて『鏡』を撫でた。

 

 この『鏡』は物品、情報、様々な物を通すことができるが、ただ生きているものだけは通ることができない。

 

「そちらの世界に行くことです」

「あ……そうか、幽神が願いを叶えてくれるのか!」

「この『鏡』を突破する方法を考え続けていました。自分に石化する魔法を使って、スプリガンに鏡の向こうへ押し出してくれないか、とか。仮死状態になって体をそちらの世界に運び、向こうの世界で復活すればよいのではないか、とか。でもガーゴイルから『復活できない可能性が高いからやめておけ』と言われて断念しました。二人共、幽神様に願うのが一番確実だと太鼓判を押しました」

 

 アリスは、自嘲の笑みを浮かべる。

 

「……すでにそっちの世界に行けていたなら、心を動かされる必要もなかったんですけどね。セリーヌのことなど、私の心の中でちっぽけなものになっていたでしょう」

「アリス。セリーヌのところに行きたいんだな?」

「行きたくなどありません。見捨てたい。セリーヌのことも、仲間のことも、全部忘れたい。でもそれがつらいんです」

 

 アリスは、気付けば鏡にもたれかかって涙を流していた。

 誠は、鏡に触れるアリスの指に、自分の指を重ねた。

 

「え?」

 

 そのとき、誠の指先に不思議な感触が伝わった。

 金属の冷ややかさも硬さもなく、温かく柔らかいなにかがそこにある。

 アリスも誠と同様、驚愕の表情を浮かべている。

 

「マコト、これは……?」

「つまり……鏡を通り抜けることはできない。けど、触れることはできる……ってことか」

 

 アリスは、指のみならず、てのひら全体を鏡に押し付けた。

 誠も、そこに手を重ねる。

 温かい。

 鏡に隔てられていて、触れることはできないと二人とも思い込んでいた。

 しかし今、誠とアリスは、お互いの体温を確かめ合っていた。

 

「ん……」

 

 気付けば、自然と唇と唇が重なり合っていた。

 

「マコト」

 

 アリスは、ますます涙を流して嗚咽した。

 

 このままセリーヌを見捨ててしまえば、アリスは一生、罪の意識に苛まれるだろうと誠は思った。危ないところに行ってほしくないのは誠の本心だ。だがこのまま捨て置いてよいのかとも、誠は自問自答する。

 

「俺が頼んだからアリスはここにいてもらう。俺のせいにしていい」

「……優しいですね、誠は」

「意地悪なつもりではあるけど」

「私にもう少し力があればよかったのにと思います。セリーヌを助けて、霊廟なんて一瞬で攻略して、誠の世界へ旅立って……なんでもできるほどに強ければと」

「……………………あれ?」

 

 誠が、そこでふと気付いた。

 もしかしてそれでいいんじゃないか、と。

 

「どうしました、マコト?」

「今、なんでもできるって言ったよね?」

「え、いや、『強ければ』の話ですよ?」

「じゃあ強くなって、サクっと霊廟を攻略して、サクッと敵に勝ってくればいいんじゃないか?」

 

 誠のあまりにもあんまりな言葉に、アリスは自分の涙も忘れてあっけにとられていた。

 

「ですからそれは無茶……」

「無茶じゃなければいいんだろう? 霊廟の最下層の攻略も、天の聖女とかいうのも、余裕綽々で、それこそ指先一つでなんとかなっちゃうくらいに」

 

 そのあたりで、アリスは気付いた。

 誠は今まで、鏡を隔てた向こう側にいながらも、常に助言をしてくれていた。

 素っ頓狂なことはたくさんあった。

 だがどれもこれも、アリスのためを思ってのことであった。

 

「マコト。なにか、考えがあるんですね?」

「ああ。ちょっとセリーヌさんを呼んでほしい」

 

 

 

 



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◆チャンネルフォロワー倍増計画

 

 

 

 再びアリスの部屋に招かれたセリーヌは、どこか落ち着かない様子であった。

 期待半分、不安半分といった表情だ。

 

「ええと、マコトさん。私になにか御用が……?」

「まず、俺の視点でのアリスの状況を説明したいと思う。動画配信の説明はしてるけど、そもそもこっちの世界がどういうものかとか説明が中途半端だったし」

「はあ……」

 

 こうして誠は、プレゼンテーションを始めた。

 地球や日本がどのような世界であるか。

 どのような文化や技術があるのか。

 インターネットや動画配信といった通信技術はどのようなものか。

 こうした情報インフラを利用してアリスがどんな活動をして、なにを得たのか。

 

 セリーヌの理解は、アリス以上に早かった。

 幾つか質問と回答を繰り返すうちに、アリスが一週間以上かけて理解した内容を、ほんの数時間で把握した。内心誠は「これは確かにアリスも称賛する」と納得していた。

 

「……なるほど。これでアリスのファンをたくさん集めたからこそ力を取り戻した、というわけですわね。こんな方法があるとは思ってもみませんでした……」

「ああ。そこでちょっと話が変わるんだが……。今のアリスは『天の聖女』と戦って勝てるかどうかわからないと言ってる。それは事実?」

 

 好奇心旺盛に話を聞いていたセリーヌの顔が曇った。

 

「策を練り、万全の体制を敷けば、勝算はあります。あるからこそアリスを迎えに来ました。……しかし決して確実ではありません。一番ありえるのは、年単位の膠着状態になることです」

「それはアリスの今の力を基準にした予想?」

「いえ。兵と王都から逃げ延びた民衆がアリスを応援するという前提です。恐らく5万から7万」

「じゃあ今、10万以上のフォロワーがいるアリスを計算に入れたら、17万フォロワーの力になる」

「それは……かなり有利に働きますね。五分五分から六分四分くらいには」

 

 セリーヌの言葉に、誠は少々落胆した。

 思ったほどの数字ではなかった。

 

「それだけなのか……天の聖女ってそんなに強いのか」

「そうですわね……。少なくとも、聖女としての権能を使いこなすという意味では『天の聖女』ディオーネには正直、敵いません。自由自在に空を飛んだり、雷を落としたりと、聖女としての権能を駆使しながらも剣や魔法を同時に使いこなします。『天眼』という能力を使って自分自身を空から俯瞰して見られるので、背後からの攻撃などの奇襲も一切通用しません」

「そんなに凄いのか……なら、王様はアリスよりもディオーネを警戒した方がいいと思うけどなぁ」

「ダモス王とディオーネは二人とも先代王の子であり、同じ母を持った兄妹なのです。その母が死んでからずっと苦楽を共にしており、ディオーネは決してダモス王を裏切ることはないでしょう。余人に立ち入れない絆を感じます」

「結局、聖女同士で戦うしかないってわけだ」

 

 誠が難しい顔で呟くと、セリーヌもまた似たような顔をする。

 

「ええ……。ただ、私の能力は守備力こそあるものの攻撃力は大きく劣ります。アリスは強いものの、あくまで人間の使える魔法や剣技を高めるものです。二人で力を合わせてようやくディオーネの機動力や攻撃力についていける……といった具合でしょう。ですから私たちがディオーネに勝つことを目指すよりも、軍同士の戦いに聖女を介入させないことが目的となります」

 

 誠が顎に手を当てて悩む。

 そして、ぽつりと口を開いた。

 

「じゃあ……もしアリスに100万のフォロワーがいたら、ディオーネを倒せる?」

 

 え、という驚きの声がアリスとセリーヌから漏れた。

 

「今の10倍の力があったとしたらってことだよ。それとももっと必要?」

「そ、そうなれば流石に力押しで勝てるとは思いますわ。圧倒的な力の前には隙があろうがなかろうが関係ありません。でもそんな人数を用意するなど現実的には……」

「今、『動画撮ルン』でもっともチャンネルフォロワーを稼いでいるのは1,000万人かな」

「……え?」

「で、現在のアリスのフォロワーが15万。ここまでの成長曲線をグラフにしてみようか」

 

 誠が、有名配信者のプロフィールとフォロワー数、そして今のフォロワー数を獲得するまでの時間経過や投稿数などを並べてセリーヌに見せた。

 

 この配信者は大食い動画が受けてフォロワーを伸ばした、あちらの配信者は魚料理を作って食べる動画でフォロワーを伸ばしたなど、具体例を挙げて、現在の『動画撮ルン』の全体像をセリーヌに説明する。

 

 怒涛のごとく流れる説明に、セリーヌは誠の言いたいことは把握した。

 

「つまり……誠さん。こういうことを言いたいわけですね? アリスが100万フォロワーを稼ぐのは決して夢物語ではない、と」

「ああ」

「ええっ!? そうなんですか!?」

 

 この場で一番驚いたのが、アリスであった。

 

 そもそもアリスは、今の10万フォロワー自体、幸運と偶然によるものが大きいと思っていた。現状、アリスのフォロワー増加数は停滞期にある。ここから更に伸びるにしても、最終的には15万から20万あたりで頭打ちだろうとさえ思っていた。

 

「これから『聖女アリスの生配信』は、100万フォロワーを目指す。アリス。きみならできる!」

 

 誠が高らかに告げた。

 アリスはぽかんとしたまま、真の顔を見ている。

 

「え、い、いや……流石に100万超えはちょっと現実味が……」

「てか、無理だったらそこで終了。セリーヌさん。100万に満たないとき、あるいは見込みがないと判断したらアリスを連れていくのを諦めてくれ」

 

 セリーヌは、真剣な眼差しを誠に返した。

 

「わかりました……。私にできることはアリスを信じて待つのみです」

「じっと待ってるだけじゃ困る。手伝ってくれ」

「へ?」

「学識のあるスタッフが不足してるんだ」

 

 

 

 

 

 

 翌日、動画制作スタッフ全員が『鏡』の前に集められた。

 地球側には誠と翔子が椅子に掛けている。

 霊廟の側には、アリス、スプリガン、ガーゴイル、そして地の聖女セリーヌが控えている。

 

「えー、動画チャンネル『聖女アリスの生配信』スタッフの新メンバーを紹介する。『地の聖女』セリーヌさんです。はい拍手」

「ど、どうも、お初にお目にかかりますわ」

 

 セリーヌが恥ずかしそうに挨拶し、全員が拍手を返した。

 

「で、新メンバー紹介と同時にこれからの目標について話していこう」

 

 誠が、アリスとセリーヌの直面している問題を話し始めた。

 全員、アリスとは元々他人だ。

 だがそれでも、事情の重さや深刻さに息を呑んだ。

 

「ちょっとそこまでの事情を抱えてるとは思わなかったよ……苦労したんだね」

 

 翔子がティッシュで涙を拭い、ちーんと鼻をかんだ。

 

「まったくじゃ。つらいことがあればなんでも言うんじゃよ。禁断の呪殺魔法とか教えようかの? まあ呪いの反動で敵のみならず自分も周囲も死ぬんじゃが」

「ううっ、人間はひどいよ……霊廟のみんな起こして滅ぼしてこようか? まあ幽神さまに怒られて味方も全員死ぬけど」

「破滅的な提案やめてください」

 

 アリスがげんなりして断る。

 

「そうだな。そういう死なばもろとも的なのはやめよう。正攻法が一番いいと思う」

「正攻法?」

 

 誠の言葉を、スプリガンがおうむ返しに繰り返した。

 

「正攻法とはつまり、レベルを上げて物理で殴る。アリスのチャンネルフォロワーを100万人に増やす」

「「「「そっち!?」」」」

 

 翔子たちがあんぐりと口を開けて驚いた。

 

「な、なるほどのう。確かにそれができるならば霊廟の力を借りるようなことをせんでもよいしの。アリスが強くなるための間接的な手助けであれば儂らも遠慮なく協力できるし」

「よっし! そうと決まったら僕も配信をバンバンやるよ!」

 

 アリスの文句をスルーして、スプリガンもガーゴイルも盛り上がっている。

 やれやれとアリスは溜め息を付いた。

 

「まったくもう」

「ま、やる気あるのはいいことだよ。んで……セリーヌさん」

 

 誠がセリーヌの名を呼んだ。

 

「はい」

「セリーヌさんには、今までウチのチャンネルで足りてなかった部分をフォローしてもらいたい」

「私も協力は惜しみませんが、足りてない部分と言いますと……? 先程おっしゃっていた、学識がどうこうというお話でしょうか」

「ああ。今までアリスの動画は、アリスの面白さと、そっちの世界の謎があるから流行してた。けどそろそろ『そっちの世界って、そもそも何なのか?』っていう疑問が膨れ上がってる。アリスやスプリガン、ガーゴイルじゃ上手く説明できないんだよ」

 

 そもそもアリスは、学術的な調査に協力するために霊廟周辺の砂や大気を採取する途中であった。その過程でセリーヌと遭遇して、調査が中断となっていた。

 

 そして学術的な調査を再開するにあたって、アリス以上にうってつけの人材がセリーヌである。

 

 セリーヌはエヴァーン王国における魔法学、天文学、地質学。歴史や詩、古典といった人文科学。そして政治や経済、軍事にも造詣が深い、本物の教養を兼ね備えた人物だ。地球側から質問を投げかける学者と話し合うには申し分なかった。

 

「アリスには今まで通り、迷宮探索したり、生配信をしたり、あとは料理やグルメにも挑戦してスタンダードな動画配信者のスタイルで活動してもらう」

「はい」

「スプリガンはゲーム配信してもらいつつ、もうちょっと編集作業の比重を増やして欲しい。できるか?」

「いいよー。でもゴーゴルプレイカード買ってくれる? 今ホースガールにハマっててさー、ロシナンテをSランク育成して赤兎馬&ブケパロスに勝ちたいんだよね」

「課金はほどほどにしてくれ。……で、セリーヌさんには、こっちの世界の学者の質問に答えて欲しい。いっそ学ぶ系動画としてそっちの世界……ヴィマって言ったっけ? そのことを解説する内容のものを作って欲しい」

「ええ、承知致しましたわ!」

 

 セリーヌが強く頷いた。

 

「ここから先……100万フォロワーを狙うとなるとただ漫然と動画を作るだけじゃ駄目だ。やるべきことをすべてやって、その上で幸運に恵まれなきゃいけない。やるぞー!」

「「「「「おー!」」」」」

 

 こうして、アリスのチャンネルフォロワー倍増計画が始まった。

 

 

 

 



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フォロワー数 298,505人  累計good評価 2,563,989pt

 

 

 

『はい。ここまでが永劫の旅の地ヴィマの創世神話の概説となります。

 

 そちらの地球との一番の違いは、神々……あるいは人間の上位存在が確認されており、今も様々な遺産や痕跡が残っていることでしょうか。ですが神への捉え方や宗教観がまったく異なっているはずなのに文化において共通概念が数多く、とっても興味深いですね。

 

 次回はヴィマ古代文明における魔法の成立と、魔法の実践トレーニングを絡めてお話を進めていきたいと思います。そちらの世界にはマナがないので魔法を使うのは難しいとは思いますが、ぜひお試しになってください。

 

 あ、それとお知らせがあります。来週、津句馬大学のオンライン授業に特別講師として招かれていますので、ご興味のある方はぜひご視聴してください。

 

 それではご清聴ありがとうございます。

 

 あなたの聖女、セリーヌでした。

 

 明日もがんばって、お勉強しましょうね♪』

 

 

 

 

 

 

 ウインクと共に動画本編が終了し、フォローとgood評価をお願いしますというアリスの音声が流れた。そしてコメント欄には真面目で学術的な質問を押しのけて、「セリーヌちゃん可愛いよ!」「ビシバシ教えて下さい」「投げ銭したいので生配信お願いします」などなど、セリーヌ個人を推すコメントで溢れかえっている。

 

「あざとい。これはあざといですよ」

「もはや天性のアイドルだな……。勉強系の動画も凄いけど、歌や踊りも凄い。エヴァーン伝統舞踊を撮影した動画のアクセス数が凄まじいことになってる。このまま行けば100万再生行くんじゃないか」

 

 アリスと誠が戦慄したように呟く。

 

 当初、誠はあくまでセリーヌには頭脳労働のみを担当してもらうつもりだった。ヴィマとはなんなのか、地球との違いはなにか、どういう世界観や宗教観をもって暮らしているのか……という遠大な視点で説明し、地球側の人間と相互理解を深めるには王族でありヴィマでの学問を修めたセリーヌがうってつけだと思ったからだ。

 

 だが、「視聴者からの質問に回答したり、文書仕事するだけではもったいないしまどろっこしい」というアリスの提案により、セリーヌをメインに起用して「永劫の旅の地ヴィマってなんですか?」という動画を制作し、投稿した。

 

 めちゃめちゃバズった。

 

 フォロワーは、今までの疑問に一定の答えが与えられたこと、その説明がわかりやすかったことでセリーヌを高く評価した。そしてフォロワーの中の男性視聴者層はセリーヌのびっくりするほどの可愛らしさにハートを撃ち抜かれた。

 

 いまやセリーヌの動画は『聖女アリスの生配信』において必要不可欠な人気コンテンツになりつつある。また、「地の聖女」としての権能を見せて金や銀、その他希少金属をゴロっと生み出したことで重工業や鉄鋼の研究部門やマテリアル関係の研究者が飛びついてまたまたバズった。

 

「だ、だってぇ! 可愛い感じで撮る方がアクセス数を稼げるって言ったのアリスと誠さんではありませんかぁ!」

 

 ぶんぶんと拳を振って抗議する。

 所作の一つ一つが可愛いと、アリスは認めざるをえなかった。

 

「いえ、セリーヌ。責めているわけではありません。ただちょっと、男性視聴者を沼に沈めるのが上手そうだなと」

「クレカ限度額まで投げ銭する人、多分出てくるよ」

「結局褒めてないでしょう! 怒りますよ!」

 

 ああでもないこうでもないとアリスとセリーヌが口論を始めた。

 

 やれやれと思いつつ誠はタブレットに目を戻す。そこには様々なメールが届いていた。スパムや悪戯的なメールも多いが、その中に紛れて重要なメールがたくさんある。学術研究の申し込み、コラボ動画のお誘い、商品宣伝の依頼、事務所やプロダクションからのスカウトなどなどだ。

 

 これまではアリス個人宛だったが、セリーヌ宛のメールもどしどし送られてくる。名前で検索すれば著書や研究実績でトレーディングカードが作れそうな高名な学者からのメールと、モデルでもアイドルでも活躍できそうな超有名配信者の所属事務所からのメールが同時にやってくる。

 

 セリーヌには異世界の人間にさえも通用する知性と、そこにいるだけで見る者に幸福を感じさせる華がある。

 

「フォロワー数は298,505人。ほぼ倍増ですね……」

「セリーヌさんが生み出した金やレアメタルの延べ棒も大手企業が買い取ってくれたしな。オンラインバンキングの残高がバグってるよ……」

「フォロワー100万に近付きましたね! この調子で頑張ります!」

 

 セリーヌが嬉しそうにはしゃぐ。

 だがその一方で、アリスは妙に考え込んでいた。

 

「アリス、どうした? なにか心配があるのか?」

「ええ。少し問題があるかもしれません。まだ想像ではあるのですが……」

「問題?」

 

 誠が首をひねる。

 

「それを確かめに、霊廟に潜ってみようと思います」

 

 

 

 

 

 

 地下20層。

 

 ここは以前スプリガンが話した通り、氷河の世界であった。後楽園ホール並の大きさの氷塊が雄大に海を泳ぎ、時折、別の氷塊とぶつかり、あらたな氷の大地を形成する。

 

 ここを進む者は、広大な氷塊を渡り歩きながら海の中心にある氷山を目指さなければいけない。

 

「喰らいなさい! この聖剣『ピザカッター』の一撃を!」

 

 アリスが大きく剣を振りかぶって、襲いかかってくる氷の人形を一刀両断した。

 

『ゲヒャー!?』

『グワッ!?』

 

 これは、アイスポーンという名の魔導生物だ。

 

 魔力を帯びた氷の塊が集まって人の形となり、殴りかかってきたり、あるいは氷の吐息を吹き出して攻撃してくる。しかしそれもアリスの一撃で粉々にされた。

 

「がーっはっはっは! スプリガンを倒したってのは本当みてえだな! だがこっからが玄武様の本番だぜぇ!」

 

 凄まじい大音声が響き渡った。

 玄武と名乗った野卑な声の主は、アリスたちの眼前にいる亀であった。

 だがただの亀ではない。

 その体はあまりに巨大で、身の丈は5メートル、全長は20メートルから30メートルはあるだろう。

 また背中の甲羅には巨大な氷柱が何本も生えており、その一本一本がアイスポーンに変身してアリスたちに襲いかかってくる。

 

「アイスポーンども! 強襲形態!」

『ゲアアアッ!』

 

 アイスポーンが空中に浮かんだ。

 と思いきや、姿を巨大な氷柱のように変化させて高速回転を始める。

 

『射出!』

 

 そして弾丸のようにアリスのところへ襲いかかった。

 

「させません……金剛障壁!」

 

 しかしアリスの目の前に突然、煌びやかに輝く壁が現れた。

 射出された氷柱のすべてが完全に防がれた。

 

「今です、アリス!」

「はい!」

 

 氷柱を防いだのはセリーヌであった。

 アリスはセリーヌの生み出した防壁を踏み台にして、一足飛びで玄武の足下へと辿り着く。

 

「食らえ!」

「ぐあああああああーッ!」

 

 袈裟懸けに斬り付けられた玄武が叫び声を上げる。

 攻撃は余波さえも凄まじく、甲羅に生えた氷柱も弾け飛んだ。

 

「くそっ……参った!」

 

 悔しそうに玄武が叫ぶ。

 そしてセリーヌと、後方で撮影をしていたスプリガンが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「やりましたわ、アリス!」

「やったね! 次は30層目指してがんばろー!」

 

 そのスプリガンに、えらくご立腹の声が響いた。

 今さっき倒されたばかりの玄武だ。

 

「おいスプリガン! てめーなんで挑戦者の味方してんだよ! ズルいぞ!」

「手伝いはしてませーん、ただの撮影補助ですー」

「それもずりーよ! こっちだってヒマだったんだぞ! おもしれえことはさっさと教えやがれ!」

「玄武、体デカすぎてここのフロアから出れないじゃん」

「ちっちゃい分身作るくらいはできるっつーの! ガーゴイルのナワバリに住んでるんだよな。今度遊びに行くから茶でも用意してろよ!」

 

 玄武は怒っているというよりもスネている様子だった。

 セリーヌはそれを微笑ましく眺めていた。

 

「伝説になるほど恐ろしい強さと言われつつも、中身は人間とあまり変わりませんわね。ねえアリス?」

「……ええ、そうですね」

「どうしました? 妙に顔が暗いのだけれども……もしかして、懸念といってた話ですか?」

 

 アリスは、セリーヌの問いに小さく頷いた。

 

「はい……予想以上に苦戦しています」

「苦戦? あれがですか?」

 

 セリーヌがきょとんとした顔で聞き返す。

 

「今、ほぼ30万フォロワーがいるのです。数字だけを見れば魔王と戦ったときの3倍はあるはずですが……そう見えましたか?」

 

 そのアリスの言葉に、セリーヌはようやくアリスの言葉の意味を理解した。

 

「数字ほどの力が出ていない……というわけですね。前回、スプリガンと戦ったときはどうでした?」

「あのときは数字ほどの力がないとは感じませんでした。ズレを感じるようになったのはここ最近のことです」

「……まだ断定はできないにしても、仮説はすぐに思い浮かびますわね」

「ええ」

「アリスのチャンネルをフォローしても、私の方を応援する人が増えた結果になった……。祈りや応援の矛先が分散してしまっているのでしょう」

 

 セリーヌの言葉に、アリスが頷いた。

 

 

 

 

 

 すぐに二人は『鏡』の前に戻って、誠たちに状況を説明した。

 スプリガンやガーゴイル、翔子も、「確かにまずい」という表情を浮かべる。

 

「なるほど……確かにそういうこともあるか。スプリガンとアリスのファン層は被るけど、正統派アイドル路線のセリーヌはまた別方向のファンを発掘しちゃったわけだ」

「ど、どうしましょうマコト……? 今は30万フォロワーがいても、実測値としては25万フォロワーパワー程度しかないんです!」

「フォロワーパワーって単位初めて聞いたんだけど」

「私も初めて言いました……って、そういうことではなく!」

 

 アリスが怒って誠に詰め寄るが、誠はこれといって動揺した様子もなかった。

 

「大丈夫だよ。問題ない。二人がバラバラに動画に出るからファンが分裂するんだ。だったら二人セットで応援して貰えばいい」

「セットで……?」

「コラボすればいいんだよ」

 

 

 

 



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◆二人で釣りをしてみた

 

 

 

 幽神霊廟、地下6層。

 

 地下にありながらなぜか太陽が燦々ときらめき、草原が広がる大地が広がっている。

 川も存在しており、川魚やサワガニ、水棲の昆虫なども生息している。スプリガン曰く、「魚は多分地球で言うところのヤマメとかマスの仲間っぽいやつ」らしく、人間が食べても特に問題はないらしい。

 

「よっしゃ! 来ました! フィッシュ!」

「あ、ちょっとアリス! ずるいですわよ!」

「ふふん、セリーヌはもう少し釣り竿の感覚を養わないといけませんね」

「くぅ……相変わらず脳筋なんですから……!」

「脳筋で結構でーす」

 

 アリスとセリーヌは、やいのやいのと騒ぎながら川釣りを楽しんでいた。

 別にヒマだから遊んでいるわけではない。

 これも立派な調査の一貫であり、同時に投稿動画の撮影でもあった。

 

 動画のコメント欄に企画を募集したところ「霊廟の中の草原ってどんな生き物がいるの?」という質問が投稿されたのだ。そこでスプリガンが「自分の管理する階層には魔物だけじゃなくて鳥や魚もいる」と話して、とんとん拍子に「それじゃ、釣り企画しよっか」と決まった。釣り竿セットは視聴者が勝手に送りつけてきた。

 

 またこのとき「フォロワーがアリスよりもセリーヌの方を応援してしまっている問題」が湧き上がっていたが、誠はすぐに解決方法を示した。コラボ動画を撮っていけば自然と解決するよ、と。

 

「誠が言うには、私とセリーヌが一緒に動画を撮影して視聴者にセットで覚えてもらえれば私にも応援の方にも来るはず……とのことでしたが、上手くいくのでしょうか」

「まあ、動画配信の機微は誠さんの方がよく知っておられる、ということでしょう。なにか不安が?」

「なんと言いますか……普通に二人仲良く遊んでいれば勝手に視聴者が盛り上がるというのがよくわかりません。見てて嬉しいものですかね……?」

「人が素直に喜んで遊んでいるのは良いものでしてよ。他の配信者も似たようなことはしているでしょう?」

「でも都合よく私を応援してくれるようになるのでしょうか?」

 

 岸から釣り竿を垂らしながら、アリスがなんとも言えない表情を浮かべた。

 それを見たセリーヌが、くすくすと笑う。

 

「民衆というのは浮気者です。私とあなたが一緒に映像に出て、ここがあなたの方がチャンネルの主であると認めたとき、私が獲得したフォロワーも自然とあなたを応援することでしょう」

「……そういう人の悪い発言、配信中には言わないでくださいね」

「当たり前です。人前での言葉と身内での言葉は昔からちゃんと気をつけています」

「でしょうね。あなたには議論で勝てた試しがありません」

 

 はぁ、とアリスが溜息をつく。

 それをセリーヌが優しげに見つめる。

 

「……あなたのよいところは、演技や腹芸ができないところです」

「セリーヌ、それはバカにしているのですか。これでもあなたより配信者としては先輩なんですよ」

「そうではありませんよ、褒めているのです」

「褒めている?」

 

 アリスが、きょとんとした顔をした。

 

「魔王と戦うために大軍を率いているときであろうが、カメラが回っているときであろうが、あなたは嘘をつきません。いつだって本音を話してくれる。だからみんながあなたを応援するんです。私のように演技と嘘に彩られた人には得られない本物の絆を、あなたは持っている」

 

 セリーヌは、優しくたおやかな口調だった。

 だがその言葉の裏にちらちらと垣間見える炎があった。

 それは羨望のようでもあり、焦りのようでもある。

 

「……セリーヌは、ここでも演技をしているのですか」

 

 アリスは自分で尋ねておきながら、すぐに答えを見つけた。

 しているに決まっている。

 なぜなら、今、配信者としてのセリーヌは本来の姿ではないからだ。

 今のセリーヌはエヴァーン王国に反旗を翻す、革命家である。

 

「ええ」

「今すぐにでも、帰りたいのですか」

「できるならば」

 

 セリーヌの竿が揺れた。

 魚が食いついたわけではない。

 ただ単に、手元がふらついただけのことだった。

 

「味方の反乱軍には、私が用意した隠れ家に潜んでもらっています。しかし王の軍勢や天の聖女の目をどれだけごまかせるかはわかりません。5年、あるいは10年、持ちこたえるかもしれませんし、あるいはすでに滅んでいる可能性もあります」

 

 通常、籠城は長くは持たないものだが、セリーヌが地の聖女としての権能を存分に仕えば話は別だ。誰にも気付かれることなくトンネルを堀り山城を築き上げることも、食料を増産することも、セリーヌにとってはお手の物だからだ。

 

 しかし敵にも聖女がいることを思えば、決して油断はできない。今にも味方が死んでいるかもしれないという焦燥とセリーヌは戦っている。そのことにアリスはようやく思い至った。

 

「でも、そうした焦りを表に出したら良い動画は撮れません。だから、普段は忘れています。美味しい料理も食べられますし、頂いた報酬を使って素敵なお洋服もアクセサリーも買うことができます」

「クローゼットはもうちょっと整理してください。侍女もいないのですから」

「あら、ごめんあそばせ」

 

 セリーヌは着道楽で、通販好きであった。

 

 誠から通販の仕方を教わり、大学や企業、投げ銭で得た報酬を使って様々な服を買っていた。他にも書籍や玩具、ガジェットなども好んで買っている。セリーヌは今、霊廟一階の空き部屋を私室として占領しているが、そこには通販で買った様々なものが足の踏み場もないほどに転がっている。中にはダンボールに入ったままのものもあり、そろそろアリスは注意しようかと思っていた。

 

 だが、アリスは気付いた。セリーヌは、意図的に道楽に耽っているのだ。そうしなければ心が保てず、良い動画を作れないから。焦れば焦るほど、アリスのフォロワーを増やし目標に届かせることから遠ざかってしまうから。

 

「無理をさせていたんですね」

「そんなことはありませんよ、楽しんでいます。……ただ、寝る前にほんの少し、仲間のことを思い出して侘びています」

「セリーヌ……」

 

 アリスは、目の前の少女を悲しいと思った。

 

 きっと、セリーヌに夢中になっている視聴者は、きっと彼女の懊悩に気付くことはないだろう。自分自身の焦りさえも騙すほどの完璧な演技は、決してアリスにはできないものだった。

 

「それに……魔王と戦っていた頃は、あなたとなんの気兼ねもなく遊びたいと常々思っていました。宮殿の晩餐会に連れてってあげようと思っていました。歌や踊りに興じたり、あるいは盤上遊戯をしたり……ああ、絵師に肖像画を描いてもらおうとも思っていました」

「ふふふ、似たようなことは全部やりましたね」

「ええ。夢が叶いました。それを与える人が私ではなく異世界の人であったことは少し残念ですけれど」

「……誠のことは、嫌いですか?」

「まさか。嫌いではありませんよ。お人柄は好ましいですし。……ですがあなたに言い寄る人に対しては誰であっても複雑ですね。私だけではありません。あなたの親衛隊のみんな、抜け駆けしてアリスを口説くのを紳士協定で禁止していたはずです」

「えっ!? それ初めて聞くんですけどぉ!?」

 

 アリスが驚いてセリーヌの顔を見る。

 セリーヌはそれが面白く、くすくすと笑った。

 

「もしバレたら全員が『一発殴らせろ』くらいのことは言ってくるでしょうから、誠さんには頑張ってもらいましょう」

「やめてください。その前に私が皆を殴り倒しますよ」

「じゃあ私が代表して何か悪戯でもしてさしあげましょう。それでよいですか?」

「まったくもう……そもそもあちらの世界には行けないではないですか」

「ですが、触れることはできると思いますよ。『鏡』はあくまで先へ進もうとする人の力を弾くだけ。私の予想が正しければ境界面においてのみ接触は可能です。そのうち試してごらんなさい」

「ッ!」

 

 アリスは羞恥で顔を赤らめた。

 もしかして誠とアリスが『鏡』越しに口づけを交わしたことがバレたのか、と危惧したが、セリーヌはそういうわけではないようだ。それ以上のことを話す気配も、からかう気配もない。

 

 アリスが内心で安堵したとき、セリーヌの釣り竿の先端が上下に揺れた。

 

「あ、来ました……あれ、重っ……?」

「セリーヌ、竿を離さないで。そのままリールを回して」

「はい……!」

 

 ばしゃばしゃと水面が揺れる。

 二人の視界にも魚が見えた。

 リールを回し、ぐいぐいと引き寄せる。

 転びそうになるセリーヌをとっさにアリスが支えた。

 

「ほら、セリーヌは釣り上げることに集中してください」

「はっ、はい! 行きますわ!」

 

 水面から引き上げられた魚は、太陽の光を照り返し眩しく輝く。

 籠に入れてもなお勢いよく跳ねて動き回り、セリーヌは物珍しそうに見つめている。

 アリスが、それを微笑ましく見つめた。

 

「セリーヌ。確かに、私は誠から様々なものを与えられました。ですが……一緒に釣りをしたことはありません。それで許してあげてください」

「アリス……」

「釣りは楽しかったですか?」

 

 アリスの言葉に、セリーヌはじんわりと微笑んだ。

 目に滲んだ涙は、演技でも嘘でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 色々と聞かれたくない会話も録音されてしまったので、動画編集は誠の手を借りずにアリスとセリーヌが四苦八苦しながら成し遂げた。できあがった動画は20分ほどの内容で、前半10分は和気あいあいと、時には口喧嘩しながらも釣りを楽しむという流れだ。

 

 後半10分では、釣った魚を焚き火で焼いて食べ、故郷の民謡を歌うという内容だ。背格好も肌の色も違うはずなのに、視聴者にとって二人は仲睦まじい姉妹のようにしか見えなかった。

 

 

 

 



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◆コーヒーを淹れてみた / フォロワー数 469,235人  累計good評価 10,178,574pt

 

 

 

 その後もアリスとセリーヌのコラボ動画が続く内に、セリーヌに傾いていた応援が少しずつアリスにも届くようになり、チャンネルフォロワー数とアリスの得られたフォロワーパワーの乖離が小さくなっていった。

 

 そしてアリスがどれくらいレベルアップしたかを確認するため、玄武へのタイムアタック攻略が始まった。「てめーらもう次の階層にさっさと行けよ!」と怒られつつも、攻略タイムを短縮すると「やるじゃねえか!」「無駄な動きが増えたぞ、フォロワーパワーに溺れてんじゃねえ」「敵の弱点を突こうと考えすぎても相手に読まれる。もっとフェイントを巧く使え」などと感想戦に付き合ってくれた。いい人だった。

 

 ちなみに玄武タイムアタック攻略は定期的に動画投稿され、出る度にコメント欄に「いつもの」「ベンチマーク先生ちわっす」「玄武先生にお茶くらい出してやれよ」「投げ銭させろ」などの挨拶コメントが届く。玄武はフォロワーからも愛されキャラだった。

 

 こうした活動の結果、セリーヌの配信者としての役割が早くも終わりつつある。これ以上セリーヌが顔を出して存在感をアピールすることは、チャンネルフォロワー増加には貢献しても、アリスの力には貢献しないからだ。

 

「……というわけで、『永劫の旅の地ヴィマを学ぶ』の講座はこれにて終了となります。

 

 企業、大学との連携や書面での質疑応答は今後も継続する予定ですが、私の本来のお仕事が忙しくなるため、定期的な配信はこれにて終了となります。時間があるときはまたこうして配信したいとは思うのですが、しばしのお別れです。

 

 本日まで応援してくれたみなさん、本当にありがとうございました。

 

 私がいないときも、ちゃーんとお勉強しましょうね。約束ですよ♪」

 

 半分ほどは事実で、半分ほどは嘘である。

 

 セリーヌは、国への蜂起を具体的に検討する段階に入った。

 現在、アリスのチャンネルフォロワー数は46万9,235人。目標値の100万までほぼ半分という段階だ。フォロワーの増加速度を考えると100万が確実な数字なのかどうかはまだ読めないが、10万程度の頃に比べたら格段の進歩であった。本来のセリーヌの仕事に戻る日が近付いていた。

 

「……配信終了、と」

 

 セリーヌは名残惜しさを感じつつもタブレットをタップし、配信アプリを閉じた。

 

 一ヶ月ほどの配信者生活の中で、セリーヌはスマホやタブレット、その他配信機器の使い方をすっかり覚えた。ついでに通販の仕方も覚えた。服はすでに百着以上買っている。スマホとタブレットも自分専用の端末を購入して遊んでいる。地球側の数学や物理、化学などの本も購入した。また、空撮用にドローンもいじりたおした。4K画質で録画できるビデオカメラにもこだわっていた。

 

 セリーヌは、スプリガン以上に現代のデジモノや文化に浸りきっている。これ以上喜びや楽しみを覚えてしまえば、王国に帰りたくなくなってしまうのが目に見えていた。そろそろ帰り支度をしなければならないと、セリーヌは寂しい決意を抱いていた。

 

「アリスー、配信終わりましたわー。お部屋戻ってきて大丈夫ですよー」

 

 セリーヌが生配信しているときは、アリスは部屋の外に出ている。一緒に配信したり、視聴者を喜ばすために偶然を装って背景に映り込むときも多かったが、今回はセリーヌ単独の動画の最終回だ。流石にアリスも今回ばかりは映り込みを遠慮していた。

 

「ん? アリスなら外に行ったよ?」

「あら、珍しい」

 

 廊下に出ると、スプリガンがアリスの向かった先を指で指し示した。

 

「今度配信で使うアウトドアグッズを試しておきたいんだって。携帯コンロでお湯沸かして、コーヒー淹れたりマシュマロ炙るみたい」

「あら、それも乙ですわね。ご相伴に預かろうかしら」

「いーねー。あとドローン飛ばそうよ」

「面白そうですわね。ゲームもドローンも、とても参考になります。そういえば天の聖女もああして空を飛んでいて、羨ましく見て……あれ? ドローン……。機体を空を飛ばし、それを操縦する……あれ……?」

「どうしたの?」

 

 ふと、セリーヌの頭になにかが思いついた。

 だがそれは、まだ具体的な形とはならなかった。

 気にせずアリスを迎えに行こうと頭を切り替える。

 

「い、いえ、なんでもありませんわ。それじゃ外で遊びましょうか」

「うん!」

 

 セリーヌとスプリガンはデジモノやガジェット好きという点で嗜好が一致していた。

 暇なときは二人でゲームをしたりドローンを飛ばしたりしており、今日も仲良く二人並んで歩く。

 

 霊廟の外に出ると、ちょうど日が沈みかけていた。

 

 真っ赤な太陽が沈みゆく数十分だけの、青と赤の混じり合う神秘的な薄明。

 

「マジックアワーだ」

 

 スプリガンがぽつりと呟く。

 地球側の撮影用語で、魔法のように美しい写真が撮れてしまうことからそう呼ばれる。

 セリーヌもスプリガンも、ビデオカメラのテクニックを調べる内に色んな用語を覚えていた。

 

 セリーヌは、何も言わずにカメラを構えた。

 スプリガンも空気を読んで声を一切出さず、静かに佇んだ。

 

 被写体は、アリスだ。

 

 アリスがアルミ製の小さなテーブルの上に携帯用コンロを組み立て、着火した。

 ポットの湯を沸かしている。

 同時に、キャンプ用の手動コーヒーミルを使って豆を挽き、挽きたての豆の香りを楽しむ。

 そうするうちにポットの湯が沸騰し始めた。

 アリスはフィルターやマグカップを用意してコーヒーを淹れ始めた。

 

 ミニテーブルとコンロは傷一つない新品で、艶やかな銀色がマジックアワーの複雑な光を照り返している。

 一方でポットとマグカップは使い古された渋みがあり、そのミスマッチがひどく絵になっている。

 

 だがもっとも絵になるのは、マジックアワーを迎えた砂漠を見つめながら、一人静かにコーヒーを飲むアリスの姿だ。

 

 寂しく、儚げで、だがどこか幸福さを感じさせる佇まい。

 

 その輝ける一瞬を捉えることに、セリーヌは全神経を集中させた。

 

「……おや、セリーヌ? って、勝手に撮らないでくださいよ」

 

 アリスがセリーヌたちに気付き、にやっと笑った。

 今までの儚い少女の佇まいは消え、そこに居たのはいつもの快活なアリスだ。

 その見事な転身にセリーヌは言葉に詰まった。

 今の自分の手元にカメラがあったことを、心の中で神に感謝した。

 

「すみません。とても良い絵でしたので……つい撮ってしまいました」

「ん? コーヒー飲んでるだけじゃないですか。あなたたちも飲みますか?」

「バリスタの練習とは気が早いですね。どこかのレストランに就職するおつもりですか?」

「そ、そういうのではありません!」

 

 アリスが顔を赤らめて怒い、セリーヌとスプリガンがくすくすと笑った。

 

 

 

 

 

 

「どうです……良い動画でしょう?」

 

 セリーヌの撮った映像に、誠と翔子は釘付けになった。

 

「凄い……。セリーヌさん、カメラマンの才能があるんじゃないか……?」

「ぐっと来るね。カメラマンの映像作品って言われても違和感ないよ」

 

 映像の内容はただアリスが、砂漠と霊廟を背景にしてコーヒーを淹れて飲んでいるだけのことだ。だがその日常の切り取り方がずば抜けていた。

 

 この霊廟でしか撮れないであろう光と色彩を、これ以上なく美しく切り取っている。

 同時に、普段カメラが回っている瞬間には決して出せないアリスの静謐な表情を捉えている。

 この動画には、今までに決して撮ることのできなかったアリスの魅力が詰め込まれていた。

 

 夕暮れの切なさ。

 砂漠のそよ風。

 挽き立ての豆の香り。

 まるで自分が体感しているような錯覚を見る者に与える。

 

 そしてセリーヌに気付いて振り返り、「勝手に撮らないでくださいよ」とはにかむ瞬間があまりに眩しかった。カメラの向こう側の人間への完璧な微笑み。セリーヌは自分で撮影していながら叫び出しそうになった。これは絶対にバズる、と。

 

「え、ええと……そんなに褒められると恥ずかしいのですが……」

「いや、これは凄い。そこらのモデルやアイドルなんかよりも遥かに美少女だ。今までのコメディタッチのキャラクターとギャップも凄いし絶対にみんな反応する」

「ギャップってなんですか、ギャップって! まるでいつもコメディやってるみたいな言い方やめてください!」

 

 アリスが恥ずかしそうに怒る。

 だが全員、セリーヌの撮った動画に夢中で、アリスの文句に耳を貸すこともない。

 

「配信者としてもカメラマンとしても、セリーヌさんは素晴らしい腕前だったと思う。ありがとう」

「そこは私も認めざるを得ません。天才はこれだから困ります」

「ふふ、国に戻る前に、この動画が撮れてよかったですわ。私の配信者生活で一番の成果です」

 

 誠とアリスの褒め言葉に、セリーヌは嬉しそうに笑った。

 

 そしてこの撮った動画は、『夕暮れ時』という端的な名前で投稿された。

 

 今までは文章系のタイトルを付けて、サムネイル画像にも大きく目立つフォントで文字入れをしていたが、今回は情報をできる限り削ぎ落とすような内容に編集した。

 

「この動画だけ動画一覧の中で地味で、目立たず埋没してしまうのではないか」という心配がアリスに湧き上がったものの、幸いなことに大きな反響をもたらした。

 

 丁度、ファンが勝手に動画を切り貼りしてアリス絶叫集ver6や人力ボカロ動画を作ってそれなりのアクセス数を稼いでいたタイミングに、アリスが今まで見せなかったまったく新たな美しさを示され、フォロワーはことごとく魅了された。

 

 ついでに、カメラや撮影のマニアも飛びついた。幽神霊廟でしか撮影できない幻惑的な光景は彼らに火を付けた。もっと色んな動画や写真を見せてくれという要望がどしどし届く。

 

 こうしてついにフォロワーは50万人を突破した。

 

 目標の100万まで道のりは半分だ。

 

 

 ……その一方で、とある問題が起きつつあった。

 

 バズるという現象は必ずしもプラスの効果だけがもたらされるわけではない。

 

 アリスの動画は、厄介な連中に火を付けてしまった。

 

 『彼ら』に大きなヒントを与えてしまったのだ。

 

 『ところでアリスの婚約者って誰やねん特定班』に。

 

 

 

 



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フォロワー数 514,959人  累計good評価 12,059,796pt

 

 

 

 本日も『聖女アリスの生配信』の動画編集会議が始まった。

 

 普段は和気あいあいとしながらこういう動画を撮ろう、こんな企画はどうだろうというポジティブな話題で盛り上がるが、今日ばかりは「どーすんのこれ?」という重々しい空気から始まった。

 

「……ほんとーに申し訳ございませんでした!」

「まあまあ落ち着いて、セリーヌさん。そもそも俺が最終チェックで見逃してゴーサイン出しちゃったしな。責任云々を言うなら俺のせいだし」

「ですが……」

「今更慌てたって仕方がないさ」

 

 セリーヌが『鏡』の前で平伏するように誠に詫びていた。

 事の発端は、アリスの動画『夕暮れ時』で使ったポットだ。

 

 アリスは、なにげなく誠からもらったものを使っただけだった。

 通販で買えるもので、そこまで珍しい種類のものではない。

 

 だが、持ち手のところに、ほんの僅かな引っかき傷がついていた。セリーヌが撮影に使った4Kカメラは確かにその傷を映し出していた。

 

 そして、まったく同じ傷のあるポットが、アリスとは別の動画から発掘されてしまった。

 それは料理系動画を投稿している『しろうさキッチン』というチャンネルの動画だ。ポットの傷の一致に気付いた人は「アリスのマネージャーはしろうさキッチンの配信者『しろうさシェフ』ではないか?」という仮説を上げ、検証まとめサイトでは今まさに盛り上がりを見せていた。

 

 これを誠たちは座視しているわけにはかなかった。

 この『しろうさシェフ』とは、まさしく誠のことだからだ。

 

「よくもまあ見つけ出せるもんだね……。偶然だろうとか、よく見れば違うとか赤の他人のふりして書きこんで、なんとか誤魔化せないかね?」

 

 翔子の楽観的な言葉に、誠は首を横に振った。

 

「……今はまだ半信半疑の人もいて疑惑の域を出てない。けど、このまま特定を進められたら意図しないところから確定的な証拠が出てくると思う。可能な範囲で俺の痕跡は消してるけど、こういう人の推理力は甘く見ない方が良い」

 

 以前、誠はアリスの生放送で声が入ってしまったことがあった。スプリガンに襲われたときに大声でアリスを呼びかけている。後で動画を編集して誠の声は消したが、そのとき生放送を見てた人間はまだ記憶に残っていたらしく『しろうさシェフと声が似てる気がする』という書き込みもあった。

 

「じゃあ、どうする?」

 

 スプリガンの言葉に、全員がうーんと唸った。

 

 誠や翔子はもちろん、霊廟側の人間も「アリスのスキャンダル」が大きな問題になると予想できる程度には地球の文化・芸能に染まっている。この対処を一歩でも間違えたとき、フォロワーがフォローを外し、称賛が非難へと変わり、極論が暴論を呼ぶ。

 

 再生数が再生数を呼ぶ「バズ」と現象はよく似ているが、ネガティブな感情や人気の衰退というマイナスをもたらすものは「バズ」とは呼ばれることはない。

 

 俗に言う「炎上」であった。

 

「ど、どうしましょうか……?」

 

 アリスが青い顔をして恐れ慄いている。

 

 無理もないと誠は思った。今までこの50万という数字を築き上げたのはアリス自身だ。それが失われることは、ただ単に聖女としての権能や力が弱体化するだけの話ではない。追放されて行き着いた場所で、もう一度「お前の顔なんて見たくない」というメッセージを突きつけられる。

 

 それはなんと残酷なことだろうと、誠はアリスの恐怖を想像した。

 

「パッと思いつくのは、噂が沈静化するまで活動を控える……などでしょうか。あるいは、噂など一切ないものとして無視して活動を継続するか」

「そうだね、気にしないってのが一番な気がするなー。人間ってけっこう飽きっぽいし」

「守備や防御力は大事じゃ、うむ」

 

 セリーヌの提案に、スプリガンとガーゴイルがうんうんと頷く。

 アリスも具体的な方針が見え始めて、こころなしかほっとした顔を見せる。

 

「……いや、ダメだ」

 

 だが、誠は首を横に振った。

 スタッフ全員が意外な顔をして誠の顔を見る。

 

「まず、活動自粛はマズい。確かに効果はあるけど勢いもなくなる。そうなってからもう一度勢いを取り戻すのは難しい。多分、まったく新しい人をデビューさせて50万フォロワーに届かせる方がまだ簡単かもしれない」

「飽きられたらおしまいか……。人気商売は辛いね」

 

 翔子が苦い顔をして頷いた。

 

「じゃあ、気にしないって方向は?」

 

 スプリガンの言葉に、誠は頷きつつも反論した。

 

「それも有効だと思う。けど証拠を突きつけられて黙ったままだと、スキャンダルや炎上の可能性は大きくなると思う。それに好奇心を刺激してここに忍び込まれて『鏡』を発見されたらマズい。強盗まがいのことを考える記者や炎上系配信者が現れたっておかしくない」

「あ、そっか。『鏡』になにかがあったらヤバいんだね」

 

 スプリガンの言葉に、翔子が頷いた。

 

「そこなんだよ。産業スパイが現れたっておかしくはないからねぇ……アレを前もって用意しておいて良かったよ」

「前もって? なにか買ったのですか?」

 

 翔子の意味深な言葉に、アリスが問いかける。

 翔子は、待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。

 

「コンテナハウス」

「こ、こんてなはうす?」

「ウチの工場の空き倉庫の中に、誠がカンヅメ生活を送れるスペースを作っておいたのさ。誠は『鏡』や機材と一緒にそっちに移ってもらう。流石に狭くはなるけど、監視カメラはちゃんとあるし警備会社とも契約してるから、下手にマンションや事務所を借りるより安全だよ」

 

 翔子の言葉に、誠が頷いた。

 

「そういうことにしたんだ。ちょっと事後承諾みたいな感じになっちゃって悪いんだけど、セキュリティのために配信収益を崩して引っ越しをする。夜逃げっぽくコッソリ」

「それは構いませんが……お店はどうするんですか?」

 

 アリスが心配そうに尋ねる。

 

「2、3ヶ月休業するよ。アルバイトには悪いけど休業補償を払ってしのいでもらう」

「その程度の期間でなんとかなるものでしょうか……?」

「ああ。上手く行けばそんなに時間は掛からないと思う」

 

 誠の意味深な言葉に、アリスはますます疑問を深めた。

 そこに、セリーヌが微笑みながら口を挟んだ。

 

「誠さん。用意周到なのは褒められるべきところですが、そこまで準備を進めたからにはなにか作戦がある……という理解でよろしいのですね?」

「もちろん。それをこれから説明をしたい……んだけど、その前にセリーヌさんと二人だけで話したいことがあるんだ。悪いけど、みんなちょっと席を離れてくれるか?」

 

 

 

 

 

 

 誠の言葉を不思議に思いつつも、全員が意を汲んで席を外した。

 

「そういえば、こうして二人でお話するのは珍しいですね」

「ああ、確かに」

 

 セリーヌが感慨深い様子で呟き、誠もうなずく。

 

「……改めて、直接お話しなければいけないとは思っていました。アリスを助けてくれて、こうして手伝ってくれて……本当にありがとうございます。なんとお礼をすればよいのかわからないほどです」

 

 セリーヌがそう言って、柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「いやいや、大したことじゃないよ」

「革命が成功すれば領地や官位などもご用意できますが」

「俺がもらっても仕方ないかなぁ……悪いけど辞退するよ」

「あら残念。色々とお手伝いをお願いできたのに。あなたみたいな人が国にいてくれたら心強いのですが」

 

 セリーヌが冗談交じりにくすくすと笑いをもらし、誠もつられて笑った。

 

「でもちょっと意外だな。苦手に思われてるかなって思ってたもんで」

「……ソンナコトナイデスワ」

「なんで片言?」

 

 セリーヌが微妙に目をそらす。

 

「い、いえ、そういう機微を表に出さないのは得意だと思っていたので……そ、そうですか、ばれていましたか」

「あー、いや、勘が働いただけというか……。もしセリーヌさんの立場だったら俺のこと微妙に気まずいだろうなって。アリスとのケンカの原因みたいなもんだし」

「おほん! た、確かにそういうところがないとは言えません」

「はい」

 

 セリーヌが咳払いをして、ゆっくりと話を始める。

 

「……私にとって、アリスは妹のような存在でした。生まれこそ違いますけど10年近く共に過ごし、いろんなことを教えましたし、いろんなことを教わりました。苦楽を過ごしました。可愛がっている家族が嫁にいってしまうような気分になって……」

「アリスも、姉のような人だと言ってたよ」

「あら、それは嬉しいですわね」

 

 その言葉とは裏腹に、セリーヌの顔には陰りがあった。

 

「ですが……アリスが裁判に掛けられた日、どうしてもアリスを助けるという決断ができませんでした。アリスを追放する名目で開かれた裁判は私をおびき出して殺すための罠でしたから。側近にも止められたとは言え、最終的に納得して受け入れたのは私自身です」

「……セリーヌさん」

「殺されないだろうとは思っていました。アリスを殺してしまえば、アリスを信奉していた者たちを刺激して破れかぶれになるかもしれませんから。でも、そうはならない可能性も当然あって……私は目をつぶりました。だから『アリスの姉です』などと言う資格は、私にはないんです。あなたを見ていると、アリスを救えなかった自分の情けなさを感じて……少し、つらくて」

 

 絞り出すように、セリーヌはつぶやく。

 だが、すぐに恥ずかしそうに口元を押さえ、明るい表情を取り戻した。

 

「ああ、なんだかすみません、誠さんからお話があるのに私の話ばかりで」

「いや、いいんだ。むしろ聞けて嬉しかった。だからこそセリーヌさんに相談したいことがある」

「だからこそ……?」

「ちょっと耳を拝借」

 

 セリーヌは首を傾げつつも、誠に耳を貸した。

 

 そして話の内容に、「うえあっ!?」と素の驚きの声を上げた。

 その内容があまりにも突飛で、リスキーであったからだ。

 

「しっ、し、失礼、つい声が……」

「いえいえ」

「ええと、誠さん……それ、本気でやるおつもりですか?」

 

 セリーヌの少々引き気味の声に、誠はしっかりと頷いた。

 

「ああ」

「アリスではなく、あなたが炎上しますわよ? 私やアリスは炎上したところでこちらの世界で生きていけますが、あなたが炎上したらあなた自身の人生がどうなるかわかりません」

「ああ」

「今のアリスのフォロワーは51万4959人。その全員から敵意を向けられることになります。地球の文化には疎いのですが、殺害予告が届いたり、付け狙われたり……ということも十分ありえるでしょう」

「俺個人の印象は悪くなるかもしれないけど、アリスの方は大丈夫だと思う。少なくとも、一時的には祝福がたくさん来てアリスの力になる」

「それはそうでしょうけど……」

 

 セリーヌが逡巡する。

 

「やはりリスクが高いと思います。あまり賛成はできませんし、アリスも……いや、アリスは喜ぶかしら? でも、ううん……」

「そこは俺が説得します」

「……誠さんに、前々から聞こうと思っていたことがあります。なぜ、そうまでしてアリスを助けようとするんですか? 元はと言えば見ず知らずの他人。あなたとは関わりのないことでしょう?」

 

 セリーヌの言葉に、誠は苦笑を浮かべた。

 

「アリスもセリーヌさんも、俺がまるで聖人君子かなにかみたいに思ってるけど、そこは勘違いだよ」

「勘違い?」

「俺だってアリスに助けられた側なんだよ。アリスがバズらなきゃ今頃借金して、更に借金を返すための借金をして、きっと首が回らなくなってた。この家を担保にして失って路頭に迷う……ってのも現実的にありえたよ」

「疫病の影響ですか」

「コロナのせいで客がちっとも来ない。けど今や広告収益はどんどん入金されてきて生活に不自由はしないし、お店を休業してもアルバイトたちに出すお金も満額用意できる。俺と従業員の生活を救ってくれたのはアリス、そしてセリーヌさんだよ。ついでにガーゴイルとスプリガンも」

「ならばこそ、無理をしなくてもよいではありませんか。お互いに助け合っているならばあなたがそこまで気に病むこともありません」

 

 セリーヌの言葉に、誠は首を横に振った。

 

「でも、命を張って冒険するのって、アリスばっかりなんだよな。俺は魔物にも敵にも襲われない安全なところにいて動画編集したりマネージメントしてるだけで。リスク負ってないのって俺だけだよ」

「しかし……」

「たまには体を張りたいんだ。いや体は張ってないか。でも人生は賭けてるとは思う。だからセリーヌさん。俺がやろうとしてることに協力して欲しい」

 

 セリーヌは黙り込み、考え続けた。

 誠も、何も語らずに待ち続けた。

 時計の秒針が何回か回った頃に、セリーヌがようやく口を開いた。

 

「誠さん」

「はい」

「『鏡』に近寄ってもらえますか?」

「え、ああ、はい」

「もっと近く。額を『鏡』にくっつけて」

「いいけど……いてっ」

 

 誠が驚いて『鏡』から離れた。

 セリーヌは誠の額を中指で弾いたのだ。

 困惑して誠はセリーヌを見つめる。

 

「えーと、それにどういう意味が……?」

「特に理由はありません。あえて言うなら……こちらの世界のアリスの結婚に納得しない人のかわりに、『一発叩いておきました』と言い訳するためでしょうか」

 

 セリーヌがくすくすと笑う。

 そして笑いが静まったあたりで再びセリーヌは誠と正面から向き合った。

 

「協力します。準備を整えましょう」

 

 

 

 



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◆『聖女アリスの生配信』と『しろうさキッチン』から大切なお知らせ / バズれアリス

 

 

 

◆『聖女アリスの生配信』と『しろうさキッチン』から大切なお知らせ

 

 

 

 みなさん、はじめまして。

 

 えー、お前は誰だと皆さん思ったことでしょう。

 

 このチャンネルに配信者として出てくるのは初になります。

 

 料理系動画の配信チャンネル『しろうさキッチン』の配信者、しろうさシェフです。

 

 調べればすぐにわかることなので初めから言っておきますが、私は茨城県のとあるレストラン『しろうさぎ』の経営者をしています。

 

 ちなみにレストラン『しろうさぎ』はただいま休業中です。

 近隣のご迷惑や密を避けるため、直接のご来店は控えていただくようお願い申し上げます。

 

 もし「どうしても直接話を聞きたい」というご要望が多い場合は、このコロナが収束した後に会見などを実施することも視野に入れておりますので、今はまだどうかご辛抱のほど、重ねてお願い申し上げます。

 

 さて、話を戻します。

 

 『聖女アリスの生配信』においては、この私、しろうさシェフがマネージメントや編集を担当しています。

 

 そうです。

 

 私が、アリスの動画配信チャンネルを作ることを提案しました。

 

 初めて私がアリスと出会ったとき、彼女はひどく消耗していました。

 

 その一方、私はコロナ禍など店舗経営に非常に苦しんでいました。

 

 二人で協力してこの困難を打破しようと頑張ってまいりました。

 

 ここまでの足跡はあえて語るまでもないとは思いますが、色んな動画を取ってきました。

 

 自己紹介をしたり。

 

 ホムセンの斧や鉈でモンスターをハントしたり。

 

 武器を作って戦ったり。

 

 スプリガンとケンカをしたり。

 

 ご飯を食べたり。

 

 釣りをしたり。

 

 あちらの世界の歌や踊りを撮ったり。

 

 期間は言うほど長くはないのですが、とても濃密で得難い時間だったと思います。

 

 しかし。

 

 強く望みながら、どうしてもできないことがありました。

 

 アリスがこちらの世界に来ることです。

 

 今、私の後ろにあるものが見えますか?

 

 鏡のように見えますが、鏡ではありません。

 

 どうぞ見ててください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ?

 

 トラブルかな?

 

 おーい、アリスー。

 

「え、えーと、出てこなきゃだめなやつですか?」

 

 そりゃダメだと思うけど。

 

「い、いきます」

 

 あ、来た来た。

 

 ご覧の通り、アリスです。

 

「こ、こんにてぃわ……アリスです」

 

 あ、噛むの珍しいね。

 

 ていうか初めてでは?

 

「このタイミングでそういういじりやめてください」

 

 ごめんなさい。

 

「えー、あらためましてこんにちは。ご紹介に預かりました、アリス=セルティです」

 

 こんにちは。

 

「あなたが私に挨拶してどうするんですか」

 

 怒られました。

 

 真面目にやります。

 

「今日はちょっとおめかししてます。この青いドレスや髪飾りは、エヴァーンの正式な衣装なんです。なんのための正式な衣装かと言うと……まあ、動画を最後まで見ればわかると思います」

 

 というわけです。

 

 この『鏡』ですが、ご覧の通り、アリスの部屋と繋がっています。

 

 私は今までこれを通して、食料や生活物資などを送りました。

 

 例えば今、私の手にボールがあります。

 

 えいっ。

 

「はーい」

 

 ナイスキャッチ。

 

 えー、この通り、投げたボールがこの通りすり抜けました。

 

 その他、食パンとかジャムとか、鋼材とか、なんでもすり抜けます。

 

 生き物以外は。

 

「人間とかは鏡の表面で弾かれてしまうんですね」

 

 今、アリスが『鏡』を触っていますが、パントマイムとかではないです。

 

 体重をかけてマイケル・ジャクソンみたいな姿勢になっても、ほら、ご覧の通り転びません。

 

 とはいえ、アリスならマイケル・ジャクソンみたいな無茶苦茶な姿勢をしても大丈夫なんじゃないかと思われるでしょう。

 

 ですので検証として、今からおもしろいものをお見せします。

 

 幽神霊廟の地下6層にいた、トカゲです。

 

「はい、なんの変哲もないトカゲです。多分地球にいるのとそんなにかわりないと思います。これを鏡の表面に誘導して……はーい、こっちですよー、パンの切れっ端あげますからねー」

 

 ……ほら、どうです?

 

 空中に浮いてるように見えるでしょう?

 

 生き物のときだけ、『鏡』は押し返すんです。

 

 トカゲもこちら側に来られず、普通に壁を歩いてるような感じになります。

 

「はい、おしまい。ケージに帰りましょうねー」

 

 すごいでしょう?

 

 まったく意味がわかりません。

 

 ですのでこの『鏡』については、近日中に大学の研究機関にお譲りして、そちらで調査、研究をして頂くことになっております。問い合わせ先はこの動画の説明欄に記載しておりますので、そちらの方にご連絡をお願いします。

 

 手放す理由としましては、私たちにとって『鏡』の詳しい仕組みやメカニズムは、さほど大事なことではないからです。

 

 私たちにとって大事なのは、トカゲも人間も同様、ここを通り抜けられない……という純然たる事実です。

 

 アリスの暮らす霊廟の主人であり、ヴィマの神である幽神様が決めたことであり、通常この規則を曲げることはできません。アリスはこちらに来られず、私もあちらへは行けません。

 

 今まではそれで問題ありませんでした。

 

 一緒に食事もできました。

 

 カメラを渡して撮影してもらうこともできました。

 

 一緒に生活するにあたって、不自由はありませんでした。

 

 コロナ不況で飲食店への自粛が求められながらも、なんとかやってこれました。

 

「私は、国を追われて、霊廟の探索を命じられて、明日を生きることさえ危い状況でした。

 どうやって生きていくべきか。

 いや、そもそも生きるべきか、死ぬべきかさえ迷っていました。

 自分に明日があるなんて、信じられませんでした」

 

 二人で協力して、苦労を乗り越えて、今日まで生きてこられました。

 

「新たな夢や目標を持って、前を向いて歩くことができました」

 

 アリスと出会えて、本当に良かった。

 

「私も、この人と出会えて本当に良かったです」

 

 ですが、私はさらに前に進みたい。

 

 手を取っていろんなところに出かけたい。

 

 一緒にキッチンに立って、料理をしたい。

 

 つらいとき、苦しいときに、『鏡』を隔てずに側にいてあげたい。

 

 将来がまったく予測もできないこんな世の中でも。

 

 いや、こんな世の中だからこそ。

 

 手を取り合って、人生を生きていきたい。

 

 アリスにこちらの世界に来て欲しいと、強く思っています。

 

「私も……掴んだ手を、離したくありません。この幽神霊廟を踏破し、幽神に特例措置をお願いし、地球へ行くことを決意しました」

 

 私、「しろうさキッチン」のしろうさシェフは宣言します。

 

「私、「聖女アリスの生配信」アリスは宣言します」

 

「「私たち、結婚します」」

 

 

 

 

 

 

「結婚しちゃヤダー! うわああああーーーーん!!! 生配信以来ずっと追いかけてきたのにぃいいいいい!!!」

 

 吉沢太一郎は大学生であり、配信者である。

 

 そして、『聖女アリスの生配信』の熱狂的な信者である。

 

 初めての生配信以来、ずっと吉沢はアリスの動画を追いかけてきた。セリーヌが登場したときはティンと来てうっかり動画サイトの天井まで投げ銭をしてしまったが、それでもやはりアリスの方が好きであった。婚約者がいるということは当然知っていたが、今の今まで忘れていた。いや、忘れたことにしていた。

 

 特定班が手がかりを求めて動いているのは知っていたが、冷ややかに見ていた。「こういうのはミステリアスだからいいんじゃないか」と思っていた。

 

 だが吉沢は本音のところで、アリスの結婚など知りたくなかった。

 

 嘘偽りのない本音をぶちまけ、縦横無尽に活躍し、自分よりも大きな魔物を倒す。

 

 英雄的でもあり、少女らしくもあるアリスに、ぞっこんだった。

 

 だがそれでも、アリスの苦労が報われると思えば、吉沢はこの言葉を呟かざるを得なかった。

 

 今まで吉沢は、ずっとアリスが頑張る姿を見てきた。

 

 隙間風吹きすさぶ砂漠の遺跡に一人で暮らし。

 

 魔物と戦い。

 

 生放送は邪魔され。

 

 戦い、歌を歌い、飲み、食べ、そして戦い、配信者として、冒険者として戦い続けたアリスの生き様を、結婚発表の配信で本人たちが言っていたこれまでの道程を、吉沢は愛していた。だからこそ吉沢は、悲しみだけに囚われてはいけないと思った。

 

 昔、どこかの男が街頭インタビューで呟いた、男の悲しみと意地と祝福の混ざりあった言葉が、吉沢の口からこぼれ出た。

 

「でも……幸せならオッケーです……!」

 

 

 

 

 

 

「ぃよし! 炎上してません! 好意的な反応が大多数です……!」

「再生数も段違いだよ! すっごい!」

「SNSの流行ワードも『結婚』になったようじゃの! いやー、見ててハラハラしたわい……」

「ニュースや通信社も取り上げて、フォロワーもぐんぐん伸び続けてます……!」

「そうだ、この勢いでもっとバズれ……! バズれアリス……!」

 

 誠が珍しく昂ぶった様子でガッツポーズを取った。

 

 ここは、レストラン『しろうさぎ』ではなく翔子の会社『姫宮工業』の中にあるコンテナハウスだ。誠は『鏡』や配信機材とともにここへの引っ越しを済ませていた。

 

「ショックを受けてる人もたくさんいますし、疑問視する人も多いんですが、基本的には祝福のメッセージですね……。よ、よかったですけど……心臓に悪いですねこれは……」

「海外ニュースも新聞記事になったね。超大手の通信社から取材依頼がたくさん来てる……この対応も頭が痛いねぇ……」

「ガチ恋勢の人は悲しんでいますが、この吉沢さんという配信者が悲嘆に暮れつつも祝福していますね。彼に追随する人も多くいるようです」

 

 緊張が溶けて安心したのか、アリスが虚脱して机に突っ伏した。

 誠、翔子、セリーヌなど他のスタッフも同様で、快哉の声を挙げた後はすぐに倒れ込んでへばっている。

 

 アリスの婚約者特定班は、誠の予想通り思いもよらないところから証拠を探し集めていた。ポットのような物的証拠以外にも、「動画をカットするタイミングやエフェクトの好み」「マイクの音量や音質、ノイズの入り方」「マイクに混ざる微妙な生活音に共通点がある」「レストラン『しろうさぎ』の日替わりメニューとアリスの食事動画に使われてる素材が同じ」「テキストの改行や句読点の癖」「アリスがバズってからしろうさシェフの投稿頻度が落ちている」などなどの状況証拠が集まっていた。

 

 そこで誠はスタッフたちに「いっそ暴露しよう」と提案した。

 

『俺がアリスのマネージャーであることはいずれバレる』

 

『付き合ってることも、結婚を考えてることも、芋づる式にバレる』

 

『なら、下手に隠してこそこそするよりも、堂々と発表した方がいい』

 

『確かにアイドル的な配信者が結婚するというのは悲報だけど、世界全体で見たときは祝福をする人間の方が圧倒的に多いはずだ』

 

『特に、アリスが何者なのかは海外も注目している。異なる世界を跨《また》いでの結婚となると、わけもわからずみんなが祝福する』

 

『それに、コロナがあるから楽しいニュースが世の中に全然ない。毎日毎日、感染者が何人出て病床の使用率がどれくらいで……ってニュースが流れてる。これも大事な情報だって頭ではわかってるけど、どうしたって気が滅入っちゃうのは止められない。みんな『幸福なお知らせ』に飢えてるんだよ』

 

『だからもう、公式発表をしてしまおう。今こそチャンスだ』

 

 一番最初に説明を受けたセリーヌは、面食らいながらもアリスと誠の結婚を認めて協力を約束した。

 血のつながった家族のいないアリスにとって、実質的な仲人であった。

 

 そして仲人として様々な助言をした。

 

 アリスにどんな服を着せればいいか。

 

 結婚報告の内容に問題はないか、妙なヘイトを稼いだりしないか。

 

 結婚宣言配信の後に、スプリガンやセリーヌがメインの「アリスの結婚お祝い動画」を投稿してとにかく祝福ムードを作ってはどうか。

 

 そして、『鏡』の取り扱いにも気をつけよう……などなどだ。

 

「すでに目標の100万は目前です。200万オーバーもありえるでしょうね……では、しばしの別れです」

 

 この結婚において、一番のネックとなったのが『鏡』の取り扱いだ。

 

 誠がアリスの婚約者として姿を現し、アリスとの出会いの経緯を説明するにあたり、どうしても避けて通れないのが『鏡』についての説明であった。この『鏡』の持つ機能はあまりに驚異的すぎる。存在を明かせば、誠を害してでも手に入れようとする人間や組織が現れてもおかしくはない。

 

 だが誠の目的はアリスと共に過ごすことであり、『鏡』を独占することではない。むしろアリスが地球に来られるのであれば、もはや『鏡』は無用の長物となる。

 

 そこで誠は、『鏡』を手放す決断をした。

 

 以前セリーヌが講師として招かれた大学に譲り渡すことにしたのだ。

 

「引受先の大学の方からアナウンスを出してもらって質問窓口はあちらに請け負ってもらいます」

「打ち合わせが終わったら『鏡』を梱包しなきゃね……。念のためチャーター便でダミーのトラックを走らせて、本物の『鏡』はあたしが直接大学まで運ぶよ。いやあ、スパイみたいな真似は生まれて初めてさ」

「お願いいたします。翔子さん」

 

 幽神に頼んで地球に来るつもりのアリスとは違い、セリーヌ、スプリガン、ガーゴイルが、『鏡』なしで地球側とコンタクトを取るのは非常に困難になる。もしかしたら、直接会話するのがこれが最後かもしれなかった。

 

「こっちの方は問題ないさ。むしろそっちこそ頑張ってくれ」

「あんたと一緒に仕事ができて楽しかったよ」

 

 誠たちの言葉に、セリーヌがしっかりと頷く。

 

「万事お任せあれ。アリスをちゃんと送り届けます」

 

 そう言ってセリーヌは、鏡に手をおいた。

 ぱんと誠がその手を叩いた。

 続いて翔子も同じように叩く。

 小気味よい音が部屋に響いた。

 

「僕も最初は面食らったけど、数百年よりこの数ヶ月のほうが濃くて楽しかったよ」

「名残惜しいが、先へ征くものに試練を課すのみならず、見守ることこそが我ら守護精霊の務め。がんばるんじゃぞ」

「ありがとな。スプリガン、ガーゴイル。二人のおかげで助かったよ」

「人間以外の友達は初めてだけど良いもんだね」

 

 スプリガンとガーゴイルも、誠たちと『鏡』越しに手を叩く。

 

「それじゃ……アリス。待ってるから」

「アリスちゃん、がんばるんだよ。『餞別』はちゃんと持ったね?」

「はい、誠。翔子さん」

 

 アリスの表情からも先程の結婚宣言のときの嬉しそうな、もっと言えばデレデレとした気配は消え去り、今は強い覚悟に満ち満ちている。

 

 そしてアリスの後ろには、翔子から預かった『餞別』があった。2メートル近い長さのなにかが布で包まれている。アリスはそれを一瞥して、不敵な笑みを浮かべた。

 

「……少しだけ、待っていて下さい!」

 

 アリスもまた、皆と同じように誠と翔子と手を叩いた。

 

 こうして、最後の作戦が始まった。

 

 

 

 



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◆邪知暴虐の王の城を破壊してみた

◆エヴァーン王国 エヴァーン城 正門

 

 

 

 エヴァーン城の正門は静かだ。

 

 陽が沈む時刻。徐々に空が青みがかり、夜が訪れようとしている。

 

 そんな時間に用もなく正門の前にうろつく者は捕縛され、刃物の類を持っていれば兵に斬られることもある。それがダモス王の命令だ。民は疑いを招くことを恐れ、迂闊にここを訪れることはない。

 

 しかし門番長ドルグの目の前に、一人の不逞の輩がいる。

 

「物乞いか。酔っぱらいか。そこから一歩でも近寄ったら斬るぞ」

 

 ドルグは、ずたぼろのローブを被った不逞の輩を憐れに思った。

 

 ドルグは、エヴァーン王城正門を任される門番長だ。エヴァーン王城の警護を任されるためには下級貴族であっても問題ないが、人品は確かで実力は一級品でなければならず、正門を任されるとなると生半可な道のりではない。

 

 今のドルグがその職責を与えられたのは、人品と腕前があるのは無論のこと、とある仕事の成果があったためだ。

 

 罪人である「元」聖女アリスの、幽神大砂界までの護送をつつがなく完了したことである。セリーヌなどの反抗勢力に襲われることもなく命令を遂行したことを、ダモス王は大いに評価した。その結果、ドルグはエヴァーン城正門の門番長となった。

 

 しかし、ドルグの心中はその名誉とは裏腹に寒々しいものであった。

 

 本当は、アリスを助け、どこかに存在するというセリーヌの軍勢に加わりたかった。だが病床に伏す嫁を見捨てることもできず、ダモス王を裏切るという選択肢を選べなかった。

 

「ダモス王は冗談を好まぬ。酔っぱらいだろうが道化であろうが斬り捨てよと命じられておる。今一度言おう。去れ」

「門番長、もうよいでしょう。私が斬り捨てます」

「よい、下がれ」

「しかし温情をかけては王になんと言われることか……」

「下がれと言っている!」

 

 門番長ドルグの圧に押され、部下たちは事の成り行きを見守ることとした。

 

 それを見たローブの輩は、自分の懐からとある物を取り出した。

 

「折れた剣……? そんなみすぼらしいもので、王に歯向かおうというのか」

「いいえ。これこそは紛うことなき名剣」

「む!?」

 

 その朗々たる声に、ドルグは動揺した。

 

 死ぬ前に一矢報いようとした敗残兵であると思いきや、その声は自信に満ち溢れ、一点の曇りもない。

 

 なによりも、ドルグはその声に聞き覚えがあった。

 

 その一瞬の感傷に浸ったとき、不逞の輩の姿は消えていた。

 

「なにっ!?」

「ぐわっ」

「がっ……!」

「っ……!?」

 

 そして、ドルグの背後から悲鳴が漏れる。

 振り返ればそこには、見事に昏倒した部下全員と、ゆらりと佇む不逞の輩の姿があった。

 魔法でもなんでもない。

 凄まじい速さで折れた剣を振るい、10人の兵を圧倒したのだ。

 

「ば、馬鹿な……見えなかった……!」

「初見ばかりと思いきや、懐かしい顔に出会えました。幸先が良い」

「な、なにを訳のわからぬことを……!」

 

 ドルグは槍を不逞の輩に向けて、裂帛の気合いと共に踏み込んだ。

 しかし槍の穂先は、折られた剣で受け止められている。

 その一合でドルグは確かな敗北を感じた。

 小さな体躯の中に秘められた重厚で凄まじい力を感じ取り、へたり込みそうになる。

 

「……私は王を倒しに来ました。通して下さいますね?」

「俺の命などどうでもよい……しかし、どんなに力があろうと『聖女』には勝てぬ。殺されるぞ」

「大丈夫。諦めてはなりません」

 

 そのとき、不逞の輩はずたぼろのローブを脱ぎ捨てた。

 

「あっ……ああ……!」

 

 そこにいたのは、純白のドレスに身を包んだ小さな少女であった。

 ドルグは知る由もなかったが、それはどこか別の世界の花嫁衣装によく似ていた。

 

「あなたは……あなた様は……!」

「これなるは聖剣や魔剣にあらず。竜を叩き殺せども鱗を貫くことなく。しかし、クリスタルスパイダー15匹、デスワーム28匹、ダークスペクター5体、竜1頭、雑兵10名、精兵1名を倒し、私をここまで導いてくれました。これこそ名剣。これこそ私の運命」

 

 ドルグは、折れた剣を恭しい所作で受け取った。

 

「アリス様……!」

「ありがとう。さあ、部下を連れて下がりなさい」

「ははっ!」

「【アイテムボックス】」

 

 そして少女は、どこからともなく取り出した巨大な剣を担いだ。

 

「……さて、この忌まわしき城の命運も今宵限り」

 

 びゅうと風が吹いた。

 それは少女を中心に放たれている。

 その身に蓄えられた膨大な魔力が行き場を失い、暴風のように暴れている。

 ドルグは予感した。

 この日、今この瞬間、なにかが終わり、なにかが始まるのだと。

 

「地の聖女の権能と地球の加工技術の結晶! プロジェクト・ピザカッター最終ver.『城砦破断《ケーキナイフ》』が! この城の運命です!!!」

 

 

 

 

 

 

 

◆エヴァーン王国 エヴァーン城 裁定の間

 

 

 

「愚か者め! まだセリーヌは見つからぬのか!」

「申し訳ございませぬ、王よ……」

「あやつの権能がもっとも厄介だ。常に眼を光らせよ。貴様の瞼が閉じたときは首も落ちると心得よ」

「ははっ!」

 

 王の側近たちは震え、冷や汗を流しながら裁定の間から去っていった。

 

 憎き魔王を倒し、厄介な聖女たちを追放したエヴァーン国王、ダモス=エヴァーンはこの世の栄華を極めている。

 

 魔王によって国土を荒らされはしたが、それは周辺諸国も同様であり、エヴァーン王国がもっとも強大であることは揺らがない。聖女二人は去ったが、もっとも強い『天の聖女』がいる。国力そのものは大きく弱体化していても、ダモス王の治世を脅かすことができる者などどこにもいないはずだった。

 

 

 だというのに、ダモス王はなにかに怯えていた。

 黄金に輝く髪は逆立ち、切れ長の目は険しく歪む。

 

「お、王よ……。あなたを脅かす者などおりませぬ。もうお休みになられた方が……」

 

 『天の聖女』ディオーネが労るような声を掛ける。

 ダモス王によく似た切れ長の瞳は、憐憫に彩られていた。

 流麗な金の髪も、どこか精彩に欠けている。

 

「嫌な予感がするのだ」

「すべて私がお守りいたします。もっとも、私などよりもダモス王の力が……」

「愚か者! 誰かに聞かれたらどうする……!」

「すっ、すみません!」

 

 ダモス王の叱責を受け、ディオーネは自分の口を閉じた。

 

「わかるな。我が愛しき妹よ。そなたは天の聖女。そして王の血を継ぎし者。セリーヌやアリスなどとは違う、神に選ばれし者なのだ」

「はい……」

「怖がらせてすまぬな。今日はもう休むとしよう」

 

 ダモス王が、どこか疲れた声をしつつもディオーネに優しく語りかけた。

 

 陽は沈み、穏やかな夜が訪れようとしている。

 

 この静寂をざわつかせる者などどこにもいない。

 

 そのはずであった。

 

「なにいっ!?」

 

 凄まじい揺れと衝撃が城全体に響き渡った。どたどたと耳障りな音を鳴らしながら、先程出ていったばかりの側近や騎士が王を守るために裁定の間に足を踏み入る。

 

「騒々しい! 何事ですか!」

 

 ディオーネの怒りの声に、すぐに答えは返ってきた。

 

「襲撃です!」

「そんなことはわかります! 敵は誰ですか! どこの軍勢です!」

「不明です!」

「城門が破られました!」

「さっさと調べなさい!」

「敵は単騎! 軍勢はいません!」

「そんな馬鹿なことがありますか!」

 

 怒号と悲鳴が鳴り響いた。

 混乱と恐怖が謁見の間を支配する。

 

 だが、とある一言によって沈黙が訪れた。

 

「アリスです! 攻めてきたのは『人の聖女』アリスです!」

 

 全員が、呆気に取られた。

 

 ある者は、生きているはずがない、誤報だと思った。

 

 ある者は、ついにこの日が来てしまったかと絶望した。

 

 そして王は、笑った。

 

「アリスだと……? はっ、はは……『地の聖女』が来たかと思えば、なんだ、あのペテン師ではないか。あやつを信じる者が何人いる? 1万人か? 5万人か? その程度の僅かな力を頼りに城門を破ったところで、『天の聖女』の足下にも及ばぬわ」

「ええ。我が権能は無敵。あの田舎娘など私の足下にも及びませんわ」

 

 一人の笑いが、二人の笑いになった。

 

 やがて側近たちも追従の笑みを浮かべる。

 

 その笑いを裏切るかのように、裁定の間の壁の上の方に、奇妙な直線が光った。

 

「……あれ?」

 

 誰かが疑問を呟いた。

 

 だがそれは笑いの中にかき消える。

 

 気付いたときはすべてが手遅れであった。

 

 シャンデリアが落下する。

 

 柱が崩れ落ちる。

 

 そして、天井にあたる部分が、直線に沿って滑り落ちた。

 

 

 

 



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 陽は完全に落ち、夜が訪れた。

 

 燭台の灯りは消え、星あかりだけが天井が消え去った裁定の間を照らしている。

 

 冗談のような光景に誰もが言葉を失っている。

 

 沈黙が支配する裁定の間に、アリスの声はまるで舞台役者のように軽やかに響き渡った。

 

「ダモス王! そしてディオーネ! 約束通り、聖女アリスはここに戻ってきましたよ!」

「きっ、貴様……! なにをした……なぜここに来た……!」

 

 堂々たる足取りで、アリスは裁定の間を歩いた。

 ダモス王が憤怒の目で見つめる。

 だが、アリスは艶然と微笑みを浮かべた。

 

「なにをした? 斬ったまでのこと。なぜ来た? それは異な事を。自分の仰ったことをお忘れのようですね」

「なんだと?」

「霊廟の最下層まで踏破し、魔物のことごとくを打ち倒して来るが良い。もしそれが叶ったときはすべての罪を許そう……。私はしかとこの耳で聞きましたとも」

「ば、馬鹿な……! 『天の聖女』ならまだしも、『人の聖女』ごときがあの地獄……幽神霊廟に送られて、生き残れるはずがなかろう! 者共、この罪人を殺せ!」

 

 ダモス王が命令を下した。

 

 しかし、側近の兵たちの士気は低い。

 彼らはすでにアリスの圧倒的な力を感じ取り、ダモス王の言葉に空々しささえ感じ始めていた。

 

「下がりなさい。この場において、権能なき者に戦う資格はありません」

「その通り。雑兵が幾らいたところで我らが戦いには無用」

 

 そこに、流麗な美女が進み出た。

 『天の聖女』ディオーネだ。

 冷ややかな殺気を隠すことなく、アリスの前に立ち塞がる。

 

「追放などと甘い処分などせず、決着を付けておくべきでしたね。どんなまじないを使ったかは知りませんが、王を仇なすというのであれば疾く地獄へ落ちるべし」

「ディオーネ」

「しかし、天井を壊したのは迂闊でしたね。我が権能は空の下でこそ最高の力を発揮する。それは夜であろうが昼であろうが同じこと……」

 

 ディオーネが指を弾いた瞬間、しとしとと雨が降り始めた。

 そして数秒の後には雷鳴が轟く。

 

 天候を自在に操る『天の聖女』の力。

 事態の成り行きを見守っていた王の側近たちはそれを見てすぐさま逃げ出した。

 見守ることさえままならないことに気付いたのだ。

 

 しかし、アリスは静かに溜め息をついただけであった。

 

「話を聞いておりませんでしたか? 権能を持たざる者は去れ、と申したのです」

「なっ……」

 

 アリスが凄まじい勢いで巨剣を振るった。

 余波は地面を切り裂く。

 だがそれはダモス王の前でぴたりと止まる。

 見えない壁が、アリスの放った衝撃を止めたのだ。

 

「貴様の相手は私だ……!」

 

 そしてアリスにディオーネが斬りかかった。

 凄まじい剣撃がアリスに襲いかかる。

 だがアリスも一切動揺することなくすべて防ぎ切る。

 

「あまりに器用すぎるのです。王へ向かう攻撃を完璧に防ぎながらも、私に対する攻撃を欠かさない」

「それは貴様より強いと言うことだ!」

「いいえ、それは違います……。幽神の名のもとに出でよ地獄の氷と炎よ! 【獄氷】!【獄炎】!」

 

 アリスが二つの魔法を同時に放った。

 生み出された氷が凄まじい熱を当てられ、爆発するような勢いで水蒸気が広がっていく。

 

「くっ、目くらましか……!」

 

 そして、視界が封じられた中で凄まじい剣撃の音が鳴り響いた。

 刃と刃が触れ合った瞬間の火花や、魔法を放つときの魔力の光芒が、真っ白い闇の中で花のように咲き乱れる。

 

「風よ、我が身を守れ!」

 

 その言葉が叫んだ瞬間、その白く曇った景色はすぐに吹き飛ばされた。

 風を操り、水蒸気のすべてがどこかへ消え去っていく。

 アリスはその声の主を見て呟いた。

 

「……やはりそういうことでしたか。ダモス王よ」

「貴様……!」

「『天の聖女』、権能を自由自在に使いこなす一方、剣と魔法の技量もまた一流。すべてが私やセリーヌよりも上だった。その絡繰りは思わぬほどに単純なものでした」

 

 ディオーネを抱きかかえて空を浮遊するダモス王を、アリスは厳しい目で見つめた。

 

「『天』の権能の持ち主はダモス王。あなただ」

「おのれ……!」

「そしてディオーネ。あなたはただの人間です。弛まぬ鍛錬によって誰よりも強くなっただけの。あなたたちは二人で一人。強い絆で結ばれた『天の聖女』……。なるほど、敵わぬわけです」

 

 アリスの推理通り、ダモス王こそが『天の聖人』であった。

 ディオーネを空へ飛ばして遠くから自在に操り、ディオーネがあたかも『天の聖女』であるかのように見せかけていた。

 

 この事実に気付いたのはセリーヌだ。

 スプリガンと共にドローンを飛ばしたり、FPSのゲームをプレイする内に気付いた。『天の聖女』としての権能……自在に空を飛んだり、誰かを飛ばしたり、あるいはそれを天から眺める『天眼』の能力さえあれば、誰かを代役に立てるのは決して不可能ではない、と。

 

 そして二人で一人の『天の聖女』である利点を存分に利用し、ダモスとディオーネはこれまで数々の勝利を打ち立ててきた。

 

「……これを見られたからには生かして返すわけにはいかんな。逃げ遅れた側近共も殺さねばならぬ」

「遺言はそれで良いのですか」

 

 アリスの言葉に、ダモス王は美麗な顔を歪めて盛大に笑った。

 

「遺言? 遺言だと? お笑い草だ! 見たところ『人の聖女』として信奉者を増やして力を付けたようだが、貴様に10万や20万の味方が居たところで何の意味もない。すべてを隠さずに全力を出せる俺とディオーネに勝てるつもりとは滑稽だな!」

「ええ、勝つつもりです。私には500万の大軍が付いているのと同じですからね」

「ならばそれごと叩き潰してやるわ!」

 

 ダモス王とディオーネが空中に浮遊した。

 

 そして再び稲光が光ったと思えば、なんと稲光が数十本の槍や剣へと姿を変えた。

 雷の槍の一振りをダモスが持ち、ディオーネは雷の剣を二本、両手に携えた。

 今まで誰も見たことのない、ダモスとディオーネの必勝の策だとアリスは気付いた。

 

 だがそれでも、アリスはまるで負ける気がしなかった。

 

「動画撮ルン、シールドオブゴールド受賞、同サイト注目新人クリエイター賞受賞! フォロワー534万7253人、累計good評価4億2150万3458pt! 『聖女アリスの生配信』が!!! あなたの運命です!!!」

 

 

 

 

 

 

 雷鳴が轟いた。

 

 雹が降り注いだ。

 

 嵐が巻き起こった。

 

 灼熱のような暑さが襲いかかった。

 

 かと思えば、豪雪と共に凍えるような寒さが訪れた。

 

 空から岩が落ちてきた。

 

 天が千変万化してエヴァーン王国の王都を襲った。

 

 民は、『天の聖女』の怒りであるとすぐに悟った。

 

 神話の如き闘争が終わりを迎えますようにと、ひたすらに祈った。

 

 だがそれは、反逆者の敗北を祈るものではなかった。

 

 下々の民が暮らす街の上に突然大きな盾が現れて、天から降り注ぐすべての災厄のすべてを防ぎきったからである。

 

「セリーヌ様だ……!」

 

「セリーヌ様が、俺たちを守ってくれている!」

 

「それじゃあ、戦ってるのは誰だ?」

 

「誰かが叛逆したんだ」

 

「アリスだ!」

 

「アリスが来た!」

 

「ああ、アリス様が来たぞ! 門番が騒いでた!」

 

「なんだって!? アリス様が!?」

 

「アリス様!」

 

「セリーヌ様! アリス様!」

 

 多くの民衆が、アリスたちの勝利を信じ、祈った。

 

 そして夜が明け、朝日が昇るころには、天が轟くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「ダモス王……いえ、ダモスよ。すべて調べはついています」

 

 裁定の間に朝日が差す頃、セリーヌがやってきた。

 

「ふん……セリーヌか……」

 

 アリスとの戦いが終わり、ダモスもディオーネも完全に力が尽きた。

 

 権能を振るうにも限界があり、すべてを出し切ったダモスには指一本動かす力さえなく、またディオーネも満身創痍だ。二人重なるように、息も絶え絶えになっている。

 

 アリスは、二人が再び立ち上がらないよう不動の構えで見守っていた。息が上がってさえいなかった。今まで決して誰にも見せてこなかったダモス王の真の力のすべてを防ぎきり、完璧な勝利を手にしていた。

 

「魔王との戦争で功績を上げたことも、王位を握って圧政を敷いたことも、ディオーネの出自を隠すため。そうですね?」

「よく喋りおって……無礼者め……!」

 

 ディオーネは殺気立った視線を送る。

 だが、セリーヌは怒ることはなく、むしろ憐れみの視線を送る。

 

「……『天の聖女』であり、王女であるはずのディオーネよ。あなたは……王の血を継いでいない。あなたの母は王の子であると偽り、王女として育てた」

「くっ……」

「そしてあなたの母は、すべてを闇に隠そうとするダモスに殺された」

 

 ディオーネが顔を背ける。

 だが、ダモスは呆然とした顔のまま、話を始めた。

 

「……母は愚かだった。不義をなし、王を騙し、我が妹ディオーネを育てた。だがディオーネの背中に不義の相手と同じ痣があると知るや、ディオーネの背中に松明をあてた。勘付いた人間に毒を盛った。果てには王に露見されることを恐れて心を病み、当初の目的さえ忘れてディオーネを殺そうとした。だからこちらから殺した。母が過去を消したいのであれば、すべてを知る母こそが死ぬべきだったからな。それがすべての始まりであった」

 

 そして、ダモスが血で血を洗う陰謀と殺戮を決意したと同時期に、魔王が活動を始めた。更に、当時王子であったダモスに『天の聖人』の権能が与えられていることがわかった。ここでダモスは「すべてを有耶無耶にして封じる好機だ」と悟ったのだと言う。

 

 司教を買収してディオーネを聖女として扱い、そして戦争の最中に口封じをし、似たような手口を繰り返してディオーネにとって有利な状況を作り上げた。ダモスが王となったのはあくまでついでに過ぎなかった。ディオーネに確かな身分と功績を与え、長きに渡って妹の人生を補償するために、あらゆる人間を騙し、殺してきた。

 

「多くの陰謀を図りながらも、兄妹の絆だけは真実だったわけですか。皮肉ですね」

「殺すがよい。流石の余も、ここまで来て敗北を悟らぬ愚か者ではない」

 

 そこに、ディオーネが血相を変えて口を挟んだ。

 

「やめろ! ダモス様は本物の王の血筋だ、王殺しをするつもりか! 殺すのは私だけで良いはずだ!」

「やめよ、ディオーネ……。権能を与えられた者は死ぬか殺されるしかない。魔王もいないのに力を持ち続けるのは危機をもたらすだけのこと。なにも俺は、貴様が憎くて殺したかったわけではないのだ」

「嘘をおっしゃい。ディオーネの真実に気付きかねない者はすべて憎かったのでしょう。だからこそ王の座を狙い、王となってからは圧政を敷き、貴族や王族、聖戦で功績を上げたものに冤罪をなすりつけた」

「さあて、どうだろうな……」

 

 ダモスは力なく笑った。

 ディオーネが、悔しそうに俯く。

 

 そこで唐突に、アリスが口を挟んだ。

 

「ダモス。あなたは一つ、真実を言いました。魔王もいないのに力を持った者がいるのは危機をもたらす……まったく同感です」

 

 その言葉に、ダモスが顔を上げた。

 

「ならば貴様が死んでくれるのか?」

「いいえ。死ぬか殺すか、という話については大間違いですから」

「む、どういう意味だ……?」

「幽神の名において、かの者に与えられし力をお返し致します。……【権能剥奪】」

 

 アリスが、ダモスの額に指を当てて呪文を唱える。

 するとダモスの体から、なにか白く光るものが現れ、天へと消えていった。

 

「なっ……ま、まさか……!」

「幽神に教わった秘術です。本当は異世界に旅立つ前に自分の権能をお返しするために教わったものですが……こうして役立てられるとは思いませんでしたよ」

「き、貴様、本当に幽神霊廟を攻略したのか……!?」

「まだ疑っていたのですか……私は嘘をつきません。あなたと違って」

「くそっ……!」

 

 ダモスがわなわなと震え、手で顔を覆った。

 そこにアリスが、静かに言葉を掛けた。

 

「戦場で名誉ある死を遂げて、あなたの信奉者やセリーヌに与しない者への旗頭となりたかったのでしょう。あるいはそれを危惧したセリーヌがあなたたちをしばらく生かし、その間に『権能』を使って脱走でもしようと考えていたのでしょう。そうはさせません」

 

 アリスの言葉と共に、セリーヌの部下たちが現れた。

 引っ立てなさい、とセリーヌが端的に指示を飛ばす。

 ダモスとディオーネは捕縛され、完全に状況は定まった。

 この場にいる誰もが、セリーヌの方を王であると認識している。

 

「ダモスよ。そしてディオーネよ。あなたたちの行く末が生か死かはまだわかりません。ですが、まずは裁きを受けなさい。私のときとは違って公明正大で、誰もが納得する裁きを。そして罪を償うのです」

「最後まで嘘は通じなかったか……はは……」

 

 その後のダモスとディオーネの二人は様々な取り調べを受け、最終的に身分や財産のすべてを剥奪されて国外追放の刑を受けることとなった。

 

 二人は幽神霊廟とは正反対の方角に旅立ったが、その後の行方を知る者はいない。すぐさま野垂れ死んだという説もあれば、海を小舟で渡って冒険者として身を立てたという説も流れたが、どれも噂話の域を出ることはなかった。

 

 こうしてエヴァーン聖王国の動乱は終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 



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◆アリスが約束の通り帰ってきた ※本編最終回

最終回までお付き合い頂きありがとうございます。
4/25にオーバーラップ文庫にて書籍版1巻が発売予定です。
キャラとかエピソードとかごんぶとに書き足してるので
手に取って頂けたら幸いです。

また4/1から不定期で番外編を投稿していきます。
今まで具体的に書いてこなかった配信回とか後日談とかやります。


 

 

 

 幽神霊廟、地下100層。

 

 そこには眠れる神がいる。

 

 永劫の旅の地ヴィマを創造し、永きに渡り守護してきた偉大なる死の神。

 

 その名は幽神。

 

 今、アリスの目の前には幽神の死体がある。

 少なく見積もって、20メートル。

 霊廟の階段や通路の大きさが幽神に合わせていると言われて納得する大きさであった。

 

『聖女アリスよ。大義であった』

 

 荘厳な声が、石壁に囲まれた静謐な部屋に響き渡る。

 

「いいえ、幽神様の与えてくださった秘術があればこそ成功しました」

 

 実は、アリスがここに来るのは二度目である。

 

 一度目は、結婚報告配信の直後だ。

 あの配信によって莫大なフォロワーを得たアリスは、超特急で幽神霊廟の攻略を開始した。10層毎に存在する守護精霊たちがいかに強かろうと、凄まじい力を手にしたアリスにとっては物の数ではなかった。スプリガンと玄武を除く残り7体の守護精霊を、アリスは秒殺した。

 

 守護精霊たちは「せっかく活躍のチャンスだったのにひでえよひでえよ」、「せめて名乗りの口上くらい言わせてくれ」「加減しろバカ!」と愚痴っていた。アリスは後でぺこぺこと謝った。

 

 そして最下層に到達して、幽神の死体との戦闘になった。

 

 幽神はすでに死んでいるというのに、付近に攻撃する意志を持った人間に対して自動的に攻撃を放つという厄介な性質を持っている。しかも恐ろしく強い。計9体の守護精霊よりも遥かに強く、だがそれでも数百万フォロワーの応援の力を得たアリスには決して勝てない相手ではなかった。幽神の攻略に2時間というのは歴史上で最速らしい。

 

 そして敗北した幽神の方はといえば、死んでるくせに妙に饒舌だった。アリスが幽神(死体)と戦ってる横で、半分透明で幽霊のような姿の幽神(魂)が居て、「火弾は3ウェイショットとみせかけてホーミングしてくるぞ」とか「体の色が赤く光ってるときはダメージ無効じゃから気をつけろ」「上から来るぞ!」とか助言してきた。アリスとしては正直ちょっと邪魔だった。

 

 ともあれ、幽神(死体)を倒したアリスは自分の願いを申し出ようとしたが、幽神(魂)は『だいたい事情は把握してるのでオッケーじゃよ』と気さくに言葉を返した。

 

 『エヴァーン王国への反抗が終わったら地球へアリスを転送する』という本命の願いに加えて、幽神が使う様々な魔法をアリスに教えた。幽神が独自に作りだした「獄炎」や「獄氷」などの攻撃魔法に加えて、使命を終えた聖女の権能を神に返却する「剥奪」までも教えてくれた。

 

 こうした諸々の段取りを済ませてからアリスはエヴァーン王国の『天の聖女』を倒し、再び霊廟最下層へと戻ってきた……というところだった。

 

『うむ。『天の聖人』の権能は確かに神々の世界へと返却されたのをこちらからも確認した。……しかしおぬしの権能を天に還すのが本来の目的であって、それって目的外利用なんじゃが』

「えっ、まずかったですか」

『ま、ええわい。脅威が去った後に聖人や聖女同士で仲違いというのも、長い歴史だとありがちじゃったしのう。未然に無為な戦が減ったということにしておこう』

「割とアバウトですね……ですが、ともかくありがとうございます。私の権能もお返し致します」

『流石に、異世界にこの世界の権能を持ち出させるわけにはいかんからのう。またこっちの世界に用があるときは返すが、地球に持ち込むのは流石にダメじゃからな』

「未練はありませんよ。『人』の権能は十分に働いてくれました……【権能剥奪】」

 

 アリスが魔法を唱えた瞬間、アリスの体から白い光が現れた。

 それはふよふよとアリスの頭上を漂ったかと思えば、すうっと上昇して消えていく。

 アリスは心の中で、ありがとうと告げた。

 この『人の聖女』の権能に翻弄されて人生が大きく変貌したことに恨んだこともあったが、今はただ、感謝の念だけがあった。

 

『あとは地球へと転送するのみじゃが……他に何か願いや言い残したことはないか?』

「あ、では質問いいですか?」

『うむ』

「ええと……あなた、ガーゴイルですよね?」

『…………サテ、ナンノコトカナ』

 

 幽神(魂)が顔を横に背けて口笛を吹き始めた。

 

「いやそこでしらばっくれなくていいじゃないですか。死体はガーゴイルをそのまんま巨大化したような感じですし。魂の方の口調もガーゴイルと同じですし……」

『まあ、なんというか、ガーゴイルボディは地球でいうところのアバターとかドローンみたいなものじゃ』

 

 幽神(魂)は微妙に居心地悪そうに答えた。

 

「あ、やっぱり」

『スプリガンたち守護精霊には認識阻害が掛かっててな。ガーゴイルとしての儂と幽神としての儂を同一人物と認識できぬようにしておるのじゃよ。その状況に慣れすぎてて……ごまかすの忘れてしまったわい。てへっ』

「はぁ……」

 

 存外に、幽神はうっかり属性の持ち主であった。

 

 そういえば『鏡』に関して『他の神との連絡先を忘れた』と言っていたのをアリスは思い出した。実際本当にうっかりミスだったのだろうなと思いを馳せる。

 

『権能を失ってもおぬしが得たフォロワーパワーはまだその身に宿っている。魔力を消費し尽くしたら常人と同じにはなるが、あんまりヤンチャするでないぞ』

「ええ、もちろん……っていうかフォロワーパワーって正式な言葉じゃないんですが、定着させないで下さいね?」

『向かう先は異世界じゃ。病気には気をつけるように。一応、それらしい感染症予防は掛けておいたが、マスクや手洗いはちゃんとするんじゃぞ』

「わかりました」

『手先の器用なものに、ガーゴイルとスプリガンの石像を作らせておいた。どこかに飾っておいてくれ』

「セリーヌから預かったお土産も多くて重量オーバー気味ですが……わかりました」

『新たに通信用の『鏡』を作って、ここと地球の通信環境を整えておるところじゃ。それが完成したらスプリガンが配信を再開するじゃろう。暇だったらコラボしてやってくれ』

「もちろん」

『えーと、それと……なんかこういう場面になにを言えばよいかわからんのじゃよな。話が長くて取り留めもないと部下によく怒られておった』

 

 幽神(魂)はぽりぽりと頭をかく。

 それを見て、アリスはついつい吹き出した。 

 

「ふふ、構いませんよ。私も名残惜しいですから」

『そうか……達者でな。楽しかったぞ』

「はい!」

『では、行くがよいアリスよ……。【世界転移】』

 

 アリスの足元に、七色に輝く不思議な光が迸った。

 それは徐々に広がり、輝きを強め、アリスを飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 そして光が収まる頃には、景色は一変していた。

 

「あれ、ここは……?」

 

 誠が新たに用意したコンテナハウスではない。

 とても見慣れた光景で、しかし今まで決して触れることができなかった場所。

 レストラン『しろうさぎ』の店内だ。

 

 しかし、暗い。

 今は夜中で、店内には電気も付いていない。

 かろうじて電話機など家電製品のボタンが輝いているだけだった。

 

「あ、そうか、『鏡』はもう無いからコンテナハウスにいる必要もないんですね……って、しまった、待ち合わせ場所を決めてませんでしたね……」

 

 どうしよう、とアリスは悩んだ。

 

 お土産が重すぎて床板を破壊してしまったことに加えて、誠と落ち合う方法を考えていなかったことに気付いた。

 

 ここで初めてアリスは、誠の住居周辺の土地勘がないと思い知らされた。スマホの地図アプリを使ったりインターネットで検索すればなんとかなるだろうと思ったが、そのためのスマホもタブレットも今手元にはない。セリーヌから預かったお土産や、先程預かったスプリガンとガーゴイルの石像が荷物の大半を占めていた。

 

「ええと……ちょっと泥棒のようで気が引けますが、中に入りますか……」

 

 レストラン『しろうさぎ』は、店舗兼住居だ。

 厨房の奥の通路に、誠の住居部分があったはずだとアリスは自分の記憶を探る。

 

「しつれいしまーす……」

 

 がちゃりと扉を開けて先へ進むと、そこには蛍光灯の明かりがある。

 よかった、きっといる……と、アリスはどきどきと緊張しながら歩いていく。

 

 リビングらしき場所に入ると、そこは少し雑然としていた。配信機材もあれば、セリーヌが通販して配達が遅れ、渡しそこねたダンボールなどが転がっている。頑張って整理しようとしてダンボールを隅っこに寄せているようだが、それでも「モノがたくさんある」という気配そのものは払拭できていない。

 

 アリスはこれを見て落胆はしなかった。むしろ、『地球に来た』という実感が湧き上がってきてきた。ここは確かに、幽神霊廟のアリスの部屋と同じ匂いがする。『鏡』と地続きに繋がっている場所であるという確かな感触がある。

 

 そして迷いが生まれた。

 

 誠と再会したとき、なんて声をかければよいのだろうか、と。

 

「ええと、えーと……どうしましょう……」

「あっ」

「あ」

 

 だが逡巡しているうちに、引き戸ががらりと開いた。

 

「まっ……マコト……!」

「……アリス! アリスじゃないか!」

「いやなんで裸なんですか! 自分の家とは言え、服を着てから風呂を出てください!」

「あ、ごめん」

 

 アリスが恥ずかしがって、とある物を投げつけた。

 真っ赤な絹のマントだ。

 

「えーと、これバスローブにしちゃマズくない? かなり高級感があるんだけど」

「あ、ええと、セリーヌの贈り物で、襟元に勲章が縫い付けられてます。流石にバスローブ代わりにするのはちょっと止めたほうが良いかなと」

「あ、うん。服着てくるからちょっと待ってて」

 

 誠がいそいそと服を着て再びやってきた。

 はぁ、とアリスは自分の間の悪さに溜め息を付く。

 しかしこんなのも自分らしいかもしれないと思い直した。初めて誠と出会ったときは自分のほうが半裸であったし、初めて袖を通した服も宇宙猫パーカーだったのだから。

 

「懐かしいですね……。宇宙猫パーカー、自分で買って部屋着にしましょうか」

 

 そんな風に物思いにふけっている内に、アリスは気付いた。

 着替えるだけなのに妙に時間が掛かっているな、と。

 

「あれ、マコト? どうしましたー?」

「おまたせ」

「あ、いえいえ……。あれ?」

 

 再び現れた誠は、何故か正装していた。

 きっちりアイロンを利かせた白いシャツ。うっすらと光沢があり、どこか高級感がある。

 その上に渡したばかりのマントを羽織っており、更にはなぜか赤いタイを締めていた。

 スラックスも同様に艶やかで綺麗なもので、風呂上がりなのに髪も整えている。

 

「…………ええと、マコト。どうして正装を?」

「そっちこそ白いドレスじゃん。合わせようと思って」

「あ」

 

 アリスが着ている服は確かに誠の言う通り、白いドレスであった。

 

 ただ、ウェディングドレスを意識したデザインではあるが長さや丈は大仰なものではなく、夜会のドレスのようにタイトでもない。適度に柔らかく動きやすい、カジュアル寄りのドレスだ。

 

「ち、ち、違いますよ! 戦闘用のドレスです! そ、その、深い意図があるわけじゃありません!」

「エヴァーン王国、戦闘用のドレスってあるんだ。凄いな」

「それも違います! 革命のために特別に仕立てたんです!」

「いや、似合ってるからいいと思うけど」

「なんなんですか!」

 

 そんな会話を重ねていく内に、アリスはなんだかおかしくなって笑いがこみ上げてきた。

 

「ふふ……なんだか現実感がなかったんですが、ようやく現実のように感じてきました」

「俺もだよ。いや、風呂上がったら普通にアリスが居たからビビったけど」

 

 誠もつられて笑った。

 

「でも、本当に目の前のあなたが現実かどうか確認しておきましょうか。質問です。あなたは幽霊ではないですか?」

「幽霊でもないし、ロボットでもないんだよな。チェックボックスをクリックしようか?」

「そこまで言うのであれば、信じてあげないこともありません」

「なら良かった」

 

 そして笑いの波が沈んでいくかわりに、アリスの心がなにかで満たされていく。

 初めて見るはずの部屋。

 初めて触れる家具。

 初めて『鏡』を通さずに見る、愛しき人の顔。

 そのはずなのに、懐かしさがこみ上げてくる。

 

 ああ、私は、ここに来たのではない。

 ここに、この人のいるところに帰ってきたのだと、アリスは思った。

 

「それで、アリス……。これ、もう何度か言った話なんだけどさ」

「はい」

「……結婚しよう」

 

 誠は、あるものを取り出した。

 それは、指輪であった。

 震えるような嬉しさをこらえながら、アリスは誠に尋ねた。

 

「いつ用意したのですか、こんなもの」

「なんだ、忘れたのか? 作るって言っただろ」

「忘れてません。婚姻届も出すんでしょう?」

「市役所が受け取ってくれるかわからないから、弁護士に相談してネジ込まないとな」

「風情がありません」

 

 誠は憎まれ口を聞き流しながらアリスの手を取って指輪をはめ、抱きしめた。

 アリスは今までは決して知ることができなかった恋人の温もりに触れて、自然と涙が零れ出した。

 

「好きだ、アリス」

「はい、私も……マコトが好きです!」

 

 

 

 

 

~ バズれアリス 了 ~

 

 

 

 

 




※本編を最後までご覧いただき本当にありがとうございました!

書籍発売中です。よろしくお願いします!

高評価などいただけると励みになります。ブックマークも併せてよろしくお願いします。


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番外編 聖女アリスの生配信バックログ
◆アリスがコンビニの存在を絶対信じない配信


・そんなわけで番外編を投稿していきます。よろしくお願いします。

書籍カバーとかできました。
人妻配信者(26歳)のセクシーな姿を見てもらえると嬉しいです。





 

 

 神よ、どうか罪深き私をお許しください。

 

 節制を忘れて暴食に身を委ね、それをあまつさえ衆目にさらし。

 

 そこからブックマークや評価を獲得したり、投げ銭や広告報酬を得てしまうことを。

 

「別にええんじゃないかの。食べ物をムダにするわけでもなかろうし」

 

 ん? ガーゴイル、あなたには言ってないですよ?

 

「そ、そうじゃった、そうじゃった。てへぺろ」

 

 ん? なんか妙ですね。

 

 まるで自分が神様でした、みたいな口ぶりですが。

 

「そ、そんなわけないし! ないに決まっておるじゃろ! それよりほれ、虹スパ来たぞ」

 

★☆★天下一ゆみみ:いつも配信お疲れ様です \30,000★☆★

 

 虹スパありがとうございま……だから3万円は送りすぎですって!

 

 あ、ちなみに虹スパとは、虹色スターパレードチャットの略ですね。

 課金してチャットメッセージを送ると、星がきらめくエフェクトが掛かります。

 で、エフェクトの色は課金額によって変わります。

 

 百円以上、千円未満は銀スパ。

 千円以上、1万円未満は金スパ。

 1万円以上の投げ銭をすると、メッセージが虹色に光るので虹スパと呼ばれています。

 

 

 

★☆★吉田輝和:解説乙 銀スパ贈ります \500★☆★

★☆★吉沢太一郎:じゃあ金スパを \5,000★☆★

★☆★ステッピングマン4号:で、これが虹スパ \10,000★☆★

 

 

 

 ……いや、みなさん、ちょっとまってください。

 

 冷静になりましょう。

 

 普通、メッセージ送るだけで1万円とか使いませんからね?

 

 お財布は大事にしてください。動画自体はタダで見られるんですから。

 

「そう言っとる間にまた来とるぞ。三人……五人……たくさん来たのう……」

 

 だからビビるから、もうちょっと抑えて!

 

 ああっ、驚けば驚くほど投げ銭が投げ込まれる……。

 

 す、すみません、あとでちゃんと名前読み上げますので。

 

 それよりもですね。

 

 今日はコンビニスイーツのレビュー動画になりまーす!

 

 まあ私はコンビニもスイーツもなんも知らないんですけどね。

 

 まず、コンビニってなんでしょうか?

 

 雑貨屋さんとかお弁当屋さんの一形態とは聞いたのですが。

 

『24時間営業の商店だよ』

 

 おっと、コメントとお答えありがとうございます。

 

 ……24時間?

 

 え、真夜中もやってるんですか?

 

 お客さん来なくないですか? 

 

『案外来る』

 

 いやいや、みんな寝る時間じゃないですか。

 

 怖いですよ、真夜中に買い物客が来たら。

 

 盗賊や幽鬼と見分けつかなくないです?

 

『セブントゥエルブとか、ファミリーショップとか、オーソンとか、ビッグストップとか、完全に24時間でやってるって』

『真夜中でもお弁当とかお菓子とか買える』

『あと税金の納付とか、荷物の配達とかも頼めるし』

 

 ……うーっそだー。

 

 流石に信じませんよ、そんなの。

 

 24時間も働いたら店員も店長も死ぬじゃないですか。

 

 しかも税金納められる?

 

 ってことは、徴税役人が馬車馬のごとく24時間働いてるんですか?

 

 昼も、夜も、祝日も……?

 

『うん、365日やってる』

 

 ない。

 

 ないない。

 

 それは、ないです。

 

 コンビニなるものは、実在しません。

 

 みんな私に嘘をついてます。

 

 まーたそうやって無知な私を騙そうとして。

 

 あーあ。

 

 信じてたのになー、みんなのこと。

 

『そこ疑うところ!?』

『マジだって! あるから!』

『絶対ある! 実在する!』

『儂はこの目でコンビニを見たんじゃ! 本当じゃ!』

 

 いいですか、みなさん。

 

 この配信をご覧になっている人は若い人ばかりだと思いますが。

 

 徴税役人というのは、ほんっ……………………とおー……………………に!

 

 怖いんですからね!

 

 税金を預かるような人が、そんな労働奉仕するわけないでしょう!

 

『めちゃめちゃ溜めたな』

『そんなに』

 

 例えばあなたたちが、エヴァーンクソ王国の農村の若者だったとしましょう。

 

 毎日毎日、丹精込めて畑を耕し、苗が伸びて、雨季に水を吸って成長して。

 

 苦労の果てに、実りの秋を迎えます。

 

 みんなで喜び勇んで収穫して。

 

 そんな努力の結晶を、エヴァーンの徴税役人は八割もってきます。

 

『八公二民!?』

『それは死ぬでしょ。絶対死ぬわ』

『エヴァーン王国が想像以上にクソだった』

『大丈夫だ、九公一民の島津藩よりマシ』

『エヴァーン王国>島津藩の序列が決定した』

 

 いや、本当の税率は五割らしいんですけどね。

 

『五公五民でもちょっとやべーけどな』

『異世界いきたくねえ』

『え、じゃあ3割どこいったの?』

 

 徴税役人がぶんどってるに決まってるじゃないですか。

 

『えげつねえな』

『それこそ嘘でしょ』

『過酷すぎる』

 

 もちろん、最終的に国に納められるまでいろんな中抜きがあるから、徴税役人だけが私腹を肥やしてるわけじゃありません。

 

 あるいは、ちゃんと農村の状況を理解して、飢饉のときは減免手続きをしたり国に談判してくれる人もいるそうです。

 

 見たことないですけど。

 

 見たことないですけど。

 

 まあともかく、エヴァーン的な価値観で言えば、徴税役人が24時間ぶっ続けて働いて荷物の配達も請け負うなんてありえません!

 

『徴税役人が直で働いてるんじゃなくて、アルバイトが代行してるだけですよ』

 

 税金をアルバイトが触れるわけないじゃないですか!

 

 盗まれるでしょ!

 

『あるんだって! マジで!』

『盗まないよ! 募金箱から小銭くすねるバカはいるけど、窓口で税金を盗むバカは多分いないから!』

★☆★スーパーアルバイター:信じてください \1,000★☆★

★☆★ステッピングマン4号:人間不信ですね カウンセリング受けましょう \1,000★☆★

★☆★天下一ゆみみ:コンビニが実在したらなんでもやってくれるんだよね? \30,000★☆★

 

 

 

 ……いやいやいや!

 

 みんなが私を騙そうとしてる!

 

 ていうかみんなも騙されてるんじゃないですか!?

 

 コンビニなんてありません!

 

 きっとみんな邪悪な魔導師によって集団催眠を掛けられています!

 

 目を覚ましてください!

 

『そこまで言うなら証拠用意するわ。覚悟しとけよ』

『ちょっとコンビニ行ってくる』

『俺コンビニバイトしてるから何でも答えられるよ』

 

 その意気やよし! かかってきなさい!

 

 私を信じさせたら大したものですよ!

 

 

 ここはレストラン『しろうさぎ』。

 

 アリスは無事に日本に降り立ち、ようやく誠と出会うことができた。

 そして夢の新婚生活が幕を開ける……前に、やるべきことがある。

 

 お引越しの受け入れであった。

 

 アリスの『アイテムボックス』の中にある服や小物など様々な私物を取り出して、居住スペースの空き部屋に整理整頓していかなければならない。

 

 だが流石に人間一人の引越しは大変なもので、二時間ほど過ぎたあたりで誠もアリスも一息つくことにした。

 

 そして休憩がてら、自分たちの撮った動画を振り返りながら眺めていたところだった。

 

「……どう? 昔撮った動画を見た気分は?」

 

「恥ずかしいんですけど!?」

 

 誠のにやにやとした表情に、アリスが猛反論する。

 

「でも視聴者も楽しみにしてるよ。『初めてコンビニに行く!』ってタイトルで動画出そうよ」

 

「うっ……コンテンツとして必要だし、視聴者の反応も良さそうですよね……。

ていうか最初はたしかに信じませんでしたけど、途中からちゃんと信じてましたからね!?」

 

「あ、そうなの?」

 

「そりゃコンビニに買い物に行く動画とか、視聴者が配信し始めたら信じますよ」

 

 当時の生配信のとき、頑としてコンビニの実在を信じないアリスのために、一部の視聴者がカメラをもって各自、最寄りのコンビニに買い物に出かけるという行動を取ったのだった。

 

「でも、そのとき信じなかったよね? 捏造動画だ―とか騒いでたような」

 

「納得したら負けのような気がしましたし、その方が面白くて撮れ高大きそうだったので……」

 

「……じゃあ、ちゃんとコンビニに行ってみんなごめんなさい配信しよっか?」

 

「うう……撮るべきですよねぇ、それは……。まあコンビニ行くのちょっと楽しみですけど……」

 

 アリスはこうして、たくさんの「地球での初めて」を体験していくことになる。

 

 だがその前に。

 

「も、もうちょっと動画を振り返ってみましょうか。慌ただしくて忘れちゃったことも多いし。いや、荷物整理が面倒ってわけじゃないんですけど。面倒ってわけじゃないんですけど」

「よし、見てみようか。色々とこっちにきて果たす約束とかあったし、思い出さなきゃ」

「ですね!」

 

 誠とアリスは、荷物解きをサボって動画に見入ってしまうのであった。

 

 

 

 



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◆アリスの消費カロリーと摂取カロリーを計算したらすごいことになった配信

書籍カバーとかできました。
人妻配信者(26歳)のセクシーな姿を見てもらえると嬉しいです。





 

 

 こんなことを言うのは恥ずかしいんですが……。

 

 ていうかフリとかじゃなくてめちゃめちゃ恥ずかしいんですが……。

 

 本当にセンシティブな情報にふれるので気乗りしないのですが……!

 

 質問が多くて多くて、どーしても答えなきゃいけないことに、答えます!

 

 じゃじゃん!

 

 どーしてアリスさんは、そんなに食べても太らないんですか?

 

 えー……。

 

 ……これ、聞いちゃいます?

 

 私、聖女ですよ?

 

 聖女にそーゆーこと聞いたら無礼討ちされて仕方ないですよ?

 

『でも絶対おかしいだろ!』

『パスタとカツ丼とカレーとオムライスとビールのロング缶5本で何カロリーだと思ってんだ!』

『あと副菜とデザートも食べてたよね……?』

『解析班の集計だと15,000kcalになった』

『一般人の7日分のカロリーを一度に消化するとは、超人的な消化力という他ありません』

★☆★オリーブちゃん:おかわりもいいぞ! ¥2,000★☆★

★☆★ステッピングマン4号:大食いの記録がまた塗り替えられる ¥30,000★☆★

★☆★スーパーアルバイター:いつかウチのバイト先に飯食べに来てください ¥500★☆★

 

 私をギャグ漫画の大食いキャラみたいな扱いするのやめてもらえますか??????

 

 あっ、スパチャありがとうございます。

 

『実際そうじゃん!』

『あるいは動画が捏造か……いや捏造するくらいなら実際食べたほうが早いだろうし』

 

 そうですけど!

 

 いや、ちゃんと理由あるんですよ?

 

 私、運動してますもん。

 

 クルマとかデンシャとかを使うあなた方とは違って。

 

 この!(パァン)

 

 立派な足がありますからね!(パァン)

 

『きれいでえげつない足』

『立てばカモシカ 走ればチーター キックの強さはインドゾウ』

『ニューバランスのスニーカーで100メートル3秒叩き出すの、陸上選手がショックで寝込むからやめてください』

 

 七五調で上手いこと言ったつもりにならないでくださいよ!

 みなさんも私を見習って運動してください!

 

『ていうかその食事量は運動でなんとかなる量なのか……?』

『悪夢のようなカロリー収支が見える』

『絶対トリックだろ!』

 

 ははは、そういうツッコミが来るのはお見通しでしたよ。

 

★☆★天下一ゆみみ:ムカつくので虹スパ送ります ¥30,000★☆★

 

 あっ、ありがとうございます。

 

 お金ってムカついて送るもんなんですか……?

 

 と、ともかく後でお名前読み上げますね……。

 

 ですがねぇ。

 

 私がしっかり運動しているという証拠を、今日は見せられるんですよ。

 

 この腕を見てください。

 

『きれいで恐ろしい腕』

『等身大のシャコの強さ』

『ウチにゃフォークリフトはいらねえな。アリスさんがいる』

 

 そうじゃない、筋肉とか二の腕の話じゃなくて!

 

 手首に巻いてる腕時計みたいなやつ!

 

 これ、最新の活動量計なんですね。

 

 それも医療用のプロ仕様です。

 

 さ・ら・に!

 

 メーカーにお願いして、測定のリミッターを外してもらってます!

 

 常人では考えられない動きをしてもしっかり測ってくれるんです。

 

 メーカーさんありがとうございます!

 

『つまり……これでアリスさんの活動量が測れる?』

 

 イエス! イエスイエス!

 

 今回はこれを装備して20層ボスの玄武さんと戦闘して、カロリー消費を測ってみようと思います。

 

 私がしっかり運動して理想的なダイエットをしていること、見せてあげましょう。

 

★☆★吉沢太一郎:ファイトマネー送ります ¥2,000★☆★

 

 ありがとうございます!

 絶対勝ちます!

 

『いや勝つのはわかってる』

『いい加減、玄武先生を労ってやれ』

『スパチャで何か奢ってやれよ』

 

 でもあの人の好物わからないんですよね……。

 お魚は食べるみたいなので、ブリ一匹とかマグロ一匹とか贈ろうと思います。

 

 それではアリス、行ってきます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやー、活動量計で数字が上がるのが楽しくて、ついはしゃいじゃいました。

 玄武さんも『その時計イカすじゃん』って言ってくれました。

 なんか新しいガジェットを装備して歩くの楽しいですね!

 

『マイナス50度の世界で稼働する活動量計さんが凄いわ』

『メーカーの苦労が忍ばれる』

 

 ちゃ、ちゃんと宣伝になってますもん!

 

『まあ実際、ちょっとほしくなった』

『スマートウォッチっぽくて格好良い』

 

 ですよねですよね!

 それじゃあメーカーさんへの宣伝もしたところで、記録を見ていきましょうか。

 

 じゃじゃん!

 

 なんと……!

 

 2時間で! 8,000kcalでした!

 

 極寒の世界ということもあって、かなり多めに出てるかなって思います。

 

 で、普段は探索に5~6時間、長いときで丸一日くらいずっと潜ってるので、多分2万から4万くらいは消費してるんじゃないかなぁ……?

 

『常人の十倍……? 嘘でしょ……?』

『15,000kcal摂取しても足りてないじゃん そりゃ細いわ』

『美食格闘マンガの住人の数字を現実に出すんじゃあない』

 

 そんなわけで、これからも健康に配慮したフィットネスと食事をしていこうと思います!

 あ、大食いチャレンジに挑戦したいって人も募集してます!

 ではまたねー!

 

★☆★天下一ゆみみ:配慮とは一体…… ¥10,000★☆★

 

 

 

 



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◆アリスが料理にチャレンジして大爆発する配信

 

 

 みなさん。

 

 私は怒っています。

 

 ほんとーに、怒ってます。

 

 理由はおわかりですね?

 

★☆★吉澤太一郎:スパチャ少なかった? ¥10,000★☆★

 

 そうじゃないですよ!

 

 ていうか虹スパありがとうございます、無理しないで!

 

 ……おほん。

 

 最近、よからぬ噂を耳にしました。

 

 アリスちゃんって料理したことないよねー? とか。

 

 全部もらいものばっかりで、自炊できないんじゃないの? とか。

 

 挙句の果てに。

 

 メシマズを隠してるだろう、とか!

 

 そーんなわけないでしょー!

 

 私だって料理くらいします!

 

 軍にいた頃は煮炊きの手伝いとか焚き火番とかやってたもん!

 

『下ごしらえとか、味付けとかは?』

『包丁扱ったりは?』

 

 ……味付けは、まあ、してません。

 

『あっ(察し)』

『あっ(察し)』

『あっ(察し)』

★☆★スーパーアルバイター:あっ(察し) ¥2,000★☆★

 

 

 示し合わせたように同じ言葉書かないでください!

 

 そ、それに軍の料理なんて雑でしたからね。

 

 干し肉茹でて塩ドバーっとかけておしまいとか。

 

 そんなの私にだってできますから。

 

『干し肉と塩だけで味付けしてちゃんと料理にするの、むしろプロの技では』

『アリスにとっての刃物は剣であって包丁じゃないですよね』

『やめとけやめとけ!』

 

 いいえ。

 

 やります。

 

 それではルールを説明しましょう。

 

『何をやるつもりだ』

『嫌な予感がしてきた』

 

 狙うは8層の草原地帯。

 そこの池で食材をゲットして、見事三つ星レストラン並の料理を見せてあげましょう。

 

 ただし。

 

 レシピは見ません。

 

『やめとけ』

『マジで下調べしろ』

★☆★ステッピングマン4号:これでレシピ本買ってください \1,000★☆★

 

 ありがとうございます。

 でもルールは曲げません。

 

 そして、獲った食材はちゃんと食べます。

 食べ物で遊ぶことが目的ではありませんから。

 

『獲った……ってことは、狩猟?』

 

 狩猟というか、釣りですね。

 

 スプリガンの情報によると、あそこには池の主と呼ばれる巨大な魚がいるんだとか。

 

『もう釣り動画でいいじゃん! 釣りバトルしようぜ!』

 

 いいえ、釣りをする以上は自然に感謝を込めて素晴らしい料理にします。

 

 ではアリス、みなさんに素敵な料理をご覧にいれましょう!

 

 行ってきます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しくしく。

 

 しくしくしく……。

 

『釣りバトル動画としては文句なしに最高だった(過去形)』

『どうしてこうなったんだ』

★☆★スーパーアルバイター:これはひどい ¥500★☆★

 

 いや、確かに釣りは盛り上がりました。

 

 10メートル級の巨大ナマズがいるとは思いも寄りませんでした。

 

 電撃を放ちつつ、その牙で襲いかかってきたときはどうしようかと思いました。

 

 魔法で気絶させてから釣るのはちょっと卑怯くさかったですが、でもタイマンで勝ちました。

 

『まさかナマズの放電器官が生き残ってて、見事なアフロヘアになるとは』

『しかも放電器官を攻撃したら爆発するし……』

『やっぱりギャグ漫画の住人じゃないですか』

★☆★天下一ゆみみ:トリートメントしてね…… ¥30,000★☆★

 

 優しさが目に染みます……。

 回復魔法で髪の毛なんとかなるはずなので……。

 

『ガタッ』

『髪って魔法で何とかなるの?』

★☆★スーパーアルバイター:ちょっとその話詳しく ¥500★☆★

 

 あっ、その……あくまで失った部位を元に戻すというもので、遺伝的な問題を解決できるわけじゃないので……最初から毛髪が少ない人には多分効きません……。

 

『そっかー……』

『つれえ』

 

 それじゃあ、また配信します……。

 ありがとうございました……。

 

 しくしくしく……。

 

 あ、でも思いつきました。

 回復魔法を使う前提でヘアアレンジ配信とかやろうかな。

 それも楽しそうですよね。

 盛ったりベリショにしたり自由自在ですよ。

 

『しぶとい』

『諦めないで生やす方法を教えてくれ! 金なら払う!』

 

 

 



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◆アリスが七変化する配信

書籍カバーとかできました。
人妻配信者(26歳)のセクシーな姿を見てもらえると嬉しいです。





 

 

 

 私、復活!

 

 私、復活!

 

 私、復活!

 

『うるせえ!』

『見りゃわかるよ!』

★☆★天下一ゆみみ:ヘアケアが一瞬でできるのズルすぎる ¥30,000★☆★

 

 いやー、回復魔法使ったら一発でしたね。

 

 どうですか、この髪(バッ)

 

『シャンプーのCMみたいになびかせても、シャンプーのCMには絶対に起用されない女』

『美容用品とか健康食品とかの企業案件もムリだ』

『NASAの実験に連れて行かれる方がまだあり得る』

 

 ……言われてみればそうですね。

 

 い、いや!

 

 健康食品は全然大丈夫ですよ!

 

 案件待ってます!

 

『あれだけ食べてピンピンしてる人間に健康食品いる?』

『お前の摂取したカロリーを覚えているか』

 

 ……いらないですね。

 

 そ、それはともかくですね!

 

 今日はちょっと髪を短めに切りそろえて、日本人ファッションをしてみようかなと思います。

 

 いつもは腰より長いくらいなんですが、今日は肩くらいに抑えてます。

 このくらいだと軽くて動きやすいですね。

 アフロヘアーになるとあんなに体積が大きくなるとは思いも寄りませんでした。

 

『普段が長すぎる』

『なんであんなに長いのに髪がツヤツヤなのかずっと疑問だった』

『そんなことより、早く見せて頂戴!』

『アリスが変身するってことは……ついに謎ファッションやめてちゃんとした服着るんですね!?』

 

 謎ファッションってなんですか、謎ファッションって!

 

『宇宙猫パーカー着続けて配信するのは流石におかしい』

『戦闘時の鎧のほうがまだマシ』

 

 うそでしょ……?

 

『いや、マジです』

『もっと普通の服着ましょう』

『服買わせてくれ。欲しい物リストもっと充実させて。あとソーシャルギフトで服贈るから』

 

 い、いや、今日の私を見たら、そんな気持ちは吹っ飛びますからね。

 見てろよ見てろよ。

 新・アリスの晴れ姿を……!

 

『おお……!』

『ついに……!』

 

 まず前提として。

 魔法でチリチリアフロになった髪が元に戻るのはご覧のとおりです。

 これはつまり、魔力によってある程度の身体変化や筋肉操作ができるということですね。

 

 ここまではよろしいですか?

 

『うん……うん……?』

『なにもかもよろしくない』

 

 まず、丹田に力を込めます。

 深呼吸をして静かに呼吸を整えて、気脈を巡らせます。

 

 すぅー……はぁー……。

 

 すぅー……はぁー……。

 

『流れ変わったな』

 

 体に満ちたフォロワーパワーを魔力に変換し、一気に体の外に放出します!

 

 はあっ……!(ボァン!)

 

『こ、これは……!』

『なんか……緑色の光に包まれてる……髪も緑色に光ってる……』

『背中にオーラでできた羽っぽいものもある』

『スーパーアリスさんだ』

 

 はい。

 

 これがスピード特化型の私です。

 

 今までは100m3秒でレーシングドローンに負けてしまう程度の速さだったのですが、この状態であれば一瞬だけ音速にたどり着きます。ソニックブームが発生してレーシングドローン壊しちゃいました。

 

 あ、その動画も後でアップしますね。

 

『そうじゃないだろ!!!!!』

『必殺技を編み出してるんじゃない!!!!!』

『アリスの可愛い服が見たいわ! 可愛い服を見せて頂戴!』

 

 おっ、落ち着いてください。

 

 大丈夫、大丈夫です。

 

 みなさん、わかりますよ。

 

 これだけでは物足りないんですよね?

 

『おっ、もしかして』

 

 他にもパワー特化わたし、水中戦闘わたし、ディフェンス特化わたしなど、合計7パターンが……。

 

『そうじゃねえよ!』

★☆★天下一ゆみみ:イライラしてきたな。童貞が死ぬタイプの甘めコーデしてくれるまでスタチャする ¥30,000★☆★

 

 そ、それはやめてください!

 落ち着いて、落ち着いてください!

 ていうか総額幾らになってると思ってるんですか!

 

 やります、やればいいんでしょう!

 

『いまなんでも着るって言ったよね』

 

 そこまでは言ってません!

 

 

 



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◆アリスファッションショー その1

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 はい、そんなわけで生配信やってきましょう。

 いつも私のお部屋からお送りします。

 こんにちアリス!

 

『そんな挨拶あったっけ……?』

『エヴァーン方言かな』

 

 私だって定型句とかほしいんですよ!

 ま、それはさておき、本日はリクエスト企画ですね。

 地質調査を手伝ってくれとか、全景が知りたいとか色々あるんですが……。

 

 こないだの配信で、私の変身バージョンがどうにも不評だったようで……。

 

『あれはあれで面白いけど』

『アイドルライブを期待して来たのに週間少年漫画の激アツ展開されたらこっちも困惑するわけよ』

『生身の人間がレーシングドローンとかドラッグレース用のクルマに勝てるスピードを出すんじゃない』

『ぼくたちはついていけるだろうか、アリスさんのスピードに』

 

 私という存在を受け入れている時点であなたたちは仲間です。

 諦めて必死に食らい付いてきてください。

 

『スポ根のノリ好きだよねアリスさん……』

 

 今日は、こちらー!

 

 ででん!

 

「アリスさんに地球の服を着てほしいです」

 

 ですね!

 

『その言葉が聞きたかった』

『待ってたぜ! このときをよぉ!』

★☆★ステッピングマン4号:フリじゃないですよね? ¥2,000★☆★

 

 ガチです。

 

 着替えます。

 

 着替えます、が。

 

 ルールを説明しましょう。

 

 みなさん、これを御覧ください。

 

『またトンチキな企画をやるつもりだ』

 

 もちろん、ただ着替えるというだけでは芸がありませんので。

 

 まず今日用意した服は3着です。

 

 クローゼットのある方にカメラアングル変えますね。

 

 よいしょっと。

 

 見えますか?

 

『見えるー』

『見えます』

 

 じゃあクローゼット、オープン!

 

 まずは一着目、ガーリーファッションブランドのふりふり白ワンピ。

 サマーハットとリボンつきのパンプス。

 その他、甘めかわいいアイテム盛りだくさんです。

 

『キタコレ!』

『そうそうこれ わざとらしい女の子の服』

『ふーん、わかってるじゃん』

 

 し、しかし、これ……私が着てよい服なんでしょうか……?

 

『その言葉が聞きたかったって言ってるだろ!』

★☆★ステッピングマン4号:端的に言って最高ですね ¥5,000★☆★

★☆★天下一ゆみみ:お前のようなカワイイを待っていた ¥30,000★☆★

 

 ううっ……めちゃめちゃ人気ですね……。

 ちょっと勇気がいるんですが……。

 

 二着目は、英国風メイド服。

 黒いロングスカートに、同じく黒の首長のブラウス。

 白いエプロンをつけてる感じです。

 クラシカルなタイプの服だそうで、こっちの方が私としては気軽に着れますね。

 

『かわいい』

『もうそれでずっと配信して』

 

 い、いや、ずっとは駄目です。

 普段着のほうが気楽ですし。

 

 で、三着目は……こちらです。

 

『ただの作業着やんけ!』

『なんでやねん!』

 

 いや、ただの作業着じゃありませんよ。これを見てください。

 このかわいい安全帽を!

 

『猫耳つき安全帽、つまり……』

『現場の猫じゃん』

『百万回労災事故から生還する猫』

『面白いからいいけどさぁ!』

 

 さて、この三着を着ていきます。

 

 ですが。

 

 その前に、みなさんにはゲームをしてもらいます。

 

『デスゲームマスターのセリフじゃん』

『戦闘力カンストのデスゲ運営はバランスが狂ってる』

 

 今から3つのゲームを提案するので、みなさんが三連勝したときは大人しく1着目の服を着ましょう。写真スクショでもなんでも撮ってください。

 

 二勝できたらメイド服。

 

 一勝できたら安全服ですね。

 

『なるほど』

『そういうことね』

 

 さて、ゲームはこちら。

 

 1つ目はVR空間で剣を振り、自分に向かってくる障害物を斬った数を競うゲーム。

 

『ビートフェンサー』ですね。

 

 反射神経やリズム感が優れている人が有利なゲームと言えるでしょう。

 

『アリスさんの反射神経に勝てるかよ!』

『いや、音ゲーマニアなら勝算はある』

 

 大丈夫です。

 

 私も、設定確認のために軽くプレイしただけで習熟はしていません。

 

 まあ?

 

 やりこんでる人には私程度に勝てて当然でしょうけど?

 

『あ、ふーん。そういうこと言うんだ』

『今に見てろよ見てろよ』

 

 お次はこちら。

 

 VR乗馬シミュレーター『モンタナの風と鉄球』ですね。

 

 馬を走らせてアメリカの大地を駆けて速さを競うというゲームです。

 

 まあ私は十三歳くらいの頃から馬に乗るのが日常でしたけど、ゲームは未体験ですね。

 

 皆さんの方が強いだろうなあー。

 

 私の累計の乗馬時間は千時間以上はあるでしょうけど。

 

 馬に乗って魔王軍から逃げ続けて、三日目は逆に馬を担いで逃げたりもしたことありますけど。

 

『さらっと闇を出すな闇を』

『その体験記、聞きたいけど聞きたくない』

『平和な世界で競馬のジョッキーになっちゃえよもう』

 

 さて、最後は……まだ秘密ということで。

 

 それじゃ、楽しいゲーム配信、行ってみましょうか!

 

 

 



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◆アリスファッションショー その2

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 ……と、一曲終わってこんな感じですね。

 

 この手のゲームはまだわかってないところがあるのですが、とりあえずタイミングに合うように剣を振っていれば千回だろうが一万回だろうがパーフェクトは出せるかなって感じです。

 

 ぶい!

 

『反射神経が獣よりもヤバい』

『脳みそのクロック数が違いすぎる』

『なんでこの手のゲームで、初手でフルコンできるかなぁ……』

 

 そりゃ年がら年中剣を降ってましたからね。

 巨大ゴーレムが発射した数百発の岩のつぶてを斬り落として味方を守るとかやってましたもん。

 

『それが冗談じゃないのが怖い』

 

 さあて、挑戦者はいませんか?

 あれえ? いない?

 じゃ、私の不戦勝かな?

 

 やったぁ! 勝ったぁ!

 

『この憎たらしいアリススマイル』

『アリススマイルが出たらこっちの負けフラグだよ』

★☆★吉田輝和:やるやる。俺やるよー ¥200★☆★

 

 ゲーセンの筐体みたいな感覚でスタチャ送らないでください!

 ありがとうございます!

 

 でもいいんですか?

 

『吉田:いいよー。最高難易度で、マスクモードでお願いします。曲はYOSAKOIの『朝に駆ける』で』

 

 マスクモード?

 

『あっ、その手があったか』

『これは勝てるかもしれないな』

 

 マスクモード、すみませんやったことなくて。

 

 えーと……。

 

『普通のプレイだと右の剣で斬るか左の剣で斬るか色分けされてるけど、その色が消えます』

『最初のうちは障害物に左右の記号が付いててそこで判別できるけど、後半になるとそれさえも表示されないブロックも混ざったりする。失敗してリトライを繰り返す覚えゲーだね』

 

 えっ。

 

 それ、アリなやつですか?

 

『あり』

『ありですね』

『大会とかはそのへんレギュレーションがはっきりしてるけど、今回はプレイルールを具体的に詰めてないしなぁ』

 

 うっ……。

 

 い、いいでしょう。

 私の視力と反射神経を持ってすればなんてことはありません。

 

 いざ、勝負!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい。

 

 負けました。

 

 なので着替えてきました。

 

『作業服、無駄に似合うな』

『雨が降る夜の工事現場で誘導灯振ってそう』

『ヨシ!』

 

 でもこれズルいですって!

 

★☆★天下一ゆみみ:ねえ今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち? ¥30,000★☆★

 

 悔しいに決まってるでしょ! ありがとうございます!

 

 ……まあ、この服なら別に抵抗ないですし、いいです。

 生地も適度に硬くて安心感がありますね。

 この上に鎧とか来てもいいかも。

 

『それはやめて』

『激しくダサい』

 

 だっ、ダサくないですぅー!

 

『普段の迷宮攻略配信が悲しくなる……』

『働いてる感が強い……』

『油断が原因で死んでしまう猫を想像する』

『どうして……どうして……』

 

 そ、そうですか?

 案外不評なので鎧装備はやめときますね……。

 

 ま、気を取り直して、次は乗馬ゲームにいってみましょう。

 

 早速『モンタナと風と鉄球』、起動します!

 

 一度に4人まで対戦できるので、私以外の三人で連携しようがどうしようが構いません。

 

『つまりアリスさんVS視聴者チームってわけか』

 

 そういうことですね。

 

 さあ、それでは勇気あるチャレンジャーたちを募集しますよ!

 

 

 

 

 

 

 さて、ネット対戦ロビーにチャレンジャーが揃いましたね。

 

 って、いつもスパチャしてくれる人たちじゃないですか。

 天下一ゆみみさん、ステッピングマン4号さん、スーパーアルバイターさんですね。

 

『よろー』

『よろしく』

『準備OKです』

 

 いえいえ、こちらこそよろしくおねがいします。

 でも手加減はできませんけど。

 

 さて、各プレイヤーがまたがる馬の年齢、性別、脚質はバラバラです。

 その中でもっとも重要なステータスはスタミナであり、スタミナ管理こそが勝利の鍵なのだそうです。

 

 10キロの長距離コースなので、すべて走り切るのではなく休憩を入れたり、あるいは走るのではなく駆け足や早足を混ぜてスタミナ切れを防ぐのがコツ……とのことです。

 

 うーん、これがVRではなく実際の馬だったら担いで走ったりできるんですけどねぇ。

 

『それこそ反則でしょ!』

『こち亀かよ』

『体力株式会社か』

 

 や、やりませんよう。

 

 さて、今10キロのコースと申しましたが、7キロほどは荒野となっています。

 足へのダメージを防ぎつつスピードを確保する必要がありますね。

 

 そして7キロを過ぎたあたりで、30メートルほどの幅の川があります。

 大きく迂回して橋を渡るか、あるいは川を突っ切るかの二択を迫られます。

 

 そして残りの3キロは走りやすい草原となっています。

 ラストスパートをどこで仕掛けるかが勝負の分かれ道、というわけですね。

 

 ……という感じで、みなさんよろしいですか?

 質問がなければ始めたいと思います。

 

『おっけー』

『了解』

『いつでもどうぞ』

 

 ではいきますよ……スタート……!

 

 

 



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◆アリスファッションショー その3

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 まずはスーパーアルバイターさんが先頭を走っていますね。

 

 次に天下一ゆみみさん、ステッピングマン4号さん、私の順となっています。

 

 全員、スピードは変わりません。

 

 駆け足よりは早く、走るよりは遅いくらいのスピードでしょうか。

 

 流石に長丁場ですから、みなさん焦りませんね。

 

 ……さては、やりこんでいる人いますね?

 

『さーてなんのことやら』

 

 くっ、しらばっくれて……!

 

 2000メートル逃げ切る感覚で突っ走ってくれたら楽だったのに……!

 

『むしろやりこんでるのそっちじゃん』

『私、そっちのゲーム全然わかんないんですとか言ってただろ!』

『VRコントローラー、けっこうクセがあるのに普通に動かせてるし』

 

 ふふふ、答える必要はありません。

 

 ま、みなさんが連携したり対策を練るのも予測済みです。

 

 ところで、このゲームはアメリカの西部劇が舞台の世界なので。

 

 市民は武装する権利があるそうです。

 

 私も武器を持ってます。

 

 じゃ、上手く避けてくださいね。

 

『うっわ! いきなり撃ってきやがった!』

『展開が早い』

『しかも狙いが正確』

 

 おっと、ステッピングマン4号さんにかすめたくらいでしたか。

 

 今私が撃ったのは、回転式拳銃とかいうやつだそうです。

 

 六発の銃弾が入っていて、今三発撃ちました。

 

 その他にも投げ縄や爆弾といった武装が使用可能で、自分が先にゴールにいくのを目指すのではなく相手をブチ殺すという戦略を取ることもできます。

 

 とはいえ武装を増やすと重量も増えますし、逃げ切られてはこっちの負けです。

 

 常に武器を持つ方が有利とは断言できません。

 

 逃げるか戦うか、戦略はプレイヤー次第というわけですね。

 

『喋りながら正確に狙ってくるの、殺意をビンビンに感じる』

『くそっ、回避行動を取ると馬の体力も落ちる』

『リロードも速いし狙いがヤバい。このゲーム、銃の命中率クソ悪いのに』

 

 あ、そうそう、ゲーム毎試合ごとに銃の性能は微妙に変わります。

 

 右に逸れやすかったり、弾道がふらついたり。

 

 この時代の銃の命中率の悪さを再現しているそうです。

 

 ですが何度か撃てばクセを見抜くことはできます。

 

 また、風の影響も受けますね。

 

 しかし、ゲーム内SEをよく聞けば、風向きや強さを把握できるんです。

 

 北北西の風、微風といったところでしょうか。

 

 いやー、よいゲームですね。

 

 大自然と一体になる感覚を得られます。

 

 ですので、大自然の中では自分の身を守るのは自分だけという感覚も味わっていただきましょう。

 

 死ねぃ!

 

『重課金者に言う台詞か!』

『くっ、下がれ下がれ!』

 

 あっはっはっは! 加減しないと言ったはずですよ!

 

 さあ踊りなさい! もっと激しく!

 

『なんて悪役ムーブが似合う女なんだ』

『一旦下がるぞ!』

 

 おっと、道が拓けましたね。

 

 これこそが道なき道を進む開拓精神というものです。

 

『そこまでアウトローじゃないだろ!』

『それにこっちにも武器はある』

 

 むっ……! 投げ縄ですか……!

 

 縄に捕縛されると当然身動きが取れなくなります。銃も使えません。

 

 また体力消費も激しくなりますね。

 

 投げた方もまた動きが制限されるので万能のアイテムではないのですが……。

 

 なるほど、二人が縄でこちらをホールドしつつ、もうひとりは抜け出すわけですか。

 

 抜け出したのは天下一ゆみみさんの馬ですね。

 

『そっちは頼んだ、あばよ!』

 

 ふふふ。

 

 ゲーム開始までの短い時間で役割分担を決めるとはやるじゃないですか。

 

 だれかイチ抜けしたり仲間割れをしてもおかしくないのに。

 

 ですが。

 

 少し遅かったみたいですね。

 

『くそっ、もう川か……!』

 

 もう少し早めに捕縛しておけば、一人だけ迂回して橋を渡ることもできたでしょうが、銃を避けるのに必死で時間を無駄にしましたね。

 

 ふふふ……そして!

 

 縄もまた万能ではありません。

 

 川の流れによってスピードが遅くなれば、その分縄抜けもしやすい……!

 

 そして足を止めてる状態なら、銃も確実にあたります!

 

『させるか!』

 

 ぎゃー!?

 

 馬で体当たりするのやめてください! みんな落馬しますよ!

 

『密着すれば銃も撃てないだろ!』

『ここは任せて先に行け!』

『わかった……!』

 

 くっ、ならば逃げる方を撃つまで……!

 

 残りの銃弾で蜂の巣にしてあげます……!

 

 コルトM1847が! あなたの運命です……!

 

『それは人に向けて言っていいセリフじゃないだろ!』

 

 

 



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◆アリスファッションショー その4

 

 

 

 はい。

 

 負けました。

 

 ま け ま し た!

 

★☆★スーパーアルバイター:メイド様の戦い方じゃなかった 誉れを取り戻せ \2,000★☆★

 

 やかましいですよ!

 

 スタチャありがとうございます!

 

 誉れはともかく、約束は守ります。

 

 スクショでもなんでもどうぞ、この無様に負けた私のメイド姿を……!

 

★☆★天下一ゆみみ:ありがとうございます 家宝にします \30,000★☆★

★☆★ステッピングマン4号:死ぬかと思った 殺すという漆黒の意思を感じた \10,000★☆★

★☆★ホワイトラビット:おかえりなさいませって言ってください \5,000★☆★

★☆★青銅のヒハシ:待ってたぜ、このときをよぉ! \10,000★☆★

 

 うわっ、スパチャが10件……20件……どんどん来る……!

 

 流れすぎて読みきれないんですけど……!

 

 あ、ありがとうございます、後で名前を読み上げさせていただきます。

 

 みなさんのおかげで私はこうして生活できています。

 

 それはそれとして。

 

 覚えてなさい。

 

『いま1オクターブくらい低くなかった?』

『それは感謝の表現ですよね?』

 

 そんなことないですよー(裏声)

 

 しかし、まだ最後のゲームが残っています。

 

 今まで秘密にしていたゲームがね。

 

『wktk』

『やけに自信満々だな』

 

 そのタイトルは。

 

 VR格闘ゲーム『ギガロボクス』です。

 

『ボクシングゲーム?』

『なんかボクサーが体にメカとか鎧を付けてるけど……普通のボクシングじゃないの?』

『……わかった。そういうことか。無理ゲーだ』

 

 ふふふ。

 

 お気付きになった人もいるようですね。

 

 このゲームはただのボクシングゲームではありません。

 

 ギガロボクスという架空のスポーツで、身体機能を向上させるパワードスーツを着てボクシングをする……という競技になっております。

 

 装備をアッセンブルして戦うので、反射神経やVRゲームの腕前のみならず、状況に応じたセッティングができるかどうかも試されます。

 

 ……ですが。

 

 あえて何も装備しない『ネイキッド』という状態も選択できるんですね。

 

 このときはパワードスーツをセッティングするのではなく、生身の強さをセッティングすることになります。

 

 具体的には、このゲーム開発に協力しているフィットネス器具メーカーがその人個人の腕力やパンチ力を測定し、キャラクターに反映するんです。

 

 むしろこのネイキッドスタイルこそが、ゲームの本番と言えるでしょう。

 

『あっ』

『ふっざけんな!』

『勝てるわけがないだろう! 俺たちがアリスさんに!』

『あーもうめちゃくちゃだよ』

 

『ちなみに、アリスさんのパンチ力は?』

 

 本気でやるとパンチングマシーンが壊れるので測定不能ですね。

 

 上半身の力だけで打つ軽いジャブなら1トンくらいでしょうか。

 

 みなさんは課金装備でもなんでも付けてかかってきてください。

 

 軽く撫でてあげましょう。

 

『もう巨人と戦うのと変わんねーだろ』

『人類と戦うという気さえしない』

 

 さあ始めましょうか!

 

 死のゲームを!

 

『殺すな!』

 

 

 

 

 

 

 VRゲーム上のアバターは、デザイナーさんにお願いして私そっくりなのを作ってもらいました。

 

 どうです、この完成度?

 

 くるっと回ってぇー! はい!

 

『かわいくてえげつない』

 

 えげつないは余計です!

 

『ジャブで1トン出すのは文句なしでえげつない』

『1トンとは1000キログラムのことを言うのです』

『素手で自動車を解体できるやつじゃん』

 

 そりゃできますけど!

 

『できるんだ……』

『実際、ゲーム内でどれくらい強いの?』

 

 ああ、それは確かに疑問に思いますよね。

 

 ちょっとエキシビジョン的にNPC対戦してみましょうか。

 

 えーと、シングルプレイモードで……。

 

 対戦相手ヘビー級チャンピオン、マグニフィセント・マイケル。

 ベンチマークとしてはこの子が丁度よいですね。

 

『身長195cm、110kgが丁度よいベンチマーク……?』

『VRだと身長差がえぐい』

『だというのにまるで負ける気がしない』

 

 装備も最強で行ってみましょうか。

 

 フックとアッパーを最強にするエルボーロケットと……最上級防具のロンズデーライト・アーマーと……フットワークを加速させるマグネティックブーツ……。

 

 よし、敵の設定こんなもんですね。

 

 いってみましょう! ゴングを鳴らせ!

 

★☆★吉田輝和:ファイトマネー贈ります \1,000★☆★

 

 ありがとうございます!

 

 うおっと、気を取られてる間に距離を詰められましたね。

 

『速い速い速い』

『アリス視点だとめちゃめちゃ怖い』

『でも避けた』

『反応速度がおかしい』

 

 どちらかというとフレーム単位でのラグとかズレの方が問題ですね。

 このくらいの速さだったら実物の人間でもゴーレムでもさほど問題ではありませんし。

 

 それにパンチ力測定も999kgがマックスなので、全然本気じゃないんですよね……っと。

 

『ボディジャブ一発で悶絶させるな』

『ボディーアーマーが破壊された』

『拳の形にめりこんでる』

 

 さて、ジャブを連打して少し距離を取りましょうか……あれ?

 

『ジャブ三発でノックアウトしてるじゃん』

『見るも無惨だ』

『ひたすらに理不尽な暴力があった』

 

 え、えーと……。

 

 どや!

 

『どや! じゃねえよ!』

『なんかワールドレコード更新してるんだけど』

 

 あっ、やっちゃった。

 

 後で運営さんに連絡しておきますか……。

 流石に私のフィジカルでクリアされるのは想定外でしょうし。

 

 私のフィジカルは、挑戦者を叩きのめすためにあります。

 

『ヒエッ』

『その日人類は思い出した。アリスさんの強さを』

 

 私を倒せる者はいますか!

 

 私を倒せる者はいますか!

 

『ここにいるぞと言いたいところだが』

『ワンパンで倒される塩試合しか思い浮かばない』

★☆★天下一ゆみみ:ここにいるぞ! \200★☆★

 

 おや、天下一さん、クレジット投入ありがとうございます。

 

 それはつまり。

 

 覚悟しているということですね?

 

『おお』

『来たな……』

『骨は拾ってやる。骨が残ってたら』

『がんばれ!』

『3分くらいは耐えろ!』

『人間の可能性を見せてくれ!』

 

 ふふふ、チャット欄も盛り上がってますね。

 

 どうぞ好きにセッティングしてください。

 他のみなさんもどうぞお好きにアドバイスなりなんなりして構いませんよ?

 

『余裕すぎる』

『どれだけ負けてもここで勝てるからの余裕だったわけだ』

 

 さあ、かかってきなさい!

 

 

 



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◆アリスファッションショー その5

 

 

 

 意外でしたね、ネイキッド状態でやってくるとは……。

 

『天下一ゆみみ:だって、どんな装備つけても一発殴られたら終わりだしねー』

 

 その通り。

 

 理論値で最強パワーですから、防御は確かに無駄です。

 

『天下一ゆみみ:他の装備も、瞬間的なスピードは伸びても反応速度自体は早くならない。ていうかギアを付けてるだけで1フレームだけ遅れる。極めてる人はみんなネイキッド状態でやってるじゃん』

 

 はい、ご明察!

 

 ネイキッド状態のプレイヤーと戦うには、同じくネイキッドで戦うのが正攻法なんです。

 

 まあ私自身、十回くらいしかプレイしてないんですけどね。

 

『天下一ゆみみ:じゃあ、パワーとスピードがあってもゲームの挙動を深く理解してるってわけじゃないんだ』

 

 ぶっちゃけ、ゲームの概念そのものに慣れるまで時間を費やしました。

 

 VRゲームの感覚を掴めたのが割と最近です。

 

『天下一ゆみみ:じゃあ私が勝つよ』

 

 ほほう……久しぶりですよ。私にそんな口を利く子は。

 

『天下一ゆみみ:世紀末覇者の視点でないと出ないワード来たな』

 

 では、試合開始です!

 ギロチンの鐘を鳴らせ!

 

『ゴングを死刑宣告にするな』

『天下一ゆみみ:さあ、かかってきなさい!』

 

 なっ……!

 

 えっ、それアリなんですか……?

 

『あー、それアリなんだ』

『寝そべってる』

『猪木アリ状態じゃん』

『ゲーム内でそれできるんだ』

 

 くっ……!

 

 しゃがんでもパンチが届かない……!

 

『天下一ゆみみ:判定外だからね。ぶっちゃけ無敵状態を利用したバグ技だけど』

 

 このままじゃ引き分けじゃないですかぁ!

 

 掛かってきてー!

 

『天下一ゆみみ:不用意に近づいちゃダメだよー』

 

 あっ。

 

 えーと、これ、なんていうんでしたっけ。

 

『ボクシングで言うところのクリンチだな』

『レバガチャで脱出できるけど……』

 

 えいっ、えいっ!(スポッ)

 

『天下一ゆみみ:微妙な硬直タイムが発生するので、ジャブを当てる』

 

 あっ。

 

『天下一ゆみみ:で、また寝る』

 

 えっ。

 

『すごいせこい……予想もしてなかった塩試合だ……!』

『ずるい、ずるいけど……!』

『着替えてもらうためにはしょうがないよな』

 

 ちょ、ちょちょ、ちょっとおー!

 

 これどーすんですか!?

 

『これを回避する方法もなくはないけど……対策済みのバグ技だし……』

『でも教えなーい』

『そこはなー、アリスさんの頭脳でなんとかしてほしいなー』

★☆★ステッピングマン4号:教えません \1,000★☆★

 

 そ、そんなー!

 

 みなさん裏切りましたね!?

 

『私に勝てるものはいるかって言ったのそっちじゃん』

『そうだそうだ』

『はい、時間切れで試合終了。1ラウンドマッチなのであとは判定ですね』

 

 ああっ、またクリンチされてジャブ当てられたー!

 

 も、もう1ラウンドの時間が……判定に持ち越されちゃう……!

 

 ちっ、ちくしょー!

 

 覚えてなさいよー……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レストラン『しろうさぎ』。

 

 誠とアリスは今、レストラン兼自宅の整理の整理をサボって動画に見入っていた。

 

 VRゲームで三連敗し、ふりふりの甘めのコーデに身を包んで歌ったり踊ったりしている動画に照れくさく思い、でもこれはこれで撮れ高あるなと動画配信者ならではの客観的評価を下していた。

 

 だが、アリスはふと気付いた。

 

「誠さん」

「どうしたのアリス」

「これ、ちょっとおかしくないですか?」

 

 アリスはパソコンで動画を見つつ、スマホでVR対戦にエントリーしてきた人々のSNSを見ていた。そこで、ある奇妙なやり取りに気付いた。

 

「……おかしいかな? おかしくないと思うけどなぁ」

「いや、絶対おかしいです。当時エントリーした人たちみんな、不審な鍵アカウントとのやりとりがあるんですよね」

「へえ」

「恐らくはゲーム攻略情報を共有しているんだと思います」

「……そういうこともあるんじゃないかな。作戦を練るのは禁止してなかったし」

「でも最後のゲーム、当時はリリースされたばかりでバグ検証もそんなに進んでいませんでした。まるで示し合わせたかのようにハメ技を食らったのは……まるで……情報漏洩でもしたかのような」

「ぎくっ」

 

 アリスの追求の視線が誠に刺さる。

 10センチ、5センチ、1センチと少しずつアリスの顔が近付いていく。

 甘い気配があるならばともかく、今ここを支配する気配は、アリスという強烈な存在が放つ疑念と糾弾だ。

 

 その圧力に、誠は負けた。

 

「……俺がやりました。あと翔子姉さんも」

「ほーらやっぱり! おっかしいと思ったんですよー!」

「いや、その、圧倒的な勝利で終わったら、視聴者の不満も残るし……! ほんとごめん!」

 がばっと土下座する誠を見て、アリスが慌てた。

「あ、いや、そこまでしなくても……。そこまで怒ってるわけじゃありません。私も調子に乗ってヘイト買っちゃうことはありましたし、こういう結末の方がバランスが良いのは認めます」

「あっ、許してくれる?」

「でも今度配信するときはちゃんと根回ししてくださいね。くれぐれも、『素の反応の方がバズりそう』とか考えないでくださいね?」

「…………うん」

「今ちょっと間がありましたよね!?」

「ない! ないよ! 絶対ない!」

「ほーんとぉーですかー?」

 

 誠はアリスに執拗な追求を受けながら、夜も更けていく。

 

 

 



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◆アリスがJKになるのを全員で必死に止める配信

※ここから隔日更新になります。


 

 

 

 こんばんアリス。

 

 今日もいつも通り、私の部屋からの配信です。

 

『お、クラシカルなメイド服だ』

『ハウ○劇場で出てくるタイプのメイド』

『黒のハイネックブラウス。主張控えめのホワイトブリム。白手袋。黒いロングスカート。パーフェクトじゃないか』

『ホウキを持ってポーズ付けて立ってほしい』

『もうずっとこれで行こう』

 

 なんでこれが人気なんでしょうね……?

 まあ、私としてはけっこう落ち着くスタイルではあるんですが。

 城勤めのメイドも似たような格好してましたし。

 

『服飾文化、地球と似てるの?』

 

 いやー、こっちの方がやっぱり粗末ですよ。

 フリフリとかありませんでしたし。

 

 染め物や織物なんかはこっちにもたくさんありますし、麻や布、シルクも当然ありますけど、やっぱり化学繊維とか化学染料のバリエーションに勝てるわけがないというか。

 

 魔法VS科学において科学の方が圧倒的勝利って感じですね。

 

 あ、でも、魔物の糸を使ったシルクは地球のより上質かもしれませんね。特に防御力の観点だと。

 

『魔物製のシルクかぁ』

『地球に持ち込んだら凄い金額になるんじゃないの?』

 

 でしょうねー。

 

 てか流石にこっちの世界でも凄い金額になりますね。魔力が付与されてるので熱攻撃を防ぐとか呪いを防ぐとか色々と機能があるので、ごくごく一部の貴族や王族が身につけるための超高級品って扱いです。下手したらお屋敷が建つくらい高いです。

 

『さすが異世界』

『そういうの着たいとか思わない?』

 

 あー、ほしいと言われたらほしいですけど。

 

 でも私的には防御力とかはどうでもよいです。ある程度フォロワーパワー稼げてる状態だと全門耐性と全状態異常無効がデフォルトですし……。

 

 あ、そういえばモードチェンジして物理反射できるようになりました。

 

『裏ボスみたいな性能しやがって……』

 

 そもそも防御力を付与するなら鎧を着る方が効率的ですしね。

 だから普段着や衣服としては地球産の方がほしいかなって。

 

★☆★天下一ゆみみ:じゃあ、もっと女の子女の子した服着よう カネなら払う ¥10,000★☆★

 

 ありがとうございます! 払わないでください!

 

 あ、でも女の子っぽい服で、一つ着てみたいのがあるんですよ。

 

『おっ、どんなの?』

『教えて』

 

 セーラー服。

 

 あるいはブレザーとかもいいですね。

 

『えっ』

『えっ』

『えっ』

『えっ』

『えっ』

 

 ……ま、なんですかその反応?

 

 そういえばスタッフに行ったらなぜか引かれたんですよね……?

 

 何か問題あるんですか?

 

『いや、えっと……』

『すごい似合うとは思うけど、26歳配信者が着るのはよからぬ文脈が生まれる』

『端的に言ってえっちのライン超えてますね』

『本人が着たいって言うんだから着せてやろうぜ!』

『待て待て待て。アリスさんはJKの制服着る意味をわかってないだろう』

 

 制服を着る意味、ですか……?

 

 あ、もしかして制服って、普通の人が着ちゃいけないって意味です?

 騎士の身分がない人が騎士の格好しちゃいけない、みたいな。

 

『…………だいたい合ってる』

 

 なるほど。

 

 じゃあ、みなさん。

 

 こう言いたいわけですね?

 

 日本の女子高生の制服を着たければ、受験をしろと。

 

『そっち!?』

『高校受験? え、マジで?』

『なんで! なんでそう変な方向にばかり思い切りがいいのよ!?』

 

 むう!

 

 私が学校に行きたいの、変ですか!

 

『変っていうか、理由がわからん』

『そうそう。配信で食っていけてるだろうし』

 

 でも、この配信見てる人、ほとんど学校に通ってるか卒業してますよね?

 

 ずるくないです?

 

 私、学校行ったことないんですけど?

 

『あ、そっか』

『……なるほど』

『アリスさんは聖女で、配信者だけど、学歴がないのか』

 

 そーですよ!

 

 まあ軍にいた頃に文字とか計算とか、基礎的な礼儀作法とかは習いました。

 でもなぁ……学校って感じじゃなくて、家庭教師みたいなのが教えてて、学生生活とかは送ってないんですよ。

 

 部活とか。

 

 テストとか。

 

 学校帰りに買い食いするとか。

 

 遅刻しそうになって食パンかじりながらバスに飛び乗るとか。

 

 教室の窓側、最高峰の席で眠そうにしてたら謎の転校生がやってきて、世界を破滅から救う戦いに巻き込まれるとか。

 

『アリスさんは謎の転校生サイドでは』

『アリスが転校してきたら避難防災計画の手引書を真っ先に読まざるをえない』

 

 とーもーかーく!

 

 そういう青春したいんです!

 

 あと中卒とか高卒の資格ほしいですし。

 

『あー……案外切実だ』

『異世界人、地球で通用する学歴がない問題か』

『そう言われると応援せざるをえないな……』

『制服はさておき』

 

 なんで「制服はさておき」なんですか!

 

 カワイイから着たいんです!

 

 漫画とかアニメとかでみんな着てるし!

 

 てゆーか他の服は着せたがるのに制服着させようとしないの、なんでですか!

 

『俺たちにはその資格がない』

『26歳配信者がJKの制服を着るという状況は非常に嬉しいし美味しいんだけど、JKの服を着せたという戦犯になりたくない』

『なまじ似合ってしまう分、ギルティ度が増す』

 

 どーしてなんですかぁ!?

 

 

 

 

 

 

 アリスは、誠や翔子から様々な漫画を借りていた。

 

 ついでに動画サブスクのアカウントを作ってもらい、ドラマや映画、アニメなど様々な映像作品を視聴していた。そこで、アリスはうっかり思いついてしまった。

 

 私も女子高生になりたいな、と。

 

 26歳の大人の女性が女子高生の服を着るといううわキツ感については、地球に転移したばかりの今もまだ気付かない状態である。

 

 それゆえに誠は、「その意味を知らない状態で着せるのはよくない」と思っていた。

 

 だが一方で、アリスが学校に行きたいという願いは止めてはならないものだともわかっている。学生をしたことがないという人間が学校に憧れるのはごく自然なことなのだから。

 

 それに現実的な問題も解決できる。日本で社会生活をする以上、学歴はあっても決して困るものではない。むしろ必須と言ってよい。

 

「そういえば、アリスは高校行きたい?」

 

 動画が終わったタイミングで、誠はふと聞いてみた。

 

「はい!」

 

 アリスは威勢よく頷く。

 まったく迷いのないきらきらした目に、誠は覚悟を決めた。

 

「……すぐには行けない」

「ああ、受験とかあるんでしたっけ?」

「それもあるけど、そもそもアリスはなんていうか……戸籍とか住民票がない……つまり、身元を保証するものがないんだ。住民票の写しを発行してもらわないと、どの高校の受験資格も得られない」

 

 誠の言葉に、アリスは眉をしかめた。

 が、すぐ納得したように溜め息をつく。

 

「あー……異世界からやってきた人間ですからね……。多少の不便は覚悟の上です」

「おっと。勘違いしないでほしい。なんとかしてみよう」

 

 え? とアリスは意外な表情を浮かべた。

 

「……なんとかなるものなんです?」

「具体的にはスパチャで稼いだマネーパワーと、マネーパワーで雇う弁護士パワーと知名度パワーで、住民票をもぎとってみせる」

「み、身も蓋もない気がしますが、わかりました」

「どっちかというとアリスの身元保証よりも、セリーヌさんが『鏡』を通して物品を売買した件を無事に終わらせる方が大変かも……俺と翔子姉さんは書類送検くらいは覚悟しておかなきゃ……いやでも味方になってくれそうな役人もいそうだし……なんとかなるか……?」

 

 誠が唐突にぶつぶつと難しい言葉を呟き始めた。

 

「あ、あの、誠さん? けっこう疲れてます?」

「だ、大丈夫! なんとかなるよ!」

「は、はぁ。でも無理はしないでくださいね本当に……」

 

 心配そうにアリスは声をかける。

 だが、誠は気にするなとばかりに笑った。

 

「いや、目的があった方が張り合いが出るよ。やろう。それに……アリスは、地球に来たからには地球を楽しんでほしい。そのために頑張ろう」

「……はい!」

 

 アリスはえへんと胸を張った。

 

「あ、でも無理しないでくださいね。小難しい話が得意とは言えませんが、こう見えても聖女ですから! 役人や貴族と交渉したりって経験もけっこうあるんですよ」

「……ありがとう、アリス」

「ふふん。もっと頼っていいですからね」

 

 こうしてアリスJK化計画が、水面下でほんのちょっとずつ進行していく。

 

 誠はアリスの制服姿を一番最初に目にする人間としてガチ恋勢から恨みを買ったり煽られたりすることになるが、また別のお話であった。

 

 

 




ちなみに制服姿はこんな感じです


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◆アリス・ドライブ その1

書籍カバーとかできました。
人妻配信者(26歳)のセクシーな姿を見てもらえると嬉しいです。



 

 

 

 アリスJK化計画を話し合っていた次の日。

 アリスの荷物を整理整頓してて色々と問題が起きた。

 

「荷物全部は広げられないですね……。服とか小物はさておくとしても……」

「剣と工具は無理だな」

 

 今、床には青いビニールシートが敷かれ、その上にアリスが使用した武器が広がっている。

 

 短くて小さいものから順に並び、最終的には2メートル級の長剣が置かれている。

 

「……誠さん。この並べ方、なんか窃盗事件の押収品みたいでイヤなんですけど」

「写真撮っとこう」

「話聞いてますか!? いや見た目は確かに面白いですけどね!?」

「ごめんごめん。でもちょっと置き場所は考えないとな。庭の物置だと盗難されそうだし」

「ですよねぇ」

「いっそのこと、配信用の事務所借りちゃおうかなと思ってる。ガレージ付きの大きいところ」

 

 誠の言葉に、アリスがぴくりと反応した。

 

「ガレージですか……!」

「そうそう。そこなら剣とか置けるし。あとアリス、免許取りたいとか言ってなかったっけ」

「あ、はい! 車とかバイクとか乗ってみたいです! 他にも色々やりたいことが!」

「たくさんあるだろうし、一つ一つやってこうよ」

「はい!」

 

 誠の言葉に、アリスが嬉しそうに頷いた。

 

 そして、荷物があまりにも多すぎて整理しきれない状況からちょっと目をそらし、今日もまた以前に撮影してアップロードした動画を振り返るのであった。

 

 

 

 

 

 

 幽神霊廟はめちゃめちゃ広いです。

 

 一層から十層までは森林や草原が広がっていて、ただ攻略するために最短ルートを突っ切るならともかく、すべてをくまなく調べようとすると途方もない時間が必要です。

 

 十一層から二十層までは氷河の世界で、広さのみならず自然の過酷さも牙を向いてきます。

 

 ですので私、考えました。

 

 この草原の大地を駆け巡る、新たなる足が欲しいと!

 

『おっ、なんか始まった』

『足ってことは、何か乗るの?』

 

 イエス。

 

 今日の配信は、このブルーシートで覆いかぶさったものが主役なわけです。

 

 というわけで、さっそくお披露目! ばさっ!

 

『オフロード仕様の三輪バイク?』

『しかも無ナンバーだ』

 

 それと、動画が始まる前に一つ注意を。

 

 私は免許を持っていません。無免です。

 そしてこのバイクも、無ナンバー車です。

 

 どうしてそんなアウトローが許されるかというと、幽神霊廟の中は言ってみれば守護精霊の私有地だからです。スプリガンの許可を得てやっているわけですね。

 

 これが日本の公道だったら決してやってはいけませんよ!

 

 また、仮に合法の私有地であったとしても、自然にダメージを与えるような遊び方をしてはいけません。

 

 また、私は10トントラックとぶつかってもトラック側を異世界転生してやるくらいのフィジカルがあるために多少危ないことをしても平気ですが、視聴者の皆様は決して私のような危ない真似をしないように。

 

『絶対無敵のダイヤモンドボディじゃん』

『常時スター状態の配管工』

『そこで笑わせてくるのやめろw』

 

 はい、すみません。

 

 というわけで、アリス★ドライブ行ってみましょう!

 

 

 

 

 

 

 ぐすん。

 

 

『知ってた』

『まあ、未整地だもんな……』

『湿地帯とかもあったし』

 

 うっ、うっ、どうして……どうして……。

 

 どうして新しいバイクが壊れちゃうんですかぁ……!

 

『そりゃ、沼に突っ込むのは無茶よ』

 

 パッと見、普通の道に見えたんですよぉ……。

 

『ぬかるんだ地面に見えたけど、実際は底なし沼みたいになってたわけだ』

『ここから無理やりバイク持ち上げて脱出できたのがすげーよ』

『片手で200kgのバイク持ち上げて、片手でロープ引っ張ってジャンプするやつおる?』

『途中までは免許更新のときの安全講習動画に使えるやつ』

★☆★スーパーアルバイター:事故る奴は、安全確認が足りないんですよ \1,000★☆★

 

 

 ぐううう……スタチャありがとうございます……! 反論できない……!

 いや実際、反省するしかありませんね……。

 

 私が悪かったです! すみませんでした!

 それと、くれぐれも真似しないでください!

 

『できるわけねえだろ!』

 

 はい。

 

 しかしこれ、大丈夫かな……。

 水が入ったせいか、エンジンかからなくなっちゃいましたし……。

 

『分解清掃すればなんとかなるでしょ……多分』

『アリスさん視点だとトロいけど、けっこうなスピード出てたしな』

『そもそもバイクは1トンのジャブを放つ人間の乗り物として開発されてない』

★☆★天下一ゆみみ:修理頑張れ \5,000★☆★

 

 またスタチャありがとうございますぅ……。

 

 いや、しかし、その通りです。

 バイクや自動車はこちらの世界での運用は確かに想定されていません。

 舗装道路はなく、ガソリンも手に入りません。

 てか化石燃料を燃やして移動に使うって、ちょっと不効率じゃありませんか?

 

『話がいきなりデカくなったな』

 

 こちらは魔物もいるからもう少し故障やトラブルに強い必要があります。

 今ハマったのは底なし沼ですが、泥のゴーレムとか水の邪霊、火の邪霊といった底なし沼以上の天敵も存在するでしょう。

 となると、現在の原動力ではちょっと不安があります。

 

『じゃあ、EVバイクとか?』

『あれは坂道で電気食うしな。オフロードだと流石に力不足では』

『タイヤとフレームがめちゃめちゃ頑丈な自転車をオーダーメイドするとか』

 

 あっ、それはいいですね……!

 ちょっと検討の余地ありです。

 

『ただ……チャリに乗って大剣を背負うの、若干絵面が……』

『不審者すぎるwwwww』

 

 それは……うん。ヤバいですね。

 

 まあでも、自転車に似合う軽い武具と組み合わせてあたらしいファイトスタイルを模索するのも面白そうです。

 

 ですが! それはそれとして!

 

 私に考えがある。

 

『一番信用ならないセリフ来たな』

『なんだか嫌な予感がするわい』

 

 もっとお手軽に……たとえば魔力とかでエンジン動かせませんかね?

 

『手軽の概念が崩れる』

 

 

 

 



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◆アリス・ドライブ その2

書籍カバーとかできました。
人妻配信者(26歳)のセクシーな姿を見てもらえると嬉しいです。



 

 

 

 

 魔力で動く乗り物といっても、いろんな形があります。

 

 もう少し話を具体的に詰めていきましょう。

 

 二輪がいいのか、四輪がいいのか。

 

 乗り心地を優先するか、走破性を優先するか。

 

 そもそも現実味があるのかないのか。

 

 これを私の考えだけで決めるのもアレなので、ご意見を募集できればと思って生配信の形でやっていこうと思います。

 

 はい、拍手!

 

『わー』

『ぱちぱち』

『8888888』

★☆★スーパーアルバイター:待ってました \3,000★☆★

 

 あっ、スタチャありがとうございます。

 

 まず、そもそもの話として、私は自分の足以外の素敵な乗り物がほしいんですね。

 

 バイクとか。

 

 車とか。

 

 あるいは飛行機とか。

 

 あ、自転車は持ってます。

 

 ただ私がフルパワー出すと壊れるのと、自転車で走行可能な場所が案外少ないので、部屋を彩る素敵なインテリアと化しています。

 

 いずれは私の運転を想定した防御力特化のマウンテンバイクを作ろうとは思っていますが……。

 

 はぁー……。

 

 走りたいな、舗装道路……。

 

 地球人どもはコンクリートの道路のありがたさを忘れてるんだろうな……。

 

『そこで逆マウント取ってくるんだ』

『エヴァーン王国に舗装道路くらいあるだろ!』

 

 あるけど、軍とか貴族とかの馬車が優先で一般庶民は使えません!

 

『お、おう』

『あるんだ……身分制度……』

★☆★天下一ゆみみ:強く生きて \30,000★☆★

 

 ありがとうございます! ちくしょう!

 

 ……ま、それはさておき。

 

 プロジェクト・アリスドライブ第一号を発表しましょう。

 

 それは、こちらです……!

 

『うん……うん?』

『帆船の帆のついたゴーカート……?』

 

 仕組みとしてはごく簡単です。

 

 風魔法を私が放ちます。

 

 風を帆で受けて、ゴーカートが走ります。

 

 以上。

 

『本当にそれ効率的か!?』

『発想が古代人』

『いや、うん、わかるよ。わかるけどさぁ……』

『猛烈に嫌な予感がする』

 

 パッと思いついてなんとかなる案、これくらいしかなかったんですよ!

 

 火の魔法を放ち続けてジェットエンジンみたいにする案もあったのですが、森が焼けてしまうし後ろ向きに飛んでしまうので……。

 

『もっとやべー案と比較しても帆船ゴーカートがおかしいことには変わりないからな!?』

 

 ともかく!

 

 失敗は成功のもとです! ゴーゴーゴー!

 

『自分で失敗を確信してるじゃねーか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えー、一つだけよかった点があります。

 

 森の中だと木の枝が邪魔して全然走れませんし、そもそも泥に足を取られるという点はなんの解決も見せてなかったわけですが……。

 

『そこはツッコミたくてしかたなかった』

 

 でも水上だとけっこう速いですね。

 

『そらまあ、ほぼ帆船だからなぁ』

『普通にヨット買ったほう良くない?』

 

 そーなんですねぇ……。

 

 普通に風を受けて水上を走りつつ、無風のときは魔法でなんとかする……とかだとかなりの長距離航行もできそうですし。

 

 幽神霊廟の下の方には、海と浮島の迷宮があるらしいのでいずれ試してみたいと思います。

 

 でもなー。やっぱり陸上を走りたいんですよねー。

 

 なんかいいアイディアないかなぁ

 

『いっそ自動車メーカーとかバイクメーカーとコラボしちゃえよ』

『この大自然を使って好き勝手やれるなら手を挙げるところある気がする』

 

 うーん、それもそうですね。

 

 ただ、できるところまではドゥー・イット・ユアセルフの精神も大事にしたいので、万策尽きるまではがんばります。

 

『ふと思ったんだけどさ』

 

 はい、なんでしょう?

 

『アリスって空飛べるじゃん』

 

 はい、飛べます。

 

 ただ高度あげるとバランス取るの難しいんですよね。

 

 魔力の強さや魔術の上手さだけじゃなくて、けっこう適正が問われるんですよ。

 

『バランス感覚とか?』

 

 そうですね。

 

 空を飛ぶ魔法って、結局は自分自身に強風を吹かせて浮き上がってるだけなので、空中でのバランス感覚とか方向感覚を養うのが難しいんですよ。得意な人はほんと得意なんですけど。

 

『だったら、それを補助するようなのあればいいんじゃない? 空を飛ばずに浮遊するだけにして、バランスを取れるような何かがあれば、陸上を猛スピードで走れるような』

 

 ……あっ。

 

 そっ……それです……!

 

 

 

 



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◆アリス・ドライブ その3

新キャラの炎の魔女ちゃんとか載ってるイラストが公開されました。
見てもらえると嬉しいです。



 

 こんにちアリス!

 

 今日は幽神霊廟の6層の草原地帯からお送りしています。

 

 ところでみなさん、ジャイロ効果というのはご存知でしょうか?

 

 私はよく知りません。

 

 が、恐らくは地球人にとってはわかりやすいものでしょう。

 

 例えば、高速回転するコマって、足がすごく細いのに倒れませんよね。

 でも回転が遅くなると倒れちゃいます。

 

 あるいは、自転車やバイクはスピードを出すと姿勢が安定しますが、遅いとふらふらします。

 

 円盤が高速回転すると姿勢が安定する、というわけですね。

 

『それで出来上がったのがこれ?』

『青いタヌキ型ロボットが乗るタイムマシンでは……』

『アルミのパイプでできた障子戸というか、凧というか……』

『スチームパンク風、魔法の絨毯じゃん』

 

 アルミのパイプで四角形を作って、そこに木の板を組み付けました。

 

 そこに、機体左右に取りつけた自転車のタイヤが業務用モーターとバッテリーでぐるぐる回転する……という装置を取り付けてます。

 

 もちろんこれで空を飛ぶわけではなく、あくまで姿勢を安定させるためだけのタイヤですね。

 

 そして姿勢を安定させつつ、下から魔法で風を発生させて浮力を発生させる……というわけです。

 

 試運転やテストプレイは一切してませんよ!

 

『そこはしろよ!』

 

 スタッフさんにはこっそり強度計算などはしてもらっていますが、致命的にヤバいこと以外はできるだけ助言を控えてもらっています。

 

 あくまで、視聴者の方々の知恵と私の頭脳で解決する、というスタンスで行きます。

 

 では……!

 

『なんか大事なものが抜けてる気がする……』

『見守るしかないな』

『飛べ、アリス!』

 

 さあ、風よ吹け……嵐を呼べ……! いや嵐はやっぱり来なくていいです!

 

『おっ』

『おお……』

『飛んでる……!』

 

 おお……すごい……浮かんでます……。

 

 ジャイロ効果で横に倒れるということもありません……!

 まあ、ふらつくことはふらつきますが、普通に空を飛ぶより楽です……!

 こんなに安定して飛べたのは初めてですよ……!

 

 すごいすごい……!

 

 私のパワーと、人類の叡智がここに合体しました……!

 

 1メートル、3メートル……5メートル……!

 

 もっと高く飛べますよ! 怖いからやりませんけど!

 

『……ところで』

『どうやって前に進むの?』

 

 ……。

 

 …………あっ。

 

 

『上下移動……するだけ……?』

『これもう、ボスを移動させるエレベーターじゃん』

『青タイツロボを撃退するドクターアリスだ』

『マジレスすると、ドローンみたいに角度を関知して調整できるわけじゃないし、今は安定してるように見えても一度バランス崩すとヤバい』

 

 そうじゃない、違うんです!

 

 もっとこう……自由自在に空を駆けるネクスト・モビリティを開発しようと……!

 

『じゃあ、移動してみたら?』

 

 できません……!

 

 できないんですよおおおー!!!

 

 

 

 

 

 

 はい、部屋に戻って反省会です。

 

 どうして駄目だったのか。

 

 そしてどうすれば良いのか。

 

 諸君!

 

『こんにちアリス』

『うーっす、大将やってる?』

 

 大将じゃありません!

 

★☆★天下一ゆみみ:ドクター、次の実験をしましょう \30,000★☆★

 

 ありがとうございます!

 ドクターと呼ばないでください!

 

『ドクター。前への推進力を得たり、方向を制御する発想がなにもないのが原因かと』

 

 そこのあなた、素晴らしい! グリフィンドールに10点!

 

 そうです。とりあえず空に浮くことだけが目的となってしまいました。

 仕様が甘かった、というわけですね。

 

 そもそも私は単に宙に浮けばオッケーというものを作りたいわけではありません。

 

『じゃあ、どんなのほしいの?』

 

 まず、空を飛んで私と同じくらいのスピードで前に進めることですね。

 カーブしたりブレーキかけたりしたいです。

 

 そんなに大きく空を飛ぶ必要はないかなと思います。

 

『高度は犠牲にしてもいいわけだ』

 

 まあ、雑草や木々、泥とかに足を取られなければなんでもいいです。

 

 それと、両手が使えることでしょうか。

 

 足の踏ん張りや風魔法で制御したいですね。

 

『両手は操作に専念した方がよいと思うけど』

 

 でもそれだと、突然空からワイバーンが来たときに対処できないですし。

 魔王と戦う相談とかしてるときにワイバーンに来られるとめちゃめちゃうざいんです。

 

『話を中断させるタイプのワイバーン、実在するんだ……』

 

 いやほんと、空はけっこう無法地帯ですから危ないんですよ。

 地面はともかく空は自分のナワバリと思ってケンカ売りまくる有翼生物、けっこういますからね。

 

 あ、そっか、地球にはドラゴンとかワイバーンいないんでしたっけ。

 なるほどなー。

 地球はいいなー。

 

『まーた異世界治安悪いマウント始まったよ』

 

 マウントじゃないですー、純然たる事実ですぅー!

 魔法とかブレスとか撃ってくるから危ないんですぅー!

 

 いいですかみなさん!

 

 制空権を竜族から奪い、我々のものにするんだという覚悟を持ってください!

 

★☆★ステッピングマン4号:話がデカすぎて草 \10,000★☆★

★☆★吉澤太一郎:そもそもバイク乗りたかっただけだろ! \3,000★☆★

 

 スタチャありがとうございます!

 テーマなんてその都度その都度フカせばいいんです!

 

『その用途だと、もう少しサイズ小さくしてフライボードみたいにすればいいんじゃね?』

 

 ……ふらいぼーど?

 

 って、なんです?

 

『元々はマリンスポーツで、ランドセルみたいなバックパックとかサーフィン用ボードから高圧の水をぶっ放して空飛ぶやつ。水じゃなくてプロペラやジェットで空飛ぶタイプもある』

『なにそれ?』

『あー、なんか見たことある』

 

 ほう。

 

 ほうほう、ほう。

 

 今ちょっとググってチェックしています。

 

 ……なんかこれ、よくないですか?

 

『アリスさんの場合、魔法で空飛ぶ推進力は確保できてるんだから、姿勢制御装置と風を受けるパーツがあればなんとかなるんじゃね?』

『そもそも失敗作2号機、あんなにデカい必要ないしな』

『搭乗者の耐久力が高すぎるから安全装置をはしょれるしな』

『それを言うなw』

 

 いける、いけますよこれは……!

 

 ドクターアリス三号機、開発スタートです!

 

 

 



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◆アリス・ドライブ その4

新キャラの炎の魔女ちゃんとか載ってるイラストが公開されました。
見てもらえると嬉しいです。



 

 

 

 たかーい山!

 

 しろーい雲!

 

 今、わたしは幽神霊廟21層に来ています!

 

 21層から30層にかけては高山のステージなんですね。

 

 1合目から10合目がそのまんま21層から30層に対応してるという感じです。

 

 ガーゴイルから聞いた話によると、今までと違って層の境目がありません。

 

 そのままするっとボスの守護神のところまで辿り着けます。

 

 一見簡単なようですが、道そのものが非常に険しいです。

 

 岩壁を登らなきゃいけないようなところもあります。

 

『クライミングかー』

『標高はどのくらい?』

 

 地球の単位に換算すると、5千メートルくらいだそうです。

 

『ガチじゃん』

『富士山より高いし、魔物が出ると考えると相当やべーよ』

『え、初めてでいきなり無酸素登頂するの? 5千メートル級の山を?』

 

 むさんそとーちょー?

 

『標高が高くなればなるほど気圧が下がって空気が薄くなる』

『息苦しくなったり頭痛がする』

『体を慣らしながら登らないと高山病になるよ』

 

 あ、それは多分大丈夫です。

 常時回復魔法を使えば息苦しいの防げますから。

 

『チートだよ!』

『これはずるい』

『でも氷河の世界でもピンピンしてたしな……』

 

 ふふふ……これでおわかりですね?

 

 私のフィジカルと、この秘密ガジェットがあれば……!

 

 通常であれば一週間近くかかるであろう高山地帯を、一日で攻略してみせますよ!

 

『なんだかわからんがすごい自信だ』

 

 さあ、それではお披露目です、これがドクターアリス三号機です!

 

『おっ、今までで一番格好良い』

『サーフボード……っていうより、すごくでかいラウンドシールド?』

★☆★天下一ゆみみ:完成ご祝儀 \30,000★☆★

 

 ご説明しましょう!

 

 この盾の内部にはジャイロ効果を発生させるプロペラが4つ付いています。

 

 カバーをオープンすると、ほら。

 

『穴開けた盾に産業用ドローンをくっつけただけじゃん』

 

 はい、そんな感じですね。

 

 で、これは乗り物というよりは補助器具です。

 

 空を飛ぶ魔法を使える人のための補助輪、といったところでしょうか。

 

 空を飛ぶためのスノーボードやスキー板という感じで、これ自体が推進力を持つわけじゃありません。あくまでふらつき防止をしてくれるだけです。

 

 そして盾の曲面を利用して、様々な方向の風を受けて旋回したりできます。

 

 じゃ……まずはホバリングからいってみましょうか……!

 

 ポチっとな!

 

『おお……浮遊してる……!』

『今までで一番スタイリッシュじゃん』

 

 飛行魔法は姿勢が安定しなくて油断するときりもみ回転したり墜落するんで好きじゃなかったんですが、これはバランス取りやすくていいですね……!

 

 今までなぜこれがなかったのか不思議なくらいです!

 

 ではちょっと出発してみましょうか。

 

 BGMいじる暇がないので、みなさん勝手にノリノリのダンスミュージックとか掛けながら御覧ください。

 

『おっ、今までになく調子に乗ってる』

 

 次は発進してみましょうか。

 

 このまま斜面を駆け上がる感じで飛んでみましょう。

 

 もちろんスピードも出していきますよ……それっ……!

 

『けっこう安定して飛んでる』

『エアボードってよりは小型のホバークラフトに近いのかな』

『倒木とか岩もすいすい避けてる。やるやん』

★☆★吉沢太一郎:ドクターアリス! 実験成功おめでとうございます! \10,000★☆★

 

 スタチャありがとうございます!

 

 見ましたかこのドクターアリス三号機を!

 

 ところで今速度計を見ると、時速30キロくらいですね。

 

 うーん、楽ちん楽ちん。

 

 本来なら登山用の装備を持ってきて一ヶ月とか掛けてじっくり攻略するべきなんですが、この分だと半日かかりませんね。

 

 いや、半日かけるのもちょっと配信としては長すぎますか。

 

 ギアを上げていきますよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えー、想定外のことが発生しました。

 

「想定外は、ええと、こっちのセリフなんですが……」

 

 こちら、30層のボス、風神様です。

 

 オーガ型の魔物の進化系だそうで、めっちゃ強いらしいです。

 

 それで、風神様的にはこのドクターアリス三号機、アウトらしくて。

 

「すみません……。ウチでそういうのはちょっと……ルールの範囲外っていうか……」

 

 いえ、こちらこそすみません。

 

「本来、飛行魔法も一定の高さになると無効化する結界があるんですよ」

 

 あ、そうなんですか。

 低空飛行してたから引っかからなかったって話なんですね。

 

「ジャンプするとかならともかく、そういうのは試練にならないんで……。攻略するために知恵を絞ってくれるのを否定したくはないんですけど、ここの階層については空を飛ばずに地に足つけて攻略するのも試練の一貫っていうか……」

 

 だ、そうです。

 

「僕だけの判断で決定するのもアレなので、アリかナシか他の守護者と相談してみます。先の階層に進むのは結論が出るまで待っていただけると……」

 

 一概にダメってわけでもないんですね?

 

「想定外なんでなんとも言えなくて……。ほら、幽神霊廟ってここを突破する力があるかどうかの試験みたいなものですので。あなたほど強ければスルーパスでもいいとは思うんですけど、そこはほら、制度的な建前ってあるじゃないですか」

 

 なんかお役人さんみたいな……。

 ていうかスプリガンとはけっこう認識違いますね?

 

「若い子はそんなもんですよ」

 

 スプリガンも千歳超えてたけど若いんですね。

 

 あ、でも、攻略を度外視するなら飛行してもいいですか?

 

 高山エリアは見晴らしもいいし、撮影とかにもってこいですし。

 

「ええー……」

 

 あっ、ダメな感じですか?

 

「木とか花とか荒らされたらやだなって……。僕、ガーデニング趣味なんですよ。東の方の山頂あたりは自分の好きな植物植えてますし、あと野菜とかも育ててます」

 

 ……けっこう文化的な生活送ってますね?

 

 あ、じゃあこうしましょう。

 

 大事な庭は傷つけたりしません。記録映像として残すだけで。

 

 あと、特に管理してないエリアは遊び場として使わせてもらえたら嬉しいなって。

 

「そ、そうですか」

 

 ダメです?

 

「そもそもこんな交渉しかけてくる冒険者の人、初めてですよ……」

 

 それはそうかもしれません。

 

 でも風神さんも割と、なんていうか……人見知り?

 

「はい……。今もめっちゃ怖いし、話しすぎて疲れました……。千年ぶりに会話したから喉痛いです……ごほっ、ごほっ」

 

 あー……なんかすみません。

 ところで、他にも聞きたいことが色々あるんですけど。

 

「えっと、人の話聞いてる……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、ただいま部屋に戻りました。

 

 風神さんとは交渉完了したところです。

 

『風神さんめちゃめちゃ疲れてたぞ』

『千年ぶりに会話したとか言ってたし』

『引きこもりに無茶させるなw』

 

 いやー、そこは、もう、すみません。

 風神さんみたいな守護者さんは珍しくてつい。

 

『ついではないが』

 

 さて、先の階層に進めるかどうかはともかく、攻略に関与しないならばドクターアリス三号機は使っても大丈夫そうですね。

 

 お礼としてデジタル一眼レフで植物の写真取ったら風神さんも大喜びしてくれましたし、あとで印刷してアルバムとか作って渡そうと思います。他にもガーデニング関係のものを渡したら色々と喜んでくれそうですね。

 

 ……ってわけで!

 

 新たな遊び場が確保できましたよぉぉぉ!

 

『他人んちのお墓を秘密基地と認識するやべーやつ』

 

 それを言わないでください!

 

 確かにここはお墓ではあるんですが。

 

 で、でも! そもそもの話ですよ!

 

 この手の迷宮を攻略する冒険者たちを悪く言えば、みんな墓泥棒じゃないですか!

 

 墓泥棒よりはワンパクなだけの配信者の方がマシです!

 

『そこは議論の余地があると思うなぁ……』

『そっちは冒険者が職業として成り立ってる世界でしょ!』

 

 確かに、なんで冒険者なんて職業がこっちの世界で成り立ってるんでしょうね……?

 刃物振り回して迷宮を攻略するのって、地球の感覚だともしかしてヤバいやつですか?

 

『そこに切り込んで良いんだ』

『深く考えてはいけない』

『ファンタジー世界の住民がメタ認識しないでくれ』

『それより今度は登山泊とかポータレッジとかやろうよ』

★☆★天下一ゆみみ:モ○ベルとコラボしてグッズ作れオラッ! \30,000★☆★

 

 あー、登山グッズいいですよねー。

 ボロボロのマント着て地べたに寝るより、ちゃんとした寝袋使いたいです。

 ウルトラライト系の登山ウェアとかも着たいですし。

 

 これからどんどんやること、やりたいことを増やしていきましょー!

 今日のところはこのあたりで失礼します。

 

 ブックマーク登録と評価もお願いします!

 

 まったねー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レストラン『しろうさぎ』の住居スペース。

 そこのソファーに並んで座る誠とアリスは、激しく後悔していた。

 

 ビールを飲み、そして誠が作ったホットスナックを囓り、げらげらと爆笑しながら自分たちが投稿した動画を眺めていたら、もう朝の7時だ。アリスが来て3日目というのに、今日もだらだらと過ごしてしまった。

 

 物置となっている部屋を片付けてアリスの私物を収納したり、新生活の準備をするはずが、順調に予定が遅れている。

 

「あー、なんかごめん。けっこう酔った……」

「す、すみません、私もつい……楽しくなってしまって……」

 

 ずっと会えなかった二人だったというのにそこにはロマンもへったくれもなく、パソコンモニタの前でぐでんぐでんになっている。

 

 その周囲にはビールの空き缶や、料理を食べ終えた後の皿がゴロゴロと転がっている。

 

「か、片付けくらいしておきます……」

「酔っ払ってるし疲れてるだろ。もう今日はダメだ。一日休もう」

「す、すみません……なんでこうなったのか……」

「コンテンツ力が高すぎるのが悪い」

「なにせ、面白い女ですから」

 

 誠の言葉に、アリスがにやっと笑う。

 ソファーで肩を寄せ合い、毛布を被る。

 

「ま、今日はだらしなく過ごしちゃったけど……また明日から色んなことやってこうな」

「……はい」

 

 返事をするアリスの口調がとろんとしている。

 誠の方にも抗えない睡魔がやってきて、瞼が鉛のように重くなる。

 やがて、二人の寝息が重なる。

 

 こうして今宵も、自堕落に甘やかに過ぎていくのだった。

 

 

 



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市民アリス その1

新キャラの炎の魔女ちゃんとか載ってるイラストが公開されました。
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 自堕落に過ごした数日間を取り戻すかのように、今日のアリスと誠は積極的に活動した。

 

 撮影用に借りたガレージに無理やりアリスの私物を置いて、誠の住居の方には最低限の荷物を残すという、先送りじみた方法で片付けを済ませた。

 

 そして次の日、誠とアリスが取り組んだのは引っ越しのための手続きだ。

 

 あるいはこう言い換えても良い。

 

 異世界人が地球で合法的に暮らすための権利闘争である。

 

「誠さん。アリスさん。お会いできて光栄です。親睦を深めたいところではありますが早速仕事に取り掛かりましょう。大丈夫、我々にお任せください。津句波市の方には前もって相談しているので、住民票は問題なく取得できるでしょう。ただ他にも省庁や政府、役人の対応などもあって何かと大変ですが、頑張って乗り切りましょう」

 

 朝八時、レストラン『しろうさぎ』の前。

 一分の隙もないスーツを着た、真面目そうなオールバックの男が現れた。

 

「は、はあ。初めまして、アリスです。……ええと、あなた、というか、あなた方は……?」

 

 男の後ろには、さらに七人ほどの男女が佇んでいる。

 若い人間も混ざっているがほとんど中高年あるいは高齢者だ。

 そして年齢問わず、全員がしっかりとしたフォーマルな服装をしている。

 

 なんなのこの人たち……というアリスの心の声に答えるように、男が発言した。

 

「我々がアリス弁護団です」

「アリス弁護団???」

「リアルでは初めまして。スーパーアルバイターの名前でスパチャしてました。有田です。昔は弁護士をしていましたが最近は紛争地帯での保護活動や人道支援に従事しています。定職についているわけでもないので、苗字をもじってアルバイターと名乗ってました」

「うん……うん?」

 

 困惑しながらアリスは頷く。

 スーパーアルバイターの名前は、アリスも覚えがある。

 よく虹スパを投げてくれたからだ。

 だが目の前のひどく真面目そうな人物だったとは、まったく思ってもみなかった。

 

「他の面子も『聖女アリスの生配信』のファンです。国際政治学者の畑中さん。文化人類学者の須藤さん。元総務省で外郭団体天下りの沢田さん。哲学者の猪瀬さん。住職の星さん。神父のマリオさん。粒子物理学研究所の客員教授ピーター=アランフォードさん。Vtuberの中の人で、今回の記録係の中島さん。他にも弁護士有資格者や国家公務員、会計士などなど多数おります。他にもたくさんのスタッフがいるのですが、密を避けるために各分野の代表だけ参加して、あとはリモート参加になります」

「「「「「「「はじめまして」」」」」」」

 

 妙な圧の強さにアリスは少し後ずさった。

 

「……ええと、みなさんが、私を、助けてくれる?」

「はい。誠さんがアリスさんを日本でつつがなく暮らすためにはどうすればよいか相談し、弁護団の募集を呼びかけておりまして。それに応じたのが我々です」

 

 全員を代表して、スーパーアルバイターが答えた。

 

「各々それなりの立場や思惑がないとは言いませんが、全員、何らかの形で『聖女アリスの生配信』のメンバーシップに古くから加入して支援してきた人に厳選していますから、ファンでもないのに話に食い込もうとしてる……という人はいません。あ、私はスプリガンさんとの対決でファンになりました」

「お前古参アピールずるいぞ!」

「団長の職権濫用だ!」

「いいじゃないですかそれくらい!」

 

 和気藹々としてると思ったら、突然口論が始まった。

 大丈夫かなぁ、この人達……という生ぬるい目線でアリスは彼らを眺める。

 

「驚くだろうけど、彼らの力が必要なんだ。というか俺や翔子さんじゃ無理っぽかった」

「はぁ……」

「まず最初は市役所です。みなさんそろそろ移動しましょう。そろそろバスが来ますので」

 

 誠の言葉通り、間もなくマイクロバスがやってきた。

 ぷっぷーという少々間の抜けた音が響く。

 

「アリスちゃん! 誠から聞いたけど、無事来られたんだね!」

「翔子さん!」

 

 運転していたのは姫宮翔子だ。

 今日は普段着ではなく、弁護団と同じようにフォーマルな格好をしている。

 馴染みある顔にアリスは思わず抱きつく。

 ハイタッチはしても、翔子とこうして触れ合うのは初めてのことだった。

 

「元気そうでよかった……!」

「そりゃこっちのセリフだよまったく」

 

 やれやれといった態度を取りつつも、翔子は優しくアリスを抱き返す。

 

「けど、悪いけど旧交を温めるのはまだ先さ。今日は忙しくなるからね」

 

 こうして慌ただしい一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 市役所の手続きはすぐに終わった。

 

 誠と弁護団が内々で話を進めていたようで、アリスが着た瞬間に別室に通され、流れ作業のごとくアリス=セルティの住民票の登録作業が進められた。ついでに国民健康保険と国民年金にも加入した。

 

「法務局とも相談済みですのでここは問題ありませんね。ありがとうございました」

「よしオッケイ! 次行きましょう!」

「おー!」

 

 市役所の滞在時間は10分にも満たない。アリスは落ち着く暇もないまま再びバスに載せられて、茨城県庁に向かい、警察に向かい、ついでに病院で健康診断を受け、そしてあれよあれよと言う間に様々な手続きを進めた。

 

「なんかものすごい数の書類にサインしてるんですけど」

「すみません、日本で住むとなると色々と面倒くさいんです。ただ手続き上のことはクリアしているのでご安心ください。住民票も取れますし、社会保険関係もクリアできそうです。戸籍はまだ時間かかるでしょうけど、ひとまずアリスさんが日本で生活を営むことの不自由はないでしょう」

 

 弁護団のスーパーアルバイターが申し訳無さそうに謝る。

 

「……けど一番の問題は色々と未解決だよね」

 

 翔子がマイクロバスを転がしながら、心配そうに告げた。

 

「問題?」

「いや、そのへんは俺と翔子姉さんがやらかした面もあるからなぁ……すまない」

「意味深で怖いんですけど」

「いや、話が難しくて、なんていうか……」

 

 アリスのじっとりとした視線に、誠は顎に手を当てて難しい表情を浮かべた。

 

「なんていうか、なんです?」

「そもそも異世界と地球の交流を始めちゃって良かったのか悪かったのか。こっちの物品をあっちに持ち込んだり、あっちの物品をこっちに持ち込んだりしてよかったのか……って話を、日本とか地球のおえらいさんに納得させなきゃいけないってこと」

「……あー」

 

 アリスは思い返すと、確かに色々とやらかしているなと気付いた。

 

 幽神霊廟での食事はすべて誠が用意してくれたものであった。武器防具は翔子が用意してくれたものだ。剣はもちろんのこと、盾や鎧もだ。バイク用のプロテクターやミリタリーグッズをアリスのために改造してもらっていた。

 

 だがそれら以上に問題をはらんでいる事例がある。

 

「……金の延べ棒とかレアメタルとか、セリーヌのあれやそれやが混乱をもたらしてるのでは?」

「「「「「「「そう、それです」」」」」」」」

「いきなりハモらないでください」

「「「「「「「すみません」」」」」」」

 

 アリスに叱られ、スーパーアルバイターが代表して話を切り出した。

 

「正直言えば、本命の問題はアリスさんが地球で無事に暮らせるかどうかではありません。色々と難しい面がないわけではないのですが、アリスさんほどの知名度があり、異世界から来たという証拠もある以上、戸籍などの問題も解決できる見通しです」

「あ、そうなんですね」

「セリーヌさんの能力による物質や異世界の魔法の品々の輸入を認めるかどうか……。もっと根本的に言えば、地球と異世界の交流を公式に始めるかどうか。その結果次第で、誠さんが犯罪者として刑務所に送られるか、罰金と書類送検くらいで済むか、無罪放免となるかの分かれ道となります」

 

 ごくり、とアリスがつばを飲み込み、誠を見た。

 

「あの、誠さん……」

「ってわけなんだよ」

 

 アリスの真剣な表情に反して、誠は至って普通だ。

 あっけらかんとしている。

 

「ってわけなんだよ、じゃないです! しかも今、記録係いますよね? もしかして誠さんの人生の岐路を、動画コンテンツにするおつもりですか!?」

 

 実は、アリス弁護団の中にずっとカメラを回してる人がいる。アリスはカメラ慣れしすぎており違和感を感じていなかったが、よくよく考えたらおかしいと今更ながらに気付いた。

 

「いやー、撮れ高ありそうだし……」

「そりゃありますけどぉ!」

「地球と異世界を結んだ、人類史初めての地球人ですからね。この映像を残しておけば百年後の『映像の二十一世紀』とかに使われますよ」

「偉人ですね」

「あたしも名前が乗るってことかい、あっはっは!」

 

 その言葉に、誠と弁護団と翔子がげらげらと笑う。

 

「人の人生をコンテンツにする人たちはこれだからまったく……」

 

 アリスが自分を棚に上げて、はぁとため息をつく。

 

「まあ大丈夫だって。本当に、そこまで深刻ではないから。少なくとも俺たちにとっては」

「いや、あの、マジで監獄送りとかにされませんよね?」

「日本の刑務所が自由とは言わないけど、多分エヴァーン王国の監獄よりは100倍マシだよ」

「地獄の底とそうでない場所は比較になりません」

「あっ、はい」

「まあ別にいいんですけどぉ。獄中結婚とかでも。確かに正直動画としては面白いですしぃ?」

 

 つんとした顔のアリスが憎まれ口を叩く。

 皆、アリスの考え方が完璧に配信者だなぁと思ったが、怒られそうなので黙っていた。

 そうこうするうちに、マイクロバスは目的についた。

 

「ここは砦……じゃないですよね。警察より物々しい雰囲気ですけど……なんですか?」

 

 巨大な建物を前にして、アリスは警戒心を抱く。

 

「津句波大学。『鏡』を寄贈したところだね」

「あっ、ここなんですか」

「向こうのみんなも『鏡』の前にいるみたいだ。まあ手続きのついでみたいな形ではあるけど」

 

 誠の言葉にアリスは表情をほころばせた。

 たった数日会っていないだけとはいえ、懐かしさがこみ上げてきた。

 

 

 



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市民アリス その2

・4/25に1巻発売です。都心の専門店では並んでいるところもあるっぽいです。

・新キャラの炎の魔女ちゃんとか載ってるイラストが公開されました。
見てもらえると嬉しいです。



 

 

 

 そこは大学と言っても若い学生たちが練り歩く明るいキャンパスではなく、物々しいオフィスビルのような建物であった。

 

 アリスたちはICカード式の入館証を渡され、厳重なセキュリティをくぐり抜けて奥へ奥へと通されていく。

 

 目的地は、様々な機械が雑然と並べられている混沌としたフロアであった。パソコンや通信機器、アンテナ、あるいは誠やアリスから見てもまったくわからない研究機材があり、未開封のダンボールがある。

 

 周囲には研究者たちがいる。白衣を着た整然とした姿ではなく、パーカーだったりネルシャツだったりとラフな姿だ。むしろアリス弁護団の方が生真面目な佇まいをしている。

 

「こういう場所、みんな白衣着てるイメージあったんですけど、そうでもないんですね」

「忙しいとみんなこんな感じになるんだろうなぁ」

 

 白いブラウスにスカートという出で立ちのアリスの方がまだフォーマルに近い。

 そして研究員はアリスの登場に驚き、固まっていた。

 うずうずと話しかけたそうにしている人はいるが、それと同時に、ある場所を見守ってもいた。彼らの視線の先にあるのは『鏡』だ。

 

 より正確に言うならば、『鏡』の中にいる人を見守っていた。

 

「あっ、アリス……!」

「セリーヌ!」

 

 今、『鏡』の前にはセリーヌがいた。

 

「よかった、しばらく会えないかと思っていました……王様になったわけでとても多忙かと……ていうか多忙じゃなければいけないのでは?」

「うふふ」

「うふふではなく」

 

 セリーヌの服装は、周囲の研究者と同様にラフなものだった。

 

 セーターにロングスカート、足は暖かそうな、もこもこのスリッパを履いている。明らかに地球産の衣服である。

 

 また、周囲にあるのは仕事のための書類や筆記具、そして明らかに趣味と思われる調度品や茶器、あるいは酒瓶を保管するラック類などなどだ。服を大量にしまっているであろうクローゼットもある。目を凝らすと奥の方に、クリーニング店のタグが付いたままのコートもあった。

 

 アリスが少々ジト目気味になっていることに気付き、セリーヌはぷんすかと怒って反論した。

 

「ふ、普段はもっとちゃんとした格好してますぅ! こういうときくらいゆったりした服で休みたいの!」

 

 実際、セリーヌは非常に多忙なのだそうだ。

 

 だがその多忙さは、謁見をしたり、あるいは接待や宴席を設けるような王様らしい多忙さではなく、もっと手前のレベルの忙しさであった。権能を利用した土木工事をしなけばならなかった。

 

「お城が壊れたから再建しなきゃいけませんし、戦争で放置されてた治水工事や道路工事も再開させなきゃいけませんし。資材には困ってませんが、ちゃんと建築するための人手が少ないから私が陣頭指揮を取ることもりますし……」

「は、はぁ」

「こうして美味しいものを食べたりお買い物したり、地球の人とお話するのが貴重な癒やしのときなんです」

 

 見れば、研究室からコンセントが伸びて『鏡』の向こうの冷蔵庫やパソコン、その他様々な家電製品と繋がっている。

 

「……って、あれ? セリーヌは幽神霊廟にいるのですか?」

「あ、違うよー。今『鏡』は貸出中。セリーヌの仮設のお城の中だよ」

「ついでに我らがその監視役じゃ」

 

 『鏡』の横から、ひょっこり馴染みある顔が二つほど出てきた。

 

「スプリガン! ゆ……ではなくガーゴイル!」

「ゆってなんじゃい、ゆって」

「噛みました」

 

 おほんごほんとガーゴイルがわざとらしい咳払いをする。そういえばガーゴイルの正体が幽神の魂であることは秘密だったと今更ながらに思い出し、アリスも明後日の方向を向いてごまかした。

 

「そこ噛むところ? まあいいや。一年くらいこっちにいるよ」

「割とフランクですね……外に出られないとか言ってませんでしたっけ?」

「そうなんだけどさー。幽神霊廟のこと、みんな忘れちゃってるんだもん。公式アンバサダーとして色んな国で宣伝しなきゃいけないし。はー大変大変。人気者つれーわー」

 

 スプリガンがわざとらしく肩をすくめる。

 いつも通り変わらぬ小生意気な姿に、アリスたちは懐かしさを覚えた。

 

「スプリガンも元気そうで何よりです。外を楽しんでくださいね」

「うん! あ、でもサクッと外出許可が出たのがちょっと不思議なんだよね。今までこんなことなかったのに。幽神さまも実はアリスたちのこと見てたのかな」

「わ、わはは! そ、そーかもしれんな!」

 

 スプリガンが首をひねり、ますますガーゴイルがわざとらしくごまかす。

 

「ところで、ちょいちょい耳を貸すがよい」

「なんでしょう?」

 

 ガーゴイルが小声でアリスにだけ語りかける。

 アリスは耳に魔力を集中して、ガーゴイルのわずかな声に耳をそばだてた。

 

「……異世界に転移してどうしているか案じておったが、元気そうでなによりじゃわい。転移の際に怪我などもしなかったようじゃの?」

「ええ。おかげさまで、無事やってます。まあ一週間も経っていませんけど」

「そのうち『鏡』のレプリカを作れぬか試しておるでな。あれほど大きいものにはならんじゃろうが、できたらそちらに届くよう手配しよう」

「えっ、できるんですかそんなこと」

「まだ内緒じゃぞ?」

 

 ガーゴイルが茶目っけたっぷりにウインクし、アリスもくすくすと笑う。

 その様子を見ている誠たちも、嬉しそうに微笑んだ。

 

「それよりもじゃ。何か話し合いがあるんじゃなかったかの」

「「「「「「「はい」」」」」」」

「うわっ、なんじゃなんじゃ。圧があるぞこやつら」

 

 アリス弁護団がまた存在感をアピールし始めた。

 

「誠さんから話は聞いていますわ。じゃあそろそろ準備しましょうか。他の方々も、そろそろおいでになるのでは?」

「他の方々?」

「そちらの国のお役人さんだそうですよ」

 

 

 

 

 

 

 『鏡』があるフロアに長机と椅子が並べられて、アリス弁護団が腰掛けた。

 

 そして『鏡』を中心に、まるでチーム分けのごとく席が分けられた。

 アリス弁護団と、それ以外だ。

 

「これで全員揃いましたか?」

 

 セリーヌの言葉に全員が頷いた。

 

 アリスは、ちらりと対面にすわる人々の顔を眺めた。

 全員が仕立ての良いスーツを着ている。

 表情も厳しく、生真面目だ。

 エヴァーン王国にはあまりいないタイプである。

 

 これは色々と手強そうだなとアリスが思った瞬間、対面のリーダー格が発言した。

 

「はじめまして。永遠の旅の地ヴィマ対策班です。各省庁と研究者からなる混成チームでして、現状、正式なものではありません。政府に話を通して国民に説明するすための土台作りが目的でして、あなた方を懲罰したり弾劾することが目的ではありません。そこは誤解なさらないでください」

 

 和やかな言葉に対して、スーパーアルバイターの反論が飛んだ。

 

「そうは言いますが、結果次第でアリスさんの生活が激変するわけでしょう?」

「それは仕方ないでしょう。いきなり異世界が実在します、異世界と交流してました、異世界から人が来ましたと、あまりの出来事に国や国民……というより世界中がパニックです。その着地点を探そうというのですから、どうかご協力して頂きたい」

「だが異世界があるのも異世界人がいるのも事実だし、パニックを防ぐという名目で行政が逸脱してはいけないでしょう」

 

 そこから、長い長い討論が始まった。

 

 資料が配られ、説明を受け、質疑し、反論し、反論され、ときには取っ組み合いになりそうなほどに議論が白熱した。セリーヌも積極的に発言した。全員に闘志がみなぎっていた。

 

 ただし誠とアリス、翔子はついていけずにポカンと状況を見守っていた。当事者を置き去りにしてまるでサッカーや野球の試合のごとく、勝った負けた、有利になった不利になったと盛り上がっている。もはやアリスたちは贔屓チームの応援をするファンのような心理で白熱した議論を眺めていた。

 

「誠さん」

「なんだい、アリス」

「みなさんが私のために頑張ってくれているのはすごくわかるのですが」

「うん」

「話がまったくわかりません」

「俺も」

「誠さんは理解してください。私にはよくわからないのですが、有罪か無罪かの瀬戸際なんですから」

 

 こそこそ話をしながら、誠が苦笑しながら後頭部をかいた。

 

「……ここだけの話、多少のペナルティがあった方がよいとは思ってるんだ」

「へ?」

「色々と異世界につながる『鏡』を使ってズルして稼いだのは事実だしね。それに、配信者としてもちょっとアウトなことをやってる」

「アウトとは……?」

「プロデューサーが所属事務所のアイドルに手を出したようなものだからなー。アリスのガチ勢のファンにはけっこう恨まれてる」

「それは……まあ……そうですけど」

「とはいえ弁護団の人たちが頑張ってくれてる。足を引っ張るようなことはもちろんしないよ」

「そうしてください。そもそも私を助けるために色々と法律を無視したのなら、私の前では悪いことしました、みたいなことは言わないでください」

「アリス」

「はいそこ! 真面目な会議でイチャつかない!」

「「すみません」」

 

 弁護団から怒られた。

 

 

 

 

 

 

六時間以上の白熱した議論の末に、こうなった。

 

「えー、つまり、保留ですね。結論が出ませんでした」

「あ、そうですか」

 

 誠がパソコンやカメラを異世界に持ち込んだりしたことは、さほど問題にはならなかった。地球の特定の国で軍事利用されるような物であるならばともかく、家電製品の概念がない世界に持ち込んだところで短期的な影響は現れにくいだろうと判断され、そもそも仮に大きな影響があってもそれを防ぐ法律がなかったためだ。

 

 もっとも問題になったのは、やはりセリーヌが生み出した金やレアメタルの扱いであった。

 

 ただ採掘されたものを持ち込んだならば話は早かった。一種の密輸品に近いものを売買したということで、貴金属取り扱い事業のルールに抵触するだけの話だった。

 

 だがセリーヌが渡した金塊は、採掘されたものではない。権能によって生み出したものだ。

 

「こうやって、『鏡』に手を当てて……『鏡』の先、つまり地球で金塊を生み出しちゃうことができるわけですね。えいっ」

 

 セリーヌが軽く念じただけで、『鏡』の先……つまりは地球側、大学のフロアに突然、金塊が現れた。ここで、弁護団も政府の役人も、固まってしまった。

 

「この金塊、はたして私のものなのでしょうか? それとも、地球で生まれた以上は地球のものなのでしょうか?」

 

 全員、回答できなかった。

 

 おずおずと誰かが質問を投げかけた。

 

「え、ええと……これはセリーヌさんが自分の力で生み出したものには違いありませんよね?」

「どうなのでしょう。権能とは神より授かりしもの。魔力を消費して行使する魔法とも性格が異なります。ゆえに、この金塊は神のものと言うのが適切かもしれません」

「神様ですかぁ……」

「金塊がほしいなぁと思って金塊が生まれてしまったわけで、金塊を願った者の所有なのか、金塊が産み落とされた土地の人のものなのか、はたして神のものなのか……よくわかりませんわね?」

 

 魔法や権能といった異世界の不思議パワーに由来しているため、現行法で取り締まることが中々難しいのが現状だ。もはや弁護団含めてお手上げの状態に近い。

 

(セリーヌ、上手くごまかしましたね……)

(うーん……いいのかはわからないけど……まあいいか)

 

 本当を言えば、セリーヌはこんな抜け道的な方法を使って金塊を作って誠たちに提供したわけではない。普通に手渡しで贈ったものだ。だがセリーヌは、それをありのまま伝えてもまずいなと気付いて方便を使ったのだった。

 

「とりあえず、これ以上はセリーヌ様……というよりあちらの政府と交流して検討を深めるしかありませんし、そうなると彼女たちを罰したり拘束する根拠に乏しいですね。ですが……」

 

 役人の一人がこほんと咳払いして、誠たちをじろりと見た。

 

「金塊を拾ったならば拾ったなりの手続きは必要になりますので、遺失物等横領にあたる可能性はありますね。自分の土地で埋蔵金が出土したようなケースになるかとは思います。いきなり自分の所有物として売買してはいけないんですよ」

「あっ」

「とはいえ誠さんの他に所有権を主張する人が現れるものでもありませんから、ごく軽微な罰にはなるかとは思いますが……そこはご自身で警察にご説明をお願いします」

「わかりました……」

 

 これが議論の末に生まれた、ちょっとした結論であった。

 

 数日後、レストラン『しろうさぎ』店長・檀鱒誠は書類送検と罰金を課されて一瞬だけ新聞を賑わせつつ、視聴者や弁護団の人たちに「残当」と評価されたのであった。

 

 だが誠はさほど気にしてはいなかった。実際、温情的な措置であることも理解していたし、個人事業主であるがゆえに仕事への影響も少ない。むしろ異世界で苦境に陥っていた少女を助けるためという善行とさえ見られた。ガチ恋勢からの恨みもちょっとだけ減った。

 

 なによりもアリスの生活が社会に認められたことが、何より嬉しかった。

 

 

 



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市民アリス その3

※ アリスの宇宙猫パーカー姿が公開されました。かわいい。

※ 4/25に書籍版1巻発売します。よろしくお願いします!



 

 

 

 えー、ども。

 

 みなさんお久しぶりです……。

 

 いや、そんなに日数経ったわけでもないですけどね。

 

 でも、体感としてはお久しぶりって感じです。

 

 地球に降り立ったアリスです。

 

 こ、こんにちアリス!

 

『おっ、配信久しぶり!』

『こんばんアリス!』

『なんだ、表情硬いぞ』

『シャバなんだからもっとリラックスしろ』

 

 いやー、霊廟の私の部屋や攻略中のときと違って、はっちゃけにくいというか。

 地球に来たばかりでおのぼりさん感覚が抜けないというか。

 住民票の登録もできて、ようやくここで生活するんだなって感慨が出てきたというか……。

 

 あ、ちなみにここはレストラン『しろうさぎ』の客席です。

 

 休業中なのでカーテンも締め切ってます。

 最近はここでコーヒーの淹れ方とかホール業務のお勉強してます。

 オープン再開はもう少しだけ待ってください。

 周辺のご迷惑を避けるために予約制になるかと思います。

 

『新婚オーラ出しやがって……!』

『そうだそうだ! 旦那はどうした!』

 

 店長は今怒られ中です。

 金塊やレアメタルを売買した件で、今日も警察に事情を説明しにいってます。

 

『お、おう』

 

 この度は私の夫が社会にご迷惑をおかけしたこと、誠に申し訳なく……。

 

『1の母かよ』

『日本に馴染みすぎてて笑う』

『つーかアリスさんの生活費とか武器防具代じゃん!』

 

 いや、本当にそうです。

 私のせいです、本当にごめんなさい。

 日本の貴金属業界や鉄鋼業界には特に混乱させちゃいました。

 

 ですので。

 

 お詫びの企画を一つ。

 

『おっ』

『なんだなんだ?』

 

 これは、あの、夫には内緒なんですけどね。

 夫には内緒なんですけどね。

 

『露骨な人妻ムーブかましてきたぞ』

『いやらしい……』

『人妻というには幼すぎる』

 

 いやらしくありません!

 あと幼くもありません!

 

 いや、ガチでどっきり企画やるつもりなんですよ。

 

『流石にしろうさシェフも配信見てるんじゃないの?』

 

 大丈夫です。

 スマホいじれる状態ではないと思います。

 

『ちょっと可哀想になってきたなw』

 

 ですので、このチャンスを利用して、とある企画をしたいと思います。 

 緊急事態宣言もなく、感染者数も減ってる今しかないと思いまして。

 

 こしょこしょ……。

 

『声小さくする意味ある?』

 

 そこは大事な雰囲気作りです。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、アリス」

「なんでしょう、誠さん?」

「目隠しする意味ある?」

 

 アリス、誠、そして翔子の三人は車で移動していた。

 

 窓をスモークで隠した業務用のワンボックスカーに乗り……というよりアリスと翔子が誠を拉致気味に押し込めて、高速道路に乗ってどこかへ移動しているところだった。

 

「一応、そういうルールで動画撮ってますので……。でも、カメラ撮る側も楽しいですね……」

 

 運転は翔子が担当している。

 そしてアリスは、笑いを噛み殺しながらカメラを回していた。

 

「普段と立場が逆だしね。てかマジでどこに行くの?」

「ですから秘密ですってば。ねー、翔子さん」

「そうさ。言っちまったら動画にならないよ」

 

 ハンドルを握る翔子が、けらけらと笑いながら返した。

 雑談しながらもワンボックスカーは滑らかに道路を走る。

 しばらくするとブレーキやカーブで体が揺れる頻度が増えた。

 誠は、車が高速道路から降りて市街地に入ったのを察した。

 

 そしてまたしばらくして、車は完全に停止した。

 

「え、まだ目隠し取っちゃダメ?」

「もうすぐですから」

 

 車を出た誠は、手を引かれてどこかの通路を歩く。

 足音が響く。

 最初はコンクリートだった足裏の感覚が、柔らかい絨毯のようなものへと変化した。

 恐らくは野外ではなく屋内であることだけがわかる。

 

「おまたせしましたー!」

 

 アリスが大きな声で誰かに挨拶する。

 

 そこでようやく、目隠しが取られた。

 だがそこは、真っ暗な部屋だった。電気が一切ついていない。

 困惑してアリスに話しかけようとした瞬間、部屋の中の明かりが一斉に灯る。

 まぶしさに目を覆った瞬間、ぱぁんという破裂音が響いた。

 

「「「「「「「釈放おめでとう!」」」」」」」

 

 そして、何人もの声が一斉に響き渡る。

 

「えーと……あ、弁護団のみなさん。あとは……」

「抽選で当たった人たちですね。あとは誠さんの方のチャンネルの『しろうさキッチン』の伝手の人を雇って手伝いをしてもらってます」

「手伝いって言うと……」

「ファンミーティング兼パーティーってところだね」

 

 誠が質問しかけたところで、翔子が部屋の天井にぶら下がってる糸を引っ張った。

 

 くす玉だ。

 

 紙吹雪とともに、メッセージが書かれた幕が降りる。

 

「えーと……『檀鱒誠様、釈放おめでとう』『アリス=セルティ様、地球到着おめでとう』……」

「と、いうわけさ」

「いや逮捕まではされてないよ!?」

「でも書類送検されたり罰金食らったりしただろ。似たようなもんだろう」

 

 そうだそうだと野次が飛んでくる。

 どうやら全員、このタイミングを待っていたようだ。

 誠もようやく事態を把握した。

 

「えーと……つまりサプライズパーティーってわけか」

「数百万人の配信者のパーティーとしちゃささやかだけどね。あんまり大規模すぎるパーティーだとこっそりやるのにも限界があるし、それはまた今度ね」

 

 場所はどうやらどこかのホテルのホールを貸し切っているようだ。

 とはいえ、そこまで大きな場所でもない。

 集まった人数は五十人程度で、それでほぼ満員というところだろう。

 

「これなかった人には申し訳ないですが、撮影してちゃんと公開しようと思います。……と、ゆーわけで、誠さん」

 

 アリスが、マイクを差し出した。

 

「えーと、なんか言う流れ?」

「とか言いながらマイクオンにして早速喋ってるじゃないですか」

「一応、配信者だからなぁ」

 

 くすくすと忍び笑いが漏れる。

 スーパーアルバイター氏だった。

 他にも弁護団の面々が誠を注視している。

 

「えー、ちょっとサプライズされてる本人ということで状況が掴めていないのですが、本日はお集まりいただきありがとうございます。……そこで、改めてみなさまにお伝えしたいことがあります」

 

 誠は深呼吸をして、少し間を置く。

 そして言い放った。

 

「アリスをプロデュースした張本人にも関わらず結婚しちゃいました! ほんっと、すみません!」

 

 その言葉に一瞬笑いが起きた。

 そしてあけすけな野次がどんどん飛んで来る。

 

「そうだそうだ! 配信者としてアウトだぞ!」

「合法ロリだからってロリに手を出していいわけないだろ!」

「こっちはガチ恋してたんだぞ! NTRだ!」

「いや、BSSだ!」

「スパチャ返せ!」

「でも幸せならオッケイですって言ったけどやっぱ悔しいに決まってんだろ! おめでとう!」

「もげろ!」

 

 半ば本気の野次や非難が集まる。

 誠は苦笑しながら話を続けた。

 

「落ち着いてきたらレストランも再開するので、たまに遊びにきてください。きっとそこには素敵なバリスタがいると思いますので」

「はやく予約させろー!」

「はい、もうちょっとまってください。予約サイト作ってるところです。……で、レストラン経営と並行して、もちろん配信業も続ける予定です。付け加えて、アリスは……やりたいこと、あるよね?」

「ええ、あります!」

「じゃあ発表をどうぞ」

 

 会場内がどよめいた。

 アリスが何か挨拶をするのは特に予定はなかったようで、皆が注目している。

 

「えーと、皆様のおかげで私はこうして地球に来ることができました。ありがとうございます! 生アリスですよみなさん! さあさあ! もっとアゲていってください! まあアゲていこうと言っても乾杯もまだですけど、手短に終わらせますからね!」

 

 いきなり参加者たちに早口かつ大声でまくしたてる。

 参加者たちにとっては馴染みのある空気だ。

 カメラを向けられてるときのアリスに切り替わったのを全員が肌で感じた。

 

「アリスー!」

「生アリスだ!」

「剣はここで振るなよ!」

「振りませんって! 日本に突然ダンジョンでもできない限りは平和に暮らします!」

「なんかそれ言ったら実現しそうだな」

「フラグだフラグ」

 

 参加者のツッコミにくすくすと笑いが漏れる。

 

「今は戦闘から遠ざかって、配信したり、レストランのホール業務やバリスタの仕事を学んだりしています……が! 実は一つやりたいことがあります。みなさん、覚えていますか?」

「やりたいこと……?」

「私、女子高生になります!」

 

 ええー! という驚きが参加者たちの口から飛び出した。

 

「あ、女子高生になるというと語弊がありますね。学校に行ってちゃんと卒業したいなと」

 

 アリスが補足の説明を入れて、すぐに納得の空気が広がっていった。

 アリスは以前、学校に通いたいと配信で自分の胸の内を明かしたことがあった。学校に憧れているのだ。

 

「すみません、質問が」

「あ、どうぞ」

 

 参加者の一人が挙手した。

 弁護団のスーパーアルバイターだ。

 

「つまり、アリスさんは26歳、人妻、配信者、女子高生になるというわけですか?」

「今は事実婚で、高校受験を目指してる感じです」

「ぞ、属性が多いですね……」

「属性はどれだけあってもいいですからね」

「あ、はい」

 

 アリスが凄まじく強引に話をまとめた。

 スーパーアルバイターもその圧に納得せざるを得なかった。

 

「まあ、紆余曲折ありましたが、これからも『聖女アリスの生配信』をよろしくおねがいします! かんぱい!」

 

 誠と翔子が、そして参加者たちが飲み物を手に取って高らかに打ち鳴らした。

 アリスが日本に来たことによる所々の問題が解決し、ようやく始まろうとしていた。

 

 誠との結婚生活が。

 

 そして新たな目標へ向かう、新しい生活が。

 

 

 




書籍発売中です。どうぞよろしくお願いします。
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プロデューサーなのに異世界の美少女を娶った罪で、自分が美少女になって異世界迷宮を攻略するお話
◆シェフ・ラビットちゃん デビュー その1


※ 11/25に書籍2巻発売します。よろしくお願いします。
今回の章の某キャラとかも書籍でイラスト付きで出ていますので、ご興味ある方は手に取って頂けると嬉しいです。


 

 

 

 原初の土。

 

 あるいは賢者の石。

 

 仙丹などと呼ばれることもある。

 

 あらゆる可能性が秘められし物質であり、それに願いを込めたとき万物へと変化する。

 

 黄金。ダイヤモンド。すべてを溶かす強力な酸。不老長寿の薬。あるいは生命そのもの。

 

「それ使ってガレキ作ったんだよね。等身大の」

「おかしいですよね!?」

「怖い怖い怖い。それサラっと言うことじゃなくない?」

 

 スプリガンの言葉に、アリスと誠が度肝を抜かれていた。

 

 今、誠とアリスはマンション生活をしている。すでにアリスが地球に訪れて数か月が経っているが、マスコミやファンが押し掛けることもまだまだあるため、ご近所迷惑を考えて東京某所の賃貸マンションを借りていた。

 

 そこに、『鏡』のレプリカがガーゴイルたちよりもたされた。以前ほど大きな『鏡』ではなく、ご家庭の化粧台や洗面台と同じくらいのものだが、誠たちは不自由なく異世界ヴィマとやりとりをして暮らしていた。

 

 そんなある日、スプリガンがミニ『鏡』の前に変なものを持って二人に見せた。

 

 それは等身大のガレージキット……というかフィギュアだ。

 

 ウサギの耳を付けた可愛らしい女の子であり、更には人間が着るための服も着せられている。コスプレ衣装用のマネキンと表現しても差し支えないだろう。

 

「あ、勘違いしないで。何か人造生物を生み出すとか、妹分の守護精霊を生み出すとか、そういう話じゃないから。そもそも、噂で言われてるほど万能なものじゃないんだよね」

 

 『鏡』の奥のスプリガンが、慌てて首を横に振る。

 だが、誠もアリスも、「また不穏なことを考えてる」という疑念を捨てなかった。

 

「だとしても、一体何をするつもりなんですか? ヤバヤバな物質ってことには違いないですよね?」

「ヤバヤバではあるんだけどさ。これがあるとチュートリアルができるんだよ」

「チュートリアル?」

 

 アリスが首をひねる。

 

「このガレキは今のところだたの土くれなんだけど、あるものが入り込むと生身の人間みたいになるんだ。生命として成立するための最後のピースが足りない」

「最後のピース……?」

「魂だよ」

「魂って」

 

 スプリガンのあっけらかんとした言葉に、誠は逆に凄みを感じて冷や汗を流した。

 

「この人形には人間の魂を入れられるんだ。込められた魂が、人形の体を自由自在に動かせるってわけ。生き霊が憑依するって言うのがわかりやすいかな?」

「……えっちなことする気じゃないでしょうね?」

 

 アリスの言葉に、スプリガンがスンっと冷めた目を返す。

 

「そういうの幽神様がコンプライアンス的に禁止してるからダメです。そういう発想する方がえっちです」

「ちちちちちち違いますぅー! 怪しげな呪術めいた道具を使ってよからぬことをしないか不安だから聞いたんですー!」

「だからチュートリアルだって言ったじゃん。幽神霊廟を攻略するために、ここに魂を封じ込めて戦闘力にゲタを履かせたり、事故って死んじゃうのを防ぐのが目的なんだって。人間を蘇生するのはけっこう魔力使うし本人の負荷も大きいけど、人形だったら魂を元の体に戻すだけだし」

「あ、なるほど。霊廟のチュートリアルとかテストプレイみたいな感じか」

 

 誠がスプリガンの説明に納得して頷く。

 

「だとしても、かわいいウサギちゃんである必要あります? 私イヤなんですけど……コスプレ的な芸は流石に使いすぎると飽きられますし」

「アリスはそうだねー色々着てるもんねー。でも誠は着てないよねー」

「え?」

 

 スプリガンに言われて、誠が間の抜けた声を出した。

 

「ボクもちょっと考えたんだよね。超人気配信者とその運営が婚約発表するのって、配信者としての仁義にもとるんじゃないかなって。アリスの地球の居場所を用意して許された感はあるにしても……ねぇ? 地球の法律とか云々を抜きにして、配信者としての筋の通し方とか視聴者への贖罪ってあるんじゃないかなって」

「待って待って。飛躍してる」

「続けなさい」

「アリス!?」

 

 アリスが椅子に座って手を組み、どこぞの特務機関の司令官っぽいポーズを取る。そして、アリスの言葉に気を良くしたスプリガンが持論を展開していく。

 

「配信者の女の子を奪った責任は、自分が女の子の配信者になることで許されると思うんだ。これをやっとけばさー、後々に響きかねない怨恨も消えるんじゃないかなって」

「スプリガン! やっぱり考えてることやべーよ!」

 

 救いを求めるように誠はアリスを見る。

 

「マコト」

「はい」

「やりましょう」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 ミニ『鏡』も、過去に誠たちが使っていた『鏡』も、物質は通過できても生命体は通過できない。

 

 では魂だけが通過できるのか。

 

「できちゃうんだなこれが」

「そっかー……。無理だったっての期待したんだけど」

「はいはい、諦めて手をミニ『鏡』にくっつけて。それで人形の手と、誠の手をミニ『鏡』越しに合わせて……。で、呪文を唱える。【傀儡操作】」

「えーと、【傀儡操作】」

 

 その瞬間、誠の体が力なく崩れ落ちた。

 まさしく魂が抜け出たかのように。

 

「あっ、マコト!」

「だいじょーぶだいじょーぶ。今のマコトはこっち」

 

 同時に、今まで土くれで塗装さえされていなかったはずの人形の肌が、白めの黄色人種くらいの色へと変化する。髪の毛も、粘土に筋を入れて形状を表現していただけのはずなのに、きめ細かい金色の髪へと変化した。

 

 だがもっとも異彩を放つのは目だ。

 

 瞳が描かれていなかったはずなのに、くりっとした青い瞳が現れた。

 そこには確かに意思が宿っている。

 

「……俺も配信者やってて、Vの者になってバ美肉しようかなって思ったことはちょっとあったよ。あったけど……生身でやるとは思ってなかったなぁ……」

 

 ウサ耳を生やした少女が、元はアリスの部屋だった場所で、おっさんくさい溜め息を深々と吐いた。

 

 

 

 



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◆シェフ・ラビットちゃん デビュー その2

※シェフ・ラビットちゃんは2巻に出てくるキャラクターとして作ったのですが、イラストを起こしてもらったりとこのまま書籍版だけにするのももったいないなと思って軽く番外を投稿することにしました。
2巻宣伝を兼ねて不定期をゆるっとやってきます。


 

 

 

◆シェフ・ラビットちゃん デビュー その2

 

 

 

 しばらく更新されていなかった「聖女アリスの生配信」に、彗星のごとく新人がデビューした。

 

 くりっとした青い瞳。

 

 爽やかな印象の短い金髪。

 

 ホットパンツにTシャツとエプロンという部屋着のようでもあり、どこかの海の家の店員であるかのような親近感を感じさせる佇まい。

 

 だがそれでもなお「彼女は異世界の存在である」と主張させるものがある。

 

 ウサギの耳である。

 

「それじゃあ異世界クッキング、いっくよー♪ デビューして一週間、初めての配信になります。みんなと生で会えてうれしいなー! それで今日はねー、ドラゴンを何とかして食用可能な料理にしてみようと思いまーす!」

 

 彼女の名は、シェフ・ラビット。

 

 ウサ耳の獣人というコッテコテのキャラクターで、特技は料理だ。

 その中でもイタリア料理や洋食メニューを得意としている。

 

「こないだはフライにしてけっこう美味しかったんだよね。でもフライにするとサメとか変な魚とかなんでもイケちゃうから、今度は圧力鍋でカンカンに煮ていこうと思います。骨の多い魚とかも圧力鍋でいけるし、ドラゴンもいけるんじゃないかなぁ?」

 

 そして、妙に配信慣れしている。

 

 すでに動画を3つほど投稿して、今は初めての生配信をしている。動画も配信も、ベテランを思わせる佇まいだった。一人でしゃべっているときの間の取り方や、一人で撮影するときのカメラワーク。音声にノイズが入らないようにする工夫など、素人では失敗しがちなところで失敗せず、ユーザー視点をよく理解した動画や配信を提供している。

 

 アリスのダイヤの原石のような素の可愛らしさや、セリーヌの気品に溢れたノーブルな美しさとはまた違った、レディメイドのアイドルの魅力。

 

 その魅力と異世界特有の食材を調理する面白さとが合体して、アリスともセリーヌともまた違ったファン層が生まれた。

 

 だが視聴者たちは、薄々気付いた。

 

『ちょっとセンシティブなこと聞きますけど、あなた檀鱒さんですよね?』

『奥さんが地球に来たのになんで異世界でTS転生してるんですか』

 

「なっ、なんのことかなー? 女の子の秘密を探るのはメッ! だよ♪」

 

 シェフ・ラビットは初回配信で、可愛い子ぶってしらばっくれた。

 だが男が考える「美少女らしい振る舞い」を忠実に実行する姿に、視聴者はますますヒートアップしていく。

 

『誰がどう見ても檀鱒さんだよ! てか包丁とか食器とか料理中の手さばきとか完璧に一緒やんけ!』

★☆★天下一ゆみみ:やめろやめろやめろ、シェフ・ラビットちゃんはシェフ・ラビットちゃんだ! 事実を認識したら脳が破壊されるからやめろください! \30,000★☆★

『もう中身が男でもいいんじゃないかな……いやむしろ男だからよいのでは……?』

★☆★ステッピングマン4号:百合の間に挟まるのは禁忌だが、男女カップルの間に挟まるのはセーフ \50,000★☆★

『何もかもアウトだよ!』

★☆★TS大好きマン:俺も女の子にしてくれ 金なら払う \100,000★☆★

『女の子だって異世界ウサ耳美少女になりたいわ! なんだその百年に一度の美少女の肌と髪と声は!』

 

 シェフ・ラビットがしらばっくれた瞬間に怒涛のごとくコメントが流れる。

 しかもアリスが配信しているときと同じく、高額の虹スパが乱舞する。

 

「待って待って待って! わかった、わかったから落ち着いてー!」

『ちなみに、その姿で……アリスと、その……なかよしした?』

「あ、この体でえっちなことは禁止です!」

『やっぱり檀鱒やんけ!』

「しまった」

 

 誰もが薄々わかっていたとはいえ、結局デビュー1週間で確定的にバレた。

 

 

 

 

 

 

 初配信を終えて、反省会が始まった。

 

「マコト。美少女ムーブの才能が凄くないですか?」

「え、そうかな?」

 

 今、誠の魂はマンションの方に戻っており、姿も美少女から一般成人男性に戻っている。

 魂を人形に入れた状態を解除すると、魂は自動的に本来の誠の肉体に戻るため、フランクな感覚で誠は異世界を行ったり来たりしていた。

 

「そうかな? じゃありませんよ! 嫌がっていたのになんですかあれは! 『みんなと生で会えてうれしいなー!』は、普通の男性の声からは出ません!」

「でも向こうの人形に憑依してるときは美少女だし……」

「そ、それはうですけど! そりゃ絶世の美少女でめちゃめちゃ可愛いし一生推せますよそれは!」

「評価高くない?」

「こっちの情緒だって狂ってるんですよ! 自分の可愛さを見くびらないでください!」

「あ、うん。ごめん」

 

 アリスの真剣な目に、誠は思わず後ずさった。

 

「いや、なんで演技過剰かっていうと、カメラ回ってる状態だと変に恥ずかしがる方がみっともなくなっちゃうしさぁ。それならいっそ配信者らしく、アイドルっぽいムーブを決めた方がいいかなって」

「誠の割り切りの良さ、たまに怖いです」

「なんかよくわからないところでブレーキ踏まないよね」

 

 アリスの言葉に、ミニ『鏡』の向こうのスプリガンがしみじみ頷く。

 

「いや、美少女になれって言ったのアリスじゃん!」

「そ、それはそうですけど! 一発ネタくらいの勢いで終わると思ってたんですよ! スパチャで100万稼ぐとは誰も思わないじゃないですかぁ!」

「うん……どうしてこうなったんだろうな……」

「なんかもう、『それじゃお詫びも終わったのでやめまーす』って言える雰囲気じゃなくなってきたねー……。これで引退したら炎上しちゃいそう」

 

 スタッフ全員、「まさかここまで盛り上がるとは」と頭を抱えていた。

 そこに、成り行きを見守っていたガーゴイルが口を挟んだ。

 

「何が問題かと言うと、目標地点が見えぬからじゃろう。誰がどう見ても『ここまでやれば罪の精算は済んだ』と思うところまでいってみてはどうじゃ?」

「うーん、それができれば最善だけど……誰がどう見ても納得するところって難しくない?」

「何を言っている。簡単じゃよ。誰がどう見てもはっきりとしたゴールがあるんじゃから」

 

 ガーゴイルの言わんとすることに、誠は気付いた。

 それが凄まじく困難なことにも。

 

「つまり……最下層の百階層まで行けってことね……」

 

 誠が溜め息を付きながら答えると、その通りとばかりにガーゴイルが親指を立てた。

 

「アリスはもう、すでに十分強かったからヌルゲー感あったじゃろ? 一歩一歩、力をつけて、自分の足りないところを補って、守護精霊に立ち向かうという本来の流れがないんじゃよね」

「ボクとか玄武はまだいいけどさー、配信出たかったって守護精霊もいるし」

「そうじゃよ可哀想じゃろ」

「普通の冒険者ならティウンティウンするところを根性で耐えるし。物理攻撃を反射する敵も貫通してぶっ飛ばすし」

「こういうパワープレイは正統派の攻略をした上でやるものであって、最初からやるものではないと思うんじゃ」

「私をチートプレイしてる悪質プレイヤーみたいに言わないでください!」

 

 アリスが怒るが、ガーゴイルもスプリガンもどこ吹く風といった様子だ。

 

「でもアリスも、見たいじゃろ? シェフ・ラビットちゃんが試行錯誤したり壁にぶつかって四苦八苦したり、あるいはたまに料理をして配信するような光景とか」

「見たいですけど!」

「見たいんだ」

「いやっ、その、誤解しないでくださいよ! 危険なことをしてほしいとかじゃないですからね! ていうか誠だけにやらせるなんてダメです!」

「じゃ、ここぞというときにアリスを召喚して助けてもらうとかはアリにしようか」

「……それならいいかも」

 

 アリスの顔に変な笑みが浮かんだ。

 自分が颯爽と助けることで夫に格好良い姿を見せつけられるという欲求に目覚めた顔だった。

 

「まあ実際に攻略できるできないはともかくとしてさ。スパチャ百万円もらったに値するコンテンツは必要だよねー」

 

 スプリガンの言葉に、誠はぐうの音も出なかった。

 

 自分がプロデュースする美少女配信者を娶った罪深き男が罪を贖うために自ら美少女となって異世界迷宮を大冒険する物語が、今、始まろうとしていた。

 

 

 

 



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◆シェフ・ラビットちゃん ドラゴンにボコボコにされる その1

感想、購入報告ありがとうございます
めちゃめちゃ嬉しいです


 

 

 

 えー、そんなわけで。

 幽神霊廟100階層攻略チャレンジを始めることになりました。

 

 カメラとマイクを装備して、コメントは読み上げ機能を使ってリアルタイムの配信とコミュニケーションしながらダンジョンを攻略してくって感じだね。

 

『マジかwwwww』

『生きて帰れるの……?』

『アリスみたいな1億超人パワーの持ち主ならともかく、檀鱒ちゃん一般人でしょ?』

 

 あっ、配信中はシェフ・ラビットちゃんでお願いします。

 自分がアラサーおっさんという事実から目をそらしてください。

 ボクも逸らしてます。

 

 っていうことでー、がんばっちゃうよ! よろしくね♪

 

『プロだ。プロがいる』

『バ美肉する方法ほんと知りたい』

『男だけじゃなく女もケモミミ美少女になりたい』

 

 気持ちはわかるんだけど、これペナルティみたいなもんだしなぁ……。

 ボクと一緒に、地獄に付き合ってみる?

 

『あっ、ごめんなさい』

『目が死んでいる』

『おっさんという事実から目が逸らせてない』

 

 そっ、逸らしてるもん!

 

 ところで今ボクは、ガーゴイルくんのいる霊廟の地表部分にいるよ。

 ここがスタート地点ってわけだね。

 

「うむ。勇気ある冒険者よ。地下百層まで目指して努力するがよい。セーブしておく?」

 

 どっちかっていうと昔ながらのJRPGよりもオートセーブ方式のオープンワールドRPGに近いんじゃないかなぁ……。あるいは、マップを埋めて魔物に倒されてトライアンドエラーをするハクスラっぽいというか。

 

「難易度高そうじゃのー。まあ実際高いんじゃけど」

 

 それをスタッフ側に言われるとつらいよ!

 

「セーブしておく?」

 

 二回も言わなくていいよ!

 

 ともかくここから階段を下りて、地下5階層まではレンガ積みのお城っぽいところだね。幽霊を倒しながら地下に進む感じになりますっ。

 

『幽霊……倒せるの?』

『というか戦闘能力そのものがあるの?』

 

 あ、そうそう。この体に憑依している理由の一つなんだけど、ちょっとしたバフが掛かってるんだ。

 

 この耳はハンターラビットってウサギ型の魔物の耳らしくて、これがついてると敏捷性とか筋力とか勇猛がパワーアップするらしいんだって。実際、ちょっとテンション高めなのもこのおかげかな。

 

『あ、じゃあ女の子っぽい振る舞いもウサミミのおかげ?』

『それなら納得する』

 

 オスのウサギのミミだから特にそういうのはないかな。

 

『ないんだ……』

『業が深い』

『オスとオスが合体してなんでメスになるの?????』

★☆★天下一ゆみみ:それがいいんじゃあないか \30,000★☆★

 

 あっ、虹スパありがとうございます!

 い、いいのかな……?

 

『バ美肉ガチ恋がこれ以上増える前にさっさと百階層まで到達してくれ! 俺も我慢できない!』

 

 う、うん。なんかごめん。

 

 あと最後にもうちょっとだけ説明するね。

 ボス戦とか流石にキツいので、ちょっとした救済措置を設けてもらうことになりました。

 

『救済措置?』

 

「わたしわたし! 私です! っていうか本来ここは私のチャンネルなんですけど!」

 

『おっ、ちっちゃい鏡の中にアリスが見える』

『実家のような安心感』

『囚われのお姫様ポジじゃん』

 

「あっ、姫ポジもいいですね……ではなくて! シェフ・ラビットちゃんがピンチになったとき、私がちょっとだけ助っ人できるそうなんです! まあ私が目立ちすぎてもいけないので、ボス戦とか要所要所で出撃する形になるとは思うんですが」

 

 というわけです!

 

 ただ、助っ人として出てきてもらうためには条件があるらしいので、そこはボクもまだ知りません。そのあたりは霊廟を管理してる守護精霊たちが色々と仕込みをしてるみたいです。

 

『なるほど。ただ攻略するだけじゃなくて、召喚するための条件を探す謎解きもするってわけか』

『これはもう封印されしアリス様では』

 

 そういうわけです!

 

 それじゃ、いっくよー!

 

 

 

 

 

 

 いきなり負けました。

 

『はえーよホセ!』

『なんだそのポンコツムーブは!』

『物の見事にボロボロである』

『いきなりセーブポイントに戻されてるやつおる?』

 

 だってこのステージおかしくない!?

 

 5階層まではなんか手ごたえがあるようなないような幽霊っぽいやつで、6階層からいきなりドラゴンとか出てくるんだもん!

 

 あれをボコって退治できる方がおかしいって!

 

『嫁への唐突なディス』

『でもドラゴン肉とか調理してたやんけ!』

 

 あれはスプリガンちゃんに狩ってもらったやつだから……。

 ていうか料理人が食材に勝てるならイノシシに勝てることになるよ!

 

『まあ料理人はハンターではないからな……w』

『それにしても、ドラゴンの体当たりで見事にボコボコにされたなぁ』

『アリスさんがいないと見るや喜び勇んでとびかかってきてた』

『というかアリスさんにやられた仕返しでは……w』

『江ノ島で鳥にいじめられてるピンクジャージの子を思い出した』

「がんばってくださいシェフ・ラビットちゃん! 物理攻撃でドラゴンは倒せます!」

『それはアリスさんのフィジカルと刃物があったからだろ!』

 

 あ、そっか。

 刃物ってアリか。

 ウサ耳のワイルドな魂に引きずられてパンチとキックで戦ってたけど、素手で頑張らなきゃいけないってルールでもないんだよね。

 

『聖剣ピザカッター借りるとか?』

 

 アリスちゃん、借りてもいいかなー?

 

「問題はないですけど……バージョンアップすればするほど重くなってますよ? 一番重いやつで300キロ、刃渡り2.5メートルで刃の厚さも15センチくらいあるし」

 

 ひえっ。

 

「ひえってなんですか、ひえって! 設計図出してきたのそっちじゃないですか!」

 

 ご、ごめんごめん。

 でもボクに扱うのは無理っぽいね……。

 

『初期型のクロモリのピザカッターあたりがいいんじゃないの』

『あと、飛び道具使うべきだよ』

『でも銃は無理でしょ』

『クロスボウとか?』

『それも許可が面倒くさいはず』

『じゃあ、コンパウンドボウとかは? アメリカなら狩猟で使う人もいるはず。日本じゃ禁止だけど』

 

 コンパウンドボウって、確か使い方としては普通の弓だよね?

 ただ、スコープとか付いてて撃ちやすくなってる感じの。

 

『そうそう』

『素人が扱えるの? 難しい気がするけど』

『扱えないけど、なんかフィジカルとかバフ掛かってるならなんとかなるんじゃない?』

『物は試しだ! やってやりましょうぜ!』

 

 なるほど……。

 飛び道具を使いつつ、近付かれたら剣で戦う感じだね。

 

「それと、見晴らしの良い平地で1体複数という、ドラゴン側が遥かに有利な状況に陥ってるのがよくありませんね。森とか川とか、色々あるのですからもっとフィールドを活用しましょう。初心者が無為無策で突っ込んで勝てると思ってはいけません」

『解説のアリスさんが真面目なコメントを出した』

『流石プロ。違うなぁ』

 

 よし!

 

 じゃあ作戦を練り直して、装備も整えて再チャレンジだよ!

 

『がんがれ』

★☆★天下一ゆみみ:あと服も直して……。中破した艦むすみたいな恰好は刺激が強いから……スクショは撮っておくけど \30,000★☆★

「他人の夫の半裸に興奮しないでください! 男の人ですからね!?」

 

 あっ、それはほんとごめん。

 男でごめんなのか、変なもの見せてごめんなのかはともかく。

 

『そんなことはわかっている!』

『わかっているけどなにかが俺たちを動かしている!』

「なんかもうみんな業が深いんですけど! いや、みんなの気持ちはわかりますよ! なんでわかっちゃうんでしょうね!?」

 

 アリスちゃんの情緒がまた狂い始めたので、今日の配信はこのへんでね!

 

 まったねー!

 

 

 

 



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◆アリスと誠、洋弓を習う

 

 

 

 爽やかな快晴の朝。

 誠がマンションでカフェラテを一口飲む。

 アリスはそれを、固唾を呑んで見守っていた。

 

「あ、これ美味い。腕上げたね?」

「ですよね、ですよね!」

「香りもしっかり出てる。豆の選び方もいいし淹れ方もバッチリ。エスプレッソマシンを使いこなすのけっこう難しいのに、すごいじゃん」

 

 アリスはコーヒー党だ。

 一人で霊廟を探索していた頃も、コーヒーミルやキャンプ用コンロを使ってコーヒーを淹れて楽しんでいたが、エスプレッソに目覚め始めた。

 また誠も、レストラン「しろうさぎ」で新たにコーヒーやカフェラテなどのカフェメニューの拡充を考えており、職業訓練も兼ねていた。

 

「ふふ……ドリップコーヒーから始まって業務用エスプレッソマシンの扱いまで極めた私は、人の聖女改め、バリスタの聖女ですね」

「バリスタの聖女ってアリなんだ」

「少なくともTSのシェフよりはアリです」

「それを言われると全部アリだよ!」

「しかし、こうやってのんびりするのもいいですね。最近はシェフ・ラビットちゃんの動画がバズって忙しかったですし」

 

 今日の配信は休みだ。

 霊廟を探索する配信を毎日続けるのは、流石に誠にとっても体力精神力ともに厳しいものがあった。

 

「たまには羽根を伸ばさないとね」

「でも本当に大丈夫ですか? 魂だけ異世界に行ったり来たりして、体痛くありません?」

「なんか大きな怪我は人形だけが蓄積するけど、ちょっとした怪我とか消費したカロリーとかは持ち越しちゃうみたいなんだよね。だからむしろ健康かも。一回の配信で二時間くらい歩いたり走ったりしてるから、一日一万歩以上歩いたり走ったりしてるし」

「えっ、ずるっ」

「ずるくないよ! だからけっこう疲れるんだって!」

「ずるいですって! シェフ・ラビットちゃんの肌ツヤといい髪といい、なんてあんなに美化するんですか!」

「高級な粘土使ってるからじゃないかな……あと造形面はスプリガンに言ってほしい」

「ずーるーいーでーすーよー! ていうか生身の状態でもお肌の状態よくないですか……?」

「そんなことないと思うけど……ただ、料理やってるとあんまり外でないし日焼けはまずしないんだよね。このお店引き継ぐ前はダイニングバーで夜働いてたし」

 

 ほっぺたをぷにょぷにょ突っついてくるアリスを宥めつつ、誠はスマホを開いた。

 そこには、通販サイト内でとある商品を検索した結果がずらりと現れている。

 

「ん? それは弓ですか?」

「うん。こっちの世界の弓。こないだの配信で出たコンパウンドボウってやつ」

「妙な形をしてますね……? なんか弓の両端に円盤みたいなのがついてるんですけど、なんです?」

「滑車だよ。滑車の働きが掛かって普通の弓より引きやすいんだって。銃みたいに狙いを定めるスコープとか、銃みたいにトリガーを引く感じで矢を射ることができる発射装置とか、いろんな道具が付くみたい」

「……マコト」

「なに?」

「やっぱずるいですよぉ! これ私も使いたかったんですけどぉ1?」

 

 ぷにょぷにょする指先のリズムが早くなる。

 だがそれは誠にとって予測済みの展開だった。

 

「こんなこともあろうかと思って、用意しておきました」

「え、もう買っちゃったんですか?」

「いや、用意したのは体験教室の予約。野外フィールドでコンパウンドボウ含めたアーチェリー全般を教えてくれるところあるんだよ。気分転換を兼ねて対ドラゴンの特訓しようと思うんだけど、アリスもやってみない?」

 

 

 

 

 

 

 はい、アリスです!

 

 最近はシェフ・ラビットちゃんにキャラ食われ気味のアリスです!

 

 ……アリスです。

 

「そこで暗くならないで!?」

 

 っかー! キャラ食ってる側からツッコミが来ましたよ!

 シェフ・ラビットちゃんが可愛いのが悪いんですよ!

 

「可愛くてごめん」

 

 素で言ってるぅー!

 確かに可愛いですけどぉ!

 

「ラビットちゃんの顔は生まれ持ったものじゃなくてスプリガンの造形技術だから、そこは素直に褒めます」

 

 顔面評価が自画自賛じゃないの、ちょっと羨ましいですね……。

 私もバ美肉したくなってくるんですが。

 

「ところで、今日はどちらに来てるんですか?」

 

 この見晴らしの良い野外フィールドは、ある体験教室なんですねー。

 

 本当はプライベートでレッスンを受けるだけで、撮影する予定も特になかったんですが、「うおっ、アリスさんだ!」っていきなり身バレした上に、「撮影ですね!? どんどん撮ってください!」と言われたので撮影しちゃってます。ちなみに旦那がカメラ担当です。

 

「どーもー、檀鱒です。撮影される側は疲れたので、今日はアリスの方がメインの動画になりまーす」

 

 で、何の体験教室は何かというと……!

 

 リカーブボウ&コンパウンドボウです!

 

 どちらも洋弓やアーチェリーの一種ですね。

 

 いわゆるアーチェリーと言われてみんながイメージするのがリカーブボウという弓です。

 

 そしてコンパウンドとは、弓の両端に滑車を付けて弦を引きやすくしたものになります。

 

 ちなみに私はリカーブボウとコンパウンドボウ、どっちも知りません。

 

 あっちの世界……ヴィマの弓ってどっちかっていうと和弓っぽいんですよね。

 

 ただ、矢をつがえる左右とか流派によって違うし、ぶっちゃけ敵を射殺せればなんでもよかったですし、こっちの世界の弓よりはかなりアバウトです。

 

 最低限の打ち方を教わったら即実戦のスパルタスタイルだったので、授業形式でなんかやるのって新鮮です。

 

「あの、アリスさん。インストラクターさんがビビるからそのへんで」

 

 え、そうですか?

 

 いや私あんまり弓矢得意じゃないですよ。みんなと一緒に打って数うちゃ当たる方式でしか経験してませんし、遠くの的に命中させるとか下手ですもん。

 

 ていうか弓を射るより射られる経験の方が多かったですし。

 

「実戦を経験した人に教えるって時点で物凄いプレッシャーだから」

 

 そういうもんですかね……? むしろ私としてはほぼ我流みたいなやり方しかしらないので、ビシバシに注意されないか怖いんですけど。

 

「だ、そうです。よろしくお願いします」

「はい! よろしくお願いします! 射られる経験はないのでそこは勘弁してください!」

 

 こちらの体格が良くて爽やかな成人男性の方が、今回のインストラクターの竹田さんです。

 

 国体にも出場したことがあるそうで、さっき軽く弓を射る姿を拝見したんですがめっちゃ上手いです。本日はよろしくお願いしまーす!

 

「あれ? そういえば檀鱒さんはやらないんですか?」

「あ、撮影の後でお願いします。俺が画面内に出ちゃうと、ほら、その……ねえ?」

「別に大丈夫と思いますよ。むしろラビットちゃんとのギャップを楽しみたいとか、所作の共通点を見たいとか、そういう人もいると思いますし」

 

 インストラクターさん、けっこう趣味が極まってますね?

 いや、気持ちはわかりますよ。

 私も、料理するときの手つきが誠とラビットちゃんと同じでざわっとしますし。

 

「それ羨ましいですね……」

「羨ましいの!? ていうか撮影しよ!?」

「あっ、そうですね。教えることがあるかわからないんですが、よろしくお願いします」

 

 はい! それじゃレッスンいってみましょう!

 

 

 

 

 

 

 何度か矢を放ってみたんですが……アーチェリーもコンパウンドも最高ですね! たーのしー!

 

「あの……普通にオリンピック級なんですが……」

「腕、肩、腰がまったくブレてない。怖い」

「矢の軌跡が綺麗すぎる」

「刺さった矢に次の矢を当てるのって連発でできるものなんですか?」

 

 他のインストラクターさんが集まってきてザワついてます。

 なんかすみません。

 ていうか矢を三本くらいダメにしちゃいました。

 的に刺さった矢に、更に矢が当たるのって継ぎ矢って言うそうですね。

 頑張れば10連コンボくらい狙えそうです。

 

「ヤバい。インストラクターとして生きていけない」

「あの、アリス。インストラクターさんの自信が喪失するので、そのへんで……」

 

 あっ、すみません。

 でも面白いですよ、アーチェリー……。

 エヴァーン王国の弓より断然扱いやすいですし。

 

 ただ構造が複雑で野戦には向かないかなー?

 でもドラゴン退治とか魔物退治にはけっこう使えると思います。

 あ、あと矢に魔力を乗せて射るとかも多分できそうです。

 魔力って金属に乗せるにはちょっとコツがいるんですけど、カーボンとかならまだ乗せやすいかな。あと羽根に髪の毛を一本混ぜとくとかするとグッと乗せやすくなります。

 

 多分マコトも、シェフ・ラビットちゃん状態になればできますよ。

 

「あ、マジで? それはやってみたいかも」

 

 いいですか、お手本を見せてあげます。

 こうやって、弓を引いて狙いを定める姿勢になるじゃないですか。

 

 このときに精神を集中して体の中に流れる魔力を右手から左手へ循環するようにして……。

 

 ……む?

 

 よからぬ気配を感じます。

 

「アリス、どうしたの?」

 

 ちょっと気になることがありまして。

 インストラクターの竹田さん。質問いいですか?

 

「あ、はい。なんでしょう?」

 

 的の奥の方って何があるんですか?

 

「森と山です」

 

 人が住んでたりは?

 

「まさか。道路も何もないですよ。私有地なので誰かが入ってくることもないです。立ち入り禁止のバリケードとかもありますし」

 

 なるほど。

 

 あやしげな儀式をする謎の邪教のアジトとかないですよね?

 

「あったら見てみたいけど、絶対にないですね」

 

 了解、オッケーです。

 

「ね、ねえ、アリス? なんか敵の技をコピーするロボットのチャージショットみたいな光が溢れてるんだけど、どうしたの?」

 

 大丈夫、マコト。

 安心してください。威嚇だけです。

 

「威嚇のパワーには見えないんだけど」

 

 そこの曲者! 出てきなさい!

 てやー!

 

「あっ」

「あっ」

「あっ」

「あっ」

「あっ」

 

 ……あっ。

 

 すみません、矢を放ったはいいものの、地面を抉って的を吹き飛ばしちゃいました。

 

「矢ってバズーカの威力になるんだ……」

「的が跡形もない……」

「……いや、待て! 奥の方でクマが倒れてるぞ! ツキノワグマだ! でっか!」

「うそでしょ、どっから来た!? 丹沢?」

 

 あー、クマでしたか。

 何か血に飢えた獣のような気配がすると思って、つい……。

 

 あ、大丈夫ですよ。当ててません。

 

「矢が当たった様子はないけど……ショック死してるかも」

「ぴくりとも動かない」

 

 えっ。

 

 ……もしかして、やっちゃいました?

 

「クマって死んだフリする?」

「大型肉食獣は擬死ってしないんじゃないかな」

「やっちゃいましたね多分」

「いや、死んではいないんじゃないか? 矢の勢いとオーラに当てられて失神してるんだと思う」

「とりあえず猟友会と警察に連絡しよう」

「消防はいる?」

「火は出てないんじゃないかな……」

「あのー、近所から今の爆発音なにって問い合わせ来てます」

「アリスさんって答えていいやつなのかな……?」

 

 ……今日の動画はここまで!

 ま、また見てね!

 

「アリス! そこで締めるの!?」

 

 

 




書籍発売中です。
よろしくお願いします。


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◆シェフ・ラビットちゃん ドラゴンにリベンジする

 

 

 

 こんにちはー!

 ボクは今、幽神霊廟の地下6階層の草原に来てまーす!

 ちなみにアリスちゃんは休みです。

 

『自粛かな?』

『警察と消防が来る事態になったからなぁ』

『クマ増えてるんだから許してやってくれ……』

 

 それもあるんだけど、バリスタの聖女を名乗ってカフェラテを淹れる動画をアップしたのに「バリスタ(攻城兵器)の聖女」ってタグが付けられたのでフテ寝してます。

 

『誰が上手いことを言えと(ry』

『それは流石に草』

『戦犯誰だよw このコメント欄にいるだろw』

 

 まあ、ここの探索を進めたらアリスちゃんの力を借りられるヒントも出てくるだろうし、そのときみんなで呼びかけようね。

 

『天岩戸か』

『シェフ・ラビットちゃんが裸で踊るんですか!?』

 

 ぶぶー! しません!

 えっちなのは禁止でーす!

 

『この一線の引き方が本当に中身男なのか疑わしくなる』

『魔性の男だ』

 

 いや、ここでマジレスしないで……。

 

 と、ともかく!

 今日の配信は、新兵器のコンパウンドボウでドラゴンを狩れるか試してみる! です!

 

 アーチェリー体験教室の後始末が落ち着いてからボクも色々と試射してみたけど、魔力を乗せて矢を放つっていうのがけっこう楽しいんだよね。髪の毛一本を矢の羽部分に入れると、飛距離とか威力がなんか伸びるんだ。

 

 というわけで、ちょっとやってみるよ……。

 

 今、ウサギの力が宿ってるから音とか気配には敏感だし、静かに行動すればドラゴンに見つかる前にこっちが見つけられるはず……。

 

『ん? いきなり第三者視点になった』

『ラビットちゃんのケツと尻尾が見える』

 

 あ、これはガーゴイルがビデオカメラを念動力で動かしてるんだ。

 ボクの3メートルくらい後ろを浮遊してるから、狩りの様子を見せられるよ。

 ボクの一人称視点の方がいいかな?

 

『いや……このままでお願いします……』

『揺れる尻尾に目を離せなくなる猫の気分になる』

『えっちなのダメって言ったじゃん!』

 

 えっちじゃないですけど!?

 

『いや……えっちだよ……。射撃と回避を繰り返しながらケツが揺れるあのゲームだよ』

『前傾姿勢で動く中身成人男性のケツにどうして俺たちはやましい思いを抱いてるんだ』

 

 そこは自分の心の中に秘めておいて!

 

 と、ともかくドラゴンを狩れるよう頑張るよ……。

 ってわけで本格的に狩猟モードになるからちょっと黙るね。

 ご歓談しててください。

 

『……ちょっとやましい気持ちで見てたけど、動きがマジで獣だな。国営放送のネイチャー系番組見てる気持ちになってきた』

『速いのに動きが静かすぎる。すげー』

『首の動かし方とか耳の反応とか、マジでウサギっぽい』

『ケモナーはもっとやましい気持ちで見てます』

『そこうるさい』

『ちょっとカメラが離れたり草むらに伏せられたりすると見失いそうになるな……かろうじて背中の弓と矢筒で見える』

『ん? 止まった』

『全然動かん。耳だけ微妙に動いてる』

『マジで野生動物』

『静かだ。隠れてるってよりは、機をうかがってる感じ?』

『ってことは……いるのか?』

『あ、カメラ側も気付いた。ズームアップしていく……ドラゴンだ』

『ほんとだ。たまたま一匹だけ池のほとりにいる』

『こっちには完全に気付いてない』

『ラビットちゃんが動いた。矢筒から矢を取り出した』

『慎重だな』

『弓を引くのも静かだ……』

『マジで緊張するな。ながら見ができない』

『……まだか?』

『まだっぽいな』

『ドラゴンが警戒してる。まだラビットちゃんには気付いてないっぽいが』

『水を飲み始めたりしたときがタイミングじゃないか?』

『お? ドラゴンが動いた』

『……いくか?』

『池の水を飲んでる。完全に油断して……あっ』

『撃った! ラビットちゃんが撃ったぞ!』

『はやっ! レーザービームかよ!』

『気付いたら光が走ってドラゴンが貫かれてた』

『あれ、でも生きてね? 動いてる』

『飛ぼうとして羽ばたいて……いや、墜落した』

『ラビットちゃんがダッシュしてくぞ』

『速すぎてカメラが付いていけてない。小さくなってく』

 

 死んでる……。

 最後の気力で羽ばたこうとしたけど、無理だったみたいだね。

 

『おお……』

『ついに地球人がドラゴンを倒した……』

『こうして見ると迫力も緊迫感も生半可じゃないな……。アリスちゃんのときとは違った印象だ』

 

 なんまんだぶなんまんだぶ……。

 

『そこは仏教なんだ』

 

 いや、まあ、狩猟の後には敬虔な気持ちになるというか。

 ドラゴンさん、戦ってくれてありがとうございました。

 

『実際、礼儀は大事』

 

 勝った以上は、ちゃんと捌いて美味しく頂きます。

 

『食うの!?』

『食うんだ!?』

『マジで!?』

 

 料理人としては狩猟した以上は食べるのがマナーかなって。

 前にアリスちゃんに狩ってもらったのを調理とかしてみたし。

 あ、流石に捌いたりトリミングしたりは動画にするの遠慮します。

 BANされそうだし……。

 

 あ、その前に矢を回収しなきゃ……って、あれ?

 

『なんかそのドラゴン、首輪みたいなの付いてね?』

『え、飼われてるの?』

『んなまさか。飼い主がいるにしてもスプリガンちゃんだろ』

 

 なんかカードっぽいな……って、アリスちゃんのプロマイドだ。

 

『なんで?』

『あ、あれじゃないか。アリスさんの力を借りられるってやつ』

 

 あー、なるほど。

 フィールド上にいるモンスターを狩ると、こういうアイテムをもらえるって趣向なのかな。

 

 それじゃあ遠慮なくカードを頂いてこうかな……って、あっつ!? 誰!?

 

『なんだなんだ!?』

『火の玉が飛んできてドラゴンが燃えてる! 敵の魔法か!?』

『魔法使う敵とかいたっけ?』

『そんなのいないはずだけどな』

『アリスさんが攻略してたときもケモノ系の敵しか出てこなかった』

 

 いや、マジで心当たりない!

 魔物!? 守護精霊!?

 

「……ふん。ちょっとは骨のある挑戦者かと思ったけど、全然弱いじゃない」

 

『なんだぁ……? いきなり炎が出てきて、その中から誰かが出てきたぞ……?』

『女の声っぽいが』

『むせる』

『けっこうガチな強キャラオーラじゃないか……?』

『ラビットちゃん知ってる?』

 

 全然知らないって!

 え、えっと……初めまして。

 シェフ・ラビットです。

 

「あら、ご挨拶なんて丁寧な挑戦者ね……?」

 

 ど、どうも。恐縮です。

 

『めっちゃ美人だ……』

『赤髪の美女なんていたっけ……初めてだよな……?』

 

「なんか妙ね……変な声が聞こえるけど……? ま、いいわ。素直な評価と平和ボケした態度に免じて名乗ってあげる。私はランダ。炎の魔女、ランダよ」

 

 

 



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◆アリスと誠、炎の魔女ランダと出会う

 

 

 

「ふふん、どうやら恐ろしさに声も出ないようね」

 

 あ、はい。

 めちゃめちゃ強そうでびびってます。

 

「……素直に言われるとそれはそれで困るんだけど。ま、いいわ。このまま階層を進めていけばまた会うこともあるでしょう。それまでリタイヤしないことね」

 

 ありがとう、がんばります!

 

「……別に励ましたとかじゃないけど、が、がんばりなさい」

 

『いい人じゃん』

『かわいい』

『ゴスっぽいドレスがまた似合ってる』

 

「は、はぁ!? 可愛いってなによ可愛いって! ていうか変な声してるわね……? もしかしてあなたがしゃべってるんじゃなくて、何かしゃべったり意思のある魔道具でも持ってるの?」

 

 これ、配信中のコメントの読み上げ機能です。

 

「配信?」

 

 ボクの頭についてるカメラで映像を撮って、異世界……地球ってところに流してるんです。変な声は、その地球の方で見てる人からのコメントです。

 

「んん? よくわからないのだけれど」

 

 えーと、つまり……かくかくしかじか……。

 

『なんか説明してる』

『配信の仕組みを知らない異世界人、案外新鮮だ』

『むしろ他の異世界人が配信に慣れすぎなんだよw』

『情報の授業で出てきそうな落書きを地面に書いてる』

『流石配信者。説明が慣れてる』

『おっ、終わったかな?』

 

 これが、その、配信の仕組みです。

 

「えっと、その……つまりあなたの見てるものは、異世界に伝わっている」

 

 うん。

 正確にはカメラで捉えてるものかな。

 

「しかも見てる方は自由にコメントができる」

 

 そうだね。

 

「……ってことは……私とあなたの会話もまるっと伝わってる?」

 

 イエス。

 

「何やらかしてくれちゃってんのよおおおおおおお!!!!!????? もうちょっとおめかしくらいさせなさいよおおおおおおお!!!!!!」

 

『あっ、逃げた』

『新鮮な反応』

『推せる』

 

 あっ、アリスちゃん召喚カード……返して……。

 

『持ってかれてたw』

 

 

 

 

 

 

 霊廟内をくまなく探索したり特定の魔物を倒したりすると、アリスの描かれたカードを発見することができる。

 

 それを使用申請することで一時的にアリスを出現させて、誠……もといシェフ・ラビットちゃんが守護精霊を撃破したり難関を突破できたりする、というシステムをスプリガンは想定していた。

 

「そう思ってたんだけど、盗られちゃったねーあはは」

 

 ミニ『鏡』の前で、スプリガンがけらけらと笑った。

 

「あははではなく! 誰ですかあの女! けっこうバズってるのでもう一度会わせてください! ありがとうございます!」

「怒ってるのか感謝してるのか、どっちさ」

「どっちもです……というのと……」

 

 アリスは、隣に座っているちらりと誠を見る。

 誠は申し訳なさそうにしみじみ語る。

 

「いや、その、悪気はなかったんだ。なかったんだけど……配信で姿を流しちゃったのは申し訳なかったなぁ……」

「見ていてなかなか気まずかったです」

 

 ランダが走り去った後、配信も終了予定時刻を迎えてひとまず終わることとなった。

 コメント欄やSNSでは、「あの謎の美少女は一体誰なのか」というテーマで大賑わいとなっている。

 だが誠はもちろんのこと、アリスもそれに答えうる知識は持っていない。

 

「一応ランダも守護精霊だけど、ちょっとポジションが特殊でさー」

「そういえば、私が攻略したときは見ませんでしたね……? どの階層を守ってるんですか?」

 

 アリスはすでに地下100階層まで攻略し、幽神の骸にダメージを与えている。

 だがその中でランダと合ったことはなかった。

 

「今は丁度、支配領域をもってなかったと思う。それに挑戦者が少ないときは寝てるんだよねー」

「ダメじゃないですか」

「そろそろ配置換えするタイミングだったんだよ。あの子の支配領域をどこにするか幽神様が決めかねてて、宙ぶらりんだったみたい」

「なんか普通の職場みたいですね……」

「だから、なんか挑戦者と戦い損ねたからちょっとスネてるっぽいんだよね」

「スネてるって何よスネてるって!」

「うわあっ!? 出た!?」

 

 霊廟地上層の、スプリガンが寛いでいるところに噂のランダがいきなり突撃してきた。

 鮮やかな赤髪に、ドレスのようなワンピーススカート姿。

 人目を引く、どきりとするような美人だ。

 

「あんたがアリスね? それと……そこの男。あんたがさっきのうさぎちゃんの中身?」

「うさぎをちゃん付けで呼ぶタイプなんだ」

「ええと、夫が失礼しました。今コーヒー淹れますね」

 

 誠とアリスが、圧倒されながらも落ち着いて応対した。

 バズりちらかしたり世界間を移動したりバ美肉したり、二人はちょっとやそっとのことでは驚かなくなっていた。

 

「あ、ありがと……じゃないわよ! 文句を言いに来たのよ!」

「オフショット勝手に映像を流したようなもんだしなぁ……本当すみません」

 

 誠がぺこりと謝る。

 

「ふ、ふーん、素直じゃない。でも、なんかお詫びの品とかないわけ?」

 

 ランダは、チラッチラッとミニ『鏡』の誠たちの、さらに奥を見ている。

 地球のものが珍しいのかなと思ったが、スプリガンが答えを出した。

 

「あー、わかった。ランダ、命の水しか飲んでないからシャバのご飯食べたいんでしょ。それともお酒?」

「なっ、なによ! そんなことないんだけど!?」

「いーじゃん素直になりなよ。僕らと違って食事の必要はあるんだしさぁ」

「食事の必要がある? 守護精霊って、食事しなくとも生きていけるんじゃありませんでしたっけ?」

 

 アリスが質問した。

 

「僕らはそうだけど、ランダは後からスカウトされて守護精霊に就職したタイプだから違うんだよ。命の水っていう完全栄養食みたいなの飲んでたよね」

「ま、まあ、そうよ。神々が生み出した至高の水。これさえあれば麦も肉も食べる必要がないの。だから勘違いしないでよね」

「よし、コースメニューにしようか。丁度、動画撮影用の食材もあったことだし」

「あ、私、手伝います」

 

 誠とアリスが立ち上がってエプロンを身に着けた。

 

「ちょっと! 話聞いてるぅ!?」

 

 

 

 



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