死中に活ッ!笑えよドラゴンッ!!※転生先が絶望的なんだが (ストロング西岡)
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第一章
第一話ッ マイケル降臨ッ!!※大したことではない


低評価の方、よろしくお願いします。


 

 ──世界のどこかに私の運命を決めたやつがいるとしたら。

 

 きっとそいつは酷く性格が悪く、性根が腐っていてどうしようもないクズだろう。

 

 ──運命なんて、恨みすぎて恨むことを忘れた。

 

 魔力が込められた体は不思議と気力に満ち、私の背中を無限の可能性が支える。

 

 ──私には夢がある。今はそれはただの独りよがりではない。

 

 このクソッタレな国から出て外の世界に旅立つ。そして皆で幸せになるために、そのためなら、私はどんな困難でも戦うよ。

 

「今だッ! やれッ、テレジーッ!!」

 

「テレジーっ!!」

 

「テレジー…………っ!」

 

 最後の一撃を前に、走馬灯のように流れる今までの軌跡に身を任せ、場違いにも物思いに耽けていた。

 

 ──なんで、こうなってしまったのかを。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 アスキア帝国城下町、通称貧民街。

 

 西側の貧民街区の砂岩で出来た家屋の上で、なんとはなしに私は空を見上げる。

 

 ……相変わらず空は曇天で陰気。空気も臭くて居心地が悪い。視点を少し下げると、遠くにはこの国の周囲を囲い渦巻く灰色の嵐の一面が映る。

 

 ──『灰の嵐』。

 

 私の故郷である素晴らしきアスキア帝国は、私が生まれる前より『灰の嵐』という正体不明の超災害に見舞われていた。近づけば最後、全身を高速で舞う灰に切り裂かれるように死ぬ。

 

 つまりアスキア帝国とは、内からも外からも近づくことは叶わない牢獄の名前でもあった。

 

 ……つくづく思うが、碌でもない国だ。

 

 風が頬を撫で、同時に巻き上げられた砂が目に入る。何回か目を擦って視界を回復させると、コートの襟を引き寄せフードを目深に被って顔を隠す。そして風が収まるのを待ってから、私はすぐさま飛ぶようにその場から離れた。

 

「見つけたぞ、あっちだ!」

 

 物思いに耽けている暇ではなかったな。屋根の上を軽快に走りながら、左後方に追いすがるボロ布を纏った集団を横目で確認する。

 

 7人か、ちょっと多い。このまま振り切るのは難しいか。

 

 私はコートの内ポケットを探って自慢の自作爆弾のピンを抜いて追手に投げつける。

 

「っ!? やべぇ、早く逃げ──」

 

 もう遅い。

 

 投擲した爆弾は地面につく前に作動。周囲に強烈な閃光を煌々と放ち、その後大きく爆発した。

 

「う、うわぁあああ!!」

 

「い、いてぇ……あ、足が……!?」

 

「うっ……目が……!」

 

 爆風の残滓が私の纏っている黒の外套が大きく靡かせる。フードを深く被り直し、私は裏道の開かれた場所に着地し、爆弾の成果を確認する。

 

 7人中2人が爆死、3人は四肢のいずれかを欠損し無力化。残る2人は遠いこともあって反応が間に合い無傷で、精々爆風を浴びた程度の被害。とはいえ閃光をもろに食らっていたため、その場に蹲って動くことはできていない。これで追手は撒けるだろう 、上出来だ。

 

 ──かつてアスキア帝国が栄えていた頃の軍の遺留品に手榴弾と閃光弾がある。その2つの要素を足して2で割ったものが閃光炸裂弾。私の自作。

 

 相手の目を潰して足を止めたところを、殺傷性を高めた後追いの爆発で確実に仕留める私の自信作。殺し合いにはもってこいの代物だ。

 

 一発投げるだけで面倒事すべて解決できちゃう爆弾ちゃん。でも作成するのに必要な材料のコストが高いから、正直作らない方がいいロマンありきの存在。でも愛さえあれば関係ない。無ぇよそんなの。アホか。

 

 もし名前付けるなら、私の名前『テレジー』と『爆弾』から取って『テレ弾子』と付けよう。可愛くてチャーミングで親しみ易くて覚えやすい良い名前だと思う。

 

 ……いや、流石に爆発物に自分の名前を付けるのは嫌だな。縁起が悪いにもほどがある。

 

「見つけたぞ、ボマー!」

 

 今日の連中はしつこい。先程の爆発を聞きつけたのか周囲を3人のボロ布を纏った貧民共に囲まれた。これが閃光炸裂弾の唯一の難点だ。これだから爆弾は魔法より弱い。二度と使わん。

 

「随分と舐めたマネしてくれたなぁ……仲間の敵だ。地獄に落としてやる」

 

 リーダー格らしき男が憎悪との籠った声音で吐き捨てる。その手には剣が握られていた。

 

 しかし準備が良すぎる。それに爆発を聞いてやって来たにしてやや早すぎる。恐らくこいつらは私が気付かないよう、気配を消して追ってきた戦闘慣れしている集団だろう。恨みを買いすぎたか? 

 

「地獄だと? 脅し文句にしては三流だな、頭まで貧相とは救いがない」

 

 私は敢えて挑発して時間稼いで男どもを観察する。背丈は平均的、筋肉質で体格はいい。髪は短めに切られており、顔は頬が痩せこけている。服装は薄汚れてはいるものの、それなりに上等そうな服に見える。

 

「はっ、貴族崩れの無能が、この人数に勝てると思ってんのか? ……とっととくたばれ!」

 

 男の1人が剣を低めに構え、突撃してきた。他2人は死角に入ってジリジリと距離を詰める。

 

「うわっ!」

 

 右後ろから男の悲鳴が聞こえる。男は突如足を躓いて転んでしまう。それもそのはず、私は地面を僅かに隆起させ攻めのテンポを崩した。

 

「っ、魔法だ! 下からくるぞ、気をつけろ!!」

 

 見当違いに、リーダー格の男は下方へと警戒を促す。

 

「っ! ぐぁっ!?」

 

 正面の男は頭上から降ってきた岩石に対応が遅れ、そのまま脳天に直撃。如何に戦闘慣れしてるとはいえ、魔法師相手に戦ったことはないらしい。まぁそれもそのはず貧民街には魔法師なんて1人も居ないからな。全員アスキア城で隠居してるさ。

 

 ……まぁ、私も魔法師とは模擬戦くらいでしか戦ったことはないのだが。

 

 左から迫る敵を正面に構える。男の手に持った剣による袈裟斬り。それを短剣で弾き、続く蹴りをバックステップで躱す。ステップの隙を突くように男は剣を真っ直ぐ突きだす。

 

 それを待っていた。私は身体強化魔法を施し、突き出された剣を上から被せるように拳で叩き割る。

 

「シッ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 武器が破壊された驚きで固まっている男の頭部にハイキックを浴びせ撃沈。残るは躓いた男だけだ。

 

「てめぇ……! ただで済むと思ってんのか!?」

 

「負け犬にしてはよく吠える」

 

「吠え面かくのはてめぇだ!」

 

 男はへたり込みながらも威勢よく吠え、懐から何かを取り出す──拳銃だ。

 

 男はこちらに銃身を向けてハンマーを起こし、引き金に指をかけた。銃撃は間もなく。既に魔法による防御も回避も間に合わない! 

 

「っ……!」

 

「死ね!」

 

 当たりどころが悪ければ私は死ぬ。心臓と脳と脊椎以外であれば治療は間に合う。だが銃口は頭に向いているし、何より距離が近い。余程の馬鹿でなければ体から外すことはないだろう……分が悪い賭けだ。

 

 本来は魔力さえ潤沢なら敵にもならないが、無い物ねだりしても仕方がない。計画性の無さを恨むだけにしておこう。

 

 何とか精一杯体を右へ動かして、銃弾による致命傷を負わないよう足掻く。その甲斐あってか、銃弾は正中線を避け左肩に吸い込まれた。

 

「がっ……あぁ!?」

 

「へ、避けやがったか」

 

 銃撃を受けた左肩が燃えるように熱い。その場に蹲って痛みを必死に堪えつつ、急いでその場から離脱。そこに追撃の銃弾が襲う。なけなしの魔力を使って治癒魔法を施し、簡易的だが止血を行う。

 

「良くもやってくれたな、この女ァ!!」

 

「ぐっ、う……っ!」

 

 這いずり回る私を見て男は素早く近付いて、鬱憤を晴らすように腹を足蹴にしてきた。そして私の髪の毛を鷲掴みにすると、顔面めがけ全力で拳を振るう。

 

 殴られた勢いで私は後ろに吹っ飛び頭から地面に激突。視界がぐわんぐわんと揺れ、地面との感覚が薄れる。腕に力も入らず立ち上がることが出来ない。

 

「はぁ、はぁ…………これで終いだ」

 

 男は私の胸を踏みつけ、おでこに銃口を突き付けた。痛みで思考が回らない。魔法の展開も難しく、身体的にも限界で身動きが取れそうもない。

 

 ……だが、それがどうした。それは私が死ぬのにたる理由になり得るだろうか? いや、ならないだろ。最後まであがき続けろ。こんなところで死んでたまるか! 

 

「あぁああああ!!」

 

 僅かに動く右手で、男の右足を切りつけた。

 

「痛っ!?」

 

 男がたじろいだ隙をついて体を捻って拘束から脱出し、切られた足を気にする男に組みかかる。右から袈裟斬り、そして突き。それを回避され、今度は逆に持った拳銃の柄が眼前を掠める。一度距離を取って再度詰め寄り、短剣を頭に振るう。左手で弾かれ、男は至近距離で2回発砲。さらに銃身を掴んで逸らすことでもう1発を不発とさせ、そのまま手首を捻って銃を奪う。

 

「くっ……!」

 

「これで……隠し玉はなしか?」

 

 チェックメイト。男は明らかに焦った様子で目を泳がせる。もう奴に抵抗できる手段は残されていない。拳銃を男に向け、ハンマーを起こして、発射の構えを取る。

 

「私に挑んだことを、あの世で後悔するといい」

 

 震える指に力を込め徐々に沈んでいくトリガー。銃を打つのは初めてだが、この距離だ。外すことなんてあり得ない。今から確実にこの男は死ぬ。私はこの男を殺し、今日を生き残る。そうやって私達『貧民』は生き残ってきた。

 

 私も恐らくお前も、この街の誰かから生きる権利を奪ってきた。ならば、奪われた誰かも奪う権利があるはずだ。そうでなければ平等ではなく理不尽だからだ。

 

 お前は、その迎えが来ただけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺ッ! 降臨ッ!!」

 

 背後から突然男の大声が聞こえた。慌てて振り返ると、鎧を纏った大男が立っていた。特に目立つのは頭の兜で、まるでバケツみたいな鉄兜をしている。武器の類は見受けられない。しかしそもそも何者で、そして音もなく現れたのかが疑問だ。私の知らない武器を隠している可能性を考慮し、鎧男に対し半身をとって短剣を前に出して拳銃を体で隠す。

 

「…………誰だ……!」

 

「俺が来たからにはもう安心だ! 迫りくる敵は全てこの俺がシュシュッ、とはっ倒す! 懇ろに! 必要以上に!!」

 

「…………」

 

 とんちんかんな言葉を並べる男。さらに不信感が増す。

 

「ふーむ、俺を恐れてひれ伏したかッ! それとも逃げたのかッ! ハッハッハッ」

 

「さっきから何を言っている……!?」

 

 男の言う敵とは何だ。そして、最初の御託は誰に向けたものなんだ? 

 

「死ね…………この、クソ女っ!!」

 

 背後から強烈な殺意を感じとる。男との会話で油断していた。まさかこの男は、これを誘っていたのか。私は咄嗟に回避行動に出る。間に合うか? 

 

「ふんッ!!」

 

「ぐはっ!?」

 

 後ろに構えていた銃向けようとしたとき、鎧の男が素早く接近し男の顔面を殴り飛ばした。

 

「おいたが過ぎる。レディーの扱い方、ママに教わらなかったのか?」

 

 頭の片隅が熱くなる、不愉快な感覚。それに従い、憐れにも私に背を向ける鎧男に銃口を突き付ける。

 

「おっと、初対面で拳銃のプレゼントとはサプライズ好きなようだが?」

 

「その通りだ。大人しく受け取ってくれ」

 

「ふむ、それは最高だ。だが君は一つ勘違いをしている……そいつじゃ俺の鎧は撃ち抜けないさ」

 

「なら、試してみるか?」

 

 男は私の脅しに怖じけず悠長にこちらを振り向く。

 

「動くな、殺すぞ」

 

 男は手を上げた状態でゆっくりと近付いて来る。

 

「リボルバーの装弾数は6発──その銃、もう弾は入ってないぞ?」

 

 バンッ!! 

 

「ぐおッ!?!?」

 

 馬鹿か。こいつは7発だ。

 

「な、なんと……キングコブラの改造品かッ」

 

 男は腹を擦って痛がる素振りを大して見せず、奇想天外なことを発する。しかし銃弾を受けたはずの鎧に傷はなく、ただ空虚な結果だけが残った。この距離だぞ、あまりにも硬すぎる。そんな上等な素材がまだ貧民街にあったのか。

 

 私はその場に銃を捨て、斜めに構えた護身用の短剣を鎧で守られていない関節部を狙って振るう。幾らか装甲が厚かろうと、可動域を確保するために関節部は柔らかい素材でできている。そこならば刃が通るはずだ。

 

「うおッ、やめるんだ!! 当たったら死んじゃうッ!」

 

 短剣を振るい、鎧男目掛け刺突。その全てを鎧を纏いながら器用に避けていく。言葉では悲壮感が溢れているが、行動は冷静で焦りはまるで見られない。クロスレンジの戦いに慣れているとしか思えない。

 

「危ないってッ!?」

 

 クソッ、仕留めたと思ったのに手を弾かれ阻まれる。こいつ…………強い。明らかに行動を読まれている。

 

「舐めた真似を……くたばれ!」

 

 短剣を腰に振るう。避けたところに回転蹴りを浴びせる。

 

「ふっふっふっ、淑女が足を上げるのは些か下品だぞぉ?」

 

「ッ!?」

 

 当たる寸前で右足を捕まれ、拘束状態に。そこを起点に左足で側頭部を狙うも、片腕ですんなり叩き落され私は転落。体が宙を舞う中、手を必死に伸ばして鎧男を掴もうとする。簡単に負けてやるか、どうにかしてお前を倒し、身ぐるみ剥いで売りさばいてやる。

 

「うぉッ!? 危ないッ!!」

 

 だが運悪くチェストプレートの上部を鷲掴みしたことで、私と鎧男の重心が後ろへ傾く。流石に耐えきれず鎧男はバランスを崩し重力に従って落下していった。

 

「痛っ!!」

 

 先に落下したのはもちろん私。背中を強く打ち付けた私だったが、すぐさま今しがた私が置かれている状況を察する。そして、妙にゆっくりと進む世界の中止まることなく鎧男が私の上へ落ちてくる。

 

 ……やばい、それはやばいっ。あんな全身鎧の大男が落ちてきたら私はッ──。

 

「────ぐえッ……ッ」

 

 ──私は意識を手放した。

 







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第二話ッ 自己紹介ッ!!※それどころではない

 

 何もない空間の中で私は目を開ける。依然として何も映らないことに戸惑い目を擦るが、変わらず視界は暗い。

 

 ──あれ、そういえば私は何をしていたんだっけ。

 

 頭に手を当て深く考える。暗闇故、思考は捗る。そうだ、確か鎧の男と出会って、戦闘になって。組み伏せられそうになった所バランスが崩れて地面に激突したんだ。そして追撃の鎧プレスを食らって……。

 

 踏み固められた地面の硬い感触。そして体に伸し掛かる重い物体。すーっと血の気が引く。びちゃ、と冷たい感覚が頭から爪先へと流れていく。

 

「……はっ!?」

 

 がばっ、と上半身を起こし全身をぺたぺたと触る。あ、大丈夫。潰れてない。夢の中で潰れた私を想像してしまい焦った。今日は変な悪夢を見てしまった。

 

「おう、起きたかッ!」

 

「ッ!?」

 

 視界の横からバケツヘルムが覗く。つんのめるのも構わず飛び出す。

 

「お、お前! 私に何をした!!」

 

「む? 膝枕だが?」

 

「何でそんなことッ……うっ、痛い……!」

 

 なんか冷たい感触するなって思ってたら鎧の冷気かよ。通りで……余計に頭痛いし、何しやがるこのクソ男。

 

「はっはっはっ、問題ないッ! 俺は正座しても痺れないからなッ!!」

 

「誰もそんな心配してないッ!」

 

「お、俺の唯一の特技なのに……う、うぅ……」

 

 何で急に泣き出すんだよ。泣きたいのはこっちだ。男のくせにメソメソするな。あとお前の特技しょうもなさ過ぎないか。もっと自分に自信を持てよ。

 

 泣き喚く男を尻目に自身の装備を確認していく。閃光炸裂弾が2個、手榴弾が5個、護身用の短剣が鞘に。問題ない全てある。

 

 太陽の位置は……まぁ太陽と言っても灰に阻まれて薄く光が見える程度だが、あまり変わっていないように見える。数分意識を手放していたか。

 

 失態だ。今回は運が良かったが、もし平時であればどうなっていたか。この身が乱暴に遭うだけなら構わないが、ともすれば死んでいた。そう考えれば眠っていた時間は余りにも無防備で、無警戒だった。

 

 衣服も特に乱れた様子はない。戦っていた位置から壁際へと移動したくらいで、遠くまで運ばれたとかでもない。この男に私をどうにかしようとする意志は無いように見える。数分でも眠っていれば、人間の邪な欲望を叶えるのには十分だからな。

 

「お前は何者だ? 何故私を……」

 

「俺の名前はマイケル。信条は困っている人がいれば皆助けることッ。言わばヒーローだッ!」

 

「へぇ……」

 

「え、全然興味ないじゃん……」

 

「偽善者に興味は無い。1人の人間如きに、多くを救えると過信した愚か者が」

 

「む、それもそうだな……なら君だけを守ろうッ!!」

 

「いや信条を簡単に曲げるな。反論しろ」

 

 こんな会話をするつもりもなかったのだがな。立ち上がって服に付いた埃を落とす。なんだか警戒しているのが馬鹿らしい。この男の放つ陽気なオーラに惑わされている気がする。

 

「もう怪我は大丈夫なのか?」

 

「ああ……この包帯はお前やったのか」

 

 銃撃を受けたところに綺麗に包帯が巻かれている。近接戦闘術だったり応急処置だったり……こいつは元軍人かなにかか? それなら色々納得がいく。それにしたって装備している鎧は些か上等過ぎる気がする。今のこの国でフルアーマーを拵えれる鍛冶師がいるのが不思議だ。

 

「色々迷惑を掛けた。私はテレジー。見ての通り元貴族の、ただの落ちぶれた魔法師だ」

 

「ふむ、魔法師……つまり魔法使いということか」

 

「そういう言い方もあると思うが、一般的ではない」

 

「落ちぶれた、というのは?」

 

「そのままの意味。あの城から追放された、出来損ないだ」

 

「つまり、ここに住んでいる人々は皆追放された魔法師、ということか?」

 

「は? 何言ってんの、そんな訳無いでしょ」

 

「え?」

 

「……え?」

 

 首を傾げる鎧男。話が噛み合わない。

 

 貧民街は魔法が扱えない、魔力を持たない人々が住んでいる場所だ。それに対しあの城は貴族街と揶揄される、魔力を持つ魔法師が多く住んでいる所。

 

「この国の名前は?」

 

「……アスキア帝国だけど」

 

「遠くに見えるあのストームは?」

 

「灰の嵐でしょ……?」

 

「あの城の名前は?」

 

「マグナ・アスキア城。常識だと思うけど」

 

 さらに首の角度が鋭くなる鎧男。納得したのか、うんうんの頷くと立ち上がる。

 

「あんた何者? まさか記憶でも失ってんの?」

 

「あ、ああ……そうなんだ。ここ最近の記憶が無くてな……」

 

「そう、それはめ……大変だな」

 

「え、『面倒』って言いかけた?」

 

 記憶喪失。それは少し困った。こいつに色々聞きたいことが合ったのに、これでは聞けず終いになってしまう。

 

「まぁ、助けてもらった礼もある。案内くらいはしてやる」

 

「おお、それは助かるッ! よろしく頼む!」

 

 案内と言っても大したことはできないがな。精々お人好し集団にぶち込むくらいだ。私は男1人を、それも記憶を失ってて上品な鎧を装備している輩を養えるほど裕福ではないし、暇ではない。厄介事はなるべく関わらないほうが得なのだ。事なかれ主義最高。万歳。

 

 裏路地を抜け、広場を通って大通りを避けながら進んでいく。砂岩でできた家屋をいくつかの通り抜け、狭い道を縫うように歩く。

 

「テレジーよ。もっと広い道はないのか? よ、鎧が擦れて……あ、傷が!」

 

「これが最短で着く道だ」

 

「……ちなみに、どこへ行くんだ?」

 

「知り合いの所。その道すがら案内などを少々」

 

「ふむ、なるほど……あれ、俺捨てられる、ってこと?」

 

 ほう、察しがいいな。

 

「捨てるとは言い方が悪いな。委任するんだ。私では手が余る」

 

「俺いい子にするから、捨てないでテレジーッ」

 

「うっ、気持ち悪いな。捨てたくなってきた」

 

 ていうかこいつ、さっきからめっちゃ話しかけて来るんだけど。初対面の距離感じゃないぞ。ちょっとうざい。捨てるのは正解だな。

 

「うーむ。さっきから裏道とは言え人が少ない気がするが、いつもこうなのか?」

 

 傷が入った鎧を眺めながら、マイケルは意外にも鋭い指摘をしてくる。言われてみれば確かに。いつもならごろつきや慣れ損ないのホームレスが屯していたり、草臥れていたりしてもおかしくない。というより人が居ない。

 

「ここの住民は皆必要以上に家を出ないんだ。外は危険で溢れてるから」

 

「なるほど……」

 

「だから、人が居なくても別に問題は──」

 

 鎧男がぶつくさと独り言を始めた時、鼻孔を擽る不愉快な匂いに気付く。

 

「待て、テレジー」

 

「……鎧被ってるくせに鼻は効くんだな」

 

 建物の影に隠れ、匂いを辿って視線を大通りへ向ける。人の姿は相変わらず見えないが、代わりに地面に赤い染みが広がっている。匂いの正体はやはり血か。

 

 遮蔽物を利用して身を隠しながら、ゆっくりと大通りへ出る。

 

「なんだ、これは……?」

 

 床や壁、樽、何かの看板などあらゆる場所に血が飛び散り、貧民街を血で染め上げられている。

 

 血を確認する。殺害から時間が経っていない。だが死体は全て『消えて』いることから、少なくとも10分以上が経っていることは間違いない。とすれば血が消えるのも後数分くらいか。

 

「む。何故、この街に死体がないのだ? こんなにも血が流れているというのに……誰かが運んだのか?」

 

「何言って……ああ、そうか忘れているのか。この国は『死体が残らない』の。……ほら、私の指を見て」

 

 鎧男の視線が指先へと向く。だんだんと人差し指に付着していた血が薄っすらと色褪せていく。そして、完全に元の色を失って、ぱらぱらと灰のように消えていった。残ったのは血がついていたとは思えない綺麗な指だけ。

 

「ほう、なんと不思議なこともあるものだ」

 

「不思議、ね……私にとっては当たり前の事だから、その感覚はわからないな」

 

「ふむ、しかしこれでは墓を建てることも出来んな……」

 

「はっ、この国に死人にくれてやる土地はない。砂塵になって消えてくれる方がいいに決まってる」

 

「……ふむ。文化の違いか。それはそれとして、これではこの惨劇を引き起こした犯人が分からんな。何か探す手はないか?」

 

「は? 何で探さないといけないの?」

 

「え? 探さないのか? このまま放っておけないだろう?」

 

「別にいいだろ。多く死んでくれたほうが平和になる。殺戮者さんには頑張ってもらいたいくらいだ」

 

 街中を染め上げる血が色褪せていき、元の姿へと戻っていく。何もなかったかのように綺麗な街中は、最初から人なんて居なかったように静かだ。

 

「……本気で言っているのか」

 

「……ああ。本気だ」

 

 かちゃかちゃと鎧の音がやけに響く。腕を回して軽く体を解すと、私の前に躍り出て歩き始める。

 

「ちょっと、どこ行くの」

 

「犯人を探しに行く」

 

「……正気じゃない。無駄だ、何処に居るかも分からないのに」

 

「それでも、俺は探す。助けられる命なら放っておけない。もう逃げないと約束したからな」

 

 そう呟くと、マイケルは私を置いて大通りを進んでいく。呆気にとられた私は、ただ彼の背中を眺めることしか出来ない。

 

「……はっ。なによ、それ……」

 

 耳元に垂れる横髪を抓って引っ張る。なんだか無性に腹が立つ。胸騒ぎがする。

 

 助けられる命だと。貧民共のくだらない命なぞ救ってどうする。お前になんの利益がある。名前も知らない誰かはきっとお前に感謝をしないし、果てにはお前に牙を剥く獣共だ。

 

 もう逃げない? そもそも逃げるとは何だ、何から逃げる? 誰かを救うことはお前の使命かなにかなのか。だとしたら、お前はこの世界の救世主を騙るクソ野郎だ。お前には何も守れない。

 

 約束なんてものもくだらない。いつでも破りかねない自分自身に課した約束を、大事そうにぶら下げて戯ける道化。そんなもの、とっとと忘れてしまったほうがいいに決まってる。忘れたほうが楽で、何も考えずに生きていける。

 

『グォォォオオオオ!!!!!』

 

 思考に意識を割いているとき、背後から低い獣の叫び声が全身を貫く。

 

「な、なに、こいつ……!!」

 

「テレジーッ!!」

 

 がばっ、と抱えられた私の視界は急激に変化し、すぐさま地面に落ちた衝撃が身を包む。

 

「無事だな?」

 

「マ、マイケル……」

 

「このグリズリーは、もしかしてこの国ではペットとして飼われているのか? 随分愛されているように見える」

 

 グリズリー……確か熊の一種だったか。あれがそうであるかはわからないが、確かに体毛は黒というより灰色で、体も大きい。立ち上がれば5メートルは優に超えそうな巨大だ。

 

「だったら首輪でも着けて顎を撫でれば懐いてくれるでしょうけど。お生憎様違うわ。あれは『魔獣』の一種」

 

「『魔獣』、とな」

 

「見た目はただの獣と同じなのが多いけれど、1つだけ大きな違いがある」

 

「魔法を使う……とかか?」

 

「その通り。だから一般人が相手するのは──」

 

「ふっふっふっ……なるほど、ならばこの俺に任せておけッ!」

 

 私の前に躍り出ると、仁王立ちで熊型魔獣の前に──。

 

「──ちょ、ちょっとマイケル待って!!」

 

「この超人的POWERを持つ、この俺がッ!!」

 

「だから、話を──」

 

「うぉおおおお!!!」

 

 完全に自分の世界に入り込んだマイケルは、猛然と熊型魔獣に突進していく。ジャンプで空を低く飛び上がり、拳を振り上げる。

 

 熊型魔獣の体が淡く光る。それは魔法の兆候だ。魔力を体内で充実させ、一端に集めて事象を形成させる。

 

「今、必殺の────」

 

 ペシッ。

 

「──ぐぁぁぁああああ!!!!!!」

 

 目の前の虫をはたき落とすような、魔獣の前足による殴打。身体強化が乗った一撃によって、鎧を着ただけのマイケルは空高く飛んで何処かへ消えてしまった。

 

「いや、人の話聞けよッ!!」

 

 ……まぁ、別にいいか。面倒事が消えたと思えばそれで。

 



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第三話 危機

 

 数メートル先にいる熊型魔獣と対峙する。状況は悪い。魔獣を相手するには刃渡り20cmの短剣では心許ないし、爆弾も数が限られている。魔力量も少なく残りは6割程度といったところだ。

 

 大通りに位置するため遮蔽物がなく見晴らしがよい。逃げるにしても熊の足は早く、魔法の無い人間では振り切ることが出来ない。例え私が身体強化魔法を使い逃げたとしても、さらに街の被害を出しながら、結局逃げること叶わず無駄に消耗して戦うことになりそうだ。

 

 ……よく考えたら面倒事消えてないな。むしろ増えたまである。あの男、余計なことをしやがって。

 

『グゥゥゥウウウ…………』

 

 ゆっくりと旋回しながら、攻め入る隙を見定めている魔獣。その目は獲物である私しか捉えていない。

 

 本当に、面倒だ。魔獣との戦闘経験は浅い。上手くやれるかわからないが、やれるだけやろう。でなければ私がここで死ぬだけだ。そう考えれば簡単なことだ、結局いつも通りやればいいだけ。

 

 先手必勝。身体強化魔法、自慢の魔力節約術を使って出力を抑えつつ可能な限り魔力消費量を抑えた高効率魔法を使う。

 

 懐から護身用の短剣を逆手に駆ける。僅かに反応が遅れた熊型魔獣の左目を狙って切り裂く。既のところで避けられ首を浅く斬り裂く。

 

『グァアアア!!』

 

 感触は硬く思ったより刃が立たない。しかし斬れないことはない。首元からは黒が混じったような血が滲み出る。自慢の毛皮で守られた弱い皮膚を割かれたことがないのか、魔獣は戸惑っているようにも見える。

 

 順手で構え、再突撃。しっかりとこちらを見据えていた熊型魔獣は、両足で立ち上がって右手の爪によるクローを放つ。緩急をつけて眼前で避け、迫る左手の追撃を躱しながら斬りつける。

 

「これでも喰らえ」

 

 大口を開け噛み付こうとした魔獣の口内に手榴弾を放り投げる。直後盛大に爆発を起こし、周囲は衝撃波に包まれ、爆音が体を揺らす。

 

『グゥゥゥウウウ…………』

 

「……まだ生きているか」

 

 口内で起きた爆撃を全て受け止め、ほぼ無傷で生還した熊型魔獣。しかし、口の中は血だらけ痛々しく、涎に赤みが混じっているのがわかる。

 

 馬鹿げてる。あの爆弾であの程度で済むのが可笑しい。この魔獣あまりにも強い。これは本格的に逃げるべきかもな。……ここで私が勝てなければ、この街の誰がこいつを殺すのだろうか。

 

 魔獣の体が淡く光り始める。魔法が来る。体が淡く発光するのは溢れ出る魔力を、十分に扱いきれていないという証拠。魔法の使用練度が低い者や、興奮や狂乱といった精神状態に引っ張られて乱れ、魔力が光として生じる。それは綺麗にも見えるがその実相手に魔法の発生を警戒されるし、場合によっては魔法の種類か伝わるし、魔力が発生した光に持っていかれ消費量も増える。

 

 つまりただの無駄遣い。

 

 熊型魔獣は身体強化魔法を使い、高速のタックルを放つ。だがそれは既に手の内が割れている。高く飛ぶことで躱し魔獣が下をくぐり抜ける。

 

 短剣に魔力を流し炎を纏う。剣を振るって火球を飛ばす。振り向いでこちらを睨めつける魔獣の顔面に火球が直撃。小爆発とともに炎が体を包む。

 

「ぐっ!?」

 

 しかし、炎の中からまたも無傷で出てきた魔獣は、渦巻く灼熱の中から高速タックルを再使用。反応できずにもろに受けてしまう。

 

 地面を転がり、衝撃を受け流す。回転が止まった頃には熊型魔獣は姿をくらまし、気付けば背後に回っていた。

 

「がはっ!?」

 

 背後から体重をかけた前足のスタンプ。突然の衝撃で肺の中の空気が全て吐き出される。

 

「ぐぅぁああああ!!!」

 

 右肩に走る鋭い激痛。顔の横には大きな熊の顔。鋭い牙は私の柔肌を貫き、大量の血が魔獣の顔を濡らす。

 

 余った左手に魔力を込め、大火球を浴びせる。直ぐ様その場を飛び退いた魔獣。体に掛かっていた負荷が急激に無くなったことで、止まっていた呼吸が再開される。

 

「がはっ、かは……く、うぅ……」

 

 先ほど受けた左肩の銃創が痛む。右肩は流血が夥しく、痛みも伴ってまともに動いてはくれないだろう。取り敢えず出血を魔法で止め、右肩を応急処置。ただ完治するには魔力が少ない。残りの3割程度を使いきれば治せるが、後先考えず我が身可愛さに治療することはできない。

 

 閃光炸裂弾を投げる。魔獣は迫りくる爆弾をはたき落とすと、こちらへと走ってくる。背後で爆発、そして閃光が瞬くもほぼ不発となり、接近を許す。

 

 転がるようにクローを回避。巨体を生かした伸し掛かりを死にものぐるいで避ける。体が痛むせいで先程のような機動はできない。このままでは死ぬのも時間の問題だ。

 

 手榴弾を2個投げる。それと同時に火球を放って直ぐ様起爆。やはり突進してきたところに短剣の刺突。脳天に突き刺す。硬い感触。まるで岩を刺したような手応え──。

 

「やば、抜けないっ!」

 

『グワァァアア!!!!』

 

 頭を刺されたというのに、それらしい素振りを見せずに熊型魔獣は頭をぶんぶん振るって私を突き飛ばす。

 

「あがっ!?」

 

 数メートル吹き飛ばされ家屋の壁に激突。激しく咳き込み、痛みに喘ぐ。

 

 魔獣の体が発光。細部の魔法式が見たこともないような特殊な魔法。周囲にだんだんと魔力が満ちる。魔獣の周囲に魔法陣が発生。その数は見る見るうちに増えていき、数えるのが億劫になったところで……。

 

「く、そがっ!!」

 

 魔法陣から無数の鋭い巨柱が射出。全てがこちらへと迫りくる。

 

 身体強化、節約術は使わない。フルスロットル。痛みを無視し、私は回避行動に専念する。

 

「いっ!? あ、がぁ、ぎぃ!?」

 

 駄目だ、こんなの躱せない。すぐさま裏路地に体を投げ込みその場から離脱。

 

「あ、がぁ……う、ぐぅ……!!」

 

 もはや身体から血が出ていないところが分からないほど、全身を貫かれた。致命傷だけは避けられたが、この体たらくでは致命傷と同じ。精々死の瞬間を数秒だけ遠ざけた程度。この流れる血を辿って死神は追い縋ってくることだろう。

 

 地を這って壁にたどり着き、壁を頼りに裏路地を進んでいく。どこへ向かっているのかは定かではない。この場所は来たことがあるはずなのに、自分が立っている場所が朧になって足元が不安定だ。気を抜けば意識を失いそうになる眠気。痛みによって辛うじて繋ぎ止められる精神。全く正気じゃないな。

 

「あ……ない……」

 

 手に握られていたはずの短剣は手中になく、空虚な狭間を漂う指。後ろを振り返って大通りを見る。いや、駄目だ。もう戻れない。いや、でもあれは……。

 

 甘い香りに誘われ、私は足を止めてしまう。急激に痛みが襲い、体が支えられなくなり壁に体重を預ける。

 

 バタンッ、と急に壁が倒れ私は地面へと転がる。周囲を見渡すとそこは椅子やテーブル、タンスなど生活空間が広がっていて、その奥には男性と女性と2人の子供だろう3人の人物が、こちらを驚愕の視線を向けた。どうやら崩れたのは壁ではなくドアだったらしい。

 

「なんてことしてくれんだい!? アイツに気づかれちまうだろう!!」

 

「お母さん、あの人──」

 

「ボマー……汚らしい貴族が、とっととあの魔獣を倒せよ!!」

 

 両親は子供を守るためか、それとも恐怖に駆られてか大事そうに我が子を抱え私に罵倒を浴びせる。あの2人には見覚えがある。……2年前の、この街に来た時に。

 

「きゃああああああ!!!!」

 

「お、お母さあぁん!! うわぁああああん!!」

 

 女がヒステリックを起こし、部屋の奥へと逃げる。母親に見捨てられた子供は大声で泣き出し、父親に縋る。

 

「おい、離せ! 離せったらっ、おいっ!!」

 

「怖い、怖いよ、お父さん──がっ!?」

 

 父親に突き飛ばされた子供は、呆気にとられたように呆然とする。父親はバツの悪そうな顔をしてその場を去る。

 

『グワァァアア!!!』

 

 その時、強大な魔力の波が伝播する。私はすぐさま家を出て横へ回避。直後、炎のブレスが家屋の壁を突き破って眼前を埋め尽くす。

 

 魔獣の姿はない。おそらくあの大通り付近からこちらを狙ってブレスを放ったのだろう、ブレスの導線は灼熱によってドロドロに溶けて街並みを破壊し尽くしていた。

 

「…………」

 

 あの2人は、一体何処で出会ったのだろうか。そしてあの子供は最後の最後、碌でなしの親に見捨てられ何を思ったのだろうか。私を踏み台に生きながらえたあの2人は、どうして最後まで自らの子を守らなかったのだろう。

 

「私は……私は、何でこんな目に……」

 

 考えるな。余計なことは考えるな。それにその思考はまずい。私だけがこんな目に合っているわけではない。誰しもがこの街で苦労をし、今を生きるのが必死なだけだ。あの母親は子供を守るため、部屋の奥から武器を持ってこようとしただけ。父親は魔獣から家族を守るため子供を背に、前に出ようとしただけ。だから、私に魔獣を倒せと……。

 

 駄目だ、考えるな。論理性を失ってて、脚色を始めた回想で納得しろ。事実を虚飾で塗り替えろ。戦う意味を思い出せ。私は生き残るために戦う。他の理由はいらない。

 

『グゥゥゥウウウ…………』

 

 すぐ後ろから熊型魔獣の低い唸り声が聞こえる。ひょっとすれば人の声にも聞こえそうな鳴き声。私の死がすぐそこまで迫っている証拠だった。

 



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第四話ッ マイケル再臨ッ!!※最初からいとけ

 

 ──全身から血が流れ、醜い死体となった私。時間とともに身体の輪郭が朧気になり、色褪せて灰のように風に乗って遠くの灰の嵐を飛び越え、私が見たことのない緑広がる大地へと消えていく──。

 

 そんな明確な死のイメージが私の精神を何よりも苛む。今まで生きてきて、ここまで死を意識したことは無かっただろう。

 

 ドシン、ドシンと巨獣が地面を踏みしめる足音が耳目を震わせる。

 

 逃げなければならない。しかし足は震え、腕に力が入らない。一向に景色が変わらない。

 

 逃げる……一体何から。魔獣だ。それ以外の何がある。

 

 いや違う。私はずっと逃げ続けてきた。2年前のあの日からずっと。

 

『グゥゥゥ…………』

 

「……ここまでか」

 

 血塗れの手が壁を撫で、私は地面へと体を投げ出す。眼下にはゆっくりと、こちらへ向かって来る熊型魔獣が映る。

 

 気付けばいつもこうだ。好きなだけ私を蹂躙したかと思えば、その実私を憎んで暴虐を尽くす。終わればいつも血だらけ。

 

 逃げることに慣れすぎて、逃げることしか出来なくなった。きっと立ち上がって、前に進む力が欲しかった。けど現実そうは行かない。私にはなんの力もなく、空気のように押しても引いても触れない運命に翻弄される。

 

 痛かったなあ、あの時。初めてに夢を見て、名前も知らぬ誰かに奪われる痛みは精神的に来た。あんなにも暴力的な視線でだれかに恨み言を言われるのも初めてで、暫くは立ち直れなかった。

 

 思い返しても良い記憶なんて一つもない。あったとしても、それ以上の悪夢が全てを上塗りして消してしまっていることだろう。

 

「死にたく、ないな……」

 

 不思議だ。この状況でも、あの過去があったとしても私はまだ生きたいと望むのは、何故なのだろう。現実逃避が見せる最後の思考が、私をそうさせたのか。私は何故今まで生きてきたのだろう。

 

 別に死んでもよいのでは。今の私に出来ることなんてない。無気力に生きて、無意味に死んで。そんな人生でいいじゃないか。もういっぱい苦しんだだろう? もうこれ以上大変な目に遭いたくないよ。辛かった日々とお別れしてもいいじゃないか。

 

『他人の顔色窺って生きるのは止めなさい。そんな道化みたいな生き方、貴方じゃなくてもできるでしょ』

 

 ふと、昔誰かに言われた言葉を思い出す。懐かしさを感じさせるその言葉から、私は記憶の片隅からその誰かを……。

 

 誰か、だと……? 

 

「あ、ああ……!」

 

 唇が震える。視界が霞む。

 

 なんで、今まで忘れていた。絶対に忘れてはならないことを、私は今の今まで忘れていた。

 

『グワァァアア!!!』

 

 魔獣が私に飛びかかる。

 

「このままじゃ、駄目だ……」

 

 かっこいいと思った。忘れていた彼女を、その生き様を。でもそれは弱い身を守るために使い潰された、安っぽい外殻として酷使しされ、今となっては形骸化した。

 

『──もう逃げないと約束したからな』

 

 ある男の言葉が頭の中に響く。

 

 ふざけんな、ふざけるな。逃げないだと。その言葉にイライラしていたのは事実。奴がまるで、私を見透かしたかのように放った言葉。そしてそれは事実私を的確に、効率よく刺すには十分な威力を持っていた。

 

 憧れ、と思った。嘗て忘れ、大切な思いを取り戻す切っ掛けとなった言葉を、奴は持っていた。会ったばかりの男に気付かされるなんて恥でしか無いが、恥を恥と断ずるプライドはとうに持ち合わせていない。そんな物必要ない。本当に必要なものはそこにはない。

 

 魔獣のアギトが迫ってくる。死はすぐ目の前にある。

 

「まだ……終わってないっ!!」

 

 破壊され動きが鈍い右手を熊型魔獣の口内に突き刺し、魔力の本流を放つ。

 

『グワァァアア!!!!!!』

 

 放たれた魔力は炎を纏う。魔力の性質は普遍的なものを基本として、術者の持つイメージによって性質が変わる。私の魔力は『炎』。体内に放たれた灼熱は余すことなく全身を内側から焼き上げる地獄の業火。

 

 手負いの獣は恐ろしい。死の間際で爆発的な力を発揮する。きっと今の私がそうだ。

 

 想像し得なかった炎による攻撃に熊型魔獣はのたうち回る。未だに燃え続けているのだろう、口から炎を溢しながら苦痛に喘ぐ。

 

 熊型魔獣は深手を負い、状況は有利になった。今なら仕留められる……ということは決してない。

 

「うっ……あ…………」

 

 意識が朦朧とする。唇を噛んで必死に堪えようとするも、もはや痛みを感じないほどに体の感覚がない。地面に顔から倒れるもベットに倒れ込んだように、ふわふわと気持ちの良い感覚が全身を包む。

 

 マインドダウン。急激な魔力の消失による意識障害。後数分で私は意識を完全に手放し、ただの木偶坊と化す。そうなれば死は免れない。

 

「まだ……ま、だ…………」

 

 まぶたが重い。視界がゆっくりと狭くなっていく。隙間から見える魔獣は正気を取り戻し、こちらへ憎悪の視線を向けていた。

 

 逃げたくない。その判断が遅すぎたか。もう私は逃げることすら叶わない。

 

 ああ、そういえば思い出した。ここは私が2年前に……いやはや全く偶然だ。最悪の場所で、最期を迎えることになるとは。私の人生らしい。

 

「いや、だなぁ……まだ、私は…………」

 

 まぶたが落ちる。すぅーっと、床が崩れたように体が落ちていく。危なっかしく、だが相反して安心感を覚える自由落下。心地よい感覚に身を委ねる。

 

 その時、落下が急に止まったかと思えばぐわっと上昇し……甘美な時間が終わりを告げた。

 

「っ……!? な、に……が」

 

「テレジーッ! 生きているか、テレジーッ!!」

 

「マイ……ケル……?」

 

 宙に浮いたままの体が硬い地面に触れ、冷たい感触が背中に伝わる。重かったまぶたも幾分か重荷が取れたように軽い。

 

「あ、痛っ…………!」

 

 それと引き換えに痛覚が戻ってきて私は完全に覚醒する。マインドダウンから復帰できたのは初めてだ。さきほどまで襲っていた強烈な眠気は嘘のように晴れた。

 

「あんた……生きてたの……?」

 

「ふっふっふっ、君のためなら死ねるがなッ」

 

「はっ、なにそれ……」

 

 首を回して周囲を確認する。家屋の屋根に登って魔獣の視界から一時逃れたらしい。一先ずは安全と言っていいだろう。

 

 安全……ね。この男を、私はいつの間に信用したのだろう。会って間もない人間を信用するほど、私はお人好しだったろうか。

 

「酷い怪我だな。どこで転んだらこうなるんだ?」

 

「どう、見ても……転んだ程度の怪我じゃ、ないでしょ……!」

 

「はっはっはっ、それだけ喋れれば十分だッ。俺が治すからもう少し耐えてくれ」

 

 マイケルはそう言うと、私の手を握っていた手を離し両手を体にかざす。手……握られていたんだな。

 

「ぴ○るぴる○るぴぴるぴ~」

 

「……え?」

 

 マイケルは摩訶不思議な、というより少し気持ち悪い呪文を唱える。大の大人が言っていいセリフではない気がする。

 

「す、すごい……」

 

 大穴が空いていた体は見る影もなく、まるで怪我なんてなかったかのように健常な状態へと戻っていた。穴だらけで襤褸になった外套が、かつての惨劇を表現している。

 

「魔法……使えたのね、貴方」

 

 回復魔法には大きく分けて2種類ある。1つは、再生速度を上昇させるもの。再生までの時間を早くさせる効果のことだ。もう1つは、再生限度を拡大させるもの。これは本来生物が持つ再生力では治せない怪我を、魔法の力によって限界を超えた治癒能力を付与する効果のことだ。

 

 彼の放った魔法は恐らく後者。とはいえ瞬時に再生を完了させる回復魔法の使用は、術者に高度な技術を要する。その魔法に相応しい量の訓練か、天才肌の人間でしかなし得ない偉業だ。

 

「いや、使えないが?」

 

「え? ……それじゃあ今のは何?」

 

「……なんとかなれ〜って思いながら、思いついた呪文を唱えただけだ」

 

「えぇ……」

 

 何だこの記憶喪失男。思いつきでそんなことを試すな。あとさっきの私の考察の時間を返せ。なんか恥ずかしいだろ。

 

『グワァァアア!!!!』

 

「っ、近い……!」

 

 先程の地点からかなり離れた位置に移動したマイケルだったが、どうやら奴にはバレてしまったらしい。遠くの景色に黒ずんだ灰色の巨獣が見える。

 

「あいつは強い……早く、逃げなさい」

 

「むぅ? それはできない相談だなッ!」

 

「まだ、甘えたことを……言うつもり? 顔の知らない誰かを助けたところで、貴方になんの利益が──」

 

「いや、あの魔獣はもう人民を狙っていないだろう。テレジー、君以外は」

 

「なら……尚更逃げなさいよ……!」

 

「ハッハッハッ!! 可愛いことを言うじゃないかッ!!」

 

 熊型魔獣が地面を踏み荒らす音が、胸の律動とともに大きくなっていく。

 

「はぁ? 何を言って……!」

 

「まぁまぁ。テレジーはここで待っていてくれ。俺に任せとけッ」

 

 そう言って彼は家屋から降りると、今しがた現れた熊型魔獣と対峙する。

 

「任せろって……そんなこと」

 

 ……さっき見事に吹き飛ばされたやつを、どうやって任せられると? 

 

「シュッ、シュッ。シュシュシュッ!!」

 

『グゥゥウ…………』

 

 マイケルはリズムよく体を揺らして体を温めつつ、シャドーボクシングで威嚇をする。だが全く意に介さない熊型魔獣は私を睨みつける。

 

「あらよっと」

 

 マイケルは懐から何かを取り出したかと思うと、カチンっ、という音とともにそれを魔獣に投げつけた。

 

 直後大きな爆発が魔獣を中心に発生。爆風が前髪を拭き上げ手で目元を隠す。あいつ、いつの間に私の爆弾を……! 

 

「っ! それは……!!」

 

「済まないテレジー。こいつを借りるぞッ!」

 

 マイケルが手に持っていたのは、私が肌見放さず所持していた護身用の短剣。それを手にしたあいつは、妙に堂に入った構えで突撃する。

 

 良かった……。マイケルが短剣を勝手に使ったことは別にいい。一度手放した以上もはや私の所有権は失われたも同然だから。それ故、彼が私の短剣を入手したことであれがまだ無事であることを知れた事実が、何よりも安堵を生んだ。

 

「うおおおお!! 喰らえッ!!」

 

 魔獣の間合いを完全に把握し、尚且つ初めてに握るだろう短剣で成す見事なヒットアンドアウェイ。私のような、密着状態から必要最低限の回避で、攻撃手数を最大限確保する戦い方とは違う。自分の安全を担保しつつ、相手にだけリスクを押し付けるような、一部の隙もない防御主体の戦い方。……なるほど、ああいう戦い方も必要か。

 

「……! マイケル、下がって!!」

 

 魔獣はマイケルを敵と判断したのか、魔法発動の構えを取って先程私を窮地に追い込んだ、巨柱を放つ魔法陣を生み出す。

 

「おお……なんと見事な。おーいテレジー! こっちに来てみろよッ!!」

 

「いや呑気だなッ!? いいから早く逃げろッ!」

 

「ふっふっふっ……俺に任せておけッ!!」

 

 そう言うとマイケルは鎧に手をかけ始めた。

 

「ちょ、おま、何してんのッ!?」

 

「任せておけッ。ふぅ、暑かった……」

 

「涼むなぁあああああ!!!!!」

 

 完全に鎧を兜を除いて脱ぎ去り、裸一貫となったマイケルはズンズンと魔獣に近付いていく。

 

「ちょっと! ほんとにヤバいって!! ねぇ、マイケルッ!」

 

「任せておけッ」

 

「さっきからそれしか言ってない!! お前のどこを信じればいいッ!?」

 

 魔法陣はマイケルを中心に無数に拡散していく。発射まではもう一刻の猶予もない。

 

「任せておけ」

 

「だから……!!」

 

「俺が、テレジー守るッ!!」

 

 直後、魔法陣から巨柱か轟音とともに射出された。

 

「パワー!!!!」

 

 マイケルが、筋肉を見せつけるようにマッスルポーズをとる。

 

「なっ……!」

 

『グォオ!?』

 

 筋肉に吸い込まれるように着弾した巨柱は、なんと筋肉を貫くこと叶わず弾かれた。驚きで私は開いた口が塞がらない。え、魔獣も驚いて変な声出してる?

 

「ポイ捨ては関心しないな、こいつを返すぜッ!!」

 

 周囲に落ちた丸太のような巨柱を片手に1本ずつ持つと、それを高速で魔獣に投げつけた。

 

『グォオォオオオオ……!!』

 

 鋭い先端はいとも容易く魔獣の堅牢な皮膚を貫き、見事に突き刺さっていく。

 

「おらおらおらッ!!」

 

 2本、6本、12本と数を増やしていき、20を越えたあたりでマイケルは手を止める。熊型魔獣は今や完全に剣山と化していた。

 

『グ、グワァァ………………』

 

 魔獣の断末魔が途絶える。目の色を失い、生命活動が止まったことを確認すると、マイケルはこちらを振り返って……。

 

「ブイッ!!」

 

 勝利のVサインを送ってきたのだった。

 



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第五話ッ 女は甘いもんでも食わせとけッ!!※舐め過ぎ

 

「勝手に借りて済まない。これを返そう」

 

「別に……私が落としたものよ。もうそれは貴方の──」

 

「ふっ、可愛い奴めッ。ならプレゼントだと思って素直に受け取っておけ」

 

 マイケルはそう言って短剣を押し付けてくる。

 

「……ありがとう」

 

「おうッ」

 

 護身用の短剣を鞘にしまうと、私は何となくマイケルが鎧を装着していく様を眺める。

 

「本当に消えるんだな……」

 

 マイケルはカチャカチャと腕を動かしながら、色褪せ消えゆく熊型魔獣を見つめる。

 

「あれ、じゃあこの国ってお肉食べられないのかッ!?」

 

「……完全に消える前に加工しきれば、食べられる」

 

「おお……でももう遅いか」

 

 熊型魔獣はその形を朧気にし、ぱらぱらと拭き上げる風に乗って消えていく。残ったのは私達2人と、戦いの跡が残る路地裏だけ。

 

「立てるか、テレジー」

 

「……ええ」

 

 差し出される手を借りず、私は自力で立ち上がる。衣服に付いた砂塵を払い、乱れた衣服を正す。その拍子に外套が破れ、傷だらけの素肌が露出する。

 

「これを使うといい」

 

 そう言ってマイケルが渡してきたのは、廃屋から持ってきていたのだろうシーツ。元は白色だったのだろうが、今は茶色く変色し虫食いも目立つ。だが、露出した肌を隠すには十分な面積はある。……別に肌くらいなら見せてもいいのだが。

 

「……どうして、貴方は私を助けたの」

 

 胸に燻る蟠りが、喉をするりと通る。こんな事を言うつもり無かったのに。シーツを体に巻きながら、私は彼に背を向ける。

 

「言っただろう? 俺が君を守ると」

 

「どうして、私なんかを」

 

「『なんか』じゃない。君だからだ」

 

 増々分からない。混乱が広がる。

 

「ふざけないで。私は、誰にも頼らない」

 

「それでもいい。いつか頼ってもらえるように──」

 

「うるさいっ!」

 

 自分でも驚くほどの大きな声。怒りに任せた激動。

 

「なんなのよ、貴方。何でこんな……私は……私は誰かに助けてなんて言ってない。要らないのに、何で助けてくんのよ……!」

 

 しゃがみこんで、視界を狭めた。

 

 私には分からない。今まで私は虐げられ、私の存在を弄ばれてきた。

 

 はっきり言って不審。不快ではないが不信。分からない。彼が分からない。私に向けられる感情など、精々悪感情。以前までの私ならば疑わずに受け入れられたのかもしれない。しかしこの2年間で私に与えた影響を鑑みれば、性格を捻くらせ誰かの好意を素直に聞き入れる寛容さはとうに消え失せるだろう。だから、彼の好意は私を悩ませるだけ。

 

「まぁまぁ、少し落ち着いてくれ。あ、そうだクッキー食べるか? 粉々だけど」

 

「要らない……」

 

「そうか? もぐもぐ……美味しいッ!」

 

 ……今回の一件で彼が底抜けの善人であるのは分かった。しかし、それ故警戒してしまうのだ。嘗て私は……。

 

 駄目だ、やめろ。それ以上は思い出したくない。

 

「『私』を、助ける理由って……なんなの。何で私なのよ……」

 

「……逃げないって決めたから。テレジーも、あるんだろ? 生き残ってやりたいこと」

 

「やりたい……こと……」

 

「ああ、そうだ。だからこそ、辛い思いを押し込めて、必死に生きてるんだろ?」

 

「あ…………」

 

 そうだ。その通りだ。私には、やらなければならないことがある。ある日誓った、約束したこと。

 

 だか、一度忘れてしまった私に、もう一度追う資格なんてあるのだろうか。

 

「頼りになってみせる。だから、テレジーを助けさせてくれッ」

 

「……!」

 

 マイケルはその大きな手を私の前に差し出す。

 

 分からない。彼が何故私をそこまで助けてくれるのかが。

 

 だが、これはチャンスだ。この2年間で、私に手を差し伸べてくれたのはマイケルだけだ。再び立ち上がれる機会は確実に今しかない。これを逃せば私は何も残せないまま、くだらない人生だと運命を呪いながら、何処かで野垂れ死ぬのだろう。

 

 きっと私はいつか死ぬ。でも、それは今じゃない。運命という不文律に甘えて、私の人生を自らの手で終わらせてはいけない。彼が私を助けるというのなら、存分に利用してやろう。私が成したいことを成すために。

 

 もう、私は逃げたくない。誰からも、自分からも。恥ずかしながら、それを彼から教えてもらった。

 

「……答えて。何で、貴方はそこまでして私を助けるの?」

 

「ふーむ、それはな……」

 

「…………」

 

 これだけは聞いておきたい。彼が私に執着する理由。それは彼の記憶に纏わることかもしれないし、彼の持つ不思議な力にも影響する事項かもしれない。返答次第では……私は彼の助けを受けない。

 

「テレジーのことが好きだからだッ!!」

 

「…………すき……?」

 

「おうッ!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………す……き……」

 

 すき? 私を? 

 

「ど、こ……が?」

 

「捻くれてるけど素直なところとか。本心を押し殺して、けれど本当は世話焼きのお人好しなところとか」

 

「は……?」

 

 内……面ッ!? こんな短時間で内面から好きになるの!? チョロくない!? 

 

 え、やばい。急に意識したら気まずくなってきた。

 

「ふ、ふーん。そうなんだ。私は別にあんたのことどうも思ってないけどね……!」

 

「ほほう、この顔を見ても同じことが言えるかな?」

 

 そう言うとマイケルは首元をカチャカチャと弄ると、バケツのような鉄兜に手をかける。

 

「…………っ!」

 

 スポン、という音とともにマイケルの素顔が露わになる。齢は40歳程度だろうか、おにいさん、というよりおっさんだ。顔はこげ茶色。髪は黒く側面を刈り上げた短いパンチパーマ。瞳も同じく黒く、だが大きくくりっとした目は自己主張を忘れない。全体的に丸みがある柔和な顔つきをしていて、口元には綺麗に整えられた髭を貯えている。

 

「ふっふっふっ……どうかな?」

 

「あ、ああ…………」

 

 ニヤリと口角を上げ、得意げな顔をするマイケル。

 

 かっ、か…………。

 

「かっこいいぃぃい〜〜…………」

 

 やばぁぁあああああ。え、すごく好き。タイプかも。年上老け顔ぱっちりお目々とか、どストライクなんですけどぉお!! 

 

「ね、年齢は……?」

 

「26だッ!」

 

「若いぃいいッ!? でもそこもイイッ!!」

 

 ダンッ、と床を拳で叩き爆発しそうな感情に蓋をする。くそ、何だよこれ。心臓がバクバクいってる。止まんない、ドキドキが止まんないぃ……! 

 

「お、まだ綺麗なクッキー残ってた。食べるか? クッキー」

 

「食べるぅうう!!!」

 

「はい、これ」

 

「もぐもぐ……美味しいぃいいいい!!!!」

 

 何これ美味ッ!! もう何だっていいや!!!! 色々考えることあるかもしれないけどどうでもいいや!! 明日考えよ!! 

 

 取り敢えず、マイケルはチョロいッ!! 面食いッ!! 以上、現場からでした!! 

 

 ──私は思考を放棄した。

 



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第六話ッ 肩にちっちゃい重機載せてんのかいッ!!※筋肉は正義

 

「ほら、もっとケツを突き出せッ!! よしテレジー、今だッ!!」

 

「……あーっ、もうッ!!」

 

 スパァンッ!! 

 

「ああぁぁぁんッ/////♡♡♡」

 

 尻を激しく叩かれた男の歓喜に震える大きな嬌声がアジトに響く。

 

 何故こうなった。私はこれまでのくだりを振り返って考えるが……いや考えて分かるか。どうしてこうなった? 

 

 私はメスの顔をしたレジスタンスの下っ端構成員(男)を見ながら、だがどうしても目の前のカオスだけは受け入れ難かった────。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 私とマイケルはクッキーを堪能した後、少し落ち着いてから私のアジトに移動した。まぁ、あれだけ世話になったのだから無下にもできないだろう。屋根のある落ち着ける場所を……落ち着けるかどうか不安になったが、とにかく比較的安全な場所を提供したいと考えたのだ。

 

 私の家は貧民街の外れ、アスキア帝国西城門近くのボロ屋。その地下を改造した場所だ。地上に拠点を構えて住んでいたら私の場合色々不便なことが多い。その点地下であれば見つかるリスクが少ないからいいカモフラージュになる。残念なのは、窓が少ないから光が全然入ってこないことくらいか。

 

「おー、ここがテレジーの家か! なんというかあれだな、何もないなッ!」

 

「いつでも逃げれるように最小限にしてるの。そうでなくとも貧民街は物をいっぱい持ってると、周りのやつに裕福だと思われて襲撃に合うことがあるから」

 

 興味有りげに私の家を物色するマイケルを尻目に、私は部屋の奥へと進んでいく。家に物が少ないのは、単純に部屋を飾ることに興味がないというのもあるが、飾ったところで結局この部屋は……まぁ、それはいいか。

 

「つまり、隣の芝は青く見える、というやつだな!!」

 

「実際青いのよ」

 

 私は身につけていた襤褸の外套を外していく。さっきの戦いで防具類は全部破損した。特に外套は穴だらけで、もはやボロ雑巾と何ら変わりない姿になってしまった。目深に被れるフードがお気に入りだったのだが仕方がない。捨てるとしよう。外套を脱いで胸、腕、足に付けていた防具とそれを固定するためのベルトを外す。もうこれら全部廃棄だな。使い物にならない。

 

 体に纏っているのは胸元の晒しとショートパンツのみ。予備の外套を纏うことで、人間として最低限のマナーを守っておく。肌を見せることに抵抗はないが、まぁ一応。倫理的に? 

 

 先程彼が披露した回復魔法。いやマイケルは魔法を使っていないと言っていたことや、実際に感知した魔力の種類から、あれは魔法の類ではないのだろう。少なくとも私が知っているような。

 

 ならばこそ、一層マイケルの記憶を戻す必要が出てくる。彼の出自にはあの魔法の技術が眠っていることは間違いない。それに……もしかすれば、マイケルはこの国の外からやってきた可能性がある。非現実で妄想極まる愚かしい考えだが、マイケルの出で立ちや振る舞いに『この国の人間らしさ』を感じない。

 

 ……ただそれだけだが、私は彼に一縷の望みを託したいだけなのかもしれない。

 

「よいしょっと」

 

 ドンッ、と後ろから大きな物音が聞こえた。

 

 おい、今何置いた。振り返るとマイケルの横には筋骨隆々としたムキムキマッチョマンの銅像が聳え立っていた。

 

「そのマッチョはなんだ」

 

「シ○ワちゃんだ」

 

「誰だッ!」

 

「シュ○ちゃんだッ!」

 

「だから誰だよッ!?」

 

「1970年代アメリカの英雄ッ、ボディビル最高峰の大会『ミスター・オリンピア』連続6回優勝ッ、ボディビルの父ッ、みんなの憧れ○ュワちゃんだッ!!」

 

「そんなこと言われても分かるかッ!!」

 

「テレジーには、この美しいダブル・バイセプスからなる筋肉の流線の美しさがわからんのかッ!?」

 

 そう言われ、私はシ○ワちゃんなる人物を象ったマッチョマンの銅像を眺める。

 

「っ、いや……ちょっと、かっこいい……かも……」

 

 ちょっとどころではなく、実はめちゃめちゃ惹かれている。さっきからシュワちゃんから目を離すことができないでいる。え、何この胸筋。そして腹筋から下半身まで流れるような美しい太腿……。

 

 ──何を隠そう、私はマッチョが好みなのだ。

 

「そうだろうそうだろう! テレジーは筋肉に魅せられた者かぁ! ほれ、もう一つ置いちゃうぞ!」

 

 ドンッ! 

 

「こ、これは!?」

 

「ロ○ー・コー○マン……ポージング、モスト・マスキュラーverだッ!」

 

「!!」

 

「○ニー・コール○ン……彼は伝説だ。彼はミスター・オリンピアを連続8回優勝しその名をボディビルの歴史に名を刻んだ言わば神だ」

 

「相変わらず何言ってるのか分からないけど、何か凄いのだけは分かる!!」

 

 か、かっこいい……! なんて大きくて美しい筋肉なの……え、太腿ってこんなに大きくなるの!? 

 

 私は今まで見たことのないマッチョマンに大興奮していた。

 

「素晴らしい……」

 

 ○ュワちゃん、そして○ニー・○ールマンの銅像の胸板を同時に撫でる。硬い、大きいそして逞しい……ああ、私はなんて幸福で罪な女なのだろう……こんな至宝のマッチョ2人の筋肉に同時に触れるなんて。ああ、でもこれが本人だったら……いえ、そんなの傲慢すぎる。人間って罪深い生き物だわ……。

 

 ──違うッ!! 

 

「いや、だからこんな高価な、貴重で、素晴らしい銅像あったらッ。狙われるって言ってんでしょ!?」

 

「更にここに俺の銅像を置く! なんとベットの横だッ!!」

 

 そのマイケルの銅像は、まるで猫を思わせるポーズを取っていた。

 

「もう要らないッ! そこに置くなッ!! 目覚めが悪くなるだろッ!!」

 

「許してニャン♡」

 

「全部片付けろぉぉぉおおおッッ!!!!」

 

 怒りに任せ全力でマイケルのケツを蹴り飛ばした。

 

「oh!! I'm coming……」

 

 マイケルは物悲しそうに、ただどこか恍惚とした表情を浮かべながらも銅像を片付け始めた。

 

 全く連れてきたかと思えばすぐこれだ。変なやつだと思っていたが、ここまで筋金入りの変人とは思っていなかった。あの銅像、どこから持ってきた。そんな収容スペース無かったろ。どこにも。……ああだめだ駄目だ。ほんと何者なのこいつ。

 

 マイケルは物悲しそうに家の外へ運んでいく。ああ、でも名残惜しいな……やっぱり一つだけでも置いておこうかな。いや、駄目だ。あー、うーん。

 

 うん……目に焼き付けとこう……。

 

 私は全神経を目に注いで、二人を記憶に残すため見つめ続けた。

 

「じー………………やっぱかっこいいなぁ……」

 

「おい、ボマー」

 

 私が幸せに浸っていたその時微かに耳に私を呼ぶ声が聞こえる。気づけば後ろのアジト出入り口近くにボロ布を纏い、穴開きズボンを履いたもやしが立っていた。

 

「は? なんだこのもやし喋りかけんなッ」

 

 もやしとか何の栄養にもならんやないか。せめて鶏ササミにしとけ。タンパク質をいっぱい摂れ。

 

「あァ? 誰に舐めた口聞いてんだゴラァ!?」

 

 違った。定期報告の下っ端レジスタンスだった。



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第七話ッ ドリャッ、ドリャッ、ドリャッ!!※1F無敵です

 

 あ、やっちゃった。 

 

 マッチョを見ていたから、ついその貧相な体に本音をぶつけてしまった。ボディビルダーであれば毎日の厳しいトレーニングに励んでいるから、筋肉と比例して器もでかくなる。この程度のことで突っかかってくるとは、やはりガリは短気なものだな。鍛えろ。心も体も。

 

「失礼」

 

「ちっ…………ほらよ」

 

 落ち着かない様子で下っ端レジスタンス構成員は……ちょっと長いから今後ガリッパと呼ぶ。ガリッパは私に2つの包を乱暴に押し付ける。中身を確認するまでもなく爆薬と数日分の食料だろう。いつも通りの支給品だ。

 

「この前の奴はどうした? 姿が見えないが」

 

「あァ、『消されたよ』。うちの所有物に許可なく手を出されちゃァ黙っていられないよなァ……?」

 

「…………」

 

 どうせあの手の輩は大量にいるから、気にすることはないのだが。抜け駆けは許されない、ということだろう。心底気持ちが悪い。服従の身なれど、お前らの所有物になった覚えはない。

 

「よ、よし荷物はちゃんと渡したぞ…………へ、ヘヘっ……そ、それじゃあ、早速……」

 

 ……は? 

 

 さっきから様子がおかしいと思っていたが……まさか、今日はこいつが『当番』なのか? 

 

 仕方が無い。今日は疲労困憊だから勘弁願いたいところだったが……抵抗することもできないから、受け入れるしか無い。

 

 その時後ろから肩をちょんちょんと突かれた。

 

「むぅ? テレジー、その御仁は友達か?」

 

 振り返るとマイケルは何かに疑問を持ったのか顎にあたる位置を気にしつつ、首を傾げて私に尋ねてくる。

 

「……違う。仕事の、関係だ」

 

 あまりにも斜め上の切り口だったので言い淀んでしまう。私は変に冷めた口調にならないよう気をつけながら返答する。

 

「そういえばテレジー。前にもこんな風体の輩に追いかけられていたな。あれは何だったのだ? モテ期か?」

 

「まぁまぁ嫌な言い方ね……似たようなものだけど」

 

「それはなァ……オレ達レジスタンスにとっての邪魔者を、ボマーに始末してもらってる。そのせいでこいつは貧民街の連中から命を狙われてるってわけさ」

 

 だいぶ掻い摘んで説明したな。邪魔者って言うと少し語弊がある。

 

 レジスタンス。彼らはこのアスキア帝国のあり方に疑問を持ち、革命を起こそうとしてる連中のことだ。彼らは地道に活動に必要な物資や武器防具を集め、最終的には貴族街であるマグナ・アスキア城を落そうと企てているわけだ。

 

 しかし人が集まればその分争いごとは起きるリスクが生じる。例に溺れずレジスタンスは革命を起こす手段や最終目標の違いから革命派と穏健派の2つに別れた。簡単に言えば前者が軍出身者が多い荒くれ者の集まり。後者が争い事を好まない者たちが集まる残り滓集団、といったところか。『残り滓』と言ったのは、分派の際に大半を革命派に人員を持っていかれたためである。ちなみにこの見窄らしい風体の輩、ガリッパが所属するのは革命派だ。

 

 そんな彼ら革命派に取っての邪魔者とは、革命派曰くレジスタンスに非協力的で、『徴税』と称した配給切手などの回収、必要物資の融通に従わない奴らのことだ。また時には革命派も活動を阻害することもあるらしく、革命派の幹部陣は私を使って穏健派の構成員を少しずつ減らし、派閥争いにおいて優位に立とうとしてる訳だ。

 

 しかし表立って革命派が穏健派を潰すことはできない。なにせ分派した、今はほぼでき同士の間なれど元は同じグループ。この国を変えようとしている同士。対立の深さ、しかも革命派がそこに一枚噛んでいると民衆に伝われば、どうなるかは自明だ。

 

 そこで私の出番だ。私が『個人的に』殺戮をしてるとなれば、革命派に悪評が流れることもなく穏便に済ますことができるという、実に愉快な仕組みだ。考えたやつはきっと性格が悪いぜ。

 

 後は他にも食料を効率よく得るために、適当な貧民共に恐喝を行って配給切手を奪ったり、テリトリーを所有する貧民を始末したりするのが主な私の仕事なのだ。

 

 ……というような内容を私からマイケルに説明した。

 

「貴族出身のこいつは恨みを買いやすいからなァ……正しくオレたちの『体のいい』駒だってことよォ」

 

 わざわざガリッパが『体のいい』を強調したのが些か鼻についた。はっきり言って不愉快だ。

 

「……ふむ。その見返りがその2つの袋というわけか。中身は食料か?」

 

「あァ? てめェ頭ん中お花畑かァ? そんなんじゃ足りるわけねェだろ」

 

 そんな簡単な話はない。

 

 貧民街では言わずもがな食料は大変貴重なものだ。それもレジスタンスという大規模な集団だ。活動分の食料を調達し全員に配当する難しい。いくら革命派に手を貸しているとはいえ、手に入れた食糧を貴族街出身である『グズ以下のゴミ』の私に渡すこと理由など万に1つとしてない。

 

 ──ある日貧民街に来てから数ヶ月が経った頃。毎日の食料に困っていた時。まだ分裂したばかりで日が浅かった現レジスタンス革命派の指導者であるクロードが、私にある『対等』と謳う契約を提示してきた。

 

 正気の人間であれば引き受けることはないだろう、もふざけた契約内容。しかし今の生活に限界を感じていた私は、身に迫る余計な危険から逃れたいと思い、その契約を結んでしまったのだ。

 

「こいつにはなァ……殺戮者としてこの街中の恨みを引き受けてもらうのと……」

 

「……」

 

「オレ達の『おもちゃ』になっちまったのさァ!」

 

 アジトが静寂に包まれる。ガリッパはニヤニヤしてマイケルの反応を眺めている。どうやら彼は自分が作り出した空気を楽しんでいるようだ。

 

 私の魔法師としての力を有効利用したかったクロードは、食料の提供と寝床の確保に引き換え、要人の排除と革命派メンバーの慰安婦となることを命じた。

 

 要人の排除は月に何回か。最近では郊外に現れた魔獣の討伐を引き受けた。慰安婦としての活動はほぼ毎日、この部屋で代わる代わる男たちの相手をしている。食料と爆薬は定期的に配給される。これが今の私の現状。

 

 これでも昔と比べれば生活は改善されたほうだ。今日死ぬか明日死ぬかの瀬戸際で精神をすり減らし、殺し合いに没頭する日々は流石に堪えた。それから見れば今は生き死にの心配なく安定した生活を送れている。一年以上そうして過ごしてきたから、今では慣れっこだ。

 

 ……慣れた、と言うのに。心の中で長々と、私は一体誰に弁明しているのだろう。

 

「そういうわけで今日はオレの番って訳だ。お前もこいつを抱きたかったら革命派に入るんだなァ。と言ってもその前にオレが今日こいつを壊しちまうかもなァ!? ハハハハハハッ!!!」

 

 ガリッパはまもなく訪れる展開に興奮しているのか早口で捲し立て、息を荒げる。

 

「だからよォ、おっさん。出てけや」

 

 ガリッパはそう言い終えると、マイケルの肩を強く押す。しかしマイケルはその場から一歩も動かず、逆にガリッパが後ろにつんのめった。

 

「てめェ……生意気なァ!!」

 

 気に触れたのかガリッパはマイケルに殴りかかろうとする。殴りかかるその寸前マイケルは素早くガリッパの懐に入ると頭を掴む。ガリッパは突然頭を掴まれパニックで固まったところに、マイケルは強烈な頭突きをお見舞いした。

 

『ジェッ』

 

 マイケルは素早く身を屈むとよろけたガリッパに短いながらも鋭いアッパーを食らわせた。

 

『ドリャ』

 

「グハッ!?」

 

 突然の衝撃にガリッパはその身を宙に浮かせてしまう。すかさずマイケルは高くジャンプすると、空中にいるガリッパに正拳突きで追撃を行い地面に叩き落とす。マイケルはいち早く着地して中腰でジャブを2回繰り出すと──。

 

『ドリャ』

 

「グハッア!?!?」

 

 再び鋭いアッパーを決める。マイケルは先程と同じように宙に浮いたガリッパに空中から追撃を行う。地面に落ちたガリッパは、今度は両足で踏ん張る。だがマイケルはそれを読んでいたのかローキックを放って足元を狂わせる。体勢を大きく崩し転倒したところにハイキックを繰り出しガリッパの体が宙に浮く。

 

 ……いや今のは絶対に当たってないだろ。何で当たってるの。

 

『ドリャ』

 

「グオォォ!?!?」

 

 三度アッパーを食らったガリッパはその身を高く宙に投げ出す。マイケルはそこに追撃するのかと思いきや、今度はガリッパの落下先に移動。そこで身を屈め拳を下段で構え、力を思いっきり溜めて──。

 

『イ゛ヤ゛ァ゛ッ!!!! 』

 

 落下してきたガリッパの背骨に全身を使って振り抜いた拳がぶち当たった。

 

「うぐわぁァァァああああ!?!?!?!?」

 

 スパァァァンン!! という気持ちのいい音を立てながら、天井を突き抜け空へ飛んでいった。吹き抜けになって地下から覗く空の一つ星がキラーンと瞬いた。彼は星になったのだ。

 

 なったのだ、じゃねーよ何納得してんだよ。いや納得してねーよ。

 

 冷静に今の状態を考える。つまり、えーっと……私達は革命派の連中に手を出してしまった。なんなら手を掛けてしまった、ということだ。間接的にとはいえこんな事をやってしまったのだから、私への追求が来ることは避けられないだろう。それだけで済めば安いほうだが。

 

 なるほどね。

 

「……何やってんのよぉぉぉぉおおおお!?!?」

 

「ここが貴様の墓場だァ!!」

 

 マイケルは一番星に指差してそう言い放った。

 

「縁起悪いわッ! 人の家墓場にすんなッ!!!」

 

 ──私は全力でマイケルのケツを蹴った。

 



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第八話ッ 女王様ッ!不出来な私にお仕置きをッ!!※世界観変わったか?

 

「Oh my gosh!!」

 

 背後から蹴りを受けたマイケルは、そのまま吹っ飛んで壁に激突した。ずるずると滑るように落ちて地面で蹲る。しかし横顔から見えるその表情には、恍惚としたものを浮かべていた。気持ち悪っ。

 

「て、てめぇ……よくもやってくれたなぁ!? 不意打ちとか卑怯だぞ!!」

 

 天井から少しやつれた様子のガリッパが降ってくると、威勢よくマイケルに言い放つ。

 

 ……よく生きてたな。背骨ガッツリやられてたろ。だって変な音してたよ? 鳴っちゃいけないタイプの音が。

 

「ふむ、まだ懲りぬか……よもやドMか?」

 

 マイケルがそう言うと、ガリッパは怒り心頭といった様子でずかずかと近付いてくる。

 

 あとマイケル。帰ってきた理由はお前に殴られたいからではないと思うぞ。単純に私の体目当てだと思うぞ。

 

「誰がドMだとッ!? オレはドSだ!!」

 

「いや、ツッコミどころそこじゃないだろ」

 

 お前がドMだろうが、ドSだろうがどっちだっていいんだよ。マイケルも本当にお前がドMだと思って言ってないんだよ。もっと他に怒る事があるだろ。

 

「その口ぶり……いつまで持つかな?」

 

「な、何を……お、おい、やめろ離せッ!!」

 

 意味深に呟くマイケルに素早く組み伏せられるガリッパ。先程やられた事を思い出し、マイケルの腕の中で激しく暴れ出すも一向に拘束が解かれる兆しが見えない。

 

 全く振れないその驚くべき体幹と筋肉を持つマイケル。やはり筋肉は大事だ。この世で必要なのは力、つまり筋肉。この弱肉強食のご時世、もやしのような手足では生き残れない。体も心も鍛えて、硬い装甲で身を包み新たなる時代のため精進するのだ。これに懲りたら、お前も鍛えるんだぞ。ガリッパ。

 

 ──違うッ! 

 

「……それ、どうするつもりなの?」

 

 ガリッパの腹を腕と一緒に抱え、完全に拘束状態となった彼。依然として何をしでかそうとしているのかが分からず、疑問を口にする。

 

「俺に1つ、考えが有ってだな……是非テレジーに協力をお願いしたい」

 

「……はぁ、それで?」

 

「ほら、よくあるだろ? とある組織に潜入した、ピチピチのスーツ着た女スパイが囚われて、男たちにいいようにされちゃうやつ」

 

「いやそんなの知らないわよ」

 

「『私に拷問は効かない。痛みに屈しないぞ』って言うけど、どんどん快楽に負けちゃうやつ」

 

「いや、そんなの知らないって」

 

「『くっ、殺せ!』とか、『悔しい……! でも、感じちゃう……!』とか、大体そんな感じだ」

 

「だめだ、例え話が1つも分かんないッ!?」

 

「つまり、痛みには耐えれても快楽には負ける。それが悲しき人間の本質だッ!!」

 

「…………」

 

「……じゃあ、頼むッ!!」

 

「何で『説明しました!』見たいな面してんの? 私1つも理解してないんだけど!?」

 

「離せっつってんだよ! オレは女に蹴られて喜ぶ趣味はねェ!!」

 

「ちょっと待て何で私が蹴ることになってるの!? そして何でお前理解できてるんだよッ!!」

 

「安心しろ! お前の仲間皆まとめてテレジーにケツをしばいてもらう! 一人ぼっちにはしない!!」

 

「オレはぼっちじゃねえ!!」

 

「いや蹴らないしッ!! あとお前はいつもツッコミどころが違うんだよッ!!」

 

「さぁテレジー、一思いにこいつのケツにぶちかましてくれ!! 強烈な一撃をッ!」

 

 マイケルは必死にそう懇願してくる。いや必死ってなんだよ!? 

 

「前提がおかしい! 私が蹴って何になるのよ!!」

 

「テレジーの蹴りを浴びた時……俺は天啓を得た」

 

「は?」

 

 マイケルは穴の空いた天井から曇天を見上げる。なぜか神妙そうに言葉を紡ぐ。……あとで塞げよ、お前。

 

「数あるSM物を見てきた……。しかしそのどれもが俺を満足させるもの足り得なかった……」

 

「……?」

 

「だが今日、もっと言えば数分前。テレジーに足蹴にされたとき、俺は今まで足りなかった啓蒙が補填される感覚に酔いしれた……それは有頂天そのもの、いや絶頂。そう、俺は正に『絶頂』したのだッ!!」

 

 マイケルは大声で宣言すると、体をくねくねと身じろぎし快感に震えた。

 

「キモッ!?」

 

「テレジーの魅惑の足技で、こいつを手籠めにするんだッ!!」

 

「嫌よッ!!」

 

 嫌、嫌ッ!! 絶対にやらないッ!! 

 

 マイケルから遠ざかるように後ずさると、壁によしかかる。震えを誤魔化すため体を擦る。キモッ、マジキモッ。

 

 ふざけんなッ。そんなことで手籠めにできる訳無いだろっ。鎧着たマッチョが男捕まえてそこに私が蹴りを放つ、とか構図が異常過ぎるッ。変態かッ!! 

 

「テレジーはこいつらに良いように弄ばれて満足なのか!? 悔しくないのか!?」

 

「っ……それは……仕方が無いことよ」

 

「それは違うぞテレジーッ! 対等な契約というのは互いが助け合い、双方に同じ利益が有って成立するものだ。君のはただの契約とは名ばかりの、奴らの奴隷だッ!!」

 

「……それでも、生きるためには必要なことでしょッ! 私が悪いっていうの? 必死に生きて、何かに縋ることで生き延びて、それの何が悪いの!?」

 

「それも違う! 今まで好き勝手された分、こっちも好きにさせてもらうだけだッ!! それこそが『対等』な契約だ!! そんな自由も保証してくれないなら、そんな契約捨ててしまえッ!!」

 

「そんなこと、言われても……いや待て私は別に人の尻を蹴るのは好きじゃないッ!!」

 

 しかし、革命派の存在がなければ私は今日まで生きてこられなかったのも事実。だから簡単に出せる結論はない。でも私はもうなにからも逃げたくない。それは革命派の連中であったって同じだ。私が今やるべきことは……ここから、挑むことなのではないか。

 

 だから……そう……ああ、でもどうすれば……。えー……蹴らなきゃいけないのか? それしか無いのか? 

 

「考えるより先に行動だ! それに何があっても俺が守る!!」

 

 マイケルがその言葉を発したとき、頭の中のピースがはまった音がした。逃げないためには進むこと。挑み続ける覚悟が必要だ……そう彼は言っているのだ。

 

 言っているのだ……そうだよな!? 

 

「さぁ、もっとケツを突き出せッ! テレジー、今だッ!!」

 

 多分手段は間違えてるし、もっと考えるべきことがある筈だ。

 

「……あっー、もうッ!!」

 

 ま、もう始まってしまったし。どうにでもなれー。責任は全てマイケルへ、ゴー!! 

 

 ──私は、思考を放棄した。

 

「ああぁぁああんん♡♡♡」

 

 ガリッパの歓喜に震える嬌声が、世界を支配した。

 



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第九話ッ 自己紹介ッ!!※2回目

「オレの名前はバーナード、歳は16。バーニィとか、まぁ好きに呼んでくれて構わないぜ」

 

「じゃあガリッパで」

 

「もちろん構いませんよ姉貴! 何でそうなったかはわかりませんが!!」

 

 あの騒ぎから数分後私達は冷静さを取り戻し、まずは自己紹介をする運びとなった。

 

 私が蹴りを放ったあと、ガリッパの態度が急に軟化。犬のように謙って接してくるのが凄く気持ちが悪かった。ほんと、気持ち悪かった。何とか言って聞かせ、まだマシになったところで落ち着いた。それでも依然として気持ちが悪いため、せめて切っ掛けとなった出来事と、前までの彼だけでも忘れようと決めた。仕方無いよね、人間って嫌な記憶ばかり覚えてしまうから、意図的に消していかないと。

 

 折角仲良くなったのだ、自己紹介といこうじゃないか──というマイケルの一言でまずはガリッパから始めることになったのだが、そもそも前提がおかしい。仲良くなってないけどね? 今は尻を蹴って蹴られての仲だから。いやキモいな。

 

「なにっ、嘘だと言ってよバーニィ!!」

 

「自分の名前に嘘はついてねーよ……」

 

 マイケルには軟化したはいいものの、私に接するような態度ではない。何故だろう、私よりマイケルのほうがお前をボコボコにしたというのに。やっぱお前あれだろ、ドMだろ。……待てよ、それを認めてしまえば、私の『魅惑の足技』とやらを認めてしまうことになるのか? 嫌だなぁ……それ。

 

 ガリッパは軽く自己紹介を済ませると、彼の身の上話を始めた。

 

「オレの両親は過労で死んだ。残った3歳下の妹を養うために人から切手を奪ったり、殺したりもしてた」

 

「なんてこった……」

 

「……でも元々体が弱い妹は灰の病にかかっちまった。暫くは隠れて過ごしてたけど、隣人に見つかって結局焼かれちまった」

 

 灰の病というのは、灰の嵐から撒き散らされる灰を短期間に大量に吸い込んだ場合に発生する病のことだ。灰の病に罹ると体中に斑紋ができ腫れる。その腫瘍から発生する高熱に数ヵ月間魘されやがて動くこともままならなくなり、最終的にそこが破裂して出血死する。回復方法がない罹れば死ぬしかない流行病だ。

 

 質が悪いのは出血した血に触れると、自分にも感染するリスクがあることだ。そのため斑紋を発見した場合は、すぐさま焼却処分をする。そのため灰の病は主に子供や老人など体が弱い人が感染しやすいと言われている。

 

 放っておけば自分にも罹患するリスクのある病。他人だろうと関係なく見つけ次第殺すのが一番。ガリッパの妹も例に溺れず始末されたのだろう。

 

 正義気取りの連中が、泣き喚く遺族や友人、恋人を押し退け病人を焼き殺す様を、何度か見たことがある。流石に見ていて心地の良いものではなかった。必要犠牲と知りながら、それでも堪えるものはある。彼の場合それが何歳の時に起こったのかは分からないが、よくぞ耐えたものだ。

 

「オレがレジスタンスに入ったのは飯に困ってたからだ。もう守るものもなかったからな。今は革命派に入ってるが、正直革命なんかに興味がなかった。今レジスタンスに入ってるやつの大半はそんな感じだぜ」

 

 レジスタンスにいれば世直しという大義名分のもと、かき集められた食糧にありつける。その日を生きるために必死なやつの寄せ集めがレジスタンスの実態。実際それで効率よく人員を集めることに成功しているのだから、クロードの組織運営における手腕には驚かされる。

 

「ガリッパ、お前大変だったなぁ……!」

 

「別にオレは大変じゃねぇよ……こんなの普通だ」

 

「普通なんかじゃないでしょ。この街で過ごしていれば隣人や大切な人であろうと簡単に死ぬし、皆苦労してる。けれどそれを普通と言ってしまうのは、この環境に麻痺しているからよ」

 

「でも姉貴はもっと────」

 

「──うるさい」

 

 言葉に被せ、ガリッパの発言を止める。察したのかガリッパ閉口し、そのことに私は余計イライラしてしまう。全く面倒な女だよ、私は。

 

「う、うぅ……」

 

「お、おい……男が泣くなよ……ほらこれで涙拭けよ」

 

 気を遣ったガリッパは手持ちのハンカチを渡した……使い古されているが、大切に使われているのが分かる。親か、それとも妹からのプレゼントなのだろう。貧民街ではあのような上等な生地は大変珍しい。ガリッパは比較的恵まれた環境だったことが伺える。

 

「ううっ……お前いいやつだなぁ……」

 

 マイケルはありがたい様子でハンカチを受け取ると、バケツのような鉄兜外し、くりくりお目々をゴシゴシ擦った。

 

 あ、かわいい。やっぱりいい顔。すきぃ…………違うッ! 

 

「あんた結構歳いってんだな」

 

「む? ガリッパと10歳しか変わらんぞ」

 

「マジか、老け顔だな」

 

「髭が生えているからだろうな。剃れば年齢相応になるぞ」

 

「髭なんか無くて良いだろ。剃ればいいんじゃねぇか?」

 

「ふーむ。髭を伸ばしてから大分経つからな……そろそろ剃っても──」

 

「だめっ、剃っちゃだめっ!!」

 

「え? 姉貴?」

 

「絶対だめっ!!」

 

「お、おう……そのつもりはないから安心してくれ!!」

 

 ほっ。良かった。もうまろやかキューティーフェイスが見れないのかと……一安心ね。

 

 ──違うッ!! 私はさっきから何を考えているッ!? 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「しかし、ガリッパの話を聞いて、何もしないわけには行かないな」

 

「はぁ? 何するってんだよ」

 

「今すぐレジスタンスとやらにカチコミだッ!!」

 

 何やら興奮した様子のマイケルは、素っ頓狂なことを言い出す。

 

 カチコミだと? 革命派に手を出すどころか弓引こうとしてんじゃねぇか。

 

 革命派は20年程前に存在していた、アスキア帝国軍の出身者が多く在籍している。言わば武闘派。そんな連中にたった3人で……ガリッパは戦力にはならなそう。実質2人でどうにかなる訳が無い。

 

「お、おい! それはやべぇって! いくらオレがいるからってどうにでもならないことはあるぜ!?」

 

「貴方に期待してない。自分をなんだと思ってんのよ」

 

 下っ端のくせに、自分に価値があると思うな。慎ましく生きろ。せめて組織に一言言える立場になってから発言しろ。

 

「ん? ガリッパが居れば顔パスでボスのところまで行けるだろ?」

 

「行けねぇーよ! オレ下っ端なんだよ!!」

 

「さっきの自信はどうした。貴方自分で言ってて恥ずかしくないの?」

 

「あぁん♡恥ずかしいですぅ♡♡」

 

「キモいわッ!!」

 

「武者震い……気合いバッチリだな! それではレッツゴーだッ!!」

 

「どう考えても違うだろッ悪寒だわッ!!」

 

 早速カチコミだ──と意気込むマイケル。元気だな……私は少々疲れた。お前らが来てからツッコミばっか。こんなに喋るのも久しぶりだし、今日は戦闘のあとに魔獣と遭遇するしで大変な目にあった。また今度にしてほしい……。

 

 マイケルは私の方をチラッと見ると、少し悩まし気に腕を組むと唸り声を上げる。

 

「うーむ……テレジー。魔力、とやらはどの程度で回復する?」

 

「……? そうね、3日くらい経てば元通りになるけど……」

 

「ではその後行くとしようッ」

 

「いや、私は行くとは言ってないんだけど!」

 

 ……今の私を縛り付けるものに決着を付ける必要がある。その一つが革命派との契約だ。逃げずに戦うことの第一歩を、いつか踏み出さなければならない。

 

 せっかく逃げたくないと思えた機会を、マイケルが与えてくれたのだ。機に乗じて事を起こすのも悪くはないのか。

 

 あー、なんか考えるの面倒くさくなってきた。いっちょやったるか。

 

「じゃあ……魔力が回復次第行きましょうか」

 

「姉貴が言うならどこまでも付いていきます!!」

 

 ガリッパはそう言うとヘコヘコしながら私の足を舐めてくる。気持ちが悪かったので鼻っ面を鉄心入りブーツでぶち抜いておいた。そういうのやめろって言ってんだよ。

 

 というわけで後日革命派レジスタンスのアジトに行くことになった。

 



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第十話ッ 全速前進だッ!!※勢いだけはある

 

「マイケル、準備は──って、何でまだ寝てんのよ」

 

「うぅ……あと5時間だけ……」

 

「たっぷり寝ようとするなッ。2度寝の域を超えてるんだよ!」

 

「うーん……テレジー……添い寝してほしい……」

 

「……は、はぁっ!? 誰があんたなんかと……」

 

「ずるいぞマイケル。オレも姉貴に添い寝してほしいのに」

 

「誰にも添い寝しないわよッ!」

 

 カチコミに行くことが決まってから数日後。なんやかんやあって魔力が問題なく回復したため、私達は予定通り革命派へとカチコミに行くことが決まった。

 

「で、コイツらどうします? 持ってくんすか?」

 

「捕虜として……という意味? 別に要らないんじゃない? どうせ気づいてるでしょ」

 

「ん゛んっー!! ん゛ん゛ー!!!」

 

「なんか言ってますよ」

 

「無視で」

 

 私の隠れ家の横にある廃墟。そこにはこの数日間で訪れた革命派のメンバーが捕らえられていた。彼らはいつも通り食糧と爆薬を片手に、私に夜伽を強要してきた。

 

『テレジーの代わりに、今日は俺が相手だッ!!』

 

『誤解を生みそうな発言ッ!?』

 

『てめぇ、ふざけたことを──ぐわああああ!!!』

 

 といった感じで、次々と現れる革命派達をなぎ倒していった。やったのはほぼマイケル一人だが。

 

「ほんと、すごい数っすね……」

 

「そうね」

 

「…………」

 

 数えたところ、3日間で26人。1日に平均8人前後の男が訪れたということになる。とはいえ、いつも通りといえばいつも通りだ。お楽しみ頂けなくて残念だったな。お前達は帰ってきてから解放してやる。それまで我慢してな……飲まず食わずでなっ!!

 

「まさに外道……って奴っすね」

 

 卑怯とは言うまいな。

 

 廃墟を出ると、いつもより曇天がマシになっているような気がする。今日は太陽光が輝いて見えるぜ。

 

「む、機嫌が良さそうだな、テレジー」

 

「仕返しをしたからかな、気分が良いわ」

 

「オレにもお願いしますッ!!」

 

「さ、行くわよ」

 

 馬鹿は無視が一番だ。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 私の隠れ家がある西城門から南城門付近に移動をする。そこは数少ない城下町から外に出られる場所だ。外には食糧生産のための畑が広がっている。

 

「よく考えたら、砂漠の国なのに畑があるっておかしな話ですよね」

 

「それはこの国の魔術師達がこの国周囲一体の環境を魔術で変えているからよ」

 

 子供の頃聞いた話だが、灰の嵐が発生して一年も経っていなかった頃。砂漠地帯であった事と、灰の嵐の発生地帯がアスキア帝国城の周囲と極一体であったことで、大飢饉に窮していた。そこで高名な魔術師が気候変動の魔法陣を書きそれを展開した。あとは貧民や魔法師による細かい土壌の開拓が進められたことによって、今の食糧生産体制が敷かれたという。

 

「そんなこと出来るんですか! 魔術? って凄いっすね、よく分かんないけど」

 

「む? 魔法じゃなくて、魔術なのか? 違いが分からん」

 

「一般的に使われているのが『魔法』で、学者だとか職人さんだとかが使う専門性の高いのが『魔術』……って感じ?」

 

「ふむ、『文系』と『理系』みたいな感じか」

 

「……よく分からないけど、解釈は人それぞれよ。曖昧な部分もあるから、一概に区切れないのよ」

 

「ほう、未だに謎の多い分野なんだな……その魔術師達は今もあの城に居るのだろう? 今頃画期的な魔術を──」

 

「──いえ、彼らはもう居ないわ。魔術を展開させる段階で力尽きて死んだって聞いたわ」

 

「そっすか……生きてくれればこの国ももっとマシだったんすかねぇ……」

 

「……それはないわよ」

 

「それもそっすね……」

 

 たとえ生きていたとして、この地獄より質が悪い牢獄の国をどうにか出来るなど。烏滸がましいにも程がある。

 

 暫く世間話をしたあと、私達は黙々とアジトへ裏道を通って人目を避けて行く。

 

「──痛っ!」

 

 突如こめかみに鈍い衝撃が走る。立ち眩みが起き、頭を抑えてその場にしゃがみ込む。

 

「テレジー! 大丈夫か!?」

 

「おいてめえ!! 姉貴に何しやがるッこのガキ!!」

 

 恐らく石でも逃げられたのだろう、ぶつかった箇所に触れてみると僅かに血が付着していた。

 

「よっしゃ頭だ、100点ゲット!!」

 

「すげぇ! 今度はおれも──」

 

「──てめえ聞いてんのかゴラッ!!」

 

「汚い貴族とつるんでるクズは5点だ!!」

 

「鎧野郎はマイナス50点!!」

 

 4人の子どもたちはすっかり興奮した様子。ガリッパの恫喝にも応じず、その手には大小様々な石が握られている。

 

「死ね! 貴族!!」

 

 思いっきり振りかぶられた石が、次々と飛んでくる。

 

「っ、テレジー!!」

 

「っ……! ちょっ、何して……!!」

 

 正面から抱きつくように子どもたちの間に入るマイケル。コツンコツンと石が当たる音が、鎧から肌を通して直接響く。

 

「クソ、何だよアイツ気持ち悪ぃ!!」

 

「よくそんなのに抱きつけんな、どうかしてるぜ」

 

「もう飽きた、行こうぜ!」

 

「──く、痛ってぇ……お、おい待てやクソガキッ!! クソガキィイイ!!」

 

 多重に響く足音が遠ざかっていく。暫くして私は解放され、視界が広がる。

 

「テレジー、怪我はないか?」

 

「だ、だいひょうぶ……」

 

「……テレジー? どうかしたか?」

 

「にゃ、にゃんでもにゃい……」

 

 何だよ……! 呂律が回らない。顔も熱い。なんなのよ、これ……! 

 

「それにしても酷い奴らだ。親の顔が見てみたい」

 

 マイケルは子供たちが去っていった方を見ながら、語気を強めて呟く。私は真っ赤になっているだろう顔をブンブンと振り、よく冷ましてから返事をした。

 

「……見なくても分かるわ。貴族の印象って最悪だから、それが子供にも伝わってるだけよ」

 

「だが、結局それでは──いや、先にテレジーの治療だな」

 

 何かを言いかけた様子のマイケルだったが、話題を私の怪我にすり替えた。

 

「本当だ。姉貴、怪我してるじゃないですか」

 

 子どもたちを追って叫び散らかしていたガリッパが、頭から血を流している私を見てそう言った。……いやお前の方が血だらけじゃん。よく平気な顔できるな。ゾンビかと思ったわ。

 

「大丈夫よ、こんなの放っておけば治るわ」

 

「それはいかんな。どれ見せてみろ。俺が治してやるッ」

 

 マイケルに力強く、だが痛みは感じない程の加減で抑えられる。片方の手で前髪を上げ、患部に顔を近づけて──。

 

「ま、待って! 顔、顔近いぃ!?」

 

「ほい、ファーストエイド〜」

 

「〜〜っ!!」

 

「姉貴? 大丈夫っすか? めっちゃ顔赤いっすけど」

 

 あ〜……大丈夫じゃない……。心臓破裂する……。でも、お前の方が顔赤いぞ……血で。

 

「治ったぞ」

 

「ぁ……ぁりがと……ぉ……」

 

「うむ! ……今度は、ちゃんとテレジーを守るから」

 

「ぇ……う、ん……?」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 南の城門から少し離れたところにある、かつては酒場だったろう空き家。現在は革命派のアジトとなった施設。その眼の前にたどり着いていた。

 

 外観は、元々酒場だったとは思えない程の改造が施され、上に横にと大きく増設していた。およそ一年前に訪れたときはこんなに巨大な施設ではなかった気がする。精々2階があったくらいで……今は5階くらいだろうか。

 

 昔は2階にクロードの執務室があった。だがアジトの改築によって場所も変わっていることが予想される。横にいるガリッパは宛にならない。……中にいる奴らが、素直に教えてくれることを祈っておこう。

 

「なぁ、テレジー……」

 

「…………ガリッパ」

 

「は、はい。なんすか、姉貴」

 

「私達と一緒に居ると、貴方の立場が悪くなるわ。それでもいいの?」

 

 私の問いかけに、ガリッパは俯いて一瞬何かを考える。

 

 これは脅しではなく、ただの確認だ。下っ端とは言え、その名前と顔を覚えられていないとは言え、元貴族の私と一緒に行動するということ。それ自体がリスキーである。そのことでさっきの……さっき、の……。

 

「おーい、テレジー……」

 

「……」

 

 先程のように、私への攻撃に巻き込んでしまう。そうなれば直接的な被害だけでなく、今後の生活にも支障をきたす恐れがある。その覚悟が、お前にはあるのかという……脅しか、これでは。

 

「はい。問題ないっす」

 

「……そう」

 

「あの、テレジー?」

 

「…………」

 

「さっきから、何で無視するんだ?」

 

「……よし、準備はいいわね。そろそろ──」

 

「テレジーッ!!」

 

「きゃあああ!?!?」

 

 肩を捕まれ、正面にでかでかとバケツヘルムが視界を埋め尽くす。

 

「お、おう……そんなに驚かれるとは」

 

「や、やめぇ……今顔見れないからぁ……」

 

「む? どうしてだ? というか顔を見せてないのだが……」

 

「そ、そんなの……分かんないぃ……。もう近づかないでえ……!!」

 

「What!? You gotta be kidding me!?」

 

「マイケル。それ以上はやめとけ。姉貴が可哀想だ」

 

「可哀想って何よッ!! こっちは必死なの!!」

 

 ──私は激怒した。



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第十一話ッ 諸君、俺は戦争が……大っ嫌いだッ!!※初めて真っ当なことを言う

 

 両開きのドアを両方とも豪快に開け放ったマイケル。勢いよく開かれた扉は盛大な音を放った。エントランスにいた数人がこちらに気付き、訝しげな視線を送る……破壊されたドアに。

 

「もうちょっと静かに開けなさいよ! 壊れちゃったじゃないこれ!!」

 

「お、悪い。カチコミだから、つい」

 

「つい!?」

 

 こいつ、ほんと何考えてるの? 

 

 改めて私はエントランスを観察する。その間、意外にも革命派の人員はすぐに声を荒げる事なく、こちらを静観していた。

 

「あ? ……誰かと思えば……いや誰だ?」

 

「何度言ったら分かる!? 俺はマイケルだ!!」

 

「知らねぇよ」

 

「オレは?」

 

「知らねぇよ……」

 

「くそぅ……俺の名前知らないのか……」

 

「貴方達、これ当たり前のことだから。そんなに落ち込むことじゃないから」

 

 認知されていないことにショックを受けたのか、2人から負のオーラが伝播する。

 

 というか、お前なんで名前が通ってると思ったんだよ。知り合いでもなんでも無いだろうが。

 

「お、ボマーちゃんじゃ~ん」

 

「ボマーがここに来るなんてな……珍しいこともあるもんだ」

 

 エントランスに見えるのは3人。今は出払っているのか人が少ない。もし戦闘になってもこの人数ならどうにかなりそうだな。

 

「なに、遊んでほしいのか? 仔猫ちゃん」

 

「お生憎だが、俺らはお貴族様と遊んでいられないんだ。『貧民』は毎日忙しいからなぁ……なぁ?」

 

 一際体のでかい男はそう言って私を挑発してくる。視線を送り合い、愉快そうに嗤い合う革命派のメンバー達。時折チラチラと私を見ながら、ぶつぶつと小声で何かを呟いているのが見える。

 

「奇遇だな。私もお前らと遊びに来たわけではない。特にお前とは遊んでやる価値もない」

 

「はっ、いつも『遊ばれてる』女が……偉そうに言えたもんだぜ」

 

「……確かお前は一度私を抱いたことがあったな。情けなく、誰よりも早く果てていた様……はっ。よく覚えているぞ?」

 

「ぷっ、お前。マジかよ……く、くく……」

 

「ボマーに……バカにされてる……はははは!!」

 

「──てめぇら……それ以上言ってみろ。ただじゃおかねぇぞ」

 

「くくく……『異常』に『イッて』たのはお前の──ぐはっ!?」

 

 席を立ち上がり、怒りを露わにして近付いてくる男。背はあまり高くはないが、恰幅は言い。金髪に黒の瞳、顔つきは厳つい感じじ。身なりは悪いが流石元軍人、体は鍛えられていることが分かる。

 

「口が上手くなったじゃねぇか……あァ!?」

 

「ふっ、当たり前だ。『この口』で何人もの男を落としてきたんだぞ?」

 

「はははは!!! うめえ! この女うめぇな!!」

 

「てめぇら黙ってろ!! ……調子に乗るのもいい加減にしろよ、クソ女!」

 

「ほう、ならどうする?」

 

「その体に教えてやるよ──おらッ!!」

 

 怒り任せな拳が顔面に飛んでくる。

 

「な……うぉっ!?」

 

 奴の右拳を弾く。がら空きの胴に左肘でエルボー。屈んだ所に右足で頭目掛け後ろ回し蹴りを放って吹き飛ばす。

 

「おー、強ぇな……やるねぇボマーちゃん」

 

「ちょっと滾っちまった。相手、してくんね?」

 

 吹き飛ばされた仲間を尻目に、残る2人も席を立ち上がる。軽く体を解すと、すぐさまこちらへと踏み込んできた。

 

「I am Red Cyclone!!」

 

「なっ──ぐえっ!?!?」

 

 私が迎撃しようとしたその時、罵倒しながらマイケルは走り出し2人にダブルラリアットを決めた。

 

「マイケル……!」

 

「ふぅ、俺も混ぜてくれ。どうせだ、派手にやろうぜッ」

 

「ええ……そうね!」

 

「2人は任せろ。テレジーはあのでかいのをッ!」

 

「任せなさい!」

 

 マイケルに細身の2人を任せ、私は残った体のでかい男……デカ男に吶喊する。

 

「は、舐められたもんだぜ。お前如きに負けるかよ!!」

 

「よく吠える……そんなに私が怖いのか?」

 

 腰に帯びた剣を抜刀したデカ男は、洗練された動きで流れるような一閃を放つ。僅かに体を下げて回避し、懐に入り込む。しかし剣を手首で器用に回し、下から刃が迫ってきた。体を回転させ右へターン。勢いを拳に乗せ、裏拳を放つ。剣の峰で弾かれ、不発に終わる……と見せかけ、もう一度体を回転させ下段蹴り、ではなく後ろ回し上段蹴りをお見舞いする。

 

「ぐっ!?」

 

 がら空きの腹に両手を合わせてハンマーを作り、全力のスイング。怯んだ所にジャンプからの叩き落とすような上段蹴り、側頭部に踵落とし、着地から再び飛んで回し蹴り、そして上段後ろ回し蹴りと、全身を使った4連撃。

 

「閃光、螺旋蹴ッ!」

 

「がはっ!!」

 

 最後の一撃を貰い、大きく吹っ飛ぶデカ男。その場に膝を突き、肩で大きく息を吸い込む。

 

「化け物が……何なんだよ、お前ら貴族はッ!」

 

「……」

 

「魔法が使えるからって、俺たちを差別して蔑むクズどもが! 俺に魔法が使えれば、お前なんて──あがっ!?」

 

「──聞くに耐えん」

 

 御託を並べ情けなく叫ぶ隙だらけのデカ男に強烈な回し蹴り。防御を構えることなく直撃し一撃で撃沈。

 

「言っておくが私は、お前に魔法なんて使ってないぞ」

 

「……なっ、なんだ……と……!?」

 

「お前は、お前が言わんとするところの『実力』差で負けたんだ。自分の不出来を、人の所為にするな……!!」

 

「ぐがぁあ!?!?」

 

 うつ伏せに転がるデカ男の足首を思いっきり踏みつける。バキッ、と嫌な音が響きデカ男は突き抜けているのだろう痛みに叫ぶ。これで戦闘不能になった。あとはマイケルのほうか。

 

「ぐおあああっ!?」

 

「や、やめ──ぐぎぃ!!」

 

 大の男が空を飛ぶ。マイケルの剛腕によって持ち上げられた男が、もう一人の男に向かって飛翔。ぶつかった衝撃で2人は気絶。マイケルも戦闘を終えた。

 

「流石テレジー。やるなッ!!」

 

「いえ、貴方ほどではないわ。時間が掛かり過ぎた。次は上手くやるわ」

 

 エントランス内を振り返ると、先程とは打って変わって乱れた家具などが目立つ汚い小部屋になってしまった。私はほとんど関与していないから、マイケルが部屋を荒らした原因だろう。どんな戦い方したの? 

 

「ふ、2人共!」

 

「ああ、ガリッパ。まだ居たのね」

 

「ずっと居るっす! やっぱり強いっすね、姉貴!!」

 

「うむ。そんなこと無いぞッ。俺のほうが強いッ!!」

 

「は? やんのか。全力でやってやるぞ?」

 

「ごめん……」

 

「……お喋りは終わりね。構えて、来るわよ」

 

 エントランスの奥。扉の先から複数の足音が聞こえてくる。しかし、その数は思ったよりも少ない。2人……か? 片方は普通だが、もう片方からは異様な気配を覚える。戦い慣れた玄人の足音に聞こえる。

 

 ガチャ、っと控えめに扉が開かれる。先に出てきたのは、露出の多さが目立つ黒装束の女。顔はベールで隠されで見えないが、背中から長い黒髪が見える。胸部が大胆に膨らんでいて視線を集めるが、大きく開かれくびれが目立つ横っ腹や、スリットが入り歩く度にチラつく太とも。見方を変えれば踊り子、悪く言えば娼婦。そんな格好だ。

 

「……手遅れだったか」

 

 あとに続いた男がエントランスに入ってくる。四角い銀縁メガネをかけ、灰混じりの黒髪で薄緑の瞳。傷が少なく綺麗な軍服を着た男は、名前は忘れたが、確かクロードの側近だ。

 

「お前がクロードかッ! 俺の名前はマイケル!! タイマン張らせてもらうぜ!!」

 

「断る。僕はお前たちをクロードのもとへ連れて行くだけだ。……付いて来い」

 

「は……?」

 

 クロードの側近は短くそう切ると、独りでに先程現れたドアへ戻っていく。状況が分からない。何故この状況で私達がクロードのもとへ案内される? 

 

「……こちらへ」

 

 露出が多い伏し目がちの黒装束女が、手を扉の奥の方へ向け先導している。

 

「おう、案内任せたぞッ!」

 

「いや飲み込み早っ!? もっと警戒しなさいよ!!」

 

「テレジーも言ってただろ? 『どうせバレてるでしょ』……とな」

 

「あ……。確かに言ったけれど……けれどだからって──」

 

「なら堂々と構えたほうがいい。ほら、俺を見習ってもいいぞ?」

 

「あんたは考えなしの能天気なだけでしょッ!?」

 

「……クロード様がお待ちです。こちらへ」

 

「それにもしかしたら、凄いご馳走が待ってるかもしれないぞッ!!」

 

「そんなのあるわけ無いでしょ! 。それこそあったら余計怖いわッ!!」

 

「……こちらへどうぞ」

 

「そう怒るなよ〜夢がないなぁテレジー。どんな時も、笑顔笑顔ッ! ニコッ!!」

 

「腹立つ!! 殴るぞてめぇッ!!」

 

「──早く、来いッ…………!!」

 

「「ご、ごめんなさい…………」」

 

「何してんすか、2人共……」

 

 ──私達は黒装束の女に怒られた。割と本気で怖かった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 重々しい雰囲気が漂う廊下。私達は特に会話をすることなく沈黙を保っていた。

 

 ……まぁ、雰囲気悪いのは私達が原因なのだが。

 

 エントランスの奥。広いとは言えない廊下を渡っていくと、地下へ続く階段が迫ってくる。少し急になっているその階段は暗く、少々おどろおどろしい。一つ一つ段差が大きいため、手すりに掴まって降っていく。

 

「部下がやられたというのに、随分余裕だな」

 

「…………」

 

「私をクロードのところへ連行して、どうするつもりだ」

 

 黒装束の女のすぐ後ろを歩く、銀縁メガネの男。情報を引き出そうと話しかけるも、全くの無反応を貫いている。

 

「……私がその気になれば、奴を殺すぞ」

 

「…………ふん」

 

 私の脅し文句に鼻を鳴らす銀縁メガネ男。後ろにいる私を横目で見ると、再び視線を前に戻した。

 

「私はお前が嫌いではない……クロードと『違って』な」

 

「はっ、そいつはありがとう。反吐が出そうだ」

 

「1つ良いことを教えてやる。お前は選択を間違えた」

 

 階段を降りきり、再び廊下に出る。その先には両開きの扉が見えた。

 

 着いた。と銀縁メガネは言うと、踵を返してそそくさと行ってしまう。

 

「……選択だと?」

 

「そうだ。これまで通り無様に地を這い、逃げ惑っていればよかったものを……」

 

 後ろを振り返る。しかし銀縁メガネは続く言葉を言わないまま姿を消してしまう。

 

「気にするなよ、テレジー」

 

「……マイケル?」

 

「正解なんて誰にも分からないものだ。だから、あれの言ったことは、只の戯言だ」

 

「……そうっすよ、姉貴」

 

「……別に落ち込んでないから、気にかけなくても結構よ」

 

「落ち込んでなくとも、気に掛けるさ」

 

 逃げないと選択したことが間違いだとして、逃げることを選択することは正解ではない。間違っていてもいい、間違えを間違えだと正しく認識し改めることさえできれば、正解でなくとはいかなくとも『まだマシ』と言える未来が手に入る。そうありたいと思ったから、私は進むことにしたのだ。

 

「……ここです」

 

 黒装束の女が、扉に手を掛ける。重々しい見た目に反し、音も無くすんなりと開いた。

 

「……ほう、来たか」

 

 扉の先には蝋燭で照らされた小部屋が広がる。家具などは少なく、中央に木製の小さい机と上等そうな椅子が置いてあるだけ。恐らく密談をするために設けられた部屋なのだろう。しかし壁には細工が仕掛けられているのか、壁紙に不自然な線が入っている。……もしかしたら、それ以外の用途もあるのかもしれない。例えば、緊急脱出用の通路が用意されていたり、家主の用心棒などが隠れていたり。

 

「なっ……君は……!!」

 

「ああ、あれがテレジーだよ。我々アスキアの民にとって『希望の星』だ。……おっと失礼。既に知っていたご様子かな?」

 

 真ん中にある椅子に座っていたのは、片方は既知の男クロード。黒髪に黒い瞳で、目付きの鋭い壮年。もう1人。明るい茶色の髪に黒い瞳、温厚そうな青年だ。悪く言えば特徴がない。

 

「…………」

 

 対面する2人を眺めていると、横にいた黒装束の女が無言でクロードの下へ歩いていく。小声でやり取りを済ませると、黒装束の女は私の横を通り過ぎ、部屋を後にした。何を喋っているかは、あの黒いベールに隠されて分からなかった。一応、後ろにも警戒しておくか。

 

「ふっふっふっ……折角の機会だ。ラルク君。君の意見をあれに言って見るといい。そうすれば己の未熟さがよく分かるはずだ」

 

「……言われなくとも、分かってることだ……!」

 

 不敵な笑みを浮かべるクロードとは対象的に、ラルクとやらの表情は硬い。余裕がなく張り詰めた様子だ。

 

「私が話を聞いてやるとでも?」

 

「ふっ、相変わらず愚図なやつだ。困っている市民に手を差し伸べるのは『貴族』の責務だろう?」

 

「はっ、『貴族』だって助ける『貧民』くらいは選ぶ。お溢れを期待するとはお前も丸くなったものだな」

 

 沈黙が生まれる。変わらず憎ったらしい笑みを浮かべ、余裕綽々な態度を取り続けるクロード。依然として私達は睨み合いを続ける。

 

「その……テレジーさん」

 

 明るい茶髪のラルクがおずおずと小声で話しかけてくる。視線をクロードから外し、横目でラルクを眺める。

 

「なんだ」

 

「あ、僕はレジスタンスのリーダー、ラルクだ。さっきまでクロードと今後の計画についての意見交換などをしていた」

 

「それがなにか?」

 

「うっ……僕はできる限り誰も傷つかないようにこの国を救えたらと思う。それで、よければテレジーさんの意見も聞きたい」

 

「…………」

 

 はぁ……。思わずため息が出る。面倒なことになった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 顎で促すと、彼は自信なさそうに語り始めた。

 

 そんなラルクの言葉を要約するとこういうことになる。

 

「貴族との『対等な』話し合い……ね」

 

 そのための手段は2つ。1つは元貴族の人を通して──この場合私も含まれるのだろう──話をつけ、交渉のテーブルに乗せること。もう1つは貴族街へ繋がる地下水路から侵入し、強引に話をつける。というものだ。

 

「どう、かな……」

 

 頬を掻きながら、そう聞いてくる。俯き加減なため表情は上手く見えないが、大方私の想像通りの顔をしていることだろう。

 

「…………」

 

「ふっふっふっ……素直に言うといい。『未熟な作戦』だと」

 

「……クロード。あなたのやり方では、本当の意味でアスキア民を救うことはできない!」

 

「本当の意味? まさか『奴ら』も我らの同胞と宣うつもりか? お人好しもここまで来るといっそ尊敬の念を抱いてしまうよ」

 

「犠牲を容認した末の救国は、新たな憎しみを生むだけだ。それが分からないあなたではないはずだ!!」

 

 両手を机に叩きつけ、力強い視線でクロードを睨みつける。しかしクロードは変わらず余裕を保っている。

 

「あと4年……」

 

「……なんのことだ」

 

「4年後……クロードの誕生日かッ!?」

 

「ちょっ、と……黙ってて」

 

「……この国が滅ぶまでの残された時間だ」

 

 マイケルの戯言に、クロードは眉を顰めながらも言葉を続ける。いや、ほんと……やめろって。4年後って、クロードの生まれって閏年ってこと? 

 

「なに……!?」

 

「誕生日に滅ぶのか、それは嫌だなぁ……何としても止めなければッ!!」

 

「ぷっ、動機は、馬鹿げてるけど……言ってることは……くっ、くく……た、正しいわ」

 

 吹き出そうになりながらも、息を殺して何とか防ぐ。沈黙が訪れるはずの空間に、突如として入り込んだ変な空気によって少々気まずい空間となっていた。

 

「……お前も知っているだろうが、ここ2年で灰の病の感染者が増加した。その余波で人口の総数は目減りしていき、5年で反乱すら起こせない人数まで減る。その頃には俺はおろか、お前も息絶えているだろうな」

 

 足を組みながら、話を戻したクロード。根拠のある現実的な数字を前に、空気はすっかりと緊張を取り戻していた。

 

「俺の作戦ならば……あと1年もあればこの国を、アスキアの民を、奴らの手から解放できる」

 

「っ、だからといって、貴族全てを……それに、それでは灰の嵐はどうする? 生活に必要な物資はもう残されていない。灰の嵐は貴族なしでは対処できない!」

 

「ふふふ……勿論だとも。そのための準備はしてある」

 

「準備、だと……?」

 

「ふーむ。夜逃げの準備か?」

 

「……ふ、ふふ、だ、黙って、なさい」

 

「荷造り、俺も手伝うぞ……?」

 

「ぷっ!?」

 

 ぷっ、夜逃げ……。あ、やばいちょっと面白い。クロードが慌ただしくマイケルと一緒に荷物を纏めて、マイケルに見送られながら誰にも見つからないように夜逃げしてるところ想像したら……ぷぷぷ。

 

「くっ、くくく……」

 

「…………ふん」

 

「姉貴、黙っててください」

 

 肩を震わせながら、視線を上げる。すると、眉を細めたクロードとばっちり目があってしまった。……ごめんなさい。

 

「……お前の言う準備とは、『魔法石』のことだろう?」

 

 つい笑ってしまった返礼に、クロードが指摘してほしいだろうポイントを突いてやる。するとクロードは打って変わって上機嫌で懐から物を取り出す。露わになった淡い翡翠玉は手の上で輝き、抗えない魅力で存在感を示している。凄まじい魔力が籠もっていることがひと目で分かる。

 

「魔法石……もしや賢者の石的な何かか? そんなの駄目だッ! 人の命を石に変えるなどッ!!」

 

「ああ、その通りだ。これに貴族共の魔力を集積させる。そうすれば灰の嵐への対抗策は万全となる」

 

「え? 本当に人間を石に変えるのかッ!?」

 

「…………」

 

「……魔法石っていうのは、魔力吸収率の高い特定の鉱石に魔力を込めたもの。魔力を効率よく集め、貯蔵して好きな時に引き出せるのがメリット。だからクロードはこれに貴族街にいる全ての貴族から魔力を集め、灰の嵐を消そうと考えているの……分かった?」

 

「ほへぇ……灰の嵐って魔力で消せるのか」

 

「膨大な魔力量が必要とされているけれど……理論上は可能よ。それはそれとして、貴方は黙ってなさい。貴方が喋ると空気が悪くなるのよ!」

 

 いい加減に気づいてくれ。お前が何かを言うたびにクロードの眉間のシワが深くなってることに。まあ元々シワが寄って入るのだか。

 

「それは事実ですけど、空気の悪さに加担してるのは姉貴もですよ。てか笑ってるの、姉貴だけなんで」

 

 ……マジで? ……ごめんなさい。

 

「……その魔法石があったところで、貴族街の連中の魔力があったとして、灰の嵐を消すには『まだ』足りないぞ」

 

 罪悪感を誤魔化すため、早口気味で捲し立てる。だが、私の反論を予想していたのだろうクロードの表情は変わらない。

 

「百も承知だ」

 

「なら、一体どうする? お前の計画ではあと1年という話だったと思うが?」

 

「ふっふっふっ……はははははは!!!」

 

 クロードは何が面白かったのか突然口を開け大声で笑う。

 

「え、あの人怖いッ」

 

 マイケルがぼそっと呟く。するとクロードは目尻を擦すって涙を拭った。

 

「ああ、すまない。ついな。だが……私が笑った理由は、お前が一番わかっているだろう?」

 

「……何のことだ」

 

「ある筋から有力な情報を得たのさ、お前に関することでな……まあいい。隠すというのならそれで。じきに分かることだ」

 

「……」

 

 ある、筋……? 思考を巡らし、考えてみるも分からない。私に関することで、誰が、何のために、何の情報を渡すというのか。この男に。

 

「おっと……すっかり長話をしてしまった。歳を取るといかんな。……要件を言うといい」

 

 軽く咳き込んでから頬杖を付くとクロードは再び不敵な笑みを浮かべる。何故このタイミングでその情報を私に伝えたのか。考えることはいっぱいだが、そのどれもが情報不足で、きっと考えたところで真相にはたどり着かないのだろう。

 

 くそ、クロードが何を考えているのかが全く分からない。やはりこの男、食えないやつだ。

 

「1年と少し前にお前と交わしたあの契約を、破棄させてもらう」

 

「ああ……そんなに経っていたか」

 

 クロードは天井を眺め、物思いに独りごちる。さして時間を置かず、視線をこちらに戻すと言葉を続けた。

 

「構わん。好きにするといい」

 

「なに……?」

 

 図らずも、想定の何倍も容易く要望が叶ったことに驚きが隠せない。その様を見て、クロードはさらに笑みを深めた。

 

「どうした、構わんと言ったのが聞こえなかったか? 

 

「いや……ならいい。好きにさせてもらう。……帰るわよ」

 

 挑発するような視線と言葉。動揺がこれ以上悪化しない内に私は踵を返し、扉の方へ向かう。

 

「お、おうッ」

 

 拍子抜け、といった様子のマイケル。多分私も同じような様子だったろう。だがそれを彼に悟らせてしまえば、それこそ奴の思う壷だろうことだけは分かる。いや、それしか分からないというべきだろう。

 

 自画自賛ではないが、あの男が今私を手放すメリットは何だ? 奴の計画であれば、私の魔力……微々たる量ではあるが、一般人のそれと比べれば大量の魔力。灰の嵐への対処に必要とされる魔力量は計算できない程多いとされている。ならば少しでも魔力のはかき集めたいはず。

 

「…………」

 

 一体、どうやって……いや、それは後で考えよう。

 

 扉に手を掛け、暗い廊下を通って階段を上がる。その間私達は会話という会話をせず、沈黙をばかりが漂う。もう誰の視線を受けないというのに、背中に突き刺さる何かに違和感を覚えていた。

 



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第十二話 理想≒非現実

 

「……結局カチコミ、できませんでしたね」

 

「面倒事は少ないほうが……いいわ」

 

「よしッ、テレジーは晴れて解放。これで自由の身だッ!!」

 

「ええ……そうね」

 

「む、どうした。浮かない顔だな……?」

 

「……貴方と違って色々考えることがあるのよ。例えば……」

 

「例えば?」

 

「……今後、食べ物……どうしようかしら」

 

「なんとッ」

 

 革命派のアジトの敷居を抜けるまでの間、これといった騒動も何もなく私達は野外へと出ていた。

 

 無事、目的を果たすことができたので、差し当たってまずはこれからのことを考えていた。一番最初に見つかった課題は食糧問題。そもそも私が革命派に組することになった理由でもあるのだが……身分を隠して働くのも手かな。今はマイケルも居るし。

 

「そういうことなら、俺が食糧を取ってこようッ!!」

 

「そうね。私も何とかバレないようにチャレンジするのもありね。マイケルには申し訳ないけど、農場にでてもら──」

 

「ふむ……今日はテレジーのインデペンデンス・デイ・パーティにしなければ!! 行ってくるッ!!」

 

「ええ、おねが──はぁッ!? ちょっ、ちょっと待て!! どこ行くんだよッ!!」

 

 突飛な発言を残して、マイケルは猛スピードで城門の方へ走っていく。

 

「松茸を採りに行ってくるぜぇえええッ!!」

 

「マツタケってなんだよッ!? ──行っちゃった…………」

 

 入り組んだ住宅街に入っていき、姿が消えると同時に緊張の人も霧散し、どっと疲れがやってくる。

 

「姉貴、そろそろ休んだほうが良くないっすか?」

 

「……いえ、別にいいわ。面倒事を運んでくるやつがいなくなって、むしろこれから調子が戻ってくるところよ」

 

「なら、いいんすけど……」

 

 はぁ……。一息ついて心を落ち着かせる。そうだ。私が先程言ったではないか。面倒事を運んでくるやつがいなくなったと。

 

「……あいつ、本当に人の話を……!」

 

「あ、姉貴?」

 

「いっつも変なこと言うし……調子狂うわ、本当……!」

 

「おお……なんかよく分かんないけど姉貴がキレてる」

 

 駄目だ、落ち着けない。アイツのこと考えると頭がもやもやする。……そんなことしてる場合でもないのにな。

 

「テ、テレジーさん! 待ってくれ!!」

 

 私のアジトへと歩み始めたとき、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。……ああ、これは面倒くさそうな予感がする。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 男は肩を大きく動かしながら呼吸を整える。

 

「あぁ!? 誰だてめぇ!?」

 

「いやさっき居たでしょ」

 

「え? そうなんすか?」

 

 まぁ確かに室内ちょっと暗くて、『あ、こいつこんな顔なんだ』って今思ったけど。

 

 短い髪をアップにして額を大胆に見せ、横は刈り上げられている。また服装は身綺麗なシャツと黒ズボンを着ている。貧民の中でも上流階級なのか、上等だろう衣服に身を包んでいる。

 

「なんか存在感薄くて。喋ってる声だけは聞こえたんすけど」

 

「あ……そういう……」

 

 確かに……と思ってしまい、フォローができず沈黙が流れた。まあ、途中から存在無かったよな……お前リーダー向いてないんじゃない? カリスマ磨けよ。

 

「えーっと……僕はラルク。よろしく頼むよ」

 

「私の名前は……知っているか。横のはガリッパ」

 

「バーナードっす」

 

「え? どっちで呼べばいいのかな?」

 

「ガリッパでいい」

 

「バーナードっす……」

 

「あ、ははは……親しみを込めて、ガ、ガリッパ君ね」

 

 なぜか怯えたように頷くラルク。結局ガリッパと呼ぶことにしたらしい。そうだろうそうだろう。私が名付けた、可愛くてチャーミングで親しみ易くて覚え易い名前だろう。お前見込みあるな。

 

「えっと……テレジーさん。貴方の素質を見込んで……頼みがある」

 

 本題に戻って、彼は話を切り出した。……素質か。

 

 一度言葉を切ると、ラルクは私の反応を待っているのか勿体ぶってものを言う。……礼儀で、私は視線で言葉の続きを促す。

 

「その……クロードとの、縁? を切った手前言い辛いけれど……是非うちのグループに入ってくれないか」

 

「何故」

 

 適当な家屋の壁に背中を預け、腕を組みながらラルクの話を聞く。

 

「僕たちの作戦を成功させるには、僕たちが持ち得ない、特別な要因が必要だと思ってる。それがテレジーさんだと、確信しているんだ」

 

「期待し過ぎだ」

 

「……そんなことは──」

 

「──世間知らずだな。私が組織に居ても良いことは起きないぞ。それは貧民街で過ごしていれば自然と分かるはずだが」

 

「っ……それは、そうかもしれないが……!」

 

 私は試すように強めの言葉で拒絶した。こいつの国を思う気持ちは本物だろうが、そこに筋の通ったの救国までの道程がなければ話にならない。不安要素しか無い中に巻き込まれて、厄介事に遭うのは御免だ。

 

「それでも、来てほしい。決して後悔はさせない」

 

 頭を下げ、必死に懇願するラルク。しかし、ここで具体的な話を持ってこれないのであれば一考の余地もない。断らせてもらう。

 

 ラルクにその旨を伝えようとしたとき、ガリッパの視線を感じ振り向く。いつもとは少し違う曖昧な顔色をしていた。

 

「……いいんじゃないっすか、姉貴。どのみち食いっぱぐれないためにはどこかに属するのが一番じゃないっすか」

 

「…………」

 

「その、革命派よりかは絶対に良いと思います。今は……マイケルも居るじゃないですか」

 

「…………」

 

 ガリッパは意外にもラルクの勧誘を支持してきた。入ったからと言って私にデメリットがあるわけではなく、メリットがあるという。……そういう考え方もある。一考の余地はあるか。

 

「もしかして、食べ物に困っているのかい? なら、僕たち穏健派なら備蓄に余裕があるから、幾らか支援することができるよ」

 

「ほら姉貴。こう言ってることですし。実際食べ物ないと困るでしょ?」

 

「でもな……」

 

 色々思惑があるのは分かった。私が組織に与することで、レジスタンスらに何かがあろうと、私に危害が加わろうと、その全てをラルクに押し付ければいい話だから。だが、それを加味しても、誰かと肩を組んで行動しなければならないという事実が、どうしようも無く閉塞感を覚える。

 

 別に貧民街に来た2年間で人間不信になったから、という理由だけでない。元から私は人付き合いが得意でなかった。だから……ああ、我ながらかわいい理由だな。いい歳して、情けないことを言うのも、な。

 

「それに、マイケルが黙ってないっすよ。今日みたいに突然いなくなって、変なものでも持ってきたら──」

 

「──ああ、もう分かったから。ガリッパは黙れ」

 

「う、うっす」

 

 ため息を一つ挟み、詰まった息を吐き出す。背を壁から離し、ラルクと正面から向き合う。

 

「……私ができるのは、精々が『殺し』くらいだ。活動に必要な物を用意してくれるのなら、協力する分には構わない」

 

「! そうか、歓迎するよ!!」

 

 私の言葉にラルクは表情を喜色に染めると、私の手を取ってブンブンと上下に激しく振った。大げさで図々しい男だな。

 

「おい手前ェ、気安く姉貴に触れてんじゃねェぞ」

 

 いつの間にか間に入っていたガリッパは、ラルクの手をはたきながら、胸元に掴みかかって眼をつけていた。そんなに怒ること無くない? 

 

 ……そういや、興味がなくてあまり見ていなかったが、ガリッパって意外と背が大きいんだな。というか、マイケルがデカすぎて小さく見えていた。それに比べラルクの身長は私よりちょっと大きいくらいだ。背の高い方ではないのだろう。

 

「す、すま……な、い……」

 

「あ? 聞こえねェぞはっきり喋れやァ!!」

 

 締め上げられたラルクの顔色はどんどん赤くなり、次第に苦しそうな表情になっていく。

 

「あぁ!? 何顔赤くしてんだ逆ギレかッ!?」

 

「いや離せ離せ!死ぬわよ彼!!」

 

「あ、すんません……姉貴」

 

 ガリッパは手を離すと、ラルクはその場にへたり込んで咳き込む。よっぽど強く掴んでいたのだろう、シャツから見える首元にくっきり手形が残っている。ガリッパの方を見るも俯いてしまって表情が確認できない。

 

「ラルク、私はあなた達の拠点を知らない。案内を」

 

「あ、ああ……もちろんだ。来てくれ」

 

 落ち込んだガリッパの対処は一先放って置いて、アジトへ移動を開始した。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「お母さんっ! お母さんっ……!!」

 

「君、そこは危ないから離れるんだ!!」

 

「嫌だ! お母さんっ、しっかりしてっ!! お母さんっ……!!」

 

 ああ……面倒くさいことになったなぁ……。

 

 城下町の北側にあるという穏健派のアジトへ向かっている途中、貧民の集落を通っていたときだ。集落の外れの家から少女の叫び声が聞こえたかと思えば、ラルクは一目散に走り出した。このあたりの土地勘がないため、迷子にならないようラルクの後を追うしかなく、私も走ることになった。

 

 こちらに走ってくる何人かの貧民とぶつかりそうになるも、特技の身のこなしで交わしていく。すると走り始めてすぐの家の前でラルクは不自然に立ち止まっていた。家の中の様子を見たガリッパは、顔を顰めながら呟いた。

 

「あれは……灰の病」

 

 釣られて私も室内を視認する。

 

「……そのようね」

 

 やっぱり、とは思ったが。横を見ると、ガリッパは無表情だった。

 

 家の中では部屋の奥の寝具に人間が横たわっていた。いや、嘗て『人だった』ものを中心に血が大量に飛散して室内を染めていた。年齢は12歳前後だろう黒髪の少女は全身を血で染めながらも、泣きながら母親に縋っていた。

 

 灰の病に罹患したものは最終的に、全身の腫瘍が破裂して大量出血を起こす。腫瘍の破裂によって出血したその血は極めて強い感染力を持ち、触れた者を灰の病を患わせる。場合によっては最悪空気感染を引き起こすこともあり得る。

 

 さしずめ少女の母親が灰の病に感染し、娘がその存在を隠しながら必死に治療方法を探していたのだろう。どんなに手を尽くそうとも結局その努力は報われないわけだが。娘が、この世に存在し得ない治療方法を探し、行く末を予感し絶望し、母親を助けるためにと東奔西走していた日々は、きっと誰にも理解されない苦痛だったろう。

 

「っ……!!」

 

「お、おいっ!」

 

 突然ラルクは何を思ったのか室内へと走り出した。咄嗟に私は魔力を体に纏わして身体を一時的に強化し、その首根っこを強引に掴んで後ろに力いっぱい投げた。

 

 背後に勢いよく飛んだラルクは背中から建物に激突する。肺の空気が抜け、その場で蹲って咳き込む。その最中、ラルクは私に怪訝そうな視線を向けてくる。

 

「うっ……ぐっ……!! 何を……っ」

 

「お前、死にたいのか!?」

 

 こいつ、状況を理解してないのか。それとも理解していての行動なのか。だとすればこいつは自分の立場すら弁えない大馬鹿者だ。

 

「っ……でも────」

 

 私は奴の言葉を聞き終えるまでもなく、火炎魔法を室内へと放った。

 

「あ、ああああぁぁぁああ!!!!!」

 

 少女の断末魔とラルクの悲痛な叫び声が重なる。十分に魔力が込められた魔法は、感染者が放った汚染された血と少女を消し去るのに数秒とかからなかった。

 

「こんなのはおかしい……こんな世界は間違ってる……!」

 

 燃え盛る炎が落ち着いて、室内の煙が晴れていく。そこには少女と母親の姿はなく、骨すらも残されてはいない。

 

「私はそう思わない。私達が生きてる世界はここしかないから」

 

 ラルクは苦渋に顔を染め、悔しさを誤魔化すために地面を拳で叩く。私の言葉を聞いたラルクは顔を上げて反論をしようする。しかし、その先の答えが見つからず、言葉にならない思いを反芻することしかできない。

 

「泣き言なら誰にでも言える。さっさと案内しろ」

 

 言葉を続けようとした私に代わってガリッパがラルクに案内を促した。その表情は、やはり何の感情も映していなかった。

 

 こんなもの、この街の日常風景だ。



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第十三話ッ 松茸はそのまま食っても美味しいッ!!※危険

「さあ、ここが僕たちの拠点だ」

 

 私達はラルクに案内され穏健派レジスタンスのアジトの入口前にたどり着いた。

 

 旧時代では軍の集会所だったところを改修したのだろう、革命派のアジトより一回りくらい大きく、そしてシンプルな外観をしている。元々は革命派、穏健派両派閥が分裂する以前から使用していたはずだ。だから必然として空間面積が必要になるため大きな施設が使われているのだろう。今では多く見積もっても半分以下の人員しかこの施設を利用していないだろうから、身の丈に合わない寂しいアジトになっていることだろう。

 

「さっきは見苦しいところを見せてしまった。すまない」

 

 背を向けていたラルクは私に振り返ると、深々と頭を下げた。アジトに入って仲間に紹介する前に謝罪を済ませておこうと思ったのだろう。

 

「不愉快だったが、許す。二度とするな」

 

 私がそう言うとラルクは頭を上げホッとした表情を向けた。

 

「……ありがとう」

 

 何故礼を言われるのか分からない。謝罪をするくらいなら最初からしないでほしい。心臓に悪い。

 

 準備が整い、ラルクがアジトの扉に手をかけようとしたとき、ふとあることに気が付いた。

 

「そういえば、ガリッパ。貴方ここに来て大丈夫なの? 敵対してるでしょ」

 

 振り返ってガリッパを見ると、何でもないことだと頭を降って答えた。

 

「革命派の下っ端って上の連中と関わり無くて。話しても下っ端の言うことだからって無視されることもあるんで、情報抜き出せたとして言う先がないっす」

 

 ガリッパは投げかけるような視線を私に向けてくる。言ってることに矛盾はない気がする。

 

「こう言ってるけど」

 

 私が判断しても仕方がない。話の矛先をラルクに向ける。するとラルクは口元に笑みを浮かべて話だした。

 

「例えガリッパ君が僕たちの情報を向こうに持っていったとしても構わない。元々は同じ組織なわけだし、情報は共有されるべきで、むしろお願いしたいところだ。それにこっちの進捗が逐一クロードに伝われば、計画に現実味を帯びさせることができる」

 

 ラルクはそう言ってむしろガリッパを歓迎した。少し楽観的すぎるところがある気がするが、まぁ私にはあまり関係ないから良しとしよう。

 

 話が一段落ついたところでようやく、私達は穏健派のアジトに入る運びとなった。……あ、その前に一言だけガリッパに言っておかないと。

 

「ガリッパ。これから何があっても絶対に手を出さないで」

 

「……わかりました、姉貴」

 

 まあまず間違いなく面倒なことになる。そして、その予感は間もなく的中した。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「てめぇこの女ァッ!! どの面下げて来やがってんだッ!!」

 

「おい、姉貴から離れろ」

 

「何だてめぇ……はっ、そのアバズレに惚れた口か? 男の後ろにコソコソ隠れていいご身分だなぁ、お貴族様はよぉッ!!」

 

「…………」

 

「あぁ? どうした、言い返してみろよッ!!」

 

「ガイ、それ以上はやめるんだ!」

 

「てめぇもてめぇだ! この女は俺たちの仲間殺してんだぞ!! そんなやつ仲間になんかさせるわけねぇだろうがッ!!」

 

 私がアジト内に足を踏み入れた途端、室内の気温がガクッと下がったかと思えば、今はこうして1人の男に怒鳴られている。男は茶色い短髪を鉢巻きで巻いて、身長が高くガッチリとした印象を受ける。

 

 尽きることのない私への悪態に、ガリッパは既に我慢を強いられている。やはりな、こういうことになるのは想定済みだった。そして案の定ラルクの制御が効いていない。……問題はない。もし想定以上に不利益を被る事態になれば、ラルクとの話は無かったことにすればいいだけだ。

 

「それはテレジーさんが望んでやったことじゃない! 革命派の連中に強制されて、生きるために仕方がなくやってたんだ。ガイにだってわかるだろ!?」

 

「それでも……俺は納得いかねぇぞ」

 

 ラルクの説得によりガッチリ男、もといガイは勢いを殺すも、すぐには落ち着かない。そうだろうな、確か穏健派の連中に手を掛けたのは……何時だったが忘れたが、その中にガイ似た男を見た気がする。自分が殺されかけた相手が目の前に居て、上の立場の者から『仲間にする』と言われ連れてこられたら、私だって同じ反応するだろう。

 

「悪いけど、あたいも。革命派に居たんだったら尚更無理でしよ。いつ裏切るか分かんないし」

 

 その時、同じくエントランスにいた少し派手目な格好をした金髪女は、髪を弄りながら気だるげに返答。そして横にいた清楚っぽい少女然とした青っぽい髪の女が続けて発言した。

 

「リンは別に……ラルクを信じるよ」

 

 自分のことをリンと呼ぶ少し痛い女。その時リンウェルの妙な視線がラルクに向いたのを感じる。……ああ、なんか面倒くさい予感がする。寒気が収まらない。

 

「オーフィアは?」

 

「……エレノアに任せる」

 

「いや任されないわよ。自分で決めなさい」

 

 壁際近くにいた地味な黒髪女は他力本願な意見を出した。

 

「オイラは構わないぜ。こんな世の中色々あるでしょ〜、それぞれの事情とかさ。それにテレジーちゃん綺麗だし」

 

「シド……あんたはそっちが目当てでしょ」

 

 シドとか言う自分のことをイケメンだと勘違いしてそうな金髪男はラルクの意見に賛成した。客観的にはイケメン男のシドは下卑た笑みを浮かべながら私に近づいてくる。

 

「テレジーって呼んでいい? 初めましてオイラはシド。宜しく!」

 

 ほう、この男そう来たか。私は男の目を正面から睨みつける。

 

「初めまして? はっ、冗談が上手いな」

 

「え?」

 

 シドは覚えていないフリをしているのか、キョトンとしている。たが僅かに目が泳いだのを見逃さない。

 

「私は、1度会った人のことは忘れない。2年前、私が貧民街に来た初日、それはそれは『お世話』になったな」

 

「え……そ……それ、は……っ!」

 

 あからさまに狼狽し、イケメン物の相貌が崩れる。ざまぁ無いね。

 

 この男は私を弄んだうちの一人だ。あらかた人がいなくなって行為は終わったのかと思ったその時に、腕を強く引かれこの男は覆いかぶさって……くそ、嫌なことを思い出した。吐き気がする。

 

「シド、あんたボマーと────」

 

 金髪の派手女は不自然なところで言葉を止める。ふとエレノアの表情を見るも、何事もなかったように戯けた様子を見せる。

 

「──知り合い、だったの?」

 

「いや、その! か、歓迎するよ、テレジーさん!!」

 

 男は分かりやすく挙動をおかしくすると、後ろに引っ込んで行った。ラルクに賛成なのは変わらないらしい。これでここにいる地味女を除く五人中三人が賛成になった。

 

「おいお前ら、この女を許すってのかよ」

 

 賛成が多い状態に納得がいかない様子のガイは、仲間に考え直すよう厳しい視線を向ける。

 

「リンはラルクが考えてること分かる気がする。でもガイの言う通り簡単に水には流せないと思ってる。だから……その……」

 

 言葉尻が弱く尻すぼみになっていくリンの発言を引き継ぎ、派手女が指揮をとる。

 

「はぁ……それでオーフィア、あんたは?」

 

「えっ? …………さすがエレノア。それで良いと思う」

 

「……話を聞きなさい」

 

「痛い……うぅ、酷い……」

 

 オーフィアとか言う黒髪女は、間違いなく話を聞いていないであろういい加減な態度に、金髪派手女はオーフィアの頭を軽く小突いて制裁。

 

「エレノア」

 

 ガイは金髪派手女、エレノアに意見を求める。数少ない反対派としての意見を早く聞きたいのだろう。エレノアは肩を竦めてみせると、得意げな顔をして私を見る。

 

「そんな睨まないでよガイ。でもそうね……条件がある」

 

 私に聞いてほしいのだろう、エレノアは言葉を切ってもったいぶらせる。はぁ……ため息が出るぜ。

 

「……条件とは?」

 

 私がわざわざ聞いてやると、エレノアは口元を見にくく歪めてこう言った。

 

「身に着けてるもの全部脱いで、謝罪なさい」

 

「エレノアっ! いくら何でもそれは!!」

 

「はっ、いいじゃねぇか! アバズレ糞女にはお誂え向きだ」

 

 エレノアの発言に調子を良くしたガイは上機嫌でその意見に乗っかった。ラルクの抵抗虚しく、二人はその話で盛り上がっている様子だ。

 

「……まぁ、そういうことならいいんじゃない?」

 

「リンまで!! そんなこと、僕は絶対許さないぞ」

 

「……っ」

 

 この流れだと、一肌脱ぐのは確定しそうだな。そう思っていると横にいるガリッパが歯を食いしばっているのが見えた。

 

「ガリッパ」

 

「っ……はい」

 

 私が呼ぶと、ガリッパは少しだけ冷静さを取り戻したのか落ち着きを取り戻す。そんな固くならなくてもいい。私はなんともないから。

 

 エレノアとガイは期待のこもった雰囲気で私の返事を今か今かと待っている。ラルクはこちらを見て、私が何を言おうとしているのか不安としている様子だ。他の者たちも一様に私を見ていた。しかしリンだけは興味が無いのか髪をいじっていた。

 

 奴らの思考は容易く見える。私を辱めて、一時の慰め者として扱いたいだけだ。だが、そんなもの私にとっては慣れっこだ。こんな肌に価値なんて無い。無価値なものがこの場では価値を有するというのであれば、やることは一つしか無いだろう。

 

 外套を止めるボタンに手を掛け、一つ一つ外していく。

 

「あ、姉貴……っ!」

 

「動かないでガリッパ。いいから」

 

「っ……」

 

 外套を地面に捨て、晒しとハーフパンツのみになったことで、一段と視線を集めるようになった。……くだらん。

 

「…………」

 

「……ラルク。見ちゃだめだよ」

 

「なんで、こんな事を──」

 

「──ラルク! おめぇは黙ってろ。おいクソ女。とっとと手を動かせ、まだ残ってんだろ?」

 

「……面白くない」

 

 各々が好き勝手に喋り、喧騒が広がる。その渦中に私を置いて、どこまでも不快な空気が増長していく。

 

 ショートパンツを止めるボタンを外し、下ろしていく。突き刺さるような視線が、ずり下がるズボンに移動していき……そこで、私はショートパンツを履き直した。

 

「……あ? 何してんだよ」

 

 私の突然の行動に、周囲に緊張が走った。ガイが一歩一歩と近付いて、私に脅しをかけてくる。

 

「誰が止めていいと言った?」

 

 確かにこの場で私が全裸になり頭を地につけ醜い言葉を述べれば、騒ぎは収束を見せスムーズに穏健派に属することになるのだろう。しかし、それは今だけだ。今私がこいつらに謙れば、革命派の時と同じ、主人と奴隷の関係になる。そうなれば、再びこういった自体に陥る。

 

 ……そうなるのが分かっているのなら、私はここに来るべきではなかったし、今すぐにでも回れ右をしてとっとと帰るべきだ。だが、敢えてその選択をしないのは……在りし日の夢を思い出したから。それを叶えるためには、穏健派の力を借りるなりして、貴族街に入る必要がある。私だけでは得られない情報や、人員を動員しなければ……成し得ない。だから、今ここで対等な立場を築く為には、『私個人』を確立させる。

 

 安易な選択に逃げるな。

 

「……すまないね。サービスはここまでだ。これ以上は課金が必要だ」

 

「……は? 何だって……?」

 

「意味が分からなかったか耳聾。貴様らに頭を下げるくらいなら死んだほうがマシだ、クソッタレ」

 

「なっ!?」

 

 ガイは呆気に取られ、怒りを忘れて開いた口が塞がらない。折角だ、奴らが困惑している内に、思っていたことを全部ぶつけてやろう。

 

「そもそも最初から上から目線で話していたのが気に食わない。潜在的に私を下に見ているのだろうが、私は貴様らの道具になるつもりはない。何故協力を請われている立場の私が、お前らに頭を下げなければならないのかが分からない。頭が高いにも程がある。立場を弁えろ。はっきり言って不快だ」

 

 私は挑発するように言ってやると案の定ガイは激怒して、突っかかってきた。

 

「てめぇ、言わせておけばッ!!」

 

「ガイっ! やめろ!!」

 

「引っ込んでろ愚図がッ!!」

 

 ガイを止めようとラルクは間に入るが、体格差がありすぎて勢いを止められずラルクは押し飛ばされてしまう。

 

「殺してやるッ……生まれてきたことを後悔させてやるッ!!」

 

 怒り心頭の様子のガイはそう言うと、腰に帯びていた剣を構える。ガリッパが応戦しようと剣を構えるが私は肩を叩いて諫める。ガリッパの前に出ると私は短剣を突き出してガイに向けた。

 

「…………」

 

「……ふふ、面白い」

 

 後悔だと。私は既に十分後悔している。これ以上後悔しないため私は生きることを誓った。その邪魔をするなら容赦は──。

 

「おーいテレジー! 松茸、採れたぞー!!」

 

「!?」

 

 鉄兜に白のタオルを巻いて麦わら帽子を被って鎧の上からオーバーオールを着用し、背中に大量のキノコ──多分それがマツタケ? ──が入った籠を背負った男、マイケルが登場した。

 

「だ、誰だてめぇ!?」

 

「……なんか、凄そうな人……」

 

 突如現れた闖入者にガイは警戒心を露わにした。しかしマイケルはそれをもろともせず、それどころか平常運転であった。

 

「トム・ク○ーズだ! いい加減に覚えろ!!」

 

「覚えるもなにも、会ったことないだろっ!!」

 

「いやそもそも名前違うでしょッ!?」

 

「マイケルは偽名だ!!」

 

「偽名ッ!?」

 

「来て早々騒がしいわね。コント?」

 

 初対面の相手に偽名使うなよ、こっちからしたらそれじゃ真名なんだよッ。

 

「はっ、お前もボマーに惚れ込んでるって口か? どいつもこいつもイカれてんな、そんな糞女のどこがいいんだよ!!」

 

 ガイは私の周りに増えた事に腹を立てたのか、ガリッパに言ったようなことを言って挑発する。

 

「惚れてるだと? 当たり前だ、テレジーは世界で一番素敵な女性だ、文句あるかッ!!」

 

 マイケルはガイの恨み言に返答を────。

 

「え……っ!? 素敵……私が…………?」

 

「「…………!?」」

 

「……ん……あれ……?」

 

 予想を裏切られた私は堪らず思考が停止してしまう。へー。あ、そう。そうなんだ、へー。ふーん。まぁ、客観的に見ても私は容姿が整ってるし、どうせ一目惚れしたんでしょ? だから別に嬉しくないけどね。今更そんなこと言われてもって感じ。ありきたりな言葉だよね、素敵って。それ言っとけば何とかなるって思ってる男って多そう。てか世界一って何? 規模がでかすぎてよく分からんわい。惚れてる……当たり前? あっそ、別になんとも思わないわ、うん。

 

「え、えへへ……素敵な、女性……世界一、当たり前…………ふふ」

 

 あ、あれぇ? なんでだろ……に、ニヤけるのが止まらないよぉ…………。

 

「……姉貴。今取るべき反応が違います」

 

「え? あ、ああ……」

 

 ガリッパに正され、私は冷静さを取り戻す。そう、私はマイケルのツッコミ役。常に冷静にツッコミを入れなければならない。上気した顔をパタパタと仰ぎながら努めて冷静にツッコむ。ふぅ……一息ついた。精神ばっちぐー。

 

「具体的に、どこが素敵だと思ってる……?」

 

「姉貴、ツッコミどころが違います」

 

「や、やっぱりいい……聞くの怖い……」

 

「姉貴、女を出さないでください」

 

「ああ、でも……あ、や、やっぱり……」

 

「姉貴……そろそろマツタケにツッコミを入れてください」

 

「──え、マ、マツタケ? なんだっけそれ……」

 

「思いもよらぬ角度からの攻撃に姉貴の頭がパニックを起こしてる!?」

 

「おお、そうだ松茸。テレジー、食うか?」

 

 そう言ってマイケルは背中の籠からマツタケ一つを取り出して私に手渡してくる。凄いおっきくて美味しそう。マイケルが採ってきたんだから、美味しいに決まってるよね? 

 

「え、ええ……頂こうかしら」

 

 あ、マイケルの手に触れちゃった……凄い固くて、男らしい手……手袋越しだったけど……嬉しい……。

 

「いやそれ絶対生で食っちゃ駄目なやつでしょ!? 姉貴も食べちゃ駄目です!!」

 

「むぅ? ちょっと前に一つ食ったがなんにも……うっ、腹が……!!」

 

 私は両手で持ったにマツタケを食べようとしたとき、マイケルは腹を押さえて腹痛を訴えた。

 

「ほら」

 

「な、何てもの食わせようとしてんのよッ!!」

 

「あ、姉貴が戻った」

 

 危ない、私はこの男に騙されるところだった。この男は冗談しか言わないから本気にしてはいけない。そのことを肝に命じておこう。

 

 でも、綺麗っていうのは冗談じゃないといいなぁ……。

 

「──違うッ!!」

 

 ──私は、止まりそうになった思考を、床に頭突することで無理やり動かした。

 

「え、怖っ」

 

 エレノアが、引いた。



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第十四話ッ 俺の顔に免じて許してくれッ!!※自惚れるな

 

「ト○・クルーズだろうがマツタケだろうが知らねぇが、俺はこの女を仲間として認める訳にはいかねぇぞ」

 

 嵐のように場を荒らしまくったマイケル。しかし、依然として現状は変わらず空気は冷え切っていた。まぁ、私が悪いんだが。いや、違う。私だけじゃない。マイケルも……悪いんだから。

 

 周りの人間は、突如として現れたマイケルに戸惑っているようで唖然としたままだ。だが、いずれは私の排斥にやっ気になることは変わらない。この状況を打破するには……気は進まないがマイケルを頼りたい。だって、もう元の『当たって砕けろっ、人間関係っ!』プランも使えないし……。

 

「おいマイケル。お前が変なこと言うから名前覚えてもらってないじゃんか」

 

ガリッパがマイケルを肘で小突きながら、先程のことを咎める。

 

「そ、そんなこと言われても俺悪くないもんッ」

 

「いい年した大人がいじけんな。……ていうかお前、何でここにいるって分かった?」

 

「テレジーの匂いを嗅いできた」

 

「キモッ!?」

 

 マイケルはこんな調子だし、ホント何しに来たんだこいつ。ていうか匂いだけで分かるもんか、犬かよ。

 

 すんすん……そんな臭くないよね? 

 

「姉貴……ただの冗談っすよ。マジにしないでください」

 

「し、してないわ。ただ気になっただけ。でも、もしあれだったら……ほら、あれでしょ?だから、それだけよ。……本当よ?」

 

「はい、分かりましたから……」

 

「…………面白い」

 

やばい、さっきから墓穴しか掘ってない気がする。

 

「テレジーさん……」

 

 ラルクは不安そうな表情でこちらの様子を窺う。ラルクとしてはこの状況を好転させて、どうにか仲間になってもらいたいのだろう。……しかし、さっきも言ったが私を下に見てくるやつに協力するつもりはない。ラルクには申し訳ないが断るつもりだ。

 

「――で、こういうことになってて」

 

「ふむ、なるほど。分からん!」

 

「だいぶ分かりやすく言ったけどな!?」

 

 私が思索に耽っている間ガリッパはこれまでの経緯をマイケルに説明してくれていた。マイケルは俯きながら小難しい顔をしていると、合点がいったのか表を上げる。

 

「分からんのはテレジー、君のことだ」

 

「……は?」

 

「……姉貴が?」

 

 思わぬ矛先の変換に私は怪訝な視線を向ける。マイケルのその含めたような言い方に、少し疎ましさを覚えた。

 

「言い方が悪かった。そうだな、『伝えたいことはシンプルに言っておいた方がいい』……ということだ」

 

 それではまるで私が悪者だと言っているようだ。私は不機嫌さを顕にマイケルを睨みつける。しかしそんな事を意に介さずマイケルは私の頭に手を乗せると、やんわりと撫でてくる。

 

「まぁ、俺に任せておけ!!」

 

「……子供扱いすんなッ!」

 

 気恥ずかしさでいっぱいになり、マイケルの手をはたき落とす。しかし彼は気にした様子を見せず『がははっ』と笑いながらガイの下へ歩いていく。

 

少し乱れた髪を直しながら、マイケルが触れた場所に手を当てる。自分の体だというのに、掌から自分以外の温もりを感じるようで気味が悪い。……調子が狂う。

 

「過去、テレジーは君たちの仲間を傷つけてしまった。それは間違いないし、彼女にも非はあるのだろう」

 

「分かってんなら話は早ぇ。殺されたくなきゃとっとと失せやがれ」

 

「誰しもが間違い、時に涙し、笑う……そんな経験を積みながら、人間は生きていくんだ……」

 

「あ?何言ってんだおっさん」

 

 マイケルはふっふっふっ、と不敵に笑うと、シュパッとガイに向かって指をさした。

 

「つまり、過去のことは水に流そう、と言ったのだッ!!」

 

「いや言ってないだろ」

 

ガイは思わずツッコむ。ペースを崩されたと思ったのか、ハッとすると鋭くマイケルを睨みつける。分かるぅ……あいつと喋ってると、頭をおかしくなるから……まともに相手しちゃだめよ。

 

「テレジーはガイ殿が思っているような、俺が想像する貴族とは違う。……ガイ殿は、あの城にいる貴族と会ったことはあるのか?」

 

「……それは、ねぇけど……だからといって、アスキア民が必死こいて生活する中、のうのうと過ごしてきた数年間は変わらねぇだろ。それが気に食わねぇ」

 

「それが、この国を救う為のものだとして――」

 

「――はっ、世間知らずもいいところだぜ。絶賛隠居中の、カビで芳しいお貴族殿は豊かに暮らすことに必死で、この国を救おうなんて、余裕、は……」

 

「……会ったことは、あるのか?そう言った貴族に」

 

思ったよりも的をついた指摘に、私も狼狽する。マイケルが理責めをしてるのが奇妙だ。

 

「…………ねぇ、けど」

 

「ならば――」

 

「――ああ、さっきからゴタゴタうっせぇんだよ!おっさん!!」

 

だが正論を言うのが正しい場面は限られる。ことガイのような感情の起伏が激しい相手には尚更。むしろマイケルが刺激したことによって、私へのヘイトが高まったような気がした。……どうすんだよ、この状況でどう任せれば?

 

「ふっふっふっ……俺の顔を見た後でも同じことが言えるかな?」

 

 そう言ってマイケルはカチャカチャと鉄兜を固定している首元の金具を外していく。

 

「……ん?」

 

「――は? 何言ってんだ……頭湧いてんのか」

 

 話噛み合ってなくない……外してどうなるっていうの? お前の顔見せても問題解決しないよ、失礼だけどこの場では価値ないよ? 

 

 『スポンッ』

 

 鉄兜を脱いだ時の小気味よい音が静寂を生む。マイケルはおもむろに鉄兜を外してその顔を周囲に見せつけた。

 

「おっさんじゃねぇか」

 

浅黒い顔と短いパンチパーマ。まんまるな目と柔和な表情と綺麗な髭が披露されるも、周囲の反応はイマイチ。

 

 正面で見ていたガイの呟きに、穏健派の皆も同調するように頷いていた。マイケルは不服そうにガイを見る。

 

「む、失礼なッ。26歳だぞッ!」

 

「若ッ!?」

 

「……嘘でしょ」

 

「……ええ……」

 

 マイケルの25歳発言に驚いた者たちは各々反応を漏らした。まあ、確かに声も低めだし、なんとなく年取ってそうに見えるけど……そこがいいんだよなぁ……。

 

「あの、姉貴。そろそろ……ツッコミを……」

 

 ああツッコミね、ツッコミ。しないとね。

 

「……うぅ」

 

「姉貴?」

 

「や、やっぱりかっこいい……すきぃ……」 

 

「「…………」」

 

 なんだか、周囲の私に対する目が暖かいものになっている気がする。私そんなに変なことしたかしら……。

 

「……きもっ」

 

「あ?誰だ今『きもっ』て言った奴。出てこいよ、おらッ!!」

 

急に聞こえてきたマイケルのへの罵倒だろう言葉に、私の堪忍袋の尾ははち切れた。ふざけんじゃねぇ、マイケルのどこがキモいっつんだよ!!

 

「――え、怖っ。何?」

 

「お前かっ!?」

 

「え?……え、まあ……あたいよ」

 

「許さない……マイケルに、謝れ……!!」

 

「……エレノア。言っていい事と、悪い事、ある」

 

「黙りなさいオーフィア。えっと……マイケルに言ったんじゃないわ、あんたに言ったのよ。デレデレしちゃって気持ち悪いって」

「……エレノア、それ逆効果じゃ」

 

「あ、何だそういう事か……もう、何よっ!先に言ってよもう!!」

「「…………」」

 

私の勘違いで、マイケルが罵倒されたわけでは無かったのか。ふぅ良かった……マイケルのかっこよさは人類の共通認識だよね!解決解決〜。

 

――違うッ!!結局何も解決してない!!

 

「これで問題解決だなっ!!」

 

「そんな訳無いでしょ!?」

 

「え、ああ、まぁ……もう、なんでもいいか……好きにしろよ」

 

「ま、そうね……」

 

「あれぇ、何とかなった!?」

 

 私の参加を反対していたガイとエレノアは呆れたような、諦めたようなニュアンスで納得した。その様子にガリッパは驚きが隠せないようだった。

 

「えーっと、マイケルさん……でいいのかな。是非マイケルさんも僕たちに協力してくれないか」

 

「もちろんだ。テレジーが行くところに我有りだッ!!」

 

 ほんわかした空気を感じ取ったラルクはすかさずマイケルの勧誘を行った。そしてなんかよくわからないが、私が知らないところでわだかまりは解決した。

 

 豪快に笑って、ラルクとの固い握手をする、そんなマイケルも……あー、かっこいい。ずっと見てたい……。

 

「えいっ」

 

「痛ッ、何すんのよ!」

 

 突然私の肩甲骨の間に激痛が走った。慌てて振り返ると、ガリッパが仏頂面で私を睨んでいた。

 

「すんません、でもずっと呆ける姉貴が悪いっす。……自分の役目、忘れないで下さい」

 

 ガリッパは謝る姿勢を見せつつも引くことはせず、むしろ咎めるように言ってきた。私の一連の有様に腹を立てているのだろう。

 

……そういや、マイケルが来てから、私への視線が軟化したと言うか、温かい視線になったような…………あ。

 

 ごめん、ガリッパ。その通りだ……。

 

――私は深々と頭を下げて素直に謝った。

 



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第十五話ッ 女って怖いッ!!※怖い

 

「……知っているとは思うが、私はテレジー。見ての通り貴族街の出身。横にいるのはガリッパ──」

 

「──バーナードっす」

 

「……いや、ガリッパだ」

 

「え、自分の名前に対して『いや』って否定されることってあります?」

 

「うん、ガリッパ君だね」

 

「……ラルクがそう言うなら、リンもガリッパ君って呼ぶね」

 

「それでも、オレはバーナードっす……」

 

「ちなみに俺はマイケルだッ」

 

「僕は穏健派……のリーダー、ラルクだ」

 

「ラルクの幼馴染のリンウェルです」

 

「よろしく頼むッ!!」

 

「ああ、こちらこそ」

 

 鉄兜を被り直したマイケルとラルクは互いに手を取り合って固く握手を結ぶ。リンウェルと名乗る少女然とした女は微笑んでその様子を見守っていた。

 

 先の騒ぎから幾ばくか経ったあと、各々用事があるとその場から去っていった。残ったのは私達3人と、ラルクとリンウェルだけ。マイケルがどうせなら親睦を深めようと自己紹介を提案したところだった。

 

「それにしてもさっきはびっくりだよ。テレジーって結構乙女してるのね」

 

 リンウェルは例の一件を思い出したのか、鈴を転がすようにくすくすと笑っている。

 

「乙女してるとは何だ?」

 

「さっきの姉貴みたいなことっす」

 

「あーなるほどー……とはならないんだよそれじゃあ。説明になってないから」

 

「はぁ……」

 

「え、何でため息吐かれなきゃいけないの? 私が悪いの?」

 

「テレジーは分からず屋だな、人の話をちゃんと聞いたほうがいい」

 

「うるさいッ。マイケルにだけは言われたくないッ!」

 

 私は何も起こしてない。悪いのは全部私の環境。つまりマイケルが悪い。少なくともマイケルだけは確実に悪い。

 

「……思ったんだけど、2人って結構仲いいよね。付き合いは長いの?」

 

「そうだなぁ……もうあれから30年の付き合いになるか」

 

「そんなに!?」

 

「それだと私はおろかマイケルも生まれてないだろ」

 

「マイケルに流されんな。面倒なことになるぜ」

 

「は、ははは……」

 

 ラルク、お前は簡単に騙されるなリーダーだろ。

 

 ……思えばたった数日の付き合いのくせに、何故ずっと一緒にいたような感覚になるの何でだろ……こいつと居ると面倒なことになるから、それが何かと私を悩ませているんだ。

 

「それでそんなに仲いいんだ、凄いね。僕とリンは結構長いけど2人ほど────」

 

「15年よ。羨ましいな、2人共」

 

 ラルクの言葉に被せてその先は言わせないように、リンウェルは間に入ってきた。ラルクはいつもの事のように気にも止めず会話を続けた。

 

「そうそう、親同士の付き合いとかあってさ。ところでテレジーさんって何歳なの?」

 

「18だ」

 

「僕たちより年下か、僕とリンは同い年で20歳。ガリッパ君は……」

 

「16」

 

「皆若いなぁ……なんだか僕より大人びていたから、意外だな。僕たち以外のメンバーも20歳は超えてるんだ」

 

「ふーむ……俺は?」

 

「え、当然年上だと……あ、老けてるとか思ってたわけじゃないよ?」

 

「お前、それ言わなくて良くねぇか?」

 

 であれば、ガリッパを除いて皆私より年上か。とてもそうは思えない。年上だというのならどっしりと構えて、もっと落ち着いて欲しい。

 

「ば、ばぶ、ばぶぅ!!」

 

「え?」

 

 突然、マイケルは床に仰向けで寝そべって、まるで赤ん坊のような仕草で産声を上げた。

 

「ばぶぅぅううう!!!! 

 

「……キモっ」

 

「老けてるって言われたから、幼児化してみたッ!!」

 

「してみた、じゃないわよ!! 年を考えなさいッ!!」

 

「ほら見ろ、謝れよ」

 

「そ、その通りだねガリッパ君……ごめんよマイケル。そんなつもりじゃなかったんだ」

 

 ラルクが大人びている、と言ったからだろうか天邪鬼で赤ちゃんにならなくていいんだよ。お前の図体と渋めの声で赤子は色々キツイわ。

 

「……マイケルさんって、変わった人だね?」

 

「いや、『変わった人』だけで表現するには力不足だろ……」

 

「ふふふ」

 

 再びリンウェルは私を見ながらくすくすと笑う。変わった人、ていうのは世の中に色々いるだろうが、こいつと同類にしては些か可愛そうだ。

 

「今日のことは本当にごめん。僕がガイを抑えられたら良かったのだけど……」

 

「いや、いい。期待してない」

 

「あ、うん……」

 

「ふふ、ラルク。考えすぎちゃ駄目だよ。リンはラルクが頑張ってること、よく分かってるから」

 

「ありがとう、リン……」

 

 やべ、なんか悪いこと言っちゃったか? ……なんかリンウェルに凄く睨まれた気がした。『気にすんな』くらいの意味で言ったのだけれど。

 

「ふむ、テレジーよ。それではフォローになってないぞ?」

 

「な、なんて言えばよかったのかな……」

 

「『Get out of here』って言えばよい」

 

「オレ馬鹿だから良くわかんねぇけど、取り敢えずマイケルは黙ってろ」

 

 ☆ ☆ ☆

 

「マイケルさんって、元々アスキア人じゃないでしょ?」

 

「う、うむ……そうだが?」

 

「本当、災難だったね……偶にそういう人も居たけど。えーっと……6歳のときなのかな、ここに来たのは。旅行だったの?」

 

「んー……分からんッ!!」

 

「え……どういうこと?」

 

「つまり……『分からんッ』ということだッ!!」

 

「これは無視していいわ。その、マイケルは以前までの記憶を失ってるの」

 

「そんな……じゃあ、自分の家族も忘れてしまったのか?」

 

「う、うむ……何も分からん。でも心配無用だッ、俺にはテレジーがいる!! おんぶに抱っこだ、文字通りの意味でッ!」

 

「嫌よ──え、文字通り!?」

 

 こいつこの図体でか弱いこの私におぶってもらおうと思ってるの? 無理よッ。自分の体重考えなさい。

 

「……何か困ったことがあれば、いつでも僕たちを頼ってくれ。君の助けになりたいんだ、マイケル」

 

「お、おお……お前は良いやつだなぁ、ラルクぅ! いやラルク殿!! あって間もない俺をっ!!」

 

 ラルクの微笑みながら差し出した手を強く握りながら、マイケルは感激のあまり抱擁をした。本当良いやつだな……リーダーじゃなかったらどんなに良かったことか。誰かに任せて捨てようとした女とは違うぜ。

 

「勿論さ。生まれは違えど、この国にいる以上皆大変な思いをしているのは間違いない。助け合って、そしていつかアスキアを変えるんだ」

 

「おうッ!! そうしよう!! 今すぐ貴族たちにカチコミだッ!!」

 

「いや気が早すぎよッ。それにカチコミだとラルクの望む結果にならないでしょ」

 

「それもそうか……うーむ、うーむ」

 

「ははは。その元気に頼らせてもらうよ」

 

 それから幾つかの自己紹介を重ねた私達は、お互いの大分知れたと思う。こんなにも大人数で話したのは久しぶりだ。前まではこんな風に平和に過ごせるとは思っていなかったな。……あの時、前に進むことを選んで良かった。私は歩いていける。

 

「少し気になっていたのだが、この国の人間は皆カラフルな見た目をしているな。特にテレジーの髪は太陽のように美しい」

 

「太陽……っていうのはイメージつかないけど……」

 

 それはアスキアが栄花の時、アスキア一世の時世の影響だ。

 

 クリフ一世より後を継いだイシャク一世はラ・マージ鉱山の利権を遠国のアフマド帝国との争いで獲得した。発掘された鉱物をキャラバンが売り歩き、アスキアを中心とする交易路周辺の国は栄えた。まあ、とうのイシャク一世は冷酷無比な人物で、国内からの支持は薄く、人望はなかったらしいが。

 

 短い時世のイシャク一世から継いだ、前王たる我らがアスキア一世。彼の代になってからのアスキアの経済的成長は凄まじく、砂漠地帯というディスアドバンテージを持ちながらも、水路や街灯や家屋などの市内にかかる施設備、城壁や軍部の強化などアスキアの戦力の増強。さらにアスキア一世は学問の面にも余念がなく、魔法・魔術学、数学、化学等のあらゆる分野の学者を各国から呼び寄せ、研究費用及びその成果如何によって名誉を与えた。

 

 それらのお陰で学者たちは我先にと研究を重ね、それがアスキア軍の強化及び自国の発展に大きく寄与した。外部から呼ばれた学者たちや観光客がこの国に住み、様々な人種が入り混じる帝国となった。

 

 そんな中、多種多様な移民によって元々のアスキア人が他の種族に圧迫され、差別が起きるのではないかと考えられていた。しかしアスキア人が信仰していた宗教による優れた民度の高さから、そういった人種争いは無かったそうだ。また元々の辛い環境で生きてきたアスキア人であったため、他の種族を押しのけるほどのメンタルを持っていた、という説もある。

 

 ……つまり、アスキア一世は人種の垣根なく学者を呼び寄せ、国の発展に尽力した素晴らしい為政者だった。それ故元アスキア人は十人十色な髪色瞳色をしている、ということである。それだけ覚えていてくれ。

 

「この国では、赤い髪に緑の瞳を持つものが美人の条件と言われてるんだ。由来はこの国の象徴でもある聖なる炎。そして国宝の王家に伝わる翡翠玉。この2つは神聖なものとして大切にされてきた……と言っても、そういう人は中々居ないんだけどね」

 

「ほう、であれば確かにテレジーは……」

 

 マイケルはラルクの話に共感するように頷いた。その間なぜか私の方を見ることはしなかった。

 

 ──数多くの学者たちの中で、アスキア一世は1つの家系を王家に入れた。それが赤髪に翠眼の、ナイルシュバルツ家だった。

 

 その女性は魔術に精通している優秀な学者であり、強力な魔法師でもあった。アスキア一世の栄花の裏に、いや表に彼女の存在は大きい。アスキア軍の魔法師団の戦力拡充による国防力増加は、周辺国家に『アスキア大王』と名乗らせる程凄まじいものだった。国民の圧倒的な支持の下王家に嫁入りした彼女は、アスキアにとっての宝と同じ。その結果ナイルシュバルツ家は好待遇で迎えられ、経済的支援を得ることでより地位を増した。それに笠を着ることなく生涯アスキアに貢献した彼女は、アスキア国民にとっての憧れとなったのだ。

 

 ……ナイルシュバルツ家の一強ではあったが、他の学問に造形の深い名家も存在するよ、ってことだけ言っておく。説明は省くが。

 

「燃え盛る炎のような髪、綺麗に磨き上げられた宝石のように澄んだ瞳。しかも顔も整っててスタイルもいいってなったら、惚れないわけ無いっすよね……」

 

 ガリッパは大袈裟に私の容姿について語り始めた。そこまで言われると少し居心地が悪い。色んな意味で。

 

「なるほどな。ガリッパもラルク殿も、そうなのか?」

 

 マイケルは怪訝そうな表情で二人に問いかける。片方は自信ありげに、片方は難しい顔をしていた。

 

「もちろん、姉貴は世界一っす」

 

 ガリッパは胸を張って即答してみせた。しかし何故だろう、こいつに世界一とか言われても全く何も思わないのは。

 

「あー、その。えーっと……」

 

 ラルクはしどろもどろになりながら、答えを言わない。そういう優柔不断なところがリーダーとして失格なんだぞ。

 

「…………ふふ」

 

「…………」

 

 ……沈黙は肯定と受け取ったのか、ガリッパは共感するように大きく頷いた。自分の容姿をもちあげられても嬉しくないし、むしろ私は自分の外見が嫌いだ。だからこの手の話題はすぐに終わってほしいのだが。

 

「では、貴族は皆テレジーと同じ、赤髪に緑目なのか?」

 

「いえ、違うわ。元々黒髪が多かったアスキアだけれど、あらゆる人種が訪れたことによって、髪色や瞳の色が豊富になったのがこの国の普遍的な特徴。だから、貴族も貧民もそこは変わらないの。……皆一様に赤いというわけではないわ」

 

「……けれど、姉貴のような髪色と目のセットは貴族のナイルシュバルツ家……? だけっすよね」

 

「まあ、そうね」

 

「ナイル……む、それは何だ?」

 

「20年前、灰の嵐が発生した時、街に居た一定以上の魔力を持つ、有力者達を含むアスキア人全てがアスキア城に集められた。それが今の『貴族』と呼ばれる人たちで……その理由は灰の嵐に対抗するため、というのは分かるわよね?」

 

「うむ、クロードも似たような事を言っていた。灰の嵐を消すために莫大な魔力が必要だと」

 

「そう……その貴族の中には、王家もひと目に置くような魔法師の名家が幾つか存在したの。まあそうよね、魔力を持つものを集めてのだから、魔法師は優先的に貴族になり得る。その中の名家の1つであり、アスキア一世が客人として招いた『ナイルシュバツルツ家』っていう家系の特徴が、赤髪に翠眼なのよ」

 

「おお……なんかかっこいい? 名前だな」

 

「……と言っても、僕らが生まれる前の話だから、本当のことはよく分かんないんだけどね。多分より詳しく知ってるのはクロードくらいじゃないかな」

 

「ふむ……ではテレジーは由緒正しき血を受け継ぐ一族というわけだな」

 

「ええ……そうかもしれないわね」

 

「ふむ、今でも理想とされるくらいなのだから、当時はさぞかし……」

 

 マイケルは独りごちると、ふむふむと腕を組みながら何かを納得したらしい。それきり悟ったように黙り込む。一通りの説明を終え沈黙が生まれる。会話が途切れただけで、それ以上の他意は無いはずなのに、私にとっては居心地が悪いが悪い以上の何ものでもない。

 

「それにしてもテレジーさんは歴史に詳しいんだね。アスキア一世より前の話は聞いたこと──」

 

「──何を言っている。常識だろ」

 

「え……」

 

「……あっ」

 

 ラルクの会話を戻そうと端を発した言葉に、私の失言によって再びの沈黙。それもよりたちの悪いものとなって戻ってきた。

 

 ……そうか。貧民街ではこの程度の歴史すら伝わっていないのか。これではまるで私が知識をひけらかしているみたいだ。普段貧民と会話しないことが、こんなところで凶と出るとは。気づくのが遅れた。

 

 思えば私が昔話をしている最中、一度としてラルクやガリッパ、リンウェルが口を挟むことをせず、耳を傾け聞き入っていたように思える。

 

「え、えーっと……」

 

「なんというかあれだな、気まずいなッ!!」

 

「マイケルぅ、そんなにはっきり言わないでぇ……!」

 

「……まあ、そんなナイルシュバルツ家ですが、唯一の残念な点といえば……血を継いだ女性は皆、『胸がまな板』ってことっすかね」

 

 そんな気まずい空気を断ち切ったのは、ガリッパ。この時ばかりは感謝せずにはいられない。……話の内容はクソだが。

 

「最強なんだぜナイルシュバルツ家の貧乳の血は。昔巨乳が多い家系を嫁に貰った人が居たんだ。幸い子宝に恵まれたんだが、生まれてくる女児は全員貧乳だったんだぜ、例外なく。って親父が言ってた」

 

「ほう……なるほどな」

 

 なんのことかと思えばくだらない、そんな話か。男は胸が好きだな。あとガリッパ。お前の親父の貴重な思い出話初披露シーンがこの場面で良かったのか? あとマイケル。頷くな。

 

「……胸なんてあったところで邪魔じゃない。あんたたちが思ってるより重いのよあれ。それに私は今の自分が──」

 

「姉貴」

 

「……何よ」

 

「ドンマイっ!!」

 

「殺すぞ」

 

 あったところで動きにくいし、肩も凝るから要らない。要らないったら要らない。分かるかね、あの脂肪の塊。あれはつまり富の蓄積、ようはただのブタなのよ。私はニューヒューマンの先駆けとして、要らないものを廃した先進ボディを会得しているの。

 

 というか、あいつら胸元膨らんでるから横から見た時、マジただのデブになるし。私を見てよこのスリムなスタイル、これが人間のあるべき姿よ。美しー。

 

 ……まあ私は私の容姿が嫌いだからあれだけど、それでもあいつら豚どもよりマシよ。

 

「えーっと、僕は別にどうも思わないけど……」

 

「なら黙ってろ。私のいいところを1つも言ってないくせに、このクソ男が。胸だけ見てろカス」

 

「きゅ、急に口悪いね……」

 

 ラルクは曖昧な言葉を掛けてくる。何に気を遣ってるのか知らないが、余計なお世話だ。私は自分を誇らしく思っているというのに。

 

「ふふふ、女の価値は胸の大きさじゃないよ、テレジー?」

 

 よく見ればリンウェルはそこそこある方だな。良かったなラルク、揉み応えあるぞくそったれ、引き千切るぞ。だが残念だったなリンウェル。高みの見物も今の内だぞへっぽこ乳袋。お前のよりデカイやつなんていっぱい居るんだからな!! 所詮中の上だぞ、お前なんて!! むしろ中途半端なサイズな分いじられもしない、見向きもされないしょうもない乳やぞ。恥を知れ。せめて下振れるか上振れろ、バーカバーカ!! バーカ!!!! どうせみっともねえ乳輪してんだろうなッ!!! ロケット乳首バンザーイ!! 垂れろ、情けなく垂れ下がれッ!! 

 

「案ずるな……大事なのは器だ。中身なんだよ、テレジー……うんうん」

 

「あぁああッ!! もう、うっさいわねッ、だから気にしてないっていってんのよッ!!」

 

 要領を得ない事を言うな。器って体のこと言ってんのか、結局どっちが大事やねん。お前も結局胸か、この色欲狂いの乳好き馬鹿鎧。

 

 ……お前私より胸ありそう。……う、うぅ…………。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「じゃあ、今日は色々あったけどありがとう。また今度詳しく話したい」

 

「おう、ラルク殿。また今度な!!」

 

「テレジーさんも」

 

 それからくだらない世間話を挟んだところで、私達は解散する足運びとなった。今日はあくまで顔合わせ。後日、今後の計画も絡めた行動について決めるらしい。これから仲間内で私とマイケルをどう運用するか会議をするらしい。さて、いつまでかかるだろうか。結構揉めそうだな……まあ、私には関係ないか。がんばれー。

 

「私のことはテレジーでいい」

 

 私はさん付けされるほど高尚な人物ではない。もっと適当に読んでほしい。そう暗に伝えるとラルクは一瞬考え込むような仕草をとり、一度頷いて顔を私に向ける。

 

「ならテレジーちゃん……?」

 

「……ちゃんは不要だ」

 

 それはちょっと不快だ。自分より年下だからといって、馴れ馴れしくないか。

 

「はっはっはっ!! いいじゃないか可愛らしいぞっ、テレジーちゃん!!」

 

「なんか腹立つ死ねッ!!」

 

 マイケルにだけはそう呼ばれたくねぇ。怒り任せに全力でマイケルを蹴り飛ばした。彼は錐揉み回転しながら曇天を飛翔した。

 

「うわあああぁぁぁぁぁ………………」

 

「やっぱり仲いいなぁ」

 

「はぁ……では、また今度」

 

「う、うん。また今度」

 

 ガリッパがマイケルのもとに救出に向かうのを尻目に、私はラルクに別れを告げアジトを後にする。面倒事は全てガリッパに。楽だな、これは。

 

「テレジー、ちょっといい?」

 

 ラルクと分かれて帰路につこうとしたとき、後ろからリンウェルに呼び止められた。

 

「なんかあったかい? リン」

 

「うん、ちょっと、ね?」

 

 簡単には断れない雰囲気を感じたため先に帰っていてくれと二人に伝える。ついてきて、と手招きをするリンウェルの後を追ってアジトの右手に位置する廃屋に入った。

 

 ……面倒事は終わってなかったようだ。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 埃まみれの廃屋。この施設はもともと兵士たちの宿舎の一部でもあったのだろう。もはや老朽化で使い物にもならない家具類が四散していた。大方金目の物や使えそうなものなどは奪われてしまうから。……これが、悲しくも嘗て最盛を極めたアスキアの現状でもある。

 

 リンウェルは部屋の中央で立ち止まると、振り返ることはしないまま話出した。

 

「さっきはあまりテレジーと話できなかったから……2人で話したいことがあったの」

 

「そうか、私にはなかったが」

 

 私は努めて淡白に言うと、リンウェルは振り返ってくすくすと笑う。

 

「やっぱりサバサバしてるのね」

 

「……生憎と、アンタみたいな手合に、『こういった場所』で色々あったからな」

 

「……変に刺激させちゃったかな? そんなつもりはなかったけど」

 

「胡散臭いやつだ。お前からは私が出会ってきた女どもと同じような『匂い』を感じる……猫を被るな、気持ちが悪い」

 

 リンウェルは気取ったようなくすくすという笑い方をやめて無表情になる。茶番に付き合う気はない、そういうように敢えて挑発的な言葉を選んだ。

 

 もちろんこんなところに連れてきて、ただの会話をするとは思えない。この女は身なりと身のこなしから判断するに戦えはしないだろうが、一応いつでも短剣を構えられる意識はしておく。

 

「へぇ……気遣ってあげただけなのに」

 

「……別に私はお前に危害を加えるつもりは毛頭ない。これ以上の会話も互いに不利益だろう」

 

 私の言葉を聞いたリンウェルは、小さくため息を吐くと少女然としていた先程とは打って変わって剣呑とした雰囲気に変わる。

 

「……さっきの乙女してるって言葉。リンはね、『空気も読めずにメスを振りまく卑しい女』って意味で言ったの」

 

 リンウェルは机に軽く腰掛けると、先程までの態度とは一変しくすくすと醜く嗤う。

 

「やっぱり貴族からも捨てられた底辺は勘が鋭いのかな。動物みたいだよね、『匂い』、とか……ふふふ」

 

「…………」

 

「ああ、やっぱり今のその顔……嫌い。悟ったかのような、見透かしているような高慢な顔。……やっぱりあの時、顔も狙っておくべきだったかな……?」

 

「……は?」

 

 リンウェルは言葉を一度切ると、机から降りてゆっくりと近づいてきた。一歩ごとに眼光が鋭くなって、その度に内に秘める黒い何かがひしひしとぶつかってくる。

 

「あ、シドのことは覚えてても、そっちは覚えてないんだ……『貴族崩れの娼婦』さん?」

 

「それ、は……!」

 

「ふふ、あははは!! ちょっとおもしろい顔になった? いいね、それ」

 

 遠い昔に付けられた、背中の古傷が疼く。一字一字、執拗に深く切り刻まれたその刻印は、今も尚私の背中を醜く穢している。

 

「リンとラルクの眼の前に再び現れたこと、後悔させてやる……ああ、それと、ラルクに近づいたら……どうなるかわかってるでしょ?」

 

 すれ違いざま、呟くような恨み言を吐き捨てるリンウェルに、私は何も言えなかった。……覚えがないとは言わない。だから、非常に癪ではあったが、私は奴に従うことにしたのだ。

 

「地獄に落としてやる……お前だけは許さない」

 

 リンウェルが廃屋から出て数分かあるいはそれ以上。呆然と立ち尽くした私は、崩れるようにその場にへたり込む。

 

「馬鹿ね……ここが地獄じゃないなら、私は一体何処まで落ちればいいというの?」

 

 空虚な言葉というのは、やはりどこまでも物悲しい。無駄になると分かっていて、吐かずにはいられない人間の性。自分が、結局その輪廻の中に囚われていることに、改めて気付かされたのだった。



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第十六話ッ 大きく育って、天を穿てッ!!※育ち過ぎ

デカくなりすぎるとそれはそれで鬱陶しい。


 穏健派レジスタンスのアジトに赴いてから数日後、私達はとある危機に直面していた。

 

「う、うぅ……」

 

「テレジー……しっかり、するんだ……!!」

 

「マイケル……私、もうダメかも」

 

「テレジーッ、テレジィィいい!!!!」

 

『ぐぅぅぅぅぅ…………』

 

お腹、空いたな…………。

 

 約一週間前にガリッパが持ってきた食料は既に底をつき、飲まず食わずの日々を過ごしていた。

 

 ガリッパは用事があるからと二日か三日前に姿を消した。食料は彼になんとか工面してもらおうと思っていたから、誤算が生じた。居なくなってからなんとか宛を頼りに探そうかと試行錯誤したが見つからず、マイケルは松茸探しに没頭し成果は無し。私達は絶望した。あれ……クロードと契約する前の私ってどうやって過ごしてたんだろ……。生活力、ゼロ? 

 

「松茸……もうないの?」

 

 私は無気力のあまり床に寝そべりながらマイケルにもう何回目かもわからない最後の確認をした。

 

「テレジー、何回も言っているが……もうない。あのとき全部食べちゃった」

 

「馬鹿ぁ……バカぁ……!!」

 

「だが、一番食べていたのはテレジーだぞ……」

 

「うっ…………」

 

 あのとき、というのは穏健派のアジトに訪れてホームに戻った晩のこと。マイケルは私に仲間ができたお祝いだと言って松茸のフルコースを振る舞った。私が見たことのない料理が床にずらりと並んだ様は今でも忘れられない。思い出しただけでもよだれが……。

 

 『ぐぅぅ』

 

「う……お腹すいた……」

 

 だがやはり少し取っておくべきだったか。腹一杯に美味しい物を食えたのは久しぶりだったから舞い上がってしまった。今度からは少しずつ頂こう。

 

「革命派を抜けたはいいが、このままでは空腹で野垂れ死ぬな……」

 

「なんかあんたは大丈夫そうね」

 

 筋肉があるから一日の消費エネルギーが私より凄そうなのに。

 

「おう、光合成してるからな」

 

「あんたいつの間に植物になったのよ」

 

「うっ……そろそろお腹が。N、P、Kください……」

 

 えぬ、ぴー、けー? 美味しいのかしらそれ……。

 

「このままではいけない……そうだ、羊を育てよう」

 

「羊……?」

 

「そんなわけで……ここに子羊を用意した」

 

『メェェ』

 

 羊って、あのもこもこした『メェェ』って鳴く動物のことか。そんなのこの国にいるわけないだろ……いたとしても環境悪くてすぐ死ぬし、何より育てる知識ないだろ。

 

『メェェ』

 

 幻聴かな、可愛らしい鳴き声が耳元をくすぐる。くすぐるくすぐる……。

 

 ぺろぺろ。

 

「きゃッ!?」

 

 くすぐっていたのは声ではなく子羊の舌だった。私の初耳舐めは子羊に奪われたのね…………いや別にそれはいい。そしてちょっと待て、よく見たら羊じゃない。

 

「子牛……?」

 

 『メェェェェエエ』

 

 そこにいたのは黒に近い茶色の子牛がいた。本で見たのは白黒だったが、こういう品種もいるんだろうか。マイケルはうーむと悩む仕草を見せた。

 

「間違えた、牛だった」

 

「間違えにも程があるでしょッ! ……というか、子牛も『メェェ』って鳴くのね」

 

 私はすっと立ち上がって子牛を観察する。私の腰より低い背丈の目がくりくりな子牛は、ミルク欲しさに私の手をちゅーちゅーと吸ってきた。

 

『トゥンク……!!』

 

「む、何だ今の音は?」

 

 何、今の胸のときめき。もしかして、これが……母性?

 

 そうだ何を呆けている。この子はこの世に産まれたばかりの儚い子。マイケルにいたずらに連れられ、親と引き離された悲しみは……ごめん、私には分からないけれど。確かに私はあなたの母親ではない。そもそも種族が違うし。けれどあなたの親代わりになって、きっと立派に育ててみせるわ。

 

……子牛ってどう育てればいいのかしら。草とかその辺のでもいいのか、まぁないけど。いや、そんなことより先に決めることがある。

 

「名前はメェ子にしましょう」

 

可愛くてチャーミングで親しみ易くて覚えやすい、良い名前だ。

 

「それを十ヶ月育てたのがこいつだッ」

 

 マイケルがそう言うとさっきまで腰ほどの大きさだった子牛が、ポンって音とともに煙の中に消え――。

 

「モォォォ」

 

 頭は私の胸元あたり、体毛は黒く、図体はマイケル一個分くらいに腹が張った牛がいた。でっか、あと顔ちょっとブサイク……? いや、そんなことより────。

 

「あんたッ! メェ子になんてことしたのよッ、返してよッ!!」

 

 私のメェ子がいない! あんなに可愛かったメェ子はどこに行ったの。メェ子はこんなブスとは違って可愛くて、甘えたがりで、まだ私が付いてなきゃ駄目なんだから……! 

 

「これがメェ子だぞ」

 

 べろべろ。

 

「ああ、かわいい。間違いなくメェ子だわ。ああ、ちょっと力が強くなってる」

 

 私はわかっていた、あなたがメェ子だってこと。だって顔の形が特徴的ですもの、お目々もまん丸。ちょっと昔と比べて可愛げがなくなったけど、それも愛嬌。あなたは私の子よ。

 

「それを二十ヶ月ほど育てたのがこいつだッ!!」

 

 再びメェ子はポンって音とともに煙に消えた。このいちいち出てくる煙は動物の成長を加速させる魔法なのだろう……なにそれ革新的だな。

 

 さっきは十ヶ月であの変化だった。あれから二十ヶ月たったら、一体どうなっちゃうの? 

 

 ブモォォオオ

 

 頭の位置は私の目線と同じくらいで、図体は太く長く肥大化していた。腹回りとかマイケル二個分くらいか。それにしたって……! 

 

「ブスッ!? メェ子がブサイクに!?」

 

 なんでこんなにブサイクになっちゃったの!? でも私はあなたを育て親、どんなに醜くなったって決して見放したりしないから。でも女の子としては……失格ね☆

 

「こいつオスだぞ」

 

「メェ太!? あんたうちの子じゃないわッ!!」

 

 私は思わず強烈なビンタをオス牛にかました。だが、オス牛は気にも止めない様子で私をつぶらな瞳で見つめると、顔を近づけてくる。

 

 べろんッべろんッ。

 

「ああ、かわいい。間違いないうちの子だわ。オスならブスでも問題ないわね!! 

 

「テレジー、それは問題発言だぞ」

 

「ああ、でもちょっと力が…………がッ!?」

 

 私はメェ太に頭突きされ、壁まで吹っ飛んだ。私を吹き飛ばすなんて……強くなったのね、メェ太。嬉しくもあるのになぜか悲しい気持ちもある……これが親心なのかしら。

 

「それを精肉したものがこいつだ……」

 

 ポンっという音とともにメェ太は煙に包まれた。

 

「え……嘘でしょ、マイケル待ってッ!!」

 

 気付いたときにはすでに遅い。煙はすっかり晴れ、そこには絶妙な霜のような油が乗った見るからに極上なお肉が姿を表した。でも、私にはそんな事をどうでも良かった。

 

「ああぁぁぁぁあああああああッッッッ!!!! メェ太ぁぁあああああ!!!!」

 

 眼の前で起きた惨劇に、声を上げることしか私にはできなかった。思えば私はこれまで一体メェ太に、何をしてあげられたというのだろうか。物欲しそうに私を舐めてくるメェ太、頭突きをかましてきたメェ太。あのメェ太はもういない……。

 

「この……ゲス外道がぁぁあああああ!!!!」

 

 私のメェ太をこんな姿にしたやつを、生かしておけないッ。マイケル、お前だけはッ!! 

 

「ほれ、焼いたぞ食ってみろ」

 

「美味しぃぃぃいいいいい!!!!」

 

 なにこれ美味い、美味すぎる!! 今まで食べてきたものの中で一番美味い!! メェ太? 何それこのお肉より美味しいの? 

 

 でもなんでだろう……このお肉を食べてると、涙が溢れてやまないのは。

 

「涙……拭けよ」

 

 そう言ってマイケルはハンカチを差し出す。女の泣き顔は見ないと言うように、顔だけはそっぽを向いて。

 

「いえ、結構よ。この涙はきっと、私を強くするの」

 

 涙の数だけ、人は成長する。程よく焼かれたお肉を口に運びながらも私は、この世の摂理に感謝した。

 

 全国の肥育肉牛農家さん、ありがとう。

 

 

 

 

「――違うッ!!!!」

 

「む、どうした?」

 

 いや、なんでだよッ。あの牛どこから持ってきたッ!? 途中の意味わからん茶番劇は何ッ!?私は何故騙されていたッ!?馬鹿かッ!!

 

――奇跡的に、私は思考を取り戻した。

 







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第十七話ッ これからの『魔法』の話をしようッ!!※つまんないとか言わないで

 

 よく肥えた雄牛の肉は、流石に空腹だったとはいえ一度に食べ切れる量ではなかった。そのため、松茸の惨劇を反省し残った肉は燻製にすることとなった。燻製器は簡単に作れたため、燻製に必要な木片をマイケルに集めてきてもらった。今私は絶賛燻製中だ。

 

「知ってるか? 雄牛は肉質向上のため去勢されるんだ」

 

「じゃあこの子も切られたのね……可愛そうに」

 

 代わりにこの国の男どもが切られればいいのに。肉にもならんクソどもが、くたばれ。

 

 ……そういう訳で、しばらくは食糧に困ることはなさそうだ。食糧問題をこうも簡単に解決しちゃうと、他の人間に恨まれそうだな。ま、既に恨まれてますけどね。ははっ。『ははっ』ちゃうわ笑っとる場合か。

 

 そういえば焼肉したときガリッパ居なかったな。なんとかバレないようにしないといけないな。ごめんよ、でも美味しかったから私の感想文で許して欲しい。100文字以内のやつで。

 

 煙に包まれた芳醇な肉の香りが漂う。心地よい空気に包まれながら、私は久方ぶりの安堵感を覚えていた。

 

「…………」

 

 ふと私はこれまでのマイケルの事が頭をよぎる。マイケルには幾度となく助けられてきたが、そんなときいつも不思議な現象がつきものだった。……今はガリッパ居ないせっかくの機会だ。気になることを詰めていこう。

 

「マイケル。貴方のその不思議な力って何なの」

 

「不思議な力? 松茸を見つける能力のことか」

 

「違うわ」 

 

 それも不思議だけど。ほんとどっから見つけたんだって問い質したくなるけど。

 

「なら俺の唯一の特技、正座しても足が痺れない能力のことか」

 

「違うわッ。もっと自信を持て」

 

 確かにに凄いけど。でもあんたもっと凄いとこあるじゃん、そこを誇ってけよ。 

 

「じゃあ、空気を読めない能力のことか」 

 

「違うわッ! 自分の不出来を能力のせいにすんなッ!! 『パワーッ』で熊型魔獣の柱吹き飛ばしたとか、ぴぴる○るぴるぴ○るぴ~とか、シュ○ちゃん銅像とか牛を急成長させるとか、そういうやつッ!」

 

「なに変なこと言ってんだ、テレジー」

 

「お前にッ! 言われたくッ!! ないッ!!!」

 

 あぁ、イライラするッ。なんなのこいつ!?

 

 ……落ち着け、私。ため息一つ挟み、メンタルをコントロール。一先ず話題を逸らそう。

 

「……本当。貴方と出会ってから、毎日が忙しいわ」

 

「それはテレジーにとって、嫌なことだったか?」

 

 逡巡する記憶たち。そのどれもが騒がしく、慌ただしい場面ばかり。けれど、私はそれらに嫌だと感じることはなかった。あの時、マイケルに出会ったから私は今の自分を見返すことができたし、今の生活を好きになれてきているのだと思う。

 

 首を振って、マイケルの言葉を否定する。すると彼は嬉しそうに腕を組み、うんうんと大きく頷いた。

 

「なら良かった。君の笑顔が増えて何よりだ」

 

「笑顔……そんなに笑ってる場面、あったかしら」

 

「今も、笑ってるじゃないか」

 

 口に手で触れる。マイケルに指摘されて初めて、自分の口元が緩く曲線を描いていることに気付く。そうか、私は……。

 

 ズシ、と胸の中央が軋むような痛み。その痛みに思わず顔を顰めてしまう。……この思考は駄目だ。今はまだ……これ以上余計なことは考えるな。

 

「もう一度聞くけど、貴方のその不思議な力ってなに?」

 

「……それがよく分からんのだ」

 

「分からない?」

 

「気づけば自分の中にあって、自然と扱えるようになっていたのだ。……テレジーなら何か知らないか?」

 

「うーん……」

 

 マイケルも分からないとなれば、さすがに私にはお手上げだ。幾つか推論を立てる事はできるが、それだけだ。決定打になり得ない。

 

 1つはマイケルが所有する魔力の特性。魔力とは簡単に言えば万物に宿るエネルギー。すべての物体は元を正せば魔力で構成されている。そのため魔力には『何物にも変化する』という普遍的な正の特性がある。

 

 魔力とはそれを持つ存在によって姿形を大きく変える。マイケルの魔力が、魔力の特性そのものを色濃く写しているというのなら。ある1つの可能性が考えられる……訳だが。

 

「う、うぅううん……?」

 

「違う。そんなに腕に力を入れても魔力は流れない。体の中の管から水を通すイメージで」

 

「ふん! ……とりゃッ!! せいやッ!!」

 

「だめだこりゃ」

 

 マイケルに魔力の扱い方を教えてみるも、全く魔力が動く気配がしない。魔法師でない一般人であることを加味しても、ここまで魔力が感知できない事があるのかは知らないが、とにかくマイケルには魔力がないこと判明した為仮説の1つは潰えたことになる。

 

「2つ目は……貴方の異能かも知れないわね」

 

「ほう、異能とな。それは一体どんなのがあるんだッ!?」

 

「ごめんなさい、私も詳しくないの」

 

「えぇ……」

 

「私の魔法師の師匠、ローレンス先生から聞いたことがあるくらいで……」

 

 ローレンス先生は、アスキアが健在だった頃遠国から招かれた魔術師の一人。アスキア内でとある研究をしていた所灰の嵐によって閉じ込められたという。だが彼は誰よりも先に灰の嵐を調査し解決方法を発見。アスキア城に魔力を持つものを集め、大量の魔力を持つ魔法師を誕生させることで灰の嵐を消し去るという方法を提案したのがローレンス先生だ。

 

「異能とは、6つある属性の2つのいずれかを持つものを指すの」

 

「6つ……の内の2つのどっちか?」

 

 魔力の特性を使えば理論上はすべての事象を再現出来るとされているが、実際にそれを成した者はいない。基本属性の火、水、地、風。これらを組み合わせて扱うことで魔法を発言させている。

 

「基本属性に対して特異属性。聖属性と闇属性の2つが該当するわ。……だけど、これらは自然界で扱えるものは居ない」

 

「むぅ……なら一体誰なら使えるんだ?」

 

「生物に対して生命体と言われる……まあ、人外ね。竜とか天使とか悪魔とか」

 

「ほぅ! ドラゴン、それに天使と悪魔か!! 見てみたいものだな!!」

 

「無理よ。竜はもう片手で数えるくらいしか居ないし、天使は絶滅、悪魔は絶賛引き篭もり中だから」

 

「えぇ……」

 

 確か、遠い昔。竜同士が殺し合って……世界を取り合ったみたいな話だったと思うが、あまり記憶が定かではない。真面目に勉強しておけば良かった。

 

 天使は……悪魔と竜が協力して滅ぼしたとか。悪魔はやることが無くなって姿を消したとかなんとか。やばい何も覚えてない。

 

「特異属性は特異属性を持つものにしか感知が出来ない。だから、マイケルが特異属性を持っていたとしても、私には分からないの」

 

「ふむ……特異属性について、分かっていることは何かあるのか?」

 

「お察しの通り何も無いわ。だからこそ、選ばれた者のみが扱える人知を超えた『異能』とローレンス先生は呼んだの。そして先生が研究していたものがそれよ。……流石に内容は教えてくれなかったけど」

 

「なるほどな……」

 

 一通りの説明を終え、一息ついてから燻製作業に戻る。こんなに昔のことを思い出しながら、魔法について喋ったのは随分と久しぶりだ。満足感で胸がいっぱいだ。……あの頃は毎日のようにこうして語っていた。私に付いてこられる人、あんまりいなかったからなあ。

 

「思えば、随分と熱心に聞いていたものね。いつ茶化してくるんだと構えていたのが馬鹿みたいじゃない」

 

「あぁ、すまない。そういう気分じゃなかったから」

 

「あ……なんかごめんなさい。真剣に考えていたのね」

 

「お肉、めっちゃいい匂いだなぁって……」

 

「知識欲じゃなくて食欲の方の気分だったのね!? ややこしいわッ!」

 

 さっきのはあくまでも私の仮説。1つ目はいずれにしろ無いだろうが、かと言って2つ目を証明する証拠も無い。結局何も得ていないのだ。あの不思議な力について、もっと考察をするため情報を得ていく必要がある

 

 それはそれとして。『あの不思議な力』、じゃあ言いにくい。一体どれを指してるのかも分からない。だから分かりやすく覚えやすい名前を付けよう。

 

「取り敢えず、『あの不思議な力』は今度から『陽気パワー』と呼ぶことにしましょう」

 

「……びっくりするほど明るい名前つけたな」

 

「あなたに似合ってるわ」

 

「う、うーむ。素直に喜んでいいのかどうか……」

 

 ふむふむ……どうやら気に入ってくれたようだ。やはり私が付ける可愛くてチャーミングで親しみやすくて覚えやすい名前は最高だ。誰だよ私のネーミングセンスが悪いって言ったやつ。出てこいよ。

 

 ガチャッ、と上の部屋から地下室への扉が開けられた音がする。気配から察するにガリッパだろう。ガリッパは階段を下り終え、地下室に入室する。

 

「うぃーっす、おつかれーっす」

 

「何そのノリ気持ち悪いわね」

 

「え、そうっすか……ん……あれ、なんかいい匂いしますね?」

 

「おう、肉を焼いていたからなッ!!」

 

「あ、ちょっ、それ言わないほうが──」

 

「はぁっ!? 肉ぅぅ!?!? あの伝説の!?」

 

「伝説……竜の肉じゃないぞ?」

 

「当たり前だろ。話聞いてたか」

 

「ど、どこにあるんすか、肉!!」

 

「あー、ごめん。全部食べちゃった。燻製ならあるわよ」

 

 今しがた燻製し終えた肉をガリッパに手渡すと、まるで獣のように肉に齧り付きあっという間に食べ終えてしまった。凄いな、食いっぷりが。

 

「うめぇ……うますぎて、馬になっちゃう……」

 

「なんと! 俺、乗馬は得意だぞッ!!」

 

「どうでもいいわそんなの」

 

「こんなの初めて食ったっす……どこで取ってきたんすか?」

 

「あー、なんかマイケルが陽気パワーでひょこっと……ね」

 

「なんすかその絶妙にダセぇ名前のパワー……それはいいとして。おいマイケル。もっと出してくれよ」

 

「うーむ、すまぬ。あまり力が残っていないようでな。また今度」

 

「そんなぁ!!」

 

 膝から崩れ落ちたガリッパから哀愁が漂ってくる。まあ確かに腹減っていたとはいえ、ちょっと悪いことしたな……いやそうでもない。あいつは革命派で飯食えてんだから、別にいいだろ。

 

「妹にも、食わしてやりたかったな……」

 

「……あの城に行けば、食べられるわよ」

 

「え、マジっすか! この貴族のクソッタレども!! 絶対に許さねぇ!!」

 

「うむ、そうだな! 穏健派の皆と協力して、腹いっぱい肉を食おう!!」

 

 おー! ……と意気込む2人。本来の目的とは大分ズレた気が……いや元々そんなの無いか。それは私だけの目的で、彼らが見出した目的がモチベーションに繋がるのなら。それは良いことだろう。達成のために、私も成すべきことをしよう。関わった以上は、それが責任というやつだ。

 

『責任』か。燻製したものを1つ1つ保管庫に納めながら、改めて考える。今まではすべて私が独りで生きてきて、私一人が責任を負えるだけだった。何があっても自己責任。他の人間には一切関係がない、私だけに降りかかる責任。それが今は組織として属すことで、私の行動が私だけの責任にならなくなった。より一層慎重な行動が求められる。

 

 以前までの私であれば、考えられなかった。元々人間関係のいざこざに苦手意識があった私は、複数人数で行動することをしてこなかった。そして2年間の経験で、より加速した人間嫌いは私の心情を捻くらせるには十分だった。

 

 これが良い変化だと、今は願うばかりだ。そして、そうあれるように私は……まずは目の前の彼らのために頑張るとしよう。

 

「『絶妙にダセぇ名前のパワー』ってどういうこと?」

 

「む、それを聞くのか……今」

 

 それはそれこれはこれ。さっきは気になることをサラッと流してしまった。これではいけない。ガリッパに問いだ出さねば。

 

「え? 自覚ないんすか。なんかすんません」

 

「何故謝る……ダサくないわよ」

 

「いや、ダサいっす」

 

「はっ、名前を付けたことのないボンクラには、私のネーミングセンスの良さが分からないのよ」

 

「凄い言われようですね……だとしても『陽気パワー』はダサいっす、安直っす」

 

「なら、あんたはなんて名前つけんのよ!」

 

「『サイコキネシス』とかでいいんじゃないですか?」

 

「おお、それっぽいな。ヒールキャラみたいな」

 

「ダサダサじゃない。可愛くもなければチャーミングでもなく、親しみやすさもなければ覚えやすくもない。クソそのものよ。『陽気パワー』が可哀想」

 

「そこまで言わなくても良くないっすか……まぁ、もう『陽気パワー』でいいっすよ」

 

 よしっ、論破ッ!! 認めさせたら私の勝ちッ!! 

 

 ──なにしょーもないことやってんの、私。

 



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第十八話 砂上の闘い

 

 アスキア帝国城下町──貧民街。北の城門を抜け栽培区画に出る。そこからさらに東に足を進めて気候変動を司る魔術結界を抜け、程なくして広大な砂漠にたどり着いた。

 

 ……あとここから半日ほど歩いたところには灰の嵐がある。なんと世界は狭いこと。半日と少しの時間があれば最果てに着いてしまうなんて。

 

 砂漠の風によって巻き上がった砂塵が体に当たる。目に砂が入らないよう目元を手で覆いながら、足場の悪い砂上を進む。

 

 貧民街にいる場合、僅かに舞い散る灰を吸い込んでも身体的な影響を受けることは稀だ。逆に言えばそうでない郊外では違う。灰の嵐に近づけばそれだけ空気中に存在する灰の割合が多くなる。そのため貧民街から外へ出るときは、必ず灰の吸入を防ぐマスクが必要だ。栽培区画に働きに出る時は着用が必須とされている。……まあ数が足りなくて全員が着けてるわけでは無いのだが。

 

 今日の私の装備は、先程触れた『そこらへんで拾った』防塵マスクに、予備の黒コートを着用。武器は護身用の短剣と閃光炸裂弾が5個。それと、長らく使う機会がなかった対多人数戦用の長槍だ。

 

「このあたりのはずだが……」

 

 目的地だろう場所にたどり着いた私は、あたりを見渡しある事件の痕跡を探す。しかしこんな風が吹き砂塵が飛び交う広大な砂漠で、そんなの見つかるわけ無いかと気づくのには時間が掛からなかった。

 

『うわっ…………』

 

『そ、そんな顔……しないで、なんて言えた身分じゃ無いけど……その……』

 

『……要件を』

 

 先日、ラルクの仲間の一人である金髪チャラ男のシドが私のアジトに訪れた。要件はラルクの代理で魔獣討伐依頼の申し出であった。

 

『なるほどね、全部理解したぞッ!! つまり、どういうこと!?』

 

『……本当は会議に参加してもらう予定だったんだけど。急遽の案件でテレジーさんにしか頼れないってことで──』

 

『──ん? 俺は? 俺は頼りないってことッ!?』

 

『ちょっと黙ってて』

 

 事件は今から2日前に遡り、被害が出たのはここ北の栽培区。作業に従事していた内、約半数が魔獣に殺されたらしい。……ざまぁみろ、とは言わないでおく。言ったら最期、私もここで死にかねん。

 

 通常であれば貴族が造った、貧民を護衛するための作られたゴーレムが機能するはず。生き残った貧民によればゴーレムは魔獣の速さに翻弄され、またたく間もなく破壊されたという。ならいったいなんの為に造られたのだろうか。

 

『俺も行こうッ!!』

 

『だから、鎧着てるあんたじゃ砂に足取られて動けないでしょ。邪魔』

 

『ぬぉぉおおん!! 脱げばいいんでしょッ!?』

 

『脱いだらオメェはただのマッチョだろ』

 

『そうね……はっ、魅力の所為で魔獣を惹きつけてしまうかも……?』

 

『戦闘じゃあ役に立たないだろってことです』

 

 まぁ、そういった理由で彼は連れて来なかった。しかも目撃情報によれば狼型の魔獣だそうで、足場も悪けりゃ相手は早い。マイケルには不向きな戦いになるだろう。マイケルには私の代わりに今後の方針を改めて計画する会議に出てもらっている。あいつが暴走しないか心配だ。一応ガリッパを付けているから会議の内容が私の耳に入るように手配をした。あいつ人の話聞かないしな……会議中ずっと寝てそう。

 

 周囲をいくら見回しても魔獣の姿どころか痕跡が見当たらない。やはりこんな砂漠では捜索は絶望的か。もし逃げ延びた人間が居れば保護してくれ、とも言われていたが。もし残念ながら生き延びていやがった場合、守りながら帰ってくるの面倒くさいな。どうせ碌な事言われないし、何されるか分かんないのに。そんな相手を助けたって何の得が──。

 

 ──突如、足元から濃密な殺気を感じ咄嗟に飛び退く。視界の端にオオカミの輪郭が浮かび上がる。……まさか砂中に潜んでいるとは狡猾な連中だ、案外知性があるらしい。

 

 バサッと大量の砂が舞い散り、視界が悪くなる。複数の気配を感じる。……どうやら襲ってきたのは一匹だけではなかったらしい。敵の襲撃を抑制するため、私は右手を中心に魔力を練って周囲の空間に衝撃波を発生させた。

 

 スパンッ、という音とともに視界を狭めていた砂と数匹の灰色の狼型魔獣が飛んでいった。やはりまだ潜んでいたか。

 

『2年前から魔獣による襲撃が発生した。現れる度魔獣の凶暴さが増して被害者もどんどん増えてる。何があるか分からないから、気をつけてね』

 

 シドは報告の最後にそう付け加えた。私は今まで魔獣に会ったことはなかったが、シドの言葉は私が遭遇した熊型の魔獣が如実に証明している。奴は規格外の強さだった。……相応の準備をすれば何とかはなるだろうが、幾ばくかの犠牲を容認しなければならない。とはいえそんな強敵がゴロゴロ居るならば、この国はとっくに終わっている。油断は禁物だが、過大評価をし過ぎると却って動きが鈍くなる。何事も適度だ。

 

 狼は確認できるだけで11匹。その内1匹は他の個体と違って体が大きく目立つ。群れのボスといったところだろうか。

 

 緩慢なく槍を斜めに構えて、狼どもの位置を確認していく。前4匹、右、左、2匹ずつと後に3匹か。狼どもは位置を気取られないようにか私の周囲を旋回している。

 

 ……さっきは余計な思考を挟んだせいで危ない目にあった。最近嫌なことばかり考えてしまう。こんな調子ではいつか死ぬ。ため息1つ挟んで、心を落ち着かせる。迷うな、少なくとも今は。眼の前の敵に集中しろ。奴らが私の命を狙うように、私もお前たちを狙う。殺すんだ。

 

 何秒か或いは何分か。全方位から締め付けるような殺意は無限に思える圧空間を作り、その大きな歪が時間を何倍にも引き伸ばした。

 

 複数を相手にするときの基本。それは先手必勝。早めに数を減らして数的条件を同じにすること。理由は群れているものは、数的有利を取れている間は無類の強さを誇るが、単体になってしまえば雑魚も同然だからだ。……まぁ、持論なのだが。

 

 瞬時に身体強化を行って後にいる狼に急接近。その頭に狙いをつけ、槍で刺突する。狼は想定以上の加速に反応出来ていない。突き出された槍は頭を貫き背中から穂先が覗いた。

 

『キャンッ!?』

 

 狼の絶命を確認して槍を抜くのも束の間、右隣にいた狼によるタックルをその場でターンをして回避し、石突で脛骨を砕く。左にいた狼は危険と察知したのかバックステップを踏んだ。その隙を見逃さず、体勢を下げて槍を地面と平行に構えたまま全力で地面を蹴り上げ急襲する。ズドンッという大きな感触が右手に伝播した。穂先は狼の心臓を貫き、動かぬ死体となった。

 

 残り8匹。このまま殺しきる。左手で閃光炸裂弾を作動させながら近くにいた狼に肉薄する。槍をチラつかせて回避を強要させ、空中にいる狼を体全身を使った回転斬りをお見舞する。

 

 そろそろ作動する時間だ。私は閃光炸裂弾を一際大きい個体に投げつけた。

 

 投げた直後、ボス狼の近くにいた狼がタックルで閃光炸裂弾を弾き飛ばした。その間にボス狼は後ろに飛び抜き────閃光炸裂弾は眩い光を放った後1匹巻き込んで大きな爆発を起こし、爆風が砂塵と共に他の個体にも襲いかかる。

 

 しかし狙い通りとは行かなかったらしい。私は後ろから魔力体が急速に飛来するのを感知し、右に大きくステップを踏んで回避行動をとる。どうやらあれでは仕留めきれなかったようだ。だがまだ視界が悪くて目が開けられず目視による確認を取れない。恐らく狼による攻撃だったのだろうが、それにしては妙だ。少し気になることがある。

 

 今度は前と後ろから魔力体が飛んでくる。頭の中で打ち立てた仮説を立証するため閃光炸裂弾を作動させる。それをその場に置き去って瞬歩の要領で高速離脱すると、爆弾目掛け火炎弾を発射する。

 

 2度目の閃光炸裂弾が起動する。体全身を打ち付ける爆風を利用し、背中で受けて爆心地から距離を取る。急に吹き付けた風によって砂塵がかき消えると、爆心地は砂面が抉れ大きなクレーターが出来ていた。

 

 先程まで感じていた魔力体は消失。であれば仮説通りあれは魔法による攻撃ではなく、狼による突進攻撃であることがわかった。

 

 魔力の感知は魔法師にとって切り離せない存在だ。そもそも魔力を扱うというのに知覚出来なければ話にもならない。魔力感知にはその魔法師の魔力適性が大きく関与する。魔力適性が高いとされる人物ほどより高度に魔力を知覚でき、且つ魔力操作技術が優れているという。

 

 とはいえ感覚の話であり個人差があるから、他と比較することに意味はないだろう。ちなみに私は感知能力が高くはない。並以下程度だと昔の経験から察している。

 

 先の狼は恐らく潰れた目の代わりに魔力探知を作動させ、私を襲ってきたのだろう。機転は効いていたが愚かだ。隠密魔法を使うなら、そこにさらに感知されにくくするための隠蔽工作を張るのは常識だ。隠蔽の痕跡は見られたが、あらが目立つ。あれでは砂上にできた血染みを見つけるようなものだ。見つけるのは容易い。

 

 狼の残存数を確認するとボス狼を除いて3匹。思わぬ強敵の出現に狼たちは足が竦んでいる様子だ。まるで熊型の魔獣と戦っていたときの私のようだ。……自虐が過ぎるな。

 

 右足で地面を強く蹴り、砂上を駆け抜ける。前進してきた私に釣られ2体の狼が接近してくる。2体はそれぞれ交差するようにステップを踏んで、こちらの混乱を誘ってきた。私は右足で急制動をかけ左にいる個体へ突進を仕掛ける。読み通り二手に別れた狼はそれぞれ左手、右足を狙って噛み付いてきた。

 

 ただの突進から回転率のある噛みつき攻撃に切り替えてきた。やはりただの獣ではない。私は槍を地面に突き刺してハイジャンプで攻撃を避けつつ2匹を追い抜かす。

 

 着地し、2匹の影に潜んでいたもう1体による突進を蹴り飛ばしていなす。強化された足撃は狼を遥か遠くへ吹き飛ばす。懐から閃光炸裂弾を出して動けないでいる狼に投げつけ──爆発。

 

 仲間の死も厭わず背後から攻撃を出して仕掛けてきた魔獣に、石突による刺突を顎に命中させ体が宙に舞う。浮いた狼の首元に全身を使って槍を振り抜き、胴と頭が永遠にお別れする。

 

 血潮が空中に舞う。その中からもう1体の狼が大口を開け急襲してくる。読み通りだ。私は石突と穂先の腹で2連続殴打を当てて脳震盪を起こさせる。間隙なく槍を構えがら空きの腹目掛け槍を突き刺す。絶命を確認。これで視界に映る魔獣は全て殺した。

 

「お前が最後だ」

 

 私は残ったボス狼を睨みつけて牽制しながら、砂中に勢いよく槍を突き刺す。確かな手応えとともに引き抜くと、穂先には血混じりの砂がついていた。地中にいる狼には途中から気づいていた。残念奇襲は失敗だ。

 

『…………』

 

 残り1匹となったボス狼は先程から変わらない様子で、堂々たる様出で立ちで佇んでいる。下僕がいなくなったというのに余裕なもんだ。

 

 ボス狼が身に纏う魔力から察するに、こいつは強い。私1人で殺しきれるか不安が残る。特技の節約魔法をメインに戦闘していたから魔力には余裕がある。怪我もない。閃光炸裂弾は残り2つだが、問題はないだろう。切り札も場合によっては使うよう念頭に置いておく。

 

 しばらくボス狼と睨み合っていると、ボス狼は魔力を練って魔法の展開を始めた。

 

「…………」

 

 魔法に関する知識があれば発動過程から魔法を特定するのは容易い。ボス狼は今転移魔法を使った。昔見た魔法書に書いてある特徴と一致する。しかし、書かれていたものとは細部が違った。確か、この特徴は熊型魔獣が使用した魔法にも共通する。こいつらは一体何なんだ。

 

 だがこうして転移の魔法を見るのは初めてだ。ボス狼の手足の先から徐々に細々としていき、灰のような粒状になって消えていった。

 

「灰……」

 

 熊型、狼型の魔獣。優れた知性に特徴的な魔法の展開式、灰のように消える転移魔法。

 

 2年前から増えた灰の病感染者と突如現れた魔獣。そして2年前と言えば私がここに貧民街に来た年だが…………最後のを除けばあまりにも出来すぎている。何かがおかしい。

 

 2年前、私がまだ無垢だった頃。1回だけ北の栽培区で作業をしたとき、こんなにも灰の嵐は『近かった』だろうか。

 

「灰の嵐が、狭まっているのか?」

 

 これ以上の考察は無意味かもしれない。取り敢えず街に戻って今日のことを報告せねばなるまい。逸る気持ちを抑えつつ、しかし頭によぎる嫌な予感が胸中に渦巻いていて、ずっと無くなることはなかった。

 



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第十九話 憂愁燃ゆ

 

「──以上だ」

 

「そんなことが……分かった、ありがとう」

 

「礼を言う必要はない」

 

「いや、言うさ。仲間だろ? テレジー」

 

「……勝手にしてくれ」

 

 戦闘後、私は穏健派レジスタンスのアジトまで戻ってラルクに依頼完了の報告をしていた。それと灰の嵐についての考察も一緒に報告した。まだ不明な点ばかりで明かすには早い気もするが言わないよりマシだろう。私より情報を持つものが答えを見つけるかもしれない。

 

 アジト内の会議室は調度品がいくつか置かれた小綺麗な印象を受ける大部屋だ。きっと綺麗好きな誰かがこまめに掃除を行っているのだろう、整理整頓が行き届いている。部屋の中央に大きな木製の長方形テーブルが置かれ、入り口より遠いところからラルク、リンウェル、ガリッパ、マイケルと並び反対側にガイ、シド、エレノア、オーフィアと座っている。

 

 ガリッパに会議の内容を紙に纏めさせていたため、この会議が時間と比較し進展していないのは既に分かっている。頭を抱えた様子のガリッパはこう言っていた。

 

『大きな声で言えないっすけどあれっすね、リーダーが悪いっす』

 

 ガリッパの横で爆睡しているマイケルをチラ見し、なるほどなーと他人事と思えない事態に私も頭を抱えた。……とはいえ、ラルクのリーダーシップの無さには飽きれるものだ。

 

 ラルクは犠牲を出さないため危険を排した作戦を立てる。リンウェルはどこか思案した様子を見せながらも基本的にはラルクを支持する。しかしそれをガイに否定され『貴族許すまじ』と怒鳴り散らすガイをシドが宥め、エレノアはつまらなさそうにあくびをする。オーフィアは何も言わず、自慢の黒髪を弄っては寝る。これが私が命がけで戦っていたときの出来事らしい。

 

 お前らやる気あんのかよ。あとガイ、お前は何故穏健派にいる。もう革命派に移籍しろよ。

 

 そんなこんなで報告を聞き終えた私は、空いていたオーフィアの横に座る。マイケルの隣が自然だろうが、あいつがデカくて机のスペースが空いていなかった。しょうが無いとはいえ、なんか嫌だなあ知らない人の隣に座るの。……と、それはちょっと失礼か。

 

 机に突っ伏して寝ているオーフィアを起こさぬよう、慎重に椅子を引いて音を立てずに座る。その最中、会議の途中で参加してきた私に、やけに怪訝そうな視線を送る他6名の面々に気が付く。私が嫌いなのは分かっているが、遅れて来たことに対して少しは大目に見てほしいものだ。依頼があったのだから仕方がないだろう。

 

「テレジーさん、怪我は無いの? 血で酷く汚れているけど」

 

「心配は無用だ。怪我などしていない」

 

「はっ、そんな状態で会議に出るつもりかって聞いてるのよ。少しは綺麗にしてきたら? 汚くて見てらんないわよ」

 

 エレノアは呆れるようにそう言って私の身なりを指摘してきた。最初に聞いてきたシドも頬をかいてあはは、と笑っている。まぁ、たしかに綺麗ではないが街行く人は皆こんなもんだろう。

 

「私は気にしてないが」

 

「はっ、これだから糞女は。会議室を汚すんじゃねぇよ。誰が掃除すると思ってるんだ!」

 

 ……え、まさかお前なの。私は思わず口元に手を当ててしまう。ガサツそうな言動と見た目なのに綺麗好きかよ。……と、それもちょっと失礼か。まぁいいか、私も失礼されてるし。

 

「ふふふ、ガイまた驚かれてるわね」

 

「ちっ」

 

 不服そうなガイをエレノアは誂うように笑う。その様子を見ているとこのくだりはいつもの事らしい。

 

「テレジーって面白いわね」

 

 リンウェルは机の上にちょこんと手をついて嘲笑っていた。きっとその『面白い』はそのままの意味ではないだろう。嫌な女だ。

 

「湯浴み室に案内するよ」

 

 ラルクはそう言って立ち上がると私の席に近づいた。その瞬間リンウェルの目がすっと細くなり、睨み付けるような視線に変わる。

 

「いや、それは他の人に……」

 

「ん……湯浴み……室……?」

 

「あらオーフィア。起きたの」

 

「……わたしが連れてく!」

 

 私の隣りで寝ていたはずのオーフィアが突如大声を上げながら勢いよく立ち上がると、私の手を取って勢いとは裏腹にやんわり手を引いて会議室の外へ連行される。

 

 おい、こいつ絶対起きてたろ。いま起きましたって反応と行動じゃないが。というか何でこんなにやる気に満ち溢れてるの? ちょっと怖いんだけど。

 

「オ、オーフィアが?」

 

「……わたしが適任。野郎は……げっとあうとおぶひあー」

 

 何故か狼狽えた様子のラルクを、あまり背の高くないオーフィアが見下ろしながら親指を廊下の方へ指した。無駄に堂の入った様だな。

 

「そうそう、オーフィアちゃんに任せとけって。テレジーさんが気になるからって、あんまりしつこいと嫌われるぜ?」

 

「い、いやそんなのじゃ──いッ!?」

 

「ふふ、ラルクったら…………『ドジ』、なんだから」

 

 シドは誂うように言うと、ラルクは動揺してしどろもどろに言い返すも、飛び出てきた椅子に勢いよく足をぶつけ、激痛にその場に蹲る。……私はちゃんと見てたぞ。リンウェルが足で椅子を蹴ったところを。

 

「ふふふ……じ、えんど……ってね」

 

「いいから早く連れて行きなさい」

 

 ……別に誰に連れられようが構わないが、お前らはその活力を会議のために使えと言いたい。あとラルク、お前は隣の女を制御しろ。

 

「安心して……優しくするから」

 

「何を……?」

 

 握られた手をにぎにぎと動かすオーフィア。やっぱ嫌だな……この隣の人。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「ここ」

 

「ああ」

 

 道中特に話すこともなく沈黙を保ったまま長い廊下を曲がったりして、湯浴み室とやらについた。室内は脱衣所と浴場を仕切る布が天井から張られ、湿気を逃すためか小窓がいくつか設けられている。今は板で塞がれているが。

 

 仕切りを手で除けてくぐると、中央には水が入った大きな鉄の桶が置いてあった。水源は貴重でもないが、こういった身綺麗にできるような施設と、それを使う習慣は今のこの国では少し薄れた。理由は、水を暖めるための燃料が手に入り辛くなったからだ。だから、こんな贅沢品を独占しているのかは分からないが、随分と裕福な生活をしているらしい。

 

 ……まあ、私が言えた身分ではない。元貴族街に居た私にとっては、湯浴み室は当たり前のものだった。こんなこと口が裂けても言えないな。

 

「ここで脱いで」

 

「ああ」

 

 脱衣所を指さされ頷いて了解と伝える。するとオーフィアも頷き返してきた。身に纏う外套に手をかけ脱いでいくと、ぱらぱらと砂が足元に落ちた。結構砂被ってたんだな、こりゃあ訝しげに見られるわけだ。

 

「……」

 

「……いつまでいるつもりだ」

 

 私が脱いでいく様子をまじまじと妙に真剣な表情で見てくるオーフィア。なんかちょっとだけ鼻息が荒い気がする。気になることでもあっただろうか。それはそれとして早く居なくなって欲しいのだが。

 

「胸元に晒し……」

 

「……それがなにか」

 

 オーフィアは不思議そうに小首を傾げると自分の胸を揉みしだき始めた。結構でかいなこの女。

 

「まな板……」

 

 背が私のほうが高いからか上目遣いで物欲しそうに私を見つめてくる。なんだ、自分の胸の大きさでも自慢してんのか喧しいわ。

 

「ふんふん…………ん、あれ……どこ、かな……?」

 

 私の胸前で手をぶんぶんと振り、顔を下から見上げてくる──。

 

『バシンッ!!』

 

「痛っ……胸は、叩かないで……自分に、無いから、って……」

 

「それ以上喋ってみろ。胸引き千切って頬ぶつぞ」

 

「仲間を、増やそうったって……いた、いたたたたた!?!?」

 

「これどこまで伸びるのかな……」

 

「伸び、ない……! 伸びない、から……!! 止めてくださいごめんなさい……!!」

 

 違う。こいつは今、私に無い『胸』を叩き、そして下から見上げたのだ。そんな奴叩かれて当然だろ。くたばれクソ豚女。2度とその面みせんなよ。

 

「うぅ……鬼畜。女の敵」

 

「自業自得だ。早く出ていけ」

 

 この女何なんだ……私はオーフィアの様子を伺いながら顔を見る。痛そうに胸を擦りながら、涙目で俯いている。……ちょっとやりすぎたか。

 

「……頭に血が上った。今治すよ」

 

 オーフィアに近づいて胸元に手をかざして回復魔法をかける。これなら治りが早くなるはずだ。

 

 私が回復魔法に専念している時、オーフィアは私の胸元の中心、胸骨のあたりをピンポイントで指し、ツンと触れる。ゾワっとした悪寒が体に走り、思わず身を引いしまう。

 

「な、なによ」

 

「……なんでも無い」

 

 なんでも無い、って。なら急に体を触ってくるな。……驚いただろ。

 

「……痛みはもう引いたただろ」

 

「うん……ありがと」

 

 オーフィアはこくんと小さく頷くと、踵を返して出入り口の方へ向かう。これでやっと一人になれる。

 

「ところで……湯浴み姿。見てても、いい……?」

 

「いいわけ無いだろ早くでていけッ」

 

 足蹴にしてオーフィアを外へ追い出す。やばいやつに絡まれた。脳内危険人物リストに登録しておこう。

 



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第二十話 巡る視線

 

「それで、結局どうすんのさガイ。正直ガイ次第だと思うよ?」

 

「クソッ、なんで糞女なんかと……」

 

「あたいとオーフィアも付いていくんだから文句言ってんじゃないわよ男らしくない。それに美人を3人も侍らせられるんだから役得じゃない」

 

 湯浴みをして体を清めた後、事前に用意されたシャツとズボンに身を包んだ私はオーフィアの隣に座る。どうやらガイが何かを決断すれば糞女とエレノアとオーフィアとガイの何かが決まるらしい。果たして一体何なのだろう。隣でぬぼーっとしているオーフィアに聞いてみる。

 

「オーフィア。今どうなってる」

 

「テレジーとわたしと、エレノアとガイでどこかに行く……みたいな感じ」

 

「……いや持ってる情報私とほぼ同じかよ」

 

「聞いてなかった……分からない」

 

「なんでだよ聞いとけよ」

 

「楽しくなりそう……」

 

 オーフィアのぴっ、と閉じられていた口が僅かに緩む。上品に口元に手を当てて隠すと、私の顔を覗くように見てくる。楽観的物事を見るタイプの人間か。それにしても度が過ぎないか。だけどきっと多分楽しくなんかならないだろうな……少なくとも私は。

 

「ガイはいつでもあんな感じか」

 

「たまに頭を撫でてくる。そしてエレノアに怒られる」

 

「猫扱いされてるぞ、お前」

 

「ガイ。きっと、テレジーの事が好き。好きな人にほど、いじわるしたくなる……って本に書いてた」

 

「偏った知識で語るな。お前はガイの何を見てきた」

 

「わたしもさっきテレジーに胸をいじわるされた……つまり……そういうこと?」

 

「へぇなるほど。前歯、要らないの?」

 

「テレジーって結構ぐいぐいツッコんで来る……楽しい」

 

 オーフィアは口を隠しながら楽しそうに目元を緩ませる。私の周りにはなんでツッコミどころが多いやつが沢山いるのだろう。いいよなお前らは。適当なこと言ってるだけでいいんだから。ツッコミ役は下手なこと言って滑ると全ての責任を取ることになるんだぞ。

 

「オーフィアさん、楽しそうね」

 

 2人で話していると、いつの間にか後にいたリンウェルが奇妙なほどににこやかとした表情でオーフィアに話しかけてきた。オーフィアはうきうきとした様子でリンウェルに応じる。

 

「……楽しい」

 

「いつもは寝ているから言わなかったけど、会議中だからちゃんと参加してねオーフィアさん。テレジーも、ね?」

 

 ね、と可愛く付け足したが実際には無表情で、しかも目一杯の怒りが有無を言わせない鋭い視線と共に向けられていた。私にだけ。ラルクの1件があってからこいつからのヘイトが確実に高まった所為だろう。……とりあえず夜道には気を付けよう。

 

 リンウェルからやんわりと怒られたオーフィアは、肩を落として意気消沈といった様子だ。というかいつも寝てんのかよこいつ。もっと早く言ってやれよ起こせよ。

 

「ああ、分かった。やればいいんだろッ!!」

 

「ええそうよ。全く強情なんだから」

 

「それではテレジーちゃんの負担が大きすぎる。できるだけ危険を分散するため4人で対処したほうが────」

 

「ああ、はいはい静かにしててねラル坊。あんたが今出しゃばると面倒になるから」

 

「っ――エレノアさん。リーダーに向かってその口振りはどうかと思う」

 

「あらやだ、怒らせたならごめんなさいねリンちゃん。いつもなら我慢してる本音がつい……ね?」

 

「それって……どういう意味?」

 

「そのままの意味以外あるの?リンちゃん」

 

「……前も言ったよね、『ちゃん』付けしないでって。もう忘れたの?」

 

「勿論覚えてるに決まってるじゃない。でも、1度目を付けた獲物は逃さないものよ?リンちゃん」

 

「……いい加減にしないと、怒るよ」

 

「えぇ?まだ怒ってなかったんだぁ〜凄いわリンちゃん。短気な性格が治ったのね!頭を撫でてあげるわ!」

 

「っ、ころ……ッ!!」

 

 バンッ!!と机を激しく叩く音が、酷く剣呑な雰囲気となって室内を満たした。

 

――いや怖。やめてよ……。関係ないのに縮こまっちゃうじゃん。

 

「…………」

 

「こわぁ〜い。あたい殺されちゃ〜う」

 

「エレノア、性格悪……」

 

「リ、リン……落ち着いてくれ。エレノアさん、あんたは少し言いすぎだ」

 

……こんな調子ではあるが一応どうやら話し合いは終わったらしい。ガイは機嫌悪そうに椅子から乱暴に立ち上がると、ドシドシとこちらに向かってくる。

 

 聞いていた限りどうやら貴族街へ通じる地下路の探索を、私を含む4人で行くという内容らしい。しかしガイは私に背中を預ける事なんて出来ないと言って駄々を捏ねていた。見かねたエレノアがオーフィアと一緒に探索に行こうと誘うも、尚も首を縦に振らないガイにエレノアは説得に苦心していた。

 

「俺はお前を信用してねえ。信用してほしけりゃ、ゴーレムの足止めをてめぇ1人でやれ」

 

 ガイは上から目線で私に一方的に要求を突きつける。どちらかといえば脅迫に近い。……どうやら断れる雰囲気ではないな。

 

 ゴーレムは栽培区画に設置されている、無能が証明された護衛タイプの他にも何種類かいる。そのうち警備タイプと防衛タイプが私が足止めをすることになるゴーレムだ。

 

 警備タイプはプログラ厶された範囲内で巡回を行って貴族街周囲を常に哨戒している。侵入者がある一定のラインを超えると警備タイプのゴーレムは威嚇射撃をしつつ防衛タイプのゴーレムに報告を行う。

 

 防衛タイプは警備タイプによる侵入報告を受けると直ちに現場に急行し、侵入者の撃退もしくは排除を行う。もしも防衛タイプのみでの対処が不可能と判断された場合は、状況に応じその上位種の攻撃タイプがやってくるが……今回はこいつらを呼ぶことは無いだろう。

 

 複数種のゴーレムによる強固な防衛システムが築かれている貴族街に侵入するためには、地上地下問わずこれらのゴーレムを引き付けその間に侵入する必要がある。今回の作戦は、今後の大規模な作戦に備えた事前準備。貴族街地下にいるゴーレムを私単独で無力化しつつ引き寄せて、他メンバーは貴族街への道の確保するというのが今回の作戦内容らしい。

 

 つまり死ぬ覚悟があるなら信用してやる、と言っていると解釈していい。

 

「オーフィアもそれでいいわね」

 

「うん。テレジーは……強い」

 

 オーフィアはこくりと頷くと、満足そうな表情をしながら左右にゆらゆら揺れだした。オーフィアに私の戦闘の様子は見せていないはずだが。過大評価されて面倒を押し付けられても嫌だから、適当なことは言わないでほしい。あと私が強いからと言って、他人に負担を押し付けるのもやめてほしい。

 

「なら決まりだな」

 

「そんなのほぼ脅迫だ! それにテレジーはまだ何も言ってないだろ!」

 

 ラルクは、解は得たとばかりに腕を組んでいるガイに、非難の声を浴びせる。しかしガイは聞く耳を持たず、そのまま自分の席へと戻っていった。様子を伺っていたシドはため息を吐くと、椅子に背もたれに深く腰掛け座り直した。

 

「君たちが納得できるなら……でもオイラは――」

 

「少し過激がすぎるけど、作戦が成功すれば大きな戦果が上げられる……そんなに悪くないと思うよ、ラルク」

 

「リンまで……」

 

「誰かが危険を背負ってでも情報を得ることは大事。それにテレジーなら魔獣を単独で討伐出来たのだから、戦闘力はある……そうでしょ?」

 

「あれはやむを得ず一人で行ってもらっただけだ! 本来であれば────」

 

 リンウェルはもっともらしいことを言っているが、結局は『貴族である』私の犠牲は容認するべきだと言っている。この女らしい説得だ。というよりリンウェルは私に死んでほしいのだろう。それが、寄りにもよってエレノアの案に乗っかることになったとしても。

 

「口を閉じろラルク。私がゴーレムを引き付ければいいのだろう。引き受ける」

 

「テレジー!」

 

 下手に敵を分散するより、私一人で請け負ったほうが成功率は高いだろう。彼らがどれだけ戦えるかを知らないから、他人に頼って失敗するなら一人でやったほうがいい。つまりいつも通りということ。なら話は簡単だ。

 

「決行日はまた追って伝えさせるから。もう帰っていいよ」

 

「そうか、なら失礼する。ガリッパ、マイケルを起こして。――ほらマイケル行くわよ」

 

机を回ってマイケルの席に近づく。ガリッパがマイケルを揺すって起こそうとするも、マイケルは寝言を零すだけで覚醒する気配はない。

 

「おい、マイケル。起きろって」

 

「うーむ…………あと5年だけ……」

 

 冬眠か、5年も欲張るな。せめて5分と謙虚にねだれ。私は思いっきり頭を引っ叩いて首根っこを掴み、嫌がるマイケルを無理やり外へ引きずり出し、アジトを後にする。

 

「テレジー!!」

 

 後ろから床を強く踏みしめながら走ってくる音がした。ラルクは私の肩を掴んで足を止めさせると、正面に回って私を糾弾してきた。

 

「なんで……なんであんなことを言ったんだ!」

 

「私が彼らの信用を得るために必要なことだ。それを臨んだのは彼らだろ」

 

「もっと、別のやり方がある! 僕が今からでも説得するから──」

 

「やめてッ!」

 

「!!」

 

 あまりのしつこさにイライラが抑えられず、自分でも驚いてしまう程の声が出た。ラルクは何かに怯えるように一歩引くと、悔しそうに顔を歪ませる。

 

 ラルク、お前は1つ勘違いをしているかもしれない。別に私は自己犠牲で誰かを助けたいとは思っていないし、誰のためにも死んでやるつもりもない。確たる勝算があるから私は受け入れたのだ。

 

 ラルクのやり方ではお前の成したいことは最後まで成せない。それをお前に見せつけるためでもあるし、何より私には1つ成したい事がある。

 

「これは、チャンスでもあるの。私がやりたいこと……叶えたいことへの」

 

「それは……今じゃなきゃ、だめなのか」

 

「ええ……そうよ」

 

 今回の任務で、やりたいことへの道が出来るかもしれない。逃げ続けて来た私にやって来たチャンスで、最後かもしれないチャンス。もう、何からも逃げたくはないから、どんなに困難でも私は進むことを選び続ける。例えそれが間違っているのだとしても、それすら否と唱えて私は進み続けるのだ。遅れた分の歩みを進めるために、躊躇はしていられない。

 

 話は終わった。私はラルクの横を通り過ぎると、マイケルの首を掴んでいる手に力を入れ直し、私のアジトへ足を進めた。

 

「忘れているかもしれないから言っておく。私はただの『協力者』。貴方達と最後を迎えるつもりも、迎えられるつもりもない」

 

「…………」

 

「む……ど、どういう状況……?」

 

「後で説明すっから黙ってろ」

 

 ラルクがどんな表情をしているかは見えないが、多分見えなくて正解だったろう。彼はそんな声をしていた。私は、お前たちの為ではなく自分の為に戦う。その事を理解してほしい。

 



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第二十一話 那由多

 先日の会議とは名ばかりの言い合い。そしてほぼ脅迫同然で突きつけられた作戦。既に受けてしまったから文句は言えないが、それでもやるべきことは成さなければならない。それが例え関心の低い人間の為であっても、私の人間性という沽券に関わる問題であるのなら尚更だ。

 

 つまり何が言いたいかというと……面倒だなぁ、ってこと。

 

 ゴーレムは今まで戦った人間や魔獣とは違い、生物ではないから斬撃や刺突の類いの攻撃が効きにくい。彼らを作製するのに使われる材料にもよるが、効きやすい攻撃方法はゴーレムによって様々だ。このアスキアで主に作られるのは砂製のゴーレムが一般的なので、奴らの対策として打撃攻撃が有効だ。まぁ、斬れ味の良い武器であれば話は変わるのだが。

 

 そこで私は武器調達のため街に出て、貧民街の中央近くの商店、その地下にある武器屋に訪れていた。

 

「そういうわけで、ゴーレムと戦う武器がほしい」

 

「……これなんかどうだ?」

 

 この地下の武器屋店主、仏頂面のクレイトン。齢は30半ばといったところだろう、白髪混じりの茶髪で顔の皺が目立つ男だ。

 

 彼は私に向かって近くにあったメイスを投げ渡してくる。長さは大体、握りから槌頭までは大体私の足ぐらいだから、80センチぐらいか。私は片手でもってぶんぶんと、軽く振り回す。

 

「長さは悪くないが……少し軽いな」

 

「それより重いのなら……これか」

 

 次に渡されたのは、クレイモアと呼ばれる広く普及している両手剣。それを刃を潰して打撃能力を向上させている代物だ。これも悪くはないが剣ということも相まって少し脆そうだ。装甲が硬いゴーレム相手に長期に渡り戦闘することを視野に入れると不安が残る。

 

「こいつならどうだ」

 

 今度は両手斧を渡される。しかしこれでは重すぎて取り回しが悪く、囲まれた際に対処が困難になることが予想される。

 

「うーん……もっと良いのはないか」

 

「生憎だが、今うちにあるのはこれくらいだ」

 

「…………」

 

「おい、『今日は大した物ねぇな』みたいな顔すんな」

 

「おっと、失礼。気を付ける」

 

「少しは否定しろよ……まぁ、そうっちゃ、そうなんだがな」

 

 クレイトンは頬杖を付いて大きくため息を吐く。

 

「久しぶりに顔見せたかと思えば、ゴーレムとはな。なんでそんなもん受けちまったんだよ」

 

「……色々とな」

 

「はぁ……あんたのことだから、考えあっての決断だろうけどよ」

 

 訝しげな視線を遮るように、店内にある武器を持っては下ろして品定めをしていく。だめだ、ここにある武器でゴーレムと戦い、生き残れる未来が見えない。

 

「オーダーメイドを頼めるか」

 

「言うと思ったよ。ちょっと待っててくれ……おーい、アリシア!!」

 

 クレイトンの大声に反応するように、店の奥から地獄から這い上がってきた屍人のような声が聞こえてくる。ガチャっと、奥の部屋の扉が開いて中から先程まで寝ていたのか、薄汚れた寝巻きを着た女性が出てきた。腰まで伸びた艶やかな灰褐色の髪……ボサボサで纏まりがない。透き通るような白い肌……煤で黒くなり血色も悪い。そしてルビーのような赤い瞳……はそのままであるが、目元はくまだらけで寝不足が伺える。本来は美しいはずの、歳は15前後の女。

 

「い゛ら゛っ゛し゛ゃ゛い゛……」

 

「おい、声大丈夫か?」

 

「ん゛っんん……いらっしゃい、テレジーさん!」

 

「アリシアッ! お前、パジャマで鍛冶場に入るなって言っただろ!!」

 

「ごめん兄さん、つい! 溢れ出る創作意欲で目が覚めて、気付いたら金槌片手に武器を打っていたの!」

 

「アリシア、それいつからの話だ? 一昨日からずっと金槌の音聞こえてたぞ!?」

 

「えーっと……分かんない!!」

 

 頭を抱えるクレイトン。アリシアは舌を見せて戯けてみせた。

 

 彼女はクレイトンの妹のアリシア。この兄妹は二人で武器屋を営んでいる。ここに並べてある武器は全て妹のアリシアが造ったものだ。

 

「それで、テレジーさん。どんなのが欲しいの?」

 

「ああ、ちょっとゴーレムと戦うことになって。使えるものが欲しい」

 

「ゴーレム……ゴーレムっ!! あの、ゴーレム!?」

 

「そうだが……」

 

「イャッホっーい!! ちょっと待っててくれる!? すぐ戻るから!!」

 

 アリシアはなにやら異常に興奮した様子でパタパタと部屋に戻る。数分も経たずに戻ってくると、彼女は手に1本の大鎌を持っていた。その刃は根本が細く湾曲しその刃渡りはおよそ1メートル半の両刃。柄はおよそ2メートル程で、全体の長さとして合わせると2メートル半程はある。刃の大きさもさることながら、異様なのは柄首にも刃がついていることだ。

 

「これが1番のオススメ、今出来たばかりの、最高傑作よ!」

 

「これは……」

 

「そう、大鎌! かっこいいでしょ!」

 

 大鎌、かっこいい……? 

 

 アリシアは鍛冶師として優秀だ。ここに並べられている武器はどれもが一級品で、甲乙付け難い代物ばかりだ。しかし、彼女に言わせればどれも産業廃棄物に過ぎない。

 

「しかしゴーレムに大鎌は……」

 

「ふふふ……心配要らないわ! この刃に使われてる素材はアダマンタイトなのよ!」

 

「っ、アリシアッ! お前、何故アダマンタイトを大鎌に使ってしまったんだ! もう2度と手に入らないって言っただろ!!」

 

 唯一にして最大の欠点。そう、アリシアは大の大鎌好きなのだ。

 

「ごめん兄さん、つい! 溢れ出る創作意欲が止まらなくて、気付いたらアダマンタイト溶かしてたの!!」

 

「このっ、お前ってやつは……!」

 

 大鎌は一見武器としての性能は高そうに見える。あの大きな刃は相対するものに見かけ以上の恐怖を与えることだろう。しかし、実際は違う。大鎌を振った際の刃の斬撃範囲はあくまで『点』でしかなく、切り裂くには腕を引く動作の一拍が必要だ。刃が付いている分槍として使うには取り回しが悪く、切り裂くとしても剣より使いにくい。つまり、いやはっきり言って実用性はない。精々、盾持ちに圧を掛けることが出来るくらいだ。

 

「大鎌……大鎌か……要らな──」

 

「ふふふ……興味津々、って顔ね!」

 

「いや、違う」

 

「そう、大鎌はロマン! 至高、神!! やっと分かってくれたのね!」

 

「話を聞けッ」

 

 いつもいつも私が訪れるたびに大鎌を押し付けてくるアリシアを宥めるのには苦労していた。だというのに滅気ずに押し売りしてくるこいつの大鎌愛には脱帽だ。いっそのこと宗教でも開けばいいのに。私は御免だが。

 

「しかもほら……見て!!」

 

 アリシアは大鎌の柄首を持つとカチャッと何かを作動させる。すると大鎌は2つに分離し、アリシアは右手に大鎌の柄を、左手に刃を持っていた。

 

「着脱機能付きで、いろんな局面に対応出来るの! 柄は刃付きの棍棒に、刃は曲剣に……これぞロマン!」

 

「な、なんだと……か、かっこいい! 流石俺の妹だ!」

 

 アリシアの熱弁にクレイトンはすっかり魅了され、憧憬の眼差しをしていた。いやなんでだよ。

 

 そう、これがいつもの流れだ。妹の無茶を兄が止めることをしないのだ。

 

「名前は……そうねぇ、デスカッター! どうかしら!」

 

「す、素晴らしい名前じゃないか……! なぁ、テレジー?」

 

「……」

 

 そして極めつけはアリシアのネーミングセンスの無さだ。なんだデスカッターって。可愛くもなければチャーミングさもない。死の要素が何処にある。私なら、『つよつよ鎌子ちゃん.verロマン』って付ける。可愛くてチャーミングで親しみやすくて覚えやすいだろう。

 

 はぁ……日を改めようか。これ以上興奮状態のアリシアに構っていられない。私は2人を無視して踵を返すと、アリシアは慌てて私を呼び止める。

 

「ああっ! ま、待ってテレジーさん! お代はいくらでも払うから、お願いだからこれ使ってこの子に生き血を吸わせてよぉ!」

 

「アリシア!? お代は払うものではなく頂くものだぞ!?」

 

 いや、そういう問題でも無いんだか。

 

「折角だが、私は大鎌を扱い切れるとは思えない。ゴーレムとの戦いも迫ってる。もっと素直な武器のほうが──」

 

「……お代なんか要らないの。この子が貴方の手元で活躍してくれれば」

 

「……アリシア?」

 

 私が断ろうと話し始めに被せるように、アリシアは曇った表情で俯きながらぽつぽつと喋り始める。

 

「この子はね、私の夢と希望が詰まってるの。私は戦えないけど、私が作品を造って、それを誰かに振るってもらうことで一緒に戦えるって思ってる。そして私の作品がこの国に、この世界になにか影響を与えられたらなって思うの。それが私にできる唯一の方法で……それが例え、私の造ったものが人を殺める道具になるとしても」

 

「……」

 

「……言ってよく分かんなくなっちゃった。とにかく、要らなくなったら捨てて。この武器は最初から貴方のために造ったものだから」

 

 そう言ってアリシアは微笑む。その笑顔はとても悲しくて、寂しそうに見えた。

 

「言葉巧みに言っても無駄だ。どうにか受け取ってもらおうって魂胆が見え見えだ」

 

「何で分かったのッ!?」

 

 ガーン、という効果音が聞こえてきそうな表情で項垂れるアリシア。よよよ、と頼りなく地面へとしゃがみ込むと、すかさずクレイトンが駆け寄って体を支える。

 

「無理をするからだ。部屋、戻れるか?」

 

「うん……ごめん、兄さん。ありがとう」

 

 連続した徹夜作業で体が限界を迎えたのだろう。顔色は悪く、手は少し震えているように見える。

 

「……まぁ、アリシアの気持ちは分かった。不本意だが貰おう」

 

 本来であれば貰わない予定だったのだがな。全く、上手く誘導された気分で、複雑だ。

 

「本当!? ありがとう、テレジーさんっ!!」

 

「うお、危ない! 大鎌持ってジャンプするな!」

 

 こいつ意外と元気だな!? 本当に騙されたのか、私? 

 

 アリシアから強引に大鎌を貰い、その握りを両手で持つ。見た目の割には重すぎず、だがこの大鎌のしっかりとした重量は、ゴーレムやそれ以外との戦闘でも十分な破壊力をもたらすだろう。

 

「良い武器だ」

 

「ふふふ、当然よ!」

 

 椅子に腰掛けながら胸を張るアリシアは、心底嬉しそうに微笑む。

 

「当たり前だろ? うちの自慢の妹の作品だぜ? ……そうだ、これもやるよ」

 

「これは……」

 

 クレイトンが投げ渡したのは、黒のコートだ。今着てるのと似たデザインだと思ったが、その実裏地が赤色の素材が使われていて、且つポーチが増えていることが分かる。

 

「暇つぶしに作ったもんだから、大した出来じゃない。だがそのボロ纏ってるよりマシだろ」

 

「……助かる」

 

 暇つぶしにしては手が込んでいる。前もってこのコートを見繕っていたのだろうか。クレイトンは照れ隠しなのかしっし、と『用が済んだなら帰れ』とばかりに手をはらった。収穫は十分以上だ。戻るとしよう。

 

「今日はいい物を貰った。また頼む」

 

「ええ! また来てね、テレジーさん」

 

「ああ、また来る。アリシア、クレイトン」

 

 ボロのコートをアリシアに手渡すと、クレイトンから貰った新しいコートを袖に通す。以前までのコートより軽いし、自分の動きが阻害されないため動きやすく感じる。大鎌を分解してアリシアから貰った鞘に刃を納め腰に帯び、柄を背中のベルトに引っ掛けて背負う。

 

「……なんか変わったね。テレジーさん」

 

「そうか?」

 

「うん……ちょっと前向きになった?」

 

「まぁ……その通りかも、ね」

 

 アリシアは上目遣いでそう言うと、頬をかきながら年相応に可愛く微笑んだ。



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第二十二話ッ 怒涛ッ、苛烈な責苦ッ!耐えるテレジーは陥落寸前ッ!?※快楽堕ちは無し

※そもそもそういうシーンでも無いです。


 

 新たに調達した武器を携えた私は、来た道を辿ってアジトへと帰っていた。

 

 実はアジトを出る際、マイケルの予定をそれとなく聞いていた。彼によると──。

 

『やはり飾り付けが足りんな』

 

 と、ぼそっと愚痴をこぼすと気付いたときには姿はなく、どこかに行ってしまった。要らないっていつも言ってるんだが、本当に人の話を聞かないな。なんなの私のこと嫌いなの? 一体どこから余計なものを引っ張ってくるつもりなのだろう。というか探して見つかるものなら既に取られてるだろ。

 

 アジトに着いた私は地下への扉を開けると、思案しながら階段をゆっくり歩いていく。

 

「変なの持ってこないといいけど……」

 

「ん、おかえり……テレジー」

 

「ッ!?」

 

 地下部屋に戻るとオーフィアがベッドの上で座っており、お腹を擦りながらこちらを見でぬぼーっとした顔で手を降ってくる。その隣には既に帰ってきていたのかマイケルも居た。

 

「なんで居るのよ貴方ッ!?」

 

「俺が連れてきた!」

 

「お持ち帰り、された……」

 

「つ、連れ込んで……お持ち帰りぃ!? そ、それどういうことよッ!!」

 

 いつの間にか部屋に居て寛いでいるオーフィアと、床で寝そべるマイケルたち2人はどこ吹く風といった様子だ。オーフィアがお腹擦ってたのって、もしかして……ここで…………? 

 

「まあまあ、カリカリするな。そんなことより、良い武器手に入ったか?」

 

「『そんなこと』で片付けるなッ! オーフィア、あんたまさかマイケルと────」

 

「マイケルって、凄いわ……」

 

「っ…………!!」

 

 私は膝から下の力が一気に抜け、腰を抜かしてしまう。二人のマ イペースぶりに苛立ちながらも、私はいつの間にかベッド横に置いてあったソファーに手を置いて、頭に手を当てる。

 

「べ、別にマイケルが誰としたって……オーフィアもそっちに興味あったのね……でもなんで人のベッドなんかでぇ……? ……あ、ああ!!」

 

 私が武器調達に勤しんでいる間にこの二人は……ああぁぁああああ!! 頭を両手で抑え、発狂しそうになる自分を必死に閉じ込める。

 

「い、いひ、いひひひひ…………」

 

「え、キモい……それより、テレジーは見た? マイケルの筋肉……!」

 

「ひひひひ…………き、筋肉?」

 

「おう、見せたことあるぞ。それにしてもオーフィア殿も筋肉が好きとは中々見どころがあるな!!」

 

 なんだ、筋肉の話か……。私は額にできた冷や汗を拭ってほっ、と一息つく。いや、別に安心なんかしてないし。誰と寝ようがマイケルの勝手だし。まあ確かにこのベットはまともな使われ方されてこなかったとはいえ、いざ他人に『そういった』使われるとなると……なんだか心が痛いからやめてほしい。

 

「わたしも……結構ある」

 

 そう言ってオーフィアは豊満な胸部を張る。表情はほぼ変わらないがなんだか得意げな顔をしているように見える。

 

「ほう……是非見たいッ!!」

 

 待ってましたとばかりにオーフィアはベッドから立ち上がると、スカートにスリットが入った黒のワンピースに手をかけ──。

 

「ちょっと待てぇえええいいい!!!」

 

 勢いよく立ち上がって脱ぎかけたワンピースに手を伸ばし、現れかけたオーフィアの素肌を隠す。

 

「ねぇあんた馬鹿なのッ、馬鹿なんでしょッ!! 見せるならもっと別な場所あるでしょ!?」

 

「テレジー……これじゃ脱げない」

 

「脱がせないようにしてんのよッ」

 

「脱がせたいの……? 今日のテレジー、積極的」

 

「違うわッ!! 勘違いすんなッ!!」

 

「ふむ、なるほど……これが『百合』というやつか」

 

「百合は好き……本で見た」

 

「それ絶対話噛み合ってないからッ。違う意味だからッ!!」

 

「女の子同士の恋愛……以外無いでしょ」

 

「合ってる!?」

 

 駄目だこの2人。頭がおかしくなりそう……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「俺が家具をここまで運んでいたら、オーフィアがどうしてもテレジーに会いたいって言うからここまで連れてきたんだ。だがまぁ、俺も男だから女性が家に来たのに何もせず帰すってのも……なぁ?」

 

「わたしは……テレジーが居ない、って分かったから。もう帰ろう、と思ったのだけどマイケルが……。ごめんなさいテレジー。わたしも抵抗、した。けど、わたしは女で……マイケルは、男。マイケルったら力づくで無理やり服を…………」

 

「オーフィアも最初は抵抗したが、俺の自慢のものを見せたら、すぐに素直になってな。すっかり俺の虜になっだぞッ! 俺たち相性バッチリだな!!」

 

「嫌、やめて。思い出すだけで……恥ずかしい。あんなになったの、マイケルが初めて……。でも、もうマイケルがいないとわたし、駄目な体になっちゃった…………ここにいっぱい、教え込まれちゃった……」

 

「もっと色んな事をオーフィア殿に教えたいな」

 

「いやんマイケルったら。テレジーの前でそういうのは悪いわ……」

 

 いくつか事情聴取を行って分かったことがある。ここまでの話を要約すると、まずマイケルはアジトを出たあと目当ての家具や装飾品を見つけたらしい。それらをえっちらおっちら運んでいると、オーフィアが声をかけてきて手伝いを申し出たという。

 

 一緒に運んでくれたオーフィアにお礼は何がいいかとマイケルが聞くと、『テレジーに会いたい』と言った。待てばその内帰ってくるだろうということでアジトに招待したという。そしてオーフィアはマイケルの筋肉が気になるというと、彼は嬉々として筋肉を見せつけてきて──とまぁ、大体そんな感じらしい。

 

「ああそうですか。よく分かりました」

 

「ふふ……テレジー、怒ってる」

 

「怒ってません」

 

「テレジーおちょくるの、楽しい……」

 

「……何にも楽しくないッ。何なのよあんた達っ……うぅ、ぐすっ。私が何したっていうのよぉ……!」

 

 私は涙で霞んだ視界を晴らそうと目を擦る。二人が言ったことが嘘だと分かっていたとしても、冗談でもそんなこと言わないでよぉ……悲しくなるじゃない……。 

 

「そんな顔しないでくれテレジー。オーフィア殿にはテレジーと仲良くなりたいって言うから来てもらっただけだ。さっきのも冗談だ。俺はオーフィア殿みたいな人妻に手を出さんよ」

 

「マイケル。私人妻じゃない……」

 

「人妻じゃなかったら手を出すのね……へー勝手にすれば私の知ったことじゃないしっ。オーフィアって可愛いし綺麗だし私と違って筋肉もあるならさぞ貴方好みの女性でしょうねッ!! あんたが人妻にしてあげればいいじゃない!! どうせあんたも好きなんでしょ──このデカ乳……がッ!!」

 

 バイーン。ボヨヨンボヨヨン。

 

「テレジー。胸を叩かないで……痛いわ」

 

「安心してほしいテレジー。オーフィアは眼中にないッ。路傍の草だッ!!」

 

「マイケル。それ普通に酷い……傷ついた」

 

「何故なら俺には心に決めた人がいるからさッ!!」

 

「え……そ、それっ……誰なの……っ!」

 

「テレジー……おめでとう」

 

「え、私? 私……なの?」

 

「子ども……10人くらい欲しいね」

 

「じゅ、10人も産めるかぁああっ!?」

 

「大丈夫、みんなで育てるから……」

 

「そういう問題じゃないッ!!」

 

 で、でももしもマイケルがほしいって言ったら……頑張っちゃおっかな!? まぁ私、2年前にお腹を蹴られまくったときから月経止まってるから、子供産めないんですけどね!? ははは!! ……笑えん。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。それより見てくれ、こんなものを見つけたんだ!!」

 

「…………うん? ……あれ? 今そんなことって言った? どうでもいい、とも言った!? ねぇなんか今日私の扱い酷くない? 私のことなんだと思ってるの!?」

 

「まあまあ、怒らないでくれって。ほら、これを見てくれ。俺も武器を探してみたんだ」

 

 マイケルはベッド脇に立て掛けていた剣を手に取り、鞘を抜く。すると刃こぼれ一つなく、美しく光り輝く刀身が姿を現す。私はその無駄に見事な出来栄えに、満面の笑みでわざとらしく感嘆の声をあげる。

 

「おお、すごーい」

 

「それは剣舞に使う専用のものでな。剣の美しさを引き出すためにあえて切れ味を落としているんだ」

 

「それをどうするのー?」

 

「こんなのでゴーレムと戦ったら一瞬で折れそうだよな!! ははははははは!!!!」

 

「何笑ってんのよッ!? そんな何にも使い所ないゴミ拾ってくんなッ!!」

 

「駄目、マイケル……そんなもやしじゃ、赤子すら黙らせられない」

 

「赤子だけなら十分黙らせられるだろ。子ども10人欲しいって言ったやつのセリフとは思えないなッ!」

 

「ところで私の剣を見て……この子をどう思う?」

 

 オーフィアはソファー横に立て掛けられていた、オーフィアの身長を優に超える馬鹿でかい黒棺を開けた。そして中から黒棺と同じ大きさの特大剣を取り出した。見た目としては処刑用の剣に違いが、刀身が横に太くそして分厚く、全長が1.5メートル程とデカい。

 

 オーフィアはそれを片手で持ち上げて見せると、これ見よがしに天へと掲げる。そして剣が天井に刺さって刀身の半分が埋め込まれた。オーフィアは剣先を見つめた後こちらを見ると、ニヤッと笑った。

 

 人の家の天井に剣刺しといて笑うな。後で塞げよ。

 

「すごく……大きいです……」

 

「マイケル、アウト。……言い方が卑猥よ……えっち。まるでこの子がおちんちんみたいに──」

 

「お前もアウトォ!?」

 

「可愛そうに。この子に謝ってほしい……イチモッツ君に」

 

「ダブルアウトッ!? もはや謝る必要もない名前ッ!! てかオーフィア、あんたそんなキャラだっけ!?」

 

「いひ……いひひ……いひっ」

 

「突然笑い方キモッ!!」

 

「さっきのテレジーのマネ」

 

「そ、そんな笑い方してないッ!!」

 

「ははは!! 似てるぞオーフィア殿!!」

 

「じゅ、10人も産めないわよ……私、貴方と2人きりがいいの……!」

 

「そんなこと言ってないわよ思ってないわよッ!?」

 

「……楽しい」

 

「ふふ……ふふふ。俺もだッ」

 

「楽しくないッ。全然、楽しくないッ!!」

 

 なんなんだよこの状況……この二人を混ぜたら危険だ。誰か助けて……ツッコミ役代わってぇぇええええ!!!! 

 




オーフィア「楽しい……」


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第二十三話ッ 変でもいいじゃないッ!!※程度による

「それでテレジー。今後の予定はどうするんだ」

 

「今日その話したわよね、また説明するの……?」

 

「わたしが聞いてないから……」

 

「貴方は別に関係ないでしょ」

 

「ぐすん……マイケル。テレジーがわたしを仲間はずれに……」

 

「なんと! 仲間はずれとはテレジーは酷いやつだ!!」

 

「酷いやつ……」

 

「ああ、分かりました説明しますッ!!」

 

 イライラするなよ、私……落ち着くんだ。ソファーに深く腰掛けて、私は深呼吸1つ挟んで息を切らした呼吸を整える。よし、いける。

 

「さっき武器調達のついでに穏健派の所へ行ってきた。作戦の決行は5日後。準備自体は出来てるから特にやることはないわ。任務の内容は貴族街への地下侵入路の確保及び地下の地図作成よ。メンバーは変わらず私とガイとエレノアとオーフィア。一応マイケルも行けるようにした」

 

「ふむ、何故だ? 俺はここから離れる気はないぞ」

 

「わたしも……」

 

 ……。

 

「そうか……じゃあ好きにしてろよ」

 

「嘘や〜ん、なぁ?」

 

「……嘘」

 

「じゃあ口答えするんじゃねぇよ」

 

「ごめん」

 

「ごめんなさい」

 

 これからの準備としては、もうやることが無い。精々英気を養うくらいか爆弾作るかだ。あとはまぁ新調した武器、大鎌を練習をしておこうか。

 

「ラルクから新たに依頼を受けた。再び魔獣が栽培区画に出たらしいから、明日にでも討伐に行く。私は魔力を温存したいからマイケルとオーフィアにも手伝ってほしい」

 

「おいおいテレジー、人にもの頼むときってどうするんだっけ?」

 

「膝を折って座り……地に頭を付けるの……やって」

 

 イライラッ……。

 

「そうかそうか、じゃあお前ら用済みだとっとと失せろ」

 

「嘘や〜ん、なぁ?」

 

「嘘嘘……」

 

「なら最初っから余計なこと挟むな、殺すぞ」

 

「ごめん」

 

「ごめんなさい」

 

「当日は私一人でゴーレムと戦うことになるから、マイケルは他のメンバーと探索に当たってほしい。これは彼らの信用を得るための戦いだから、マイケルには手伝ってほしくないって思って──」

 

「テレジー、そもそも俺行くって一言も言ってないけど?」

 

「独りよがりな発言……のんのん。嫌われちゃう、よ?」

 

 ブチッ……! 

 

「──あああああッ!!!! うるせぇぇえええええ!!!! 説明してんだから一々話の腰を折るなッ!! 黙って聞けぇえええ!!!!」

 

 ☆ ☆ ☆

 

「ぐ、がは……」

 

「うぅ……胸は叩かないで……痛いわ」

 

 2人をタコ殴りにして落ち着きを取り戻した私は、一通りの流れをもう1度、懇切丁寧に説明した。

 

「テレジーよ、1人で本当に大丈夫なんだな?」

 

「ええ、問題ないわ。むしろ貴方に手伝われると話がややこしくなる。これは私が乗り越えるべき壁なのよ」

 

「俺は、そう思わないが……」

 

「……今まで避けてきた、逃げてきたツケが回ってきた。それだけの話よ」

 

「大丈夫、マイケル。テレジーは強いから……」

 

「何を根拠に言ってるんだか」

 

「……見れば分かるよ?」

 

 小首を傾げながら、拍子抜けするほどあっさりとオーフィアは言い切ってしまう。……髪色を見て言ってるならそれは間違いだ。偏見でものを言うのはよしてほしい。

 

「魔法のことを言ってるならそれは間違いよ。いくら名門の生まれだからって私、貧民街に墜ちるくらいの魔力しかないんだから──っ! ご、ごめんなさい。失言だった」

 

 そんなことを言いたきった自らの発言に驚きと焦燥感を覚え、咄嗟に手を口にかざす。しかし、どんなに後悔しようとも1度放たれた言葉は取り消せない。私は恐る恐るオーフィアの顔色を伺う。

 

「…………? 気にしてない」

 

 オーフィアはきょとん、として何のことかといった表情だ。この子のことだから、本当のことを誤魔化すようなことをしないとは思う。気にしてきていないなら別に良いのだが……

 

「そう……と、とにかくそういうことだから。えーっと、爆弾の在庫を確認しよーっと」

 

「…………」

 

 急に恥ずかしくなって私はいても立ってもいられず、大袈裟に独り言をしながら席を立つ。えーっと、確か10個あるから…………あれ。

 

「……数が足りない」

 

「足りない? 物忘れじゃないのか?」

 

「年寄り扱いすんな。……1度に作れる数って決まってるし……それにおかしい、私以外が触れた形跡がある」

 

「それってつまり……」

 

「……爆弾さん、逃げちゃった?」

 

「盗まれたのよッ!」

 

 ガタッ。

 

 後ろからものが動いた気配がした。振り返ると、マイケルが持ってきた家具に隠れていたのだろう、ボロ布を纏った人物が姿を表した。盗賊だ。

 

「っ……!」

 

 侵入者は私達を見ると、手に持った爆弾袋とともに脱兎のごとく逃げ出した。

 

「待てッ──くそッ!」

 

 そばに置いてあった短剣を手に持つと、私ご自慢の足の速さを活かしてすぐさま後を追う。くそ、きっとマイケルが大量に家具を持っていくのを見られて、アジトまでつけられたんだ。

 

 地下階段を段飛ばしで駆け上がり、そのまま屋外にでて周囲を見渡す。居た、屋根の上を走ってる。まだ追いつける距離だ。壁に手をかけ一気に屋根まで登り切ると、屋根の上を全速力で走り抜ける。

 

「わたしも行く」

 

 オーフィアは黒の棺を背に家屋の屋根にジャンプ1つで上がり私と並走してきた。そんな重いものを持って私に追いつけるだと? なんて身体能力。

 

「ごめんなさい……わたしのせいかも。マイケルと運んでたとき人に囲まれて、それで──」

 

「そんなわけ無いでしょ。こういうこともあるのが貧民街よ」

 

 私は隣で落ち込んだ表情だ見せるオーフィアを遮るように言葉を紡いだ。……案外くだらないことで悩むこともあるんだな。

 

「……うん。わたし、後ろから回り込む」

 

 口元を少しだけ緩めて安心した様子を見せたオーフィアは、そう言ってオーフィアは鋭角に切り返すと、右へと大きなジャンプを繰り出してあっという間に遠くへ行った。負けていられないな。私は足の回転を更に上げて、一気に侵入者へと近づいていった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 侵入者はすぐに見つかった。路地裏に入り、細い道を進んでいくと侵入者とその仲間だろう、ボロ布を纏った男たち5人がオーフィアと戦っていた。

 

「ぐわぁああ!!」

 

「おごっ!?」

 

「うぅ!?」

 

 しかし、その戦いは圧倒的という他ないほどオーフィアが優勢だった。オーフィアは黒棺から取り出した特大剣をなんと片手で振り回し、大の男3人を纏めて蹴散らした。なんとも同じ女と思えない豪快な戦い方をしていた。

 

「てめぇ!!」

 

 オーフィアの後ろから剣を構えた男が近づいて背中に振りかぶる。しかしオーフィアは黒棺を瞬時に左腕に装着すると、盾の要領で攻撃を弾き、逆に男にシールドバッシュを食らわせる。予想外の攻撃をもろに受けてしまった男は遠くまで飛んでいった。それにしてもあの棺、盾にもなるのか……! 

 

「なんで馬鹿力だ。ほんとに女かよ……!」

 

「女性に失礼……っ!」

 

「早っ──ぐはっ!?」

 

 オーフィアは少しむっとして怒気を見せる。直後男に鋭く踏み込んで距離を詰めると、特大剣の平な切っ先で腹を突き飛ばした。

 

 こいつ、やっぱり強い……。しかし私はーフィアの規格外の戦闘力に、何処か違和感のような既視感のようなものを感じていた。私が慄いていると、戦闘を終えたオーフィアはぺたぺたと擬音が付きそうな歩幅でゆっくり歩いてくる。するとオーフィアは自慢気に胸を張って、『ぶい』とピースをしてきた。

 

「オーフィア、怪我は無い?」

 

「もーまんたい!」

 

「大丈夫そうね。良く分からないことを言ってるから」

 

 オーフィアの無事を確認すると、私は件の盗人に近づいて爆弾が入った袋を取り返す。腹を押さえて蹲っている盗人は私達に気が付いて、許しを請うように地面に頭を擦り付けた。

 

「ゆ、許してくれ……まさか、ボマーの家だとは……それにば、化け物がいるなんて!」

 

「……不快──殺すッ」

 

「感情的になるな。盗賊の言葉は聞くだけ駄目だ……おいお前、今回はこれで見逃してやる。とっとと失せろ」

 

「殺す…………ッ!!」

 

「は、はいっ!?」

 

 盗人すっかり怯えきった様子で、足が絡まるのも気にせず逃げていった。オーフィアは依然として機嫌悪そうにグルルルル……、と獣みたいに盗人の背中を睨み続けている。化け物って言われたのがそんなに傷付いたのかな……正直私も同感なのだけど。言わなくてよかった。

 

 その後、怒りに震えるオーフィアを宥め落ち着きを取り戻した彼女と帰路を共にした。尚その途中私達を追って走ったのか、疲れ果てて地面に這いつくばってるマイケルと合流した────家からほど近い場所で。

 

「何してんの。体力なさすぎよ」

 

「ふ、2人共……はぁはぁ……は、早いな……っ」

 

「こんな時まで鎧を着てるからでしょ。いい加減脱ぎなさいよ全くッ!」

 

 お前の所為でアジトを漁られたんだぞ、寝てんじゃねーよ。私は何となくマイケルを蹴飛ばした。oh……とマイケルは悦びの声を上げた。気持ち悪い。

 

 そして何故かオーフィアは私の方をじっと見ると、頬を赤らめた様子で顔を両手で隠して指の間からチラチラ見てくる。

 

「いやん、テレジーったらえっち…………脱げとか言ってSMプレイ始めるとか……大胆」

 

「えっちじゃないし、違うわッ!!」

 

「テ、テレジー……もっと、もっと強いのをぉ!?」

 

「ほらテレジー……焦らしプレイも程々に。そろそろご褒美をあげて……マイケル、欲しがってるわ」

 

「焦らしてねえッ!? 気持ち悪いこと言うなッ!!」

 

「大丈夫……私SMプレイに結構理解ある」

 

「無くていいわそんなのッ!?」

 

「恥ずかしがらないで……変わった性癖は誰にでもあるの」

 

「私そんなの持ってないんだって!? お願い勘違いしないでよ!!」

 

「えっ……だってガリッパ君とマイケル、よくメスの顔してたから……」

 

「確かに、確かにしてるけどッ。でも私はそんなので悦ぶ変態じゃないッ!」

 

「変態でもいいじゃない……因みに私、露出癖があるわ」

 

「変態ッ!?」

 

「みんなに黙って服を脱ぐのが堪らないの……今も下着、着けてません。だから胸のここが擦れて……うぅ痛い」

 

「なら着けろッ!!」

 

「分かる。分かるぞぉ……見せたいよな、筋肉」

 

「多分そういう事でもない気がするッ!?」

 

「テレジーも露出癖あるでしょ……? コートの下、何も着けてなかった」

 

「ほう……そうなのか!!」

 

「お前と一緒にするなッ! 晒し巻いてるしパンツも履いてるわッ!! あと変な想像するな!!」

 

「仲間かと思ったのに……仲間はずれ、酷い。ぐすん」

 

「おお、オーフィアが泣いてしまった! 仲間はずれとは酷いやつだッ!!」

 

「なんで私が悪いみたいになってんのよッ!!」

 

「お願いテレジー……今すぐ晒しを取ってパンツも脱いで。仲間になって……こんなことテレジーにしか頼めない……」

 

「誰が脱ぐかッ!!」

 

「なら代わりに俺が脱ごうッ!!」

 

「私女にしか興味ない。目が汚れるから、やめてマイケル」

 

「Oh My gosh……」

 

「そっちには理解ないのね……」

 

 何回繰り返すんだろ、こういうくだり……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 取り敢えず無理やり話を付けて私達は解散した。そして翌日に魔獣討伐のため再び集まることになった。

 

 なったのだが……。

 

「ひゃっはー!! 汚物は消毒だ〜!!」

 

「いっぱい血を吸って、大きくなってイチモッツ君…………」

 

「誤解しか招かない表現ッ!?」

 

 翌日、西側の栽培区で現れた狼型魔獣の討伐で調子に乗った二人によってあっという間に倒され、私は大鎌の練習を少しもできなかったのだった。



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第二十四話ッ 地下路探索大作戦ッ!!※マイケルの活躍はなし





 

「くれぐれも気を付けてくださいね、姉貴」

 

 オーフィア、マイケルと魔獣を討伐に行った日から4日後、予てより企てられていた作戦。貧民街地下路探索作戦の決行日を迎えた。

 

 今回持っていく装備は、護身用の短剣と新たにメンバーに加わった大鎌だ。銘はデスカッター……ダサい。魔獣討伐の際に少しだけ振るったが感触は悪くない。というよりこれがどれほどの業物であるかがよく分かった。間違いなく今まで手にした武器の中で最高のものだと言える。

 

 アリシアの創る武器を握るのはこれで3本目だが、どれも一品であった。そういえば、初代の弯刀が真っ二つに折れた状態でアリシアに修理を頼み、思いっきり睨まれたことがあった。まぁ、私が悪いよな。でも安心して欲しい。2代目はまだ健在だし──そんなに使ってないだけ──大鎌はアダマンタイトだから頑丈。壊れる心配は無い。……無いよね? 

 

 あとは閃光炸裂弾が2個と、手榴弾が4個だ。閃光炸裂弾が少ないのは、単純にゴーレム相手に効き目が薄いからだ。小手先で勝負するより、1発でかいのをぶつけたほうが短期決戦にもなるし戦闘効率も良いという判断だ。

 

「当たり前でしょ。こんなところで死ねないんだから」

 

「テレジー、荷物持ったぞ!」

 

 意気揚々と爆弾が入った袋を掲げたマイケルに了承の旨を伝える。その背には私が以前まで使っていた長槍が彼の高い身長でもってしても隠れず、頭上から穂先を覗かしている。

 

『俺も武器がほしい。こんなぺらっぺらな剣では戦えん!』

 

『誰が悪いと……陽気パワーを使えばいいじゃない』

 

『う、うーむ。そうなのだが……無限に使えるわけではないからな』

 

 過ぎた力は必ず何か代償を生じる。例えば連続発動による身体的障害や、長時間の使用制限など。いざというときに陽気パワーが使えないのであればお話にならない。ならば温存するに越したことはないだろう。

 

 私が持つ大鎌はその分離機構であらゆる局面に対応出来る力がある。本来であれば予備として長槍を持っておきたい。しかしアリシアに言外に『壊れない』と銘打たれたアダマンタイト製の大鎌であれば話は別と考える。それに私には万が一のときの魔法もある。ならば長槍は彼に貸してしまったほうがいいだろう。

 

「それにしてもガリッパは今日も仕事か。大変だな!」

 

「そっちと比べたら命が懸かってない分楽な仕事だぜ」

 

 マイケルの労いにガリッパは困ったように微笑んだ。

 

「結構忙しいみたいね。頻々に革命派と合流しているのだっけ」

 

「……はい、革命派は下っ端を使い潰す派閥なんで。このまま働いて実績積んだら下っ端卒業してガリッパからも卒業できるのも夢じゃないっすね」

 

 難しい顔をしていたガリッパは、上手いこと言ったとばかりに手を打って私の返答に期待しているのか、こちらを凝視してくる。なら私も上手いことを言ってやろう。

 

「ならガリッパからガリッチョになるのね」

 

「ははは、どういう意味かわかんないっすけどあれっすね。姉貴マジでネーミングセンス無いっすね。子どもの名付けだけはしないほうがいいと思うっす」

 

 あ、あれ。思ってた反応と違う。ガリッパは顔から色を消して仏頂面で私を詰ってきた。なんか、変だったかな……いや変じゃないぞ。

 

「ガリガリと、部長で、ガリッチョ──」

 

「──いや説明いらないっす大体分かるんで。まず人にガリガリって言うのも大概失礼っすよね。しかもなんで他のとくっつけて省略するんすか。ダサいんでマジやめたほうがいいっすよ」

 

「はい……」

 

 センス無い、ダサい、マジやめた方がいい……皆から言われるけど、私ってやっぱセンス無いのかな……。ガリッチョ、可愛くてチャーミングで親しみ易くて覚えやすいじゃんか……。

 

「おお、テレジーがガリッパに怒られてる……! 何故か別れの挨拶のはずが説教になってる!」

 

 ええその通りねなんで怒られてるんでしょうね。大丈夫私は変じゃないちょっと独創性に富んでいるだけ。塞ぎ込む必要はない私らしく行け。

 

 そう心に刻んで私は沈みかけた気持ちに鞭打って顔を上げると、背負っていた大鎌を背負い直す。

 

「それじゃ、言ってくるわ」

 

「はい。お気を付けて」

 

「ガリッパも頑張れよッ!!」

 

「おう、そっちもな!」

 

 私達は手を振ってガリッパと別れる。それに答えてガリッパもこちらに手を降ってきた。そして彼は私が視界から消えるまで手を振り続けた。

 

 考え事は後に取っておく。そして今は、これからの戦いに備えて心を整えるだけだ。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「シッ!」

 

 日の明かりも届かないアスキア帝国の元城下町、そして現貧民街の地下水路。決して広いとは言えない小道で私は分離させた大鎌の刃──曲剣を片手に、宙に飛んでいる警備タイプに背後から急襲を仕掛ける。頂点にあるプロペラから下に真っ直ぐ曲剣の刃が走り、警備タイプに警報を鳴らされることなく真っ二つにすることに成功した。

 

 ふぅ……これで5体目か。一撃必殺が求められる分集中力がいるな。私は少し跳ね上がった心臓を抑えるように深呼吸を挟み、曲剣を柄に装着する。そして既に戦闘終了に気がついているだろうが、後に控えている索敵及びマッピング要員達に合図を送る。

 

 ガイは前方にて索敵を行い、その後ろでマイケルが護衛を。真ん中に私がいて隣にはエレノア、殿はオーフィアを配置し隊列を組んで進んでいく。もうそろそろで地下路から水路に近づいてくるはずだ。

 

「流石テレジーだな。こうも簡単にやっつけてしまうとは!」

 

「はっ、オーフィアだってこんなの楽勝だ。これくらいできてくれなきゃ困る」

 

「いやいや、テレジーの技術あっての賜物だ」

 

「お前はなんにも知らないんだな。魔法を使ってるんだよ、魔法。あの糞女に……技術なんてあってないようなもんだろ」

 

 マイケルは相変わらず悪態を吐くガイに怪訝な表情を向けるが、互いに睨み合うだけでそれ以上は会話を重ねない。互いに踏み込むべきでないラインを弁えているのだ。……私にはそういう能力を発揮してくれないが。

 

 警備タイプはそもそも戦闘向きではなく、装備は機体下部に取り付けられた小銃くらいだ。破壊するのは難しくない。奴らは前方にあるカメラと音感知センサーで索敵を行う。ただ、厄介なのは侵入者の発見の際に周囲に魔力信号を送って防衛タイプを呼び寄せることだ。それを阻止するためには、発見される前に壊す必要がある。

 

 以前までは破壊された際にも魔力信号が発信されていたそうだが、少し前に穏健派が信号の送受信を司るサーバーを破壊したらしい。そのため今は破壊が簡単になっているとか。

 

「その言い方、嫌い……」

 

「オ、オーフィア。俺はそんなつもりじゃ……」

 

 ガイの言葉が癇に障ったのか、オーフィアは表情には出さないが機嫌悪そうにそっぽ向いた。その仕草に動揺してか、ガイは取り繕って言葉を濁そうとする。

 

「ああ、はいはい良いからいいから。男の言い訳とか聞きたくないわ」

 

 だがその様子に呆きれたエレノアは、考える隙を与えぬまま会話を終了させた。まぁ多分何を言ったってオーフィアの機嫌が治ることはないだろう。

 

 ガイもまた機嫌悪そうにはドシドシと私の方へ歩いてくる。ガイを避けようとするも、通り際に肩を思いっきりぶつけられ舌打ちもされた。痛いな……私が女だってこと忘れてんのかなってくらい強かったんだけど。まったく、そういう仕草がオーフィアに嫌われるんだぞ。

 

「一撃毎に、早くなってる……やっぱりテレジーは強い」

 

「慣れよ慣れ。オーフィアもこれくらいなら余裕でしょ」

 

「ううん……そんなことない」

 

 気を取り直して私達は陣形を組み直し、探索を再開する。先程の私の戦いを見て分析を行っていたらしく、オーフィアが小声で報告してくる。別にあれぐらい大したことではない。やろうと思えば誰にだってできる。

 

「オーフィアはね、あれなのよ。武器がでかすぎてここじゃあ好きに振り回せないから……大変だったのよ」

 

 私達の会話を聞いていたエレノアが加わり、疑問に思ったことを答えてくれる。そういうことか。エレノアの補足説明に私は会得がいく。オーフィアの身体能力を鑑みれば容易にこなせる任務も、環境如何によっては難しくなるというわけだ。

 

 ……いや、私よ。難しく考える必要ないだろ。別の武器使えば済む話だろこれ。

 

「だからいつも、もっと小さい武器使えって言ってんだけどこの子強情なのよね。頭が悪いのよ」

 

「エレノア……酷い」

 

「だけどいつも武器頼りな戦い方してるから、いざ小さい武器使わせると距離を図り間違えて空振りするのよね。頭が悪いのよ」

 

「酷い……酷い……」

 

「むっつりすけべと思いきやただの変態だし、黒っぽい服しか着ないし、すぐ調子に乗るのよね。頭が悪いのよ」

 

「それ関係ない…………ぐすん」

 

 頭が悪いとまでは思わないが、オーフィアは特殊な思考をしてるとは思っている。……まぁ変態なのは合ってる。どうやらそこは共通見解だったらしい。エレノアとは仲良くなれそう。

 

「おい、お喋りはその辺にしとけ」

 

 私達から少し離れた前方で、というより私達と男二人との距離が離れて陣形が乱れているだけだが、ガイはこちらに振り返って苦言を呈した。

 

「はいはい。いいからあんたは索敵だけしてなさい」

 

「お前らの声がゴーレムに聞こえるだろうがっ!」

 

 それを聞いたエレノアは待ってました、と言わんばかりに自信満々な様子でガイの方へつかつか歩いていく。そしてどこか期待に満ちた目をしたオーフィアもそれに続いた。

 

「じゃあまずあんたが黙りなさい。オーフィアの機嫌悪くしたのは誰だと思ってんの。ていうかこれから戦うって奴の士気を下げるとかあんた何考えてんの? 死にたいなら1人で死になさい。せっかくあたいがこうしてフォローしてやってんのに、むしろあたいに感謝してほしいくらいだわ。ほんとあんたの尻拭いなんか散々なんだけど。そんなに拭いて貰いたきゃあんたのお母さんでも呼んで拭いてもらったら? あと一緒に乳でも吸っときなさいよ、足りない脳みそを補う為に栄養でも貰ったら?」

 

「ちっ……エレノアてめぇ言わせておけば……!」

 

「というか……この周辺にはもうゴーレムなんて居ないから索敵も要らないわ。馬鹿みたいに周囲をキョロキョロしてて、男のくせに兎みたいで滑稽で見物だったけど、あたいに言われるまで気が付かなかったわね。無駄な作業お疲れ様。頭の中に地図入ってないの? 入って無さそうよね、だってそもそも頭の中身も無いものね。兎だってもっと賢いわよ」

 

「……てめぇ!!」

 

「もっと言えば貴方碌に戦えもしないくせにテレジーを馬鹿にできるなんて、自分を棚に上げるどころか神棚にでも供えているのかしら? しかもこれまでの戦闘で、テレジーは明らかに魔法を使っていないわ。テレジーが戦っている間一体何を見ていたの? オーフィアのお尻とか? 知識もなければ教養も恥じらいもないのね、なら残ってるの男性器だけじゃない、この性欲チンパンジー。テレジーは逆立ちしてあんたと戦っても勝てるくらい強いわ。女の尻見てないで碌に見えもしない前だけ見てなさいよ。この節穴ボンクラ愚図男が」

 

「…………っ」

 

「何? もっと虐めてほしいなら続けてあげてもいいけど」

 

「……もういい。勝手にしろ」

 

「ふふ……楽しい」

 

 エレノアにボロクソに言われたガイは、明らかに機嫌悪そうに悪態づくと、大した反論もできず元の場所へと戻っていった。その一部始終を見ていたオーフィアは、口を押さえてくすくすと笑っていた。

 

「む、テレジー。どうした?」

 

「い、いや……なんでもない」

 

「ふーむ。それにしてもエレノア殿は言葉がキツイな! あんなの言われたら俺でも凹むぞ……それにオーフィア殿ってあれだな、性格が悪いなっ!」

 

「それもあるけど、多分何も考えていないのよ」

 

 あの子は空気で楽しんでるのよ。マイケルはこそこそと耳打ちすると、前方から戻ってきた女子2人と入れ替わるように前衛に帰っていった。

 

「あースッキリした」

 

「エレノア……ぐっじょぶ」

 

「言い過ぎじゃないか? あれではガイが不憫だ」

 

「あら、お優しいのね? ……馬鹿にはあれくらい言わなきゃ分かんないのよ、だって馬鹿だから。馬鹿な男に尽くすなんて、あたいってばいい女」

 

「大丈夫……ガイは打たれ強い、言い換えれば……ドM」

 

 それは違う気がするけどな……どっちも。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「止まれ」

 

 ガイは緊張の籠もった声音で全体に静止を呼びかける。

 

 あれから大体1時間程探索してその道中警備タイプのゴーレムを3体無力化した。そしてようやく本日の山場、貴族街であるアスキア城への地下水路の入り口へと着いた。

 

 目前には今までの道とは違い、縦にも横にも広い空間が形成されている。壁には魔力供給型の灯火が設置されていて広いホール内を薄く照らしている。手前の入口を含め4方向に大扉があり、正面奥に見えている大扉が貴族街への入り口になる。しかし、各大扉の前には防衛タイプのゴーレムが2体ずつの計6体が配置されている。またホール内を4体の警備タイプのゴーレムが等間隔で配置され、周回しつつ哨戒行動をしている。これが今回私が相手することになるゴーレムだ。

 

 防衛タイプのゴーレムは4本の足があり、二対のアームがある。胴体は角ばっていて、頭部らしき場所にはカメラが設置され時折周囲を見回すように回転している。二対の腕にはそれぞれ剣やら槍やら斧やら盾やらガトリング、キャノンアームなどが取り付けられている。装備の構成はざっと4種に分けられる。剣と斧、ガトリングアーム2基型。槍と盾とガトリングアーム2基型。斧2本とガトリングアーム2基型。盾2枚とキャノンアーム2基型の4つだ。

 

 長いし分かりにくいからまとめつつ省略すると、剣斧機銃型が2体いて、槍盾機銃型も2体。あとは斧機銃型と盾大砲型が一体ずつといった感じか。

 

「本当に一人でやるのかテレジー。俺が手伝うことも──」

 

「──別に手伝ったって構いやしねぇぜ。くだらねぇプライドで作戦無駄にすんのも馬鹿らしいからな。なぁボマー?」

 

「……必要ないわ」

 

 ガイは憎たらしい笑みを浮かべてしたり顔を浮かべた。くだらないプライドか……皮肉が効いてて、私達を上手く表現したものだ。

 

「もしものときは……全力逃走」

 

「それじゃ、あたい達が死ぬわ」

 

「やっぱ駄目……」

 

 オーフィアの励まし? の言葉をすぐさま否定するエレノア。根負けどころかすぐさま前言撤回をしたオーフィアは、相変わらずの無表情で感情が見えてこない。心配は特にしていなさそうに見えるが、真相はいかに。

 

「俺はテレジーの意志を尊重する。だが万が一だけは避けたい。俺はここでテレジーを応援するぞ!!」

 

 マイケルは依然として悩みつつも、ここに残ってもしものリカバリー役に徹するようだ。咄嗟に喉から声が漏れ出そうになるのを堪え、私はただただ拳を握り締めることしかできない。……熊型魔獣の件もあって、私が頼りなく見えてしまったのなら、少し残念だな。

 

「それならあたいも。声援は多いほうが盛り上がるでしょ?」

 

「……そうだな。この先は広いホールも無いから、ゴーレムの大群はいない。俺とオーフィアでなんとかなるだろう」

 

 マイケルの提案に軽い調子で乗っかったエレノア。ガイは一瞬考えるように顎に手を触れるも、会得がいったのかそのまま話を進めた。だが、応援とは名ばかりの体のいい監視だ。私は一層一人で戦う事を強いられることになった。

 

 私はマイケルから爆弾を受け取ってコートの内ポケットに入れる。靴紐の緩みがないかブーツのつま先を地面で軽く小突いてチェックする。

 

「じゃ……またね」

 

「精々長く苦しんでから死んでくれ」

 

「…………」

 

「ファイトォオ!! 一、発ッ!!」

 

 4人を手前の扉前に控えさせ、私は一人ホールの入り口へ進んでいく。水路ということも相まって床には深い溝が掘られ、そこには水が流れている。また広い面積を誇るホールだが、実際に移動できる範囲は広くはない。それに加えて薄暗い空間であるため、足元の悪さに拍車をかけている。控えめに言って状況は良くない。

 

 しかし、1つだけ良いことがある。私は1歩、1歩と進みながら背中にある大鎌に手を伸ばし、調子を確かめるよう勢いよく振るう。これだけ広い空間だ、障害物を気にせず大鎌を振るうことができる。

 

 作戦は単純だ。私が全てのゴーレムを引き付け、その隙にオーフィアとガイは正面奥の大扉をくぐり抜ける。そして貴族街への侵入路を確たるものにすること。誰かと協力して事を始めるのは久しぶりだ。存分に利用しあって、お互いの利益のため頑張ろうじゃないか。

 

 私は温存していた魔力を惜しまず使い、1秒だけだが限界まで身体能力を強化する。体全体に魔力が走り、やがて魔法と化した。展開された魔法がやんわりと体を包んで、そして巨人に握りつぶされていると錯覚するほどの痛みがやってくる。しかし心臓だけは変わらず確かな律動を走っていた。

 

 ああ、久しぶりの感覚だ。私がいる世界だけ遅れているかのように見えて、私だけが誰よりも早く未来へと動き出す感覚。私は左手に持った閃光炸裂弾をホール内に放つと、閃光炸裂弾を『追い越して』警備ゴーレムへと接近した──。

 

 警備ゴーレムはその特性上複数体を同時に相手取るのは現実的ではない。今までは単体で相手取っていたから問題はないが、今回は4体を相手にしなければならない。もしここで警備ゴーレムに発見された場合、ホール内の防衛ゴーレムにすぐさま囲まれることになる。そして周囲を哨戒している防衛ゴーレムも駆けつけ撤退を余儀なくされるだろう。最悪の場合そのまま呆気なく死ぬ。

 

 普通なら発見されずに破壊なんてのは無理だ。オーフィアは戦闘能力は確かに凄まじいが、『普通の人間』である以上は警備ゴーレムへの対処に手間取り、結局ここを切り抜けることはできない。だから今まで貴族街への侵入路の確保は叶わなかった。だから彼らは私がここで無様に敗退するのを分って……というのは些か悲観的過ぎるし現実的ではなかったな。なんとか私の『魔法』の力で、ここを突破してくれることを望んで送り出しているのだ。

 

 なら簡単な話だ。魔力を使って『普通の人間』から限界を超えればいい。……つまり高速で全てのゴーレムを同時に破壊する。なにせ閃光炸裂弾の光は1秒間持続する。1秒もあればゴーレムの破壊なぞ容易い。『光速』で動けば、この広いホールはただのおもちゃ箱と化す。

 

 ──強烈な光がゴーレムのカメラから私を消す。その隙にホール内の警備ゴーレム4体を両断した。



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第二十五話 疾風迅雷

 

「は?」

 

 誰が発したのかは分からない、驚愕に満ちた声が私の耳へと届く。しかし、そんなものに反応してやれるほど余裕がない。

 

「がっ、はぁ…………かは!!」

 

 突如として襲う胸の苦しみと吐き気。膝をついて咄嗟に口を押さえるもえずきは止まらない。口に当てていた手に視点を移すと、血がべっとりと付着していた。頭痛も酷く、暫く治まりそうにもないほど痛い。しかし、荒ぶる呼吸を無視し大鎌を杖に私は体に鞭打って無理やり上体を起こす。

 

 身体強化に加え、時間加速の魔法を併用した。時間加速の魔法は自分の未来に干渉する魔法の一種だ。効果は、本来避けられない未来の出来事を自身が次元的に加速することで、自らの手で降りかかる運命を変えることができる魔法だ。

 

 ……自分でも言ってみてよく分からない。そもそも難解な上複雑な魔法で正直使いどころが難しい。というよりまともに使える人間がいない。何故なら使ったが最後、大量に襲いかかる未来のヴィジョンに頭の処理が追いつかず、廃人と化すからだ。

 

 今回は自慢の節約術を使ってそれを自身の動きのみに集中させ、音速での移動を可能にした。しかし、音速で動いたことで強化を施したとはいえ、体が追いつかなかった。また、魔法の併用によって魔力消費が嵩み、だいたい6割ほど失われた。魔力さえ潤沢なら文字通り一瞬で片を付けられるのだが、無い物ねだりしても意味はない。生き残るためには自分の持ちうる手段で最高の結果を出し続ける必要がある。

 

「早く行け…………邪魔だ!」

 

「……行くぞ、オーフィア!」

 

「うん……!」

 

 私は節約版身体強化を施すと、先に走り始めた2人を抜き去って前方から迫りくる防衛ゴーレムと対峙する。

 

 一足先にたどり着いたのは剣斧機銃型。奴はクロスレンジに入ると、子供大くらいの長さの大剣を横に振るう。それを屈んで回避。続けざまに飛来する斧の縦振りを横へのステップで躱す。そのまま斧を装備するアームに大鎌の一撃をお見舞し、アームを切断。そしてすぐさま後方へ全力でバックステップを踏み、左右からの機銃による一斉射撃を避ける。

 

 この大鎌、やはり切れ味が凄いな。ただの一撃でゴーレムのアームを切断できるとは。自らがしでかしたことながら思わず舌を巻く。先日魔獣で試し切りしたときも、獣を切ったとは思えない軽い感触に驚いた。やはりアダマンタイト製は伊達じゃない。アリシアの鍛冶師としての技術が詰まった傑作だ、これならゴーレム相手にも不足ない。

 

 あのときは渋々受け取ってしまったが、今を思えば悪いことをした。あとで謝罪しに行こう。

 

 ドンっ! という肌を震えさせる程の爆音が右から響く。キャノンが撃たれた音だろう。反応が遅れ、回避は困難だ。ならば切り捨てる。この大鎌なら多少の無理なら答えてくれるはずだ。右から迫りくる砲弾に合わせるように大鎌を振って命中する前に切り落とす。分かたれた砲弾は私の体を掠め、後ろから砲弾の着弾による爆風が髪を靡かせた。流石の業物だ。それに身体強化も相まって砲弾が止まって見える。斬るのは容易い。

 

 左から迫りくる剣斧機銃型ゴーレムは機銃を掃射しながら旋回行動を取る。だがその近くをガイとオーフィアが走っている。剣斧機銃型は2人の存在を感知し、体の向きを変え狙いを2人に定めた。

 

 そうはさせない。ピンを抜いておいた手榴弾を右手に持つと、それを軽く宙に投げ大鎌を両手で構えフルスイング。手榴弾をゴーレム目掛けかっ飛ばす。私の意図を察したオーフィアは、ガイの前に躍り出てすぐさま背負っている黒棺を構え防御の姿勢をとり──爆音と爆風が剣斧機銃型ゴーレムを包み、完全破壊。あれは余った火薬詰め込んだ、所謂ラッキーボム。爆発力が他と桁違いだ。次はこうも簡単に壊れることはないだろう。しかし、これで残るは5体となった。

 

「あ、危ねえ……っ!」

 

「ふふふ……楽しい」

 

 こちらに視線を向けた2人はそれぞれ別々の感情を宿している様子だ。そしてこの場にいる残り5体のゴーレムは私を排除すべき敵と判断したのか、一斉に銃身を向けてきた。これで2人の進路は確保した。あとは戦うだけだ。

 

 5体の防衛ゴーレムが計8門の機銃、2門の大砲で形作られる銃弾の嵐。一見隙間なく見える包囲網は、その実穴だらけだ。機銃といえど連射性能はそれほどでも無い。またゴーレムはそれぞれ離れた位置にいるため、5つの射線が交わる交点のみ銃弾の密度が高いだけだ。そこさえ抜ければ躱すのは容易い。

 

 最初の銃弾が右頬を通り抜けるのと同時に、前屈みになりながら前方10メートル先にいる、先程仕留めきれなかった剣斧機銃型ゴーレムへ駆け出す。右へ、左へのサイドステップで大砲による砲撃を交わし、緩急をつけたダッシュで機銃の狙い所を不鮮明にさせる。足元に走る水路を大鎌の石突を突いて体を大きく浮かせ、ハイジャンプの要領で一気に剣斧機銃型ゴーレムへ肉薄し、勢いそのまま両断。しかし寸前で後に逃げられアーム3本と右足を切り、胴体を傷つけるだけにとどまる。だが無力化はできた、あと4体。次だ。

 

 私はすぐさま後ろに振り返って、真後ろまで音もなく接近していた斧機銃型の、両手に持つ斧による振り下ろしを寸前で防ぐ。

 

「くっ……!?」

 

 ギリギリ、とアームが負荷をかけ続け、徐々に大鎌を押し込んでいく。さすがに重い。簡単に剥がすことはできないか。

 

 左右のゴーレムのガトリングが回転する音。その瞬間、斧を受け流して迷わず大鎌の分離機構を作動。左に曲剣、右に棍棒を構えるとすぐさま前ステップで斧による一撃を回避。斧機銃型ゴーレムの装甲に斧と棍棒による連続攻撃を仕掛け、斧を持つアーム1本を残して他アームを破壊に成功。そのままゴーレムを蹴って3角跳びすると、私の残像を狙った銃弾の雨が斧機銃型ゴーレムに命中し、蜂の巣さながらの穴だらけとなった。これで残るは3体。

 

 その時、銃撃を食らった斧機銃型ゴーレムが爆発。空中にいた私は爆風の影響をもろに受け、姿勢の制御を失って字面を転がる。軌跡を追ってきた銃撃が迫る。あえてそのまま転がり続けることで回避し、足を力いっぱい蹴って高速で離脱する。

 

「ぐっ!?」

 

 足が滑って離脱が僅かに遅れ、左脇腹に銃弾を受ける。痛みで僅かに失速し、後方から接近する槍盾機銃型ゴーレム体の攻撃の間合いに入った。槍盾機銃型ゴーレムは盾を構えながら機銃を掃射してきた。

 

「っ、テレジー!」

 

 マイケルの叫び声が耳に入る。しかしそれをかき消すガトリングの轟音が前方から響き、その場から回避を強要される。その時足元が大きく爆発し、なすすべなく私は吹き飛ばされた。槍盾機銃型に隠れた盾大砲型が曲射で私を狙ってきたのだ。

 

 ゴーレムの癖に学習してきたか、小賢しい奴らめ。咄嗟に魔法で風を発生させ無理やり空中で勢いを殺す。少し肌が焼け、擦り傷が増えたが体は無事だ。奇跡的に直撃を受けずに済んだ。だが次はこうはいかないだろう。

 

 3体のゴーレムはそれぞれ散開しつつ掃射。槍盾機銃型ゴーレムを前に先程と同じ陣形で迫ってくる。

 

「くっ……! 今、助けに──」

 

 魔力の残りは体感であと2割程。その一部を使って脇腹の出血を止める。あとの魔力は身体強化で漸減していくだろう。つまりこれ以上の回復は望めない。

 

「──来るな!!」

 

 決起の意で私はそう叫ぶ。これからは少し大胆に勝負する。

 

 あえて私は槍盾機銃型に突進を仕掛け、クロスレンジに入る。槍盾機銃型はシールドバッシュ、刺突、切り払いと攻撃を仕掛けるも、その全てを躱す。槍盾機銃型がしびれを切らして盾を一度引いて槍をこちらへ素早く突き出した。

 

 これを待っていた。私はすんでのところで刺突を回避。そのままさらに踏み込むと、曲剣と棍棒を大鎌へと連結させ、全力の横ぶりをお見舞いする。横に振り抜けられた大鎌の刃は、構えられた盾ごとゴーレムを切り裂き、動力源たる核を破壊したのかその動きを停止させた。これで……あと2体! 

 

 魔法によって強化された健脚を惜しげなく使って、盾を構える槍盾機銃型に特攻。その途中で再び大鎌を分離させ二刀流スタイルをとって素早く移動。次々と襲いかかる盾大砲型ゴーレムが放つキャノンによる曲射大砲と槍盾機銃型の射撃をステップで回避し、屈んでくぐり、ジャンプで飛び越して紙一重で避け続ける。迫りくる2つの砲弾を曲剣で切り落とすと、姿勢を地面スレスレまで下げ槍盾機銃型に一気に踏み込む。

 

 接近して棍棒による刺突。それを盾をで阻まれ、ゴーレムは槍を突き出すもそれを曲剣で弾く。超至近距離にも関わらずゴーレムは機銃を周囲にばら撒く。左回りで旋回し銃弾を回避する。正面から槍の柄による殴打が飛んでくるのを確認し、スライディングでくぐり抜け、方向転換後再び棍棒をゴーレムに振るう。今度は防御が間に合わず本体を直撃し、装甲の一部を破壊。

 

 ゴーレムはなりふり構わず機銃を乱射しながら盾と槍を振り回し始めた。一旦距離をとって様子を伺う。恐らく近くまで接近され張り付かれたときの行動としてプログラムされていたのだろう。だが、それは悪手だ。魔力の消費を抑えるため節約術を用いて一瞬だけ時間加速の魔法を使用。ただ、身体強化は消失させる。

 

 再びスローになった視界の中で、私だけが早く動けるようなイメージ。槍が左から迫る。回避。銃弾が右と正面から来る。左へ移動。そのまま踏み込んで曲剣でゴーレム本体を左上から右下へ切り、今度は来た道をなぞって斜め上へ切り上げ、その流れで曲剣を上に投げると同時に手榴弾のピンを抜いておく。大きく開かれた傷跡に棍棒を両手を使って差し込み、捻って損傷を拡大させる。一気に引っ抜いて穴が空いた装甲に、左手で持った手榴弾を押し込む。投げた曲剣をキャッチして離脱──内側から爆発し破壊に成功。

 

「ぐふっ…………おえっ」

 

 一瞬だけとはいえ無茶をした。堪らずその場に蹲って大量に吐血。追い打ちに吐き気が襲い胃の中のものをぶちまける。呼吸が苦しい。息を吸う毎に肺がズキズキ痛む。内蔵が大きく損傷している気がする。完治していない脇腹から血が滲む。見た目以上に内側がボロボロだ。

 

 しかし、無茶の甲斐あってこれで残るは1体。そして魔力の残りはあと僅か。そろそろ戦闘を終わりにしたいところだ。

 

 いつの間にか換装したのか、盾大砲型ゴーレムは盾を1枚とキャノンを捨て、機銃と斧に装備を変更していた。私が苦戦していた装備を戦闘中に学習し、適応してきた。恐らく死に際にゴーレム達が残ったものに通信で学習データでも送ったのだろう。本当に小賢しい奴らだ。となると、防衛ゴーレムは既に他の仲間に通信してここに呼び寄せてる可能性が高い。ならばより早い撃破を狙ってこの場を離れる必要がある。

 

 装備を換装したことによって斧盾機銃大砲型となったゴーレムは、盾を構えながら距離を取って大砲を撃ってルートを制限。避けたところに的確に機銃による射撃。やはり学んでいる。簡単には近づけない。私が持つ切り札の使用のためもうこれ以上無駄な魔力は使えない。手榴弾も警戒されて投げたところで撃ち落とされるのが関の山。

 

 額の汗を拭って逸る気持ちを抑え込む。チャンスは1回、ミスれば魔力は枯渇する。魔力が尽きればマインドダウンが発生し、意識を保つのに精一杯で戦闘どころじゃなくなる。

 

「テレジーっ……!」

 

 その時私を呼ぶ声が聞こえ、その声の主を特定する。オーフィアだ。貴族街への侵入路が見つかったのか──少し短絡的で楽観的だと思うが──彼ら彼女が戻ってきた。オーフィアは動けなくなっていた剣斧機銃型ゴーレムに止めを差していたのか、片手には特大剣が握られている。ならば話は早い。ここで決着をつける! 

 

 身体強化……さらに出力を上げ、速度上昇。魔力消費量は上がり、持って8秒……問題ない。5秒で近づき3秒で破壊する! 

 

 異変を察知した斧盾機銃・大砲型となったゴーレムは後退しつつ、機銃と大砲で牽制射撃。だがあまりに遅い。4本の足は飾りか? 私の足はお前の半分の2本だが、こんなにも早いぞ! 

 

 大砲を最小限の動きで避け、進行の邪魔になる銃弾を致命傷になる部分と足に迫るものを重点的に狙って切る。多少は被弾するかもしれないが無駄遣いは出来ない。少しの振りも失速の原因になる。

 

 反応が遅れ躱しきれなかった銃弾を左肩に受ける。少し失速したところに右腕に続けざまに着弾。両腕の感覚が一瞬で薄れ、曲剣と棍棒を落としてしまう。だが大鎌は要らない。むしろ重みが減って助かる! 痛みも戦闘の興奮で感じないから問題ない。このまま一気に近づく! 

 

 武器を手放しながらも近づいて来る私に困惑したのか、ゴーレムは虚を衝かれたように一瞬挙動が止まる。ゴーレムのくせに私の行動を読むとは生意気だ。大鎌を取りに行くと思ったか? 残念だったな、私は武器なんかなくともお前を壊せるぞ! 

 

 相手の斧の間合いに入った私に、盾による殴打。それを蹴り飛ばして弾く。先程までなら出来なかった力技も、ここまで強化を施した一撃なら可能だ。続く斧による斜めの振り下ろしを前に接近しながら回避。そうして念願のゴーレムの懐まで潜り込むことに成功する。

 

『あんた、頭良さそうな見た目してポンコツで、ネーミングセンス皆無ね』

 

『そんなことないし! 可愛くてチャーミングで親しみ易くて覚えやすい名前よ!』

 

『たかが技名に可愛さとか要らないでしょ』

 

『じゃあエリナなら、どんな名前付けるの?』

 

『……そうね、こんな名前はどうかしら』

 

 昔のやり取りをふと思い出す。かつての私は貴族街にいながら、道楽で魔法の研究をしていた。私達貴族──私達の言葉で『子供たち』というが、子供たちは魔力の有無と量が最も重要視された。そのため子供たちは魔力を規定の期間で魔力上限を上げ、とある試験を乗り越えた後『大人』になることが許される。皆その為に日々魔力を鍛えるのだ。

 

 だから魔力増加のための訓練を怠って魔法の研究や魔力操作の練習の他、体術を学んでいた私はさぞ異端で……酷く妬ましかっただったろう。最初は周りにいた『友達』と称する人らも、気付けば誰もいなくなっていた。そんなとき、魔力操作の練習中に思いついた魔法解放術の一種……現に今放とうとしている切り札。その練習をしているときにエリナに出会い、そして2人で作り上げた正にとっておき。

 

「っ……!!」

 

 体を半身に左手を軽く前に突き出して、右手は腰まで引く。腰を低く落として左足は前、右足は後に構える。

 

 嫌な記憶、封印していた思い出が脳裏をよぎる。エリナのことを思い出すと、どうしても釣られて2年前の悪夢を思い出す。男たちによる凌辱。女たちによる暴行。そして初めて人を殺したあのとき。

 

 ああ、やっぱりあのときの選択は間違ってなかった。毒舌で高飛車で頗る性格が悪い女。だがその実素直になれないだけで本当は優しく、誰よりも高潔で……自分に厳しい人。そんな彼女にこの地獄は見せられない。

 

 ゴーレムが僅かに動きを見せる。弾かれた衝撃によって動けなくなっていた体に自由を取り戻す。再び斧を振り下ろそうとアームを上段に構える。

 

 今エリナは『大人』になって、あの城にいる。あの城でエリナは今何を思い、考えているだろうか。私のことを、忘れないでいてくれてるだろうか。

 

 ──ここにいるのが私で良かった。ここに来てからの2年間で、私はあの切り札を完成させた。……エリナが名前を付けてくれたこの技の初披露は、えずきにこそしたかったな──。

 

 左足で地面を蹴って重心を右足へ。その右足で地面を強く踏み抜いて引き絞った右手を突き出し、掌底をゴーレムのボディを撃ち抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──魔穿孔っ!!」

 

 切り札を受けたゴーレムは、その巨体を10メートルほど浮かせ、その装甲に巨大な風穴を開けた。

 

 やった。これで……私の勝ちだ。

 

 一気に全身から力が抜け、後ろから倒れる。視界がぐわっと上向きに変化し、気持ち悪さで一杯になる。魔力全消失、マインドダウンの発生だ

 

 ──ああ、ちょっとまずい。使い過ぎだな。まぁでもいいか……ここまでやったんだ。後は何かしらの成果を挙げてることに期待するぞ、ガイ、オーフィア。

 

 薄れゆく景色。無くなっていく四肢の感覚。気を失う直前に映ったのはいつもの見慣れたバケツヘルムと──。

 

「エ、リ……ナ……」

 

 幻影、エリナの姿だった。

 



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第二十六話ッ 祝えッ、新たなる王者の生誕の瞬間であるッ!!※趣旨が違います

 

「よーしッ。それじゃ……かんぱーいッ!!」

 

 かんぱーい!! と重なり合った声が室内を包み、続いて木製のジョッキがあちこちでぶつかる音が聞こえた。

 

「……なんであんたが音頭取ってんのよ」

 

「そりゃ…………ふーむ、なんでだ?」

 

「僕の役目なんだけどね……」

 

「ラルク、気にしなくていいからね。──マイケルさん、ちょっといい?」

 

 すっとぼけるマイケルに落胆する様子のラルク。見かねたリンウェルはマイケルに詰め寄ると微笑を浮かべながら、鬼気迫る様子で先程の振る舞いを咎めていた。コントか。

 

 あれから幾日か明け、開かれた祝勝会兼、決起会。主要メンバーの6人以外の穏健派レジスタンスの構成員が多数参加し、大賑わいを見せている。……ざっと30人くらいか。分派し少数派となった現在でも、これだけの人数が在籍していたのだな。以外だ。

 

 一応私はその席の一席に着くことが許され、こうしてこの場に居る。もちろんマイケルもいるし、何故かガリッパにも招待が来ている。……というより、マイケルがごねてガリッパの出席を無理やり取り付けさせたのだが。

 

「何もしてねぇのに、悪ぃな」

 

「構わん構わん! 今日は無礼講だ、いっぱい食えッ!」

 

「だからそれ僕の役目なんだけどね……。今日は決起会も兼ねているから、ガリッパ君にも参加してほしかったんだ。是非、決戦の日にはその敏腕を振るってほしい」

 

「……ああ、任せてくれ」

 

「マイケルさん。もうちょっとだけ、話があるの。いい?」

 

 再び呼ばれたマイケルは、リンウェルに連れられ会議室の奥へと歩いていった。厳しすぎないか、あの女。

 

「ごめんね。リンは真面目でいい子なんだが、それが原因でたまに自分を抑えられなくなることがあってね……昔はああじゃなかったんだけど」

 

「……姉貴。そういうことじゃないっすよね」

 

「ええ、全部あの男の鈍感が悪いのよ」

 

「リンの将来のパートナーは大変そうだよな。ははは」

 

「ほら、やっぱり」

 

「そっすね!」

 

「へー。ラルク、なんでそう思ったのか……向こうで聞かせてね? ガリッパ君……だったよね。あなたも一緒に来てほしいな」

 

「いや、オレ何も言ってない。というか一番悪いのはラルクだと思う。というかリンウェルが可哀想」

 

「ふふふ……ガリッパ君は賢いね」

 

「ガ、ガリッパ君? なんて急にそんなことを──痛っ!? リン! み、耳は引っ張らないで! 痛いよっ!!」

 

 ラルクを連行するリンウェルはニコニコと心底楽しそうな表情をしているが、その実目は一切笑っておらず私を睨み続けている。本当どうにかして。いっそ私のこと忘れてみない? 楽になれるよ。

 

 それとラルク。お前絶対他の女の話するな。あとリンウェルを大切にしろ。

 

「はっはっはっ。愉快な1日になりそうだ!」

 

 ラルクとすれ違いで戻ってきたマイケルは、無駄に大きな声で笑うと近くのテーブルにあった芋料理を摘んで口へと放おる。今日は珍しく兜を被っていない、かっこいい素顔を惜しげもなく披露している。

 

「今更だけど……マイケル。最後、あなたに私を運ばせてしまって、ごめんなさい」

 

 戦いの後、魔力配分ミスでマインドダウンに陥って情けなく気絶した私。再び覚醒したときには既に自室へと運ばれていて、道中に何があったかは人から聞いた範囲でしか知らない。

 

「ふむ。あんなことでテレジーの助けになれたのなら本望だ」

 

「自分一人で片付けるって宣ったくせに、結局誰かに頼って……これじゃあ私は、弱いまま……」

 

 自分で言っていて情けなくなる。目線は自然と下へと移り、豆だらけの醜い指が映る。

 

「テレジーよ。謝るくらいなら、最初からあのようなことはすべきではない」

 

「っ……そうね。本当に……その通りだわ」

 

「あ……すまない、言い方が悪かったな。こういうのは慣れて無くてな……」

 

 わざとらしい咳払いを挟んだマイケルは、気を取り直してこちらへと視線を向ける。

 

「あの装備で、あの数の相手を同時にいなす……テレジーのやったことは大変素晴らしい偉業だ。テレジーでなければものの数秒で野垂れ死ぬだろう」

 

「そうは思わないけど……」

 

「帰る道中、オーフィア殿も言っていた。テレジーは強い、と。……俺も同感だ」

 

 マイケルはうんうんと大仰に頷くと近くにあった皿を取り、こちらへと差し出す。

 

「もっと自分に自信を持ってほしい。俺みたいに無駄に堂々とするのもたまには良いぞ! ……だから、謝るのではなく感謝をするべきだ。俺がテレジーを背負っているとき、護衛を受け持ってくれたのはオーフィア殿だし……なんだ、その。……つまり、そういうことだ」

 

 そういうことか。私は改めてマイケルに向かい直し、料理を受け取ってからその目を見つめる。

 

「私を信じてくれてありがとう。マイケル」

 

「おう。もちろんだッ」

 

「や、やめろッ。頭を撫でるなぁ……やめろってぇ!」

 

 マイケルは頭をガシガシと力強く撫でてくる。えーい、鬱陶しい! 子供扱いしやがって。女にそれやると嫌われるって分かってやってんのか。

 

「けど、自分に自身を持てとか言うくせにあなた、唯一の取り柄が『正座しても足が痺れない』とか矛盾してるでしょ」

 

「俺に出来ることなんて、そのぐらいだからな……」

 

 いじけた子供のようにそう言ってマイケルは正座すると、指をいじって遊び始めた。そんなに凹むことないだろ。

 

「せっかくいいこと言ったのに台無しじゃない……ほらこれでも食べて元気だして」

 

 テーブルに置いてあった料理の一つに手を伸ばし、皿に盛り付ける。それをスプーンで掬うと、マイケルの鉄兜を取ってその口元へ運ぶ。

 

「うまい……」

 

「……なんか熱々っすね」

 

「な、何バカにゃ……バカなこと言ってんのにょ!?」

 

「結局噛みましたね……それにバカなことじゃないですよ、いいことじゃないっすか」

 

「うるさいッ、茶化すな!」

 

「……あ、いたいた。テレジーさん」

 

 後ろを振り返ると、酒坏をもったシドとガイの2人が揃って歩いてきた。

 

「遅くなっちゃったけど、この前とつい最近行ってもらった魔獣討伐の件。ありがとう。テレジーさんのお陰で被害が減ったよ」

 

 そう言うとシドは酒坏を差しだしてくる。答えるように私もジョッキを突き出すとコツン、と音を鳴らして乾杯をする。

 

「それは良かった。腕鳴らしにはちょうどいいから、あの程度ならいくらでも請けよう。……報酬次第だが」

 

「ふふ、もちろんさ。……西側の栽培区にはオイラの弟が働いてるんだ。弟も君に『感謝したい』って」

 

「そうか。……弟君には私のことは話したのか?」

 

『私のこと』に含めた意図を正確に汲み取ったシドは、苦笑いを浮かべながら言葉を繋げる。

 

「いや……まだだよ」

 

「なら、黙っておくのが弟のためだろう」

 

「でも感謝してるのは本当さ、オイラも含めてね。とにかく、そのことを伝えたかったんだ。……それよりほら、ガイ。ガイも言いたいこと、あるんでしょ?」

 

 背中をシドに叩かれ、渋々といった雰囲気で私の前に出てきたガイ。居心地が悪そうに暫く顎を触るも、覚悟が決まった表情で正面を向いてくる。

 

「……仲間を殺したお前を簡単に許すことは出来ない。だが、それでもお前は俺たちのために、命を懸けてくれた」

 

「それがお望みだったろう?」

 

「あの場所はオーフィアや他の戦闘員を以ってしても突破出来なかった。だから、誰かを囮に切り抜ける他ないと思っていた……その場合、俺らが戻るまで生き残ってはいないだろうと」

 

「だろうな」

 

「……すまなかった。お前の事情を無視して、悪いことをした」

 

 思いの外素直に頭を下げるガイに驚きを隠せない。あの不機嫌そうに鼻を鳴らすガイとは裏腹に、以外にも実直な男なのだろう。

 

「構わん。お前の判断は間違っていない。同じ立場なら私もそうする」

 

「そう言ってくれると助かる。革命派との一件で慎重になっててな。……あまり長話も俺たちには似合わねぇな。作戦の日は追ってシドから伝える。信用してるぞ。ボマー」

 

 私は彼を勘違いしていたことに気が付く。憎しみに駆られて私を排斥しようと企てる、碌でもないやつだと思い込んでいた自分を恥じる。そんなつまらない男ではない。

 

「ああ。お前の慧眼は私も信用している」

 

 互いの距離を図るよう差し出された拳を突き合わせる。あの一件で、彼は私をただの貴族ただの恨みがましい敵ではなく、自身の感情より、適所で利用できる『駒』とすることを優先した。そのほうが楽でいい。

 

「ああ、そうだ。ここ最近とある事件があってね……」

 

 腕を組みながら若干難しい顔を見せたシドは、ガイの顔を伺いつつ話を進める。事件か。3度目の依頼の話だろうか。

 

「地下水路の作戦から程なくして、アスキア街で殺人が起きた」

 

「……殺人で断定していいのか?」

 

「ああ。遺品がそのまま、何も荒らされた形跡がなかったからな」

 

「ん……それは妙だ」

 

「む、何が『妙』なのだ?」

 

 小首を傾げ訪ねてくるマイケル。まだ貧民街について知らないことが多いから、分からないのも無理はないだろう。

 

「『死体が残らない』って話は覚えてるわよね?」

 

「うむ。中々に衝撃的だったから、覚えているぞ」

 

 まず貧民が貧民を殺す理由は主に1つ。その殺した貧民が持っている物を奪うためだ。理由は説明しなくとも分かる通り。大抵が縄張り意識の高い連中、またはそれら同士による抗争などで殺しが発生する。それ以外ならホームレス共のいざこざや、単純な食糧の奪い合い。……例外を上げるのなら、暗殺などか。

 

 だが、これら全ての犯行はある1つの前提条件が欠かせない。

 

「死んだ時に死体が残らねぇなら、身に纏ってるものを全部持ってけば誰も死んだことに気付けねぇだろ」

 

「……ふむ。血すら残らないなら、そうか」

 

「ある日から突然いなくなった人は『行方不明者』として扱われるんだ。……亡くなった証拠がないから、永遠に『死亡』が確定出来ないんだ」

 

 それ故、大々的に殺さない限り人の死は秘匿される。殺しの鉄則は証拠を残さないことと、人目につかないこと。この2つは貧民街の誰もが知っていることだ。

 

 まぁとはいえ限度はあるが。闇市に明らかに被害者の遺品があればバレる。人の多い街で誰にも見つからず、消えるまでの約10分間を耐えるのは難しい。

 

 だからこそ、遺品をわざわざ残して『殺した』とアピールするような行為は到底理解し難い事態だ。……享楽的殺人に手を出した奴が居る可能性がある。というのが希望的観測だな。或いは魔獣の仕業か。だが魔獣ならもっと痕跡を残すだろうから……なんとも言い切れないな。

 

「今は少しでも情報が欲しい。次の犠牲者を出さないため、何か分かったことがあれば是非共有してくれないか」

 

「ああ」

 

「言っとくけど、1人で何とかしようと思わないでね。テレジーさんが強いのは分かってるけど」

 

「大丈夫だッ。俺が何とかするッ!!」

 

「そうね。あんた1人でやって。面倒だから」

 

「おうッ! ……おう?」

 

 言われなくとも1人で突貫するような馬鹿な真似はしないが、依頼という形を取らなかったことから、彼らがこの件に慎重になっていることが分かる。……加害者がどういった素性かも分からないんだ。情報集めをしなければ。

 

「……湿っぽい話しちゃったね。でも、今日は楽しんでいってほしい。テレジーさんのためのパーティーでもあるんだ」

 

「俺はいっぱい楽しんでるぞッ。なにより飯がうまいッ!!」

 

 久しぶりに鉄兜を外したマイケルは、両手の皿に料理をいっぱい盛付け、口に運んでははしゃいでいる様子だ。ガキか。

 

「ここにあるのは全部オイラが作ったんだ。美味いに決まってるさ」

 

 先程も食ったが確かに、飯は美味い。マイケルが取ったりょうりをひとつ摘んで食べてみる。やっぱ美味いな。このぐらい料理できるとご飯作るのも楽しいんだろうな。

 

 ……ふとマイケルを見ているとオーフィアのことを思いだす。しかし、周囲を見回しても彼女の姿は見えず、そういえば乾杯のときにも彼女の面影は見当たらなかったことに気が付く。

 

「そういえば、オーフィアの姿が見えないわね。どこにいるの?」

 

「あ、それはですね──」

 

「うっ、うぅ……」

 

 ガリッパが何かを言おうとしたとき、マイケルは食べ物を口に運ぶ手を止め、しくしくと泣き始めた。

 

「な、なによいきなり」

 

「あー、オーフィアは……すごく言いづらいんだが……」

 

 ガイは言葉尻を弱くして、そう言うと俯いてそのまま黙り込んでしまう。まさか、私が意識を失ってるときになにかあったのだろうか。

 

「うっ、オーフィア殿……何故あんなことに……」

 

「ね、ねぇ一体何なのよ。オーフィアに何があったの!? シド、あんたなにか知ってる? 教えなさい」

 

「いや、その……ごめんオイラからは……」

 

「っ……!」

 

 そんな、本当にオーフィアは……。ふと目眩に似た感覚が訪れ、足元の感覚が疎かになり立っているのが難しくなる。テーブルに手をつき、空いた手で目頭を押さる。

 

 オーフィア……あまりにも居なくなるのが早すぎる。まだ話したいことがいっぱいあったのに……。

 

 思えば最初の出会いは会議室の横の席になったこと。その時、私達は……特に何も話してはいない。そして湯浴み室……中々出てってくれなかったあの子。

 

 その後会議室でリンウェルに怒られ、その数日後には私のアジトで暴れたい放題。変態が露呈したのもこの日だ。そして一緒に行った魔獣討伐。特に連携も何もしてないし各個撃破だったから戦闘は余裕だったね。最後は砂かけあって遊んだっけ。……いや、私それに参加してないな。

 

 地下探索のときも意識不明になった際は彼女に助けられた。そのお礼をまだ出来ていないというのに。

 

「来世でまた会えるといいわね……」

 

「勝手に殺さないで。オーフィアは戦闘で乳首が擦れ過ぎて動けなくなって、自室で安静にしてるだけよ」

 

 後ろから肩を叩いてきたエレノアがそう言った。

 

「そう、乳首が……」

 

 ちくび、擦れる……動けない。

 

 死んでない? 

 

 オーフィアとの思い出を回想していて遠くに行った意識を引っ張ってもとに戻す。そういえば露出癖があって、いつもパンツを履いてないとか言ってたな……。

 

「あの子、体を締め付けるものが嫌いで、ブラとかショーツを嫌がるの」

 

 あいつ本当に馬鹿なのか? 

 

 ──無意識に私は頭を抱えた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「馬鹿なの?」

 

「いきなり酷い……心配してくれないの?」

 

「エレノアからブラ貰ってきたから、後でちゃんと着けなさい。パンツも」

 

「うぅ……いやだっ」

 

「ダメ」

 

「テレジーが毎日着けて、脱がしてくれるなら……」

 

「自分でやりなさいッ。……黒くなって醜くなるわよ」

 

「っ!? それは嫌だ……テレジーには私の綺麗で小さいピンクの乳首を摘んでほしい……」

 

「世界一気持ち悪い理由ねッ! あと局部を詳細に語るなッ、想像しちゃうでしょ!?」

 

「想像……したんだ? えっち……」

 

 くそッ、ウザい!! 

 

 私は目の前で妙に照れ顔で顔を隠しつつこちらを上目遣いで見つめて幼気な少女を演じ、だがその実変態丸出しで卑猥な言葉をを交えて妄想を垂れ流すオーフィアに苛立ちを覚える。

 

 人がせっかく感謝を伝えようかと思えば、無駄に心配させておいてこれだ。私を振り回すのもいい加減にしろ。

 

「元気そうならもういいわね。私帰るから」

 

「待って。行かないで」

 

「ちょっ、離して」

 

 後ろから抱きついてきたオーフィアを振り払う。しかしオーフィアは自慢の怪力で抱きつき、それでいて私の肩と腕の傷を慮ってか痛まない丁度良い加減であるのに、全くと言っていいほど振りほどけない。変なところで気を使うならさっさと離れてくれ! 

 

「ねぇ、今日は一緒に寝てくれるよね?」

 

 オーフィアはねだるような甘ったるい声で自身の胸部を私の背中にくっつけ、グニグニとその存在感を協調するかのように体を揺すりながら押し付ける。

 

「くっ……1人で寝なさいよッ」

 

「だって、寂しいから……」

 

「っ、誘ってるみたいで気持ち悪いなッ! あと胸を押し付けんなッ!!」

 

 私が必死に言い返すと、オーフィアは背伸びをしたのか私の耳元まで口を近づけると耳たぶを口に入れた。そして噛んだり、吸ったり、舐めたり……。

 

「う、うわぁ……や、やめぇ……」

 

 き、気持ち悪いっ。嫌な感覚。でもなんか……頭が蕩けるような……。

 

 暫くそうして虐められていると、私の反応に満足したのか耳を口から離して今度は吐息混じりな声で囁くように言葉を紡ぐ。

 

「……いじわる。この前はあんなに私を求めてたくせに……ねぇ、私を……めちゃくちゃにして。いっぱい……愛を教えて……?」

 

「ああ! キモいッ! 離れろぉおお!!」

 

 オーフィアの腕の力が抜けた一瞬をついて屈むようにして拘束から脱出。急いで距離を取ってオーフィアと正対し拳を構える。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 うぅ、耳がよだれでベタついてるし、じんわりと暖かくて気持ち悪い。それに頭のモヤのような変な感覚がまだ抜けない。心臓も早鐘を打ってる。

 

 私の様子を見てか、オーフィアは楽しそうに口元に微小を浮かべると、上品に口を手で隠した。

 

「ふふふ……う、痛い。けど楽しい」

 

「楽しくないッ!!」

 

「いざというときに、マイケルにこう言うと良いわ」

 

「言わんわッ!?」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 興奮で再び局部の痛みに悶絶し始めたオーフィアに、無理するなと言い聞かして寝かしつける。軽めの毛布をオーフィアに掛けると、私も近くの椅子をベッド脇に運んで腰掛ける。

 

 こんなことをするために来たわけじゃないんだが……。本来の目的を果たすため、私は咳払いをいくつか挟んで意識を変える。

 

「貴方にも迷惑掛けたわ。私が意識を失ってる間、貴方一人に護衛を押し付けてしまったわ。──ありがとう」

 

「ふふ……のーぷろぶれむ!」

 

 オーフィアは良く分からないことを言いながら、親指をぐー、っと差し出してくる。任せろ……みたいな意味かしら。

 

「それより、テレジーの戦いぶり、凄かった……。やっぱりテレジーは強い」

 

「またそれ……いい加減やめて。魔法が使えれば誰だってあれくらい出来るわよ」

 

「……私は、そう思わない。テレジーは……強いの」

 

「…………」

 

「ねぇ、テレジーは……なんでそんなに、強いの?」

 

 オーフィアは何時になく真剣な表情をすると、腕を上げて真っ直ぐ私の胸元、それも丁度真ん中を指してくる。……あのとき、湯浴み場でのときと、同じ場所。やはり、『ここ』に何かがあるのを分かってる。見た、とかではなくはっきり感覚として感じ取っているのだ。

 

 オーフィアは上体を起こして、しっかりと私の胸骨の辺りに指で触れてくる。

 

「私が強い……ね。貴方は私に何を求めているの? 貴方は私の何が知りたいの?」

 

「…………」

 

「それは何故? 自分のため? それとも……誰かに情報を伝えるため?」

 

「……愚問。テレジーの言う誰か、とは誰? 私は、私のために知るだけ」

 

 この問答で、私は今まで温めていた疑問に結論付けることができた。

 

「貴方は……貴族街出身で、試験に落ちた元子供たちで……魔法師なのね」

 

 そう私が言うと、肯定の意なのかその綺麗で長い睫毛がゆっくりと動き、伏せ目がちにそっと閉じられる。

 

 ……結論を遅らせた要因は様々。1つは、貴族街の元子供たちの貧民街に捨てられた場合の生存率の低さだ。

 

 大抵の場合、捨てられた子供たちは、その日のうちに貧民に見つかって嬲り殺しに合う。もって数日、よくて奴隷として余生を過ごすことになる。私もそうであったし、2年間で何度か私のように落ちてきた子供たちが、そういう末路を辿るのを見てきたからだ。

 

 だから、まさか捨てられた子供たちがオーフィアのように健常に生きている、というのは考えられなかった。先入観のようなものが思考を阻害していた。……健常というのもあくまで主観の話であって、本人からすればそうでない可能性はある。しかし、それをわざわざ聞くという野暮なことはしない。

 

「私も色々あって、思い出すのに時間がかかったけれど……思い返せばその髪色と瞳。貴方の血筋は名門、アドロフ家のものね」

 

 2つ目は、髪色だ。

 

 この国は帝国という成立ちからも、様々な民族が暮らしている。それに加え貿易商も盛んであったから、外からの来客も多かった。それ故、アスキア帝国では多種多様な髪色、瞳、肌色をもった人間がたくさんいる。

 

 とはいえ、オーフィアの髪色、瞳はどちらも黒で特段珍しいわけではない。貧民街で探さなくともすぐに見つけることができるだろう。現に熊型魔獣に襲われた際に出会った親子や、私が焼き殺した娘。クロードなどが黒髪だったはずだ。

 

 しかし、それは子供たち──貴族なのであれば話は変わる。貴族の中でも魔法師の名門とされる2つの家系。それがナイルシュバルツ家と、オーフィアの血統アドロフ家だ。アドロフ家の特徴は黒髪黒目で、暗部を担う王国きっての『粛清部隊』を多く排出していた、魔法師の一族だ。そして、変人・曲者揃い。

 

「……テレジー。何で『本気を出さなかった』の? ……もしかして、それのせいで『出せなかった』の?」

 

「答える必要はないわ」

 

「テレジーの噂は知ってる。ナイルシュバルツ家の鬼才。天才テレジー・ナイルシュバルツ。貴方ほどの人が……何故こんな場所にいるの」

 

「……」

 

「そもそも……貧民街に来る前に、子供たちは魔力を『根こそぎ』奪われる。その時の過剰な負荷で……魔力回路が破壊され、魔法は愚か魔力すら碌に扱えなくなる。魔法師としての人生は終わる。テレジーは、少しは衰えているだけに見える。何故あなたは未だに魔法を使えているの?」

 

「……それを言うならオーフィアの使っている武器……魔術回路が施されているわよね。恐らく、魔力を流すことで『武器の体感重量を減らす』といった作用かしら。貴方も魔力を使えるなんて、なんでかしらね?」

 

 相変わらずオーフィアの顔は不動で、一定の感情で正対している。室内を嫌な沈黙が満たしていく。永遠にも思えるその一瞬の間は恐らくただの幻覚で……だがそれはあまりにも、質量が伴った重荷が両肩に乗っていた、私達には似合わない気まずい時間な気がした。

 

『コンコンコン……』

 

「リンウェルです。オーフィアさん。起きてる? ご飯持ってきたよ」

 

 頭は動かさず、だが意識を完全に扉へ向ける。冷水を浴びたように熱を帯びていた脳がすっと冷えていく。オーフィアの方を見ると、変わらない様子で扉の方を注視していた。

 

「食べる」

 

「じゃあ、入るね…………テレジーもいたのね」

 

 美味しそうな料理が乗ったプレートを片手に、扉を開け入室したリンウェルはこちらに気づくと小さく微笑む。

 

「私のせいでもある……と考えることもできるからな。お見舞いくらいはする」

 

 リンウェルに下手に勘ぐられる前に私はここにいる理由について話す。理解してくれるかは分からないが、いつも通りに、という視線をオーフィアに送っておく。

 

「つまり、テレジーが全部悪い……」

 

「それだけは違う」

 

「ふふ、でも駄目だよオーフィアさん。下着はちゃんと着けないと。『いいもの』を持ってるんだし、大事にしてあげて? 形が悪くなっちゃうよ」

 

 胸元にチラッと視線を感じた。……この女。隙あらば私を貶したいのか。

 

「それは困る……テレジーにはわたしの綺麗で張りのある柔らかなおっぱいを揉んでほしい」

 

「だから気持ち悪い理由を披露するなッ!!」

 

 私は必死に内心の焦りが露呈しないよう普段の自分を思い出しながら、丁寧に言葉を紡ぐ。

 

「ふふふ、元気そうでなにより。じゃあリンは戻るね」

 

「せんきゅーそーまっち」

 

 料理をひとしきりテーブルに置いたリンは、終始にこやかに振る舞って部屋を去っていった。オーフィアはさり際のリンの背中に手を降って感謝を伝えていた。

 

 閉扉を確認し、足音が遠ざかっていくのを待ってから私はオーフィアの耳元で小声で話す。

 

「聞かれていただろうか」

 

「……多分、大丈夫」

 

「そう……」

 

 再び室内に沈黙が戻る。予定にない来客があったが、私達の間に流れる不穏な空気は消えてくれない。互いが互いを警戒し、距離を測りかねているのだ。

 

「ごめんなさい、オーフィア。貴方にも事情があるのに遠慮ないことを言ったわ」

 

 先に折れたのは私。私は彼女を端から疑って、ずっと正体について探りを入れていた。だがやがて彼女の人となりを知って、ただの知り合いではなくなってしまった。これ以上、徒に疑い続けることを私の良心が許してはくれなさそうだった。

 

「わたしも……テレジー、ごめん。その……言いづらくて」

 

 オーフィアはなにか言いたいことを我慢しているような、そんな表情を浮かべていた。苦しそうにしているのは、いつもの自由人な彼女らしくない。

 

「……っ、そのっ、わたし──」

 

「──いい。言わなくて」

 

 下から顔を覗いてくるオーフィア。不安そうにする彼女の頭を安心させるよう撫でる。

 

「……テレジー?」

 

「言いたくないことのひとつやふたつ、誰にだってあるのよ」

 

「……うん」

 

「だから、お互い……追求はここまでにしましょう」

 

「……分かった」

 

 ひとしきり撫でて落ち着きを取り戻したオーフィアは、寝具に体を預けて横になる。こうしてみると、彼女のほうが歳上なのに私のほうがお姉さんみたいだ。

 

「今日は戻るわ。安静にしなさい」

 

 椅子から立ち上がろうと足に力を込める。その時、コートの裾をきゅっ、と摘まれた。

 

「どうしたの?」

 

「テレジー……私のこと、友達にしてくれる?」

 

 友達。

 

 かつての私にとってその言葉は蔑称にも似たものだった。だから、今その言葉はただ一人にだけ向けていて、称号のように神格化……というと言い過ぎだが、そのくらいには特別な言葉だ。

 

『いや重いわ。そんなに友達に比重を置かないで』

 

『え?』

 

『もっと軽く考えなさい。……いつか失ってしまうものなんだから』

 

 ああそうか。本当はもっと軽いものだったっけ。でも、私には難しい。少なくとも今は。そんな簡単に割り切れないよ。

 

「……」

 

 言葉が継げない。簡単に『友達』と口にすることはエリナにも、オーフィアにも失礼になる。一瞬の間だけで一生にもなる問題の責任が取れない。

 

「わかった……でも、わたしは貴方のことを友達だって思ってる」

 

「…………ありがとう。そう思えるように私も……」

 

 袖を掴む手をそっと外して、椅子から立ち上がる。それ以上は言わない。その先を言わななくて済むよう私は早足気味でノブに寄って手をかけ、部屋を後にした。

 



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第二十七話 刺激

 

 部屋の扉を閉めてオーフィアと別れた私は、マイケル達のもとへ戻ろうと廊下を歩いていく。

 

 胸中にできた蟠り。それはオーフィアの存在そのものと、彼女の言った『友達』という発言によって作られた。

 

 オーフィアも私と同じようにここへ落とされたというなら、彼女も大変な目に合ってきたはずなのだ。オーフィアという人間を知ったことで、できる限りのことをしてあげたい。そう思ったのは、予想外の同胞であり、そこに希薄ではあるが繋がりを感じたからかもしれない。決してそ同情などではなく、今ではオーフィアは大事な間柄であると思っている。そして、オーフィアのためにできることが私と友達になることだというのなら、私は……私は。

 

 しかし、友達という存在が。今の私にとってどうしょうもなく怖い。

 

 裏切られたくない。傷つきたくない。その一心で人を遠ざけた。だからただ一人の例外を除いて、私は誰とも関わりを持たなかった。そんな私がオーフィアと友達になって一体何になるというのだ。

 

 大事なものを抱えて、そしてそれを失って……そんなのはもう嫌だ。

 

 嫌なものから逃れたいがため感情を封じ込めた過去が、今になって反乱を起こそうと蠢いている。

 

「こんばんは、テレジー。さっきぶりだね」

 

「っ、リンウェル……!」

 

 廊下の曲がり角の壁。そこに背中を預けながらこちらを見てくる女。待ち伏せしていたとしか思えないその人物は、いつもの少女然とした雰囲気とは違い、恐ろしいくらいその顔には如何なる色を見せてはいなかった。

 

「……聞いていたのか」

 

「そうだとして、わざわざ丁寧に答える必要ある? ……ああ、そう知ってる? 結構ここの壁って薄くて、耳をすませばなーんでも聞こえてくるんだよ? 『天才』さん」

 

 前屈みになりながら上目遣いで嫌らしい笑みを向けてくるリンウェル。そのこちらを挑発してくる厭味ったらしい発言に、私は唇を思わず噛み締める。

 

「そういえば、テレジーの活躍で貴族街への道が確保できたんだっけ。凄いわね、さすが天才テレジーさんね」

 

「その名で呼ぶな。それに、お前に褒められる筋合いは──」

 

「──って素直に言うとでも思った? 馬鹿かっての。なんで五体満足、平穏無事に生きてんのよ気持ち悪い。死ねばよかったのに」

 

 悪態つくリンウェルに、私は何も言えずその場で立ち尽くした。言われ慣れた言葉だ。ここまで直接ぶつけてこられるのも久しぶりだが。

 

 ふと昔の、貧民街に来たばかりの頃の光景が脳裏に浮かぶ。

 

『この気持悪い小娘っ! とっとと死んじまいな!!』

 

 あれは誰だったかも思い出せないが……。一夜にして全てを奪われ絶望し、心身ともに限界を迎えていた私は、朗らかな笑みを浮かべた女性の優しい言葉に唆され、何故か路地裏に連れて行かれた。そしていきなり後頭部を殴られたかと思いきや、その直後私の絶望はまだ終わっていなかったことを悟ってしまった。

 

 ……胸がざわつく。つまらないことを思い出した。

 

「──へぇ、そんなに聞かれたくなかったんだ。だからリンを殺すの? 別にいいよ、殺せば? 『あの時』みたいに」

 

 逆手で抜いた短剣を右手に構え、刃をリンウェルの首元に這わせる。すー、っと一筋の切り傷が入り、滲み出るように溢れた血が首から鎖骨へ流れ、どこか扇情的な姿を生み出す。

 

「……でも覚えていて。リンは……お前だけは絶対に許さない。その首を絞めて、ゆっくりと、苦しませながら殺して──」

 

「──一体この状況でお前に何ができると言うんだ。あまり調子に乗るなよ」

 

 私はリンウェルに対し、ナイフを下ろした代わりに今度は襟を掴んで壁に叩きつける。平時であれば乗らないであろう挑発に思わず乗ってしまった。余計なことを考えていたせいで神経質になってる。

 

「あはは、こわぁーい! テレジーったら、冗談よ? じょーだん!」

 

 凄みを付け放った言葉に物怖じする様子を見せず、リンウェルは誂うように大袈裟に笑って言った。

 

「でも、一番調子に乗ってるのは……アンタでしょ」

 

「どういう意味だ……!」

 

「そのままの意味よ。お仲間ごっこは楽しかった? でも、みんな結局アンタの事便利な『道具』としか思ってないこと気付いてる? 道具なら道具らしく素直に男どもの慰み物になればよかったのに。傷だらけの醜い体でも使い道くらいはあるでしょ?」

 

「っ……」

 

「──そろそろこの手どけてくんない? 性病がうつる」

 

 リンウェルに体を突き飛ばされると、私は力なく後ろに飛ばされる。そんなこと……言われなくとも分かってる。私が道具として扱われていること。それは今も昔も変わらない。

 

『お前らにはこの国を救う義務がある。逆に言えば、それ以外での価値は持たない』

 

『魔力でもってその価値を示せ。でなければ、お前たちは道具以下に成り下がる』

 

 貴族街における、子供たちから大人たちへ。その過程を徹底管理する育成機関が存在する。機関設立の理由は、この国に無数の災厄を呼ぶ灰の嵐に対抗するためだ。その対抗の手段とは、『大量』なんて言葉じゃ収まらない莫大な量の魔力を真っ向からぶつけ、灰の嵐を打ち消すというもの。そして、貴族はそれを達成するための『駒』に過ぎない。

 

『あぁ、やっぱりこいつは良いなァ! 他の女とはわけが違う!』

 

『おい、早く俺にもそいつ貸せよ!!』

 

 定期的に貴族への不満や憎悪を発散するため、魔力を奪って無能力にした子供たちを貧民街へと追放するシステム。それに従い私達はここへ流される。そんな『駒』にすらならないゴミ同然の子供たちの末路は言わずもがな。

 

『汚らしい! 娼婦でももっとマシな格好してるよ』

 

『ほんと醜い女。ふん、ざまあみろ』

 

 リンウェルの言葉一つ一つが、過去に言われた言葉とリンクして心に染みるように、耳から離れていかない。ああ、そうだ。言われ慣れてる。そのはずなのに、どうしてもこんなに心を動かしてるんだ。

 

「二度とその顔をリンに見せないよう、今度こそ死んでね? ……娼婦以下の無価値な女。誰にも人間扱いされない惨めな廃棄物が、生きてていい道理なんかないんだから」

 

「っ……!?」

 

 口から溢れ出そうになる感情を歯を噛みしめ、ぎりぎりで食い止めることに成功した。その不消化な思いが私の思考を埋め尽くす。

 

 不快だ。不快だ不快だ不快だ…………! 

 

 拳を固く握る。収まれ。その思いは燻らせるだけにしろ。そして感情的になるな。人間を感情で殺すのは愚の骨頂。それだけはやってはいけない許されざる大罪だ。

 

「あははは!!! やっと面白い顔した!! 今すぐ殺して飾りたいくらい!! あははははは!!!!」

 

 だがこいつは? 感情で動いて、これから誰かを傷つけ、害を生み出しかねないこの女は? それを知っていて、どうして放って置くことができようか。そうであればいっそ、今ここで……しかし、この女を『殺さねば』という思いは私の感情か、それとも理性によるものなのかが分からない。

 

「苦しい? 辛い? でも、リンが受けた苦しみはこんなものじゃないよ?」

 

 分からないから、殺せない。殺せないから、分からない。

 

 そしてなにより、この女の言葉にこんなにも惑わされている自分が一番……分からない。

 

「おいっ! どうしたんだ!?」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、大きな声とともに廊下を走ってくるラルクは、私達の中間に立って困惑した様子を見せた。

 

「あ、ラルク! その、テレジーと喧嘩になっちゃったの。そしたらリンの言葉が気に障ったみたいで……」

 

 リンウェルはとぼけた様子でけろっと嘯いてラルクに小走りでよっていく。しかし、ラルクはリンウェルをそっといなすと、私の方へ歩み寄ってきた。

 

「テレジー……顔色が悪いけど、大丈夫かい?」

 

 気遣うように優しく声をかけられた私は、今までの自らの行動を恥じる。激情にかられ、我を忘れるなどあってはならないことだ。

 

「……何でもないわ、気にしないで」

 

 言葉尻が弱い。いつもと同じように言葉を発しようとしたのに、弱々しい言葉しか出てこない。意識して見せていた強気な態度も、今は虚勢にしかならないことを悟る。

 

「……リンに、なにか言われた?」

 

「ねぇ、ラルク。何でリンが悪いって話になるの? 何でリンの心配してくれないの?」

 

「それはっ……テレジーの、こんな表情見てたら心配にもなる! それなのにリンは──笑ってるじゃないか!!」

 

 ラルクはリンウェルに対しそう叫ぶ。しかしリンウェルはどこ吹く風とばかりに受け流すと、踵を返して背中を向けその場を去っていく。

 

「ま、今日は機嫌がいいからもういいや……でもラルク。今度はちゃんと、リンを心配してね?」

 

 振り向きざまに手を小さく振ると、上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いていく。次第に背中が小さくなっていって、リンウェルが廊下の角を曲がったことで完全にその姿を見失った。

 

「テレジー……」

 

「っ、触らないで!」

 

 肩に触れるラルクの手を叩いて、一歩二歩下がって距離を取る。悪寒が走り、体を抱えるように腕を組む。はっ、何だこれは。思わず自嘲する。まるで生娘みたいな反応じゃないか。

 

「──帰るわ。今日は、ありがとう」

 

 静止を呼びかけるラルクを無視して、私は出口へ走る。

 

 最近、昔の……嫌なことばかり思いだす。思い出したくない、封印した過去のことを。なぜ、こんなに弱くなってしまったのだろうか。おかしいな、昔はなんにも思わなかったのに。今は心に爪立てて引っ掻き回されてるみたいに──。

 

 逃げないことが、こんなにも辛いだなんて思わなかった。貴方は凄いね、エリナ。

 



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第二十八話 夜叉姫

 

 冷たい夜風が頬を撫でる。灰の嵐が発生させる灰の雲によって、空にあるという『星』や『月』とかが覆い尽くされる。そのせいで光源は何もなく、ただ真っ暗な夜空が聳えるだけだ。これが無ければ、きっと天上には綺麗な光景が広がっているのだろう。……昔、絵本で見た夜の風景から推察しただけだから、もちろん見たことはないんだけど。

 

 アジトの玄関口右手の壁に背中を預け、黄昏るように夜空を見上げる。どうやってここまで来たか。その道中の記憶はなく、ただ何となく見たことのある道を辿ってここまでやってきた。無意識にでも地形を把握しているなんて、結構記憶が良いほうなんだな、私は。──敢えて無駄にポジティブになることで、ネガティブな思考を塗りつぶそうとしている。そんな自分に気付き、思わず笑いが込み上げる。

 

「ご愁傷さま」

 

 急に横から声をかけられ肩がビクッと跳ねる。驚きつつも振り向くとそこには、エレノアが私と同じようにして佇んでいた。

 

「……なんのこと」

 

「流石に誤魔化せないって。どうせリンちゃんになんか言われたんでしょ? あんま気にしないほうがいいわよ。それこそあの子の思う壺なんだから。本当性格終わってるわよね、あの雌ガキ」

 

「……」

 

「あたいも何度か喧嘩吹きかけられてるけど……全部返り討ちにしてやったわ。感情論振りかざしてくる馬鹿は理責めでイチコロよ。それにあたい、悪口言われてもその分反論しつつ言い返すから、相手はどんどん墓穴掘るだけで無駄なのよね。それに気づいたときはもう敗北必至よ。今じゃあの子、あたいに何も言ってこないもの」

 

「……強いのね」

 

 エレノアは自慢げに腕を組むと、呆れた表情を見せつつさらに続けた。

 

「まぁ……色々とね。我が強くないと生きてけないじゃない、この国では。あんたもそうでしょうに」

 

「そのはずだったんだけど……」

 

 エレノアの言う通りだ。私だって今まで軟な人間であったとは思わない。それなりに耐えられる心構えはあったはずなのだ。しかし、やはり今日は少しナイーブになっている気がする。

 

「言っとくけど、あたいに慰めの言葉とか求めないでね。そういう態度とかも嫌いなの」

 

「うん……分かってる」

 

「……は? なんでよ。アンタには初めて言ったんだけど」

 

「いや、何というか……エレノアは、私の友達に少し……似てて」

 

 自分でも、驚くような発言だと思った。それも無意識に口から出たものだったから尚更。

 

『だまりなさい、ポンコツクソタヌキ。誰にものを言っているのかその小さい脳みそで考えなさい』

 

『やっぱあんた馬鹿でしょ。この陰険引き籠もりネクラオタク』

 

『常に自分自身が誇れる振る舞いをなさい。他人の顔色伺って生きるなんて、そんなのただの道化よ』

 

 昔の記憶が想起する。口も性格も悪いエリナは、1人だった私に手を差し伸べ寄り添ってくれた唯一の人。他の誰とも違う特別な人。たまには言い合いもしたけれど、結局いつも私が負けるんだよな。あいつ口論強すぎるんだよ。言い返せない正論ばっか言ってきて、最後には有ることないこと含めた悪口のオンパレード。思い返せば、彼女に従ったほうが結局いい方向に進むことが多かった。

 

 だから、あのときの。エリナが持ってきた魔導書も、私は信じることにしたんだ。

 

 エリナは魔法師としても魔術師としても優秀で、特に魔術の分野は到底敵わないほどだ。今の私ならエリナにも劣らない魔術師であると思っている。しかしそれは、彼女が全くの成長を見せていない、というあり得ない前提があるが。

 

 魔法とは、魔力の性質を活かして脳内で演算処理した魔力を特定の現象に変形させ、任意に発生させる魔力技術の1つ。要は手元ないし自分の周囲で発生させることができる即効性があり、脳内イメージによって簡単に形を変えられる技術だ。

 

 魔術とは、魔力の性質を活かすというのは魔法と同じだ。しかし魔法と違い脳内での演算処理を必要としない。魔法を発生させるための式、陣などを特定の物に描き、そこに魔力を流すことで魔法を発生させる魔力技術の1つ。要は、予め用意する必要があるためアドリブ性に欠ける分、演算処理が不要で魔力消費量も格段に減らせるため、主に戦闘以外の分野で活躍している技術だ。

 

 エリナが持ってきた魔導書は、城にあった図書室に入り浸っていた私ですら見たことがない書物だった。エリナが指し示したページに書いていた魔術は、魔力分配の方法。私が契約者、エリナを被契約者とし私の持つ魔力をエリナに分配。分配された私の魔力は彼女の一部となる。そんな通常の魔術では考えられない、なし得ない術式がそこには書かれていた。

 

 エリナは魔力量が平均よりも少ない、言わばゴミ溜め行きが控えていた子供たちの1人。その彼女を憂いた私は、何とか既存の魔術で彼女を救えないかを考えていた。その時に、エリナは突然魔導書を持ってきたのだ。

 

 そこまでは良かった。私はエリナの為なら私の魔力なんて惜しむことなく捧げる。なにせ、私は魔力量にはそこそこの自身があって、半分渡したところでなにか問題があるわけでもないからだ。2人で大人たちになれるのならそれは本望だし、なによりエリナを失いたくはなかった。私達は誰にも勘付かれないよう慎重に魔術の準備を行い、完成した魔術式を起動させた。この起動をもって私達の苦労が実り、私の魔力がエリナへと受け継がれていったのだ。

 

 それらは全て、上手く行けば、の話だったが。

 

「……やめてよ、そうゆうの」

 

 エレノアの声音に違和感を覚えた私は、振り向いてエレノアの顔を伺う。少し、突き放すような言い方だった。

 

「エレノア……どうかした?」

 

「どうせ死んでるんでしょ。死人と重ねて変なものを押し付けないで」

 

 呆れた口調でエレノアは捲し立てると、背中を預けていた壁から離れて空を見上げる。

 

「ううん。今も生きてるよ。私の友達は……あそこにいるんだ」

 

 エレノアの前に出ると、私は遠くに見える大きな城を指さす。

 

「……貧民街に落ちたアンタのことなんて、忘れてるに決まってるでしょ」

 

「そうかも……」

 

「なら、アンタも忘れたほうが身のためよ」

 

「忘れないよ。だって……」

 

 目を閉じて、昔のやり取りを思いだす。

 

『ねぇ、テレジー。アンタやってみたいこととかないの?』

 

『んー。毎日、本読んで勉強して、そして魔法の鍛錬いっぱいしたい! ……とか?』

 

『はぁ……夢とかないわけ? 退屈な人生ね、陰キャ芋モグラらしいけれど。因みにあたしにはあるわよ』

 

『一言余計だよッ! ……それで、エリナの夢ってなに?』

 

 エリナの語った夢。あのときの私には途方もない考えもしなかった夢。だが、今になって思う。彼女は本気で夢を叶えようとしていて、それでいて自分には無理だと悟っていながら、辛い思いを抱えて生きていたのだろう。だから、エリナは私に夢の話をしたんだ。私なら、私達なら一緒にその夢を叶えることができるって信じて。

 

「──大切なんだ、何よりも」

 

 やがてエリナの夢は私の夢となり、いつしかそれは希薄となって一時は私の中から消え去っていた夢。だが、今は違う。それを思い出させてくれたのは……。

 

「あっそ……勝手にしたらいいわ。あたいには関係ないもの。……もう寝るわ。おやすみ」

 

「うん……聞いてくれてありがとう、エレノア」

 

 肩をすくめて手をひらひらと振ってけんもほろろに受け流すと、エレノアはアジトへと戻っていった。

 

「本当は言うつもり無かったけど……言っておくわ」

 

「……?」

 

 扉に手をかけたままエレノアは振り返らずにそう言うと、もったいぶるようにため息1つ挟む。

 

「貴方が思っている以上にリンウェルは危険よ。精々寝首を掻かれないよう気を付けなさい」

 

 そう一言告げると、エレノアは有無を言わせる暇なく去っていった。

 

 危険──どういうことだ。確かにあの女とは少なからずの因縁があり、一方的に敵視され、憎まれている。しかし、リンウェルはただの小娘。力もなければ影響力も無い。そんな女が私にとっては危険とは、エレノアは一体何を伝えたいのだ。

 

 リンウェル如きに、一体何が出来るというのだ。

 

「おーい、テレジー! ここにいたのか! もう帰るなら荷物持ってくるぞ?」

 

「マイケル……ええ、お願いするわ」

 

 マイケルはうむ、と頷くと余計な勘ぐりをせず踵を返して荷物を取りに行った。……彼にはいつも助けられている。こういう気遣いも、私が気づかぬまま幾度もさせてきたのかもしれない。

 

 ……ちょっと頭がぼんやりしてきた。昨日の今日というのもあり、特に今日は色々あったのもあってで疲れた。これ以上考えても結論には至らず空回りな思考ばかりで意味はないだろうから、課題は明日以降に持ち越そう。

 

 今後の方針は決まった。来る日に備え私にできることはやっておこうと思う。一難去ってまた一難。まったく、マイケルに会ってから碌なことがないな……まったく、まったくだ。

 



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第二十九話ッ 職質ってされたことある?俺はないッ!!※ないんかい

「えっーと。これ、なんすか」

 

「裁判だッ」

 

「職質って言ってたでしょ、あんた」

 

「どっちでもいいすっけど、こんなにガチガチに縛ることあります? それもなんか……これ『やらしい』方の縛り方じゃないっすか」

 

 まるで亀の甲羅を彷彿とさせるような縄の軌跡が、ガリッパの体を縛り付け身動きの一切を封じている。……別にこの縛り方じゃなくてもいいような気がする。言っとくけど、私がやったわけじゃないからな? 

 

「こうなった理由、流石に言わなくても分かるでしょ?」

 

「……」

 

「最近テレジーに構ってもらえてなかったからな……可愛そうなガリッパ」

 

「違うわ」

 

 先日行われた決起会。そして明日行われる大規模な作戦。だがその前に白黒はっきりさせておく必要がある。それは、言わずもがなガリッパのことだ。

 

「私達の情報。どこまで流してたの?」

 

「……流石に、バレるっすよね」

 

 そもそも、彼は自ら下っ端と名乗っていたはず。なのにその下っ端が『私と一夜を共にする』というのが辻褄が合わない。

 

 その権利をお溢れできるのは革命派の中でもひと握りであり、下っ端如きに当たるはずがない。もっと言えば、その後何もなかったように私に舎弟としてついて回り、あまつさえ穏健派の内部にまで潜り込んだ。これを疑わずして何になろうか。

 

「……姉貴と、マイケルの情報を報告してました。それだけっす」

 

「情報の内容は?」

 

「2人の行動や、戦闘面について。後はマイケルの……『陽気パワー』について」

 

「『陽気パワー』について、どこまで喋ったの?」

 

「陽気パワーには制限があるとか……とにかく分からないことが多い、くらいしか」

 

「……やけに素直ね」

 

 粘られたところで無理やり話を聞き出すだけだから、手間が省けたといえばそれまで。逆に疑わしく思えて仕方がないとも言えるが。

 

 クロードが私達の動向を探る真意としては監視の意味合いが強いだろう。恐らくクロードは私が革命派から抜けることを察知し、ガリッパをこちらへと付けて監視させたのだろう。疑問なのはどうやって私の離反に気付いたのか、だ。

 

 ガリッパが事前にクロードに私の離反の話を通そうにも、その話を持ち出したのはそもそもマイケルだ。私が彼と出会わなければ現状に甘んじて行動は起こすことはなかった。恐らくずっと飼い殺しにされていたはずだ。

 

 唐突に決まった事のはずなのに、それをガリッパが情報を流すことも出来ない。クロードがガリッパに監視を命じ、監視を始めた日と離反を決めた日は同じはずだ。監視という危険が伴う任務の代わりに私との一夜を見返りとして与えたのだろう。

 

 ……いや、違う。監視対象と顔合わせするリスクを受け入れる必要はない。私と出会うよりも前からガリッパは私の監視をしていたのだ。それなら筋が通る。マイケルと出会いカチコミの話が決まってから実行に移すまでの期間。離反の話を聞いたガリッパはすぐさまクロードに報告したのだ。

 

「最初は何も思わなかったんです。ただバレないよう見ているだけだったので。……でも続けていく内に、姉貴に申し訳なくなって……もし姉貴にバレたら、組織裏切ってでも全部話そうって決めてたっす。だから、誓って嘘は言ってないっす」

 

「ガリッパ……」

 

「それ、私が聞かなかったら一生横流しし続けてたってこと?」

 

「……すんません。踏ん切りが、つかなくて」

 

「まあ、いいわ」

 

 しばらくの沈黙。唇が震え、何かを言いたそうにしているガリッパを、私はひたすらに待つ。徒に圧がかからないように気を付けながら。

 

「……あいつら。多分灰の病の治し方、知ってるっす」

 

「何だって!?」

 

 灰の病の治療方法。これはまた飛躍した話だ。ともすればこの国の未来を大きく変えかねない情報。その話が本当だとすればまさに革命が起きる。ガリッパがこちらの気を引くためのブラフの可能性がある。

 

「クロードの側近のキルディス……銀縁眼鏡の男がいたと思うんすけど。あいつがオレに話を持ちかけてきた人でして。で、これは結構前のことなんすけど、ある時キルディスが灰の病に似た症状が出てたんす。でもそこから姿を消して……」

 

「それは本当に灰の病だったの?」

 

「恐らく。体に斑紋があったし、ちょっと熱っぽかったから。相当我慢してたと思うっす」

 

 なるほど。それなら灰の病であると認識していい。

 

「姿を消してたある日、クロードと歩いているところを見て……でもキルディスの体には一切斑紋が無くなってて」

 

「む、どうやって確認するのだ?」

 

「腕とか首とか露出する場所にも斑紋が出るから、分かりやすいのよ。……けれどガリッパ。それだけでは治療方法があるって分からないんじゃない?」

 

「そう思ったんでオレ、潜入してみたんです」

 

「思い切ったな!」

 

 2人の言動を怪しく思ったガリッパは、革命派のアジトに侵入。生来の隠密術を活かし、内部を探索しクロードの部屋へ。そこには緑色の魔法石と、灰の病の治療方法について書かれているだろう手紙を見つけたという。……だが結局所業がバレて、脅し半分で私の監視を言い渡されたらしい。それだけで済んで良かったな。

 

「それがこれっす……オレでは読めなくて」

 

「……なるほど。確かにこれは、灰の病について書かれているわ」

 

「本当ですかっ!」

 

 本当に凄いな。何でバレてまで手紙を持って来られるんだよ。お前の胆力どうなってんの。

 

 手紙に書かれた魔術式に目を通していく。読めば読むほど納得する理論が構築されており、灰の病を治すという突飛な事実を現実へと押し返している。だが可笑しい。何故、奴らがこんな情報を握っている。理論上は可能だが現実的に不可能な……。

 

「……」

 

 まさか。いや……流石に無いか。クロードに限って、そんなことは。

 

「貴方はこの情報を、どうしてそこまで危険を犯してまで手に入れようとしたの?」

 

「……前に、『妹が居た』って話したことあると思うんすけど」

 

「うむ。覚えているぞ」

 

「兄として何にも出来なかったから……せめて何かしてやれたんじゃないかって思って。誰かの灰の病を治せれば、罪滅ぼしに……ただの自己満足っすね、これ。そんな下らないことで、姉貴の情報流すなんて……最低っすね、オレ」

 

「そんなこと──」

 

「そんなこと無いッ!!」

 

「マ、マイケル……」

 

 縛られていた縄をするすると解いていき、ガリッパを解放するとすぐさま抱きしめて再び拘束する。

 

「ちょっ、ちょっと。まだ話終わってないんだけど」

 

「もういいだろう。ガリッパは真摯に話してくれた。なら俺たちもそれに見合う対応をするべきだ」

 

「マイケル……お前」

 

「ガリッパ。君は凄いよ。よく頑張ったな」

 

「や、やめろよ……う、くそ……やめろっ、やめろ!」

 

 徐々に涙混じりの嗚咽が聞こえ完全に牙を折られた私は、どっさりとソファに座り込む。沈む体に感覚を全身で味わい、自分が思った以上に緊張していたことに気が付く。

 

 亡き妹のため、ここまで命を懸けられる男が居るだろうか。そんな彼が決死の覚悟で手に入れた灰の病の治療方法。しかし、残念なことに私の手に負えない代物だ。私では灰の病を治す事はできない。例え彼がまだ妹君が存命のときにこれを手に入れたとしても、誰にも救うことは出来ない。

 

 この手紙によれば、灰の病を治すには『一定量の魔力』を特定の方法及び手段での注入する必要があるという。……まるで灰の嵐への対抗手段のようだ。だがそれはきっと偶然ではないのだろう。元はと言えばあの嵐が生み出す灰を吸入し発症する病。詳しい原因は分からないが、何となく辻褄は合っている気がする。

 

 魔力を持つものがもっと早く灰の病について調べていれば、犠牲者はもっと少なくて済んだはずだ。

 

「ねぇガリッパ。貴方の他に、クロードに与している人に心当たりは無いの?」

 

「……他に、っすか。すんません、分かんないです」

 

「何でもいいの。怪しいと少しでも思った人が居れば。それだけでもいいの」

 

「…………あ」

 

 はっとした表情の後、顎に手を当て長考に入るガリッパ。思い当たる節があったのだろう。私は一言も聞き逃さないよう聞き耳を立てる。

 

「黒いローブを来た女……をチラッと見た気がします。クロードの部屋に入っていったのを見たことがあるっす!」

 

「黒いローブ……他に特徴は?」

 

「……黒い癖っ毛が見えた気が……でも、どうだったか……」

 

「黒い癖っ毛……胸は大きかった?」

 

「デカかったっす」

 

 こんな状況で聞く私もあれだけど、即答すんな。そこだけはちゃんと見るな。

 

「何か分かったのか?」

 

 分かったと言えるほど確信なものはない。というより、信じたくないというのが正解だ。たとえそうだったとしても、何故か彼女がここに居るのかが分からない。何のためにクロードに近づいた? クロードに接触して何を起こそうとしているのか。

 

「……1人だけ、思い当たる人物が──」

 

「──テレジーッ、避けろッ!!」

 

 直後、頭上から大きな爆発とともに黒い影が飛来する。咄嗟に回避行動を取り、一命を取り留める。

 

「何っ!?」

 

「あ……この女です!! 黒いローブの……デカ乳!」

 

「ふむ、確かに……デカイな」

 

「オーフィアさんよりデカイんじゃね?」

 

「かもしれんな」

 

「黙れ」

 

 埃が舞う中、徐々に襲撃者の姿が露わになる。

 

 ガリッパの言う通り黒いローブを纏い、全身の様子は伺えない。身長は私より少し低いくらい。露出している腕や足は筋肉質ではあるが少し細い。フードから覗く黒髪と胸元の相当な膨らみだけが分かりやすい特徴だ。

 

 しかし前情報との相違点が1つ。確かに黒髪であることは一致しているが、癖っ毛ではなく縦ロール……のような気がする。あまり手入れされていないのか、ロールが弱いからウェーブみたいになっている。直毛ではないから間違えたのかもしれないが……まぁ男だし、髪型に詳しくないのも無理ないか。

 

 ……ロールヘア。どこかで見たことがあるような──。

 

「っ! ガリッパっ!!」

 

 黒ローブの女は姿勢を下げると、手に持っていた直剣を構えガリッパへと突撃。まるでガリッパ以外が見えていないように、脇目も振らずに走り出した。

 

「させんっ!!」

 

 事態を察したマイケルが即座に間に入り、鎧で凶刃を受け止める。しかし黒ローブの女は意にも返さず刃を力一杯押し込み続ける。

 

「この、離れろ!」

 

 大鎌の石突で側頭部を強打。弾き飛ばしてマイケルとの距離を取らせる。

 

「馬鹿なの!? 相手の武器がどんな性質かも分からないのに、鎧で受け止めるなんて!!」

 

「体が先に動いてしまってなっ! 結果オーライってやつだ!」

 

「だからって──っ!」

 

 黒ローブの女は懐から短銃を取り出すと、ガリッパに向かい発砲した。くそ、ふざけろ。何でそんなものも持ってるんだ!! 

 

「『弾け』ッ!!」

 

 躊躇わずに魔法を使用。部屋中を突風が駆け回り荒れていた室内がさらに乱れる。殺人的な暴風はガリッパの眼前を通り、銃弾全てを弾き飛ばし命中を防ぐ。

 

「う、うわっ!」

 

「テレジー! ガリッパを外へ! 狙いはガリッパだ!!」

 

「っ……分かったわ! ガリッパ、行くわよ!!」

 

「う、うっす!!」

 

 黒ローブの女へと突撃するマイケルを尻目に、ガリッパの手を引いて地上への階段へと駆け出す。

 

「ア、ァァア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

「この、よそ見をするとは! テレジー!」

 

 後ろから高エネルギーの魔力体を感知。どうやらガリッパを狙わなければならない理由があるらしい。重い女は嫌われるぞ。後ろを振り返り、襲い掛かる紫電に備え魔法障壁を張る。

 

 重く伸し掛かる、恐ろしい威力の雷。実態が無いはずの雷で、ここまでの高出力を出すのは至難の業。術者の相当な努力と、天賦の才がなければ成し得ないだろう。

 

「か、階段が……!」

 

 防ぎきれなかった紫電が周囲を破壊し尽くす。爆音を立てながら破壊し尽くされた地上への階段はもう使えない。残るは黒ローブの女が開けた天井の穴のみ。前に進むしか無い。

 

「うおおおおお!!」

 

「ガ、ァァァアァ!!」

 

 だが、そんな危機的状況の私達は、マイケル1人の活躍によって危を脱しようとしていた。

 

「す、すげえ」

 

 あらゆる方向から迫る刃を全て手刀でいなし、一方的に黒ローブの女へと攻撃を浴びせ続けるマイケル。当たり前のように繰り返される絶技の前に、黒ローブの女はなすすべなく崩れる。

 

「真──昇○拳っ!!」

 

「ガアアアアアア!!!!」

 

 全身を使った、地面を掬うような強烈なアッパー。その拳は顎へと命中し、まるで天へと登るような勢いで黒ローブの女は上空へと消えた。

 

 ……消えてしまった。

 

「ふぅ……」

 

「『ふぅ』、じゃなくて。……ぶっ飛ばしちゃったら、話聞けないでしょ」

 

「あ」

 

「ま、危なかったっすから」

 

「……それもそうね。けっかおーらいってやつ?」

 

 本当は捕らえることができればよかったのだが。実際彼女の戦闘力は計り知れない。もしあのまま無力化のために全力を注いでいたら、殺されていたのは私達かもしれない。それぐらい、彼女は危険だ。

 

「……あれがガリッパが見た『黒ローブの女』で間違い無いのね?」

 

「そうっすね……でも、もうちょっと胸が小さかったような……」

 

「胸の話はもういい」

 

 何でそこだけ記憶力いいんだよ。……乳だけ見てろくそが。

 

 黒ローブの女。結局正体は分からず終い。目星は……もはや分からなくなってしまった。そうと断定するものが無く、なにより私がそうと信じたくない事実が多すぎる。……いや、この考えは捨てるべきだ。先入観が真実を捻じ曲げることは往々にしてあるのだから。

 

 ふとシドが話していた殺人事件が思い起こされる。犯人の特徴について彼らが言及することはなかった。だが恐らく、あの黒ローブの女が犯人だろう。もちろん確証はないが、ガリッパに対して真っ向から殺意を持って襲い掛かってきた女だ。ガリッパが誰かに私怨を抱かせていない限り、何者かが仕向けた刺客と考えていい。犠牲になった者たちの共通点が分かればもう少しはっきりするのだが。明日以降聞いてみようか。

 

 刺客か……。何故そんなことを。

 

「取り敢えず、天井直すか」

 

「そうだな……」

 

 せっせと部屋の片付け及び天井の修復を始める2人に倣って、私も荒れ果てた室内の掃除を始める。

 

 ガリッパの話を纏めると、彼が横流しにしていた情報は私とマイケルの行動及びその他諸々。恐らく明日の作戦のことも重ねて報告しているはずだ。動機は灰の病について調べるため。他のスパイの存在は分からないが、黒いローブの女が何やら怪しいと言っていた。

 

 恐らく先程現れた黒ローブの女がその人物だと思われる。そして情報が渡るのを恐れ、ガリッパを消しに現れたのだと推察する。だが、それだけ聞けば大した情報は渡っていないような気がする。態々ガリッパを消す必要があるのか? あまりにもリスクに対しリターンが取れない行動な気がする。ガリッパを殺すことが目的ではなく、他の事に狙いがあったのか? 

 

 今から調べようにももう夜の兆しが見える時間帯だ。それに明日はともすればこの国の命運を分ける大事な日。他の厄介事に手を付けていい時間でもない。……下手にラルクに伝えて面倒事が起きても嫌だ。彼ならガリッパの為と行動を起こしてしまうだろう。それに他の人間にも迷惑が掛かる。

 

 全てが遅い。多分明日面倒事が起きる。それを知ってでも、明日はやってくる。自分の無力さを呪うしか無い。

 

 水面下で動く何者かの思惑。それに気付けなかったのは偏に私が他人との接触を拒んだから。逃げ続けてきた代償が回り回ってやってきた。何も出来なかった、してこなかった私を嗤うために。

 

 いいんだ、全部。明日で変わる。今から変える。私は戦うことを選んだ。もう逃げることはしない。そう決めたんだ。ならどんな壁だってぶち壊してやる。遠慮なんてしない。全ては自分のために。

 

「あ、ここにシ○ワちゃん銅像置こ!」

 

「どさくさに紛れて置くな」

 

 相変わらずだな……マイケルは。貴方のようになりたいよ、私は。

 

 



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第三十話 錯綜

 

 祝勝会兼決起会から数週間後たった今日、ついに私達はその作戦の日を迎えた。

 

 作戦の部隊は大きく2つに分けられる。まずは地上で騒ぎを起こしてゴーレムを引き付ける『囮部隊』。それと、先日確保した地下通路から侵入し貴族外へ書簡を届ける『進攻部隊』。

 

 囮部隊を引き受けるのはオーフィアとシド、それと戦闘をこなすことができる他の穏健派の人たちだ。普段はアジトに出入りは少ない彼らだが、作戦のことを伝えると嬉々として参加したいと申し出たという。人手が必要で、危険も伴う部隊だから人が集まってくれて良かった。期待通りの戦果を上げてくれることを望んでいる。

 

 進攻部隊は私、マイケル、ガイ、エレノアの4人だ。その名の通り進攻部隊は貴族街へ赴き特定の任務をこなす部隊だ。少数精鋭でもって素早く侵入し任務を遂行する必要があるため、このような人員になったという。あんまり人が多くても動きにくいし、私としては考えることが少ない分やりやすいから問題はない。

 

 ……こういう考えが私を駄目にするんだ。苦手なことをすぐに否定するのではなく、どうやって克服するかを考え調整するようにしなければ。でなければ私はいつまで経っても逃げ続けるだけだ。

 

 残りのガリッパとリンウェルとラルクは革命派への牽制を兼ね、クロードに作戦の説明をしに行く手筈だ。可能であればマイケルを監視と護衛を兼ねてそこに付けたかったのだが……。

 

『むぅ……俺が地上待機だと? そんなの許さんッ! テレジーの隣がいいッ!!』

 

 そうごねられると困ってしまうし、実際彼の戦闘力は頼りになる。何があるか分からないから、進攻部隊に加わることは決して悪い話ではないのだが……妥協することにしよう。流石に彼らも癇癪を起こすほど馬鹿ではないだろう。静観を保って行く末を見守ってほしいところだ。

 

 私の持っていく装備は概ねいつも通り。武器は例の大鎌。それと護身用の短剣、もしものときの頼れる味方だ。あとお馴染みの補修済み黒コート。サブウェポンには閃光炸裂弾が1個と手榴弾が2個だ。数が少ない理由は単純で、革命派から調達していた火薬等が不足して新たに作り出せなくなったからだ。少し懐が寂しいが無い物ねだりは厳禁だ。

 

 手持ちが全てなくなればもう爆弾は今後一切使えなくなる。長かったボマー生活も終わりが近いとなると、どうしてか些か寂しい気持ちに……。

 

 ……なるはずがない。人殺しの看板を背負うことになった私の通り名。背負い過ぎた汚名はとっとと捨てるに限る。もっとも、捨てたところとて人殺しの罪が償われることはないのだが。

 

「お前ら、準備はいいな?」

 

 余計なことを考えた。とりあえず今は目の前のことに集中だ。頬を軽く2回ほど叩き、一息を吐いて意識を切り替える。

 

 殿のマイケルがはしごで地下通路に降り立ったのを確認したガイは、緊張をはらんだ厳かな口調で号令を掛ける。各々静かに首肯すると、ガイの指示の下私を先頭に進攻部隊は歩みだす。

 

 作戦の概要を頭の中で復唱する。まず地上の囮部隊が私達が地下通路へ入った時から数刻経った後、貴族街城門で警備をしているゴーレム部隊に奇襲をかける。そうして騒ぎを大きくしつつ周辺のゴーレムを引き付ける。

 

 なるべく大きく騒ぎを起こしあらゆる場所からゴーレムの応援を呼ばせる。その間進攻部隊は手薄になるだろう地下通路を素早く進み、先日攻略したゴーレムが大量にいた例の空間の奥を進む。そして、貴族街ヘ侵入した後貴族街の人間に接触を図る──といった内容だ。

 

 作戦の立案に当たって、一応唯一となっている貴族街出身者として意見を求められたためいくつか質疑には応答し、私は『まともに貴族の連中と話すことができるとは思えない』とラルクに進言した。そこで貴族街を代表して私の知り合いに書簡を渡すことで方針は決まった。その知り合いとはまず一人目はエリナ。二人目は『子供たち』や『大人たち』ら魔法師の育成機関を統括する研究主任たる魔術師、ローレンス先生だ。

 

 書簡の内容。それは、アスキア帝国に生きる市民へ平等な食料の配布。それと誰も虐げられる必要がないような統治を求めるものだった。これでも初期案の『ふわっ』としたラルクの書簡よりはだいぶマシなものになった。エリナかローレンス先生のどちらかであれば、私の話を聞き入れてくれるだろうことは間違いないと見ている。……楽観的であるのは否めないが。

 

 とはいえそれだけで、書簡を受け取ってくれるかどうかはやはり分からない。よしんば受け取ったところで行動に移してくれるかどうかも分からない。はっきり言って成功率はかなり低い。エリナはそもそも『興味が無い』と突っぱねそうだし、ローレンス先生は『それは僕の研究に関係あるのかい?』と断ってきそうだ。まあやるだけやってみよう。楽観的であるのは流石に否めないが。

 

 それに伴って第2案。それが貴族街への本格的な進攻作戦だ。貴族街の戦力はゴーレムや一部の大人たちを除いて戦力は、皆無と言い切ってしまえる程無い。戦いは愚かナイフすら握ったことがない人間が殆だ。

 

 魔力が使える魔法師であるなら、戦うことはできるだろう……というのは当然の疑問だろう。しかし、彼らは魔力量を増やすための訓練だけをしてきただけ。魔力を練って魔法を発生させるなど、魔力操作の精緻な扱いに関してはからっきしだ。精々生の魔力を勢いよく飛ばす程度が関の山だろう。だから、多少でも戦える人員がこちらにいれば、貴族街の制圧は容易いのだ。……一部の例外を除いて。

 

 例外というのはローレンス先生や、魔力指導の教官など魔法が扱える者たちだ。そして考えうる中で一番の強敵はエリナだ。

 

 エリナは私と同じく道楽で魔法を研究している奇人で、それでいて私以上に魔力の扱いに長けている。奥義『魔穿孔』の基礎理論の衝撃波を発生させるなどの部分は私が造ったが、威力担保を補わせるための体術体系として昇華させつつ、魔力操作の外殻を造ったのはエリナだ。そしてなによりほぼ独学で魔法を創り出してしまうほど、優れた発想力に富んだ天才だ。まともな魔法の訓練を受けていれば、より優れた魔法師になることは間違いなしだろう。

 

 ……何を言っているか分からないと思うが、つまり、私よりも魔法と魔術の分野で秀でていると言いたいのだ。

 

 私が唯一勝っていたのが魔力量くらいだ。魔法師として優秀なエリナが本来、私なんかより大人になるべきだった。今にして思えば、結局最善の結果が今の現状なのか…………いや、今はそんなことはどうでもいい。大事なのは、私1人でエリナを抑えることができるかどうか、という話だ。

 

 正直あまり考えたくはない。エリナと戦わずに済むよう説得はするが、もしそれが叶わなかった場合は……とはいえこれらは本作戦、俗称書簡による置き手紙作戦が失敗した場合の第2案。第2案が実行されるのは置き手紙作戦より数カ月後の話だ。今はこれ以上考えても仕方がないだろう。

 

「貴族街以外の道中は大した戦闘はないはずだ。それまで温存しといてくれ」

 

 隣で歩くガイからそう声をかけられ、私は首肯で応じる。

 

「それは構わないが、私抜きでゴーレムと戦えるのか?」

 

「1体だけなら俺とエレノアで戦える。……できるだけ戦いたくはねぇがな。前回と同様接敵は避けていく方針だ。もしものときは援護を頼む」

 

「分かった」

 

 そう言えば何食わぬ顔で進攻部隊にいたが、エレノアって戦えるのか……そう思って彼女の方を見てみる。するとエレノアは、ゆらゆらと手を振って私の視線に答えてくる。確かに足運びはただの淑女にしては洗練されている。腰にぶら下げている小回りの効きそうな小銃も、使いこなされているのか傷が目立つ。これは戦力になってくれそうだ。

 

 ガイは何かを気にしてか後ろをチラチラと見回すと、彼は私に耳打ちをしてきた。周りに聞かれたくない話なぞ、何かあったろうか。

 

「マイケルは使えるのか?」

 

 何だそういうことか。私は先程のガイ同様肩を竦めて見せる。

 

「恐らく私より強いわね」

 

「……謙遜、と受け取っておく」

 

 その後私達は沈黙を保ったまま進行方向を索敵しつつ、前回通った道を慎重に進んでいく。ガイとのこれくらいの距離感が接しやすくて丁度いいな。互いに動きやすい。ある程度信用してくれているのが感じられる。取っ付きにくさはあるが、本来はこういう男なのかもしれない。

 

 曲がり角に差し掛かり、隅に隠れながら様子を伺う。ゴーレムは見えない。全体に合図を行うと、再び私達は進んでいく。

 

 少し、いやそれ以上に順調すぎる。それにさっきからやけに静かだ。いくら地上で騒ぎを起こしているからって、警備タイプも見受けられないのはおかしい。……今渡っている地下水路の真上が、丁度アスキア帝国城の城門付近なはず。なのに戦闘の気配が微塵も感じられない。既に戦闘が終了しゴーレムが全滅、または囮部隊の全滅か。

 

 オーフィアが居るとはいえ、ゴーレムを圧倒するほどの戦闘力を彼らが持っているとは思えないし、圧倒されるほど囮部隊が非力とも思わない。地下でも地上でも異常事態が起きている。……まさか、黒ローブの女が? 

 

「ねぇ……なんか、変じゃない?」

 

 少し後ろに控えていたエレノアが、前衛の私達との情報共有を図るためか足早に近づいてくる。

 

「ああ、そのことなんだが、少し……妙だ」

 

「ふーむ……ガイ殿。何かあったのか?」

 

 ガイはその場に立って腕を組んで考え事を始めると、うーんと唸り声を出す。ガイに伴って私達も足を止める。

 

「ゴーレムが居なさすぎるんだ。いくら地上で引き付けていたって少しは残っていたっていいはず…………」

 

 私と同様の考察をしていたガイは、それからぶつぶつと考え事を始めた。

 

「辺りを探してみましょうか。もしかしたら何かあったのかも」

 

「そうね……。ん、あれって……ちょっと、こっち来て」

 

 エレノアがなにかに気づいたのか、広い通りから横に逸れる小道に入る。大鎌を振るうには少し物足りない狭さの小道には、何者かによって破壊されただろう、醜い爪痕が残る防衛タイプが1体、警備タイプ数体のゴーレムの骸が放棄されていた。

 

「ふーむ。ここいたのはゴーレムだけではないらしいぞ。ここを見てくれ。壁と床にゴーレムの機銃だろう銃痕と、床にだけだが爪による引っかき傷、それに血痕もいくつかある。ここで戦闘があったのは間違いない」

 

「計画外だ、少しまずい。一先ずここから離れよう」

 

 マイケルの意外にも適切な状況判断に驚きつつも、与えられた情報を精査する。ここまで忍び込んだのは魔獣と見て間違いない。僅かだが血痕とともに魔獣のもとと見られる獣毛があった。魔獣はここにいるゴーレムを襲ったのか? いや、それにしたってこの閉所じゃ防衛ゴーレムのいい的だ。襲撃者側に被害があったておかしくない。だというのに、何故ゴーレムの骸しかない? 小道にわざわざ、それも隠すように移動させる必要も分からない。

 

 何かがおかしい。如何ともし難い作為的なものを感じざるを得ない。人為的にゴーレムを移動させた? 魔獣がいる危険地帯に踏み込んでまでする理由は? 

 

 ……この作戦を邪魔することに、一体誰に、何のメリットが──。

 

『グゥガウッ!!』

 

「──きゃあああ!!!!」

 

 ガイが撤退を呼びかけた直後、小道からエレノアの叫び声と同時に、魔獣による地を這うような低い咆哮が聞こえてくる。

 

 同時に複数の狼がどこからともなく現れ、私達を無視して小道に入っていく。あのとき砂漠で戦った狼と一緒の灰色だ。何故こんなところまで……! 

 

「エレノア!!」

 

 大鎌を構えて眼の前の灰狼を斬り伏せる。エレノアを助けようと勇んで一歩踏み出す。しかしエレノアがいただろう地点に群がる灰狼と、それに伴う唸り声と肉を噛まれ食いちぎられているだろう音たちの情報が脳を揺らす。そして同時に背筋に悪寒が走り血の気が引いていく感覚が訪れる。あれは、どうやっても……もう助からない。

 

『ガウッ! ガウガウッ!!』

 

『グルルゥゥッ!!!』

 

「いっ!? あっ、あぁ!! がぁああああ!!!」

 

「ぐっ……今助けるぞエレノア殿!! この、離れろ、離れろっ!!」

 

 マイケルは槍を振り続け灰狼を幾体も斬り伏せていく。しかし尚もエレノアを喰らい続ける灰狼に苛立ちをぶつけるように、マイケルは叫び散らしながら槍を振るう。だが閉所であるため力いっぱい振えず、どうしても刺突による攻撃しかできていないため一向に剥がれていかない。

 

 まさかここまで計算していたのか。奇襲を仕掛け、最低でも1人は仕留めるためにこんな罠を設置したのか? なら、これは人為的なものではなく灰狼たちが仕掛けたということになる。小癪な真似を! 

 

「エレノアっ!! くそ、何だってこんな────おい、嘘だろ……?」

 

 ガイの呆けた声に釣られて、進行方向とは逆の道を向く。そこには、大量の灰狼が道を塞ぐように隊列を組んでこちらを睨めつけていた。数は……数えても無駄だな。まだ囲まれてはいないが、悠長にしていられないだろう。 戦うしか無い。どうせ走ったって人間が獣に足で勝てるはずもなく、追いつかれるのならここで対処するしかない。

 

 早まる心臓を抑えるよう胸に手を当て、深呼吸を挟む。たが依然として鳴り止むことはない鼓動は緊張かそれとも興奮か。そのどちらでもなく、恐怖か。大丈夫だ、もしものときは『これ』を使う。どのみち今日は戦闘は免れないと思っていたから、覚悟はできてる。あとはタイミングを図るだけだ。

 

「エレノア殿……っ!」

 

「マイケルっ!」

 

 横目でマイケルの様子を伺いつつ名を呼ぶ。マイケルの奮闘によりどうやら灰狼は全滅させたらしいが、そこにはエレノアだったろう無惨な死体が転がるだけだった。全身は食いちぎられ体の輪郭が見当たらない。首から上は何処かに消え、最早元の造形を知らなければ人間とは分からない程、ただの醜い肉塊と化していた。

 

「間に合わなかった……でも俺の力を使えば……でも、それでは、テレジーを──」

 

「マイケルっ!!」

 

「っ!?」

 

 なおも呆けるマイケルの首根っこを掴んで小道から引きずり出す。

 

「初動が遅れた段階でもうエレノアは助からなかった! 誰のせいでもないの! 今は目の前の狼をどうにかするの! 分かった!?」

 

「テ、テレジー……」

 

 マイケルを離すと、少し苦しかったのか首を抑えながら咳き込む。怯えるような、不思議なものを見るような目をしながら、憔悴して意気消沈としたマイケルを尻目に大鎌を構える。ため息1つ挟んでから私は曲剣と棍棒の2つに分離させ歩き始める。

 

 エレノアは死んだ。私はさっき誰のせいでもないといったが、少し違う。前衛は中衛、後衛を守るため先頭に立って危険を一手に背負うものだ。だが、それも1番の戦力だろう私が、灰狼による襲撃を察知できず、あまつさえ罠に引っかかるという醜態を晒してしまったのは、他の誰でもない私の責任だ。気を抜いていて、周りの人間に甘えて自分の本分を弁えていなかったからだ。だから、マイケルは悪くない。

 

 私が、エレノアを殺したのだ。

 

「心に決めた夢を思い出したの。それを叶えるために私は戦う。まだ死ねないの」

 

「……!」

 

 でも、それは私が歩みを止める理由にはならない。死の責任は負うが、それで縮こまっていることはできないし、許されない。もう1度ため息1つ挟んで、私は思考を戦闘へと切り替える。

 

「……とりあえず、落ち着くまで休んでなさい。それまで私が守る」

 

 多分、私のこれは本心じゃない。もっと俗的で、くだらないと罵られる本心を隠して、飾って言葉を繋いだ。そうでなきゃ戦えない。私は強くない。弱い。人の死に様なんて、本当は見たくなんかない。私が人の顔を覚えやすいのは、ただ身を襲う恐怖にかられて嫌な記憶が何度もフラッシュバックするからだ。だから、今まで刺して、切って、爆ぜて殺した人間たちの顔も覚えている。私がラルクの前で焼き殺した母親とその娘の断末魔も覚えている。今もエレノアの変わり果てた姿も、以前まで談笑していた姿も重なって、覚えている。その度、私は記憶に鍵するように頭の片隅に押しやって、見ないふりをする。

 

 けど……最近は。なんかだか、その鍵が壊れつつあるんだ。

 

 曲剣を強く握りしめる。そんなことは今はどうでもいい、目の前のことに、集中しよう。私はガイの横に立つと、灰狼の群れと相対する。

 

「ガイ、やれるな?」

 

 ガイが手に持つ長めの大剣の切っ先は僅かに揺れ、酷く強張った顔を晒しつつも、その目は未だ鈍く煌めいているように見える。まだ諦めていない、この状況に絶望していないなによりの証拠だ。

 

「生憎犬嫌いだが、何故かワンちゃんには好かれる質でね。精々囮くらいしかできなさそうだ……3分の1くらいなら任せておけ」

 

「それだけできれば上出来だ」

 

 こんな状況だが、冗談を吐くくらいには強気なのはいいことだ。

 

 それにしても残りの3分の2が私か。多いな。まったく無理を言ってくれる。あのとき本気を出すんじゃなかったな。まぁいい。マイケルが復帰すれば状況はある程度好転する。それまで、いやそれを待つ前に灰狼を殲滅すればいい。

 

 戦いの準備はできた。まずは景気付けの1発の手榴弾だ、先攻は私が貰うとしよう。私は事前にピンを抜いておいた手榴弾を狼の群れへと投げつけ、髪を靡かす爆風が開戦の火蓋を切った。

 




ここまで読了いただきありがとうございます!

気付けば10万文字超えてました。おかしいですね、12万文字までにはある程度纏めるつもりだったんですけど。やはり何も考えずにものを書くのは難しいですね。

これ以降もまだ続きます。拙文が目立つ本文ですが、どうぞこれからもよろしくお願いします。


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第三十一話 スクランブルに叶って

 ただただ無心に大鎌を振るう。また1体。そして横に振ってさらに1体。屈んで突進を回避しながら振り向きざまに1体。さて、私はこれまで幾体の灰狼を斬り伏せてきたのだろうか。

 

 全身は返り血で染まり髪はべとべと。コートは肌に張り付いて気持ち悪い。大鎌も血で濡れていて、気を抜くと握りが甘くなり落としそうになる。その分余計に握力を使うから手への疲労の蓄積が早い。

 

 刃と柄を2つに分離して戦ったほうが気持ち少しは楽になるが、近接に持ち込まなければならない分緊張感が増す。戦闘に余計なストレスを受けたくはない。それに戦いの最中に左腕と右肩に攻撃を受けた。戦闘が長引く度に大鎌の振りが遅くなっていくのを如実に感じる。このままではいずれ戦況が大きく傾く。何か大きな一手が必要だな。

 

『ガウッ!!』

 

「く……懲りずに噛んでくるな、こいつら!!」

 

 左前方から飛び込んできた灰狼に全力のハイキックを脳天にぶち当てて、壁まで吹き飛ばす。灰狼が壁の染みになったのを確認するまでもなく、すぐさまその場から移動して次の攻撃に備える。一撃離脱、そして一撃必殺でなければどうにも戦えない。まだ数えるのも嫌になるほどいるというのに!! 

 

 ドンッ!! 

 

「ぐっ……!?」

 

 ステップで移動中、踏み込んだ足を滑らせ僅かに姿勢を崩してしまい、移動距離が伸びなかった。その隙を見逃さず灰狼は横っ腹に全力のタックルをかましてくる。

 

 ガウッ!! 

 

「あ、がぁっ……!? このっ……クソ狼が!!」

 

 姿勢制御を空中で掌握し踏み込む。そのおかげで致命傷を避け太腿に噛みつかれるだけに済む。噛み付いてきた灰狼の頭を素早く肘で粉砕する。そして、全方位から灰狼の群れが飛びかかってくる。時間加速を解禁し身体強化も併用。時間にしてコンマ5秒の大鎌による乱舞をお見舞いする。

 

「はぁ、はぁ、かっ……が、かはっ!!」

 

 流石に堪える。元々疲労や受けてきた傷も相まって耐性が弱くなっていたのか、襲いかかる反動を堪えきれずに吐血。その場で片足をついてしまう。……まずい、隙を晒した。早く……動かなきゃ! 

 

「今援護するぞッ、テレジー!!」

 

「勝手にくたばってくれんなよボマー! お前が倒れちゃ俺が死んじまうじゃねぇか!?」

 

 私の窮地に駆けつけたマイケルとガイ。私を挟むように前後に位置した2人は手際よく灰狼を捌いていき、集っていた灰狼たちが片付けられていく。

 

 マイケルはあれからエレノアの死後心理的に不安定になっていたが、あの後すぐに正気を取り戻し私達と前線を共にしている。槍の精度は未だ正確に相手を一撃で仕留めるほどで、戦闘の続行は可能だろう。流石、マッチョは鍛え方が違う。生き残ったら私ももっと鍛えることにしよう。

 

 ガイは私以上に攻撃を受け、返り血だけでなく自らの血と混じってその身を鮮血で満たしている。頭を噛まれたのか片目は閉じられ、左手は垂れ下がって腹部からは血が止まることなく流れる。以前に比べ足運びは悪く、痛みで思い通りに動いていないのが丸わかりだ。

 

「ガイ、今治療する」

 

 なけなしの魔力を使ってガイを回復させる。だが全身は無理だ。優先的に腹部の出血を止めから、足は完全回復、左手は止血。頭部の止血も行ってからアドレナリン分泌を促進させ鎮痛効果を増加。ここまでやれば何とか戦えるだろう。お陰で魔力の6割は使ってしまったが……惜しむわけにもいかないだろう。

 

「これが魔法、凄いな…………助かる」

 

「せっかく使ったんだ、それに見合う成果を出してよ?」

 

「はっ、任せとけ」

 

「……2人共、俺に提案があるんだ、聞いてくれるか?」

 

 ガイの治療を完了させると、周囲を牽制しつつマイケルの話を聞き入れる。

 

「ワンコロ共をどうにかしてくれんなら、俺は歓迎するぜ」

 

「私も構わないわ。一体何をするの?」

 

「陽気パワーを使う……テレジーの敵は、俺が倒す」

 

「陽気パワー? 何だか分かんねぇが、そんなのがあるなら最初っから使ってくれ!!」

 

 マイケルはそう言うと、私達の前に躍り出て灰狼たちと相対する。これまで陽気パワーを使わなかったのは、使えない理由があったと考える他ない。ますます彼の『陽気パワー』の正体が気になる。以前は陽気パワーの温存を選んで槍という武器を得た。ここまでの戦いで使用条件が揃ったのか、それとも陽気パワーが溜まったのか。

 

「広範囲で、一気に殲滅できる魔法といえば……あれだ!」

 

 マイケルは足を肩幅に、両手を左右に開いて立つ。そしてなにやらぶつぶつと詠唱? みたいなものを唱えだした。

 

「天光満つる処に我は在り……黄泉の門開く処に汝在り──」

 

 詠唱を開始すると、狼の群れが騒然とし落ち着きがなくなっていく。

 

「な、何だこれ……地面が……」

 

 通常では考えられない量の魔力が灰狼たちの周囲に渦巻く。魔力が感知できるものなら恐怖を覚えずにはいられない。地面には幾何学模様の術式が展開され、中心に向かって雷光のような魔力が集って大きな柱を象っていく。それが大きく大きくなっていくたびに光量が増し、大気は振動し、地面に放射状に罅が走る。

 

 なんだ……この魔法は。高威力の雷魔法か、いや荒れ狂うように大気を揺らす風魔法か? こんな魔法見たことない。これが陽気パワーの力か……! 

 

「出でよ、神の雷──」

 

 マイケルは両手を目一杯天へと掲げる。束ねていた柱が閃光のように瞬くとその姿を消した。その瞬間世界が反転したかのような衝撃が襲い掛かる。離れているのに、ここまで伝わってくる魔力の波動。耳をつんざく甲高い金切り音。この魔法なら、一気に灰狼を殲滅できる……! 

 

 ──その時、灰狼たちの群れのそのさらにもっと奥。この場には相応しくないと思ったが、人影のような、それでいて人にしては異形とも言える体躯をした何者かが視界に映り込む。

 

「これで、終わりだッ! イン○ィグネイ○ョンッ!!」

 

 掲げていた両手を一気に振り下ろす。地面の術式が紫の光を宿して激しく瞬きながら融解。そして天井から、圧倒的な質量を伴った紫雷による高威力の魔法が、大きな落雷音とともに炸裂した。

 

「す、すげぇや……」

 

 ほんと、馬鹿げた威力だ。何処でこんなものを覚えてきたのだろう。私が知らない魔法もこの世には色々あるのだな。眼の前にいた灰狼は跡形もなく消え去り、焼き焦げた死体のみが転がっている中、そんな呑気なことを考えていた。

 

 ──ただ、一体。異形のものだけが死体の山で生き延びていたというのに。

 

 ズドン、ズドン、ズドン──。

 

 硬い地面を大きく揺らす足音が響いてくる。先程は魔法のせいで足音が聞こえていなかったのだろう。

 

「おい、あれって……」

 

 その姿は人間の形をしてはいるがそれだけで異形そのもの。頭部には機械的な流線型なヘルメットを装着し、加えて装着しているゴーグルによって視覚を強化していると見られる。体は灰色っぽいスーツに見を包み、黒鉄のプロテクターに守られている。全身はゆうに2メートルを超えて3メートルにも届きうる程の高さ。左腕は肥大化してその手首に当たる場所には砲身が除く。それだけだなく夥しい程の量の魔術式が施されている。左腕に刻印することで魔術道具に仕立てたのか。対する右腕は逞しくはあるが普通の腕。だがその手には私の身長ほどある特大剣が握られ、その刃は出血を強いるようにギザギザと波打って鈍く輝いている。

 

 それは最強そのもの。正体は私の師、ローレンス先生が『道楽』で造ったとされる、稼働している中で最高戦力のゴーレム。あの高威力の魔法に当たりながらも生き延びることができる生命力。あらゆるレンジに対応し、どの局面に置いてもどの敵を相手にしても確実に葬り去る、圧倒的な暴力の化身。

 

「攻撃タイプ……ゴーレム」

 

 先生が付けたゴーレムの名前は……何だったか、忘れてしまった。いや、今は名前なんてそんなことはとうでもいい。恐らく灰狼が起こした騒ぎによって触発されたのだろう、それで防衛タイプがここまで攻撃タイプをおびき寄せたのだ。

 

 その異形のものがかなりゴツい左腕らしきものを水平に掲げると、その腕を中心に魔力による術式が形成されて……まずい、まずい!! あの魔術は危険だ。そう本能が叫んでいる。そして妙に見慣れた魔術式のような気もする不思議な感覚。とりあえず、マイケルが放った魔法よりもさらに強力であることは間違いない! 

 

「下がって!!」

 

 咄嗟に私は記憶の片隅にあった防御魔法を思い出し、即座に展開。これからおとずれるであろう攻撃に備えるため、少しだけでも強度の向上を図る。

 

 遠くに見える異形は左腕に右腕を添えると、満を持してその魔術を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は圧倒的な碧光の暴力に包まれる。灰狼の死体を巻き込んで、天井や壁などの構造物をものともせず無に帰しながら、防御魔法を激しく揺らした。

 

「っ、重いっ!?」

 

 パリンッ!! 

 

 展開させた魔力に罅が入る。その影響で防御魔法に隙間が生じ、迫りくる魔力による重みが増していく。

 

 ──魔力の本質。それはこの世の全ての物質に含まれるエネルギー体そのもの。生物であれば『細胞』。さらにそれよりも小さい粒が集って物体……『元素』によって構成されている。しかし、本当はそれよりもさらに小さい……いや、小さいなんて言葉じゃ形容できないほどの粒子が存在している。それが『魔力』。魔力は常に何らかの形で私達の周囲、また自分自身を作っている。

 

 何らかの形を象っている魔力であれば、その変わり果てた物質に依存する性質へと変化する。それが魔力の流動性、不変なエネルギーである魔力の本質。しかし、何物にも変化可能なその性質を魔力単体でみた場合、一体どのような性質へと変わるだろうか。

 

 それは『魔力の分解性』と呼ばれる性質だ。人間にとって、物質にとって『負の性質』そのものであり、『触れた対象を魔力へと分解』して元のあるべき姿──魔力へと戻してしまうのだ。

 

「ぐっ……!? ふざけろ、何だこの威力っ!!」

 

 ゴーレムはそれを魔法として昇華させ、魔力の分解性はそのままに、そこに衝撃属性を比率半々になるよう付与させ、奔流として放ってきたのだ。今展開している防御魔法には、魔力の分解性への耐性に絞って付与している。だから、必然としてその他属性の攻撃には弱くなってしまう。

 

 パリッ、パリパリンッ!! 

 

 まずい、破壊される。未だ奔流は収まる気配はない。魔力を放つってことは、それだけ無駄が多い攻撃になりがちなんだ。効率悪い攻撃だって言うのに、何でこんな長く放ってられんだよ!! 

 

「エレノア殿、その力借りるぞ!!」

 

 バンッ!! 

 

 後ろから銃声が聞こえる。恐らくマイケルがエレノアの遺品だろう小銃を持っていたのか、それを異形目掛け引き金を引いた。

 

 一瞬奔流の力が緩まる。ヒットして怯んだのだ。この光量の中、そして距離もあるというのに命中させれるのか。

 

 当てられはしたがしかし、エレノアが持っている小銃では威力が足りず、食い止めるには力不足だろう。

 

「マイケル、私の手榴弾を使って!」

 

「よしきた、任せておけッ!!」

 

 マイケルが私のコートを弄って手榴弾を手に取る。続けざまにマイケルが小銃を放ちながら、片手で手榴弾のピンを抜いて振りかぶる。そうして耐え続けて数秒後、無事爆発したのか突然奔流が途絶えて視界が一気にクリアになる。よし、防御魔法は最後まで保ってくれた。……守れた。

 

「なんだよ……これ。はは……ふざけてやがる」

 

 防御魔法を消失させる。もちろん灰狼は消え去っていたが、そんなことを気に留める余地はない。眼前に広がる光景は数秒前とは似ても似つかない。縦横に四角く広がっていた通路が魔力の奔流が通ったあとに沿って綺麗な筒状になり、さらに広い空間へと変貌していた。唯一私達が居る足場だけがその影響を免れていて、まるで丘のような高低差ができていた。それが逆に先程の魔法の恐ろしさを物語っていた。

 

「ボ、ボマー。お前……やれるか?」

 

「…………無理だ」

 

 実際目にするのは初めてだが、その強さは貴族街にいるときに噂で耳にしていたからだ。けれど、私は今少しだけ嘘を吐いた。

 

 コートに仕舞ってある護身用の短剣に触れる。こいつを『ここ』に使えば、この窮地を脱することはできる。

 

 だが、これは今使うべきなのか? 自分に問いかける。

 

 ──本当ならば来る貴族街に侵入後に備えたい。だがこうなった以上作戦は続行できるとも思えない。ならもう『これ』の使い道はない。しかし、今から逃げるにしてもゴーレムに退路を塞がれているため、どのみち貴族街方面に行くしかない。

 

 私の残存魔力は残り3割を切った。逃げるにしても私だけなら可能だ。それ故そんな真似をすることはできない。この作戦の片棒を担っているのは私だ。なら最後までやり遂げる責任がある。義務がある。

 

 それに今ここから逃げたら、過去に『もう逃げない』と選択した自分を裏切ることになる。そして、それ以上のなにかを失うことになる。

 

 なら、否定する……使用を拒む材料はない。今、これを使うとき──。

 

「テレジー、待ってくれ」

 

 短剣に手を掛け、切り札の準備をしようとしたところでマイケルに肩を掴まれ、動いていた手を止めて彼の方を見る。

 

「それはテレジーの最後の手段なんだろ? ならまだ使うときじゃない」

 

「そんなわけにいかない。今使わなきゃ、ここで死ぬだけよ」

 

「大丈夫だ……ここは俺に任せて先に行けッ!!」

 

 そう言うや否やマイケルはゴーレムへと猛然と走っていく。

 

「っ、マイケル!? ちょっと!!」

 

「ボマー!」

 

 既に数歩先を進んでいたマイケルを止めようと足を踏み出すも、ガイに腕を掴まれでそれを阻まれる。

 

「離してっ!!」

 

「分かってんだろ、今の状況!?」

 

「でも、行かなきゃマイケルが!」

 

「さっき言ったろ!? 『私より強い』って!」

 

 ああ、確かに言った。だから、この場で私が彼の下に駆け出すことは、彼に対する信頼の無さを表すことになる。でも、違う。そうじゃない。マイケルは強いし、陽気パワーを使えば例え攻撃タイプのゴーレムであっても倒すことはできるだろう。でももし陽気パワーがなくなったら? 今まで温存していたのは、枯渇寸前だったからじゃないのか? でも、さっきの高威力の魔法を放てるならそうじゃない可能性もあるのか? マイケルは戦闘経験もありそうで陽気パワーがなくとも強いだろうが、それだけで倒せる相手でもない。だから、だから……! 

 

 違う、違う! そうじゃない。結局それはただの粗探し。私は彼のもとへ駆けつけたい理由を探しているだけ。理屈ではなく感情論だ。そんなくだらない論争でどうにかなる話じゃないことに気がついた。違う。いい加減不毛な考察はよそう。私は……私は、ただ心配なだけだ。この戦いで彼がどうにかなってしまう可能性が少しでもあるのが、どうしょうもなく怖い……のかもしれない。

 

 僅かに震える体を抑えるようにして腕を組む。ほんと、弱い。私は自分のことでなく、他人の死を想像して震えるか弱い少女だったか。

 

 恐る恐る前を向くと、マイケルが攻撃タイプへと近づいていくのが見えた。そして立ち止まって深呼吸を挟んだかと思うと──マイケルが捉えるのもやっとの速さでゴーレムに対して拳を振るった。

 

 音を──置き去りにしながら。

 

 スパァァァンッ!!!! 

 

「ふんっ!!」

 

 マイケルの音速の正拳突きを受けたゴーレム。だがゴーレムは装着しているゴーグルのお陰か、左腕で咄嗟にガードを仕込んでいた。その代償は大きく左腕は肩まで大きく損傷し、ひと目で使い物にならないことがわかるほど醜く破壊されていた。

 

「テレジーの敵は俺が倒す。だから、俺に背中を預けてくれ」

 

「マイ、ケル……」

 

 ゴーレムの左腕は再生しようとしているのか、内側から蠢いてもとの造形へと変貌していく。しかし、あまりにも原型をとどめていなかったせいか、先程とは違う形になっている気が──。

 

 ──再びマイケルは姿を消す。さっきまでは追えていた動きが、今度は姿が見えなくなる程の速さで、音を置き去りに拳を振り抜いた。

 

 バァァアアンッ!!!! 

 

「おらッ!!」

 

 今度ばかりはさしものゴーレムもガードが間に合わない。マイケルが狙った通り左腕へと拳が吸い込まれ、完全に破壊し尽くした。

 

「はっ、何だよ……俺の周り、化け物しかいねぇじゃねぇか」

 

 ああ、やっぱり強いな……マイケルは。出会ったときからそう。彼の戦い。そして彼のそばにいることそれ自体。その全てが私を受け止めてくれるような、そんな安心感を、与えてくれる。

 

 だからこそ、今は……いやこれからも。マイケルに頼り切りにならないように、進む。誰かに頼ることは、自分を弱くするということ。弱い自分を肯定しないために、私は私の戦いに赴く。……そのことが分かっただけで、十分な収穫だ。

 

「行くぞ、ボマー」

 

 ガイの言葉に首肯で応じる。治癒魔法で止血を行って、だが足だけは完治させておく。ふわっと温かな翠光が足を包み込んで、鈍痛が消えていくのを感じる。ついでに全身の返り血もある程度落としておく。気持ち悪さを抱えたままなのは耐えられない。

 

 これで残りの魔力は1割程度となった。戦う手段が狭まっていく。たがそれがどうした。体が動くなら戦い用はある。私お得意の節約魔法術を舐めるなよ? 

 

 ふと今までの流れへの疑問に焦点が向く。ここまでやられれば流石に気付く。狙いすましたかのような灰狼による襲撃。そして攻撃タイプゴーレムの到来。間違いなく私達を殺しに来ている。この襲撃計画を企てた人物の意図は相変わらず不明だが、明確な殺意をもって張られた罠が何よりの証明だ。

 

 黒幕の正体。心当たりは……無いわけではない。だが誰であってもやることは同じであるだけ。確定させる必要はあまりない。

 

 ……他の仲間を巻き添えにしてでも、成し遂げたい何かがあるのか。それは私の殺害か、それとも他の事か。

 

 だが流石に奴単体でここまでできるとも思えない。だとすれば、穏健派への被害を1番に喜びそうな連中と手を組めばいい。ただ連中も善意で手伝うことはないだろう。そんなときは例えばそう、穏健派の備蓄食料や、武器の入手経路を提供すれば、喜んで協力してくれることだろう。だから……今回の作戦の内容について、事前に話を通しておけば、ある程度の融通をしてくれるだろう。

 

 1つ分からないことがあるとすれば、どのようにして灰狼をこの場におびき寄せたのか……という点のみだ。これ以上は後にしておく。……直接聞けば済む話だ。

 

 私達はその場を後にした。背中越しに伝わる、頼もしくもある、拳がぶつかる音とその衝撃をひしひしと感じながら。そして、前方からやってくる濃密な殺気を浴びながら。

 




最近、タグ詐欺してるんじゃないかと怯えてます。ギャグシーンゼロはまずくない?


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第三十二話 約束したはずの二人さえ

 

「……すまない、ちょっと休憩させてくれ」

 

 ガイは大きく息を吐いて壁にもたれ掛かり、倒れるように座り込む。顔色は見るからに悪く、呼吸も荒い。さっきから足に力が入っていないのかふらふらとしていて、歩みも遅かった。慣れない激戦に続いて攻撃タイプゴーレムの襲来だ。気負いしないほうが無理というものだ。私が少し異常なのかもな。

 

「構わない。だがあまり時間は取れないぞ」

 

「分かってる……少しだけだ」

 

 ガイが大きくため息を吐く。私は彼に背を向けて水路に移動し、背中から大鎌を抜いてその刀身を見つめる。

 

「ボマー……祝勝会のとき、エレノアと話してたよな。なんの話、してたんだ?」

 

 片膝を立てて楽な姿勢をとったガイは、気を紛らわせるためか雑談を持ちかけてくる。

 

「大したことじゃないぞ」

 

「いいんだそれでも……話してくれないか」

 

「……リンウェルの悪口と、あと私の過去について会話した」

 

「リンウェルか……あいつは一癖あるからな」

 

 そう言うと、ガイは口元に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「身綺麗な女は目をつけられるし、下手にあいつと言葉を交わしたらグチグチ言われて面倒だしな……。まぁでもエレノアはそんなこと気して無さそうだったな……」

 

 水路に映り込む自分の顔を見つめる。血塗れで小汚い顔だ。両手で掬って顔にばしゃばしゃと水をつけ、血を洗い流す。これを誰かが口にすることがあるのだろうか。そう思うとなんだか申し訳ないな……。

 

「あいつはさ、いつも傍若無人な態度を取ってたけど……本当は気遣い上手のいい女なんだよ。多分男嫌いなのか、俺には冷たかったけどな……」

 

「昔になにかあったのか?」

 

「俺が魔獣に殺されそうになったとき、あいつはすぐに駆けつけて助けてもらったこともある。……出会って間もない頃だぜ? それにあのときはあいつと仲悪かったってのに。お人好し、としか考えられないだろ」

 

「そんなことが……」

 

「それだけじゃねえぜ。お前がここに来たとき、あいつお前を敵視するようなこと言ってたろ。『裸になれ』みたいな。あの場でお前の仲間入りを反対してたのは俺だけだった。だから、エレノアは俺に気を遣ってそういう風に言ったんだと思ってる」

 

「そんなこともあったな……」

 

 大鎌に付着した血を洗い流していく。水では流せない油汚れは持ち合わせの布で適当に拭っておく。

 

「口も性格も悪いが……頭が回って、人をよく見てる。優しくて……いい女だった」

 

「……そうだな」

 

 手持ちの爆弾は閃光炸裂弾が1個と手榴弾が1個。その他武器には異常が見られない。戦闘は可能だ。しかし、魔力量は残り1割程度十分とは言えない。それに、噛みつかれた左腕と右肩がズキズキと痛む。包帯は巻いて応急処置はしているが、どうせこれから激しく動かすから傷口が開くことが容易に想像できる。治ることはないだろう。

 

「もう十分だ。待たせたな」

 

「気にするな……休めるときは、休んでおいた方がいい」

 

 なぜ私が今更になって己の現状を見直しているのか。単純にこれからの成り行きに備えて、というのもあるが少し違う。

 

 ガイの告白に、なんて反応を返せばいいのか……分からなかったからだ。

 

「ボマー……お前は強いな」

 

「私は……そう在りたいとは思ってるよ」

 

 誰しもが強く在れるわけではない。私もそうだし、ガイだってそう。エレノアの死が、彼の心に押しかかった呵責。その結果、彼の本心に似た何かが露呈したとしても、おかしくはない……と思う。

 

 ……これ以上マイケルが稼いでいる時間を無駄にはできない。

 

「これ、お前が持っててくれないか」

 

 そう言ってガイは腰につけたポーチを探ると、中から白い封筒を取り出した。もちろん中身は、この作戦の最重要物たる書簡だ。

 

 何も言わず私はそれを受け取る。書簡を大事にコート内にしまうと、私達はそれ以上は何も語らず前に進み出す。

 

「なんかあったときは頼むぜ。ちゃんと届けてくれよな……テレジー」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 地下水路からなる、貴族街ヘ侵入口。その手前に広がる、広大な地下空間への侵入を阻む大扉の前へと私達はたどり着いた。

 

 私達は大扉を体全体を押し付けるように開いていく。物々しい音を立てながら大扉は開いていき、そしてこの地下水路の合流地点たる広いホールへと足を踏み入れた。相変わらず壁に掛けられた魔力供給型の灯火が、空間全体を怪しく光らせている不気味な空間だ。

 

 私を先頭に、ガイを後方に私達はゆっくりと進んでいく。そして中央付近に差し掛かったとき、正面の貴族外へと続く大扉の前に佇む人物へと焦点が当たる。

 

「遅かったな、テレジー」

 

「っ……クロード」

 

 やはりというべきか、当然のように、そこには全身を包み込む幅広いマントを纏い、伸びた黒髪を後ろで結った黒目の男。革命派のリーダー、クロードが壁にもたれ掛かって腕を組んでいた。

 

「てめぇがクロードか……!」

 

 目にかかる程度の黒髪を左右に手を振って分けると、クロードはこちらを上から下へ睥睨する。

 

「死んだのは2人か。それも残ったのは知らん男の方とは。何が起こるか分からない人生というものは少々不愉快だ……そう思わんか?」

 

「どうでもいい。……お前たちがしたこと、高く付くぞ」

 

「ほう、なら一体どうする?」

 

 決まっている。私は背中にある大鎌に手を伸ばし、腰だめに構える。ガイは大剣を低く構えると、いつでも踏み込めるよう姿勢を低くした。

 

「分かりきったことを……!」

 

「この私に盾突こうというのか? 私の過去は知っているだろうに」

 

 クロードは依然として強気な態度を崩す様子は見られない。それもそのはず。奴はこの国が正常に機能していた──灰の嵐が発生する前。今は廃れた嘗てのアスキア帝国軍。数いる将校の中でも指折りの実力者であり、普段はマントで隠された軍服には、若くして得た多くの勲章がぶら下げてある。奴のその剣筋は40を過ぎた今も衰えることなく、遺憾なく発揮されるだろう。

 

「はっ、何だその無様な構えは。無理をして立っているのが丸わかりだ。よくもまぁ恥ずかしげもなく吠えたものだ」

 

「実力差があろうとも関係ない。お前を殺すのには十分だ……!」

 

「私が用意した刺客と随分お楽しみ頂けたようだ。今のお前には碌な魔法すら扱うこともできないだろう?」

 

 口を醜く歪めさせると、心底愉快そうに笑みをこぼす。その不愉快極まる様に吐き気を催す。

 

「今回だけではないだろ……あのときの熊型の魔獣。あれもお前の仕業か」

 

「──ああ、その通りだとも」

 

「てめぇ、このクソ野郎! あの魔獣のせいでどれだけの人が死んだと思ってんだっ!!」

 

 不敵に笑って余裕を見せ、こちらを挑発してくるクロードに乗せられ、ガイは激昂した様子で口汚く詰る。

 

「あれは魔獣を用いた実験の1つだ。本来は貴族街へ仕向ける予定だったが、実験の間もない頃で奴らの扱いに手間取った……」

 

「そんなことはどうでもいい。あの魔獣はどこから来た? そして、お前たち革命派はどうやって使役している? ……何が目的だ!!」

 

「ふっ、そう焦るな若人。1つ目の答えは簡単だよ、灰の嵐さ」

 

 灰の嵐だと、それが一体何になるというんだ。クロードの答えにピンと来ず、却って疑問は深まるばかり。頭を捻らせる私に満足したのか、クロードは調子よく語りだす。

 

「灰の嵐の正体。それは魔力と似て異なる性質を持ったエネルギー体によって構成されている。渦巻く灰色の物質は人を切り裂くように『分解』し、その灰色のエネルギー体に吸収しているのだ」

 

「それが何だってんだ……!」

 

「……灰の嵐はジンによって生み出されたのは既知の通り。灰の嵐とは詰まるところジンが魔力を吸収するために作り出した、言わば『魔力回収装置』だ。そして魔力を効率よく吸収するため、魔力を多く持つ存在へと襲撃し、魔力へと分解するための駒……それが魔獣だ」

 

 クロードの荒唐無稽に思えるその言葉は、すんなりと私の中で融解していく。クロードの言を仮説とする場合、いくつか新たな疑問が生じる……が、一旦それは後で考えるとしよう。

 

「お前たちは……魔力石を使って魔獣をここまで誘導したのか?」

 

 魔力石。名前の通り、魔力吸収率の高い特定の鉱石に魔力を込めた石のことだ。とはいえ魔力石にも種類があり、単純に魔力だけを蓄積させたものや、魔術を仕込めるもの。魔力以外のものを封じることができるものなど、様々だ。何やらその鉱石に含まれる物質の純度によって使用用途が変わるらしいが、それ以上はよく分からない。

 

「2つ目の答えがこれだ──」

 

 懐を弄り、クロードは手元に手のひらサイズの丸い水晶のような魔力石を取り出す。魔力石は鮮やかな緑光に溢れ、その中に大量の魔力が保存されていることがわかる。あの時クロードが見せてきた魔法石と同じだ。

 

「この石はかつてこの国で鉱夫たちが血と汗を流し、文字通り命がけで採掘した鉱物資源だ。軍が所持していた、だが今はその大半が貴族に簒奪された……その生き残りの一つだよ」

 

 大事そうに水晶を抱えると、クロードは言葉尻を強くしながら更に続ける。

 

「貴族は理不尽だ。この国が繁栄し時の王者となった礎は、あの忌々しいくも雄々しい鉱山だ。今は亡き鉱夫たちにこそ貴族の誉れがあって然るべきだ。だが、今の貴族共は20年前から城に引きこもってばかりの、脳までカビまみれのクソッタレ共だ! 私たちアスキアの民を見捨てたクズどもの脳天に、正義の鉄槌を下すのだ……!」

 

「っ……!」

 

 平時の彼とはかけ離れた、憤怒に身を焦がすクロードの覇気に私は怖じけ、緩んだ大鎌を握る手を再度掴み直す。

 

「……3つ目の答えだったな。簡単だ、お前たち貴族共を魔力へ変換して魔力石に封じ込める。そして灰の嵐を消し去り、この国を復興させることだ。ジンはある一定の魔力量が供給されればこの国から手を引くと予想されている。だから、今度はお前たち貴族が我らの礎になれ」

 

 荒唐無稽だ。砂嵐のようにざらついている思考の中、私はそう感じた。例え今この国から貴族が去り、灰の嵐が消滅したところで、この国は何も変わらない。それどころか、目の敵である貴族を失えば、貧民はその怒りを何処にぶつけようというのか。人は愚かで、常に『仮想敵』でも用意しなければ団結することはできない。現実的な思考を持つクロードが、その結論に至らないはずがない。

 

 確かにこの国の惨状を招いたのはアフマド帝国だ。しかし、その現状を知る貧民の殆どは、強制労働によってその命を呆気なく散らしていることだろう。数少ない生き残りのクロードがむしろ珍しいくらい。大抵の人間は30を越えた辺りで死ぬ。今生き残ってるものでも、20年前ともなればものの通りも弁えぬ小童だ。アフマド帝国に対する敵愾心なぞ持ち合わせていないだろう。

 

「簡単、か……私はそう思わない。それにクロード。お前が今手に持っているその魔力石。悪いことは言わない、今すぐ手元から捨てろ……魔力が持たないものがどうなるか、分かっているのか」

 

「ふっ、知っているさ。だが問題はない。この魔力が満ちるとき、それは私の計画が成就したときだ」

 

 クロードは再び懐に魔力石を入れると、腰に帯びている鞘から剣をおもむろに抜刀。その剣は嘗てのアスキア帝国軍の一般的に普及していた片手剣、それよりも上等な将校が持つ片手剣だ。だが元々使われていたのか、経年劣化か柄や鞘に汚れや傷が目立つ。しかしその分刀身の銀光が際立って、その愛玩工合が見て取れる。

 

「魔力がないといったな。それは些か語弊を生む言い方だ。アスキアの民……ああ、済まない。お前らで言うところの『貧民』だったか? 不愉快な呼び名だ。言葉というのは発現者本人がどう思おうと、言葉が持つ力に侵食され新たな解釈を生む。他の誰でもないお前たち『貴族』が、率先して俺たちを差別し20年もの間甘い蜜を吸い続けた証拠だ」

 

「…………」

 

「20年前……貴族が引きこもる前だ。アスキアの民は全て、ローレンスとかいう男の指示の下とある検査を受けた。そして数日後、数は少ないが民の幾人かは街の魔法師の名家とともに勅令を受け、マグナ・アスキア城に消えていった。……俺は検査には受からず、私の妻とまだ幼かった娘が城に連れて行かれた」

 

 地上であれば常に薄暗くとも眩しく輝くだろうが、暗闇ゆえ鈍く光る刀身を眺めるクロードは、尚もぽつぽつと語り続ける。反射して映る自らの顔は、何を示しているのか。

 

「私は、私から大事なものを奪ったお前たちを許さない。その報いを、悲しみを、怒りを……まずはテレジー。貴様から味わってもらおう……!」

 

「全てがくだらない妄想話だ。過去に囚われて大事な今を見失っている哀れな道化に、掛けてやる言葉なんてありはしない。お前の企みは叶わない。……お前ではこの国を救えない」

 

 クロードに敢えて挑発的な言葉をぶつける。それは言葉通りの挑発でもあるし、何より自らへの鼓舞である。私が、私のしたいことを叶えるために、夢を叶えるために。お前の望みを叩き斬る……! 

 

「──お喋りが過ぎた……くっくっくっ、失念していたよ。俺も歳だからな、気を抜くとすぐに喋りすぎてしまう」

 

 クロードが私達を見据える。いや、違う私だ。そこにガイは含まれていない。もっと言えば私の後ろ。私達ですらない何かをその虚ろな目に映した。

 

「さぁ、始めようか──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──やれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズドンッ。

 

 

 視界の横から突如として刃が潰された、肉厚の特大剣が飛び出してくる。それに伴って私の前方に首があらぬ方向に曲がり、その命を儚く散らしたガイが飛んでいくのが映り込む。

 

「え……?」

 

 人が、また死んだ……何より今度は、見覚えのある武器によって殺された。

 

 ブンッ!! 

 

「くっ……!!」

 

 感傷に浸っている暇はない! 大鎌を横で構えて、続けざまに飛来する特大剣によるフルスイングを咄嗟に受け止める──受け止めてしまう。

 

「がっ!?!?」

 

 私の細腕、それも身体強化もされていない状態で、しかも不意打ちで人一人簡単に殺せるような、そんな特大剣による一振りを受けたらどうなるかは明白だ。

 

 ──子どもの頃、中庭で見つけた軽石で壁に落書きをしたり、投げつけて遊んでいたのを思い出す。貴族街の中庭にある砂利は全てこの国のものではなく、装飾のためにわざわざ他国から輸入し、それを敷き詰めたものだ。他の砂利と同じ大きさなのに重さが違う軽石を見つけたとき、なんだか不思議とワクワクした気持ちになってよく集めていたりもしたものだ──。

 

 そんな投げられた軽石のように、面白いくらいに私は地面を激しくバウンドしていた。

 

「──がはっ!? ごほっ、ごほっ……っ、かっ、あっ!?」

 

 勢いそのまま壁に背中から激突。広いホール内の中央から最端までふっ飛ばされた。40mくらいは飛んだだろうか。全身は隈なく打撲を重ね、頭はぐわんぐわんと視界が揺れて首の位置が定まらない。受け身を取ったとはいえ、腕や足、肋骨や鼻、その他の骨も何本か折れている気がする。最早どこが折れているのか、傷ができたのか分からないくらい痛い。

 

「か、かはっ……っなお、さな……きゃ……!」

 

 呼吸がまともにできない。視界がぐらぐら揺れて気持ち悪い。マインドダウンぎりぎりのラインで魔力を使って肋骨と足と腕などの骨折を治す。肋骨は完治したが、その他の部分は魔力が足りず罅が残る程度だろうか。それでも何もしないよりかはマシなはずだ。

 

「…………」

 

 まるで産まれたての子鹿のように震える自分の足に思わず嘲笑ってしまう。痛み続ける足を無視して私は気力だけで立ち上がると、刃が潰れた特大剣の主を睨みつける。

 

「オー……フィアぁああああっ!!!!」

 

 黒い棺のような盾に、同じく黒い肉厚で所持者の身長を超える特大剣。黒のワンピースにを見を包んだ華蓮で華奢で、時折突飛な発言が目立つ女の子。そして、私を……『友達』と言ってくれた、女の子。

 

「これ、上で手に入れたものです」

 

 クロードの側に移動していたオーフィアはそう言うと、棺をひっくり返して地面に何かを落とす。オーフィアが捨てるように棺から吐き出したものは、地上で彼女と囮部隊を担っているはずの大勢の穏健派の人たちの首だ。棺の中に雑に詰め込まれたのか、皆一様にその顔を血化粧で彩られいる。

 

「──確認した。次の命令だ。オーフィア、そいつを無力化しろ。無理なら殺せ」

 

「……分かりました」

 

 クロードの命に従い、オーフィアは真っ直ぐこちらに正対し、盾を正面に構える。

 

「何で、オーフィアがっ!! ──っ、まさか……やっぱりあんたも」

 

 色々疑ってはいた。私の推察が正しければ、例えここまで大掛かりで、しかも用心深いクロードを出し抜いて奴自らの計画を遂行させることは不可能だ。だから、何かしら奴以外の……スパイが穏健派に潜んでいると思っていた。私の推理では、『ガリッパ』だ。……だった。しかしその推論はガリッパ自らの言で崩壊し、何もかも振り出しに戻ることとなった。

 

 盲点……とは言わない。確かに彼女は怪しく、端から疑ってはいた。しかし、革命派に属しているとなると少し違和感が生じたのだ。理由は、クロードの大の貴族嫌いが起因していた。例え有益な人物であっても、彼なら死んでも貴族の手など握らないと思っていた。その先入観が真実から遠ざけた。だから私はオーフィアを大人たちや、ローレンス先生が仕向けた諜報員か何かかと勘違いしたのだ。

 

 全てが遅い。初動が遅れた時点でこうなることは予想されていた。もっと早く黒幕の正体に気が付いていれば、こんなことにはならなかった。全ては、私のせいだ。

 

 なんで、こんなことに。

 

 幸いにも手元に大鎌はある。だが震える手が力いっぱい武器を振らせてくれるような気がしない。肋骨を治したというのに、呼吸は未だ荒い。酸素が頭に回らない。思考が働かない。 

 

「さ、武器を構えて。テレジー……わたしは本気だよ」

 

「っ、オーフィアっ!!」

 

 オーフィアは腰を低めに構えると、私が返事を考える間もなくこちらへと突進してきた。

 

 ──最悪の展開になった。

 




コメディが書きてぇ。でもシリアスも書きてぇ……その一心で始めた今作ですが、シリアス一辺倒なのはなぜでしょう。

※私が悪いです。そろそろプロット書け。


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第三十三話 前を見て、夢が満て

 

 即死。それはまさに今振るわれた特大剣の攻撃に相応しい言葉だ。

 

 剣が振るわれたとは思えない轟音を響かせ、私の頭上を掠める刃が潰れた肉厚の特大剣。しゃがんで避ける。続いて黒棺のバッシュ。直前まで屈んでいたため、交わしそこねて僅かによろける。たたらを踏んだ隙に特大剣による刺突が腹にもろに直撃。

 

「ぐっ!?」

 

 あまり力が籠もっていなかったのか、数メートル程だけ飛ばされるにとどまる。それでも腹に受けた衝撃は凄まじく、脳内は苛み続ける痛みによって塗りつぶされる。

 

「ふんっ!」

 

「っ! うっ、あぁ!!」

 

 オーフィアは前に勢いよく踏み切り、上段に構えた特大剣を振り下ろす。呆けた頭ながらその様に、道端で潰れたネズミがフラッシュバック。すぐさま回避行動に移る。

 

 私の回避先に置くように横振りされた特大剣の攻撃を、屈みつつ大鎌で受け流す。間髪入れず帰ってきた追撃の特大剣を、バックステップを踏んで範囲から避けようとするも、僅かに間に合わず腹を掠めた。

 

「ぎっ……がぁ!?」

 

 痛い、痛い痛い!! 腹が焼けるように熱い! 

 

 黒コートは度重なる衝撃によって草臥れ、今の攻撃によってそのほとんどは千切れその体を成していない。掠めただけでこの威力……ふざけている。何を考えてるんだ、こいつは……! 

 

「ま、待って。オーフィア!」

 

「待たない」

 

 オーフィアは左手を上に掲げると、彼女の周りに炎弾が発生。炎弾の数が5を越えたあたりでオーフィアは腕を振り下ろし、それを皮切りに炎弾は私目掛け豪速球に飛来する! 

 

「くっ……!!」

 

 1発目はステップで左へ避ける。誘導性はないらしく、真っ直ぐと地面へと飛んでいった。2発目と3発目はほぼ同時に訪れ、それを察知した私は全力で右へとダイブ。転がって何とか受け身を取ると、続けざまに迫る4発目を前に、だが若干横にそれるように体を捻りつつステップで避ける。5発目は回避が間に合わないと判断し、大鎌の幅広い刃の部分でガードする。

 

 バァアアンッ!!!! 

 

 大鎌から伝わる炎弾の圧倒的な質量が伴った衝撃を、何とか受け止める。数歩後ろに後退することを余儀なくされ、僅かによろける。その力は生半可なものではなく、私の両手は衝撃によって痺れてしまう。

 

「甘いよ」

 

 爆音によって耳が麻痺し、爆発によって目が焼けて正面がよく見えない。だが、僅かだが魔力の存在を感知し、左へとダッシュする。恐らく魔力の構造から見てさっきと同じ炎弾だ。全力で走れば当たらないはずだ──。

 

「え──あ、ああああああ!!!!」

 

 避けたと思った炎弾が横っ腹に命中。爆発によって吹き飛ばされた私は、身を焦がしている炎に苛まれる。

 

「熱い、熱い熱い熱い熱い!!」

 

 肌が肉とともに吹き飛び、内部から滲み出た血が焼ける匂いが鼻孔に突き刺さる。いつか焼き殺した、灰の病に罹った母親と娘は、この痛みの中死んでいったのか。そしてなにより、この匂いが自分から発せられている事実が、何より恐ろしい。

 

 水……水だ! でも今の私には水すら出せない。いや違う。ここは水路が合流する地点だ、水ならある! 

 

 激しく揺れ動く視界の中、必死の思いで見つけた水路。案外直ぐ側にあり、私は迷うことなく飛び込む。

 

 焼けただれた皮膚に、肉によく冷えた水が染みる。水が傷口に触れたことによる痛みはあるのだろう。しかしそれ以上に焼かれた箇所による、未だ熱せられた鉄板が押し付けられているような熱さが消えてくれない。

 

 いつもなら戦闘に支障をきたす攻撃を受けたときは、すぐさま、それが応急措置であっても治癒する。だが、今の魔力量ではそれすらできない。精々できるのは、身体強化の魔法。私お得意の節約術を使えばほんの少しだけ余裕があるのだが……オーフィアの攻撃を受けた場合のことを考えると、出し惜しみをすることができない。現に攻撃を掠めただけで大ダメージだ。もし節約術を使っていたら1も2もなく死んでいるだろう。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。いっ、だ、あぁ……!」

 

 岸辺を掴んで体を水面から這い出るように脱出。体に力が入らず、転がって移動するのがやっとだ。仰向けになって息を整えようとするも、息を吸い込んだ拍子に抉れた傷が急激に痛みを訴える。

 

「何、してるの…………」

 

「……っ!?」

 

 死の気配。殺気と呼ばれるものを今まさに私は感じ取る。

 

「……う、があああ、ああ!!」

 

 魔力の出力を上げる。ともすればマインドダウンだが今は気にしない。時間加速魔法の発生を確認。これなら素早く動ける……! 

 

 手足の4本を獣のように器用に使ってその場から緊急離脱。直後、特大剣の攻撃とは思えない爆発に似た斬撃が、私の元いた場所で起こる。

 

 だが気力が持ったのはそこまでで、手足の感覚が消え失せた私は顔面から地面と激突する。勢いだけは初速で付いていたのが災いし、何度も体をぶつけることになる。

 

「はぁ……はぁ……!! うっ、がはっ、ごほっ!!」

 

 やはり、どれだけ発動時間を短くしても反動はやってくる。はは……まったく欠陥技だな。もう2度と使わない。お陰で全身が悲鳴を上げてるように痛みを訴えている。外部の火傷や裂傷、打撲のなどはもちろん、内蔵もズキズキ痛む。どこがやられているかなんて分かりゃしないが、今すぐ治療しなければ後先短い人生を歩むことになりそうな、そんな損傷具合だろうことは想像に難くない。……それは、この場から逃げ遂せた場合の話だが。

 

 大鎌を杖に震える足を無視し力を込める。何度か失敗を重ねつつも、私はやっとの思いで2本足で立つことに成功する。腹は高熱によって瞬時に止血され、その他ダメージも打撃によるものだったから、幸い血は出ていない。言ってしまえばそれだけで、体力、精神力、気力、元気その他諸々底を尽きそうで、なぜ未だ立ち上がれているのか不思議でならない。

 

「…………」

 

「オー、フィ、ア……なんでこんなことを…………!」

 

「……わたしのすべきことを、しているだけ」

 

 ゆっくりとこちらに歩いてくるオーフィアに、私は大鎌による袈裟斬りをお見舞いする。だが、当然力の籠もっていない斬撃なぞ児戯同然で、あっけなく棺によって弾かれる。思わぬ威力のパリィに私の手を離れた大鎌は、どこか遠くへと飛んでいってしまう。

 

 支えでもあった大鎌を失い、私は膝から崩れそうになる。何とか顔面からの着地は避けたいがため、受け身を取ろうと両手を伸ばす。しかし、地面へと激突する前にオーフィアの特大剣が腹にクリーンヒットした。

 

「がぁあ、あああああ!?!?!?」

 

 不自然なまでに私の体は吹き飛びはしなかった。背中に硬い壁のようなものを感じた。恐らくオーフィアが私を吹き飛ばさないよう、体を固定するための何かを講じたのだろう。特大剣で叩き潰された内蔵が摺り潰されるような痛みが襲う。

 

「あ、あぁ……ああっ!! いたぃ、いだ、い……いだ……い!!」

 

 あまりの痛さに私はその場に崩れ落ち、ただただ蹲ることしかできない。

 

「ねぇ……」

 

「がぁ、ああ……!」

 

 オーフィアはその凄まじい力を持って私の髪を鷲掴みにすると、オーフィアの目線まで持ち上げられ正面から彼女を見据える。

 

「何してるの……?」

 

 痛みで目が開けにくい。痛みで涙が出そうになる。だが、今だけはオーフィアを見なくてはならない。そんな気がして、私は必死に瞼を開けて彼女の視線に答える。

 

「──っ!?」

 

 その目は、まるで鬼のようでいてだが人間味を持ち合わせた、この世のものとは思えない闇より深い闇をたたえた、黒い瞳が私を睨みつけていた。

 

「さっきからやられてばかり……何で本気出さないの?」

 

「そ……れ、は…………」

 

 煮えきらない態度の私に腹を立てたのか、オーフィアは空いた方の手で手刀を作ると──。

 

 ズプッ。

 

 手刀が勢いよく私の横っ腹、醜く吹き飛ばされた傷口から体内へと侵入した。

 

「ああ! がぁああああああ!!??」

 

 握ったり、奥に差し込んだり、捻ったり摘んだりと子供の遊んでいるかのように傷口を広げていく。抵抗して手足をオーフィアにぶつけるも岩のようにびくともしないオーフィアは、ひたすらにその手を奥へ奥へと差し込んでいく。

 

「やめ、てぇえ!! が、ぎぃ……ぐぁぁあああ!?」

 

「何で本気出さないのって聞いてる」

 

「答えるっ!! 答える、からぁああああ!!!!」

 

「このままで答えて。早くしないともっと痛くする」

 

「オ、オーフィ、アをぉおお……が、ぁああああ!! 傷つけ、ぇえ……たく、ないぃい!!」

 

「……あっそ」

 

 オーフィアは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、腹を弄っていた手でナカの何かを掴むと、勢いよく引き抜いた。

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

 

「わたしはこんなにテレジーを傷つけてるのに……まだそんなこと言えるんだ」

 

「いっ、ぎぃあ……がぁあ、おっ、ふぃあ……」

 

 オーフィアは雑に私を地面へと投げる。頭から硬い床に激突し、地面へと突っ伏す私にナカから引き抜いた何かを目前に投げつける。

 

「まだ、嫌いになれなさそう?」

 

「……きら、い…………?」

 

 硬い床が私の胎内からどんどん出てくる血液に侵されていく。酷い出血量だ……痛みも薄れてきて、意識も揺らいでいる気がする。なんだか肌寒くもなってきた……。大量出血による症状とマインドダウンが併発してる。きっとこのまま、死ぬんだろうな。

 

「わたし不器用だから……テレジーを虐めれば、テレジーはわたしのこと嫌いになるかなって……本気、出せるようになった?」

 

 何を言っているのだろうか、この子は。嫌いとか、好きだとか、そういうことではない。嫌いになったからと言って、私はオーフィアに刃を向けることなんてしたくはない。本気を出すとか以前の問題だ。

 

 それにあんたが言ったんじゃないか。私を友達と呼んでくれるか──と。それに答えようと必死なだけなのに、それの何が悪いんだ。

 

「嫌い、に…………なるなんて……」

 

 ……いや、かつての私だったらどうだろうか。かつての誰とも関わりを持たなかった私であれば、恐らくオーフィアと刃を交え、いとも容易く彼女を傷付けていたことだろう。

 

 それができなくなったのは、人と関わる喜びを知った……思い出したと言っていい。1人でこの貧民街を生きた私は、誰の庇護を必要としなかった。媚びず、頼らず、関わらず、私は生き残ってきた。闘ってきた。……その日々を、生き方を、変えてしまったから。変えられてしまった。

 

『──もう逃げないと約束したからな』

 

 走馬灯だろうか。あの日、初対面にも関わらず助けてくれた彼の姿が思い浮かぶ。

 

『辛い思いを押し込めて。必死に、生きてるんだろ』

 

『あの言葉』を彼は有言実行していた。それから彼は私のために何もかも尽くしてくれた。きっと、これからもそうなのだろう。

 

『テレジーも、あるんだろ。──生き残ってやりたいこと』

 

 彼──マイケルは、私に権利を与えてくれた。私の、昔エリナと抱いた一つの大切な『夢』を思い出させてくれた。再び追いかける意味をくれた。

 

 夢。一度は忘れてしまったもの。しかし、それ故一度言葉にしてしまえば、その責任も含めて、今の脆弱な私には重くのしかかる重圧に成りかねないと思った。重荷がやがて望み全てを押し留め、私の中で腐敗していくのではないかと。だから、それを目の当たりにしないように、例え胸中であっても口にはしたくなかった。

 

 夢……。そう。夢だ。かつての私は夢に支配され、そして今の私をも支配した。心地よい支配だ。全能感にも似たこの力の源は何を隠そう夢だ。無限に湧き出る夢の力だ。

 

 あの日から全てが始まった。私と、エリナの物語。こんなところで終われない。道半ばどころではない場所で止まれない。夢破れて儚く消えゆく命なんて端からいらない! 

 

 重荷……十分じゃないか。武器は重さを増すほど取り回しが悪くなるが、その分威力が上がる。結構だ。扱い切れる器になればいい。使いこなせ。十数年生きてきたんだ、自分の使い方ば自分が1番分かっている。どうすれば私がオーフィアと相対するだけの『資格』を得ることができるのか。

 

 オーフィアは覚悟した。背後にあるクロードに唆されたのか、自らの意志なのかは分からないし、この際どうだっていい。私に嫌われるための覚悟を、その通過点を彼女はとうの昔に通り過ぎ、凶刃を振るうのだ。そう、確かに彼女は言ったのだ、『すべきことを、しているだけ』と。ならば、私も、私のすべきことを、成すべきことを成すのがオーフィアに報いる最後の手段だ。

 

 ……それでいいのよね、オーフィア? 

 

 拳を握りしめる。気力は満ちた。私は、叶える。マイケルが支えてくれた……それにも報いるために。エリナと一緒に夢を叶えるために。

 

「もういい。本気で来ないなら────殺すッ!!!!」

 

 棺を左手から外したオーフィアは、両手で頭上に特大剣を持ち上げると、全力で私へと振り下ろす────。

 

『一度しか言わないわよ──あたしの夢は──それはね……』

 

 死にたくない。──生きたい、って願う限り夢は終わらない。ならば、その命果てるまで挑み続けろ。その先の道で何が起ころうと、最後まで戦い抜け。

 

 それが、夢を叶えるということ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『2人で一緒に、このクソッタレな国を出て……幸せに暮らすことよ』

 

 

 

 

 

 ともすればありきたりで、つまらない夢。しかし、それは私にこの世で羽ばたくための大いなる力を与えた。

 

 ──私は奇跡を信じない。奇跡ではなく偶然を起こすのだ。だから私は魔法が好きなのだ──。

 

 護身用の短剣。否、『契約道具』を胸骨に突き刺す。いやそれも違う。正しくは胸の中心に埋め込まれた、魔術が書き込まれた『魔力石』に差し込み、契約道具が体内へ溶けていく。

 

 ガギィインンッ!!!! 

 

「っ!?」

 

 遠く離れて視界からも消えた大鎌を手元に『召喚』し、正面からオーフィアの特大剣を受け止める。

 

「な、に……それ!?」

 

 軽い。オーフィアの特大剣はこんなにも軽いのか。いや少し違うな。彼女の体から魔力をほとんど感じられない。身体強化もそこそこに、精々魔道具を動かす程度の魔力しか運用していない。戦う意志がない私に手加減をしていた、ということだろう。……彼女なりの優しさに今、気付くことができた。この力を使って良かった。

 

 暖簾を腕で押すようにオーフィアを弾き飛ばすと、中段蹴りを隙だらけの土手っ腹にお見舞いする。

 

「ぐっ…………!?」

 

 咄嗟に受け身と身体強化を行ったようだが無意味だ。足に僅かだがアンチマジックを付与することで、オーフィアが咄嗟に掛けた魔法を一時的に無効化した。だから彼女は生身で身体強化魔法を纏った全力の一撃を受けたことになる。さぞかし痛かろう。ともすれば内蔵を破壊しているかもしれない。

 

「……ふふ……や、やっ、ぱり……テレジーは、がっ……! つ、強い……!!」

 

 苦しそうに腹を抑え、咳込んで血を吹き出しながら、だがその実嬉しそうに口元を歪めるオーフィアは、自身に回復魔法を施す。

 

「素晴らしい……!! これが、稀代の天才と呼ばれた魔法師の真の姿っ!! この魔力量があれば、俺の計画は完成する!! オーフィア、そいつを殺してでも捕らえろっ!!」

 

 ……外野が何やら騒いでいるが、気にすることはない。今となってはどうでも良く、取るに足らない存在となった。あんなのいつでも殺せる。それよりも今は目の前の脅威に目を向けよう。力を解放した今でも、十分な脅威になり得る存在だ。

 

 溢れ出る魔力。2年ぶりに体感するその魔力量と、今まで眠っていた魔力感知能力による全能感。見えていないはずの場所、それだけではない……もっと遠くの風景ですら知覚しているかのような感覚。これが以前までは当たり前だったのだから、よほど贅沢な世界に暮らしていたのだな、私は。

 

「もったいぶらせてごめんなさい……貴方相手に本気を出さないのは失礼よね」

 

「いい……埋め合わせは、これから。……わたしを、まんぞくさせて?」

 

 既に体の治癒は終わっている。痛みどころか傷口一つなく、健康体そのものだ。疲労もある程度回復させ、気力も十分。戦う用意はできている。オーフィアも同じく己に回復魔法をかけ、治療を完了させている。とはいえ彼女は私とは違い彼女自身の魔力ではなく、外部の……魔力石による魔法だ。さっきまでは分からなかったが、今なら魔力の種類や出処まで知覚できる。なぜオーフィアが魔法を使えているのか、ようやく理解できた。

 

「当たり前よ。私を、誰だと思っているの?」

 

 大鎌を構える。釣られてオーフィアも棺を正面に、半身で特大剣を構える。先制はこちらがもらう。先程時間加速の魔法は二度と使わないといったが、あれは反故としよう。

 

 

 

 

 

 

「私、『天才』なのよ?」

 

 

 

 

 

 

 魔力を出し惜しむ必要のない、体への負荷を考える必要がない、全力の時間加速。思考速度が間に合っても体が間に合わない程の、光速を超える速度でオーフィアの背後に回り込んだ私は、そのがら空きの背中に大鎌による一撃をお見舞いする。

 

 ガギィインン!!!! 

 

 背後に回られることを読んでいたのか、特大剣を盾に構えて凶刃を防いでいた。だが、完全ではなく、大鎌の切っ先は彼女の左肩へと深く突き刺さっていた。

 

「ふふ、ふふふふふ……あはははははは!!!! すごい、すごいよっ! テレジー!!!!」

 

 狂喜。彼女の想像を超える私の一撃に、流れる血を気にした様子もなく、その言葉を体現するように狂い笑うオーフィア。その瞳には憤怒ではなく、子供のように無邪気で、だがどこか妖艶さを覚える炎が揺らめいていた。

 

 

 天才。その誉れ高くも忌々しい称号を冠する私は、その名の示す通り保有する魔力量が歴代の子どもたち、大人たちを含めて他の追随を許さないほど抜きん出ていた。

 

 契約に従い、そんな私がかつて所有していた『魔力』を含めた、現在エリナが所有している『全魔力』──私とエリナの魔力を得た今の私に、勝てる相手は居ない。

 



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第三十四話 ふたりの戦い

 

 彼女を止めるために全力を出す。それが今私がこの力を解放した理由だ。どんな手段であれ形振り構わない。全力を出すことで彼女への抑止力になるのなら、いくらでもこの体を差し出そう。そうまでしなければ彼女を止められないし、そうまでしなければ、なにか大切な物まで無くしてしまうような気がしたから。

 

 そうまでして、危険を冒してでもでも、私はオーフィアを止めたい。その理由を、この戦いの末に見つけたい。

 

 ……なんて、呑気なことだけ考えていられるなら、そうしたかったのだが。

 

 オーフィアが右足を僅かに地面から浮かし、逆足に重心を移動させた。その時、上げた右足へと魔力が集中していくのを感知した。危険を察知し、左肩へと刺した大鎌を抜くと素早く後方へと離脱する。

 

 直後、広いホール内を激しく揺らす衝撃波が襲う。余波が去った後、オーフィアが踏み抜いた地面を中心に大きなクレーターが出来上がった。万が一離脱が遅れてあの場に残っていたら、致命傷は避けられない。そして、今の彼女に致命的な隙を一瞬でも晒せば、私は即座に肉塊へと姿を変えるだろう。

 

「とんだ馬鹿力ね。脳筋なのもいい加減にしなさい!」

 

「ふふふ……知らないの? 筋肉は世界を救う! ちからいずぱわーっ!!」

 

 およそ10m。オーフィアはその距離を一瞬にして詰め、黒塗りの特大剣による横スイング。問題はない、時間加速で背後に回る。

 

「あははは、二度目は通じないよっ!!!!」

 

 再びオーフィアは地面を踏み抜いて衝撃波を発生させる。今度はチャージ時間が短い。先程と比べれば大した攻撃ではないな。使い分けはできるらしい……脳筋と侮ってはいられないか。

 

「その言葉そっくり返してやるわ」

 

 オーフィアは背後に視線を向けるも、そこには私は居ない。背後に私がいると錯覚させるため、私の魔力を彼女の後ろに配置した。存分に引っかかってくれて何より。これならば攻撃は間に合うだろう。

 

「っ……上!!」

 

 ガギィイインッ!! 

 

 オーフィアの真上に移動していた私は、彼女の首元目掛け大鎌を振るう。刈り取れると思って振った刃はしかし、オーフィアの超反応によって見事阻まれる。盾を上に構えて屈んだ姿勢をとったオーフィアは、鍔迫り合いを仕掛けていた私を全身を使って弾き飛ばす。

 

 やはり思った以上に反応が早い。魔力の気配も断っていたし、オーフィアも魔法を使った形跡もない。人間の限界を超えた超反応──と断じてしまうのは簡単だが、些か信じがたい。

 

「あは、不思議って顔してる……分かるよ、テレジーの考えてることくらい、全部ゥ!」

 

「分かって堪るか……私ですら、私を理解できないんだからなっ!!」

 

 空中を舞いながら姿勢を制御。その間に意趣返しで大火球を発生させオーフィアに放つ。攻撃の構えを取っていたオーフィアは出鼻を挫かれたように後ろへ退避。逃げた先に火柱を魔法で出現させ、足場を奪っていく。火柱の弱点は足元に魔力と僅かな光を発生させてしまうこと。回避は簡単だ。だからこそこういう攻め手には弱い。

 

「かっ、あああ!!」

 

 初撃は魔法か。オーフィアは私が天井から発生させた大火柱の直撃を受けてしまう。全身に火を纏ったオーフィアは魔法で頭上に水玉を作ると、それを頭から落として鎮火させた。

 

 先程の超反応は見せなかった。予想では大火柱を回避したあとに更に続けて攻撃をするはずだったが……検証をする必要があるか。

 

「その技……発想力……いつ、どこで覚えたの?」

 

「優秀な師匠が2人もいたのよ。だから、簡単には負けないし、貴方に勝たなきゃいけないの。それに、もし負けたらその片方から口うるさく言われ──」

 

「そっか……わたしと違うね。わたしは、わたしだけで練習してたから」

 

「……十分強いわ。貴方は」

 

 全身をぶるぶるっと犬みたいに震わせ、水飛沫を飛ばすオーフィア。濡れた髪を上げると、今までほぼ隠されていた顔とともに黒い瞳が顕になる。

 

「強い、だって……? あは、ははは、はははははは! ふざけんなァアア!!」

 

 全身から怒気を発しながら咆哮を上げたオーフィア。叫んだときに垂れ落ちた前髪の間から鋭い眼光を向けてくる。その瞳に憤懣の黒炎が宿ったような幻影を覚えた。

 

「違うよ……わたしはテレジーとは違うの」

 

「オーフィア……?」

 

「戦いは、始まったばかり。まだ、わたしは全力を出してないよ。もっとテレジーを楽しませてあげる。そしてもっと……わたしを愉しませて?」

 

 黒い炎が燃え盛る。それは溢れ出る魔力。後光のように揺らめく黒炎態の魔力を滾らせ、魔法に頼らない完全な技術の結晶たる瞬歩でもって急接近してきた。

 

 特大剣による必殺の刺突。躱せなければ死ぬ、そう思えるほどの気迫が籠った一撃だ。棺を背負うことで両手でリーチを最大限に攻撃を仕掛けてくる。反応が遅れ、足を浮かせながら大鎌でガード。躱せないのは承知だ、だからせめて衝撃を空中で受け流す。

 

 被弾の瞬間にオーフィアから魔力の感知した。大鎌越しにもの凄い衝撃が伝わる。勢いに任せて後ろへと離脱。再びオーフィアは瞬歩で接近。横振り。回避する。返し斬り。それも回避。オーフィアの顔面目掛け右足で回し蹴りをお見舞するも、特大剣の腹で防がれる。読み通り。そこを起点に逆足でもう一度、宙に浮いたまま側頭部に回し蹴り放つ。

 

「ぐっ!?」

 

「捕まえた……!」

 

 特大剣をその場に捨てたオーフィアに両手で左足を掴まれ、背負投される。受け身を咄嗟にとって続く特大剣の連撃を交わし続ける。

 

「逃げ足が早いね……これならどう? 『開け、棺よ』」

 

 オーフィアは背負った棺を左手に装着すると、強く地面へと突き立てて短く詠唱のようなものを行った。

 

 勢いよく黒棺の扉が開く。奇妙なほど中が暗くて判然としない、まるで棺の中に暗闇を宿しているようだ。瘴気を放つ棺の中から人の顔を象り、黒炎を纏う人魂状の魔力の塊が無数に飛び出してくる。

 

「『走れ、怨霊』」

 

 再びの詠唱。その瞬間、宙を彷徨っていた人魂がこちらへと急接近してきた。

 

 ギャアアアアァ!!!! 

 

 苦しそうな、悍ましい叫び声を上げながら突進してくる人魂の群れ。後ろ、横、前へとステップで交わし続けるも、誘導性が高く中々振り切れない。大鎌に人魂──怨霊たちが持つ魔力と反対の性質の魔力を付与させ、怨霊を打ち消しつつ叩き切る。ある種のアンチマジックだ。そうすれば実体がなかろうと、魔力でできたものならば霧散させられる。名付けて悪霊退散斬りだ。安直だが呼びやすいから今はこれでいい。

 

 イタイ……イタイ……。

 

 ヤメテ……タスケテクレ……。

 

 人魂が口にあたる部位を動かして、人語に聞き取れないこともないうめき声を上げる。

 

「……! こいつら、まさか」

 

「よそ見厳禁」

 

 ……よそ見はしてない。ただ、聞きたくないものを聞いてしまって意識が揺らいだだけだ。これからは無視すればいい。再度特大剣による刺突を跳躍で交わし、オーフィアの頭を踏みつけ空を飛ぶ。

 

「消えろ!!」

 

 魔力最大。先程よりも大鎌に魔力を纏わせ、追ってくる怨霊に大鎌の乱舞を披露。大鎌の運動エネルギーを利用して魔力経由で魔法へと変換し、斬撃波を周囲に飛ばす。空振り分の力を無駄なく使う。

 

「あは、潰してあげるっ!!」

 

 オーフィアは斬撃波を棺で弾きながらハイジャンプ。私の頭上から特大剣を振り下ろす。そうはさせない。何度も攻撃を受けて堪るか! 

 

「魔力小爆発!」

 

 右手に魔力を蓄え、爆発系の魔法を発現させる。しかし意図的に魔力を過剰に送ることで性質が変化、暴走する。オーフィアの特大剣の横っ腹に全力の拳で殴りつける。

 

 ドガァアアアアン!!!! 

 

 攻撃を中断し即座に防御の構えをとったオーフィアだが、敢なく撃沈。爆発を受けて地面へと転がり落ちた。

 

 両手をついて着地。これで状況は五分になった。しかしこのままじゃジリ貧だ。大鎌じゃリーチがあるが取り回しが悪い。もっと接近してインファイトを仕掛けたほうが特大剣には有効だ。その分死のリスクが高まるが問題ない。全部躱せ。

 

 大鎌形態変化。右手に曲剣、左手に棍棒。二刀流なら近づきやすいだろう。

 

 曲剣を媒体に雷を前方に迸らせる。棺に結界を張って凌ぐオーフィア。その隙に時間加速で急接近。棺横から棍棒を差し込む。しかし、半身で避けられ、今度はシールドバッシュが来る。回転しながら左へ避け、裏拳の要領で曲剣を振るう。特大剣でガード。棍棒で殴打、と見せかけて更に回転し曲剣の一撃。これもガードされる。ならば、雷を纏わせ下から掬い上げるような斬撃。

 

「ふんっ!!」

 

「かっ!?」

 

 命中の直前、棺の先で腹を突かれ地面を転がる。姿勢を整えつつ、地面から大火柱を出す。もちろん回避される。だからその場所に落雷を発生させる! 

 

「ぁ、あああがあああ!!」

 

 反応が遅れ、その身に雷を受け絶叫するオーフィア。しかし、ふらふらと危なげながらも、持ち前の胆力で膝から崩れることなく立ち続けている。

 

 1つ、分かったことがある。それは、オーフィアの魔力感知能力は低い、ということ。魔力感知能力はその人物の魔力適正……主に総魔力量に依存し、魔力量が多い程魔力感知能力が高い傾向にある。しかし、前提として私達追放された『子供たち』は魔力を蓄積、魔法を扱う……言わば仮想脳とでも呼ぶべき場所から根こそぎ魔力を奪われた影響で、その手の分野に弱くなっている。

 

 私は余りある魔力量のお陰で被害は軽く済み、尚且つ今はエリナから魔力を供給して貰ってる。そのため以前と同じ、もしくはそれ以上に魔力感知が鋭くなっていると考えられる。

 

 しかし、オーフィアはそうではない。オーフィアは元々魔力量が少ないため、魔力を奪われた際に仮想脳が酷く損傷しその結果、魔力感知能力が著しく低下した。今は魔力石で魔力を補填しているのだろうが、それでも先程からの反応から仮想脳の回復は見られない。それが今の彼女の状態だ。

 

 ……であるならば、彼女の超反応は彼女の鍛錬の賜物なのだろう。魔力で私の居場所を感知できないのであれば、それ以外の要因を疑うしかない。今はとりあえず魔法であれ何であれ、あれを覆せるほどの技をぶつける必要がある。

 

「もらった!」

 

「まだ……まだあぁあああ!!! 『嘶け、怨霊』っ!!」

 

 接近しようとステップを踏むも、オーフィアは棺を打ち付け、扉が開く。今度は人魂ではなく2mはあるだろう、露出が多いアーマーを装備した、ヴァイキングを彷彿させる巨漢の幽霊が出現。両手でハンマーを作ると、地面へと振り下ろす。私は無理やり体の方向を曲げて、その場からすぐさま飛び退く。

 

 激震。立っているのも困難になるほどの揺れがホール内を充満する。その直後、私が立っている地面が隆起し、即座にバックステップ。その後人間を5、6人束ねたような太さの柱が出現した。あれをまともに食らっていたら大怪我は免れ無いだろう。

 

「……この怨霊たち、囮部隊のやつらか?」

 

「よく分かったね。そうだよ。この棺に……魂を閉じ込めたの」

 

「最低よ」

 

「そうかな……。この人達と喋ったことないし……どうも思わないや。テレジーも、そうでしょ?」

 

『そう』とは、『他人を害する行為』のことを言っているのなら、私はここで否定しなければならない。

 

 貧民街に来たばかりの私は、持ち前のくだらない倫理観に縛られた温室育ちの少女だった。人から凌辱され、詰られ、全てを奪われた私は、思い描く『人間らしさ』のままでは生き残れないことを悟った。だから、己の中に眠る──己の中にも眠る、人間なら誰もが持つ『獣性』に身を窶した。それこそが、ここでの生き残り方だと思った。

 

 私は人を殺した。私自身が生き残るために。しかし、それは間違いであるかも知れないが、同時に正解でもある、誰にも否定も肯定もできない現実で、事実だ。そうしなければいずれ自分が死んでいた。無垢な生娘のままでは届かない未来だ。

 

「貴方と同じにしないで。死者を愚弄する真似はやめなさい」

 

「利用してるだけだよ……そのまま殺しちゃ、もったいないでしょ?」

 

 だからこそ、私を殺しにくる奴らを殺したのは、その行動にある種の敬意を持ったからだ。……確かに私利私欲のままに私を殺しに来た奴らもいる。しかし、生きるために人から奪うことを選んだ人間だって今までいたはずだ。なら、そいつから私も奪う権利はあるはずだろう。そうやって自分を誤魔化しながら私は生きて来た。

 

 しかし、オーフィアのそれは私の新たな倫理に反する行為だ。殺すだけならまだいい。しかし、それをおざなりに扱うどころか人の魂を道具として扱うなど、今まで生きてきた人間があまりにも報われない。

 

「へぇ…………。テレジーって結構、甘ちゃん……だね」

 

 巨漢の怨霊による地鳴らし。そして続く地団駄からの衝撃波が身を襲う。喧しい、このままじゃ動けない! 揺れが収まった隙を縫って疾走。懐まで潜り込んで悪霊退散切り。一度では消えないらしく、体が僅かに揺らいだ程度だ。ならいくらでも切り刻む! 

 

 ァ、アァ……テレ、ジィ……オー……フィ、ァ…………。

 

「っ──ぐっ!?」

 

「よそ見厳禁。……2度目、だよ?」

 

 聞き覚えのある声。無視すると決めたはずの怨霊に気を取られ、その正体に意識を割かれた一瞬。がら空きの背中に特大剣の一撃を受けてしまう。身体強化のお陰か、骨が折れるまではいかなかった。一先ず転がりつつ打撲を治癒し、体制を整えオーフィアと正面から向かう。

 

「……あん、た……、人の、心が……無いの!?」

 

「それは極めて失礼……。でもテレジー……この男に嫌なことされてきたでしょ? なら、別にいいよね?」

 

「生憎、その男だけじゃなく、他の男からも女からも色々あったのよ。どちらも平等に嫌いで……皆同じくらいどうでもいいの」

 

「そう……なら分かるまで、その体に叩き込んであげるっ!!」

 

「オーフィア──貴方の棺ごと……腐った性根を叩き斬る!!」

 

 ああ、悲しいな。多分この子は生来の『人間』に対する考え方が違う。私達は分かり合うことはできないのだと、悟ってしまう。けれども、私は私の道を信じる。それでも彼女を止める。だって今諦めてしまえば、私はたった今決めたことですら守れない人間になってしまう。もう逃げないと誓った自分でいるため、私は戦いをやめない。

 

 巨漢の怨霊……『彼』は大きな巨体を活かして高速タックルを仕掛けてくる。その横からオーフィアが並走しているのが見える。その特大剣には黒炎が纏わりついていた。恐らく、あれは魔力石由来の魔力ではなく、彼女本来の魔力なのだろう。魔力石の魔力を自分の仮想脳へと送り込んで、魔力へと変換しているのだ。魔力は人によってその性質を大きく変える。オーフィアの魔力は黒炎。それがどのような経緯で生まれたのかは、彼女のみが知る。

 

 正面の『彼』を足止めするため魔力結界を展開。怨霊は魔力によって形成されているため、結界を通ることはできない。

 

 顔面から結界にぶつかった衝撃がホール内に伝播する。とんだ馬鹿力だ。召喚主に似るのだろうか。横から迫りくるオーフィアの黒炎を纏った特大剣を回避。懐に入ろうとした瞬間、特大剣が通った後に遅れて黒炎が発生。慌てて回避するも少し間に合わず鼻先がヒヤッと触れた。正に出鼻を挫かれたといったところか。

 

 冷たい……『黒炎』は通常の炎のように熱を発生させるものではなく、触れたものの熱を奪う吸熱性を持った炎だ。鼻先が妙に気になりコートの袖で何度か擦る。一瞬触れただけで鼻先がじんじん痛い。もろに喰らえば一瞬で凍傷どころか、氷漬けまっしぐらだ。絶対に喰らうわけにはいかない。

 

「わたしは女性が好きなの……凍結させて部屋に飾ってあげる」

 

「そんなことは聞いてないし、させないわよ!」

 

 虚空に特大剣を振るわれる。そして先程よりも広範囲に黒炎が迸る。咄嗟にバックステップをしつつ試しに火球を放つ。だが徐々に黒炎に勢いを殺され、道半ばで消失しオーフィアに届くことはなかった。

 

 グワアアアアアアアア!!!! 

 

 唐突に全力疾走を決め、展開した結界を物理的に破壊した『彼』は私目掛け地面スレスレのアッパーカットを放ってきた。身体強化出力上昇。迫りくる拳に中段蹴りを当て、その右拳を破壊する。他の怨霊とは違い中途半端に実体があるなら、こういう荒業もできる。『彼』は失われた右拳を抱え、痛そうにその場に蹲った。……人らしさを残すな、やりにくいだろ。

 

 攻撃の余韻もそこそこに、風魔法を周囲にはなってタイフーンを起こし、振るわれた特大剣の黒炎をやり過ごす。勢いが殺されなかった僅かな黒炎だけ回避。これは駄目だな、勢いが凄まじい。風魔法は逆効果か。私は再び『彼』に迫って、悪霊退散斬りの乱舞をお見舞いする。

 

 ゥワアアア……!! 

 

「『走れ、怨霊』!」

 

 棺が開く。人魂が次々と現れ、一斉にこちらへと急襲。悪霊退散効果を2つの武器に纏い斬る。曲剣、棍棒を右へ左へ上へ下へ振り、また突き、なぎ、打ち。いくつかの人魂をステップでやり過ごすと、怨霊が触れた地面から黒炎の柱が発生し、霜が一面に広がる。もし触れていれば即死級の攻撃を受けていたのだろう。全く末恐ろしい技しかない。……本当に強い相手だ。

 

 走る。オーフィアとの距離を埋め右手の曲剣で左側から斬りかかる。と見せかけて棍棒による下段攻撃。やはり対応され棺で弾かれる。続いて右足で上段蹴りからの踵落とし。どちらも後ろへ回避される。踏み込んで両手でクロス切り。棺でガードされるも、押し込むように返しで逆斬り。クルッと回転しさらに横から同時に叩き斬り。そして全力の中段蹴り。僅かに体勢を崩すオーフィア。その隙間に曲剣を差し込む! 

 

「ああ、強い。強いよ……テレジーっ!!」

 

 確かな感触。曲剣を引き抜き遅れて血が宙に舞う。『彼』による足蹴りを回避するため、棺を蹴って3角跳びで後ろへ後退。着地際を狙った拳に棍棒を振り下ろして反撃。そのまま跳躍して『彼』の首元まで空を翔ける。

 

「……さようなら」

 

 曲剣による首元を狙った一閃、悪霊退散斬り。怨霊であっても致命傷になりうるだろう攻撃に、『彼』は為す術もなく崩れ落ちる。

 

 ァ……リガ……ウゥアアアアア…………。

 

「はぁあああっ!!!!」

 

「くっ!!」

 

 感傷に浸っている場合はない。下段から迫りくる特大剣を曲剣で受け流す。遅れて黒炎が舞う。それに対し、炎を纏った棍棒で打ち消す。吸熱反応を起こすのなら、熱を吸いたいだけ吸えばいい。こちらは既に燃え盛っている! 

 

「もう対応してくるの? ……いいね、いいねいいねいいネェエエ!!!!」

 

 狂ったように笑いながら、棺を背負って特大剣をぶん回すオーフィア。それと同時に黒炎が襲う。弾き、打ち消す。何度も死線を掻い潜る。

 

 時間加速。後ろへとステップし、高速移動。時折加速を緩めつつ、急襲。しかし防がれる。再び加速し攻撃。ガード。3度目の加速の時、オーフィアは周囲へと黒炎を撒き散らす。回避しつつ、針の穴を通すように黒炎の隙間から突進攻撃。だが読まれていたのか、オーフィアは黒炎を飛ばす。棍棒で打ち消しつつ大火球を飛ばす。

 

 特大剣を地面へと突き刺し、オーフィアの周りに黒炎の嵐が巻き起こる。泡が割れるように弾け飛んだ大火球。爆発を目眩ましに、軽く飛んで斜め上から曲剣で襲いかかる。

 

「いい目をしてるわ……それは独りで練習した成果?」

 

「違うよ……ただの先読み。見てれば分かるよ? ……特にテレジーは分かりやすいけどっ!!」

 

「へぇ、私ばっかり見てていいの?」

 

「え……いたっ!?」

 

 コツン、とオーフィアの頭に『閃光炸裂弾』が落ちる。大火球と同時に頭上に投げておいた閃光炸裂弾がちょうど頭に落ちたらしい。

 

「私も……貴方のことなら少しは分かるわよ」

 

 時間加速による高速離脱。オーフィアも離脱しようとするが間に合わない。

 

 ピカッ、と強烈な光が走る。直後、広範囲に高威力の爆発が起きる。目が良すぎる分、魔法と私の動きに警戒してその他のことが疎かになっていた。灯台下暗しというやつだ。

 

 煙が消えきる前に、その渦中に突撃。ガツン、と棺に棍棒が当たる。オーフィアは纏う服をボロボロにしながら、腕や足を大きく怪我をしつつも何とか立ち上がっていた。

 

「もう魔力がないのでしょう? 降参しなさい」

 

 受けた傷を回復させる素振りが見られない。身体強化魔法の維持と、私への最後の切り札であろう黒炎の付与に精一杯で、回復へ回す魔力に余裕がないのだろう。

 

 私の消費した魔力はほぼゼロ。時間加速は燃費が悪く、後に尾を引くかと思ったが、意外と何とかなる。というより想定よりも減りが少ない。いくらエリナの魔力を含んでいるとはいえ、我ながらあまりにも魔力量が多い。魔力量が増えたのか。

 

「……余裕ぶった態度、気に食わないっ!! 『響け、怨霊』っ!!」

 

 棍棒が棺の開扉で弾かれる。5、6体の怨霊が飛び出し、その場で耳障りなかな切り声をあげる。思わぬ反撃に一瞬動きが止まってしまう。

 

「……喰らえっ!!」

 

 黒炎を纏った特大剣の刺突。怯んだ体に直撃──の瞬間、時間加速で右へ避け、悪霊退散斬りを怨霊たちに振るう。流れ際にオーフィアへ曲剣を振るう。

 

「『捕まえろ、怨霊』っ!!」

 

「!? こいつ!」

 

 曲剣がオーフィアに当たる直前、隠れていた怨霊が右手へと噛みつき動きが止まる。攻防のせめぎ合い、その途中で一瞬でも動きを止めればどうなるかは自明の理。オーフィアは特大剣を逆手に持ち柄で側頭部を突く。棺を捨て、両手で構えた黒炎を纏う特大剣のスイングが腹へと吸い込まれる。

 

「ぐっ、がああぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 ホール内を一直線に飛び、そのまま背中から壁へと激突する。直後、当たったところを中心に凍結が全身へと侵食していく。

 

「あ、ぁああああ!?!?」

 

「あはははは!! もっと、もっと痛めつけてあげるっ!!」

 

 地面へと転がる私は、オーフィアに腹をつま先で蹴り上げられる。蹲る私に追撃の足蹴。何度も何度も踏み付けてくる。その一撃一撃の衝撃が凄まじく、激しい痛みが脳内を転がりまわる。

 

 それに寒い。酷く体が震えている。回復魔法を施したから凍結による人体の破壊は免れた。しかし、極度の冷えが末端まで行き届き、軽く痺れているかのように悴んでいる。

 

「それ……特大剣の、効果……?」

 

「そう……この特大剣は通した魔力を増大させる効果があるの……凄いでしょ。わたしが作った自信作」

 

「凄いわね……そんなこと、ぺらぺら喋るなんて、ね……!」

 

 ピンを抜く。それは言わずもがな手榴弾の。そして最後の一発。

 

「──小癪」

 

 投げようとしたその時、手首を強く掴まれてその場に爆弾を落とす。それを見届けてオーフィアはその場から退散する。体勢が悪く、投げ返そうにも時間がない。

 

 だが忘れたか。私は魔法師だ。手なんか使わなくとも手榴弾のピンは抜けるし、投げれもする。敢えて眼の前で抜いたのは、油断を誘うためだ。

 

「がぁぁあぁああああああ!!!!」

 

 魔法で投げ飛ばした手榴弾はオーフィアへと飛んでいき、その懐で大きな音を立て爆発。身体強化をしていたとはいえ手榴弾の爆発だ、体幹を揺するのには御誂え向きだ……! 

 

「テレジーィイイイ!!!!」

 

 曲剣を右手に構え、オーフィアに刺突。黒塗りの棺盾で防がれるも、続けて中段蹴りを棺に放つ。少し押し込まれたオーフィアに左手の棍棒を振るって盾を剥がすように攻撃。しかし振るわれた特大剣によって阻まれ、屈みつつ回避。空いた隙間に飛び膝蹴りを仕掛け、隙を強引に作る。

 

「これでとどめよ」

 

 飛んだ位置エネルギーを利用し、大きく振りかぶった曲剣による袈裟斬りを放つ。

 

「あははは! 油断したねェ、テレジーィ!!」

 

 オーフィアはただでさえ重い棺と特大剣を持ちながら、宙にいる私に鋭いサマーソルトを放つ。姿勢を制御して何とか防ごうとするも僅かに失敗し、曲剣が勢いよく手元から弾かれる。

 

 調子付いたオーフィアは特大剣を何度も振るう。それに対し両手で構えた棍棒で何とか受け流すも、流石に相手の腕力、そして技量の高さで圧倒され反撃ができない。

 

「そんなこと言って……怨霊は? 黒炎は? 今使えば簡単に倒せるでしょ……何で使わないのかしらね!」

 

「使うまでもないよ……今のテレジーなんか!」

 

 右肩のタックル。反応が遅れまともに受けてしまう。たたらを踏んで体勢を崩した私に、オーフィアは大ぶりの一撃を放つ。

 

「終わりだよ、テレジー!!」

 

「……本当に油断してるのは、どっちかしら」

 

 体勢を崩した『フリ』を辞める。素早く懐に入り込んで体を半身に棍棒を持ちつつ左手を軽く前に突き出して、右手は腰まで引く。腰を低く落として左足は前、右足は後に構える。

 

「──魔穿孔」

 

 右足で地面を踏み抜く。そして右手の掌底で腹を撃ち抜く。

 

「かはっ!?!?」

 

 敢えて威力は落とした、中途半端な『魔穿孔』。それは私の意志であり、そしてこれからの行動の布石である。突如体を襲った衝撃に思わずオーフィアは声を漏らし、今まで以上に、この場においてあまりにも致命的な隙を見せる

 

 左手の棍棒を右手に持ち替える。それを天へと突き上げる。

 

 ガチャン。

 

 棍棒に確かな感触を覚える。繊細な制御に自信がなかったが、どうやら上手く行ったらしい。

 

「な……そんなっ、そんなのありえない!!」

 

「魔法は奇跡じゃない……偶然を起こすものなのよ」

 

 右手に弾かれた曲剣を棍棒と合体した『大鎌』を構える。もちろん偶然ではないし、例えば弾かれた場所に移動したとか、そんなふざけた事象ではない。いち早く曲剣の場所を把握し、それをタイミングよく引き寄せて棍棒と結合させただけ。とはいえ、敢えてオーフィアに曲剣を弾かせるのには苦労したが。

 

 鋭く踏み込む。咄嗟に棺盾を構えるオーフィア。しかしこのままでは大鎌で攻撃したところで、ここまでリスクを背負って作り出した絶好のチャンスに見合うリターンを得られない。ならば、1つ。試したいことがある。

 

 この大鎌には分離機構がある。言わずもがな曲剣と棍棒のことだ。大鎌の刃は大鎌の柄の先から細い棒状のものでくっついている。刃と柄との間の棒状のものが曲剣モードの柄になる。ならば、これを大鎌モード時に変形させればどうなるか。

 

「大鎌変形──剣槍モード」

 

 大鎌の刃が柄と直線上で一体となり、使い勝手の良いリーチのある剣槍へと変化する。身を捻って繰り出した剣槍による一閃。がら空きのオーフィアに吸い込まれていった凶刃は、確かな感触を伝えた。

 

 ──バギィン!! 

 

「そんな……!」

 

 耳に響く金属音……それはオーフィアが藁にも縋る思いで構えた黒塗りの棺が、無惨にも真っ二つになる音だ。

 

 オーフィアの黒棺。その材質は硬質な木材か、よく鍛えられた鋼鉄か、定かではない。しかし、なんであれ所詮それらはこの大鎌の素材アダマンタイトには勝てない。それにこちらは腕利きの鍛冶師が、魂を込めて打った逸品だ。斬れないものはない。

 

「終わりよ」

 

 変形解除、大鎌モード。剣槍モードは悪くなかったが、先程の一撃で刃と柄の接地箇所の辺りから嫌な感触を覚えた。想定されていない運用をしたせいで、変形機構に罅が入ったのかもしれない。変なことは思いつきでもしないほうがいいと学んだ。

 

「断ち斬れ、デスカッター」

 

 がら空きのオーフィアの体を右斜め下から左斜め上に抜けていく大鎌──デスカッター。

 

 両手に伝わる確かな感触──残心。この一撃でオーフィアを完全に仕留めることができたと悟った。私達の戦いは幕を閉じた。

 

「え……なん、で……?」

 

 膝から崩れ落ちるように倒れるオーフィア。大鎌を地面へと捨て、私は地面と激突するする前にオーフィアを抱きかかえる。戦闘によってボロボロになったオーフィアの黒のワンピース。しかし、先程の大鎌の通り道には流血や切り傷、それどころか服の破れすら見受けられない。

 

「貴方の持っていた魔力石──あれだけ斬ったのよ。あと貴方の魔力を奪った。今は急激に体内の魔力が消失したことによる軽いマインドダウン状態になってる」

 

「そっ、かぁ……わたしの負け、だ……」

 

 腕の中で力なく笑うオーフィア。その表情は戦闘中に見せた狂気的な笑みとは一線を画すほど綺麗で、私の好きなオーフィアの笑顔だった。

 



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第三十五話 在りし日の思い出

 

 腕の中にある温もりを確かめるように、オーフィアを抱きしめる。戦いの疲れかマインドダウンの影響か、うとうとと瞼を重そうにしながら船を漕ぎ始めるオーフィア。ふわふわと柔らかく、触れただけで壊れてしまいそうな危うさを秘めている。この子と鎬を削っていた事が、未だに幻のように感じてしまう。

 

 魔力石だけを斬る。上手くやれる自信はあった。しかし失敗する可能性だって僅かながらにあった。失敗できない、その緊張感の中で、最善を尽くせたことを喜びたい。お陰で今、大切な何かを失わずに済んだ。オーフィアを大切だと思えていることに、確信を持つことができた。

 

 あの日、オーフィアが私に聞いたこと。オーフィアは私を、友達だと言ってくれたこと。

 

 あの戦いの最中、私は最後までオーフィアを……殺す決断が出来なかった。それは私の弱さゆえであり、今は私の本心となった。だからこそあのまま死闘を演じていれば死んでいたのは私だ。殺し合いの場であれば、本気のオーフィアであれば私の知り得ない技術を用いて、あっという間に私を骸へと変えてしまうだろう。私の脆弱さを即座に見抜いて。

 

 ……あれが死闘ではないと気付けたのは、私が力を解放したからだ。契約によってかつての私の魔力、エリナの持つ全魔力をその身に宿した。そのお陰で彼女は態度とは裏腹に、私のことを本気で害しようとは思っていないことを悟った。彼女の魔力から感じられるある種の温もりを、確かに受け取ったのだ。

 

 私とオーフィアの、互いを傷付けたくないという志は一つだった。だからこそ今の最上の結果をこの手にすることができた。

 

 あの日……私は彼女の問に答えることができなかった。しかし今ならば確信を持って言える。かつての私ができなかった、恐れ慄き逃げたあの言葉。彼女に対し責任を負いたい。彼女の為に何かをしてあげたい。一緒に居たい。そう思えたからこそ、伝えたい言葉がある。

 

「──がはっ」

 

 ──ともすればこうして2人で幸福を噛み締めることができた未来は訪れなかったのかも知れない。そう思えば、今手にしている幸せが、どんなに儚いものかを実感し、恐怖で……手が震えそうになる。

 

「あ、が……がああ!?」

 

 血が溢れる。一度深呼吸を挟んで息を整える。既に息は整っていて、本当はこんな行為は必要ない。だというのに、私の心臓は早鐘を打っていて、必要以上に呼吸を乱している。何だか戦闘は随分と昔のことのように感じる。

 

「ぐっ、うぐ……ああぁぁ……」

 

 増々血が流れる。口が異常に乾く。唾液を腔内に循環させ、僅かにでも潤いで気を紛らわせる。なんか肩も痛くなってきた。気が舞い上がると肩が痛くなることあるよな。それにお腹もギリギリと痛む。手も震えて指先の感覚がない。緊張し過ぎだろ私。もう一回深呼吸だ。

 

 胸に手を当て、気持ちを落ち着かせる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 呼吸の乱れが収まらない。寧ろ1秒毎に加速していく。

 

 ぐちゅぐちゅ、と肉が蠢くような耳障りな音が聞こえる。

 

「ぐふっ」

 

 私の目の前にいたオーフィアはクロードによって剣で腹を貫かれ、上へ上へと持ち上げられ、その綺麗な唇から大量の血を吐き出した。

 

「お……どぉ…………ごほっ!!」

 

「オーフィアっ!」

 

「情けない……こいつがあれば、お前ならまだ戦えるのだろう?」

 

 オーフィアの背中から深く突き刺された血塗れの剣が、私の眼前で鈍く光っている。クロードはその手に持つ緑光の魔力石を、オーフィアを貫く刀身の代わりに体内へと入れ込んだ。

 

「まっ、て……待って! それは、だめ……!」

 

「がぁあああああああああ、ぐぁぁあぁあああああああ!!!!!!」

 

 その場に崩れ落ちたオーフィアは絶叫に喘ぎ、身を襲っているだろう激痛で地面を転がり回る。私は背中に埋め込まれた魔力石を取り出そうとオーフィアは取り押さえ、背中をこちらに向ける。しかし、背中の傷は既に綺麗に塞がれ、完全に魔力石と体が同化していた。

 

 それは、絶望的にある一つの最悪の結果を示すことになる。

 

「くだらん友情ごっこに興じるな。お前の役目を忘れたか」

 

 魔力の欠乏状態。私の先程の攻撃には魔力石だけを切り裂くため、大鎌に透過魔法の類を使った。そしてもう1つ、オーフィアの魔力をある分だけ奪う魔法も併用した。それにより今のオーフィアは仮想脳に蓄えられた魔力と、魔力石による魔力の供給先も断った。だから、今のオーフィアには魔力が存在しない。

 

 魔力石は対象者に魔力や、その他埋め込まれた魔術によって特殊効果を付与する。しかし、それが使えるのは魔法師──もっと言えば『魔力』を保有する人間だけだ。それ故魔力を持たない人間が、魔力石を持つこと自体危険が伴う。そして、それを融合させたとなれば来る結末は1つだ。

 

「痛い、痛い痛い痛いいたいいたいいたい……!!」

 

「オーフィアっ!!」

 

 オーフィアの皮膚に大きな蟲が這いずり回っているかのように、体中がボコボコと膨らんでは収縮を繰り返している。白目を剥き、よだれを垂らしながら意識朦朧と激痛に耐え続けるオーフィアに、回復魔法をかける

 

「う、ぅうぁうぐぐ、いだぁ、いだいぃ……!!」

 

「違う、だめだ、これじゃ余計苦しくなる! そうじゃない……そうだ。オーフィア、今魔法石を取り出すから──」

 

 ──なんだこの反応は。私が知っているものとは大きく違う。とてつもなく嫌な予感がする。

 

「──ぐぁぁあぁあああああああ!!!!」

 

 オーフィアを取り押さえ背中から魔法石を取り出そうとするも、オーフィアは錯乱した様子で上体を起こす。その拍子にオーフィアに突き飛ばされた私は、地面を転がり距離をとられる。

 

 再びオーフィアの姿を見たとき、既に手遅れであることを悟った。

 

 収縮を繰り返していた体は突如として腫れ上がり、破裂する。血飛沫と共に肉片が飛び散る。その中心には体が何倍にも巨大化した化け物がいた。皮膚が爛れ上がり肉が垣間見える四肢。流血を繰り返し全身は赤く染まっている。鋭く歪な5本爪を携え、腕は柱のように太く足は頑丈そのもの。そして、自慢の黒髪は体毛のように体中に散らばって跡形もなく消え去り、仏頂面だが目鼻立ちの整った顔は見る影もない。左目は腐ってぶら下がり口は裂けて異様に大きく鋭い牙が立ち並んでいる。

 

 ガァァァァァアアアアアアアアアア!!!! 

 

 その姿は炎獄から蘇った狼然とした怪物。血塗れの爛れた人狼。童話の中の悪魔そのものだと思った。

 

「な、なんだと……なぜ、こんな怪物が!?」

 

 狼狽え困惑に喘ぐクロードは、一歩二歩と後退り変わり果てたオーフィアを見上げる。

 

 ……通常、魔力欠乏状態の人間に魔法石を与えた場合、大量の魔力による急激な流入により対象者に甚大な影響を与える。それは例えば体の老朽化だとか、欠損、感覚の不調や喪失、記憶、魔力障害などだ。それを踏まえたとしても得られる魔力の全回復というのは、戦いに飢えた狂戦士であれば捨てがたい効果となるだろう。

 

 しかし、オーフィアのそれはそのいずれかにも該当しない。こんな現象は私も知らない。体を異形に変える魔力石なぞ、それをわざわざ、誰かが魔術を書き込まなければ作れない代物だ。クロードはあの魔法石を『嘗て軍が持っていた』と発言した。ならば軍がそれを作ったのか? 

 

 だが奴の反応から、奴はこうなることを予見してはいなかったように思える。なら、誰かがその魔宝石に細工を施した可能性がある。それがクロードの手に渡ったのは何故だ? 誰かが仕組んだのか? 

 

「ぐぅああああ!?!?」

 

 私は茫然としながらも思考だけは動きながら、視線はオーフィアに鷲掴みされたクロードを追い続ける。

 

 クロードは必死に拳を振り、拘束から逃れようとするもびくともしない。徐々に握りしめる拳が狭まっていき、ゴキッ、バギッ、グギッ、と骨が軋み折れる音がホール内に響き渡る。声を上げることなく、オーフィアの握り拳の中で倒れたクロードの上半身と下半身をそれぞれ両手で持つと、一気に左右へと引き裂いた。

 

「────」

 

 身が竦むような音。そして血の雨が降る。変身時に吹き出したオーフィアの血と、クロードの悲惨で、悲痛を極める鮮血によって私の全身はくまなく濡れた。

 

 ベチャッ、と眼の前に先程まで生きていたクロードの上半身と下半身が落ちる。その体は万力で潰されたように形を変え、人間としての体裁を保っていない。使い込まれ、絞られ尽くしたボロ雑巾のようになった嘗てクロードだったもの。オーフィアは怒りを込めるように、それを何度も踏みつけた。

 

 何度も、何度も。

 

 数刻の後、オーフィアがその場から離れたときには、クロードは陥没した床の染みとなっていた。

 

 グアアアアアアアアアアア!!!!!! 

 

 オーフィアが叫ぶ。爛れて醜く、形成不良で肉がむき出しの皮膚を、血が出るのも厭わず全身を掻き毟りながら。

 

 意識があるのかないのか、錯乱した様子で地団駄や頭突きを繰り返す。オーフィアは今もなお苦しみ続けている。そんな悲痛な声に聞こえる。

 

 なぜ、こんなことになった。私が、オーフィアを殺さなかったからか。大切な人を殺したくないと思ってしまった、私の罪か。私が邪な考えを持ったせいで、オーフィアがこんなにも苦しい思いをしなければならないというのなら。

 

 ……私は今まで何をしていたのだろうか。自己満足で彼女を救った気になって、その実最悪な結果を招いたのは誰でもない私。なんて呑気で、馬鹿げたことを考えていたのだろう。

 

 ああそうだ、私のせいだ。それ以外の何を疑う必要がある。

 

 私のせいであるならば、せめて、この状態を改善させるのは私の役目だ。今、彼女を救えるのは……殺して、楽にしてあげることができるのは、私だけだ。

 

「ごめん。ごめんなさい……オーフィア」

 

 大鎌を構える。傷は全て回復魔法で治っている。体力は万全。気力は……無くとも無理やり戦う。爆弾は手榴弾1発のみ。これだけで今のオーフィアを止められるか分からない。分からない? そんなの知るか、やれ。責任をとれ。自分の役目だと言ったのならやりきれ。逃げることなぞ許さない。

 

 涙は出ない。流す権利もありはしない。許されない。でも、最後だけだから、弱音を許してほしい。以前の貴方が私に問うた言葉を、貴方に返させて。

 

「貴方を……『友達』と呼びたかった。そんな私を許して」

 

 前口上は終いだ。もう迷いはしない。私は貴方を、オーフィアを……殺すよ。

 

 オーフィア……肉見えの爛れた人狼は両手を着いて四つん這いになる。そして大口を開けると、高出力の黒炎を放ってきた。

 

「銀のペ○ダントッ!!」

 

 魔法障壁を構え発動する手前、眼の前に見覚えのあるフルアーマーが視界を遮った。両手を体の前で組み、左手に持つ何やらチャラチャラした銀細工が美しい銀色のペンダントを先方に掲げると、マイケルに到着する寸前で黒炎が弾き飛んだ。

 

「……マイケル!?」

 

 黒炎が止む。爛れた人狼はやや疲れた様子でその場に蹲ると、再び絶叫を上げた。マイケルは緩慢とした動きでこちらに振り返ると、手を忙しなく動かしわなわなと震えだす。

 

「思ったより、元気そうで、何よりだッ。そして、この化け物は何だ? というか今どういう状況だッ」

 

 化け物……。そうだ、彼にとってはただの『化け物』。なら、説明は不要だ。

 

「……あれは倒すべき…………敵よ。それ以上の詳しい説明は後。それよりゴーレムはどうしたの? あと、武器は?」

 

「おう、ゴーレムは倒したぞッ! だが槍は先の戦闘で折ってしまった……すまない、テレジー」

 

 しょんぼりといった感じて肩を落とし、申し訳無さそうにするマイケル。折ってしまうのは仕方がないが、あの槍一本であのゴーレムを倒せたことが凄い。よくぞ持ってくれたものだと言いたいところだ。

 

「貴方を守るために渡したのよ。槍は役目を終えただけ──ほら、これを使って。貴方になら……きっと使えるわ」

 

「これは、オーフィア殿の…………分かった。使わせていただくッ!」

 

 今は主なき黒塗りで肉厚の特大剣。それを両手で難なく持ち上げ、正面で構えるマイケル。刹那熟考する素振りを見せるも、マイケルはすぐさま頭を振って意識を切り替えた。

 

「オーフィア殿。この力、借りるぞ」

 

 ……ありがとう、マイケル。後で必ず話すから。

 

 うぉぉおおお、と勇んで人狼相手に突貫するマイケル。鋭く踏み込み、爛れた人狼に力を込めた横振りの一撃を放った。

 

 ガツンッ!! 

 

「うぉ!?!?」

 

 しかし爛れた人狼へと当たる直前で、見えない壁に弾かれるように特大剣は跳ね返った。マイケルはこちらへと素早く戻ってくると、手をぶらぶらさせ手の痺れを紛らわせていた。よく観察すると、爛れた人狼の周囲に不可視の魔力障壁があることに気がつく。

 

「魔法障壁ね……それも厄介なやつ」

 

「どういうことだ?」

 

「物理障壁と魔法障壁を多重に張り巡らせてる。あれじゃどんな攻撃も通用しない」

 

 物理障壁と魔法障壁はその名の通り物理、魔法系の移動を制限する障壁、透明な盾だ。アレの範囲内ではどんな攻撃も届くことなく撃沈する。しかし私達が情報交換していたその一瞬の隙に、人狼はあれだけの障壁を張れたというのか。意識が混濁とし、思考すらまともに働いていないであろう、人狼が? 

 

 ──いや、今はそんなことはどうでもいい。目の前のことに集中するべきだ。

 

 ともかくあの魔法障壁は厄介だ。あれをどうにかする解決策はパッと思いつく限りでは2つ。1つは障壁の許容量を超える物理攻撃、魔法攻撃を同時に行うこと。2つ目は幾重にも張り巡らされた障壁を全て解除すること。

 

 前者はありえない。魔法だけならいず知らず、物理攻撃を重ねて攻撃しなければならないのはハードルが高い。何より私達だけでは攻撃力が足りない。ならば残るのは後者だけ。1人でやらなければならなかったのなら、到底無理な話だ。爛れた人狼の攻撃を掻い潜りつつ、緻密な解読、解除魔法形成を行うのは至難の業だ。

 

 しかし、誰かが時間さえ稼いでくれれば、あとは私が何とかする。いや、できる。して見せる。

 

「私が魔法障壁を解くわ……その間、貴方には、その──」

 

「ふーむ、俺がテレジーを守りつつ、化け物の相手をすればよいのだなッ!」

 

「……そう、ね」

 

 恥ずかしくも、自ら言おうとしていたことを先を越されて言われ、勇気が空回りする。……まぁいい、どの道同じことだ。

 

 低い唸り声を上げ、上体を静かに持ち上げる人狼。喉から絞り出される絶叫には、苦痛に嘆く悲鳴混じりの泣き声にも聞こえた。

 

「安心してくれ。君は、絶対に守り抜くッ!!」

 

 ポンポン、と頭を優しく撫でられる。横を見上げると、特大剣を肩に乗せて構えたマイケルが、右手でサムズアップしていた。人狼相手に、不安がっていると思われたのだろう。怖じ付いていると思ったのだろう。だとしても、それは彼なりの気遣いであるし、なにより大事に思ってくれている証拠なのだろう。以前までの私であれば、要らぬ気遣いだと言って怒鳴り返していたのだろう。

 

「な、撫でるなっ!」

 

 何だか急に恥ずかしさを覚え、私はマイケルの手を取っ払って怒鳴る。……今もそう変わらないか。マイケルが来てから、幾分か気持ちが落ち着いてきた。彼女を思う気持ちに変わりはないし、今も悲しいし、できることなら……。今も、彼女を救いたい気持ちにも変わりはない。

 

「……頼んだわよ、私のナイト様」

 

 気まぐれに、私はため息を吐き軽口を叩いて意識を切り替える。最後の戦いが始まる。もう迷わない。最初から全力を出す。なら、これくらいの鼓舞はしておかないとな。

 

「おう、任せろッ!!」

 

 マイケルは大きく頷くと、再び特大剣を構える。その特大剣はもう黒炎を纏うことは無いだろう。しかし、それでも彼女が使っていた武器は何よりの凶暴性を発揮する。マイケルであれば御せる筈だ。オーフィアも、それを臨んでいると思う。

 

 グワァァァアアアアアアアアア!!!!!! 

 

 三者ともに、それぞれの思いを胸に、言葉は違えど目的のために戦う。けれども絶対に負けられない戦い。

 

 ──今度はちゃんと貴方を殺すわ、オーフィア。それでいいのでしょう? 

 

 人狼が天に向かって咆哮しマイケルへと突進攻撃を行う。戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、テレジー……」

 

「なに?」

 

「先の戦いで……陽気パワーが、無くなってしまった」

 

「………………え?」 

 

 ──出鼻を挫かれるどころではない。

 




なんか物足りねぇ、と思いながら最近書いてたんですがあれですね。ギャグシーンが無いんですね。まぁ当分ないんでしばらく後ですけど。書きてぇ…………。

あれ、本作ってジャンル、コメディじゃなかったっけ?


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第三十六話 唸れ、乾坤一擲

 

 マイケルの前へと躍り出ると即席の物理障壁を展開する。直後ドシン、と重たい衝撃が両手から伝わってくる。

 

「ぐっ……!? ……この馬鹿ッ、何でもっと早く言わないの!?」

 

「まさかこんな事になるとは思わなくてなッ、ハッハッハッ」

 

「状況分かってんの、笑ってる場合かッ!?」

 

 障壁に魔力を送り込む。身にかかる重荷が軽くなった。これならそのまま爛れた人狼を押し返せる。腕にぐっと力を入れつつ、魔力を込めていく。少しずつ突進の威力は減少していき、最後はこちらが勝って押し返すことに成功。……なんとか耐えられたか。

 

「陽気パワーは回復しそうにないの?」

 

 あれ以上怒っても仕方がない。今は現状の把握とこれからの作戦に思考を回すべきだ。

 

「しばらくすれば使えるようになる、と思うが……」

 

「ならそれまで、貴方に身体強化の魔法をかけるわ」

 

 予想通りの答えだ。私はマイケルのチェストプレートに手を添える。触れた手を介して魔力を伝達させ、徐々にマイケルの体が緑の魔力光に包まれていく。

 

「お、おお……これが身体強化の魔法。力が漲ってくるぞッ」

 

「最初は自分の動きに違和感を覚えるかもしれないけど、すぐに慣れて。じゃないと力の入れ過ぎで死ぬわよ」

 

「お、おう……少し怖いな……?」

 

「でも……死ぬくらいなら私の近くまで下がって。回復をかけるわ。本当は遠くでも出来るのだけど、集中力がいるから今回は無理」

 

「分かった……それはいいがテレジー。そんなに魔法を使っていいのか?」

 

 剣を構えながら、恐らくだが、横目でこちらをチラリと見てくるマイケル。彼には魔力の感知が出来ないから、私が今大量の魔力を抱えていることを知らないのだろう。

 

「ええ、問題ないわ。貴方は貴方の役割を果たしなさい。私も……そうするから」

 

「そうか……よし、やってやるぞッ!!」

 

 そう意気込んだマイケルは、特大剣を上段に構え爛れた人狼へと突撃した。

 

 私が魔法障壁を解除し、その間マイケルが爛れた人狼を引き付けつつ私の護衛をする。彼のほうが荷が重い。厄介な仕事を任せてしまった事を申し訳無く思う。しかし、彼ならばやってくれると、無条件で信じる私がいる。それだけが今私を支えてくれる。

 

「オーフィア……もう少し、待ってて」

 

 今は失われた彼女の原型に思いを馳せる。もうこれ以上苦しまなくていいよう、私が貴方を終わらせる。そのための力を、私は持っている。ならば十全に使ってそれを、果たすのみ。

 

 さて、これからは私も魔法障壁解除作業に全力を出さなければならない。まずは解読からだ。手を頭にかざし、片方の手を爛れた人狼へと向け、障壁から発せられる魔力波を受け取る。その間に空いた視線は常にマイケルに合わせ、不測の事態に対応できるようにしておく。不信からではない、むしろそれは逆。ただ、もうこれ以上大切に思える人が、眼の前から居なくならないでほしいと思っているだけだ。

 

 頼んだわよ……マイケル! 

 

 ……信頼してるんだから。 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「うぉぉおおおお!!」

 

 上から叩き潰すように特大剣を振るう。やはり例の『魔法障壁』とやらに防がれ、振るった特大剣は大きく弾かれる。

 

 ガァァアアアアアッ!! 

 

 左の爪による爪撃を一歩下がって避ける。しかし思ったより力が入って姿勢を崩してしまう。だがそれが功を成したのか追撃の爪撃を回避できた。

 

 むぅ、身体強化魔法恐るべし。まるで自分の体じゃないかのようだ。オーフィア殿の特大剣もバットのように軽い。片手でも振れそうだ。

 

「おっと、それは当たらないぞッ、ほ〜ら!」

 

 ヘッドスライディングしながら鷲掴みを狙う化け物をするりと躱し、体を踏みながら反対方向へ。まるでブ○ンカだな。挑発に乗った化け物はまんまとこちらへ猛然とダッシュしてきた。これでテレジーから距離を離せるな。思う存分戦える。

 

 右手のクローを特大剣で受け流し、左手の正拳突きを受け止める。だいぶ力の加減が分かってきた。これくらいの無茶は無茶になり得ない。むしろ余裕だ。全くテレジーは凄いやつだ。彼女が居なければ俺はとっくに死んでいた。……一層、気張らねばな。

 

 オーフィア殿の特大剣。確かに強いが流石に元の世界ではこんな武器を持ったことはなかったから、扱いがよく分からん。精々がM4くらいなもんだ。その点エレノア殿の武器はピースメイカーみたいなやつで扱いやすかった。あれはどこで手に入れたものなのだろう。この世界には魔法という誰もが扱える武器が存在するのに、銃が普及しているというのが驚きだ。速攻力がある分目視可能な範囲では銃の方が強いのか。……いや、『誰でも』とは間違いか。それであればこの国はもっと早くに灰の嵐の脅威から逃れている。

 

 化け物による爪撃を躱す、躱す、躱す。そうして何度か回避していると、化け物は叫び声を上げながら両手を天井へと突き出した。

 

「マイケル!! 後ろに飛んでっ!!」

 

 全身に黒い炎を纏った化け物。特に両椀には今にも溢れそうな大量の黒炎が巻き起こっている。右爪による縦振り。間合いから外れ避けたかと思ったが、しかし黒炎がこちらへと襲撃する。

 

「うぉっ!?」

 

 なんと範囲攻撃とは。驚いて足を挫いたお陰で、被弾は避けられた。これからはもう一歩ステップを踏んで黒炎の範囲から逃れる必要があるな。ふぅ、身体強化の魔法がなければ即死だった。 

 

 頬を冷たい残り火が撫でる。火なのに氷に触れたように冷たい。不思議な感覚だ。だが事実あれは火ではないのだろう。流石異世界と言ったところだ。いずれにせよど触れたところでいい事は1つもないだろう。なら回避一択だ。当たらなければどうということはない! 

 

 黒炎の一撃。範囲から逃れつつ、さらに訪れる黒炎を回避。避けたところに大口を明けた化け物による広範囲の黒炎ブレス。まずい、流石に躱し切れないぞ。

 

「─―『弾け』ッ!!」

 

 ヒットの直前、強烈な横風で黒炎が吹き飛ばされ何とか当たらずに済む。

 

「助かったッ! テレジー」

 

「構わないわ。あんなの私でも避けられない」

 

「あの黒い炎を何とかできないか、テレジー」

 

「無理ね。魔法障壁があるから、まずはあれをどうにかしないとね……作業に戻るわ!」

 

 テレジーは脂汗を流し、頭を抑えながら難しそうな顔でぶつぶつと解読作業に戻る。黒炎ブレスを喰らいそうになったせいでテレジーに遅れを取らせた。あれを撃たれたら敵わん。ショートレンジに入って撃ち辛くしよう。

 

 左へ右へと揺さぶりをかける。すると化け物は釣られて拳を振るうもそこには俺はいない。又を抜けて背後に回ると特大剣を背中に振るって存在感をアピールしておく。振り向き際に裏拳と共に黒炎が迫る。特大剣で防ぎつつ、後ろへ後退。

 

 いや、それにしても随分ひんやりとしたな。特大剣で隠れてもこれか……凄い威力だ。くぅ〜、キンキンに冷えてやがるっ……悪魔的だ! 

 

「っ、よしっ! マイケル、物理障壁を何個か壊した! 攻撃が通りやすくなってるはず!!」

 

「よし来た、任せろッ!!」

 

 身体強化様々の踏み込みで一気に化け物に距離を詰め、特大剣の一撃を与える。すると今度は先程とは違い化け物の爛れた皮膚に直撃し、その腕を醜く変形させた。

 

 グゥァァァァァアァアアアァアァアア!!!! 

 

「確かに、これなら……テレジー、行けるぞッ!!」

 

「っ……! え、ええ……まだ解除は終わってないから、頼むわよ」

 

 一瞬虚を突かれたように狼狽えるテレジーは、再び難しい顔をしながら作業に戻る。なんだかさっきからテレジーの動きに違和感を覚える。見落としてはいけない何かがあるような気がしてならない。

 

 体中から血を流しながら、こちらへの敵意を剥き出しに襲いかかってくる化け物。今まで見た魔獣とはわけが違う。こいつの正体は一体何なのだ。

 

 化け物は魔法を使用したのか、湾曲した左腕がみるみる治っていく。左腕を治せるなら他の部位だって治せそうなものだが、そうもいかないのか。とはいえ、ああも治されてばかりだと骨が折れる。……魔法はずるいな。俺も使えれば……いや、そんなifは考えても仕方がない。

 

 黒炎ブレスを出させないよう、牽制をするために化け物へと接近。両手でハンマーを作った化け物による振り下ろしを、特大剣によるホームランで弾き返す。続いて踏みつけによる攻撃を特大剣で弾くように受け流し、流れで足の指に刺突。移動を制限できれば幸いだ。

 

 ガァァアアアアア……! 

 

 藻搔き、苦しそうに叫ぶ化け物は足元にいる俺目掛け、自分が巻き込まれるのも構わず黒炎ブレスを放った。

 

「無理は承知だッ!」

 

 嘗てやったゲームのジョブ、竜騎士のジャンプよろしく高く飛んで上空へ退避。幸いこの空間は天井が高い。上へならいくらでも避けられる。

 

「うぉぉぉおおおお!!!!」

 

 上空へ黒炎ブレスが放たれる。それを特大剣で真っ向から受け止める。手が凍傷になりかけながらも何とか耐え凌ぎ、眼前に迫った化け物に全力の叩き斬りを放つ。しかし、特大剣は宙を切り裂き、空振りに終わる。その時寸前で避けられた化け物による、飛び回し蹴りが飛んできた。

 

「ぐぉ!?」

 

 何とか特大剣を間にはさみ、衝撃を和らげることに成功。しかし、当たりどころが悪く肩を痛めてしまった。腕も折れているだろう。だが、左腕だけだ。なんとかなる。

 

「馬鹿ッ! 怪我してるでしょ、早くこっち来なさい! 今治すから!!」

 

「え? あ、ああ……助かる、テレジー」

 

 跪く俺のすぐ横にテレジーがいた。そんなところまで運ばれたのか。戦闘に夢中で忘れていたが、怪我はテレジーの魔法で回復できるんだったな。どうにも慣れん。

 

 魔法による治療……さっきはああ言ったが、やはりいいもんだ。もう痛みを感じない。むしろさっきより調子がいい。肩こりが治った感じに似ている。実際治ってるのかもしれん。手の凍えも解消された。手が悴んで動かないといった心配はなくなった。すっげぇぞ、これ。

 

「いいわよこれくらい…………ごめん、もうちょっとかかるかも」

 

 申し訳無さそうに暗い顔をするテレジー。やはり何か思い詰めているように見える。多分あの化け物が関係しているのだな。それでも彼女が今それを話すことを良しとしなかったのは、それだけの理由があるのだろう。なら、敢えて聞かずに待つというのが男というものだろう。

 

「ああ、問題ないッ。君の為ならあと1秒だけ稼ごうッ」

 

「お願い、もっと稼いで!?」

 

 ふむ、冗談にツッコミで返せる程度にはメンタルは良好だ。なら今は余計な心配はしなくて良いな。

 

「あの黒炎は熱を奪うの。もう体寒くない?」

 

「大丈夫だ。テレジーに触れていると心が熱く燃える」

 

「っ、そ、そういうの今いいから……!」

 

「ふむ、なら今度改めて言わせてもらおうかッ」

 

「も、もうっ! ……危なくなったら戻ってきなさい。必ず治すから」

 

 恥ずかしそうに頬を掻きながら、再び解読を行うテレジー。しかし今は先程と違って眉間に皺が寄っていない。リラックスできたようで何より。場を和ませる冗談には自信がある。俺にはそれくらいしかできないからな。

 

 改めて人狼然とした化け物と相対する。醜く皮膚は爛れ、傷は癒えているのに流血は夥しく、何故今も立ち上がれているのかが不思議なほど。痛みに苛まれているのか時折小さく呻いている。

 

「…………」

 

 少しだけだが、テレジーが言うところの『陽気パワー』が溜まっていく感覚がある。忌々しい、陽気なんて言葉に似つかわない悍ましい能力。そして、それを使わなければテレジーを救えない皮肉。そんな自分が嫌になる。

 

 ──たが、まだ『陽気パワー』を十全に使うには足りない。テレジーを守り魔法障壁を突破するためにもう少し、この人狼然とした化け物と戦うこととしよう。恐らく、それが今できる最善の選択肢だ。

 

 地面へと爪を突き刺すと化け物は、床を切り裂くように振り抜く。黒炎を纏った瓦礫と、斬撃波が飛来する。特大剣で防ぎつつ、斬撃波を回避。続く斬撃波は飛んで避ける。死がチラつくような必殺の爪による横振り、回し蹴り、踏みつけを回避し、足を止めた隙を突いて特大剣の一撃をお見舞いする。しかし化け物に爪で弾かれ、今度は裏拳が迫る。特大剣で咄嗟に防ぐも、あまりに重い攻撃にたたらを踏む。一歩引こうとした化け物に対し、すぐさま刺突を横っ腹に叩き込んで離脱を防ぐ。

 

 化け物の体が一瞬赤く光る。その直後、化け物の手には人間一人分の大きさの大火球が出現し、こちらへと投げてくる。

 

「……多分、出来るはずだ!」

 

 防御と回避の構えを捨て、特大剣の切っ先を大火球へと向ける。

 

 陽気パワー、解放。剣を自らの一部であると錯覚するほどの集中力。その剣先に触れた途端、大火球が分解し魔力が特大剣へと吸収されていく。なにも、何かを題材にしなければ陽気パワーを使えないわけではない。想像力が足りないから、その力を借りているだけだ。だからこれくらいの芸当なら可能だ。

 

 無事全ての大火球を吸収することに成功する。しかし、眼前にいたはずの人狼は、口にから溢れる黒炎とともに化け物は大きくジャンプをすると、上空から黒炎ブレスを放った。こちらが大火球への対応を迫られているうちに、必殺の攻撃の準備をしていたのか。あんなに錯乱した状態になっても尚冷静な思考を保っている。恐ろしい戦闘力だ。

 

 陽気パワーが溜まっていくのを感じる。体の芯からじんわりと暖かく心地良く、無限の可能性を体感する、そんな不愉快な感覚。

 

 陽気パワー、再び解放。出し惜しみは要らない。ここで使い切ってしまえ。内に秘めているというだけで悪寒が走る。

 

 自らの限界を超えた、超常たる力が漲っていく感覚。黒炎を寸前で避けつつ、化け物へと肉薄する。

 

「ツキが無かったなッ!!」

 

 一撃目は顔面に。通り抜けて、二撃目は背中に。三撃目は腹。腕、足、肩、など、全身を次々と、何度も切り叩いていく。そうして最後の十五撃目。上段に構えた特大剣による、渾身の振り下ろし。

 

「どりゃぁあああ!!!!」

 

 グァァァアアアアアア!!!!!! 

 

 大きな爆発。超新星爆発を思わす衝撃をその見に受けた化け物は、地面を転がって大きく隙を晒した。特大剣に吸収させた魔力を解放するときだ! 

 

「燃え尽きるがいい──ヒートブ○イドッ!!」

 

 激しい業火を纏う特大剣を、体を中心に振り回すような6連撃。そして最後にクルッと一回転して遠心力を利用した7撃目を放つ。7撃目とともに、地面から噴火を彷彿とさせる大爆発が化け物を直撃した。

 

 タイミングは完璧だ。この技が命中したということは、魔法障壁は既に解除されている。これ以上ともない隙を作り出し、そしてここまで化け物を追い込んだ。最初から満身創痍だったことを鑑みれば、よくここまで善戦したものだと思う。……いやはや、何故敵を労っているのだろうか俺は。

 

 吹き飛んでいく化け物。それを追って俺の上を高速で通り過ぎていく人影。テレジーだ。最後は彼女が決めると、言外にもそう語っていた彼女に俺は全てを任せることにしよう。

 

「魔神旋風脚ッ!!」

 

 体をコマのように回転させながら、衝撃波とともに何度も蹴りつけるテレジー。それらを辛うじて全て防ぎきった化け物は、素早く跳躍すると空中機動でテレジーの周囲を翻弄するように飛び回る。宙を翔けながら黒炎ブレス、黒炎球、柱など、これでもかという攻撃を、テレジーは全て炎をぶつけることで回避していく。凄いな……本当にファンタジーな世界なんだな、ここは。

 

 テレジーは一瞬屈むと、勢いよく宙へと飛び出して化け物へ追いすがる。壁や床、天井などを駆使して空中で殴り合う化け物とテレジー。時折魔法を駆使しながらの高速戦闘。黒と赤が入り交じる花火さながらの爆発の連鎖に俺は見惚れた。

 

 地に先に降り立ったのはテレジー。続いて体をボロボロにしながら地面へと落下してきた化け物は、命からがらその場を立ち上がる。ふと人狼の姿が消えたかと思うと、ガシンッ、と背後からの爪撃を肘と膝で挟んで白刃取りしたテレジー。力強く挟まれた爪は粉々に砕け散った。誂えた武器を失った化け物は大きく隙を晒した。

 

「…………」

 

 ──ふと、化け物とテレジーの戦いを見ていて気になることがある。テレジーがあの化け物を見るとき、どこか辛そうにしているときがあった。あの黒い体毛に、あの戦い方……どことなく既視感を覚えなくもない。それに、あれは獣の戦い方というより、窮地に陥って形振り構わなくなった人間の戦い方だ。

 

 ……例えば、これが元人間だったと仮定して、それがテレジーが辛い表情を見せるだけの思い入れのある人物である可能性。そして、ここにいるはずのない『囮部隊』のオーフィア殿の特大剣。切り裂かれた棺の残骸もチラリと見えた。

 

 そんなまさか、と思った。

 

 しかし、その結論が頭から離れない。だが、そうと断言するにはあまりにも信じがたい。いやそれを言うのならこの原状とこの世界が、俺にとって現実とか空想とかあったもんじゃない。何があろうと不思議ではない。その先入観こそが真実を歪ませるフィルターだ。

 

 その『誰か』は、臨んでこの姿になったわけではないだろう。考えられる理由は単純。あまりにも戦闘には向いていない貧弱極める姿になって戦う必要はないからだ。誰かによって仕組まれた策略に巻き込まれたと考えるのが自然だろう。まるでテレジーを取り巻く『悪意』の1つような、嫌な気配がする。

 

 虫酸が走る。何故だ。何故彼女にこんなにも多くの『悲劇』が襲う。一体誰が、何のためにテレジーを追い詰めるのだ。そんなの、理不尽だ。そんなの、あまりにも悲劇が過ぎる。

 

「待て、テレジーッ!」

 

 だがこの場において誰がそう仕向けたのかはどうでもいい。ただ、テレジーが目の前の人狼を亡き者にする事を良しとしてはいけない。ならば、ここで止まっている暇はない。俺が、俺が止めなければ。悲しみの連鎖を断ち切って、彼女を幸せにすると決めた、過去の俺とそうしたい今の俺に殉じる為に、全力を尽くせッ! 

 

「────魔穿孔」

 

 ……だが願い虚しく、必殺の一撃は放たれた。

 




書き直し版はここまでになります。ほら、失踪しなかったでしょ?

37話以降はもうしばしお待ちを……。


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第三十七話ッ もう止めましょうよッ!命が勿体無いッ!!※それでも、守りたい世界がある

 

 ──魔穿孔

 

 魔力を込めた掌底が爛れた人狼の腹部へと直撃する。その時。

 

「うぉおおおお!!! ライフで受ける!!」

 

「ッ!?」

 

 滑り込むように間に入ったマイケルに、全力の魔穿孔が当たる。

 

「ぐはあああ!?」

 

「あっ……」

 

 なすすべなく吹き飛んだマイケルは、背中から爛れた人狼にぶつかる。

 

「マイケルっ、マイケル!!」

 

 おぼつかない足取りでマイケルのもとへ近付く。爛れた人狼が衝撃を和らげてくれたおかげか、潰れずに──。

 

 何を冷静に分析している。私が今何をしたのか、本当に分かっているのか? 

 

「マイケル!! ねぇ、目を開けて、マイケルっ!!」

 

 掌底を当てた腹部の装甲はひしゃげて跡形もなく壊れ、装甲の一部が内側に曲がって腹部を突き刺して、止め処無い出血を引き起こしている。兜を取り外しながら、マイケルの額から溢れた血を拭って安否を確認する。……目を開けてくれない。

 

「治って……治って!! 早くっ、マイケルっ!!!」

 

 思いつく限りの治療を行う。体中の怪我は古傷も含めて全てが消え去り、血の痕跡すら残さない。体内から失われた血も復元させた。既に極めて安全な状態であると言える。

 

「なん、で……なんで、返事してくれないの……なんで!!」

 

 分かっている。本当はもう分かっている。

 

 回復魔法は欠損した体の部位を治すのことはできる。現に潰れかけていたマイケルの肋骨や肺を回復できた。だが、唯一。回復魔法には治せないものがある。

 

「あ、ああ……あああああ!!!!!」

 

 胸の中心から伝わる律動が止まる。

 

 人の死だけは、技術が溢れかえった現代でも治すことは出来ない。どんな魔法も魔術も、科学も啓蒙も、祈祷も(まじな)いも。死の前では無力だ。

 

『無力』だ? ……何だよそれ。

 

 ふざけるな。ふざけるなふざけるな!! 

 

 彼を殺したのは誰だ。──私だ。

 

 外部の法則を引用し、自分の行いに非がないことを証明しようとした愚か者は誰だ。──私だ。

 

 オーフィアを救う。だが叶わず責任に駆られて手を掛けようとし、それすら出来ずに全てを失った原因は誰だ。──私だ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 全ては、私のせいだ。

 

「…………」

 

 エレノアが死んだのも、ガイ殺されたのも、シドが穢されたのも、オーフィアを苦しめたのも。……私が原因。

 

 本当はもっと、私が前に出て計画を無理にでも歪めて……こんな作戦をやるべきではなかった。あまりにも不安要素が多すぎた。ガリッパのスパイ行為。黒ローブの女。クロードの思惑。……リンウェルの不穏な態度。これらを容認してまで実行に移すべきではなかった。私1人で、貴族街に赴けば良かったんだ。

 

 逃げないと誓った結末がこれ? ……笑えない。なら一体今まで私は何のために逃げていたの? 

 

 誰かを頼ることで、自らが弱くなっていくのを日に日に感じていた。これが末路。自分の役目すら果たせず、もはや何も残っていない。

 

「まだ、貴方は苦しんでいるというのに……私は……」

 

 マイケルから手を離し、何となく視線を上げる。そこにはマイケルがぶつかった衝撃で、もはや再生すらできなくなった爛れた人狼。先程から何もしてこないかと思えば、そういうことか。ど道理で私に引導を渡してくれない訳だ。……いつからだ。こんな、他力本願な考えをし出したのは。

 

 いつか誰かに言われた『選択を間違えた』という言葉が脳裏をよぎる。その通りだ。逃げないことが、こんなことを引き起こすのならいっそ、私は──。

 

「貴方とは、出逢いたく……なかった…………」

 

 ☆ ☆ ☆

 

「あ、ああ……あああああ!!!!!」

 

 ……これ、どういう状況? 

 

 俺の顔面を強く抱きしめる感覚で目を覚ました。耳元で大きな泣き声が響き、テレジーが酷く悲しんでいるのが伝わる。何故かテレジーは『俺が死んだ』と勘違いし、悲しみに打ちひしがれている。

 

 ……自分で悲しんでいるとか言っちゃうのがちょっとはずかしいが。勘違い男みたいだ。というか心臓、動いてるの気付かないのかな。

 

 まさか鎧の上から手を当てて脈の確認してないよな? 

 

 ……でもまあ、勘違いするのも無理ないよな。凄い痛かったし。死ぬかと思ったわ。でも今は不思議と体が痛くない。というか絶好調。テレジーが一生懸命回復魔法を掛けてくれたおかげだろう。肩こりと腰痛と膝が治った。凄いや。

 

 これ以上心配を掛けるのは悪い。起きるとしよう。

 

「貴方とは、出逢いたく……なかった…………」

 

 それは……違う。

 

 違うだろ。

 

 俺は関係ない。君がこの世界に挑み続けることに、俺は関係ない。

 

 君は凄い。今までもずっと、俺が想像する以上に辛い過去を背負いながら、逃げずに挑むことを選んだ。それは茨の道以外の何物でもない。挑むというのは、艱難辛苦を受け入れ歩むこと。俺には選べなかったその選択肢を、君は躊躇なく選んだ。その勇気が何より君を歩ませた。その勇気が消えゆくというのなら。例え君がより辛い道に進むとしても……俺は背中を押したい。多分君ならきっと、越えられる。

 

 この国にいる限り、君は幸せになれない。

 

「それは……違──」

 

「貴方のことを……好きにならなければよかっ──」

 

「──う……?」

 

「った…………え?」

 

 目を開けてガバッと勢いよく起きようとしたその時、眼前のテレジーの思わぬ告白に虚を突かれ言葉尻が狂ってしまう。え、今言うのそれ……? いやまあ愛の告白はいつでもウェルカムだけど。

 

「マイ……ケル……!?」

 

「──復ッ活ッ」

 

 なんか気まずい。テレジーの嬉しくてはにかむ顔も、驚愕して呆ける姿も、羞恥に震える体を眺めるのも悪くないが、それに興じるのはちょっと場違いだ。空気は読めないのではなく読まない男でありたい。

 

「マイケル復活ッッ! マイケル復活ッッ!!」

 

「マイケル!!!! うわああああああああん!!!」

 

「おお。よしよしいい子いい子」

 

「ああ、あぁ!! こどもあつかい……するなぁあ!!」

 

 胸に飛び込みえずいてくしゃくしゃになったテレジーの顔。こんなに心配されちゃ男冥利に尽きる。懐に仕舞ってあるガリッパから譲ってもらったハンカチで涙を拭ってやり、乙女としての体裁を保たせる。

 

「うぅ……ひっ、ぐぅ……うぅううう……なんで、生きてんのよ……! 心臓、止まってたでしょ……!?」

 

「うむ、テレジー…………鎧の上から脈を測っただろ」

 

「…………あ」

 

 瞬時に顔を朱に染めるテレジー。口をわなわなと開閉させて取り乱し始める。こういう所あるんだよな、テレジー。いつもクールでしっかりしているように見えて、抜けてるというか何と言うか……アホの子だよな。絶対に言わないけど。

 

「それにしても凄いな……俺の鎧がボロボロだ」

 

「……そ、そりゃそうよ。私の全力だったから……って、そうよ!!」

 

 突如大声を上げたかと思えば、テレジーは怒り心頭な様子で俺に突っかかってくる。

 

「何であんな事したの!!」

 

 あんな事……ああ、そういうことか。体を起こし軽く動かして不調がないかを確認する。いつまでも寝てはいられない。俺たちにはまだやるべきことがある。

 

「何で、あんな……私を、心配させないで……もう、二度としないで」

 

「すまんな。あれしか方法が思いつかなくてな」

 

「……説明して」

 

「ふむそうだな……手短に言うとだ、あの人狼は、オーフィア殿なのだろう?」

 

 テレジーの刺すような視線が揺らぎ、動揺が伝わってくる。図星だな。俺の予想は当たりだった。

 

「……どう、して……それを……」

 

「何となく。テレジーの様子とあの人狼の戦い方とか……まぁ勘だな」

 

「……っそんな、勘であんな事を──いえ、もうそれはいいわ……」

 

 呆れたのか、矛を収めてため息を吐く。ようやく落ち着いてくれたようで何より。

 

「オーフィア殿がああなってしまった経緯を教えてくれないか。もしかしたら、陽気パワーなら……オーフィア殿を救えるかもしれない」

 

 オーフィア殿本人であるのが確定したのなら、やることは1つ。

 

 救う。絶対にテレジーに殺させない。何があっても助ける。折角出来たテレジーの友達だぞ。簡単に居なくならせてたまるか。それに……そんな別れは悲しいじゃないか。

 

 それに。

 

「……分かった。教える」

 

 ──こんな『忌々しい』力でも、使いようによってはテレジーを救える。皮肉すぎて反吐が出る、どうしょうもない力に。俺は頼るしか無い。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「恐らく魔法石はオーフィアの体全体と融合して、今の巨体を造ってる。だから、魔法石だけを取り除くのは現実的じゃない、と思う」

 

「なるほどな」

 

 一通りの説明を終え、一息つく。長く喋ったおかげで頭の中を整理でき、幾分か冷静さを取り戻せた。先程までのヒステリックな私とは違う。現実と向き合い、彼女を本当の意味で救うためにこの時間を使う。独り善がりではなく、今度こそオーフィアを助けるんだ。

 

 マイケルには、マイケルと別れてからオーフィアと戦い、そして異形と化した経緯とそれに関する私の考察を説明した。

 

「何か、思いついた?」

 

「うーむ。閃きそうな何かはあるのだが……」

 

 腕を組んで唸り声を上げるマイケル。私も並んで考えてみるが、私の乏しい発想力では限界がある。何かヒントがあれば、マイケルは閃いてくれるだろうか。

 

「もし、体内に散った魔法石を完全に取り除くことができたとしたら……どうなる?」

 

「そうね……考えられるのは2つ。何事もなくオーフィアの体に戻るか……急激な仮想脳の魔力量変化によるショックで、体が崩壊して原型を留めなくなるか。かしら」

 

 前者の説は希望的観測、としか言いようがない。だからその場合は考えない。

 

 オーフィアに埋め込まれた魔法石は何者かによって『異形化の魔術』が施されていた。魔法石内に蓄積された魔力を流し、強制的に魔力障害を引き起こして対象者を脆弱化させる。魔力的な抵抗力が薄まった所に異形化の魔術を自動発動させ異形化。あくまで予想の範疇であるが概ねロジックとしてはこの辺りだろう。

 

 ただ1つ懸念点があるとすれば、今のオーフィアの人体の維持を、何が請け負っているのかという点。

 

「もしオーフィアの生体維持活動の主体が、オーフィアではなく魔法石に移り変わっていた場合……それが失われれば当然オーフィアは死ぬ」

 

 オーフィアは現在、魔法石に蓄積された魔力によって体を繋ぎ止めている状態だ。実際爛れた人狼はその姿を形作った時から虚弱で、形成不良が目立つ部位がいくつも見受けられた。その不整合さを回復魔法による再生で無理やり取り繕い、体組織を活性化させてなんとかそれらしく見せていただけのハリボテ。それが今回の異形化。

 

 ……恐らく、これは失敗作。作成者が想定していたものとは違う結果となった可能性が高い。考えられる失敗した理由は、魔術を施した時点でのオーフィアの魔力が少なすぎたこと。本来はもっと魔力量が多い状態で魔法石を融合させることを想定していたのだと思う。でなければ、あんな不出来な魔獣を作り出す理由がない。それではただ対象者を甚振りたいだけの、やけに手の込んだ悪趣味な魔法石だ。

 

「ならば、魔法石を取り除いた後、テレジーが魔力をオーフィア殿に与えれば良いのではないか?」

 

「1回だけならそれでいい。でもその後恒久的に必要になるというのなら無理よ。……私の今の状態は長くは持たないの」

 

 今は胸の魔法石に刻まれた魔術を発動させ、私がエリナに譲渡した分の魔力を含め、エリナが持つ全ての魔力を受け取っている状態。しかし、あくまでそれは一時的な魔術。しばらくすれば魔力はエリナへと返される。体感の話になるが、恐らくもう長くはない。あと数10分もすれば私は元の無力な存在になる。……いや、それは前から変わらないか。

 

「あ、魔法石……魔法石があればオーフィアの生体維持ができる」

 

 私の魔力は現在エリナから受け取った魔力を魔法石に蓄積。そして魔法石を介して仮想脳へ送り込み、魔法へと変換している。言ってしまえば今のオーフィアの状態と近い。ならば、理論上は魔法石さえあればオーフィアに持続的な魔力の供給が可能になる。態々私のように埋め込む必要はない。本来はちょっとの細工さえ施せば、肌見放さず持っているだけでいいんだから。

 

「テレジー、何処に行くんだ?」

 

「オーフィアが魔法石を持っていたことを思い出したの!」

 

 確か……この辺りだったはず。私がオーフィアを実体のない魔力で魔法石とともに斬り伏せた場所。

 

「これだ! ……でも、これじゃ込められる魔力が少ない」

 

 綺麗に分断された魔法石は元は片手で握れるくらいのサイズだったのだろう。今は丁度半分くらいの大きさになって2つの半球へと姿を変えている。オーフィアとの戦闘の余波で潰れなかったことを幸いと思うべきだろう。

 

 魔法石に込められる魔力量の総量は、魔法石の大きさを係数に魔力吸収率……鉱石の純度を掛けて2次関数的に増加していく。だから、半分になったサイズの魔法石にそれぞれ魔力を充填しても、元のサイズの時の魔力総量には到底届かない。そのため例えこれを生体維持のための装置にしても、すぐに枯渇してしまうだろう。

 

「これを直せば良いのか?」

 

「……直せるの?」

 

「多分……それ、ぴぴ○ぴるぴるぴ○るぴ~」

 

「あ、出た。気持ち悪い呪文……でも凄い。元通りだわ!」

 

 マイケルの陽気パワーによって2つの半球は1つの球を成す。オニキスを彷彿とさせる黒い魔法石は、相当な純度であることを伺わせる。手をかざして余計な魔術式が刻印されていないことを確認し、さっそく魔力を充填していく。

 

「……でも、魔法石があっても……オーフィアの体から魔法石を取り出さないと」

 

 そうだ。そもそも前提がおかしい。一番最初に魔法石を取り除くことは現実的ではないと結論付けたはずだ。

 

「む、それなら大丈夫だ。俺に考えがある」

 

「考え……?」

 

「ああッ。体に散りばめられた魔法石……言わばウイルスを取り除けばいい」

 

「そういう捉え方もあるわね……?」

 

「ならあの技しか無い……ル○エキ○トラ○トだッ」

 

「る、るな○きすと○くと?」

 

 また変なこと言い出した。頭が混乱しそうになるが……しかし、今はそれでいい。確かに彼は時たま奇々怪々な言動をするが、そのどれもが最善の結果をもたらして来た。だから、私は彼を信頼する。彼の言葉は正しい、と。

 

 爛れた人狼……変貌を遂げてしまったオーフィアの下へ歩いていく。鼻腔を刺す血錆びた臭い。見れば見るほど痛々しい全身の傷の数々。オーフィアから溢れ続ける血の海を渡り、その足元へとたどり着く。先程まで暴れ狂っていたオーフィアは鳴りを潜め、ただ横向きで静かに唸り声を上げているだけ。こちらに気付いてはいるだろうが、攻撃の構えは一切見せない。そんな気力すら無いのだろう。

 

「俺が陽気パワーで魔法石を取り除く。そしてテレジーはその間オーフィア殿の体に異常が起きないか見張りつつ、魔力の供給を行う。完全に魔法石が取り除かれたら、魔力の供給はそのままに生体維持を新たな魔法石へとすげ替える……これでいいんだよな」

 

「ええ……いつもそれくらい記憶力を発揮してくれていいのよ……」

 

「やるときはやる男なのさ」

 

「頼りにしてる。……さぁ、やるわよ」

 

 まるで糸口が見えなかった暗闇に光が刺す。私1人では彷徨うばかりで、結局孤独に震えることしかできなかった。だが、今は違う。マイケルが隣りにいる。それだけで、今まで見えなかった場所まで光が当たって、自分が立っている場所がはっきりと映る。

 

 ──真っ暗な崖に架けられた縄橋。縄は草臥れ繊維の何本かは切れていて、いつ落ちてもおかしくはない。

 

 マイケルは集中力を高めた様子でオーフィアの前に立つ。するとマイケルの胸前に淡い光が生まれる。それを下から掬い上げ手に乗せる。左の掌をゆっくりと突き出して光をそっと押す。すると魔力の籠もった光がオーフィアへと吸い込まれていく。

 

「ア、アァアァ……」

 

 光を浴びたオーフィアは先程までとは違う穏やかな声を上げる。するとオーフィアの異形な体に変化が訪れる。

 

「凄い……」

 

 オーフィアの体が光へと包まれ、次第にその形を粒子へと変えていく。恐らくあれがオーフィアと融合していた魔法石。細かい粒子となった魔法石が上空へと消えていく。……そろそろ私の出番だ。

 

 いま、助けるから。目を瞑って全神経を前方へと向ける。ただの魔力の移送なら別に集中しなくてもいい。だけど今は、すこしの魔力も無駄にしたくない。胸の前で両手を使ったサークルを作る。そこに私の仮想脳から魔力を引き出して、一切の無駄なく送るために圧縮する。

 

「……っ」

 

 目を開け視界を回復させる。光に包まれた中から、懐かしい幻影が映る。動揺するな。まだ終わってない。これからだ。

 

 圧縮した魔力をオーフィアへ流す。急激に流すと逆効果だ。抜けていく魔法石と同じくらいの量の魔力を供給していく。魔力が枯渇していて且つ、度重なる戦闘で疲弊しているオーフィア。ほんの些細なことでも魔力操作を誤れば、どんな悪影響が出るか分からない。集中力の居る作業だ。だが関係ない。必ず、成し遂げてみせる。

 

 逃げない。どんなに辛くとも、逃げない。絶対に、逃げるもんか。

 

 あれからどれだけ時間が経ったか。オーフィアから抜けていく粒子の量が目減りしていき、そして遂に。

 

 粒子は全て無くなった。

 

「っ、オーフィア!」

 

 だが冷静さを欠くな。魔力の供給は足りているだろうが、万が一に備え一応続けておく。黒コートを脱いでオーフィアに近づいて被せる。これで一先ず関門は過ぎた。そしてもう1つ。魔法石をリンクさせ、魔力の供給先を変える。

 

 魔法石をオーフィアに近づけ、魔力の波長を調整していく。魔力はそれを持つ存在によって形を大きく変える。私の持つ魔力とオーフィア持つ魔力は本質的には同じだが、その内部の特徴は微妙に違う。言わばもう1つの血液。

 

「……これで……終わり…………」

 

 魔法石との同期を確認。魔力の供給を切る……よし、魔法石から魔力が流れてる。オーフィアは、無事だ。

 

「やった……やったぁ……!! やっ、たあ…………」

 

 助けられた。こんな私でも力になれた。

 

「っ、テレジー!」

 

 意識が乱れ、オーフィアの隣へと倒れ込む。腕に力が入らず無抵抗のまま側頭部を打ち付ける。しかし痛みは感じない。全身が柔らかな布団で包まれているような、心地よい感覚に身を任せる。……マインドダウン。胸の魔法石から魔力を感じない。魔術が途絶えたのだ。よかった、間に合って。あと少しでも遅れていたら。

 

「ご、め……ん……後は、まかせ……た……」

 

「ああ……任せておけ」

 

 またあの時みたいにマイケルに頼ることになってしまう。けれどそれでいい気がする。彼なら受け止めてくれると信じているから。

 

 ──マイケルの言葉を皮切りに、繋ぎ止めていた意識がぷつん、と音を立てて切れた。

 



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第三十八話 無尽

 

「本当に……ごめんなさい」

 

「…………」

 

 オーフィアは深く頭を下げる。相対するラルクは依然様子を変えない。人が少ない会議室に緊張感が走る。

 

「どんな罰も……受け入れます」

 

「……要らないよ、そんなのは」

 

「……けど、わたしは」

 

「許した訳じゃないよ。……絶対に許せないし、そんなつもりもない」

 

 拳を固く握り、肩を震わせながらまっすぐとオーフィアに向き合う。

 

「けれど……オーフィアも、クロードに脅されて……仕方なくやっていたんだろ? ……なら、責められないよ」

 

「それは……」

 

「それは少し違うんじゃないか。ラルク」

 

「テレジー……」

 

「オーフィアは、オーフィアの意志で戦っていた。クロードに従っていたのは事実だが、それでも全ての責任を奴に投げていい道理はない。オーフィアにも、罪を背負う義務がある。それが『大人』だろ」

 

 暫くの沈黙。石のように固くなって身動き一つ取らないラルクは、ゆっくりと頷く。

 

「そう、だね……考え直す必要があるみたいだ」

 

「……うん。なんでも、言って」

 

「じゃあ……これからは穏健派として、力を貸してほしい。いや……力をくれ」

 

「……そんなので、いいの?」

 

「『そんなの』でも、必要なんだ。今の僕たちには、とにかく力が必要なんだ」

 

「うん……分かった。何でも、する」

 

 ──先の作戦から1週間と少したった今日。オーフィアへの審問会とは名ばかりの話し合いの機会を設けた。

 

 私が倒れた後、マイケルが私とオーフィアを穏健派のアジトに運んでラルクと合流。その2日後に私が目覚めた。

 

 私が昏睡状態にあった理由は、魔術の効果が切れその影響で起こったマインドダウンが原因だと思っていた。しかし、実際は魔法石内の急激な魔力減少が魔力障害を引き起こし、意識障害が発生したのが原因だった。

 

 起きてからは止むことのない頭痛に酷く悩まされた……正直今も痛い。魔法が使えればすぐにでも治すのだが、1週間たった今でも魔力が回復しないためその手は使えない。仮想脳が過度に損傷している様子もないことから、恐らく一時的なものだと推測している。もうしばらく待てば元通りの魔力量になるだろう。そうなればパラダイスだ。

 

 問題だったのは、それ以外の部分。全身が軽く痺れ、力が入らないこと。体を起こす適度の動きならできるが、戦闘は愚か食事すらままならない。長時間歩くのも辛いくらい。これも魔力障害による弊害だろう。一時的なものなのかそれとも後遺症として残るのかは定かではないが、取り敢えずリハビリがてら体を動かすことだけは毎日続けている。

 

 そして私が目覚めた2日後にオーフィアが覚醒。諸々の事情説明や後遺症の確認、軽いリハビリなどを通して健康のチェック。問題ないことが確認されたため、今日の審問会を開くことが決まったのだ。

 

 今回の騒動での余波はレジスタンスに大きな打撃を与えた。

 

 穏健派は中枢を含む多くの構成員を失った。これにより両手で数えられる程に人員が減り、実質解散となった。

 

 革命派はカリスマ的人気を誇っていたリーダー、クロードの死によって崩壊。纏まりが無くなった彼らは自由奔放に各地に消え去り、残ったのは亡きクロードの意思を継ぐ者とアスキアへの愛国心だけ。

 

 この1週間でラルクは残った革命派の人間等と和解。皮肉だが、あまりにも大きな傷が再びレジスタンスを統合させる要因となった。それからラルクはレジスタンスのリーダーとして就任し、心を入れ替えたように取り組んだ。元革命派たちの懐柔、物資の調達やその他調整、人員集めに奔走した。その結果……既に1カ月後には貴族街への『侵攻作戦』が計画されているらしい。

 

 ……ちらりとラルクの顔を伺う。頬は痩せこけ服は汚い。髪も無造作に散って前までの好青年らしさは見る影もない。その変化に、私がどうこう言える筋合いはない。ただ、見守ることしか出来ない。

 

「へぇ……オーフィアさんの『意思』、ねぇ。流石、責任を投げ続けてきた奴が言うと説得力が違うなあ。中々面白い自虐ね?」

 

「……リン」

 

「ねぇ、ラルク。そろそろこれ、解いてよ。もう1週間もまともに腕を使えてないの」

 

「ごめん、それはまだ無理だよ」

 

 酷く髪を乱し、肌は荒れ、小汚い顔を醜く歪めてこちらへと嗤い掛ける女……リンウェル。椅子に縛り付けられたリンウェルに近付き、見下ろすような位置で止まる。

 

「ほーんと、何でまだ生きてんの? ……死ねよ」

 

「貴様には色々と聞きたいことがある」

 

「えー、嫌だな。リンは話すことなんて1つも無いけど」

 

「……クロードに情報を渡し、襲撃計画を企てたのはお前だな」

 

 髪を鷲掴み、無理やり顔をこちらへと向かせる。1週間頑張ったおかげで、女を甚振るくらいの力は戻ってきた。脅しにはもってこいだ。……だがリンウェルは全く気にも止めずニヒルな態度を変えることはない。

 

「違う、って言ったら──ぐっ!? 乱暴は……良くない、いっ!?」

 

 顔面に一発、さらに一発と拳を埋め込む。一瞬ラルクの手が伸びかけたのが目に入ったが、遠慮はしない。一応幼馴染みが眼の前で甚振られるのは気の毒だろうと思い、事前にラルクにはある程度の『暴力』をすると警告してある。ラルクには配慮するが、この女にはそれも必要ない。

 

「情報は揃ってる。私の聞いたことにのみ答えろ」

 

「……そうだよ、リンだよ。お前を殺すために、クロードを利用した」

 

「リン……! なんで、こんな事を!」

 

「あーでも流石に予想外だったなぁ。マイケルさん……貴方本当に何者? 攻撃タイプゴーレムを倒しちゃうなんてさ……貴方のために折角用意させたんだよ?」

 

「ふむ……そうだろうな」

 

「あ、貴方はやっぱり気付いてたんだ……そこの馬鹿女とは大違い。計算違いだったな」

 

「……マイケル」

 

「気付いたのはテレジーと再び合流した時だ……手遅れだったよ、その時には」

 

「そうね……」

 

 ま、その事はいい。結果論に口出ししてもいいことはない。手元にある情報を纏めた紙を見返し、確定したものには丸をつけていく。

 

「クロードとの繋がりは?」

 

「態々聞くんだ、それ……いい度胸してるね」

 

「いいから答えろ」

 

「レジスタンスが分裂する前から知り合いだった……主にリンとラルクの両親が。連絡を取り出したのは1年半前」

 

「それ……もしかして『あの日』からか……?」

 

 ラルクは目を見開き、リンウェルを見つめた。

 

「そうだよ……『あの日』から、今日のために準備してきたんだあ」

 

『あの日』とは大体1年半前の事件を指す。

 

 クロードは元々今のレジスタンスとは別の組織のリーダーであった。ある時にレジスタンスからクロードに『組織力を高め、より強固な連携をもってアスキア国民総出の大革命を起こす』ため、組織への勧誘をした人間が居た。それがラルクとリンウェルの父親だ。

 

 彼らは全盛期のアスキア時代からの知り合いで、結婚し家庭を持つ頃になっても交流を途絶えさせなかった。灰の嵐が発生し国中が混乱に陥る事態を憂いた2人は、国民を集めて団結させ革命を起こすことを決意。レジスタンスの主導者となったラルクの父親と、その補佐官のリンウェルの父親。彼らによる組織運営が始まった。

 

「リンはね……ちょっとだけ、ラルクにも怒ってるんだよ」

 

「…………そうだよな」

 

「なんで……なんで」

 

 ガチャッ、と鎖が軋む音が室内に木霊する。

 

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!」

 

 クロードは勧誘を受けて組織を統合させると、レジスタンスの影響力は高まった。クロード率いる組織は軍出身者が多く、組織の戦力強化に大きく貢献した。

 

 それだけなら良かった。あのクロードがなんの考えも無しにレジスタンスに与する訳がない。

 

 クロードはレジスタンスに加入して半年程たった時。貴族街から追放された私を保護した。

 

「この、女は……リンとラルクのパパとママを殺したんだよッ!? なんで、そんな女を仲間にできるの!? そんなの、おかしいよ!!」

 

 私を使い、ラルクとリンウェルの親子を襲撃するようクロードに命じられた。それが私の初任務。命令に従い私は用意された爆弾で、両家が一緒に家で団欒しているところを襲った。その時に『生存者を残せ』とクロードに言われ、運良く生き残ってしまったのがラルクとリンウェルの2人。だから恐らく、これがクロードによる策略だと知らない。私単独による虐殺だと思ったはずだ。少なくとも当時は。

 

 ……だから、2人にとって私は因縁の相手。リンウェルが私を嫌う正当な理由だ。

 

「リンはクロードも嫌い。だけどそれ以上に……貴族が憎い。貴族さえ居なければ、お父さんとお母さんは死ななかった。ラルクは、リンだけを見てくれた……なのに、この女が……この女が! すべてを壊した!!」

 

「…………」

 

「ほら、ラルク。言ってみてよ。命令されてたから『仕方が無かった』って。それとも、命令されていても『罪を背負う義務』があるって言ってみる? 生意気だよね……リン達を前にしてそんな事言えるなんて」

 

「罪は背負うつもりだ。だが──」

 

「なら、ならここで死ねよ!! 自分で喉搔き切って死ねよ!!」

 

「リン!! ……やめろ」

 

「なんで、なんでなんでなんで!? おかしいよ、そんなのおかしいよ、ラルク! なんでリンが悪いみたいになってるの? 悪いのは全部あの女でしょ!?」

 

 涙を流しながら悲痛な叫びを繰り返すリンウェルに対して、ラルクは前に出ると項垂れながら言葉を紡ぐ。

 

「……僕は、おかしいのか」

 

「ラルク……?」

 

「おかしいんだろうな……僕は」

 

 ラルクは膝から崩れ落ちるように地面にへたり込む。

 

「僕は、素直に感情を出せるリンが少しだけ羨ましいんだ……。こんなに仲間を失って……両親を殺されて……『復讐してやりたい』って気持ちがこんなに、あるのに。僕はそれを我慢できてしまうんだ」

 

 意外、だった。

 

 確かに不気味なほど彼からは私への憎悪の念が感じなかった。革命派にカチコミに行った際、私を見た時の彼の反応はまるで旧友に会ったかのようだった。革命派のアジトをあとにした際も、気にした様子を見せずに私に仲間入りを打診してきたときは寒気すら覚えた。この男にいつ背中を襲われるのか、と。

 

 しかしそれは心に眠る激情を抑え込んだ結果の出来事。水面下では今も復讐の凶刃が鋭く磨かれていることだろう。そしてそれを制御できてしまう異常なまでの精神力が、何より彼を苛んでいた。皮肉なことだ。心が強いあまりに自分を苦しめることになるなんて。とっくに心が折れてしまえば、こんな事にならなかったのかもな。

 

 ……馬鹿なことを言うな。私にそんな事を言える権利も、考える資格も無い。

 

「僕は、リンの父さんの約束のため頑張ってきたんだ……慣れないリーダーで、皆にはすごく迷惑を掛けたと思う。それでも、僕はリンのために精一杯やってきた。それだけなんだ……」

 

「パパ、が……?」

 

「僕が逃げ遅れていたところを、助けてもらったんだ……その時に、『リンを頼む』って……」

 

 私が、聞いていていい話ではない。場違いだが、そう思った。今になって、途轍もない罪悪感が身を襲う。人を殺すことに躊躇いはなかった。これまで残された遺族の事を考えたことはなかった。

 

「テレジー……無理するなよ」

 

「……いえ、大丈夫よ」

 

 罪悪感でこの場から逃げ出すことが何より許されざる所業だ。私は聞き届けなければならない。

 

「だからリン。頼む。これ以上大切な人を失いたくないんだ……君の知っていることを、教えてくれ。リンの力が必要なんだ」

 

「ラル、ク……」

 

 ラルクは膝を付くと目線をリンウェルに合わせ、まっすぐと視線を向ける。

 

「……クロードに計画を持ちかけたのはリン。けどリン1人じゃ何もできなかった。そこで……オーフィアさんを使った」

 

「オーフィアを?」

 

「うん……ラルクに隠れて怪しい行動をしてたから。それにクロードと一緒の時期にレジスタンスに加入したのに、穏健派に残ってたのが不思議だったから……」

 

 リンは視線だけをオーフィアに向けると、オーフィアは静かに首肯する。

 

「リンウェルに脅された……『クロードに話をつけろ』って」

 

「オーフィアさんを介してクロードに接触して、計画に参加してもらった。けれど、リンの想定ではそこの女だけを狙うはずだった。マイケルへの対処は魔獣と攻撃タイプのゴーレムに任せるつもりだったし、オーフィアさんをぶつければそこの女は殺せるはずだ、って」

 

「計画の内容は……テレジーへの復讐と、穏健派への攻撃で合ってる?」

 

「穏健派には手を出さないって話だったはずだったのに……リンは知らないよ」

 

「……エレノアさん、ガイ、シドや仲間たちを襲った理由は?」

 

「それはリンじゃないの。クロードが勝手にやったことだよ」

 

「オーフィアが魔獣化したのは?」

 

「知らない。……オーフィアさんの自作自演じゃないの?」

 

「違う……わたしは魔術、使えない」

 

「なら、一体誰が……」

 

 ……やはり。私の予想通り。

 

 ──黒幕は別に居る。

 

 リンウェルの復讐心を煽るため私を利用して彼らの両親を殺害。いずれ協力を仰ぐだろうことを予想して、且つ穏健派の監視のためにオーフィアを穏健派に残した。

 

 リンウェルはオーフィアの行動を怪しみスパイを見破った、と言っていたが恐らくそれは違う。敢えて怪しい行動を取ってリンウェルに接触させたのだろう。そして案の定リンウェルはクロードに接触し、穏健派への切り口を掴んだ。

 

 ここまではクロードが想定したストーリー。そこに真の黒幕の思惑が入り込んだ。ガリッパが話した、『黒ローブの女』だ。

 

 黒ローブの女は、どうやってかクロードやリンウェルの計画を知り、利用。クロードが貴族に対抗するための魔法石を欲していることを逆手に、黒ローブの女は奴に何かしらの要求をしたのだろう……流石にその内容までは分からないが。そして要求を了承したクロードに細工を施した魔法石が渡った。

 

 そして実際に要求を飲んだクロードが持っていた魔法石はオーフィアに渡り、見事異形化。秘密を握るクロードは狂乱したオーフィアに殺され、黒ローブの女の情報は守られる。それが黒幕の描いたストーリー。

 

 ……確かあの時、クロードは『こいつがあれば、お前ならまだ戦えるのだろう?』と言っていた。魔法石の長所と短所を加味しての発言だと思っていたが……。

 

 もし細工した魔法石をオーフィアに取り込ませることが黒ローブの女の目的だとしたら。オーフィアが私に負けることを見越して魔法石を渡し、さも第2の手段と言わんばかりにクロードに提案していたとしたら。

 

 不完全な異形化を招くよう細工された魔法石は、オーフィアに甚大な影響を与えた。ただ苦しみに喘ぎ、いずれ訪れる死を減っていく魔力と共に自覚するのだ。そして耐えかねた私がオーフィアにとどめを刺す。そうでなくともオーフィアは失血で死ぬ。細工した魔法石を取り込んだ時点でオーフィアは詰んでいたのだ。

 

 ならつまり、黒ローブの女は『オーフィアを殺す』ことが目的だった、ということだ。オーフィアに個人的な恨みを持つ者の仕業になる。誰かに恨まれるような人物には到底見えないが……。

 

「確か、黒いローブを纏った赤髪の女が──」

 

 リンウェルの何気ない一言が、私の世界を根底から揺らした。

 

 ──赤。

 

 赤髪……。ガリッパが言ったのは黒髪の癖っ毛。私が見た黒ローブの女は縦ロールであったため、恐らくガリッパの言っている女とも違う人物だと仮定。

 

 そしてガリッパは『でも、もうちょっと胸が小さかったような……』と発言していた。黒いローブという人相の情報が遮られた中、胸の大きさは数少ない情報源。私が見た黒ローブの女は見るからに相当なサイズであったこと。ガリッパが記憶との齟齬を感じていたこと、の2つから総合して判断する。

 

 つまり、リンウェルが見た人物とガリッパが見た人物は別人ということになる。

 

 

 

 

 

 

 ──なるわけないだろ。現実逃避するな。この特徴は明らかに……。

 

 ザシュ。

 

「え……?」

 

 鮮血の飛沫がラルクの顔に付着する。

 

「あ、あ、あっがぁ……ぐぁ」

 

 リンウェルの胸の中心から突き抜けた直剣は血に塗れ、見事に貫通していることを愚直に示している。

 

 リンウェルの体が浮き、縛り付けられていた椅子ごと会議室を横っ飛びする。壁にぶつかる爆発音が室内に響く。

 

 ……心臓を一突き。一撃だった。

 

「リン……リン……あ、ああ。ああああああああああ!!!!」

 

 黒ローブの女。人一人を殺したというのに、緊張感のない立ち姿で直剣を力なくぶら下げ俯いていた。

 

「お前は、あの時の!!」

 

 伝播する金属音。拳を振り上げたマイケルに対し、黒ローブの女は直剣の腹で受け止める。

 

「アァ、アアアアアアア!!!!」

 

「……うるさい。黙れ」

 

 横から素早く近付いたオーフィアによる飛び蹴り。鍔迫り合いをやめた黒ローブの女は既のところで回避する。追撃でマイケルが追いすがるも黒ローブの女には届かず、直剣がマイケルに接近する。

 

「甘い」

 

 オーフィアの蹴り上げが黒ローブの女の顎に吸い込まれる。大きく体勢を崩した黒ローブの女に、強烈なエルボーを顔面に御見舞する。

 

「ガアァァ、ァア」

 

「──あ」

 

 女が纏っていたフードが大きくズレ、隠されていた素顔が日の目に当たる。

 

「まさか、あれがテレジーの……」

 

 いや、それは違う。エリナではない。違うのだが……。そうと知っていても、予想していたとしても、私が受けた衝撃は凄まじい。

 

「イザ、ベラ?」

 

「……イザベラ。確か、高飛車お嬢様風情の……」

 

「アアアアアアア──―ァア!? ガァアアァアァアアア!!!!」

 

 突然黒ローブの女──イザベラは苦悶の表情で喉を掴むと、その場に蹲って体をくの字に曲げる。

 

「ア、ァァァ……」

 

「イザベラ、なんで……貴方がここに? それに、その様子は──」

 

 私の質問に、イザベラは懐から魔法石を取り出すと直ぐ様それを起動させた。あれは……妙に見覚えのある、転移魔法。

 

「待て! まだ話が!!」

 

 マイケルがイザベラを止めようと走るも既に間に合わない。イザベラの体は灰の粒子へと変え、そのまま何処かへと消えてしまった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「ラルク……私も、貴方に協力するわ。いつでも力になるから」

 

「ありがとう、テレジー」

 

「俺もだぞッ!!」

 

「…………わたしも」

 

「ああ、分かってるよ。マイケル、オーフィア」

 

 黒ローブの女もといイザベラの襲撃から数刻後。私達はオーフィアの審問会もそこそこにおひらきにする運びとなった。そんなのを続ける理由もなかったし、続けられる空気でもない。誰も一言も口にすることもなく、私達は穏健派のアジト──現統合レジスタンスのアジトの玄関へと集まった。

 

 これからはより忙しくなることが予想される。今までは人がいない寂しいアジトだったが、レジスタンスが統合され再集結するとなっては、今後は懐かしい話になることだろう。

 

「……難しいと思うけど、思い詰めないで。貴方の所為じゃないわ。あそこまで接近を気付くことができなかった私が──」

 

「テレジーこそ、思い詰めない方がいいよ。君の所為でもないのだから」

 

「…………」

 

「悪いのは、全部……」

 

 アスキア城を眺め黄昏れるラルク。彼が今何を考えてあの城を見つめているのか。

 

「じゃあ……また今度」

 

「ああ……また今度」

 

 私達は統合レジスタンスのアジトを後にする。

 

 残ったものは何もない。ただの空虚。

 

「テレジー……顔色が悪いぞ。疲れたのならおぶってやるぞ」

 

「いえ……大丈夫……まだ歩くわ」

 

 恐らく、今の私は相当酷い顔をしている。見なくても触らなくても分かる。次々と襲いかかる衝撃的な展開に辟易した。

 

 ただ私だけが置いていかれただけ。

 

 本当に、私だけが置いていかれただけ。

 

 なぜ、私だけが置いていかれたのだろう。

 

 決まっている。私が……逃げたからだ。

 



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第三十九話ッ 終わりよければ全てよしッ!とにかくぶっ放せッ!!※丸く収まると思うな

 

「えーっ、と…………これ、何」

 

「職質だッ」

 

「裁判じゃねぇのかよ」

 

「拷問って聞いてたけど」

 

「どれも、不穏……けど、わたしは全て受け入れる義務がある……」

 

 何か見たことある構図と展開だな。ネタねぇのかよ。

 

 私の隠れ家。その真ん中に設置された椅子に縛られて座らされたオーフィア。『縛られて』というのは椅子に、ではなく。オーフィアをただ縛っただけ。動こうと思えば動ける。なんならオーフィアには魔法石を持たせているので、身体強化で縄を破って拘束を抜けることもできる。

 

 つまりただのプレイ。そういう体を取っているだけ。変態かよ。……いや私がやったわけじゃないけどね? 

 

「というか、何でまたこの縛り方なの……きっこうしばり? だっけ」

 

「わたしが、マイケルに教えたやつ……実践してくれた」

 

「お前が元凶か」

 

 敵に塩を送りやがって。送り返されてるじゃねぇか。あと、ちょっとにやけるな。口角動いたのバレてるぞ。

 

「こうなった理由は……言わなくても分かるな?」

 

 マイケルは一歩前に詰めるとオーフィアと目線を合わせる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……いや誰か喋れ」

 

「……こうなった理由が、本当はちょっと、分からない……」

 

「……俺も」

 

「何なんだよ、お前ら!?」

 

 誰も言葉を発しない空間で、1人ぽつんと縛られて座ってるオーフィアが流石に可哀想だろ!? 

 

「ねぇ、オーフィアの件はもう終わったでしょ。これ以上聞き出しても意味はないと思うけど」

 

「少しだけ、聞きたいことがあってな」

 

「なんでも……答えるわ」

 

 マイケルの発言に前のめりに返答をするオーフィア。

 

 聞きたいこと、か。気になるとすれば、結果としてクロードを裏切る形になっているが、それに対して彼女が思うことはないのだろうか。……思えばあの時、異形と化したオーフィアは真っ先にクロードを処分していた。もしかしたら、個人的な恨みがあった、ということなのか? 

 

「あの戦いの時、魔獣化したオーフィア殿は……意識があったのか?」

 

「……うん。あった」

 

 やはり。思い当たる節はある。まずは先も述べたがクロードを執拗に甚振って殺したこと。彼女らしい慎重で時に豪快な立ち回り。そして私に見せた超反応や的確な黒炎による攻撃。そのどれもが魔獣如きにできる代物ではない。

 

 ということは当然、1つの疑問が湧き上がる。

 

「ならば何故、テレジーを襲った? 最初から意思疎通が取れることが分かれば、もっと早くオーフィア殿を救えたはずだ」

 

「…………」

 

「……最初に言っておくが、オーフィア殿。俺はオーフィア殿を責めたいわけじゃないんだ……ただ理解したいのだ。良き友人として、君に寄り添いたいんだ」

 

「……うん」

 

「ゆっくりでいいから、教えてほしい」

 

 マイケルの言葉をゆっくりと咀嚼するように頷くと、俯いていた顔を上げ喋りだす。

 

「……殺されたかった。テレジーに、殺してほしかった」

 

「『殺されたかった』? ……それはクロードに命令されたからか?」

 

「違う……彼はわたしに何も望まなかった」

 

 どういうことだ。オーフィアの真意がわからない。私に殺されたい? クロードはそこには関係がない? 何故そんな歪な感情を持ち合わせている。

 

「オーフィアさんはクロードに脅されてた、ってわけでは無さそうだよな。こう言っちゃなんだけど、脅されてた人の態度じゃない」

 

 ガリッパの思わぬ角度からの発言。それには私も賛同する。平時の彼女の言動はあまりにも伸び伸びとしていて、後ろ暗い過去があってのものとはあまり思えない。……というのはあくまでも見かけ上の話であって、ただの偏見だ。

 

「脅されてない……ただ『ついて来い』って言われただけ」

 

「ならクロードがオーフィア殿を従わせた理由は?」

 

「わたしに、死に場所をくれた……わたしは、魔力に変換されて、魔法石に取り込まれる定めだった」

 

「それが何故テレジーに『殺されたい』、という願いに変わるんだ」

 

 クロードに関係がないのならば、あとはオーフィアの問題ということになる。あれだけ人にしつこいと思わせる程迫ってきたのに、『友達だと思ってる』と言っていたのに。矛盾している。

 

「思えばオーフィア殿は随分とテレジーに、言葉が悪いが、執着しているようだった。クロードの意思が関係がないなら、それはオーフィア殿が望んだしたことなのか?」

 

「……どっちも。クロードはわたしに穏健派の諜報員としての役割を与えた。そして追加で『テレジーの監視』と『テレジーに命を捧げる』ことを望んだ。……けど、それはわたしにとって願ったり、叶ったり……だった」

 

「……オーフィア」

 

「全部話すから……安心して、テレジー」

 

「ええ……」

 

 それから、オーフィアが語った内容は以下の通りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──オーフィアは、昔から私の存在を知っていた。

 

 それ自体に違和感は全く無い。自分で言うのはあれだが、私の名前は容姿と共に『子供たち』全体に広く知れ渡っていた。理由は1つ、私の魔力量の多さから。

 

 だが、オーフィア曰く私を知ったきっかけは、そんな誰でも知っているような情報ではなかった。

 

「中庭で、魔法の訓練をしてたテレジーを見て……わたしは、自由な生き方だと思って、憧れた」

 

 オーフィアは所謂落ちこぼれで、先天的にも後天的にも魔力量の成長が見られない、言わば『廃棄』……魔力へと変換される事が確実視されていた。避けられない運命の死。それを知った彼女は魔力の訓練にも生きることにも、何もかも全てに意味をなくしていた。そんな時に、私の姿を見たらしい。

 

「何にもない、何も残せないわたしにも、自由に生きていいんだって思って……」

 

「オーフィア……」

 

「欲望に忠実に……女の子を食い荒らすことにしたの」

 

「……ん?」

 

「わたしのことを忘れないよう、じっくりとその体に──」

 

「待ってオーフィア。その話飛ばして。また今度聞くからっ」

 

 ……そうして日々を浪費していた時、ついに魔力試験の日が訪れる。予定調和に試験に落ちたオーフィアは、ある部屋に連れられ『貧民街』へと追放する旨を伝えられた。

 

 それはある意味、オーフィアにとっては死の宣告よりも辛い現実だった。

 

 悔いが残らないよう、やることはやった。やりたいことは全部終わらせた。だから、『まだ生きていていい』と言われたオーフィアは酷く困惑した。目標もなく夢もなく。生きる意味を失ったオーフィアはただ無気力にアスキア街を歩いた。

 

「ある時……クロードに拾われた。『お前の死に場所を用意してやる』って。丁度いいや、って思ってわたしは従うことにした」

 

「それがどうして私に……殺されたいって思うの」

 

「戦うことは、好きだったの……昔から。戦いの中で死ねるなら、憧れだったテレジーに殺されたいって、思ったの」

 

「身勝手よ……それは」

 

「うん……そうだね。わたしが、間違ってた」

 

「貴方は言ったわよね。私に『友達にしてくれる?』……って。なのに、どうして友達にしてくれないの? ……そんな事言うくらいなら、ちゃんと責任を取ってほしかった」

 

「そう、だね……ごめん。ほんとうに、ごめんなさい」

 

 眼の前に居るオーフィアを抱きしめ、おでこを合わせる。

 

「オーフィアは……色々間違えたよ。償い切れないくらい、いっぱい」

 

「うん」

 

「でも、それは私も同じ……一緒に、償っていこう。それが、貴方の生きる意味。一生懸けて、償うの」

 

「うん……」

 

「だから、死なないで」

 

 腕の中のオーフィアを強く抱き寄せる。あの時と同じ。ただ今度は奪わせない。

 

 誰かと関わる以上、人間関係という鎖に縛られる以上、自分の言動に責任がある。私はオーフィアとただの知り合いでは無くなった。勿論それはマイケルもそうだし、ガリッパともそうだ。だから私は彼ら彼女らに一個人として責任をもって接する。それはつまり私の決意。今を守るために、私の夢を叶えるための決意。

 

「ありがとう。テレジー、マイケル。わたしを、助けてくれて」

 

 私が皆を、守るんだ。それが、私にとって『逃げない』ということ。大切なものを失いたくないから。

 

 守りたいって思える何かを、確かにこの手で掴んでいたいのだ。

 

「これにて一件落着、だなッ!!」

 

 本当はもっと問いただして、聞かなければならないことがある。オーフィアを救えた安堵の外側に渦巻く、どうしょうもない蟠りが私を苛む。けれど今は置いておきたい。ただ今を噛み締めたいのだ。

 

 ──この2年、色々あった。嫌なことしか無いと思ったけれど、壁を乗り越えた先にこの光景が待っていた。たとえ死にたくなるような世界も、笑い飛ばして生きていく。それを教えてくれたのは……。

 

 マイケル。ありがとう。そして、これからもよろしく。

 

 まだまだ逃げない旅は始まったばかり。次の旅路に備え、私は立ち上がるのだ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだだ、まだ終わってないッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──は? 

 

「確かにぃ!? オーフィア殿の真意は分かった……だが! それはそれとしてまだやるべきことがあるのだッ!!」

 

「何言ってんの?」

 

「流石にこのまま『はいそうですか』と許すのは腹の虫が収まらんッ!」

 

「いやさっき『これにて一件落着』とか言ってたくせに!」

 

「そこでだ……これよりッ! オーフィア殿の『禊』を行うッ!!」

 

 禊……? 何でそんな事する必要あるの? 

 

「ああ、そういう……オーフィアさん。取り敢えず立って。縄解くから」

 

 え? 何でガリッパはもう把握できたの? 全く訳分かんないんだけど。

 

「さあ、テレジー……一思いに頼む」

 

「『分かってんだろ?』みたいな顔で頼まれても分かんないわよッ!?」

 

「あ、オーフィアさん。そこで机に手をついて。で、もっと腰を突き出して」

 

「ん……こう?」

 

「そうそう」

 

「『そうそう』じゃないわよ! あんたたちさっきから何を──」

 

 見たことのある構図。それは封印されし忌々しき記憶を呼び起こす。

 

『ほら、もっとケツを突き出せッ!! よしテレジー、今だッ!!』

 

『……あーっ、もうッ!!』 

 

『──ああぁぁぁんッ/////♡♡♡』

 

「ああああああああ!? 誰がやるかぁああああああ!?!?!?」

 

「あの時みたいに、渾身の足技でオーフィア殿の尻をしばくんだッ!!」

 

「嫌よッ、絶対に嫌ッ!!」

 

「くっ、わたしは……痛みには屈しないっ……」

 

「それ絶対に屈するやつのセリフぅ!? ノリノリだなお前!!」

 

「いいなあ……あとでオレにもお願いします!」

 

「この流れでしてもらえるとよく思えたなッ!?」

 

「いいかテレジー。よく聞け……」

 

「な、何よ」

 

「──地球は回ってるんだ……俺たちの意思に関わらず」

 

「……はぁ?」

 

「つまり、オーフィア殿の尻をしばいても、地球は回り続けるッ!!」

 

「それが自転とどんな関係があんのよッ!!」

 

「公転の話だったが……」

 

「どっちでもいいわッ!?」

 

「姉貴ッ!! いい加減にするッスっ!!」

 

「何で怒られなきゃならないんだぁあああ!?!? 悪いのは私じゃないでしょッ!!」

 

「……オーフィア殿は罪を犯した。ならばそれに見合う罰がなければならない」

 

「そういう考えも分からなくはないけど、でも尻をしばくことが罪を許すことにはならないでしょ!!」

 

「違うんだ……禊というのは、罪を洗い流し自らを綺麗にする行為なんだ」

 

「だからそれって水を浴びるとかそういったことで、尻をしばくのは関係ないでしょ」

 

「大事なのは行為ではなく、心なんだよ。オーフィア殿の穢を落とすことが大事なんだ……テレジーは、オーフィア殿をこのまま許せるのか?」

 

「それは……」

 

 確かにオーフィアは許されないことをした。けれど私が咎められる問題ではない。これからも背負っていかなければならない罪だ。禊程度で取り除いていい代物ではない。

 

「オーフィア殿を裁きたい訳じゃない。ただ、これを機に心を入れ替え、新たに人生を始めようって、思ってもらいたいんだ」

 

「マイケル……」

 

「さぁ、頼むよ。テレジー」

 

「…………はぁ」

 

 机に手を付きこちらを横目で眺めるオーフィアの背後にとぼとぼと回る。

 

 別にやる気になった訳じゃない。ただ、マイケルの言外に言わんとすることに気付いたから。仕方なく彼の思惑に従ってやろうと思っただけ。だからもう二度とこんなことはしない。

 

「お願い、します……」

 

「……なんでちょっと期待してるのよ」

 

「わたし……Sだと思ってたけど……意外にこの展開……どきどきしてる……!」

 

「……変態が」

 

 これ本当に禊になるの? 新たな悟、開いちゃうんじゃない。性的な方の。……いやそれじゃあ私が原因みたいになるじゃん。それだけは認めたくない。禊。これはただの禊。禊だぞそれ以外にないぞ。

 

「……行くわよ」

 

「うん……きて」

 

 全く……どうしてこうなった。マイケルが来てから、騒がしい毎日だ。なんでここまで来て女の尻をしばがなければならないのだ。

 

 まぁ、でも。しんみり終わるくらいなら、このほうが私達らしいのかな。こんな騒々しい日常も悪くはないのかも。

 

 最近、久しぶりに笑えてる気がする。まるでアスキア城にいたときのような、エリナと過ごしていたあの時のような居心地の良さ。……エリナは今、何を考えているのだろうか。

 

 いや、今はいい。今は、この時間を守っていこう。これも、求めていたものの1つなのだから。

 

「……はッ!!!」

 

「──ん、んっんん゛ん゛あ゛ぁ……♡♡」

 

 オーフィアの快感に震えるくぐもった矯正が、世界を埋め尽くした──。

 

 ……違うッ!! こんなの求めてないわッ!? 

 

 ──私は思考を取り戻した。

 




ここまで読了頂きありがとうございます!予定よりも遅くなりましたが、これにて第一章の終わりです!

これからも続けていく所存ですので、どうぞよろしくお願いします!


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第二章
第四十話ッ マイケル見参ッ!!※相変わらずの男


 

「ん、はぁ……ん……」

 

「はっ……はぁっ……!」

 

「ん、あ……はっ、あぁ……んぐっ……」

 

「はぁ……はぁ……オーフィア、殿……」

 

「なに……マイ、ケル……?」

 

「大丈夫か……? 辛かったら、いつでも──」

 

「大、丈夫……大丈夫、だから……ぁ!」

 

「でも、そんな辛そうな顔して……」

 

「いい、の……この痛みが、わたしの宝物なの……」

 

「オーフィア殿……」

 

「マイ、ケル…………んっ」

 

「オーフィア殿ッ!!」

 

 地面に倒れ込むオーフィア殿を支え、なんとか地面とキスするのだけは防ぐ。乙女の唇が濫りに汚されていい道理はない。今日のオーフィア殿は黒のワンピースではなく薄手の白ワンピースだ。髪を一纏めにしていつもより爽やかな印象を受ける。そんなオーフィア殿が薄手の恰好をしているのには理由がある。

 

「暑い……暑すぎぃ……」

 

「そうだな……」

 

 厚い灰色の雲に囲まれつつも、強く差し込む光が確かな太陽の存在を示す。これでも今日は太陽が出ている方だ。もし鎧を着ていたら蒸し焼きになっていたな。それくらい気温が高い。

 

 額から流れる玉のような汗を拭う。砂漠の奥から届く僅かに吹く熱風が頬に当たる。流石のオーフィアも随分と疲れた様子。水筒を手渡すとぐびぐびと飲んでいき、一気に空になった。

 

 俺たちが今いる場所は、アスキア城下町の北城門にある北栽培区画。その一角の畑にて農作業に従事していた。

 

 あの大規模な作戦から数週間。旧レジスタンスの崩壊と、分派したレジスタンスの統合によるアスキア街の混乱は、様々な影響を及ぼした。まずは治安の悪化。今まで革命派レジスタンスが統治、管理していた荒くれ者たちが一斉にのに放たれた。そのおかげで各地で暴力、窃盗、その他多くの事件が多発。暫くは俺たちもその対処に追われ東奔西走していた。

 

 また、レジスタンスに不信感を持っていた人達が挙って押しかけ、レジスタンスの拠点が多数の市民によって襲われた事もあった。軍出身者も多かったことから人数差を戦力でカバーし、なんとか耐え忍ぶことが出来た。

 

 そしてもう1つ。栽培区画の従事者の減少。暴動によって怪我人や死人が続出。その結果働き手が減少したことによって国内の食料配布が滞った。このままでは餓死者すら出かねると危惧したラルクは、なるべく多くの人員を集めて栽培区画へと送り出した。それはレジスタンスのメンバーはもちろん、俺らも例に溺れなかった。そのため、俺とオーフィア殿はこうして収穫後の畑を鋤き込みをしていたのだ。

 

 いやぁ、異世界に来て鍬を持つことになるとは。人生何があるか分かったものじゃないな。はははっ。

 

「う、ぅう……ひっ、ぐ……」

 

「テレジー……元気、出た?」

 

「出るわけぇ……無いでしょうがっ……!! うわあああああん!!」

 

「流石に、やり過ぎた……『ヤリ過ぎ』るのは、ベットだけにしなくちゃ」

 

「うわああああああああん!! 皆が私をいじめるんだぁあああ!!!」

 

 手に持った三角ホーを捨て、地面に蹲って泣き叫ぶテレジー。いつもの黒コートは着ておらず、晒しとホットパンツだけというセクシーな格好をしている。髪を後ろで結ってポニーテールを作り涼しげだ。

 

「おー、それにしても大分雑草取れたな」

 

「うぅ……私は、雑草を取ることしか出来ないゴミ女です……雑草が雑草を、取ってます……」

 

「考え過ぎ……テレジーは雑草を取れる凄い人。つまり……根気強い人」

 

「オ、オーフィアぁ!!」

 

「ま、わたしは……畑を起こせるけど」

 

「うわああああああん!!! 私は力仕事も出来ないクソ雑魚ナメクジですぅうう!!」

 

 ああ、また泣いてしまった。子どものように泣きじゃくるテレジーの背中を擦って慰める。いやはや、どうにか泣き止まないものか。

 

「いやいやこれだけの広さの畑の雑草を1つ残らず取るのは偉業だぞ」

 

 俺たちが任されたこの畑の広さは大体10aくらい。大体10m×100m程度の広さだと思ってくれればいい。到底3人でこなせる範囲じゃない。それが如実に作業者の少なさを示している。俺とオーフィア殿による地道な畑の鋤き込み。回復魔法を使いながら体力を回復させていたから、常人よりは遥かに早い作業速度だったと思う。正に魔法様々、といったところだ。

 

 一方テレジーは、先の戦いでのマインドショック……ではなかった、魔力障害による後遺症がまだ残っていた。大分自由に体を動かせるようにはなったらしいが、それでも長時間の作業は病み上がりの彼女には堪えるものがある。だから、テレジーには畑の雑草取りを頼んでいたのだ。雑草はある程度取っておかねば、鋤き込んだとしてもすぐに生えてきてしまう。地味だが大事な作業なんだ。

 

「はは……どうせ私に出来ることなんて……はは……陰険引き籠もり魔法オタの私らしいや……隅っこでちまちまちまちま……楽しいなぁ……」

 

 むう、テレジーがネガティブな考えに染まってしまった。これはいかんな。天を仰ぎながら暗い瞳で譫言を言い出し始めたぞ。

 

「テレジー、喉は乾いてないか。水はまだあるか?」

 

「えぇ、大丈夫よ……貴方たちと違って、私は『ほぼ』動かないから……」

 

「……疲れたなら、休んでいいんだからな」

 

「ふふ、問題ないわ……ゆっくり、それは『ゆっくり』とやっているから」

 

「……うわぁ、ネガティブ・ヒステリック女だ……きつぅ〜」

 

 オーフィア殿。それは言い過ぎでは? 

 

「そんなに気落ちすること無いと思うぞ。体が不調なのは皆分かってるんだ」

 

「わたしと、マイケルを頼って」

 

「えぇ……分かってる。ありがとう、2人とも。けど……けど……そうじゃなくて……」

 

 地面に転がった三角ホーを取ると杖のようにして立ち上がり、雑草取り作業を再開する。

 

「──あんなに言うこと無いじゃないッ!!」

 

 叫び声を上げながら三角ホーを地面に叩きつけると、今度は地面を踏み荒らしながら泣き叫ぶ。おお、なんと可哀想な三角ホー。取り敢えず、地面を踏みつけるのやめてくれ。固くなっちゃうから。

 

「私が悪いのかなぁ!? だって武器が壊れるのって仕方ないじゃん!? 使ってたらいつかは壊れるよね!? 壊したくないなら部屋に飾って埃被しとけッ! というかそんな簡単に壊れる武器なんか作ってんじゃないわよこのヘボ鍛冶屋がッ!! 前世は詐欺師でもやってたんじゃないのッ!? あの白髮引き籠もり大鎌オタクが、私より年下のくせに調子乗ってんじゃないわよッ!!」

 

 この、この、このッ!! っと怒りを込めて放たれる足蹴りによって三角ホーは地面へと埋まっていく。

 

「ああ……また爆発、しちゃったね……」

 

「うーむ、こればっかりは俺にも責任があるからなぁ……」

 

 暴れ狂うテレジーを傍目に、俺達は遠い目で未だ作業が終わらない畑を見渡す。……こりゃ大変だ。

 

 ──何故テレジーがこんなにも情緒が不安定なのか。それは今よりも数日前の出来事に起因する。

 



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第四十一話ッ 君だけの勇気ッ、必ず探し出せるさッ!!※目線を逸らすな

 

「ごめんなさい……持ってもらっちゃって」

 

 テレジーの大鎌を背に、俺は玄関を潜ってドアに施錠する。この家は前までのボロ屋敷の地下室ではなく、ガリッパに見繕ってもらった新居だ。広さは前の地下室とは大きく変わらないが、やはり地上にあるという分、人間らしい生活ができるのが素晴らしい。

 

 新居についてからまず俺は家屋をいっぱい運んでインテリアも充実させた。これから長く住む家なのだから、愛着が湧くよう工夫はしなければな。テレジーには『要らない』と何度も言われたが、飾りつけが終わった部屋を見たテレジーの嬉しそうにはにかむ顔を見れただけで、俺としては儲けものだ。

 

「なに、これくらい構わないさッ」

 

「…………う、うん。お願い、するわ」

 

「ふむ、さっきから様子がおかしいな……緊張でもしてるのか?」

 

「き、きききき緊張感なんてぇ……ま、まっひゃ、まっく、全くしてない」

 

「緊張、してるね……」

 

 オーフィア殿は小首をかしげ、前を歩くテレジーの挙動不審ぶりを不思議そうに見つめる。

 

「せめて……せめて槍の穂先だけでも残ってれば……今からでも取りに戻ろうかな……。この大鎌だって……なんでこんな所壊れるのよ……聞いてないわよ……!」

 

 槍の穂先……というのは俺が折ってしまった大槍のことだろう。大鎌については恐らく、刃と柄の連結部が破損してまったことを言っているのだろう。

 

「もしかして、壊してしまったことをアリシア殿に言うのが怖いのか?」

 

「いいえッ!? 全ッ然ッ、怖くないですけど!? 年下のチビに誰がビビるかっての!!」

 

 む、これはビビってるな。

 

 まぁとはいえ、槍に関しては俺が悪いから、テレジーが怒られる心配はないと思う。その時になれば口添えしよう。

 

「手、震えてるよ……」

 

「わざとよッ! 演出よッ!!」

 

 要らなくないか、その演出。

 

「あんたたちは知らないだろうけど、あの女は自分の作ったものへのこだわりが凄いの」

 

「確か大鎌が大好きなんだっけか」

 

「いえ違うわ。崇拝してるの。あの子にとっては神であり親であり友人であり彼氏なの」

 

「え、なにそれ怖い……大鎌って男だったんだ。……あの曲がってるところを、男根に見立ててるのかな……痛そう」

 

 オーフィア殿。ツッコミ入れる場所、そこじゃないと思うが。あとさり気なく下ネタ混ぜるのやめような。

 

「大鎌はもちろんのこと、他の練習用で作った武器でさえ謎のこだわりがあるの……絶対に壊れないって自信が」

 

「それは鍛冶師として悪いこととは思えないが」

 

「違うの! あの子の武器すぐ壊れるのよ!!」

 

「ううん、違うよ……テレジーの扱いが雑なだけ」

 

「そんな事無いわ。だって初めてもらった剣だって2、3回使った程度で折れたのよ?」

 

「どうせ剣先を地面に押し付けたり……剣の腹で打ち合いしたり……投げたりしてたんでしょ」

 

「…………」

 

「ほら」

 

「し、信用してるのよ、武器を! 『その程度で壊れないでしょ?』って、信じてたの!!」

 

 凄いな……テレジーを口だけでここまで追い詰めるとは。オーフィア殿、やるな。それに先程の口ぶり、テレジーの戦闘の観察と実際に打ち合った傾向から、テレジーの武器への扱いを見抜いた故の発言なのだろう。凄まじい観察眼だ。

 

「武器は大事にしなきゃ……のんのん」

 

「そうだな。日頃の整備が大事なんだ」

 

「整備? そんなの要らないでしょ」

 

「え……」

 

「oh……」

 

「何か間違えたこと言ってる? 私」

 

「えーっと……怒られたほうがいいと思う。作った人に」

 

「嫌よッ! ……あ、店にはオーフィアから入ってね。そしてまずはオーフィアの武器の相談からしましょ! あとマイケルの話もね! ね!?」

 

 この女。ずるいな。

 

 初めてテレジーに対してマイナスな感情を抱いたかもしれん。確かにオーフィアのあたらしい武器を見繕う話をすれば、鍛冶師としては何より嬉しい話だろうし、今後炎上するだろう話題を前にいい鎮火材になるだろう。

 

 だが忘れるな。最後には火山が噴火する。火砕流に巻き込まれないようにしなくてはな。

 

「今更だが、この武器は俺がもらっていいんだよな?」

 

 オーフィア殿の元愛剣、刀身を潰した刃渡り1.5メートルの黒塗りの特大剣を手に取り眺める。オーフィア殿の髪と瞳を写したような綺麗な黒。オニキスを彷彿とさせる輝きは、太く分厚い刀身の暴力的な見た目とは裏腹に、見る者に芸術性を見出させる。

 

「うん。もうわたしには……持てない」

 

「別に魔力があるのだから、持てないってことはないでしょ」

 

「その武器は……棺と一緒になって初めて効力が発揮される……だから、イチモッツ君単体じゃ、不完全な魔道具なの」

 

「は、はぁ……」

 

「つまり……イチモツとたまたまの関係性と同じ、ってこと」

 

「いや説明は求めてないわよッ!!」

 

 いまいち卑猥な武器を携えることに若干の抵抗はあるが、現状これ以上に頑丈で扱いやすく、俺に見合う武器はないだろう。貰えるのであればありがたく貰っておこう。それに今はエレノア殿の遺品のリボルバーもある。武装が充実しているな。

 

 アリシア殿に俺からはこのリボルバーの改造と銃弾の作成を依頼してみるつもりだ。この街の数少ない優秀な鍛冶師と聞いた。なら、駄目元でも頼んでみるのが吉だろう。もし駄目でもいざとなれば銃弾は俺が作るから問題はない。

 

 世間話もそこそこに、俺たちはアスキア城下町の地下商店街に辿り着く。ここは元々地下水路の一部であったが古くなって老朽化し、使われなくなって廃棄されていた場所。そこを利用して集まった人々が闇市を形成し、今ではアスキア最大の商店街を築いている──らしい。

 

「──まぁ、ここ以外に碌な店は無いんだけど」

 

 例に溺れず街の地理と歴史に詳しいテレジーによる解説を聞きながら、俺たちは闇市を進んでいく。この情報はどこから仕入れてきたんだろうな。大したもんだ。

 

「……ここ、って」

 

「ああ……そこは、行かないほうがいいわ」

 

 オーフィア殿が眉を顰めテレジーの方に視線を送る。テレジーの視線の先には何らかのお店が存在していて、看板には文字が書いてあるが俺には分からない。

 

「あの城から捨てられた貴族が集められた場所よ……それ以上は察して」

 

「なるほどな……早く移動するとしようか」

 

「そうだね……」

 

 嫌な感覚だ。

 

 仕方がない、とは思う。未だ『貴族』と呼ばれる魔法師たちと、『貧民』と揶揄されるアスキア市民たちの間には深い確執がある。テレジーの話であれば、とある試験に落ちた者の中から数名がアスキア城下町に追放されるとか。恐らくそれはある程度の魔法師達をアスキア市民に与えることで、増えすぎた憎悪の捌け口を用意する意図なのだろう。

 

 ……胸糞悪い話だ。本来なら一も二も無く救いに行きたい。しかし、俺には出来ない。『陽気パワー』というものの本質に気付いてしまった今では、そんなことすら俺には出来ないと悟らせた。それに、今は陽気パワーが枯渇している。先の作戦の最後、魔獣化の魔法石によって異形化したオーフィア殿を救うため陽気パワーを惜しみなく使ったためだ。だからどの道俺には何も出来ない。

 

 テレジーとオーフィア殿を守るのが今の俺の精一杯。欲張るな。人間の腕は2つしか無い。なら守れる数も限られる。それだけの話だ。……全く、嫌になる話だ。

 

「こ、ここ、こ、こ、こここここ──」

 

「着いたって……マイケル」

 

「ほう、ここか」

 

「じゃあ……開けるね」

 

「ま、待って、心の準備がぁ!?」

 

 そんな俺のくだらない話は置いておいて。一層慌ただしくなるテレジーを無視したオーフィア殿の非情にも思える開扉。俺たちは件の鍛冶師、クレイトン殿及びアリシア殿の経営する店へと踏み入れた。

 



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第四十二話ッ 喧嘩を売る相手は間違えるなよッ!!※喧嘩を売るな

 

 木製の扉が建て付けの悪さ故か、ぎぎぎっと耳障りな音を立てて開かれる。店内から金属特有の臭いと、外見にそぐわない綺麗な店内が広がる。

 

「あ、誰だ? ここに置いてるもんは常連客にしか売らねぇぞ」

 

「……酷い。名前を忘れるなんて」

 

「マイケルだッ!! 何度も言わせるな」

 

「いや知らねえよ」

 

「あ、ご、ごめんなさい! 私の連れなの、クレイトン」

 

「いや、誰だ。そんな女らしい喋り方するやつ知らねぇぞ」

 

「何でよ!?」

 

「あ、その見たことのある黒コート……テレジーか。なんか変わっちまったな」

 

「判断したのが黒コートッ!? 私に関係ないところッ!!」

 

 ガビーン、と音が聞こえそうな顔でショックを受けるテレジー。すまんすまんとあまり反省していない表情で謝るクレイトンに、オーフィア殿は近付いていく。

 

「この店には……女がいると聞いた。抱かせて、お願い」

 

 ほう、欲望に素直だな流石に驚いた。武器を作るという話しだったはずだが。いきなり下ネタをかますとはやりおるな。悪く言えばいつも通り。

 

 だがオーフィア殿……今の、冗談にしては熱が入りすぎでは? 

 

「な、何だこの淫乱女! 俺の妹に手は出させねぇぞ!!」

 

「間違った……抱かせてください、お兄さん」

 

「どこを直したんだよ!」

 

 うーむ。もしかしてこの人、本気か。目が真剣さを帯びている。

 

 ……それにしてもたくさんの武器だ。直剣やら曲剣、槌や斧、棍棒やら槍まで様々な種類の武器が置いてある。そのどれもが業物であると素人目から見ても分かる。しかしどこにも大鎌は置いていないな。噂に聞く人物ならば誰も彼もに大鎌を勧めるため大鎌しか展示していない思っていた。なるほど『能ある鷹は爪を隠す』ということか。

 

「う゛う゛ん゙……うるさい、兄さん……」

 

 店の奥からまだ垢抜けない様子の女性が姿を表す。おお、それにしても……凄いな。元は白かったのだろう髪は煤だらけになってボサボサ。頬や露出している腕も同様に煤で黒ずんでいる。パジャマのような作業着も汚れていて、テレジーから聞いていた美少女の印象とはかけ離れた姿だ。ただ、くまの目立つ目元のルビーの瞳だけは輝いて見えた。これだけ見たらただのズボラな女の子、といった印象だが。

 

「アリシア!! お前パジャマで作業場に入るなって言っただろ!? これで何回目だ!!」

 

「ごめん兄さん、つい! 大鎌の夢小説書いてたら、溢れ出る創作意欲が私を作業場へと導いたの!!」

 

 夢、小説。

 

 ほう、なるほど。これはあれだな。

 

 ……噂通りの変態だな。

 

「大鎌……大鎌ッ!? 私のデスカッターだぁああああ!! アァァアアアアメェェェエエエエンンンッッ!!!! 神よッ! 私は救われたぁ!!」

 

「お、おお……」

 

「すごい……マイケルが、狼狽えてる……」

 

 ここまで来ると変態も極まれり。尊敬すら覚える。なにか1つの事に熱中し、努力できるのはある意味才能だ。

 

 褒めてはいないが。

 

「さぁ、さあさあさあさあ!! 私に、大鎌を、見せてぇええ!!」

 

「あ、ちょっ、ちょっと待って! 待ってほしいなぁ!? まずは顔洗ってきたら!? 汚いわよ、あと臭い!」

 

「汚い格好で会議室……入ってきた、くせに」

 

「シーッ!!」

 

 物凄く興奮した様子のアリシア殿に引きながらも、早くも危機的状況に陥ったことを悟ったテレジー。話題を逸すのはいいが……うーむ。テレジー……度し難い人だ。遅かれ早かれ、大鎌は預けなければならんのだぞ。

 

「……アリシア、でいいんだよね」

 

 なおも迫るアリシア殿を止めたのは意外にもオーフィア殿。俺とアリシア殿の間に入るとアリシア殿の手を取って至近距離から見つめる。ふぅ、よかった。手負いの獣より恐ろしい目で迫ってくるアリシア殿をどう止めようかと思案していた所だった。

 

「えっと……」

 

「オーフィア」

 

「オーフィア、さん? その……なんで手を……にぎにぎしてるんですか?」

 

「可愛い女の子の手は……触っとかないと」

 

「初対面でセクハラするな」

 

「お、俺の妹に手を出すなっ!」

 

「もう出されてるわよ」

 

「わたしと子ども……作って欲しいの」

 

「子どもぉ!?」

 

「アリシアに子どもはまだ早いッ! あんた、責任を持てるのか!?」

 

「黙ってろ、クレイトン」

 

「間違った……武器を作って欲しいの」

 

「間違えるか」

 

「あ、ああ……武器、ですか……よかった……」

 

「タメ口で、いいよ。駄目、かな……?」

 

 アリシア殿は思案……というよりちょっと驚いたような、恥ずかしがっているような顔で俯く。というよりオーフィア殿、顔が近いな。場所は選んでくれ。

 

「だめ、じゃないけど……ちょっと離れて……!」

 

「……硬いけど、綺麗な手。努力してる証……わたし、好きだよ?」

 

「あ、だ、だめ……くすぐったいよ……!」

 

「ちょっ……あ……でも……んー……」

 

 手を撫でながら、徐々に距離を詰めていくオーフィア殿にどぎまぎする様子のアリシア。そして止めようにも『これはこれで時間稼ぎできるし、止めるべきかどうか悩むなぁ』といった顔のテレジー。ふむ……俺が間に入ろう。話が進まん。

 

「オーフィア殿。俺も用事があるんだ。そろそろいいか?」

 

「んー……しょうがない」

 

「あ……うん……」

 

 名残惜しそうに手離すオーフィア殿だったが……。

 

「……え、アリシアなんで満更でもない顔してるの?」

 

 む、アリシア殿の様子が変だ。何でちょっと頬を赤らめて……まさか、そっちの人か。いや絆されただけか、オーフィア殿に。

 

 そうだよな? 

 

「アリシアって、魔道具、造ったことある?」

 

「魔道具? ないよ」

 

「そっか。なら、一緒に造って……くれない、かな」

 

 一緒に? この場に居た全員が首を傾げる。確かこの特大剣はオーフィア殿が造ったと言っていたが、まさか鍛冶も出来たのか。いや嘘とは思っていなかったが。深く考えたことはなかっただけで。

 

「昔は魔法が使えたから造れた……けど今はできなくて。だから、作るのを手伝ってほしい」

 

「え、オーフィアさんって、貴族……なの?」

 

「うん……駄目だったかな。貴族の武器作るの、嫌?」

 

「……ううん。作るよ。それに……」

 

「それに?」

 

「──魔道具、造れるんでしょ!? 魔法が絡むなら私の理想の大鎌が造れるかも……やる気、出てきたぁあああああ!!」

 

「あ、大鎌は……のんのん」

 

「なんでぇ!? いいじゃん!! 大鎌だよ!?」

 

「断固拒否」

 

「むぅ……しょうがないか……はぁ……テレジーで我慢しよ」

 

「できればやめて? 別に欲しくないから」

 

「ありがとう……アリシア。いっしょに、つくろう……ね?」

 

 オーフィア殿はアリシア殿の首元に抱きつくと、耳元で囁く。ほう、まるで百合だな。というか百合だ。

 

「オ、オーフィアさん……だ、駄目だよ。女の子同士、何だよ……?」

 

「ふふ、そうだね……」

 

「だめだって……これ以上は!」

 

「ん……かわいい。こういうの、はじめて?」

 

「あ、ほんと……だめぇ……」

 

「──いい加減に、しなさいッ!!」

 

 スパァンッ!! 

 

「痛ァァ!?」

 

「ア、アリシア!! 大丈夫か!?」

 

「うぅ、兄さ〜ん……あの人、怖ぃ……」

 

「よしよし……お兄ちゃんが守ってやるからな」

 

 オーフィア殿は突如頭に襲った痛みに蹲って悶える。流石に見るに絶えないオーフィア殿のしつこさに呆れ、テレジーによる平手打ちが炸裂した。

 

 うん、ちょっと遅いな。いつもの君ならもっと早く制裁してたろうに。窮地を助けるヒーローになろうとしたんだろうけど。ヒーローは下心を持って助けてはいけないよ。君がそんな人だと思わなかったよ。

 

「お、よく見たら鎧の。あんたいいもん持ってんじゃんか」

 

 アリシア殿を抱き寄せるクレイトン殿は、俺が腰のホルスターに下げていたリボルバーに指差してこちらに渡せと手招きする。

 

「む、分かるのか?」

 

「ああ、これでも元軍人だからな」

 

「ほう、やはりか。体付きがよいと思っていたのだッ」

 

「そいつはどうも。引退してから大分経ったが、一応鍛えてはいるんでね」

 

 クレイトン殿は手に持ったリボルバーをあらゆる角度から観察する。時にハンマーを引いてみたり、シリンダーを開けて回してみたり。すると次第に表情が曇っていくのが分かる。

 

「……なあ、これ……何処で手に入れたんだ」

 

「これは知り合いの遺品でな。詳しい場所までは……」

 

「ならそいつ元貴族だったんじゃないか? これ、貴族御用達の拳銃だぜ」

 

「え……エレノアが貴族?」

 

「ったく、身近な所に貴族がうじゃうじゃと……不思議な縁もあったもんだぜ」

 

 むぅ、エレノア殿が……。まあ確かに立ち居振る舞いから何処となく気品さを感じ、言動も気丈で自信家であった。俺の想像する貴族らしいといえばそうだが、果たして本当にそうなのか。

 

「違う……それ、エレノアが闇市で拾ったやつ」

 

「闇市? ……闇市に貴族の銃が流れたなんて聞いたことねぇな。いや決めつけは良くないか。闇市なんだ、何が置いてあっても不思議じゃねぇ」

 

「まず、貴族街から物を持ち込む、なんてことが許されてないの。というか銃なんて見たことないわよ」

 

「へ〜、そういうもんか」

 

 2人の反論ですっかり納得した様子のクレイトン殿。彼の言うことも最もだ。2人の意見も頷ける。しかし果たしてそういうものだろうか。俺としては、何か大事な事が引っ掛かっているような気がする。記憶の片隅に置いておこう。……テレジーが難しい顔をしているのが気になるし、な。

 

「そいつのカスタムを頼みたい」

 

「いいぜ。内容は?」

 

「グリップを変えて欲しい。サイズは後で俺が削る。あと砲身を太くするのと、サイトを3点ドットに変えてくれ」

 

「……あんたも元軍人か?」

 

「そうでもないさ……銃弾の作成も頼めるか。材料はこちらで何とかする」

 

「なら構わないぜ」

 

 なるほどクレイトン殿は銃に詳しいようだ。十中八九アスキア帝国軍の出身者なのだろうが、銃のカスタムまで知れ渡っているのだな。俺のは所詮付け焼き刃の知識でしか無いため、多少俺好みに変えるだけだ。これしか知らん。取り敢えず俺の用事は終わった。

 

「ねぇ、そろそろ……大鎌! 見せて!!」

 

「ん、ああそうだな……ほら、こいつだ」

 

「あ、マイケルぅ……!」

 

 わなわなと今にも泣きそうな顔で見つめられてもな。テレジーよ。諦めてくれ。どの道こうなるしか無い。

 

「あはぁ……大鎌さまぁ……。ん、意外と綺麗に使ってる。てっきり刃こぼれの1つでもあるって思ってたのに」

 

「で、でしょ!」

 

「んー、やっぱ私の作品凄いなぁ……こーんなにもかっこよく──」

 

 パキンッ。

 

 カラカラ、と金属の破片が地面に転がり音を立てる。誰もがその破片に視線を寄せ、耳が痛いほどの沈黙が伝わる。大鎌の連結部分、曲剣と棍棒の変形機構の部位が破損した音だ。アリシア殿の手にはそれぞれ曲剣と棍棒が握られている。アリシア殿は真っ二つになった部位を見つめたまま、石像のように固まった。……これはまずいか。

 

「あ……これ……え……」

 

 驚きのあまり譫言のように、言葉にならない言葉が口から漏れ出る。目の前の現実をうまく処理できていないといった様子だ。

 

「……アリシア、これ」

 

 席を立ち上がりアリシア殿の隣に立って大鎌を見つめるクレイトン殿。そしてその様を見るからに震えながら見守るテレジー。何とも不思議な構図だ。

 

「わ、わ、私、悪くないわよ!? だってアダマンタイトだし、壊れないって聞いてたし、信用して使ってたの。そしたらなんか急に? 嫌な音が聞こえてさ……! いや、まぁ確かに? 石突で高跳びしたり、地面に何度かぶつけたり、変形を中途半端にしたまま振ったりしたけど……ていうか、大鎌が良くないのよ。私には合わないし、使いにくいっていうか。ぶっちゃけ弱いっていうか」

 

「…………」

 

「そう、これに懲りたら大鎌とか作んないほうがいいわよ。これ以上アリシアの恥をさらさないよう言ってあげてるんだから。年上の忠告は素直に聞いておいたほうがいいわよ!」

 

「……は?」

 

「……テレジー。『やぶ蛇』って知ってる?」

 

 うむ。本当にその通りだと思う。オーフィア殿が正しい。

 

「うっ……つまり、その武器は弱いのよ!」

 

「……なんで、この人は……そういう……」

 

 うーむ。アホの子だ。絶対に言わないが、間違いなくアホの子だ。

 

「さっきから黙って聞いてれば……ぐちぐちぐちぐち……」

 

「……えっと、その! 悪気はないのよ、本当に」

 

 嘘つけ。敢えて煽ってたようにしか見えなかったぞ。

 

「……ねぇ、そういえば私が渡した槍、どうしたの。整備したいんだけど」

 

「え? 折れちゃったわ…………あ」

 

「────ああぁぁああぁぁああぁぁあああああッッッ!!!!!!!!」

 

 ガンッ!! ガンッ!! 

 

 突如として頭を壁に何度も何度もぶつけながら、狂ったように叫ぶアリシア殿。額から血が飛び散るのも構わずに、只管に頭をふり続ける。

 

 これが俗に言う狂乱といったやつか。

 

「マイケル。近づかないほうがいい。死ぬぜ」

 

「うむ、分かった」

 

「えくす、ぷろーじょん……」

 

「大鎌を、大鎌をバカにしやがってぇええええ!! 絶対に許さない、この、ヘタクソッ!!」

 

「はぁ!? 誰がヘタクソですって! あんたあのクソみたいに使いづらい武器振るったことあんの!?」

 

「大鎌は最強なんだッ!! 使い手によって真価を発揮する神殺しの武器だッ!! 神を超えた神武器だッ!! ていうか剣も槍も折っておいて大鎌の所為にするとか何なの!? 認めなよあんたがヘタクソだってこと!!」

 

「ヘタクソじゃない! 大鎌が悪い!! 変な武器ばっか作ってないで真面目に──」

 

「はぁ!? 変な武器ですって!? 変なのはテレジーの方でしよ、この陰険陰湿ネガティブクソ女! 誰が武器作ってあげてると思ってんのよ!! そんなに嫌ならそこら辺の木のぼっこでも振るっときなさいよ!! 整備要らずで良かったわね!!」

 

「か、勝手な憶測で馬鹿にすんな!! この引き籠もり、陰キャ趣味、髪ボサボサ、ブラコン、まな板、大鎌変態女!!」

 

「いいですとも良いですとも!! 私は引き籠もり陰キャですぅ! 毎日金槌振るえて幸せだし、髪はボサボサでも武器の切れ味は最高だし! あと、たった1人の家族のお兄ちゃんのことが大好きで何の問題があるの!? ていうかまな板はあんたもでしょ!? 大鎌の偉大さがわからない女は吠え面かくことしかできないんだね!! 負け犬テレジー!!」

 

「この、メスガキがッ!! 年下のくせに生意気よ!!」

 

「はっ、この際だから言わせて貰いますけどね──」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 30分後。

 

「──ほんと、人の気も知らないで言ってくれちゃってさ! 大鎌はね、ほんとはテレジーみたいなヘボモグラが持つ権利なんて──」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 さらに30分後。

 

「──いい? 大鎌は神が遺したこの世の宝なの! 分かったら二度と生意気な口聞かないでよね! この、クソ雑魚ナメクジ!!」

 

「うっ、うう…………」

 

「ほら、テレジーなんかこれでいいのよっ!!」

 

「いたいっ……! あ、これ、三角ホー……雑草取るやつ……」

 

「それ使って、大鎌の良さを噛み締めてなさい!!」

 

「はい……」

 

 む、終わったか。とぼとぼと店外へと出ていくテレジーの背中を見つめる。なんと哀愁漂う背中だ。年下の子に1時間も説教と罵倒された人間は、こうも小さく映るものか。

 

 いや干渉に浸っている場合でもない。取り敢えずテレジーを慰めに行くとしよう。……だが、その前に1つ言い残したことがある。

 

「アリシア殿」

 

「……何ですか」

 

「槍を折ってしまったのは俺なんだ。強敵との戦いでな……言い出せずにすまない。タイミングを失ってな。だが、あれは見事な業物であった。あれがなければ俺は死んでいた。……そのことの礼を言いたい」

 

 頭を下げて感謝の言葉を述べる。これで少しでも溜飲が下がってくれればよいのだが。あとは、そうだな……アリシア殿が自らの過ちに気付いてくれれば。

 

「そう、ですか……」

 

「……アリシア。また今度来る。打ち合わせ、しようね」

 

「あ、うん……また……」

 

 オーフィアは一足先にテレジーのところへ向かう。心なしかいつもより優しい顔をしていた気がする。いつも仏頂面だから、真意が分からなくなるときがあるが、こうして眺めると分かりやすい人だなと思う。

 

「その、マイケルさん」

 

「なんだ?」

 

「その……また、お店に来てくれませんか。……テレジーと一緒に」

 

「……もちろんだッ! 今後もよろしくッ!!」

 

 女の子の落ち込んだ顔を見るのは紳士ではない。そちらの対応は兄上殿にお任せするとしよう。木の扉を開け、薄暗い商店街に出ると来た道を戻っていく。その途中の路地裏にテレジーはいた。

 

「はは、ははははははははははは────」

 

「あ、マイケル……ちょっと、やばいかも」

 

 日の当たる場所に出たはいいものの……ちょっと陰鬱としているな。太陽が恋しいぜ。

 

 ──かくして。テレジーがおかしくなってしまった、というわけだ。

 



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第四十三話ッ この世の全ての食材に感謝ッ!!※合掌

 

「…………ん〜……うぅ……」

 

「無理するからだぞ」

 

「ごめん……ほんとに……ごめん……」

 

「構わないさ。こんな時くらい、頼ってくれ」

 

 あれからしばらくもしない内に顔面から倒れ込んだテレジー。今は俺の背でおぶられて揺られている。俺たちのせいでもあるしな。見抜けなかったのもそうだし、もっと気遣いができたはずだ。オーフィア殿にも一言言っておかねば。何を自分のことを棚に上げて、と言われたらぐうの音もでないが。

 

 棚に上げて、か。最近どこかで聞いた気が……エレノア殿か。あの時は確かエレノア殿はガイ殿に『自分のことを棚に上げるどころか、神棚にでも備えてるつもり?』と言ったのだったな。

 

 ……思えばあれだな、この世界にも神棚があるのだな。流石に宗教は違うだろうが。

 

「回復魔法、かける?」

 

「……ううん、要らない。自分でするから」

 

「そう、だよね……」

 

 あれ以来、テレジーは定期的にオーフィア殿の魔法石に魔力を充填している。オーフィア殿の体は魔力障害によって脆弱し、自身の力では生体維持が難しい状態。それを外部の力である魔力の供給によって支えることで、その命を繋ぐことに成功した。そのため、オーフィア殿の持つ魔力石はオーフィア殿にとってもう1つの心臓。テレジーの魔力供給がなければ生きることができない。

 

 オーフィア殿は魔法石のお陰で魔法を使うことができるが、それは命を削っているのと等しい。万が一魔力が枯渇すれば最悪の事態になる。テレジーはその事を恐れ、オーフィア殿は自分の気遣いが結局テレジーの為にならない、と思ってしまったのだ。

 

「あ、違うの、そういう意味じゃ──。その、ありがとうオーフィア。気遣ってくれて」

 

「! ……うん。何かあったら言って」

 

 俺の横を歩きながら、2人は微笑ましく会話している。

 

 うむ、あの時オーフィア殿を救えて良かったと心から思える一幕だな。

 

「気遣いで一番大事なのは、何をしたかではなく、相手のためにと心を込めることが大事なんだ。だから、オーフィア殿の行為は間違ってないぞ」

 

「……うん。ありがと、マイケル」

 

 オーフィア殿のあまり動くことのない口角が、緩くカーブを描く。うむ、やはり女の子は笑ってるのが一番だ! 

 

 ……あの件があってから、オーフィア殿が必要以上に責任を感じて塞ぎ込む可能性があると思っていたが、杞憂に終わった。やはりあの禊は必要だったな! 流石テレジーの足技。本当に世界を救えるのでは? 

 

「……おい」

 

 栽培区画を抜け北城門を通ろうとした時、現統合レジスタンスのメンバーが声をかけてきた。

 

 いつもの門番さんだ。

 

「これ、今日の分だ」

 

「おう、ありがとうな!」

 

「…………」

 

「……一応言っておくが、そいつ等の分も入ってるからな」

 

「ああ、分かってるさ! いつもありがとうなッ!!」

 

「ラルクの命令に従っただけだ。……明日も頼む」

 

「貴殿もな! また明日、頑張ろうッ!!」

 

 門番殿に手を振ってそのまま市内へと入っていく。城門から距離が離れ先の御仁が見えなくなったところでテレジーが口を開く。

 

「街の人、変わったわね。前だったらもっと……」

 

「うむ、そうだな。2人が懸命に働いている姿を見て、心を動かされたのだろう」

 

「そうかしら……ラルクがなにかを言ったからだと思うけど」

 

「だとしても。君たちはアスキアに住む人々の助けになっている。それを見て心動かされない人はいない」

 

「…………」

 

「もちろんオーフィア殿も、だぞ」

 

「まぁ……当然。いちゃもんつけてきたら、ころころ、するだけ」

 

 うむ……オーフィア殿はあれだな。過激派だな。

 

「その……昔、ね。私……頑張って働いた配給切手をね……無理やり取り上げられたことが、あって……それで、それから──」

 

「──テレジー。昔働いたこと、あったんだ?」

 

「うん。あった……これが二度目、だったけどね。……あの、ごめん。この話、忘れて」

 

「ううん。……聞かせてくれて、ありがと」

 

 テレジーは昔の出来事を語るのを極端に避ける傾向がある。恐らく聞いてほしくないのだと、俺はその手の話題に触れないよう気を付けていた。露骨に顔を顰められては、流石に気付く。特にシド殿の近くにいたときは凄かった。

 

 ……だから、自ずと過去何があったのかが想像がついてしまう。テレジーが『それから』の後に続けようとした言葉を、無理やり塞いだオーフィア殿も、悟ってしまったのだろう。

 

 ま、ネガティブなことは置いておいて。ともかくだ。テレジーが過去の話をしてくれたということは、こちらに対して心を開いてくれたということ。良い変化と今は喜んでおこう。喜ばしいことを素直に喜ぶことも時には大事なのさ。

 

 ソースは俺。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「……何これ」

 

「わたしがつくった」

 

「これが、料理……!?」

 

 何事もなく帰宅した我々は順番に湯浴みを終えると食卓を囲む。今日の料理当番はオーフィア殿。いち早く湯浴みを終えたオーフィア殿が忙しくなく厨房で料理をしていた。俺は最後なので、上がった頃には後は皿を並べるだけの状態。俺はさっそく頂こうと思ったのだが。

 

「傑作」

 

「傑作ぅ!? 嘘でしょただの蒸した芋潰しただけじゃんッ! もう片方は薄いスープ、もう1つは燻製肉! 手抜き意外のなんでもない!!」

 

「用意してくれるだけ、ありがたいと思え……」

 

「うっ、それはそうなんだけど……もっとやりようあるでしょ!?」

 

「まぁ良いではないか。こういうのもたまには悪くないぞ」

 

「いや、この子いつもこれよ!? 『今日は楽しみにしてて』とか言うくせに、いつもこの出来なのよ!?」

 

 うーむ。確かに簡素だが俺は十分だと思う。

 

「ていうか……テレジーも人のこと、言えないでしょ」

 

「そんな事無いわよ! 私なら芋を潰したものにお肉入れるし、スープにも肉入れるし、燻製肉も出すし」

 

「え、わたしの料理と何が違うの」

 

 本当。肉を入れるという一手間しか変わらない。燻製肉に至ってはただ置いただけ。オーフィア殿と同じ。あれだな、テレジーは棚に上げるの上手いな。もう少し、自分を顧みてくれ? 少しだけでいいんだ。

 

「うん。美味いな」

 

「素材の味しかしない……」

 

「違う……ご飯の味わい方が違うよ、テレジー」

 

「え、そんなのある?」

 

「まず一口……そして舌で転がすの」

 

「う、うん……」

 

「ん、んちゅ……あー、ん……♡」

 

「待て待て待て待て!? 舐め方が卑猥!!」

 

「舐めるだけじゃだめ……吸ったり、甘咬みしたり、焦らしたり……」

 

「ごめん、絶対変な話してるよねッ!? 食事中に見合わないやつッ!!」

 

「あ、違った。これ乳首の味わい方だった」

 

「そんな間違えするかッ!!」

 

 うむ、凄いな。オーフィア殿はいつでもどこでもマイペースだな。でもな。取り敢えずご飯、食べませんか? 

 

 冷めちゃうぜ。

 

「まずは落ち込んでる子に声を掛けるの……」

 

「もう料理の話ですらないッ!」

 

「過度なスキンシップはだめ……けど、行けるときはガッと行くの」

 

「やめろ! 生々しいわッ!!」

 

「あ、違った。これ女の子の食べ方だった」

 

「間違えるかッ!!」

 

「えっちする日は爪を切っておくの……」

 

「もう隠しもしないじゃんッ!?」

 

「2人共、いい加減にしろ。食べなさい」

 

「「ごめんなさい……」」

 

 おっと。俺のキャラじゃないことをしてしまった。はっはっはっ。

 

 ……飯は黙って食おうな。味わって? 

 



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第四十四話ッ 明日から本気出すッ!!※クソニート乙

 

 ソファに深く腰掛け天を仰ぐ。今日の出来事を振り返りながら、俺は今後の予定について思いを馳せる。今日で作業は7日目。だいぶ作業が進んだ。オーフィア殿も女性ながら良くやってくれてる。あと数日間頑張れば終わりそうだ。

 

「オーフィア? どこ行くのよ、こんな時間に」

 

 自室からリビングに出てきたテレジーは、玄関のドアに手を置くーフィア殿に声を掛ける。

 

「ん……女の子を漁ってくる」

 

「何言ってんの」

 

「ほんとだよ?」

 

「いや、駄目でしょそんなの!?」

 

「んー……」

 

 困ったような顔をすると、髪を弄りながら上目遣いでテレジーを見る。

 

「困ったな……じゃあ、今日はテレジーが相手、してくれる?」

 

「はぁ? そんな……の……」

 

 いつもとは違う、冗談っぽい声音ではなく。艶っぽい雰囲気がテレジーの言葉を塞ぐ。

 

「ふふ、冗談だよ……?」

 

「あ、あたり前でしょ!! ていうか、相手、って──」

 

「──いけず。分かってるくせに」

 

 口元に手を当て、流し目を送るオーフィア殿。テレジーを見てみると、耳がほんのり赤く染まっている。ほほう、これはあれだな。百合というやつだ。

 

「2人のおかげ、なの」

 

「……え、何が?」

 

「わたしが生きる道を見出だせたのは……助けてくれた、おかげなの」

 

「……そっ、か」

 

「やりたいこと、できるようになったのは……テレジーと、マイケルのおかげ。だから、行ってくる」

 

 ドアが閉まると同時に、テレジーはため息を付いてソファにもたれる。

 

「んー……ん゛ん゛〜!! 行かせてよかったのかな……?」

 

「まあ良いのではないか? 誰しも溜まるものはあるだろう。下手に溜めさせて爆発されても困るしな」

 

 それにオーフィア殿の場合、爆発した時の破壊力が底知れん。こうして夜回りさせることで発散できるなら、問題は1つもないだろう。

 

「……マイケルも、溜まるの?」

 

「む……それはどう意味だ?」

 

 ……むぅ。このタイミングで『それ』を聞いてくるか。無意識で聞いたのなら小悪魔。そうでないならただの悪魔だ。ここは鈍感を装っておこう。空気は読めないのではなく読まないのだ。

 

「え? ……な、なんでもない」

 

「ふむ。ところでテレジーよ。今後も畑作業をするのは良いのだが、いずれ作業にも終わりが訪れる。それ以降はどうするのだ?」

 

「そ、そうね……ちょうど明日、ラルクのもとに行こうと思ってたの。新たな依頼があるって言ってたから」

 

「む、誰がだ?」

 

「ガリッパよ。貴方たちは遠くで作業してたから、気付かなかったかもしれないけど」

 

「ほう、来ていたのか。ひと声かけてくれればよかったのに」

 

「彼、今物凄く忙しいらしいわよ。要件だけ伝えてすぐ帰ったくらいだし。話らしい話もしてないのよ、私達」

 

 凄いよな。ガリッパ。あの件でガリッパは革命派からのスパイとして穏健派で動いていた。自分の行いを深く反省したガリッパはラルクのもとで秘書兼雑用兼下っ端として日々働いているようだ。ラルクもガリッパの働きには助かっているはずだ。

 

「では明日は畑作業はお休みか」

 

「いえ、私1人で行くから。2人はいつも通りでいいわよ」

 

「む、体の方は大丈夫なのか?」

 

「ちょっと歩くくらいなら平気よ。心配し過ぎ」

 

 そうか。心配のし過ぎ、か。あの戦いの後、テレジーは体の不調が続いていた。俺になにかできないかとばかり考えていたが、余計なお世話だったかもしれん。何だが無性にテレジーが心配になってしまって。過保護なのは優しさではなく甘やかしだ。

 

「あ、そういえばマイケル。記憶、少しは元に戻った?」

 

「ん……いや、まだ、だな」

 

「そう」

 

 テレジーはマグカップに入った白湯を飲み干すと、俺の顔を覗き込んでくる。

 

「……そうよね。最初から失っていないんだもの、戻るわけ無いわよね」

 

 ……テレジーにしては、と言うと流石に失礼か。彼女は人をよく見ている。些細な変化にも気付きやすいし頭も回る。だが肝心なところでなにかを抜かすんだよな。何でだろうな。

 

「なんで嘘、吐いたの? 隠す理由はなに」

 

「……ふむ。それはだな、説明が難しいからだ」

 

「難しい……どういうこと?」

 

「俺にもよく分からなくて。気付いたらこの世界にいたんだ」

 

「この『世界』? 国、じゃなくて?」

 

 コップに入ったお茶を一飲みし、息を整える。

 

「そうだ。俺は……別の世界からやってきたんだ」

 

 空気が緊張感で満たされる。つい言ってしまったが、大丈夫だろうか。余計な混乱を招くのは俺の本意じゃない。果たしてテレジーはどう判断するのか。

 

「…………」

 

「……テレジー?」

 

「あ、ちょっと待って……今、何かを思い出しそうなの」

 

 その時。テレジーは「あっ」と声を上げて立ち上がると、手を宙でぶらぶらと忙しなく動かす。

 

「あれよ……あれ……『召喚魔術』よ!!」

 

 ほう、何ともベタな魔法だな。その言葉通りと受け取っていいのだろうか。

 

「その召喚というのは、一体どういうものなんだ?」

 

「まずは両者に魔術的な繋がりを──」

 

「──いや、原理ではなくてな。何を、いつ、どこまで、召喚できるのかを聞きたい」

 

「む〜……」

 

「……あとで聞くから、今は、な?」

 

 そんなムスッとした顔されてもな。可愛いけど、今はそこが聞きたいんじゃないんだ。あと、『あとで聞く』とは言ったが保証はできない。

 

「召喚魔術が刻まれた魔道具に触れるか、それとも直接刻むか。どちらかの条件が満たされれば召喚魔術は起動するわ」

 

「ふむ、では俺の場合は魔道具の方だろうな。俺の体に魔術式? を見たことがない」

 

「……見えないのよ。その、魔力がない人には」

 

「むう、だが俺には誰かに魔術を刻まれた記憶なんて無いぞ?」

 

「高度な魔術師、或いは魔法師であれば遠隔からでも魔術式を刻めるのよ。痛みとか、違和感とかは別にないし、気付かないのも無理ないわ」

 

「ほう、そうなのか。知らぬ間に体に刻まれている可能性もあると?」

 

「そ、そういうこと」

 

 …………。

 

 つまり? 

 

「じゃあ、すまないが──」

 

「──は、はぁ!? そんなハレンチなこと、だ、誰がするかぁ!?」

 

「いやまだ何も言っていないんだが…………」

 

「え、あ、ああ……ご、ごめんなさい」

 

「嫌なら別にいいんだ。どの道、召喚魔術が起動したことに変わりはないのだろうからな」

 

「え……別に、嫌、って訳じゃ……ない、の……」

 

 ふむ、どっち? 

 

 いやはや分からんな、年下の女の子の扱いが。ちゃんと理解してあげなくてはな。この年でおじさん呼ばわりされたらキツイ。

 

「と、取り乱してごめんなさい。確認したいから……脱いで欲しい」

 

「分かった。よろしく頼む」

 

 ソファから立ち上がると、身につけていた鎧を脱いでいく。というか室内なのに鎧来てる必要もないな。けれど仕方がない。癖になってるんだ、鎧着て過ごすの。

 

「い、言っとくけど。私がマイケルの裸見たくて行ってるわけじゃないから! 魔術式を見れば、その傾向から誰が書いたか──ちょっ、ちょちょちょこっち向かないでえ!?」

 

 ふむ。DNA鑑定みたいなものか。いやどちらかと言うと筆跡鑑定か。だがそれは鑑定したものと照合させるオリジナルの筆跡が必要なのではないか? ということは、テレジーはある程度魔術式を書いた人物に心当たりがあると見てよいのだろう。

 

「テレジーの真意は分かってるから、気にせず診てくれ」

 

「わ、分かればいいのよ……分かれば!」

 

 顔を真っ赤に染めて慌ただしい様子のテレジーは、ぱたぱたと手のひらを仰いでる。可愛い奴め。

 

「ん、っと……んー。どこ、かな……」

 

「…………」

 

 パンツ1枚になった俺の周囲をぐるぐると回りながら、ぺたぺたと体を触り始めるテレジー。ふむ。まるでジムに通っていたときを思い出す。ジム仲間とこうして身体を触りあったことがあったな……。

 

 一応言っておくが、俺はゲイではないぞ。あくまで筋肉を触り合っていただけだからな。

 

「ん……はぁ、はぁ……うわ……」

 

「…………」

 

「おぉ……すごっ……いい……」

 

 ふむ。この子本来の目的忘れていないか? まるで何時ぞやのオーフィア殿のような顔をしている。というか触る必要ないのでは? 

 

「む……テレジー。鎧の内側を見てくれ」

 

「……え、鎧?」

 

 地面に置かれたチェストプレートの内側。そこには幾何学模様の、これぞ魔法陣といった感じの刻印が存在していた。

 

「これが件の魔術式では?」

 

「そ、そうね。これだわ…………」

 

 最初っから鎧の方を先に見ておけば……と、野暮なことは言わない。ちょっとガッカリした様子のテレジーを見ていたら、そんなイジワルを言いたくなってしまっただけだ。

 

「ちょ、ちょっと待って。なんでマイケルにも見えてるの」

 

「む、本当だな。なんでだ」

 

「しかも、これ……式が掠れてよく見えない……」

 

「摩擦で消えてしまったのでは?」

 

「そんな訳無いわ。インクで刻んでるわけじゃないし、摩擦とかの物理的な要因で消えるほど軟弱な魔術式じゃない。けれどこれを見る限り今もちゃんと機能してる……なにこれ」

 

 う〜ん、と唸り声を上げ考え込むテレジー。魔法に関する知識で彼女を上回る人物はいない。テレジーが閃くまで待つことにしよう。取り敢えず服着よう。

 

「マイケルにも見えている理由……でもマイケルには魔力が……あ」

 

「お、なにか分かったか」

 

「恐らく。これ、特異属性の魔力が使われてる……のだと思う」

 

 特異属性……確か闇属性と聖属性の2つがあり、それは竜や天使、悪魔などの特定の種族にしか扱えない魔力のこと、だったか。そして特異属性の魔力は『特異属性を持つものにしか見えない』という性質がある。テレジーですら分からない未知の魔力。

 

「ここ。私には掠れて消えているように見えるけれど、どう? なにか書いてあるでしょ」

 

「うむ。書いてある。なら逆にここはテレジーには見えていないのか」

 

「そうね、見えないわ。ということはつまり、あの時の私の仮説。あれが正しかった、ってことね」

 

 むんっ! と無い胸を……ごほん。胸を張って自慢げな様子を見せながら、鎧を手渡してくる。可愛いかよ。

 

 陽気パワーが特異属性、ということ。それはつまり……。

 

 つまり、どういうこと? 

 

「ま、分かったところで何もできないんだけどね」

 

「うむ。そうだな」

 

 三度繰り返すが、特異属性についてはテレジーは愚か人類そのものが詳しくないのだ。だから、俺が特異属性を持っていたとしても、そこから『確実にこれだ』と判断できることが現状無い。そうだと知ったところで、新たな力を得られるわけでもない。俺以外の特異属性を持つ人物に出会えたなら、話は別だろうが。

 

「それよりも大事なことは、マイケルをこの世界に召喚したのは『特異属性を扱える人物』ということよ」

 

 俺たちが考えるべきは今しがたテレジーが言ったことだ。特異属性を持つ人物が、意図的に俺をこの国に召喚したのだ。もしかしたら『陽気パワー』は、俺を召喚した人物が与えたものなのかもしれないな。

 

「召喚された前後、何か覚えていない?」

 

「む……それなんだが……『そこだけ』記憶が無いんだ」

 

「……本当に?」

 

「流石にこの流れで嘘は吐かん」

 

 それは本当だ。何も思い出せない。いやもしかしたら『思い出せないよう』細工をされた可能性がある。ただでさえ未知の力を持つ存在だ。記憶の改竄くらいできそうなものだ。

 

「なら記憶の改竄、かしらね」

 

 む。今のテレジーの口ぶり……。

 

「……もしかして、その魔法ってテレジーも使えるのか」

 

「できるわよ。魔力が潤沢なら、記憶全部を消して廃人にすることも可能よ」

 

 ふむ……凄いな。この世界の魔法は。なんでもできちゃうんじゃないか。というか、特異属性さんよ。ここまで来たら、お前には何ができると言うんだ? 

 

「テレジーなら、俺の記憶を元に戻せるんじゃないか?」

 

「ん〜……ちょっとその手の分野には詳しくなくて。恐らく魔術的な拘束力が、記憶を司る領域である大脳皮質に影響──」

 

「──すまない。説明は明日以降聞くから、今は端的に頼む」

 

「むぅ〜……むぅう゛う゛う゛!!!!」

 

「ごめんな。あと近所迷惑だから地団駄はよしてくれ」

 

 可愛いかよ。あと『明日以降聞く』とは言ったけど、嘘だ。

 

「はぁ………………つまり、複雑な魔術式な可能性があるから、私には解けない、ってこと。記憶はもとに戻せない、ってこと!」

 

 ま、どの道魔力の消費量が尋常じゃないからできないけど、と付け足したテレジーは再びソファに座ると、気持ちよさそうに伸びをした続けて欠伸をした。

 

「ふぁ……ちょっと頭使いすぎて疲れちゃった。もう寝ようかしら」

 

「おう、そうした方がいい」

 

 今日のテレジーはずっと休むこと無く雑草取りに勤しみ、こうして俺の『陽気パワー』の謎についても考えてくれた。全身余すこと無く働かせたのだ。今日はゆっくり休んでもらいたい。

 

「ふぁ…………ん。おやすみ」

 

「おう、おやすみ」

 

 コップを持ち上げ一気に飲み干す。それを台所に置いて洗うと、そのまま自室へと向かった。

 

「その……マイケル。今まであまり言えなかったから、今言うね」

 

 ドアが閉まる直前、その隙間からひょこっと顔を出したテレジーが俯きがちに視線を向けてくる。

 

「いつもありがとう。……これからも、よろしくね」

 

 返事を待つことなく扉は閉まり、室内に静寂が訪れる。

 

「はぁ……」

 

 ソファに深く腰掛け、沈んでいく身体の感覚を味わう。

 

 俺の戦いは始まったばかり。今はその途中に過ぎない。これからも、俺は走り続ける。

 

『お願い……テレジーを。テレジーを助けてっ!!』

 

 テレジーには『覚えていない』といったが、あれも少しだけ嘘だ。

 

 聞き覚えのない女性の悲痛な絶叫。泣きじゃくって聞き取りづらい声が、宛もなく街を歩いていた俺の耳に届いた。ただそれだけを俺は覚えている。

 

 何故俺が見ず知らずの女の子を助けると判断したのか。何故そのために危険を承知で異世界に転生したのか。そしてそう決断するに至った過程を、俺はまったく覚えていない。

 

 けれど。そんなことはどうだっていいのだ。

 

 この胸に眠る力と。どうしょうもなく、テレジーを『幸せにしたい』という思いが。迷いなんてくだらない壁を吹き飛ばして俺を進ませてくれる。只管に、愚直に、テレジーを救えと叫んでいる。

 

 だってよく考えてみてくれ。目の前の女の子が悲しんでいるのなら、それを助けるのが紳士ってやつだろ? なら、細かいことは考えるな。

 

 ここに来た理由がどんなことであったとしても、俺は。

 

「絶対に、テレジーを幸せにする」

 

 ──それが、俺がこの世界に来た意味だと確信している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え、今……なんてぇッ!?」

 

「──おやすみッ!!」

 

 おっと、聞かれていたか。はっはっはっ。

 



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第四十五話ッ 働けよ、我らは社会の歯車ッ!!※ゾスッ!!

 

 ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ。

 

「…………」

 

 ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ。

 

「…………マイケル」

 

「む、なんだ。オーフィア殿」

 

「後ろ見て…………わたしたち、結構、頑張ったよね」

 

「おう……そうだな。かなり広いもんな」

 

「違う……違うよッ……!!」

 

 ぽん、とオーフィア殿が持つ鍬が手を離れ着地。地面から砂埃が舞う。

 

「わたしたち、なんでまだ畑、鋤き込まなきゃいけないのッ……!」

 

「そりゃ、まだ残ってるから──」

 

「──終った、じゃん! 1週間くらい掛けて、終わったじゃん!! なのに、なのにぃ!」

 

 ああああああああ………………。と、珍しく声を荒げて発狂したオーフィア殿。黒い瞳はいつもより淀んでいるような気がしなくもない。む、なんかこの前もこの絵面見たことがあるぞ。

 

 ……それも無理はない。なにせ今まで作業していた畑がようやく終わり、長きに渡る重労働が終わったかと思いきや、なんと同じサイズの畑をもう1枚担当することになってしまったのだ。流石の俺も目眩がしたね。

 

「絶対……殺す。地獄の果まで……追い詰めてやるッ……!」

 

 何故ここまでオーフィア殿が怒っているのか。その理由は酷く不愉快な事件があったのだ。

 

 今俺達が担当している畑は元々、旧革命派レジスタンスのメンバーが作業を任されていた所だった。しかし昨日進捗状況を確認した所、全くの手付かず出会ったことが判明。なんと旧革命派レジスタンスのメンバーらはサボっていたのだ。

 

 今の時刻は昼頃。つい数時間前に俺達は作業を終えて報告をした時。運が悪くその情報が関所内で知れ渡ってしまい、手持ち無沙汰になってしまった俺達が担当することになったのだ。

 

「なんで奴らにお咎め無しで……真面目に働いてたわたしたちが、こんな罰みたいなことを…………っ」

 

 ザクッ! ザクッ! と力強く鍬が土に打ち込まれる。オーフィア殿の気持ちが痛いほど伝わってくる。

 

「そうだな…………」

 

 鍬を持つ手に力が入る。口を動かしながら手を動かすことを止めてはいけない。作業は始めなければ終わらない。逆に言えば作業は続ける限りいつか終わるということだ。

 

「マイケルは、怒ってないの?」

 

「まあ、仕方ないさ。軍なんて頭が腐った連中ばかり────おっと。失礼」

 

「……ふふ。マイケルも、やっぱり怒ってたんだ」

 

「……何で笑うんだ」

 

「ん……マイケルと一緒でよかった、って思って」

 

 む……いい笑顔だな。こんな状況でもなく、オーフィア殿が百合でもなければ惚れていた。こりゃ騙される男多いぞ。……ま、オーフィア殿の男への態度、めちゃめちゃに悪いからな。そんな心配もないか。

 

「ね、なんか話そ…………暇で死んじゃう」

 

「ふむ、なら……オーフィア殿。そなたが、その女性を好きだと自覚したのはいつなのだ」

 

「おお……よくぞ、聞いてくれました……!」

 

「お、おう……?」

 

 鍬を投げ捨てたかと思うと腕を組んで意気揚々と話し始めるオーフィア殿。興奮してもいいけど、取り敢えず作業だけはしてくれないか? 

 

「女の子の体はね、夢があるの。まずおっぱいの大きさが人それぞれ違う。くびれも、腰も、お尻も、足も。全部が違ってそれぞれの個性を形成しているの。いっつあわんだふるわーるど!」

 

 ……む。俺が聞いたことと違うこと言ってないか? でも面白いから聞いちゃお。

 

「でもそれはあくまでも先天的な話。そこに本人の努力と洗脳が加われば、正に、無限の可能性が広がるの。いふぃにてぃ……ぽっすぃびりてぃ」

 

「…………洗脳?」

 

「例えば……おっぱいは小さいけれど、凄く綺麗な乳首を持っていて、腹筋も鍛えられ、足は細いけれどしなやかで、腰が大きくくびれが目立つ女性。例えば、おっぱいは大きく、乳首は陥没。けれど肉厚な、けれど引き締まった無駄のないお腹と、しっかりとした張りのある太もも。……この2人は元々双子だったの」

 

「なんと!」

 

「ふふ……凄いでしょ。わたしが調教したの」

 

 …………調教。

 

「確か出合ったのは2人が10歳くらいのときかな。その時のふたりは瓜二つで、唯一の違いは乳首くらいだった。……姉妹丼、美味しかったですっ……!」

 

「姉妹……丼……」

 

「妹には今のままの自分を愛することを。姉には、彼女が抱えていた『今の自分から変わりたい』って気持ちを後押ししたの。そうしたら……2人は別人になって、それぞれ『自分らしさ』を手に入れたの」

 

「なるほどな…………」

 

 ふむ……不穏なワードがいくつも出てきたな。うむ、闇だ。これは闇だよ。絶対に突くべきではないな、俺如きに。そういうのはテレジーにやらせよう。もちろんいい意味で。

 

「そう。女性の体は心理的要素が大きく影響し、それがよりエロい身体を作るの……ところでマイケルはどんな女性が好きなの?」

 

「お、俺か?」

 

「やっぱりでかいのが好きなの?」

 

 オーフィア殿は自慢の胸をぷるんと揺らし、此れ見よがしに強調してくる。

 

「それともテレジーみたいな……ぷぷぷ、ま、まな板が?」

 

 あとで通報するからな。覚えとけ。

 

「あんまり考えたこと無いな」

 

「そんな……嘘でしょ」

 

「あくまでも胸というのは女性の体の一部。そこだけを見て女性を判断するなど愚行だ」

 

「……確かに」

 

「胸の貧富なんて些細な問題だ。その人が自分に自信を持ち、自分の全てを確たる『アイデンティティ』として認識していれば。どんな女性も美しいのだ」

 

「…………師匠と呼んでも?」

 

「構わんッ」

 

 手に持っていた鍬を捨てると、跪いて地に頭をつけるオーフィア殿。うむ、ノリが良いのは認めるが、手は動かしてくれ。じゃなきゃ本当に終わらん。

 

「でも、なんか……納得。マイケルって、おっぱいに視線向けてこないよね」

 

「む、そうか?」

 

「……うん。本当に男なの? って疑うくらい」

 

 うーむ。これは平時であれば褒め言葉と受け取ってはいけないやつだな。だがオーフィア殿の場合は少し違う気がする。多分褒めてる。

 

 まぁ、あれだよ。あんまり見てはな……テレジーの視線が、な。何とは言わないが、オーフィア殿の何かが揺れる度にテレジーの目つきが鋭くなるんだ。そして必ず俺の視線を確認するんだ。まるで『見たな?』と鬼の形相で。いや、無表情ではあるが、それがまた怖いだろ? ああ、怖いさ。

 

「昔……胸が大きいのが嫌、だったの」

 

「ほう」

 

「で、ある時……後ろから知らない男に背中から鷲掴みされて」

 

「oh……」

 

「それから、男が嫌いに……なったの。男って変な視線、向けてくるから……」

 

「なるほどな。自分が気にしていた時にそんなことあったら、そりゃあ嫌いになるよな」

 

 そんな事があったとは。それは災難だった。もしかしたら俺の質問も、彼女の地雷を踏みかねん内容だったな。反省しなくては。

 

「時にオーフィア殿。俺はどうなのだ?」

 

「ん……変な視線向けてこないから大丈夫。安心してる。だから男扱いしてない」

 

「な、なるほど」

 

 うーむ。それはそれで傷付くな……。ま、オーフィア殿がそう言うのであれば良しとしよう。この女性は面白い。もっと話してみたいしな。

 

「ちょっとあんた達ー! こんな所にいたのーっ!?」

 

 む、テレジーか。地面から目を逸らし後ろを振り返る。手を振ってこちらに早足で近付いてくるテレジー。うむ、可愛いな。太陽の輝く下であれば絵のような素敵な一枚になるだろう。そして後ろから続くのは懐かしい顔のガリッパだ。

 

「探したぞ。家にも居ないしで」

 

「これ、貴方達のご飯と水筒。お腹すいたでしょ」

 

「おう、すまない」

 

「あれ……女の子は?」

 

「こんな時まで性欲を持ち込むなッ!」

 

 昨日もお楽しみだったろうに。まだ求めるのか。性欲魔獣か。

 

「で、なんでここに居るんだよ。ここ、持ち場じゃねぇだろ」

 

「ああ、それなんだが──」

 

 ──俺は2人にここまでの経緯を説明した。

 

「はぁあ!? あり得ないでしょ!」

 

「そっすね……ちょっとラルクんとこ、言ってきます」

 

「ええ、お願い」

 

 俺がことのあらましを説明すると、2人は怒り心頭と言った様子で事を進めていく。

 

「ラルク殿にも報告が言っているものだと思っていたが、そうではないのか?」

 

「そんな訳無いでしょ! ラルクがそんなの許すわけ無いわ」

 

 む、そうなのか。こう言っては失礼だが、事を起こしたのは元革命派。ラルク殿は彼らの勢いに負けて承諾したのかと思っていた。

 

「……今のラルクには、誰にも逆らえないわよ」

 

「そうなのか?」

 

「ええ……本当に、変わったわ」

 

 ふむ……。そうか。あれからラルク殿の様子は見ていないが、俺が知っている頃よりも頼り甲斐のある男になったらしい。成長と呼ぶべきか異変と呼ぶべきかは分からない。しかし、どの道変化した要因が目に見えている分、手放しでは喜べないな。時間があるときにラルク殿に訪問しよう。放っておくのは嫌な予感がする。

 

「……まずい。これはまずいよ、マイケル」

 

「む、何がまずいのだ?」

 

「絶対、寝取られたよ……テレジー」

 

「寝取られてないし、寝てないわッ!!」

 

「『逆らえない』とか……なんて歪な信頼関係……!」

 

「私達はそんな関係じゃないッ!!」

 

「寝取られだけはダメ。お願いテレジー……正気に戻って!」

 

「だからなんも無いわッ!!」

 

「ああ、だめだ…………催眠術に掛かってナニをされたのかも分からないやつだっ……!」

 

「もうこれ以上話を広げるなッ、私の話を聞けッ!!」

 

 本当にオーフィア殿は下ネタが好きだなぁ。

 

 



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第四十六話ッ 出会いは突然にッ!!※らぶそーすいーと

 

 畑作業を中断した俺達はまず日陰に移動した。その後、テレジーがラルクから受けた依頼についての話を聞いていた。

 

「『黒ローブの女』の追跡、確保か」

 

 テレジーは神妙な顔で頷くと、手に持った水筒を一口。

 

「とは言っても、神出鬼没でどこに現れるか分かんないんだけどね……」

 

「今までは……どこに現れたことあるの?」

 

「そうね、確か私とマイケル、ガリッパが私の元拠点に居たときと、オーフィアの審問会のときの2回よ」

 

 黒ローブの女が最初に現れたときは、ガリッパを執拗に狙っていたように思える。2回目はリンウェルだった。黒ローブの女は突如として現れたかと思えば、分け目も振らずガリッパ、リンウェルを真っ先に狙っていた。共通点は2人共『クロードの作戦に加担』していたこと。

 

「生前シド殿が言っていた『通り魔殺人事件』の犯人は、もしかしたら黒ローブの女なのでは?」

 

「んー……そうかもね、その可能性が高いわ。殺された人間の共通点は元革命派で、クロードに近しい人間だったから」

 

「なら、次に狙われるのは……わたし?」

 

「候補の1人であることは間違いないわ」

 

「黒ローブの女の狙いは『クロードと関わった証拠の隠滅』と考えて良さそうだな」

 

 黒ローブの女は貴族街からやってきているのは間違いない。前回の最後、彼女が見せた転移魔法は特定の魔法師にしか成し得ない技だとテレジーは言っていた。貴族街に住まうものが、クロードの作戦を警戒して事前に止めようとしたのか、それとも別の思惑があってそれの火消しに追われているのか。

 

 何にせよ現状では答えは出せないだろう。そもそも黒ローブの女の単独犯なのかも分からない。そういった部分をこれから探っていけばいい。時間は少しはある。

 

「イザベラと戦うのか……わくわく」

 

「わくわくすんな」

 

 イザベラ……確かテレジーが黒ローブの女のフードが捲れ顔が見えた際に口にした名前だった。

 

「忙しくて聞けなかったのだが、そのイザベラというのは2人の知り合いなのか?」

 

「ええ……まあ、一応」

 

「わたしと血統が同じ、アドロフの者」

 

「仲は良かったのなら、話し合いができそうなのだが」

 

「仲は……良くはなかった、かな。その……いつも突っかかってきて、悪口言われてたから」

 

「なるほど……」

 

「あ、気にしないで。別にどうってこと無かったわ。エリナがいつも追い返してたから」

 

「イザベラ、ただのかませ犬じゃん……」

 

「事あるごとに話しかけてきて、好きなだけ騒いで帰っていく女だった」

 

「ん……そうそう」

 

「いっつも大声で喋ってたよね。『おぉーほっほっほっ!!』……って感じで」

 

 イザベラ……殿の真似なのだろう。だがテレジーがお嬢様口調で大口開けて笑う、というのが新鮮でなんか面白いな。

 

「お嬢様に憧れてるの、あの子」

 

「その割にはやや口が悪すぎたけど」

 

「なんでああなっちゃったのか……」

 

 ふむ、なるほど。何となく関係がわかったぞ。

 

「でもあの時のイザベラ……様子がおかしかった」

 

「うむ、そうだな。まるで幽鬼さながら正気を失っているようだった。普通ではないことは明らかだ」

 

「それに、イザベラは人を殺せるような質じゃない……何があったの」

 

「誰かによって魔術を仕掛けられた…………操り人形、説」

 

「…………そう、かもね。魔術によって洗脳されている可能性は高いわ」

 

 再びテレジーが顔を顰め、場に沈黙が伝わる。やはり、テレジーほなにかに気付いている。それを言わないのは彼女なりに考えがあってのことなのか。

 

 黒ローブの女……ガリッパが見たという人物と、俺が見た人物の特徴は合致している。ただ、あの正気を失っている女……イザベラ殿の姿を見るに、ガリッパが見たという黒ローブの女はイザベラ殿ではないと思う。態々黒幕として動いていた人物が、危険の伴う刺客の役をやりたがるとは思わない。

 

 つまり、ガリッパが見たという黒ローブの女は、イザベラ殿に指示を出し暗殺及び要人の殺害を命令したのだろう。

 

 だが、ここで気になるのはリンウェルが死に際に言った黒ローブの女の特徴である『赤髪』。これはガリッパが見た黒ローブの女にも、イザベラ殿にも当てはまらない特徴だ。ということは同時期に黒ローブの女が2人潜伏していた、ということになるのか。

 

 ガリッパが見た黒ローブの女、イザベラ殿、リンウェルが見た黒ローブの女。カモフラージュにしてはやや杜撰だ。複数犯での犯行であるとわざと示しているようだ。特にイザベラ殿の存在が異質。オーフィア殿の言が正しければ、正気を失った人間を自らの影武者になぞしない。もっと扱いやすい人物を用いるはずだ。

 

「ま、何はともあれ……仕事をもらったのだから、やるだけやるやりましょ」

 

「そうだね」

 

「そうだな……」

 

 ……ガリッパが見た黒ローブの女、リンウェルが見た黒ローブの女が同一人物である場合。全ての辻褄が合う。そもそも、複数人で1人の人物に指示を出す理由がどこにあるのか。

 

「……マイケル? その、大丈夫?」

 

 いや、考え過ぎか。テレジーに微笑み返すと勢いよく立ち上がる。先入観でものを言っても仕方がないよな。

 

「なんでも無い。さあ、探しに行くとしようかッ!」

 

 ガリッパが見たのは黒髪。リンウェルが見たのは赤髪。髪色が違うのであればそもそも別人だ。髪でも染めてなければ、の話だがな。

 

 遠くからガリッパの声が聞こえる。もう帰ってきたのか。テレジーは一足先にガリッパの下へ走って向かっていき、ラルクからの返答を尋ねた。丁度いい機会だ、オーフィア殿に効いておきたい事がある。

 

「ところでオーフィア殿。貴族街に髪を染めるような人に心当たりは?」

 

「ん、いないと思うよ……というか、染め粉がないよ。……急にどうしたの」

 

「うむ、そうだよなッ。すまん忘れてくれッ!」

 

「ちょっと2人共ー! 早く来なさいっ!」

 

「今行く、待って…………早漏だなあ、テレジーは」

 

「せっかちって言いなさいよッ!!」

 

 兜をバンバンと叩いて意識を切り替える。取り敢えず今はイザベラ殿の捜索だ。『後で出来るのことは後で』が俺の信条だッ! 

 

 ☆ ☆ ☆

 

「そういう訳で、ラルクからの任務ちゃんと伝えたっすから。よろしくお願いするっす、3人とも」

 

「ええ、任せて」

 

「ぶい!」

 

「おうッ!」

 

「うっす、気を付けるっすよー!」

 

 ラルクの下から帰ってきたガリッパの報告を聞き、見事畑作業の任を解かれた俺達は、その足で城下町へと戻って黒ローブの女の捜索を始めていた。

 

 うむ、黒ローブの女だと長いし分かりにくいから、今度からイザベラ殿と呼ぶことにしようか。

 

「探すって言っても……あてはあるの?」

 

「無いわ。街を歩くしか無いわね」

 

「……この脳無し、考え無し、甲斐性なし…………胸無し」

 

「畑作業に戻りたい? それとも土に戻りたい?」

 

「ごめんなさい探します」

 

「うーむ、テレジー、オーフィア殿よ。イザベラ殿はどういうものが好きだったとかあるか? 性格が分かれば、居場所が分かるかもしれないぞッ」

 

 それに何だか面白そうな人だからな、イザベラ殿は。任務云々よりも気になるぞ。

 

「いやいや……操られてるのよ? その辺でぶらぶらと遊んでる可能性は低いでしょ」

 

「まあ、ものは試しだ。思いつくものを言ってみてくれッ!」

 

「んー、私はイザベラのことあんまり知らないからなあ……」

 

「イザベラは……本が好き。あと、子ども、とか?」

 

「え、あの性格で本読むの? ……まあ、子ども好き、はなんか分かる気がするけど」

 

「歳下の子たちと良く遊んでた……気がする」

 

「あ、確かにそうかも。よくちびっ子達の訓練に付き合ってあげてたし」

 

「ふむ、なるほど……なら、公園に行ってみようかッ。案内頼むッ!」

 

「公園ねえ…………広場とかでもいいかしら。どうせ見当もつかないし、行ってみましょうか」

 

 テレジーを先頭に俺達はアスキア街を歩いていく。こうして3人で並んで街を歩くことになるとは思わなかったな。うんうん、幸せ幸せ。2人が仲良く過ごしてくれる日々が続いてくれればいいな。

 

「イザベラ殿は向こうではどんな人だったんだ?」

 

「うるさい。口が悪くてすぐ調子に乗る。負け犬の遠吠えが得意技」

 

「……ふむ?」

 

「お嬢様口調で……威張り散らしてた……頭が悪い子」

 

「……ほう?」

 

「バカ」

 

「目立ち、たがり」

 

「派手好き」

 

「おっぱいが、でかい。めっちゃ、すこぶる、はんぱなく、でかい。ぷぷっ、よ、横の人と比べて──がはッ!?」

 

「……おう、なるほど」

 

 碌な人じゃないことは良くわかった。件の人も、オーフィア殿も。

 

「けど魔力量は私に次いで多かった。雷系の魔法が得意だったわね。魔力の性質も雷寄りだった」

 

「確か、最初に現れた時に雷を出していたな」

 

「そう、あれがイザベラの得意技。『瞬雷』……だったかしら」

 

「かっこいい名前……テレジーの『魔力小爆発』とか、『悪霊退散斬り』とは大違い」

 

 む、何だそれ。ダサすぎだろ。魔力小爆発、悪霊退散斬り? そのまま過ぎないか。流石だなテレジー。フォローができないぞ。

 

「は? 馬鹿にしてんの?」

 

「してるよ」

 

「あー怒った。怒りましたッ! 私のネーミングセンス馬鹿にするやつ許せませんッ!!」

 

「いやまぁ、百歩譲って、その名前でもいいと思うよ……けど」

 

「けど、なによ!」

 

「戦闘中に技名叫ぶのは、止めたほうがいい、と思う……。ちょっとカッコつけすぎ、というか。聞いてて恥ずかしい……から」

 

「…………え?」

 

「……自覚なし?」

 

「技名って叫ぶものじゃないの? 小説でそう書いてたんだけど」

 

「それはフィクションの話……そもそも技名言ったら、相手に警戒される……非合理的」

 

「そ、そんなこと……マイケルは、どう思う!?」

 

「うーむ、かっこいいとは思うけど……テレジーが恥ずかしくないのなら、別に良いのでは? 周りの目なんて──」

 

「うわあああああああ!!!!」

 

「マイケルは……鬼畜……」

 

 ありゃ、褒めたつもりだったが。余計なことを言ってテレジーに恥を自覚させてしまったか。

 

「…………ちょっと待って」

 

 オーフィア殿の震え声が耳に入り自然と足が止まる。手をワナワナと震わせ落ち着き無い様子だ。なにか深刻なことでも起きたのだろうか。

 

「わたしたち、武器、ない。これじゃあ、イザベラと戦えないよ……?」

 

 …………あ、気づいていなかったんだ。てっきり拳で解決するのかと思ってたぜ。君はパワーファイターだからさ、俺よりも。

 

「三角ホーならあるぞ?」

 

「それで、どう戦えと……?」

 

 アホなの? みたいな目と顔をされてもな……武器のこと忘れる君に言われたくないよ。

 

「大丈夫よ。どうせ現れないから。いざとなれば拳で──」

 

「──あ」

 

「……どうしたオーフィア殿」

 

 気付けば俺たちは開けた場所に到達していた。突然横で一点を見つめたまま停止したオーフィア殿に釣られ止まる。オーフィア殿が見つめる視線の先を追う。

 

「わぁーいっ!」

 

「おねぇちゃん! もっかいやって!!」

 

「きゃはははは!!!」

 

 そこには、3人の子どもが1人の女性を囲んで微笑ましく遊んでいた。

 

「…………」

 

 フードを外し顔を晒して自慢の縦ロールを披露するイザベラ殿が、2人の子どもを同時に胴上げしていた。

 

「……イザベラは、結構、力持ちだったかも」

 

「なんで本当にいるのよ……」

 

 ふむ。

 

 ピンチだ。不思議なこともあるもんだなぁ。

 

 ──俺は思考を放棄した。



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第四十七話 俺達、危機一髪ッ!!※自業自得では?

 

「…………ウ、ウゥ……」

 

「えー! もう終わりー!?」

 

「……カ……エッ、テ…………」

 

「次俺の番だよ! ねーちゃん!!」

 

「アブ、ナ、イ……デス、ワ……アアアァァ!!!」

 

 突如イザベラの周囲に雷が走る。恐らくあれが、彼女の魔力なのだろう。

 

「うわー!! びりびりだー、おねぇちゃんすごーいっ!」

 

「くそ、おいお前達、早く逃げろ!!」

 

 子どもたちを心配したテレジーの叫び。それを聞いた彼らは一様に顔を見合うと……。

 

「うわー! 貴族だ! 逃げろ!!」

 

「…………あ、うん……早く逃げなさい……」

 

 そっちか……。イザベラ殿の雷じゃなくてテレジー見て逃げるのか……不憫だ。

 

「ウウ、ア、アアアアアアア!!!!」

 

 叫び声を上げたイザベラ殿は虚空に手を伸ばす。すると魔法陣めいた幾何学模様が浮かび、その中から紫雷を纏った直剣が出てくる。いかん、憐れむ暇はないな。

 

「早速のお出ましね……準備はいい? 2人共」

 

「いや、待ってくれテレジー。だから俺たち、何も武器を持っていないぞ」

 

「素手……だよ?」

 

「なによ、拳があれば…………あ。私、戦えないんだった」

 

「アガアアアアアア!!!! コロ、ス……コロスゥウウウウ!!!」

 

「きゃああああああ!!!!」

 

 女性陣の悲鳴とともに紫雷の斬撃波が襲い掛かる。反射的に屈んだことで躱せたが、次からはこうは行かないだろう。目視で確認してからの回避じゃ間に合わない。勘で避けるしか無い。

 

「……っ、マイケル! 三角ホー、貸して……!」

 

「お、おう。分かった──ほらッ!」

 

 背中に背負っていた、農家には欠かせない片腕的存在。だがこの場においては非力以外の何物でもない存在に、俺たちの命運は預けられた。

 

「やってみせろよ、オーフィア殿ッ!!」

 

「ふふ……どうとでも、なるはず!!」

 

「さ、三角ホーでッ!?」

 

「──はぁっ!!」

 

 低く地面に這うように三角ホーを構え、勢いよく突撃するオーフィア殿。

 

 バキィン。

 

「──折れたぁ……!?」

 

「ジャ、マ……デスワアアアアアアア!!」

 

「うわぁ……!?」

 

 正面から雷の剣がぶつかり抵抗する間もなく折れた三角ホー。

 

 そして、オーフィア殿は呆気なく倒された。

 

「流石オーフィア殿。こんなときでもエンタメ心を忘れていないとは……俺も負けていられないか」

 

「いや待て待て!? 今めっちゃピンチだからッ!! 思考を止めないで戦ってッ!!」

 

 む、それもそうか。…………はははは。

 

「アア、アアアァァァア!!」

 

 鋭い踏み込み、そして急接近からの雷を纏う一閃。飛び込むように横へ体を投げて回避する。続けざまに放とうとするイザベラ殿に今度はこちらから接近。近接戦を仕掛ける。

 

「シュ、シュッ!!」

 

 振るう拳は虚しく剣の峰で全てはたき落とされ、クロスレンジすら優位を保たせてはくれない。この前の時とは動きのキレが違う。魔法による身体強化、だったか、それを使用しているのだろう。

 

 こりゃ参ったな。

 

「テレジーッ、無理だッ!! 俺、死んだッ!!」

 

「お願いだから諦めないで今から支援するからッ!!」

 

 爆ぜろ──テレジーが手を前に勢いよくかざすと、小さな火球が豪速球でイザベラ殿に向かう。

 

「うぉっ!?」

 

「っ、マイケルっ!!」

 

 直撃の直前、剣の柄頭で肩を引っ掛けられ体の位置が入れ替わる。

 

 戦い方がうまいな……だが。それだけだ。

 

「おらッ、これでも喰らえッ!!」

 

 背中から襲う焼けるような痛みと、激しい爆風。飛ばされる体の勢いを体に乗せ、イザベラ殿の胸骨目掛け膝蹴りを放つ。

 

「……はさみ撃ち……!」

 

「ガ、アアアアアアア!?!?」

 

 ダウンから復帰したオーフィア殿による背中への飛び蹴り。アドリブの効く人だ、咄嗟に合わせてくれるとは思わなかった。

 

 だがイザベラ殿は僅かに狼狽えたもののすぐに体制を戻し、直剣を地面に突き刺し紫電を周囲に張り巡らせる。危なげなく退避した俺達は再び距離を置くことになった。流石に分が悪いな。俺達の攻撃手段は近接戦闘しか無い。遠距離はイザベラ殿のレンジだ。テレジーの魔法頼みにするわけにもいかん。どうにかして近づかなければ。

 

「マイケル」

 

「む、なんだ?」

 

「わたしたち……相性、ぴったり。体の相性も──」

 

「うむ、息ぴったり、だったなッ!!」

 

「死ねッ、死ねぇえええッ!!!」

 

 オーフィア殿の挑発にまんまと乗った、怒りに燃えるテレジーの魔法が炸裂。バスケットボール大の火球が次々とイザベラ殿に飛翔する。

 

「ナメ、ルナァアアアア!! デス、ワァアアァァァアアアア!!」

 

 直剣を引き抜いたイザベラ殿は、剣に手を這わせ刀身を撫でる。

 

「ちょっ、それは反則でしょっ!?」

 

「まずい……マイケル、下がって……!」

 

「お、おう!」

 

 一歩下がり、代わりに2人が前に出て見たことのある防御障壁を展開する。イザベラ殿な事を知ってるいる2人だ、彼女が何をしようとしているのか分かったのだろう。一体何が起きるというのだ。

 

「シ、ネェェエエ!!!」

 

 直剣に纏う紫電はいつの間にか青に変化していた。剣を上段に高く構えると、目にも止まらぬ速度で振り抜いた。

 

 ドォオオオン!!! 

 

「こんな、街中でやることじゃないってッ!! 分かんないのかなあの馬鹿はッ!!」

 

「城で、放つくらいだよ……! やるに決まってるよっ!!」

 

 凄まじい衝撃と光の嵐が荒れ狂う。障壁によって防がれているはずなのに、優秀な魔法師2人で守られているのに、今にも破られかねないプレッシャーが襲い掛かる。まるで攻撃型ゴーレムに魔力の奔流を放たれたときのようだ。

 

 青電の爆流が収まる。その直後青電を纏う直剣を携えたイザベラ殿が2人に肉薄した。

 

「魔穿っ……孔…………」

 

 テレジーの必殺技。掌底を腹に吸い込ませ相手を吹き飛ばす奥義。やって来るのが分かっていたとばかりに振るってみせ、見事命中させる、が途中で掌底は失速し『へにゃ』っと緩く当たる。

 

「グハアアッ!!」

 

 だがイザベラ殿は勢いよく吹き飛ばされ家屋の壁に激突。握りが甘くなった手元から直剣が離れ、それをすぐさま拾うオーフィア殿。

 

「テレジー! 無茶するなッ!」

 

 ふらっと崩れ落ちそうになるテレジーを支えようと駆け出す。だが持ち直し自らの足で踏ん張るテレジーは、不思議そうに俺を見つめる。

 

「え? あ、うん……ありがと……?」

 

「……む、どうした?」

 

「いや、さっきオーフィアに『技名叫ぶの恥ずかしい』って言われて……」

 

 あぁ……そういう? それで威力半減したってこと? 可愛いやつかよ。

 

 ぐったりとした表情で力なく壁に背を預けるイザベラ殿。俺達はイザベラ殿を囲み警戒しながら近付いていく。これで何とか立場は対等になった……のか? 

 

「……終わり、だよ」

 

「色々聞きたいこと、聞かせてもらうわよ。イザベラ」

 

 恐る恐る声を掛ける2人。しかし返事はない。身体強化をしていたはずだから、この程度で息絶えるとは思えない。気を失っている訳でもない。無視されているのか。

 

「コロ、ス……ヨロイノ、オト、コ……マイ、ケル……コロス……!」

 

「残念だけど、貴方には無理よ」

 

「ドコ、ダ……ドコダアアアアアア!!」

 

 イザベラ殿は頭を抱えて絶叫したかと思うと、喉を抑えながら蹲る。蹲る直前イザベラ殿の喉元に……黒いチョーカーが見えた。あれがイザベラ殿に影響を与えているのか? 

 

「ゥグ、グゥァウアアアア!!」

 

「イザベラ!!」

 

「ヨル、ナァアアアア!!」

 

 助け起こそうと近付いたテレジーを跳ね飛ばすと、上体を起こしてからふらふらと立ち上がる。

 

「オマエモ……オマエラモ……コロス、コロスコロスコロスコロスコロススゥウウウ!!」

 

「っ!!」

 

 戦闘で忙しく、その顔を間近で見たのは初めてだった。

 

 やや垂れ目だが線の細い印象を受ける顔つき。髪の色とは違い青い色をした瞳。平時であれば美しい大人の女性といった感想を浮かべるだろう。

 

 だが、その目つきの鋭さ。殺意以外の感情を持たない純粋な視線は刃以上の凶器を作り出し、最早その様は狂気と表する他無い。

 

 再び悶えながら黒いチョーカーを押さえると、見覚えのある灰の粒子へと姿を変え消えていった。

 

「捕まえられなかったね……」

 

 しばらくの沈黙の後、オーフィア殿がてこてこと歩いてきてなんとはなしに会話を投げかける。

 

「そうね……けど、今の装備じゃ難しいわよ。死ななかっただけマシ、って思っておきましょう」

 

「そうだなッ!! また今度頑張ればいいのさッ!」

 

 うむ。仕方がない。そもそも無出で戦闘になりかねん任務を続けたのが間違い。そして、それは誰のせいでもないのだ。

 

 灰の粒子は、リンウェルの時と同じく城の方へと消えていった。あの城に黒幕がいるのは間違いない。イザベラ殿のような強力な『駒』を簡単に派遣できる存在だ。これからはより一層の警戒をしなければならない。

 

 迫りくる強敵。強大なな黒幕の存在。俺達の戦いはまだ、始まったばかりだと思い知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうか、ここに、マイケルいるよね……?」

 

「鎧の姿しか知らなかったんでしょ……馬鹿だから、あの子」

 

 そして、イザベラ殿がどんな人物であるかを思い知ったのだった。

 

 



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第四十八話ッ そういえばこの辺遊ぶところ無いなッ!!※歳を弁えろ

 

「そういう訳で、公園を作ろうと思うッ」

 

「『そういう訳で』で始めようとする前にまずちゃんと説明して? いきなり言われても困るよ?」

 

「ほらこの前、イザベラ殿は子どもたちと遊んでいただろう? だから子どもたちの遊び場を用意してあげれば、釣られてイザベラ殿も来るのではないかと考えたのだッ!!」

 

「杜撰だらけのはずなのに、前回の事で説得力があるのよね……その計画」

 

 イザベラ殿との一件後、取り敢えず家に戻って体勢を整える事になった。その次いでに俺が移動中に考えていた今後の動きについて話していた。

 

「マイケル……それ、子どもたちが囮になる、けど……」

 

「あんなに仲良く、楽しそうに子ども達と遊んでいたのだ。傷付けるような真似はしないだろう……それに」

 

「それに?」

 

「……俺も子どもと公園で遊びたいのだッ!!」

 

「まさかそれが本音じゃないでしょうねッ!?」

 

 イザベラ殿との遭遇、戦闘があった日から1週間程度たった今日。2日ごとにラルクの下へ経過報告をしに行くテレジーの表情が日に日に曇っていったのを憂いた俺は、進展のない状況を打破すべく一計を案じることにしたのだ。

 

 机を挟んでソファに座る2人は、最初こそ虚を突かれた顔をしたが、俺の熱意が伝わり頷いてくれた。うんうん、話が分かる人たちだ。多分俺と同じく思考がぶっ飛んでるのだろう。

 

 ……どう考えても頭おかしい作戦だが、何故か理に適ってしまう。これが異世界なのだ。違うか。ああ、でも心配要らないぜ。なにせ一番驚いたの俺だからな。イザベラ殿が子ども好きだったとはいえまさか一緒に遊んでるとは思わないだろ、普通。自分が殺し屋だってこと忘れたのかな、あの人。

 

「名付けて『公園作戦』ッ!」

 

「そのまま過ぎない?」

 

「じゃあ『イザベラ殿ほいほい作戦』ッ!」

 

「かわいい…………採用」

 

「まぁ……いいんじゃない? なんでも」

 

 これからのやることは決まったな。ラルクの依頼は一度中断という形にはなるが、回り回って任務解決に導くための布石だ。必要経費だ。

 

 それに、子どもたちの遊び場がないというのは些か不便だろう。子どもは楽しく遊んで笑って、皆を笑顔にするのが仕事だからな。

 

「遊具は、何にするの? おっきなベット……とか?」

 

「それはある種の火遊びでしょ」

 

「いやんテレジー……ただの休憩場所だよ?」

 

「そう言って誰も彼もがラブホに誘うのよッ!!」

 

「ベンチは作る予定だが、それでは駄目か?」

 

「背中、痛くなっちゃうよ……?」

 

「お願い、一旦真面目な話するから黙ってて、オーフィア」

 

「ごめんなさい」

 

「鉄棒とジャングルは欲しいよな!」

 

「鉄、棒……。ジャングル……絡み合う男女……卑猥」

 

「ブランコとかもいいわよね」

 

「テレジー……何を、ナニをぶらぶらさせる気なの……?」

 

「殺すわ」

 

「ごめんなさい」

 

 ☆ ☆ ☆

 

「とは言っても材料が無いわよね。一応ラルクに聞いてみるけど、宛にはしないで」

 

「廃材を使えば何とかなるだろう。そうだ、アリシア殿とクレイトン殿に鉄資材の供給先を聞けば工面してくれるやもしれんぞ」

 

「貴重な資源を渡してくれるとは思わないけど……やるだけやってみましょうか」

 

 俺達の間で公園のマスタービジョンの共有を済ませる。これが共有されていないと各々が違う完成図を描くことになってしまう。3人で力を合わせてものを作るのなら必要な課程だ。俺が考える中での一般的な公園ではあるが、遊び場としては十分だろう。今から完成した公園が楽しみだ。

 

「材料があれば、形を変えるのは簡単……まかせて」

 

「ねえねえ、その鉄の変形させる魔法ってどこで覚えたの?」

 

「わたしが編み出した」

 

「すごっ!? エリナみたい!」

 

「魔力を動かす感じで……くるくるっとやるの」

 

 うむ。俺が魔法を使えないからかも知れないが、言ってることが全く分からん。説明が雑過ぎて最早説明してないな。天才か。

 

「なるほど……」

 

 え、それだけで分かるのか? 君も天才だな。思わずテレジーの顔見ちゃったよ。

 

「材料なくてもできるよ。城のときは無しでやってたから」

 

「すごっ!? 魔力の消費量半端ないでしょ!」

 

「まあね……つるつるっと素材を錬成してから、くるくるっとやるの」

 

 うむ。例え俺が魔法を使えたとしても、オーフィア殿の言ってることは分からないだろう。オーフィア殿は感覚肌なのだ。やはり天才か。

 

「なるほど…………」

 

 え、頷いてるけど本当に分かってるの? 二度見しちゃったよ。君たちは今日から天才と名乗っていいぞ。多分。

 

「良く分かんなかったからその時になったら教えて」

 

「おふこーす!」

 

 分かってなかったんかい。

 

「じゃあいち早い公園の完成のために早速……い、行きますか…………明日にでも」

 

「おうッ…………ん、明日? 今日じゃないのか」

 

「いやー、その、英気を養うというか、戦いの準備をするというか、短剣を研いでおきたいというか」

 

「そこまでして一体何を倒しに行くのだ」

 

「あ……そう言えば大鎌の修理終わった、ってアリシア言ってたよ」

 

「う゛っ……」

 

『アリシア』と名前が出たときから狼狽えるテレジーに追撃の一言。分かっててやってるだろ、やはりオーフィア殿は鬼畜だな。

 

「……他に、なにか言ってなかった……?」

 

「あとは、銃のカスタム終わったって」

 

「いや、そうじゃなくて……!」

 

「…………行ってからの、お楽しみ?」

 

「何か知ってるなら言ってよッ!!」

 

 ま、多分君の想像しているような事は起きないさ。何となくだけれど。

 

「あ、ああ……あああああああ…………!」

 

「あ、やばい……かも?」

 

 アリシア殿に詰られたときと同じような様子で頭を抱えるテレジー。怖い。人が狂う寸前みたいで怖いな。たかが怒られただけで恐怖抱えることってあるんだな。

 

「もし何かあれば俺が話をつけようッ! だから、怖がらないで、一緒に行こうッ!!」

 

「マ、マイケル…………」

 

 テレジーは涙を目に溜めてうるうると小動物よろしく縋りついてくる。

 

 ……うーむ。テレジーのキャラ。大分変わったなあ。

 

 いや、元々こういう人なのかもしれないな。今までは心を閉ざして気丈に振る舞っていただけで、本当は打たれ弱い人なのかもな。

 

 問題はない。ないはずだ。支えてみせるぜ。俺の人生に賭けてな! 

 

「何度、わたしにテレジーがあーだこーだと言ったか──」

 

「──あああ!! やっぱりだめだぁあああ!!」

 

 ……あとでオーフィア殿を叱るか。キツめに。

 



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第四十九話ッ 雨降って痔になるッ!!※社会現象になるぞ

 

「つ、つい、つい、つつつつつ──」

 

「着いたよ、マイケル」

 

「おうッ」

 

 クレイトン、アリシア兄妹の店にはこれで二度目の来訪になるな。外見の不気味さからは想像ができない綺麗な店内のギャップにやられたのも記憶に懐かしい。うむうむ。良い店だ。

 

 オーフィア殿はアリシア殿と魔道具の作成のため何度か訪れたいるはずだ。慣れた様子でドアノブに手を掛けている。頼もしい限りだ。

 

「では入ろうか!」

 

「ちょっ、ちょっと待って心の準備が──」

 

「──い、いらっしゃい! 皆さん!」

 

「ぎゃああああ!!!」

 

「きゃあああああ!?!?」

 

「いっ、たぁ…………っ」

 

 オーフィア殿がドアを開けようとした瞬間に扉は開きアリシア殿が出てきたかと思うと、テレジーは驚いて絶叫しそれに驚いたアリシア殿も絶叫。突然の開扉によって頭を強打し痛みで悶えているオーフィア殿。それを眺めるフルアーマー男の俺。

 

 何だこれ。あと、何だこれ。

 

「ア、アリシア……さん……お、お久しぶりです、わ……?」

 

「テ、テレジー、も…………?」

 

 アリシア殿は腰まで伸びる灰褐色の髪を一本に纏め、動きやすさを重視した綺麗な作業着を着ている。心なしか真紅の瞳も輝きを増し、袖を捲って露出した肌の血色は良く健康そうに見える。前見たときは髪もボサボサで、格好もパジャマで汚く不健康そうな見た目だったと思うが。

 

 あとテレジー。動揺しすぎだ。イザベラ殿みたくなってるぞ。

 

「わたしもいるよ」

 

「俺もいるぞっッ!」

 

「オーフィアさんは2日ぶりだよね。マイケルさんはお久しぶりです」

 

「今日もかわいいね。アリシア」

 

「はいはい……オーフィアさんも綺麗ですねー」

 

「頬に汚れ付いてる……もしかして一昨日からずっと頑張ってくれてたの?」

 

「……うん! もう少しで試作品ができそうなのっ!!」

 

「そっか……わたしのために、ありがとう」

 

「あの……手は、あっ……んぅ、くすぐ、ったぃ、からぁ……!」

 

「ふふ……最近、アリシアの弱いとこ、分かってきた……ほら、こことか」

 

「んっ、あ……だ、だめえ……ぁ、ん……!」

 

 バシンッ! 

 

「痛ぁ!?」

 

「いかがわしいことすんなッ! この色欲魔ッ!!」

 

 凄いな……腕を撫でただけで一瞬にして虜にするとは。オーフィア殿の力量は本物だ。俺も見習わなければ。

 

 ……いやどこで使うかと聞かれたら、そりゃ、なぁ? 言わせんなよお。

 

「おーいアリシア! お客さんを店先で待たせるなよ──って、オーフィア! お前、また妹を誑かしに来たのか!?」

 

「に、兄さん!!」

 

「おぉ、妹よ……俺が絶対に守ってやるからな!」

 

「誑かすなんて……失礼な」

 

「お前が先に失礼してんだよ」

 

 アリシア殿はクレイトン殿の胸に飛び込みぎゅっと抱きつく。相変わらず仲いいな。

 

「武器の受け取りだろ? さっさと入ってくれ。人が集まっては敵わん」

 

 クレイトン殿に先導され店内へと入っていく。フロントを通り横の部屋に通されると、そこはソファーが2つとテーブル1つおいてある小部屋だった。思ったよりも広いんだな。この店は。彼らの住む部屋や鍛冶場も含めるとなると、かなり豪華な家なのではないか? 

 

 ソファに座ると、横にテレジーとオーフィア殿が座る。向かいにはクレイトン殿が俺の正面に座る。む、アリシア殿は……いないな。どこに行ったのだ。

 

「ほれ、改造したブツだ」

 

 クレイトン殿は部屋の角に置いてあった銃を手に取り、それがこちらへと差し出される。ふむ、要望通りだ。これなら俺が手を加える必要もないだろう。

 

「弾は受注生産にしたい。素材があまり無くてな」

 

「それで構わない」

 

「ひと通り試してるから問題はないはずだ。何かあったら言ってくれ。……で、これがテレジーの大鎌何だが」

 

「は、はひっ!」

 

「……おーい、アリシア。早く持って来い」

 

「……うん」

 

 小部屋の外でひとりもじもじしていたアリシア殿がゆっくりと歩いてくる。なるほど、テレジーの大鎌を取りに行っていたのか。

 

「これ……連結部は補強してある。だから、前みたいなことには起きないと思う。連結したまま剣槍みたいにも扱えるようにもしておいたよ」

 

「う、うん……」

 

「……その、テレジー!」

 

「は、はいっ!?」

 

 いきなり声を上げたアリシア殿に驚き手に持った大鎌を抱きかかえて震えるテレジー。アリシア殿も挙動不審で目が泳ぎまくってる。

 

 なんかあれだな。小動物と小動物の小競り合いみたいだな。

 

「ごめんなさいっ!!」

 

「……え…………」

 

「私の設計ミスだった……アダマンタイトで作られた曲剣と棍棒部の強度に対して、変形機構の強度が足りていなかった。そこまで配慮が足りてなかった」

 

 俯くアリシア殿の表情は見えないが、声音からどんな顔しているのかは想像がつく。

 

「鍛冶師としてやってはいけないことをした……あんな武器じゃ、信頼してくれるテレジーを裏切るだけ」

 

「……そんなことないわ。あなたの武器はいつだって私を助けくれたもの」

 

「違う……違うの。もしかしたら、私のせいでテレジーが……!」

 

「あのね、アリシア」

 

 両手でアリシア殿の顔を包むと、ぐいっと顔を上げさせる。

 

「私はそんなので死ぬほど弱くないわ」

 

「で、でも……」

 

「いつも自信はどうしたの。貴方の大鎌への愛は嘘だったの?」

 

「それだけは絶対にない!! 大鎌は神!!」

 

「ならもっと自信を持ちなさい。私は貴方を頼りにしてるの。その程度で失われる程度じゃないくらい」

 

「……テレジー…………怒って、ないの……?」

 

「……怒るわけないじゃない。むしろ…………」

 

「……え?」

 

「……その、だから、これからも私の武器を作って欲しい」

 

 ……できれば大鎌以外の、と小声で付け足すとテレジーはアリシア殿に微笑みかける。うむ、やはりテレジーは笑顔が素敵だ。

 

「うん! 分かった! これからも凄い大鎌作るね!!」

 

「あ……うん。よろ、しく…………」

 

「よろしくねっ!!」

 

 最早死刑宣言だな。がっくりと肩を落としたテレジーの背中から愛週が漂ってる。性能自体は悪くないんだけどな、アリシア殿の大鎌。

 

 慣れだよ慣れ。……俺は使わないけど。

 

 まあでも。アリシア殿もさっきまで暗い顔から変わって明るくなってくれて嬉しい。あの時から随分と気にしていたみたいだったから、また活気あるアリシア殿を見れてよかった。

 

「あ、オーフィアさん! 魔道具の事で聞きたいことがあるの。ちょっといい!?」

 

「うん。いいよ──ちょ、まっ……引っ張らないで……!」

 

 オーフィア殿が立ち上がるや否や腕を鷲掴んで部屋から出ていく。そうそう、あの勢いの良さがアリシア殿だよな。オーフィア殿が狼狽えるくらいの創作意欲だ。さぞ素晴らしい武器が出来上がるのだろう。それは、もう。

 

「しっかしあれだな……テレジー。まさかお前が友達連れてくるなんてよ。前までのあんたからは想像ができないぜ」

 

 しばらくの沈黙の後、クレイトンはソファに深く座りなおすと懐かしむような声で思いに耽る。ふむ、確かに最初であった頃のテレジーはツンツンしていたからな。今はツンデレデレになってるぞ。

 

 テレジーはチョロいなって最近は思ってる。

 

「まあ、昔は……昔。色々あったのよ」

 

「はじめてであった頃なんてぶっきらぼうで、口も利かねぇ、目も合わせねぇで酷かったよな」

 

「そんなときもあったわね」

 

 良く考えれば俺と出会う前から2人は出会っているのだ。俺が知らないテレジーをクレイトン殿とアリシア殿は知っているのか。後で聞こう。

 

「む、テレジーは出会った時から魅力たっぷりだったぞ!」

 

「そ、そういう事聞いてんじゃないからっ!」

 

「お、こりゃ友達越えてボーイフレンドの方か? ませやがって、この〜」

 

「ませてないわッ! 年相応──というか、そういう関係でもないからッ!!」

 

「はっはっはっ」

 

「お前ぇは笑ってんじゃねぇよッ!!」

 

「ouch!?」

 

「……ん? なんだ、反応が…………気の所為か」

 

 テレジーの放つ綺麗な回し蹴りが俺の尻を叩く。おほ〜、テレジーの蹴りは効くなぁ……。世界獲れるぞ。

 

『すんげぇえええええ!?!?!? 魔法、最ッ高ォオォオオオオ!!! 私、天才ぃいいいいいぁあああぁぁあ!!!』

 

『ふわぁああ……揺らさないでぇええええ…………!!』

 

 興奮の雄叫びと小さな悲鳴が木霊する。全員が声のする方を一見し、視線を戻した。このときだけは俺達3人の意思が合わさった瞬間だと思った。

 

 ──無視しよう、と。

 



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第五十話ッ 私、気になりますッ!!※自語りババア乙←◯すぞ

 

「嫌っ! 帰ってよ!!」

 

「おい、アリシア。やめるんだ!」

 

「誰がお前なんかに武器渡すもんか!! 絶対に、作ってやんない!!」

 

 肩を突き飛ばされ僅かな痛みが伝う。アリシアと名乗る少女は頭を振って店の奥へと走り去っていった。

 

「悪ぃな」

 

「…………」

 

 私は今まで使っていた剣を先日の戦いで破壊してしまった。日々の戦いで酷使されひび割れ錆付き、切れ味が頗る悪くなっても、私とともに戦い抜いてくれた相棒だった。

 

「……言っとくがさっきの態度のことじゃねぇぜ。アリシアが怒る気持ちも、俺は分かってるつもりだ」

 

「…………」

 

 知り合いに『頼み込んで』教えてもらった、この国に残る数少ない鍛冶師、アリシア。そして仕立て師であり元軍人のクレイトン。彼ら兄妹がひっそりと経営する店に訪れ、何でもいいから使える武器を求めに訪れたのだ。

 

「だからこそ、あんたの魂胆が分からねぇ。本当に武器貰えると思って来てんのか? ちょっとそれは虫が良すぎるんじゃねぇのか」

 

「…………」

 

「それに、『武器ならなんでもいい』みたいな甘ったれた考えのやつに、うちの妹が打った作品を売れねぇよ」

 

 だが見通しが甘かった。この店は本来彼らが選んだ一部の客にしか武器を売らない。そのことを知らずに、私は彼らに武器を図々しくもせがんでしまった。それも彼らの作品に対する敬意も表する事無く、ぞんざいな態度で。

 

 白髮の少女に突かれた肩が痛む。

 

そもそも、私は彼らが忌み嫌う『貴族』だ。なぜ、彼らが私に武器を贈るなんてことをしてくれると、私は思いあがったのだろう。

 

「帰ってくれ。……来世ではご縁があればいいな」

 

 息を吐き出し、瞳を閉じる。一瞬目の前の肩が震えた気配がしたが、気に止めることはない。私はお前を殺す気なんて無いのに、お前たちはいつ私に殺されるか怯えていたのだろうな。

 

「…………」

 

「……一言ぐらい言えねぇのかよ」

 

 ドアノブに触れる手を強く握る。

 

 ……そうだな。何も言わないのは、失礼になるか。

 

「……もう来ることはない」

 

 ☆ ☆ ☆

 

「いやぁ……あの時の目。怖かったなあ……」

 

 クレイトン殿は自らの肩を抱くと態とらしく体を震わせる。

 

「や、やめてよ……恥ずかしいじゃない」

 

「アリシアがいなくて良かったぜ。思わずブルっちまったよ」

 

 うむ、そうだな……まさしく氷河期、といった感じだな。テレジーが革命派に属して、精神がすり減っていた時代だ。貴族と揶揄され差別され、辛い毎日を送っていたことだろう。

 

「それにしてもクレイトン殿よ。あまりにもテレジーへの態度が悪いのではないか?」

 

「しょうがねぇだろ……あの時は貴族への心象が、ほら、悪かったしよ」

 

「そうよ。クレイトンはむしろ優しい方よ」

 

「その割には俺のこと睨んでたけどな」

 

「それは誤解。ただ目つきが悪かっただけよ」

 

「どうだか」

 

 テレジーは手に持つ湯呑みを傾けると一気に飲み干す。一息つくと更に続ける。

 

「今こうして平和にやり取り出してるのだから、別にいいでしょ?」

 

「ま、そうだな」

 

 2人が納得しているのならそれで良いのだがな。あの初対面の後2人、いや3人か。3人はどうやって仲良くなったのだろうな。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「に、兄さんっ!!」

 

「くっ、お前ら……何の用だ!」

 

 俺達の店から程遠くない路地裏。ちょっとした買い出しの途中、背後をつける追手の存在に気が付き、妹のアリシアを連れて逃げるも、俺達は呆気なく囲まれた。走るとすぐに転んでしまうアリシアを連れて走り回るなんて、俺にはできなかった。せめて俺が現役の軍人だったのであれば、おぶってでも逃げられたんだろうけど。

 

「別に悪いようにはしねぇよ、クレイトン。昔馴染みだからな」

 

「なら、そこを退いてくれないか。堅気には手を出さないでもらいたい」

 

「『堅気』ね……軍人をマフィアと一緒にされちゃ困るぜ。オレらはこの国のために最善を尽くしてるだけだ」

 

 こいつらに何を言っても通じない。この時間も何もかも全てが時間の無駄。

 

 俺が軍人を辞めた理由。それは民衆から徴税という名の下食料を巻き上げ搾取の限りを尽くし、軍人という後ろ盾に甘えて征服者気取りで大手を振っていたことだ。

 

 俺はこんなクソッタレな国でも、故郷は愛している。そこに住む人たちも当然同じであるはずだと思っていた。だが違った。最早そんな『甘い』考えを抱いていたのは俺だけだった。そんな考えじゃこの地獄のような国を生き残れないと、空気を吸うように理解してたのだ。

 

「お前の妹の力がオレたちには必要だ。これ以上の猶予期間は与えられねぇぜ」

 

「猶予期間だと……ふざけるな。お前たちが勝手に決めたルールで、俺たちを縛るな!!」

 

 俺は決めたのだ。軍人という名誉ある職を捨ててでも守りたい者の存在。たった一人の家族であるアリシアを守ることを。そのためなら何だって捨ててやる。必ず守るんだ。

 

「やれ」

 

 周りにいるのは3人……戦闘のプロが3人。実力差も人数差も圧倒的だった。

 

「いやっ、いやぁ!! 兄さん! 兄さん!!」

 

「やめ、ろ!! アリシアを、離せっ!!」

 

 2人の大男に組み伏せられ身動きが取れない中、視界に映るアリシアが激しく抵抗している様が見える。俺が何もできないばかりに、アリシアを怖がらせている。

 

「離して! 離してよ!! 兄さん!!」

 

「うるせぇな……おいっ!!」

 

「いっ──やめ、やぁ!?」

 

 髪を鷲掴みされ乱暴に振り回して嫌がるアリシアを無理やり引っ張る男。

 

「てめぇ……! アリシアを──ぐっ!!」

 

「クレイトンさんよ、お前の妹は借りてくぜ」

 

「待て!! やめてくれ……お願いだ……アリシアを…………返してくれ!!」

 

 俺は無力だ。妹を守るために俺にできることはしてきたつもりだ。だがそれだけだった。俺にアリシアを守る力なんてないのに、自分には何でもできると驕って慢心した末路だ。俺は、たった1人の家族すら守れない。

 

「……あ、てめぇ……まさか──」

 

「────シッ!」

 

 ふっ、と重力がなくなったかのような感覚が伝わる。……違う、背中に乗っていた男2人が吹き飛ばされたのだ。俺はすぐさま立ち上がるとアリシアのもとへ駆け出す。何故か呆然と1人で立ち尽くす様に違和感を覚えたが、今は気にしている暇ではない。

 

「アリシアっ!!」

 

「に、兄さん……!」

 

 アリシアを抱きせ、ちゃんと戻ってきてくれたことに安堵する。これは奇跡だ。奇跡以外の何物ではない。

 

「い、一体何が…………起きて……」

 

「…………あの、ときのか」

 

 先程まで威勢よく吠えていた3人の男は沈黙したまま地面に突っ伏している。そしてその真ん中に立つ、フードを深く被る黒コートの人物。

 

「…………貴族」

 

 アリシアは恐る恐る声を絞り出すと、それっきり怯えるように、または怒り故か体が強張る。俺の背中にアリシアを隠すと、俺は黒コートの人物に声を掛ける。

 

「…………助かった。礼を言う……俺は何を差し出せばいい?」

 

 何故あの人が俺達を助けてくれたのかは分からない。ただ、無償で人助けをするお人好しなどこの国にはもう居ない。なら当然見返りを求めてくるはずだ。

 

「…………いらない」

 

「……でも、それだと……」

 

「…………」

 

 いや、それはどうだっていい。貴族に無様なさまを見せた挙げ句助けられたなんてことはどうでもいい。大事なのはそこじゃない。

 

「兄さん、行こうよ」

 

「……けど」

 

「…………嫌だよ。貴族と一緒にいるの。貴族にお礼なんてしたくないよ……」

 

「っ、アリシア。やめろ」

 

「……ごめん、なさい」

 

 今だけはそんな口を聞いては言えないと思った。別に怒りを買って殺されるとか、そんな突飛な想像はしていない。ただ、仮にも妹を助けてもらった恩人なのだ。その相手に失礼な態度を取りたくないと思った。ただそれだけだ。

 

「…………」

 

「っ……ま、待ってくれ」

 

 踵を返して去ろうとした貴族の足を止めさせる。本当はこのまま行ってもらうべきなのは承知だ……その上で俺は声を掛けた。

 

「あんたは……妹を助けてくれた恩人だ。そのお礼がしたい。今度、店に来てくれないか」

 

「兄さん……!?」

 

 アリシアに腕を強く引っ張られる。しかし俺は引くことはしない。妹のわがままを聞くのは兄の務めだが、妹を導くのも俺の務めだ。

 

「約束したよな。アリシアが武器を作りたいだけ作る代わりに、俺が売るって。俺が選んだ相手にだけ武器を売るって……約束したよな」

 

「…………」

 

「アリシア」

 

「……勝手にして」

 

 承諾は貰った。自分の意志が固く頑固で、人の話を聞かないアリシアが首を縦に振ったのだ。アリシアも目の前の貴族に助けてもらったことに、何かを感じ取っているということなのだ。

 

「私は……そんなつもりで、助けたわけじゃない」

 

「じゃあ、どういうつもりで助けたんだよ」

 

「…………」

 

「いや、長くなりそうだからいい。ま、ありがたく思えよ? 俺の妹の腕は確かだぜ」

 

 首を動かすこともなく体を揺することもなく不動な彼女を見ていて、俺に対し何も語ることはないのだろうと諦観した。

 

 その証拠に、次に店に訪れて武器に触るまで、彼女は一言も発することはなかったのだから。

 



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第五十一話ッ ねるねるねるねッ!!※私も混ぜての意

 

「──で、実際の所。なんで助けてくれたんだ?」

 

「たまたま、よ。それだけ」

 

「……そうか。なら、その『たまたま』に感謝しなくちゃな」

 

「ええ。そうするといいわ」

 

「あ、なんか面白そうな話してるー!」

 

 扉の開く音と同時にアリシア殿の年相応に可愛らしいくひょこっと飛び出すと、軽い足取りでクレイトン殿の横に座る。

 

「今、テレジーと俺等が出会った頃の話をしてたんだよ」

 

「そうなんだ! テレジーはねえ……とにかく無愛想だったね!」

 

「それ貴方が言うの?」

 

「テレジーよりはマシだよ」

 

「そんな事無いわ。貴方のほうが酷かった」

 

「どっちも変わらねぇよ。間に挟まる俺の気持ちにもなれよ」

 

「兄さんはどうせ、テレジーにデレデレしてたから愛想良かったんでしょ?」

 

「は? 舐めんな。側に世界で一番かわいい妹が居るのになんで他の女に目移りしなきゃならねぇんだよ」

 

「うわシスコンきも」

 

「本当。キモいわ」

 

 クレイトン殿は本当にアリシア殿を愛しているのだな。クレイトン殿のアリシア殿を思う気持ちが溢れた過去話に感動した。さぞテレジーに感謝していることだろう。

 

「う、うぅ…………」

 

「む、オーフィア殿。無事か?」

 

「うーん…………ちょっと、休む……」

 

 ぐだぁ、っとソファに崩れ落ち力なく項垂れるオーフィア殿。凄いな、こんなに元気のないオーフィア殿は初めて見た。アリシア殿、恐るべし。真面目そうな顔して1番の狂人はアリシア殿なのかもしれんな。

 

 ……ちなみに2番目はオーフィア殿、その下がテレジーだ。俺は番外だ。ピエロを演じてるだけだしな。

 

 本当だぞ。

 

「テレジーと2度の邂逅のあと、アリシア殿はどのようにテレジーと仲良くなったのだ?」

 

「仲良くなった、というか……『あ、この人アホな人だ』って気付いて警戒するのがバカらしくなったというか」

 

「は? ちょっと待てやチビ。アホってどういうことだゴラ」

 

「クール系に見せかけてただの天然のアホな子なんだよね!」

 

「分かる……そうだよな……」

 

「はぁ? 誰が────え、マイケル? なんで頷いてるの?」

 

 おっと失礼。つい本音が。

 

「だって最初喋ったとき噛み噛みだったし、咳き込んでたし、しどろもどろだったし」

 

「それはあれよ! 普段必要以上に喋らなかったからよ!!」

 

「武器だってろくに整備しないし見た目に無頓着で」

 

「見た目に無頓着なのはあんたもでしょ!?」

 

「……ふふん、見なよ! この綺麗な作業着をッ!!」

 

「う、嘘……綺麗……!?」

 

 そうなんだよな。たしかに前見た時は、一言で言えばだらしない印象を受ける格好だった。しかし今は年相応、いやすこし大人びた可憐な少女といった雰囲気だ。髪は良く整えられ枝毛がなく、以前のようなパジャマではなく作業に適した服装で、シワも汚れもない綺麗なもの。

 

「…………ぶい」

 

 横で俺に向けて小さくVサインを向けてくるオーフィア殿。なるほど、君がレクチャーしたのか。どうやってあの偏屈そうなアリシア殿を言って聞かせたんだ? 

 

 ……まぁ『偏屈そうな』というのは俺の偏見だが。

 

「相変わらず芋っぽいテレジーとは違うんだよ!」

 

「言ってくれたわね、このチビがッ!! 『芋』って言われるのが一番嫌いなのよ!!」

 

「別にチビでいいもん! 作業場は狭いから身長が低いほうが楽だもん! このお芋お芋のテレジーさん!」

 

「このガキッ! 表に出なさいブラコン小娘!! どっちが格上が思い知らせてやるわッ!!」

 

「毎日重たい金槌振ってる私に力勝負で勝てると思ってるの? ほんとに馬鹿だねテレジーは!!」

 

 ソファから立ち上がると両者は互いに向き合い、プロレスさながらのフィンガーロックで力比べを始めた。

 

「ぐぬ、ぐぬぬぬぬ……!? こんな、小娘なんかにぃ!?」

 

「ふ、ふふ……やっぱり私のほうが────あ、あだだだだだだ!?」

 

 力仕事をしていた分、そして体が本調子でないからかアリシア殿に押されていた前半戦。しかし後半戦では打って変わって突然テレジーが優勢に……。

 

 ……こいつやったな。

 

「馬鹿めぇえええ!!!」

 

「馬鹿はテレジーだよ」

 

 バコォオオオン!! 

 

「──痛ぁぁああああ!?!?」

 

「真剣勝負に……水を差すなッ……!」

 

 頭を抑えてうめき声を上げ蹲るテレジーを尻目にオーフィア殿は元の席へ戻る。今凄い音したな。ありゃ痛いだろうな。でも大丈夫だろう。だってテレジー、身体強化の魔法使っただろうからな。

 

 それくらい耐えられるよな? 

 

「…………ま、若干。行き過ぎだったが、大体こういうことよ。分かったか? マイケル」

 

「うむ。よく分かったッ!」

 

 例え心を塞ぎ込んで周りを排していても、心の奥底の本質、テレジーらしさは変わっていなかった。つまり、テレジーは強い女性なのだと再認識できた。こんな状況でも俺は冷静な分析を忘れないクレバーな男なのさ。

 

 現実逃避ではない。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「ねえねえ。私貴族のこと、もっと知りたい」

 

「…………どうしたの突然。気持ち悪いわね頭おかしくなったの、相談なら乗るわよ、いやもう手遅れかしら」

 

「『酷い』、『酷い』、に『酷い』だね。自覚はあれど偏見だらけの目で私を見ないで?」

 

 アリシア殿はテレジーとオーフィア殿を順に眺め言葉を続ける。

 

「魔道具のこと研究してたら、『そういえば私、貴族について何にも知らない』って思って……」

 

「別に知らなくてもいいことよ」

 

「なんで?」

 

「なんでって、それは…………」

 

 言葉尻弱く消え入るようなテレジーの声。そこに詰め寄るアリシア殿。

 

 うーむ……テレジー。こっち見られても困る。

 

「せっかくテレジーと、オーフィアさんとも知り合えたのに、ふたりのこと何も知らないのは……なんか嫌だなって思って」

 

「…………」

 

 渋い顔で腕を組むテレジーに困った様子のアリシア殿。テレジーは昔のことを聞かれるのを避ける傾向にあるからな。彼女にとってもあまり気持ちの良い話でもないのだろう。

 

「…………その、私。本当は、テレジーの子どもの頃のことが聞きたいの」

 

「え、私の……?」

 

「……それなら、話してくれる?」

 

「…………余計嫌だな……」

 

「えぇ……」

 

 おぉ、そんな顔するなアリシア殿。せっかくの美人が台無しだぞ。

 

「いいじゃん……話してあげたら?」

 

「オーフィア?」

 

 お、ここでオーフィア殿が助け船を出すか。

 

「テレジーはいいよね。話すかどうか、選べるんだし……アリシアはわたしのことには興味ないようだし……」

 

「…………あ! ち、違うのオーフィアさん!! オーフィアさんの子どもの頃の話も聞きたい!!」

 

 何だそういうことか。いじけてただけか。可愛いとこあるじゃん。

 

「わたしも気になる…………わたしが居なくなったあとの『研究所』の様子」

 

「研、究……所?」

 

 研究所……あの城のことだろうか。貴族と呼ばれる人たちは研究所と呼ぶのが一般的なのか? 

 

「……と、わたしの友達」

 

「友達…………私知り合い少ないから、名前言われても分からないわよ?」

 

「大丈夫。いっぱいいるから。絶対当てはまる」

 

「は? …………あぁ……」

 

「オーフィアさんの友達!? どういう人達なの!」

 

「やめときなさい。きっと都合よく呼んで都合よく遊ぶタイプの友達よ」

 

「んぇ……? どういうこと?」

 

 それが本当だとして。テレジーよ、君のオーフィア殿への理解力の凄まじさに少々驚いているよ。

 

「そうそう。アリシアには、まだ早い」

 

「おめぇにだって早ぇだろうが」

 

「失礼な。肉欲溢れる22歳です」

 

 なんだ肉欲溢れるって。一体溢れたらどうなっちゃうんだよ。

 

「マジか。結構歳いってんのな。もっとガキだと思ってたぜ」

 

「……後で詳しく、聞かせてもらう」

 

「アリシア。最初に行っておくけれど…………あんまり面白い話じゃないわよ?」

 

「え。テレジーの話はいつも面白いよ?」

 

「思ってもないこと言ってんじゃないわよ」

 

「嘘じゃないもん」

 

 はぁ……と、大きなため息が聞こえる。テレジーが発したものだ。そしてテレジーが何かを決意したときの合図でもある。

 

「…………隠すほどのことでもないしね。良いわ、話してあげる」

 

「ほんと!? やったあ!!」

 

「……こりゃあ長くなりそうだな。ちょっと待ってな、お茶持ってくる」

 

「わくわく」

 

「何であんたも楽しみなのよ……」

 

 正直意外だった。あれこれと理由つけて話を有耶無耶にすると思っていた。

 

 そもそも人と関わろうとしなかったテレジーが、態々自らの過去を話そうとは思わないだろう。

 

「無理のない範囲でいいからな? テレジー」

 

「……ありがと、マイケル。別に黒歴史ってわけじゃないから、大丈夫よ」

 

 言っとくけど、ほんとに、面白い話じゃないからね──と続け大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出す。

 

 ただの深呼吸ではないのだろう、彼女にとっても大きな意味を持つ間だったはずだ。恐らくテレジーにとってあの城での出来事は、何よりにも代えがたい代物なはずだ。

 

 例えば、彼女の数少ない友人であるエリナ氏。テレジーにとってのターニングポイントであり鍵であり、『爆弾』……と俺は認識にしている。そう思うのはただの俺の勘。今のテレジーはエリナ氏について考えることを無理やり放棄しているように見えた。それは過去のいざこざ故か、何かに気付いてしまったからか。

 

 例えば、イザベラ殿。テレジーはイザベラ殿とは『仲良くない』と発言していた。しかしそう言う割にはイザベラ殿に対する態度が煮えきらない。だだの知り合いではないはずだ。

 

 必ずテレジーの過去には大きな秘密が隠されている。俺はテレジーの地雷を踏み抜いてしまうのではないかと立ち入れなかった危険地帯。それをテレジーは自ら開場してくれるのだ。この機を逃すわけにはいかない。

 

 それが、テレジーを救う為の一歩になるのなら。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 ──テレジーが語りだすのは、本来は語られるはずのない物語。彼女の深奥に迫る、たった1つの物語。

 

 悪意に染められる前の、幼き娘の物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いや、そんなにハードル上げないで? 喋りにくいわ」

 

「雰囲気作りは大事だぞッ!」

 

「余計なお世話よッ!」

 



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第五十二話 約束されたイレギュラー

 

「調子はどうかな、テレジー。気になるところはないかい?」

 

「はい。大丈夫です、ローレンス先生」

 

 部屋の中央よりややズレた位置にある診療台から降りる。いくつかの触診のあと、魔力による精密検査を行い私の体に異常がないことが確認された。

 

「よかったよ。魔力量が著しく多い者は、場合によっては重度の魔力障害を患う傾向にある。特にテレジーのような、第二次性徴期にも満たない女児だと何が起きるか分からないからね」

 

「…………よく、分かんないです」

 

 ローレンス先生はぼさぼさの髪を掻き撫でながら苦笑する。

 

「ああ、すまないね。つまり、僕はテレジーを『心から心配して』いるんだよ。君が元気でいてくれて嬉しいんだ」

 

 私に親は居ない。そのことを悲しんだことも喜んだこともない。強いて言うならば私を実に子供のように育ててくれたローレンス先生が該当する。先生は優しく微笑みながら私の頭を撫でると、彼のデスクの上の書類を手に取る。

 

「先日から始めた訓練の報告は聞いているよ。既に結果が伴ってきていて嬉しく思うよ」

 

 少し埃っぽいローレンス先生の研究室。内容が難しそうな本や資料が至る所にたくさんあり、室内を所狭しと占拠している。物が散らかり、最早その体を成していない机に向い何かを書き留めるローレンス先生は、私をチラリと横目で見つめる。

 

「…………」

 

「どうしたのかな。何か、考え事かい?」

 

 物心ついた時、私は既に歴代の中でも最高峰の魔力を持つ『天才』と持て囃されていた。それがどういう意味で何を表すのかは、当時の私には分からなかった。

 

 本来であれば6歳の時から魔力増加訓練を始めるところ、私の場合はそれより2年も早く始めることになった。それはある意味必然だった。理解も受容もできないまま、私は流水のように促された。

 

「なんで私だけなんですか……他の子は?」

 

「テレジーは特別だからだよ。この前も話した通り、テレジーはこの国の中で……いや世界で一番魔力量が多いと断言して良い。それはあの伝説の竜神、エンリルをも凌駕する量だと推察されるくらいだ」

 

「…………」

 

「つまり、テレジーはこの国を救える『ヒーロー』なんだ。今はまだ目標量に達していないが、テレジーの努力次第ではそれも可能なんだ」

 

「……私は、こんな力欲しくなかったです。ヒーローになんか、なりたくないです」

 

 ローレンス先生の大きな手が私の頭に乗っかる。優しく右へ左へと擦ると、柔和な笑みを浮かべた。

 

「怖いです……自分じゃわかんないのに、『魔力がいっぱいある』って言われても……」

 

 自分の手にあまる魔力量。想像をし得ない大きな闇のような、魔物のような気がして。あの時の私は、私の内側に宿る魔力という名の不可視の化け物に怯えていた。

 

「そうだね。そうだ、僕から1つ提案があるんだ」

 

 そう言うとローレンス先生は立ち上がり棚に煩雑に並べられた本を1つ取ると、私に差し出してくる。

 

「僕と一緒に魔力の使い方を勉強しようじゃないか、テレジー」

 

「……え?」

 

「全ての生物、物質、果にはエネルギーにすら普遍的に魔力が存在している。万物は全て魔力の奴隷なのさ」

 

「……わ、分かんないです」

 

 時折先生は難しいことを言う人だった。少なくとも当時の私にとっては。だから先生の言うことに一々私が問いただすことが多かった。けれどそんな私にもローレンス先生は優しく諭してくれた。

 

「つまりね、自分の中にある『魔力』と向き合って自分のものにするんだ。そうすれば怖くないよ」

 

「でも、いっぱいあるんですよね……?」

 

「人間と違って魔力は素直だからね、従わせるのに量は関係ないさ。テレジーがちゃんと使い方を勉強すれば、ね」

 

 それから私はローレンス先生の言葉を信じ、魔力の訓練に勤しんだ。訓練の内容は多岐に渡る。魔力を仮想脳から出入りさせたり、仮想脳内で圧縮と拡張を繰り返したり、その他諸々。

 

 説明してもよく分からないと思うから原理だけ説明すると──。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「……仮想脳に変則的な刺激を与えることで、仮想脳深部に宿ると言われている潜在的な魔力総量を──」

 

「興味ない。続き、早く」

 

「えぇ…………オーフィアも魔法師なら、この手の話は──」

 

「──早く」

 

「…………はぁ、分かったわよ……はぁ……」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 来る日も来る日も、私はそうやって訓練を続け魔力を順調に伸ばしていった。だが、訓練を手伝ってくれた人はローレンス先生ではなく、別の研究員の人だった。ローレンス先生とは違い、研究員らは言葉だけは優しげに、だが顔は一切表情を見せることが無かった。彼らは最後まで私への冷めた態度を変えることはなかった。それが幼い頃の私には酷く憂鬱な出来事だった。

 

 彼らは私ではなく私の持つ魔力にしか興味がないのだ、と気付いたのは、他の『子どもたち』と一緒に訓練を始めたときであった。

 

 研究員らの献身的な教鞭によるおかげか、私は日に日に魔力量を増やしていき、6歳になる頃には以前より抱えていた『魔力の存在への怯え』はなくなっていた。

 

「ど、どうですか……変じゃないですか?」

 

「うん、綺麗だ。よく似合っているよ、テレジー。だからもっと胸を張るんだ」

 

「は、はい」

 

「『女性の美しさは自信で決まる』と友人が言っていてね。実際に精神が肉体を変貌させることは無い為、荒唐無稽な妄言だが……僕はこういう根性論は嫌いじゃない。文系にだってたまにはアイデアのきっかけが……」

 

「…………」

 

「……心配せずとも、テレジーなら大丈夫。綺麗だ。ほら、行っておいで」

 

 6歳になると、今まで来ていた味気ない白シャツを卒業する。女子はドレスを、男子はブレザーを充てがわれる。私のドレスは白を基調としたシンプルなもの。パニエで少しスカートを広げているため裾が邪魔でやや歩きにくい。しかしこれが正装らしく、これで過ごさなければならないらしい。

 

 ……一体誰の趣味なんだろう。先生はこういうのが好きなのかな? 

 

 訓練を他の同期らと共にして数週間後のある日。第1試験とも言われる魔力測定の時。用意された魔法石に魔力をマインドダウンが起きる限界まで流し込み、その量を測るといったもの。ここで規定量の魔力量が見込めない場合、即刻処分となる。

 

 その事を知るのは随分後になってのことだったが……。

 

 私の同期である『子どもたち』は大体40人程度。どちらかと言うと女の子のほうが少し多い同期達は、それぞれ充てがわれた魔法石に魔力を込めていった。

 

 大抵の子は既定値を超え合格。一部の子は魔法石の魔力許容限界に達すること無く魔力が尽き処分。……だが私の場合はその2つとも違った。

 

「素晴らしい……これが『稀代の天才』か」

 

 私に用意された魔法石は10個。一般的な魔法師の魔力量は、試験に使われた魔法石に換算するとおよそ2個程。私は用意された魔法石全てを魔力で満たして尚、余力を残していた。

 

 次の日、精密な検査を行うため私だけ2回目の試験を受けた。城にある魔法石全てを用意され、その数は約120。だが、私の魔力量をは限界を知らず、120個全てを満たしても限界は訪れなかった。

 

「テレジーさんっ、すごいです!!」

 

「っ……そ、そうかな……普通、だよ」

 

「ねえねえ、何を食べたらそんなに魔力を増やせるのですか!?」

 

「み、皆と同じだよ」

 

(わたくし)と同じあのゲキマズレーションですか!? そんなのって無いですわ!!」

 

「げきまず……そんな事無いと思うけど──」

 

「──あ、自己紹介がまたでしたわね! (わたくし)イザベラと申しますわ!! これからよろしくですわ、テレジーっ!!」

 

「よろしく……?」

 

 初めて出会ったときから遠慮なく喋りかけてきたのは、今は黒いローブを羽織り神出鬼没の存在……この前子どもたちと遊んでいたのは別として。イザベラとの出会いは2度目の試験を終えた頃だった。この時は縦ロールではなく、長い髪を纏めてハーフアップにしていた。黒に白いラインの入った派手なドレスがよく似合う女の子だった。私としてはこの時の髪型の方が好きだ。

 

「けれど、(わたくし)の方が凄くてよっ! 絶対にテレジーに負けませんわっ!」

 

「う、うん……頑張ってね」

 

「ありがとうですわっ! ですけれどその余裕綽々な態度、360度変えて差し上げますわっ!」

 

「ま、回し過ぎだよ…………ところで、なんでイザベラちゃんも追試してるの?」

 

(わたくし)場所を間違えましたのっ!!」

 

「え? 案内されなかったの?」

 

「壁殴ってたら見失いましたわっ!!」

 

「ああ……そういうとき、あるよね……」

 

「そうですわよねっ!!」

 

 ……『結構やばい子に絡まれたかも』とあの時は思ったが、『それは間違ってないよ』ってあの時の自分に言って上げたい。

 

 だがそんなことよりも当時の私としては、こうやって積極的に話しかけてくれる存在に感謝していたのだ。

 



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第五十三話 すれ違いのプロトコル

 

「ふぅうん!! ほぉ、たぁ、やぁ!!」

 

 どういう気合の入れ方? 顔をしわくちゃにしながら手を回してスクワットしてるけど……。絶対余計な魔力入ってるよね。一子相伝の秘技なのかな。

 

「はぁ……はぁ……ど、どう!?」

 

「10個だ」

 

「は、はぁッ!? 少なッ! 100個くらい出たわよ! おしっこだってちょっと出たのよ!?」

 

 後日行われた魔力測定の追試験。私の左前で暴れ散らかした後、息を切らして肩で呼吸をするイザベラ。だが追試験を担当した女性の研究者は意に介さない様子で試験道具を片付けていく。

 

「もう一回! もう一回だけお願い!!」

 

「……一日に大量の魔力を消費したんだ。今日は休め。それに期間を開けなければ何度やっても同じだ」

 

「じゃ明後日! 漏らしてもいいようにおしめ履いてくるから! ねぇお願い!!」

 

「鬱陶しい。あまり手を煩わせるな」

 

 相変わらず表情が見えない女性研究員はイザベラを一瞥すると、そう言い残して去っていった。

 

「あの……大、丈夫?」

 

 うなだれた様子のイザベラに声を掛ける。

 

 ……おしっこ出たんでしょ、とりあえず着替えに行こうよ。

 

「ほんっと、融通の効かない人ですこと! そう思いません、テレジーさん!」

 

「え、ぁ、あ……うん……」

 

「何度やっても同じだなんて勝手に決めつけて。(わたくし)の限界はこんなものでなくってよ!! まだこんなに余裕がありますわっ! はぁああああッ!!!」

 

 気合とともに蒼混じりの紫の魔力がイザベラの体から溢れる。周囲を微弱な雷が走り、ただならぬ雰囲気を纏う。

 

 ……いやいや。なんでそんなに残ってるの、それは駄目でしょう試験なのに手を抜いちゃ。限界出してやろうよ。

 

「それと、いいですことテレジーさん」

 

「え……あ、はい」

 

「今回は勝ちを譲って差し上げますけれど、次はこうは行きませんわ。覚えてなさい、最後に勝って笑うのはこの(わたくし)イザベラですわっ!!」

 

「あ……うん……ありがとう……?」

 

 イザベラの言う勝ちとはなんだろうか。いつから私達は魔力量で勝負していたのだろう。

 

 ……魔力があったって何にもならない。人生が楽しくなるわけでも、自分が偉くなるわけでもない。ただ灰の嵐に囲まれたこの国を救うため、捧げられるだけの魔力の大小になんの意味があるのだろう。

 

 魔力量が多くて良いことなんて何一つない。魔力を魔法石に込めそれを納品すれば私達は終わりだ。それ以上何かをすることも、されることもないのだ。

 

 試験に使われた魔法石はほんの一部は国のインフラ設備に回される。その殆どは来る灰の嵐への魔力供給に備え城の倉庫に保管される。

 

 もし私の魔力をイザベラにあげられるのであれば、いくらでも渡すのに。

 

「おーほっほっほっ!! …………あ、またちょっと漏れた」

 

「は、早く着替えて……!」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 私とイザベラは仲が良い、というわけではない……と思う。

 

「ま、負けましたわッ……!」

 

「イ、イザベラ様がっ……負けるなんて……!」

 

「イ、イザベラ様が負けるなんてっ…………おい、お前!」

 

「……は、はいっ」

 

「お前がズルしたことは分かってるんだ! 卑怯だと思わないのかこの犯罪者ッ!!」

 

「人殺しッ!!」

 

 は、犯罪者? 人殺しッ!? 

 

「この────大馬鹿者ッ!!」

 

 ゴツーン、と拳と頭が衝突する音が室内に響く。

 

「テレジーがそんなことするわけありませんわっ!! 謝りなさいこのクソガキッ!!」

 

「も、申し訳ありませんっ……イザベラ様っ!!」

 

「謝る相手が違うくてよ、テレジーに謝るのよ!!」

 

「そ……そうよ!! テレジーさんが卑怯な手を使うわけないんだから……ちゃんと謝るのよ……!!」

 

「え……ニ、ニーナだってさっき──」

 

「マルクッ!! 貴方は本当に言うこと聞けない子ねッ! もう一発ぶちかましてあげましょうかッ!?」

 

「ご、ごめんなさいテレジーさんっ!!」

 

「…………うん」

 

 あー、うん。一体何度目のやり取りになるのだろうか。彼らの茶番劇を傍目に指折り数えていく。

 

「ふん、テレジー。『今回は』勝たせてあげますわっ! 次はもっともっと練習して魔力増やして、絶対に勝つんだから、譲ってなんかあげませんわっ!! 覚えてなさいッ!! 世界で一番美しく、聡明で、魔力量が多いのはこの(わたくし)イザベラですわ!!」

 

「そうよ! イザベラ様は世界で一番なのよ!!」

 

「そ、そうだ! イザベラ様は世界で──って、ちょっと待ってよ2人共っ!?」 

 

「あ、うん。またね」

 

 高らかに笑いながらイザベラは立ち去ると、従者のような男女2人が後を追いかけ走り去っていく。

 

 女の方はニーナ。オレンジ色の髪に垂れた黒目の、可愛らしい子。オレンジのミニスカドレスで、動的で爽やかな印象を受ける。たまに顔に似合わず強気な発言が目立つ。イザベラに触発された影響なのだろう。なんだかそれはそれで可哀想だな。

 

 男の方はマルク。茶髪に碧眼のイケメン系。だが体が細く紺のブレザーはダボついていて、且つ本人が引っ込み思案気味なせいで弱々しく格好良くない。残念男だ。

 

 これで12度目の魔力測定。つまりイザベラや他の同期も含めて初めて会った日から約1年が経過した日であり、イザベラが12回の敗北を喫した日だ。魔力測定の日がある度に、滅気ずに、魔力量勝負を仕掛けて来たイザベラは、毎度のごとく勝ちを譲ってきた。

 

 そして何度目かの測定のとき、イザベラの隣にはニーナとマルクの二人がいた。私はあの二人とは面識が無かったがイザベラのことだ、強引に話しかけて従者の真似事でもさせているのだろう。つまり、きっと仲良しなのだろう。

 

「……不気味」

 

「イザベラさん、可哀想」

 

 1年という歳月があればおおよその人間関係は構築され、各々が何らかのグループに属する。イザベラはその中でも特殊で、彼女の性格故か同期からの信頼と人気が厚く、何かと注目を集める存在になっていた。

 

 私とは逆。注目を集めはするが、その集め方に問題が合ったのだろう。

 

 私の出自と魔力量の多さは尾ひれはひれに伝わるが、そのすべてが誇張ではないと知ったとき、周りからの私への視線が奇異なものに変わるのは必然だった。

 

 イザベラの魔力量は私を除いて歴代トップの成績を持つ。今回の試験では魔力石を100個満たす程に成長していた。とても1年で成せる成長ではないとローレンス先生も言っていた。

 

 そんなイザベラに惜敗すらさせない私は、恐らく同期からすれば『魔力量が多いから調子に乗っている』と思われているのだろう。私は同期から嫌われている。

 

 仕方がないことだと思う。彼らは悪くない。悪いのは私だ。私が彼らと打ち解けようとせず、1人で行動をしているせいだ。それが余計な誤解を与えてる。もっと私が、もっと私が。

 

「──ねぇ、邪魔なんだけど」

 

 耳に響く凛とした声に、自然と俯いていた顔が上へと引っ張られるように動く。そこには黒と赤が複雑に入り混じる髪色の、灰色の瞳をした女性が立っていた。

 

「無視? ──いい度胸ね、あんた」

 

「ご、ごめんなさい…………」

 

 彼女が身に纏う青色のドレスに見惚れ、私は自分が固まっていたことに気が付く。この人を怒らせてはいけない、と本能で察知し直ぐ様その場を避けると、その女性は扉を開いて退室する。

 

「……突っ立ってるだけなら、そこじゃなくてもできるでしょ」

 

「…………ごめんなさい」

 

「……はぁ…………もういい」

 

 ため息一つついてイライラとした態度を隠しもせず、彼女は退室した。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「なんであいつ今日も来てんの?」

 

「嫌味ったらしいやつ」

 

「訓練、免除されてるって話なのにね」

 

「何それ、うっざ。じゃあ来んなよ」

 

 気が付けば私への陰口が始まっていた。どこから漏れた情報なのか、私が魔力訓練の自由参加が認められていることが同期に知れ渡ったことが、彼らの妬みの閾値を超えてしまった。そしてそれは私が言い返さないことを良い事に、次第にエスカレートしていった。

 

「……また1人か。他に余ってるやつはいないのか。それに……魔法石はどうした。まさかまた失くしたのか」

 

「……ごめんなさい」

 

「ぷぷ……誰があいつとなんかと組みたがるんだよ」

 

「物忘れ激しいとか、ばばぁかよ」

 

「友達いないんだね」

 

「かわいそー」

 

 仲間外れ、訓練道具の紛失。陰湿で、遠回りないじめ。直接攻撃をしてこないのは、魔力が余りある私の報復が怖いからだろうか。それ故に、ギリギリのラインを攻めて、自分の手を汚さず相手に嫌がらせを仕掛ける人間の──なんて浅ましく小賢しいこと。

 

 まだこの程度のときなら、恐らくまだ私の心の安寧は保たれたままだった。多少軋むことはあっても、折れずに支えてくれる柱が確かにあった。

 

 私が何もかもが嫌になったのは、ある時のことだった。

 

「テレジー。ちょっとよくって?」

 

「……イザベラちゃん。どうしたの──」

 

 イザベラに声を掛けられたと思えば、突然右の頬を拳で殴られ──私は吹き飛んだ。

 

 それも魔力が程よく籠もった、人を殺さずに済む瀬戸際の一撃。

 

「──が、あぁァァアァ!!」

 

「話は聞きましてよ。あなた、人として恥ずかしくないんですの?」

 

 意識が朦朧とする中、ローレンス先生に教えてもらった治癒魔法を掛けながら、見に覚えのない謂れを受けていた。

 

「は、はぁ、はぁ……どう、いう、意味…………!?」

 

「しらを切るつもりですの? もう一度ぶん殴って差し上げても良いですのよ、このクソ野郎」

 

「や、やだ……! ごめんなさい、それだけは!」

 

「なら、認めるというのですわね。シーラに怪我を負わせたことを」

 

 シーラ……名前も顔を知らない女が、イザベラの後ろから態とらしくおずおずと出てくる。頬には湿布が貼られ、額に包帯を巻いていかにも大怪我といった風体であった。

 

「テレジーちゃんが可愛そうだから、一緒に訓練をしてあげたの……そしたら、急にいっぱい魔力を送ってきて……それで私、私…………!」

 

「し、知らない……そんなの、知らないよ!!」

 

 ……名前も顔も知らないと言ったが、少し頭を巡らせるとそれは違うことを思い出す。

 

 確かにこの女とは以前訓練を共にした時がある。

 

 だがあの時のシーラと名乗る女はこんなにしおらしくなく、高圧的で、事あるごとに嫌味を言ってくる嫌な女だった。魔力量は平均より少し上程度で、美形だが目立つ顔立ちではない。そんな女だ。

 

 何か事件が起こった訳でもなく、私達の訓練はつつがなく終わりを迎えていたはずだ。それに、一緒に訓練をしたのは随分と昔の話だったはず。だと言うのに何故今更になって怪我を負うというのか。

 

「あなた、最近図書館に籠もって魔法をお勉強なさっていると聞いたわ。それに、ローレンス研究主任からも手解きを受けていらっしゃるご様子」

 

「それが、なに……?」

 

「この世には『呪術』という、一部の部族で使われる魔法の種類があると聞きましたわ。それをシーラに使ったのでしょう?」

 

「っ、そんなの使ってない! 第一、呪術っていうのは、グルト族に細々と伝わる、気候変動や健康祈願、降霊を起こす(まじな)いの一種で、決して誰かに危害を与えるようなものじゃ──」

 

「──わけのわからないことをごたごたうるさいですわっ!! それでもあなた、この国を栄化に導いた魔法師の一族、ナイルシュバルツ家の末裔ですの!? 恥を知りなさいっ!!」

 

 聞く耳持たずにイザベラは私の胸ぐらを掴むと、無理やりシーラの前で組み伏せられる。

 

「たった一言、シーラに『ごめんなさい』と素直に言えばよろしいだけですのよ、なぜそんな事もできないのですかっ!?」

 

「ご、ごめんなさい……! い、いたい、痛いよイザベラちゃん!」

 

(わたくし)に謝っても意味なんかないですわっ! ほら、ちゃんとシーラの顔を見て謝るんですのっ!!」

 

「イ、イザベラさん……そんな、私、そこまでしなくても……」

 

 組み伏せられ地に顔を擦り付けるような力が加わる。私は力を振り絞って視線を上へ向け、シーラの顔を見て睥睨する。

 

 涙声で震えるように発した言葉はイザベラに届き、私の首元は一層締まる。それを見たシーラはより笑みを深め、声が漏れないよう口を抑えるが、肩は震える。その様子は、決してイザベラに見えることはない。

 

「シーラ…………あなたはなんて優しいのっ! テレジー! いい加減になさいっ! 謝るんですのよっ!!」

 

 多分、イザベラは騙されている。彼女の中では、引っ込み思案で言葉に出せないシーラに変わって、私を罰している……のだろう。

 

 ……だから、イザベラは悪くない。悪いのは騙したこの女だ。

 

「ごめん、なさい……」

 

「声が小さいですわっ! もう一度っ!!」

 

「ごめんなさい……!」

 

 押し付けられた額が擦れて痛い。視界は涙が滲んで霞む。

 

 情けない自分。でっち上げられた罪を押し付けられて、無駄に頭を下げさせられて、殴られて、謝罪を強制される理不尽。周りの嘲笑が微かに聞こえる。蔑むような視線が、どうしようもなく私を甚振る。

 

「う、うん……もう、しないって言うなら……」

 

「よかったですわねっ、シーラ! これで一件落着ですわっ!!」

 

 重圧が風が吹くようにかき消え解放される。イザベラは高らかに宣言すると大声で笑い出す。

 

「…………ざまぁ無いわね」

 

「……っ」

 

 ただ私は訓練をしていただけなのに。やりたくもない訓練を、それだけのために来ていただけなのに。

 

 …………ああ、そうか。

 

 勘違いをしていた。私は彼らと同じ場所に立ってはいない。

 

 何故なら、私には『選ぶ』権利がある。彼らにはない。私にはあって、彼らには無いものがある。『選ばれた』立場でありながら、態々『選ばれなかった』者たちと一緒の道を歩もうなどとすれば、どう考えても顰蹙を買う。

 

 その事に気付けない、知ろうとも、分かろうともしなかった私を、彼らは憎んだのだ。

 

「そんな人だとは思いませんでしたわ。テレジー。以後、あなたの行動次第では、(わたくし)はあなたへの態度を改めさせていただきますわ」

 

「…………イザベラ、ちゃん」

 

「そうよ! あと、イザベラ様に『ちゃん』付けは失礼よっ!」

 

「そうだ! イザベラ様にはちゃんと『様』と付けるよう──って、2人共待ってよっ!?」

 

 友人だと思っていた。遠からず近からず、親しい仲だと思っていた。

 

 そして、歪かもしれないが。私は私達のあのくだらない関係が嫌いではなかった。

 

 そして私はイザベラの事を、少なからず好意を抱き、感謝し。何も彼女に還元できていない自分に嫌気が差した。

 



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第五十四話 起こるべきインタラクト

 

「もう、訓練に行きたくないです…………人と会いたく、ないです」

 

 私が10歳になった頃。とうとう限界を悟った。

 

 10歳になると、今までは同期の間でしか無かった交流が変わり、他期の魔法師らと合流することになる。部屋も生活する場所も変わり、ちょっと豪華になる。移動できる場所も増え、自由時間も与えられ、ご飯も美味しくなる。悪いことなんかひとつもない。

 

 しかし、厄介なことに人が増える。圧倒的に増える……。

 

 私の噂は良くも悪くも、良いも悪いも関係なく広がり、既に私の行き場をなくしていた。何かが変わると思い、今日まで我慢して過ごしてきた。だが、その希望がいともたやすく、私に関係のないところで燻った悪意によって、破られ。結局何変わらなかった現状に。私は全てに嫌気が差した。

 

 私が『何か』を変えようとしたのではない。『何か』が、『誰か』が。周囲を変えてくれると望んでいた……そんな私の弱い心を知ったからだ。

 

「なら、休むと良いさ。僕は一向に構わないよ」

 

「でも、それじゃ……」

 

 でも。なんだかそれでは、自分が、まるで。惨めで情けない自分を肯定しているようで嫌だった。ただ自分の思い通りにならないことから目を背け、楽な道に逃げようとしているだけなのではないか。本当にそれは、自分のためになるのか。

 

「君の魔力量は随一だ。訓練の余地が無いとは言わないが、ある文献には魔力……魔法に関する事柄には、精神的構造及び心理的作用による影響が認められている」

 

「…………」

 

「つまりだね……」

 

「……ストレスによって、訓練を重ねても魔力量上昇が見込めない場合がある……ってことですよね」

 

「そういうことだ。よく勉強しているね」

 

 先生の難解な説明も、普段の勉強のお陰で幾分かは分かるようになってきた。魔法の勉強は楽しい。魔法は好きだ。打ち込めば打ち込む分新たな疑問が生まれる。組み合わせ次第で元は同じ魔法でも全く違う色を見せる。

 

 だが。先生の言っていることはもっともだが違う。私が言いたいのはそう言うことではない。

 

「僕も人付き合いは苦手でね。具体的な助言は出来そうにない…………そうだ、1つ。テレジーに頼まれてほしいことがあるんだ」

 

「なんですか?」

 

「ゴーレムの作成さ。灰の嵐の兆候から、今後魔獣の発生が予想される。下にいる彼らは武力に頼りないからね、迎え撃つ用心棒が欲しい」

 

「私、手伝う余地ありますか? それ」

 

「もちろんだとも。丁度今、着手しているのがその新型ゴーレムでね。君にはゴーレムの戦闘データ採取に付き合って欲しい」

 

 つまり戦闘試験。先生が作ったゴーレムと戦い、研究の一助となること。

 

「む、無理ですよ。私戦えないし……それに」

 

 先生は高名な魔術師であると同時に、腕の立つ魔法師でもある。戦うのなら貴方のほうが適任なのではないか。

 

「──いや、君は出来る。僕が言うんだ、間違いない。そうだろう?」

 

 先生が自身に満ちた表情で私に問う。告げる。

 

 そうだ……私には出来る。先生が言うんだ、間違いない。

 

「──分かりました」

 

「うん。差し当たって君には戦闘指南用ゴーレムを貸与するよ」

 

 先生は席を立ち部屋の奥の書物を乱雑に捌けると、今までは見えていなかった扉が現れる。

 

 ギギギ、と鈍い動きで扉が開きホコリが舞う。その中から出てきたのは重々しい雰囲気とは打って変わって軽佻な存在が出できた。

 

「よろしくー」

 

「え、あ、あ、あ、あ、あ……うん」

 

「ヨピちゃんって呼んでねー。よろぴー」

 

「よろ、ぴー……?」

 

「僕の姪を真似たゴーレムだ。若者特有の、少々難解な言い回しをするが……役割は果たしてくれる。気兼ねなく接すると良い」

 

「ローちゃん、かびくさー」

 

「ろーちゃん?」

 

「僕のことらしい。全く可愛らしい名前だね。はっはっはっ」

 

 青色の瞳に青髪、緑のメッシュを入れた、カラフルなワンピースを纏う、派手好きな少女にしか見えない。背は同じくらいで童顔なゴーレム、ヨピちゃん。やや棒読みが目立つが、軽い調子で踏み込んでくるので、ちょっと押され気味。正直苦手だ。

 

「部屋汚なーい。ローちゃん。掃除しないとか、まじやばたにえんー」

 

「時間がなくてね。頼めるかい、ヨルフェルコ」

 

「りー。任しときー」

 

「わ、私もやります!」

 

「テレちょんはよきよき。ヨピちゃんに任せときー」

 

「て、テレちょん……ヨルフェルコさんの方こそ」

 

「ヨピちゃんで、よろー」

 

 椅子に無理やり座らされると、目にも止まらぬ速さでヨルフェルコ……ヨピちゃんは掃除を始めた。大事な書類が集まる箇所は手で、大まかなところは魔法で掃除し、あっという間に終わってしまった。

 

 戦闘以外にも掃除もできるのか。凄いな、私も出来るようになりたい。ヨピちゃんに後で教えてもらおう。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「ごめん、ヨピちゃんって、何者……? 本当にゴーレム?」

 

「さぁ……説明された事以上のことは分からないわ。けれどいい子よ。気が利くし、優しいし」

 

「なんか……時代を先取りした言葉回しだよね……? ちょっと憧れるなぁ……」

 

「最近の若者は分からん。言葉は正しく扱わないとだな……」

 

「うーむ。どこか聞き覚えもあるんだよな……」

 

 ☆ ☆ ☆

 

「じゃ、今日はとりま終了って感じで、あとは好きにしてねー。ヨピちゃんはタピってくるねー」

 

「うん、またね。ヨピちゃん!」

 

 本日の鍛錬は終了。ヨピちゃんに稽古をつけてもらってから数ヶ月経った。最初は体を動かすのがやっとで何度も心が折れそうになったが、ヨピちゃんと献身的な指導と応援、支援によってなんとか今日までやってこれた。どんなに辛い稽古内容でも、ヨピちゃんがいたから乗り越えることができた。

 

 先生は私ならできると言ってくれたが、恐らくヨピちゃんの指導が無ければ私は途中で投げ出していたと思う。それくらい私はヨピちゃんに感謝している。

 

 ちなみにヨピちゃんの『タピってくる』というのは、魔力を充填してくるという意味だ。タピオカミルクティーのことではないという。

 

 まぁ、そもそも私はタピオカミルクティーを知らないのだが。

 

 いつものように私は図書館に足を運ぶ。嘗ての王アスキアが各国から研究者を募り研究を支援し、その研究資料が全て収まった図書館。恐らく世界で一番魔法について詳しく学ぶことができる場所だ。もちろんそれ以外にも生物学、物理学、数学、歴史、地理、考古学、天文学、文学小説、絵本等様々な書物が保管されているという。

 

 ……オーフィアにもよると、エロ本もあるという。特に百合本の蔵書数は……ってそんなことはどうでもいい。代々百合本の位置を伝える一派が存在している事実もどうでもいい。

 

 最近ハマっていることは、自分オリジナルの魔法を作ることだ。魔力というのは所有者によってその性質を変えるという。そのことから、ある程度物理法則に則っていれば、その上位に位置するという『理力法則』が作用するとのこと。『理力法則』が作用することで、通常の魔法では起こせない奇跡を発現できるという。

 

 つまり……現実的な範囲でなら魔力でなんとかなるかも。ということ。

 

「…………はぁっ!!」

 

 すぽん、という空を柔く破裂する音。図書館から持ち出した本を確認し、自分用のメモ用紙に書き留めていく。ここは図書館から少し歩いたところにある、元は兵士たちの修練所。今は魔法師達の訓練に使われている。そこの一室を借りて私は研究を始めていた。

 

「…………はあぁっ!!」

 

 ばんっ、と先程よりも大きな破裂音。だが求める威力には達していない。何かが足りない。理論は合っているはずなのに。

 

「……気合? …………気合が足りないのか」

 

 もっと言えば瞬間的に伝播させる魔力量が足りない。且つ腕から発生する運動エネルギー量も足りない。エネルギーに関する2つの力が私の構築した式に求められる水準に達しておらず、十分な効果が現れていないということ。

 

「…………そうだ」

 

 名前……名前を付けよう。ある書物によれば、ペットという愛玩動物に名前を付けることで、より一層深い愛情を注ぐ事ができるという論文があった。なんて下らない研究だと思ったが、もしこれで私の魔法が完成してしまい証明できてしまったら、もう馬鹿にできないな。

 

「手のひらアタック……とっつき。魔力掌底とっつき……」

 

 イマイチだ。もっと可愛く、チャーミングで……親しみやすくて覚えやすい名前がいい。

 

「……どっぷりお腹爆発ッ!!」

 

 バンッ! ……今のは良かった。求める威力に近い一撃だった。特に『どっぷり』の思わず言いたくなってしまう語感から『お腹』の流れが素晴らしい。この路線なら行ける! 言葉の意味を繋げそれすら力にするのだっ! 

 

「爆発的メタモルフォーゼッ!! ……安楽死製造攻撃ッ!! さよならグッバイデイズッ!!」

 

「…………あんた何してんの」

 

「あ、ばはばば、だだ、だただ、ただ、だれぇええ!?!?」

 

 突然の来訪者に驚き情けなくしどろもどろに返答してしまう。その時の、半開きの扉から覗くエリナの呆れ顔が妙に記憶に残った。

 

 

 

 

 

 



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第五十五話 言葉の投げ合い

 

「…………」

 

「……えっと、その……」

 

 エリナは何かを気にした様子もなく修練所に入ると、近くにある壁に寄りかかって以降、微動だにしない。だが視線だけは私に寄こして凝視してくる。はっきり言って気まずい。やりにくい。

 

「……なにか言ってよ。気まずいよ」

 

「こっちは気にしないで。ほら早く始めなさいよ」

 

「そ、そんなに見られてたらできないよ……!」

 

「ピエロが客のこと気にしてるんじゃないわよ。ほらさっさと大道芸を披露なさい。見ててあげるから」

 

「大道芸!? 私は魔法を使ってただけだよっ!!」

 

「そんなの知ってるわよ。舐めてるの? ただ変な名前叫んで変な構えだったものだから、気まずい空気をしょうがなくあたしがフォローしてマシなものにしてあげてるの。ふざけたこと言うと殴るわよ」

 

「ご、ごめんなさい……?」

 

 え、なんで私怒られてるの。勝手に入ってきたの貴方の方だよね。私の魔法にケチ付ける理由にならなくない? 

 

「ほら、早くなさい」

 

「……危ないから、近づかないでね」

 

「あたしに傷を負わせられるならね。ちなみにしょうもないもの見せたら焼き入れるから」

 

「……理不尽」

 

 何が彼女のお眼鏡に掛かるかも分からないのに、どうしてこの状況で新魔法を披露せねばならないのか。しかもまだ未完成の、実践投入はまだ先の代物なのに。

 

「…………はぁ……」

 

 深呼吸をひとつ挟み、調子を整える。ちょっと彼女には気に食わないところもあるが……何故だろう。逆らってはいけないような気がする。

 

 例えるなら、締め切りは明日だと言うのに海外旅行に行ってしまいたくなるような感じ。なお一部小説からの引用。

 

 ──これは私の奥義の1つである『魔穿孔』の原型。

 

 腰を低く落とし右手は限界まで後ろに引く。左手は前に構え精神を統一する。

 

「──シッ!」

 

 仮想敵を用意。体が大きく毛むくじゃらで鋭い爪とアギトを持った熊。右足で地面を踏み抜き一歩前へ鋭いステップ。体を前に出すと同時に、魔力を込めた掌底を熊の胴体へと突き刺す。

 

「熊ちゃん殺しEXッ!!」

 

 ──ドガアアン! 

 

 圧倒的な空気の爆発音。大気を震わす振動が体を突き抜け地を揺らす。想定以上の魔力量と、掌底の速度も相まって技の完成度は高い。これならあの娘も絶句するに違いない。どうだ、大道芸と言ったこと謝ってもらうぞ! 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………ぷッ」

 

「…………」

 

「……ぷッ、く、くく……く、熊ちゃん殺し……い、E、X……」

 

「…………」

 

「あはははははははは!!!!」

 

「なんで笑うのッ!!」

 

「い、いひひ…………と、得意げな顔した、あんた見てたら、笑いが……あは、あははははは!!!」

 

「笑うなっ、笑うなぁ!!」

 

 こうして私の目論見はハズレ、何故か大笑いして転げ回るエリナをなだめることになったのだった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「あーあ。笑った笑った」

 

「…………」

 

 気分はガタ落ち。雨の日で髪が自我を持って暴れ出したときくらいガタ落ち。

 

 やる気も元気も根気も全て無くした私は中央広場にあるカフェへと移動していた。普段は簡単な飲み物だけ貰って帰るのだが……。何故かエリナも付いてきて椅子に座るよう促されたので、仕方なく付き合っている。

 

「そんなに怒んないでよ。しょうがないじゃない笑っちゃったんだから」

 

「しょうがなくない。酷い」

 

「えぇ本当。あんたネーミングセンス最悪ね」

 

「え? どこが?」

 

「あ、本気で名付けてあれか……可愛そうな頭」

 

「…………」

 

「誇りなさい。貴方のセンスは独特だけれど、唯一無二の素晴らしいものよ……く、くくくっ……」

 

 全く褒められた気がしない。なんて失礼な女なのだろうか。

 

「それよりあんた、いっつもあそこに籠もって如何わしいことしてるわよね」

 

「い、如何わしくないよっ」

 

「あんたこの時間魔力訓練のはずなんだけど。サボってまで何してんの?」

 

「…………」

 

 ……確かにそうだ。最近の私はもう魔力訓練のことなんて頭に無かった。先生の言う通りに魔法の研究を始め、来るゴーレムとの戦闘に備えて手札を増やしていたところだった。こうして他の魔法師と、それも同期に出くわし指定されることなんて微塵も考えていなかった。

 

「……それはあなたも、だよね」

 

「あたし? …………まあ、そうね」

 

 よく考えればこの時間に人に会わないのは当たり前だ。だからこそどうしてこの人は修練場に訪れたのかが気になる。

 

「たまたま早く終わったのよ。あたしだけ」

 

「そんな事ある……?」

 

「あるのよ。10歳になってから、自由が与えられてね……」

 

「……へぇ」

 

「で、あんたは? 質問に質問で返す不調法者のあんたは?」

 

「ご、ごめん……」

 

 私が訓練に行かない理由。人に会いたくないから、周りの人間の視線に辟易したから。そして何も変えようとしない、逃げるばかりの自分に嫌気が差したから。

 

 言うのは簡単だ。しかし、それを彼女に伝えるべきなのか。

 

 もしそれを言って、容易く一蹴されてしまったら。なんて馬鹿なことだと憐れまれたら。他の同期らに話が流れ、噂となって再び私を苛んだら。

 

「…………ちょっと、そんな難しい質問したつもりないんだけど。……顔色悪いわよ。大丈夫?」

 

「……だい、じょうぶ」

 

「馬鹿ね……折角こっちが心配してんだから、ちょっとは好意に甘えなさい」

 

 甘いものとコーヒーでも取ってくるわね……と言って席を離れた彼女は、カウンターの方へ歩いていく。無駄な気を遣わせてしまった。

 

 たった少し嫌なことを思い出しただけでこれだ。誰かに支えてもらわなければ、寄り添ってもらえなければ私は自分の足で立つこともできないというのか。

 

 情けない。弱い自分が憎い。

 

「あらぁ、テレジーじゃないですの」

 

「出たわね! 弱虫テレジー!」

 

「出たな! 怖がりテレジー!」

 

「今日も今日とて訓練をおサボりになられたご様子で。一体この時間まで何をなさっていたのかしら! ご立派にコーヒーなんてものを頼まれてらっしゃるけれど」

 

 コーヒー……? そう言ってイザベラは机に置いてあったカップを手に取ると、ぐっと一口で飲みきってしまう。それはエリナの頼んだものだ。私の取ってきたものは既に飲み干してしまっているから。

 

「ドロ甘ですわっ!! まるで貴方の根性のような、ドロ甘の性格そのものですわぁっ!!」

 

「あんたはドロ甘よ!」

 

「お前はドロ甘だ!」

 

「…………だから、何だって言うの」

 

「分からないんですの?」

 

 ドガッと音を立てて正面の椅子に肘をついて座る。すると指を指して続ける。

 

「いいこと? 魔力の訓練は(わたくし)達城に住む魔法師にとって義務であり誉れ。今この瞬間も生活に苦しみ、灰の嵐からのいち早い解放を待つ市民のために(わたくし)達は自らを殺して、苦心しなければなりませんの……お分かり?」

 

「……けど、私はそんなこと」

 

「そんなこともあんなこともございませんわ。貴方のその体たらく、本当に反吐が出ますわ」

 

 イザベラの言うことはもっともなのかもしれない。だが、顔も見たこともない人のために毎日訓練に打ち込めるイザベラがおかしいだけだ。私みたいな、人間関係で問題を抱えた奴が言えたことじゃないかもしれないけど。

 

「…………うっ、おえっ」

 

「イ、イザベラ様っ!?」

 

「い、今拭きます!!」

 

「くっ、こんな姑息な罠を…………卑怯よっ、この女!」

 

「卑怯者っ!」

 

「そんなの知らない!」

 

「──ありがとう2人共。いいですことテレジー。明日は必ず来なさいっ! そうすれば皆迎えてくれるはずですわっ!!」

 

「…………は?」

 

「きっと皆テレジーがいなくて寂しがっているはず! だから明日は、いや明日以降毎日来なさいっ!! (わたくし)との約束ですわよっ!!」

 

 ……随分と勝手なことを言う。皆が、私を待っている? 貴方は一体何を言っている。何を見てきてそれを言っている。

 

「イザベラ……それは無理だよ」

 

「どういうことですの。無理な訳ありませんわ」

 

「貴方には分からないよ……私の気持ちは」

 

 多分、私とイザベラでは相性が合わない。いつも彼女は自分本位で、自分の世界観で物を言う。それは自己主張ができるという点で優れているが、悪く言えばただのわがまま。いつも他人を好き勝手に振り回し、気に入らなければ思い通りになるよう誘導する。そしてその簡単な性格故、いともたやすく誰かに操られる。

 

 先程の言葉には、イザベラ本人の意志以外にも他の思惑があるように思う。結局あの時からイザベラは変わっていない。あの時はシーラに騙されただけで、イザベラは悪くないと自分に言い聞かせて律した。だが、2年の月日を経てもイザベラは変わらなかった。

 

 ただの邪推だ。だが邪推でないなら、もうそれは貴方のせいだ。私は貴方を許せない。

 

「っ! ……貴方にだって(わたくし)の気持ちは分かりませんわっ!! 偉そうに、上から目線で語らないで欲しいですわっ!!」

 

「……上から目線はそっちでしょ」

 

「ふん、ちょっと仲良くしてあげたと思ったらお調子にお乗りのようですわねっ! 貴方みたいな『魔力しか取り柄がない』人なんて、(わたくし)の手に掛かれば──」

 

「『魔力』、しか……『取り柄がない』」

 

「…………あ」

 

 視界が揺れる。上半身に力が入らない。腕をついて体が倒れるのを必死に保つ。頭がぼんやりとして考えが纏まらない。体全体に痺れが走る。体温がぐっと下がっていく感覚。

 

 涙が、頬から伝う。腕にぽつぽつと落ちた水滴がやけに染みる。

 

「……ちょっと。そこ、あたしの席なんだけど」

 

 ……先程の彼女だ。大量のシロップにバターの乗ったパンケーキと、ホットコーヒーを両手にイザベラの背後に立った。

 

「見てわからないんですの? (わたくし)がテレジーと会話していますの」

 

「話す? 貴方の会話って酷く一方的ね。壁に向かって話してたほうが都合がいいんじゃない?」

 

「……誤解があるようですからいっておきますけれど、テレジーが返事をしてくれないから──」

 

「──というかそんな事どうでもいいの。早く避けてくんない? 手が震えてコーヒーを溢してしまいそう」

 

 渋々と言った表情でイザベラは席を譲ると、手に持った皿を置き着席。エリナは髪をかきあげると一呼吸つき、空になったコーヒーを覗いた。

 

「まさかあんた。これ飲んだ?」

 

「…………」

 

「ちょっと、俯いてないで何とか言いなさい」

 

「え、あ……私じゃ、ない……」

 

「あっそ。なら早く『違う』と言いなさい。自己主張もできない人間は自然と淘汰されるものよ」

 

「……ごめん」

 

「すぐ謝るな。そうやって下ばっか向いてるから舐められる」

 

 ごもっともだ。ますます自分が情けなくなる。イザベラに良いように言われて、今日始めて話した女の子に説教される。なんて惨めなんだろう。

 

「とりあえずあたしのコーヒーの代わり、貴方持ってきなさいよ」

 

「はぁ? なんで(わたくし)が」

 

「人のコーヒー勝手に飲んでおいてよく言えたわね。迷惑かけた分の謝礼代わりにそれで許してやろうと言ってるのよ」

 

「嫌ですわ。ご自身でお取りになられたほうが良くってよ」

 

「くだらないプライド。人に謝ることもできないなんてね。本当、底の浅い人間」

 

「なんですって!?」

 

 パンケーキを美味しそうに食べながらコーヒーを一口。私のためと持ってきてくれたはずだが……2つとも彼女が独り占めしている。

 

「んー! 美味しい!」

 

「訂正なさいっ! 『底の浅い人間』といったことをっ!」

 

 幸せそうに頬張る彼女は途端に苦虫を潰したような顔になる。

 

「んっ…………なに、貴方まだいたの。早く失せなさい、ケーキが不味くなる」

 

「キィッ──!! イザベラ様に楯突くクソ女! 一度とならず二度までも! 名乗りなさいっ!!」

 

「な、名乗れっ!」

 

「誰よお前ら」

 

「わたしはニーナっ! 右腕一号!」

 

「僕はマルクっ! 右腕二号!」

 

「家臣の教育がなってないわね。それでは右腕が三本よ」

 

「次はあんたの番よっ!」

 

「番だっ!」

 

「嫌よ。あたしの名前は貴方達程安くないの。それに教えたとしても、馬鹿な貴方達ならすぐ忘れてしまうでしょう?」

 

「エリナ、でしょう? 皆から教えてもらいましたわっ! 『最底辺』のエリナですわね!」

 

「流石です、イザベラ様!!」

 

「うわ、知ってるの…………嫌だわ、鳥肌立ったっちゃった」

 

「本当に、失礼な人ですわね……!!」

 

「失礼ですって? …………笑えるわね」

 

 最後の一欠片を美味しそうに破顔させながら味わうと、フォークの切っ先をイザベラの顔面に向ける。

 

「自分のこと棚に上げといてよく言うわね。神様にでもなったつもりなら、神棚でも造ってあげましょうか? きっと貴方に似合う粗末で穢らわしい拵えになるわ。毎日拝んであげる。第一、あたしが1日の楽しみにしている特製コーヒー飲んで謝罪の一言もない時点で、あたしは貴方への人間扱いを辞めたわ。塵程度に残った人権だけを頼りにあたしと会話できる事を喜ぶと良いわ」

 

「人間扱いを辞めた……!? 言わせておけば、あなたの方こそ──」

 

「──人外に向ける敬意なんて無いのだから、失礼もクソも無いでしょ? この際だから言っておくけれど、貴方のその似非お嬢様風チンピラ小娘、鼻につくから止めてくれる? 生きているという事実だけで不快でしか無いわ。ただ息を吸って吐くだけなら街路樹のほうが優秀よ。自分の情けなさ、惨めさ、くだらなさを自覚したのならとっとと失せなさい。まだ分からないのなら死になさい」

 

「……貴方如きに、そこまで言われる筋合いがありませんわっ!」

 

「お前如きに『如き』と言われる筋合い無い。お前はいつからあたしより偉くなった? 『魔力の多さ以外取り柄がない』、穢らわしい殺し屋の末裔さん」

 

「っ……お前ッ!!」

 

 怯えたような顔から突然烈火の如く怒りだしたマルクはエリナへと近付いていく。

 

「マルク、止めなさい」

 

 イザベラはマルクの胸前へ手を置いて静止させる。納得のいかないマルクはエリナを睨んだ後視線をイザベラに向ける。

 

「でもベラちゃんっ!!」

 

「マルクっ! 落ち着きなさいっ!!」

 

 二人の言い争いの中、フォークが机に叩きつけられる音と共にエリナは席を立つ。

 

「やかましい、早く失せろ。貴方達がいると、この子がいつまで経っても泣き止まないの。いじめを止めようとは思わないけれど、あたしがお茶に誘っている間は誰にも邪魔させないわよ」

 

「え……」

 

 目を細めイザベラを不機嫌そうに睨みつけるエリナ。まさか、庇ってくれた……? 

 

「寄ってたかってガキにぐちぐちぐちぐちと……恥ずかしくないの?」

 

「…………(わたくし)は何もしていませんわ。テレジーが何も話してくれないだけですわっ!」

 

「それが本音なら相当頭に湧いてるわね、蛆虫が。それに……誰が貴方みたいなしょうもない人間に己を晒すというの? あたしも嫌よ」

 

「くっ、誰がッ…………嫌なら嫌というべきですわっ!!」

 

「それはそうね、あたしも同意。ちょっと、えっと…………てれじー?」

 

「…………え、あ、わ、私?」

 

「嫌だったのなら嫌と言いなさい。ま、こんな女に突っかかれて不快なのは言うまでもないと思うけれど」

 

 話題の矛先を急に向けられ狼狽える。いや、最初から私のことで揉めていたんだ。何を他人事のように語っているんだ。

 

「わ、たし、は……わかん、ない……」

 

「どっちよ。はっきりなさい」

 

 無理だ。恐らくきっぱりとものを言える、歯に衣着せぬ貴方なら、貴方なら簡単に成否を決められるのだろう。

 

「私が、悪い…………」

 

「…………はぁ?」

 

「うっ、その……うじうじして、イザベラを、怒らせたから…………」

 

 嫌とかそうじゃないとか。簡単に決めて簡単に行動できるのなら、私の周りの人間関係はもっと清らかで透明で、一直線だったろう。まっすぐとは言いにくい、普通からは少しひん曲がった私は第3の選択肢『自分のせい』を選ぶ。

 

「ほらっ! テレジーが言うのであれば、間違いありませんわっ!!」

 

「ほらっ!」

 

「……そらみたかっ!」

 

 調子付いた3人は得意顔でエリナを見つめる。

 

「…………」

 

 無言のまま私を睨むエリナが怖い。彼女が考える選択を選ばなかった私に怒っているのだろう。

 

「…………あんたがそれで良いのなら、あたしはいいわ」

 

「テレジー! 今回はこれにて失礼させていただきますわ。明日は絶対にくるんですのよ! ……エリナ! 貴方は次までに(わたくし)への謝罪文を考えておくことですわねっ!」

 

 おーほっほっほっほっ! ……機嫌良く高らかに笑うイザベラの声が遠ざかっていく。依然としてエリナは椅子に座らずに私を見下ろしてくる。

 

「……あの女。あれで勝ったつもりなのかしら…………本当に、腹立たしい」

 

「…………」

 

「あんた」

 

「……う、うん」

 

「あんたの選択にケチ付けることはしないわ。選ぶことをしない人間は、生きる価値もないもの」

 

 ──けれど、自分の選んだ道を後悔しないようになさい。

 

 最後にそう言い残し、エリナは去っていった。

 

 …………私はエリナを失望させた。私は選択を間違え、エリナに恥をかかせたのだ。

 

 ──馬鹿な私は、エリナから向けられる不器用な優しさに気付くこともなく、それが余計エリナを不機嫌にさせていることに気付けないまま。

 



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第五十六話 くわばら くわばら

 

 無心で拳を振るう。鋭く踏み込んで肘打ちを放つも空を切る。下段の足払いを飛んで躱され逆にカウンターを貰う。空気を相手にしているような感覚。今まで一度として触れたことはない。

 

 中段からの上段連続蹴りをガードし、左足のハイキックを横へ回避する。足を掴んで体勢崩しを狙うも力が足りず振りほどかれる。

 

 迫りくる蹴りを後方へ下がって回避し、続く後ろ蹴りを屈みながら躱す。やっと見つけた最大の好機。足を大きく踏み出して懐へと一気に近付く。

 

「蹴りしか勝たんー」

 

「──がはッ!?」

 

 背中に踵蹴りが刺さり敢なく地面に突っ伏す。顔面から地面へと激突した私は、ひりつく顔を擦りながら体についた塵を払う。

 

 ……今日もヨピちゃんに勝てなかった。

 

「テレちょん、強くなったねー」

 

「まだまだだよ……」

 

「最後のは誘ってたからねー。テレちょん、変な虫に誘われないよう、ナンパには気をつけてねー」

 

「それと、何が関係あるの?」

 

「テレちょんは純粋だからねー。もうほぼ赤ちゃん」

 

「バカにしてる……」

 

「かわいいってことー! ぎゅー!」

 

 私より体の大きいヨピちゃんに抱きつかれ、身動きが取れなくなる。だが居心地がいい。体の一部は特殊な仕組みでできていると聞いているが、ほのかに感じる温もりと人肌のような材質の皮膚はまるで人間のようだ。

 

 私に足りていない人の温もりが満たされる感覚。私はこの感覚が結構好きだった。

 

「……テレちょん。なんか、あったのん?」

 

 ふざけた調子ではあったが、声音の底から私を心配するような暖かさを感じる。先程の戦いぶりや、今日の私の態度を見て総合的に判断したのだろう。私が先日のエリナとイザベラとの一件で悩んていることに。

 

 それにしても鋭い。ヨピちゃんは本当にゴーレムなのだろうか。

 

 いや例え人間だったとしても大した洞察力だ。もしかしたら彼女のもとになったヨルフェルコさんに由来する、特徴の1つなのかもしれない。

 

「……何もないよ」

 

「だーめ。そうやってテレちゃんは、なーんでも1人で抱え込んじゃうでしょー。ヨピちゃん分かってんだからー」

 

 体の距離が更に近くなる。ゴーレムらしからぬ女性らしい豊満な胸部が私の頭を包む。

 

「テレちょんの悩み、ヨピちゃんにも背負わせてほしいな。テレちょんの力になりたいんだー」

 

「……ヨピ、ちゃん」

 

「ん?」

 

「話す、から……い、一旦離れて……苦しいよ……」

 

「あぁ〜! ごめんごめんー!」

 

 あ、危なかった……。こんな事で倒れて先生に心配かけたくないよ。

 

 ──ちっ、なんか思い出したら腹が立ってきた。これだからおっぱいは。無駄にでかい乳しやがって。ヨピちゃんじゃなきゃ引きちぎってたぞ。

 

「…………」

 

 タイルで敷き詰められた床に座る。冷たい地べたが火照って疲れ切った体によく染みる。普段は『子どもたち』の仕様が禁じられているこの特別修練場は、ゴーレムの戦闘データ採取に携わる私のために開放されている。冷暖房は当たり前のように配備され、定期的に床を掃除する小型ゴーレムまでも見受けられる。

 

 私達は休憩用のベンチに移動する。ヨピちゃんは備え付けの冷蔵庫の中から持ってきた水を手渡してくる。

 

「やっぱり、まだ喋れなさそ?」

 

「…………うん。ごめんね、ヨピちゃん」

 

「ううんううん、全然いいんだよー! テレちゃんのペースでいいんだから、ねー?」

 

「ありがと……」

 

 こうは言ってくれているが、優柔不断ではっきりとしない私のために待たされるのは、ヨピちゃんとて嫌なはずだ。

 

「……っ、…………うっ……」

 

「……テーレちょん。一回落ち着こっか?」

 

 先程とは違いゆっくりと、そっと優しく抱きしめられる。

 

「『また迷惑かけた』とか思ってないー?」

 

「…………!」

 

「ヨピちゃんはテレちょんのこと、迷惑かけられたーなんて思ったことないよー」

 

 ヨピちゃんの言わんとするところ、それは何となく分かっていた。私のことを常に気に掛けて温かい言葉をかけてくれること。時間がある時は私にバレないよう遠くで見守ってくれていること。こうして……私を慰めてくれること。

 

「…………例えばもし。テレちょんが、誰かとぶつかっちゃったことで悩んでいるのならねー」

 

「……うん」

 

「今すぐにお話して、仲直りしたほうがいいよー」

 

「でも……その人が怒ったらどうしよう……」

 

「怒んないよ」

 

「分かんないよ」

 

「怒んない」

 

「…………」

 

 ヨピちゃんはさも当然かのようにそう言い放つ。ヨピちゃんはエリナのことを知らないからそんなことが言えるのだ。

 

「だってその人はね、テレちょんのこと…………」

 

「……私の、ことを……?」

 

「んー…………大事に思ってる?」

 

 ……なぜそこで疑問形? ヨピちゃんも分かってないじゃないか。

 

 というか、さっきから私の悩みに対して鋭い言葉を放ち過ぎじゃないか。ヨピちゃん、もしかしてエリナのことを知っているのだろうか。

 

「とにかく、テレちょんの考えてるようなことは起きない! さ、シャワー浴びて着替えたら早速テラスに行こ? エレナちゃんに会いに行くよー!」

 

「ちょ、ちょっと。押し切ろうったって。というかやっぱりエリナのこと────あ、押さないでよ、ヨピちゃん……!」

 

 ☆ ☆ ☆

 

 あー。とうとう来てしまった。

 

「…………」

 

 城内に設けられたカフェテラスの一角。空はホログラフとやらで再現された、見た目だけは美しい青空が広がっている。本とは違いそんなに眩しくない太陽が中央からやや傾いた位置で輝く。ゆっくりと這うように動く雲がまばらに空を埋め、いつもの変わらない景観を担っていた。

 

 ……いや現実逃避するな。ヨピちょんとの約束を忘れたのか。

 

 カフェの横に設置された屋外(場内)テラスに敷き詰められた芝は人工のものではなく、外の国から持ってきた天然の芝だという。ふわふわとした感触が足裏を通して伝わり、昼間から寝転びたくなる衝動に駆られる。設置されたテーブル一式の白さと相まって草原のオアシスのような煌めきを放っていた。

 

 ……いや現実逃避するな。芝なんかただの草だろ、どこが綺麗なんだよ。

 

 エリナは魔法書を読みながら時折皿に乗ったパンケーキを頬張る。それをコーヒーで流し込み幸せそうな表情をしている。イザベラ曰く、エリナの飲んでいたコーヒーはかなり甘いらしいので、恐らくエリナは極度の甘党なのだろう。ならコーヒーではなくココアとかのほうが良いのではないだろうか。

 

 ……いや現実逃避するな。エリナの嗜好を理解して何になる。

 

 いや、知ることは悪ではないか。メモメモ。

 

「……ねぇ」

 

「ぴゃいっ!」

 

「…………そこに居られると邪魔なんだけど」

 

「ごめん……」

 

「…………言っとくけれどあたしは悪くないわよ。だってあたしの後ろでガサガサガサガサ土踏んでうるさいし、あーだこーだ呻いて気持ち悪いし、振り返ってみれば苦虫噛み潰したような顔してあたしを見てきて気分が悪いし。なに、嫌がらせ? それともあたしの背中でも刺すもりだったの?」

 

「ち、違うよ!」

 

「ならとっとと座りなさい。なにか用事があって来たんでしょうが……」

 

 はい、その通りです……。

 

 気後れしながらもエリナの気にこれ以上触れないよう、素直に従ってエリナの前の席につく。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ぱら、ぱらっとページを捲る音が少しづつ間隔を開けていく。そして何故か1ページをじっと見つめたまま手を止めたエリナは、いつになく難しそうな表情をしている。何か分からないことでもあったのだろうか。

 

 そう思い私はエリナが開くページを視線だけで読む。そこには体内に流れる魔力を読み解き、対象者の心理を読む魔法について書かれていた。そんな魔法があるとは知らなかった。確かにその魔法があれば、次に相手が取る行動が把握でき戦況の有利に繋がるだろう。

 

 行き詰まっているというのなら私で良ければ力に……って、よく考えたら私なんかがエリナの力になんてなれるわけ無いか。エリナは私よりも賢そうだし────。

 

「──早く用件を話しなさいよッ!! 気になって勉強ができないじゃないッ!!」

 

「ご、ごめん! お、怒らないで……」

 

「怒るに決まってるでしょう!? ホントなんなの!? そうやってうじうじうじうじしてるから、周りから舐められるのよ! 言いたいことがあるなら、もっと胸を張って自己主張──」

 

「うっ、うぅ…………ぐすっ」

 

「──を…………え。ちょ、ちょっと、泣くことないじゃない……」

 

「ごめん……ごめんね……わたしが、わたしが悪いよね…………うっ、うぅ……」

 

「うわでた、別れ際の面倒くさい彼女……ほ、ほら。あたしのケーキ食べていいから、これ食べて元気出しなさい」

 

「うぅ…………甘いもの、苦手──」

 

「──はぁっ!? ケーキ苦手とかマジありえないんだけどあんたほんとに人間? あんたとは分かり合えないわねっ、くたばりなさい!」

 

「うわあああああああん!! ごめんなさぁあああい!!!」

 

「……ああああもぉおッ!! あたしはまた……いや…………もう、ホントなんなのよぉおお!?!?」

 

 それからエリナは私が泣き止むまで背中を擦ったり、やたら気を遣った優しい言葉を掛けてきたり、私の好物を聞いて取ってきてくれたり。めちゃめちゃに慰めてもらった。

 



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第五十七話 ふたりの時間

 

「…………」

 

「うっ、うぅ…………おいしぃ……」

 

「えぇ…………」

 

「た……食べる?」

 

「絶対いらな────ううん、折角だけれど遠慮しとくわ。好きに食べなさい」

 

「美味しいのに、なぁ……」

 

 真っ赤な唐辛子を摘んで口に入れていく。やっぱり辛いものは美味しい。胡椒を付けて食べるのが最近の流行り。

 

 そんな私をエリナはさっきからすごい形相で見てくる。正直食べにくい。

 

「で、要件を話す気になった?」

 

「う、うん。ごめ…………言うね」

 

 私が落ち着くまで献身的に慰め、こうしてお菓子を摘む暇さえ与えてくれたエリナのために。私の決心は固まった。

 

「…………」

 

「────だから、その、ごめんなさい……」

 

「…………はぁ?」

 

「うっ…………お、怒った?」

 

 何十分経ったかわからないが、エリナは私の拙い説明ながらも必死の謝罪を静かに聞いてくれた。だがエリナは困ったような怒ったような顔をすると、ため息を付いて額に手を当てた。

 

「怒ったというか…………ちょっとイラッときたというか、それだけよ」

 

 それだけって。つまり怒ってる、ってこと? 

 

「遠回しに伝えたつもりだったんだけど、ガキには伝わんなかったか…………」

 

「遠回し……って、ガキ? お、同い年だよね……?」

 

「はっ、あんたなんかと一緒にしないでくれる?」

 

「えぇ…………」

 

「はぁ……あたしの同期ってなんで変なやつばっかなんだろ」

 

「変なやつ…………」

 

 エリナからしたら私はイザベラと同じ、ってこと? 

 

「うぅ…………」

 

「じょ、冗談よ。そんなことより! あのときあたしは…………あのいけ好かない女に、あんたが怖気付いたんじゃないか、って思ったのよ」

 

「怖気づく……」

 

「そう。眼の前のあたしを差し置いてあの女に恐怖するなんて、物事の上下を理解できない愚か者しか考えられないのだけれど…………そ、それはさておき!」

 

 霞んでいく視界の中でエリナはわざとらしく咳き込んだ。

 

「あんた、『私が悪いんですぅ……!』みたいな虫唾が走ること宣ってたけど。あれが本当にあんたの本音なのか、っていうのをあたしは聞きたいの」

 

 あぁ、なるほど。彼女はいつも一言多く言ってしまう人なんだな……。変わった人だなぁ。

 

 エリナの言わんとすることを感じ取った私は冷静さを取り戻し、彼女の目を真っ直ぐと見据えた。

 

「わかんない」

 

「この期に及んで嘘つくな。あんた、間違いなくあの女にイラッとしてたでしょ」

 

「し……してない」

 

「じゃあ、何であの時あいつに言い返したの?」

 

「え……見て、たの……?」

 

 あの時、というのは恐らくイザベラが私に対して『皆が待っている』と言ったときのことだ。

 

「え…………あ、まぁ……見てたわよ」

 

 何故か言葉尻を弱くしながらそう言うと、エリナはマグカップに入ったドロ甘コーヒーを静かに傾ける。

 

「あちっ」

 

「…………」

 

「ね、猫舌なのよ…………じろじろ見てんじゃないわよっ」

 

「ご、ごめん」

 

 エリナはソーサーに置かれた小さいスプーンみたいなものでコーヒーと空気とを混ぜ合わせ、熱を冷ましていく。コーヒーに浮かぶ白い泡立ちは渦を巻き、スプーンを追いかけるように回る。だがそれ以上の速さで動くスプーンによってかき消され胡散する。

 

「──私のことなんて、皆が待ってるわけない」

 

 ぐるぐる回るコーヒーは湯気を放ち、甘い香りと僅かな豆の匂いが鼻腔を撫でる。

 

 イザベラは気付かない。私はイザベラが言う『皆』に嫌われていることに。そして私自身が、皆の下へ行くことを拒んでいる。互いが互いを避けているのなら、今のままでいいじゃないか。そのほうがお互いのためだろう。

 

「私なんて、魔力しか取り柄がないんだし…………イザベラも、きっと……」

 

「ふむふむ」

 

「だから、エリナにも嫌われたのかと思って……その……」

 

「へぇ〜」

 

「…………えぇ」

 

「何よ、あたしに慰めの言葉でも期待してたの?」

 

 いや、そんなことはないけど……求められたから喋ったのに、その反応はあんまりだなあと。

 

「まぁでも思ったことを口にできてるなら成長ね。……隠してることはまだまだ多そうだけれど」

 

「それはエリナもでしょ?」

 

「そりゃそうよ。あたし秘密主義だから」

 

「ちょっとずるい……」

 

「ずるくて結構。この世は頭が良いやつだけが生き残れるの」

 

 うん、おいしいとコーヒーに口をつけると今度はチーズケーキを一口。

 

「ちなみにこれの名前知ってる?」

 

先程までコーヒーを混ぜていた小さいスプーンを手に取り、そう聞いてくる。

 

「分かんない。教えて」

 

「当ててみなさい。お得意の…………ぷぷっ、ネーミングセンスでっ」

 

 また馬鹿にしてる。私のネーミングセンスは世界一だ。

 

 小さいスプーンでしよ……あの小ささじゃ何も掬えなさそうだから多分混ぜる用途が主な使用方法だろう。

 

「まぜまぜくん」

 

「違う」

 

 言い方が違うか? 方向性は合ってるはず。

 

「ぐるぐるくん」

 

「違う」

 

 なんで。絶対に混ぜる系の言葉は入っててもおかしくないのに。

 

「うずまきくん」

 

「マドラーね、これ」

 

「可愛くない…………私のほうがセンスある」

 

 何だよマドラーって。どう考えてもかき混ぜ棒に適した名前じゃないだろ。理不尽な名付けだ、これではうずまきくんが可哀そうじゃないか。

 

「あんたのそれは名前じゃなく愛称よ」

 

「でも結局呼ぶことになるんだから、愛称も名前も変わらないじゃん」

 

「じゃああんたの愛称はクソ雑魚ナメクジだから、それも実質名前として呼んでもいいってことね」

 

「クソ雑魚ナメクジッ……!?」

 

「すぐうじうじして湿っぽくなるところとか。お似合いじゃない?」

 

「私は人間だよっ!」

 

「『自称』が抜けてるわよ」

 

「抜けてない! 要らないっ!」

 

「あ。頭にナメクジが──」

 

「──居ないっ!!」

 

「…………ふふふ、そうそう。そんな感じで言い返せばいいのよ」

 

 あ、っとエリナの言葉で今までのやり取りを思い出して気付く。私は遠慮のない言葉をエリナに投げかけ、だがエリナは怒るどころか楽しそうに応じてくれていたことを。

 

「難しく考えて悲観的になるのも大事よ。楽観的に捉えて過ぎて現実逃避してる奴らよりかはね。けれど、悲観的だからこそ、嫌なものもいっぱい見ちゃうのよ」

 

「うん」

 

「もう少しだけ気兼ね無く人生楽しく生きてみなさいよ。嫌なこと忘れて、やりたいことやりなさい。他人の顔色伺って生きるのなんて、そんな道化みたいな生き方貴方じゃなくてもできるでしょ」

 

 エリナからまだ皿に多く残った唐辛子が差し出される。

 

 そうか。私は無意識に、自分の意思を示すことで誰かの怒りを買うのが怖かったんだ。

 

 私が初めてエリナと出会ったときにエリナが言った言葉、その意味が今初めて分かった。分かってしまえば単純だ。私は自分の人生ではなく、誰かが望む人生を歩んでいたのだと。

 

「ありがとう…………そうする」

 

「えぇ、そうなさい」

 

 私はまたエリナに助けられた。けど、それを重く捉えることはもうしない。彼女は善意で私のために寄り添ってくれたのだ。彼女の優しさに泥を被せないために、私は私なりの感謝を彼女に伝えていきたい。

 

 誰よりも優しい、エリナのために。

 

 

 

 

「…………ちなみにホントに頭にナメクジいるから。早く取りなさい今すぐに」

 

「────えッ!? どこっ!? 嫌だ、取ってっ! エリナ取ってぇっ!!」

 

「ちょ、ちょっとキモいから無理だから! こっち来ないでっ────いやぁあああ!!!」

 

 ────その後私達は場内を悲鳴を上げながら、ヨピちゃんに助けてもらうまで走り続けた。

 

 そして、一週間程エリナは口を聞いてくれなかった。

 



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第五十八話 何見てんのよ、ぶつわよ

 

「ねぇエリナ。そんなに甘いものばっかり食べてたら太らない?」

 

「は? 喧嘩売ってんの殺すわよ」

 

「いやそうじゃなくて。今度一緒に訓練したいなーって誘おうと思って」

 

「言い方があるでしょ」

 

 12歳になった私達は、相も変わらずカフェテリアで談笑に勤しんでいる。朝起きては二人で話し、飽きたら黙って本を読み、本の内容でまた話す。午後は先月から始まったゴーレムの戦闘データ収集に協力し、ヨピちゃんと少し話してからエリナと合流してまた話す。これが最近の私の日常だ。

 

「ねぇエリナ。面白い本見つけたから一緒に読もうよ」

 

「本なんて一人で読みなさいよ。その後にあたしが読めばいいでしょ」

 

「ちっちっちっ、分かってないねぇエリナくん。一緒に読まないと意味ないのよんっ゙」

 

「は? うざ。死ねカス」

 

「またまた〜」

 

 面白い本を一緒の時間、隣で共有して読むのがいいんだけれどね。別々に読むのはナンセンスだよね。まぁ、普通そんなことしないけどさ、敢えてするのがロマンじゃん? 

 

「ねぇエリナっ、これ見てよ!」

 

「うっさいわねさっきから。なんなのよ」

 

「ごめんって、お願いこれ見て」

 

 私が何度も話しかけるたびに読書の邪魔をされることに嫌気が差したのか、本を閉じて身を乗り出してくる。そして、私が差し出した本の表紙とページを見ると、何故か呆れた様子の顔をしながら鼻で笑ってきた。

 

「あぁ…………はいはい、オタク乙」

 

「せめて見てから言ってよ!」

 

「オタクなのは認めるのね、いい傾向。で、なに?」

 

 やっぱり一言多いんだよな。もっと素直になれよ。私が言うことじゃないけどさ、あなたも似たようなこと私に言ってたくせによ。

 

「この本、めっちゃ興奮するからっ! 面白いよ!」

 

「…………は? あんた昼間っからエロ本見てんの? あたしの前で? キモっ」

 

「いや図書館にエロ本なんてないでしょ……そうじゃなくて、魔法式!」

 

「だから言い方どうにかなさいよ…………で、なにこれ」

 

「透視する魔法だって!」

 

「やっぱりエロ本じゃない」

 

「違うよ、その人の数秒後の未来が見える魔法だよ」

 

「使えない。そんなの見えてもどうしろってのよ」

 

「えっ……もしこれから転ぶのが分かっていたら防げそうじゃない?」

 

「それがしょぼいって言ってんの。あんただけでしょ必要なのは」

 

「ふふん、私知ってる…………昨日エリナがなにもない廊下で転んだこと」

 

「…………はぁ!? み、見てたの!?」

 

「そして予言する……今日もエリナは転ぶ」

 

「…………魔法使ったわね。じゃああたしも予言してあげる。あんたはあたしにぶっ殺される」

 

「暴力反対っ! それはエリナが何もしなければ防げるじゃんか!」

 

「あぁ、無理ね……体から不思議と殺意が湧いてくるもの。これが運命かしら」

 

「あ、ああっ! 今動いちゃ駄目! エリナ転んじゃうよ!」

 

「そう言って逃げようとしても無駄よ。どこまでも追いかけて、必ずころ────ぎぅッ!?」

 

 その時、後退る私を追いかけようと踏み出したエリナの右足のヒールが折れた。

 

「がはッ────あっ、つぅッ!?」

 

「エ、エ、エリナぁ!? 大丈夫!?」

 

 エリナの体が傾き、テーブルの角に頭をぶつける。そしてバランスが崩れ揺れ動いたコーヒーカップがエリナのドレスにかかった。

 

「えっと、回復魔法……火傷、治るかなぁ……!?」

 

 思いつく限りの魔法を試してみる。たんこぶ程度なら被術者の負担にはならないからすぐさま治す。だが火傷についての知識は少ない。私にできるのは痛みを少し和らげることくらい。

 

「う、うぅ……なんで、こんな…………っ!」

 

「と、とりあえず治したと思うけど。まだ痛む?」

 

「え、えぇ。ちょっと胸元が、ひりひりする」

 

 そう言ってエリナは胸元を少しはだけさせ様子を確認する。首から鳩尾の当たりまで広くかかったコーヒーは、綺麗な藍色のドレスを醜く汚していた。

 

 今の季節はちょうど暑い時期になったところで、各人衣替えを行っている。エリナも薄手のドレスを着用していて、ひらひらとした可愛らしい藍色の衣装が目立つ。薄い生地が濡れてドレスが透け、真っ白な肌が少し覗いていた。

 

「傷になっちゃうから、医務室行こう。私の魔法じゃ完治できないかも」

 

 最近胸元の膨らみが増えてきたエリナの胸元に流れていくコーヒーがやけに目に引く。他の女子もそうだが、12歳ということも相まって胸元が色付きやがる奴が多くなった。そういうふざけた奴らを見ていると心底虫唾が走り、引き千切りたくなる衝動に駆られる。

 

「そうするわ…………シャワーも浴びたい」

 

「そ、そうだね」

 

 だがエリナのを見てもそうは思わない。むしろ今、こんな状況なのに少しどきどきしている。何故だろうか。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「じゃエリちょん、着替え用意しとっから〜。ゆっくり浴びてきてねん〜」

 

「ありがとう」

 

 私達は医務室にたまたま居合わせたヨピちゃんにエリナの治療を任せた。彼女の魔法により火傷が完治した後、シャワー室に案内された私達は脱衣所に通された。

 

「折角だしテレちょんも入ってけば〜」

 

「────えッ!? 私も!?」

 

「そんなに驚くことかな〜? 今日は暑いし〜。着替え用意しとくね〜ん」

 

「え、あ……」

 

 反論を言う間もなくヨピちゃんはそう言い残し走り去っていった。私は別に何ともないのだけど、シャワー浴びても良いのかな。

 

「いいのかなぁ……」

 

「別にいいでしょ」

 

 そう言うと手をドレスの後ろに回しチャックを器用に外す。

 

「────え、あ……え、ちょっ、エ、エリ──エッッ!?」

 

 白く小さな肩が露出し、袖から腕が抜け華奢な細枝があらわになる。そしてシンプルながら蒼に煌めくブラジャーが外され、膨らみかけの胸とそれに連なる細いくびれと縦に伸びるへその緒が────。

 

「…………何ジロジロ見てんのよ。ぶつわよ」

 

「えっ!? いや…………ぁ、そ、そうだね。うん」

 

「反応キモっ…………先行くわよ」

 

 既に衣服を脱ぎ終え籠に入れたエリナは私と違い女性らしい腰を左右に揺らしながら、ひとりでに歩いてシャワー室へと入っていく。

 

「…………ふ、普通だな……」

 

 ヨピちゃん以外の人に裸を見せるの初めてなんだけど……エリナは、そうでもないのかな。そもそもそういうこと気にしない人なのかな。

 

 ジャー、っと水が流れる音が耳に響く。エリナはシャワーを浴び、当たり前のように体を清めているのだろう。

 

 へ、変なこと考えるな。私もいつも通りにすればいいだけだ。普段と違うこと考えるから緊張するんだ。いや何で緊張してるんだ、女同士だぞ。いやそれ以上に友達だぞ。

 

「────もうっ、えいっ!!」

 

 シュパパっ、と服を脱ぎ捨て籠に投げ入れるとシャワー室の扉を勢いよく開ける。大事なのは勢いや。がーっと行ったらええねん。ってとある地方に伝わる訛を纏めた書物に書いてた。多分使い方は合ってる。

 

「遅すぎない? 一人で服も脱げないの?」

 

「脱げるよ! ちょっと脱ぎづらかっただけ」

 

 そんなことはない。勢いよく脱いだ。

 

「汗掻いてて張り付いてたんでしょ。暑いしね」

 

 そんなことはない。すごく脱ぎやすかった。

 

「そうそう」

 

「そういうことにしておいてあげる。あたし優しいから」

 

 …………そんなことはない。決して。

 

「ねぇ、後でさっきの魔法教えて」

 

「う、うん! いいよ、簡単だからすぐにできると思う」

 

「そうね、なんとなく理論は理解できるわ。答え合わせがしたいだけだから」

 

「流石エリナだね」

 

 やはりエリナはすごい。

 

 さっき私が透視の魔法を使ったあの一回だけでエリナは魔法式を読み解き、理解し、その全貌を把握しているのだ。式を読む優れた魔法感知力とそれを把握するための魔法に関する知識。思い当たる魔法を思い浮かべ、自ら構築する柔軟さ。

 

 それがエリナのすごさだ。

 

「ふん…………。(わたくし)を誰だとお思いで? 。(わたくし)は世界のエリナ様よぉっ! おーっほっほっほっ!」

 

「イザベラのマネ上手っ!」

 

「嫌いなやつのモノマネは得意なのよ。よく見てるから。あんたのモノマネもやってあげましょうか?」

 

「その流れだと私のこと嫌いって言ってるみたいだけどッ!?」

 

「そう言ってるのが聞こえなかったのかしら。言葉分かる?」

 

「分かるよっ! この、ツンデレめ!」

 

「誰がツンデレよ、この陰険陰湿クソタヌキ」

 

「また増えたッ!?」

 

「『ふっ、ふぇえ……エリナぁ。ご、ごめぇぇ〜ん! 怒らないでぇえ〜〜!』」

 

「似てないっ! 全然私に似てないッ!!」

 

「怒っちゃった? 同族嫌悪かしら、似すぎるのも罪ね。反省反省」

 

 キュキュ、と隣から蛇口が締まる音が聞こえ同時に水の流れが止まる。

 

「先上がるわね」

 

「え? あ、待って私も」

 

「あんたのほうが後だったんだから、ゆっくり浴びなさい」

 

「一緒に出たいのっ」

 

「あたし待つの苦手なんだけど…………髪だけ拭かせて」

 

 苦手と言いながら、エリナはシャワー室から出ること無く私を待っててくれている。こういうところがツンデレなのだ。可愛いやつめ。

 

 すぐさま全身を洗い流して体を清める。エリナとの会話に夢中でただ水を体にぶつけていただけだと気付くのが遅れた。

 

「終わった? 妙に早いわね」

 

「そんなに汚れてなかったし?」

 

「それもそうね」

 

「…………」

 

「…………なに」

 

 何だか違和感がある。

 

 エリナは髪に付着する水滴を丁寧に挟み込んで水気を取っていく。胸元辺りまでかかる髪を手櫛で漉いて軽く整えていく。それ自体は普通だ。

 

「…………エリナ?」

 

「なに」

 

「……ん?」

 

「…………」

 

「…………すっ」

 

「…………っ」

 

「すすすっ」

 

「…………っ…………っ!」

 

「何で目を合わせてくれないの?」

 

「別に」

 

 その時私に電流走る。

 

 違和感の正体に気付いた私は、満面の笑みでエリナに近付いていく。

 

「な、なに…………っ!?」

 

「エリナ、すっごい綺麗な体してるよね」

 

「は、はぁっ!?」

 

「いいな…………憧れちゃうなぁ」

 

 わざとらしく体を上から下へ舐め回すように眺める。いつもなら絶対に怒って反論してくるだろうが、私の読みが当たっていれば面白いものが見れる。

 

「くびれとかすっごい良い感じ。羨ましいな」

 

「別に…………あんただって、悪くないでしょ……」

 

「ほ、ほんと!?」

 

「お世辞は言わない主義よ。…………足とか、あたしよりも細いし、長いし…………綺麗よ」

 

「ありがとう!」

 

「その、あんたは背が高いし…………スタイルがいいし」

 

「うんうん」

 

「他人を羨むより、自分の長所を認めたほうがいいわよ」

 

「そうだね! その通りだっ」

 

 そう、読み通りだ。

 

 エリナは気が動転するといつもならあまり言わないような、デレた発言をする。これを初めて知ったのは私が訓練で怪我をしたときだ。

 

 私が魔力の調整を間違えて腕の筋肉が破裂し大量出血したときのこと。私以上に取り乱し慌てふためくエリナを見て冷静になれたのはいい思い出だ。私が回復魔法を使えば一瞬で治るのだが、その後もエリナは何かと私を気遣って親身にしてくれた。

 

 あのときのエリナをまた見たいと思っていたのだ。

 

 怪我ではなく、健全なやり方で。

 

「も、もういいでしょ。見ないでよ…………」

 

「もうちょっと見たい」

 

 後ろに下がるエリナを追いかけずんずん近付いていく。

 

「ね、ねぇ…………ちょっと、テレジーっ」

 

「うーん…………」

 

「ち、近いっ…………きゃッ」

 

 ぺたっ、とエリナの背中が壁につく。ひんやりとした冷気が背中を巡り小さく悲鳴を上げる。

 

 あれ、これはやり過ぎか。何か、思ってる以上に距離が近い。ここまでやるつもり無かったんだけど。

 

 思考とは真逆にまた一歩足を踏み出したその時、足元の水たまりが足を掬い体が傾く。

 

「あっ、やばい」

 

「────ちょっ!?」

 

 バランスを整えようと手を前に伸ばす。何とか壁に手が付き、地面との衝突を抑えれ事なきを得た、かのように思えた。

 

「ぁ…………」

 

 左手はエリナの右耳を掠め壁に手を付いている。だが右手はエリナの胸元にしっかりと乗っかり、柔らかな感触が伝わる。私達の体は一部はくっつき、エリナの少しだけ開かれた股下に私の太ももが挟み込まれている。

 

「ぁ、あぁ…………」

 

 私よりも身長が低いエリナは、当然私を見上げる形になり、私は逆に見下ろす形になる。頭を傾ければ額がぶつかる距離で、耳まで真っ赤になったエリナは潤んだ瞳で私を見上げ、小動物のように震えている。

 

「かわいい」

 

「ひっ……!?」

 

 違う。

 

 いや、違わないが可愛いが。

 

 こんなことを言いたいわけではなかった。

 

「ご、ごめん」

 

「あ、足…………う、動かさないでっ…………あっ、ん……っ!」

 

「え────エリ、ナ?」

 

 何だ今の反応。なんか、いつもと声音が違ったような────。

 

「────こ、この…………さっさと離れろ変態ッ!!」

 

「うわっ────いだッ!!」

 

 勢いよく押されて後ろから倒れた私は頭を強打する。

 

「あんたなんか知らないッ!! 頭打って死ねッ!!」

 

 拘束から解かれたエリナは一頻り罵声を浴びせると、体を隠すように腕を抱えシャワー室を後にした。

 

「あれ、エリちょん? そんなに走ってどうしたのん」

 

「うるさいっ! 早く代わりの服を!!」

 

「そこにあるよん」

 

「…………そこの性犯罪者に言っておきなさい! 二度とあたしに話しかけるなって!!」

 

 バタンっ! 

 

 勢いよく扉が閉まる。その後ドタバタと廊下から音が聞こえ少しずつ小さくなっていく。

 

「…………なーにがあったらああなるの?」

 

 困惑いっぱいの雰囲気でシャワー室へと顔をのぞかせるヨピちゃん。

 

「えっと…………恥ずかしがってたエリナが面白くて、からかってた」

 

「なるほど…………」

 

 腕を組んで数秒間考える素振りをする。

 

「テレちょん有罪」

 

 ですよねー。

 



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第五十九話 痴話喧嘩。以て凄惨なり

 

 普段は使われることのない修練場の一つ。エリナと実質初めて会話したときと同じ場所だ。

 

 そこでは空気を決して弛緩させることのない緊張の糸が張り巡らされ、殺意に似た空気が充満し高圧的な雰囲気を放っていた。動くことも、まぶたを閉じることも、息を吸うこと。平時の無意識下で起こり得る一瞬の隙すら憚られる、そんな空気だ。

 

「じゃ〜、はじめ────」

 

 そんなこと知ってか知らずでか。緩みきったヨピちゃんの一声で、ここ一体を埋め尽くす殺意の根源が猛スピードの魔法を放つ。

 

「──ちょっ、ちょぉっとぉおお!?!?」

 

 私が立っていた場所が跡形もなく爆発する。直撃の前に何とか回避をすることで軽症で済んだ。

 

「テレちょ〜ん。油断しすぎ〜」

 

「や、やり過ぎでしょッ!? ふつうに死ぬ威力何なんだけどぉ!?」

 

 私の魔法感知を振り切る速度の魔法で、危うく何もわからないまま死ぬところだった。

 

 間違いなく、あの女は私を殺りに来てるッ。

 

「死ねばよかったのに」

 

 そう言って侮蔑しきった視線を向けるのは、殺意の波動に目覚めてしまった女、エリナ。

 

「忠告を無視してあたしの前に現れるなんて命知らずなクソガキね、殺す」

 

「確かに悪かったと思ってるけどさぁ! そんなに怒んなくてもいいじゃん!!」

 

「殺す。殺すと言ったら殺す」

 

「この殺人鬼ぃ!! 人でなしぃ!!」

 

「誰のせいよ…………誰のッッ!!!!」

 

「ひぃッ!?」

 

「裸を見られたのも…………触られたのも……は、はじめて、だったのにっ……!! あんたが、あたしを穢したッ……!!」

 

「…………テレちょ〜ん?」

 

 調子乗った私のせいでぇええすッッ!!!! けれど穢した覚えはありませんッ!! 

 

「…………憎たらしいわ。相変わらず無駄な魔力が籠もった醜い魔法ね、この脳筋が。いつかその魔力に裏切られればいいのに」

 

「これしか取り柄がないもので…………ねっ!!」

 

 身体強化を発動。地面が爆ぜるのを感じながら、エリナへと一直線に駆け抜ける。

 

「────うわっ!?」

 

 過ぎていく視界の中、一瞬光る何かを感じ引き返す。そこには近付けば真空波が発動し、対象者を八つ裂きにする魔法が設置されていた。

 

「チッ」

 

「舌打ちッ!?」

 

「魔法感知だけでなく目もいいのね。頭は悪い癖に」

 

「さっきから色々オーバーだなッ!? 殺意が高すぎなんだよっ!!」

 

「当たり前でしょ。あなたは今日死ぬのよ」

 

「嫌だよっ!!」

 

「うるさいあたしが死ねって言ったら死ねッ!!」

 

「理不尽ッ!?」

 

 人を殺すのに十分な、緻密に計算された魔力量に基づく威力計算による魔法。私が反応できる限界の速度で射出されるそれを回避していく。それは、彼女が私を殺そうとしている事実を、割と本気で信じてしまうほどの業だ。

 

「ふっ!!」

 

 だが、私は躱す。頬を掠め、体が風圧を受け止め、腕は眼前へと拳を突き出される。ゴーレムやヨピちゃんとの戦闘経験で、何度も行ってきた動作。人が歩くときに腕を振るように、無意識でも呼吸ができるのと同じように、何度も行われる反復動作は寸分の狂いなく私に染み付いている。

 

 動作を覚えられ、見切られると型は弱い。だがそれを見越して型はより早く、鋭く、無駄がなく。相手に対応させない強さを持つもの。

 

「っ! ────踏み込みの速さは、さすが性犯罪者と言ったところね」

 

「…………違います」

 

 それを初見の一回で見切られ避けられた。動体視力による反応速度にしては異常だ。エリナは武術等に疎く、体を動かすのは得意でないはず。日常的に格闘技の修練、そうでなくとも立ち会い等を見ていれば目も慣れるかもしれない。

 

 だが、そのどれもに該当しないのがエリナだ。きっと彼女は私の知らない魔法を使ったのだ。原理は不明だが、私の動きに応じて回避できるような魔法が存在しているのならば。その魔法による回避を振り切るほどの攻撃手段又は速度でない限り、私の攻撃は絶対に当たらないということになる。

 

「…………誇りなさい。あたしは本気を出す」

 

「本気出して殺すってことッ!?」

 

 そう言ってエリナは左手を頭に手を当て、右手を前方へ突き出す。

 

「舐めてると死ぬわよ────全力で来なさい」

 

「っ!!」

 

 空気が変わった。エリナの目が据わり、より真剣さが混じる。それと同時に、エリナの持つ魔力が室内を埋め尽くした。

 

「っ、後ろっ!!」

 

 背後から魔力の接近を感じ、すぐさま回避を取る。続けざまに前、後ろと飛来する魔力体を回避していく。

 

「『弾けろ』」

 

 周囲に突如高濃度に圧縮された魔法体が発生すると、激しく収縮し爆発。

 

「『追え』」

 

 回避を誘発され左にステップした先には、既に先程のかまいたちが設置されていて、背後からは先程爆発した残滓が小さな破片となって後ろから迫ってくる。一つ一つが人を殺すのに十分な威力を持っていることだろう。たとえ私と手すべてを食らってしまえばひとたまりもない。

 

「っ、うぐっ、はぁああああ!!!!」

 

 かまいたちの発動を確認。恐れずに前方へと足を踏み入れ、身体強化を施した全身に細い裂傷が走る。

 

「くらえッ!!」

 

 直ぐさまエリナに近付きハイキックを放つ。しかし渾身の蹴りは不可視の防御結界らしきものに阻まれ、不発に終わる。

 

「うわっ」

 

 鎖が足に絡みつき私はエリナの前で宙吊りになる。

 

「読み通り。やっぱりバカね」

 

「すごいね、鎖は気付かなかったよ」

 

「…………へぇ、わざと飛びこんだと?」

 

「そうだよ」

 

 エリナを囲う防御結界には見覚えがある。ならば、解除はできる。

 

「ッ! ……何故っ!」

 

 足を素早く降って強引に断ち切ると、未だ動揺しているエリナに再度接近する。

 

「また魔力か…………忌々しい」

 

 魔力波による魔力結界への干渉。綺麗に統率された列は強引且つ強力な横槍に弱い。エリナの使う魔法はすべて省力化が図られ、必要最低限以下の魔力で、通常の魔法以上の高威力を達成している。

 

 魔法というのは、術者が持つ魔力を発言させたい魔法の形となるよう結びつけるもの。だからこそ、エリナのような少ない魔法で作られた魔法は魔力の干渉に弱い。膨大な魔力量さえあれば小さな結合で作られた魔法はいとも容易く崩れてしまう。

 

 だが戦況は良くない。

 

 エリナが腕を振るう。同時にそこから高威力の魔力体が出現し撤退を余儀なくされ接近を許さない。

 

「エリナ、もっと攻めて来たほうがいいんじゃない? このまま待ってたら私の勝ちだけど」

 

 エリナの魔力量は私のそれに比べ絶対的に少ない。このままお互いに魔力を消費していれば先にマインドダウンするのは彼女の方だ。

 

 私が挑発すれば必ずエリナは返してくる。何故なら彼女は生粋の負けず嫌いで、売られた喧嘩は必ず買うのだから。

 

 敢えて言葉を交わし、その隙にエリナの魔法に対する攻略法を考える。先程私はエリナの魔法に対して魔力をぶつけて妨害を図った。だがエリナのことだ。次はそれを折り込み済みで魔法を使ってくるはず。そうなれば徐々に私が押されて一気に潰される。

 

 私が勝つ未来のために、今できることは時間稼ぎと、あわよくばエリナを怒らせて魔力コントロールを鈍らせることだ。魔法の緻密さが向上するほど精密な魔力操作が求められ、それはより大きな精神的負荷をかける。いつも水面のようなエリナの感情を揺さぶり、魔力操作を誤らせて魔力消費量が上がってくれれば御の字だ。

 

「あたしが攻めあぐねていると? 分析していただけよ」

 

 狙い通りエリナは挑発に乗って言葉を返す。この間にもエリナはいくつもの思考を巡らせ、私をどう潰すかを考えているのだ。

 

「どうだか。ちなみに私はもう勝ち筋が見えてるけど」

 

「あら、遅いのね? あたしは戦う前から見えてたけれど」

 

「自分の力に自信があるのはエリナのいいとこだけど、それはただの強がりだよ。ほんとは現実が見えてないだけじゃない?」

 

「出来る出来ない以前に、見ようともしてない人から言われると心に染みるわね。得たカードだけであたしを知った気になって、盲目になってるお馬鹿さん」

 

「ふっ、エリナのことなら良く知ってるよ。ほんとは弱いくせにすぐ強がって心にも無いこと言うところとか。もっと素直になったほうが良いよ、『イキってごめんなさい、許してください』って」

 

「ずいぶんな御託ね、あたしの挑発に当てられたのかしら。けれど無様に負けるのはあんたよ、テレジー。今のうちに羽ばたく練習でもすると良いわ。負けて泣いたあんたが小鳥の群れに合流出来るようにね」

 

「エリナの残り魔力は少ない。それにいくら緻密な魔法でも私の妨害で全て打ち消せる。ならエリナの魔法は全て無駄も同然、私には通用しないの。これのどこに負ける要素があると?」

 

「それが意図的に与えた情報だと気付けない愚か者だとは思わなかったわ。あたしよりも勉強してるくせにあたし以下の知識なんて、恥ずかしいと思わないの? 思えないんでしょうね、馬鹿だから」

 

「……うるさい、調子に乗るな」

 

「自己紹介なら鏡を見てやってくれる? あたしに言われても困るわ」

 

「…………」

 

「…………えぇ? なんかちょ〜仲悪くないー?」

 

 なんだろう。ちょっと腹立ってきた。調子を狂わせるはずが逆に調子を狂わされた。

 

「あらぁ、急に黙っちゃってどうしたの? 怒らせちゃったかしら。ごめんなさぁい、ガキ相手にぃ、言い過ぎちゃった見たぁい!」

 

「…………絶対泣かす……ッ!」

 

 だが私は見逃さない。応酬の最初と最後で、エリナの語気は少しだけだが強くなり、いつもの何倍もの強い言葉を使って私を詰った。それは少なからず私の言葉に動揺した何よりの証拠で、エリナは今そこそこイライラしているはずだ。

 

 そしてもっともっと動揺させるためには、エリナの思考を上回る先述で翻弄しなければならない。

 

「無駄ね。あんたが本気出したって、どうせ変わらないもの……!」

 

 できるかどうかではなく、やる。

 

 流石に私も頭にきた。怒りは正常な判断力を奪い、いつもの動きが出来なくなるかもしれないが、仕方がない。頬に一発ぶちかますまでは収まりそうにもない。それくらいは許されるだろう。

 

 傷が残らないようヨピちゃんに念入りに回復してもらえばいいのだから。

 



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第六十話 血で滲む軌跡

 

 全身から血が流れる。交わしきれなかったものと掠れてしまったものが幾度も体に傷を作り、とめどなく流出する真紅は血の湖を作りだす。

 

「口程にもないわね」

 

 啖呵は切ったもののあれから私は防戦一方を強いられ、その場でただ無限に迫る魔法への対処で精一杯であった。

 

「なんで…………なんで、まだ魔力が残ってるのッ!?」

 

 先ほどまでしていたエリナの魔法は特別なものではなく、いくらエリナが工夫をこらしていたとは言え構造が簡単で。膨大な魔力によって打ち消すのは容易だったのだ。

 

「さて、何故でしょう」

 

 だが、私を追い詰めた魔法はまさに特殊と言わざるを得ない魔法であった。私が知らないとかそういう問題ではない。

 

 構造は分かる。だが式が理解できない。言うなれば掛け算はできても割り算が理解出来ない感じ。

 

「ふざけてるッ…………そんな法則知らないッ!!」

 

「知らないから理解を拒むというの? 戦場に求められるのはいつだって対応力よ」

 

 エリナの眼前に出現した、一見何の変哲もない火の玉。だがそれを形作る魔力の構造は全くの未知であり、私の魔力妨害を一切受け付けない。

 

「ま、あたしも意地悪じゃないし。教えてあげる」

 

「くっ……!?」

 

 だが、動くことをせずに真正面から受け止める。魔力による障壁で防いだにも関わらず、その半分以上が貫通し肌を焼く。

 

「あんたは無駄に魔力を使いすぎなのよ。そのむだになった魔力を再利用してる」

 

「ぐっ、うぐっ…………でも、その火の玉は何……っ!」

 

「これ? 不思議でしょ、あたしオリジナルの魔法。理論上どんな妨害を受け流す構造よ。あんたへの対策の一つ」

 

「なんでそんなものを……!」

 

「暇だっただからよ。そういえば止血になったかしら。一応焼いてみたんだけど?」

 

「ふざけっ…………いっ、つぅ!」

 

 足に力が入らなくなり、膝が床につく。その時、全身に針が刺さるような痛みが外からも内からもやってくる。

 

「あらあら、動いちゃったわねぇ」

 

 いつの間にか体内外に巻き付くように敷かれた魔力によって、私の体の制御がエリナに奪われていた。呼吸をするだけでも息苦しさがあるのに、体を1cmでも動かせば激痛が走る。その魔力操作一つで私の体は一瞬でぼろぼろになった。

 

 いや魔力操作だけではない。エリナは私の魔力妨害を察知し咄嗟に魔法の構造を変化させ魔力妨害に強い形へと変えてきた。これも原理がわからない。通常ならば、通常ならばエリナの魔法は全て無駄になるはずなのに。

 

「ねぇヨルフェルコ。もうこれあたしの勝ちで良くない? そろそろ止めないと死んじゃうわよ」

 

「まだだねー」

 

「はぁ……強情ね。愛弟子の負けを素直に認めたほうが、貴方の師匠としてのメンツがギリギリ保てるわよ」

 

「ふっふっふっ…………テレちゃんはこんなもんじゃないよん。ね、テレちょん?」

 

 再びエリナの腕に魔力が込められ、3つの火球が発生し迫りくる。その火球は魔力障壁を突き破って直撃し、火に炙られる痛みと魔力による裂傷が脳を蝕む。

 

「師弟そろって馬鹿とは救えない」

 

「はぁ…………はぁ…………ッ! まだ、だ!」

 

「…………降参しないの?」

 

「しない……っ!」

 

 落ちかけた瞼を無理やり開きエリナを睨みつける。当の本人は何故か目を泳がせ困惑している様子。私が降参すると思っていたのだろう。だが残念、私はまだ諦めていない。

 

 エリナもそうだが、私も大概負けず嫌いだから。

 

 身体強化。魔力の出力を上げる。痛覚は遮断し、必要があればその都度回復させる。体が傷つき使えなくなるまでの僅かな時間でエリナを倒す。いや泣かせる。

 

「本当にやるのね…………」

 

「シッ!!」

 

 勢いよく駆け出した体から、それに負けないくらいの勢いで飛び出した血。その血を噴出剤にエリナへ、音速の速さで迫る。

 

 バキィインッ!! 

 

「っ!? ちょっと、それは反則でしょ!?」

 

 エリナが設置していた魔力障壁を拳で破壊する。いくら緻密な魔法とは言え、魔力消費を度外視した圧倒的な奔流の拳で破れないものはない。

 

「クソッ…………っ、その攻撃は後何回くらい使えるのかしら!?」

 

「9回っ!!」

 

「それは……途方も無い数ねっ!!」

 

 嘘だ。本当は1から9回。小分けにすれば9回。全力を出せば1回で使い切れる。だが後者はマインドダウンを起こすと同時に城が吹き飛ぶので、その手段を切ったが最後私の敗北だ。

 

「っ!? これも、これも砕くの……!?」

 

 私の後先顧みない猛攻に対応を見せるも、それを超える奔流を上乗せし全ての障壁を砕いていく。流石エリナといったところだが、力というものはどこまでも理不尽なのだ。

 

「あああぁああッ!!!」

 

「ケダモノがッ、それでもあんた魔法師かッ!?」

 

 魔力障壁を砕き砕き、そして砕く。そうして最後の一枚が砕かれると、エリナは驚愕と怒りを込めた表情でそう叫ぶ。

 

「終わりだッ、エリナっ!!」

 

「ちょ、ちょっと本気で殴るのは駄目でしょ!?」

 

「自分のしたこと忘れたかッ!?」

 

 地を強く蹴り、嘯くエリナへと肉薄する。ようやくここまで接近できた、ならあとは殴るだけっ! 

 

「…………あっ──」

 

「────ぇ?」

 

 右足に違和感を覚えた。体が宙に浮く感覚の中チラっと見てみると、私の右足首は通常ではあり得ない角度で曲がっていた。

 

 まぁ、あれだ。回復を忘れてた。エリナの魔法で傷を負っているのを忘れて、右足がぼろぼろになっていた。いやあ、気付かなかったな。

 

 ゴン゛ッ゙゛ッ゙゛!! 

 

「ア゛ァ゙゛ッ゛」

 

 凄まじい勢いで私とエリナの額がぶつかり、激突音とエリナのうめき声が場内を木霊する。

 

「痛てて…………エリナ、大丈夫?」

 

 鈍く痛む頭痛に悶えながら、エリナの容態を確認する。

 

 あぁ……こりゃ、駄目だ。目回して頭から血流して倒れてる。

 

「あちゃー…………これ、後に響くよー?」

 

「ヨ、ヨピちゃん……」

 

「ほらテレちょんも横になってー。とりま治しちゃうからー」

 

 指示に素直に従い、私は意識を失うエリナの横に座る。後に響くというのは、後遺症が残るということだろうか。それは不味い。エリナの綺麗な顔に傷を付けてしまったなんて、絶対に許されない。気にしていなさそうに見えてエリナはめちゃめちゃ肌荒れとか気にするタイプだ。ニキビができたら無くなるまで部屋から出てこないタイプだから。

 

「う、うぅ…………頭が痛い…………」

 

「お、復帰早いねー。若々の若じゃーん?」

 

「エリナ! 大丈夫? 凄い音してたけど」

 

 頭を痛そうに擦りながら、ゆっくりと瞼を開く。なんだかその瞳には不穏な揺らぎを覚え、私は自然と身構える。

 

「勝敗は……どっちが勝ったの?」

 

 エリナは私を無視し、回復魔法を掛けたヨピちゃんに尋ねる。

 

「んー……状況的に見たらテレちゃんの勝ちだよね」

 

「くっ…………でも、それは──」

 

「よ、よしっ」

 

 あ、やばい。なんかめっちゃ横から殺意を感じる。

 

「でも、流石にエリちょんの勝ちかなー」

 

「な、なんで!?」

 

「テレちゃん自分のこと気にしなてなさ過ぎー。ヨピちゃんが回復魔法掛けてなきゃ死んでたよー?」

 

「え?」

 

「…………呆れた。あんた気付いてなかったの?」

 

 二方向から呆れたような声が行き交う。あれ、どうしてだ。いくら忘れていたとは言え、何とかなると思っていたのだけど。意外と人間の体って脆いのかな。

 

「ま、けしかけたのはヨピちゃんだけどー。まさかゴリ押しするとは思わないじゃーん?」

 

「え、いや……え?」

 

「最初足を止めてた時からあんた詰んでたのよ。あの位置からあたしと撃ち合いするしかなかったの」

 

「いつも教えるんだけどねー。なーんでか直ぐボコりに行っちゃうんだからー」

 

「ていうか貴方。勝負の途中で手を貸すとか頭をおかしいんじゃないの。止めなさいよ」

 

「えー? あそこまでいったら最後までやるべきでしょー」

 

「あんなので勝っても嬉しくないわ」

 

 エリナはふらふらと頼りない足取りでなんとか立ち上がると、みだれた髪と服装を正し出口へと向かう。

 

「頭の腫れは一週間くらいで治るよんー」

 

「えぇ」

 

「エリナ、もう大丈夫なの? まだ座ってたほうが……」

 

「もし」

 

 エリナの透き通った一声がすんなりと馴染み、私は続く言葉を打ち止め耳を傾ける。

 

「もし傷が残ったら…………責任取りなさいよ」

 

 エリナの言った発言の意図がわからず、胸中で何度も反駁する。

 

「え…………それは、一体どのように……?」

 

「それは…………あんたが考えなさいよ」

 

「えぇ…………」

 

「それも責任よ」

 

 なんという無責任な。私はどうすればよいのだ。

 

「次はぐうの音も出ないほどに叩きのめす。覚えてなさい」

 

 扉が閉まる直前、剣呑凄まじい様子でそう言い切ると返事を待たずにエリナは訓練室を後にした。なるほど。ヨピちゃんが言っていた『後に響く』とはこのことか……。

 

 それにしてもすごい魔法だった。私は先生とヨピちゃんに鍛えられているから、それなりに魔法は使えるようになった。だがエリナは全て独学で修練してきたはずだ。一体どうしたらあそこまでの技術を磨けるのだろうか。

 

 そして、何故あの素晴らしい技術があるエリナが『落ちこぼれ』なんて言われているのだろうか。

 

 やはり魔力で評価するシステムはおかしい。確かに私達は魔力を灰の嵐へぶつけ対抗するために鍛えている。だが、調べればもっと他の方法でも灰の嵐を消すことが出来るのではないかと思う。なにせ灰の嵐が発生してからまだ14年しか経っていない。エリナの技術力と発想力があれば、先生と協力していつかは悲願の達成だって夢じゃないはずだ。

 

「…………ヨピちゃん?」

 

 ふとヨピちゃんの存在が気になり、その横顔覗く。いつにもまして真剣そうな表情で出口を見つめると、すぐさまあっけからんと雰囲気を変え私へと相対する。

 

「さーて、テレちょんも帰るよー。今日はいっぱい休んで一週間後の試験に備えてねー」

 

「あ…………うん。そうだね」

 

 忘れようにも忘れられない、気になるヨピちゃんのあの横顔。その違和感を拭えることのないまま、私はヨピちゃんに促され訓練場を後にしたのだった。

 




2023年最後の投稿です。今年も早いですね。

死が迫っている感覚です。


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第六十一話ッ 今何の話してたっけッ!!※忘れるほど時間経ってない

 

「すまん、ちょっとトイレ行ってくる」

 

「ええ。行ってらっしゃい」

 

 マイケルはそう言って席を立つと、案内すると言ってクレイトンが先立って扉を開け二人は部屋を後にする。

 

「えぇ!? 今っ!?」

 

「仕方ない…………濡れ場があったから、抑えたくても抑えられない衝動が湧き出てしまうの…………ちんぼーが」

 

「そんなわけかるか。だとしたら時間差がありすぎない? 戦闘直後なんだけど」

 

「テレジーが汗を流し、苦しそうにしている顔を……想像してしまったんだよ…………」

 

「マ、マイケルさんはそんな、えっ…………じゃないもんっ!!」

 

「アリシア…………まだまだだね。マイケルは、男は、獣だよ……」

 

「け、けもの!?」

 

「子どもに何教えてんだよ」

 

 妄想も甚だしい。いくらマイケルとはいえそんなことでアソコが悩ましくなることなんてあるはず無いだろう。というかこの状況で臨戦態勢になるなんて見境無しにもほどがある。

 

 いや、男なんてそんなものか。

 

 …………マイケルだし、そんなことないよなぁ? 

 

「いだいッ…………! 暴力反対……!」

 

「叩かれるようなことするからだよっ」

 

「そうよ」

 

「うぅ……ここにわたしの味方はいない…………セフレでも連れて囲わせるか……?」

 

「また叩かれたいのか? そうなら早く言え、いくらでも叩いてやる」

 

「せふれ?」

 

「忘れなさい」

 

「女も所詮獣……」

 

「けものっ!?」

 

「黙れ」

 

「ごめんなさい」

 

 そうやってすぐセフレセフレ…………そんなにいいものかね、情事は。色欲もいい加減にしてほしい。

 

 あれ、そういえばオーフィアは私には何にもしてこないよな。女として魅力がないってことか? それはそれで腹立つけど、実際どうでもいい。多様性は尊重するが、残念ながら私はそっち系ではないし。

 

「ねえねえ、オーフィアさんは? テレジー、オーフィアさんとは会ってたんでしょ? いつ出てくるの?」

 

 無邪気に笑って身を乗り出し、オーフィアの話題に移る。確かに私の過去話だけが全てではないからな。

 

「出てこないわ。面識ないもの」

 

 だが残念ながら、私はオーフィアとは出会ったことがない。だからここは私に変わってオーフィアに語ってもらうとしよう。

 

「あるよ、面識」

 

「…………え?」

 

 オーフィアの言葉に私の体は氷のように冷えて固まった。凄まじい勢いで頭がフル回転し、必死に記憶の棚を開けていく。

 

「ある…………一応。あれ、わたし、だけ……?」

 

「テレジー酷い!」

 

「ちょ、ま、待って…………今思い出すっ……!」

 

 あれ、あれ…………!? こんなキャラが濃い女いたらぜったいに忘れないと思うんだけど。乳がデカい全身真っ黒の露出癖変態糞百合女だぞ。

 

「ふふふ、嘘。テレジーは知らない、と思うよ。少なくとも、顔は、合わせてない」

 

 口を抑えてくすくすと控えめに微笑んだオーフィア。私は誂われていたことに気付く。

 

「よかったぁ〜。忘れてるのかと思ったわ」

 

 オーフィアは用意された煎茶を一口飲むと、再び話を再開させる。何故かは分からないが、オーフィアの仕草が一瞬エリナのそれと重なって見えた。

 

「けど、噂くらい、なら知ってるんじゃ……ほら、『夢見の女』とか『女子失踪事件』とか」

 

「無いわ」

 

「…………あれぇ?」

 

 再び私の体は氷に包まれ、今度は思考が停止する。いくら記憶を覗いてもオーフィアの『オ』の字も出てこない。

 

「テレジー酷いっ!」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! ホントに知らないのっ!」

 

 狼狽えるわたしとは反対に冷静な表情だったオーフィアは、カップの縁を撫でながら考える素振りを見せる。

 

「多分エリナだね…………わたしの情報を、意図的に遮断してる」

 

「え、なんで?」

 

「ん…………わたしが嫌い、だから?」

 

「嫌われるようなことしたの?」

 

 エリナは優しい人間で、時に恐ろしい一面を見せるが、特定の誰かを嫌いになるなんてことはあまりないはずだ。それに態々私がオーフィアを認知しないよう情報操作する手間をかけるなんて、本当だとしたら相当だぞ。

 

「手首抑えて耳に息吹きかけながらフェザータッチしたり、壁ドンして尻を触ったりした」

 

「絶対に嫌われてる」

 

 納得。当然の結果である。

 

「オーフィアさん酷い、最底っ!」

 

「満更でもない顔、してたけどなぁ……」

 

「妄想も甚だしい。エリナが尻触られて喜ぶ変態なわけ無いでしょうがッ!!」

 

「いやいや、テレジー。尻触られて喜ぶのは変態じゃないよ。当然の結果だよ」

 

「変態でなくても当然ではないだろッ」

 

「当然だよ。だってわたしが触ったんだよ?」

 

「どこに自信を持ってるんだ」

 

「じゃあ、今から試すから見てて。アリシアで」

 

「……うぇ? 私ッ!?」

 

「そうだよ」

 

「ちょ、ちょっと待って! 近づかないで────あんっ、だ、だめぇ……オーフィアさんっ……!」

 

 オーフィアはさわっ、と妙にこなれた様子のいやらしい手つきでアリシアの尻を一撫ですると、オーフィアの静かな動作からは想像できないほどのアリシアの大きな嬌声が漏れた。

 

「ほら、一撫でこれだよ」

 

「なるほど…………いやでもエリナなら耐えられる」

 

 それはそれこれはこれ。エリナは確かに急に迫られると弱いタイプだが、尻を触られたら必ず怒る。それはそれは恐ろしいほどに怒る。だから喜ぶなんてこと万が一にもありえない。

 

「んっ、だめぇ……あっん、ぅ…………っ!」

 

「いつまでやってんだよッ」

 

 アホみたいにいつまでも尻を弄り続ける万年発情猿女をアリシアから引き剥がす。ずっと隣であんあんあんあんアリシアがうるさいんだよ、喘ぎ過ぎだろうが。

 

「ああごめんアリシア。触り心地が良くて」

 

「も、もう……こういうのは二人きりの時に……」

 

「…………っ!?」

 

 その時アリシアが発した一言は聞き逃すにはあまりに大きな衝撃を伴っていた。

 

「アリシア……」

 

「え…………あっ……!」

 

 はっとした顔を見せるアリシアは、恥ずかしいのか驚いているのか怯えているのか、落ち着きない様子でオーフィアに助けを求めるように視線を送る。

 

「てめぇオーフィアッ!! とうとう手ぇ出しやがったなッ!!」

 

 マイケルに道案内をしていたクレイトンが耳聡く話を聞いていたのか、激怒した様子でオーフィアに詰め寄る。後ろから付いてきたマイケルは訳分からんといった感じ。それが普通なんだけどな。

 

「違わない。その通り。わたしはアリシアを抱きました。それはもう激しく」

 

「少しは悪びれろッ!!」

 

 こいつなんでこんなに堂々としてんだよ。

 

「すごく良かったので、その報告をお兄さんに、と思っていました」

 

 近親者への寝盗られ報告か。下衆めが。

 

「許さねぇ。表出ろ」

 

「ちなみにアリシアは満更でもない様子でした」

 

「…………本当なのか、アリシア」

 

「…………うん。良かった…………ぽっ」

 

 頬を朱に染めクレイトンから目を背ける。するとオーフィアはアリシアの肩を抱いて此れ見よがしにドヤ顔を披露する。

 

「クソぉぉぉおおおおおおッッ!!!」

 

「に、兄さん…………」

 

 涙を流し地面に突っ伏すクレイトンを見るアリシアの顔は、多少の気まずさの中に呆れのようなものも混じっていたように思える。

 

「アリシア…………幸せになれよ」

 

 決意固めるの早すぎない? 

 

「止めないの…………?」

 

「アリシアが幸せなら俺はっ…………くっ……」

 

「兄さん……っ!!」

 

「あ、マジっぽいのは、駄目。本命は別に、ある」

 

 途端にオーフィアはアリシアを突き飛ばし、あっけからんと言ってみせた。

 

クズだ。こいつはクズだ。この二人の寸劇を見ててよくもまぁ言えたな。

 

「酷いっ、最底っ! 私は遊びだったのねッ!」

 

「そうだよ、遊び……」

 

「このクソアマッ……二度と面見せんじゃねぇッ!!」

 

「遊びでも良い。もっと一緒にいたい…………」

 

「ん、あぁ?」

 

 はぁ? 

 

「オーフィアさん。私が本当に好きな人を見つけるまででいいから、今までの関係を続けさせてほしいの」

 

 もうやめてくれアリシア。貴方はまだ若い。落ちるところまで落ちてしまう前にオーフィアから離れて。

 

「うん、いいよ。わたしもアリシアと同じだから」

 

 このクズはアリシアを抱き寄せると、アリシアは嬉しそうにはにかみながら腕を回す。

 

 何なんだよお前ら。もうわかんないよ、幸せってなんだろう。

 

「くっ……なんだよこの状況…………でも、アリシアがそれでいいなら俺は…………いや、止めるべきなのか? 分んねぇ……」

 

 すまないクレイトン。私はもう考えるのをやめた。頑張ってくれ。

 

「うーむ、テレジーよ。これは一体どういうことだ 」

 

「エリナが尻を触られて喜んだ疑惑から、何故かアリシアとオーフィアがセフレになっていた話に飛躍して修羅場突入、と思いきや何故か丸く収まった?」

 

「なるほど、俺も何かボケたほうが良いだろうか」

 

「お願いやめて。きっとこれは真面目な話なのよ」

 

「最近俺がボケる機会が無くてな……オーフィア殿に席を奪われた感じで……」

 

「なるほどね……まぁしょうがないわよ。今はオーフィアが活躍するときなのよ、物語的に?」

 

「その流れで行くと、オーフィア殿の次はエリナ殿か?」

 

「あぁ……イザベラが先かも?」

 

「負けヒロインになってしまったのか俺は…………」

 

「いつからヒロイン気取ってたのよ、あんた」

 

 ────とりあえず、いざこざを無理やり抑えつけて話を続けようと思う。

 

 



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第六十二話 でしゃばり姫

 

 私達が戦った数週間後のこと。

 

「ムキィイイッ!! 来月こそは勝ちますわッ!! 覚えてなさいッ!!!!」

 

「そうよ! 一時の勝利に酔い痴れていなさいっ。最後に勝つのはイザベラ様よっ!」

 

「そうだ! 笑っていられるのも今のうちだっ。最後に笑うのはイザベラ様だっ!」

 

 私だけ特別に、私が指定した日に行っている定期魔力検査を、何故かいつも特定され勝負を挑まれ、いつも通りイザベラをこてんぱんにした後毎度変わる負け惜しみの文言を聞き、続く2人の威嚇をそうですかと聞き流してカフェテリアに向かった私は、いつも通りエリナと合流した。

 

 あの時のなんとも言えない蟠りはすっかりと解消され、いつも通りの日常を送っていた。

 

「…………ん?」

 

 例の如くカフェテリアで茶を楽しんでいたのだが、珍しくエリナは本をテーブルに置き機嫌が悪そうに遠くの壁を眺めている。

 

「何かあったの?」

 

「ちょっとね。気に食わない奴と出会ってしまっただけよ」

 

「あぁ……」

 

 多分それはイザベラのことだ。

 

 エリナは、私が言うのもあれだが、誰かを嫌うに至るまで他人と関わることがほぼ無い。だから、私が知っている範囲の中でエリナが関わりを持っているのは私かイザベラか、えっと…………イザベラの金魚のフンみたいな2人だけだろう。名前なんだっけ。

 

 まぁいい。とりあえずこういう時はエリナから何があったのかを話し、機嫌が良くなるまで付き合ってあげればいい。じゃなきゃいつか私に矛先が向いて厄介になる。

 

 面倒だな、とかは一切思っていない。寧ろこうして心を開いて愚痴を聞かせてくれることに喜びを感じている。どんなエリナも素敵だと思っているから尚更だ。

 

「…………あたしのこと何にも知らないくせに、づけづけと偉そうに語ってくるのよ…………」

 

「あー、そうなんだ……それはうざいね」

 

 エリナにしては行儀悪く肘を付いて話していたかと思うと、その時のことを思い出して気分を悪くしたのかエリナは机に突っ伏す。

 

「ほんとウザい。けど…………たまにまともなこと言うから、それが更に腹立つ」

 

 イザベラがエリナにまともなことを言うときがあるのか。それって一体どんな確率なの? 

 

「でもエリナなら言い返したんでしょ? そんなにイライラすることあるんだ」

 

「……今回はあたしの負けだった、それだけ」

 

 え、エリナがイザベラに言い負かされるの? 

 

「ちょっと見てみたいな…………」

 

「は?」

 

「ごめんなんでもない」

 

「あいつはヤバい奴だから、あんたには絶対に合わせないから」

 

「会いたくなくても向こうからやってくるんじゃ?」

 

「それは絶対に無いわ。あたしが釘刺してるから」

 

「今日会ったよ?」

 

「何を言って…………待って、それ、イザベラのこと言ってる?」

 

「え? 違うの?」

 

「誰が、イザベラなんかに言い負かされると? 殺すわよ」

 

「いや私だって信じられなかったけどさ……じゃあ一体誰のことなの?」

 

「…………ただの愚痴だから、聞き流して。あとできれば忘れて」

 

「えぇ…………」

 

 ────あのときは誰のことが分からなかったが、多分そうだ。オーフィアだ。

 

「あ、そうだ。ヨピちゃんの話受けることになったんでしょ? 聞いたよ」

 

「暇つぶしよ。それと試したいこともあるし」

 

「あのときの魔法すごかったなあ。今度教えてよ」

 

「あんたには必要ないでしょ」

 

「技術の高さを身を持って味わった身としては、学ばないわけにはいかない衝動に駆られているわけで」

 

「オタク乙。暇があればね」

 

「よし、なら今すぐ図書室にいこう。すぐ行こう」

 

「あたしが暇そうに見えるわけ?」

 

「暇でしょ、行こうっ!」

 

「勝手に決めつけんな…………まぁいいけど」

 

 どこか嫌がる素振りを見せつつも、なんだかんだ付き合ってくれるエリナが好きです。

 

 コツコツと、長い廊下にヒールの音が響く。もちろんそれは私ではなくエリナの方。私はローファーなのでそこまで響かない、むしろペタペタと情けない音が鳴っている。

 

「綺麗に履きこなすね、ヒール」

 

「これしか持ってないからかしらね。慣れよ」

 

「私は全然慣れなくて。スポーツシューズが一番だね」

 

「そりゃそうでしょ、使い勝手が良い用に作られてるもの」

 

 他愛ない会話を続けながら、私達は図書室への順路を歩む。

 

「あら、その姿はテレジーじゃありませんの!」

 

 げっ。

 

 後ろから声を掛けられ恐る恐る振り返る。ここの廊下は訓練場からカフェテリアに向かうのに使われる廊下で、訓練終わりの『子どもたち』と出会うことも少なくない。

 

「相変わらずおサボりになっていると思いきや、これからかび臭ぁいお部屋で内職でもなさるの?」

 

「かび臭くなんかないよ」

 

「あら、間違えましたわっ。この辺が随分と臭うものでしたから!」

 

「馬鹿にしてるの?」

 

「まさか。(わたくし)がテレジーを馬鹿にするとでも? (わたくし)は尊敬しているのですわ、義務を放棄してまでお戯れに興じる貴方を」

 

 イザベラは憎たらしい表情を浮かべると、顎を上げて睨みつけてくる。だが、私の方が背が高いから全然威圧感がない。むしろ微笑ましいくらい。

 

「学問の『が』の字すら知らなそうな人間が良く言えたわね。その年でおままごとに夢中のくせに」

 

「おままごと? 何のことですの」

 

「決まっているでしょう、貴方達が言う『魔力訓練』とやらよ」

 

「聞き捨てなりませんわね。(わたくし)達はこの国を救うために日々を費やしていますわ。それに比べて貴方達は無益なことに時間を浪費している。最早貴方達は反逆者そのものですわ」

 

「この国を牛耳る研究員どもの言うことを頭ごなしに承諾して、盲目的に時間を貪るなんてあたしには出来ないわ。あたしたちのほうがよっぽど人間らしい生活をしていると自負できるわ」

 

「はっ、笑えますわね。人間らしさとは、一体何ですの」

 

「自分の好きなことをし、幸せに生きることよ」

 

「貴方の理論で言えば、(わたくし)は十分人間らしい生活を遅れていると言えますわ。ですが、貴方のそれはただの責任逃れ。自分が落ちこぼれだからと諦めて向上心を潰し、残された時間を無為に過ごしているだけですわ」

 

「おめでたい考えね。まるで貴方は自分を救世主か何かだと勘違いしているみたい」

 

「勘違いではなくってよ。なにせ(わたくし)は救世主そのものですもの。それよりも、(わたくし)は貴方なんかと会話をしに来たんじゃありませんの」

 

 話の流れを察し一歩前に出ようとしたが、横からすらりと細腕が伸びて遮られる。

 

「あたしをコケにするなんて随分と頭が高いのね。背は低いくせに」

 

「エリナ、貴方少々過保護が強すぎるのではなくって? まるで母親ですわ。それではテレジーのためなりませんわ」

 

「はっ、いつからあたしがこいつを守ったというの。あたしはあんたが不快だから早く消えてほしいだけ。こいつがしゃべると長引くからあたしが相手してるのよ、分かったなら失せなさい」

 

「……詭弁ですわ。それはつまり、貴方が一番テレジーを過小評価しているということに繋がりますわ」

 

「は? 何を──」

 

「──誰かに守られなければ、会話することも、人間らしく生きることもできないということではなくって? 貴方の存在がテレジーを『弱い』と証明しているのですわ」

 

「テレジーが、弱い……?」

 

 顔を俯かせながらそうつぶやくと、肩を僅かに震わせながらイザベラの方を向く。その時一瞬だけだがイザベラの勢いが揺らいだような気がした。

 

「エリナ」

 

 エリナの腕を両手で優しく包みこむ。それだけで彼女ならば私が言いたいことが分かるはずだ。

 

「だから、あたしは別に……」

 

「その気がなくても、ありがとう。嬉しいよ」

 

 眉間に皺を寄せ機嫌が悪そうな素振りで渋々後ろに下がるエリナ。だが、エリナの口元が僅かに緩んでいたことを私は気付いている。

 

「ようやくのお出ましですわね箱入り娘さん」

 

「いっぱい言葉勉強したんだね。昔は『不快』って言葉すら知らなかったのに」

 

「国語を学ぶのは国民として当然の義務ですわ。それよりテレジー。何度も申し上げていますけど、どうして訓練に参加なさらないのかしら」

 

「理由は同じだよ。私はローレンス先生から任意参加を認められている。だから私が気が向いたときだけ訓練をしている」

 

「お言葉ですけれど、(わたくし)はその姿を拝見したことがありませんわ。(わたくし)の目は誤魔化せませんわ」

 

「修練場で一人でやってるから」

 

「皆で技術を共有しながら訓練したほうが効率がいいですわ。みんなで高め合ってこその結果だってあるはず」

 

「そんなの要らない。私は十分に義務を果たしている。だからイザベラにとやかく言われる筋合いはない。話は終わり」

 

 なんだか面倒くさくなってきた。早々に切り上げてとっとと図書室に向かうとしよう。せっかくの楽しい気分をこれ以上害されたくはない。

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさいっ! まだ話は終わってなくってよっ!!」

 

 イザベラに肩を強く捕まれ身動きを封じられる。無理やり手を振りほどいてイザベラと正対し、怒気を隠すこと無く睨みつける。

 

「もう話すことは何も無いよ」

 

「短気な女は嫌われますわよ」

 

「どうでもいい、女らしさとかくだらない」

 

「まぁそうかもしれませんわね。だって『女らしさ』の欠片もない貴方には関係ないことでしょうからね!」

 

「は?」

 

 私の胸前で手をぶんぶんと振り、私の顔を下から見上げてくるイザベラ。

 

 いや、見上げているのはきっと私の顔ではない。

 

「あれぇ? おかしいですわねぇ、本来あるべき場所には何もありませんわぁ。どこかにお忘れになられたのかしらぁ?」

 

「フンッ!!」

 

 無駄に膨れた醜袋の横っ面を全力でぶん殴った。拳で。

 

「──いっづ、だぁああ!?!?」

 

「いや馬鹿でしょ…………知ってたけど」

 

「二度と胸の話すんじゃねぇぞクソ豚ァ。次やったら火ィ付けて燃やすッ! 脂肪の塊はよく燃えるだろうなァッ!!」

 

「ご、ごめんなさい…………」

 

「……すごい。あたしですら謝られてないのに」

 

 肩でイザベラをどついて道を開け、私達は図書室へ向かった。

 



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第六十三話 恥ずかしがり姫

 

「毎度思うのだけれど、ここの図書室って本当にデカイわよね」

 

「栄えていただけはある、ってことなのかな」

 

「先人には感謝しなくちゃ、ね」

 

 両開きの扉を開けると、開けた大きなホールに出る。何十もの人が座れる大きなテーブルが数多く設置され、本を嗜む人を囲うような本棚が両脇に広がる。最奥部には階段が設置され、そこから吹き抜けになっている2階、3階、4階へと続く。

 

「エリナが『デカい』っていうと、なんだかえっちに聞こえる」

 

「失礼ね、なにを想像してんのよ」

 

「なにも」

 

 自然と見上げようとすれば首を痛めてしまう程の巨大な図書室。どちらかと言えば図書『館』なのではないかと思うのだが、それはさておき、ここには前アスキア王が集積した叡智の数々が収められている。もちろん魔法の論文等もあり、私とエリナは毎日のように利用している。

 

 ちなみに魔法関連の文献は1.2階に分布して蔵書されている。多くの書物が納められている理由は、前アスキア王が迎え入れた妃が魔法関連の技術に非常に貢献した魔術師であり、その成果を一番に集積したためであるとされている。身内贔屓ってやつかな。

 

「本取ってくるから待ってて」

 

「あたしも見たい本があるから。先に下で待ってて」

 

「分かった」

 

 2回まで上がった私達はそこで分かれると、エリナはそのまま3階以降の階段へと進んでいく。

 

「……どこまで行くんだろ」

 

 3階エリアには学術研究等が収められた文献がある。だがエリナは3階で止まること無く4階まで上がっていった。

 

 4階にあるものは主に文芸ものだ。小説とか、詩とか歌とか。アスキア王が各国から誘致した学者人の中に詩人や作家も含まれていたそうだが、その数は図書室に蔵書されている本全体の割合で言えば少ない。そこまで盛んな分野でもなかったのだろう。随分と学術研究に熱を上げていたようだ。

 

 アスキア王ではないが、論文ばかり読んでいるエリナが文芸に手を出すなんて珍しい。よくもまあそんなに飽きずに論文を読めるものだと感心していた。いつも私にオタクと言ってくる割にはエリナも負けずオタクじゃないかと、言ってしまったら最後私は死んでしまうだろうから心に封印しておく。それが処世術である。

 

 心動かされるような小説を読みたい…………そういうときもあるよね。私も休憩がてらたまに読むし。

 

 目当ての本を見つけた私はそれを手に取ると、エリナに言われた通り一階まで降りるための一歩を踏み出す。

 

 …………いや待てよ。迎えに行けばいいじゃないか。その方が楽しい気がする。エリナもきっと喜んでくれることだろう。

 

『えっ! あたしのために態々クソ長い階段を登ってきてくれたの!? 好きっ、テレジーっ!!』

 

 こんな感じになるだろうそんなわけあるか。

 

 ────スパァンッ! 

 

 三階へと差し掛かったところで、上階から何かを叩いたような音が聞こえる。その後ざわざわとした喧騒がただならぬ雰囲気を伝播してくる。

 

 何があったのかは知らないが急いで階段を上がる。エリナが巻き込まれでもしていたら大変だ。むしろエリナが渦中の人物である可能性もあるため、そのときは頑張って擁護しようと思う。もちろんエリナが事を起こしたという確証は一つもない。ないが、一応可能性のひとつとして吟味しているだけだ。

 

 エリナがなにかされた可能性もあるし? 

 

「…………あっ、ご、ごめんなさい」

 

 四階へと到達したその時眼前に黒いドレスを纏った少女が忽然と姿を表した。正面からの衝突を避け素早く身を横に寄せ道を開ける。

 

「ん」

 

 黒髪に黒い瞳の陰鬱とした何処か存在感の薄い少女は短く返答すると、ゆっくりと階段を下っていく。その少女は何故か左頬が真っ赤に腫れていたような気がする。

 

 各階に設置された無数の本棚の内、階段より左に回ったほぼ対角線に位置する所に人溜まりがあった。恐らくそこにエリナがいると思われる。エリナはこういう騒ぎを嗅ぎ付けるのが癖みたいなところがあるから。

 

「あ……あ、あ、あの……すい、ません……」

 

 騒然とする現場に着いたはいいものの、どうしたって近付けやしない。エリナの姿も見当たらない。よく考えたらエリナも私と同じで人混みを嫌う傾向にあるから、そもそもこんなところ来てないのかもしれない。難しい人だな、彼女は。

 

「あら、貴方は……」

 

 その時、私の声を聞いて振り返った緑のショートドレスを纏った女性がこちらを見据える。

 

「ふふふ……どうぞ、こちらへ。貴方の探し求める人はこの先にいますよ」

 

 何故私が誰かを探していると分かったのかは定かではないが、確かに女性が示した方向には、赤髪の中に黒色が散りばめられた特徴的な髪をした人が存在していた。

 

「あ、あ、あり、ありが、と、ぅ……ございま、す……?」

 

「えぇ、うふふ。それでは、テレジーさん……」

 

「な、なん、で……なま、ぇ……?」

 

 不穏な影が潜む優雅な笑い声とともにその女性とお友達らはその場を去っていく。自然と名前を呼ばれたのだがこれいかに。私はあの人と面識があっただろうか。あれか、私は何かと噂になりがちだからきっと今回もその類だろう。

 

「エリナ?」

 

「……はぁ……はぁ……」

 

「エリ……ナ? なんか顔赤いよ」

 

「気の所為よ…………それよりあんた、何でこんなところに……騒ぎを嗅ぎ付けて来るような質でも無いでしょ」

 

「エリナになんかあったのかなって……」

 

「本音は?」

 

「ごめん。エリナがなにかをやらかしたのかなって……」

 

「あんたの前でやらかしたことはないはずだけれど」

 

 頬を僅かに朱に染め息の荒い様子のエリナはこちらを見据えると、いつもならもっと噛み付いてくるはずの問答で矛を収め、背中を本棚に身を預け目を閉じた。

 

「『前で』ってことは、私が見てないところでやったことあるの?」

 

「出会う何年も前よ。気に食わない奴を半殺しにしたの。引いた?」

 

「全然。エリナならやるだろうなって」

 

「あんたのあたしへの印象が分かってしまったわ」

 

「エリナはいつも正しい選択をする。やりすぎることはあるけれど、きっとその時は向こうが悪い。だよね?」

 

「…………そうかしら。暴力でしか解決できなかったあたしの落ち度もある」

 

「後悔してる?」

 

「全然。むしろ正しいって思ってる」

 

「エリナの判断基準が大体分かってしまったよ」

 

「浅はかね、あたしはその程度では測れないわ……ま、だから今回のこともあたしは悪いとは思ってないの」

 

「すごい痛そうにしてたけど」

 

「は? 会ったの!?」

 

「すれ違っただけだよ。黒っぽい人のことだよね?」

 

「はぁ……ならいいのよ。痛い目にあって当然の人間なんだから」

 

 そうなのか。いやそんな人間いないだろ。

 

 気弱そうな人に見えたけど……背の低さと童顔も相まって年下だろう。悪そうには見えなかったけどな。

 

「……エリナ?」

 

 エリナの様子になにか違和感を覚える。それはかつて覚えた既視感とともに徐々に鮮明となり、確信をもって判断できた。

 

「なんか緊張してる? 距離遠くない?」

 

「っ…………してない。寄るな」

 

「寂しい……」

 

「も、もう……なんなのよ……別に、寄るくらいだったら……」

 

「やった」

 

「っ…………!」

 

 耳まで真っ赤に染まったエリナは顔を俯かせながら小さく譫言をつぶやく。流石に何を言っているかは聞こえないが、何故かめちゃめちゃに恥ずかしがっていることだけは分かる。

 

 良くわかんないんだよな……このときのエリナ。そんな恥ずかしがることあるかね。

 

「ほ、ほんとう……あんたってあたしの事好きね!」

 

「? ……うん、好きだよ」

 

「なっ……!? す、す……ッ!」

 

「……え? そんなに驚くこと?」

 

「そんな簡単に……えぇ……?」

 

 すごい面白い顔と動きしてるな。普段冷静な人がこうも慌ててすれると楽しいな。

 

「エリナは? 私のこと好きでしょ?」

 

「は、はぁっ!? 誰が、あんたのこと……」

 

「酷い……そんな風に思ってたなんて…………」

 

「あ、あぁ……ち、ちがくて……その…………」

 

 うーん、あんまりいじめすぎるとあれだな、またこの前みたいに決闘が起こっちゃいそうだな。顔歪みすぎて絞った雑巾みたいになってるし。嘘だけど。

 

「もう……やめて…………」

 

「なんかごめん」

 

「その本貸して……あとで読んでおくから、感想はその後でね……」

 

「あ、うん」

 

 ちょっと手遅れだったらしい。頭から煙を吹き出して私が持ってきた書物を抱え、とぼとぼふらふらと歩いて去っていくエリナ。その背中を見つめながら、私は一体あの黒い少女がエリナに何をしたのだろうと考えた。

 

 ──まぁ考えただけで、私は今に至るまでそのことを忘れていたのだが?

 



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第六十四話 やぶ蛇姫

 

「なーんか最近エリナが冷たい」

 

 いつもの戦闘訓練でヨピちゃんと戦ってボコボコにされたあと、受け取った生理食塩水を飲みながら愚痴っていた。

 

「そうなんー? でもあれっしょ、テレちゃんがまたなんかしたんでしょー、前科あるしー?」

 

「いやいや、あれは誤解だから。今回のはよく分かんないんだよ」

 

 いつだかのシャワー室事件は確かに私が責め過ぎた。それ故色々と周囲に要らぬ誤解や確執が発生したが、それはそれこれはこれ。

 

「余所余所しいんだよね。妙に」

 

「例えばーん?」

 

「目を合わせてくれなかったり、ページ捲る速度が異常に遅かったり、コーヒーに砂糖入れ忘れて苦さで戻しかけたり」

 

「おほー、想像以上ー」

 

「歩いてるときに手がちょっと触れただけで壁まで吹っ飛んだり、私が部屋に遊びに行ったら飛び跳ねて窓から落ちそうになるし、偶然廊下で出会って体がぶつかっただけでひっくり返って仮死状態になるし」

 

「ちょ、ごめん待って、なんかキャラ崩壊してない?」

 

「挙句の果てには私の姿を見ると全速力で走り去るし……流石にプライバシー保護の観点からこれ以上は詳しく言わないけど……」

 

「十分詳しいよ、流出だよそれは」

 

「おかしいでしょ? エリナ」

 

「おかしいね、やばめだねー」

 

 そうなんだ。なんか、その、私の知ってるエリナがエリナじゃなくなっていくような感じ。一体彼女に何が起こっているの? 

 

「おや、テレジー。今日も訓練をしていたんだね」

 

「あ、先生!」

 

 控えめに開けられた扉からゆっくりとした速度でこちらに歩いてくる先生。シワだらけでちょっと汚いいつもの白衣を纏い、この場には少々似つかわしくない。

 

 顔色は良くないのがローレンス先生の常だが、それにしても少し様子が違うような。ちょっと皴が増えたか? 

 

 そんなわけ無いか。そうだそんなわけ無い。

 

「ヨルフェルコ、準備を」

 

「りょー」

 

 先生の短い指示を受けたヨピちゃんは全て分かっているような様子で返事をし、足早に特殊訓練室を後にする。

 

「テレジー。何か、悩んでいるのかい?」

 

「エリナの様子が変なんです。私、エリナに嫌われたのかな……」

 

「ふむ……そうか。それならテレジー、今から僕が言うことをよく聞くんだよ」

 

「は、はい」

 

「きっと今日の彼女は普通に戻っているよ。だからテレジーも、何事もなかったように接するといい」

 

「……? 分かりました」

 

「いい子だね。それじゃあ僕は行くよ、仲良くするんだよ」

 

 先生は確信に満ちた瞳でそれだけ伝えると、ヨピちゃん同様特殊訓練室を後にした。残された私は手に持った水筒を一気に飲み干し立ち上がる。

 

 ま、先生が言うことだし、間違えはないか。

 

 軽くシャワーを浴びて汗を流してから着替え、いつものようにカフェテラスへと向かう。先生の言う通りエリナが『いつも通り』ではあるならばきっとそこに居るはずだ。そうでないなら居ない可能性もあるが。

 

「…………あれは……」

 

「……あら、テレジーじゃないですの」

 

 ここのカフェテラスはカフェとして利用するにはやや広めの敷地だ。中庭を改造したものなのだから当然といえば当然なんだけど。

 

「ベラー、その人だれ?」

 

 イザベラの周囲に子どもたちが集う。大体6人くらいだろうか。十歳になれば城内の移動可能な範囲が広がる。それに伴って最近入ってきた子たちだろう。

 

「何か暗ーい」

 

 失礼なガキだな。

 

「イザベラよりおっぱいちっちゃ」

 

「あァッ!?」

 

「ひぃっ!」

 

「やめなさいノース! この人はまぁ……一部を除いて凄い人なんですのよ!」

 

「一体どこを除いたんだろうなァ……!?」

 

「ひぃッ、そ、それは、根暗な所に決まっていますわっ!」

 

「あぁ、確かに?」

 

 根暗なのは認めなくちゃね。認めたくないけど、認めないと前に進めないというか。意固地になって根暗じゃないと言い張ると、返って根暗っぽくなるというか気にしてる感が出るというか。

 

 まぁなんだ。

 

 私、思考はポジティブだけどね。一応、言っとくけど。

 

「ねーベラー。早くー」

 

「もう、十歳になっても甘えん坊なんですのね! ほら、こっち来なさい」

 

「わぁーい!」

 

「わたしもー!」

 

 我先にとイザベラの腕にしがみついた子どもたち。するとイザベラはふんっ、と一息で持ち上げてしまう。片手で2人づつを持ち上げた。それも魔力操作無しで。化け物かよ。

 

「…………」

 

「いや、私はやらないよ……」

 

「…………けち。器もちっさい」

 

「『も』だあッ!? てめぇさっきのガキかァッ!!」

 

「ほーらノース! 貴方もこっちに来なさい。まだ頭に乗れますわよ!」

 

「はーい」

 

「チッ」

 

 あのガキ許さねぇ。ガキだからって調子に乗んなよクソガキ。あと少しでも大きくなってたら半殺しだったんだからなッ! 

 

「……ところで、イザベラは何してんの」

 

「見てわかりませんこと? この子達の相手をしていますの」

 

「随分仲良いみたいだけど」

 

「ふふ、年下の子は皆可愛いですのよ」

 

 うぜぇだけだろ。というかイザベラ、先程から胸ばしばし触られてるけどそれは怒らなくて良いのか。

 

「暇な時に(わたくし)がみんなに魔力訓練の指南をしていますのよ」

 

「へぇ」

 

「この子はカーラと言うんですけど、(わたくし)に負けないくらい魔力が多いんですのよ!」

 

 ふふん、鼻を鳴らし胸を張って威張ろうとするも、私のほうが背が高いので全然威圧感がない。むしろ微笑ましいまである。

 

 あれか、褒めてほしいのかな。なんで? 

 

「そうですわ! 折角ですしテレジーも参加しませんこと!?」

 

「嫌だ。じゃあね」

 

「少しは話を聞きなさいっ! 貴方の技術を腐らせるのは勿体ない無いですわ! それに貴方の教えでこの子達が『追放』されるのを防げるかもしれませんわっ!」

 

 イザベラはいつもとはまた違った真剣さを帯びる眼差しで訴えかける。

 

 たしかにこの子達は皆魔力量が少ない。平均的な『子どもたち』が持つ魔力量に比べその水準は低く、来たるべき『最終試験』の日合格できるかどうかが怪しい。思えばあの時階段ですれ違った黒い子も魔力が少なかった。

 

 その『最終試験』とは、我々『子どもたち』が『大人』と呼ばれる上位存在へとなるための資格試験だ。これを合格することによって私達は晴れて自由となり、日々魔力を国に提供することを除けば放免の身である。

 

 とはいえ、私も誰も彼もその『大人』というのを見たことはないのだが。普段訓練の指導や身の回りの管理を担う研究員達は『大人』ではない。城の私たちが住む区域とは別の棟にいるのだろうが……。

 

(わたくし)がいる間は、誰も『追放』なんてさせませんわ。(わたくし)がこの子達を守るんですの」

 

 追放。それは『最終試験』にて一定量の魔力に到達しなかった者に押される烙印だ。

 

 烙印を押されたが最後、マインドショックを始めとした魔力障害、後に発生が予期される後遺症などお構いなしにその身に宿る全ての魔力を搾り取られる。その後は速やかに『処分』される。その処分は2種類で、大抵の場合体ごと全て魔力へと変換される『分解処分』。

 

 もう一つが……貧民街への『譲渡処分』だ。

 

 詳しいことは言いたくない。

 

「テレジー……どうしてもお願いしたいのですわ」

 

「……少しだけなら」

 

「っ! 本当ですの!? うれしいですわっ!!」

 

 背中を押され、6人の子どもたちの前へと押し出される。

 

 こんなのは気の迷いだ。だが、とはいえ……あまり人前で話すのは得意じゃないんだけどな……。いくら相手がガキだからって緊張はするんだぞ。

 

「なんかこう……内側から触られてるような、ふわっとした感覚? それを離さないで、『ここっ!』ってところで一気にいくというか」

 

「なんかちょっとエッチな話されてます?」

 

「どこが?」

 

「触るとか、ふわっとか、イクとか……」

 

「教育者の立場にありながら教育に悪いこと言うな」

 

「この人えっちー」

 

「変態だー!」

 

「あれ? 私が悪いのか?」

 

「ほらテレジー! もう一回、ですわ!」

 

「あーっと、そのー……魔力って無駄に流れてくると思うんだけど、それを少しづつ小出しにするような感じで流すというか」

 

「分かんねぇーよ」

 

「無駄に流れてくるってなにー?」

 

 あれ、これ私だけの感覚なのか。なんていうか何もしなくても体が熱くなってくる感じあるじゃん。私の場合たまに放出しとかないと魔力障害が出るから大変なんだ。

 

 ……あ、これは私だけの場合だ。

 

「もうテレジーは教えるのが下手ですわねっ! 仕方がないから(わたくし)が教えて差し上げますわッ!」

 

 もう、それじゃいつも通りじゃないか。何だったんだよ私の出番。

 

 それからイザベラは6人の子どもたちに向き合うと、いつもの無駄にうるさい声を発しながら魔力操作について説明していく。なんども行われたのだろう、その声音は優しく、普段の厚かましいイザベラとは全く違う印象を受けた。

 

「どう? 少しは楽しんでいただけましたかしら?」

 

「いや、別に」

 

「そんな……」

 

 がっくりと肩を落とし分かりやすくいじけるイザベラ。何がしたいんだこいつ。

 

「少しでもテレジーが訓練に来やすくなるように、と思っていたのですわ……」

 

 いつもと調子は変わらないが、その目には嘘偽り無く本当のことを言っている者特有の色が映っている。まだイザベラは私を諦めていなかったのだ。

 

「なんど言われても、何を言われても私は戻る気はないよ」

 

「そのようですわね」

 

 私がイザベラの懇願を受け入れたのは、気の迷いだがただの気まぐれではない。来たるべきその時が差し迫りつつある『誰か』を慮ったからだろう。

 

 そんな浅慮な事で、一体誰が救われるというのだろうか。

 

 すべてが自己満足の範疇であり、私はただ自分自身を慰めたかっただけなのだろう。増々自分が嫌になる。

 

「……時間を取らせましたわ。エリナのところにでも愛人のところにでも好きに行くと良いですわっ!」

 

「はいはい」

 

 何だよ愛人って。正妻もいないんだけど。

 

「テレジー。最後に一つ伝えておきたいことがありますわ」

 

「なに」

 

「今度の試験から、貴方へ決闘の申込みは致しませんわ」

 

 ……珍しいこともあるもんだ。一方的にやられることを『決闘』と表する人がいたなんて。

 

「今のままの(わたくし)では貴方を倒せない。だから────」

 

 ちらりと後ろを振り返る。既に背中を向け子どもたちの下へ向かうイザベラは、普段と何も変わらないように見えた。どういう風の吹き回しだろう。

 

 とはいえ、面倒事が減るのは万歳だ。ようやく開放されるということだろう。

 

「そう、勝手にして」

 

 イザベラと別れ、ちょっと離れた所に座っているエリナの下へ足を進める。イザベラの様子がおかしいのはいつものことだ。あれを理解しようとするのは難しいし、多分時間の無駄だろう。

 

「珍しいわね、あいつと長話するなんて。それにあんたが魔法を誰かに教えるなんて初めてじゃない?」

 

 エリナは今となっては懐かしい、以前のように難しそうな本を読みながら、特製ドロ甘コーヒーに口をつける。おお、先生の言う通りいつも通りだ。

 

「まぁ、気まぐれだよ。そういう日もあるってこと」

 

「そう」

 

「……もうなんともないんだ」

 

「は? 何がぶつわよ忘れなさい」

 

「はい」

 

 小声でぼそっとつぶやいただけの言葉をしっかり拾われた。余計なことを言うべきではないなと学びました。

 

「そういえば昨日のことなんだけど、なんか人影が異様に少なくなかった? 特に女子、というか女子が」

 

「…………あぁ、それは、あれよ。大規模な女子会? みたいなやつよ」

 

「え、呼ばれてないんだけど」

 

「呼ばれたいの? いや呼ばれてもいかないでしょうが。ちなみにあたしは誘われたわよ、行かなかったけど」

 

「じゃあ同じじゃん」

 

「あんたと違って参加資格はあった、って事以外は同じね」

 

 相変わらず捻くれてるな。そんなに大事かね、人から誘われることが。

 

「さっきさ、イザベラから言われたことがあって。なんでも今度から私に魔力勝負を挑まなくなるんだって」

 

「……へぇ。とうとう負けを認めたのね」

 

「多分そんな感じ?」

 

「それ、面倒になって帰ってくるだけじゃない?」

 

「いやいや無いでしょ。というか毎度の如く似たセリフ聞かされる私の身にもなってよ。本当時間の無駄だよあれ」

 

「あれのこととはいえ辛辣ね。けれどどうするの、力を付ましたわーって言って1か月後に挑んできたら」

 

「もうそれはただの馬鹿だよ」

 

「ま、そうね。そこまでの馬鹿ではないわね」

 

「え?」

 

 そこでエリナがイザベラ側に付くとは思わなかった。彫りながら私に便乗して口汚く罵るものだと思っていたのに。

 

 やっぱりまだ調子が悪いのか。そのことには触れないけど。

 

「なに?」

 

「なんでもないです」

 

「…………そうそう。あんたが教えてくれた本、読んだわよ」

 

「本当っ! どうだった!?」

 

 それからは確か他愛のない話をした気がする。本の感想を聞いたり、愚痴を言い合ったり、魔法の勉強をしたり。

 

 だが、私は一つだけ聞けなかった。

 

 エリナは先程私が『子どもたちに魔法を教えた』ことに対いして及した。それはエリナが私とイザベラの会話を聞いていたからこそ達した発想だ。ただ場面を見ていただけならば、私が子どもたちに魔法を教えるなんて思いもしないだろう。

 

 それはつまり、イザベラが言った『追放』という言葉も聞こえているはずだった。

 

 エリナの魔力は少ない。それもあの子どもたちがもつ半量にすら達しないくらいに少ない。定期的に行われる試験では、一定量のマリョクを残せなかったものは処分されるのが決まりだ。それ故に何故そんなエリナがここまで残っているのかがそもそも疑問なのだ。

 

 エリナは何かを隠している。それは分かる。だけど、それは私が踏み込んでいいものなのかが分からない。きっと触れてほしくないからこそ、私が出会って話してきたエリナは『未来の話』には絶対に触れない。

 

 知りたい。けれど恐ろしい。

 

 このままエリナとはいつも通り平和な日々を過ごすのだろう。だが、『最終試験』の日が来たならば状況は一変する。きっとエリナは処分される。私はきっと『大人』になる。

 

 エリナは、そんな私のことをどう思っているのだろう。

 



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