本作品は完全に作者の趣味ですので日本語が至らない箇所やその場のノリで書いている部分が大半ですので大目に見ていただけると幸いです。
一部AI生成ですので改行がおかしくなっている箇所が多々ありますが面倒なのでそのままにしておきます。温かい目で見守っててくれると幸いです。
目が覚める。太陽が燦燦と照り付け心地の良い草の絨毯で意識が覚醒した俺はふと違和感に気付く。
自室で眠りに入ったはずなのに風を感じる。やや布団よりも堅い感触に眉間に皺が寄るのがわかる。
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
寝ぼけているのか? そう思って頬をつねるが痛いだけだ。
どうやら夢ではないらしい。
しかしそうなると俺はこの状況を把握しなければならない。
「もしかして転生した?」
普段ならば両手を挙げて喜ぶシチュエーションであるが実際に遮る物のないただ、だだっ広い草原の中にポツンと取り残される俺は不安の方がやや勝っている。
取りあえず立ち上がって周囲に目を配るも、見えるものが忌々しくも頭上に存在し続けるお天道様と普段目にしている雲以外無いようなので、
「とりま歩くか…」
そう結論付けたのであった。それから1時間ほど歩いただろうか。
日差しは強くジリジリと肌を焼く感覚はあるが汗ばむ程ではないので助かっている。
喉が渇いたので水場を探すことにした。
幸いにもこの世界に来てから身体に不調はなく、むしろ調子が良い。
職場と自宅の行き来ばかりの体には良い鞭であるだろう。
だがこうも歩き続けて一向に人工物が見当たらないのは、ほんのり残っていた異世界に対する興奮も失せるには十分の理由であった。そんなこんなで更に30分程歩いていると、遠目に何かが見える。
目を凝らすとそれは森だった。
ようやく文明に触れられると思うと心なしか足早になる。
そしてしばらく歩いて行くと、森の入り口らしきものが見えてきた。
「そういや異世界の定番でいくと…」
「ステータスオープン!」………反応無し
「能力開示!」………反応無し
手で空間をなぞっても反応は無かった。
その場で飛び上がっても跳躍力も変化が無くただの人間である事を確認した俺は
落胆しつつ森へと歩を進めた。
森の中に入ると、そこは薄暗く生茂った木々が太陽の光を遮断しており、涼しいと言うより若干寒いくらいであった。
しかし、そのおかげで体力の消耗が少なく済んだのだから感謝するべきであろう。
それにしても暗い。
俺はスマホを取り出そうとポケットに手を突っ込むもどこから入ってきたか砂を触るだけでそれ以外のものはなかった。
そういや寝る時は充電しっぱなしで寝ることに気付く。まぁ今更どうしようもないのだが。
「さて、どうするか」
流石にこのまま何もせずに帰るわけにもいかない。
取りあえず散策でもしてみる事にしたが、ここの森は木が密集していて見通しが悪く、また地面も木の根っこなどで凸凹が激しく
やや運動不足気味で使われることのなかった筋肉は森に入って10分もせずに悲鳴を上げていた。
休もうと木の根に腰を掛けようとすると、視界の端に妙なものが映った。
そこには見たことのない動物がいた。
全身真っ白な毛で覆われた狼のような見た目をしているが、大きさは俺と同じくらいだ。
そいつはこちらを見るなり姿勢を落とし臨戦態勢に入る。
「これって所謂魔物って奴じゃね?死ぬわコレ」
異世界に転生し2時間は経っただろうか、早くも栄光を掴み取るはずだった異世界戦記の終焉をもたらすものが唸り声をあげ
腹を満たそうと今か今かと飛び掛からん様子であった。俺は今まさに人生最大の危機を迎えている。
体長は大体同じくらいだろうか。
向こうの方が少し大きいかもしれない。
何にせよこれはヤバそうだ。
だが体は生きたがっているように、震えながらも逃走に向けて足に力が入っていく。その時、不意に後ろの方でガサガサと音がした。
俺は思わず振り返ると、そこにもまた別の白い生き物が現れた。
今度は先程の奴よりも一回り小さいがやはり俺と同じ位の大きさはある。
しかも二匹だ。挟み撃ちにされた形となる。
今度こそ死を予感した。痛いのは嫌いなのでいっその事地面に頭をぶつけ気を失ってしまおうか考え始めたところで天啓が下りてきた。
「大声だしたら相手もビビるか?」
そう思い立った後の行動は早かった。
精一杯肺に空気を突っ込みそれを放った。
「アアアアアアアアアアアアアア!!」
すると二匹の動きが止まった。
「アアアア…ハッハッハ!」
そして俺は叫んだ勢いのまま駆け出した。
端から見れば狂人であった。人気はないのにほんのり羞恥心が芽生えたがやってしまったことはしょうがない。
上擦った奇声を上げながら全力疾走する狂人
その後ろには白い狼
「ああ、終わったな……」
走り始めて1分も経っていないが、既に体力の限界を迎えた俺は諦めの境地に達していた。
「こちとら仕事と自宅の往復で終わってんだよ! こんな無理に決まってるやろがい!」
誰に毒づくわけでもなく独り言を漏らすが答えるのは狼の荒い息遣いのみ。それも徐々に近づいてくる。
もうダメだと半ば諦めかけた時、目の前に突如として現れたものに咄嵯に飛びつく。それは大木だった。
普段なら絶対しないであろう行為だが、この時の俺はどうかしていたに違いない。
木にしがみつき死に物狂いで上へと目指していく。
木登りなんて小学生以来だろうか。
しかし今はそんな事を考えている余裕は無い。
枝に手をかけ、次の枝へ手を伸ばし、ひたすら上に登ろうとする。
やがて下を見ると、狼たちは遥か遠くで吠えていた。どうやら逃げ切ったようだ。
「死ぬ…かと…思った…」
やや太い枝に掴まり酸素を求める体にこれでもかと深呼吸をする。
どうやら異世界戦記は終わっていないようだった。
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出会い
いつ失踪するかわからない以上、過度な期待を持つのはおやめください。
あの後、暫く狼たちの動向を探っていたがどうも俺を諦めたようでどこかに行ってしまった。
もしあれが群れであれば俺は確実に喰われていただろう。
そう考えるとゾッとする。
しかしこれから何をしようかと考える。ビビr…慎重派な俺はまず拠点作りをする事にした。
というのも日が落ちてきたからである。まだ明るいうちに移動すべきか悩んだが、結局は野宿することに決めた。
理由はいくつかあるが、一番は移動して疲れた状態で襲われたらひとたまりも無いからだ。
それに寝床が無いのも困るし風呂が無いのも困る。あと枕。拠点作りは諦めた。
しょうがないね
野宿の経験がない俺は途方に暮れとりあえず一晩は枝の上で過ごすことに脳内閣議決定した。
だが寝そべれる太さのない枝の上で惰眠を貪るのは寝相の悪い俺にとって自殺行為であることは避けようのない事実であることは間違いなかった。
「まずは降りるか…」
それから2時間程かけてようやく地面へと降り立つことが出来た。
辺りはすっかり暗くなっていたが、月明かりのおかげもあってかそれほど暗くはなかった。
スマホのライトがあればもっと楽に降りられたのにと思うも、ないものねだりはやめておこう。
取りあえずこの場で狼に見つからないようにカモフラージュになるものを探して、夜明けまで時間を潰すのが吉だと直感が囁いている。そうしてしばらく歩いていると、木々の間から光が漏れている場所があった。
何だろうと近寄ってみると、そこには焚き火をしていた跡があり、そこには一人の少女がいた。
少女はこちらに気付くと一瞬驚いたような表情を見せたがすぐに落ち着きを取り戻し話しかけてきた。
「誰?」
「アッ、スミマセン」
コミュ症スキルが発動する。
そそくさとその場を立ち去ろうとするも、彼女は呼び止めてくる。
「待って」
「ハイ」
「何故逃げるの」
「スミマセン…」
カタコトで返すと彼女はため息をつくと、手に持っていた串焼きのようなものを差し出してきた。
「食べて。お腹が減っているんでしょ?」
そう言われて今まで忘れていた欲求が溢れ出してくる。
イタダキマス…そう断りを入れて差し出された串焼きを手に取り齧りつく。
「美味い」
肉汁が口の中に広がっていく。
噛み締めるとより一層味を感じられて夢中で頬張っているとあっという間に完食してしまった。
ありがとうございます!そう告げようとしたのだが主人である脳味噌を無視して
「すみません。水ってあります?」
図々しいにも程がある。口から勝手に言葉が出た瞬間、脳内では勝手に行動した口に対する罵倒会が行われていたが、少女は気にせず答えてくれた。
「ほら、これでいい?ついでにこれも。」
「え、何から何まで悪いですよ!」
「良いから黙って受け取って。私は貴方に何も返せない。せめてこれくらいさせて。」
そう言って彼女は再び串焼きと水を渡そうとする。
「分かりました!じゃあありがたく頂きます!」
うんうんと少女が首肯している横で再び胃に収めていく。
「ご馳走様でした!」
「どこから来たの?」
「森の方ですけど……」
「白い狼達に襲われたんでしょ。」
「そうなんですよー。もう死ぬかと思いまいたよ。」
軽口を叩きつつ少女の顔を覗くとそこにはアニメや漫画でしか見ることの出来ないような少女が居た。腰まであろうかという銀髪ロングに整った顔立ち、瞳の色は赤みを帯びた茶色。
美少女という言葉がよく似合う。しかし俺が最も注目したのは耳だった。
その形はまるでエルフのように長く尖っていた。
コミュ障の王であった俺はここで女性に対しての対応を間違えてしまう事を恐れ早々に話を切り上げようとした。「あの、そろそろ僕は行きますね。助けていただいて本当に感謝しています。それじゃまたどこかで……」
そして歩き出そうとした時、少女が腕を掴み引き留めてきた。
「ちょっと待って。行く当てはあるの?」
「いや…特に…」
「じゃあなんで立ち上がったの?」
「いや…」
地獄だった。確かに綺麗な少女と会話できるのは僥倖であったが長く話していると必ず呆れさせてしまう自信があった俺は一刻も早くその場から逃げ出したかった。しかし少女が俺の腕を掴んでいるためそれも叶わない。
そんな俺を見かねたのか彼女は提案をしてきた。
「良かったら私の家に来る?」
何を言ってるんだこいつは?一瞬脳味噌が宇宙に放り出されるもすぐさま振り払い断りの言葉を放つ。
「大丈夫です」
「何が?」
なるほど、日本式やんわり断る戦法は通じないのね…なるほどなるほど
「なるほど…」
「?」
「いえ、何でもありません。」
「なら来るわよね?」
「はい」
こうして俺は半ば強引に彼女の家に泊まることになってしまった。
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家
ですので主人公の周囲を取り巻く登場人物の心情や環境はなるべく描写しないよう心がけております。
ここよ。入って」
「お邪魔します……」
家の中に招かれるとそこには簡素な部屋が広がっていた。
ベッド、テーブル、椅子、様々な家具があるがその全てが木製であったことはここが異世界であるという実感をさらに深くした。
兎にも角にも女性の家へ入ったことのない経験からしてこの次のフェーズが分からずその場で立ち尽くしていると
「どうしたの?」
「いや…凄いなって家具全部木で出来てるのって」
正直な感想を口にする。すると彼女は驚いたように目を丸くしこちらを見てくる。
「もしかして他の世界からきたの?」
「はい、多分そうですね。」
「やっぱりそうか……たまにいるのよ、別の世界の人。私も初めて見た時は驚いたもの。」
「そうなんですね…」
会話が途切れる。またしても地獄
「座ったら?」
「アッハイ」
お言葉に甘えて…木製の椅子に腰を掛けるもそこから又地獄
「…」
「……」
気まずさマックスである。
何か話題は無いものかと考えていると彼女が話しかけてきた。
「名前は?」
「佐藤太郎です」
咄嗟に偽名を名乗る。特に意味はない。偽名ってカッコいいよね。佐藤太郎は違う気もするけど
「変わった名前ね。」
「よく言われます」
「歳は?」
「22です」
「若いのね。」
面接かな?ここからの返答次第で追い出される?道覚えてないよ?死ぬよ?
心の中で自問自答をしていると少女は質問を重ねてくる。
「どんな所に住んでいたの?」
「北海道というところに住んでいました。」
「ホッカイドウ……聞いたことがない地名だわ。」
「僕が住んでいた場所とは結構離れていますし。」
「貴方はどこから来たの?」
今北海道って言わなかったか?発音が悪かったか?そう考えていると彼女はなにやら察した様子で
「言いたくないことは言わなくてもいいのよ」
と言ってくれた。
「ありがとうございます」
反射でお礼が出てきてややこしいことになったぞ。どうするんだこれ…
「貴方はこれからどうするつもりなの?」
「取り敢えず人の居る場所に行ってから考えようかと思ってます。」
「人が住んでいる場所までここからかなり遠いのだけれど…」
「まぁ…何とかします」
「何とかって具体的には?」
グイグイくるなぁ…一刻も早くこの場から去りたいので話を切り上げようとするもあっけなく一蹴される。
「いや……歩いて?」
「具体的に」
「……」
「……」
「……」
「……」
「すみません」
「何が?」
「……」
「……」
「……」
「すみません」
「謝らなくて良いのよ」
泣きそうなんだけど…泣いてもいい?泣くよ?成人して2年経つ大の大人が泣き喚くよ?
問答(?)を繰り返していると少女は鶴の一声を上げた。「分かったわ。私が送っていく。」
「えっ!?本当ですか!」
「ええ。ただ条件があるわ。」
「えっと……それは……」
「そんなに怯えなくても大丈夫よ。簡単なことだから。」
「はい……」
「敬語をやめて」
「え?」
「敬語をやめて」
「いや…これは素の話し方で…」
「…」
「すみません」
怒っているとも悲しいとも取れるような眼差しで見つめてくれる少女に対し俺は
「すみません……」
「すみ……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……オーケーっす。これでいい?」
「うん。それでよし。」
「じゃあそれで」
よくわからない返しをしたところで不意に睡魔が襲ってくる。
「ごめん、ちょっと眠くて……」
「そういえばまだ夜中だったわね。」
「寝かせてもらうね。」
「おやすみなさい」
その言葉を聞いた直後、意識が途切れた。
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魔法の存在
「おはよう」
目が覚めると目の前には美少女の顔があった。
「え?」
もしかしてやってしまった?ヤってしまった?それとも犯ってしまった?
目を閉じ自責の念に囚われていると「大丈夫よ。何もしてないから。」
安心した。しかし何故俺の考えていることが分かるんだ?
「顔に出てるわよ。」
「まじか」
「まじよ」
「なるほど……」
「なるほど?」
「いや、何でも無いです…すみません」
「敬語」
ッチ…忘れてなかったか。意識して敬語を外していると疲れるんだよなぁ
心の中で悪態を吐き寝返りを打って彼女から体ごと目を逸らし彼女からの反応を待つ。
「ねぇ」
「ん?」
「昨日は良く眠れたかしら?」
「うん。おかげさまで」
「良かった。」
「ありがとう。」
「いえいえ。」
「…」
どうやら一晩寝てもコミュ症は治らなかったみたいです。会話が途切れ地獄が再び訪れる。
しかし彼女の方から話を振ってくれた。
「これからの事なのだけれど……」
「ああ、そうだったね。」
「私の知り合いが王都にいるからそこに行くつもりなんだけれど一緒に来る?」
「よろしくお願いしてもいいd…かな?」
「うん。」
そう言って寝台から身を起こす少女に合わせ俺も体を起こす。
それにしても違和感を感じる。衣服が肌に張り付く嫌な感触だった。そういえば昨日風呂に入らずそのまま寝てしまったのだなと思い立った瞬間からの不快感はとてつもなく、
今すぐにでも風呂に入りたい気分だった。だがそんなことを言えるはずもなくただ黙ってしかめっ面をしていると少女は、
「どうかした?」
「いや…何でもないよ!」
元気に微笑みながら答える、表情で悟られるほど社会人は甘くねぇんだよ
「言って」
「いや…あの…」
「言って」
「お風呂ってぇ…ありまs…ある?」
「湯浴みの事?勿論。案内するわ。」
「ありがとう」
そう言い立ち上がる彼女と共に浴室へ向かう。
脱衣所に到着し服を脱ごうとし、ふとそういえば脱いだ服はどこに置こうかと考えていると彼女と目が合う。
「ん?」
「?」
「え?」
なるほどね。さすがの俺ももう慣れてきたから彼女が言わんとしていることくらい手に取るように分かってしまった。
人間は言葉で覚えるよりもミスをすると嫌が応でも同じ失敗はしないとその場で脳をフル回転し暫くは覚えようとするものだ。
何度も沈黙という名の地獄を潜り抜けてきた猛者である俺にとってこの程度のハテナマークなど取るに足らない事であるのは自明の理であった。
なので猛者である俺は先手を打つことにした。
「あっ、服ってどこに置くのかな?」
あぁ、と彼女は言いながら流れる動作で服の裾に手をかける。
…数多のゲームをプレイしたきた俺にとって3秒後に起こる現象など分かりきったことである。持ち前の反射神経をフル活用し声をかけた。
「ちょっと待って!どっどうしたの!?」
「?湯浴みをするんじゃないの?」
脳をフル回転させ手に取った情報はどうやら的外れだったことに気づく。
「えっと……一人で入るから大丈夫だよ?」
「そうなの?」
「うん。だから君は先に戻っていてくれない?」
「分かったわ。」
素直に従ってくれたことに安堵しながら服を適当なところに置き浴室の扉を開ける。
中は広々としていて大理石の様な白い石で出来た床の先には体の半分程度が浸かりそうな窪みがあり上から降り注ぐ水によって浴槽になっているのだと理解した。
横を見れば昨日死闘を繰り広げられていたであろう森が一面を覆っていた。まるで露天風呂のようだ。
風景に満足しながら窪みに入ると…
「冷たっ!」
勢いよく窪みから飛び出す。そりゃあ上から降ってくる水なんて適温でない事など少し考えれば分かることだったが、色々なことがあり気が抜けていたのであろう。
どうしよう…
少し考えてから再び汚れた肌でもう一度衣服に袖を通すくらいなら…と考え仕方なく冷たい水に体を預けた。
体は綺麗にはしたが次は体が冷え切っていた。ぶるぶると震えながら時間が解決するだろうと衣服を着て浴室から出る。そこには少女の姿は無く代わりに一枚の紙が置かれていた。
『朝食の準備が出来たので食堂に来てください』
と書かれている。
俺も腹が減っていたので早速向かうことにする。
部屋を出ると廊下に出た。来た道を戻り先ほどまで居た部屋に戻る。
部屋の扉を開けて中を見渡すとテーブルの上に料理が並べられている。
美味しそうだ。
椅子に座り手を合わせる。
「いただきます。」
まずはスープを一口飲む。優しい味だ。
次にパンを口に運ぶ。これも美味しい。
ここ10年程朝食を摂らなかった体を不安に思っていたことも忘れるくらい食事は美味しかった。
ここであることに気付く。
そういえばこの娘の名前聞いてなかったな。一度思ってしまった以上名前を聞きたい事実に脳のリソースを持っていかれる。今まで食べていた美味しい食事の味すら分からない程に。
だがコミュ症である。自身が王であると揶揄する程に。思えば朝食を摂っている最中は話を一切せず二人で黙々と食事を口に運んでいたから気にはならなかったが意識をしてしまうとこれまた地獄が蘇ってくる。
そんな地獄も時が経ち皿に盛りつけられていた食事がなくなると同時に言葉が出た。
さも今思い出したかのように
「そういえば名前聞いてなかったけど、名前…ある?」
馬鹿である。今すぐにでも喉を掻っ捌きたい気持ちになったが同時に勇気を振り絞れたという実感も手元にあった。
一度出てしまった言葉は元に戻す事は出来ないので言ったもん勝ちである、と脳内会議は称賛の嵐に包み込まれた。
すると少女はクスッと笑いこう答えた。
「私はルウ・ルーミリアよ。」
「俺は……」
「知ってるわよ」
「え?」
「太郎」
「そう…よろしく…」
「よろしく。」
死にたくなった。昨日カッコつけたいがために言ったクソダサい偽名は完全にルウの脳内にインプットされているようだった。
もしタイムリープの能力を持っているのであればガンジーと一緒に助走をつけて殴りに行っているところだった。
だが一度出てしまった言葉は元に戻す事は出来ないので言ったもん負けだ、と脳内会議では罵詈雑言の嵐に包み込まれた。
しかし俺が心の中で落ち込んでいると彼女はこう続けた。
「それにしても変わった名前ね。聞いたことないわ」
「そっか……あはは」
「変な人ね。本当に異世界から来たみたい。」
「え?」
「あ、なんでもないの。こっちの話だから。さて、もうすぐ時間だし準備して出発しましょうか。」
「あぁ、そうだn……え?」
俺の聞き間違いだろうか。
「今、出発するって?」
「?えぇ、行くんでしょ?王都。」
「そんな事も言ってたような…」
微かにそんなことを言っていたような言ってなかったような…最後らへんはほとんど集中していなかったので記憶が曖昧な部分が大半を占めており
朝のやり取りで偽名についての情報が記憶の7割程度を埋めていた俺は一瞬何を言われているのか理解できなかった。
「移動手段ってどうするの?馬車とか?」
「転移魔法を使うのよ。」
「……ん?」
「だから転移魔法よ。」
「……」
「どうしたの?大丈夫?」
「大丈夫…では無いかもしれない。」
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異世界人
一瞬魔法という言葉に踊らされそうになったが、考えてみると魔力を持っていないであろうただの人間がいきなり転移なんてしたら次元の狭間に取り残されたり、体がバラバラになるなんて事もあるんじゃない?
それにドラゴンに乗っていくだったりデカい鳥の背中に乗っていくじゃないんだ。折角だから風景だの何だのを楽しめるかと思ったのに…
…そんな悠長に考えてる暇ないか。死ぬかもしれないんだからね、これから。
「ちなみに、どうやって移動するのかな?」
「私の肩に手を乗せて。あとは私がやるから。」
「了解。じゃあ行くか!」
覚悟を決める
「ちょ、ちょっと待って!」
「え?」
早速出鼻をくじかれる。
「着替えてくるから。」
「はい。」
これはあれか、これから死ぬ人間に対して猶予を持たせて精神から削りとっていく感じか。
椅子に腰かけ両手を膝に置き肘をピンと伸ばし俯く。
ポジティブに考えようか。初めて魔法をこの目で見ることができるのだ。手から火を出したり隕石を落としたりなど決して派手なものではないが、
転移ポータルなんて高度っぽい魔法を自身の体で受けるのだ。日本に住んでいる頃から考えると夢に見た光景ではないか。命を懸けてでもそんなファンタジーな光景は見てみたいだろう。
…いや、命は懸けたくはないわ。いやだもん死ぬの。怖いわ普通に。
それよりも移動に成功した後のことを考えるか。RPGなら宿屋へ赴き夜を過ごせる場所を見つけてから武器防具を販売している店に行き、初めて見る剣や鎧に心を躍らせるはずだ。
武器は何を使おうかな。王道はやっぱり剣だよな!槍も使いこなすとカッコいいよな!弓とかは安全だろうけど接近された際や戦っている光景を頭に浮かべるとどうしても気後れしてしまう。
やっぱり近接一択だよなぁ…。鎧は軽装の方が動きやすいしあまりゴツゴツしているといざっていう時に動けなくなるのは目に見えている。
そういった妄想を膨らませていると不意に心の中の悪魔が現実を突き付けてくる。
金無ぇじゃん。そういえば。
出鼻どころか首まで持っていかれた。
心の中で終わった…終わった…と復唱していると扉が開いた。
そこには先ほどまでの寝巻のような服ではなく冒険者らしい黒みがかった服装に身を包んでいるルウの姿があった。
そして俺の顔を見てこう告げた。
「お待たせ。」
その顔には笑みが浮かんでいた。
「おぉ!似合ってる!」
やや興奮気味に答えると、顔を赤らめるわけでもなくルウはその笑みのまま、ありがとうと告げた。
あれ俺自然に女性と接する際のマナーである衣服を変えた女性に対しての反応をできたのではないか!と一人で舞い上がってしまう。
そんな様子を意に介することなくルウは言葉を続ける。
「準備ができたのなら行きましょうか。それとも少し休んでおく?」
「いや、行こう。時間は有限だからね。」
さっきまで絶望していた人間のセリフとは思えないなと思いつつも勢いよく立ち上がる。
「そう、それじゃあ手を……」
繋ぐのか…!
「肩に乗せて。」
「はい。」
ですよね。そう言ってたもんね。分かってた。ネタだから今の。
一人確認作業を行いつつ緊張しながらもルウの肩に手を置いた。
「それじゃあ行くよ。」
「頼みます…!」
心の中ではルウの言葉が「それじゃあ逝くよ。」に変換されながらも、人生で最初で最後であるだろう魔法をこの目に焼き付けるが如く目をかっ開き次のモーションを待つ。
すると
視界の端で何か光ったような気がした。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや……今なんか……」
俺の問い掛けに対して彼女はこう答えた。
「転移魔法」
瞬間、世界が変わった。
「え?」
俺は確かに部屋にいたはずなのだが、いつの間にか忌々しいお天道様の下に放り出されているではないか。
周囲を見渡すとそこが広場であろう事が分かった。
中心部であろう場所には噴水が設置されてあり女神(?)っぽい石像が壺を傾け延々と水が出ている。なんか映画とかでも見たことあるな…。
さらに周囲を見渡すとこの広場を無数の家が囲っているのだと気づく。その殆どが木造である事を確認し、本当に異世界に来たんだと実感させる光景であった。
…………衝撃を受けた。物理的ではなく精神的に。
ふと視界に移りこんだ物の正体をまじまじと見るとそれは人だった。ただし
狐の様な耳を持つ女性。
鬼のような角を生やした男性。
爬虫類の尾のような、毛が生えておらず鱗が覆う尻尾をもつ中世的な顔をした人。
人…じゃない。まさしく人間とは明らかに違う部分を持つ生命体。
異世界人である。
「え?何あれ?」
「あれって?」
「えっと……あれ。」
「あれって言われても分からないわよ。」
「え?え?」
混乱する俺を尻目にルウは平然と言葉を続けた。
「そんなに珍しいかしら?昔ならまだしも獣人や鬼人なんて今時危険視する必要ないわ。」
そういうことじゃねぇよ。けどふと思い返してルウの耳に目を向ける。
「あれ?その耳…」
まさか…と思いつつ声をかけると
「うん。私はエルフ族よ。今気付いたの?」
顔を見て話していないから今の今まで気付かなかった。ファーストコンタクトでも見ているはずだったがすっかり頭からそのことが離れていた。
「ん?なんでフード被ってるの?」
彼女は頭をすっぽりと覆うようにフードを被っていた。
脳内で、なんで?と自問を繰り返していると彼女はやや悲しげに微笑み、
「気にしないで、大丈夫だから」
と言った。
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冒険者登録
「そっか……」
これ以上聞くのも野暮だと思いそれ以上は追求しなかった。いや彼女は明らかに無理をしている笑みを張り付けていたからだ。顔色を伺うのが得意な俺は瞬時にそれが理解できた。
「ここまで送ってくれてありがとう。」
と言葉にした。たださえ森で命を救ってもらったのに安全に一夜を過ごさせて貰ったのだ。これ以上迷惑になることは避けたかった。幸いにも街には日本で言う路上販売が数多く立ち並んでいる事から食べ物をくすねるなんて事はいくらでも出来るであろう。綺麗な彼女と離れ離れになるのは心寂しかったが、あくまで彼女と俺は赤の他人だ。
「それじゃあ、また」
自己完結し別れを告げると、ルウが口を開いた。
「あなた、これからどうするつもり?」
「とりあえず宿を探してみるよ。」
「お金はあるの?」
「ない。」
即答した。情けない事この上ない。
「はぁ……私と一緒に冒険者ギルドに行きましょう。」
「え?」
「だから、冒険者登録をして一緒に依頼を受けましょう。それであなたの当面の生活費を稼ぐの。」
「いやいや!そこまでしてもらうわけにはいかないよ!」
「いいから!これも何かの縁でしょ?それにこのままあなたを放っておいたら…」
多分こういう意固地なタイプは何を言っても無駄だろうと思いながらも反論する。
「僕がもう迷惑をかけたくないってだけ!それに知り合いもいるんじゃないの?」
「それとこれとは別。」
一蹴された。確かに知り合いがいるとは言ってたが会うとは言ってなかったな。
レスバ最弱であることを自覚しつつもまだ逆らってみる。
「いや…でも…」
「ダメ」
ママかな?ママだねこれ。
こうなれば逃げるしかない。一声「本当にありがとう!」と言い走り出す。
「あっ!」というルウの声を聞きながらその場を離れることに成功した。……と思ったのだが、数歩進んだところで腕を掴まれた。恐る恐る振り返るとそこには般若のような顔をした彼女がいた。
「どこに行くつもり?」
「え、えーと……宿屋とか?」
苦し紛れに答えるも、彼女の表情は変わらない。
「嘘つきなさい。」
「え、いや、あの」
「じゃあ、宿屋はどこ?」
「あっち?」
適当な場所を指出さしてみるも
「向こうは王宮。」
「まぁなんとなく分かってたけどね。」
「今のは嘘。」
「は?」
「本当はこっち。」
そう言いつつ彼女は手を引っ張った。
「ちょっ!?」
抵抗しようと試みるもあっけなく引き摺られていく。
華奢な体からは想像できないほど強い力で引っ張られ、結局引き摺られる形のまま街を歩いていく。
江戸時代にこんな刑罰もあったような…と現実逃避をしていると着いたわよ。
という声が聞こえてきた。目の前を見ると大きな建物が建っていた。看板に目を向けてみると『冒険者ギルド』と書かれているのが分かった。
「ほら早く入るわよ。」
再び手を引かれ建物の中に入る。内装はまさに酒場といった感じでギルドと言えばこんな感じだよなぁと言わんばかりの光景であった。
ここが異世界のハローワークかぁ…とここでも現実逃避をしていると受付嬢らしき女性に声をかけられた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのような御用件でしょうか?」
「冒険者の新規登録をお願いします。」
ルウは間髪入れずに答えた。その対応に慣れている様子だった。
受付嬢も笑顔を絶やす事無く一枚の書類を差し出してきた。
「こちらの用紙に必要事項をお書きください。代筆が必要であれば仰って下さい。」
差し出された紙を手に取り記入していく。年齢、特技等々……書いていく中でふとペンが止まる。
何で文字が読めるんだ?文字単体で見るとミミズがダンスを踊っているようにしか見えないが文章を見てみるとなぜか理解は出来た。驚くことに自身の書いてある文字も何故かミミズがダンスを踊っているような文字に変換されていた。
便利だなぁと書き進めているとここでまたペンが止まる。そう名前である。
なんとかバレないように意識し日本語でこう書いておく『主人公』と。
これまた偽名であるが本名を知られるとそれを媒介にして呪いとか掛けてきそうな敵とか居そうじゃん?と言い訳しつつ書いていく。
単純に本名で呼ばれることはくすぐったいだけなのであるが。
そうして書類を書き上げ受付嬢に渡す。
「出来ました!」
「名前の欄が不正なのですが…」
当たり前である。バリバリ日本語なのだから。
だが屁理屈は得意な俺である。
「この文字は僕の故郷の文字なんです。この文字以外に僕の名前を表せる文字が無くて…これで佐藤太郎と読みます。」
「あ、あぁなるほど。そういう事でしたら構いませんよ。ではこの水晶に触れてください。」
納得してくれたのか?と思いつつ言われた通りにすると水晶玉が青白く光り出した。
「はい。結構です。それでは次にこのプレートを持って魔力を流し込んでください」
「わかりました」
プレートに手を伸ばして触れてから気付く。
「すみません。魔力ってどうやって流すんですか?」
「え?」
沈黙が訪れる。ここでも地獄が訪れた。受付嬢も困惑しているようだ。そりゃそうだろ。ここに来てからまだ何もしていない男なんだから。
「えっとですね。まずは深呼吸をして自分の中の血液の流れを感じ取ってください。そして手に魔力を集めて流し込むイメージをするのです。」
「はい」
とりあえずやってみよう。
…
だから魔力ってなんだよ。力を込めてみても意識を集中をしても残酷なまでにプレートはビクともしなかった。
「…………無理みたいです。」
「そ、そうですか……」
気不味い空気が流れる。
流石に見かねたルウが口を開いた。
「私がやるから見ていて。」
「はい……」
とプレートに手を置き数秒も経たないうち内にプレートに文字が浮かび上がってきた。
流石ルウさん半端ねぇっすわ。と他人事のようにその様子を見ていた俺だったが
、その視線に気付いたルウに睨まれてしまったので素直に謝る事にした。
「ごめんなさい」
「いいわよ。気にしないで」
そう言いつつ彼女は受付嬢に話しかけた。
「すみません。私も彼の付き添いで冒険者登録をしたいのですが。」
「かしこまりました。そちらの方もどうぞお座りになってください。」
促されるままに椅子に座る二人。
「それでは説明を始めさせていただきます。まずは冒険者とは何なのかというところからになりますね。」
そこからの説明はやはりどこかで聞いたことのあるものだった。
基本的にギルドは依頼者からの仲介役を行うものであり、依頼を完了した際に払われる報酬から冒険者等級によって割合が異なるもののギルドに一定額納めなければいけない。
殺人や窃盗など犯罪行為を行うと冒険者等級が下がり最悪の場合、等級の永久抹消処分が下る…などなど。
受付嬢の話を聞きながらも意識は別のところに向けられていた。
(結局俺、冒険者登録できて無くね?)
(今他所から見たら、母にハローワークまで連れてこられた息子に見えね?)
結局何もできていないことに気付く。異世界に来て何やってんだろう俺……
と心の中で落ち込んでいるとルウがこちらを見ていることに気付き目が合う。
「大丈夫?」
「う、うん…多分…」
「本当に?」
「ほんとうだよ?」
「……まぁ良いけど」
そんなやり取りをした後、話が終わったのだろう。受付嬢が席を立ちもう一度登録してみましょうか、と言う。
またしても憎きプレートが目の前にやってきた。
無理なもんは無理だろと思いつつもプレートに手を置く。
すると…
何も起こらなかった。完膚なきまでに現実という名の敵に叩きのめされる気分を感じた。
「やっぱりダメでしたか」
「はい……」
「ではこちらをお持ちください」
渡されたものはギルドカードと呼ばれるものであった。
「それはギルド会員証のようなものです。身分証明としても使えるものとなっております。紛失した場合は再発行手数料として銀貨1枚が必要となりますので紛失することの無いようお願いしますね。」
と言われ一枚のカードを渡された。目を通してみると先程書類に書いた内容が書かれているだけで空欄が目立つカードであることが確認できた。
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奴隷
ルウのギルドカードはどうなんだろうと盗み見をしようとすると、サッと隠されてしまった。
「あっごめん。」
「あっごめんなさい。」
沈黙が訪れる。
「さて、用事も済んだし帰りましょうか」
「そうだね……」
「じゃあまた明日会いましょう」
「はい……」
こうして俺は冒険者になれなかった。
ん?明日?これから放り出されるの?俺。と絶望感に打ちひしがれていると受付嬢が口を開く。
「あの、失礼ですが……本日お泊りになる宿は決まっていますでしょうか?もしなければ紹介状を書きますが」
「いや、紹介状以前に無一文なんですよね…」
と頭を掻きながら答える。
「駆け出しの冒険者であれば、ギルド内で無料の部屋を貸し出しているんですよ。」
「でもこのギルドカード空欄しかないんですけど…」
「それでも冒険者である事には変わりありませんから」
笑顔で答える受付嬢に突っかかるも受け流される。このあと俺が何を言おうと「それでも冒険者である事には変わりありませんから」と言われるのは分かりきった事であった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて…」
そうして渋々ギルドを出ると外は既に暗くなっており、街灯のような物が道沿いに並んでいた。
そういえば電気がないのに明るいなぁと街灯に目を向けると、中にいし尿なものが入っている。魔法が使われているのだと理解する。
まっすぐ行けばギルドから紹介された宿屋があるのだが折角だから街を見て回ろう。と夜の街に繰り出して行った。
数時間後…
迷いました。完全に。
かなり遠いところまで来たのであろうか、街の雰囲気はそっくり変わっていて街灯すらないような場所を歩いていた。
そこでふと声が聞こえた気がした。そこに目を向けてみると気の所為ではなかったらしく、建物の間に地下へ降りれるだろう階段があるのが確認できた。
この時の俺はどうかしてたのであろう。吸い込まれるように鉄格子を開け階段を下りて行った。
階段を下るとそこは薄暗い通路が続いていた。
少し歩くと牢屋が見えてきた。
どうやらここは牢獄のようだ。しかし人の気配はなく、誰かいるのかと思ったがよくよく見ると、牢屋の隅で膝を抱え込んで座っている人影があった。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけてみるも反応がない。疑問を抱きつつもその場を後にしようとすると違和感に気付く。
「あんなに広いのに一人しか入ってないなんてことあるか?」
そう思いつつもう一度目を向けるもその判断をひどく後悔させる光景がそこにはあった。
「一人じゃ…ない…?」
牢屋は暗く鮮明に見えなかったものが意識して見てみると床に何かが転がっているようだった。
それは骨であった。人の形の並べられているような骨がそこにはあった。
え?と思い周囲に目を配ると両手を壁に貼り付けられた人間のような姿があった。
ようなと表現したのは本来あるはずである下半身がそこには付いておらず、フィクションでしか見たことのないような臓器がぶら下がっているだけであったからだ。
一瞬にして体温が下がる感覚に襲われ足早にその場を立ち去ろうとしたその時だった。
「どなたか、いるのでしょうか?」
と暗かったため気付く事ができなかったであろう通路の奥からやや高みがかった男性の声が聞こえた。
「っ!」
咄嵯の判断で元来た道を戻ろうとするも、目の前には先程声の主であろう男性が立っていた。
「おや、どちら様でしょう。こんな場所に一人で来られるとは珍しいですね。」
男性はニコニコしながら話しかけてくる。
「あぁ、道に迷ってしまって来ちゃったんですよね。”こんな場所に”。」
ほんの少し軽口を混ぜて答える。
「道に迷われたのでしたら出口まで案内しますよ。」
「い、いえ結構です!自分で帰れますから。」
「そう言わずに。こちらです。」
そう言って手招きしてくる男性は今まで来たであろう道とは逆方向の道に誘っている。
ここで逃げて機嫌を損ねるよりは大人しく従う方がいいだろうと思い、手招きされる方に足を進める。
その前に、と男性が口を開く。
「折角、”こんな場所に”足を運んでいただいたのですからおもてなしをしなければ。」
と蛇のような顔に笑顔を張り付けている男性は軽口のラリーをする。
「あぁ、自己紹介が遅れてしまいましたね。私の名前はジャバウォックと申します。以後お見知りおきを。」
「ぼ、僕は太郎です。よろしくお願いします。」
「そう緊張なさらずとも。ただの挨拶ですよ。」
相手が話好きであると何故か断定した俺は軽率にもこう問う。
「ちなみにですけど、こんな状況でずっと笑っているジャバウォックさんめっちゃ怖いですよ。」
と愛想笑いを含めながら問いかけると
空気が凍ったような気がした。
「あっごめんなさい。」
慌てて謝罪するも、彼は無言のまま俺を見つめている。
「すみません。言い過ぎまし……」
「はははははは」
男性は腹を抱えて笑い出した。
「こんなこと言われた事なんて今までありませんでしたよ!いやぁユーモアがある方だ!」
どうやらジャバウォックのツボを刺激することに成功したらしい。
延命は出来たようだ。
「はは、面白い人ですねあなたは。」
「はは、ありがとうございます……」
「まぁ、ここに来たからには私の相手をしてもらうことになるんですけどね。」
「はは……」
と、会話していると不意に空気を裂くような甲高い悲鳴が上がる。
「びっくりしたぁ…」
「申し訳ございませんね。ウチのが失礼をして」
と先程の悲鳴を意に介することなく告げられる。
「それで今のは…?」
「あぁ、申し遅れましたね。私はジャバウォック。この世界の奴隷商を統括する者です。」
「奴隷…?」
奴隷?ドレイ?どれい?奴隷ってあの奴隷だよな。自問自答していると、
「おや?奴隷をご存じないのですか?奴隷というの…」
「あれですよね。働かせたり召使いをさせるっていうあの…」
「えぇ、えぇ、そして自身の欲望を吐き出す性奴隷など」
平和ボケした日本に住んでいた身からして”奴隷”という言葉は等しく異世界においても蔑まれる対象という現実を突きつけられる。
「では、こちらへどうぞ」
と、牢屋が並ぶ通路を歩き一つの牢屋の前で止まる。
「これは?」
「ふふ、見ればわかるでしょう?」
「いや分かりますけど。なんで?」
「お客様に楽しんでいただくためです。」
中には見た所小学生や中学生のような体つきをしていて角を生やした少女が居た。
「えっとこの娘は…?」
「世にも珍しい竜の血が混ざっている竜人族と呼ばれるモノです。」
貴重なんですよ?と後に付け足し牢屋の鍵を開けるジャバウォックに対して俺は、
「いや、そうじゃなくて…え?」
困惑する俺を尻目にジャバウォックはこう告げる。
「太郎様は退屈であった私の日常にほんの少しですが色を付けていただいた方です。であればそんなお方にはそれ相応の対価を渡さねば。」
と強引に少女を立たせる。
「いや…そういうのはちょっと心の準備が…」
と言い訳している間にジャバウォックは布切れ同然だった少女の服を乱暴に破り捨てる。
その瞬間目に映りこむのは健康とは程遠い、痩せ切った体に何度も打ち付けられたのであろう血を滲ませた鞭の跡が無数についていた。
流石のグロテスク耐性のある俺も少し引いてしまう程にその体は凄惨であった。
俺の考えを汲み取ったのかジャバウォックは、
「コレは中々に強情でしてねぇ。竜人族持ち前の耐久力もありこうなってしまいましたが、未使用でしてね。ナカは極上だと思いますよ。」
と俺に差し出してくる。だが俺は手を出さずに、いや…それは…とモゴモゴしている内にジャバウォックはハッと気付いた顔になり、
「あぁ、太郎様はこういうのがお好きでしたか!」
と言い徐に懐から取り出した短刀で少女の肌を削り取る。声にならない悲鳴が少女の口から漏れ出す。
その光景に唖然としていた俺にジャバウォックは、
「どうです。これでもまだお気に召しませんかね?」
と少女の傷口を指差しながら聞いてくる。
言葉が出なかった。だが間違いなくこの娘を助けたくなった。悲鳴も上げられず腕を掴まれ、座り込むことも出来ない少女を思うと居た堪れない気持ちになる。
答えが浮かんできた。
買取ります。この娘を。
口に出そうとした。出せなかった。目の前で起こるスプラッターショーに対し全身の筋肉が強張りついて口も動かせなかったのだ。
その様子を見かねたジャバウォックは残念そうな顔を張り付け告げた。
「ふむ…コレでは満足できませんか…」と
短刀を少女の喉元へ突き付けた。その瞬間、
「買いま…!」
裂けた。
少女の喉元にあったはずの短刀はいつの間にかそこにはなく。
代わりにあったものは自身の体に流れているモノと同じ赤色の液体であった。
ジャバウォックが少女の腕を離すと同時に少女の体は糸の切れた人形の様に倒れた。
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優しさ
状況が理解出来ない。心臓が今迄生きてきた中でもトップクラスの警鐘を鳴らしているが、体は言う事を聞かない。
「え?」
口に出来たのはこの一言だけだった。
「いえ、太郎様はコレでは満足できなかったのでしょう?であれば別のモノを紹介いたしますのでコレはもう必要ありませんからね。」
と笑顔を張り付けながらジャバウォックは軽い口調で話す。
「いや!もういいです!ありがとうございます!」
口早に告げ元来た道を全力で戻る。
どうやって戻ったのか数十秒前の記憶など忘れ、後悔の念は体中を巡り続けていた。
俺がもう少し早く提案していれば。
俺が無理やりにでもあの娘を襲えば死ぬ必要がなかったのではないか。
そもそもまっすぐ宿屋に行っていればあの娘が死ぬことが無かったのではないか。
そんな後悔も時既に遅し、少女の命を奪ったという責任が俺には一生付き纏うであろうことは目の前で起こったショーによって脳裏に焼き付いていた。
息が切れ自分の場所を完全に見失い途方に暮れていると、やっと見つけた。と後ろから声がする。振り返るとそこにはルウがいた。
「さっき振りだね。太郎」
「……はい。」
と消え入りそうな声で答える。
「申し訳ございませんでした。」
と俺は頭を下げる。
「なんで謝るの?」
いつもなら「いやぁ…なんでだろうね?」と軽口を叩くところだが今はそんな気分ではない。独りにしておいてほしかった。
そうやって黙まりを決め込んでいると
「どうかしたの?」
事情を知らないルウはそう聞いてくる。
完全に八つ当たりだが俺は彼女に対し苛立ちを募らせてた。
よく意気消沈している人に対して何の引け目もなく事情を聴いてこようとするな。
そもそもこいつが無理やりギルドに引っ張ってこなければこんなことにはならなかったのに。
ルウには何の責任もありはしない。むしろ路頭に迷っていた俺に道を示してくれた天使のような人だが、今の俺は一度発生した黒い感情に飲み込まれつつある。
それを自覚している俺はこう答えるのが精一杯だった。
「とりあえず宿屋に行きたいから、道、教えてくれる?」
やや投げやりな返答にも拘わらずルウは、一切意に介した様子もなく、わかった、と一言告げた。
その後、俺達は無言で歩き続け、目的地に着いた。
部屋に入るなりベットに腰掛ける俺にルウは、
「大丈夫だよ。」
と優しく語りかけてくる。
「なにが?」
とつい語気を強めてしまう。
「なにかあったんでしょ?あそこで、いいよ何も聞かないから。」
「だから何が大丈夫だよって事を聞いてるんだよ。」
「私がいる。」
「…………。」
その言葉を聞いた瞬間、全てをぶちまけたくなった。
自分の所為で人を死なせた事。
これから俺はどうすればいいのか。
あの場では素振りは見せなかったけど、魔力の出し方が分からず辛かった事。
だがこんなことを話されても困るだけだけだと自己完結し「ありがとう。」とだけ言ってベットに体を預けた。
程無くしてルウは、おやすみとだけ言って部屋から出て行った。
一人残された俺は、人がいない事を良いことに枕を濡らし眠りについた。
翌日、目を覚ますと窓から差し込む日差しが眩しく感じた。
寝ぼけ眼を擦りつつ昨日の一件を思い出したが、不思議と罪悪感はなかった。
日本にいる時もそうだったが一晩寝ると仕事でミスして落ち込んだまま寝ても、次の朝にはすっかり治っているような俺にとってこのパッシブスキルはまさにギフテッドと言っても差し支えない能力だった。
だから部屋から出る時に感じた、チクリとする胸の痛みは気の所為であるのだろうと自己完結し部屋の扉を閉めた。
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初めての仕事
階段を降りて一階に降りる。するとそこには誰もいなかった。
カウンターにもテーブル席にも。
少し待ってみるがやはり誰も来なかった。
仕方ないのでそのまま外に出ることにした。
外に出てみるとルウの姿があり見慣れた姿に安堵した俺は話しかける。
「おはよう。昨日はごめんね、ちょっと虫の居所が悪くて」
と軽く謝ったのだがルウはこちらを一点に見つめたまま動かない。
「え?なんか変かな?」
と聞くと、ハッとした表情を浮かべた後、なんでもないと返事をしてきた。
それから二人でギルドへ足を運ぶ事となった。
その最中も言葉は無かったが、不思議と以前までの気不味い雰囲気は無く街の景観を眺めながら歩き続けていた。
ギルドに着くと昨日対応してくれていた受付嬢がパタパタと近寄ってきた。
「おはようございます。依頼を受けに来たのでしょうか?」
昨日と変わりない笑顔でそう問われたので曖昧な相槌を打っておく
「まぁ…そうですね。依頼ボードとかあるんですか?」
そう聞くと受付嬢はあちらにあります。と手で視線を促し依頼ボードの前まで案内してくれた。
「駆け出し冒険者が受けていただく依頼はこちらにあります。」
と依頼ボードの左上にある紙の束を手に取るとパラパラとページを捲るものの内容については俺には一切わからん。
ここはママに…いや、ルウに任せようと黙まりを決め込み周囲に目を配ると様々な冒険者であろう人々がごった返していた。
右に目を向ければ視線のやり場に困るほど肌を露出し局部のみを鎧で隠した女性が、左に目を向けると身長は2mを優に超えるであろうか屈強な男性がごつい鎧を身に纏い、背中には俺の身長程もある両刃の斧をぶら下げていた。
後ろを向くと同じ新米冒険者のパーティーだろうか、それぞれ値段の張らなさそうな装備を身に纏う男女のグループが見えた。
そこには正しく恋焦がれていた異世界の光景があった。
ふと横を見るとルウは受付嬢から渡されたであろう紙を食い入るように見ていた。
「何かいいのあった?」
と聞いてみると、うん!これなんてどうかな。と一枚の紙を差し出してくる。
「どれどれ……薬草採取、報酬銀貨1枚……」
「どう?」
銀貨1枚がどれくらいの価値を持つのかは定かではないが、おそらく銅貨100枚で銀貨1枚だろうと勝手に結論付けた。
ちなみに銅貨があるのかさえ知らない。
ふむ…雑草毟りだけで金貰えんのか、楽な商売だな。と薬草専門家が聞いたら張っ倒されるような事を思いながらもマm…ルウの進言なので素直に首を縦に振る。
「多分大丈夫だと思う。そういえば魔物討伐の依頼とかもあるんですか?」
とルウの意見に同意しつつ受付嬢に尋ねると
「えぇ、ゴブリンやダイアウルフなどの討伐依頼があり採集依頼よりも報酬は良いのですが…」
OK言いたいことは分かった。昨日魔力をぶち込んだら反応するのであろうプレートがビクともしない事を覚えているようだな。
実は魔力だって俺の中にあるんじゃないの?覚醒したら勇者にも匹敵するような魔力が!
そんなことを冗談でも言えない立場の俺は受付嬢が全てを言い切る前に反撃した。
「そういえば、昨日プレート反応しなかったですもんね!忘れてたぁ!アッハッハ」
とわざとらしく笑い飛ばしてやった。
受付嬢は、昨日の件があるので反論できないのか、苦虫を噛み潰すような表情をしながら
「ハハハ…」
と愛想笑いをしていた。俺でも分かる、超無理をしている笑い方だ。まるで飲み会の上司に絡まれて他の上司の悪口に対しての同意を求められているときの俺だ。
そして、俺達はギルドを出て街の外へと出た。
街の外は草原が広がり、遠くには森が見える。
街から出てすぐの所には、まばらに木や草花が生えており道というには程遠いが人が通った痕跡はあった。
「この辺ならありそうな気がするなぁ。」
と独り言を呟きながら予め受付嬢から貰っていた薬草の絵を頼りに探していく。
とそこでルウは何をしているのか気になった俺は目を向けるとそこには
「うん?どうしたの?」
目的である薬草らしきものをどこから取り出したか籠に敷き詰めている彼女が目に映る。
「え?それ薬草?目的のやつ?」
そう、と再び地面に目を向ける彼女。まだ一本も見つけてないんだけど…
戦闘どころか草毟り一つ出来ない俺は絶望に打ちひしがれていると不意に、
どこか聞いた事のある唸り声が聞こえ目を向ける。
…2日前に俺を食わんとしてきた白い毛皮を持つ狼が居やがった。
「うわっ、やべっ」
持ち前の反射神経を生かしその場から全力で逃げようとする。
すると横からブツブツと訳の分からん言葉を喋っているルウが狼の前に立ち
「hrdguihp」
というおよそ人の耳では聞き取れない単語を発したかと思うと、ルウの周りの空間から半透明の矢が発生し、
「kjhuie」
とルウは言い放つ。
すると恐るべき速度で半透明な矢が狼共の肉体に食い込む。鮮血が飛び散る。
1秒と経たずに狼は地面に倒れる。それは魔法としか形容出来ない現象だった。
まぁ、とりあえず
「あ、ありがとう。」
と告げると彼女はどういたしまして、と言い再び地面に目を向けた。
初めて魔法を目の当たりにした俺は、やや興奮気味に狼に食い込んだであろう矢を見に行くと
「あれ?」
あった。薬草だ。躍起になって探していると見つからなかった物がこうも簡単に見つかるのは、やや苛立ちを覚えたが手柄を手にした俺は意気揚々とルウに報告した。
「薬草あったわ!ここに!生えてた!」
「良かったわね。」
そう告げるルウの手元には薬草が山盛りとなった籠がぶら下がっていた。
一気に冷静になった。
そんなこんなで大量の薬草を集めてきた俺達()はギルドへと戻ってきた。
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魔力
薬草をカウンターへ持っていくと受付嬢は目を丸くしていた。
そりゃそうだ、何せ籠一杯の薬草なのだから。
薬草の束を数え終えた受付嬢はこちらを見て、おめでとうございます。と一言。
その後、依頼完了の報告を済ませた俺達はギルドから出て一息ついた。
「あ~、僕も君みたいに魔法が使えたらなぁ。」
と少し嫌味ったらしいような、憧れるような言葉を放つと
「魔法、使いたいの?」
と聞いてきた。当たり前だろ。折角異世界に来たんだから魔法の一つでも使えなきゃ楽しみが半減してしまう。
それにこのままだとルウと別れた後の事を考えると背筋がぞっとする。今日だってルウが居なければ今頃白い狼の腹の中に納まっていたことだろう。
でもなぁ…いくら頑張ってもあのプレートは反応しなかったしなぁ、もう魔力は異世界人が生まれた瞬間にデフォルトで持ってると言われても不思議ではない。
「使いたいけどプレートが反応しなかった以上はねぇ…」と遠い目をしながら呟く
「昨日言っていた知り合いの中に、魔法具を専門で扱っている人がいるのだけれど。」
まさに待ち望んでいた言葉だった。
「え!?その人の所に行ったら魔力が付くの!?」
とやや興奮気味に聞くと
「確証は出来ないけどね、でも行ってみたら何か分かると思う。」
つまりダメ元で行ってみるという事だろうが、俺からしたら地獄に垂らされた一本のクモの糸である。
これはもう飛びつくしかあるまい。他の人間を蹴落としてでも。
「じゃあ早速行こう!今すぐ!善は急げ!」
とテンションマックスな俺に若干引きながらも
「分かった。案内するからついてきて。」
と俺達は立ち上がり街外れへと向かった。
街を出てしばらく歩いたところに目的の場所があるらしく、ルウの後ろをついていった。
暫くすると不意にルウは、ここ、と言って立ち止まった。
まさかここ…?見るからに怪しいんだけど…
目に入ったのは店内が非常に暗く中が見えないガラス張りの扉、苔が所々生えている見るからに倒壊寸前の木造の店、見ないようにしているが壁に人間の頭蓋骨が飾ってある。
魔法ってか呪術?
中に入るのを躊躇しているとルウは俺の手を取り扉を開けた。「いらっしゃいっ」
えっ、明るい。
扉を開けるとそこにはぼろぼろのローブを着たいかにも呪術師といった風貌の老婆がいた。
「こんにちは、リュドさん。」
「あぁ、久しいね。ルウちゃん。元気にしてたかい?」
「はい」
「そうかい、それはよかった。」
と世間話をしている内に店内を見渡す。明らかに大丈夫ではない色をした液体や、先端に綺麗な石を嵌めた杖など
魔法っぽい商品が並んでいるのを確認した俺は液体の入った瓶を触ろうとする。
「お兄ちゃん、それは生物の脳を食い散らかす寄生虫が入った液体だよ」
と老婆が笑いながら告げてくる。
あっぶね、笑い事じゃねぇだろ。心臓が一瞬にしてバクバクとものすごい音を立てる。こいつ本当に何者なんだ……
俺の思考を読み取ったのか、
「冗談さ、安心おし。」
とまた笑う。
こいつは絶対人を揶揄うのが好きな性格だな、と心の中で思いつつもう一度瓶を手に取ると、
「まぁ触れた所から腐食していく呪いの液体なんだけどね。」
と面白おかしく告げてくる。
殺す気か!
もう二度と訳の分からん物は触らないように決めていると、ルウが話しかけてきた。
「この人はね、魔法具店の店主でリュド・アルクスっていうのよ。」
と紹介してくれた。
「よろしく頼むわね。」と不敵な笑みを浮かべる。
「それで、今日は何用だい?」
そうだ、と完全に液体に気を取られていて目的を話していなかったと気付きある程度の事情を話した。
「魔力がねぇ…プレートにも反応しなかったってことは才能ないんじゃないかえ?」
このババァあっさりと人の痛い所を突いてきやがる。
「まぁ、物は試しだ。」
といってババァは店の奥に消えていく。
「何しに行ったの?」ルウに聞くもさあ、という素っ気ない反応が返ってくる。
暫く店内の商品を眺めているとババァが店の奥から出てきた。
「お待たせしたね、こっちに来なさい。」
と促されるままババァの側に近寄ると、俺の胸に手を当ててきた。
「な、何……」
と戸惑っていると
「動くな。」
と強い口調で言われたため大人しくする。
どれくらい経っただろうか、体感で5秒が経っただろうか
「ふ~ん、確かに在るね体の奥底に物凄く小っちゃいけど」
飛び上がりたいほど嬉しい報告だったが、なにやらその口調が気になった。
「なんでちょっぴり残念そうに言うの?その言葉だけでもめっちゃ嬉しかったのに。」
と不満を口にすると
「当たり前だろう、魔力がない人間が魔法を使えるようになるなんて聞いたことがないからねぇ。」
とはっきり言い放つ。
「でもあるんですよね?」
「在るね。吹けば飛ぶようなちっさいものが。でも…」
老婆が逡巡したような素振りを見せ
「お前さん、あんまり長くないよ」とはっきり言いのけた。
「え?」
意味が分からない。だって今あるんだろ。
「そ、それじゃあ魔法は使えないって事!?」
「使えは出来る。それも年月が経てばそこらの冒険者とタメ張れるくらいにね。」
でもそうじゃない、と老婆は言った。
「長くは生きられないと言っているんだよ。」
えぇ…なにそのカミングアウト…魔法を使えはするけどすぐ死ぬって?また冗談とかじゃないよね?
「その話、本当?」
と今迄、傍観者に徹していたルウが口を挟む。老婆は目を細めゆったりとした動作で首肯した。
「あぁ、間違いないさ。この子の中を覗いたからね。」
と俺を指さす。
「どうもこうも、事実だよ。」
「じゃあ魔法を使わなければ寿命は伸ばせる的な話です?」
今度は俺が質問をする。
「いや、魔力の有無に関わらずお前さんは死ぬ。早い内にね。」
「運命って事ですか?」
「それに近いね、お前さんの中には強力な呪いが宿っている。それも人類の手に負えないような禍々しいものがね。」
誰が掛けたんだかは知らないけど、と付け足す。
「それをどうにかすればいいんですかね?」
「無理だね。呪いってのは呪いをかけた本人にしか解けないものだからね。」
「そう、ですか……」
「そう落ち込むな若者よ。」
と肩を叩かれる。
「お前さんの魂には死の刻印が刻まれている。だからこそ残された時間を有意義に使いなさい。落ち込んでいる間にも呪いは浸食してきてるんだからね。」
胸に手を当てる。まさかこの中で呪いが心臓を、今か今かと喰らいつこうとしているとは夢にも思っていなかった。
であればやることは一つ。残された時間を有意義に使う為、
「魔法を教え…「ちょっと待って!」
これから異世界戦記の名言に載るであろう名言を放とうとした時にまたもやルウが口を挟む。
「この人、私の友人なの。」
「知ってるよ。」
「魔法が使えるようになれば死んじゃうかもしれないのよ。」
「そうだね。」
「それでも教えるの?」
「あぁ、構わないよ。この子が求めるならね。」と老婆は言い切った。
「それにね、あたしゃ長生きなんかよりこの子のような若い者が未来に向かって羽ばたける手助けができる方がずっと良いのさ。」
とルウの目を見て語る。
「そんなこと言って、本当は自分が死にたくないだけなんでしょ。」
え?治療するにはこのばぁさんの寿命を縮めるって事?なんかよくわかんないけど自身の所為で険悪な雰囲気になってしまいそうなので止めておこう。
「ちょ、ちょっと待って、落ち着こ?ほら折角魔力がある~って教えてくれたんだしさ?ねぇ?」
と老婆に意見を促すもルウと老婆は依然として顔を突き合わせている状態だ。
「分かった。」
とルウが呟くと老婆は満足したのか、
「そうかい、良かったよ。」
と言った後に俺の方に向き直った。
「それじゃあ早速始めるとしようかね。」
「あ、終わった?なんかもうちょっと熱い感じになると思ってたけど案外あっさり終わるんだね。」
ルウの顔を覗こうとするも完全にそっぽ向いて目を合わせる気配を見せない。
言ってみたは良いもののあっさり引いた事に困惑しつつ老婆に体を向ける。
「目を閉じて、心の中を空っぽにしなさい。何も考えるんじゃないよ。」
言われた通り目を閉じ、視界に広がる黒に意識を委ねる。程無くして老婆が俺の胸に手を置く。ほんのり温かい。
すると急に体の奥底にあるナニカを引っ張られる感覚があった。それがどうにもむず痒く、体を捩じらせようとするもそれを見越したのか、
「動くんじゃないよ」
と老婆に釘を刺された。しばらくその状態でいると不意に全身に激痛が走った。
まるで全ての皮膚を限界まで引き延ばされているような感覚であった。2秒も経たない内に発狂しそうになった。だが体を動かすことができない。
口すらも動かす事が出来ずに5秒が経過しただろうか、痛みの所為で時間間隔が曖昧だったがこれまた不意に先程までの痛みが嘘だったかのように引いていった。
だが依然として体を動かす事は叶わない。眼前に広がる黒の中にふと色が出現した。
だんだんと鮮明になりつつある色の正体が気になりつつもソレが、自身にとってのトラウマである事を理解するのにもそう時間はかからなかった。
目を閉じている以上ソレから目を離すことが出来ない。そしてその色は口を開きこう言った。
「なんでたすけてくれなかったの?」
竜人の女の子はそう俺に問いかけるも口が動かない。
「なんでたすけてくれなかったの?」
竜人の女の子は再度同じ質問は投げかけた。
だが確信できる。今の俺には少女を納得させるだけの理由を持ち合わせていない。
「なんでたすけてくれなかったの?」
きっと口を動かすことができても俺は沈黙を守り続けるだろう。
だが不意に口が開き少女の質問にこう答えた。
「なんでだろうね。」
「殺してやる。」
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冒険者
瞬間。今まで開く事の叶わなかった瞼が重々しく上がっていく。
いつの間にか寝ていたようだった。ベッドから体を起こすと側にいたルウが声をかけてくれる。
「大丈夫?」
「ん?あぁ、平気だよ。」
そう言うとルウは少しだけ笑みを浮かべると、
「まだ夜だからもう少し休んでいなさい。」
とだけ残し部屋から出て行った。
辺りは暗く、窓から差し込む月明かりだけが唯一の光源だった。暗いとどうも悪いことばかり思い出してしまう。
明日のことを考えよう。
そろそろ装備買いたいよなぁ…剣とか鎧とか、
今日の報酬で装備を購入できるかは考えもせず銀貨の使い道を考えていた。
そこで重要な事を思い出す。
「そうだ!魔法!」
意識が覚醒したことにより自身がなぜベッドで寝ているかの結論に達し、飛び出すようにベッドから降りる。
扉を勢い良く開け店内に滑り込むような体勢で入室するも、昼とは打って変わって静寂が支配し薄暗い空間が待っていた。
「さすがにばあさんも帰ってるか…」
当たり前の事実を口にしつつも魔法を習得したという実感が体をはやらせる。魔法使いてぇ…この一言が全身を巡っていた。
「やっと起きてきたかい」
そう横から声を掛けられた時は心臓から口が飛び出そうになった。もとい口から心臓が飛び出そうになった。
「あんまり驚かさないでくださいよ、心臓止まるところだったんですけど」
と軽口を叩くと、
「ほっほ、まだまだ若いねぇ」
と返され、ばぁさんの年齢が気になったが今はそんな事を気にしている場合ではないと思い直し本題に入る。
「ところで魔法は使えるようになったんですか?今すぐ使いたいんですけど。」
「まぁ慌てなさんな。」
といい椅子に座るように促される。
腰を掛けた後に老婆が話した内容はこうだ。
・人によって使える魔法の属性には限りがあり、一握りの数しかいない英雄と呼ばれる者は3属性も4属性も扱える奴がいる。基本的に1~2属性しか使う事が出来ないだとか。
・属性と言っても火、水、木などではなく人それぞれで違い、水属性だったり氷属性だったり、水分自体を操るといった属性もあるらしい。
・魔力自体に属性は無く、使用者が魔力を消費し魔法を唱える際に属性が付与される。
・あまりにも魔力の消耗が激しい場合は段階に応じて悪影響が出る。レベル1だと吐き気や頭痛、レベル2は意識が朦朧とし全身の脱力、記憶力低下など、最悪の場合全身がマヒし死に至る。
・魔力には痕跡があり人それぞれで細かく属性が違い、個人を特定するのも可能である。
・魔法発動のトリガーはその属性に対してのイメージを強く念じること。
正直、魔法を使いたさ過ぎて半分ほど話を聞いてなかったがしょうがないだろう。若者だもの。
それを察したのか老婆は諦めたように息を吐き、
「お前さんの属性は雷に近い物だよ。そんなに使いたければギルドに行っておいで。」
と窓を指さすといつの間にか日が昇っていた。
「あれ?ルウは?」
そう問いかけると老婆は、
「あの子なら、知り合いに会いに行くとか言ってお前さんが目を覚ましてから飛び出して行ったよ。」
なるほどね、つまり今日は保護者無しなのね。多分大丈夫だろ。
「それじゃあ行ってきます。」
「あぁ行ってらっしゃい。生きて帰ってきなよ。」
といって店の扉を開け意気揚々とギルドへ足を運んだ。
ギルドの扉を開ける。いつもの受付嬢さんの元へ行く。そしておもむろに口を開く。
「すみません!プレートって今ありますか!?」
受付嬢は驚いた顔を浮かべすぐさまプレートを持ってきた。
それでは、とプレートに手を置き集中する。
すると
どうだろう、石板に文字が浮かんできたではないか。
名前:主人公
種族:亜人
耐久力:15/15
魔力量:25/25
筋力:8
強靭力:11
敏捷性:9
精神力:50
知力:13
どこかで見たことのあるステータスのようなものが出現した。
「きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
人生で経験してきたどの記憶の中でもトップクラスで嬉しかった。
横で受付嬢はわーと言ってぱちぱちと拍手している。
他の冒険者もなんだなんだと様子を見に来る。
感動という波に全身を打ち付けていると声がかかる。
「よう、兄ちゃん、新入りか?」
見てみると先程まで酒を飲んでいたであろう、いかにも酔っぱらいと言った風貌の男がいた。
「はい!やっと魔法を覚えることが出来て!」
と返すと男はにやにやしながら、
「そいつはよかったなぁ、だが死んじまったらそこで終わりなんだから分からねぇ事があれば遠慮なく聞いて来いよ!」
と忠告してくれた。
「はい!ありがとうございます!」
と素直に礼を言うと、
「おう!頑張れよぉ!」
と言い残し、カウンターの席へと戻っていった。
存外、見てくれよりまともな奴だったな。後ろに背負っている薙刀が剥き出しになっていること以外は。
さて、肝心の魔法について調べなければ。
「すみません、魔法について教えてほしいのですが。」
そう言うと受付嬢は、
「あ、ごめんなさい。私も魔法についてはあまり詳しくなくて……」
と申し訳なさそうに頭を下げられた。
「そうなんですね。いや、すみませんとりあえず手頃な依頼ってあります?」
「えっと……これなんてどうでしょう。」
出された紙を見るとこう書いてあった。
"洞窟でのゴブリン討伐、報酬銀貨15枚。"
洞窟か…狭い場所だったらどんなに下手糞でも数撃ちゃ当たるだろ。そんな軽率な考えのまま依頼を受けることにした。
「じゃあそれにします。」
「依頼を出した手前申し訳にくいのですが、お一人で受ける予定ですか?」
ん?どういうことだ?
「まぁそうですけど何か問題ありました?」
と聞くと、少し躊躇った後で口を開いた。
「いえ、そのですね……。基本的に討伐依頼はパーティーを組んで行うものなのですが…。以前一緒に来られたルウ・ルーミリア様は今回来られるのでしょうか?」
申し訳なさそうに聞いてくる受付嬢にありのままを答えた。
「王都にいる友人に会いに行ったみたいで今日は来ませんね。」
と告げると受付嬢は、そう…ですか…。と言ったきり顔を俯かせる。
「わかりました。ですが少しでも危険を感じたら直ちに戻ってきてくださいね。依頼の失敗は現段階だとデメリットありませんから」
それでは、と受付嬢は目的地に向かう馬車に対しての紹介状を書いて渡してくれた。
「ありがとうございます。」
「ランタンは持っていますか?持っていなければ報酬からの天引きでレンタル出来ますよ。」
忘れていた。そういや洞窟って暗いよなぁと今更ながらに思いつく。
「お願いします」そう言ってレンタルしギルドから出る。
初めての討伐依頼だ。しかも一人。
期待に胸を弾ませて馬車のある場所へと足を運ぶ。
王都の外れにある門の入り口付近に馬車が止まっており、御者が立っている。
「ギルドの紹介で来たんですけれど。」
そう告げると、
「あぁあんたか。話は聞いてるぜ。早く乗ってくれ」
と言ってくれたので荷台に乗り込む。
「ところで、洞窟まではどれくらいかかります?」
「そうだなぁ、2時間ぐらいだな。」
2時間かぁ…2時間!?スマホもなくただただ揺られているだけで2時間はさすがに退屈だろ!?と思っていたが案外風景を眺めているだけでも楽しめるだろう。と納得した。
馬車で揺られている間に気付いたことがあった。
結局魔法ってどうやって使うんだ?
武器も防具もないのに行っても大丈夫か。
まぁ…多分大丈夫だろ。何とかなると無理やり納得させた。
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夢に見た冒険
「よし、着いたぞ。」
気付くとどうやら寝ていたらしい。
「ありがとうございます。」
と言い、紹介状を見せて馬車から降りる。
御社曰く、夕方日が落ちる前には迎えに来るが日が完全に落ち1時間経過したら一度引き返すとの事だった。
それじゃと言い残し馬車は去っていった。
さて、と振り向くと人一人入るのが精一杯の大きさの縦穴が俺を待ち受けていた。
「ここか。」
洞窟の中は薄暗く、壁には所々に発光する苔のような物はついているが視界を確保する用途としては心もとない物であった。
受付嬢から渡されたランタンに手を触れると十分な光量を発し始めた。
足向けて寝られなぇな。と心の中で受付嬢さんに手を合わせる。
とりあえず魔法について…あのばぁさんが言っていたことを記憶の隅から掘り起こすと、魔法発動のトリガーは魔法のイメージを強く念じるとか言ってた気がする。
確か俺の属性は雷に近いって言ってなかったっけ?雷…雷…電気?電気で音楽を流す動画みたいのあったよなぁと思い返しつつ、手の平を前に突き出しありとあらゆる電気のイメージを作る。
落雷、音楽、ライト、電気自動車、様々なイメージを作るも手の平からはうんともすんとも言わなかった。だが落雷や音楽を奏でる動画にも出てきた電気の軌跡をイメージすると腕に強烈な衝撃を受けた。
「痛っって!」
だがイメージは出来た。これをどう射出するか、前に見た魔法で強烈に記憶に残っているのはルウの魔法だった。
彼女はあの時およそ人が理解出来ないような言語を呟き、空間から半透明な矢を生成していた。
つまり雷に由来する言葉を発せば上手くいくのでは?と思いある程度の候補を出す。
サンダー:少し恥ずかしい
ライトニング:ありきたりだよなぁ
ライニングボルト:長いと色々不便になりそうだなぁ
そこでふと思いついた。
英語じゃなくても日本語でカッコいい言葉あるじゃん!?
『イカヅチ』
そう唱えた刹那、カメラのフラッシュが焚かれたような眩い光が洞窟に満ちバシン!という何かが弾ける音が聞こえる。
電撃が当たったであろう岩を見てみると、
「ちょっと岩欠けてんじゃん!しかもなんか焦げてるし!」
最強の武器を手にした俺は洞窟の先をウキウキで進んでいく。
「ゴブリンとか言うから緑色の肌をした化け物を想像してたけど……これは違うよなぁ……」
目の前には人間の子供程の身長しかない緑の皮膚の生物が3体程こちらに向かって走ってきている。
うわぁ……なんか思ったより人間の面影あるなぁ。と嫌悪感丸出しでそんな事を思っていると、
【GAHHHHHHHHH!】
と雄叫びを上げながら突っ込んできた。
手持ちで戦える武器は無い為、接近される前に魔法で撃退してしまおうと考えた俺は早速唱えてみる。手を前に突き出し
『イカヅチ』
と叫ぶと同時に先程と同様の閃光が辺りを照らし先頭の1体が一瞬、体を震わせたかと思うと倒れていた。
同族を殺された事を認識したゴブリンどもは先程よりも濃厚な殺意を持ち、自身の得物にて俺を殺そうと距離を詰めてくる。
『イカヅチ』
再び唱えると、魔法が連鎖したのであろうか残りの2体が先程と同様体を震わせたかと思うとすぐに地面に倒れていた。
「えぇ……何このチート……。」
もしかしたら俺は世界で最強の魔法を使えるのかもしれない。と一人で舞い上がっていると、
地面とキスをしていた。
え?なんで?いきなりの事で頭が真っ白になるも、すぐに後頭部から来る激しい鈍痛によって意識がはっきりする。
後ろにまだ居たのか…!
後頭部を激しく打ち付けられたことによって体が言う事を聞かずやっとの思いで視線を背後に移す。
朧げな視界の中で捉えたのは、ニタニタと醜悪な笑みを浮かべ赤い液体を付着させた棍棒を地面に擦りながら距離を縮めてくる一体のゴブリンだった。
俺死ぬ…?
この世界で命を落とすとどうなるのだろう。元居た日本に飛ばされるのか。それとも完全に一生を終えるのだろうか。
いずれにせよ死の恐怖は元々動かない肉体を震え上がらせるには十分な理由だった。
だが、日本にある諺にはこういったものがある。
窮鼠猫を噛む
愚かにも同族の命を奪い油断していた鼠を死に際まで追いやった猫は、獲物が反撃してくる事など露ほども思っていないだろう。
その諺を体現するかの様に鼠は、
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
発狂し猫の”腰”に組み付いた。
【UGH!?】
飛びつかれた猫は持っていた棍棒を落とし体勢を崩した。
無我夢中で俺はゴブリンに跨り無防備になった顔面を殴りつける。
ゴブリンは唐突に来た衝撃に対し反射で顔面を守ろうとするも、滅茶苦茶に飛んでくる拳の全てを防ぐ事は出来なかった。
…どれくらい経っただろうか。【GA…!】と呻き声を出しぐったりしたゴブリンの顔面を、憑りつかれたように転がっていた棍棒で殴り続けていた。
もはや頭部は原型を留めてはおらず、夢中で殴っていた拳はゴブリンの歯や割れた頭蓋骨によって見るも無残な様になっていた。
ふと我に返り棍棒を振り止める。元々進み続けていた通路から騒がしい音が聞こえてきた為だ。
こうしては居られない、と棍棒を手に洞窟の奥へと足を踏み入れる。今洞窟の入口へ戻ろうとしても奴らと鉢合わせるだけであろう。
アドレナリンが分泌されているのだろう、手の痛みはさして気に留めるものでは無くしっかりとした足取りで進み続けていると、
右足が本来踏みつけるであろう地面をすり抜け体が床へと倒れこむ。
『落とし穴』
原始的な罠だが、薄暗く初見で挑んだ洞窟ならば効果的であろう。
間抜けな俺は決して緩やかではない岩の滑り台に体を打ち付けながら落下していく。
「……!」
声にならない言葉が喉から出てくる。
落ちた先は少し開けた場所であった。
壁際には松明が設置されており、奥の方を見てみると木製の板があった。
とりあえず出口らしき板に向かい這いずっていると、
「いや…」
微かに聞き取れる声が背後から聞こえた。
振り返るとそこには首輪を嵌められた一糸纏わぬ格好の女がいた。
首輪の先を眼で追うと岩に打ち付けられている杭に繋がっていた。
あれでは人の手ではどうすることも出来ないであろう。異常な状況に唖然としていると再び声が聞こえる。
「たすけて…」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
奇跡的にも灯り続けているランタンのおかげで彼女に獣の耳がついてあることが認識出来た。
「あの……大丈夫ですか?」
いや…大丈夫ではないだろ…俺も、彼女も。
こんな時でも敬語が出てしまう。
だが彼女にとって俺は救出に来てくれた冒険者なのだろう。
上から転げ落ちてきた事実も彼女からしてみれば言葉の通じる人間であれば暗い洞窟の中にもたらされた一筋の光明なのだから。
「たす、けて……」
「あ、はい。」
そう言ってボロボロの体を引き摺り首輪に触れてみる。
「外れない……」
俺の力じゃビクともしない。
「すみません……僕じゃどうする事も出来なくて」
「じゃあ…なにしにきたの…!」
双眸から貯まりに貯まった涙が零れ落ちる。
「えっと……その、」
答えられずにいると、
【GAHHHHHH!!】
先程のゴブリンどもがこちらに向かって来ているようだ。
彼女はそれを認識した途端体を震わせていた。
このままだと彼女が危ない……!
だが俺にはどうすることも出来ない。助けられるだけの力がない。
俺だって怖い。だって聞こえる足音が一匹や二匹の数では無いし乱戦になれば低級の魔物とはいえ蹂躙されるであろう。
そして俺は女性から離れ、
死んだフリをした。
「え……?」
と彼女は呟く。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。心の中で謝罪の言葉を並べ続ける。
そして、洞窟内に反響する足音はどんどん近づいていき遂には板の前までやって来た。
カチャリと金属音が鳴り
【GAHHHHHHHH!!!!!】
雄叫びと共にゴブリンどもが入ってきた。
そして足音が横を通り過ぎた。
「いやぁ!たすけてよ!おきてるんでしょ!!」
と声が上がるがすぐさま口を塞がれる音が聞こえた。
何かが外れた音がした後に、肉を打ち付けるような音が聞こえる。
声は出ていないが喉から発せられる悲鳴に耳を塞ぎたくなるも今動いてしまえば死体のフリをしている意味がなくなる。
肉を打ち付けている間もゴブリンどもからは歓喜に満ちた声が発し続けられる。
何が起こっているかなど、後ろを見ずともわかる。
「いや"ぁぁぁ!いだいぃぃ!!!やだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
今俺の背後ではひたすら人としての尊厳を、未来を、希望を踏みつける蹂躙が行われているのであろう。
そんな状況にも関わらず俺の下半身は反応していた。だが同時に恐怖を、絶望を心に宿していた。
何時間経っただろうか、ゴブリンどもは入れ替わり立ち替わりやってきて女性を犯し続ける。
女性は抵抗する気力も失ったのだろうか。声一つ出す事無くゴブリンの玩具になっている。
あらかた犯し尽くしたのだろうか。ひっきりなしにやってきたゴブリンどもは最後の一滴を流し込んだ後、満足した声を出し部屋を後にした。
しばらく待ち後続がやってこないことを確認した俺は、女性の安否を確かめるべく体を起こし振り向いた。
そこには血が滲む汚濁をこれでもかとぶちまけられた様子の女性が床に倒れていた。
そこであることに気付いた。首輪を着け忘れている。
ほんの少し希望を見出した俺は手が汚れるのも気にせず女性の肩を揺さぶった。
「すみません!何も出来なくて…でもあいつら首輪着け忘れてますよ!」
そう声を掛けるも反応がない。
「ねぇ!終わりましたよ!もう大丈夫なんですよ!」
反応がない。
胸が上下していないことに気付く。
彼女は既に事切れていた。
たった今息を引き取ったのか、行為の最中に事切れたのか定かではないが、間違いなく彼女の体は二度と動くことはないだろう。
なんでたすけてくれなかったの?
そう聞こえた気がした。
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逃げ出した先
幻聴だろう。その言葉を吐いた人はこの世に居ないし、あれは夢の出来事だ。
無理やり納得させ、しばらく横になりマシになった体でゴブリンが出ていった板まで歩いていく。
よほど満足したのだろうゴブリンは、板に隙間を残し出て行ったようだった。
隙間に手を掛けるとゴトリと板が外れ重力に逆らわず倒れていった。
慌てて板を掴み優しく地面に置く。ナイスキャッチ、自分を褒めた。
部屋にある棍棒を手に取り、女性の遺体を一瞥し部屋を後にする。
(こんなこと言うのもなんだけど、ありがとう)
そう心の中で礼を言い、二度とこの部屋に戻る事はなかった。
洞窟内を道なりに歩いているとゴブリンに出くわしそうになる。
慌てて身を隠し様子を窺う。
どうやら先程の行為で疲れ切ったのだろう、岩で出来た寝台であろう物に体を預けイビキを立てながら爆睡していた。
背後から奇襲を仕掛けようと考えたが、ここで音を出すわけにはいかない。
起きないように祈りながら休憩室であろう空間を通り抜ける。その後も、警戒しながら慎重に進んでいく。
時折ゴブリンが寝ている場所があり、その都度終わった…と思いつつ通り抜けることに成功した。
だが、それも束の間であった。
「あっ……」
足元の石に足をぶつけ、小さいものの音を出してしまう。
まだ熟睡していなかったのだろう、一匹のゴブリンが目を覚まし体を捩じらせる。
頭が真っ白になった。バレる。死ぬ。終わる。
ここで俺が出来るのは音を出さずに奴を殺す事だろう。
くうっと力を込め全力で棍棒を奴の頭に振りかぶる。ここで岩にぶつかってしまえば大きな音が出る。
奴の頭にクリーンヒットさせなければいけないだろう。祈りつつ棍棒を奴の頭に叩き付ける。
成功だ。
棍棒が頭部にぶつかった瞬間、パキャっという軽快な音が鳴り頭頂部から中身が飛び出す。
【GRRRRRRR】
心臓が跳ねる。
声の正体の方へ顔を勢いよく向けるとそこには気持ち良さそうな顔で寝ているゴブリンが居た。ただのイビキだった。
ふざけんなよ…と心の中で悪態を吐きつつ再度、道なりに進む。
洞窟に入った頃よりも慎重になった俺には分かる、これは俺が落ちた坂だ。
横には人一人通れそうな道が付いていた。恐らく内情を知っているゴブリンはこの道を使うのだろう。
いずれにせよ洞窟の出口は近いという事だ。
やや高揚した心を落ち着かせ慎重に進んでいく。
外だ。空には満天の星空が広がり、肺には新鮮な空気が流れ込んでいる。
生きている。
俺は生きて洞窟から出る事が叶った。
その瞬間、今迄忘れていた体が不調を訴えてくる。
「腹減ったぁ…水も飲みてぇ。」
場所こそ違えど、奇しくも俺は異世界初日に感じた欲求を再度感じていた。
そして御者の言葉を思い出す。
夕方日が落ちる前には迎えに来るが日が完全に落ち1時間経過したら一度引き返す
そう言っていたはずだ。今、頭上にあるのは満天の星空。そしてやけに明るい月よりも大きい衛星が真上に鎮座していた。
恐らく日が明けるまでは場所は来ないだろうと考えが至った瞬間、
【GAHHHHHHHHHH!!!!!!!!!!!】
体の奥底に響くような怒声が浴びせられた。
弾かれたように振り向くもゴブリンの姿は見えない、だが仲間の死体を見つけたのだろうゴブリンが洞窟から出てくるのは時間の問題だろう。
「マジかよ……!」
思わず呟いてしまった。
だが仕方のない事だと思う。
「クソったれ……!」
悪態を吐いた後、俺は頼りない記憶を辿り、場所が去っていった方向に走り出した。
俺は走る、とにかく走る。
途中で何度も転びそうになったがそれでも走った。
後ろを振り向いてみる。誰もいない。だが言い知れぬ恐怖を感じ走り続けた。
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
疲労で頭が回らない。のどがかわいた。おなかすいた。
ふらつく足取りで歩き続けていると、脇道で木々の間に佇む一軒のボロ家を見つける。
藁にもすがる思いでその家に走り、扉を殴りつけるようにノックする。
ガン、ガンと乾いた音が響き渡る。
しばらくすると中から一人の女性が姿を現した。
「はい、どちら様ですか?」
女性は落ち着いた声でそう問いかけてきた。
「すみません!助けてください!追われてるんです!お願いします!匿ってください!!」
俺は必死になって女性に助けを求める。
女性は少し困った表情を浮かべた後、家へ入るよう促した。
「どうぞ、こちらへ。」
女性の案内に従い、家の中に入る。
中にはベッドとテーブルと椅子があるだけの質素な作りをしていた。
部屋の隅には台所らしき物がありそこで火を起こし料理をするようだ。
室内を見渡していると、女性がコップに水を注ぎ俺に差し出してきた。
「どうぞ。」
ありがたく受け取り一気に飲み干す。渇いていた体に水分が染み渡り、生き返るような気分だった。
何杯も飲み干しやっと息をついたところで女性に話しかける。
「ありがとうございます。助かりました。あの、何か手伝えることありますか?何でもやりますから……」
「いえ、大丈夫ですよ。ゆっくりしておいてください。」
そう言って微笑んでくれたが、流石に何もしないというのは気が引ける。
その前に…と俺の全身を見渡しこう続けた。
「まずは、お着替えを。」
そう言われ自分の恰好を見てみると、愛用のパーカーは所々ほつれていて血や泥に染まっていた。
履いていたスウェットも膝からふくらはぎまで裂けており、その奥には痛々しい傷が見えた。
多少痛かったな、としか思っていないようでも自覚してしまうと痛みの波が訪れる。
「っつ……」
「あぁ、申し訳ありません。すぐ手当て致しましょう。」
彼女はそう言うと、棚から薬箱を取り出し、消毒液と包帯を使い慣れた様子で治療をしてくれた。
足以外にも上半身には打撲の跡や裂傷が所々見えた。
「他に怪我をしているところはございませんか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
改めて礼を言うと、それでは…とクローゼットを開きごそごそしている。
そして一着のローブを手渡された。
「これを着てください。それと貴方のお名前は?」
「あっ……えっと、太郎と言います。」
「私はエリーゼといいます。よろしくお願いしますね。」
お互い簡単な自己紹介を済ませて着替えようとする。
「あ、ここで着替えた方が良いですか?」
するとエリーゼはハっとしたかのようにそそくさと家の外に出て行った。
ローブに目を通すと下には、淡い茶色で無地のシャツがありズボンや下着は見受けられなかった。
これだけ着てローブ羽織るとかレベル高すぎだろ…と考えていると外から、
「申し訳ございません。家には男性物のお召し物が無く…」
と本当に申し訳なさそうな声でおっしゃられていた。
シャツだけでもありがたいです…と心の中で思いつつ、
「いえ!これでも上だけ着替えれるのでありがたい限りです…!」
と少し大きい声で返答し着替える。
着替え終わり、外に出る。
「すみません、ちょっと大きかったみたいですね。」
確かに大きい、袖が余っている。裾も長い。だがそれで良い。
「いいえ、問題ないですよ。」
俺はニコリと答えた。実際サイズが大きい方が動きやすいからね。それにしても……と俺は考える。
異世界に転移したと思ったらゴブリンに追われ、洞窟を抜け出て見知らぬ女性の家に転がり込んだ。
まるでラノベの主人公みたいな展開じゃないか。
そんな事を考えていると、
「そうだ、食事にしましょう。今用意しますので少々お待ち下さい。」
とキッチンに向かい夕食の準備を始めた。
俺はというと椅子に座り、ぼーっとしていた。
しばらくして、目の前のテーブルにスープの入った皿とパンが置かれた。
「いただきます。」
手を付けようとすると、その前に…と待ったをかけられた。
「まずは手を洗いましょう。」
と笑顔で言われた。大人しく従う。
手を洗い、さぁという所で、ちょっと待ってください。と再び待ったをかけられた。
えぇ…?と思いつつ顔を向ける。
「もしかしたら、少々パンが堅いかもしれません。思い切って食べてください。」
注文の多い料理店かな?
訳が分からん…よくわからないけど空きっ腹に早く食べ物をぶち込みたい衝動に駆られて勢いよくパンに齧り付く。
「うん、旨…」
口の中に鉄の味が広がった。
最後まで言葉を紡ぐこと無くパンを吐き出す。
吐き出されたパンには大量の血液が付着しおり、口の端からも温かい液体が零れ出してるのが分かる。
え?と言葉を吐きエリーゼの顔を覗くと、笑顔でこう言った。
なんでたすけてくれなかったの?
開けていたはずの瞼がもう一度開く感覚がし、目の前にはスープの入った皿にパンが置かれてた。
「あら?起こしてしまいましたか?」
隣から声が聞こえ、困り眉をしたエリーゼが申し訳なさそうにそう告げた。
どうやらいつの間にか寝てたようだ。
「いや、大丈夫ですよ。それよりもう夜じゃないですか。俺のせいでご迷惑をおかけしてすみませんでした。」
「お気になさらずに。」
彼女はそう言いながら俺の前に座る。
「まだお疲れでしょうから今日は泊まっていってください。」
悪いですよ、と声が出かけたがどうにも声が出ない。
頭では断りたいと思いつつ体が言う事を聞かない。
「すみません…お願いします…」
そういうとエリーゼは微笑み、さぁどうぞと食事を促してくる。
だがどうにも手が出せない。体は目の前の食事を欲しているはずなのに脳がそれを拒絶する。
食事を前にして固まっているとエリーゼから声がかかる。
「もしかして食べられないものでもありましたか?」
申し訳なさそうに聞かれる。
いや…と言いながら意を決しパンを手に取り、
まずは割って中身を確かめる。手に取った瞬間に気付いたが驚くほどにフワッしていたパンは力を入れることもなく中身をさらけ出す。
そこには何もなかった。正確にはパンの生地が出てきた。
パンに齧り付き胃に収めると次にスープに手を付ける。
一口飲む。これは血の味ではない。塩気のある肉の出汁と野菜の甘味を感じる。
そしてもう一口、口に含む。やはり血ではなかった。今度はトマトのような酸味と微かな甘さが感じられた。
そのまま飲み込む。
美味しかった。
涙が出てきた。
日本では散々美味しいものを食べてきたのに、何も塗っていないパンが、薄味のスープが
今まで食べてきたどんな料理よりも美味しく感じた。
エリーゼからしてみれば、夜中にやってきたボロボロの男性が泣きながら食事をしているなど狂気の沙汰に見えるだろう。
だがそれでも俺の前にいるエリーゼは不快感を一切表情に出さず、笑みを浮かべながら食事風景を眺めている。
恥ずかしかった。礼を言ってさっさと立ち去りたい気持ちになった。でも体は正直だ。
食事を口元にもっていく手は留まることを知らなかった。
暫くして食事が皿から無くなると同時に瞼が重くなっていた。
「どうぞ、お休みください。」
エリーゼが言い切る前に気絶したように、意識が闇へと落ちていく。
「眠……」
最後に辛うじて出た言葉がこれだった。
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強者
目を覚ます。窓から日差しが漏れ出している。
上半身を起こすと体の節々が痛む。
昨日の事を思い出す。
「夢じゃなかったんだな……」
思わず口からこぼれ出る。
いつの間にか横になっていたベッドから体を起こす。
するとドアが開き、エリーゼが入ってきた。
「おはようございます。」
挨拶をする彼女に俺は咄嵯に返事が出てこなかった。
「あ、あの……ありがとうございました。それと、色々とご迷惑をお掛けしました。」
何とか絞り出し、謝辞を述べる。
「いえいえ、いいんですよ。困った時はお互い様ですから。」
と笑顔で返される。天使かな?
「そうだ、朝食は摂られますか?」
夜中に家に転がり込んできた挙句、家の物食い散らかしそのままぐうたら寝ていた俺は流石に遠慮しておいた。
あまりにも図々しすぎるよなぁ…
とりあえず気になった事を聞いておく。
「すみません。ちなみにここってどこですか。」
「エルミナス王国ファリーナ領の北西に位置する、アブン村の離れです。」
なるほど、此処はエルミナス王国ファリーナ領の北西に位置する、アブン村の離れだったのか。そうだったのか。
うん、何もわからん。
だがこれ以上迷惑をかける前に退散しておこうと考えた俺は、
「そうでしたか。すみません今は何も返せないですけど、絶対に恩は返しに来ます。本当にありがとうございました。」
と早口で捲し立てながらペコリと頭を下げ家の出口へ向かう。
「どちらに行かれるのですか?」
エリーゼから声が掛かる。
心なしか声の抑揚が無くなっていた気がした。
「王都まで戻ります。それでは」
と借り物のローブを大げさにはためかせ出口へと向かう。
「お待ち下さい。」
その声は先程と違い有無を言わさない圧力があった。
「えっと……な、なんでしょうか。」
顔を見るのが怖いので扉に目を向けたままエリーゼに問いかける。
「どうやって王都へ戻られるのですか?それに、お身体も万全ではないでしょう。」
「いや、戻り道はなんとなく分かってるんで…体も一晩寝てかなり楽になりましたし…」
「嘘。」
とバッサリと切り捨てられる。
一声かけられただけなのに体の芯から底冷えするような感覚に陥った。
「え…な、なんで?」
恐る恐る振り向くとそこには、無表情でありながらも蒼い瞳をこれでもかと鋭くしたエリーゼが鼻と鼻がくっつきそうな距離まで近くにいた。
「うわっ…!」
慌てて後ろへと飛び退くも足に痛みが走りそのまま尻餅をついてしまった。
見上げると先程変わらない表情でエリーゼが立っていた。
「ごめんなさい!!!」
そう叫び、這う這うの体で扉を開けその場から逃げ出した。
後ろから何か聞こえたような気もするが、とにかく逃げたかった。
肺が酸素を必要とし、精一杯空気を取り込もうとするもそれ以上に酸素を消費する。
ある程度進んだ所でようやく一呼吸ついた。
「はぁはぁはぁ……ふぅ……はぁ……怖ぇ……マジで怖かった……何だよあれ……」
恐怖か疲労なのかどちらにせよ、玉のような汗をかいていた。まだ心臓がバクバク言っている。
「あの女、絶対ヤバい奴だろ……」
エリーゼの事を思い出そうとすると脳裏にフラッシュバックする。
まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなった瞬間を思い出し背筋が凍りつく。
「ぶっ殺される3秒前だったろ…あの顔…」
それにしてもここはどこだろう。無我夢中で走り続けた為、自分がどの方向に走り続けたのか、どこまで走ったのかも分からなくなっていた。
辺りを見渡す。そこは森だった。
「……迷ったな。」
だが後悔はなかった。むしろ清々しい気分だった。
白い狼の姿が頭に浮かぶがすぐ払いのける。
やたらとあいつには縁があるが都合よく今回は出てくる事はないだろ…と希望的観測をする。
さてと、
「どうすっかな。これから。」
とりあえず、当面の目的として王都に戻る事とする。
その為にもまずは道を探し出さなくてはならない。
しかし、俺にこの世界の地理など分かるはずもなく、あてずっぽうに進むしかないのだが……
しばらく思案していると、
「ガサッ……」
明らかに草木を搔きわける音が聞こえた。
はい、いつものね。OKOK大丈夫。見なくても分かる。
居るんだろ白い狼。振り向いたら眉間に皺寄せて襲い掛かってくんだろ?分かってるよ。
諦めたように、あるいはそこに何があるか最初から知っているような素振りで振り向く。
居た。
すっぽんぽんの女が。
正確には局部は隠れているものの、肌にぴったりと張り付いた服は脇から伸びる布により先端が隠されており、下半身はタンガが局部を隠している。
失礼だと思いつつ女性に耐性が無い俺は勢いよく視線を逸らした。
「あらぁ?美味しそうな匂いがすると思って来てみたけれど…」
女性は舌なめずりをしてこう続ける。
「魔力は少ないけど、元気そうな男の子が来たわね♡」
恐る恐る正面を向くと、
彼女は人には見慣れない物を持っていた。
湾曲した短い角、腰より少し高い位置に付いた黒い翼、ゆらゆらと揺れる黒い尻尾。
ゲームやアニメを見たことのある人間はこう思うだろう。
「サキュバス…」
「はぁい♡呼んだ?」
腰をくねらせ胸を強調するように前に突き出した。
エッッッッッッッ!!!!
思わず食い入るように目を剥いてしまう。
そんなこちらの態度を気に留める事も無く、さらに言葉を続ける。
「キミ名前はなんて言うのぉ〜?」
「あ……太郎です…」
「た・ろ・うくんねぇ。」
「は、はい……」
「私はリリス。よろしくね。」
「は、はぁ……」
「それで、たろークンはこんなところで何をしてるのかなぁ?私と遊びたいの?食べて欲しいの?それとも……」
サキュバスが視界から消え、代わりに視界が空を映す。
「がぁっ…はっ」
何が起きたのか分からなかった。
今まで目の前にいたサキュバスは倒れた俺の胸に手を置きそのまま地面へと衝突させた。
あまりにも一瞬の出来事に呼吸を忘れる。
「私を懲らしめに来たのかな?」
笑顔でサキュバスは俺に問いかける。
胸にめり込む手が更に圧迫される。
「…ハッ…あ"ァ…!」
肺に残っていた空気が全て押し出される。
あまりの激痛に視界が歪み、赤く染まっていく。
「あら、ごめんなさい。つい力を入れすぎちゃったみたい。」
パッと手を離される。急に訪れた解放感からか、肺が酸素を急激に取り入れ息が荒くなる。
「それにしても、たろークンは本当に弱っちいんだねぇ。」
クスクスと笑いながら俺から離れる。
「死にっ…かけて…、迷っ…て、王都…行きたくて…!」
過呼吸気味になりながらも重要な点だけを吐き出す。
「あら、そうなの。ここから随分遠いんだけどねぇ。」
案外素直に教えてくれる。割と友好的なのかも?
だが次の言葉であっさりとその考えは捨てられた。
「まぁ、もう帰れないんだからたろークンには関係ない事だけどね♡」
終わった。ゴブリンの時とは違い簡単に隙を作れないであろうことは分かりきった事だし、何より最初の攻撃で理解した。
次元が違う。
目の前にいたはずなのにシーンを切り抜いたかのように姿を消したかと思うと、次の瞬間には地面に叩き付けられていたのだ。
胸に置かれた手を退かすなんてとても出来た事ではないと思う。
「そ・れ・じゃ・あ♡」
と倒れた俺に体重を掛け、
「いただきまぁす♡」
首筋をペロリと舐められる。
終わった…と思いつつもせめて痛くしないようにしてください…と心の中で祈っていると、サキュバスは弾かれたように上体を起こした。
「えっ…まっっっっず!」
ぺっぺっと舌を出し咳き込むサキュバスに俺は動揺を隠せなかった。
「え?不味い?」
落ち着いたのかサキュバスは端正な顔を歪めこう吐き捨てた。
「あなた呪われてるじゃない!」
「のろ……われてる?」
「そうよ!それも、かなり強力な呪いよ!!」
サキュバスの表情からは怒りが滲み出ていた。
そういえば呪術師のばぁさんがそんなこと言ってた気がする。
俺の命が長くは持たないって言ってる辺り結構ヤバい呪いなんだなぁと他人事のように思っていると、
「何でこんなもの付けてるの!?」
とサキュバスが叫ぶ。
何でも何も、いつ付けられたのか付けた奴の事など心当たりのない俺はひたすら、いや…えっと…とはっきりしない態度を取り続けていた。結論。
「よく分かんない…です。」
するとサキュバスはため息をつき、 なら仕方がないわね。と呟いた。
そしてこう続けた。解く方法が無いわけじゃないんだけどね。
「でも、今会ったばかりのキミに私の寿命をくれてやるつもりは無いわ。」
どういう事…?とサキュバスに疑問を投げかけると、
「その呪いは、本当にキミを殺したい!って思わないと付けない呪いなの。普通だったら子供が作れなくなる~とか行く先々で不幸あれ~とかね。」
それに、
「魔法が発展した今じゃそんな回りくどい事普通しないわよ。でも事実キミには死の呪いがかけられてる。解く方法は一つ…」
呪いによって縮められた寿命の分を他の誰かが相殺するしかない。
「たろ―クンは今おいくつなのかな?」
「22です…。」
じゃあ、と続けた。
「仮にたろークンがこのまま呪いの影響を受けずに80歳まで生きるとしたら、呪いで死ぬ大体…23歳から差し引いた寿命を誰かが肩代わりするしかないの。」
57年。
つまりは、家族どころか知り合いすらいないこの異世界で、見ず知らずの俺の為に60年近く寿命を捧げられる人を探さないといけない。
「それに、そんじょそこらの人間は使えないわよ?ある程度呪いに精通した者でないと。」
とそこまで言うとサキュバスは急に俺が来たであろう方向に顔を向けた。
「え?な、なに…?」
そこまで言うが早いかサキュバスは俺の上から飛び退き少し遠い所に着陸した。
その瞬間サキュバスが元居た位置に血が固まったような見た目の刺々しい針が飛んできた。
「何故、魔物なんかと会話をしているのですか。」
血の針が飛んできたであろう方向に目を向けるとそこには、
探しましたよ。とエリーゼが冷ややかに告げそこに立っていた。
「あら、お友達?」
とサキュバスは俺から距離をとりつつ言った。
「黙りなさい。」
そう言いながら、エリーゼは俺の方に歩み寄ってきた。
「あ、あの……」
「話は後です。」
サキュバスを一蹴し、こちらに向き直る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……はい……」
そこでふとある事に気が付く。
エリーゼの手首に小さな切り傷があったのだ。そこから垂れる血液が彼女の白い肌をより一層白く見せている。
「えっ?あっ、これは……」
エリーゼは俺から目を逸らすと、
「何でもありません。」
と言い、サキュバスの方を向いた。
「悪いけど私、女には興味ないの♡」
と、余裕の表情を浮かべていた。
「では、男に興味があるとでも?」
「たろークンに興味があるの♡」
「なら、貴方に用はない。」
そう言って剣を抜いた。
「あら、物騒ねぇ。」
そう言いながらも、サキュバスも戦闘態勢に入った。
あれ?逃げるなら今じゃね?
睨みあう二人から目を離さずじりじりと後ろへ下がっていく。
すると背中に茂みが当たる音が聞こえる。
その音がきっかけだったのか、
「死ね。」
エリーゼが口にし両者が動きだす。
相変わらずサキュバスの動きはよく見えないが、エリーゼは俺の目にもはっきりわかるように攻撃を受け流している。
理屈は分からないが、どこからか放たれた緑色の閃光を流れるように剣や手で払い退ける。
弾かれた魔法は俺のすぐそばにも着弾し触れた地面は当たった箇所がジッと音を出し溶融している。
「動かないでください。」
エリーゼは虚空に目を向けながら俺に言葉を投げかける。
怖ぇぇぇぇ…!!!
そして防戦一方だったエリーゼは徐に走り出し虚空に向けて剣をふるった。
僅かに見えた影がその剣先に当たり正体を現す。
肩から黒い液体を流すサキュバスがエリーゼから距離を取り、人差し指をエリーゼに向ける。
同時にエリーゼは剣の先をサキュバスに向け二人は咆哮を上げた。
ルウが魔法を使用した時のように二人とも何を言っているのか分からなかったが恐らく、魔法のトリガーを引いたのだろう。
両者からそれぞれ異なる魔法が放たれる。
サキュバスからは緑色の閃光が、
エリーゼの剣からは自然界には存在し得ないであろう異常に蒼く光る木の根が、
丁度、両者の間で衝突する。
まるで黒板に金属を擦り付けたような不快な音色が森に響き渡る。
目が奪われる。遂に憧れの魔法を使用した戦闘が目の前で繰り広げられる。
だがこの場から逃げ出す最大のチャンスは今だろう。
後ろ髪を引かれつつも後ろの茂みに飛び込んだ。
もう気付かれていないと願うしかない。
顔のあちこちを草木で傷つけながらも必死でその場から離れる。
相変わらず後方では不快な音は鳴り止む事はない。
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二度目の死線
どれくらい走っただろうか。いつの間にか森の中を抜けており開けた場所に出た。
ここまで来れば大丈夫だろうと思いつつも重い足を無理やり前に出す。
足がもつれてその場に倒れ込む。
全身を地面に打ち付け痛みが走るがまだまだ距離を取りたい俺はほとんど四つん這いの状態になりながらも走り続けた。
いつの間にか頭上に居たはずの太陽が地平線に沈み、オレンジ色の空になっていた。
遂に俺は両手を地面に落とす。膝も大地に付け完全に歩みを止めた。体中が痛い。
服を見るとスウェットは破れているものの、エリーゼから借りたローブは傷一つないものの葉や泥で汚れていた。
「もうっ…!なんなんだよ!!!」
側にあった石を力任せに投げる。
異世界に来てから碌な事がない。
狼に追っかけられるわ、何度も何度も目の前で人を殺されるわ。
やっとの思いで手にした魔法もゴブリン相手に使ったきり一度も使ってないし、逃げ回ってばかりだ。
挙句の果てには呪いでもうすぐ死ぬらしい。
涙が出てきた。もう堪えることが出来ない。
今まで耐えてきた思いが溢れ出す。
もうなりふり構わず声を出して泣き喚く。
周りに人が居なくてよかった。
もし誰かにこんな所見られたら恥ずかしくて死にそうだ。
大の字になって寝転がる。
すると、不意に頭の横から足音が聞こえる。
驚いて目を向けると人が立っていた。
「あぇ…?」
体を起こし目を拭う。はっきりとした視界で正体を確かめる。
ボロボロの服装は上半身を露わにさせていた。ただ腹には内臓を守る皮膚が爛れており、内部を露出させていた。
頭には本来付いてある下顎が欠損し、ウジに塗れた舌を垂らしていた。
アンデッド
誰が見ても奴はそう呼ぶに相応しい見た目をしていた。
発声器官が生きているのか定かではないが奴の口からは呻き声のような音が漏れていた。
震える手を前に突き出し魔法を唱える。
『イカヅチ』
ゴブリンと同様、体をビクンと震わせるもその体は地に倒れない。
もう一度唱える。
すると今度は体から火が発生し奴の体を燃やす。
暫くして奴は糸が切れた人形のように体を倒す。
「ははははは!ぶっ殺してやったぜこのクソったれ!!!」
元々死んでるかアンデットって。そんな事を思っていたらまだ足音が聞こえてくる。
まだ居んのかよこいつら。まぁいい、魔法ぶっぱしていれば問題ない。
『イカヅチ』
振り返りながらそう唱え、絶句した。
一匹や二匹なんてもんじゃない。死体は数えきれない程の束になって押し寄せてくる。
マジックポイントって概念あんのかな?
狂ったように魔法を唱えている間にふと思い至った。
『イカヅ…
眩暈がした。何とか踏みとどまったものの風呂でのぼせた感覚に陥る。
だからと言って詠唱を止めると食い散らかされるのは火を見るよりも明らかだった。
疲労と相まって朦朧としていた意識に鞭を打つ。
何匹も倒しているはずだが一向に減らない数に辟易としながらも魔法は俺の手から放出される。
吐き気もしてくる。最アクだ。でもコろさないと。
しぬ。しにたくない。たすけて。
「は?」
肩に違和感を持つ。
見てみると俺の肩を食いちぎったアンデットが更に肉を求めるように首元に口を近づけてくる。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」
痛みと恐怖に侵され絶叫し逃げる。
逃げた先にもアンデットが壁を作っている。もうどうすることも出来ず体当たりをして壁に穴をあける。
アンデッドも獲物を逃がすまいと掴まえようとしてくる。
掴まれた腕を無理やり振りほどく際に奴らの爪が食い込む。
あまりの痛みに気を失いそうになるもなりふり構わず走る。
そういえばランタン忘れてきたな。レンタルした物失くしたら受付嬢さんなんて言うかな。
どうでもいいことが頭によぎる。
こんな事になるなら、大人しくルウを待っていれば良かったなぁ…。
今更後悔しても遅いけどさ。
あーあ。俺の人生ここで終わりか。
もっと色々やりたかった。
彼女だって欲しかったし、気の合う仲間とパーティーも組みたかった。
異世界に来たんだ。
夢見たファンタジーだった。
「いたぁぁぁぁぁぁ!!!!」
快活な少年の声が聞こえる。
「おぉ…マジで居たのか…」
ダルそうな男の声が聞こえる。
「待ってろ。今助けてやる。」
最後に見たのは突如として飛来した剣がアンデッドの頭を宙に浮かせる光景だった。
視界が黒に染まる。
自身が倒れる感覚を
最後まで感じる事無く意識を手放した。
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行きついた先
ん?
目を覚ます。知らない天井だ…
いや、そんなこと言っている暇はない。ベッドから体を起こし周りを見渡すとそこは王都に泊まっていた宿屋に似た雰囲気を持つ狭い部屋だった。
キョロキョロしていると扉が控えめに開き老人が姿を見せる。
「おぉ、やっと起きなさったか。」
老人が安心したような笑みを浮かべながら近づいてくる。
「えっと…その…」
「安心しなされ。別に取って食ったりはせんよ。」
不安そうにまごまごしていると老人は冗談を交えながらほっほっほと笑っていた。
「えっと…何が起こってるのかいまいち分からないんですけど…」
そう尋ねると老人は逡巡した素振りを見せ口を開く。
「どこから話したものか…」
白い髭を擦りながら事情を説明してくれる。
ある日突然、村の占い師が死の星に愛される若者がこの村に訪れる。だがその者は星の寵愛を一身に受けすぎるあまりその身を自ら地獄に落としてしまう。
その結果、若者は自らの手でじわじわと世界に呪いを侵食させ厄災の星を招くだとかなんとか。
村民は普段から全く仕事をしない老婆に憤りを積もらせていたが、村を発展させる際にとても世話になった事を知っている村の長老達は村民に言い聞かせ、占いに出てきた若者を探すべく、
村の外に出向きアンデッドに取り囲まれている俺を発見。救出し現在に至る。
「はえ~、そんなことがあったんですね。あれ?もしかして僕が死の星がどうのこうの言ってた若者?」
納得しつつ老人に気になった事を聞いてみる。
「確証は持てんがの。だが村の外で見た若者はあなたぐらいしかおらんかった。」
「それで…僕はどうすれば?」
癖なのか老人は再び髭を擦りながら、
「どうするかのぉ…」
「えぇ…」
「とりあえず占い師の所まで連れていくかの」
そう言って脇に抱えていた衣服を渡してくる。
そこにあったのはエリーゼから貰ったローブとシャツ。そしてやや茶色味を帯びた無地のズボンだった。
渡された衣服を着ながら、遂に俺が日本から持ってきたものが全て無くなったな。と思っていると、
履いていたスウェットは、ボロボロだったのでこちらが預かっていると言われた。
着替え終わった俺を見た老人は早速行くかの、と言って家の外へ向かう。
目に飛び込んできたのは視界いっぱいに広がる海だった。
「ここって村なんですか?」
「ん?あぁそうじゃ。ここは海に面してる村での。ワシらは『イツワ』と呼んでおる。」
老人に付いていくとまばらに家が建ち並んでおり暫く村の説明を受けそのうちの一つに入っていった。
中に入ると簡素なテーブルと椅子が並べられており、目を引くのはテーブルの中心に鎮座してある水晶玉だった。
「まんま占いの館やんけ…」
と言っている間に椅子に座るよう促された。
着席し暫く待っていると部屋の奥から一人の獣人が出てくる。
「おぉ!遅いぞこの無礼者!」
開口一番に罵倒されムッとするもその外見から声が出てこない。
頭部の半分もあるかのような大きい獣耳に、肩を大胆に曝け出した着物。極めつけにはやけに細く縦長の瞳孔。
簡潔に言うと超かわいいです。はい。
ソレが水晶玉を挟み目の前の椅子にチョコンと座る。
「我が名はフミツキ・ココノエという。貴様の名前は何じゃ。」
「太郎、佐藤太郎です。」
「ふむ。偽名じゃな。」
そう言うと少女は俺を睨みつけるように見つめてきた。
「いや…この世界ではこれで通ってきているので…」
屁理屈じゃないよ。実際今までこれで名乗ってきてるからね。まぁ日本での本名は……まぁいいか。
「妾が聞いてるのは貴様の元の名前じゃ。日本にいる時のな。」
「は?」
「だってそうじゃろう?佐藤に太郎なんぞ日本にはありきたり過ぎる名前じゃろうて。この世界に居る奴らならまだしも、妾は欺けんぞ。」
そうじゃねぇよ。
「なんで日本って…そういや名前も日本人っぽいような…」
漢字で表すと『九重文月』探せば一人や二人居そうなものだ。
「妾の親は日本人じゃからの。」
トンデモ発言頂きましたありがとうございます。
「まぁ、そこらはどうでも良い。ケルバ、外に出ておれ。」
ケルバと呼ばれたであろう一緒に付いてきた老人は頭を下げ扉から出ていく。
「さて、と」
「本題に入ろうかの。」
「まず初めに言っておく。お主の呪いは解く事はほぼ不可能じゃ。」
言われなくても分かってるんだよそんな事。
「これから生きる分誰かが肩代わりしなきゃいけないんですよね?」
「そんな単純な事ではない。」
サキュバスはそう言っていた気がするけど厳密には違うのかな。老衰まじかの老人を大量に集めるとかじゃダメなのかな。
答えはフミツキが出してくれた。
「寿命を肩代わりした分、そやつの魂は幽世で罰を受けなければならん。」
「つまり?」
はぁ~…とため息を吐き、やれやれと言った感じで肩を竦ませる。今度はかなりイラっとした。
「本来、生命を持つものそれぞれで死期は決まっておる。運命というやつじゃ。お主が仮にあと1年しか生きられぬのであれば呪い・天寿関係なく残り1年で死ぬという運命が決まっておる。」
はぇ~と続きを促す。
「運命とは我々が決めるのではなく、生命体を超越した何者かが裁量し、人という器に流し込んでいるに過ぎない。」
「それを覆し、長生きをしたい。誰かに寿命を分け与えたいなど、超越者からすれば言語道断な話じゃ。」
故に、
「寿命を分け与えた者はそれ相応の罰が必要となる」
なんと分かりやすい説明だ。だがこちらにも反論はある。
「じゃあ、分け与えられた方にも責任はあるんじゃないですか。つまり…俺?」
「それに超越者なんて存在が確証されていない奴の言い分なんて、何かに縋りつきたい奴が勝手に造って勝手に言ってるだけでしょ。」
神なんて存在しない。と付け加える。
もし神様がいるんだったら初めて目が覚める前に会いに来てチート能力やら何やら付与してくるだろうし、こんな目に合っていない。
「妾は一言も神がいるとは言っていない。」
「ふざけんじゃねぇよ!!!!」
感情に抑えが効かない。
「じゃあ超越者ってモンがいるならここに連れて来いよ!!今すぐぶん殴って問い詰めてやる!!!」
呪いの事、魔力の事、俺の前で殺された奴隷の事、俺の後ろで嬲られて殺された冒険者の事、
握りしめる拳は力を込めるあまり青白くなり、唇から血が滲む。
聞きたい事は山程ある。そして全部吐き出させた後はこんな目に合わせた事を後悔させるように殺してやる。
俺はこんな散々な目に合ってるのに、
「なんでたすけてくれなかったんだよ!!!!」
「満足したか?」
視線を上げるとそこには、蔑むような眼を向けたフミツキが座っていた。
「あ"ぁ?」
怒気を孕ませた問いをぶつける。
「安心しろ」
「超越者は存在する。」
フミツキは不敵な笑みを浮かべこちらの反応を窺ってくる。
「殺したいか?自身を呪った奴らを、お主をそんな目に合わせた奴らを。」
どうなんだ?と首を傾げる。
「殺してやる」
フミツキは満足したようにうんうんと頷くと、
「じゃが、今のままでは無理じゃ。」
「じゃあどうすればいい?」
妾と取引せよ。とそう言ったフミツキは何かを懐かしむような表情を浮かべていた。
「その前にその呪いをどうにかしなければな。」
確かに。当たり前の事を言われて沸騰していた頭が急激に冷める。
ケルバ、とフミツキが声を張り数十秒してから老人が扉を開け入ってくる。
「話は終わりましたかな?」
「ああ、いい返事を聞けた。」
そう言ってやや上機嫌になったフミツキは、
「ガリルに稽古を就けさせてくれ。」
「呪いを解くんじゃないんですか?」
重ねる様に問う。
「お主はまだ出発点にすら立ってはおらぬ。今のままでは呪いを解いても獣に喰い尽くされるのが関の山じゃろうて。」
そう言って自身の肩を指さす。
一瞬なんの事か分からなかったが、ハっと気付き俺の肩に目を落とすとアンデッドに嚙まれた痛々しい傷が残っていた。
「分かったか?気付いたならさっさと村に粉骨砕身して体を鍛えるのじゃ。」
しっしっと手を払う動作をしてあっちへ行けとジェスチャーをしてくる。
さっきまであんなに意見が合っていたというのにもう邪魔者扱いだ。ケルバがさぁ行きましょう、と言わなければ殴り掛かっていたかもしれない。
渋々、家から出るとさて、とケルバと呼ばれた老人が声を掛けてくる。
「私の名はケルバ・イツワと申します。」
そう言われたので簡単に自己紹介を済ますと食事や風呂に入れさせて頂いた。
「ここが暫くの住処となります。」
とすっかり夜が更けた後、俺が覚醒した部屋へと戻ってきた。
「明日からは忙しくなりますぞ。早い内に休み体調を整える事をおすすめする。」
じゃあお言葉に甘えて、とケルバが出て行ったのを確認した俺はベッドに体を預ける。
目を閉じると色んな事を思い出す。
初めて異世界に来た時の事、王都の事、一見呪術師に見えるリュドの事、サキュバスと戦っていたエリーゼの事、
ルウ心配してるかなぁ。
悪いことしたなぁ。あんなに優してくれたのに全部ほっぽり出してここまで来ちゃった。
はぁ~、謝ったら許してくれるかなぁ…。
そんなことを思っている内に意識は闇へと落ちていた。
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師匠
「起きてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
腹部に強い衝撃を感じる。痛みにもがいているとやっと起きた、眩しいくらいの笑顔を張り付けた少年が立っていた。
「おはよう!!!!!」
「あぁ~おはよう…ございます…」
そう言ってベッドから体を起こす。
「お体はもう大丈夫なの!?」
そう言われ気が付く、
「あれ?君ってあの時助けてくれた子?」
そうだよー!と言って後に続ける。
「ガリルおじちゃんと一緒に行った!」
そうだったんだ、ありがとね。と告げ扉から出る。
起きましたか。と言ってケルバはテーブルに食事を並べている。
いただきます。そう言って食事に手を付け完食する。
「外でお前さんを指導するガリルという者がおる。今日は彼の元で仕事に励むといい。」
「分かりました。」
そう言って外に出る。
「おう、やっと出て来たか。」
そこには大剣を背負ったガタイの良い男が腕を組んで待っていた。
「俺はガリル・アメニクス。この村で…なんだ?用心棒?傭兵?…まぁいい。とりあえずこの村を襲撃から守ってる。」
「襲撃って魔物とか盗賊とかですか?」
「あぁ~そんなところだ。」と頭をボリボリと搔きながら適当に言い放つ。
なるほど、こいつは俺に匹敵する程のテキトーな人間だ。
だが鍛え抜かれ引き締まった体を防具の隙間から覗くを見るにただテキトーやっているわけじゃない。
そう、俺とは違ってやることはちゃんとやっている真人間だ。
着いて来い。ぶっきらぼうに言ったガリルは進み始めた。
「えと…とりあえず何するんですかね。」
「とりあえずお前の身体能力の把握、それからお前に見合った仕事の割り振りだ。まぁ割り振りに関しては別の奴に任せてる。」
そう言って歩みを進めていく。村の風景をなんとなく眺めていると不意に、ここだ。と言ってガリルが立ち止まる。
「ほら、とっとと武器構えろ。」
「え?」
「身体能力の把握するって言っただろ。いいからさっさと構えろ。」
そう言われても…王都から身一つで出てきた挙句、唯一持ってきたランタンも落としてきた。
俺には武器どころか魔法を一つしかつかない。そんな状況なのにステータスが見るからに高いおっさんと戦うなど自殺するに等しい。
「ちょっ…ちょっと待ってください!武器!持ってないです!」
「あぁ?じゃあお前、魔導士だってのか?じゃあ杖があんだろ杖が。落としてきたのか?」
いや…最初から持ってないです…それに魔法も一つしか使えないです…。そう言うとガリルは呆れた顔をした。
それに武器なんて言うのも烏滸がましい、ただの木の棍棒も持ってたはずだがいつの間にか落としてきたし。
「はぁ…じゃあ木剣貸してやっからさっさと始めんぞ。」
そう言って木製の剣を投げ渡された俺は、両手で木剣を握り切っ先をガリルに向ける。
「どっちかの手の甲が地面についたら負けな。先手はやるよ、お前弱そうだし。」
人を殴った事はあるものの狂気で殴るなんて人生で一回もしたことは無い。
だが相手は遥かに自分より格上だと雰囲気で分かる。遠慮はいらないだろう。
だがガリルが欠伸をしているのに中々足が踏み出せない。
「ちなみに、手の甲を地面に付けさせたら勝ちなんですよね?」
おぉ~とガリルが返事をする。勝てる気は1mmもしないがやれることはやってみよう。
そう思い、地面を踏みしめる。体に力を込め、
左手に木剣を持った。
『イカヅチ』
不意打ち。剣で戦うように見せておきながら魔法を放つ。
幸い、使用出来る魔法は雷属性に似た魔法だ。何度も使って分かったが、この魔法は唱えた瞬間にヒットする。その軌道は自身の目で追えないくらいに。
おっと。そう言ってガリルは身をほんの少し捩り魔法を躱す。え?見えてんの?それ。ガリルはにぃっと笑い、
「そういう人間の汚い戦い方、俺は割と好きだぜ。」
そう言って距離を詰めてくる。立ち止まっていたのに一瞬でトップスピードに至ったかと思われるほど速かった。
防衛本能か、一瞬で間合いを詰められるも自分の体を守ろうとしたのかガリルの正面に木剣を差し込む。
バキィィィィィィ!!!!!!
どうやったら木剣からそんな音が出るのか。凄まじい音と同時に俺の体は吹っ飛んだ。
文字通り吹っ飛んだ。
手の骨が砕かれたような衝撃を感じている。自身の意思では抑える事のできない震えが木剣を振動させていた。
「反射神経は中々のモンだな。だがそれ以外は点で駄目だ。」
それに、とガリルは続ける。
「まだ手は地面に付いていない。」
そう言ってガリルは再び向かってくる。
咄嵯に右手で握ったままの木剣を前に出す。
今度は横薙ぎの一閃だった。
ガァァァァァァァァァァンッ!と再び木剣から嫌な音がする。
「なんでわざわざ剣に当てるのさ!めっちゃ痛いんですけど!」
反抗してみるも、
「お前が剣でガードしてるからだろ。痛いのが嫌だったら避けてみろ。」
そう言って倒れた俺に木剣を叩きつけようとしてくる。容赦ねぇなオイ!
間一髪避けた俺はすぐさま立ち上がり、ガリルとの距離を確かめる。
この近さでは魔法を打てない。そう直感し両手で木剣を持つ。そしてバットをフルスイングするようにガリルに攻撃する。
降り下ろした木剣を何時の間に戻したのかガリルに防御される。
「痛っっっってぇぇ!」
まるで岩に打ち付けたような衝撃が手に響く。
「ぐぅ……」
「おい、そんなもんか?」
そう言ってガリルはぐいぐいと木剣を押してくる。
圧迫感から逃れようと木剣の角度をずらし滑らせる。
「それが受け流しだ。」
そう言って下に降ろされたガリルの木剣は再び両断をすべく切り上げてきた。
急いで木剣を下に降ろし来たるべく衝撃に備える。その際に先程と同様、木剣に角度をつけなんとか受け流す。
だが、少なくない衝撃は痛覚として脳まで信号が送られてくる。
悪くないが、と言い今度は乱雑に剣撃を見舞ってくる。
そのたびに手が軋む。衝撃を和らげるべく打ち付けられる毎に角度をつけ受け流そうとする。
「反射神経は良いんだからもっと有効活用しろ。腕に負荷を掛けさせるな。」
そう言って緩急をつけた斬撃が俺を襲う。
「……くそっ!」
痛みを堪えながら木剣の角度を変え、ガリルの攻撃を防ぐ。
「今っ!!」
そう言い放ち、俺はガリルに木剣を突き立てる。
「おぉ?」
急な行動に驚いたのか、声を出すも
「甘いんだよ。」
そう言って木剣の側面で軽くいなし、そのまま俺の顔面に向かって突き刺してきた。
「ヒャアアアアアアアアアアア!!!!!」
心からの悲鳴を上げ、寸での所で躱す。
「避けたら練習になんねぇだろ。」
避けなきゃ死んでたでしょ。今の。
嫌な汗を流しながら剣撃を受け流す。
「ほら、どんどん行くぞ。」
そう言うとガリルは先程より早く剣を振るう。
「ちょっ……ちょっとタンマ……」
「知るか。」
必死になって木剣を受け流す。
何度も何度も。
だがその度にガリルに木剣を打ち付けられ、次第に腕が上がらなくなる。
それでも打ち付けてくる木剣を防ぎ続ける。
「根性はあるな。」
唐突にガリルが口を開く。
「え?」
「開幕に魔法を打ってくるあたり性根は腐ってるけどな。」
そう言って木剣を降ろした。
「はい、終わり。」
そう言ってガリルは木剣を腰に納める。
終わったぁぁぁ…そう思ってると目の前に木剣が飛んできた。
「ピャオォゥ!」
ギリギリ木剣で防ぐ。
あぶねぇ……。
「まぁ、最初はこんなもんでいいか。」
そう言って徐に俺の腕を掴み、地面に叩き付ける。
「痛っっっっ!」
「俺の勝ち。」
いや、強すぎだろあのおっさん。
「終わった?」
女性の声が横から聞こえる。
「飯だ飯。今日はなんだ?」
「今日はね、森兎のお肉とミルキノコの炒め物!」
「んで…キノコなんか入ってるんだよ。肉だけでいいだろ。」
「あー!またそうやって好き嫌いしてるからパルムさんに怒られるんでしょー!」
和気あいあいとした雰囲気を壊すまいと背景に徹していたのだが敢え無く見つかる。
「キミ!お弁当持って来たからお昼ご飯にしよ!」
「あ、ありがとうございます…太郎と申します…」
「私はフェイナ、フェイナ・イツワっていいます!」
元気に返してくる彼女の名前に気になる点があった。
「イツワっていうとあのおじいちゃんの…」
「そう!村長であるおじいちゃんの孫娘です!」
「そんな事はどうでもいいから飯食うぞ。久しぶりに動いたから腹が減ってしょうがねぇ。」
そうガリルは話を切り上げて弁当を受け取る。
二人分作ってきたんだから感謝してよね~。と言い残し彼女は去っていった。
「えと…あの人は?」
「村長の孫だ。村では錬金術師の店手伝ってる。」
そう言って彼は弁当を食べ始める。
俺も彼に習って食べ始めた。
うん。キノコ不っっっっ味
顔をしかめていると、
「ははははは!お前もキノコ嫌いか!何が美味いんだろうなそのゲテモノ!」
珍しく気が合うなと思っていると、
「聞こえてるぞ~…」
彼女の声が聞こえてくる。
「実は、このキノコ栄養価が高いらしくてな…味も村の奴らには好評らしいが俺はどうにも好きになれん。」
分かる~と思いながら咀嚼し無理やり流し込む。
その後ガリルと色んな話をした。
転生の事、王都の事、ここまで至った経緯を。
「それにしてもお前随分と遠い所まで来たもんだな。王都からだと5日はかかるぞ。」
「そんなに遠いんですか!?」
「あぁ、王都ってエルミナスの事だろ?」
いや、知らないけど。
「そういやお前別の世界から来たって言ってたよな。土地勘が無いのもまぁ分かるな。」
「てか、何で転生の事とか当たり前のように信じてるんです?フミツキさんの親が日本人だったとか関係あります?」
ずっと気になってた事を聞いてみる。
「別に日本に限った話じゃ無ぇ。滅多に王都でも見ないがちらほら居るらしいぞ。大抵そういう奴らは特殊な能力を持ってるみたいだが?」
そう言って俺を見る。そんなこと言われても…
「まぁ、拗ねんな。生きてりゃそのうち良い事の一つや二つあるだろ。」
そう言ってガリルは立ち上がる。
「今日はここまでだな。後は村の手伝いでもやっとけ。」
「どこに行けばいいんですか?」
「村長んとこ行ったら教えてくれんだろ。あ~疲れた。」
周辺警戒でもしてくっかな。そう言ってポキポキと肩を鳴らしサボりの体勢に入る。
俺も空の弁当箱を持って朧げな記憶を辿り、村長の家へと向かう。
「鍛錬はもう終わったかの。じゃあ午後からは村の手伝いをすると良い。」
「手伝いっていうと例えば…」
「ちょうど弁当箱も持っとるし、フェイナに返すついでに手伝ってきなさい。」
そう言って錬金術師の店までの道のりを教えてくれた。
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名前
錬金術師の店の前まで来る。
入口には『くすり』と書いてあるだけの看板がぶら下がっていた。
「いらっしゃ…あれ?太郎君?」
中に入るとフェイナが駆け寄ってきた。
「どうしたの~?何か用事でもあった?」
「弁当返しに来ました。後、村長から今日はここで手伝えって…」
ぱあっと明るい笑顔になり両手で弁当箱を受け取る。
「わざわざ返しに来てくれたんだ!ありがとね!それにしても手伝いか~、何かあるかな~?」
そう言って首を捻る。
いちいち仕草が可愛…あざとい。たわわに実った胸と健康的な体を大胆に見せた服を纏っていた。
エッッッッッッッッッッ
「ちょっと、太郎君見すぎ!」
イヤーンと言って体を腕で隠す。こういったことには慣れてるのか?けしからん
そうじゃない。言い訳を考えねば。屁理屈を捏ねることに関しては右に出るものが居ない俺は胸に浸食されつつある脳をフル回転させた。
そうだ。腰に付いてあるポーション。転生を言い訳にして初めて見るおっぱいに目が奪われていた事におっぱい。
違う。ポーションに目が釘付けになってる事にすればいいのだ。
「いや…違くて…その赤い液体って体を癒す液体とかですか?」
「ん~?あぁ!これの事ね!このポーションはあくまでも傷の治りが早くなるってだけのポーション。私よくケガするから常に持ち歩いてるんだ~。」
良かった。なんとか誤魔化せたようだ。
「でも高品質なポーションはケガした所に振りかけるだけで再生するんだって。」
「へぇ~、凄いな……。」
「でもそんな高品質のポーション持ってるのは一部の人だけなんだよね。」
そう言って彼女は苦笑いをする。
「さてと、そろそろ仕事始めよっか!えーと……太郎君は何をしたい?」
「え?ちょっとどんな店かも分からないんで何をしたいとかは特に…」
あ!そうだよね!と言って恥ずかしそうに自身の頭をコツンと叩く。
「初めて後輩が出来たからこういう時どうしていいかわからなくて…」
そこまで言ってフェイナは何かに気付いた素振りを見せる。
「そうだ!昨日届いた薬草が外に出しっぱなしなんだ!太郎君、重いけど運んでくれる?」
「わかりました。」
そう言って店の外に出る。
店の周りを見渡すと山の様に積まさった木箱があった。中を見てみるとフェイナが言っていたであろう薬草がぎっしりと詰まっていた。
一個ずつ運ぶと果てしない時間がかかりそうなので一気に三箱持ってみた。
「おっっも!」
人でも抱えているのかと錯覚するくらい重量があったが、今更持っちゃたしとえっちらほっちら店に持っていく。
肩で扉を開きフェイナに声をかける。箱を置く場所を訊ねるとカウンターまで持ってきて~と声がかかる。言われた通り持っていき荷物を下ろす。
「カウンターがあるって事はお客さんとか来るんですか?」
「大体は村の人達だけどね。海の方に港があるでしょ?他の大陸から来た人がたまに買ってくるんだ~。」
確かに村長が村を案内してくれた時に港らしきものが見えたような気がする。
別の大陸か…。行ってみたいなぁ…。心踊らせる言葉に舞い上がるも、現状他の大陸に行った所でその辺の魔物に食い散らかされるのがオチだ。
舞い上がった心を落ち着け再び作業に戻る。
箱を全て店内に運び終わる頃には夕陽が村を照らしていた。汗を拭いつつフェイナに箱を全て運んだ事を伝える。
「ありがとう!助かったよ!」
「いえ、力になれたならよかったです。」
「もう日が暮れて来たから今日はおしまいだね!お疲れ様!」
そう言いつつもフェイナは椅子から立つ素振りを見せずに薬草の選別をしている。
「?フェイナさんはまだ終わらなさそうなんですか?」
「うん、まだ明日使う分が終わって無いんだ。」
そうだ!と言ってフェイナは手を合わせる。
「ちょっとお話していかない?」
説教か、説教なんだね、説教だ。
心の中で五七五を作りつつ説教を受ける心構えをした。
「分かりました。」
そう言って床の上に正座をする。
「いや!なんで正座!?」
「まだ始めたてではありますが、上司に次の業務を確認しにいかなかったのは、先の言い訳では済まされないことで…」
そこまで言ったところでフェイナからストップがかかる。
「そういうお話じゃないよ!?」
「偽名を名乗っていたことでしょうか?」
「偽名だったの!?」
いやまぁ、と曖昧な返事をしてみる。
これじゃなかったか。あと俺何かやってたかなぁ…?
「すみません…心当たりがちょっと…」
「太郎君の事についてだよ。」
「…と言いますと?」
俺の事となると異世界に来てからロクな目に遭っていないので武勇伝はおろか自慢話など一切無い。むしろ不幸話なら山程ある。
「例えば…そう!太郎君の名前とか!」
「名前ですか?」
「そう!偽名なんでしょ?本当の名前教えてくれないかな?」
そう言われましても…
折角異世界に来たのだから日本に居た時の事は綺麗さっぱり忘れてしまいたい。名前だって咄嗟に名乗ったのが日本でありきたりな名字と名前だったのだ。どうせ呼ばれるならそれっぽい名前にしてほしい。
「本名はあくまで元居た世界の物なんです。折角異世界に来たんだから心機一転、全部真っさらな状態で初めてみたいんです。」
そうだ。良い考えがある。
「フェイナさん、僕に名前付けてくれたりとか出来ます?」
我ながらナイスアイデアだと思う。
「ええっ!?私が!?」
「はい。駄目ですか?」
そう聞くと彼女は小さく首を縦に振った。
「えっと……どんな名前がいいの……?」
「なんでもいいですよ?ペット感覚で付けてもらっても大丈夫です。」
「なんでもいいって一番困る気がするよ…」
申し訳ございません。確かに母親に夕食が何が良いか訊ねられた時も同じことを言っていた。
「うーん……」
腕を組み目を瞑る。
暫くすると何か思いついたのか、パッと顔を上げこちらを見つめる。
「決めた!太郎君の名前は……」
太郎君の名前は……
「シロ!」
「はい?」
「太郎君の名前はシロにする!」
これまた日本人に居そうな名前だなぁ…
「ちなみに理由をお聞きしても?」
「さっき太郎君が、異世界に来たんだから心機一転!とか真っさらな状態で始めたいって言ってたでしょ?だからいっぱい経験して、いっぱい楽しい事して、いっぱい幸せになるの!」
そう言って彼女は笑顔で俺の顔を見つめる。
「だから、今はまだ太朗君は真っ白な紙なの。そしてこれから幸せの色でその紙を彩れるようになって欲しいなって!」
そう言う彼女の表情は夕陽に照らされて少し紅く染まっていたように見えた。
「ありがとうございます。凄く嬉しいです。」
素直に感謝を述べる。
冷たいように言い放った言葉だが、実の所凄く嬉しいのは事実だった。今迄ロクな事がなかった異世界生活だがこの村に来て、彼女に出会って、名前を付けてくれて。
他人から見れば些細な事かも知れないが、今の俺には有り余る程の幸せだった。
シロ
それが今日から俺の名だ。
俺が死ぬまでに真っ白な紙にどんな絵が描かれているのだろうか。それがどんなに汚くても、色が少なくても。名付けてくれたフェイナに誇れるような絵にしたいと決意し、拳をグっと握る。
不意に涙が出てくる。
「じゃあ、これからよろしくね。シロ!」
「よろしくお願いします。」
席を立ち出口へと向かう。急いで振り向いたから涙は見えていないだろう。見えてないよな?扉を開ける前にもう一度振り向きフェイナを見る。
「フェイナさん、ありがとうございました。」
「うん!こっちこそありがとうね!お疲れ様!」
そう言ってフェイナは微笑む。
「お疲れ様でした。」
そう言って俺は店を後にする。
外に出るとすっかり夜になっていた。
店に入る前はあんなに明るかった空も今は月明かりだけが世界を照らしている。
周りには人気が無くご機嫌に鼻唄を歌いながら自室へと向かう。村長が夕食を用意してくれていたのでありがたく食べさせて貰っていると、機嫌がいいな?とケルバが訊ねてくる。上機嫌でそうですね。と返し食べ終わった食器を流し台に置き部屋に戻る。
部屋に戻るやいなやベッドに体を預けこれからの事を考える。
午前中はガリルに戦闘の手解きを受け、午後には村の手伝いをこなす。
なんて素晴らしい日々なのだろうか。
冒険家業に精を出すよりも健康的な暮らしではないか。今までの事を考えると尚更だ。
呪いで死ぬその時まで、この村で過ごす方が良いんじゃないか?
そこまで思い至ると同時にある事を思い出す。
「そういやエリーゼに何も返していないな。」
あの時サキュバスから守ってくれた彼女を置いてきてから数日が経過している事に気付く。
「でも今行こうとしても道中で魔物の餌になるだろうし…」
もう少しガリルに鍛えてから行くとしよう。
そう考えている内に意識は闇へと落ちていった。
朝が来る。
扉の外から無邪気な少年の声が聞こえる。
やがて部屋に入ってくる音が聞こえベッドの側で立ち止まる。
「起きてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「…甘い!」
間一髪で少年のお目覚めダイブを避ける。
少年は不服そうな顔をしながら部屋を出ていく。
今日も一日が始まった。
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命の恩人
俺がこの村に来て一週間が経つ。
村の人々とは大体顔見知りになれたし、戦闘技術だって…まぁ最初の頃よりマシにはなった。そろそろかなぁ…と思いつつガリルに提案を持ちかける。
「明日と明後日休みたいんだけど良い?」
すっかり敬語の抜けた言葉でガリルに問いかける。
「あ?別に良いけどなんでだ?」
言質を取った後、肝心の内容を話す。
「俺、この村に来る前にお世話になった人がいるんだけど、その人にお礼しに行こうかと思って。」
「王都に行くのか?こっから大分遠いぞ?」
「王都にも居るんだけど流石に今の俺じゃ厳しいから今回はパス」
そう言ってエリーゼの事を話す。
「そういやそんな所にボロ家があったなぁ。まさか人が住んでるとは普通思わねぇけどな。」
じゃあこれ持ってけ、といつもの木剣ではなくしっかりと刃が付いた得物を渡してくる。
「ありがとう」
「それとフェイナにも一言伝えとけ。弁当くらい作ってくれんだろ。」
「分かった、伝えとく。」
「おう、頑張れよ!」
そう言って背中をバシっと叩かれる。
「痛ってぇぇぇ!」
「ワリぃ、つい力が入っちまった。」
ゲラゲラ笑いながら頭をわしわしと撫でてくる。
子供じゃねぇんだぞ…そう言いつつもその手を払い除ける事はしなかった。
その日、激を入れるかのように訓練は厳しかった。
「えぇっ!村の外に出るの!?」
「別に危ない事するわけじゃないけどね。」
えぇ…でも…とフェイナはあまり乗り気ではないようだった。
それもそうだ。一週間前には死体どもに喰われてた男が、多少ガリルに手解きを受けただけで遠出するというのだ。
ガリルがイカれてるだけでこの反応が普通だろう。だがしかし、俺はどうしても彼女に会わなければならない。
理由は簡単。恩を返す為だ。
衣服も頂いた。食事をくれた。一晩の宿を貸してくれた。挙句の果てにはサキュバスを押し付けてここまで逃げてきたのだ。これ以上迷惑はかけられない。
それに彼女は、自分の身の危険を顧みず俺を助けてくれた。
それなのに自分だけ安全な場所でのうのうと過ごすなんて事は出来ない。
だから、彼女の為に出来ることをしたいと思った。その旨をフェイナに伝える。
真剣な表情を見て何かを悟ったのだろう。
暫く考える素振りを見せた後に、
「わかった。じゃあお弁当は明日の朝渡しに行くね。」
そう言って微笑む。
こうして俺は次の日に旅立つ事になる。
出発当日、俺は荷物をまとめて家から出る。
見送りにはケルバしか来なかった。ケルバ曰く、他の奴らは仕事があるらしい。
因みに、ケルバは俺の旅立ちに一番反対していた。どうやら俺の事をかなり心配してくれているようだ。
ケルバは俺の肩を掴み、涙目で語り出す。
内容は、魔物は危険だし、もし囲まれたらまず助からない。
お前みたいなヒョロいやつは直ぐに殺される。
等々、殆どが死の恐怖に対するものだったが、それでも俺を心配してくれているのは十分に伝わってくる。
「わかってる」
俺は一言そう言った。
分かってはいる。自分がどれだけ弱いかも、死ぬかも知れない事も。
ただ、それ以上にエリーゼに会いたいという気持ちが強かった。
その言葉を聞き、ケルバは何も言わずただ俺の手を強く握ってきた。
「行ってきます。」
そう言って、村の入り口へと向かう。
入り口に着くと、そこには既にフェイナの姿があった。
手にはバスケットを持っている。
俺が来た事に気付いたようでこちらに駆け寄ってくる。
息を整え、俺の目を真っ直ぐ見て言う。
私もついて行く。と。
突然の事で驚いたが、彼女なりに考えがあっての事だろう。
でもこれは俺の責任だ。俺なりのけじめだ。
「ありがとうフェイナ。でも一人で行くよ。一人じゃないと駄目なんだ。」
フェイナは顔を俯かせ短くない時間が経った。すると徐に顔を上げ何かを決心したように言葉を紡ぐ。
「分かった。でも信じてるからね、シロの事。絶対生きて帰ってくるって。ちゃんとお弁当箱返しに来てね。」
そう言ったフェイナの目尻には涙が浮かんでいた。
弁当箱を受け取り鞄に入れる。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
こうして俺はエリーゼに会うために村を出た。
森に入る。
村を出てから早数時間、未だに人の気配は無い。
魔物も出てこない。
まだ出てきてくれない方が有難いが。
少し休憩しようと思い地面に腰を下ろす。
エリーゼの場所についてはケルバからなんとなく教えてもらっていた。
地図上には目的地付近に印が付いてある。これが無ければ今頃途方に暮れていたであろう。
地図を見ながら独り言をこぼす。
「意外と遠いな…」
かなり歩いたはずなのだが森の目印である石柱を見たのは僅か数分前の事だった。
この調子で行くなら日が落ち始めてから着くかどうかだろう。勿論、何事もなければの話だが。
「さて、行くかっ!」
勢いを付け地面から立ち上がる。休憩も程々にしなければ緊張感も霧散し周囲への警戒を怠ることとなる。
警戒を怠る、今迄何度も犯してきた過ち。さすがの俺もこれだけやらかしていたら体に刻まれている。
もう二度と同じ過ちは犯さない。
そう決意して再び歩みを進める。
それからまた数十分後、 ガサッという音と共に前方で音がする。
即座に立ち上がり戦闘態勢を取る。
徐々に近付く非常に小さい足音。
そして遂にその正体が現れる。
白い狼
村で聞いた話によるとこいつはダイアウルフというらしい。因縁の相手だ。異世界初日からこいつには世話を焼かされている。
奴はすぐには襲ってこない。一定の距離を保って睨み合いが続く。
そうしていると後方から一瞬物音が聞こえた。
ガリルから教えてもらった。考えている内容は口に出して再確認する。そうすると考えが纏まり易いのだとか。
いいか?言葉の通じる相手の目の前でやるんじゃねぇよ?眉を顰めたガリルの顔が浮かんでくる。心の中で笑みが零れる。少しは固まった緊張感が解けただろうか。
「囲んでんのか?すぐ襲ってこないのは陣形を作る為か。じゃあ…」
『イカヅチ』
先手必勝、この手に限る。
腕から解き放たれた電流は真っ直ぐと目の前のダイアウルフに吸い込まれる。
一瞬で外皮が焦げた事を視認する。
ダイアウルフが倒れたと同時に後方から大きな音が発生する。背後からの奇襲だろう。
「分かってんだよっっっっっ!!!!」
出発前に貰った剣を腰から引き抜く。
魔力の節約
必要以外では基本的に魔法は使用しない。魔法過剰使用による副作用は決して馬鹿にならない。呪術師リュドとガリルからの教えだ。
背後の標的に向かい剣を振りぬく。
ダイアウルフの首に刃が食い込む。この機を逃す手は無い。そのまま剣を振りぬき両断する。血飛沫が上がる中、素早く周囲を警戒。
三匹目の姿が見える。仲間の死を見て怯んでいるようだ。
その隙を見逃さず、もう一度『イカヅチ』を放つ。
一匹目と同様、体に吸い込まれていった電流は一瞬でダイアウルフを絶命へと至らせる。
暫く周囲を警戒する。物音はしない。ここまで来ると流石に逃げ出すか襲い掛かってくるだろう。
安全を確保し拳をグッと握る。
「よしっ!」
確実に俺は成長している。それを実感した俺は再び目的地へと歩みを進める。
あれから更に数時間が経ち、時刻は既に夕暮れ時となっていた。
太陽が地平線の向こうへ消えようとしている。
今もまだ人の気配はない。
辺りは静寂に包まれている。
そろそろ夜になる。魔物達が活発に動き出す時間帯だ。
急がないと、足を進めるスピードを上げ…
…る事が出来なかった。
少し背の高い草を掻きわけた先にあったのは一切草木が生えていない広場のような場所だった。
そこには夥しい乾ききった血液と所々不自然に抉れている地面があった。
「もしかして…」
地面が抉れている箇所で屈み、痕跡を近くで見てみる。
「溶けてる…」
忘れかけていた記憶を呼び起こす。サキュバスがエリーゼに向けて射出した魔法の行きついた先はどうなっていたか。
溶融していた。俺の目の前にある痕跡はそれと非常に似ていた。つまりエリーゼはこの近くにいる。
逸る気持ちを抑え、周囲を確認する。
エリーゼ、エリーゼ、エリーゼ、エリーゼ……。
すると視界の端の方に不自然にどこかへと続いている血の痕跡を見つけた。
その後を追う。
在った。エリーゼの家だ。
遂に目的に辿り着いた。だがそこにあったのは全く人気の無い民家だった。辺りは暗くなり始めてるのに明かりがついていない。
だが血の痕跡はその家の扉まで続いている。ソレを辿って扉の目の前まで来る。
扉にはびっしりと血液が付着していた。嫌な予感なんてもんじゃない。森に響き渡るんじゃないかと思う程の音で鼓動を続ける心臓。
たいして暑くないのに汗が流れる。
いつの間にか溜まっていた唾を飲み、扉に手を掛ける。鍵はかかっていない。
「エリーゼ…さん?」
扉に力を込める。やや重い扉が開いていく。ゆっくりと、恐る恐る中へ入る。
部屋は薄暗い。目を凝らして室内を見渡す。
俺が居た時と何も変わらない景色がそこにはあった。
机に伏して微動だにしないエリーゼを除けば。
「エリーゼさん」
そう言って肩に触れる。
「すみません。遅れちゃって。」
触れたのは布越しではあったが恐ろしく冷たかった。
「俺、やりたい事決まったんです。」
エリーゼを眠りから覚ますために揺さぶる。
「イツワ村って所に今は居るんです。そこで…」
エリーゼからは返事がない。
「いろいろ経験して…それで…」
涙が頬を伝う。
「いつかお礼をって…」
堰き止める事が出来ずに涙が溢れ出てくる。
「だから…起きてください…エリーゼさん」
もう二度とエリーゼの体が動く事は無いだろう。
そう理解してしまった。
…慟哭
そこで俺はテーブルに置いてある剣に目が行った。
剣の下に紙が挟まっている。
涙を拭いつつそれを開いてみる。
『太郎さんへ』
それだけ書かれた紙はエリーゼの血液によって赤黒く染まり、皺を作っていた。
俺はその上に涙という水滴を垂らす。
「まだっ…名前もっ…言ってないのに!」
これだけは伝えなければいけない。俺が異世界に存在するただ一つだけの痕跡。カッコつけの為だけに付けた佐藤太郎という名前ではなく。
「エリーゼさん…俺…シロって言います。嘘ついててごめんなさい。あと…今まで…ありがとうございますっ!」
そうして俺はエリーゼの死を受け入れた。
何はどうあれ既に外の世界は夜が侵食している。今動き回るのは自殺行為だろう。
エリーゼが遺してくれた命だ。無駄にすることは出来ない。
俺はその日エリーゼと同じ家で眠った。
次の日の朝。俺は家の横に穴を掘った。
冷たくなったエリーゼを抱えそこに埋めて別れを告げた。
「俺がそっちに行ったら沢山お礼させてくださいね。」
そう言ってエリーゼの遺した細身の剣を帯剣する。
「それでは、また」
エリーゼに背を向け、その場を後にした。
この剣とエリーゼから貰った命を決して無駄にはしない。
必ずこの世界で生き抜いて見せる。
「やっと見つけたぁ♡」
その言葉は俺の耳に入ることは無く森に霧散していった。
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帰り道
森に入って暫く経った。
何度かダイアウルフの襲撃があったが難なくこなしていく。
最初は躊躇があったものの今はエリーゼの剣を使用している。
持って来た剣と比べると刃に違いは無いように見えるが、驚く程あっさりと狼の体を両断することが出来た。
魔法道具の類なのだろうか? そんなことを考えていると前方の茂みが大きく揺れた。
瞬時に腰の剣に手をかける。
そこから出てきたのは人型の魔物だった。
身長は170cmくらいで、髪は生えておらず。肌は病的なまでに白い。目は濁った黄色で口元は常に笑みを浮かべていた。
上半身は裸で下半身は数えきれない程の足が生えており背中には小さな羽が生えている。
一目見て分かった、こいつはヤバい奴だと。
そいつは俺を見るなりニタニタとした表情のまま近づいてきた。
一歩ずつ距離を詰めてくるそいつに後ずさりしてしまう。
そいつは俺の目の前に来ると歩みを止め、両手を広げ笑い声を上げた。
それは歓喜の叫びなのか。それとも笑いを堪えきれずに出たものか。
いずれにせよ目の前のコイツが異常だということは分かる。
そして俺の目の前まで来るとその体からは想像できないような速度で飛び掛かってきた。
咄嵯の判断で後ろに飛び退くが少し掠ってしまったようだ。
左腕に痛みが走る。
だがそれも束の間、すぐに傷口から血が噴き出す。
「くうぅぅぅ…!」
今すぐ地面に倒れてのた打ち回りたい程強烈な痛みに顔を顰める。
痛みが残る左腕を前に出し魔法を唱える。
『イカヅチ』
命中するも、ダメージを与えた手応えが全く無い。
「ふむ、面白い」
人間の言葉を話しやがった。謝ったら許してくれ無ぇかな。
「貴様、名は何と言う」
「言ったら見逃してくれます?」
「まぁ考えてやろう。」
上出来だ。
「シロです。」
「そうか、シロか。死の路と書いて死路か。」
「普通にシロですよ。」
相手の機嫌を損ねるな。あくまでも下手に回って見逃してもらう。これが俺に出来る最善策だ。
こういう時は素直に思ったことを口に出す。
「そうか?もうじき呪いで死ぬというのにか。」
「…なんで知ってるんですか。」
「先程、貴様の左腕に呪いを掛けてやったというのに貴様自身の呪いで上書きしてるではないか。」
「そんなに強力なんですか?」
「少なくとも我の知る中では超越者しかその呪いを掛ける事は出来ん。」
瞳孔の無い目が俺を睨みつけた後、
「他者の唾が付いてるものを屠る趣味は無い。命拾いしたな。呪いの青年よ。」
そういうと男は踵を返し森の奥へと消えていった。
俺はその場に座り込み大きく息を吐く。
「死ぬかと思ったぁ…」
「忘れていた。」
弾かれたように振り向くと先程の男が立っていた。
「まだなにか…?」
「我の名はオルニアスだ。貴様が死ぬその時まで覚えておくがいい。」
「わかりました…」
瞬きをするといつの間にか姿が消えていた。
また絡まれると厄介だ。
立ち上がり村を目指す。
そう言えばフェイナから貰った弁当をまだ食べていないことに気付く。
襲われた場所から数十分歩いたところで岩に腰かけ弁当箱を開く。
中にはサンドイッチが入っていた。
「いただきます。」
一口頬張るとパンの香ばしさとレタスのシャキっという音が口の中に広がっていく。
「ぐっ…!」
口の中に食べ慣れた味が入っていた。キノコ入ってんじゃん…。
あの村は何でこんなにキノコ推しなんだ。俺は涙目になりながらも必死に咀噛する。
「ごちそうさまでした」
弁当を食べ終わり、再び歩き始める。すると余程遠い場所から発生した音なのか微かに耳に入る音が聞こえる。
「ん?」
音の発生場所に目を向けてみると木々に邪魔され全貌こそ見えないものの数匹のゴブリンが歩いているのが見えた。
どうやらこちらには気がついていないようだ。
気付かれる前にこの場を離れよう。無駄な争いは自身の消耗だけではなく時間も消費する。
こんな森の中で完全に日没を迎えると、待ち受けるのは死だ。
今まで会ったゴブリンやダイアウルフだけではなく大量のアンデッドにも囲まれる恐れがある。それだけは避けなければならない。
自分の行き先を確認しつつその場から離れる。
しばらく歩くと少し開けた場所に出た。
そこには小川が流れており、空を見上げると日は随分と傾いており2.3時間後には日没だろう。
村から来た時はこんな場所には辿り着いていない。
「もしかして迷った?」
そう言ってケルバから貰った地図を開くと川の位置を確認できた。どうやら先程ゴブリンとの戦闘避ける為、予定のルートから少しだけ離れたと思っていたのだが予想以上に逸れていた様だった。
大丈夫。現在位置を確認できた以上は村までの道のりは分かる。地図をしまい、そのまま歩みを進める。
暫く進むと前方にボロボロの祠のような物が見えた。地図を見てみるとどこにもそのようなものは書いていない。
だが日は半分以上隠れておりこれ以上進むのは危険だと判断する。今日はここで泊まろう。
「お邪魔しま~す。」
そう言って祠に入る。
中は意外に広く、奥には祭壇の様な物があり、その上には女神像が置かれていた。
とりあえず、寝床の確保をしようと部屋の探索を始める。
まず目に付いたのが壁に掛かっている絵だ。
そこには巨大なドラゴンが描かれている。
恐らくこの世界の神話に出てくるものなのだろうか?だが今はどうでもいい。
俺は荷物を置き、コートを脱ぎ捨てる。
汗が染みて気持ち悪い。
服のまま風呂に入りたいくらいだ。
水浴びをしたいところだが今外に出るのは危険だろう。少し考えてから上裸になる。
そして鞄に入れていた布で体を拭く。左腕には相変わらず生々しい傷が残っていた。
傷口に布が触れる度に痛みが走る。
だがこれで多少はスッキリした。
服を着直し床に寝そべると、いつの間にか眠りについていた。
夜中に目が覚める。
全身の筋肉痛で体が動かない。
なんとか体を起こし、立ち上がる。すると何かの気配を感じた。
気配がする方向に目を向けてみる。そこには無機質な女神像があるだけだった。
「気味悪ぃな…」
シー…ロ、シ、ロ、シロ、シロ、シロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロ
シロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロシロ
頭の中で反響する音は次第に大きくなってくる。俺を呼ぶ声が脳内で響き渡る。
頭が割れそうだ。
次第に意識が遠退いていく。
最後に見たのは女神像の瞳孔の無い真っ黒な目だった。
気がつくと俺は宇宙のど真ん中のような場所に居た。上も下も右も左も分からない空間に俺は立っていた。
すると女神像に酷似した人間が目の前にいた。
そいつは徐に口を開きこう言った。
「あなたを呼んだのは間違いだった。」
「あなたを呼んだのは手違いだった。」
「あなたはこの世界に存在してはいけない異物だ。」
急に知らない奴から罵倒される。
「だったらどうするんですか?」
思わず反論してしまう。
だがその女は表情一つ変えずに淡々と言葉を紡ぐ。
その姿はまるで機械のようだった。
彼女は続ける。
私はあなたの敵ではない。
私の願いを聞いて欲しい。
私の願いは、
「ただ異物であるあなたに死んでほしいだけ。」
「夢…?」
上体を上げ寝起きの体を伸ばす。
祠の外からは心地の良い鳥の囀りが聞こえる。どうやら既に日は登っているようだ。
女神像に目を向けると祠に入った時と何も変わっていなかった。
「うるせぇんだよ、馬鹿。」
そう言って女神像を蹴り上げると体に罅が入り大きい音を出して崩れた。
「好き放題言ってくれたなぁ。でも一晩の礼があるからこれで許しちゃう。」
荷物を持ち上げ祠を後にする。
暗い場所にずっと居たからだろうか、外に出ると眩しさに目が眩み、手で日の光を遮光する。
「行くか~。」
そう言って足を踏み出す。帰ろうイツワ村へ。
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厄災とは
地図を頼りに歩くこと数時間。ようやく森を抜け、視界が広がると俺が以前アンデットに襲われた場所が見えた。
もうじき辿り着く。逸る気持ちを抑え周囲を警戒しつつ村を目指す。
イツワ村の門が見えた。
監視塔にいるのはガリルの部下であるバージアだろう。酒が好きで監視任務の前から酔っぱらっている事がたまにあるらしい。
酔っぱらって敵だと勘違いしねぇだろうな…。
そう思いつつ門に近づくと、バージアは俺に気付き手を振ってくる。
「おー、シロ!帰ってきたか!遅いからどこぞで野垂れ死んじまったと思ってたんだ!」
うるせぇよ。
「ごめん!色々あって遅くなっちゃたんだ!」
待ってろ!と言って姿を消す。門を開けに行ったのだろう。少し待つと門が開かれる。
中に入ると村人達が出迎えてくれた。
その中にはフェイナもいた。
皆笑顔で迎えてくれる。
一番喜んでくれたのはやはりケルバだった。ケルバは俺の肩を掴みブンブン振り回す。
嬉しいのは分かるが止めてくれ。
首が取れちまう。
ガリルが背中を叩いてくる、
「一日遅れてっから仕事、山程溜まってんぞ。」
労えよ。先に。そして最後にフェイナが飛びついてきた。
「おかえりなさい!!シロ!!」
こうして俺は村に戻ってきた。
散々揉みくちゃにされた後、ガリルを呼び出す。
「んで?どうだったんだ?」
「間に合わなかった…全部、取り返しのつかない事になってた。」
そうか、と言ってガリルは海に目を向ける。
「まぁ、終わった事はしょうがねぇ。全部が全部お前が悪かったわけじゃねぇよ。」
「慰めてくれてんの?」
「あぁ、珍しいんだぞ?俺が気を利かせるなんて。」
確かに。
「まぁ、とりあえず今日は休んどけ。」
「その前に聞きたい事があるんだけど…」
おう、と言って俺の話に耳を向ける。
帰り道で出会った謎の魔物の事、地図上には無い祠の事を聞く。
特に魔物の事を話し始めるとガリルは今までにない真剣な表情になっていた。
「間違いねぇ…そいつは厄災だ。超越者が人類の数を減らすために用意した唯一この世界に干渉できる生命体。」
「なんで数を減らそうとするの?」
「人類は他の生物よりも発展し、地上を支配しているといっても過言じゃねぇ。超越者は命を持つものであれば人類に関わらず平等であるべきだと考えている。」
「その為にはまず人類の数を減らすところから始める。その為に用意されたのが厄災だ。」
「つまり、厄災は人を殺す為に作られた兵器みたいなもんなのね。」
「そうだ。」
「じゃが、そやつを殺すことが出来ねば超越者を殺すなど到底不可能な話じゃ。」
いつの間にか隣にはフミツキが立っていた。
「そんなに強い奴なの?」
「強い弱いの問題じゃねぇよ。」
ガリルの言葉に注釈するようにフミツキは続ける。
「厄災は世界の理から外れておる。現段階では人類が干渉できる隙などありはしない。じゃが」
方法は一つだけある。とフミツキは言葉を噛みしめるように言う。
「お主の呪いをそやつに渡してしまえばよい。」
「もういいだろ。」
無理やりガリルは会話を途切らせる。
「シロは疲れてんだよ。もう休ませてやれ」
俺とフミツキはガリルの顔を見るが反論はさせないと言わんばかりの圧を放っている。
「そうじゃな、長話に付き合わせて申し訳ない。」
そう言ってフミツキはその場を離れようとする。だが去り際に一言付け加えた。
それは忠告とも取れる言葉だった。
厄災、あれは危険過ぎる。もし対峙する事があればすぐに逃げよ。今はな。
それだけ言って姿を消した。
俺もガリルに別れを告げ、自室へと戻る。
ケルバが用意してくれた夕食を食べ、風呂に入る。
たった三日離れていただけでこんなに恋しくなるなんて思わなかった。
腕は風呂に入った後、ケルバが包帯を巻いてくれた。なんと魔法がかかってある高級品だとの事である。
寝る支度を整えベッドに体を放り投げる。
持って来たエリーゼの剣を鞘から引き抜きまじまじと見つめる。
やや刀身は蒼みがかっており触れてみると室温とは比べる程の無いくらい冷たかった。
剣を鞘に戻し眠りにつく。明日からまた日常が戻ってくるのだ。
戻ってきたばかりだから手加減はしてくれるだろうと淡い希望的観測を続けているといつの間にか意識は闇へと落ちて行った。
鐘の音が聞こえる。
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襲撃
うるせぇな…と思いつつ体を起こしてみると外は未だ闇に包まれていた。まだ夜中なのかよ……。
惰眠を貪るべく布団を被ると慌ただしく足音がする。ノック無しにドアを開く音と共にガリルが入ってきた。
「起きろシロ!襲撃だ!」
何言ってんだこいつ。
寝ぼけ眼を擦るといつものだらけた表情ではなく額に大粒の汗を掻いたガリルが立っていた。
一瞬で目が覚める。
「ゴブリンの群れだ!疲れてるとこ悪ぃが、今は一人でも戦力が惜しい!」
慌てていつもの服装に着替えているとガリルは余程急いでるのだろうか、準備出来たら門に来い。とだけ言い部屋から出ていく。
服を着替え、剣を装備し外に出ようと扉を開ける。すると目の前にはフェイナがいた。
驚いた顔をしていたが、すぐに真剣な顔になり口を開いた。
フェイナ曰く、今朝方から村周辺の森が騒がしかったらしい。
念の為に、と夜の見張りを増員したおかげで弓での迎撃が出来ているものの如何せん数が多い。
たまたま村に立ち寄っていた冒険者もかき集め応戦しているとの事だった。
「わかった。危ないからフェイナは家に入ってて!」
そうフェイナに伝え門へと走り出す。
幸い村の門が突破されてはいなかった。だが村の外は怒号や悲鳴が交じり合う狂気が繰り広げられていた。
少し離れていた所でガリルが図体がやたらとデカいゴブリンと戦闘していた。
ゴブリンも武装しているようでかなり手こずっているようだった。
応戦に向かうとガリルがこちらに気付き、命令を飛ばした。
「シロっ!デケぇ奴は他にっ!任せろっ!お前はとりあえず数を減らせぇ!!」
余程余裕がないのか途切れ途切れの口調で怒声を上げる。
俺は言われた通り、比較的図体が小さいゴブリンを殺すべく剣を抜く。
「ふぅっ!」
ガリルと大ゴブリンの戦闘に目を奪われていたのか立ち尽くしているゴブリンの首元に剣を振るう。
ゴブリンは俺の存在に気付いたのだろうか。慌てて振り向こうとするが時既に遅し。
刀身がゴブリンの首と接触し、すうっと胴体と頭部を切り離すべく肉に食い込む。頸椎にぶつかったのだろうか、やや硬い感触がするものの振り抜いた刀身はそれを通過しやがて空を切る。
時間にして一秒も経過していないだろう。鮮血を撒き散らし支えを失った頭部が宙に舞う。
「まずは1」
そう言って次の標的を探す。
俺は弱い。だから弱いなりに出来る事を探す。俺に出来る事、それは…
「シロ!?助かるっ!」
既に戦闘を繰り広げているゴブリンに不意打ちを仕掛ける。
そうすれば俺は安全にゴブリンを殺せるし、仮に仕留め損なったとしても注意が俺に向いたゴブリンは元々戦っていた者が殺す。
一石二鳥だ。
ゴブリンは他の種族に比べ弱い事で知られているが、それでも生き物だ。人間には遠く及ばないものの知能がある。防衛本能がある。
人間はそれぞれ違う考え方をもったゴブリンどもと戦うことになる。だがこのやり方はそれらを全て無視する。
時間をかける戦闘を一瞬で終わらせる最強の戦術。
そうして暫くゴブリンを屠り続ける。最初こそ不快感のあった肉を両断する感触にも慣れてきた。
すると不意に背後から空を切る音が聞こえた。今、振り向いてはいけない。振り向く時間で死ぬかもしれないからだ。
全力で前方に体重を掛けながら踏み切る。殆ど体が宙に浮いた感覚がした後に体を丸め一回転した後に着地する。ゲームでいう所のローリングをした。
躱し切った事を確認し振り向く。
背丈は俺と同じか、やや高い。刃の背が大きく湾曲した剣を俺が元々いた場所に振り切っている。所々が赤錆びた金属製の鎧を纏ったゴブリンがそこにいた。
「ちょっとお前ヤバそうじゃね?」
この状況から不意打ちはまず不可能。それに俺が殺してきたゴブリンよりも装備が良い。
【GRHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!】
背筋が凍る感覚がした。
こいつは強者だと直感的に感じ取った。
だが逃げれば背中から斬られる。そんな気がする。
ならば戦うしかあるまい。
俺は両手で剣を握り正眼の構えをとる。
今からてめぇを切り殺す。そう目で語るようにゴブリンを睨みつける。
そんな思いを知ってか知らずか口を歪ませ気味の悪い笑い声をあげ始めた。
「行くぞっ!!」
そう言って剣から左手を離す。虚を突かれたかの様にゴブリンは笑い声を止めた。
『イカヅチ』
魔法を唱えると左手から射出された閃光は一瞬でゴブリンに吸い込まれていく。
体を震わせる。全身から煙が立ち上るもののその体は一向に倒れない。
「マジ…かよ…」
【GRRRRRHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
怒りが籠った雄たけびを上げこちらに距離を詰めてくる。
ここで下手に避けると反撃の機会を失う。
殺意が乗った斬撃を受け流す。
決して軽くはない衝撃が、治りきっていない左腕に重くのしかかる。
痛みに悶える隙も与えさせずに次の斬撃が来る。
下からの斬撃。剣の腹で受け止め自身の体ごと受け流す。
するとゴブリンの持つ剣は頭上に高く打ち上げられ胴体が隙だらけになる。
体を翻し胴体を切断すべく横薙ぎに剣を振るう。
「死ねぇぇぇぇえええええ!!!!!!!」
文字通り全身全霊の一撃。
鎧を引き裂く不快な音が聞こえる。その奥から間違いなくゴブリンの体に傷をつける感覚がした。
だが決して浅くは無いものの致命傷に至らせるまでのダメージでは無かった。
次は完全に剣を振り抜いた俺の体が隙だらけになる。受け流した剣が頭上から勢いを伴って振り下ろされる。
「クソがぁ!!」
咄嗟に斬撃を受け流すも不安定な体勢だった為、大きく体が仰け反る。
拳が飛んでくる。俺は避けきれずに脇腹へモロに食らう。俺の体ぐらいの腕から繰り出されるフックは元々瘦せ型だった俺を吹っ飛ばせるには十分の威力があった。
俺の体はそのまま吹き飛ばされ地面に激しく衝突する。
「かっ…はっ……はっ!」
息が出来ない。視界がぼやける。
立ち上がるどころか起き上がる事すらままならない。
やばいやばいっ! そう思っても体が動かない。
必死に肺に空気を送り込もうとするも上手くいかない。
ゴブリンが俺の横に来る。
とどめを刺そうと剣を高々に上げる。
そして、喉元に剣が振り下ろされる。
「ぎぃぃっっ!」
寝返りをうち間一髪で避ける、耳に尋常ではない痛みが走りつつも一矢報いようと足に剣を振るう。
またもや切断までは至らないものの、ゴブリンは悲鳴を上げ俺の側から飛び退いた。
アドレナリンが分泌されたのだろうか、痛みは気持ち程度にしか感じる事が出来ない。
おぼつかない足に鞭を打つようにして無理やり立ち上がる。
ゴブリンは俺を休ませないかの様に間髪入れずに距離を詰めてくる。
斬撃、斬撃、斬撃、殴打、斬撃。
全てを完璧に受け流す事は出来ない。致命傷には至らないものの半端な状態で受け流した斬撃は、体の肉を少しづつ削ぎ落していく。
だが俺が攻撃に転じれる程余裕がある訳でもない。
防戦一方のまま時間が過ぎていく。
「はぁっ……はあっ……はっ」
既に呼吸は荒くなり立っているだけでやっとの状態だ。
対してゴブリンはと言うとまだ余力を残しているのか、動きに衰えが見えない。
肉を切らせて骨を断つ
唐突にこの言葉がよぎった。
次の斬撃で勝負に出る。どちらにせよこの状態が十秒でも続けば確実に俺は死ぬ。
剣が斜めから振り下ろされる。僅かに上体をずらし躱す。その際に肩の肉がゴッソリと持っていかれる感覚がする。
狙うは首元から上。頭は兜が装着されており剣が弾かれる可能性がある。
首だ。
首に剣先を突き立てる。驚くほどあっさりと刺さる。
ゴブリンは先程まで激しく動かしていた身体を止める。俺は両手で剣を握り、刺さったままの剣に全体重を掛けてねじ切らんとする。
ゆっくりと回っていく剣からはブチブチと不快な音が鳴り響き、やがて剣が抵抗から解放される。
そのまま地面に倒れた俺はゴブリンに目を向ける。
立ったままのゴブリンの首は不自然な方を向いており目や鼻、口からは血が流れている。
やがてゴブリンは支えを失ったかのように地面に倒れる。
勝った。
殺してやった。
「はっ…はははははははははは!」
笑いが止まらない。それは多分勝利の喜びじゃない。自分が生きていることによる歓喜なのだろう。
「やだああああああああ!!!!!!」
唐突に聞こえた女性の悲鳴に時が止まる。
悲鳴がした方向に目を向ける。
「フェ…イナ…?」
数匹のゴブリンがフェイナの足を持ち、引き摺りながらどこかへ行こうとしている。
「誰かっ…誰かぁ!フェイナがぁ!」
こんな状態でゴブリンに追いつけるとは到底思っていない。
だからと言って見過ごすことも出来ない。そうなったら誰か手隙の冒険者や村の護衛に助けを求めるしかない。
「誰かっ!ゴブリンがっ!フェイナが…!」
なんでたすけてくれなかったの?
既に声の届かないくらい遠い位置にいるのにフェイナの声が聞こえた気がした。
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死闘の果てに
なんでたすけてくれなかったの?
既に声の届かないくらい遠い位置にいるのにフェイナの声が聞こえた気がした。
「シロォォォォォォォォ!!!!!!」
ガリルの声が聞こえる。
「お前しか居ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
普段、絶対に言わないようなことを口走る。
「頼むっっ!!!!!!助けてやってくれ!!!!!!」
体に電流が走った気がした。全身の痛みが俺を突き動かすだけの原動力になった気がした。
死なせない。今度こそ。でなければあの世でエリーゼに顔向けができない。
駆け出す。
全身のいたる所から血が滲み出る感覚がする。でも止まらない。止められない。
「フェイナァァァァァァァァァァ!!!!!!」
咆哮を上げる。
ゴブリンが引っ張って行った場所へ一刻も早く辿り着けるように。
洞穴の前に立つ。何かを引き摺った痕はこの奥へと続いている。
居ても立っても居られない。走りこそはしないものの駆け足で洞穴へと足を踏み入れる。
前回の洞窟とは違い洞穴の壁にはビッシリと発光する苔が生えていた。
非常に薄暗くはあるもののランタンが無くても視界を確保できる分には光量があった。
先へ進む。
曲がり角の先へ進むとゴブリンと出くわした。
俺が先程まで戦っていたゴブリンとは比じゃない程小さいゴブリンだ。
何も考えない。姿を確認した瞬間に切りつける。
不意を突けたのだろうか。抵抗する間もなくゴブリンは息絶えた。
奥にいるゴブリンが俺に気付き、先が四又になっている鋤をこちらに向けて突進してくる。
魔法で迎撃…出来なかった。
背後から何者かが飛び掛かってくる音が聞こえる。
魔法を中断させるも、重量がある剣では咄嗟に迎撃は出来ない。振り返りつつ魔力を貯めていた左腕をそのまま襲撃者の顔面に叩き込む。
パァン!!!
強烈な破裂音と共に洞穴を埋め尽くす程の閃光が発生し襲撃者は壁に叩き付けられ絶命する。
なんだ…今の…?
あっけに取られその場で立ち尽くす。その所為で鋤を突き出すゴブリンに反応が遅くなった。
左腕で咄嗟にガードする。
だが腕に防具を付けていない為、鋤の先端は左腕を貫通し目前まで迫る。
「ぐううぅぅぅ!!!!!!あああああああああああああ!!!!!!!!!」
気を手放したくなる程の痛みを堪え無理矢理押し返し、ゴブリンの頭部に剣を突き立てた。
突き刺さったままの剣を捻り上げるとゴブリンは断末魔を上げ、やがて動かなくなった。
ふと我に帰ると左腕からおびただしい量の出血をしている事に気づく。
だがここで立ち止まるわけにはいかない。
こうしている間にもフェイナは殺されてしまう可能性があるからだ。
それだけは絶対に避けなければならない。
刺さったままの鋤を腕から抜き取ろうとする。まるで肌の向こうに焼き印を押されているかの様だった。
時間を掛ければ掛けるほど痛みが増す。意を決し勢いよく抜き取った。
「ッッッッ!!!!!!」
声が出なかった。声を出すことが出来なかった。左腕に力を込めて痛みに耐える。すると堰が切れたように血が噴き出す。
ケルバに巻いてもらった包帯を少しだけずらし、止血を試みる。だが多分意味などないだろう。
とにかく進もう。
少し行った所で見たことのあるような板があった。
それは以前、俺がゴブリンに襲われている際に踏み割ってしまった物と同じものだった。
ということはこの先には……。
嫌な予感が脳裏をよぎる。
でもそんなことは関係ない。今はただフェイナを救うことだけを考えろ。
そう自分に言い聞かせ先へ進んだ。
板を外す。そこには……
フェイナがいた。
服が無残にも破り捨てられ、目隠しをされており口に布が詰め込まれていた。
ゴブリンの数は5,6匹と言ったところか。
既に俺は警戒という言葉を失っていた。
怒りと殺意が頭の中を支配していた。
ゴブリンが一斉に振り向く。
言葉を発することもゴブリンの群れに突っ込んでいく。魔法で一掃するという発想は無かった。
剣を振り上げゴブリンに向かって突進していく。
一番近くにいたゴブリンに袈裟斬りを食らわせる。そのまま返す刀で隣のゴブリンの首筋に横薙ぎを叩き込み首を跳ね飛ばす。
「死ねええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
剣に付いた血糊を払う暇もなく次の標的へと向かう。
ゴブリンから突き出される農具が肌を引き裂く。だが痛みなど感じない。
目の前の敵を倒す。それ以外の思考は全て放棄していた。
杖を持ったゴブリンが火球を放つ。
盾なんて高尚なものは生憎持ち合わせてはいない。
左手で飛んでくる火球を握りつぶした。ジュゥゥゥゥゥゥゥと掌が焼け、辺り一帯に嫌な臭いが充満する。
肉が焦げる匂いに顔を歪める。
痛みは最高だ。自分が未だに生きていることを自覚できる。重くなった体を突き動かすことが出来る。
歪んだ顔に狂気の笑顔を張り付ける。
もう誰も止められやしない。
死体となったゴブリンの頭を踏み潰す。
「かかってこいよぉ!!!!全部ぶっ殺してやるっ!!!!!」
残ったゴブリンが後退りをする。
逃げるなら追わない。
だが逃がさない。
一匹、一匹と必要以上に死体を損壊させ蹂躙していく。
自分が今何をやってるか分からなくなっていた。
それでも目の前の醜悪な生物を殺す。殺す。
殺し続ける。
返り血で全身が真っ赤に染まっている。
そして、遂に…
動くゴブリンが居なくなった。
洞穴の奥で震える少女の姿が視界に入る。
俺が助けようとしていた少女だ。
今すぐ駆け寄りたいが、体は言う事を聞いてくれない。
一歩、また一歩とフェイナの元へ近付いて行く。
口から布を外し、目隠しを取る。虚ろな目をしたフェイナの目から涙が溢れ出す。
「シ…ロ…?」
消え入りそうな声で俺の名前を呼ぶ。
「助けにきたよ。」
俺は全身が苦痛に苛まれながらも笑って見せた。
フェイナが俺にしがみつく。
「汚いよ…?血、いっぱい付いてるから…」
笑って恥ずかしさを誤魔化そうとする。上手く笑えていただろうか。
だが、そんな事はどうだっていい。
フェイナが生きていてくれて良かった。
それだけで十分だった。
「ごめんね……シロ……私……何も出来なくて……怖くて……動けなかった……ごめんなさい……!!」
泣きながら俺に謝り続ける。
俺はそんな彼女の頭を撫で続けた。
すると、突然フェイナが何かに気付いたかのように体を強張らせた。
「左手…」
「ん……あぁ、ちょっと火傷したみたいでさ。まぁ大丈夫だよ。そのうち治るよ。」
心配かけまいと笑い飛ばす。
待ってて、と言ってフェイナは腰につけてあるポーションを手に取る。
いつぞやか、ケガをよくするからと常備してあった事を思い出す。
それよりも、ゴブリンに引き摺られてきたのだろう。フェイナの背中の傷も浅くは無いはずだ。
「フェイナ、背中痛いでしょ…?掛けてあげるから後ろ向いて。」
「何言ってるの!?シロの手の方がもっと酷いよ!」
「いやいやいやいや!女の子なんだから綺麗にしておきなって!」
「私のことより自分の手を見てよ!!」
押し問答が続く。
するとフェイナがいきなり抱きついてきて耳元で囁く。
「もう、こんなにボロボロになってまで守ってくれたのに、これ以上意地を張るのは野暮ってもんでしょうが。ほら、大人しく治療されなさい。」
その一言で、俺は何も言えなくなってしまった。
観念したようにフェイナに腕を見せる
途中から感覚が無くなっていたが、改めて見ると掌は焦げ、腕からは骨が突き出している。
目を逸らしたくなる衝動に駆られる。
「酷い…」
フェイナが呟く。
だが、すぐに気を取り直したのか俺の腕を掴み、ポーションを垂らしだす。
ひんやりとした感触が心地よい。
「村に戻ったら必ず治療すること!分かった?」
「かしこまりました。」
そう言って二人は立ち上がる。フェイナの服装がボロボロになっている事を思い出し、着ていたコートをフェイナに被せる。
フェイナは少し照れ臭そうにしながらお礼を言う。
「ありがとう。」
「おう。じゃあ帰るかぁ…」
体が崩れそうになる。フェイナが慌てて支えてくれた。カッコつかねぇ…。
「シロ!!」
「悪い、ちょっと気が抜けただけだよ。行こうぜぇ……」
そう言いながらも足取りがおぼつかない。
「もう、しょうがないなぁ。」
フェイナが俺に肩を貸した。
恥ずかしいがこうでもなければ歩くこともままならないだろう。
大人しく肩を貸されながら洞穴を進む。
出口が見えてきた。やや明るくなっている。夜明けが近い事が分かる。
「あともう少しだからね。」
フェイナが励ましてくれる。
俺は力なく笑う。
その時、嫌な気配を感じた。
まだ日の上りきっていない洞穴の外に目を向ける。
そこにはゴブリンの死体を貪っている人間がいた。
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魔法
そこにはゴブリンの死体を貪っている人間がいた。
俺は咄嵯に剣を抜き、フェイナを庇う様に前に出る。
「シロ……あれは……」
「分かってるよ。」
フェイナの声が震えている。無理もない。
あんな光景を見れば誰だって恐怖を感じるだろう。
すると、その人間は俺に気付いたのか顔をこちらに向ける。
眼球が抜け落ちた穴からは、得体のしれない虫が這い出してきている。
ゴブリンを食っていた口からは臓物がはみ出し、異様に鋭い歯を覗かせていた。
「あ……あぁ……」
フェイナが言葉にならない声を上げる。
俺も恐らく同じ表情をしている事だろう。
そいつが近づいてくる。
フェイナが悲鳴を上げ、意識を失う。
逃げろ、という思考すら浮かんでこない。
四つん這いだったそいつの体は何かに弾かれたように俺に飛び掛かってきた。
右手でフェイナを押し倒し、左手で迎撃しようとする。
動かない。左手は地面に縫い付けられたかのようにピクリとも動かなかった。
そのまま俺はそいつに押し倒される。
首筋に噛みつかれる。
激痛と共に血が流れ出る。
「ああああ!!!」
絶叫が響く。
咄嗟に右腕で剣を抜き、そいつの肩に剣を突き立てる。
痛みを感じないのか、そいつは首筋から右腕と標的を変え噛み切らんとする。
「このぉ!」
声が聞こえ、そいつは俺の上から蹴り出される。薄れゆく視界の中でフェイナが足を上げているのが見える。
そいつは、フェイナに標的を変えたのだろうか、ゆっくりと顔をフェイナに向ける。フェイナの顔から完全に感情が消え失せていた。
終わった…。
結局守ることが出来なかった。白に染まる意識の中で、俺は…
属性と言っても火、水、木などではなく人それぞれで違い、水属性だったり氷属性だったり、水分自体を操るといった属性もある。
そう教えてくれたのは随分と会っていない。俺に魔力を与えてくれたババァだ。
「でも、俺が使えるのは雷に似た魔法なんですよね。」
「そうさね、似た魔法だ。」
似た、の部分を強調してくるババァに少し苛立ちを覚える。
「使ってみるまでは分からないって事ですか。」
「使えても最後まで詳細が分からない魔法だってあるさ。」
ほら、奥深いだろう?魔法というのは。
もし、
もし、仮に俺の使える魔法が雷を飛ばす魔法じゃなかったら?
初めて魔法を使用した時、詠唱をしていなかった為か腕に強烈な刺激を覚えた。
今回だってそうだ。魔法を打ち切る前にゴブリンに叩き付けた拳は不可解な挙動をしていた。
仮定の話だ。仮に俺の魔法が体内に流れる電流を増幅させる魔法だとしたら。
魔力自体に属性は無く、使用者が魔力を消費し魔法を唱える際に属性が付与される。
つまり、俺は体内で増幅させた電流を詠唱という形で射出のトリガーにした。
辻褄が合う、気がする。あくまでも仮定の話だが。
俺の体は血で塗れている。
体が濡れている時、人体の電気抵抗は大幅に下がり乾燥している時よりも大幅に死に至る危険性が高くなる。
いかに俺が雷に似た魔法を使えるといっても、最初に魔法を使った時の様に耐性はあるものの感電はする。
仮定の話だ。だがやってみる価値はある。
己の魔法で死に至る可能性もある。
でも、ここでフェイナを見殺しにするくらいだったら死んだほうがマシだ。
死んだとしてもフェイナの最後を見届けることはないのだから。
覚悟を決めろ。
落雷や音楽を奏でる動画にも出てきた電気の軌跡が全身を巡るイメージをする。
立ちあがれ!勇者になんてならなくても良い!強大な魔力なんていらない!チート?くそくらえ!
今はフェイナを助ける。その一心だった。
体に衝撃が走る。
かつて目にした救急措置の研修で、AEDを使用された対象者が体を跳ね上げる映像があった。
今俺の体には同じ事が起こっているだろう。厳密には違うだろうが、少なくともそれくらいの衝撃があった。
全身から煙を昇らせながら立ち上がる。
フェイナは俺を見て目をこれでもかと眼を開く。
興味を失くした人間が立ち上がることに驚いているのかそいつは俺に顔を向け、中身の入っていない眼光をを俺にぶつける。
走る。
「がぁぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」
全身から血を滴らせ突進する。
目標を絶命するべくそいつの顔面に拳を叩き付ける。
『イカヅチ』
絶叫し右腕を振り抜くと、俺の拳から尋常ではない光量のスパークが発生する。
耳元で銃声を鳴らされたかと勘違いする程の破裂音が鳴り響く。
同時にそいつの首から上は原型を留めることが出来なくなり、やがて支えを失ったかのように引き千切れる。
勢いを伴った肉塊は近くの木にぶつかり、残された胴体は成す術もなく崩れ落ちた。
右腕が焼けるように熱い。
まるで、熱せられた鉄の棒を押し付けられているかのような感覚に襲われる。
耐えられない程ではないが、痛みには慣れていない。
痛みを感じるということは生きているという事だ。
その事実が俺に生きる希望を与える。
フェイナを見る。彼女はただ呆然としながら俺の腕を見ていた。
彼女には俺の体から発せられる光がどう見えているのだろうか。
発光が収まる。
俺の右手は焼け爛れたかのように赤くなり、皮膚の薄い箇所からは血が滲み出ていた。
地面に膝をつく。
限界だった。
体の至る所で血管が浮き出ている。
脳からの指令を無視して筋肉が痙攣を起こしている。
視界がぼやけていく。
両腕を壊された俺はそのまま地面に倒れる。
だがここで意識を手放すわけにはいかない。
まだ村に着いていない。フェイナを村まで送り届けていない。
「シロ!」
フェイナが心配そうに駆け寄ってくる。
「大丈夫……ちょっと疲れただけ。」
そう言って笑おうとするが、顔の筋肉が言うことを聞かない。
フェイナが泣き始める。
涙を流すフェイナを慰めてあげたいが、俺はピクリとも体を動かすことが出来ない。
「ごめんね……フェイナ……泣かせたかった訳じゃないんだ……本当に……ごめ……ん」
すると先程の轟音を聞きつけたのだろうか。
茂みを掻き分ける音が聞こえる。
助けだろうか。それとも魔物だろうか。それもすぐに答えが出た。
「シロォ!」
ガリルだった。
駆け寄ってきたガリルは俺の体を見て顔を歪める。
「よくやったな。」
その言葉を聞き、遂に意識を手放した。
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生還
目が覚めた時、最初に見えたのは見知らぬ天井だった。
起き上がろうとするが体に力が入らない。
首だけを動かし辺りを見渡す。
白い壁、鼻孔につく薬品の匂い。ここは病院か。
誰かが俺の手を握る。
横を見ると、そこにはフェイナがベッドにもたれ掛り寝息を立てていた。
起こさないよう注意して手を握り返す。
すべすべだぁ…。
フェイナの肌はキメ細かく、いつまでも触っていたくなるような感触をしていた。
そんな馬鹿なことを考えていたら病室のドアが開き、そこからガリルが現れた。
彼は俺の顔を見た瞬間、おっ、と声を上げた。
そして、俺の傍に来て頭を下げてきた。
何で謝ってるんですかねこの人。
疑問に思っているとガリルは口を開いた。
「お前のお陰でフェイナが助かった。感謝する。」
何時にもなく真面目なガリルに居心地が悪くなる。
「じゃあ、溜まってる仕事は帳消し?」
そう聞くとガリルは顔を上げ、鼻で笑う。
「なわけねぇだろ。」
数日後、右手に痺れを感じながらも退院することが出来た。
フェイナは何度も俺の様子を見に来てくれた。ちょっと過保護じゃないですか…?
流石に入院中は仕事を任せられる事は無かった。
完全に心を悪魔に売っているのだと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。
村の空気を肺に取り込む。久々の外の空気はいつもより少しだけ美味しく感じられた。
家に帰る途中、村人達に声を掛けられる。
皆一様に俺の事を褒め称えてくれた。
その光景がむず痒く、照れ隠しにおどけて見せる。
家に入るとケルバが待っていた。
彼の目の下にはクマが出来ており、心労を掛けてしまった事に申し訳なくなる。
「よく、よく孫を助けてくれた。」
入院中も散々聞かされたお礼を再びかけてくる。
「いえいえ、フェイナが無事で良かったです。」
心の底から思ったことを伝えると、ケルバは目に涙を浮かべながら俺に感謝の言葉を伝えてきた。
夜になり、食事の時間になると慌ただしくフェイナが扉を開けて入ってくる。
「良かったぁ!間に合った!」
そう言いながら料理を運んでくるフェイナの姿に、思わず笑みが零れる。
フェイナは俺の前に皿を置くと椅子に座り、両手を合わせて目を瞑る。
「退院を記念して!」
それに倣って俺も目を閉じ、手を合わせる。
「いただきます。」
フェイナの作るご飯は相変わらずの見た目だったが、今日はなぜか一段と美味しかった。
風呂に入りベッドへ体を放り投げる。目を閉じた途端に眠気が襲ってくる。
明日は何をしようかなと考えているうちに眠りについてしまった。
翌日。
慣れとは恐ろしいものだ。まだ万全とは言えない体であるのにいつの間にかガリルと鍛錬をしている場所に来ていた。
だが、そこにいたのはガリルではなくフミツキだった。
「……どしたんすか?こんな時間に。」
いつもなら彼女は惰眠を貪っている時間だった。
そのうちやっと起きてきたと思ったら俺を冷やかしに来るのだ。
いつになく神妙な面持ちを浮かべた彼女に、やや緊張してくる。
「そろそろじゃな。」
「何がですか?」
「超越者を殺すのじゃろ?」
一瞬思考が止まる。
今の今まで忘れていた。あまりにも色々な出来事がありすぎた。
だが正直この村で最後を迎えるのも悪くないかと考え始めていた。
そう思っていた矢先の出来事に、俺は動揺を隠しきれないでいた。
「……そうっすね。」
「ならば準備を始めるのじゃ。」
そう言って彼女は俺に背を向け歩き出す。
「え……ちょ……ちょっと待ってよ!」
彼女の背中に声を掛けるが、振り向きざまにこう言った。
「覚悟は決まったのではないのか?」
「いや……まぁ……そうなんだけど……」
「その剣の主に誓ったのではないのか?」
エリーゼ。
その名前を思い出した瞬間に虫唾が走る。
なんで俺は忘れていたのだろう。
あんなにも憎んでいたというのに。
心の底から湧き出てくる憎悪に体が震える。
その様子を見てフミツキは安心したかのような顔を浮かべる。そして再び口を開く。
その声色はいつものようなふざけたものではなかった。
「お主の解呪はこの大陸では出来ん。じゃが別の大陸には魔法よりも呪術を重んじる国がある。」
そこまで聞いてようやく彼女が何を言いたいのか理解した。
恐らく彼女は俺にそこへ向かうように促しているのだ。
確かにこのままこの村にいても何も始まらない。
むしろ悪化していくだけだ。
「その名はミレーバルという。」
聞いた事の無い名前だ。
一体どんな所なのか想像すらつかない。
それでも行かなければ。
超越者を殺す為の寿命を稼ぐために。
やつを殺す為にはまずこの呪いを解く必要がある。
そのためにはそのミレーバルとかいう場所に辿り着かなければならない。
「なに、今すぐという話ではない。じゃが残された時間は少ないぞ。」
それだけ言うと彼女はその場から立ち去って行った。
一人になった瞬間、様々な思いが頭の中を駆け巡る。
今の幸せな時間を捨ててまで超越者を殺すべきなのか。
結論はすぐに出た。奴隷の少女、ゴブリンの巣に居た冒険者、そしてエリーゼ。
それらは俺に関わらなければその先の人生があった筈だ。
奴隷の少女は、俺が大人しく宿屋に戻っていれば死ぬことは無かった。
冒険者は、俺がルウを待ってから行けば助かったかもしれなかった。
エリーゼは、俺が逃げていなければサキュバスに出くわすことは無かった。
幸せな人生があったかもしれない。
それを俺は奪っていった。
俺だけがのうのうと寿命を待つことは出来ない。
「行くよ、俺」
少し時間が経ってから訪れたガリルに事情を説明する。
彼は黙ったまま話を聞いてくれた。
説明が終わってから少し間が空き、ガリルは頷く。
「分かった。」
「俺はお前じゃねぇ。お前にはお前の選択権がある。それを俺が決める事なんて出来ねぇさ。」
「まぁ、ガリルならそう言うと思ってた。」
「フェイナには伝えたのか?」
「いや、まだ。」
そうか、と言って木剣を渡してくる。
「待ってれば弁当持ってその内来るだろ。始めるぞ。」
「病み上がりなんだけど?」
そう言いつつも木剣を正面に構える。
「俺からの選別だ。病み上がりだからって手加減はしねぇぞ。これが最後なんだからな。」
そう言い放ったガリルは俺に向かって突進してきた。
その動きはいつもより遅く感じられた。
だが反撃する隙は一瞬もなかった。
彼の一撃は俺の木剣により受け流される。
「どうした?そんなもんかよ!」
「まだまだこれから!」
体が軋む。それでも攻撃を受け流し続ける。
これはガリルから教わる最後の生きる術なのだから。
ゴブリンとは違い一撃はそんなに重くないものの、流れるような剣術はスタミナを容赦なく削っていく。
そして遂に、
「ふっっっ!!!」
ガリルの一撃を受け流さず体で避け、突きを放つ。
体には当たらずとも肩の衣服が裂ける。
「やるじゃねぇか。」
分かってる。その気になったら俺を叩きのめせる事なんて。
先の襲撃で見せたゴブリンとの勝負を横で見ていた俺なら分かる。
「全然、本気出してない癖によく言うわ。」
「当たり前だろ。俺が本気でやったら死んじまうだろうが。」
「じゃあもう少しだけ付き合ってもらおうかな?」
そう言って俺は再び剣を構える。
「後悔すんなよ?」
「こっちの台詞だよ。」
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旅の始まり
「後悔すんなよ?」
「こっちの台詞だよ。」
そう言って横薙ぎに放たれた斬撃を受け流…せない。
自動車に轢かれたんじゃないかと錯覚する程の衝撃が木剣から伝わる。
暫く、攻防…ではなく防戦一方を続けていると、フェイナから声がかかる。
「あー!シロ、まだ動いちゃダメだよ!」
「やべっバレた。」
そう言ったのはガリルだった。さっき待ってれば来るって自分で言ってなかったか?
ガリルが木剣を下ろすのを見て俺もそれに従う。
フェイナは俺の傍までやってくると目を吊り上げ、
「なにやってるのさ!お医者さんから動いちゃダメって言われてたでしょ!」
「誠に申し訳ございません。」
ガミガミと説教を受けつつガリルを見てみると腕を組みながら顎をしゃくり上げた。
「ねえ、聞いてる!?傷が広がったらど…」
「フェイナ。話があるんだけど。」
彼女の言葉を遮る。
すると彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
それを見た俺は、改めて彼女に向き直る。
大きく深呼吸して気持ちを整える。
覚悟を決めよう。この呪いを解く為にミレーバルに行くことを伝えるんだ。
そうしなければ俺はこの村を離れる事は出来ないだろう。
黙って聞いていたフェイナはいつしか何を考えているか分からない無機質な表情になっていった。
「ダメ。」
「フェイ…」
「ダメ」
無表情のまま彼女は冷たく言い放つ。
「なんで?」
「危ないから。」
「大丈夫だって。」
「嘘つき。」
「それは……」
言葉に詰まる。
確かにそうだ。今まで散々心配かけた挙句、また危険な旅に出ようとしているのだ。
その事に対して反論の余地は無い。
それでも、
「もう決めたんだ。」
「ダメ」
次は目に涙を貯めて言い放つ。
「行かないで。」
「でも、」
「行っちゃヤダ。」
今度は泣き出してしまった。
これではまるで俺が悪いみたいじゃないか。
悪いんだけどさ。
困っていると、ガリルが口を開いた。
「お前が決めろ。」
「言った筈だ。お前の選択は誰にも止める権利は無ぇ。」
「ただ、」
「一つ忠告しておくぜ。」
「女を泣かすんじゃねぇ。」
それだけ言うと彼はその場を立ち去ってしまった。
一人残された俺は、泣き続ける彼女を見る。
その姿は、いつもの元気な姿からは想像できない程弱々しく見えた。
「フェイナ」
「やだ…」
「フェイナ」
「……」
「フェイナ」
「やめてよ。」
「お願い。」
「やだ。」
「フェイナ」
「やだぁ。」
「絶対帰ってくるから」
嘘だ。帰れる保証なんてない。むしろ超越者どころかミレーバルに辿り着く前に野垂れ死ぬかもしれない。
今までの人生において一番不可能な約束を取り付ける。
「ほんと…?」
「本当。絶対に帰ってくる。」
それでも彼女を安心させたかった。
俺の言葉を聞いた彼女は顔を上げてこちらを見つめる。
その瞳は潤んでいたものの先ほどまでの悲しみの色は消えていた。
決意を固めたのだろう。口を開く。「分かった。」
「私も行く。」
「え?」
「付いてく。」
「いや、それは流石に……」
「いいの。」
「フェイナよく聞いて」
そう言って俺は自分のやりたい事、そう思った経緯。全てを洗いざらい話した。
その間、彼女は真剣な眼差しで俺の話を聞いてくれていた。
「そっか。」
「うん。だから俺は一人でも大丈夫だよ。」
「じゃあさ、」
「ん?」
「全部終わったら、この村に住む?」
「え?」
「だって、帰ってくるんでしょ?その頃には私、村長になってるかも!なんて。」
そう言って照れ笑いするフェイナ。
正直、魅力的な提案だと思う。
でも、それは恐らく出来ない。
なんとなく分かる。離れてしまえばもう二度とこの村に戻っては来ない。
いや、戻って来れない。
それでも、
「分かった。その時までちゃんと俺の家用意してくれる?」
「任せてよ!シロの帰る場所ぐらい私が作っといてあげる!」
そう言って笑った彼女の笑顔は眩しかった。
「そんじゃ、ケルバさんにも伝えてくるわ。」
そう言ってその場を後にした。
俺はこれから旅に出ます。
事情を伝えると、ケルバは渋い顔をして、そうかと言った。
「どうせ、止めたってお前さんは行くんだろ?」
「はい。」
「若いのぉ。少し寂しいがお前さんの決めた事だ。もう何も言えん。」
「ありがとうございます!」
そう言って頭を下げる。
「いつ出るんだ?」
「フミツキさんと相談はしてみますが多分、明日明後日には出るかと。」
「そうかい、それまでゆっくりしていきなさい」
「わかりました。」
もう一度深く礼をして、家を出る。
フミツキの家の前まで来る。ノックをするも返事がない。いつも通りだ。
扉を開けるとやはりフミツキは椅子に座っていた。
「決まったのか?」
「はい、呪いを解いて超越者を殺します。」
彼女の問いに対し、ハッキリと答える。
「ミレーバルにすら辿り着けんかもしれんぞ。それでも行くのか?」
「行きます。」
俺の意思はもう動かない。
「ならば明日の昼じゃ。昼に港から船が出る。」
そういった彼女はどこか遠い目をしていた。
ありがとうございます、と言い残し家を後にする。
自室へ戻る途中村を見て回った。
見慣れた景色だが今日で最後だと思うと感慨深いものがある。
道すがら村人が話しかけてくれる。
傷は治ったのか、フェイナちゃんとはどこまでいったのか、などなど
しょうもない質問も飛び出すが、その全てに感謝を込めて返す。
村長の家に戻り他愛のない会話をしながら夕食を取り風呂に入る。
自室のベッドに体を放り投げる。
すると扉からコンコンとノックをする音が聞こえる。
どうぞ、と入室を促すと入ってきたのはフェイナだった。
隣座るね、とベッドに腰を掛ける。
「どしたの?」
「ねぇ…シロ、死なないでね。」
心がズキンと痛む。
「死なないよ。絶対」
それから部屋は静寂に包まれる。
不意にフェイナが手を重ねてくる。
俺はギョッとして握られる手に目を向ける。
「絶対…帰ってきてね…」
震える声でフェイナは呟く。この先の展開など分かりきった事だ。飛び上がる心を何とか地上に叩き落し、冷静に声を掛ける。
「フェイナ…?」
涙を流していた。
手をぎゅっと握ってくれなければ先程までの浮かれていた俺の脳天にイカヅチをぶちまけてやる所だった。危ない危ない。
「これ…持って行ってくれない…?」
そう言って震える手で渡されたものはネックレスだ。
白い宝石のようなものが付いている。これは何なのか聞こうとしたその時、
彼女が抱きついてきた。
急な出来事に頭が真っ白になる。
ただ一つだけ分かる事は今俺の顔は耳まで赤くなっているだろうということだ。
そんな俺の事を知ってか知らずか彼女は更に強く抱きしめてくる。
そして、ゆっくりと離れると、俺の首にネックレスをかける。
これでお守りの完成だと微笑んだ彼女の笑顔は一生忘れないだろう。
その後、一言二言交わし、彼女は帰って行った。
一人になった俺は再びベッドに倒れ込み天井を見上げる。
目を瞑れば、様々な思い出がフラッシュバックしてくる。
彼女と過ごした日々。村の皆との絆。
どれもこれも大切なものだ。
それを全て捨てて俺は旅に出る。
後悔は無いと言えば嘘になるが、それでも俺は行かなければならない。
ふぅーっと大きく息を吐く。
もう寝よう。
そう思い俺は意識を落とした。
翌日
旅立ちの日。
意気揚々と家の扉を開け、外に出る。
装備も持った。ローブも洗ってもらったし、ズボンも新調してもらった。
鞄にはケルバが長持ちするって言ってた食い物も入ってる。
おやつは忘れてきました。まるで遠足気分だ。片道切符だけど。
港に向かう途中である事に気付く。
「あ、金持ってねぇわ。」
まぁ、いいか。流石に金なら村の人が出してくれるだろう。多分。
やや気落ちした足取りで港へ向かう。
すると待ち受けていたのは大勢の村人だった。
え?なんだこの状況?と困惑していると、一人の男が前に出てきた。
ケルバだ。
「シロ、これを持っていけ。」
そう言って差し出されたのは小さな袋。
「これは?」
中を見てみると硬貨がぎっしり入っていた。
「銀貨じゃ。80枚入っとる。足りないかもしれんが文句は言うなよ?」
襲撃に対応した報酬、村の手伝いをしてくれた賃金もろもろ含めて80枚だと言う。
俺は感動していた。
「ありがとうございます!」
「うむ、必ず帰ってくるんじゃぞ!」
「もちろんです!」
そう言って俺は歩き出す。
一歩踏み出した瞬間、
「頑張れよぉ!」「負けんなよ!」「応援してるぜ!」「死ぬんじゃねぇぞぉ!」
様々な声が聞こえてくる。数える事しか話していない人も中には居る。それでも俺は知っている。この村の暖かさを。
船の近くにはフェイナ、ガリル、フミツキの三人が居た。最も関わりのある三人と言っても過言ではない。
まずはガリルが話しかけてきた。
「シロ、引き時が肝心だ。駄目だと思ったらすぐ帰って来いよ。」
わかった。と言って拳を突き合わせる。
次はフミツキか、
「シロ、事情があって妾はこの村を離れることは出来ぬ。じゃがお主の武運を祈っているぞ。」
そう言って一枚の紙を渡してきた。まるで御札のような見た目をしていた。
いいの?別れ際に御札って。縁起悪くない?思ったことを目で伝えたが顔を逸らされてしまった。
最後はフェイナだ。
「死なないでね。」
昨日の夜と同じセリフを言う彼女に対して力強く返す。
「当たり前だよ。絶対生きて帰る。約束するよ。」
すると彼女は安心したように笑う。
「うん!信じてるからね!」
そう言って彼女は距離を詰めてくる。
キス
なんてご都合的なイベントが起こるはずもなく、ただ抱きしめられただけだった。
でも嬉しかった。一生このままでいてくれないかな。と思っていると体が離れる。
頬に湿った感触がした。
村人からおぉっ!とどよめきが起こる。フェイナは照れたような顔をしながら、
「おまじない……効くといいんだけど……」
と呟いた。
「じゃあ行ってきます。」
恥ずかしい心を見透かされないように船に乗り込む。
少し間を置いてから汽笛が鳴る。
今までいた村が遠ざかる。
涙が。
不意に出てくる。
だが最後まで脳裏に焼き付けるように目を開き手を振る村人達を、やっと助けることが出来たフェイナを、
地平線に消えるまで見つめていた。
冒険が始まる。
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出航
暫くして重要なことに気付く。船に乗った冒険者に話しかける。
「すみません。ちょっといいですか。」
「ん?おお、シロ…だったか?ゴブリンの時は災難だったな。」
背中に高そうな盾と両刃の剣を背負った冒険者が襲撃の事を話す。
余程注目を集めたのだろうか、名前を覚えてくれていた。
「俺はロストンだ。よろしくな。」
「シロです。よろしくお願いします。」
それでなんですけど、と言葉を続ける。
「今から行くところってどこなんですかね…?」
マナ。これがこの異世界の名前だった。
今まで俺が居た大陸はエルミナス王国が支配しており大陸の中心には王都がある。
その昔、人間を含めた様々な種族が結託し突如降り注いだ黒い隕石から出現する魔物と戦争を繰り広げるも、人類はやや劣勢。
ありとあらゆる地が魔物に蹂躙されていく中で、人類は魔物が渡ってこれない海の孤島に退避する。その孤島は人類にとって傷を癒し健康的な生活を続けられるような楽園が広がっていた。
人類はその中で戦の準備を進める。いくら楽園だからと言っても資源には限りがある。大陸を我が物顔で跋扈している魔物を殺戮し我らの大陸を取り戻す為に。
そうして始まったのが第一次黒星大戦。
人類はあらゆる手で魔物の殺戮を開始する。多くの犠牲が出た。やがて英雄と呼ばれる者が幾人も戦場で命を散らして行った。
その末に、
人類は最初に渡った地を奪還する事に成功した。だが人類に多大な犠牲が出る。しかし年月を重ねる毎に再び人類は数を増していった。
その度に人類は浸食された我が大地を取り返して行った。
何度も、何度も。そんな歴史の中で一つの伝説が生まれた。
それは、あるパーティがたったの数人で国を取り返した。
人類は幾度となく多大な犠牲を払い大陸を浄化していったというのに、
彼らは勇者と呼ばれることとなる。
そして、彼らは等しく
「転生者だった。」
ロストンは長話に疲れたのかふぅ…と息をつく。
「そんで冒頭にあった楽園ってのがさっきまで居たエルミナス王国だ。」
「って事は今から行くのは、人類が最初に奪い返した国ですか?」
察しが良くて助かるな。そう言ったロストンの顔は先にネタバレをされたかのような苦笑いを浮かべていた。
「でも今は広げ過ぎた領土の奪い合いが人類で起こってるんだよ。」
「種族間でって言う事ですか?」
そうそう。とロストンは続ける。
「でもエルミナス王国は元々色んな種族が入り混じって生活してたんだ。種族間での差別はそんなに酷くは無い。」
「なんだったらお前も言ったように、今から行くのは最初に攻略した国だ。差別は少ないがエルミナスよりは結構根深いものがある。」
「その国の名前ってなんですか?」
フェーデル王国、人類が最初に魔物から奪い返した最初の地。
そこまで言ってちょっと寝てくるわ、とロストンは船室に入っていった。
俺は甲板で潮風を浴びながら、これからの冒険に胸を躍らせていた。
この世界に来て初めての街だ。
そういえば、この世界の通貨ってどんなものなんだろ。
あの村ではケルバが銀貨80枚くれたが、あれってどれくらいの価値があったのかなぁ。と耽っているとパシャンと何かが海に落ちる音が聞こえる。
なんぞや…?と思いながら身を乗り出し水面を凝視する。
何もない。
危ないぞ~と船の舵を取っている人が声を掛けてくる。
「すみませーん何か落ちたような音がしたんですけど!」
そう言って再び水面に目を落とす。
あった。何か赤いものが見える。
んー?と凝視するとどんどん赤いモノが大きくなっていき、
「っ!?」
顔を両手で捕まれる。
慌てて体を戻そうとするも勢いよく引っ張られた顔に体が付いていく。
水面が近づいてくる。やがて、
「おい!人が落ちたぞ!!」
俺は海のど真ん中に落下した。
海に投げ出された俺は必死にもがく。海面に出ようと顔を上に向ける。
すると、俺を掴んで離さない何かの正体がわかる。
人だ。
耐える事が出来ない。口に詰まった空気を吐き出すと生成された気泡はゴポポという音と共に海面に昇っていく。
開いた口に何者かが口を付け無理やり空気を流し込まれる。
やべぇっ!マジで死ぬ!
すると不意に口が離され肺に空気が取り込まれる。
は?空気?と海の中で呼吸が出来ることに疑問を持ち口づけをした人に目を向ける。
女性だ。淡い桃色のロングヘアーにエメラルドのような碧眼。
透き通るような白い肌、豊満な胸。
まるで女神のような風貌をしていた。
だが人として致命的に異なる部分があった。
女性の下半身は巨大な魚の尾ひれになっていた。
人魚!?あまりの驚愕に目を見開く。
急な事で申し訳ありません。と女性の口が開いていないのに何故か聞こえた気がした。
大丈夫ですからね。と女性は俺の頬に手を当てる。
あ、はい。ありがとうございます……。
とぎこちなく返すと彼女はニコッと笑う。
と、とりあえず船に戻してもらっても良いですかね…とジェスチャーを含め脳内で語りかける。
その前にやることがあります。と再び脳内に声が響く。
そして彼女は俺の胸に手を置いた。
えっと、何を……?
困惑する俺を尻目に彼女は俺の心臓のある位置に手を添えたまま目を瞑りブツブツと呟く。
しばらく経つと彼女は胸から手を放す。
すると体の中から何かを抜き取られる異様な感覚と共に、胸からは影のような黒いモノが抜き取られていく。
喪失感を覚えながらその影を抜き取っていく彼女の成すがままになっていた。
もう良いですよ。
そう言われ俺はやっと我に返る。
全てを無力化することは出来ませんが、少しだけ軽くすることが出来ました。
そう言って彼女は俺から抜き取った影を自身の体に収めていく。
な、なんのことですか?
呪いです。
の、呪い?
はい。
何の?
貴方にかけられた、人を不幸にする呪い。
え……?
一瞬何を言っているのか分からなかった。
だってイツワ村を飛び出したのは呪いを解呪する事だったのだから。
そんな簡単にいくわけがないと思わず声が出ないのに、口を開けていた。
フミツキから解呪の方法はある程度聞いている。
私の名はメルヴィナ・マナ・ミラエルと申します。
唐突に自己紹介され困惑した俺はとりあえず名乗っておく。
シロです。
ん?マナってこの世界の名前じゃなかったっけ。
シロ、死の星に愛されたシロさん。
必ずやこの世界を、
超越者を殺してください。
「っ!?」
彼女が言い終わるとほぼ同時に俺の体は起き上がった。
周りを見渡すと何度か見た事のある風景だった。
船室。
立ち上がり甲板へと出る。
空には月が浮かび、夜風が吹いていた。
「やっと起きてきたか!」
そう言って船の船員であるジェイルが駆け寄ってくる。
事情を聴くと突然海に落ちた俺は暫く浮き上がってこなかった為、船を出向させようとしたとした所、物凄い勢いで浮上し甲板に投げ出された。
「何があったんだ?こんな海のど真ん中で。」
「いや…僕にもよく分からないんです。」
海で起きたことは鮮明に覚えている。だが言う気にはなれなかった。理由は分からないがここで言うべきでは無いと直感がそう言っている。
次からは心臓に悪いことはやめてくれよ?と言い残しジェイルは元の位置に戻っていった。
「それはそうと、もうすぐ夜明けだ。フェーデルももうすぐ見えてくるぞ。」
確かに空はだんだんと明るみを増していく。
夜明けを見たのはいつぶりだろうか。
干渉に浸っているとなにやら大陸のような物が見えてくる。
フェーデル王国
あれがそうなのだろう。
それでも人類が最初に取り戻した国。
一体どんな場所なのか。
期待に胸を膨らませながら俺は朝日を浴びていた。
あれから数時間が経過し、俺たちを乗せた船はフェーデル王国の港に到着した。
そして今、俺は入国審査を受けていた。
ずっとコートのポケットに入っていたギルドカードを渡す。
金ならあらかじめジェイルに渡してある。
俺の対応をした入国管理者は訝しげにギルドカードを眺めていた。満足したのだろうかぶっきらぼうに返してくる。
すみませんね。何も書いてなくて。あの時は何もなかったんですよ。なんだよ名前が主人公って。心の中で呟く。
久しぶりにギルドカードを見た俺は次の目的地を決めた。
とりあえずギルドへ行こう。王都に連れてこられた時も真っ先に行ったのがギルドだ。
言い訳を自分にひたすら述べるが結局のところ目的は一つ。
「ステータスどうなってるかなぁ。」
久しく見ていない自分のステータス。
改めて思い出すもステータスが発現しただけで喜んでた俺は数値の事なんて何も考えてなかった。
正確な数値は覚えていないが一桁の数値があったのは間違いない。
どれくらい上がってるんだろうなぁ!とルンルンでギルドに向かった。
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ギルド
ギルドに着いたのはお天道様が頭上に君臨している頃だった。ちなみに港へ着いたのはまだ空が完全に明るくなっていない時間帯だ。
理由はもちろん迷ったから。恥を忍んでそこらじゅうの人に話しかけまくってようやくたどり着いた。
両開きの扉を開ける。
既にクエストに向かったのであろう。目に見える冒険者はまばらだった。ちらちらと目線を感じる。
あ、ども。と会釈をしながら受付へと向かう。
カウンターに着くと、くっっっっっそ不愛想な受付嬢が居た。
髪色はやや青みがかっているだろうか、ショートカットの髪にやや吊り上がった目。見た目は良いが人を寄せ付けないようなオーラを感じる。
「何か、ご用でしょうか。」
不愛想に訊ねられる。
「あ、ちょっ、ステータスゥー…、更新したいんスけど…」
港に着いた時の高揚感はどこへ行ったのか。度重なる試練に心は押しつぶされてかけていた。
その言葉を聞いた途端、彼女は顔をしかめる。チッ……と舌打ちをした後面倒くさそうに、少々お待ちを、と言ってカウンターの奥へ消えていく。
いや、態度悪すぎじゃない?
そう思いながらもカウンターで大人しく待つ。
暫くするとプレートを持った彼女が奥から出てくる。
「手をお乗せください。」
ほう、まだ敬語を使えるだけの商売根性は持っているようだな。と感心しながら差し出されたプレートの上に手を乗せる。
魔力を込める。
名前:主人公
種族:亜人
耐久力:140/142
魔力量:48/48
筋力:29
強靭力:42
敏捷性:22
精神力:86
知力:27
思ったより能力の向上が見られる。精神力の高さにおぉっと声が出る。高いのかどうかわからんけど。
つーか耐久力削れてるの絶対この受付嬢の所為でしょ…。間違いなく心に2ダメージ負ってるくらいにショックを受けていた。
だが俺は攻撃を仕掛ける。ただでさえ態度の悪い不届き者に業務を追加してやろう。
「すみません。名前って変更できますか?」
「出来ません。」
俺のターン終了。これから俺は殺される。そう思っていると横から慌てたように別の受付嬢が身を乗り出してくる。
「出来ますよ!冒険者さん!」
突如現れた女神によって俺のターンは再開される。鼻で笑い勝ち誇った目を元の受付嬢に向けると、舌打ちをして苦虫を嚙み潰したような顔をした。
俺の勝ちだ。
そう言って彼女に向き直り、じゃあお願いします。と頼む。
はい。分かりました!と笑顔で答える彼女。
最初に5シルバー渡した後は突っ立ってるだけで更新が終わる。
渡されたギルドカードにはステータスの他にシロという名前が刻まれていた。
これから依頼を受けますか?と聞かれたので素直に答える。
「ちょっと街見たら直ぐに出ますよ。」
えっ?と担当してくれてる受付嬢さんが言葉を放つ。
態度の悪い受付嬢も、何言ってんだこいつ?みたいな顔を向けてくる。
一瞬、時間が止まった後に、受付嬢さんが申し訳なさそうに口を開く。
「お言葉ですが、このステータスで外に出るのはちょっと…」
聞くところによると人類が生活している街は平和そのものだが一歩でも外へ出ると俺のステータスでは厳しいらしい。
じゃあ俺の受けれる依頼は無いって事ですか?と聞くと受付嬢さんは丁寧に説明してくれた。
あくまで危険なのはたった一人で外へ出る事。
3等級以上の冒険者ではない限り単独で外に出るのは自殺行為です。
終わった。
ただでさえ異世界に来てからコミュ症が災いして、よっぽど優しい人じゃない限り関わることが無かった。
そのうえ知り合い一人居ない新天地だ。
眼から光がどんどん失われていくのが自分でも分かった。
そんな俺の心情を読み取ったのか受付嬢さんは手をパンと叩き提案してくる。
「折角、いらしゃったのですからパーティーを組んでみてはいかがでしょうかっ!」
名提案だ。俺がコミュ症じゃなければ。
だが新米なら既にパーティーを組み終わっている頃だろう。そこに異物が一つでも入れば今までの戦術が崩壊する。
一人で活動出来る3等級以上の冒険者など持っての他だろう。
その旨を伝えると、
「確かに…」
否定しろや。それでも、パーティーを組むメリットもちゃんとあるんですよ!と受付嬢さんは熱弁する。
まずは戦術の幅が広がります!これは大きいですよ!
そして精神的に拠り所となる存在!これこそ大事!
最後に仲間が居る安心感!これも大事なんです!
なるほど、
「それで僕が入る隙間はあるんですか?」
再び口を閉ざす。すみません、こんな面倒くさい奴で。
受付嬢さんは気まずい空気を変えようとしたのか話題をガラッと変える。
「それはそうと、シロさん!先程ステータスを拝見させていただいたのですが、10等級から9等級へ昇格が可能ですよ!」
露骨な話題の変え方に俺は文句など言う筈もない。俺だってそうして欲しかった。
「等級が上がると、どんなメリットがあるんですかね?」
「はい、まず受けられる依頼の幅が広がりますね!」
話に乗ってきた俺に安堵したのか、受付嬢さんはホっと一息を吐いて説明をしてくれる。
「勿論、等級は上がれば上がるほど報酬の高い依頼が受注できるようになりますが、同時に危険度も高くなります。」
「中には、等級によってパーティーで受注される事を要求して…あっ。」
沈黙。
もう何も言うまい。俺が黙っていると、
あー、いや、あのですね!と慌て始める。
これ以上迷惑をかけるわけにもいかないしそろそろ行くか、宿屋はどうしようかなぁ。前は駆け出しだからという理由で宿屋を無償で提供してくれたのだが、一等級上がるとなるとそういう訳にもいかないだろう。
「とりあえず、なんとなく分かりました。多分。ありがとうございます。」
「えぇっ!?」
急にそそくさと立ち去る俺に驚愕するもそれを尻目に俺は扉へ向かう。
「ちょっと待ってください!!」
そのまま驚いていればいいものを…流石に呼び止められれば従う他ないだろう。
「…なんでしょうか。」
「いや……でもそれは…でも…」
一人で誰かと相談をしている。気持ちは分かる。俺もたまにやるから。それよりも、
自分の世界に入っている今がチャンス!可能な限り足音を無くし、気付かれないようにゆっくりと受付嬢さんの視界から出ればミッションクリア。晴れて俺は自由の身だ。
少しづつ後ずさるも結論に達したのか、受付嬢さんは顔を上げ、
「一人空いている方がいます。」
テーブルに案内され十数分経過しただろうか。件の冒険者を呼びに行っているのだろう。それは正直ありがたいのだが、心は不安で染まっていた。
まず、この時点でパーティーに入っていない冒険者など何らかの欠点を抱えてパーティーから追い出されているのだろう。
もしソロを好む冒険者だったとしても受付嬢さんはわざわざ無駄なお節介を焼くはずがない。それにある程度の実力があれば9等級に上がったばかりの俺と組ませる筈がない。
断ろう。
どうせ面倒事を押し付けられるだけに決まっている。なぜ憧れの異世界に来て寿命が差し迫っているのに人に気を使わなければいけないんだ。
それがどんなに美少女でも。めっちゃ好みに刺さる人種だったとしても。俺を引き連れて依頼をこなせるような人でも。それが超美少女でモフモフの尻尾を持った可愛い獣人だったとしても。
断らなければいけない。ミレーバルに行く手段は決して徒歩だけではないだろう。
それがモフモフの獣耳を持っていて超絶美少女で俺を養ってくれて一瞬でミレーバルに連れて行ってくれる人でも。
断…る。
「断るぞぉ…!」
そうしている間にギルドの扉が開く。
受付嬢さんの後ろにぴったりとくっつく一人の冒険者が居た。
やけにサラサラしてそうなロングヘアーはまるで輝くような黄金色を放っていた。
服装は、正に駆け出しそのものを体現したかのような防具を付けている。
全体的に青を基調とする布を纏い、上半身には全面を覆うように銅色のプレートが付いている。
下半身はやや黒味がかったズボンを履いており、膝には上半身にもあった銅色のプロテクターを着用している。
”装備に”思わず見とれていると、受付嬢さん御一行は俺のテーブルに向かってくる。
俺の前の席に座った途端に冒険者が席を立つ。
「わ、わたくしはミラ・ヴァーリアル・フェー…フェイデルと申しますわ!」
間違いない。
地雷だ。
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パーティーメンバー
一目見た瞬間でなんとなく気付いていたが、彼女の自己紹介で疑惑は確信に変わる。
貴族だ。
全て悟った。こいつはパーティーにも入れてもらえなかっただろうな。手入れがきっちりとしているサラサラの髪に、傷一つない防具。
どこぞの我儘お嬢様が冒険に興味を持ち、親に装備を整えてもらって観光気分で冒険者をやっているのだろう。端から遊び気分の奴がパーティーに入るなど邪魔以外の何物でもない。
自分の生活や命を掛けて依頼を受けている冒険者の横で、のうのうと過ごしてきた貴族が冒険者になる。今まで依頼で生計を立てていた冒険者からすると侮蔑以外の何物でもない。
冒険者の横にいる受付嬢さんに目を向けると、ニコニコと笑っていた。
俺の態度で分かったのだろう。こういうタイプは言われるがまま相手の言う事を聞くしかないと日頃、数多く来る冒険者で鍛えられた観察眼で悟ったのだ。
断るに決まってんだろ。固く決意し口を開く。
「シロです…まずお話をしましょう…。」
不愛想受付嬢だけでなく、ニコニコ受付嬢さんにも俺は負けてしまった。
俺の言葉に驚いた表情をした後、貴族さん(仮)は慌てて席に座る。
「それじゃあ、あとはお二人でご相談してくださいね。」
そう言って受付嬢さんはカウンターへ戻っていく。はずれを掴ませるだけ掴ませて逃げやがったぞこいつ。
「えっと……シロ様……で宜しかったでしょうか?」
「はい、そうですね。様は付けなくてもいいですよ。」
もう確定だろ。これ。
「その…わたくしとパーティーを組んで頂けるとお聞きしているのですが。」
「えっと…まぁ…そういう事になりますね…」
絶対に断ってやる。いつまでもコミュ症のままではいられない。
「でも…わざわざ来て頂いたたのはありがたいのですが…その…ちょっと」
歯切れを悪くして相手が悟るような文を詠唱する。
『頼空気読察欲』
この魔法は最強だ。自己嫌悪をこれでもかと感じるように見せかける。そうすると敵は、まぁしょうがないか。と思わせる魔法だ。
顔を俯かせながらチラリと彼女の顔色を伺う。
貴族さん(仮)は少し口を開いた後、口を横一文字に結び顔を俯かせる。
もしかして…泣いてる…?
顔を俯かせる直前に彼女の目からキラリと光る何かが見えたような気がした。
それもそうだろう。今まで彼女は同じ経験をして来た筈だ。中には俺と同じ最強の魔法を唱える奴だって一人や二人いただろう。
どれくらいの数のパーティーに入れてもらえなかったのだろうか。
「そう…ですか…」
そう言った彼女の声は震えているように聞こえた。
何を思ったのか彼女は満面の笑みを浮かべ席から立ち上がる。
「お時間を取らせ申し訳ございません。お気になさらないでくださいまし。シロ様は何も悪くはありませんのよ!」
先程の震える声は微塵もない。完璧に見える笑顔は満面の笑みという他なかった。
「それでは」
そう言って彼女は踵を返す。その後ろ姿は何故かとても凛々しかった。先程の笑みと同様、完璧すぎるくらいには。
「ちょっ、ちょっと待ってください!!!!!!」
椅子から勢いよく立ち上がりギルドに響き渡る大声を発した事実に顔面から火が出るような熱さを感じる。
それでも構わない。
「まだ…まだお話は終わっていません。」
勇気を出して放った言葉に彼女は唖然とした表情を見せる。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。彼女はハッとした表情で席に戻ってくる。
「な、なんでしょう。お話しというのは。」
ガチガチになった彼女が口を開く。
心臓が破裂するかもしれない。緊張で握った拳は何故かビリビリしている。
「ぼ、僕と…パーティーを組んでくりゃませんか。」
ご主人様の命令通りに動かない舌なんて切り落してしまおうか。心臓はさらに早くなり拳のビリビリは強さを増していく。
彼女は何も答えない。
何故彼女は答えない!待ちに待った誘い文句じゃないのか!俺が童貞だから悪いのか!あぁ!?それともなんだ9等級の冒険者なんぞと組みたくないってのか?
そりゃそうだよなぁ!なんたって貴族さん(仮)だもんなぁ!自分が黙ってても勝手に報酬を稼いでくるようには見えねぇもんなぁ!?
すると貴族さん(仮)は眉間に皺を寄せ無理矢理作ったような笑みを張り付け、震える声で答える。
「喜んでお受け致しますわ!」
「それじゃあ、早速依頼を受けに行きますわ!」
彼女は意気揚々と歩き出す。そんな彼女に申し訳ないと思いつつ口を開く。
「すみません…今日はちょっと疲れてて…さっきフェーデルに来たところなんです…」
疲れてるのは心の方ですが。
彼女はピタっと体を止めると顔を赤くしながら振り向く。
「そっそそ、そうですわよね!先程この国に来たばかりですものね!」
恥ずかしがりながらも俺に近付いて来る。
「わたくし、パーティーを組んだら何がしたいとか全く考えておりませんでしたわ。」
俺の目の前に立った彼女は真剣な表情で話し始める。
「ですので……その……まずは一緒にご飯を食べたり、お買い物をしたり、お茶をしながらお話をしたりなど……如何でしょうか?」
「その前に受付嬢さんに話してきましょうか…」
茶をしばくのはその後だ。
諸悪の根源の元へ出向く。
当の諸悪の根源はニコニコしながら両手を合わせる。
「パーティーを組まれたのですね!良かったですねフェー…フェイデルさん!」
「えぇ、本当にありがとうございます。」
ニコニコしながら諸悪の根源は続ける。
「パーティーを組まれましたのでこちらをお渡しさせて頂きます。」
手渡されたのは一枚の羊皮紙だった。所属する冒険者の名前。パーティー名などを記入してください。」
よし、全部フェイデルさんに任せよう。待望のパーティーだ。彼女なりに思う所があるだろう。
「フェイデルさんがパーティー名を決めてください。僕はちょっと何も思いつかないので…」
「わ、わたくしが決めていいのですのね……?」
彼女は目を輝かせながら考えている。
少し経つと彼女は何か閃いたような表情を見せ、ペンを走らせる。
書き終わったのか彼女はゆっくりと顔を上げる。
そこには達筆な字で書かれた文字が並んでいた。
ロンズデーライト
どこかで見たような名前だった。だが鮮明に思い出すことは出来ない。
「いい名前ですね…ちなみに由来とかあるんですか?」
彼女は少し照れながら答える。
「ロンズデーライトとは元々、鉱石の名前でした。ロンズデーライトは非常に強度があり簡単には砕くことが出来ません。それで…」
言葉を切らす彼女に続きを促す。
「それで……?」
「その……あの……」
もじもじと体を揺らす彼女はとても可愛かった。
「このお話は後にしましょう!マルデさん!パーティー名はこれでお願いしますわ!」
そう言って諸悪の根源に羊皮紙を渡す。
「かしこまりました。以上でパーティーの申請は受諾され、ここに新たな物語が始まります!」
その名もロンズデーライト!
急にテンションをぶち上げてきたマルデと呼ばれた諸悪の根源に若干引きつつも、目を輝かせるフェイデルを見てハズレを引き合わせた事を許した。
冒険者ギルドを出た後、今夜の宿を探すべく街に繰り出すことにした。
とりあえず、武器屋や防具屋を見てみたいなぁ…。あとポーションとか?宿屋も取んなきゃだし…
「歩いてりゃ何とかなるかぁ…」
「何がですの?」
「何がって…」
いや、何でいるんだよ。そうか、特に明日の予定も相談していないから付いて来るのは当然か。
「あぁ、明日の話ね。明日は依頼が張り出された後に集合しましょうか。」
それぞれの地方の冒険者ギルドによって多少は異なるものの大抵依頼が張り出される時間は同じだ。
冒険者たちは報酬の良い依頼を我先にと受ける為、依頼が張り出される時間の少し前に集合する。
エルミナスの受付嬢がそんな事を言っていた。多分。
だが俺達は駆け出しである前にたった今結成されたパーティーである。
お互いの戦い方を尊重しつつ、考え方を擦り合わせていく必要がある。
その為、運良く報酬の良い依頼を受諾したとしても失敗する可能性が高い。だから最初は争奪戦で残った難易度の低い依頼を受けるのが吉だ。
その旨をフェイデルに伝える。
「分かりましたわ。それでは明日の依頼が張り出された後に集合ですわね。」
ほう、復唱することによって覚えがよくなる事を知っているのか。いい心がけだ。仕事ではミスが減るぞ(白目)
「それじゃあ、そういう事で。」
そう言って歩き出す。でも何故だろう。俺と同じ速さで歩く足音が続いてくる。
振り返るとフェイデルが首を傾げてこっちを見てくる。
「えっと…まだ何か?」
「え?」
「え?」
え?
「シ、シロさんはわたくしとパーティーなのでしょう……?」
「……そうですけど…」
「な、なら一緒に行動してもよろしいでしょう?」
「あー……まぁ……そうですね……」
俺がそう言うと彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
パーティーなら四六時中行動を共にすると思っているのだろうか?あまりにもパーティーからあぶられ続けて…うぅ…。
心の涙を流す。
「ところで……」
「はい?」
「さっき仰ってた『何とかなる』とはどういう意味なんですの?」
「……気にしなくて大丈夫です…」
「パーティーメンバーなら隠し事は不要ですわ!」
そこでふと思い至る。元々彼女がここに住んでいるのだとしたら迷わず行きたい所に行けるのではないか?時間の効率化を図れるし。
パーティー万歳!
「じゃあ、武器屋とか防具屋の場所って分かります?ついでに安い宿屋の場所も教えていただけるとありがたいのですが…」
「もちろん…もちろん!案内させていただきますわ!」
彼女は胸を張って答える。
「それでは、わたくしが武器を購入したお店に行きましょう!」
「お願いしまーす…」
彼女の後ろに着いて行く。
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他愛も無い一日
ですので久し振りに前置きを書いてみようとかと思います。
突然ですがこの小説のタグである[弱主人公]についてですが、こちらを[主人公成長系]
と変更させていただきます。
理由としましては、筆者がノリノリになるあまり意外と主人公さんが善戦してくれていたからですね。申し訳ない。
ですが今後執筆していく中で、主人公のステータスを底上げするチート能力、世界観に影響を与えてしまう成長要素を取り入れることは決してありません。
実際に主人公の特殊能力は現時点で発現していますが、一切戦闘面に関わる事はありません。
「着きましたわ!」
「おぉ~」
思わず感嘆の声を上げる。
大通りに面したその建物は三階建ての立派な建物だった。
「ここはギルド直営店でして、この建物一つで武器から防具、さらにはポーションなどの消耗品が全て揃いますのよ!」
はぇ~便利なものが合ったもんだ。てっきり装備品それぞれで別の店を駆け巡る事になると思ってたけど…
「ちなみに武器だけとか防具だけっていう店はあるんですか?」
「勿論ありましてよ。ただそのお店毎で店主さんが実際に作成した物がほとんどですので、わたくし達のような駆け出し冒険者はまずここに立ち寄ることになりますわ。」
この防具はここで作成した物じゃありませんけど、と付け加えた。
「じゃあ、防具はそこで買う事にします。武器は…」
チラリとコートを捲り腰に携えている剣に目を向ける。この剣がどれだけの性能を誇っているのかは知らないが、他の武器には乗り換えたくない。
お金や性能では無く心の問題だ。
「俺はこの剣を使い続けようと思います。」
「そうですか……分かりましたわ。」
少し残念そうに彼女は答える。
「それじゃあ、さっそく中に入ってみましょうか!」
そう言って彼女は歩き出す。
つまりここで買うのは消耗品だけではあるが、折角の機会だ。色々見てみることにする。
あ、と言ってフェイデルは振り返る。
「少し訊ねにくいのですが、ご予算は幾らぐらいあるのでしょうか?」
船で移動する際に5シルバー、ギルドカードの名前変更に3シルバー使用している。
ケルバの渡した額が正確であれば残りは72シルバー残っていることになる。
「70シルバー?くらいですかね…」
「それでしたら問題ありませんわね!宿屋の方もそこまで高望みをしなければ問題無しですわ。」
そう言って店に入る。
おぉ、ポーションだけでは無く使用用途の分からないアイテムが並んでいた。
とりあえずフェイデルに従ってポーションと解毒薬、それに俺が以前使用していた物よりもやや小さいランタンを購入する。ちなみに割り勘だ。
「ついでに武器、防具も見ていっていいですか?」
「勿論ですわ!」
2階には武器、3階は防具とそれぞれの階によって品揃えが違っていた。当たり前か。
階段を上り武器コーナーに着く。それぞれ武器の種類が分けられて壁に掛かっている。それぞれの武器でも3種類くらいの幅があった。
だがそれでも満足だった。モニター越しでしか見る事の出来なかった光景が今目の前にあるのだから。一々武器の解説をしてくれているフェイデルには悪いがほとんど話が入ってこなかった。
値段は大抵の物が3シルバー50カッパーという価格設定になっている。やはりシルバーの下があったようだ。メモメモ…
そこから使用者に合わせてオーダーメイド費用が発生するとの事。心が躍る。
それでも俺にはこの剣で十分だ。満足して3階へ向かう。
色々な種類の防具がある。関節のみを守り必要最低限の音しか出さない防具もあれば、フルプレートの鎧もある。中には木製の鎧もあった。
こんなんで守れるのか…コンコンと叩くと見た目はやたら薄いのに恐ろしい程分厚い板を叩いている感触がした。
「鉱石によりますが、金属よりも木製の方が魔力を宿しやすい材質もあるようですわね。」
フンと胸を張って先輩顔をしたフェイデルが注釈してくる。
「ただ魔力を宿すには特殊な加工技術が必要となりますので、お値段はちょっと張りますけれど。」
なるほど、ただ安物買いの銭失いという諺がある。死ぬくらいなら散財したほうがマシだろう。
ある程度見まわったところでフェイデルに声を掛ける。
「じゃあ、次はフェイデルさんが防具を買った場所に行ってみたいです。」
「あら、わたくしの買い物にも興味を持ってくださるなんて嬉しいですわ!」
彼女は顔を綻ばせて言う。
「こちらですわ!」
そう言って彼女は歩き出した。
フェイデルが向かったのは店を出て、やや左に流れ細い道に入った先だった。
そうして辿り着いたのは、知る人ぞ知る!といった見た目のややボロい店だった。
扉を開けるとチリリンと鈴が鳴る。
中に入ると強面のおっさんがチラリとこちらに目を向ける。
今日はやけに不愛想な人間に出会う日だ。もしかすると異世界人は大体こういう感じなのか?
店内を見渡す。
「おぉ……」
思わず感動の声が漏れる。
壁には盾が飾られ、棚には籠手や脛当て、頭を覆う兜などが置かれている。
フェイデルは奥のカウンターに肘を付いている店主に話しかける。
「お久しぶりね、お元気だったかしら?」
「あぁ……防具の調子はどうだ。」
「上々よ!」
「そりゃ良かったな。」
それだけ会話を交わして店主はまた視線を手元に戻す。
俺はというと店主の放つオーラに気圧されて、声すら出せずにいた。
「あの、この方がわたくしのパーティーメンバーですの。」
「は、初めまして。シロと申します。」
「……」
店主は無言のままチラリと俺を見る。
「……ふむ……」
そして小さく呟く。
「、その剣を見せてくれねぇか。」
「えっ、あっ、はい。」
言われるがままに剣を渡すと受け取った剣を様々な角度から眺めている。
「そのローブといいどこで拾って来たんだ。」
そう言って剣を返してくれた。
「大事な人から貰ったっていうか…」
「じゃあ聖堂とはなんの関係もねぇんだな?」
そう言って彼は俺の目を見る。怖ぇし…聖堂とかも聞いた事ないし…
「多分関係ないと思います。聖堂自体もよくわかっていないです…」
「そうか。」
そう言ったきり、店主は黙ってしまった。
沈黙に耐えかねた俺は彼に尋ねる。
「あのー、防具を購入させて頂きたいのですが…」
「予算は。」
こいつも中々に失礼な奴だな。初っ端から予算聞いてくるとか日本なら一発解雇案件じゃないの…?
そう思いつつも今出せる金額を考えてみる。手持ちのシルバーは先程アイテムを購入した事もあり60シルバーと少々。これから宿屋に掛ける金、クエストの結果が赤字になる事も考える。
さらに食事代等もかかることを踏まえ、
「10から15シルバーくらいですかね。」
「駆け出しにしては思い切った金額を出すな。悪くない、防具はお前の身を守る為の物だ。ここで惜しむ奴から死んでいく。」
「あ、ありがとうございます。」
「バルガ・グランディスだ。」
何とかおっさんからの高評価を得た。
そこからは防具の試着や採寸を済ませていく。俺からの要望も聞きつつ、最終的には素材が軽く必要な個所を守る防具が必要だ。と言われた。
理由はもちろん俺の体が貧弱だから。いくら素材が軽いとはいえ全身鎧を着れば自重で動かなくなるし、固い素材で一部を守ろうとすれば防具に重心が引っ張られるらしい。
幸いにも俺が提示した予算は中々の物だったらしく、要望通りの品が出来るそうだ。防具は元々店にあるものを加工して出来るそうなので店の中で待たせてもらうことにした。
店に置いてある長椅子に体を預けると、横にフェイデルが座ってきた。
「良い防具が出来上がりそうで何よりですわ!」
「そうですね。」
フェイデルは笑顔で言うが俺は少し気まずかった。なんだか俺の予定に合わせて引き留めてしまっている感じがしたから。
これこそがコミュ症の王たる由縁だろう。
それからしばらく無言の時間が流れる。
「……そういえば、シロ様はどうして冒険者になろうと思ったんですの?」
唐突にフェイデルが尋ねてくる。
「あぁ、実は……」
どこまで話したものか…と思案する。あんまり重い話をしても困らせるだけだろう。さらに彼女は嘘をかぎ分ける事に長けていると思う。嘘と本当の事を織り交ぜて話す。
「自分に掛かった呪いを解くためです。その為にミレーバルに行こうと思っているのですが、受付嬢さんから今の能力では外に出るには危険だと。ですのである程度能力を付けつつ金を稼いで移動手段を見つけようとしてました。」
なぜだろう。言葉がポロポロ出てくる。きっと浮かれているのだろう。
「最初は一人で全部やろうとしてましたが、受付嬢さんからこの街でやっていくのはパーティーが不可欠だと聞いて。」
初めてのパーティーに。初めて同業者と話し合えたから。
「そこで紹介されたのがフェイデルさんです。正直に話すと…」
だから言わなくても良い事まで言ってしまう。
「最初に見た時、あぁ…この人は色々なパーティーから断られてきたんだろうなって…」
この際、彼女が貴族だから。戦闘の時に役に立たなさそうだとしても。
「でも断らなきゃって、貴族に見えるから立派な理由で冒険者なんてやってないと思い込んで。」
彼女は初めて出来たパーティーメンバーなのだから。
「最後に笑顔で立ち去ろうとするフェイデルさんを見て、申し訳ないなって思いました。それで呼び止めたんです。」
俺と同じ外れ者にされてきたんだろうなと勝手に思い込んでしまった。
「でも、今日フェイデルさんはアイテムや武器防具の説明をしてくれましたよね?それで分かったんです。」
もう彼女の事を他人だとは思えない。
「きっとフェイデルさんは冒険者になる為にいっぱい勉強してきたんだなって。だからパーティーを組んで後悔はしていないです。」
彼女は俺の友人だ。同じ思いを共有する同類だ。
いずれこの街を離れることになっても彼女の事は決して忘れることは無いだろう。
そこまで言って俺はとてつもない後悔をした。
恥ずかしっ!誰だこの勘違い自己中男は!冒険者の経緯を聞かれたのに話がとんでもないことになっている。
自分の首を絞める為に顔を上げると、フェイデルの顔が視界に入る。
涙を流していた。
判決、被告人を死刑に処する。
「え、ちょっ、なんで泣いているんですか!?」
「だってぇ…だってぇ!」
そう言って泣きじゃくるフェイデル。誰か助けてくれぇ!
「わたくしっ…パーティー候補の方が居るとお聞きしてっ…グス…舞い上がって…!」
嗚咽を漏らしながらも彼女は続ける。
「それでもっ…シロさんのお顔を見てっ…この方も今までの方達と同じ目をしてたからっ…断られるって。」
「だからっ……わたくしっ……諦めかけていたんですのっ……そしたらっ……シロさんが優しくてっ……!」
「わたくしっ……嬉しくてぇっ……!」
そう言ったきり彼女は嗚咽を上げ続ける。この時に背中を擦れるだけの度胸があればこんな場所には来ていないだろう。
やがて落ち着いたのか嗚咽が止んだ所で彼女は口を開く。
「わたくし、ミラ・ヴァーリアル・フェーデルと申しますの。ミラ、と呼んでくれて結構ですわ。」
フェーデル。この王国の名前。偶然ではないだろう。やばい。下手な事やったら。衛兵。殺される。
心の中がプレッシャーで押しつぶされそうになる。地雷かと思っていたら核爆弾そのものでした。
「よ、よよ喜んで、お、お、お受けいたしますわ。」
俺は声を震わせながら答える。
「ほ、本当ですのね!?」
「はい……」
「ありがとうございます!!」
「いえ、こちらこそ……」
「それではこれからよろしくお願い致しますわ。それと敬語もいりませんわ!なにせ…」
頼むから現実を突きつけないでくれ。何かの間違いだと言ってくれ。キモいからパーティー解消だと言ってくれ。
「パーティーメンバーですもの!!!」
そうこうしている内に奥から店主が出てきた。
「待たせたな。お前の要望通りの性能を持った防具が完成したぞ。」
そう言って差し出された防具は銀色に鈍く光るパーツのような物だった。
明らかに防護できる部分が少ないように感じるんですが…
「えっと…これは…」
「安心しろ。防具が小さいのには訳がある。それに小さい分、全てに魔力が籠っている。」
お前の体では動きを阻害する物は装着できない。全身鎧など以ての外だ。
それにお前が着ているそのローブ、斬撃や打撃に加え多少の魔法に耐性がある。
故に一番攻撃を受けるであろう正面。咄嗟にガード出来る前腕。上腕は重しになるので装着はしない。肘。膝などの関節。壊されると致命的になる足。
この部分だけに装着することによって、動きを阻害することの無く立ち回ることが出来る。
「はぇ~」
「分かっているのか?」
「多分。」
はぁ、とため息を吐き続ける。
注意点としては魔力が籠っている防具に関してだが、攻撃を受けると防具に宿っている魔力から削れ始め、防具自体には傷が付かない。
だが残量が無くなると防具自体にもダメージが入る。一番危険なのは魔力があると勘違いをしてその戦い方を続けることだ。。防具に付いてある水晶を見てみろ。
それが大まかな魔力の残量だ。余裕がある時は常にチェックしておけ。それに魔力が満杯の状態でもそれ以上の攻撃を受けるとダメージは通るから気を付けておけ。
「ありがとうございます!」
そう言って懐からシルバーを出す。17シルバーぽっきりだった。
予算より多いものの、説明を受けている後だと良い買い物をしたと思わせるような丁寧な説明だった。
「防具の修復なら俺の店に来い。以上だ。用が済んだのなら出ていけ。」
「ね。この防具屋に来て正解だったでしょう!」
「確かに、為になる事は多かったかな。」
そう言って店の外に出ると既に日が暮れ、夜になっていた。
「じゃあ、後は宿屋までお願いしてもらっていい?」
そう聞くとミラは額から汗を出しながら答える。
「あ、あ、あ、あ、あの!シロさん!」
「は、はい…。」
何事だ。
「よ、よろしければ…こっこの後、お食事に行きませんか!?」
「あ、あぁ…喜んで…」
「じゃ、じゃあ行きましょう!すぐそこに美味しいレストランがありますの!案内致しますわ!」
そう言うと彼女は俺の腕を掴んで走り出す。
ん?このお方王族ではありませんこと?お値が張りやがるのでは…?
そんな不安を抱えながらも彼女の後ろ姿を見つめる。
初めて見た時から思っていたが、防具を纏っていても一目で分かる高貴さがあった。
「着きましたわ!」
「えっ……ここ……です……?」
着いた先は貴族が入りびたるような正に高級レストランそのものだった。
「ちょっと俺、懐が心許ないし、こんな格好で入る事出来ないかなぁ…」
いいから、いいからと彼女に引っ張られた先は高級レストラン…の前にある通りを挟んだこれまたボロ臭い酒場だった。
あ、ここね。ここだったらなんとか…
「すみませーん!」
「いらっしゃい!」
「2名様ご来店でぇす!」
「あいよぉ!」
店内に入ると中年の男性店員が注文を聞きに来る。
「いらっしゃい!何にするかい?」
「とりあえずエールを2杯とセ―ディロンを二人前お願いしますわ!」
「かしこまりぃ!」
「あとは適当に頼めば大丈夫ですわ!」
そう言いながら席に着くミラ。俺はメニューを手に取り価格を確認する。
カッパーという文字がやたらと並んでいる辺り金に困る事は無いだろう。
「お待たせしました!」
運ばれてきたのは野菜炒めのようなものと薄い緑色の液体が入ったコップ。
「まずは乾杯ですわね!」
そう言って彼女はジョッキを掲げる。俺もそれに倣いながら
「か、かんぱいっ……」
と小声で呟く。
「ぷはぁ!やっぱり一日の終わりと言えばエールこれに限りますわ!」
確かに美味しい。日本ではあまり感じたことの無いような爽やかな口当たりが広がる。
その後、異世界の食べ物に舌鼓を打ち宿屋へと向かうことになった。
「今日は本当にありがとう。」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったですわ。」
そう言って手を差し出してくる彼女。握手を求められているのだろうか。
「それじゃあ、お休みなさい。」
「えぇ。お休み。」
そう言って別れるはずだったのだが
「えっと……なんでついてくるの……?」
「あら?だって同じ宿屋じゃない。」
「そうなんだ。」
「えぇ、紹介しておいて自分が宿泊しないなど相手に失礼ですわ。」
なにかあったら隣の部屋にいますので。と言ってミラは部屋に入っていった。
「はぁ、疲れた。」
ベッドに倒れ込み天井を見上げる。
なんか…色々あったなぁ。イツワ村を出て間もないというのに随分と前のように感じる。
結局、航路での出来事は何だったのだろうか。俺が海に落ちたことは間違いないが人魚云々は夢だったのだろうか。
もし夢では無ければ俺の呪いは軽くなっている筈だ。それを自覚することも出来なければ、寿命が延びているのかも定かではない。
いずれにせよ、ミレーバルに行く事は確定だ。
もう、遅いし寝よう。考え事をすると眠れなくなる。
そうしてフェーデル王国の一日目が終了した。
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探索
眠気の泥から起き上がるように体を起こす。昨日は色々とあって疲れていたが、まだ始まったばかりだ。
身支度を整えて部屋の外に出るとそこには既にミラの姿があった。
そういえば部屋の隣なんだからギルドで待ち合わせする必要ないわ…
「おはようございます。」
「お、おはようございます。ギルドで待ってるよりここから行った方が良いよね…そういえば。」
「えぇ、その方が効率的ですわ。」
「じゃあ、早速行きますかぁ…」
そうして仕事という単語を頭に浮かび上がらせないように冒険者ギルドへ向かった。
ミラと話しながら歩いていた為か、ギルドの中に入ると依頼を我先にと騒々しい雰囲気だった。
昨日担当してくれた受付嬢さんは持ち前の気さくさを遺憾なく発揮し、様々な冒険者の対応に追われていた。
「…」
何故でしょうか。こんなにも人がごった返しているというのに列どころか数人しか対応していない受付嬢が居るのは。
マルデさんと言ったか、マルデさんはあんなにも忙しくしているというのにこいつは…。
暇そうな素振りを一切見せない受付嬢の元へ行く。
「すみません。依頼を受けたいのですけれども…」
「依頼はあちらに張り出されているので。そちらから依頼書をお持ちください。」
「エルミナスのギルドでは僕に合った依頼を出してくれていたのですが…」
「それはそれ。これはこれです。」
クッソむかつくなぁこいつ。
そうですか。と言って言われていた依頼ボードの前にミラと二人で立つ。壁に打ち付けてあったのであろう依頼書の破片は、時間に追われている冒険者そのものを体現しているかのようだった。
まばらとなった依頼書に目を向けているとあることに気付く。
「そういえばミラって等級どれくらいなの?」
「私ですの?私は10級ですわ。もうすぐ9級に上がれるステータスにはなっていると言われてはいるのですが…」
お互い10等級か…底辺であるからして依頼はそこそこ残っている。
その中で比較的簡単で報酬の高いものを探す。
「……ミラは何か良いの見つけた?」
必殺『他人任せ』を発動。俺は考えるのをやめた。
「えぇ。この辺りなんてどうでしょう?」
そう言って彼女が指差した先は、街から少し離れた場所にある廃墟と化した屋敷の調査というものだった。
「へぇ……こんなのあるんだ……」
「なんでも、昔は貴族の屋敷だったとか。」
「ほーん。まぁ、それならそんなに危ないことも無いだろうし。」
「決まりですわね。」
そう言うとミラはカウンターの方へと向かっていく。俺もそれに続き、受付嬢の元へと行く。
「すみません。こちらの依頼を受けたいのですけれども。」
「かしこまりました。では、こちらの依頼主様への連絡も致しますので、少々お時間を頂きます。」
そう言って彼女は紙に何かを書き留めていく。
「それとギルドカードの提示もお願いします。」
なんか俺の時より態度柔らかくねぇ?疑問を持ちつつも二人そろってギルドカードを差し出す。
数分後
どうぞと言って一枚の書類を手渡される。
「こちらが依頼の内容となります。それとお二人のステータスを拝見させて頂いたのですが。」
マジで物腰が柔らかい。なんだこいつ。
「お二人とも9等級に上がる条件を満たしている為、昇級試験を受けることが可能です。」
「昇級試験って言うと?」
チッと舌打ちをした後に受付嬢は続ける。
「面談と指導者との試合です。」
「とりあえず今日の所は依頼だけ終わらせますね。昇級試験はそちらの都合がつき次第お願いします。」
「別に明日でも構いませんが。」
「じゃあそれで」
一刻も早く立ち去りたい気分だった俺はそう言って立ち上がりギルドを後にする。
「馬車は北門にて待たせております。」
背後から告げられ、そこはエルミナスと一緒なんだなぁと思いつつミジンコ程度の大きさしかない感謝の念を持つ。持つだけだ。
ギルドの外に出る。
「じゃあ、行きますか。」
「えぇ。」
そのまま二人で北門前の馬車に乗り込む。
目的地へ向かう途中は主に俺達の戦力の確認をした。
ミラが使用する装備はレイピアのような先端が鋭く尖っている剣に、腕にこじんまりとした盾が付いている。
魔法は空間上に透明な固体を生成し、相手の動きを封じる・移動手段に使用する。と言った内容だ。実際に目で見たことが無いので詳細は分からないが攻撃手段には出来ないとの事。
あくまで生成された固体はその場から動く事が無く、魔力の出力によって大きさと持続力を変えることが出来る。
「じゃあ。二段ジャンプとかできたりする?」
「にだんじゃんぷ?言葉から察するに、空気中でもう一度飛び上がるというのであればその通りですわ。」
「なるほど。」
「ただ、空中で移動するという事は着地の衝撃でダメージを受けるということ。それに、発動中は常に魔力を消費し続けなければなりませんの。」
「はぇ~、でも落とし穴だったり高い所に向かうって事には長けているって感じかぁ。」
「そうですわね。その認識で間違いありませんわ。」
でも今回は館の調査だし、使い道はあまり無いかもなぁ…そうして話している間に馬車が止まる。
「着きましたよ。」
御者のおっさんに言われて外を見るとそこには立派な屋敷があった。
「ここが例の……」
「えぇ。」
エルミナスでも聞いた事のある馬車の到着時間についての説明を受け、馬車は元居た道を帰っていく。
それにしても想像より不気味だなぁ。
所々苔の生えた壁に、半身が崩れている石像など本格的なお化け屋敷に来たみたいだった。
「とりあえず入りましょう。」
「そ、そうですな。」
そうして屋敷の中へと入っていく。
「お邪魔しまーす……」
ギシギシと床板を踏み鳴らしながら進んでいく。
屋敷内は静寂に包まれていて、俺達が立てる音以外は聞こえない。
「ちなみに調査って言うとどんな事をすればいいの?」
「主にモンスターが巣を作っていないか、危険個所の特定だったり死体の有無など建物自体の価値を左右する事柄についての調査となりますわ。
つまりこの後、屋敷を引き取る人がいたとしてその人が困らないようにしておくといったところでしょうか。」
「とりあえず渡された地図を見て部屋を確認して行くってのが今回の依頼かぁ…」
ここから一番近い部屋は応接間である。まずはそこを目的地として設定する。
そんな事よりも薄暗く、長年放置されてきた屋敷の中は出てきそうな雰囲気が漂っている。何がとは言わないが。
ミラは俺の心配など露知らず、どんどんと進み始める。こういう所怖くないんかねぇ…。魔物とか出てきそうじゃん?
ミラの後ろ姿をペットの様に追いかけて行く内、やがて目的地に到達する。
「ここは扉開けるだけにしない?罠とか魔物とか出てきそうだし。」
「何を言っているんですの?それじゃあ調査になりませんわ!」
そう言って扉を勢いよく開ける。
「はぁぁぁん!」
思わず声が出る。
部屋の中央に置かれたソファやテーブル、シャンデリアなどが目に映る。
「ほら、何も無かったでしょう?」
「いや、まだ分からないよ?ほら!そこ!」
「では、次はこちらの部屋に行ってみますわね。」
応接間を一通り探索した結果、埃や蜘蛛の巣などの汚れはあったがどれも特筆すべきものは無く、順調に屋敷内を探索していった。
「なんか思ったより簡単だね。幽霊っぽい魔物とか出てきそうなもんだけど。」
「まぁ、大体こんなものでしょう。」
廊下や壁に穴が開いている箇所はいくつかあるものの、魔物の巣や死体など特に異常もなく、
「この部屋で最後?」
「はい、おそらくは。意外と時間はかかりませんでしたね。」
そう言って最後の部屋に入室するも特に異常は無かった。
「そういえば価値のあるアイテムとかあったら取ってても良いの?」
「それは構いませんが、持ち出す際は必ずギルドへ報告する事。それがルールとなっておりますのでご注意くださいませ。」
「了解。じゃあちょっと見てみるかなぁ。」
そう言って俺は机の上にあった書類を手に取り目を通していく。
「紙なんか持って行ってもなぁ」
目に映るのは実験だの試験だの、退屈そうな文字が書いてあるだけの無価値な書類の束だった。
「さて、これで終わりっと。」
俺は手に持っていた書類を机の上に投げ捨てる。
「もうよろしいのですか?他には何か見つけられなかったのですか?」
「うん、特に目ぼしい物は無かった。」
「そうですか。まだ馬車が来るまで時間がかかるでしょうし、外でお食事をして待っていましょうか。」
お食事とはもちろん彼女の料理では無く、乾燥させた肉やビスケットに食感が似た携帯食料などの味気ないものである。
「今夜はまたどこかでご飯食べるの?」
「えぇ、昨夜の酒場に行きましょうか。あそこはお値段も安くてお腹いっぱい食べられますもの!」
確かに昨日の酒場は良かった。一品毎のボリュームが多く軒並み1シルバーにも満たない食事がメニューに並んでいた。
しかも出された料理もかなり美味しかった。あの爽やかな口当たりのエールという飲み物も一日の終わりに飲むと格段に美味くなるだろう。
今夜は何にしようかなぁと考えている内に入口まで戻ってくる。
「ん?」
「どうしましたの?」
「いや、何でこの絵画こんなに立体的に見えてるのかなぁって。」
ふと目に入った絵画はやけに奥行きを感じるようだった。
「……確かに言われてみれば少し違和感を感じますわね。」
近づいて見てみると奥行きがある作画では無く、実際に裏に何かが入ってるような掛け方がしてあった。
不用心にも裏返してみる。そこには異世界の文字が認識できる俺が全く理解不能な文字が羅列してあった。
これって何語なんだろう…と思っていると驚愕に目を見開くミラが文字を凝視していた。
「ミラさん?どうなされたので?」
「これは…」
そう言ってミラは文字に触れる。
すると文字がぼんやりと光り出し壁に一本の縦線が描かれる。
「これって扉?」
「凄いですわ!シロさん!」
興奮状態のミラから聞くところによると、こういった屋敷の他にもダンジョンなどで極稀に地図に描かれていない場所を発見することがある。その場合、未到達エリアの発見という追加報酬が貰えるとの事。
さらに未到達エリアを地図上に書き加える、通称マッピングを行うとさらに報酬が得られる。もちろん今まで発見される事の無かった場所なので何が起こるか全くの未知数である。
「でも、放置されて長いこの館なら危険な事も少ないよね。」
「それは分かりませんわよ。」
「えぇ…」
縦線の横に手を触れ、押してみる。やや重かったがゆっくりと開いていく。
目に入ったのは地下へと続く階段。先は暗く最下層まで光が届いていない。そんなときに役に立つのが、昨日ミラと道具屋で買ってきたランタンだ。
早速出番が来たので明かりを灯し、先に進む。
「てか、ミラは何であの文字の事が分かったの?」
「えぇと、家系に関することで…」
きっと彼女にとって答えづらい質問だったのだろう。言葉を遮り無理に言う必要は無い。というと彼女は申し訳なさそうに謝罪した。
3分ほど降りただろうか。遂に地面が見えてくる。ミラとアイコンタクトを取り最下層まで下りる。
そこは夥しい量の鉄格子が壁となっており天井の高い部分まで伸びていた。
エルミナスでルウに連れてこられた広場の様に円の形に広くなっている。
だがこれと言って目ぼしいものは無い。床はコンクリートのような鼠色の床で何の変哲もなかった。
「えっと…これで終わり?」
「…のようですわね。」
だが殺風景の様で壮大だった。ここまで高い天井を見るのはそうそう無いのではないだろうか。薄明りが見えるということは地上まで到達しているという事だろう。
ばちゃんっ
その時、背後で音がした。
まるで、風船に貯めた水を高所から落としたような水音。振り返るとそこには血走った目でこちらを睨みつけている魔物がいた。
その魔物は一言で言い表せない容姿をしていた。
酷く変形した男性の頭部を持ち、胴体は魚の鱗のような物がビッシリと付いている。両腕は青白く何らかの粘液のような物で覆われている。
脚部は間違いなく人間の足だが、膝が逆関節となっており明らかに人間ではない事が分かる。
「キメラ…」
ミラが消え入りそうな声で呟く。
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初めての共闘
「キメラ…」
ミラが消え入りそうな声で呟く。
「えっ?」
「ア"ア"ァ"ァァァァァァァァァァ」
人語を話すことも無く、喉が潰されているような声を出しながら距離を詰めてくる。
「敵ですわ!」
『イカヅチ』
彼女の声にすぐさま反応し対象に魔法を放つ。放たれた閃光は怪物の体に吸い込まれていったものの体をブルリと震わせるだけに留まる。
敵の勢いは全く衰えない。それどころか速度を上げていく。
「嘘!?」
『エフェーロ』
彼女の言葉と共に怪物の前に半透明な壁が生成される。
馬車で彼女から詠唱の単語を聞き続けていたから分かる。例の二段ジャンプに活用できる魔法だ。
キメラは半透明な壁にぶつかりその足を止める。
「シロさん!!!」
彼女の叫びに反応し、すぐさま怪物を切り捨てるべく剣を抜き前進する。
半透明な壁に罅が入る。嫌な予感がするも動きを止めている今が最大のチャンスだ。勢いをつけ怪物に対して袈裟切りを放つべく剣を振り上げる。
パリンと壁が割れる音がする。だが奴の両腕は壁を突き破ろうと叩き付けている為、碌な防御手段は取れまい。
「う゛ぁっ」
剣を振り下ろすと同時に腹に衝撃が走る。怪物の腹からは三本目の腕が生えていた。
強い衝撃に体が浮き上がる。間髪を入れずに二発目の殴打が胸に届く。
浮遊していた体は衝撃に耐えきれず、後方へ吹き飛ばされた。
地面に叩き付けられ肺から空気を押し出される。
瞼が落ちてくる。やがて俺は意識を深い闇へと…落とすことは無い。
衝撃そのものは途轍もない物ではあったが、防具の性能が非常に良かったのだろう地面に叩きつけられた背中の方が痛みを感じていた。
吹き飛ばされ地面を転がっている間に確認したが、魔力の耐久値である水晶は戦闘前よりも濁ってはいるものの色は完全には失われていない。
「シロ…さん…?」
じゃあ、何故死んだフリをしているのかというともちろん不意打ちである。彼女には申し訳ないが怪物そっちのけで俺の元へ近づくミラに油断をしているのか、ゆっくりと怪物が近寄ってきている。
「シロさん!大丈夫ですか?シロさん?」
「……」
「そ…んな…」
ミラの瞳から光が消えると同時に怪物が立ち止まる音が聞こえる。
「ウ"ウ"ウ"ウ"ゥ"ゥ"ゥ"…」
「あ…」
そして、弾かれたように俺は立ち上がり様に怪物の体を切り上げる。
「ィィィィィィィィアアアアアアアアアアアア!!!!!」
奇怪な悲鳴を上げながら怪物は後ろに飛び退く。
「シロ……さ……」
「ごめん!とりあえずこうするしか無かった!」
彼女が再び目に光を取り戻すまで時間は掛からなかった。
だが、それは同時に戦いの始まりを告げる合図となった。
「ヴヴヴ…」
怪物は自身の身を抱えるように腕を回す。すると表面から無数の棘が出てくる。まさか…
「ミラっ!魔法!」
「はい!」
『エフェーロ』
魔法が発動すると同時に怪物の体からは棘が飛び散る。発射された棘は速度を伴い半透明な壁に突き刺さる。
「くうぅぅぅっ!」
ミラが額に脂汗を掻きながらも左手を下げることは無い。それしても発射される棘は中々収まらない。体の中で生成し続けるのだとしたらミラの体力が尽きた瞬間に全滅する。
やがて、何本かの棘が壁を通り抜ける。当然ミラの肌にも棘は無情にも食い込んでいく。
頬が。突き出した腕が、健康的な太ももが、無数の棘によって赤く染まっていく。
限界が近づいている。だが俺は、
「ミラ、信じてる。この攻撃が終わったら俺が行く。」
彼女は笑みを浮かべながら小さくうなずいた。
だが、彼女の表情には余裕など無い。
彼女の左腕はもう既に力を失っており、徐々に下がってきている。
その時、遂に壁に亀裂が入る。
ミラの顔が青ざめる。
だが、遂に棘の雨が止む。ミラの体が崩れていく。
「ごめんっ!ミラっ!」
それでも俺は走り出す。もう一度同じのが来たら今度こそ全滅だ。それにあれだけの大技を打って来たんだ。多少の隙は出来るはず!
「うぉあああああああああああ!!!」
全力で切りかかると怪物は自身の右腕を刃物に変形する。それでも構わない。
「らぁああああああああああああああ!!!!」
「ギィィィア゛ア゛ァ゛ァァァァァァァァ!!!!」
両者の得物から激しい火花が飛び散る。
鍔迫り合いになど持ち越すまい。先程の攻撃で俺の能力が足りていない事など承知済みだ。だから、
「受け流すッッッ!!!!」
怪物から放たれる斬撃を右に逸らす。
「それしか!」
右に逸らした斬撃が横薙ぎに変わり再び襲い掛かる。
「出来ないんだから!!!!」
剣を斜めにして怪物の得物を頭上に上げる。
それでも怪物は再びは腹から腕を生み出し俺の体を打つ。
「くぅっっ!!」
これは予想済みだ。下半身に力を込め体が浮くことを防ぐ。次は打撃。
「なっ…」
怪物の腕に注目していたが三本目の腕が刺々しい見た目をしていた。
打撃じゃない!?
「ィィィィィィィィアアアアアアアアアアアア!!!!!」
先程の悲鳴と同じく甲高い鳴き声を出し、三本目の腕が爆ぜた。
咄嗟に首を腕甲で守るも上半身の鎧が魔力を切らしたのか、幾本もの棘が体に突き刺さる。
だが長々と発射されるわけでは無く棘の襲撃はすぐに収まった。
「ぎぃぃぃ!!!!」
怪物と似た掛け声を出し痛みに耐えながら剣を振り抜く。
咄嗟に後ろへ飛び退かれるも、やや遅れた三本目の腕を切り落とす。
「ヴヴゥ゛ゥ゛……」
怪物は後ろに下がったまま、三本目の腕が生えてくる様子は無い。
どうやら深い傷を付けることが出来たようだ。
だが、ここで気を抜いてはいけない。奴は腕を切り落とされても尚、戦意を喪失しているように見えないからだ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「ヴァァァァ!!!」
再び怪物との殺し合いが始まる。
怪物は学習能力があるのだろうか自身の得物の角度を変えながら剣撃を見舞う。何度も肌が切り裂かれる。
それでも、
「引かねぇよ!!!」
刃物に勢いを付けられる前に剣で進路を塞ぐ。そのまま右手で剣を支え、
『イカヅチ』
いつしか放った零距離からの魔法。だが今回は魔力のセーブをする。本気で打つと腕が壊れ戦闘の継続が困難になるからだ。
今回は頭部など狙う程余裕は無く切り落とした腕の断面に叩き付けると怪物は最初よりも大きく体を震わせるものの倒れる気配はしない。その時、
怪物の目から、鼻から、口から血が溢れているのが見えた。
ダメージは入ってる!
再び叩きつけようとするも抑えていた刃物が自由を取り戻し、再び受け流しのターンが戻ってくる。
そろそろか…!
怪物の斬撃を受け流すと見せかけてから剣と一緒に抱え込む。剣で腹部は守れているものの残った左腕で背中を打撃されている。
背中には防具が付いていない為モロにダメージが入る。だが、
「ミラァァァァァァァ!!!!」
俺が叫ぶと同時に背中の打撃が収まる。
刃物を抱え込みながら上を見上げると、怪物の頭部に剣を突き刺すミラがいた。
「はぁぁぁああああああ!!!」
ミラは剣を抜くとそのまま横薙ぎに怪物の首を切り落とす。
怪物は力なく崩れ落ち、動かなくなった。それを確認したミラは膝を付く。
慌てて駆け寄るもミラは力無く笑いながら答える。
「ちょっと疲れてしまいましたわ。」
ミラは力尽きたように倒れ込んだ。
「ミラ!」
こういう時どういう対処をしていいのか分からない。
幸いにもミラは息をしている。頭パンクしてしまった俺は鞄から徐にポーションを取り出しミラに掛けてみた。
するとミラの体から煙のような物が立ち上がり露わとなっていた腕の切り傷が塞がっていくように見えた。
「治ってる…。それなら!」
鞄から次々とポーションを取り出し掛け始めると、
「も、もう大丈夫ですわ!あまり無駄遣いをしないで下さいまし!」
怒られた。ミラはゆっくりと立ち上がる。
「もう、シロさんったら心配性ですね。そんなんじゃ女の子に嫌われちゃいますよ?」
「はは、確かにそうだね。ごめん。」
ミラの笑顔を見たら何だか力が抜けてしまった。
「ア゛ァ゛ァ゛…」
弾かれたように振り向くと、怪物は切断された首から血を流しているのにも関わらずゆっくりと立ち上がっていた。
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推測
胸の辺りには眼球が一つ付いており、すぐ下には人間の口が生成されていた。
「クソが…」
折角良い雰囲気だったのに全部ぶち壊しやがって…ミラの横に置いていた剣を持ち、立ち上がる。
上半身全面の防具は完全に壊れている。一度目に喰らった衝撃が次も来れば確実に死ぬ。足に装着してある防具も防御には役に立たない。
つまり奴の攻撃は全て完璧に受け流す必要がある。腕の防具は生きている為、最悪の場合前腕でガードすることも可能だが、今まで剣でしか受け流してこなかった俺には難しいテクニックだろう。剣だってそれなりに重量がある。今の俺では両手で振らなければ大したダメージも入らないだろう。
「一つしか目、無いんだろ…?今すぐそれもぶっ潰してやるよ。」
踏み出す。
奴も相当のダメージを負っているのだろう。動きは鈍くなっているが、俺もさっき至近距離で棘を浴びた身だ、体が途轍もなく重い。
「死ねッッッッ!!!!」
「ヴァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
俺は全身から血を、
怪物は開いた口から血を、
振り撒きながら衝突する。
剣が交わった際に左手は尋常ではない痛みと共に血が噴き出す。
あんなに魔力セーブしておいてこれかよっ!
あっさりと力比べは俺が負ける。後ろに重心がズレる感覚すら武器にする。態勢を崩したまま右足を振り上げ、前傾姿勢となった怪物の胸に蹴りを放つ。
運良く、蹴りは奴の眼球にクリーンヒットし怪物は悲鳴を上げながら大きく仰け反る。俺は胸を蹴った反動で立て直し、怪物を切り捨てるべく剣を振り上げる。
だが、怪物には生命体の弱点である頭部が存在しない。
それでも、
「ああああああああああああああああ!!!!!!!」
痛む左腕にも力を込め、袈裟切りを放つ。
切断まではいかなくとも切り口からは血液が勢いよく噴出する。
全身を血に染めながらも二振り目に入る。
次は奴の右脇から左肩まで眼球ごと切り上げた後、左手を傷にぶち込む。
「終わりだよっ!今度こそ!」
『イカヅチ』
そうして死闘は俺の勝利という形で幕が引いた。
「ミラ、立てる?」
「えぇ、何とか立てますわ。」
「そっか、ちなみに俺はもう無理。」
そう言って膝をつく。もう体に食い込んだ棘を取る気力すらない。
「シロさん!?ポーションは…」
そう言ってミラは鞄の中を漁り始めるが結果は知っている。
「な、何で無いの?そんなっ!」
さっき全部使ったからね。ミラに振りかけまくったからね。
鞄のあらゆる収納スペースを探していたが、床に転がる大量の空き瓶に気付く。
「これは…」
「さっきミラが危なそうだったから全部使っちゃった…」
「そ、そんな……」
ミラの顔が絶望に染まっていく。
「とりあえず出ましょ?肩貸してくれるとありがたいんだけど…」
そう言うとミラは無言のまま俺に肩を貸してくれた。
怪物の亡骸に背を向けて出口へと向かう。
外に出る頃には日が暮れかけていた。馬車が来るにはいい時間だろう。
「今日ミラが居なかったら間違いなく死んでたなぁ…」
しみじみと言う。
「いえ、わたくしも一人では何も出来なかったでしょう。」
ミラは少し俯いて答える。
「ミラの魔法無かったら即死だったよ…それに咄嗟に頭に剣、刺してしてくれたの本当に助かった…」
「あ、あれはただ、夢中だっただけで……でも、お役に立てたのなら良かったですわ!」
「はぁぁぁぁぁ…疲れたぁ。」
二人並んで座っているとどうやら馬車が来たようだ。
ふらついた足取りで荷台に乗り込む。ミラも隣に乗ってきた。
御者席には来た時と同じく無口な老人が座っている。
やっと落ち着けた所為なのか胸や腹などが痛み始める。そういえば棘刺さったまんまじゃなかったっけ?
恐る恐る防具を捲り上げてみる。
そこには想像を絶するような光景が広がっていた。
棘は胸から腹部まで無数に刺さっており、傷口は紫色に変色していた。血は既に固まっているが放置しておけば取り返しの付かない事になるのは一目瞭然である。
試しに一本抜いてみるか?
試しに棘に触れてみる。
「うっ……」
触った瞬間激痛が走る。正直意識を保てたのが奇跡だった。
「ど、どうかされましたの?」
心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
「いや、何でも気にっ…しなくても…平気っ」
痛みに耐えながら強がってみせる。
「もしかして怪我をなさってるんじゃ……見せてくださいまし!」
「あっちょ……!」
止める間もなくミラは強引に防具を剥ぎ取る。
「こ、これは……」
ミラは絶句している。そりゃそうだよな……
「大丈夫だから……このくらい。」
「そういう問題じゃないですわ!どうしてこんなになるまで黙っていたんですの!?」
「ごめん……迷惑かけたくなくてさ……つい。」
「バカ!!もう……シロさんのばか……。」
涙声で呟いている。
それからは街に戻った後、俺は治療院へ行きミラはギルドで報告をしてくれると方針が固まった。
街へ戻ると再びミラが肩を貸してくれそのまま治療院へと向かう。
治療院の先生は俺を見るなり顔を青ざめさせ、すぐさま手術が始まった。
「あんまり痛く出来ないようにできます…?」
すると医者は箱から紫色の石を取り出すと少しづつ輝き始めた。
どうやらそれは魔石晶という物らしく魔力を通すと魔石晶本体の属性に変換される。それを砕くと自分が使用することのできない魔法を使うことが出来るとの事。
冒険者の中には魔力の容量が多い者がいて、それらは杖を使うらしい。
杖には魔石晶が練りこまれていて、様々な魔法を扱う事で戦闘を有利に進める。
「じゃあ今持ってる魔石晶ってなんですか?」
「相手を昏睡状態にさせることが出来る魔法だよ。」
そう言った医者は石を砕く。その途端俺の視界は歪み始め、眠りへと誘われていった。
目が覚めるとそこは見覚えのない部屋だった。
目を覚ますと言っても医者が石を砕いた後、まばたきをする程度の暗闇を認識した後ベッドの上に寝かされていた。
治療が終わったのだろうか、自身の胸に目を移すと包帯がグルグル巻きになっており傷口の確認が出来ない。
ただ腕の傷は完治しているようだった。
「とりあえず起きるか…」
そう言ってベッドから立ち上がる。特に体の痛みは感じない。ドアノブを回し扉を開ける。
床はフローリングとなっており、やや薬の匂いが充満する廊下に出た。壁伝いに歩いていくと、ある一室から話し声が聞こえてくる。
「では、ありがとうございました。」
「いえいえ、また何かありましたらお越しください。」
やがて部屋からミラが出てくる。俺の姿に気付いたのか駆け寄ってくる。
そしていきなり抱き着いてきた。
ミラの目には大粒の涙が溜まっていた。
ミラはそのまま泣き出してしまい、俺は何も出来ずにただ立ち尽くしていた。
しばらく経ってようやく落ち着いたようで、ミラはゆっくりと話し始めた。
「わたくし、怖かったのです。シロさんが死んでしまうんじゃないかと思うと……」
「おぉ…よちよち」
「ふざけないないで下さいまし。」
場を和ませようと冗談を言ってみるも普通に怒られる。
「あ、あとこれ、今回の依頼の報酬金ですわ。」
そう言って差し出された袋を受け取る。中を確認すると銀貨と銅貨が数枚入っていた。
「依頼の成功報酬とマッピング。それからキメラの討伐報酬ですわ。」
「ミラの分はちゃんと半分にしてくれたんだよね?」
「勿論ですわ。」
「そっか、なら良かったよ。」
治療費は俺とミラの分で既に引いてあるらしい。有難い事だ。
その後、ミラと俺は昨日行った酒場に立ち寄り夕食を取る。
二人でテーブルを挟み、他愛もない会話をする。
「はぁ~…仕事終わりのエールはやっぱり美味いなぁ…」
「ふふっ、そうですわね。」
「そういえばキメラって言ってたけどあの魔物の事?」
気になっていたことを聞いてみる。
キメラという種族は遥か昔に人間が作り出した魔物である。
人間の脳を媒体とし、様々な魔物の体を繋ぎ合わせることにより黒星戦争を有利に進めようとするも、黒星から流れ出る瘴気によって制御が不可能となる。やがて暴走を始めたキメラは人間にのみならず周囲の生物を襲い始めた。
キメラは戦争を優位にする為に様々な改良を施され戦闘用に改造されている。
討伐難易度は6等級以上のパーティーが推奨されている。
「でも何とか勝てたっていう事は他よりも弱い個体だったの?」
「考えたくはない推察ですが…」
そう前置きをしてミラは語り始める。
現在、拡大されている領土にはそれぞれの特色を持った種族が統治している。
エルフやドワーフ、獣人、そして人間など。
彼らは繁栄の為、資源をその領土で採取しているがエルミナスと同様、無限に沸き続けるわけでは無い。
次第に枯渇していく資源に限界を感じ始めたのか、それぞれの種族は他の領土からそれぞれの特色を持った資源を取引し始めるが、
その地域でしか採取できない資源を高額でやり取りしていく内に互いの利益の為に武力を行使し始める。
エルフは類稀なる身軽さと長寿を、
ドワーフは他の種族を凌駕する鍛造技術を、
獣人は体に宿す恐るべき身体能力を、
それぞれ種族の長所を生かし、戦争を繰り広げるも人間は他の種族より秀でている部分が無いと言っても過言ではない。
魔力量は長寿であるエルフに劣り、鍛造技術はドワーフの足元にも届かない。獣人よりも特出した身体能力のない人間はすぐに劣勢に追い込まれていく。
そこで人間達は他の種族に対抗すべく、とある実験を開始する。
キメラを再び作り出し兵器として使用する。
「でも現代の技術じゃ、以前までの強力なキメラを作れない?」
「あくまで可能性、の話ですわ。」
ミラは静かにそう言った。
そんな話をしていると店員が注文した料理を持ってくる。
「明日は昇級試験があるって言ってたっけ?」
「えぇ、そうですわ。」
「確か試験官との模擬戦と筆記だったけ?」
「そうですわ。」
そんな他愛もない話をしながら食事を進める。
暫くして会計を済ませると俺たちは店を出て帰路につく。
今日一日の疲れを癒やすようにゆったりとした足取りで歩く。
二人の間にはその後も言葉は無かったが何故か居心地は悪くなかった。
「それじゃ、また明日。」
「はい、また明日。」
そう言って二人は別れた。
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昇級試験
翌日
宿屋でミラと合流し冒険者ギルドへ向かう。今日は昇格試験だ。試験官との実戦もあると聞いてはいるのだが体の調子はというと、
「まぁ、目立った傷は付いてないしいいか。」
ボロボロになった防具を捲り、胸部を確認する。未だに包帯は巻いてあるが触っても痛みは無いし多分大丈夫だろう。
それよりも防具の修理はどうしようか。前行った防具屋に預けてからギルドへ向かうとするか。
その旨をミラに話すとあっさりと承諾を得たため防具屋に赴く。
「ちわーっす。」
防具屋に入ると相変わらず不愛想なおっさんがチラリとみてくるだけで返答は無かった。
客商売としてアリかどうかはこの店の主であるバルガが決める事だ。俺が文句を言う筋合いはない。
「修理お願いしていいっすか?」
ボロボロになった防具をカウンターに置くと流石のバルガも目を向いた。
「お前…一日でこんなにしたのか?」
「冒険者に使われる防具からしても本望じゃないっすかね。」
「そもそもダメージを喰らわない事が防具にとっての本望だと思うが?」
うるせぇよ。屁理屈ばっかり捏ねやがってよ。ちょっとは素直になれってんだ。
「とりあえず修理お願いします。」
「……分かったよ。一日で終わる。今日は静かにしとけ。」
そう言って修理代の紙を出してくる。
「たっっっっっっか!」
「当たり前だろ、防具の修繕に魔力の補充。俺の優しさで10シルバーにしてやってるんだよ。」
買った時、17シルバーだったろ。ぼったくりやがって…でもここまで来た以上他の店を探すのは怠いし任せるしかないか…
渋々袋からシルバーを出す。
「おなしゃーす…」
「まいどあり。」
そう言うとおっさんは奥の方へと消えていった。
さてとギルドに向かうとするかぁ…
ギルドに着き、いつも通り受付嬢の元へと向かおうとすると、何やら騒がしい様子でギルド内は賑わっていた。
気になって近くにいた人に話しかける。
「どしたんすか?」
「おぉ、新米の!見ろ、あれがこの都市最強のパーティーだ。全員1等級か2等級で構成されてる。」
目を向けてみる。
先頭に居るのは銀色で統一された全身鎧に、所々赤い宝石が組み込まれているぱっと見で分かる最強装備を付けたイケメン。見るからに人間の様に見える。
イケメンの隣で楽しそうに話しているのは前面に銀色のプレートを付けた全体的に緑色の薄い布を着ているエルフっぽい人。やけにクルクルした弓を背負っている。
その又、隣には全体的に光を吸収しているかのような黒色の衣服に鍔の大きい帽子を被って不満げな顔をしている魔法使いっぽい人。種族は分からん。
少し離れた位置には、一枚一枚が大きい鱗に覆われたデザインのタンクトップを着ていて、背中に仰々しい大剣を背負っている鬼っぽい人。肌の色は人間と変わらない。
そして最後に見えるのはボロボロの黒いマントを着用し腰が異常に曲がっていて全貌が不明。頭らしき所からは動物の頭蓋骨が出ている生物。多分マントの下は人間じゃない…と思う。
全員が一癖も二癖もありそうなメンバーだ。
そんな事を思っていると、ギルドへの報告を終わらせたのかギルドから出ていく。その時、最後尾にいた謎の生物の目がこちらを見た気がするが多分気のせいだろう。
なぜならば頭蓋骨の眼窩には空洞が広がっていたから。
「なんか、皆強そうだったねぇ…」
隣のミラに話しかけてみる。
「そうですわね。」
しかし、彼女は上の空といった感じだ。
「どうかした?」
「いえ、何でもありませんわ。」
そう言って首を横に振る。
「それより早く昇級試験を受けに行きますわよ。」
「あ、はい。」
そう言って不愛想受付嬢の元へ向かう。
「昇級試験ですか?昇級試験ですね。ではギルドの二階へ行ってください。待っていればすぐに面接官が来ます。」
そう言って受付の奥にある階段を指差す。
もう流石にこいつの対応にも慣れてきた。道端で会ったら感電死させてやろうかな、と思いつつ指定された部屋に入ると暫くして顔の知らない受付嬢さんがやってきた。
どうやら面接官らしい。
面接官さんはミラを別の部屋に誘導し、一対一の面接が始まった。
面接とは言ったがそんなに踏み込んだ話はしなかった。最後に面接官さんは犯罪行為の有無について聞きたかったという趣旨を話してくれた。
そこで不意に思い出す。
「そういえば、エルミナスでレンタルしたランタンを洞窟に落としてきちゃったんですよね…弁償ってできますか?」
「その一言を待っていました。」
そう言って制服の内側から赤い宝玉のような物を出す。
「これは対象者の虚言について反応するアイテムです。シロ様との会話にてやや反応しておりましたので最後に問いただす予定でした。」
危ねぇな。先に言えよそういう事は。先に言ったら駄目か。
「今回はシロ様からの申し出があった為、不問としておきますが以後気を付けるようお願いいたします。」
「かしこまりました。」
そう言って袋から手数料含め2シルバーを渡す。ケルバから貰った金がどんどんと消えていく…
「では面談は終了いたしましたので次はギルドを出て左にある修練場へとお向かい下さい。実践試験があります。」
そう言われて俺はギルドを後にし修練場へと向かう。
ギルドを出て左側を向くとそこには大きな広場があり、そこでは冒険者達が武器を使った模擬戦を行っていた。
奥の方を見ると闘技場の様になっている場所もある。
「シロとフェーデルだな。今回の実践試験を行うダーリッシュだ。」
そう言って現れたのは白髪混じりの短髪をオールバックにしている髭面のおっさんだ。
「よろしくお願いします。」
「早速だが始めさせてもらうぞ。」
おっさんは木剣を放り投げ、それをナイスキャッチする。
どこか懐かしい感触だ。外見もどことなく似ている気がする。だが以前の記憶よりも軽くなっている気がする。
本当に軽くなっているのか、俺のステータスが上がってるかは定かではない。
木剣を正面に構える。
「ルールは手の甲が地面に付くと負けだ。魔法の使用はアリだ。全力で掛かって来い。」
これまた聞いた事のあるルールだ。ならばやることは一つ。
木剣を正面に構えたまま全身に力を入れる。
「いくぞっっっっ!!!」
「来い!」
そう言って木剣から左手を離す。おっさんの顔が驚愕に包まれていた。
奇襲。
ステータスの低い俺が唯一強者に歯向かえる手段。
『イカヅチ』
雷鳴が轟き、閃光が走る。
おっさんに閃光が吸い込まれるもやや体を震わせ、
「あったまってきたな!」
「マジか…」
おっさんが木剣片手に走りこんでくる。
左上からの袈裟切りを木剣で受け流す。
「魔法は魔力で軽減できるのは知ってるよな!?」
再び来る斬撃を受け流す。
「初耳っ!」
今度は俺の攻撃だ。おっさんの剣を絡めるように木剣で押さえ左足で蹴り飛ばす。
「魔法が来る事がある程度予想出来ていれば、全身に魔力を纏わせて軽減が出来る!こうやってな!」
おっさんの剣から弱弱しい緑色の刃が飛んでくる。試験のため手加減してくれているのだろう。腕に電流が流れるイメージをする。
斬撃が腕に衝突する。やや衝撃を覚えるものの刃は霧散していった。
「だが魔法を駆使した地形ダメージの軽減は出来ん!」
そう言って再び放たれた刃は先程よりも鋭く濃い色をしていたが、地面に衝突する。
地面に衝突した刃は霧散するも衝撃で飛び散った破片が襲い掛かってくる。
姿勢を下げ危なく回避する。
「上等だっ!」
おっさんが再び切りかかってくる。寸での所で回避し脇腹に横薙ぎを放つ。
ガァァァンッ!!!
鎧に当たったのかやや高い音が聞こえる。
もう一度横薙ぎを放つために剣を引くとおっさんは自分から手の甲を地面に付ける。
「合格だ。9等級おめでとう。」
どうやら合格したらしい。
「最後にっ!」
おっさんが距離を取る。
「魔法を俺に撃て!」
慌てて魔法を射出するとおっさんも先程の刃を剣から放つ。やがて刃と衝突した閃光は緑色の刃を霧散させおっさんの体へと吸い込まれていった。
だがおっさんはピクリともしない。
「魔法同士が衝突した際は、魔力がより籠っている方が打ち勝つことが出来る。」
最後にアドバイスをもらいミラの番になった。
ミラも俺と同様に戦闘を行いつつアドバイスをもらっているようだった。
ミラの戦闘を横目にして考えに耽る。
確かに俺の魔法は直で当たったら即死と言っても過言ではない電流が流れているであろう。ゴブリンやダイアウルフが死んでいったように。
だが実際におっさん含め直撃しても立ち上がり続ける敵は何度か見にしてきた。つまり奴らは体内に魔力を有している敵だという事だ。
これから等級が上がり続けるとさらに手強い相手に出くわすことになるだろう。そうなったとき今の魔法では不十分だ。
ミラの魔法もどちらかと言えば攻撃手段ではなく場を有利にする魔法だ。他にも見せていない魔法があるのかもしれないが定かではない。
残るは、
「あれやったら腕超痛いんだよなぁ…」
零距離の敵に対し腕に直接電流を流して殴る例のアレ。剣を両手で振り回している身からしてアレを撃てば最後、戦闘能力は格段に落ちてしまう。
となると今の魔法を根本から見直す必要がありそうだ。
俺の魔法は体に存在する僅かな電流を増幅させる魔法…のはず。
飛ばす、殴る以外の使い方。金属製の武器に流し込んでみるとか?
エリーゼの剣を触ってみる。刀身はおそらく金属だと思うが柄の部分は違う材質な気がする。
ちょっと流してみるか…そう思い刀身に手を触れ魔力を流し込んでみようとするも上手くいかない。
だがIQ200の俺はあることに気付く。
「名前…」
武器に属性を付与するなど、一つしか単語が思いつかない。
『エンチャント』
そう言って魔力を流し込んでみると淡く刀身が光り出す。
「おっ!………あばばばばばばばばばばば」
全身から物凄い勢いで魔力が引き抜かれていく感覚がしたので刀身から手を離すと淡く光っていた刀身は元の色に戻っていった。
「燃費悪すぎだろ…それでも。」
新しい魔法は手に入れた。後はどう調整していくかだ。
「ありがとうございましたっ!」
ミラの声が響く。
どうやら彼女も無事に実践試験をクリアしたようだ。
俺たちはギルドへ戻り報告をする。
不愛想な受付嬢がギルドカードを受け取るとカウンターの奥に行って何かをしている。
暫くしてギルドカードを返されると9等級の文字が右上に浮かんでいた。
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断るという勇気
その後も、9等級に上がったパーティーは日々、依頼に精を出した。
比較的弱い魔物の討伐依頼や、採集依頼など安全を重視した依頼をこなしつつ満ち足りた生活を送る事早二週間。
ある日、不愛想な受付嬢は珍しく話題を持ち出してきた。
「お二人は迷宮というものをご存じでしょうか。」
また始まったよ、講釈が。こういう事を言ってきた最後には必ず不敵な笑みを浮かべてマウントを取ってくるのだ。
だが迷宮というものは度々ギルド内で話題に上がってはいたものの詳しくは知らなかった。
「なんすか?それ。金にでもなるんだったら興味は出るんすけどねぇ?」
「最近、アルゼータに強く出る様になりましたわね。シロさん。」
呆れ口調のミラ。そりゃそうだろ。笑顔の似合うマルデさんは他の冒険者に取られるんだからコイツとばかりやり取りしてるんだ。
そういうミラも不愛想受付嬢の事を名前で呼んでいるではないか。
「それは、わたくし達の面倒を見てくださっている方にいつまでも役職名で呼んでいる方が失礼という物ではないですか?」
「らしいっすよ?アルゼータ」
「…すぐに魔物にでも殺されるのかと思っていましたが、しぶといのですねシロ様は。」
キッッッッッッツ!
何故か百倍返しくらいの攻撃を受けた俺は話題を元に戻す。
「…それで迷宮ってのはなんですか。」
アルゼータもやり合うつもりはないのか素直に話題を戻す。
「迷宮は日々内部が更新され続けていく稼ぎ場というのが冒険者の間での知識です。」
迷宮
それはいくつもの階層に連なっており未だに最深部まで到着したパーティーは居ない。
基本的に迷宮は5等級以上のパーティーで攻略していくのだが、変わり続ける迷宮内部では既に探索の終わった階層から価値のあるアイテムが出てくることは珍しくないという。
迷宮入り口の第一階層から第五階層までは強力な敵が出てくることは殆どなく、新米冒険者の間でも一攫千金を目標に迷宮に潜り続けるパーティーが居るのだとか。
だが安全性を考慮する冒険者は、ギルドから出される正確な情報を得て依頼をこなし続け、安定した日々を送っているのだという。
以前に見かけた最強っぽいパーティーも迷宮の最深部を目指し攻略を続けているのだという。
「行きたいのは山々だけど…」
この街に来たのは俺に掛かっている呪いを解ける可能性があるミレーバルに到着する為だ。
その為にステータスの向上と資金作りを行っている俺からしてみれば迷宮というのは心躍らせる単語だがそんな暇はないだろう。
「ミラは行ってみたい?」
「そうですわね…迷宮攻略は冒険者の憧れとも聞きますから。」
「そうだよなぁ……」
だがミラも少し乗り気だ。
「ま、そのうち行くかぁ……」
そう言いながら俺たちは今日も依頼を受けに行くのであった。
迷宮の話を聞いてから3日後、マルデさんから声がかかる。
「シロさん!ちょっとお時間頂けますか?」
なんで名指しなんだろう。ミラが横にいるのに。
嫌な予感を持ちつつも話を聞いてみる。
「…な、なんでしょう?」
「実は…会って欲しい方が居るんです。」
全部分かった。ぜぇ~~~んぶ分かった。
また俺に厄介事、厄介人を押し付けるつもりだろう。ミラを話に加えなかったのは俺が押しに弱いと踏んでの事だろう。
「あー、すみません。今日ちょっとアレがあって…ソレしてたら今日は終わっちゃうかなって。だから今日の所は…」
「ありがとうございます!」
「…」
もう何も言うまい。いや、何も言わないからこうなっているのだろうが。
「いや、ちょっとね?ほらミラさんに何も言わないでっていうのはちょっと…ね?」
「ミラ様~!パーティーに入りたい方が居られるのですが!」
「え!?本当ですか!?今すぐ連れてきてくださいませ!」
「分かりました!少々お待ちください!」
そう言ってマルデさんはギルドから出ていく。
パーティー、入りたい、人。この三つの文字があればミラは尻尾を振って飛び込んでいくだろう。それを見越したマルデさんは重要な部分を伝えずに走り去った。
こうなってしまうともう遅い。実際に目の前に来られると断り辛い雰囲気になり結局は負けてしまう。その前にマルデさんに予め伝えておいたら例の冒険者と鉢合わせなくて済むのだが…
「ミラ…絶対に断ろう。」
「何故ですの?わたくし達のパーティーに入りたい方が居るんでしょう!?」
「いや…詳しい事は長くなるから話さないんだけど、絶対にヤバい欠陥抱えた人来るから…マジで…」
「まだ来ていないのにそんな事分からないでしょう?シロさんは少し心配性なだけですのよ!」
「いやぁ…マジで。マジでヤバいから。絶対にマジでヤバいから…」
だってマルデさん推薦の人だもの。ヤバいに決まっている。
「…そこまでシロさんが言うのでしたら、最終決定権はシロさんに託しましょう!」
「えぇ…」
まぁ、まだマシだろう。ミラが話すとトントン拍子で話が進みいつの間にかパーティーメンバーは、
やる気のない雑魚
いつもテンション高めの貴族
マジでヤバい奴
サーカスかな?押しに弱い俺だが今回ばかりは折れるわけにはいかない。
依頼をこなす時よりも気をグッと引き締めているとやがてギルドの扉が開き、マルデさんが入ってくる。
その後ろには、
怖っっっっっっっっっっっっっっっわ。
マルデさんの後ろからドス黒いマントを被った何者かが付いてきている。ぱっと見、邪悪な背後霊だ。俺は恐怖のあまり目を逸らす。
「こちらの方がパーティーに入りたいと仰っている方です!それでは!」
そう言って諸悪の根源は自分の持ち場へ戻っていく。
背後霊は憑りついていた人間が居なくなったことにより俺達の前の席に座る。
暫くの沈黙の後耐え切れなくなったのかミラが切り出す。
「あ、あの、貴方のお名前は?」
「……」
何かボソボソ言っているが聞こえない。ってか怖い。
「も、申し訳ございません。もう一度お願いしても?」
「…………エル…ダー……」
「エルダー様?」
「…………はい…」
「…シロさん。わたくしお腹の調子が悪くなってきましたの。よろしくお願いしますわ…。」
そう言って立ち去るミラを止めることが出来なかった。怖すぎて言葉が発せないのである。
「…シロです。さっきトイレ行ったのがミラです。」
「……はい……」
「パーティー…入りたい感じです?」
「……はい……」
「…ちなみにご職業は…?」
「…冒険者」
「いや、あの、立ち回りっていうか…」
「…魔法使い」
死霊術師の間違いでは?
口から零れそうになったが慌てて堰き止める。だがパーティーに攻撃力が無いのは事実だった。俺とミラが前衛を張り、エルダーさんが殲滅。理想だ。理想なのだが…
「………ダメ?」
「駄目っていうか…。ねぇ?ちょっと…」
そこまで言うと死霊術師は椅子を引き立ち上がろうとする。
突如、背筋にゾッとする感覚が襲う。体の底から冷えるような感覚。
だが目の前の人物から発生しているものではない。発生源を突き止めようと視線向けると、そこには笑顔を張り付けたマルデさんがこちらを見ていた。
受 け ろ
まるでそう言われているかのようだった。
「エルダーさん!」
つい大きい声で呼び止めてしまう。もう後には引けない。
「…お話をしましょう…。」
そう言って対談が再び始まってしまった。
「あの…等級はそれくらいでしょうか?」
「………7」
IQ200の俺は一筋の光明を見た。拒否できないのであれば拒否させれば良いのだ!
「そうなんですかぁ!実はウチ9等級二人で形成されてましてね!正直攻撃力が欲しいなぁ、なんて思ってましたがエルダさんが7等級とは!我々では足を引っ張るだけになってしまいそうだ!」
口からどんどん言葉が溢れてくる。こうなった以上俺は世界最強となる。
「………構わ…ない」
負けた。
「それじゃ……パーティー……加入……」
「おめでとうございます!それでは手続きを行ってまいりますね!」
諸悪の根源がいつの間にか俺達の側まで来ていた。
「…よろしくお願いします」
「…こ…………ろ……………す」
「ひぇっ……」
こうしてロンズデーライトは新たにエルダーという貴重な主戦力を迎える事となった。
その晩、
俺達はいつもの酒場に来ていた。
「それじゃっ、乾杯ですわ~」
「あ~い…」
「…………ぱい…」
エールに口を付けるもなんだか味が薄い気がする、多分横にいる人のせいだと思うけど…
そう思い横をちらりと見る。そこで初めてエルダーの顔を見る事となった。
ドス黒いマントから見えるのは顔だけではあったが別に頭蓋骨が丸見えになっているという事は無かった。
特段美人というわけでは無いが真っ黒の長い髪の奥には漆黒に染まった目が覗いており、寝不足なのだろうか目には隈が出来ている。多分死体を漁る為に夜中墓地にでも行ったのだろう。
肌はとても健康的とは言えない程白く、目の隈を引き立たせていた。死んでるんじゃないのこの人?
でも明らかなのはエルダーが女性という事だった。これでチャラチャラした男だったらミラとくっついて、パーティーから追い出される事になった筈だ。そうなったら最後ミレーバルに行くことも出来ずに依頼の途中でくたばってしまうのがオチだ。
「………なに…か?」
「いえ…すみません。」
「……おいし…」
どうやら料理には満足しているみたいだ。良かった人間の死体を要求されなくて。
「~~~~~ですわ!~~~~!」
「……………そう…」
暫く料理を口に運ぶのに集中していたがいつの間にかミラとは意気投合したようだった。
ん?………震えてる…
よく見てみればミラの腕が震えていた。分かる。ギルドで話している時、俺もガクブルだったもん。
でもお前逃げたよな?
エルダーの相手をミラに任せつつその日の食事会は終了した。
そのまま宿屋まで3人で戻る。
エルダー曰く俺とミラが同じ宿に宿泊しているのであれば、自分も同じ宿に宿泊したほうが効率的だとの事。
夜に遭遇したら間違いなく漏らす自信があるが、反論など以ての外だった。
「それではお休みなさいませ。また明日。」
「あ……はい、お疲れ様です……」
「……おつ……かれ……」
そう言って扉を閉めると部屋の中に静寂が訪れる。
「はぁ~~~」
今日一日を振り返ると自然と溜息が出てしまった。どうすっかなマジで。
正直、ミラは放っておいたら勝手に何かやってくれるのでまだいいのだがエルダーはそういうタイプではないだろう。
でも言ったことは素直に聞いてくれそうだし反論もしない…と思う。されたら死ぬ。
そんな事を考えている内に眠気に襲われ俺は眠りに就いた。
翌朝、目を覚まし外にある水飲み場に来る。ここの宿に宿泊している間は毎朝ここで歯磨きや顔を洗っている。冷たい水を顔に当て、頭の中のモヤを一気に取り払う。
モヤを取り払った筈の口からため息が漏れる。
「はぁ~…」
「……………ざいます…」
「ひょわ!?」
いきなり後ろから声を掛けられ心臓が飛び跳ねる。
振り返るとそこにはエルダーが立っていた。
「お、おはようございます……」
「……はい……」
「えっと、何してたんですか?こんな所で……」
「……見かけたから…」
昨日の食事会から全く変わらないボソボソ声で話しかけてくる。
「えっと…とりあえずミラの事待ちますか…」
「………分かった…」
そうして二人並んで宿屋の壁にもたれかかる。
「あの、エルダーさんって魔法とか使えるんですか?」
「……うん」
「へぇー凄いですね。どんなの使うんですか?」
「……色々」
「…例えば?」
「……死者を使役する…」
「えぇ…」
「……冗談」
「…」
普通に信じかけたのは言わないようにしておこう。
何を思ったのかエルダーは自分のマントの中をまさぐり始め杖を取り出した。
「……これが火……これが氷……これが闇…」
そう言って次々とマントから魔晶石を取り出している。杖は一本だけのようだが先端にある魔晶石を取り換えて様々な魔法を使うらしい。
「……これで全部ですか?」
「……これで全部」
「あっ、はい。」
なんかもう突っ込む気にすらならないわ。
「…でもエルダーさん本当に良かったんですか?昨日も言った通り俺達は9等級なんですよ?」
「問題ない……」
今までよりもやや強い口調で答える。
「多分エルダーさんにいっぱい迷惑かけますし、呆れる場面も度々ありますけど…」
「構わない……」
「あ、はい。じゃあよろしくお願いします。」
「……………し……す…」
死す?あぁ、よろしくおねがい「し」ま「す」か。
「あら?わたくしが最後でしたか?」
丁度良いタイミングでミラがやってきた。
「それではギルドに向かいましょうか!」
「はーい…。」
「………あ……ぃ」
こうして新たなメンバーを迎えたロンズデーライトはギルドへ向かった。
俺が修理に出していた防具を引き取りに行っていた為、いつも通りある程度依頼が少なくなった依頼ボードの前に立つ。
「なんかいつもより少なくね?」
「そうですわねぇ。」
「……少ない」
何故か高難易度の依頼ばかり残っている。低難易度であれば薬草採取の依頼が数枚張り出されているが、パーティーメンバーが増え9等級に上がった事によるギルドへの納める金額が上がった以上この依頼をこなすと
赤字になってしまう。ただでさえエルダーは7等級の冒険者だ。俺達の比にならないくらい納める金額が多いだろう。
「どうすっかなぁ…」
「これなんてどうでしょう?」
ミラがある依頼を指差す。
「メルアル討伐、報酬は銀貨8枚、確かに悪くは無いけど……」
「……どうしたの?」
「いや、流石に報酬が少なすぎるかなって。エルダさんも増えたんだしもうちょっと難易度の高い依頼でもいいかなって…」
「……構わ……ない……」
「駄目ですよ。」
きっぱりと言い放つ。金という物は非常に厄介な物だ。無ければ生きていけない癖にあったらあっただけでそれもまた災いの種となる。
ただでさえパーティーメンバーという対等な仲である以上金の偏りはあってはならない。いや、俺が許さない。
下手に貢献度で分け前を偏らせれば絶対に不和が生じるし、我慢して少なった分け前を受け続ければいつしか歪んだ形でパーティに影響を及ぼす。
本人は思っていなくても体がつい回復を偏らせてしまったり、カバーする相手が一人に対して大人数で当たったりと、とにかく悪い影響しか及ぼさないだろう。
俺はあくまで平等でありたいのだ。熟考の末辿り着いたのは、
「迷宮…行ってみない?」
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迷宮初日
数時間後、俺達は迷宮第一階層の入口に居た。
フェーデル王国の南に位置する巨大な縦穴を人々は迷宮と呼んでいた。
迷宮が生成された理由は諸説ある。
例えば黒星が地表に落下した時、飛び散った破片が地表を深く削り迷宮が生成された。黒星本体から魔物が出現したこともあり、迷宮に潜む魔物はその破片から生み出されたのではないかという説。
超越者が人類を滅亡させる為に迷宮という檻で魔物を繁殖させ、一定数以上まで人類から魔物を守るために生成された養殖場。他にも様々な説があるが真相は定かではない。
何故なら迷宮がいつ生成されたのかも、最深部まで到着した人類すらも居ないからである。そんな謎に満ちた場所だからこそ冒険者達は足を踏み入れるのだった。
だが冒険者の間では、二つ目の説が有力だと噂されている。その理由はダンジョン内には特殊な装備や有用なアイテムが入っている箱があるからだ。
それらは魔物にとって天敵である冒険者を誘き寄せ、少人数でありながらも着実に殺していくための罠だという説がある。だが罠だからと理由で諦めるという選択肢は冒険者には無い。
実際、箱にはアイテムが入っているのだ。それによって地位を築いた冒険者も中には居る。そんな夢を見て今日も冒険者は迷宮に踏み入れるのだ。
だが俺達は夢を掴みに来たのではない。受ける依頼が無かったから仕方なく来たのだ。
だから宝箱が見えたら速攻で開けるとしよう。
迷宮へ続く整備された階段を降り、一階層へ踏み入れる。
そこに広がっていた光景は、まるでジャングルのような見た目をしていた。
草木が生い茂り、地面はぬかるんでいる。空気は淀んでいて、所々から何かが腐っているような臭いがする。
遠くの方からは鳥の鳴き声だろうか?甲高い声が響いている。その異様さに思わず息を飲む。これが迷宮……これが……
景色に見惚れていると後ろから声がかかる。
「…ここが………一階層………迷闇の森……」
「五階層までは森となっているそうですわ。わたくしも初めて来たものですから詳しくは分かりませんが…」
「とりあえず魔物のドロップアイテムと宝箱で稼ぐんだよね?」
魔物を殺せば迷宮の中に関わらず低確率でアイテムがドロップする。もちろん討伐難易度が高ければ高いほど稀少になっていくが魔物から取れるアイテムは非冒険者からすれば貴重だ。
街の外でまばらになった魔物を殺すより、密集している迷宮の方が効率は良いだろう。さらに言えば迷宮には宝箱がある。そう宝箱があるのだ。
何と言ってもエルダーという立派な先輩冒険者が居るのだ。ちょっとアレだけど多分大丈夫だろう。
「それじゃあ行きますかぁ。」
「……うん」
「えぇ!」
こうして俺達三人は初めての迷宮探索を開始した。
「あれは……メルアルですわね。」
「……倒す」
正面に居るのはメルアルの群れだった。数は5匹、多分問題ない。多分。
メルアルというのは泥池に生息し、体の表面に苔のような物を生やした体長50cm程の昆虫型の魔物だ。
基本的に集団で行動し、人間を見つけると体液を飛ばして攻撃してくるらしい。
この体液が厄介で、肌に触れると炎症を起こしてしまう。皮膚がただれる程度ならば治せば良いのだが、作物を育てている田園に侵入し作物を腐らせたり、家畜を啄むことから害虫のレッテルを張られている。
さらに家畜を捕手くする為、奴らは肉を食べることでも知られている。噛まれた部分に体液を注入されると最悪の場合、壊死してしまう事もあるのだとか。
「俺とミラで多分1匹ずつ殺せると思います。エルダーさんは魔力を一番消費しない魔法で、俺らの危険になりそうな奴をお願いします。」
「……わかった」
「ミラはもしエルダーさんが危なくなったら壁の魔法を使って欲しい。俺の足じゃ多分間に合わないから。」
「わかりましたわ」
非常にアバウトな作戦だが今の俺達に出来る最善策を編み出したと言ってもいいだろう。
「それじゃ、行こう!」
そう言って俺とミラは駆け出す。
ばしゃばしゃとぬかるんでいる地面を踏みながらやってきた敵襲にメルアルは戦闘状態を取る。
あ、そういえば体液って受け流させ無くね?しかも近くで見たら結構デケぇし…
そう思ったのは俺に膨らんだ腹部を突き出すメルアルを見てからだった。
腹部から射出される液体を何とか体勢をずらし避ける。
次の射出までインターバルがあるのだろうか。連続で放ってくることは無かった。
駆け出した勢いのまま体に剣を突き立てるとあっさりと剣は飲み込まれていった。
そのままメルアルごと地面に剣を突き刺し頭部?に向かって切り上げる。
切り上げた瞬間、腹を切り裂かれた痛みからなのか、ジィィィ…と断末魔を上げメルアルは絶命した。
気持ち悪い感覚に苛まれながらも、すぐさま剣を引き抜く。
「うぇぇ…」
引き抜いた後の剣に付着した奴の残骸を見て気分が悪くなる。横を見るとミラは綺麗に一刀両断していた。
さすがですお嬢様……
「あと三匹…!」
振り向くとギザギザした口から酸性の涎を撒き散らしながらメルアルが飛んでくる。
大丈夫、油断はしていない。
剣を構えて迎撃しようとするも奴が俺に辿り着くことは無かった。
『オーグン』
その言葉と共に突如飛来した炎に、メルアルは碌な反応が出来ず火達磨になる。
エルダーだ。
メルアルが地面に落ちると同時にミラと肩を並べる。
「あと二匹!」
「えぇ!」
何事もなく残った二匹を始末する。
どうやらドロップアイテムは無いようだ。まぁこんな害虫のドロップアイテムなど誰が欲しがるのだろうか。
「装備の加工に使用するとの事ですわ。」
なるほど、需要はあるのか。
「エルダーさんもありがとうございます。助かりました。」
魔法を使ってくれたエルダーにも礼は欠かさない。
こういう積み重ねが信頼に繋がっていくのだ。
「ん」
相変わらずの返事だけれど、これで良いのだ。
その後も何度か魔物と遭遇したが、特に苦戦することもなく対処していく。
迷宮の入口から大体一時間程経っただろうか。
「こ、これは…!」
「宝箱……ですわ……!!」
ようやく見つけた宝箱に心躍らせる。
宝箱と言ってもなんの飾りつけもないボロ臭い木箱の様に見えたがきっといい物が入っているのだろう。
「……罠かも」
「確かめる方法ってあるんですか?」
「……専門の人がいる」
「スカウト、と呼ばれる方達ですわね。」
ミラが注釈してくれる。
「えー…じゃあ開けられない感じかぁ」
「……任せて」
そう言ってエルダーは木箱に顔を近づける。
「……鍵穴……見れば何となくわかる」
「はぇ~…」
間も無くエルダーから問題ないとのお言葉を頂いたので早速開けてみる。
中に入っていたのは一本の短剣だった。
「これって……?」
「短剣…ですの?」
「……こういう時もある…」
どうやらハズレだったらしい。まぁ一階層なんてそんなもんか。
それでも貴重な収入源になるので鞄の中に入れておく。
「……行くよ」
「えぇ!」
「はーい…」
こうして俺達は更に奥へと進んでいくのだった。
迷宮探索を始めてから暫くの時間が経った。
「そろそろ休憩といたしませんか?」
ミラからありがたいお言葉を頂く。迷宮に入ってから歩きっぱなしなので疲れてきたのだろう。
俺自身も体が重くなってきたような気がしてきたところだ。
「そうですね、ここら辺で一旦休みましょう。」
丁度良く目の前には小川があった。
ここで体を休めることにしよう。
「ふぅ……」
靴を脱ぎ足を川に浸す。ひんやりとした冷たさが心地よい。
三人で並びながら冷たい足湯に入る。そういえば今まで気にしていなかったが迷宮内が明るかった事に気付き頭上を見上げる。
天井が見えない程の靄がかかっている。だがその靄はどこかあるかった。
「そういえば、何で迷宮の中なのに明るいの?」
「……上にある靄は魔法で出来てる。」
「魔法……ですか?」
「……うん」
エルダーによるとこの世界に存在する全ての物は魔力によって構成されているという。
そして魔力は大気中だけでなく大地の中にも存在しており、地中から魔力が溢れ出る現象を『魔力泉』と呼ぶそうだ。
また、魔力は地上の空気より軽いようなので必然的に天井に集まる。
「でも、魔力って目に見えなくないですか?」
「それが迷宮の謎の一つですわ。あの靄には地上の天気が反映される魔法が使用されていますの。」
「じゃあ、地上で雨が降れば迷宮にも降る?」
「………正解」
「へぇ~」
なかなか興味深い話を聞くことが出来た。
それにしても、とミラが口を開く。
「本当に不思議な場所ですわね。」
「…やっぱりミラやエルダーさんは最深部に行ってみたい?」
「もちろんですわ!」
「……私は別に……」
「私達が目指すのは一番深い所……つまり最下層ですわ!そこに行けばきっと……」
「……きっと……?」
「きっと……何かがあるはずですわ!」
「……なるほど」
それから持って来た携帯食料を食べたり、取り留めのない話をしたりして時間を潰した。
「さて、そろそろ行きますか。」
「そうですわね。」
「ん」
そう言って俺達は立ち上がり再び歩み始める。
そこからさらに一時間程歩いただろうか。
「なんでこんな所に扉なんてあんの?」
「………二階層」
「え?」
「……ここは二階層の入り口」
「そうなんですの!?」
「はぇ~…
「……降りる?」
「帰りの事を考えると引き返したほうがいいと思う。」
迷宮入りしてから何時間経ったか定かではないが帰路を考えると戻った方が良いだろう。
俺は度々起こる戦闘にて、大きな怪我こそ無いものの疲労や軽傷を負っていた。
ミラも所々衣服が破けている部分がある。
エルダーは無傷だった。流石だ。
「わかりましたわ、戻りましょう。」
「はい。」
踵を返し元来た道を戻ろうとすると、背後からガサリと音が聞こえた。
振り向くとそこには巨大なムカデの様な魔物が居た。
「なっ……」
「気持ち悪っっっっ!!!!!」
「…戦闘準備っ!」
エルダーの掛け声でパーティーの雰囲気はガラッと変わる。エルダーとの仕事は初めてだったが今までの声とは明らかに違う緊迫したような声だった。
だがムカデはすぐに飛び掛かってこない。知能があるのだろうか、一定の距離を保ったまま横ばいに移動を続けている。そして奴から目を離さず声を出す。
「ミラっ、壁!」
『エフェーロ』
「エルダーさん!」
ムカデの目の前に半透明の壁が生成されるのを確認した俺は、エルダーに声を掛けながら左手を前に出す。
『オーグン』
『イカヅチ』
エルダーは俺の意図を理解してくれたのか、炎弾を放つ。俺もそれに合わせて魔法を射出する。
突然の攻撃に反応出来ず直撃する。だが炎の中で一向に絶命する様子を見せない。
やがてムカデはミラの作り出した壁に体当たりをすると壁に亀裂が入る。
「ぐうぅ…!」
ミラが苦しそうな声を上げる。ムカデはそのまま壁から距離を取り勢いを付けて衝突する。
「避けてぇぇっっ!!」
ミラが叫ぶと同時に俺達はその場から飛び退く。
寸での所で回避するもムカデが通り過ぎた後、突風に襲われる。
尻餅を着いた俺は臀部の痛みに顔を顰めながら状況を確認する。
周りに味方は居ない。見える壁が全て焦げ茶色になっており、明るいオレンジの装飾がしてある密室に閉じ込められていた。上を見てみるとムカデの顔があった。
どうやら俺を中心に蜷局を巻いているようだった。
「あっ……」
死を予感した。
俺の呟きに反応したかのようにムカデが口を開く。
【キシャァアアッッ!!!】
鼓膜が破れるかと思うほどの大音量の鳴き声が響き渡る。
剣を握る手を強める。外にはミラとエルダーがいるのだ。死ななければどうとでもなるはずだ。
「おらああああああ!!!!」
焦げ茶色の壁に剣を振るう。
「は?」
弾き返されはしない物の剣が入っていかない。頭上から空を裂く音が聞こえる。おそらくムカデが俺に食らいつこうとしているのだろう。
『ドルカダス・ラーム』
どこからともなく聞こえてきた言葉と同時に一帯は暗闇に包まれる。一切の情報を断たれた俺は茫然としていたがやがて何者かに引っ張られるような感覚を覚える。
何者かに引っ張られて一秒も経たないうちに明るい景色が広がった。
「痛っっ!」
地面に放り出され再び尻餅を着く。
「シロさん!」
「……大丈夫?」
心配そうな顔でこちらを見つめる二人の姿を見ると、さっきまで感じていた恐怖心が徐々に薄れていくのを感じる。
「うん、ありがとう。」
「良かったですわ……。」
「…………」
元居た場所を見てみると先程の暗闇が霧散しムカデの姿が露わになる。
「あいつ、めっちゃ堅かったけど!」
「……弱点は、足……腹…触覚」
「分かりやすいですわ!」
「……私が…止める…」
「一本ずつ切り取っていく!触覚優先で!」
根拠は無い。だが足を切り落とすより触覚の方がダメージが大きいだろ。
ムカデが動き出す。
『コンジェラント』
そこで初めて気付く。エルダーが魔法を使用する時、杖の先端にある魔晶石を素早く取り換えているのが見えた。黒からやや青みがかった色の魔晶石に切り替えている。
するとムカデの体は突如出現した氷の柱に制限される。目標は触覚だったが奴は出現した氷の柱に注意が向き届かない位置に頭部がある。
ならば一本一本足を切り落とすだけだ。
ミラと俺は左右別々の足を切り落す。
ムカデは迷宮内に響き渡る程の悲鳴を上げるも氷の柱が壊れる様子は無い。
「もう一本っっ!!!」
「あまり攻め過ぎないように!!」
ミラの声が聞こえるもあっちはあっちでもう一本切り落としているようだった。
ムカデは再び悲鳴を上げ体を唸り上がらせる。
氷の柱に罅が入る。
「エルダーさん!魔力はまだ…」
ありますか?そう聞こうとしたが最後まで続くことは無かった。
氷の柱から解放され大きくしなったムカデの胴体は反発力を伴い俺の体を襲う。
「がっっ!!!!」
咄嗟に腕でガードするも頼りない体は吹っ飛ばされ二階層の入口にある壁に叩きつけられる。
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ダンジョン
【シィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!】
異音で目を覚ます。
ん?なんでこんな固いベッドで寝てんだ?
そう思っていると背中の強烈な痛みで意識は現実へと強制的に戻された。
「あれ!?今!?」
顔を上げるとムカデの足を切り落としたばかりのミラと、杖の先から炎を出したエルダーが見えた。
側に合った剣を手に取り戦場へと駆け出す。
「ごめんっ!気失ってた!」
「シロさんっ!」
「シロ…!」
「エルダーさん!氷お願いします!」
「わかった…!」
魔晶石を切り替え魔法を放つ。
『コンジェラント』
今度はムカデの頭部に近い胴体に氷の柱が立つ。
ギリギリ届く位置にムカデの頭部がある。
「ミラっ!」
「触覚ですわね!」
そう言って二人はムカデの頭部に走っていく。だが触覚を切り落としたところで到底死ぬとは思えない。
やるしかないか!
走っていく中、左手で刀身を握る。鋭い痛みと共に血が流れだすが気にしている余裕はない。
左手に魔力を込める。
『エンチャント』
すると刀身が淡く光り出す。正直どのような効果があるかは分からない。切れ味が増す保証もなければ、敵を殺せるだけの電流が流れているかもわからない。
それでもやるしかい。
ミラが触覚を切り落とすのを確認し剣を振り上げる。
「こんのぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
頭部に剣を振り下ろす。奇妙な感覚と共に剣が吸い込まれていくものの切断まではいかない。
左手に力を込め鋸の要領で剣を動かす。左手に強烈な痛みを感じながらも手を休めない。途中で名前を呼ばれるも気にしている暇はない。
やがてムカデはビクンと体を震わせ動かなくなった。
そこでようやく剣を引き抜く。
「ハァ……ハァ……」
「シロさんっ!」
ミラとエルダーが駆け寄ってくる。
「やったなぁ……」
「やりましたわね……」
「……うん」
三人は目を合わせ同時に笑い出した。
二人の姿を見てみる。
俺が気絶している間も戦っていたのだろうミラの装備は所々剥げていて、覗いた肌からは血が流れていた。
エルダーは白い肌に玉のような汗を掻き、ただでさえ色素の薄い唇が更に白くなっていた。
それからは特に傷が深い俺を優先にポーションを使用し治療が出来た。
後は帰るだけだ。
「ん?」
普通魔物を殺した時、死体は時間が経つと共に黒い液体へと変化し地面に沈み込んでいくのだが、ムカデの死体があった場所に何か落ちていた。
拾い上げてみるとそれは先程戦っていたムカデの部位の様であった。
「もしかしてこれ…」
「ドロップアイテムですわね」
「……ベンダルの顎」
「売れんのこれ?」
「………ベンダル自体あまり見かけない生物……一階層には普通出てこない」
ベンダルというのはムカデの名前であった。生息地域は4~5階層に出没するが稀にしか遭遇しない生物との事。
7等級以上のパーティーで戦闘を行うらしいのだが、足止めが出来る魔法を持っていれば格段に難易度が下がるのだとか。
一階層に出てきたことは無い事もないらしいが基本的に遭遇しない物だと思ってもいいくらい稀だという事だった。
「まぁエルダーが居なかったら間違いなく死んでたわ…」
「やはりわたくしの目に間違いはありませんでしたわ!」
そんな他愛も無い話をしながら帰路に着いた。
道中、
エルダーさんに耳打ちをする。
「そう言えばエルダーさん。戦ってる時、名前呼んでくれました?」
「!」
何故か歩くスピードを速める。
…確かに見た目は怖いけど結構人間っぽいところあるんだなぁ。もしかして俺と同じコミュ症だけなのでは?
俺も歩くスピードを速め横に着く。
「エルダーさん?」
「……聞こえてたの?」
「全然呼んでもらって結構ですよ。パーティーメンバーですし。」
「…………………………そう」
「これからよろしくね。エルダーさん。」
「……」
エルダーは無言で首を縦に振った。
「…………家族……からは……」
「はい?」
「………………エルって……呼ばれてる」
人生で培ってきた読解力を用いればこのような問題は容易い事だった。
「…じゃあエルダさんで。伸ばすよりは短くなる気がしますし…」
だが内なるコミュ症が発動し一文字削るのが精一杯だった。
「これからよろしくお願いしますわ!エルさん!」
その後は度々戦闘が発生するも何事も無く対応し、迷宮から脱出することが出来た。
「65シルバーとなります。」
「たっっっっっっか!」
場所は変わってギルドの換金所。
ここは迷宮で得たアイテムを換金できる場所であり、持ち帰ったベンダルの顎の査定をしてもらっていた。
「こちらの武器は60カッパーとなります。」
「それは分かるけど…」
だってムカデの口だよ、コレ。誰が欲しがるんだよこんなの。
「ベンダルのドロップアイテムは魔法への耐性が強く、装備に重宝されます。更にベンダルと遭遇すること自体が稀ですのでこのような査定になりました。」
文句があるわけでは無いんですが…
それよりも、やはり魔物のドロップアイテムは装備の素材になるのか。このまま売らないで装備に費やした方が良いのでは?ミラに訊ねてみる。
「そのまま売却しても良いと思いますわ。」
「ちなみに何で?」
「お金が欲しいのでしょう?」
ミラには呪いの事を話していないはずなのに、何故か心を見透かされたような気がした。
確かにミレーバルへ行く資金を集める為にフェーデルで仕事をしているので非常にありがたい話なのだが…
「何で分かるの?」
「今朝もそうでしたがシロさんは依頼内容よりも、報酬を重視して選別をしているようでしたので。さらに言えばお金に対するリアクションが大きいというか…」
「分かったからもう止めてください。」
まるで俺が守銭奴の様ではないか。実際そうなんですけど…
それでもコレとソレは違う。この顎はパーティーメンバーで稼いだものなのだ。対等に分配するのが筋だろう。
装備に使いたいのであれば売らないで加工した方が良いだろう。それであれば生存率や効率が上がり今後の収益にも期待できる。
「それでは装備を作成した方に偏ってしまうのでは?」
正論で返してきやがる。
「…エルダさんはどう思う?」
7等級の意見を聞くのが一番いいだろう。熟練の冒険者なら装備の作成に熱を入れる筈だ。そしたら多数決で俺の勝ち。正論は無に帰す。
「……シロはお金が欲しいの?」
「…まぁ、はい…」
嫌な予感がする。
「…じゃあ売却」
多数決で俺の負けが決定した。
その晩、やや膨らんだ財布袋を見ながら考えに耽る。
やはり迷宮は稼げる。たった一日で稼いだ金額は、一週間安全に依頼をこなした時とほとんど同じ金額だった。
たまたまドロップしたアイテムが高額だったこともあるが、一階層でもドロップアイテム目当てに弱い魔物を狩り続ければ安定した金額は稼げるだろう。
だが今回のようなイレギュラーは今後も度々発生するであろう。それはそれでステータスの伸びに繋がるか…
そんなことを考えている内に意識は闇へと落ちていった。
翌日
何故か俺達は二階層の入口まで来ていた。
「……二階層の魔物は一階層と変わらない。」
「では今日は四階層くらいまで行きますわよ!」
「昨日ムカデに殺されかけたばっかりじゃん?」
「経験は積めましたわ!」
さいですか。
だが事件は三階層で起きた。
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「こういうのも悪くありませんわねっ!!!」
「………………ふふっ」
いつの間にか大量の藁人形みたいな奴に追われていた。
元々は宝箱に目が眩み、迂闊にも藁人形集団のど真ん中に突っ込んでしまった俺が悪いんだけど…
ミラは笑いながら走ってるし、エルダに至っては今までに無いくらい上機嫌だった。
二人ともパーティーからあぶられ続けた結果、こういう状況が楽しくて仕方ないのだろうが俺からしてみればたまったもんじゃない。
「エルダさん魔法!魔法!」
「……倒して欲しい?」
「欲しいから早くっ!」
「………じゃあ頑張る」
エルダは足を止め藁人形を迎え撃つ。
『オーグン・ギダール』
杖から火球が放たれ地面に落ちると、炎の壁のような物が出現する。
やはり奴らは藁で出来ていたのだろうか。体に火を纏わせ次々と倒れていく。
「シロさんっ!」
「行けるよ!」
ミラと息を合わせ、炎の壁を通り抜けても進撃してくる藁人形を迎撃する。
「うぉっ、危ね!」
頭を飛ばした筈の藁人形が火に焼かれつつある腕をぶん回してくる。
無我夢中で藁人形の体を切り刻み、やがて動かなくなったことを確認してミラに目を向ける。
「ミラ!大丈夫!?」
「えぇ!問題ありませんわ!」
まるでダンスを踊っているかのような身のこなしのまま藁人形を切り刻んでいく。
大半はエルダの魔法で処理をしていた為、あっけなく戦闘は終わる。
いや、最初っからやれよ…
なぜか戦闘とは別の疲労感を感じながら剣を納める。
「やっぱり良いですわね……」
「何が?」
「仲間とこうして迷宮に潜るというのは。」
まぁ、確かに。今起こったことを棚に上げるとパーティでの行動は非常に有用であると言える。
俺一人だけだったら未だに採取依頼をこなしていただろうし、迷宮になんて来ていなかった。
仮に訪れていたとしても初日で間違いなく死んでいた。それを思えばミラとエルダとの出会いに感謝してもいいかもしれない。
「……ん」
「ん?」
エルダが控えめに肩を突いてくる。指で示す方向を見ると藁人形のドロップアイテムが落ちていた。
拾い上げてみると普通の木より弾力のある枝が落ちている。
「ボアメゴの枝ですわね。主に家具などに使用される素材ですわ。」
「はぇ~」
奴らはボアメゴという魔物らしい。ドロップアイテムである枝はそこまで貴重ではない物の汎用性が高く地上では重宝されるらしい。
アイテムを鞄に入れながら先程開けようとしていた宝箱の元へと戻る。
以前エルダに教わった通り鍵穴を覗いてみる。罠を掛けられている可能性があるからだ。
「うん、よく分からん!」
「…任せて」
鍵穴を覗いたエルダは、再び俺に鍵穴を覗くように促す。
「…中に糸が張ってあるの…見える?」
「…言われてみれば。」
ランタンを鍵穴に持っていってやっとその存在が分かった。
確かに糸が張ってある。どこに繋がっているかは分からないけど。
エルダは俺に宝箱から距離を取らせるよう促し、杖を器用に使って宝箱を開ける。
宝箱が開いた瞬間、形が不揃いの刃物が飛び出してくる。当たったら痛そうだ。
エルダに礼を言って宝箱の中を覗いてみる。中にはやや黄色味を帯びた石が入っていた。
「これ…魔晶石?」
「えぇ、大きさからして価値はそれなりにありそうですわ。」
ならばやることは一つ。
「エルダさん、試し打ちできます?」
「…杖に装着できるのは…杖用に加工された魔晶石のみ」
そうなのか。効果が分からない魔晶石に魔力を注ぐなんて真似は出来そうにないので、ギルドで換金することにした。
「やっぱり階層が下がる毎に宝箱の中身は良くなっていくんだね。」
「そうですわね。」
「……でもその分危険度も増していく」
宝箱から離れ四階層に向かおうとするも、帰りの事を考え三階層を探索することとなった。
迷宮は毎日その姿を変える。探索し終わったからと言ってその階層から宝箱が無くなる事は無い。
非常にランダム要素は強いものの、運さえ良ければ一階層でもお目当ての物をゲット出来るのだ。
「よし、じゃあ行こうか。」
三階層を歩き回る。三階層も一階層と大して変わり映えしない風景が広がっている。
「そう言えば六階層からどんな感じになるの?」
「…光る結晶が生えてる洞窟」
「ここの階層と違って、進むべき道が決まっているエリアですわ。」
「……マッピングは必須。」
なるほど、どちらかと言えば迷宮というよりダンジョンに近いのだろうか?
違いはよく分からないが、ダンジョンというのは行くべき先が決まっている通路が数多くある印象だ。
他愛も無い話をしていると不意にエルダが立ち止まる。
迷宮の端まで来たはずなのに何故か目の前に扉がある。
「なんすか?これ。」
「…インフォーマルダンジョン。」
「ギルドから認知されていないダンジョン。ランダムに発生するダンジョンと言えば良いのかしら?」
ミラがエルダに問いかける。
エルダは首肯しながら後に続けた。
インフォーマルダンジョン
迷宮内でランダムに発生する小規模なダンジョン。
内容はその階層に応じたレベルに、ある程度調整されているものの、一切情報が無いエリアでありイレギュラーも数多く発生する。
内部にある宝箱は、ダンジョンが生成された階層よりも稀少なアイテムが入っている可能性が高い。
最奥部にダンジョンボスが居る可能性もある。
一定期間が経過すると消滅するが、内部に生存者がいる場合存在し続ける。
エルダからの話を纏めるとこういった具合だった。
「三階層に調整されてるんだったら行けそうじゃない?」
俺の提案に二人は微妙な反応を示す。
どうやらこの三人で攻略するには少々厳しいらしい。
俺としては未探索のダンジョンを開拓していくというロマンがどうしても強かった為、何とか押し切ろうとする。
「まぁ、そこまで言うのでしたら…」
「……シロが行くなら」
「みんなも分かってるだろうけど、俺、引き際を見分けるのだけはトップクラスだから。」
「「確かに」」
いつの間にそんな声を合わせるくらい仲良くなったんですかね…
目の前の扉を開くと、暗闇が広がっていた。
鞄に入れておいたランタンに明かりを灯し先に進む。
数歩進んだところで急にランタンの明かりが消え、完全な闇の世界に陥る。
「うぉあっ!ビックリしたぁ!」
急いでランタンに魔力を籠め、明かりをつけるとそこは一本の通路の様であった。
そこで二人のリアクションが乏しい事に気付き振り返る。
「ミラ?エルダさ…」
言葉が途中で切れる。
振り向いた先に二人の姿は無く、通路と同じ古い遺跡のような壁があった。
「あ?」
こうしてインフォーマルダンジョンのソロ攻略が始まってしまった。
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暗闇
「エルダさーん!ミラー!」
返事はない。
だが一本道の為、進む方向を迷う事は無かった。
暫く進み続けるも、一向に景色が変わらない。
念願のダンジョン探索に踊らせていた心もすでに熱が失われ、不安が支配していた。
それから何時間が経ったのだろうか。いや、一時間も経っていないかもしれない。
時間を確認する術が無い為、最初に居た地点からどの程度歩いたかすら分からない。
ミラとエルダさんがこのダンジョンに居るのかも分からない。
ここから生きて帰れるのかも分からない。
分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。
ここはどこだろうか。時間を気にしていた場所からどれくらい歩いたのだろうか。
ただの一本道。人もいなければ、敵の姿も見えない。
それでも歩き続けるしかない。道は一本なのだから。
ここはどこだろうか。腹も減ってきたし、喉も乾いてきた。
でも景色は変わらない為、精神が参ってるだけかもしれない。二人と別れてまだ五分程度しか経っていないかもしれない。
歩く。
ここはどこだろうか。流石に二人と別れて一分は経っているだろう。
すでに思考は停止している。考えても景色は変わらないのだから。
歩き続ける。
ここはどこだろうか。
やがて広場に到着する。
停止していた思考が動き始める。ここがどこかなんて事は問題ではない。
ここにはいくつかの樽がある。中に食料が入っているかもしれない。
樽を覗くも中には何も入っていなかったがあることに気付く。
「…鞄に食べ物入ってるじゃん。」
鞄を漁ると出発前に入れていた携帯食料が入っていた。乾燥した肉と、竹で作った水筒に半分ほど入っている水。
後の事は考えられない。腹に押し込むように全て食べてしまった。すると不意に睡魔が襲ってくる。
ここなら敵に襲われる心配もないだろう。羽織っていたコート布団代わりにして目を閉じる。
数秒も経たずに意識は闇へ落ちていった。
目を覚ますとそこにはいつもの天井があった。
変わらない遺跡のような天井だ。
カタ…カタ…
自分の足音しか聞いていなかった耳は敏感に反応する。
どうやら進むべき通路の先から聞こえるようだった。
その場から微動だにせず音の正体が近づくのを待つ。
やがて通路から音の主が顔を出す。
白い頭部に、異常な程細い体躯。白い棒が何本も連なり体を形成する。
骸骨
ソイツは何の迷いもなく空洞になった眼窩をこちらに向けてくる。
手に持っている物はさび付いた刀剣と、木製の丸い盾。
骸骨はこちらの存在を認識すると刀剣を掲げ襲い掛かってくる。
急いで立ち上がり奴の剣撃を受け流す。筋肉を持たないからだろうか骸骨は剣に重心を持ってかれ地面に剣撃を見舞う。
「うらぁっ!」
前屈みになり隙だらけの頭部を切断する。
「痛っ…」
首を失くした筈の骸骨は再び動き出し刀剣を振り上げる。
防具で大部分は守れたものの振り上げられた刀剣は頬を切り裂いた。
「こんのぉ!」
骸骨の体を蹴り飛ばし、胴体を真っ二つにするべく横薙ぎを放つも盾に阻まれる。バランスを崩したところに刀剣が振り下ろされる。
それを転がるように回避するとそのまま起き上がり距離を取る。
『イカヅチ』
魔法を放つも効いている素振りを見せない。骨に電撃は聞かないらしい。
再び骸骨が斬りかかって来る。
今度は受け止めず横に避ける。すれ違いざまに足を斬り落とす。
地面に倒れた骸骨はそれでも這い摺って俺を殺そうとしてくる。すぐさま刀剣を持つ腕を切り落とし体を滅多切りにする。
やがて骸骨は動かなくなった。当たり前だが、こいつを殺しても何かが起こるわけでは無い。
息を切らしながら通路を進むと再び広場に到達する。
「…おい、マジか。マジかよ!」
目の前にあるのは宝箱だ。見た目はボロボロだが食料が入っているかもしれない。
「嘘だろ!マジか…頼むよ本当に!」
何でも良い。カビの生えたパンでも、苔が生えた水でもいい。
とにかく飢えを解消する何かがあればいい。
急いで宝箱を開ける。
「熱っ…!」
勢いよく開けた宝箱の縁には刃物が付いており派手に手を切る。
鋭い痛みを感じるも何かが入っているかもしれない。中を確認してみる。
「なんだこれ…」
中に入っていたのは先に四つの刃がついてあるメイスだった。
勿論食べることは出来ない。
闇の中で呆然とするも、残っているのは手の痛みと希望が失われた喪失感だった。
言葉を発することが出来ない。こんなもの今の状況では何の役にも立たないゴミだ。
宝箱の前で立ち尽くしていると、
トンッ
肩に弱い衝撃を感じる。
「え?」
目を向けると俺の肩から矢が生えていた。
遅れてやって来る激痛。
痛みに顔を顰め矢が放たれた方向をみるとクロスボウを番えた骸骨が二射目を放っているところであった。
放たれた矢は体ごと振り向いた俺の胸に当たり下に落ちていく。どうやら防具が身を守ってくれたようだ。
「う…あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
絶叫し骸骨に剣を振るう。
頭部を飛ばされた骸骨は先程の骸骨と同様、倒れる気配はない。
それどころか持っていたクロスボウを捨て殴り掛かってきた。
拳は胸部に当たるも俺にダメージは入らない。
無我夢中で剣を振るう。飛び散った骨の破片が防具の付いていない肌を傷つける。
それでも原型を留めない程砕き続けた。
やがて骸骨は動かなくなり、俺もその場で尻餅を着く。
ずっと気になっていた肩の矢を引き抜く。
「いっっだぁぁぁ!!!!」
激しい痛みに伴い少なくない血液が流れる。
無理に抜かなければ出血することは無いが、すでに頭の回転は鈍くなり肩の異物を取らなければという気持ちが行動を起こした。
引き抜いた矢を見てふと感じる。
これを飲めば少しは喉が潤うのだろうか。
そう思った時には既に、血液を喉に流し込んでいた。
味を気にする余裕はない。口を上にあけ流し込む。
やがて一滴も垂れてこなくなった矢を投げ捨てる。
既に骸骨は黒い液体となり地面に染み込んでいた。
食えるのか?
この得体の知れない物を?
そんな考えはとうに消えていた。
液体を手で掬い口に入れる。
「う゛っえ…」
口の中がヒリヒリする。それでも口の中に入ったという事は食べれるという事だ。
意を決し飲み込む。喉が灼けるように痛い。それでも飲み込む。
やがて感覚が麻痺してきたのだろうか喉の痛みはそれほど感じなくなっていた。
それどころか少し空腹感が紛れた気がした。
カタ…
通路の先から音が聞こえた。
食事の時間だ。
最初に魔物を口にしてからどれくらい経過しただろうか。
何度も睡眠を取っている。ちゃんと8時間寝て、16時間起きているか分からない。時計が無いのだからしょうがない。
例え16時間寝て8時間起きていたとしても問題は無い。
定期的に食事はやってくるのだ。
ガシャ……
通路から食事が現れる。
だがその食べ物は全身に鎧を身に着けていた。もしかするとその下に喰える肉があるかもしれない。
黒い液体で汚れきった口元を拭い、食事をするため剣を構える。
「なぁ…お前は美味しいんですか?」
俺の言葉を合図に食事が突進してくる。
こんな瞬発力のある食べ物は足に肉でも詰まっているのだろうか。
考えるだけでも涎が垂れてくる。
迫ってくる斬撃を受け流すも食べ物は器用に手首を捻り続けざまに斬撃を放つ。
「ぐぁっ!」
腕甲で受け止めるもあまりの衝撃に仰け反ってしまう。
すかさず食べ物は突きを見舞うも、胸部に当たり俺に倒れこんでくる。
「危ねぇな!ちゃんと前見てくださいよ!」
倒れこんできた胴体に剣を突き立て食べ物の鎧ごと串刺しにする。
ガコンッ!ガコンッ!
食べ物は俺の顔を食い破ろうと唇を失った口で噛みつこうとしてくる。
剣を抜き取りつつ後方へ下がる。
「お前も腹減ってんのか!」
改めて食べ物の体を見ると、右腕に刀剣を持ってはいるものの既に左腕は欠損していた。
「今度は俺の番だっ!」
食べ物に切りかかるも片手で受け止められる。
受け止められるどころか刀剣を斜めにして剣を滑らせようとしてくる。
こいつは普通の食べ物じゃない。
度重なる食事によって汚染されていた心が奴を殺すべき対象だと認識した。
奴は再び斬りかかってくる。
受け流す態勢に入るも衝撃はやってこなかった。
「フェイントォ!?」
奴は一歩引いた位置で姿勢を低くしている。あの構えは…
居合だ。
頭のどこかにある記憶が不鮮明でありながらも、その姿勢に近い事を証明する。
その瞬間、恐ろしい速度で横薙ぎが飛んでくる。
慌てて剣で受け止めるものの筋力が足りず、結果として胴体で受ける羽目になってしまった。
体が吹き飛ばされ壁にぶつかる。
「は…ぁっ…!」
尋常では無い痛みが胸部に走る。
唯一恐れていたことが起きてしまった。
防具の魔力切れ。
魔力の残量を示す宝石は輝きを失っていた。
「クソッ……」
何とか立ち上がるも、既に視界は霞んでいた。
それでも諦めるわけにはいかない。
剣を杖にして立ち上がる。
魔法は効かない。筋力も技量も相手が上。
だが逃げるという選択肢は取れなかった。逃げるという事は今まで来た道を戻るという事だ。
今までひたすらに、あるかもわからないゴールを目指して歩いてきたのだ。一歩でも戻ると壊れてしまう。精神も肉体も全て。
だからと言ってこの状況を打開できる術は…
ある。一つだけ。
遥か昔のことに思える鍛冶師の話を思い出す。
お前が着ているそのローブ、斬撃や打撃に加え多少の魔法に耐性がある。
そうだ。このコートは斬撃を通し辛い…はず。であれば出会い頭に奴の体にコートを押し付け倒す。
倒した後は奴が握っている刀剣を足で押さえ滅多切りにするだけで良い。
ローブの紐を解く。
「これで…最後だ…これが無理なら俺のこと食ってもいいよ?」
そう言うと奴は剣を正面に構える。言葉は分からないだろうが雰囲気を感じたのだろう。
静寂がダンジョンに訪れる。
先に動いたのは骸骨だった。やはり奴は速い…が、
俺も地面を踏みしめ突貫する。だが手に持っているのは剣ではない。
奴は刀剣を高々を上げる。
「来いっっ!」
奴が刀剣を振り下ろすと同時にローブを両手で広げる。
刀剣にスピードが付く前に絡めとり、自分の体ごと奴を押し倒す。
幸い、刀剣は上へと上げていた為、刀剣を持つ腕の場所は分かる。
左足で腕を踏みしめ、右足で胴体を踏みつける。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
技術など必要無い。満足に身動きが出来ない相手の体を壊すだけだ。
踏みつけられた骸骨は立ち上がろうとするも胴体を足で押さえつけられている為、抵抗が出来ない。
剣を無茶苦茶に振るう。
振るっている最中に左足から腕が逃げ、刀剣が俺を襲おうとするもローブで視界を塞がれている為、致命的な場所に攻撃は来ない。
「早くっ!死ねって!言ってんだろっ!」
左足で奴の顔面を何度も踏みつける。確実に骨の砕ける感触があるものの未だに刀剣は俺を殺そうとしてくる。
余程、顔面を踏みつけられるのが嫌だったのか、俺の左足を斬りつけ、突き刺してくる。
ならば胴体を壊すまでだ。
奴が動かなくなるまで三分は経っただろうか。
やっと地面に腰を落ち着け、グチャグチャになった左足を見てみる。
もう感覚がない。動かそうとしても動かない。だがどうしようもない。
暫く休憩して立ち上がる。
さっきの奴がもう一度来たら確実に死ぬだろう。だったらもう進むしかない。
剣を杖にしてひたすら進む。
「ははっ…遂にお迎え来たかぁ…」
目の前に見えるのは、今までとは比べ物にならない程の広い空間。
天井からは月明かりのような物が差している。
だがその光景があり得ない事など分かりきった事である。
なにせ元々は迷宮の三階層から来たのだ。さらに言えばこのダンジョンに入って階段どころか上り坂すらなかった。
奥に玉座のような物が見える。あれがきっと俺の死に場所だろう。フラつく足取りで玉座の前まで行く。
良い最期だ。通路で死に絶えるよりも、玉座にもたれかかって死ぬ方が様になるだろう。
そんな事を考え足を進める。最後の踏ん張りだ。
脳内に走馬灯が流れ始めるもどこか他人事のような気がする。
「今の俺が見るべきもんじゃねぇよ…ははっ…」
一歩。一歩。最後に向かって歩みを進める。
呪いも解いていない。
超越者も殺してない。
イツワ村に帰ることも出来ない。
ミラとエルダとで食事をすることも出来ない。
「あぁ…結局ルウにお礼言ってなかったなぁ…」
久しく会っていない女性の顔も出てくる。彼女が居なければこの玉座で死ぬ事も適わなかっただろう。
後、十歩程度で辿り着けるだろうか、そんな時玉座から黒い霧が発生する。
霧の中から人影が現れる。
いつもの頭蓋骨に何故かボロボロの王冠を乗せている。
煤けたローブを纏い、手には杖を持っていてそれでいて
「おぉ…浮いてんなぁ…」
今までとは明らかな違いを感じる骸骨。
これはあれだ。ゲームで言う所のリッチという奴だ。
リッチは杖を向けてきたと思いきや空洞になっている筈の喉から声を出す。
『炎の腕よ』
呪文というのは人それぞれによって発声する言語が違う筈なのに、何故か次の瞬間俺の身に降りかかる魔法が分かった気がした。
杖の先が紅く光る。
火葬も悪くないよな。そう思いながら目を閉じる。
『コンジェラント・ギダール』
突如、視界に氷の壁が生成される。
「救助対象はあいつか!」
「ボスも居やがるのか…」
「ぶっ殺せぇぇぇぇぇ!!」
氷の壁の向こうに人の群れが飛び込んでいく。
壁の向こうから轟音が響き渡るもその間、俺は立ち尽くしていた。
どのくらい経過しただろうか、轟音が止み氷の壁が崩壊する。
目の前の光景に唖然とする。
今まで、黒い液体を食い続ける生活だったのに何故か目の前には大量の肉がある。
「シロさん!!」
所々防具が剥げていて瑞々しい肉体を露わにしている人間が、何やら叫びつつこちらに走ってくる。
「マジか…最後の晩餐てやつ?」
こんな量の肉を食いきれるわけが無い。神なんて信じてはいなかったがこの時ばかりは信じてもいいと思った。
そうだ。これだけ苦しい生活をしてたのだから最後くらいは美味しい物をたらふく食って眠るように死のう。
それが最後に感じる幸せになるだろう。
「いただきまぁす!」
剣を抜き目の前の肉を解体するべく、全力で駆け出す。
そこでやっと左足の感覚が戻り、激痛が走るもそんな事を考え…
「もう休んどけ。」
後頭部に強い衝撃を感じ、意識は薄れていった。
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暗闇の果てに
目が覚めると前に見た天井が目に入る。
治療院だ。
体を起こそうとするも全身が重く感じる。それでも何とか上半身だけを起こす。
少しだけ痛む頭をフル回転し、最後の記憶を蘇らせる。
やけに長い通路を進んだ先に宝箱があった。急いで宝箱を開けるも罠が仕掛けてあり手に傷を負う。
だが肝心の中身が思い出せない。だが思い出せないという事はロクでもない物が入っていたのだろう。
それに加え、その先が思い出せない。どうやってダンジョンから出たのか。どの程度の期間ダンジョンに潜り続けていたのかが全く思い出せない。
…とりあえず治療院の医者に会いに行こう。以前、入院していた時にミラと話していた医者が居る部屋は微かに覚えている。
ベッドから出る為に足を床につけ、立ち上がろうとするも何故か上手く立ち上がることが出来なかった。
「痛っ…」
床に全身をぶつける。足に異常があるのだろうか、下半身に目を向けるも特に異常はない。
単純に体が重いのだ。
壁に寄りかかりながら医者がいる部屋に移動する。
「あっ!先生!」
廊下へ出た所で一人の女性と出くわすも医者を呼ぶのだろうか、もと来た道を戻っていった。
再び一人になった俺は、一歩ずつ足を進め始めた。
やっとの思いで部屋の前まで来た。ドアノブに手をかけ開けようとするも中から話し声が聞こえてくる。
やがて扉が開かれる。
「おっと、やっと目が覚めましたか。」
声を掛けてくれた男性は、以前にキメラに負わされた怪我を治してくれた男だった。
「エスト、ミラさん達を呼んできてくれ。シロさん、彼女達が来るまでここまで至った経緯を話しましょう。」
男性は廊下で出会った女性に指示を出し、俺に向き直った。
「まず君は転化により一ヶ月間、昏睡状態だった。」
テンカね。うん、点火。で、天下がどうだって?
いきなり専門用語をぶっ込まれた為、どういう反応をしていいのか分からない。が、
「一ヶ月寝てたんですか?やたら体が重かったのってそういう理由とか?」
「それもあるけれど、原因は他にある。」
「あぁ、添加ってやつですか?」
「そうだね。転化だね。」
なるほど、さっぱり分からん。
「シロさん。ダンジョン内の出来事はどこまで覚えていますか?」
迷宮第三階層にてインフォーマルダンジョンなる物を発見。内部に侵入するもパーティーメンバーと別離してしまう。
単独でダンジョンを攻略している最中、宝箱を発見し確認するも罠が掛けられていた。
「それからは…すみません、覚えてないです。」
「そうですか、ここからは私の推察なのですが…」
その後、男性の口から語られた内容は驚くべき内容だった。
「シロさん、あなたはダンジョン内を探索している内に極度の飢餓状態へと陥りました。一切、食料の無いダンジョンにて飢餓状態へ落ちいった貴方は魔物を摂取してしまいます。その後、魔物を摂取した貴方は魔物の残骸が飢餓状態を克服できる唯一の手段だと知り、ダンジョン内で出没する魔物を食料として食べ続けた結果、魔物に宿る魔力が貴方の体内を侵食してしまい一つのサイクルが出来てしまいました。その状態で四日。四日間ダンジョンでそのサイクルを回し続けることにより、体内に取り込んだ魔力が循環を始め身体の魔物化、つまり転化が行われてしまいます。そこからの説明は少し省きますが、ギルドにて貴方の捜索願が出され数人の冒険者がインフォーマルダンジョンにてリッチと戦闘状態のシロさんを発見。リッチを討伐した後、治療院へ運び込まれ一ヶ月間、転化の治療を行われていました。そして現在に至るという訳ですね。」
長ぇよバカ。
つまり、こういう事だ。
ダンジョンで迷った挙句、腹減りすぎて魔物食ったら魔物になっちゃった。なんとか助けたけど未だに魔物っぽいから一ヶ月間治療してたよ~。
マジかよ。
「じゃあ、魔物って事ですか?僕。」
「それを解消する為の一ヶ月です。」
あぁ、なら良かった。
「ですが完全に消滅することはありません。」
上げて落とすタイプねお前。顔覚えたからな。
「ですが、元々冒険者は多少なりとも魔物の遺伝子が混在しています。魔物を討伐した際の液体は蒸発し、少なからず空気中に漂っていますからね。ですがシロさんは直接体内に取り入れてしまった為、他の冒険者と比べて濃いのは確かですが。」
でも王道展開だろ。魔物を取り入れて特殊能力に目覚めるなんて最高じゃないか。
「いえ、それはありません。」
はい。
「魔物と人類は決して相容れない存在です。どんな英傑であれ百害あって一利無し、です。」
すみません。
「どんな形で作用があるかは分かり兼ねますが、十分注意をして生活してくださいね。」
分かったからもう止めてください。
やがて廊下の方で足音が聞こえる。
「では私はこれで失礼します。シロさんはご存じないでしょうが、一ヶ月の間ミラさん達は貴方とまともな会話をしていません。くれぐれも彼女達を安心させてあげてくださいね。」
そう言って医者は部屋から出ていくと同時に見知った顔が部屋に入ってきた。
ミラもエルダさんも呆気に取られた顔をしていた。
「あ~…」
どうしようか、頭を搔きながら考える。
「やっほ。」
それからというもの、ミラは顔を涙でぐしゃぐしゃにして飛びついてきた。エルダさんは目に涙を浮かべて、おかえりなさい、とだけ言った。
散々泣きつかれたと思ったら、次に来たのはお説教タイムだった。
怖かった。
心無しかエルダさんも震えていた気がする。
「魔物ばっかり食ってたからなのかなぁ…。やたら料理が美味しい気がする。」
自分の感覚では二日、三日ぶりの酒場での料理だが実際には一ヶ月振りのまともなご飯だ。いつもより美味しく感じる。
「そういえば、ミラ達は一ヶ月なにやってたの?」
「わたくし達は曲がりなりにも冒険者ですわ。依頼を受けてい…あっ。」
「……報告。」
ミラが何かに気付いたように声を上げる。
「え?何?破産したとか?」
「……ちゃんと依頼はこなしてた。」
ミラは顔を赤くさせモジモジしている。
え?もしかして、おめでた?
「わたくし…8等級冒険者になりましたわ!」
同じ時期に9等級冒険者になった筈のミラが先に昇級していたようだ。やはり一ヶ月の差は大きいのだろうか。
「マジか!おめでとう!さすが俺らのミラ姐さん!」
「……姐さん」
「わたくしに着いて来いですわ~!」
そうして久し振りの晩餐は過ぎていった。
エールにはアルコールが入っているのだろうか。
次から次へと注文され続けるエールを悉く飲み干していると、世界が揺らめくような感覚に襲われる。
「やばい…酔ったかも。」
ミラやエルダも例には漏れず、がぶがぶとエールを呷っていた。
「シロぉ~?聞いてますの~?」
「……聞いてる。」
「じゃあ返事ぃ~」
「……はい。」
「シロォ~?」
鬱陶しいわ。コイツ。酔っている俺でも分かる。ミラは見た目に反し相当の酒乱だ。
「…そろそろ戻ろぉ?」
エルダは白い頬を朱に染め上げ、こちらに寄りかかってくる。コイツも中々…
「そうっすねぇ~。ミラ~行くよ~」
「んぇ~?まだ飲めますわ~!」
何を言っても聞かなそうなので俺とエルダで肩を貸しながら店を後にする。外は夜風が涼しく心地良い。
その時、俺自身も酔っていて足元がおぼつかなかったのか、何もない地面で転びそうになる。ミラの肩を掴み耐えようとするも服ごと体勢を崩してしまった。
ミラの肩が露わになる。
「あ~?ごめ…」
謝ろうとした時、ミラの綺麗な肌に痛々しい傷が刻まれているのが目に入る。
するとミラは今までベロベロに酔っていたはずなのに一遍の迷いなく服を元に戻す。
一瞬しか見れなかったものの、その傷は脳裏に焼き付いていた。
キメラとの戦闘然り、様々な依頼をこなす上で装備が剥げてしまうシーンがいくつもあるが、あれ程まで生々しく大きな傷は見たことが無い。
「ミラ?その傷は…」
「何でもありませんの。」
先程までのミラが嘘のようにハッキリとした口調で告げる。
「でも、一か月前まで無かった気がするんだけど…」
「シロさんが原因で付いたものではありませんわ。」
「何で俺の名前が出てくるの?」
ミラを含めエルダも俺の顔を悲しそうに見つめてくる。
「それは…」
「俺の所為なんだね。」
「シロさんの所為じゃありません!」
珍しくミラが苛立ちの籠った大きな声を出す。
「…シロ。」
「エルダさんも知ってるんだね。」
そういうとエルダは口を閉ざす。
「ちゃんと言ってよ。パーティーメンバーでしょ?気なんて使わなくてもいいから。」
「シロさんは何も悪くないんですの。」
「ミラ。」
「……分かりましたわ。」
そう言うとミラは意を決したように口を開く。
「…この傷は、シロさんが転化した際に付けられたものですわ。」
そりゃ言いたくもないよな。ミラは他人と比べ非常に仲間思いの性格をしている。だから俺の記憶がない事を良い事に俺に付けられた傷の事は隠しておくつもりだったのだろう。
俺に余計な心配をさせない為に。俺が気を負わなくてもいいように。
「ごめんね。」
「シロさんの所為じゃ…!」
「分かってる。でもこれは俺の責任だよ。でもさ…」
それでも、俺がミラを傷つけたとしても。
俺に事実を隠そうとしていたとしても。
ミラは大事なパーティーメンバーだ。俺が言うのもなんだけど、そんな程度でお互いに責任を感じる必要は無い。
ミラも気を負わなくてもいいし、必要以上に俺が気を使う必要もない。どちらに転んでも上辺だけの関係になってしまう。
良き友人であって欲しい。それが俺の願いだ。
「エール奢ったんだから許して。頼むよ~。何だったら次も奢るからさ~」
そう。この程度でいいのだ。適度な冗談を言い合うだけでこの問題は解決出来る。
「…まったく。次のエールでこの件はチャラですわ!」
ミラの眩しい笑顔が戻る。
良かった。これで一件落着だ。
宿屋に着き、二人と別れる。正直ミラとのやり合いですっかりアルコールが抜けきってしまった。
ベッドに体を預け、思索に耽る。
まず俺は自身に憑りついた呪いを解呪する為ミレーバルという街に行かねばならない。
現状、ミレーバルの場所や行き方は分かっていない。今後、仕事の合間で情報を得るとして。
問題は寿命がどのくらい残っているかだ。
フェーデルに向かう途中、人魚に呪いを軽くしてもらったのは夢ではない。はず…
その際も、人魚に寿命を聞くのを忘れていた。
フェーデルに来てからどれくらい経っただろうか。エルミナスで大体二週間ほど過ごしてきたとして、フェーデルでは一・二週間が経過している。
だがそれは俺の記憶がある中での話だ。
エルミナスでぼーっと過ごしている内に実は一ヶ月近く滞在していたということもあり得る。
「その上、一ヶ月くらい寝たきりだもんなぁ…」
諸々合わせて、二ヶ月程度経過したとして…
いや、結局のところ寿命が分かっていない為過ごしてきた期間を考えても無駄だろう。
「でも、早くしないとなぁ…」
金なら多少は集まった。ステータスの方は…まぁ、必要以上の戦闘を避ければ何てことの無い話だ。後は、時間の問題だけ。
こうしている間にも刻一刻と時は迫っている。
そして、その日が来るのが早いのか遅いのか分からないのがまた辛い。
考えていても仕方ないと思いつつ、答えなど出る筈も無いのに延々と考え続けてしまう。
思考が堂々巡りを繰り返す中、いつの間にか眠りについていた。
翌朝、目を覚まし部屋から出ると扉の前に一枚の紙が置いてあった。
『本日の冒険者稼業はお休みします。シロさんがぐっすりと眠っていたので、わたくしとエルさんはお買い物に行って参ります。』
ミラからの置き手紙だった。
俺が眠っている間に冒険者ギルドに行っていたのかな?
昨晩の件もあるし、ミラなりに気を使ってくれたのかもしれない。
ちょうどいい機会だ。ギルドに言ってミレーバルの場所を教えてもらおう。
そうして約一ヶ月振りにギルドへ行くことを決意した。
ギルドに入ると普段より騒々しい雰囲気に包まれている。
疑問を抱きながらいつも通り受付に向かおうとするもすぐに騒々しさの原因が分かった。
以前見にした有名なパーティーが来ているようだ。
全身に銀を纏ったイケメンの隣にはやはりいつもの女性陣が居る。
そいつらは受付で何らかのやり取りをしていた。
イケメンのパーティーメンバーである大柄の男と動物の頭蓋骨を被っている何者かは冒険者が飲み食いするテーブルに着いてイケメン達のやり取りを待っていた。
…あまりいい考えじゃないけどあの人に聞いたらミレーバルの場所くらいわかりそうだな。
だがいきなり9等級冒険者が聞きに行くのは失礼ではないか。でも質問するとしたら女性達がイケメンに気を取られている今がチャンスなのではないか。
幸いにもギルドに居る冒険者はやはりイケメンに目を向けている。
意を決し足を進める。
「あ、あの~」
「あ?」
大柄な男性がこちらに目を向けるも頭蓋骨はこちらに見向きもしない。
日和るな。この質問が終わったらもう二度と話しかけないんだから。
「すみません…そちらの方にお聞きしたいことがあるのですが…」
そう言ってジェスチャーを示すもやはり頭蓋骨はこちらを見ない。
はぁ、と息を吐き男は頭蓋骨に呼びかける。
「おい、呼ばれてんぞ。」
【黙れ】
おおよそ、人間から発せられる声色ではない音が耳に入る。
やべぇよ…こいつの中身、魔物なんじゃねぇの?しかも怒ってない?
それでも勇気を出し、質問だけ簡潔に告げる。
「すみません…ミレーバル?という所に行きたいのですが…」
そこまで言うと遂に頭蓋骨はこちらに目を向ける。
【何故だ?】
「呪いを解く為?ですかね」
そこまで言うとボロボロのローブからミイラのような細い腕が出てくる。
碌な抵抗も出来ずに頭を掴まれる。
「うわっぶ!」
振り払おううとするも腕はビクともしない。
だが、大して痛くなかったのでされるがままになっておく。
暫くすると腕が離れる。
「あ、あの?」
【ケ…】
「け?」
【ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ】
「ひぇ…」
初対面のエルダ以上に恐怖を感じた。
どっからこんな音出しているんだろうか。頭蓋骨の形状が変化していないので詳しくは分からないが、おそらく笑っているのだろう。
【貴様、名は。】
「シロ、と申します。」
【面白い物を憑けているな。】
「はぁ、どういたしまして?」
そう答えるとまた笑い始める。
一体何が面白かったのだろうか。
さっぱり分からないがひとまず、この人は悪い人では無さそうなので安心する。
「珍しいな。」
後ろから聞き慣れない声が聞こえ振り向くと、先程まで受付で話していたイケメンが立っていた。
「何の話をしてるんだ?」
【貴様には関係ない。】
イケメンはそうか。と言って再び受付に戻る。
【ミレーバルか、ミレーバルだったな。】
「あ、はい。」
頭蓋骨は話を戻す。正直、ミレーバルという場所を知っているだけで十分だ。
これ以上関わり合いになりたくないというのが本心だが、一応お礼だけは言っておこう。
【ミレーバルはロールドの東に位置する死の都だ。】
「えっと…」
分かるわけねぇだろ。
【まぁ、分からんだろうな。転生者よ。】
思考が停止する。この街に来てから俺が転生して来たことは誰にも言っていないはずである。
別に隠しているわけでは無いが、わざわざ言いふらすようなことでも無い。
「…なんで。」
【疑問を持つのは素晴らしい事だ。全てを理解した世界ほど退屈なものは無い。だが定命の者は全てを知る前に朽ち果ててしまう。故に幾星霜
の時を経て知識を継ぎ接ぎしているのだ。】
「…そうじゃなくて、何故僕が転生者だって分かったんです?」
すると頭蓋骨は恐ろしげな声のままこう告げる。
【分からない事が満ち溢れている程、面白いでしょう。】
声は恐ろしいのに何故か優しさを感じる言い方だった。
その後、何も言えなくなった俺を見つめていると徐にローブから地図を取り出す。
頭蓋骨は指で示す
【フェーデル。】
え?このクッソ小さいのが?じゃあこれまさか世界地図って事か。
頭蓋骨はフェーデルから指を離し、遥か上にある黒塗りになっている場所を指した。
【ミレーバル。】
いや、めっちゃ遠いんだけど…
大幅に縮小されている地図でも遼遠であることが分かった。
フェーデルとミレーバルの道中を見てみる。
所々に街が見えるも、大部分が木のマークや雲のマーク。水の流れるマークで占領されていた。中には動物のマークと重なっている部分もある。
「これは…国境線とか?」
地図上にはいくつもの線が描かれているも、それらが交差している箇所は無い。
「あぁ、それぞれ住んでいる種族が違うから気を付けると良い。」
大柄な男が間に入ってきた。
「俺も混ぜろよ、暇だったんだ。ゴズだ、よろしくな。」
そう言ってゴズは手を差し出してきたので大人しく握り返す。
適当な自己紹介を済ませると頭蓋骨はゴズに向けて辛辣な言葉を放つ。
【貴様は余計な言葉が過ぎる。慎め。】
「へいへい」
ゴズが頭蓋骨の言葉を流す。
この二人、仲が悪いのかと思ったがそうでもないらしい。
「あ、そうだ。」
俺はある事を閃き、頭蓋骨に尋ねる。
「その、ミレーバルに行く方法なんですけど……」
【己の足で歩け。貴様の力ではミレーバルに辿り着く前に朽ちる。道中で経験を積むのだ。】
「それは同感だな。俺もミレーバルっつう所には行った事は無ぇけど楽な道じゃねぇのは確かだ。」
二人の意見が一致した。等級が高い二人の意見は必ず糧になるはずだ。
だが、転んでもただでは起きない。
「地図、頂く事って出来ますかね?」
「あン?自分でそれぐらい調達できねぇようじゃ…」
【持っていけ。】
頭蓋骨が先程まで広げていた地図を差し出してくる。
まじか、一番無理だと思っていた奴に助けて貰えるとは思わなかった。
「ありがとうございます!」
助けてくれたのは有難いが一刻も早くこの場から抜け出したかった。
それもそうだろう。いくらイケメン達が注目を浴びると言っても、そのパーティーメンバーがどこぞの馬の骨と話し込んでいるのだ。目を引かない訳がない。
後ろからゴズ達の話し声が聞こえる。
「お前、マジでどうしちまったんだよ…遂に壊れたのか?」
【同郷のよしみだ。】
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三人
視線を集めながら冒険者ギルドを後にする。ギルドから出る瞬間、気になる事をゴズたちは話していたが気に留める余裕はない。
…そういえば頭蓋骨の名前を聞くのを忘れてたな。まぁもう二度と会うこと無いからいいか。
情報は得た。思い立ったが吉日という諺があるように、準備が整い次第出発しよう。
とりあえず宿に防具は無かった為、おそらく防具屋にあるのだろう。
早速、馴染みの防具屋の扉を開ける。
「バルガさーん。俺の防具預かってるー?」
店の奥に向かって叫ぶ。
しばらく待っていると、奥からヤクz…バルガが出てくる。
バルガは一瞬驚いた表情を見せ、再び店の奥へ戻っていく。そうか、一ヶ月来てなかったもんな。
暫くすると店の奥から俺の防具を持ったバルガが出てくる。
「…生きていたとはな。」
「えぇ、おかげさまで…え?」
何故かバルガが持って来た防具はパーツが多いように思える。
「何か多くないです?」
「ミラから話は聞いた。お前体重が軽いから前面で守れたとしても背面でのダメージが多いらしいな。それと時間もあったから防具の素材を強化しておいた。」
それはありがたい話なのだが…
「ちょっと金が…」
「出世払いで良い。」
了解です。そういう事なら俺にお任せを。ミレーバルで呪い解いて超越者ぶっ殺したら払いに来るわ。
踏み倒す気満々の俺は早速防具を付けてみる。
「おぉ、また軽くなっている気がする…」
素材を強化したというのはこの事だろうか。軽く動く事も出来るし、動きやすくなったと思う。
そこでふと気付いたことがあった。
あれ?ローブどこやったっけ?
エリーゼから頂いたローブは朝出る時に必ずつけている筈なのに今日は忘れていた。
まぁ、宿屋にあるだろ。
納得し、バルガに礼を言ってから店を後にする。
次に来たのはギルド直営のアイテム屋だ。
携帯食料やポーションなど普段使用している物を多めに買っておく。旅は長いし、こういう所でケチってもしょうがない。
必要な物は揃えたので後は出発するだけになった。多分。
後はパーティーメンバーに別れを告げるだけとなった。
反対するか、それとも別れを惜しみながらも賛成してくれるのか。
どちらにせよ、少し寂しい気持ちになりそうだ。反対されたとしても行かなければならない。
その後は街を見て歩く。
この街にも随分と見慣れてきたものだ。
だが、これからは一人で生きていかなくてはならない。
今までのように甘えられない。
でも、だからこそ得る物も多いはずだ。
そうしている内に辺りは暗くなっている。ミラと合流する為、宿屋へ戻ることにした。
今からミラ達にミレーバルに行くことを伝えると思うと足が重い。
しかし、伝えることは伝えなくてはいけない。
覚悟を決めろ。
ミラの部屋の前に着くと中からは談笑している声が聞こえてくる。
あ~あ、入りたくねぇな。
だが、入らない訳にはいかない。
ドアノブに手を掛け、深呼吸してから扉を開く。
「あら?シロさん。おかえりなさい。」
「…お帰り。」
言うのだ。覚悟を決めて口を開く。
「飯、行かね?」
結局いつも通りだった。
俺達は夕食を食べ終え、今は食後の休憩を取っている。
ちなみに今日のメニューは魚介スープとパンとサラダだ。
食事を終え、皆が落ち着いたところで本題に入る。
「俺、明日遠出するから暫く帰んないわ~。」
アルコールに任せ、口が滑るように言葉が出てしまった。が、後悔は無い。もう言ってしまったのだ。
「はい?」
「……何?」
二人共反応は同じだ。そりゃそうか。いきなりこんなこと言われても困るよな。
「ミレーバルって所行くんだけど…」
ここからが正念場だ。
二人の反応を見る。
エルダは黙ったまま下を向いており、表情は読み取れない。
一方、ミラは顎に手をやり、考え込んでいる様子だ。
あくまで軽い用事のように話すのだ。そうすれば深刻にならずに済む。
するとミラが顔を上げ、こう言った。
「聞いた事の無い名前ですが、ここから遠いのでしょうか?」
その口調はやけに軽い。まるで呆れられているかのようだ。
頭蓋骨から貰った地図を卓上に広げ、黒塗りの部分を指さす。
「随分と遠いですわね…」
「……遠い。」
必要な情報は教えた。後は押切るだけだ。
「そんな訳で、明日行ってくるわ~。」
「お待ちください!いくら何でも急すぎますわ!」
「……準備が必要。」
準備というのは様々な手続きだろう。帰ってこない俺をパーティーに入れておく必要は無い。仮とはいえパーティーから除外するのだろう。
「パーティーの事?俺も行かなきゃなんない感じ?」
「当たり前でしょう。明日ギルドに行きますわよ。エルさんはアイテムの準備をお願いします。」
「…心得た。」
「明日までに街出れる?」
「何でそんなに急いでるのか分かりませんが…まぁ昼頃には出られるのではないでしょうか。」
じゃあいいか。
「……ミレーバルに行く理由は?」
遂に来てしまったか。これも軽く言えば何とか…ならないか。みんな優しいもんね。
「呪い解きに行くんだよね。結構ヤバめの呪いみたいだからさ。」
「……何故それを早く言わないのですか?」
「……そういう事はもっと早めに教えて。」
怒られました。
「ごめんなさい。」
「はぁ…だからお金に執着していたのですね。」
その通りでございます。だが、これで納得して貰えた。
あとは出発するのみだ。
翌日、俺はミラと共に冒険者ギルドへ向かっている。
エルダは既に外出しているようだった。二人でギルドの扉を開け不愛想な受付嬢の元へ向かう。
カウンター越しに要件を伝える。こういったことはミラの方が得意なので全部投げてマルデさんの方へ向かう。
「こんちは~。マルデさん今良いですか?」
「はい。どうなされましたか?」
俺の呼び掛けに対し、笑顔を浮かべながら返事をしてくれる。
でも騙されてはいけない。この人は散々俺に厄介事を押し付けてきた張本人なのだ。
それでも面倒を見てくれたのは事実だし、会えるのは最後なので一応挨拶だけはしておく。
「暫くこの街から離れることになるんですよね。なんで一応挨拶に来ました。」
「それは寂しくなりますね。」
よく言うわコイツ。内心では厄介事を押し付ける奴が消えて残念がってるんだろうな。
まぁいいや。
「まぁ、また戻って来るんでその時は宜しく頼みますわ~。」
「えぇ、こちらこそ。」
それだけ言うと、今度はミラの元へ戻っていく。
すると珍しく不愛想な受付嬢から話しかけてくる。
「シロ様。」
「なんすか?」
「必ず、生きて帰ってきてください。」
「珍しいっすね。アルゼータさん。」
「約束、ですよ。」
いつも名前を呼ぶと異常にキレてくる受付嬢は意に介した様子もなく心配をしてくれる。
何だかんだで依頼を受ける際は毎回この人にお願いしてもらったのだ。ミラに次いでこの街で長い付き合いだろう。
別れを告げるのは感慨深いものがある。だがこれで最後なのだ。
最後に一言だけ伝えておくことにする。
きっとこれが最後の会話になるからだ。
深々と頭を下げ、言葉にする。
「今までお世話になりました。アルゼータさん。」
「いってらっしゃいませ。」
そうしてギルドから出る。
街の門へ到着するとエルダがすでに待っていた。
「……やっと来た。」
そう言いながらも少し嬉しそうだ。多分。
最後だ。
俺は二人の前に行き向き直す。
「本当にありがとう。二人が居なかったらここに立つことも出来なかったと思う。」
最後の挨拶だ。目頭が熱くなる感覚を覚える。二人は何も言わず優しい笑みを浮かべていた。
「ミラ、前も言ったけど最初にミラを紹介された時は正直不安だったんだよ。でもいつの間にかミラと居る時間は結構好きになってた。」
「ふふ、私もシロさんと一緒に過ごす時間は楽しかったですわ。」
「本当にミラとパーティーを組めてよかったと思ってる。ありがとう。」
「こちらこそ。」
俺は泣きそうになっているというのにミラは笑みを浮かべたままだ。
強いな。本当に。続いてエルダの方へと向く。
彼女は無表情のままだ。何を考えているのか分からないが、彼女もミラと同じ気持ちだろう。
感謝を伝えなくちゃいけない。
「エルダさんは初めて見た時、怖くて仕方なかった。この人とは上手くやっていけないなって思った。でも今は全然違う。」
「……うん。」
「意外と毒舌な部分もあって、冗談も言ってみたりもして。人は見かけによらないなぁって思った。エルダさんが居なかったら俺もミラも死んでたと思う。」
「……ん。」
「短い間だったけど、エルダさんとはいつまでも仲良く出来そうな気がしたよ。本当にありがとう。」
「……こちらこそ。」
エルダも笑ってくれた。
これで終わりにしよう。これ以上話したらただでさえ潤んでいる眼から汗が流れ出てしまう。
「じゃあ、そろそろいくわ。」
そう言って足を踏み出す。目的地はミレーバル。長い旅になるがきっと辿り着いて見せる。ここまで生かして来た人達に胸を張れるように。
二人の姿は見ない。見てしまうと今度こそ涙が出てくるからだ。二人の位置から少し離れ、最後にフェーデルを眺めてみる。
すると、すぐ後ろには先程別れた筈の二人が居た。
「え?なにやってんの?」
「何ってミレーバルに行くのでは?」
「はい?」
え?どういう事?
「……ミレーバルに行くんでしょ?」
「えっと、はい。」
「はぁ…」
呆れたようにミラは今世紀最大のため息を吐いた。
「あのね、シロさん。あなたは呪いを解くために旅立つのでしょう?」
「えぇ、まぁ。」
「なら、私たちも一緒に行けば良いのですわ。」
「……そういうこと。」
「え?」
つまりあれか?三人で旅に出るって事?
俺の野暮用に二人を付き合わせるつもりは無い。これは俺だけの旅なのだ。
ミラはその真面目な性格を生かし、冒険者として成長を続けていくのだろう。
エルダは魔法の才を生かし、一切の不自由を感じる事無く過ごせる筈だ。
なのに
「なんで?」
それらの夢を捨て去ってまで俺に着いてくる必要は無い筈だ。なのに何故。
「「パーティーメンバーだから。」」
…らしいです。
そうして三人の旅が始まった。
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ホルトの森
地図を開く。
まずは…どこに行こうか。
行き先を決めずとりあえず北に向かって歩く。
まぁなんとかなるだろう。
そんな事を考えて歩いていると後ろから声が聞こえてくる。
「今はどこに向かっているのでしょうか。」
「ミレーバル。」
「…」
「冗談だって。」
地図をミラ達に見せ、前日と同様黒塗りの場所を指差す。
土地勘の無い俺よりもこの世界に通じている二人に聞くのが早いと思ったからだ。
決して面倒くさかった訳ではない。マジで。
ミラ達は俺の持つ地図を覗き込み、何かを考える素振りを見せた後、口を開いた。
「とりあえずオグの村を目標といたしましょうか。」
そう言ってミラはフェーデルから北東にある小さな集落のようなマークに指を差す。
ここから近いのだろうか。
続けてエルダが補足する。
どうやら、その村はフェーデルからそれほど遠くない位置に存在する村だそうだ。
村周辺ではポーションの材料となる薬草が群生している為、普段調達するポーションの原産地が大体ここであるのだという。
だが村への道中は緑一色に染まっている箇所を通り抜けなければならなかった。
「これ森?魔物とか出たりします?」
「…特段強い魔物は存在しない。…ホルトを除いて。」
「ホルト?」
「森の木々を操ることが出来る魔物ですわね。」
「…そう。魔物の中では高い知性を持ってる。」
そんな事を話している内に件の森まで到達する。
地図を開き広さを確認しようとすると森の中心部に文字が書いてある。よくよく見てみるとソレが森の名前であることが分かった。
「ホルトの森…」
出るの確定じゃん。名前付いてんだから。
でも知性があるという事は敵意を見せなければ見逃してくれる可能性もあるんじゃないの?
ただでさえこのパーティーは9等級のお荷物を抱えている状態なのだ。エルダが強いって言うくらいなんだから敵対することは避けたいところだ。
森の内部に入るとすぐに視界が緑色に染まっていく。
草木は鬱蒼と茂り、まるで俺たちの行く手を阻むかのように生えている。
森というよりは原生林に近い雰囲気だった。
日本では決して見る事の出来ないような不可思議な光景が広がっていた。
明らかに毒を持っているであろう色をした植物や、人間がすっぽり入りそうな食虫植物も見受けられる。
異様な形に曲がっている木々には特殊な見た目をしている動物も見える。
異常に肥大化した目玉を持つモモンガのような生物、体長の半分程度の大きさの牙を持つトカゲ、二本の長い触手を持つオウム。
見ていて飽きないな、なんて思っていたらエルダが警告を発する。
前方に敵を発見したようだ。
悪魔のような角を二本生やしている巨大な蟷螂が見える。
背中の羽には無数の棘が生えていて、腕である鎌には血糊のようなものが付いている。
その姿からは凶暴性が滲み出ていた。
「ホルト…じゃないよねアレ。」
「…レイギウス。」
レイギウスと呼ばれた虫は体勢を低くしこちらの様子を伺っていた。
「行きますっ!」
「うぉっ!」
ミラが弾かれたように飛び出す。ミラが居た場所からは土煙が上がり、地面が少し陥没していた。
そのまま勢いを殺すことなくレイギウスに接近していく。
エルダはその間に杖を取り出し詠唱を始めようとしていた。
バチィィィィ!!!!
エルダに目を向けている一瞬の間にミラはレイギウスと交戦状態に入っていた。
完全に置いてけぼりである。
流石に何もせず女性陣が戦っているのは心が痛むため、遅れて参戦しようとする。
「っ!上!」
遅れて飛び出したのが功を奏したのか樹木に張り付く二体目を発見した。
『オーグン』
背後から放たれた火球は頭上に居るレイギウスに命中する。
体を焼かれながら落下していくレイギウスにとどめを差すべく俺は走り出す。
剣を抜き、上段に構えて振り下ろそうとすると炎の中から鎌が的確に頭部を狙って突き出される。
間一髪で避けるも首にかすかな痛みを感じる。
それにビビった俺は走り出した体を急停止させ魔法を唱えようとするも、既に遅かった。
炎を纏った魔物は巨大な体躯を立ち上がらせる。
眼前に迫る巨大な体格は優に俺の身長を超える高さを誇っていた。
炎により体の表面を焼かれている筈なのにその動きは衰えることは無く、むしろ鋭さを増していた。
攻撃を何とか凌ぎつつ打開策を考える。
奴は腕が長い分、距離を詰めれば反撃のチャンスが生まれるかもしれない。
「危なっ!」
無理に詰めたせいで鎌が何本かの髪を切り飛ばされる。それでもこの間合いを変えるつもりは無い。
奴の無防備な胴体に剣を突き立てる。
嫌な感触が手に伝わるも構わず力を込めていく。
急に手応えが無くなる。
どうやら蟷螂は後ろに飛び退いたようだ。
「痛っ!」
剣に体重を掛けていた所為で前のめりに倒れてしまう。
頭上から鎌が降り注ぐも、それをギリギリで回避する。
そしてすぐさま立ち上がろうとするが、目の前にはすでに次の攻撃が迫ってきていた。
咄嗟の判断で先程まで蟷螂の胴体を貫いていた剣を正面に突き出すも、その衝撃は柔らげる事は叶わず成す術もなく俺の体は宙を舞う。
「う゛ぅっ!」
宙を舞った胴体はやがて背後の木に叩きつけられる。
だが意識を失う事は無い。
バルガが直前に改良してくれた防具のお陰で致命傷を避けることが出来た。
風を切る音が聞こえる。
俺の胴体を両断するべく飛んできた鎌が眼前に迫る。
慌てて姿勢を低くし寸での所で躱すと背後の木から聞き慣れない音が聞こえる。
前のめりになりながらも振り向くと大木に突き刺さったままの鎌が眼に入る。
チャンスだ。
振り返った勢いをそのままに奴の鎌を叩き切る。
「うらぁぁぁぁぁぁ!!!」
すると刀身は驚く程すんなりと奴の肉体へと沈み込んでいく。
そのまま力任せに振り抜き、胴体へと再度剣を振るうもその巨体からは考えられない程の瞬発力を持ってして後方に飛び退く。
致命傷は与えた。奴の主力武器も一つ奪うことに成功した。
今の俺ならば何が来ても勝てるという謎の全能感が体を支配する。
だがどんな状況であれ勝つという強い意志を持って挑む事が大事だと教えてくれたのは他でもないこの世界だ。
油断はしない。
再び剣を構え直し、相手の出方を窺う。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
突然、耳障りな音を立て始める。
奴の口元からは何か液体のようなものが流れ出ている。
それが地面に落ちた瞬間、草木がみるみると枯れていくのが見える。
「やっべ…怒らせちゃった?」
奴は腕をぐっと縮ませ顔の付近まで持っていく。
ようするにあれだ。ファイティングポーズっていう奴だ。
奴の脚部がパキパキという音を奏で膨張していく。
奴の足を支える大地が陥没していく。
空気が震え、周囲の音が消え去る感覚を覚える。
直後、爆ぜるような轟音が辺り一面に鳴り響く。
筈だった。
しかし奴の体は魂を失ったように弛緩していく。数秒後、まるで糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。
その後ろには、
「シロさん!お怪我はありませんか!?」
あぁ、マジで愛してる。
肩で息をしているミラの姿があった。
「ところで、俺のコートってどこにあるか知ってる?」
巨大蟷螂の戦闘を終え小休憩を取った後、村へと向かう道のりでふと気になった事を聞いてみる。
「その事なのですけれども…」
何となく答えは分かってしまった。
「…見つけたのはシロと剣だけ。」
エルダはバツの悪そうな表情を浮かべている。
「まぁ、生きてただけで儲けもんだよね。」
「申し訳ございませんわ…」
「…大切な物だったんじゃないの?」
そう言われればそうだ。
エリーゼが遺してくれた数少ない遺品?だったのだ。大切にしておきたい気持ちは確かにある。
だが所持している張本人がどこで失くしたか、どうやって失くしたのか覚えていない状況で第三者が見つけられなかった事を咎める権利は無い。
「確かに大切だったけど、剣だけでも無事で良かったよ。」
「でも……」
「いいから。そんなことより早く村に行こう。」
俺は話題を変えるため少し強めの口調で話し始める。
原生林の中を進み続けるも会話は無い。
正直、超気まずい。
コートが宿屋になかった時点で失くしたのは確定しているのに地雷をわざわざ踏み抜いてどうする。
何かないか話題。何かないか話題。何かないか話題。何かないか話題。
考えれば考えるほどに頭の中が真っ白になって何も思いつかなくなる。
「そ、そういえばさ!ミラとエルダさんて何歳?」
特に発展しなさそうな話題を選んでしまったがこちから出てしまっては仕方がない。
「私ですか?私は20歳です。」
「…19。」
ほう、皆俺より年下だったのか。
「エルダさんってまだ20歳じゃなかったんですね。てっきり…」
再び地雷を踏み潰してしまった。
第一に女性の年齢を聞くのすら失礼であるというのにエルダに問いかけて途中で切れたこの質問。
そう転んでもろくでもない結果になる事間違いなしだ。
あ!そういえば!と言って話題を変えるしか方法は無い。
「…てっきり?」
逃げ道を塞がれました。
「えーっと、ほら、エルダさんて大人っぽい雰囲気があるじゃないですか。だから俺よりもずっと年上なのかなって思ってたんですよ。はははは。」
「……おばぁちゃんみたいだって?」
「いや!ほら、よくよく見ると可愛いっていうより美人系だからさ!ねぇ?ミラ。」
「えぇ。本当に綺麗ですよね。」
「…そう。」
何とか危機を脱する事が出来たようだ。
余程安堵したのだろうか先の戦闘の疲れが出てしまい欠伸が出る。
「…おねむでちゅか?」
「…わざとやってます?」
「森からはもうすぐ出れると思いますわ。すぐ先には村がありますので一泊していきましょう。」
「「はーい」」
そう言って引き続き歩き始める。
すると足に違和感を感じ、振り払うように足を進めようとするも、
「おわっ!」
…何もない所で派手に転んでしまう。
「大丈夫ですかっ!」
「あ、へーきへー…」
足元に目を移すと蔓が絡まっているのが見える。
「あ?」
その瞬間、途轍もない力で蔓が引っ張られていく。
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追跡者
「いだだだだだだだだ!!!」
あまりの勢いに剣を抜く事すらままならない。
二人との距離が開くのを感じるも引き摺られた体はやがて動きを止める。
「あ、やばそう…」
直後、背中に強い衝撃を受ける。
目の前には巨大な樹木の幹と思しき物体が広がっている。
だが正確には樹木では無かった。
二本の腕に二本の足、頭部と思われる部分は膨らんでおり、顔のパーツこそ見当たらない物のソレが生物である事が一目でわかった。
何よりソイツはゆらゆらとその巨体を揺らしていた。
両手に蔓が巻き付かれる。
咄嗟に二人との会話を思い出す。
仮にコイツがホルトなのだとしたら、他の魔物より知性がある。
こちらに敵意がない事を示すために痛む全身を脱力する。
「ただ通りたかっただけなんです…」
言葉が理解できたのだろうか、奴は俺の顔をジっと見つめている。ような気がする。
暫く俺の顔を見つめたかと思うと満足したのか頭部を傾けながらゆっくりと離れて行った。
不意に服が捲られる感覚を覚える。腹部に目を向けると奴の腕と思わしき枝が服の下に潜り込んでいた。
胸の辺りで不意に腕が止まる。
「まって、それはヤバい。本当に。悪い事したなら謝ま…」
言葉が最後まで発せられることは無かった。
「がっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
灼けるような痛みが胸部を襲う。
痛みと共に異物が胸の中を掻きまわしている感覚がした。
「う゛ぅぅぅぅぅ…!!!」
あまりの不快感に声にならない叫びを上げる。
痛みに意識が幾度となく飛びそうになるも背後から掛けられる声で覚醒する。
「シロさんっ!!!」
「シロ!!!」
ミラとエルダの声だった。
だがメキメキと木の擦れるような音と共に二人の声が途切れる。
なおも地獄は続く。
どれくらいの時間が経過したのだろうか、不意に胸部から腕が引き抜かれると同時に縛られていた体が自由になる。
そして地面に倒れこみ、荒い息で呼吸を整える。
すると奴は痛みでもがく俺の目の前に、腫れ物を触るかのような手つきで何かを置く。
「な゛に?それ…」
置かれたのは一つの小さな石だった。何の変哲も無いその石を何故、わざわざ俺に差し出すのか。
だが奴は俺の問いに答えることもなく立ち去っていく。
同時に背後から二人の声が聞こえてくる。
「シロさん、大丈夫ですか!?」
ミラが俺を見て慌てて駆け寄り鞄からポーションを取り出す。
防具を取り外しポーションを傷口に掛けると胸部の痛みが引いていく。エルダも駆け寄ってきたが、先ほどまでの表情とは打って変わり何やら思い詰めた様子で石を凝視している。
「…どこでこれを?」
エルダが深刻な面持ちを浮かべて問いかけてくるも全く身に覚えがない。
小振りとはいえ石を胸に埋め込まれれば流石に忘れるはずがない。
「分かんない…それ何?」
エルダが無言で俺にその石を手渡す。
手に取ってみると何とも言えない感触が伝わってくる。
見た目以上に軽いが握ってみても何か特徴がある訳では無い。
「…魔族の痕跡。シロは魔族と関係を持ったことある?」
俺は首を横に振る。
マジで身に覚えがない。異世界に来てから何度も死にかけてきたが魔族関係で何かあった記憶はない。
狼に襲われただろ?ゴブリンには殺されかけるし、逃げた先では…
そこまでいってようやく答えに辿り着いた。
「リリス…」
ゴブリンの洞窟を出た先、エリーゼに保護された後に逃げ出した森で出会ったサキュバス。
それだとしても胸に石を埋めこまれた覚えはない。
「サキュバスと…会いました。でも石を埋め込まれた記憶は無いです!」
「…魔力には個人を特定する痕跡が残る。」
そう言って再び俺の手元の石に視線を戻す。
人間に関わらず魔力という物は個人によって性質が変わる。
魔族は人類よりも魔力を感知する能力が長けている為、対象の内部に魔力を残す事で追跡することが可能だという。
でもなぜ?サキュバスにとってはその辺に幾らでもいる人間の内の一人ではないのか?
わざわざ俺を追っかけまわす必要は無い筈だ。
もしかして転生したことと関係がある?
まぁいいや。
「まぁ、サキュバスと会ったのはエルミナスでの事だから多分大丈夫ですよ。」
無駄にあれこれ詮索して気を張っていても疲れるだけだ。なにより海を渡ってきているしそこまで敏感になっても良い事が無い。
必要以上に気を張って重大な場面で集中力が途切れるなんて以ての外だろう。
ならばやることは一つ。話題を逸らして石に対しての興味を失わせる事だけだ。
再び村に歩みを進めながら他愛も無い話題を振る。
「そういえばさっきの奴がホルトっていう魔物?」
「そうですわ!森の支配者であり森に住む全ての生物の保護者でもある魔物ですわ!」
ミラがここぞとばかりに知識をひけらかしてくる。
エルダも最初は眉を顰めたがミラの後に続ける。
「…普段は滅多に姿を現さない。密猟者だったり森の動物に危害を及ぼそうとする生物にのみ敵対する筈…」
「じゃあ、なんで俺が襲われたんですかね?」
「助けてくれたんじゃないでしょうか。」
鞄に入れた石に目を向けるような素振りを見せミラは口を開く。
「どうやらその石は魔族がシロさんを追跡する為の物だったんでしょう?やり方は乱暴でしたが、体から取り除いてくれたという事はそういう事じゃないかしら。」
「確かに、でも失血死したら元も子も無くね?」
「…助けてくれたのですわ!」
あ、はい。
そんな話を続けている内に開放的な景色が眼に入る。
空はやや橙色に染まっており夕方だということが見て取れる。
辺りはまだ暗くなっていない為、敵対する者が居れば多少遠くに居ても発見は出来るだろう。
「もうすぐ村に着きますわ。」
「薬草がどうたらこうたらの村だったっけ?」
暫く歩いていない内に人工物が見えてくる。
「…オグ」
「じゃああれが?」
身長の三倍程度はあるだろうか丸太で作った柵が見えてくる。
「えぇ、あれがオグの村ですわ!」
どうやら初日は野宿にならずに済みそうだ。
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不届き者
村に入ると真っ先に目に飛び込んでくるのは大量のポーションだった。
ひな壇の形に造られた木製の置棚には色とりどりのポーションが並んでいる。
中には光を帯びているポーションまで並んでおり、それを見るだけでテンションが上がってくる。
ゲーマーでオタクな人種には光っているというだけで気分が高揚するものだ。そういう習性なのだから仕方がない。
「なんで光ってんの?ゲーミングポーションかよ。」
「げーみん?とはなんですか?」
「なんでもないです。」
この世界の文化レベル的に考えて魔法で発光していると考えるのが自然だろう。
その方が納得もいくし、何より面白い。
「凄いなコレ。売ってたりするの?」
「…高いよ。」
側に置いてある値札を見ると25シルバーと書かれてあるのが見える。
アホくさ、こういうのは見てるだけでいいんだよ。
「…それよりも宿。」
「そうだった。俺は風呂があればどこでもいいかなぁ。」
「宿泊する最低基準がお風呂なのですわね…」
当たり前だろ。衣服が体に張り付く感覚はどうしてもなれることが出来ない。
もし風呂無しだというのであれば、水に濡らした布かなんかで体を洗う事も辞さない。
それに今回泊るのは宿屋だ。野宿を念頭に置いていた俺からしたら天国のような場所である。ならば風呂に入るという事も必然であろう。
三人で情報収集をしながら歩いていると一際、大きな建物が見えてくる。
木造三階建てで、かなりしっかりとした造りをしているようだ。
正面の扉を開けて中へ入る。
入口入って右側にはカウンターがあり受付の女性が立っている。
左側は食事処になっているようで、奥の方から肉の焼けるような匂いが漂ってくる。
俺達はそのまま直進し受付に向かう。
「いらっしゃいませ!ご宿泊でしょうか、日帰…」
「すみません。お風呂ってありますか?」
「え、えぇ…」
「決定だ。ミラ、エルダさんここに泊まろう。」
即断即決、思い立ったが吉日。
入浴できる機会なんてこれからそうはないのだ。なら少しでも良い所を探した方が良いだろう。
宿泊料は一泊3シルバーとフェーデルで寝泊まりしていた宿屋よりは高かったが問題は無い。
こういう時の為に冒険者稼業で稼いでいたのだ。今使わずしていつ使うというのか。
俺が財布を取り出し料金を支払っている間にミラとエルダさんが荷物を部屋へ運んでくれていた。
「ありがとう。それじゃあ日も暮れてきたし飯でも食べるかぁ。」
先程受付に向かう途中に見えた食事場に行き夕食を取った。
ここでもエールがあったので迷わず注文する。やはり頑張った後のエールは最高だ。
一人では食い切れない大きさの肉を三人がかりで食べ終え部屋に戻ってくる。
部屋に戻るとミラ達が置いてくれた三人分の荷物が眼に入る。
三人分?
「なんで、ミラ達の荷物が俺の部屋にあるの?」
「節約ですわ!」
「いや…え?俺がおかしいの?エルダさん?」
「……問題は無い。」
「…あぁ、そう…」
美女二人に囲まれながらの就寝か。最高かよ。
いや、最高か?……もうどうでもいいや。
「とりあえず風呂入ってくるわ…」
二人を置いて部屋を出る。
浴室は階段を上った二階にあり、脱衣所に入ると棚の上に体を拭く布と石鹸のようなものが並べて置かれてある。
さすが異世界、浴槽こそ無いものの湯を張れるスペースは十分にあった。
「……はぁ~気持ちいぃ。」
控えめに言って最高だった。
湯を張るスペースは屋外に設置されており露天風呂になっていた。
明かりが少ないこの村で見る夜空は綺麗に星を映し出しており、まるでプラネタリウムの中に居るみたいだった。
幸い他の客は入浴しておらず貸し切り状態となった風呂を堪能する。
残念ながらミラやエルダが風呂に入ってくるというラッキースケベ展開は無かったものの久し振りの露天風呂を十分に堪能した所で部屋に戻る。
「あ、おかえりなさい。」
「…おかえり。」
二人が出迎えてくれる。
「めっちゃ良かったよ。二人も入ってきたらどう?」
「そうですね。では……」
「うん、行ってらっしゃい。」
二人の後ろ姿を見送る。
「…さてと、次の目的は~と。」
鞄から地図を取り出しベッドの上に広げる。
現在地であるオグの村からは北西に進んだ先にはオグの村より大きい街が見える。次の目的地はそこだろう。
しかし、中間に青い地帯と共に水の流れているようなマークがある。マークの上部はうねうねと渦を巻いている形になっていた。
普通ならば水は重力に引かれ下に落ちていくのだからマークの下部に渦があるのではないだろうか。
そんな訳の分からない場所など通らなければ良いだけの話だが、青い地帯を避けて通るのはかなりの時間を要することになりそうだ。
青い地帯にはいくつかの緑や茶色に見える部分が描かれており、渡る手段が無いのであればわざわざ描くようなことでもないだろう。
つまりそういう事だ。
続いて目に入るのは青い地帯の上部に描かれている文字列だった。おそらくこの地帯の名称だろう。
『レベルソの滝』
どうやら湖とかではなく滝の名前のようだ。
レベルソというのは地名なのか人名なのかそれとも何かの単位なのだろうか。
疑問は尽きないが調べて分かるようなものでもない為、頭の隅に置いておくことにした。
「とりあえず横になるか…」
そう言ってベッドの前に立つも懸念点が一つ。
横並びに置かれている三つのベッド。俺はどこに寝ればいいのか。
真ん中は論外だ。女性陣に何を思われるかわかったもんじゃない。
いや、あの二人なら何も思わないか。違うそういう問題じゃねぇよ。
ベッドは三つ確認できているがそれぞれのベッドはピッタリとくっついており隙間が無い。
一応三人寝そべれるスペースがあるもんだから余計に悩んでしまう。
俺だけ端の方で寝れば解決する問題ではあるが、それでも二人のどちらかとは横になって寝るという事だ。
そんなくだらない事を考えている内に部屋の扉が開く。
「戻りましたわ。」
「…気持ち良かった。」
当たり前だが、風呂から上がった彼女たちは防具を付けていない。
普段、だぼっとしたローブを着ているエルダも体のラインがハッキリ浮き出る薄手の服を着ている為、スタイルの良さが強調させられていた。
うん、ナイスバディ。何がとは言わないけど。
「あら?どうされまして?」
「え?いや、何でも無いよ?」
「……?ならいいのですが。」
そうだ、この部屋から出よう。外の夜風に当たってくるとでも言って外出する。
帰ってきた後には俺の寝るスペースが確保されているという作戦だ。
「俺ちょっと外に散歩に行こっかな~なんて……」
「こんな時間にですか?」
「うん、まぁ、色々あって……」
「…分かった。」
ミラはともかくエルダさんは納得してくれたみたいだ。ああ見えてエルダさんは細かな部分にまで気が回る性格をしている。
言葉こそ足らない時も多々あるが、彼女が一言発するだけで場が和むことも少なくない。
「ありがとう、それじゃ。」
そう言って部屋を後にする。
村の中は閑散としていた。
当たり前か。ここはフェーデルのような都会では無いのだ。冒険者が滞在している訳でもない。
この村にいるのはポーションを販売する商人か、村人だけであろう。
ならばわざわざ夜中に出歩く必要はない。
そういった理由で俺は人気の全く無くなった村の中を徘徊し続ける。
これも当たり前だが昼間に見たポーションを飾っている棚は全て仕舞っている為、特に見るものも無い。
「あっ、すみません。」
ボケ―と星空を見上げながら歩いている内に誰かとぶつかってしまう。
反射で謝罪するも相手方の反応は無かった。
人にぶつかっておいて謝罪の一つもないとは余程、教養のない人物なのだろう。
特に何をするわけでもないが侮蔑の意味を込めて相手方を見ると、背丈は俺の半分くらいなのだが肝心の人物像が黒いローブによって隠されていた。
フードを目深に被っており、口元しか見ることができない。
その口元もマスクで覆っていた。
怪しい。怪しすぎる。こういう奴が一番厄介だ。
厄介事に絡まれる前に立ち去ろうとするも違和感に気付く。
「ちょっと待って!」
周りに人気が全く無い状態でぶつかるなど盲目でなければあり得ない事だ。
その事実に気付いた瞬間、金を入れているポーチに手を伸ばすも空気を掴むだけであった。
急いで呼び止めるも相手方は歩むスピードを上げどんどん距離を離される。
「待てって!」
全速力で追いかけるもその距離は縮まる事は無く、距離を離されていく。
明らかに村人や商人が堕する速度ではない。冒険者だ。
そう思い至った瞬間、走りながら左手を前に出す。
「死ぬんじゃねぇぞ!」
ある程度の実力を持つ冒険者ならば魔法に対して多少の耐性はあるだろう。以前、フェーデルにて昇格試験を受けた講師がまさにそれだった。
『イカヅチ』
腕から放たれた閃光が黒いローブに吸い込まれていく。
やがて足をもつれさせたように地面に倒れる。
こんな時に思うような事でもないが、久し振りに魔法の効果がある対象に向けて放つことができて嬉しく思ってしまった。
そんな考えを振り払い盗人の元へ駆け寄るも、あと少しの所で立ち上がり再度逃げ出そうとする。
「動くなっ!!!」
奴の背中に左腕を突き出し警告すると、盗人は観念したのだろうか両手を上にあげ立ち止まる。
『イカヅチ』
魔法を撃った理由は特にない。
財布を盗られた挙句、風呂に入ったというのに全力で走らせるコイツが悪いのだ。
倒れ込んだ盗人に近寄りローブを捲る。
「お、あった。」
そこには俺の懐を離れて寂しそうにしているポーチがあった。
「な、んで…」
「なにが?」
財布を取られた正当防衛としか言えないが、そういう事を聞いているわけでは無い事は分かる。
「降参…したのに…なんで、魔法…」
「別に警察に差し出すつもりは無いから、せめて仕返しと思って。」
この世界に警察なる物が居るかどうかわからない。もし居たとしても手続きやら何だのと面倒なのでそこまで事態を大きくするつもりは無い。
だからせめてもの仕返しで余分な魔法を撃ったのだ。決して久し振りに魔法が通じる相手だからという理由ではない。
「でも、もう一発行っとくか。」
「や、やめてっ!」
左手を背中に突き付けると盗人から声が上がった為、流石に俺も躊躇する。
俺は別にサイコパスというわけでは無いのだ。人の苦しんでいる顔を見て優越に浸る趣味は無い。
『イカヅチ』
でもやはり苛ついた分はお返しさせてもらおう。
再び閃光が盗人の体に吸い込まれる。
先程は黒いローブに向かって撃っていたが、今度は無防備に晒されている脇腹を狙って放った。
「あぁ……がっ……はっ……!」
「まぁ、こんぐらいにしといてやるか。」
いくら冒険者だと言っても、この魔法は魔力を持たない魔物に対しては即死する電力を有しているのだ。これ以上魔法を放つと生死に関わるだろう。
それにしてもこの冒険者は一つ見当違いな事を考えていた。
俺の魔法は冒険者に対して効果があるも、近接戦闘に関してはからっきしなのだ。
あれほどの脚力を持っているのであれば逃走では無く、戦闘を選んでいれば間違いなくあの財布は永遠に戻ってこなかっただろう。
「他の人から盗むのは良いけど、俺からはもう盗まないでね。」
他の人間に気を遣う程余裕はない。俺以外がどうなろうとも知った事ではない。
盗人には盗人なりの生き方があるのだろう。それを否定するつもりは一切無い。だがしかし、自分の物に手を出された以上黙っている訳にはいかないだけだ。
倒れている盗人を放置して宿屋に戻ろうとするも背後から声がかかる。
「ま、まって……」
「なに?まだなんか用でもあるの?」
頼むからもう絡むのは止めてくれよ。ただでさえ寝床を確保する為だけの散歩だったのに、何で追いかけっこする必要があったんだ。
そこで不意に気付く。
あれ?床で寝れば万事解決じゃね?
そうと決まれば早速宿屋に戻るとしたいところだが生憎、先程の盗人から待ったを掛けられている為そうはいかない。
「お、お金…、少し、頂けませんか?」
まるで俺に匹敵するかのような図々しさだった。
人から財布を盗んだ挙句、取り返されたと思ったら本人に金をせびるとは。
中々、やり手の様だ。
その胆力に賞賛し僅かばかりのカッパーを差し出す。
「これで良い?」
「あ、ありがとうございます。」
盗人はカッパーを受け取ると立ち上がりこちらを見据える。
困惑するのも当然だ。先程まで金を盗まれそうになっていた相手が一転して金を寄越してくるのだ。その意図が全く掴めないのであろう。
これは手切れ金だ、50カッパーという値は決して安いわけでは無い。その辺の屋台で販売している焼き鳥なんかは1.2本程度購入できる額ではあるが、ちゃんとした理由はある。
しかしそんな事情を奴が知る由も無いだろう。
そんな事を考えるよりも先に口を開く。
俺が今から放つ言葉はお前の今後の人生を大きく左右するものだ。せいぜい心して聞け。
いや、そんなに重要な言葉でもない。忘れられちゃ困るけど。
「これ以上、俺に関わらないでくれ。」
どこかに失くしてしまったローブを翻すように、勢いよく振り向き宿屋へと戻る。
盗人も呆気に取られているのか追って来る事は無かった。
これで良いのだ。俺と奴の関係は今日限りであり、二度と関わることは無い。
コイツがもし捕まえられるような事があっても俺には何の関係もない。知った事じゃない。
つか、なんで散歩しただけなのにこんな目に合ってるんだか。
こんな事ならばベッドの中心を陣取った方が疲労は最小限に抑えられたのではないだろうか。異世界に来てから碌でもないことに巻き込まれてるんだから、両手に花を持ったまま就寝するのは今までの俺をねぎらうという意味でも許されるんじゃないだろうか。決めた。部屋に戻ったら床では無く堂々とベッドにダイブしよう。二人の目線などもう知らん。
そうして宿泊先の宿に着く。
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