【完結済】シルヴァリオ アリアンロッド (湯瀬 煉)
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序章/prologue

頑張って描きます


 過去からは逃げられない。

 記憶というものは脆い。

 未来は不確かで、ならばどうすれば幸福な人生というものが思い描けるのか。

 

 刷り込み──生まれたての動物が初めて見た動物を親だと誤認してしまうという話は、あまりに有名な話だろう。

 その他にも、若年性アルツハイマー、不慮の事故、薬物投与、過度なショックを与えれば、脳の特定分野を傷つければ、人の記憶には何らかの問題が生じ、場合によってはそのまま失われてしまう。状況さえ整えてしまえば、嘘偽りの記憶を定着させてしまうことすら可能なのだ。過去を美化するという行為さえ、1種の忘却といえる。

 ──記憶は脆い。悲しくなるほどに、過去というものはあやふやになってしまう。

 未来が暗く、見えないものというのは仕方がないだろう。何故ならば未来とは未知なのだ。これから起こることを知ることは、どんな炯眼を用いても出来ない。精密な未来予測が精々で、確約された将来なんてものは()()()()()()程度の意味しか持たない。

 だが過去があやふやというのは仕方がないと割り切るには重すぎる。何せこれまでの足跡そのものが不確かなものに変わってしまう。言ってしまえばいつ崩れるともしれぬ足場と同じなのだから、どれほど恐ろしいかは考えればすぐに分かるだろう。

 

 ならばこそ、問わねばなるまい。

 では過去とは全て無駄だろうか? あるともしれず、いつか壊れるかもしれず、不確かで不安定な物は、果たして拘泥するに値しないものだろうか?

 

 否、否だろう。

 希望(ヒカリ)の英雄も、絶望(ヤミ)の住人も、その境界線も、決して過去を蔑ろには出来ない。捉え方が多少違えど、無くて構わないと思っている輩は一人もいないと言える。

 過去とは歩みゆえに。過去(それ)を否定すれば現在(いま)の自分も否定することになってしまう。

 

 

 

 ところで、過去は脆くも大切なものだとして。あやふやでも確かな足跡なのだと主張して。

 ではその過去がゆえに大きく歪んでしまったものは、どうすればいいのだろう。

 足跡(過去)は消せない。覆せない。忘れがたい記憶として刷り込まれ、記憶の曖昧さがゆえに強烈な過去はより強烈に進化する。

 これまで歩んできた過去に勝利があるという意見もある。どんなにつらくても、確かに幸せだった日常があるということに気付く、それはきっと大事で、一つの真理(こたえ)だろう。

 だがそれでも。否定しかない過去であった場合は?

 救いはなく、徹頭徹尾否定され、定められたレールの上を歩いても歩かなくても地獄という場合は?

 ささやかな幸福すら焼き尽くされて、大きく歪み、原型を留めないほど壊れ切ってしまった場合は、いったいどうすればいいという。

 

 

 過去からは逃げられない。

 記憶というものは脆い。

 未来は不確かで、ならばどうすれば幸福な人生というものが思い描けるのか。

 

 ―――過去からの完全なる脱却を。

 ―――過去のすべての痛みに逆襲を。

 ―――輝かしい明日に向かって勝利を。

 

 いずれも不適合。その先に”勝利”はない。

 

 ゆえに。

 

 さあ。

 

 残された選択肢など、一つしか存在しないじゃないか。

 

 

 過去からは逃げられない。

 過去からは逃げられない。

 過去からは逃げられない。

 

 さあ、■■■■■■■■を始めよう。




唐突ですが私はアリスちゃんが好きです。
意味は無いですよ。


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chapter1 集合/start
暁の海洋/Scylla


ロリなお姉ちゃんに分からされたい


 布の擦れる音。柔らかい温もり。可愛らしい寝言が聞こえる。

 目を開くと、クリクリとした瞳と目が合った。

 

「オハヨー、ベルンちゃん。昨晩はお楽しみだったわね!」

「えっ」

「もう、惚けないでいいのよん。それとも私の口から直接聞きたい?」

「えっ」

 

 私が2度聞き返すと、さすがに面倒くさくなったのか、踊り子衣装の少女はベットを降りた。

 そう、彼女とお楽しみなんて記憶はない。多分イタズラ好きな彼女が、早起きしたもんだから取り敢えず弄りやすそうな私のベットに潜り込んだのだろう。

 

「───ぶぅ。つまらないわね。やっぱりここは初心で慌てやすい真面目なコじゃないと」

 

 拗ねたように口を尖らせる彼女は、アリス・L・ミラー。私たちが所属している傭兵団、“暁の海洋”のトップである。

 普段は踊り子を装って情報収集に徹しているが、見た目年齢以上に年増で腕利きである。

 

 見た目は10代かすごく幼い20歳にしか見えないのだが、実際何歳なんだろうか。

 

「おやおや〜。なんだか、すっごい失礼なこと考えてない、キミ?」

「気のせい気のせい」

 

 よっこいせ、とベッドから降りると彼女の方も何事も無かったかのようにベッドから抜けて部屋を出ていこうとした瞬間───

 

「おはよーベルン! 今日は俺の方が早、起き……」

 

 私の部屋に入ってきた変質者()が、私たちを見て硬直した。

 

「べ、べ」

「べ?」

 

 硬直すること、約3秒。

 私たちの拠点に響き渡るような絶叫が轟いた。

 

「団長がベルンに喰われたァァァァァ!!」

 

 ああ、頭が痛い。なんでこう、こうなるのか。ジタバタと喚く男を眺めて、私は天を仰いだ。

 

 

 

 “暁の海洋”には悪魔が3人いる。

 1人は私に夜這いを仕掛けた振りをしたアリス。

 あと2人は、表向きの稼業である酒屋でメイドをやっている双子である。

 

「いやー、隅に置けませんねー。団長がぐんず解れつしてるのはいつもの事ですが」

「女の子で団長を食べた子は初めてですね。処女卒業、おめでとうございます」

 

 くふふー、だの。むふふー、だの。あからさまに私をジロジロ見ているのはティナとティセ。この傭兵団の古株である。

 主に妖艶さで男女問わず惑わせてその反応を楽しむのがアリスのやり方とするならば、この双子はそうして惑った結果アタフタする野郎や女に死体蹴りを仕掛ける担当である。最低なコンビネーションだな。

 

「いやー、私も遂にこの立場になるとはねー!」

「ベルン、えっち……」

 

 アリスさん、楽しそうに笑わないで欲しい。あといつまで純情やってるんだあの野郎。

 

「おいコラ柊ー。いい加減遊ばれてるだけだって気付いてるだろお前」

 

 私の部屋に不法侵入した挙句、あることないこと言いふらしやがった男の名前はマサシ・柊・アマツ。いとあてなる立場にいらっしゃるはずお名前なのだが、実際はこうして傭兵をしている実に変な男である。

 

「てへぺろ」

 

 おかしい。私が知ってる話だと日系(アマツ)はお淑やかで優しいはずなんだが。何でこんな悪ガキが生まれたんだろう。

 私の顔を見て何を言いたいのか察したらしく、柊は呆れたように私を見た。

 

「おいおい。俺はアマツの家系でも非常に残念な立場のアマツだぜ? 品性その他諸々期待してくれるなよ」

「それはそんな堂々言うことじゃないと思うんだが……?」

 

 アマツ。

 日本人の血を受け継ぐ()()()()()()一族の名前である。有名どころで帝国で武官を務める(おぼろ)、文官を代々務める(さざなみ)などか。かつてはこの”暁の海洋”にもアマツの血を引く団員がいたのだとか。

 

 日系人が優秀なんてことは()()()()()()()であり、いまさら説明する必要もないだろう。

 

 旧暦の末期、深刻な資源不足に陥った世界は、新たな資源発掘や効率のいい資源の利用に四苦八苦していたらしい。それを解決するような画期的な資源こそ、今や世界のどこにでも存在するといわれる星辰体(アストラル)。正確にはそれすら本来のエネルギーが次元を渡ることで生まれた副産物に過ぎず実際は莫大かつ実質無限のエネルギーとして扱われて―――

 

「……?」

 

 いいや。星辰体が副産物だとか、そんな話は()()()()()()だろう。やはり今朝の出来事はショックが大きすぎたか、と頭を振りながら、頭の中に存在する知識を回想していく。

 

 そんな星辰体だが、発見したのが日本という小さな島国だったのがよろしくなかった。

 日本は第二次世界大戦あたりで敗戦国となり、世界の中の階級差(ヒエラルキー)が下であるというのが決定していたのである。近年の日本研究者の中では、日本の立場は想定よりは上だったとか、クールジャパンなんて概念が少しずづささやかれているが、弱者として扱われていた、という認識に間違いはないだろう。

 当時の世界情勢的に、資源輸出国は世界のトップもしくはリーダーという立場に君臨出来ることは間違いない。それを良しとしない諸国が戦争を仕掛け、第五次世界大戦が勃発した。

 

 結論から言うと、この戦争は勝者不在のまま終わる。日本にある星辰体を用いた核融合炉にどっかの工作員が仕掛けをして暴走させてしまい、日本からユーラシア大陸の右半分までもが消し飛ぶ大破壊(カタストロフ)と呼ばれる災害が発生した。

 大破壊の影響は、世界が消し飛ぶ程度にとどまらない。空気抵抗の増大、電気抵抗の消失、星辰体の十万など、世界規模で環境が大きく変わってしまった。

 最大の変化といえば、今も空に浮かぶ第二太陽(アマテラス)だろう。大破壊によって消し飛んだ日本は、今、地球を離れ次元に空いた穴――第二太陽と融合している、らしい。

 

 そんなこんなで結局、日本は地上を離れて神様みたいな存在となっており、大和だのカミだの神国だのと、信仰の対象となっている。

 日本がもたらした今の世界(新西暦)への影響は、何も世界を変えたというだけに留まらない。

 

 新西暦において中心となる三カ国も、ほとんどが大和のどのような遺産を有しているかで特色が決まり、立場が決まっている。

 かつて人類が大河を中心に文明を築いたように、大破壊(カタストロフ)の影響で距離や空間を超えて別の土地に転移した遺産を中心に人々は国を作っていったのである。

 

 大和の軍事施設を有するアドラーは軍事帝国に。

 様々な大和の遺産を集めに集めた島国であるカンタベリーは聖教皇国に。

 それら2つの大国に接したアンタルヤは通商で大国に食らいつき、商業連合国に。

 武力ではアドラー帝国がトップなのは変わらないが、商売や駆け引き、人材の豊富さはアンタルヤ商国が優るだろう。そして世界的な宗教である大和信仰の中心地という意味で、最も味方が多いのはカンタベリー聖教皇国だ。三国は拮抗状態が続いており……いや、()()()()()()()()()ながら、それぞれ発展を続けている。

 そこら辺の細かい話は後に回すとして。

 

 アマツの家系はそんな、世界的に信仰される日本人の血筋であるからして、この新西暦に適した人間がよく産まれてくる。身体能力や知性補正、そして大半アマツのお家は貴族のような立場へとなる。なる、のだが。

 柊の家系は特殊というか、生まれがアンタルヤという実力がすべての国であり、当時から十氏族という豪族たちがトップにいた関係もあり、()()()()()()()()()()()()()()となり果てる。かつ、有名どころとは異なり補正も弱かったがゆえ、当然のようにアマツのお家にしては珍しく、大した厚遇を受けることもなかったらしい。

 

「まったく。アマツのお家なんだし、もう少しはお淑やかになれよ」

「大和男児は豪快だったらしいぞ。つまり問題ないってことだな!」

 

 そんな暴論通るかよ。

 いい加減、空気が弛み切ったところで、アリスさん(団長)が鶴の一声を放った。

 

「はいはーい。じゃあそろそろ切り替えましょ。

 実は皆にお仕事がありまーーす!」

 

 お前が始めたことだろうが、と言いかけたが口をつぐむ。ここでひっくり返しては話が一向に進まない。

 それに、仕事があるというのはそれだけでありがたいことなのだ。

 

「明日、私自慢の妹を迎えに行くわよ。ついでに、今の雇い主さまもね」




またベルンですが違うベルンです。いつものことですね。
”暁の海洋”は個人的に好きなグループなので主人公をぶち込んだわけですね。

 ロリな姉ちゃんに分からされたい。


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人造言語/Esperanto

 能力の説明、なんでしなかったのかって?
 こっちでやるつもりだったからだよ!!


 星辰体感応奏者(エスペラント)

 星辰体あふれるこの世界で、新たに出現した兵科である。

 

 初めて登場したのは新西暦1021年。当初はアドラー帝国が技術を独占しており、他の国はこの新兵科の凄まじさに圧倒されるしかなかったのだが、1032年、世界最初の星辰奏者(エスペラント)であり、アドラー最強とされた英雄、クリストファー・ヴァルゼライドの死亡により、その技術が国外に流出する。

 以降、星辰奏者製造技術は各国で独自の発達を遂げ、今では戦場の花形となったのである。

 

 何がすごいって、簡単なことだ。超人製造技術といえばいいのか、人間兵器(エスペラント)は一人だけで戦車などの兵器を凌駕(りょうが)する。

 高濃度の星辰体を人体に照射し、星辰体に感応する触媒となる専用金属を加工した物を所持させることで生み出せるエスペラント。まず身体能力が圧倒的だ。五感は研ぎ澄まされ、内臓器官は強化され、負傷も治りやすくなる。それに加えて、個人の拘りや諦観、理想に応じた異能の力(アステリズム)まで目覚めるときた。

 戦車を数千台そろえるよりも、それより強力で超常の力を使える強化兵が重宝されるようになるのは当たり前の流れだった。

 

 

 

 

「久々だね、仕事。やっぱりいろいろあったし」

 

 去年の話だ。

 突如、地面を掘るだけでざくざくと採れる資源が出現した。翠星晶鋼(アキシオン)と呼ばれるそれは、大気中に満ちる星辰体が凝固したような結晶であり、オーパーツに思えるほどに便利な代物である。だがしかし、オーパーツ()()()というべきか。世界は今、アレの解析に大忙しなのだ。それは”暁の海洋”が属するアンタルヤも同じように。

 

 まあつまり、戦うほどどの国も暇じゃない。

 そうなると傭兵も仕事がない。たまに他所(よそ)はどうなっているのか、という類の調査を引き受けることはあるがそれだけだ。

 なんなればカンタベリーに至っては国の実質支配者であった教皇をはじめ、守護騎士団総代聖騎士、研究機関の長官にして枢機卿などの死亡で国全体がまだガタついていて、領土復活どころではない。勿論アドラーやアンタルヤも『復興支援』という名目で領土を拝借しているしで……などなど。とにかくお仕事が回ってこなかったのだ。

 

 私が柊に声をかけると、奴は奴で得物の手入れをしながら頷いた。

 

「そんなゴタゴタ期に”暁の海洋(ここ)”に入れてもらったことには、感謝しないとだな」

「……そうだね、ほんとに」

 

 なんでも団長は、以前気まぐれで拾った子のおかげで結構いい思いが出来たので、今回もとりあえず拾ってみたとのこと。私はとりあえず、その子にきちんと感謝しなければならないだろう。

「とりあえず今日のところは寝ておけよ、ベルン。流石に明日キツイぞ。護送任務らしいじゃん。いちばんメンタル削られるタイプの仕事なんだしさ」

「へーい。じゃあまた明日ねー」

 

 ひらひらと手を振りつつ、私は柊の部屋を出た。

 

 

 

 

 翌朝。

 私たちはアンタルヤの最西端にある港にいた。

 

 アンタルヤは通商で栄えた国である。人も財も集まり、必然資本競争が苛烈になり、豪商たちが寄り集まり、お互いに牽制し合いながら連合国を築き上げた、特殊な建国経歴を持つ。

 

 今の雇い主である十氏族が一角のお家は、カンタベリーとの密な関係性と専用の運輸ルートを持っている。それゆえ、カンタベリーに物を送ったり逆に取り寄せるということに関してはアンタルヤでもトップクラスとなる。

 

 そう、今回の任務はカンタベリーへ派遣されていたとある()()()のお迎えに我々が駆り出されたのである。その人物と団長が仲がいいらしく、何なら義理の弟なのよ、などとあの人は言っていたが。

 

「傭兵を雇わなきゃならないほどに高貴なお方なのかよ」

 

 私としては眉唾もんである。とはいえ、今回の雇い主以外にもミツバという十氏族とも契約していたというし、ベテラン傭兵であるアリス・L・ミラーの顔の広さは侮れないということか。

 

 港にそれはそれはご立派な船が到着すると、積荷が下ろされ、次に最初にピンク色の髪の毛のお嬢様が降りてきた。

 私たち傭兵団の雇い主、セシル・リベラーティである。

 

「お迎えありがとう。()()()()()もあなたたちのことは信用してるみたいだったし、何より腕がたつって評判だったから雇ってみたけど……うん、私の選択は間違ってなかったみたいね」

 

 適度に散らした兵士、ネームド、つまり有名で分かりやすく危険な奴は雇用主の側にいることで牽制、と。基本的なことではあるが、これをきっちりやり通せるというのが、顧客からの信頼獲得に大切なのである。

 

 とはいえ、箱入り娘にはなかなか見抜けぬ工夫だろう。勿論、女狐とまで言われているミツバの女ならば即座に看破も可能かもしれないが、それはそれ。何せミツバといえばアンタルヤでも悪名高かった傭兵団を雇い、日夜テロリズムに精を出していたお人である。他の商家とは比較できない。

 ゆえに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女もまた、薄汚い道にも通じる人物であるのだろう。優秀な星辰奏者(エスペラント)だとか、カンタベリーで教皇を殺したのは彼女なのではないかという暗い噂も立つほどには。

 もっとも、私たち(雇われ兵)としてはそんなものは大して気にならない。よほど道理を外れた外道なら嫌悪はするが、お金をくれるなら頑張らせてもらうとも。

 

 彼女に続くようにして、現れたのは黒髪を尾のようにまとめた少年と、銀髪ロングの少女だった。

 

「護衛を雇ったとはいえ、飛び出さないてください、お嬢様。何かあったらどうするんです」

「その時はあなた達が何とかしてくれるでしょう。信じているもの」

 

 そう、私たちの任務とは()()()()()()()()()()()()。彼女の護衛は既に決まっているのだ。

 

「はじめまして、終焉吼竜(ニーズホッグ)。しばらくの間、よろしくお願いしますね」

 

 アリスさんがにこやかに握手を求めると、少し戸惑うように少年──終焉吼竜(ニーズホッグ)は握手を交わした。

 

「はい、短い間ではありますが、よろしくお願いします。

 俺はラグナ・スカイフィールド。こっちのツレはミサキ。セシルの護衛を務めてる者です」

 

 硬い握手は信頼の証、というよりは牽制だ。裏切んじゃねぇぞオラ、みたいな黒い会話が見える。まあ、アリスさんはそういう人じゃないし、ラグナの方は、うん、少しずつ信用していくしかない。

 

 

 ついでにセシルたちへ新顔である私たちの紹介を済ませつつ、護衛対象を待っていると。

 

「ああ……死にたい。腹を切らせて欲しい……頼むから」

「別にわたくしはいつでも、と言いますか。そのまま()()()()()()も良かったのですが……」

「アヤちゃんはブレないわね」

「それ言ったらアッシュのラッキースケベ体質(スタイル)もブレてないけどな」

「スタイルじゃない……! そんなの嫌だ絶対にッ」

 

 何やらこう、目に毒なもの(ハーレム)が降臨なさった。

 

 不思議なメンツだった。

 1人は銀髪に金色メッシュが入った優しそうな男の人。それを囲うようにアドラーの軍服を着た黒髪の少女と、カンタベリーの星辰奏者(聖騎士)らしき金髪の女性、そしてアンタルヤの傭兵らしき銀髪の少女。

 お淑やか、大人、かわゆいと三種の女の子に囲まれながら疲れきったような顔で下船する男。

 

 これが………外交官?

 

 そんな私の視線に気付いたのかこちらを見ると、表情を引き締めて、今度はきちっと歩いて近付いてきた。

 

「わざわざ護衛、ありがとうございます。俺なんかに必要か分からないですけど……」

「何言ってるのよ。むしろ最重要人物なまであるんじゃない? 途中で何かあったら国際問題よ、国際問題。そこらへん、アッシュくんは理解した方がいいと思うな〜?」

 

 そうでした、すいません、なんて謝る仕草に裏はない。なんというか全体的に素直な感じである。

 

 これが………外交官?

 

 と、なんかさっきと同じ感想に至ってしまった。

 外交官をするならもっとこう、キレて裏は見せないみたいな人がいいんじゃないだろうか。

 

 呆れるような、憐れむような目で彼を見ているとアリスさんが背中を押して彼の前へと自分と柊を立たせた。

 

「こちら、ウチの新顔ちゃん。

 2人とも、この人ときちんと仲良くしとくんだぞー。なんせ今、三国が競って手に入れたがってる星辰“界奏”者(スフィアブリンガー)様なんだから」

 

「はえー、は、えぇぇぇ!?」

 

 別に、はえーを2回に分けて言った訳では無い。

 星辰界奏者、というのはそれだけ有名な人物なのだ。

 

 その話をするには、まず、極晃星(スフィア)について説明しなければならないだろう。

 

 星辰奏者は普通、1人につき1つの異能を持つ。それはどんなに強力であっても兵器程度の驚異であり、今や大国ならどこでも有している戦力だ。

 

 だが、極晃星(スフィア)だけは話が違う。

 

 自分の想いを共有できる相手がいること。

 通常の星辰奏者(エスペラント)が用いるアダマンタイト以上の触媒──オリハルコンの使用。

 発動値の出力や星辰光(アステリズム)に存在する六つの性質の内一つ以上が抜きん出て高い(評価AAA以上)などの諸々の条件が果たされて顕現するこの世界の王冠のことである。 

 

 その能力は正しく、魔法のランプといっていい。本人に星辰奏者では比較にもならないほどの絶大な強化が施され、強力無比な異能が発現し。更にはその極晃星と接続さえ出来れば接続者に無制限に恩恵を与えるとまで来た。

 そもそも()()()()()力であり、どの国も、研究として、戦力として、こぞって手勢に加えたがっているのは言うまでもないことである。

 

 

 界奏(スフィアブリンガー)は四番目に生誕した極晃星である。他人への星辰光(アステリズム)付属(エンチャント)、自身への星辰光(アステリズム)付属(エンチャント)を可能とし、本人の戦闘力は低くとも圧倒的な()()()で横の繋がりを広げていく極晃星だという。

 

 そんなわけで、各国が彼に最も近い女性を送り込み()()()にきているとは聞いていたが、なんかこう、誑かすってよりはただただイチャついているだけのような気がする。爆ぜろリア充め。

 

「そんな畏まらなくていいですよ。気軽にアッシュって呼んでください。

 アリスさんが絡むなら、長い付き合いになると思いますし」

 しかも私たちにまで気が遣えるリア充らしい。

 なんだろう、この敗北感。

 朝から「どっちが早起き出来たか勝負しよう!」とか言ってくるどこかのアマツとは出来が違う。あのアマツは本当にアマツなのだろうか。

 

「取り敢えずこんな所で立ち話するのもなんだし、私たちの拠点に移動しましょうか。

 カンタベリーから帰るだけならそもそも、あなたたちを呼ぶまでもないって分かるでしょう?」

 

 挑発とも取れかねないセシルのその言葉に、アリスさんは頷いた。彼女は界奏……アッシュと呼ばれる青年と仲がいいらしく、彼を信用しているから自分を頼るからには異常事態だと判断しているようだった。

 

「ま、積もる話もあるでしょうし。拠点(そこらへん)含めてリベラーティ家を頼っていいのよね? アッシュくんはどうする? うち泊まる?」

「ええ、もちろん」

「………後半に関しては丁重にお断りさせて頂きます」

 

 

 ■ ■ ■

 

 その夜。

 界奏、リベラーティ、“暁の海洋”のメンツの一同がリベラーティの家に集っていた。

 

 目的は会談、とのことで、私たちは外にいた。特別にアリスさんがそうしろとは言っていなかったが、何となく夜風に当たりたかったのだ。

 よってリベラーティの屋敷の屋根に登り、天に輝く月と第二太陽(アマテラス)を見ていた。

 

「アリスさん、結構顔広いんだな」

 

 柊の呟きに頷く。いやほんと。ビックリした。さすが熟練の傭兵というべきか。

 

「今日だけで一生会えそうもない人と沢山会えたしさ」

 特に極晃星なんて一生に1度、会えない人の方が多かろう。

 

「何かこう、()()()()()に巻き込まれたみたいな奇跡で、ビックリだよ。特に俺らなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから」

 

 そう、私と柊は新西暦への知識や、何故かどこかで戦ったという記憶はあるものの、生まれや育ちに関する記憶は上手く思い出せないのだ。アリスさんに拾われたというのが最古のハッキリとした記憶になる。

 アンタルヤでは珍しくもない。人命が軽いこの国において、捨てられた子供や薬物などで記憶障害を起こすことは()()()()ことなのだ。

 

 

 

 懐古に浸る私たちだが、次の瞬間、素早く体のスイッチが切り替わる。

 殺意の感知。闇夜に紛れて何かがいる。

 屋敷の屋根へと素早く駆け上がるそいつの銀刃を、腰の刀を抜いて受け止める。だが──

 

「シィッ」

 

 素早く後方へと駆け抜けて背後から首へと刃が迫る。それを防いだのは、間に割って入った柊だ。だが次の瞬間、横から彼の体は蹴り飛ばされ、屋根を転がり落ちてしまった。

 

「柊ッ!」

「お前も同じところに送ってやるよ」

 

 首へと刀のような刃が、左太ももへと短刀のような刃が迫り、慌てて後方へ飛び下がり、屋根を飛び下りる。

 

 着地したのは、リベラーティ家の玄関前、いわゆる正門。ここなら明かりもあるだろうと判断したがゆえ。横を見遣れば、柊も立ち上がっていた。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」

 

 声が、聞こえた。

 襲撃者の内一人が基準値(アベレージ)から発動値(ドライブ)へと移行させ、星辰光を発現させたのだ。

 星辰光とは即ち、自身を最小単位の星とする技術である。地球には地球の、月には月の惑星環境があるように、己だけの異星環境を展開する。

 発動値ともなれば出力が上がり、異能も開帳される段階。もはや油断は許されず。

 

「うわっ!?」

 

 などと思っている内に烈風が吹き荒び、体勢が大きく崩される。風でまともに目も開けられないならば、もはや明るさ等()()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

「まずいッ」

 

 咄嗟に前方へと身を投げれば微か後ろを刃が通る気配があった。そのまま突っ立っていれば首がはね飛んでいたことは想像に難くない。何よりも恐ろしいのは()()()()()()()()()()()()()ということ。

 だから今も、直ぐに背後を振り向いたにもかかわらず気付けば相手はもう移動していて。

 次の瞬間、強烈な()()を感じた瞬間に足場が崩れて、背後に回り込んだ敵手の刃が喉に突き刺さりかけた。

 私は急ぎ肘で相手の胴を殴って体を揺すぶり相手を振り落とす。

 

「もういいぞ。下がれ狼」

 

 凛とした声。

 それだけで下手人は下がり、風も止んだ。

 

「失礼。大切な会談と聞いていたゆえな。間諜の類かと思って部下をけしかけてしまった。ふむ、君たちは確か“暁の海洋”の新兵だったか。

 敵と勘違いさせてしまったならば済まない。私もこの場に呼ばれた者の1人だよ」

 

 そんな無茶苦茶な、とはいえない。知らん顔が会合先の屋根に登っていたら怪しいだろう。だからと言って戦うのかよとは思うが。

 

「悪かったな。怪我ないか?」

 

 下手人の方は心配そうに此方を覗き込んでくる。

 良い人なのか何なのか、判断に困るところである。

 

「ええ、まあ、はい………」

 

 どう答えようかな、と困惑しつつ頷くと、心底申し訳なさそうに相手は頭を下げた。殺し合いでは容赦なく首を切り落としに来るのに、存外ビビりらしい。

 

 こいつ信用できるんかな、という空気の中、屋敷に扉が開けば、戦闘服を着たアリスさんが出てきた。

 

「あら、ようやく来たのね」

 

 どうやらこっちの人とも知り合いらしい。

 そしてようやくというかなんというか。私たちを襲った二人組は名乗りを上げた。

 

「アドラー帝国、“黄道十二星座部隊(ゾディアック)”が一角、第七特務部隊、“裁剣天秤(ライブラ)”の長。チトセ・朧・アマツという。

 こっちは私の右腕のゼファー・コールレイン。

 以降よろしく頼むよ、諸君」




取引先の屋敷の屋根で、武器を持ってヒソヒソ話している傭兵はあまりに怪しすぎた。

ところで歴代主人公が勢揃いしましたね。
……おかしいな、私のプロットではラグナの登場はもっと先のはず───。


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秘密の会合/trinity

これ主人公、要らねぇんでは?


 最強。

 この二文字に魅せられない人などいないだろう。少なくとも男ならば、最強は誰かという話題は好んで話す事柄だと思う。

 

 ではこの新西暦、最強は誰だろうか。極晃星(スフィア)を除けば、およそ全員が故人含めて三人が思い浮かぶだろう。

 

 一人は始まりの星辰奏者(エスペラント)、クリストファー・ヴァルゼライド。極まった集束性、努力と気合と根性で格上を圧倒し、アドラー帝国の黄金時代を築き上げた“英雄”である。ステータスは大したことが無いものの、それを凌駕する努力と、精神力による覚醒によって並大抵どころかほぼ全ての星辰奏者(エスペラント)に勝利できるだろう。

 何より、帝国が星辰光(アステリズム)という技術を見つける前から、単騎で麻薬密売組織を撃滅させたり、過酷な東部戦線を勝ち進んだりと、非人間っぷりは各国の平民も貴族も問わず心に深く刻みつけられている。

 

 もう一人もまた故人。カンタベリーにて最強の騎士とされたウィリアム・ベルグシュラインである。彼の星辰光は剣閃延長能力。斬撃を遠くへと飛ばせるというだけの異能なうえに、能力に対して拡散性も低い、一版には使い物にならない能力の()()だった。しかし彼には才能があった、卓越した才能を育ててくれる環境があり、努力を苦としない精神を持ち、そしてその努力と才能を活かせる異能力に目覚めた。

 ()()()()()()()()()()()()ということの理想形のような男。おそらく、総合値で彼に敵う存在など、この新西暦には存在しないだろう。それほどまでに彼の強さは極まった。なぜか、突然姿を消してしまった最強のこの剣士を惜しむ声はカンタベリー国内には今も絶えないのだとか。

 

 そして最後の一人は、唯一の存命者である。

 チトセ・朧・アマツ。ヴァルゼライドなき今のアドラーにおいては最強の星辰奏者(エスペラント)であり、武勇に優れる朧の家系でも特に極まった身体能力と戦闘センス、軍略センス、そして優れた万能型の星辰光(アステリズム)。剣技ではベルグシュラインに敵わず、貫く意志の強さではヴァルゼライドには勝てまい。だが、人望があり公平無私、努力ができる天才であり、ヴァルゼライド前の血統派渦巻くアドラーでも一切腐らず貴種の務め(ノブレスオブリージュ)を果たせるほどの人間なのだ。

 ゆえに戦争においても、個人間の闘争においてもチトセ・朧・アマツは最強。その認識は、国内外でも一切変わらない。女傑とは、まさに彼女のことだろう

 

 

 

 そんな有名人、チトセは今、私の目の前にいた。

 正確には、私たちの雇い主たちの前、だが。

 赤いドレスに身を包み、美しくあでやかな黒髪を流している姿は絵画のようで、気を抜けば見惚れそうになる。整った顔に着けられている眼帯すら、美貌の前にはそれが正しい形のように思えてしまう。

 

 すごい光景だ。

 

 チトセ・朧・アマツ(アドラー帝国の要人)がいる。

 セシル・リベラ―ティ(カンタベリーとパイプ太いアンタルヤの商人)がいる。

 アシュレイ・ホライゾン(三国の行き来する外交官)がいる。

 

 セシルはテーブルの上に委任状を置いており、すなわち今のカンタベリーを仕切っている人間からこの場に代わりに出てほしいと依頼されていたことが分かる。

 今カンタベリーは忙しいわけだし、交渉術ならばアンタルヤの領分だ。信頼できる友人がやってほしい分野を得意としているのなら、利用しない手はないだろう。

 

 そして、なかなか豪華なメンツで何を議題としているのか、それはこの会合を開いたチトセのみが知っていることである。

 

 そんな彼女は、アリスさんに傭兵を傷つけてしまったことを謝罪し終わったあと、気配を消していた部下――ゼファーを呼び出し横に侍らせたうえで、話を切り出した。

 

「うちの諜報機関は優秀でね。アンタルヤで危険な動きがあるとの情報が入った」

 

 アリスさんもセシル(アンタルヤの人間)は何も言わない。

 アンタルヤで不穏な動きがあるなどいつものことではないか、という反応である。まあ実際、三国で唯一、十氏族による連合国という形であるがゆえ、他の家を阻害するため、出し抜くために、策謀が針目ぐされるこの国ではいつも不穏で治安が悪い。

 

 だが、アドラー帝国はそれを知っているはず。

 ゆえに、特別な何かがあるはずなのだが、そんなもの思い浮かばず。

 ゆえに沈黙。

 その反応を予期していたように、チトセは頷き、続きを話した。

 

「我が帝国もこの国(アンタルヤ)に対してパイプがないわけではない。だが、今回はそちらを頼るわけにもいかなくてな。

 他の氏族が足を引っ張った程度では止められんし、むしろ真正面から潰されるだけだろうさ」

 

 ほかならぬ十氏族のひとつであるリベラ―ティの前でいうことではない。だがしかし、ここで怒鳴り散らかして話し合いをぶち壊すのは失策だとセシルは知っている。ゆえに、興味がわいた、という風に笑みを浮かべて、相手から話を引き出そうと企む。

 それがとるに足らぬと判断したならば、セシルは自分の手駒で妨害工作を開始するだろう。だが手に負えないと思えば帝国と手を組み事に当たる。

 ……と、冷静に構えていたのだが。

 

「アンタルヤ最大の国、マドロックで極晃星(スフィア)()()実験が行われているらしい」

 

 その一言を聞いて、大きく目を見開く。

 さらにアリスさんもチトセの顔を凝視していた。

 ただアッシュという男だけは少しだけ、悲しそうに目を伏せ、すぐに決意に燃える双眸をチトセへ投げた。

 

 明らかな動揺。それもそうだろう。極晃星とは世界の王冠なのだ。一人その国にいるだけでパワーバランスが崩れかねない。それを量産したいなど、正気の沙汰ではないだろう。そもそも量産できるような安易なものでもない。

 

「まあ、私としても眉唾な話なのだがね。人工的に極晃星(スフィア)を作ろうとしていた大馬鹿者に協力していた技術者が似た感じがすると進言してくれただけで、断定は出来ん。だが何かをやろうとしているらしいという情報だけは、確実なのだ」

 

 そこで、ゼファーが少し前に進んで発言を求めた。

 もちろん、誰も拒否しない。

 

「俺が軽く見てきた感じでは、兵器量産工場って感じだった。かつてアドラーに侵攻して来た魔星ってやつの構造と似てるから、チトセの推理はあながち間違いじゃない気もするんだが……深部に潜る前に命の危機だったもんで逃げ帰ったから仔細は不明なままだ。……本当にすまん」

「生きて帰るのが一番だと何度も伝えただろう。まずおまえが見つかるなんて異常事態が起こっているだけでも十分に警戒に値する。

 私の相棒は、諜報や侵入任務ではトップクラスなんでな」

 

 さりげない惚気のようなものを見せつけられた気もするが、ともかく実際にすでに偵察はしていたことと、()()()()ことは確かだと複数の証拠が言っている。

 

 魔星、という単語が特に不穏だ。

 人造惑星とも呼ばれるそれは、ヴァルゼライドがアドラーの総統に上り詰めるきっかけとなった事件、『アスクレピオスの大虐殺』を起こして以来、たびたび現れる星辰体運用兵器である。

 人間の死体を素体として用い、アダマンタイトよりも上位の干渉触媒であるオリハルコンを埋め込んで作られたものは、極晃星ほどではないものの、星辰奏者(エスペラント)よりも優秀な破壊兵器として悪名高い。なにより、極晃星などのように特殊な条件は要らないのだ。素体となる人間に星辰奏者としての素質さえあれば作れはする。もっとも、オリハルコンの希少性などもあり、量産されるような代物ではないのだけれど。

 

 そんな魔星と思わしき物の製造ラインがあるだけで十分に怪しい。

 

「というわけでな。可能ならば速やかに、マドロックが何を企んでいるのか突き止めたい。そこで君たちだ」

 

 つまり、リベラ―ティ家及びカンタベリー、アンタルヤの腕利き傭兵”暁の海洋”、星辰”界奏”者の力を借りたい、と。

 

「推論通りなら我々だけではどうにもならん。

 どうか至らぬ私たちに助力してほしい」

 

 それは言外に、チトセ・朧・アマツほどの女傑でも、アドラーほどの軍事大国でも、勝率は低いと見ているという意味をもつ。

 群雄割拠のアンタルヤではまずリベラ―ティの一氏族で十氏族最大の勢力を持つマドロックに対抗などできないし、カンタベリーは今、地固めの途中。

 つまり、ここで乗らなければマドロックの企ての前に敗北する可能性があるということであり。

 逆に勝てば、アドラーと共に正義の名のもと、マドロックの利権をぶん捕れるかもしれない。

 

 この時点で、選択肢など無かった。

 そしてアッシュは、おそらく話を聞いた時点で腹をくくっていたから。

 

 

 ここに、同盟は成る。

 

 

 運命という歯車が、静かに動き始めた。




チトセがどうやって情報を手に入れたのか?

まず、自分の利益のためなら自国の情報でも売り飛ばせる優秀な諜報部隊長がいます。この方がいつもの通り「おやおやおや、なんかあるぞ?」と引っかかります。
続いてアドラーの『オトナの街』を統括している女性がマドロックの関係者を体とお酒で骨抜きにして寝物語をちゃ〜〜〜んと聞きます。
更にダメ押しと言わんばかりに我らが駄狼、ゼファーさんを商国に送り込んで情報を集めてもらいます。命からがら帰ってきた狼を自室に引きずり込み、あれやこれや労おうとしながらちゃんと聞きます。
その情報を元に半ば勘で人造極晃星を創ろうって言ってたどこかの眼鏡の協力者、優秀な理系アマツさんに話を聞きます。後はさりげなく大変優秀な平民の匠、ミリィさんに話を聞きます。

よし、怪しい。ちょっと外国にいる知り合いに呼びかけて協力を仰ごう!

的な流れがあったわけです。

アッシュくんがどうして「俺がやんなきゃ」ってなってるかは多分、片翼と「絶対裏に眼鏡みたいな糞野郎がいる。止めなければ」って話になったんじゃないですかね。



 あれ、このメンツなら主人公要らなくね?


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天霆の轟く地平に、闇はなく/BAD END
終焉/HAPPY END


Q. ゼファーさんなら出来たぞ?
 ゼファーさんなら出来たぞ?
 ゼファーさんなら出来たぞ?

A. あの人バリバリのエリートじゃん。




「あんまり俺から離れないでくれ。正直言うとこんな作業、慣れてないんだ。

 何かあってからじゃ遅い。俺だけならともかく、場合によっちゃ、君たちの雇い主も危ない」

 

先頭を走るゼファーが、声を潜めて警告を飛ばす。

 

 私と柊、そしてゼファーは今、マドロック家の所有する工場にいた。連日異常とはいえずとも大量の星辰体(アストラル)が観測されているとのことで、前回ゼファーが潜入したのもこの工場らしい。

 この人選に意味があるのか、という点については、アリスさん曰く『プロの技を見て学んどきなさい』とのこと。さらにいえば私たちが団員の中でも戦える方だからだろう。

 もちろん、第一目標は戦闘ではないし、交戦などしない方がいい。だが、それでもというやつだ。念には念を入れて、戦闘員が行った方がいい。

 よって、少数精鋭。この潜入作戦に参加している全員が星辰奏者(エスペラント)だった。

 

 

 三人の中で誰が一番抜きんでいるかと言われれば、圧倒的にゼファー・コールレインだろう。

 戦闘中にも感じたことだが、音や気配を消すということに長けている。

 そういう能力と、研磨により完成された暗殺者。本人はあまりうれしくなさそうだが、会合でチトセがこいつなら大丈夫といっていた理由がよくわかる。

 

 だから、今回の作戦は彼が中心となる。

 

「俺なんかがリーダーなのは嫌だろうけど、まあ耐えてくれ」

「いえいえ。全然。音を消せる星なんて私たちが持ってないですし」

「精一杯、着いていきますよ」

 

 足音を消しながら、周囲の音を聞きながら、静かに大胆に進んでいく。

 

 その能力は、振動操作。

 周囲へと振動を放ち、その反響で構造を理解したり、音を打ち消したりと、かなり汎用性に長けた力である。

 能力の素質(パラメータ)は一点特化らしく、戦闘においては役立たずとのことだが。

 

「……ま。こういう後ろめたいことには慣れてるさ。まあとはいえ、万が一なんて普通にあり得る。君らでも何か気になることがあったら言ってくれ」

 

 病的な間での臆病さと神経質さ。

 万が一、億が一と、自分の能力をとことん冷静に見つめて手を打ち続けている彼は当然、戦闘どうするかなど用意してないはずがないわけで。私はこの役立たず発言を素直に飲み込むことはなかった。

 

 

 しばらく進むと、さ、と手で制された。

 

「ここから先は星辰体(アストラル)の積極的な活動に反応するセンサーがついてる。まあつまり、基準値でも星辰光(アステリズム)の使用は危険ってなわけだ。

 前回はここでバレて逃げたんだが……どうするか」

 

 すなわち、突き進むか、迂回して別ルートを探すか。

 

「別の道を探しましょう。ここから先、星辰光(アステリズム)が使えないのは厳しいし」

「俺もそう思います。ここに来るまでにいくつか脇道があったので、そこに何かあるかもしれない」

「……そうだな」

 

 私の決断に柊が乗っかり、ゼファーも首肯する。

 そうして引き返すと、しばらくして私の首筋にひりつくような感覚が襲った。

 唐突な変化。ならばこそ、見逃せない。

 

「ゼファーさん、なんかおかしい。俺、なんか胸が軋むみたいに痛い」

「柊もか。私は首がひりひりするんですが」

 

 私たちの訴えにゼファーは首をかしげる周囲を見渡し。

 

「…………」

 

 壁をしばらく手の平で撫でてはじめ、突然止まったかと思えば、押し込んだ。

 

 隠し扉が、あったらしい。

 

「……何か、この先にあるかもしれない」

 

 ゼファーがつぶやき、行こうと促した瞬間。

 

 

 ぼん。

 

 

 というかわいらしい音と共に、柊の胸元が()()()()()()

 

 訳も分からないうちに、今度は自分の首がゴトリ、と落ちる。

 

 最後に見た光景は、自分や柊の死体を見るゼファー()()()()()()、怯えた目を私の背後へと向けて短刀を構える星辰滅奏者だった……………。

 

 

 その後、どこからともなく現れた()()()()()()()()()()()()()()()が全ての極晃星とアドラー帝国の敵を滅ぼして、アドラー帝国の千年帝国が実現しましたとさ。

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 〜HAPPY END〜




どうしてこうなったのか、自話までに考えてください。
そしたら更新されるはずです。


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chapter2 真実の在処/Argonauts
再起/True √


前回はビックリさせてすみません。
1回、選択ミスしたバージョンが書きたかっただけです。



 星の裁断者(スフィアパニッシャー)が目を覚ます。

 己と接続した対象が“悪”だと判断したがゆえ、彼は衝動に基づき起動したのだ。

 遍く闇を、偉大な雷火で焼き尽くすため。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドという人類最強の男は今や、純粋な『悪の敵』として機能している。

 人呼んで閃奏、星の裁断者。己のような塵屑でも、悪を討つための死の光として動くならば不満はない。新西暦、或いはそこと繋がった高位次元の有事には必ず目覚め、何らかの力で力を貸すだろう。

 ()のような破綻者がわざわざ表に出る必要は無い。そう思いつつも、人間の時に存在した理性(ストッパー)は力の塊である極晃星(スフィア)の自分には弱く、悪を見つければ迷いなく剣を抜いてしまうだろう。そんな自分をどうしようもなく憎み、燃え盛るような怒りを抱きながら、自意識を形成していく。

 次の瞬間には次元を紙のように切り裂き、見つけた悪を処断しにいくはずだったが────

 

「或いは、新西暦(この世界)の法則なのかもしれんな。こういう重要な局面に至って、運命に砂粒が紛れ込み、事を動かす」

 

 次元すら超えて眺める景色はマドロック家の所有する工場。彼らは()()の座標から遠のいたが、仮に再び、更に接近するようなことになれば収集のつかない事態に陥るだろう。その時こそ、己が再び地上に戻る時。

 このまま進んでも危機ではあるものの。

 

「遠くでやっていろ、か。良かろう。ではどうする、冥王(ハデス)

 “勝利”からは逃げられんぞ」

 

 今はただ、見守るのみだろうと。

 男は静観することに決めた。今は討つべき悪はなく。遅咲きな花となるか、このまま悪と堕ちるか。

 それ次第でどちらへ刃を向けるべきか、或いはどちらにも刃を向けるのか、決めることになる。

 それまで俺が出しゃばっていいことはない、と。悪の敵は、両手に握られた燦然と煌めく極光斬撃(ケラウノス)を鞘へと納めた。

 

 ──運命の時は近い──

 

 

 ■ ■ ■

 

「………このまま行きましょう。それほど厳重な警備があるのなら、きっと何かがあるはずだ」

「後ろも気になるけど………ゼファーさん、どうします?」

 

 私としては、ここで下がって何かないかと探すほうが時間の無駄に思えた。

 ゆえに一応、柊の言葉も聞きつつ前進したいとこの場のリーダーに訴える。

 

「……そうだな、警備の強さは確かに引っかかる。。探ってみたところ俺らが来た道にも()()はあったっぽいが、下手に色々探るよりまずはこのまま調査を続けよう。

 これで何も無ければプランB、つまり、戻って()()を探してみる」

 

 前方を歩くゼファーさんの言葉に頷き、私たちは星の力を用いずに歩き始めた。

 

 その瞬間。

 

《警告 警告 侵入者発見 体温感知器(サーモカメラ)に反応あり

 警備兵は直ちに侵入者を排除してください》

 

 サイレンと共に、私たちの進行方向から鬼面の軍隊が現れた。

 

「......どうする、ベルン。話しかけてみる? 万分の一くらいの確率で助かるかもよ」

「いい冗談だな、柊。死にたいなら試すのもアリじゃないか?」

 

 今も殺意を燃やしながら近付いてくる傭兵百人近くを、不法侵入者の立場で説得できるなら、世界はどんなに平和だろう。

 

 だが不可能だ。目の前の相手にそこら辺の慈悲は無さそうだし、何よりも戦闘態勢に移っている。

 

 話し合いの時間はとうに過ぎたと、そういうことだろう。

 

「サーモカメラ……。そうか、俺たちの体温を感知したのか! くそ、どこまで……。

 総員、戦闘隊形に移れ……ッ。なんとかして生き延びるぞ!」

 

 無駄口を叩き合う間も、ゼファーは素早く戦闘態勢を整えていたらしい。鋭い声に反応して私たちもまた、戦闘隊形へと変化する。

 

 潜入する時は、斥候に長けたゼファーが前衛で、残る2人は縦列になって進む形だったが、戦闘時はゼファーさんは一撃必殺、確実に仕留められるチャンスを伺うため後衛へ。そして正面戦闘ならゼファーさんより得意な私たちが前衛へ移動する。

 

 これは撤退戦だ。思い切りぶちかませ無ければジリジリと潰されるのみだろう。

 

 そして互いに互いの星を知り合う私と柊のコンビネーションは、こういう時にこそ真価を発揮する。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」

 

 柊の星辰光(アステリズム)が開帳される。

 彼の、彼にしか紡げない、彼だけの異能、それは。

 

「……よし、これでいい。()()()()()、柊」

 

 一見するとなんの変化もないものの、確かな効果があった。私の軽い踏み込みで身体は銃弾のように敵陣地へと飛んでいく。

 質量操作と呼ばれる力である。1度触れた対象に対して有機物、無機物の違いなくその質量を変化させられる。

 

 星辰光(アステリズム)には6つの性質が存在する。即ち。

 貫通力を示す集束性

 効果範囲を示す拡散性

 どこまで異能を操作できるかを示す操縦性

 自分や他人に害を与えず利だけもたらせるかを示す付属性

 異能の継続使用がどれほど出来るか示す維持性

 自然環境にどこまで影響を及ぼすかを示す干渉性

 

 柊は特に、付属性に秀でた星を持っていた。もちろん、アマツ補正のおかげでそれ以外の性質も平均かそれ以上というハイスペックさなのだが。

 ともかく、敵陣に突っ込む私とは相性がいい星だった。

 

 

 腰から抜いた刀で敵を逆袈裟に切断。すぐさま別の敵へと剣を振り下ろして首を切り落とす。

 攻め攻め攻め攻め、攻め一辺倒。斬って抉って殴って蹴って、あらゆる攻撃手段を自分の体に傷が付くのも厭わず攻め続ける。致命傷だけは避けながらパワフルに。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」

 

 そして迷わず、星の力を解放した。

 敵を皆殺す、己の異能(奥義)なれば、迷うことなどありはしない。

 

「彼方より訪れし我が勇者。お前こそ、我が運命に他ならない。求めるものがあるならば、迷いなく全てを差し出そう。

 

 金色の皮が欲しくば与えよう。

 邪魔する弟は切り刻んだ。

 三人の王女も物言わぬ骸となれ

 

 全てを(なげう)つ献身。狂気じみたこの愛情。山より高く海より深いこの想いを踏み躙るならば、容赦はしない」

 

 “勝利”の為ならばあらゆる全てを投げ捨てて。

 この身さえも惜しくはない。ゆえに全撃必殺。我が敵よ、一切合切砕け散れ。

 刀は止まらず、敵を残さず斬り裂いて進む。

 

「我が子に名前を付けてはならない。

 我が子に武器を持たせてはならない。

 我が子に人の妻を持たせてはならない。

 この禁を全てくぐり抜けたその先に、約束された繁栄をもたらそう」

 

 天へと轟けと、誓いを叫んだ。

 これぞ、我が星光。

 

超新星(Metalnova)──赫翼凶星、運命の輪は廻り出す( S i l v a r i o )我が旅路を照らすは銀の月( A r i a n r h o d)!」

 

 とある粒子の噴射能力。

 体をジェット機のように加速させたり、任意の方向へ凄まじい勢いで粒子を発射する星光である。

 何を噴き出しているのかは私にも分からないが、強力であることは確かである。

 

 星の光が強いからといって研鑽は怠ってはいけない。ゆえに、後は一方的な──

 

「とは、させんよ」

 

 横合いから飛び込む柊。負けじとやつも剣を振り回し、敵を鎧袖一触していく。

 

「勝負だ、ベルン。俺の方がより多くの首級(しるし)をあげてやる!」

「応とも! 私も負けんぞ柊! 共にこの窮地を脱しようか!」

 

 これが私たちの戦法。

 私が飛び込み、乱して、柊がそれに乗じてさらに敵陣を切り崩していく。

 

 だが。

 

 しかし。

 

 この警備兵ども。

 

「強、すぎる!」

 

 柊の言葉に頷く。

 足を切っても、胴を切り込んでも、致命傷を追っても止まりやしない。むしろより苛烈に反撃してくるからタチが悪い。

 更に、敵の数はどんどん数を増していた。

 

「マドロックの手数は流石ってか」

 

 アンタルヤの商人で唯一、自前の兵士だけで一国の軍隊ほどいるとされる家だ。この工場だけでも、何人の警備兵がいるのか想像もつかない。

 

「……もういい。引くぞお前ら!」

 

 ゼファーが、私と柊のどちらかが仕留めた敵兵の体を相手へとぶん投げれば、空中で死体が爆ぜて即席の煙幕と化した。

 

 ゼファーからの撤退の合図。

 口惜しくはあるが、私たちは撤退することにした。

 

 

 首筋に、どこかチリチリとした痛みを感じながら。




実はここでベルンの星辰光を公表するつもりだったんですが、第三者に語らせた方がいいかなと思うのでここで切ります。

ここから正規ルート開始です。


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闇の胎動/call rain

闇と聞くと悪そうなのに、シルヴァリオに触れると可哀そうに見えてきますよね。
そんなわけで、今回はゼファーさん視点です。


 本来の作戦通りなら、自分も戦闘に加わり、少しずつ前線を下げるつもりだった。

 

「ああ、クソ」

 

 だがしかし。共に戦っていた仲間であるベルンの様子を見て、その作戦は実行するにはリスキーだと判断した。

 

 俺――ゼファー・コールレインはその手の危機管理には自信がある。それでも危険と危機と窮地が殺到してくるのだから内心ふざけるなという気持ちでいっぱいだったが。今はそれは置いておく。戦場で余計な感傷に浸っていれば死の危険性は格段に跳ね上がるだろう。万が一、億が一、自分のような一点特化はそんな極小の危険性でも気を付けて戦わなければあっという間に冥府の底にまっしぐらだ。

 

 それはそうと。

 

「こんなところでも、運命かよ」

 

 俺は滅奏という極晃星(スフィア)に至った。発生経緯は英雄譚へのカウンターで、たとえどんなに素晴らしい理想のためでも殺されてたまるか、という逆襲劇。

 その能力とは、星辰体(アストラル)の反粒子を生み出す反星辰体(アンチアストラル)の発生。以降、俺と深く繋がった相手も同じような能力に目覚めることになる。

 だからつまり、これは()()()()()()なのだろう。

 ベルン・アリアンロッドが使っている星光はとある粒子の高速噴射……。これが本人から聞いた説明だった。柊の方は粒子の正体については分からないといい、近寄ったら多少気分が悪くなるとも言っていた。

 

 ああ、しかし俺なら分かる。この星は、間違いなく。

 

「……反星辰体(アンチアストラル)生成・高速噴射能力、だと」

 

 あの子はきっと、滅奏(おれ)と深く関わっている。どうして感触が不確かなのかは曖昧だが、それは間違いないだろう。これまで、天然の反粒子発生能力者など報告されていない。

 

 だとすれば、この出会いはまた何かの前兆に他ならない。彼女を中心として運命が動こうとしている。

 

 更にいえば、柊の方もなにかあると見て間違いない。間近で反粒子を受けてなお、星光を発動させ続けることは難しい。更に、ベルンに合わせて()()()()()()()()()ようにも見える。更には敵兵も、二人に合わせてどんどん出力を上げていく。

 はじめは優秀な星辰奏者(エスペラント)程度だったが、今はその上位互換、魔星と呼んでも問題ない。

 

 

 ならばこそ、撤退した方がいいだろう。

 ここで覚醒合戦なんてされた日には、どんな最悪な事態に至るか分からない。

 

 英雄譚なんてもう、見たくはないんだよ。

 何事もないまま終わってくれないかなんて都合のいい考えが浮かぶと同時に、きっともう逃げられないと理解していた。

 

 

 おそらく、運命の分かれ道は最初にここに潜入したとき。アドラー帝国だけでなんとか出来たかもしれない段階だろう。

 もはや、逃げられない。

 

「…………だから、まあ」

 

 俺はキューピッドとして動くのがいいだろう。

 物語の中心人物(ベルンと柊)の出した答えこそ、この騒動を解決するのぬ相応しいものになると信じてる。

 

 近場の死体を掴み、振動を打ちこむ。物言わぬ死体を内部から破壊するなんて簡単だ。そして、目の前で身内が木っ端みじんに砕け散る光景ほど、心が軋む光景などないと、俺の経験が語っている。

 

 なんせ、俺は結構つらかったから。

 

「もういい、引くぞお前ら!」

 

 昔を少し思い出しながら、俺は死体を放り投げた。




今回は短いです。すまない。

これから忙しくなるので更新頻度が下がるかもしれませんが、ゆっくり続きを待ってくださると嬉しいです。
次回はまた、ベルン目線になります。


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chapter3 王者たるもの/Solomon
会議/ Calm before the storm


ここからが本編となります。
すんごい緊張する。


 殺せど殺せど、湧いてくる警備兵。人数に限りはなく、いつまでも湧いてきやがる。 

 ゼファーが放り投げて爆散させた死体だって、血の霧以上の効果はなかった。

 死した者に対して傷ついたり、怖気づくということを知らない破綻者の集団。むしろゼファーが参戦した途端に、兵士たちの士気は上がったようにすら思う。

 

 これまでの犠牲に報いるのだ、という心が聞こえてくるかのようだ。揃った動きで全力突撃をしかけてきやがる。

 

 振り下ろされた一撃を刀で受け止め、押し返して逆に斬り捨てる。横からの一閃を受け止め、背後から柊が貫く。柊に殺到する兵士たちを、ゼファーが斬首して動きを止める。そうして近付いてきた兵士を片付けたら、今度は全力で駆け抜ける。

 

 質量軽量化、粒子高速噴射によって極限まで加速し、前方の脅威はあらかじめゼファーが索敵振(ソナー)で感知し瞬殺していく。

 殺さない限りあの兵士は止まらないし、かといっていつまでも殺していてはいつの間にか包囲されて逃げられなくなってしまう。だから戦闘は最大限避けて、避けられないものは最短で片付けるしかなかった。

 

 いくら星辰奏者(エスペラント)が体力に優れていても、流石に全力疾走を続けていれば疲れる。何より、敵地で敵に囲まれるという状態が精神をゴリゴリと削っていた。

 少しでも走るスピードを落とせば、首の真横を通る刃の音がする。横道に配備された兵士が至近距離から短機関銃を乱射する。これが、連続する。

 

「はあ、はあ、はあ、はあッ」

「止まるな、あと少しだッ」

 

 だが、マドロックの敷地を飛び出せればこれは止むだろうと、私は確信していた。この兵士は明らかに普通じゃない。マドロックの技術が活かされている可能性もある。もし仮に、これが今マドロックの進めている研究成果によるものだとすれば――他家から監視されているかもしれない外に出してしまうのは、リスキーではないかと思うのだ。虎の子だからこそ、最後まで隠したいと思うはずと。

 

 ゼファーの”あと少し”という言葉にはそういう意味が込められているはずと、私は解釈して駆け抜ける。

 

 

 

 工場から飛び出す刹那、「止まれ」という言葉を聞いた気がした。

 そして、警備兵の追撃が止まった。

 

 

 かくして、私たちは命からがら、マドロックの工房を脱出することに成功したのだった。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「………ざっくりと、俺たちの任務はこんな感じだった」

 

 場所は再び、リベラ―ティの屋敷。

 その応接間で、偵察隊の隊長を担うゼファーが同盟の中心人物たちに報告を行っていた。

 

 今この場にいるのは五名。

 

 軍事帝国アドラー最強の剣、チトセ・朧・アマツ。

 リベラ―ティ家次期当主、セシル・リベラ―ティ。

 特務外交官、アシュレイ・ホライゾン。

 偵察隊隊長、ゼファー・コールレイン。

 偵察隊隊員として私と柊。

 

 他のメンツは応接間の外で待機している。

 全員で情報は共有すべきというのは事実だろうが、まずは今後の方針など、重要人物だけで語りつくしておくというのは組織の基本である。

 まず会議をして、そこから末端へと決定事項を伝えるのだ。その方が議論は滞りなく進むというもの。全員の話を聞くというのも限界はあるのだ。

 

 まず最初に口を開いたのは、ゼファーを雇っているチトセだった。

 

「報告、ご苦労。とりあえず無事生還してくれて何よりだ。別に落ち込んだりする必要はないぞ、ゼファー。何かあると掴めたこと、そして何より、鬼面の警備兵……だったか。鬼面にしてやられたことがある我々アドラーとしては十分に、警戒すべき対象だろう。

 これは大きない一歩だ」

 

 おそらく話しているのは、帝国を襲ったという悲劇……大虐殺と呼ばれる事件の話だろう。鬼面の怪物が帝都を襲撃し、大量殺戮を行ったのだとか。

 

 ……うなじが、ちりちりと痛む。

 

 

 チトセの次に話し始めたのは界奏……アッシュである。

 

「窮地になるほど強くなる、揃った動き……となると、第三世代型魔星(スフィアと接続した人造兵器)でしょうか。

 本人が好むかどうかは不明ですが、天奏や閃奏に似た雰囲気を感じます。しかし、光狂いの軍隊というにはあまりに……」

 

 第三世代型魔星というのは確か、1年前カンタベリーに現れた存在だったか。アリスさんが「うへー」って顔で話していたのを覚えている。

 極晃星(スフィア)と接続した存在は、極晃星(スフィア)から無制限の加護を得られる。だから、接続出来るようにという設計目的(コンセプト)で作られたのが第三世代。

 

 天奏や閃奏という極晃星(スフィア)は特に、ピンチになればなるほど強くなる光狂いと呼ばれる性格のやつらだったようで、そう言われてみれば確かに、警備兵たちの特徴と似ている気がする。

 

 しかし、カンタベリーにいた第三世代型魔星と関わりのあるセシルは、アッシュの推理を否定した。

 

「……ありえないわね。アイツは個性の極みよ。そりゃ連携も出来るでしょうし軍も率いれるでしょうけど、黙って静かに敵を殺す、なんてタイプじゃないわ。

 そこまで機械的なのが、心ひとつで限界を超える連中と繋がれるものかしら」

 

 つまり、本来光狂いというのは「誰かの為に! 光の為に!」と素晴らしい言葉を叫び、雄々しくお前の犠牲は無駄にしないと誓いながら戦うものらしい。

 ……なにそれすごく怖い。

 

 まあとにかく、静かに機械的に敵を排除する、という行動は基本的にイメージに合わないようで、代表者たちはすっかり首を傾げてしまっている。

 私も、一応その場にいたものとして、ここにいる人たちから知識を借りつつ考えては見るものの、全くマドロックの研究が分からない。

 

 あの警備兵の量産だとして、ではあの警備兵は何なのか。まず何がどう違うのか。隠している意味は?

 全く違うとすれば、あの警備兵との関わりはあるのか。

 

 偵察して何かが分かるどころか、むしろ警備兵なんて強力な兵器が出てきたおかげで余計に分からなくなった気までする。

 

 

「分からないならば、教えてあげようか」

 

 背後から、声がした。

 

 そこに立っていたのは、オレンジ色の短髪の男。黒いスーツを着こなしている。声や見た目はとても若いのに、不気味なほど”完成”していた。

 なんというか、大人びているというには行き過ぎているほど達観している。

 

 今も落ち着きを払った態度のまま、私たちの傍まで歩み寄ってきている。

 

 セシルが信じられないというように首を横に振った。

 

「……外に護衛がいたはずだけど? マドロックのとこのお坊ちゃま」

「無論」

 

 知っている、と微笑みを浮かべたまま、侵入してきた男――マドロックの嫡男だという男は信じられないことを口にした。

 

 

 

「大半は寝返らせた。残りは寝かせてある。

 ザルな警備とは言わないが、少し相手は悪かったな」

 

 

 その言葉の直後、私は相手へと飛びかかっていた。

 こいつは危険だ。

 どうやって寝返らせたのだとか、色々と聞きたいことはあるが、すみやかに排除せねば手遅れになる。

 

 抜刀してから、高速の居合。相手の首を音すら置き去りにして切り落とそうとした瞬間。横から飛び蹴りが入って阻止される。

 

「……こいつッ」

 

 誰かと思えば、”暁の海洋”に所属している身内だ。

 虚ろな目で、自らの得物である剣を構えている。さらにマドロックの背後から続々と、私たちの護衛をしていた人たちが集まってきた。

 

 星辰奏者(エスペラント)だったメンバーはいない。少なくとも、団長は敵に回っていないらしい。あとはティナ、ティセも無事なようだった。

 ……いや、寝かせてある、としか言われていない以上、安心など出来ないか。

 

 すぐに柊が横に並び立ち、会議に参加したメンバーも武器を構えたものの。人数差は数十倍。おそらく、マドロック家の手駒もいるのだろう。

 

「俺の研究が気になるのだろう? いいとも、味わうといい。

 俺は狭量でも秘密主義でもない。求められれば、示してやろう。親父からは切り札は隠せと教わっているがね」

 

 恐れることは何もない、と。

 両腕を広げ、堂々と笑って見せる。

 しかも次の瞬間、私たちはさらに驚かされることになった。

 

「過去の因縁との対決だぞ、ベルン、マサシ。心して挑むがいいさ。

 はははは、はははははははははははははははッ」

 

 なぜ。

 なぜこいつは私の名前を知っている……?

 私は相手の名前も知らないというのに。

 あまりの唐突さに思考が漂白され、動きが固まる。だが知らんと言わんばかりに、マドロックは言葉を続けた。

 

「過去からの完全なる脱却か?

 過去のすべての痛みに逆襲か?

 輝かしい明日に向かって勝利か?

 

 いいぞ、貴様らどうせ運命だろうと思って放し飼いにしてやったのだ。今こそ覚醒して”勝利”を掴むがいいッッ!」




訳が分からないと思ったのでしたら、それは私の計画通りです。
詳しい説明は後々やるので、今はその疑問を忘れぬように。


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死闘/Solomon

オリキャラがメインで暴れ回る回です。
ご了承ください


「誰だよアンタは!」

 

 柊は私たち共通の疑問を投げかけながら、私の背中を押した。するとすぐさま転進して、仲間の間を走り回っていく。

 

 柊の星光はカバー寄りだ。もちろん、攻撃に用いても強力ではあるのだが、こうして他者に付属(エンチャント)して回ったほうが有効だ。そして逆に私は突撃担当。仲間のカバーなどより、積極的に戦場を乱していく。

 

 ゆえに。

 

「せりゃああああッ」

 

 星辰光(アステリズム)基準値(アベレージ)から発動値(ドライブ)へ移行。粒子を高速噴射して敵陣へと切り込み、一秒の間に二、三人を斬り捨てていく。狙うのは主に鬼面の兵士たち。顔なじみを切るのは抵抗があったし、身体能力のバフなどあることから、洗脳のような星辰光(アステリズム)で操られているのではないだろうか。

 ゆえに峰打ち。知り合いは気絶させるに留める。甘いといわれてしまうかもしれないが、身内同士で殺し合うなんてよくないと思うから。

 

 そんな私の立ち回りを、マドロックは可笑しそうに眺めていた。

 

「どうして加減なんかしてるんだ? ああつまり、後で治せやしないかと思っているわけか?

 ははは、可愛いな、相変わらず優しいじゃないか。なに、おまえならその星光を当ててやるだけでなんとかできるはずだろう。そういう能力じゃないか。

 ……その様子じゃ、自分の能力も覚えていないのか。こりゃ困ったな。育ての親である俺のことも忘れているらしいし、ここはひとつ、()()しておくべきか」

 

 そう言ったマドロックが私を指さすと、兵士たちは他に目もくれず一目散に私へと突撃して来た。

 

 やはり想像通り。こいつの能力は洗脳。自分の意のままに他人を動かす力なんだろう。

 刀を再び力強く握り、今度は奴の言う通り星の力も浴びせてみようと思考を巡らせた刹那。

 

超新星(Metalnova)――無窮たる星女神、掲げよ正義の天秤を(Libra of the Astrea)!」

 

 疾風が吹き荒れて、私の周りにいた兵士たちを吹き飛ばした。風の発生地点を見れば、アドラーの決戦兵器、チトセが己の得物をマドロックへと向けて笑っていた。

 

「ひどいじゃないか、御曹司殿。最初に貴殿に目を付けたのは私達だぞ。

 それを放って……彼女らとの関係含めて洗いざらい吐いてもらおうかァッ!」

 

 セリフの終盤はもはや聞こえなかった。裁剣(アストレア)の異名を持つ女傑が戦場を駆け抜け、刀を振りぬくと、刀身が複数の小さな刃へと分かれ、ムチのようにしなりながら軌道上の敵を一掃していく。俗にいう蛇腹剣。扱いは相当難しいはずだが、彼女はまるで己の手足のように自在に振り回していた。

 

 だが鬼面の兵は格別だ。自由自在に飛び回る蛇腹の刃を(かわ)し、受け流しながら接敵し、己の得物である光刃を振り下ろす。

 だが。

 

「───させるかよ」

 

 ゼファーが素早く兵士の背後に回り込み、手首を掴んで攻撃を阻止した上で首を刈り取った。

 チトセが広範囲に攻撃を届かせ、殲滅(せんめつ)すれば、ゼファーはその取りこぼしを確実に、かつ相手の意識外から暗殺する。

 二人のコンビネーションは完璧だった。万能型と一点特化型のコンビは、互いの弱点を互いに補いながら効果的に敵軍を削っていく。

 

 だが。

 しかし。

 マドロックの手駒は尽きることを知らない。

 

「ベルン、セシルは俺が守るよ。君は攻撃に回ってくれ」

「了解ッ」

 

 やさしく肩を叩かれ振り向けば、アッシュがセシルの手を引いてマドロックとは反対側の壁へと走っていた。あいつも普段一緒にいるやつらと離れているだろうに、戦闘の用意をしていなかったセシルの方へと気を遣っている。そのことに感謝しつつ頷くと、入れ替わるように柊が飛んできた。

 

「行くぞ、ベルン。何だか知らんが、アイツぶちのめせばたぶん分かるだろ、たぶん!」

「おう!」

 

 そうしてチトセの攻撃とゼファーを追い抜いて再び前線へと駆ける。自分が側を通ると周囲の攻撃が少しだけ穏やかになるゆえ、被弾の心配はしていない。

 その辺の理屈も分かっていないが、目の前にいるこいつを叩けば分かることだろう。

 

 そして同時に。

 

「──俺たちの雇用主(しんゆう)に、何をしてやがる」

 

 マドロックの背後から、声が聞こえた。

 

 セシルの護衛──ラグナとミサキの気配がそこにある。

 

「なッ───」

 

 何が起こったかは不明。だがマドロックはこちら目掛けて吹っ飛んできた。

 ならば好機だ。必ず仕留める。

 

 駆け出した私たちに、マドロックは何故か笑顔を向けていて。

 

 指が鳴らされた瞬間───

 

 

 

 

 ぼんっ

 

 

 

 

 可愛い音と共に、隣を走る柊の胸に風穴が空いた。

 

「は…………?」

 

 理解ができない。思考とともに足が止まった瞬間に、マドロックは真正面から私の顔面を殴り飛ばす。無様にまともにそれを食らった私は数メートルにおよび吹き飛び、部屋の端に激突して止まった。

 

 悔しいし、立たねばと思うが、しかし脳内はそれどころでは無かった。

 

 氾濫する記憶。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なん、だ………これッ」

 

 視界が霞む。意識が押し流される。

 ただ胸だけは軋むように傷んで。チリチリとうなじが痛む。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように。存在しないはずの記憶が駆け巡り、一年ぽっちのアリスさんとの、柊との、“暁の海洋”での日々が置き去りにされていく感覚。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは(きら)めく流れ星」

 

 淡々と、マドロックの詠唱が開始された。

 

 

 

 ■ ■ ■

 マドロックは求めた女の顔面を殴り飛ばした瞬間、自分の勝利を確信した。

 未来は確定した。これで己の勝ちだ、と。

 

「神を仰ぐ、愛すべき我らが民よ。

 無限の希望と絶望と共に歩む人間よ。

 神の時代は今、始まった。

 

 我が声を聞け。其は未来を照らすもの。

 我が道を見よ。其は勝利を約束するもの。

 共に生き、共に栄えるというならば、我が手を取るがいい。

 

 いざ、七十二の眷属よ。

 人を愛し、世を愛し、王に従属するならば、俺に力を貸してくれ。

 

 我ら、明日の勝利を目指し、進撃するのだ

 

 そもそも、ベルン・アリアンロッドと、マサシ・柊・アマツに接触出来た時点で、マドロック側の計画は八割成功している。

 

 マドロック家次期当主──カルラ・マドロックは、勝利を確信した上で、想像以上の抵抗を見せたことに感心していた。

 柊、ベルンの二人は計画外の存在だった。ゆえ、彼らを起点に運命が動くだろう、と直感的に理解していた。だがそれでも。

 アドラー帝国が動き、他の十氏族が動き、界奏が動いた。想像以上に敵は手強い。

 

 だから幸運だった。まさか、あんなに都合よく()()()まで吹き飛ばしてくれる存在がいるとは。

 

 終焉吼竜(ニーズホッグ)だったか。

 去年あたりカンタベリーへと居を移したらしいとは聞いていたが、彼もまた、何かあるのだろう。

 

 だが、それでも。

 ベルン・アリアンロッドに触れられた時点で、勝利は確定した。

 

 カルラ・マドロックは勝者で揺るがない。

 

超新星(Metalnova)───

 

 王者の資格、其は全知全能なり(Revenant Solomon)

 

 彼の星辰光(アステリズム)は『残留思念解読・転写』能力。物体に残った意思の解析や、意志の転写を可能とする能力である。

 

 自分の思想を他人に転写することも可能であり、カルラはこの能力を用いて無数の軍勢の意思統制をしているわけだが、もちろん万能ではない。

 

 この能力は「他人を全くの別人にする」という使い方がメインである。他人の表層意識を別の人間の意識で塗りつぶし、駒として使う。対象の耐性次第だが、星辰奏者(エスペラント)を作ることも可能だ。

 

 だが、星辰奏者(エスペラント)は勝手が違う。

 星辰光(アステリズム)という形で自我を知っている人間は、他人の思想を流し込んでもブレたりはしない。更にいえば一人につき一つまでしか星辰光(アステリズム)が持てないゆえ、精々が短期間の失神だろう。

 

 ゆえに能力を使う対象は、非星辰奏者(エスペラント)か、一度星辰奏者(エスペラント)に変えた者のみに限る。

 

「ベルン・アリアンロッド、()調()()完了」

 

 これの意味することは、つまり───。

 

 

 真相は闇の中。マドロックの貫手にて心臓を貫かれ、ベルンは意識を完全に失った。

 

 

 これより二人に待ち受けるのは冥府巡り。忘却した過去の傷と戦う運命である。




バドエン? いいえ、違いますとも。
いよいよ、色々わかる、はず。


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極晃創星実験 / Flash back

 人の技術ではプロジェクトスフィアって糞眼鏡レベルの天才がいないと達成できないレベルの偉業なわけですが、マジでなんだあの人。
 神祖レベルの先読み術と頭脳だったんじゃね疑惑が私の中で膨れ上がってます。
 生きてても糞眼鏡なのであんまり安心できないけど、死んだら死んだで帝国的にはデメリットでかいな。


 極晃創星実験(プロジェクトスフィア)

 かつて帝国、商国、皇国の三国の領土がぶつかる古都プラーガにて行われていた実験の名前である。その目的とは、名前の通り、世界の王冠たる極晃星(スフィア)を生み出すこと。

 当時の帝国軍の東部制圧部隊部隊長、ギルベルト・ハーヴェス主導で秘密裏に行われ、多くの若者の人生を狂わせた狂気の実験だったと聞く。

 成功して生み出された極晃奏者も、寿命を大幅に削ることになったとか。

 

 カルラ・マドロックがやりたかったのは要するに二番煎じ。()()()()()()()である。

 クリストファー・ヴァルゼライドの人生を他人に転写し、最後にはやはり光と光の衝突を引き起こさせ、兵器として安定している天奏(無限に出力上昇する核兵器)を生み出していく。

 

 ギルベルトの実験との相違点は三つ。

 ひとつは、記憶の転写などはマドロックの星辰光(アステリズム)で行われたこと。

 もうひとつは、光と光の衝突は実際に人間で行われたこと。すなわち、天奏役と踏み台役のふたつを用意したということ。

 そしてもうひとつは、実験台は人さらいなどではなく、身内の駒を用いたことにある。

 

 そう。

 すなわち。

 

「私は………」

 

 ベルン・アリアンロッドなんて人物ははじめから、マドロックの計画のために生かされ続けていた、滑稽な操り人形に過ぎなかった。

 

 

 覚えている。

 思い出した。

 過去の痛みが全身を駆け巡る。

 

 忘れがたく、忘れていたあの記憶を──。

 

 

 ■ ■ ■

 

 その実験――マドロックの極晃創星実験(プロジェクトスフィア)は二人一組で行われる。

 つまり、片方が天奏へと羽ばたく側で、片方が踏み台である。ただ強さに明確な違いはなく、場合によっては天奏になると見込まれた側が踏み台側へシフトすることもあった。

 

 ただどちらであろうとも被験者に悲観はなく、ただ明日のため、マドロック家の繁栄のために止まらない光狂いと化している。

 二人で共同の任務を行い、成績を競い、互いに不倶戴天の敵、宿敵と見定めながら唯一無二と認め友情を結び、そして最後には誇りすら抱いて相手を殺すのだ。

 

 とはいえ、その行動以上に大切なことは特異点への接続だった。

 いかにヴァルゼライドの生涯を反復しようとも、特異点と繋がりうる素質が発現しなければ意味がない。

 

 こればかりはどんなに精神を()()()()に変えても可能とは限らない。マドロックも苦戦しているところだった。

 

 

 数百人という犠牲を生み、義理と仁義を重んじる父親にも咎められていたところで、奇跡は起こる。

 

 ベルン・アリアンロッドとマサシ・柊・アマツの二人組が、かすかだが特異点との接続を果たした。

 よって、嬉々として二人による聖戦は執り行われる、はずだった。

 

 

「いざや往かん。ここで死んでもらうぞ柊。”勝つ”のは私だ」

「いいや、”勝つ”のは俺さ」

 

 互いに剣を携え、微笑みながら、私たちは見つめ合った。

 場所は地下闘技場。コンクリートだか鉄で作られた、三十メートル平方の空間。

 

 相手を殺すことにためらいはない。目指す理想のためならば、親友だろうが乗り越えるのみ。

 

 ゆえに、先に仕掛けたのは私だった。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌く流れ星」

 

 しかし詠唱は同時。

 超高速で相手へと突撃した私は、超重量に変わった柊の剣によって止められてしまう。

 

 質量操作。

 メインの使い道は他人の軽量化だが、もちろんそれしか出来ないわけではない。質量増大による重量化を行えば、こちらの加速に乗せた攻撃でもびくともしなくなる。

 

 左右からのほぼ同時の一閃が防がれた。さらに振り下ろしも受け止められ、振り上げられた剣に軽々と体が持ち上がる。そのまま後方へ飛んでいきかけた体を、柊は足を掴んで止めた。

 

「な……っ」

 

 もちろん、友情からではない。情が湧いたなんてありえない。

 

「落ちろ」

 

 地面に沈む肉体。突然、肉体が()()()()。だが――相手の方が更に重い。

 

 柊の蹴りが刺さり、身体が軽々と吹き飛んだ。しかし、私の星辰光(アステリズム)の発動は厳しくなってしまっている。

 

 単純に、身体が重くて噴射する出力を上げなければ飛ぶのも加速することも出来ないのだ。だがその誤差ががかなり困るもので。

 

「まずいッ!」

 

 立ち上がった私の眉間を目がけて刀が投げられた。

 咄嗟に回避したが、もし直撃していればどうなっていたかは、刀が当たった壁を見ればわかるだろう。

 

 ひび割れ、崩壊寸前だ。

 当然だろう。今のあれはミサイルのような破壊力を持っているのだから。当たれば即死、掠れば吹き飛ぶ。人外レベルのパワーは、星辰奏者(エスペラント)という規格すら超えている。

 

 光と光の衝突とはそういうものだ。相手の姿を見て、無限に進化し続ける。ゆえ、限界などない。

 

「どうした、覚醒しろよ」

 

 止まらない。

 終わらない。

 ”勝つ”までは。

 

 回避先に飛び蹴りを繰り出した柊は、さらに重量を上げていた。

 鉄製の壁が沈む。だが柊の動きはまだ軽い。

 

 回転しながら振り下ろされた拳を刀を横にして受け止めるが、後方へと吹き飛んでしまった。

 普通ならば致命傷だろう。だがそうはならない。そうさせない。まだだ、まだだ、勝つのは私の方だと、思うから止められないのだ。

 

 追いかけけてきた柊の剣は空を切った。寸前で私はジェット噴射にて飛び上がったからだ。

 そのまま空中で回転して相手の頭を叩き斬ってやろうと仕掛ける。完璧なタイミングで仕掛けられたカウンターはしかし、相手を仕留めるには至らない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()程度では止まるはずがないと、信じているゆえ予測されている。

 振り上げられた剣で弾かれてしまえば、バク転の要領で着地する。己の重みで地面にヒビが入るが、お互いに気が付かない。

 

「加重程度で止まるかよ。私は必ずお前を超えて、これまでの犠牲に、この家に、報いるのだ」

 

 高速噴射されたエネルギーに乗って加速。そのまま連続して剣を振り回す。速度があり、かつ重さもある攻撃だ。一撃でも当たれば相手を一刀両断できるだろう。

 そして。ならば当たらなければ問題はないんだろうと相手が考えることも必然だった。

 

 口にする信念は、植え付けられた忠誠心に過ぎない。だが本気で()()()()()()()()()()()()()()()私にしてみれば当たり前の言葉だった。

 

「いいや。もう苦しまなくていいぞベルン。おまえの役目は俺が必ずまっとうする。

 俺がおまえを救ってみせる」

 

 守るために殺す、殺して守る、意味不明の破綻した理論を掲げ、柊は私の攻撃を回避しつつ、隙を突いてに反撃を繰り出した。

 質量は増し、体積は変わっていない私の体は密度が異常なはずで、ゆえに刃など通るはずもないのだが、そもそも質量を操作しているのは柊である。

 

 突然、身体が軽くなる。軽くなりすぎる。

 

「ぬゥッ!?」

 

 質量軽量化。プラスしすぎたものを、ゼロに戻すのではなくマイナスにするという暴挙である。重さを勘定に入れた立ち回りは瓦解し、僅かな隙はかなり強引に大きな隙に変えられた。お返しは、超重量の刃である。

 

 だが、しかし。

 

 そんなもの、一瞬で慣れれば問題は無い。

 柊の刺突を、身体を回転させながら回避。そのまま首へと刃を落とそうと――したところで、柊は腕で私を振り払う。

 

 私の体はあまりに軽い。それだけで簡単に吹き飛んでしまうのだ。

 問題無し。再加速して襲撃する。むしろ少量のエネルギーで加速できると思えば有利になったのだ。

 

「その程度の速度、もう慣れたよッ」

「ほぉ、そりゃどうだかな」

 

 ジグザグに飛行して瞬時に相手の背後を取り、背後から切りつけた。

 高速飛行、精密機動はこちらの得手だ。活かさない手はないだろう。

 

 その後も、何度も、何度も。

 剣がぶつかり、拳を脚の応酬が繰り広げられる。攻撃、攻撃、攻撃攻撃攻撃攻撃――終わりなど見えないほどに、削り合う。攻防を繰り広げるのではなく、攻撃を繰り広げる戦闘である。

 

 そしてついに柊の剣を弾くことに成功すると、私は剣を振り下ろそうとした。

 必殺、トドメの一撃。

 

 だがしかし、その一撃は直前になって()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え……?」

 

 理由を思いつく間もない。その瞬間――。

 

 私を中心に、闇が広がる。

 それは反星辰光(アンチアストラル)粒子。すなわち、マドロックが望んだ光ではなく、闇の象徴だった。

 

 

 重要なのは、反粒子が広まったことにより、私と柊に与えられていた洗脳が解けたということ。

 

「私は――」

「俺は――」

 

 私がどうして闇に目覚めたのか。どうして柊にトドメをさせなかったのか。

 その理由は。

 

「おまえと、死に分かれるなんて嫌だ。私はおまえと一緒に居たい!」

「俺は、お前を守りたかった!」

 

 必ず殺し合って別れるという運命(レール)を、どうしようもなくぶち壊したかったのだ。

 

 強烈な闇が空間すら破壊して、私と柊を包む。

 

 

 そして次の瞬間。私たちはマドロック家の工房の外にいた。

 しかし、まごついてはいられない。いつまでもここにいれば、やがて私たちは捕まってしまうだろう。

 

 必死に走り出して、走り出して……しかし途中で意識を失ったのだ。

 

 私は知る由もないことだが、同時刻にカンタベリーにて大規模な環境改ざん能力が発動していたのだ。それはまさしくこの世界全体をも変えかねないものであり……私たちはそれに巻き込まれたのだろう。

 それはマドロック家の人々も同様で、ゆえに私たちが失神している間に捕まるということこそなかったが。

 

 

 環境改ざんの影響か。

 私は記憶を、失ってしまったのだ。



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冥府の竪琴/come back

おまたせしました。



 ベルンと柊との対決。

 その決着の瞬間に、彼らは特異点に完全に干渉することに成功した。もっとも、ベルンが接続した先は望んでいた光ではなく、闇の冥星だったわけだが。

 

 カルラ・マドロックは自らの興奮を抑えつけて、冷静に過去を振り返る。計画に抜け目がないかを慎重に検討する。

 

 ……本当の問題は、両者が特異点に飲まれてしまったということだった。過去にも、他の実験で判明した事なのだが、特異点に飲まれてしまうと、座標がズレて、全く違う場所へ飛ばされてしまうことがあるらしい。ゆえに、無論、すぐに追いかけた。

 貴重なモルモットを、ここで逃す訳にはいかない。

 

 しかし命令を出した直後、自分たちの意識は消し飛んだ。何が起こったかは分からないが、意識を取り戻した後も記憶が混濁しており、ようやく正気を取り戻した時には既に、実験から一日が経過していたのだ。

 

 だが冷静に考えて、これは運命の導きだろう。

 新西暦はいつも『こう』なのだ。少数の誰かを中心に、劇的な物語が幕開ける。

 

 ならば、それも良しと。

 その運命、過去に俺がいる以上は必ず俺も参戦するはず。その流れに身を投げて、望みを達成するとしよう。

 

 他の人間ならばこういうことは出来ないだろう。何かをしかけ、巧妙に仕組み、自分の所へ手繰り寄せるしかない。

 

「だが違うんだよ。この俺だけは」

 

 必要なピースは、過去の因縁を清算すべく俺の手元に来るはず。

 そして後は接触さえしてしまえば。星辰光(アステリズム)で、ベルンが特異点へ干渉したときの記憶を俺へと移せる。

 

 全ては、計画通りに進んでいた。

 

「お前は……何がやりたいんだ………?」

 

 俺の手駒を確実に仕留めながら、滅奏が吠える。

 血を吐くような、心からの憎悪をぶつけるような台詞。むき出しの殺意を受け止めながら、涼しげに私は笑う。

 

「最初は、最強の軍隊を作りたいだけだった。

 これからの時代は第三型魔星の量産化、或いは 星辰奏者(エスペラント)人造惑星(プラネテス)化だろう。あれほど明確に、絶対的な強者が生まれた以上、世界はその技術を無視出来ない。

 ヴァルゼライド亡き今のアドラーで、機密情報を絶対漏らさずにいるなんて不可能だ。確実に、数年もすれば魔星は当たり前の戦力になる。

 ……では当家はどうするのか? 時代に追いすがって、その研究に取り組むか? まあそれは間違ってはいないんだろうが。

 いいや、私は魔星技術なら自前で何とかできる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ならば、我々マドロック家が手を伸ばすべきは魔星のその先──極晃星(スフィア)だろう、とな」

 

 俺の話を聞くと、苦虫を噛み潰したような顔になる極晃星たち。

 確かに、決して簡単なものでは無いのだろう。安易に手を伸ばしていい分野でないのは分かる。彼ら一人ひとりの物語があるのだと、そういう事なんだろう。

 

 だが、それでも。

 

「だが、ああ、そうだ。俺は神になりたかったんだよ。

 目の前に極晃星(おうかん)がある。俺はそれを手に入れる切符を手に入れたんだ。

 まあ、必要なのはベルンだけだ。二人で先に極晃星(スフィア)になられても困るし、マサシには先に死んでもらったが。お前たち、他の極晃も邪魔だ。だからどうか、ここで死ね」

 

 空気中の星辰体(アストラル)が増大していく。

 既に高位次元への干渉は始まり、第二太陽から注がれる粒子がこの空間に集っていく。

 

 あと数分、いや数秒も経てば“()()”が起こることは確かだろう。

 

 もはや間に合わない──と思われた瞬間。

 

「天昇せよ、我が守護星──鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

 

 俺の体は、勢いよく地面に叩き付けられた。

 

 ……なんだ? 何が起こった?

 

栄華を求めて旅立つこの航海。玉座を求めて幾星霜。ああ愛しの我が魔女よ、お前なしにそこへは至れまい。

 高い教育と豊かな実りを我が王国に。

 座礁と共にこの身が擦り潰れたとて、決して夢は潰えはしない。分かっているとも、我が妻よ。俺の女は真実お前だけ

 

 立ち上がることには成功した。

 ()()()()()()()()()、バランスを崩したらしい。

 理解した次の瞬間、重い蹴りを受けて俺は屋外へと蹴り飛ばされた。

 無様に地面を転がる我が身。まるで小石のように、今度は体が軽い。

 

支配するこそ愛の証明。

 蕩けて混ざって交合おうぞ。この求めを受けぬならば、自軍をもって処断するのみ。

 この決闘を受けるがいい。

 毎日毎晩戦い続け、我が掌で踊るのだ。

 至高の女王に跪け。さらば、朽ちた死肉となっても愛してやろう

 

 この声は。

 この力は。

 いやありえない。奴はもう、心臓を破壊されたはず。

 

 これはどういうことだと、目を見開くが。

 その視界に映るのは、その、ありえない現実のみ。

 

超新星(metalnova)──栄轟の軍勢、(Gwydion)我が触指に導かれ踊るは愛憎の輪舞曲(Argonauts)!!」

 

 マサシ・柊・アマツが、立っていた。

 

「神になりたいだって?

 そんなことの為に、俺とベルンを巻き込んだのか!」

 

 マドロックの極晃星量産実験の過程で、柊にもベルンにも、特殊な金属が埋め込まれている。

 オリハルコンと呼ばれるそれは、高い再生機能も有しており。空気中の星辰体濃度が増した今なればこそ、彼は消し飛んだ心臓を再生することに成功したのだ。

 

 奇しくもそれは、別の世界線でアシュレイに牙を向いた強欲竜(ファヴニル)がやってみせた業であり。しかしこの世界では誰も目にしていない理不尽である。

 

 柊の資質は光に近く。ゆえに死んだ程度で止まりはしない。

 

「許さんよ。ここで死ね」

 

 マドロックの計画に、崩壊の兆しが訪れた。




R.I.P.マドロック。
本物の光狂いと戦ったことないからこういうことになるんだぞ。


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神の産声/gospel

お久しぶりです。
出したいキャラ総出しにしたら、なんか空気になっちゃう子出ちゃうだろ! というのを身に染みて感じました。



 軽いのに重い。

 重いのに軽い。

 変幻自在に変化する質量と格闘するということは、想像以上に骨が折れる。

 これが真に集団対個人だった場合、物量に任せてもマドロックは勝てていただろう。しかし実際には彼のワンマンプレイ、精神干渉による使役である。

 適切な陣形、適切な攻撃方法、適切な回復……それらを設定するのは難しくない。だが問題は、その最適解の方が自在に変動してしまうということだった。

 記憶を取り戻し、特異点との接続方法を思い出したことで魔星と化した柊。彼という暴力は、集団制圧の極みともいえるマドロックの星辰をほとんど能無しにしていた。

 しかし逆にいえば、彼の洗脳はそれほどまでに凄まじい、ともいえる。

 まず星辰を一方的に対消滅させられる滅奏。

 彼の一番の脅威は相性による蹂躙である。確かに相性有利はすさまじく、数十倍、時として数百倍の出力でなければ押し負けてしまう。

 続いて繋がりさえ出来てしまえば星辰を無限に組み合わせられる界奏。

 脅威的なコミュニケーション能力による繋がりの多さが手数の多さに直結しており、死人の星辰とまで交流出来るがゆえに、まさに無法。極晃星としてはステータスが最底レベルだとしても、それをカバーして余りある可能性(ポテンシャル)の塊。

 更には、無制限に星辰体兵器を生み出せる人奏。

 公的記録には一切存在しないイレギュラーであり、未知の兵器を作り続ける能力であるがゆえ、単騎にて軍隊のような数と質の暴力を実現している。

 そこへ、自ら生み出した魔星まで加わっているのだ。一個人、一つの名家どころか国家ごと滅ぼせてしまうような軍勢に対し、数分間だろうが拮抗している。

 

「しかし俺の星辰では限界がある。

 あくまで洗脳。操り手の脳を完全に破壊されれば再洗脳、強制再起動などの手は採れなくなるし、そもそも極晃星(スフィア)と性能比べしてはどうも敵わんのは目に見えているからな」

 

 光の、意志力の暴走は想定外。人為的に光狂いにするという実験が大成功してしまったがゆえの、いわば、過ぎたるは、という事態。しかし、柊だけ集中して潰すわけにもいかない。

 

「ならば俺は、太陽に手を伸ばすとしよう」

 

 しかし舞台は整った。

 高濃度の星辰体(アストラル)と特異点への接続。何より、想いを共にする人間との共鳴───。

 

 “お前ら。未来は幸福なものとしたいのだろう?”

 

「かつて父は言った。マドロックの名は、英雄であり神であるのだと」

 

 “将来不確定な戦乱の世などではなく、誰もが平穏と平和を享受できる世が欲しいのだろう?”

 

「しかしアドラーはグランセニック家に、カンタベリーはリベラーティ家に信を置き、我々に平伏する気配がない。

 ……しかし、プライドに振り回されれば破滅するのは目に見えている。ゆえに静観。強者は強者、状況をきちんと受け止め進むのが常道」

 

 “帝国は、皇国は、平和(それ)を与えてくれたか?”

 

「そしてその常道の果てにて全てを超越するのが、超人、現人神、マドロック()マドロック()たる所以!!」

 

 “否だろう。ゆえに俺が、俺こそが与えてみせるさ”

 

「ただの極晃星(スフィア)ではないぞ。これは──」

 

 “恒久的な平和を。誰もが望む未来を”

 

「第二太陽の、再臨なのだから!!」

 

 カルラ・マドロックなぞ偽りの姿。

 ここに顕現するのは、そう───

 

「神蝕せよ、我が守護星──鋼の星辰(ほし)革新(ミライ)を示せ」

 

 ──終末の獣。偽りの太陽にして、世界を喰らう傲慢という名の悪性である。

 

大和(カミ)を礼賛する愚かな人類よ。

 無限の希望と絶望と共に歩む人間よ。

 お前たちは今宵、新生する栄誉を受ける。

 神の加護を失ったがゆえに。その愚かさゆえに。その素晴らしさゆえに。王の憐憫ゆえに。

 

 悲劇は覆らず。過ちは繰り返す。

 人はいつもの如く栄え、いつもの如く滅ぶ万物流転。なんと悲しい末路か、見るに堪えないどうかその道に幸福あれ。

 

 十の指輪と七十二の魔神、その全てが揃う時、我が王権は人理を決する神威と成ろう。

 誕生の時来たれり。俺は全てを知った。

 戴冠の時来たれり。私は全てを始めよう。

 訣別の時来たれり。己は世界を更新する。

 

 永遠を遍く生命(イノチ)へ。

 あらゆる願いを、今ここに、聖なる杯が叶えよう。」

 

 そしてこの極晃星(スフィア)を紡ぐ、比翼連理は──。

 

『我ら、大和の遺せし御心がままに。

 大祓にて罪穢れを濯ぎ、共に新たなる神とならん』

 

 全世界にいる、全人類。

 カルラを讃える賛美歌(えいしょう)が、空気を震わせた。

 

「さらば神代。偉大なる黄金の時代。

 その玉座の滅びと共に、新時代を築こう。

 ゆえに来たれ原初の王(ゲーティア)。再臨の時は訪れた。

 ここより始まれ、我らの神話。

 これより示すは、大革命。

 

 さあ、我らの維新(ニューオーダー)を始めよう」

 

 人を滅ぼすのは人の善意。

 人を救うのも人の善意。

 

超新星(metalnova)───

 大和再臨、日はまた昇る。(S h i n i n g)王冠授けるは神なれば(S p h e r e F o r e i g n e r)

 

 人が人を憐れみ、救いたいと思い、何もしなくてもただ救われたいと願うその傲慢が、未曾有の大災厄を生み出した。




カルラの詠唱は、FGOのソロモンというか、あの、まあ一部を終えたマスターなら分かる例のあの人がモデルです。


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chapter4 最新の英雄譚/Grand Order
眠れ宿痾よ、目覚めは遠く/into the underworld


光狂い、闇の住人、境界線、神祖、人間賛歌……。
シルヴァリオで出てきた答えを自分なりに咀嚼して、どう答えるか。
作者なりのアンサーです。



 第二太陽(アマテラス)は原初の極晃星(スフィア)。旧日本国民たちの総意によって作られ、世界へ干渉し、地上へあまねく星辰体(アストラル)を降り注ぐ存在である。

 カルラの描く極晃は、いわば第二太陽の再現。現在ならばともかく、本格的に発動してしまえばカルラと彼の星辰光の影響を受けた者を起点に同化が進み、全世界の意思が統合されると同時に完成──次元震を故意に引き起こし、地球は新たな第二太陽として、あらゆる願いが飽和しながら満たされた理想郷へ至る。

 

「これが俺の描く、新世界!!」

 

 準備段階で既にカルラと共鳴した人間は皆、極晃星(スフィア)としての強化を得ている。

 戦闘はついに、複数の極晃星(スフィア)対複数の極晃星(スフィア)の状態へ至る。

 

 

 

 

 

 ベルン・アリアンロッドは、特異点の中をさまよっていた。

 暗く、光のない、星が見えない暗黒宇宙のような空間だ。

 

 天を廻りて、冥界に堕つ。

 ヴァルゼライド閣下やカグツチ、ヘリオスのように王道を信じ、貫き続けるのは難しいし、かといってゼファーのように過去、思い出だけを大切に抱えて生きていけるほど、社会は優しくない。 ならば両立と、境界線を探すならば、途方もない時間と聖人のような精神性を要するだろう。

 絶対者から与えられた幸福に満足するのは楽だが、それは絶対者に突然全てを奪われることを良しとすることでもある。しかしもちろん、荒野に花を咲かせるのは並大抵の努力では成し遂げられない。

 

「じゃあ、どうすればいい?」

 

 この自問に答えるのは──

 

「分かりっこないよ。俺達には歴史がない」

 

 カルラが極晃星に目覚めると同時、特異点に放逐された柊だった。

 

 

 

 

「歴史がない……か」

 

 ベルンは噛み締めるように呟いた。

 

「そう、歴史がない。過去はただの操り人形だったし、現在はこの通り……何も為せずにふたりぼっちだ」

 

 その言葉も、彼女にはひどく虚しく響いた。

 こちらに同情しているようで、しかし全くこちらを見ていない。彼は常に先へ先へと進めるから、今もどうすれば特異点を抜け出せるか、どうやって敵を倒すかということしか考えていないのだろう。

 

「ゆえに進もう。自らの歴史を創造するためにも」

 

……という結論を、彼は出すと思っていた。

 想定内。想定通り。しかしかつてのように、じゃあ頑張ろう、という気持ちにもなれない。

 

「私たち、居なくていいんじゃないか?」

「──は?」

 

 もう、彼女は天高く飛べる翼を持たない。地を這い、復讐を誓い、そして堕落していく負け犬に過ぎない。いや、いまや復讐という熱すらも存在しない。

 

「私たちに過去はない。

 このまま滅奏や天奏が負ければ、カルラの再洗脳で飼い犬に戻るか、またはぶっ殺されるんだろうし、未来も尽きた。

 過去と未来が真っ暗なら、それに地続きの現在も当たり前に真っ暗だ。どこにも行きようがないなら、どこにも居なければ──」

 

 言葉は遮られる。

 柊による、全力のパンチによって。

 

「マドロック家に頼って、滅奏に頼って、“暁の海洋”に頼って。全部消えたらはいおしまいって、それは情けねぇだろ。

 お前はどこにも行きようがないんじゃなくて、初めからどこにも行ってないだけだ」

 

 柊の怒号も、しかし光から抜ければ虚しく聞こえる。

 

「それならお前は、ただ進んでるだけだろう。目的地が見えないまま、突っ込んでるだけだ。

 私にあれこれ言うが、それじゃあ勝算は? 方法は? 素晴らしい未来とかいう幻想に目を焼かれて現実から目を逸らしてるだけじゃないか!」

 

 きっと、どちらも間違っているのだろう。

 昔も今も操り人形だから、と逃げるのも、昔から操り人形だったからと、無闇に突っ込むのも、どちらも違う。

 過去は不変。過去からは逃げられない。

 

「方法なら、ある」

 

 道は無い、とベルンは語った。

 ()()()()()()、と柊は笑う。

 

 

「俺たちも極晃を描くんだよ。無い道は作ればいい」

 

 最高の答えだと確信していたがしかし、ベルンからの反応は悪い。

 

「はぁ……。それが出来れば苦労しないよ。お前たち光はこれだから」

 

 思考が単純なのだ。

 壁がある、じゃあ乗り越えよう。

 大変だ、頑張ろう。

 出来る、やろう。

 諦めだとか、疲れだとか、微かな感情の揺れを排除して、極めて機械的に、作業をするように、それでいて情熱的に大義に挑める。

 人間はそんな単純じゃない。特に、闇側に堕ちてしまう、ベルンのような人間は。

 

「難しく考えすぎなんだよ。

 光だの闇だの。過去がどうたら未来がどうたら」

 

 分かっている。

 お前は単純すぎるって思うんだろう。しかしそれならこちらにも言い分はある。

 

「人は変わるものだろ。

 信念も、夢も、願いも。疲れたら休むし、周りが頑張ってたらなんとなく頑張らなきゃって思う。

 過去に洗脳されてようがされてまいが、人はなんやかんやとグラついてる」

 

 この言い方は少し露悪的かもしれない。

 罵るつもりは無い代わりに、肯定もするつもりは無い。

 

「カルラって奴だって、なんか急に俺たちを襲撃してたし、我らが団長のアリスさんも割とライブ感で動くことあるし。

 俺たちもほら、奇跡的に特異点への接続権はあるし、魔星だから、極晃星(スフィア)の条件は満たしてるんだからさ。ライブ感で、何となくのノリと勢いで、星に願ってみようぜ」

 

 そんな適当な覚醒があるか、と小さく呟くのが見えた。

 あるんだよ。人は割と小さな決意ときっかけで大きく変わるからな。

 

「過去からは逃げられない。

 過去からは逃げられない。

 過去からは逃げられない。

 だから、尽未来際、飽きるまで生き続けよう。くたばるまで、色んなことをやりつくそう。

 少なくとも、このままカルラの思うままことが進むよりは、()()()()()ぞ」

 

 その言葉を聞いて、ベルンの口角が上がったのを、柊は見逃さなかった。

 マサシ・柊・アマツは知っている。

 この女は、こと未来を目指して前進することは苦手であるが、格下を圧倒することだけは好きなのだと。

 殊に、気に入らないやつの気に食わなそうな顔を眺めるのは好きなのだと。

 シンプルに性格が悪いだけならまだマシなのに、無駄に良識があるからそこで悩む。ならば、肩の力を抜いてやればあっさり素直になるものだ。

 

 ()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()()()()()という方向なら二人とも迷わない。

 とりあえずやって見る、という段階まで持っていけば闇属性持ちは最高に輝くし、そもそも光はなにか目標がそこまで突き進める。

 

 

 特異点から出た時には、そこは戦場だろう。

 負ければマドロックの奴隷か、死か。まともな未来はきっとない。

 

「それでも行こうぜ、ベルン」

「そうだな。

 私たちの、自由のために」

 

 二人で笑い合って決意して。

 ベルンと柊は、特異点の戦いに乱入した。




なお私は王国に現れたシャガルマガラに単独で挑み三乙しました。
渾沌ゴアに挑む勇気がなくて、なんか今日も百竜ノ淵源を討伐してます。


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闇の胎動、光の共鳴/Arianrhod

闇の胎動っていうサブタイトルは某運命の夜の前日譚となる小説にあったものなんですが、なんかかっこよくて結構使ってしまいます。
というか呪胎戴天も好きだし、戦神館オリ主に胎蔵界って破段持たせたり、胎って字がなんか好きなのかもしれません。


 すべての極晃星(スフィア)の先駆け。冥王(ハデス)は思う。

 極晃の王冠なんて、そんな大したもんじゃない、と。

 自分は、とにかく英雄が嫌いだった。努力出来て、諦めなくて、精神力という天賦の才能を持っていて。まるで人外かのように、本物の人外を駆逐してしまう、英雄譚から飛び出してきた主人公が。勝手に利益をもたらしてくれるならそれで構わない。嫌いだけど、歯向かう意思なんてないからどこか遠くで宿敵と熱い戦いを繰り広げていればいい。

 でも、大義なんかのために俺と俺の大切な人たちを犠牲にしてまで運命の歯車を回したいというのなら、英雄だろうが神星だろうが、冥府の底に叩き落として、絢爛たる輝きを滅ぼし尽くさなければ気が済まない。……俺はそんな、ありふれた感性の、大義も何も無い、ただ弱者として強者を引きずり下ろすのが好きな屑だ。

 強いは強い。獲得した反物質生成能力は凄まじく、一度抜けば周囲に死を撒き散らすだろう。ただ、強い力で蹂躙すればするほどに、勝つことに飽きてくる。そしてそんな自分が嫌いで、罪悪感で潰れそうになって……とまあ。強大すぎて持て余しているまであるだろう。

 こんな王冠、自主的に手に入れようだなんてアレコレするもんじゃない。

 

 地平線を求める青年は思う。

 人工的な極晃星(スフィア)の創成など、ろくなものでは無い。自分はその実験の成果として極晃星(スフィア)に至ったわけで、今さら実験の主導者らに恨みをぶつける気などないが、それはそれ。これはこれ。

 同じような実験で、また被害者を生むつもりならばこれを看過することは許されない。あの地獄の日々を、体験するのは自分たちで最後でいいのだ。

 自分の半身はかつて、全人類と対話を行いながら理想の未来を掴むとるつもりでいた。勝手に決めて勝手に救おうとするのでは駄目なのだと救世主(スフィアセイヴァー)は判断したのだ。

 煌翼(ヘリオス)が実践するとどうなるかはともかくとして、個人の判断で勝手に救ってやると猛けられても怖いのは事実で、みんなで話し合いながら進むという姿勢そのものは悪くないだろう。ならばこそ、アッシュは目の前で爆誕した極晃を排除すると決めた。()()は、光らしい正義も、闇らしい憐憫もない、ただの私欲の成れの果てなのだから。

 

 最新にして唯一の人造極晃星(スフィア)である人奏は──神をも殺した終焉吼竜(ニーズホッグ)は、その鋭い嗅覚で敵を捉えた。

 神に成ろうとする者だ。圧倒的で絶対的な立場から地上を見下ろし、救ってやると憐れむ者だ。神祖と同じく、人を想うようでいて、どこまでも人をその辺の実験動物程度にしか見ていない人外の目だ。

 人類の力を知るラグナは、その傲慢を許さない。ゆえに今も、神殺しの力が、数多の星辰兵器の設計図が、彼の脳内で弾けては次々と現実に出力されていく。

 殺す。潰す。ねじ伏せる。相手の描く星が、たとえ将来的には人類にとって有益なものだとしても、殺すと決めたのだから止まらない。

 よくも悪くも、ラグナという光狂いは、一度決めたら一切ブレない。

 

 

 彼ら三人からの思いを叩きつけられながらも、カルラ・マドロックは一切負けると思っていなかった。

 星を降ろす者(スフィアフォーリナー)へと覚醒し強化された洗脳能力は、星辰体を通じて周囲へ広がり、洗脳を受けた者の周囲にいた者へまで拡がり、共鳴は世界中へと伝播している。総体を膨れ上がらせながら完成へ近づく極晃星(スフィア)の能力は、『次元震発生・第三太陽創造』。旧西暦を終わらせた大破壊(カタストロフ)を再現する能力である同時に、不特定多数と接続して、接続した相手全員の願いを平等に叶える力でもある。

 まさに全ての願いが叶う魔法のランプ。カルラの考える理想郷だが──。

 

 

「お前は王にはなれないよ、マドロック」

「いっそ芸術的なまでに、おまえは過去から学べない男らしい」

 

 三人の極晃星(スフィア)に押し寄せるカルラの軍勢。その中央あたりの上空に、ヒビが入る。まるで空間をガラスのように砕く様は、カルラが私兵に刷り込ませた英雄を連想させるがしかし、現れたのは()のような威風堂々とした男ではなかった。

 一対の男と女。マドロックの手で光に染め上げられ、そして逃げ出した運命──柊とベルンである。

「な……ぜ?」

 彼らは用済みだった。ゆえに適当に処理して、自分と星を紡ぐ気もないならばと特異点へ放逐した。彼彼女らは生まれつきマドロック家の奴隷であり、反撃をしようにも、既に極晃星(スフィア)同士の対決となった以上、奴らに出る幕はない。……そう思っていたのだ。ならばこそ想定外にも程がある。生まれてこの方、理由も何も無くただ前進するだけの光狂いもどきだった二人が、洗脳から解放されて一年ほどしか経っていない、赤子のような存在が、自分に牙を剥くなどと。

「ホントにヴァルゼライドの最期知ってんのか? あいつはどうして負けたんだよ」

 滅奏の言葉に、カルラはお前の極晃星(スフィア)があったから、と答えようとした。

 その程度の知見。その程度の浅い理解。ゆえに玉座は崩れる。

 

「天廻せよ、我が守護星──鋼の極晃(ほし)旅路(ヒカリ)を示せ」

 

 冥王星の嘲笑を打ち消すべく発生させた次元震はついに空間を砕き、カルラとベルンと柊のみを特異点へと連れていく。

「嵐の壁に膝を着き、泥の道に倒れ伏し、万策尽きてなお光を求め続けた航海路。

 最果ての結末が何を齎そうと、辿り着いても尚進み続けると誓いを立てよう。

 進み続ける覚悟(ココロ)こそ、我らの尊き旅路(ものがたり)

 詠唱は止まらない。

 これはカルラへの宣戦布告であると同時に、二人の誕生宣言でもあるのだから。

 ベルン・アリアンロッドの肉体が消滅を始める。関係ないと、柊の言葉を次いだ。

「ならばこそ、果てに至ろうとも止まることなどありはしない。

 勇ましい戦友(とも)と共に、未だ見ぬ光を求めて共に海原へと漕ぎ出そう。幾千の地平線を共に越え、幾万の水平線の前に何度脚を躓いても、いいやまだだと奮い立たん。

 足掻き続ける現在(イマ)こそ、我等の尊き生涯(ものがたり)。我等の猛き旅路なれば。

 故にどうか見ていて欲しい。

 我が永遠の銀の運命(シルヴァリオ)よ」

 男と女。二人で駆け始めた人生。この関係は、恋人というべきか。友人というべきか。どの言葉も陳腐で、いざ形に嵌めれば“その程度”に落ちてしまう気がする。実際、含蓄なんてものは皆無の人生であるから、言葉の軽さなんて期待できるはずもない。であるならば、戦友よ、運命よ、お前はどうする? どうしたい?

 締めくくりは男らしく、お前が言えよ。マサシ・柊・アマツ。

「いと尊き天霆は我が手に収まる器にあらず。されど水魔の気紛れが、私を空へと駆け上がらせる。

 ならば冥王よ、私に冥界の調べをくれ。絶望(ヤミ)の底でも失われない、眩い過去(しょうり)を得るために。

 ならびに海王よ、私に大海原を見せて欲しい。無限に広がる地平線は、漕ぎ出す為の船となれ。

 そして天神よ、私を輝く英雄譚へと導いてくれ。希望(ヒカリ)射す明日へと辿り着くがため」

 勝利は貫けずとも。

 過去の積み重ねが皆無でも。

 ゆっくりと丁度いい境界線を探す余裕がなくとも。

 これまでの極晃星たちとは、また違う答えが、私たちにはあった。

「無限の希望も絶望も、束ねた想いが俺の力だ───」

「無限の希望も絶望も、束ねた想いが私の力だ───」

 この言葉を口癖としていた男は、既に歴史から消滅しているけれど。さすが年長者。いい言葉をいう。

「ここより始まれ、我らの旅路よ。

 これより示すは最新の英雄譚。

 さあ、遥かな旅路(グランドオーダー)を始めよう──」

 そして奇しくも、誰も彼も幸福にしたいという想いをもって極晃星(スフィア)へ至った()と、幸福になりたいという感情で人類全員と極晃星(スフィア)を描こうとしたお前は似ている。

 似ているが、お前はアイツとは決定的なところを間違えたから、私や柊なんかに敗北するんだよ。

 

 過去(しょうり)からは逃げられない。

 現在(しょうり)からは逃げられない。

 だからこそ、未来(しょうり)からは逃げられない。

 

想起無尽の星路、(Blazing)我らが往くは最新の英雄譚(Sphere Driver)

 

 創生──星を乗せる者(スフィアドライバー)

 王冠へ至る傲慢に、無限の可能性を示すべく、新たなる英雄が降誕した。

 

 私は柊の構成部品へと変化していくが、決して意思は潰えはしない。二人でひとつの巨星──それが極晃星なのだから。

 

「はは。ははは……!」

 カルラはしかし、この程度の想定外は問題なしと笑った。

「せいぜい、精々が同じ立場に立っただけだろう。

 既に俺を中心とした第三太陽創造は開始している。お前にどのような力があろうと勝ち目は無い」

 そして柊は、その言葉をこそ笑った。

「そんな言葉が出てる時点で、お前が俺らに勝つことは無い」




“革奏” 星を降ろす者《スフィアフォーリナー》
基準値:AA
発動値:AAA
――――
集束性:AAA
拡散性:EX
操縦性:AAA
付属性:AAA
維持性:AAA
干渉性:EX


“創奏”星を乗せる者《スフィアドライバー》
基準値:A
発動値:AA
────
集束性:A
拡散性:D
操縦性:C
付属性:EX
維持性:D
干渉性:EX


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光の共鳴、新たな旅路/Silvario Arianrhod

こ れ が 書 き た か っ た ! !


 カルラの極晃は次元震発生。空間範囲で攻撃を仕掛けられる他、協力者が桁違いに多いゆえに無制限に味方を増やせるという利点がある。

 他の極晃星(スフィア)と異なり能力そのものの攻撃性は著しく低い。正確にいえば、次元震ひとつで辺り一面消し飛ばせる反面、技がそれしかないともいえる。

 理論上は、そうだ。

 しかし新西暦において、そんな理論理屈は大した意味を持たない。

「お前たちの願い、俺が今ここで叶えてやろう」

 カルラのその一言で、劫火が津波のごとく柊へと放たれた。

 第二太陽は取り込んだ日本国民の願いを反映し、地球の環境を変化させていた。同様にカルラの第三太陽も協同者の願いを選別し、カルラが願いを叶えるという名目で超常現象を引き起こす。引き出しは無限大。不都合、不要な願いは無視出来るため、足を引っ張られる心配もない。

 効率よく、かつ様々な方法で敵を排除でき、次元震のように一度に過激な破壊を起こすこともない。星辰"革奏"者は、ゆえに理論上は誰に対しても有利に立ち回れる。

 理論上は、そうだ。

 しかし新西暦において、そんな理論理屈は大した意味を持たない。

「退けェッ!!」

 柊が己の得物である刀を振り下ろすと同時、凄まじい光熱が火焔の津波を真っ二つに切り裂いた。

 星辰"創奏"者である柊の目覚めた能力は、無制限の星辰付属能力。つまり、後付けでどこまでも強くなれる能力。今回は集束性を極限まで引き上げた上で、核分裂・放射能光発生能力を自身に付属したのである。

 通常はただ、自身に能力を付加するだけ。しかし今回は選んだ能力によるものか、或いはカルラの巻いた種によるものか、柊の想定以上の集束性と、あまりに雄々しい意志が上乗せされた。

『──かつて、君たちを処断すべく動きかけたことがあった。マドロック家……カルラの目論見はやがて、帝国臣民をも巻き込み、消し飛ばし、奴ひとりの地平を生むことになる。

 俺は悪に対するカウンターとして、君とベルンを含めた関係者の殲滅をすることに何の躊躇いもない。仮に創奏を名乗る貴様らが帝国の敵となるならば、そのときも俺は容赦なく刀を抜くだろう。

 ただ……元を辿れば俺の不始末でもある。俺という男がギルベルト・ハーヴェスという男の暴走を招き、ギルベルト・ハーヴェスという男の暴走が、カルラをここまで導いた。ならばこそ、俺の手で道を拓こう、若人よ。

 願わくば君たちも、俺などではなく、アシュレイ・ホライゾンのような英雄をこそ目指し進むがいい』

 高位次元の流星と化した閃奏、ケラウノス。彼の持つ概念すら断ち切る殲滅光が込められた斬撃は、カルラの肉体を袈裟に叩き斬った。

「は……ァ!?」

 しかもケラウノスの光は放射能性物質。傷口から遺伝子ごと敵を殺していく代物である。治る治らないではなく、単純に()()

 革奏の能力の特性上、治癒は簡単だ。そういう願いを選んで、叶えれば、カルラの肉体は即座に完治するのだから。しかし、痛みは、痛かったという記憶は抜けない。トラウマになる。

 

 かつて、天上を騙る氷結の魔星が、天神の雷霆に討たれたごとくに。開幕の一撃にて、すでに精神的な優劣が決まろうとしていた。

 

「だが、まだだ」

 

 しかしこの対決は、まだ何も始まっていない。

「意見を聞こうか、柊」

 カルラは、対話によって様子見に出た。極晃星は極端に二人の思想が表に出た能力が生じる。能力を探るためにも、そしてその思想を折るためにも、知らなければならない。

 柊は理解していた。先程の一撃の火力は、何らかの援助ありきであること。そして同様の支援は、もう得られないこと。ゆえにこれからは、ベルンと二人きりで、万を超える援軍を持つ革奏と渡り合わねばならない。

 しかし問題は無いさ、柊。私たちなら戦える。

「意見?」

「そうとも。俺は第三太陽を通じて全人類を幸福にする。そのために極晃星(スフィア)を描いた。通常、既に極晃星(スフィア)を描いているお前たちと星を掲げることは出来ない。しかし眷属に加えるなど手はあるだろう。……お前の望みも、場合によっては俺の星で叶うかもしれないぞ?

 俺の星は、願えばなんでも叶うのだからな」

 実際、第二太陽から降り注ぐ星辰体(アストラル)により発現した星辰光(アステリズム)の多様さを見ても、カルラの発言に嘘は無いだろう。しかし──。

「嘘つけよ」

 カルラの極晃には問題がある。

「お前の極晃は第二太陽を模倣したものだ。しかし、第二太陽と違い、お前という明らかな主体が存在する。つまり……お前が()()()()()()()()()()()。逆にいうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろう? 何が幸せになるだ、何が願いが叶うだ。結局、願いを全部叶えてるのはお前一人だけじゃねえか」

 守りたい、救いたい誰かが初めから居ない、完全な自己満足、自分の欲求を満たすためだけの極晃だ。そんな独りよがりにより縋って生きろだなんて、私たちをあまりにナメている。

「お前は偉くなりたいってだけだろ。聖人ぶって上から幸せにしたげるなんて言われたって、迷惑なんだよッ」

 私の持つ星辰体噴射による加速で相手に猛接近しながら、膂力強化、さらに触れた対象を実質的に消滅させる分子結合分解能力を自身に付属(エンチャント)しながら刀を振り下ろす。直撃すれば、天下の名剣で断ち切られたように、綺麗な断面を晒しながら一刀両断されるところだろう。しかし──

()()()()()()()()()()()

彼は斥力を発生させることで相手を弾いた。そして柊の言葉も、カルラにとっては想定内の言葉に過ぎない。

「俺の望みは叶う、それは確かだ。だが、俺に祈った奴の願いも叶っている、それも本当だろう。

 そもそも、なんの努力もなく、ただ願うだけで望みが叶う確率なんて現実では皆無だろう? それを、俺の極晃星(スフィア)だけは叶えてやるのだ。俺が王になるそれだけで、望みが叶うかもしれないと希望を抱ける。

 まず、第三太陽となる時点で物質的なしがらみからは開放されているのだ。俺がどうあれ、結果的に多くの人間が幸福になれるのなら、それで問題ないじゃないか」

 強者の理論であり、結果論であり、新西暦で多くの光狂いが唱えた理論──結果的な多くの人間を幸福にすることで、過程で生んだ犠牲に報いる、ということ。確かに、その考えは間違っているとはいえない。少ない犠牲で最大のメリットを作るのは為政者の基本だ。

 直接被害を受けなければ、確かにそれでいいといえるかもしれない。柊も私も、潔癖なわけじゃない。ただ、潔癖じゃない凡人でも、許せないラインってものがあるんだよ。

「だから大人しくしてろってか。叶えて()()、幸せにして()()……見下してるのが言葉の節々から透けて見えるんだよ。

 ふざけるな。俺たちは俺たちなりの方法で幸せになれる。お前に、夢を叶えてくださいお願いしますなんて頭を垂れろなんて嫌だね、そんなん」

 斥力発生による反発現象はしかし、衝撃波などとは違い永遠に吹っ飛び続けるわけじゃない。一定距離を取れば力は弱まる。近寄れないだけだ。近寄る方法を考えるより、遠くからでも出来る攻撃を選択するべきだろう。

付属(エンチャント)改造(アレンジ)増幅(エコーチェンバー)……!」

 選んだ星辰は地形再整形。カルラの足元の地面を散弾のように爆発させていく。そのうえで、舞い上がる砂ぼこりや砂礫に対して柊自身の星辰光(アステリズム)である質量変化を付属させる。これにより、巨岩にも等しい質量の砂礫が、砂塵が、カルラひとりに殺到する。もちろん相手も極晃星(スフィア)であり、尋常ならざる生命力を有しているのだから、この程度は決着には至らない。

 だからこそ間髪入れず、私の星辰光(アステリズム)である星辰体噴射に物質再整形と質量変化を再付属。変形しながら迫る巨大質量の破壊光線を生み出し、得物の切っ先から発射する。

「……見下されるのが嫌だから従わない? それは少し、子どもっぽくないかな。そんなどうでもいい理由で、この俺の、新西暦に救いを求める人々の思いを踏みにじるつもりか?」

 カルラの問いにしかし、柊も私も、どう答えるべきかは決まっている。

「当たり前だろ。

 俺たちは勝手に生まれて、勝手に幸せになったり、勝手に不幸になったりするんだよ。それが人生だ。

 たまに生きていくのが嫌になったり、たまに生きててよかったって思ったり、たまに人を恨んだり、逆に恨まれたり……。色々安定していなくて、色々と不安で、先が見えなくて、力不足に悩んだり、自分には手に負えない、何かデカい国政とか他国とかを好き勝手言ってみたりな。……そういう中で誰かに救って欲しくてたまらない日もあるよ。でも」

 柊の光線を不可視のバリアで防いでいたマドロックの体が、くの字に折れて吹き飛ぶ。訳が分からないと、不思議そうな顔をしているが、そんな暇はないぞ。

 カルラへめがけて何もない空間から雷が生じ、集まっていく。しかし友好的な気配は一切なく、すべてが落雷による感電死を狙っているような、容赦のない雷の雨あられである。

「誰かに支配されて、何の悩みもなく苦しみもなく、山も谷もなく、ただずっと幸せな人生は……、誰かの掌の上で踊り続けるような人生じゃ、まるで自分がないじゃないか……!」

 カルラの第三太陽に取り込まれたとして、結局はカルラの下で、自分は幸せだと実験に利用されていた過去の生活と何が違うというのだろう。自分の手で何も叶えていないくせに満たされてしまっている人生など、それじゃカルラの家畜に成り下がるのと同じだ。

「ふむ。では質問を変えよう、柊、ベルン。

 では君たちは、どうやって人類を救うのだ。その極晃星(スフィア)という王冠で、俺以上のことが為せるのか?」

 雷を空中分解してみせたカルラは、遠距離は不利と感じたか、今度は向こうから突撃して来た。おそらく誰かの願いによって威力が倍以上に跳ね上がっているだろう拳による打撃を、柊は硬質化と質量変化の星辰光(アステリズム)で耐え凌ぐ。

「分からないさ。

 だけどその、より強い奴が上に立って下々何とかするって態度が気に食わない。

 言っただろう。人間、勝手に生まれて勝手に幸せになったり勝手に不幸になるんだよ。極晃星(スフィア)だからとか、星辰奏者(エスペラント)だからとか、男だからとか女だからとか、誰も決めてない、誰も頼んでない立場に相応しい責任(ノブレス・オブリージュ)背負った気になるんじゃねぇ。

 俺たちは平等に、いろんな答えに至りながら、いろんな悟りを開きながら、絶対者なしに強く聡く生きていくよ。

 帝国が合議制になったように、聖教皇国が残った貴族やら他国との連携でなんとか立ち直っていくように。敗走兵が逆襲劇を描いたり、誰よりも弱かった商人の子供が誰よりも強く優しい英雄になったり、故郷を失った復讐鬼が新西暦をさらっとしれっと救ったようにな。

 つまり、お前のやってることは、ただひたすら上から目線でウザい上に必要ないんだよ」

 はっきりと伝えきった柊を見て、カルラに明らかな動揺が走る。

 柊の言葉そのものではなく、それが引き起こした変化に対して、である。

「これは……!?」

 極晃星(スフィア)を描く相手が、カルラの賛同者がぐんと減った。

 他の極晃と異なり、共有する思いの普遍さ、曖昧さ、総じてカルラ自身が設定した『加入しやすさ』は、裏を返せば気が合わなければ簡単に抜け出せてしまうことも意味していた。神天地のように否定要素も肯定するのではなく、全員を自分とひとつにするのが第三太陽であるゆえ。

「……起動せよ、通信衛星。回答ヲ求ム。

 気が付かなかったのか、カルラ。俺は念話でずっと、お前の協同者達に向けて話しかけ続けていたんだよ。

 お前がどんなに上辺だけ取り繕ったところで、結局はお前が王になれるだけの極晃星(スフィア)だってこと、ようやく皆も分かってくれたらしい」

 革奏の強みは共同者の多さ。

 次元震そのもの以上に、協同者の多さに応じて無限に増える手数だった。ならばこそ、数の利を崩していく作戦になったのだ。

 

 

 元々この作戦は私や柊が立てたものではない。

 カルラに二人が敗れた時。二人は戦場から放逐されると同時に、界奏に接続された私たちは、直後、レイン・ペルセフォネの星辰光(アステリズム)により特異点へと転移させられたのだ。彼の特異点は唯一、光も闇もない地平であったという、それだけ。きっと界奏……アッシュ自身も、咄嗟に二人を同じ場所へ導くことにしたのだろう。阿吽の呼吸でレインが動き……果たして私たちは彼らに繋がることに成功した。

 しかしそんなアッシュの選択が、思わぬ追加効果を発揮する。

 

 それは、二人で戦場へ戻ろうとしたとき。

「失礼。少々、お時間いただけるかな?」

 私たちを呼び止めたのは、黒縁メガネの美丈夫だった。

「自己紹介は省かせてもらおう。私は既に死人ゆえ、君らに名乗る名前はない。……状況は理解しているとも。そのうえで、特に呼ばれはしていないが、主君の勝利に必要と判断したのでここに馳せ参じた」

 アドラーの軍服。この声。この態度。カルラに刷り込まれた記憶に存在する男に間違いないだろう。

 ギルベルト・ハーヴェス。ヴァルゼライドの信奉者にして、危険すぎる思想を持ちながらあまりの有能さに、ヴァルゼライドですら断罪せず首輪を付けるに留めた、神算鬼謀の天才。白夜のごとき光の審判者。

「おそらく、君らが参戦しなければ新西暦は終わるだろう。しかし、君らが参戦したところで勝率はそう高くはない。

 そこで、だ。既に完成した極晃星(スフィア)に対してできる助言は多くないが、まだ未完の君たちにならば私でも役に立つことはあるだろう。なに、君たちの答えをとやかく言うつもりは無いさ。ただし、カルラ・マドロックへの対抗策ならばいくらでも思いつく」

 晴天のように曇りなき眼で語られる計略は、酷く単純なもの。だが実際上手くいっているのだから恐ろしいのだ。

「彼は顕示欲が強い。ゆえに次元震という大規模な攻撃を主体に戦うことはまず無いだろう。緊急時、他に手がない時以外は、だがね。

 同様に、君らも手数のみで勝負をしかけ、決して追い詰めすぎないことが肝心だ。次元震を使うという選択肢を最後まで切らせず、油断しきったところを急激にハシゴを外し、仕留める。……あまり好みでは無いが、暗殺のようなスタイルこそが彼を仕留めるには、これが最も成功率が高いだろう。ああ、暗殺とはいっても勘違いはしないで欲しい」

 彼いわく。

 ──仲間を奪うには君たちの方が魅力的でなければならず、そして最後の一撃も君たち自身が奮起せねばならないだろう。だが私は君たちを信じている。さあ、頑張ってくれたまえ。

 とのこと。

 結局は気合いと根性。英雄信奉は相変わらずブレない。そして誰もが英雄になれると、信じて止まないのだ。

「君たちの決意の是非は私が決めることでは無い。

 だが可能ならば決して折れず、諦めず。英雄のごとく雄々しく突き進んで欲しい。不可能や限界などはなく、全ては心ひとつなのだから」

 

 

「は───?」

 そして今、カルラ・マドロックは一気に協同者を失い混乱に陥った。

 ギルベルトの用意した舞台が、整ったのである。

「行くぞ、ベルン」

「任せろ、柊」

 ベルンの肉体が再構築される。当然である。極晃星(スフィア)は二人でひとつ。柊ひとりで戦うわけでもはなく、私ひとりで戦う訳でも無く。

 私たち二人は、二人で、壁にぶち当たったり、絶望したり希望を抱いたりしながら、私たちだけの人生を進むのだ。

 それが、それこそが、私たちの極晃星(スフィア)──星辰“創奏”者(スフィアドライバー)なのだから。

 

 次の瞬間。ハサミのように両サイドから刃を振るった私と柊は、カルラの首をはね飛ばすことに成功した。

 

 

 アッシュは流星のごとく、特異点から地上へ戻っていく人々の姿を眺めていた。

「カルラの極晃星(スフィア)を解体するってプラン──。ああ、アイツの入れ知恵か。……ま、今回ばかりは功労賞をやるか」

 ゼファーはただ突っ伏して、全身の疲労を癒している。

「あー、疲れた。もう二度と働きたくねえ。チトセの依頼とかもう絶対受けない…………」

 ラグナは相棒の鉄塊剣を抱えながら、静かに新たな極晃の帰還を待つ。

「───」

 戦場と化したリベラーティ家の別邸の惨状を何とかしないといけないし、革奏という極晃は無闇に大規模に作用する代物だっただけに、後始末は大変なことになるだろう。

 ただ、今だけは。

 勝利の余韻に浸るくらいは許されるだろう。

 

 三組の極晃星(スフィア)が待つ地上に、最後の流星が流れる────。




エピローグなど除き、これが最終回となります。
これまでのご愛読、ありがとうございました。


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エピローグ/True end
エピローグ/epilogue


何かと感慨深いものがあります、エピローグ。
勢いで書き始めた感のあるお話で、ラグナロクの設定を読み返して唸ったり、ロリお姉ちゃんに理解らせられる妄想で元気だしたり、何とかここまで書けました。



「えーーー、ホントに帰っちゃう?」

「か・え・る!」

 今日も酒場は元気で溢れてます。

「アッシュくんももう一晩くらい……ネ?」

「……えー。俺もちょっと遠慮させていただきたく存じまして」

 アリスさんは全力でアッシュくんを引き止めている。

「団長、帰しましょ。さすがに限界キツいんじゃないかなって」

 私は咄嗟にアッシュに加勢しようとした、その瞬間。

「いいやアッシュくん。俺は知ってるぞ。毎晩毎晩、女の子三人と元気よく仲良しこよししている事を……!

 今更一人追加ぐらいなんだってんだよ」

 柊が遮り、アリスに加勢した。

 いやしかし、アリスさんを他の女衆と同列にするのはどうかと思うぞ柊。

「お前はまだ、ほんとうの団長を知らない……」

「なんでベルンは知ってるのさ………?」

 

 そんな私たちの会話を横目にちびちびと酒を飲む男あり。誰であろう、もちろんゼファー・コールレインだ。

「良いよなあ。お前は健全なハーレム築けてさあ。

 俺なんか家にいても娼館行ってもまっったく安心できないどころか、常にケツの心配しながら過ごしてんだぞ……」

 何も知らない人が聞けば可哀想だなあ、と思うかもしれない。しかしゼファーさんは欲に正直過ぎる上に、わりとダメ男なのだ。それくらいの不幸があっても仕方が無いような気もする。仕方ないかなあ……?

 

 とまれ、私たちは平穏を享受している。

 カルラは秘密裏の改造実験、リベラーティへの侵攻の件でセシル・リベラーティに資産を貪られ、極晃星(スフィア)の創生実験に関しては、チトセ、アッシュ、更にはカンタベリー聖教皇国側のアンジェリカとかいう女、セシルなどで禁止条約の締結を目指すことになった。このまま放置した結果、またカルラのように極晃星(スフィア)技術を私的に利用されては、今度こそ世界がもたないだろうから。

 

「しかし……俺たち、これからどうする?」

 するすると皆の会話から抜けてワチャワチャ具合を眺めていると、柊も此方へ合流してきた。

「どうする、ねぇ」

 “暁の海洋”が嫌になったわけじゃない。ただ、記憶も戻り、極晃星(スフィア)へ至ってしまった以上、アリス達のところにいていいものかと考えてしまうのだ。

 カルラにああは言ったが、極晃はやはり力だ。王冠だ。圧倒的なものなのだ。自分たちの身の振り方が、分からないまである。

「……ま、二人なら何とかなるでしょ。私たちは二人でひとつ、だしさ」

「そうだな。ま、何とかなるならまあ………」

 しかし難しく考える必要は無い。

 これまでもこれからも、なんとかなると信じてる。

「もう暫く、団長に付き合うか」

「だなー」

 失敗して、成功して、挫折して、はしゃいで、失望して、裏切られて、助けられて、助けて、なんか救われたりして……。人生山あり谷あり。私たちは、そうやって希望(ヒカリ)絶望(ヤミ)を重ねて生きていく。

 どんな嵐に見舞われようとも、決して歩みを止めないこと。自分に色々と足していくということ。それがきっと、大切なのだ。

 

 過去からは逃げられない。

 過去からは逃げられない。

 過去からは逃げられない。

 ゆえに、さあ──、最新の英雄譚(グランドオーダー)を始めよう。 




そういえば、私がシルヴァリオラグナロクを購入し、新西暦サーガを始めたのは去年の冬だった気がします。ちょうど一年前くらいでしょうか。アンジー√、セシル√と来た時点で何故か第1作のヴェンデッタ、2作目のトリニティを挟み、ミサキ√を通ることで三部作を駆け抜けたわけなのですが、いやあ、あの日々は楽しかった。
ヴァルゼライド閣下やヘリオスのトンチキ具合に惹かれて入って、いつの間にかゼファーさんたち闇陣営に惚れておりました………。
ルシードいいよね……。いつかお前のことも書いてやりたいけど、私は狂い哭くキャラ書くの超苦手なんだ……。


トリニティあたりの話は特に、光の亡者どもの迷言含めて私に大きな影響を与えてくれた作品であります。
この作品で少しでもこの愛を、表現出来たなら幸いです。
 湯瀬 煉


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