(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング) (アズマケイ)
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大海賊時代前
1話


私はひとり、頭を抱えていた。どうしてこんなどうしようもないタイミングで思い出してしまうのか。その前ならばいくらでもやりようがあったものを。

 

ドンキホーテ・ホーミング聖とかつて呼ばれていた男が今にも死にそうな顔で鏡の前に立っている。

 

妻がいうにはこの家についた初日から高熱を出して倒れてしまい、ようやく熱が下がったらしい。そのせいで前世の記憶を思い出したのだろうか、笑えない。心配そうに後ろから様子を見に来た妻と子供たちに笑顔を返したはいいものの、愉悦にゆがむ不自然な顔に違和感がきえず、自室にかけこむ羽目になった。

 

昨日まで私は世界貴族天竜人だった。証明チップを世界政府に返したばかりだ。世界貴族の地位を放棄して一般人として生活できるようになるのだが、権力を自ら放棄する者は先ず皆無である。その理由を今の私は嫌というほど理解していた。

 

せめて、せめて昨日の段階で思い出していれば、撤回することもできたはずなのだ。ギリギリまで引き留めてくれていた者たちはたくさんいたのだから。

 

昨日までは安全だった。天竜人は意図的に歪んだ教育をされているとはいえポテンシャルが高いから、時間さえ許せばなんとでもなった。怪しまれて処刑されることに細心の注意を払って奴隷とコネを作り仲良くなって故郷に匿ってもらったり、子供たちに教育したりすることもできた。

 

そうすればもっと自分を鍛えられていただろうに。そうすればもっと殺せただろうに、なぜマリージョアで記憶を戻せなかったのだろうか、惜しいことをした。

 

だがすでに私達家族は非加盟国に降ろされている。思い出したのが今日なせいで無駄な足掻きすらできなかった。

 

当然世界貴族であることを放棄すれば、後ろ盾である政府や海軍の庇護もなくなるので、一度でも地位を放棄して素性が判明すると殺しても海軍は動かないという理屈から数百年分の憎悪を抱いても泣き寝入りするしかなかった者達の報復対象になってしまう。

 

なにせ非加盟国は非加盟国であるというだけで、

世界政府に加盟していないために表向きは禁止にされているはずの奴隷や人身売買の対象となり、テキーラウルフの建設等を行われたり。

 

成果の何割かを政府に収め、他の海賊への抑止力となっている王下七武海が公然と略奪行為をしても許されたり。

 

事実上天竜人の手足と化している海軍のほぼ管轄外になってしまい、海賊や人攫いが横行し無法地帯となる。

 

そんな中に元天竜人がのこのこやってくればどうなるかなんてわかり切ったものだろう。武器すらない丸腰の今の現状をみて思い知るのだ。これはそう、明らかに見せしめだ。

 

せめて1人くらいは奴隷が残ってさえいれば立ち回りも学べたろうが、この家には家族しかいなかった。

 

なんとかしなければ。なんとかして勝手を取り戻さなければ。半年、いや天竜人のポテンシャルなら一ヶ月でいけるだろうか。

 

惜しむらくは33年前ではまだオハラの悲劇をきっかけに創設されるはずの革命軍がまだないことだろうか。いやドラゴンは穏健派だからあんまり隠れ蓑には相応しくない。

 

門前払いを食らうだろうから世界政府や海軍には出せない。私はふらつきながら自室に戻ると手紙を書いた。一か八かだ。これがダメなら家族を守るために死に物狂いで生き残るしかない。場合によってはログポーズや船を奪うことも考えなくては。

 

いくつか便箋に仕舞い、買い出しにいってくると妻に告げた。

 

「お一人で大丈夫ですか?私も一緒に......」

 

「いや、大丈夫だよ。長旅で疲れが溜まっているだけだろうから心配ない。少し歩いてくるよ、太陽の光を浴びた方がいいだろう、きっとね」

 

「父上、大丈夫かえ?」

 

「大丈夫だよ、ありがとうロシー」

 

「父上、奴隷にやらせればいいのになんでこんなことしなきゃいけないんだえ?朝から疲れたえ」

 

「まあまあ、そういわずに手伝ってくれドフィ」

 

引越しの手伝いにあけくれる妻子を残し、私にできるのは真っ先に武器を買いに行くことだった。包丁しかない心許ない装備のままでかけた私に不思議そうな顔をして見送ってくれたロシナンテが最後に見たまともな顔だった。

 

非加盟国に海軍支社は当然ながらない。天竜人だとバレる前に武器を集めて籠城し、海軍に入れてくれと直談判するしかない。妻子だけは守ってもらわないと。特に妻は病弱だから一刻も早く逃げなければならない。

 

私は武器を買い、配達屋のところに手紙を出した。一見すれば新聞の契約依頼と海軍の英雄へのラブレターに見えるだろう。

 

そして、私はこの日からダメ元で銃を扱い始めた。妻は物騒なものを持つ私に驚いたが非加盟国の立場をオブラートに包んで説明したら納得してくれた。

 

 

 

 

 

 

一ヶ月がたち、なんとかかつての自分を取り戻した私はある日、我が子たちを裏山の散歩に呼び出した。今更ドフラミンゴたちの教育ができるとは思えなかった私はひとつ賭けにでることにしたのだ。

 

「ドフィ、ロシー。今まで黙っていたことがあるんだ」

 

「なんだえ?最近買い物に連れて行ってくれないのと関係あるんだえ?」

 

「......父上、最近、血の匂いがするけど、そのせいかえ?」

 

「ああ、そうだよ、ふたりとも。このことはお母さんには内緒にしておいてくれるかい?」

 

「......母上に言えないことかえ?」

 

「父上、なんだか顔が怖いえ」

 

私は頭を撫でたがドフィは真顔でロシーは怯えていた。

 

「実は前までいたマリージョアから引っ越したというのは嘘なんだ」

 

「......え?」

 

「え、え、どういうことだえ、父上!?」

 

「飽きたんだ」

 

「あき、えっ!?」

 

「!?」

 

「実はね、私はずっと人を殺してみたかったんだよ。だが奴隷だと誰も反抗してこないだろう?あそこではチンケな武器しか使えないし、私が天竜人のままでは歯向かってくるやつらもいない。それが退屈で退屈でたまらなくてね。非加盟国に降ろしてもらったのは、元天竜人という立場になれば報復してくる奴らがたくさん現れるだろうと思ってワクワクしたからさ。さすがにロシーには気づかれてしまったようだから明かすことにしたんだ。お母さんはなにも知らないからね、黙っていてくれるかい?」

 

愕然としているロシーの横でドフィもさすがに困惑した様子で私を見上げていた。私は手紙を2人にさしだした。

 

「ち、ちちうえ......?」

 

「ロシー、父上はこんな酷い嘘つく人じゃないえ」

 

「で、でも......」

 

「これは私からの父親としての最後のプレゼントだ。元天竜人だと明日いよいよ街中にばらそうと思っていてね。明日から私達の生活は報復に燃える人々によって地獄と化すだろう。私はその全てを皆殺しにするか否かのゲームをしたいと考えているんだ。さすがにお母さんを巻き込んでしまうのは忍びない。だから明日の早朝、沢山のカモメたちに乗ってやってくるモルガンズという新聞社の船に乗せてもらいなさい。なんなら海軍への願書もある。社長に話はつけてあるからね、悪いようにはされないだろう」

 

私は二つの封筒をドフィに渡した。

 

「ちちうえ......嘘、そんな、だって......」

 

「受け取らないなら、私と一緒に地獄に堕ちてくれるということでいいんだね、ロシー?」

 

「ひっ」

 

ロシーが固まった。私の練習場に到着したのだ。そこには私が元天竜人だと噂を流して悲劇を起こそうと画策していた工作員たちの陰惨な光景が広がっていた。一ヶ月鍛えただけで仕留められるんだからCP9じゃないのはたしかだ。

 

「......父上がやったのかえ?」

 

「私が元天竜人だと先にバラして台無しにしようとする世界政府の工作員が紛れ込んでたからね」

 

「......」

 

ドフィがロシーに手紙を渡した。

 

「兄上......?」

 

「面白そうだえ」

 

「兄上っ?!?」

 

「正気かい、ドフィ。明日からはきっと国の全てが敵になるよ。貧困の吐口に晒されることもあるだろう、それでもいいのかい?」

 

「あいつら、下下民の癖に土下座しないからムカついてたんだえ、ちょうどいいえ。だからロシーは母上と一緒に逃げればいいえ」

 

信じられないという顔をしているロシーとニヤリと笑うドフィを見て私は笑うしかなかった。

 

「いいだろう。一緒にきなさい、ドフィ」

 

「わかったえ」

 

「私がここにくる理由を世界政府は知っていたからね、後から私を殺してもマリージョアには戻れない。後から逃げようにもこの国が私達を逃さないだろう。構わないね?」

 

うなずくドフィと私をみてかわいそうなロシーは今にも泣きそうな顔をしてやめてくれと縋ってきたが私はそれを突き返した。

 

そろそろ限界だったのだ。

 

よりによってこの世で1番嫌いな天竜人になってしまった私を殺すのはこの世界を破壊し尽くしてからでもいいだろう。

 

妻やロシーを逃すのはホーミングとしての最後の情だ。

 

よりによって黒ひげに殺された私を天竜人に生まれかわらせたなんて、神がいるのだとしたら殺さなければ気が済まないのである。

 

この世界にも私はまだいるのだろうか。なら奪い取らなければならないだろう、本来そこに座るべきは私なのだから。



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2話

「私の名はドンキホーテ・ホーミング。元天竜人。理由は、それでいいかな?」

 

初めから殺す気だったからろくに名前を覚える気もなかった近所に住んでいるであろう男達は運が悪かったとしかいいようがなかった。たまたま狩猟のために工作員の処刑場に足を踏み入れてしまったと思われる近隣の住人の目が一瞬で絶望に変わるのを見ていた。真横にいた隣人がヘッドショットされて吹っ飛ばされたからだろうか。

 

それとも妻を焼き殺された過去を持ちながら不倶戴天の敵と今日まで仲良くしてしまった絶望感からだろうか。ドフィ達には非加盟国のことを先に教えたからか、不用意に元天竜人だと言わないようにする知能はあったから助かった。ドンキホーテと名乗らないだけでここまで気づかないとは、顔と名前が一致しない弊害もここまでくると恐ろしいものがある。

 

男は何か言おうとしたがなにかいうまえに殺されてしまった。まだ引き金を引いてない私は少し驚いたが横を見たらさっきまでまだ生暖かい動かない的当てをしていたドフィの銃口から硝煙があがっていた。私は念の為もう一度2人の頭を撃ち抜いておいた。

 

最後の1人は一目散に逃げていった。

 

「殺さなくていいのかえ?」

 

無邪気に聞いてくるドフィには人の良心というものが微塵もない。いや家族にはあるがそれ以外にはない。いっそのこと清々しいものがある。ロックスにいたらいいところまで行けたろうにもったいない。もしかしたら、ドフィが人間落ちするのは運命だったのかとさえ思える。

 

下々民を蔑む思想がこびりついた天竜人の子供の限界なのか、それとも教育でまだなんとかなるのか、ドフィに悪の素質があるのか。まだわからないがロシーを連れて歩くよりは楽だ。撃ち殺さなくていいのは助かる。非加盟国の武器屋を襲撃するまで弾丸には限りがある。

 

「助けを呼びに行ったんだろう、あるいは武器を集めにいったのかな?どちらでもいいよ。そちらの方がこちらも楽だからね」

 

ドフィは疑問符を浮かべていた。

 

「さあ、そろそろ準備をしようか、ドフィ。昨日言ったようにこれから地獄も生ぬるい世界が私達を待っているだろう。躊躇した瞬間に私達はあらゆる責苦を受けるだろう。覚悟は......言わなくてもいいね」

 

何を今更とばかりにうなずいたドフィをつれて、いったん私達は家に戻った。

 

郵便ポストにカモメが止まっている。さすがはモルガンズが発行している世界一の新聞社だ。こんな非加盟国の田舎ですら世界中にいるジャーナリスト、情報屋から得た情報をまとめ、ニュース・クーがちゃんと指定した時間に記事を配達する。

 

「新聞がどうしたんだえ、父上」

 

私はこの新聞社が今朝ロシーと妻を匿ってくれたんだと教えてやった。

 

「へえ」

 

ドフィは興味が湧いたのか新聞に目をやる。

 

「ロシーは海兵の方が向いているし、妻は読み書き計算ができるし感性がまともだ。新聞社に就職するには申し分ないだろう。私の凶行で心労で早死しなければの話だがね」

 

私についてくる決断をしたとはいえ、妻の安否を気遣いもしない私の非道さにドフィは眉を寄せた。このあたりはまだまだ子供だ。

 

「......父上は母上のこと、嫌いなのかえ?」

 

さすがに大好きな母上を侮辱されたと思ったようだ。私は首を振る。

 

「好きだよ、世界で1番。愛しているとも、今もなお。あの人魚姫の素晴らしい演説に感銘を受け、奴隷の解放と地位向上を願う純粋さは惚れ惚れする。天竜人を辞めて人間になりたいと私に懇願しなければ、私は馬鹿げた妄想を実行に移すことなく一生を終えることができただろう。だがそうはならなかった。だからここで終わりなんだ、ドフィ」

 

「..................」

 

「私が憎いならいつでも受けてたとう、ドフィ。責任を持って私はお前の頭を撃ち抜いてあげよう。どうする?」

 

ドフィは首を振る。

 

「まだいいえ。殺されるくらいなら、殺せるくらいまで強くなるえ。つまり、父上は家族より野望をとったのかえ?」

 

「それ以前の問題だよ、ドフィ。遅かれ早かれ、いつかは世界政府の工作員が私達が元天竜人だと吹聴し、私達に憎悪が向く。対抗策がなければ暴力に晒されるだけだ」

「そこまでわかってたなら、なんで今まで黙ってたんだえ?全部教えてくれたなら、きっと母上も踏み止まってくれたえ」

 

「ドフィは賢い子だね。その賢さは武器だ」

 

「父上、答えになってないえ」

 

眼光が鋭くなる。私は懐かしさすら覚えた。天竜人だからこんなに小さいのに覇気に目覚めかけているのか、それといきなり平和な世界から私が地獄に堕ちようと誘ったせいか。ドフィには王の素質がある。環境が悪に傾かせるか、善に傾かせるかというところだろうか。可哀想な子だ、手を離せばよかったものを。手を離さない限り待つのは悪の道しかないというのに。

 

「答えは簡単だ。ロシーに私を殺しにくる立派な海兵になってもらうためだよ。母上が死ねばその殺意は復讐心となり、かならず私に向くだろう」

 

「......父上、ほんとに母上のこと愛してるんだえ?」

 

「愛情は無限ではない、有限だ。いつかはなくなる。臨界点に達すると憎悪に変わるんだよ、ドフィ。本当ならドフィもモルガンズの船に乗るはずだったんだが予想外だった。賢いお前なら迷うことなく海兵になる道を選ぶと思ったんだが」

 

私の言葉にいよいよドフィは黙り込んでしまった。私は世界経済新聞をおもむろに広げた。

 

この世界経済新聞は世界中のほとんどの地域に配られており、世界政府による検閲・情報操作こそあるが、手紙を確実に届けることさえ難しいこの世界において数少ない安定した情報源である。 この世界のメディアとしては最大手だ。

 

時には政府にさえ逆らうので、自社の言うことだけを聞くニュース・クーも多数抱えているからこそ、私はこの新聞社に賭けたのだ。あの男はビッグニュースのためならどんな飛ばし記事だって書くだろう。

 

たとえば、元天竜人が一夜にして非加盟国の迫害に耐えかねて国を滅ぼした、みたいな荒唐無稽な話でも。世界政府が隠匿するような事件でもこの新聞社だけは面白ければ載せるとロックス時代に学んだ。

 

朝、ポストからこの新聞をもってきて読んだこの国は大混乱になるだろう。

 

「さあ、よく読んでおきなさい、ドフィ。情報というものはこう使うのだ」

 

世界経済新聞を差し出しながら、私は笑いかけた。これは飛ばし記事ではない。これから現実になる予言となるのだ。

 

今この瞬間からこの国は絶え間なく激しい戦闘状態におかれ、いつ落命してもおかしくない激戦地と化す。駆廻った祖(おや)の血潮はドフィの血肉となるだろうことを期待している。

 

「ドフィは素質があるよ。もしかしたら、私よりもはるかにね。だから経験を積みなさい。私はひとつの場所に止まる気はない。ただひたすら放浪して回るつもりだ。いつかその手を離したくなるときまで、この理不尽に歪んだ世界を生き抜く術を私から学ぶんだ。弱者は死に方すら選べないからね」

 

覇気というものを教える前に身をもって体験させるために私はドフィに家に入るようつげる。覇気を放つ。この体でどれだけ練り上げられるかわかったものではないが一般人しかいないこの国で耐えられる者などいないはずだ。いたらいたらで殺し甲斐がある。ロックスの船を降りてから朽ちていく一方だった体を全盛期のまま保つにはやはり安定は最大の敵だと私は身をもって知っているのだ。

 

やはりドフィは気絶してしまったが死にはしないはずだ。私はありったけの武器を持ち街に出た。気絶している住人たちをひとりひとり念入りに殺していく。おそらくドフィはしばらくしたら目を覚ます。覇気に耐えて私に襲撃をしかける上で家を標的にする者がいたらどうするか見せてもらおう。撃ち殺されていたらそこまでだ。



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3話

非加盟国といっても国全体が貧困に苦しむ国はあまりない。どの国も大なり小なり貧困の格差からくる不理解からくる断絶というものがあり、この国も例外ではなかった。

 

富裕層が住む治安が良い安全な地区と、低所得者層の貧困の人々が住む治安の悪い危ない地区に分かれていて、私達が住む家はもちろん前者だ。

 

治安が特に悪いのは低所得者層が多く集まるエリアがある事が第一で、禁止薬物の栽培が行われて販売もされている。ギャング団同士の喧嘩や誘拐などの犯罪も多くあり、日常的にこのような犯罪が行われる。

 

この国では不法越境労働者を狙っている武装者が多くいて貧民が不審者が侵入してこないようにと電気柵を設置しているのが特徴だった。

 

武器を絶えず調達し続けるにはまずその武装者の元締めである犯罪組織を襲撃する必要がある。真っ先に放った覇気により気絶した人間は放置し、耐えたり、覇気を感知できそうな頭取だけは確実に屠っていく。デンデン虫だけ殺し、武器だけ拝借する。

 

使えそうな資料や武器を粗方かき集めて一息ついていたころ、こちらにまっすぐ走り寄る姿があった。

 

「父上、父上、やっと見つけたえ!!なんで置いていくんだえ、危うく殺されるところだったえ!!」

 

「思ったより早かったね、ドフィ。もう少しかかるかと思っていたよ」

 

「酷いえ!父上の背中を見て学べと言いながら、家に放置とかなに考えてるんだえ!危うく、焼き殺されるところだったえ!」

 

どうやら私達が元天竜人と世界経済新聞で知った近くの街の人々が早速襲撃に来たようだ。ドフィは拷問にかけようとする人間達から逃れるために籠城し、窓から銃で応戦していたという。だが怒り狂った人々により、田畑はもちろん敷地全体に油をばら撒かれ、自宅は火を放たれたという。なんとか必死で逃げてきたようでドフィはボロボロではあるが私に怒るくらいにはまだ気力があるようだ。

 

「初めから用心するのといきなり襲撃されるのでは怖さが違うだろう、ドフィ?あの程度逃げきれないならばこの世界は生きてはいけないよ」

 

「だからって置いていくのは酷いえ!」

 

「気絶するドフィが悪いよ」

 

「無茶いうなえ!!」

 

ぎゃいぎゃい叫ぶだけの元気があるなら問題ないだろう。私はドフィをつれて犯罪組織の元締めの敷地内に引き返した。弾丸を補充してドフィに渡してやる。いきなり銃を出した私にたまらずドフィは身構える。安全装置をつけたまま渡してやるとホッとしたように受け取った。

 

「今日はここを根城にしようじゃないか、ドフィ。統領は始末しておいたから、気絶してるやつらを始末していこうか。1人でも生き残っていたら安心して寝られないからね」

 

「父上がやったのかえ?」

 

「気絶しなくなるくらい強く、さらに慣れれば、ドフィにもできるようになるさ。私よりもずっと上手くなれるよ」

 

「そうかえ」

 

「そうだとも」

 

軽口を叩きながら私達はドアをひとつひとつあけて、構成員達を射殺していった。最後の方になるとドフィも慣れたもので私が改めてヘッドショットする必要がなくなっていった。

 

「近くの奴らにバレたらどうするんだえ?」

 

「大丈夫さ」

 

統領の無駄に豪華絢爛な自室を陣取りながら、私達は一夜明かすことにした。

 

不安がるドフィに教えてやるのだ。

 

富裕層の人間は低所得者層の人間に興味を示さないため、いつもより銃声や爆発、阿鼻叫喚が酷いところでいつもの抗争だと気にも留めない。用心棒にあたる人間に注意喚起さえすれば多少の用心はするだろうが国外逃亡しなければならないほどの脅威だとは認識しない。搾取し慣れている国民性が近づかなければ無事、死にかけても殺されない。利がないからだ。

 

残念ながら私は人を殺したいから殺してまわっているのでその理論は通じない。生存バイアスは意味をなさない。足枷となる。

 

「なにかあれば起こそう。ここまでこれたんだ、もう置いてはいかないよ」

 

「ほんとかえ?」

 

「ああ、本当さ」

 

「信じられないえ」

 

ジト目のドフィがソファに座ったまま睨んでくる。

 

「父上はさっきから何をしてるんだえ?寝ないのかえ?」

 

「ここと長らく勢力争いの抗争を続けている敵対組織の情報を整理しているのさ。取引先の闇業者の連絡先や案件の重要書類を持ち出さなくてはならない。これはなによりの財産だよ、ここから逃げるためには特に」

 

「そういうもんかえ?」

 

「そうだね。ドフィ、今の私たちは致死性の高いウイルスのようなものだ。病原菌というものは不思議なもので、感染者が即死するとその狭い範囲での死者は跳ね上がるが広がらないのさ。それとよく似ている」

 

「今日の父上のいうことは時々意味がわからないことがあるえ」

 

「それは困ったね。今日の父上がこれからの私になるんだから、わかってもらわないとドフィはきっと死ぬだろう」

 

「それはいやだえ」

 

「なら必死になることだ、ドフィ。納得しなくてもいい、理解するんだ。この理不尽で歪な世界を。有象無象と違って天竜人として生まれついたこの才覚はそれを自覚して必死になるほど花開く。その代わり安定を選べばすぐに腐り落ちる」

 

「つまり?」

 

「つまり、頑張って勉強しましょうってことだね」

 

「最悪だえ」

 

こうして次から次と元締めのグループを壊滅していった数週間後。

 

あまりにも静かなエリアが広がり始めると鉄線の向こう側で警備をしている自衛団が不安がり始める。

 

世界経済新聞は毎日のように頭取の襲撃を取り上げ、犯人を適当にでっちあげたりして煽り立てる。日を過ぎるにつれて首謀者たりえる人間が根こそぎ死に絶えると、次第に疑心暗鬼になっていく。

 

荒唐無稽な元天竜人による迫害に対する報復としかいいようがない虐殺事件が世界経済新聞の飛ばし記事ではなく真実なのではないかと富裕層の人間達が不安がりはじめ、鉄線付近の警備がより厳重になり始める。

 

腕に覚えがある人間ばかりが鉄線の近くに集結しはじめる。それでも頻繁な海賊の襲撃や人攫いに慣れきっている人々はたった1人の襲撃者など数の暴力でどうとでもなると信じている。

 

鉄線の一角が不自然な形で撤去されはじめると、いよいよ国中の不安が高まる。互いに疑心暗鬼になり、小さな小競り合いはやがて敵愾心を煽り立て、小さな争いは次第に大きくなっていく。

 

ぴりぴりとした空気の中、私達は一ヶ月ぶりに帰宅した。

 

あたりは酷い有様だった。汚物やゴミが投げつけられ、罵詈雑言が書き殴られたペンキが散乱し、敷地内には腐敗した動物が投げ入れられていた。

 

「よく覚えておくといい、ドフィ。天竜人というのは下々民からはこう見えているんだよ」

 

「......」

 

ドフィはなにも言わなかった。

 

そして、場所を移動して鉄柵のエリア。

 

放たれた広範囲の覇気により気絶していく自警団。その一人一人を射殺していく私の姿をようやく確認できた時には、普通なら富裕層の人間達は大パニックとなるのだ。

 

ただ、元天竜人という本来なら刃向かうことすら許されない殿上人の肩書きが低所得者層の残党と搾取する側なはずの富裕層を団結させる。中には私達家族と仲良くしていた事実により殺意を増す人間もで始める。銃すら持ったことがない子供すら武器を手に、私にあらゆる罵詈雑言を吐きながら呪詛を込めて私を殺そうとしてくる。

 

だが現実は非情なのだ。自分の命を他人に預けて富ばかり集めていた連中ほど武器の扱い方を知らない。自分が人を殺す事実から目を逸らして私を殺す大義名分を得ても暴発する。フレンドリーファイアを起こす。

 

私の起こす騒ぎに乗じて海賊か犯罪組織か、はたまた人攫いか、蓄えていたはずの農薬や劇薬を流した井戸や油をばら撒いて火を放った田畑の被害に打ちのめされていく。全てが私のせいになっていった。

 

そして一年後には非加盟国と呼ばれていたこの国には人1人いなくなってしまうことになる。



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4話

かつて非加盟国と呼ばれていた国があった。私が滅ぼしたと言ってもさしつかえない。誰もいなくなった荒廃し切った土地である。結局のところ、海軍が派遣されることは一度も無かった。

 

世界政府加盟国なら海軍が、あるいは四皇クラスの有名な海賊の保護区だったならその海賊が、重要な要所だったら後ろ盾の犯罪組織が助けてくれただろう。だが非加盟国に脱落したときの混乱に乗じて王家が逃げ出し、庇護してくれる存在がなくなった非加盟国の典型的な運命といえる。もともと庇護を国内の犯罪組織に頼っていた時点でいつかは滅ぼされる運命だったのだ。

 

北の海ではよくあることである。

 

私が皆殺しにした数多の犯罪組織は、闇の世界特有の繋がりを通じて武器や商売道具を揃え、その代わりに依頼を受ける形で経済を回していたようだ。実質下請けみたいなものだろう。

 

大航海時代到来前の今、この世界はまだ世界政府と海軍、そして、海賊達。それぞれの思惑が交差する中、表はともかく闇の世界において経済を牛耳る元締めが存在していないらしい。大なり小なり支配権を持つブローカーはいるがグランドラインと四つの海を牛耳るにはノウハウがたりず、あるいはしのぎを削っていてなかなか広がらないのが現状のようだ。

 

ゆえに闇の世界の大物たちと犯罪組織が取引をする上で最も必要不可欠だったのはいかに海運を掌握したブローカーと繋がりを持つか。長らく国内の情勢が安定せず混乱が長引いていたのも、そのブローカー達の代理戦争のような状態だったようだ。

 

将来的にその頂点に君臨することになるのが横で寝ているドフィなわけだが、北の海を掌握したあとでグランドラインに出たようだから闇の世界が安定するのはまだまだ先だろう。

 

北の海で頭角を表し始めたのはたしか3年ほどあとのはずだ。ハチノスの元締めをする上でビジネスのやり取りをするのに非常に世話になったからよく覚えている。あの才覚を芽が出る前に潰すのは惜しいが、私が父親をしている以上いつ独立するかはわからないし、そもそも海賊という道を選ぶかすら不明だ。死んだらそれまでだし、生き残れたら前よりは上手くやれるだろう。

 

どのみち今後に期待というやつだ。私は誰にも殺されてやる気はない。

 

「おはよう、ドフィ」

 

「おー、おはよう」

 

「さっそくだが顔を洗ってきなさい。朝食の準備はできている」

 

「なんだなんだ、準備万端て感じだな。どっか出掛けんのか?」

 

1年がかりの修羅場を潜り抜けてきたからか、すっかり天竜人の口調が抜けたドフィが話しかけてきた。私は前から伝えていたとおり、放浪の旅に出ることを伝えた。

 

「出るってどうやって?航海術まで出来るのか、アンタ。いつ勉強したんだよ、あいかわらず知識の出所がわかんねえやつだな」

 

「夜な夜な勉強していただけさ」

 

「どうだか」

 

思い出さなければならないことが多すぎてだいぶ長居をしてしまったがこの豪華絢爛な自室ともお別れだ。

 

すっかり冷めてしまった朝食に文句を言いつつドフィが朝の支度を始めたのを見ながら、私は鞄を手にした。

 

これから会いにいく人間への手土産は全て入っている。

 

闇の世界を回す人間というのは入れ替わりこそ激しいが基本変わらないものだ。

 

たとえば、政府の許可なく渡航する者は全て海賊として扱われるため、金の融資を受けることはまず出来無い。だから闇金王は必要な存在だ。

 

次は臓器売買業者。医療的にも、物理的にも、主に公然の秘密である犯罪者と非加盟国の住人達が標的となる。

 

そして、金が1番回るのはいつだって風俗だからそこを牛耳る歓楽街の元締め。あとはいつも世話になってるマスコミ最大手。表に流通できないあらゆるものを保管する巨大な倉庫業。マッチポンプがお得意な大手葬儀屋。

 

そして、私がこれから会いにいくこの世界で1番深層海流の運輸に長けることになる新進気鋭の若き物流会社の社長だ。

 

デンデン虫が鳴き始める。私は受話器を取った。

時間通りにかかってきた。デンデン虫が擬態を始める。錨の描かれた大きな帽子は再現できないが、もじゃもじゃのあごひげ、カールした口ひげ、洋梨のような体格を再現しようとしているのがわかる。

 

「はじめまして、ウミット。モルガンズから話は聞いていると思うがホーミングだ。以前出した儲け話の件、話を聞いてくれる気になったと考えていいんだろうか?」

 

彼は今はまだ若手だが、いずれ手広く海運業を営み、裏社会の物流を支えている人物となる。この繋がりはなによりも変え難いものだ。

 

なにせこの世界は、赤い土の大陸や偉大なる航路を囲むように凪の帯が存在し、海上物流には地理的制約が存在する。遠隔地の人的・物的交流が困難であることは常識であり、民間では小鳥便やアルバトロス便といった空輸手段はあるものの政府機関以外の郵便はあまり発達しておらず、海賊同士の届け物には使いの船を出すのが一般的だ。もっとも、これが可能なのも強さと卓越した航海術があってのこと。

 

今の私達には肝心の船とログポースがない。

それに海上物流に付きまとう困難は何も地理的制約だけではない。海賊にとっては海軍がそこらじゅうを取り締まっている。このような状況下、遠隔地への輸送というニーズの受け皿になっているのがウミットのような業者なのだ。

 

この世界の海は表層海流と全く別の動きをし、途切れることなく世界中をめぐる巨大な龍のごとき海の流れがあり、温度差で上下左右にうねりながら世界中を巡っている深層海流というものがある。

ウミットは表向きの運輸業に加えて、得体の知れない深部での海流のうねりとして裏社会に属し、巨大な闇の物流の一角を担っている。私がウミットを交渉相手に選んだのは、他でもない。いずれ彼が地理的制約や敵対勢力との邂逅というハードルを避けるために必須な深層海流を活用し行う海中輸送を完全掌握することを知っているからだ。

 

ウミットの運輸業社は優れたコーティング技術を有している上、潜水艦を活用している。

 

只今運輸王を目指して勢力拡大中のウミットは各地の港町を取り仕切るマフィア構成員を募集しているはずなのだ。マフィアはウミットの海運業者の末端組織であり、港町を取り仕切るために配置されており、その港町はウミットの港湾拠点の一つとなる。

 

その港町を少しでも増やすための構成員になるには、非加盟国とはいえ国を滅ぼしたというのはわかりやすい指標になるだろう。

 

ウミットの海上港湾拠点を保護する海賊との繋がりが期待できる上、対価としてウミットは深層海流を活用した移動手段を提供してくれる。

ウミットの深層海流を活用した海運手段を利用し、世界中を移動できるとしたらこんなに便利なことはない。

 

以前の私なら港町の保護を交渉材料にできたがあいにく今回は元天竜人というブランドしかない。交渉に乗ってくれるか不安だったが、皆殺しにした犯罪組織が使っていたブローカーやライバル会社の重要案件を手土産にするといったら思いの外簡単に応じてくれた。

 

「なんだって?ハチノスの元締めを思い出す?馬鹿を言わないでくれ、私は元天竜人だ。ロックスにいたことなどないよ」

 

軽い雑談をしたあと、デンデン虫は終わった。

 

「ドフィ、港に行こうか。迎えに来てくれるそうだ」

 

「誰がだよ」

 

「ウミットという海運業者さ。錨マークが目印だから、見えたら教えてくれ、ドフィ」

 

「そいつんとこで働くのか?」

 

「コネづくりの方が主になるだろうがね。どこにでも連れて行ってくれるだろう、仕事をこなせばの話だが。どこか行きたいところはあるかい?」

 

「マリージョアっていったらどうする?」

 

「はは、奇遇だねドフィ。私もだよ」

 

「冗談だ、冗談。本気にすんな。アンタの目的とは絶対違うことだけは確かだ、一緒にすんな」

 

「失礼な話だ、世界を壊したいのは同じだろうに」

 

一瞬、ドフィは言葉に詰まったのか私を驚いた顔をしながら見上げてきた。そして、バツが悪くなったのかそっぽむいていうのだ。

 

「アンタは物理的すぎるんだよ」

 



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5話

「おーいおいおいおい、なるほど、なるほど。そういうことか!ならば心当たりがある。我が故郷ビルカに行くといい。あそこは寂れた島だが君の依頼主の願いをかなえるものがきっとある」

 

残念なことにそれは私の望んでいた返答ではなかった。

 

「ちゃんと話を聞いていましたか、ハレダス博士?ツキミ博士の研究室でその手の歴史研究は把握済みなんですよ。問題はそこじゃない、話を逸らさないでください。私はウェザーエッグを貰いにきたんですけど」

 

やけに長い呼びかけをする老人だった。顎髭と長髪が特徴的で、魔法使いの様な青い帽子とローブを着用しており、他の仲間達も其々異なる柄のローブと帽子を着ている。

 

今私達が訪れているのは空島の1つではあるが、純粋な空島ではなくハレダスらが35年前に作った人工島である。主に「風の結び目」や「ウェザーボール」など、この世界全体の天候の科学について研究している。

 

差し入れの青海から仕入れたお茶菓子をつまみながら茶を飲むハレダス博士に私は話を続ける。

 

「そんなこと言わずウェザーエッグをわけていただけませんか?」

 

「いかあああん!!ダーメじゃダメじゃ、絶対にダメじゃ!ウェザーエッグはわがウェザリアの大発明!自由自在に天候ををコントロールできてしまったら大事になりかねない。ダンスパウダーひとつで国一つ滅びるんじゃからわかるじゃろい?」

 

「何か問題でも?」

 

「大アリじゃあ!あーもー相変わらず物騒な男じゃなあ、お前さんを諭した私が馬鹿じゃったわい!お前さんがウミットんとこの用心棒で、依頼主がツキミ博士の忘れ形見じゃなければ、わざわざ時間とって話なんかせんわ!!」

 

「いつもご愛顧いただきありがとうございます」

 

「こちらこそ、ってちがわーい!!ビルカへのログポースやるからさっさと帰るんじゃ!今すぐにでも出てけ!」

 

「要らないっていってるでしょう、一応いただきますが」

 

「もらうんかい!」

 

「ご協力ありがとうでアリマス、ハレダス博士。空島ビルカとはどのような場所なのでありましょうカ?」

 

「ごほん、そうじゃったの。すまんすまん、話が逸れた。空島ビルカはさっき言ったように我が故郷。そもそもツキミ博士はビルカの遺跡から数多の失われた化学技術を再現しておった。きっと力になるはずじゃ」

 

「なるホド!ご協力ありがとうでアリマス!」

 

「騙されてはいけませんよ、スペーシー中尉。私達は動力になるものを探しているんです。月にいけても電気が尽きたら敵討をする前に停止してしまいますよ、貴方」

 

「ハッ、そうでありまシタ!ありがとうでアリマス!」

 

「ぐぐぐぐぐ、騙されてはくれんか......」

 

はあ、とハレダス博士はため息をついた。

 

「しかし、月の大爆発とは、やはり気のせいでは無かったのか......。まさかそのせいで餅を喉につまらせて死んでしまうとは。実に偉大な人材を失ったんじゃなあ、この世界は。私より先に死んでしまうとは......ツキミ博士......」

 

「私も残念です、ハレダス博士。ツキミ博士ならきっと私の力になってくれたはずなんですがね、おかげでとんだ回り道だ」

 

「いや、やっぱり死んでくれてよかったのかもしれん」

 

ぼそりとつぶやくハレダス博士に私は視線をなげた。ハレダス博士はあからさまに目を逸らす。さいわい依頼主には聞こえていなかったようだ。よかった、聞こえていたらハレダス博士の口を永遠に塞がなければならないところだった。

 

「ハレダス博士」

 

「地獄耳め......だってそうじゃろ?お前さんに拉致されたらなに開発させられるかわかったもんじゃない。だいたいお前さんのあれこれは本来ベガパンクの領域じゃろ?闇金王通じてMADSにでも依頼したらどうじゃ」

 

「いえ、今回の儲け話はまさにツキミ博士の領域だったんですよ。だからあてが完全に外れてしまったんです」

 

「おい待たんか、今何言った。金獅子にでもなる気か、おまえさん」

 

「別にこの島でも構わないんですがね、実に魅力的な島だ」

 

「すまん、余計なこといったわい。聞かなかったことにしてくれい」

 

「わかりました。これからもウミット海運をご贔屓によろしくお願いいたします。ついでになにか心当たりはありませんか?」

 

「私に聞かれても知らんわい。動力になるような悪魔の実を船に食わせたらどうじゃ?それこそベガパンクの得意分野じゃろ。それにウミット海運の方が情報手に入るじゃろ」

 

「弱小海運がそんなことしたら信用なくすじゃないですか、だめですよ」

 

「それならやっぱり金積んで人工悪魔の実を食わせたらどうじゃ?あの完璧主義者なら失敗作のひとつやふたつ買い取るといったら喜んでくれるじゃろ。お前さん火薬に咲く花大量に購入しとるし」

 

「それが近道ですかね、やはり?それならモコモ公国にいって海外に興味ありそうなミンク族にこのログポースとビルカへの護衛を条件に仲間になってもらった方がはやい気がするんですが。安上がりだし」

 

「エネルギータンクの間違いじゃろ、お前さんの企みぐらいお見通しじゃ。月にミンク族行かせるんじゃない、発狂させる気か!」

 

「それならMADSの実験に協力してもらってロボット作ったらまだ人道的では?」

 

「やめんか!あのMADどもの中に世間知らずのミンク族を放り込むんじゃない!!」

 

「ウェザーエッグ提供拒否する癖に邪魔ばかりしないでもらえます?」

 

「さっきからなんの話してんだ、アンタら」

 

茶菓子を平らげたドフィがいいかげん暇になってきたのか私達の話に割って入ってきた。

 

「ああ、そういえばドフィは知らなかったね。この世界にはミンク族という獣人がいるんだ。電気を使う体質だからスペーシー中尉達の力になるんじゃないかという話をだね」

 

「ミンク族ってなんだよ、能力者か?」

 

「いや、違うさ」

 

軽くドフィに説明してやった。

 

ミンク族とは動物に模した顔と体つきが特徴の獣人のことだ。全身が純毛によって覆われており、それがミンク族の名前の由来となっている。 一見動物(ゾオン)系悪魔の実の能力者に思えるが、明確な種族名もある為、独特の種族である事がわかる。

 

種としての身体能力が人間より高いことに加え元となる動物の能力を色濃く残しており、ウサギのミンクは驚愕させるほどの跳躍力を持つ。

また、『エレクトロ』と呼ばれるスタンガンのように触れた相手に電流を流す技を持つ種族であり、「生まれながらの戦闘種族」「赤子ですら身を護る術を持つ」「弱者という概念すらない」とまで称される。

 

当然、二人の王と国を守るために鍛え上げられた本職の戦士ともなればその強さは「言語に絶する」と謳われるほどである。

 

更に満月を見ることにより、ミンク族の奥の手といえる真の姿、「月の獅子(スーロン)」になることができる。この形態となると一時的にまるで獅子のように髪の毛が増え、身長が伸び、身体は白く、瞳孔は鋭くなり身体能力も大きく向上する。

 

これは満月の光がミンク族を高揚させ、記憶の奥底の更なる野生が呼び起された姿だというが、本来は、凶暴性が増す上に一晩で暴れ、戦い疲れて死んでしまう暴走形態であり、訓練をして制御しておく必要がある。また、制御できるようになっても肉体への負担は大きいため長時間の変身はできない。

 

「たしかシャボンディ諸島だと70万ベリーが相場......うん、奴隷を買った方がはやいね。ありがとう、ドフィ。すっかり忘れていた。モコモ公国に送る代わりにMADSの研究に協力してもらってロボットをつくろう。いや、君たちなら作れるかな?スペーシー中尉」

 

「ミンク族からの協力があれば可能かもしれないでアリマス!」

 

「よし、善は急げだ。ありがとうございました、ハレダス博士」

 

「な、なんとか犠牲者は出ずに依頼達成できそうかの......?」

 

「そうですね、世界政府に勘付かれるのも癪だ。そちらの方が安全だろうし、今回はそうします」

 

「よかった......」

 

私達はウェザリアを後にすることにしたのだった。



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6話

シャボンディ諸島は偉大なる航路の前半部の終点にある島だ。島と呼ばれているが、実際はヤルキマンマングローブと呼ばれる巨大な樹木の集合体であり、偉大なる航路の島特有の磁場が発生しない。それぞれの樹木の根元に島状のものが出来、樹木から特殊な天然樹脂が分泌され、島を構成する樹木の根元が呼吸するときに樹脂がシャボン玉のように飛んでいく。

 

各々の樹木に番号が着けられており、それが島の区画として使われている。明確に決められているわけではないが、1~29番は無法地帯、30~39番は繁華街、40~49番は観光関係、50~59番は造船所、60~69番は海軍駐屯地、70~79番はホテル街が多い傾向にある。

 

この島の向こうには赤い土の大陸があり、正規の方法で偉大なる航路後半部、通称新世界に進むには聖地マリージョアを通るしかない。そのため、海賊などの無法者達は新世界への裏ルートである魚人島を通る海底ルートへの準備をする島として、このシャボンディ諸島を利用している。

 

結果として、この諸島には偉大なる航路の前半の海で名を上げた悪名高い凶悪な海賊達が集結する地として有名で、それらに睨みをきかせるため、海軍本部が設置されている。

 

奴隷制度や魚人族・人魚族への差別など、200年前に悪しき歴史として世界政府が否定したはずの風俗が公然と肯定されており、世界政府や海軍も人身売買を黙認。人間屋を職業安定所と見て見ぬふりをするなどといった歪みを抱えている。

 

もちろん私達の用があるのは無法地帯である。人間屋を見回りながらミンク族がいないか探して回る。

 

希少な種族なのはわかっていたが、探すとなると案外見つからないものである。ウミット海運の仕事の合間にシャボンディ諸島を訪ねるようになってから早半年。まだ見つかる目処が立たない。

 

一応社長にも掛け合っているのだが、あいにくミンク族を乗せた海賊は白髭、ロジャーしか心当たりがないそうだ。

 

今日も空振りだろうかと思い始めた頃、ドフィが何度目になるかわからないため息をついた。

 

「天竜人の頃に初めからしたいこと教えてくれたら、俺だってミンク族選んだぜ?いくらでも買えたじゃねえか」

 

「何度もいうが天竜人のままだと面白くないから人間堕ちしたんだよ、私は」

 

「何度も言うけど親の都合に子供を巻き込むんじゃねえよ、クソッタレ」

 

「私が父親でごめんね、ドフィ」

 

「感情が微塵もこもってねえじゃねえか、何度も同じこというなよ腹立つな、クソ。どうせ天竜人だったおれが嫌いなんだろ、アンタは。自分も含めて」

 

「よくわかっているじゃないか、ドフィ。何度も言うが今からでもモルガンズのところにいってもいいんだよ?私は一向に構わない。このままだとドフィにまで懸賞金がかけられてしまう。まだ間に合うと思うんだが」

 

「うるせえ、しね」

 

「最近ほんとうに反抗期がひどいな、ドフィは」

 

「うるせえ、ばーか」

 

軽口を叩きながら歩いていると、ようやくお目当てのミンク族の奴隷を見つけることができた。オークションで競り落とすのに時間がかかったが、ウミット海運の今後がかかった儲け話のためか資金には困らない。

 

あっさり買うことができた。みんな一様に怯えた目をして私達についてくる。

 

私の想像以上にモコモ公国の住人は海外への憧れが強いのかもしれない。ミンク族といえば白髭海賊団やロジャー海賊団にいたネコマムシやイヌアラシあたりしか見たことがなかったのだが、私がシャボンディ諸島で買ったミンク族はみんな似たような理由で奴隷になっていた。

 

みんな揃いも揃って子供であり、イヌアラシ達のように世間知らずだった。大人はまず無謀なことはしないだろうから当たり前といえば当たり前か。ある者は世界政府により知ることすら禁じられていることを知らないためにポーネグリフを見に行きたいといい。ある者はイヌアラシ達を追いかけてワノ国に行きたいといい。ひどい者だと冒険したいとかふんわりした理由で無謀にも航海術や新世界の海の知識も学ばないまま一緒に小舟に乗り、旅立ってしまったらしい。

 

ワノ国でおでんに拾われて家来になったイヌアラシ達から手紙をもらったのが引き金らしいから憧れというやつはなかなか止められないようだ。

 

難破して漂流したあげくに打ち上げられた国でミンク族の知名度の低さが災いして迫害に遭った挙句に人攫いに売られたという。

 

天竜人が闊歩するシャボンディ諸島に長居する気はないため、買い付けが済んだら早々に島を離脱し、そのままウミット海運の深層海流に乗ってツキミ博士のからくり島に向かうことになる。

 

ツキミ博士の趣味でワノ国の庭園や家屋が広がる小さな島に上陸するころには、私達に協力さえしてくれればモコモ公国に帰還できると知った彼らはすっかり安心した様子でくつろぎ始めたのだった。

 

「おい待てこら、おれの服勝手にタンスから出すんじゃねえよ!あいつらに着せる気だろアンタ!!」

 

「最近着てなかっただろう、いらないのかと思ったんだが」

 

「せめて聞けよ馬鹿!母上に買ってもらった服まで勝手に着せようとすんじゃねえ、ふざけんな!しね!!」

 

「ああ、なるほど。そうだったか、すまないねドフィ。じゃあ、今から買い出しに行こうか」

 

「誰に話ふってんだ、馬鹿!おれとアンタだけでいいじゃねえか!!もうガキの引率なんかゴメンだ!」

 

「やけに反抗するじゃないか、ドフィ」

 

「..................ばーかしね」

 

いよいよドフィは拗ねてしまった。

 

「わかった、わかった。からかいすぎたね、すまないドフィ。久しぶりに買い物にでも行こうか」

 

特に深い意味はなかったのだが、ドフィはそのまま私の服を掴んだまま泣き出してしまった。なにを言っても泣き止まないものだから、なにが欲しいのか根気強く聞き出したところ、なんと私と同じ黒シャツに赤いネクタイのスーツが欲しいと言い出した。よくわからないがそこまで言うなら特注の店にも立ち寄ることにした。

 

「自分の子供の誕生日ぐらい覚えとけよ、天竜人んときは盛大なパーティ毎年してたくせに、言わなきゃ祝ってもくれねーのかアンタ」

 

ここでようやく私は今日が10月23日だと思い出した。

 

「あの時いったはずだよ、ドフィ。父親としての最後のプレゼントを拒否したのは他ならぬドフィじゃないか」

 

「ばかいえ、父親の背中をみて生き方を学べっていったのはアンタだ、父上。つまり、アンタはまだおれの父上なんだよ、自分のいったことくらい覚えとけばーか」

 

げしげし蹴ってくるものだから、私はスーツに合わせたブーツも買ってやることにしたのだった。

 

「帰ったら焼肉でもするか」

 

「ほんとにアンタってやつは......!!アンタってやつはあああ!いいかげんにしやがれ、ばかやろー!!!」

 

「いらないのか?」

 

「あいつらだけが食うのはムカつくから食うけどよ、ほんとアンタってやつはいつかころす!!!」

 

「そればかりだね、ドフィ」

 

「だれのせいだと思ってんだ!!!」

 

ドフィはずっとこんな調子だったが、ようやく依頼人のために延期していた宇宙船の動力の開発を進めることがことができそうだ。からくり島にある研究室は報酬である私の船に移設することにしよう。ミンク族の奴隷を買うのに時間がかかりすぎてしまった。いつ世界政府や海軍本部に見つかるかわかったものではない。刺客に嗅ぎつけられる前になんとしても依頼を完遂しなくては。前途はまだまだ多難である。



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7話

宇宙船は完成した。スペーシー中尉達を乗せた船は月に目掛けて飛び立った。月までなら風船で行けると研究資料から書いてあったが、スペーシー中尉達の動力が電気な以上、なんとしても確保しなくてはならなかったから完成してなによりだ。ミンク族の電気に関する性質を特化させて衛生兵として何十体も乗せたから、きっと仇討ちは成し遂げられるに違いない。

 

見えなくなってしまった宇宙船と満月をドフィはまだ見つめていた。

 

「そろそろ私達も空の船出と行こうか、ドフィ」

 

「モコモ公国にいくなら深層海流のがいいんじゃねえのか?」

 

「ダメだ、空の方がいい。早く乗りなさい」

 

「父上?」

 

不思議そうなドフィやミンク族達を船に乗せる。

 

「ワタクシの出番ではないのでアリマスネ」

 

「そうだね、ドルネシア少尉。今回はスペーシア少尉の指示に従って欲しい」

 

「わかったでアリマス」

 

「船長、進路はいかがいたしますカ?」

 

「ウェザリアに進んでくれるかい?」

 

「かしこまりマシタ」

 

スペーシー中尉がこの船の操舵手として任命してくれた人工知能を搭載したロボット達が位置につく。なんとか船は無事に空へ出航したのだった。

 

一瞬で空が暗くなった。そして、一瞬にしてあたりが真っ白に塗りつぶされていく。あれだけ離れているというのに目を焼かれそうになる。真っ先に反応したのはサングラスをかけているために無事だったドフィやミンク族達だ。からくり島が吹き飛んだのである。これを見るのは3度目だ。ゴッドバレー以来だろうか。間一髪だった。少しでも遅れていたら、今頃私達は海の藻屑だろう。文字通り地図の上からしょうめつしたに違いない。

 

「私が放浪すると言った意味がわかったろう、ドフィ。船の建造に時間をとられてしまったが間に合ってよかった。機動力重視で正解だったね」

 

ツキミ博士の仇討ちに月に向かったスペーシー中尉達からの報酬は、ビルカ文明から再現された水陸両用ならぬ水陸空両用の宇宙船のような船である。雲に紛れて飛び立った船はやがて空島が浮遊するところまで到達した。なんとか逃げ切ったようだ。

 

「父上、なんだあれ。なんだあれ。からくり島が消し飛んだじゃねえか......」

 

「これで拠点を失うのは2度目か。やはり世界政府の目の届く場所で拠点は作るべきじゃなかったな」

 

「父上、放浪しなきゃならない理由ってのはまさか」

 

「その通りだ。世界政府が世界政府たる理由のひとつだよ、ドフィ。それしか私にすらわからない。あの光がなんなのかすらわからない。ただわかるのは世界政府のなんらかの逆鱗に触れたんだろうね、私達は......。いや、それにしては発動が遅かったからスペーシー中尉の宇宙船の方だろうか?」

 

「ビルカの文明関係ってことは、ビルカもいつか吹っ飛ばされるのか?あそこは人が住んでるじゃねえか」

 

「そんなこと、地図から見てる人間にわかりはしないさ」

 

ドフィ達が青ざめている。

 

「二発目が来ないから、やはり狙いはからくり島の抹殺だったようだね。安心しなさい、もう安全圏に入ったようだ」

 

ミンク族とドフィはそのまま座り込んでしまった。無理もない。まさかCP9を送り込む前にもいきなりあの兵器を使ってくるとは思わなかった。

 

「もしかしたら、もともと抹殺予定でたまたま私達がいただけなのかもしれないね」

 

「どんだけ運がねえんだよ、おれ達......いや、運がよかったのか?」

 

「とりあえず、助かったのだけは確かだね。私達の手配書が発行されていなければ、たまたま巻き込まれたことが確定だ。祈るしかないだろうね」

 

「ツキミ博士の研究室、移設しちまってるもんな」

 

「バレたら晴れて賞金首だ。どのみち生半可な強さなど何の意味もなさないのは変わらないがね」

 

「父上、見たことあんのか。さっきのやつ」

 

「知っているだけだよ」

 

「いつだよ、いつ調べた」

 

「さあ、いつだったか」

 

「また始まったよ、出所不明の知識」

 

ドフィは苦笑いしている。

 

「いつだったか、ロックスという海賊の話を社長としていただろう?あの海賊が壊滅した時の話をしてやろうか」

 

ハレダス博士にビルカの人々を移住させるなら早めにした方がいいことを伝えるため、船はウェザリアを目指している。予定外の遠回りだ。私の昔話にミンク族達も耳を傾け始めた。

 

現在、ロシーが扱かれているであろうモンキー・D・ガープが「海軍の英雄」と言われるようになった島であり、かつて世界最強の海賊団とされたロックス海賊団の船長ロックス・D・ジーベックを討ち取った場所がかつて存在した。

 

現在多くの謎に包まれている島の1つだが、今や誰も上陸することはできない。その島の名はゴッドバレー。西の海にあったと言われる島だ。

 

今から6年前、この島で当時既に海軍中将の立場であったモンキー・D・ガープが本来倒すべき相手であるゴールド・ロジャーと手を組んでロックス海賊団と交戦し、その結果船長ロックス・D・ジーベックが死亡し、ロックス海賊団が壊滅した。またこの島には天竜人も滞在していて、天竜人嫌いのガープは天竜人の奴隷たちを守るために戦いに挑んだと言われている。

 

この戦いがきっかけで「海軍の英雄」の伝説の始まりとなったガープ、大海賊のロジャー、「世界の王」という巨大な野望を持っていたロックス、そして今ある世界を創造した神と称される天竜人といった豪華な面子が揃った伝説の島。ゴッドバレーは現在地図に記されておらず、実際に跡形も無く消えている、まさしく世界政府が隠したかった島だ。

 

「ロックスってそんなにすごい海賊だったのか、聞いたことねえけど」

 

無理もない、と私は笑うしかない。

 

かつて「世界最強の海賊団」の名をほしいままにした伝説の一味ロックス海賊団は、海賊島「ハチノス」にて、1つの儲け話の為にかき集められてできた凶悪な集団であり、粗暴かつ独立心の強い個性豊かなメンバーばかりが揃っており、仲間同士の殺し合いが絶えなかったとされている。

 

メンバーは後に四皇と呼ばれるようになる白ひげ、ビッグ・マム、百獣のカイドウ、他にも金獅子のシキやキャプテン・ジョンなど、今では伝説と称される程のビッグネームの多くがこの海賊団に所属していた。

 

間違いなく6年前まではロックスの時代だった。

 

この面々をまとめ上げていた船長がロックス・D・ジーベック。 彼は大海賊ゴールド・ロジャーにとって最初にして最強の敵だったと言われる実力者であり、「世界の王」を目指した恐るべき海賊だった。

 

非常に好戦的で凶暴、海賊行為よりもテロ活動に重きを置いており、ロジャーとの戦いでは、ロックスが先頭に立って白ひげやビッグマムがそれに続いたという。

 

これほどの大海賊団が、壊滅からたった6年しかたっていないのに巷では名も知られていない理由は二つある。

 

一つは、船長ロックスが世界政府自体を狙っていた為、彼らが関わった事件の殆どは政府の情報操作によって徹底的に揉み消されている事。

 

もう一つは、所属メンバーの仲が仲間殺しが日常茶飯事な程で「チームワーク」の概念すら皆無の烏合の衆状態だった為、ロックス海賊団時代を半ば黒歴史として封印し誰も口外しない事が挙げられる。

 

逆に言えばそれだけの理由があり、世界政府の強固な情報統制が当時から敷かれていたにもかかわらず、ロックスが悪の代名詞として通じるレベルで暴れまわっていた規格外な連中の集まりであったともいえる。

 

現在、拠点にしていた海賊島ハチノスは、元船員で有る王直がナワバリにしている。そう、かつての私だ。



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8話

ウェザリアからモコモ公国という遠回りな空の旅を終えて深層海流を経由して宇宙船が浮上したのは、北の海にあるウミット海運の島だ。

 

古くから造船や海運が盛んだった島ではあるのだが、北の海はそもそも戦争が絶えない国が多く、国に雇われた海賊達により10年に渡り戦争を続けている地域もあるくらい、大変治安が悪い海だ。そのためか四皇や王下七武海、海軍本部などの強大な勢力の重要人物を多数輩出している海でもある。

 

そのため来航する大海賊達を相手にするうちに自衛団から始まった島の民の一部はいつしかマフィアになった。表向きは世界政府や海軍の仕事も請け負うのだが、裏ではノースの闇の物流を担う一角となった。

 

新進気鋭の若き運輸会社の社長は私の予想通りマフィアの元締めに気に入られ、後継者に指名される。なにせ破竹の勢いで事業拡大をするうちにお抱えの造船所だけでは仕事が回らなくなってしまい、いつしかこの島の仕事は全てウミット海運から回されたものになっていたからだ。いよいよこの島は全ての会社がマフィアの傘下になったも同然だった。

 

ゆえにこの島に海軍の支部はなく、ウミット海運の旗をかかげるこの宇宙船がどれだけ規格外のイカれた船でも危機意識をもつ島民は皆無なのだ。この船こそが私がウミットに持ちかけた儲け話の大本命なのだから。

 

宇宙船はウミット海運お抱えの造船所に停泊する。港に降りた私達をたくさんの黒服の男達に護衛されたウミット社長が迎えてくれた。冒険が大好きで海賊にかぶれているこの男は相変わらず海賊でもないのに海賊らしい服装である。

 

「これが......これが月がらこの星にやってぎだづー伝説の宇宙船ビルカなのが!!私が夢にまで見だ憧れの船なのが!素晴らしい!素晴らしいぞ、ホーミング!おめに私の夢託していがった、儲げ話さ乗っていがった!!これなら古代兵器プルトンにだって劣らねぁーべ!」

 

感動のあまりいつもなら田舎者だと笑われないよう控えているはずの北の方言丸出しで大喜びしている。お礼を言いながらぶんぶん握手され、ドフィは頭を乱暴に撫でられて嫌がって逃げていく。私になんとかしろとばかりに隠れてしまった。

 

とうとう感涙の涙まで流し始めた社長に感化されたのか、それともこの男の苦節を知るからか、黒服達も涙ぐんでいるように見えた。

 

実はこの男、家業の弱小海運会社を継ぐのが嫌で単身ウォーターセブンに乗り込み船大工として大成しようと働いていたことがあるのだ。ウォーターセブンに古くからある造船所で働いていたころ、地元で育った仕事仲間にある噂を聞いた。

 

それは太古の時代、ウォーターセブンで古代兵器である戦艦プルトンが造られたが、当時製造に当たった船大工たちは、万一他の古代兵器が復活した場合の対抗手段としてプルトンの設計図を代々最高の船大工に伝承させることにしたというものだ。

 

それを聞いてロマンを感じた男は必死に技術を磨いたのだが、運悪く一度もその同僚に勝てないまま、その継承の競争にも負けてしまうという挫折を味わうことになる。

 

ウォーターセブンから帰ってきて北の海の弱小海運の跡継ぎとなったウミット社長は、今や海運王になるための大きな足がかりを今日手に入れたというわけだ。

 

「なあ、さっきから連呼してる古代兵器プルトンてなんだよ」

 

宇宙船内部や構造についてスペーシア少尉達に説明してもらって案内されているウミット社長が何度も連呼するものだから、ドフィがつられて疑問をなげる。

 

「聞ぎでえが?聞ぎでえが?普通だら機密事項だが私の夢叶えでけだホーミングの息子だがら特別さ教えでけっぺ、感謝しろよドフラミンゴ!」

 

唾を飛ばしながら挫折の日々を語りながら自己陶酔の域まで入り始めたウミット社長の話を要約すると以下の通りだ。

 

それは神の名を冠する古代兵器と呼ばれる3つのうちのひとつ。

 

島1つを消し飛ばすとも、世界を海に沈めるとも言われ、恐れられている兵器の総称で、「歴史の本文(ポーネグリフ)」にその在り処が記されているとされる。

 

あまりに強力すぎるため、世界政府は古代兵器が復活し、悪用される事を防ぐために一切の研究を禁じている一方、他派閥の手に渡る前の独占を考える過激派も出ている。

 

その正体は、大昔にウォーターセブンの技術者達が作りあげた最強最悪の戦艦。 現存する古代兵器が他の勢力に悪用された場合、それに対する抵抗勢力が必要だと考えた当時の技師たちが設計図を残し、以後代々ウォーターセブンの船大工達の間で密かに受け継がれている。

 

同僚が友情のよしみで一度だけ見せてくれた設計図をちらっと見ただけでもその恐ろしさを肌で感じるという凄まじいもので、人間が作れるとは信じ難かったらしい。

 

「私は若がったんだな。宇宙船手にした今どなっては笑い話だ。ウラヌスがら逃げだんだべ、この宇宙船は?なら設計図ど技術転用でぎれば私の会社は世界一の海運会社になれる!ありがとう、ホーミング!」

 

これが私の儲け話の全容だ。

 

「約束どおり設計図を渡そう。スペーシア少尉達をウミット海運の社員にしてくれていい。だだし」

 

ニヤリとウミットが笑った。

 

「言わねでもわがってる。この宇宙船世界政府の認可がおりるよう改造してけっぺ。ウミット海運の船なんだ、航海でぎにゃば意味無えがらな!」

 

「ありがとう、ウミット。これからもよろしく頼む。あと喜んでくれるところ悪いんだが、ひとつだけ問題があるんだ。ビルカの技術を転用する上で最大の障壁になるであろう電気を作り出す技術を再現するか、電気を扱う種族を大量に雇わないといけないだろう。その足がかりとしてはなんだがミンク族を雇ってみないか?見習いでも構わないから。まだ子供なんだ。どうしてもついていきたいと聞かなくてね」

 

さあおいでと私に手招きされて数人のミンク族の子供がやってくる。

 

「すまない、ウミット。一応モコモ公国の許可は得ている。ちゃんと降ろして親元に返したはずだったんだがね、お礼にポーネグリフを見せてもらっている間に密航していたようだ。気づいたのは北の海に浮上した後だったんだ」

 

つまり、ついさっきである。

 

「おめにしては珍しい失敗だな、ホーミング。託児所でもする気が?」

 

にやにやとウミット社長は笑った。

 

「父上、託児所なんかしねえよな?」

 

「託児所ではないが見習いとして、私の船に乗せることもあるだろうね。モコモ公国でいいことを聞いたじゃないか、光月一族とポーネグリフの関係について、だったかな。ワノ国と密約を結んでいるというんだ、有事の時力になると協力体制を敷いておけばのちのち役に立つこともあるだろうさ」

 

私の言葉にドフィはなにか考えがあるのか言葉を紡ぐ。

 

「なあ、父上」

 

「なんだい、ドフィ」

 

「世界政府が無視できなくなるくらいまで、なんでもいい。力を持てたら火炙りにあわなくて済むのかと思ってたけど、それだけじゃダメなんだな」

 

私は頭を撫でた。

 

「賢い子だ、そうだよドフィ。武力を得るだけではダメだ、ロックスのようになる。地位を得るだけではダメだ、天竜人のようになる。ならばどうすればいいか。答えはなかなか出ないものだ」

 

「だからマリージョア襲わないのか、こんだけすごい船手に入れたのに」

 

「まだその時じゃ無いと思うからね」

 

「その時」

 

「時代のうねりというやつだよ。それになにより大事なものがある。野望でも夢でもなんでもいい、なにか核になるものがなければ待ち受けるのは死だけだ。ドフィ、お前はこの世界でなにがしたいんだい?」



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9話

魚人冒険家といわれるのは同年代にして先人に偉大なる冒険家のフィッシャータイガーがいるから、無性に気恥ずかしいとイールはその肩書きを口にするのを照れていいたがらない。あいつがやるならおれにもできるはずだとタイガーに憧れて海に繰り出した魚人たちは、みな一様に同じような反応を示す。

 

イールはそのうちの1人であり、特に燈台がある岬の崖下に広がる暗い海面から水平線を見るのが好きだった。朝陽が水平線から光の矢を放つ光景が子供の頃から好きだった。

 

それを眺めると人攫い屋によく見つかったが、幸いイールはデンキウナギの魚人だった。襲われても船を転覆させて帯電した海水で感電、失神させて溺死させることで逃げることができた。

 

そのうちさらなる未知の海を求めて航海術を学び、当時船に乗せてくれた冒険家仲間の先代船長が縄張りに侵入されたからと難癖つけてきた海賊とのいざこざで勇敢に戦ったが戦死。人間に触られたくないという遺言通り遺体は海に投げ入れて周りからの強い推薦で臨時で船長となり、その海賊を全滅させるまで戦い抜いた。

 

しかし、その因縁は数年に渡って冒険家達を苦しめた。その海賊と兄弟盃を交わしていた別の海賊から仇討ちを理由に執拗に追い回される羽目になったのだ。魚に負けたのがよほど悔しかったらしい。あらゆる卑劣な罠に嵌められ、最終的には金に目が眩んだ顔馴染みの酒場の店主の通報でイールらはとうとう捕まった。すさまじい報復と拷問を受け、生き残れた仲間たちと共に瀕死の状態で劣悪な船内に放り込まれて1人残らず人攫い屋に売られた。

 

死ぬより惨めで屈辱的な目に遭わせてやると特に扱いが悪い人間屋に売られた。

 

人間屋で売り買いされているのは世界政府非加盟国の住人及び犯罪者とされており、主に海賊や、シャボンディ諸島に無数に存在する賭場での破産者などが贈られることが多い。

 

しかし、それはあくまで名目であり、人魚・魚人族は170年前に政府が撤廃したはずの魚類という認識でまかり通っており、シャボンディ諸島の古い気風故に商品扱いするにもかかわらず気味悪がられることもあり、それどころか命持つ動物とすら扱わない輩も少なくない。

 

内部では競売が行われており、観客の間で競り落とされた者に奴隷の保有権が渡される。 競売送りが決定次第、奴隷には外すと爆発する首輪が付けられるため、脱走は死もしくは重体を意味する。

 

競売前の奴隷を奪還することは、他人の財物を強奪することと同一という扱いになっており、止めようとしても秩序を維持する側の世界政府から逮捕される。

 

なんとも理不尽な世界がイールを待ち受けているはずだった。

 

運命の日が訪れた。オークション会場の一角がやけに真っ黒だったことをイールは昨日のことのように思い出せる。やけに身なりのいい男たちだった。碇マークの刺青をいれている男たちだった。ひとりサングラスをかけた子供もいたが、真正面に座る赤シャツにに黒スーツの男と同じだったため、同じ所属の人間達なのだろうと想像がついた。

 

それは異様な光景だった。

 

その日は人魚の奴隷はいなかった。ただ、老若男女問わず魚人の奴隷と見るや金に糸目もつけず全て落札していくのだ。たまに横槍をいれる連中もいたが金にものを言わせて競り落としていく。天竜人がたまたま来ていないだけマシだったが、何が目的で魚人ばかり買うのか目的がまるで見えなかった。

 

イールもまた当然のように買われた。不安を隠せないまま碇マークの旗を掲げた船に乗せられ、最初に聞かれたのは血液型だった。医務室に連れて行かれ、同じ血液型の魚人に輸血を頼むスーツ達。治療と衣食住が完備の船で訳のわからないまま奴隷とは思えない待遇を受ける。目的がなにもわからなくて無性に不安にかられたイールは、魚人達を代表してたまたま通りかかったこの船唯一の子供に声をかけた。

 

サングラスをかけた子供だった。

 

「なあ、この船はどこに向かってんだ?」

 

「どこって何言ってんだ。父上からなんも聞いてないのか?魚人島に決まってんだろ。あ、まさか別の村があるとか言わねえよな?それなら早いとこ言わねえと」

 

ハッキリ言って、頭が理解するのを拒否した。父上とやらを呼びに行こうとする子供の手を掴んでいた。

 

「まってくれ、待ってくれ、今なんて言った!?おれ達は魚人島に帰れるのか!?どうして、なんでだ、なんで人間がそこまでしてくれる?アンタ達は一体何者なんだ!!」

 

気づいたら叫んでいた。それをみた子供はようやく合点がいったのかニヤリと笑っていったのだ。

 

「ドンキホーテ・ホーミング。おれの父上の名前だ、聞いたことくらいあんだろ。アンタらんとこの人魚姫様の手紙にいたく感動して、人間堕ちしたホーミングだよ。天竜人として魚人島を地上に上げるべきっていう署名をしたのに、人間になったせいで法的根拠がなくなっちまったあのホーミングだ」

 

ホーミング。それだけでイール達は全てを悟った。この船が安全だと理解するのだ。なにせその名はよく知られていたからだ。リュウグウ王国のオトヒメの署名活動に理解を示し、署名してくれたのだが、感銘を受けたからと人間になる決断までしてくれた天竜人の変わり者。報復とばかりに非加盟国におろされ、迫害をうけ、報復をしているうちに国を滅ぼしてしまった男。世界的に有名なウミット海運に拾われて、今は用心棒をしている男。

 

天竜人と全く雰囲気が違うのは修羅場を潜り抜けてきたからか。なら人間堕ちのホーミングを父上と呼ぶこの子供はまさか。

 

「迫害に巻き込まれたのか、親子で?それはなんという......世界政府はなんてことを......」

 

「巻き込まれたのはおれだけだ。下に弟がひとりいたが、母上と一緒に逃した」

 

「きみは逃げなかったのか」

 

「考えもしなかったな」

 

「ということは、」

 

「カタギじゃねえよ、たくさん殺したからな。賞金首じゃないのが奇跡だ」

 

イール達はもうなにも言えなかった。ありがとうしか言えなかった。

 

「実はウミットが販路拡大すんのに魚人か人魚の力が借りたいって話を持ってくとこだったんだ。奴隷なんてもったいないことするくらいなら、ウミットで働いて欲しいんだってよ。無理強いはしたくねえんだってさ。詳しい話はあっちについたら父上に聞いてくれ」

 

子供は去っていった。イール達はこの日からようやくぐっすり眠れるようになった。

 

これが長きに渡って続いていくウミット海運とリュウグウ王国の関係の始まりとなる。

 

ウミット海運は、この日から定期的に魚人や人魚の奴隷を買い受けては魚人島に届けることになる。基本的に奴隷は解放され、リュウグウ王国がその金を支払うか、希望者は働いて返すために適正を見た上で向いている部署に配属されていった。ホーミングの船は人気が高いがなかなか採用されず、イール以外の船員はなかなか増えなかった。採用理由はわからないがイールは構わなかった。ウミット海運で働いている限り合法的に海を見て回れるからだ。

 

「縛るものが鎖から契約書に変わっただけなのになんで気づかねえんだ、お前ら。奴隷より安く買い叩かれてるじゃねえか」

 

ドフラミンゴと後で知ることになる子供はよくそんな皮肉をいうが、決まってイールは笑うのだ。奴隷にそこまでの自由をあたえる者は滅多にいないし、金を払う者がどこにいるのだと。ここにいるじゃねえかとミンク族のたぬきと会話している父親をさしていうのだ。笑わずにはいられなかったのである。



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10話

きっかけはウミットが海運会社社長に就任するときのパーティで知り合った隠匿士ギバーソンという男だ。ウミット海運が弱小運輸会社から北の海運王とまで呼ばれるようになったのはひとえにこの男の存在無くしては語れないのだ。

 

ギバーソンの職業は倉庫業、しかも老舗の最大手。ストライプ柄のスーツと帽子にマントを羽織った長身の中年男で、立派な口ひげと赤い長鼻が特徴的。 チェーンスモーカー並にパーティで酒を矢継ぎ早に浴びるように飲みまくっていたからよく覚えている。そのせいか目玉が飛び出している異形な姿だ。サイコパスな性格が災いして闇の稼業にも手をつけているようだった。

 

この男は普通の倉庫のほかに、この世界では法律に触れる物や悪魔の実を専門にした倉庫業をやっている。金さえ払えば企業秘密のセキュリティ体制を構築した絶対に奪われない警備で信頼を得た事で、すでに闇の帝王の1人になっている。

 

ウミット海運での私の主な仕事は、ウミット海運がギバーソンの会社から受け取った荷物を依頼人のところに運ぶ船の護衛だ。私の船で運ぶこともあるが基本はウミット海運の船だ。いつものように荷物を碇マークのトランクに積み込み、前金をもらう。社長室から出ようと立ち上がった私をめずらしくギバーソンが呼び止めた。

 

「どうされました、ギバーソン社長」

 

「朗報だ、ホーミング。やっとお前の儲け話の続きができる。お前が欲しがってたやつがやっと手に入ったぞ」

 

ニヤリと笑うギバーソンに釣られて私も笑った。

 

「それはいい!ついに見つかったんですか、ゴロゴロの実が?それとも電気を閉じ込められるような悪魔の実?はたまた新世界産の生き物?言い値で買おうじゃありませんか」

 

「まあまあ落ち着け、これだ」

 

よっこいせと成金趣味の机にギバーソンが重厚なトランクを置く。手慣れた様子で開くと、私の前にずいと差し出してきた。

 

「これは?貝のように見えますが」

 

「そう、貝だ、貝。ツテを頼りに買い集めたんだ、感謝しろよホーミング。お前の新たな儲け話のために骨を折ってやったんだからな!空島でしか獲れないといわれてるダイヤルだ」

 

「ダイヤル?たまに見かけるあのダイヤルですか。トーンダイヤルとはまた違った形ですね」

 

「そうだろう、そうだろう。実はダイヤルってのはいろんな種類があるんだよ」

 

そもそもダイヤルとは空島の浅瀬に生息する特殊な巻貝の貝殻の総称で、多くは掌大であるが稀に巨大な物も存在する。

 

いずれも不思議な特性を持っており、多くの種類が存在する中でも共通して特定の物質やエネルギーなどを貝の中に取り込み、それを自在に出し入れするというものがあるという。トーンダイヤルなんてほんの一部でしかない。

 

この貝殻にはエネルギーや物体を蓄積する性質があり、スカイピアを始めとした空島では貝が日常に取り入れられ、独自の文化を形成している。

 

そのさわりの話だけで私は思わず息を飲んだ。

 

「なんでもですって?」

 

「そう、なんでもだ。取り扱いには要注意だがな」

 

なんだその宝の山は。ウェザリアにいく時は真上にきてもらってから気球を使う、それ以外は宇宙船でショートカットするからウェザリアとビルカ以外の空島のことはよく知らなかった。なんて宝の島なんだ。

 

「詳しく話を聞いても?」

 

「勿論だ」

 

そういってギバーソン社長は得意げにいろんなことを教えてくれた。さすがは老舗の倉庫屋だ、空島出身の商人か海賊の繋がりがあるとみた。まだ全世界を掌握するシンジゲートが確立していない今、あらゆる物流の要はこの男だ。なにか新規事業を立ち上げるにしても力を借りるしかないのはみんな同じなのだろう。

 

私の想像以上に空島の人々にとってダイアルの使用用途は多岐にわたっており、エネルギーを吸収した後に死した貝から残された貝殻に各種エネルギーを蓄え、そのエネルギーを生活の中で利用しているようだった。

 

「主な取引先はスカイピアらしいが、近づかねえ方がいいぞホーミング。あそこはずっと内乱状態にあるからな」

 

「そうなんですか?あなたがたの差金で?」

 

「まさか!何百年も前からだってよ。なんでもビルカの信仰がまだ残っていてな、あのあたりの住民にとっては月の信仰は廃れたが大地が月の代わりってんで信仰の対象なんだそうだ。そこにノップアップストリームで島が打ち上げられたらどうなる?」

 

「ああ、なるほど。青海の先住民が追い出されて、空島の島民に奪われ、取り返そうと今なお抗争を続けていると」

 

「そういうことだ。俺たちはそのお手伝いをしてるだけだぜ」

 

「よくある話ですが可哀想なことをしますね。内乱が続けばダイアルの活用法も発展すると」

 

「そういうことだ。だからスカイピアには手を出さないでくれるか、ホーミング。商売が続く間はダイアル提供してやるからよ」

 

「なら手を引く時期になったら教えてください。それまでに青海でダイアルが養殖できるか研究を続けておきますのでね」

 

「養殖か、それもいいな。目処が立ったら教えてくれ」

 

「もちろんですよ。しかしちょうどよかった。ライジン島がああなったのはゴロゴロの実の覚醒かと思って占拠してから全く手がかりがないから、いい加減手を引こうかと考えていたんです。ちょうどいい実験場ができそうだ」

 

ギバーソンは上機嫌でダイアルの生態と種類を実物を見ながら教えてくれた。

 

「そしてお待ちかね、こいつが目玉商品の雷貝(サンダーダイアル)だ。衝撃貝みてーな圧倒的威力や出力は無え。相手をしびれさせる程度だが、こんなもん改良でどうにでもなるだろうよ。そんでこの謎貝。こいつは特定の生物と組み合わせると他の貝もどきができる」

 

「その生き物というのは?」

 

「そう慌てんな、今手配してるとこだ」

 

「さすがですね、ギバーソン社長。ありがとうございます」

 

「取引成立だな?」

 

「はい、もちろん。これからもよろしくお願いします」

 

ギバーソン社長から請求書の入ったトランクを受け取る。ようやく私は倉庫街を後にしたのだった。

 

「それでこんな時間になったのか、父上」

 

「そうなんだよ、待たせてすまないねドフィ」

 

「まったくだ」

 

やけに港が血だらけだと思ったらこれだ。相変わらず世界政府は油断も隙もない。通りで生首が綺麗に並べられ、大型海王類が波飛沫たてて真っ赤な海で群がっていたわけだ。

 

「アンタが無事でよかったぜ、なんかあったのかと思った」

 

めずらしく半泣きのドフィが慌ててサングラスを掛け直している。完全にお手上げ状態だった医療チームが手当を再開し始める。扉を外側から必死で押さえていたイールのいうとおり、ずっと私を迎えにいくといって聞かなかったというのは本当のようだ。

 

「ドフィがヘマするとは珍しい。よほどのてだれだったんだね」

 

「おう」

 

「なにかあったのかい?」

 

「みりゃわかるだろ。しくじったんだよ。ギバーソン社長んとこの見張りが全滅しやがった。あいつら、おれなんか庇う暇あったら海に突き落としたらよかったんだ。そうすりゃイールの電気で瞬殺だって知ってたくせに」

 

「ああ、なるほど。彼らはドフィを特に可愛がっていたからね、つい庇ってしまったんだろう。とっさのことだと案外頭は回らないものだよ。子供を庇うのはまともな大人の性質だ」

 

ドフィは唖然とした顔で私を見上げてくる。ほんとかといいたげな顔だ。無言で肯定してやると黙りこくってしまう。どうやら色々な感情がぶち込まれてぐちゃぐちゃになっているようだ。

 

「ドフィ、襲撃犯がどんな奴らか覚えているかい?」

 

「ちちうえ?」

 

「お前がやりたいとそこまで考えることは生まれて初めてだろう。やるようにやりなさい、使えるものは親でもつかいなさい。私はその全てを肯定しようじゃないか」

 



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11話

地道な長期にわたる現地調査の暇つぶしには、この島の歴史はちょうどいい長さになる。私が話し始めると大体の社員達には好評なので雑談は静まり返る。

 

内容は以下の通りだ。

 

太古月には高度な文明があったことが全ての始まりとなる。そこには人の営みがあり、ロボットの兵士を作り出す程に高い技術力が存在した。

 

しかし、ある時資源不足に陥ってしまう。

 

その資源が何を指すのかは未だ不明だが、その何かを求めて月の人々は青色の星に旅立ったとされている。この世界は月面でも生身の状態で呼吸ができ風船での行き来が可能だ。

 

太古の昔、月に存在した都市の名はビルカ。そして、それと同じ名前を持つ空島が存在する。それがウェザリアを生み出したハレダス博士の出身地である空島ビルカなのだろう。

 

ここで大体の社員は反応するのだ。私は頷きながら続ける。

 

太古の昔、月から青色の星にやってきた者達の一部はこの空島に降り立ち、もしくは自分達の科学力で空に島を作った。その地に月の故郷と同じビルカという名前をつけ、そこに文明を築いたのだと思われる。

 

ビルカにあったあの壁画に描かれた月の人々をみると、大きく3つの種に分類されていた。それは被り物と翼の形から判別したものだ。大まかに分類すると一般の民と科学者と戦士だ。

 

その1つはギバーソン曰く黄金都市の戦士シャンディアの酋長のような被り物をしていた。月から青色の星に降りてきた月の人々の一部は地上に降り、そこに集落を築いたのではないだろうか。それが青海人の起源だ。

 

うそつきノーランドで有名な400年前にノックアップストリームによって空島に飛んでいってしまったのは、何か運命めいたものを感じるというと古代のロマンを感じるのか目を輝かせる者もいる。

 

そして3種の内のもう1種は空島スカイピアの住人だ。

 

つまり、ビルカとは別の空島に降り立ち、そこに空の楽園を築きあげたのだろう。もしくはどこかのタイミングで枝分かれしたか。いずれにせよ、スカイピアの空島での戦いは、同じ故郷を先祖に持つはずの者同士が戦いをしているというわけだ。

 

ここにも、月の人々の足跡が続いている。

 

現在の聖地マリージョアがある場所は大昔、神の国と言われる国があったそうだ。そこにはルナーリア族という、現在では絶滅したと思われている種族が棲んでいた。カイドウの部下以外に見たことなかったが今もどこかにいるのだろうか。

 

どのみちルナーリアという種族名、神と呼ばれていた事、レッドライン上に棲んでいた事実。太古の昔、月からこの地に降り立ったのは間違い無いだろう。

 

どうやって降りてきたか。風船で降りてきたことはわかっている。その痕跡がのこる空島に私達はいる。

 

それがここ、廃墟バロンターミナル。ビルカの遺跡によく似た意匠の空島だ。世界中の子供がうっかり飛ばしてしまった風船が気流の関係で必ず辿り着く終着駅であり、島の底にはおびただしい数の風船がくっついている。

 

それが由来かと思ったのだが、案外月の民が着陸するのに使ったのかもしれない。

 

そう結んでやると、みんなやる気を出してくれるから助かるのだ。

 

ちなみにこの空島のログポースはハレダス博士からもらった特別性だ。

 

今の今までなんで空島にあるダイヤルという資源の情報提供をしなかったのかどういうつもりだと問い詰めたら、ハレダス博士がダイヤルの養殖の拠点にどうだと教えてくれたのだ。

 

ダイヤルの養殖に最適な浅瀬もあるし、恵まれた気候である。なんなら定期的にウェザリアの力もかしてくれるというのでしぶしぶ手を打った。

 

これで天気予報という海運業で必須の情報源でなければ今すぐにでもウェザリアを乗っ取ってやったのに。ハレダス博士との交渉は性善説を前提にしなければならないから、いつも効率が悪くて嫌になる。面倒だが仕方ない。それがウェザリアが世界政府に消されない理由でもあるのだから。

 

現地調査が必須だが空島の人以外はあまりたちいらないだろうから比較的安全な場所だ。廃墟の中に拠点をつくろう。島の底にある風船や必ずたどり着くという気流を上手いこと活用できないか、またウミット社長に投げてみようか。

 

バロンターミナルの現地調査が終わったら、ハレダス博士との取引どおり、ビルカの人々を雇い入れるだけの環境を整えなければならない。忙しくなりそうだ。

 

色々と思案を巡らせていると、現地調査団に手を挙げてくれたイールが声をかけてきた。

 

「なあ、船長。ドフィのこと止めなくてよかったのか?」

 

「止めるとは?」

 

「そこいらのガキと違って腕は立つだろうが、ドフィはまだ10の子供だぞ」

 

「なにかと思えばまたその話かい、イール。何度もいうがドフィはまだ10歳じゃない、もう10歳だ。あの日からもう3年もたった。今がその時なんだろうさ」

 

「だがなあ......」

 

「そんなに心配ならついていけばよかっただろうに」

 

「ついてきたら殺すといわれたらどうしようもねえよ」

 

「おや、そうだったのかい?なに、魚人島への投資がニュースになって、妻からの手紙が来ていただろう。ロシー達の近況を聞いて思うところがあったのかもしれないしな。次に再会したら海兵になっていても私は驚かないよ」

 

「それだけはないと思うぞ、船長。3年もたっているのなら、尚更するようなことじゃないだろう」

 

「それはどうだろうね。ドフィは身内認定した人間には心底甘くなる性質があるのは、イールも知っているだろう?今なお妻を母上と慕っているんだ。私の元で学んでいてはダメだと思ったら自分から手を離す子だよ、あの子は」

 

「でもドフィは本気で船長の元を去ると決めたら撃ち殺すだろう」

 

「それは私も同感だ。その時は父として受けて立つまでだがね。なんであれ、いい儲け話ができることを期待しているよ。ドフィは賢い子だからね」

 

「人間の世界だとそういうの獅子の子落としっていうんだったか?マフィアってのは厳しい世界なんだな」

 

どうも魚人やミンク族達は一様に私がドフィにとってちゃんと父親をしていると思い込みたがるらしい。

 

違うに決まってるじゃないかと笑いたくなる。ドフィは愛情溢れる家族想いな父親が、愛情という言葉を母親の胎盤に忘れてきたような男に一夜にして変貌した私にとうとう耐えられなくなったのだ。今までよくついてきたものだと思う。常時愛情に飢えているドフィと私はあまりにも相性が悪すぎるのだ。

 

そう思っていたのだが。

 

「いい儲け話を持ってきてやるまで待ってろ」

 

長々と書いてあったが要約すると一文で収まってしまうような、内容のまるでない手紙が後日届いたものだから、イール達がほらみろとばかりに笑ったのは参った。返事を書かないといけない空気になっている。

 

ドフィにはその素質を見込んで、闇社会においては信頼に重きを置くよう教育してきたつもりだ。散々マフィアの体制や近代雇用、闇の世界の秩序やこの世界の歪み最前線でみせてきたのはなんのためか。

 

ドフィのシンジケート確立前だからこの世界の取引の効率があまりにも悪いからに他ならない。海賊を立ち上げないならないで別の方法考えるとこだったからよかったが、それはそれとしてだ。

 

ドフィが死ななければ世界最大のシンジケートを築き上げ、崩壊するその日まで私の役に立ってくれることは間違いないだろう。ただ、あれだけ徹底的に英才教育をしたのだ、10年くらいはドフラミンゴもファミリーもドレスローザの国取り後に堕落が遅くなってもらわなければ困る。それだけは返事の手紙に書いてやることにした。

 



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12話

三日月形をした島マリンフォードは、国際統治機関世界政府直下の軍事兼治安維持組織海軍が所有する島で、海軍本部が置かれている総本山である。その元帥室にて何度目になるかわからない海軍の英雄ガープ中将の昇進をコング元帥は打診していた。天竜人嫌いのガープ中将の性質は知っていたものの、コング元帥は根気強く説得を続けていた。

 

いつもならゴールド・ロジャーと決着をつけるために目撃情報があれば任務や会議をセンゴク大将に丸投げして飛んでいく破天荒なガープ中将だ。そもそもコング元帥の呼び出しに応じることはすら稀だった。今回あっさり応じてお茶をがぶ飲みし煎餅を貪り食い、くつろぎまくっているくせに何も言わないでいる。どこをどう見ても嵐の前の静けさのようで不気味ですらあった。

 

今回はなにをやらかしたんだと引き出しに常備している胃薬の補充を気にしながら、コング元帥は嫌な予感がして冷や汗が止まらなかった。なにせ相手は毎回無茶苦茶な事後報告をいけしゃあしゃあと報告してくる海軍の英雄である。こんなあっさり昇進の打診の呼び出しに応じるなんておかしすぎるのだ。

 

コング元帥の疑いの眼差しに気付いているのに当のガープ中将本人はコング元帥の話は完全に上の空であり。右から左へ話を聞き流すどころかコング元帥専用のデンデン虫をそわそわしながら見ている始末だった。

 

コング元帥はようやく気づくのだ。ガープ中将はゴールド・ロジャーと他の海賊のいざこざをいち早く入手するためにここに来たんじゃないだろうかと。これが1番効率がいいと気付いたのだ。誰だ脳筋にこんな入れ知恵をしたのは。

 

脳裏にはガープ中将を慕う海兵達が浮かぶが浮かびすぎて特定できそうになかった。だんだん憂鬱になってきて慌てて脳裏から追い出していく。

 

こんな時に限って狙ったようなタイミングでビービーと専用デンデン虫が鳴き始める。コング元帥の嫌な予感は残念ながら的中してしまった。

 

「コング元帥、新世界エッド・ウォー沖にてロジャーと金獅子が接触を!」

 

「やっときたかァッ!!待ってたぞロジャーッ!!!」

 

当然ながら本来コング元帥に指示を仰ぐ伝令だ。しかし、ガープ中将が待ってましたとばかりに水を得た魚のようにイキイキしながら元帥室を後にする。

 

「ガープ貴様ッ、やっと呼び出しに応じたと思ったらやっぱりかァッ!おい待たんか、まだ話は終わっとらんぞ!!」

 

「あんたはそうでもおれは終わった!」

 

「おい待てこらァッ!!」

 

元帥室の扉の両脇を固める海兵はガープ中将を止める実力などあるわけもなく、ひきとめようとはするのだが豪快に扉が閉められたあとだった。しばらくして、盛大にため息をついたコング元帥は、いつものように体を少しでも労わるべく引き出しに手をかけ、待機していた気の利く海兵の1人が水をとりに給湯室に向かった。

 

「えー、こちらコング元帥。大将センゴクとおつるの部隊を派遣する」

 

どたどた廊下を歩くガープ中将と不運にもばったり出くわしてしまったおつるは元帥室の扉から漏れ聞こえた会話に露骨に嫌な顔をした。

 

「どこいくんだい、ガープ。出撃要請出てないだろ、アンタ乗せるのだけはヤダからね。大人しくしときな」

 

「ガハハ、心配するなおつるちゃん。今回はおれの船でいくからな!」

 

「いくらロジャーを仕留めるチャン......は?」

 

「いつでも出航できるからな、がはは!」

 

「や、やけに準備いいね、アンタ?」

 

「今度こそ千載一遇の大大大チャンスじゃからな!」

 

いつもと違うガープ中将に肩透かしをくらって驚くおつるだったが、命令違反なのは変わらない。我に返ってあわてて追いかける。ガープ中将の足は港のおつるの船ではなく、昨日修理が終わったばかりのガープ中将の船にまっすぐ向かっているのがみえた。本気なのだと気付いたおつるは必死に止めるがガープ中将は見えなくなっていく。

 

今回の出撃要請は金獅子を一任されているセンゴク大将を総大将として乗せることになっているのだ。いつもみたいに船の上で喧嘩する流れだと思っていたのに、ガープ中将に船を出されて勝手に動かれるとそれはそれで非常に困る。出航準備の指示をついてくる部下に的確に指示しながら、おつるはセンゴク大将にこの緊急事態を話すことにしたのだった。

 

おつるの船が出航準備を整えた時にはすでに港にガープ中将の船はなかった。

 

「ガープのやつ、またか!金獅子はおれが一任されてんだぞ、なに考えてんだ!」

 

「なんも考えてないと思うよ。ロジャーがいるんだ。ガープがじっとできるわけないよ」

 

「にしたって様子がおかしいと思わないか、おつるちゃん。いつものガープならおつるちゃんの船に乗り込んでるはずだ、なんだってわざわざ自分の船に?」

 

「嫌な予感がするね」

 

「つうかもう船がみえないだと!?なんて速さだ!」

 

おつるとガープ中将は海上から完全に見失ってしまったガープの船に思わず顔を見合わせるのだ。海軍の船では考えられない速度である。

 

「なあ、おつるちゃん」

 

「なんだい、センゴク大将」

 

「たった今すごく嫌なことを思い出してしまったんだが、どうしよう。口にしたくないんだが......」

 

「もう現実になっちゃってるんだ。一緒だよ。いってみな、楽になるよ」

 

「そうだよな......。ガープの奴、あの船知り合いの造船所で無理言って格安で修理したっていってたのを思い出したんだよ」

 

「そうだね、前のロジャーとのいざこざで派手に壊したから海軍御用達のいつもの造船所に匙投げられたとかなんとか。知り合いっていうくらいだ、ウォーターセブンじゃないのかい?しょっちゅう壊してるから、顔馴染みみたいなもんだろう?」

 

「それ、ほんとにウォーターセブンで直したのか?」

 

「は?」

 

「早くしろってウミット海運に無理言って運んでもらったっていってたが、今のあいつの船、ウミット海運にコーディングしてもらってるはずだろう?財務担当者が届いた請求書見て悲鳴あげてたし」

 

「だろうね、じゃないと深層海流に耐えられるはずがない」

 

「ウォーターセブンで格安で直してウミット海運に運んでもらうより、ウミット海運に全部任せた方がはやくないか?安上がりだし」

 

「いやいやいや、いくらなんでもそれはおかしよ。ウミット海運にそんな無茶聞いてくれる知り合いなんかいな......いたね」

 

「いたろ?」

 

2人の脳裏には1人の男の顔が浮かんでいた。6年前非加盟国に降ろされた妻子だけでも助けてくれと懇願する元天竜人の手紙を受け取り、海軍の正義とはと散々苦悩していたガープ中将は記憶に新しいことだ。託された息子は2人と聞いていたが弟だけだった。苦い顔をするガープ中将曰く、モルガンズ社長からは父と運命をともにするから非加盟国に残ると上の兄はガンとして乗らなかったと聞いたらしい。何も知らないまま保護された妻は当時同情するほどの精神的ショックを受けていた。モルガンズに匿ってもらいながら働いているはずだ。

 

「いたね......あのバカ、ホーミングに無理言ってウミット海運に仕事してもらったのか。託された息子を故郷の知り合いに丸投げしてるくせになんてことを」

 

「困ったことにガープの船、昨日届いたばっかりだろう」

 

「まだウミット海運の社員が乗ってるはずだね。深層海流で最速でエッド・ウォー沖にいけるはずだよな」

 

「ガープ!!おまえ、おまえ、おまえええ!よりによって民間人巻き込んで何してんだ、お前ええええ!!!」

 

センゴク大将の絶叫が新世界に向かう軍艦で響き渡ったのだった。



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13話

金獅子海賊団海賊戦艦提督金獅子のシキ。この男は名刀桜十と木枯しの二刀流でゴッドバレーのロックス海賊団が壊滅したあと、大規模の海賊艦隊を率いて大親分として名を挙げた大海賊だ。

 

ゴールド・ロジャーや白ひげエドワード・ニューゲート、ビッグマムとしのぎを削っている伝説級の海賊。新世界の覇権を巡って争う、四皇の一角でもある。

 

超人系悪魔の実、フワフワの実の能力者で自身を含むあらゆる物を浮かせることが出来る浮遊人間。触れたものを浮かして操ることが可能で、自分自身も浮かして飛ぶこともできる。ただし、自分以外の生物は能力の対象外だがなんの制約にもなっていない。

 

なにせ、その能力を覚醒させ極めたシキの力は驚異的で、山のような大岩や自身の戦艦を浮かせるのはもちろん、島を丸ごと持ち上げることもできる。さらに、悪魔の実の能力者の弱点である海水すらも操ることができるため、あらゆる能力者に対して天敵になり得る存在だ。

 

ただ単に物を浮かせて動かすだけでなく、地面や雪を獅子などの形に変えて相手に襲い掛からせるなど、かなり洗練されたレベルで能力を使いこなしている。

 

シキはロジャーのことを高く評価しており、その実力も認めているが、性格や考え方は真逆。自由を大事にするロジャーとは対照的で、シキは海賊の本分は支配だと語っており、歯向かう者やミスをした部下に対しては容赦をしない残虐な性格をしている。

 

豪快かつ大胆であると同時に、狡猾で忍耐強い一面も併せ持っているため、非常に厄介な人物だ。

 

 

 

 

金獅子のシキは私の儲け話において最も危険視すべき存在だ。宇宙船や空島を観測される可能性がある。その艦隊を率いていて、シキが空を飛んで戦うスタイル故に、悪天候の影響をモロに受けてしまう。そのため優秀な航海士や気象に詳しい学者が拉致される事件があいついでいるのだ。

 

もちろん私の大事な取引相手であるウェザリアも、世界で唯一グランドラインの天気予報ができて、グランドラインの気象を把握しているため幾度も勧誘をうけてきた。襲撃されなかったのは、ひとえにウェザリアが人工的に移動できる空島であり、私が見聞色で予知した航路を伝え、あわないようにしてきたからだ。

 

おかげでしょっちゅうウェザリアに行く必要があり、宇宙船が見つからないよう気を使う羽目になり、ウミット海運の仕事も私の儲け話も進行に多大な悪影響が出始めている。ハレダス博士が世界政府や海軍に何度も直談判しているのだが、大船団を率いる大海賊。しかも制空権を握ることもできるあの男を捕縛することなど出来るはずもない。いや、捕縛してもやつはその気になればインペルダウンだろうがなんだろうが必ず脱獄する。海軍は厄介な悪魔の実が別の人間に渡るのを嫌がり、研究対象として血統因子を欲しがり終身刑にしかしようとしない。

 

世界政府も海軍もあてにならないなら、やるしかない。ただ、今の私はまだ表舞台に立ちたくない。1人ではシキの相手は到底無理だ。白羽の矢を立てたのがこの船の大将であるガープ中将というわけである。

 

深層海流に乗ってガープ中将の船が海底深くに沈んでいく。世界最速で新世界エッド・ウォー沖に向かっている。太陽の光すら差し込まない暗闇に世界が包まれたあたりで、にっとガープ中将が笑った。イタズラが大成功した子供みたいな顔だ。

 

「ガッハッハ、うまくいったなァ、ホーミング!さすがは元天竜人頭がいいな!」

 

肩をバンバン叩いてくる。あまりの痛みに私は顔を歪めた。拳骨のガープなんだから少しは加減してほしいものだ。咳き込む私にガープ中将が手を合わせてくる。

 

「いやァ、すまんすまん。待ってろよ、ロジャー!今度こそ決着をつけてやるッ!!」

 

「はは、世界最速で宿命のライバルのところに行くわけですからね。お気持ちはわかりますよ。ガープ中将の本命はあくまでもロジャーですか」

 

「えっ、あ、ち、違うんだ今のナシッ!勘違いしないでくれ、ホーミング!おれはウェザリアやウミット海運が金獅子のせいで酷い目にあってんのに、見て見ぬふりする上の嫌がらせにはずっと歯痒くて仕方なかったのはほんとだからな!!」

 

「大丈夫です、わかっていますよ。あなたのおかげで妻もロシーも無事なんですから。ロシーは元気にしていますか?」

 

「そりゃもう元気すぎるほど元気だ、こないだなんかまた何もないところですっ転んで大怪我してたからな」

 

「相変わらずですね、はは」

 

「なあ、ホーミング。いいかげん、ロシナンテに手紙の返事書いてやってはくれんか?寂しがっとるぞ?」

 

「それだけはいくらガープ中将のお願いでもできません。6年前のあの日、私は理由はなんであれ国を滅ぼしました。あの子は私と運命をともにすることを拒んだんだ、血に塗れた私はもう父上ではありませんから」

 

「ホーミング、まだそんなこと言ってるのか!お前は完全なる正当防衛だろうが。世界政府が犯罪者にしたがっても、それだけは許さん」

 

「ありがとうございます、ガープ中将。でもこの話はここで終わりにしましょう、埒が開かない」

 

「強情な奴め......天竜人がみんなお前みたいなやつならいいのにな」

 

「ガープ中将。私は人間ですよ、昔から」

 

「そうだったな、すまん。ひどいことを言ったな」

 

ひとりごちるガープ中将に私はなにも言わなかった。くだらなすぎて話を続けるのが苦痛だ。

重苦しい沈黙が降りる前に私は話題を変えた。

 

「ガープ中将、失敗はできませんよ、絶対に。負けたら今回の計画に協力してくれるウェザリアのみなさんが拉致されることになる。わかってますよね?」

 

「わかっとるさ、もちろん」

 

海軍の英雄の士気は途方もなく高くなっている。

やがて深層海流はガープ中将の船を新世界エッド・ウォー沖に到達させた。船はまだ海底にある。

 

「イール、手筈通りにみんなとそろそろ配置についてくれ」

 

「わかった、船長」

 

「失敗できないが、死なれたら元も子もない。万が一気づかれたらすぐ帰ってこい」

 

「了解」

 

イール達魚人がガープ中将の船から離れて配置についていく。海面ではロジャーの実力と、世界を滅ぼす兵器についての知識を欲したシキは、ロジャーを幾度に渡って右腕になるよう勧誘しているはずだ。海賊艦隊を何十隻も引き連れて現れたシキはロジャーと交渉しているところだった。支配に興味のないロジャーは誘いを断り、まもなく両者は激突する。

 

「本当にできるんだよな、ウェザリアは」

 

「門外不出の大発明を行使しなきゃいけないほど追い詰められているの間違いですよ」

 

ウェザリアはたしかに遥か上空からこの戦いを見守っている。実際は護衛を兼ねている私の宇宙船の試運転だが大した違いはないだろう。

 

海底で潜伏していたイール達が動き出す。目標から返ってくる電波を検知し、目標を捉える。魚人の中でも電気を扱う精鋭ばかりだ。彼らは電磁波のなかでも、電波は光波より大気圏内の透過性が高く、より長距離でも目標を探知・捕捉できる。事前の偵察によって得た情報を元に、より正確な設定が帰還したイール達からもたらされる。

 

私は宇宙船のスペーシア中尉に信号をおくる。

 

熾烈を極める激戦が繰り広げられている海上に、本来ありえないはずの台風が訪れる。そして、この日、エッド・ウォー沖は全長700キロの単一としては観測史上最長と認定する雷に襲われることになる。水平方向に広がり、長さ数百キロに到達する雷は、なぜか金獅子海賊戦艦を直撃した。

 

ガープ中将の船が海面に浮上する。あたりは瓦礫が広がり、ロジャーの船はなかなか進むことができないようだ。まだ金獅子の戦艦はある。しぶといやつだ。

 

「いきましょう、ガープ中将」

 

「ガッハッハ、面白くなってきたな!」

 

ゴッドバレーで学んだくせに、あんな大船団で来る方が悪い。悪く思うなよ、金獅子。私の儲け話の邪魔をするからだ、捕縛なんて許さん。ここで死ね。



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14話

 

 

「ガッハッハ、せっかくの殺し合いのとこ悪いが金獅子がウェザリア怒らせたのが原因だ!悪く思うなよ!!ロジャー、今度こそ決着つけにきたぞォ!覚悟しろォ!!」

 

エッド・ウォー沖では1番いてはいけない男の声が響き渡る。この声は海賊には悪魔の呼び声も同じだ。この瞬間、たしかに世界は凍りついた。

 

マリンフォードから新世界に入りエッド・ウォー沖にくるにはあまりにも時間がかかるはず。それは新世界でしのぎを削る四皇達の常識だ。ガープ中将の船だとロジャー海賊団と金獅子海賊戦艦が気付くのは時間がかかった。

 

私には関係ないため魚人達に金獅子海賊戦艦を沈めにかかるよう指示をだした。皆殺しにしなければ報復されかねないから、容赦するなとは伝えてある。これはウェザリアを含めた世界中の気象予報士、航海士を金獅子から守るための戦いなのだ。躊躇するような社員は私の船にはいないのだが。

 

ようやくどちらの船も一気に騒がしくなる。それは当然といえた。

 

ついさっきまでシキが海賊艦隊を率いて一船のみのロジャーに対し、脅しをかける形でロジャーが在処を知る世界を滅ぼす兵器と自身の兵力・計画があれば世界を支配できると持ち掛ける緊迫の場面だったのだ。

 

シキは自由を愛するロジャーには断られ、交渉決裂によりロジャー海賊団と戦争になる。互いに激しい戦いを繰り広げているところだった。

 

そこに突然の悪天候と落雷。

 

ロジャー海賊団は小さな船一隻だったこともあり、かろうじて避けた。しかし、金獅子艦隊の八割が壊滅、金獅子の艦隊の残りを沈没させるべく活動を開始した魚人達によれば、船体から抜けた舵輪がシキの頭に突き刺さり抜けなくなった上から落雷が直撃したのか黒焦げになっているらしい。

 

不慮の事故の結果、痛み分けとなり戦いは終わった、はずだった。

 

それがいきなり現れたガープ中将の船から大声でウェザリアのせいだと叫んだのだ。生き残っている誰もが空を見上げた。台風の目からわずかな青空が見える。そこからウェザリア名物のシャボン玉が見えたらもう誰もがここにいたらまた台風か落雷に晒されると気づいてしまうのだ。

 

ロジャー海賊団も金獅子海賊戦艦もただちに逃走を開始するしかない。この海戦の末路が広がれば二度とウェザリアを攻撃しようとする馬鹿は現れなくなるに違いない。

 

それはさておき、あたりに特大の水飛沫が上がる中、魚人達がガープ中将の船の進行先の障害物を全てあけてくれるからどんどんロジャー海賊団に近づいていく。

 

ロジャー海賊団の海賊旗がよく見える位置まで船が近づいたとき、黒ヒョウのミンク族パンサがガープ中将の肩に飛び乗った。

 

「はいはいはーい、船長、船長質問でーす!僕達イヌアラシ様とネコマムシ様に会いにいってもいいですかー?」

 

ちゃっかり反対側に黒ウサギのシデも乗っている。

 

「ついでにあの噂のおでん様がどんだけ強いのか見に行きたいでーす!」

 

「あの2人がお仕えしてるんだから、絶対強いですよね!ガープ中将についていってもいいですかー?」

 

私の船に密航してきただけあって度胸はあるようだ。思わず笑ってしまう。

 

「いいけど瓦礫には当たらないようにしなさい、船から離れたら守ってやれないよ」

 

「大丈夫でーす!」

 

「ガープ中将、ガープ中将!ぽーいってやってー!」

 

「ガッハッハ、そういうことならお安いご用だ。死ぬんじゃないぞ!」

 

「はーい!」

 

「わかったー!」

 

「せーの、とりゃあああ!」

 

「きゃー!」

 

「わー!」

 

無邪気な13歳の少年達の笑い声が響いている。ガープ中将の全力の投擲により、2人はロジャーの海賊船目掛けて飛んでいく。こちら目掛けて発射された砲弾が2人に着弾する寸前にばら撒かれた種が芽吹いていく。一瞬にしてあたりに鮮やかな花吹雪が舞った。2人はお構いなくありったけのタネを海賊船にばら撒いていく。これで火薬という火薬が花になって役に立たなくなっただろう。

 

「なんだありゃ!?」

 

「MADS最新作の火薬で芽吹く植物です。なかなか買い手が見つからないっていうんで、重宝しているんですよ」

 

「ガッハッハ、そりゃそうだろうな。どこの国も武器ばかり欲しがってるんだから。そりゃいい!よし、おれも行くとするか!ホーミング、船は頼んだぞ!沈んだら帰れないからな!」

 

「任せてください」

 

とうとうロジャー海賊団にガープ中将が殴り込みにいった。阿鼻叫喚が聞こえてくる。

 

「イール、船はこのままでいい。あまり離れるとガープ中将が戻れなくなってしまうからな」

 

「了解した、船長。でもこれだと金獅子のところには......」

 

「充分だ、ありがとう」

 

「そうか?」

 

「ああ」

 

私はイール達に船の護衛を任せて持ち場を離れる。練り上げられた覇気は時に未来予知ににた領域に達するのだ。

 

私は銃を抜いた。

 

飛んでくる崩壊寸前の戦艦の山が見えた。

 

見つけた。

 

久しぶりだなあ、金獅子。ロックス時代を忘れてないか私に見せてくれないか。能力にかまけてあっさりヘッドショットされるほど落ちぶれたわけじゃないことを教えてくれ。過剰な覇気なら覚醒した能力と拮抗するし、なんなら練度の差では貫通することを忘れてないか?大丈夫か?

 

誰もが黒歴史というが私はあの時代もそれなりに楽しかったんだよ。だからあの時みたいに殺し合おうじゃないか、全盛期が今だなんて悲しいこと言わないでくれ。

 

過剰な覇気を込めて弾丸を撃ち抜く。鉄の塊が次々と貫通する。それはたしかに金獅子に届いた。

 

ああくそ、止められたか。無性に悔しくなってきた。なんで今の私にはワプワプの力がないんだ。かつての私ならあの数秒で回り込んでヘッドショットすることができたはずなのに!!!

 

弾丸を補充しているとロジャー海賊団に逃げられてしまったガープ中将達が撤収してきた。時間切れか。私は深いため息をつくしかない。非常に名残惜しいが、今回の私の戦場はこれで終わりだ。まだガープ中将に本性をみられるわけにはいかない。動きにくくなってしまう。

 

「お疲れ様でした、ガープ中将。今回もロジャーに逃げられてしまいましたね」

 

「なあに、あそこにまだ残党はいるから問題ない。まだ戦いは終わってないぞ」

 

肝心のロジャーとの決着こそまた持ち越しになってしまったが、ガープ中将はかなりご機嫌だった。

 

「しかし、しばらくみないうちにまた腕を上げたな、ホーミング!やっぱり天竜人ってのはちゃんと鍛えたら強いんだな!おれのうっかりゲンコツでもピンピンしてるからそうだとは思ってたんだよ!」

 

「うっかりで殴らないであげてください、さすがに死にますよ」

 

「ガッハッハ!まあまあそう言うな。仕方ないだろ、むかついたんだから」

 

「全然よくないですよ」

 

そして数時間後、ようやく到着したセンゴク大将とおつるの部隊に金獅子と残党を引き渡した。ガープ中将は大量の始末書と減俸とひきかえに新たなる伝説を刻んだ。

 

金獅子は全身黒焦げなんだからいっそのこと射殺したほうがあの世にいけるだろうに。どうせ世界政府のことだ。なにがなんでも生かそうとするだろう。

 

 

 

 

 

こうして四皇金獅子の陥落は全世界を揺るがすニュースとなってモルガンズによって号外がばら撒かれることになる。ウェザリアに手を出してはいけないという不文律が築かれたのはいうまでもない。

 

 

 

 

ある日のインペルダウン レベル6

 

「ジハハハハ、あの白ひげが海軍と戦争するだと?海軍自ら新世界の均衡を破るとはなに考えてやがるッ!!おい、麦わら小僧。その話、少し聞かせろ」

 



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15話

ロジャーの船オーロ・ジャクソン号は、偉大なる航路前半楽園のとある海域にて、ただいま魚人達に完全包囲されていた。進路を妨げているのは突然浮上してきた碇マークの旗をかかげている世界で一番有名な海運会社の船である。そこから単身乗り込んできた男が呆れ顔で周りを見渡していた。

 

「噂どおりの速さだな、ホーミング」

 

「私は今心の底から失望していますよ、ゴールド・ロジャー」

 

「おいおい。よく間違われるがおれァ、ゴール・D・ロジャーだ、ホーミング」

 

「おや、そうなんですか?それは失礼しました。でもあなた、手配書にはゴールド・ロジャーってなってませんでしたっけ?」

 

「そりゃ世界政府が間違えてんだよ」

 

「そうですか。それはそうとあなたは堅気には手を出さないと思っていたんですがね、いつから海賊らしい略奪をするようになったんです?うちのシマを荒らすなんて」

 

「いやあ、すまんすまん、最初は止めたんだぜ?だが無法地帯だっておでんの野郎がいうからついノリでな。うっかり忘れてたんだ」

 

「なるほど、あなたが噂のおでんですか。なにか情状酌量の余地があるか知りたいので教えていただきだけませんか?なぜうちのシマを荒らしたんです?うちのシマを荒らした人間は誰であれ地の果てまで追いかけて皆殺しにすることは有名になってるとばかり思っていたんですがね」

 

「まあまあ、そういわずに勘弁してやってくれよ。今回の航海にはどうしてもこいつが必要なんだ、ホーミング。おでんは新人なんだよ」

 

「なにをいうかと思えばものはいいようですね、シルバーズ・レイリー。白ひげのところから移籍したのだから大型新人もいいところだ。さて、あなたがたの都合なんて心底どうでもいいので、なぜ襲ったのかだけ教えてください」

 

「これから宴をするんだよ、だから具材が必要でな」

 

「買い物もまともにできないんですか、この船は?」

 

「四皇が暢気に買い出しなんかいけねーよ」

 

「誰が大海賊の幹部クラスが行けといいました。手配書がでてない見習いのおふたりならいけるでしょう?それともうちの見習いが優秀なだけですかね」

 

ロジャー達は数時間前、偉大なる航路前半「楽園」のとある島の港町に寄っていた。おでんがワノ国の郷土料理おでんを振る舞う為具材を調達しようとしたのがきっかけだ。おでんの独断専行からくるドタバタの果てにヤケクソになって加勢という形で襲撃していた。本来ならログポースが空島を示すために中継地点になるくらいしか用がない島だった。

 

その名は、夢を見ない無法者達が集まる政府介せぬ無法地帯、人が傷つけ合い歌い笑う町嘲りの町「モックタウン」

 

活気があって賑やかな町だが、実態はならず者の溜まり場であり、海賊が堂々と船を停泊し平然と往来する治安の悪い町。そのため「嘲りの町」という異名がついており、ケンカも殺しも日常茶飯事というくらい荒んでいる。海軍も取り締まりを諦めているのか完全に捨て置かれていて、島全体がウミット海運支配下にある都合上、シマといえばシマといえた。

 

だがモックタウンでは海賊同士のいざこざなど日次茶飯事なのは周知の事実だ。めったなことではこの男は出てこないはずなのだが、なぜか出てきた。明らかになにか別の目的があることは明白だった。

 

「おれ達はお前んとこの港は襲撃してねえはずだが。それともあれか、襲撃した家がおまえんとこの支部だったか?」

 

「それだけはないぞ、ロジャー。碇マークの建物だけはやめろと、総出でおでんを全力で止めたじゃないか」

 

「そうだよなあ?じゃあなんだ、ハラでも減ってんのか?虫の居所が悪い時にきちまったか、わりぃな。宴に参加でもするか?」

 

「残念ながら忙しいので辞退させていただきますね」

 

「それは残念だ、つれねえな。で、なんの用だホーミング。まさかお前に泣きついてきた奴でもいたのか?随分と面倒見がいいじゃねえか」

 

「当然でしょう、うちの優秀な見習いに泣きつかれたのでね。そうでもしなければわざわざ来ませんよ。儲け話とは1番縁遠いじゃないですか、あなた方」

 

「見習い?」

 

「パンサ、シデ、おいで」

 

「はーい!」

 

「イヌアラシ様、ネコマムシ様!お久しぶりでーす!」

 

ホーミングの船の甲板から小さな影が2つ飛んでくる。ホーミングの両脇に飛んできて見事着地したミンク族の黒ヒョウと黒うさぎに船全体が一瞬固まってしまう。

 

1年前のエンド・ウォー沖の海戦でガープ中将と一緒に殴り込みに来たミンク族の子供達だ。船の武器という武器に花が咲く異常事態になるわ、噂のおでん達に勝負を挑むとかなんとかで、とんでもないことになったのがまだ記憶に新しいのだ。

 

「お前らガープんとこの部下じゃなかったのか!」

 

「海兵じゃないなら、なんであのとき襲撃にきたんだよ!?」

 

たまらずバギーとシャンクスが叫ぶ。ロジャーは大笑いしだした。

 

「あんとき、一枚噛んでやがったのかホーミング!あんときはびっくりしたぜ、武器中が花だらけになっちまうんだからな!おかげで再調達にえらいかかっちまった」

 

「儲け話があれば取引相手に見境ないのは本当なようだな、ホーミング」

 

「あの時は色々お買い上げありがとうございました」

 

「いや別にお前んとこのサービスは使ってないんだが」

 

「人とモノが動けば私達が儲かる仕組みなんですよ」

 

「儲け話の背後には必ずお前がいる気がしてきたぜ」

 

「はは、それはどうも。さて、ふたりとも。そろそろ話の本題に入ろうか」

 

「はい!」

 

2人は揃っておでんに向き直ると、なぜか猛抗議し始めたのである。

 

「酷いですよ、おでん様!いつから分身の術なんてできるようになったんですか、あの時そんなこと出来なかったのに!」

 

「は?」

 

「分身の術?」

 

「あれ、だってそうでしょ?ワノ国をほっとくわけにはいかないって代理を立てるって言ったそうじゃないですかー!なんであんな奴代理にしたんですかー?見る目なさすぎですよ、おでん様!」

 

ふたりの話に違和感を覚えたのかロジャー達の表情から笑いが消えた。

 

「おい、ホーミング。どういう意味だ」

 

「どういう意味もなにも新しい儲け話があるって持ちかけられた時に、流れでそういう話になっただけですよ。段取り考えてたら、それを聞いたふたりが泣きついてきましてね」

 

「いいのか、ホーミング。お前の信用が崩れるぞ」

 

「うちはモコモ公国が重要な取引相手でしてね」

 

「あー、なるほど。そういうことか。マフィアらしい発想だな」

 

「金払えねえぞ、おれら」

 

「かまいませんよ、この話を儲け話としてもってきたわけではないのでね。あなた方がこれからどう動くかなんて知ったことではない。勝手に争ってもらったほうが儲かるんですよ。なんで海賊はどいつもこいつも勢力が拡大してくると拠点を作りたがるのかわかりません。勢力が固定化されるとあたりは平和になっていけない」

 

「どこぞの戦争仕掛け人みてーなこといいやがる。儲け話にしか興味ねえのか、アンタ」

 

「なにか問題でも?」

 

「なるほどな、事情はわかった。詳しく聞かせろ、今すぐにだ」

 

「ふふふ」

 

「なに笑ってるんです、シルバーズ・レイリー?」

 

「いや、もしここで話を聞かなかったら、私達はもろとも海の藻屑なんだろうと思ってついな」

 

「ははーん、そういうことか!なんだよ素直じゃねえな!やっぱ宴に参加しろよ、お前」

 

「..................?まあいいか。それいいですね。おでんに使われた食材費、あとで請求させてもらいます」

 

「やっぱ帰れお前」



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16話

大柄でテンプレの様な成金の福耳が特徴的な男が目の前にいる。早朝からル・フェルド財閥に呼び出された私は客室のソファに座っていた。この南の海の方言コテコテで話すのが闇金王ル・フェルド。

 

現在進行形で私は直々に呼び出されて苦言を呈されていた。

 

「ロジャーに情報漏らした件はどうしてやろうか思うたけど、算盤弾いたらなんや知らんがこっちの方が儲け出るみたいやから結果オーライやネン。今回は特別に許したるから、次からは絶対に先に教えて欲しいネン。心臓がなんぼあっても足りへんネン。アンタん儲け話に外れがあれへんといっても、先立つモノに代わるモンが無けりゃ補填もエライネン」

 

「申し訳ありませんでした。ロジャーのところに行くとうちの見習いが言って聞かないもので」

 

「ホンマ堪忍してほしいネン、ホーミング。ウミット海運がモコモ公国を重視しとるのはわかっとるが、それとこれとは話が別やネン。信用が第一なのはこの世界の常識ヤネン。お前、この世界にいて何年目やネン、新人ちゃうやろ。どう落とし前つけるつもりやネン」

 

「実はここだけの話、ロジャーの寿命があと1年だと聞いたので話を通す時間がなかったんですよ」

 

「今なんて?あのロジャーの寿命があと1年?ホンマ?今日も元気にカイドウと戦争しとるあの男が?」

 

「どういうわけか寿命過ぎてるんですが、クロッカスっているでしょう専属医の。宴で聞いたから間違いないです。この薬飲んでるみたいで」

 

私が後で入手した現物と同じ種類の薬をみせるとル・フェルドはそれを抱え込んでいる闇医者に見せるようつげた。ついでに宴の会話を記録したダイヤルを渡してやる。しばらくして、病名を特定した医者がル・フェルドに耳打ちした。

 

ル・フェルドはタバコを消した。そして心底安心したという顔で笑い始めた。

 

「あーもー心配してソンしたネン、なんじゃいな!先にこれを出さんかい、ホーミング!これじゃあまるで話が違ってくるネン。わしでもたぶん同じことするネン。まさに今しかできない儲け話ってワケやな。それを聞いて安心したネン、お前に限ってとは正直思ってたが、お前身内をすごく大事にするのは周知の事実やネン。だからお前がミンク族に絆されたかと思ってヒヤヒヤしたネン」

 

「勘弁して欲しいのはこちらの方ですよ、ル・フェルド社長。なぜそうなるんです」

 

私の呆れ顔をみて、ル・フェルド社長はさらに笑った。

 

「それはそうと血統因子の研究の進捗はいかがですか?」

 

「あー、ベガパンク最新作の?奴がいうには最終段階に入っとるそうやネン」

 

「そうですか、ならサイボーグの研究は?」

 

「そんなに心配せんでも順調そのものやネン。金と資源さえあればあいつは納期は守るネン」

 

私が今1番進捗を心配している血統因子とは、「生命の設計図」と呼べる代物であり、ベガパンクの偉業の1つである。 MADSの万年2位争いをしているシーザー・クラウンの「SAD」及び人造悪魔の実「SMILE」、ジェルマ66の「複製(クローン)」兵士やヒトの「改造」研究などにその成果が用いられる計画が進んでいるのだ。

 

表向き慈善事業家である闇金王が「MADS」のスポンサーならではの研究といえる。そもそもベガパンク達の所属したているMADSはそのレベルの高さゆえにそのスポンサーたるル・フェルドがそもそも無法な金融業をしないと資金も資源も提供できないのである。

 

それとサイボーグの研究は、闇金でありがちの債権が焦げついた者を「MADS」に送り込み、臓器を売って金を返せというやり方で進んでいる。こちらに噛んでいるのが臓器売買業者ジグラ。主に奴隷や囚人達を使って人体実験している。その者から臓器を取り出して売りさばく。そして臓器の代わりに人工的な何かを入れる。そういう事を繰り返した結果がサイボーグだ。

 

ル・フェルド社長曰く、借りたお金を返さないクズが世界から減れば世界平和に一歩近づく。だから臓器を売れば返済の足しになる。そして、その身体は世界平和の為の研究に使われる。お前にとっても良い事だろうと債務者にいうそうだ。それが闇金王なりの慈善事業らしい。実に合理的だ。

 

今回初めて気付いたのだが、顔馴染みなはずのMADSメンバーが自分の血統因子を使ってクローンの赤子を作ったのは明らかにフラグじゃないか。あの女はたしか白ひげの女だったぞ。しかもあの顔は繁華街の元締めの女でスパイじゃなかったか。

 

クローンがいつのまにか本人と入れ替わり、スパイ活動されていることにさえ気づければもっと優秀な男なのだが。これじゃあどさくさに紛れて暗殺されそうだな。次の闇金王は優秀な男なことを期待しよう。

 

「世界政府が買い取る前に研究データだけでも欲しいんですよ。いくら払えばいいですか?」

 

「まったく儲け話のことになるとホンマ情報早いネンなあ、ホーミングは」

 

「あなたに損はさせませんから安心してください」

 

後のパシフィスタに繋がる研究データだからなんとしても手に入れたいのだ。インペルダウンに収監されている能力者や七武海達の血統因子を使って作り上げたパシフィスタ率いる海軍大佐コビーと黒ひげにかつての私は敗北したのだから。

 

「それはそうと同業のよしみで教えてやるが、カイドウに相当恨まれてるネンな、お前。気をつけたほうがいいネン」

 

「わかっていますよ、もちろん」

 

趣味が自殺の最強生物からしたら、ロジャーが死んだ後は白ひげが定期的に襲撃にくるわけだから願ったり叶ったりだろう。この男が心配するほどではないと思うのだが、念のため用心しようと思う。

 

「そういや、ウミット海運は魚人島も大事な取引先やネンな」

 

「そうですね」

 

「白ひげ海賊団の支配下やネンな、魚人島」

 

「そうですね、それがどうかしましたか」

 

「なあ、怒らんから正直に教えてほしいネン、ホーミング。なんでか白ひげにも情報漏れとんやけど、漏らしたんお前か?」

 

「それは違いますね、ロジャーと白ひげが仲良しなだけでは。おでんはもともと白ひげのクルーだったわけですから、貸し出すくらい仲良いのはご存じでしょう?」

 

「ホンマか?」

 

「白ひげには取引の時に挨拶に行っただけですから」

 

「ホンマかぁ?まあ、ええけんど。カイドウと白ひげの戦争が長引けば長引くほど、ワイらは儲かるわけやからな。でもなあ、ホーミング。取引先大事にするのも一線ひかなあかんで?絆されたら終いやで、この商売は」

 

「わかってますよ、もちろん」

 

「でもなあ、そもそもカイドウがワノ国から手を引いたらどないすんネン」

 

「その時はその時ですよ、ありえないとは思いますが。なぜか古代兵器情報までカイドウは把握しているようですし、海賊王になりたいカイドウがポーネグリフが必須な以上、大事な拠点としてのワノ国を諦めるとは思えません。あの男はジョイボーイにご熱心だ」

 



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17話

ロジャー海賊団が偉大なる航路を制覇し、ロジャーが世間から海賊王と呼ばれるようになって早1年。不気味な沈黙を続けているとされているが、不治の病になったロジャーがすでに解散を宣言しているため、幹部から見習いにいたるまで世界各地に散っている。かつてのセンゴクの話のとおりなら、処刑の日はちょうど南の海バリテラで潜伏中のポートガス・D・ルージュがロジャーの子ポートガス・D・エースを宿してちょうど5ヶ月目になるだろうか。

 

ここから世界政府の命令で乗り込んできた海軍により、バリテラ中の父親不明の妊婦ごと殺害される事件が起きる中、一年半にも渡って妊娠し続けるわけだ。人間の母体は10ヶ月前後で子供を産むようにできている。

 

それを何らかの方法で2年もとなると羊水は出産間近になると体内から排出されるべく腐敗し始めるので、10ヶ月近く体内で胎児や自分の老廃物が限界を超えてまで溜まり続けることになる。妊娠はいつの時代も母子共になにがあるかわからない、生死が隣り合わせの重労働だ。それを2年だ。

 

ルージュがエースを産んだ瞬間に死ぬのも、自然の摂理に逆らい生まれてきたから鬼の子と呼ばれるのも運命なのだろう。それがロジャーの異名のひとつなのは皮肉ながら当然の流れだ。

 

なぜ私がそんなことを知っているのかというと、ルージュの主治医から聞いた情報から逆算したからだ。他ならぬガープ中将から直々にエースが生まれたら故郷であるゴア王国フーシャ村に届けるよう頼まれている。

 

今回も2年も妊娠し続けるかはわからない。私の船があるから安心して10ヶ月で産むかもしれないし、呼び出されたら数時間で船は来るが常駐するわけではないから2年も妊娠するかもしれない。それはわからないから、仕事を部下に任せながら私は仕事をセーブして定期的に通うことになるだろう。

 

今は粛々とウミット海運の仕事をこなしながらルージュが潜伏している港町に新聞を含めた生活必需品などを届けるだけだ。ロシナンテ達の恩があるから引き受けざるをえないという建前を手に入れた私は、こうして定期的に南の海にやってきているわけだ。

 

常駐している医者や看護師、世話役の女性はガープ中将に頼まれた人間かルージュの家族のようで、私が存在をモルガンズにリークしなければ見つかることはまずないだろう。断じてしないが。

 

なにせ、かつてエースの処刑は世界を揺るがした。私が生きたかった新時代の到来を告げた。世界の均衡が破れて時代のうねりが加速したのだ。その動乱の前に私は黒ひげに敗れた。新時代到来前に旧時代の敗北者として真っ先に脱落したのだ。これから生まれてくる赤子の死によって新時代が到来するなら私は全力でエースを守らなければならない。

 

潜伏先を訪問するとルージュが申し訳なさそうに御礼をいってきた。

 

南の海は南極を有する海で、東の海とは偉大なる航路を、西の海とは赤い土の大陸を挟んでいる。 東の海ほど治安は安定していないが、北の海ほど荒れている海域ではない。どのみち深層海流を使うからそれほど苦にはならないと告げながら、ロジャー逮捕の新聞が入った日用品を渡した。

 

新聞を見つけたルージュは三面記事を見るなり抱きしめるようにかかえたまま目を閉じた。

 

「ホーミングさんは2人お子さんがいるのよね?」

 

「そうだね、前話したとおり2歳差の兄は海賊をやっているし、弟は今年海軍に無事入隊した。弟をガープ中将に託した時にはすでに子供だったが、無事に育て上げてくれたのは確かだから心配しないでいいよ」

 

「そうね......そのおかげか、あまり心配はしていないの。お子さんのお名前はどうやって決めたの?」

 

「そうだね、妻と様々な本を読みながら考え抜いた名前にしたことを昨日のことのように覚えているよ」

 

「そうなの、素敵......。私はもう決めているの。女の子なら『アン』、男の子なら『エース』。彼がそう決めてたから」

 

「2人の子どもなんだ、それが1番いいだろうね」

 

「ありがとう、ホーミングさん。もし、あなたの船にフーシャ村以降も乗る機会があるとしたら、その時はよろしくね」

 

「はは、いいとも。その時は格安にしようか」

 

「ふふ、そのときのお代はきちんとお支払いできるようお金をためておかなきゃ」

 

「なにかと先立つものが必要なんだ、そんなことより自分とお腹の子のことを大切にしなさい。働けるようになるのは何年後だと思っているんだ」

 

「ありがとう、ホーミングさん。あなたのおかげで普通に暮らしているのとなにも変わらない生活ができているわ」

 

「お礼ならガープ中将にいいなさい、私はかつての恩を返しているだけだからね」

 

ルージュはうれしそうに笑った。

 

「ねえ、ホーミングさん。お願いがあるの」

 

「なんだい?なにか足りないものでもあったかな?一通り言われたものは揃えたはずなんだが」

 

「いえ、大丈夫。そうじゃないの。彼の処刑が決まったでしょう、故郷のローグタウンで」

 

「そうだね、東の海の港町だったか」

 

「彼の最期を見てきて欲しいの。そして教えてくれないかしら。ガープ中将は海兵さんだからどうしても難しいだろうし、頼めるのがホーミングさんだけなの」

 

「しかし、その間になにかあったら......」

 

「大丈夫、お願い。一生のお願いよ。彼がどんな誇り高い最期を迎えるのか、教えてほしいの」

 

私は主治医に視線を向けるが、ルージュにすがられてしまった。30分ほど泣きながら懇願されてしまったため、仕方なくいざというときのためにウミット海運の船を別で用意し、イールに任せることにした。

 

処刑日の1週間前から新聞を注視し続けてきたが、金獅子が脱獄した話は聞かない。ガープ中将に報復を恐れていると伝えて状況を聞いたところ、インペルダウンに収監された金獅子は落雷の影響で今なお意識不明だそうだ。フワフワの実を閉じ込めておくためとはいえ、あらゆる手段で医者を用意して治療しているというんだから終身刑にしては高待遇にもほどがある。唯一の懸念材料から解放された私は、安心して前日には東の海ローグタウンに足を踏み入れたのだった。

 

とあるホテルの一室にて、護衛しているはずの魚人から客人がと声をかけられた。偽名で宿泊しているため私がここにいることは誰も知らないはずなのに、私を名指しで取り次いで欲しいと言っているらしい。

 

「今日会う予定はないんだがな、誰だい?」

 

「誰ってドフラミンゴだよ、船長。北の海からはるばるきたんだってよ、会ってやったらどうだ?」

 

ドフィじゃなくドフラミンゴ。ドフィの子供時代をよく知るイールの部下がわざわざそういうということは、仕事としてきたのだろう。にやっとしているのは隠した方がいいが。

 

「ああ、なるほどドフラミンゴか。情報がはやいことだ、通してくれ」

 

「了解」

 

ドフィの手配書にドンキホーテの文字はないから、世界政府の思惑が働いて天竜人だとは知られていないのだ。わざわざ訪ねてきたのはならにかあるんだろうか、儲け話でもきたか?北のシンジゲートしかまだ確立してないはずだが。

 

「久しぶりだな、ホーミング」

 

傍には部下と思われる男がいる。なるほど便宜を図ってほしくて挨拶に来たか。

 

「いい儲け話を持ってくるまで帰らないんじゃなかったのか、ドフラミンゴ」

 

「うるせえ、恩恵はすでに受けてんだろうが」

 

「笑わせるな、新世界まで掌握してからいいなさい。それはそうと何しにきた?」

 

「アンタんとこの息子が今年海兵になるんだってな。東と北じゃ昇進速度がちがうだろうが、こいつも同期になるんだ。ガープ中将とコネあるアンタに挨拶をと思ってな」

 

「はじめましてホーミング。ドフラミンゴファミリーのヴェルゴだ」

 

「なるほど、そういうことか。よろしく」

 

私はヴェルゴと名乗ったスパイ候補と握手を交わした。

 

「そういやロシナンテは知ってるのか」

 

「なにをだい?」

 

「フッフッフ、涼しい顔してお盛んなこった。アンタほどの男が囲う女だ、よっぽどいい女なんだろうが......随分年の離れた妹だか弟だかができる身にもなってやれよ」

 

思わず私は笑ってしまったのだった。



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大海賊時代
18話


その時、空は偉大な海賊王の最期を嘆くような曇天から雨が激しくなり始めていた。

 

ちょうど1年前、富、名声、力、この世の全てを手に入れた男、海賊王ゴール・D・ロジャー。彼の死に際に放った一言は人々を海へ駆り立てた。

 

「おれの財宝か?欲しけりゃくれてやるぜ......探してみろ。この世の全てをそこに置いてきた」

 

大観衆の真ん前、処刑台の上で不敵に笑いながらロジャーは世界政府と海軍の思惑を嘲笑うかのような遺言を遺して処刑された。誰もがひとつなぎの大秘宝の存在を確信して大歓声に包まれてロジャーに見向きもしなくなる。

 

だが、私はかつてのように海賊王の首が落ちる瞬間まで見ていた。この時、最期までロジャーを見ていた者達だけが、海賊王が首が落ちるその瞬間まで豪快に笑っていたのを見ていた。そしてまだ海賊ではなかった者達は、みな一様に脳を焼かれた。そして、脳を焼かれた者達はいずれも海賊王を目指して海に出た。

 

ロックスの思想に深く傾倒していた当時の私には理解し難い時代の到来でもあったが、二回目となるとその気持ちも理解できる気がする。

 

しかし、私達ロックス時代の人間にとっては、その言葉よりもその死に方そのものが困ったことに強烈に惹かれる最期だったのは事実だ。それはあまりにも魅惑的な誘惑だった。理想的な終わりについて強く意識せざるを得ない強烈な出来事だったのは間違いない。それは呪いのように頭に深く刻まれてしまい、もしかしたら今もなお私を蝕んでいるのかもしれない。

 

そんな人間達も含めて、人々がロマンを追い求め、偉大なる航路を目指し夢を追い続ける大海賊時代の始まりである。

 

かつてと寸分狂いなくロジャーは偉大な伝説の海賊王としての最期を終えた。

 

海賊王の最期をダイヤルに記憶し、ルージュに手渡した。奇跡を期待したが、残念ながら2年後、ルージュはエースの出産と引き換えに命を落とした。

 

護衛のガープ中将に私が愛人を抱えているとドフィに疑われていると笑い話でもしなければならないほど重苦しい航海だっだのはたしかだ。

 

そして、無事ガープ中将とエースを送り届けたあと、私の船は深層海流に乗り地底に沈んでいった。いつもなら操縦はスペーシア中尉達に任せて交代しながら休憩にはいるのだが、今回は緊急事態が発生したため、仕方なく船員全員を集めて、私は彼らの前に立っていた。私の前にはミンク族部隊の長にまで昇格したパンサとシデがいる。

 

「うちは託児所じゃないんだが、どういうつもりだい2人共」

 

「いいじゃないですか、せんちょー!ミンク族部隊長の僕たちが見習いやってたの8歳からですよー?」

 

「そうですよー!それにこの子達は結構強いですよ!なんたってイヌアラシ様達のお墨付きでーす!」

 

「それはさぞかし期待の新人君達だ。それこそ次の戦争に備えてモコモ公国で鍛えるべきじゃないのかい?カイドウとの決着、またつかなかったんだろう白ひげは?」

 

困ったことに実に久しぶりの密航者が現れたのだ。これからベガパンクに血統因子をもらいに行く大事な航海で引き返せないタイミングになってから、シデとパンサが連れてきたのはどう見ても子供のミンク族達だ。

 

表向きには明かしていないが、私の船の動力源やダイヤル砲の関係でミンク族の就職は月獅子を完全に制御できるようにならないと私の船には乗せないことになっている。それを知っているだろうにどういうつもりだろうか、ウミット海運に就職するだけなら見習いという形で社長に雇用人事を任せているのだが、このパターンは話が通ってないと見た。

 

「ところで君達、名前は?」

 

「おれの名前はペドロだ、そしてこいつがゼポ。ホーミング、頼む!おれ達を船に乗せてくれ!ロジャーが言ってたんだ、人には必ず出番があるんだと。今がその時だと思う!」

 

「たのむよ、ホーミング!今からオハラにいくんだろ?乗せてってくれよ、なんでもするからあ!」

 

「バスターコールされた後だ、さすがに何も残ってないと思うんだが」

 

「でもあの有名なベガパンクと行くんだろう!?ベガパンクなら未来の大発明で燃やした本を戻すことだってできるかもしれないじゃないか!」

 

「シデ、どこまで話したんだい?」

 

「え、ぜんぶだよ?」

 

「よし、明日から反省するまでニンジン抜きだ」

 

「ええええっ!?」

 

「ひどいよ、せんちょー!おーぼーだー!!」

 

「どうしてパンサは関係ないと思うんだい?骨付き肉抜きに決まってるだろう。ミンク族部隊も関わっているだろうから連帯責任だ、そのつもりでいなさい」

 

大ブーイングが起こるがなぜかイール達まで連帯責任だからと慰め始めた。これが意味することを悟った私は顔が引き攣るのがわかった。私以外の船員は全員密航者に気付いていたらしい。

 

「お前もか、イール?副船長ともあろうお前がまさかの首謀者かい?心底失望したよ。ベガパンクとの取引を聞かれた時点でうちの船に乗せるしかないじゃないか」

 

「そう言ってくれると思ったよ、船長。アンタは身内に入ればどこまでも優しい男だからな!」

 

歓声が上がる。

 

魚人族といい、ミンク族といい、私の最終計画に向けた金儲けのやり方をずっと見ているくせに、なぜそういう判断になるんだこいつらは。私は頭が痛くなってきた。頭がいかれそうだ。

 

ロックスの時に学んだことを活かすためにハチノスの元締めをしながら仲間との結束を重視した。それでもダメだったから私は黒ひげ達らに負けた。だから今の方針に変えたのにこれではなにも変わらないじゃないか。

 

なぜか脳裏にル・フェルド社長の的外れなアドバイスを思い出してしまい、舌打ちしたくなる。まあいい、今の私はワプワプの力がないから肉盾が必要なのは事実だ。

 

勘違いしてくれるなら自分から肉盾になってくれるだろうから、そのままにしておくか。どのみちモコモ公国と魚人島との繋がりは今更白紙に戻せないところまできてしまった。ガープ中将との繋がりを維持したり、ウェザリアとの関係を維持するためには、想定以上の性善説じみた行動が強いられている。ずっと続くならそれを前提に計画を修正すればいいだけだ。

 

最終的な計画に彼らが必要なのは事実なのだから。

 

話を聞いてみたところ少年時代に最後のロード歴史の本文を探しにゾウに来訪したロジャーと対面しており、自分も連れて行って欲しいと懇願したが断られたようだ。ロジャーは最後の航海を終えて解散を宣言したあとルージュのところに行っていた。そして自首、処刑ときたらその出番とやらが来なかったらしい。

 

カイドウとロジャーの戦争に参戦し、ロジャーが死んでからは白ひげが定期的に襲撃にくるためカイドウの支配は一時的に弱まっているという。直接支配にシフトしつつあるそうだが、まだワノ国のレジスタンス達は奮闘しているようだ。

 

戦争に参加できるくらいなら強いのは強いのか。さすがに月獅子になると暴走状態になるからできないとなると見習いにしかできないだろうが。

 

ネコマムシ達の役に立つ為ポーネグリフを探す探検家のつもりで航海することを夢見ていたようだ。

 

「またポーネグリフか......どこかで聞いた話だね、シデ」

 

黒ウサギのミンク族が全く悪びれない様子でニコニコと笑っている。

 

「僕達みたいにー、優秀なミンク族がー、奴隷になったら困るのはせんちょーですよねー!奴隷買い受けるのだってタダじゃないんだしー」

 

「未来有望な船員がー、賞金首になったらー、面倒なんですよね船長ー!奴隷相場が跳ね上がって社長が怒ってましたもんね、せーんちょー!」

 

「狙ってたな、2人共」

 

「あたりまえじゃないですかー、何のための密航ですかー」

 

「ミンク族は密航しないといけない決まりでもあるのかい、全く......」

 

私はため息をつくしかないのだ。

 

ル・フェルド社長がMADSを世界政府に破格の値段で売り飛ばすまで一年を切っている。ベガパンクから血統因子の研究データを買う約束を取り付けたはいいのだが、なぜかバスターコールでふっとばされたはずのオハラに連れて行け。連れて行かないと渡さないと取引直前にわがままを言い出したのだ。

 

だからこれからベガパンクを迎えにMADSに向かうのだ。これ以上なにもなければいいのだが。



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19話

ただいまMADSでベガパンク博士を乗せた私の船は西の海にあるオハラに向かっている。

 

血統因子の研究データの資料をもらった私は、その見返りとしてそのまま極秘に設定してある船の構造を一時的に可視化するようスペーシア中尉に指示した。からくり島にあったツキミ博士の研究室から移設したものだ。彼の生涯を捧げてまで追い求めてきた月の民の文明の研究成果がそこにある。

 

それを見た瞬間、ベガパンク博士は目を輝かせた。そして感嘆の息をはくのだ。

 

「もうかれこれ9年半も前になるのか。同郷のツキミ博士のからくり島が一夜にして姿を消したと聞いて、ビルカの文明は闇に葬られたとばかり思っておった。お前さん達が受け継いでくれておったとはのう。ウラヌスで消し飛ばされたとばかり思っておったが、まさか団子を喉に詰まらせて死ぬとは。あれだけよく噛んで食べるよういったのにのう」

 

「いえ、スペーシア中尉によれば、月が謎の爆発で穴が空いて驚いたせいだそうですよ。だから仇討ちにいくための宇宙船づくりに協力したわけですから」

 

「なんと、そうだったのか!?では月になにか爆発を起こすような危ないものがおるのか?」

 

「さあ?月の民が資源を求めてこの星に来たのなら、ロボット達がそのままの可能性もありますよね。事故でも起こしたのかな」

 

「うーむ、宇宙は広いからのう。謎だ。月に穴を開けた犯人見つけられるといいのう」

 

「そうですね、ミンク族モデルの衛生兵部隊もいますから大丈夫だとは思いますが」

 

「ほうほう、あれが噂のドルネシア中尉か!たしかにウサギそっくりのロボットじゃ、すごいのう。ミンク族しかしらないとスペーシア中尉もたぬきにしか見えんわい」

 

「でしょう?うちの船にはミンク族沢山いるんでなおのこと目立たないです。では約束どおり全てお見せしますので、スペーシア中尉達に継承し損ねた部分をご教授いただければと思います」

 

「もちろんじゃ、ベガパンクの名にかけてしっかりと記憶し、スペーシア中尉達に全て引き継ごう。それにツキミ博士の研究は私がさらに発展させてみせる。また頭がでかくなるのが玉に瑕だがなあ」

 

「あれ、そういう種族ではないんですか、ベガパンク博士」

 

「よく間違われるが頭がたまたま長い人間ではない!私はノミノミの実の能力者じゃ!」

 

なんとベガパンク博士は食べた者はあらゆる知識を際限なく記憶でき、データ容量に比例して脳が肥大化する脳みそ人間となるノミノミの能力者だという。この能力によって文字通り「世界最大の頭脳を持つ男」と呼ばれるようになったという。

 

たしかに頭部は縦に長く伸びており、本人曰く探究心を抑えられないせいでどんどん頭が大きくなっていくらしい。

 

ただ、この悪魔の実の効果はあくまで知識を際限なく記憶できるだけであり、知能向上などの恩恵はない。だからベガパンク博士のような頭脳明晰でその知識を存分に活用したい人間や好きなもの・大切なものを正確且つ永遠に記憶したい人間以外にはメリットが無いようだ。

 

「ベガパンク博士のためにあるような能力ですね」

 

「じゃろ?そういやお前さん、血統因子の研究データ渡すのはいいが科学者はスペーシア中尉達でいいんかの?今までと分野がかなり違うが」

 

「頑張ってもらおうかと思ってます、本人達は興味津々なので。正直取りまとめてくれる優秀な科学者がいたらいいんですけどね」

 

「うーむ、私とシーザーは世界政府、ジャッジはジェルマに帰り、クイーンはカイドウんとこに世話になるといっておったな」

 

「ですよね......ところでベガパンク博士。ツキミ博士って生贄ありで死者蘇生したら協力してくれるような人ですか?」

 

「いきなりなんじゃい、びっくりしたなあ」

 

「新世界のある島で死者を復活させる代わりに、継続して生贄を欲しがる植物を見つけたんですよ」

 

「なんじゃその新世界で仲間失った海賊がめっちゃ欲しがりそうな植物は」

 

「でしょう?私もそう思いました。だから罰としての使い道くらいしか思い付かないんですよね」

 

「ツキミ博士に罰ゲームのノリでやるようなことじゃないじゃろ、やめんか。絶対協力してくれん男だぞ」

 

「そうですか、それは残念です」

 

「やれやれ。さてスペーシア中尉、ドルネシア中尉、さっそく研究成果を見せてくれんか」

 

2人につれられてベガパンク博士が研究室に入って行った。

 

「ねーねー、せんちょー。オハラを滅ぼしたバスターコールとからくり島消し飛ばしたウラヌスってどっちが強いのー?」

 

「シデ、覚えているかい?ウラヌスはからくり島ごと消し飛んだが、バスターコールは島自体は残ってるみたいだよ」

 

「へー、そうなんだー!じゃあウラヌスの勝ちだねー!」

 

「ならウラヌスが強いんだねー!さっすがは古代兵器!」

 

「ウラヌスを欺くために世間にはバスターコールとされている事例もあるんだろうな。いや、むしろウラヌスをモデルにバスターコールを発明したのか?気軽に打てないデメリットを消すために」

 

「じゃあ全部バスターコールにしたらいいのにね」

 

「本当にそうだね、なにか特別な理由があるんだろうが、わからないな。そういえば去年ダグラス・バレットを捕まえるために発動したって聞いたな」

 

「だあれー?」

 

「ロジャーの船にいたらしいよ」

 

「えっ、せんちょー、そんなやついたっけー?」

 

「みんなが知らないのも無理はないよ。エッド・ウォーの海戦の時にはすでに降りてたらしい」

 

「たったひとりを捕まえるためにバスターコールしたのか?信じられないな」

 

「イールが疑うのも無理はない。私もその名前はクロコダイルとぶつかって決着つかずの記事を読んで初めて知ったからな」

 

「クロコダイル?たった2年で新世界まできた期待の新星じゃないか」

 

そう私がはやく七武海になりバロックワークス立ち上げを切望しているあのクロコダイルだ。

 

「そう、今度白ひげとぶつかるって噂の砂漠の王だ。バレットはロジャーの船には乗ってたがロックス世代じゃない。クロコダイル達と同じ新星なんだよ。もっとも今はバスターコールで捕縛されてインペルダウンみたいだが」

 

「へー」

 

たしかバスターコールは海軍における命令の1つで、海軍本部中将5人と軍艦10隻という国家戦争クラスの大戦力で行う無差別攻撃のことだ。

ロックスにいた頃、散々食らったからよく覚えている。海軍の最終兵器みたいな扱いだったはずだ。

 

攻撃目標殲滅が目的のため、発令者を人質にとろうがお構いなしに攻撃は発動され、市民が巻き込まれても海軍は不問にされ、世界政府に情報規制される。そのせいでロックスの名は表に出なかった。

 

正直金獅子がよく戦艦を浮かせて突っ込ませたり、白ひげが津波起こして沈没させたりして、ロックス時代は発動すら難しかった記憶しかない。だがあれは上澄の連中だったから例外中の例外なのだろう。だからこそわかる。

 

それをオハラのような力を持たない一般人に向けるのはよほど不都合なことがあったに違いない。

 

たとえば古代兵器を扱う月の民の超文明がかつてあった。今から地質学的にいうと800年から900年の空白の100年に滅ぼされた。滅ぼしたのは今の世界政府であり、月の民の文明の思想が脅威だから禁じているとか。私ですら世界政府が実質認めたようなものだと思ってしまう。

 

「あれ、バスターコールが情報規制されるなら、なんで船長知ってるんだ?」

 

「さっき言ったようにバスターコールは島そのものは残るから、後から見に行くことはできるんだよ。クローバー博士の墓参りにいきたいベガパンク博士みたいにね」



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20話

ベガパンク博士が花を手向に行きたいほど思うほど、オハラのクローバー博士と交流があるとは知らなかった。天才科学者と考古学の世界的権威だからシンパシーを感じるものがあったのだろうか。

 

クローバー博士といえは3ヶ月前西の海にある考古学の聖地オハラで学者達と共に、法律で固く禁じられているポーネグリフの研究を極秘裏に行っていた。世界政府の情報操作により古代兵器を復活させて世界を滅ぼそうとする悪の集団というレッテルを貼られているはずだ。

 

そして生き残りが悪魔の子ニコ・ロビン。オハラの唯一の生き残りでポーネグリフを解読し、空白の100年に近づける危険性を考慮され、8歳にして7900万ベリーの懸賞金が懸けられた。

 

軍艦6隻を沈めて、第一級危険因子と定められたのが表向きの理由だが、この段階でハナハナの実の能力者として覚醒しているわけがないから世界政府お得意の捏造報道なのだろう。

 

「あの子も可哀想になあ、海賊王になるにはポーネグリフの解読が必須なんじゃろ?今や読めるのはロビンかワノ国の一部しかおらん。写本を四皇から奪うより、子供攫った方がはやいもんのう」

 

「世界政府が許さないでしょうね」

 

「隠れ蓑にした組織を狙われて尾ひれがついて回ると。お前さん、ロビン見かけたら保護してやったらどうじゃ?」

 

「運良く見つけられたらそうしたいんですけどね、なかなか。しかし、クローバー博士とそんなに親しかったんですね、天才同士なにか感じるものがあったとか?」

 

「あー、別にそんな大層な理由じゃないわい。クローバー博士は若い頃はかなりやんちゃだったんじゃよ」

 

「え、そうなんですか?」

 

ベガパンク博士曰く、若いころは空白の100年に執着した冒険家としてクローバー博士は世界的に有名だったようだ。文献を求めて世界中を探検し、海軍に逮捕・投獄されること10回以上。

 

やがて世界一有名な考古学者になり、彼に感銘を受けた学者が集まったのが考古学の聖地の始まりだったとのこと。ベガパンク博士はクローバー博士が世界中を飛び回り、歴史の資料を集めている時に仲良くなったらしい。

 

「やんちゃの域を軽く超えてませんか?むしろ今までよく警告だけで済ませましたね、世界政府」

 

「ロックスじゃあるまいし、一般人相手なら世界政府はいきなりバスターコールはせんよ。ツキミ博士のときも同じじゃった。ただ、学者というのは、科学者と同じで興味があることを禁じられるとますます調べたくなるサガなんじゃ」

 

「なるほど、そういうものですか。しかし、不自然なほど軽い罪ですね」

 

「そりゃそうじゃろ。空白の100年に対する厳罰をすれば、それが真実であり政府の弱みである証拠も同然じゃ。単なる冒険家がインペルダウン行きはおかしすぎるじゃろ」

 

「たしかにポーネグリフを探してたミンク族の賞金首がうちにいますが大体相場ですね」

 

「普通ミンク族は1000万ベリーもつかんから、よく考えたらおかしいんじゃがな」

 

「たしかに。普通なら高くて500ベリーくらいですね」

 

「ミンク族は知られておらんからな、見かけたら所属する海賊が近くにいるという意味での賞金しかかからん。注意喚起のな」

 

私の横でペドロ達が下手したら賞金首だったのだろうかと思いを馳せている。

 

「待ってください、ベガパンク博士」

 

私は思わず止めた。島の中央の湖に投げ入れられた膨大な数の本の山をどこかに運び出そうとする巨人族達が見聞色で見えたのだ。

 

おそらくあれはオハラの本だ。バスターコールを前に燃えないことに全てを賭けて、自分の命を犠牲にしてまで本を最期まで投げ入れたに違いない。

 

生き残りがいないか上陸した海兵達は、下手に触れたら自分達が消されると考えて見て見ぬ振りをしたのだろう。考古学者達の執念をみた気がした。

 

「なんじゃと?巨人族の連中が?せっかくオハラが遺した本の価値がわかるのか?それともたまたま見つけたから?後者じゃったら最悪じゃ!」

 

「あの格好や意匠はエルバフの巨人族ですね。海兵ではなさそうだ、盗賊かな?」

 

「なんでグランドライン新世界の巨人族がわざわざ西の海に来るんじゃ。巨兵海賊団じゃあるまいし。あれはたしか100年前に解散したんじゃなかったのかの?」

 

「私に聞かれても理由なんてしりませんよ。もしかしたら若い巨人族なのかもしれないな」

 

私達が困惑しているのは、巨人族が人間と正式に交流を図るようになったのは今から80年ほど前の話だが、それまで巨人族の存在を知る人間にとっての巨人族は脅威そのものでしかなかったからだ。

 

その当時、巨人族で構成された海賊団「巨兵海賊団」が世界中で暴れ回っていて、その圧倒的なパワーに海軍も碌に手を出せず、半ば野放しの状態だった。なぜか巨兵海賊団は二人の船長が海賊団を離れざるを得なくなり、油断した残党が海軍に逮捕されて処刑されることとなった。

 

しかし、その処刑場に現れたシスター・カルメル、ビッグマムの恩人により彼らの処刑は免除され、海軍にも巨人族が入隊、やがて巨人部隊が設立されるまでに至ったのは知られた話だからだ。何百回も聞かされたからよく覚えている。

 

たしかに今では海兵として海の平和のために戦う者、海賊として各地を荒らしまわる者、あるいは人間社会で人間と共に普通の生活を送っている者なども存在し、偉大なる航路では比較的その存在を認知されてはいるが、外海ではまだそこまで認知されていないはずだ。

 

こんなところまで活動範囲としている巨人の海賊団なんて聞いたことがなかった。モルガンズがほっておくわけがない。

 

「その心配には及ばないぞ」

 

いきなり声を掛けられて、私はとっさに銃口を抜いた。巨人族が気づかないよう見聞色はセーブしていたのだが気づかれていたようだ。しかも私が全く気づけなかった。ただものじゃない、誰だといいかけた私に黒いローブを着た男がいた。

 

「そんなに覇気込めないでくれ、ホーミング。私はまだ何も成し得ていないからな」

 

「あなたはたしか自勇軍の......」

 

「久しぶりだな、ベガパンク。あいかわらず目立つ頭だ、一目でわかる」

 

「お前はドラゴン!なぜここに!?」

 

「そりゃこっちの台詞だ、ベガパンク。また一段と頭が肥大化したな。おれはクローバーのおっさんと面識があってね」

 

「なんとお前もか」

 

「ホーミングは護衛か?」

 

「まあ、そんなところですね」

 

「なるほどな。あの巨人族達が気になるか?盗賊じゃない、さっき調べはつけておいた。エルバフからやってきたようだが彼らはあの文献の価値を知っている。船長は全身に包帯を巻いた奇妙な男だったが。オハラが命懸けで遺した財産はこのまま歴史に消えさせやしないといっていた」

 

「エルバフに運ぶつもりなんですかね、全部?」

 

「そうだろうな」

 

「すごいですね、さすがにうちでもあの量を運ぶのは何日かかるかわかったものじゃない」

 

感心しているとドラゴンはMADSが世界政府に買い取られ、ベガパンクとシーザーがそのまま所属するのを世界政府の犬になったと怒り始めた。それをベガパンクは貧乏軍隊になにがわかると一刀両断する。

 

実際ルフェルド財団がMADSを世界政府に売り飛ばすのは支援してくれと求められる金が倍々になり破産しかける寸前だったからという世知辛い裏事情があるのだ。ぶっちゃけ話に拍子抜けしたのか怒りをおさめたドラゴンだった。呆れ顔でもある。

 

「うーむ、エルバフかあ......読みたいなー、でも私は世界政府所属になるから研究室におくわけにもいかんしなー、でも読みたいなー」

 

「ちらちら見なくても彼らに交渉してもらえるならお送りしますよ、うちに興味ある子達が沢山いるんでね」

 

「よっしゃ、追加の経費も同じように世界政府に請求してくれ。適当にでっちあげてな」

 

「わかりました」

 

「堂々としてるが世界政府に請求するのか、ホーミング」

 

「ボランティアで渡航許してたらうちが倒産しますからね」

 

「どこも世知辛いもんだな」

 

「ほんとですよ、全く」

 

「交渉するなら、おれも同行しよう。知らない奴だけでするよりは、スムーズにいくはずだ」

 

「わかりました、ドラゴンさんの分まで請求書に入れときます」

 

「よろしくな、ホーミングのおっさん」

 

「誰がおっさんですか。初対面の癖に失礼ですね貧乏軍隊の分際で」

 

「気に入ったのか、そのフレーズ?というか、17と15の子供がいるなら、33のおれより確実に年上だろう。なんで怒ってるんだ?」

 

「変なとこだけ似てますね、あなた達」

 

ドラゴンは軽く笑った。

 

「よし、行くぞドラゴン!私の頭脳をもってすれば水没した書物であろうがポーネグリフだろうが読み解いてやるわい!」

 

「もうすぐ世界政府所属になるのに正気か、ベガパンク」

 

「なにをいっとる!目の前に誰も知らないことがあれば知りたくなるのは学者のサガじゃ!」



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21話

「クハハハハ、最悪の戦争仕掛け人が隠居したのをいいことに王直と組んでいい空気吸ってんじゃネェか、ホーミング」

 

「おはようございます、サー・クロコダイル。デンデン虫ごしではありますが、この度はアラバスタの拠点完成おめでとうございます」

 

「ハ、ありがとよ。言葉だけは受け取っといてやるぜ」

 

「ありがとうございます。ところでこんな朝早くからどうかされましたか?いい儲け話でも?」

 

「あったとしてもテメェにだけは回さねえ。しらばっくれんじゃねェよ、人堕ちが。おれは苦情がいいてェんだよ」

 

「苦情?なんのです?アナタ、うちのサービスいっこも使ってないじゃないですか。間接的な案件ならお客様サービスダイヤルがあるんでそちらに回しましょうか?24時間対応してるので」

 

「違うに決まってんだろうが、馬鹿野郎ッ!パーティに呼ばなかった程度で随分とヒデェことするじゃねぇか、エエ?なんで楽園のアラバスタに新世界レベルの海賊がきやがるんだ、テメェは!調べはついてんだぞ、どうやってハチノスの奴らを焚きつけやがった!」

 

「嫌ですね、八つ当たりしないでくださいよ。新進気鋭のアナタがそんなところにいるから狙われているだけでは?」

 

「王直の野郎と全く同じこといいやがって。おれが一番嫌いなタイプだ、テメェはよ」

 

「それは残念ですね、私はアナタのことはそれなりに評価してるつもりなんですが。海賊の決闘は常に生き残りを掛けた戦いであり、卑怯なんて言葉は存在しないって言ったのは他ならぬアナタでしょうに。あの言葉聞いてから私アナタのファンなんですよ」

 

「......いつの話をしてやがる」

 

「白ひげに負けた程度で大人しくなるアナタじゃないでしょう、サー・クロコダイル」

 

「............二度とその言葉を口にするな、今度口にしたら八つ裂きにしてやる」

 

「失礼ですね。大体どうして私にかけてくるんですか?文句は王直かうちの社長にいってくださいよ、サー・クロコダイル。ジェルマまで噛んでる儲け話に何故かうちだけハブられたんだ。唯一できる英雄になるお手伝いがこれなだけですけど」

 

「テメェらの力なんざいらねえよ、誰が頼んだ。もう一度いうが白ひげと深い繋がりのあるテメェとだけはどんなに小さな取引でも死んでもしねえし、受ける気はネェ。覚えとけ」

 

「はあ?なんでそうなるんです?何勘違いしてるのか知りませんがね、私が信じているのは金儲けとウチの社員だけなんですよ。ひどいのはどっちですか、冤罪ですよ冤罪。誤解もいいと.....って、もしもし?もしもし」

 

スンとなってしまったデンデン虫にため息をついた私は受話器を置いた。

 

「言いたいことだけ言って切りやがったあの野郎。今回はもう少し仲良くやれると思ったんだがダメだな、どうにもあの男とは相性が悪い」

 

真横で私とクロコダイルの会話を盗み聞きしながら、必死で笑いを堪えていたイールがとうとう我慢をできなくなったのか、大笑いし始める。警備している部下達もイールにつられて笑い始め、私は肩をすくめるしかない。

 

どういう訳か前も似たような経緯で一方的に敵視され、最後まで相手にすらしてもらえなかった覚えがある。今回はバロックワークスの最終目標が古代兵器プルトンだと知っているからこそ、うまいこと交渉に行きたかったのだが、ごらんの通りの有様だ。とりつく島もなかった。

 

話さえ聞いてくれれば、絶対に交渉のテーブルにつかせる自信があったのだが。

 

「あはははははッ、相変わらずだな、船長。儲け話に勘づくのは誰よりも早かったのに。アンタでもうまくいかない交渉相手がいるんだな」

 

「残念ながらそのようだ。さすがの私も初めから全力で拒否されたらどうにもならないということだね。独自ルートでポーネグリフを読みたいなら、頑張ってロビンを探し出してもらうしかないな」

 

「そうだな」

 

「また社長に怒られるな......」

 

「クロコダイルはいつものことだろ、ダメでもともとじゃないか」

 

「まあ、そうだな。落ち込んでいても仕方ない、切り替えていこう」

 

まあ本命はアラバスタ襲撃をするハチノス所属の海賊達の中から良さそうな能力者達を探し出して、血統因子を集めたいだけだからいいのだが。あわよくばスナスナの実のデータも欲しかったんだが仕方ない。世界政府がやることとほぼ同じなんだから、もともと律儀に合意なんか得る必要はない。

 

「それで何の話だったかな、イール。邪魔が入ったせいですっかり話が飛んでしまったんだが」

 

「タイガーがリュウグウ王国に久しぶりに帰ってきてるって話だ、船長」

 

「ああ、そうだった、そうだった。イール達憧れの魚人冒険家フィッシャー・タイガーだったな。会わせてくれるんだって?大丈夫なのか?私は人間だが」

 

「人間になったアンタだからこそさ。アンタのこと、ウミット海運のこと、是非ともタイガーに紹介してやりたいんだ。今の魚人島のこと何も知らないはずだからな、タイガーは。きっと驚くと思うし、喜んでくれるはずだ」

 

「そんなにいうなら会ってみたいな、予定を調整するから部隊長を全員呼んでくれるか。ルージュの時みたいに仕事を振り分けたいんだが」

 

「わかった、待っててくれ。すぐみんなを連れてくるから」

 

扉を閉めもしないで走っていったイールを見届けて、私は予定帳を開いた。緊急性の高そうな依頼はオペオペの実の受け取りくらいだ。

 

「......オペオペの実か」

 

この言葉を見るたびに苦い思い出が蘇ってくる。あの男が台頭してくるのはまだまだ先のはずだが、決して気持ちのいい言葉ではない。

 

しかもこれまた結構胡散臭い依頼なのだ。いつもの信頼度の高いギバーソンからの依頼ではなく、手配書しかみたことがない男からの依頼だ。ギバーソンからは本物かどうか鑑定してやるからとりあえず持ってこいと言ってはもらえている。ただ、あのオペオペの実をたった50億で売りたがる奴がこの世にほんとにいるのだろうか正気を疑う話ではある。

 

オペオペの実は人系悪魔の実の1つ。ハートの形をしており、オレンジくらいの大きさ。 食べると「改造自在人間」となり、放出するドーム状のエリア内で移動、切断、接合、電撃など一般的に外科手術で必要なあらゆる行為を自在にできるようになる。

 

この能力による移動や切断や接合は通常の外科手術とは異なり、瞬間的に入れ替えたり、違う生物同士で身体をくっつけたり、逆にバラバラにした状態でも生かしたりも出来る超常的な改造能力である。 これにより人間の人格を入れ替えることすら可能。

 

また、医学的知識と技術が伴えば、後述する不老手術さえも施す事もできるという今までの悪魔の実の中でも際立って高性能な実となっているため、究極の悪魔の実と呼ぶ者も少なくない。このような医療に特化した実であるため、かつてこの実を口にした者の中には世界的な名医になった者もいたという。なお不老手術をしたオペオペの実の能力者は死ぬ。

 

医療知識がある人物でないと能力を万全に発揮することはできず、能力を使用する度に体力を著しく奪われるというデメリットも一応存在する。だが上記の様な能力の強力さから、悪魔の実の一般的な相場1億ベリーの50倍である50億ベリーでも安すぎるシロモノなのだ。

 

受け取り場所に指定されているのが北の海なのがまた不吉な因縁を感じてしまう。

 

予定調整の最中、私が手帳を睨んでいることに気づいたパンサが覗きこんできた。

 

「そんなに心配なら、僕達がいってこようか?せんちょー」

 

「......あまりにも胡散臭いからな、嫌な予感がしたらすぐに撤収しなさい。死んだら元も子もないからね」

 

「はーい!」



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22話

私がイールと共に魚人島に到着したとき、すでにリュウグウ王国全体がフィッシャー・タイガーの久しぶりの帰還に沸いていた。王国の部隊、海賊、一般市民でごったがえしており、みんなタイガーに会いたくてたまらないのか探しているようだった。

 

「みんな考えることは同じか。このままだといつ会えるかわからない。ちょっと見てみようか。どんな姿か教えてくれるか、イール」

 

「そうだな、みんな浮かれてるみたいだ。ありがとう船長。タイガーはタイの魚人らしく赤みがかった肌が特徴で、大きな男だ」

 

「どうやら竜宮城にいるようだね。謁見しているようだ」

 

「そうか、なら移動しよう。アンタなら顔パスでいけるだろう」

 

「親しき仲にも礼儀ありだ、イール。ちゃんと手続きしてから入ろう」

 

イールのいうとおり、荒くれ者が集う魚人街の出身だが非常に度量が広いらしい。見聞色だけを頼りにするわけにはいかないので、タイガーが魚人街に入るまで街のリーダー格だったのちの王下七武海ジンベエを始め、アーロンやマクロと軽く会話をした。みんな竜宮城にいったと教えてくれた。それだけで誰からも尊敬を向けられるカリスマ性がうかがえる。

 

「お待たせ、イール。いこうか」

 

「忘れ物なんて珍しいな、船長。今日は遊びに来たんだからカバンなんか......。いやまて、待ってくれ、まってくれ!なんでそのカバンわざわざ外までもってきてんだ、アンタ!」

 

「必要になるかもしれないからね、念のため持ってきたんだ」

 

「なんか見えたのか?」

 

「現実にならなければいいんだけどね」

 

私の気休めな言葉は、幾度となくその精度に助けられてきたイールを完全に無言にさせてしまった。

 

「船長、おれは本当にただタイガーに会って欲しかっただけなんだ。それだけなんだ。そこに別の意味でなんか微塵も無かった。信じてくれ」

 

タイガーがネプチューン王とオトヒメにマリージョアにいる天竜人の奴隷たちを解放することを宣言した。まさに決定的瞬間に遭遇してしまったことを悟ったとき、イールは今にも死にそうな顔をしていた。

 

竜宮城をあとにして、人目を避けるように私達は歩いた。

 

「未来が見えるというのなら、これからおれが何をしようってのもわかるんだろう。止めに来たのか」

 

「話を聞きに来たんです」

 

「なんだと?」

 

「私はたしかに未来は見えますが、オトヒメ様と違って、あなたの声が聞こえてくるわけではないんです。だから知りたくて来たんだ。話を聞いておかないと、あなたの行動を正しく理解できませんから。フィッシャー・タイガー。あなたは復讐をしたいのか、 解放したいのか、どちらですか。それともどちらもですか」

 

「言ってる意味がわからないんだが」

 

「ああそうか、なるほど。あなたはイールと違ってまだ殺しをしたことがないんですね。なら聞き方が悪かった。一度でも殺してしまうと、簡単に選択肢に入っていけません。もっと具体的にいいますね。あなたは天竜人を殺したいのか、奴隷を解放したいのか、殺しながら解放したいのか。どれですか?」

 

長い沈黙が降りた。

 

「答えたらなにかかわるのか?」

 

「だいぶ変わりますね。主に私のこれからの行動が」

 

「何で聞くんだ」

 

「今がその時かどうか見定めたいんですよ」

 

「その時?」

 

「イールはあなたを心の底から尊敬していますから、あなたのやりたいことを台無しにしたくないんです。選択を誤りたくない。うちの社員達と今の関係が崩れかねないんでね」

 

「おれは......おれは、天竜人に囚われたままの奴隷を一刻も早く救ってやりたい。1人残らず解放してやりたいんだ。そいつが誰かは関係ない、すべてをだ。どうやってるのかはわからないが、天竜人がきてるオークションですら、アンタのおかげでイール達を最後に魚人と人魚の奴隷は天竜人のところに渡っていないようだ。なら、今いるやつらを解放してやれば、少なくても数日はマリージョアから奴隷が消える日ができる。殺しはしたくない。それは人げ......あいつらと同じだ」

 

「無理して言い直さなくてもいいですよ。私は初めから人を殺せる人間ですから」

 

「あんたはよくてもおれが嫌なんだ」

 

「そうですか」

 

私は初めから用意していた2つのうち1つの封筒を手渡す。

 

内容は以下の通りだ。

 

惑星を一周する赤い土の大陸に存在する、天竜人や五老星の住まう聖地。 それがタイガーの目的地である。いわば世界政府における首都に等しい地点であり、4年に1度世界政府加盟国の集う世界会議場もここで開催される。

 

その天然の要塞と呼べる地の利もあり、立ち入れるのは世界政府関係者のみ。王下七武海ならびにある人物は例外的に立ち入りが可能で、海軍本部との軍議や五老星との会談に向かっている。

 

天竜人は元々、800年前に世界政府を作った20人の王の子孫である。うちアラバスタ王国のネフェルタリ家を除く19の王家はマリージョアに移り住み、そこが聖地となった。

 

なお、真下には魚人島が存在し、陽樹イブが光を海底1万mまで届けている。

 

マリージョアの両端には赤い港<レッドポート>と呼ばれる港があり、ボンドラを利用してエレベーター式に昇降し、出入りする。港からはトラベレーターと呼ばれる巨大な動く歩道があり、地下にいる無数の奴隷により人力で動かされている。

 

トレベレーターを抜けた先にはパンゲア城と呼ばれる巨大な城がある。城には上記の世界会議の会場や、出席者が集う「社交の広間」、五老星の執務室「権力の間」などがあるが、会議に出席する各国の王はある部屋に通され、誓いを立てる必要がある。

 

その部屋には20本の武器が刺さり、虚の玉座が構えられている。世界政府を作った20人の王が「権力を独占しない」という誓いを立てるために作ったものであり、そこに「誰も座らない」ことで平和の証としている。

 

パンゲア城の先には天竜門が聳え立ち、その先には天竜人が住まう「神の地」が存在する。この先には海軍ですら立ち入ることはできない。

 

神の地内部の地図と建物の見取り図。警備体制の詳細など覚えていることを全て書き出したものを渡した。ざっと目を通したタイガーは私をみた。

 

「もう18年前も前の情報になりますから、どれだけ正確なのかはわかりません。でも事前情報無しで闇雲に暴れ回るよりはよっぽど効率的に立ち回れるはずですよ」

 

「この×印はなんだ?」

 

「そこは私が行きたい場所への入り口なので、絶対に行かないで欲しいんです。オハラのようになりたくなければ見て見ぬ振りをしてください」

 

「オハラ?」

 

「後で調べればわかりますけど。わかりやすく言うなら、世界政府に魚人島を地図から消されたくなければ、見なかったことにしてください」

 

「ホーミング、そんなことしてあんたは大丈夫なのか?いや、違うか。天竜人が人間になりたいってだけで、そこまでしなくちゃならないのか?」

 

「残念ながら、今の世界はそうみたいですね」

 

「そうか......なんて世界だ」

 

タイガーが資料を掴む手が白み、紙に皺が寄った。

 

「なあ、よければそちらの封筒ももらえないか」

 

「なぜです?」

 

「おれの決意は間違ってなかったんだと納得したいんだ」

 

「そうですか、わかりました。ただし見るだけですよ。見たらこの場で燃やしますから」

 

私はライターを準備し始める。

 

「タバコの匂いがしないのに、やけに手際がいいな」

 

「タバコ以外にも使い道は結構ありますよ、ライター」

 

ざっと目を通したタイガーは深い深いため息をついた。

 

「オトヒメがあんたの心の声は聞こえたことがないと嘆いていたよ」

 

「おや、そうなんですか」

 

「心の声が聞こえないほどに静かだと。真っ暗だと。太陽の光が届かない海の底みたいだと。だが......これを見る限り、聞こえなくて正解だな。気を遣ってくれてるんだろう?ありがとう」

 

「リュウグウ王国にはいつもお世話になっていますからね」

 

そして後日。フィッシャー・タイガーは世界政府の本拠地・聖地マリージョアを襲撃し奴隷解放を行い、世界政府に指名手配され、奴隷達の救世主として崇められることになる。

 

そして同日、私はこの世界の神の存在を確信することになる。

 



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23話

ずっと息を殺していないとダメだとあれだけ切羽詰まっていたのに、なぜか気絶していたようだった。痛みを覚えてあたりを見渡すと咄嗟に隠れていたはずの樽がない。代わりに何故か無数の糸があたりに散乱していて、その真ん中におれはいた。覗き込んでくる複数の顔、かお、かお。いやでもどういう状況なのか思い知らされる。

 

起きようとすると銃口を向けた男が立っていた。

 

「不運な奴だな、気絶してりゃあ一発でいけたろうに。悪いがこの船はただのガキが乗っていい船じゃないんだよ。乗る船を間違えたな密航者」

 

深層海流とか天上金とか周りの男達が聞いたことがない単語を交えながら話しているから異世界に来たみたいな気分になる。なんとなく雰囲気で目の前のサングラスの男が船長で、周りの男達、少し離れたところにいる子供がみんな船員なんだろうと理解した。

 

密航者に気づかないまま出航した不始末をどうするのか話し合っているようだ。

 

「おれをアンタらのファミリーに入れてくれ!」

 

ようやく目を覚ましたおれは慌てて叫んだ。なんのために死体の山に紛れて国を越え、ドフラミンゴファミリーがいるアジトを突き止めたと思っているのだ。

 

おれがこのファミリーを選んだのは北で1番有名な海賊だからだ。有名ってことは沢山人を殺してるってことだろう。

 

そしたら、なんかの用事でアジトから出航して長旅とか聞こえてきたから、あわてて乗り込んだのだ。ここで射殺されたら全ての苦労が水の泡だ。

 

「この船がなんの船なのか知った上でいってんのか?」

 

「3年以内に沢山殺して、全部ぶっ壊したいんだ。それがアンタらにはできるだろ!ドフラミンゴファミリーなら!」

 

「フッフッフ、虚勢を張るのはお前の自由だがどこの誰だテメェは」

 

どうやら話だけでも聞いてくれるようで、男は銃を向けたままだが教えてくれた。

 

「おれはローだ。フレバンスから来た」

 

「3年以内ってのはなにが根拠だ?まともに診断してくれる医者がいたんなら、なんで逃げてきた?」

 

「死んだ親が医者だった。医療データを見ればわかる。3年2ヶ月後におれは死ぬ」

 

「医者ねえ」

 

そう宣言したおれに、目の前の男は鼻で笑った。そして、大量の紙をおれの頭の上にぶちまけた。真っ白になる視界からあわてて這い出すと影が落ちた。男がのぞきこんできた。

 

「フッフッフ、なら3年もかける必要はねェ。今ここでおれ達を皆殺しにしてみろ。そしたらお前の希望は叶うわけだからなァ」

 

意味がわからなかった。どさ、とフレバンスと書かれた本が投げつけられる。ぱらぱらとページがめくれ、かつての繁栄していたフレバンスの街の写真があった。

 

フレバンスは北の海にかつて存在していた王国だ。地層から採取される「珀鉛」という鉛の影響で国全体が童話の雪国のように一面白一色なため「白い町」とも呼ばれ、かつては人々の憧れの町であった。

 

珀鉛を一大産業としていたが、珀鉛に含まれる毒は過度に掘り起こすことで人体に悪影響を及ぼす。

 

王族と世界政府は産業が始まる100年以上も前に国の地質調査でその事実を知りながらも珀鉛が生み出す巨万の富に目が眩み事実を隠蔽していた。

 

やがて国民が遺伝による子世代の毒蓄積により一斉に珀鉛病を発症すると王族は政府の手引きで早々に脱出し、珀鉛病を伝染病と思い込んだ周辺諸国は他国へ通じる通路を八方から封鎖し隔離処置を取り、他国への亡命や治療を希望する者たちも迫害され射殺された。

 

そして世界政府もこういった事態の解決に一切走らなかった。

 

生き残った国民たちは珀鉛でできた武器を使い抵抗を試みて全面戦争が勃発。これに対する反撃という口実を得た周辺諸国から一斉攻撃を受け、周囲から火を放たれて滅亡した。

 

おれは家族、友人、恩師の全てを殺されながらも、死体の山に紛れて隣国に脱出し、珀鉛病に蝕まれながらもドンキホーテファミリーの船に乗り込んだのだ。

 

何の罪もない国民が病に苦しみ、周辺国の軍勢に一方的に虐殺されていく光景は今なおおれを苦しめている。なにもできないまま死んでたまるかと悔しさを噛み締めるおれを男が笑っている。

 

「冥土の土産に教えてやろうか。たしかにテメェの国フレバンスを滅ぼしたのは世界政府を通じて真っ先に逃げ出した王族どもと世界政府。情報操作を間に受けて迫害した挙句に燃やし尽くした周りの加盟国だ。だが、それをお膳立てしてやったのはおれ達だ」

 

ドフィと周りに呼ばれている男は、おれにぶちまけた資料はフレバンスの仕事の成果だといってきた。包囲する加盟国に世界政府がどうやって金や武器をばら撒いたか。フレバンスにどうやって腐るほどの武器をばら撒いたか。闇の世界の組織がどうやって入り込んで、どさくさに紛れて好き勝手して金を稼いだか。

 

処刑された遺体が持ち去られて実験に使われた挙句に冒涜の限りを尽くされた現実を見せつけてきた。

 

ドフラミンゴファミリーが悪のシンジゲートだとは知ってたつもりだったけど、おれは仇の船に乗ってしまったらしい。

 

「これが北の闇だと海軍はおれ達を好き勝手いいやがるが、マッチポンプってのはこのことだ。運がなかったな。生まれた場所が悪すぎたんだよ、自分の不運を恨みな」

 

フレバンスの本を拾いあげ、遺体を晒している写真のページをおれに見せつけてきた。

 

「フレバンス全土の死体はこうしてまとめて雑に土葬されるわけだ。そんでこれが何百年もたってできた地層の成分だ。医者っていうんなら、このデータがなにを意味すんのかわかるよなあ?ちなみにこの写真は今のフレバンスじゃねえ、前の虐殺んときの記録だ」

 

「......前の虐殺ってなんだよ。それじゃあまるで......」

 

おれはおぞましい事実に気づいてしまった。前の虐殺という写真の横に記載された数百年の文字。同じ場所で撮影された珀鉛が発見された写真。おれ達が今まで珀鉛と呼んできた鉱物の主成分はまさか。

 

「こうやって何百年も放置して、いい感じになってきたら掘り返すんだ。歴史は繰り返すっていうが、そりゃあ何が何でも感染した国民を執拗に虐殺するよなァ。次の機会が永遠に来なくなっちまうんだから」

 

「その本はなんなんだよ、なんでそんなもん持ってんだアンタッ!!」

 

「大人になっても勉強はしなきゃなんねーんだよ。まあ、今回のフレバンスはあれがなくてもどのみち滅んでたと思うぜ。よりによって太陽十字を信仰してやがったんだからな」

 

円の中に十字を描いた宗教における太陽のシンボル。太陽神の乗る戦車の車輪から派生したものとされると書いてあるページを男は見せてきた。シスターが持ってた十字架だ。

 

「どうせてめえも教徒なんだろ?」

 

「おれは別になにも信仰してない」

 

「嘘つけ、興味ねえやつが涙ぐむかよ。どうせ近くの教会のシスターでも思い出したんだろ?いいか?意識しないほど生活に馴染んでるってのは、立派な信仰だ。この世界では十字太陽信仰は最大の禁忌だ。普通の十字架には円はないんだよ。世界政府が研究を禁止してる歴史に関係あるからな。つまり、信仰してるだけで罪なわけだ。太陽十字を信仰している国はかならず世界政府から消されるんだよ」

 

おれは愕然としてなにもいえなかった。男が次々とぶん投げてくる情報量の多さを受け止めることができない。このままどうあがいてもフレバンスは滅びる運命だと言い捨てられて撃ち殺される現実が横たわっていた。

 

引き金に指がかけられる。おれは男を睨みつけていることしか出来なかった。すると何もない空を不意に男が見上げた。

 

「運がいいやつだな」

 

そして銃をしまった。

 

「もうすぐおつるの船が来やがる、深層海流に潜るぞ。天上金乗せた船はあと2時間後にくるから一度撤収だ」

 

 



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24話

ドフィ改めドフラミンゴが指摘していたとおり、実際フレバンスが信仰していたのは太陽神で有翼の女神だ。フレバンスでは有翼の女神の銅像が国のあちこちに飾られていた。シスターのもつ聖書に書かれてる女神が太陽神で、女神の後ろに太陽らしきものが描かれていた。撃ち殺されたシスターが太陽十字のロザリオを放り投げ、神はいないのだと絶望の最中に死んでいったことを示すように指をきつく地面に食い込ませていたからよく覚えている。

 

ドフラミンゴに指摘されてから思い返してみれば、たしかに隣の国の教会はどこも普通の十字架だった気がする。フレバンスから出たことがないから気づきもしなかった。

 

隣に触れていた国がどれも宗教的に違うものを信仰していて、フレバンスが孤立する状況になるのに豊かだった。その豊かさは時限爆弾だった。隣の国々はどう思うのか。人間は残酷になろうと思えばどこまでも残酷になることができるらしい。

 

「おれのよく知る男は、政府側の人間でありながら同じ聖書をよく持ち歩いてるぜ」

 

「フレバンスみたいに滅ぼされたのか?」

 

「さあな、今のお前みたいなメンタルしてんじゃねえか、ロー。それか、いっそのこと太陽十字を信仰してんのが奴隷の末裔なら面白えことになるな」

 

さすがにおれはカチンときて言い返した。

 

「おれが奴隷の末裔だっていいたいのか」

 

「誰もお前がとは言ってねえだろ、フッフッフ。この世界は翼を持つ月の民が神とあがめられてた時代があったんだ、その頃奴隷達に太陽神信仰があったのは紛れもない事実だから無関係じゃねえだろうがな。ドクロの代わりに太陽を掲げてみろ、オハラみてえに地図の上から消されるぞ」

 

「太陽十字は海賊旗みたいなのに」

 

「なんだって?」

 

「海に出ればどいつもこいつも掲げてるのに、もちろんアンタもだ。なんでフレバンスだけダメなんだ。ドクロを描く時、似たようなマークになる癖に」

 

一瞬だけ、ドフラミンゴが虚をつかれたような顔をしたが、何故かはわからない。不思議に思って見ていると。

 

「おもしれぇ発想するじゃねえか、ロー」

 

いつものようにドフラミンゴは笑っていた。おれは面白くなかった。あの本のせいで笑えない妄想が頭を離れなくなったからだ。

 

おれの家は誰にも言えないDの名とワーテルの忌み名を持っている。忌み名と隠さなければいけない名前、ワーテルの名前を隠さないと世界政府に消されてしまうこと。世界政府が太陽信仰があるフレバンスとその国民を消したかったこと。

 

わざと珀鉛産業を起こさせてその有害性を知っていて、珀鉛病から珀鉛を除去する方法があることも、感染病でないことも世界政府は知ってて黙っていたとしたら。恐ろしい感染病ということにした方が、国民を一人も国外に逃さず皆殺しにできるのではないだろうか。

 

フレバンスが滅びたのは太陽十字信仰とおれの家のせいじゃないだろうか。そんなことを考えてしまい、恐ろしくなる。

 

「ほんとに太陽十字信仰の国は全部滅ぼされてるのか?」

 

「全部かは知らねえが、王下七武海のモリアが拠点にしてるスリラーバークは太陽十字信仰の国の成れの果てらしいな。墓に太陽十字が沢山あるらしい。もとは西の海から来た幽霊島だ、何年前に滅んだ国かは知らねえがな。ちなみに偉大なる航路にある巨人の国エルバフは太陽信仰を隠しもしねえ非加盟国だが、あんだけ強けりゃ平気なんだろう」

 

「......聖書持ち歩いてるっていう、そいつの出身は?」

 

「ソルベ王国は南の海らしいな」

 

「北西南.....東の海だけないのか」

 

「東の海は最も平和な海、つまり最も世界政府の支配が及んでる海だ。太陽信仰をする暇がないんだろうよ。それか真っ先に滅ぼされたか」

 

不意にドフラミンゴがおれが読んでた本を取り上げた。

 

「そろそろ寝たいんだ、出てけ」

 

返事をする間もなく追い出されてしまう。乱暴に扉がしめられ、おれが無断で入った分だけの鍵がかけられていく。

 

ドフラミンゴの部屋には勉強のために集められたおれの知らない本が沢山詰め込まれている。こういうとき以外は追い出されないから気に入っていた。ドフラミンゴは寝る時誰かいると落ち着かないらしく誰も近づかない暗黙の了解がある。どんなに静かにしてても無言で追い出されてしまうので、実は寝てないんじゃないかとおれは疑っている。

 

おれがこの船に密航してからはや1週間が経過した。結論からいうとおれはドフラミンゴファミリーは北の海の海賊だと思い込んでいたけど間違いだった。この海賊はすでに東西南北、偉大なる航路の楽園、新世界に至るまで裏で牛耳る巨大すぎるシンジゲートをすでに構築している。

 

おれが密航したあの日がフレバンスの仕事で北の海に来ていた最終日で、長期にわたる航海はこれから大仕事をするために一度も普通の港に停泊しないという意味だった。もちろん船のメンテナンスでよるときはあるが、黒スーツの男が闊歩する港でカタギがいない島しかいかない。

 

ドフラミンゴがあの日おれに運がいいといったのはそういう意味だ。おれのためだけに一般の港に寄港する優しさはないが、殺してやるほど切羽詰まってもいない。大仕事に忙殺されておれを殺すためだけに時間を取るのも惜しい。奇跡的な積み上げの結果、そういう隙間にたまたまおれはおさまることができたようだ。

 

数時間後、ドフラミンゴが出てきた。

 

「入ってろ、出てくるなよ。邪魔だからな」

 

「わかってる」

 

ドフラミンゴファミリーは、深層海流を使って地理的要因を完全無視して航海することができる。これが偉大な航路にいく海賊のレベルなのかもしれない。その強みを存分にいかし、世界政府の船を襲い、天上金を強奪していた。

 

おれは知らなかったけど、世界政府加盟国は天竜人へ貢き金を納めなくてはならないらしい。奪ってきた戦利品をみせてもらったが、あそこまで倫理に外れた金額なら、貧しさゆえに支払えなくなり、非加盟国に転落するのはわかる気がする。財政が悪化し飢餓で滅ぶのと、非加盟国になって無法地帯と化すのはどちらが幸せなのかわからない。

 

船員全員が悪魔の実の能力者というとんでもない集団であるドフラミンゴファミリーにとって無能力者のおれは邪魔でしかない。いつもどこかの部屋に入って出てくるなと言われるうちに、おれはドフラミンゴの部屋を見つけたわけだ。

 

深層海流に入るとき、海底に沈む関係であたりは一瞬で真っ暗になる。おかげでカンテラを持ち歩く癖がついたおれは、外が暗くなるタイミングでその日のノルマが完了したのだと知ることになった。

 

「そこにフレバンスを封鎖しねえと天上金跳ね上げるって圧力かけたらどうなると思う?1人でも病人逃したら倍にするとかな」

 

たまに本に夢中で気づかないと、そうやって後ろから声をかけてくることもよくある。フレバンスを滅ぼすためだけに世界政府が立てた計画やドフラミンゴファミリーが加担した悪事の数々を誰も隠しはしない。

 

あの日、ドフラミンゴはこの船を皆殺しにすれば復讐だけはできるといった。毎日繰り広げられている人外じみた戦いを見るたびに思う。なにが3年もいらないだ、おれくらいの2人だって完全に悪魔の実を使いこなしてるじゃないか。初めから誰も殺せないことがわかっていて、無茶苦茶なこといってからかわれていたんだろうことだけはわかった。

 

それは気に食わないので、戦い方をみて、まだ真似できそうな技術をもつ奴らに頼み込んで稽古をつけてもらうことにした。日を過ぎていくにつれて、うすうす気づいたことがある。こいつら、意外と身内に甘いのか?

 



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25話

 

ドフラミンゴは掴みどころがない男だが、今回は特に意味がわからなかった。

 

天竜人の貢ぎ金天上金の輸送船をいくつも襲うのに、オハラのようにバスターコールされない。おつるという大将の船に執拗に追い回されこそしているが、とうとう世界政府の発行する賞金額の更新がある日を境に止まったのだ。

 

世界の闇市場を円滑に進める闇のシンジゲートを確立しているのは周知の事実でも、表の顔として会社があり裏があるならともかくドフラミンゴはどうあがいても海賊だ。賞金額が世界政府から見た危険度ならば、それを加味して然るべきなのに上がらない。

 

天竜人の天上金に手をつけていながら、王下七武海に加盟できたときにはさすがに耳を疑った。

 

王下七武海といえばおれだって知っている。世界政府によって公認された7人の海賊たち。収穫の何割かを政府に納めることが義務づけられる代わりに、海賊および未開の地に対する海賊行為が特別に許されている。海軍本部、四皇と並び称される偉大なる航路、三大勢力の一角だ。

 

メンバーの選定に際しては、他の海賊への抑止力となりうる「強さ」と「知名度」が重要視される。その顔ぶれには世界レベルの大海賊が名を連ね、一般の海賊からは恐れられている。七武海に加盟した海賊は、政府からの指名手配を取り下げられ、配下の海賊にも恩赦が与えられ、七武海を脱退すると再度懸賞金が懸けられる。

 

これを聞いたとき、王下七武海加盟が公表される前から、手配書という形で動きがあったのは不気味だった。

 

海賊でありながら政府に与する立場であるため、政府の狗と揶揄されることもある。ドフラミンゴはそういうものが嫌いな男だと思っていたが、パーティをするくらいにはファミリーにとって喜ばしいことらしい。王下七武海にならなくても闇のシンジゲートを確立できる実力があるのなら、わざわざ公的な安定性をとる必要ないのに。

 

パーティが終わったあと、ドフラミンゴの部屋を開けたら鍵がかかってない。開けると本をサングラスがわりにして寝ていた。あの本だ、おれにだけ呪いのような恐怖を連想させてばかりの、フレバンスの本。おれが開けたせいで部屋に月明かりが差し込み、まだまだ盛り上がっているパーティの声が入るのに起きる気配がない。おそるおそる近づいてみる。人が部屋にいるのに起きない。起きる気配すらない。これは完全に寝ているようだ。おれは扉を後にした。おそらく、ドフラミンゴが王下七武海の肩書きを欲しがったのは、このためだ。

 

次の日、寝てるときに入って本を読んでも追い出されないのに、今度は起きてる時にたまに1時間くらい入れてくれない日ができた。ドフラミンゴファミリーはたくさんの新聞社と契約してるけど、たまに決まったデザインの封筒が入っているときがあって、それがあると追い出されることがわかった。次の日、大抵ぱんぱんに膨れた封筒を渡していた。郵便サービスではなさそうだが、ニュースクーは平気な顔をして運んでいく。そして、またあのデザインの封筒が届くと、ドフラミンゴファミリーは大きな仕事を始めるのだ。

 

「あれ、なんの手紙なんだ?」

 

「仕事関係のやりとりだ、うちは使いに船員出す余裕がねえからな」

 

終わった案件はサインを入れてナイフに突き刺しているのは知っている。あのデザインの封筒の中身はドフラミンゴを怒らせたり喜ばせたりしているが、鍵付きの引き出しに全ていれられてるのは知っている。

 

ドフラミンゴは七武海になっても自分だけの領地を絶対につくらない。大きな仕事をする時に拠点は東西南北と楽園と新世界と仕事の内容に応じて停泊する港はある。そこはドフラミンゴファミリーの支配下にいることで加護をえている非加盟国ばかりだ。人やモノや情報がバカスカ流れてその間だけ、国全体が潤っている。そこから世界政府に支払う金を賄っているようだ。

 

領地に引っ込んだら仕事ができないから、自分だけの領地をつくる暇がないんだろう。大地を踏むより、深層海流にいる時間の方が絶対に長い。

 

「今なんて?」

 

「だから、お前は次の島で降りろ、密航者。お前をファミリーに迎えた覚えはない」

 

「なんでだよ、おれ今は戦いに参加してるだろ!?ふざけるな!」

 

「3年以内に全部ぶっ壊すのがお前の野望なんだろう?なんでか今んところ、おれ達皆殺しにする気配がねえからな。3年もあれば、フレバンス滅ぼしたうちの3つは地図の上から消せるはずだ」

 

「どんな計算だよ、1年で1国って無茶苦茶いうな」

 

「おれはできたぞ、お前んときくらいには。1人じゃ無理なら誰か連れてけ。適当な港で降ろしてやる」

 

それができるのはドフィだけだから、無茶振りはやめてやれと最高幹部達全員から止められている。誰もドフラミンゴの冗談だと笑わない。本気で止めに入ってくれている。フレバンスを滅ぼした国がどうやれば息の根が止まるのか、この男は息をするように考えることができるのかもしれない。

 

この日から思い出したように、ドフラミンゴからは降りろと言われるが、おれはいろんな理由をこねくり回して拒否し続けた。

 

 

ハァハァと呼吸をする自分の声がやけに響く。カチカチと歯の音が響くのは寒さのせいではない。発熱した体は燃えるように熱いのに、背筋が凍るような震えが全身に広がっていく。

 

日を重ねるにつれて、おれの病は進行していった。考えてるより進行速度がはやい。なんでだよ、どうしてだよ。なんでこんなときに。気分が最底辺を這いつくばっていて、それがなおのこと進行を早めているんだろうことは明らかだった。

 

ベッドから起き上がれない日も増えてきていた。

 

「ロー、降りろ。船には重病人ずっと乗せる設備はねえ。好きな場所におろしてやるから、そこで余命を過ごすんだな」

 

「いやだ。知ってるんだからな、ツテ使いまくってまだ医者探してくれてること。まだ生きれること信じてくれるやつがいるのに、降りたくない」

 

「屁理屈こねやがって」

 

「絶対にいやだ、この船医者がいないじゃないか!3年も乗ってるのに、なんで乗せない!」

 

「船にはいねえが、港にはいたろ。必要ねえからだ」

 

「こないだみたいに、なんかあったらどうすんだ!こないだみたいに、海楼石の弾丸打ち込まれたら、あたりどころによっては死ぬんだぞ!」

 

「そんなこと、海を出た人間の宿命だろうよ。今から死にゆくお前には関係ねえだろう」

 

「ある!関係ある!おれは医者だ!あんときの怪我、おれが初期の手当しなかったらどんだけやばかったか!命拾いしたってあの医者に言われたの忘れたのか!どんな航路でも、この船がどんだけ早くても、アンタらの港は数時間は最低かかるんだぞ!?」

 

「医者の不養生どころじゃねえな、死にかけのくせに」

 

「だから!死にたくなくなったんだよ、どうしてくれんだ!死ぬのが怖い!死ぬのはいやだ!やっとここまで強くなったのに、おれは一回もアンタの役に立ててない。恩を返してない!返させろよ」

 

「そもそもお前は見習い以下の居候だろ。恩売った覚えはねえから返さなくていい」

 

「いやだ!」

 

最後までベッドに齧り付いていたが、ファミリー全員に無理やり船の甲板に引き摺り出されてしまった。島が見えた。

 

「安心しろ、あの男なら世界政府に殺される運命のお前をどっかに匿ってくれるだろうよ」

 

全然嬉しくないことをいうドフラミンゴを睨んでいたら、港にいる人物を目にするやいなや、ドフラミンゴの顔が固まるのが見えた。

 

「..................なんでお前がいやがる、ロシナンテ中佐。ガープ中将はどうした」

 

「ガープ中将は聖地マリージョアの襲撃事件にいっててこれないよ、だからおれがきた」

 

「試合に勝って勝負に負けたか」

 

「言い方ァッ!!」



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26話

やけにドフラミンゴに親しげな海兵だった。自己紹介する瞬間にドフラミンゴが無言で蹴り飛ばすくらいの距離感のようだ。ロシナンテ中佐の経歴やドフラミンゴの関係は、全てドフラミンゴ本人がしぶしぶ教えてくれた。隙あらばロシナンテ中佐が話そうとするから、それくらいなら自分からという気分にさせるらしい。

 

ロシナンテ中佐は闇の5大帝王ウミット海運社長の用心棒兼右腕である人堕ちホーミングの実の息子。天竜人から人間になるのと引き換えに世界政府に非加盟国に降ろされる見せしめにあったホーミング。

 

かつての繋がりを使って海軍の英雄ガープ中将に妻子を預けたあと、自分は迫害の報復に非加盟国を滅ぼして、ウミット海運に入った。

 

ドフラミンゴはそのウミット海運に拾われ、独立するまで世話になった。つまり古巣がマフィア。なるほど、だから最短で全世界を牛耳る巨大シンジゲートを作ることができたわけか。

 

正直、出てくる名前や事件がビッグネームすぎて理解するのに1時間ほどかかった。

 

一見すると複雑怪奇な話だが、ドフラミンゴの話に特に矛盾はないように思う。時々ロシナンテ中佐が口を挟むのをドフラミンゴが執拗に邪魔しているあたり、ドフラミンゴは尊敬するホーミングについていかずガープ中将の後を追うように海軍に入ったのがよほど気に食わないようだ。

 

ロシナンテ中佐は会ってからずっと色々とドフラミンゴと話したそうな顔をしているが、当の本人は全く気にかける様子はなく今すぐ帰れという態度を崩していない。誰もきにとめていない。いつもこうなのだろうか。ドフラミンゴが散々唸ってため息をついた。

 

ガープ中将が来ないならおれを降ろすわけにはいかないと、ガープ中将がくるまで港に停泊してくれることになった。話が違うとドフラミンゴはずっと怒っている。ロシナンテ中佐は、いちいち律儀になんでそんなに信用されないんだと逆ギレしている。

 

「無理もないんねー」

 

トレーボルがぼそっとつぶやいた。こうなる気はしてたと誰もが呆れるやら、笑うやら、反応はさまざまだ。

 

「ロシナンテ中佐はロー預けるには不安すぎるんねー。ドフィは昔から自分を慕う奴が手の届く範囲で死ぬのがこの世で1番嫌いんねー」

 

「なんだそれ、初耳だぞ」

 

「七武海が身内に甘いって弱点でしかないから仕方ないんねー。でも独立のきっかけが可愛がってくれた見張りが敵に殺されたからってんだから、もうドフィはそういう奴んやねー。出会った頃からずっとそうやんねー」

 

「なんで今更話すんだよ」

 

「ここまでバレたら一緒やんねー、だから話した。どうせ数日でお別れやんねー、一緒いっしょ」

 

ドフィと呼んでいる最高幹部の連中が共通して情報共有できているのは、独立する経緯でドフラミンゴファミリーを立ち上げることになったからか。後から入ったやつらすら大体の事情は察していたようで、なにも知らないのはおれだけという有様だった。

 

ファミリーに入れた覚えはないって散々言われた言葉の意味がまるで変わってくるじゃないか。おれは無性に泣きたくなった。

 

「フッフッフ、今何つった、ロシナンテ中佐?オペオペの実だと?この北の海の田舎でか?偉大なる航路ではなく?」

 

「待ってくれ、今のナシッ!口が滑った!!聞かなかったことにしてくれ、国家機密なんだよッ!!世界政府が取引にかかわってるトップシークレットなんだッ!!」

 

「情報源としちゃあ、これ以上ないくらい優秀なんだがなァ、今までその分被ってきた不利益、今日でいったん帳消しにしてやる。今回ばかりはテメーの度を超えたドジっ子に感謝だな、ロシナンテ中佐。おい、誰かおれの部屋から悪魔の実辞典持ってこい。そんでこいつを今すぐ縛って持ってる情報全部吐かせろ、なにしたっていい。どうせガープ中将の修行で無駄に丈夫だからな」

 

ロシナンテ中佐の悲鳴が聞こえてきたが、引きずられてどこかに行ってしまった。しばらくして、ドフラミンゴ達だけ帰ってきた。

 

「おい、本気かドフィ。ウミット海運が関わってるだろ、それ。そりゃあ、おれ達はローが助かるなら大歓迎だけどよ、お前はいいのか、それ?」

 

ディアマンテが聞いてくる。その言葉の意味を理解したおれを含めた全員がドフラミンゴを見る。

 

ついさっき今も深いつながりがある、育ての親ともいうべき人堕ちホーミングがかかわっているであろう取引を破綻させると宣言したも同然だった。

 

「今しかねえだろ、ディアマンテ。マリージョア襲撃事件が起こってんだ、あの男は絶対にでてこない」

 

「断言できるのか?」

 

「できる。まさかとは思うが、ディアマンテ。3年あの男の下で働いてきたおれが、信じられないっていうのか?」

 

「いや......それはない。ないけど」

 

「優先順位を考えたら明らかだ。それに悪魔の実の能力者の血さえ渡せばあの男はなにも言わないはずだ」

 

「ホーミングは言わないだろうけど、取引に来る部下はどうなんだよ」

 

「話はおれがつけてやる。お前らはオペオペの実を50億なんて端金で売ろうとしてる奴らを襲撃しろ。そしてすぐローに食わせろ。いいな。絶対にルーベック島には近づくな」

 

ドフラミンゴの指示に誰も異論を挟まない。たまらずおれは叫んだ。

 

「なんで誰も連れてかないんだ、ドフラミンゴ!アンタひとりで行って大丈夫なのか!?」

 

おれの顔を見るなり、ドフラミンゴは鼻で笑う。

 

「悪魔の実も食ってねえ、覇気もろくに使えねえ、剣術も体術も平均以下のてめーがおれの心配するな、ロー」

 

「うるさい、この船の医者はおれだ!わざと遠ざけるような真似しやがって!ふざけてんのはどっちだ!」

 

「おい、こいつに余計なこと吹き込みやがったのはどこのどいつだ」

 

ドフラミンゴが不機嫌そうにあたりを見渡す。トレーボル達は素知らぬ顔をしている。

 

「トレーボル、あとでこい」

 

なにもいってないのにもうバレたトレーボルは笑っていた。

 

結局、ドフラミンゴをひとりルーベック島に残して、おれ達は襲撃に備えて港をでた。病の深刻さからおれは船にずっと残って見張りをする羽目になった。当事者なのにおれの周りが目まぐるしく動いているのに、おれだけが取り残されたみたいに静かだった。

 

ドフラミンゴの部屋の医学書と悪魔の実辞典をひたすら読みふけるしかできない。こういう時に限っていつも時間はすぎるのが遅い。



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27話

 

 

バレルズ海賊団は海軍とのオペオペの実の取引の前に、ウミット海運を経由して倉庫王ギバーソンに真偽を鑑定してもらうつもりのようだ。もちろん偽物、本物に限らずギバーソンやウミット海運が50億より高値をつけたらそちらに売り飛ばす。適当な海賊をでっちあげて奪われたと主張するつもりのようだ。

 

バレルズ海賊団がウミット海運に鑑定依頼の輸送の取引を行おうとしている島もまた、なぜか同じルーベック島。海軍がきている可能性も考え、正当性を主張できるようない頭なりに考えているようだ。そこにひとり、なにかを確認するように空を見上げて、大丈夫だと思ったのか降りたドフラミンゴの後ろ姿が遠ざかる。よくドフラミンゴは初めていく島が近づくと空を見上げてから、ファミリーに指示を出すことが多い。なぜか外れない。それが海賊団を率いる船長という役職なのだろうか。

 

ドフラミンゴファミリーの船はそのまま東に進み、バレルズ海賊団が廃墟をアジトにしているミニオン島に向かい、バレないような位置どりに停泊。おれ以外はみんな降りていった。

 

カンテラが船が揺れるたびにかたむいて、部屋全体をぼんやり照らしながら波打つ光をたたえている。時計の針だけが響いている。夜なはずなのに、不意に外が強烈に明るくなって、おれはたまらず外に出た。ルーベック島の方角があまりにも明るくなっている。

 

「───────!?」

 

とっさに目を閉じたが、瞼の裏にあまりにも強い残像が残る。おれは白い稲妻の残像が消えるのを待ちながら、ようやく目を開けることができた。まだ目の隅が白く残像が残っている。

 

鳥籠全体に走る電気の光、あちらこちらから発火して大炎上しているルーベック島がみえた。今度ははるか上空目掛けて突き抜けていく爆発と繭のようにからみついた糸に閉じ込められたなにか。また電気が走り、その頑丈なはずの繭はあっさり引きちぎられてしまい、電気をともないながら燃えていく。満月に黒い影がうつる。

 

一瞬すぎてわからないがドフラミンゴではなさそうだ。ウミット海運の担当者だろうか。そこに真横からすさまじい勢いで通り抜けていくのは、ルーベック島近くにあったはずの巨大な岩々。ドフラミンゴが高く跳躍して逃げたそいつの真横に豪快にぶつけたようだ。ふっ飛ばされた黒い影をおいかけて雲に糸をひっかけながら飛んでいくドフラミンゴらしき姿がうつる。

 

爆発音がこだまして、まるで花火のように真横に並んで飛んでいく。あっというまに見えなくなってしまった影。時折、雷鳴に似た音と光が見えるから、ルーベック島付近のどこかで戦っているのはわかる。だがもう満月にひたすらに燃え続けるルーベック島の黒煙がその姿すら覆い隠してしまい、その戦いの結末をみることは叶わなかった。

 

おれは呆然とみていることしかできなかった。なんだあれ。そもそもドフラミンゴの奥義ともいうべき鳥籠をやぶるってどんな奴と戦ってるんだドフラミンゴは。

 

おれはようやくドフラミンゴが誰にもついてくるなと言った意味、誰もついていかなかった理由を悟るのだ。ドフラミンゴが相手と戦うには他の幹部達がいると連携はとれるし、数の有利はとれる。だが均衡がやぶられて防戦となった瞬間に、守ってやらないといけない隙もできるのだろう。悪魔の実の覚醒した技を同時並行で長時間使役できるのは、ドフラミンゴファミリーの中ではドフラミンゴしかいないのだ。

 

しばらくして、バレルズ海賊団からオペオペの実を強奪するのに成功した幹部達が帰ってきた。いまだに黒い煙に阻まれているルーベック島をみて、派手に暴れてるなあと軽口を叩くやつはいたが驚いてるやつは誰もいなかった。なんだそのよくあるって反応は。

 

「そういえば、ついて行ったロシナンテ中佐は?」

 

「バレルズ海賊団の引き渡しに仲間を呼ぶってわかれたんねー。ミニオン島に残るって」

 

「船長のバレルズは元海軍将校らしいぜ」

 

「ローみてえなガキを見つけたから、海軍が引き取るんだと」

 

「そんなことより、これがオペオペの実だ。図鑑と比べた。間違いないな、ロー?」

 

おれの目の前に悪魔の実辞典の該当ページの図解と全く同じ姿形をした悪魔の実が並ぶ。頷いたおれは食べることにした。

 

この時口の中に広がったクソまずい味は二度と忘れないだろう。思わずうめいた。みんな通ってきた道だからと懐かしそうに言われてしまう。

ムカついてきて、一口でいいと知っていたが意地で食べ切る。ここはあくまで通過点だ。

 

オペオペの実を食べれば治るわけではなく、珀鉛病を治療できる数少ない手段でもあるとは、自分で自分を治すことが出来るという意味だ。

ドフラミンゴが全世界の闇のシンジゲートを駆使しても治療法が見つからなかった。

 

これはもうオペオペの実の能力で引っこ抜いた自分の肝臓に直接メスで切り刻んで蓄積された鉛を摘出するという荒療治しか今のおれには思いつかない。能力を使うたびに体力を消耗するらしい。右も左もわからない中、ぶっつけ本番の究極のワンオペがはじまった。

 

ぶっ倒れて、寝て、休憩してから食事をして、また能力を発動させてを繰り返す。初めから全部除去できるとは思ってない。何度目かの起床をする。すっかり外は朝だった。

 

外に出るとまだ島は炎上していて、近づくことができない。おれにできることははやくオペオペの実の勝手を掴むことだ。心配することじゃない。

 

気づいたらまた朝を迎えていた。まだ島は燃えているが、少し風が出てきて煙が晴れてきた。昼頃になるとようやく島の全貌がみえてきた。

船を近づけていくと、地形という地形が消失しており、まるこげの世界が広がっていた。

 

たぶん鳥籠発動前に廃墟や隠れられそうな場所を糸に変えたり、攻撃に転用したり、熾烈な攻防があったのだろう。島中のありとあらゆるものが糸になった結果、鳥籠発動からのあの電気を活用した炎上になった。そしてなにもなくなってしまった。

 

人影がみえた。ぼろぼろだったが、ひしゃげたサングラスをかけたドフラミンゴが誰かと並んで歩いてくるのが見えた。ゾオン系の悪魔の実の能力者だろうか。真っ黒なうさぎの獣人がドフラミンゴの横を歩いている。

 

「決闘でもねえくせに、1人で勝手に盛りあがりやがって。いい加減にしろよ、このウサギ野郎」

 

「なんだよー!最初から殺す気できたのはどっちさー!動きを封じて猛毒とか薬品とか何考えてんの?僕じゃなかったら死んでるよ!?」

 

「むしろ正面からひっかぶった癖になんで動けるんだよ、毒回るの遅すぎるだろうが。だいたい海楼石仕込みすぎなんだよ、お前は。全部除去すんのにどんだけかかったと思ってやがる」

 

「なんだよ、悪魔の実の能力者へのスタンダードな対抗手段でしょ?」

 

「うるせえ。こっちは覚醒してんだぞ。それを覇気のゴリ押しで突破してくるいかれ野郎に対策して何が悪い」

 

どうやらウミット海運の担当者はこの黒いウサギらしい。やけにドフラミンゴと会話が弾んでいるのは気のせいだろうか。ウサギモデルの悪魔の実で、電気がつかえるなんて記述なかったはずだが、なにか派生技でもあるんだろうか。

 

ようやく船の前までたどり着いたドフラミンゴが、さすがに疲れた様子で労いの言葉にかけてくる幹部連中に応じている。

 

「だいぶ顔色がマシになったな、ロー」

 

「おとといまで死にかけてたおれより、なんで重症なんだよアンタ。話をするんじゃなかったのか」

 

「今回の担当者が大外れをひいただけだ、気にすんな。先に完治させろ、おれはすぐ死ぬわけじゃねえ。手術の真似ごとくらいならできる」

 

「ウミット海運の制裁じゃないのか?」

 

「話せばわかるが、それはそれとして戦わせろな奴が来やがった」

 

黒ウサギはドフラミンゴがいっていたように、おれの血液さえ持ち帰れば譲歩すると笑っている。はやく完治させよう、重病人がふたりもいる。



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28話

今おれ達はミニオン島に程近いスワロー島にある港に停泊し、ウミット海運支社にお邪魔していた。北の海にある港なら、どんなに小さな港でも支社はかならずあると言う。西は別のマフィアの管轄のため、ここまで大規模な展開はできないらしいが。

 

「あははー、ほんと運がなかったね、ドフラミンゴ。僕が3日前のジャンケン勝ってたら、交渉秒で終わってたのに」

 

「おい待て、ヒョウ野郎。14年も経つのにまだそんなふざけた方法で決めてやがんのか。いいかげんお前が交渉やれよ、効率悪すぎるだろう」

 

「えー、やだよ。ずっと船番とかシデが可哀想じゃないかー」

 

「ロシナンテ中佐が来た時点で嫌な予感はしてたが、ウサギ野郎が出てきた時はなんつう日だと思ったぞ」

 

「へー、ロシナンテ中佐来てるんだ。今いる?」

 

「いねえ。今頃おつるの船じゃねえか?」

 

「ちょっとドフラミンゴ、うちのシマ荒らした奴ら勝手に引き渡さないでよ」

 

「なにいってやがる。七武海は政府の犬だろ」

 

「そーだけどさー。あーもう、せんちょーがいってた嫌な予感ってこれのことかー」

 

「───────ッ!!......フッフッフ......あの男が......本気で、そんなこといってたのか?」

 

「え?そこ?そんな反応するとこかなー?北の海で七武海とかち合うとか嫌に決まってるじゃないかー」

 

「テメーの主観なんざどうでもいい。どういう反応してたのかだけ教えろ」

 

「あーはいはい、わかったからそんな顔しないでよ。めっちゃ怖い顔して手帳睨んでるから聞いたら、嫌な予感がするっていうんだ。オペオペの実の取引のページみてたのは間違い無いよ。場合によっては、迷わず撤退も視野に入れろって念押されたら、そりゃ警戒のひとつやふたつするでしょふつー」

 

「......そうか」

 

「そうだよ。でもまあ、上手いことまとまりそうでよかったよー。ドフラミンゴは七武海だから海軍は文句がいえないしー、ローも助かったしー、僕らはローの血液もらえるしー。Win-Winだ。よかったよかった」

 

「......まだ世界政府への言い訳が残ってるがな」

 

「あー、それ全部せんちょーが投げてくれっていってたよ。追って連絡するからって。使いは僕かイデになるからよろしくね」

 

「おい、なんでテメェらなんだ。ウナギ野郎はどうした」

 

「そういわないでやってよー。今イール達は大事な決断迫られてるんだから」

 

「決断だァ?副船長任されるくらいあの男に信頼されてるくせに、天秤にかけるような男なのか。フィッシャー・タイガーってのは」

 

「憧れは止められないんでしょ」

 

「───────フッフッフ、おれには到底、理解できねェ感情だ」

「え、それいっちゃうの?せんちょーの後継者だったのに、ギバーソン社長んとこの見張りの仇討ちに飛び出してったドフラミンゴくんがー?」

 

「違う、そんなんじゃねェッ!おれはち......」

 

黒ヒョウにからかわれて激昂したドフラミンゴがなにか言いかけたが、たまたまその視界におれが入った。ドフラミンゴと目があった。一瞬でドフラミンゴの中の瞬間湯沸かし的なものが鎮火する。

 

おれがいることをようやく思い出したのか、ドフラミンゴはバツ悪そうに黙り込んでしまった。黒ヒョウの獣人がにやにや笑っている。おれは目の前のぐーすか寝ている黒ウサギの手当を再開した。

 

「でもまあ、せんちょー喜ぶと思うよー。堕落してないようで、何よりだってね」

 

「......いってろ」

 

黒ウサギと黒ヒョウのふたりがウミット海運が派遣してきた社員の代表のようだ。碇マークがかかげられた旗の船には、ふたりのような獣人やウミット海運の社員と思われる黒服の人間がいる。

 

ふたりは、どちらもゾオン系悪魔の実の能力者で、モルガンズ社長のように身バレを避けるために常時獣人形態をしているそうだ。

 

その横には王下七武海のドフラミンゴファミリーの船が停泊している。

 

あまりに無謀なやつか、無知なやつでもない限り、この船が停泊している港に行こうとする船はなかなかないだろう。

 

「よし、できた。これで大丈夫なはずだ」

 

「病み上がりなのに、ありがとねロー。いつ目を覚ますかわかんないし、シデの代わりにいっとくねー」

 

「いやいい。これがおれの仕事だ。それより大丈夫なのか?倒れてからずっとこの調子だけど」

 

「いいのいいの。どーせ14年ぶりにドフラミンゴくんと戦えて、はしゃいじゃっただけだろーし。ほっといたらそのうち起きるよ」

 

「はしゃいで月獅子化すんじゃねェよ」

 

「すーろん?」

 

「覚醒みたいなもんだよー」

 

「へえ」

 

黒ヒョウが碇マークのカバンを片手に立ち上がる。

 

「さーて、そろそろ仕事に行こうかな。しばらくは2倍働かなきゃ。またね、ロー、ドフラミンゴくん。また夕方に様子を見に来るよ」

 

「君はやめろ、気持ち悪いやつだな」

 

「あっはっはーまたねー」

 

昼休みだから顔を出しただけの黒ヒョウは1時ちょうどになると医務室から姿を消した。

 

「あ、そうそう忘れてた」

 

「なんだよ」

 

「この子、この島のどこかにいるはずなんだ。もし見かけたら教えてくれる?」

 

それは両親が作成したと思われる、手書きの探し人のポスターだった。

 

「シロクマ?」

 

「そ、こんな小さいのに、モデルシロクマの悪魔の実を食べちゃった子でね。ベポって子なんだ。まだ6歳だから能力がコントロールできなくてずっとこの姿なんだよ」

 

「なんで探してるんだ?」

 

「入り込む積荷間違えやがったな?」

 

「え?」

 

「そうそう、ドフラミンゴくんのいうとおり」

 

「だから君はやめろっていってんだろーが」

 

黒ヒョウ曰く、出身地がフレバンスのように内陸にあるせいで、子供達はみんな海に対する憧れから旅にでたがる病にかかる。遭難する子供があまりに多すぎるため、見かねたウミット海運が見習いという形で雇うことになった。

 

ベポの兄は才能を見込まれて、ホーミングの船で黒ヒョウの部隊に所属し、見習いから社員になった。ホーミングの船はその立場ゆえに全世界を航海するため、基本的に国には帰らない。

 

ベポは兄に会いたいあまりに、ウミット海運の本社行きの積荷に乗り込んだらしい。本社に行って社長に直談判すればホーミングに連絡がいく。たしかにこの方法なら兄に会えるだろう。当然ながら両親が行方を探しており、社長に連絡が行き、黒ヒョウは本社の積荷を全て調べたが何故か見当たらない。

 

ウミット海運は全世界で仕事をしているが、少しでも効率化するために倉庫の拠点や航路は決まっている。ベポが乗り込んだと思われる日にあった積荷を片っ端から調べ直したところ、食料が減ったり、物音がしたり、そういう目撃情報があった。社員に聞いたら、本人に事情を聞いて気を利かせたやつが何人かいた。

 

そういうわけで、航路を特定して、たちよる島をひとつひとつ潰して行った結果、北の海のこの辺りの島々のどこかにいるだろうとわかったらしい。

 

「小舟で旅に出るよりは、よっぽど安全じゃねえか。どっかのヒョウとウサギよりは頭が回るんだな」

 

「うるさいよ」

「なあ、その島ってミニオン島やルーベック島じゃないだろうな?大丈夫なのか?」

 

「ミニオン島?大丈夫、おつるさんの船から連絡はないよ。元海軍将校なんて海軍の汚点みたいな海賊のアジトがある島だ。石ころ1つ残さないくらい調べるでしょ、普通」

 

おれは思わずドフラミンゴを見た。

 

「見くびんじゃねぇ。上陸する時に見たから心配ねえよ。ウサギ野郎しかいなかったからな」

 

「というわけで、この島しかないんだよね」

 

「わかった、覚えとく」

 

あらためて黒ヒョウが去っていく。おれは腹が減ったから、なにか食べに外に出たわけだ。ドフラミンゴは文句いいながらも、重症だから医務室から出られないから、しぶしぶ食べるっていってたけど。食堂のメニューにパン系しかなかったからな。

 

そしたら、その途中でいじめられてるシロクマを見つけた。フラグ回収はやすぎないか?



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29話

シデのせいでスワロー島の想定外の滞在が続いている。滞在時期が長引くと、からくり島を消し飛ばしたウラヌスや火炙りの記憶を思い出し、また睡眠不足に陥りつつある。七武海になりようやく眠れるようになった途端にこれだ。

トラウマってやつは実に厄介だ。

 

全治数カ月が一か月になるだけ充分人外だと、優秀な自称ファミリーの医者は驚いている。なんのことはない。ファミリーにすら明かせない天竜人のポテンシャルがそれだけあるってだけだろう。 というか、まだファミリーに入れるといってないんだが、忘れてんのかもしかして?

 

その数週間後、パンサのいうとおり、父上から手紙を直接届けられた。おれは念のため、ドフラミンゴファミリーもウミット海運の誰も入れないように手配し、医務室になにか違和感がないか、念入りに見聞色で見てから封を切った。

 

フィッシャー・タイガーにマリージョア襲撃に使うはずだった資料を渡して、計画を一旦白紙にしたとあった。イール達の信頼を優先したんだろう。それなのに、それだけの恩を受けておきながら、フィッシャー・タイガーが賞金首になったからって、ついていくってどういう神経してんだ、あいつ。心底理解できない。

 

この大海賊時代にタイヨウ海賊団という名をかかげる意味をフィッシャー・タイガーはマリージョアで知ったはずだ。それを何も知らない魚人達と立ち上げて不殺の海賊団を結成するそうだ。こんなイかれた話があるか?イールも誰にも真意を知らせないままついていくってどういうつもりなんだ?信頼してくれる父上から逃げたくなっただけじゃないのか、あの男。

 

そして、父上はマリージョア襲撃に乗じて、計画どおりパンゲア城の内部になんらかの手段で潜入に成功したとあった。

 

そこで父上はこの世界の神を見たらしい。

 

世界の中心である聖マリージョアには、パンゲア城があり、玉座が存在している。玉座とは言うものの、この玉座に座ることが許された王は存在しておらず、「この玉座に誰も座らない」ことで世界の平和と平等を示す為の『象徴』となっている。 ゆえに虚の玉座と呼ばれている。

 

この理念を体現する為に、天竜人の最高位で世界最高の権力者である五老星も複数人で構成されている。 それが表向きの説明だが、実は虚の玉座に座ることができる王が密かに存在していることになる。

 

そいつは、800年前に世界政府を創設した20人の王たちの誓い「虚の玉座」に座る権限を持っている。それは表向きには存在しないとされている世界にたった一人の王としかいいようがない。虚の玉座に座る者がいればそれは「世界の王」だ。

 

天竜人の最高位にして、世界政府の最高権力者である五老星。そんな世界最高権力者たる男達さえもはるか上座から見下ろす謎の存在。

 

ガープ中将達は経験則から五老星より上の存在がいることは知っていたようだが、想像以上にやばいやつがあの城にはいるわけだ。

 

そして、父上はパンゲア城の地下にある国宝も確認できたという。巨大冷凍室に安置された謎の巨大な麦わら帽子。それが古代兵器ウラヌスとなんらかの関係があるに違いないと結んである。

 

「ん?もう一枚あんのか?珍しいな、父上」

 

いつもなら必ず一枚で完結させるはずなのに、初めてもう一枚手紙が入っていた。前の手紙ではローのことを書いたからそのことだろうかと読み進めていったおれは、全身の血の気がひいていくのがわかった。

 

軽率だった。こんなことなら、もっと早く父上に相談すればよかったんだ。

 

そんなつもりじゃなかったと父上が目の前にいたらいいたい。今すぐにいいたい。おれ達はローをそんなつもりでオペオペの実の能力者にしたかったわけじゃなかった。いや、わざわざそんな言い訳じみた弁解しなくてもいいか。これからどうすればいいか書いてあるんだから、しっかりしろと言いたいんだろう。

 

おれはその日、ローを呼び出した。

 

 

「ロー、話がある。そこ座れ」

 

「なんだよ、改まって」

 

「お前のファミリー入りの話だが、もし入るってんならコラソンの地位をあたえることも考えてる」

 

「ほんとか!?コラソンってずっと空いてる幹部の肩書きじゃないか!」

 

「話は最後まで聞け。おれはファミリー入りをいつもこの問いにどう答えるかで決めることにしてる」

 

「問い?」

 

「そうだ。そんないくつもじゃねえ、一個だけだ。ローも知ってるように、この世界は過酷だ。なんでもいい、なにか核になるものがなければ待ち受けるのは死だけだ。ロー、お前はこの世界でなにがしたいんだ?なにがお前の核になる?」

 

「それは......」

 

「世界をぶっ壊したいわけじゃねぇのはわかってるからな、口にすんなよ。言った瞬間においてくからな。再三言ってるがそれを叶えるだけの衝動的なもんを、おれは今までお前から一度も感じたことがねえんだよ」

 

「…............あ、アンタらと一緒にいたいのは......ダメなの、か?」

 

「フッフッフ、嬉しいもんだな、実際に言葉にされると。だがそんなもん、最近つるんでる連中と旗揚げすりゃいいだけの話だろう。却下だ却下」

 

「おれは......」

 

「おう」

 

「アンタみたいな海賊になりたい」

 

「そうか、がんばれ」

 

「あ、アンタを超える海賊になりたい」

 

「なら四皇か海賊王か?大きくでやがったな」

 

「ち、ちがっ......ほんとは......おれは、アンタの右腕になりたいっておもって......」

 

「却下だ、右腕は何本もいらねェ」

 

「なんでだよ、コラソンが空いてるだろ!?」

 

「空いてるからって自動的に座れるほど、コラソンの名は安くねえんだよ」

 

「永久欠番的なやつなのか?でも考えてるって......」

 

「だから、問いに答えろ。それによっては、だ」

 

「そんな話をするんなら、まずはアンタの夢はなんだよ。おれはそれを聞いてから答えたい」

 

おれは鼻で笑った。

 

「なにを勘違いしてるかしらねぇが、おれの本懐は海賊王じゃねェ」

 

「えっ」

 

「予想通りの反応ありがとうよ、ロー。そういう反応をする奴らは、大抵おれが海賊王になりたいと思ってると勝手に思い込みやがる。そして理想と現実の区別がつかなくなって、違うと気づくと攻撃的になる。そういうやつをごまんと見てきた。そういう奴らに、どういってるのか教えてやる。気に入らねェ奴は船を降りろ、例外はない。残念だったな、ロー。この話はナシだ。ここで降りろ、ほかあたれ」

 

「ドフラミンゴ、待ってくれ。さっきのはそういう意味じゃ......!!」

 

「テメェのいう夢をおれは生まれてこの方抱いたことがないんでな」

 

「え」

 

「なんでだって顔してるな。特別に理由を教えてやるよ。おれの名前はドンキホーテ・ドフラミンゴ。人堕ちホーミングの実の息子だからだ。ロシナンテ中佐はおれの弟だ」

 

「!!」

 

「非加盟国で父上と地獄に落ちると決めたその日から、おれは夢を諦めた。おれの本懐は地図から消えなかったことを喜び、寝てる間に死なないよう怯えながら送る日々から、1日も早く解放されることだ」

 

「ドフラミンゴ......」

 

「だからこそわかることもある。お前の医者としての才能は正直惜しいが、残念ながら、お前はドフラミンゴファミリーには致命的なまでに向いてない。それだけだ。悪く思うなよ」

 

「ドフラミンゴ、なんでそんなこと」

 

「誰かに託す夢があるんなら、それを自分の核にしやがれ。楽しようとすんじゃねぇよ。四皇だか海賊王だかになりたいんだろう?前から思ってたが、お前実は指示待ち人間なとこあるだろう。よくないぞ、そういうとこ」

 

「うるせえな、人が気にしてることをズバズバと!それはそうかもしれないッ!でも、今すぐ降りろってなんだよ!独立するまでいちゃいけないのか!?いきなりすぎるだろッ!」

 

「昨日まではそれも悪くねぇと思ってたんだがな」

 

「じゃあなんで!」

 

「詳細は伏せるが......。おれが考えていた以上に、フレバンスで太陽十字を信仰してたお前が、オペオペの実を食うのはこの世界にとってやべえとわかった」

 

「───────ッ!?」

 

「この島を地図から消されたくなけりゃ、降りろ」

 

「そんなにやばいのか?バスターコールされるくらい?」

 

「バスターコールはルーベック島みたいになるだけだ。文字通り、島ごと無くなりたくなければ、だ」

 

「......ドフラミンゴ」

 

「お前に夢がないんならよかった。お前に才能がないんならよかった。でもどっちもあるんじゃダメだ、世界政府にとって最高で最悪のパターンだ。なら、自分でなんとかしなきゃならねえことになる。お前が強くなるまで守ってたら、ほかの奴らまで死んじまう。悪いが、おれは他のファミリーを強くするのに今も必死なんでな。今のお前は力不足すぎる。せめて四皇くらいまで強くなってくれ。その先で、夢が叶わねーとわかったら、また考えてやるよ。それまで世界政府の目につかねえようにしてやる。だから、降りろ」

 

「......ドフラミンゴ、1つ訂正しやがれ。それは降りろじゃなくて、匿ってやるの間違いだろ......」

 

「フッフッフ、そうともいうかもな」

 

「アンタのそういうとこ、ほんと嫌いだ。勝手に決めるなよ。アンタの本懐が何かなんか知るか。おれはアンタがいて、ファミリーがいて、ドフラミンゴファミリーだからいたいんだ。おれが足手まといだっていうなら、今は一緒じゃなくたっていい。いつか一緒にまた航海ができるんならそれでもいい。そのあとでどうするかくらい、決めさせてくれよ。入る前から拒否するのは反則だろ」

 

しばし沈黙がおりる。白状しよう。ローの返事はおれの想定外だった。

 

しばらくして。

 

初代コラソンは海軍にいる。ローがその言葉を理解するのに少々時間がかかったのか、随分間抜けな顔をしていた。

 

「死んだんじゃなかったのか?」

 

「そういうことになってんだよ、ドフラミンゴファミリーん中ではな。知ってるのは最高幹部だけだ」

 

「おれに教えてくれたのは」

 

「お前にはいくつか道はある。まだ道を決めなくていい。ひとつは、無かったことにして、ドフラミンゴファミリーから独立して自分の海賊を立ち上げること。ふたつは、海賊を立ち上げながら、水面下で傘下になること。あとは、世界政府のふさわしい支部に入ること。海軍の中にあると噂のスパイ的な部署に潜入する方法もある。判断はお前に任せる。そこまでいうならやってみろ。その時までは、なにがなんでも匿ってやる」

 

「なら、おれは......」

 

「まだ出航まで時間があるんだ、そう焦るな。ゆっくり考えろ、時間だけはまだあるだろうからな」

 

おれは今だに包帯が取れない腕を軽く上げて、ローをとめた。



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30話

この3週間の間に、おれはスワロー島で友達ができた。いじめから助けたシロクマのベポ。兄と再会して憧れが止められなくなったのか、航海術を学びたいと駄々をこねてまだこの島にいる。最初はいじめっ子だったが、実は洪水で孤児となり親戚の奴隷扱いから逃げてきたペンギンとシャチという人間の子供達。そして、彼らをまとめて預かることになった20年前の海賊退治の英雄なのに、島の外れにすんでるじいさんのヴォルフ。

 

ドフラミンゴはあと1週間で迎えがくるから、昨日の話の結論を出しとけとおれに宿題を出し、あいかわらずウミット海運医務室にこもっている。

 

帰ってきて医務室に顔を出すと、平和そのものなスワロー島とはここだけいつも空気が違った。

 

「世界政府の野郎、こっちに手が出せなくなったからってしょうもねぇ嫌がらせしてきやがって」

 

世界政府の紋章が刻まれた封筒を無造作に毛布に投げ出し、ドフラミンゴは心底不愉快だとでもいいたげにぼやいた。

 

「おれは海賊だ、加盟国じゃねェんだぞ」

 

「どうしたんだ?」

 

「どうしたもこうしたもあるか。今年も上納金跳ね上げやがった。ほかの奴らは据え置きのくせに。そこら辺の加盟国なら10は非加盟国に転落してるぞ。魚人と人魚の供給止めてんのがそんなに気にくわねぇのか?捕まえられる人攫い屋でも雇いやがれ。しかしどうするか......さすがに毎年更新されるとキツイもんがあるが......。おい、ロー地図よこせ」

 

おれは地図を投げてやった。昨日から急に扱いが雑になったのは取り繕う必要がなくなったのか、もともと身内にはこういう男なのかはさすがにわからない。

 

付箋とメモと新聞の切り抜きで倍以上に膨れ上がっている地図を広げ、今度は民俗学関係の本をかたっぱしからドフラミンゴの部屋から持ってくるよういわれる。文句をいいたいが知らない専門用語をぶつぶついいながら、ざかざか何か書いてはバツを書いて唸っているのをみると耳には入らないだろうとわかる。

 

ドフラミンゴファミリーはドフラミンゴがいなくても仕事が回るようになっているが、深層海流が使える船はひとつしかない。だから長期滞在が必要とわかってから、スワロー島にドフラミンゴファミリーの船はもうない。どこにいても数時間で迎えにこれるんだから、心配するよりは闇のシンジゲートが闇のブローカー王が不在でも回せることを示さなくてはならないらしい。

 

おれが持ってきた本をものすごい速度でめくりながら、次から次と右から左に積まれていく。手に取ろうとして空振りしたドフラミンゴから無言で睨まれたおれは、あわててまた本を取りに向かった。

 

「ドレスローザか......」

 

ようやく探し当てた新しい儲け話の要になる種族を見つけたドフラミンゴは、さっきの地図帳をひろげる。

 

地図上のドレスローザは縮尺から察するに一度に島の横全体を見渡すことができない程に広いらしい。ドフラミンゴ曰く、平野になっていれば80km以上上から見下ろせば、大概の地上を見渡すことができるため、ドレスローザもいかに大きな島であることが分かるという。

 

冒険記や観光本をおれも読んだが、愛と情熱と妖精の国と呼ばれ、訪れた者は『花の香り』『料理の香り』『島の女性の踊り』に心を奪われるという。「妖精がいる」という伝説が出回るなど、色々とファンシーな国のようだ。国は本島と小島で構成されており、グリーンビットは周辺海域に生息する凶暴な魚のせいで船で近づくことができないらしい。

 

「新世界にあるくせに、なんでこんな頭ハッピーセットな国なんだ?平和ボケすぎて頭がイカれそうな国だ。こんなことでもなきゃ行きたくねえ」

 

そう吐き捨てたドフラミンゴをみるに、ほかの非加盟国みたいに拠点にするだけの国にするつもりだろうか。

 

ドフラミンゴはこの国をどう闇のシンジゲートに組み込むか考えている。ドフラミンゴがひとつの国に留まれない致命的な弱点が露呈しないためにも、ドレスローザ側にドフラミンゴファミリーがいなくても仕事が回るようにしなければならないと考えているようだ。

 

「......しかたねえ、ホーミングの名を借りるか。こんなに平和ボケした国なら、おれの七武海の地位と評判、ホーミングの儲け話があればいけるだろ。不思議な因果があるみたいだからな」

 

800年前までドフラミンゴの先祖であるドンキホーテ一族が統治している国だった記述を見ながらドフラミンゴはいう。同一族が世界政府創設に伴い政府の本拠地聖地マリージョアへ移住するため、リク王一族に王権を譲渡し国を去った過去があるらしい。

 

「こんだけ探してもろくに記述が見当たらねーんだ。どんな植物でも育てることができるのはどうやらトンタッタ族だけなのは間違いない。どうせ、カイドウの野郎も遅かれ早かれ気づくはずだ、この国の価値に。人工悪魔の実の市場を独占させてたまるか。対能力者の兵器になるような資源をワノ国にばら撒くような能無しに取られる前に、なんとしても押さえてやる」

 

ドフラミンゴとカイドウの代理戦争の舞台に選ばれてしまったドレスローザは間違いなく荒れるだろう。フレバンスみたいに近隣諸国がバランスを失って国家間の戦争が絶えなくなり、戦争被害を受け、闇の帝王達の稼ぎ場になる未来が見える。

ドフラミンゴの支配下になれば、一般人は気づかなければ平和そのものが約束されるだろう。表に見える範囲の平和と裏に根付く闇のシンジゲートが深く根づいて身動きが取れなくなる代わりに、ドフラミンゴファミリーとウミット海運の絶対的な庇護と富を約束される。

 

もちろんドフラミンゴファミリーが七武海から陥落すれば待っているのは破滅だが、白ひげにしろ、ビッグマムにしろ、大海賊の庇護を選んだ国の運命は皆同じだ。

 

ドフラミンゴは手紙を書いている。リク王がどう判断するのか気になった。

 

「闘技場、オークション、あとは......。上納金稼ぎに使えそうな施設投資の話も通さなきゃいけねえな。そうだ、国盗りするわけじゃねェが、ワニ野郎のご機嫌取りの仕方は参考になるな。一回いくか、アラバスタ」

 

「アンタ、クロコダイルと仲悪くなかったか」

 

「それなりに金落とせば無碍にはしねえだろうよ、ワニ野郎はクソ真面目だからな。フッフッフ」

 

ドフラミンゴは早速書き上げた手紙を封筒にいれ、ドフラミンゴファミリーの取引の証である特注の封をする。

 

「この手紙を無視すりゃ、一度も戦争したことがねえ平和の象徴たるこの国に、なんの準備もないままいずれカイドウの配下がきまくることになるんだ。これは忠告であり最後の希望だと理解できるくらい、リク王家がまともであることを信じるか。ダメなら上を挿げ替えるだけだ」

 

「アンタ、ドレスローザを守るつもりなのか?ひとつの国に長居できないだろ。大丈夫なのか」

 

「だからお話をしませんかって手紙を書いたんじゃねェか。800年も平和な国でいられたんなら、それなりのポテンシャルはあるはずだ。現地民を傘下にできるくらいの勢力に育てりゃいい」

 

「気の長い話だな」

 

「略奪だけしてりゃいいのは海賊の特権だが、おれは七武海だからな。フッフッフ。ワニ野郎と違って達成可能な目標だから問題ねえ。非加盟国をどう拠点として懐柔してきたか、お前はよく知ってるはずだぜ、ロー」

 

「たしかにアンタのいうとおり、そういう意味では、おれはドフラミンゴファミリーには向いてないかもしれないな」

 

「フッフッフ、違いねえ」

 

笑いながらドフラミンゴが世界政府の紋章がかかれた封筒を拾い上げる。見てろと言われて、真横に太陽十字を描き始めたドフラミンゴを見ていると。円が塗りつぶされて、上下左右に丸を書いて塗りつぶしはじめた。あっという間に世界政府の紋章ができあがる。

 

「これがこの世界の縮図だ、わかりやすいだろう?」

 

鳥肌がたった。

 



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31話

ドフラミンゴから出された宿題の最終日は、忘れもしない満月の夜だった。ベポがいきなり暴れ出し、駆けつけたウミット海運の連中が手慣れた様子で頭から布を被せてくれたおかげで助かったことがあった。

 

これは明らかに黒ヒョウが教えてくれた悪魔の実辞典にあったゾオン系悪魔の実の記述とは矛盾する。ようやくそれに気づいたおれは、ウミット海運の一室に忍び込んでいた。かつてドフラミンゴの部屋として我が物顔で占拠されていた全てが碇マークの荷物の山に変わっていた。

 

バレないようにカーテンを全開にして、月明かりを頼りに必死で本を探していた。

 

「700万......いや、800万だったか......」

 

「え?」

 

不意に部屋全体が明るくなった。カンテラを持ったドフラミンゴだった。いつの間にと固まっているおれを気にする様子もなく、荷物のひとつを開いた。

 

「アンタ、なんで......」

 

「やっと来たか、おせえぞ。おれの人を見る目は間違ってたのかと失望しながら、やっと荷造り終えたのにがさがさしやがって。あとで片付けとけ。人の言うこと鵜呑みにしないで裏取るのは基本だろうが」

 

「いてっ」

 

そして、一冊の本を出してそのまま叩かれた。

 

「ウミット海運のお得意様な関係で人間屋に供給されないもんだから、相場がここ10年で跳ね上がってんだ」

 

「黒ヒョウがゾオン系悪魔の実って嘘ついてた理由がそれか?」

 

「だからおせえ、やっと気づいたのか。自分のクルーに入れたい奴のこと、医者じゃなくても船長なら知ってて当たり前だぞ。判断ミスは壊滅への一歩だ、よく覚えとけ」

 

「......おう」

 

「詳しく知りたきゃそこの3段目の右から4番目と10番目の本を見てこい。あとはキャプテン・ジョンの航海日誌の写本の265ページ目。特別にタダで見せてやる。もうすぐ無くなる知識の宝庫だ。絶対に奪われない財産でもある。今のうちに頭に叩きこんどけよ。今までいたあらゆる環境が最高峰かつ最先端だった幸運を噛み締めるんだな」

 

懐かしい夢を見た。空をいくツバメのさえずりで目を覚ました。

 

おれはアイマスクがわりに見ていた新聞を手にする。そこには三面記事があった。

 

 

 

 

七武海 天夜叉ドフラミンゴ、奴隷の英雄フィッシャー・タイガーに敬意を表して犯人を恩赦すると発表。被害者に対し今回の事件は管理行き届きに不備があるとして謝罪。補償をすると宣言。

 

先日、ドンキホーテ海賊団が主催したオークションの目玉商品がゴルゴルの実であると耳にした為に、それに目を付けて犯罪者達を唆し、巧妙な策で人を動かして会場に火を放つことで、何百人もの死者を出しながらもその混乱に紛れてゴルゴルの実を手にしたが、ドンキホーテ海賊団により捕縛された男ギルド・テゾーロ。

 

彼は幼い頃から歌うことが好きで、煌びやかなショーに憧れていたが、自身の家が貧しかった為に友達からは相手にされず仲間外れにされていた。ギャンブルに金をつぎ込んでいた父親が手術代を払えば治った病気で亡くなってしまい、父親の死を機に家庭環境が崩壊したことや楽しげな歌を嫌う荒んだ母親からの罵声に激怒したことで遂に家出をし、12歳の若さにして裏社会の世界に入り込んだ。

 

その後も盗んだ金で不良とつるみ、ギャンブル・酒・ケンカに明け暮れる荒んだ毎日を送る。16歳の時に裏カジノで大敗し、仲間にもあっさりと見捨てられる。その後、危うく人買いに連れて行かれそうになるも辛くも逃げ切り、人間屋まで行き着くとそこでステラという少女と運命的な出会いを果たす。

 

悪評を知りながらも自身の歌を褒めてくれた彼女に人生で1度きりの恋をし、「ステラを自由にしたい」と願ったことからステラを買い取るための彼女の嫌いな悪事で金を稼ぐことはせずに、昼夜を問わずに真っ当な方法で働き続ける。毎日寝ず食わずで働き続け、仕事の合間を見てステラの元へ足を運び、「将来は大きなステージで歌う」という夢を語っていた。

 

その3年後あと少しでステラを買い取れる金額までに稼げていたところで、町に現れた天竜人によってステラは買い取られてしまう。

 

怒りから天竜人に歯向かい抵抗したが、それが原因で彼女共々奴隷として聖地マリージョアに連行され、背中に奴隷の烙印を刻まれながら自由の無い地獄の生活を強制された上で「許可なく笑ってはいけない」と命令される。

 

その2年後にステラが死んだ事を知り、「金さえあれば彼女を救えた」という怒りと後悔の念から金に対する執着心を更に抱くようになる。

 

15年前に起きたフィッシャー・タイガーによる奴隷解放事件でマリージョアから命からがら逃げ出し、身を隠してゴミを漁りながら一線を越えた犯罪に手を染めるようになり、それと同時に金持ちや貴族に対する憎しみを抱くようにもなる。

 

そして、復讐する力を手に入れるために犯行に及んだ模様。

 

記事はまだまだ続いているが、ドフラミンゴの庇護から旅立つということはこれが当然の扱いとなるのだ。忘れないように記事を取っておかなくてはならない。なにせこの新聞の裏面にはこう書かれているのだ。

 

 

 

北の海で蔓延る人攫い屋や海賊を襲撃する海賊が現れた。彼らは拠点を頻繁に変え、海軍がなかなか居場所を特定できず、精鋭揃いのため捕まえられないでいた。そこに正義の鉄槌を下す者達が現れた。ハートの海賊団を名乗る者達だ。圧倒的な強さで壊滅に追い込み、奴隷達は全員無事に解放され、海軍に保護されつつ家族のところに送り届けられた。ハートの海賊団船長は「単なる気まぐれだ」とだけ残し、潜水艦に乗って去っていった。世界経済新聞にはでかでかとふたつの海賊団が戦っている写真が映っていた。

 

毛皮の帽子を被り、刺青を入れた青年が、鬼のような形相で切り掛かる様子や海賊団のメンバーと思われる者達も映っている。不敵に笑う青年の手配書も掲載されていた。

 

この記事の並びは明らかに恣意的なものを感じる。気のせいでは絶対にない。

 

海賊の道を選び、冒険に明け暮れた。地理的にも時間的にも過去のことを振り返っている余裕はもうない。おれはこれからも海賊団の船長として、仲間達を引き連れて、先陣を切って戦いへと身を投じなけるばならない。

 

おれは指示を待つ自慢の仲間たちを見まわしてうなずくのだ。

 

「おい、お前ら。わかってると思うが、今この瞬間からおれ達は北の海の闇を敵に回した。それはおれ達がウミット海運やドフラミンゴファミリーの庇護から旅立つことを意味する。それはつまり、今から最速で偉大なる航路にいかねえと、シマを荒らされたウミット海運とドンキホーテファミリーが血の掟に従い、おれ達を抹殺しに動き出すも同然だ。それだけのことを、おれ達はしたんだ。なぜか?これを宣言するためにだ。───────覚悟はいいな?帆を上げろ!航路を確認しろ!ハートの海賊団出航だ!!」



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32話

「イール!よく無事だったな、お前!」

 

タイガーは勢いよく立ち上がった。

 

「タイガーこそ!また会えてうれしいぞ、おれは!」

 

イールは喜び勇んでかけより、タイガーと硬い握手を交わした。

 

「お前が無事ってことは......」

 

「ああ、船長ももちろん無事だ。安心してくれ」

 

一番の懸念材料が徒労だったと聞かされたタイガーは、安堵の笑みを浮かべてそのまま椅子に座った。

 

「アンタが全責任を被る形になるかもしれん、本当にすまん」

 

「何言ってんだ、初めからそう言う話だっただろうが。むしろ、おれはホーミングさんの雪辱を晴らす絶好の機会を横取りする形になっちまったのが、本当に申し訳なくてならねえんだ。また白紙に戻すんだろう?きっと警備も何もかもが18年前とかわっちまうだろう。難易度を上げちまうだろう。それだけお前との友情を優先してくれたってのにな......おれは、もう人間を愛せないと自覚しちまった。燃やされたあの紙が無性に惜しくなっちまってる自分がいる」

 

「そうか......まあ、何を見たのかは想像に難くない。何も言わんよ、おれは。その場にいなかったからな」

 

「あたりまえだ、何言ってやがる。お前はホーミングさんの右腕なんだから、こっちにくる必要はなかったろ。今思えば、あのとき燃やしてくれてよかった。もしこの世にまだあるとしたら、おれはこの足でそのままホーミングさんとこに行ってしまいかねん。全部わかってたんだろうな、あの人は」

 

「そうだろうな。だからどちらか選べといったんだ」

 

「なあ、イール。なんであの人は人間なんだろうな。なんでよりによって元天竜人なんだろうな。あの人は無理すんなっていってたが、初めから人を殺せる人間だっていってたが、おれはどうしても人間だと思いたくない。無茶苦茶なこといってるだろうが、ほんとにそう思うんだよ」

 

「ここだけの話、おれも魚人になれる悪魔の実や病があったらホーミングさんにかかってほしいなと意味もないことを考えたことはある。残念ながらそんな都合がいいものはこの世に存在しないがな。失望されたくないから、絶対に言わないが」

 

「あたりまえのこと言うんじゃねえよ。言うなよ、絶対に言うなよイール。あの人の友情を無碍にするような真似絶対にするな。おれまで我慢できなくなるじゃねえか」

 

「わかってる、わかってるが今のおれは気持ちに蓋をすることができるか自信がないんだ。情け無いことにな」

 

「ホーミングさんが魚人街出身の魚人ならよかったのにな。そうすればいっそのこと......。だがそうじゃないから困ったもんだ。なんで現実はこんなに理不尽なんだ。こんなに色んなことがぐちゃぐちゃにならなくてすんだのによ。ホーミングさんの人堕ちはオトヒメ様の手紙が全ての始まりじゃねえか。怨まれたっておかしくないのに、あの人はなんで......おれは悔しくてたまらんよ」

 

「......そうだな、おれも心底そう思うよ」

 

2人に重苦しい沈黙がおりた。魚人街は魚人島本島の近くに所在するスラム街の名だ。元々は孤児院などを中心とした大規模なリュウグウ王国の福祉施設だったが、次第に荒廃し、ギャングや海賊の住処と成り果てていた。

 

管理者達の手に負えず無法地帯と化していた魚人街をまとめていたタイガーは冒険家になり国を飛び出し、それに憧れて海に出たイールもまた同じ出身であり、2人は同い年の幼馴染でもある。

 

イールが奴隷として売られたのが人堕ちホーミングだったことが、リュウグウ王国とウミット海運の繋がりの始まりだ。10歳で仇討ちに飛び出したドフィが闇のシンジゲートの頂点に君臨し、25で七武海になって人間屋の全権に干渉できるスポンサーになったことで魚人と人魚の奴隷は実質0になった。

 

たまにいてもウミット海運が買い受けてリュウグウ王国に送られ、奴隷より遥かにマシな労働者として働くか、リュウグウ王国に立て替えてもらい働き口を斡旋してもらって返すシステムが確立している。今の魚人島の現状を見つめて、自分の運命がホーミングとこんな形でしか混じり合わなかったことをタイガーは心底残念に思っていた。

 

天竜人の奴隷として過ごした地獄の日々は、間違いなくタイガーの根本を変えてしまった。

 

ホーミングもオトヒメ様の手紙に感化されて人堕ちを選んだ結果、非加盟国であった地獄の日々が根本を変えてしまったんだろうとタイガーとイールは考えていた。

 

2人だけがホーミングが聖地マリージョアを襲撃して、いかに効率的に全てを破壊して皆殺しにし、無事に逃げ切り、証拠を残さずにいるかと言う計画を立てるくらいの憎悪を秘めているか知っている。

 

なのに、ホーミングはイールの憧れだからというただそれだけで、18年間温め続けていたはずのそれをタイガーにあっさり渡してしまった。

 

しかも奴隷解放と破壊の計画を選ばせてくれたということは、ホーミングの中に今のイールやタイガーが陥っている心がふたつある現状が常態化していることを指している。

 

だから、なおのこと、イールとタイガーは誰にも言えやしない本心を吐露する羽目になっていた。

 

「ホーミングさんのことだ、本心を打ちあけたところであっさり受け入れてくれるだろう。副船長として任されてる意味をおれは理解しているつもりだ。あの人はそういう人なんだよ、初めて会ったときからずっと。だから、なおのこと、おれは今ホーミングさんに会いたくないんだ。どんな顔して会えばいいのかわからない」

 

「気持ちはわかるぜ、イール。竜宮城に行く前から、あの計画書持ち歩いてたってことは、初めから見えていたんだろうしな。ホーミングさんがいうように、オトヒメ様みたいに心が読める見聞色じゃなくてよかった。それしかいえない」

 

「ホーミングさんの見聞色にいつも助けられてる分際でいうのもおかしいんだろうが、おれはホーミングさんの信頼が今は恐ろしくてならないんだ。あの人の信頼や恩に報いれるかどうか自信が持てない自分が嫌だ。あれだけ頼りにされているのに。なんて罰当たりなんだろうな、おれ達」

 

「そうだな......ほんとにそうだ」

 

数日後、マリージョア襲撃事件の首謀者としてタイガーは名指しで指名手配され、懸賞金がかけられることになる。

 

天竜人の奴隷としてこの世界で1番最後に解放されることとなった魚人や人魚の奴隷を見捨てられないとタイガーを慕う魚人街出身の猛者たちが集い、海賊団が旗揚げされることになった。

 

元奴隷とそうでないものが識別されぬよう、天竜人の紋章を覆い隠すような太陽の印を全員体に焼き付けることになった。

 

発生の経緯が「行き場のない脱走した魚人奴隷達の受け皿」であったため海賊行為もそれ程荒々しいものではなく、「自分達は野蛮な人間達とは違う」というタイガーの信念から不殺を貫くこととなった。

 

「タイヨウか......いくら名乗っても魚人海賊団としか世界政府は呼ばないし、呼ばせないだろう。この海でタイヨウを掲げる意味をお前は知ってるだろう、タイガー。ほんとにいいのか、誰にも言わなくて」

 

「奴隷に信仰されていた太陽神の意味も込められてることは死んでも言わないぞ、おれは。自由を標榜し、世界政府に知らしめる意味でこれ以上ないものはない。あの忌々しい印を太陽の印で消すことができると気づいたとき、おれは運命を感じたんだ。世界政府の紋章が太陽十字を消してできたものだとしたら、これだけ掲げたくなるものも他にはないからな」

 

「おかげでおれ達は世界政府から本気で狙われてるわけだが」

 

そして4年間、イールはタイヨウの海賊団として、タイガーが死ぬその日まで航海することになる。

 



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33話

イールは激痛で目が覚めた。全身が打撲と骨折、内臓がいくつかやられているようで、うめき声だけが響いた。気持ち悪すぎて、ろくに息ができない。

 

「イール!」

 

痛みで気を失いそうになっていたイールを現実に引き戻したのは、4年ぶりにあった命の恩人だった。ウミット海運のホーミングとミンク族部隊、魚人部隊代理が心配そうに覗き込んでいたのだ。隣では魚人部隊の医療チームがイールが目を覚ましたことに喜んで、いろんな治療を再開しはじめた。

 

「ああよかった、やっと目を覚ましてくれたかイール!」

 

「船長!?」

 

今自分が置かれている状況が全く理解できない。

とっさに起きあがろうとしたが支えになるはずの腕の感覚がなく、そのまま不自然な形で傾いたイールはホーミングに支えられる形で床への激突を免れた。不自然に盛り上がっている半端な形に歪んだ右腕をみて、イールはようやく自分の腕が失われている現実を思い出すのだ。

 

それだけではない。強靭的な魚人の恵まれた体にもかかわらず、大怪我だった。

 

「お前が重症と聞いて飛んできたんだ、目を覚ましてくれて本当に良かった!」

 

「船長、タイガーッ!タイガーは大丈夫なのかッ!?黄猿達がおれ達を罠にハメて襲撃にッ!!」

 

イールが覚えているのは元奴隷の人間の少女コアラを故郷に送る仕事を頼まれ、彼女の故郷である偉大なる航路フールシャウト島に送り届けたことまでだ。世界政府から執拗に刺客を送り込まれていたため、真っ先に気づいたイールはひとり島に残り、タイヨウ海賊団を逃すために孤軍奮闘した。

 

しかし、イールしかいないとわかった刺客達が、数の暴力で抑え込みながら、海軍本部中将ボルサリーノ指揮下の少将ストロベリーの部隊に連絡するのを見てしまった。気づけばベッドの上。しかもホーミングの船の中。助けてくれと錯乱するイールに、ホーミングは自前の船の医務室だとさとしてくれた。

 

「落ち着いて聞くんだ、イール。タイガーは1週間前に死んだ。失血死だ」

 

イールは呼吸を一瞬忘れた。

 

「しんだ?タイガーが?しかも、1週間も前に......?」

 

ホーミングはうなずいた。イールはそのまま沈黙した後、そのまま静かに泣き出してしまった。

 

イールが大切な仲間を失うのはこれで二度目だ。一度目は冒険団の先代船長。二度目はタイヨウ海賊団船長のタイガー。しかも名誉の戦死をとげた先代と違って、タイガーは自分が刺客達から逃れるか倒せていたら連絡は行かなかったはずなのだ。いくら悔やんでもタイガーは帰ってこないがイールにはどうしようもなかった。

 

声が枯れるまで泣いたイールが落ち着くのを待ってから、ホーミングは、アーロンから聞いたらしいタイガーの最期を教えてくれた。

 

黄猿率いる少将ストロベリーの部隊に襲撃を受けたタイヨウ海賊団だったが、なんとか海軍の船を奪って逃げることができたらしい。だだ、重傷を負ったタイガーは瀕死。

 

どうしても輸血が必要だったが、そんな血で生き永らえたくはないと頑なに輸血を拒んだ。タイヨウ海賊団にタイガーと同じ血液型の者がいなかったのが最大の不運だった。海軍には魚人も人魚もいないから、海軍から強奪した軍艦にある輸血できる血液はすべて人間のものしかない。ウミット海運のように魚人用の輸血できる体制を整えているところはそうない。いつかくる終わりだったが、墓まで持っていくつもりだった過去を明かしてしまった。

 

「......そうか、そうだったな。すっかり当たり前だと思い込んでたが、ウミット海運が特別なんだ。普通は魚人用の輸血剤なんかあるわけがないな」

 

そこで船員たちに語られたのは、かつて消息を絶った時に天竜人に奴隷とされていた事実。 それ以来、人間の狂気と差別意識を知ってしまったタイガーは平和を望むオトヒメの思想の正しさを理解しながらも、人間への恨みが消えず、「体がその血を拒絶する」と例えた。

 

しかし人間を憎悪していてもその和平を望む心は本物。タイガーはコアラのように何も知らない純粋な子供たちが次の世代を担い魚人島を変えられる様に「魚人島には何も伝えないこと」を仲間たちに願ったという。

 

人間にも優しい者は一杯いるのだから、自分達の様な死んで行く者が恨みを残すべきじゃない。頭では分かっていても、彼自身は心の奥の「鬼」が人間を憎み身体がその血を拒絶する。

人間との和平を望む意思をコアラや魚人島の子供達などの次の世代に託すことはできても、自分ではもうそれができなかった。

 

自分の中に芽生え、深く根差した人間への悪感情と、それでも「魚人と人間の和平」を望む心。タイガーは最期まで葛藤し続けた。

 

魚人島で元々探検家として憧れの存在だった事や天竜人からの奴隷解放という偉業を達成した事から、現在も魚人島民や解放された奴隷達に英雄視されているのは変わらない。

 

残るタイヨウの海賊団のメンバーのうちジンベエやアラディンはタイガーの恨みを残すなという意志を継いで魚人島の変革や保護に動きだし、アーロンは怒りと悲しみのままに無謀にも単身で海軍を襲撃し、返り討ちにあって逮捕されてしまった。

 

アーロンはタイガーの死に関する取り調べのとき、タイガーの意志を汲んで言葉を濁したために、海軍側がアーロンの証言を「人間に献血を拒否されたので失血死した」と解釈して発表してしまい、オトヒメの活動に大きな支障を残し始めている。

 

たった1週間で世界は全く変わってしまったようだった。

 

「そうか......まあ、タイガーにみんな惹かれて乗ってたようなものだからな。空中分解もやむなしか......」

 

「イールはどうするつもりだ?ジンベエについていくのか?」

 

「いや......ジンベエには悪いがおれもタイガーがいたから乗ってたようなものだからな。それにおれが海軍の襲撃を防げなかったようなものだ。合わせる顔がない」

 

「そうか」

 

「船長、今までわがままいって4年間も海賊をやらせてくれてありがとう。億超えの札付きになってしまったが、またアンタの船に乗せてくれないだろうか」

 

「もちろん、それが聞きたいから迎えにきたようなものだ。おかえり、イール。副船長の座は開けてあるから、リハビリ頑張るんだな」

 

「ありがとう。片腕だから慣れるのが大変だな」

 

「どうする。義手が欲しいなら取り寄せるが」

 

「そうか、義手か。海戦に耐えられるようなやつを探さないといけないな」

 

「わかった、検討しよう」

 

ホーミングは笑いながらうなずいた。

 

「ところで、ウミット海運に復帰したわけだが、不殺はどうするんだ?」

 

「え、なにいってるんだ?タイガーにあわせていただけだ。郷においては、郷に従えというじゃないか」

 

「わかった。それなら、イールに早速判断を任せたい案件があるんだが」

 

「おれに?」

 

「ああ、タイヨウ海賊団の時代にあったことを遡ってウミット海運の血の掟を適応するかという大事な案件だ」

 

「?」

 

「コアラという少女はともかく、依頼した人間も受け取り先の島民も海軍と繋がっていたことがわかっている。お前の右腕を奪った刺客だが、私と世界政府の関係を考えれば、頼めば今ここに呼び出すことができる。面通しして処刑も可能だがどうする、イール」

 

「............」

 

イールは手を握りしめたが、静かに首を振った。

 

「タイヨウ海賊団は不殺が掟だ。ぜんぶ、タイヨウ海賊団に起きたことだ、ウミット海運は関係ない」

 

「ほんとうにそれでいいんだな?」

 

「ああ、大丈夫だ。それでいい」

 

「あいかわらず優秀な判断力で助かるよ、イール」



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34話

4年ぶりにイールがウミット海運のホーミングの船の副船長に復帰するとあって、船内は和やかな歓迎ムードが漂っていた。リハビリを兼ねてしばらくは医療班同伴のもと、裏方の仕事から始める予定だ。それにあたり義手が必要という話になった。

 

真っ先にその話題に飛びついたのは、おそらく義手をつくることになるロボット2名である。きらきらした顔でイールのところに走ってくる。懐かしい光景だなあとイールは笑った。

 

「ビームは?漢の浪漫ビームはご希望でありマスカ、副船長ッ!?」

 

「副船長はデンキウナギの魚人でアリマス、スペーシア中尉ッ!電磁砲かもしれないでアリマスッ!!」

 

「ハッ、武装色を使うなら波動砲もありでアリマスネ、ドルネシア中尉ッ!!」

 

「ハイ、スペーシア中尉ッ!ダイヤル砲も種類が多彩なので小型化に目処が立ち次第、検討すべきかと思いマスッ!!」

 

「いっそのこと付け替え式にして全部やって欲しいでアリマス、副船長ッ!!失敗した悪魔の実を液状化して敵体内に注入、海に落として感電溺死コンボも捨てがたいでアリマスッ!!」

 

「はは、夢は止められないようだね、イール。せっかく義手を作ってもらうんだ。ついでにスペーシア中尉達の行き詰まりを見せてる研究の息抜きに付き合ってやってくれるかい?」

 

「いや、船長。おれは普通の義手でいいんだが......」

 

すっかり忘れていたがロボット2名はロマンが大好きだった。しかも船員初の義手だからかなりワクワクが止まらない様子である。

 

本人の希望ガン無視で進んでいくイールの義手の話に、たまらず本人はたじたじながらも否定した。その途端に周りが恐ろしいほどに静まり返る。

 

あれ、とイールは辺りを見渡した。ホーミングは相変わらずにこにこしているが、スペーシア中尉達がガン萎えした顔をしている。扉に目をやれば楽しそうな話に盗み聞きしていたミンク族部隊が露骨な失望した顔をしている。ブーイングをいいたそうな魚人部隊が無言でイールを見ている。イールよりみんな興味津々だった。

 

集中する視線にいやいやいやとイールは首を振った。

 

「この腕はおれの罪の証なんだ、なくてもいいぐらいなんだが......」

 

「どうでもいいでアリマス、そんなコト」

 

「えっ」

 

「エーッ?!でアリマスッ!」

 

「エエエ───────ッ!?でありマスッ!!」

 

「副船長には心底がっくりさせられるでアリマスッ!」

 

「過大評価しすぎたでアリマスッ!所詮は船長の期待に逃げ出した敗北者でありマスッ!」

 

「残念でありマスッ!見損なったでアリマスッ!」

 

「さすがは逃げたくせに、謝りもしないで、船長見るなりタイガー助けてっていうだけはアリマスッ!!」

 

「もうやめてあげなさい、2人とも。イールがないちゃうだろう」

 

「いや......別に泣いてないが......ちょっと傷ついただけだが.....。正直見習いのシデ達がモデルだから、子供のミンク族に言われてる気がして余計に精神にキツイだけだが」

 

もうボロくそである。誰だスペーシア中尉とドルネシア中尉に罵詈雑言を教え込んだのは、とイールは周りを見渡す。2体はロボットだ。人工知能だから学習させてる奴がいないとこうはならない。しーんと静まり返る。露骨に目を逸らすミンク族部隊長達にイールは無言で制裁した。

 

「全部搭載するなら、かなり丈夫につくらないといけないね」

 

「うそだろ、船長ッ!?信じてたのに!」

「うん?海戦に耐えられるような頑丈さや海中で重石にならない軽さがいるんだろう?なら色々試作しなくてはならないじゃないか」

 

「それは一理あるが......」

 

「武器の分野はカイドウが先をいくからね、なにかしら付随するものがないと意表をつけないだろう?義手もただではないからね」

 

「..................ジンベエ助けてくれ、タイヨウ海賊団に帰りたい」

 

「イールが魚人じゃなければ悪魔の実を考えたんだが、ダイヤル砲と海戦の要だ。カナヅチは困る。それに半端な練度ではシャンクス並みの覇気使い相手だと解除されかねないからね」

 

「......リュウグウ王国に帰っていいか、船長?」

 

「私は構わないがいいのかい?合わせる顔がないんだろう?」

 

「......うう」

 

「鉱物は何にするであリマスカ?」

 

「酒鉄鉱ならドフィ仲介でカイドウにもらうか。いや海軍が新しい防護壁作るのに裏取引があったな」

 

「海軍なのにカイドウんとこから買っちゃうんだ」

 

「まあ素材に罪はないし、産出地域をカイドウが独占してるから仕方ないんだが。そこから持ってこれないかドフィに聞いてみようか」

 

「はいはーい、せんちょー!海軍科学本部から海楼石製の義手作ってるって聞いたことあるよー!ドフィ経由で調べてもらったらー?」

 

「科学本部がわざわざ?義手にしては随分と手間がかかっているね、初耳だ」

 

「こないだの配達の時に噂で聞いたんですけどー。ほら、ウィーブルの海軍船強奪事件で、新人海兵達虐殺されたじゃないですかー。あれでゼファー先生イールみたいになったんだってー」

 

「黒腕のゼファーが?」

 

「誰だ、船長?」

 

「通称黒腕のゼファー。あるいは、全ての海兵を育てた男。元海軍本部大将だよ。ガープ中将やおつる、センゴク元帥の同期でね」

 

やけに懐かしそうに語るホーミングに、イール達は、ガープ中将と付き合いが長いため知り合いになったのだろうと勝手に脳内補完していた。ホーミングはほんとうに顔が広いのだ。下手をすれば本人が知り得ない人間はいないんじゃないかとまで錯覚しそうになる。

 

ホーミング曰く。

 

海軍にいた頃は立派な海兵で、その姿は同期のガープ中将に「誰よりも海軍の正義を信じた男」と評される程であった。海賊を決して殺すことなく投獄するような、正しい海軍を体現する人物だった。

 

なにせ、14歳で海軍学校に入り、同期が化け物海兵ぞろいだった中、自身も凄まじいスピードで成長。 下士官の時点で六式を修得、34歳で覇気を習得して、弱冠38歳で最高戦力である海軍本部大将にまで上り詰めたというのだ。

 

しかしゼファーを恨んだ海賊によって妻子を殺されてしまったショックから自分の信じてきた正義に悩み、大将を辞任。 その後は上官の説得で教官として後輩の指導に力を入れ、三大将などの現在の海軍を支える多くの屈強な海兵たちを世に送り出した。

 

教官としては厳しかったが、これは彼の誰にも死んでほしくないという思いからくるものであり、「全ての海兵を育てた男」 と言われる名教官だった。

 

その最中に起きたのが、さっき話題に上がっていたウィーブルの襲撃事件だ。ゼファーが指揮する演習艦が襲われ、たった2名の演習兵を除く全員が殺害され、自身も右腕を切断されるという悲劇に見舞われる。

 

今は教官も辞めてしまい、消息が知れないそうだ。科学班が義手の制作を進めているのは、ゼファーに元気になって欲しいのかも知れない。

 

「そんな人破るなんて、ウィーブル強いんだー」

 

「さっすがー。強さだけなら白ひげ並みっていわれるだけはあるね」

 

「白ひげの隠し子ってほんとかな?」

 

「え、全然似てなくない?」

 

「白ひげって部下を息子って呼んでるし、いっぱいいるんだし、実の息子だってわかってたら一緒に海賊やるって普通」

 

「だよねー。なんかイメージとちがーう」

 

「さっきから何笑ってるんだ、船長?」

 

「いやなんでもないんだ、こっちの話だよイール。大したことじゃないんだ」

 

なぜか思い出し笑いをしているホーミングに、イールは疑問符を浮かべていた。

 

しばらくして。

 

イールが船長室を訪ねたとき、ホーミングは沢山の資料を綺麗に並べて封筒にいれているところだった。

 

「今、大丈夫か船長。忙しいなら出直すんだが」

 

「ああ、いいよ。なんだい?挨拶はすませただろう」

 

「いや、ちがうんだ。スペーシア中尉達のいうように自分の立場をわきまえていなかった、ほんとうにすまない。副船長と言われて気が緩んでしまった」

 

「はは、なんだそのことか。彼らはロボットだからね、人間関係の微細も変化もなかなか学ぶのが難しいんだろう。だがイールにはそれがかえってよかったようだね」

 

「ああ、4年前と同じ感覚で接してしまった。おれの勝手で4年もウミット海運のことも、副船長としての仕事のことも、放棄しておきながら......。本当に申し訳なかった。受け入れてもらえたのもおれが裏方としてやり直すからだってのを忘れてしまっていた」

 

「タイヨウの海賊団だと魚人街の人間関係がそのまま反映されていたようだからそのせいだろうね。気づいてくれたようでよかったよ。だからこそ居心地がよかったんだろうが、うちはウミット海運だ、海賊じゃない。お前がいない間に入った社員や見習いもいるからね。次回から気をつけてくれ」

 

「わかった、気をつける。本当にすまなかった。船長の期待に耐えきれなくなって逃げ出したおれを、また受け入れてくれてありがとう」

 

「次がないように気をつけてくれ、イール。私から言えるのはそれだけだ」

 

「わかった。本当にありがとう、船長。仕事中に邪魔をしてすまなかった。遅いかもしれないがイデ隊長達と話をしてくる」

 

「そうだね、それが一番いいだろう。行動しなければ、何事も始まらないからね。行っておいで。ああ、そうそう。スペーシア中尉達には、うちは深層海流をつかうし、あちこち航海する。だからギミックより安全性重視でお願いしておいたから心配しないでくれ」

 

「ありがとう、船長」



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35話

ゴムゴムの実

 

超人系悪魔の実のひとつ。紫色のメロンのような形をしており、果皮に唐草模様がある。食べると永遠に泳げなくなるのと引き換えに、体中がゴムのように伸び縮みする体質になり、打撃や圧迫、関節技、通常の銃弾や砲弾が通用しなくなる。

 

そして全身が絶縁体となり、電撃によるダメージを一切受けない。当然、高所から落下しても変形するだけで一切のダメージが無い。

 

しかし、鋭利な物に対する耐性はそのままの為、刀剣による斬撃、針やトゲなど先端が鋭く尖った物による刺突は防げない。特殊な技能や道具によって衝撃自体を与えられる場合も、防御できずにダメージを受けてしまう。また、砲弾や刺突であっても一定の速度を超えていると抑えきれずに貫かれてしまうことがある。

 

また、武装色の覇気による攻撃や海楼石製の武器による攻撃も無効化出来ない。

 

新聞を広げたまま悪魔の実辞典を広げた私は、オペオペの実のように特別な価値がある悪魔の実ではなさそうでなおさら疑念を膨らませる結果となっていた。市場価格は1億円。ごく普通の悪魔の実の相場だ。

 

ギバーソン社長の倉庫街にたどり着いた私は、港に降りて黒服の見張り達の間を歩いていく。事務所の入り口前はモルガンズを始めとした新聞記者でごった返している。思わず立ち止まると気を利かせた見張りの男がひとり、私を別口から事務所に入れてくれた。いつもと違う廊下や階段を歩き、ようやくに社長室にいくまでみんなどこか落ち着かない様子でザワザワしているようだった。デンデン虫が忙しなく鳴り響いていて、従業員が必死で対応しているのだ。

 

「おはようございます、ギバーソン社長」

 

「おはよう、ホーミング。朝からうるさくてすまんな」

 

朝からこんな調子なのだろう。さすがにギバーソン社長もどこか疲れている様子だった。

 

「あんな大ニュースが流れたら仕方ありませんよ。ましてあなたは関係者だ」

 

「勘弁して欲しいもんだ。おれだって知識としては悪魔の実辞典と変わらないんだからな。真偽の鑑定だって長年の経験と企業秘密の数値化された情報の比較にすぎない。どうだったと聞かれてもわかるわけないだろ」

 

「お疲れ様です。ギバーソン社長が世界政府にも公認の優秀な鑑定士がゆえの苦労ですね」

 

「噂も七十五日っていうが実際にそんなに長くこんな調子が続くのか?勘弁してくれ......」

 

ギバーソン社長がため息をつくのも無理はない。

 

ギバーソン社長によるとCP9が直々にギバーソン社長に鑑定を依頼してきたのは、悪魔の実ゴムゴムの実だったという。それを四皇の赤髪のシャンクス率いる赤髪海賊団が護送中の政府の船を襲撃して襲ったのだ。さすがにCP9の情報は政府要人という単語に置き換わっているのだが、なんの変哲もない普通の超人系悪魔の実である。それをわざわざ政府の船で運ぶということは、よっぽどなにか隠されたものがあるんだろうとみんな考える。

 

そのためみんなの興味は真っ先に実際に目で見て触って確認してゴムゴムの実を鑑定したギバーソン社長に向かう。その結果、いろんな人からどうだったと聞かれる。朝から晩まで同じことを聞かれ続けてうんざりしているわけだ。

 

「赤髪のシャンクスは、五老星に謁見できる立場のようですからね。事情を知る人ほど深読みしたくなるんでしょう」

 

「たしかに悪魔の実は海の秘宝と呼ばれる程の貴重品だ。政府が厳重に護送するのはおかしな話じゃない。だがその護送に海軍じゃなく世界政府直轄のCP9を用いたとなると妙な話だ。確かにおれも当事者じゃなかったら、野次馬してるところだ」

 

「私もですよ」

 

「なあ、ホーミング。たしかあのオペオペの実ですら護送は海軍の予定だったんだろう?」

 

「そうですね。私が見てもわかるくらいの偽物だったので取引不成立にしましたが、世界政府は本物なら50億以上は出すオペオペの実ですら海軍の船でした。そもそも普通CP9の任務は古代兵器やポーネグリフに関する調査が多いはずですから、空白の100年に関係するものなんでしょうね」

 

「ゴムゴムの実がかあ?」

 

「ゴムゴムの実が......なんでしょうね、多分。さっぱり思いつきませんが」

 

「おれもだ。てっきりベガパンクの新発明に有用な能力なのかと思ってたんだが、あの赤髪だろ?さっぱりわからん」

 

前の世界でも起こった三面記事を飾る大ニュースの出来事だ。赤髪海賊団が政府の船を襲撃し、ゴムゴムの実を奪った。このニュースのため一般人ですらゴムゴムの実の知名度が跳ね上がったことで有名な事件である。

 

まさか赤髪海賊団が1年も誰にも食べさせないまま肌身離さず持ち歩き、なにかの拍子にガープ中将の孫、モンキー・D・ルフィが食べることになるだなんて誰が予想したんだろうか。

 

「そういやドフラミンゴの方はどうだ?元気にしてるか?」

 

「ええ、手紙を読む限りは元気そうですよ。ただ、最近は忙しすぎて死にそうだと書いてありましたけど」

 

「もっと人増やして回すよう伝えてくれ。ドフラミンゴのおかげでどんだけ物流や取引が快適になったか。過労死されたら世界の損失だ」

 

「伝えておきます、ありがとうございます」

 

ドフィは私の期待通り全世界を牛耳る闇のブローカーに成長してくれた。秘密裏に武器や商品を捌きたい闇の商人達、またそれらを欲する者達を繋ぐ闇の仲買人の頂点にいる。

 

定期的に手紙で情報共有を図っているので私が把握している限りでは、前の世界よりも勢力が強まっている。ドレスローザを拠点に王になるのではないかと警戒していたが、いまだにドフィは明確な拠点なき七武海だ。

 

ドレスローザは上納金を稼ぐ繁華街と私が支援して研究している人工悪魔の実とカイドウから依頼されたSMILEの試作品をどちらもトンタッタ族に栽培させているようだ。

 

ベガパンクとシーザーはまだ世界政府所属のはずだがどうやらシーザーはすでにカイドウと繋がっており、このころから人工悪魔の実に手を出しているようだ。

 

SMILE試作品はともかく私の人工悪魔の実は対悪魔の実の能力者用の兵器として転用しているためばら撒くだけの量はどう頑張っても残らない。一般人に流出しないよう徹底的に管理しておけば、いずれSMILEは駆逐される日が来る。そのころまでに量産ができれば一気に駆逐できるだろう。まだまだ先だが。

 

それを考えたら市場はまだまだSMILEの時代なのかもしれない。

 

カイドウは世界を戦争の世界にするためワノ国を武器輸出の拠点にしており、海楼石と酒鉄鉱を使った武器の輸出をドフィに依頼している。この規模はすさまじく、下手したら世界政府と海軍と革命軍と七武海と四皇がみんな同じ武器を使っているのでは、と錯覚しそうになるほどだ。おかげで放棄された武器を転用しやすいから楽に稼げてありがたいが。

 

ドフィはなかなか胆力があるようで私に情報を横流ししながら、全世界の人々に所属や勢力問わず平等に売り捌いている。おかげで戦況が非常に読みやすくて紛争や戦争を長引かせることが簡単にできる。

 

最近は上納金がまた跳ね上がったとかで医療品なんかにも手を出し始めた。もはや海賊というより闇のブローカーの方が本職ではといいたくなるくらい多忙なようだ。

 

もしかしてと思って探りを入れたら白ひげあたりにも取引があるようだ。ドフラミンゴファミリー印の医薬品にかこまれた白ひげは、想像するとなかなかにシュールな光景だ。ほんとうに体調不良なのか、毒をもっているのかはわからないが、私も血統因子が欲しいので介入を依頼した。はやく入手したいものだ。

 



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36話

イールがウミット海運に復帰してから数年がたった。この間にも魚人島の情勢は目まぐるしく変化している。

 

タイヨウ海賊団2代目船長となったジンベエは、魚人族が世界政府に近付く為に政府からの誘いを受け、魚人族初の王下七武海となった。恩赦により釈放されたアーロンからは人間の狗になるなら、大アニキは死んだと反旗を翻され対立。

 

種族主義者のアーロンはジンベエに手を出さない一方でジンベエはタイガーの遺志を守ろうとしないアーロンを叩き伏せるも、同胞であり弟分のアーロンを殺すことは当然できず、アーロンと袂を分つことになってしまった。

 

これにより、アーロンとその傘下であったクロオビ、チュウ、ハチ達はジンベエの下を離れ「アーロン一味」として独立すると宣言。

 

仲裁に呼ばれていたホーミングは「アーロン一味」に戻るんなら、今までみたいに魚人島を攻めてくる海賊を捕縛してリュウグウ王国に引き渡してはどうかと声をかけた。

 

しかし、アーロンの長い長い沈黙ののち吐き出された返事は、残念ながら否だった。いくら恩義があるホーミングの言葉でもアーロンには届かなかった。

 

「なんでアンタは魚人じゃねェんだ、ホーミングさん」

 

絶対に口に出してはならないはずの言葉だった。絶対零度に凍りついたその場所を一瞥もせずアーロンは去っていき、「アーロン一味」も後に続いた。

 

その場を去っていった「アーロン一味」に続いて「マクロ一味」も離脱し、人魚を含めたあらゆる人種を狙った人攫い稼業を再開してしまう。

 

のちにウミット海運の仕事の支障をきたし、ドフィの事業を邪魔するようになった「マクロ一味」だが、血の掟に従い処刑しようと派遣するも派遣した社員は皆返り討ちにあってしまう。幹部クラスでなければ処刑はできないと判明したところで、ドフィから人間屋で対処するから放置しろと手紙が来たそうでウミット海運は手を引いた。

 

ドフィ曰く、確実に人魚を捕獲できる「マクロ一味」が希少な存在なのは世界政府も同じらしく、人間屋で取引を止めた方が効率的にウミット海運に奴隷を売り飛ばせるから楽だそうだ。

 

唯一残されたジンベエ達タイヨウ海賊団は、七武海になった以上、魚人島を縄張りにはするが常駐できないことは誰の目にもわかっていた。

 

「ジンベエ、イール、君達もアーロンと同じなのか?」

 

イールは頭が真っ白になっていたため、なにもいうことができなかった。ホーミングの視線に気づいていたが、目を逸らすことしかできなかった。ため息が怖かった。だから、ホーミングがどんな顔をしていたのか分からなかったし、知りたくないでいる。

 

「すまない、船長」

 

それだけしかいえなかった。

 

「実にくだらない。心底ガッカリさせられたよ。そのくせ、結局、誰も残らないのか魚人島には?人間を憎みながら人間に守らせるつもりか?私は聖人じゃないんだが?」

 

数日後行われたネプチューン国王とホーミングの秘密会談により、なにかしらの密約が結ばれたのか、ウミット海運はリュウグウ王国の医療分野と軍事分野の支援を表明。この日からリュウグウ王国の動きは明らかに変わった。白ひげとウミット海運の庇護下にありながら、自らの軍事力を強化しながら医療体制を確立し、なにかの目標に向かうように淡々と動くようになった。

 

 

 

 

 

 

そして、あの時と同じような絶対零度の殺意を隠しもしないでホーミングはリュウグウ王国のネプチューン国王に謁見していた。

 

「鍛えてはいるようですね。聞いた限り警備体制に不備はなさそうで安心しました。なら落ち度はなんだと思います?」

 

覇気になんとか耐えているリュウグウ王国の軍人達を見渡してホーミングはいう。

 

「まさかとは思いますが......。ウミット海運が何故ここまでリュウグウ王国に投資をし、あらゆる事業を斡旋し、優遇措置を講じてきたか。お忘れですか、ネプチューン国王。あの日、貴方がおっしゃられた言葉を私は一日たりとも忘れた覚えはないのですが。貴方は忘れたのですか」

 

「すまんじゃもん、ホーミング」

 

「今ここで貴方の謝罪など1ベリーの価値もないからやめてください。私に連絡が来てからこの地を踏むまで約3時間、何故まだ犯人が見つからないのですか?」

 

ホーミングは魚人島の王宮である竜宮城内に存在する玉手箱の中身が何者かに持ち去られたことをいっているのだ。

 

略称は「E・S」。イールも噂程度しか知らない。一説によると怪力を得られる薬、また一説によると年を取る薬と言われている。

 

密約から明らかに警備体制が強化されていたはずなのに、E・Sは盗み出されてしまった。盗み出された玉手箱には強力な爆薬が仕込まれており、その日の担当兵が確認して負傷し、即座にホーミングに連絡がいってイール達は今ここにいる。

 

「あの日、オトヒメ様の手紙を読んだときに感銘を受けたこと、昨日のことのように思い出すことができます。だからこそオペオペの実の量産に成功した暁には貴方に最初に取引するつもりでした。それは何故か。E・Sが盗まれたら全てが破綻するんですよ、ネプチューン国王陛下」

 

ざわつく玉座にネプチューン国王は重い口を開いた。

 

E・Sの効果はなんとアラバスタに伝わる豪水とよく似ているという。飲むと一時的に超人的な力を得るが命が削られるという諸刃の剣である豪水と違い、E・Sは老化がすすむ程度で済むという。ホーミング曰く豪水の改良版らしい。その噂は様々なところに広がっており、四皇や裏社会の帝王、世界政府までもが狙っている。

 

単体なら老化の末に生き地獄のまま囚人となるE・Sが何故そこまで狙われるのか。ホーミングがオペオペの実の量産という言葉でイールはそれを理解するのだ。

 

E・Sはオペオペの実の不老不死の手術を受けた者が使うとそのデメリットを完全に踏み倒し、ただの強化剤と化すのだ。

 

「オトヒメ様が800年前に夢破れたこの国の理想を叶えるために本気で活動しているからこそ、それを支える切り札として提供することを私は決めたのです。このままでは世界会議に出ても反対派多数で否決されるだろうと話したら、その教訓を生かして次回からは必ず出席すると約束してくださいましたよね。だから私は貴方達の力になりたいと今まで一心で支援してきたというのに」

 

ため息をついたホーミングはいうのだ。

 

「犯人はウミット海運のシマを荒らしましたから、通告どおり我が社の血の掟に従い、いかなる人物がかかわっていようと関係者を皆殺しにします。いいですね、リュウグウ国王。それにもかかわらずE・Sが見つからなかった場合は、ウミット海運はこの国にかかわらる全ての事象から永遠に手を引きます。どこまで私を落胆させれば気が済むんだこの国は。そんなんだから800年もこんな海の底にいるんだろう?なあイール」

 

イールはまた何もいえないまま、ネプチューン国王に一礼して、ホーミングを追いかけた。一応名目上、イールはホーミングの護衛なのだ。



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37話

ホーディ・ジョーンズは魚人街での幼少期に、アーロンを始めとする人間を嫌悪する大人達の影響を受け、直接的に人間に危害を受けたわけではないにもかかわらず人間へ極端な敵愾心を抱いた男だった。

 

かつてフィッシャー・タイガーが聖地マリージョアを襲撃し魚人を含む奴隷を解放した武勇伝を聞きタイヨウの海賊団を尊敬していた。

 

人間の海賊を相手に暴れ回っていたアーロンを尊敬し、アーロンの右腕になるべく、彼は実戦での技術を身につけるためネプチューン軍に入隊し、魚人空手・魚人柔術といった戦闘技術を学んだ。

 

しかし、その前にアーロン一味がタイヨウ海賊団を去ってしまった。それが凶行の直接の引き金だった。

 

金で買収した人間にオトヒメ王妃が長年かけて集めた地上移住の署名箱を燃やさせ、その混乱の隙を突いて銃撃。そして雇った人間を殺害して暗殺事件の犯人に仕立て上げ人間との融和を掲げていたオトヒメの夢を打ち砕こうと計画していた。

 

ホーディはイールが驚愕するほど魚人族の中でも常軌を逸した、非情で凶暴なる気質の持ち主だった。アーロンを始めとする反人間派の魚人達の影響で、彼らと同じように極度の人間嫌いかつ魚人こそが至高の種族と信じる種族至上主義者。まさに魚人族の恨みと怒りだけを食って育ったような男だった。

 

過激な排他主義者で、人間はもちろん、人間と友好を結ぼうとする同族も躊躇なく皆殺しという考えを持つ。 そのため、人間に少しでも友好的に接した魚人や人魚を問答無用で「闇夜の裁き」として襲撃していたため、すぐに調べはついた。

 

ホーディ達自身は人間から迫害を受けたわけではないことがイールには衝撃だった。

 

人間を忌み嫌う魚人達の「洗脳」ともいえる教育で一方的に激しい憎悪を抱くに至り、世界中の人間を海底に引きずり下ろして奴隷とし、地上を支配しようと目論むようになった。

 

オトヒメが命懸けで訴えている「子供たちに伝えてはいけないこと」を受け取ってしまった存在であり、想像の中にしかない人間の虚像を相手に経験の伴わない憎しみを膨らませてきた。

 

そんなホーディが今の今までなぜ見つからなかったのか。それはたまたま雇った(とホーディは思い込んでいる)人間がCP0だったからだ。それがE・Sの強奪を優先させることに繋がり、運輸王が掌握している世界中の航路を全力で調査して見つかるまで計画が露呈しない最大の理由だった。

 

今、イールはウミット海運が包囲した民間の船にいる。ホーディ以外の一味はすでに処刑され、ホーミングが五老星に謁見してCP0を全員と面通しさせるために呼びださせてほしいと連絡をいれようとしていた。ホーディだけ瀕死で生け取りにされているところだった。

 

「フッフッフッフッフ、今おれはアンタも人間なんだなと心底安心してるぜ、ホーミング」

 

「どういう意味だい、ドフラミンゴ。私は生まれたときから人間だよ」

 

「まあ、聞け。久しぶりに面白いもん見せてもらったぜ。珍しいこともあるもんだ。初めてじゃないか、ご自慢の見聞色が外れたのは。なあ、ホーミング」

 

「なんだと?」

 

突如浮上してきたヌマンシア・フラミンゴ号。民間の船に偽装されていた政府の船に乗り込んできたドフィが笑いながらホーミングに声をかける。

 

「変な問い合わせだと思ってきてみればこれだ。

アンタの読みはハズレだ。七武海ゲッコウ・モリアの部下アブサロムは無能力者だぞ、ホーミング」

 

ドフィの言葉にホーミングは唖然としていた。

 

「───────この船にいるわけか、スケスケの実の能力者が」

 

ホーミングは珍しく狼狽していた。

 

「警備に不備はない。私の覇気に耐えられるくらい鍛えられている兵士達に落ち度はない。リュウグウ王国側に落ち度はない。つまり、私の想定以上に世界政府が本気ということか、ドフラミンゴ」

 

「その通り。だがアンタがこれから何かする必要はねえ。おもしれぇモン見せてもらったからな、その礼だ」

 

次の瞬間、足場が糸になり、全員が海に放り出された。政府の船が糸屑になり海に放り出されてしまい、雲に糸をひっかけて悠々とそれを見下ろすドフラミンゴ以外の全員が海面に落下する。ホーミングが発砲するのと突如姿を現した白い仮面の男の手足が的確に撃ち抜かれ、血の雨が降ったのはほぼ同時だった。

 

ドフラミンゴがはるか上空からアリを潰す程度の気軽さでそれ以外の政府要人全員をサイコロにしていく。イールはホーミングを受け止め、そのまま船に向かっていく。

 

「すまない、イール。私としたことがすっかり頭に血がのぼっていたようだ。お前にとても酷いことをいったね」

 

イールは無言で首を振った。

 

「ネプチューン国王陛下に謝罪をしなければ。許してもらえるといいんだが」

 

 

 

 

 

 

数日後、リュウグウ王国にE・Sを持って謝罪に現れたホーミングは、五老星にもらった今度新しく就任予定のCP0とCP9全員のリストを片手に今回の事件の首謀者の組織の概要を説明しながら、事の顛末をネプチューン国王に報告した。

 

更新されるたびにもらえるリストにどこまで信用があるかはわからないが参考にはなる。万が一不備があればまた新しいリストをもってくると話した。

 

ネプチューン国王は寛大にもその謝罪を受け入れた。ウミット海運は今後とも末永く大小関わらずリュウグウ王国と付き合いを続けると密約内容が更新された。

 

「ところで、珍しいですね、オトヒメ様。今日は署名活動にいかないのですか?」

 

「ホーミングさん、やっぱりドンキホーテ一族には話のわかる方が多いのね」

 

「といいますと?」

 

ホーミング達がE・Sを奪還しに奔走している最中、ドンキホーテ・ミョスガルド聖がかつて所有していた魚人や人魚の奴隷を取り戻そうと魚人島に押しかけたらしい。

 

しかし、航海の途中で船が難破してしまい、魚人島に辿り着いた時には船も自身もボロボロで、部下も壊滅状態だった。

 

当時は他の大多数の天竜人同様自分達が至高の集団であると教育されていたことにより、壊滅状態に陥った部下達を根性なしどもめと罵倒するなど、天竜人のイメージに違わない大変傲慢でワガママな性格だった。

 

そんな弱りきったところを積年の恨みがある魚人達に抹殺されそうになり、常軌を逸した環境故にと事態を飲み込めず戸惑いを見せていたところを、人間との友好を臨むオトヒメ王妃により助けられ難を逃れた。

 

助けられた後も、傲慢な態度は終始崩さなかったが、最終的にはオトヒメに説得され【魚人族と人間との交友の為 提出された署名の意見に 私も賛同する】という一筆を書き、人間と魚人族との友好関係構築を一歩前進させることとなったという。

 

「ご親戚なの?」

 

「親戚ですね。従兄弟だったか、また従兄弟だったか......随分前のことなので忘れてしまいましたが。そうですか、ミョスガルド聖が......」

 

ニコニコ笑いながらホーミングは、ネプチューン国王にオトヒメ様への警備強化を提案した。

 

なお、次の世界会議でも残念ながら反対派多数で否決された。オトヒメの挑戦は今もなお続いている。



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38話

ギバーソン社長からもたらされた良くない知らせとは、ずっと恐れていたニュースだった。20年以上ずっと探し求めていた悪魔の実、ゴロゴロの実の能力者がとうとう現れてしまったのだ。

 

これだけ青海で見つからないなら、空島にしかないと正直思ってはいた。ギバーソン社長に止められていたから調査に入れないまま時がすぎ、スカイピアに実際現れた。その男により空島ビルカは一夜にして消滅したが、ウラヌスなのかゴロゴロの実の力なのかはわからない。はっきりしているのは、ウラヌスによく似た攻撃による消滅だということだけだ。

 

その男はからくり島の消滅を見ていたのだろうかと思ったが、ギバーソン社長曰く、スカイピアの入り口の老婆がいうには40代らしい。それが本当なら空の上からウラヌスがからくり島に攻撃するところをどこかで目撃したのだろうか。

 

ギバーソン社長が見せてくれた写真をみても、空島ビルカから移住した人々にこの男がいた記憶はない。失われゆく遺跡と共にいると神官達一部の民が残ったが、ギバーソン社長が見せてくれた写真にはその面影を感じる男が数人いる。この写真を撮るために何人か犠牲者が出たらしい。

 

やられた。ゴロゴロの実をどこかに隠していたのか。あるいはすでに能力者で見聞色で私の思考を読んで移住を拒否したに違いない。問答無用で全員移住させればよかった。40代が本当なら移住計画が本格化したときはまだ青年だったろうに。惜しいことをした。

 

突如現れたその男の名はエネル。故郷ビルカを消滅させ、部下を引き連れて現れ、先代神ガン・フォールを叩きのめして追放した上で、6年自らの持つ強力な悪魔の実の能力と強力な見聞色を用いて支配しはじめたそうだ。そして自らを唯一神と名乗り、それまでのスカイピアの過去の権威を否定したらしい。

 

「考えうる限り、最悪のパターンかもしれん。内紛の勢力が共通の敵を持って和解する可能性がでてきた。困ったもんだ。もとは同じ先祖をもつ者同士だ、団結できたら強いぞ。エネルには長いこと神でいて欲しいもんだが......」

 

「空島ビルカを滅ぼして何をする気なんですかね?」

 

「さあな......探りたいのは山々だが、あいつの見聞色が強すぎてな、下手にスカイピアに近づけなくなっちまった。入国者を犯罪者に仕立てて裁きの地に誘導するよう義務付け、国民の罪の意識を煽ってるそうだ。非常にタチが悪い。おかげで今は入口の婆さんが唯一の取引の窓口になっちまった。こうなってくると、天然モノのダイアルはもう潮時かもしれないな」

 

「そうなんですか......なら、ゴロゴロの実は諦めた方がよさそうですね。デメリットがあまりにも大きい。さいわい、ダイアルの養殖は上手くいっていますからよかったです。そろそろバロンターミナルから青海の温暖な島を見繕っていくつもりでしたから」

 

「そりゃいい。詳しく話を聞かせてくれるか、ホーミング。もうすぐ取引が死ぬほど忙しくなるからな、少しでも気が紛れるような話が聞きたい」

 

「世界会議ですからね、もうすぐ」

 

「その単語を出すな、地獄の1週間の始まりなの忘れたのかホーミング」

 

「嬉しいの悲鳴の間違いでは?」

 

「それはそれとしてだ!」

 

世界会議とは、聖地マリージョアにて4年に一度開催される大規模な会議である。

 

会議の参加権を持つのは世界政府の170にも及ぶ加盟国の国王たちであり、毎回代表の50か国が出席している。王たちは巨大な円卓を囲み、世界中の種々の案件について討論する。

 

会議が始まる前には50か国の王族が1か所に集まるためちょっとしたお祭り騒ぎになる。しかし世界会議はいつも大事件を呼ぶとも言われており、会議の終了後には世間を驚愕させるニュースが飛び交うことが多い。

 

今回はイルシア王国のタラッサ・ルーカス国王が持ち回りの議長。貧乏軍隊改め革命軍総司令官にして、世界最悪の犯罪者とされるモンキー・D・ドラゴンに関する議題をあげる予定。そうオトヒメ様から聞いている。

 

リュウグウ王国から久しぶりに出席する王族がいて、さらに重要な議題を持ってくるとなるとかなり話題になっていると思われる。迎えに来たのが案の定ガープ中将だったし、会場にはミョスガルド聖がいるからきっと大丈夫だろう。なにかあればCP0のリストがまた更新されることになるから、なにかしらの配慮を五老星はしてくれるはずだ。

 

会議の流れとしては各国の王たちは2つある赤い港のポンドラを利用してマリージョアまで移動し、会議が行われるパンゲア城の内部にある「虚の玉座」の前で「独裁をしない」という誓いを立ててから、会議に臨む。

 

会議は1週間という長い時間をかけて行われる。

 

王族の護衛には世界中の国の王族がマリージョアに集うため、各国の屈強な護衛に加えて三大勢力の一角を担う海軍本部が最高戦力の大将まで動員して護衛を担当する。

 

私達がこれから地獄の忙しさになるのは、この会議により悪影響を受ける各地の警備に関係がある。世界会議の会議期間は1週間であり、王族がマリージョアに到着するまでの移動時間も含めれば非常に長い。

 

その間海軍はマリージョア及びその付近の防衛に戦力を回すため、各国やその周辺の海は警備が手薄になる。そのため海賊や国の無法者たちが国を襲撃する可能性が高くなり、かつてのドフィのように天上金を狙った海賊に襲撃される可能性が非常に高くなる。また海上で襲撃されれば王族の誘拐事件が発生する危険性もある。

 

つまり、今が稼ぎ時でなければ、一体いつが稼ぎ時なのだという認識が全世界の犯罪者達によって共有されて久しいのだ。

 

しかも今は大海賊時代である。ロックス時代やロジャーの頃とは全ての規模が全く比較にならないほどに大きい。そのため海賊や犯罪組織が活性化すれば、闇の五大帝王であるギバーソン社長はもちろんウミット海運も非常に忙しくなるというわけだ。

 

世界会議では必ず何かが起こると言われているが、会議室だけでなく世界中で何かが起こる1週間でもあるのだ。

 

「ドフィ大丈夫だろうか」

 

「息子の心配する暇あったら、早くダイアルの話をしてくれホーミング。はやくしないとデンデン虫が鳴り止まなくなるんだぞ」

 

「ああ、はい、わかりました。ギバーソン社長、この企画書を見ていただけますか?」

 

私はトランクから書類を取り出した。

 

さすがに心配になった私は後日ドフィ宛に手紙を書いた。さすがに忙殺されていたのか返事が届いたのは世界会議が終わり、ガープ中将によりオトヒメ様たちが無事にリュウグウ王国に帰ってきたころだ。あとで手紙を読もうと鞄に入れて、オトヒメ様たちの迎えにいったところ、上機嫌なガープ中将と再会した。やはり天竜人にまともな存在が現れたから嬉しいのだろうか。

 

「ホーミング、北の海で長らく過ごしたお前はしらんじゃろうがな?東の海にはな、こんなことわざがあるんじゃ。恋はいつでもハリケーン」

 

「いきなりなんですか、ガープ中将」

 

「いい言葉よね、ホーミングさん。恋はいつでもハリケーン」

 

「オトヒメ様までどうなされたんですか?随分とお気に召したようですが」

 

「お孫さんが生まれたらぜひ会わせてね、約束よ」

 

「ホーミング、孫はいいぞぉ」

 

「だからなんの話をしているんですか、ふたりとも。たしかにうちの息子達はもういい歳して独身ですが、私のワガママに付き合わせて苦労させてきましたからね。私はとやかくいうつもりはありませんよ」

 

意味がわからなかったのだが、ドフィの手紙にドレスローザを上納金稼ぎの拠点にしたことを後悔する旨の内容があった。なにかあったんだろうか。



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39話

式典そのものは厳かに、かつ華やかに行われた。世界政府、海軍、闇の五大帝王は表向きの社長として。ほか、各業界の有名人がたくさん招待され、イールも新聞で一度は見たことがある顔ばかりみることができた。

 

ウミット社長の護衛としてホーミングと招待されたイールはなかなか落ち着かず、ついつい手持ち無沙汰になって水ばかり飲んでしまう。

 

ガレーラカンパニーとは、偉大なる航路楽園側の島ウォーターセブンに本拠地を置く造船会社で、元々島内にあった7つの造船会社が統合されて誕生したばかりの超巨大造船企業である。通称ガレーラと呼ばれ、商談さえ成立すれば世界政府の船から海賊船まで何でも作る。

 

最高責任者は同社の創設者である社長で、次期市長選挙出馬が噂され、ほぼ市長への道が決まっているといわれるほど慕われているアイスバーグという男だ。

 

イールは名前だけなら知っていた。魚人島に住む実弟のデンが聞いたことがあったからだ。アイスバーグの師匠がかつてウォーターセブンに存在した少数精鋭の造船会社「トムズワーカーズ」の社長トムであることは。

 

トムは「伝説の船大工」と呼ばれたコンゴウフグの魚人で、フランキーとアイスバーグの師匠で、海列車「パッフィング・トム」の生みの親でもある。

 

ウォーターセブンは船大工の腕が全ての価値観の根底にあるため、魚人差別が比較的少ない場所として知られている。海賊王ゴールド・ロジャーのオーロジャクソン号を作るという大犯罪を犯して死刑判決を受けるほどの騒ぎにならなければ、差別は表立っては表面化しない風土だと聞いたことがある。

 

豪快かつ懐が深い人物で、船大工が造った船については一切否定はしないが、「作った船に男はドンと胸を張れ」という信条から、決して生みの親がその船の存在を否定してはならないという考えを持っていたという。

 

「久しぶりだな、アイスバーグ!ガレーラの内部を見学させてもらったが、実に素晴らしい!うちの新社屋にも真似させて欲しいものがいくつもあった。今度詳細を教えてくれ。ウォーターセブンの市長就任パーティはいつだ?決まったら教えてくれ、昔のよしみで格安で世界中の何でも運んでやろう。そうそう今回の手土産は北の海でしか手に入らない木材だ。必要なだけ注文しろ、特別価格で搬入してやる」

 

偉大なる航路に来る時は田舎丸出しの北の方言を排除した話し方にするくせがついているウミット社長がぶんぶんアイスバーグ社長の腕を振り回している。

 

「ンマー、気持ちはありがたい。ありがとう。だが、まだ市長選すらやってないんだが、ウミット社長。昔のよしみって私はウミット社長の弟子ではないだろう」

 

「そう水臭いこというな、アイスバーグ!お前の師匠の師匠は私のよきライバルだった!つまりあいつの弟子の弟子は私の弟子みたいなもんだ!」

 

「......なんて無茶苦茶な」

 

さすがにアイスバーグは困っている。ホーミングが見かねて間に入って世間話を始めた。

 

ウミット社長が感激するほどガレーラは、島内に複数の広大なドックを持っており、船の製造はそこで行われる。そのドックの中でも1番ドックと呼ばれるドックの職人達は、社内トップクラスの造船技術を持っており、更には料金の踏み倒しや略奪を狙う海賊を撃退出来るだけの強力な戦闘能力も持っている。

 

特に職長と呼ばれる現場の責任者達の実力は群を抜いている。

 

起業式典のため代表社員達も揃って出席している。どこかで見たようなメガネをしたカリファという女秘書の紹介で1人ずつ一礼していく。

 

まずはアイスバーグ社長。

 

パウリー、1番ドック艤装・マスト職職長。額にゴーグルを着け、式典のため葉巻が吸えなくてイライラしている男。

 

ピープリー、1番ドックピッチ・鍛冶・滑車職職長。眼鏡と口ひげ、胸と二の腕のタトゥーがイカすナイスガイだが、必ずどこかから髪が角のように飛び出ており、直したとたんに別の箇所から飛び出すのが特徴。

 

そのため寝癖が完璧に直ればひげが片方だけやたら長く伸び、ひげが整っていると今度は頭に、時に腕など寝癖が発生するほど毛の密度がない部位からすら飛び出す。

 

それだけならまだしも、挙げ句その寝癖は今まさに戦っている相手の鼻の穴から飛び出して集中力を奪うという悪魔の実の能力としか思えない挙動を起こすことすらあるようで、もはや寝癖とか髪の毛とかそういうレベルを超越したミラクルなパーツと化している。

 

タイルストン、1番ドックさしもの・コーカー・縫帆職職長。大柄でガタイの良い髭もじゃの巨漢で、誰も聞いていないのに始めた自己紹介によると戦艦用の大砲を片手で扱うほどの力自慢らしい。また、声もかなりでかい。 左胸に「船」という文字のタトゥーを入れているのが特徴。

 

ロブ・ルッチ、1番ドック木びき・木釘職職長。ウェーブのかかった黒長髪に鋭い目つき、厚い唇が特徴の長身の男。 眉毛と顎髭が音記号のような曲線を描いており、なぜか白い鳩をつれている。腹話術で話す。

 

カク、1番ドック大工職職長。長い真四角の鼻とパッチリした目、いつもかぶっているキャップ、一人称が「わし」の老人っぽい口調が特徴的な青年。

 

ざっと大工職職長を眺めみて、イールは思うのだ。なんでこいつらリストと同じ名前で潜入してるんだと。そして思い直す。良く考えたらCP9なのだ、本名なわけがない。コードネームのようなものなのかもしれない。

 

プルトンの設計図の継承条件を考えればアイスバーグが一番可能性が高いのは間違いないだろう。潜入理由をなんとなく察したイールは、隣で拍手しているホーミングが今考えていることがわかる。式典終了後にウミット海運のお得意様のありとあらゆる繋がりに、ありとあらゆる手段でもってこの式典で知り得た情報を拡散するだろうなと考えた。それなりの報酬が見込めそうな案件だ。ウミット社長の満足いくまで随行は長引きそうだが、退屈はしなさそうである。

 

「こちら、私の護衛のイール。デンキウナギの魚人なんだ、よろしく」

 

「はじめまして、ウミット海運のイールです」

 

「魚人か......」

 

どこか懐かしそうにアイスバーグはつぶやいたのだった。



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40話

火拳のエースといえば世界最弱の平和な東の海出身のスペード海賊団の船長だ。

 

ガープ中将がフーシャ村に迎えにいく前に海賊になるために旅に出たとひどく怒っていたから、その時点ではなく東の海のどこかの島でメラメラの実を口にしたと思われる。

 

なぜそう断言できるか。それはウミット海運がいくら海運王の会社と呼ばれていても商業的な意味での頂点にいるわけではないからだ。西の海がウミット海運とは違うマフィアに掌握されているように、東の海は海軍の英雄ガープ中将の出身の海でもあり、世界政府の影響力がかなり働いている。それでも、表と裏を使い分けて持ちつ持たれつ、見て見ぬ振りの関係でやっている。だからメラメラの実みたいな強力な能力を生む悪魔の実を本気で隠されてはわからないのだ。

 

スペード海賊団は炎を動力とする船「ストライカー」にのり、風任せの帆船よりはるかに機動力に優れた航海ができることで知られている。

 

偉大なる航路に突入し、有名どころの海兵と交戦をしながらも新星の海賊として注目を集めることになる。

 

シャボンディ諸島に到達すると、世界政府から王下七武海への勧誘を受けるも、さらなる海賊の高みを目指すエースは勧誘を却下。立ち塞がった海軍中将を戦いの中で習得した武装色の覇気を纏った攻撃で撃破し、後半の海新世界へ向けて船を進めている。

 

世界政府からみて国を襲ったり、謀略を巡らせたりする海賊ではないため危険度が低く、5億5千万ベリーというかなり低い賞金首ながら、快進撃を続けている期待新鋭の海賊だ。

 

「そんな海賊団の船長が私を名指しで何のようだ?スペード海賊団は危険度が低い海賊団だと認識していたんだがね」

 

「約束を果たしてもらいに来た。アンタの船に格安で乗せてくれ。行きたいところがあるんだ」

 

「自慢の船員と船をおいてか?」

 

「問題ねえ。ウミット海運の支社においてくれるだろ?ドフラミンゴみたいに。おれの船に親子の時間を邪魔するような奴は誰もいないさ」

 

誤解を招くような発言を平然としながら笑うエースに、私は苦笑いして船に乗せてやることにした。スペード海賊団の誰もが船長をよろしくとばかりに反応しているからさもありなんだ。

 

ルージュの件は当時の船員達以外には誰にも話していないため、ドフラミンゴの誤解から広がったこの海のどこかにいる異母弟の噂を特に訂正しないまま18年が経過しているのだ。

 

そんな下地があるウミット海運の支社のど真ん中でそんな発言を繰り返せばどうなるか。私に即座に連絡が行き、事情を知っているくせに無駄にニヤニヤしながら気を利かせた社長が私の仕事を全てとりあげてしまうに決まっていた。

 

私はエースを船に乗せてやる。もちろん行き先は南の海にあるバテリラ。かつてルージュが潜伏していた場所であり、親族が今でも隠れ住みながら墓を守っている場所だ。ささやかな花束を備えたエースが立ち上がった。

 

「ありがとう、ホーミングさん。アンタのおかげでやっと墓参りができた」

 

「もっとはやくに来ると思っていたよ。海を出たのは1年も前だろう。ガープ中将が言っていたが」

 

「ここに来る前にどうしても海賊団をたちあげたかったんだ。18年もおれのために汚名を被りながらも黙っていてくれたアンタに、おれの自慢の仲間と船を見せたかった」

 

「私はガープ中将へ恩義を返しただけだ、そんなこと気にしなくてもいい」

 

「そんなわけにはいかないだろ!?アンタ、妻子持ちで事情が事情だけど、奥さんのこと愛してるからモルガンズに匿ってもらったんだろ!?それなのにおれのせいで愛人囲って子供までつくる男なんて不名誉すぎる噂流されてるじゃないか!」

 

「18年も経つと公然の秘密になってしまっているのは事実だな」

 

「ほら、やっぱり......!!」

 

「ルージュさんとお前のことを明かすのは、命懸けでお前を産んだルージュさんの覚悟を無下にすることになる。ドフィは七武海だしロシーは海兵、妻はモルガンズにいる。お前の出自がバレる可能性が否定できない以上、明かすのは無理だとわかっていた。気にしなくていい」

 

「いや気にするって!!」

 

エースは必死で叫んでいた。ロジャーと違って礼儀正しい青年だ。

 

「おれ、ずっとポートガス・D・エースって名乗ってるんだぞ!?なんでドンキホーテのまま手配書が更新されないんだよ!」

 

「ゴールド・ロジャーの時もそうだったが、たまに間違えるんだ。世界政府は」

 

「余計ダメじゃねーか!天竜人の血を引くドンキホーテ・エースって思われてるじゃねーか、ホーミングさん!!おれには一滴も入ってねーよ、アンタの血!!」

 

「そうだな、訂正したいならドフィにあって直談判してくれ。気を遣っているんだろう、色々手を回しているようだからな。私がいくら説明しても聞く耳を持ってくれなくてな、今となっては流されてしまうんだ」

 

「どんな説明したらそうなるんだよ!父親としての威厳まで地に落ちてるじゃないか!あーもーほんとにすいませんでした」

 

「いやいや」

 

「くそ、こんなことなら七武海の話、聞くだけ聞いてドフラミンゴに会う約束取り付ければよかった。こんなに広まってたとは......」

 

「ウミット海運は顔が広いからね。それに18年はあまりにも長い」

 

「縁もゆかりもない人に察したって顔されるおれの身にもなってくれよ。だいたいなんでホーミングさんの息子なんて噂がおれとイコールになるんだ?顔立ちも髪の色も出身地も違うのに」

 

「おそらくロシーをガープ中将に託した前歴があるからだね。二度あることは三度あるというやつだ。お前で二度目と思われてるんだろう。でも所詮は噂だ、気にしなくていい。お前は嫌だろうがロジャーをしる誰もがお前をみたら、私よりロジャーを思い出すからな」

 

「それはそれで嬉しくねえ......むしろ嫌だ......」

 

エースは頭をかかえている。

 

「新世界に行くとロジャーを覚えている大海賊ばかりになる。訂正も格段に楽になるだろう、頑張れ」

 

「もう時効だろ?ホーミングさんからも訂正してくれよ」

 

「それはダメだ」

 

「なんで」

 

「悪いが私はガープ中将との約束とルージュさんからのお願いを優先させてもらう。私が身を置く世界は、信用が一番ものを言う世界なんだ。破る者に待ち受けるのは死しかない。だからこそガープ中将は私を関わらせる気になったんだろうからな。悪く思わないでくれ」

 

私の顔を見て無駄だとわかったのか、エースは深いため息をついた。

 

「めんどくせえ......」



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41話

すでに女の足元には黒腕のゼファーを慕ってこの船に乗り込んだはずの海兵達が転がっている。

 

「ふふふ、あなたが噂のアイン中将?」

 

海軍遊撃隊の上空から飛来したハーピーのような女が音もなく甲板にたつ。

 

「だとしたらどうするの?」

 

「海軍本部から何も通知されていないの?ドレスローザはドフラミンゴファミリーのナワバリよ。不可侵のはずでしょう。うちのファミリーがみんな悪魔の実の能力者だからって狙わないで。七武海なのに」

 

「七武海でも海賊は海賊よ」

 

アインは双剣の構えをとり、女に切り掛かった。横一線、その次に放たれた剣捌きだったが女は意図も容易く交わしていき、その剣先に止まってみせた。刃先がふるえる。しなる。折れはしないが動けない。弾こうと振り払うと女は跳躍して後ろに降り立つ音がした。

 

「そんな迷いばかりの剣先が私に届くと思うの?だとしたら、相当舐められたものね」

 

ふふふ、と笑う女の声がする。

 

「舐めているのはどっちよ!」

 

アインは振り返ってすかさず女に触れた。

 

アインは超人系悪魔の実、モドモドの実の能力者であり、手から放つモドモドのエネルギーに触れた物品や生物を12年若返らせることができる。また触るともう12年分戻る。 なお若返った自我の記憶はそのままである。

 

若返らせる対象に制限は無く、人間に使うと当然ながら12歳若返る。 戦闘においてもそれだけでもかなり厄介だが、その上さらに12歳未満に使用するとなんと存在を抹消する。

 

強いて弱点を挙げるなら、モドモドのエネルギーは射程が非常に短いために能力の発動には対象に触れられるほどにまで接近せねばならず、同格以上の相手にはその時点で警戒されて決めにくくなりがち。

 

また、能力の行使の際には手にエネルギーの光が灯るため、絡繰りを見抜かれると対策されやすい。このため、その効果の強力さもあって能力を積極的に行使することは本人も避けており、要所でのみ奇襲的・切り札的に行使することで大々的な効果の露見を防いでいた。

だから、接近戦をしてくる女の隙を見て攻撃したはずなのだ。

 

「......どうして、姿が変わらないの」

 

「そう、残念だわ。黒腕のゼファーの教え子なら能力にたよりすぎは注意って言葉、聞いたことないの?」

 

「前に言われたわ。ゼファー先生の全盛期を取り戻したらどうかって提案したら怒られた」

 

「ふふふ、あたり前じゃないの。能力者が切り札程度の練度で満足していたら、その先はないのよ。過剰な覇気で能力を無効化出来るのは、この海の常識。干渉系の能力であれば無効化出来るということ。まして、黒腕のゼファーならあなたの能力なんて一瞬で解除できるわ。なにがいいたいかわかる?そんなことも知らないあなたは絶対に私には勝てないってこと。撤収しなさい。さもないとこの船、沈めるわよ」

 

「ドフラミンゴファミリーのモネだな」

 

「ゼファー先生!?」

 

「海軍に復帰したのね、黒腕のゼファー。海軍の正義に疑問を感じて現役を引退したと聞いていたのだけれど、誤報かしら」

 

「そうだな、貴様ら海賊に心配されるほど落ちぶれてはいない。アインから離れろ、少しでも動いたらただじゃおかない」

 

「それは残念だわ。市民の安全を守りたいなら、ドレスローザを守ってもらおうと思っていたのに」

 

「おれの正義はお前達と肩を並べてなし得るものではない。断る。そもそも何故海賊に己の命を預けるような国に力をかさねばならない?貴様ら海賊と運命を共にするのがお似合いだ」

 

「ひどいこというのね。何もできないまま、このままカイドウ達に支配されて、戦場で惨たらしく死んだらいいと思っているの?それは差別だわ」

 

モネと呼ばれた女は、不愉快だとでもいいたげにつぶやいた。

 

「どうして好きで生まれたわけでもない国のせいで酷い目にあわないといけないのかしら。そうやってどれだけの助けを求める手を払いのけてきたの?どうしてあの時助けてくれなかったの?だから海軍って嫌いなのよ」

 

モネがゼファーを睨みつけた。

 

「お前の八つ当たりなんぞ知るか。おれはドフラミンゴのいうあの男のことで話があるというから出向いたんだ。さっさと通せ」

 

「そうね、アイン中将だけならお帰り願ったけれど、あなたがいるなら問題ないわ。ようこそ、愛と情熱の国ドレスローザへ」

 

モネは飛び立つ。

 

「案内するんじゃないのか」

 

「ごめんなさい、どうやら今日の予定にないはずの船があるわ。沈めるのが私の役目だから先に進んでちょうだい」

 

去って行ったモネを見送り、ゼファーはようやく目を覚まし始めた若き海兵たちにこれが新世界の海賊の標準だと訓戒を述べる。

 

ゼファーはアイン達2名を除いて率いていた軍艦を全滅させた男について、闇のシンジゲートに君臨する男から面白いことがわかったからこいと言われているのだ。

 

もちろん最初は断った。

 

そしたら今度はどこから入手したのか、機密情報の資料を送りつけてきた。MADSを買収した世界政府がその遺産であるクローン技術と改造人間、血統因子という神の領域に踏み込んだ研究を軍事力として利用しようと考えているという報告書をゼファーはどうしても無視できなかったのだ。

 

仇討ちの対象であるあの男が白ひげの失敗作である可能性がある。しかもそれをもみ消すために七武海に入れるかもしれない。完成品はいずれ世界政府の軍事力として投入される。世界政府は資金面と喫緊の軍事力不足を解消するために導入するとしたら、子供の姿で。

 

海軍はその子供の兵器を指揮下に置くことになっている。海軍の正義をまだ信じているゼファーにとってどうしても無視することが出来なかったのだ。事情を知らないままドレスローザに連れてきてしまったアイン達は不安そうな顔をしている。ゼファーはそのまま進み、港に着いたら船に降りるのは自分だけでいいと告げる。

 

モネひとりにあしらわれてしまったアイン達は引き止める根拠さえ失ってしまい、しぶしぶ待機を命じられることになる。

 

 

 

 

 

「巷で噂のスペード海賊団じゃない。ドレスローザに何のようかしら」

 

「ドフラミンゴに話があるんだ、会わせてくれないか」

 

「あなたが噂のエースね。悪いけれど、ドフラミンゴ様にご用があるのなら、明日以降にしてくれる?今日は一日予定が入っていて忙しいの」

 

周りにあった海賊船は全て一隻残らず雪の重みに沈み、沈没していった。あるいは全てが雪に変わり、自重で大破していった。愛と情熱の国に入るまでに見聞色で判定され、相応しくないと判断された全てが無慈悲に海の藻屑と化している。

 

ただの海賊船なら先に進めないが、スペード海賊団の船は、炎を動力とする世にも珍しいシステムを搭載した船だ。おかげで船内は暖かい。仲間が外に出たがらないため、1人顔を出したエースにモネはそういった。

 

あまりに寒い海域に息が白くなる中、なぜか顔パスで通してもらえたスペード海賊団である。

 

仲間たちの中で勘違いが加速しているのをひしひしと感じながら、エースはドフラミンゴにどう話を切り出そうかと必死に考えていた。

 



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42話

16年前、ドフラミンゴファミリーが主に金稼ぎの拠点として選んだ国だけあって、ドレスローザは華やかな国だった。

 

今まで戦争をしたことがなかった平和な国にある資源に目をつけた四皇カイドウに先手を打つ形でリク王国と会談したのが始まりらしい。

 

まもなく周りの国々がカイドウの傘下の襲撃を受ける中、唯一持ち堪えられたのはドフラミンゴファミリーの支援があったからに他ならない。

 

世界の仲介屋の頂点に君臨するドフラミンゴファミリーがドレスローザをあらゆる金稼ぎの拠点とするために中立地帯とすると宣言したのだ。それはドレスローザを侵略した勢力は、ドフラミンゴファミリーが牛耳る巨大なシンジケートから永久追放という制裁が下ることを意味する。

 

その瞬間にカイドウ傘下の海賊はもちろん、世界政府や海軍まで手を出すことができなくなった。そこまで世界はドフラミンゴファミリーの牛耳るシンジケートに侵食されていたのだ。

 

ドフラミンゴの見返りは金稼ぎというシンプルなもので、ドレスローザに経済特区を設けること以外はなにも要求しなかった。ドレスローザは七武海の支配圏だが主権はリク王国のままとなり、安全地帯となることが約束された。

 

安全が約束された国の一角に、税金などの優遇措置や高い賃金、ドフラミンゴファミリー直轄ゆえの特権がある場所が出現したらどうなるか。一気に繁華街と化した。賭博場やオークション会場、闘技場などが出来上がり、そのうちの何割かがリク王国に入った。

 

そのうち、それ以外の場所から不満が上がり始めると、ドフラミンゴファミリーは新しく設置された特区に工場を作った。あるいは栽培場所を作った。いくつかはドフラミンゴファミリーの機密に触れるためドレスローザの住人達は入れなくなったが、その土地から移住する金はドフラミンゴファミリーが全て出した。

 

そのうち働く場所はできても海賊が出てきたら不安だという声や娯楽が欲しい人間が出てきて、ドレスローザ名物の闘技場が繁華街から独立した。規模が大きくなり、ドレスローザの中心地になった。軍人達もここで鍛えているようだ。

 

周りの国は相変わらずカイドウ傘下の海賊達に襲撃を受けるが、ドフラミンゴファミリーがドレスローザで稼いだ金で武器を買い、支援するようになった。なかなか争いは終わらないが、一方的に略奪される恐怖から解放された人々が増えていった。

 

エースにはなかなか成り立ちが複雑で難しい国だったが、特権階級だけが富を独占して国民が搾取されるよりはマシに見えた。ゴア王国となぜここまで違うんだろう。

 

そんなことを思いつつ、エースは案内されたドレスローザの中心地にある闘技場の特別室に案内された。最強を極める人々が戦っている様子を最前線で見ることができる。今日の景品は悪魔の実だ。実際にゴルゴルの実が奪われたことがあるくらい本物を扱うことに定評がある場所なだけはある。警備は過剰なくらいだった。

 

エースが入ると天夜叉ドフラミンゴがそこにいた。

 

「ほんとに来やがった。ここまでくるとロシーのドジっ子が昇進妨げてる証拠にしかならねえな」

 

「え、なんの話だよ」

 

いきなり意味のわからないことを言われた。ドフラミンゴは笑って教えてくれなかった。

 

「なに、こっちの話だ。気にすんな。そんなことよりお前、シャボンディ諸島で七武海に誘われたそうだな。海に出て一年で東の海から偉大なる航路に入り、新世界までくるってのは普通じゃねえ。誇っていい。おれの知る中じゃ最年少だ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、サー・クロコダイルの記録を軽く抜いてやがる。あいつは22んときに海賊王の処刑をみて海賊になり、20代前半に七武海になった。3年以内にだ。白ひげに負けてからはなにしてるかわかったもんじゃねえがな」

 

「アラバスタの英雄だろ?」

 

「どうだかな。あのクソ真面目が白ひげに負けたくらいで引っ込むとは思えねえが。ちなみにおれは17で北の海を制して25で世界の闇のシンジゲートを確立し、七武海の肩書きが役にたつから入ったようなもんだ。それを考えたらお前らの快進撃は充分七武海入りに値するだろう」

 

「天夜叉にそんなこといってもらえるとは思わなかった。ありがとう」

 

「で、世間話をしに来たわけじゃねえだろう。はるばるドレスローザまできて、何のようだ火拳のエース」

 

ドフラミンゴが自分のことを異母弟と思っているわけではないと態度から明らかだった。それだけでエースは話がだいぶ楽になるので精神的に落ち着いた状態で話すことができる。エースはとりあえず手配書の間違いを直したいとドフラミンゴに直訴した。

 

「つまり、お前は海賊王ゴール・D・ロジャーの息子、ゴール・D・エースとして死にてえわけか。そんなに死にてえなら今すぐ殺してやる。その方が楽に死ねるだろう」

 

「えっ、なんでそうなるんだよ」

 

エースはあわてて飛び退いた。ドフラミンゴが武装色を纏いながら弾丸が入った銃に手をかけたからだ。話自体はちゃんと成立していたし、受け答えに変なことはいってないはずだ。ドフラミンゴがいきなり不機嫌になる理由が全くわからないのである。

 

「お前がポートガス・D・エースと世間に広まった瞬間に、海軍と世界政府はいつか南の海バテリラで死んだルージュという女がいつのまにか行方不明になったことに気づく。女の死体を暴き出す。墓は暴かれ、死体は持ち去られ、世界政府が保管してる海賊王の死体の情報からお前が海賊王の息子だと特定される。バテリラの親族は皆殺しだろうな。船大工すら死刑になり、お前の代わりに普通に子供を産むはずだった未婚や未亡人の妊婦が皆殺しにされたんだ。やるぞ、あいつらは。それだけ海賊王は世界を変えたんだ」

 

やけに実感のこもった言葉の数々だった。エースは思わず黙り込む。

 

「お前が母親の姓を名乗り、母親の名前で生きていきたいと考えるのは勝手だが、そんなあまちゃんな考え、今すぐに捨てろ。世界政府も海軍も許すわけがねえだろうが。せめてガープ中将がいってたようにロシーみてえに海軍に入れば、海賊王の息子が海軍なんて最高の宣伝材料だ。ガープ中将だけじゃねえ、五老星も大将の連中も喜んで受け入れただろう。だが、お前はもう海賊を旗揚げしちまった。このままバレてみろ。世界政府はもうお前を海賊王の息子としか世界に宣伝しない。お前が捕まった瞬間に、お前はポートガス・D・エースじゃなく、海賊王の息子ゴール・D・エースとして処刑されるんだ。そして世界中の人々にその名が永遠に刻まれるだろうよ。海賊王が始めた大海賊時代は、息子を処刑したことで終わったとな」

 

「ほんとにそうなるのか?」

 

「なる、間違いなく、なる。世界政府はそうやって不都合な人間をお得意の情報操作でレッテル貼って消してきたんだ。だからおれはお前が父上の隠し子であるかのように工作したんだ」

 

「なんでそんなことを?」

 

「父上はそのつもりだったみたいだが、もっと信憑性を持たせようと思ったからだ。かつて父上がおれとロシーに道を選ばせてくれたように、似たような環境にいるお前がさっき言った道しか選べねえのは違うと思った」

 

「ドフラミンゴ......」

 

「気に食わなかっただけだ、気にすんな」

 

「......」

 

「お前が人堕ちホーミングの息子とされて無事でいられるのは、父上がやったことを世間が評価したあとに生まれてきたことになってるからだ。元天竜人が迫害に耐えかねて非加盟国を滅ぼし、ウミット海運に入って社長の右腕として闇の帝王にのしあげた。人堕ちのきっかけのオトヒメを助けるために力をつけ、リュウグウ王国の後ろ盾となり、いろんな奴らを引き入れている。これだけやった男を今更元天竜人だからと迫害する奴はいねえだろう?」

 

エースはうなずいた。サボを殺した天竜人とは天と地の差のように思えたからだ。

 

「それ以前はひでぇもんだった。おれのように天竜人から人間になった前代未聞の生き物を父上にもつ子供に対する世界の殺意は海賊王の息子に匹敵したろうと確信できるぜ。だからおれは今もドンキホーテを名乗ってねえ。名乗る必要もない。今の地位と勢力と仲間は必死に生き抜く術を父上が教えてくれて、いちからのしあがって手に入れたからだ。これは絶対に誰にも奪われないおれだけの財産でもある。でも、お前にはまだなにもないだろう」

 

「そうか......?おれには仲間がいるんだけどなあ」

 

「仲間も大事だが、それを守れるだけの礎があるのか?今のお前はただの海賊だ。海賊王の息子だとバレた時点で吹き飛ばされてしまう程度のもんしか持ってねえじゃねえか。なにがお前を守ってくれる?なにだったら絶対に奪われないお前の力になる?それがわからねえうちは、おれはお前の扱いを変える気はねえ。出直してこい。これだけは覚えておけ、エース。この世界は弱い奴は死に方すら選べねえんだ。誰にも奪われない確固たるものがないやつには死しかない」



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43話

「......きたか、黒ひげ」

 

ドラム王国の滅亡を報じる世界経済新聞の記事を見ながら、私は息を吐いた。

 

突然現れた海賊に王族が真っ先に海賊になる形で逃げ出し、残された国民が略奪の限りを尽くされる形での滅亡とある。

 

これから偉大なる航路に大きな影響を及ぼし続けることになるまだ無名のたった5人の海賊達。その船長にして「ヤミヤミの実」を食べた「闇人間」で、闇の引力を駆使してあらゆる悪魔の実の能力者の力を封じることができる男。

 

マリンフォード頂上戦争で古巣の船長白ひげを強襲しそのまま殺害、「グラグラの実」の能力も奪い、世界で唯一の2つの悪魔の実の能力者となる男。

 

瞬く間に勢力を拡大。 白ひげの残党の弔い合戦である落とし前戦争も圧倒的な力量差で勝利し、旧白ひげ海賊団を壊滅させる。かつての白ひげのナワバリを次々に略奪するなどその力を世界に知らしめ、四皇の一人と呼ばれるようになる男。

 

そして、かつての私を殺した男がようやく表舞台に出てきた。待ちわびた瞬間でもあった。私はさっそくデンデン虫の受話器をとる。今や海運王にのし上がった男が出た。

 

「どうしたのか?決まってるじゃないか。金獅子と同じく儲け話の邪魔になりそうな奴が見つかったんだ。全力で探してくれ。え、賞金額?0ベリーだがそんなこと関係ないだろう。将来性がいけない」

 

この新聞は記念として持っておこう。鍵付きの引き出しにしまった私は、ドフィからの手紙を読むためハサミを探した。

 

「よかった、順調なようだな。これなら間に合う」

 

ドフラミンゴファミリーが医療部門に進出したと聞いて、ウミット海運もスポンサーの名乗りをあげたとき、相変わらず儲け話の嗅覚が鋭いとドフィの手紙にあったことを思い出す。

 

先代国王が急死し、若くして王の座についたワポル国王が、王家がかかえる医者以外を全て追放すると狂気じみた宣言したとき、真っ先に動いたからそう見えるのだろうか。世界最先端の医療技術をもつ医者や看護師を自ら手放してくれるなら、これほど効率的な人材確保もないだろうと思うのだが。

 

追放された彼らを輸送するついでに提案して、私の儲け話に乗ってくれた彼らは今頃ドレスローザで日夜シーザー・クラウンが発明しつづける毒を用いた兵器に対応した薬や医薬品を作っている。親族や友人、コネを通じて別の国にいった者達との繋がりも継続中だ。

 

私としてはシーザー・クラウンがパンクハザードで事故を起こして逮捕脱獄ののち、カイドウの庇護下に入るのが目に見えていたから動いたにすぎない。

 

さっきの新聞にパンクハザードの爆発に関する記事があったことを思い出す。ドラム王国滅亡と同じくらいの時期だったのか。知らなかった。おかげでスムーズにいきそうだ。ドフィは何十回目になるかわからないこの偶然を私の見聞色だといっているが、お世辞程度に受け止めておこう。外れただけであれだけ上機嫌になるなら安いものだ。

 

E・S強奪未遂事件で私は情報収集の大切さを改めて学んだのだ。実際に見て聞いて話さなければ得られない情報が絶対にある。あの日から私は現場にいって、現地の人間と話す機会を増やした。ドフィとの手紙のやり取りも増やした。

 

ベガパンクが映像デンデン虫とかいう最新作を作ったというから、世界政府に掛け合い利権ごと買い取った。ドレスローザにこれほど必要なものはない。とくにホビホビの実の副作用で死刑囚をオモチャにする関係で、誰が何の罪でどんなおもちゃになったか記録しておけるのはたすかるのだ。見直すだけでドレスローザの誰もが情報共有ができる。シュガーは能力を使う場所に制約がかかってしまうが、万が一気絶して死刑囚が復活したとき真っ先に命を狙われるのは見た目年齢が8歳のまま固定の彼女だからしかたない。

 

天竜人もベガパンクの研究を通じて奴隷を素体に改造人間をつくるなんて、趣味に金をつぎこむことを覚えたやつはいつでもろくなことをしない。ドフィがモネと人質だったシュガーを保護しなければ人間屋の価値が暴落するところだった。人魚や魚人、ミンク族の奴隷の供給を止めたことでこんなところにまで影響がでるとは思わなかった。

 

話を戻そう。

 

そもそもパンクハザードは軍の研究施設がある島だ。当初、この島は美しい緑豊かな島だったが、世界政府が研究所を置くとそこの動植物を使って実験が繰り返されるようになり、ついにはよそから囚人を連れて来て人体実験なども始めだした。

 

そんなある日、元MADSにして万年2位の科学者シーザー・クラウンが、自らが開発した毒ガス兵器を島内で発動してしまい研究所が爆発。 毒ガスが立ちこめたことで生物が住めない荒野と化してしまい、立ち入り禁止区域となった。

 

さすがにベガパンクは度重なる使い込みと今回の事故で庇いきれなくなり、シーザーはこの責任を問われ失職し、投獄される事になったとある。

 

だがシーザーは途中で脱獄し、以後3億ベリーの賞金首となりながらも、自らが壊滅させたパンクハザードで密かに兵器の研究活動を続けるはずだ。海軍がいかに多くの海賊共を殺せるか。そういう兵器を求められている場所だといいながら。

 

前の世界でシーザーが世界政府から追放されてドフィの仲介でビッグマムやカイドウと繋がってから、世界中の戦場で化学兵器の投入が激増したのだ。

 

かつてハチノスの元締めとして海賊の派遣業もやっていた私にとって、傘下の海賊達のために医療体制をいかに維持するかは死活問題だった。

初期の対応に必要な抗生剤や人工呼吸器の類いはいくらあっても足りなかった。能力者の力でないため、覇気では毒は防げなかった。初めから儲かるとわかっている分野をすでにドフィが手をつけているのなら、参入しない理由がないだろう。

 

タチが悪いことにシーザー・クラウンは猛毒を用いた大量殺戮兵器をつくることは大好きだが、それをばら撒いたあとにどうするのか全く興味を示さない男だ。戦場に毒ガスがばら撒かれたとき、なにが必要でなにをしなければならなくて、汚染された土地建物をどうすればいいか。なにひとつ興味がない。誰も参入しない。儲からないからだ。

 

猛毒に汚染された場所で戦っている海賊に誰も興味を示さなかったせいで、かつての私の配下達がどれだけ死んだと思っているのだ。放置したら抗生剤などの生産や供給が追いつくのは十何年後になると思ってる。

 

かつて私が一番欲しかったものを欲しかったタイミングで提案するだけで儲け話ができるなら、こんなに効率的なことはないだろう。おかげで上手くいけば負けもしないが勝ちもしない戦争をさらに増やすことができるのだ。

 

それにウミット海運とドフラミンゴファミリーが化学兵器に対する研究で先をいくことができれば、それを新たな交渉材料に新たな儲け話もできるはずだ。かつての私に高値で売りつけてもいいだろう、医療機器はいくらでも欲しかったのだ、今回も欲しいはずである。

 

世界は明らかに紛争や戦争が増えている。平和になった国もあれば、悲惨になった国もある。革命軍が穏当な方法で革命を起こそうと遠回りする間に、お膳立てをすませていけば自動的に誰もがいつのまにかある武器をとる。大義名分と神輿の違いに気づかない一部が暴走し、無血革命になるはずだったのに内乱になった国がいくつあるだろうか。いつのまにか地図から国が消えても誰も気にしない。もはや日常になっているからだ。

 

革命軍に急進派が生まれるのが早くなるだけだ、そこになんの違いもない。ただ早まっているだけ。オトヒメ様いわく、前の世界会議だと世界最悪の犯罪者ドラゴンに対する糾弾はかなり凄まじいものがあったようだ。

 

私の計画は着実に近づいていると実感する。まだまだ前途は多難だが。



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44話

偉大なる航路1万メートル上空にあるバロンターミナル。かつて廃墟だった空島はウミット海運の旗が掲げてあるとおり、私の儲け話の拠点のひとつだ。

 

天然ダイアルを養殖するための拠点として始まったここは、偉大なる航路の春島や東西南北の海で青海の養殖にふさわしい場所を探すために次の段階に進んだため、一旦役目を終えた。

 

今はなき空島ビルカから移住した人々の新しい働き口として選んだのは、島の真下にある無数の風船の除去。それに伴う気球船の関連施設の増築や航海士、運転士の育成にかかる教育機関の設置だ。

 

風船は単純ながら用途がたくさんある。ドレスローザでばら撒いてもいいし、ウミット海運の利用者に配ってもいいし、ウェザリアと取引があるウミット海運にとっては気流を読んで爆弾を投下する兵器にもなる。

 

ビルカの人々はゴムという物質を知らないようで、興味津々で風船狩りを楽しんでくれる。バロンターミナルが月の民に作られて以来ずっと放置されてきた風船は膨大な数に及び、何百年経ってもこの仕事は終わらないだろう。

 

気球船に乗って風船狩りを楽しむビルカの人々は、翼がついているのに誰も羽ばたいて飛ぼうとしない。なぜかというと自前のものではないからだそうだ。文化的に大切な装備だからつけているだけで脱着可能なのは驚いた。やはり翼が生えた種族は、カイドウの部下しかいないのだろうか。

 

「あったあった、やっとみつけたー!せんちょー、見つけたよ!5時の方角に800メートル。目標の碇マークの封筒もついてるし、たぶんあれ」

 

パンサのいう場所めがけて気球船は進んで行き、無数の風船の中から私はお目当ての風船をようやく探し当てることができた。これだけで数日かかるが、偉大なる航路でドラム王国を一夜にして滅ぼした無名の海賊団を探し出すには手段がいくらあってもいい。

 

いくらウミット海運の社長直々の指示でも、私の儲け話の邪魔になる可能性が高いという将来性だけでは社員達のやる気までは管理できない。金獅子のように誰が見ても明らかな敵でなければ士気は上がらない。

 

ならば発想を変えればいい。バロンターミナルに本当に世界中の風船が届くのか実験したいから協力してくれというのだ。情報伝達の速さを調べたいからと頼むだけでいい。黒ひげと名乗る5人だけの海賊達を見かけたら教えてくれ。人相はこの通りとモルガンズからもらった新聞にも掲載されたチラシをばら撒くだけだ。

 

ドラム王国の市民にインタビューするついでに人相モンタージュできるレベルの取材までするんだからさすがは新聞王だ。できた社員にはボーナスを出す。モルガンズの新聞より早ければ特別ボーナスを追加で出す。私のポケットマネーからだ。

 

なぜ黒ひげなのか?理由なんてなんだっていい。今話題の海賊だから目撃情報をモルガンズ社長が欲しがってる。つまり高値で売れる。

 

あるいはドフラミンゴファミリーが雇ったばかりのドラム王国出身の医者達が衝撃を受けているからはやく捕まえてもらうために海軍に情報提供するためでもいい。聞こえのいい建前ならなおのこといい。

 

そして、その全てが結実して、今私の手に1週間以内の黒ひげの情報がある。

 

「そんなにあぶない奴なんだねー、せんちょー」

 

「あのときは、そんな感じしなかったけどねー」

 

「能ある鷹はってやつ?」

 

「20年以上もすごくない?」

 

「そんだけヤミヤミの実に賭けてたのかなー?」

 

パンサとシデが不思議そうな顔をしながら、私から風船を受け取る。外した封筒を開ける。

 

パンサ達が疑問視するのは無理もない。私たちは白ひげと儲け話や取引をするたびに何度か独立前の黒ひげと顔を合わせたことがあるのだ。

 

元は偉大なる航路のとある島の孤児で、28年前に「行く当てが無い」と頼み込み白ひげ海賊団に加入したと聞いたことがある。

 

実際、ヤミヤミの実が手に入る可能性が最も高いと自身が踏んだ白ひげ海賊団の2番隊に20年以上に渡って所属していた。己の野心を隠し、古株でありながら2番隊隊長に就くことも無く日々を過ごしていたが、自身が求めていた史上最悪の悪魔の実ヤミヤミの実を偶然4番隊隊長で親友であったサッチが入手。

 

本人曰くはずみでサッチを殺害して実を強奪し白ひげ海賊団から脱走、その後黒ひげ海賊団を結成した経緯がある。

 

あの日、あの場所で、私の問いに黒ひげがいったことを今でも昨日のことのように思い出すことができる。もしヤミヤミの実が手に入らなかった場合はそのまま一生日陰者として生きるつもりだったという返事を思い出すたびに精神がどん底まで冷える。そのまま白ひげのところにいればよかったものを。

 

今、黒ひげは偉大なる航路でドラム王国を5人で滅亡させるなど幾つかの島々で暴れ回っている途中のはずだ。七武海入りを目指して1億越えの海賊を見つけては襲っている。インペルダウンに収監されている有望なやつを片っ端から声をかけて白ひげ越えを目指している。

 

黒ひげは冷静な判断力をもつ男だ。その時が来なければ絶対に行動しないし、今がその時だから一気に動き出した。そのくせ、引き際をわかっているからこちらが全力でかからないと逃げられる。

 

あの赤髪のシャンクスの左目に鉤爪で引っ掻き傷を残している男に油断などする方が失礼だろう。なにより、かつての私を殺した男だ。

 

黒ひげは私の知る限りロックス以来の夢を追い求める外道だ。最も海賊らしく狡猾さと豪快さ、そして慎重さを兼ね備えた人物。 ロジャーの影響により大航海時代になった今では絶滅危惧種になった昔ながらの海賊といっていい。

 

白ひげ海賊団に所属していた頃の黒ひげに対してジンベエや白ひげも不気味さ・得体の知れなさを感じてはいたが、本性は見抜けなかった。 それが全てだ。

 

なにより厄介なのは、たとえ見苦しくとも生き残ってさえいれば、最終的な夢を叶えるチャンスが巡ってくるかもしれないという考え方である。自分が生き残るためならば最悪重要な部下や目的であっても切り捨てる覚悟がある。だから撤退の判断は常に的確且つ迅速。どのような状況下でも黒ひげ海賊団という組織が致命傷を負う前にその場から姿を眩ませてしまう。

 

もし仕留め損なえば長丁場になるだろうという予感がある。かつて私は金獅子の時には失敗した。だがインペルダウンの集団脱獄する時まで金獅子が生き残っていた場合、きっと楽しいことになると気づいてからは楽しみでならない。黒ひげがもし逃げおおせても、今回はそれはそれできっと楽しいことになるだろうと考えることにした。

 

「なるほど、このあたりか。バロンターミナルに戻って準備を始めよう。イールに航路を考えてもらおうか、奴らはイカダで航海しているからな。特定できればこちらのものだ」

 



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45話

ここは偉大なる航路、何もない島という名の巨大なフンの上。数多の島を食べることで育った巨大金魚島食いのフンの上。島に間違えられるほどの面積を持つフンをすることで知られており、島ごと食べるからフンなのに磁気を帯びているためログが溜まる不思議な場所だった。

 

島食いがいるため、昨日まであった島が次に来たら何もない島になっていることはよくある。黒ひげ海賊団の場合はまさにそのパターンだった。本来ありえないはずの突然の嵐に遭遇し、座礁するくらいならと緊急避難で上陸する羽目になっていた黒ひげ海賊団はその幸運に感謝した。

 

元巨兵海賊団統領ドリーとブロギーが100年経った今も勝負がつかない決闘を繰り広げているリトルガーデンはログが溜まるのに1年もかかるのだ。それと比べたら何もない島は1週間ほどでログが貯まる。4人総出でイカダを修理している中、黒ひげ マーシャル・D・ティーチは納得いかない顔をしてうなっていた。

 

この男の趣味は歴史研究であり、このあたりの気候は白ひげの船に乗っていた頃から何度も通っているし、数多の冒険記などを頭に叩きこんで把握しているつもりだった。ティーチにとってあの嵐はまるで予兆のない不自然極まりないものだったのだ。

 

そもそも偉大なる航路を新世界から楽園へ逆走する形で航路をきっているため、磁気が安定してきたこのあたりの海域ならば一見アトランダムに見える天候にさえ気をつければマシなはずなのだ。優秀な航海士ラフィットとチィーチの知識があればなんとかできるくらいには、気をつけることができるはずだった。だからこそ船がイカダなんてイカれたことができるのだ。そうじゃなければ操舵手にだけ負担が大きすぎてさすがのジーザス・バージェスもやめてしまいかねない。

 

黒ひげ海賊団の船は巨大な丸太を繋げて帆を付けた丸太船を使用している。丸太の内部を刳り抜いて船室や砲門を設けているなど、見た目よりも造りがしっかりしている部分はあるが、舵が無いので操舵や加速はオールで漕いで行わなければならない。

 

もちろん普通の船もオールを使って船を進めることはあるが、あくまで風が無く帆が使えない時の緊急手段である。そのため黒ひげ海賊団の操舵手とは即ちオールの漕ぎ手だ。

 

更に、甲板が非常に低い位置にあるため波を防ぎにくく、構造的にも脆くなっているなど、とにかくこんな代物で偉大なる航路を突破したのだから、とんでもない連中だと言える。 勧誘するたびに仲間からまるでイカダだと指摘されて呆れられることがいつものパターンな黒ひげ曰く。丸太船を使い続けるのは愛着だという。

 

なにはともあれ、突然の嵐から無事座礁せずに何もない島につけたのはバージェスのおかげだった。

 

「ゼハハハハ............この世に不可能という事は 何一つねェとはいうが、さすがに嫌な予感がするぜェ」

 

嵐に巻き込まれた黒ひげ海賊団の船は大破こそ免れたが、落雷により船全体が焼けてしまい、焦げ臭くなっている。嵐により落雷からの炎上は免れたし、感電死しなかっただけマシだが、どうにも嫌な予感がティーチから離れてはくれなかった。

 

「ウェザリアに喧嘩売った覚えはねェんだがなァ」

 

天候を自由自在に変えられるといえば、エッド・ウォーの海戦で金獅子率いる艦隊を壊滅までおいやったことで知られるウェザリアだ。金獅子が世界中の優秀な気象予報士や航海士を誘拐していたため、危機感を覚えたウェザリアが唯一海軍の英雄ガープと手を組み門外不出の技術ウェザーエッグを使ったとされている。

 

黒ひげ海賊団として名を上げるため、あちこちの島国を襲って略奪を繰り返しているティーチだが、さすがに空を飛ぶ人工島にいったことはない。というか、エッド・ウォーの海戦以降、ウェザリアを敵に回すことは禁忌とされているし、ティーチもその通りだと思っているのだ。

 

「天候を変えるような能力者かァ?しかも覚醒してやがる......」

 

自然系悪魔の実ならいくらでも思いつくが、ティーチ達が一切気づかないほどに練られた覇気の使い手。なおかつ天候を急変させられるほどの覚醒が知られている者などほとんどいない。

 

黒ひげの心あたりがあるとすれば、まずは噂程度ではあるが革命軍総司令官のドラゴンだ。

 

打倒世界政府を目的に暗躍する反政府組織。不条理な社会とその未来をただそうと、世界中にその思想を広め、悪政・圧政を行う国々にクーデターや革命を引き起こしている。

 

それを良しとしない闇のシンジケートの裏工作で作戦の足が引っ張られ、一部の勘違いした急進派が生まれつつあることをティーチは知っていた。

 

海賊は政府や海軍と敵対しても、政府そのものを倒そうとまではせず、その点で海賊と革命軍は異なる。 彼らにも相当な賞金首に指定される事が多く、海賊と同様に生死を問わない捕縛が求められている。

 

世界政府は直接的な敵対関係にあるため、革命軍の影響力を恐れており、トップの革命家ドラゴンを「世界最悪の犯罪者」として危険視しているが、彼と組織の手がかりを掴めずにいるはずだ。

 

ドラゴンが現れた戦場では必ず突風や雷といった不可解な天候の急変が確認されているため、ドラゴンが起こしたものと世間では推測されている。おそらく自然系悪魔の実の能力者だと憶測されるが、それこそティーチは喧嘩を売った覚えはなかった。

 

空を見上げてもウェザリアはないし、革命軍の船はない。

 

「もしかして、襲った国のどっかに革命軍のアジトでもあったのかァ?海賊じゃあるメェし、仲間殺しが大罪だなんて聞いたことねェが」

 

そんなチィーチの疑問は、突如海中から出現した碇マークの旗が答えだと知らしめるようにはためき始める。さすがに驚いたチィーチだったが今朝見た新聞を見てようやく合点がいくのだ。

 

「噂どおりの速さだなァ、人堕ちホーミングッ!!後から雇った連中の都合も血の掟に適応されんのかッ!?知らなかったぜ、アンタの右腕ん時はセーフだったから大丈夫だと思ってたんだがなァ!」

 

「その解釈であっていますよ、黒ひげ海賊団船長マーシャル・D・ティーチ。タイヨウの海賊団のときと同様に、今回も雇ったばかりのドラム王国出身者は関係ありません。あなたは単純に運が悪かったんですよ」

 

「まさかエースに泣きつかれでもしたかァ?」

 

「はははっ、面白いことを言いますね。白ひげのいいつけを守ってあなたを追わなかったエースがなぜ出てくるんです?」

 

「いってみただけだ、気にすんな。アンタがおれを警戒してるのは知ってたがァ......まさか、白ひげから抜けるのを待ってたのか?」

 

「さすが頭がいい男は嫌いじゃないですよ、 マーシャル・D・ティーチ。ドラム王国に拠点を構え、医者の育成に力をいれようとしていた儲け話を見事ご破産に追い込む建前をくれてありがとうございます」

 

「ゼハハハハッ、なるほどなッ!!アンタも万能薬のキノコ狙いだったわけか!残念ながらおれ達も見つけられなかったぜ、無駄足だったな!!」

 

「おや、そうなのですか?てっきりアナタ方が持ち去られたと思っていたのですが」

 

「だから見逃してくれねえか?」

 

「ウミット海運の血の掟に例外はないんでね。今ここで死んでください」

 



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46話

「お前達は出なくていい。避けるのが手間だから、島食いが来ないか確認しろ」

 

「ゼハハハハ、そうだよなァ。アンタなら能力把握してるか。さすがは懸命な判断だぜ。タフさには自信があるんでなァ!テメェの相手はもちろんおれだろ、ホーミング!島食いか。たしかにすぐ出て来れるだろうが、お互いせっかくの決闘の邪魔されちゃ興醒めだもんなァ」

 

「決闘?これは処刑ですよ」

 

「うれしいねェ。アンタが出てくるほど、おれァウミット海運に警戒されてるわけか」

 

「おかしなことを言いますね。四皇赤髪の目に傷をつけ、20年もヤミヤミの実を手に入れるまで潜伏し、白ひげの元から去ってもいい覚悟を決めたアナタを警戒しない理由がありますか?」

 

「ゼハハハハッ!よくわかってんじゃねェか。そう、おれァ賭けに勝ったんだ、ホーミング。今のおれは負けねェぞ。おめえらも勝手に手ェだして、死ぬんじゃねーぞ。おめェらじゃホーミングには敵わねえからなァ。悪魔の実の力は後からいくらでも付け替えてやれるが、体はひとつしかねーんだから」

 

チィーチの周りに突如実体を伴った闇が展開されていく。

 

「闇とは引力だ。全てを引き摺り込む力。光すら通さねえ。無限の引力でテメェの全てを受け止め切ってやるぜ、ホーミング。ものは提案なんだがよ。互いに万策尽きたら引かねえか?おれはまだアンタに負けはしねえが勝てるほど力を使いこなしてねぇんでな。なんのために赤髪避けたと思ってんだ」

 

「生き残ってからいいなさい、アナタ」

 

「おうわぁっ!?ぎぃやああああの!!」

 

見るからにヤバそうなマークが印字された容器が宙を舞い、武装色を纏った弾丸が撃ち抜いていく。ティーチの覇気を貫いたそれは関節を的確に撃ち抜いてく。

 

世界政府が戦争に使用を禁止しているはずの化学兵器の類いだと気づいたティーチは叫んだ。全て上からひっかぶったティーチは絶叫した。目が見えない、息ができない、痛い痛い痛いと叫び、見るからに苦しそうだ。ごろごろ転がっていく。

 

「船長!」

 

「うっせぇ、お前ら下がってろぉ!ハァ......ハァ......ほんとようしゃねぇなくそ......」

 

「相変わらず人外じみたタフさですね、アナタ。やはり即効性に問題ありですか。さすがは失敗作」

 

「ゼハハハハ......まるで見てきたみたいにいうじゃねェか。つうかなんだ失敗さくっておい」

 

ティーチは周囲に展開した暗闇でホーミングを捉える。ホーミングはそのまま引力に任せて近づくなり、超至近距離からヘッドショットをかます。

 

「いっでぇっ!」

 

ダイヤモンド並みの硬度を持っているため加工が容易ではなく、破壊も困難。鉄を溶かす程度では溶けない相当な耐熱性を有しているはずの海楼石の弾丸だ。

 

この石は「海と同じエネルギーを発する」と言う特性があり、作中では「海が固形化したもの」と例えられている。

 

悪魔の実の能力者がこの海楼石に触れると、海に落ちた時と同じ状態に陥る。すなわち、海楼石に触れている間、能力者は悪魔の実の能力を一切使えなくなる。

 

「いてえな、ちくしょう」

 

現在加工技術を確立しているのはワノ国の一部職人と世界政府ぐらいで、主に海軍が対能力者の海賊用の武装や、監獄として使用している。また、政府とつながりのある王下七武海の一部もその権限を利用して入手したのか、海楼石の設備を有している。

 

なお、その全てに物品を納入しているのがウミット海運なわけだから沢山あるのは当たり前だった。

 

なお、対能力者用に銃弾などとして量産すればいいのではないかと思うかもしれないが、希少であることやそもそも新世界クラスの海賊となると「能力を過信しないほど基礎戦闘力が高く、まず弾なんかに当たらない」ため、あまり意味のあるものではない。

 

当てられるホーミングだからこそ、意味がある弾丸なのだ。

 

「普通は立ってられないはずなんですけどね、ティーチ」

 

「くそ......覇気だけでも使えたら......」

 

動きが鈍くなるだけのティーチに舌打ちしたホーミングは、そのまま拘束して海に落とそうとするがティーチの手がそれを許さない。響いた弾丸の音は実に30発以上にも及んだ。

 

「期待はしてなかったですが、ストックに制限はないわけですか」

 

「これが噂の人工悪魔の実か?いてえじゃねえか」

 

「普通の能力者は一発くらっただけで爆散するんですけどね。一応、デメリットだけだったり、悪魔の実の成分だけ抽出したりしたんですが。やっぱりダメですか。ヤミヤミの実と

相性よすぎるんですよ、アナタ。ほんと腹たちますね。あたりなんか使うわけないでしょう、有効活用ですよ。アナタにはプレゼントになるじゃないですか」

「おい、ホーミング。おれのタフさは人体実験するためじゃねェんだぞ」

 

さすがに不満をもらすチィーチだったがホーミングは笑いながらいうのだ。

 

「死なないほどタフなのが悪いですね。死んでおきましょうよ、そこは。同じ人間として」

 

毒が回るたびにティーチはもんどりうっている。吐血しながらホーミングを見上げた。

 

「少しは吸ってんじゃねーのかよ、ホーミング。ゲホッ。なんで平然としてんだ、天竜人ってのは、毒に耐性でもあんのかッ」

 

「先に飲んでおくと結合しないようにできるタイプの薬なんですよ。無事に効いてよかった」

 

ティーチは舌打ちをした。

 

「小手先ばっか使ってんじゃねーぞ、ホーミング」

 

「おや、小手先じゃない方がいいですか、ティーチ?弾丸も数少ないですしね、やりましょうか。ガープ中将ほどじゃないですが、それなりに痛いですよ、私は」

 

「ゼハハハハッ、ロシナンテ中佐はおれよりちょっと下なだけじゃねえか。無理しねーほうがいいぜ、じじい」

 

「あ゛?誰がじじいだって?」

 

ギリギリまで引きつけてティーチが避けた先にあったはずの大岩が轟音をたててひびがいく。それはやがて無数のヒビが入り、粉微塵になってしまった。

 

「ちょうどいいな。冥土の土産に教えてやろう。(ロックスの)狙撃手が肉弾戦苦手なわけねえだろうが、クソガキ」

 

明らかに声色が変わったホーミングにティーチは顔を引き攣らせたのだった。



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47話

ホーミングの話が終わったのは、話し始めてから1時間近くたったころだった。

 

ウミット海運はその仕事の関係で海賊や犯罪組織の標的になりやすい性質がある。海軍よりも圧倒的に遭遇率が高い。そのため、特に要注意だと思われる無名の海賊や犯罪者達が現れると数日のうちに情報提供を海軍本部に行っている。ウミット海運の血の掟がある関係で逃げ延びたり、手を引かざるをえない政治的な案件だと、海軍も警戒せざるをえない者達ばかりなためかなり有用な情報だった。

 

賞金額制度には金額を決めるための基準として、危険因子という項目がある。実はこれ、ウミット海運が関わっていると跳ね上がる仕組みになっている。ウミット海運から逃げ延びる時点で相当の手練なのは間違いないから暗黙の了解状態である。

 

ホーミングが代表して現れるため、律儀に手続きをしなくても、ホーミングはすでに顔パス状態である。

 

そんなホーミングが持ち込んだ海賊の話を聞きおえたセンゴク元帥は、いつもと違って戸惑いを見せている。その横にはホーミングが来ると聞くと、いつも頼んでもいないのに案内役を買ってでて、出された茶菓子に便乗するガープ中将がいる。

 

ガープ中将も食べかけの煎餅片手に訝しげだった。

 

ホーミングは血の掟で処刑済みの海賊の注意喚起にきたというのだ。今までこんなこと一度もなかっただけに、2人ともホーミングを不思議そうにみているのだ。ホーミングは話し終えたのでお茶を飲んでいる。

 

「んで、最終的に全員重石をつけて船ごと沈めたと。そこまでやってなんでそんな不安そうなんじゃ、お前さん。そんなに黒ひげというやつは頑丈な男なんか?」

 

「とうとうこの手で直接仕留めることが出来なかったからですよ」

 

「は?」

 

「ほう?」

 

「お前さんが?恐ろしい男もいたもんじゃな、ほんとに無名なのか?」

 

「だから血の掟に従い、真っ先に向かったんですよ、私は。0ベリーの男なんか、誰に逮捕しろといえばいいんですか」

 

忌々しげにホーミングはいうと、お茶を飲み干した。

 

「船にあった武器、ティーチに全部使い果たしてしまったので、仲間を確実に仕留めたか怪しいんですよ。情けないことに。イール達も頼りにはなりますが、あそこまで人外じみた男が仲間にした連中だ。無能力者しかいなかったから、1人や2人死に損ないが黒ひげを助けるため、わざと海に落ちた可能性がある」

 

よほど悔しかったのか、握り拳が白んでいる。センゴク元帥に勧められて、ホーミングは緑茶のおかわりを汲んで、そのまま一気に飲んだ。

 

「残念ながら無力化に夜までかかり、私は満身創痍、月獅子化で2人瀕死、催眠術から逃れるために負傷したイールがいたので、一度近くの支部まで撤退したんです。数日後、近くの海域を海流の流れも加味して探してみましたが、死体が1つも見つからなくて」

 

「ふーむ、世界の海流を熟知しておるはずの、ウミット海運すら見つけられなかった死体か。たしかに生きていれば警戒すべき男じゃな。本気の戦いで赤髪に傷をつけ、あの白ひげの船に20年も実力隠して乗り、悪魔の実を手に入れた途端に仲間殺しをして逃げ切った男か。もしお前さんが時間をかけても殺しきれず、そこまでやっても生きているとしたら、相当厄介じゃな」

 

「趣味が歴史研究も入れてください。ドラム王国を滅亡させたのは、万能薬のキノコが目的だったと明言していましたから。白ひげは仲間殺しをする前に誰1人本性を見抜けなかったことを特に危険視して、不気味だから落とし前をつけなかったそうです。もし行きたがる者がでたら、おそらく全力で引き留めていたと」

 

「ホーミング。お前がそこまで危険な男だというのなら、連れてきてくれたらよかったじゃないか。懸賞金がかかっていなくても、海軍はインペルダウンに送れるぞ?」

 

「0ベリーの男をですか?エースを七武海に勧誘するぐらい青田買いしたがっている世界政府に気に入られるために、億越えの海賊ばかり狩っていた男を?」

 

「まだ根にもってるな、お前。連絡が行かなかったのはすまなかったと言ってるだろう、ホーミング。上が直接勧誘の指示を出したらしいからな、担当中将に罪はない」

 

「お前の手綱を握りたかったんじゃろうなあ。リュウグウ王国の事件をきっかけに、お前さんにCP達はなんの意味もなさなくなったからのう」

 

「それはそれとして、またお話しましょうか、センゴク元帥」

 

「......やぶへびだったか」

 

「今はいいです。それより勘弁してくださいよ、センゴク元帥。あの男の性格的に能力者狩りを始めるか、仲間を増やして脱獄しかねない」

 

「また始まったか。何度もいうが、ホーミング。インペルダウンは歴史的に見ても、未だかつて、脱獄した人間はひとりもいない。それともあれか、その第一号になりかねないと?」

 

「..................ああそうか、今はまだいないんでしたっけね」

 

「前から思っていたが、お前のそのインペルダウンへの信頼のなさはなんなんだ」

 

「今だに鍛え続けてる鬼の跡目や瀕死だったのに無理やり生かすために最先端の治療をして復活した金獅子抱えてよく言えますね。おかげでウェザリアもうちも怖くて夜も眠れない日々を送っているというのに」

 

「ああ、その件か......それを言われると弱いな」

 

「お前さんずっと嫌がっとったもんなあ、インペルダウン行き」

 

「いつもなら公開処刑をやりたがる世界政府が今だに金獅子を生かしてる時点で目的がわかりやすくて困ります。やはりガープ中将の面目潰してでもあの時殺しておくべきだったか」

 

「がっはっは、安心せいホーミング。金獅子が復讐しにくるとしたら、真っ先にわしのところにくるはずじゃ。お前さん達のことは伏せておるからな。今度こそ決着をつけてやるわい」

 

「2人ともやめんか、縁起でもない。しかし、情報提供感謝する、ホーミング。お前がそこまで偉大なる航路で暴れられると困ると判断するのなら、無名ながら警戒するに値するからな。もし生きていて、また活動を再開したら懸賞金を検討しよう」

 

「そういっていただけて安心しました。ありがとうございます、センゴク元帥。どうしても0ベリーだと社員達に注意喚起するにしても、わかりやすい危険指標がないと教育に難儀するのでね」

 

ホーミングはため息をついた。

「やはりこの歳になると毎年失われていく力の代用になりそうな決定打が欲しくなる。ベガパンク博士の次回の研究に期待がかかりますね」

 

「利権ごと買われると、色々金が必要になるから次は勘弁してくれないか。世界政府からまたお願いがきてるんだが、ホーミング」

 

「私達が支援して、ようやく形になってきたMADS産の研究全部横取りするからですよ、何を今更。嫌ならそれ以上の金で私達から買い取ればいいんです。金と資源さえ渡せば納期は必ず守りますよ、ベガパンク博士は」

 

「限界があるからな、何事も」

 

我関せずといった様子でホーミングはせんべいに手をつけた。気づけば客人用に出したはずの煎餅がほとんどガープ中将が食べてしまった。おいこら、とセンゴク元帥はガープ中将を軽く叩いた。

 

「これ、おいしいですね」

 

「だろう?私のお気に入りなんだ。一枚一枚手作りで焼いてくれる昔ながらの煎餅でな。海軍とコラボすることになったから、気に入ったなら売店で買ってくれ。最近一番売り上げの定番の土産商品だそうだ」

 

「そうなんですか、知らなかったです。帰りにでも寄ってみようかな」

 



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サバイバルの海 超新星編
48話


ウミット海運の定期報告を終えたホーミングが書類をセンゴク元帥に提出する。すでに形骸化しつつあるが海軍とウミット海運という立場の違いを曖昧模糊にしないための大事な儀式でもある。

 

海軍内の定期報告会にそのまま流用できる貴重な資料を受け取る儀式が終わると、いつものように扉の両脇を固める海兵達は待機室に引き上げる。

 

代わりに入ってきたロシナンテ大佐にホーミングが個人的に話しかけたことは一度もない。肩をすくめたロシナンテ大佐は、ナギナギの実の力を発動させ、いつものように扉横の椅子に座った。センゴク元帥がお茶と梅干しのおにぎりの夜食をだした。皿や湯呑みは転けて割ると困るから、すぐにセンゴク元帥が片付けることになっている。

 

センゴク元帥は椅子にこしかけると、世間話をはじめた。数年前の定期報告会でホーミングがあげていた南の海のギャング出身の新しい海賊が偉大なる航路楽園で名を挙げはじめている。今回、懸賞金が更新されてることになった。

 

なぜかホーミングの横にしれっといるガープ中将に、ホーミングはにこにこしながら話しかけた。

 

「聞きましたよ、ガープ中将。結局、海軍に入ったのはロシーだけでしたね」

 

「うるさいうるさいうるさーい聞こえんわーい。センゴクとおつるちゃんに散々小言いわれたし、からかわれたんじゃ、ほっとけ!」

 

めずらしく叫ぶガープ中将にセンゴク元帥はため息だ。ホーミングの笑みが深くなる。

 

「海軍の学校にいれるために迎えにいったら旅立ったあとでしたか?エースのときに学んだでしょうに、なぜ早く入れなかったんです?」

 

「うっせーわい!まさか10年も前に会った赤髪にあそこまで感化されてるとは思わなかったんじゃ!赤髪に憧れはしとったが、はしかみたいなもんじゃと思っとった。相変わらず海賊嫌いじゃったし」

 

「はは、赤髪だけは別というやつでしょう。天竜人嫌いのあなたが私と腐れ縁のようなものだ。別に矛盾はしないでしょうに」

 

「お前さんが別なのはわしだけじゃないだろうが」

 

「ははは、それはたしかに。ありがたいことです。それに四皇赤髪に海賊王の麦わら帽子を託されたんだ。しかも近海の主に腕を喰われてまで助けてくれた恩人となれば、赤髪みたいな海賊に憧れるのはあたりまえでしょうに。これであなたは海軍の英雄、息子は革命軍総司令官、孫は海賊ですか。とんでもない一族だ」

 

「お前にだけはいわれたくないわい、ホーミング。おまえは闇の5大帝王運輸王こと深層海流ウミットの右腕、妻はモルガンズ社員、上と下の子供は七武海と四皇の部下、真ん中の子供は海軍本部の大佐じゃろーが。人のこといえるんか、お前」

 

「私はあなたと違って、子供達に道を選ばせてから、学ばせましたからね。一緒にされても困りますよ。唯一妻だけは離縁するかどうか、聞けなかったことが心残りだ」

 

「今だに手紙の返事も書いてやらんのか、ホーミング。細君もロシナンテも連絡を取りたがってるぞ」

 

「それだけが私の想定外でした。それにしても赤髪がCP9の船を襲撃して奪ったゴムゴムの実を、デザートと間違えて食べてしまうとは。事実は小説より奇なりとはまさにこのことですね。私はてっきり赤髪があなたの孫だから食べさせて、新時代の海賊になるよう、そそのかせたと思っていました」

 

「お前の上の息子と一緒にするんじゃない。七武海なのに海賊増やしおって」

 

「ドフィにそんなつもりはないはずですがね」

 

「嘘つけ、ハートの海賊団ってなんじゃい」

 

「医者が船長なんだ、実にわかりやすいじゃありませんか。船員が救助隊と同じオレンジのつなぎときたら、そういう意味では?」

 

「ほんとかぁ?上の息子んとこの幹部はトランプがモチーフで、永久欠番の幹部の肩書はコラソン。北の方言でハートって意味だそうじゃないか。おつるちゃんがぼやいとったぞ」

 

「一番驚いてたのドフィですから、ガープ中将。そういえばおつるさんは北の海生まれでしたか。七武海に入る直前まで追い回されたからか、今もドフィはおつるさんが苦手でしたね、そういえば。それをいうならあなたのお孫さんは、麦わら帽子を被って旅に出たそうですね。この世界で名を挙げ、肩書に麦わらがつく意味の方が問題では?」

 

「なあに、偉大なる航路新世界までこれなければただの弱小海賊にすぎん。問題ないわい。しかし、それが本当ならその気がないのに慕われるのも、やる気にさせるのもよく似た親子じゃわい。それが天竜人のもつ素質なのか?」

 

「さあ、私にはわかりかねます。それに北の海で名をあげる前から危険な海賊だと無名の時代から報告にあげているんだから帳消しですよ、ガープ中将。私は誰かさんと違って公私混同はしない主義だ。うちのシマを荒らして血の掟に従い処刑しにいってるうちの社員が船ごと沈没させられているんだ。海軍の被害が少ないのは私達の犠牲の末に提供した情報のおかげでしょうに。極寒の港町育ちで魚人でもないのに海戦が得意だと情報がなければ、どれだけ被害が出たと思っているんですか?」

 

「ゆえに死の外科医か。それはそうと赤髪じゃ。あいつら、また瞬間移動しおったぞ。お前さんらの仕業じゃないだろうな?」

 

「ひどい濡れ衣だ、あなたと一緒にしないでくださいよ。ガープ中将」

 

「ほんとかぁ?しかし、赤髪はなあ、ルフィがわしの孫じゃとは知らんはずだ。それに食ったのは偶然じゃとマキノから聞いとるからな......ただ真意はわからん。わしがいない時に限って長居して、帰ってくるタイミングで航海しおって。一回でもかち合ったらタダじゃ済まさんつもりだったんだが」

 

「いくら四皇とはいえ、10年前の赤髪達ならあなたと会わないよう何がなんでも避けるのは当たり前でしょう。それにしては海軍の英雄ガープの故郷なのにずいぶんと長い拠点にしたものですね、赤髪は。なにが目的なのやら。四皇クラスだと拠点にして街を出歩くのは普通難しいはずなんですがね。よほど居心地がよかったとみえる。あなたの故郷はゴア王国から隔離され、海軍にも海賊にも革命軍にも寛容な奇跡の港町だ」

 

「褒め言葉と受け取っておくわい」

 

「お前たち、元帥室は談話室じゃないんだが......人払いするのも手間なんだぞ、勘弁してくれ。だいたい何故ロシナンテだけ入隊させたんだ、ホーミング。ドフラミンゴも入ってくれたら、私以来久しぶりの覇王色持ちの海兵に育て上げたものを」

 

「お言葉ですがね、センゴク元帥。私も初めはそのつもりでしたよ。ドフィが私と地獄に落ちるといったんだから、仕方ないじゃありませんか」

 

「たった7歳の子供に酷な選択をさせるものだ」

 

「私が人堕ちしたように、なるべくしてなったとしかいいようがありませんよ。海兵になったところで、ドフィがあなた方のように正義の矛盾を割り切れるとは思えません。海兵から海賊になるよりはマシでは?天夜叉とは考えたものですよ。怒りと哀しみの表情を浮かべ、立ち昇る炎に包まれ飛行する半人半獣の神の名前でしたか?よくできてるじゃありませんか」

 

複雑そうな顔をするロシナンテ大佐が視界に入ったはずなのだが、ホーミングは相変わらずガープ中将とセンゴク元帥と世間話に興じている。これが33年前に我が子が選んだ道に対するホーミングなりのケジメなのはわかっていたが、ガープ中将とセンゴク元帥は2人を見比べて肩をすくめたのだった。



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49話

ドレスローザの港は早朝から騒がしかった。

 

元奴隷にして黄金帝ギルド・テゾーロが君臨する巨大艦船であり、独立国家であるグラン・テゾーロが来航しているからだ。噂を聞きつけてやってきた客でごったがえしていた。

 

この船にある全ては黄金でできており、それ故にゴルゴルの実の能力者であるギルド・テゾーロの独擅場と化している。 船の全長はおよそ10キロであり、5年前テゾーロが36歳の時に完成して以来「世界最大のエンタテイメントシティ」として名を馳せている。

 

豪華なホテル、流行の最先端をいくショッピングモール、カジノ、アミューズメントパーク、巨大スパ、プール、水族館、劇場、ゴルフ場、遊園地、超一流のショーが設備として存在する。中心部に世界一の八星ホテルがあり、名前は『THE REORO』。

 

そしてこのグラン・テゾーロは世界政府公認の中立地帯であり、海軍はグラン・テゾーロ内では海賊に手を出してはいけない決まりとなっている。

 

ドフラミンゴとテゾーロはビジネス上の取引をしていて、時々こういったイベントを行っているのだ。

 

巨大なギガントタートルという亀が船を牽引しており、海流や風向きに関係なく世界のどの海へも行く事が可能。島ではないことから対応する記録指針および永久指針は存在せず、ここに来るためにはテゾーロ本人の情報が組み込まれたビブルカードによる誘導が必要となる。

 

映像電伝虫が街中の至る所に設置され、盗みや破壊行為をした者は街のルールにの則り地下にある牢獄へと落とされる。

 

そのテゾーロ自慢の巨大戦艦が突如真っ二つにぶったぎられたのだ。なおさら大騒ぎになった。

 

いつもならドレスローザに近づく前にモネが見聞色で判定し、相応しい者達だけが入港を許されるはずの七武海天夜叉ドフラミンゴのテリトリーである。

 

モネがドフラミンゴに報告をあげるから待っているよう言われたのだが、面倒だからという迷惑千万な来訪者が邪魔という理由だけでドレスローザ近海の海が真っ二つに破れたのだ。その先にたまたま停泊していた巨大戦艦が不幸にも餌食になってしまったのである。

 

モネが闘技場にいるドフラミンゴを訪ねるのと、またやられたとテゾーロが苦情をいいにくるのはほぼ同時だった。ようやく終わりの見えない仕事が終わりかけていたドフラミンゴは、また休日が暗礁に乗り上げたことを悟って犯人の名前を絶叫したのである。

 

「だから、何度言えばいいんだ、鷹の目ッ!おれはホーミングの窓口じゃねえ!そんなに暇が潰してェなら、昔みたいに大将クラスが出るまで延々海軍の軍艦切りまくればいいじゃねえかッ!天竜人切りにマリージョアにでもいったらどうだッ!!」

 

「七武海でなければそれもいいのだがな。そういう訳にもいくまい」

 

「そういう問題じゃねえよッ!!どーしてくれんだよ、修理費ッ!損失補填ッ!毎回毎回やりやがって世界政府からの使いか、お前は!」

 

「ちがうが」

 

「余計タチが悪いじゃねえか......あークソ、仕事増やしやがって......。で、今度はどこの海のやつらを殲滅する気だ?」

 

「なに、お前が数年前教えてくれた海上レストランを思い出したのだ。久しぶりに赤ワインに合う海鮮料理が食べたくなった」

 

「あー、接待でいったって話を前にしたような......バラティエのことか?」

 

「そう、赫足のゼフが腕を振るう東の海にあるレストランだ」

 

「いったのかよ、東の海にわざわざ?」

 

「いったが」

 

「フッフッフ、赫足のゼフもびっくりしたんじゃねえか?七武海がわざわざくるなんてよ」

 

「そうだな、あの男だけは気づいていたようだ」

 

「偉大なる航路を無傷で一周しただけはあるってか」

 

「そうだ」

 

「この海で一番自由な奴が海賊王だと聞いたことがあるが、そういう意味じゃお前が一番近いだろうよ。鷹の目」

 

もはや一周回ってすっかり冷静になったドフラミンゴは、机の引き出しから手配書の束を出す。ホーミングが定期的に海軍本部にあげている海賊の一覧だ。全てウミット海運の血の掟による皆殺しから逃げ切った海賊達である。有名無名とわず並んでいる。それを渡すとミホークはざっと中を確認した。

 

「ふむ......やはり低いな」

 

「そりゃそうだろうよ、東の海だぞ。世界最弱の平和な海だ。平和で安全なら海には出ねえよ、普通なら」

 

「なるほど、ここにいるのは普通ではない者達といいかえることもできるか」

 

鷹の目は暇つぶしに新世界から楽園、東西南北の海に単身逆走して、用事を済ませるついでに切りがいのある海賊を求めて航海する。闇雲に探すよりはある程度知っておいた方が暇つぶしになるので、その情報を求めてドフラミンゴのところを訪ねてくる。

 

本来ならウミット海運でホーミングを訪ねるのが筋なのだが、儲け話のために日々奔走している男はなかなか捕まらない。それより情報共有していて、高確率でドレスローザにいるドフラミンゴを訪ねる方がはやいといつも訪ねてくるのだ。

 

「平均賞金額が300万ベリーの海だ、偉大なる航路を目指す輩もそうそうねえが。まあ、こんなところか?」

 

偉大なる航路の新世界と楽園、東の海で最近名を上げ始めた海賊達の手配書だ。返却された半年前に渡した束は全て海の藻屑にしたとのことで、真っ赤な線が引かれているのがわかる。あとでホーミングにこの束ごと郵送しなければならない。ホーミングは海軍本部の定期報告にその話題をあげることになるだろう。

 

「早々に夢を叶えちまうのも考えものだな、鷹の目。赤髪が片腕になってから暇そうだ。ライバルがいなくなるってのは寂しいもんか」

 

「だから暇つぶしに航海に出るのだ。将来有望な剣士が1人や2人いるかもしれん」

 

「なるほど」

 

「貴様はどうなのだ、天夜叉」

 

「おれか?」

 

「貴様はいつぞやの赤髪のような顔をしている」

 

「うらやましいか、鷹の目。フッフッフ」

 

「......。先程の戦艦を切って思い出したのだが、金獅子のような海賊はいないだろうか」

 

「軍艦か?なら、おあつらえ向きの海賊がいるじゃねえか」

 

「む、見落としていたか」

 

「上から9枚目だ。首領・クリークあるいはダマし討ちのクリーク。1700万ベリー。東の海で最大の勢力を誇る海賊で、50隻の船と5000人の兵力を保有する海賊艦隊の提督だ。非情な殺戮者として恐れられ、偉大なる航路に入り、海賊王になるのが夢だそうだ。ここまでの規模は偉大なる航路でもなかなかねえな」

 

「50隻か、それはいい。久しぶりに切りがいがありそうだ」

 

「偉大なる航路に近々進出するって噂だ。今から出発すればどこかで必ず会えるだろうよ。なんせ50隻だ。下手したら見聞色使うより、目視の方が見つけられるかもしれないな。嵐が来る前にいけよ。ウェザリアの天気予報によれば嵐がくるはずだ」

 

「偉大なる航路初日が嵐か、軍艦には天敵だろうに。なんと運がない男よ」

 

「お前に確定で遭遇することが決まっちまった時点で、運命とかそういう次元じゃねえと思うが」

 

「弱き者の宿命よ。感謝するぞ、天夜叉。次の会議にもしクロコダイルが出ていたら、またお前との間に座ってやろう」

 

「フッフッフ、ありがとうよ鷹の目。事業がうまくいき過ぎて暇にならねえとこないだろうがな。もしいたらあのワニ野郎、隙あらばおれの書類砂にしようとしやがるからな」

 

「マリージョアの円卓で仕事をする方が悪いのではないか」

 

「おつるさんにも注意されるが、文句は世界政府にいいやがれ。おれだって好きでやってるわけじゃねえんだよ」

 



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50話

騙し討ちのクリーク率いる50隻の艦隊が49隻沈められ、5000人の部下のうち4900人が犠牲になり、嵐に乗じて本船だけは東の海に逃げ帰ってきた。それもたったひとりの男に沈められたから。

 

100人分の食料を背負い、腹ごしらえがすんだらバラティエを襲撃してゼフの航海日誌を奪うと宣言して、クリークは一旦帰っていった。

 

クリークの右腕ギンが悪夢と今だに形容し、現実と受け止められないような出来事を口走ったとき、バラティエ内は騒然となった。

 

「......そりゃあ、鷹の目の男に違いねェな。運がねえ海賊だ。七武海の情報が掴めねェこともそうだが、よりによって最初に遭遇した海賊がそいつとは」

 

バラティエの支配人にして、偉大なる航路を1年航海して無傷で帰還したと判明した赫足のゼフはそういって怯えながら頭をかかえるギンをみた。

 

「しでかすことそのものが奴である充分な証拠だな」

 

船内がざわついている。

 

「七武海......?」

 

ギンの問いに答える形でゼフは話し始めた。

 

正式名称は王下七武海。世界政府によって公認された7人の海賊たち。収穫の何割かを政府に納めることが義務づけられる代わりに、海賊および未開の地に対する海賊行為が特別に許されている。

 

海軍本部、四皇と並び称される偉大なる航路三大勢力の一角。

 

他の海賊への抑止力となりうる「強さ」と「知名度」が重要視され、その顔ぶれには世界レベルの大海賊が名を連ね、一般の海賊からは恐れられている。七武海に加盟した海賊は、政府からの指名手配を取り下げられ、配下の海賊にも恩赦が与えられる。

 

一方、海賊でありながら政府に与する立場であるため、「政府の狗」と揶揄されることもある。名目上は政府と協力関係にあるものの、実際には各メンバーは政府の監視の外で思うままに活動していることが多い。

 

海軍からの召集があっても全員が揃うことは滅多になく、たとえ揃った所で力を合わせることはまず考えられない。これは政府・海軍側でも周知事項のようで、互いに信頼関係はなく、藤虎やスモーカーの様に制度そのものを危険視している者も政府内に少なからず存在する。

 

ただし、緊急事態においても政府に非協力的な態度をとり続ける場合、政府側は協定決裂を理由に七武海の称号剥奪を行うことができる。

 

つまり、クリーク達は偉大なる航路突入7日目にして、3大勢力のひとつに名を連ねる最強格の男に運悪く遭遇してしまったというわけだ。

 

「サンジ、今すぐ赤ワインに合う海鮮料理をいくつか作ってこい。赤ワインもすぐに出せるようにしておけ。いいな」

 

「えっ!?今、この状況でかクソジジイ。食い終わったらクリーク達が襲撃に来るってのに」

「腹すかした奴が来たら、誰であれ腹一杯食わせてやるのがウチのやり方だろう。さっさといけ。あん時担当したのはたしかお前だったはずだ」

 

世間話をするようにゼフがいうものだから、よくわからないままサンジはゼフに言われたとおり厨房に入っていく。しばらくして、厨房の方も客席の方もその発言の意味を理解して大騒ぎになった。

 

ギンは1隻逃したためにわざわざ追いかけてきて皆殺しにするつもりだと怯え始め。クリーク率いる艦隊を壊滅寸前に追い込んだ鷹の目の男が、今からここにくる事実にコック達が動揺し。この世界における鷹の目がどういう意味を持つのが理解できない客は疑問符を浮かべ。理解できる客は半信半疑だった舎弟の情報が、まさかの本当だったことに動揺しながらも笑っていた。千載一遇のチャンスがわざわざこちらに来てくれるというのだから、笑いもするだろう。

 

「あの男はウチに食いにくるついでに、そういうことをする男だし、偉大なる航路ってのは、そういうところだ。何が起きても不思議じゃない」

 

「......サンジさんの飯うまかったもんな......七武海がわざわざ食いにくるくらい当然か......」

 

半泣きになっているギンにゼフは無言のままニヤリと笑った。

 

「支配人、もしかして、鷹の目の男ウチに何回か来てるんすか......?」

 

「誰も気づいてなかったから言わなかっただけだ。襲撃に来たわけじゃねえなら、ただの客だからな。たぶん噂くらいたってんだろう。たまに剣の腕に覚えがある奴がウチを襲撃にくるのはそういうことだ」

 

ゼフの視線はゾロに向かう。ゾロは武者震いしながらも平静さを保つべくゼフに笑い返した。鷹の目の男がどうやらゾロとなにか関係ありそうだとようやく気づいたルフィとウソップはゾロを見る。2人の視線に気づいたゾロは、深く語りはしなかったが、世界一の大剣豪になる夢を叶える上で乗り越えるのが必須な男であること。偉大なる航路に鷹の目の男がいるなら、自分のこれからの航路として目標が定まったと告げた。

 

「ウチを知るのは天夜叉だけのはずだが......紹介でもしてもらったのか、あの男」

 

鷹の目の男の次は天夜叉。七武海という組織に属する者達の二つ名がどんどん出てくる異常事態である。自分達が知らないうちにバラティエに偉大なる航路からわざわざお忍びで誰か来ていた。その事実だけがバラティエのコック達やウソップ、ルフィが理解できる情報としての限界だった。

 

しばらくして、静まり返った船内に近づいてくる足音が響く。呼び鈴がなり、扉が開く。

 

「......邪魔するぞ、赫足のゼフ。どうやら今回は逃した獲物のせいで先に知られてしまったようだな」

 

周りが自分を凝視しているのに笑うだけ。緊迫感に包まれている異様な状況下でも大して気にする様子もなく、鷹の目の男はバラティエに入ってきた。

 

色白肌に黒髪、くの字を描くように整えられた口ひげとモミアゲ、そして鷹の目という異名の由来となった金色の瞳と鋭い目つきが特徴の男だった。

 

羽飾りのついた大きな帽子に、裏地や袖にペイズリー風の模様のあしらわれた赤、黒地のロングコート、白いタイトパンツにロングブーツという、上流階級のような出で立ちをしている。

 

そして背中には自身が扱う最上大業物の黒刀「夜」を差しており、バラティエに停泊している棺桶船もあり、まるで巨大な十字架を背負ったようなシルエットで不気味な威圧感を放っている。

 

「よく来たな、鷹の目。好きなとこ座れ、おかげで最高の状態で出せるからな。少し待ってろ」

 

「ふむ、そうか。なら次からはそうするか」

 

「ウチの店に少しでも傷つけたら出禁にするぞ、鷹の目」

 

「それは困る。わざわざ東の海に来た意味が半減する」

 

適当な椅子をひき、腰を下ろした鷹の目に誰もが息をのんでいた。平然と会話できるゼフが赫足のゼフであるからこそなのだろう。

 

「誰から聞いた?接待できてた天夜叉か?」

 

「そうだ。会議前の雑談で聞いたのを思い出したから来た」

 

「そうか。バラティエの名が聖地マリージョアでかわされたのか」

 

ゼフは嬉しそうだ。

 

しばらくして、女客と男客で態度が違うサンジもさすがに緊張した面持ちで料理をだした。鷹の目は平然と完食し、ワインもきっちり飲んで金を払った。

 

半減という言葉を聞いてからずっと怯えているギンの隣を通り過ぎ、クリークが半壊させたバラティエの扉の前に出る。鷹の目は背中の大剣を抜いた。剣先から全てが真っ黒に染まっている異様な大剣だった。

 

腹ごなしの運動という軽い動作で、クリークの本船は真っ二つにたたき折られる。一瞬にして周りは大破したガレオン船の墓場と化す。いよいよバラティエを襲撃すると息巻いていたクリークは、鷹の目がいることにようやく気づいて舌打ちしたのだった。



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51話

それはルフィからサンジを勧誘したいから船番していてくれと頼まれたヨサクとジョニーが、ナミに騙されてゴーイングメリー号ごと盗まれる30分前に遡る。

 

ヨサクとジョニーはゾロの舎弟だったが、ゾロが海賊になったことでいつかは同行をやめるつもりではいた。だから、次の賞金首を誰にするか決めるために集めている手配書のリストで、あーだこーだ話していた。

 

賞金稼ぎは情報屋からもらう新鮮かつ正確な情報が生命線だ。旅に出たはいいが迷子になり、故郷のシモツキ村に帰れないから仕方なく賞金首を狙って生活費を稼ぐことができるのは、偉大なる航路にまで名が売れているゾロにしかできない芸当である。

 

だから二人にナミが興味を示したとき、ゾロの仲間のよしみで海賊専門の泥棒だというナミに、情報提供するくらいやぶさかではなかった。

 

 

 

 

 

「ジョニー、これなに?」

 

「そいつは賞金首のリストですよ」

 

「どうしたんです、ナミの姉貴。手配書のリストぼーっと眺めて」

 

「......ううん、なんでもない」

 

「おー、さすが高額の賞金首に目をつけやしたね。でも狙わない方がいいっすよ」

 

ジョニーとヨサクはよかれと思ってナミに手配書の男の詳細を話しはじめた。

 

通称ノコギリのアーロン。全ての海を制覇し、人間を駆逐した魚人だけの世界を築き上げ、自らがその頂点に立つという野望を持つ。

 

野望の礎となる「アーロン帝国」を建国する為、ココヤシ村を含む20の町村を力で支配し、海軍支部も金で買収し、8年間に渡って村を支配し続けている。

 

東の海では珍しいノコギリザメの魚人で、青い肌とノコギリのような長い鼻が特徴。また、左胸にタイヨウの刻印を刻み、左腕には自身の海賊団のマークを刺青として刻んでいる。 服装はアロハシャツを好んでいる。

 

「魚人こそが至高の種族」、「万物の霊長は魚人である」という思想の持ち主で、特に気性が荒い人物として知られている。

 

ただし、人間でも金で話の分かる者や利用価値のある個々人に関しては比較的好意的な態度で接するようで、上から目線ながらもその我欲を評価し、仲間うちは大切にする男である。

 

その首にかけられた賞金は2000万ベリー。300万ベリーが相場の東の海では破格の値段である。

 

「ナミの姉貴?」

 

ナミがアーロンの手配書がシワがよるくらい握りしめていることに気づいたヨサク達は、ようやくナミが海賊が嫌いなことを思い出して謝るのだ。アーロンはナミが嫌いな海賊そのものである。

 

しかし、ナミは二人の謝罪にあいまいに笑うだけで、聞いているようにはみえなかった。

 

 

 

 

10年前、ホーディという魚人がウミット海運の儲け話を邪魔したから血の掟に従い処刑されたという記事を読んでいた男は終始無言だった。

 

『この女海兵は、こないだ海賊を撃退してやったにもかかわらず、魚に守ってもらいたくはねえそうだ』

 

ノジコとナミを庇って死んだベルメールの死体を蹴りながら、冷笑して平然とした顔で嘘をでっちあげる男がいた。

 

『噂には聞いてたが、外界は想像を絶するほど遅れてるようだな、今時差別か』

 

ナミが魚人をめぐる差別を知るのは、アーロン達がたまに昔の話をしているのを盗み聞きするか、本を探して調べたときくらいだ。魚人をよく知らないから、差別なんてあるはずもないあの島の人々には、アーロンの話はどう聞こえたんだろうか。

 

海賊を派遣する男がもしいたとしても、実際にアーロンはそれを撃退するくらいには強かったから、あの日、たまたまデンデン虫の取引を聞かなかったら、全てがマッチポンプだなんて思いもしなかった。

 

もともとココヤシ村を含む近くの島々は、ここ30年ほど政治的対立が深刻で内乱が激化している隣国の被害を被ってきた歴史がある。実際ナミもノジコもその戦争の被害者かつ孤児でベルメールに拾われた経緯があった。だからナミは本当の生まれ故郷を知らない。

 

荒廃する土地は海賊が生まれやすい土壌になり、タチの悪い賞金首や繋がりが欲しい闇のシンジケートを呼び込んできた。ナミもあの話を聞くまではアーロンの話を半ば信じ始めていた時期があったくらいには。

 

『気が変わった。倍にしてやる、連帯責任だ。毎年大人40万、子供20万貢金を払え。払えねえ島はその年だけは隣国の戦争、海賊の襲撃、おれを狙うタチの悪い賞金首がきても、助けてやらねえ。政治的な理由で海軍が来てくれないこの島々にとっちゃ悪くねえ話だろう。今までどおりか、今までより安全で苦しい生活か、どっちかなわけだからな。二度とこの女のようにおれ達を差別するやつは許さねえ、村ごと消してやる。覚悟しておけ』

 

ベルメールの遺体を引き摺り回しながら、支配域となる島々全てに説明してまわったアーロン達。航海士としての腕を気に入られ、無理やり引き入れられてしまったナミはずっと聞かされる羽目になった。

 

連帯責任という言葉の先でベルメールに投げつけられた罵詈雑言やいろんな物がこびりついて離れない。ナミがベルメールの娘だとアーロンが言った瞬間の冷え切った空気と殺意はナミを怯えさせた。

 

この話を聞いて、ココヤシ村で実際に起こった出来事を知らない隣の島々のナミを見る目が変わったことをナミは覚えている。

 

でっちあげた制裁のためにココヤシ村を皆殺しにするといったとき、ナミがココヤシ村を2億ベリーで買うといった。すると、アーロンはいきなり黙り込んでしまった。

 

「あの男みてぇなこといいやがって」

 

低く唸るように言い、行き場の失った衝動を発散するように、たまたま近くにあった建物を破壊して去っていった。タコのハチにアーロンはその約束を守るはずだが、集まるまでその話を絶対にいうなとナミに複雑そうな顔をしながらいった。それきりだがナミがどこに金を隠しているのか気づいているだろうに、勝手に手を出そうとした海兵が次の日には死体になって転がっていたことは覚えている。

 

 

 

 

 

 

「最近、アーロン達がまた暴れてるって話を聞いたその直後だ。ナミの姉貴が宝持って船出したのは。これはもう偶然とは思やせん。きっとなんらかの因縁があるはずだ」

 

ヨサクはここからアーロンの率いる魚人海賊団について情報提供をするつもりだった。真剣にアーロンがいかに危ない男か説明しようとしたヨサクだったのだが、ルフィもサンジもちゃんと話を聞いてくれない。最終的に歴史的な背景は全て省略して結論だけ話すことになった。

 

「魚人海賊団の頭ジンベエ。ジンベエは七武海加盟と引き換えにとんでもねぇ奴を東の海に解き放っちまった。あっしらが向かってるのはアーロンパーク。かつて七武海の一人、ジンベエと肩を並べた魚人の海賊。アーロンが支配する土地です。個人の実力なら首領クリークをしのぎます」

 

 

 

 

 

 

 

麦わらのルフィがノコギリのアーロンを破り、アーロン一味は海軍の東の海支部に逮捕され、東の海の牢屋に送られた。度重なる尋問により全てが露見した。ココヤシ村を中心に支配地域から解放された島々に海賊が押し寄せることは無くなったが、オイコット王国の内乱の余波はまた及ぶことになった。まだ内乱の終結は先が見通せない状況だ。

 

世界経済新聞のありふれた記事を目にしたジンベエが真っ先に向かったのはアーロン一味が収監された東の海の刑務所ではなく、ドレスローザだった。

 

あらゆる感情を飲み込んだために終始真顔のまま、ジンベエはドフラミンゴに情報提供を頼んだ。オイコット王国や周辺のコノミ諸島でドフラミンゴファミリーが牛耳る闇のシンジケートがどうやって荒稼ぎしたか、記録を全て見せてくれと頼んだ。ドフラミンゴは闘技場ではなく経済特区のうち、ドフラミンゴファミリーの機密がかかわるため、近づいた者は血の掟に従い処刑することで知られた工場の地下に案内した。

 

厳重な警備体制が敷かれている。ドフラミンゴがいても手続きを省略できない複雑な手順で地下に降りていく。電気をつけると、上から下までびっしりと約30年分の仕事の成果が眠っているのがわかった。

 

ドフラミンゴは目録や目標を見ることなく進んでいき、ある区画にジンベエを案内した。

 

「......全て書面で残しておるのか」

 

「全部頭には入ってるが、記憶違いしたら致命的な案件もたくさんあるんでな。確実な方法をとった」

 

「......あいかわらず勉強が好きじゃのう、天夜叉」

 

「御託はいいからさっさと読め、ジンベエ。こっからここまでが全記録だ。気が済むまで見てけ。今のテメェは信用できねえからな、ジンベエ。おれはここで見張らせてもらうぜ。あん時のイールみたいな目をしやがって」

 

「......すまん」

 

「読むのに何日かかると思ってやがる。大事な資料室で切腹されたら敵わんからな、早くしろ」

 

「......」

 

「ちょうどいい。テメェの口から情けない話は聞きたくねぇからそのまま黙ってろ、海侠のジンベエ。知ってるだろうが、この世界でもしもあの時が叶うのは悪魔の実だけだ」

 

ドフラミンゴの声がやけにあたりに反響した。

 

「───────結果だけが全てなんだよ、ジンベエ。あの日、ホーミングの言葉すら届かなかったアーロンを殺せなかったことこそが、テメェのいう唯一の罪だろうよ。タイヨウの海賊団船長のお前が尊敬するタイガーの意思を無下にして不殺を破れるとは思えねえがな」

 

 



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52話

 

「逃げたい者は今すぐ逃げ出せ。ここは一切の弱みを許さぬ平和の砦。民衆がか弱いことは罪ではない。正義はここにある。強靭な悪が海にあるならば、我々海軍がそれを全力で駆逐せねばならんのだ。絶対的正義の名の下に」

 

目下に広がる真っ白な正義を掲げる男あるいは女達の隊列。一糸乱れぬ動き。そして敬礼。同時に響き渡る号令に答える海兵達。ここは海軍本部の演習場だ。主に新しく配属されてきた新人達を含めた少将以下の肩書きをもつ者達が訓示を受けて士気をあげる場所だ。

 

演説をしているのはジョン・ジャイアント中将。世界の均衡を司るという三大勢力の一つ、海軍本部に所属している。巨人族の男で、大航海時代の海軍提督を彷彿とさせるような装飾が施された服装をしている。

 

今は亡きマザー・カルメルの仲介によって、政府側と巨人族に交流が生まれたことで誕生した海軍初のエルバフ出身の巨人海兵である。

 

誰もがお手本とすべき軍人であり、今日も大声を張って檄を飛ばし、実直に職務をこなしているのがよく見える。

 

「いいなあ......。おれもあそこで並びたいなあ......。ジョン・ジャイアント中将、いつにも増して気合い入ってるなあ......かっこいいなあ......。ヴェルゴ......おれ達なんでここにいるんだろうなあ......?肩書き的にいないとおかしくねーか......?」

 

「現実逃避しても無駄だ。万が一忘れているなら報告せねばならんのは手間だから教えてやる。お前がここにいるのは、何もない所で転んで練習中にドミノ倒しが起きる大惨事になりかけたからだ。そして、おれがここにいるのは、お前がなにもしないよう見張るためだ。本来ならおれは東一番の悪を決める会議に出席するはずだったのに、邪魔をしたのは貴様だ、ロシナンテ大佐。そして、いつものことだが......ヴェルゴ中将だ......あるいはヴェルゴさんだ......」

 

「痛い痛い痛いって武装色で殴らないでくれよ、縮むッ!」

 

「貴様は大佐で、おれは中将だ。いくら同期とはいえ立場を弁えろ。ガープ中将がセンゴク元帥を呼び捨てにできるのは、海軍の英雄だからだ。特例中の特例であることを忘れて、恩師の真似をするんじゃない。そもそも何故父親の身長を無視した体格に恵まれているのだ、ロシナンテ大佐。おれを見下ろすな、腹が立つ」

 

「そんなこと言われてもしらねーよッ!!おれもあに......いや、なんでもないッ!とにかくおれじゃどうしようもないことで怒らないでくれよッ!完全に理不尽じゃないかッ!お巡りさん助けて暴漢に襲われるっ!」

 

「おれ達が海兵だが」

 

「そうだったー!!って痛い痛い痛いやめて、本気でやめてくれ、アンタの武装色はほんとに鉄みたいで痛いんだよ!!」

 

「ガープ中将の教え子のくせに昇進降格の乱高下の果てに、結局同じところに戻ってくるのはもはや呪いのいきだな。お前のそれは」

 

「生まれたときからこうなんだよ......」

 

がっくり項垂れているロシナンテ大佐の横でヴェルゴはなにも言わなかった。同期が慰めてすらくれないとうるさいロシナンテ大佐を無視しながら、ヴェルゴは別室で行われているはずの会議室を見上げた。

 

「また出席をサボってローグタウンにご熱心なスモーカー君とどちらがマシなんだ、貴様は」

 

「よりによってスモーカーと比べないでくれよ、ヴェルゴ......」

 

「......」

 

「中将ッ!」

 

「貴様はその天災的なドジっ子気質でおれ達にどれだけ損害を与えてきたのか、考えたことがあるのか。それなら初めから来ないスモーカー君の方がいくらかマシだと自覚しろ」

 

「えええー」

 

何度目かわからない制裁にロシナンテ大佐は沈んだ。

 

「では少なくとも支部ではもう手に負えない海賊ということか」

 

会食の最中、誰かが海軍本部少佐ブランニューに声をかけている。賞金額が300万ベリーを超えるだけで手に負えなくなる東の海支部ではたしかに限界だろう。

 

「そういうことです。道化のバギー1500万ベリー、海賊艦隊提督ドン・クリーク1700万ベリー、ノコギリのアーロン2000万ベリー。賞金アベレージ300万ベリーの東の海でいずれも1000万ベリーを超える大物ですが、全て粉砕されています」

 

おそらく背後に張り出されている手配書を順番に叩いてまわっているのだろう。雑音に紛れてバギーとドン・クリークは捕縛されたわけではなく行方不明。未確認だがキャプテン・クロ率いる黒猫海賊団が活動を再開したという誰かの報告も上がっている。

 

「初頭の手配書から3000万は世界的に見ても異例の破格ですが、決して高くはないと判断しています。こういう悪の芽は早めに摘んで、ゆくゆくの拡大を防がねば」

 

本日の議題を終えた会議の議事録を兼ねたトーンダイヤルを受け取ったヴェルゴは、渡された資料を見ながら聞き比べていた。部下が用意してくれた議事録に取捨選択をしたり、文言を変えたりして、世界政府に提出するための体裁をととのえるよう指示を出した。

 

だいたいの内容が頭に入ったら、このトーンダイヤルは卸している業者を通じて破損して回収対象である物品の中に不慮の事故で紛れんでしまうことになっている。ドフラミンゴ直々の指示でファミリーから海軍に潜入してはや20年以上が経過している。ドフラミンゴに会う日は七武海の会議の警護に呼ばれた時など指折り数えるしかない。だがヴェルゴの忠誠心は微塵も揺るがないでいた。

 

しばらくするとロシナンテ大佐がドジで破壊した消火栓をなんとかしてくれと部下に泣きつかれた。ヴェルゴは素知らぬ顔でそちらに向かった。時々ヴェルゴは同期のドジが天性的なものなのか、意図的なものなのか、わからないことがある。それは自分がドフラミンゴファミリーなのか海軍本部中将なのかわからなくなる時とよく似ていた。

 

数日後、モーガンの身柄引き渡しに向かったはずのガープ中将が何故か二人の若者を連れて帰ってくるという騒動にまた巻き込まれることになる。緊張した面持ちで自己紹介するコビーとヘルメッポと名乗った2人に愛想よく笑うロシナンテ大佐の横でヴェルゴは差し当たりのない普通の会話をした。ガープ中将の周りを特に情報提供するよう言われてから20年以上。監視対象がまた増えた現実をみるに、敬愛するドフラミンゴと父親のホーミング、どちらの提案だったのか、今だにヴェルゴは知らない。

 

とりあえず、海賊王処刑の日の挨拶のとき、ドフラミンゴのらしくない自爆で関係が発覚したのは、今となっては余計なノイズが入らなくてすむからよかったのはたしかだろう。ドフラミンゴファミリーの初代コラソンの後釜は未だ埋まらず永久欠番なのは知っている。いつかそこに誰か座るのか知らないが、その程度で揺らぐほどドフラミンゴとヴェルゴの繋がりが揺らぐことはないのだ。

 

 



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53話

「随分と熱くなっているようだが、それがどうかしたのかね、スモーカー君」

 

あまりにも低い声だった。ヴェルゴの問いにスモーカー大佐は思わず勢いを削がれて沈黙する。それほどまでにヴェルゴがスモーカー大佐をみる目が冷え切っていたからだ。

 

「キミが海賊王の処刑に並々ならぬ思い入れがあるのはわかったが、それとこれとは関係ないだろう。私は客観的な情報が欲しいのだ、キミの感傷的な想いなど必要ない。報告書はちゃんとテンプレートに沿って書けば、誰もが客観的に見る情報となるのだから、勘違いしないでくれたまえ。私はキミの感想文が聞きたいわけではないのだよ」

 

そういって、ヴェルゴはスモーカー大佐の体をなしていない報告書を突き返す。

 

「トーンダイヤル不携帯だからこんなことになる。自分以外の情報がわからない。実際になにがあったか、言ったかわからない。さっそく水掛け論に陥っているようだね。こんな報告書、上が納得すると思うかね?そもそも私が通さないが」

 

そしてため息をつくのだ。

 

「その上、麦わら一味と革命家総司令官ドラゴンの捕獲失敗となると......。さすがにここまでやらかされるといくら私でも庇いきれないぞ、スモーカー君」

 

スモーカーはさすがに神妙な顔をし始めた。

 

「キミは少々ローグタウンにいすぎたようだな、そろそろ現実から顔を背けずに知る勇気を持ちたまえ、白猟のスモーカー。私は再三説明したはずだ。1000万以下の雑魚をいくら捕まえようが大抵は偉大なる航路新世界前に淘汰される。1000万以上の海賊こそが偉大なる航路で名をあげる海賊の最低ラインだと私は説明してきたはずだろう」

 

「......ああ、いってたな、アンタ」

 

「キミの仕事の評価は、東一番の悪である麦わら一味の捕縛失敗で全て帳消しにされる。何故失敗したかわかるかね?私の再三の呼び出しを無視してローグタウンに居続け、昇進を蹴り、覇気の取得をおろそかにしたからだろう。私は何か間違ったことをいっているかね?白猟のスモーカー」

 

「..................いや、いってねえな。アンタはいつも正論しかいわねえ」

 

「海軍本部が何故キミを貴重な自然系悪魔の実の能力者にしたか、くれぐれも忘れないでくれたまえ。キミのくだらない矜持のためではないのだから。さっさと覇気を取得し、覚醒していれば一網打尽にできたはずなんだよ。それだけのポテンシャルを秘めていたのに蹴りつづけてきたキミが悪い。そして今キミ達が何をすべきなのか、真剣に考えることだ」

 

「........................」

 

スモーカー大佐の脳裏にはたしぎなどの慕ってくる部下達が過っているにちがいない。がしがし頭をかいているスモーカー大佐にヴェルゴは笑う。

 

「勘違いしないで欲しいのだが、全て書き直せと言っているわけではない」

 

「!」

 

「特にここの、麦わらのルフィが、道化のバギーにギロチンを降ろされるその瞬間まで笑っていたこと。直後に落雷が落ちて、ゴムゴムの実の能力者である麦わらのルフィだけが無傷で助かり、逃げ出すことができたこと。ここは直さなくてもいい」

 

一番手直しが必要だと思っていたのか、スモーカー大佐は虚をつかれたような顔をしている。

 

「天をも味方にするほどの強運は、時としてなによりも脅威になる。エッド・ウォーの海戦で金獅子の艦隊は壊滅したが、海賊王の船がウェザリアの雷を回避したのがいい例だろう?ドラゴンの支援によるものか、偶然によるものかは、天気観測班に回すことになるが、どのみち大事な証言になるだろう」

 

「ヴェルゴ、お前......」

 

「 ヴェルゴ中将か、ヴェルゴさんだ。スモーカー君。実は、私もあの日、ローグタウンで海賊王が首が落ちるその瞬間まで笑っていたのを見ていたクチでね。キミが麦わらのルフィに感じたものを理解はしているつもりだよ。だからこそだ。───────今度こそ、いい返事を期待しているよ、白猟のスモーカー君。いつまでも私を失望させないでくれたまえ」

 

ヴェルゴの話を聞いて、無言のままスモーカー大佐は報告書の再提出に向けた推敲を再開した。

 

スモーカー大佐にとって海賊王の処刑が運命の日だったのと同じように、その数時間前ドフラミンゴの紹介でホーミングのところに挨拶にいったことがヴェルゴの運命の日だ。

 

様々な状況証拠と誤解からドフラミンゴとホーミングは軽い言い争いになった。正しくはドフラミンゴから一方的につっかかっていった構図だが、たまたまホーミングの発言がドフラミンゴの地雷を踏み抜き、激怒したドフラミンゴがヴェルゴの前で勢いあまって自らの出自を口走ってしまったのだ。

 

その時の絶望したままヴェルゴをみたドフラミンゴを忘れることはないだろう。これで全てを失ったのだと信じてやまない顔だった。

 

ドフラミンゴファミリーは誰もがドフラミンゴが北の海の非加盟国出身の孤児であり、ウミット海運に拾われてホーミングに3年師事したという話を信じていた。いや、今も信じているはずだ。

 

ウミット海運の血の掟に従い、たったひとりで報復のために殺し屋の組織を皆殺しして回っている子供がいる。すでに3つの覇気を完璧に使いこなしていて、銃ひとつで無駄なく全滅させては組織外の繋がりを洗い出し、次に襲撃する場所を決める。

 

そんな噂を聞いて、みんなで探し回り、ようやく見つけたヴェルゴが声をかけたのが最初の出会いだった。そのときドフラミンゴは男を射殺するところだった。

 

「たかが見張りのために殺しにくるなんて馬鹿のやることだ。いつか後悔する時がくる」

 

そんなことを宣う男を即座に覇王色で気絶させ、急所を過剰なほど込めた武装色の弾丸でふっとばし、銃に込めた実弾を全て放つほど怒り狂っていた。男はミンチよりもひどいことになっていた。

 

ヴェルゴが声をかけたとき、ドフラミンゴは見聞色ですでにわかっていたのか、あっさり話に応じたのを覚えている。殺意を感じなかったから、ずっと放置していたらしい。

 

トレーボルが求めているような王の資質はあったが、別の形で開花したあとであり、祭り上げるには色々物足りない。しかも自我が確立しすぎているが、これから何がしたいかはっきりしている子供だった。

 

これはこれで共にいたら面白いかもしれないと思うものがあった。

 

だから、トレーボルはイトイトの実をドフラミンゴに渡して、その復讐が完了してウミット海運に帰る気がないなら海賊をやらないかと持ちかけたのだ。

 

ヴェルゴにとっては最初の出会いからドフラミンゴはドフラミンゴなので、今更天竜人だった過去があるとはいえ、なんとも思わなかった。ただ、それはドフラミンゴにとってかなりの衝撃だったらしい。

 

自分の見る目を信じて海軍へ潜入するよう命じるほど信頼のおける人間が、自分のひた隠しにしていた過去を知ってもなにもかわらない。だからどうしたと、こともなげに返してくる。そういう反応をするのが、ドフラミンゴにとっては色々な意味で転機になったと帰り道に教えてもらった。

 

お前がコラソン(心臓)でよかったと笑ったドフラミンゴを忘れない限り、ヴェルゴはドフラミンゴファミリーを裏切ることは絶対にないだろう。

 

スモーカー大佐がようやく昇進に応じたので、ヴェルゴはようやく上に怒られる必要がなくなったのだった。

 

「応じるとはいったが、いつ本部に行くとは言ってねえからな。いくぞ、たしぎ。船を出せ。ヴェルゴの言ってることはもっともだが、麦わらはまだその領域にはいねえ。その前に捕まえるぞ」

 



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54話

 

 

「......スモーカー大佐、昇進の話はどうしたんだね?受けると聞いていたんだが。私が本部に帰ってみたら騒ぎになっているんだがどういうつもりだね?」

 

「昇進の話は受けるが、麦わらの一味が不審な行動をしている。先にそっちを終わらせるからな。ローグタウンの後任の選定よろしくって人事部に伝えてくれ。あとよろしくな、ヴェルゴ」

 

「ヴェルゴ中将か、ヴェルゴさんだ、スモーカー君。......なにか掴んだのか?なにが必要だね?」

 

スモーカー大佐は笑った。ヴェルゴ中将は昔から話がわかる人なのだ。

 

黒デンデン虫で不審な会話を傍受した。キーワードは「王女ビビ」「Mr.0」「麦わら」「司令状」。

 

数字がコードネームで司令状によって行動する犯罪組織。王女ビビはアラバスタ王国で行方不明になっている王女の名前。アラバスタ王国は今流行りのクーデターの真っ最中。犯罪組織と麦わらがかかわっている可能性がある。だから砂の王国アラバスタへのエターナルポースが欲しい。

 

昇進の話を先延ばしにし、管轄しているローグタウンから無断で飛び出し、麦わら一味を捕まえるために勝手に偉大なる航路に行ってしまった部下に頭をかかえているのが目に見えるようだった。

 

デンデン虫の向こう側で長い長いため息をつくヴェルゴ中将の声がする。

 

「いいだろう、近くの何もない島で待ちたまえ。リトルガーデンはログが1年かかるが、そこから北西にある何もない島は1週間ほどでログが貯まるだろう」

 

ヴェルゴ中将との連絡を終えたスモーカー大佐達の船は、指示通り何もない島に寄港した。文字通りなにもない島だ。

 

「ほんとに何もないですね、スモーカー大佐」

 

たしぎがこぼすくらい、不自然なほど周りになにもない島だった。島食い金魚に食われてできたフンの島とはいえ、少しくらいは食べ残しのように切り取られ残された島の一部や歯型の残る岩は残るはずなのだが、それすらなにもない。その割に海軍の船が寄港できるほどのスペースがある。

 

「ああ、人堕ちホーミングが黒ひげという無名の海賊を全滅させて、海に沈めたって有名な島だからな。そりゃあなにもねえだろうよ」

 

「えっ、噂のあの島なんですか、ここ!?」

 

「そうだ。トータルバウンティ0ベリーという正真正銘の新人海賊を処刑したあの島だ。ウミット海運の血の掟を改めて示した事件だったな。奴らは儲け話やシマを荒らした奴らは誰であろうが地獄の果てまで探し出して皆殺しにする。この世界にきて、それを知らないのは東の海と西の海出身以外はただの馬鹿だ」

 

「ドラム王国と医療の共同研究を提案するつもりだったとか......。それを黒ひげが滅ぼしたんですっけ」

 

「ああ、まだ立ち上げたばかりで5人しかいなかった海賊を全員重しをつけて、船ごと沈めたそうだ。悪いことはいわねえ、アラバスタにいっても碇マークの建物には近づくな」

 

「あれ、アラバスタってサー・クロコダイルとウミット海運の仲が悪いから、撤退したんじゃなかったでしたっけ」

 

「そうだったか?」

 

「はい、たしか......」

 

ぱらぱらと手帳をめくり、たしぎが答える。

 

「あった、あった。えーっと、七武海砂の王サー・クロコダイルと天夜叉ドフラミンゴが不仲なことから噂が広まったみたいですね。ドフラミンゴはウミット海運から独立したわけで、人堕ちホーミングを毛嫌いしている延長という説もあるとか」

 

「ああ、たぶん後者だろうな。クロコダイルは白ひげに負けてから、関係が深いホーミングを嫌ってるはずだ。よくある小競り合いか。アラバスタは不便だろうな」

 

「そうですね。高いから財政部門からは睨まれますけど、どこよりも早く届くから便利です」

 

「ヴェルゴについでに届けてもらうモン、リストアップしとくか」

 

スモーカー大佐の提案にたしぎ達はうなずく。1週間後、私はキミの部下じゃないんだがといいながら、アラバスタへのエターナルポースを始めとしたいろんなものを届けてくれたヴェルゴ中将なのであった。

 

「トーンダイアル、手元にあるのをかき集めてきたから使うといいよ。キミ達の武運を祈っている。ああ、あと、昇進先はG5になるだろうから覚悟しておくように」

 

ヴェルゴ中将のいうG5とは、偉大なる航路後半「新世界」にある海軍の部署のひとつで、グランドラインからGがとられていて、1から14まである。

 

基地長をトップとして、その下に6部隊が置かれている

 

荒くれ者の海兵達が集ういわゆる窓際部署である。 構成員は海軍本部と同じ階級システムの海兵で、東西南北の海を管轄する支部のような本部との階級差は無い。

 

「私はこの度、ここの基地長に就任したんだ。キミ達は推薦させてもらった形だからね、悪く思わないでくれたまえ」

 

「アンタもいよいよ窓際部署に移動か、ヴェルゴ」

 

「ヴェルゴ中将か、ヴェルゴさんと呼びなさい、スモーカー君。調べてみたが、なかなかの問題児が集まっているようだ。たしぎ君は本気で昇進を狙いなさい、明日は我が身のような場所だからね」

 

「そんなにですか!?」

 

「気の毒なことだが、スモーカー大佐の部下になった時点で定められた道だったね」

 

ヴェルゴ中将がいうには、勤務する兵士たちは基本的にチンピラばかりで、暴力に訴えるしか能がない連中であるという。この間、内通者が出たことが発覚した際には前任の基地長に「暴力バカは疑う価値すら無い」とまで言われる伝説を残している。

 

捕まえた海賊を火あぶりにするわ鮫釣りに使うわと、すでに06部隊に配属されているヤリスギ准将に感化され、やってることは上官のヤリスギとほぼ同じような連中がいる。

 

ただ、ヴェルゴ中将の見立てでは、義侠に富み、はみ出し者の自分たちに優しくしてくれるスモーカー大佐のような男への忠誠心は期待できるそうだ。

 

野郎所帯なので美女に目が無く、海軍が新しく導入するベガパンク産のロボットにすぐ夢中になるなど幼稚な一面もあるが、正義感は強くある程度の常識は持ち合わせているという。

 

「アンタにピッタリの部署だな、ヴェルゴ」

 

「いつもいうがヴェルゴ中将か、ヴェルゴさんだ、スモーカー君」

 

「すぐ抜いてやるから問題ねえな」

 

「先に待っているから、はやく麦わら一味の件終わらせるように」

 

「ああ、わかってる。どうせおれ達の件でそんな僻地に飛ばされたんだろう、アンタ」

 

「よくわかっているじゃないか。キミへの評価は最底辺を記録している。あとは上るだけだ、頑張りなさい」

 

「ものはいいようだな、アンタ。そんなんだから優秀なのにそんなとこに飛ばされるんだ」



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55話

ただいま、現在進行形でゴーイングメリー号はたくさんの魚人とゾオン系悪魔の実の能力者と思われる集団に完全包囲されていた。極寒の旧ドラム王国のため全員がコートを着ているが胸と背中に碇マークが目立つように刺繍されている。代表と思われるジャガーの獣人が前に進み出てきた。

 

船番のゾロは間が悪いことに寒中水泳をしていたため、3本の刀は甲板に立てかけてある。

 

「東の海から来た奴らで冬島の極寒の海で寒中水泳ができる人間がいるとは思わなかった。お前、海賊狩りのロロノア・ゾロだな?ということはこの海賊旗をみるに麦わら一味か。ここがウミット海運のシマだと知って上陸したのか?一体何のようだ」

 

ゴーイングメリー号の出航を妨げる形で碇マークの旗をかかげた船が停泊している。

 

「おまえらがウミット海運か?」

 

「そうだ」

 

「うちの航海士が熱を出したから、医者を見せにあの山に登ってんだ。用が済んだらすぐ帰る。ログは1日でたまるんだろ?なら問題はねえはずだ」

 

ゾロはそういいながら、冷や汗をどうにか刀がある甲板まで行けないか周りを見渡すが、誰も隙を見せるような様子はない。こんな紙切れでほんとうになんとかなるのかと思いつつ、ゾロは紙切れをジャガーの男に渡した。

 

「......お前の血判はどれだ?」

 

「これだな」

 

ゾロは真っ赤な指紋のひとつに重ねてやった。

 

「なるほど、どうやら本物らしいな。わかった。航海士の治療が間に合うといいな。それでは失礼する」

 

ジャガーの男は一礼して、包囲している男達に声を掛ける。

 

「お前ら、そういうわけだから今月分の荷物を全て運び出して、配達を始めろ」

 

男の一声でゴーイングメリー号の横に停泊した船に男達が乗り込んでいく。滑車やクレーンがでてきて、碇マークが描かれた大小様々な荷物の下ろしを始める。慣れた様子で彼らは配送業を始めた。

 

「ところで、そこに沈んでいる超カルガモは大丈夫なのか?氷漬けだが」

 

「えっ!?」

 

ゾロが振り返ると何故か冬島の極寒の海に今にも沈んでいきそうなカルーがいた。

 

「なんで飛び込んでんだ、お前!!」

 

あわててゾロはカルーをひきあげる。凍死寸前である。

 

「お前が溺れたと思って助けにいったといってるが」

 

「おまえなにしてんだ、カルー!!」

 

「このままじゃまずいな、うちの船にこい。お湯くらいなら貸してやる」

 

「いいのか」

 

「さすがに死なれたら寝覚めが悪いからな」

 

笑うジャガーの男にゾロはカルーを担いでついていくことにした。

 

「......おまえ、カルーのいうことがわかるのか?」

 

「能力を極めるとわかるんだ」

 

「そういうもんか」

 

「それよりお前は大丈夫なのか」

 

「なにが?」

 

「大事な刀、いつまで放っておく気だ?」

 

慌ててゾロは愛刀達を取りに行くついでに服を着ることにした。さすがにそのまま船には乗らないでくれとジャガーの男に怒られたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

旧ドラム王国にして名前のない国となっている冬島と七武海ドフラミンゴファミリーの取引は、

旧ドラム王国が世界的に有名な医学の国だった頃にまで遡る。

ドフラミンゴファミリーはドレスローザという世界政府加盟国を中心に、北の海全域、北以外にはいくつかの非加盟国に拠点をもつ海賊である。天夜叉ドフラミンゴは、闇のシンジケートの頂点に君臨しており、海賊というよりは闇のブローカーの頂点といった方が正しい男だ。拠点というが七武海の支配下におくことで国を守る代わりに経済特区を設けることを条件にするあたり、金を稼ぐのが好きな男でもある。

 

ドフラミンゴはある時ドレスローザの新しい経済特区に先駆的な医療施設をつくる計画をたてた。そして、当時先進の医療大国だったドラム王国から数名の医者を招致することにした。

 

当時、ドレスローザとドラム王国は交流があったのだ。

 

しかし、ドラム王国には父である先代国王に甘やかされて育った経緯から非常にわがままかつ卑劣な性格で、国民・家臣よりも何より我が身を第一に考える利己的主義者に育った王子がいた。

 

先代国王の急死により、若くして王座についたワポル王は、王国のものはすべて自分の所有物という考えを持ち、「医者狩り」をはじめとする様々な悪政をしいて国民を苦しめはじめた。

 

こんな男なので思慮も浅く、感情に任せた後先を考えない行動に出ることも多く、その都度側近の家臣団に放任する下劣な独裁者である。

 

「王様である自分の思い通りにならない者は死ねばいい」という考えを持ち、国民を圧政によって苦しめていた。

 

中でも国王直属の医師団「イッシー20」を設立すると共に、それ以外の医者を国外追放し、国民が医師の治療を受けるには王である自身に絶対服従しなければならないシステムを作り上げた。

 

元は国王の家臣だったドルトンに言わせれば「国中の患者を人質に取る犯罪同然の状態」とも批評される。実際、黒ひげ海賊団という無名の海賊に襲撃されたとき、ワポルたちが国民をおいて真っ先に逃亡した。そのせいで末期の王国は深刻な医者不足に悩まされていた。

 

ドラム王国もドレスローザも世界政府加盟国であり、世界会議で話し合いも持たれたのだが、内政干渉になるという理由でドレスローザは助けられなかった。外交問題になってしまうため、下手に行動を起こせない。そのため、代わりに行動したのがドフラミンゴファミリーだった。

 

追放された医者達の受け皿になってくれたのがドレスローザであり、希望する国まで送ってくれたのが七武海天夜叉ドフラミンゴの古巣であり、今なお強い繋がりをもつウミット海運。世界で一番有名なマフィアが運営している海運業者である。

 

国が滅んだあと、生き残った国民にドレスローザは移住を勧めたが、ドルトン達は断った。それならとドラム王国は滅びたから、ようやくドレスローザは公的にも私的にも支援することができるようになった。復興が進めば医者を戻す計画も進んでいる。

 

なお、ドラム王国を滅ぼした黒ひげ海賊団は新聞に載った1週間以内に、ウミット海運の血の掟により儲け話をご破産にしたことで船ごと海に沈められた。場所はリトルガーデン北西にある何もない島。島食いによって食べられてできたフンの島であり、ログは1週間でたまる。

ドフラミンゴファミリーの医療機関の計画には、ウミット海運も莫大な金を注ぎ込んでいたからだと言われている。

 

だから、ここに一筆書いて全員の血判を押してくれ、とドルトンはルフィ達につげた。いつワポル王達が王政復古を狙って襲撃してくるかわからないため、この国はウミット海運に強い海賊の撃退を頼むことがある。世界政府に新しい国として加盟するくらいまで復興するにはまだまだ時間がかかる。だから今は実質ウミット海運のシマになることで防衛している国でもある。独立した暁にはウミット海運は手を引き、支部をおくことがすでに決まっている。

 

それに定期的にウミット海運の支援船がくるため、血判状がないと海賊旗をかかげている船は、シマを荒らしたとして血の掟で皆殺しにされる可能性がある。事情を話せばわかってはくれるが確実性をとるなら、血判状を作っておいた方がいい。

 

血判状は世界政府にも認められた法的効力を持つ書状であり、契約や約束事において本人の意思を示す手段になり得る。

 

ドルトンが真っ先に親指の血判を押したため、麦わら一味は代表してルフィが一筆書いた。非常な悪筆だったが、真下に全員が血判を押したため完成したのだ。

 

いくらでも偽造できそうな紙切れ一枚でここまで納得して、優しくしてくれるなんて、血の掟ってやつはマフィアにはとても信用に値するものらしい。



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56話

九死に一生を得たカルーとゾロがウミット海運を出てくると、雪に埋まる港の一角に見覚えがある船を見つけた。大型潜水奇襲帆船ブリキング号が停泊している。ブリキング海賊団ブリキのワポルの船だ。ジャガーの男は顔を引き攣らせた。

 

「とうとう帰ってきたか、ワポル王ッ!おい、お前らは早くドルトンさんに知らせろ。仕事は後だ、街の護衛に回せ!そっちはあの船の見張りもろとも船を沈めろ。抵抗するなら殺せ。逃すなよ」

 

魚人達がブリキング号に向かっていく。極寒の海だというのに平然と飛び込んで行き、巨大な帆船は底が抜けたのかどんどん沈んでいく。見張りをしていた兵士達は引き金をひくが、意思を持ったようにうねる波が一気に船を傾かせ、兵士達の足場を崩す。誤射したり、フレンドリーファイアしたり、海に落ちたり、大惨事になっていく。あっという間にゴーイングメリー号の何十倍もあった帆船は海の藻屑と化した。

 

アーロンパーク以来久しぶりに見た魚人達だったが、ウミット海運の魚人達は連携がとれている上に容赦なく殺していくため無駄がない。あっという間に仕事を済ませた魚人達は、ジャガー男のところに向かう。

 

「ペドロ隊長、ダメです!ワポル王がいません!」

 

「もぬけの殻のようです!足跡をみるにうちを避けて麦わら一味の船を調べ、足跡を追っていったようです!」

 

「なにいっ!?麦わら一味の船をか?」

 

「誰もいないと思ったようです」

 

「なぜ麦わら一味の船を狙うんだ?」

 

「あー......それ多分あれだ。ここくる前にうちの船長がワポルを吹き飛ばしたからだな」

 

「ワポルをか?」

 

「ああ、あいつ船食うからびっくりした。なにかの能力者か?」

 

ペドロ隊長と呼ばれた男はうなずいてブリキのワポルの手配書を見せてくれた。

 

ワポルはバクバクの実を食べた雑食人間であり、口を自在に巨大化させ、ありとあらゆるものを美味しく食べることができる。一般的な食料品はもちろん、どう頑張ったって常人では食べられない物でも関係なく食べてしまえる。

 

常人では食べられない物というのは猛毒のキノコとかフグを内臓ごと食べるとかそういう話ではなく、砲弾とか大砲とか焼け落ちた家屋とかそういった物でもである。

 

また、歯や顎の力も非常に強く、短剣に刺した肉を短剣の刃ごと噛み潰してしまうことも容易。その気になれば人間でも生きたまま食べてしまえる。

 

ただ食べて消化吸収するだけでなく、食べたものの能力や特性を体内に保存しておくことができる。そしてバクバクの能力の真骨頂として、食べたものの特性を自分自身に反映して肉体を強化したり、食べた物そのものに変身したり、二種類以上の物質を融合させて新たな物質を作り出したりすることが可能。

 

武器庫の武器を食べてしまえば全身兵器人間となる。ただし食べた分だけずっと使えるわけではないようで食べた分だけ使用すればその分はまた食べない限り使えない。

 

「血の掟に従い、ブリキング海賊団を追いかけていたんだが、あの船は潜水能力も機動力も見た目以上にあるものだからなかなか捕まらなくてな。今度こそ仕留めてやる」

 

「そうか、気をつけてな」

 

「ああ、そちらも航海士がはやく元気になるといいな」

 

「クエーッ!」

 

「ありがとう。それでは失礼する」

 

 

 

 

 

 

見張りの男達は無事だった。先に派遣していたウミット海運の社員達がわってはいって、ワポルの部下をひとり残らず撃ち殺したからだ。ペドロ達の顔を見て、安心したのか大人達が次々と顔を出す。そして、情報収集に明け暮れる。ワポル達の襲撃を聞いてギャスタに向かったペドロの見聞色がみせたのは、雪崩に飲み込まれていく、民間人を庇って矢で射られたドルトンだった。

 

「ドルトンさんッ!」

 

一面雪景色にしか見えない世界に真っ先に飛び込む。掘り起こす。見聞色がたしかにそこにいると教えてくれる。ペドロと続いていた部下達もまた民間人を掘り起こしていく。ウミット海運が来てくれたと安心したのか、ギャスタの人々もその中に混じっていく。

 

「ダンナはこの国にいま一番必要な男だ、死ぬな!!」

 

救出された人から順番に近くの民家に運び込まれていく。医者はいないが冬島だ。経験則としてどうすればいいかはわかっている人間しかここにはいない。

 

「ドルトンさん!」

 

ようやくドルトンを雪から掘り起こせたはいいがぞっとするほど冷たくなっている。動揺したペドロは覇気を使うことも忘れて必死にドルトンに呼びかけていた。部下達が次々とお湯を運んでくる。そんな中、ざくざくと雪を踏みしめながらドルトン達に近づいてくる男達がいた。

 

「ドルトンは生きている。冷凍状態になっているだけだ、我々に任せてくれないか」

 

そこにはワポル直属のイッシー20達がたっていた。一斉にあたりがざわつき始める。

 

「待てよ、信用ならねえぞ!ワポルに......王の権力に屈したお前らにドルトンさんをまかせろだと?」

「一体彼をどうするつもりだ!」

 

「ペドロさん、アンタんとこの船の設備ならなんとかなるんじゃ」

 

ペドロの思考が一気に冷静になる。見えてくるものがある。

 

「馬鹿野郎、ギャスタから港までどんだけ距離があると思ってんだ。ドルトンさんを殺す気か!ドルトンさんを救いたいんなら、こいつらのいうとおりにしろ。何が必要だ?至急集めさせるから指示をくれ」

 

「えっ、ペドロさん!?」

 

「何言ってんだ、アンタ!」

 

「いいから早く!雪崩から救い出した15分が勝負なんだぞ、冬島生まれなら常識なんだろう!?教えてくれたのはお前らだ!忘れたとはいわせねえぞ!」

 

この名もなき国でドルトンの次に絶大な信頼を寄せられている男の一喝は強烈だった。イッシー20の男達から指示をうけ、ドルトンを助けるために近くの民家から必要なものがどんどん集められていった。そして、ドルトンの治療は開始されたのである。

 

「......おれ達だって医者なんだ」

 

「奴らの強さに屈しながらも、医療の研究は、常にこの国の患者達のために進めてきた」

 

「......とあるヤブ医者に教わったんだ。諦めるなと」

 

「もう失ってはならないんだ、誰かのためにどこまでも馬鹿になれる男をな」

 

ドルトンの一命を取り留める大手術の末に、見事成功させたイッシー20はなぜか、誰もが標高5000メートルの山ドラムロックを見上げる。つられて見上げたペドロには見えていた。さくらとドクロマークをかかげた海賊旗をめぐる海賊達の戦いが。

 

「ペドロッ!きみには見えているんだろう、ワポル達との戦いが!!」

 

いきなり腕を引かれてペドロが振り返ると、意識を取り戻したばかりのドルトンがいた。

 

「ダンナはここでじっとしてるんだ。今度こそ死ぬぞ」

 

「それだけはできない!国の崩壊という悲劇にやっと得た好機じゃないか!今這い上がれなければ、君達から永遠に独り立ちできず、この国は腐りおちてしまう!!そんなことできるわけがないだろうが!!!」

 

無理やり立ちあがろうとするドルトンをウソップとゾロが支えてやる。そういうことなら山登りを手伝ってやると笑っていう。ウソップの足がすでにガクガクだが誰も指摘はしない。ビビはその様子をなにかを噛み締めるような顔をして見ていた。そして、自分も行くと手を挙げる。

 

ギャスタの住人がひとり声をあげた。

 

「そこまでいうなら30分だけ待ってくれ。ここの外れの大木に、なぜかロープが1本だけ張り直してあるんだ。随分前にこことあの山の頂上を繋ぐロープウェイは全て外されていたはずなのにな」

 

 

 



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57話

この国に住む唯一の医者にして139歳のため魔女と呼ばれる女がいる。ドクターくれはと呼ばれている女が昔住んでいた家から山の頂上にロープウェイが伸びていた。行くと言って聞かないドルトンを心配したギャスタの人々が乗り込みすぎてなかなかロープウェイは進まない。

ようやく到着したころには、麦わらのルフィがワポルをはるか彼方へ飛ばしたあとだった。

 

「......ペドロ、わかっていて言わなかったな?」

 

「何当たり前のことをいってるんだ、ダンナ。アンタはこの国に一番必要な男だ。今死なれたら困るんだよ。それこそ天夜叉と船長になんて言われるか」

 

ペドロは笑いながらドルトンが体に巻いていた爆弾の帯を回収する。そして、そのままドクターくれはに言われて沢山の男達に担ぎ込まれていくドルトンを見送った。

 

「麦わらのルフィ、か。これではどこまで飛ばされたかわからない。また探さなくちゃならないなワポルめ」

 

ざくざく雪を踏みしめながら歩いていく。

 

「まあいい、3人が1人になるだけでもだいぶ違うしな」

 

そして、ドクターくれはの弟子、トニートニー・チョッパーが倒したという男二人のところに向かう。気絶しているのか、死んでいるのかはペドロにとってどうでもいいことだ。銃を取り出し、念の為ヘッドショットでトドメをさした。

 

名もなき島は冬島だ。年がら年中雪がふっている。この間もどんどん降り積もり、真っ赤に広がる血すらあいまいになっていく。この遺体が発見されるのは、来年のほんの少しの春の日か、たまたまこの辺りにつまずいて転ぶ誰かがいたときくらいだろう。

 

ペドロはそのまま城に引き返す。麦わら一味に一度話を聞かなければならない。麦わら一味が表向き行方不明のビビ王女といて、犯罪組織となにかを企んでいるか、対立しているとホーミングからきいているのだ。せっかくだから話が聞きたかった。

 

麦わらのルフィはチョッパーを気に入ったようで仲間にすると張り切って追いかけ回している。治療中のエグい音がするから、金髪の青年はまた病室送りになったようだ。ゾロ達は見つけられず、ペドロが訪ねたとき、いたのはオレンジ髪の少女とビビ王女だけだった。

 

「ロロノア・ゾロから聞いたが、きみが麦わら一味の航海士か。体調はどうだ?」

 

「アンタがゾロがいってたウミット海運の......」

 

「この国を担当している第一部隊長のペドロだ。身バレしたくないんでな、常時この姿をしている。モデルジャガーの能力者だ」

 

「やっぱそうなんだ、マフィアって大変なのね。うん、ありがとう。すっかりよくなったわ。あたしはナミ。よろしく」

 

「それはよかった。麦わらのルフィに礼をしたかったんだが、どうやらお取り込み中のようだから、伝えてくれないか。おれ達の仕事だったのにワポル王を倒してくれてありがとうとな」

 

「気にしなくていいわよ、なんか成り行きだったしね」

 

「そういってくれると助かる」

 

「あのッ!」

 

ペドロとナミの会話に入ってきたのはビビだった。

 

「ウミット海運が七武海天夜叉ドフラミンゴと深い繋がりがあるってほんとうですか?」

 

「ああそうだな。事実だ。それがどうかしたか?」

 

「ウェザリアとも取引してるって本当ですか?」

 

「そうだな、ウミット海運の大事な取引相手だ」

 

「どうしたの?」

 

ビビと聞かないナミの配慮を汲んで、あえて名前を聞かないペドロにビビはさらに続ける。

 

「ウェザリアは誰にも支配されない中立な場所だって聞いたことがあります。でも、雨が降らない国に、雨を売ってるって聞いたことがあります。もし、長年雨が降らなくて困ってる国があったら、いくら出したら売ってくれますか!?」

 

「なるほど、切実な問題だな。ウェザリアに聞かないとわからないが、事情を話せば交渉できるだろうな」

 

「ほんとですか!?」

 

「ただ、今のアラバスタの状況をみるに、ウェザリアが王国と交渉したとして、国民は納得するのか?ダンスパウダーで自分のところ以外雨を降らせないのに、沢山の税金を使ってわざわざ雨を買うなんてことになるだろう。なぜか取引が失敗したり、輸送がうまくいかなかったりすれば、クーデターの勢いが増すんじゃないか?」

 

「......たしかに、それはそうかも......」

 

「おれとしては、なんとかしてあげたいと思う。ただ、そちらもよく知っているように、天夜叉と砂の王は非常に仲が悪い。おかげで砂の王の支配域になった国からウミット海運は支部もおけず、経済活動を一切禁じられている状況だ。わるいがウミット海運はボランティアじゃない、れっきとした会社だ。交渉したいならそれなりの利益を見込める儲け話がないと応じられない」

 

「───────......そっか、そうですよね。もうけばなしか......」

 

「なんだ、簡単な話じゃない」

 

「え?」

 

「要するに、ソイツがいなくなっちゃえばいいんでしょ?そうすればウミット海運はアラバスタにまた支部がおけるし、お金稼げるし、アラバスタだって雨くらいいくらでも買えるようになるわよね?そういうことでしょ?」

 

ナミが笑う。ビビは驚いたようにナミとペドロを交互にみる。ペドロはうなずいた。ビビの顔に笑顔が浮かぶ。

 

「ウミット海運本社の連絡先がかいてあるんだ、渡しておこう。その時がきたら、是非とも協力させてくれ」

 

「あ、ありがとうございますッ!!」

 

「未来の儲け話のために協力してくれるって流れはウミット海運的には無しなの?」

 

「さすがにメリットよりデメリットが大きすぎてダメだな。おまえ達が七武海や四皇くらいの勢力なら船長も即決してくれるんだが。儲け話の嗅覚はするどい人だからな、その時が来たら連絡をもらうより先にアラバスタにいっていると思う」

 



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58話

今日も朝からクロコダイルの苦情の電話が来た。新世界にいるような海賊がこんなにくるわけないだろうがとガチトーンでキレていた。いっそのことバロックワークスの最終計画に支障が出たら面白いことになるだろうと考えていたのだが。残念ながら生真面目なあの男はなんとかスケジュールに遅れが出ることなく完遂したようだ。

 

プルトンが最終目標な以上、アラバスタを見捨てて逃走することはできないし、七武海が敗走したとなれば己のプライドと名声に傷がつく。白ひげ以外で背を向けることは絶対にできないクロコダイルには、新世界クラスの海賊であろうと戦わない選択肢は初めから存在しないのだ。

 

その証拠にアラバスタにおける今のクロコダイルの絶大な支持率は前をゆうに超えていることを世界経済新聞が伝えている。

 

おかげでハチノスの海賊達も腐らずに戦えると王直は上機嫌だから、次の海賊派遣の場所も検討している先に切り替えていけそうだ。ハチノスの能力者の血はだいたい集められたから、ほかの派遣先にしても能力者がいるか事前調査が必要かもしれない。

 

私が新聞に没頭しているとイールから声を掛けられた。私に客らしい。この気配はエースか。私は机の上を軽く整理してから、中に入るよう告げた。

 

「何年振りかな、白ひげ2番隊長火拳のエース」

 

「4年振りだな、ホーミングさん。アンタの噂を聞かない日はないよ。元気そうでなによりだ」

 

「そうか、もうそんなになるのか。月日が流れるのは早いものだな。今回はなんのようだ?」

 

「親父から手紙を預かってきたんだ」

 

「白ひげから?珍しいこともあるものだな、あの男がわざわざ手紙を......。いつもなら、こちらから送ろうものなら酒をよこせという癖に」

 

「あはは、そういわないでやってくれよ。ドフラミンゴんとこの薬と相性いいのか、最近調子よさそうなんだ。元気に酒飲んでるよ」

 

「酒飲み過ぎたら意味がないと思うんだがね......」

受け取った私はさっそく封を切る。ざっと内容を確認した私は息を吐いた。

 

「そうか、あの男が......死体が見つからない時点で嫌な予感がしていたが......そうか。わざわざありがとう、エース。たしかにこれは信頼できる人間に伝書係になってもらった方が確実だ」

 

「そこでものは相談なんだが、ホーミングさん。アンタにこれを受け取って欲しい」

 

「それは、ビブルカードか?」

 

「ああ、さすがに知ってるよな。いざという時のために取っといて欲しいんだ」

 

「これはお前のか?2枚あるが」

 

「親父とおれのだ。こっちが親父で、それがおれの。ものは相談なんだが、ホーミングさん。アンタのビブルカードがあったら同じ枚数ほしいんだ。魚人島周辺はアンタがいなくなると大荒れになることを親父は心配してる」

 

「いや、それはわかったんだがね、なぜ白ひげだけでなく、おまえとも交換しなくちゃならないんだ?」

 

「そんなのおれが聞きてえよ......なんだよ実の親に会いに行かせてやるんだから、ついでに交換してこいって......。事情知ってるくせに親父......あんな公衆の面前で、あーもー!!」

 

「白ひげなりの親心だろう。2番隊長はかつて、おでんが座っていた場所だ。そこにお前を座らせるんだから、おでん以上に強くなれという発破をかけたいんだろうさ」

 

「ドフラミンゴも親父も要求する水準が高すぎるんだよ!......いや、そんな顔されなくてもわかってるよ。言いたかっただけだ。今のおれにはわかるよ。この肩書きは重すぎることくらいさ......将来への期待だけで置かせてくれてるのはさ」

 

「成長したな、エース」

 

「ありがとう、ホーミングさん」

 

「なるほど、だからわざわざエースをよこしたのか、あの男は......。あいにくビブルカードは作ったことがないんでね、いまいち勝手がわからないんだがどうしたらいい?」

 

「え、意外だな。ビブルカード作ったことないのか、アンタ」

 

「世界中どこにいても数時間で会える環境にいると、なかなか思いつかないものだよ」

 

「それ、世界中どこ探しても、いえるのはアンタらだけだと思うぜ。おれ達はそうじゃないから頼むよ。作るアテがないなら、髪の毛2本でもくれたらワノ国で作ってもらうからさ」

 

「わかった」

 

私が適当に抜いた髪の毛を1本ずつ大切にしまいこむエースはシュールな光景だが、これがこの世界の基準だ。

 

ビブルカードは別名「命の紙」と呼ばれている。特殊な紙で作られており、燃やしても水に浸しても破損しないという特徴がある。

 

ビブルカードのひとつ目の役割は、相手がいる位置を教えてくれること。ビブルカードは平らな場所に置くと、少しずつ動き出すという特徴がある。このときにビブルカードが動いた方向が、ビブルカードの元の持ち主がいる場所ということになる。例えどれだけ遠く離れていても、ビブルカードさえ持っていれば相手の居場所がわかる。

 

ふたつ目の役割は、相手の無事や危機を知らせてくれるということ。ビブルカードは元の持ち主が無事であれば大きさなどに変化は現れないが、怪我や病気などで命の危機にさらされると、徐々に小さくなる。

 

体が回復して危機を脱すると、また大きく回復する。また、元の持ち主が死亡すると、燃えてなくなるという特徴がある。ビブルカードが燃えているようであれば、ビブルカードの持ち主が瀕死状態にあるということになるのだ。

 

ビブルカードは紙であるため、破ることができる。いくつかに破っても、その効果は変わらない。小さな破片になってもそれぞれが役割を果たすため、複数の人間に自分のビブルカードを持たせることもできる。

 

ビブルカードには本人の魂が宿るといわれており、ビッグマムのホーミーズのようにビブルカードを持っている者に手出しできなくなる場合もある。

 

ビブルカードは知識さえあれば、比較的簡単に作れるそうだ。新世界でしか作れないアイテムだが、作り方はそれほど難しいものではないようだ。作り方がわからなくても、街にいる職人に頼めば作成可能なようだが、ウミット海運に作れる人間はいなかった。必要に迫られなければ技術は発達しないものだ。

 

「ホーミングさんのことだから、期待新鋭の海賊の情報も入ってんだろ?」

 

「ああ、自然と集まるように関係を築いてきたからね」

 

「なら、お願いがあるんだ。麦わらのルフィが今どこにいるのか教えてくれ」

 

「麦わらの?」

 

「ああ、ホーミングさん知ってるだろうけど、ルフィはおれと兄弟盃を交わした弟なんだ。ほんとはもう1人同い年のやつがいたけどもう死んでる。ルフィだけが弟なんだ。あの男が生きてた以上、また七武海に入るために億超えの海賊を狙ってくるはずだ」

 

「そうだな、今回は私の存在を前提に動くだろうから、より水面下になるだろう」

 

「ルフィはまだ3000万だけど、初頭でこのペースならおれと同じで1年以内に億超えるはずだ。頼む、ホーミングさん。おれ、ルフィが心配なんだよ。甘いこといってるのはわかってる。でも、おれはルフィと同じ高みで戦いたいんだ。武装色をやっと使えたおれですら5億いったんだから、覇気もなにも使えないまま億超えになったらルフィが新世界にも行けないまま死んじまう。それは嫌なんだよ。悔しいが、今のルフィだと黒ひげに会ったら終わりだ、殺される。だからその前に会いたいんだ、頼む」

「わかった、そこまでいうなら教えてやろう」

 

「ホーミングさん!」

 

「うちの一番隊長のペドロが、昨日麦わらの一味と旧ドラム王国で会ったそうだ。普通の航路を辿るなら、あと数日でアラバスタにつくだろう」

 

「ありがとう、ホーミングさん。なんて礼をいったらいいか」

 

「なに、たまには父親らしいことをしないと怪しまれるだろう。お前はまだ母親の姓を名乗る領域にいないと自分で判断したようだからな」

 

「それまでお世話になります」

 

「気にするな、20年もたてばなにも変わらない。ただ、ひとつ問題がある。麦わらの一味がどういうわけか、ローグタウンの白猟のスモーカーに狙われているようでな。あの男も同日到着することになりそうだ」

 

「スモーカーが?ローグタウンからアラバスタまで追いかけてきたのか!?」

 

「ローグタウンではドラゴンが助太刀したようだが......」

 

「ありがとう、ホーミングさん!お礼はアンタのビブルカードができたら改めて伺うよ!じゃあな!」



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59話

風と気候が安定してきた。アラバスタの気候域に入った証だ。ビビがアラバスタにおける神聖な生き物だから食べるなと男性陣を後ろから金棒で殴り倒してとめた海ネコという海獣もまたその証。あの猫と魚の融合みたいな海獣は、アラバスタサンディ島近郊をナワバリとしている。

 

「後ろに見えるあれらもアラバスタが近い証だろう」

 

ゾロが指差す先には見渡す限り沢山のBWという文字をかかげた船。ビリオンズというバロックワークスのオフィサーエージェントの部下である。ウイスキーピークの賞金稼ぎとは比較にならない強さを持ち、まさに精鋭というにふさわしい。200人は堅いと思われる。

 

バロックワークスは表向き賞金稼ぎの会社だ。内乱が激化しているアラバスタは、便乗したい賞金首や犯罪組織を呼び込むため、格好の稼ぎ場だ。国民にとっては七武海にして砂漠の英雄クロコダイルの力がどうしても及ばない地域の救世主になりうる。ゆえに堂々と表の港に寄港しても歓迎はされても疑う者はいない。アラバスタでバロックワークスを糾弾してはいけない。周りから頭がおかしいと言われて袋叩きにされ、家族ごと村八分される。それだけアラバスタ王国の信用は地に落ちているのだ。

 

ビビの言葉に麦わら一味はこれからたった8人で挑む巨悪を再認識する。

 

砲撃の音がした。それを皮切りにBWの船を片っ端から沈没させていく海賊達が現れた。小舟がどんどん増えていき、座礁した船から日の出が上がり、煙が上がり、沈没していく。大惨事になっていく光景に、えええええ、となった麦わら一味は思わずビビをみた。

 

「あれもクロコダイルが雇った海賊達なの。王直に依頼したに違いないわ。ああやってアラバスタで英雄としての地位を不動のものにしているの」

 

王直という言葉にナミが反応する。

 

「王直って......アーロンが海賊雇う取引してた、あの......!!」

 

ナミの過去をしらないビビとそれをろくに聞かないままアーロンと激闘の末半ば意識を失いながら気力で倒したルフィ以外の表情が固くなる。

 

「アーロンが倒せるくらいならそんだけ強くないんじゃねーか?」

 

サンジが希望的観測をのべる。

 

「アーロンて海賊がどれくらいの強さかにもよるけど、王直は依頼された強さの海賊しか寄越さないわ」

 

ビビの言葉に王直という言葉しか知らなかったルフィ以外の誰もが意味を理解して戦慄するのだ。

 

そんな麦わら一味の反応をみて、ビビは説明を始めた。

 

王直は偉大なる航路後半の海にある海賊島ハチノスの元締めをしている大海賊である。金さえ払えば配下の海賊を派遣することで知られている。

 

ハチノスとはあくまで通称であり、正式名称は別にあるが通称が有名過ぎてビビも知らない。なにせ「つつけば(= 上陸すれば)すぐさま大勢のハチ(= 海賊)が出てくる蜂の巣のようである」ことから付いた通称だ。インパクトがありすぎてハチノスじゃないと偉大なる航路では通じない有様だ。

 

ハチノスは特徴としては、島の中央にドクロの形をした巨大な要塞がある。

 

島に滞在しているのは文字通り海賊ばかりであり、海賊にとっては「楽園」と言える環境になっている。現在この島の元締めを務めているのは準四皇の一角を担う王直の本拠地になっている。

 

また、かつて世界最強の海賊団と称されたロックス海賊団が結成された場所でもある。

 

また、ビビがバロックワークスにいた時に知ったのだが、ハチノスはある大海賊団の結成の地だった。

 

その男の名はロックス。ある儲け話のためにありとあらゆる無法者たちをこの島に集結させ、ロックス海賊団を結成した。

 

最強生物と名高い四皇カイドウは、この島にて大物海賊を撃破する等の実力を見せ、白ひげのスカウトでロックス海賊団に海賊見習いとして入団したという。ロックス海賊団壊滅後は、メンバーの1人であった王直がハチノスの元締めになっているというわけだ。

ハチノスは「海賊島」と呼ばれているため、この島がデービーバックファイトが誕生した地である。

 

「すっげー、あのデービーバックファイトのか!?聖地じゃねーか!やっぱ偉大なる航路はすげーとこなんだな、ワクワクする!」

 

ルフィの食いつくところが予想外すぎてビビは一瞬ぽかんとしてしまうが、一部を除いた男性陣の目が輝いていることに気づいたため、男のロマンはわからないとぼやくナミに賛同する羽目になる。

 

ビビはルフィの食いつき振りをみて、それも絡めながら話を再開した。伝説の海賊ロックス海賊団には到底人の下にはつかない性格であるビッグマムやカイドウ、金獅子、王直、白ひげ、キャプテン・ジョンなどビッグネームすぎる者達が所属してた。ロックス海賊団はこの島で行われたデービーバックファイトによってメンバーが構成された、或いはロックスの伝説からデービーバックファイトが出来た可能性がある。 だから聖地といわれている。彼らにとっては黒歴史のため真意は不明だが。

 

「はー、そんなすげえやつと繋がりがあんのか、クロコダイルは」

 

「マッチポンプにわざわざ育て上げた部下を200人も使い捨てかよ。惜しげもない使い方だな、おい」

 

「計画は最終段階に入ってる。でもあの男にはどこにも抜け目はない」

 

「にしし、でもアリンコが入るくらいの隙間ならあるだろ?」

 

「!......そうね!バロックワークスの小さな隙間に、私達は入り込めたんだもの。みんなで一気に崩すことだってできるよね!ペドロさんにいい儲け話を持っていくためにも頑張らなきゃ!」

 

ビビがやる気をだしたところで、ゾロは上陸前にやることがあると話を切り出した。

 

「盛り上がってるとこ悪いが、クロコダイルは父さんが嫌いだし、親父を不倶戴天の敵だと思ってる。そのせいで天夜叉とも仲悪いっていうんだから、大ハズレだな。王直と父さんは大事な取引相手だ、たぶん嫌がらせしてるだけだぜ」

 

麦わら一味の誰も声をかけられるまで、そこに人がいることに気づけなかった。もっというなら背後をとられていることはもちろん、マネマネの実の能力者対策に印をつけて包帯を巻くところまできっちり見られたことに気づけなかった。

 

これからアラバスタを救うため、たった8人で潜入するためには生命線というべき秘策を見られた事実に、麦わら一味は凍りついた。

 

甲板に降りた男はにいとわらう。ルフィだけは何かに気づいて反応しようとしたが、見えない何かに吹き飛ばされてなにもできなかった。

 

誰だ、という前に意識を刈り取られたサンジが先だった。

 

「気づく速さはいい線してるがまだまだだな」

 

ウソップ、チョッパー、ナミ、ビビは気絶する。

 

「まあ、前線に出なくていい奴らならまだいいか」

 

唯一切り掛かったが射程圏に到達する前に吹っ飛ばされたゾロ目掛けて男はようやく右手を燃やした。能力者かとゾロは焦る。ゴーイングメリー号を燃やされたら終わりだ。アラバスタに到達する前に全滅しかねない。飛ぼうとする意識を無理やり繋ぎ止めるため咄嗟に自らに傷をつけようとした。

 

「センスはあるけど遅いな」

 

ゾロはまた吹き飛ばされた。

 

「久しぶりだな、ルフィ。いい仲間連れてるみたいだが駄目だ。このままじゃ死ぬぞお前ら」

 

一瞬にしてゴーイングメリー号を支配していた何かが霧散する。麦わら一味はその言葉を聞いて耳を疑い、真っ先にルフィをみる。

 

「エースー!!!いきなりなんだよ、びっくりしたな!?なにすんだよ!!」

 

「初めから殺そうとしてないことだけは気づいてたか、やっぱり持ってるんだなあ、お前」

 

「???」

 

「おれは白ひげ海賊団2番隊隊長こと火拳のエース。ルフィとは兄弟盃を交わした仲だ。いつもルフィがお世話になってます。これからよろしくな」

 



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60話

今私の前にいる逆立った赤い髪に海賊らしい悪人面をしている男の名はロックスター。懸賞金9400万ベリーの赤髪海賊団船員。レッド・フォース号に乗ったばかりの新参者だ。

 

元々別の船でも海賊をやっていたことは調べがついている。例によって無名の頃から海軍本部への定期報告にあげるくらいには私の興味をひいていた。懸賞金額から考えると偉大なる航路でも結構な海賊業を積んできたのは間違いない。ウミット海運の血の掟を破ってなお海賊船を沈められることも、本人含めて幹部達の誰も処刑されることもなく逃げ切り、赤髪海賊団の支配下に辿り着き、傘下に入っただけの実力の持ち主だ。

 

世界最強の男とも呼ばれる四皇大海賊白ひげことエドワード・ニューゲートへ手紙を届けるときに赤髪海賊団が使者として送りだすほどの期待の新鋭なのは間違いないだろう。

 

イールとの小競り合いをみるに、体育会系の真面目な性格でシャンクスへの忠誠心が特に厚い。正義感が強くルールにうるさい。戦闘スタイルは「まっすぐ剣を振り下ろす“カチ割剣”」「剣で穴掘るドリル」。 報告書に嘘はない。あいかわらずウチの諜報部門は優秀だ。

 

「喜ぶがいい、ロックスター。お前はよほど赤髪に期待されているようだ。少なくとも、私の覇気に耐えられる上、そこまでされてもなお、うちの護衛に一撃いれようとする気概があるお前を私は評価しよう」

 

イールを止めた私はすでに待機している治療班にロックスターを今すぐに治療室に放り込むよう告げた。

 

「ただ白ひげのところにいくなら態度を改めろ。あの男は私より優しいが、万が一はいつでもつきものだ。今のままだとどうでもいいところで死ぬぞ貴様」

 

赤髪海賊団の一部下として若干謙遜しつつも、白ひげ海賊団の船員に自慢げに声を掛けたと前の世界で白ひげから酒のさかなに聞いていた。あの時から楽しみにしていたが、想像以上の実力の持ち主だとわかって今の私は機嫌がよかった。だから気まぐれに声をかけたわけだが。

 

なぜかイールが私を弾かれたように見たあと複雑そうな顔をしてロックスターを見送った。今度は何を見当違いな妄想をしているのやら。肉盾の期待しかしてないから正直しったことではないが、また離反されても困るから話をしてやるか。

 

私は雑談といいながら、イールに話をふる。

 

白ひげとロックスターの力関係は歴然だろう。たしかにロックスターの約1億ベリーは本人のいうようになかなかだ。赤髪海賊団に入る前なら黒ひげの海賊狩りの標的になるし、麦わらのルフィがクロコダイルを破りバロックワークスを壊滅させる奇跡を見せてようやく到達しうる領域だ。

 

巨兵海賊団ドリーとブロギーも1億ベリーだが、あれは長年放置されていた関係上今の相場に換算すると何倍にまで跳ね上がるのか底がしれないため除外するにしても。

 

青田買いが大好きな世界政府の勧誘に応じた当時の砂の王クロコダイルが王下七武海に入るころですら8100万ベリーだった。白ひげに破れて仲間もろとも全滅したのはそのあとだから、当時の実力が反映されているのは間違いない。たしかな指標だ。

 

ロックスターは当時の七武海に勧誘されるころのクロコダイル越えの懸賞金額を引っ提げて私の前に現れた。

 

そんな大物を赤髪は私によこしてきた。失敗する事を予測した上で小間使いに送り出したとはいえ、役割を果たすにしても敵対するウミット海運に送り込むには最低ラインを超える人間がいるのはたしかだ。

 

そんな男が不死鳥のマルコ13億7400万ベリー、50億4600万ベリーに屈辱だの何だのと言って万が一があって消されるのは惜しい。

 

私はそのまま医務室に向かう。

 

「それにロックスターには赤髪に私や白ひげからの返事を伝える大事な仕事がまだ残っているだろう。下手に殺したら交渉決裂で全面戦争になる。今のお前に能力者なしで覇気と純粋な実力だけでのし上がり、層の厚い大幹部共を従えるに至った赤髪にまで届くだけの実力があるのか、イール?」

 

イールは無言ながら、安心した様に笑って首を振った。あいかわらずこの男の目には私がどう見えているのやら。一度でいいから頭の中をのぞいてみたい衝動にかられていけない。そんなくだらない理由のために、いつか手に入れたいメモメモの実の使用方法として検討したくはないから放置しているが。とりあえず世間からの評判を判断するにはちょうどいい鏡すぎてこまる。

 

私は執務室にもどり、さっそく封をあけて手紙を読み進める。イールはいつものように扉前で待機を開始した。そしてウミット海運の印字が入った便箋をだすと、胸のポケットから出した筆ペンに黒インクを染み込ませ、返事を書き始めた。同じ印字が刻まれた封筒にいれて、ウミット海運の特別製のロウで封をする。

 

治療中のロックスターを訪ねて、医務室に顔を出した。

 

「ロックスター、赤髪にはこれからいうことを伝えるだけでいいから、持ってきてくれた手紙と一緒にこれをそのまま持ってかえってくれるか。同じことを今書いたからな」

 

そして、そのままロックスターの包帯が巻かれている腹に封筒に入れ直してからおいてやった。

 

「儲け話に一番縁遠いはずの赤髪に可能かどうかはさておき。カイドウを上回る儲け話があるなら考える。今はなんともいえないから保留にさせてもらうとな。白ひげの対応をみてから決めさせてもらおう。いい儲け話を期待しているよ」

 

 



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61話

ドフラミンゴとベラミーの根比べが始まったのは2年ほど前に遡る。

 

初めこそ、北の海で裕福な国で知られるノーティスから飛び出し、幼少のころからドフラミンゴに憧れ、国を飛び出したというベラミーは、尊敬しているといってはばからないチンピラにすぎなかった。

 

退屈な生活に嫌気がさして海賊となったベラミーである。仲間入りの条件は世界を恨み、不幸な生い立ちや憎しみを重視すると一般には知られているドフラミンゴのイメージからかけ離れていると自覚しながら、傘下にいれてくれと仲間とドレスローザに居座り始めた。

 

初めて会ったころのベラミーはドフラミンゴとは違う意味で利益主義でリアリストだった。一繋ぎの大秘宝などの伝説・夢・ロマンには一切興味はないために夢を語る者・追い求める者を毛嫌いし嘲笑する男だった。

 

ドレスローザの賭博場でカードゲームに自分が負ければ文句を付けて相手に暴行するなどの素行も非常に悪く、極悪非道そのものであり、他人が苦労して手に入れたお宝を横取りする事を好むがゆえに「ハイエナのベラミー」という異名で呼ばれていた。

 

当然、ドフラミンゴがファミリー入りすることも、傘下にすることも、シンボルたる海賊旗を勝手に使うことは許さなかった。

 

「シンボルだけでも貸してくれ?ふざけんじゃねえ。ドフラミンゴファミリーのシンボルはただのチンピラや見当違いの信奉者にかせるほど安いもんじゃねえんだよ。他あたれ。ウチはリアリストは欲しいが無知はいらねえんだよ」

 

ただのチンピラはいらないと門前払いしたら、武装色と見聞色を鍛えて帰ってきた。

 

ハイエナという二つ名の意味が通説の意味にすぎないチンピラはいらないと追い出したら、主流の生態の意味と違わない名をあげて帰ってきた。

 

ドフラミンゴファミリーに無能力者は要らないし、前例を作る気はないと叩き出したら、ドレスローザの闘技場で優勝し、バネバネの実を手に入れて帰ってきた。

 

覚醒しないと話にならないと追い出したら、新聞記事に活躍が載る様になった。

 

「フッフッフ、ここまでしつこい分からず屋は何年ぶりだろうな......少し懐かしくなっちまった。正直、なぜお前がそこまで食い下がるほどおれに憧れてるのか心底理解に苦しむぜ。お前の思い描いてる天夜叉ドフラミンゴとおれは解釈違いにも程があるとうすうす気づいてんだろう?」

ドフラミンゴに問われたベラミーは、いつかファミリーの幹部としてドフラミンゴの近くで行動する事を夢見ていると返してきた。

 

「前も言ったが、ウチはリアリストは欲しいが無知はいらねえんだよ」

 

「それが空島のことをいってんなら、あるのはもう知ってる!アンタの古巣のウミット海運が養殖してるダイアルの天然モノが空島産なのを知らないのはモグリだ!2年前のおれはアンタのいうとおり無知だった!でも今は違う!」

 

「..................フッフッフ、よくしらべてんじゃねえか」

 

ドレスローザに居座り、ドフラミンゴに何の断りもなく勝手にモネみたいなことをしだしたせいで、ドレスローザの凶弾と二つ名がついてしまったベラミーは、またドフラミンゴの前で土下座していた。

 

ドフラミンゴの雑魚ちらしによく使う寄生糸(パラサイト)はドフラミンゴの十八番だ。見えない糸を相手の手足にくっつけて、指を動かして相手を自分を思うがままに操る技である。

 

主に多勢に無勢の戦場で仲間割れをさせる時に使用する事が多い。気絶している相手は手間がかかるから滅多にやらないが、あまりにベラミーがしつこいので追い出すためにやるようになった。

 

寄生糸の弱点として、相手の実力がカイドウクラスになると糸の硬度を超えるためちぎられたり、見聞色の覇気を習得していれば糸を回避できるのだが、今回のベラミーは後者で回避したのだ。

 

そのうち物理的な追い出しは非常にめんどくさくなると経験則から学んでいるドフラミンゴは、今回はどういいくるめて追い出すか思案を巡らせる。

 

「......なァ、ベラミー。おれの配下に馬鹿はいらねえんだ。わかるだろ、金儲けは馬鹿にはできねえんだよ」

 

「天夜叉は勉強が好きだもんな、これから勉強頑張るぜ。だから、もう一度、もう一度だけでいいからチャンスをくれ!」

 

「......あのなァ、いい加減にしろ。何度目のもう一度だ、小僧」

 

「おれは、おれ達は、アンタについて行きたいんだよ、ドフラミンゴ!あんたの考えに背いたつもりはねえ......いや、最初は背いてたけどもうしねえ!まだ足りねえっていうんなら、億超えの奴らを駆逐してもあんたのいう場所に到達してみせる!だから!」

 

「だから、何度もいわせんな。ウチに指示まち人間はいらねえっていってんだろうが。従順なだけの部下はいらねえんだよ。肉盾なんざおれの能力だけで足りてんだ。カイドウ達と戦争してる最前線だ、見習いおく余裕もねえんだって何回いやあわかるんだベラミー」

 

「わかった、もっと強くなって帰ってくるぜ。そのときにはファミリーの傘下にいれてくれ」

 

「......フッフッフ、ベラミー。お前のそういうトコは好きなんだがな......嫌いでもあるんだよな。なんでこう、ウチに来る大型ルーキーはこうめんどくせぇ奴らばっかなんだ......?」

 

「なんかいったか、ドフラミンゴ」

 

「なんでもねえ。いいか、ベラミー。ウチの傘下に入りてえなら儲け話のひとつやふたつ持ってこいよ。ホーミングすら手が出せないスカイピアの黄金とか」

 

言い終える前に去ってしまったベラミーに、父上すら手が出せないんだから、5500万程度じゃジャヤで腐るだけだろうとドフラミンゴは考える。まだまだ処理すべき案件が山積みなのだ。はやく闘技場に戻らなくては。



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62話

「作戦の決行は2日後の朝7時。手配は済んだのか?」

 

「ええ滞りなく…......といいたいところだけど、囮のビリオンズは全滅したから50名だけね、ナノハナで待機済みよ」

 

「分散して入る手筈なのに三分の一か......まあ、生き残っただけマシか」

 

「私じゃないわ」

 

「そんな心配、今までしたことねえだろう。王直の部下は新世界の猛者共だ。見聞色常備だからなアイツらは。全滅しなかっただけマシだ。案外優秀だな、アイツら」

 

「Mr.2を呼び戻しておいたわ。どうやらMr.3が捕まらなかったようだから。オフィサーエージェント達の集合は今夜。スパイダーズカフェに8時」

 

「......」

 

「ミスター?」

 

「......んあ、......結構だ。なんでもねえ。ナノハナのビリオンズへの伝達はどうする?」

 

「アンラッキーズの帰りを待っていては手遅れになるので、代わりに派遣しておいたわ。エリマキランナーズを」

 

「おい、前伝令忘れた奴はクビにしたんだろうな?」

 

「もちろん。ここ一番の仕事に失敗はダメだもの。たとえあなたが調教を頑張ってきたとはいえね」

 

「......まあ、順調な方か」

 

なにやら思案顔のクロコダイルを背にロビンは時計を見た。5時を回っている。そろそろエージェント達がいつもは司令書を受け取るスパイダーズカフェに集合しだすころだろう。ロビンはそろそろクロコダイルにも夢の街レインベースに行くよう促そうかと考える。レインベースのオアシスの真ん中にある最大のカジノ、レインディナーズまで彼らは裏口まで輸送され、一室に入ることになっているのだ。

 

「いや、お前は先にいってろ。Ms.オールサンデー」

 

「あら、また?」

 

「あァ、まただ」

 

次の瞬間にはクロコダイルの姿は消えていた。

 

「......苦情入れてるわりには、いつも楽しそうよね。ミスター」

 

絶対にクロコダイルは認めないだろうが、少なくともロビンにはそう見えていた。

 

ロビンがクロコダイルと出会ったのは6年前のことだ。

 

クロコダイルはかつて22歳の時に海賊王の処刑を見届け、新星として偉大なる航路を攻め上り、20代前半という若さで七武海に就任した。

 

その後白ひげに戦いを挑んで惨敗を喫したことでしばらく大人しくしていたが、古代兵器プルトンの話を何処からか知り、アラバスタ王国に野心の矛先を向け、表向きは「海賊を狩る英雄」として活躍していた。

 

そして、「歴史の本文」を解読できるロビンと接触してきて協定を結び、秘密犯罪結社「バロックワークス」を立ち上げる。

 

「Mr.0」のコードネームで社員を操り、ダンスパウダーを使って国民の国王への不信感を募らせ、国王軍の仕業に見せかけた乱行などを社員に命令、国民のフラストレーションを溜めさせ、国王への信頼をじわりじわりと崩れさせていき、国民の反感を煽動、反乱軍の内乱を惹起させた。

 

その目的はアラバスタ王国の王となり、「歴史の本文」を解読して古代兵器「プルトン」を手に入れ、政府をも凌ぐ軍事国家を構築することであった。

 

表向きはアラバスタ国内の繁華街レインベース最大のカジノ「レインディナーズ」のオーナーを務め、七武海として海賊の襲撃から何度も王国を守っている。

 

国王からも信頼され、民衆からは英雄として国王以上とも言える熱狂的な支持を受けていた。

 

6年前のあの日、初めて出会った日、クロコダイルは全てを失った男だった。ロビンとよく似た目をしていた。互いに深入りはしないようにしていたが、なんとなくロビンはそう思ったのを覚えている。

 

14年間西の海にも偉大なる航路前半の海楽園にも歴史の本文を記すものはどこにもなかった。ロビンにとって新世界はあまりにもハードルが高く、単身では限界がある。だから、軍事国家が設立された暁に歴史の本文がある国を侵略して強奪する計画は、久しぶりにみた眩しいほどの夢だった。賭けようと思った。

 

クロコダイルが最終計画を理想郷建国と名付けていたが、それはまさに新世界に行ったことがある人間だからこそ建てられる計画でもあった。偉大なる航路前半が楽園と呼べるくらい新世界は世界の闇が濃縮し、ひしめき合っているようにロビンには聞こえた。オハラがバスターコールで滅ぼされたような手軽さで、世界の不条理がまかり通っているような世界にしか思えなかった。

 

もし、軍事国家が樹立したら、エージェント達は相応の地位が約束されていると今夜8時に話すのだ。

 

非加盟国出身者、あるいは加盟国なのに圧政で苦しんだり、貧困に喘いだり、理不尽な理由で虐げられている世界から脱するために闇の世界に堕ちた人間が、それを聞いたらどう思うだろうか。海に出るしかなかった人間が聞いたらどう思うだろうか。

 

たとえクロコダイルの本意が全く別のところにあるのだとしても、賭けてみたいと思う様な最終計画であることは間違い無い。人の心を掌握することは悪魔的に上手い男であることは間違い無い。

 

ただ、ロビンは無性に不安にかられることがあった。バロックワークスの設立に気に入らないという理由だけで一切関わるのを許さなかった男がいる。クロコダイルがいうにはアラバスタで英雄を始めたときから嗅ぎつけてきて、儲け話を持ちかけられたが拒否したそうだ。それ以来、王直に依頼して嫌がらせのような頻度でアラバスタに新世界の海賊を送り込み続けているという。

 

デンデン虫を手にするとき、あるいは衰えることのなかった見聞色で自分しか絶対に倒せないし下手をしたら死にかねない敵がみえたとき。ロビンに夢を見せてくれたあのクロコダイルは死ぬ気がしてならないのである。

 



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第63話 ロビン仲間になるまで加筆

ロビンはコブラ王をハナハナの実の能力で拘束しながら、連れて地下を進んでいく。その最奥に巨大な立方体があり、そこには歴史の本文があった。ロビンはそれを読んでいく。

 

「望むものは記されていたか」

 

コブラ王には答えない。

 

「他にはもうないの......!?これがこの国の隠してる全て......!?」

 

「不満かね?私は約束は守ったぞ」

 

「......そうね」

 

ロビンは賭けに負けたことを悟って、コブラ王との会話すらおなざりになっていた。今ここにロビンが最期の望みを託していた夢への道が閉ざされた。歴史の本文が読めるロビンにはわかってしまったのだ。この歴史の本文はハズレだ。プルトンはワノ国という今のロビンにはあまりにも遠すぎる新世界の非加盟国。しかも鎖国している上に、四皇カイドウが支配している国にあると書いてあるのだ。

 

この国の王は、後ろにいるロビンのハナハナの身の能力で拘束されている男は、唯一マリージョアに移住しなかった天竜人の末裔だ。だから、プルトンがあるかも知れないというクロコダイルがつかんだ情報には期待が持てたというのに。この国にあると思ったから、軍事国家が持てたら新世界にいけると思ったから、夢を見たから、ここにきたのに。

 

「......さすがは国家機密だ。知らなきゃ......見つからねえなこりゃ......こいつが歴史の本文か、ニコ・ロビン」

 

「......はやかったのね」

 

「......奇妙というか、なんというか。解読はできたのか」

 

「......ええ」

 

「......さあ、読んでみせろ。歴史の本文とやらを」

 

隣にやってきたクロコダイルをロビンはみた。

 

「どうした、ニコ・ロビン」

 

「ひとつ聞いてもいいかしら」

 

「なんだ」

 

「もし、プルトンが新世界にあると知っても、あなたは私にまだ夢を見せてくれるかしら」

 

「......なんだと?」

 

「新世界の海賊達と渡り合えるあなたにまだ夢を託してもいいかしら」

 

「......ほんとうにあるのか、プルトンが。この国じゃなく、新世界に?どこだ」

 

「......ワノ国よ」

 

長い長い沈黙がおりた。クロコダイルの口元が吊り上がっていく。

 

「クハハハハッ、ワノ国かッ!よりによって百獣のカイドウ、この世における最強生物が支配する国にあるのか、プルトンは!いや、逆か!だからこそカイドウは再三海賊王や白ひげに完全支配を邪魔されながらも、執拗にワノ国を狙い続けているわけか!あの男すらまだプルトンが見つからないから、探し続けているわけだな。アラバスタに居続けたおれのように、動けねえのか!諦めきれないから!海賊王が!いや、あの男のことだ。海賊王に繋がるなにかを手にするにはワノ国に行くしかねえから、待ち受けてやがるのか。あの男すら海賊王に届かねえ理由があるとしたら......」

 

「なに?」

 

「お前だ、ニコ・ロビン。世界で唯一歴史の本文が読めるオハラの生き残りよ。カイドウはお前がいないから海賊王になれねえらしいな」

 

「......そんなこと、あるの......?」

 

「そうとしか考えられねえじゃねえか。そうじゃなけりゃ、なぜこの歴史の本文にはワノ国にプルトンがあると書いてある?」

 

「......」

 

「さっきの答えならいうまでもないだろう。お前は本当に優秀なパートナーだよ、ニコ・ロビン。おれがお前を探し出し、計画を話したとき、お前が持ちかけてきた協定はたしかに達成された。この6年間、お前は頭脳、指揮力、共に優れたものだった。おれにとってはそれだけでも利用価値があったといえるが......」

 

「............」

 

「───────もう二度と、最初から人を信用しねえと思ってたんだがな。なぜ嘘をつかなかった、ニコ・ロビン。この歴史の本文はお前にとってはさらに遠回りな計画を強いるものなはずだ。生きることに疲れていたのに、なぜ嘘をつかなかった」

 

「..................あなたが、」

 

「あァ」

 

「..................うらやましくなってきたのよ」

 

「そいつはどういう意味だ」

 

ロビンはその理由を話そうとしたが、できなかった。クロコダイルがアラバスタを乗っ取り、軍事国家にしたてあげ、ワノ国に侵攻するという展望がみえたことで、コブラ王が地下神殿を崩壊させるシステムを起動したのだ。

 

そして、崩れゆく神殿に殴り込みに来た少年がいた。綱渡りのような奇跡の連続で何度も復活するたびに覇気の練度が上がっていく麦わらのルフィに、かつての自分を思い出すのか苦い顔をするクロコダイル。決着をつけるからお前は外にいろと言われた。気づいたら外にいた。

 

そして、大穴が開いている地下神殿からクロコダイルの叫びが聞こえてくるのだ。

 

「お前の目的はこの国にはねえはずだ」

 

麦わらのルフィは海賊王になると公言する少年だ。

 

「他人の目的のために死んでどうする」

 

なぜ敵であるルフィにそんな問いをなげるのか。まるで他人の目的のために死んだ人間がいたみたいではないか。

 

「仲間のひとりやふたり、見捨てれば迷惑な火の粉はふりかからねえ」

 

まるで仲間のひとりやふたりが誰かを見捨てられなかったせいで、火の粉をかぶったことがあるみたいではないか。

 

「全く馬鹿だ、てめえらは!」

 

それは誰に向けた言葉なのか。

 

「わからねえ奴だ、だからその厄介者を見捨てちまえばいいとおれは」

 

その厄介者を見捨てられなかったから、死んだ人間がいるみたいではないか。

 

「死なせたくないから、仲間だろうが!!!だからあいつが国を諦めねえかぎり、おれ達も戦うことをやめねえんだ!」

 

「......たとえてめえが死んでもか」

 

「死んだ時は、それはそれだ」

 

それはクロコダイルにとってどう聞こえたのか、ロビンにはわからない。ただ、ひどく胸が締め付けられて目を閉じていた。

 

最終決戦がはじまろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

雨が降り始めていた。

 

ロビンが夢を託した男は麦わらのルフィに敗北し、はるか上空へ吹き飛ばされていく。ずっと向こう側の国王軍と反乱軍が全面戦争秒読みの広場のど真ん中で音がした。ハナハナの実で目をひらくと、落下したクロコダイルが気を失っていた。

 

突如足元が崩壊する音がして、慌ててロビンは後ろに下がる。ロビンがいるところの崩壊はやんだが、つい先ほどまでクロコダイルと麦わらのルフィが激闘を繰り広げていた地下神殿は崩壊の一途をたどる。

 

このまま放置すれば麦わらのルフィとコブラ王は生き埋めになるだろう。助かったとしても毒が回り、満身創痍な麦わらのルフィと戦う力を持たないコブラ王だ。ロビンがその気になれば殺すこともできる。特技は暗殺だ。麦わらのルフィが覇気使いだとしても今のルフィにロビンに使う力など残っているはずもない。

 

「......」

 

しかし、ロビンは真顔のまま目を閉じた。無言のままハナハナの実の力で気絶している麦わらのルフィとコブラ王を崩壊する神殿から助け出した。しばらくして崩壊の音が止んだ。完全にアラバスタの歴史の本文は瓦礫に飲み込まれる形で闇に葬られた。

 

「......いいのか」

 

ロビンとクロコダイルの会話を終始聞いていたコブラ王は、ロビンが涙ぐんでいることに気づいて口をつぐんだ。傍には毒が回り、ぐったりしているルフィがいる。コブラ王がルフィを背負う。

 

「......いいわけ、ないでしょう。わたしはゆめをたたれたのよ」

 

雨が激しさをましていく。コブラ王は足を止めた。

 

「............でも、むぎわらのルフィは、海賊王になるっていうから......。あきらめきれないゆめが......おなじだっていうから......わたしにはできない。ゆめをみたのは、おなじだもの......ゆめをみてしまったのよ......海賊王になるのにわたしがひつようなら......わたしのゆめがまだつながってるなら......わたしは......わたしは......」

 

泣き声は雨にかき消されて行った。

 

「モンキー・D・ルフィ」

 

「ん?」

 

「あなた、私になにをしたか忘れてはいないわよね?」

 

「おいお前、嘘つくな!おれはなんもしてねえぞ!?」

 

「いいえ、耐え難い仕打ちを受けました。責任とってよね。私を仲間にいれて」

 



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64話

「やあ、スモーカー准将」

 

「気がはええな、ヴェルゴ。まだ式典やってねえぞ」

 

「ヴェルゴ中将か、ヴェルゴさんだろう、スモーカー君」

 

「やけに準備がいいじゃねえか、クロコダイル達の身柄引渡しや証拠品の押収の手間が省けてありがたいが。いいのか。アンタ、G-5の基地長になったばっかりだろう。他の連中がよく口出ししてこなかったな」

 

ヴェルゴはニヤリと笑いながらいうのだ。

 

窓際部署に配属されたばかりの大問題児、白猟のスモーカー大佐がいきなり准将になることが、部下のたしぎ曹長が准尉になることが、世界政府から海軍本部に通知された。いきなり上司になることが決定したことにどうやって新人への洗礼をしてやろうか考えていたG-5の面々は度肝をぬかれ、詳細を聞きたがる。

 

今回のクロコダイル討伐について勲章が与えられることになった。そのための昇進、そのための特別報酬だ。

 

七武海砂の王クロコダイルは、アラバスタにて砂漠の英雄として活躍、長年絶大な信頼をえて、カジノのオーナーをするなどして知られていた。

 

しかし、実際は秘密結社バロックワークスをつかい、ダンスパウダーを用いてアラバスタを重大な飢饉に陥らせて内乱状態を煽った。しかも、新世界ハチノスの王直と繋がりをもち海賊を派遣させるなど用意周到な下準備をしたことがわかっている。

 

最終的に国王軍と反乱軍を爆弾で全滅させ、その悲劇に乗じてアラバスタを乗っ取り、古代兵器を手に入れ、軍事国家を樹立し、世界に危機を与える計画がすんでのところまでいきそうだった。

 

それを止めたのがスモーカー大佐とたしぎ曹長率いる部隊。指揮したのはヴェルゴ中将。

 

クロコダイルの陰謀を知り、危険を承知でローグタウンからアラバスタまでいき、見事2名は特例任務を見事完遂させてクロコダイルを討伐し、バロックワークスを壊滅させた。

 

端的にいわれた大金星にG-5の面々は一刻も早くスモーカー准将とたしぎ准尉の話を聞きたがっている。ヴェルゴの後ろにある船にのる面子も選別が大変で、それが一番時間がかかる作業だった。

 

「昨日の今日でもうそこまで話が回ってんのか」

 

「おや、そんなに不思議なことかね?古代兵器がかかわっていた恐るべき陰謀だったんだ。世界政府が危険視するのは当然だろう。オハラの悪魔ニコ・ロビンが関わっていたというじゃないか」

 

「ああ、CP9が関わってやがんのか。それなら説明がつく。世界政府の野郎、今回の件ももみ消すつもりか。だからアラバスタのエターナルポースとか気前よく準備してくれたわけか、アンタ」

 

「随分と物分かりがよくなったじゃないか、スモーカー君。少し丸くなったな」

 

「余計なお世話だ。そんなんじゃねェ、アンタがいってたことを思い出してただけだ」

 

「キミが好き勝手やって入隊当時から私や同僚のヒナ大佐、部下のたしぎ准尉に多大な迷惑をかけてきたのは今に始まったことではないだろう。訓告処分を下した案件は心当たりがありすぎてわからないがどれのことだい?」

 

「フン......麦わらの件でおれの部下が泣いてた、それだけだ」

 

「それが身に染みているなら大いに結構だ。G-5につき次第、延期している覇気の研修を2人で全て受けるんだな。ほらみろ、私のいったとおりになったじゃないか。見聞色を使わなくてもわかる。麦わら一味とバロックワークスの戦いについていけなかったんだろう、馬鹿者が」

 

「......あァ、そうだな。同等だと思ってた奴らが悪名をあげてどんどん駆け上がっていく。この海じゃあ駆け上がらなきゃ死ぬのは、海賊も海兵も変わらねえ。進むか、死ぬか。..................たしぎにいえた義理じゃねえな」

 

スモーカー准将はそういってヴェルゴの横をすり抜けようとした。

 

次の瞬間、ヴェルゴが全身の力を人差し指に集中させて、硬化した指で電光石火の突きを放つ。

全身の筋肉が起こす力を一点に集約させ、それを硬化した指先に乗せて電光石火の強力な突きとして相手に撃ち込む攻撃技がスモーカー准将の真ん前を襲った。

 

あえて外されたが、スモーカー准将の武器である十手が破壊されてしまう。その威力は人体を紙のように貫くほど強力で、特にヴェルゴのこの技は鉄のように固く、海楼石製の十手だろうがなんなく粉砕してしまう威力でしられていた。

 

シンプルな技だが威力は高く、実弾並みかそれ以上の殺傷力を誇る上、武装色の覇気を使わずとももしスモーカー准将が会得していれば麦わらのルフィの喉を潰すことができただろう。

 

もちろん武装色との併用もできるため、それを組み合わせることで更に強力な技となる。

 

ただし自身の覇気の硬度を上回る対象に対して使用すれば突き指をして大きな隙を作ってしまう可能性もあるが、覇気すら会得していないスモーカー准将には初めから見えない世界の話ではあった。

 

「意気消沈する暇があったらもっと強くなってみせなさい、白猟のスモーカー。貴様がそれでは部下に示しがつかないだろう」

 



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65話

スカイピアの黄金を求めてドレスローザを出発したベラミー海賊団は偉大なる航路後半新世界から、前半楽園のジャヤに上陸した。

 

ログポースが空を示したから、近くに行く方法があるはずだ。ジャヤはあくまで中継地点でしかない。

 

ジャヤは気候は比較的温暖な「春島」で、漢字の「臼」のような形状をしている。その形状から北の入り江はマウスベイと呼ばれ、西には中心となるモックタウン、南東には鬱蒼としたジャングルサウスグレイブが茂っており巨大な昆虫やカタツムリ、更には南しか向けない鳥サウスバードなど様々な生物が生息している。

 

はずれにはウミット海運の港があるため、シマを荒らされたとして血の掟に従い処刑されたくなければ立ち入ってはならない。ジャヤ全体が実質ウミット海運の支配圏だが、モックタウンはジャヤの中心となる街で通称嘲りの町。 治安は最低で毎日強盗や殺人が横行しており、海賊が落とす金で成り立っている。あまりの無法ぶりに、海軍本部からも見捨てられている。

 

そのため、よほどのことがなければ血の掟による処刑は行われず、ウミット海運の支配圏にして唯一血判が必要ない場所でもあった。

 

モックタウンの一角には海の上にリゾートホテルが建てられていた。あるいは別荘が建てられており、このあたりだけは静かで優美な自然を眺めることができる。ベラミー達はそこのトロピカルホテルの支配人をよびつけ、貸切にしたいからいくらか聞いた。

 

ドレスローザの凶弾がわざわざジャヤに現れたと受付令嬢から聞いていた支配人。すっ飛んできてドフラミンゴファミリーならウミット海運と深い繋がりがあるから無料でいいといってきた。

 

「ハハッハハッ、必要ねえなァ。おれ達はドフラミンゴファミリーじゃ、まだねえんだ。ベラミー海賊団だァ!覚えとけ!いくらだ、さっさと言えよ」

 

ドレスローザの凶弾なのにドフラミンゴファミリーじゃないから金を払う。意味のわからないことを言われて、支配人は戸惑いの顔をしていると、女が呆れたような顔でベラミーをぶん殴った。

 

「痛えッ!?なにすんだ、リリー!」

 

「またアンタのせいで勘違いされてるじゃない。アタシ、やめた方がいいっていったわよね、ベラミー」

 

「すまねえな、支配人。ドレスローザの凶弾てのは、こいつの自称なんだよ。おれ達はドフラミンゴファミリー傘下希望の海賊やってんだ」

 

「おい、サーキースまでなにいってやがる!そのうちおれはほんとにドレスローザの凶弾になるからいいんだよ!」

 

「2年たってるけど?」

 

「いつなるんだよ」

 

「なるためにわざわざジャヤまで来てんじゃねーかッ!!」

 

「あーもーこいつは......」

 

「体良く追い出されてんじゃん、ベラミー。いいかげん、もっと頭つかおーよぉ。指示待ち人間はいらないってドフラミンゴいってたじゃーん。もっと考えて動いてほしーんじゃないのー?いわれたことやってても変わんないってぇ」

 

「ノーティス出てんだから、おれ達それなりに学あるだろ?ドフラミンゴはそこ期待してるんじゃないのか?」

 

「はやくドフラミンゴファミリーに仲間入りしたいのはほんとだしぃ。そのうち既成事実みたいになんないかなーってのもあるのよねー。七武海だから役に立つならシンボル貸してくれるかなーって思ったけどぉ、ドフラミンゴの試験はなかなか厳しーんだよねぇ」

 

「てめーらうるせえぞ!どさくさに紛れてボロクソに言ってんじゃねーよ!!」

 

ベラミー海賊団のやりとりを見て、ドレスローザの凶弾が世間の印象とはだいぶ違うことに気づいたのか、支配人は計算をしてくれた。金額をおそるおそる提示するとベラミーが一括で現金で支払った。お札を数える支配人はすでに笑顔が隠しきれていない。ごゆっくりどーぞ!と受付嬢達がチップを生まれて初めて見た金額にハートを飛ばす。とりあえずの拠点が出来上がった。

 

ノーティス生まれの彼らは裕福な暮らしが退屈でたまらず、当時北の海で暴れ回っていたドフラミンゴファミリーがカッコいいと小さい頃から憧れて海にでた。ある意味で頭のイかれた集団だった。東の海によくある海賊であるともいえる。普通は生活が安定している人間ほど、死と隣り合わせの海に出るなんてありえないのだ。学校を出て会社で働くか、家業を継ぐか、自分で会社を起こすか。非加盟国の人々が喉から手が出るほどほしい生活を捨てて海に出た。

 

普通に考えるなら北の海の非加盟国出身者が幹部を務めるドフラミンゴファミリーに受け入れてもらえるわけがないのだが。

 

ただの憧れだけで偉大なる航路新世界のドレスローザに居座ることができるくらいの実力を身につけてしまったのが彼らのいかれ具合をよく表していた。学があるから効率よく強くなれるのか、金で解決できることを知っているのか。それとも知識があるから危険を回避できるのか。

 

船長のベラミーがドフラミンゴに追い出されるたびに足りないと言われたことを知る。鍛えるために馬鹿正直に行動するのが経験としてついてくる。この繰り返しできているのが、余計たちが悪かった。

 

とりあえずの拠点を確保したベラミー海賊団は、一番上のホテルの窓から地図をみて位置確認をする。

 

「まずは空島への行き方よね」

 

「そうだな、手分けして探すか」

 

「あ、あたし、あそこ行きたーい!うそつきノーランドの末裔が住んでるって聞いたんだけど!めっちゃ行きたくない?」

 

ベラミー海賊団全員がその声にマジかマジかと窓に殺到する。教育水準がデフォルトで高いベラミー海賊団。普通に識字率も高くうそつきノーランドの絵本で生まれ育った正当な読者だった。

 

「待て待て待て!行きてーが、めっちゃ行きてーが!空島の情報探すのが先だろ!?」

 

「でもぉ、ベラミー。支配人とか普通に鼻で笑ってなーい?」

 

「そこら辺の奴らに聞いてもダメだろうな。ウミット海運のお膝元のくせに、主要産業のダイアル養殖の始まりが空島って知らないあたり終わってるだろ。バロンターミナルとか見学会超人気じゃねえか」

 

「アタシも抽選当たってたらいけたのになー。家飛び出した唯一の後悔だわ」

 

「ウミット海運のお膝元で空島馬鹿にするとか、ドフラミンゴが無知はいらねえってキレるのわかるわー」

 

「おれら、2年前はそうだったんだからな。忘れんじゃねーぞ」

 

「わーかってるって、ベラミー。大丈夫大丈夫。2年前よりは強くなったし、すぐ死ぬってこたーないっしょ」

 

「まあ、死んだら死んだでそれまでだしな」

 

好き勝手喋っていたベラミー海賊団に、リリーが声をあげた。

 

「とりあえず、まずは情報収集するわよ。いっこだけ注意して欲しいんだけど、特にベラミー」

 

「つうかおまえだけな」

 

「なんだよ、リリー」

 

「ドフラミンゴがいってた空島のこと、いくら馬鹿にされたからって騒動起こさないでよね。ただでさえバネバネの実の覚醒目的で億超え海賊に喧嘩売りまくってやばいことになったんだから」

 

「なにいってんだ、億超えの海賊なんてそこいらにうじゃうじゃいるだろうが」

 

「絶対、騒動起こさないでよね!わかった!?せっかくいいホテル拠点にできたのに、追い出されたら空島にいけなくなるわよ!?」

 

「ハハッハハ......わーってるよ」

 

「ほんとぉ?」

 

「ダメだ、信用ならねえ。やっぱおれついてくわ、ベラミー。リリー、他の奴らと一緒に回ってくれ」

 

こうしてベラミー海賊団は情報収集を開始したのだ。

 

「おまえらも黄金郷狙ってんのか!うし、ゾロ!この喧嘩買うぞ!」

 

「了解だ、船長」

 

「ハハッハハ、賞金額はそっちのが上だろうが、負けねえ!空島の黄金はおれらのモンだ!」

 

「しかたねえ、2対1にするわけにはいかねえからな。おれも混ぜろ」

 

「「騒動起こすなっていってんでしょうが!!」」

 

彼らはナミとリリーにボコボコにされたのだった。

 



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66話

ベラミー海賊団の海賊旗は舌を出した唇のマークである。ドフラミンゴから一向に許可をもらえないので、先走って特注したシンボルであるスマイルマークは額に入れて船長室に飾ってある。バレたら没収されるため、基本的に航海に出ている時だけ出している。実はドフラミンゴファミリーの手配書も飾ってあったのだが、モネに見つかって雪に変えられてから飾るのをやめた。

 

ベラミーとサーキース2人が賞金首で、総合懸賞金(トータルバウンティ)9300万ベリー。船の名前は「ニュー・ウィッチ・ベロ号」。

 

自称ドレスローザの弾丸ことハイエナのベラミーが船長。短い金髪で額に傷があり、サングラスをしている。早くスマイルマークを刺青に入れたい25歳。懸賞金は5500万ベリー。

 

ビックナイフのサーキースが副船長。水色の天パで紫色のサングラスをしている。本当はスマイルマークを刺青にいれたいがまだドフラミンゴファミリー傘下じゃないため入れられていない25歳。懸賞金は3800万ベリー。

 

ALLRと書かれたキャップを目深に被っている男が戦闘員のロス。

 

短い金髪でメガネをかけた男が航海士のエディ。腕にログポースをつけている。

 

黒髪の短髪で、右の眉の上には21というタトゥーがある男がコックのヒューイット。

 

他のメンバーよりも大柄で、両端にボンボンのついた帽子を被っている眉毛がない男が狙撃手のリヴァース。

黒髪が特徴的な女がマニ。ロスと同じく戦闘員。

 

ピンクの長い髪を一つに束ね、泣きぼくろが特徴のミニスカナースの美女が船医のミュレ。

 

そして、赤いバンダナを巻いた金髪ウェーブにサングラスの女がリリー。構成員だが、実質ベラミー海賊団のまとめ役。

 

そんなベラミー海賊団は、カラーギャングのような服装をしているのが特徴で、オシャレに気を遣っているのがすぐにわかる格好だった。全員が北の海の裕福な国ノーティス出身である。

 

偉大なる航路後半の海新世界からドフラミンゴファミリーの傘下に入るための試練として、スカイピアの黄金を探しに、わざわざ楽園のジャヤに逆走してきた。

 

普通に考えて、新世界でオシャレな格好で航海できるのは意味がわからなくて怖いと評判なのだが、麦わら一味はまだ新世界にいったことがない。だから、ベラミー海賊団が現れたとたん、モックタウンであらゆる犯罪行為を犯していた連中が一斉にひく理由がよくわかっていなかった。

 

「どんだけミンゴ好きなんだよ、お前」

 

憧れは止められないんだを地でいくベラミーがシャンクスに憧れて海賊を始めたルフィにはちょっとだけ気持ちがわかる気がしたが。意気投合して話をしていくうちに、だんだんひいていくことになった。

 

海賊王になりたいルフィにとっては、誰かの傘下になりたい気持ちも、自分達以外の海賊旗を掲げるどころか刺青に刻みたい気持ちも、むしろ新興宗教の教祖様みたいに飾る気持ちも全くもってわからない。

 

さすがにベラミーは行き過ぎだが、エースが白ひげの傘下に下り、出世して部下になり、海賊王にしてやりたい気持ちはこんな感じなんだろうかとルフィは思った。たしかエースは白ひげのシンボルマークをでかでかと刺青にしていたはずだ。誰かの傘下に入りたいと思った人間は、だいたい刺青を入れたがるのかもしれない。

 

アーロン一味にいた頃のナミと違って自分から入れたんなら問題ないだろう。結構引いてますという態度を崩さないルフィにベラミーは怒った。

 

「ドフラミンゴを勝手に変な渾名で呼ぶんじゃねーよ!ドフィって呼んでいいのはファミリーでも大幹部クラスだけなんだぞ!?」

 

なんか違うとこでマジトーンで怒られて、さすがにルフィは冷や汗がうかんだ。

 

「いやしらねーし」

 

「今知ったろ、訂正しろ!」

 

「えーやだなげえ」

 

「人の名前に長いもクソもあるかァッ!!」

 

「やめとけルフィ、こうなったベラミーにはなんかかてねえ。やめとけ」

 

「えー」

 

ついさっきまで本気で殺し合い寸前の喧嘩をしていたゾロは、うっかりドフラミンゴのことで挑発した瞬間にベラミーが悪い顔で笑いながら武装色纏ってぶん殴ってきたことを思い出してルフィをとめる。またやったら殺すと真後ろで仁王立ちしている航海士と構成員に全面降伏したばかりだ。

 

「ギャハハハハ!!しっかし、たまたまガレオン船が空から降ってきて、空島スカイピアの地図見つけたから黄金を探してえだなんて、何て豪運なのに無知な奴らだ!!ロマンがあるじゃねえか!!嫌いじゃないぜ!」

 

「無知ってなんだよ、しつれーだな」

 

「笑いたくもなるだろッ!あるぞ空島!」

 

「ほんとかー!?やったな、ナミ!きいたか、やっと空島知ってるやつに会えたぞ!!」

 

「なんで断言できるのよ、ベラミー」

 

「ハハッハハ、さっきいったじゃねーか!ドフラミンゴの入団試験なんだよ、空島スカイピアの黄金はッ!」

 

「つーかウェザリアが人工島だけど空島だろ?空島バロンターミナルで風船狩りできるし、ダイアル養殖の見学は超人気だし」

 

「待って待って待ってなんでそんなにポンポン情報でるのよ!?」

 

「どっちもドフラミンゴの古巣のウミット海運がやってんだよ。ウェザリアは大事な取引相手だしな。ファミリーに入りたいのに知ってなきゃただのアホだろ」

 

「ま、そのアホが2年前のアタシらなんだけどね」

 

「じゃーどうやっていくんだ?ベラミー」

 

「しらねえ」

 

「えっ」

 

「知らねーっていってんだろ、麦わらァ。入団試験なのに教えてもらえるわけねーだろ。だから探しに来たんだよ、おれ達も!」

 

ルフィとベラミーは互いに見つめあって、にやっと笑った。

 

「先に見つけた方が勝ちな!」

 

「いーや、手にした方が勝ちだ!」

 

「自分の船に持って帰った方が勝ちにしようぜ、おれはハイエナのベラミーだからなァッ!」

 

「おまえ、さては悪いやつだな!?横取りする気満々だな!?」

 

「ばーか、ハイエナは狩りが得意なんだよッ!横取りすんのはライオンだ!」

 

「そうなのか!?」

 

「横取りする種類もいるわよ、船長さん」

 

「えっ、どっちだよ!」

 

「んなことどうでもいいわ、張り合うな!」

 

「はやく行く方法探しにいくわよ、ベラミー。いつまで張り合ってんの!」

 

「痛えッ!」

 

「いてッ!」

 

こうしてベラミー海賊団と麦わら一味はそれぞれが空島スカイピアの黄金をもとめて情報収集にいったん別れたのだった。

 

「ベラミー、ベラミー、やっぱ街ん中ダメだって。ウミット海運の人らに言ったらめんどくさいことになりそうだしぃ。うそつきノーランドの末裔んとこいこーよー!もう知ってる人あそこしかいなくない?」

 

「そうだな、ここまで探してダメならいくか」

 

「よし、それならお前ら、一回船に戻るぞ!そんでサインもらおうぜ!」

 

「いやスカイピアの情報聞きなよ、ベラミー」

 

「リリー、おまえうそつきノーランドの末裔のサイン欲しくないとか嘘だろ!?お前ほんとにノーティス生まれの正当な読者か!?」

 

「えっ、いや普通に欲しいけど、ちゃんと目的は果たさないとダメでしょ?ドフラミンゴは儲け話持って来いって言ってたのよ?黄金持って帰るだけじゃダメじゃない?」

 

「そんなもん、行ってから考えりゃーいいんだよ!こんなとこでうだうだ考えてたら、麦わらに先を越されちまうだろうが!航路とかダイアルとかそれっぽいもん持ってかえってきてから考えりゃあいいだろうが!」

 

「そこまで頭回るのになんでドフラミンゴと会うとああも会話がすれ違うんだろうな、ベラミーは」

 

「アタシに聞かれても困るわよ、サーキース」

 

はやくこいと叫ぶベラミーに2人は笑って返したのだった。



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67話

ベラミー海賊団がようやくうそつきノーランドの末裔、モンブラン・クリケットを訪ねた時には、ゴーイングメリー号が先に停泊していた。

 

潜水病にかかっていた彼の治療が麦わら一味総出の看病もあって無事終わり、彼が目を覚ましたことで話を聞いているところだった。

 

麦わら一味は東の海出身で、北の海出身のサンジというコック以外は馴染みがなかったようだ。うそつきノーランドの絵本と実際の航海日誌を読み比べたところだった。

 

ショウジョウとマシラという猿みたいな人類が外で殴り合っていることに驚きつつ、ベラミー海賊団もお邪魔したというわけだ。

 

「にっしっし、おれのが先についたな、ベラミー」

 

「んだとォ?今までうそつきノーランドの話聞いてたんだろ、麦わらァ。おれ達はすでに知ってたからな、ノーカンだ、ノーカンッ!まだ空島への行き方教えてもらってねーんだろ?ならセーフだ!」

 

「なんだよそれ、ひきょーなやつだなおまえ!」

 

「戦いに卑怯もクソもあるかよ、ばーか」

 

「はいはい、ちょっと黙ろうかベラミー。海楼石の弾丸脳天にぶち込まれたくなかったら、静かにしてくれるか?まだおれたち自己紹介してないだろ」

 

「ハハッハハ......いやすまん、冗談だって。いきなりフルスロットルはやめろよ、リヴァーズ。さすがに死ぬだろ」

 

さっそく自己紹介をしたベラミー海賊団がやったのは、サインペンと色紙を準備するところだった。

 

「おれ達、うそつきノーランドの大ファンなんだ!サインくれ、サイン!」

 

ベラミー海賊団全員からサイン色紙をねだられたモンブラン・クリケットは、ショウジョウやマシラみたいな絵本の大ファンなのかと笑いながら書いてくれた。握手を求められたことはあったが、サインをこんなに求められたことはない。そんな笑い話をしていたら、握手してくれとベラミーがいうものだから、ちょっとした握手会になった。

 

サイン色紙を受け取るなり額縁を用意して船長室に飾るとニュー・ウィッチ・ベロ号に戻っていくベラミーをみて、麦わら一味はまたかという顔をする。

 

「ベラミー、めっちゃうれしそうだな。そんなにすきなんだな、うそつきノーランド」

 

「実際、色紙飾るとか凄い筋金のファンしてんな」

 

「あ?あー、まあさすがにドフラミンゴと同じとは言えねえが、大ファンなのは事実だぜ。おれ達はノーティス生まれだからな。うそつきノーランドで育ったようなもんだ。ドレスローザに行ったら、誰だってファンになるんじゃねーか?特に北の海出身の奴らはよォ」

 

「ドレスローザ?七武海の天夜叉ドフラミンゴが拠点にしてる国じゃないか。お前らノーティスからドレスローザまでいけるのか、すげえな。わざわざこんなとこまで何しに来たんだ」

 

「麦わらと一緒だ、空島スカイピアの黄金を探しにきたんだよ。ドフラミンゴの入団試験がかかってんだ、おれ達にも空島スカイピアへの行き方教えてくれ!」

 

「はァッ!?ドフラミンゴファミリーの入団試験だァ!?もしかして、ドフラミンゴもうそつきノーランドの大ファンなのか?無茶苦茶な試験だな?」

 

「そんなに驚くことかァ?うそつきノーランドはほんとの話だろ?つーかノーランドが非業の死を遂げてなお辱めを受けてる話ってのはドレスローザじゃ常識だぞ?アンタがジャヤにいるのは、ノーランドの末裔が嘘つきノーランドの汚名を晴らそうとしているからだろ?めっちゃ、誇り高いノーランド一族なんだ、サイン欲しくなるに決まってんじゃねえか」

 

ベラミーはなにを当たり前のことを聞いているのだとばかりに話し始めた。

 

ベラミー海賊団が逆走してきたドレスローザは偉大なる航路後半部新世界にある王国だ。ドレスローザの領土である小島グリーンビットの地下には、トンタッタ王国という小人族の国がある。

 

尖った高い鼻に、丸く膨らんだ尻尾を持ち、尻尾は一見ふわっとした印象を受けるかもしれないが、芯には硬い骨と筋肉があり、俊敏な移動を助け、戦闘では打撃を与える武器にもなる。

 

「~です」を「~れす」など舌足らずに発音するのが特徴。

 

目にも止まらぬ速さで所持品を強奪したり衣服を剥ぎ取ったりすることができる俊敏さと、パンチ一発で大人間が住む一軒家を破壊する怪力を持ち、植物栽培にも長けている。平均寿命は150年。

 

このように種族としてのスペックは人類をはるかに凌駕しており、小人と馬鹿にして捻り潰してやるとかイキった態度をとった人間はまず間違いなく痛い目にあう。

 

「2年前のおれらみたいになァ」

 

「イキってたもんねえ、アタシら」

 

「いい薬だったよ、今思えばな」

 

ただ、一族揃って真面目で素直すぎる性格のようで、とても騙されやすい。一度騙されたと自覚してもとってつけたような嘘でなだめられるとすぐに納得してしまい、相手がどこの誰であっても言われたことをそのまま信じてしまう。

 

また、「立ち入り禁止」などの標識を「入っちゃいけないって書いてある」という理由で、敵地であってさえ忠実に守ろうとし、それを意図せず破ったマウジイを非難するなど、非常に利用されやすい性質をしている。

 

しかしその底抜けの正直さは、仲間(トンタッタ)は決して嘘をつかないという強い信頼を相互に生み出している。

 

「......トンタッタ......」

 

クリケットはなにか記憶にひっかかりがあるのか、不意に立ち上がるとノーランドの航海日誌を開き始めた。

 

「探すならグリーンビットでな、クリケットさん。ドフラミンゴんとこで見せてもらった写本だと、何ページだったか」

 

「100ページ台だったのは覚えてるわ、アタシ」

 

「面白すぎて一気に読んだから細かいとこ全然覚えてなーい」

 

「145ページか」

「航海日誌暗記してんのか、すげーなクリケットさん」

 

とりあえず、ベラミー達が覚えてあるのは400年以上前、悪い人間によって島を荒らされ困っていたところを、グリーンビットを訪れたモンブラン・ノーランドによって救われたことだ。

 

そのため、トンタッタ一族は、ノーランドにカボチャの種を与えてその栽培方法を教え、伝説のヒーローとして王国に銅像を建立した。

 

そのカボチャの種は植物学者でもあったノーランドが気候にあった植物を冒険した島民にプレゼントした。そのため、ノーランドはカボチャの伝道師として知られている。

 

ドレスローザでは、ドフラミンゴが私的に集めた本が一部王国図書館に寄贈されており、ベラミー海賊団はノーランドの航海日誌の写本を読んで感動したというわけだ。

 

「ノーランドはうそつきなんかじゃねえ、誇り高い海の戦士だ。なら、ノーランドがいってた黄金都市は絶対あったに決まってんだよ。ドフラミンゴは勉強熱心でなんでも知ってるからな、空島スカイピアに黄金があるんじゃねーかと考えたんだろうよ」

 

「あの人堕ちホーミングすら手が出せないってのが怖すぎるんだけどな」

 

「ほんとやばいよね、今のアタシらなら大丈夫って思ってくれたんだろうけど。まあ、失敗して死んだら死んだでそこまでだよねー」

 

軽口を叩き合うベラミー海賊団をしりめにずっとページをめくり続けていたクリケットは、ようやく該当ページを探し当てたのか一心不乱に読み始める。

 

「お前らが読んだのはこのページか?」

 

「そうそうこれだこれ!こっからカボチャがどう世界に広がっていったのかわかるのがおもろいんだよな!」

 



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68話

クリケットが麦わら一味に空島とはなにかについてレクチャーしているのをにやにやしながら見ているベラミー。すでに知っている知識は答え合わせする程度でいいのだ。それに気づいてむっとしたルフィがクリケットの話に頑張って耳を傾けるが、長い長い沈黙の末に、結局不思議雲で片付けてしまった。

 

いよいよ大本命のどうやっていくか、という話になった。突き上げる海流(ノックアップストリーム)だとクリケットはいう。それは「全員死ぬか全員到達するか」の「0か100かの賭け」だという。ベラミー海賊団をちらっとみてから、命懸けろよ、とクリケットが麦わら一味に覚悟を決めるよう促していた。

 

その正体は「偉大なる航路」の災害であり、空島へ行く方法の一つ。 発生した瞬間を捉えるのは危険すぎるため、その原理はしっかりとは研究されておらず、現在のところ解明されていない。 ただし定説としては、海底のより深くの大空洞に低温の海水が流れ込み、下からの地熱で生じた膨大な蒸気の圧力で海底の爆発を引き起こすとされている。

 

本来避けるべき災害によって生じた海流に乗って船ごと空を飛ぶ。時間にして1分間、海は空に上昇し続ける。しかも爆発する場所は毎回違う上に、頻度は月に5回。そのときにうまく空島が来なければ船は飛び損となり、大破するしか道はない。空島がある積帝雲という化石の中になければ結局は同じこと。

 

次回のノックアップストリームは明日の昼頃になる。いくならしっかり準備をしたほうがいい。

 

マシラとショウジョウが麦わら一味のゴーイングメリー号と一緒にベラミー海賊団のニュー・ウィッチ・ベロ号もノックアップストリームに耐えられるよう改造を施してくれるらしい。

 

「ありがとうなァ、クリケットさん。おーい!マシラ!ショウジョウ!うちの船をよろしく頼むぜェッ!」

 

「よろしくなー!!」

 

「「オーウッ!!まかせろ、おまえら!」」

 

「明日の昼か。ちょうどよかった。まあ、入団試験なんだから間に合って当たり前なんだけど、ドフラミンゴすげーなァ。このあたりじゃそれしかねーなら、実質一択じゃねえか。ほかに選択肢すらねえってやっぱここ楽園だなァ」

 

「ハイウェストの頂のこといってんのか、ベラミー?いやだぞ、おれは。あそこは空島いくつも通らなきゃならないじゃないか。それに100人いって数人なんて。確実性とるより、死ぬならもろともだろ」

 

「なにあたりまえのこといってんだ、サーキース。ノックアップストリームじゃなきゃ、麦わらに先越されちまうじゃネェか。ちげーよ、おれがいいてえのはあれだ、ウェザリアんとこのやつ。天候の科学で自由に地上と空を行き来してるあれだ、あれ。世界一安全なやつ」

 

「あー、あれか。あれあったら最強だよな」

 

「風船狩りの気球もなかなかだよな」

 

「やっぱすげえんだな、ウェザリアもウミット海運も」

 

「普通は命かけていくしかねーんだもんな」

 

「いやか?」

 

「なにいってやがる。退屈がいやで海に出たんだろーが、おれ達は。望むところだ。どのみちスカイピアの黄金持って帰らねえと、ドフラミンゴが話すら聞いてくれねえからな!一緒だ、いっしょ!」

 

「あー、それもそうか」

 

「クリケットさん、ところでログポース使わずに南なんてどうやっていくんだ?なにか動物か植物でもつかうのか?」

 

笑っているベラミーとサーキースのうしろで、ベラミー海賊団の優秀な航海士エディが至極真っ当な指摘をする。ここから南にいくにしても、ログポースはすでに別の方向を指しているから使えない。ログポースなしではろくな航海ができるわけないから、航海士としてはわりと切実な問題だった。

 

「あー、そういやそうだな。最近の若い奴らはしらねーのか。ログポースが普及する前はここいらじゃサウスバードを乗せてたんだよ。なんでか南しか向かない鳥でな」

 

サウスバードとは、偉大なる航路のジャヤに生息する巨大な嘴を持つ鳥で、 「ジョ~~~」 と奇妙で目立つ鳴き声を発するという。

 

森の生き物を鳴き声で操ることができ、自らの領域への侵入者を容赦なく迎撃させる。「森の司令塔」という異名を持つ程狡賢い反面、人間を悉く返り討ちにしてきた自信から慢心しやすい。

 

その名の通り南を向く習性を持ち、力づくで別の方向を向かせても自ら他の方向を向いても落ち着かなくなるためゼンマイを巻くかのように南を向かずにはいられない。

 

後ろが南ならば首を真後ろにしたまま平気で移動し続ける程徹底している。このためいついかなる時も南を向くサウスバードを利用した方角確認が昔から重宝されてきた。

 

特に偉大なる航路では島々が放つ磁気の影響で方位磁石が作動せず、ログポースはあくまで特定の島の方角を指すもので海や岩で構成されてない土地は目指せないのでこの鳥による確認はより有効的といえる。

 

話しているうちにあることに気づいたのか、クリケットがベラミーとルフィに近づいてきた。

 

「そういうわけだから、明日の昼までにサウスバード1匹捕まえてこい、おまえら。そうじゃないとノックアップストリームが起こる海域までいけねえからな」

 

「不思議ドリをか!?わかったぜ、ひし形のおっさん!」

 

「ケージってモックタウンに売ってんのか?」

 

「なあに、それくらい貸してやるよ。おれはおまえらみたいな馬鹿に会えてうれしいんだ。はやく捕まえてこいよ。メシの準備しとくからな。そしたら、一緒にメシを食おう。明日の昼までだ、早く捕まえれば捕まえるほどゆっくりできるぜ」

 

「なるほど......今は夢を見る時代じゃねェ……夢を手に入れる時代ってことだな、麦わらァ!!サウスバード捕まえんのはおれが先だァ!」

 

「いったな!いったな、ベラミー!負けねえぞ、おれは!」

 

「はしゃぐのはいいけど、ちゃんと捕まえられる格好してね、ベラミー。密林で未知の病原菌に感染しちゃいやよ」

 

「わーってるよ、ミュレ。心配すんな」

 

「だってベラミー、いわないと暑いってお腹だして歩き回るでしょ。馬鹿だから発症しなくても、保菌者になったら意味ないのよ?」

 

「すげーナチュラルにおれのことけなしたな、おい」



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69話

 

麦わら一味とベラミー海賊団はジャヤの南の森にやってきた。

 

網があるから3手にわかれることにした麦わら一味とちがい、ベラミー海賊団は2つしかない。ベラミーは能力があるからいらないし、サーキースは一緒にいくため不用なためだ。虫は絶対に嫌だと断固拒否した女性陣の代わりに、狙撃手リヴァースと戦闘員のロスのコンビ。あとコックのヒューイットに女性陣と同じく嫌だと絶叫しているのに引きずられてきた可哀想な航海士エディもいる。

 

さっきからエディに非常に同情的なサンジの挙動が実に不審だが、もしかしたらエディみたいに病的なまでに虫が嫌いなのかもしれないとベラミーは考えた。エディは生理的に嫌いなのではなく、衛生管理に神経質になるにはいくらなってもいいと主張してやまない男だ。

 

コックのヒューイットと共に船にネズミやゴキブリが湧くことを不倶戴天の敵みたいに思っている。その正しさはベラミー海賊団では当たり前でおわるが、もし麦わら一味みたいに行儀悪く食い散らかす船員がベラミー海賊団にいたら、即日エディとヒューイットに海に沈められるだろう。

 

そういう意味ではコックのサンジのおかげで、麦わら一味は衛生的に安全な航海ができているのかもしれない。

 

それはそれとして、はやくサウスバードを捕まえないとメシにありつけないから、エディの主張は黙殺されるわけだが。

 

「エディ観念しろよ。ヒューイットが心底嫌だけど我慢してきてるんだからおまえもいいかげん腹括れ」

 

「よくそんなこといえるな、サーキースッ!いわせてもらうが、ここはノーティスじゃないんだぞ!?やつらは飛ぶしでかいし突進してくる!剃すら使ってくるじゃないか!嫌だ、死にたくない!」

 

「ハハッハハッ!あいかわらず、おもしれえこというじゃねえか、エディ。ドレスローザに2年もいてなにいってんだ、お前」

 

「ちがう、ちがうぞ、ベラミーッ!!それとこれとは話が別だ!ドフラミンゴファミリーの拠点だから我慢できるだけだッ!ここには我慢できる要素がなにひとつない!!」

 

「なっはっは、どんだけ虫嫌いなんだよ、おまえ」

 

「今すぐに火炎放射器で焼き払いたいくらいには嫌いだ、麦わら」

 

「......いくぞ、エディ」

 

「ぎゃー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サウスバードのはるか上空が暗くなってきた。このあたりでは昼なのに、夜が訪れることがある。それがノックアップストリームの前兆であるため、サウスバードは気にしなかった。はじめは。

 

「ハハッハハッ、聞こえるかサウスバードッ!やあっとみつけたぜ!手間かけさせながってェッ!」

 

そんな声がしたかと思うと、螺旋を描きながら真っ黒ななにかがサウスバードのとまっていた木を中心に広がっていく。夜の帳のように降りてくる。

 

「この密林をざっと回らせてもらったが、気づいたことがある!ある場所を越えるとやつらの襲撃してくる方向が変わったんだよ!」

 

サウスバードは飛び立とうとしたが、円形に螺旋をえがくそれはすさまじいスピードでザルのようになっていく。視界が黒に潰されていく。

 

「だからおれはこう考えたわけだッ!サウスバード自体はたくさんいるがァ、配下は別で共有してるわけじゃねーんじゃねーかッてな!むしろテリトリーが決まってんじゃねーかッてな!」

 

隙間を狙って逃げようとしたが、弾き飛ばされ、一瞬だけ黒いなにかに触れた。硬すぎてサウスバードは落下した。見えない頑丈な武装を纏っているような何かにサウスバードは近づけもしなかった。

 

「そこまで啖呵きって、実は全然違ったらどうするんだよベラミー。トナカイに聞いたほうがよくないか」

 

「うっせえ黙ってろサーキースッ!今いいとこなんだから水さすなッ!!あー、だから、その、あれだッ!海側やモックタウン側のサウスバードはどっかしら、気にしなくていい場所があるッ!だが、てめーみてえに四方八方をテリトリーで囲まれてるサウスバードはそうはいかねえわけだ!」

 

とうとうサウスバードのいた木々や大地を丸ごと囲う巨大な鉄のボウルが完成してしまう。

 

「テメーが一番ヒエラルキーが上なのかッ!逆に下だから一番あぶねえとこをテリトリーにするしかねーのかッ!それはこの際どうでもいい!なんでかわかるかッ!」

 

自重でたわむそれは、バネのように飛び跳ね、ぐわんぐわんとゆれているため、実際はたくさんのヒモ状のなにかが重なっててきているのだとわかる。

 

「いつ攻められてもおかしくないあぶねえ場所テリトリーにしてるやつはッ!慢心する暇がねーからだッ!」

 

それは次第に収縮し始める。速度調整ができるのか、サウスバードが飛行する場所だけ緩やかで、いない空間が歪に歪みサウスバードを取り囲んでいく。

 

「ドフラミンゴもバカはいらねえっていってた。おれもこれからホーミングすら手が出せねえ空島スカイピアにいくんだ。普通のサウスバードはいらねえ」

 

サウスバードは起死回生の雄叫びをあげる。

 

「勝負しようぜ、サウスバードッ!ちょうど、どこまで遮断できるか知りたかったとこだからなァ!ちょっと付き合ってくれよ。そんで、勝ったらおれんとこ来やがれッ!いっとくが、ドフラミンゴ程じゃねえが、おれの鳥籠特別製だぜ!!」

 

よっしゃ決まったと悦に浸るベラミーにいつものことながら、サーキースはためいきである。

 

「カッコつけてるとこ悪いが、右手塞がるのどうにかならないのか、ベラミー。はやいとこ覚醒しろよ、お前。おかげでガラ空きなお前の右側に守らなきゃならない、おれの身にもなってくれ」

 

ククリナイフを引き抜いて、サーキースがぼやく。サウスバードの絶対絶命の危機である。配下の昆虫、動物、そして毒性をもった生物まで四方八方を取り囲んでいた。

 

「いいじゃねえか、上手くいきゃ面白いことができるぜ。完成するまで付き合ってくれよ、サーキース」

 

「ドフラミンゴの奥義パクるのはいいけど、もっと応用考えろよ。覚醒もしてないのに名付けたのがちゃちな技だといよいよ殺されるぞ、お前」

 

「..................よし、これが終わったら麦わらとトナカイとカブトムシ勝負してこようぜ、サーキース!」

 

「こっち向いていえ、ベラミー。ベラミー。おい聞いてるかベラミー」



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70話

ベラミーは今宴会から抜け出して、部屋の一角でモックタウンで売ってたかぼちゃのタネを小さな袋に小分けして封をしているところだった。ドレスローザに帰ったらクリケットのサインと共にトンタッタ族に渡す予定の記念品、あるいはおみやげを制作中なのだ。

 

400年前にドレスローザからノーランドによりジャヤに伝わったかぼちゃ。今ではこんなふうにジャヤで適応して品種的に改良されてきたかをトンタッタ族にみせながら土産話をするためだ。

 

ちなみにこの宴会に不参加なベラミー海賊団の数名は、ニュー・ウィッチ・ベロ号に沢山積み込んだサウスバードの世話に追われている。空島スカイピアにいっても船番もかねて何人も残ることになるだろう。

 

なぜかサウスバードなのに別の方向を向いているやつが何羽か混じっているが、なにかに使えそうだから帰還したらドフラミンゴに献上する予定だ。

 

「あなたは加わらないの、ハイエナさん。船長さんと盛り上がるの好きそうなのに」

 

「てめーのせいだッ!」

 

「私の?」

 

「はやく読ませろよ、ノーランドの航海日誌の原本ッ!うそつきノーランドの元になったファン垂涎のお宝、いつまで独占してんだッ!!こっちは、今か今かと待ってんだぞ!?考古学者とかいうから待ってんのに!こっちはおかげで今やらなくていい内職、暇つぶしにやってんだぞこっちはァ!!」

 

「あら、そうだったの。ごめんなさい」

 

ふふふ、と笑いながらロビンはまだまだ読み進める気満々でベラミーに回す気ないようだ。

 

「髑髏の右目に黄金を見た」

 

気づいたら超至近距離でロビンをみているクリケットにロビンもベラミーもギョッとする。酒が回り出すと完全に暗記しているノーランドの航海日誌をそらんじはじめるクリケットである。だいぶ酒が回っているようだ。

 

瓶ビール片手に立ち上がると、クリケットは宴会の真ん中にそのまま向かい、一気に飲み干した。

 

「涙でにじんだその文章がノーランドが最期に書いた文章......その日、ノーランドは処刑された。この言葉の意味はジャヤに来ても全くわからねえ。髑髏の右目だァ?コイツが示すのはかつてあった都市の名か。それとも己の死の暗示か。後に続く空白のページは何も語らねえ。だから俺たちは潜るのさ、夢を見るのさ海底に!」

 

ノーランド!ノーランド!とすっかり出来上がった野郎どもが歓声をあげる。クリケットは不意にベラミーをみる。

 

「おれはわかってるぜ、ハイエナのベラミー」

 

そしてにやっと笑うのだ。

 

「七武海天夜叉ドフラミンゴがドレスローザに偉大なる海の戦士ノーランドの冤罪をうったえてるってなら!国民がもしもを信じ始めてるって話が本当なら!てめーに託された目的はただ一つだ、ハイエナのベラミー!天夜叉ドフラミンゴが、てめーに入団試験として空島スカイピアの黄金を名指ししたのはほかでもねえ!かのホーミングですらなしえなかった!ノーランドが見つけられなかった黄金都市消失の理由が!地盤沈下じゃなく、ノックアップストリームによるもんだと証明する確固たる証拠を持って帰還することだ!それができた暁にゃあ、ドフラミンゴファミリーにだって入れるだろうよ!!さすがは天夜叉だ、とんでもねえ儲け話だな、あっはっは!!!」

 

そして、長年の潜水による戦利品を周りに見せるよう、マシラ達に声をかけて持ってこさせるのだ。大事に大事に包んでいる白い布をひらけば、インゴットがでてきた。

 

「黄金の鐘のインゴット3つ!サウスバード1つ!これがおれ達が見つけた10年分の戦果品だ!!この程度じゃなんでもねー遺跡からでも出てきやがる。黄金都市の証明にはならねえだろう!だが!ルフィ!お前らが見つけたっていうスカイピアの地図があった沈没船は、黄金都市があったころのジャヤの時代から空を彷徨ってたわけだ!!なにか関係があったとしか思えねえ!!てめーらがここでこうして、おれ達と会ったのは、運命だとしか思えねえ!明日、絶対に航海を成功させて空島スカイピアに行きやがれ、馬鹿野郎!幸運を祈ってるぜ!!かんぱい!!」

 

「かんぱーい!!」

 

絶好のタイミングで酒を持っていなかったベラミーは、かぼちゃのタネを代わりにかかげることになる。

 

「うふふ」

 

ロビンはうれしくて、つい笑ってしまうのだ。紆余曲折を経て、また夢を見ることになってしまい、麦わら一味の船に乗った。そしたら、最初に冒険することになるのが空島スカイピアなんて思わなかったのだから無理もない。

 

「かの物理学者ウイリー=ガロンはいったわ。人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実であるって。ほんとうかもしれないわね」

 

「悪魔の実の間違いじゃねーのか、それ」

 

「?」

 

ぼそっと呟いたにしてはやけに意味深な言葉だった。北の海ノースティ出身で、尊敬するドフラミンゴから馬鹿はいらないといわれてから、本を読むことが嫌いではないらしいベラミーは、意外と博識だ。ロビンは思わず振り返る。

 

「なんだよ、はやくよこせ航海日誌」

 

「いやよ、まだ読んでないもの」

 



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71話

「勘違いするなよ、五老星。私は地獄に堕ちることを決めた時から、妻子の蜘蛛の糸になってくれたガープ中将のことしか信じるに値しないと知っている。人のまま修羅に堕ちることを決めさせたのは、貴様らだ、くれぐれも忘れてくれるなよ」

 

E・S事件。それは聖マリージョア襲撃事件以降、まずは当時在籍していたCP0とCP9のリストを開示し、更新するたびに開示する。次に天竜人と同等に彼らを扱える特権を与える。最後になにがおきても世界政府は不問とする。これらの特権をあたえることで、ようやく押さえ込むことになった男の狂気を世界最高権力が初めて知った事件だ。当時のリストにあった全員を、男は特権を行使して皆殺しにする落とし前をつけたのだ。おかげで貴重な人材が全滅し、若い人材を繰り上げる羽目になり、CP全体に多大な悪影響をもたらした。

 

それ以来、世界政府は事実上手に負えない男がまたひとり増えてしまった。

 

その男に四皇赤髪のシャンクスが接触を果たしたという報告が上がってきたときには、五老星に異様な緊張感が走った。それが使者を使った間接的なものと続報を受け取り、ひとまずの安堵が広がったところである。

 

そしたら今度は、赤髪が同じ使者を白ひげに派遣したのち、自ら動いて接触したという情報が上がってきた。

 

「───────だが、赤髪は人堕ちと違って暴れさせたら手にはおえんが、自分から世界をどうしようという男でもあるまい」

 

「さよう。それより今は七武海だ。クロコダイルの後任を急がねば。穴ひとつとて甘く見るな」

 

「たしかに、三大勢力の陣営崩壊は世界に直接ヒビをいれたい男の好機となりかねん。保たねばならん」

 

「はっ!......そのため、七武海に召集をかけておりますが、天夜叉以外、果たして何人が現れることか......。所詮は海賊、身勝手な連中でして......」

 

「天夜叉はやつの監視の目も同然、入れるんじゃない」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「クロコダイルめ、厄介なことをしてくれた......。───────それを討ち取ったこの男ももはや野放しにできまい......」

 

「問題は、火拳が兄弟盃を交わしたと言ってはばからないことか」

 

「あの男の影を感じざるを得ない......か。人堕ちめ、どこまで貴様の差金だ?」

 

「奴にはどんな建前もやってはならん......好機とみたら今度こそあの男は......」

 

五老星の会話をかき消すように海軍本部から聖マリージョアへ伝令が流された。

 

「海軍本部からマリージョアへ。王下七武海、ドンキホーテ・ドフラミンゴ様。次いでバーソロミュー・くま様がおつきに───────」

 

 

 

 

 

聖マリージョアの円卓とはいえ、王下七武海が素直に座るわけもない。ドフラミンゴはベランダに腰掛け、くまは奥にあるソファで太陽十字信仰の聖書を読んでいた。真面目に円卓についているのはおつるだけである。センゴク元帥がようやく現れた。

 

「よく来たな、海のクズども」

 

「フッフッフ、おーおーえれえ言われようだぜ......」

 

「───────だが、的は射ている」

 

「おや、珍しく内職をしないのかい、ドフラミンゴ」

 

「フッフッフ、あいにくそんな気分にはなれねえなァ、おつるさん。こんなモン今さら見せられてもなァ。ホーミングの忠告から何日かかってんだ、センゴク元帥」

 

ドフラミンゴの手には、ふてぶてしい笑顔の男の手配書が揺れていた。

 

「1億ベリーか、桁がひとつ足りないんじゃねえのか?これじゃあ麦わらのルフィと同じだぜ?それとも謀ってんのか、うえは?」

 

「一度は壊滅が確認された海賊だ、目立った動きがない以上、難しいものがある」

 

「目立った行動ねェ......抑止には期待できそうにねえな。だったらよ、さっさとこの会議終わらせてしまおうぜ。話にならねえ」

 

「......始めようか。これ以上待っても誰も来まい。6名中2名も来てくれるとは私の想像以上だ」

 

「いつも通りの間違いだろ、センゴク元帥」

 

「黙れ、天夜叉」

 

「ふむ、海軍本部と七武海がつまらぬ馴れ合いをしているようだ。おれは来る場所を間違えたかな?」

 

「なにをいう、鷹の目。王下七武海は我々の側だということを忘れているのは貴様だ」

 

「......これで3名だね」

 

「フッフッフ、鷹の目か。砂の王は今日付でインペルダウン行きだ。わざわざ来てもらったのに悪いな」

 

「フン、おれはただの傍観者希望だ、別にかまわん。今回議題にあがる海賊達に少々興味があってな......それだけだ」

 

「おーおー、うれしそうな顔しやがって。さては前の話気にしてたな?」

 

「よほど沈没させて欲しいようだな、黄金帝の巨大船を」

 

「フッフッフ......いや、ほんと勘弁してくれ、洒落にならねえ」

 

ちょっとした笑いが漏れた。舌打ちしたドフラミンゴだったが、相変わらずベランダで外を眺めている。

 

突然内線用のデンデン虫がなり始め、待機している将校が受話器をとった。そして、そのまま口頭でおつるに耳打ちする。

 

「悪い子だね、ドフラミンゴ。お前の仕業だね?聖地マリージョアでイタズラするのはおよし。いいこだから、おやめ」

 

「フッフッフ、いい子だから......か。敵わねえなァ、あんたにゃ。おつるさん.....。だったらよ......人堕ちに警告されたんだ、催眠術対策もっとねりな」

 

「───────!?」

 

「招かざる客が来やがった。寄生糸潜り抜けやがって」

 

「やはり貴方でしたか。桁外れた見聞色と武装色は噂以上だ。この身にはなかなかに骨が折れました......この場でなければブチ殺してますよ、天夜叉」

 

「フッフッフ、そりゃどうも」

 

「お初にお目にかかります、天夜叉ドフラミンゴ。あなたのお師匠に負わされた傷が痛まない日はありませんよ」

 

そこにいたのは、痛々しい傷がスーツからも想像されるほど歪んで見える足をしたひとりの男だった。男の名はラフィット。今回賞金首になることは避けられた、元は西の海で保安官をしていたが、度を超えた暴力により国を追われて黒ひげ海賊団に加入した者。あるいはホーミングが初めて殺しそこねた男のひとり。

 

年齢の割に若々しく、シルクハットを被りステッキを手に持った色白な素肌のその姿は、良くてミステリアスであり、悪いと不気味ですらあった。

 

「私も傍観希望ということでよろしいですか?いや、傍観というのも少々違いますが......やはり王下七武海となると、そうそうたる顔ぶれですね。あわよくばこの集会に参加させていたきたく参上いたしました。この度のクロコダイル氏の称号剥奪を受けて、後継者を探しておいでではないかと。誰を推薦したいのか、もう皆様お分かりとは思いますが、自推は大事かと思いまして───────」

 

異様な緊張感が走ったのだった。



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72話

航海士エディがいうには、ログポースはずっと積帝雲を指していた。巨大な渦潮に麦わら一味とベラミー海賊団の船が、一隻一隻飲まれていく。夜になった。

 

ベラミー達は予感があった。夢のような大冒険の始まりである。

 

中央で衝突するかと思われたが、突如全てが消失した。海面が隆起する。それはジャヤが半壊して島ごと積帝雲に吹っ飛ばされたのでは、というドフラミンゴの予想が本物であると錯覚させるほどのたかさになっていく。

 

巨大な水柱が天を貫いた。船が垂直に走っていく。積帝雲を突き破り、船は空高く積み上げられた雲「積帝雲」の内部にある積帝雲の内部にある白海(7000m上空)に到達した。

 

「......ビルカの翼じゃねえな。なんださっきの」

 

「スカイピアの翼か?」

 

「かもな」

 

「おぬしら、何者じゃ。なぜ今は失われし空島ビルカの名を知っておる?青海人じゃろう」

 

「いや、てめーが誰だよ」

 

「わしの名は空の騎士!フリーの傭兵である。まずはビジネスの話をせんか?このあたりは危険な海じゃ。何も知らぬ者ならばゲリラに襲われ、空魚に食われる定めよ。1ホイッスル500万エクステルで助けてやろう」

 

「えらい安いな、ほんとに傭兵かよ爺さん。たったの500ベリーじゃねえか」

 

「格安じゃろ?大丈夫、お前さん達がここにいたるまでのことを考えた値段設定だと自負しておる。生活できるギリギリの値段じゃ。じゃから言っておるじゃろ、1ホイッスルだと。ハイウエストから無事辿り着いたお前さんたちに敬意を表する」

 

「いや、誰も脱落してねーけど」

 

「たった今ノックアップストリームできたんだけど」

 

「なんじゃと!?じゃあなんで相場を知っとるんじゃ!?」

 

「バロンターミナルで見たし」

 

バロンターミナルでは、1ベリー=1万エクストルで様々な取引が行われている。ベリーの1万分の1の価値になる。つまり500ベリーで1ホイッスルなわけだ。

 

「ウミット海運の主産業だし、知らねえ奴らはもぐりだろ」

 

「ウミット海運?......もしや、お前さん達はホーミングを知っておるのか?」

 

「ホーミングから独立したドフラミンゴにいわれて来たんだよ、おれ達は」

 

ウミット海運は会社だが、ドフラミンゴは七武海とはいえ海賊だ。ちなみにベラミー達も海賊だ。七武海だから普通の海賊ではないが、概念を説明するのがまず難しい。そもそも海賊と素直にいうのはまずいのではないかという頭が回ったベラミーは色々省略してガン・フォールに話した。

 

「なんと......今、ドフラミンゴといったか?そうか、あんなに小さかった子供が独り立ちするほどに時間が流れたのか......」

 

「ドフラミンゴのこと、知ってんのかじいさん!?」

 

「あたり前じゃろう。今は亡き空島ビルカの民にバロンターミナルへの移住を勧めてくれた男の子じゃ。もっともわしはウェザリア経由で聞いただけで実際に会ったことはないがな。おかげで警告は的中しビルカの民は助かった。そうか......そして、あらためてお前さん達を......。非礼を詫びよう、若人よ。わしの名はガン・フォール。今から案内したいところがある。きてくれんか」

 

ガン・フォールを名乗る老人に誘導される形で、ベラミー海賊団は空島スカイピアではなく別の空島に上陸することになる。

 

そこには沢山のスカイピア式翼をつけた男たち、その家族、あるいは親類、恋人に至るまで、まるで身を隠すように暮らしていた。

 

「警告どおり、神は現れ空島ビルカを滅ぼし、今まさに空島スカイピアで圧政を強いておる。あの移住計画のときに気づいていれば、ここまでの巨悪の台頭を防げたかもしれぬというのに......。しかも不甲斐ないわしらに救いの手をさしのべてくれるとは、なんと心優しき男になったのか......!ほんとうに申し訳ない!!わしらがいたらぬばかりに!」

 

いきなり土下座しはじめたガン・フォールにベラミー海賊団は困惑するしかない。説明するよう求められたガン・フォールは当然だとばかりにうなずくのだ。

 

そして、ベラミー海賊団は、ドフラミンゴがウミット海運でホーミングに師事していたころ、空島ビルカやバロンターミナルを開拓する事業にがかわっていたことをしる。そのときから見聞色が優れていたドフラミンゴが、空島ビルカに神が現れて空島ビルカは消滅するかもしれないと警告したそうだ。

 

もともと滅びゆく遺跡しかない貧しい空島ビルカの民は、ドフラミンゴの見聞色を本気にしたわけではないが、バロンターミナルの開拓計画に賛同して大移住を行った。それが今のウミット海運の主産業を支えるビルカの人々だ。

 

そして遡ること8年前、ドフラミンゴの見聞色は的中した。空島ビルカの滅びゆく文明の遺跡を守るために残ったはずの神官たちが、神を自称する元神官に率いられて、空島ビルカを滅ぼした。そして空島スカイピアを中心に空島をおさめていた王としての神だったガン・フォールを倒し、自称神として君臨。圧政を強いているというのだ。

 

それ以来、入国者を犯罪者に仕立てて裁きの地に誘導するよう義務付け、国民の罪の意識を煽っている。また、神隊を酷使して、自らの能力で空を飛ぶ方舟「マクシム」を作らせている。その目的は「還幸」であり、故郷ビルカに伝わる聖地「限りない大地(フェアリーヴァース)」という場所に到達し、文字通りの神の国を建設すること。また、雲や鳥でもないのに空に浮かぶスカイピアの存在そのものを不自然と考え、空島にいる全ての人間を地上に引きずり降ろそうとしている。

 

ベラミー海賊団をこの空島にまで連れてきたのは、かつての部下である神隊が囚われたことを気にかけ、脱走者を逃がすために傭兵となり、匿っている者がいるため。ここは神のマントラ(見聞色)が及ばず、事情を話しても雷による粛正をされないため。

 

神の名はエネル。ゴロゴロの実の能力者で、自身の体を雷に変え、自在に操る能力を得た男。

 

自分自身が雷になるため、雷速で移動したり、触れたものを感電させ、発生する熱エネルギーで金属を加工することも可能。 さらに心停止しても電気の力で心臓マッサージを行い復活も可能。

 

また、雷のスピードは秒速150km~200kmであり、光には及ばないものの、まず並の生物に捉えきれる速度ではない。体を電気に変えれば、雲や金属の中を移動できる。

 

加えて出力も桁違いであり、最大で2億ボルトという凄まじいエネルギーを持つ。

 

エネルは超人的な身体能力と格闘術、絶大な規模を誇る見聞色、大規模攻撃を生み出すための技術と頭脳などを兼ね備えており、これらの力と技術を能力に応用させた事で、より強力な能力者となっている。

 

攻撃として使うだけではなく、自らの持つマントラ(見聞色)の力をゴロゴロの実の持つ電波の力で強化し、スカイピア全ての情報を掴むことが出来るようになっている。

 

「お前さん達の気持ちはとても嬉しいが、このままでは死にいくようなもの。だからここに連れてきたんじゃ。悪いことは言わない、帰りなさい」

 

「ふざけんのもいいかげんにしやがれ!ごちゃごちゃいってるが、そんなことどうでもいいんだよ!麦わらの一味はどうなるんだ!!あいつらはおれのダチだ!ダチがハメられて死ぬかもしれねえって時に、帰るやつがあるかァッ!!」

 

ベラミーの怒りが木霊した。

 

「今すぐに空島スカイピアにつれてけ、ガン・フォール!リリー達はここにいろ、さすがにやべえからな。おれの勝手でわりいが行かせてもらうぜ」

 

「今までアンタの勝手が通らなかったことなんかないでしょ。何言ってんの。アタシらはあんたの船に乗ってんだから。死ななかったらなんでもいいわよ」

 

「仕方ねえな......おれもいくから後は頼んだ、リリー」

 

「しょうがないわね......いつものパターンだけど、死なないでよ。しなばもろともって約束でしょ」

 

苦笑いしたリリー達に見送られ、ベラミーとサーキースだけはガン・フォールと共に空島スカイピアに入国することになる。




最新話は7話を経て、ウラヌスという言葉を出すわけにはいかず、神という言葉にホーミング→ハレダス→ガンフォールの時にハレダスが置き換えたのが真相。ビルカやばいとドフラミンゴが発言しホーミングは元々の開拓事業のついでに行動。命の恩人なのは事実。ホーミングは放置する気だった。流石にビルカ文明がウラヌス案件といえないため、ドフラミンゴが最初にいいだしたから見聞色ということに。そしたらウラヌスはこなかったが神を自称するエネルがビルカ滅ぼしたもんだからガンフォール側から見たらえらいことになった命の恩人な男の子が真相。


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73話

「ガン・フォール、ひとつ聞きてえことがある。空島スカイピアにかぼちゃは伝わってんのか?」

 

かぼちゃはノーランドがドレスローザから世界に広めた事実がある以上、空島スカイピアにもかぼちゃが伝わっていれば大事な証拠になるはずだ。そう考えたベラミーは、空島スカイピアにいく道中でガン・フォールに聞いた。目的地までは結構距離があるのだ。

 

「かぼちゃか?あるぞ、我が家の畑に沢山植えてある。今年は特に出来がよいのだ」

 

「あんのか、かぼちゃ」

 

「うむ、もとは聖地アッパーヤードにあったものだと聞いておる」

 

「アッパーヤード?」

 

「空島は島雲でできておる。青海では当然の大地が存在せぬ。我々はヴァースと呼び、永遠の憧れの対象となっておるのだ。ヴァースがなければ存在しない鉄やカボチャもまた、アッパーヤードからもたらされた。それは400年前から続いている争いの始まりでもあった」

 

「もしかして、島がノックアップストリームで飛んできたのか?」

 

「さすがはドフラミンゴが派遣した若人だけある......その通りだ」

 

ガン・フォール曰く、約400年前、青海に存在した島の一部がノックアップストリームによりスカイピアに運ばれた際、空島の民スカイピア人は思いもよらない莫大なヴァース(大地)の出現を神からの贈り物だと考えた。

 

そして、先住民シャンディアをスカイピア人は武力制圧。それ以来、スカイピア人は本来空島にない大地(ヴァース)を確保するため、ジャヤの先住民シャンディアはその故郷を奪還するため、長い戦いを繰り広げているという。

 

そして、スカイピア人は島の一部を聖地アッパーヤードと呼んでいる。故郷を追われたシャンディア達は、スカイピア人の住むエンジェル島とは反対方向にある雲隠れの村で暮らしている。

 

「......じゃあ、アッパーヤードにありそうだな」

 

「そうだな、今はそれどころじゃないが」

 

「他にも、空島スカイピアにお前たちが来た目的があるのか?」

 

「あァ、あるぜ。そっちの方が大本命だっていっていい。麦わら一味のが先だが。ドフラミンゴから、空島スカイピアにかぼちゃをもたらした偉大なる戦士が、冤罪で処刑されたのを証明するよう言われてんだ」

 

「なんと......アッパーヤードにかぼちゃをもたらした者が冤罪?」

 

「うそつきノーランドって絵本で今でも辱められてんだ。末裔が空島スカイピアの真下のジャヤって国で、先祖の冤罪を晴らすために青海に潜ってる。地盤沈下で沈んだ黄金都市があると証明したくてな」

 

「黄金都市か......」

 

「なんかしらねーか、ガン・フォール」

 

「......それは、シャンディアの者達の方が詳しいであろう」

 

ベラミーとサーキースは顔を見合わせた。

 

 

 

麦わら一味の動向を確認したところ、ガン・フォールによれば不法侵入者は神の島アッパーヤードに船ごと拉致され人質になる者と実際に裁かれる者にわかれるらしい。後者は元空島ビルカの神官達が試練という名目で待ち受けており、処刑される運命にある。

 

どちらを優先すべきかという話になる。これからエネルの見聞色で常時監視下におかれることになるので、やばい話は空島スカイピア入国前になるだろう。

 

「......そりゃあ、人質だよなァ。サーキース」

 

「......そうだな、そっち一択だベラミー」

 

「「麦わら、ゴム人間だもんな」」

 

「だいたいバロンターミナルの奴らと神の神官とエネルは同郷なワケだろ?絶対ゴム知らねえよな、あんだけ風船狩りわくわくなんだし」

 

「よし、人質助けに行くか。だいたい裁かれる側はたぶん海賊狩りもいるんだろ?処刑なんてされるわけがない」

 

そんなことを話していると、ガン・フォールが人質は祭壇から3人以上でなければ大丈夫だといってきた。ベラミーの脳裏に麦わら一味がうかぶ。

 

「やべえな、おれなら絶対でてる。麦わらの一味もいねえだろうな、たぶん」

 

「さすがに船番くらいはいるんじゃないか?」

 

空島スカイピアにいる老婆に1人10万ベリーを支払い、ベラミー達は入国した。遅かれ少なかれ麦わら一味のように不法侵入者扱いされるだろうが、その時までエネルは裁きを下さないだろうし、神の軍団率いるガン・フォールの元部下達の追っ手もかわせる。助けに行くなら効率的に行くべきだ。捕まったらミイラ取りがミイラになってしまう。

 

ひとりくらいはいるはずの船番を助けるべく、ベラミー達は生贄の神殿に向かった。そして、紐の試練なるものを行う神官とガン・フォールの一騎打ちがはじまった。

 

「ガン・フォールになにすんだ、てめえ」

 

ベラミーの見聞色が超至近距離からダイアルをぶち込まれて倒れるガン・フォールをみせる。咄嗟にバネバネの実の機動力で庇い、不発のダイアルから大爆発がおこる。風圧などものともせず、ベラミーはピエールのところにガン・フォールをとどける。バネバネの能力は物理攻撃は実質無効だ。まして武装色を纏えるベラミーならなおのこと。無傷なベラミーに能力者と察したのか、神官はニヤリと笑った。

 

「不法侵入者のリストにはないはずだが、犯罪人を庇うか青海人よ。なら貴様も死刑だ。ガン・フォール共々死ね」

 

「やってみろよ、神官。おれはノーランドの冤罪晴らすまで死ぬ気は絶対ねーからなァッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雲隠れの村にて

 

「......お前のマントラが本当にそういったのか、アイサ」

 

「うん......近くにガン・フォールと......あ、神官のマントラが1つ消えた」

 

「......勝ちやがったのか......知らないマントラってことは青海人だろ?」

 

「......うん、たぶん」

 

9歳ながら生まれながらにして高度な見聞色(マントラ)が扱えるアイサから聞かされた男は思わず先祖の銅像を仰ぐ。アイサの見聞色は空島スカイピア全土に及び、拙いながらもそこにいる人間の声を断片的に拾うことができる。それは故郷を取り戻すために日夜ゲリラ戦を繰り広げているシャンディア達の貴重な情報源だった。

 

今、不法侵入者が沢山空島スカイピアに入り込んでおり、これを契機として過激派のこの男は神も神官もスカイピア人もろとも排除しようと考えていたのだ。

 

男の名はワイパー。シャンディアの戦士達のリーダー格であり、大戦士カルガラの子孫。異名は「戦鬼(せんき)」。

 

非常に好戦的、かつ邪魔する者を容赦なく排除しようとする過激な性格。右肩と顔に刺青があり、常にタバコをくわえている。先祖であるカルガラを絶対的な「保持神」と崇めており、「シャンドラの灯をともせ」を合い言葉に、戦士達の先頭に立って戦う存在。故郷の奪還という悲願と、祖先への強い思いを胸に秘めており、悲願達成のためなら己が身をも省みない不屈の信念を宿している。

 

幼少期に酋長からカルガラの無念を教えられ、いつの日か黄金の鐘を鳴らしシャンドラの灯をともすことを目指すようになった経緯がある。

 

そんなワイパーがらしくない行動をしているのは、アイサのマントラが拾った「ノーランドの冤罪」という言葉が原因だった。

 

ワイパーが敬愛するカルガラは、シャンディアの大戦士にしてワイパーの先祖だ。かつて青海の偉大なる航路ジャヤにいた男である。

 

村に疫病「樹熱」が蔓延し多くの村人が犠牲になった際、樹熱を知らないためこれを「呪い」とし、神に生贄を捧げることで解決しようとしていた。

 

島に侵入し儀式の邪魔をしたモンブラン・ノーランド一行を、初めは他の侵入者と同様に殺そうとしたが、ノーランドが命懸けで島を救ったことで彼とは無二の親友となる。

 

その後ノーランド達が住民にとっての命とも言える林を切り倒したことで一旦は仲違いするが、それすらも村人達を想っての行動だったことを知り、出航直前にノーランドと和解。

 

先祖のために鳴らしていた鐘を、再び来るノーランドのために絶やさず鳴らし続けると誓った。

 

しかし、ノーランド達がジャヤを後にした4年後、空島へと打ち上げられたジャヤを空の人間に奪われてしまう。それでも、再びジャヤを訪れ自分たちがいないことに狼狽えるであろうノーランドのことを思い、自身らが空にいることを伝えるために何としても鐘を鳴らそうと戦い続けたが戦死したのだ。

 

敬愛するカルガラの親友ノーランドの名を口にし、冤罪を晴らすまで死ねないと叫んだ青海人がいる。全くの偶然とはワイパーには思えなかったのだ。



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74話

探索から帰還したナミ、ゾロ、ロビンを迎えたのはノックアップストリームから船が見えなくなって行方不明になっていたベラミー海賊団のツートップだった。

 

「ベラミーにサーキースじゃない!生きてたの!!よかったー!!」

 

「なんだ、死んだのかと思ったぜ、0か100かで負けたとばかり」

 

「あなた達もここまで連れてこられたのね。船が見当たらないけれど、他の場所にあるの?」

 

三者三様の反応だが、0か100かのノックアップストリームから船が見えなくなって消息不明だったのだ。空島スカイピアの門の前にいた老婆に聞いても、犯罪者認定の烙印を押した男達があげる数も、青海人は麦わら一味だけだと表していた。うすうすベラミー海賊団は運悪く全滅したのではないかと思い、口外しないようにしていた矢先だった。好き勝手いっていても笑っているやつしかいない。

 

「一気に話すな、わかんねえよ。つーか、海賊狩り勝手におれ達殺すんじゃねえよ。人が心配して来てみりゃ好き勝手いいやがって」

 

「おれ達は普通に入国したんだ。だから会わなかったんだろう。おまえ達がハメられたと聞いてベラミーが殴り込みしようとしたから、とりあえずおれだけついてきた。晴れておれ達も犯罪者だ」

 

「......そういうこった。感謝しろよな」

 

エネルの見聞色で常時監視されている以上、下手にガン・フォールの元部下達の隠れ里を明かすわけにもいかない。ベラミーの言葉を被せるように説明するサーキースに、意図を把握したベラミーは途中から語気を弱めた。まるで同時通訳の副音声状態になってしまい、ナミが笑い始める。ベラミーがいきなり語尾が小さくなるから、バツが悪くなったんだろうと勘違いしたゾロはにやにや笑っていた。ロビンはすでに2人が見えた段階で笑っている。

 

「ゾローッ!!生贄は3人以上外に出たら死刑になるって、さっき神官に襲われたんだからなー!?おれが襲われたのゾロのせいじゃないかー!!ゾロがナミ達唆すからー!!」

 

猛抗議するチョッパーの登場で一気に雲行きが怪しくなったのはいうまでもない。

 

そして、ルフィ達も試練を無事脱出して、合流することになる。ルフィ達は知る由もないが、試練は実は終わっていない。中断しただけである。

 

ただ神官側の優先事項が変わっただけなのだ。なにせ先住民シャンディア達が襲ってきたが神官を半分も落とされたため、残りの2人で迎撃するはめになっている。

 

「ベラミーがなッ、ピンチに陥った空の騎士助けてくれたんだッ!でも空の騎士、爆風のせいで頭打ったみたいで」

 

出迎えるのが遅れた理由をナミに問われたチョッパーはそう答えた。診断結果は心身の疲労によるものが大きいようで、ぐっすり寝たら目が覚めるだろうとのこと。とりあえずは一安心である。

 

「ベラミー達にもお礼に見せてあげるわ、これよ!これがノーランドの航海日誌の最後にあった髑髏の右目に黄金を見たの正体よ!」

 

完成したばかりの空島スカイピアの海図に古代のジャヤの地図を重ねて、ナミは自慢げに見せつけてくる。

 

「これが400年前の黄金都市ジャヤの姿よ!」

 

それはたしかに髑髏の形をした黄金都市ジャヤの姿だった。ノーランドがいいたかったのは島の全形なのだ。

 

しかし、再び足を踏み入れたジャヤは不幸にも黄金都市のエリアごと空にいってしまい、残されたのは髑髏の歯の部分だけ。まさに臼の字のような地形しか残らなかったのだ。

 

勢揃いした麦わら一味を見渡して、ルフィは考えた。

 

「よし、探すか黄金!」

 

「ばかいえ、明日にしろ。それよりキャンプファイヤーのが先だろ麦わら!」

 

「そうだ、夜だ!そっちのが大事だな!!」

 

「よし、麦わらァ!明日がいよいよ正念場だぞ!北の海で今なお辱めにあってるうそつきノーランドの黄金都市を証明してやろうぜ!!」

 

「おー!!!」

 

なにはともあれ、キャンプの始まりである。そして、あまりの喧しさに目を覚ましたガン・フォールは麦わら一味に語るのだ。この神の島がどんな歴史を辿ってきたのかについて。

 

 

 

 

 

雲隠れの村にて

 

同じ空の下、今日も悲願の故郷奪還が叶わなかったものの、青海人達が2人の神官を落としたことで確かに手応えを得た先住民シャンディア達。

 

アイサが夜な夜な神の島アッパーヤードに入り込み、ヴァースを集めて帰っていた。それを咎める代わりにリュックいっぱいのヴァースを持ち帰っていたことが発覚した女戦士がワイパーの怒りをかった。いつもなら激怒して手がつけられなくなるはずなのだが、昨日からワイパーの様子がおかしい。なぜかあっさり許してくれたのだ。

 

アイサはおそるおそるワイパーをみる。そして、怒られなかった理由を悟るのだ。

 

「昨日の青海人はまだ生きてるか」

 

「うん、マントラ、ずっと聞こえてる」

 

「そうか。なんていってる」

 

「北の青海で、ノーランドがずっとうそつき呼ばわりされてる。黄金都市を見つけたら、その汚名がはらせるから探す。明日が正念場だってさ」

 

「......」

 

「青海人みんな、今一緒のところにいる。今日あったっていう麦わら帽子、その青海人と仲良さそう」

 

今日攻撃した麦わら帽子を被った青海人が脳裏をよぎる。ワイパーは血の気がひくのがわかった。青海人だろうが誰であろうが今までのワイパーなら攻撃してきた。神の島アッパーヤードに足を踏み入れる者は誰であれ許せなかったからだ。

 

ワイパーはたまらなくなって、敬愛する先祖カルガラの銅像を見上げた。

 

こんな形でカルガラが最期まで懸念していたことを知る羽目になるとは思わなかった。400年もの間、カルガラの親友ノーランドはジャヤが空にいったせいで、きっと嘘つき呼ばわりされ続けているのだ。そして、400年ぶりに北の海から偉大なる航路をとおり、青海人がその冤罪を証明するためにきていることが判明した。世界広しといえども、さすがにここまで一致していて、別人のことではあるまい。

 

その青海人の友人を自分は殺そうとしたのだ。ワイパーはその日、全く眠ることが出来なかった。



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75話

ベラミーとサーキースは、海賊狩りロロノア・ゾロという男を完全に見誤っていたのだと自覚するにいたっていた。特にサーキースはベラミーと一緒に暴走しがちな麦わらのルフィを諌める役割を持った、自分と似たような冷静沈着なNo.2が海賊狩りだと思っていた。

 

生贄の祭壇で不用意に出てゴーイングメリー号やトナカイを危険に晒したが、それは状況の理解が甘かったからだ。実際、似たような状況に陥ったら、ベラミー海賊団だって、サウスバードの飼育があるためもっと船員を残すくらいしか差はなかっただろう。

 

だから気づかなかったのだ。海賊狩りはしっかりしているようにみえるだけの狂犬なのだと。なんて初見殺しだ。致命的な方向音痴なくせに無自覚なもんだから、散歩が好きとか意味がわからなすぎて、ベラミーとサーキースはロビンの話を半ば拒否したくなっていた。麦わら一味新入りの考古学者が海賊狩りの方向音痴を完全に理解したのは、今回が初めてだというんだから仕方ないところはあった。

 

海賊狩りは真面目だ。麦わらのルフィを船長としてたてるし、ハンパをやるなら自分が抜けると周りを引き締める役割をおっているのをベラミー達は見ていた。一見クールキャラなのが初見殺しすぎる。

 

「......ハハッハハ、うそだろおい。トナカイも麦わらもおれと同じだから、海賊狩りが頼りだと思ってたのに。ファンタスティック迷子となると......お前だけかよ、まともなの」

 

「どうやらそのようね、ハイエナさん」

 

「ノーティス出身でよかったと思うの何度目だろうな、ベラミー。お前、暴走しがちだけど、ガチでやばいときは知ってるもんな」

 

「馬鹿はいらねえってドフラミンゴが言わなきゃ、ノーティス飛び出したってのに勉強なんかしねーよ」

 

「うふふ」

 

黄金都市を目指して南に向かうグループと、ゴーイングメリー号でぐるりと回り込んで黄金を積み込むグループにわかれたまではよかった。

 

想像を絶する大きさの大蛇に襲われ、ベラミー達は一度はぐれたのだ。南にいくのはわかっていたから、太陽の方角から現在地を把握して、とりあえずひたすら歩いていた。途中でやたらと神官の雑魚に襲われながら蹴散らしていたら、運良くロビンと合流できたのだ。

 

麦わら達はいつ合流するか聞いたベラミーに、ロビンが笑顔で無理かもしれないといったことから冒頭の反応にもどる。

 

「森がずいぶんと騒がしくなってきたわね」

 

あまりの襲撃の多さにさすがのロビンも疲れたようにため息をついた。

 

「明らかに昨日と状況がちげえな......神官1人しかこなかったってのに。いったい空島スカイピアで何が起こってやがる」

 

「ベラミー、それを知るために尋問したいんだから気絶させるなよ」

 

「ばーか。殺す気でくる奴らに、んな悠長なこと言ってられるか」

 

襲撃してきた神官達の身包みを剥ぎ、使えそうな道具やダイアル、武器を拝借しながらベラミーがいう。サーキースに投げつけられたダイアルはリュックにしまわれた。殺すには弾薬がもったいない。

 

「ここは都市から離れた民家ね。......やっぱり木に飲み込まれてる......古代遺跡は大丈夫かしら」

 

「まじか、どれだよ考古学者」

 

「あそこよ、ハイエナさんにビックナイフさん」

 

黄金都市の実在を確かめるのが目的のベラミー達は、慌ててロビンがいう場所まで向かうのだ。

 

「メー!」

 

がしゃあん、と豪快に民家跡を粉砕する神官が現れた。

 

「そこから降りなさい。あなたには、遺跡の歴史的価値がわからないようね」

 

「青海人だな!?このルートは神の社に続く道。これ以上足を踏み入れるのは無れ」

 

「あー!!」

 

「てめーら、ビルカの神官だったくせに、遺跡壊すんじゃねーよクソッタレがァ!ただでさえ、てめーらはドフラミンゴに泥塗りやがって許せねえのにぶっ殺す!」

 

言い終わる前に神官は2人がかりで即覇気に吹っ飛ばされてぼこぼこにしていた。

 

「酷いことするわ......」

 

ロビンはめちゃくちゃになった民家跡をみて、悲しそうに呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大戦士カルガラに誓い、シャンドラの灯(ひ)を灯せ」

 

それは敬愛するカルガラに倣い、ワイパーがシャンディアを率いる時に標榜している言葉だ。この言葉自体は400年の月日を経て、ふたつの意味を内包するに至っている。

 

シャンドラの灯(ひ)とは、国の繁栄・滅亡を「灯火」に例えている。シャンディアにとって、

「火が灯る」という事は、「人間の生活圏の証明」でもある。「火が灯る」は、すなわち「シャンドラの繁栄」を表している。

 

だが、シャンドラの「灯火(ともしび)」は400年前に消えた。大地(ヴァース)を始め、黄金都市をスカイピア人に奪われ、鐘楼は喪失。シャンドラの生活圏は全て奪われた。

当時の「鐘楼」の役割は、先祖の魂が迷わぬよう「身縒り木」に呼ぶこと。そして、友ノーランドが迷わずまた来れるようにという、2つの意味があった。

 

それは「船乗り」が無事に島に辿り着くように立つ「灯台の灯火」の役割と一緒で、「鐘楼」と「灯火」が一緒の意味で掛かっている。

カルガラは、シャンドラの灯を消せばノーランドが迷う!決して消させるな、鐘楼を奪われるな、シャンディアは滅亡していないと青海のノーランドに唯一知らせる手段なのだから!おれ達は空にいるとノーランドに知らせるために鳴らせ!鳴らし続けろ!そのために奪われた大地を取り戻せ!という意味で叫んだといわれている。

ワイパーにとっては、滅んでしまったシャンドラの再興は、鐘を鳴らす(火を灯す)事で証明される。そして青海の偉大なる航路のどこかにいるはずのノーランドの末裔のために、シャンドラの存在を証明してやりたい。だから鳴らしたいという意味につながる。

今、空島スカイピアは今までになく荒れている。たくさんの青海人のせいだ。その中には、たしかにいるのだ。400年間うそつきノーランド呼ばわりされる偉大なる海の戦士の冤罪を空島スカイピアで証明するために、ジャヤの真相に辿り着き、黄金都市を探しにきた青海人が。カルガラの悲願を果たすなら、会いに行くのが最善だ。

 

しかし、ワイパーがその個人的な願望(ゆめ)を優先させることはまずない。青海人達が引き起こしている一連の動乱は、神官2名の陥落という前代未聞の好機をシャンディアにもたらしている。エネルの首を狙う絶好のチャンスである。ゆえに、ワイパーは決断した。

 

「チャンスがまた来ると思うな!おれはこの機を逃さない!覚悟のない者はここに残れ!責めやしない。万が一青海人が来たら歓迎してやれ。途中で倒れた者を見捨てる覚悟はあるか!仲間を踏み越えて前に進める者だけがついてこい!───────今日おれは、エネルの首をとる」

 

その決断は率いる仲間たちの士気をあげ、ワイパーの内心をよくしるアイサに「うそつきはアンタじゃない」と罵声されることになる。

 

だから。

 

「あ、お前」

 

どこぞの神官のようにうっかりと。

 

「......貴様、ここで何してるッ......」

 

いるはずのない麦わらが意味不明な歌を歌いながら能天気に散歩しているからって。

 

「黄金都市にいくんじゃなかったのかッ!?黄金都市は南だ、西じゃねえッ」

 

思わず反応してしまったのは断じてワイパーの落ち度ではない。

 



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76話

「都市そのものの慰霊碑......都市が滅んだあとに......子孫が建てたのね。海円歴402年......今から1100年以上前も前、都市は栄え、滅んだのは800年前。偉大なる航路前半のどこにも残っていない空白の歴史に当てはまる......この島はもしかして......地上で途絶えた歴史を知っているのかもしれない......」

 

ロビンは無我夢中で手帳に書き込んでいく。

 

「これがシャンドラの全図......都市部に行けばもっとわかるかしら......語られぬ歴史の手がかりが......」

 

どさっと音がしたから振り返ると、ベラミー達が新たな襲撃犯を戦闘不能にしたところだった。身包み剥がれた哀れな敗北者は下手に動くと首が閉まる形でそこら辺からとってきたツタで拘束されている。

 

「おい、考古学者。ここいらの石碑は撮っていいやつか?」

 

「ええ、大丈夫よ。あなた達の儲け話のひとつにしていいことしか書いてないわ。翻訳はこれよ。無くさないでね」

 

ベラミーがダイヤルで撮影し始める横で、サーキースがお礼をいいながらリュックに仕舞い込んでいく。

 

歴史の本文は研究しなければバスターコールされることはない。その存在自体を知ることは罪にはならない。深入りしなければ問題はない。白い町フレバンスが滅んだ今、おそらく指折りに裕福な北の海の国ノーティス出身のベラミーとサーキースは実に弁えた男達である。この世界でうまく生きていく術をよく知っている。

 

ロビンはロビンで遺跡に歴史的価値が理解できない神官達の襲撃を受けなくてすむのは、ノーストレスで解読に没頭できて本当にありがたかった。

 

「んーふふふふふーこんな枯れた都市を調べにくる奇妙な青海人はあなた達くらーいですよー」

 

「げ、またきやがったか、めんどくせえなッ!」

 

「この書記碑の価値がわからない奴がなんでビルカの神官やってんたんだろうな、ベラミー」

 

「しるかよ、そんなもん。どーせまともな奴らは移住したか、ビルカで皆殺しにされたんだろうよッ!」

 

「そうね、先人の足跡を全く尊ばない者ばかりが今はなき空島ビルカの神官をしていただなんて信じたくないわ。私が一番嫌いな守ることだけに固執して、伝承を放棄したアラバスタのような、愚か者そのものだもの」

 

ロビンは新たな刺客の真後ろに手を生やして、のけぞらせ、ノータイムで足でありったけの力を込めて蹴り飛ばす。空高く舞い上がった刺客目掛けてベラミーは飛んだ。

 

「てめーらにお似合いの戦場はここじゃねえんだよッ!こい、連れてってやるッ!」

 

ざっと周りを目視して、遺跡のなさそうで樹木がたくさん生い茂った場所を探して、ベラミーは刺客と一緒に飛んでいく。バネバネの能力に有利かつ遺跡を破壊されない最速の方法を試行錯誤していたら、こうなったのだ。

 

「ベラミー、後ろだ。構えろ」

 

ククリナイフの斬撃が一直線に周りの樹木ごと叩き切っていき、狙撃しようとしていた者達ごと両断した。

 

「てめえ、サーキース覚えてろよッ!殺す気かァっ!」

 

「死んでないから問題ないだろ。横からの攻撃に弱いお前が悪い」

 

「よくねーよ、死ねッ!」

 

武装色が間に合わなければ上半身と下半身がお別れしていたベラミーの叫びが聞こえてくる。遺跡には傷一つついていないのはさすがだった。

 

「あなたたち、本当に1億以下の賞金首なの?とてもそうは見えないけれど」

 

「居座り過ぎてベラミーが、ドレスローザの凶弾って勘違いされるレベルだからな......。七武海の傘下と間違われてるともっぱらの噂だ。これも既成事実をつくるための一環なんだけどな」

 

「かしこいわね」

 

「だからドフラミンゴに体良く追い出されてるんだ、これ以上誤解が広まると困るんだろう」

 

「天夜叉も厄介なファンがいて大変ね」

 

サーキースは笑うだけで何も返さなかった。自覚は少なからずあるらしい。

 

豪快な音が響いている方向に歩いていくロビンとサーキースの周りにまた複数の殺意が見え隠れするのがわかる。それはただの女にしか見えないロビンやククリナイフ一本のサーキースより、ど派手に暴れているベラミーの方が危険と判断したのか消えていく。

 

また空をビルカ式翼をつけた影がとんだ。

 

また新たな刺客が遺跡を破壊したのか、馬鹿にしたのか。はたまたノーランドや黄金都市を侮辱したのか。もしかしたら、ビルカの恩人ドフラミンゴを馬鹿にしたのかもしれない。

 

ベラミーにとって、尊敬するドフラミンゴから託されたノーランドの冤罪の証拠が、ここにはたくさんあるのだ。ありすぎてゴロゴロ転がっている神の島アッパーヤードというこの場所は、いつも以上にベラミーの地雷を踏み抜く神官が多いらしい。

 

「そういえば、今日は一度もゲリラの襲撃がないな」

 

ふと思い出したようにサーキースがいう。

 

「そうね、なにかあったのかしら」

 

「なにか起こってるんだろうな、ここ神の島アッパーヤードで。しかし困った。黄金都市はゲリラが詳しいとガン・フォールがいってたから、話が聞きたいんだが、これでは話が聞けない」

 

たまに弾丸が飛んでくるが、空飛ぶ斬撃が弾丸や本体をそのまま両断するため、遅れて爆風や轟音がとんでくる。射程範囲外からの攻撃にはロビンが容赦なく首の骨といった即死箇所をへし折るため効率は良かった。それだけロビンは言わないだけでかなり怒っているのだ。

 

無理もない話だとサーキースは思う。空島において例外なく、本来神官は今はなき文明を今に伝える遺跡を守るために存在すべき地位だ。ここで神官を自称する者達は、誰1人としてサーキースですら抱く敬意というやつを欠いている。サーキースですら殺意を覚えるのだ。横を歩いている考古学者の怒りはどれほどのものか。

 

「武器が古い型で助かる。6年前から空島スカイピアはバロンターミナルの取引をやる余裕もないと聞いていたが、ここまで酷いとは思わなかったな。武器の質が落ちるのは当然だ。あるよりましだな」

 

サーキースはベラミーが倒し損ねた敵の戦意を完全に喪失させるような箇所に弾丸をぶちこんでいく。

 

「せっかくハイエナさん達が壊さないように避けてくれてるのに、どうしてひどいことするのかしら。許せないわ」

 

神の社とやらに近づくに連れ、刺客の数は激増している。ベラミー達の配慮ある戦闘を台無しにする神官達の登場は、とうとうロビンの怒りをかってしまう。

 

サーキースすらドン引きな制裁をロビンは課していく。男として同情はするがそれだけだ。ロビンだけは怒らせてはならないとあとでベラミーに教えてやらないといけない。

 

「あなた達が壊して回った遺跡は、無価の大宝なの。歴史は繰り返すけど、人は過去には戻れない。だからこそ尊いのに、あなた達にはわからないのね。許せないわ」

 

命乞いをする者もいたがロビンは意にも介さなかった。

 

「何もかも手遅れよ......ほんと、ひどいことするわ」

 

 

 



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77話

違和感を覚えたのはさすがだとしかいいようがなかった。ロビンはいうのだ。黄金都市はノックアップストリームで島ごと吹き飛ばされた。普通に考えるなら神の社とやらが上にあるなら、それは遺跡の一番上だ。普通なら神の社への道とやらが黄金都市に続くはず。だが、ようやく見えてきたのはツタの絡みついた奇妙な階段だけ。まわりにそれっぽい遺跡や遺構は転がっていたが、なにもかもが中途半端なのだ。まるで上と下でひきちぎられたみたいに。

 

そういうわけで、試しにサーキースが武装色を纏ってピンポイントで近場の雲をくり抜いたのだ。ロビンの見立てどおり、引きちぎられた遺構は下に下に続いていた。真下にもまだ遺跡は続いていた。延々と雲に埋まっているのだ。

 

どうやら黄金都市はふっとんできた時に、なんらかの理由で勢いが途中で殺され、積帝雲に突き刺さるような形で止まったらしい。

 

あとはもう、ベラミー達が交代してもなお、最後の方は、誰もがぼやきすらこぼれないほど淡々とした作業が続いた。そして、何十回目かわからない着地のその先で、このとき見た光景をベラミーとサーキースは一生忘れないだろう。

 

800年前に滅びたシャンドラの都は、今もなお堂々としていて雄大で、当時の繁栄を誇示し続けていた。ベラミーは無言でダイアルに記憶していく。雲の中に埋まっていた黄金都市は、そのおかげで風化を免れたようで、ほぼ完全な形で保存された状況だったのである。

 

ロビン達は様々な遺構が完全に保管されている場所を見て回り、ベラミーはダイアルにおさめた。そして、ある一角に辿り着いたとき、ロビンがいうのだ。

 

「ハイエナさん達は絶対に入ってこないで。ここはだめよ。一歩でも入ったらバスターコールされるレベルの情報が無造作におかれているわ」

 

ロビンは遺跡の奥に単身進んでいった。

 

無造作に歴史の本文に使われている文字が刻まれた壁や床、天井が目に止まる。なんとか踏まずに歩けそうなところはないか探したが、諦めるくらいには頓着ない扱いをされていたのがうかがえた。

 

ロビンは確信する。間違いない。黄金都市シャンドラは、かつて歴史の本文を刻める者達と協力関係にあった場所なのだ。

 

「真意を心に口を閉ざせ。我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きと共に......。いったいどういう......」

 

ベラミー達には伏せていたが、これだけ当時を残しているはずの遺跡で、歴史の本文をつくれる文明でありながら、紙という最強の記録がなにひとつ残っていないのだ。燃やされた痕跡はあった。いろんなところにあった。あまりに執拗なのでロビンはバスターコールされたあの日を思い出すくらいには恐怖を思い出してしまった。

 

黄金都市シャンドラは、歴史の本文を刻む者達を守るため。あるいは匿った歴史の本文を奪われまいとして戦い、滅びたのだ。こんなに栄華を誇った国なのに歴史を守るために消されたのだ。それ以上の敵意によって。そして、生き残ったのが───────。

 

黄金都市シャンドラの書記碑から写し取った文には、4つの祭壇の中心位置にあるとされていた大鐘楼がなかったことをロビンは思い出す。黄金の金に歴史の本文が刻まれていたのなら、あるいは近くにあったとしたらと予想していたのにはずした。

 

敵意によって持ち去られたのかとロビンはため息をついた。

 

「おい、考古学者。あそこにあるトロッコはなんだ。随分と新しいけど」

 

「えっ!?」

 

どなりつけるような、ベラミーの声だった。あわててロビンは入口を戻っていく。ベラミー達は暇を持て余して、まだいっていない場所を回っていたようで、だいぶ下の4つの祭壇近くまで降りていたようだ。指を指す腕がかろうじて見える。

 

たしかに明らかに後から設置されたと思われるトロッコの軌条があった。ベラミー達は歩いていくつもりのようだ。ロビンもいこうとした。

 

「ヤハハハハ」

 

「───────!?」

 

いつのまにか、背後に男が立っていた。

 

「見事なものだろう。空に打ち上げられてもなお、奇跡によりかつての繁栄を残す雄大な都市シャンドラ。伝説の都も雲に覆われてはその姿を誇示することすらままならぬ。だが風化を免れたのだから一長一短ではあるか。───────私が見つけてやったのだ。先代の馬鹿どもは気づきもしていなかった。先住民は奪還に固執して伝承を忘れた。お前の言う嫌いな存在とやらは大いに肯定しよう」

 

「───────あなたは?」

 

「神」

 

自称神はロビンを褒め称えた。こちらは遺跡の発見に数カ月を要したし、文字をあっさり読めたことを賞賛した。ロビンは戦慄するのだ。この男は歴史の本文が初めから読めるのだ。

 

今は亡き空島ビルカの元神官であるこの男は、歴史の本文が読めるのだ。

 

この瞬間に七武海ドフラミンゴが見聞色で神による滅亡を予知したという美談は、全く別の意味をもつことになる。バロンターミナルに移住する計画を人堕ちホーミングと共に空島ビルカの民に提案し、了承された。今は亡き空島ビルカは歴史の本文が読める民がいた場所なのだ。

 

歴史の本文を研究してオハラを滅ぼされたロビンは、本当に空島ビルカを滅ぼしたのはこの男なのか疑問に思った。世界政府に例外はない......いや、あることをたった今知った。人堕ちホーミングの儲け話にのり、バロンターミナルに移住した人々は生きている。故郷を滅ぼされるかわりに生きている。

 

そのかわり、バロンターミナルから外に出た人間は海賊として名を上げ始めた怪僧ウルージ率いる破戒僧海賊団くらいしか聞かない。

 

保護される代わりに出られないの間違いではないだろうか。

 

もし、ロビンの頭を駆け抜ける恐ろしい妄想を実現するような兵器があるとしたら、バスターコールよりすさまじい威力があるに違いない。古代兵器という言葉がこびりついて離れない。

 

「ヤハハハハ、頭が回るというのは大変だな」

 

にたあと自称神は笑っている。

 

「すべては運命か、偶然か。さすがはホーミング、おれが唯一よめなかった男だ。いつもお前は時を超えておれを邪魔してくる。いつもおれの夢を先んじて行う不届きものめ」

 

なぜ人堕ちホーミングがここで出てくるのか、ロビンにはわからない。ただ、自称神の興味がベラミー達に向いているのだけはわかる。

 

「ヤハハハハ」

 

ひとしきり笑ってから、自称神はロビンにいうのだ。

 

「私はひとつ賭けをしよう、青海の優秀な考古学者よ。そろそろゲームを終わらせようじゃないか。人堕ちホーミングと縁深い者達ばかりが集う青海人よ。今ここに招待してやるから、止めてみるがいい。私は空島スカイピアを青海に返してやりたいと考えている。とめたければ、私を倒してみよ」

 

自称神が雷撃を放つ。神の社からここまでの底が一気に抜ける。おのおのの目的は全く違うにもかかわらず、自称神の気まぐれによって、生き残りゲームは一気に加速し始めたのである。



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78話

ツキミ博士という男がたまたま月にあった都市と同じ名前を持つという理由だけで、ビルカ文明との様々な共通項に興味をもち、研究をしたいとウェザリアを通じて空島ビルカを訪ねたのがすべての始まりだ。ツキミ博士は青海で知られた科学者であり、研究家だった。

 

しかし、ツキミ博士曰く、すべては月の文明ビルカの模倣にすぎないと語った。空島ビルカの民は誰も信じなかった。

 

空島ビルカの民にとっては、守ることに固執するあまり伝承が失われて久しく、貧しい空島に降ってわいた儲け話だった。ツキミ博士はビルカの民が月から資源不足が原因でこの青い星に来たことを突き止めた。宇宙船に乗り、風船で空島バロンターミナルに降り、気に入った空島にビルカと名をつけ、定住したのがはじまりだとわかった。かつて神と呼ばれた時代もあったという。

 

ビルカは月を永遠の土地と呼んで信仰していたが、かつてあった技術は失われ、文明が廃れ、なにもかもが形骸化した信仰だけがのこり、誇りもなにもかもが滅びゆく運命だったビルカを残酷なほどに視覚化させた。客観視させた。青海人がもたらす儲け話に夢中で自らの歴史と文化に無頓着な土壌は次第にツキミ博士を遠ざけた。

 

だんごに喉を詰まらせた生みの親の仇討ちという理由で、宇宙船を作りたがったツキミ博士が産んだ最高傑作の人工知能のロボットがいた。ビルカ文明を支えたロボットをモデルに作られたロボットだ。電気で動く人工知能の電気切れを心配した青海人が衛生兵を開発、宇宙船は完成した。男はホーミングといった。

 

ホーミングは空島ビルカの秘宝ゴロゴロの実を欲しがっていた。その理由を理解できるビルカの民はもはや少年だけだった。

 

ロボットを乗せた宇宙船は月に目掛けて飛び立った。ホーミングの息子ドフラミンゴが満月と宇宙船を見上げていたころ、空島ビルカですべてを目撃した少年がいた。彼は生まれたときから、特に見聞色が優れていた。

 

その日、少年は神を見た。

 

「父上、なんだあれ。なんだあれ。からくり島が消し飛んだじゃねえか......」

 

「これで拠点を失うのは2度目か。やはり世界政府の目の届く場所で拠点は作るべきじゃなかったな」

 

「父上、放浪しなきゃならない理由ってのはまさか」

 

「その通りだ。世界政府が世界政府たる理由のひとつだよ、ドフィ。それしか私にすらわからない。あの光がなんなのかすらわからない。ただわかるのは世界政府のなんらかの逆鱗に触れたんだろうね、私達は......。いや、それにしては発動が遅かったからスペーシー中尉の宇宙船の方だろうか?」

 

「ビルカの文明関係ってことは、ビルカもいつか吹っ飛ばされるのか?あそこは人が住んでるじゃねえか」

 

「そんなこと、地図から見てる人間にわかりはしないさ」

 

空島ビルカ文明が危険視されていることを伝えること自体が抹殺対象になると考えたのか、こちらには見聞色で神を見たとドフラミンゴはいった。ウラヌスという神から取られた兵器の名は、少年にはどう映ったか。

 

ホーミングは宇宙船動力確保のため、あるいは戦力強化として、空島特産のダイヤル養殖を考えはじめ、廃墟バロンターミナルを拠点としてビジネスを始めた。空島ビルカに移住計画がたちあがったのはこのころだ。様々な密約が結ばれているが、ビルカの民のほとんどは貧しい空島ビルカを嫌がり移住した。少年は残った。

 

「本当にできるんだよな、ウェザリアは」

 

「門外不出の大発明を行使しなきゃいけないほど追い詰められているの間違いですよ」

 

実際はウェザリアを隠れ蓑にした宇宙船の試運転だった。宇宙船は改良した大量のダイヤルでエネルギーを増幅させ、擬似的な天候改変を起こせるようになっていた。あるいは動力たる電気を使って様々なビルカ文明の技術を再現するまでに至っていた。

 

熾烈を極める激戦が繰り広げられている海上に、人工的な台風が訪れる。そして、サンダーダイヤル砲が的確に水平方向に広がり、長さ数百キロに到達する雷は、大戦艦隊を直撃した。

 

すべて空島ビルカ文明を研究した青海人ホーミングがさらに手を加えて完成したものだった。

 

それにひきかえ。

 

少年は生まれ育った空島ビルカをみた。

 

先人の足跡を全く尊ばない者ばかりが空島ビルカの神官をしていた。守ることだけに固執して、伝承を放棄した愚か者そのものだった。

 

空島において本来神官は今はなき文明を今に伝える遺跡を守るために存在すべき地位だ。ここで神官を自称する者達は敬意というやつを欠いている。少年の両親すらそうだった。周りの青年たちも、未来の神官長と慕う少年たちもそうだった。

 

空島ビルカの遺跡は、無価の大宝だ。歴史は繰り返すが、人は過去には戻れない。だからこそ尊いのに今の空島ビルカには理解できる人間が少年しかいない。誰もわからない。青海人の方が空島ビルカ文明について完全に理解し、再興し、運用できている。この絶望的な状況が、少年をふかくふかく考えさせた。

 

見聞色によりもたらされた、ほぼ確定といっていい世界政府という青海の存在により、抹殺される空島ビルカの運命と共にするのか。さきに滅ぼすのか。動かなければ殺される未来しかない時点で、空島ビルカの運命はどのみち決まっていたのかもしれない。

 

かつて神と呼ばれた空島ビルカの民として。かつて歴史の本文の遺跡を守護する神官だった空島ビルカの誇るべき民として。青海人にすべて先を越されてしまった現実は、強烈に少年の心に月への信仰に対する固執をうみ、空島の民としての自尊心に傷をつけた。古代兵器を扱う世界政府への警戒心をうえつけた。

 

そして、思うのだ。

 

なぜ月の民だったはずの空島の民が、神とよばれていたはずの空島の民が、文明をもたらしてやったはずの青海から流れ着くあらゆるものを大地として信仰するのかと。それは月への信仰から始まった、月の大地への望郷からくる信仰がはじまりだったはずなのに。

 

そもそも空島ビルカが青海にある世界政府に狙われるのは、歴史の本文に理由があり、そのすべてが空島ビルカ文明と深く結びついているはずなのに、関連する遺跡を多数かかえているはずの空島スカイピアすら誰も気づいていなかった。

 

今だに終わりを見せない神の島アッパーヤードがその最たる証だった。歴史の本文について、かつて同じ伝承を守る神官だったはずの先代の馬鹿どもは気づきもしていなかった。守護する先住民は奪還に固執して伝承を忘れていた。もとをたどれば同じ民だったくせに、見当違いの信仰から意味もなく争っているのだ。歴史の本文が発覚すれば、空島スカイピアも空島ビルカと同じ運命をたどるのは目に見えているというのに。

 

ならば、神の島アッパーヤードごと堕ちればいいのだ。空島は月の民の島だ。青海にあるものがあるのがおかしい。なにもわかっていない愚か者は、青海人に堕とされる前に空島ビルカの民である自分が代わりに堕とせばいい。

 

すべての間違いの始まりだった島の音色である黄金の鐘ごと消し去ってやる。それがせめてもの慈悲だった。

 

「黄金郷はあったじゃねえか!うそなんかついてなかった!ひしがたのおっさんの先祖はうそなんかついてなかった!だから下にいるおっさん達に教えてやるんだ!黄金郷は空にあったって!エネルなんかにとられてたまるか!でっけえ鐘の音はどこまでも聞こえるから!だからおれは!黄金の鐘を鳴らすんだ!!」

 

よりによって青海人の象徴ともいうべき、ゴムという能力をもつ麦わら帽子が叫ぶのだ。神となった男は嗤うのだ。

 

「この空に不相応な《人の国》を消し去り、全てをあるべき場所に返すのだ!それが神である私のつとめだ!!!」



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79話

400年前、地下から突き上げる巨大な水流が、ジャヤの一部を持ち上げて空まで吹っ飛ばした。遥か下から飛んできた陸は空の世界にある巨大なツタの塔まで到達する。それは二組の太いツタが絡まりあって天に向かって伸びて、槍のようになったものだった。その上で勢いを落とし、突き刺さって静止。神の島アッパーヤードと呼ばれるようになった。

エネルは、今まさにその神の島アッパーヤードを落とそうと集中砲火を浴びせていた。ツルを根本から沈めようとしているのだ。ツルを支えている地盤をうしなったら、神の島アッパーヤードは墜落する。砕けてしまう。そうなったら最後、空飛ぶ船を起動したエネルに誰も届かなくなってしまう。

 

ツルの上をかけあがっていくウェイバーのナミとルフィが最後の希望だった。他に万策尽きたのだ。誰もが祈るように雷鳴轟き、次々に空島の都市を破壊していく空飛ぶ船を止めてくれることを願っていた。

 

「あっ、船が!」

 

「せっかくあそこまでいったのに!」

 

「離れるのが早すぎるぞ!卑怯者ッ!ちゃんと戦えー!!」

 

無情にも空飛ぶ船がツルからどんどん離れていくのがみえた。いくらルフィがゴム人間でも伸ばせる腕には限界がある。あのままでは届かなくなってしまいそうだった。

 

誰もが空を見上げている中、ひとりだけあちこち走り回っている男がいた。

 

「ハァ......ハァ......無駄だ、エネル......おまえには落とさせやしない......シャンドラの地に生きた誇り高い戦士達の歴史を......」

 

ぼろぼろになりながら立ち上がる男がいた。ワイパーだ。今にも倒壊しそうなほど揺れ、雷が降ってきて、あらゆる瓦礫が降り注ぐなか、ツルから動こうとしない。

 

「どこにあろうと力強く、生み出し育む、この雄大な地を落とさせやしない!お前がどれだけ森を焼こうと!どれだけ遺跡を破壊しようと!大地は負けない!!」

 

「ワイパー逃げて、死んじゃうよー!!」

 

アイサが叫ぶ。

 

そんななか、1人の青海人がワイパーに声をかけた。

 

「おい、そこのシャンディア!ワイパーっていったか?なんでもいい、今持ってる一番威力があるダイアルはなんだ!お前らや神官どもがダイアル持ってんのは調べがついてんだ!どいつもこいつも、こんな大事な時に限って使い切りやがってめんどくせえ!!」

 

いきなり言われたワイパーは反射的に仕込んでいるダイヤルを取られないよう隠す。エネルを討伐するために仕込んでいた相打ち上等の排撃貝だった。青海人達が神官を2人も落としたから使う機会に恵まれなかったものだ。

 

「あんだな、よこせ」

 

「ダメだ」

 

「ダメかどうかなんて聞いてねえんだよ、早くよこせ!」

 

「ダメに決まってるだろう!これは絶滅危惧種の排撃貝!使用者に衝撃貝とは比べ物にならない位の反動ダメージが返ってくる!まともな人間なら一回使うだけで死ぬ!ましてこれはエネルをうつために決死の覚悟で蓄えたエネルギーがある!超人クラスでも反動には耐えられない!青海人が使ったら死ぬぞ!だいたい何に使うつもりだ!排撃貝を使う対象が一撃必殺で倒せるレベルなら相討ちという選択肢も生まれるが、エネルはもはや空の上!一撃では倒せない相手や強敵が存在する場面では反動ダメージが邪魔で使い物にはならない!」

「勝手に決めんな、使い道があるからよこせっていってんだろうが!なんに使うって、決まってんだろ!麦わらを黄金の鐘まで吹っ飛ばすんだよ!」

 

「馬鹿をいうな!死んでも構わないというなら手軽に強力な一撃を一回だけ繰り出せるが、いくらあの男がゴムでも反動に耐えて衝撃で飛ぶのは無理だ!あまりにもリスクが高すぎる!」

 

「誰が麦わらにぶち当てろっていったァ!?あいつはこれからエネルをぶっ飛ばさなきゃなんねーんだ、そんなことできるか!おれに当てろって言ってんだよ!」

 

「はあっ!?青海人のお前になぜ当てなきゃならない!?気でも狂ったか!?」

 

「狂ってねえよ、だいたいダイアルが空島だけのもんってどんだけ遅れてんだ、てめーは!ダイアルは養殖されて普通に出回ってんだよ!絶滅危惧種の排撃貝って何年前の話だよ。天然物はそうだろうけど」

 

「お前がなにいってるんだ?排撃貝が普通に流通してるわけがないだろう!?」

 

「だーかーらーっ!!こちとら世界最強生物がトンタッタ族欲しがってしょっちゅう傘下の海賊どもが襲撃にくるドレスローザで凶弾やってんだぞ!?その程度武装色で耐えられるわッ!カイドウの雷鳴八卦クラスの排撃貝喰らうよりマシだッ!!いーからはやくよこせ!それかおれにぶちあてろ!おれはバネバネの能力者だ、跳躍には自信があるんだよ!!」

 

男の勢いに気押されたワイパーは、その隙に無理やり排撃貝を奪われてしまう。なんの躊躇もなく足蹴にし、スイッチをいれようとする男を止める暇もなかった。やけに使い方が慣れていたのが印象的だった。

 

エネルとの相打ち覚悟で仕込んでいた排撃貝が発動する。あまりの衝撃にあたりに衝撃波が走る。男のいうとおり、血溜まりに沈む暴発はなかった。武装色というのがよくわからないが、マントラの一種だろうか。男は、排撃貝の衝撃や反動をうまく利用して異常な速度ではるか上空にとんでいくのがみえた。

 

「鐘を鳴らせぇ麦わらァ!クリケットさんにノーランドの冤罪は晴れたってしらせてやれェッ!!黄金郷は実在したんだって知らせてやんだ!!このまま鐘んとこまで飛ばしてやるから掴まりやがれ!一回きりだ、ヘマすんじゃねーぞ!!」

 

「ベラミー!!」

 

ウェイバーから飛び降りたルフィを捕まえて、ベラミーはさらに跳躍する。そして、ぎりぎりまで跳躍してから、ルフィを一気におしあげた。ベラミーが一気に落下していく。

 

「行っけー!麦わら!神なんざ倒しちまえ!おまえならできる!!」

 

「まかせとけー!!」

 

ルフィがふたたび戦線に復帰する。

 

「晴れろおおおおっ!!」

 

ルフィの黄金が雷鳴轟く空に、大きな穴をあけた。そして、その勢いのまま腕がのびたルフィはエネルのところまで到達する。

 

「ゴムゴムのォ!」

 

黄金の球体が限界まで引き延ばされ、一気に回転をはじめる。

 

「黄金回転弾ッ!!」

 

それはエネルの船の一部を粉砕し、黄金の鐘までとどく。

 

「とどけー!!!」

 

ルフィの願いに応えるように、巨大な黄金の鐘がふれる。右から、真ん中、左にふれる。からあああん、という世界中に響き渡りそうな島の歌声が400年ぶりに鳴り響いたのだった。

 



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80話

モンブラン・ノーランドの冤罪を証明したいという理由を説明する前に、なぜか断片的ではあるがこちらのことを把握されていたので説明の手間が省けた。さすがは6年間エネル達に敗れて身体を壊してからは、ゲリラ抗争を息子に引き継がせ、主導してきただけはある。シャンディアの族長は穏やかではあるが、それだけの男ではないらしい。

 

ベラミーをシャンディアの族長のところまで連れてきたのはガン・フォールだ。相変わらずベラミー海賊団を今は亡き空島ビルカの恩人ドフラミンゴが、空島スカイピアを助けるために派遣した先遣隊だと思い込んでいる。エネルによりスカイピア人もシャンディアも物理的に住んでいる場所を無くしてしまい、今は神の島アッパーヤードで避難している状態だった。

 

唯一見聞色がわかるはずのアイサすら、実はなにひとつあっていないし、当のドフラミンゴの発言の意図を誰も把握していないと気づけなかった。なにせベラミー海賊団は本気でドフラミンゴから託された任務を完遂できたことを喜んでいる。しかも麦わらの一味によかったなー!といわれて踊り出している。

 

そう、いないのである。

 

ドフラミンゴがベラミーに話した意図としてはこうだ。ファミリーに入りたいなら何度もいうがそろそろ主体性をみせてほしい。ノーティス出身なら非加盟国出身の幹部達より確実に学があるし、ベラミー海賊団全体が向上心もあるし根性もあるし勉強が嫌いじゃないのはよくわかった。

 

あとは長期的な儲け話になりそうなものを頭を捻って考えて、どんなに拙くてもいいからまとめて提出してくれたらそれでいい。その意図にベラミーが気づいて自分なりの儲け話をもってくることまでが入団試験だった。

 

断じて運命力と武力のゴリ押しで空島スカイピアにいき、黄金都市シャンドラをみつけて、うそつきノーランドの冤罪を証明するために黄金をもってかえってこいといったわけではない。というか話の途中でベラミーが飛び出していったため、最後まで話を聞いていない。

 

それでも、ドフラミンゴに無許可ですきあらばドレスローザの港で、モネの相性が悪い海賊が現れたとき、改良したダイアルを駆使して奇襲をかけるような自称ドレスローザの凶弾が自主的にいなくなるのはありがたいから放置したのはある。

 

なぜ戦闘に関する時だけは知能指数があがるのか。なぜ大幹部と話すときも保たれている知能指数が、ドフラミンゴを前にすると地に落ちるのか。2年の付き合いになるがドフラミンゴには理解できないでいる。

 

ドレスローザに帰還したベラミーから、ドフラミンゴはいろんな話を聞くだろう。

 

うそつきノーランドの冤罪を信じて疑わなかったあんたはすごいから始まり。東西南北揃ったサウスバードの有用性をなんか使えそう程度には理解していること。空島全土に今は亡き空島ビルカの恩人と知れ渡っていること。

 

空島スカイピアの復興を手伝ってほしいこと。うそつきノーランドの冤罪はらした証拠として、黄金を空島スカイピアの王直々に託されたこと。逆走するとき寄った島々で集めてきたトンタッタ族への土産であるカボチャの種。

 

ドフラミンゴファミリーとして絶対に無下に出来ないウミット海運に恩が売れそうな販路。闇の五大帝王達と組んでできる新しい儲け話が沢山できそうな空島スカイピアとのコネ。ひとによって喉から手が出るほど欲しいものをベラミーはたくさんドフラミンゴに献上することになる。ドフラミンゴのひきつった笑いがしばらく戻らなくなるのはまた別の話だ。

 

ベラミー本人が入団試験の意図を理解していないのに完遂し、ドレスローザ懐柔策として利用したにすぎないうそつきノーランドの冤罪を完全に証明するものを持ってかえってきたのだ。しかも、麦わらの一味と強い友情を結んで帰ってきた。もはやドフラミンゴがファミリー入りを認めないことはドレスローザから追い出されるレベルの偉業である。

 

しかし、ベラミー本人は入団試験の意図を理解していない。普通ならたったひとつの問いをするだけですむはずの入団試験がなぜここまで拗れたのかわからないと内心嘆くドフラミンゴから。ドレスローザの凶弾が公式認定されるのはそう遠くない未来ではある。

 

ベラミーに対する態度はど直球じゃないとダメなのだとドフラミンゴが諦め、必ずサーキースも呼び出して任務の裏側はそちらに説明することになるのは別の話である。

 

それはさておき。

 

 

 

ベラミーはトーンダイアルをシャンディアの族長の前にさしだす。

 

彼はシャンディアの人々が暮らす今は亡き雲隠れの村の長であり、シャンドラの伝承者。犬のような毛皮をかぶった族長は、雲隠れの村の子供たちに伝承を伝えるだけではなく、ポーネグリフを守る者としての役割も担ってきたという。独特の地形に守り人とセットで配置されているようにも見受けられるのが興味深い。

 

深入りするとバスターコールだと知っているベラミーは、自己紹介の件に歴史の本文はいれないでくれと頼んだ。歴史の本文の守り手なことは明かさず、シャンドラの灯を伝える者なことを話してほしいと話す。

 

歴史の本文の守り手の話は別のトーンダイヤルを考古学者に渡すから、話を聞いてくれと交渉はすでにすんでいるのだ。

 

彼のような男がこれまでもいたからこそ、今の今までシャンドラの灯は絶えず繋がってきたことはわかる。握手をかわしたあと、彼はうなずいた。そして、話し始めるのだ。

 

「私の遠い祖先、大戦士カルガラが......故郷をどうしても取り返したかった理由がもう1つある......。そう、それこそが、カルガラにとって1番の無念......。カルガラには......1人の親友がいたのだ......。それは400年前に遡る......。カルガラのもとを訪れた彼の名はモンブラン・ノーランド。私の好物はカボチャのジュースなのだが......それは彼がもたらしてくれたものでもあるからだ......。ノーランドは......冒険家だったが植物学者でもあり......交流の証として......島の風土に適した植物の種を......贈ってくれたという......」

 

「吾輩も、かぼちゃのジュースが......好物である!!」

 

「おい青海人ッ、ベラミーといったかッ!?さっき考古学者の女から聞いたぞ!?おまえだったのか、ノーランドの冤罪はらしにきた北の海の青海人って!?先にいってくれ、いってくれたらおれはあんな態度絶対にとらなかった!お前とは話したいことがあるんだ!」

 

トーンダイアルの録り直しになったのはいうまでもない。



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81話

ルフィが轟かせた400年ぶりの島の音色は、反動が大きすぎて黄金の鐘の落下をもたらした。あらぬ方向に飛んでいく黄金の鐘。せっかくの黄金の鐘が青海に落ちてはまずいとルフィはなんとか捕まえたはいいが、今度は鐘が重すぎて落ちるスピードが加速した。ツタをつかめたはいいが、どんどん手は伸びていき、限界まで伸び切ったらようやく止まった。

 

そしたらまた空を舞った。何やってんだと総ツッコミされたが仕方ないのだ。覇気を修得してからまだ一カ月たっていない。武装色はまだ練度がひくいルフィである。さすがに痛いだろうなあ嫌だなあと呑気に考えていたら、物理的に速度を落としてくれる仲間がいた。

 

「大丈夫、船長さん......いえ、ルフィ?」

 

「にっしっし、大丈夫だ。ありがとうな、ロビン」

 

たくさんの手に掴まれる形で、ようやくルフィは帰還することができたのだった。

 

ルフィが黄金の鐘を持ってかえってきたことは、空島スカイピアの歴史の本文を諦めたロビンにも朗報だった。お礼にこれだけでも持って帰ってくれと宴会中のルフィを追いかけ回しているスカイピア人とシャンディアをぬけ、ロビンはベラミーの交渉に応じるべくトーンダイアルを片手に黄金の鐘のところに向かった。

 

すでにシャンディアの族長が待っていた。先に行われたはずのトーンダイアルの録音でトラブルでもあったのか、周りに誰もいない。厳重な警戒体制がひかれていた。

 

なぜかタンコブができている族長の息子をみて、ロビンはとう。

 

「彼がここにいてもいいの?」

 

「お前やベラミーほど頭は回らん男だが、もう22だ。そろそろかと思ってな。エネルは去った。ウミット海運とバロンターミナルで繋がりが復活する。ならばもう隠し立てする必要はない。そう判断しただけだ。これからの敵は青海からだけではないのだから」

 

意味深に空を見上げてから、族長はいうのだ。エネルの言葉を思い返したロビンは冷や汗が浮かぶ。族長は笑っている。

 

「......わかっていたなら、なぜゲリラをさせていたの?死んだら元も子もないわ」

 

「そこの馬鹿が好きにやっていただけだ。鐘を奪還しろとはいったが、玉砕しろとはいってない。シャンディアの族長として指示を出したことは一度もない。これこそが歴史の本文。我らの先祖が都を滅ぼされてもなお生き残り、守り抜くという勝利をささげた鐘。命をかけて守り抜いた石」

 

「黄金都市を見てきたわ。真意を心に口を閉ざせ。我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きとともに。そう刻んであった。貴方達、代々歴史の本文を守る番人ね」

 

「さよう。歴史の本文を研究し、滅びたオハラの生き残りよ。よくぞたどり着いた、歓迎しよう」

 

「......空島から出たことがないあなたが何故知っているの?バロンターミナルで知った?」

 

「クローバー博士は昔やんちゃな男だった、それだけだ」

 

「!」

 

「さあ、読みなさい。お前の知りたいことがあるかはわからんがな」

 

ロビンは黄金の鐘に刻まれた歴史の本文を読んだ。冷や汗があふれてきてとまらなくなった。

ここに刻まれていたのは、古代兵器ポセイドンについてとそのありか。アラバスタとはまた別の古代兵器だった。

 

ここもまた真の歴史の本文ではなかった。それ自体はロビンを落胆させた。今までのロビンならば物騒なものがこの世に眠り続けていることに恐怖を感じ、世界政府が歴史の本文の研究を禁止する正当性を噛み締めただろう。

 

今のロビンは違うのだ。古代兵器の情報とそのありかの情報が海賊王に至るまでに必須であり、いかに歴史の本文が読める自分に価値があるか知っている。特にその価値を新世界でしのぎを削る四皇達が完全に把握していることを自覚している今のロビンは。わかってしまうのだ。

 

古代兵器ポセイドンは赤い土の大陸にある世界政府の本拠地聖地マリージョアの真下、海底10000mにある魚人島を治める魚人族と人魚族による王国リュウグウ王国にある。なぜそんなものが聖マリージョアの真下にあるのだ。

 

ナミからアーロンの昔話を伝え聞いていたロビンはわからないのだ。なぜそんなものをかかえているリュウグウ王国を治めている魚人や人魚を公然と差別できるのだ、聖地マリージョアは。それはもちろん、差別できるだけの根拠があるからだろうとも気づいてしまう。

 

それだけで世界のあらゆる矛盾や闇が凝縮されている。この世界の世界政府がいう平和や正義がいかに薄氷の上に成り立っているにすぎないのか。なんて場所なのだ、偉大なる航路後半の海新世界は。

 

リュウグウ王国が世界最強の男四皇しろひげの支配圏なのは知られている。ウミット海運とも強い繋がりがあることも知られている。そもそもホーミングがリュウグウ王国と繋がりをもつのはある意味当然の流れなのだ。リュウグウ王国オトヒメの活動に理解をしめしたのが、人堕ちホーミングの誕生のきっかけなのだから。

 

それだけで新世界が新世界たる理由が察せる。

 

エネルがホーミングを敵視していたことを思い出す。かつて歴史の本文を守る守り手だったはずの、今は亡き空島ビルカの神官だったはずの男が、本来味方であるはずの目の前の彼を裏切ったのはなぜなのか。人の心でも読めない限りわからないだろう。ロビンは考えるのをやめた。

 

「お前の望むものは記してあったか?」

 

「......なかったわ、なかったけれど......それ以上の情報が集約されていたわ。この情報がここにある理由も今の私ならわかる。私の夢に近づいたのもわかる。ありがとう」

 

「それはよかった」

 

「お主、これが読めるのか......」

 

ガン・フォールが黄金の鐘の近くを指差す。

 

「なら、教えてくれ。20年以上前になるがこの空にやってきた青海の海賊がここに文字を刻ませていた。なんて書いてあるのだ?」

 

「......我ここに至り、この文を最果てへと導く。海賊ゴール・D・ロジャー......海賊王!?まさかきていたの、この空島に!?なぜこの文字が扱えるの!?」

 

「む......いや、それは」

 

「ガン・フォール、その先をいった瞬間に私はお前の首を取るといったぞ。忘れたか」

 

「......ああ、すまん」

 

「......?」

 

「新世界にいって確かめるがいい、考古学者よ」

 

「そう.....それにしても、海賊王は随分と親切なのね。ヒントを残してくれるなんて。海賊王になるには、避けて通れない場所が多すぎるみたいね、ふふふ」

 

ロビンは笑う。

 

あのとき、クロコダイルが教えてくれなかったとしても、この刻まれた言葉は、いずれロビンに教えてくれたはずだ。

 

歴史の本文には2種類存在する。情報を持つ石とその場所を示す石がある。この石は後者だ。世界中に存在する歴史の本文のうち、いくつかを繋げて読むことで初めて、空白の歴史を埋める1つの文章になる。それが真の歴史の本文。海賊王はそれらをすべて見つけ出した上に、最果てに導いたから海賊王になったのだと。

 

ただ、今のロビンはさらに読み取ることができる情報がある。古代兵器ポセイドンをもつリュウグウ王国はすでに四皇しろひげの支配下にある。古代兵器プルトンがあるワノ国はカイドウの支配下だが、白ひげの支援でレジスタンスが活動している。それなのにまだ誰も海賊王になっていないということは、古代兵器だけでは海賊王になれないのだ。

 

やはり、歴史の本文が読める自分が執拗に世界政府から狙われるのは......。歴史の本文が読める今は亡き空島ビルカの民が人堕ちホーミングの実質保護下にあるかわりに、外に出られないのは。

 

「......とんでもない船に乗ってしまったみたいね、私。ふふふ」



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82話

今から32年も前の話になる。

 

7歳の頃からスパンダムは人堕ちホーミングと知り合いたくないのに知り合ってしまった。初めはいずれサイファーポールの長官に世襲制で成り上がるだろうから現場になれておけという話だったのだが、次第にそれが苦痛になってきた。

 

スパンダインに連れて行かれるのは、いつもウミット海運の碇マークがかかげられた港の倉庫街の一角。人堕ちホーミングの暗殺を命じられた工作員が拘束されていた。スパンダインは淡々と任務内容を読み上げるホーミングに正しいか聞かれ、頷いたり、首を横に振ったりする仕事をした。いつも工作員はヘッドショットで殺害された。

 

生まれて初めて人がゴミみたいに射殺されるところをみて放心していたスパンダム。スパンダインは人堕ちホーミングが工作員を殺害するのは非加盟国に降ろされた次の日からだとこぼした。こうして落とし前の慣例行事をするのはウミット海運に入ってからだと。

 

人堕ちホーミングの儲け話を邪魔すると誰であろうと地獄の果てまで追いかけて処刑するという事実が広まったのはウミット海運に入ってからだ。それがウミット海運の血の掟に繋がり、血判などの規律につながっていく。

 

それが意味するところを、世界政府の機関に世襲で入ることになる前から、スパンダムは嫌というほど思い知る羽目になった。人堕ちホーミングは、いずれ何度も会うことになるんだから連れてこいといったのだ。

 

断ったらどうなるか。おそるおそる聞いたところ、ノイローゼ気味のスパンダインは教えてくれた。工作員が潜入しているあらゆる場所を皆殺しにし、繋がりある場所を見つけ次第皆殺しにし、仕事どころではないとこちらが根を上げるまで延々殺し続けたという。

 

それなら、高官自ら息子を連れて出向いて仕事をする方が結果的に被害が少なくて済むという。

 

サイファーポールが人堕ちホーミングの暗殺から手を引けないのは、彼が元天竜人という事実からだ。世界政府から指令を下されたら、絶対的な上司からの命令だ。いくら貴重な人材が消費されるとわかっていても暗殺任務を命じなければならず、工作員は殺害される。

 

サイファーポールはこうして常時人材不足に悩まされるようになり、将来有望な人材が消費されないよう、あえて別の部署に配属するささやかな抵抗をするようになっている。

 

こうして、7歳の頃から嫌でもサイファーポールの実態に深く関わるはめになったスパンダムに、あるときスパンダインがいったのだ。スパンダインが人堕ちホーミングや世界政府に唯々諾々と従っているのは、世界政府所属の高官にすぎないからだ。

 

公務員としては非常に優秀だが戦闘能力がまるでなく、交渉しか手札がないからだ。もし、人堕ちホーミングが天竜人の頃から途方もない巨悪に育つことがわかっていたら、スパンダインだって若ければ抵抗する手段のひとつやふたつは考えたはずなのにと。

 

大海賊時代、どうしてもマンパワーの強さが基準になる側面は否めない。世界政府でも、海軍でも、海賊でもそれは同じだ。ロックスの時代からロジャー、そして大海賊時代に至るまで悔しいが不文律である。

 

スパンダインは、いずれ自分と同じ立場になる息子にいったのだ。選択肢を増やしてみた方がいいかもしれない。もし、お前が嫌じゃなければ、サイファーポールの養成機関に入ってみないかと。人堕ちホーミングからの呼び出しには逆らえないが、少しは状況を打開できるかもしれない。

 

7歳の息子が落とし前の慣例行事に慣れすぎて将来の部下達を消費のコマとしか見れなくなることをスパンダインは非常に心配していたのだ。コマはコマだが、戦闘力を持たないスパンダインは、同時にそのコマに守ってもらわなくてはならない現実を知っている。

 

だが、スパンダムは、まだ子供だ。学校に行く前だ。その分別がつく前に工作員はこういうものだと落とし前の慣例行事で学んでしまう可能性が非常に高かった。それが人堕ちホーミングの狙いなのは分かり切っていた。せめてもの抵抗だった。

 

だから、スパンダインは、息子を政府高官の息子であるにもかかわらず、サイファーポールの養成所も兼ねていた世界政府管轄下の修練場に入れたのである。

 

今から31年前、スパンダム8歳の時だった。政府高官になるための学校にも行くわけだから、事実上のダブルスクール状態だったが、スパンダムは落とし前の慣例行事が忘れられるからどっちもすきだった。

 

政府高官の息子が世界中の孤児から優秀な人間だけ選ばれてはいる孤児院も兼ねた場所に通うのはあまりに異例で異質だった。

 

ただ、8歳の子どもが人堕ちホーミングの落とし前の慣例行事に連れて行かれる日は来れないとわかると、孤児達はだんだんスパンダムの置かれた状況を理解していった。サイファーポールの高官になる人間が通うのは、それはそれとして良かったのかもしれない。

 

20年前のオハラの事件にかかわったサイファーポールが他と比べてあまり優秀ではない人材だったのはスパンダム達しかしらない。所属する人間には当然ながら知らされていなかった。

 

環境が一転したのは16年前、聖地マリージョアがフィッシャー・タイガーによって襲撃された日からだ。なぜか人堕ちホーミングの暗殺任務が永久的に凍結された。

 

ただし、人堕ちホーミングに意味深な特権が付与されたのだ。サイファーポール9と0のメンバーのリストの開示と更新するたびにウミット海運に送ること。天竜人のようにサイファーポール0と何故か9を使うことを許可すること。そして、人堕ちホーミングとサイファーポール9と0の間に何があっても世界政府は不問とすること。

 

明らかに聖地マリージョア襲撃事件に人堕ちホーミングが関わっているのは火を見るより明らかだった。しかし、興味本位でも深入りしようとした人間がどんな地位にいても消されたため、誰も疑問を口にしなくなった。どうやら人堕ちホーミングは、世界政府のかなり上についてなにか知ったか、なにかして世界政府と取引したんだろうという話になった。

 

人堕ちホーミングと関わらなくてよくなったスパンダインが本気で喜んでいたのをスパンダムはよく覚えている。

 

この瞬間に、ようやくロブ・ルッチが12歳にして、相応しい部署に入れられた。

 

15年前にはとある王国の兵士500人が海賊の人質に取られた事件の解決を依頼された時には、「国民を守るべき兵士が国を危機に陥れるということ自体が悪」として戦うことを放棄し己の命惜しさに海賊に屈して人質になった兵士を皆殺しにし、砲撃で背中に5つの傷を負いながら海賊の首領の首を取って事件を収めた。

 

すでにスパンダムは25歳になっていて、サイファーポール5の高官になっていた。

 

ホーミングみたいなやつだな、とスパンダムは内心思った。あちらは意外と仲間意識が高いのか、それなりの関係はできていたが、怖いものは怖かった。

 

人堕ちホーミングのその不気味な前触れとしかいいようがない特権が行使されたのは10年前のことだ。

 

サイファーポール内ではES事件と呼ばれている。リュウグウ王国の秘宝ESの強奪に失敗した工作員が、こともあろうにCP9とCP0だったのだ。嫌な予感がしていたのだろう、スパンダインはロブ・ルッチを始めとした優秀な若い人材を作戦決行前に別の部署に移動させていた。そして、身代わりに配属された優秀ではない工作員達の落とし前の慣例行事にスパンダインとスパンダムは行く羽目になった。

 

そのあとだ。古代兵器プルトンは我々政府が持つべきだと五老星に説得し、その設計図があるウォーターセブンに自らも乗り込んだのは。

 

カティ・フラムが今まで造ってきたバトルフランキー号の数々を使った司法船の襲撃の裏工作によって船大工を死刑に追いやった。現在の顔の歪みはこのときトムとフランキーによるものだが、いつもなら食らわないはずだった。幼少期から呪いのように行われてきた落とし前の慣例行事は、スパンダムのトラウマと化している。

 

そして、二度と世界政府は人堕ちホーミングの儲け話に手を出さなくなった。遅すぎるだろうと親子で愚痴ったのは覚えている。

 

この件でスパンダインは別の部署へ左遷された。繰り上がりでスパンダムが高官になった。

 

メンバーリストが一新され、ようやくふさわしい優秀な人材が配属できるようになった。気づけば知った顔ばかりだった。一堂に会した全員が高官も含めて新顔という異常事態だったため、スパンダムの最初の仕事は、ES事件と落とし前の恒例行事の説明だった。

 

5年前、アイスバーグが持つ古代兵器プルトンの設計図入手のため、ルッチ、カク、カリファ、ブルーノが諜報活動を開始する。ガレーラカンパニー創立パーティでさっそく人堕ちホーミングの右腕からガン見されたと報告書に上がってきた。同情を禁じ得なかった。

 

そして、今、スパンダムは頭をかかえていた。

 

「......これ、どっちだよ......」

 

人堕ちホーミングの息子と兄弟盃を交わしている麦わら一味の船にロビンが乗っている。報告書の一文にスパンダムは頭をかかえていた。

 

「ジャブラと飲む約束してんのに、なんつータイミングであげてくんだよ、報告うッ!!久しぶりに美味い酒飲めると思ったのに!!!」



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83話

くるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるな

 

ウミット海運直通のデンデン虫が真正面においてある。静かに目を閉じているデンデン虫の目が開かないよう祈り続けて、何時間経過したかスパンダムはわからない。

 

「スパンダム長官......そろそろお食事をとられては。これ以上絶食するとお体に差し障りが......」

 

「わるいんだが、ひじょーに申し訳ないんだがよぉ。............黙っててくれ、頼むからよぉ......気が散る。つーか、今なに食っても吐くからいらねェ......だから食べないことにしてんだ......お前新人だったな......覚えといてくれ......」

 

「......申し訳ありません」

 

申し訳なさそうに頭を下げる護衛に、スパンダムは首を振った。

 

スパンダインの親心はたしかに的確なもので、スパンダムに選択肢を増やしたのは事実だ。

 

しかし、ホーミングの暗殺を命じられて殺される運命が確定した同郷が、落とし前の慣例行事にあう光景を何百回もみることに繋がった。

 

拘束されている同郷の工作員の前で、驚くべき諜報力で調べ上げたと思われる任務内容を読み上げる人堕ちホーミング。スパンダインが淡々と頷くか、横を振るかの仕事をする。そして、ホーミングがヘッドショットする。それがいつも行われる落とし前の慣例行事の定型だった。

 

それだけなら、まだ一撃で屠られるからよかったのだ。一瞬で楽になる。スパンダムの知り得る中で、一番幸せな死に方だった。暗殺依頼なら一番楽に死ねるのだ。

 

ただ、ホーミングは落とし前をつけるためにその慣例行事を行なっているので、任務内容がウミット海運の儲け話となると工作員の末路はえぐさが増した。スパンダムもスパンダインも一日なにも食べられ無くなるくらいには、陰惨な最期を迎えた。

 

一番きつかったのは、人工悪魔の実の機密に関する任務だろうか。このころになると、スパンダインが呼び出された道中で教えてくれる、世界政府から受けた任務内容の段階で、工作員の末路がわかるまでになってしまった。

 

わかっているとはいえ、目の前で実行されるのは話が別だ。ホーミングが淡々とそんなにどうなるか知りたいなら見せてやるとばかりに、成分内容とか知りたくないことを全て話してから弾丸にこめるのだ。

 

そこまで話せるということは商品化の目処がたった証だ。半年もすればすさまじく高価ではあるが金を出せば購入できる闇のシンジケートの目玉商品になった。ホーミングが笑っていたのは、貴重な工作員を実験台にさし出してくれてありがとうという意味か。それとも詳細な情報をあげた数カ月以内に、海軍や世界政府のあるべき場所にその商品が配達される一連の流れを嘲笑う意味か。シンプルにご愛顧ありがとうございますの意味か。さすがにスパンダムにはわからない。

 

人工悪魔の実の失敗作から生成された弾丸を2発ぶち込まれ、骨のかけらも残らないくらい爆発四散した同郷の血肉をひっかぶる体験はなかなかないだろう。この時ばかりはさすがに数日食べる気が起こらなくて、最終的に親子揃って病院送りになった。

 

16年前に世界政府から人堕ちホーミングの暗殺命令が永久的に凍結されたのがどれだけ朗報だったか。それは、落とし前の慣例行事の頻度が激減することを指していた。ただ、暗殺命令がなくなるということは、頻度は減るが儲け話を邪魔する工作員への落とし前の慣例行事は続くということになる。悲惨な末路を迎える工作員をスパンダムとスパンダインは見送ってきた。

 

10年前に世界政府が完全に人堕ちホーミングの儲け話からも手を引くと決めて、ようやくスパンダムの地獄の日々は終わったのだ。

 

あとはもう、流れ弾というか、事故というか、不運にもホーミングの儲け話や身内にかかわる事案に触れなければセーフ。関わってしまえば年に一度か二度のアウトになった。人堕ちホーミングが死ぬか、世界政府がなくなるかしない限り、0には絶対ならない。

 

この身内というのが実に厄介だった。ホーミングと妻、ドフラミンゴとロシナンテ、エースは今や手を出すほど世界政府はバカじゃない。世界政府から先手をうち、直接手を出すと人堕ちホーミングは確実に出てくるのだ。

 

ただ、人堕ちホーミングや家族がなにもしていないのに、手を出されたから、という建前があるとうごく。建前がないとうごかない。

 

たとえば、ドフラミンゴファミリーがCP0を襲撃して天上金を襲撃し、奪った事件があった。このとき、おつるの部隊は動いたが、CP0も動いていたのだ。それは動かなかった。

 

たとえば、モルガンズで働く妻やロシナンテの事故死などの任務があれば、確実に動いた。

 

エースが兄弟盃を交わした麦わらの一味に入るのか、はいらないのか。それは非常に微妙な問題だった。なにせ前例がない。

 

だから、スパンダムとしては、ホーミングのデンデン虫がかかってくるか、こないかが唯一の情報源だった。人堕ちホーミングは、かならず事前に通告してくるのだ。そのたびに、スパンダムは処刑台に登る気持ちで出かけなければならなくなる。

 

だから、くるな、と唱え続けるのだ。

 

ちら、と時計を見た。スパンダムがこのデンデン虫を受け取るのと、全てのサイファーポール達の任務は一切関係ない。関わらせたこともない。だから、ルッチからのデンデン虫には意気揚々と出られる。ロビン捕獲と護送、そのほか諸々の任務は着実に進行している。

 

あとは人堕ちホーミングからの事前通告さえなければ完璧なのだ。

 

時間を確認する。人堕ちホーミングの事前通告は、工作員の捕縛を意味するため、失敗と同義だ。任務の円滑な進行はまだ人堕ちホーミングが動いていない指標にもなる。

 

カティ・フラムと電話してからどれくらいたったか、確認する。スパンダムにしかわからない、事前通告がこないと確信できる時間がようやくすぎたことをスパンダムは知った。

 

「───────たすかったぁ......兄弟盃は対象外か......。麦わらの一味がスカイピアみたいな儲け話に絡んでなければセーフなのか、人堕ちホーミング......」

 

今回の任務に事前通告があった場合、4名の優秀な工作員を一気に失うことになるのだ。その心配がなくなったことに安堵するあまり、一気に腹が減ってきたスパンダムは、食事をすることにした。

 

運ばれてくるまで時間がかかるだろうから、スパンダムはルッチ達に電話をかけた。

 

「喜べ、お前ら。朗報だ、人堕ちは動かない。わかってるだろうが、最大のチャンスが巡ってきた。四皇んとこに行く前で本当によかった。世界政府に許可えないと四皇には......おいこらルッチ聞こえてんぞやめろ」

 

向こう側で命令違反上等な発言が聞こえてくる。頭が痛くなるがさっきまでよりは数万倍マシだった。

 

「世界政府が20年も追い続けた女、ニコ・ロビンがこうも簡単に我々の手に落ちた。プルトンの設計図をもつトムの弟子、にっくきカティ・フラムも一緒に連行中。古代兵器復活の鍵を握る人間が海列車に乗って向かってる。世界を滅ぼせるほどの軍事力がおれのもと」

 

盛大な腹の虫が鳴った。

 



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84話

偉大なる航路前半に位置する世界政府の直轄地。司法の島と呼ばれ、世界政府が直轄する裁判所が設置されている。

 

島の中央部を囲む海に巨大な穴が空いており、そこに海水が流れ込むことで滝を作り出している。穴の底は見えず、それゆえ島はまるで浮いているようにも見える。

 

1年中夜にならない「不夜島」としても有名であり、別名「昼島」とも呼ばれている。

 

創設以来800年間1度も侵入者も脱走者もいなかった鉄壁の施設で、ここに連行された者は名ばかりの裁判を経て海底監獄インペルダウンか海軍本部へ連行される。

 

つまり、ここに連れて来られた事が決まった時点で犯罪者の烙印を押されてしまうのである。

 

このいい加減な司法制度の根源は、死刑囚により構成された陪審員の存在にあり、彼らが罪人を道連れにしようと、罪人に対して有罪判決を下してしまうからである。

 

頂点に世界政府の諜報機関CP9がおり、その下に同裁判所の裁判長や下級役人が在籍している。このCP9は、政府でも有数の超人的戦闘能力を持った暗殺者集団で、エニエス・ロビーが過去一切の侵入者も逃亡者も出さなかったのはこのCP9の存在が大きい。

 

最高権力者はCP9司令長官スパンダム。

 

「あーくそ、なんだ、さっきのカリファの報告はー!?」

 

今日は5年ぶりにサイファーポール9全員が顔をそろえるめでたい日だというのに、いつものように勝手な行動をするルッチにキレていた。

 

「新人は弱すぎて使えませんでしたってなんだー!?貴重な人材使い捨てにすんじゃねーよ!?ネロはたしかにまだ六式全部使えてねえが、教育前提でいれてんだからなぁ!?足手まといかもしれねーけど、まだ動けてたんだろ!?それにしたって肉盾くらいには使えるだろーがあ!?ウチが今どんだけ人材不足に陥ってると思ってんだよー!!!人堕ちの落とし前回避したこと教えてやったのに、あいつらあァァ!!

 

「人堕ちがこないとわかった途端に元気だな、アンタ」

 

「あたりまえだろうがァッ!!」

 

「つーかそれルッチにいえよ、おれ達にいわれても知らねえよ」

 

ジャブラに至極真っ当なことを指摘されてしまい、うっとなったスパンダムは盛大なため息をついた。そして、新聞をひっつかむと、バサっと広げるのだ。

 

「じゃあ知ってることいえ、ジャブラ。なんで革命軍支部長暗殺計画は3人消せば事足りるのに23人も消えちまってんだ!!めっちゃ三面記事出てるじゃねーか!いいわけがあるなら言ってみろ!」

 

「よよよいッ!もーォオオしわけありあせんー!!長官全ておいらの責任でェ!!」

 

「てめーには聞いてねえッ!!つーか隙あらば切腹しようとするんじゃねーよ、クマドリッ!!人材不足だっつってんだろーがァ!人の話を聞けえ!!」

 

繰り出された超高速の蹴りによって衝撃波、飛ぶ斬撃がクマドリの刀を木っ端微塵に粉砕した。鉄塊なのはわかっていたので、ついでにまだ話を聞いていないのに、横入りしてくるクマドリがそもそも邪魔なのでソファから吹っ飛ばした。

 

「これからおれが成り行きを長官に説明するから座ってろ!」

 

「ふっとばしてからッあ、いわないでぇええほしい!!」

 

「おれ達ァ、指令通りの期日に暗殺しに潜入したんだ。ところがよ、誰も知るはずもネェ計画が漏れてたんだよ」

 

ずっと素知らぬ顔で視線をそらしていたフクロウがしれっとチャックを開けようとした。引き攣った笑顔を浮かべたまま、スパンダムはそのまま押し返そうとする。だが、天性のおしゃべりはなんとかしゃべろうと開けようとする。ぐぐぐと押し問答が始まったあたりで、げえ、とジャブラは顔を歪めた。

 

「また、てめえか、フクロウ!!お前の口のチャックは何のためについてんだ!!そしてその口の軽さはいつ治るんだ!機密厳守の諜報機関だぞ、おれ達はァ!!」

 

「やっぱりてめーかあ、フクロウッ!!これで何度目だ、あァッ!?しまいにゃその口直接縫い付けるか、南京錠つけんぞ、てめえ!!」

 

「いやそれはさすがに死ぬからやめてやれ、長官」

 

「ふざけんのもいい加減にしやがれ、フクロウ......。なんでお前は生き残れたんだろうなァ、フクロウ......。それだけがおれには理解できねーんだ......。いくら尊敬する父の判断とはいえ......おまえがあんとき代わりに死んでりゃ......もっと優秀なサイファーポールがここにいたはずなのによォ......。それだけがわからねえぜ。あん時はおれにはまだ人事権なかったからどーしようもねェが......もしあったら......あったらァ......クソッタレがァ......」

 

だんだん涙声になってしまったことを自覚したスパンダムは、フクロウのチャックから手を話して後ろを向いた。乱暴に涙を拭う。いつもこの流れで部屋の空気がお通夜状態になってしまうのだが、スパンダムにはどうしようもない。幼少期から刻まれたトラウマなどなかなか消えるはずもないのだ。落とし前の定例行事は、サイファーポールの長官にとっては未来永劫つづく儀式のようなものだ。

 

「もういいお前ら、出ていいぞ」

 



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85話

親友サウロの遺志を継ぎ、20年間ニコ・ロビンを散々庇い続けていた疑惑が根強い大将青雉から託されたバスター・コール。その重みがスパンダムの前に鎮座している。麦わら一味と交戦した時の報告書を険しい顔で読みながら、スパンダムは視線も外さず問いを投げた。

 

「いつまでいやがる、ジャブラ。出てっていいっていったろ。もうすぐルッチ達も帰ってくるんだ。エニエス・ロビーまで届けるのが仕事なんだ、先上がっていいぞ。打ち上げ先さえ急な変更がなきゃな」

 

「フクロウにはおれとクマドリでよく言っとくからな、長官」

 

「いつものことだろ、いちいち気にすんじゃねえよ」

 

「アンタはよくても、我々がよくねえんだよ」

 

不意にスパンダムのデンデン虫が緊急通信を受け取った。スパンダムは硬い顔をしたまま受話器をとる。

 

「こちら正門ッ!正門から長官及び本島前門へッ!!」

 

「どうした、こんな大事なときにッ!何事だァッ!?」

 

「侵入者が1名正門を越え、本島前門へ疾走中!!」

 

いつものスパンダムならば、侵入者1人くらい落ち着いて対処しろといいたいところだったのだが。麦わらの一味の詳細な個人情報が掲載されている書類を1時間前まで散々読み返すハメになっていたスパンダムは思わず聞いてしまうのだ。

 

「おいまさかッ、まさかとは思うがッ?!麦わら帽子かぶってるとか言わねえよなァ!?」

 

「えっ、あ、はいッ!私の目が正しければ麦わらのルフィかとッ」

 

スパンダムは深い深いため息をついた。いつもそうだが、この手の嫌な予感は、かなしいかな、一度も外れたことが無いのである。

 

「───────あァ、そうか。なら全隊員に告ぐ。気をつけて対応するだけ無駄だから、その場で待機しとけ。一歩も動くな。怪我人でるだけウチの損になる。むしろ邪魔だから今から船で避難しろ」

 

いきなりスパンダムに言われて、戸惑いの声が上がるが、怒気をはらんでもう一度叫べば伝わったようだ。どこの通信も静かになった。

 

「懸賞金1億ベリーの麦わらのルフィが、ニコ・ロビンを奪還にきやがった。あの砂の王を倒した男だ。白ひげ2番隊隊長火拳のエースの弟だ。あのホーミングの息子と兄弟盃を交わした男だ。まさかとは思うが、このエニエス・ロビーでそれがなにを意味すんのか、理解できねえやつはいねえよなァッ!!」

 

今回、ホーミングの落とし前の慣例行事は回避されたが、それを知るのはサイファーポール9のみ。普通のエニエス・ロビーに所属する者達なら、それだけでスパンダムの命令に必ず従う威力を誇る。

 

麦わらのルフィが危険なのは間違いないが、今回スパンダムがこの指示を飛ばしたのは、怒りのあまりしわがよったルフィの資料に理由がある。

 

モンキー・D・ルフィは、たしかに人堕ちホーミングの息子白ひげ2番隊隊長火拳のエースと兄弟盃を交わした男だ。それだけではない。この男は人堕ちホーミングが、世界で唯一信頼していると五老星に宣言した海軍の英雄ガープの孫なのだ。革命軍総司令官ドラゴンを父に持つとまで書いてある。人堕ちホーミングの一家もなかなかイカれた経歴揃いだが、ガープの家族もまた意味がわからない存在なのは間違いない。

 

東の海のはずれで拾ってきたガキふたりを、ちょっと鍛えただけで、一気に昇格させることができるようなガープの孫なのだ。異様なスピードで賞金が跳ね上がるのも納得しかない男なのだ。

 

スパンダムはこの時点で確信していた。ルッチからの報告をみるに、麦わらの一味の相手になるのはサイファーポール9しかいないだろう。

 

「重ね重ね、正門より報告を!」

 

「今のこの状況で必要なもんならいってみろ」

 

「前方の鉄柵を越えて、怪物馬車に乗った不審者侵入ッ!援軍もとむ!援軍をッ!援軍をっ!ぎゃああああ!!」

 

「だからいったじゃねえかッ!下手に迎え撃たねえではやく逃げやがれ。お前ら育て上げるのに何百万ベリーかかってると思ってる!!」

 

「しかし、長官ッ!」

 

大爆発のような音がして通信が切れてしまった。デンデン虫が気絶してしまったのだろう。受話器をおいたスパンダムは頭をかいた。

 

「......カティ・フラムの子分どもが麦わらの一味と組みやがったな......!?」

 

カティ・フラムのつくる船の威力と荒唐無稽さは、かつて師匠の船大工を死刑にするのに利用したからよく覚えている。あれなら正門につっこんできてもおかしくはないだろう。だから大爆発が起こったんだろう。冷や汗が浮かぶ。

 

「本島全門より長官!本島に入られました!」

 

「動いてねえだろうな?」

 

「あ、はい、ですが、オイモとカーシーは就寝中です!起こしますか?」

 

「馬鹿いえ、ウミット海運がエルバフにも支部あるのは有名な話じゃねえか。麦わらのルフィと下手に接触されて、面倒なことになったら困る。麦わらがもういねえなら、たたきおこしてにげやがれ」

 

「侵入者ごときにそこまでしなくてもいいだろ、長官......。我々もいるんだ。いやマジでなんでそこまで騒いでるんだよ、アンタ」

 

「んなの決まってんだろう!!相手が途方もない馬鹿だからだッ!!麦わらのルフィは、仲間のためなら、砂の王とバロックワークスを相手にたった8人で殴り込みかけるような男だぞッ!そんなやつに、あのニコ・ロビンが《あなたの夢は私がいないと叶わない》って言いやがったんだ!!いつの間に自分の価値に気づきやがったんだ、あの女ッ!!とんでもねーことになるぞ、おい!!!」

 



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86話

スパンダムの紙絵をみるのは5年ぶりだったルッチは、そのまま手を上げた。サイファーポール0のステューシーに師事していた時より、腕を上げたのかもしれない。

 

「ほんとに麦わらと交戦したのか、ルッチ?相手は武装色に目覚めて、かなり日が経ってるはずだ。そんなくだらねェ番付にどこまで意味がある?」

 

いつもなら茶番劇に少しは興じてくれるはずのスパンダムが、ノータイムであれだけ嫌いなはずの人工悪魔の実の弾丸が入った銃を向けてくるものだから、正直ルッチは困惑していた。

 

「ったく、お前ら会ったとたんにくだらねェ番付はじめるくらいなら、これでも読んどけ。今すぐだ」

 

デンデン虫で人堕ちホーミングの落とし前の慣例行事を回避したと、あれだけ嬉しそうな声色でいっていたのに。いざ5年ぶりに再会したスパンダムは、まるで様子が変わっていた。ジャブラがルッチを挑発せず、フクロウが口にチャックをして、クマドリの刀がない時点で、なにかあったのは察しがつくのだが。

 

今のスパンダムは、人工悪魔の実の弾丸でヘッドショットされた同郷の血肉を、完全に落としきれないまま、ここに来た時みたいな顔をしていた。

 

突きつけられた資料をルッチがうけとる。読み始めたルッチの代わりにカクが応じた。

 

「お久しぶりじゃ、長官」

 

「よく帰ったな、お前ら」

 

「8年前のウォーターセブンで起きた政府高官への暴行事件より罪人カティ・フラム。20年前のオハラでおきた海軍戦艦襲撃事件における罪人ニコ・ロビン。滞りなく完了したぞ、現在扉の向こうにおる」

 

スパンダムは5年ぶりにエニエス・ロビーに集結したサイファーポール9を見渡す。

 

「世間の人間達は、今日の日のおれらの働きがどれほど尊くて偉大な仕事だったかを知らねえ。それが世界に知れ渡るのは数年後になるだろうなァ。ブルーノ、後で話があるから、ここにのこれ」

「5年間の任務ご苦労様だったな、早速渡してェものがある。来てくれるか」

 

カク達は世界政府が用意した悪魔の実を提示される。

 

「あいにく時間がねえんでな、ぶっつけ本番の運用になるだろうが......。お前たちを解放するぞ、CP9。お前たちで麦わら一味を惨殺しろ、おれが許可する。俺は俺の身を守る。おれの方に来たら、おれが惨殺する。麦わらのルフィとその一味の完全抹殺司令を下す。理由はそこに全部かいてあるから、後で読んどけ。さあ、まずは───────あいつらを連れてこい」

 

カク達は顔を見合わせたが、すぐに世界政府の新たな切り札となるはずの古代兵器のヒントをもつ2人を連れてきた。

 

「世界が危険視し、追い求め続けるてきた女、ニコ・ロビン。そして、8年前の事故でよくぞまあ、生きてたもんだな、カティ・フラム」

 

スパンダムはロビンを見下ろした。

 

「よかったな、お前を取り返しにきてる大馬鹿がいるぞ、ニコ・ロビン。おかげで完全抹殺命令を下してきたところだ」

 

「待って、約束が違うじゃないッ!私があなた達に協力する条件は、彼らを無事逃すことなはずよ!」

「ルッチ、おれ達が出した条件は正しくはなんだったか?」

 

「ニコ・ロビンを除く麦わら一味6名が、ウォーターセブンを出港すること」

 

「ああそうだよな、あいつらはウォーターセブンを無事に出航してここにきてんじゃねえか」

 

「そんなこじつけで協定を破るつもりなの!?」

 

「調子にのんじゃねえよ、犯罪者ども。そもそもおれ達は、約束なんざ守る義理はねえだろうが。騙し騙されてんのはお互い様だろ、何甘っちょろいこといってやがんだ。そんなもんが公然と口にできるのは、この海では、強者だけだッ!弱者に理想的な死なんざ選べるわけがねえんだよ!!だいたいこのバスターコールは大将青キジから許可証含めて託されたモンだ、ニコ・ロビン。自分の価値を理解しちまった女が、庇護から抜けて新世界に行くってのはそういう意味だ」

 

「......!?」

 

そして、カティ・フラムのところに近寄っていく。

 

「おれに言わせりゃ、犠牲を出さねば目的は果たせねェ。こちとら薄氷の上に成り立ってる平和のために身を粉にして働いてやってんだぜ。そのおれ達の邪魔をする愚か者どもは、大きな平和を乱す極悪人だ。おれ達がよこせという物すら、くだらねえ御託のためによこさねえ魚人は、正義への謀反人として処刑されて当然だ」

 

「───────ッ!!トムさんが命懸けで設計図を守ったのは、テメェみたいな馬鹿がいるからだろうがッ!!」

 

「わかったような口利いてんじゃねえよ、カティ・フラム」

 

背後をとられたカティ・フラムは、そのまま超至近距離からの嵐脚をうけて、片腕が切断されてしまい、バランスを崩して床に転がった。

 

「すでに渡ってんだよ、巨悪によォ。だから再三よこせっていったのに、なぁにがリュウグウ王国の大恩人だふざけやがって。あの時から気性は変わってネェようだな。もっと早くにお前が生きてて、設計図を持ってるとわかれば......こうも苦労することも......数多の犠牲を出すことも......なかった。お前なら過去の罪でいくらでもしょっぴくことが......可能だったからなァッ!!!」

 

カティ・フラムの切断された腕がそのまま粉砕される。うめくカティ・フラムにスパンダムは冷徹な目で見下ろしていた。

 

「お前がMADS跡地の船で改造したのは調べがついてんだよ。どうせ体のどっかに隠してんだろう?設計図?右足か?左手か?さすがに頭ってことはねえだろうが、MADSなんてなに仕込んでるかわかったもんじゃねーからな。破壊してきゃいつかはでてくるだろ。なぁ、カティ・フラム」

 



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87話

10年前の話だ。

 

サイファーポール9と0のメンバーのリストの開示と更新するたびにウミット海運に送ること。天竜人のようにサイファーポール0と何故か9を使うことを許可すること。そして、人堕ちホーミングとサイファーポール9と0の間に何があっても世界政府は不問とすること。

 

この16年前に機密を巡る取引により、五老星が人堕ちホーミングに認めた特権が悪用されたのは、サイファーポールはもちろん五老星にとっても痛恨の極みだった。なにか企んでいることはわかっていた。ただ、握られている機密を考えると飲まざるを得なかった。

 

リュウグウ王国の秘宝ESの強奪に失敗した工作員がCP9とCP0に所属していた。当時在籍していたリストのメンバー全員が人堕ちホーミングに特権を行使して皆殺しにされたのだ。

 

のちにES事件と呼ばれることになる一連の流れが人堕ちホーミングの見聞色の精度と評価するか。ウミット海運の諜報部門が優秀ととるか。スケスケの能力者に関して、ホーミングが唯一外した見聞色を、猿も木から落ちると笑うか。七武海として得られる情報からフォローした息子ドフラミンゴとのつながりを危険視するか。評価する人間の立場により如何様にも変わりそうな事件である。

 

工作員達の落とし前の慣例行事に長官である父に同行したサイファーポール5主管スパンダム。その後五老星に直談判に現れるのは、ある意味当然の流れではあった。

 

ホーミングと繋がりがある場所とコネは当時から世界政府を悩ませていた。まずはモコモ公国(有事に協力の密約)。次にリュウグウ王国(表向きの協力国)。ドフラミンゴの繋がりからドレスローザ。ロシナンテの繋がりから海軍の英雄ガープ中将。空島全域(ポーネグリフを読めるビルカ人がいる経済の中心はホーミングが開拓したバロンターミナル)。ウミット海運の繋がりからウェザリアとエルバフ。今ならさくら王国、アラバスタが追加されることになるがそれはさておき。

 

「古代兵器ポセイドンがあるリュウグウ王国は押さえられ、古代兵器プルトンがあるワノ国には間接的に繋がりがある。そもそもワノ国が四皇の代理戦争の場として、今なお内乱と停戦を繰り返しているのは、あの男が海賊王と白ひげに密告したからではありませんか!」

 

スパンダムの主張はもっともだった。

 

「四皇に我々サイファーポールが関わるのは、あなた方の許可が必要な以上、限界というものがあります。そもそも現実的ではない。なので、御伺いにきました。古代兵器プルトンの設計図の入手について、許可をいただきたいのです」

 

五老星はこの男の主張だからこそ、この言葉に耳を傾ける気になったといってよかった。

 

「ウォーターセブンのもっとも優秀な船大工に代々継承される古代兵器プルトンの設計図。手に入れるのが難しいなら、作る方法を調べればいいのです。はい、当然この設計図を嗅ぎ回る海賊もいます。ただでさえ、現物が人堕ちホーミング、あるいは四皇押さえられている可能性がある以上。万が一、政府以外の誰かの手に設計図が渡った場合、もはや政府に太刀打ちする術はありません」

 

この男の目は本気だった。

 

「世にいう大海賊時代の幕開けから10年以上が経過し、海賊どもはみるみる力をつけ、数も増えるばかり。古代兵器復活の阻止などのんびりとしたことを言っている場合ではありません!ただでさえ、人堕ちは我々サイファーポールの戦力をいかに落とすかばかり考えている。しかも、歴史の本文が読める立場にいて、古代兵器の2つも射程にあり、息子が海賊をしていて、これだけの包囲網を作り上げ、海賊王に手がとどくくせに今だに表立ってうごかない。今のうちに、正義を掲げる我々こそこれくらいの牙をもたねば!」

 

牙などではすまないものが世界政府にはあるが、この男は当然知らない。知らない上で、真剣に考えた結果なのは明らかだった。

 

「古代兵器は我々が所有し、大海賊時代を打ち払うのです!」

 

だからこそ、一任したのである。古代兵器プルトンの設計図を持ってきたら、話を広げるつもりはいくらでもあった。

 

「......なぜ古代兵器プルトンの設計図はあるのに、肝心の男が今ここにいないのだ」

 

ドアドアの実の能力者を通じて、信頼おける将校に託されたそれは、たしかに古代兵器プルトンの設計図。10年の時を経て、それはたしかに五老星にもたらされた。偽物の可能性もあるから、先に掴まされていたものと比較が必要だし、文献による調査も必要だ。そもそも歴史の本文を読める人間は公的に認めていないため、外部に依頼することもできない。

 

慎重に動かなければならないが、もしこれが本物なら、それはそれで世界政府はようやく2つ目の切り札を手に入れることになる。

 

それなのに、肝心の、直談判する気概があった男が今ここにはいない。将校に全てを託したドアドアの実の能力者によると、麦わら一味の完全抹殺命令を出したため、最終的にはバスターコールでエニエス・ロビーごと自爆するためだと笑っていたという。自分はルッチほど強くないが、バスターコールの起動時間を稼ぐくらいはできるつもりだと。

 

馬鹿なのかと思わずこぼした五老星に、報告にあがった将校は、深くうなずいていた。初めからそのつもりだったようで、麦わらのルフィがエニエス・ロビーに侵入した瞬間に、全隊員に船での避難を命じたという。どうやら男の完全独断専行になるが、今手元にある戦果が全てを帳消しにする。エニエス・ロビーなどまた建て直せばいいだろうに。

 

ドアドアの実の能力者も同じ考えのようですぐエニエス・ロビーに戻ったという。

 

「......ドアドアの実で部下は助けられるか......部下達が真意に気づいて止めに入ればいいが......間に合うのか?」

 

ほかの五老星達は無言だった。

 

 

 



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第88話 その後追加

悪魔の実を2つ口にすると爆発四散する理由については、根強く信じられている噂がある。能力者の中には悪魔が住んでおり、悪魔の実に近づくと体の中から悪魔が飛び出してきて喧嘩をする。そのせいで爆発するというものだ。

 

真偽はどうであれ、科学的にはすでに偉大なる航路の科学者によって、能力の伝達条件は解明されている。偉大なる航路の天才科学者ベガパンクは、さらに人工的な悪魔の実を完成させるに至っており、さまざまな技術転用も始まっている。

 

おかかえの科学者がその完成品の成功率をあげることに躍起になっている間、大量に発生する失敗作を圧政する地域や傘下にばら撒くのがカイドウだとしたら。ホーミングは、体が爆発四散することに着目して、弾丸を生成するような男だ。

 

欲深いバカは身を滅ぼすというが、悪魔の実を2つ口にすると、どれほどの呪いが及ぶのか。多少の知識がある者達はある程度想定できる。だから、意図的にその欲深い馬鹿がつくれる弾丸は、闇のシンジケートの目玉商品になった。人堕ちホーミングほどの実力がなければ新世界でしのぎをけずる海賊達に意味はない。だがほかの海では誰にとっても対能力者対策としてこれほど有用なものはない。カイドウが独占販売権をもつ海楼石製の弾丸と並んで、金に余裕がある組織の標準装備になるくらいには。

 

その試作品を10年前、落とし前の定例行事で工作員に使用され、数日なにも食べられなくなり病院行きになったことがあるスパンダムだ。

 

悪魔の実を2つも準備できるコネなんて、ひとつしかないようなものだった。カリファとカクが人工悪魔の実の製造競争の余波で、年々分厚くなる一方の悪魔の実辞典である程度わかっている情報をもとに、引力を感じた方を食べるのを見ながら。この時点でルッチはかなり嫌な予感がしていた。

 

この悪魔の実を用意するのに、人落ちホーミングとなんの取引をしたんだ、スパンダムは?まさかとは思うが古代兵器プルトンの設計図を複製させる取引でもしたか?いや、あの設計図を世界政府が入手することは、スパンダムの悲願だ。それだけはないはずだ。それでも、人堕ちホーミングとスパンダムの関係を考えれば、双方に利益がでるような取引とは限らない。

 

さすがにスパンダム直々に麦わらのルフィと存分に殺し合ってこいと言外にいわれたルッチでも看破できないものだった。だからルッチは引き返したのだ。

 

「悪魔の土地、オハラの忌まわしき血族、20年経ってなぜ目覚めた今まで生きた亡霊だったくせに。色々いいたいことはあるが、お前だけは......お前だけは許さんニコ・ロビン。死なば諸共だ、貴様だけはつれていく」

 

「待てよ......テメェが恨んでるのはおれだろッ!その顔にしたおれだろ、スパンダムッ!?なんでトドメをささねえんだ!そいつよりおれを連れていきやがれ!!」

 

「知った口を何度も利くなと言ったはずだ、カティ・フラム。おれがこうなったのはノイローゼだっただけだ、じゃなきゃあんなバレバレの軌道どうやったら当たるんだ」

 

「いや、ノイローゼってなんだよ!?それであんだけガンガン当たるもんかァ!?」

 

「当たったんだからしかたねえだろ」

 

「くそ......こっちはてめーに一発ぶちかますためにここまで来たってのに、そこまで殴る価値もねえ男になってるとは思わなかったぜ」

 

「お前とおれは初めから見る世界がちがうんだよ、クソッタレ。弱者は弱者らしく転がってろ。あん時と同じようにな。実にお似合いだ、カティ・フラム」

 

「楽しそうね、あなた達」

 

「あ゛!?」

 

「..................」

 

「争いは同じレベルじゃないと成立しないわ」

 

「いうじゃねえか、ニコ・ロビン。巨大な力を前にしたとき、全ては無力なんだよ。それが誰であれな」

 

ルッチは部屋に入るのをやめた。問いただしたい案件よりもさらに看破できない案件がスパンダムの口から出てきてしまった。嫌な予感はあたってしまった。いつものスパンダムなら絶対にいわない言葉だ。いつもじゃない時に出る言葉ではある。10年前、見舞いにいったときに一回だけルッチは聞いたことがあった。相当精神的に参っていたスパンダムはそういって、笑っていたのを思い出す。

 

今のスパンダムはあの時と同じくらい、情緒がかなり不安定になっている。

 

ルッチは舌打ちをした。サイファーポール9が4人も長期任務で不在な中、人堕ちホーミングは落とし前の定例行事でなんて言葉をスパンダムに投げつけてきたんだろうか。スパンダムはその時のやりとりを絶対に口にはしないし、工作員がどんな末路をたどったのかいわない。

 

ルッチも弱者の末路など興味は微塵もないが、理不尽極まりない世界の縮図みたいな立場に幼少期からおかれ。それでもなお懸命に30年間奔走してきたような同郷が。一時的な狂気に陥ったせいで巻き起こしかねない事態を放置できるような男ではない。

 

おなじく修羅を潜り抜けてきた同郷が相手の場合、たとえ長年スパイが紛れ込んでいたとしても気付かないくらいには。情があつい男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......もういい。この艦隊と島を見ればもはや一目瞭然......麦わら一味に我々は完敗した。だが......ようやく人堕ちホーミングに一勝だ」

 

呆けていたスパンダムだったのだが、ここ数年慢性の吐き気と不眠症、胃潰瘍のあまり全然飲めていなかったコーヒーをようやく口にできるだけの余裕ができている。

 

「あっつッ!?」

 

アツアツコーヒーが好きなのに、不注意でよくこぼしてしまい、あたりは大惨事になる。いつもなら怒るところだが、5年ぶりにみると感慨深いものがあるし、ルッチにとってはこっちがいつものスパンダムだった。元部下にそんなことを思われているとはついぞ知らないスパンダムは、あわてて片付けている。ルッチはナースコールを呼んだ。コーヒーまみれではさすがに病院のベッドとはいえ寝られない。

 

「ほんとうに言ってやがったのか、あの青キジ大将が?」

 

「古代兵器プルトンの設計図を世界政府にもたらした貢献ははかりしれない。お前の精神的な問題がなければ、さらに昇進していたのは間違いない。自分の悲願が破綻するのがわかっていて、それがわからない取引に応じるような精神状態で、あそこまで完遂できたら上等だそうだ」

 

ルッチの手には、元上司の精神病院にぶち込まれて頭の上からつま先まで調べ尽くされ、カウンセラーや精神科医に徹底的に絞られた結果がまとめられていた。

 

部下2名の引力を感じる悪魔の実と引き換えに、ニコ・ロビンを殺害するなんて取引、いつものスパンダムなら絶対に応じないはずだった。世界政府の逆鱗に触れず、合法的に、なおかつサイファーポールが関与できる範囲内では、歴史の本文が読める者が存在しない。ニコ・ロビンと協定を結び、古代兵器プルトンの設計図の解読をしてもらうのが最善策だった。そのニコ・ロビンを殺害するなんて、そもそもの計画が破綻することが大前提の取引である。

 

「......落とし前は大丈夫なのか」

 

「バロンターミナルを海に落とされなくなかったら引けと五老星が庇ってくれたそうだ」

 

「......できるのか」

 

「我々の知る必要のないことだろう」

 

「......そうだな。これでおれもお前らと同じ殺される側になったわけか。それなりの取引があっただろうけど、もう関係ない。なにも考えなくていいのは楽でいいな!」

 

やっといつもの調子が戻ってきたのか、スパンダムは笑っている。

 

本日付でサイファーポール9長官のスパンダムは、サイファーポール0の工作員に降格となった。特に貢献度が高かったロブ・ルッチとカクは昇進という形ではあるが、また工作員をすることになった。恣意的なものが働いているのだろうが、ロブ・ルッチの下がスパンダムという力関係が働くような配置替えとなっている。

 

重傷を負ったロブ・ルッチが復帰するのは、まだまだ先の予定ではある。



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89話

白ひげ海賊団2番隊隊長エースは、ただいま、元スペード海賊団のメンツをつれて、かつてのように快進撃を続けていた。表向きは黒ひげの前に鉄の掟仲間殺しの禁を破った男への落とし前をつけるため。実際は1日も早く名をあげて2番隊隊長に相応しい男になり、母方の姓を名乗っても海賊王の息子の名に潰されないため。

 

エースだけが胸に秘めているこの矛盾するような航海理由のため、はたからみると彼らの道中はまるで東西南北を完全無視した迷子の珍道中だった。

 

非常にタチが悪いことに、ある理由からウミット海運ミンク族部隊総司令官パンサ率いる部隊も連れていた。実際はエースがパンサに相応しい取引をした上での同行だったが、誰もがエースがホーミングの息子だから過保護ゆえの行動だと解釈していた。深層海流のためのコーディングからエースの船にウミット海運の科学部門のたぬきまで乗せているんだから勘違いも無理もない話だが。

 

まずはとある町でいつもの無銭飲食、人違いによる暴力事件などの問題行動を起こし、怒った町民たちにより川に蹴り捨てられる。

 

つぎにはルルシア王国にいき、流れ着いた乳牛牧場で、一人でミルク売りを営むモーダという少女に助けられる。

 

エースは、その恩返しに彼女の手紙をとある人物に渡すため、コーミル中将が司令官を務める「海軍G-2支部」に潜入。

 

一時は海兵に変装して基地内に紛れ込むも、ここでも白ひげの悪口を聞いて暴力事件を起こし、基地のコーヒーが苦いハライセに極秘情報船に引火したりと問題を起こし、海兵たちに追われることになる。

 

なんとか手紙の宛先であるコーミル中将に手紙を渡したエースは、情報船の中から落とし前をつけたい男の情報を抜き出して逃亡。同時に、手紙の配達によってモーダは離れ離れだった両親(同支部の料理人夫婦)と再会し、支部の苦いコーヒー問題もコーヒーミルクで解消された。

 

そして、エースの右腕剣士ハクトの故郷であるトモシビ島に寄港。その島には白ひげ海賊団のシマであることを示す旗がたなびく巨大な灯台があり、かつてエースが灯した炎が今なおちゃんと燃えていた。そこに南の海バテリラから密かに移送した母ルージュの墓と親族全員を移住できるまでの世話を焼いてやった。ウミット海運支部がシマにしている場所でもある。

 

ここで襲来したのはバッド・ワン・グレイシー率いるBIG海賊団。黒ひげを崇拝し、白ひげの壊滅を目論む不届き者である。

 

グレイシーはあらゆる場所から拳銃や大砲を生み出せる「ウテウテの実」の発砲人間で覚醒者。さらに参謀のネイロは「ポチャポチャの実」の贅肉人間だった。しかもグレイシーは、死をも恐れぬことで有名な「科学戦闘部隊」と同盟をくんでいた。

 

白ひげウミット海運連合と黒ひげの代理戦争が勃発し、エースたちは辛勝した。パンサはしれっと能力者達を生け取りにして血を手に入れた後処刑した。

 

そして、ようやく本命の支配するサンバ島に辿り着くことになる。男の名はカメレオーネ。元白ひげ海賊団船員。懸賞金は3億ベリー。黒ひげより前に鉄の掟仲間殺しの禁を破り白ひげ海賊団を離脱した男。この男が目的でエースは各地を追跡していた。ウミット海運の情報網を駆使すれば一瞬だったのは秘密だ。

 

カメレオーネは、よりによって能力を利用して、支配下においたサンバ島で、背後には白ひげの後ろ盾があるとして好き勝手していた。島民は怯えながら暮らしていた。

 

「仲間殺しの禁を破った上に、親父の顔に泥塗るなんていい度胸してるな、カメレオーネ」

 

「ギージギジギジッ、お前はたしか火拳のエースッ!?永久欠番の2番隊を新入りの癖にすわりやがったやつじゃねーか、ホーミングの親光りでっ!!おれは初めてあったときから、お前だけは気に食わなかったんだよ!!」

 

「だからどうした、賞金額おれより下のくせに」

 

フーシャ村の頃から言われ続けてきた誤解からくる八つ当たりだった。かつてはつっこみつづけてメンタル的に強くはなれても、はやく誤解を解かなければという謎の使命感に燃えていたエースだったが。あれから4年もたった。今のエースは、ふんぞりかえることができるくらいには成長した。

 

カメレオーネはコピコピの実の能力者。姿形だけでなく、その能力までコピーできてしまうので、かの悪名高きマネマネの実の上位互換のような能力だ。カメレオーネが黒ひげみたいな男だったら、世界はもっと大混乱に陥っていただろう。さいわいカメレオーネは小物だった。コピコピの実がそういう人間を好んでいるのかもしれないあたり、世界はよくできている。

 

ちなみに、モットーは「お前のものは俺様のもの。お前の命も俺様のもの。」だそうだ。

 

「おまえっ、えーっきしッ!!おれが動物アレルギーの動物嫌いだと知って、はーくしょいっ!!ミンク族連れてくるのは卑怯だぞ!?ぶえっくしょい!!」

 

カメレオーネの能力は非常に厄介だったが、この男は生まれつき、動物アレルギーだった。そのせいで大きなくしゃみをして元に戻ってしまう。おかげで諜報能力はあるがネコアラシ達が乗っていたころのロジャーやミンク族がたくさんいるウミット海運には通用しない致命的な弱点があった。

 

その隙にエースとパンサの共闘によって倒されるのだった。カメレオーネも血を抜かれてから処刑され、海賊団も皆殺しにされたのだった。

 

「お前と黒ひげを一緒にするな、格が違うんだよ。あの男はお前よりよっぽど危険だ。なんで1億ベリーなんだよ」

 

吐き捨てるエースにパンサがいう。

 

「そういや、ワノ国に目撃情報あったよね。ビブルカードってやつ、作るんだっけ?今特に荒れてるみたいだし、行かない方がよくない?僕、あいつ嫌い。どんだけやっても死なないのめんどくさい。負けないけど勝てないし」

 

「だから行くんだ」

 

「えー......ここまでいってんのに意見かえないの?」

 

「親父も了承済みだし、七武海になりたい黒ひげの目撃情報があるのに入国したらどうなるかなんて、おれが一番よくわかってる。カイドウがおれをどう利用するのかも含めてな。父さんへの礼も考えたら、きっと流れ的に行くのが筋なんだ」

 

「正気?そんなにワノ国一の遊女にお熱なんだ、火拳のエース。海軍にも現地妻つくっといてよくやるね。白ひげそっくり」

 

「イスカとはそんなんじゃねえって何回いったらわかるんだよ!ちがう、そんなんじゃねえさ」

 

「それじゃあ、あれかな?意図しない形で三重スパイに陥って苦しんでる行方不明になってるはずのカイドウの娘に責任感じてるんだ?黒炭の女の子に無責任にも妖艶なくノ一になったら仲間に入れてやるっていったのも含めて?」

 

「全部わかってんなら、最初から聞くなよ......」

 

「ふうん......まあ、自分から高みを知るために全面戦争のきっかけ兼タイムリミットに手を挙げるなんて、いい心掛けじゃないか。成長したね。4年前とは大違いだ。そんな君に敬意を表していい機会だから教えてあげるよ、エース。ドフィに学んで自制を覚えたとはいえ、敵を目の前にして逃げないってのを、誰に教えられるも無く実行してるところはさ。やっぱり血のつながりは強いんだと思うよ。そういうとこ、ロジャーそっくりだ」

 

「うれしくねえな」

 

「あははっ、いいじゃないか。そこまでいうならいこう。船長もドフィみたいに、やりたいようにやれ、必要なら親でもつかえって言ったみたいだし。自分の役割自覚したやつがこの世で一番しぶといんだってとこ、みせてやったらいい。大丈夫、船長もわかってると思うよ。常々海軍本部の場所が新世界じゃないのは、気に食わないとはいってたからね」



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90話

 

「失礼、敵船につき少々威嚇した」

 

「テメェのツラ見るとあの野郎から受けた傷が疼きやがる」

 

「療治の水を持参した。戦闘の意思はない。話し合いたいことがあるんだ」

 

「海軍の艦隊全滅させてから、覇気を剥き出しにして現れる男の言い草か、バカヤロウ、グララララ」

 

2人だけで話をしたいということで、シャンクスを取り囲んでいた幹部達は目に見える範囲から姿を消した。互いにサイズにあう器が用意され、酒が注がれる。暗黙の了解で能力も覇気も種族としての特性も、すべて厳禁なガチの話し合いが始まった。

 

「西の海の酒だな?あんまり上等じゃねえだろ」

 

「世界中の海を回ったが、肌身にしみた水から作った酒を超えるもんはない。おれの故郷の酒だ、飲んでくれ」

 

「あァ......わるくねぇな」

 

そこから2人はしばし昔話に興じた。大海賊時代からすでに22年、ロジャーが四皇だっだころの時代を知る人間は少なくなっていた。白ひげと赤髪の直接関係した時代はもう遥か遠い昔の話になりつつある。なかなか顔を合わせる機会もないため、積もるものも沢山あるのだ。

 

「どっかのジジイは歳取るほど若返ってるが」

 

「グララララ、たしかに退屈しねえ男だ。話してると自分の年を忘れちまいそうになる」

 

「ジジイっていったのは言葉の綾だ、言わないでくれ。黒ひげみたいになりたくない」

 

「グララララ、そりゃ確約出来ねぇ相談だ」

 

そのうち、話はシャンクスの失われた腕に話が向かった。

 

「新しい時代にかけてきた」

 

「グララララッ、悔いがないなら結構だ。だが、そりゃあただの殺し文句じゃねぇかって噂を聞いたぞ?それが本当ならそりゃあ格好つかねえな。あちこちのガキに粉かけて新世代育てようと画策してるお前がいえた口か?鷹の目との勝負がつかねえのに、ガープんとこの孫を海賊にしたそうじゃねえか。腕まで失って準備がいいこった」

 

「そんなんじゃないさ」

 

「エルバフのガキにも粉かけてんじゃねえか」

 

「喜ぶやつがいるだけさ。しかし、ほんとに情報はやいな、ウミット海運と連合組んでるだけはある」

 

「別に人堕ちと組んでるわけじゃねーがな、結果的にそうおちついただけだ、グララララ。あいつの儲け話はいつも笑いたくなるもんばっかりだからな」

 

「調子良さそうなのは天夜叉のところの薬のおかげか?」

 

「まあな、どうやら相性がいいらしい。どっからかぎつけやがったのか、あてつけみてーに金髪でヒョウ柄が似合うナースばっかよこしやがること以外は満点だ。天夜叉んとこのナースじゃねえならおれの船にはのせねーんだがな。

......あのころ人堕ちはまだ人間じゃねえはずだが。王直みてーなことしやがって。あの野郎バラしたのか、口の軽いやつめ」

 

しばらく、雑談で話がそれた。

 

「で。おれになにしろってんだ?───────それが本題だろう?」

 

「黒ひげから手を引け。たったそれだけの頼みだ」

 

「あの男の最大の罪は、海賊船でもっともやっちゃならねェ、仲間殺しをした。鉄の掟を破りやがった。おれの船に乗せたからにゃあどんな馬鹿でもおれの息子よ。じゃなきゃ、殺された息子の魂はどこにいくんだ」

 

「アンタは一度、特例で見送ったじゃないか」

 

「......フフッ......グララララッ!なにをいうかと思えばそんなことか。エースの件か?男が守りてェもんのために戦うってんだ、邪魔なんて無粋なことするやつはおれの船にはいねえんだよ。仁義をかいちゃあ、この人の世は渡っていけねえんだ。渡っちゃいけねえんだとティーチの馬鹿に教えてやるのがおれの責任だった。だが、おれは人堕ちにでけえ貸しができちまった。しかも、殺しきれなかったという汚名まで着せちまった。おかげでティーチはそれだけで1億だ。その息子が仇討ちじゃねえ、違う理由で挑むってんなら、おれは止める理由がねえな」

 

「人堕ちか......だがエースはロジャー船長の忘れ形見だろう。あの男は黒ひげ以上に危険な男だ。ロックスの亡霊だとおれの勘が告げてる」

 

「たしかにロックスみてえなこと言う奴ではあるな。サイファーポールも海軍もおれ達相手にするにゃ世界政府の許可がいる。そのくせ海軍は楽園で高みの見物ってのが気に食わねえ。本気で平和を目指してんなら、おれ達に睨みを聞かせる新世界に本部をおくべきじゃねーのか?ビクビクしながら支部おくなんて名折れも甚だしいじゃねえかって言ってたな」

 

「もし、エースがなにもしなくても、そのためにエースを焚き付けただろう、あの男は。人堕ちはそういう男だ。誰も彼もに停滞も堕落も安全地帯も許しはしない。白ひげ、エースは白ひげ2番隊隊長だ。おでんさんの後釜だ。その肩書きの名声と信頼が話を拗らせる。今はまだ、エースと黒ひげを、こんな形でぶつけるべきじゃない。危険すぎる」

「だからどうした。奴は建前がねえと動かねえじゃねえか。自らに課した血の掟に背かねえ限り、おれは手を切るつもりはねえ。自らの闇を抑えきれなくなった時は介錯してやるつもりではいるがな。だいたい海賊同士の決闘に横槍入れようってんだ、死んでも文句は言うんじゃねえぞクソガキ」

 

「誰も止められなくなるぞ、暴走するこの時代を。ましてあの男は自ら時代のうねりになろうとしている」

 

「誰に口利いてんだ、おれァ白ひげだぞ。恐るにたらん。怖いのか、赤髪。新時代が」

 

「悪いがおれはカイドウを止めるぞ、白ひげ。まだアンタ達の領域に楽園は早すぎるからな」

 

事前通告でシャンクスは人堕ちホーミングから白ひげの意見を聞くまで保留するし、今回の戦争がもたらすであろう儲け話以上のものがないなら交渉に値しない。だからテーブルにつくつもりはないと返事を受けている。

 

覇気がぶつかる。天が割れた。ふたりの交渉が完全に決裂した証だった。



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91話

バロンターミナルがウラヌスに消されたくなかったら、サイファーポールのスパンダムとの取引については金輪際手を引け。私がウミット海運に雇われてから30年以上たって、今更五老星からそんな事を言われるとは思わなかった。

 

それだけ古代兵器プルトンの設計図の入手は悲願だったし、最大の功労者にして肝心のロビンを失った戦犯は大事なようだ。うまくいけば、サイファーポール全体に、取り返しがつかない精神的な致命傷を負わせることができたのだが、さすがに人の心はむずかしい。

 

それでも落とし前をつけられないことに対する補償は確約出来たので、ゆっくり考えたいと思う。

 

麦わら一味によるエニエス・ロビー陥落の大ニュースが世間を騒がせるには、さすがに昨日の今日では無理があるようだ。世界経済新聞すらないんだから、まだかかるのだろう。ならばなおのこと都合がよかった。今私はウォーターセブンにいるからだ。

 

偉大なる航路の海域は突発性のサイクロンや嵐などの予測不能な天候が起こる。その中でも定期的な周期で起こる、想像を絶する潮の満ち干きが起こる地域がある。それも広範囲の地域で多発的に起こる。その中でも、儲かる災害と儲からない災害がある。

 

私が知る中ではロングリングロングランドがまずひとつ。残念ながら儲からない災害だ。元は1つの丸い輪っか型の島となっている。だが、島の陸地が海底に沈んでしまっているため、10個の島が点在している様に見える不思議な島だ。

 

ロングリングロングランドでは1年に1度大きな引き潮によって海底に沈んでいる島と島を繋ぐ陸地が出現する。その陸地を渡って移住しているのが遊牧民だ。

 

そして、次にアクア・ラグナ。ウォーターセブンでは凄まじい引き潮の後にとんでもない規模の津波を引きおこす。こちらは儲かる災害にあたる。

 

世界一の造船都市と名高いウォーターセブンにて、誰もが街を破壊するほど狂暴な高潮を目の当たりにするアクア・ラグナ。毎年襲ってくることが決まっている自然現象で、そのためにウォーターセブンの水位が年々下がっているほど大規模なもの。この現象が起きる前兆としては、カロックという南方からの強烈な風が吹き抜けるのが特徴だ。

 

ウォーターセブンが「カロック」を感知。アクラ・ラグナ警報が発令され、住民たちは高台へと避難する。そして街に襲い掛かったアクア・ラグナは軽々と建物の高さを超え、市街地を飲み込み半壊させるという甚大な被害を生み出すのだった。

 

この津波は島が沈んでしまうのではないかと思える程の災害で、船が呑まれるとひとたまりもない威力で押し寄せてくる。

 

この2つとも、「月」の影響で、大規模の潮の満ち干きが起きている。

 

月というと、どうしても私は古代都市ビルカと言う遺跡が存在し、そこにあるはずの想像を超える技術力の残骸に思いを馳せてしまう。エネルはもう月についたころだろうから、スペーシー中尉と敵対しているか、友好にしているのかわからない。できるなら私が知り得ないビルカの技術があるかもしれないから、スペーシー中尉は破壊しないでやって欲しいとは思う。あの男の顛末を見るに、遺跡には最大の敬意を払うようだから、破壊の心配はしていないのだが。

 

懸念材料があるとすれば、アクア・ラグナは月により引き起こされる海底が見える程の引き潮だ。ウォーター・セブンに多大なる被害をもたらしている以上、エネルが「月の古代都市」を復活させるくらい暴れて、なんらかの技術を発動させないこと。さらにその影響がひどくならない事を願うしかない。

 

「お待たせしたな、ホーミングさん」

 

私はガレーラカンパニー本社兼アイスバーグ事実上跡に建てられた仮設本社にいた。

 

「おはようございます、ガレーラカンパニーアイスバーグ社長。ご注文の品をお届けにあがりました。1日もかかってしまい、申し訳ありません。さすがにこれだけ被害が甚大になると、こちらもご注文の品をすべて揃えて、輸送するとなるとお時間をとらせてしまいましたね。誠に申し訳ありません」

 

私が一礼すると、アイスバーグはとんでもないとばかりに返してきた。

 

「世界中探したって、そんなことで謝罪するのはアンタんとこだけだ」

 

「ありがとうございます。しかし、ウミットが本当に驚いていましたよ。いつもなら経済循環も考えて、海列車での資材の搬入などの観点から、うちをつかうことはまずないはずのアナタから、ご注文いただいたこと」

 

「納得してくれたか?」

 

「はい、よくわかりました。ここまで酷いのは初めてですね」

 

「ああ、いつものだと時間も資材も足りなくてな。明日には着工予定だから、ガレーラのパーティの時の約束を今果たしてもらおうと思ったわけだ」

 

「ウミットも喜ぶと思いますよ。ようやく力になれると」

 

「ウチはウチの大事な繋がりがあるからな、気軽にウミット海運使うわけにもいかない。ここぞという時のためにとっといただけだ、即伝えてくれ」

 

「喜ぶと思いますよ。ところで......そちらでものすごい轟音立てているのは、アナタのところの船大工ですか?」

 

「いや、気にしないでくれ。自分で自分の身体を再構築中なだけの家族なんだ」

 

「!!」

 

「ご家族の方でしたか、失礼いたしました。私はウミット海運副社長のホーミングです。よろしくお願いします。なにやら大怪我をされたようだ、ご愁傷様です」

 

私が自己紹介をすると、なにかに気づいたのか、自己紹介もそこそこに、フランキーを名乗る改造人間の男が声をかけてきた。

 

「アンタ、まさか人堕ちホーミングか?」

 

「裏社会ではそう呼ぶ者もいますね。そちらの件でなにかご依頼でも?それともなにか聞きたいことでも?」

 

「聞きてえことがある」

 

「それはアイスバーグ社長がいても大丈夫な案件ですか?」

 

「ああ、気を遣ってもらわなくても大丈夫だ。どっちも当事者なんでな」

 

「わかりました、どのようなことでしょうか」

 

「古代兵器ポセイドンがリュウグウ王国にあって、四皇白ひげがそれを押さえてるってのはほんとうか?アンタでもいいんだけど」

 

「ああ、ニコ・ロビンから聞きましたか?公的に知られた歴史の本文が読める人間は彼女だけですからね。エニエス・ロビーにでも行かれましたか?」

 

「ああ、そんときスパンダムに言われたんだよ。巨悪がすでに古代兵器を押さえてるって」

 

「巨悪か......実に的を射ている。その問いについては、実際にリュウグウ王国にお越しくださいとしかいいようがありませんね。国家機密なので」

 

「あー......まあ、そうなるよな。リュウグウ王国に泥を塗るようなこと、アンタが答えてくれるわけねえか。すまん、聞かなかったことにしてくれ。まあ、もし本当だとしても、アンタと白ひげは違うだろ。カイドウとは違うってことくらいはわかるぜ。トムさんがいってたからな」

 

「伝説の船大工の魚人からいっていただけるとは光栄でしたね。できれば直に聞きたかったが、10年前はリュウグウ王国はそれどころではありませんでした。惜しい男をなくしたものだ」

 

「ホーディってやつがなんかしたのは知ってる。アンタも大変だな」

 

「いつものことですからね、お気遣いなく。あの頃のリュウグウ王国は、様々なことの転換期でしたのでね」

 

雑談をしているうちに、アイスバーグから支払いが行われた。私は碇マークの鞄に入れた。

 

「ウチにもエニエス・ロビーから、色々と依頼が入っていましてね。そちらで耳にしたのですが、麦わらの一味がこちらにいるのは、ほんとうですか?大将青キジから止められているせいで、場所はわかっているのにいけないと、海兵の皆さんが騒いでおられましたが」

 

「青キジが?まじかよ、バスターコールをスパンダムに渡しやがったくせに」

 

「オフレコでお願いしたいのですが、この件は我々の完敗だそうですよ。あの男はいつも引き際を間違えないですからね、安心してもいいと思いますよ」

 

「そうか、そりゃいいこと聞いた。あいつらも安心すると思うぜ」

 

「......フランキー、ホーミングさんだからいいが、闇雲に話すなよ。お前がここにいることも、麦わらの一味がいることも秘密なんだからな」

 

「いいじゃねえか。なあ、ホーミングさん。さっきの話、麦わらの一味に伝えてくれねえか。ご覧の通り、おれはまだ動けないんでな」

 

「フランキー」

 

「いいだろ、あいつらも一回くらい会った方がいい」

 

「ンマー......それは一理あるか。海賊なら魚人島は避けては通れないからな」

 

「私のことならお気遣いなく。もともと麦わらのルフィに用があってきたのです」

 

「え、アンタが?」

 

「はい、彼は私の......火拳のエース......いや、息子からは兄弟盃を交わした男だとよく聞いているのでね。一度会ってみたいと思っていたのですよ」

 

「あー......そりゃタイミング悪かったな。あいつ、寝ながら暮らしてんだ、今」

 

「おや、そうなのですか。エースみたいなことをする少年だ」

 

「え、モノ食いながら寝るのか、エース」

 

「なんなら、いきなり気絶しますよ」

 

「あははっ、マジか!マジの兄弟みたいだな、そっくりじゃねえか!」

 

「私はこの通り多忙な身でしてね。恥ずかしながら信頼おける知人に託したんですが、彼には同年代の孫がいた。それが麦わらのルフィなんですよ」

 

「へー、そうなのか。世間てのは狭いんだな」

 

私がフランキーと雑談に興じていると、アイスバーグが案内してくれるといいだしたので、応じることにした。



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92話 ルフィ視点追加

海賊王ゴール・D・ロジャーとポートガス・D・ルージュの間に生まれたのが、エースである。生まれは南の海バテリラ。2年間の潜伏生活の世話からはじまり、そこでエースを出産と同時にルージュが亡くなり、ガープとともに赤子のエースをフーシャ村まで届ける。そこまでロジャーに頼まれたわけではなく、ガープに頼まれたからやってくれた男がいる。

 

当時13歳にして魚人・人魚の差別や人権問題に目覚め、署名活動を始めた才女リュウグウ王国のオトヒメに、妻が共感したのが始まりだった。

天竜人だった男は、妻のお願いを聞き入れ、どれだけ危険なのかわかっていたのに、人間になる決断をした。家族は見せしめに北の海の非加盟国に降ろされた。

 

新聞王モルガンズを通じてガープに妻子の保護を依頼し、自分は非加盟国に報復すると残った。1年で非加盟国は地図から消えた。マフィアが運営するウミット海運に用心棒として雇われてから、破竹の勢いでウミット海運社長を運輸王にまでのし上げた。

 

すべては自分が元天竜人だという事実をねじ伏せられるだけの地位と実力を手にしてから、自分を人間にしてくれたリュウグウ王国オトヒメのために後ろ盾になるためである。

 

エースが新聞を開くたびに、かならず名前を見つけることができた。男の名は人堕ちホーミング。元天竜人にして、世界一有名なマフィアが運営するウミット海運副社長。ガープによれば、七武海天夜叉ドフラミンゴと海軍本部中佐ロシナンテの父親にして、モルガンズに妻を匿ってもらっている男。今なお二度と会えない家族のために、世界政府からの暗殺者を殺し続けている男。

 

エースの考えうるかぎり、家族のためにここまで堕ちることができる男は、いやしないんじゃないかと思うくらいには尊敬できる経歴だった。

 

そして、エースはその男の名声に生まれたときからふりまわされていると実感しながら育った。

 

たとえばロジャーのことを村できいたとき、たいてい大海賊時代の被害者たる一般市民から罵詈雑言をうけた。精神的に強いショックをうけるが、次の瞬間にはかならず言われるのだ。

 

「なんでそんなこと聞くんだよ、お前ドジっ子海兵ロシーの弟なんだろ?あいつの弟なのに、すげーしっかりしてるなってじいちゃんいってたぞ。お前の母ちゃんのおかげだな、よかったな」

 

そう、エースがうまれる17年も前にホーミングの次男ロシナンテがガープを通じて盗賊ダダンに預けられた前例がすでに存在していたのだ。

 

生まれたときから、天性のドジっ子として生まれてきたロシナンテは、15で海軍に入るまでダダンのところにいたのだが色々すさまじい伝説を残していた。そのため、その時の印象が強すぎる近隣の村の人々は、ガープがロシーの時みたいにウミット海運でホーミングとフーシャ村に寄港した時点ですべてを察していた。噂は大陸全土にまで及んでいた。

 

なにせホーミングの家族に手を出したら、関わった国ごと地図から物理的に消されるのだ。人堕ちホーミングの経歴は、エースという名前がわかった瞬間に全てを察する(なにひとつ察してない)人が現れるくらいには絶大だった。

 

エースがなにをするにしても、ロシーと比べてなんてまともなんだとか、なんてかしこいんだとか、無駄に褒められる始末だった。

 

さすがにロジャーの息子だと主張したこともあるのだが。

 

「いくら自分の父親の名前が重すぎるからってもっとまともな嘘つけよ。海賊王が死んだ時から考えたら、お前絶対生まれてないじゃん。2年も違うじゃん。なんだよお前種族人間じゃないのか?」

 

ルージュの母親としての愛がなしえた2年という偉業がそれを阻んだ。さすがにちょっと不安になってきて、ガープに万が一ってないのかと聞いたこともあるが、ガープに自分を見失うなと諭された。

 

さすがに天竜人の血が入った実の異母弟だったら、ガープだってちゃんと話す。海賊王の息子と同じくらい、待ち受ける世間は過酷だからだ。いや、今この状況がだいぶ意味がわからないくらいある意味過酷なんだけど、これ以上のものがあるのか。エースの混乱した頭はそんなことを考えたこともある。

 

「ルージュが愛したのはロジャーだけじゃ、安心せい。わしが保証する。ホーミングにトーンダイヤルで海賊王の死に様を記録してくれとお願いするくらいにはな、ルージュはロジャーを愛していた」

 

トーンダイヤルを渡された。大嫌いな父親の声と処刑する音、大歓声に包まれる異様な音が記録されていた。ダダンに言われた、お前の父親は死を持って世界を変えたという意味が嫌というほど理解できた。

 

そのトーンダイヤルは改良品のようで、ルージュがエースに語りかける声も入っていた。エースという名前の由来、どれだけロジャーを愛しているか、エースが生まれるのを楽しみにしているか。ガープやホーミング、親戚に対する感謝の気持ち。エースの自己肯定感が地に落ちるたびに励みになったのは間違いない。

 

生まれてきた意味がわからなくなったとき真っ先にルージュの声が聞きたいのに、トーンダイヤルの特性上、どうしても大海賊時代の始まりから聞かなければならない。エースはしぶしぶ聞いていた。うっかり冒頭を聞き流したら初めからだからだ。

 

「なーなー、エース!おまえ、海賊王の息子なんだろ!?すげーなー、どんなやつか知ってるのか?おれ、海賊王になりたいんだ!!」

 

ようやくエースがホーミングの息子じゃなくて、海賊王の息子だとわかってくれるやつが現れたとき、エースがどれだけうれしかったか。いうまでもなかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなまで言わなくてもいいぜ、ルフィ。不思議なんだろう?おれがなんで今だにこの名を名乗ってるか。なんで受け入れてるのか。色々あったんだが......色々ありまくったんだが、いやほんと......。と、とにかく......偉大なる航路で名をあげるってのは楽じゃない。噂を跳ね除けるだけの実力つけてから出直してこいって、天夜叉に門前払いされたんだ。だから、おれはこのままでいい。だから、心配すんな。これはおれの問題だからな」

 

アラバスタにて。3年ぶりに会えたエースに満面の笑みでいわれたルフィは、色々と湧いていた疑問を全てなかったことにした。あれだけ母親の姓で名をあげてやるんだと息巻いていたエースが、こんなふうに笑いながら噂を受け入れてしまうなにかがあるのだ。偉大なる航路は。

 

エースが心配するなって笑いながらいえるくらいの色々があったのだ。これはおれの問題とまでいわれたらもういいんだなと思った。

 

むしろワクワクした。エースがこんだけ楽しそうに笑える場所なのだ、偉大なる航路後半の海、海賊の高みというやつは。

 

「なあ、ルフィ。おれが名をあげなきゃならない高み。いずれお前にもきて欲しい海があるんだ」

 

「!」

 

「赤い土の大陸の向こう側に広がるその最後の海を......人はこう呼ぶ。その海の名は偉大なる航路後半、新世界。ここいらが楽園と呼ばれるくらい、別次元の高みが広がってるんだ」

 

「!!」

 

「おまえは海賊王になりたいんだろう?新世界は新時代を切り開く者達がすでに君臨する大海賊の四皇、政府側に立つ七武海に挑む場所だ。その海を制した奴こそが海賊王だ、ルフィ」

 

「......新世界か......エースはもうそこにいるんだよな?すげーな!」

 

「......おれなんかまだまださ。......そう思い知らせてくれる海でもある。だからこそ......思うんだよ......おれは白ひげを海賊王にしてやりてえとな。......あの海で、あの男ほど自由にやれるやつがどれだけいるか。いいか、ルフィ。新世界でも自由にやれるやつが一番海賊王だ」

 

「なら!おれがエースにも、そいつにも勝てばいいんだ!そしたらおれが海賊王だからな!!」

 

エースは相変わらずだなあと笑っていた。

 

「かならずこいよ、ルフィ。───────もうすぐ新世界にも楽園にも途方もない嵐がくるからな」

 

「?」

 

「その中心にいさせてくれるこの名には感謝してんだ、おれは。いずれ返す気ではあるけど、その時じゃない。だから、ルフィ。絶対死ぬなよ。その程度じゃ海賊王なんて絶対に届かないんだからな」

 

エースがそこまでいいきる名前だったのだ、とようやくルフィは理解するのだ。偉大なる航路において、人堕ちホーミングの息子であるということそれ自体がどういう意味を持つのか。その一端にルフィは初めて触れることができた。

 

だから。

 

「息子からは兄弟盃を交わした男だとよく聞いているのでね。一度会ってみたいと思っていたんだが......フランキーのいうとおり、相当お疲れのようですね。寝ているようだ。ほんとうにエースによく似ている」

 

ルフィは一瞬で目が覚めたし、眠気なんて吹き飛んだ。男の顔を見ようと目を開くのだ。あ、起きた、とナミの声がした。

 

「アンタがエースの父ちゃんか!?おれ、ルフィ!!よろしくな」

 

思ったよりじいさんだったので。むしろガープと同じくらいにみえたので。

 

「じーさん!!」

 

「初対面でいきなり失礼なことをいうのは、親子揃ってどうやら同じようだな麦わらのルフィ。お前達はほんとうに変なところでよく似てやがる」

 

マジギレした時のガープと同じ空気を感じたルフィはさとるのだ。ごめん、エース。おれ、死んだかもしれない。

 



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93話

結論からいうと、ホーミングは一度も銃を抜かなかった。覇気すらなかった。打撃は効かないし、武装色の練度がだいぶ高くなってきたはずのルフィの一撃は、一度もあたらなかった。代わりに殴られるたびに、ルフィはなにかを思い出すのか、にぎゃーっとなって心が折れそうになっていた。そのうち躍起になるあまり、麦わら帽子がういた。

 

「大事なものなんだろ、落とすんじゃねえよ」

 

それが落ちる前に受け止めてくれたホーミングが、テーブルにおいてくれた時に、一回だけ頬を掠めた。傷すらつかない、引っ掻き傷にすらないそれだったが、それで満足したのか、ようやくホーミングは喧嘩をやめてくれた。

 

「おれはロジャーの始めた大海賊時代が心底嫌いなんだ、なんでかわかるか?麦わらのルフィ」

 

「しらねえ」

 

「人間は生まれながらに二種類ある。強い者と弱い者と。聖者と平凡な人間と。英雄とそれに畏怖する者と。そして強者はいつの時代も理解できねえ有象無象からの迫害の時代に信念のために炎に焼かれ、海に沈められることに耐える。それを理解してからだ、おれの運命に腹括ったのは。絶え間ない儲け話。そして作戦を腐敗させることへの憎悪。それでもおれは、腐敗を伴った平和とこの運命を取替えるためにこれからも生き続ける」

 

「わかんねえ、どーいうことだよ」

 

「生半可な覚悟で海に出る奴が増えすぎたから、足切りしてやってるってことだ」

 

「..................なんかむかつくな、ホーミングの、お......、ホーミング」

 

「やっと覚えたか、クソガキ。おれは礼節のなってねえガキが、この世で一番嫌いなんだ。そういうやつは基本、人の名前を覚える気がないから、印象だけで何となく勝手にあだ名をつけやがる。仲間になるとさすがに名前を覚える。名前を知ってるから名前で呼ぶ。なら、覚えるまでぶん殴れば覚える。実に単純だが、こんなに失礼でタチが悪いやつはそうそういねえ」

 

「......ホーミング、じいちゃんみてーで嫌いだ」

 

「おれはいいが間違っても本人に言ってやるな。孫に愛されたいのになんつーこといいやがるって殴られるぞ」

 

「......知ってるぅ......。......思い出しちまったじゃねーか......。なんでそんなことされなきゃなんねーんだ、むかつくな」

 

「そういう奴らに限っておれの儲け話を邪魔しやがるからだ。おれは、ウミット海運て仕事をしてる。ヒト、モノ、情報、とにかくなんでも運ぶ仕事をしてるんだ。その邪魔をしやがる」

 

「そーなのか、じゃあいいやつだな、ホーミング」

 

「お前の評価なんぞしったこっちゃねえがな。おれは、人に堕ちて知ったんだ。人間のなしとげたもののなかで、権力ほど不安定なものはない。信念と権力とはたがいに相容れないもんだ。最初は理にかなった信念にもとづいて打ち立てられたとしても、権力にゴマをすったり、権力と結びついたりすると、腐敗し、結局は権力をも失うことになる」

 

ルフィに疑問符が乱舞しても、ホーミングは素知らぬ顔で話し続ける。

 

「実際に大切なのは、現在について奥の奥まで見通せるような認識を持つことだ。これによって初めて、権力側の弱点と強みは何なのか、組織という点を鑑みて権力が何に結びついているのか、どこに定着しているのかの検討がつく。

もし仁義のねえ奴が無闇に個性を発展させようとすると、他を妨害する。権力を用いようとすると、濫用に流れる。金力を使おうとすれば、世界の腐敗をもたらす。おれがちょっと手を貸しただけで、随分危険な現象を呈するに至ってる」

 

なにも伝わっていないのはわかっているはずなのに、ホーミングは終始ご機嫌だった。

 

「コミュニティと家族は安定のためにある。安定を求め、変化を阻止し、あるいは変化を減速しようとする。おれは人の手によるあらゆるものが歳をとり、硬直化し、陳腐化し、苦しみに変わることを知っている。情緒の中心の調和が損なわれると人の心は腐敗する。社会も文化もあっという間にとめどもなく悪くなっていく。

水の流れも澱めば腐る。日に日に新しい流れがなくちゃならない。そうでないと、衰え、止まっちまうからだ」

 

「なにがいいてーんだよ、話なげーよホーミング」

 

「つまり、人生にはふたつの形態しかない。腐っているか、燃えているか。信念は魂の防腐剤だ。麦わらのルフィ、てめーの核はなんだ」

 

「海賊王になることだ」

 

「上等だ、それが聞きたかったんだよ。おれに数多の儲け話を運んできやがるてめーが、陳腐だとつまんねえからな。そういう偉大な精神は、常に凡庸な人々からの反発にあってきた。陳腐な先入観に盲目的に従うことを拒絶し、勇気を持って正直に自分の意見を表明する人のことを、凡人は、理解できない。だから強者は最も素晴らしく孤独だ。麦わら、お前は孤独は好きか?」

 

「嫌いだ、寂しいのはやだ」

 

「そりゃなおのこといい。孤独でいるのはよくない。孤独はだらしなくしてしまう。孤独は人間を腐らせてだめにしてしまう。人間は孤立感から逃れるために、興奮、集団等への同調、創造的な活動といった方法をとるが、完全な答えは人間どうしの一体化、他者との融合、すなわち「愛」にある。自分以外の人間と融合したいというこの欲望は、人間の最も強い欲望だ。欲望だけは、誰にも支配できねーからな」

 

「だーかーらー、なにがいいてーんだよ、ホーミング!」

 

「仲間を大事にするのはいいことだって話だ、クソガキ」

 

「なにあたりまえのこと言ってんだよ」

 

「おれの場合は、それを他ならぬ息子達に教えられた。痛恨の極みだがな。それがおれをおれたらしめているのは事実だ。それを生まれながらもってるおまえは、このまま突き進んでいけってことだ。それは新世界の壁にぶち当たるまではお前を助けるだろうよ、クソガキ。その先からは、テメェの弱さがいのちとりになる。仲間も舟も夢もなにもかも、うしなうことになる。海賊王になりてえんだろう、麦わらのルフィ。クロコダイルやゲッコーモリアみてーになりたくなきゃ、強くなれ。新世界からはおのれの弱さがなによりの大罪だからな」

 

「......!!」

 

「こいつをてめーに返そう、麦わらのルフィ。新世界にいくには、魚人島はさけて通れねえが、うちの社員の血判がねーやつは入れねえことになってんだ。これが入港許可証になる。無くすなよ、無くしたらドルトンとこに戻る羽目になるからな」

 

それは、かつてルフィ達が旧ドラム王国で作った血判だ。ペドロの血判が新規で追加されていた。ホーミングは笑っていた。微塵も思っていないことでも30年の月日は、それなりに勝手に昇華されていくものだと己の拳を見つめながら。



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94話

ホーミングはガレーラ本社に長居するつもりはなかったのだが、フランキーが飛び込んできたことで話が変わった。

 

ルフィが目を覚ましたと聞きつけて、ようやく五体満足の改造人間として完全復活したフランキー。

 

「宝樹アダムの木材を手に入れ、夢の船を造ること」が、麦わら一味を襲撃して2億ベリーを奪った真の理由である事を明かした。

 

フランキーはあの手この手でアダムを仕入れる元手を工面しようとしたものの、彼らの「宵越しの銭は持たねェ」という気っ風の良さが災いして一向に貯まらず、たまたま2億ベリーを預かっていたウソップをボコボコにして強奪したことが遠因でいくつかの騒ぎが起きる羽目になったらしい。

 

その2億ベリーで買った宝樹を使い、アイスバーグらと協力して造った夢の船になるだろう。ルフィ達のため新しい船を作りたいといいだしたのだ。

 

宝樹アダムは、世界に数本しかないが、何があろうと決して倒れないといわれる最強の大樹。ロジャー海賊団のオーロ・ジャクソン号はこれで造られている。

 

宝樹アダムは 「ある戦争を繰り返す島」にあり、たとえその島で戦争が起きようが、街が滅び、住民が死に絶えようが、ものともせず立ち続ける。そして人々はこの樹に寄り添うようにして街を起こし、国をつくるのだといいう。

 

そんな樹だが裏ルートで稀に流通するらしい。

ルフィ達は喜んだ。その裏ルートを牛耳る5大帝王の右腕が今ここにいるではないか。

 

「っつーわけで、さっそく闇のビジネスの話をしようぜ。ホーミングさん。金なら今用意した。アンタなら、倉庫老舗屋のギバーソンと直に取引できるだろ?」

 

「それは宝樹アダム本体の値段でしょう、フランキー。手数料や送料を考えたら、2億ベリーでは......」

 

「あ、はいはーい、それなら追加で予算だすわ!」

 

割り込んできたのはナミだった。空島スカイピアでガン・フォール達から黄金だけでなく、青海で高値で売れると聞いたものを沢山もたされていたのだ。

 

「あなたがウミット海運なら仲介の天夜叉ドフラミンゴ通じて販路があるから悪い話じゃないでしょ?どう?足りる?全部現金化したいの。人堕ちホーミング経由なら中抜き発生しないもの!」

 

「ははは、賢い人は嫌いではありませんよ。なるほど、ありがとうございます」

 

ホーミングはそういって、帳簿を取り出すと追加で何行か書いていく。ついさっきアイスバーグから受け取った支払い金からごっそり札束を抜き取るとナミに渡した。

 

「えっ、こんなにするの!?すごい!」

 

「今はなき空島ビルカ原産の天然ダイアルも入っていますね。これはまだ養殖できない品種でしてね、唯一手に入った空島スカイピアが内紛してたから価値が高いんですよ。さて、設計図はありますか?フランキー、具体的な材料の条件を聞きましょうか」

 

ホーミングはそのまま、アイスバーグの部屋に戻った。そちらに設計図を書く書斎があるらしい。戻ってみると先客がいた。アイスバーグだ。

 

「さっきからなんの図面ひいてんだ、お前」

 

「今回のアクア・ラグナの規模で市民は不安を抱いたはずだ。この島自体海に飲まれる日も近いんじゃねえかってな」

 

「......それで、どうすんだ」

 

「この島ごと海に浮かべる」

 

「......このウォーターセブンを......船みてぇに?できるのか、そんなこと」

 

「不可能を可能に変える偉大な男の背中をずっとおれ達はみていたはずだぞ。男ならドンとやれだ。なにも前例がないわけじゃない」

「は?前例があんのか?」

 

「ホーミングさん、あんたがさっき話してた七武海ゲッコーモリアが拠点にしてるスリラーバークは幽霊島だよな」

 

「!?」

 

「よくご存知ですね、たしかにスリラーバークは西の海から流れてきた幽霊島にゲッコーモリアが後から船にしたんですよ。ゆえに海を彷徨う島、スリラーバークとも呼ばれています」

 

「ウォーターセブンとスリラーバークの位置は、今、かなり近接してるって噂だ。今回のアクア・ラグナはあれだけ大規模な大津波だったわけだから、ウォーターセブン近辺の島に関してはかなりの甚大な影響を与えている。ましてや七武海の拠点が水没となれば大ニュースだ。だが今のところ、そんな話は聞かない」

 

「......つまり、乗り切ったのか」

 

「そう、おれは踏んでいる。そんなに昔から島が浮くんなら、人工的に浮かせることも可能なはずだ」

 

「......へへ、トムさんみてぇだな」

 

「幽霊島で思い出したんですが......。最近この辺りで急に嵐が来たかと思うと、忽然と船が消える事件が相次いでいるんです。おかげでウチも困っているんですが。なにかご存知ないですか?おふたりとも」

 

「アクア・ラグナに飲まれたじゃなくてか?」

 

「ああ、噂は知ってる。突発的なものじゃないのか?」

 

「いえ、ウェザリアに依頼しているんですが、今だに観測に成功していない謎の現象なんです。ウチですら被害は甚大だ。この街は海列車があるとはいえ、ウチみたいな業者と船のやり取りも0ではないでしょう。注意喚起してもらえると助かります」

 

神妙な顔をして頷く2人を見ながら、ホーミングはこの建物の近くに誰かいることに気づく。この覇気から察するに青キジが個人的にロビンに会いに来たんだろうか。オハラの本がエルバフまで運んであることを話すのか、はたまた親友サウロが生きていることを話すのか。ホーミングの見聞色はオハラは生きていると意味深な言葉を投げる青キジがいた。随分と抽象的な表現だ。こちらが見ていることに気づいたのか、挑発的に笑っている。たしかにエニエス・ロビーについてはホーミングの負けなので、素直に賞賛しておくことにした。

 

「ホーミングさん、ビジネスの話を再開しようぜ。アイスバーグが退いてくれた」

 

「わかりました、なにからお話しましょうか」



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95話

碇マークの旗がたなびいている。ウミット海運の船で埋め尽くされている港に、一隻だけ積荷が別のところに次々と運び込まれている。行き交う喧騒に飲まれ、それに気づく人間はあまりいない。

 

ウォーターセブン全体の復興を1ヶ月で仕事の合間に終わらせるべく、誰も彼もが急いでいた。急ピッチで作業を進める部下達に仕事を振りなおして、持ち場を離れた者達がいた。

 

その積荷を運んでいるウミット海運の社員達は、予定通りの時間にウォーターセブン廃線島にやってきた。宝樹アダムや注文された様々な部品を運び込んだ。

 

資材の真ん中でホーミングはフランキーと商品の品数や質を確認して回り、特に問題がないことを確認した。

 

「いやー、さすがはウミット海運。はえーな!」

 

「ありがとうございます。クラバウターマンが現れるような船の後継だと話したら、ウミットがやる気になりましてね。その魂を引き継ぐ船の材木なら、最優先だと。間に合ってよかった」

 

「あー、そういや、ウミット社長は昔ウォーターセブンで船大工してたんだっけか。トムさんがいってたな」

 

「彼の師匠にウミットは負けたんですよ」

 

「へー、そりゃ初耳だ」

 

船大工から成り上がったウミットにとって、クラバウターマンはそれだけでやる気がでる存在なのだ。

 

ゴーイングメリー号に宿り、木槌を用いた修繕作業のほか妖精の姿にならなくとも船自らの意志で出航したり、テレパシーを使って船員と会話するなど特異な能力が発現していた。一際強い信頼関係によるものだと思われる。

 

そんなゴーイングメリー号の逸話について、麦わら一味から詳しく聞いていてほんとうに良かった。

 

クラバウターマンは、船乗りに語り継がれている、船員達から大切にされてきた船には妖精が宿るという伝説である。特に造船業関連の職人の間で有名な伝説のようだ。

 

外見は子供のような姿をしており、手には木槌を持ち、レインコートを着用している。 航海中に船が危機に陥ったとき、人の姿をした化身となって現れて船内を駆けずり回って船乗りを救ってくれるという。

 

うちの宇宙船にはいるんだろうかとホーミングは思う。長年乗り続けている自信はあるんだが。

 

「よし、これで作れるぜ、あいつらの船が!」

 

「アニキー、アイスバーグだわいな」

 

「ウミット海運のストーカーだわいなー」

 

「なにがストーカーだ、気になったからついてきただけだ」

 

「それを世間ではストーカーっつーんだよ」

 

「やってるな、フランキー」

 

「おめーなにしに来やがったんだ?ん?」

 

「ンマー......おれが手伝っちゃダメなのか?」

 

「..................!?......けっ、テメェおれの設計図について来れんのか?」

 

「お前こそ、解体屋やってウデが鈍ってんじゃねえか?図面みせてみろ」

 

軽口の応酬をしていると、彼らが昔働いていた伝説の会社の肩書きで呼ぶ男達がいた。

 

「おや、またピンチヒッターのようですね、フランキー」

 

ガルーラカンパニーのパーティ以来の対面だったが、男達はホーミングを覚えているようだった。どうやら部下の社員達全員が、ゴーイングメリー号の逸話を聞いて、絶対に造船に携わるべきだと上司を無理やり送り出したらしい。ぽかんとしていたフランキーだったが、最終的に笑っていた。

 

「私はそろそろ失礼しますね」

 

「あれ、まだログたまらねえぞ、ホーミングさん」

 

「いえ、そうではなく、港に用がありまして」

 

「あー、あんだけ船あったらなんかあるか。引き留めてわりいな。またあとで」

 

フランキー達に見送られ、ホーミングは足早に港に向かった。碇マークの船達がならぶ港に、海軍所属の軍艦が入港するのが見えたからだ。ホーミングがくる頃には、どんどん、近づいてくる海軍の船は、それだけで港全体が騒がしくなる。サイファーポール9からアイスバーグ暗殺を阻止してくれた麦わら一味をウォーターセブン全体で庇っているのだ。

 

骨をくわえた犬の頭が船の先端である。HQ3と掲げられている旗により、海軍本部所属の上から3番目の地位。つまり中将クラスの将校の船であるとわかるのだ。しかもこの犬の頭といえば、海軍の英雄ガープ中将の船だとすぐわかるようになっている。

 

市民達は、エニエス・ロビーからフランキーとニコ・ロビンを奪還した麦わら一味を心配するのだ。無事帰ってきたアイスバーグの恩人を一網打尽にするため海軍が本気で送り込んできたのだと勘違いするから。早く知らせようと走っていくゾロの姿もあったのだが、真逆の方向なのはいうまでもない。

 

ざわつく港に海兵達が降りてくる。その両脇を固めた若い海兵達を引き連れて、ガープ中将はその地を踏んだ。

 

「久しぶりに会えると聞いて飛んできてみれば......。あなたが被り物をするなんて珍しいですね、ガープ中将」

 

「おお、ホーミングじゃないか!久しぶりじゃのう!アクア・ラグナの被害からまだ2日目なのに、北の海のウミット海運がウォーターセブンの復興事業に早速参入か?あいかわらず行動がはやいのう。あーこれか?これは単なる気分じゃ」

 

「あはは、あなたらしい返答だ。お元気そうでなによりです。なに、ウミットとウォーターセブンの旧縁に便乗しただけですよ。あとはエニエス・ロビーから依頼があれば大体は察します」

 

「なるほどなあ......派手にふっとばされたらしいのう」

 

「破壊したのは海軍でしょうに」

 

「あれはそういうシステムじゃ、主犯みたいにいうな」

 

「あなたこそどうされたんですか?3億なんて弱小海賊のためにわざわざ仕事しにこられるなんて。サボるにしてももう少し怪しまれない海賊選ぶでしょうに」

 

「がっはっは、なあに、麦わらの一味にあわせたい男達がおるんじゃ」

 

「へえ......よかったですね、ガープ中将。うちのドジっ子以来、ようやくまともな後継者ができましたか」

 

「そうなんじゃ!!ロシナンテはあれで上手いこと海軍の正義の矛盾に耐えられるまで、昇進できなかったのが塞翁が馬なとこあるがな。今ならなんとか飲み干せるようじゃ」

 

「それはよかった。今更海賊になられても、私はなにもしてやれない。まあ、そうなれば、昔の縁だからとドフラミンゴが拾うでしょうがね」

 

「なんじゃ、永久欠番の幹部は死んだ先代への敬意じゃなく、ただの避難所か?」

 

「さすがにそこまではわかりません。元海兵に師匠たる私の実子だからと大幹部の肩書きを与えるかどうかは」

 

「避難しなきゃならん事態になったら、目が届く地位を与えんと守れんじゃろ。なんじゃ、どこまでも家族が好きな男じゃなあ。血が繋がっとらんとはいえ、さすがは師弟。お前さんそっくりだ」

 

「......」

 

市民の面前であるため、表向きの関係が前提ではあるが、ガープ中将がいいたいことはかわらない。ニヤニヤしている。ホーミングは昨日ガープ中将の身内からガープ中将みたいだと言われたダメージがまだ癒えていなかった。

 

ホーミングとガープ中将が雑談をし始めたために、周りを遠巻きにみていた市民たちはだんだん落ち着きはじめるのだ。ガープ中将が麦わらのようにあわせたい男達がいる。その男達はおそらく後ろで待機中の、海軍の英雄の後継者と発言されて、なにやらクネクネしている若い海兵と固まっている海兵だ。

 

「紹介したいのは山々なんじゃが、先に麦わらの一味にあわせてやりたい。お前さん、仲介してくれんか?」

 

「30年目にしてようやく学んでくれましたか、ガープ中将。アクア・ラグナからの復興支援。私のこの儲け話を邪魔するような真似したら、今度こそ私はあなたの船を沈めなきゃならないですからね。今のウォーターセブンで騒ぎを起こしたら、市民から総攻撃されるのはあなた方だ」

 

「わっはっは、わかっとるわい。青キジとセンゴクからは耳が痛くなるほどいわれたからな!おつるちゃんが売店の煎餅人質にとりおった......さすがのわしもあれを取り上げられたら困る!」

 

「周りの苦労お察ししますよ、まったく」

 

ホーミングはガープ達を案内しはじめた。

 

平然としてはいても、今のホーミングの体中の血潮がざわざわと波立つような激情にさいなまれている。頭の芯のようなところが、カチンと醒めている。

 

まさかこんなところで将来の海軍の英雄と邂逅するとは思わなかった。ガープ中将と親交を結んできたきっかけがようやく現れた。それは時の流れの早さをホーミングに自覚させるには充分だっただろう。



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第96話 ワンピースオデッセイネタバレ注意

ウミット海運支部の船が航海の途中、大嵐に飲み込まれた彼らが流れ着いた先は、周囲を嵐に囲まれた自然あふれる謎の島ワフルド。ワフルド島は、かつて空島ワフォードと呼ばれていた時代があった。16年前世界政府の古代兵器ウラヌスにより、空から海に堕とされるまでは、歴史の本文を守る番人にして、今はなき空島ビルカと同じ先祖をもつワフォード族の誇り高き島だった。

 

アディオ・スエルテはワフォード族最後の末裔である。世界政府の情報操作により謂れなき迫害に晒されつづけたワフォード族は、すでにワフルド島をさり、世界中に散り散りになったあとだった。もっとも、さまざまな要因、事故や病死、主に海賊による人攫いや掠奪中に死んでいったため、もはや末裔はアディオしかいない。

 

アディオはワフォード族の汚名を晴らすべく自ら志願して世界政府のエージェントになった。実際の目的は別のところにあったが。

 

アディオはかつて、古代兵器神の息吹(ディバインブレス)の知識を持っていたとして世界政府に追われていた。 彼は、ポロロッカという別のワフォード族の子孫とともに、なんとか船に乗り込んだ。しかし、旅行中にアディオは病気になり、ポロロッカが毒殺しようとしていることを発見し、彼を世界政府に売り払うことを計画した。

 

アディオはすぐに海に飛び込み、一命を取り留めたが、彼を追っていた海兵隊の船に発見され、代わりにポロロッカが処刑されたことを知った。アディオは神の息吹をつかい、自分を苦しめた世界に復讐することを決意する。

 

島に秘められた神の息吹を手に入れるため、ワフルド島へと旅立ったアディオは、特殊な能力を持つ巫女・リムと出会う。 その後、彼は彼女に自分の記憶を削除して操作するように強制し、世界政府の指令を果たすため、麦わら一味を抹殺するために潜伏するようになった。すべてはリムに麦わら海賊団の能力を奪わせ、それらを使用して神の息吹を保護している巨像を倒し、古代兵器を手に入れるためである。

 

そして。

 

フランキーがサウザンドサニー号を完成させ、フランキーが仲間入り。ウソップが再加入。新たなメンバーを加え、麦わら一味はガープからの攻撃からなんとか逃げ延びてウォーターセブンを出港することになる。

 

 

ウミット海運の社員が行方不明という噂を聞き、その矢先にワフルド島を取り囲むワフルド島の古代の技術により生み出された嵐に誘導された麦わら一味。それは世界政府の罠だった。

 

ワフルド島から抜け出す方法を探して探索する麦わらの一味は、さまよう探検家のアディオ・スエルテと、人の能力を盗み、キューブに封印することができる少女リムに出会う。 その後、リムはワフルド島の古代兵器神の息吹を使い、彼らの能力を盗み、それらを保持するキューブを粉々に分散させることに成功する。

 

過去の冒険から生まれた奇妙な領域であるメモリアを旅することを余儀なくされ、古い友人や敵に出くわす。

 

古代兵器の人工知能であるリム自身は大切な人が海賊に殺されたために海賊に根深い不信感を抱き、アディオを良き友人と見なしている。彼女が彼の極悪な計画を知ったときでさえ、リムは彼が邪悪だからではなく、孤独に駆り立てられたと今でも信じていた。

 

メモリアを通してルフィたちを助け、彼らの過去を知った後、彼女はやがて麦わらの一味を友人として信頼するようになった。

 

そして、アディオは、ウミット海運の落とし前を受けるため、血の掟による処刑の日を待ち侘びていたのだが。

 

なぜかアディオはドレスローザにいた。アディオじゃなくコラソンと名を与えられ、永久欠番として有名なドフラミンゴファミリーのNo.2の肩書と地位を与えられていた。

 

アディオは知らなかったのだ。麦わら一味がうそつきノーランドの汚名を晴らしたことで一躍時の人となっているドレスローザの凶弾と友達だなんて。アディオの復讐自体が全て世界政府の手のひらの上なんて。神の息吹があってなお空島ワフォードが空から海に落とされた理由があるなんて。人堕ちホーミングが世界政府と世界規模の闘争をしている最中の出来事にすぎないなんて。

 

「世界政府の元エージェントなんだ、これくらい簡単だろ?」

 

目の前には山のような書類があった。アディオが今すぐに神の息吹で消し飛ばしたいくらいの案件ばかりなのは、一番上の資料を読むだけでもわかった。それが理解できる時点で、ドフラミンゴの雑談の最中に聞かれた問いに、世界政府への復讐と答えた時点で。ドフラミンゴの欲しかった人材だと見抜かれるとは思わなかったのだ。

 

「全部ワフルド島にもってかえれ。妹分が待ってんだろう?進捗はウミット海運が聴きに行くから逃げるなよ。こっちには蘇らせる花があるんだ。死は仕事から逃げる免罪符にはならねえんだよ。こっちは頂上戦争に向けて経済戦争しながら現場に出なきゃならねえのかと頭抱えていたところだったんだ。ただでさえジンベエがいやだとかワガママ抜かしやがるの、説得するの面倒だってのに。やっと現れたまともな頭脳枠逃がすかよ。死ぬまで付き合えよ、コラソン」

 



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97話

ゲッコー・モリアは、王下七武海の一人で、偉大なる航路魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)に浮かぶ島を改造した巨大船スリラーバークの主である。 砂の王クロコダイルと同時期に活躍しただけはあり、共通点が多いことで知られる海賊である。

 

まずローグタウンにて海賊王ゴール・D・ロジャーの処刑・大海賊時代の幕開けを見届けた。 かつてはゲッコー海賊団という全く別の海賊団を率い、当時は自力の過信と野心に満ちており、百獣のカイドウを相手取れるほどの海賊であったという。

 

23年前、ゲッコー海賊団を率いていたモリアはワノ国の鈴後まで進撃。剣豪リューマの遺体とその愛刀だった秋水を盗み出し、白ひげとの停戦中にもかかわらずワノ国を拠点としていたカイドウは百獣海賊団を率いてモリアを迎え撃った。 当時からカゲカゲの実の能力者だったが、武器は身の丈に見合う長剣だった。

 

また、最前線でカイドウと睨み合うなど現在の他力本願な性格ではなかった。戦争と呼ばれるほどの激しい戦いであったらしく、四皇同士の争いを除けば海賊の戦いが「戦争」と表現されているのはモリアとカイドウの戦いのみである。

 

この戦いは一般の海賊にも知られており、かつて四皇のカイドウと渡り合った程の海賊として、今なおゲッコー・モリアが恐れられる理由にもなっている。

 

しかし、新世界で仲間すべてを失う「本物の悪夢」に見舞われ、以来、死なない兵士であるゾンビに執着。

 

さらに部下の重要性に着眼して他力本願なスタイルへと移行した影響か体型的にも激太りし、今は不気味なほど白い肌に、ラッキョウを彷彿とさせる体型と悪魔のような人間離れした頭部が特徴の7m近い巨漢。服装はドラキュラやコウモリなどを彷彿とさせるものを好んで着ている。

 

現在は顎がなく首が長いが、24年前のゴール・D・ロジャー処刑時は今と違いスリムな体型で鋭くとがった顎を持っていた。 パンク系で胸を露出するなど現在とは別人のような姿をしていた。

 

ドフラミンゴもかつては憧れから真似したい衝動にかられたことがあるが、ホーミングやロシナンテあたりに気付かれる可能性が高すぎたため、なくなく諦めた過去がある。

 

その経緯からドフラミンゴから「もう七武海には力不足」と評されるまでに力を落とした。

 

自ら 「他人の力で海賊王になる男」 と表現し、モットーを他力本願とする程の面倒くさがりで、好きな言葉は「お前がやれ」。 敵がやってこようが基本的に部下にその処理を押し付けて自分で動こうとはしない。

 

時系列は不明でカイドウとの戦いによるものかは定かではないが、新世界の航海で仲間を全て失う。仲間を全て失った絶望から、兵力の重要性・死なない兵士であるゾンビ軍団に固執するようになり、ゾンビ兵士たちの兵力増強に力を入れるようになった。

 

12年前ビクトリア・シンドリーに惹かれるもその事故死で失意の中にあったドクトル・ホグバックに接触しスカウト、シンドリーをゾンビとして復活させて彼を海賊団に引き入れた。そしてスリラーバークを”魔の三角地帯”フロリアン・トライアングルに停泊させそこを拠点とするようになる。

 

このモットーは新世界の航海の末に部下が全滅し、部下の重要性を思い知ったことから辿り着いたものである。

 

仲間を失った経験から不死身の兵士であるゾンビを重要視しており、オーズやリトルオーズJr.等、圧倒的な巨体を誇る者を見て異常なまでの執着を見せる。

 

ルフィを見て 「昔はおれも自力の過信と野心に満ちてた」 と語るように、元々はルフィのように自分の実力でガンガン突き進むタイプの性格であった。現在もその名残り故か、いざ戦線に立つと好戦的な一面が垣間見られる。

 

仲間を全て失うという経験から立ち直って再起を図る心力に加え、海賊としての自負も強く 「本物の海賊には死さえ脅しにならねェ」 と言い放つなど、胆力は七武海クラスに恥じない。

 

ただ、長年の他力本願がたたって当人の実力は衰えており、加えてその自負ゆえにプライドが高く、激高したりすることも多い欠点にもなっている。

 

そのためか正面きっての戦闘ではどこか粗のある挙動も見られるが、知略そのものには光るものもあり、敢えて部下に戦闘力よりも足止めや脱出、医学に秀でた人物を据える点を含めて、他の新旧七武海所属者とは異質の厄介さを持つ人物でもある。

 

一見すると、自分本位な言動が目立ち、部下に面倒ごとを押し付ける『嫌な上司』の典型の様な彼だが、この手のキャラには珍しく部下思いで人望が厚い。

 

アブサロム、ドクトル・ホグバックの両名は危険を冒して瀕死になったモリアを助けており、

ペローナの育て親でもあり、ペローナは父親のように彼を慕っている。

 

モリア本人も部下を傷つける者は決して許さず、仲間の為ならば如何なる者を敵に回す事も厭わない一面を持っており、元々の性格的に仲間思いで情に厚い人間であることが察せられる。

 

この辺りの優しさと豪胆さは、かつていち海賊団を牽引していた立場であったが故なのだろう。

 

そして、ゲッコー・モリアは、スリラーバークにて勢力拡大のために強者から影を奪い、ゾンビ兵を増やすことを行っていたゲッコーモリアは、麦わらの一味と交戦。敗北を喫した。

 

その後、アブサロム、ドクトル・ホグバックの手により自身の敗北の目撃者を始末しようと行われたくまと麦わらの一味一行との戦闘が収まった隙に気絶したまま密かにスリラーバークを脱出させられた。

 

気がついたとき、ゲッコー・モリアの前にはドフラミンゴがいたというわけである。

 

 

「おまえのやり方は別に好きじゃねーが、七武海の最古参であるお前に敬意ははらうぜ、ゲッコー・モリア」

 

「にしては、やけにヨミヨミの能力者のこと聞いてくるじゃねえか、キシシシシ」

 

「もしもあの時が叶うのは悪魔の実だけだが......それすら叶えられねえモンがあるんだと思い知らされただけだ。完全に当てが外れた。あれは絶対にヨミヨミだと思ってたんだがな......まあ、今となってはどっちでもいいが」

 

ゲッコー・モリアから執拗にヨミヨミの実の能力者であるガイコツ剣士について聞いていたドフラミンゴ。その真意ははかれないほどのポーカーフェイスがはばみ、ゲッコー・モリアはわからない。

 

「世界政府に太陽十字理由に処刑されるのと、麦わらに負けたからインペルダウン行きと、うちの傘下に入るのとどれがいいんだ、ゲッコー・モリア」

 

「最後じゃないと困るのはおまえじゃねーか、天夜叉」

 

「フッフッフ、だから世界政府や黒ひげが動く前にわざわざきてやったんじゃねえか。せっかく警告してやったのに戦いやがって。頂上決戦ちけえのに七武海の戦力これ以上削るんじゃねえよ、お前は砂の王か。カイドウに復讐する気じゃなかったのかよ」

 

「麦わらの影が手に入りゃより確実だったんだがな」

 

ドフラミンゴは肩をすくめた。

 

実は、本人にもその気はなかったが、ゲッコー・モリアは、一番真面目に王下七武海の「海賊狩り」という職務に取り組んでいた人物だ。

 

ドフラミンゴが情報提供するから海賊狩り自体はやっているが、政府の命令に一切従う気のないジュラキュール・ミホーク。

 

そもそも職務放棄しているボア・ハンコック。

 

権力の影に隠れて政府を揺るがしかねないほどの企みを持っていたサー・クロコダイル。

 

真面目に職務をやっているし、七武海として役目をこなせと周りに発破をかけるが、そもそもの出自から人堕ちホーミングの窓口兼監視の目にすぎないドンキホーテ・ドフラミンゴ。

 

表向きは政府に忠実だが革命軍の一員で太陽十字教徒のバーソロミュー・くま。

 

職務には忠実だが、そもそもこの大海賊時代に太陽をかかげて不殺を貫く海侠のジンベエ。

 

そのほとんどが問題児だらけである。

 

一方のゲッコー・モリアは、政府側にスリラーバークの影狩りも「雑魚海賊抑制のため」と認められており、本人も勢力拡大を目指しそれに励んでいた。

 

政府との利害の一致もあるだろうが、七武海の恩恵を最も強く受けながら、本人も真面目に職務をこなしていた。

 

そんな模範的七武海のゲッコー・モリアを頂上戦争のどさくさに紛れて排斥しようとしている世界政府に、ドフラミンゴはパシフィスタの研究はそこまで進んでたのかと内心驚いていた。ゲッコー・モリアが抜けた結果制度自体がガタガタになってしまうのは目に見えているからだ。

 

「今ならワノ国で国宝盗んで偉人の遺体強奪した真の理由が、ヘイト返上余裕だってことレジスタンスに思い知らせてやってもいいんだぜ?光月の末裔。喜べ、お前の運命は回り出したみてーだな」

 

「キシシシシ、その言葉、もっと前に聞きたかったぜ。血は繋がってねえが大した問題じゃねーからな」

 

「そんなもん知るか。八つ当たりすんじゃねえよ。よりによってリュウグウ王国の転換期にカイドウに挑んだてめーの運命を恨みな。ところでアンタんとこに頭がいいやつはいねーか?コラソンとこにアンタらを配属する予定なんだが」

 

なおペローナだけは消息がしれない。



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98話

元七武海サー・クロコダイルの後釜が決まった。1億ベリーの賞金首にして、あの人堕ちホーミングが殺しきれなかった男として有名な黒ひげことマーシャル・D・ティーチである。

 

元は偉大なる航路のとある島の孤児で、28年前(当時12歳の時)に「行く当てが無い」と頼み込み白ひげ海賊団に加入する。

 

ある悪魔の実が手に入る可能性が最も高いと自身が踏んだ白ひげ海賊団の2番隊に20年以上に渡って所属していた。

 

己の野心を隠し、古株でありながら2番隊隊長に就くことも無く日々を過ごしていたが、自身が求めていた史上最悪の悪魔の実ヤミヤミの実を偶然4番隊隊長で親友であったサッチが入手。

 

本人曰く弾みでサッチを殺害して実を強奪し白ひげ海賊団から脱走、その後黒ひげ海賊団を結成した。 ちなみに、もしヤミヤミの実が手に入らなかった場合はそのまま一生日陰者として生きるつもりだったという。

 

偉大なる航路で旧ドラム王国(現さくら王国)を5人で滅亡させるなど幾つかの島々で暴れ回った他、ある目的のために自分の実力を示して王下七武海入りを画策する。

 

また、詳しい時期や状況は不明だが、赤髪のシャンクスと戦闘経験があり、油断していなかった彼の左目に鉤爪で引っ掻き傷を残している。

 

4年前に旧ドラム王国を滅亡させた1週間後、ウミット海運の血の掟に従い、人堕ちホーミングにリトルガーデン近海にある名もない島で処刑され、船ごと海に沈められたが生きていた。

 

今年に入り、ワノ国にて目撃情報があいつぎ、異例の0ベリーから懸賞金が1億ベリーになった経緯がある。

 

そしてワノ国にて、黒ひげと百獣海賊団が手を組み、白ひげ海賊団2番隊長火拳のエース率いるウミット海運の同盟との衝突があった。双方死傷者と甚大な被害を出しながら戦況は激化し、黒ひげが七武海になったとおり、最終的にそちらが勝利を納めた形だ。

 

黒ひげは七武海入りを目指していたため、賞金首ではない生き残りのパンサは解放されたが、5億5千万ベリーの懸賞金がかけられた火拳のエースは大監獄インペルダウンに投獄された。

 

戦況を見守っていた旧スペード海賊団は、パンサをつれてワノ国を離脱。ウミット海運を通じて白ひげに詳細な情報が渡る。白ひげ海賊団は落とし前をつけると宣言、百獣海賊団に宣戦布告。ウミット海運も四皇カイドウとの取引を全て停止するなど制裁措置を行うとしている。

 

世界政府は、火拳のエースがポートガス・D・ルージュという南の海バテリラにいた女が海賊王の妻であり、エースが息子だとするトーンダイアルを所持していると発表。要調査中であるとしている。

 

ただし、この女は23年前にウミット海運最大の禁忌である儲け話を他社に持ち込むという事件を犯し、一族もろとも皆殺しにあったことで知られている。

 

今年に入ってウミット海運とホーミングの実子火拳のエースが墓を暴き、燃やし尽くしたことから、いまなおウミット海運の怒りをかっているのが明らかである。

 

トーンダイアルが本物であるとは考えにくく、今になって火拳のエースが制裁を課したのはこのトーンダイアルが原因ではないかと考えられる。

 

もし、エースが海賊王の息子だった場合、人堕ちホーミングが儲け話ともっとも縁遠い男だと語っていた海賊王との関係に矛盾が生じる。家族のために非加盟国を滅ぼした人堕ちホーミングが、実際に白ひげと同盟を組み、血の掟に従い黒ひげ傘下の海賊と交戦している場所もある。

いよいよ火拳のエース奪還に行動をうつすという情報もあり、赤の他人のためにここまでするとは考えにくいが、世界政府の調査結果が待たれる。

 

なお、ワノ国はまた情勢が不安定になる見通しだ。

 

「見守っていた......?見ているしかなかったの間違いだろ。あるいは置いていかれたか?惨めなもんだな」

 

なぜ鎖国中のワノ国の出来事がここまで詳細に掲載されているのか、なにか大きな力が働いている気配がする。ただ、完全にそれだけだった。部外者になってしまったローにはこれ以上読み取れることはなにもない。

 

あの日、自分の忌み名と隠された秘密を明かし、なぜ隠さなければいけないのか知りたい。ドフラミンゴファミリーにいればすぐ本で調べられるが、自力で突き止めたいと結論をだしたローに、ドフラミンゴは海賊王か四皇になるしか道はないと笑っていた。

 

ドフラミンゴは海賊王になる気はないから、夢を叶えたいなら自分で海賊を立ち上げるしかない。なら、立ち上げるといい返したのが昨日のことのようだった。

 

しかし、こうして新聞でしか得られる情報がなく、それ以外になにもわからない日々は、もう14年も前のことなのだと思い知らせるには十分だった。

 

気になることは沢山あるのだ。ドレスローザの凶弾のこととか、うそつきノーランドの黄金都市の冤罪のこととか、新約うそつきノーランドの著者とか、空島ビルカのこととか、活躍しているエニエス・ロビーを崩壊させた海賊達のこととか。

 

空島スカイピアで建設予定のワゴームランドのイメージキャラクターが新訳うそつきノーランドの著者と同名とか。

 

ドフラミンゴファミリーの永久欠番として有名なコラソンの肩書きを継ぐ男が現れたのに今だに表舞台に出てこないとか。

 

本当に色々あるのだが、今日の号外が全てを吹き飛ばした。ハートの海賊団ではその話題で持ちきりだった。

 

「キャプテン、知ってた?」

 

「知らなかったな......。あのとき、すでにエース4歳だろ?......異母弟ならまだ知らなかったとか......?おれに降りろっていったのは、弟分のつもりだった......?完全に想定外だな......」

 

「どうする?」

 

副船長に問われたローは答えるしかない。

 

「わからないなら......聞くしかないな。どの航路を辿っても、どのみちシャボンディに行くんだ。天夜叉ドフラミンゴ傘下の人間屋に殴り込みにいくしかねえな」

 

「アイアイサー!」



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99話

16年前から14年前、あるいは8歳から10歳の3年間。ローは世界の闇のシンジケートを確立し七武海になるまでのドフラミンゴファミリーの自称医者として、実際は居候として船に乗っていたことがある。

 

ドフラミンゴは世界最先端にして最高峰の船に乗れたことを感謝しろといっていたが、まったくもってその通りだった。

 

ドフラミンゴファミリーは、ウミット海運の深層海流を使って地理的要因を完全無視して東西南北、偉大なる航路の楽園から新世界に至るまで数時間単位で移動することができた。

 

偉大なる航路に限っていえば、ウェザリアの天気予報がつかえるから非常に安全な航海ができた。

 

全員が悪魔の実の能力者で覚醒者はドフラミンゴだけだったが、新世界で仕事をすることができる水準があったのだ。

 

その全員に3年間だけとはいえ、師事していたことが北の海でハートの海賊団を立ち上げたときに、これだけ効果が如実に出るとは思わなかった。

 

最初期のスワロー島でウミット海運とドフラミンゴファミリーと顔を合わせたことがあるメンバーであるベポ、シャチ、ペンギンはともかく。あとから気に入ってスカウトしたクルー達とロー達の知識の落差がまず大きかった。

 

ドフラミンゴ達が日常的に会話していたその全てが、北の海だとよほど腕のいい情報屋に、多額の報酬を支払わないと入手できない情報だらけだったのだ。

 

そういう意味ではハートの海賊団を立ち上げるまで航海術を学ぶためにウミット海運に入り浸っていたベポは一級品といえる成長をした。非常に悪筆だが慣れてしまえば問題ないし、敵に奪われても難易度が高い海図になってしまう。

 

ハートの海賊団は、優しさ、仲間への信頼が込められた『心』という言葉から命名した。もちろん海軍や海賊からドンキホーテファミリーにおける永久欠番のハートを北の方言でコラソンということから、由来を勘違いされることは知った上での命名だ。

 

デザインはウイルスに似ており、潜水艦で相手を沈没させるなど、海上戦を得意としたため、「死の外科医」というローの通り名となった。マークはスマイルであり、ドフラミンゴのものと似ているが、打消し線がない。勘違いされるのは知った上でのデザインだ。

 

北の海はドフラミンゴファミリーの支配下にある。勘違いしてくれる雑魚避けにはちょうどよかった。勘違いしない奴らは極寒の北の海で、魚人でもないのに海戦を得意とする意味のわからないハートの海賊団の初見殺しにして、基本戦法に陥落した。

 

仲間が揃ったとなったあたりで、ローは決断した。

 

海賊王を狙う上で北の海の支配者であるドフラミンゴファミリーやウミット海運に喧嘩をうらないのは間違っている。それはハートの海賊団の認識だった。北の海の闇に守られてきたローやベポだからこそ、庇護から抜けると偉大なる航路新世界にいるドフラミンゴにしらせるべきだと考えた。

 

だから、あえて人攫いや人間屋を攻撃し始めた。

 

やはり最大の敵はウミット海運かドフラミンゴファミリーの傘下の海賊。あるいは儲け話にかかわる関係者。人堕ちホーミングから海軍本部に報告された次の日からは、海軍すべて。こちらの基本戦法はつうじなくなった。

 

特にウミット海運は、魚人かミンク族がでてくる。魚人は海戦で最強を誇るし、ミンク族は覇気と電気を伴う戦い方で船を物理的に破壊できる。

 

潜水艦に乗っているハートの海賊団は改良を重ねることで人魚よりは遅く魚人よりははやく逃げられるようになった。潜伏は意味をなさない。ウミット海運の魚人もミンク族もソナーの役割をした奴が必ずいて、こちらがどこにいるのか特定して攻撃してくる。これは非常に参考になったから使わせてもらっている。

 

相手は世界の海の海流を知り尽くし、こちらより先に目的地につき待ち構えるだけのスピードを誇るウミット海運だ。ここまでくるとウミット海運は必ず殺す気で来た。覇気もなにもかもが一級品の部隊が来るのだ。逃げられないなら応戦するしかない。

 

こうして、ハートの海賊団は死に物狂いで偉大なる航路楽園を航海してきた。ドフラミンゴファミリーの傘下にある非加盟国では指名手配扱いだから絶対に上陸できない。必死で別の航路を探し、時には冒険し、新たな仲間や潜水艦の強化、覇気などを修得した。

 

いよいよシャボンディというあたりで、ドフラミンゴファミリーの永久欠番のコラソンが埋まったという新聞記事がでた時には、ローは舌打ちをした。ハートの海賊団はちょっとテンションが下がった。

 

ドフラミンゴの右腕たりえる優秀な部下ができたのか。はたまた既成事実をつくり、居座り加入みたいな強行突破をした奴がいたからか。次からは無しだという意思表示なのかもしれない。

 

その時点で、ハートの海賊団は、ドフラミンゴファミリーとの関係を疑われなくなった。北の海の旗揚げから最初にしたのが、ドフラミンゴファミリーとウミット海運の拠点を襲撃することだった。だからなおのこと恨んでるんだと思われた。よほどのものがあるんだろうと。

 

恨みではない。ドフラミンゴに言われたのだ。

 

「海賊王になりたいってやっと言えたお前に最後の餞別だ。これはおれが10の時に、復讐するために飛び出す直前、父上に言われた言葉だ。やりたいようにやれ。その全てを肯定してやる。ただし、おれ達の儲け話の邪魔をするなら、血の掟に従い、全力で殺しにいくから覚悟しろ。庇護から抜けるってのは、そういう意味だ」

 

嫌というほど実感したが、仕方ない面はある。16年前というハンデはあるが。ローはドフラミンゴファミリーの手の内を知っているから、その気になればいつでも入り込める。さらにいえば何をされたら一番困るか知っている。

 

 

 

ハートの海賊団は、シャボンディ諸島に上陸してから真っ先にコーティング屋のレイさんを探した。残念ながら賭博場に行って帰ってこないらしい。借金抱えて奴隷として売り飛ばされたんだろうといわれた。ドフラミンゴにくっついてちょろちょろしていた子供がこんなに大きくなって、と懐かしむ年齢不詳の女主人に昔のよしみで別のコーティング屋を教えてもらえた。

 

ローはウミット海運の支部を訪ねて、血判の返却をもとめた。散々ウミット海運の船を沈めてきた嫌味をいわれたが、ちゃんと通行許可証をもらえた。これでようやくウミット海運の血の掟の処刑から解放された。

 

次は仲間達総出でドフラミンゴファミリー傘下の海賊達を探した。オークションのさくらだったり、監視役だったり、表立ってはいないが確実にいる人間を調べ上げた。ローは確信した。規模こそ大きくなっているが、16年前と最高責任者は変わっていない。

 

このシャボンディ諸島のオークションを取り仕切る裏の頂点にいるのは、怨念のカルディア。ニビニビの実を食べ、鬼火を自在に操ることができる「鬼火人間」になった男だ。

 

鬼火で直接攻撃するだけでなく、斬撃などに鬼火を乗せて威力を高めることが可能。 さらには死者の形見を媒介としてその人物の鬼火を呼び出し、身にまとうことで姿や声をその人物そっくりに変化させることが可能。 また、鬼火の記憶を読み取ることで本人しか知り得ない情報を獲得できる。

 

この死者を再現するというのがこのオークションで活用されているのだ。

 

ドフラミンゴファミリーはウミット海運と繋がりが深く、魚人島と人魚、ミンク族がオークションに出てこないシステムになっている。常に出てこないのは不自然だから、たまに出すのだこの能力で出た偽物を。そして、さくらが競り落とす。

 

主要なやつらは2人しかいない。

 

ディスコはシャボンディ諸島1番GRにある「人間屋ヒューマンショップ」(表向きは「職業安定所」)で行われていた人間オークションの司会者だ。

 

つぎにランボル・ブギーニ 。ドフラミンゴファミリーの幹部の1人で、ドレスローザ国外にて名目上は武器生産の為の奴隷集めをしてた。人々を奴隷にして地下で武器を作らせ、強くなりたい者は改造して、傭兵に仕立て上げる儲け話を持ち込み、採用されてファミリー入りしたはずだ。

 

まずはカルディアにあたるべきだろう。ローはベポだけ連れて、オークション会場の裏に入っていったのだった。

 

「誰かと思えばロー坊やか、元気にしてたか?」

 

「誰が坊やだ!」



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100話

悪魔の実の中でも三系統中最も種類の多い、悪魔の実の代表格とも言える系統、それが超人系。

他の二種に該当しなければ大体この系統に分類されると思っていい。

 

大雑把に実のモチーフとなっている「何か」に対し、自分自身が「何か」になる、「何か」を生み出す、周囲を「何か」にするの3パターンおよびその複合に分けられる。

 

体質が変化するものが多いが、他の二種類に比べ圧倒的に能力の種類の自由度が高く、初見ではどんな能力なのか全く予想もつかない能力も多い。

 

一見すると戦闘に不向きそうだったり、強そうには見えない実もあるため当たりはずれの大きい系統である。

 

一方でオペオペの実のように「生物」「無生物」問わず「生命」に関わる能力の場合、能力者や対象者の「命(寿命)」が削られるリスクを伴っている。

 

動物系や自然系は単純な能力の底上げがある程度期待できるのに対し、超人系は上記の通りある力を超的に特化(付加)させるものが多いため、ただ食べただけでは戦闘力の大幅な底上げは期待しづらい為、超人系は能力者としては格下と認識を持つ者もいる。

 

実の能力そのものがいくら優秀でも能力者本人の地の能力が伴わないばかりに台無しになる

逆に能力者と能力の相性が良いためにその力を何倍も有効活用できる

 

など「より人を選ぶ系統」とも言え、登場した実の数に反比例するように扱う難易度は3系統の中では一番上。

 

しかしその使い辛さに反比例するように、能力の「拡張性」「応用力」「利便性」は他の二系統と比べても群を抜いて高い。

 

これこそが超人系悪魔の実最大の利点と言える。

 

よって、得た能力を正確かつ柔軟に解釈できる理解力、能力を拡張・応用できる発想力。上記2点の要素を実現できるだけの能力者本人の練度と自己研鑽が動物系、自然系以上に能力者の戦闘力に直結する。

 

一見強そうに思えない能力を使いこなす強者も数多くおり、傍から見れば雑魚にしか見えない能力であっても四皇の幹部格の強さを誇る者もいる。 能力者が覇気を覚えていれば、覇気の特性を能力に付与することで更なる応用や能力強化も行える。

 

特にオペオペの実の能力を生かすには高度な医学の知識が必須だが、ローは医者の両親の元に生まれ幼い頃から医学の勉強を怠らなかったため、能力を十二分に生かすことを可能にしている。 「価値をしらねェ馬鹿な海賊」では、まずこうはいかないだろう。

 

ニビニビの実もカルディアの柔軟な発想力と自己研磨の末に得たからこその今であり、オークション会場の最高席に足り得ているのは間違いない。

 

「うちの商品に手をつけないでくれるか、ロー坊や。牢屋ん中がガラガラだと見栄えが悪くていけねえ」

 

オペオペの力で部屋全体を支配下に置き、牢屋の中にある偽物の軸になっている遺品とそこらへんに転がっている備品と入れ替える。核を失った偽物は消失し、ローの周りには遺品が転がった。

 

「だから坊やじゃねえよ、もう24だ」

 

「そんなにたったか、こんなに小さかったのにな」

 

「そこまでチビじゃねえよ!」

 

ローとカルディアのやり取りをみた商品達が救世主が現れたと崇拝の目でローをみはじめる。ローはその眼差しに気づいていたが、そこが本意ではない。今、シャボンディ諸島全体がめずらしいくらいに海兵の姿がなく、警備が手薄なのだ。目と鼻の先に海軍本部がおく拠点があると言うのに人員を割けないということはやはりなにかあるに違いない。

 

やりたいようにやれ、がドフラミンゴファミリーの基本方針だ。儲け話を持ってくるのが入団試験だが、ローはドフラミンゴから訓示をうけただけで傘下でも部下でもない。弟分なのか弟子なのかよくわからない関係ではあるが、海賊王になると決めたときから、間違いなくローの指針ではある。

 

だから知りたいのだ。なにもわからないと動けなくなってしまう。

 

ローは能力で片っ端から奴隷を牢屋から出し、首輪の爆弾とカルディアの所持品を入れ替えようとしたが先に燃やされてしまう。仕方ないから近くの檻と入れ替えた。その檻はカルディアの頭上に転移する。腰にさしているサーベルをようやく抜いたカルディアは、やれやれという顔をしながら檻を羊羹みたいに切り裂いた。

 

騒ぎに乗じて逃げ出そうとする商品をベポが誘導する。ハートの海賊団が彼らを乗せられるだけ乗せ、無理な種族はウミット海運に金を払って故郷に送るだろう。今までは血の掟の処刑の対象だったからできなかったが、今からはできる。金の許す範囲ではあるが。

 

鬼火が付与され、さらに武装色が纏わりつき異様な発光を始めたサーベルがローに向けられる。ローはここでようやく愛刀を抜いた。あまり大立ち回りはできないが、空間を物理的に広げてしまえば問題はなくなる。

 

「そんなに派手に暴れて何のつもりだ、ロー坊や」

 

「だから坊やはやめろ。ドフラミンゴと話がしたい。オークションをこれ以上台無しにされたくなきゃ連絡しろ。さもないとお前達もバラバラにする」

 

「それは困ったな......なんで今日なんだ。1週間後じゃダメなのか?時間と場所がそれを許さない。ドフラミンゴ様はご多忙な身だ」

 

「ドレスローザ直通のデンデン虫があるだろ」

 

「その暇すらない」

 

「天竜人に手を出しても?」

 

「大将が激怒しながら出てくるだろうな、この忙しい時にと。だいたい、いつの時代の話をしてるんだ、ロー坊や。ここではおれ達が法なのを忘れたか?14年前からそうだっただろうに」

 

「じゃあ、教えろ。今、なにが起こってる。ドフラミンゴが出てこれない、天竜人の危機に大将が八つ当たりするレベルって相当だぞ」

 

「明日の新聞でも見るんだな、部外者はそれが限界だ。出直してこい、ロー坊や」

 

ローは腹いせに近くにあった牢屋を叩き切った。

 

「堕落していないようで何よりだ。ドフラミンゴ様もお喜びになるだろうな」

 

オークション会場の裏口から待ち合わせ場所のレストランに向かったローは、入った瞬間にざわつくことに気づく。ちらほら手配書でみた顔がある。さすがは全ての航路が一度に交わる場所シャボンディ諸島。東西南北の同年代の新生達がすでにいるようだ。

 

その中にずっと探していた賞金首がいることに気付いて、真っ先にローはそちらに向かった。

 

「怪僧屋ッ!」

 

「ふむ......なにか用ですかな、外科医の人」

 

「聞きたいことがある。これ、アンタは読めるのか?」

 

ちぎったメモを渡す。なにも知らなければ子供の落書きにしか見えないそれ。ドフラミンゴの部屋にあった本で気になったものをひたすら頭に叩き込む過程でできた副産物だった。その真価に気づいたのは海に出てからだ。

 

にたりとウルージは笑った。ローはカバンから紙の束を渡す。

 

「訳してくれ、おれは読めない」

 

「青海に降りてから数年、ようやく訪れる時間というのは実にあっけない」

 

「!」

 

「運がよいな、外科医の人。記念すべき第一号だ、これを持っていきなされ。また必要になるだろう。明日の今の時間にこられたら、返そう」

 

紙の束の代わりにビブルカードを渡された。ローは笑った。

 

「ついでに教えてくれ。おれは北の海出身で、うそつきノーランドで育ったんだ。どこまで知ってる?おれは天夜叉の船に乗っていたことがあるんだが」

 

ノーランドの言葉にガタッと音がする。

 

「おれも聞かせてくれ、おれも北の海出身だ」

 

「ドレーク屋?お前もファンなのか」

 

「黄金都市があったんだ、ソラもいるのか気になるくらいには」

 

「......その傷は海賊堕ちした父親から受けたのか?」

 

「?!」

 

「お前を保護した海兵をおれはよく知ってる。だから聞こうと思ってた。なぜ海賊になった?なぜ父親と同じ道を歩んでる?」

 

ローの問いにドレークは答えない。ウルージは我関せずという顔をして、空島スカイピアについて話し始めたのだった。



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101話

「天夜叉だと......?おれがこの世で一番聞きたくねぇ名前がでやがったな、黙らせてこい!!」

 

「さすがにそれはまずいです......頭目。ここは天夜叉のシマだ、それにこの町と海軍本部は目と鼻のさ......ぎゃああ!」

 

「......それにさっきからなんだ、あの女。下品な女め、こちらの食事が不味くなる」

 

背後がなにやら騒がしいがそれどころではない。待ち合わせの時間になってもウルージが現れない。賞金稼ぎの足止めでもくらっているのか、新世代のいざこざに巻き込まれたか。それとも挑発した側か。時計を見るのが嫌になってきたローは席を立つ。

 

「おかわりまだか!?無くなりそうだ!」

 

「今全力で作ってるそうで、船長」

 

「間に合わねえだろ!!!ピザおーかーわーりー!!」

 

ベポが慌てて立ち上がり、ローに続く。

 

「も......申し訳ありません!」

 

「なぜです船長!こいつおれの服にスパゲッティを!」

 

「その服の運命......脅かしてすまなかったな。今日は殺生すると運気が落ちる日なんだ」

 

扉をあけて、外に出る。ウルージ達が宿泊しているホテルに向かおうとしたその矢先、怪僧達が暴れていると野次馬が叫んで注意喚起しているのがきこえてきた。どかーんという轟音と爆発が向こう側から聞こえてくる。

 

「うわァ、ひどい爆発だな!?」

 

「あそこか、行くぞベポ」

 

「アイアイキャプテン!」

 

「時間守りそうな奴だったのに可笑しいと思った。さては絡まれたな?」

 

現場に急行してみれば、ローの懸念したとおり、新世代達のいざこざから始まったと思われる抗争の最中にウルージを見つけることができた。キッド海賊団が喧嘩をふっかけたようで、アプーやドレーク、ウルージが応戦しているようだ。

 

ローは鬼哭に武装色を纏わせ、一気に振り払う。さすがに新生達は本能でやばいと思ったようで一斉に飛び退いた。さっきまで戦場のただなかにあった路地には巨大な裂け目が生まれた。舌打ちする。このどさくさで1人くらい仕留められたら海賊王を狙うライバルが減ると思ったのだが、ウミット海運の足切りを逃げ切った者達にそんな雑魚はいるわけがなかった。

 

その真ん中に着地したローは円を描くように取り囲む群衆の中からウルージを見つけて近寄る。

 

「遅いぞ、怪僧屋。待ちくたびれたから迎えにきたらなんだ、この騒ぎは。約束は守れ、時間指定したのはそっちだろ」

 

「メチャクチャだ…噂以上……さすがは気に入らないというだけで喧嘩を売るだけはある......しかも昔世話になったのにこれとは......」

 

これが死の外科医トラファルガー・ローの世間一般の純然たる評価だった。

 

「しかし助かる......私も困っていたのだ、この男がこれをよこせといってきてな」

 

約束の歴史の本文の翻訳された紙束を無事に受け取ることができて一安心のローだったが。さすがにそんなことを言われては黙ってはおけず、キッドに殺意を投げた。

 

「そんなに面白いモンが書いてあんならよこせよ。あの天夜叉の船にいたお前が頼むんだ、絶対なんかあるだろ」

 

ローは眉を寄せた。一番面倒くさい奴に目をつけられてしまった。どうやら歴史の本文の価値に気づいてはいないようだが、本能的なものか、野生の勘か、その重要性に気づいているらしい。はいそうですかと渡すわけがないだろう。

 

ただでさえ海賊王を目指すと公言し、エニエス・ロビー襲撃という大事件を引き起こした麦わらの一味がニコ・ロビンを確保しているのだ。すでに一歩先をいかれている。だから歴史の本文が読めそうな人材を探して必死で調べてようやく辿り着いたつながりだ。ようやく手にした海賊王への一歩を奪われるわけにはいかない。

 

キッド海賊団は南の海のとある島に存在する政府非加盟国育ちの4名から誕生した海賊団だ。ある島にある4つの街にはそれぞれ不良グループが存在し、4人はそれぞれの不良グループのボスとして日々抗争が絶えなかった。

 

しかしある日、キッドの親友であるヴィクトリア・S・ドルヤナイカがギャングに殺されてしまう事件が起こり、頭に来たキッドが4つの不良グループを束ねて国1番のギャングを打倒。

 

その後は「こんなせまい世界にはいたくない」と悪友達を引き連れたキッドにより、キッド海賊団が結成される事となった。 船員全員がビジュアル系バンドのような服装をしている。旗艦はヴィクトリアパンク号。

 

ローを含む新生世代達の中で、麦わらの一味に続く3つしかない億越えが2人以上在籍する海賊団である。

 

キッドやキラーの為に苦行や屈辱に一心に耐え続けるなど、仲間意識は強く、ある意味で気持ちのいい連中。

 

その一方でクルーが酷い仕打ちを受ければ、相手が何者であろうともキッドを先頭にして一丸となって、無関係な周囲までも巻き込みながら報復行動に出るなど、彼らなりの理由こそあれど素行不良の面は目立つ。明確な敵対者に対しては容赦せず、戦意を失おうとも徹底的に叩き潰す。

 

世間からは麦わらの一味に負けず劣らず危険な集団と認識されており、実際に民間に対しても大きな被害を齎している。主にキッドが暴れた結果巻き込んでしまっただけであり、完全な悪意を持って積極的に一般の人々を襲撃するような気質ではないらしい。

 

情報は武器だ。無知が仲間に死をもたらす。あの日の事件から痛感しているローだから調べたことを思い出しはしたがそれだけだった。ウミット海運とドフラミンゴファミリーが北の海の次に勢力が拡大していて、もう少しで支配下におくところまでいっている南の海の出身。それだけで警戒するに値するが、それだけだった。

 

「そんな理由で怪僧屋の手間かけて、おれは待たされたのか......。ユースタス屋、ここでしね。お前は一番に潰さなきゃならないやつだと思ってたんだ」

 

「奇遇だな、トラファルガー。おれもお前が気に入らなかったんだよ!」

 

「ゴチャゴチャ言ってねェで、黙っておれに従え格下」

 

カチンとしたらしいキッドの殺意が膨れ上がる。

 

「民間人に被害出してねえお前がなんでおれより懸賞金上なんだよ」

 

「ウミット海運とドフラミンゴファミリーに真正面から喧嘩売って生き残ったからに決まってるだろ」

 

ほんの数千万ベリーの差なのだが、キッド的には気に入らないところがあるらしい。闘争心むき出しにするキッドにローはまた鬼哭をかまえた。

 

次の瞬間、ボニーの姿がチラついた。見聞色を怠っていた自分を恥ながらローは咄嗟に覇気をまとって無効化する。キラーは飛び退いて能力の射程範囲から逃げた。舌打ちしたボニーが仁王立ちする。

 

「てめぇら一体どういうつもりだよ、バカ共!!この島に今この瞬間に大将呼んだら、激怒して飛んで来るんだぞ、そんくらいわかれ!!海賊なら海賊の暗黙の了解ってもんがあんだろ、ウチらに迷惑かけんな!!」

 

覇気を纏うのが遅かったら、次の瞬間には殺されていた事実を前に、ようやくロー達は静かになったのだった。頭に血が昇ってしまったのはたしかにバカのやることだ。



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102話

34年前まで、天竜人とは、家紋が天駆ける竜であることに由来する800年前に世界政府という一大組織を作り上げた20人の王達、その末裔。最も誇り高く気高き血族として、世界の頂点に君臨する者たち。

 

聖地マリージョア以外の土地では「下々民と同じ空気を吸いたくない」という思考のためにシャボンのマスクを付け、さながら宇宙服のような恰好をしており、髪を殿様の髷状に上に伸ばした独特な髪型をしている。

 

また、海軍の中でも大将以上の階級に就く者は、必然的に天竜人の直属の部下として扱われる。

 

また、彼らとそのボディーガードは金色の銃を持っており、気に入らない相手に向かって発砲することもよくある。もちろん、その対象には失態を犯したボディーガードも含まれる。

 

当初20人の王達は世界政府トップの王位を独裁的に使用しないよう、そして各国の王達は皆平等であるべきであるという理念から、円卓の騎士のようにマリージョアのパンゲア城中心に「誰も王位につかないこと」を意味する虚の玉座を設けて遺し自戒するほど強いノブレス・オブリージュが有った様だ。

 

長年の内に伝承・根拠が歪んで権力が暴走し、人を人とも思わないような「教育」により、世界中の全ての地域において殺傷行為や奴隷所有等の傍若無人の限りを尽くす極悪非道を当たり前のように行う外道となっていった。

 

自分達が至高の集団であると唱えられ続けた環境が生み出した怪物といえる存在。 それが天竜人のはずだった。

 

33年前から天竜人に対する恐怖はさらに深まることになった。黄金の銃や海軍、世界政府の工作員を使うのは慈悲だとすら考える者も出始めた。人堕ちホーミングという家族のためなら非加盟国を滅ぼせる男が、ただの銃だけでそれをなしたという事実。非加盟国に降ろされた翌日には、ただの銃を使った工作員の殺害を行なった事実。

 

なぜそこまで詳細な様子が世界経済新聞に載っているかはさておき、その全てが天竜人という枷を外した瞬間に、その脅威すぎるポテンシャルが世界に向く可能性があることに人々は気づいてしまったのだ。まさに眠れる獅子を起こすに等しい愚行である。

 

実際に迫害を理由に非加盟国を滅ぼした男がいるのだ。リュウグウ王国のオトヒメに感化されて感性が人間になってくれたからよかったものの、感性が天竜人のままだったら今頃どうなっていたか。

 

そんな天竜人のひとり、チャルロス聖がきている。目撃情報は瞬く間に広がり、異様な緊張感が走った。チャルロス聖は特に悪趣味な天竜人だという認識がシャボンディ諸島で広がっているのだ。

 

基本的に傲慢な者が多い天竜人の中でも一際酷い男で気に入らない者はとりあえず銃殺。気に入った女はとりあえず奴隷。奴隷にはとりあえず暴力とその最低さは際立っている。天竜人としての権力と地位を特に深い考えもなく暴虐的によく振りかざして挑発する。ドフラミンゴファミリーの支配下であるシャボンディ諸島では、市民の反撃は許容されているのにだ。

 

常人なら即死してもおかしくないレベルの反撃を何度も喰らっているのに致命傷にならず、せいぜい気絶する程度で後遺症も無く生きている。とても鍛えている様には見えないが、実は肉体のポテンシャルは高い。

 

わざとやっているのだと噂し始めたのは誰かはわからない。ただ、チャルロス聖がシャボンディ諸島に訪れると、大将クラスの海兵達が必ず現れる騒動に発展しているため、否定しきれない部分はたしかにあった。

 

シャボンディ諸島の人々は、チャルロス聖が目撃された場所には絶対に近づかない。目撃したら真っ先にドフラミンゴファミリーが必ずいるオークション会場に情報提供する。世界政府と何らかの繋がりがあるドフラミンゴファミリーは、天竜人と衝突しても背後にある権力と渡り合える実力と根拠不明の特権があった。

 

「......誰か、チャルロス聖にぶつかったね」

 

「知ってるやつか」

 

「しらない。麦わらの一味の誰かかな」

 

「だろうな......ニコ・ロビン奪還するためにエニエス・ロビーを陥落させた奴らだ。それくらいする」

 

「これはボニーかな」

 

「助けに入ったのか、優しいことだ」

 

オークション会場の一角を陣取りながら、ベポがソナーとしての役割を担ううちに広大になった見聞色でローに伝えてくる。

 

「ここにはいないみんな、それ見てるね」

 

「エニエス・ロビーを陥落させるくらいヤバい奴らだ、誰だって一目みたいだろ。その代わりにオークション会場は立ち見になるかの2択だ。おれ達とは違う選択をしたんだろ」

 

「そっかあ」

 

だからこそ、これから起こる騒動を予見したローとベポはここを陣取っているのだ。特等席で見物するために。

 

ローとベポと同じ選択をしたキッドとキラーは、別の席で行儀悪くすわっているのが見える。ハンドサインで首切って死ねと挑発してきたので、ローは中指立てて応じた。

 

「なにもしなくても、ランブル・バギーニが競り落とすのにな。それをリュウグウ王国が買い取るのに優しいやつらだ」

 

「友達のためにそこまでするの、普通にこわいよキャプテン」

 

「いえてるな、たしかに」

 

見聞色はあくまで見聞色だ。どこまで現実に再現しうるものなのかは、その日のベポの精神状態や覇気の練度に左右されるため参考程度ではある。ローもつかえるがベポとは得意とする種類も範囲も全く異なる。

 

「それはそれとして、ドフラミンゴとウミット海運が構築したシステムの穴をつくようなやり方するのが気に食わないな。土壇場に出荷して本物をオークションに出さざるをえない状況に陥らせた奴らが特に。そんなに天竜人に人魚の奴隷を買わせたいのか」

 

「準備できない状況にしちゃったのキャプテンでしょー」

 

「仕方ないだろ、練度の差があると見えない」

 

「これが新世界の壁ってやつなのかな」

 

「だろうな」

 

「やだね、ミンク族も人魚の相場もまた跳ね上がってる」

 

入手したばかりのオークションの種族別の相場を見ながらローはうなずいた。ベポは友達で仲間だ。ミンク族が奴隷として需要が高まっているのを示すように、前の月との金額の差が書いてある。それだけで不快だった。

 

「どうする、キャプテン」

 

「レイさんの覇気に耐えるのが先だろ」

 

「たしかにそれはいえてるかも」



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103話

両脇にドフラミンゴファミリーのマーク、その下にウミット海運のマーク。中央には「売」という文字がでかでかと飾られていた。

 

「それではみなさま!大変長らくお待たせいたしました!まもなく毎月恒例1番G!!人間大オークションを開催したいと思いまーす!司会はもちろんこの人!」

 

大袈裟なドラムロールが鳴り響く。スポットライトがステージ中央に集め、ひとりの男を映し出す。恭しく一礼した男はにこりと笑った。

 

「歩くスーパーバザールこと!ミスターッ!!ディースコー!!」

 

ドフラミンゴファミリーがオークションを牛耳る前は売り上げナンバー1の人間屋をやっていたが、その才能を見込まれてスカウトされた男が登場する。ローの記憶よりもだいぶ老けたが威勢のよさと弁論のたつ姿は変わっていなかった。大歓声があがる。

 

「今回も良質な奴隷達を揃えることができました!!皆様超ラッキー!本日残念ながらここにいらっしゃる方だけが参加できるオークションの目玉商品は1つしかございませんが、ご期待に添えると確信しております!」

 

ローが台無しにした商品の穴埋めをどうするつもりなのか、ディスコはカーテン越しにライトアップをした。会場がどよめく。水槽の中には人魚の姿があったのだ。表向きは人魚も魚人もミンク族もオークションにかけられ、売られる。それが偽物か、さくらに売られてから国に買われるかの違いだ。天竜人も知らないシステムである。

 

「お楽しみは最後にとっておきましょう!お好みの奴隷をお持ち帰りいただけますことを心よりお祈りしています!!それではまずはこちらから!」

 

ここからだ。ローとベポは息をのんだ。いくら見聞色を鍛えても見える世界を理解できる頭がなければ何の意味もないのだと思い知らされたのは。ローの見聞色がみせた光景に嘘はなかった。ただ、ローが理解できなかっただけなのだ。

 

映像電伝虫が並べられる。映像と音声を送信・受信できる特殊な電伝虫で、大小2つのサイズの電伝虫が存在し、小さい方がビデオカメラ、大きい方がプロジェクターという機械の役割を果たす。 機械の原理をわざわざ説明しながらディスコは話をすすめる。

 

「ベガパンクすごいね、キャプテン」

 

「説明できるディスコもすごいな。機械いじる機会ないと理解できないだろ、こんなの」

 

「だよねえ」

 

潜水艦で航海しているハートの海賊団でもギリギリ理解できるかあやしいものだ。天才発明家のヴォルフをしるロー達だからかろうじてついていけるレベルのことをディスコ達は平然とやっている。

 

ベガパンク率いる海軍特殊科学班SSGによって産み出された、不特定多数の電伝虫に念波を送れる最新の電伝虫は、ウミット海運が利権ごと買い取ったためフル活用されているようだ。

 

まるで目の前にいるような錯覚を覚えるような映像が現れる。

 

「東西南北の海、楽園、新世界から現地中継で選りすぐりの奴隷をご紹介いたしまーす!落札いただいた奴隷は全世界どこでも半日以内に送料無料でご指定の場所にウミット海運がお送りいたしまーす!!品質保証付き!返品は無料!ぜひこの機会をお見逃しなくご利用ください!!」

 

ドフラミンゴファミリーの世界規模の闇のシンジケートとウミット海運、そして時代の進歩がもたらす技術が組むとこんなことになるのだ。

 

ローがいた頃は人攫い屋から人間屋に売られた現地だけのオークションで、その月により奴隷の人種もばらつきがあり、品質の保証も出来なかった。わざわざ明言するということは、土壇場で自殺しない対策が確立したか、奴隷の品質を保証できる技術がまた生まれたからだろうか。

 

さすがに部外者になってしまったローにはわからないが、すさまじい変化なのはわかる。あまりにも先進的な企画のため、熱に浮かされた観客達の財布が緩んだのか、一気に値段が跳ね上がっていく予感がする。

 

「いずれ全世界の皆様が参加できるよう我々も努力いたしますので、今後にご期待ください!それでは初めます!」

 

ローは海賊だ。正義の味方ではない。英雄願望があったわけではない。奴隷を解放するような襲撃を繰り返したのは、ドフラミンゴ達の目に早いとこ止まるだろうなと考えたからだ。これでは北の海と今回のオークション会場にいた商品達をいくら解放しても焼石に水なわけだとローは改めて闇の世界の深さを思い知る。14年もあればさらに深くなって当然だろう。

 

「メスのシロクマいねぇかな」

 

「ランボル・ブギーニと勝負したら破産するからダメだ」

 

「キャプテンは奴隷買わないの?」

 

「興味引く奴がいたら考えるけど、天竜人がきてるからな」

 

ローの視線の先には、特等席で座っている親子がいた。オークションは始まったばかりである。

 

「みなさま長らくお待たせいたしました!本日のメインイベント!超目玉商品の登場です!ご覧ください、このシルエット!探し求めておられる方も多いはず!多くは語りません、その目で見ていただきましょう!魚人島からやってきた人魚のケイミー!!」

 

そして、いよいよオークションは終盤に差し掛かる。茶番劇にすぎない人魚のオークションに会場全体が盛り上がっている。

 

「5億ベリー!5億ベリーで買うえー!」

 

チャルロス聖がさけんだ。

 

「5億5千万」

 

これはわざと釣り上げてリュウグウ王国に買ってもらうか、ウミット海運で働くことになるだろう、普通なら。一千万単位の競争が加速していく。いつもならそうなのだ。今日はいつもじゃないからロー達はわざわざ参加したのである。

 

「来るよ、キャプテン」

 

ベポに預けていた鬼哭をローは受け取る。視界の隅でキッド達が立ち上がるのが見えた。

 

豪快な音がした。

 

オークション会場の壁を豪快に突き破り、何者かが襲撃してくる。会場は騒然となり、阿鼻叫喚となる。エニエス・ロビーを襲撃してニコ・ロビンを奪還した麦わら一味が、今回は人魚の友達を助けるためにわざわざ乗り込んできたのである。麦わら一味をみるなり、一般の観客達は一斉に逃げ出し始める。その混乱からはずれた席にいたローとベポはそのままオークション会場の階段を降りていく。

 

「ケイミー!!助けるぞ!!おい、おまえら!ケイミーは売り物じゃないぞ!!」

 

狂気の沙汰としか思えないこと本気で思っているのだとよく分かった。叫びながら全速力で走っていく大馬鹿に大馬鹿の一味が一斉に走っていくのがみえた。ローは思わず笑ってしまう。ここまで突き抜けた馬鹿だと笑ってしまう。ドレスローザの凶弾が意気投合するのがわかる気がした。知能指数が戦闘中だけ跳ね上がるタイプの大馬鹿なのは違いない。

 

チャルロス聖がなにか叫んでいるのが聞こえる。麦わら一味がギョッとして振り返る。タコの魚人に黄金の銃が向けられていた。

 

だからローは能力を使うのだ。ドフラミンゴの父、ホーミングを唯一認めていた魚人アーロンに敬意を表して。

 

あまりにも常識はずれすぎて見過ごしてしまった見聞色が現実となって現れたことに混乱する灼熱のランボル・ブギーニの武器と。今まさに撃とうとしているチャルロス聖の黄金の銃とを。

 

いきなりブキーニが銃声と共に倒れてしまい、あたりが騒然となる。通路の真ん中でチャルロス聖が撃とうとしていた銃がいきなり全然違う武器にかわり、動揺するチャルロス聖。

 

ただ、振り返った麦わらのルフィには見えていたはずだ。よくわからないがチャルロス聖が友達のハチを撃とうとしていたことを。そして真顔のまま一気に武装色をまとい、拳を振り上げるのだ。チャルロス聖が宙を舞った。

 

「ローッ!!なにしやがる、このやろう!!!」

 

オペオペの力をよく知る激怒したブキーニが悪戯の主犯格を叫ぶ。

 

「海軍大将と軍艦を呼べ!!目にものを見せてくれるわ!!」

 

市民の反撃が許容されているシャボンディ諸島に親子連れでやってくる頭おかしい父親の方が絶叫する。これでもドフラミンゴが出てこないなら裏で動いているのは相当なことになるが。

 

なにはともあれ、大乱闘の始まりである。



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104話

「麦わら一味のせいでオークションが台無しだ、全く......めんどくせえことしやがって。いきなりなにすんだ、ロー。あいかわらずイタズラ好きだな、クソガキ」

 

オペオペの能力でチャルロス聖から転移してきた黄金の銃の超至近距離の発砲をうけたにもかかわらず。ランブル・ブキーニは悪戯小僧を咎めるようにローをみる。

 

お気に入りの缶詰に入っている黒い塊をぼりぼり食べながら飲み込むと、穴が空いていた場所がなにもなかったかのように再生した。

 

石炭と思われがちだが、ブキーニが食べているのは外気に触れないよう加工してあるダイナ岩だ。古代兵器にも匹敵するという巨大なエネルギーを持つ鉱物。酸素に触れ衝撃が加わると、島一つが消し飛ぶほどの大爆発を起こす。

 

そのため本来全てのダイナ岩は海軍により厳重に管理され、普段は特殊な容器の中に保管されている。大将赤犬によれば、海賊たちへの切り札である。ただ四皇クラスがダイナ岩を爆破させたことで発生する地震や地下火山の噴火程度で、死ぬわけがないだろう。そんなことを考えて、他の使い道を模索するSSGの馬鹿がいた。それだけだ。

 

「ドフラミンゴが出てくるまで暴れさせてもらおうと思っただけだ、悪く思うなよ」

 

「そのために死ぬのか?アホなのか?」

 

「見えないんだから仕方ない」

 

ランブル・バギーニは大笑いし始めた。

 

「お前も大概だが!おれの見聞色も衰えたもんだと思ったが、理解を超えてただけだったとはな!こんな気持ちのいい馬鹿共も、わざわざ見に来てる馬鹿共も見たのは久しぶりだ!」

 

オークションを台無しにされたのに、大笑いし始めるバギーニに麦わら一味は困惑した様子でローとバギーニを交互にみている。

 

明かす気もないのか、豪快に笑いながら麦わらの肩を叩き始めたバギーニは、実はドフラミンゴファミリーの幹部にしてグツグツの実の超人系能力者だ。

身体が超高温の熔鉱炉となり、あらゆる物を取り込み融かす事が出来て、また融かした状態で取り出す事も出来る。燃料を食べなければならない分、大将赤犬と比べて下位互換だが、その汎用性の高さなら群を抜く。

自身の身体を溶鉱炉へと変える溶鉱炉人間であり、炎や熱を自在に産生し、超高温の攻撃を仕掛けることができる。火拳のエースや赤犬等の戦闘を見ても炎を操ることの強力さは知られているが。

 

特にグツグツの実の場合はその温度の高さゆえに、触れるものを全て溶かしつくてしまう並外れた殺傷力を有する。まともに攻撃を防御しようとしても守った部位が溶けてしまうため事実上防御不能、こちらからグツグツの実の能力者相手に直接接触する攻撃をしかけることも叶わず、回避し続けるしか打つ手がない。

 

更に自身の身体が溶鉱炉であるが故に、常に高熱のマグマを流し続けることができる。

 

特に激昂した際には大量のマグマを解放しながら身体も溶鉱炉状に変形し、その圧倒的なエネルギー量と巨大化した身体を見た者からは「超人系能力者のはずなのにまるで自然系能力者じゃねえか」と評されている。

 

ちなみにそれが遺言となった。

 

前述した通り炎や熱を操る能力者は数多く存在するが、グツグツの実の能力者の場合は自身の身体が「溶鉱炉」であるが故に、鉱物を自在に加工することができる点が強み。

 

加工した鉱物の使い道は非常に豊富であり、高熱だけでは攻略できない一部の人間相手への攻撃&防御手段としたり、あるいは建造物を生み出したり、仲間の武器や防具を強化したりと枚挙に暇が無い。並み居る炎や熱を操る能力者とは一線を画す、強力かつ汎用性の高い悪魔の実といえる。

 

「気分がいいから力を貸してやろう、超新星。ここで死んだら興醒めだからな、多忙すぎて新聞見るしか楽しみがねえんだ。これからも好きにやれよ」

 

ローは心に無理やり火をつけられた。バギーニは他人の気持ちを燃えたぎらせ戦闘能力を上げることが十八番なのだ。自分が戦うのも好きだが、他人を気持ちを燃えたぎらせて傭兵軍団を指揮するのはもっと好きな男でもある。

 

「海軍ならもう来てるぞ、麦わら屋」

 

「なんだお前......なんだそのクマ」

 

「海軍はオークションが始まるずっと前からこの会場を取り囲んでる」

 

「えェッ!?本当か!?」

 

「この諸島に本部の駐屯地があるからな。誰を捕まえたかったのかは知らねえが。まさか天竜人がぶっ飛ばされる事態になるとは思わなかったろうな」

 

「トラファルガー・ローね......あなた......!───────ルフィ、海賊よ彼」

 

「ふふ......面白えもん見せてもらったよ、麦わら屋一味」

 

「クマもか?」

 

「クマもだ、うちの自慢の優秀な航海士だ」

 

「キャプテン!!」

 

「うわ、しゃべった!!おもしろクマか!?すげー!!ハチ助けてくれてありがとうな!トラ男!」

 

「......とら......それはおれのことか、それは」

 

「トラ男はトラ男だろ?」

 

「......。気にするな、気に入らなかっただけだ。おれは天夜叉の船に乗ってたことがある。天夜叉の師匠を認めてた魚人の部下が、よりによって天竜人に撃ち殺されるなんてあっちゃいけないと思っただけだ」

 

「......それってまさか」

 

「お前がどう思うかなんて関係ないな、ナミ屋」

 

「......知ってるのね」

 

「情報は武器だ。無知は仲間を殺す大罪だ。それをおれは知ってるだけだ。ところで同盟組まねえか、麦わら屋」

 

「!」

 

「同盟ですって!?バカバカしい......何が目的か知らないけど、ダメよルフィ!こんなやつの口車にのっちゃ!」

 

「......」

 

「目的?そんなもん決まって───────」

 

「つーかどっから入ったクソジジイ!システムのことは知ってんだろーが!なんで来た!てめーは出禁だっつってんだろーが、何度目だ!!しまいにゃシャクヤクか海軍本部に売り飛ばすぞ、てめえ!」

 

「ははは、まあそういうな、灼熱のバギーニ。そこの麦わらに用があるのさ」

 

「麦わら?」

 

「お前と一緒だ、気にするな。その麦わら帽子は精悍な男によく似合う。会いたかったぞ、モンキー・D・ルフィ。あいかわらず悪戯が好きだな、トラファルガー・ロー。私に最初に気づいたのは、たしか君だな。なかなか筋がいい、将来が楽しみだ、ユースタス・キッド」

 

三面記事を見せようとしたのにタイミングを失ってしまい、ローはしぶしぶカバンにしまった。これからこの男の覇気に耐えながら、大乱闘に興じなくてはならない。



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105話

水面下とはいえメディア、経済、軍事、民間、あらゆるところで一斉抗争が始まっている。全面戦争とは言い得て妙といえた。いつか仕掛けてくるとは思っていた。それだけのことを世界政府は世界で一番愛している家族のためならどこまでも堕ちることができるドンキホーテ・ホーミングという男にしでかしたのだ。それだけならセンゴク元帥の中でも大変な時間を要するだろうがいつかは折り合いがつけられたのに。

 

センゴク元帥の手元には絶対に表には出せない血統因子を使用した調査で海賊王ゴール・D・ロジャーとエースの調査結果があがっている。間違いなく親子。ホーミングとの血のつながりは一滴もない。外れてくれと心の底から願っていたことを無情にも最先端科学は簡単に証明してしまい、センゴク元帥は全てを察してためいきをついた。隣には悪戯がバレた子供みたいな顔をしたガープがいる。

 

「ばれたか」

 

「ばれたかじゃない、なんてことをしてくれたんだガープ。なんでホーミングを巻き込んだ。どこまでやらかしたら気が済むんだお前は。お前が海軍の英雄じゃなけりゃ一族もろとも死罪だぞ」

 

「だからロジャーはわしに託したんだろう、シルバーズ・レイリーじゃなくてな」

 

そこには本気で孫を守ろうとしていた祖父の目をしたガープがいた。

 

世界経済新聞にはホーミングの妻がいる。この時点でいつもの賄賂による情報捏造報道はできない。モルガンズはいつの時代も面白いことしか提案しないホーミングの肩をもってきた。新聞王が圧力をかければ、革命軍発行のタブロイド紙でもない限り、大体の新聞は右に倣えだ。

 

そもそもウミット海運とドフラミンゴファミリーの巨大なシンジケートはメディアと蜜月な関係だ。今回、言外に世界政府側につくなら取引を未来永劫全て切ると通告しているのだから、メディア関係者にとっては死活問題だ。なにせ、あのリュウグウ王国ですら一度本気でホーミングを失望させて関係が白紙になりかけたのだ。ホーミングはどこまでも信用に重きをおく。やるといったらやるのだ。そうして信用を得てきた男だから。

 

ここまでやるということは。もはやホーミングにとっては、エースは血が繋がっていなくても、息子なのだ。ドフラミンゴの協力がなければ今の今までバレなかったんだから、了承は得ているのだろう。完全に蚊帳の外だったことが発覚したロシナンテである。心中複雑な顔をして、無言のままナギナギを発動させて後ろで待機している。

 

父親と子供なら、簡単に血統因子でわかるが、それ自体が機密にあたるため、それ自体証拠としては出すことができない。世界政府としては唯一の正当性を見出すことができるから、海賊王の息子としてゴリ押すしかない。

 

ゴリ押すから疑わしいと煽る。人堕ちホーミングの息子として通っていたはずのエースの処刑の正当性に疑問をなげる。

 

「常々思っていたが、ホーミングは形をかえたロックスだな」

 

センゴク元帥は唸るしかない。海軍としてはありがたいが、ウミット海運の血の掟そのものが実はロックスの目指した世界の派生系なのだ。

 

海賊王ロジャーの処刑後、インペルダウンの囚人達もまた大海賊時代とひとつなぎの大秘宝(ワンピース)の存在に歓喜した。そこから十数年の闘病生活の果てにようやく普通の囚人となったシキだけは静かに怒りで震えていたことを思い出してしまう。

シキだけは静かに怒りで震えていたことを思い出してしまう。

 

「くだらねェ…宝目当てのミーハー共が海にのさばったって邪魔なだけだ…!!何が新しい時代…!!海賊は海の支配者だ…!!いずれわからせてやる…」

 

なぜ金獅子がインベルダウンを脱獄しなかったのか。理由はホーミングも一因ではあるのだ。

金獅子が言っていたすべての不満を解消するために、世界の海に強いた制度こそがウミット海運の血の掟なのだ。だから赤髪が人堕ちホーミングをロックスの亡霊呼ばわりする。建前を守るからガープと仲良くできるし、白ひげの琴線に触れて同盟が結ばれた。

 

なにが問題なのか。問題しかないのだ。エースの処刑からの救出自体が予定調和、実質タイムリミットでしかない。今回の頂上戦争ともいうべき様相を呈してきたすべての本懐は旧世代が世界政府側を新世界の平和も守るに値するか試しに来ていることにある。

 

暴力の世界が叶いそうな今食い止められないならここで脱落しろと旧世代のカイドウと白ひげとホーミングがいっているも同じなのだ。

 

処刑を止める選択肢はない。ホーミングがくるのをわかっていても、カイドウと手を組んで海軍の威信失墜するためだとしても、白ひげはでかい借りがあるしロックス時代を思い出しているからもう誰にも流れを止めることはできないのだ。

 

ここが正念場であることは誰の目にも明らかだった。世界政府直轄の裁判所がある「司法の島」。 世界政府中枢に繋がる「政府の玄関」とされ、海底監獄インペルダウン、海軍本部と並ぶ三大機関とも評されていたエニエス・ロビーが堕ちた今。

 

「間違いなく今いい空気を吸っとるのは、カイドウじゃろうなあ」

 

「......赤髪頼むから止めてくれよ。カイドウまで来たらさすがに士気が保てん......」

 

センゴク元帥はらしくない弱音を吐いた。

 

カイドウは百獣海賊団の運営方針として完全実力主義をとっている実に海賊らしい男だ。ロックス時代に今の世界は天竜人や王族、金持ちという権力や財力という強さを持つ存在によって支配されていることを知った。

 

カイドウはそれも力だと認めているが、権力や財力は法や秩序の中でこそ力を持ち得る存在であり、そちらが力を持ちすぎるとカイドウ達は弱者に変わりうる可能性が高い。

 

どんな権力者でも、金持ちでも、それを気にも止めない圧倒的な暴力の前には威厳は保てない。

カイドウが言う暴力の世界とは、まさに獣の世界のような弱肉強食の世界のことを指す。

 

誤魔化しの効かない本当の実力主義の世界を作ろうとしている。自分の力はただ自分のやりたいようにだけ使い、その力をぶつけ合い、敗れた者は死ぬか従うか、ただそれだけのシンプルな世界。

 

強者が今ある法や秩序による抑制を受けずに報われる世界。それこそがカイドウが求める『暴力の世界』。その実現に王手がかかるかどうか、まさに正念場なのだ。

 

そんな時に限っていつもいつもデンデン虫が鳴り響くのだ。ガープは笑ったまま促してくる。センゴク元帥はしぶしぶ出た。

 

「......またお前の家族だぞ、ガープ。次から次へと......。お前の家族の血は一体どうなってるんだ!」

 

また麦わら一味が騒動を起こした。よりによって天竜人への反撃が許容されているシャボンディ諸島で。あのドフラミンゴファミリーとウミット海運が管轄しているオークション会場で。天竜人3名を人質に取った前代未聞の凶悪事件である。ドフラミンゴの弟分トラファルガー・ローを含む超新星と共謀して起こしたと勘違いされるような状況下で。海軍の威信をかけた防衛戦を間近に控えたこの時期にだ。どうでもいい事件すぎるが誰が行くんだこんな時に。

 

「ワシが行こうか?」

 

「シルバーズ・レイリーがそこにいると報告あげなかったお前だけは絶対に許さん。というかお前が普通に海軍の要なんだからいくな。私を一人にするな」

 

「本音がもれとるぞ、センゴク!」

 

「......」

 

誰がいくんだろう。センゴクは三大将を呼ぶことにした。



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106話

それはたまたまだった。ドフラミンゴは忙しいと門前払いをされた翌日の朝早く。火拳のエースが海賊王の息子として処刑されるという号外が出た。ローはオークション会場の舞台裏に侵入し、ダメもとでドフラミンゴに電話をかけたのだ。通じた。

 

「久しぶりだな、ドフラミンゴ」

 

「ローか?随分と派手に暴れてるみたいじゃねえか。大将には心底同情するぜ」

 

「ひとつ聞きたいことがある。エースはアンタの弟か?赤の他人か?」

 

「フッフッフ、新聞でも読んだか?弟みたいなもんだが」

 

「わかった」

 

「ほんとうに悪い子になったな、ロー」

 

「いい子は新聞には載らないからな」

 

「フッフッフ、ちがいねえな」

 

「今、なにが起こってるんだ?なにか大きなことが......」

 

「黙れ…......本当にめんどくせェ野郎だなッ!!こっちはそれどころじゃねえんだよ!!おれは今......おれ達は今、海軍の強制招集を受けてんだッ!部外者のお前にはどう見える?どんな未来がみえる?白ひげ海賊団ウミット海運連合と海軍七武海の戦争がよ!!」

 

いつかのように激昂しているドフラミンゴがいて、問われてもローはわからないというしかない。見えないからだ。ドフラミンゴがいう状況に至るまでの過程がまずわからないし、エースの処刑がなぜ大戦争の引き金になったのか。なんとなくわかるが点と点が離れすぎていて繋がらない。

 

ただ、ドフラミンゴにとっては切実な意味でそれどころではないのだということだけはわかる。

 

「すべてが予定調和なのはわかってるが、万が一でもエースは絶対に死なせちゃならねえんだ。あいつは知らねえし、いうつもりもねえ。だがあの日父上から受けた拳はおれの武装色を貫いて効いたんだよ。ガープ中将でもあるまいし……愛の拳のきっかけはルージュからオハラの流れだから転換点なんだ。そのくせロックス世代に被れてる父上は、あの日からずっと最高の終わりに苛まれてる。だからおれは七武海を目指したんだ。最初期はマリージョア襲撃して海兵のおれかロシーに殺される計画立てて、おれが残ったことで破綻したっていってたんだ。今回だってようやく動き出しただけで本懐はなにひとつ変わってねえんだよ!」

 

過剰なほど情報が降り注ぐドフラミンゴが自ら望んで得た環境は、変な誤解は生まない代わりに情緒が常にぐちゃぐちゃになるらしい。

 

「殺してたまるか。殺されてたまるか。他のやつにも、父上自身にもだ。父上はあの日から時が止まったままだから諦めてた。ニキュニキュ、メモメモ、ソルソル、そしてオペオペ。片っ端から調べたがあの日、あの国で、あの町で、ずっとおれ達と家にいたはずの父上に近づいたやつはいなかった。可能かどうかすらわからないヨミヨミの憑依を受けたんだろうって諦めてた。でも22年前のあの日から、おれは父上が昔みたいにおれに笑いかけてくれてるのがわかった。ヨミヨミは麦わら一味にいるから違った。まだ間に合うとわかった矢先にこれなんだ。どこまで理不尽なんだよ、この世界は!!負けてたまるか!!!」

 

ローはなにもいえなかった。

 

「父上が死んだらエサを失い鎖の切れた怪物達は何をすると思う......?今の偉大なる航路新世界に頂点と呼べる奴ァいるか?この海の王者は誰だ!!?海の皇帝達「四皇」の内の一人か!?巧妙に海を生きる「七武海」か!?お前ら超新星か?いやァ...正義の軍隊「海軍」こそ海の覇者か?民衆の意志「革命軍」にも、油断ならねェ猛者共がいる...!!!お前らみたいなやつらだ、ロー。歴史の底でくすぶり続ける”D”の一族は........それを簡単に超越する次元にいるんだよ。おまえや麦わらみたいなやつがようやく現れた。だから父上は動き出したんだ。マリージョアの天竜人共にお前達は引きずり降ろされるって警告しながら死ぬために!!」

 

「......!?」

 

「ゴールド・ロジャーが世界で初めて偉大なる航路を制して22年!!宿敵白ひげは王座につかず そのイスの前に君臨した。今はどうだ!? 膨れ上がった海賊達の数に対して.........ガラ空きの王座が一つ!!ここまでいけばわかるよな......?父上は始める気なんだよ、自分の死と引き換えに!海賊の歴史上最大の覇権争いを!!本物の海賊だけが生き残れる世界を!力のねェ奴が逃げ出し、手に追えねェうねりと共に豪傑共の新時代の礎になる気なんだ!!させてたまるか!!だから忙しいんだ、そっちに行けるわけねえだろ、クソガキが!!!」

 

「やるようにやれ、その全てをおれは肯定する。あの日そういったのはアンタだ、ドフラミンゴ。自分の言ったことには責任もてよ。あの日、あんたはおれに教えてくれたよな。聖地マリージョアではDの一族をこう呼ぶ者達もいる。神の天敵と。なら、なってやる。おれがなってやる。麦わら一味と同盟組んで全部無茶苦茶にしてやる。世界政府にいっとけ、勝手に頂上決めんじゃねーよって!!」



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107話

エースの処刑が決まったことを伝える号外と今までのローの話は、麦わら一味に同盟を持ちかける決意をさせた理由をその場にいた全員が理解するにいたっていた。この世界で友達のためにどこまでもつっぱしれる男は麦わらのルフィだけだ。麦わらの一味は誰もがルフィに救われたり、惹かれたりして船に乗ってきたばかりだ。

 

まして、エースが処刑という現実が彼らを決意させた。ルフィと兄弟盃を交わしただけなら、ゾロ達は反対した。ただ、エースがアラバスタで覇気の稽古をつけてくれなければ、間違いなく麦わらの一味は全滅していた恩がある。提供してくれた情報が今までの航海でどれだけ助けになったか実感しているのだ。まだ返せていないほど大きなものだ。返す前に死なれるのは困るのは彼らの方だった。

 

「......麦わらとトラファルガーは同盟を組むとして。おれ達は巻き込まれるどころか、完全に共犯者扱いだなキラー」

 

「麦わらのルフィの噂通りのいかれ具合をみれたが......さすがに今大将と当たるのはごめんだ」

 

「もののついでだ、お前ら助けてやるよ。表の掃除はしといてやるから安心しな」

 

カチンときた3人はそのまま入り口に向かってしまう。

 

「お前ら、下がってていいぞ」

 

「お前ら二人に下がってろといったんだ」

 

「もう一度おれに命令してみろ。今度はお前から消すぞユースタス屋」

 

「やれやれ思ったより数が多いな」

 

「お前ら変な能力もってんなー!?」

 

「てめぇのが一番変だろ」

 

「そんなに待ってられるか」

 

「なんだそりゃ麦わら屋、しまらねえなァ」

 

「そうか?」

 

「これでひとまず陣形もクソもねえだろう」

 

「トラ男!わりーけど、おれ達コーティングしなきゃなんないんだ!」

 

「ロー、3日後の夕刻に彼らと会うといい。ビブルカードを持っていけ」

 

「わかった」

 

ローと麦わら一味は一度わかれることになった。

 

「さて、ウミット海運で故郷に帰るか、おれと来るか?キャプテン・ジャンバール」

 

「───────そう呼ばれるのは久しぶりだ。しかも選ばせてくれるのか?ならば喜んでお前の部下になろう。天竜人から解放された恩は返さなければならないからな」

 

「半分は麦わら屋に感謝しな」

 

天竜人・ロズワード聖の奴隷として人間オークション会場前に繋がれていたのを発見したローは、オペオペの能力で首輪を外してやる。ベポが見聞色で安全な道を探し、案内してくれる。ローも敵がくるほんの少し先の未来をみて、どちらの分かれ道が大丈夫そうか調べてから走った。

 

「ジャンバール!おれ、ベポ!おまえ新人だからお前はおれより下ね!」

 

「奴隷でなきゃなんでもいい」

 

「あーもーまだ追ってくるなあ、橋壊したのに」

 

「当然だ。街に戻っても海兵はいるはずだ。さっさと島を出るぞ。3日もいたら大将に見つかりかねない。別の島でやり過ごしてから戻ればいい」

 

ローがオペオペでバラバラにしても、ベポが体術で全て薙ぎ倒しても。ジャンバールが奴隷脱走罪という言葉にガチギレしても。時間経過で増えてくる海兵達は、どんどんどっちがマシか、になっていく。そして、最終的にはベポの見聞色では敵の数が同数かつ見たことがないから詳細なデータがわからない分かれ道にやってきた。

 

「どーする、キャプテン」

 

「どっちもやばいな。全滅よりはマシだ、二手にわかれるか」

 

「わかった」

 

「おれはこっちにいく。ベポ達はあっちで頼む。もしおれが1時間たってもこなかったら、先に出航してマリンフォードの深海に潜伏しろ。わかったな」

 

「アイアイキャプテン!いこっか、ジャンバール」

 

ロー達は二手にわかれたのだった。後は野となれ山となれだ。

 

「ユースタス屋と七武海!?なんでこんなところに!?今はそれどころじゃないはずだぞ!?その七武海は偽者だ、きをつけろ!」

 

「七武海じゃねえだと?おい、トラファルガー、何知ってやがる!?どこをどうみてもこいつは───────」

 

口からビームが発射された。二人は回避するが、今度は手からビームが発射された。バーソロミュー・くまはニキュニキュの能力者であり、改造人間になりつつあるが、本人は手からビームは出せないはずだ。

 

「手当たり次第か、こいつ!?トラファルガー、さっきのはどういう......」

 

「七武海は海軍側で白ひげ達からの防衛戦でそれどころじゃない。つまりこいつはベガパンクの作った改造人間兵器だ」

 

「はあ?!元は人間だっつーのか!?双子とかよくあるオチじゃなく?」

 

ローはうなずいた。ローの啖呵をきいたドフラミンゴが今朝教えてくれたのだ。今回のように大将と軍艦に乗ってくるのは海兵だけではない。軍艦一隻分の予算を投じて作成する新型兵器。人間ベースにバーソロミューくまそっくりに改造を施した改造人間。その名は平和主義者と書いてパシフイスタ。

 

こいつはパシフィスタの方だとローはわかった。ビームの件もそうだが、くまは太陽十字教徒である。聖書を持ちあるいていないのはおかしいのだ。神聖な聖書を素手で持ち歩ける人間はいない。手袋をするのが普通なのだ。シスターがそうだった。

 

身体は王下七武海バーソロミュー・くまの姿をモデルにしており、鋼鉄以上の硬度を持つ。大将黄猿の「ピカピカの実」の能力を再現した、金属をも溶かすレーザーを口と掌から発射できる(くまは口からのみ)。

 

また、その目を通じて見た賞金首の名前と賞金額を識別することが可能。ロボットの類ではなく、元々は人間がベース。1体造る費用は軍艦1隻分に相当するという。くまの姿を模した何体ものパシフィスタが存在しており、「PX-○」の製造ナンバーが刻印されている。バーソロミュー・くまは自ら志願しこのパシフィスタへと改造手術を受け「PX-0」となり、自我も失う途中。

 

主な攻撃手段はレーザーだが、強固な肉体により格闘でも圧倒的な実力を誇る。戦闘能力は億クラスの賞金首に全く引けをとらず、マリンフォード頂上戦争では、20体以上のパシフィスタが投入される予定である。

 

キッドはローが詳しいから、少し考えたあと、共闘すればなんとか突破できるだろうかとつぶやいた。

 

「よくしっているな、天夜叉に習ったか」

 

ローの見聞色は格上の行動を見ることはできない。ベポの見聞色が2人ずつと教えてくれたから、一か八かに賭けた。比較的マシな道をひいたのは自分らしいとローは自覚する。怖気がはしる。恐る恐る振り返ると、そこには手袋をして、太陽十字信仰の聖書をかかえたくまがいた。

 

「旅行するならどこへ行きたい…......?」

 

「ハァ?なにいってんだお前」

 

「アンタ、革命軍なんだってな。少し話をしないか?」

 

「む......」

 

「えっ、こいつ七武海だぞ、トラファルガー」

 

「いいから黙ってろ、ユースタス屋。おれはこいつに用があるんだ。二人きりで話がしたい。だから、あいつらをどこかにやってくれるか。ドラゴンの指示でこれから麦わら達を逃しにいくんだろ?邪魔されたくなけりゃはやくしてくれ」

 

「おい、トラファルガー何言ってやがる!お前正気かッ!?」

 

「うるさい黙れ、お前はおれが倒すんだ。それまで死ぬな」

 

「おいッ!」

 

「一部は的を射ているな......すべてではないが。ならば......」

 

くまは能力を発動する。ローの前からキッドとパシフィスタが消えた。ローは息を吐いた。ここからが正念場だ。

 

「知ってたらでいいんだが、オハラにベガパンクとホーミングとドラゴンが行ったことがあるのは知ってるか」

 

「そこまでよく調べあげたな、この短期間で。天夜叉に聞いたか」

 

「昔はコラソンも考えてもらったことがある」

 

「なるほど」

 

「ベガパンクは......ドラゴンでもいいが......オハラからエルバフまでの同行で、なにかホーミングに変化があったことには気づいていたか?」

 

「......あるな」

 

「ホーミングからなにか依頼されてないか?」

 

「..................天夜叉からの依頼か」

 

「ああ、おれは神の天敵だからな」

 

長い長い沈黙がおりた。

 

「───────空島ウェザリアに興味はあるか」

 

「!!......ある、とてもある。ファミリーじゃなかったから、連れて行ってもらえなかったんだ」

 

くまは聖書を開いた。ローの意識は突如途絶えることになる。



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108話

ローが空の旅を終えてやってきたのは、ウェザリア。空島の1つではあるが、純粋な空島ではなく今はなき空島ビルカ出身の天候学者ハレダスらが65年前に作った人工島である。「風の結び目」や「ウェザーボール」など、天候の科学について研究している。 人工島であるため移動も自由であり、島ごと移動できるという。

 

ローがハレダス博士に会いたいと連絡をいれたとき、何日待たされるのか不安だったが、案外はやく会うことができた。毎日忙殺されているのがわかる研究室だったが、そんなもの今はどうでもいいとばかりに奥に案内してくれた。

 

「......これは」

 

「私がホーミングから預かっている研究成果の全てだ。おかげで彼はウェザリアと協力関係でいてくれる」

 

「おれに見せてよかったのか」

 

「死ぬために戦争起こすやつを止めずに友人と呼べるのか?」

 

「......」

 

元をたどれば、ホーミングがベガパンクから購入した血統因子の研究データにあったグリーンブラッドがもとだ。ベガパンクが発明した人工血液の試作品。人工的に悪魔の実を作るには成功率が上がらないため、いっそのこと液体のまま作ってしまおうという発想の転換からもたらされたものだった。

 

超人系悪魔の実能力者の血統因子を生成できるもので、投与することで超人系の能力を得ることが出来る。つまり、これまで不可能とされていた能力の複製が可能となっている。

 

現在SSGではパシフィスタの上位互換に搭載すべく超人系の様々な悪魔の実をグリーンブラッドにする計画が進行しているらしい。

 

ローは新世界で繰り広げられている科学の代理戦争に息を呑むしかない。

 

本当は天候を閉じ込めることができるウェザーエッグの技術を欲しがったそうだが、ハレダス博士が頑として譲らなかった。ウミット海運との取引を全て拒否してあらゆる不利益が被ると脅されても嫌がった。そのうち根負けしたホーミングが、空島ウェザリアを海に落とされたくなかったら協力してくれと色々取引を持ちかけるようになった。30年におよぶ関係は、やはり、ドフラミンゴのいう時期から、だんだん変化してきてはいたらしい。

 

「エッド・ウォーのころから、思えば兆候はあったんじゃ。金獅子との戦いがよほど楽しかったのか、思い出したようにワプワプがあればとこぼしておったよ」

 

ホーミングほどの狙撃の名手でも喉から手が出るほど欲しいのか、ワプワプの実は、とローは思った。ハチノスの元締めの王直の能力として知られた力だ。

 

「なんで再現しないんだ?ワプワプの実は超人系じゃないか」

 

「一部が再現されても意味はないと笑っておったわ。何年かかるかわからない。もう待てないとな。王直は海賊派遣をする関係でよく世話になるから奪うわけにもいかなかったんじゃろう。王直はハチノスの海賊達に慕われておるからな」

 

話はそれたが、ホーミングはニキュニキュのグリーンブラッドを使用し、特定の成分をバブルに閉じ込めることができるようになったところに着目したようだ。

 

それはウミット海運が血統因子となるニキュニキュのなんでも弾く能力を応用し、開発した兵器だった。銃火器はこれで無効化となる。衝撃吸収ゲルの耐熱性まで高めたような強力なものである。

 

くまは『圧力砲(パッドほう)』という大気を弾いて衝撃波を発生させる技を攻撃に使っていたが、その最大の技だろうと思われるのが『熊の衝撃(ウルスス・ショック)』。見聞色なしで避けることができたのは正直運が良かったといってよかった。

 

このバブルガンはおそらく実弾やレーザーみたいなものを発射するわけではなく、大気を弾いて衝撃波を発生させるような武器であり弾切れみたいなものはなく、またエネルギー切れなんかもない理想的な武器である。近接ならば大勢の敵を弾いて吹き飛ばすというような事もできる。

 

しかし、ウルススショックは単に大気を弾くだけでなく、手の平の中で大量の大気を凝縮して弾き出し解放することによって超強力な衝撃波を放つ技だ。ただし、完全な再現は難しいため、ためが必要である。

 

溜めるごとに威力を凝縮し、あくまでオリジナルには及ばないが、擬似的なウルススショックを放つ事はできる。

 

そのための間に何をするか。

 

海の成分を抽出してシャボン玉のようなものに閉じ込めてばらまく兵器だった。のちにバブルシールドとよばれることになる新兵器のサンプルだった。

 

シャボン玉なら環境によってはすぐにわれてしまう。実際、ベガパンクも天気温度湿度というあらゆる環境を整えて初めて利用可能で、そのせいで自身の研究所だけしか防犯用に使用できないことに頭を悩ませているという。

 

なぜこれが切り札たりえるのか。できるから戦場に投入するんだろう。途方もないなにかをホーミングはまだ隠しているようだった。さすがにハレダス博士は教えてくれなかった。

 

こんなものを三日月型の島目掛けて空から大量に投下する。降り注ぐシャボン玉。触れた瞬間に力が抜ける。戦場は空から降ってくるシャボン玉により、それは陸も船の上ですら海と化すことを意味する。ホーミングの足切りだ。覇気で回避できないような者は戦場に立つ資格はないと宣言しているようなものだった。

 

そこに世界政府や海軍、まわりの関係機関、民間に至るまで一切の流通を止めた悪魔の実の弾丸をぶちこみながら戦場を歩くホーミングを幻視した。あるいは類似した効果を付与した兵器を爆破したらどうなるか。少しでもいいのだ、体内に一定の成分がどんな形であれ、入ればいい。能力者でなくても能力者にしてしまう。あるいはホーミングの標的になり回避できない者は、能力者なら1発、能力者でないなら2発で問答無用で爆発四散するだろう。

 

いつまで海兵の士気が保てるか。ローには想像することすらできなかった。ドフラミンゴがそれどころじゃないと叫んでいたのを思い出す。ドフラミンゴは今、きっとホーミングを止めるために邪魔な者達を戦場から遠ざけたいのだ。あるいはホーミングが用意する新時代の戦い方についてこれない者達の排除に必死なのだろう。

 

「......」

 

ローは考えるしかない。どうやったら、滅茶苦茶にできるのだろうか。



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109話

インペルダウン、それは世界政府が所有する世界一の海底大監獄。建物は凪の帯の海中に造られている。獄内は複雑な迷路の様な構造の上、至る所に監視用の電伝虫が目を光らせている。

 

また、付近の海には巨大海王類が泳ぎ、海上は無数の大型軍艦によって常に警備されている。その警備体制の厳重さは「鉄壁」と称され、侵入も脱獄も不可能とされる。

 

付近の海に「正義の門」があり、門が開いた時に生まれる政府専用のタライ海流に乗らなければ辿り着くことができない。

 

基本的に囚人達は牢に入れられ、能力者は海楼石の手錠や足枷をさせられる。囚人達は死ぬよりも辛い拷問に日夜苦しめられることとなる。

 

囚人達が閉じ込められるフロアは地下1階から地下6階まで存在し、順にLEVEL1からLEVEL6の呼び名でランク付けされている。

 

囚人達の危険度によってどのフロア送りにされるか決定され、危険度が高い囚人程地下深くのフロアへと送られより厳しい拷問を受ける。

 

その光景の悲惨さは正に「この世の地獄」と呼ばれるに相応しいものである。

 

創立以来、長年にわたり鉄壁を守り抜いている。実は100年以上前に捕まった海賊モーリーが秘密裏に脱獄に成功しているが、誰も知らない。

 

ハートの海賊団と同盟を結んだ麦わら一味だったのだが、パシフィスタおよびバーソロミューくまの襲撃で壊滅。ルフィはくまのニキュニキュの能力で女ヶ島に飛ばされ、当初の目的とはだいぶ違うが、紆余曲折を経てインペルダウンに侵入。派手に暴れては仲間を作り、とうとうレベル6まで到達する。しかし、すでにエースは処刑するために送られた後であり、中に閉じ込められてしまったのだった。

 

「───────ここを抜けたきゃ、おれを解放しろ」

 

「!?」

 

「おれならこの天井に穴を開けられる。どうだ麦わら......クハハハッ」

 

「おまえ、ここで捕まってたのか、クロコダイル!!」

 

「金獅子の話は存分に聞けたんだ。そろそろ脱獄してやろうと思ってはいたが......白ひげと海軍が戦争を始めるだって?クハハハッ、そいつはちょうどいい。あのジジイの首を取るチャンスがそっちから来るとはな!」

 

「............」

 

「おれはその戦争に興味がある!!!おれの能力があれば......おれもお前もここから抜け出せる。悪い話じゃねェはずだ。互いにメリットはあんだろう?」

 

「..................ほんとに抜けられるのか」

 

「ああ、今すぐにでも」

 

「おまえはビビの国をめちゃくちゃにした奴だ、ホントはいやだ、おまえなんか」

 

「クハハハ、あんな国もう興味ねえよ」

 

「ホントにやだけど、トラ男と約束したんだ、しかたねえ。だしてやる」

 

「ジハハハハ、あの白ひげが海軍と戦争するだと?海軍自ら新世界の均衡を破るとはなに考えてやがるッ!!おい、麦わら小僧。その話、少し聞かせろ。てめえがさっきから喚いてるエースってのが、ロジャーの息子ってのはほんとうか」

 

一瞬であれだけおれも出せと騒いではデスウインクを食らっていた囚人達が静かになった。

 

「そうだけどそうじゃねえ」

 

「そうか!!たしかにホーミングの息子かもしれねえんだったな。長生きしてみるもんだな!」

 

「なんだこの舵輪(だりん)!?よく生きてんな、じーさん!」

 

「あァ、これか?ウェザリアにやられたんだ。抜けやしねえ」

 

「舵輪のじいさん、クロコダイルの知り合いか?」

 

「クハハハッ、天下の金獅子が舵輪呼ばわりか!おまえの名声も今や遠くなりにけりだな、じじい!!」

 

「いつまで笑ってんだ、クロコダイル。今ここでしんどくかァ?......まあ、27年も経つんだ、仕方ねえ。ホーミングの野郎が血の掟でミーハー共を皆殺しにしてなきゃ、とっくの昔に脱獄してた。あいつが今来てんだろう?麦わら小僧、おれも出せ。この大海賊時代に、ロックスかぶれの元天竜人なんて、どんなイカれやろうなのか確かめねえと気がすまねえんだ。正義の門なんざおれの能力の前にはなんの意味もねえからなァッ!!ジハハハハッ!」

 

「黙れ、金獅子ッ!!ホーミングさんのことをこれ以上悪くいう奴は誰であろうと許さん!ルフィくん、後生の頼みだ!!わしも連れて行ってくれ、必ず役に立つ!!」

 

ついさっき、エースのことを教えてくれた魚人だった。エースとは5日間完全に陸地という条件下ではあったが、決闘の勝負がつかなかった縁もあり、ずっと親しくしていたという。ルフィはじっと見つめたのち、うなずいた。

 

「そうね、解放しましょう、麦わらボーイ。たしかにこいつらがいれば相当な戦力になる。ヴァナタが戦争を無茶苦茶にしたいっていうんなら、海軍本部へいくっていうんなら、尚更つれていくべきよ」

 

「わかった」

 

手錠を外し、外に出す。シャワー浴びたいとか、タバコが欲しいとか、剣が欲しいとか。ルフィが散々急いでいるといっているのに、約2名がいきなりわがままをいいだしたため、しぶしぶルフィ達は5・5に逆戻りする羽目になるのだった。



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110話

レベル5 極寒地獄は、雪と氷に覆われたフロアだ。懸賞金額1億ベリーの大台を超える犯罪者達が主に収監されている。囚人達は防寒着も無いため、凍傷で指が落ちたり凍死してしまう者もいる。極寒の為、監視用の電伝虫も設置されていない。牢屋の外には凶暴な軍隊ウルフが放し飼いにされている。軍隊ウルフの巣がある牢獄内の林に、ニューカマーランドに繋がる秘密の抜け穴がある。

 

エンポリオ・イワンコフが演説している。正面玄関を出たところで、いくら金獅子がいるとはいえ、外は脱出不可能の凪の海域。海軍本部に行くにしても、軍艦一隻は必ず必要になる。

 

そうなれば、単純に必要なのは頭数。味方を増やす必要がある。人数が沢山いるとしてもほんの一握りだけが正面玄関にたどり着くことができる。看守達に見つかればひどい拷問が待ち受ける。だからレベル5から1の囚人を一人でも多く解放していけるかにかかっている。走りながら鍵を奪い解放するべきだ。

 

「このインペルダウンに未だかつてナッシブルな大パニッカブルを起こサーブルのよ!さァ、いくわよ麦わらボーイ!」

 

「なんかレベル6に行きました」

 

「自由かー!?ヒーハー!!」

 

どどどどど、という地響きがする。なんだなんだと周りは極寒に震えながら辺りを見渡す。ズボッズボッと囚人達がはまっていく。雪が一区画だけ砂になった。

 

「クロコボーイッ!!ちょっとはしゃぎすぎじゃないの、ヒーハー!!?」

 

「うるせえ、文句はジジイに言え」

 

砂から実体化したクロコダイルが久しぶりの葉巻をくわえてぼやいた。

 

レベル6に戻ると言い張る同じく葉巻を満喫している舵輪にひきずられ、また戻ってきたルフィ達。27年もの間レベル6にいて全く運動もしていなかったから一気に体力や力も衰えたと舵輪が嘆いている。クロコダイルはさっさと脱獄したいが、うかつに横の壁ごと砂に変えると巨大な海王類が跋扈する凪の海域に出てしまう。結局上がらなければいけないとめんどくさがっている。

クロコダイルが天井に穴を開け、檻を支える柱ごと砂にかえ、豪快な音を立てて倒壊した檻。長年にわたる脱獄者0による慢心が、海楼石でできた檻への切り替えを延期し続けた。

 

舵輪が乗れといってきたとき、ルフィは意味がわからなかった。よくわからないまま座ったら、なんか浮いた。おれ達も乗せてくれと群がってくる囚人達に、舵輪は堕ちなきゃ連れてってやると笑った。

 

驚いている間にどんどん上に上がっていく。なんかすげーと無邪気に目を輝かせるルフィに舵輪はにやりと笑った。そして、極寒地獄はスルーされた。

 

ある区画に用があるとクロコダイルと舵輪がいうのでルフィ達はちょっと待った。

 

「ここを出ようと思うんだが少々兵力がいる。どうだ?おれと来るか?Mr.1」

 

「付き合いましょう、アンタになら。ちょうど退屈していたところだ」

 

靴にブーブークッションでも仕込んでいるのだろうか、歩くたびに放屁のような足音が響くのが特徴的な男が、パントマイムをしている。

 

「あ?」

 

「シキの親分!」

 

「喋るんかい!」

 

全然伝わってなかったので、舵輪は脱獄するぞと笑った。

 

「さあて、外に出る前に鈍った腕を少しは取り戻さねえとな。俺と対等にやりあえると思ってる奴がいると面倒だ、まとめて相手してやる」

 

檻のエレベーターにはどんどん敵味方問わず落ちてくる。舵輪に獲物をとられまいとジンベエ達もどんどん敵を倒していくので、結果として脱獄囚達の数は加速度的に増えていった。

 

シリュウが裏切ったことでいよいよ外部に情報は入らなくなる。シリュウから金獅子が脱獄しているとデンデン虫で知らされた黒ひげ達は、潜伏を選んだ。

 

 

その結果

 

 

マリンフォード海軍本部にて

 

「だから再三いったじゃねえか、センゴク元帥。黒ひげを七武海にすんじゃねえって」

 

ドフラミンゴが苛立ちを隠しもせずにふんぞり返っている。世界政府から直々に通告されてしまっては逆らえない立場とはいえ、ホーミングの警告が的中してしまった形だ。センゴク元帥は答えるだけの心の余裕がない。

 

七武海の強制召集に応じない黒ひげには世界政府から剥奪の権利があるが、公的機関の関係で所定の手続きをしなければすぐには無理なのだ。現行犯ならいけたのだが、インペルダウンがとんでもないことになっているため、こちらに情報が回ってこないのだ。

 

「───────それと、別件ですが、出航許可のない軍艦が一隻......そのインペルダウンを」

 

「出港したのか!?」

 

「え、あ、はい......」

 

「そうか......ならいい」

 

「えっ?!」

 

ガープが爆笑してセンゴク元帥に殴られ、ドフラミンゴは舌打ちをする。

 

「センゴク元帥!」

 

「今度はなんだ!」

 

「信じられないんですが、その軍艦が......空を飛んでいると報告が」

 

「何笑ってるんだ、またお前の家族だぞ、ガープ!!」

 

「いやー、すまんすまん。まさか海軍が伝説を2人も相手することになるとは思わんかったんじゃ」

 

ドフラミンゴは内心ざまーみろと笑っていた。



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111話

いつかの海戦のように天気予報は外れていた。今にも降り出しそうな曇天だった。

 

海軍本部のある島マリンフォードには、主に海兵達の家族が暮らす大きな町がある。現在住人達には避難勧告が出ており、避難先のシャボンディ諸島からモニターによって人々は公開処刑の様子を見守っていた。

 

なお映像を流す電伝虫は利権ごとウミット海運が買い取っており、世界政府がそれを買い戻そうとしていた矢先に、黒ひげとエースの戦いが狙ったようなタイミングで起こった。そのためモニターの隅っこには碇マークのウミット海運と書いてある。

 

各所より集まった記者やカメラマンもまたここから世界へ情報をいち早く伝えるべく身構えていた。

 

海軍からの監視船は出航のたびに撃沈され、白ひげの目撃情報はない。マリンフォードに走る緊張感は高まるばかり。せまる処刑までとうとう3時間を切っていた。

 

世界各地から招集された覇気使いの名のある海兵達。総勢約5万人の精鋭がにじりよる決戦の時を待っている。三日月型の湾頭および島全体を40隻の軍艦が取り囲み、湾岸には無数の銃砲が取り囲む。港から見える軍隊の最前列に構えるのは、戦局を握る5名の七武海。

 

そして、広場の最後尾に高くそびえる処刑台には、自ら事件の中心になることを選んだ、白ひげ海賊団2番隊隊長ゴール・D・エースが運命の刻を待つ。その眼下で処刑台を見守るのは海軍最高権力3人の大将達。

 

今考えうる限りの正義が、自らの存在意義を示してみろと言外に挑発してきた旧世代の海賊達を待ち構えていた。

 

モルガンズのマークを浮かべた、カモメたちがたくさん羽ばたく船が空を飛んでいる。

 

真ん前に突然浮上してくる碇マークの船がある。ウミット海運の船だ。深層海流を使う都合上、やはり最初にしかけてくるのは、この男だった。

 

「私の息子は無事かね、センゴク元帥」

 

センゴク元帥がデンデン虫でいざ話そうとした矢先だった。予想通りとは言えため息を殺しながら、センゴク元帥は応じる形で言葉を続ける。

 

「違うだろう、ウミット海運副社長ドンキホーテ・ホーミング。諸君らに話しておくことがある。この男は20年間我々を欺いてきたのだ。エースはこの男の息子ではない」

 

「エース、きみの父親は誰だね?」

 

「おれには2人父親がいる。どっちをいえばいい?」

 

「違うだろう!!」

 

「違わねえ、おれの親父は白ひげだ!!父さんはホーミングだ!!」

 

今から処刑されるというのに、目の前にホーミングがいるせいで、口元がうれしそうに歪んでいる。センゴク元帥はエースの余裕を隠すようにエースの出自を暴露する。

 

「証拠はなんだね?上から録音を重ねられるトーンダイアルだと我が社は隠し立てすることなく、情報提供をしたはずだが?養殖ダイアルは我が社の登録商品だ。海軍も使っているんだ、忘れたとは言わせんぞセンゴク元帥。私の息子と海賊王が親子だとどうやって判断した?再三情報開示したのに、お前達は答えないまま処刑日を迎えた。冤罪のまま私の息子を殺す気か、貴様。うちの血の掟を忘れたわけではあるまい?」

 

「お前の手の内はわかっている、人堕ちホーミング。お前は世界政府への恨みから次代の海賊王を育てるために出生からエースを庇い、海賊王のかつてのライバルである白ひげの船に乗せたのだ。ワノ国のおでんの肩書きを新入りが名乗るわけがない。現に我々は二重で手が出せなくなった。───────そして、放置すれば必ず次世代の頂点に君臨する資質を発揮し始める。だからこそ、今日、ゴールド・エースの首を取ることに意味があるのだ。たとえ、貴様らと全面戦争になろうともだ」

 

「私が世界で一番愛しているのが家族だと知ってもなおほざくのか。ならば私も容赦はしない。ウミット海運の血の掟に従い、エースを奪還する。身内に手を出されたんだ。皆殺しにされても文句はいうなよ、貴様ら」

 

ホーミングは不意に空を見上げた。そしていうのだ。センゴク元帥は目を閉じた。ホーミングの見聞色は群を抜くのだ。嫌な予感はしていた。

 

「話は変わるが、私達海運会社にとってもっとも大事なものが天気予報だ。27年前、私達は再三なんとかしてくれと直訴してきた。金獅子のシキが優秀な航海士や天気予報士を拉致する事件が相次いでいたからだ。だが貴様らは放置した。ガープ中将が力を貸してくれるというから、我が社とウェザリアは手を組み、金獅子のシキを捕まえ、貴様らに引き渡した。処刑を望んだのにインペルダウン送りにした。放置すれば衰弱死したものを治療までして生かした。その結果どうなったか」

 

あたりがざわざわしはじめる。

 

「───────今日脱獄して私達に報復しに向かっているようだ。どういうつもりだ、貴様らは。私の息子を処刑して、私が殺されるのは放置するのか。これが人間を選んだ天竜人への世界政府と海軍のやり方なのか。30年たっても私は人間になれないのか。ならば私達にも考えがある。守ってくれないなら、自分で守らせてもらう。こちらに金獅子が向かっているんだ、ウェザリアがなにをしても文句はいわないでくれたまえよ。もし金獅子がきたら。わかっているだろうがこれは正当防衛だ。お前たちは守ってくれないんだからな」

 

エッド・ウォーの時のような嵐が近づいている、曇天の切れ目からウェザリアのシャボン玉が見えた。

 

そして、ウミット海運のコーディングにより深層海流を通じてやってきた白ひげの船が次々浮上してくる。

 

「グララララ、何十年ぶりだ、センゴク?おれの愛する息子は無事なんだろうなあ?」

 

雨がぽつぽつと降り始めていた。



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112話

今回の戦争におけるドンキホーテ・ホーミングが自らに課した血の掟の宣誓はこれで完了した。一、エースを奪還すること。二、奪還時(制限時間が過ぎたのに)に手を出した者は皆殺しにすること。三、金獅子がきた時点で、何をしても正当防衛である。

 

白ひげに確認するように視線を投げると、たしかに聞いたとばかりにうなずいた。ひとつでも違えば血の掟に従い、落とし前をつけなくてはならない。30年間ホーミングがウミット海運に勤め始めてからかならず行っているルーチンワークである。

 

この瞬間にホーミングの覇気が完全に消失した。

 

白ひげがにやっと笑った。刀を突き刺し、両手を振り上げて、覇気を練り上げる。みしみしばきばきと音がするほどにまで練り上げられた覇気を込めて、能力を発動する。大気にヒビが入る。空間が震える。世界が震える。白ひげの十八番、海震だ。両方から隆起する海面をみて、ホーミングは白ひげをみた。

 

「マリンフォードにしかいかないよう加減したな、白ひげ。優しいことだ。沈めてイールに迎えに行かせればすぐに終わったものを」

 

「グララララッ、なんのための宣誓だアホンダラァ、台無しじゃねえか。すぐに終わったら海軍の面目丸潰れだろ、もっとあばれさせてやれよ」

 

「私は嫌だ、最初から全力で行きたい。エースを奪還しないとガープ中将が本気を出してくれないじゃないか。はやくしないと金獅子が来てしまう。そしたら私は離脱しなきゃならない」

 

「どっかの狙撃手みたいなこといいやがる。前線に出る狙撃手があるか」

 

「人には人にあったデザインというものがある。それが剣だったり、銃だったりする。私の場合はたまたま銃だっただけだ。好きで狙撃手やってるわけじゃない。もう一人は今頃インペルダウン近海だろう」

 

「準備がいいことだ。黒ひげがいるとわかってて、なんでこっちにきた?」

 

「私が来ないとセンゴク元帥が好き勝手喧伝しかねないのでね。父親の面目丸潰れじゃないか、それはよくない。とてもよくない。ただでさえエースは可哀想なくらい自己肯定感が低い子だ。支えだったトーンダイアルを取り上げやがって、許さん、絶対に許さん、殺してやる。だから奪還時に手を出せ、誰か。頼んだぞ」

 

津波がやってくる。

 

「イール達は、私達の陣営の船に近づいた時点で船ごと沈めろ。攻撃が激しくなってきたら船ごと潜伏だ。シデ達は乗り込んできたら皆殺しにしろ。ただし持ち場を絶対に離れるな。金獅子が来るまで自由に動くな。特にシデ、ドフラミンゴから挑発されてものるな」

指示をひととおり出したホーミングは、変わった形の武器を手にとる。

 

「なんだそのケッタイな武器は。ウミット海運お得意の新商品か?」

 

「数年以内に実用化予定の新兵器だ。予習にちょうどいいだろう。自分が指揮する兵器の性能を知らずに使うと事故が多発するからな」

 

ホーミングはそういって船から降りる。着地する瞬間に津波が凍りつく。ホーミングは歩き出した。

 

瞬く間に凍りついていく船の周りをすでに海底で待機していた魚人達が覇気を纏って破壊を開始。ホーミング陣営の船は移動手段を確保した。

 

そしてホーミングは引き金を引く。奇妙な形の銃だった。それはじぇるのような形状のなにかを放出し、こちらに飛んできた氷を飲み込んでしまった。そのまま落下する。津波が凍りつき無数の破片が落ちてくるが、そのまま歩いていく。

 

「指揮官がその性能を思い知る機会はなかなかない。いい機会だろう」

 

「せんちょー!船の上ってお空も入るー?」

 

「入るとも」

 

にやっと笑ったミンク族司令官が一斉に火薬に花咲く植物の種を伴う攻撃を指示する。砲撃は全て花びらと化した。ホーミングの先にはさまざまな草木が生い茂り、人が一人歩いても余裕な強度となる。

 

「私はいくが、白ひげはどうする?」

 

「好きにやるさ、そうやってきただろ。今までも、これからもな」

 

「そうだな」

 

白ひげ海賊団の大幹部クラスと大将クラスの大乱闘が始まる。ホーミングはふたたび歩き出した。港まで歩いてきたホーミングの横を中将達の大乱闘が通り過ぎていく。

 

「......ものの見事に覇気使いしかいないな。ドフラミンゴの仕業か?」

 

「あたりまえだろーが、気絶要員なんざ邪魔なだけだ。さっきの演説の時点で士気が下がるような雑魚はいらねえんだよ」

 

ホーミングはためいきをついた。どうもドフラミンゴは意図してか、意図していないのか、ホーミングの計画を的確に邪魔してくるのだ。

 

どさくさにまぎれて未来の英雄を射殺しようと考えていたのに。船の上での見聞色の時点で戦場のどこを探しても気配が見つけられなかった。ホーミングは心底残念に思いながら歩いていく。

 

「フッフッフッフッフ、なんだかんだでこういう機会でもねえと戦わねえよな。おれ達。なあ、ホーミング」

 

「おや、随分とはやいご登場だね、天夜叉ドフラミンゴ。あちらの巨人族は操り甲斐があるんじゃないのか?」

 

「あ?ありゃダメだ、ゲッコーモリアが持って帰る予定なんだよ、死体。アンタ相手に使うとぼろぼろになるからな。却下だ」

 

「いつもの雲移動はどうした」

 

「馬鹿いえ、制空権とられてんのに使えるか」

 

「それもそうか」

 

ホーミングは笑いながら武装色を込めて銃口を向ける。

 

「さて、ドフラミンゴ。一つ聞きたいんだが、今回の影騎糸は何発入れたら死ぬんだね?」

 

「フッフッフ、試してみたらいいんじゃねえか?やってみないとわからねえな」

 

「そうか。なら、ドフラミンゴにとっては残念なお知らせをしなければならないね。今回の新商品、とうとう弾数が無制限になったんだよ。科学の進歩とは凄まじいものだ」



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113話

世間話をするような気軽さでホーミングとドフラミンゴの影騎糸は当たれば即死の攻防を繰り広げていた。

 

ホーミングの新商品の宣伝は、次の日にはドフラミンゴを通じて行われ、世界水準の予言書となる。世界政府に独占された技術ではなく、今はなき空島ビルカの遺産とツキミ博士の遺した科学力とホーミングの提言あってこそ完成したものだ。実装された暁には、敵味方関係なくばら撒かれる新時代の標準装備となる。

 

ドフラミンゴの影騎糸はさまざまな攻撃で新商品の性能を知ろうとする。それだけで大きなアドバンテージだ。砲撃に対し、斬撃に対し、あるいは本体より劣る影騎糸の能力まで、泡のようなものを手に纏わせて弾き返す。そう、落とすのではなく、はじき返している。あやうく自爆しそうになった本体はさすがに冷や汗が浮かんだ。見聞色で見るだけでは偽装工作で騙されていただろう。

 

衝撃を吸収して跳ね返るゴムのようなもの。砲撃だけでなく、物理攻撃や斬撃に対しても防げそうだから、防御力でいえばかなり強力な銃だ。

 

問題はこの材質が海の成分でできていることだ。一発でも食らった能力者は能力も覇気も封じられ、それ以外しか攻撃手段がなくなる。ある一定の実力者の場合、そこに武装色や覇王色を纏わせ、見聞色の合わせ技でさらにえぐいことができる。

 

海楼石製なのか、グリーンブラッドの派生でニキュニキュの能力で抽出しているのか。弾丸が無制限とはどういう意味をもつのか。

 

これを量産することができれば、覚醒含め絶対的な優位を持つ強さを発揮する能力者に対し、非能力者でもかなり対抗しやすくなる。とくに六式使い、あるいはゾオン系の能力を持つフットワークの軽い者、そのどちらも持つような実力者が使用すれば、とてつもない脅威になるのは明白だ。

 

今、ホーミングがつかっているのは、非能力者でも使えるのに、能力者に対して強烈に作用する武器だ。かつて悪魔の実の能力者はひたすらに猛威を振るう存在だった。

 

しかし新世界では武装色の覇気によってある程度まで対抗できている。ここに専用のアイテムというべきものが実装されればどうなるか。少なくとも、持っていれば十分戦えるようになるだろう。それをウミット海運が独占販売すればどうなるか。

 

本体は考える。これが父上のいう新時代の闘い方か。これはある意味ひとつの時代の転換点であるといえるだろう。

 

化学兵器の研究開発、量産化が進めば、悪魔の実の能力者が持つアドバンテージはどんどん少なくなってくることを意味する。かつて科学技術の主導権を世界政府が握っていたが、ウミット海運の出現がそれを終わらせた。むしろ競争が激化し、さまざまな武器が開発されている。

 

「なるほど......アンタは大嫌いな大海賊時代を本気で終わらせにきたのか、ホーミング」

 

「そこに私が死んだらなおのこと世界は加速するだろう。誰もが止められなくなるに違いない」

 

「..................たしかにな」

 

いよいよ明言したホーミングに本体はかろうじて返す。世界で一番聞きたくない言葉だった。

 

「ロジャーやロックスが狙っていた世界をひっくり返すという行為の難易度は桁違いに跳ね上がるだろう。科学の進歩に従って難しくなってくる。そこに世界政府の権威が失墜したらどうなるかなんて分かり切ってるな」

 

「だろう?おまえの弟分達は、私たちの先導する科学の進歩とそれを保有する利権との関係からみても最後の抵抗の世代といえるだろう。それがなにを意味するのか、ほんとうに楽しみなんだ、私は」

 

「じゃあなんで見届けねえんだよ」

 

「カイドウが覇気が世界を制すると豪語するのは、そういう意味もある。私が憧れているのはあくまでも旧世代だ。ロックス世代ともいうがね。世界情勢を理解していなければ見当違いな解釈を生みがちだが」

 

「そんなことしなくても鍛えればすぐその領域にいけたじゃねえか、天竜人だったころのアンタなら」

 

「───────だからおれも敗北した」

 

「ちちうえ?」

 

「───────そういう意味じゃおれ達は似たもの同士だな、ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

 

「......」

「やがて始まる本物の海賊だけが生き残れる世界がやってくることを予見しながら、準備が間に合わなかった。時代のうねりも人の夢も受け継がれる意志も濁流となっておしよせ、おれ達は豪傑共の新時代にたどりつくことなく負けたんだ。頂点に立つものが善悪を塗り替える。今この場所こそが中立だ。まだどちらにも属していない。決めるのは勝者だからな。正義は勝つとはいうが当然だ、勝者が属性を決め、それが新たな正義に置き換わるのだから」

 

「ほんと、あいかわらずだな、アンタ。おれは父上としてのアンタと話してんだ。シームレスに人堕ちとして話しかけてくんじゃねえよ。びっくりすんだろうが。ほんとになにがあったんだよ、なにをみたんだよ。なにとあったらそうなるんだ、ちちうえ」

 

「しりたかったら止めてみろ、それが勝者の特権だ」

 

ドフラミンゴは手を止めた。ホーミングの新商品の弾丸にとうとう糸人形が被弾したのだ。



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114話

「そんなに私と闘いたいなら申し出てくだされば、いつでもお相手いたしますのに。ねえ、センゴク元帥。こんな回りくどいことされなくても私はいつでも受けて立ちますよ」

 

興が乗るとどっかの狙撃手みたいなことをいいだす男がセンゴク元帥はこの世で二番目に苦手だった。

 

知将とよばれたセンゴク元帥の前に現れたのは、やはりこの男だった。トーンダイアルを仕込んでいるか、モルガンズに事前通告しているか、それとも白ひげに見聞色でみた全てを暴露しているか。

 

いくら戒厳令をひいても海軍も突き詰めれば個人の集合体だ。綻びは生まれる。だから最低限の情報共有をしたのだが無駄だったようだ。だからこちらもガープを待機させていたわけだが。

 

「笑うな、ガープ」

 

海軍公認で30年来の腐れ縁と殺し合い厳禁の闘いができる段階で、海軍の英雄ガープ中将が水を得た魚みたいに生き生きするわけがなかった。

 

「笑いたくもなるわい、おまえさんのいう通りになったんだ」

 

「全くうれしくない」

 

ホーミングの見聞色は群を抜いているのだ。あの王直すら凌駕する。本来見聞色は、相手の気配をより強く感じる覇気。 この力を高めることで、視界に入らない相手の位置や数を把握したり、相手が次の瞬間に何をするか先読みしたりすることができる。

 

更に錬度や精度を増せば、相手の力量を見極めることもできる。 見聞色を鍛えぬいた者は、少し先の未来を見ることができる。

 

だがこの男の場合、ES事件の時に未来が見えすぎてそれを前提に動くものだから、その段階ではその途中である可能性を考慮せず行動したことがある。アブサロムがスケスケの実の能力者となった今、それが逆説的に証明されてしまった形だ。天夜叉ドフラミンゴがフォローに回った段階で、師弟の覇気の練度は想像を絶するのは間違いない。

 

この最初で最後の失敗をものにできなかったせいで、世界政府も海軍も目の前の男に完全に手がつけられなくなってしまったのだ。

 

コング元帥の時代で自分が大将の時代なら心躍る状況だっただろうとセンゴク元帥は思う。今はもうひたすらに胃が痛い。

 

状況はさらに悪化の一途をたどっていく。空から軍艦が堕ちてきた。最悪のタイミングだった。ガープとセンゴク元帥は凍りついた。ホーミングのいう正当防衛が成り立つ状況に陥ってしまったのである。海軍最強戦力たるふたりとホーミング、エースがいるこの状況で。ホーミングが本気で殺しにくるタイミングが来てしまった。とっさに全員が空をみあげた。

 

ウェザリアは何を仕掛けてくるつもりだ!?

 

ひとつのシャボン玉がおちてきた。並々注がれた緑色の液体を蓄えたそれがエースの頭上に落ちてくる。意味がわからず困惑する誰もが固まっていた。のちにバブルガンと呼ばれることになる新商品を放り出してまで、動いたのはホーミングだけだった。

 

 

「おれの勝ちだな、父上」

 

 

カタンカタンと転がるバブルガンを拾い上げ、覇気なしだと殺傷能力がない、ただのジェルの弾丸でホーミングの頭を躊躇もなく撃ち抜く。その場で笑っていたのは、天夜叉ドフラミンゴだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること1週間ほど前のこと。

 

インペルダウンで黒ひげとハチノスの海賊をぶつけて、黒ひげにワプワプの力を奪わせ、それを後から強奪する。そんなにワプワプの力が欲しいなら、謀殺しないで直接奪いに来い楽しみにしてたのに失望したぞと抗議しに来た男がいた。

 

たまたまローとハレダスの話を聞いた男は話が違うと激怒した。黒ひげを倒せると信じているから自分はマリンフォードで金獅子と相打ちになり死ぬつもりだなんて知らない。聞いてない。生まれて初めて出来た話が合う同格の狙撃手仲間なのに。

 

男はローに賭けを持ちかけた。黒ひげが勝ったら、能力を奪う前におまえの力で人工悪魔の実と入れ替えろ。そして、ワプワプで作った雨を最愛の三男坊にぶっかけてやれ。黒ひげが負けたら、おれがあいつを殴りに行く。今のあいつなら間違いなく三男坊を庇って死に急ぐ。それが最高の終わり方だからだ。

 

それをほんの少し、想定よりも、わざとはやめるだけでいい。見聞色の誤差の範囲だと誤認させるくらいのはやさで。ほんの先の未来ならお前はみえるようだから、とローを指名して笑った。そういうことだ。

 

悪魔の実は、最初に口にしたものにしか、能力は発現しない。つまり、緑液体まみれのホーミングしかワプワプの力は発現しないのである。

 

「悪く思うなよ。とっさに子供を庇うのは良き大人の特徴だ、理屈だなんだじゃなくて、体が先に動いてしまう。そう教えてくれたのもアンタだったよな、ドンキホーテ・ホーミング」

 

悪魔の実を食べた人間は、能力が身体になじんで開花するまで時間かかるが、すぐにカナヅチになる。つまりバブルガンをぶつけられると、動けなくなるのだ。いくらかつて能力を使っていたことがあっても、今世の体は経験がない。ホーミングはひどい脱力感に苛まれて崩れ落ちる。

 

「アンタの負けだ。センゴク元帥、ホーミングを人質にすれば、ここ以外の戦場は休戦にできるはずだ。おれは先に離脱させてもらうぜ」

 

「孤軍は所詮数の暴力に圧殺されるのが世の常か」

 

「ちげえよ。アンタの見聞色は教えてくれてたはずだ。でも、アンタ自身が頭じゃなくて心で人の心の機敏てやつを理解し始めたばかりだから、理解できなくて見当違いなことをよくする。昔ほどトンチンカンじゃねえがな。覇気は精神状態に左右されるから絶対じゃないし。参考程度だ。だからアンタは人と話すことを覚えた。でも今回は誰にもいえなかった。邪魔する奴らしかいねえからだ。おれは話した。アンタに落ち度があるとしたら、邪魔する奴らしかいねえのに、最高の終わりに固執したことだ。ばーか」



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連載における年表(2年後基準)およびオリキャラなど。原作1話時点まで。

プロフィール

本名 ドンキホーテ・ホーミング

異名 人堕ちホーミング、思想犯ロックスかぶれのホーミング

年齢 ガープくらい

身長 普通の人間くらい

懸賞金 ドラゴンより下くらい

肩書き ウミット海運副社長

所属 天竜人(33年前まで)→ウミット海運

所属船 ウミット海運の船

覇気 覇王色、武装色、見聞色

武器 銃やウミット海運の商品

イメージ職業 ヤクザかマフィア

出身地 聖マリージョア

誕生日 4月3日(ホーミング=4ー3ング)

星座 牡羊座

血液型 x型(現実におけるA型、ドフラミンゴがA型でロシナンテがO型のため、妻もAO型である)

好きな食べ物 コーヒー(特に白髭が嫌いなやつを悪戯かねて)、安い料理(非加盟国出身)、ロブスター(ドフラミンゴが好きだから)、キャベツ料理(ロシナンテが好きだから)、ペペロンチーノ(エースが好きだから)、かぼちゃ(歴史的に見て)

嫌いな食べ物 ブルーベリー(似たもの同士の赤髪が嫌いなのはたまたま。本人は花言葉が裏切りなのが不吉で嫌)

趣味 情報収集

一人称 私(仕事モード)おれ(王直モード、ホーミングモード)

イメージ動物 ブチハイエナ(誤解うけやすいのと主流の生態がイメージのライオンなのと、赤髪のイメージ動物であるライオンとは敵同士のため)

 

経歴

王直時代

裏設定

(暫定)うちの王直の母親は非加盟国でろくに自治が望めない無法地帯出身の元奴隷、父親は黒炭の血筋で、色々あって王直孕ったから母親ごとその無法地帯に捨てられた。そんな環境で母親が王直が物心つくまで生きられるわけもなく、任侠の誰かに拾われて育てられた。だから王直本人も親や国が全て伝聞にすぎないため、自分がどこの所属なのかわからない。だから非加盟国出身を自称する。任侠の育ての親のもとで見習いしながら商人を目指すことになり、独立してからも頑張ってたが見聞色は使えるのに仁義がわからずウミットにまけて嵌められ、海賊堕ちした。センゴクは生まれも育ちもいい男だから、仁義ある正義を掲げるセンゴクやガープからの好感度は高いが、王直にとってふたりは不倶戴天の敵だった。

 

王直に似てるホーミングやドフラミンゴはいちいち非加盟国出身の海兵達にぶっささる。特に非加盟国と世界政府の密約で身売りされてきた藤虎はなおのこと。そういう意味では孤児のクザンも同じで海賊に因縁ありな赤犬は苦い顔をする。黄猿は知らぬ顔だからバランスとれてた。今は緑牛が苦い顔する。

 

王直時代→ホーミングの思考回路

ロックス世代の狙撃手、好戦的で悪戯大好きな親分気質。商人時代にウミットに負け、武器商人から海賊になった。ロックス信奉者で金獅子と白ひげと仲良し。センゴク元帥が苦手とする相手。ロックス時代を反省して身内を大事にするが黒ひげに敗北、死に至る。その直後に世界で一番嫌いな天竜人ホーミングになったため自分の運命について深く考えた結果、ロックス時代の再来を決意、行動を開始。

 

(本音)

大海賊時代から海賊始めた非加盟国出身とか正当な理由で海賊初めてない奴らをまとめてミーハー呼ばわりして嫌っている。クロコダイルあたりに嫌がらせしてたのはそのせいだ。だからクロコダイルも嫌い、白ひげとも仲良いから尚更。ミーハーは非加盟国出身者が喉から手が出るほど欲しくても手に入らないものを初めからもってるやつらがおおいから、海賊王がミーハーしかなれないとしても許せない。せめてロックスの時代を知る奴らを倒せないと海賊王として認めたくない。

 

この時点で遅かったんだ、先手を打たれてしまった。だからロジャーは処刑時に大海賊時代を始めなくちゃならなかったし、海賊王に興味がないはずのお前は、それを察したから空の王座を守り続けているんだろう?今もなお。

 

ロジャーは自首をして世界政府による新聞報道にネジ曲げられないカタチで「財宝を見つけて置いて来たぞ」と言ったんだ。世界に知らしめて巻き込まなければならないんだとお前が気づいたときにはすでに、世界政府にやられてしまったあとだった。ゴールド・ロジャーが世界一周をした、凄いぞと世界中が先に熱狂してしまった。

 

ロジャーの運が悪かったことは色々あるが、思いつくだけでも3つほどあるな。古代兵器が生まれてくる前だったのと、不治の病により急がねばならなかったことと、ライバルのおまえが財宝に興味がなかったことだ。

 

 

もしもこの2つの悲劇がなく、お前と最後の島を巡るレースができていたなら。もっともっと世界を巻き込みながら大きな事件を起こしつつ最後の島へ行けていたなら。世界政府の報道規制にかかる事なく最後の島へ行けていたのかも知れないな。そうすれば、ロジャー海賊団だけではなく世界が共に「この世の全て」を知る事となったのかもしれない。

 

それが不可能だったから、ロジャー海賊団の真の偉業というのは世界一周の熱狂に掻き消される事になった。だから「死に際に放った一言」でやり返すカタチになったんじゃないか?なあ、だから責任感じてんだろ?ニューゲート。

 

おわりにしないか?こちらから仕掛けるんだ。大丈夫。今回は負けない、絶対に負けない自信があるんだ。なにせこの日のために30年間もおれはひたすら計画を進めてきたんだからな。

 

すべては世界で一番愛する家族を守るためだ。こうするしか他に方法はないんだ。世界政府お得意の情報規制を完全に封殺することができれば、きっとおれ達は、世界をかえることができる。

 

さいわい、大海賊時代の幕開けがあったからこそ、赤髪のシャンクスがあの麦わら帽子を託せるほどの逸材である麦わらのルフィが生まれたわけだ。しかも多くのライバル達や四皇・七武海という大物達がいる。財宝好きなはずのバギーが興味ない時点で下手な勘ぐりをする奴はいるかもしれんが、あの宝の真意を世界が知る術はないはずだからな。おそらく、麦わらのルフィはやつらとの戦いを繰り広げる中で、世界政府が消そうにも消せない事件と共に最後の島へと至るだろう。そうやって世界中に何かを呼び起こして行くんだろう。

 

おれとしては、ロックス思い出す黒ひげとかキャプテン・キッドの方が好きなんだけどな。え、じゃあなんで殺した?殺しても死なねえから嫌いなんだよ、あの男は。

 

なお、永遠に残る傷とともに不倶戴天の敵に殺されに行こうとしたら失敗しそいつに親友と思われてることが判明。もうホーミングすら自分の建前を制御不能になっていると気づき、自分も嫌いじゃなくなってると気づいて受け入れた矢先に「そこまで思ってくれてるとは知らなくて」言い終わる前にガープはキレた。このガープのキレ方みてまさか王直時代から勘違いされてた好感度にホーミングとしての30年が追加されての行動だとは思わなかったわけです。そりゃ負けたわってなる。ホーミングとしては天竜人嫌いのガープなら絶対ロシナンテに海兵としてのイロハはたたきこむが、ホーミングがドフラミンゴにしたみたいにわざと愛情向けないで育てると踏んでた。憎悪抑えるので手一杯やろって。まさかホーミングが王直みたいだから親友になれるかもしれんなんて思いもしない。

 

そして、計画破綻させた自慢の息子がいった(そこまでわかってたならなんで愛してくれなかったって叫びを押し殺しながら)「アンタの目的が初めから破綻する運命だったのは、よくわかった」って言葉を思い出すわけでして。完敗である。

 

最初期はマリージョアを襲撃し、海兵息子二人に殺される最期を考えるが、覇気に目覚めたドフラミンゴがわざと手元に残り、計画が破綻。次は頂上戦争を終わりに定め、新時代の礎になり時代を暴走させるために計画を変更。行動開始。

 

ドフラミンゴの思考回路

父上の突然の豹変の時点で違和感を感じ、元々非加盟国までの引越しで溜め込んでいたストレスが後押し、父上から2択を迫られた時にはすでに見聞色が目覚めかかっていた。焼き討ちにより覇気に目覚め、見聞色でホーミングを追いかけることができた。あとは父上の豹変の理由を知る為と復讐で出奔後海賊となるが、父上の現状に諦めた。22年前、エースを巡る言い争いから愛の拳に気づき、ロックスかぶれの死にたがりになったとさとる。この時の動揺でヴェルゴに出自を話してしまう。七武海になり父上を止めるために奔走。ヨミヨミではないとわかった矢先に頂上戦争の呼び出しで情緒が滅茶苦茶な時にローから電話がかかってきて本音をこぼしてしまう。それからは最高の終わりを阻止するため奔走する。

 

(本音)

ドフラミンゴは父上は海賊王が現れたら世界をひっくりかえす戦いがあるから便乗して上を皆殺しにしたいんだろうなと思ってる。だからドレスローザには海賊王に本気でなりたいやつらには楽園の中立地帯ができあがった。七武海と天竜人の傀儡はしなきゃならんが不眠症は解消された。

 

ドフラミンゴにとっては悲願のドレスローザ。非加盟国に転落するくらいなら自分達がインペルダウンに行く方がマシ。新しいインペルダウンなら天夜叉の境遇に心底同情する非加盟国出身の誰かがたくさんいるから身の安全は保証される。そっから脱獄してドンキホーテ・ドフラミンゴと名乗りたい

 

ロー

ドフラミンゴの船で自称医者の居候として3年間居座ったあと、海賊王になることを宣言してドフラミンゴファミリーとスワロー島でわかれる。Dは神の天敵

 

 

ウミット海運

碇マークがトレードマーク。深層海流の運輸王ウミット率いる世界で一番有名なマフィアが運営する海運会社。儲け話を邪魔した奴は血の掟に従い、地獄の果てまで追いかけて皆殺しにする。逃げた奴らは海軍本部に副社長ホーミングにより、有名無名問わず報告され、回数が多いほど危険因子ポイントを稼ぎ賞金額が跳ね上がる。シマに上陸するには血判を必要とする(能力者の血統因子を集めるためと魚人島への入国許可証を兼ねている)

 

ホーミングの宇宙船

いまはなき空島ビルカに伝わる月の民の信仰、歴史、叡智が詰まったツキミ博士の研究所を移設した宇宙船。水陸空両用、深層海流に耐える特殊なコーディングをしている。月の技術により天候改変、ダイヤル砲を行える、ウラヌスから回避が可能。だだし、ウェザリアとセットのため、世界政府はもちろんウミット海運とドフラミンゴ、ハレダス達以外は誰も知らなかったが、ローに最終話で全部バレた。

 

ツキミ博士の忘れ形見の人工知能ロボット2体が乗っていて、化学班を兼ねている。エルバフにオハラの書物を運んだのを目撃したベガパンクが歴史の本文を解読したり、研究したりするのに使った書斎が残っている。ちなみにドフラミンゴが読んでいた白い町の本はここから貸し出されたもの。不眠症がぶり返したドフラミンゴが寝れるまで読んでいた。

 

はたからみると、碇マークがトレードマークのウミット海運(世界政府公認)にしかみえない。

 

部下

 

スペーシア少尉(船の整備士長と空の運転士長を兼ねるロボット。スペーシー中尉の命令で乗船。電気が切れると止まる)たぬきと間違われる。チョッパーくらい。

 

ドルネシア少尉(深層海流の操舵手長のシデの好きだったウサギのミンク族の女の子がモデルのロボット。本人はモコモ公国に帰還済み。電気が切れると止まる)ウサギと間違われる。8歳の姿で固定

 

ゼポ 白くまのミンク族

武装色、見聞色。

20年前、エルバフでポーネグリフを読ませてもらったら、ついでにホーミングの船など秘密を知ったためそのまま見習いとして入ることに。

名前はでてないが旧ドラム王国に出てきたペドロの部隊にいた。副隊長である。今はさくら王国の支部にいる。

 

ペドロ

ジャガーのミンク族。 武装色、見聞色

ゼポと一緒の経緯で見習いから戦闘員、第一部隊を任されるまでになる。旧ドラム王国関係の仕事をドフラミンゴファミリーから依頼され、ホーミングから指名されるほど信頼されている。ストーリー的に一番最初に麦わら一味にかかわることになる。ドルトンを旦那と呼んで慕う。

 

パンサ ドフラミンゴと同い年

ミンク族部隊総司令官。黒ヒョウのミンク族。武装色見聞色。(自称)ゾオン系悪魔の実モデル黒ヒョウ。一人称僕。年上には敬語で無邪気な話し方をするがさすがにもう24だから話し方を変えた。月獅子制御済み。交渉は話はわかるが、見合う成果がないと容赦なく皆殺しにするタイプ。側から見るとパンサの方がシマを荒らすとでてくるタイプのウミット海運のイメージ。あたり枠。エースと黒ひげに挑むが部下が全員皆殺しにされて解放された。黒ひげは負けないが勝てないいつかころす。

「あははー、運がなかったねドフラミンゴ。僕がじゃんけんに勝ってたらおとといで全部終わってたね」

 

シデ ドフラミンゴと同い年

ミンク族部隊副隊長。黒うさぎ 武装色見聞色(自称)ゾオン系悪魔の実モデル黒ウサギ 一人称僕。せんちょーと呼ぶ。イヌアラシ様達を慕う最古参幹部のひとり。ドフラミンゴとは独立するまでは決闘し合う仲(ドフラミンゴは嫉妬由来だがシデは理解していない)久しぶりに決闘ができて満足。海楼石仕込み、解毒剤常備(よく仕込まれるため)。覇気取得済み。ドフラミンゴと戦って3日決着がついた模様。ただ目が覚めてたったのがほぼ同時だったため、互いに負けを認めない。ホーミング相手だと、なにかと語尾を伸ばしたがるし、ひらがなになる。他の年上には敬語で基本無邪気だが、もう大人なので口調を変えた。交渉は話はわかるがそれはそれとして戦わせろのタイプ。ハズレ枠。

「なんだよー!最初から殺す気できたのはどっちさー!動きを封じて猛毒とか薬品とか何考えてんの?僕じゃなかったら死んでるよ!?」

「なんだよ、悪魔の実の能力者へのスタンダードな対抗手段でしょ?」

 

ウミット海運ミンク族部隊

 

人堕ちホーミング直属の部下。外界ではゾオン系の悪魔の実の能力者だと自称している。モルガンズ社長が顔バレを防ぐためにずっと獣人形態なのを見習ってとのこと。本来は月獅子制御できなければ入社できない特殊な部隊であるが、シデとパンサがそもそも密航して見習いから始めた経緯があり、似たような事情があれば簡単に密航を許してしまう。ウミット海運の社員やマフィアの人間も乗せてはいるが、シデ達の方が強いため船の見張りと交渉で毎回じゃんけんをして決めている。幼少期から海に出ているためミンク族の方言が全くない。

 

イール(デンキウナギの魚人)元冒険家の航海士で元奴隷。副船長→護衛→副船長と肩書きが忙しい男。魚人部隊隊長。タイガーフィッシャーと同い年。憧れのタイガーフィッシャーがウミット海運の買い付けより前に、不運にも天竜人の奴隷になったことを竜宮城の宣言中に知ってしまう。ただ憧れの男にホーミングを会わせたかっただけのイールにとって、ホーミングが積年の恨みからマリージョア襲撃計画を練っていたのに、タイガーのために情報を提供させてしまった罪悪感がある。なお、ホーミングにとってはドフラミンゴが残ったせいで不要になっただけだった。マリージョア襲撃は白紙になってしまった代わりに、彼は世界の神を知った。ホーミングをマフィアの掟に従い息子を育て上げた父の鏡と思っている他、世間一般の人堕ちホーミングの評価と違わない男だと信じている。

 

 

 

33年前

ドンキホーテ・ホーミング聖がオトヒメの書状に感化され、天竜人の地位を捨て、一家4人で非加盟国に移住したが、人間になりオトヒメの天竜人としての署名が無効に。ホーミング、引越し当日から高熱を出し、王直に人格が上書きされて本来の人格と混ざってしまうが原因は不明。ホーミング、様々な謀略を考えながら、非加盟国に天竜人だと明かそうとする工作員を裏山で処刑開始。

 

1ヶ月後

ホーミング、ドフラミンゴとロシナンテに父親の最期の情として2択を迫る。最初期の海兵になった兄弟に処刑される初期の計画がドフラミンゴが残ることでいきなり狂うことに。妻はモルガンズに匿われながら記者となり、ロシナンテだけガープに保護される。ホーミングはロシナンテに以後父親としては振る舞うが連絡は一切とらない。ただしホーミングは家族の暗殺からは守り続けていた。

 

翌日

世界経済新聞が予定通り天竜人が迫害の報復に非加盟国を滅ぼす飛ばし記事を書き、以後犯罪組織のトップが死ぬたびに犯人をホーミングと名指し。

 

32年前から31年前

ホーミングにより非加盟国滅亡。実際は5大帝王達の荒稼ぎの場となったが、ホーミングの仕業とされている。ホーミング、北の海弱小海運会社のウミット海運に、ビルカの宇宙船の儲け話を持ちかけ、用心棒となる。最高の終わりと前世の復讐を兼ねて、ホーミングのウェザリアやガープとの関係開始。

 

ホーミングに影響をうけたウミット海運が血の掟に従い、儲け話を邪魔した者を皆殺しにするようになる。ホーミング、逃げた者は有名無名問わず海軍に報告するようになる。

 

ホーミング、ウラヌスを警戒し、ツキミ博士が事故死していたため、スペーシー中尉に衛生兵開発を条件に宇宙船をもらう取引をはじめる。ホーミング、その過程で宇宙船に電気が必要とわかり、モコモ公国とリュウグウ王国に目をつける。ウミット海運は奴隷を使い両国と関係強化へ。

 

宇宙船が完成する。からくり島がウラヌスに消され、ホーミングとドフラミンゴ、初期の船員たちはビルカ文明の禁忌を知る。

 

ホーミング、ギバーソンからダイヤルをもらい養殖計画をたちあげバロンターミナルの空島ビルカから移住計画開始。ついでに世界政府等と密約を交わしてビルカ民保護を約束。バロンターミナルはのちに空島の経済活動の拠点になる。

 

ドフラミンゴ、非加盟国時代の火炙りとウラヌスで長期滞在すると不眠症になるトラウマをかかえ、父上豹変の理由を知り、元の父上に戻したい夢を諦める。その矢先ギバーソンの見張りが自分を庇い全滅したため、衝動的に報復に出奔。

 

 

27年前

ロジャー海賊団と金獅子海賊団との「エッド・ウォーの海戦」が勃発。

 

ウェザリアとウミット海運がガープ中将と共謀して報復としてウェザーエッグ解禁と表向きにはなっている。

 

(実際はホーミングによる宇宙船のダイヤル砲とビルカ文明由来の兵器の試運転。ガープ中将はウェザリアだと思っているが、ハレダスは知っている)

 

時期不明

ホーミング、カイドウとオロチの計画をロジャーと白ひげにバラし、ワノ国計画を破綻させる。以後ワノ国は四皇の代理戦争の舞台となり、停戦と内紛を繰り返す状態になる。ホーミング、以後、カイドウに因縁ををつけられる。

 

22から20年前

ホーミング、ガープに頼まれてエースをフーシャ村に送るまでルージュの生活支援をはじめる。ホーミングが仕事をセーブし最優先にしたため愛人の子がいると噂になり、ガープ中将に託したことが公然の秘密となる。このとき、養殖ダイヤルに大海賊時代の始まりとルージュの遺言を記録され、ガープからエースに渡された。エースはドジっ子海兵ロシーの伝説に振り回されながら育ち、つっこみ気質になる。迷子は生まれつき。

 

血統因子を発見したMADS、闇金王が資金提供できなくなり、世界政府に売り飛ばされる見通しになる。表向きは研究チームは逮捕のち買収される。

 

ホーミング、MADSの研究データをベガパンクからもらう代わりにオハラへ護送しろとわがままを言われる。その際、ホーミングはルージュの最期やロジャーの終わり、オハラの最期をみて、前世が最高の終わりじゃなかったと気づいてしまい、ベガパンクにグリーンブラッドが欲しい、死にたいと暗にこぼしてしまう。

 

ホーミング、エルバフに運ばれたオハラの資料解読まで支援。ペドロ達は密航の成り行きで全て知ってしまい、見習いへ。

 

ロジャー処刑の3時間前、ドフラミンゴがホーミングの愛人の噂の真意を問いただす過程でホーミングから愛の拳をうける。父上を元に戻す方法が見つからず夢を諦めていたドフラミンゴ、動揺してヴェルゴにドフラミンゴの出自を自白。ヴェルゴとドフラミンゴの友情はより強固になり、ヴェルゴはロシナンテ海軍に入隊、同期に。ヴェルゴはスモーカーとたしぎの入隊時からの上司になる。

 

時期不明

クロコダイルがアラバスタの英雄となったころ、ホーミングが儲け話を持ちかけるが白ひげとの関係を理由に拒否される。以後バロックワークス崩壊までホーミングは王直と組み、アラバスタにハチノスの海賊を派遣する嫌がらせ開始。

 

18年前

フレバンスにて国民が一斉に珀鉛病を発症。周辺諸国によって隣国への通路は封鎖され、戦争が勃発し、その後滅亡する。ローがフレバンスから辛くも逃げ出し、フレバンスの仕事帰りのドンキホーテ海賊団に密航。

 

時期不明

ドフラミンゴ17で北のシンジゲートを確立し、25までに世界のシンジゲートを確立。その後七武海に加盟。すべては父上のロックスかぶれで死にたがりを阻止しながら、過酷な世界で潰されないくらい名をあげ、自分の力で全てを手に入れるためである。

 

16年前

フィッシャー・タイガーが数年間奴隷になっていたマリージョアから逃げ出し、魚人島に帰還する。たまたまオトヒメ達に奴隷解放を宣言中にイールとホーミングと遭遇。ホーミングは最初期に破綻し、いらなくなっていた聖マリージョア襲撃計画を渡す代わりに、タイガーの騒ぎに乗じてマリージョアにイールといく。タイガー達はずっと温めていた復讐計画を譲ってくれたと誤解してしまう。そしてホーミングとイールは国宝の情報等を入手。

 

ホーミング、世界政府と裏取引を行う。ホーミングと家族の暗殺任務が永久的に凍結され、意味深な特権が付与される。サイファーポール9と0のメンバーのリストの開示と更新するたびにウミット海運に送ること。天竜人のようにサイファーポール0と何故か9を使うことを許可すること。そして、人堕ちホーミングとサイファーポール9と0の間に何があっても世界政府は不問とすること。

 

ドフラミンゴ、ローをガープ中将に引き渡すつもりがロシナンテ中佐がきて、オペオペの実の取引を入手。ドフラミンゴファミリー、オペオペの取引先を襲撃。ロー、オペオペの能力者に。ドフラミンゴ、ドレスローザを上納金稼ぎにするため、密書を通達。

 

3ヶ月の滞在後、スワロー島でローとドフラミンゴファミリーわかれる。傘下にならない、自分で海賊王になるがローの答えだった(ドフラミンゴは誤解されるようなハートの海賊団と命名することは知らなかった)

 

15年前

タイガーがタイヨウの海賊団を結成し、イール加入。

 

12年前

政府の船で護送中の「ゴムゴムの実」がシャンクスに奪われる

 

タイガー死後にイールがウミット海運復帰。副船長から護衛に降格、15年かけてまた副船長に戻る。

 

11年前

ジンベエが王下七武海に加盟した事で、アーロンが恩赦によってインペルダウンから釈放される。タイヨウの海賊団がジンベエ、アーロン、マクロの3つの派閥に分裂する。

 

ホーミング、リュウグウ王国と裏取引して関係強化し、ESと人工オペオペの実の密約を交わす。

 

10年前

アーロンがココヤシ村を含むコノミ諸島を支配下にする。ベルメールがアーロンに反抗し、殺害され、連れ去られたナミが測量士としてアーロン一味に参加する。ベルメール、魚差別をした海兵として汚名を着せられる。アーロン、海賊襲撃を王直に依頼。

 

ホーディがE・S(エネルギー・ステロイド)をCP9と盗み出すが、ウミット海運の血の掟により処刑される。ホーミング、スケスケの能力者を間違えたが、ドフラミンゴの忠告で回避。ホーミング、ウミット海運とリュウグウ王国の関係強化へ。実質ウミット海運はリュウグウ王国の後ろ盾になる。

 

オトヒメが魚人島に流れ着いたミョスガルド聖を助け、マリージョアに同行し、1週間後に天竜人の書状を持って帰還する。オトヒメ、ホーミングに言われて次から世界会議に出席することを決めるが、今だに署名が世界会議で否決され続ける。

 

ホーミング、落とし前に16年前の時の世界政府に認めさせた特権を行使して当時のCP9と0を全員殺害(優秀な若手は高官が苦肉の策で守ったため、実際はそれほど優秀じゃない工作員だった)以後ホーミングにCP9と0のリスト開示が義務になり、ホーミングは儲け話を邪魔する場合はまたすると宣言。

 

8年前

エネル、ウラヌスの前に自らの手でビルカを滅亡に追いやり、謀略開始。

 

世界会議でオトヒメの提案否決。ドフラミンゴ、ドレスローザで恋のハリケーン事件が起こり、周りにあらゆる女をおかなくなる。

 

ドフラミンゴファミリー、医療分野に進出するもドラム王国とドレスローザの関係悪化。ドレスローザ、ドラム王国滅亡後にドフラミンゴファミリーを通じてイッシー20以外の医者をすべて受け入れ、復興支援を開始。ウミット海運は旧ドラム王国をシマにする。

 

5年前

エースがスペード海賊団の船長として名を上げ、ワノ国に漂着し、編笠村に数週間滞在する。エースのビブルカードをヤマトが作り、別れる。エースが王下七武海加入の勧誘を断る。

 

4年前

エース、ホーミングやドフラミンゴを訪ねてドレスローザへ。エース、最終的にホーミングの息子という噂を受け入れ、名を挙げてから返上することに。

 

ゼファー、ドフラミンゴから面白い話を聞かされる。

 

時期不明

エースはジンベエとの5日間に及ぶ決闘、白ひげへの敗北を経て、白ひげ海賊団に加入し、2番隊隊長となる

 

4年前

黒ひげがドラム王国滅亡させた1週間以内にホーミングに処刑され行方不明になる。処刑場所はリトルガーデン近くの名もなき島。ログは1週間。

 

競い合っていた7つの造船会社がアイスバーグによって統合され、「ガレーラカンパニー」が発足。パーティにイールとホーミング出席。ウミットはトムさんの師匠と腕を競うが負けて、古代兵器が継承できなかった。このパーティの時に、ウミットはアイスバーグに格安でなんでも運んでやると約束する。

 

2年前

ドレスローザに自称ドレスローザの凶弾ベラミー海賊団が居座り、モネの真似ごとをはじめる。

 



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最終話

頂上戦争の結末は、実況中継のような臨場感で全てを書き切った手腕をもつ元天竜人の女記者を抱えている世界経済新聞の売り上げが最高記録を叩き出すくらいには世界中で注目されていた。碇マークのウミット海運印の中継も途中で切断されることなく映されていたので、情報の鮮度だけでいえば同じだ。これがシャボンディ諸島の記者達の手で拡散されることとなった。

 

世界政府の情報操作が完璧に封じられた状況下で起こったたくさんの出来事は、人々に新たな時代のうねりを恐怖させるには充分だった。

 

「ほら、読んでみろよ、父上」

 

差し出された新聞をホーミングは受け取る。

 

まずはニコ・ロビンを奪還するためにエニエス・ロビーを壊滅に追いやったことで知られる麦わら一味。革命軍宗司令官ドラゴンの息子であることを知らない一般人ですら、実は海賊ではなく革命軍の急進派ではないかという説が出るくらいには、すさまじいことをやっていた。

 

兄弟盃を交わしたエースが海賊王の息子という罪で処刑日が決まり公表されたその日にシャボンディ諸島で事件をおこした。王下七武海天夜叉ドフラミンゴのシマであるにもかかわらず。オークション会場で他の超新星と共謀して天竜人3人を人質にとり、立て篭もり事件を起こしたのだ。エースの解放を要求したと思われる。海軍本部が人質の奪還に成功するが、超新星は全員逃げ出した。

 

エースの処刑日当日、麦わらのルフィは単身エースを奪還するために不落の城として名高い大監獄インペルダウンを襲撃。麦わらのルフィとは東の海の決闘やローグタウンの死闘が有名な道化のバギーと共謀して、大量の危険な囚人達を解放する。麦わらのルフィ達は、あの伝説の大海賊金獅子のシキと共に海軍の軍艦を1隻強奪して、エースのいるマリンフォードを襲撃したのである。

 

その結果、漁夫の利を狙った七武海の称号を剥奪された直後の黒ひげと百獣海賊団連合とハチノスの元締め王直の衝突を招き、インペルダウンは陥落した。のちに黒ひげ側は王直を殺害、ワプワプの力を手に入れたはずだが、何故か仲間には与えていない。ハチノスは黒ひげの支配下となった。そして、黒ひげは天夜叉ドフラミンゴのシマであるドレスローザを攻撃し始めている。

 

「シャンクス、カイドウ抑え込めてなくない?」

 

「黒ひげんとこには、催眠術使えるやつがいるだろうが。ま、赤髪の名声に傷はつけられたわな」

 

一方その頃。

 

マリンフォードでのエースの処刑理由を説明する海軍本部センゴク元帥と冤罪を主張するウミット海運副社長ホーミングのやり取りは余すことなく広められた。30年間ロックスのように世界政府と海軍の権威失墜を狙っていたホーミングの作り上げた建前は強固だった。

 

世界の世論を動かす上で建前は一定の価値がある。それが子供を想う親心といういつの世も不滅の価値観で構成され、冤罪を訴え、証拠を出せという主張になれば。建前の上ではホーミングに理があるように見える。

 

一般市民が数多の情報規制を受けている関係で、どうしても理がない根拠で世界政府は海軍にエースの処刑を命じているようにしかみえない。海賊王の血を継ぐものがまだいたという話題性をもかき消すほどに、世界の流通の頂点に君臨する男と四皇では穏健派の白ひげを相手に戦争をしかける海軍とうつる。

 

この時点で、世界政府と海軍への不信感を抱く者が少なくなかった中、麦わらのルフィ達が襲撃にきたのだ。マリンフォードは大混乱に陥ったが、ほかの戦場はただちに停戦に持ち込まれた。

 

金獅子がやってきたことで、正当防衛にウェザーエッグを解禁したウェザリアの攻撃が開始された。それが金獅子のフワフワの能力でエースに軌道が向き、とっさに庇ったホーミングが負傷。七武海にしてホーミングの弟子天夜叉ドフラミンゴがホーミングを捕縛。人質にとることで停戦に持ち込んだのだ。

 

戦争前に制空権を掌握しているウェザリアは金獅子に攻撃をしかけるため、無差別にウェザーエッグを発動させるとホーミングは事前通告していた。ウミット海運はエース奪還のためなら皆殺しにする、白ひげ海賊団はエース奪還のためならマリンフォードを壊滅させると宣言していた。

 

ホーミングがドフラミンゴに捕縛されたことでウェザリアは金獅子相手に攻撃をするしかなくなり、ウミット海運はそちらに対応するため戦線から離脱、気球による浮上から空の戦いは別にシフトした。

 

白ひげ海賊団と海軍の全面戦争となるはずだったが、制空権を握っている上記の戦いを注視しながらの陸上あるいは海上での戦いのため、どうしても勢いは弱まっていた。

 

そこに殴り込みをかけてきたのが世界政府から『ロジャー海賊団の残党』として警戒されるのを避ける為、元船員である事実を徹底的に隠して活動していたはずの道化のバギー率いる脱獄囚達である。白ひげとの共謀だったと判明するのは後の話で、この時点では三つ巴の大混乱に陥ることになる。

 

その騒ぎに乗じて麦わらのルフィが現れ、エースを奪還。道化のバギーとともにドフラミンゴを旗揚げ時から敵視しているハートの海賊団と共に戦線を離脱。

 

そこに四皇赤髪海賊団が仲裁に訪れ、表向きすべての陣営が一時停戦となった。ホーミングを出せと主張するシキに、七武海のドフラミンゴが確保したと通告すると、一旦ひくと言い残し、シキはそのまま逃亡した。

 

マリンフォードも陥落し、世界政府への不信感は煽られたが、七武海の活躍で最悪の事態は免れた。様々な火種となることは確実で情勢は見通せない情勢である。なお、世界政府は道化のバギーに七武海入りを打診しており───────。

 

「人堕ちホーミングがロックスかぶれの死にたがりで、新時代の礎になりたくて死ぬつもりだったなんて誰も知らないよ。誰も知らないままでいいよ、そんなこと。なんでそんなこと考えたんだよ、父上。おれ、ずっとわからなかったんだ。あの日の父上はほんとにそう思ってたし、でもあの会議でおれ達のこと守ってくれてるのはわかったし、でも父上は戦争の引き金を握ってるし、なにがなんだか」

 

「おれも聞きたいことが山ほどあるが、先に聞きたいのはあれだろ、ロシー。時間は腐るほどあるんだ、順番なんざなんでもいい」

 

「ごめん、つい......父上と話ができるの30年ぶりだから......」

「ま、気持ちはわかるけどな」

 

勝者の権利を行使して、ドフラミンゴが真っ先に行ったことはロシナンテとホーミングの再会の強制だった。テーブルの横にトーンダイアルが置かれるのは海軍の慣例ゆえだろうか。

 

「敗者の義務だ、なんでも聞きなさい。お前達に理解できるかはともかく、話はしよう。嘘はつかない」

 

「あたりまえだろ、オトヒメでも読めないアンタの胸の内とか初めから完全に理解できるとは思ってねえよ。嘘ついたら神の息吹でメモリア使って強制的に見るからな」

 

「やめた方がいい、ホーミングの人格が受け止めきれずに私の人格とぐちゃぐちゃになるくらいには衝撃的なものだ。今だに私はどこから私でどこからホーミングなのかわからないのだから」

 

「......そうかよ、そうなのかよ。やっと聞けた、30年もかかったがようやく聞けた。父上は生きてるんだなアンタの中に?」

 

「そうでもなければ、愛の拳なんか発現するわけないだろう。私には一番縁遠いものだったからな」

 

「やっぱり愛ってすごいんだなあ、ドフィ」

 

「あたりまえだろ、ガープが拳ひとつで数多の大海賊と渡り合える理由なんだから」

 

「そうでした」

 

「まず聞きたいのはあれだ、なんであの時おれ達に2択を迫ったんだ?アンタの目的を考えたら、問答無用でモルガンズのところに連れていけばよかったんだ」

 

「それだけはできなかった」

 

「なんで」

 

「私のところにくる理由づけだ。最初期の計画では海兵になってほしいし、疑問持ってほしいし、私の複雑怪奇な本音も多少混ざってはいるがね。予想外だったのはドフィがあんなに小さな頃から感情が爆発すれば覇気に目覚める資質に恵まれていたことだ。おかげで邪魔された。私はドフィとロシーがふたりで選ぶなら、どちらでもよかった。だからいきなり片方だけ残ったから計画が破綻した」

 

ロシナンテとドフラミンゴは顔を見合わせる。

 

「どういうことだよ、父上」

 

「なんでそれだけでぶっ壊れるの?」

 

「なんだ、お前達気づいていないのか?1カ月しか生活していない私ですらわかったのに。ドフィは天竜人の価値観が崩壊して、新しい価値観を求めた結果、絶対に裏切らないはずの家族を基軸においただろう。おかげでお前は無意識に周りの期待通りの自分になろうとする癖がついている。特に家族相手の場合は顕著だ。無自覚だから八方美人に理想を叶えてくれるお前に人は集まるが、解釈違いを起こされてトラブルになる。お前は自覚がないからパニックになり、相手を排除しようとする。そこに漬け込もうとしたわけだ、私は」

 

「......お、おう......」

 

「そうなの、兄上?」

 

「......おれが入団試験をはじめたきっかけだからな、よくわかってるよ」

 

「自覚があるなら結構だ。海兵になればドフィは周りやロシーの望む理想の海兵になるだろう。センゴク以来の覇王色の覇気使い、元天竜人が志願したとなれば後継者として申し分ないから、誰もが期待するだろう。それはお前の癖と致命的に噛み合うが、噛み合わなくなった瞬間に起爆剤になる。昇進の果てに海軍の矛盾に突き当たりパニックになる。その瞬間に私が行動起こせば、お前は私を殺してくれる。私のところに来てくれても、遅かれ早かれ、ロシーか私が引き金になっただろうことは想像に難くない。そういうわけだ。答えになっているか?」

 

「アンタの目的が初めから破綻する運命だったのは、よくわかったぜ」

 

「兄上、大丈夫?すごい顔してるけど」

 

「うるせえ、黙れ」

 

「いたい!」



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あの日の残響(ドフィ視点の過去話①出奔まで)

今、父上の手を取らなければ、二度と取り返しのつかないことになる。漠然としているのに確信できるような、そんな予感があった。最愛の弟の懇願を退け、大好きな母上の反対も振り切り、自分の直感を信じた。これが運命の分かれ道だったと父上から最初期の最高の最期について聞かされたとき、ドフィは自分が父上の隣に生きているだけで邪魔ができたのだと知って嬉しかった。

 

父上について非加盟国を地図から物理的に消す方法を学んだ。ついていけばいいのだと思っていたが違うのだと気づいたのは、覇気というやつで気絶させられた時に思い知った。

 

目覚めた時、炎が廊下の絨毯や壁紙を飲み込みながら迫ってくる。じりじりと肌をあぶられるような熱気を感じる。立ち込めた黒煙がまとわりついてくる。煙が目にしみて痛みが走る。炎が部屋のドアを舐め始める。熱を帯びた黒い煙が部屋の中へ入ってくる。痛みを伴った熱気が蜂のように襲い掛かってくる。

 

ドフィは姿勢を低くした。そうすることで煙が弱まってくる。目線を床に近づければ近づけるほど炎が灯りとなってほんのりと視界が利いてくるようになった。そして目の痛みも和らぎ、少しだけ呼吸も楽になった。

 

黒煙の隙間からオレンジ色の炎が見えかくれする。炎が出口を求めて上へ下へ渦巻く。火の壁をくぐって、亡霊のような人影がもつれ合いながらよろめき出る。罵詈雑言を浴びせる大衆に家族の思い出を全て破壊され、火を放たれた。父上に置き去りにされたのだと気づいたドフィは泣きたくなったがそんな暇はなかった。もうそこまで、炎の舌が這ってきた。

 

「覚えてろ、オマエら。おれは死なねェ......!!!何をされても生きのびて...おまえらを一人残らず殺しにいくからなァ!!!!おれは......やらなきゃいけないことがあるんだッ!!こんなところで死んでたまるか、邪魔をするなァッ!!」

 

魂の叫びだった。渾身の叫びだったといっていい。この瞬間にドフラミンゴの覇王色は目覚めた。迫りきていた男達は気絶し、ドフィは躊躇なく打ち殺し、必死で逃げた。見聞色も覚醒段階に入っていたため、命からがら、父上のいるところまで辿り着いた。

 

 

「父上、父上、やっと見つけたえ!!なんで置いていくんだえ、危うく殺されるところだったえ!!」

 

「思ったより早かったね、ドフィ。もう少しかかるかと思っていたよ」

 

「酷いえ!父上の背中を見て学べと言いながら、家に放置とかなに考えてるんだえ!危うく、焼き殺されるところだったえ!」

 

「初めから用心するのといきなり襲撃されるのでは怖さが違うだろう、ドフィ?あの程度逃げきれないならばこの世界は生きてはいけないよ」

 

「だからって置いていくのは酷いえ!」

 

「気絶するドフィが悪いよ」

 

「無茶いうなえ!!」

 

まるで見てきたみたいにいう父上に、ドフィは嬉しいやら悲しいやら感情が無いまぜになり、怒るしかなかった。父上は初めからドフィがここにくるとわかっていたのだ。死ぬとは思っていなかった。どれくらいで来れるか確かめたくなったのだ。たしかにこのときも、ドフィの行動力は父上の予想を超えられた。

 

覇王色は相手を威圧する力で、中でも特殊な種類の覇気だと教わった。この力は使用者の「気迫」そのもので、数百万人に1人しか素質を持たないが、大海賊ロジャーの右腕冥王レイリーによると世界で名を上げる大物はおおよそこの資質を備えているという。

 

この覇気を持つ者は“王の資質”を持つとされる。

制御は出来ても他の2つの覇気と違って鍛錬による強化は不可能で、当人自身の人間的な成長でしか強化されない。

 

ただし制御できない状態のままでいると、激情などに駆られて暴発するかのようにこの覇気が出てしまい、敵味方関係なく周囲を威圧するため非常に危険であり、どの道鍛錬は不可欠である。

 

また、新世界を進めば“王の資質”を持つ者はザラにいるとされ、その中で決するのは塞き合う“覇王”達の更なる頂点とされる。

 

「なにかあれば起こそう。ここまでこれたんだ、もう置いてはいかないよ」

 

「ほんとかえ?」

 

「ああ、本当さ」

 

「信じられないえ」

 

ほんとうにドフィは父上の中にまだ自分の大好きな父上がいるのかわからなくなっていた。

 

父上は父上ではいてくれたが、父上としての愛情はなにひとつ与えてはくれなかった。路傍の石とかした母上や弟よりは気にかけてくれたが、将来への投資だと言ってはばからなかった。ウミット海運の新人研修となんら変わらない。周りはホーミングの後継者だと見ていたがドフィはわかっていた。父上の目に自分がうつったことは、あの日から一度もない。

 

そして、からくり島をこの世界から完全に消失したウラヌスの恐怖や火炙りの恐怖は、やがてドフィの精神に深いトラウマをうえつけた。父上といれば大丈夫だとわかっていても、同じところにずっといるとウラヌスや天竜人とバレた時のような目に遭うのでは無いかと恐怖にかられるようになった。ドフィは眠れなくなっていた。

 

そんなドフィを気にかけてくれるのは、ホーミングの跡取りで子供なのに覇気が使えて銃の腕もあると褒めてくれる周りの大人だった。

 

その矢先に元天竜人の存在を抹殺したい世界政府に金で雇われた暗殺者のせいで、ギバーソンのところの見張りの下っ端達が全滅した。

 

「ドフィがヘマするとは珍しい。よほどのてだれだったんだね」

 

「おう」

 

「なにかあったのかい?」

 

「みりゃわかるだろ。しくじったんだよ。ギバーソン社長んとこの見張りが全滅しやがった。あいつら、おれなんか庇う暇あったら海に突き落としたらよかったんだ。そうすりゃイールの電気で瞬殺だって知ってたくせに」

 

「ああ、なるほど。彼らはドフィを特に可愛がっていたからね、つい庇ってしまったんだろう。とっさのことだと案外頭は回らないものだよ。子供を庇うのはまともな大人の性質だ」

 

アンタがいうのかとドフィは思った。よりによってそんな言い方するのか。おれがそうして欲しいのはアンタなのに。

 

「ドフィ、襲撃犯がどんな奴らか覚えているかい?」

 

「ちちうえ?」

 

「お前がやりたいとそこまで考えることは生まれて初めてだろう。やるようにやりなさい、使えるものは親でもつかいなさい。私はその全てを肯定しようじゃないか」

 

なんでそんなふうに言ってくれるくせに、一番欲しい言葉をくれないんだアンタは!!!

 

ドフィは衝動的に復讐をするため、ひとり、ウミット海運を飛び出したのだった。



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あの日の残響②(ドフィの過去 海賊王の処刑の日)

ドフィは最後に残った悲鳴を体から押し出す。声を出し切ってしまえば、一切の声はなくなってしまうだろう。7年間押し殺してきたものがたがが外れると、いろんな感情がないまぜになり、ブレンドされて吐き出されるらしい。

 

海賊王の処刑とそのあとで世界がこれだけ著しく変わった男はそういないだろう、とヴェルゴは思った。

 

「......すまねえ、ヴェルゴ。おまえの紹介に行ったのにな」

 

「気にするな、ドフィ。君が誰であろうと大した問題では無い」

 

「......たいしたことはない、か......」

 

何かを思い出すようにドフィは窓を見上げる。

 

「あん時、お前みたいなやつがひとりでもいてくれたら、おれの世界はもっとはやく広がったのにな」

 

「ドフィ?」

 

「今この時ほどお前がおれのコラソン(心臓)でよかったと思ったことはないぜ」

 

「そうか......それはよかった」

 

「あァ、言葉ひとつで人間はここまで絶望もできるし、希望を見出すことができるんだ。一番届けたい奴には響かないのが問題だが」

 

ふかいふかい、ため息がもれた。苦悩のあとがみてとれた。

 

ドフィが父上と口走った人堕ちホーミングの愛人と隠し子の噂は、弟子と実子では意味合いが全く違ってくるだろう。

 

実の父親が自分と違う母親と恋に落ち、愛し合い、子供を産んで、仕事をセーブしてまで通い詰めている。ドフィが人堕ちホーミングの実子だというならば、10歳でウミット海運から飛び出してから一切顧みなかったくせに何をしているんだという話になる。身内にはどこまでも愛情深い17のドフィには最大の裏切りに違いない。

 

今思えばあれは嫉妬を、大釜のなかのコールタールのように、雨上りの噴煙のように、泥といっしょに湧き立つ熱泉のように、はげしく掻き立てたような叫びだった。憎悪と羨望と嫉妬に満ちた感情に駆られた故の叫びだった。

 

それを嫉妬そのものが、権利だけ主張して義務は認めようとしない、愛玩用の猫ていどの代物だと切り捨てるような対応をされたら絶望感に苛まれた顔をするはずだ。

 

それなのに人堕ちホーミングは、まるで理解していなかった。実の子供相手なのにだ。どのような種類の感興をも覚えていなかった。それはただそこに状況として存在しているだけだった。ホーミングにとっては、ドフィのどんな叫びも違った時代の違った世界から切りとられてきた断片的な情景にすぎなかった。まるで相手にしていなかったのだ。

 

どうりで人堕ちホーミングのもとから飛び出すはずだと思ったのだが、違った。ドフィがショックを受けていたのは別のところにあったのだ。

 

世間一般の親子愛を諭しながらホーミングは反抗的なドフィを叩いた。実際は殺し合い一歩手前のやり取りである。とうぜん武装色をまとったドフィだが普通に痛いと叫んだ。北の海を制し、いよいよ偉大なる航路に行こうという話をしている最中である。武装色の練度でいえば北で一番であるはずのドフィが痛いと叫ぶのだ。ヴェルゴは驚いた。ドフィはそのあとからだ、部屋を出ていき、ヴェルゴはあわてて追いかけた。借りているホテルの部屋に入るなり、あらゆる感情を自制できないくらい大荒れのドフィによって大惨事になっていた。

 

ひととおり吐き出してようやく落ち着きを取り戻したドフィが、タバコに手を出していうのだ。

 

「......だからわからねえんだよ、父上......平然と愛の拳なんか使ってきやがって。いつもいつもそうだ、アンタがわからなくなる。アンタはなにをしたいんだ、なにがそうさせるんだよ、くそが......」

 

白煙が立ち上った。

 

すっかり冷静さを取り戻したドフィは、ホテルの支配人にホテルごと買い取るレベルの金を払って謝っていた。北の海の闇社会を物理的に制してウミット海運の支配域を広げてきたドフラミンゴの名は東の海でもしられていた。支配人は深く深く礼をして、ドフィが断ったのに別の一流の部屋に変えてくれた。

 

「ある意味賢いやり方だ、あの支配人は使えそうな人材だな」

 

笑いながらつぶやくくらいには、いつものドフィに戻っていた。

 

海賊王が処刑されたあと、またドフィは人堕ちホーミングを訪ねていた。ホーミングは相変わらずだったが、今度はまた苦悩を滲ませたような顔でヴェルゴの隣を歩いていた。

 

「......もっとはやくに気づくべきだった」

 

「ドフィ?」

 

「あんときのあの言葉はロックスがいいそうな言葉だったじゃねえか。あんとき、天竜人の頃に終わったはずのロックス時代をあんだけ懐かしそうに語ってたんだ。変だと思ってたが......あれはそういうことかよ。おれ達がいるくせに、ロックスに完全にこころを置いてきてやがる。あーくそっ!!なんで父上がおれ達を愛してること思い出しかけた矢先に、海賊王の処刑なんてあるんだよ!!!また塗り潰されちまったじゃねえか!ロックスかぶれがあんな最期みたら、憧れるに決まってんじゃねーか!ふざけんなよ!!!クソッタレ!!」

 



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あの日の残響③(ドフィの過去 七武海入りとローの話)

ドフラミンゴファミリーが偉大なる航路に入って1年後、世界政府は新たな秩序側をつくりあげるため、新たな制度を創設すると発表した。それは「王下七武海」。世界政府によって選ばれた略奪を許可された海賊達をそう呼ぶ。引き換えに必要とされるものは 圧倒的な強さと知名度。彼らが世界政府に与する事が世の海賊達への脅威とならなければならない。四皇、海軍本部と並び称される、 海賊達の行く手を阻む『偉大なる航路グランドライン』三大勢力の一角に位置づけられる。

 

つまり世界政府は、四皇vs四皇vs四皇vs四皇vs海軍+王下七武海という形で、四皇達の勢力を牽制し世界の均衡を保ちたいようだ。最低でも四皇の手足たる幹部クラスを抑えられるような実力者が主に選ばれており、マリンフォード頂上戦争では各々活躍を見せて世界に大きく報じられた。

 

世界政府に成果の何割かを上納することで世界政府非加盟国(未開の地)および海賊に対する略奪行為を特別に許可されている。 また七武海として認められた瞬間に政府からの指名手配も取り下げられ、それまでの懸賞金も解除される。

 

公表されたメンバーはゲッコー・モリア。四皇カイドウ率いる百獣海賊団と戦争の果てに自分以外のゲッコー海賊団を失った男。仲間を全て失った絶望から、兵力の重要性・死なない兵士であるゾンビ軍団に固執するようになり、ゾンビ兵士たちの兵力増強に力を入れるようになった。スリラーパークで海賊狩りを世界政府に認めさせるために加入したようだ。

 

次に海兵狩り改め鷹の目のミホークこと、ジュラキュール・ミホーク。クライガナ島シッケアール王国跡地の古城を拠点としている。四皇赤髪のシャンクスとはライバル関係にあり、その決闘の日々はニュース誌面を騒がせている。暇つぶしに大将クラスが出てくるまで海軍船を襲い続けていたから、世界政府が海軍に泣きつかれて加入を依頼したのだろう。

 

そして、サー・クロコダイル。若い頃から頭の切れる海賊として知られ、破竹の勢いでその名を轟かせ、そのまま七武海に加盟した形だ。ちなみにドフラミンゴファミリーが7年かけて世界規模の闇のシンジゲート構築に邁進しているころ、白ひげに挑み惨敗を喫し一度は大人しくなり、アラバスタ王国で英雄をするようになった。

 

バーソロミュー・くま。元ソルベ王国国王にして、異名は「暴君」。七武海の中では唯一世界政府に従順な存在であり、政府からも重宝されている。ヴェルゴからの情報によると、自ら政府の実験体として人間兵器パシフィスタになることを志願し、改造人間になることになっている。父上からは革命軍幹部であり政府に協力している真意は不明だが、ドラゴンは事情を把握しているときいた。

 

ここから順次7名になるまで青田買いするということだ。

 

ドフィが七武海入りを目指したのは、闇のシンジケートを確立できた25の時だ。父上の見聞色はあいかわらずで、一年以内の予定が書いてあった。リュウグウ王国のフィッシャー・タイガーにドフィが手元に残ったせいで破綻した計画の一部を渡す。マリージョア襲撃に乗じて世界政府の秘密を探るから、うまくいけば世界政府から暗殺者を送られなくなるかもしれない。同時期に行動を起こせば世界政府はドフィ達に手が出せなくなるとあった。

 

人堕ちホーミングの弟子と世間では認識されていても、世界政府は 実子だと知っている。世界規模の闇のシンジケートの頂点にいて知名度も実力もあるのに勧誘すらこないのはそういうことだ。ドフィは世界政府の天上金を襲うことにした。これを人質にして交渉すればいいのだ。交渉の場数は踏んでいる。人堕ちホーミングの動向が知りたいのは世界政府のはずだから、窓口になればいいのだ。

 

フレバンス滅亡計画が完了したドフラミンゴファミリーは、裏ルートを通じて入手した情報をもとに、片っ端から天上金を襲うようになった。

やがて目的を聞かれたドフィは七武海入りを認められることになる。

 

「よかったな、寝られるようになって」

 

自称ファミリーの医者が勝手にやってる診断中にいうものだから、ドフィは白い町の本で頭を叩くのだ。いて、とガキが潰れた。

 

「寝てる時に入るな、寝られねえんだよ」

 

「うそつけ、パーティのとき、入っても起きなかったじゃないか」

 

「そもそも人が寝てる時に入るんじゃねえ」

 

いたい、とガキは涙目になった。うっかり鈍器にしてしまったが、この本は4年前に父上がベガパンクが歴史の本文の解読や研究に船を貸した時のまま放置している書斎にあったものだ。ちょっと焦って表紙を触るがぶじだった。

 

「本の心配かよ」

 

「あたりまえだろ」

 

ドフィはローに返した。本来なら4年前にバスターコールで焚書されているはずの貴重な資料だとは言わなかった。ドフラミンゴファミリーの船は聖地マリージョアに寄港した。ドフィが初めてまだ5人の七武海に会いに行くためだ。

 

「よくきたな、天夜叉ドフラミンゴ」

 

「いい子にしてるんだよ」

 

「フッフッフ、おい、コング元帥。なんでおつるさんがいやがる......」

 

「北の海でアンタが天上金乗った船襲うからだよ。そんなに慌てなくても、勧誘はきたろうに」

 

「フッフッフ、闇のシンジケート牛耳る上に、世界の運輸王が古巣のおれを引き入れないとか宗教上の理由でもあんのか、世界政府は?仕方ねえから来てやったんだよ」

 

皮肉めいたドフィの指摘に、コング元帥とおつるは苦笑いした。互いに初対面でこそあるが、実弟ロシーはすでに海軍に入隊してから8年経過しているのだ。ロシーが5歳のときにガープ中将が引き取っているわけだから、手紙を通じて内情は知っていた。ドフラミンゴファミリーは実質マフィアや闇のシンジケートを回す実業家の側面が強い異色の海賊だ。違法に海に出れば誰しもが海賊だから仕方ないが、カタギを襲わないあたり心象はいいのかもしれない。

 

軽く自己紹介して、ドフィは初めての会議に臨んだのだった。

 

「......天夜叉、少しいいか」

 

帰りがけに、バーソロミュー・くまに話しかけられたドフィは、革命軍に関することか、ウミット海運のことかわからないため、そのままくまについていく。

 

くまの船にて、切り出されたのはドラゴンからの伝言だった。手紙を読んだドフィは思わずクシャッとしてしまう。

 

「本当か、父上は本当にそんなこといってやがったのか?」

 

「だから、ドラゴンは手紙を書いたんだ。天夜叉は知っているのかと」

「知ってたが、口にするまでとは思わなかったぜ、あのロックスかぶれが......」

 

ベガパンクに船の一角を書斎や研究室として貸し出している時に、父上は海賊王の最期だけでなく、ルージュの死、オハラの最期にまで感化されたらしい。

 

「なにが、最高の終わりってなんだと思うだ!!ふざけんなよ!どこまで家族を蔑ろにすりゃ気が済むんだ、父上は!!人の気もしらねーで!!」

 

ワプワプの実が欲しいからグリーンブラッドの研究資料を横流しして欲しいはまだわかる。まだわかるが、さすがに手紙に書いてあった内容は、ドフィには我慢できないものだった。

 

だから、つい、八つ当たりしてしまうのだ。今、ドフラミンゴファミリーには、3年以内に全てぶっ壊したいという夢がありながら、なにもできないガキがいる。まるでなにもできないまま、手紙に一喜一憂するしかない自分を見ているようでならなかった。

 

「今なんて?」

 

「だから、お前は次の島で降りろ、密航者。お前をファミリーに迎えた覚えはない」

 

「なんでだよ、おれ今は戦いに参加してるだろ!?ふざけるな!」

 

「3年以内に全部ぶっ壊すのがお前の野望なんだろう?なんでか今んところ、おれ達皆殺しにする気配がねえからな。3年もあれば、フレバンス滅ぼしたうちの3つは地図の上から消せるはずだ」

 

「どんな計算だよ、1年で1国って無茶苦茶いうな」

 

「おれはできたぞ、お前んときくらいには。1人じゃ無理なら誰か連れてけ。適当な港で降ろしてやる」

 

ドフラミンゴファミリー全員から止められこそしたが。10歳で海賊を始めて、復讐を完了する頃には本当に国を物理的に消したドフィには、純然たる事実からくる提案だったりした。



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あの日の残響④(ドフィの過去 ローについてロシーと)加筆

ドフィと再会するたびにロシーはナギナギの力だけは上達していた。うっかりでドフィとロシーの繋がりや兄上とローやドフラミンゴファミリーの前で口走ろうとする。だから蹴り飛ばす羽目になっているが、ドフィはそこだけは評価していた。

 

ナギナギの実は、声を含むあらゆる音を遮断する能力を持ち、能力を使うと周囲や自分に対象が出す音が聞こえなくなる。 安眠において右に出るものはないと豪語する実にうらやましい能力だ。

 

ES事件のとき入手した血統因子から完成品の人工悪魔の実か、グリーンブラッドから生成予定のスケスケの実の能力者と組めば『見えない・聞こえない』攻撃が可能になる。ロシーは血さえ渡さなければ大丈夫だと考えているが、髪の毛一本でビブルカードが作れるのに甘い認識だと思う。だからガープ中将の愛弟子なのにまだ中佐なんだろうけど。

 

最近ようやく持病と化していた不眠症が解消されたばかりのドフィにとっては、実に羨ましい力だ。その天性のドジっ子が全てを台無しにするから、海軍にいられなくなるような案件にまきこまれても、大幹部クラスの地位をあたえるにしても、なにもしない係に任命するだろう。それがドフィが天夜叉という通り名を持つ理由を話すことにもつながる。元天竜人だと明かしても大丈夫な世界になってもドフィは明かす気にはなれなかった。

 

流石に見聞色の覇気までは誤魔化せないが、それでも強力な攻撃になりうるのにもったいないと常々ドフィは考えていた。

 

「ドジっ子でさえなければスパイとか内部監査の部署にとっては垂涎の能力なのにな」

 

「うるさいなあ!?気にしてること、いわないでくれよ、兄上!」

 

ローには「何の役に立つんだよ そんな能力っ!! かっこよくもねぇし!」と言われてしまっているナギナギの力である。ドフィに言わせればロシーだからその程度なのだ。

 

音による攻撃を用いる能力者にとっては音そのものを遮断されて無効化されるため天敵となる。赤髪が父上を警戒して革命軍に匿ってもらっているウタウタの実の能力者の愛娘。四皇ビッグ・マムのソウルポーカスも無効化しうる。ペトペトの実やゴエゴエの実などへの強力な対抗策にもなり得る。

 

さらに音とは空気の振動であるため、あらゆる振動を操るグラグラの実にも有効なのではないかとドフィはふんでいる。覚醒にまで至れば封殺することすら可能だろうに。すさまじい力をもつ能力者に対して、特攻とも評されうる。ドフィの中では評価が急上昇しているのに、すでに能力者がロシーなのだ。これが全てを台無しにする。

 

ロシーほど海兵に向いている人間はいない。海軍の正義の矛盾を飲み込めるくらい成長して、覚悟を決めたらどこまでも突き抜けるほどの爆発力と周りを巻き込む天賦の人たらしは脅威たりえるだろう。父上と同じで死んだらなおのこと周りの人生を激変させることができる。悪い方向にも、いい方向にも。本人が無自覚なのが余計タチ悪いが。

 

能力者がロシーなだけで世界は平和なのだ。ナギナギが平和が好きなんだろう、きっと。

 

「また降してあげるんだ、兄上。しかも今度はオペオペで命の恩人になってまで?よく我慢できるね、大海賊時代も海賊王もロックスも大嫌いなのに」

 

「たしかに嫌いだ、むしろ好きになる要素あるか?あらゆる人間を海に駆り立てるような海賊王の最期なんて、すでに頂点にいるような奴らやロックスの再来を目標にしてる父上には、自分の終わり方について意識させる劇薬でしかない。だが、殺すってのは違う。そりゃやつあたりだ。海賊王の処刑前に生まれたおれ達と大海賊時代に生まれた奴らの価値観が同じわけねえだろう」

 

「それでもさ、ローだっけ。海賊王になるって飛び出すでしょ最終的に」

 

「うちに居座られるよりはマシだ。傘下に入りたいってうちにくるやつに限って、アンタは海賊王になる男だとかさせてやりたいだとかのたまいやがる」

 

「兄上の本懐推し量るのは無理だよ、それこそ最古参幹部じゃないと」

 

「だからドフィって呼ばせるの許してんだよ」

 

「兄上がそんな感じでずっと来たから、ローみたいなやつがよく来るんじゃないの?命の恩人になるつもりなのはびっくりしたけど」

 

「ローが海賊王になるって宣言した時点で儲け話の邪魔したら本気で殺しに行くし、庇護から抜けたかったら喧嘩売れというつもりではいる。そっからは本気で殺しても問題ない」

 

「兄上なりの血の掟きた。律儀だね、ほんと。

オペオペを強奪してまで助けて、海賊王になりたいって宣言するところまでみえてるのに、旗揚げまで匿うってさ。兄上。めんどくさいことになるってわかってるのに」

 

「みなまでいうな、ロシー。わかってんだよ。生きることを諦めない、努力をやめない、そういうチャンスすらもらえない奴らをみるとつい助けたくなる。これは衝動的なもんだから我慢できる類のもんじゃねえんだ。見捨てちまったら最後だ。あきらめてるくせに、今だに夢をあきらめきれない自分にとどめをさしたくないんだよ、おれは」

 

 

ミンク族部隊最古参の黒ウサギ、シデがドフィは嫌いだった。無邪気でスキンシップが好きで無神経なことをよくいうし、ドフィとおないどしの癖に反抗期もあいまって素直になれないドフィの前でせんちょーとよく甘えている。密航したのが8歳のときだから、態度を改めないのはそういうものかと父上は放置していた。だからムカつくのだ。シデはそこまで考えてない。天竜人のポテンシャルを鍛え抜いて開花させたせんちょーは忙しいから、代わりにドフィにかまってほしいだけ。

 

14年ぶりにあっても相変わらずで、その結果、北の海にあるルーベック島が物理的に平地になった。

 

シデのいう父上の嫌な予感。怖い顔をして手帳睨んでいる。オペオペの実の取引のページみてたのは間違い無い。迷わず撤退も視野に入れと念押しして、警戒を促す。その意味をドフィは後日手紙で思い知る羽目になる。

 

世界政府で存在しないはずの最高権力を独占する者の姿と共に、聖地マリージョアのパンゲア城にて巨大な麦わら帽子が冷凍保存されていた。聖地マリージョアのパンゲア城の麦わら帽子が果たして何を意味するものなのか、そこには書いてあった。聖地マリージョアにある重大な「国宝」の事をドフィはこの瞬間に知ることになった。それは存在自体が世界を揺るがすと同時に、「オペオペの実」には、人格の移植手術(シャンブルズ)や人に永遠の命を与える「不老手術」がある。なるほど、オペオペと組み合わせると世界を握れることも理解できた。デメリットを踏み倒し、メリットを最大限に活用する。アラバスタの豪水やリュウグウ王国のESを欲しがる父上みたいな考えをするやつが世界政府にはかつていたらしい。

 

「......どおりで暗殺者も妨害もこねえわけだ。世界政府はようやくおれ達から手を引いたのか。やっとウラヌスから解放されるのか。ここまでしないとダメなのかよ、くそ......」

 

もうドフィは25になっていた。

 

「バレてもいいだろ、こんなの。権力は足が早いんだ、どうせすぐに腐っちまうモンだろうが。そのためだけに、どんだけ苦しませりゃいいんだてめーらは」

 

ドフィはため息をついた。

 

忌み名とDの意味を知りたくて海賊王になりたいとようやく気づいてしまうであろうローになんて言葉をかけてやるべきか。父上には一度ももらえなかった言葉を手向けることが、ドフィにとってはかつての自分を慰める数少ない方法だった。

 

 



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あの日の残響⑤(ドフィの過去 エースと初対面)

そこまでロックスを忘れたこの世界が許せないのか。憎いのか。破壊し尽くしたいのか。ロックスを忘れさせた世界政府や五老星、天竜人もろとも皆殺しにしたいのか。だから、自分もろとも殺そうとしてるのか。

 

天竜人なのにロックスかぶれという自己矛盾を一挙に解決してくれる方法を思いついたのだろう。それが最高の終わりという余計なものを学んだことで余計にややこしいことになった。

 

それが父上の基本的な思考回路なのだとドフィはようやく理解するに至る。35の時だ。余計に頭をかかえることになった。

 

父上を巣食う世界を破壊し尽くしたい衝動が愛という概念を理解しつつある。破壊衝動にかられて暴れるだけのテロリストより、それはそれとして自宅に帰って家族と団欒ができるテロリストの方が脅威なのと同じだ。

 

シームレスに一見矛盾しているふたつの概念をかかえたまま行き来できる。切り替えられる。双方が邪魔をしない。直前まで唯一の足枷、あるいはストッパーになり得たはずのそれが、この瞬間からただのブーストと化した。その絶望感ときたら。笑うしかなかった。

 

ポートガス・D・エースと名乗る少年がドフィを訪ねてドレスローザを訪れたとき。闘技場で七武海天夜叉ドフラミンゴとして対面したとき。

エースが父上の最愛の息子たる理由をようやくドフィは理解する。見当違いな嫉妬をかかえていたことを思い知るのだ。

 

父上の手を取らずにモルガンズの船にのり、ガープ中将に預けられ、海兵の学校に入ったもしものドフィがそこにいた。

 

何年たとうがその時がくるまで平気で待てるし、計画を変更できるんだな。そこまであの時代に心をおいてきたのか、アンタは。ドフィは内心毒吐いた。

 

ロックスを失ったこの世界で、アンタは今更何を求め続けてんだ。気付いていたって気付かないフリをしてるだけじゃないのか。これがアンタの望んだ世界なのか。あくまで時間はあの日から止まったままなんだな。だから最高の終わりか。そういうことなのか。

 

ロシーはドジっ子のせいで海軍の矛盾に突き当たり、起爆剤になるほど昇進がなかなかできないから。そこにたまたま海賊王の忘れ形見がいて、ガープ中将に託されて、今のアンタならガープ中将の思惑に気づいていながらわざと巻き込まれにいくだろう。

 

アンタの見聞色はほんとうに人智を超えてるな、父上。覇王色は鍛えないと敵味方問わず悪影響だと話していたが、見聞色も同じじゃねえか。死ぬかもしれないほどの高熱を出して、いきなり目覚めた覇気に振り回されて、一体アンタはなにをみた。なにをみせられた。拒否権なしで目を逸らすことも許されず、コントロールできない暴走する未来予知の果てに、なにを見せられた。おれ達の父上がぐっちゃぐちゃになり、見せられたにすぎないなにかを自分と混同するほどのなにかなんだろうことしか、おれにはわからないが。

 

これはドフィにとって希望であると同時に絶望でもある楽天的観測だった。根拠が状況証拠しかない。この28年間、いくら調べ上げても父上を豹変させたなにかの正体が掴めないのだ。ニキュニキュ、メモメモ、ソルソル、そしてオペオペ。片っ端から調べたがあの日、あの国で、あの町で、ずっとドフィ達と家にいたはずの父上に近づいたやつはいなかった。その果てに、可能かどうかすらわからないヨミヨミの憑依を受けたんだろうと信じたかった。

 

父上が自らの意思で動き出したとは信じたくなかったのだ。

 

「ほんとに来やがった。ここまでくるとロシーのドジっ子が昇進妨げてる証拠にしかならねえな」

 

「え、なんの話だよ」

 

いきなり意味のわからないことを言われたという顔をしているエースがいる。ドフィは笑うだけで教えることはない。イールみたいに世間一般に知られている人堕ちホーミングの名声に振り回されながら、守られながら、それ以外のたくさんの愛に育てられてきたエースのことだ。自己肯定感が可哀想なほど低いと父上が手紙に書いてあったことを思い出す。

 

ロックスを忘れたこの世界を愛せたから、おれ達を愛していることに気づいたから、ロックスに会いに行こうとしてることはわかったぜ父上。

 

エースの死が父上の最高の終わりの引き金になることは見聞色を使わなくても見えていた。だからドフィは武装色を纏わせた銃を手にするのだ。簡単なのは今ここでエースを射殺することだ。少し簡単なのは話をして考えさせて、かつてのドフィのように自分で動いているつもりで、周りに流されているにすぎない存在だと理解してもらうことだ。難しいのは、話をしても理解できずに見当違いのことをいって怒り出すことだ。

 

エースができることなら真ん中に値する人間であることを祈りながら口を開くのだ。

 

ポートガス・D・ルージュは父上に最高の終わりを突きつけておきながら、愛を思いださせてくれた、諸悪の根源にして最高の恩人でもある。エースはどういう少年に成長したのだろうか。ここからがすでにドフィにとっての正念場だった。



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新時代の2年間編
122話


 

かつて見聞色は人智を超えているのに、肝心の人の心がわからない男がいた。商人として勢力争いにウミットに負け、武器商人になり、海賊になった変わった経歴の持ち主だった。ハチノスの儲け話に乗った時、あまりにとんちんかんなことをいうから、そうじゃねえだろと声をかけたのがきっかけだ。仁義を重んじる白ひげが見聞色を解説してくれて初めて、男の見聞色は使い物になった。そのうち男は人の心を理解した。

 

そのうち白ひげと金獅子とセット扱いされるようになり、ロックスが好きだった男は、ハチノスの元締めになった。

 

白ひげは知る由もないが。別の世界線で手を抜かなければならない状況に追い込んで謀殺してマスコミで白ひげの時代は終わったと喧伝されて訪れた新時代を許せなかった男がいた。盟友がああいう最後を迎えて自分は首謀者たる黒ひげに殺された時点で、世界線を超えた男はまた人の心がわからなくなっている。

 

「......逝きやがったか、王直」

 

白ひげの見聞色は四方八方を敵に囲まれた激戦の最中ですら、片手間で盟友の戦死を伝えてきた。赤髪は完全に百獣海賊団を抑えられていないようだ。金獅子陥落後、長らくあいていた四皇の座に王直と金獅子が嫌っていたミーハーの代表格たる赤髪が座った。

 

白ひげは海賊王の座に興味こそなかったが、ロックス世代である他の四皇や腐れ縁達がどこまで赤髪を認めていたかというと、不透明なところがある。そもそも四皇とはモルガンズをはじめとしたマスコミ連中が勝手に呼び始めて世間一般に使われるようになった単語のため、白ひげからすればどちらでもよかった。

 

ただ、他のロックス世代の連中は、自分達の名だと考えている節がある。そこに異物が混じっていると考えている者達がいる。赤髪の四皇としての格、あるいは実力をみる絶好の機会だと考えていた者達がいる。結果はどうだろうか。世間はどうみただろうか。

 

インペルダウンでハチノスと黒ひげ百獣がぶつかり、インペルダウンが壊滅して、黒ひげ百獣が勝ったという純然たる事実は。おそらく黒ひげがハチノスの元締めに収まるだろう未来は。

 

「......ワプワプの実は、お前の望み通り、お前によく似た男に渡ったぞ。いや、ワプワプの実がそうさせたのか?」

 

かつての自分達を思いださせるようなことばかりするロックスかぶれの元天竜人が緑の液体をかぶるのがちらついた。

 

ホーミングが大規模な自殺を計画して未遂で終わったことを白ひげはようやく知ることになる。てめえなにふざけたことしてんだと今すぐにでもぶん殴りに行きたいが、それはこの戦争を終わらせてからだろう。覚えてろよと思いつつ、エースがそのどさくさに紛れて奪還されたことを確認した白ひげは、手加減する理由を完全に失った。

 

「てめえら、いますぐひけ息子達!こっからはおれの戦場だ!!」

 

白ひげの宣言を聞いた瞬間に、ウミット海運が気球を飛ばしてウェザリアを助けに向かう。魚人達は白ひげの船の護衛や支援を開始する。しばらくして船は次々と深層海流に消えていった。

 

マリンフォード全土が隆起する。余波で地震や津波が押し寄せる。敵味方関係なく白ひげの覇気に耐えられた者達だけが戦争を続けることが許される時間がはじまる。制限時間はもう終わったのだ。赤髪がくるまで白ひげが止まる理由はもうない。

 

30年にわたる自らの最高の終わりでもって完結するはずだったロックス再来という壮大な計画。息子であるドフラミンゴの執念と神の天敵になると叫んだDの死の外科医、様々な思惑が絡まった結果最高の終わりだけは阻止された。ロックスに心おいてきた天竜人が自己矛盾に耐えきれなくなったのかと白ひげは思った。

 

「グララララ、やらかしたな、人堕ち。失敗したな。もう2度目はねえぞ。お前がこんなとこで退場することをおれも含めた誰もが許さねえだろうよ。これも運命だ、諦めろ。責任もって見届けろ、新時代を。新たな謀略でも巡らせておれ達を楽しませやがれ」

 

こちらに向かっている赤髪がこれ以上遅れたら大惨事になるのは目に見えていた。

 

「ロジャーの意思を継ぐ者達がいるように、ロックスの意思を継ぐ者達もいる。血縁を断てどあいつらの炎は消えることはねえ」

 

だから高らかに白ひげは宣言するのだ。

 

「そうやって遠い昔から、脈々と受け継がれてきた。そして、未来、いつの日かその数百年分の歴史を背負ってこの世界に戦いを挑む者が現れる」

 

そう、現れる、のだ。ホーミングのことではない。ホーミングはそれを待ちわびているのだ。だから動かない、準備をしたままじっと待っている。だから白ひげは手を組むことをしたのだ。まさかその矢先に自分の生まれに思い悩むあまりに自殺未遂するとは思わなかったが。エースに言ったように人間はみな海の子だという言葉は、ホーミングにこそ必要な言葉だったようだ。

 

「センゴク、お前たちは、世界政府は、いつかくるその世界中を巻き込むほどの巨大な戦いを恐れている。すでに準備を始めているせっかちな野郎がいるから尚更。奴に手を出したら、おれがゆるさん。おれ達は興味はねえが、宝を見つけたとき、世界はひっくりかえるのさ。誰かが必ず見つけ出す。ひと繋ぎの大秘宝は実在する!!!」

 

そして、高らかに宣言するのだ。

 

「よくきけ、てめえら。海賊なら!!! 信じるものはてめェで決めろォ!!!!白ひげエドワード・ニューゲートは、お前たちが本気で海賊王を目指すってんなら、いつの日か最果ての地で雌雄を決する日がくることをここに宣言する!!それまで海賊王という空の王座は誰にも渡さねえ!!」



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123話

海賊王になるには、ロジャーの意思を継ぐ者、あるいはロックスの意思を継ぐ者でなくてはならない。血縁は関係ない。それ以外は白ひげが認めないから意味は同じ。世界政府が禁じてなお、脈々と受け継がれてきた歴史の本文を理解して、戦いを挑む者でなければならない。

 

世界政府は、未来の海賊王がしかける世界中を巻き込むほどの巨大な戦いを恐れている。すでに準備を始めている世界で一番愛している家族のために、どこまでも堕ちることを決めた男が準備をしているからなおさら。

 

白ひげと人堕ちホーミングはその時を待っている。赤髪を除く四皇達、あるいは超新星を含む挑戦者たちはそれが自分だと主張するためにずっと新世界でしのぎを削っている。だから、ひと繋ぎの大秘宝は実在する。

 

全世界にばら撒かれた情報はまたたくまに拡散され、新時代が幕を開けることになる。

 

その日、世界は思い出すことになる。四皇の中では穏健派で、赤髪の次に秩序側である。暗黙の了解でそう認識されていた白ひげが、今でこそ、と但し書きがつく、所詮は海賊にすぎないのだということを。かつてロックスという本気で武力で世界をひっくり返そうとした男に賛同して歴戦の猛者たちと同じ船に乗っていたという事実を。ロックス再来に王手しながら不慮の事故で戦線から離脱した人堕ちと手を組んでいた時点で、かつてを思い出すのは自明の理だということを。

 

白ひげ海賊団船長の大海賊白ひげ。グラグラの実の能力者で圧倒的な戦闘力を誇る世界最強の男。寄る年波に抗えず、身体は衰弱していると噂されていたが、所詮は噂にすぎないのだと思い知ることになる。

 

息子たちの全てを受け止め、守りきった生ける伝説の寵愛は、どこまでも息子達と白ひげ支配下の非加盟国、そして海賊王を本気で目指す者たちだけに向けられている。世界政府と加盟国ではない。あたりまえなのに、あたりまえを忘れていた人々は、これから世界はどうなるんだと恐怖するのだ。

 

ひとつなぎの大秘宝が存在すると宣言し、新時代の到来を高らかにうたいあげた男はいったのだ。最果ての地で、白ひげに戦いたいと思わせるような男でなければ、海賊王とは絶対認めないと。絶対強者にしか許されない傲慢でありながら純然たる事実からくる本心を全世界に宣言した。

 

暗黙の了解をわざわざ自ら宣言したのだ。暗黙の了解をいいことに謀殺しようとする世界政府の思惑を許してたまるかと書いてある手紙がきっかけかは不明だ。何度読んでも白ひげがロックスかぶれの元天竜人の手紙なのに、いつもまるで見てきたように話す王直を思い出していたことはたしかだが。

 

何百年もこの世界を守り続けた正義の要塞はすでに半壊だったが、この日、白ひげによって全壊することになる。沈没させることもできたが、あえて隆起させた。戦争を戦い抜いた猛者だけが生き残った。白ひげが全力で戦っていないと世界政府と海軍が思い知るのはいうまでもない。

 

同日、火拳のエースを捕らえて七武海入りしたはずの黒ひげは百獣海賊団と手を組み、王直率いるハチノスと全面衝突し、インペルダウンも陥落した。世界秩序たる3つの象徴がすべて完膚なきまでに叩きのめされた。

 

「要塞などまた建て直せばいいのだ。ここは世界の中心マリンフォード。白ひげが宣言した新時代を恐れる人々にとって、我々が生き残り、今ここにいること。それ自体に意味があるのだ。仁義という名の正義は滅びはしない。だからこそ、海軍は変わらなくてはならない。世界政府もまた。諸君らの奮闘を期待する」

 

今回の全ての責任をとり辞任することになったセンゴク元帥の後任は、サカズキ元帥となった。

 

「人間は正しくなけりゃあ 生きる価値なし!!! お前ら海賊に生き場所はいらん!!!海賊という“悪”を許すな!!!」

 

就任式典でそう演説することになるサカズキ元帥がかかげる正義は徹底的な正義である。今の海軍にもっとも必要な男なのは間違いなかった。

 

 

「麦わら屋と火拳、おい待てなんで海侠までいるんだ!?うちに魚人の輸血剤ストックあんまねえぞ!?おい、ベポ!今すぐにウミット海運に連絡して持ってくるよう伝えろ!」

 

「アイアイキャプテン!」

 

みるからに助ける気満々のやりとりである。ウミット海運と連絡がとれるということは、エースの父親ホーミングの部下かなにかかと思う者がいる。いや、シンボル的にドフラミンゴファミリーだろと考える者がいる。なんにせよ味方なのは間違いない。ルフィ達の命を命懸けでここまで繋いできた者達はほっと息を吐いた。

 

「おいこら早く乗せろ!!麦わらとは敵だが、悪縁も縁だ。こんなところで死なれちゃう困るんだよ!何勝手にしにかけてんだ、もっとうまくやるはずだったろうが、麦わら屋!こいつらまとめてにがすぞ!一旦おれに預けろ、おれは麦わら一味と同盟を組んでるハートの海賊団船長トラファルガー・ロー!医者だ!!」

 

こんなに頼りになる宣言がほかにあっただろうか。

 

なお。

 

1週間前、死の外科医がなにもしらないまま革命軍やウェザリア、王直に啖呵を切るのにつかった『神の天敵』の意味を本人がしるのは、3人の大手術をおえた翌日である。

 

14年前、Dの意味を知りたいなら海賊王か四皇になるしかないと笑っていたドフラミンゴの意味をようやく理解した彼は。おのれがやりたいと思ったからやったことがとんでもないことだったと青ざめることになる。

 

おめでとう、トラファルガー・ロー。お前も今日付けで麦わら一味と同列だとドフラミンゴからデンデン虫でからかわれるのは別の話だ。

 

「おまえにはでかい貸しができちまったな、ロー。いつか借りは返すから、使いどきを間違えるんじゃねえぞ」

 



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124話

ドラゴンは、王族・貴族と庶民の階級差が激しく理不尽な差別が横行する東の海『ゴア王国』で生まれ育ち。世間一般にはモンキー・D・ガープの息子として認知されるまでの22年間、その活動がバレないよう水面下で活躍してきた。

 

海賊王の処刑を見届けたのち、自勇軍として本格的に活動することになる。

 

 

 

「最高の終わりってなんだと思います?」

 

ドラゴンが知る人堕ちホーミングは、世界で一番愛する家族のために、どこまでも堕ちることを決めた男だった。武力ではなく経済や思想からロックス再来を計画し、秘密裏に白ひげをはじめとした人々をつなげる役割をすべく活動をはじめていた。

 

そのときも、ウミット海運の船の一角をベガパンクに貸し出し、バスターコールを免れたオハラの叡智を1日も早く復興すべく、自らもその手伝いをしていた。

 

束の間の休息の時に、物思いにふけっていたホーミングからコーヒー片手にそう問われたものだから。ドラゴンは当然ながらオハラの未来のために、すべてを投げ出した考古学者たちを偲んでいるのだと思っていた。

 

「自勇軍」という言葉は、自由(リベラル)と義勇兵を合わせたドラゴンの当時の標榜を結集したような言葉だったが、オハラへのバスターコールがその基盤の弱さを見せつけていた。貧乏軍隊とベガパンクとホーミングに揶揄される理由を思い知っていた。ドラゴンは活動の転換を強いられるだろうと感傷的になっていたこともある。だから、こう返したのだ。

 

「天寿を全うした時、成すべきことを成した時、いや......誰かのために、なにかを遺した時かもしれん。オハラの意思はたしかに、ここに生きている」

 

歴史の本文の訳文を読みながら、ドラゴンはイワンコフとくまと共に「自勇軍」を「革命軍」と名を変えること。今と活動の方針を変え、打倒世界政府を目的に暗躍する反政府組織にすること。世界各地で同志たちをもっと集めてから開始することを決意する。ベガパンクとホーミングにも伝えた。ここに三者の密約が交わされた。

 

12年前、通りかかりに出会った貴族の少年・サボから、ゴミ山に棲む貧民達を虐殺する為に、貴族達が火事を仕掛けた真実と、自らが貴族に生まれたことを恥じる告白を聞く。故郷のゴア王国の不要な物を淘汰した格差社会を「不条理な世界の未来の縮図」と考え、恐ろしい世界と未来に変革を齎すべく決起した。

 

また、その翌日にゴア王国に訪れた天竜人の砲撃を受けて海に沈められたサボを救出しており、彼が革命軍に参加する切っ掛けを作っている。 サボとは後に師弟関係にもなり、ドレスローザに革命軍として現れたサボは彼に仕込まれた「竜爪拳」を使用している。

本拠地は「バルティゴ」と呼ばれる秘密の地であった。

 

ドラゴンは、革命軍総司令官として、ルフィやガープと同様に高いカリスマ性と確固たる強い信念を持つにいたっていた。『打倒天竜人』を掲げる革命家で世界各地・各国でクーデターを起こしているが、革命の名の下の争いがもたらす『負の側面』も深く認識している。

 

また勝利に浮かれる部下に対して「勝利を喜ぶな!! 戦争だぞ」と叱責する等、思慮深く厳格な一面も持ち、庶民に対して幾らでも冷酷になれる自らの国に強く失望しており、彼が革命軍として動いているのは、世界貴族やゴア王国に顕著な理不尽極まりない格差社会を変えようとしている為だ。

 

頂上決戦の顛末の記事や写真をみて、ずっと記憶喪失だったサボは、なにかを思い出したのか、あまりの衝撃に頭痛を訴え、そのまま気絶してしまった。医療班に運ばれていくのを見届けたドラゴンは、息を吐いた。

 

今、革命軍は、不条理な社会とその未来をただそうと、世界中にその思想を広め、悪政・圧政を行う国々にクーデターや革命を引き起こしている。 序列二番目の「参謀総長」はサボが務めているのだ。

 

各地域をまとめる「軍隊長」と呼ばれる役職があり、東西南北の海と偉大なる航路に1人ずつ、計5人置かれており、各軍隊長の下には彼らを補佐する副隊長が存在する。

 

王下七武海バーソロミュー・くまのように政府系機関に入り込みスパイ活動を行っている幹部もいる。

 

また「支部長」という役職も存在するが、CP9のジャブラ、クマドリ、フクロウの手によって23名(3名の支部長と護衛など20名)が消されてしまっている。

 

サボがいなければあらゆる作戦が棚上げになる。どのみち今回の頂上決戦がもたらす新時代に向けて、革命軍もよりいっそう気合いをいれなくてはならないだろう。

 

人堕ちホーミングからいつものように事前に通告はうけていた。いつもそうだ。情報提供はしてやったんだから、もし革命軍の作戦が失敗したら、その原因はひとえにそちらの実力不足だといいたいのだろう。革命軍の立場は闇のシンジケートと常に表裏一体だ。

ウミット海運は闇のシンジケートの一角をになう5大帝王のひとつだ。彼らは儲け話がすべてだ。敵になることもあれば、味方になることもある。代理戦争をすることもあれば、さらなる儲け話を提示すれば味方になることもある。時に作戦を邪魔されて無血革命が泥沼の果てに今だに内紛に陥ることもあれば。世界政府などから被害を受けた難民の保護に協力的なこともある。

 

その頂点に君臨する天夜叉ドフラミンゴは、残酷なほどに世界に対して平等である。敵味方問わず儲け話があるなら武器をばら撒く。医療品をばら撒く。経済から政治からなにから支配下に置かれた非加盟国は数知れない。人堕ちホーミングの息子として納得しかない男だった。

 

だからこそ、ドラゴンは、あの日、ホーミングにいった言葉が今回の不慮の事故と勘違いされるほど巧妙な自殺未遂の決定打だったに違いないと心底後悔していた。14年前のくまから聞いた天夜叉の反応をみるに間違いない。20年前のあの日から、人堕ちホーミングの誰にも知られてはならない最高の最期に向けた全ては始まっていたのだ。今回の偉業をなした男ですら自らの生まれや思想、あるいはさまざまな自己矛盾から逃れきれなくて自殺を選ぼうとするのだ。

 

肝に銘じなくてはならない。深淵を覗くとき、深淵もこちらを覗いているのだと。

 

そんなドラゴンから新聞を借りて必死で読んでいる少女がいる。

 

「......ホーミングさんも、悩むことあるんだ......。死んじゃいたいくらい.....ロックスに会いたくなるくらい......?」

 

「そうだな」

 

「......わたしだけじゃ、ないんだ......」

 

13年前、思想的な問題から対立しているホーミングが、サイファーポールに対して行う行動を目の当たりにして、ドラゴンに赤髪のシャンクスは少女を託した。

 

遡ること19年前、とある島で生まれるも2歳になったときに故郷を海賊に襲撃され、両親を失った少女は海賊に拐われてしまう。

 

しかし、その海賊は海で遭遇した赤髪海賊団に撃破され、宝箱に隠れていた少女は赤髪海賊団に拾われることになった。少女を発見した海賊団のメンバーは困惑したが、自身がロジャー海賊団に拾われた経緯が頭によぎったシャンクスは 「これも何かの縁か」と感じ、少女は赤髪海賊団の音楽家、そしてシャンクスの娘として育つことになった。

 

なお、赤髪海賊団に拾われた頃には既にウタウタの実の能力者だったようで、少女が歌えばシャンクスたちは眠り、海賊団が戦闘中の際には船で留守番しつつ、妄想する夢の世界で過ごすなどしていた。

 

13年前、赤髪海賊団の音楽家として東の海のフーシャ村に辿り着いた少女は、自由に生きることを目指す少年モンキー・D・ルフィと出会う。年齢が近かった2人は意気投合し、身長対決や可愛さ対決、腕相撲やチキンレース勝負といった真剣勝負を183回も繰り返す程の関係になった。

 

それぞれが思い描く「新時代」はまったく噛み合わなかったが、ルフィからシャンクスの麦わら帽子の絵(とても帽子には見えないもの)を「新時代の誓い」として渡された。

 

フーシャ村を拠点としていた期間の中で、少女は音楽の島エレジアへの航海にも同行し、上陸すると国王ゴードンから大歓迎を受ける。ゴードンからは国に残り歌手になるための英才教育を受けることを提案され、シャンクスにも残っていいのではないかとか尋ねられるが、赤髪海賊団の音楽家として海に出たい少女はその提案を断っていた。

 

しかしその夜、一曲でも多く歌って島を出航しようとしていた少女は、いつの間にか傍に落ちていた「Tot Musica」の楽譜を拾って歌ってしまい、エレジアに歌の魔王「トットムジカ」が出現。少女がまだ幼く能力を長い時間保てなかったのが救いであったが、赤髪海賊団の奮戦も虚しくエレジアはたった一夜で壊滅し、ゴードン以外の国民も死滅してしまった。

 

人堕ちホーミングがいなければ、少女はエレジアにいただろう。だが、赤髪のシャンクスをミーハーの代表格と嫌うホーミングにとって、少女が赤髪のシャンクスの急所になりえると気づかれるのは時間の問題だった。だから、シャンクスはドラゴンに少女を託したのだ。エレジアの悲劇とトットムジカの楽譜を託しても問題ない実力を備えていたドラゴンに。

 

エレジアのゴードンとは今も革命軍の拠点として活動させてもらっている。

 

それは結果的に1年後、サボやフィッシャー・タイガーの悲劇をきっかけに革命軍入りしたコアラを精神的にも身体的にも鍛え上げられた実績が、シャンクスの見聞色が正しかったことを証明することになる。

 

「ウタ」

 

「はい」

 

「時代は時として… あらゆる偶然と志気をおびて 世界に問いかける。それがこの時だ」

 

「!!」

 

「我らがいずれ、紙面の彼らと出会う日も来るだろう。だが、忘れるな。自由の為共に戦う意志のある者だけが、ここにいることを許される。お前がなんのためにここにいるのかだけは、忘れるんじゃないぞ」

 

「はい!!」

 



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125話

頂上戦争から2週間後。世間の喧騒を離れ、ここは凪の帯女ヶ島アマゾンリリー。ルフィとエース、ジンベエの療養を目的として、ハートの海賊団は緊急特例により、女ヶ島海岸に停泊を許していた。

 

魚人のF型の輸血剤ほか、さまざまな物資の支援をしてくれているウミット海運から、あたらしいトーンダイヤルがエースあてに届けられた。

 

マリンフォード頂上戦争において、とうとう思想犯となったドンキホーテ・ホーミングの供述調書の一部抜粋だった。七武海ドフラミンゴのドレスローザに捕縛されているため、直接会うことはできないと社員はエースに伝えた。もちろんすべて建前だ。

 

ドンキホーテ・ホーミングを世界政府に引き渡すことは、ドフラミンゴファミリーが牛耳る裏表とわず物流社会および、シンジケートから世界政府と海軍を永久追放することを意味している。

 

強行すればマリンフォード頂上戦争の立役者のひとりであるドフラミンゴの離脱を招き、いよいよ公然とドンキホーテ・ホーミングと合流することにつながる。

 

そうなれば、ドンキホーテ・ホーミングが33年かけて築き上げてきたあらゆる国地域を一気に敵に回すことを意味する。ただでさえ、秩序側が完全敗北手前まで追い込まれ、ドフラミンゴが最悪の事態を辛うじて防いだ事実はあまりにも重かった。

 

マリンフォード頂上戦争における立役者七武海の評価と白ひげの戦争から生き残った猛者達の存在がかろうじて世界政府の秩序の体面を守っているこの状況で。世界政府はそれを承認するのは当然の流れといえた。

 

完成したビブルカードを渡してくれと社員に渡しながら、エースは安堵のため息をこぼした。唯一の生存確認方法ではなくなったからだ。

ちなみに、映像デンデン虫もあるといわれたが、高すぎてエースでは分割でも支払いは無理だった。

 

供述調書といいながら、エースに問いかけるように記録されていた。

 

ドンキホーテ・ホーミング聖がオトヒメの書状に感化され、天竜人の地位を捨て、一家4人で非加盟国に移住した。人間になりオトヒメの天竜人としての署名が無効になったことが心残りだった。ホーミングは、引越し当日から死ぬ寸前の高熱を出し、人智を超えた見聞色を発現。

 

熱に浮かされ、目を逸らすことも許されず、無理やり見せられた未来予知。ホーミングの人格とその未来予知でみせたある男の人生をぐちゃぐちゃにしてしまうほどの衝撃だった。

 

目が覚めたホーミングの中には、ふたつの人格がぐちゃぐちゃになり、今だにどこからどこまでがホーミングなのかわからない、新たな人格が形成されていた。記憶は継承しているが、彼はその日から人生が始まった。

 

未来予知がみせたある男の人生は、ホーミングに現実を突きつけた。見せしめに非加盟国に降ろされ、明日からは迫害で殺されそうな状況下であると彼は理解した。自分のことを考えるより、愛着もなにもないはずの家族のために動くしかなかった。それが彼の中にあるホーミングの愛情がそうさせたのは、間違いない。そして、彼はその一カ月の中で運命について考えた。

 

そこからは、エースがよくしる人堕ちホーミングが、世界で一番愛する家族のために地獄に堕ちていくまでの経過だった。非加盟国を滅ぼして、ウミット海運に入り、ウミットの右腕として運輸王にのし上げるまでの成り上がり物語でもある。

 

「私が愚直なまでに建前を守るのは、かつてその建前を宣誓し、盟友に違わないか見てもらいながら、戦うのが当たり前だったからだ。お前がウミットに負けたのは仁義をわかっていないからだと教えてくれた盟友を謀殺した世界への復讐も兼ねている」

 

この段階では意味がわからなかったのだが、ホーミングが語る時代が大海賊時代に差し掛かるとエースは体がこわばるのを感じた。

 

ホーミングを形作る、ある男はロックスに深く傾倒しているようなのだ。ガープから何度も聞いたことがあった。

 

約40年前に存在したとされるロックス海賊団の船長。 海賊王ゴール・D・ロジャーの最大の宿敵であり、彼が現れるまでは、全海賊達の覇権を握っていたとされる世界最強と称された伝説の大海賊。ガープとロジャーが共闘して倒した最初にして最強の敵。このロックスを討ち取ったのが、現海軍本部中将モンキー・D・ガープの『英雄伝説』の始まり。

 

エースはロジャーの子供だ、しかもガープに託された子供である。それだけでホーミングがエースを愛せる理由がなにひとつ存在しないにもかかわらず、ルージュの世話を2年も行い、ガープと共にフーシャ村まで送り届けてくれたことになる。今もなお、父さんと呼ぶことを許してくれている。

 

エースは無性に不安になった。やはり、ガープへの恩義からくる義理立てにすぎず、迷惑をかけていたのではないか。負担になったのではないか。頂上戦争で父親として啖呵をきってくれたのも実は......。

 

ホーミングの話はルージュがいかにエースを愛していたかに終始している。ホーミングが内心を語るところが一度も訪れないことに気づいてしまったエースは、その先を聞くのが怖くなり、一度止めようか迷った。そのときだ。

 

「お前さえ助かれば、盟友は助けられる確信があった」

 

さっき出てきた、仁義を教えてくれた盟友だった。

 

「お前が確実に麦わらのルフィに助けられれば、盟友は手加減する理由を失うからだ。お前は成し遂げてくれた。本当にありがとう、エース。これは誰にも明かしたことがない、私の本音だ」

 

エースは目頭が熱くなるのを感じた。

 

「私がみた未来は、お前が処刑され、盟友は手を抜かなければならない状況に追い込まれ、謀殺され、マスコミで白ひげの時代は終わったと喧伝された。訪れた新時代に、白ひげに守られていた非加盟国の名はもうなかった。グラグラの実は奪われ、あらゆるものが奪い尽くされ、皆殺しにされ、黒ひげの支配下になった。私も殺された。旧世代の敗北者として真っ先に脱落した。だから、思ったんだ。今度はうまくやろう、ロックス再来も、運命にも争ってやろうと」

 

ルージュの最期や海賊王ロジャーの処刑、オハラの最期を通じて、途中で自分の最後があんまりだと気づいたらしいホーミングは、自分の最高の終わりを模索しながら、頂上決戦に望んだ。

 

「ドフィに散々いわれたが、ほんとうに申し訳ないことをしたね、エース。未来予知の果てに見た私の終わりは盟友を殺した首謀者に仇も取れずに殺され、ワプワプの力も奪われたものだから、また人の心がわからなくなっていたようだ。お前のことも、ドフィのことも、ロシーのことも、妻のことも、ロックスのことを忘れたこの世界のことも、いつしか私は愛せるようになっていた。そうなったら今度こそ、ロックスに会いに行くと決めていたから、お前を守れたらそれで最高の終わりになると思っていたんだ」

 

「......とうさん......」

 

「お前が私の未来予知を変えてくれたんだ、ありがとう、エース。私の見聞色はもう、悪夢はみないだろう」

 

エースは涙を拭った。未来予知が外れるのとひきかえに、ホーミングに悪夢のような未来予知を見せてくれたはずの男が、エースの生存と引き換えに死んだのはなにかの因縁な気がしてならなかったのだ。



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126話

「さっきから何落ち込んでるんだ、火拳屋」

 

「いや......おれ、なにもわかってなかったと思って......」

 

「人堕ちホーミングのことか」

 

「ちがう......いや、ちがわないか、それもあるけど、親父の方だ」

 

エースの手にはウミット海運がもってくる物資に必ず入っている世界経済新聞がある。新聞王モルガンズが社長をつとめる世界各国に情報を伝達する新聞会社だ。世界規模のメディアにして最大手。世界中にいるジャーナリスト、情報屋から得た情報をまとめ、ニュース・クーが記事を配達する。

 

世界中のほとんどの地域に配られており、世界政府による検閲・情報操作こそあるが、手紙を確実に届けることさえ難しいこの世界において数少ない安定した情報源である。

 

ただし、ひとつだけ例外がある。モルガンズが匿っている人堕ちホーミングの妻がいるからか。ウミット海運や人堕ちホーミング、もしくはドフラミンゴファミリーに関する記事はかならず擁護する記者が書くことで有名なのだ。

 

どの新聞社よりも詳細でなおかつ論理的、独自調査で集めた証拠などを入れ込むから、余計タチが悪い誘導記事をよく書いている。普通なら記事の最後に苗字や名前をいれるのだが、その記者は絶対にいれないからすぐわかる。もしかしたら、もう編集者に昇進しているかもしれない。

 

マリンフォード頂上戦争をまるでライブ中継しているかのような臨場感で書き切った手腕は恐れ入る。おかげでエースは当事者だったはずなのに、うっかり読み込んでしまった。なにせエースは処刑台にいたわけで、センゴク元帥と人堕ちホーミングのやり取り以外はわからないのだ。

 

実際に白ひげ海賊団やウミット海運、海軍、そして、ルフィ達乱入者があの戦争においてどう動いて、どうなって、結果的にどう世間にうつったか。これからどうなるか。そういうものが予言書のように書いてある。

 

「......親父、海賊王になるつもり、ないんだな」

 

白ひげの新時代の到来の宣言は、エースが白ひげに対して抱いていたイメージとだいぶ違うものだったのは事実だ。だが、エースの無知が原因ではない。

 

海賊王という称号が意味する理由を知る者は白ひげが暴露するまではほとんどいなかった。東の海は特に世界政府の情報規制が行われている海のため、偉大なる航路の情報はまず入ってこない。

 

エース率いるスペード海賊団は東の海から偉大なる航路まで2年という破竹の速さで航海し、白ひげに挑んでから傘下入りした。そして、部下になり、昇進する間もなくいきなり2番隊長に抜擢された。自分達なりに情報収集はしていただろうが、白ひげのところに来てからたった2年だ。

 

新世界のどこかで壁にぶつかり、どこかの島で足止めさえ食らっていたら、もっと情報は入ってきただろう。それが早熟したエースの強みでもあるが、弱みでもあった。

 

「抜けるのか?」

 

「いや、それはない。おれが慕ってるのは親父だけだ。いや、父さんもだけど!ドフラミンゴもそうだけど!......と、とにかく、親父が海賊王になるつもりがないことを知らなかったのがショックなだけなんだよ。新聞で知ることになるとは思わなかったんだ」

 

「普通はそうだ、気にする必要はない。いい機会だったと思え、火拳屋。もしこれが戦場だったら、お前は死んでた」

 

「そうだな......動揺して覇気が使えなくなったかもしれない」

 

「仲間が死ぬ、自分が死ぬ、白ひげが死ぬ。......わるい、盗み聞きするつもりはなかったんだがな。診察の時間になっても来ないからドアの向こうで待たせてもらってた」

 

「あー......ごめん、そこまで頭が回ってなかった」

 

「ここはおれの船だ、見聞色しなくてもいい。優秀な航海士がいるからな」

 

「ミンク族だよな、副船長。ベポだっけ」

 

「そうだ、うちの優秀な航海士だ」

 

にやっと笑うローにエースは笑った。

 

この2週間のあいだ、エースは自分を助けるために沢山の人間が動いたことを知った。愛されていることを知った。頂上戦争になることが予見できたのに、ガープがホーミングを巻き込んだ真意を知った。ここまでされてはさすがに死ねない。生きなければならない。生きたいと思っている。

 

そう伝えると、ようやくロー達が安堵してくれたことを思い出す。

 

実は白ひげや人堕ちホーミング、カイドウの思惑を察して役割をこなしただけなのだが、いえなくなってしまった。

 

実際、白ひげからはよくやった、2番隊長の面目が保てたなとウミット海運経由で手紙をもらっている。なにも知らない人間には処刑という大事件はなんとかして助けたいと思わせてしまうようだ。それだけの愛を受けて育ってきたのに、エースが気づいていなかったともいえる。今のエースは嫌というほどわかっているので、二度ともういわないだろう。なんで生まれてきたんだろう、なんてことば。

 

「ところで話は変わるんだけど、ローってドフラミンゴの弟分なんだろ?」

 

「あァ、それがどうした」

 

「ローっていくつだ?」

 

「24だ」

 

「おれ、20」

 

「......で?」

 

「ドフラミンゴの船に乗ってたんだろ、すごいな」

 

「まあな......見習いみたいなものだが」

 

「海賊王の船に乗ってた道化のバギーみたいなもんか」

 

「そうだな......乗ってた船が新世界クラスだと知ったのが、海賊を旗揚げするときだったのは一緒だ。おれは病気だったから、他の奴らに名前が売れるほど活躍できなかったけど」

 

「え、病気?大丈夫なのか?」

 

「だから必要だったんだ、この力がな」

 

「あー......オペオペの実だっけか」

 

「そうだ。だから、火拳屋。おまえの気持ちはよくわかる」

 

「?」

 

「知らなかったんだろう、白ひげの本懐を。おれも同じだ。おれの場合は、たまたまドフラミンゴが教えてくれたが、14年前のあの日、ガープ中将が来なかったことが運命の分かれ道だったんだろうな」

 

「..................えっ」

 

「なんだ、火拳屋」

 

「えっ、えっ、ちょっと待ってくれよ、今アンタなんていった!?」

 

「?」

 

「じじいに引き取られるはずだったのか!?」

 

「別口の大事件があったから、来れなかったけどな」

 

「いやだから......その......」

 

「??」

 

「ほんとに運命の分かれ道だよ......14年前なら余裕でおれいたぞ」

 

「!?」

 

「あー......そっか、ドフラミンゴからしたら、ロシナンテ大佐を託したのみてるから......」

 

「!?!?」

 

「そっか......だからわざわざ、ルフィと同盟組んでまで助けにきてくれたのか」

 

「ちがうからな、火拳屋。お前が何考えてるか知らないが、絶ッ対に、ちがうからな!?」

 

「おーい、ルフィ!ちょっとこいよ、すごいことがわかったぞ、今!」

 

「やめろ!!!」

 

麦わらのルフィと同列だと他ならぬドフラミンゴに言われたダメージがまだ回復していないローである。致命傷を負いたくなくて、必死でエースを追いかけたのだった。



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127話

頂上戦争から3週間後、麦わらのルフィがふたたび世界を騒がせることになる。

 

「あまりにも英霊を侮辱しているッ!!」

 

ブランニュー少佐は怒りのあまり後ろの黒板を叩いた。世界の均衡を司るという三大勢力の一つ、海軍本部。 その海軍で佐官である少佐に属している。 アフロヘアとサングラスが特徴的で、海軍内で懸賞金額を決める際には毎回のように司会進行を務めるこの男もまた、元海軍本部大将にして海軍遊撃隊となっているゼファーの教え子の一人だ。

 

海軍本部議事の間にて、ブランニュー少佐は叫ぶのだ。

 

麦わらのルフィが海軍の英雄ガープの孫にして、革命軍総司令官ドラゴンの息子であると判明した。不幸中の幸いか、兄弟盃を交わしたエースは人堕ちホーミングの実の息子ではなく海賊王ロジャーの息子だが、マリンフォード頂上戦争をみるかぎり、実の息子と考えているのは間違いない。麦わらのルフィは家族には入らない。ただ、人堕ちホーミングの弟子ドフラミンゴの弟分が死の外科医トラファルガー・ローであり、麦わらのルフィと同盟を結んだまま潜伏中である。

 

マリンフォード頂上戦争のあと消息不明だった麦わらのルフィと火拳のエースだったが生きており、ふたたび海軍本部とインペルダウンに現れたのだ。共に行動していたのは元王下七武海の海侠のジンベエ。さらに海賊王ロジャーの右腕にして副船長だった男冥王シルバーズ・レイリー。

 

マリンフォードもインペルダウンも復興のたむに作業員や世界各地から集まる野次馬、殺到する取材陣。停戦に持ち込まれたことで無事関係が復活したウミット海運含む民間の出入りも多い。かたや海では秩序の崩壊に沸く、本来新世界にいるような海賊達が楽園であるこの海で次々に事件を起こしている。

 

生き抜いた猛者たちは本部を離れるしかなく、警備が手薄になっている中、それを知ってか4人は一隻の軍艦を強奪し、その船でまずマリンフォードを一周した。これは海における水葬の礼である。

 

殺到する取材陣の真ん前である。もはや広場かすらわからない場所に堂々と乗り込み、西端に再設置したばかりのオックス・ベルを16点鐘。花束を投げ込み、黙祷。まったく同じことをインペルダウンでもやったのだ。花を手向けたのがマリンフォードはルフィ、インペルダウンはエースという違いはあったが意味はないだろう。

 

それより、オックス・ベルを強奪してまでインペルダウンで同じことをしたのだから、狂気じみていると言わざるを得ない。

 

単純によめばマリンフォード頂上戦争で命を落とした者達への追悼、黙祷。船の周回は水葬の礼で間違いないが、これは世界への挑戦状である。

 

オックス・ベルは大昔に活躍した軍艦オックス・ロイズ号に取り付けられていた神聖な鐘だ。

年の終わりに去る年に感謝して8回の鐘を鳴らし、新しい年を祈り8回鳴らし、計16回鳴らすのが16点鐘になる。古くから海兵の間で伝わっている習わしだ。

わざわざ軍艦を奪いマリンフォードを周回して16点鐘を行い黙祷する事で海軍が捉えたメッセージは、16点鐘の意味、戦争で失われた犠牲者への黙祷、自分はまだ生きている・海軍は俺を取り逃がすと言うミスをした、と言うメッセージである。さらにはこういいたいのだ。白ひげが海賊王の真の意味を全世界に知らしめたこの場所で。

 

「海賊王におれはなる」と。

 

ブランニュー少佐の演説は続いているが、ヴェルゴは参考資料の引き伸ばされた写真をみた。麦わらの一味の動向はマリンフォード頂上戦争を生き抜いたヴェルゴがいちばんよく知っている。

 

麦わらのルフィがどんな人間なのかよくしらない人間は騙される巧妙な罠だろう。入れ知恵はシルバーズ・レイリーあたりか。鐘を鳴らしたり、黙祷したりすれば何か意味のある行動だと思わせられる。実は意味など無く、腕に刻んだ刺青のメッセージを多くのマスコミに写真で撮らせて、確実にその刺青が新聞を通して仲間に伝わるようにしたのだ。モルガンズの世界経済新聞でヴェルゴ達がよくやるやり取りだから、なんだか不思議な気分になる。

 

「3D×2Y」

3Dが×で消されて2Yが強調されているので集合は3日後では無く2年後に変更になったと麦わらのルフィは伝えて仲間もそのメッセージを読み解いて理解するにちがいない。

麦わらのルフィが伝えたいのは、当初はハートの海賊団と麦わらの一味が同盟を組むため、シャボンディ諸島への集合は3日後だった。しかし、今の麦わらの一味もハートの海賊団も新世界の壁を超えられない。四皇が統べる新世界に行くには今の自分達では無理だ。だから、すべては2年後に持ち越すと言うメッセージを仲間に送る事なのだろう。

そして、その宣言に海任のジンベエがいるということは、遅かれ早かれ麦わらの一味に仲間入りすることを意味する。師匠はシルバーズ・レイリーか。エースも修行をつけてもらってから、白ひげ海賊団2番隊隊長に復帰するということだろう。

 

さらにいうなら、麦わらのルフィは一般的な生花の葬儀用の花束だが、火拳のエースはわざわざドライフラワーまで用意して、花を手向けた。シオンの花束だ。花言葉としてはこうなる。

『追憶、君を忘れない、遠方にある人を思う』

なぜ選んだのかは、ワノ国に一度でも足を踏み入れたことがある人間でなければわからないはずだ。ワノ国には、こんな説話があるのだ。

 

あるところに二人の兄弟がいた。

 

ある日、父親を亡くした二人は嘆き悲しみ、その日以降父親の事を忘れることなく墓参りを続けた。

 

しかし年月が経つにつれ、兄は仕事が忙しくなり、父親を亡くした悲しみを忘れる為に、見た人が思いを忘れてしまうといわれる萱草を墓へ植えた。

 

次第に兄は墓参りに来ることがなくなった。

 

一方、弟は父親の事を忘れないように、見た人の心にあるものを決して忘れさせないといわれる紫苑を墓に植え、それ以降も墓参りを続けた。

 

さらに年月がたったある日、いつものように弟が墓参りをすると、墓の中から鬼が語りかけてきた。

 

この鬼は、父親の屍を守っている鬼で、父親の事を想う弟の心根に感心し、弟に予知能力を授けた。

 

身の上に起こることを予知することができるようになった弟は幸せに暮らした。

 

嬉しいことなど、忘れたくないことがあるときには紫苑。愁いなど、忘れたいことがあるときには萱草を、植えると良いと語り伝えられている。

 

これがなにを意味するのか、理解できる者はそう多くはないだろう。



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128話

赤い土の大陸聖地マリージョアにて

 

「フッフッフ......上がご所望の品はこれで全部だ......不満か?」

 

ドフラミンゴが無造作に背後にある大小様々な死体袋からひとつ、イトイトの力でズタズタに切り裂いた。そのまま、なんの躊躇もなく足蹴にする。五臓六腑がぶちまけられ、バラバラになった胴体がレッドカーペットに転がった。死体袋の下に沈澱していたはずの細かな血肉がどんどん染み込んでいく。

 

血統因子を調べても間違いなくゲッコー・モリアとアブサロム、ドクトル・ホグバックだと証明するだろう。

 

聖地に広がる二度目があってはならない、血生臭い匂いに担当者は露骨に嫌そうな顔をしている。

 

人工臓器の製造方法はベガパンクから横流しされたデータさえあれば、ドフラミンゴファミリーとウミット海運の科学力であれば実現可能な技術だ。世界政府の目をいつまで騙せるかわからないが、当分の間は誤魔化せる精度だとドフラミンゴは自負していた。

 

「ゴーストプリンセスだけ暴君がニキュニキュで飛ばしやがったが、シッケアールだと調べはついてる。どうする?殺すんなら追いかけるが。あそこは鷹の目しか手が負えないヒヒどもがいる。ホロホロの能力じゃ生きながらえられる環境とは思えねえ。まあ、鷹の目が気まぐれで助けてる可能性もあるが、その場合、さすがにおれだけじゃ無理だ。あの戦争で金獅子と一戦交えて以来、あの野郎赤髪と決闘してたときみてーな目をしてやがるからな。覚悟決めるってんなら、仕事はしてやる。ただし、そっちもそれなりの戦力をよこせ」

 

担当者は上にあげてみると返してきた。事実上の先送りという名の放置だろう。賢いやり方だ。だからこの担当者になってから、好奇心や使命感にかられて禁忌にふれてこの世界にいなかった者扱いされる担当者はいなくなった。世界政府にも優秀な公務員はまだまだたくさんいるらしい。

 

「いつもそうだが......元の死体のままもってこれないのか?」

 

「ばーかいえ。数ある超人系悪魔の実の中でもとりわけ多彩で強大とされる能力カゲカゲ。奇襲や諜報活動にうってつけで、こっちも手を焼いたことがあるスケスケ。スリラーバークの墓掘り返してまで手に入れたキャプテン・ジョンに銀斧、巨人族の死体まである。今回うちが回収できた血統因子だけじゃねえ、能力者のデータもかつてのロックス連中の死体もバカになんねえ宝物だ。馬鹿正直に渡すか、こっちは海賊だぞ。巨人族になる薬が欲しいのはおれ達も同じだからな、協力してやるから見逃せよ。気に入らねえならみためだけはなおしてやるか」

 

ドフラミンゴはイトイトで復元してみせた。側から見たらただの死体にしか見えない。

 

「海賊のセリフとはおもえんな」

 

「世界政府の許可なく違法に海に出た奴らはみんな海賊なんだろ?アンタらが決めたルールだぜ」

 

「天夜叉」

 

にい、とドフラミンゴは笑った。

 

「見えたぜ、お前の未来。『お前調子に乗るんじゃねえぞ、いつから海賊風情がおれと交渉するようになったんだ』って啖呵きって交渉決裂。晴れておれは七武海を脱退して、天夜叉ドンキホーテ・ドフラミンゴとして懸賞金を跳ね上げる機会に恵まれたわけだ。感謝するぜ」

 

「まだ口にしてないだろう、確定してないんだ。勝手に行動するな」

 

「わかってねーなァ、お前の首が飛ぶのを阻止してやったんじゃねえか、何度目だ。仲良くやろうぜ、お互いに。おまえが世界政府ん中でどれほどの権限持ってるかは知ってるが、おれは海賊、関係ねェんだよ。お前との駆け引きが面白くなくなったら、いつでも七武海をやめていいんだぜ?正直、3人も抜けてこれからどうなるんだと頭がいてーんだからな、おれは」

 

「やめてくれ、お前がやめたら最古参は鷹の目かくまになるが、鷹の目はああだし、くまは改造人間になって自我がなくなったら実質鷹の目一択になる。嫌だおれは。お前のがマシだ」

 

「フッフッフ......そりゃどうも。実にめんどくせえな、秩序側ってのは」

 

マリンフォード頂上戦争のあと、七武海の名声はこれ以上ないほどにまで高まっているのだが、世界政府側の都合でゲッコー・モリアは戦死扱いでドフラミンゴが処刑(偽装工作は上記の通り)。ジンベエは麦わらのルフィに与して裏切り、剥奪。ティーチはインペルダウンの一件で剥奪。実に3人も一気に抜けてしまうことになったのだ。

 

「で、後任の話の返事はどんなもんだ」

 

「百両道化のバギーから厄介な事案の認可申請がきた。通すかどうかは上の判断になる」

「王直の後釜の海賊派遣だろ?いいじゃねえか。闇のシンジケートが独占してた市場を今度はアンタらがコントロールできるってんなら、悪い話じゃないはずだ」

 

「あの男は底がしれないからな......。白ヒゲjrは白ひげのメンツに泥を塗った黒ひげとカイドウに喧嘩を売りたがっているのが問題だ」

 

「自称じゃねえか。そもそも四皇に挑むのはそっちの許可がいること把握してんのか、あのバカは。あとホーミングからババアは白ひげと過去の精算をしたくて唆しそうだから注意しとけと伝言を預かってる。上に伝えな」

 

「バッキンと何があったんだ、白ひげは」

 

「しらねえ、ホーミングは本人の名誉のためだって頑として口をわらねえ。あと、最後のひとりだがなんで頑なに教えようとしねーんだ、てめーは。見聞色でみてもわからねーとは」

 

「もう返事はでてる、即答だ」

 

「そりゃよかった、誰だ?」

 

「おまえの方がよく知ってるんじゃないか、天夜叉」

 

「......おいまてこら、なんで逃げやがる。おれの頭に今浮かんだクソガキなら、今すぐおれは七武海をやめるぞ、てめえ。七武海の格が一気にさがるじゃねえか、そんなに青田買いしたいやつがいねーのか?」

 

「なにを抜かす、天夜叉。ぜんぶお前の差金だろう?いや人堕ちの方か?麦わらは恩赦をあたえるには無理がすぎるし、ジンベエは剥奪した身だ。冥王は絶対に応じないとなれば、もう秩序を守るために均衡を保つにはあの男しかない。さすがは弟分だな、さっそくインペルダウンの脱獄囚の心臓を100持ってきたぞ。真面目な男だ」

 

ドフラミンゴは頭をかかえた。たしかにDの意味をしるなら、聖地マリージョアに出入りできる立場になれるし、世界政府の機密を知る権利を得られる七武海になるのが最短の道だろう。おそらくはパンクハザードか、ドレスローザの機密狙いか。同格にならないと交渉の際に優劣が生じると思い知ったゆえの行動だろうか。たしかに貸しの使い方を間違えるなとはいったが、こんなに早く行動しろと言った覚えはないのだが。

 

会議のときにどんな顔して現れたらいいのか、ドフラミンゴは深いため息をついたのだった。

 

これから父上と母上の33年ぶりの再会が控えているというのに、食事会に間に合うかどうか不安になってきた。ロシーに怒られるのは見聞色を使わなくてもわかっている。

 

 



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129話

今から3週間ほど前に遡る。

 

マリンフォード頂上戦争の中継を繋いでいるシャボンディ諸島にて。麦わらの一味と共謀して天竜人3人を人質にとった大事件を起こしたと冤罪をくらった超新星達は、命からがら逃げ出したはずだった。

 

しかし、ニュースクーのマリンフォード頂上戦争という大事件勃発の可能性ありという号外を受け取り、世界の行末を目当てに、一度は逃げ出したはずのシャボンディ諸島に逆走してきたのだ。麦わらのルフィがまたド派手に暴れているのをみていた彼らは、死の外科医が麦わらのルフィと同盟関係にあると知ることになる。

 

そして。

 

「ロジャーの意思を継ぐ者達がいるように、ロックスの意思を継ぐ者達もいる。血縁を断てどあいつらの炎は消えることはねえ。そうやって遠い昔から、脈々と受け継がれてきた。そして、未来、いつの日かその数百年分の歴史を背負ってこの世界に戦いを挑む者が現れる」

 

白ひげはいったのだ。

 

「センゴク、お前たちは、世界政府は、いつかくるその世界中を巻き込むほどの巨大な戦いを恐れている。すでに準備を始めているせっかちな野郎がいるから尚更。奴に手を出したら、おれがゆるさん。おれ達は興味はねえが、宝を見つけたとき、世界はひっくりかえるのさ。誰かが必ず見つけ出す。ひと繋ぎの大秘宝は実在する!!!」

 

高らかに宣言する世界最強の男、白ひげの新時代到来を目撃することになる。

 

「よくきけ、てめえら。海賊なら!!! 信じるものはてめェで決めろォ!!!!白ひげエドワード・ニューゲートは、お前たちが本気で海賊王を目指すってんなら、いつの日か最果ての地で雌雄を決する日がくることをここに宣言する!!それまで海賊王という空の王座は誰にも渡さねえ!!」

 

超新星達の胸に去来するものは様々だったのだが、とりあえず真っ先に動いたのはキッドだった。

 

「あああああっ!!トラファルガー、あの野郎!!あれはそういうことだったのかよ、見せつけてくれるじゃねえか、クソがッ!!」

 

そして、キラーと共に怪僧ウルージのところに向かうのだ。

 

「ビブルカードよこせ、怪僧ウルージ。今から逆走してくるから、拠点はどこか教えろ。てめえ、初めからそのつもりで超新星に名を連ねてやがったな?いい根性してんじゃねえか。ニコ・ロビンとテメェで何が違うんだ」

 

「そう怒るな、キャプテン・キッド。お前さんの勘は正しかったということだな。持っていけ。しかし、私も海賊。新世界にいくから拠点がどことはいえんが、もし会えないのなら空島バロンターミナルにいきなされ。お前さんの望む者達がおる」

 

「バロンターミナル......ウミット海運......人堕ちホーミング......そういうことか。白ひげがいってたことはそういう意味か。いい度胸じゃねえか」

 

ビブルカードをひったくるように受け取ったキッドは、麦わらの一味とハートの海賊団に先を越されたことにイラつきながらキラーと共に船に向かう。振り返らなくても超新星達が怪僧ウルージに向かっているのがわかる。

 

「ロックスの意志......ロジャーの意志......よくわからねえが白ひげがいうんだ。なんかしら違いがあるんだろうよ。四皇どもはどっちかってんなら、戦う相手を考えねえといけないわけか。めんどくせえな」

 

「色々調べてみる必要がありそうだな、キッド」

 

「あァ、死ぬか生きるか、そんな覚悟もねェ奴らは生き残れねえ、おれ好みの新時代がやっと始まったんだ。いくらでもやってやる。誰も見たことのねェ新しい時代だ、なにをやるにしても一番最初にやったやつが先を行く。麦わら達にいつまでも遅れをとるわけにはいかねえからな!」

 

そして、キッド達は、歴史の本文を求めて楽園を逆走することになったのだ。その最中に新世界から逃げ帰ろうとする臆病者達の船が気に入らなくて、全て沈めた。歴史の本文に辿り着くたびに、麦わらの一味、あるいはトラファルガー、もしくは怪僧ウルージの痕跡をみつけることができた。それが気に入らなくて、新世界から楽園にきた奴らとぶつかることもあった。

 

麦わらのルフィが同行者を伴って3週間後にマリンフォードとインペルダウンに再襲撃してから追悼に服しながら世界に喧嘩をうる一面記事をみた。

 

あるいはトラファルガーが新たな七武海となった号外のニュースを見た。超新星の頭いかれたやつは麦わらの一味だけだと思っていたが、どうやらトラファルガーもそうらしいとキッドは気づくのだ。どちらもキッドと同じく海賊王になることを公言してやまなかった連中だ。実力も申し分なかった。キッドが次あったら消さなければならないと思うくらいには。ただ。

 

「同盟、あれきりじゃなかったのか。継続したまま潜伏しやがるとは」

 

その意味に気づかないやつはきっといないはずだ。

 

「どんだけ先いってんだ、あいつら。本気で狙いにいってんじゃねえか、クソッ」

 

まずは同じステージに立たなければならない。麦わらの一味は潜伏期間のため接触することができない。ダメもとでシャボンディ諸島でレイリーを探してみたが、ぼったくりバーの愛人の女はキッドが嫌いなようで教えてはくれなかった。ただ、必死で探す様子にちょっとは可愛いところがあるじゃないと笑いながら、教えてくれたことがある。

 

「ロジャーはね、船員達に堅気に手を出したら死ねって掟を敷いてたの。ロジャーの意思ってのは速い話がそういうこと。坊やのこと、嫌いな奴がいるのはわかるわよね。これでもわからないなら、死ぬしかないわよ、坊や。頑張ってね」

 




この連載だとビルカ文明の人間はポーネグリフが読める代わりにバロンターミナルからでられない→ウルージ達だけ海賊やってる(エネルとロビンの会話より)→ローが軽率にも歴史の本文読んでくれとシャボンディで超新星の前でやらかす→白ひげが歴史の本文読まないと海賊王無理だと暴露→シャボンディの中継みてた超新星、ウルージとローのやりとり思い出す→「あああ」

というわけで、ウルージ達は自らニコロビンの代わりになるべく海賊をしています。


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130話

キッドにとって楽園(パラダイス)とは暖かい家庭のことだ。東の海ほど治安は安定していないが、北の海ほど荒れている海域ではない南の海、非加盟国に生まれた彼らにとって最も縁遠い存在でもある。喉から手が出るほど欲しいのに手に入らない。キラーとは幼馴染だが、ヒート、ワイヤーも、それぞれ別の不良グループを率いるリーダー格にすぎず、日々抗争に明け暮れていた。

 

非加盟国を牛耳っていたギャングの頂点に君臨する男に、初恋の女の子を殺された。それがきっかけで報復するために4つの不良グループは結束、その勢いのまま殺しまくり、気づけば報復は終わっていた。そして「こんな狭い世界に居たくない」と感じたキッドは悪友となったキラーたちを引き連れて海賊となった。キッド海賊団の旗揚げである。

 

偉大なる航路前半の海楽園で逆走しながら歴史の本文を集めて回る羽目になり、気づけば一年がすぎていた。シャボンディ諸島でシャクヤクというレイリーの愛人にいわれた言葉の意味をキッドは苦虫を噛み潰したような顔をして反芻していた。気に入らなかった。

 

海賊王ゴールド・ロジャーは、よほど弱者に人権を与えられるほどの強者だったとみえる。カタギに手を出したら死ね。そんな甘ちゃんな主張がまかり通るのはそのルールを守ることができる生まれながらの強者だけだ。キッドのように弱者がジャイアントキリングするには手段なんて選んでいられなかったのである。生まれや育ちから手段なんて選んでいられなかったキッドにとって、虫唾が走るような話だった。

 

キッド達にとって唯一の生きる手段を嫌いだという理由だけで叩き潰そうとするような連中がいる。四皇の中にいる。そいつとだけは当たるな。殺される。おそらくキッドが一番嫌いな綺麗事を吐きながら完膚なきまでに叩きのめされるやり方で殺される。そういいたいのだ、この女は。

 

誰だと思った。もし敵対するとしたら最後にすべきだ。マリンフォード頂上戦争の白ひげの災害じみた強さを目の当たりにして、あれが四皇が四皇たる理由なら麦わらやトラファルガーが潜伏をする理由がわかる気がした。しょうには合わないからやらないが。

 

「どの四皇だ?」

 

女の目がきらりと光った。どうやら望む回答を返せたようだ。頭が回る坊やは嫌いじゃないわと笑っている。

 

「赤髪のシャンクスはね、ロジャーの見習いしてたのよ。ついでに傘下の海賊達は弱いわ。白ひげみたいにね」

 

「......生まれながらの強者と見習い時代が最高峰な奴らか......なるほどな。麦わらとトラファルガーじゃねえか」

 

舌打ちするキッドに女は愉快そうに目を細めた。

 

「ほんと、ホーミングが好きそうな海賊してるわね、坊や」

 

なぜここで人堕ちホーミングがでてくるのかわからないが、覚えておいた方がいい気がした。

 

シャボンディ諸島をぬけ、魚人島に辿り着く。血判状を提出して入国したキッド達がまっさきにやったことは、怪僧ウルージのビブルカードの確認だった。今まで集めた歴史の本文を翻訳してもらわなければならない。

 

楽園を逆走するついでに必死で情報を集めたのだが、魚人島の記録指針の記録が溜まる期間は半日だが、以降は偉大なる航路で唯一頼りになった磁気すら変動する環境となるため、指針が3つあるものに変える必要があるらしい。 ウミット海運に行って大金払って購入した。

 

そのとき、受付にいた男がいったのだ。

 

「キャプテン・キッド。お前達は毎回随分と派手に暴れてるみたいだが理由はあるのか?」

 

「あ?理由なんかねえよ、そういう生き方をしてきたんだ。今更変えられるかよ」

 

「そうか。タイミングがよかったな、お前達の探している男は今朝出たばかりだ。急げば間に合うぞ」

 

「!」

 

キッド達は慌ててビブルカードと新たなログポースを重ね、航路を確認するため地図を開く。

偉大なる航路前半の旅路をおえ、ここに足を踏み入れた者は口を揃えて「前半は楽園(パラダイス)だった」と語って脱落していく程の過酷な海域だと人はいう。

 

キッドは笑いたくなった。楽園とは手に入らないものをいうのだ、ふざけるな。

 

偉大なる航路後半の海域は、今なお海賊王を真剣に目指す、あるいは海賊王を目指す者達を待ちわびる。態度が完全に二分していながら、互いに凌ぎを削り合う四皇が統治し、前半までの常識が全く通用しない恐るべき海。 この新世界を制した者が「海賊王」の称号を得られると云われている。 なお、四皇以外の大物海賊達も新世界でナワバリや拠点を置いているがさておき。

 

 

偉大なる航路後半の海を新世界というのは知っていた。

 

しかし、まさか前半のサバイバルを乗り越えた猛者が集い、最早奇怪だの過酷だのと言ったレベルを通り越したメチャクチャな天候や海流、地理が目白押しの「世界最強の海」という物理的な意味だとは思わないではないか。

キラーにいわせれば偉大なる航路前半の海域でも十分過酷だが、新世界のレベルの高さには遠く及ばないと情報屋の魚人から断言されてしまい、絶句することになる。

 

記録指針も前半で使っていた物は役に立たず、新世界用の記録指針は一度に3つの島を指し示し、航海する者はその3つの指針の中からどれか1つを選んで進む。 「針が激しく動いているほど危険度が高い」という一応の目安はあるものの、どっちにしてもギャンブル的な要素が強く、航海士の勘も試される。

 

航海士にとっては船の運命を託される精神的な意味でも過酷な海だとは思わなかったのである。

 

 

次の島はライジン島、リスキーレッド島、ミストリア島を示す。

 

ビブルカードはライジン島の方に動いていた。



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131話

ライジン島は遠くからでもわかるくらい、雷が常時降り注いでいる島のようだった。

 

「本当に記録指針はあの島を指しているのか?雷が降り注いでる......!」

「上陸しろってのか、あの島に?どうやって?」

 

「キャプテン、誰か近づいています!」

 

「誰だ!?」

 

「傘はいらんかえや?」

 

「傘!?」

 

老婆が乗っている船にウミット海運の碇マークがなければ、新世界に来たばかりの海賊達向けに、使えもしない傘を売りつける悪徳商法のババアだと思ってあやうく殺しているところだった。

 

「とんだトラップもあったもんだ、舐めやがって」

 

「全くだな、キッド」

 

キッドは、偉大なる航路前半の海楽園の最初期を思い出す。あそこは不慣れな航海で疲れた新参者の賞金首達を歓迎し、油断したところを殺しにかかる賞金稼ぎの国が集中している場所だった。義理も人情もそこにはない、油断した奴らだけが殺される世界が広がっていた。彼らの不運は、キッド海賊団がそういうクズどもが国を仕切っている国から来たから手の内が完全にバレていて、先に皆殺しにされたことだけだ。

 

 

ウミット海運は儲け話に手を出したら皆殺しにしてくる世界で一番有名なマフィアの運輸会社だ。

 

さすがのキッドも敵に回すヤバさは知っていたし、自分達も身内に手を出されたら相手が謝意を示そうが皆殺しにしてきたため、シンパシーを感じてはいた。さいわいあちらから手を出してくることはなかったから、なにもせずにすんだ。

 

ただ、最終的にキッド達の海賊王になる夢を笑った奴がいて、そいつがたまたまウミット海運と儲け話の取引をしていた。非加盟国の日々は衣食住さえ保証されぬ明日は我が身があたりまえだ。夢さえ見れない日々が嫌になり海に出たキッド達にとっての地雷を踏み抜いた男は、例外なくまたキッド達に殺された。外部に情報が漏れないよう、あるいは報復されないよう、所属組織は壊滅させた。キッド達の悪名はその繰り返しからきている。

 

そういうわけで他の超新星と同じくウミット海運の血の掟による処刑から追い回されるはめになり、なんとか逃げ延びた。シャボンディ諸島でようやく血判状を提出して、処刑対象から外れることができた。

 

そんなウミット海運が我が物顔で意味のわからない商売をしているのだ、なにかあるに違いない。

 

「ウミット海運のシマならいるんだろ、これ?」

 

血判状をみせると、老婆はにやっと笑って普通の傘ではなく、奇妙な傘をだしてきた。キッド達は傘を買った。奇妙な傘を渡された。傘に貝がたくさんついていた。

 

話は変わるが、海賊船には個性が出る。それは超新星達も例外ではなく、怪僧ウルージの通り名は、船からもわかるとおり、海賊団自体が一種の宗派を信仰する宗教団体のような様相を呈しているからだ。般城丸というらしい。

 

キッド海賊団の船は「ヴィクトリアパンク号」という名前であり、船首がティラノサウルスの頭の骨のようになっており、キッドの凶暴さを表しているような船になっている。隣に寄港したキッドはさっそく船に単身乗りこんだ。

 

「やっとみつけたぞ、怪僧ウルージ!」

 

「む......懐かしい声を聞いたぞ。その声はキャプテン・キッド。久しぶりですな、1年ぶりか」

 

「ありがてえが、なんで今だにこんなところにいやがる」

 

「たまたまだ、お前さん達がはやいだけ」

 

「律儀な奴だな」

 

「なあに、自らに課せられた役割というものを考えさせられる事件があったまでのこと。使命

を粛々と行う者こそが、この世界では一番しぶとい。それだけだ」

 

キッド海賊団はさっそく歴史の本文の和訳を依頼していた。次の日になるというからライジン島に上陸することにした。

 

傘を刺すと、なぜか雷が落ちてきても感電しなかった。貝が全て吸収しているようだった。

 

ただ一番の問題は環境に適した動植物が闊歩していて、どのみちキッド達も多少は強くならないと島から抜け出せないことだった。悪戦苦闘しているうちに、武装色が一定ラインを超えると各々武器に纏って効率的に殺すことができることに気がついた。

 

電気に体を動かすエネルギーまで依存していた動物達は、過剰な覇気でぶん殴ると体内の電気を失って即死した。黒焦げになった仲間もいたが死なないだけマシだろう。

 

キッド海賊団はそこで伝説の大海賊キャプテン・ジョンの宝をみつけた。かつての隠し場所のひとつのようだ。船に戻るとゴロゴロの実の能力者だった奴がわざと島の気候を変えたという嘘が本当かわからない昔話を聞いた。歴史の本文にしか興味がなかったキッド海賊団は、それにしか手をつけなかった。

 

そのうちログがたまり、船に戻った。老婆は奇妙な傘を法外な値段で買い取っていた。これからの資金源になるからありがたいが、ちょっと気になって聞いてみた。

 

「ウチの登録商品なんだよ、養殖ダイヤル。買っていくかい?」

 

ほんとうにいい根性している会社だと思う。今回の歴史の本文もウルージに追加で翻訳を依頼した。

 

「お前さんの能力なら、コイルの要領で逃せばいいんじゃないのか?」

 

簡単に言ってくれる。船医が治療してくれる横で、キッド海賊団は己の実力が新世界に噛み合っていない事実を噛み締めた。ここの動植物を全滅させる勢いでなければ死ぬかもしれない。

 



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132話

ディルという海賊がいた。古代都市水上要塞アトールを占領し、海底に眠る「黄金のネックレス」を手に入れようとしていた。 アトールの下に沈む街はディルの故郷、それは母の形見だったのだ。アトールのどこかに眠る歴史の本文とその写本が欲しかったキッド海賊団に当初敵対の意思はなかった。

 

しかし、誰も故郷の地を踏むこと自体許さないと激怒したディルと交戦状態になる。仕掛けた爆弾が爆発し、要塞が崩れていく中、ディルは巻き込まれ海へと沈んでいった。歴史の本文の写本を手に入れたキッド海賊団は、そのまま黄金のネックレスを海に投げ入れた。

 

 

約束を守る事が命よりも大切とされる島「プロミスランド」に到着したキッド海賊団は、この島を支配する海軍本部中将ワイルダーと交戦状態になる。ワイルダーは物から人物を再現できる「モノモノの実」の能力者である少年ポッケを利用し、キッド海賊団の掃討作戦を企て、成功すればポッケの父をキッド海賊団から解放してみせると約束していた。

 

キッド海賊団はポッケの能力で次々と現れる知らない強敵達に苦戦する中、さらには世界徴兵制度で新たに大将になったばかりの藤虎によって捕らえられてしまう。

 

しかし、ワイルダーがポッケの仇だと発覚し、事態は一変。藤虎とキッド海賊団は共闘することになり、それぞれの因縁の敵と対峙するも、窮地に陥ったワイルダーは最終奥義イカヅチ熱波で島ごと破壊する。

 

ただの成り行きとはいえ、結果的にワイルダーの強力な熱波から全員を守る形になったキッド海賊団に、藤虎は七武海と四皇の情報提供をした。キッドはワイルダーが保持する機密情報や歴史の本文の訳本が欲しかったから棚からぼたもちだった。

 

 

 

最近、ドレスローザでも出張ライブをするようになった革命軍の歌姫の野外ライブ。キッド海賊団は微塵も興味がなかったのだが、立ち寄ったソイルアイランドに現れた、ユーディ超ビッグ大元帥が率いるアゲアゲ超海軍。

 

自分たちの力を海軍へ見せつけようと企むユーディは、世界中が大注目するライブをのっとり、革命組の歌姫そしてキッド海賊団の処刑を全世界に中継しようとしていた。

 

そんなこと知る由もないキッド海賊団は、ソイルアイランドでシロツとクロバという少年たちに出会う。意図せずキッド海賊団は革命軍と共闘することになり、アゲアゲ超海軍の激突を前に、別々の道を歩むことを決めたシロツとクロバの約束と信念を賭けたアツい戦いが起こったとか起こらないとか。

 

キッド海賊団は、革命軍の歌姫から後日お礼に歴史の本文の写本を渡された。なんで革命軍が持ってるんだそんなもんというキッドの至極真っ当な問いに、キッド海賊団は誰も答えられなかった。

 

なぜか七武海の天夜叉ドフラミンゴから、トラファルガーの代わりに七武海にはいらないかと勧誘された。どんだけバカにすれば気が済むんだと断った。トラファルガーから意味不明な手紙が来た。燃やした。

 

 

 

ある時、藤虎から追われていたキッド海賊団は、新世界のアイドル・ホーミーに助けられ、夢の叶う島・パラダイス島に上陸する。革命軍の歌姫の一件で一度会ってみたかったのだという。

 

島では優勝すると賞金と幸せな未来が約束されるというコンテスト「KANAEMA-SHOW」が開催されていた。

 

主催者はランブル・ブキーニ。真の姿はあの七武海天夜叉ドフラミンゴファミリーの幹部、海賊だった。コンテストは人集めに過ぎず、人々を奴隷にして地下で武器を作らせ、強くなりたい者は改造して、傭兵に仕立て上げる計画だ。

 

実はホーミーも奴隷となった両親に会わせてもらうために、人集めの手伝いをさせられていたのだった。

 

キッド海賊団はトラファルガーの兄貴分であるドフラミンゴファミリーが嫌いだったので、武器工場へと向かう。最後はブキーニを溶鉱炉に沈めたが、実は溶鉱炉人間のブキーニはその程度では死ななかった。だが、勝者の権利を行使して、キッド海賊団はブキーニに撤退を命じた。

 

 

新世界の孤島・マダタスカル島に漂着したキッド海賊団は、早速DX海軍の攻撃に遭う。そこには七武海が総司令スマッシュの部下になっていた。

 

海賊王の夢の先をいくはずのトラファルガーがなぜと疑問を覚えたキッド海賊団は、スマッシュと参謀ビルディに襲撃をしかける。

 

そこに無言のまま激怒していたトラファルガーがもう1人現れ、場が混乱する。実はビルディは「コネコネの実」の能力者で、7人はニセモノだったのだ。危機に瀕したキッド海賊団の前に鷹の目のミホークが登場。弟子の育成中だと意味のわからないことをいう鷹の目が無理やり連れてきたゾロとキッド海賊団は共闘し、マッシュを打ち破ることになる。

 

ゾロがなんで鷹の目のところにいるのかは謎のままだが、トラファルガーが歴史の本文の大事なところは四皇が握っていると教えてくれた。不平等は気に食わないそうだ。

 

 

 

 

ある日、キッド海賊団は天才科学者三姉妹が率いる「ビュルスト・ラボ」の襲撃に遭い、キラーを誘拐されてしまう。長女のヒメノは恋人たちが永遠の愛を誓い、別れる事は決して許されない島「マリッジグリーンランド」で結婚式を挙げようと企んでいたのだ。

 

助けようとする一味の前に、三女ツバキの「ホレホレの実」の能力で博士にハートを奪われているキラーが立ち塞がる。

 

ひとまず撤退し、キラー奪還作戦を計画するキッド海賊団の前に現れたのはドレスローザから追いかけてきたトラファルガーだった。

 

結婚式を邪魔され、ブチ切れるヒメノは巨大なニトロの竜となって大暴れする。トラファルガーと共闘して、キッド海賊団はトドメを刺すことになった。

 

なお、キラーはこの件が原因でマスクをとってコンプレックスの笑いかたをしても素敵といってくれる女にあっても、ときめく前に恐怖がくるトラウマをかかえることになる。

 

ビュルストラボは、かつてMADSにあった研究所から一部を移設したもののようで、そこでキッド海賊団は、新世界の科学の代理戦争の一端を垣間見ることになる。

 

 

 

予定外の嵐に襲われ、「迷宮島」に立ち寄ったキッド海賊団は何者かに襲われ散り散りになってしまう。それは、触れたものすべてを爆弾に変えるバスバスの実の能力者、海軍中将バルザック率いる囚人部隊の罠だった。

 

キッド海賊団の壊滅を企み次々と襲いかかる敵に対し、息ぴったりの戦いを繰り広げるキラーとキッド。海賊と海軍が入り乱れての大乱闘のすえ、キッドはジキジキの実の覚醒の兆しをみせる。周りを全て磁気を帯びさせることに成功した彼は、バルザック達を壊滅に追いやる。

 

バルザック達の軍艦から今の新世界の最新情報を入手したキッドは、そろそろ歴史の本文の解読をウルージに依頼することにしたのだった。



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133話

標高10000メートルにある空島バロンターミナル。今はなき空島ビルカの民が集団移住して開拓したかつての廃墟は、今や空島の国々全体の経済活動の拠点だった。碇マークがたなびくウミット海運が一から作り上げてきた中立地帯のひとつである。もうひとつは空島ウェザリアであり、もうひとつはドレスローザ。

 

空を見上げれば、たくさんの気球がある。数名が乗船できる小型船に、気球がくっついている。

 

思い返せば、マリンフォード頂上戦争で金獅子が空島ウェザリアを攻撃しようとした時、ウミット海運の一隻が浮いたのはこの気球のおかげだった。

 

空島ウェザリアは、この2年で、門外不出のウェザーエッグの代わりに、ウミット海運と共同開発でバブルシールドというシャボン玉に企業秘密のなにかを閉じ込めた気球を商品化までこぎつけている。あの時の気球は試作品かなにかだったのだろうか。

 

バブルシールドはあらゆる物理的攻撃を無効化し、弾きかえす特性があり、絶対に割れない気球として名を馳せている。それは、世界一安全な空島への行き方として名高い。売っているが法外な値段であり、レンタルかタクシーが一般的だった。運転士はみんなビルカ式の翼を背負ったビルカ人である。

 

気球に乗ってやってきたキッド海賊団は、待ち合わせ場所に向かっていた。

 

「久しぶりだな、キャプテン・キッド」

 

怪僧ウルージがそこにいた。

 

「ビブルカードが上に行きやがるから、まさかと思ったらこれか。めんどくさくなったな?」

 

「残念ながら違う。青海を回る理由がなくなったのだ。知っているだろう?かつて超新星と言われた者達の現状を」

 

「ああ、知ってる。まさかここまで減っちまうとは思わなかったんだけどな。誰かしら残ってたら同盟考えてたんだが」

 

「私は海賊王に興味はない。その先の戦いに興味があるからな、他を当たりなされ」

 

「そんなもん2年前から知ってるから、期待してねえよ。ほら、今回の依頼分だ。翻訳よろしく」

 

この一年間、必死で集めてきた歴史の本文をキッドはウルージに渡す。ニコ・ロビンとの繋がりを持たないキッドにとって、この男は唯一の海賊王への道に必要な男だ。人堕ちホーミングが用意した盛大すぎる代替措置でもある。青海で死なれたら困るから、安心している自分がいた。一年前よりも分厚い枚数に感心したようにウルージはざっと眺めてからうなずいた。

 

かつて11人の超新星と呼ばれていた者達がいた。そこから彼らの現状は様変わりしている。

 

麦わらのルフィとトラファルガーは同盟を結んだまま、麦わらの一味は今だに潜伏中。

 

ハートの海賊団はトラファルガーが七武海になったため、2年前から厳密には海賊ではなくなった。海賊王を目指す上でキッド海賊団とは違う道を選んだのだろう。何度も共闘してきたが、初めて会ったときと全く闘志が失われていない。

 

キッド海賊団は歴史の本文を求めているうちに、成り行きの繰り返しとはいえ、共闘を通じて革命軍(特に革命の歌姫)や七武海(トラファルガーと天夜叉、鷹の目)、個人では海賊狩りと海軍の藤虎と繋がりが生まれた。

 

大喰らいのボニーは黒ひげに捕まり、なんらかの交渉材料にされそうになるが、黒ひげが逃走。仲間を皆殺しにされ、生け取りにされていたボニーは海軍に捕縛された。

 

カポネ・ヘッジはビッグマム海賊団の傘下に降り、子持ちの父親となった。バジル・ホーキンスとスクラッチメン・アプーは百獣海賊団の傘下に降った。

 

Xドレークは百獣海賊団の傘下に降ったはずだが、七武海の権限かウミット海運のコネか、トラファルガーがかなり怪しんでいるからなにかあるのかもしれない。

 

そういう意味では、ウルージの力を必要とするのは、もうトラファルガーとキッドだけなのだ。だからウルージはここにいるらしい。

 

「トラファルガーの野郎はどこまで進んでる?」

 

「お前さんの方が進んでおる。七武海の仕事と両立となると、やはり海軍に怪しまれないようにしなければならんからな。嬉しくないのか」

 

「本命は四皇か準四皇が握ってんだ、いくら集めてもおなじだろ」

 

「たしかに、避けられぬ運命ではあるな」

 

キッドはため息をついた。

 

この2年間でどうにか天夜叉ドフラミンゴのように仲間全員が強くなる方法を模索してきたが、限界を感じつつあるのだ。キッドとキラーはともかく、二人の他の仲間たちはどうしても壁にぶつかり、その先にいけないでいる。

 

白ひげや赤髪のように圧倒的な強さがあるのなら、いくら仲間や傘下の海賊は弱くてもいいのだ。守れるから。残念ながら、キッド海賊団は四皇に挑まなければならない挑戦者だ。その海賊の形がとれるのは、それこそ海賊王になったときだろう。

 

このまま戦いを挑んだら全滅か、キッドとキラーだけが生き残り、無理やり傘下に入る羽目になる。後者になるくらいなら、前者の方が先だ。ただそうなったとき、クロコダイルみたいに再起できるかどうか。キッドには確信があった。無理だ。絶対に無理だ。黒ひげみたいに、海賊らしい海賊と呼ばれることが多いキッドですら、仲間は急所でもあった。誰か死んだら復讐鬼になり、破滅の道を進むしかなくなるのが目に見えている。それだけキッドは仲間が大切だった。

 

もう同盟しか道はないとキッドはわかっていた。

 

「いくか、ドレスローザ」

 

麦わらの一味を待ちわびるように居座っているトラファルガーに同盟を持ちかけるべく、キッドは見聞色をつかうのだ。

 

今日も元気に空島ウェザリアを巡って、最強格のジジイどもが争っている。時々、カイドウが現れて共闘したり大乱闘したりしている。ジジイはジジイらしく引退しろよ、いつまで前線にいる気だと何度思ったかしれない。どうせ死ぬまで戦場だろう。なら引導を渡せるまで強くなるしかない。願うだけ無駄だから、少しでもわざとかを見たいのだ。なんかシンワザ使わねーかなとキッドは空を仰いだ。

 



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134話

「すまないな、見習い君。おれはどうも白ひげにいわせると、心ってやつがイマイチ理解できてないらしい。これを見て欲しいんだが、あってるか教えてくれるか。見るのも嫌ならその場で燃やしてくれていいから」

 

ハチノスにて、何枚もの報告書とマッチをカイドウに渡しながら話しかけてきた男がいた。王直と自己紹介した男は、海運商としてしのぎを削ってきた運輸王ウミットに負け、違法な武器商人に堕ち、最終的に海賊になった男らしい。新しく入る船員を調べるのが日課だという。

 

狙撃手としてロックスに入った王直は、少しでも見聞色の精度をあげるため、敵味方問わず情報収集を欠かさない男だった。人間不信に陥り、一言も話さない無口すぎる見習いにリンリンやニューゲートが手を焼いているのを見かねて、話しかけてきたのだ。

 

カイドウは報告書に目を通した。

 

カイドウ。偉大なる航路のウォッカ王国生まれの15歳。ウォッカ王国は経済状況が闇のシンジゲートの関係で極めて不安定であり、周辺国と戦争をわざと行い、それに勝つことで賠償金を収奪することを繰り返し、天竜人に払う莫大な「天上金」を用意することで知られる。

 

すぐ下にニューゲートの解説がかいてある。

 

納められなければ非加盟国のように奴隷として公然と国民を売買され、海軍に守ってもらえず、海賊に国が踏み荒らされる事態が発生する。彼らとしては生きるために必要なことだ。

 

字体が違うから、ここからは王直の報告書だろう。

 

カイドウは、物心ついた頃から少年兵として幼少期を過ごし、わずか10歳にして最強の兵士と讃えられ戦場で活躍していた。カイドウが13歳の時にウォッカ王国は、海軍にカイドウを身売りさせ、世界会議の参加権を得る。

 

「得る」のところが消されていて、得ようとしたと直されている。その真下にわざわざ赤字で解説がついている。

 

王国の権力者たちからすると自分達でコントロールしきれないほど強い兵士というのは逆に厄介な存在でもあった。 そのため、カイドウが13歳の頃、ウォッカ王国の国王は、厄介払いとでも言うようにカイドウの戦闘能力に目を付けた海軍に彼を引き渡す事を決めた。その見返りとして、次回以降の世界会議の参加権をウォッカ王国は得るはずであった。 こうして本人の承諾無しに身売りも同然で鎖で拘束し、完全に本人の意思を蔑ろにして、海軍に徴兵された。政府の“いぬ”になることや政治に使われることに反発して海軍船から脱走。初頭手配で7000万ベリーの賞金首となる。

 

海軍及び四皇に挑み捕まる事18回の文章が、また赤で消されている。

 

それから2年間は食事目的の為にわざわざ監獄船に出頭して、その後再び脱走して腹が減ったらまた監獄船に戻り食事すると言う行為を繰り返していた。

 

カイドウは特になにも思わなかったから、ライターごと報告書を返した。

 

「わりいな、こいつの見聞色はおれがいねーと使いもんにならねーんだ」

 

カイドウをスカウトしたニューゲートは、王直の肩を叩こうとして逃げられ、手が空振りしていた。行き場を失った手が勢いのまま、目の前のテーブルを粉砕する。

 

「おいこら、逃げんな。ここは親睦を深めとくとこだろう」

 

「ばかいえ、机ごと死ぬ未来が見えたら、誰だって避けるわ。殺す気か!」

 

そこからカイドウのロックスとしての見習い時代は始まった。

 

カイドウがロックス海賊団に入った際には「ロックス海賊団は無敵」と人々からは称された。

スカウトした白ひげはもちろん、姉貴分のリンリンからは「ロックスはロクでもねェ男だ、信用はするな。何かあったらおれに言いな」と忠告するなど、彼女なりにこの時から目を掛けられ、特に弟分として可愛がられていた。

 

王直は、ワプワプの実でイタズラすることに命をかけていた。あるいは、好きあらばカイドウに、ニューゲートの女性関係やずっとバンダナをしている真の理由、ヒョウ柄タイツが性癖になった理由などいろんなことを暴露しようとして、本気でニューゲートから殺されかけていた。

 

ロックス海賊団が壊滅するゴッドバレー事件の直前も、カイドウはリンリンからウオウオの実を与えられる恩をうけた。今だにでかい借りがある、恩は一生だぞといわれていた。カイドウからしたら、昔の話なわけだが。

 

そしてゴッドバレー事件でロックス海賊団壊滅後、カイドウは海軍に捕まり、政府の実験施設で「血統因子」を抽出され、囚われていた。

 

自分と似た境遇を持つルナーリアと共に自力で脱出し百獣海賊団を結成。その後は個人の強さのみで凶暴な海賊達の尊敬を集め、四皇まで上り詰めることになる。

 

そのころ、王直はハチノスの元締めをしていて、消息不明になっていたカイドウが自力で脱出し、無事に海賊になったと知って喜んでいた。ただ、海賊というよりは、ウミットにいいように扱われる海賊派遣業をするようになっていたため、不思議に思った。

 

ニューゲートがニヤニヤしながら、トーンダイヤルを渡してきたのだ。

 

ウミットッ!!こないだ、酒の肴に政府科学班の研究施設に最近ルナーリアを輸送したって自慢してたろう!どこだ、どこにある!?うちの優秀な見習いが世界政府に拉致られた!あいつらにとってこれ以上ないほどの実験台だろうよ!!教えねえと今からハチノスな奴らにお前んとこ襲わせるからな、はやく教えろ!!

 

なに?ご自慢の見聞色で調べたらいい?馬鹿野郎ッ!!今のおれにはなにもみえねえんだよ!ロックス失った直後の精神状態で見える見聞色なんかあてになるかァッ!!

 

たのむよ、一生のお願いだウミット、これ以上世界政府に奪われたらおれは頭がイカれちまう!!なんでもするから教えてくれ!!カイドウを助けてくれ!!

 

「到着した時には研究施設が破壊された後だったからな。そっからもうあいつは海賊派遣業しかできねーんだよ、グララララッ!!」

 

本気で海賊王を目指すカイドウと自分好みの海賊王じゃないと認めないニューゲートの争いは今だに決着がつかない。その余波で2年前、ニューゲート側についていた王直は戦死した。そのワプワプの力は黒ひげではなく、たまたま発現した見聞色でみた王直と自分がぐちゃぐちゃになり、ロックスかぶれになった元天竜人のところに渡った。

 

エッドウォーの狙撃手がそいつだと覇気で気づいてから、ずっと金獅子は空島ウェザリアを巡り、人堕ちホーミングに喧嘩を売りにきている。時々現役を退いたことをいいことにガープが来ていることもある。

 

「ウォロロロロ、お前らの戦争を終わらせにきたぞ!!」

 

「世界を終わらせにきたの間違いだろ、カイドウ。今度は何のようだ、ウェザリア落としてやるの脅迫は聞き飽きたから、さっさと要件を話しやがれ」

 

辛辣な物言いにカイドウは笑うのだ。戦いに来た。ホーミングは露骨に嫌そうな顔をしていた。

 



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135話

マリンフォード頂上戦争が終結し、はや2年が経過している。当時のセンゴク元帥はすべての責任をとり辞任。盟友のガープ中将と共に退役を望んだが、コング世界政府全軍総師に請われ、今は大目付として、ガープ中将は肩書きこそ残ったが第一線を退き、後進の指導に当たっている。

 

白ひげが新時代到来を宣言したことにより、各地の海が混乱することを想定し、故郷であるフーシャ村に戻ってしばらくの間駐在することになった。なぜかここにいるが。

 

ホーミングの問いにガープ中将が笑いながらいうには、ダダンから追い出されたそうだ。マキノの店で待ち伏せていたダダンからは、助かったとはいえ、世界政府と四皇の政争にエースを利用したことが許せない。ガープにとっても彼女にとってもかけがえのない家族であったエースを処刑台送りにしたことはなおさら。それに加えて思想犯がどういう扱いを受けるのかドラゴンで知っていながら、妻子の恩がある人堕ちホーミングを同じ思想犯にまで堕としたことも。

 

ホーミングが30年かけて作り上げた建前はあまりにも強硬だった。ホーミング自身が制御不能になるほど、人堕ちホーミングの生きてきた証は深く世間に受け入れられていたわけだ。ガープ中将ですら、今だに真意に辿り着けていないくらいには。

 

仕掛けた世界規模の戦争の火蓋はたしかに切っておとされている。あの日、ホーミングが死んでいたら世界の流れは決定打になっただろう。ホーミングがドフラミンゴにより最高の終わりを阻止されて、最悪の事態は免れた。

 

しかし、あの日から世界はたしかに新時代を迎えた。弱者に権利はないが強者が望めば再起できる世界、あるいは形を変えたロックス時代は再来しつつある。影響はたしかにあるのだ。海軍への入隊希望が目に見えて減り、ウミット海運や白ひげ達の支配下に入りたい国地域が増えているくらいには。

 

ガープも一般市民のその気持ちを理解しており、ただ黙ってダダンの暴言を甘んじて受け入れた。

 

「謝ってこいだそうじゃ、謝って欲しいのはわしの方なのにな」

 

「何度も申し上げたじゃないですか、ガープ中将。ごめんなさい、もうしませんて」

 

「アホか、その程度で許されると思っとるのか。それで許されるのは子供だけじゃ。お前が天竜人かどうかなんて、今更どうこういう奴はおらんわ。そんなくだらんことのために、どれだけの人間の傷になろうとしたんじゃ、ホーミング」

 

「ごめんなさい」

 

「そんなやり方でエースが助かったって、あと追ってなにしでかすかわかったもんじゃない。少なくてもあの日、お前の中にいた王直もホーミングも、わしの知っとる男じゃなかった」

 

「ごめんなさい」

 

「そういうわけだから、せいぜい逃げ回れ。殺しはせんが、手加減もせんからな。......そこまで悩んでるなら、なんで一言相談してくれんかったんじゃ。ひとことこぼしてくれればわしだってなあ!海軍とはいえなあ!お互い見て見ぬ振りしながら、うまいことやってきただろうが!何で一番大事なときに教えてくれんのだ、ホーミング!あとからドラゴンに20年も前から悩んでたって知らされたみにもなってくれ!何で30年以上付き合いあるわしじゃなくて、初対面のベガパンクやドラゴンにはこぼしとるんじゃ、しかも後からバレるような巧妙さで、あーもー腹立つー!!」

 

そういうわけで、ホーミングは暇があればすぐやってくる30年来の腐れ縁から、逃げ回っているわけだ。ワプワプの力を覚醒させないと殺されるレベルで、どうやらガープ中将はホーミングに友情を感じていたらしかった。2年前の再会時にそこまで思われてるとは知らなかったとうっかり本心をガープ中将にこぼしたせいで、今に至るのは間違いない。

 

父上が悪いが息子達の総意である。

 

家族を殺したウィーブルが七武海入りしたとき、黒腕のゼファーは特に反応をみせず、海賊遊撃達として今なお活動している。4年前にドフラミンゴが事前に説明をしてくれたのもあるのだろうか。どこまで耐えてくれるのか。子供は成長を待ってくれない。感情付きの子供の人間兵器を前にしたとき、いつまで保てるのか不安だ。そんな報告をうけたときもある。

 

大将青キジは海軍の改革のため、新たに創設された機密機関に就任、ロシーもそちらになったと知らされてもいる。いいのがバラしてとつっこんだら、30年たってようやく人間になったんだから、父親もちゃんとやれとキレられた。

 

赤犬は元帥就任後、海賊殲滅のため本部の場所を新世界の支部G1と入れ替えたそうだ。それはウミット海運経由で知っていると答えたら黙って聞いてろと怒られた。

 

そして世界政府は、立場上前線に出張りにくくなった赤犬、ガープや青キジら退役組の抜けた穴を補てんするため、「世界徴兵」を行い、藤虎や緑牛をはじめとする強大な戦力を世界政府加盟国から海軍に編入、より強力な正義の軍隊となった。 ホーミングがいっていた、新世界に睨みをきかせられる海軍に、ようやくなろうとしている。そこまで言われてホーミングはガープ中将の中にある人堕ちホーミングの強固さを悟るのだ。

 

おもしろそうなことやってるなあ、とカイドウは聴いていたが、口を挟んだ。

 

「藤虎と緑牛ってのはおれと同じか?」

 

「あァ、調べはついてる。どっちも非加盟国が世界政府加盟と天上金免除を理由に入隊させられた形だ。世界徴兵っていうんだな、しらなかった」

 

「ウォロロロロ、あいかわらずこりねえ連中だ!ロックスに対抗すんのにおれを売ろうとして、ロックスの名声を不動のもんにしたってのに!もう忘れてやがるのか!」

 

「喉元過ぎればなんとやらだな。さっそく命令違反してるようだ。特に藤虎はキャプテン・キッドと共闘したり、情報提供したり、功績を自分のものにして庇ってやがる」

 

「ジハハハハッ、ズシズシはおもしれえ能力だったぞ!おれは嵐で制御を失っちまうが、あっちは範囲がずば抜けた重力操作だ!能力だけなら上位互換だな」

 

「おれはモリモリが欲しいな、人工悪魔の実に」

 

「だまれ、おまえら。わしはホーミングに話をしとんじゃ!!ホーミングも平然と金獅子達と話をするんじゃない!」

 

「おれがいうのもなんだが、ホーミング。そりゃあ30年来の腐れ縁に『え、おまえに親友って思われてたの、おれ?まじ?微塵も思ってないから自殺悩んでるのいわなかったわ』っていわれたら、ガープじゃなくてもキレると思うぞ?」



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136話

新しい儲け話があるんだ、話だけでも聞いてくれるか。マリンフォードに、おれ達から頂上戦争をけしかけよう。これで世界は本当にひっくりかえるぞ、白ひげ。これでおれの復讐は完結するんだ。

 

ロックスのときも、ロジャーのときも、世界はひっくりかえらなかっただろう。すべては世界政府が先手を打ったから、世界はひっくり返らなかったんだ。

 

お前ならうすうす気づいているだろう?白ひげエドワード・ニューゲート。海賊ロジャーが前人未到の世界一周を果たしたという情報が新聞を通じて全世界にばら撒かれたとき、まだロジャー達は、最果ての地についてはいなかったと。

 

ロジャー海賊団も暴れてるというのに白ひげ海賊団の事ばかりが新聞に出てる時点でわかってただろう?お前は逃げるが、ロジャーは逃げない。むしろロジャーの方が海軍と直接戦うのに、なぜか白ひげが暴れていると印象づけが始まっていたんだと。

 

そこに世間にひた隠しにされていたロジャー海賊団が、イキナリ大々的に報道される。ロジャーが海賊王だと記事が出る。ゴールド・ロジャーとして記事が出る。宴会の時、おれは散々聞いたぞ、名前を訂正しないのかと。おれならできるがと。だがあいつは断った。もう世界政府に先手を打たれた後だと気づいていたからだろうが、今まで名前を訂正しなかったツケが回ってきたじゃないか。

 

世界はどう思うか。どうなったか。お前は世界最強の男になり、ロジャーは海賊王になった。前人未到の世界一周を果たしたという偉業でだ。こんなバカな話があるか。これによって世界中に強く印象づけられたんだ。この男はゴールド・ロジャーであると。“D”の名を持つ者ではないと。しかも その男が成し遂げたのは世界一周。それだけでも凄いが、それだけの事。これじゃあダメだ、大本を断たないとなにもかわらないだろう。

 

この時点で遅かったんだ、先手を打たれてしまった。だからロジャーは処刑時に大海賊時代を始めなくちゃならなかったし、海賊王に興味がないはずのお前は、それを察したから空の王座を守り続けているんだろう?今もなお。

 

ロジャーは自首をして世界政府による新聞報道にネジ曲げられないカタチで「財宝を見つけて置いて来たぞ」と言ったんだ。世界に知らしめて巻き込まなければならないんだとお前が気づいたときにはすでに、世界政府にやられてしまったあとだった。ゴールド・ロジャーが世界一周をした、凄いぞと世界中が先に熱狂してしまった。

 

ロジャーの運が悪かったことは色々あるが、思いつくだけでも3つほどあるな。古代兵器が生まれてくる前だったのと、不治の病により急がねばならなかったことと、ライバルのおまえが財宝に興味がなかったことだ。

 

 

もしもこの2つの悲劇がなく、お前と最後の島を巡るレースができていたなら。もっともっと世界を巻き込みながら大きな事件を起こしつつ最後の島へ行けていたなら。世界政府の報道規制にかかる事なく最後の島へ行けていたのかも知れないな。そうすれば、ロジャー海賊団だけではなく世界が共に「この世の全て」を知る事となったのかもしれない。

 

それが不可能だったから、ロジャー海賊団の真の偉業というのは世界一周の熱狂に掻き消される事になった。だから「死に際に放った一言」でやり返すカタチになったんじゃないか?なあ、だから責任感じてんだろ?ニューゲート。

 

おわりにしないか?こちらから仕掛けるんだ。大丈夫。今回は負けない、絶対に負けない自信があるんだ。なにせこの日のために30年間もおれはひたすら計画を進めてきたんだからな。

 

すべては世界で一番愛する家族を守るためだ。こうするしか他に方法はないんだ。世界政府お得意の情報規制を完全に封殺することができれば、きっとおれ達は、世界をかえることができる。

 

さいわい、大海賊時代の幕開けがあったからこそ、赤髪のシャンクスがあの麦わら帽子を託せるほどの逸材である麦わらのルフィが生まれたわけだ。しかも多くのライバル達や四皇・七武海という大物達がいる。財宝好きなはずのバギーが興味ない時点で下手な勘ぐりをする奴はいるかもしれんが、あの宝の真意を世界が知る術はないはずだからな。おそらく、麦わらのルフィはやつらとの戦いを繰り広げる中で、世界政府が消そうにも消せない事件と共に最後の島へと至るだろう。そうやって世界中に何かを呼び起こして行くんだろう。

 

おれとしては、ロックス思い出す黒ひげとかキャプテン・キッドの方が好きなんだけどな。え、じゃあなんで殺した?殺しても死なねえから嫌いなんだよ、あの男は。

 

 

ドレスローザ、空島バロンターミナル、空島ウェザリアがあらゆる勢力が共存を強いられる中立地帯なのも。人堕ちホーミングが30年かけて非加盟国を中心に世界政府から意図をもって迫害されてきた一部国地域を交流を通じて、人々をつなげてきたのも。全てはこのためなのだとエドワード・ニューゲートは理解するにいたっている。

 

「おれはな、エドワード・ニューゲート。この30年間計画を進める上で、困ったことに、家族だけじゃない、大切なものが沢山できてしまったんだ。そいつらに手を出すやつが誰であれ、おれは許さない。世界政府が手を出せないようにしてきたつもりではいるが、まだ足りない。決定打が欲しいんだ。協力してくれ。海賊王ロジャーの意思を継ぐ者達に、すべてをとどけるためにもな」

 

ロジャーの意思に、ロックスの意思とつけくわえたのも、黒ひげへの落とし前をやめたのも、ホーミングに敬意を表してなのは間違いない。

 

だからこそ。

 

「全部丸投げすんじゃねえよ、アホンダラ。覚えてやがれ」

 

白ひげがマリンフォード頂上戦争でホーミングのやらかしかけたことを許すつもりはおそらく未来永劫ないにちがいない。

 




原作完結後に再開します。

おまけ
赤髪との手紙の回のセリフ
「儲け話に一番縁遠いはずの赤髪に可能かどうかはさておき。カイドウを上回る儲け話があるなら考える。今はなんともいえないから保留にさせてもらうとな。白ひげの対応をみてから決めさせてもらおう。いい儲け話を期待しているよ」

翻訳「合法的に世界をひっくり返す儲け話を上回る提案を一番縁遠いはずのクソガキができるかはさておき、おれの計画にのってくれたカイドウを引かせるだけの儲け話があるなら考える。止めたきゃ白ひげを説得しにいけ、お前らの生きてきた人生とはレベルが違う!!!ガキと遊んでるヒマはねェんだ帰れ!」

白ひげ助けられるか、中立地帯確立できるかの分水嶺だから、赤髪からやめろっていわれて激怒した。ホーミング、赤髪がミーハーで嫌いだからわざと遠ざけてたもんだから、赤髪には余計情報が全然入らない。互いに本懐がわからないまま、頂上決戦となった。赤髪的にはなんでそこまで嫌われてんのかわかってない。

赤髪が大人げないように、大人げなくならないと全てを失うと知ってしまってるホーミング、赤髪のこと全然知らないから何で五老星に謁見できるか、計画をたてる1ヶ月時点では知らなかった。だから警戒するしかない。その素性を知ったの16年前だから今更計画に赤髪組み込むことはできない。20年前から最高の終わりに向けて頭いっぱいだったから。

そういうわけで、赤髪の素性次第では、ミーハー以外に嫌いな要素がなくなり、もう少し仲良くなれるかもしれません。自分好みの海賊王しか認めたくないからでかい顔して四皇してた場合は無理です。

一方その頃の見聞色しながらエルバフで酒飲んでる赤髪
「そっちだってロー(D)育ててんだからお互い様だろじじい?!キッドのが好きだしローはドフィも困ってるから多分違うってなんだそれ、いいかげんにしろよはっ倒すぞ!?」


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