【ブルアカ×サタスペ】キヴォトスより愛をこめて (ディム)
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プロローグ
プロローグ/Life Goes On.
ユウカには朝起こしてもらいたい。
――目を覚ます。
同時に、彼は跳ね起きて、己の迂闊さを呪った。舌打ちをしながら慌てて腰に手を伸ばせば、そこに吊り下げていたはずの、彼と共にいくつもの鉄火場を越えてきた愛銃が見当たらない。
それも当然か、彼はと思い至る。なぜなら――彼が目を覚ます寸前まで居たのは、極東の大犯罪都市オオサカ。犯罪者のメッカ、極東の火薬庫といった表現はまだ良い方、クソとゴミとゴミのような人間の掃き溜め、××××(検閲済み)と形容されて然るべき薄汚れた街の片隅、頭上を鉛玉が飛び交う戦場だったのだから。
「……なんだこりゃ」
跳ね起きた彼はそこで、周囲が静寂に包まれていることに気がついた。銃声ひとつしない、静かな電車の中。
肉体に痛みもない。意識を失う直前、粗悪な
タチの悪い夢だったか、と思うには――脳をめぐる記憶はあまりにも真に迫っており、そして彼は必死すぎた。
彼は亜侠である。手製か、粗製か、3Dプリンター製の劣悪な銃を引っ提げ、酒瓶ひとつ以下の値段で山ほどの銃弾を揃え*1、命を賭け金に札束を稼ぐ、ろくでなしの無法者――亜侠。
その中でも一等強く、一等ろくでなしで、一等スケベで、そして一等、仲間にだけは気を許す。
つまるところ、彼は亜侠の中でも一際『侠』*2に近く、女に甘く、そして敵と銀行にやたらと厳しい*3男であった。
そんな彼は周囲を見渡し、息を吐いて、どっかりと座り込んだ。電車の椅子は、オオサカのくたびれた環状線のそれよりも柔らかく、それだけで満足を感じる。その満足感のままに、ところ構わず煙草を取り出そうとして、その煙草すらも持っていないことに気付く。
眉間に皺が寄り――霧散する。煙草がないことは腹立たしいが、腹の風穴と引き換えだと思えば安いものだ。亜侠ならば、こんな時に言うべき言葉は決まっている。
「あー、生きててよかった」
あるいはもしかして自分は死んでおり、今まさに地獄に運ばれている最中かもしれない。そういえば、生駒山から
彼は満足げに目を瞑り――一度まばたきをしたその時。
彼の前に、彼女がいた。
「……私のミスでした」
毛先の桃色がかった、薄水色の髪。
「私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況」
金の飾りの白い制服。……その上に滲む、血の赤。
彼の目が細められ、俄かに真剣な顔つきになる。
「結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……」
整った、可愛らしい、彼好みの顔に浮かべた――疲労と絶望と、諦念。
見たことのない、しかし既視感のある少女。
儚げな、今にも消えてしまいそうな少女に、彼は。
(うっわめっちゃ好みなんだけどこの子。一晩いくら???)
彼はカスであった。
通常、普通の人間、普通の大人であれば、まずは彼女を気遣ったり、彼女の傷や流血の心配をする。そうでなくても、彼が『ここ』にいるべき人間であれば、少なくとも彼女の心配をしたであろう。
翻って、つまり彼の反応は、彼が典型的なオオサカ人、つまりろくでなしの人でなしであることの証左。
「……ふふっ」
しかし、彼の目の前にいる血濡れの少女はくすくすと笑う。
ぽたり、とリノリウムの床に血の滴を落とし、座席をその色に染めながらも、彼の反応が当たり前であるかのように――見知ったものであり、それに緊張を抜かれたかのように笑い。
「あなたは、いつも通りですね。……先生」
オオサカ人としての彼は紛れもなく、自他共に認めるカスである。
ただの彼である限り、それは変わらない――翻って。『先生』としての彼は、違った。
「は? おいおいお嬢ちゃん、俺を誰かと間違えてねえか? 俺はそんなふうに呼ばれるような、立派な――」
反応は劇的であった。
彼の脳裏に蘇る、数々の悲劇の記憶。
倒れ伏す少女たち。荒んだ目の彼女。
滅びゆく都市。魔王たる王女。
行く宛を、頼る先を、友を、信頼を失う少女。
目覚めない彼女。魔女に堕ちた『お姫様』。
友人を手にかけ、守るべきものを殺され、絶望に沈む彼女たち。
そして正義を見失った、迷いウサギ。
輝かんばかりの色彩のうちに滅んだ方舟の記憶。
彼が、そういうことか、と問えば、彼女は、そういうことです、と答えた。
「……今更図々しいですが、お願いします。……先生。きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……」
「……あー、まァ。だとは思うけどよ。いいのか? ……少なくとも俺は、ほら。何かしらは覚えておいたほうがいいだろ。だって、こう……わかるだろ?」
彼は、ばつが悪そうに頬を掻くと、少女は楽しげに笑った。笑っているその時だけは、彼女は傷も疲れも……その身に背負った重責も、何もかもを忘れて、ただの少女であるかのように見える。
「はい、分かりますよ。忘れてませんから。先生、私とリンちゃんに会っていきなりナンパしてきました*4もんね」
「ぐ、っ……」
「しかも台詞が『一晩いくら?』*5でした。控えめに言って最低だと思います、先生」
「ぐぉぉっ……」
彼……『先生』は顔を抑えて頭を振った。オオサカ人としては異例の反応であるが、まともな大人としてであれば真っ当な反応である。
「他にもまだまだありますよね? 私見たことありませんよ、リンちゃんがあんなに怒ってるの。というかそれ以前にゲヘナの
出るわ出るわ。静かな電車を埋め尽くす、彼女の言葉。立て板に水、とばかりに流れ出るそれは、溜め込んだ不満を爆発させる風ではない。むしろ、ずっとこうして話したかったものを我慢していた――そんな風にすら聞こえて。彼はそれを、縮こまって聞いていた。
「まだまだありますからね? えっと、ワカモさんと意気投合しないでください、仕事中にお酒はやめてください、煙草もやめてください、バニーガール目当てにカジノクルーズ船に率先して行かないでください、ワカモさんとカイザーコーポレーションの襲撃計画を立てないでください、計画を立てるのが駄目だからって無計画で襲撃を行わないでください、他にも……って、終わらないじゃないですか先生!」
「い、いやその……すまん」
「まったく、先生はいつも……もう。……でも」
がおーっ、と吠える彼女に、頭の上がらない彼。
それをまた、くすくすと楽しげに見てから……彼女は、
「……でも先生は、私たちを蔑ろにしませんでしたね。先生としての自覚に芽生えてからも、芽生える前も。私が取り零した、諦めた、そんな生徒たちに寄り添ってくれました」
彼女は、ただの一生徒としての顔の中に、連邦生徒会長としての顔色を覗かせて言う。
「肝心なときはいつも真剣でした。暗くなった雰囲気を、自分が馬鹿をやってでも、どうにかしようとしてくれました。問題児たちが何かしたとき、その中に混ざっていって、最後には自分が泥を被ってくれました。……私の選択も、先生が」
「それ以上は野暮だろ。俺は言ったはずだぜ、責任は――」
「『俺が取る』、ですよね。……あの時は分かりませんでしたが、今なら分かります」
そこから先、彼は黙って彼女……連邦生徒会長の話を聞いていた。
自身の責任と義務の話。自身の選択と、『矜持』の話。
彼は
新世界の裏路地に生まれ、子守唄の代わりに銃声を聴いて育った生粋の
前に立って、『あとは任せろ』と背を見せて解決する『責任』と。
後ろにいて、『好きにやりな』と背を支えて進ませる『責任』と。
どちらもを捨てられなかったが故にどちらもを背負い、そうして彼は、キヴォトスすべての生徒の味方……先生となった。
「ですから、先生。私が信じられる大人であるあなたになら。そして――あの時、私の前に立った厄災を撃ち抜いてくれたあなたになら。お願いして、そして。依頼できます」
今度は彼が、にィッと笑った。
『依頼』。亜侠という、報酬さえ貰えればなんでもやる、そんな人でなしにとっては子守唄よりも聞き馴染んだ言葉。
自分と彼女の間柄であれば、聞かれれば答え、頼られれば助ける、そんなことは造作もない。にも関わらず、その言葉を出したということは。
「つまり、そういう事だな?」
「はい。この捻れて歪んだ先の終着点とはまた別の結果を。そこに繋がる選択肢を――『見つけてください』」
それはきっと、彼が彼であるが故に発せられた言葉。懇願や希望を託す言葉ではなく、成果を期待する契約の言葉。
彼はいつものように煙草に手を伸ばそうとして、やめて。どっかりと座り直して問いかけた。
「へえ。けど、分かってんだろうな? 亜侠としての俺に『依頼』する、ってんなら、払うモンがある――報酬だ。お前はそれに、どれだけの価値を置く? どんな対価を払う?」
「……今の私には、具体的に払えるものがありません。けれど、それが成された暁にならば、払えるものがあります。先生にとってはきっと、何よりも価値のあるもの」
連邦生徒会長は、縋るように笑って。
「――キヴォトスすべての生徒の笑顔、なんてどうでしょう」
彼は、不満げに。
「悪くねえ。が、足りねえな。……キヴォトスすべての生徒と、お前の笑顔。全部カタをつけた後で、お前が心からの笑顔を俺に見せにくる、ってンなら、請けてやってもいい」
だから、俺に任せろ、と。
その言葉に、連邦生徒会長である彼女は、ただの生徒として一筋の涙を落とし。
「――はい、先生。約束します。だから、どうか――」
彼の意識が遠くなる。
彼女の姿が消えてゆく。
電車の音も、窓から差し込む早朝の光も、全てが遠くなってゆき――
◆
「――先生! 先生、起きてください!!」
鋭い声に、彼はのっそりと起き上がった。
記憶を整理する。彼はオオサカの鉄火場で大立ち回りを演じ、その後腹に空けられた風穴が元で、薄汚い裏路地の奥でひっそりと息絶えた。
満足はしていた筈だが――なぜか自分はこのキヴォトスという地に立っており、しかも『先生』として扱われていた。
「あァ、ああ分かってる分かってる」
少なくとも現時点での彼の自己認識はそうであり、即ち、彼のメンタリティは今のところ、オオサカ人のそれであった。
つまりカスである。
加えて言えば、彼の好みのタイプは『知的な歳下』であった*7。彼の脳裏には、謎の警鐘が鳴った――それは彼が鉄火場にて感じているものと同質のものであった――が、彼はそれを無視して、やけにキリッとした顔を作り、神妙に述べた。
「めっちゃ好みなんだけど。今晩どう? 一晩いくら??」
果たして、彼の顔面に彼女――七神リンの拳が突き刺さった。
つまるところ、彼は連邦生徒会長の期待通り、同じ状況で同じ選択をすることを証明したのである。これには生徒会長も、どこぞで喜んでいることだろう。
なお、余談であるが、七神リンの繰り出したパンチは真正面から彼の顔面を捉えた……腰の入ったいい一撃であった。
Tips:『サタスペ』
正式名称は『アジアンパンクRPG「サタスペ」』。
冒険企画局様の製作されたTRPGのシステムで、他に類を見ない世界観が特徴的。
現実とは異なる歴史を辿り、ロアナプラめいた極東の大犯罪都市となった「オオサカ」で、亜侠と呼ばれるチンピラをPCとして遊ぶシステム。
ブルアカとの違いは、流れているのが清渓川か道頓堀か、透き通っているかいないかくらいであるため、やろう。
ちゃんとキヴォトスのペロロジラに対してオオサカでは怪獣王が暴れたりもするし、カイテンジャーロボに対して太陽の塔が暴れたりもする。
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チュートリアル(1-2〜2-1)/Aoharu&Rock’nRoll(1)
まあ大体シロコみたいなのが山のようにいるのがサタスペだと思ってもらえれば大丈夫です。
エレベータにて辿り着いた、連邦生徒会本部上層……レセプションルームにて。
彼をここまで案内した七神リンと、その前に立つ幾人かの女子生徒との言い争いを、彼はぼけっとした、間の抜けた顔で眺めていた。
彼の人生において、女性との交流がない……という事実は存在しない。しかし彼の人生において、ここまで『女子』に囲まれたことがないというのも、事実だった。
(おーおー、どいつもこいつも元気のいいこって。しかし、それにしても――自動拳銃、SMG、
彼が目を遣るのは、彼女たちの手にこれ見よがしに握られている銃。
彼のいたところ――ソドム、ゴモラと並び称される悪徳の都オオサカにおいても、もちろん武器の流通はあった。それこそ、爆弾からミサイルまで。
しかし、所詮オオサカのそれらは大量生産品で、かつ粗悪なコピー品が殆ど。壊れれば即座に使い捨てて、使い捨てた次の瞬間には目の前に転がっている死体からスペアを回収する。彼らの武器は、その程度の
その数少ない例外が、彼の愛銃でもあった訳だが……彼がそれを好んでいたのも、彼自身の趣味でしかなく。
つまるところ、『少女たちの趣味によってカスタムされた銃』などというものは、彼にとっても珍しい物であった。
(……ふむ)
職業柄、と言うべきか。彼は目を細めて、三人を俯瞰した。
銃を持つ相手を警戒するのは、オオサカ人としては当然のことだ。ともすればキヴォトス以上に引き金が軽く、それ以上に命の軽い犯罪都市の出身としては、やはり警戒せざるを得ず――
(決めた。左から順に
おおよそ考えられる限り最低のネーミングであった。
なお、当人は知らぬことだが、それぞれの特徴に当て嵌まる生徒はキヴォトスにまだまだ存在する。キヴォトスはまさしく、オオサカとは別枠の魔境である。
さて、マトモな神経をしている大人であれば呼ぶどころか名付けすら躊躇う渾名を脳内で目の前の女子に振り分けていながら顔だけは神妙にしている
「――ちょっと待って? そういえばこの先生は一体どなた? どうしてここにいるの? あとなんで派手に殴られたみたいな顔をしてるの?」
「派手に転んだんだよ悪いか。……七神、頼む。詳しいことは
初手で七神リンにセクハラ発言をかまして制裁された、などとは口が裂けても言えない彼はそう誤魔化すと、リンに話を向ける。
リンはそれに応えて頷くと――彼が連邦生徒会長に指名された『先生』であり、そして連邦捜査部『シャーレ』の顧問である、と述べた。
「ま、そういうことだ。とりあえず、俺のことは『先生』って呼んでくれればいい。易々と信頼は出来ねえだろうが……そりゃ仕方ないだろうな。俺だって向いてねえと思うが……なるたけ、先生らしくはふるまうつもりだ。で、それはともかく」
「……?」
「そっちの早瀬は名前を聞いたが、残りは聞いてないだろ。後で名簿か何かは貰えるだろうが……自己紹介、頼んでいいか?」
ちら、と先生は視線を左へ向ける。その先にいるのは、眼鏡をかけた、黒いリボンの特徴的な、可憐な少女。彼の好みのタイプである。
「はい。ゲヘナ学園一年生、風紀委員会の火宮チナツです。先生は、ゲヘナ学園については何か?」
「いや、寡聞にしてな。だが、すぐに覚える。……しかし、風紀委員会、か」
「……? それが何か?」
「いや、『らしい』感じがするな、ってだけだ。……で? そっちの……羽根が白い方は?」
彼は脳内で彼女の名前を巨乳エルフから火宮チナツに修正し、白い方――スズミに話を向けた。彼女はチナツと同じように、軽く会釈をする。なお、スズミも彼の好みのタイプである。
「トリニティ総合学園所属、自警団の守月スズミです。これからよろしくお願いします、先生」
「ああ、よろしく。……自警団、自警団ね。活動とかはまた教えてもらうとして……えー、最後」
「ああ、はい。同じくトリニティ総合学園、正義実現委員会……副委員長の羽川ハスミです。何かありましたら、私にお任せください」
黒いロングヘアに黒い制服、おまけに黒い翼。スズミとは対照的に、真っ黒な印象を受けるハスミに対してひとつ、満足げに――あくまでもそう見えるように――頷いた。当然、話の内容に満足したからではなく、ハスミが彼の好みだからだ。
彼は一つの信念として、『胸はデカい方がいい』という信仰を持っている*1。
「正義実現委員会か。あんまり聞いたことのない名前だが……あー、名前通りの活動を?」
「はい。トリニティ総合学園の治安維持と、学園内外での違法活動の取り締まり、そして自治を行なっています」
「……なるほど。そっちの……守月の自警団とは何か棲み分けが? それとも、下部組織とか?」
「あちらは非公認でこちらは公認です」
「もう良いよーく分かったからな畜生」
彼は溜息をついた。
それは、
振り返って――風紀委員会、自警団、そして『正義実現』ときた。それらがどれもこれも秩序と正義を重んじる側。決して現時点の彼と相性が良いとは思えない……つまり、亜侠としての本性を律する必要がある、ということだ。
加えて彼女らからは、我らが偉大なる『大阪市警』*2の慣れ親しんだ匂いがしない。即ち、汚職と賄賂の腐った匂いである。即ち、
(セミナーって何かの隠語だったりしねえかな。『銀行強盗同好会』とか『合法的に他学校を失脚させる革命的正義の同志団』とかだったら喜んで協力できるんだが)
彼が考えていたのは、そのようなことであった。もしも仮にその考えがユウカ本人にバレた場合、真っ赤になって叱責されるであろう。
そしてもしも、セミナーがそのような反社会的団体だった場合――キヴォトスは今頃、地獄の紛争状態に突入していただろう。
「……はあ」
「……? どうかされましたか、先生?」
「いや、何でもねえ。セミナーってのもこの分だと、立派な部活動なんだろうな、ってな」
彼はちらり、と早瀬ユウカを見遣り、ユウカは小首を傾げつつ、満更でもない――少し誇らしげな表情をしている。
「さて、七神。話の腰を折ったが、もう大丈夫だ。続けてくれ」
「はい、分かりました。では――」
七神リンの話し出す内容と、その思惑。七神リンに苦情を持ってきた彼女らの思惑。それらは総合するに、同じゴール地点を目指しているものであり。
結果的に、彼――先生は、彼女ら四人を率いて「シャーレ」の部室へと向かうことになった。
先生としての、そしてキヴォトスにおいての、初陣である。
◆
連邦生徒会のガレージに停めてあった車を合法的*3に借用し、D.U.メインストリートまで出動した彼……先生と、生徒四人。そこで目にしたものは、爆炎と銃声、怒号の飛び交う無法地帯であった。
『違法JHP弾』なる銃弾が平然と出回る都市と、それを疑問に思うどころか単語が平然と口から出るような少女たち。ライフルを構える不良生徒に対峙する、四人の少女のうち一人――早瀬ユウカが、はたと振り返る。
「先生! 先生は戦場に出ないでください! 私たちが戦ってる間は、この安全な――あれ?」
振り返ったユウカがそこにいる彼に声を掛け――ようとしたものの。連邦生徒会製の特殊装甲車の影に、彼の姿はない。
「あれっ!? え、先生!? ええっ!?」
「ユウカ、どうしましたか?」
「先生がいないの、この短時間で一体どこに……!」
「あ、あの……皆さん。先生なら……」
不測の事態に慌てるユウカと、それを見て顔を強張らせるハスミ、スズミ。そして三者に対し、何とも言えない表情でとある方向を指差すチナツ。果たして、三者がそちらを向くと――
「――チッ、シケてやがんな! これでも警察車両か!?」
ラフに着崩したシャーレ制服のスラックス、そのポケットに手を突っ込んだまま、やけに堂に入った動きで横転したヴァルキューレ警察学校の武器輸送バン、その背面トランクのドアを蹴り上げる、先生の姿があった。
「せ……先生ェェ!? 何やってるんですか――やめっ、トランクを漁るのやめて下さいって!!」
「
「
そのままトランクの中に身体を突っ込み、あれでもない、これでもない、と不躾に物色を繰り返す先生。どこからどう見ても、もはやシャーレの先生というよりは不良生徒の元締め、あるいはインテリヤクザのようにしか見えない。
一応ではあるがトランクのドアに身を隠している――生徒に気遣っているのと、目を回しているヴァルキューレの生徒を物陰に避難させているという点がなければ、この場で逮捕されてもおかしくない振る舞いであった。
「
「
やがて、先生はトランクの中から二挺の銃を拾い上げる。それは大きく形が変わってはいるものの、かつて彼がオオサカで初めて握った銃――
「よし。……おっと、済まんなユウカ。要件は済んだ、安心してくれ」
「まず心配させないでください!! ……何に使うんですか、そんなもの」
「護身用さ。さて、諸君――」
ハスミ、スズミ、チナツの元に戻った先生が、徐に両手を広げて声を掛ける。大きな声ではなかったが、それは銃声と爆音の中でも、四人によく届いた。
「――姿勢を正せ」
瞬間、四人の背筋に奇妙な感覚が走った。
それは一等の鉄火場を前にした時の高揚にも似ていた。背骨を起点に四肢に力が行き渡り、頭の冴えてゆく感覚。全能感、と言い換えてもいい。
彼女らはそれを、先生の言葉を聞いた瞬間に感じ、そして言われた通りに背筋を正した瞬間、さらに強く感じた。
彼の
「ハスミ、お前は少し前の……そう、そこで狙撃だ。前の連中は狙わんでいい、どうせすぐに蹴散らせる。時間の無駄だ――そら、向こうのほうに第二陣が見えるだろ? あいつらを狙え」
「はい、先生」
「よし。ユウカ、スズミ、お前らは突っ込め。連中の攻撃は単調だ、俺の指示通りに隠れて、そんで撃ちゃいい。で、それとは別にお前ら、出来ることは?」
いつの間にか、苗字から名前に呼び方が変わっていることすら受け入れてしまい。それが正であるかのように疑わず、狙撃ポイントへ身を隠すハスミを横目に彼女らは順に得手を述べる。
「わ、私は……シールドを張れます。たぶん、スズミより前に出るのがいいと思います」
「私の方は、閃光弾を所持しています。オーダーメイドですので威力も高いですし、撹乱に使えるかと」
「上等だ。遮蔽を上手く使えよ。で、チナツ――」
最後に話を向けられたチナツはぴくり、と肩を震わせる。
荒事に適性がない、訳ではない。しかしどちらかと言えば、前に出るタイプでもなく、所持している銃の火力もまた、高くはない。
ならば果たして、自分はこの戦場で役に立てるのか――そう思考が巡りそうになった彼女に、しかし先生は感嘆したように声を溢す。
「――へえ、驚いた。お前、参謀適性があるのか」
「……え?」
「冷静に全体を俯瞰して、必要な味方に必要なだけのサポートを出す。前に出てドンパチやるよりよっぽど貴重ってことさ」
チナツに
本来の『先生』のそれとは違えど……彼のそれもまた、『先生』としての振る舞いであることに、違いはなかった。
「それ、照準器付きか……つくづく悪くねえ。……よし。チナツ、お前は俺の横で指示出してみろ。なに、どこを見りゃいいかは教えてやる」
「……は、はい!」
「大丈夫だ。何かあったら俺がきっちり
彼はそう言って、先生らしくにっ、と微笑んで。
いつものように――亜侠として、背中を預ける仲間たちのリーダーとして。彼ら、彼女らを奮い立たせる決まり文句を言い放った。
「――さァ諸君、仕事の時間だ派手に行こう! Rock’n Rollに決めようぜ、
そしてスズミが爆速で振り返った。
「ベイビー!? 先生もオスティンを聴くんですね!?!?」
「オスティンはロックじゃねーだろ。まあ聴くけど」
つまりは、そういうことであった。
どういうことだよ。
Tips:宿業(カルマ)
様々なTRPGと同様に、「サタスペ 」にもPCやNPCの「ジョブ」や「スキル」に該当するものがある。それがカルマである。
「リーダー」や「参謀」はそのうちの「ベーシックカルマ」といい、PC作成時に決定する生まれ、ジョブのようなものである。
ベーシックカルマには「リーダー」「参謀」「技術屋」「荒事屋」「マネージャー」「道化師」の六種類が存在する。
ブルアカのキャラでいうと、
リーダー:ホシノ、アル、ヒナ
参謀:アヤネ、カヨコ、チナツ
技術屋:ヴェリタスとエンジニア部のゆかいななかまたち
荒事屋:シロコを始めとした大凡のキヴォトス人
マネージャー:ノノミ、先生
道化師:先生(イオリのメモロビ)
こんな感じかと。
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チュートリアル(challenge)/Aoharu&Rock’nRoll(2)
めちゃくちゃ嬉しいです!!
とりあえず今回でプロローグは終了して、次からアビドス編……かなあ?
D.U.メインストリート――風切り音を立てて、頭上を銃弾が飛び交う愉快な戦場で。
「見えるか? チナツ。……違う、全体を俯瞰するんだ。戦場を一枚の地図に見立てろ……よし、そうだいい子だ。よくやったな、やっぱりお前は呑み込みが早い。上出来だ」
「(は、はわぁぁっ、ふわっ、し、心拍数が……!!)」
彼女、火宮チナツは、わりと一杯一杯だった。
「ほら、俺の指先を見ろ。ユウカの斜め右前方、隊列の一番後ろ。狙撃手、いるだろ?」
「ひゃ、ひゃい……」
「見るからに機を伺ってる。隙がありゃブッ放してやろうってな。けど、前衛が居るから油断もしてる。じゃあどうする?」
「き、機先を制するべきかと……! わ、私の銃だと届かないので、別の何かを使うとか……!?」
「そォだ。地味な作業だが、すぐに『自分で仕留める』って手段を選ばねェのは点数が高い。偉いぞチナツ」
現在の態勢であるが、片膝をついて、遮蔽に隠れながら全体を見渡すチナツと――そのチナツの肩に腕を回し、耳元に口を寄せて囁くように指示を出す彼、先生。完全に事案そのものの絵面と行為であった。
「お前のやる事は、派手に騒ぎを起こすことじゃねえ。その
「(せ、先生の声が……息が……!? て、手がわ、私の頭を……! か、顔が熱い……)」
その上、彼……先生は無駄に顔が良い。髪を金に染めていることと目と表情にやたら力が入っていること、そして眼鏡を掛けていないこと。それらの要素を廃すれば、とある世界線で便利屋の面々に差し入れを持っていくような顔立ちの彼にも引けを取らない、とすれば分かりやすいだろうか。
ともあれ、その彼は、チナツの側で事細かに『指導』を行っていた――口を彼女の耳元に寄せ、背中から肩を密着させ。左手を彼女の頭に置いて、右手で視線の方向を指示して。
それは側から見れば、先生がチナツに後ろから抱きついているようにさえ見えた。
「た、確かにいます……でも、あの生徒がお二人にプレッシャーを掛けてるので、後衛までには……」
「注意を割かせるだけで良いんだ。お前がその照準器のレーザーで、ちょっと前衛のアイツ――その顔か、ライフル握ってるグリップの辺りかを照らしてやれば。そら、どうなると思う?」
「ふぇ、はいっ、ええと……あの人は、こちらを見て……いえ、その前にハスミさんが視界に入る……? ……なら、もしかして」
「さて、どうだろうな……答え合わせの時間だ。やってみろ、チナツ」
促されるままに、彼女は銃を持ち上げる。引き金を引くでもなく、やる事はいつもの支持出しの要領で、レーザーポインタをちらつかせることだけ。
果たして、その照準器の先にいたヘルメットを被った不良学生は、目敏くそれに気が付いた。気が付いて視線を移し――遮蔽から狙撃銃を構える、ハスミを見て、ぎょっとして身体を伏せて隠れる。
瞬間、轟音が響いた。隠れるのを確認すると同時に引かれたトリガーと、それにより放たれた7.7mm弾が、伏せた不良生徒の頭上を通り過ぎ――
「……!! 先生!」
「ああ、見てたぞ。よくやった、今のを忘れンなよ。そうすりゃ、お前はもっと優秀な参謀になるだろうさ」
半ば肩を組んだ体勢のまま、先生はわしわしとチナツの髪を荒っぽく撫で、チナツはそれを振り払うでもなくされるがままとなっている。
同時に彼女は下を向いて、頬を真っ赤に染めている訳だが――当然のことながら彼はそんなものお見通しであるし、なんなら役得であるとすら思っている。
無論鉄火場のこと、チナツと接触するために態々このような指揮をした訳では断じてなく、あくまでさっさと銃撃戦を終わらせ、チナツに経験を積ませ、そして四人の動きを見る目的の指揮である。それに間違いはないが、それはそれとしてラッキーだとは思う。
彼はそういうタイプのカスであった。
「……嘘。戦いやすかった……とんでもなく」
「これは……驚きましたね。特に、あのサポートは……」
狙撃を終えてすぐ、ユウカとスズミの二人がかりでボコボコにされた*2ヘルメットを被った不良――ヘルメット団と言うらしい――を全員縛り上げ、ヴァルキューレの車両横に転がして。四人はそれぞれ感嘆を漏らした。
瞬く間に不良生徒たちを蹴散らし、拘束したその手腕。誰がどこに移動し、誰を狙うのか。そして、そうなるからこそ、自分たちはどこで何をして、誰を倒せば良いのか。
少なくとも『戦闘指揮』……あるいは、もしかすると、『戦闘』そのものという分野において、彼は紛れもなく自分たちの遥か先に位置しており。それを惜しげもなく伝える様は、正しく『先生』であった。
さて、その先生の指揮であるが。本来の『先生』よりあらゆる面において劣っているどころか比較するのも烏滸がましい彼の、数少ない、本来の『先生』よりも勝っている点である。
『……先生、聴こえますか。私です、七神リンです』
「おう、七神。聴こえてるぜ、どうかしたか?」
『はい。先程の指揮はお見事でした。まさかあんなに早く不良生徒たちを制圧するとは……』
「朝飯前だっての。で? 用はそんだけか?」
『いえ。……私もそちらへ向かっています、という連絡と。そして――』
その指揮の冴えは凄まじく、敵の前衛から後詰までを纏めてたった数分で制圧してしまったほど。その戦闘時間の短さと、そして遵法精神が欠片も見受けられない速度でD.U.メインストリートを連邦生徒会公用車でかっ飛ばした*3という事実は……本来の歴史と、僅かに違った結果を手繰り寄せた。
『――ご報告です、先生。シャーレの建物前の道路で……現在。事件の首謀者である狐坂ワカモと、それに鹵獲されたヴァルキューレの多脚戦車が、SRT特殊学園の生徒……FOX小隊と激しい戦闘を繰り広げている最中です』
即ち――本来であれば、戦闘後に。至近距離で対面し、一戦も交えることなく退散する筈だった『災厄の狐』……狐坂ワカモとの、戦場での邂逅。
彼らは、その照準の先に身を躍らせることとなる。
「……の、ようだな。こっちでも見えたぜ、派手な爆炎がよ。結局、どっちにしろソコへ行かなけりゃならねえんだ。突っ込むぜ」
『……無理はなさいませんよう』
「おう。七神は後からゆっくり来な」
『はい。ところで先生、先生の運転しているその車が観測によると時速230kmで走行しているようですが?』
「あー感度不良!! 通信終了!!」
小学生以下の言い訳に、ちゃっかり助手席を確保したユウカが呆れたような顔を彼へ向ける。彼はそれを気に留めることもなく、盛大なドリフト痕をアスファルトに残しながら、砲火の真っ只中へ車を突っ込ませた。
「!? なんッ――」
「よう、邪魔するぜ? 俺たちは……ああ、連邦生徒会のシャーレと愉快な仲間たちってトコだ。お前らはFOX小隊、ってのでいいか?」
「……!! シャーレ……っ、失礼しました。はい、FOX小隊の小隊長、ユキノです」
「おう、よろしく」
FOX小隊長ユキノの目の前に、遮蔽となるように生徒会公用車を転がした先生とその一行は直ちに車から飛び出してその陰に隠れる。瞬間、ワカモから放たれた銃弾が公用車の側面を穴だらけにする。
その際の、黒髪の小隊長……ユキノの目線に気になるところを感じたものの、咎める事はない。この程度であれば、オオサカでは日常茶飯事である。
「へえ、よく訓練されてやがる。
「はい。ワカモ単体でも厄介ですが、下の多脚戦車もまた厄介で……ところで、これは、連邦生徒会の公用車ですよね?」
「ん? ああ、そうだな」
「見る間に蜂の巣になっているんですが」
「俺のじゃねーしセーフだよセーフ」
残念ながらアウトである。先生の初任給が本来の額の十分の一になることが確定した瞬間であった。
「まあ、それは置いておいてだな。手厳しい相手ではあるが、押せば撤退には持ち込めるだろうさ。まずは足元のアレをぶっ壊すトコからだけどな。っつー訳でもう一仕事頼むぜ」
「……全くもう。私、ミレニアムじゃセミナーなんですよ? 生徒会なんです、それがこんな……」
「まあまあ。ここまで来たら、ですよ。それで……ユキノさん、でよろしいでしょうか。まずはあの戦車をどうにかするということで、よろしいでしょうか」
「はい。前衛と後衛に分かれます。そちらの指揮は先生が――っ!? 狙ってます、散開!! ――先生!?」
四つ脚の戦術兵器、その全身に取り付けられた火器が火を噴いて、連邦生徒会公用車を真っ赤に炎上させる。FOX小隊の四人、そしてユウカ以下の四人はきっちりとその場を脱し、それぞれ遠くの車の陰へ身を隠す……しかし、そのどちらもに彼の姿はない。
では、爆発に巻き込まれて黒焦げのハンバーグになったのか。当然、そんなことはなく――
「避けるまでも無ェってんだ!! あんな
黒煙を上げ続ける公用車の上に着地した『先生』は、無惨にも黒焦げとなったルーフの上に片膝をついて、不敵に笑う。真っ白いシャーレの制服は煤けて汚れており、頬や両手に軽い火傷こそ見られるものの――それは、爆発に巻き込まれた人間としては、驚くほどに軽傷であった。
されど、災厄の狐もさる者。爆炎に紛れて逃げた木端はともかく、一人。それを凌いでいる強者がいる――その闘争本能でそれを嗅ぎ取った彼女は、狐面の下で舌舐めずりをする。
「あら……うふふ、骨無しばかりと思いきや。貫き甲斐のある獲物が一人、居るようですねえ――!!」
そしてその姿が黒煙に覆い隠されている時点で既に、其処へ照準を定めて。破壊衝動のままに愛銃の引き金を引き――狐坂ワカモの神秘が内包された、深紅の花吹雪を纏う凶弾が、空を裂いて飛翔する。
「――、俺を」
さて。
キヴォトスの全ての生徒には、その寡多はあれど、須く神秘が内包されている。『
そして、高い神秘を持つ生徒は得てしてそれぞれ特有のスキルを持つ。それは味方の能力を上げるものであったり、回復するものであったり、敵を攻撃するものであったり、隕石を落とすものだったりする。
それが、キヴォトスの生徒たちの戦闘力を高レベルたらしめているものであるが――翻って、『彼』の出身地たるオオサカには、そのようなものは無かったのか。彼の地は、何の面白味もない、ただ無骨な殺人兵器で血の池を作るだけの地獄であったのか。
答えは、否である。
「俺を、撃ったな?」
鉄火場で熱され、撃鉄で鍛えられ、そして死線で磨かれた亜侠が、仲間に認められることで目覚めるそれ。
「……な、っ!?」
――彼の口角がにィッ、と吊り上がる。野生的な笑みが深まり、双眸が爛々と輝き、その全身から戦意が噴き出す。
彼は先程くすねた
彼が行使した異能の名は【反撃】。特定の条件――即ち、自身の攻撃が敵の攻撃を上回った時のみ、敵の攻撃を無効化して自身の攻撃を相手に与える技能。
成程、便利な能力である。ならば
それは、否である。理由は簡単、誰もが死ぬからだ。異能を二つ三つ揃える前に死ぬ三下など掃いて捨てるほどに存在し、ある程度力をつけた者さえ同格との戦闘や、あるいはちょっとした不運で屍を晒す。
命が
「……うそ。何あれ、あんなのどう計算したって……」
「冗談、ではないですよね。……自警団でも、正義実現委員会でも……いえ、キヴォトスの何処でも、見たことがありません。……鳥肌が立ってしまいました」
二挺のS&Wから放たれたうちの一発は、ワカモの弾丸の正面を寸分違わずに捉え、その威力を相殺し。残る一発は、きぃんと跳ね上がった緋色の弾丸を見事に
『生徒を直接撃たない』、しかし『お灸を据える』。先生としての僅かな矜持のために態々銃弾を狙った彼は、硝煙たなびく二挺拳銃をだらりと下げて、笑った。
「へえ、仮面なんぞ付けてどんな顔だと思ったら――驚くほどに美人だな。そら、終わりか? お前さんの
「――はうっ!? し、しし、し……」
変化は劇的であった。
災厄の狐は『先生』の顔を直視し、その声を聞き……ぼふん、と顔を真っ赤に染めて、一目散に退散した。ぴゅーっ、と効果音すら聞こえてきそうなほど、それは見事な逃げ足であった。
「なんだ、終わりか……よーし状況終了。今週も生きてて良かった、ってな」
「なんだ、じゃありません!!」
「うおっ」
すっかり真っ黒になった公用車のルーフから飛び降りた彼を出迎えたのは、ユウカ、スズミ、ハスミ、チナツ。それにFOX小隊の面々と、加えて駆けつけたであろう七神リン。全員に取り囲まれ、詰問され。ついでに先程の振舞いを――怪我に関して、特にチナツから――咎められつつ……やはりどこか、尊敬されて。
「……成程。悪かねェな」
ただ倒せばいい訳じゃない『先生』というのは大変であるが。
なるほど、悪くはない――と、そう思うのであった。
生きてて良かった!
Tips:【異能】
TRPG『サタスペ 』におけるスキル。
獲得方法は、セッション終了時のアフタープレイ……『スピークイージー』にて、同卓した面々から、『そのキャラは今回どんな活躍をしたか?』を投票してもらい、その結果で決まる。
味方を率いれば『親分』、敵をたくさん倒せば『殺し屋』、ハナコみたいなことをすれば『色事師』など。
まずはそれらを投票で一つ獲得し、獲得したそれらに割り振られている【異能】の中から選んで習得する、なかなか特徴的なシステム。
なのであまりにも出目が死んでいると、『ダメ人間』ばかり獲得してしまうことも。
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対策委員会編
対策委員会編(1-1〜1-2)/Abydos and Desert Eagle(1)
感想、評価、ここすき、ありがとうございます!!
よければもっといただけるとめちゃくちゃ嬉しいです!!
良かったですねえ……そしてやっぱり、前から決めてはいたんですが、ここの先生も『生徒に対して直接発砲はしない』ことを明言します。
生徒に攻撃する先生は、最終編を読むと、ね……
なのでカイザーとか、(そこまで書ければ)エデン編の複製相手に銃を抜くことになりそうです。
彼――『先生』が、亜侠からシャーレの顧問へと華麗なる転身を果たして数週間後のとある日、午前十時を少し過ぎたころ。
愛すべきでもないクソ野郎、正真正銘のダメ人間、女の敵、あらゆる悪名を恣にしてきた彼は今、
「ロッケンローール!! イェーーイ!!」
シャーレのオフィスに爆音で『オルヴィス・プレスリー』の『ロック監獄』を流しながら、ノリノリで酒をかっ喰らっていた。デスクには書類の代わりにビールの空き缶が並び、完全に出来上がってしまっている。
平日の昼間から、大の大人が晒す姿では、もちろんない。
『先生!! 聞こえてますか!? 先生!! ……先生!!』
「イェー……あ? ンだよアロナ、良いところで」
『ンだよ、じゃないですよ! またリンさんに怒られますよ!? 仕事はどうしたんですか!!』
彼の机の上には酒の空き缶しか転がっていない。では、書類は何処に――となると、入り口脇の決裁済みボックスに全て詰め込まれていた。
彼は音楽を止めてタブレット……シッテムの箱を持ち上げ、そのカメラをそこへ向ける。
同時、ぴこんっ、という電子音と共に、彼の持つタブレットが明滅し、何処かで見たような色合いの少女型アバターが画面に映る。
彼女の名は『アロナ』。タブレット――『シッテムの箱』という遺物のメインOSであり、曰く『スーパーAI』。
そのアロナは、満杯の決済ボックスをカメラ越しに見て、アロナはどこか調子の外れた声で、あからさまに安堵の溜息を溢した。
『なぁんだ、先生! 先生もきちんとお仕事してたんですね! アロナ安心です!』
「うん。ユウカがだいたい全部やってくれた」
『ダメダメじゃないですかぁ!?』
考え得る限り最悪の回答であった。
彼の名誉の為に補足すると、別に彼は頭が悪い……という訳ではない。オオサカという犯罪都市に跋扈する人の掃き溜め、亜侠の中に偶にいる天才を超えた『紙一重』ほどではないものの、人並み以上――『博学』と呼ばれるに相応しい頭の回転はしている。しているが……とにかく、仕事の量が殺人的に多い。
そこへ――早瀬ユウカ。彼女自身の書類処理能力もさることながら、特筆すべきはその太もも面倒見のよさ。『冷酷な算術使い』、などという呼称に反して、実際のところはむしろ情に厚く面倒見が良い。
遠くない未来、天童アリスと二人並んであれやこれやとする姿を踏まえれば、あるいは世話焼き女房とでも形容すべきか。
「いやまあ……うん。それはそうだけどなァ」
『なァ、じゃありません! ユウカさんの迷惑になりますよ!』
対して、『先生』の方。亜侠チームのリーダー、親分としての風格を備え、『先生』という立場でありながらも隙が多く、抜けていて、不真面目、ダメ人間で……それでいて、人の心を掴むのに長けた男。
砲火と銃弾、悲鳴の飛び交う鉄火場でなければ欠点だらけである彼。故に、「こいつには自分がいないと」、と思わせてしまう人誑し。
先生と生徒。
指示する者と従うも者。
助けられる側と助ける側。
褒める側と、褒められる側。
片や問題児やダメ人間の類を放っておけず、小言を重ね、その上で、自分の善意ゆえの行動を褒められ、認められると喜んでしまう少女。
片やダメ人間の面目躍如、けれど締めるところは締める、相手の機微を読むのに長けた大人。
……彼は誓って、意図的に早瀬ユウカを狂わせようとした訳ではない。単に世話を焼かれつつ、彼女が褒めて欲しいと思った時に、的確に褒めただけである。ただそれだけで、彼女はシャーレの書類を整理しなければ落ち着かない身体にされてしまった。
つまるところ、彼女……ユウカと、『先生』は――相性が良すぎたのである。
「シャーレの仕事って区分なら、マジでユウカは居たほうがいい。書類仕事から経理から、細かいミスを見つけるのも全部だ。頭の出来ってだけじゃねえ、あれは『ユウカだから』出来ることなんだろうぜ」
『それは……まあ、そうでしょうけど』
「それに、こっちもアイツの仕事手伝ってるしな。他の部活との折衝なんかじゃ、『シャーレの先生』が出張ったほうがいい時もある。持ちつ持たれつ、効率的に。シゴトの基本だぜ」
彼は、まるで似合わない殊勝な言葉を真面目な顔で垂れ流しつつ――ちらっ。目線だけをこっそりと、いつの間にかオフィスに増えていたテディベアへ向けた。
そのテディベアはもふもふと愛くるしく、おそらく生徒のうちの誰かが持ち込んだのであろうと予測できる。タグには高級ブランドの名前が書かれており、相応の値段がするであろうと予測できるそれは、後から巻かれた首輪の下、ほんの少し空いた穴から赤いLEDが明滅するのが確認できて――
(――盗聴器作動、ヨシ!)
――つまりそれは、音瀬コタマの持ち込んだ盗聴器であった。
当然、この会話もコタマに盗聴されている。盗聴されていることを前提に、『先生』は会話している。
オフィスに鉄砲玉を嗾けられた、等であればともかく、盗聴器の一つ二つは日常茶飯事。『先生』にとって、目くじらを立てるほどのことではない。教育のために軽く嗜めはするが、その程度だ。
(コタマが聴くだろ? 録音するだろ? んで、ヴェリタスがユウカに詰められて……取引としてこれを持ち出す。ユウカは請けて、俺は知らぬ顔をしながらユウカの株を上げる。みんな喜んでみんなハッピーだぜ、と)
むしろ、それを利用する。駆け引きとすら言えないお遊び程度の攻防であるが、やはり年季が違う。盗聴、窃盗、銃撃、爆破、車上荒らし、押し込み。どれも銀行強盗には必須のスキルであり、彼はそれを高レベルで身に付けている。
ミレニアムがいかな天才集団とはいえ、違法行為と脱法行為、犯罪行為で彼に勝てるものは、そうは居ない。
(計算どおり、かんぺきー!)
盗聴相手にはアロナの声こそ聞こえないが、そこは誰かと会話しているとでも思ってくれるだろう。彼はよりにもよって、彼を献身的にサポートしてくれるユウカの決め台詞で以てほくそ笑む……しかしそれも宜なるかな。彼女、早瀬ユウカは後日、彼の目論見通りにこの録音音声に屈し、コタマに譲歩することとなる。
正しく計算通り、完璧であった。
そんな未来など露知らず、彼は真面目な顔を取り繕ったまま、タブレットをスタンドに立て掛けた。
「んで、仕事の話だっけか。まあ、あれは俺も悪いところは少しはあるんだが……七神も七神だ。別にそんな目くじら立てることじゃねえだろ。なあアロナ」
『シャーレのオフィスの真横の土地に温泉を掘り当てたのは普通に目くじらを立てることだと思います、先生……』
アロナが、『先生』の吐き捨てた愚痴を拾い上げた。
「とは言うがね。土地の権利的には連邦生徒会の土地なんだから構わねェし、あの
『掘る方も掘る方ですけど、掘り当てる方も掘り当てる方ですよ。最後のひと押しをしたのは先生でしたし……リンさんも諦め半分だと思いますよ。埋めるのも出来ませんしね』
「だろ? 地域の皆様のお役に立ってるなら、ってやつさ」
『でも勤務時間中に湯船で熱燗を一杯やるのはダメですよ、先生』
「しょーがねえだろ飲まねえと
『まあ、なので、先生のお仕事が沢山あるのは当然です! 今日……はユウカさんのお陰でどうにかなりましたけど、明日は一人で頑張っていきましょう! ……あ』
「あ、ってなんだよ。また何か面倒な仕事か?」
『いえ! 先生宛に今朝、手紙が届いていたのを連絡しないとな、と! デスクの左脇に置いてるはずです!』
アロナに促されるままに手に取ったそれは、アビドス高等学校――その廃校問題への『対策委員会』から差し出されたもの。一通り中身を検めた彼は、便箋をデスクに戻し、背もたれに深く身体を預ける。
「あー、アビドスの奥空……ああ、あの耳のとがった、眼鏡の」
『はい! 奥空アヤネさんですね! ……というか先生、アヤネさんのこと知ってたんですか?』
「生徒全員の顔と名前と学校くらいは一致させてるに決まってンだろ。流石に細かい情報までは知らねェけどな」
『うわぁ……すごいですね先生!』
何でもない風に言い放ったそれは、決して楽なことではない。彼が徹夜で全生徒の名簿を読み耽ったのは、ちょっとした見栄とカッコつけ、亜侠としての習性――
そして、本人としては未だ無自覚。自覚も自認もしてはいないが「この椅子に座るのならそうすべきだろう」という『先生』としての責任からであった。
「……よし。決めた、出張だ。アビドスに行くぞアロナ」
『い、いきなりですか!? さすが大人の行動力……あっ、でも先生! アビドスは……』
「広い上に人も居ねえから遭難するかも、だろ? 大丈夫だ、徒歩で行く気はねェよ。手紙を見るに、補給物資だの弾薬だのも持って行ってやらねェとだからな」
そうして『先生』は机の上の空き缶をリサイクルボックスに捨て、何処かへ連絡を取り。諸々の必要なものを揃えた上で、意気揚々とアビドス自治区へ向けて出発し――
◆
――四日後。
「死ぬ……」
『先生! しっかりしてください!! 先生!! ああっ膝をつかないでください! 寝ないで!! 先生!!』
彼は、アビドス自治区のど真ん中で遭難していた。
実際のところ、彼はきちんと対策を講じていた。早瀬ユウカに対する真偽確認――シャーレに提出された個人情報書類の体重欄が100kgと記載されていた――のついでに彼はミレニアムを回り、知り合いであるいくつかの部活に協力を依頼したのだ。
まず彼は、確かな技術力を持つエンジニア部に依頼して*2、多数の弾薬を運べる物資輸送用バンを用立てた。
更に彼女らの発言を全面的に信頼し*3、オートパイロット機能を取り付けて、道に迷わないようにし。
ついでに貰った携帯型ゲーム端末に、ミレニアムのデータベースで見つけた『テイルズ・サガ・クロニクル』という神ゲー*4をダウンロードし、道中の暇つぶしも備えた。
「死ぬまえにハスミの乳くらいは触っとくべきだった……」
『最低ですよ先生!?』
そして意気揚々とアビドスへ向けて出発した彼は、持ち込んだビールを早々に飲み干してしまった。故に途中で見つけた自動販売機の前にバンを停車させ――降車中に、エンジニア部が善意で取り付けた、一定以上の停車を確認すると自動で発進するシステムが作動した。
「えっ?」
そして追い討ちで、自動運転システムを開発したヴェリタスが善意でプログラミングした、全体工程から遅れを逆算して速度を調節する機能が実行された。
『あれっ?』
結果、バンは彼一人を自販機の前に取り残して、猛スピードで発進。アビドスの、ゴーストタウンのど真ん中に放置された彼の手持ちは、購入した缶ジュースが一本と、ヴァルキューレ警察学校から借りたままの二挺拳銃、そして『テイルズ・サガ・クロニクル』入りのゲーム機のみ。
そうして、どうにか人のいるところへ辿り着こうと歩き出した彼は、
「それか例のバニーちゃんしかいねえカジノクルーズ船で豪遊したかった……」
『先生ーー!? だめです死なないでください先生ーー!!』
四日の放浪ののち、今まさに、命の終わりを迎えようとしていて――
「……あれ? こんなところに……人? ……死んでる?」
――
疲労と空腹のあまり、意識が混濁する彼の目の前に、彼女が立つ。限界ギリギリの脳裏に走馬灯が閃く。
……暗い空、アスファルトを濡らす雨。好き勝手にわめき立てる白服白仮面のクソ野郎ども。捩れて歪んで、一人ずつ欠けていった愛しい生徒たち――泣きそうな顔で、こちらを見下ろす、水色の瞳と、白黒オッドアイの瞳孔。
――死んでいられるかよ。
彼は、ぐい、と頭を持ち上げた。
「あ、生きてた。道の真ん中で大の字になって人に見せられないような顔してたから死んでるのかと」
「砂狼……砂狼シロコ、か?」
「あ、うん。……? 名前、いや、それより……ホームレス? 違う? ……ああ、ただの遭難者か」
彼はがっくりと頷いた。そして、彼女……シロコから差し出されたエナジードリンクを死に物狂いでひっ掴み、一息に飲み干す。乾き切った身体に水分と糖分が染み込んで、急速に吸収されてゆく。
「――ぶはっ! あ゛ー、死ぬかと思った」
「……その、ええと……なんでもない。それより、大丈夫? 連邦生徒会から来た大人の人みたいだけど」
「あ? おう、そうだぜ。学校探しててな。準備はしてきたんだが……まあ、ちょっとしたアクシデントで遭難したんだよ」
「学校? この近くにはうちしか無いけど……もしかして、『アビドス』に行くの?」
「おう。そこだ」
「じゃああの弾薬が満載された自動運転のバンは貴方の?」
「……おう。そうだ」
彼は情けなく肩を落とした。降りさえしなければ、きちんと到着していたのだと理解したからだ。まさしく後の祭りであるが、思いつきで行動して後悔することの多い享楽主義の亜侠に、これほど相応しい言葉もない。
「ん、じゃあ案内するから……ついてきて」
「おう。済まんが頼――」
ずべーん、と。
いつものように格好をつけて歩き出そうとして、彼は顔面からアスファルトに倒れた。限界だったのである。
「!?」
「悪ィ。身体が動かねェ」
「……ん。わかった、運ぶね」
そうして彼は、砂狼シロコに俵担ぎされながら、アビドス高等学校へ辿り着いたのであった。
Tips:肉体点と精神点
TRPG『サタスペ』における、いわゆるHPとMP。
肉体点がHPで、ゼロになると表を振る。表の結果次第で死亡したり、肉体が欠損したり、無傷で生還したりする。
精神点がMPで、消費することで一度に振れるダイス数を増すことができる。ゼロになるとその場でぶっ倒れて気絶する。
睡眠や食事、そして【お酒】を使うことで回復できるため、亜侠はだいたい酒を飲みながら銃撃戦をする。
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対策委員会編(1-3〜1-5)/Abydos and Desert Eagle(2)
恥ずかしながら戻って参りました。ブルアカアニメの影響と、
不知火カヤにどハマりしたことが原因です。
感想、評価、ここすき、ありがとうございます!!
久々ですが、またいただけるとめちゃくちゃ嬉しいです!!
――アビドス市街区、とあるラーメン屋の入り口にて。
「ここか? セリカが入って行った店は」
「そだよ〜。セリカちゃんがバイトしてるお店っていったら、ここしかないからね」
「助かる。途中まで追いかけてたんだが、撒かれてな」
「うへ。先生、それストーカーみたいだよ」
「同じこと言われたぜ、失敬な」
着任早々、『カタカタヘルメット団』なる不良生徒を撃退し、そのままその前線基地への逆撃の指揮を取った彼……『先生』は、そのまま、アビドス高等学校へ力添えをする意思を示した。
チームワーク然り、彼女らの秘めたる熱意然り。誰もが諦める目標を掲げて、ただ五人で支え合っている彼女ら――廃校対策委員会。
何のことはない。無法者にして人情家、無頼漢にしてお人好し。女の涙と笑顔と色香、ついでに札巻と札束で転ぶハードボイルド気取りにとって、彼女らを見捨てることなど到底出来なかった、それだけの話である。
「でも先生、本当に良いんですか? 私たちの借金は……」
「俺が『面子』に掛けて約束したことだ。これ以上は野暮だぜ。……それより、さっさとメシ食おうや――大将、席空いてる?」
がらり。後ろに生徒たちを引き連れ、年季の入った引戸を開く。途端、鼻をくすぐる濃厚な豚骨スープの香り。知らず、『先生』の腹がぐう、と音を立てた。
さもありなん、亜侠とは食い意地が張っているもの。オオサカ市警からくすねたあんぱんと牛乳を口にし、その合間合間に食事を酒で流し込みながら、ナニワのごみごみとした大通りを駆けずり回っていた頃を思い出して、どこか懐かしい気分になる彼。
その目の前に、見覚えのない格好をした、見覚えのある顔が現れた。
「いらっしゃいませ! 柴関ラーメンです、何名様で――げっ」
「五名様だ。テーブル席空いてる?」
もしも彼の前に姿を現したのが、生徒――セリカではなく、彼の旧い仲間。それも、普段から奇抜な格好*1をしている連中や、普段は何も着ていない*2ような連中であったのならば、彼は腹を抱えて笑い転げたであろう。
相手の隠しておきたいところを目にして、煽り、そして銃撃戦になるのはオオサカの日常である――逆もまた然り、ではあるが。
しかし、彼の目の前にいるのは、彼の生徒である。故にか、『先生』の胸にはセリカを揶揄う気持ちは湧いてはこなかった。
あるいは、首裏にちり、と走る悪寒に従ったお陰か。歴戦の亜侠として培った、野生の獣染みた生き汚い危機察知能力。それがキヴォトスでも喪われていないことは、七神リンとの初邂逅時にも明らかだ――悪寒に従っておけば、少なくとも顔面に拳を貰うことは無かっただろう。
「ぐ、っ……こ、こちらへどうぞ。っていうか、どうしてここが……!? やっぱり先生がストーカーを……!?」
「うへ〜。いや、セリカちゃんのバイト先といえば、やっぱここじゃん? だから来てみたの」
「ホシノ先輩が原因かっ!!」
吠えるセリカに、にんまりと気色の悪い笑顔を浮かべる『先生』。黒髪の、威勢のいい荒事屋。かつて彼がオオサカの問題児の一人であった頃にチームを組んだ相手を思い出し、少しばかりの郷愁とともに気分が上向く。土手っ腹の、AKMに素敵なリフォームをされた穴があった箇所を摩りながら、彼は芝犬顔の店主に話しかけた。
「大将ォ! こいつらに好きなモンと、俺に柴関野郎ラーメン一つ」
「すまんね先生、それ終わっちまったんだよ」
柴大将の一言に、『先生』はずーんと項垂れた。今日の口、今日の好みはガッツリ系だったのである。美味いものが食べられる、それも身体が欲しているものを……その機会を逃した落胆はそれなりに大きいのだ。
何せ――オオサカのラーメンは不味い。
しかし、無いものはない。ならばとメニューを見直して、目を惹かれるのはやはり酒。金色に輝く液体、白い泡、ホップの香り……
意気揚々、駆けつけ一杯。昼から飲む酒は――
「じゃあビー……ルは流石に駄目だな、うん。仕事中だしな。烏龍茶と柴関ラーメン大盛りで」
――そう、本当に最高なのだが。流石に、生徒たちの目の前でこれ以上醜態を晒すのは憚られる……厳密に言えば、これ以上黒見セリカにゴミを見るような目で見られてはマズい。
倫理観ゼロパーセント、保身百パーセントで、『先生』は烏龍茶を頼んだ。
「……先生。先生、聞いてた?」
「あ? どうした砂狼。俺が大仏と戦った時の話*3か?」
「聞いてなかった……。ん、先生。どっちに座る?」
シロコに袖を引かれた『先生』は、胡乱げな瞳を机へ向ける。片側には砂狼シロコ、もう片側には十六夜ノノミ。いずれも、それぞれがほにゃりと崩れた笑みを浮かべて手招きしている。
シロコの隣か、ノノミの隣か。どちらに座るかの『選択』――瞬間、彼の脳裏に閃く存在しない記憶。
霞がかった記憶の彼方、桃色の毛先をした水色の髪の少女は……そう、確かに言っていた。重要なのは『選択』であると。つまり、それは『シロコさんとノノミさんのどっちを選ぶかが大切ですよ』、と言いたかったのだろう*4。
きっとそうだ。そうに違いない。飲んでもいないのに正常な判断のできない、常に酔っ払っているような脳みそをした、神妙に頷いた彼は――カスであった。
「先生は私の横に座りますよねー⭐︎」
「ん、先生は私の隣に座るべき」
「お前らが俺の隣に座るんだよコラ」
大義名分さえあれば此方のものである――『先生』は役得とばかりにほくそ笑むや否や、十六夜ノノミの背と膝裏に手を回して、その身体を抱き上げた。そのまま流れるように砂狼シロコの隣へ腰を下ろし、そうして、自分の隣にノノミを降ろした。
「はえっ!? あ、あら〜……?」
「ふえっ、せ、先生!? なにを……!?」
「うへ〜……大胆だねえ先生」
大雑把、かつノーデリカシー。ただし、女性……女生徒の身体に勝手に触っているという点に目を瞑れば、所作だけはなかなか様にはなっている。それもそのはず、何せ『先生』の顔
赤面する十六夜ノノミを見ても動揺一つしない、掃き溜め生まれの格好付け。その碌でなしはニッ、と口端を吊り上げ。
(おっほー太ももマジで柔らけー!! 膝枕で耳かきしてくれねえかなあ!!)
精一杯のキメ顔でノノミの太ももを堪能していた。
口は災いの元。オオサカで彼が学んだ処世術の一つであり、理解していながら――毎回踏み倒すものの一つでもある。
何せ、沈黙は金……なれども、鉄火場を前に
故に今回も『先生』は、黙っていた方が良いと理解しつつも、首裏の鳥肌を見ないことにして口を開いた。
「じゃあ次、小鳥遊と奥空と黒見は俺のヒザの上な」
「誰が座るかこのヘンタイっ!!」
果たして――無謀な軽口は高くつき、お代は鉄拳で支払われた。
黒見セリカの拳が『先生』の眉間にめり込み、彼の頭は綺麗な弧を描いて柴関のテーブルへ落着する。
「ん、先生。さっきノノミにやったやつを私にもやるべき。早くやるべき。すぐやるべき……先生? ……気絶してる」
「ぅえぇ!? これ私が悪いの!?」
わいわい、がやがや。
身内での語らいは金よりも価値のあるもの、況してや『先生』はそれを尊ぶ
――そして、数時間後。その日の深夜に。
「黒見が行方不明? ――ッ」
アビドス高等学校内の一室を不法占拠して設られたその部屋の戸を、ノックも無しに押し開けた奥空アヤネからの報告。彼の首筋に、ひやりと冷たい予感が滴る。
「……先生? どうかしましたか?」
寒気のするほどの悪寒。笑って踏み越えられるラインではない、正真正銘の分水嶺。ピストルの銃口を、側頭部に突きつけられる錯覚の『それ』。
彼が『それ』に逆らったことは、生涯でたった一度しかない。そしてその一度の結果がどうなったは、腹に空いた7.62mmの傷跡が証明している。
逆らう理由は無し、彼は目を鋭く細めて。
「奥空、全員対策室に集めとけ。んでお前は周辺の地図洗え、クルマ転がせるルートの選定もな。砂狼と十六夜は出撃と弾薬の準備で――小鳥遊はいるか?」
「いるよ〜、先生。おじさんは何すればいい?」
『先生』は徐に立ち上がれば、小脇に白いタブレットを、逆の手に工具箱と幾つかの電子ケーブルを抱えて。
「小鳥遊は俺と『情報収集』だ。ちょっとばかしスリリングな、な」
「うへ、穏やかじゃなさそうだねぇ」
「穏やかに済ませるのさ、でなきゃ後が怖いからな。……奥空、こっちは三十分で済ませる。戻ったら直ぐにクルマを転がせるよう、エンジンにも火ぃ入れといてくれ」
――果たして、きっかり三十分後。
弾薬を満載にした重装甲バンが、ギャリギャリとアスファルトを削り、砂を蹴散らし――アビドス高等学校の校門から、キヴォトス道路交通法に両手で中指を突き付けるくらいの速度で飛び出した。ヴァルキューレも顔が真っ赤、を通り越して真っ青になりそうなほどご機嫌な速度。
大型タイヤが縁石を踏み壊した衝撃で車体から装甲板がばらばらと剥がれ落ち、飛んでいったそれが無人の民家のブロック塀を突き破った。
「ひゃぁああ!? せ、先生ぃ! 速すぎますっ!? 車体から変な音がしてますよぉ!?」
「ん、快適。私と先生は気が合う」
「そーれはシロコちゃんだけだねえ〜……」
それもその筈、この
当然、防弾性能など気休め程度。だが、一回きりの迷子の送迎には丁度良いというものだ。おまけに、この風体のどうしようもない情けなさも
運転席の窓は全開だが、何時もならばけたたましく響き渡るロック・ミュージックは漏れ聴こえてはこない。ゴーストタウンに配慮をする理由もなし、オーディオに回す電力は別のところに充てているだけ。
「ブリーフィングは走りながらだ! 小鳥遊! さっきの内容、全員に伝えとけ!」
「まったくも〜、先生はおじさん使いが荒いよ〜。……んじゃはいはい、みんな聞いてね〜」
バンの後部荷台。弾薬ボックスに腰掛けた小鳥遊ホシノが、愛銃の点検をしている面々に情報を共有する。即ち、黒見セリカが拐われたこと、下手人がカタカタヘルメット団であろうこと。黒見セリカの最終位置情報から進行方向を割り出して、法定速度も真っ青のフルスロットルでそれを追跡中であること、道中で誰も住んでない民家のいくつかを『通路』にしたことなど。
一通りを語り終え、小鳥遊ホシノはぐっでりとその場に寝そべった。その様子からは、単なる疲労以上の何かが透けて見える。
どうせ『先生』の仕業だろうと、奥空アヤネは苦笑した。
「お疲れ様でした、ホシノ先輩。かなり無茶したんじゃないですか?」
「ホントだよ〜。先生、連邦生徒会のセントラル・ネットワークにハッキングして監視カメラの映像を持ってきてさあ。お陰で色々分かったのは良いけど、おじさんびっくりして寿命縮んじゃったよ〜」
「え、えぇっ!?」
奥空アヤネが、驚いて運転席へ詰め寄る。
「せ、先生!? 大丈夫なんですか、そんなことをして!?」
「バレたら減給だァな! だが問題ねえ!」
「ん、その通り。バレなければ問題ない」
「いや、もう引かれる給料が残ってねェからなんだが。ゼロから何を引いてもゼロってな、うわははは」
残念ながら誤りである。彼の来月の給与の天引きが、彼の知らぬところで決定されている。
「……それに今回は連邦生徒会でも、俺が心の底から信頼してる
がたん、と車体が大きく跳ねる。ちょうど市街区と砂漠の境目へ差し掛かった頃、夜明けには今少し遠い。
十六夜ノノミは、このどうしようもないダメ人間に『心の底から信頼してる』とまで言わしめる生徒のことが、ふと気に掛かった。
「先生? その、連邦生徒会の生徒さんって……」
「ん、おお。そんなの当然――っと、見えたぞ砂狼ィ! 上に上がれ、準備しろ!!」
「……ん、分かった先生。あれの出番だね」
即席装甲車のルーフに取り付けられたハッチをばたむ、とシロコの腕が押し開いた。上半身を乗り出し、『それ』の横に溶接された双眼鏡を覗き込めば、月明かりの下……遠くに、砂煙をあげて走る車両が見えた。
降り注ぐ月光の下、アビドス砂漠の乾いた、冷たい風に髪を靡かせながら、シロコはトランシーバーへ息を吹き込む。
「先生、見えたよ」
「こっちからも見えた。方角は大雑把でいい、ただし角度は上方8……いや、7.35度だ。直撃は狙わん」
「ん、任せて」
砂狼シロコが、『それ』に片手を添える。
マットな白色をベースに水色のラインが入った、四角い直方体の鉄の塊。機銃座を改造した回転架台に取り付けられたそれは、彼女がよく扱うミサイルドローンに酷似していた――そのサイズ以外は。
横幅・縦幅1.5メートル、長さ3メートル。回転架台を軸に、バンの左右に大きく張り出したそれは、ただドローンと同じく『発射機構』を備えていて――今ここに居ない黒見セリカがそれを見れば、人質がいる車に
「いいかぁ!? 間違っても直撃はさせんなよ!?」
「もちろん大丈夫。周りにばら撒いて足止めをする目的で使うのは、分かってる」
「まあ、その辺は信頼してるが。砂狼――」
「シロコでいい」
彼女はそこで、かん、とルーフを小突いた。
「砂狼じゃなくて、シロコでいい」
「私たちもですよ〜☆ 名前で呼んでください、先生。ね、アヤネちゃん、ホシノ先輩?」
「はい、勿論です。ここまでやってくれた、先生なら……」
「まあねー。おじさんも別にこだわりはないよ」
にやり、と『先生』の口元が歪む。
「そりゃ――すまん、俺が悪かったぜ。じゃ、改めて」
『先生』は、明らかに上機嫌の様子で、トランシーバーへ向けて囁いた。
「言うことは一つだ。引き金を引く時の掛け声は”ロックンロール”――特に、こんな景気のいいモンをブッ放す時はな」
「ん、分かった――ロックンロール……!!」
かちり、という引鉄の音が背後へと消え、アビドス砂漠に流星が奔る。
それは白煙を棚引かせながら蛇行し、僅かに空へと昇ると――空中分解。破片と炸薬、手榴弾に時限式の地雷、それらを雨あられとばら撒き……先行車は堪らずその場でくるくるとスピンし、横転して、足を止める。
衝撃で開いた後部ハッチから、見覚えのある猫耳と黒いツインテールが覗いた。
「止まったな。そら、一分もしねえうちに追いつくぞ――行ってこい!」
以降のことは、語るまでもない――圧倒的な蹂躙。たった五人ながらキヴォトス屈指の戦闘力を誇る『アビドス廃校対策委員会』は、半泣きの黒い迷い猫を連れ戻してわいわいと騒いでいる。
それを眺める、バンのボンネットに腰掛けた『先生』に、ふと思い出したようにノノミが尋ねた。
「先生? そう言えば、さっき仰ってた『信頼する生徒』ってどなたのことでしょう? やっぱり、首席行政官の七神さんですか?」
「あ? いや、そうじゃねえよ。あいつも真面目で仕事が出来るし、信頼してるがな。一番は別だ」
「……ん、気になる」
「そんなもん、決まってんだろ――」
問われた『先生』は――
「――連邦生徒会防衛室長の不知火カヤだ」
「防衛室長……ヴァルキューレとかを直轄してるとこだね。でも先生、そりゃまたどうして?」
「俺と同じ匂いがするからだな」
「うへ、じゃあろくでなしってことじゃん」
「だから信頼してんのさ」
――ひどく可笑しそうな顔で、そう言って笑った。
Tips:オオサカ市警
悪徳の都オオサカにて、公的に認められている警察組織。
それについて端的に説明するならば、「公的組織のくせに『五大盟約』――盟約、なる犯罪組織のうち、オオサカでも最も大きいものの一つとして数えられている」と言えば足りるだろう。
足の引っ張り合いと贈収賄、警察組織の立場を生かした犯罪、麻薬の密売、事あるごとにショットガンをぶん回す女刑事……犯罪とネタには事欠かない。
ただそれでも、「剃刀の久我」のようなマトモな刑事も、ほんの少しだけ残っている。
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