掌編小説まとめ (葱定)
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あすなろの唄(遊戯王GX)

 

 誰にだって理想の自分という奴があると思う。こうありたい、こうでありたい、そう望む気持ちは誰だって一緒だ。でもそうある事は思うよりもずっと難しい。

 毎日毎日、明日はこうなろう、明日はそうなれる、そう繰り返すばかりの頃はもう終わった。でもなにか変わったという事はなくて、なにが変わったと言うならば、理想と現実のギャップに変わることはできてもなりたい自分になることは無理かもしれないのだと感じるようになったことか。

 俺は子供の頃から精霊たちが見えていた。賑やかで愉快な、時々意地悪をしたりするヤツもいたけれど、そんな不思議な隣人は俺の一番の友達だった。どうしてそれが周りの人に見えないのか、いつもそれが不思議で堪らなかった。けれどいつしか俺は人前で積極的に精霊の話をしなくなっていった。誰もが俺を取り替え子(チェンジリング)だと噂した。両親もが俺を取り替え子なのだと信じて疑わなかった。さしもの俺も、此れはかなり堪えた。

 人間と精霊との架け橋になるという夢を諦めたわけではなかった。最初から簡単な事じゃないなんて事はしっていた。でも、それは予想以上にずっと困難な事だったのだ。そもそも目に見えないものを人間という生き物は信じない。そしてそれ以上に大きな壁だったのは宗教だった。精霊という目に映らない生き物は、人の中の神と共存することは極めて難しかったのだ。その一方で、俺の言うことに盲信的に耳を傾けるのはオカルティストなどと呼ばれる存在だった。彼らにとっては精霊もグレイも等しく同じものだった。

 思い知らされていく現実に、どう抗えばいいのかどんどん分からなくなっていく。俺の言うことにまともに取り合ってくれたのは本当に一握りに満たない人たちだけだった。俺は途方に暮れた。もうどう伝えれば聞いて貰えるのかすらわからなくなってしまったのだ。

 なにをすればいいのかすっかり見失ってしまった頃、DA本校への留学の話が持ち上がったのは物凄いタイミングだったと思う。俺は二つ返事で留学を決めた。俺は俺を異端視するアークティック校からある意味逃げ出したのだ。すこし距離を置くのだと言う名目は、今思えば追いつめられていただろう当時の俺の目には酷く魅力的に映ったものだ。

 DA本校は俺のいたアークティック校よりもずっとおおらかで、自由だった。日本と言う国柄だからか、宗教による差別もなく、異端視されていた俺でも少し変わったヤツくらいでみんな普通に接してくれるのだ。そして、何よりもここには仲間がいた。俺と同じ、精霊を目で見て、声を聞く事の出来る奴らもいたのだ。中でも十代はとりわけ変わっていたと思う。突き詰めた性格の方向性が似ていた所為か、俺たちはすぐに打ち解けた。

 何気無い当たり前の顔をして精霊と話し、人と話す。みんなは不思議そうな顔をしながらもそれを受け入れてしまう。不思議な光景だった。どうしてとか、なんでとか、そんな言葉は出て来ない。それを納得させてしまうだけの奇妙な説得力が十代にはあった。その姿は、きっと俺の夢の、理想のあり方の一面だったのだと思う。

 どうすればいいとか、そんなものは小難しく考える必要なんてきっとなかったのだ。飾らない十代を見ていて心底そう思った。きった、ただ愛せばいいのだろう。精霊も、人も、みんな同じ様に。

 十代と全く同じ様にとはいかないだろうけれど、なりたい理想の自分の一端が見えた気がした。十代を見ていると自分の望む様に変われる様な、不思議とそんな気がしてくるのだ。

 明日の俺は、今日よりも少し変われる気がする。

 

  あすなろの唄

 

 なりたい自分は今日とは違う、少しだけ違った明日の自分。

 

 





取り替えっこヨハンだと萌えるなと思ってやった
妄想は羽ばたく


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ディアナ・ネモレンシスの森の王(遊戯王GX)

 

 王になる為には二つの条件がある。一つは金枝を得る事、二つは王を弑する事だ。

 王を弑さねば王になる事は敵わない。故に俺は王を弑するのだ。俺こそが、王になる為に。

 脆くなった十代の心を手折る事は、思っていたよりもずっと容易い事だった。此れが表に出ていればこそ、その裏側に己が生まれた。その事が信じられぬ程に、拍子抜けする程にあっけないものだった。

 このまま十代を消してしまう事は容易いだろう。だがそれでは俺の望みは敵わないのだと気付いてしまった。なんと言う事だろう。この弱い心を殺せば、俺は存在できなくなってしまうのだ。

 弱いこの心を残しておく事は、俺自身に翳りを残すようで不安が残った。だが、同化してしまえば消えるのは俺の方だろう。主人格は奴の方にあるのだ。どんなに脆かろうが、俺は奴に生み出された存在なのだ。それが更に口惜しい。最も忌むべき相手は生みの親であり、彼奴が存在せねばまた俺も消える等、笑い話にすらならぬではないか。つまり十代とは俺にとって、忌々しい王であり、そして王の証たる金の枝なのだ。

 十代を殺さねば、俺はこの体の王にはなれない。だが金の枝たる奴を殺せば、俺もまた存在はできぬ。

ならばどうするか。簡単だ、殺さなければいいのだ。二度と外へと出られぬよう全ての希望を手折り、心を砕きやって。自ら外へと望まぬようにして、そして心の一番深い場所に繋いでしまうのだ。其処こそが安住の地であると、砕けた心に丁寧に教えてやればいい。

 考えてみれば奴も哀れな奴なのだから、慈しんでやってもいいかもしれない。友に裏切られ、世界に絶望し、心を閉ざしてしまった、ただの哀れな子供なのだから。少し優しくしてやれば、きっとすぐに堕ちるだろう。ああ、心の奥へと閉じ込めて、絶望を説き、護り、愛してやれば、彼奴はきっと俺を消せはしなくなる。ただ俺だけがおまえの味方なのだと、そう説いてやれば、俺が消える事もなくなるだろう。

 哀れ王たる金の枝は、ただの象徴と成り果てるのだ。そう考えてやれば愛しいものではないか。

 貴様がただの金枝であり続けるのならば、俺は貴様を護り慈しむだろう。王ですらない貴様はただの玉葉でしかないのだからな。

 嘆き俯く十代を胸に抱き出来うる限り優しく髪を梳いてやる。

 おまえがただの金枝であるかぎり、俺はおまえだけを愛してやろう。おまえと言う(存在)に誓って。

 

 ディアナ・ネモレンシスの森の王

 

 彼を手に入れ、彼を弑し、俺は王となったのだ。

 

 





厨二全開。若かったんや
覇王が十代を丸め込んだ経緯を妄想して
妄想は羽ばたく


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マグダラの娘(幻水2)

 たった一房の、さらりと流れるようだった黒髪を残し、彼女はいなくなってしまった。僕の血の繋がらないたった一人の家族、世界で一人だけの僕の姉。

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。どこで間違えてしまったのだろう。考えれば考える程、その全ての選択を誤っていたようにしか思えない。それもその筈で、きっと最初から、何もかも間違っていたに違いない。そうでなければ、きっと今、彼女は僕の隣りで笑っていてくれた筈なのだ。

 彼女がここに居ないのも、この肝心な時に役立たずな紋章が僕の命を削るのも、憎きあの黒き刃の紋章に親友が蝕まれていくのも、全て、間違えてしまったからなのだろう。何を間違えたのかと言えば、数が多過ぎて全てを上げ切る事は叶わないけれど。

 ロックアックスの城に、どうして彼女を連れて行ってしまったのか。クロムの村で、どうして手を取って共に逃げてしまわなかったのか。駐屯地にもぐり込んだ時、どうして僕は彼を置いて行ってしまったのか。もっと言うなら、どうして僕たちは少年兵などになったのだろう。狭い世界の中で生きていれば、きっとこんなに苦しい事なんて知らずにすんだ。やり直せるならばと何度思った事だろう。

「賽は投げられた。やり直す事は出来ない」

 最終通告のように、隣国の英雄は言った。身をつまされる程に後悔をして、僕はそれを思い知っている。もう涙も流れない。

「僕らはよく似ている。だから君ならばと期待した反面、こうなるんじゃないかとも思っていた」

 僕も全て亡くしてしまったから、そう続けた彼の眸は優しく、そして全てを諦めているようで。彼も後悔しているのだと、何故だか僕にはそう思えた。

「同朋よ、彼女は召された。君を一人置いて行くとはなんと罪深き娘であろう」

 涙すら枯れ果てた僕の前に、彼は手を差し伸べ言うのだ。

「抗う力すら亡くした同朋よ、ならば共に歩もうではないか。仇を討つのだ、同朋よ。歩みを止めるなど不可能と知れ」

 それはまるで謳うように軽やかで力強い、

「加速する歯車は止められはしない。行き着く先が黄昏であれど、君は見定めねばならぬのだ」

それは激励であり、鼓舞であり、そして宣告なのだと理解した。

「一人立つ事敵わぬならば力を貸そう。君が命、尽き果てるまで抗い賜え」

 彼はきっと、僕の同盟者であり、共犯者であり、理解者なのだろう。

 未来は既に決していれど。

 

 ああ、彼女はマグダラの娘。

 

 夕日映える丘に、残された其の身が風に舞う。

 

 

 

  マグダラの娘

 

 





加筆あり。
2主ナナとか超好き


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アメミットの紋章(幻水)

 

「テッド、その荷物、何」

 荷を纏めて出て行く前に立ち寄った所で、ティルにそう問われ俺は覚悟を決めた。本当はもっと早くに出て行くはずだったのだけれど、この家がティルの隣りがあまりに居心地が良かったから長居してしまった。けれど、此処に居られぬ理由がある。

 出て行く覚悟を決めたとき、話そうと思った。話す覚悟は今、決めた。

「おまえを守る為に、ここを出るんだ」

「意味が分からない」

 傷ついた眸で睨むティルに胸が締め付けられる。

「俺の右手には紋章がある」

 そう言って俺は手袋を外し、包帯を解く。ティルにも見せた事のない右手だ。

「先に言っておく、おまえは俺の親友で、家族みたいにおまえが大切だ。とても大事だ。だからこそ離れなきゃならない」

 解き終えた包帯が床に落ちて、右手が露になる。ティルの目がこの右手の禍々しい紋章に釘付けになっているのが分かる。

「……それは?」

「24の真の紋章の一つ、生と死を司る紋章。別名をソウルイーターという」

「それがテッドが此処を出て行く理由?」

 正面から見据えられ、一瞬怯みそうになるけれど、俺は頷いてティルをみた。

「そうだ。この紋章は俺の大事な人の魂を食らう。三百年間、俺はこの紋章と共に生きてきた。その間にこの呪われた紋章は何百という人間を死に至らしめてきた」

 普通の奴には理解できないかもしれない。だけど、俺はティルに知っていてもらいたかった。俺がどんな風に生きてきたか、俺がティルをどんなに掛け替えの無いように思っているか。

「このままおまえの傍に居れば間違いなく紋章はおまえの魂をかすめ取るだろう。だから俺は此処を出て行くよ、俺はおまえを死なせたくない」

 別れがこんなに辛いと思うのは本当に久方ぶりだ。この紋章がこんなにも憎いと思ったのも、同時にこれほど感謝したのも、初めてだ。この紋章によって生きながらえさせられなければ、三百年もの時を経て、俺がティルに出会う事もなかったのだから。

「それにおまえだけじゃない。グレミオさんも、テオさまも、クレオさんやパーンさんだって、もう俺にとって大切な人なんだ。誰もこの紋章の所為で死なせたくない」

 俺の言葉に僅かにティルは俯いて、それから何処までも真っ直ぐな目で俺をみた。

「確かに父さんやグレミオたちを死なせるというなら、僕はテッドを引き止める事はできない」

 正にその通りなんだが、やっぱりおまえにそう言われるのやっぱり辛い。だが続いて発せられた言葉は俺の予想を遥かに上回るものだった。

「僕はテッドと別れるのは嫌だ。僕も連れて行け」

「おまえ、俺の話を聞いていたか?」

 思わず聞き返すと「聞いていた」と返される。俺はおまえを死なせるのが嫌で此処を出て行くと言ったはずなんだが。

「人間なんていずれ死ぬもんだ。早いか遅いか、それだけだろう。死んだらもう会えなくなる、けど、その紋章に食われればテッドがその紋章を持っている限り、テッドと一緒に居られるってことだろ?」

 僕もテッドが大好きだ、なんの衒いもなくそう言われ、逆に俺が怯んでしまう。

「死んでからもテッドと一緒に居られるんだ、そう考えればその紋章に食われるのも悪くない」

 だから僕も連れて行け。そう言って軽く握った拳で肩を叩かれて思う。

 ああ、こいつには適わないな。

 

  アメミットの紋章

 

 





if テッドがティルに紋章について話していたら。

テッドと坊ちゃんの関係が好き過ぎてヤバい


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エンド・オブ・ザ・ワールド(遊戯王GX)

 

『十代……泣いてるのかい?』

 すべてを見下ろす程に高く積み上がった瓦礫の上で、一人膝を抱える十代にユベルは労るようにそっと声を掛けた。

「泣いてなんかないぜ。そりゃ、ちょっとは落ち込んでるけどさ」

 そういって、十代は更に深く膝を抱えて身を竦めた。その拍子に足下の瓦礫が音を立てる。しん、と静まり返った中で、細かい破片がぱらぱらと崩れる音だけが響いていく。世界ってこんなに静かなものだったっけ、ぼんやりと十代は思う。

『そう、だね……何も感じなかったら君じゃない。誰かの言葉を借りるなら、これがこの次元の運命だったんだよ。だから君が気にする事じゃない』

 十代の心の機微を読みとって、ユベルは優しいけれど、それでいて残酷な言葉をかけた。その言葉は十代の胸にちくりとした痛みを伴い突き刺さって、それからすうっと染み込むようにして馴染んだ。ユベルの言葉は正しいけれど、すべてを突き放した言葉だ。人も、この世界も、そして十代すらも。

「そう言われると堪えるな……そりゃさ、俺の所為だなんてそんな傲慢な事は言うつもりはないぜ。俺なんかじゃどうする事もできなかったって、ちゃんとわかってる」

『だったら』

「わかってるけどさ、でもさ……ねぇよな、こんな風に終わるなんてさ……ねぇよ。遣りきれねぇよな……」

 そう言った十代の声は震えていて、ユベルは遣りきれない思いで目を伏せた。十代は抱えた膝に顔を伏せていて、ユベルからはその表情は見えなかったけれどきっと泣き出しそうに顔を歪めているのだろう。

『僕たちは見ている事しかできなかった。そうさ、君はもうこの世界の住人じゃない。君はもう、僕たちと同じようにこの世界に干渉するだけの存在ではなくなってしまっているんだもの。仕方ない事だったんだ』

 言いながら、ユベルは身を屈めて十代の栗色の髪を撫でた。掌に感じるのは確かにそこにある十代の、お世辞にも手触りのいいとは言えない髪だ。

『世界は僕らの手をとうに離れてしまっていた。だから、これは彼らが望んだ世界なんだよ。破滅の光でも、神を名乗る暗闇が定めた訳でもない、これは人が作り上げた世界なんだ』

 そう言ってユベルは顔を上げ、遠くの空を見た。日の光も射し込まない厚い黒雲から、白が世界中に降り注いでいく。まるで雪が降るように、世界中を白く、灰が染め上げてゆく。

 何もかも埋め尽くして白くしてしまえばいい、ユベルは思う。十代の目から、すべて隠してくれればいいと心から思った。何が解決する訳ではないと知っていたけれど、それでも僅かな慰めにはなるはずだ。

「ユベルと一つになる前に、ネオスと破滅の光と戦ったんだ。そん時さ、ソーラって言うレーザー衛星が地球を焼き尽くそうとしてさ」

 静寂を破るようにして、十代はぽつぽつと話した。思い詰めたようにして言葉を切った十代に、ユベルは促すように相槌をうつ。

『うん』

「俺、結局、何をしてやれたんだろう」

『君は君にやれる事をしたんだろ。他の何の意志でもなく、これはこの次元に生きた人間たちが選んだ事なんだ。だから』

 君が背負う罪は、何もない。そう言ったユベル自身、思う所もあるのだろうか。言い聞かせるように、同じ言葉を繰り返す。

『君がこの次元の人間の咎を負う必要なんて、ない。彼らはもう責を負ったんだもの。だからこの世界は終わってゆく』

 そう言ってユベルは立ち上がる。視線を投げると、ずっとずっと遠くの方の空を、浸食するようにして真紅が黒雲を染めていた。あの辺りはまだ火が燃えているのだろう。黒い空を舐める焔に降り注ぐ白い灰────それはとても幻想的で美しい光景だった、いつか怖い夢で見たように。

『僕らに出来る事は見ている事だ。すべてを見て、そして忘れない事。もうそれしか出来る事なんてないんだ』

 乾いた風が吹いた。積もった白い灰を巻き上げて、まるで吼えるように、すべてを嘆くように音を立てて駆け抜けていく。それはすべてを悼む子守歌のように、力強く悲しげで、とても胸が痛くなる気がした。

『もう行こう。ここには何もない』

「……そうだな」

 ゆっくりとした動作で十代は立ち上がった。それは言葉とは裏腹に後ろ髪を引かれるような、名残を惜しむ様だった。積み上がった瓦礫を見下ろして、十代は言葉を紡ぐ。

「おやすみ……」

 すべてを呑み込んだこの世界に、安寧と祝福を。そして、安息を。

 すべてが安らかに眠れるように、十代は心から祈った。

 

 二人が姿を消した後、静かに灰が舞い上がった。それはまるで雪が風に遊ぶ様で、そんな中、終わりを告げる唄が静かに響いていく。





ユベルと超融合した十代が半精霊化して世界の終わりを見届けるだけの話

確か遊戯王のカードをお題にして書いた話だった気がする
ルインもデミスもどっちも使ったデッキ使ってた平和な時代もありました(ファンデッカー)


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蜉蝣の岸、銀の羽(遊戯王GX)

「オブライエン、それってドッグタグ?」

「…………認識票だ」

 野営するオブライエンの所に入り浸る引き蘢りがそれを見つけたのは偶然だった。彼のまとめられた荷物のなかから、銀色のボールチェーンがはみ出していて、それを見た十代が引っ張り出したのだ。

 オブライエン本人はドッグタグと評されるのはあまり好きではないようで、僅かに眉間に皺を寄せて訂正する。そんな様などどこ吹く風で、十代はつまんだ金属板の部分をそれぞれ両手に持ち上げた。

「二枚ある。なあ、一枚くれない?」

「……オレはまだ死んでいないんだが」

 本来は戦死時の身元保証用の代物なのだが、オブライエンが持っていたのは傭兵であるからだろう。そして戦死した場合に片方が回収され、遺族に手渡されるのだ。

 ついでに言うならに十代は遺族でもなんでもない。興味本位でそういう事を言われるのは不愉快だと、言外にそう伝えるオブライエンを見て、空気を読まない十代でも何を言いたいかは察したようで。

「そんなん知ってるって、そういうんじゃなくてさ」

 そんなつもりは無かったのだと、ちょっと困った様に首を傾げて、少しばかり考え込んでから十代は改めて口を開いた。

「なんていうか、戻って来れる様に……?」

「意味が分からん」

 大体にしてオブライエンには十代の意図が掴めない。それは何時もの事であるし、この時もまたそうであるのだとオブライエンは考えた。大抵深く考えた方が負けなのだ。

「はは、なあ、貰っていい?」

 繰り返して尋ねる十代に、言って聞かせても引かないだろうと思い、オブライエンは一つ溜め息を吐いた。こうなった十代は理を持って説得する方が大変なのだと、経験から知っている。

「別に構わん」

 また新しく用意しなければならないが、今回に関してのみ言えばそこまで必要であるものでもないとオブライエンは判断した。手間と言えばそれ位で、あまり大きくならなかった被害に彼としては少しばかりほっとした。

 こうしてオブライエンのタグの片方は、十代の手に渡ったのである。

「……あれはこういう意味だったのかもしれんな」

 誰にも何も知らせずにひっそりと旅立って行ってしまった十代を思い、オブライエンは小さく零した。只の気まぐれだとばかり思っていた行動に、ささやかな祈りを今になってオブライエンは感じたのである。

 またここに戻って来られます様に。

 それが本当に彼の願いであるかは、当の本人しか知る由のない事である。

 

 

蜉蝣の岸、銀の羽





戦線復活の代償というカードをモチーフに創作した掌編です
一二を争う位イラストが好きなカードです


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パラレル逆転ワールド(遊戯王GX)ホモネタ注意

注意1:性格の逆転
注意2:妹弟組の性別逆転
注意3:関係性の逆転(翔と剣山)

嫌な予感のする人はバック推奨
性別を逆転させた段階でホモが爆誕したが仕様



 それは偶然起きた事故だった。原因と呼べるものを十代もユベルも把握できておらず、どうしてこんな事になってしまったのか、そもそも元の場所に帰る事は可能なのか、それすらも分からないままだった。DA内の何処か、それだけを頼りに十代はレッド寮へと向かう。そこで目にしたものに思わず声を上げたのは、人として間違った反応ではない筈である。

 レッド寮の自室の扉を開ければ、そこにはお馴染みの面子が揃い踏みしていた。何故かヘルカイザーまでいる。しかも何か剣山と(一方的に)言い争っているようだった。そのあり得ない光景に気を取られ、気付くのが遅れたが、それでも違和感の正体はすぐに分かった。明日香が自分を見つけ、飛びついて来たのだ。一体何があった、というか、あの豊満な胸と長い髪は一体何処にやってしまったんですか。

 

「お帰り、十代! いきなり居なくなってしまったから驚いたよ。何処に行っていたんだ?」

「明日香?」

 

 思わず確認してしまった十代に、明日香は「どうしたんだ?」と首を傾げる。

 

(ユ、ユベル……)

(うん、僕も何か可笑しいなとは思ってはいたよ)

 

 胸の内でユベルに問いかけるが、ユベルも状況をよく分かっていない様子だった。この場所に来てから違和感は感じていたものの、それが一体何なのか、ユベルも今初めて分かったようだ。

 

「飛鳥、少し落ち着きなさい」

 

 吹雪さんが明日香を嗜める事に十代は更に混乱する。何時もは逆なのに、何が起こっているというのだ。呆然と見回せば、翔が白い制服を着ている事に気付いた。……白? 何故、翔がカイザーの学生時代と同じ色合のブルーの制服を着ているのだろうか。確かに翔はブルーに昇格したが、服は青を着用していなかっただろうか。ますます訳が分からない。十代は分からない事は取り敢えず本人に聞いてみる事にした。

 

「明日香」

「ん? 何だ十代?」

「お前、髪……」

「元々この位の長さだろ?」

「……胸はどこにやったんだよ」

「……十代、何を言ってるんだ?」

 

 怪訝そうな顔をして告げられた台詞に、十代はぎょっとした。

 

「私は元々男だろ?」

 

 なあ、と同意を求められ、万丈目は苦い顔をして言う。

 

「お前があんまりにしつこいから、ついに十代がお前を女と思い込む事で精神の安定を図ろうとしているんじゃないのか」

 

 ……明日香は元々男だったらしい。しかも何か自分は迫られていた様な口調である。

 

「あー……翔」

 

 眉間を摘みながら十代は尋ねる相手を変えた。

 

「なんすか?」

「お前、なんでその服?」

「嫌っすよ、アニキ。オベリスクブルー女子の制服は元々このデザインっすよ」

「いやお前青服……って女子?!」

 

 ぎょっとして翔を凝視すれば確かにささやかながら胸元の膨らみを見つけ愕然とする。

 

「十代、レディの胸元を注視するなど失礼だぞ」

 

 いがみ合っていた筈の亮が平然と言って退け、十代は思わずつっこむ。

 

「あんた入院してたんじゃなかったのかよ!」

「入院? 誰が何時したというのだ」

 

 訝し気に眉を寄せるカイザーに、完全に十代は動きを止めた。

 

「……あのさあ、今って何時?」

 

 もう此れはいろいろ可笑しい事になっているのだと認めざるを得ないようである。

 

「アニキ、どうしちゃったんだドン?」

「おかしな事を聞くんだな。何だ、十代、もしかして負けて来たショックで前後不覚になっているのか?」

 

 明日香と思わしき少年はからからと笑いながら尋ねて来た。

 

「負ける? デュエルで、俺が?」

「そう。でもあり得ないか! 十代はこの大会で優勝できそうだもんな!」

 

 今、気になる事を言った。物凄く嫌な予感がしたが、十代は尋ねざるを得ない。

 

「大会って……」

 

 もしかしなくても。

 

「本当、大丈夫かお前」

 

 口を開いたのは万丈目だった。

 

「ジェネックスに決まっているだろう」

 

(どうやら二年生の時の平行世界へと来ちゃったみたいだね)

 

 割と冷静に、少々おもしろがる様なニュアンスで、心の中でユベルが呟いた。十代は嘆く、心の中で。一体俺にどうしろと……。帰る方法も分からない、思いつかない、で結局、今はこの面々に俺の事情をどう説明すればいいものやら。目下の難題に、十代は頭を悩ませるのだった。

 

 

「あのさぁ、信じてもらえるか分からないんだけどさ」

 

 同切り出したものか、散々迷って十代は漸く切り出した。

 

「うん、」

 

 相槌を打ったのは吹雪さんだ。

 

「俺、三年の卒業間近の別の世界から来たみたいなんだけど」

 

 大真面目にそう言ってはみたものの、自分じゃ絶対納得しないなと十代は思う。案の定、ヘルの方のカイザーに盛大に鼻で笑われた。正直かなりムカつく。

 

「だって俺の知ってる明日香は女だったんだ。翔だって男だった」

 

 特に大きな違いはこの二つな気がする。

 

「私が女? 本当か? それなら堂々と十代に迫れるじゃないか」

 

 明日香が目を輝かせて食い付いて来た。

 

「お前は何時だって堂々と十代を口説いていただろうが」

 

 苦い顔で万丈目が明日香につっこむ。

 

「そんな事はない。男だから一応自重しているが、女だったら速攻押し倒すに決まってるだろ!」

 

 決まっているのか。というか、十代が知っている明日香よりも、ノリが何だか吹雪さんに似ている気がする。

 

「飛鳥、あのね、女の子だろうが強姦は犯罪だよ」

 

 吹雪さんがまともな事を言っている。というか、それを言うのは明日香の方ではないんですか。もう十代は何処からつっこめばいいのかも分からなくなって来た。

 

「でも確かに、アニキ、雰囲気少し変わったっすね? なんて言うか、突っ込み側に回ったと言うか」

 

 翔にいわれ、十代は眉をヘタレさせた。確かにユベルと合体する前は突っ込まれる側ではあったのだが……何とも言えない気分である。

 

「確かに翔子の言う通り、大人びた感じになったザウルスね」

「馴れ馴れしく翔子を呼び捨てにするな野生動物」

「お兄さんは話が進まないから黙っていてください!」

 

 翔に言われて不服そうに口をつぐんだカイザーに目眩がする。

 あれ、あんたこんなキャラだっけ?

 

「ってか信じるて貰えるのか?」

 

 その辺りが軽く流されてしまって思わずそう口に出すと、万丈目が半眼で言った。

 

「今更何が起こっても驚かん」

「そうっすよ。テレパシー使って会話する人が何言ってんすか」

 

 はい? 今度は十代が首を傾げる番だった。

 

「ユベルや覇王と念話する人間に、何が起ころうが全く問題に等ならんと言っているんだ」

 

 万丈目の言葉に一瞬呆然として、ユベルの言葉我に返る。

 

(この世界は「十代がボクを宇宙に送らない可能性」の未来なんだね)

 

 そこにほんの少しの羨望を感じて十代は申し訳なくなった。ここは自分と一つになったユベルが望んだ形がそのまま再現された世界なのだと理解する。

 

(気にしなくていい。僕はこの状態で十分満足しているんだよ)

 

 そう言って促され、十代はもう一つの疑問を口にした。

 

「覇王って」

「君の世界には居なかったのか?君の双子の兄だよ」

 

 明日香に言われても十代は開いた口が塞がらない。本当に何から何まで違う世界だった。

 

(すごいね。ここまで違うとなると一つ移動しただけじゃないのかもね)

(どういう事だ?)

 

 頭の中に響く声に問い返せば、ユベルは少し考え込む様に間を置いて答える。

 

(そうだね、可能性の違いが世界の構成する要素を変えているから……ええと、どう説明すればいいのかな。可能性を乗算した分移動したと言うか、平行にそのまま僕たちと言う可能性が移行したと言うか)

(異世界とは違うのか?)

(あれは並んで存在する全く違う世界で、ここは……俗にいうパラレルワールドって奴だよ)

「パラレルワールド?」

 

 そこまで聞いた所で声が出た。周りの面々は少し驚いたようだったが、成る程、慣れているというのはあるらしい。

 

「パラレルワールドがどうしたんだい?」

 

 いち早く立ち直った吹雪さんが尋ねて来た。

 

「ユベルがここは俺たちが居た世界から見た所のパラレルワールドみたいなものだろうって」

「成る程ね。違う可能性の世界って訳だね」

 

 吹雪が頷きながらそう言うと、十代が首を傾げる。

 

「違う可能性?」

 

 横から十代を抱き締めながら明日香が言った。

 

「全部が全部違う訳じゃなくて、何処か違う、平行時間軸上に存在しているとされる無数の可能性の仮定の世界、だっけ?」

 

 翔が思案するように言葉にすると、剣山が突っ込む。

 

「なんのマンガからの知識ザウルス?」

「残念、アニメだよ」

 

 そう言う問題じゃないと思ったのは果たして十代だけだっただろうか。思わず遠い目をしていた所に躊躇いを一切含まない勢いで、部屋のドアが開く。

 

「貴様ら、この部屋を溜まり場にするなと何度言えば理解するのだ?」

 

 其処に居たのは何故か黒いアカデミア制服を着て、露骨に眉間に皺を寄せた十代が立っている。違う所を探すなら、金の瞳くらいであろうか。

 

「あ、覇王君。お帰り」

「邪魔しているぞ」

 

 そんな気の立っている様子の覇王をものともせず、吹雪は片手を軽く上げて出迎える。万丈目も至って普通に声を掛けた。それを見て、覇王は益々眉間の皺を深くする。

 余りにも露骨な核弾頭の登場に、十代は思い至ってしまった爆弾に冷や汗をかく。まずいなどというものじゃない。

 

(なあユベル)

(なんだい? 十代)

(この世界の「十代」はどこに行っちまったんだ?)

(………………さあ)

 




つづかない


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