ブラッド&カース (パン粥)
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主要人物、用語解説

 

ー人物解説ー

 

 綾瀬(あやせ) 詩音(しおん) 17歳

 都内の高校に通いながら血液銀行で取立人として働いている青年。幼少期の頃に父親から二挺拳銃戦闘術《トゥーハンド・コンバット》と魔眼『DeathBullet』を受け継ぎ移植している。そのため視力に影響は無いが、右目が左より少し大きく義眼のよう。魔眼の方はピンク色で左目は青のオッドアイ。『魔弾の射手』という異名を持ち、債務者から恐れられている。

 現在は都内の裏社会人専用ホテルCosmosのオーナーの世話になっている。

 武器はChainSAAを2挺と予備にマカロフ拳銃を2挺、先端に曲刃を付けたワイヤー、血液採取用のナイフと拳銃。

 

 

 綾瀬《あやせ》 八雲《やぐも》

 詩音の父親であり血液銀行最初の取立人。元は普通の会社員だったが、魔族に妻を殺されてから取立人になる。二挺拳銃戦闘術《トゥーハンド・コンバット》を生み出し、その戦闘術を使った戦いや債務者、特に魔族に対しての冷酷さと残忍さから血液銀行の英雄とも呼ばれた取立人。詩音のことを男手一つで育て上げ、最強の取立人にした。

 二挺拳銃戦闘術《トゥーハンド・コンバット》と魔眼『DeathBullet』を詩音に預けた直後に行方不明となっている。

 

 

 シルヴィ・ラベンダー 17歳 

 ヴァンパイアとサキュバスのハーフ、そのため血を吸う牙と先っぽがハートマークの尻尾、丹田辺りにある淫紋が特徴。幼さが残った褐色美女で、栗色のショートヘアーを持ち、男受けの良い爆乳《スタイル》を持っている。

 あるオークション会場で性奴隷として売られそうなところを詩音に解放される。その際に詩音を吸血し、眷属となる。詩音の父親である八雲から詩音のことを聞かされており、自分にかかった黒き死の呪いを解くために詩音と共に行動する。

 

 

 一ノ瀬《いちのせ》 高嶺《たかね》 17歳

 血液銀行の取立人であり詩音のペアの美女。水色のショートヘアーが特徴的で魔眼は無いが『影分身術』と類い希な剣術を持っており、その強さから『死の刃』の異名を持ち、詩音同様に債務者から畏怖の対象になっている。美しい容姿のため詩音と違い学校でも人気のため、名前の通り高嶺の花状態。

 詩音とは中学時代からの仲であり、高校内や非番の際も常に行動を共にしている。詩音に近づくシルヴィに対して警戒している。

 武器は自分の家に伝わる日本刀と短刀、血液採取用の短刀。

 

 

ー用語解説ー

 

 ChainSAA(チェインシングルアクションアーミー)

 詩音が扱う獲物であり、シリンダー部分を回転式チェーンに改造して17発装填にしたシングルアクションアーミ。普段は45LC弾を利用するが、殆どの部品が改造されているため専用のスチール弾頭弾やマグナム弾、拡張弾など様々な弾が撃てる。チェーンに直接弾を込めるのとチェーンごと交換する二つのリロード方を持っている。

フレームに『Si vis pacem, para bellum』という文字が彫られている。

 

 

 魔眼『DeathBullet(死弾)

 綾瀬家に受け継がれている魔眼。目自体はピンク色で、全体に黒いスコープのレティクルの模様が付いている。使用者は自分が持った銃器の弾道が予測でき、敵味方大小問わず全ての弾丸を操ることができる。

 しかし、その強力さ故に扱うには困難を極め、使用するには高度な訓練と魔眼の能力に耐えられる脳と精神が必要。また、長時間もしくは連続に使用すると使用者に悪影響を及ぼす。使用の際はピンク色に発光する。

 

 

 二挺拳銃戦闘術《トゥーハンド・コンバット》

 八雲が作った二挺拳銃を使った戦闘術。元々は自動拳銃タイプだけだったが、息子である詩音は回転式拳銃が得意だったので回転式拳銃タイプを独自に作る。

 自動拳銃タイプを教わった後に作った為、詩音はどちらのタイプも使いこなせる。極限まで反射神経を極め、相手の弾丸を避けながら反撃する事を想定している。

 八雲の心情はこの戦闘術に表れている。何故ならこの戦闘術は相手を殺すことにしか特化していないからだ。

 

 

 黒き死の呪い

 呪いのかかった者に黒炎の力を宿す。代償として、定期的に血を大量に摂取するか主人の体液をある程度摂取する必要がある。もし、摂取しなかった場合は黒炎に蝕まれ自身や周囲を含めて黒炎で焼き尽くされる。

 

 

 Cosmos(コスモス)

 都内にある三角形の形をした15階建ての西洋式の裏社会人専用ホテル。中にはバーやガンショップもありサービスはかなり充実している。オーナーであるパテルは過去に詩音に助けられており、今は詩音にホテルの高級部屋の一つを無償で借している。基本的に何をしてもいいが、ホテル内での戦闘と殺し合いは厳禁である。

 

 

 日本皇国

 魔界との出入り口がある唯一の立憲君主制国家。2050年1月1日、突然魔界の出入り口が現れて以来、魔界の国々を地球人類の政治問題に巻き込ませないために軍事力を強化した後に日米同盟を初めとした軍事同盟を解消し永世中立国宣言をする。そのため、近年ではどこの国とも戦争や紛争をしていない。魔界の特有の資源や生き物などを使って現在も経済、科学、化学分野で成長を遂げている。

 

 

 血液銀行

 2050年6月26日にハイテーブルによって起業された銀行で、日本皇国東京湾沿いの巨大人工島に本社を置く。表向きは社訓である「人魔共栄」のもと、どんな人間や魔族に対しても差別なく金を貸している。だが、実態は借金を返せない魔族の血を命こど奪い。その血を利用して、新たな生活用品や医療用品、生物兵器を作り世界中に販売している。 

 さらに、有り余る金に物を言わせて自分たちの戦闘部隊「B.B.S.S」や「掃除屋」などを保持している。

 また、銀行と名乗っているが宇宙、都市開発、教育、治安維持、科学、化学、兵器事業など様々な事業にも手を出し、多くの子会社や支社を持っている。そのため、銀行の皮を被った実質株式会社のようなもの。

 

 

 取立人

 血液銀行の厳しい試験を乗り越えた者がなれる重要役職。左上腕に赤色の十字架に黒蛇が巻き付いた「黒赤十字」の腕章を付けること、取立人証明書を持ち歩くことが義務化されている。

 取立人は国内で銃刀所持が認められていて給料や手当ても厚いが、破産した債務魔族の血液を奪う仕事上常に命の危険を伴っている。故に優しい性格を持つ者は続けられないブラック役職。また、仕事の関係上殺し屋や情報屋など裏社会と繋がりがある者も多い。

 

 

 B.B.S.S(Blood.Bank.Security.Service)

 血液銀行が組織した保安警察。戦車や歩兵戦闘車、装甲車、ヘリなど一つの会社とは思えない程の武力を持ち、血液銀行に金を借りている会社や組織、魔界国家に圧力をかける際や血液銀行に対してへのテロ対策に使われる。

 元犯罪者や会社への忠誠心と金の為に集まった者が多いため、しばし皇軍や軍警と衝突する事がある。ハイテーブルにとっては、使い捨ての駒である。

 

 

 掃除屋

 血液銀行保有の特殊部隊。血液銀行に害をなす外部や内部の人間、都合の悪い政界の人間を殺害、反抗組織などを秘密裏に潰し回るのが仕事だがその実態は謎に包まれていて存在を知るのはハイテーブルと一部の上層部と重役取立人だけである。

 

 

 魔界

 魔族たちが住む世界。魔法がある世界だが、それ故に科学技術の研究や発展が大いに遅れており、中世ヨーロッパ並みの文化レベルである。肝心の魔法も使える者が限られていて全員が使えない。九つの大国が中心だが、その他に中小国もいくつかある。

 現在、魔界と直接繋がっている国は日本だけでありそれ故に日本は魔族の数が地球で最も多い。

 

 

 魔族

 魔界の原住民を一括りに表した言葉。魔族の多くが人間界での生活に憧れ、働きに来るが人間界の仕事の大半は既に人間とロボットによって埋まっており、人間界の魔族たちの大半は困窮している。

 

 

 魔族の血(魔血)

 魔族たちの血液は人間と違い魔祖ウイルスが入っており、使い方では人間に役立つものになり、人間に仇なす刃にもなる。種族によって性質も違い、今では石油よりも価値あるものとなっており、それ故に血液銀行の搾取対象となっている。噂では聖血なる血を持っている魔族がいるとか…

 

 

 魔独派

 人間界での魔族の地位向上と血液銀行の破壊を狙い日本で活動している武闘派団体。日本政府はテロ組織と認定している。構成員は特に家族や友人、恋人を血液銀行に奪われ恨みを持つ者が多い。人類至上主義のH.R.Fとは敵対しており稀にあることだが、H.R.F、軍警とB.B.S.S、魔独派の三つ巴の戦いが起きることがある。

 

 

 H.R.F(HumanRevolutionFront(人類革命戦線)

 日本では『人革戦』とも呼ばれ、魔界に侵攻し植民地にした上で魔族たちを人間の進化の糧…つまり、資源にするべきという主張をする団体である。

 国際的にテロ組織として認定されており魔族が多くいる日本でも活動している。血液銀行とは敵対している。血液銀行にとって魔族は資源ではなく、お客様なのだ。

 



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取立人

 

 2058年6月5日 PM.20時00分

 

 

 東京、そこは日が沈んでもビルや歓楽街の灯りが輝き、表向きは闇を知らない都市だ。そんな都市のある建物の地下で、オークションが行われていた。深夜に地下で行われているオークションだ。もちろんまともな訳がない。

 客である上流階級の人間たちは全員が仮面で顔を隠し、誰が誰なのかが分からないようにしてある。

 

「ようこそ紳士淑女の皆様。さあ、これより魔族オークションの方に移らせていただきます!」

 

 スーツを着こなし、ステージの上に立ち司会を勤めている男は人間ではくオークと呼ばれる緑色の皮膚を持ち、人間よりも大きな体が特徴的な魔族だ。

 

「最初は人狼族の美しいメスです! 性処理に使うのはもちろん! 高い戦闘力も持っていますので護衛としても役立ちます!」

 

 そう言うと、裏から人狼族の女が連れられてくる。司会のオークが言うとおり、中々の美貌の持ち主だ。

 

「おお、なんと美しい!」

「それに、あの完璧なスタイル!」

「なんて綺麗な顔…ああ…私が直々に愛でてあげたいわぁ」 

 

「この人狼族は400万からです!」

  

 後ろの席の客たちは人狼族の女を自分のものにしようと競り合いをしているが、前の席に座っている上流の中でも更に上に階級の客たちは見向きもしていなかった。

 

「ふん…こんな、どこにでもいる人狼族に400万も出せるものか」

 

「おや、もしかしてあなたも目星は例の魔族ですか?」

 

「その通りだ。噂で聞いただけだがどうやらちゃんと入荷しているようだな」

 

「実は私もその魔族が欲しくてですねぇ。何でもヴァンパイアとサキュバスのハーフなんだとか」

 

「ふふ、実際に見るのが楽しみだ」

 

 本物の上流階級の客たちの欲しい奴隷は一緒らしく、この後も続く他の奴隷たちには目もくれずに出てくる酒を楽しんだ。

 オークションが始まり小一時間程の時が経った頃だ。

 

「さぁ、次は…」

 

 司会のオークが次の奴隷を紹介しようとした時…

 

 バァン!!

 

「「「「っ!?」」」」

 

 地下室の大扉を豪快に蹴り破り、二人の人間が入ってくる。客たちは一瞬、軍警が自分たちを捕まえに来たのかと警戒したがすぐに違うと分かる。

  

 入ってきた二人のうちの男の方は白い半袖シャツの上に黒い半袖のミリタリージャケットを着て、下はジーパンというラフな格好だが顔はフードと黒いスカルマスクで隠され目しか見えない。

 両手にはシングルアクションアーミーを改造した物騒なものが握られ、腰には曲刃が付いたワイヤーと各種弾丸がこめられたチェーン、マカロフ拳銃が入ったホルスターが二つ付いている。

 もう一人の女の方は、白いファー付きのフード付きの黒いロングコートを着ており、下を黒いホットパンツと黒いニーソックス、男と違って顔は一切隠しておらずその美しい水色の髪と美貌が分かる。腰には赤い鞘がかけられており、それが日本刀なのは誰が見ても明らかだ。

 そんな二人の唯一の共通点、それは左上腕に付けられた、赤い十字架に黒蛇が巻き付いている血液銀行の取立人を表す「黒赤十字」の腕章だ。

 

「へぇ…随分と楽しそうじゃないか」

 

「盛り上がっているところを邪魔しちゃって悪いわね」

 

 客たちは二人を見て困惑の声を上げ始める。

 

「け、血銀の取立人だと」

 

「あの特徴的な目と銃は…綾瀬《あやせ》 詩音《しおん》か!」

 

「あの『魔弾の射手』だと…ということは隣の女は…」

 

「一ノ瀬《いちのせ》 高嶺《たかね》…『死の刃』だ」

 

 裏社会に関わりのある者なら誰もが知っているであろう、血液銀行の刃とも呼ばれている取立人がこのオークション会場に来たということは、誰かが血液銀行から借金をしているということだ。しかも、破産宣告をされる程の金額というわけだ。

 客たちは一体誰が借金をしているのかと周囲を見るが、全員が同じような反応をしている。

 

「説明助かるよ。ほら、今日のお楽しみはもう終わりだ。客は早く出て行きな」

 

「い、いいのか? 我々の中に債務者がいるんじゃ…」

 

「あはは、冗談言うなよ。いたらとっくに殺してる」

 

 無機質な右目に対して左目は笑っている詩音を見てオークション会場にいた客全員が恐怖を覚える。

 

「私たちの目当てはそこのオークなの。あなた達に用はないわ」

 

「それに、どうやら血液銀行が贔屓にしている奴もいそうだからな…ほら、黙っててやるからとっとと行け」

  

 上流階級の人間といえど、血液銀行の取立人とは敵対できない。それ程に血液銀行は影響力があるのだ。それに、この二人を敵に回すことは自殺を意味する。

 客たちは急いで二人の横を通り地下室から出て行く。

 

「くそ…例の奴隷が…」

「この為に予定を削ったというのに…余計なことを」

 

 一部の客たちは出て行く際に二人に文句を言う。

 

 まったく…もう少しまともな金の使い方をしたらどうだ。一応、奴隷売買は違法行為なんだぞ。

 

「さて…」

 

 客が全員居なくなったことを確認してからオークの方へと視線を移す。

 

「久しぶりだね。一年ぶりだったかな? 何の音沙汰も無く急に消えるから心配したんだぜ? でも、ようやく会えた。感動の再会ってわけだな」

 

「な、なんで…お前らが…」

 

「んー? そりゃあ、貸した金を返してもらう為に来たんだけど?」

 

 ポケットから誓約書と借用書を取り出し、オークに見せつける。

 

「返済期限はとっくに過ぎてるんだよ。今、ここで払うか破産するか選びな」

 

「といっても、あなたが借りたお金は元が大きいから。利息と合わさってとんでもない金額になってるけどね」

 

 オークにとっては最悪なタイミングだろう。奴隷を供給したため残っている金が僅かだからだ。といっても、オークは返済する気は一切ない。このオークションが終わった後は国外に逃げる予定だったのだ。

 

 

「くっ…そ、そうだ! あんたらは魔族の血が欲しいんだろ? ここにいる奴隷を代わりに差し出す! なんなら全部やるから借金はチャラにしてくれよ!」

 

「ダメダメ、この魔族たちは血液銀行から金を借りていないんだから。俺たちに彼らの血を奪う権利はないよ」

 

「連帯保証人なら別だけど…見たところその魔族たちが保証人には見えないわ」

 

「払えないならお前の血をもらうけど」

 

「くそ…おい、あんたらの出番だぞ!」

 

 金も無ければ、奴隷たちを身代わりにもできない詰んだ状況となったオークが大声をあげると、隠れていた護衛たちが拳銃やサブマシンガンを持ってぞろぞろと現れる。

 

 気配は感じていたが…まさか人間の護衛とはな。

 

「へへ、ここの出入り口はそこ一つだけだ。逃げ場はねえぜ」

 

 自分たちが来た出入り口の方を見ると、既に護衛の男たちによって塞がれていた。もともと逃げる気もないが。

 

「全員銃持ち…相手はよろしくね」

 

「はぁ…自分の身は守れるな?」

 

「当然よ」

 

「俺は今からお前らを殺す。だが恨むなよ」

 

 両手のChainSAAのハンマーを下ろし、二挺拳銃戦闘術《トゥーハンド・コンバット》の構えをとる。

 

「殺していいのは…殺される覚悟がある奴だけなんだからよ」

 

 

 



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血液奪取

 

 相手の退路を塞いで包囲し、人数でも圧倒的有利な状況なのにも関わらず護衛たちは銃の引き金にかけている指を引けずにいた。

 二人の取立人から感じるオーラとでも言えばいいのか。少なくとも彼らは自分たちが引き金の指を引いた瞬間、命は無いという確信は持てていた。

 

 一秒一秒が長く流れるように感じ、両方とも動かないその光景は時が止まったようにも見えるだろう。そんな状況に痺れを切らした雇い主のオークがこの場の空気を壊す。

 

「何をしているんだ! 早く殺せぇ!!」

 

「っ!」

 

 その声に驚いた護衛のひとりが思わず構えていた拳銃の引き金を引いてしまう。

 空気を切り裂く乾いた音が鳴り響き、弾丸が詩音に向かって発射される。

 

「がっ!」

 

 放たれた弾丸が当たり、呻き声が部屋に響くがその声の宿主は詩音でも高嶺でもない。 

 弾丸に当たって呻き声をあげたのは自分の隣にいた仲間だ。

 

「…へ?」

 

 周りの仲間どころか撃った本人も理解できないだろう。自分は目の前の青年に対して撃ったはずだ。照準がズレて向こう側にいる仲間に誤射するのはまだ分かるが、隣にいる仲間に当たる筈がない。

 

 これこそ、魔眼「DeathBullet(死弾)」の能力だ。全ての弾丸を自由自在に操ることができるのだ。

 

「終わりだな」

 

 護衛の視線や注意が倒れた仲間に向いた瞬間、今まで微動だにしていなかった詩音が両手の獲物(ChainSAA)を構えて動き出す。

 

「しまっ…!」

 

 ひとりの護衛が声を上げようとしたが、その声は銃声によってかき消される。

 

 ひとりを仕留め立て続けに次の標的に銃口を向けて素早く引き金を引き、ハンマーを下ろす。正面、背後、左右へと常人ではないスピードでそして無駄なく獲物を動かし敵を仕留めていく。 

 二挺拳銃戦闘術(トゥーハンド・コンバット)、敵を殺す為に作られた無駄のない洗練された動きはものの数秒で十人いた護衛を撃たせる暇もなく全滅させる。

 

「なっ…バ、バカな!?」

 

 オークは信じられないといった驚きの表情を浮かべた後、すぐに絶望の表情へと変わる。出入り口は塞がれ雇った護衛は全滅、自身に戦う術はない。

 そうなると、もはや出来ることは必死の命乞いか殺されるのを待つだけだ。

 

「二秒…相変わらずの腕ね。たった一秒で五人も殺せる人間はこの世であんただけじゃないの?」

 

「それって褒めてるのか? お前も影分身を使えばやれるだろ」

 

「まあねぇ…そうだ、あんたが影分身を使えればもっと強くなるんじゃないの? 今度教えてあげましょうか?」

 

「これ以上詰め込んだら俺の脳がパンクする。ただでさえ、DeathBullet(死弾)は負担が大きいのに」

 

 い、今のうちに…

 

 二人が話している間にオークがこっそりと護衛の銃を拾おうとする。

 

「おい…」

 

「ひっ!」

 

「遊びは終わりだ…お前の血を貰うぞ」

 

「まっ、まって…かひゅ……??」

 

 血液採取用拳銃の二つある引き金のうちの一つを引くと、銃口から管がついたカエシ付きの翼状針が発射されオークの喉にささる。 

 もう一方の引き金を引くと、凄まじい勢いで吸血を行う。吸われた血液は管を通り拳銃の中でろ過され、再び管を通り腰に付いている、可逆圧縮式血納タンクへと吸収されていく。このタンクは魔族の血で作られており、容積以上の血を収納する事が可能だ。

 

「ひ、ひぎゃあああ!! やめて! やめてくれええ!!」

 

 オークは必死になって翼状針を抜こうとするが、針に付いたカエシが邪魔をする。むしろ力づくで抜こうとしたことで、カエシが首の肉をえぐり、更なる痛みを与えるだけだ。

 

「あ゛ぁああ゛ぁ……ぁ………」

 

 全ての血を吸い尽くされたオークはその場に倒れ、絶命する。

 引き金を引いて翼状針を抜き、血液採取用拳銃を回転させながら戻す。

 

Blood draw completed(血液奪取完了)

 

 これで今日は五件目か…こうも働きっぱなしだと疲れるな。

 

「ねえ、これ見てみなさいよ」

 

「なんだ?」

 

 高嶺が殺した護衛が持っていた拳銃を渡してくる。特段変わったところはないが、拳銃のスライド部分に「H.R.F」という三文字のアルファベットが彫られていた。

 

「こいつら人革戦の人間よ」

  

「魔族嫌いの連中がオークの護衛か…」 

 

「オークは自分を襲わない代わりに、金を払い守ってもらう。人革戦はオークから貰った金で武器を買う…大方こんな感じかしら」

 

「だろうな…っと本部に連絡しなきゃ」

 

 携帯を取り出して、血液銀行の取立部門へと連絡を行う。

 

「よお、予定通りにはいかなかったけど破産宣告は完了したぞ」

 

『ご苦労。何か想定外のことが起きたのか』

 

「護衛に人革戦の連中がついていた」

 

『そうか…最近、静かになってきたと思っていたんだがな。ドブネズミのごとく裏でこそこそと動き回っていたか。よし、その場に人革戦の情報がないか確認してくれ』

 

 めんどくさ。勤務時間はとっくに過ぎてるのにサービス残業はごめんだ。

 

「…残業代はきっちり払えよ」

 

「…有効な情報を持ってきたらな。それと、そこにいる魔族たちは解放してやれ」

 

「りょーかい」

 

 通話をきり、携帯をポケットにしまう。

 

「じゃあ、私は情報を探してくるわ」

 

「ああ、頼んだ」

 

 情報集めは高嶺に任せて奴隷を解放しにいくか。

 

 ステージ裏に行くと、そこには鎖や手錠で繋がれ檻に入れられた魔族が大勢いた。

 

「ひぃっ!」

 

「安心しろ。俺は味方…じゃないけど、お前らを解放しにきただけだ」

 

 奴隷たちが入っている檻を解錠し、鎖や手錠をワイヤーの先に付いた曲刃で破壊し自由にさせる。その作業を繰り返していくうちに魔族の姿も見あたらなくなった。

 

 これでもう終わりかな…ん? まだいたのか?

 

 部屋の奥に一つだけ他より大きな檻があった。てっきり大勢の魔族がいると思ったが中にいたのはひとりだけだ。奥の方にいて暗くてよく見えないが、影からしてうずくまっているのだろう。

 

「おーい、助けにきたぞ」

 

 声をかけると影が立ち上がり、ひたひたという足音を立てながら近づいてくる。

 

 檻の入り口に近づいて来たため、その全容が明らかになった。そいつは、どんな男もイチコロに堕とすことができそうな少し幼さが残った美貌と凹凸のハッキリとしたボディを持った同じくらいの年齢の女魔族だった。先っぽがハートマークの尻尾が生え、丹田辺りに淫紋があるので恐らくサキュヴァスだろう。

 オークションに目玉商品だったのか。服は秘部しか隠せていない。娼館の踊り子が来ていそうなものだった。

 

 さっきの客が言ってた例の奴隷はこいつのことか。

 

「…あなた…は…」

 

「成り行きで助けにきたんだ。とりあえず、この建物から出て行きな」

 

 檻の鍵を開けて扉を開けた瞬間…

 

 

 

 ガプチュ!

 

 

 

「…はっ?」

 

 

 その女魔族はフードを剥ぎ取り、スカルマスクをずらして首元に噛みついてきた。

 

 



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呪われた混血

 

「なっ…テメェ!?」

 

 しまっ…! 油断した!

 

 俺を押し倒しながら噛みついてきた女魔族はそのまま血を吸い始める。かなりの激痛が首に走るが、なんとか耐えてCQC(近接戦闘術)で女との形勢を逆転させる。

 

「あう!」

 

 さらに、女の首を絞めながら獲物の銃口を額に向ける。

 

「う、撃たないで!」

 

「…」

 

「お、お願い…まだ死にたくないの……」

 

 なんだこいつ…いきなり襲ってきて、反撃されたら命乞いとかイカレてんのか?

 

「お前が襲ってきたんだぞ」

 

 そのまま、引き金を引こうとすると…

 

「ま、まって…あなた…八雲さんの子どもの綾瀬詩音…だよね」

 

「……は?」

 

 こいつ何て言った? 父さんの名前を言った…父さんの知りあいなのか? それにどうして俺の名前を…

 

「お前、何を知っている。全て話せ」

 

「は、話すからお願い…首から手を離して」

 

「…わかった」

 

 情報を聞き出すため首を絞めていた手を離して少し離れる。だが、またいつ襲ってきてもいいように銃口は向けたままだ。

 

「えっと…私はシルヴィ・ラベンダー、幼少時の頃にあなたのお父さん、八雲さんと知り合ったの」

 

 まさか、血銀の英雄とも呼ばれた父さんに魔族の知りあいがいるなんて。

 

「どういった経緯で知りあった?」

 

「ご、ごめんなさい。それは詳しく覚えてなくて…でも、たまに家に来ていたの。写真もほら」

 

 そう言うと、シルヴィは胸元から写真を取り出して見せてくる。そこには、父さんと幼い頃のシルヴィらしき人物が一緒に写っていた。恐らくだが本物だろう。

 

 こんな写真は俺も知らない。だが、どうして父さんは魔族と交友を? 父さんは超がつくほどの魔族嫌いなのに。

 

「それで、ある日のことなんだけど…八雲さんが私に『困ったことがあれば俺の息子の詩音を頼れ、俺と同じ目をしているから分かるはずだ』って言って消えちゃって」

 

「それはいつ頃か覚えているか?」

 

「こ、細かくは覚えてないけど…私が十一歳の頃だったから六年前だった…はず」

 

 六年前…父さんが俺にこの魔眼を預けて失踪した年だ。シルヴィは嘘を言っていないということか。

 

 それにしても、話を聞く限りだと父さんは何か理由があって失踪したみたいだな。一体どういうことなんだ…いや、今は考えても仕方ないか。

 

 シルヴィが嘘を言っていないことが分かったので、とりあえず銃を下げる。

 

「それで、何で俺を襲ったんだ。父さんは息子である俺に頼れと言ったんだろうが、襲えとは言ってないんだろう?」

 

「そ、それは……」

 

 出会って早々に血を吸ってきた理由を聞くと、シルヴィの表情が暗くなる。

 

「私ね…黒き死の呪いにかかっているの」

 

「黒き死の呪い?」

 

「えっと…その呪いにかかった人は黒炎っていう炎の力を使えるんだけど、血を大量に摂取するか自分のご主人の体液を摂取しないと、力を制御できなくて黒炎で焼き尽くされるの」

 

「自分がか?」

 

「ううん、周囲を含めて…範囲はわからないけど」

 

 なるほどねぇ。そんな呪いが…って、それで何で俺が襲われるんだよ。まさか、吸い尽くす気だったのか。

 

「それで、制御するために大量の血が必要だったから俺の血を吸い尽くそうとしたと」

 

「ち、違うの……あなたを見た瞬間、この人が私のご主人様だって感じて」

 

「俺が?」

 

「うん…」

 

 何で俺の血がその黒き死の呪いに対抗できるんだ。俺はただの人間なんだが。

 

「何で俺なんだ」

 

「わ、わからない…でも、あなたの血を少し吸っただけでいつも以上に呪いが和らいだの」

 

 表情や今までの話からして嘘は言っていないんだろうが…俺に影響はあるのか? 呪いを移されたらたまったもんじゃない。

 

「ちなみに、俺に害はあるのか?」

 

「特には…あっ、でも私はヴァンパイアとサキュバスのハーフだから…あ、相性が良い人間の血を吸うとその人の眷属になるっていう特徴も引いてる…かな」

 

「ほぉ……ん? 待て待て…ってことはお前は俺の眷属ってことか!?」

 

「そ、そういうこと…だね」

 

「…解除はできるのか!?」

 

「で、できない…かな」

 

「…はぁー」

 

 思わず頭を抑えて俯いてしまう。仕事も異常に多くて、残業をさせられて、挙げ句の果てに眷属ができるなんて…今日は厄日だな。

 

「ご、ごめんなさい…いくらなんでもいきなりすぎるよね。私って無力で周りに迷惑ばっかりかけて…そのせいでお父さんもお母さんも…皆…死んじゃって……ごめんね……」

 

 シルヴィは少し涙を流しながら俯く。奴隷に堕ちるまでに色んな目にあったんだろう。詩音はその姿と過去に突如として父親が失踪した時の自分を重ね合わせた。

 

(ああ…私って本当に泣くことしかできないんだなぁ……もう誰にも迷惑をかけたくないのに…この人を困らせて…)

 

「……それで、お前は俺に何をしてほしいんだ?」

 

「…え?」

 

 シルヴィはこのまま見捨てられると思っていたのだろう。詩音の言葉に驚きの表情を見せる。

 

「父さんは息子の俺に頼れって言ったんだろう。なら、助けてやる。さあ言え…お前は俺に何を助けてほしい」

 

 『助けてやる』…シルヴィにとって、この言葉をかけられたのはいつぶりだろうか。

 

「わ、私は……私はここから解放されたい…呪いから解き放たれたい! そして、もう誰も私のせいで死なせたくない!」

  

 シルヴィは涙を流しながら、けれど強い意思を持った目と声で叫んだ。

 

「わかった…お前を蝕む暗い運命から解放してやる。だから、お前も一緒に戦ってもらうぞ、シルヴィ・ラベンダー!」

 

 詩音が手を差し出し掴ませる。自分に同情してくれたのか、それとも父親がどこにいるかが分かる可能性があるためか。なぜ詩音が自分を助けてくれるのか、シルヴィには分からない。ただ、今のシルヴィにはその差し出された手は自分を解放してくれる天使のようだっただろう。

 



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血液銀行本社

 

 遅いわね…そんなに、奴隷が沢山いるの。でも、さっきまではこの扉から奴隷が出てきたけど今は出てこない。

 

 先に地下室から出ていた高嶺はかなりの時間が経っても出てこない詩音に何かあったのかと不安に感じていた。

 

 罠や伏兵でもあったのかしら…でも、あいつがそんなのに遅れをとるとは思えないし戦闘があったにしては静かすぎる。

 

「どうします…突入しますか?」

 

 後ろに控えていたB.B.S.Sの隊長が高嶺に意見を言う。隊員たちもフルカスタムされたドイツ製自動小銃のHK416Cやイタリア製散弾銃のベネリM4などを構え戦闘準備万端といった感じだ。

 更に後ろにはガトリングを構えた重装甲兵が待機していた。端から見れば、殺すことしか考えていない集団だろう。

 

「あと五分待ちましょう」

 

「了解……大丈夫でしょうか」

 

「ひどく心配するのね」

 

「私含め、この隊の全員が彼に命を助けて頂いていますから」

 

「…そう」

 

 部下と共に帰りを待っていると扉が開く。

 

「待たせたな」

 

「遅い。どれだけ待たせてんのよ」

 

 高嶺が軽く詩音の頭を叩く。その様子から、二人が信頼しあっているのが分かる。

 

「悪かったて」

 

「まったく…ん? その女は?」

 

 高嶺が詩音の手を掴んでいたぼろ布を纏ったシルヴィに気づく。

 さすがに、あのままの格好で歩かせる訳にはいかないと思った詩音は、落ちていた他の奴隷のぼろ布を被せたのだ。

 

 何こいつ…何で詩音の手を掴んでんのよ。

 

「連れて帰る」

 

「…は?」

 

「ほら、お前らも帰るぞ」

 

「は、はい」

 

 疑問を口にせず部下たちは急いで帰りの支度をしたり、車のエンジンをかけたりと自分たちの作業に移る。

 

「待ちなさい。あんた正気なの?」

 

「ああ、正気だ。こいつは八雲の情報を持っていたから連れて帰る」

 

「…ふざけないで、そんか勝手を総轄や上層部が許すと思ってるの?」

 

「俺はこいつに血を吸わせた。つまり、俺の眷属になった。人魔協定の基づいて俺はこいつを保護する義務がある」

 

 魔族と人類の間で定められた協定である人魔協定第4条、主人が必要である魔族が人間の眷属になった場合、人間は魔族を保護する義務がある。詩音はこのことを言っているのだろう。

 

「なっ、あんた何でそんなことを!?」

 

「続きは車の中で話そう。早く報告して帰りたいんだ」

 

 隊員たちは装甲車にそれぞれ乗り、高嶺と詩音はシルヴィを挟むように黒塗りの装甲化された車に乗る。

 

「ドライバー、このまま本社に直行だ」

 

「はい」

 

 詩音の言葉に応じた運転手は車を血液銀行本社がある、東京湾沿岸の人工島へと向かわせる。

 

「それで…本当は何なの?」

 

「…この女…シルヴィがいきなり噛み付いてきた。だから、俺が主人らしい」

 

「了承なしでの主従関係は違法よ。あんたがその女を保護する義務はないわ。その女は豚箱にぶち込むべきよ」

 

 高嶺の言うとおり、互いの了承なしでの主従関係は違法行為だ。魔族、人間どちらにも人生を狂わせた罰として本来なら重罪がかせられる。

 

「いや…事後とはいえ俺は主人であることを認めた。俺にはシルヴィを守る義務がある」

 

「…どうしてそこまでこだわるの」

 

「…さっきも言ったが、シルヴィは八雲の情報を持っている重要な存在なんだ」 

 

「あんたにとってはね…血液銀行は既にあんたが第二の英雄としているわ。それに、その女は私たち取立人を殺そうとする魔独派の可能性もあるのよ」

 

「なっ、わ…私はそんな…ひっ!?」

 

 自分が犯罪組織の魔族と疑われていることに不安を感じだのだろう。シルヴィが反論しようとするが、高嶺に採血用短刀を首もとに当てられる。

 

「黙りなさい」

 

「やめろ、シルヴィは善良な魔族だ。俺たちの敵じゃない」

 

 高嶺はだまったまま短刀を納めるが、いまだにシルヴィを見る目は獲物を殺そうとするハンターの目だ。

 

「上層部と総轄はどうするの」

 

「説得する。血液銀行も俺を失いたくはないだろうから、ある程度のわがままは聞いてくれるさ」

 

「…はぁ…私もある程度は手伝うわ」

 

「助かる。ドライバー、今の話だが…」

 

「…私はクラクションがうるさくて何も聞こえませんでした」

 

「そうか、ならいい」

 

 高嶺もこのドライバーも長年の仲だ。きっと下手なことはしないだろう。

 

「わ、私は…」

 

「シルヴィは俺のそばで黙って突っ立てな。それが最良だ」

 

 そんなことを話していると人工島が見えてくる。近未来的な白いビル群があり、島の中央には「血液銀行」と書かれた巨大なビルがそびえ立っている。

 橋の検問所で確認を終えて車は人工島の中へと入る。無人で走るバス、警備用の戦闘ロボ、最新の設備が備えられた島は魔界しか知らなかったシルヴィの目を奪った。

 

「す、凄いですね」

 

「まあ、莫大な金をかけて作られたからな」

 

「それと…魔族の血ね」

 

 高嶺の言葉を聞いて、シルヴィの表情が暗くなる。

 

 だ、大丈夫なのかな…友だちから血液銀行は魔族の血を命ごと奪う冷酷な会社って聞いたけど…もしかして私も…

 

「…安心しろ」

 

「え?」

 

「言ったろ? 俺が助けてやるって」

 

「…うん」

 

 その言葉に安心したのか、シルヴィは詩音の腕を掴み肩に寄りかかる。

 

 その様子を高嶺は冷たい殺意の籠もった目で見ていた。



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報告

 

 血液銀行取立課の総轄の部屋、そこに五人の人間がいた。詩音、高嶺、シルヴィ、そして全ての取立人を指揮する総轄の立場に位置する人物、芭蕉《ばしょう》と彼の秘書だ。

 部屋の雰囲気は明るくなく、むしろいるだけで気分が悪くなるほど居心地は最悪と言っていい。

 

「…もう一度、言ってもらっていいか?」

 

「シルヴィは俺の眷属になった。身元を確かめるものが必要だから社員証をくれ」

 

「…詩音…てめぇ、そんな勝手が許されると思ってんのかゴラァ!!」

 

 芭蕉は拳で机を叩く。その様子を見て詩音と高嶺は微動だにしなかったが、シルヴィはその剣幕と音に驚いて詩音の後ろに隠れてしまう。

 

「そう怒るな。カルシウム足りてるか?」

 

「うるせぇ! 毎日牛乳飲んでるわ!」

 

(突っ込むところそこなのね)

 

「ってそこじゃねえ! 俺が頼んだのは奴隷の解放と人革戦の情報だ! 女魔族を連れてこいなんて誰が言ったぁ!」

 

「だーかーら、ついうっかり眷属にしちまったんだって。人魔共栄を掲げる俺たちが人魔協定を破るわけにはいかないだろ?」

 

「私たちは今まで文句も言わず、全ての取立をこなしてきたわ。お願いの一つくらい聞きなさいよ」

 

 芭蕉は頭を抱えてうなだれる。本来なら上司として仕事を確実にこなしてきた部下の願い事の一つや二つは叶えるべきなのだが、その一つの願いがデカすぎるのだ。

 さすがに自分の判断でシルヴィに対して勝手に社員証を出すわけにもいかないが、そのまま見捨てても人魔協定違反として罰せられる。

 

「その願い事が俺の判断できる範囲を越えてんだよ……あー、くそくそ! とりあえず上層部に報告するから少し待ってろ!」

 

「残業代は?」

 

「ちゃんと出す!」

 

 芭蕉は荒ぶる気持ちを抑えながら電話の受話器を取り、上層部の上司へと報告する。

 

「私です…ええ、取立は問題なく進んでいます。しかし、少し問題がありまして…家の者の一人が眷属をつくってしまいその眷属の証明書となる社員証を求めているんです…」

 

 芭蕉の顔色からして、向こうから怒鳴られているか冷たい対応をされているのだろう。

 

「その取立人をクビにしろ? 失礼ですが眷属を持ってきた取立人は綾瀬詩音ですよ」

 

 詩音の名前を出した瞬間、会話が止まる。上層部もまさか血液銀行に忠実な詩音が眷属をつくってくるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「…ええ…今この場にいますが……わかりました…」

 

 芭蕉は神妙な顔つきをしながら受話器を置く。

 

「なんだって?」

 

「…協議するから少し待てだと」

 

「そうか、ならその間にまともな服をシルヴィに着せてやってくれないか」

 

 さすがにずっとこのままの格好は可哀想だからな。まともな服を着せてやりたい。

 

「はぁ…秘書官、すまないが彼女に服を」

 

「わかりました。どうぞ、こちらに」

 

「あっ、はい」

 

 シルヴィは秘書に連れられ部屋を出る。それを確認してから、芭蕉は灰皿と煙草を取り出して火を付ける。

 

「ニコチンは身体に悪いぞ」

 

「うるせえよ。こちとら、これがなきゃストレスで死んじまう…それよりもあの女魔族は大丈夫なのか?」

 

「ああ、体調は万全だそうだ。食事もちゃんと与えられていたらしい」

 

「そうじゃねえ、あいつの正体だよ。実は魔独派の奴とかじゃねえのか?」

 

 魔独派は厄介ではないが面倒くさい連中だ。業務妨害はもちろんのこと、取立人の命を狙ったテロすら起こそうとする連中だ。

 人革戦同様、軍警とB.B.S.Sの掃討作戦によって最近はある程度大人しくなったがいまだに壊滅させられないのが実情だ。

 

「それは私も思うわ。自爆覚悟であなたを殺そうとしにきたかもしれないのよ」

 

 事実、過去に自爆テロなのかこの人工島にトラックで突っ込もうとしてきた魔独派の連中がいたのだ。その時は、警備員と警備ロボによって蜂の巣にされたが。

 

「高嶺、そんなことがあいつにできると思うか? あれが演技ならきっとシルヴィは女優としてやっていけるぜ」

 

「妙に奴の肩を持つじゃないか。あの女魔族に惚れでもしたか? ん?」

 

「ああ、惚れたね…シルヴィ無しじゃ生きられないかもな」

 

 そんな冗談を言っていると、シルヴィが秘書と共に戻ってくる。元着ていた踊り子のような服から白と黒を基調としたバッグパーカーとズボンへと身を包んでいるが、胸の部分のチャックがはちきれそうだ。

 

「えっと…戻りました」

 

「んー、もう少し大きいのなかったのか?」

 

「これが一番大きいサイズです」

 

 仕方ないか。でも、これだと周囲の視線がなぁ…ちょっ、高嶺さん何でそんなに睨んでるんですか。

 

「まあ、仕方ないだろ…っと電話か」

 

 ちょうど良いタイミングで電話がなる。上層部のシルヴィと詩音への対処が決まったのだろう。吉報を期待してるんだが…いけるかな?

 

「はい……はっ? いや、ですが…わ、わかりました…詩音…」

 

「何だよ」

 

「シルヴィと共に最上階へ行け」

 

「最上階…ちょっと待てまさか…」

 

「ハイテーブルがお呼びだ」

 

「…まじかよ」

 

 何でハイテーブルがここで出てくる。そこまで大きな問題なのか? それとも、シルヴィに何か問題があるのか?

 

「…報告書は私がまとめてあげるから早く行きなさい。ハイテーブルを待たせるのは、さすがにマズいわ」

 

「すまん助かる。シルヴィ、行くぞ」

 

「う、うん」

 

 シルヴィを引き連れて急いで部屋から出て廊下を進み、エレベーターに乗り込む。

 最上階のボタンを押した後、気持ちを落ち着かせるために手を動かしたくなった俺は最上階に着くまでChainSAAの銃口を専用の布で掃除し始める。

 

「ね、ねえ…ハイテーブルって?」

 

 シルヴィが不安そうな表情を浮かべながら聞いてくる。

 

「血液銀行のトップ…この国の…いや、世界の経済を動かしている連中さ」



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