レイラちゃんに恋する天才 〜ナイルの元で〜 (バゼる)
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レイラちゃんに恋する天才
プロローグ



スメールの学術組織、教令院。そこでは冬国の使節と共にある計画が暗礁の元に動いていた。現在の神を排し、その神に取って代わる神を創造する計画。

『創神計画』が。




 

 

『後悔』それに埋め尽くされた頭の中でなんとか思考を働かせる。

 

今日、学術発表会(ジュニャーナガルバ)の日。私は一人の先輩に誘われ自らも通う学術組織『教令院』を制圧した。スメール総ての民が敬うべきである対象『草神クラクサナリデビ』、それを救う為だというのだから私はその行為を厭う事は無い。…だが、

 

ただ一人の愛しい存在を失意に落としたという事実が無ければ…の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明くる日、私は一つのプロジェクトを打ち出した。

 

『星間距離の観測と把握』

 

長い時間と多くの人員を必要としたが、私自身の過去の功績により人員は集められた。

 

メンバーは26人。いずれも卒業を控えた最終工程段階の者達で構成され、この研究を期に卒業しようという魂胆を持っていた。成績優秀な者もいれば卒業の怪しい者もいる、そんな凹凸なメンバーではあったが、これほどの人数がプロジェクトに取り組んでいるという事実が私を支えてくれた。

 

だが研究は難航。魔物が蔓延る野外での星域調査に、今までにない法則性を追求する上での新公式の発見。どれも現在の技術、知識では実現が難しかった。

 

幸いにも野外での調査は『神の目』を保有する者が私を含め四人も居たので順調に進んだが、星間距離の計算式の発見は神の目によって齎される武力だけではどうにもならない。毎夜のように私たちは教令院の一室を借りて論争を繰り広げた。

 

アーカーシャを通して眠る前ですら私たちは論争を繰り広げ、遂にはメンバーから2人体調不良を訴える者が出た。確実な『失敗』、だがプロジェクト全体で見れば、この出来事が『成功』の鍵であったと今ならば思う。

 

 

 

「………ヘンセル、ミディア。お前達は何をやっているんだ。修了過程だというのにこれではまともに研究が進まない。体調面を考慮してこれから一週間はプロジェクトメンバー全員休暇だ。」

 

「"フェジュロア"さん、本当にすいませんでした。僕たちのせいで研究が止まってしまって…」

 

「私からも謝りたいです。フェジュロアが私たちの事を賢者様に報告に行ったそうじゃないですか。ご迷惑を掛けました…」

 

「本当にな。だが良い、私自身そろそろ長期の休みが欲しかったところだ。あまり気にする事は無い。再開は休暇修了後の翌日8時、第六研究室に来い。」

 

2人の謝罪を聞き入れはしたが、どうせ今のままでは研究は滞ったままだろうからここらで休暇を入れるのも悪くは無いと思っていた。 私はそのことを悟られないように体調不良の2人に文句をつけて教令院に戻る。賢者へ2人の安否を確認したことを告げに行く為だ。

 

 

 

教令院の上層階にある明論派賢者アザールの執務室へと向かうエレベーターに乗り、思考を巡らす。賢者様は自分にも教員にも学徒にも厳しいお方、簡単にはプロジェクトの継続を通すことは難しいだろう。

 

だが、この件がきっかけでプロジェクトが停滞しては困る。私は26人の卒業と自分自身の成功を収める為にプロジェクトの停止だけは阻止せねばならないのだから。

 

上手な言い訳を頭の中で並べ言葉を選ぶ。しかし多くの書類と睨めっこをする賢者様に一声を掛けてから報告をしてみれば、普段の賢者様に似つかわしくない意外な答えが返ってきた。

 

「アザール様、どうやら2人ともただの疲労からの体調不良でした。彼らも十分な休息を取れば再参加できるでしょう。ですので…プロジェクトの継続は認めて貰って構わないでしょうか。」

 

「あぁ、良いだろう。続けてもらって構わない。」

 

返ってきたのは簡単な了承の言葉。賢者様の威厳は普段よりも薄らぎ、こちらにそれほど興味が無いといった様子だった。

 

どういうことだと思考が止まったが、賢者様の手元にある書類の数々を見てどこか納得する。

 

(賢者様も忙しいのだろうか。普段ならば賢者様がここまで忙しくしている事は無いからな。)

 

「…分かりました。必ずや明論派にとって大きな功績を齎します。」

 

「ああ。だが、"今"は私の明論派で妙な問題が起きては困るのだ。このような事は二度と無いようにしたまえ、フェジュロア。」

 

(今は…?賢者様にとって今という期間限定で問題が起これば困る事柄がある?)

 

普通ならば自分が管理する学派で問題が起きれば当然困る。だが彼は今と限定した。

 

考察するならば賢者様は何かしらの事業に取り組んでいるのだろう。それが明論派での事なのか、それとも教令院全体での事なのかは察しがつかないが。私はその事業とやらに興味が湧いた。

 

「アザール様?なにか明論派の教員方で取り組んでいる事柄でもあるのですか?私はそのようなことは聞き及んでいませんが…」

 

「…そういえば、成績優秀なお前をこの計画には推薦していなかった。ふむ…フェジュロア、お前にはお前自身のプロジェクトと同時進行で、もう一つ取り組んで貰いたい課題がある。受けてくれるかね。」

 

この時の賢者様は話し掛けている私ではなく、どこか遠い目で執務室の中央に聳える天球儀を眺めていた。賢者様の心此処に在らずといった様子を見て、私はある事柄を想起した。

 

遠い目、かつて私がフォンテーヌで課外研究をしていた頃、狂信的なまでに『正義の神』を信仰する者の瞳に同じものを見た。信仰心を根差した目つきを、賢者様はその瞳に宿していた。

 

しかし…賢者様はそれほど熱心に我らが住まうスメールの神、『知恵の神』を信仰していた覚えはない。むしろ彼は物事に対する熱意という物が希薄だったはずだ。老成というものはそういう物だと納得してはいたが、今の賢者様には熱意と若々しさが宿っている。

 

ならば何を信仰しているのだろうか、亡国の砂漠の神か、美麗なる花の神か、はたまた他国の神か。それとも……先代の『知恵の神』か。

 

だが、何かしらの危険を孕んでいると察しながらも、私は賢者様の申し出を受ける事にした。賢者様直々に関わるような重大なプロジェクトに参加し功績をあげれば、自身が明論派で、教令院で更に高位の地位に立てるかもしれないと思ったからだ。

 

 

 

休暇中、私は賢者様から受け取った課題をこなしていた。しかし内容は元素学や錬金術、機関学にまつわる物。とても天文学や地質学を専門とした明論派の賢者が出す課題とは思えなかった。

 

私自身は頭がいいという自負はあったが専門外の事柄となると頭を悩ませる。そして、その中でもとりわけ難しいのが元素学の課題だった。

 

『岩元素』…それは元素に対する熟知があろうとも大した効果を見せることが無い元素。反応の価値が他の反応に比べ薄いのがこの元素の特徴だ。岩元素が炎、水、雷、氷元素と接触すれば元素を消費して結晶体に変えることが出来る。熟知によって齎される恩恵は結晶体の硬度の上昇だけだ。

 

問題は、岩元素には元素力を吸収するという特徴があることだ。反応を主軸とする機関を生成しようものなら岩元素は不遇、出来ることといえばエネルギー効率の調整くらいな物だ。

 

岩元素生成物を使って芸術の製作や、貴金属の商売をすることは出来るだろうが、この学術組織では意味が薄い。そんな元素が込められた『神の目』を自分が保有しているのにはなにか意味があるのだろうか、と。そんな考えを幾度か繰り返した夜は記憶に新しい。

 

まぁ、そんな事は今与えられた元素学の課題の話には関係が無いのだが、一つの問題点があったのだ。この元素学の課題では元素同士の増幅値の計算が必要なのだが、何故だか課題中に出てくる元素量の想定が馬鹿みたいに大きい。これでは実験など出来る数値ではないし、そもそも増幅の問題に対し私の『岩元素』ではどうしようもないと諦めの文字で頭が埋まる。

 

しかしこれは賢者様から直々に受けた課題、諦める訳にも不十分な結果で終わらせる訳にはいかない。そんな重圧と焦燥から、私は自らが保有する神の目がどうか岩元素以外であったならと思わずにはいられなかった。

 

結果が出せずに三日を無駄にし、スメールシティ有数のカフェ『プスパカフェ』で私は珈琲を嗜みながら呆けていた。学に追われ学に執着する教令院生にとってはあってはならないだらけ方に思わず自嘲する。少なくとも私がこんな事をしたのは初めてだなと思いながら辺りを見渡せば、まばらに教令院生が座っていることに気づいた。

 

(学業に対する挫折、こうした時に他の学徒もこうして無為で自堕落な時を過ごすのかもしれない。つまり私は挫折に対して言えばここにいる教令院の学徒よりも後輩かもしれないな。)

 

自嘲気味に自分を評価しているとカフェの中央席から声が上がる。格好を見る限り普通のスメール人男性だ。

 

「どうか私の話に耳を傾けては貰えないだろうか!かのモンドでの龍災や、璃月で起こった神の死について私より詳しい者はいないだろう!どうか私に一杯分のコーヒーを奢ってはくれないだろうか、さすれば二国の仔細を語ろう!」

 

その声から吟遊詩人や講談師の真似事だろうと察するが、今の私はとにかく気分転換がしたかった。男に近づき声をかけて奢ってやろうとすると、

 

「すまない」「すみません」

 

「「ん?」」

 

む、同様の答えを出した客が他にもいたようだ。そちらを見てみれば明論派の生徒であることを示すバッジを付けた少女がいた。

 

彼女は此方に気づいた途端に慌てた態度を取り始めた。目を見開き全身を震えさせる様は、大マハマトラに睨まれた罪人に近しいものを感じる。

 

「う、あのフェジュロア先輩、すいません…サボっていた訳じゃないんです……」

 

どうやら彼女は私を自分の学派の先輩であることを知っていたらしい。そしてサボタージュの巡回に来たようにも。

 

「いや、実は私がサボタージュをしている側だ。焦ることはない。君は…?」

 

「そうなんですか!?…あの勉学鉄人のフェジュロア先輩が……い、いや何でもないです。私は"レイラ"、明論派の生徒でフェジュロア先輩の後輩です。あ、専攻は理論占星術です。」

 

「よろしく。私のことは知っていると思うが名乗っておこう。フェジュロア・プルフラナだ。専攻は位置天文学で君の先輩にあたる。」

 

レイラ…聞いたことのある名だった。明論派の天才、彼女の書いた論文で星図が一部変更になったこともある程だ。そんな彼女もカフェで暇潰しをするような人柄だったとは意外だ。

 

挨拶もほどほどに私は間に挟まれてオロオロしている語り手に声をかける。

 

「語り手よ、二杯分奢ってやる。代わりに私たちに二国の話について語ってくれ。」

 

「あ、あぁ。ありがとうな。」

 

この男が原因で私は後輩の少女、レイラとの邂逅を果たした。

 

 

 

「モンドでの龍災について話しましょう。遡ること二千年、かつて魔竜を退治した風龍は…」

 

マッダフという語り手の話をぼんやりと聴きながら珈琲を啜る。ふと横を見てみれば「なんで此処にフェジュロア先輩が…」なんて言いながら奢ってやったパフェに口をつける後輩。マッダフには悪いが私たちはどちらもまともに話を聴いていない。

 

後輩を観察してみれば、耳が鋭く横に伸びているという特徴に気がついた。

 

(エルフ…?いや、彼女は普通に歳相応だ。おそらく遠縁にエルフの血が混ざっているのだろう。)

 

こんな少女が明論派で私と並ぶほどの名声を持つ天才と。少し彼女自身に興味が湧く。

 

「レイラ。」

 

「は、はい!?なんでしょうか…」

 

「君は先程サボタージュをしていた訳ではないと言っていたがこの語り手に声をかけていた。課題に行き詰まっているのだろう。見せてみなさい。」

 

「え?…分かりました。」

 

後輩は横広なバッグの中からファイリングされた書類と研究用のノートを取り出した。それを受け取り中をぱらりと流し読みする。

 

(…理論占星術の中でも難しい段階。修了過程前に修める内容に近いな。しかし彼女はまだ入学から三年ほどだったはず、予習だろうか。)

 

受け取った学習内容の進み具合に予習かな、と考察していると後輩は修学内容を補足する為に口を開く。

 

「あの…これから提出する予定の論文に此処に出てくる算式が必要で…でもあまりにも難しくて困っていたところで…」

 

「そういう事か。それならばもう少し先輩たちの力を頼りなさい。勉学というものは飛ばし飛ばしで理解できるものでも無いのだから。理論さえ君自身で組み立てられるのなら算式を教えること自体構わない、という先輩は多いはずだが。」

 

「その…言いにくいのですが…」

 

「なんだ?」

 

後輩は申し訳なさそうに私を見つめ……

 

「先輩達はみんな貴方のプロジェクトに忙しそうで話しかけられないんです……」

 

「あぁ…そうか。」

 

これは悪い事をしたと思いつつ、人数が必要だからと卒業予定生で手が空いている者全員に声を掛けた自分を恥じる。それに教員の多くも賢者様のプロジェクトかなにかに忙しそうだから声を掛けづらいのだろう。 そういう事ならば協力してやるか。

 

「私が教えよう。私は自分のプロジェクトを既に持っている。研究を奪うような真似はしないさ。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「…まずこの問題からだ。占星術における風水的配置とその応用について……」

 

 

 

 

 

「………こうして璃月港の七星は仙人と和解し、人が作る国の運営へと切り替わり始めたのです。………あの、フェジュロアさんにレイラさん、聴いていましたか?」

 

「ん?あぁ聴いていたとも、確か風龍は風魔龍と呼ばれるようになりモンドの貴族の末裔がその龍を仕留めたんだろう?」

 

「違います。名も無き吟遊詩人と金髪の旅人、貴族の末裔二人の計四人の手で風魔龍と戦い、戦いの末に和解したのです。決して討伐した、という話ではありません。そもそもそれは前半部分のモンドでの出来事です。璃月の話は聴いていましたか?」

 

「……おい、レイラ。なんて言っていたんだこいつは。」

 

「えっ…私も覚えてない…そもそも私たちは勉強してたからまともにこの人の話なんて耳に入ってないよ…」

 

「……そう、そうだ。岩王帝君が崩御して…なんやかんやあって璃月には救われたんだな?」

 

「…本当に聞いていませんでしたね…まぁ珈琲を追加分含めて五杯も奢って貰ったので良いですが。では私はこれで失礼します。ご馳走様でした。」

 

後輩の勉強の手伝いをして、私自身の課題が終わらないまま日が暮れた。

 

最後の一杯を飲み干しながらカフェを出る準備をし始める。後輩も同様だ。

 

かなり嵩んだ額を見て支払うのが億劫になりながらも、こうでもなきゃモラを使う機会に乏しいからなと無理やり納得して支払おうと財布を取り出し、

 

…待て、確かここは酒場としても機能していた。違う学派の先輩が言っていたことを聞いた事がある。その先輩は"ツケ"という文化があると言っていたが果たして本当なのだろうか。私は財布を開いていた手を止め、店主に向かって口を開く。

 

「…ツケで。」

 

「…カーヴェのバカの真似か?やめてくれ。」

 

「ああ、すまない。言ってみたかっただけだ。」

 

私は軽くなった財布に寂しさを覚えつつカフェを後にした。呆れた目でこちらを見てくる後輩には知らんふりをする。だが…案外悪くなかった。

 

 

 

 

カフェを出て課題をどうするかなと思い描いていたところ、後ろから駆け寄ってきた後輩に声を掛けられた。

 

「あの、先輩…お金、ありがとうございます。勉強も見てもらって。」

 

「半分私の責任みたいな所もある。気にしないでくれ。」

 

「…はい。ではこれで。先輩は…」

 

「今から野外で少し実験をしたいんだ。元素力、そうだな。岩元素と親和性の高い氷元素の使い手であるエルマイト旅団でも捕まえて実験に協力させる。」

 

「氷元素…?それなら私が協力出来るかもしれません。私は氷元素の神の目を持っていますから。」

 

本当か!と喜びの声をあげそうになるのを抑える。私は彼女からすれば威厳ある先輩で通っているらしいからだ。だが、三日手詰まりだった課題に着手出来る。その事実に私は心を踊らせていた。

 

「そうか。なら私の家に来い。今から早速実験を始めよう。」

 

「え、今!?もう夜ですけど…」

 

「さぁ、着いてこい。運が良ければ君も賢者様に認められるかもしれない。何せ、今から取り組むのは賢者様から直々に受け取った課題だからな。」

 

「話を聞いてない…」

 

まぁ、私と彼女の出会いはこんな物だった。少し強引だったが、今でもこの選択は成功だったと思っている。彼女の存在のおかげで私は賢者様からの課題を提出できただけでなく、自らのプロジェクトの完成にも近づくのだから。

 

 

 

 

 

 

 

そして、そんな彼女を失意に落とした今、私は…何を誇れば良いのだろうか。

 

プルフラナの名はかつての賢者フラナが偉大な功績をあげた事に由来する。遠い先祖の功績に負けない功績を自らの手で掴む。それだけが夢だったはずだ。

 

だが…そんな夢なんてどうでもいいほどに今の私は…君のことが……

 

 

 

言葉は紡がれない。罪の意識と周囲からの賞賛で自分がつかめない。己の価値を決めるのはいつだって周囲。それでも私は今、己の罪の意識だけに視線を向けることしか出来なかった。

 

 






◇フェジュロア・プルフラナ…薄紫色の長めな髪に紺色の瞳を持つ男。肌は白く砂漠の民の血筋が入っていないことが伺える。かつての生論派賢者フラナの子孫でプル(偉大なる賢者)フラナの姓を持っている。位置天文学を専攻する明論派の学徒で、過去に『十二の未発見の星の発見』や『月との距離の計算法の確立』という偉業を成し遂げている。賢者達の書記官を生業とする男アルハイゼンと仲良くして、賢者達の動向を探ろうとしている。岩元素の神の目を保有している。


◇レイラ…理論占星術を専攻する明論派の学徒。過去に星系の修正を申請して認められたという実績を持つ。他にも教員と激しい論争をした上で、間違いを認めさせたという逸話もある。氷元素の神の目を保有している。


◇アザール…明論派の賢者。創神計画の手伝いにフェジュロアを誘った。

◇ヘンセル…明論派の学徒。フェジュロアのプロジェクトの一員。

◇ミディア…明論派の教員。フェジュロアのプロジェクトの一員兼監督役。

◇マッダフ…遠国の事情を解説することで珈琲を飲む生活を送っている。

◇カーヴェ…フェジュロアの先輩にあたる人物。妙論派の天才。


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一話 レイラちゃんは可愛い!



この小説のジャンルはラブコメなんだよなぁ…




 

 

狭い部屋に年頃の男女が一組。キツいアロマの匂いと怪しげな光に包まれたここは何処か?

 

正解は私の部屋だ。

 

「せ、先輩…その芳香剤焚くのやめてください…病気になりますよ?」

 

「…パリプーナライフに必要な物だと生論派学者の友人から貰ったので使っていたのだが。」

 

「パ…先輩発狂したいんですか!?それは屋外で使う物であって決して自宅で使うような物じゃありません!」

 

何日か前から明論派の後輩レイラを家に招待して実験を行っている。彼女は氷元素を用いたシールドを張る能力を持っているようで、狭い部屋の中でも大きな元素力の実験が行えた。擬似的な元素爆発が起きても彼女のシールドによって危険からは守れるからだ。

 

彼女との実験は少々論争が繰り広げられたが、今ではこうして家に招待して生活に口出しされるほどの関係になった。これならば研究の効率もグッと上がるだろう。

 

「そもそも先輩はパリプーナライフについてしっかりと知っているんですか?こんな正気じゃない事を出来るのは先輩に知識が無いからだと思いますけど…」

 

先程から彼女が口を煩くして話すパリプーナライフについて想起する。教令院の一部の学徒が"天啓"を得る為に行う修行だ。特殊なお香を焚いて神に接続するという物…正確に言えば先代の知恵の神が遺した知恵という財産を拾う行為だと聞いている。賢者主導の元に行われている修行だからそこまで危険性が高くない物だと思っていたのだが。

 

「パリプーナライフやサティアワダライフの修行で発狂して廃人になった人は後を絶たないんです。今も砂漠のアアル村に廃人達が移送されたりしているんですよ。知らなかったんですか?」

 

「発狂…廃人?そんな物騒な物だったとは。今すぐこのお香を処分する。」

 

「そうしてください………やっぱりこの先輩どこかおかしいよ…」

 

ふむ…パリプーナライフが危険な物だったとは。そんな物に入る為のお香を私は毎晩焚いて寝ていたのか?それならば何故私は無事今日まで発狂せずに生きているのだろう。

 

「もしや…神の目か?」

 

「何がですか?」

 

「この神の目は様々な元素異常から持ち主を守ってくれる。生論派の大先輩ティナリが言っていた事だがスメール各地で暴走する死域からすらこの神の目は防御してくれるらしい。」

 

「……このお香もなにか元素由来の物質が含まれている…ということですか?」

 

「あぁ。賢者達が勧めるこのお香、何やら怪しいな。陰謀を感じずにはいられない。」

 

元素由来の物質が含まれたお香を焚かせて先代の知恵の神が遺したとされる情報を得る…何も知らぬ学徒に賢者達はこれを強要している…というのか?

 

「ふむ…今度アザール様に会ったらそれとなく聞いてみるとしよう。……陰謀がどうとかなら私は消されるかもしれないが。」

 

「や、やめておいた方が良いと思いますけど…」

 

「…少し、気になることがあってな。」

 

私は賢者様から出された課題が記された書類を机の上に広げる。機関学、元素学、錬金術にまつわる内容。それを組み合わせて出来上がる研究物とはいったいなんだろう。

 

「レイラ、君ならこの研究の行き着く先をどう見る。」

 

「……なにかの兵器でも作る気なのかな……でもこの機関じゃ何か別の物を作ってる…?」

 

「君もやはり怪しくは思うか。課題自体はバラバラだがこれらは複合した機関の完成図を思わせるのだ。元素の力を操る事のできる錬金術によって創造された摩訶不思議な機関、そういった物が頭に浮かぶ。」

 

「遺跡守衛みたいな物を作ろうとしてるって事なのかな…なのですかね。」

 

「自主的に、自動で動く機械を作るという事ならば禁忌にあたるが賢者達はそのような事はしないだろう。考えられるとすれば山の開発の為の機械や大型な農耕機械な物だが…」

 

「あ、でもどう考えても農耕に炎元素を使用するっていうのは考えにくいよ。この課題には炎元素の拡散効率の計算も出されているから……ですから。」

 

「焼畑農業とか…」

 

「この課題から想定される大型機械でそんなこと多分しないよ…」

 

「そうか…」

 

彼女と実験をした数日と今の議論から私は一つの事を推測した。

 

……この子なにかに集中すると敬語が抜けるんだな、という事だ。

 

私は彼女が真面目に考察している間に、そんなどうでもいい事柄に対して意識を割いていた。

 

私はいちいち敬語に修正されても面倒だな、いちいち敬語に修正していれば話が途切れ途切れになるな、どうやら彼女とは長い付き合いになりそうだから気軽に話し掛けてもらいたいな、と思い一つの提案を彼女にしてみる。

 

「君…私に対してタメ口をきくことを許可する。」

 

「ん…?え、何でですか?」

 

何で…と。

 

「んぁ……ただの思いつきだ。私を敬うのは良いがそれで突発的なひらめきを口に出すことを躊躇って貰っては困るからな。それに…そうだ、君は優秀だ。私に並ぶくらいにはな。年功では私の方が上だが、君には私と対等でいられる権利くらいあるのだと自覚してもらいたいからだ。」

 

「はぁ…。」

 

ピンと来てない様子だ。そもそも何故私が彼女への説明だけでこんなにも焦らなければいけない。早口になって…この焦った態度、まるで女も知らぬ童貞のような……童貞だけど…

 

ふと気づけば随分と近い距離に彼女はいた。一つにファイリングされた書類を見るためだ。物理的な距離は縮まる。

 

途端に今の状態を私は再分析してしまう。年頃の男女が同じ部屋で近い距離で向かい合っている状況。空気にはお香の残り香か甘い香りが立ち込め、呼吸を速くさせる。室内は部屋のあちらこちらに突き刺さった岩元素生成物が灯りを反射させ、どこか怪しい雰囲気が視覚に突き刺さる。それに…その視覚には光よりも激しい主張を示す物が、彼女の端正な顔たち(少し寝不足気味な蕩けた表情)が不思議そうにこちらを真っ直ぐに見つめている。まずい。性欲が暴走している。

 

男というものはすぐにこうだ。対して親しくもない関係だろうが、ひとたび色香を感じればたちまち性の奴隷へと堕ちる。はぁ、バカ。彼女の事を考えるな。こちらは研究に付き合って貰っている身。バカな事は考えるな。私は彼女から目を逸らして言い訳じみた言葉を紡ごうとする。

 

「いや、なんでもない。私は単に…」

 

「タメ口にすればいいの?」

 

「がッ…」

 

言うなれば破壊力。後輩の口から出た疑問形なタメ口は彼女と私との距離を錯覚させた。まるで近しい幼馴染、何年も付き合った先輩後輩、歳の差なんて感じさせないほどに夜を共にする間柄……ダメだ。本当にバカになっている。

 

「うぁ…あぁ、そちらの方が喋りやすいだろう。君は敬語を使おうとする事にどこか突っかかっていたからな。」

 

「本当?じゃあそうさせてもらうよ。よく考えたら''貴方"もそこまで歳は離れていないもんね。2つ上…くらい?」

 

「ゴフッ…」

 

『貴方』……そうか『あなた(熟年の夫婦間で呼び交される愛称)』か。

 

その言葉は私を狂わせるには充分だった。一人の後輩から繰り出された言葉としてはとても重く、心の臓に突き刺さった。

このままではとても生きた心地がしない。名残惜しいが私は彼女に訂正を促す事にした。

 

「レイラ、君、間違ってはいけない。確かにタメ口で良いとは言ったが立場を考えなさい。私は君の"先輩"だ。その立場は忘れてはいけない。」

 

先輩と呼んでみぃ。

 

「えぇ…じゃあ呼ぶ時は先輩で。」

 

「あぁ、それで良い。」

 

とても名残惜しかった。

 

 

 

 

 

実験結果を纏め終え、凝り固まった体を解すように伸びをする。窓からは夕日が立ち込めている、結構集中していたな。しかし元素学がこんなにも大変だとは。元素学を専攻する素論派(スパンタマッド)は大変だなと思う。だが教令院で一番入学が大変だというのは我らが明論派(ルタワヒスト)。毎日星を眺めて研究するだけなのに一番大変とはこれ如何に、と思わなくもない。これがレイラも専攻しているような占星術だとまた違うのだろうか。

 

「うん……今日の実験はここまでだな。レイラ、もう帰ってもらっていいが……レイラ?」

 

彼女は机に突っ伏していた。なんだ。暇すぎたのだろうか。勉強に悩まされて奇行に走る学生はよく見るが。

 

ま、そうだよな…彼女に協力を依頼しているのは良いが基本実験に手伝ってもらう以外の時間は暇になる。私が実験結果を纏めている時、実験内容の考察に取り掛かっている時。いずれも実験自体が終わったあと彼女は暇になるのだ。

 

岩元素生成物が突き刺さっている以外殺風景な部屋を見渡す。

 

(これでは彼女は暇な時間を過ごすことになるな。せめて教本でも置いていれば良いものだがそういった類の物は全て研究室に置いてきてしまっている。娯楽に繋がる物でも取り寄せてみるか…)

 

娯楽と言えば娯楽小説だ。稲妻で出版されているそれらは一般的に禁書の類いになる事もある。内容が過激だからだ。かの国では将軍による重圧に耐えきれず、とても教令院では口に出せないような妄言を紙に記す行為が流行っている。今は鎖国中だからそういった書籍も入荷されないものだが。もしも開国したのならば流行りの娯楽小説を買って部屋に並べるのも悪くないだろう。

 

そんな娯楽に興味を持った要因である彼女に実験が終わった事を告げるが反応がない。恐る恐る肩に触れ身を揺らす。だがまたもや反応が返ってこない。これは…寝てる?

 

「おい、レイラ。先輩の家で寝るなどという無礼な行為には目を瞑ってやるからさっさと起きないか。おい…」

 

駄目だ。彼女は「くー」と寝息を立てて机に涎を垂らしていた。本当に寝ている。

 

普段の彼女の様子からどこか寝不足の気があるのは知っていたが…こんな夕方に眠ってしまうとは。…夜が遅いのだろうか。

 

夜が遅いということは夜に何かしらをしているという事か。………扇情的に乱れる彼女を一瞬妄想してしまう。

 

相手は誰だ、とか言うことはあるが興奮してしまったのは確かだ。まずいな…無防備な彼女が自分の部屋に。その状況だけでほぼOKが出ているようなものだという悪魔な自分が浮かび上がる。

 

絶対だめだ。実験で元素力を行使して疲れた後輩の美少女に手を出すなど。やめろ。取り返しがつかない。

 

だが私の手は彼女に触れようと動き続ける。

 

ここは冷静になれ。毛布だ。毛布を彼女にかけよう。そして掛ける時に一瞬毛布越しに触れるのだ。それでこの欲求は満たされるはず。

 

私は駆け足で隣の部屋から一番薄い毛布を選んで取り出す。これで良いだろうか。いや、何も無いよりは薄くても毛布があった方が良いはずだ。そう自分を納得させて部屋に入る。未だ彼女は眠ったままだ。

 

そーっと、そぉーっとだ。起こしてしまわないように。ちょっとばかし感触を楽しんでしまっても…いやよせ。というか今日の私は異常だ。彼女に惹かれている自覚はあるが些か行動が幼すぎる。もっと自分を恥ずべきだ。でも…だな。毛布越しにこう、別に触ってしまっても構わないだろう?

 

「ねぇ、"あたし"に何か用でもあるの?」

 

「ほあーっ!!」

 

レイラが目を覚ました。驚愕して奇声(隣国の重鎮の重撃時の声)をあげてしまう。

 

「そんなびっくりしなくても良いと思うけど。ん…あぁ、先輩は毛布を持ってきてくれたんだね。ありがとう。でもどうせならもうちょっと静かにして欲しかったかな。揺らされたりしなかったら熟睡出来たのに。」

 

「いやレイラ、君が眠いのは何となく分かっていたが先輩の、それも男の部屋で眠るなんて事しないでくれ。」

 

「そう?眠かったんだからしょうがないでしょ?この部屋って何も遊べる物が無いんだから。あたしだって眠りたくて眠ったんじゃない。」

 

(あれ…なんだか少し口調が軽いな。タメ口を許した時ともまた違う感じがするが……まぁ良いか。)

 

彼女に指摘された通り私は部屋の殺風景さにもう一度目を通し、おどけたように首を横に振る。

 

「それこそしょうがない事だ。私は普段教令院で寝泊まりしているからな。こんな休暇中でもなければ家に帰ってこないんだ。」

 

「休暇中?それって貴方のプロジェクトで体調不良者が出たからでしょ?」

 

「先輩と呼べ。」

 

「…先輩は確か休暇は一週間とか言っていたよね。もう貴方…先輩の研究に手伝い始めてから一週間くらい経ってない?」

 

「あぁ、それなら私は研究の再開を賢者様が認める条件として賢者様直々に出した課題をこなしているとメンバー達に"言い訳"しているからな。研究自体はもう再開している。勿論今後このような過ちが無いように一週間に一度は休みをとれとメンバー全員に伝えることも忘れてはいないぞ。」

 

「ふーん…つまり先輩は自分のプロジェクトよりも、あたしと会って実験する方を選んでるって事?」

 

「な…」

 

その言葉を聞いて一瞬思考が停止する。この子はこんな小悪魔のような台詞を吐く人間だっただろうかと。そしてそれ以上に無意識のうちに彼女を優先していた己が居たという事実に驚く。

 

「馬鹿な事を言うな…賢者様からの課題を優先すべきだと判断したまでだ。」

 

「でもさっきはそれを"言い訳"って言ってなかった?」

 

「ぐ……いや言い間違えただけだ。何か裏にやましい事がある、という意味の言い訳ではなく、そう言ってメンバー達を説得したといった方が正しい。」

 

「そう。」

 

「あぁそうさ。」

 

調子が狂う。彼女は普段の気怠げな表情から一転して怪しい笑みを浮かべている。獲物を見つけた、とでも言うような……いや、面白いおもちゃを見つけた子供の顔にそっくりだ。

 

「……まぁどう思ってくれても構わないが、この部屋はつまらないか?何かしら購入して部屋に置いても良いが…」

 

「本当?」

 

購入という言葉に彼女は食いついた。何故だろうか、彼女が苦学生だといった噂は聞いたことがない。私に何か買わせずとも自分のモラでなんとかなると思うのだが。そう考察していると彼女が答えを示してくれた。

 

「実はあたし今凄くお金が無くてね。欲しい本を買うにも値引きされるまで待たなきゃいけないんだよ。」

 

「そうなのか?君が苦学生だという噂は聞いたことが無い。大きな買い物でもしたのか?」

 

「ドリーっていう性悪商人に捕まっちゃってね…」

 

「あぁ…」

 

ドリー・サングマハベイ。一代にして富を築きあげた豪商でスメールシティの郊外にアルカサルザライパレスという豪邸を持っているらしい。彼女の悪い噂は後を絶たない。高額で売りつけられただのとても不利な契約を結ばれただの。そんな彼女に捕まったのならばモラが無いのも仕方ないだろう。天災にでも遭ったと思って諦める他無い。

 

被害者は数多くいるが代表的なのは妙論派きっての天才カーヴェだろう。アルカサルザライパレスをデザインし建築した彼はなんやかんやあって巨額の借金を彼女にしてしまったらしい。そんな彼は現在後輩の家で居候の身となっている。教令院で天才と持て囃されようが一つの失敗で権威は失墜する。そんなしくじり話として彼の噂話を知らない教令院の学徒は居ないだろう。

 

「君は?彼女から何を買った。」

 

「占星術の道具だよ。確かに適正価格だったんだろうけど占星術の道具は高い。彼女に大きな金を渡したが最後、その後も小物を売られたりチラシを押し付けられたりで大変だった。」

 

「そうか…そういえば彼女の使いが私から要らなくなった占星術の道具を買い取っていった事があったが…もしかしたらそのまま横流しで君の元に届けられていたかもしれないな。高額にして。」

 

「あぁ…ドリーってそうやって色んな品物を仕入れているんだね。確かに天文学に進んだら入学時に買い揃える占星術の道具は要らなくなるもんね。そういう学生に目をつけた訳か。」

 

「まぁ、そんな失敗も過去の話だ。私が君が欲する本を買ってやろう。研究を手伝ってくれている報酬代わりにな。」

 

「本当!じゃあ今から出かけようか。先輩もほら、準備して。」

 

「ああ。」

 

彼女の様子を観察していて気づいた事がある。先程夜の彼女について考察もしたが、どうやら彼女は夜になると活動的になるらしい。なるほど、夜型の人間だったというだけか。決して誰かといやらしい行為に勤しんでいる訳では無いと。…………

 

性的な妄想を振り払うように私は顔を冷水で洗い、家の外に既に出た彼女を追うようにして部屋から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、これって『理論占星術の調べ』の上下巻に『スチームバード新聞社出版 アストローギスト・モナ・メギストスのコラム詰め合わせ』だ。」

 

「先輩ってば私が興味ありそうな物買ってくれたのかな…あ、『黒き茨のブロッサム』……娯楽小説まで。でもこれは私の好みじゃないかも。」

 

「でも少女系のを買ったって事は私の事を考えてだよね…せっかくだし読んでみようかな……」

 

「………………先輩って結構優しいのかも?」

 






◇フェジュロア・プルフラナ…適当にレイラと同年代の少女が好みそうな娯楽小説を買い漁る。自分でも読んでみたが内容が頓珍漢すぎて理解不能だったので読むのを諦めた。また、机の上に残ったレイラの涎の後に小一時間悶々としたが、なんとか拭き取って安堵と後悔の渦に飲まれた。


◇レイラ…眠るともう一つの人格が表に出る。彼女は日中の出来事を知っているが、普段のレイラは夜の自分の事を認識していない。最近は先輩に振り回されて大変だが、一人で課題をこなすペースよりも、明らかにペースが速くなっているので、先輩の助けから離れることができない。


◇ティナリ…生論派の卒業生。現在はガンダルヴァー村でアビディアの森を調査するレンジャーの長に就任している。薬学に精通している他、教令院の執行部隊の大隊長である大マハマトラとも仲が良い。

◇ドリー・サングマハベイ…スメールきっての悪女。幼い頃の経験からモラに執着するようになった。だが、彼女はかつてモラの不足によって喪った姉と、高潔な初心を忘れはしない。雷の神の目が今日も自分の願いを見つめているからだ。

◇アストローギスト・モナ・メギストス…モンドで生活する占星術の天才。スチームバード新聞というフォンテーヌの新聞社にコラムを送って生計を立てている。決して貧乏では無いのだが、高価な占星術の道具を買い漁る性分のせいで金欠な日々を過ごしている。



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二話 レイラちゃんと学校!

 

 

湿気った紙の匂い、学徒達の間で交わされる論争の声、青々とした草木の気配。無意識に筋肉を解すように伸びをしてしまう。

 

久しぶりに教令院に来た気がする。正確にはそこまで時間は経っていないのだが、普段教令院で寝泊まりする私にとっては久しぶりの実家への帰投の様なものだった。

 

「おや、フェジー。お久しぶりです。研究の進捗の確認をしますか?」

 

眠気を飛ばすように息を吸ってから目的地へ行こうとすると声がかかった。

 

「ジガッド。久しぶり。今日はあの"伝説の教員"が帰還したとの噂を聞いてな。賢者様からの課題を放棄してでも授業を受けに行く必要があると思ったのだよ。」

 

ジガッド…明論派の修了過程生で私のプロジェクトに参加しているメンバーの一員の男だ。幼い頃からの付き合いで、私の教令院入学当初、まだ目的が曖昧だった時に彼がいたからこそ明論派に所属した、という程の仲だ。歳は違うが親友のような関係を築けていると思っている。

 

そんな彼は私が発した『伝説の教員』という言葉に反応する。最近はプロジェクトの影響でずっと教令院に居ただろうから、学内で飛び交う噂話については私よりもよっぽど詳しいだろう。

 

「あぁ…ファルザン先生の事ですか?残念ながらまだ授業は始まっていないみたいですよ。なんでも100年間ずっと砂漠の遺跡に閉じ込められてやっと出られたらしいです。今は現代に馴染むためにシティを散策でもしているんじゃないでしょうか。」

 

「そうだったのか。それは残念だが先生にも時間が必要なのだろう。100年間という長い時間からの逸脱にこれまた時間がかかるというのは面白い話だと思うが。」

 

ファルザン…100年前に教令院教員に在籍していた人物だ。弱冠15で教令院を卒業し、そのまま教員となった本物の天才だ。だが、100年前に砂漠の遺跡に調査に行ったっきり失踪していたのだが、先日ひょっこりと戻ってきたらしい。当時の若々しい見た目のまま。

 

教員としての籍が残っていたらしいので彼女はそのまま教員職に復職することにしたようだが、まだ現代に慣れるのに時間がかかる。時間の剥離とは想像するに難い恐ろしいものなのだろう。100年の歳月どこかに閉じ込められたりすれば私は発狂する自信があるが…未だ元気な姿を見せているという彼女の精神性の強さはどれほどの物なのだろう、と。それを確かめてみたかったのだがな。

 

「そうか…彼女は休み、か。なら私は君たちの研究に参加しよう。どうせ今日の予定は空けていたんだ。」

 

「そうか、助かるよ。なんだかんだ言っても君は天才の類いだ。君の助力があれば三人力くらいにはなるだろう。」

 

「…せめて十人力くらいは言って欲しい物だが。まぁ君たちの優秀さも認めているさ。納得しよう。」

 

「さ、第六研究室に向かおう。」

 

ジガッドを追って私も研究室へと続く階段を登り始めた。

 

 

 

第六研究室…教令院でも明論派の研究生がよく使う部屋だ。壁には星図やテイワット大陸の地図、今まで明論派生が受け取った奨励賞などが貼り付けられており、他の学派の者がこの研究室に入れば疎外感に包まれること請け合いだ。

 

そんな研究室の中央では私が確立した『月への距離の計算法』を元に、このテイワットの空に浮かぶ星々の距離を測る公式をあれやこれやと討論していた。目を見開いたまま瞬きを忘れた生徒や研究室の隅で机に寝そべっている女教師、殴り合いに発展したのか2人して頬に痣を作って気絶している生徒もいた。

 

そんな忙しさに発狂間際な生徒達もプロジェクトリーダーが来れば態度を改めなければいけない。

 

「君たち…何やってるの?この惨状はどういう事?」

 

「おお……フェジーだ、フェジーが帰ってきたぞ!」

「フェジュロアさんだ!これで勝つる。」

「お前がいないと星間距離の計算法を解説できるやつがいなくて研究が進まねぇんだよ!」

「フェジーお前…あんな難しい求め方で俺らみたいなバカが応用出来るわけ無いじゃねぇか!」

 

歓迎と怒号で研究室が埋め尽くされる。というかフルソ、自分の事をバカと評するのは勝手だが君は修了過程生で最も優秀だろう…

 

私がレイラと賢者様の課題を研究している間、どうやらプロジェクトは一向に進まなかったらしい。…休暇の一週間と家にこもっていた約一週間…二週間もの時間を我らがプロジェクトは無駄にしたらしい。

 

責任を追求する為に研究室の隅で寝そべっている監督役の教員をはたいて起こす。彼女は「う゛っ」と悲鳴をあげてこちらを見上げた。

 

「ほらミディア、君が教員として監督役を買ってでたのだろう。寝そべってないでこの惨状を説明しろ。」

 

「ひぃ!?フェジュロア、怒らないでください……えぇと…話は研究が最初の日に戻ります、一週間前の話ですね。」

 

ミディアは中空を見上げて回想を始めた。

 

 

 

一週間前…

 

「えーと…本日から研究が再開になりますがまずは謝らせて下さい。私とヘンセルのせいで研究が止まってしまった事を。」

 

「おう、謝れ謝れ!ミディア先生のおかげで俺たちは久々にのんびりできたんだからな!学業に専念すべき教令院生としてはあってはならねぇよな!!」

 

「ほんと…一週間なんて休暇いつぶりだったか。ほらヘンセル、お前も前に出て一応謝っておけ。誰も恨んじゃいない…ってかむしろ感謝してるから。」

 

「はい…ッ申し訳ありませんでした!」

 

「ま、許してやろうぜ……ってかフェジーのやつはどこ行ったんだ。研究再開日にリーダーが来ないとか。ジガッドは何か聞いたか?」

 

「あぁ。早朝からアーカーシャ端末に連絡が入っていたよ。なんでも賢者アザールから課題を出されたそうだ。それをする事で研究再開を認められたらしい。」

 

「あぁ…そうだったか。俺らはなんも思っちゃいないがミディア先生とヘンセルは後でフェジーに謝っといた方良いかもしれないな。」

 

「そうですね。フルソの言う通り彼には何かお詫びの品でも買って行ってあげましょう。」

 

「じゃあ挨拶はそれくらいにして研究再開と行こうか。」

 

 

「……一週間も研究から離れてたから感覚がつかめねぇな。」

 

「フルソで無理なら俺たちに出来る道理は無いよね。」

 

「…今アーカーシャでフェジュロアに通信しようとしてるんだが…非通知になってる。着信拒否だ。」

 

「は?じゃあ俺たちだけで研究進めなきゃならないって事か?あいつは賢者様の課題やってるからいつ来るかも分からないってのにか!?」

 

「…そういう事だ。今日の晩にフェジュロアの家を尋ねてみる事にする。そこでなんとか研究室に来れないか融通してみる。」

 

「頼みましたよ、ジガッド。一応私は教員なのですが彼の論文を何度読み返しても、何一つ頭に入ってこないほどに内容が難解なので。」

 

「ミディア先生はもうちょっと頑張れよ。じゃあこれから天体観測でもして明日を待つとしようぜ。少しでもこのプロジェクトに自分たちの爪痕を残さなきゃならねぇしよ。」

 

「ああ、このままじゃあフェジュロアさんの独擅場だからな。」

 

 

「…フェジーのやつ完全に寝てた。何度ドアをノックしても気付きやしない。」

 

「マジかよぉ…じゃあ昼に誰か寄越してやるか。ジガッドは研究要員として残しておきたいからな。あー…ミディア先生行ってくれるか?」

 

「はい、ではジガッド、フェジュロアの家を教えてください。」

 

「あぁ。ビマリスタンからなら近い。だが少しシティのはずれにあってね……」

 

 

「や、やっと着いた……ここが…フェジュロアの家ですか。灯りが点いている…中には居るみたいですが……うわっ、なっ、何これ…窓から煙が……これはまさか………毒………」

 

 

「おい、ミディア先生!?大丈夫か!」

 

「ここはビマリスタンだ!診療所に辿り着いたぞ!!」

 

 

「あぁ…生きてた。良かったですミディア先生…」

 

「…ジガッド…すいません、短期間で二度も倒れるなど…それにしてもあの煙は……あ、お医者さん…」

 

「草元素の粒子を多量に摂取してしまったみたいですね。防草薬剤の人体に無害なタイプの物を使えば治療は簡単です。ですが、明らかに摂取過剰な量です。長期の治療が必要でしょうね。」

 

「でも…プロジェクトが……」

 

「大丈夫ですよ。私も教令院の出です。夜に毎日通ってもらうだけで充分ですから。」

 

「そう…なら良かった……これで…プロジェクトはあん…たい……」

 

「せ、先生ィー!?」

 

…回想修了。

 

 

 

「という訳でプロジェクトが全く進んでいませんでした。」

 

「そうか……」

 

ふむ…聞いた限りではミディア先生は私の家に来て謎の煙を吸い込んでしまった事により気絶。監督役の二度目の入院沙汰にプロジェクトもてんやわんやしてストップ。そして何も進んでいない今の状況に繋がると…

 

まずい。おそらく先生が吸った煙というのは先日家の中で炊いていたパリプーナライフの修行に使われるお香だろう。それが原因であるとは彼女たちは把握していないようだ。

 

だが正直に言ってしまって良いのだろうか。賢者様も関わる『神への接続』の修行、何やら裏がある事は間違いない。人畜無害な先生や他の後ろ盾のない生徒たちに暴露してしまっていいものか……誤魔化すべきだな。

 

「…それはタイミングが悪かったな。ミディア先生が尋ねた時に丁度有害性のある物質の研究を家で行っていたんだ。…そう、あの時換気のために一瞬窓を開けたのを覚えている。外気に触れればすぐに中和される物だったのだが…おそらく先生は至近距離に陣取っていたんだろう。申し訳ない。」

 

「えぇ…恨みます…というか自宅でそんな危険な実験をしないでください。貴方の家は住宅地から少し離れた所にありますけど一応シティの中なのです。忘れないでください。」

 

案外あっさりと許して貰えた。ビマリスタンなら無償で治療を受けられるが防草薬剤は市販の薬剤なのでお金がかかる。後で先生に治療費と慰謝料は渡しておこう。

 

「ふむ…じゃあプロジェクトの本格的な再開に向けて色々アドバイスしてみるか。みんな、詰まっているポイントを聞いてくれ。」

 

 

 

位置天文学というのは計算の正確性と知識がものを言う。角度の違いを誤差無く測り、実際に測れやしない距離を推測する。私は今の計算に用いられる公式を疑ってはいないが、もしかしたら実際の距離と求められた答えというのは全く違うのかもしれない。だが…人がどれだけ世代を重ねようが確実に届かない物を、計算という己の手の内に落とし込むというのは実に面白い。まるで神にでもなったかのような傲慢さと、世界を測る事の出来る人間の知恵という物の凄さを体験することが出来る。これこそ私が今、位置天文学という分野に執着する理由だ。

 

だというのに…

 

「…フェジー、わからん。」

 

「そうか。」

 

先輩たちの理解が足りないのか、私の教え方が足りないのか知らないが、どうしても彼らには宇宙の真理は伝わらなかったらしい。

 

出来るだけ簡単に説明したつもりだ。研究室の正面に陣取って教員の真似事をしてみたりもした。公式を分解して何を求めているのかをしっかり分かりやすく解説していた筈なのだが…彼らには理解出来なかったようだ。

 

「みんなに問う。私の解説はそんなに分かりにくいか?」

 

そう聞けば皆は一斉にうんうんと縦に頷きだす。……これが天才が故の孤独というやつか?そういえば最近はもう一人の天才の相手をしていたから聞く側に求めるレベルが上がっているのかもしれない。

 

彼女は5を聞けば6を理解出来た。対してここにいる奴らはどうだ?彼らは5を聞いて4を学ぶ。そうだ、凡人というのはこういう物だった。天才とは違うのだ。発想力と学習力、そのどちらも備わった者が天才と呼ばれる。そういう者が新たな発見をすることが出来るのだ。

 

しかしだ。言い訳していて良いものか。彼らが5を聞いて4を理解することには解説側の私の事情も関わってくる。もしも5を話して5を理解させられる啓蒙力を私が手に入れたのならば……

 

「ミディア先生!」

 

「えっ、いきなりなんですかフェジュロア…いくら私たちの学習能力に呆れたからと言って私たちを見捨てることなど…」

 

「先生の担当授業、数コマ私に貸して貰えないでしょうか。」

 

「許しは……えっ!?」

 

プロジェクトの成功の為、他の生徒を自分のレベルまで引き上げる為、私は教令の腕前を磨く修行をすることにした。

 

 

 

 

 

 

〜layla side〜

 

明論派に属する生徒でも理論占星術を専攻する生徒は少ない。私もこの分野を専攻すると言った時は周りの友達に驚かれた。「せっかく明論派に入れたのに」「天文学に進んでおきなよ」などと。

 

天文学は理知の結集による分野だ。普通の頭では到底着いて行けない。あそこにいる集団は化け物の類だと、教令院の生徒が噂しているのを聞いたこともある。

 

そんな天文学でも更に難しい位置天文学を専攻する先輩に師事をして貰えている現状は有難かった。一人だと絶対に詰まってしまうレポートだって彼のアドバイスがあればスラスラと書くことができた。知識量もさることながら、彼は論文やレポートの記載において教員をも凌ぐ実力を持っていた。そんな先輩からの教令を受ける事は本当に感謝してもしきれない。

 

だけど…彼は明論派でも随一の頭脳の持ち主で…とにかく顔が良い。教令院にいる女子生徒なら誰もが一度は憧れる…と言われている程には。だから私としてはこの関係が周囲にバレて欲しくは無かった。学業以外の問題に当たってしまったらそれこそ睡眠障害なんて比じゃないストレスを被る事になる。

 

なのに……

 

「すまないが、占星術基礎の授業をしばらくの期間ミディア先生に代わってこの私、フェジュロア・プルフラナが教鞭を執る事となった。まだ学生の身だがこの教科の内容は確りと修得している。至らない点は多々あるだろうが、どうか気楽に接してくれると嬉しい。」

 

歓声。

 

占星術を専攻する女子生徒達から黄色い歓声が上がり、空気が震えるのを実感した。

 

『占星術基礎』…明論派占星術専攻の生徒は必修の科目。理論占星術や魔術占星術に進んだ後もこの科目の授業は続く。どちらでも活かせる知識や占星術の心構えなど少々勉学とは違う道徳的な物を学ぶ科目でもあるからだ。

 

そんな科目の講師だったミディア先生は最近、道徳的な事を語るよりもまず自分を客観的に見つめ直してみろと突っ込みたくなる程に疲弊した様子で教鞭を執っていた。そんな状態に呆れた教令院側が対策を講じたのだろうか。いや…でもなんで生徒が教員の真似なんて…

 

「君たちの学習範囲はミディア先生から確りと聞き及んでいる。632ページからだな。」

 

合ってる。でも…ミディア先生はこの人に勉強内容をまともに教えられたのだろうか、普段の様子から突飛な事をし始めないだろうか、いきなり私の事をレイラと呼び捨てで呼んだり普段の調子で話しかけられないか、彼の授業に心配の2文字が頭の中に過ぎらずにはいられなかった。

 

だけど彼の授業は至極真面目だった。偶にいる笑いを誘ってくる様な人でも、抑揚の無い聞き取りにくい声で授業を続ける人でも無かった。

 

あれ、それこそ彼なら普段の様に勉強内容と全く関係の無い娯楽小説の話題をいきなり話しだしたり、大して面白くもない冗句を放ってきたりする物だと思っていたのだけど…

 

「………そこの君…レイラ、634ページに書かれている占星術道具の手入れ方法をまとめた一文を読み上げなさい。」

 

「……え?は、はい今読みます……えと、水占の盤は使用後には必ず吸水性の高い乾燥させたウミレイシで拭き取り……」

 

当てられると思わなくてびっくりしてしまった。でも…先輩は私が厄介な事にならないようにか初対面のように振舞ってくれた。はぁ…少し安心した。先輩の事だから部屋の中で私を呼ぶみたいな距離の近い話し方をしてくるものだと思っていた。でも…そうか、先生の代理だもんね。一人の生徒に肩入れはしないか。

 

…ちょっと、寂しい気もするかな…?

 

他人行儀な先輩を見て思わず寂しさが出てきてしまった。なんだこの気持ちは、これじゃ先輩と仲良くない状況が寂しいみたいじゃないか。せいぜい二週間程度の付き合いなんだ、そこまで気にする事は無い。

 

………気にする事は無い…筈……

 

 

 

結局先輩はその後も私に声をかける事は無く、授業終了と共に教室から出ていってしまった。まだ先輩が来た余韻で教室の女子たち浮き足立っている。「かっこよかった」だの「また次も来てくれるのかな」だのと。

 

私が専攻する理論占星術はともかくとして、占星術全体で見れば科目を専攻するのは女子が多い。占い事に専念するのはやはり女子にとって人気のある分野だからだ。そんな教室にいきなり成績優秀で眉目秀麗な男子の先輩が来て授業を始めたのだ、先輩を持て囃す人数が多いのも分かる。先輩…先輩かぁ……

 

別に…声をかけられなかったからどうだっていうんだ。普通の関係だ。周囲の女子たちと同じ、どこか距離の空いた先輩ってだけ…

 

私はそんな状況に先程の寂しさとも違う感情が滲み出ている事に気づいた。でも駄目、この感情には気づくべきじゃない。いずれ後悔する。

 

そんな事を考えつつ次の教室へ移動しようとすれば耳元のアーカーシャに突然通信が入る。

 

(誰だろう……あっ)

 

『フェジュロアより』と書かれたメッセージが届いていた。まだ授業が終わってそんなに経ってない。先輩が今書いた…って事だよね。

 

(『レイラ…そういえば君も占星術基礎の授業を受けるんだったね、普段の君の勉強の進み具合から少し勘違いしていたよ。今日いきなり私が教壇に立った事には驚いただろうが、これには理由があるのだ。プロジェクトのスムーズな進行の為には私自身の教える力の成熟が必要だと。』…そんな理由だったんだ。)

 

でも…先輩は教えるの上手いと思っていたけど。彼の知識やアドバイスのおかげで私はすごく助かっているのに。

 

(『まぁ、そんな事で2ヶ月ほど占星術基礎の授業を仕切る事になった。普段の私とは違う態度だろうが、あまり笑わないでくれ。すごく緊張したんだ。では明日の放課後、実験の為に私の家に来てくれ。』……終わった。…というか2ヶ月もやるの?)

 

長い。正直に言うと一週間限定くらいの期間を思い描いていたのだけど。

 

でも…こんな文章送ってくれるって事はよっぽど心細かったんだろうか。初めての教壇、よく見知った顔。先輩側の立場を考えると確かにあまり無い経験だったのかも。

 

(………良かった。)

 

何が良かったかのかは分からない。けど今の私は無意識にそう思った。その気持ちを私は…忘れるべきなのかな?

 

自然と口角が上がる。うーん…こんな顔見られたら周りから不気味がられる。さっさと次の授業の準備をして気持ちを切り替えていこう。

 

私は少し駆け足で次の授業で指定されている教室に向かった。

 

 

 

 

……メッセージの返信を忘れた事に気づいたのは、翌日先輩の家に行って文句を言われてからだった。

 






◇フェジュロア・プルフラナ…親しい者からは『フェジー』という愛称で呼ばれる事がある。レイラに思わず長文を送ってしまって引かれてないか、気味悪がられてないかと返信をずっと待っていたが、夜が明ける頃には灰になっていた。


◇レイラ…理論占星術の科目を選択した事に誇りを持ってはいるが、天文学への憧れはまだ少し残っている。だがフェジュロアのノートを読んでから天文学の難解さにトラウマの様な物を憶えた。


◇ジガッド…フェジュロアの幼馴染で同じ明論派所属。昔は後ろを着いてくる様な可愛げのあったフェジュロアが、現在は理論の鬼になって辟易している。現在はフェジュロアの立ち上げたプロジェクトに参加している。

◇フルソ・二フグム…現在の明論派修了過程生において最も優秀な成績を誇る人物。兄貴分のような教令院にあまりいない性格の持ち主であるが、その実かなりの勉強家。現在は後輩のフェジュロアが立ち上げたプロジェクトに参加している。

◇ミディア…教令院の教員。色々と問題を起こすが毎度の如く生徒に助けられている。生徒からの支持は明論派教員の中で最も得ている。だが…フェジュロアの人気には敗北を喫した。

◇ヘンセル…フェジュロアの先輩だがその功績に敬意を評してかしこまった態度をとる。密かにフェジュロアの研究を横取りしようとした事があったが、研究内容のレベルが高すぎて諦めた。

◆フェジュロアのノート…数多の数学者を混乱に陥れた魔のアイテム。数世紀先を行く計算法の数々に数学者たちは恐怖のあまり、フェジュロアを悪魔と呼ぶようになった。



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三話 レイラちゃんと友達!

 

 

「レイラ…君、ちゃんと寝ているのか?」

 

賢者様から出された研究も最終工程に移っていた頃、私はなんとなしに今までずっと気になっていた事を娯楽小説に集中していた彼女に聞いた。

 

彼女は私の言葉にどう返答しようかと頭を使っている。数秒悩んだ後に読んでいた娯楽小説に栞を挟んで閉じた。あ、なんだか真面目に話してくれるみたいだ。

 

「そういえば先輩に言ったこと無かったっけ。私、実は軽い睡眠障害になっていて…」

 

睡眠障害、夢遊病…彼女の説明に相槌を打ちながら内容を整理する。

 

彼女から説明された事を要約すればこうだ。明論派での勉強に追われ続ける毎日を過ごす内に、ストレス性の睡眠障害に陥ったらしい。眠りは浅くなり、疲労の回復速度も健康な人間と比べ遅くなっているようだ。

 

それに加え、夢遊病の症状も出ている。シティから砂漠の方まで無意識に移動していた、なんてこともあったそうだ。そのせいもあって彼女は目が覚めた時に筋肉の疲労、頭脳の疲労が夢遊中の分追加で溜まっているらしい。

 

身近な後輩がこんな問題を抱えていたなんて…なんとかしてやりたいものだが……そう思い悩んでいると、私の深刻そうな表情を見た彼女が、なんとか明るい方向に流れを変えようと話題を切り替えてきた。

 

「で、でも…夢遊病も悪いことばっかりじゃないよ、なんでか私は夢遊中に頭が良くなるらしくて…朝起きたら手付かずだったレポートが終わってたなんてこともあったの!」

 

「それは…」

 

どうなのだろうか。人というものは微睡むと判断力が低下するものだが、彼女の場合は逆に冴え渡る様だ。しかし…彼女は夢遊中の記憶を保持できていない。記憶に残らない優秀さは己の理解力や物事の修得の成熟に役立つのだろうか。勉学とはその場こなしで賄えるものでは無いと私は考える。どうにかしてその冴え渡った状態を起きたまま再現する方法は無いだろうか…そう思えて仕方ない。

 

「レイラ、もし夢遊中の君と話が出来るならどうだ。」

 

「…それは、無理だったの。前に交信を計った事もあったけど…夢遊中の私はそれに応えてはくれなかった。」

 

交信を計る…例えば交換日記のような形式で試してみた…という事だろうか。覚醒している自分と夢遊している自分との交信…傍から見れば孤独を拗らせた精神異常者の様な物だが。

 

「…そうか、君の元に夢遊中の君は姿を現したくは無いと。だが、私が説得してみればどうだ?」

 

「先輩が?…それならもしかすると説得出来るかも。」

 

「…あぁ。じゃあ眠たくなったら報告してくれ。私が交渉してみよう。」

 

「え?…えっ。」

 

「あ……」

 

一瞬の静寂…時間が止まったかと錯覚する程の。私は己の発言に重大さに焦燥した。

 

私の馬鹿!今の会話はなんだ。レイラに私の前で寝姿を晒せと言ったようなものじゃないか。顔馴染みとは言え異性の目の前で無防備な姿を晒すなんて普通に考えてありえない、彼女になんとかして今の発言を忘れさせよう。ただの誤解なのだ、思わず突発的に口に出てしまっただけで。

 

「違う、検証の為の方法として提案しただけだ。君の寝顔を観察したいとかそういった事は断じてないのだ。分かったな!」

 

「いや、私がそうなるように誘導してしまったようなものだし………でも確かに協力者は必要な訳だし…手軽に手伝ってもらえるのは事情を説明した先輩くらいか…」

 

お互い今の発言には思うところがあったらしい。レイラも普段より少し早口気味に弁解を述べている。…でも彼女からしたら自分自信の…一番身近な問題だ。解決策への一歩になるなら私に頼むことは吝かでは無いようだ。そういったガードの緩そうなところに私は不安になるのだが。

 

だが、本当に彼女の夢遊状態を呼び起こすのならばもっと準備が必要だ。この家にはそもそも私の布団しか無いわけだからな。もしこの家で寝るにしても新しい布団を買ってこなければいけない。

 

「別に無理にとは言わないさ。ただ…出来れば検証の為に私の目の前で眠ってくれると助かるというだけの話さ。私自身夢遊中の君を少し見てみたさもある訳で。」

 

「……そっちが本命じゃないの?」

 

「まぁ。」

 

夢遊中のレイラか……普段よりももっと微睡んだ表情で…ポワポワとした雰囲気で……押せば押し切れそうな………それは少し情欲をそそる。私の精神力では耐えられないかもしれない。…いやしかし…レイラは夢遊中に頭が良くなるとか言っていたな。むしろ普段より冴えた表情を見せるのだろうか。

 

って何を考えている。彼女の表情の事にしか意識が向いていないではないか。調べるべきは夢遊中の状態の事だ。夢遊中のレイラに向けての交渉手段等考えておくべきか。

 

「ひとまずそれは実行するにしても今日ではない。もう少し学業に余裕が出来てからにするべきだ。」

 

「そうだね…せめてこの課題を完成させるまでは……そういえば。」

 

レイラはなにか気づいた事でもあるのか、私に口を開こうとする。しかし彼女は一瞬停止した後、視線を私から逸らして、言いにくそうな素振りをしながら再度口を開けた。

 

「あの…もしこの課題が終わっても……先輩の家にまた来ても…良い?」

 

「良い。」

 

思わず即答してしまった。いや、上目遣いは反則だ。彼女の上目遣いは私に対して会心ダメージ発生率100%だった。でも彼女の言った言葉を良く考えろ私。男女間、先輩後輩、専攻科目の違い…様々な障壁があるというのに「家に来ても良いか」だと。そんな態度を見せられて推測することは一つ。もしやレイラは私のことが…

 

「ちなみに…何故私の家に?例えば…私のことが…」

 

「先輩がいないとレポートとか論文の書き上げられる速度が違いすぎて…」

 

そんな事だろうと思ってたよ。私は期待なんかしていない。してないったらしてないっ!…しかし、どちらにせよ彼女は自ら私に頼ろうとしているのだ。頼り甲斐のある先輩としてはその願いに応えない訳にはいかないだろう。

 

「勿論、どんどん頼ってくれて構わない。」

 

「ありがとう、先輩。」

 

その感謝の言葉だけで私はご飯をおかず無しで三杯は食べられる。

 

「でも…レポートを見るだけならば別に教令院の教室でも研究室でも良いが。」

 

「先輩と一緒に居るところを見られるのはちょっと…恥ずかしいし。」

 

(えっ…。それどういうこと?)

 

私と共に勉強している所を見られるのが恥だとでもいうのか?それなら…いや……

 

頭を一瞬にして埋めた不安の波は彼女の次の一言で吹き飛ぶ。

 

「ほら、まるでこ、こ…恋人みたいに見られても困るから…」

 

「カッ…!!」

 

少し頬を赤らめ照れながらに放たれた台詞は例えるなら遺跡守衛のミサイル。追尾性抜群、多段ヒット!私のHPはみるみる削られていく。

 

「グッ……そういう事なら、仕方ないな。…私の家に好きな時に来ると…いい。ふぅ……だが、アーカーシャで事前連絡はしてくれると助かる。」

 

「ありがとう……ってなんでそんな瀕死みたいになってるの!?」

 

彼女は無意識にこちらに致命傷を与えてくる存在だ。私は彼女に決して悟られないように心に蓋をして、極めて冷静に課題に取り掛かった。

 

...私は、既に彼女との何気ない日常に言い表しようのない多幸感を感じていた。願わくば…もっと隣で語り合いたい、様々な表情を見てみたい。…彼女を独占したい。

 

とにかく…私は彼女との関係を、ただの先輩後輩から一歩進めてみたかった。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

「………お、終わった…。」

 

「本当っ!良かったね、先輩!」

 

「ありがとう、ここまで来ることが出来たのは君の助力と神の目の力あってこそだ。本当に感謝しているよ。」

 

「そんな…私も毎日レポート見て貰っちゃってるから…」

 

賢者様から出された課題の最後の一項目が埋まった。およそ一ヶ月の時間をかけ、遂に課題は完成したのだった。元素学、錬金術、機関学。専門外の分野ということもあったが、私が生きてきた中で一番大変だった。特に元素学に関しては協力者の存在が無ければ完遂することすら難しかったろう。感謝してもしきれないとはまさにこの事だ。

 

「という事で、君に感謝の印として色々な物を購入していたのだよ。課題が完了したら渡そうと思っていた。」

 

「え、何を買ったの?お菓子とか買ってくれたのなら嬉しいけど。」

 

「ふふ…そんな食べたら一瞬で消失する物は感謝の印として渡さないさ。見てみろ、これを。」

 

部屋の隅に置いてあった袋から一つの瓶を取り出す。

 

「…?あ、これって!」

 

「そう、安眠用の精油。アロマだ。是非眠る前等に使ってくれると嬉しい。」

 

「こういうのって高いのに…」

 

「お金の心配は無用だ。いつぞやのお香をくれた生論派の友人から融通してもらった物だからな。」

 

アムリタ学院に所属する私の友人は何かと理由をつけては様々な香料をくれるのだ。今回はその一環で睡眠障害で悩む後輩がいて安眠に効果のある香料は無いだろうかと聞いたところ、この精油を調合してくれた。しかし、この精油の提供主が私の友人だと聞くとレイラは顔を顰めた。

 

「えっ、あのパリプーナライフのお香を先輩に渡した人の作った物なの…その情報を聞いた途端にこのアロマ使いたくなくなったんだけど…」

 

「…まぁ材料というか作製している場面を私も見ていたからな。危険な代物では無いはずだ。」

 

「そう…」

 

レイラは瓶を怪しみ、天井に取り付けられた灯りで透かして中身を確認しているが、目立った異常が発見できなかったのか「うーん」と唸りながら訝しげに瓶を振っていた。…精油とかって振って良い物なのか?

 

「そんなに気になるというなら今開けてみれば良い。」

 

「いや、これは寝る前に使わせてもらうよ。流石に今は先輩の家だし眠たくなっても困る。」

 

「そうか?もし良いものだったら俺に言ってくれ。友人に効果のほどを感想として送り付けてやる。また欲しくなったら自分で頼みに行ってきてくれ。"彼女"への連絡手段は教えてやる。」

 

「…彼女……女の人なんだ。」

 

「そうだな。」

 

さて…レイラへの課題に付き合わせた礼の品も渡し終えた。いよいよこの関係は終了となるわけだ。

 

思えばこの一ヶ月間彼女には迷惑を掛け続けた。元素力を扱う為の体力の消費もあるが、何より彼女には大事な時間を私のために消費させてしまった。そればかりはどんな償いでも取り返せはしない。

 

本当ならば礼の品だけでなく、教令院で彼女を偉大なるピル・カヴィカヴス賞に推薦しても良いのだが、彼女はまだ若い。大きな褒賞を受け取るにはもう少し経験と実績を積んで、自信とプライドを身につけてからの方が良いだろうと判断したので何らかの賞への推薦はしなかった。彼女がそれを望むのならばしても良いのだが。

 

言うなれば私には彼女にしてあげられることといえば、安眠用のグッズを調べて取り寄せるぐらいしか出来なかった。

 

そして、ここからが本題だ。課題が終わったらレイラに告げようと昨夜の晩から決めていた。

 

「今後私は君の論文や課題を見るという目的の為だけに会う訳だが、流石にそれでは私に旨みというものが無い。それに対して少し思うところがあってね。」

 

「…何か欲しい物でもあるの?」

 

「ああ。私が欲するのはいつだって"功績"だ。絶対的な功績を得るという心持ちは、学業に於いても研究に於いても大きな支えとなる。ならば私が功績を獲得出来る隙間を逃すわけが無いだろう。」

 

「…つまりどういうこと?」

 

「二人で何かしらの大きな発見をしようじゃないか。歴史に名を残すほどの、功績を。」

 

「え…」

 

レイラは「歴史に名を残すほど」と聞いて頭を回転させているのか動きが止まっていた。私の口から出た小さな目標は、どうやら彼女を驚嘆させるには十分大きかったようだ。

 

「そんなこと出来るの?何かしらを研究するにしたってそれなりの時間は必要だと思うけど。」

 

「ふむ…だがレイラ、これは何も一年二年で終わらせるような目標じゃない。」

 

「それって…え、何十年とかそんな長い時間を想定してるの?」

 

「そうだ。もっと分かりやすく言おう。私は君の頭脳の出来に惚れ込んだ。私は今後も君のような人と共に何か大きな研究をしたい。」

 

私は彼女の前に手を出した。レイラがこの手を取ってくれることを願って。

 

「………」

 

彼女は黙ってしまった。当然だろう。仲の良い先輩とはいえ何十年と共に居ようと言われれば困惑が勝るだろう。どこか愛の告白のような台詞を吐いたが、これ自体は紛れもない真実だ。彼女の理解力は高い、私の理解されない数学式を用いた説明も理解してくれるかもしれない。そう思えて仕方なかった。

 

対等、彼女とはそんな関係になれると私は思ったのだ。

 

幼い頃、私は夢の中で空に浮かぶ星の並びや美しさを教える代わりに"クラクサナリデビ"様から数式の真理を説いてもらった事がある。聞いている当初はなんの事だかさっぱりだった。彼女の言っていることの一遍すら私には理解出来なかったのだ。悔しかった。

 

そして私はクラクサナリデビ様の話した内容を何年もかけて勉強した。彼女の言葉を、慧知は頭に形を変えずに残っていたからこそ理解しようとした。結果私はクラクサナリデビ様から賜った真理を理解し、応用出来るようになった。

 

嬉しかった。神の知識を私は理解したのだと。周りの大人の誰よりも私は賢くなったのだと自覚した。

 

だが、それ以来私は孤独になった。周囲に気にかけてくれる大人は居たし、仲のいい友人も多く居た。しかして私の思考を、数式の真理を理解してくれる者は世界に誰一人として居なくなった。

 

私がレイラに執着し始めた理由はそれだ。彼女は私の話を聞いてその先を見据える事が出来た。賢者様から与えられた課題を見てなにかの陰謀を察知する事が出来た。5を聞いて6を知る彼女を、私は自分と同じ領域まで引き上げたかった。自分を目に見えない孤独から救い出して欲しかった。

 

彼女にかける期待が重い事は自覚している。決して歳下の少女に求めることでは無いとも。だから…私はレイラに理解して欲しい。レイラに私の知識を啓蒙したかった。

 

「分かった。あなたの言う功績がどんなものかは分からないけど…協力する。私にはあなたの知識が必要だから。」

 

「…ありがとう。」

 

彼女は訝しげながらも私の手を取ってくれた。少し汗ばんだ手は、言いようのない緊張感に彼女が包まれていることを表していた。この決断が何か大きな意味を持っているということを彼女が無意識に勘づいたからだろうか。

 

手を取ってくれた。だが、受け入れられた訳では無いだろう。彼女は私の目的の壮大さを、陳腐さを理解していない。でも…彼女は私にある種の"信頼"を向けているようだった。それは、私の天才さや知識量。様々な要因があるとは思うが、私という"人"を彼女が認めてくれたことに変わりはない。

 

そんな私に正面から話しかけてくれる人を…先輩後輩という上下関係で縛りたくなかった。

 

「レイラ…もう一つ、お願いがある。」

 

「な、何…?」

 

 

 

「友達にならないか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

〜Layla side〜

 

 

先輩の家へと向かう道。この一ヶ月間何度も通った道。スメールシティの外れにある先輩の家への道すがら、私はある事を思い出していた。数年前の記憶だ。

 

私は幼い時から星空に興味があった。広大な星空は人が辿り着けない未知の領域。アーカーシャでも知り得ることの出来ない未知が、この世界のどこからでも空を見上げれば観測することが出来た。

 

いずれその未知を私が解き明かすんだ!そう思わずには居られなかった。

 

でも、時が過ぎ教令院の明論派に入った頃。院内で掲示されていたある論文を見て私は目を見開いた。

 

『月への距離の計算方法』

 

そんな物分かる訳が無い、そう思いながら論文の内容を確認する。

 

そこには世界の真理が綴られていた。天体の軌道から導かれる星の法則性、引力という概念、光の速度。そして私たちの住むこの大地が太陽の引力に引きずられて回転し、太陽の周囲を周回している事を。

 

未知から導き出された未知の概念。理解の出来ない概念の数々。

 

しかし、それらは教令院の賢者に認められた。未知は既知となったのだ。

 

私は驚愕と興奮を覚えながらその論文を書いた人物の名前を口に出した。

 

『フェジュロア・プルフラナ』

 

かつて薬学の母と呼ばれた過去の生論派の賢者フラナの子孫。数々の褒賞や、最も偉大なピル・カヴィカヴス賞を齢15で受け取った天才。

 

私は彼を知って、分不相応にもこう思ったのだ。"追いつきたい"と。

 

しかし、そんな願いとは裏腹に私の教令院での生活は散々だった。

 

蓄積するレポート、終わらない論文、教員との意見の食い違い、悪化する睡眠障害、夢遊に悩まされる日々。

 

ここまで酷い生徒もそういないんじゃないかと、そう思いたかった。かつて憧れた初心も忘れかける程には。

 

でも、ある日の午後。カフェで珈琲を飲んで進まない課題と向き合っていた時に彼と出会った。

 

初め私は恐怖した。あの先輩がこんな場所にいる訳が無いと。何か理由があると思えて仕方なかった。

 

(まさか、サボっている教令院生を取り締まりに…!?)

 

真面目で博学な先輩だ。学びの乱れを許すわけが無いと思った。とてもじゃないがこの進んでいない課題と三杯の空のコーヒーカップを見られる訳にはいかない。なんとかしてこの場を切り抜けなければいけない。

 

辿り着いた答えはこうだ。カフェの中央で他国の情勢を披露しようと豪語する男に知識を授けてもらい、先輩に学びの姿勢を見せつけること。少しでも疑われたら簡単にバレる嘘だった。

 

しかし、意外にもその男に声を掛けたのは私だけではなかった。先輩、フェジュロア・プルフラナも私と同じ男に声を掛けていたのだ。

 

それからはあっという間に先輩との関係が縮まった。先輩の家に行き、元素力の供給による先輩の実験の手伝いをして、先輩に進まないレポートのアドバイスを聞く。

 

彼の知識量に圧倒され、その知識を享受する事を先輩は受け入れてくれた。スメール人にとって知識とは大きな資源であり財産だ。そんなものをただの厚意で私に与えてくれる先輩に、私は甘えるという選択肢以外なかった。

 

先輩の優しさから、もしかしたら先輩は私に好意を抱いているのではないかと考えた事もあったが、それは有り得ないことを今は確信している。

 

先輩の目は優しい。あれは恋しい者に向ける目じゃなくて、とても深い慈愛に満ちた目だった。恋愛の経験も無い私が断言出来る事では無いかもしれないが、とにかく先輩の私に対する態度にはいつも裏の無い優しさと心配りが見えたのだ。

 

一連の流れを終えれば先輩の用意してくれた晩御飯を食べるという一日を何度と繰り返した。彼との生活は、私の睡眠障害が和らぐ程にストレスから解放された日々だった。とても幸せを感じられる。

 

…そんな日々ももうすぐ終わる。先輩が賢者様から受け取った課題が終了しそうだからだ。私は先輩にこの課題が終わった後も頼って良いかと問い、了承を得た。でも、その課題の検証や実験だけが私が先輩に返せる極僅かなお返しだった。それが終わってしまえば…私は先輩に何を返せるだろうか。

 

そんな事を考えているうちに先輩の家に辿り着いた。結局何かを返せるなんて考えつかなかった。

 

「おー…こんばんは、レイラ。今日の実験はそこまで大変じゃない。のんびり部屋で寛いでいてくれ。」

 

言われるがままに私は先輩の自室に入り、棚に並べられた書籍を手に取った。

 

(…本がまた増えてる…やっぱり迷惑かけてるのかな…)

 

彼の選ぶ本のラインナップは謎の一言に尽きる。初めの頃は天文学に関する市販の書籍や少女向けの娯楽小説などだった。でも今は様々なジャンルの本が置いてある。料理教本だったり、娯楽小説の挿絵をまとめた冊子だったり、七聖召喚というカードゲームの本だったりだ。

 

どれも私の趣味には合わないが、おそらく先輩は私に気遣って色々なジャンルの本を取り寄せている。そんなところでもまたひとつ迷惑をかけてしまっている自分が情けない。もっと私が先輩に返せるものは無いのか…と。

 

そんな時だ、聞きたくない言葉が耳に入ったのは。

 

「…お、終わった…」

 

何が終わったかなんて聞かなくても分かる。賢者様からの課題だろう。何か裏が隠された危険な匂いのする課題。だというのに…私はその課題がとてもありがたい物に思えて仕方ない。

 

この課題が私と先輩を繋いでくれた。その事実だけは変わらなかったからだ。

 

「本当っ!良かったね、先輩!」

 

苦々しい心境を隠して、極めて明るく振る舞う。私が唯一先輩にしてあげられる事が、今完結した。

 

心から祝福すべきだ。だというのに…私は心の底から先輩を祝福出来ない。醜い自分に嫌気がさす。

 

あぁ先輩、私は駄目な子だ。

 

だというのに…先輩は私に追い打ちをかけるようにあるものを取り出した。

 

「安眠用の精油。アロマだ。是非眠る前等に使ってくれると嬉しい。」

 

先輩はその高級そうな物を迷惑を掛けたお詫びだと言って私に差し出した。

 

要らない、そんなものは。それを受け取ってしまったら…私は何を返せばいいんだ。

 

どうしようもなく施されてばかりの自分が嫌になる。今だけは、何かを施してくれる立場の先輩が憎々しく思えた。

 

だけど、先輩はそんな私に挽回のチャンスをくれた。

 

「私が欲するのはいつだって"功績"だ。絶対的な功績を得るという心持ちは、学業に於いても研究に於いても大きな支えとなる。ならば私が功績を獲得出来る隙間を逃すわけが無いだろう。」

 

先輩が何かを欲した珍しい一瞬だった。だけど…功績?何を私は差し出せばいい。

 

「二人で何かしらの大きな発見をしようじゃないか。歴史に名を残すほどの、功績を。」

 

先輩の一声は私を怠惰に堕とす。何も与えずとも、先輩は何かを受け取っていると答える。

 

「私は君の頭脳の出来に惚れ込んだ。私は今後も君のような人と共に何か大きな研究をしたい。」

 

そんなの……答えは分かりきってる。差し出された彼の手を取って宣言した。

 

「…協力する。私にはあなたの知識が必要だから。」

 

「ありがとう。」

 

先輩。そうだ、これはあなたのせいだ。私がこんな怠惰に身を埋めているのも、あなたに溺れて抜け出せないのも。

 

もう、先輩後輩なんて陳腐な関係でいたくない。

 

「レイラ…もう一つ、お願いがある。」

 

「何…?」

 

 

 

「友達にならないか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。」

 

友達なんかよりも、もっと…

 

 

 

 






◇フェジュロア・プルフラナ…レイラと友人になれた。心から喜んでいる。重い。


◇レイラ…フェジュロアと友人となった。少し不満がある。重い。


◇クラクサナリデビ…フェジュロアが狂った元凶。フェジュロア達が暮らすスメールの神。現在は教令院の最上層『スラサタンナ聖処』で幽閉されている。



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四話 レイラちゃんとでぇと。

 

 

「アザール様、課題が完了したので提出させていただきます。はい…え、あぁはい、え!?……喜んで承らせていただきます。」

 

 

 

 

 

「ということで、賢者様からの課題第二弾が来たよ。」

 

「…フェジュロア、賢者様たちの計画にまだあなたが引き受けるべき課題は残っていたの?」

 

「そうみたいだ。今回は巨大な機関でのエネルギーの循環に関する計算の課題が多い。レイラが以前に提唱した"賢者様達は巨大兵器を作ってる説"はさらに補強されたと言ってもいい。」

 

「……そう…厄介なことにならないと良いけど。」

 

賢者様からの課題はあれで終わりでは無かったのだ。賢者様から聞いたところによるとこれから三弾四弾の準備もできていて全て私に回す予定らしい。いつまで私は賢者様のプロジェクトに拘束されるはめになるんだろうか。…私が自分から志願しているのだけど。

 

「まぁ、今日は実験は休みだ。別にしたいことがある。」

 

「なら何で私を家に呼んだの…?」

 

「買い物だ 。」

 

 

 

 

スメールシティにはトレジャーストリートという繁華街がある。飲食店や宝飾店で賑わう通りには一年中人々の活気が溢れている。それは昼だけの事でなく夜も健在。酒場の収入は潤い、多々ある宿泊場では囁かれる愛の言葉が絶えない。

 

そんなトレジャーストリートでもよく私が通っている店がある。明論派の卒業生…つまり私の先輩が営業している店、『ギュロステレスコープ』。望遠鏡の専門店だ。

 

しかし、望遠鏡の専門店など立ち上げても、教令院は望遠鏡の貸出を行っている。スメールシティに住む者ならわざわざこの店で望遠鏡を購入しなくても良いのだ。購入するのはよほどの物好きか砂漠の民、他国からの旅行客程度だ。

 

買い切りの商品なので継続的な客足も期待できず、メンテナンス用品も教令院で無料で貸出しているという始末。店の収益は絶望的らしく、私は先輩が突然店を残して失踪したりしないか見張る為に度々店に寄っている。

 

だが、今は星空に高い興味を持つレイラがいる。彼女なら先輩の店で良い体験ができるだろうと思い店に連れてくる事にしたのだ。

 

結果というと…

 

「これってグラシュアス製の最新モデルだよね!高輝度でレンズの曇り止めも付いてるの!フェジュロアも知ってるでしょ。」

 

「ああ…あれか?うん、名前は聞いた事あるね。」

 

「うわっアザールモデルの小型望遠鏡だよ!売ってるの初めてみたかも!!」

 

「賢者様が昔開発したモデルか。彼の功績は彼の発明あってこそ…とは聞くがそんなに凄いのかそれ。」

 

「凄いなんて物じゃないよ!リュックサックにすら入るサイズの望遠鏡はすごく画期的だったんだよ。フェジュロアは自分の学院の賢者のことをもう少し調べたほうが良いと思うよ。」

 

ここまで興奮している彼女を初めて見た。そうか、レイラは天体観測のことが私が認識していた以上に好きなのだな。私の予想以上に興奮の顔を見せる彼女に、この店に連れてきた私も思わず笑みを浮かべてしまう。

 

(連れてきて良かったな……それはそれとして…)

 

カウンターからにんまりとした嫌な笑顔を浮かべながらこちらを見てくる男が一人。ナヨナヨした印象の線が細い男…私の先輩だ。

 

「なぁフェジー、あの女の子とどこで知り合ったんだ?あんなに女の子を遠ざけてたお前が、まさか俺の店をデートスポットに使うとは思ってもなかったぞ。」

 

「ギュロス…彼女と私はそういった関係ではない。訂正させてくれ。彼女は明論派の後輩、普段研究を手伝って貰っている代わりに彼女の好きそうな場所へ連れてきただけだ。」

 

「の割に…お前名前で呼ばれてるじゃねぇか!後輩からなんてそりゃあれだろ、かなり深い仲なんじゃあねーか!?」

 

(うざい…)

 

男の名はギュロス・ハリム、明論派の卒業生で私の先輩。私と同じ位置天文学を専攻していたが、卒業が危うくなった際に私の研究を彼に金で売った事もある。…彼の生家はハリム家というスメールの名家で金だけは持っているのだ。仕入れにモラが大量に必要な望遠鏡を取り扱っていることからも金巡りが良いのは見受けられるが、なにしろ収益が少ない。いくら名家のお坊っちゃんでもいつ蒸発するか分かったものじゃないのだ。

 

ギュロスが望遠鏡にそれなりの情熱を燃やしている節があることは知っていた。そんな彼が望遠鏡の専門店を開いたのは当然の流れだったのかもしれないが、もう少し考えた商売を出来なかったのだろうか。せめて天文学に関心を寄せるような品を多く揃えれば良いのに、この店には望遠鏡とそれらのメンテナンス用品だけしかない。…この男はやはり馬鹿なのか?明論派にはどうやって入ったか聞いた事がないが、ハリム家のコネだったのだろうか。

 

「フェジュロア、えぇと…この人はあなたの知り合いなの?」

 

「彼は私の…」

 

「おっと自己紹介がまだだったな!俺はギュロス・ハリム。この頭でっかちフェジーの先輩さ。嬢ちゃんは望遠鏡に興味があるのかい?」

 

「私はレイラ、フェジュロアの後輩だよ。望遠鏡には興味があるよ、天体観測の時に望遠鏡を毎回持っていきたいんだけど教令院への申請は時間がかかるから…自分だけの望遠鏡を持ってみたいと常々思ってるの。」

 

「そうか、じゃあフェジーさん、するべきことがあるんじゃないかい?」

 

…まさか、私に望遠鏡を買えとか言わないよな。この店の望遠鏡は専門店だけあって様々な価格の物があるが、レイラが求めるような品質の物は安くても50万モラはする。一般人の2ヶ月分の給料分のモラを私がポンと出せる訳が無いだろう。

 

「レイラ、店主はこう言っているが実際欲しい物はあるのか?」

 

「そうだね…」

 

レイラは少し迷ったあと、すぐに目当ての商品へと指をさした。『フェジュロア式記録装置付望遠鏡』……これは。

 

「それはギュロスが在学中に私に設計させた望遠鏡だが…別に私は望遠鏡の設計に長けている訳では無い。買うとしてもちゃんとした職人の手によるものの方が良い。組み立てたのもそこのギュロスだしな。」

 

ギュロスはその言葉を聞いてピースサインを手で作っていた。はァ…こんな学生の作った些末な品を店先に出すな。

 

「レイラ、自分の先輩に縁のあるものに目が惹かれるのは分かるが流石にこれは駄目だ。何故かすごく高いし…」

 

値札には堂々とした240万モラの文字。これを買えと強請られても流石に買わない。

 

「うーん…高いから良い性能なのかなと思ったんだけど…だったらこれが良いかもしれない。折りたたみも出来て持ち運びやすそう。」

 

『アルセニア式折りたたみ望遠鏡』…アルセニアといえばスパンタマッド学院(素論派)の教員だ。天文学に精通してるとは聞いてなかったが。そんなことを考えていればレイラとギュロスが注釈を教えてくれた。

 

「これは若き日のアルセニア先生が妙論派と明論派の学友との卒業製作で作った物なの。でもその学友っていうのは今の妙論派の賢者と望遠鏡職人グラシュアスだったの。だからその設計図で量産されたアルセニア式折りたたみ望遠鏡は望遠鏡界でも評価が高いの。」

 

「それに加え数年前にアルセニア先生はこの望遠鏡の設計図を引き払った。現存するアルセニア式折りたたみ望遠鏡の数は百と少し。この望遠鏡を手に入れる為に俺も大枚を叩いたんだぜ。」

 

「はぁ…。」

 

私は望遠鏡にあまり興味が無い、教令院で貸出されている物で星の発見は十分だからだ。大地と星の距離の計算に必要な物は望遠鏡で見える星の全貌ではなく季節の移り変わりによる位置関係の変化だ。それなりに知識はあるつもりだが…専門的な事となると頭が混乱する。アルセニア式折りたたみ望遠鏡の値札を見れば『130万モラ』の文字。

 

「レイラ、これ欲しいか?」

 

「うーん…私のお小遣いじゃ流石に買えないかも…一年くらいバイトすれば稼げるかな…?」

 

「バイト…明論派学者の身分では推奨出来ないな。ルタワヒスト学院のテストはかなり平均点が低い、学業以外に目を向けている暇は無いだろうな。」

 

「だよね…」

 

現実的な話をしていると私の肩をちょいちょいと店主がつついてくる。言いたいことは分かっている。買ってやれと言いたいんだろう。

 

「…値段交渉だ…!!!」

 

私とギュロスの戦争が始まる。

 

 

 

「…レイラ、取り敢えずまだ現物は手に入れられないが、彼との契約は完了した。これで君の学業がより実りあるものになる事を祈ろう。」

 

「流石に100万モラは高かったんじゃないかな…そんなに私に色々買ってくれなくてもいいのに…」

 

「君の才能に先輩が先行投資した…とでも思っていてくれ。それにあれだ、ギュロスの店に一度金を落としておきたかった。彼の生活が心配だからな。」

 

「フェジュロア…」

 

今言った理由はどちらも常々思っていたことだ。一度レイラと天体観測をした日、彼女は星空のスケッチをとっていたが何か物足りないという顔をしていた。それにハリム家の当主…ギュロスの父からギュロスの状況を探るように頼まれていた。もしレイラの願いが望遠鏡による天体観測ならば渡りに船だと思った。彼女の願いとハリム家からの願い。それを叶えられるのならばモラくらい払う。ハリム家はルタワヒスト学院の出資者でもあるからだ。巡り巡って私たちの研究費になるんだ。レイラは…

 

いつの間にか私は彼女をただの情欲そそられる存在では無く、愛しく労りたいと思う存在になっていた。彼女の為ならモラなどという物を惜しむことは無い。端的に言えば…私は彼女のことが…

 

「ちなみに…君が一人であの店に行くことは無かったのか?望遠鏡専門店だろう。」

 

「私あんな場所に望遠鏡の店があるなんて知らなかったよ?望遠鏡好きの口コミにも上がっていなかったし。」

 

「宣伝不足か…」

 

確かに彼は望遠鏡を仕入れる事だけにモラを使っていそうだ。近所付き合い、宣伝費などにモラをろくに使っていなさそう…

 

私はあの店に対する課題が自分の想定していた以上に簡単な事だという事も、それをギュロスが実行していなさそうな事も…レイラに言われて初めて気づいた事に少し呆れた。

 

…私もギュロスの事をどうこう言えないくらいには店の営業などに向いていないかもしれない。

 

 

 

レイラとランバド酒場で昼食を摂ったあと、宝飾店を冷やかしながらストリートを散策していると、彼女がとある提案を示してきた。

 

「フェジュロア、少しバザールの方に行かない?今日は確かニィロウのステージがあったの。」

 

「ニィロウ…?誰だ。」

 

「グランドバザールの演劇ステージ『ズバイルシアター』の名女優だよ。踊りが上手いの。」

 

ズバイルシアター…あれか、知恵の国で芸術なんてものを追求する集団。芸術というのは数学的であるべきだ。シアターなんて経営するならクシャレワー学院(妙論派)を卒業してからにするべきだと思っていたが…そうか、レイラがそれに興味があるのか。見る価値はそれだけで存在するだろう。

 

「なら…行こう。」

 

 

 

グランドバザールは言ってみればスメールシティでもモラの少ない者たち…貧民が生活している。スメールシティを支える聖樹の木の洞に居を構え、青果店や織物、珍奇な品が並ぶ市場が存在している。表の住民は滅多にそこへ足を踏み入れないが、スメールシティの傭兵団、三十人団が英気を養う為によくバザールへ歩を進めるという。

 

…少し憂鬱な気分だ。プルフラナは賢者フラナからの末裔、名家だ。スラムのような場所に長くは居たくはないのだが…

 

レイラは恐れを知らないのかバザールの住民に声を掛けて回っていた。彼女は珍しい物好きなのか詳細もよく分かりやしないおもちゃを手に取って確認していた。汚くないか、高価で買わされたりしないか、とにかく心配だ。

 

そうしてバザールを練り歩いていると一際豪華な設備が見えた。人だかりもできている。あれが『ズバイルシアター』か?

 

「レイラ…あれが……」

 

「そう、ズバイルシアターだよ。劇作家シェイクズバイルが書き下ろした劇を演出しているの。その中でも一番人気なのがニィロウ……だって前に友達に聞いた。私も実はよく分からないんだ。」

 

「そうなのか?…私たちは二人とも初劇場という訳だが。まぁ、豪に入れば郷に従えだ。シアターの人間にモラを払って劇を見るとしよう。」

 

「うん。」

 

そうして私たちはシアターの脇で忙しく作業をしていた従業員に声を掛けた。彼は私たちの格好を見ると驚いて逃げようとする。流石に『待て』と思い逃げる彼を呼び止める。

 

「何故逃げる。」

 

「だってあんたら…教令院の奴らだろ!?また劇場の停止を訴えに来たんだ!」

 

彼のその言葉に劇場に来ていた客も騒がしくなっていく。

 

「おい、俺たちはここから退去しないぞ!」

「私たちの憩いの場を奪わせはしない!」

「おい、何か用なのか!」

「教令院の人間は出ていけ!!」

 

会場は私たちの登場を歓迎していないようだ。そういえば賢者様の仕事にこうした違反者達の摘発という物があった。我らが賢者様とバザールの人間との間になんらかの諍いがあったと、ふむ…よっぽど恨まれているんだな。

 

「レイラ、帰るか?なんだか面倒くさい。」

 

「そうだね。ここまで拒絶されるなんて。今度来る時は教令院の生徒の証が分かる物を外して来ようか、私が迂闊だったよ。」

 

「あぁ。」

 

そう言って引き返そうとしたところ、ステージの上から声が掛けられた。若い女性…それもよく通った声。彼女は…

 

「ちょっと待って!…もしかしてあなた達…舞台を見に来たの?」

 

周囲から「やめとけニィロウ」とか「これ以上言ってやること無いぜ」とか言われている。そうか、彼女がニィロウか。誰からであろうと問われたからには答えなければいけないだろう。

 

「そうだ、私たちはニィロウという女優が出演する舞台を見に来たのだが…どうやら君たちは私達というか教令院の人間を拒みたかったらしい。別に怒ってはいない、機会が合わなかったというだけの話だ。」

 

「それなら帰るのは待って欲しい、私があなた達が見たかったニィロウ本人。もし良ければ…私たちの舞台を見ていかないかな!」

 

ふむ…周囲も私の言い分に少し罪悪感を覚えてしまったらしい。そりゃあそうだ、こちらはただの客だからな。それに名女優のニィロウにああ言わせてしまえばこのまま帰るのも彼女に悪い。

 

「レイラ、どうする。居心地は悪いが彼女の舞台が見れるそうだ。」

 

「なら、見よう。ニィロウさんにあそこまで言わせちゃったからね。」

 

「そうか…ニィロウ、お前の舞台を見させてもらおうか。」

 

「…!うん、絶対に後悔のない時間にしてあげる!」

 

私たちは従業員に案内されるまま、わざわざ用意された椅子に座った。教令院の人間が劇を見に来ている…劇団が取り潰されない為にも演劇でその重要性と芸術性を訴えるという行動に出たわけか。彼女達の思惑には申し訳ないが私たちはただの学生だ。歓待を受けても何も返せないだろう。

 

「…演目はなんだ?」

 

従業員の男に聞く。

 

「え、えと…『オルモスの商人』です。」

 

「…脚本・シェイクズバイル…主演・ニィロウ……この舞台がもてる本気の演劇とやらを見せてくれるらしいな。」

 

オルモスの商人…先程チラりと見えた作劇名と違う。私たちにアピールする為に自分たちにとって出来る一番面白い演劇に切り替えたか?

 

「…私たち、別に教令院の偉い人でもないのにこんな歓待を受けてるけど…良いのかな?」

 

小声で不安がるレイラに言ってやる。

 

「何も考えずに演劇に集中しよう。それがあいつらに返してやれる唯一の誠意だ。まぁ、悪い経験にはならない筈だ。」

 

会場が少しづつ静かになっていく。どうやら演劇が始まるらしい………

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

〜Layla side〜

 

 

「ニィロウの劇、すごく良かったね!あんなにレベルが高いものだとは正直思っていなかったよ。」

 

「ああ。」

 

フェジュロアと共に帰路についていると、彼の薄ぼんやりした返事が妙に気になった。バザールから出てからずっと「ああ」とか「うん」とかしか口にしていない。

 

「…演劇、つまらなかった?」

 

少し不安になる。私は面白いと思えても、根からの教令院生思考な彼からするとあまり気に入らなかったのかもしれない。そう思って彼を覗き込んでみると、目が合った瞬間にバッと横を向き視線を逸らされた。何かを見られたくないのか。

 

「え、どういう反応?」

 

「いや、あー…」

 

「えいっ!」

 

曖昧な返事に少々腹が立ってフェジュロアの顔が正面に見えるように彼の顔を掴んで私に向けた。

 

「ぐっ何を…」

 

「えっ?」

 

彼の目は潤み、目の下には涙の跡が残っていた。え、これってつまり…

 

「感動して泣いたの!?あのフェジュロアが!?」

 

「…まぁ。だが、あれはあまりにも感動的すぎて…少し切なくなって…」

 

それで涙が出るとは。彼は感受性が案外豊かなんだろうか。かなり意外だ。

 

でもニィロウの劇は私も見てみて良かったと思っている。バザールからルタワヒスト学院に通っている友達がおすすめしていたが、あれは確かに人におすすめしたくなるクオリティだった。

 

「…シェイクズバイル、劇作家としての腕は尋常じゃない。ハルヴァタット学院(知論派)の臨時講師として誘致させたいくらいにはな。」

 

「フェジュロアはすっかりあのシアターのファンになっちゃったんだね…」

 

横を歩く彼の横顔を見れば目元を擦りながら演劇中で出てきた歌を口ずさんでいる。普段の愉快な様子とも違う。

 

ふふ…私の案内でフェジュロアの知らない一面が見れたというのはなんだか嬉しい。あぁ…少し家に帰るのが名残惜しく感じる。

 

まだ、このまま…どこかに。

 

「レイラ?もうすぐ君の宿泊所だが…」

 

「あ、あぁ…うん。フェジュロア、今日は楽しかった。」

 

「あぁ。こちらこそ。明日から実験の再開だ、君の力を頼りにしている。」

 

「うん、じゃあね。」

 

彼はこちらに振り向くこと無く歩き去ってしまった。…はぁ、もうちょっと気の利いたことが言えれば…もしかしたら彼と…

 

私は今日の買い物、もといデートの事を想起する。フェジュロアに迷惑をかけてばかりだった。望遠鏡の事もそうだしシアターでの事もそうだ。頼りになる先輩…でも彼は対等な友人。

 

もっと、彼に近づきたい。横に並んで歩きたい。

 

私はそう思わずにはいられなかった。

 

温めたミルクを飲んでベッドに寝転がる。今日は、なんだかすぐに眠れそうだ。

 

 

 

 

「この意気地無し。」

 

"あたし"は今日の自分にうんざりした。

 






◇フェジュロア・プルフラナ…所持しているモラは学生にしては多い。数々の研究と成果から、数多の報奨金を受け取っているからだ。


◇レイラ…フェジュロアと一緒に居ることが当たり前になっていることに最近気づいた。もっと友人らしく対等にフェジュロアと語り合えたら…そう思わずにはいられない。


◇ギュロス・ハリム…ハリム家の令息。家の意向を無視して天文学の道に進んだが、ずっと家から気にされている。ルタワヒスト学院としては彼の入学を機に支援金が増えたのだから彼を拒む理由は無い。卒業後もルタワヒスト学院はギュロスの動向を気にしている。

◇ニィロウ…グランドバザールの劇場ズバイルシアターの女優兼踊り子。バザールの環境下にあっても他人を一番に考えられる性格の良い女の子。スメールシティで彼女の美貌や踊りに魅了される男は数を絶えない。魔性とは彼女にふさわしい言葉だろう。

◇シェイクズバイル…ズバイルシアターのオーナーにして劇作家。劇作家としての腕はこの時代からしても尋常ではない。彼は…おそらくシェイクス○ア。


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五話 レイラちゃんと砂漠旅行・前

 

 

「『邪神降誕』ッ!!」

 

私の神の目から迸る元素の奔流、『元素爆発』…

 

私は岩元素の要素の一つ、『引力』を用いてテイワットの星空の奥に潜む『なにか』の力を自身の身に引き寄せる事が出来る。魔神でも天空の神でもないそれを私は仮に『邪神』と呼称している。

 

「私が相手してやる、かかって来い砂漠の魔物共ぉ!!」

 

魔神の残骸を啜り強大化した砂漠の魔物達、聖骸獣を相手取るならこの力の行使は必須だ。奴らの攻撃をものともしない装甲を作り出せるこの『ナイアルラートホテプモード』が。

 

「フェジーの馬鹿!お前がそれを使うと俺たちの結晶シールドがなんの役にも立たなくなるだろうが!使うなら先に言えよ!」

 

「あれが学院の狂気…フェジュロアの本性か…」

 

「レイラちゃん、今のあいつは危険だ。君のシールドも無力化されてしまうだろう、ここはあいつに任せて俺たちは引くぞ。」

 

「……うん。」

 

ルタワヒスト学院の皆が退避したことを確認し魔物…聖骸獣に向き直る。赤い鳥と紫の蠍の二匹、その内鳥の方が炎元素を漂わせながら動き出した。鋭い瞳は私を確実に獲物として捉えているのだろう。…蠍は様子見しているのか?様子見と言ってもやつの目が見えているのかは分からないが。

 

「『無貌の(かいな)』…!」

 

鷹や鷲のような猛禽類を模した聖骸獣の羽を、私の両腕から生えた触手で掴み取り、地面に叩きつける。聖骸獣のけたたましい悲鳴が轟くが、すぐさまやつは私に向き直り炎の玉を吐いた。…直撃。

 

「熱っ…ふははは全然痛く無いぞ!そんな物か、この鳥頭!!教令院の天才に適う道理は無かったなぁ!!!」

 

私の煽りが効いたのか効いていないのか分からないが、鳥の聖骸獣は触手による拘束から逃れ、天へと舞った。そして己の身に炎を纏いこちらを見据えている……突進してくるな!

 

「良いぞ、受け止めてやる!」

 

地面に岩元素を通して頑強な壁を生成する。だがやつはその壁をものともしないようで、簡単に破壊して私の喉元まで嘴が届く。だが、

 

「やっぱお前、鳥頭ってやつだなぁ。罠だぜ!」

 

やつは私の首元に小さな傷を作ったあと動けなくなった。『時間停止の血流』…ナイアルラートホテプモード中の私の血液に触れた全ての生物は、神経が麻痺してその場で時が止まったかのように小時間停止する。運動エネルギーさえも慄かせ停止させるので、やつの突進の勢いが私に届くことはない。

 

この世ならざる存在、邪神の一端に触れた存在は全身が畏れを抱き行動を喪失する。そう解釈してはいるが、本当の所の原理はよく分からない。まぁ、魔物との戦闘では便利なのでよく活用している。

 

そのまま身動きひとつ取れなくなった聖骸獣を何本もの触手で貫く。七本…八本…九本刺したところで、己の身体を貫く触手を認識することも、絶命の叫びをあげることも出来ずに聖骸獣は塵へと変わっていった。私はその様子を確認していたもう一体の聖骸獣、蠍の魔物へと視線を移す。

 

「次は君だよ。」

 

自分の同類の散り様を見ていた聖骸獣は目の前の存在に恐れ慄いたが、己の内に巡る魔神の怨嗟が闘争心を煽る。本能で逃げろと警告しても身体は逃げることが出来ない。

 

『キシャァア!』

 

「ぶっ潰してやる!」

 

テイワットから見れば…応援するのは蠍の聖骸獣の方だろう。世界からすれば未知のウィルス、それがフェジュロア・プルフラナというスメール人には宿っているのだから。

 

 

 

 

 

「…終わったぞ。皆、平気か?」

 

「あぁ。お前のおかげで助かったよ。聖骸獣二匹に襲われることなんて滅多に無いからな。だが…」

 

「君の戦闘時の姿を初めて見た後輩達が呪詛か祝詞か知らないがボソボソと唱えている。聖骸獣よりも君の姿の方が彼らにとっては恐怖が大きかったらしい。やはりその姿…もう少しどうにかならないのか?」

 

「…すまない。ちなみにレイラは大丈夫か?」

 

「うん…でも流石に驚いたな。変な仮面を被って…フェジュロアの表情が見えないまま、辺りに生えた大量の黒い触手を操作していたのは。」

 

「そうか…もう少しヒロイックな見た目にしたいのだがこれが限界でな…本来の姿を見た者はすぐさま発狂してしまうほどに酷いんだ。これでも大分見た目は改善されている。」

 

「さっきのあれ…ニャルラト…なんとかモードだったっけか。」

 

「違う、ナイアルラートホテプモードだ。」

 

「フルソ、フェジー、そんな事はどうでもいい。さっさと後輩達を元気づけてやれ。旅の支障に関わる。」

 

…旅、そうだ。今日の早朝の事を思い出す。

 

 

 

 

 

私達は現在明論派の修了過程生フルソ・ニグラムの言い出した『砂漠遠征』企画の途中だった。明論派のまだ進むべき専攻科目を決めていない後輩達を誘致して、夜の砂漠から見える星の美しさを啓蒙するという企画…もとい天文学科目への勧誘会だ。

 

参加条件は緩く明論派の生徒という条件だけ。応募する生徒の数はすぐに定員の五十人まで集まった。

 

勿論学生だけの旅行ではない。最早お馴染みな基礎占星術教員のミディア、それと惑星地質学教員であるザイガス先生、二人による引率がついている。

 

魔物への対策としては神の目の保有者である明論派学生のアムダ、ジュラ、イテム、レイラ、そして私の五人が参加している。アムダ、ジュラ、イテムの三人は私の『星間距離の観測と把握』プロジェクトに参加しているメンバーの一員。連携は問題ない。

 

そんな大人数での遠征計画、結果が成功に終われば主催者であるフルソ、教員のミディアとザイガス先生は教令院から評価される。特にフルソは教員への切符がかかっている。大事な先輩だ、支援してやりたい。

 

 

集合場所のスメールシティ西門には、既に多くの明論派学生が揃っていた。うん…五十人以上いる、おそらく欠席者は無しか?

 

「おいフェジー遅いぞ!お前が今回の護衛の要なんだからな!しっかりしてもらわなきゃ困るぜ。」

 

集合場所に辿り着いた私にフルソが声を掛けてきた。遅かったのはただの寝坊だ、本当に悪かった。だが定刻は過ぎていない。大丈夫だろう。

 

「すまない、寝てた。これから夜まで行動だから睡眠が必要だったのさ。というか護衛の要というがエルマイト旅団の一人も雇わないとはどういうつもりだい?別に軍資金が教令院から降りなかった訳じゃ無いだろう?」

 

「そうだが、当日の朝に聞くことじゃ無いよな。…こっち来い。」

 

フルソが私を呼ぶ。どうやら周りの後輩達には聞かれたくない話らしい。

 

「今回俺はエルマイト旅団のメンバー二人を雇って学生に潜ませている。大人数での砂漠旅行にはどうしたって危険がつきまとうから現地に詳しいやつらは必須だった。」

 

そう聞いて引率側にいる学生たちを眺めてみれば知らない顔が二人。あいつらが今回助けてくれる護衛か。若く見えるようにメイクなんかもしてるみたいだ。

 

「実績の為には俺たちだけでやり遂げた事が評価に値する。エルマイト旅団の二人には学生に偽装してもらってるんだ。その為に協力頼むぜ、フェジー。」

 

「…そういう事を言っていると何か大きな失敗をして護衛を雇わなかったお前のせいだ…とかなりそうなものだが。教員も居て更に神の目持ちが五人、何かあっても全てフルソの責任にはならないだろう。リーダーとして気楽に構えとけ、警戒は私たちが頑張る。」

 

「ありがとうよ。」

 

私たちは小声で話し合うのをやめて引率される学生達の数を改めて数え直す。…48、二人足りないな。するとフルソが私の頭に浮かんだ疑問に答えてくれた。

 

「一人は腹痛で不参加、もう一人はこっちで引率役を振り返ってみるやっているお前の後輩のレイラだ。引率の参加条件が修了過程生か修了過程まで単位を既に取っている学生だからな。彼女を引率には入れられなかったんだ。だが、引率に神の目持ちは欲しい。お前が彼女を連れていきたいと言っているのを聞いてから考えた策だぜ。」

 

レイラ…あそこに居るな。少し遠くに見える彼女からは不安が伺える。引率側に混ざらせられるのは良いが周りは自分よりも一回り違う先輩。心細かろう。

 

「ほう。じゃあ私はレイラに挨拶をしに行く。リーダー役頑張れよ。」

 

「おうよ。」

 

彼の自信満々といった様子に企画を耳にした時からあった心配が薄らいでいく。私はこの旅の成功を予感しながら馴染みの彼女の元へと向かった。彼女もこちらに気づいたのか控えめに手を振ってきた。手を振り返して彼女に挨拶をする。

 

「よう、レイラ。大丈夫か?」

 

「随分遅かったね…もう7時55分、集合の8時まであとちょっとだよ。あと大丈夫か、と聞かれても先輩たちは優しいから別にこれといった問題も無かったけど。」

 

「悪い悪い。おそらくこれから明後日に掛けて私たちは共に行動する。実質的に言えば遊びに行くようなものだが、護衛という立場を忘れるなよ。」

 

「うん。分かってる。今日ばかりは眠くならないようにしっかり寝てきたから。」

 

「はは…そういえば今日はアアル村に泊まる事になる。もしかしたら夢遊中のレイラと話せるかもな。」

 

「…部屋に内側から開けられない鍵でもかけておこうかな…」

 

「おいおい。」

 

そんな風にレイラと駄弁っていると、8時になったのかフルソが声を出し始めた。

 

「静かにしてくれ、これから『砂漠遠征』企画を開始する!事前の説明にあったとは思うがまずは点呼を取りながらお前たち参加者のアーカーシャ端末の登録を行わせてもらう!砂漠で迷子になったらすぐに俺に連絡を入れられるようにな。」

 

…フルソ、案外リーダーらしくしているな。普段から私のプロジェクトに参加している修了過程生を取り纏めていたが、彼にはぴったりの役回りだったとううことだ。後輩たちのアーカーシャ端末の連絡先登録しながら歩いて回る彼を見ながら私たちは彼ら後輩達の顔を出来るだけ覚えておく。いつ誰が居なくなっても分かるようにだ。先日渡された名簿に貼り付けられた顔写真と1人ずつ整合させていく。

 

「そういえば…バイザーの数は間に合っているのか?先日足りないとか言っていたじゃないか。」

 

レイラとは反対隣にいたジュラに聞いてみる。目を保護するものが無いと砂漠での風砂にやられて目も開けられない。企画の参加者が予想より多かったのでバイザーが足りないとフルソが嘆いていたのだが。

 

「勿論足りたさ。参加者の分はな。」

 

そう言って彼は懐から一枚の布を取り出した。まさか。

 

「引率はこれさ。目の前に一枚の布を被せて目の保護をする。ちゃんとジガッドが見えやすいやつを用意してくれた。」

 

「これ、エルマイト旅団のあれじゃないか。これを着けるのか…デザインは違うが一気に砂漠の民になった気分だ。」

 

そう言って引率側にいる学生に扮したエルマイト旅団のメンバー二人を見てみれば、ジュラが持っていた物と同じデザインの布を既に目の周りに巻いていた。そっちの方が落ち着くのか?

 

バイザー用意の怠慢に対する同意を求めようとレイラに振り返ってみれば、彼女も既に布を着けていた。可愛い。…が、

 

「流石に浮かれすぎだ。何処かで転ぶぞ?」

 

「フェジュロア、そんなに着けるの嫌なの?」

 

「出来ればこういったエルマイト旅団に由来する物は着けたくないからな。砂漠に着くまでは着けないさ。」

 

「そう…」

 

しばらくすると点呼とアーカーシャ端末の記録をし終えたフルソが引率の紹介を始めた。

 

「まずは知っている人も多いだろう占星術基礎のミディア先生。そして後輩達はまだ受けていないであろう惑星地質学の教員ザイガス先生だ。だが彼らはあくまで引率監査役の教員。何か問題が起きた時はまず引率の俺たちに連絡してくれ。」

 

フルソがミディアのことをミディア先生と言っている。面白い。

 

「そして本日護衛を担当してくれるジュラ、フェジュロア、レイラ、アムダ、イテムだ。フェジュロアとレイラは有名だろうから知ってるやつも多いだろう。魔物のトラブルの場合はまず彼らを頼ってくれ、流石に魔物は俺たちじゃどうにもならないからな!」

 

名前を呼ばれ一礼する。しかし私とレイラが有名か、教員代理をしている私はともかくレイラの顔は後輩たちに知られているのだろうか。そこが少し気になった。

 

「では今より砂漠遠征を開始する!先頭で護衛をしてくれるジュラ、アムダ、イテムに着いて行ってくれ。」

 

スメールシティの西門を潜り雨林へと歩き出した。私とレイラは遠征隊の後ろにつき、護衛の仕事を始めた。

 

 

 

「…ここら辺は変な雰囲気が漂っているよな。偶に砂漠遠征で通るが毎回違和感を感じる。」

 

遠征隊が大きな丸い葉を持つ植物…ペペロミオイデスの様な物が生い茂る森に辿り着いた頃、私は常々思っていた事をレイラに問いかける。ただの雑談だ。

 

「それはあれじゃないかな、ここにはアランナラが住まう地っていう噂があるの。」

 

「ここにか。確かアランナラと言えば民間伝承に登場する木の精霊…草神マハールッカデヴァータの眷属だと言われているな。そんな事を綴った因論派の論文を見たことがあるな。曰く彼らのような存在が無ければ数百年前の死域進行の停止は説明がつかないだとか。」

 

どうせ砂漠化が何らかの影響でその地で止まったことから精霊信仰が産まれたんだと思うが。

 

「子供の頃には見えるらしいって話は聞くんだけどね。」

 

「大人になれば忘れる。作り話としては実に便利な設定だ。」

 

「もしかしたらフェジュロアも子供の頃に見たことがあるかもよ。」

 

「はは…それは無い。精霊がシティまで来て何をするっていうんだ。せいぜいシティの観光くらいだろう。それよりも私が幼き頃に見た物は…」

 

「フェジュロア?」

 

言葉に詰まった私の顔をレイラは覗き込んでいる。思わず口が滑った…彼女に言ってみるべきか。

 

だが、これは禁忌に関わる話。………話しておこう。彼女には、私の全てを理解してもらいたい。

 

「…レイラ、耳を貸してくれ。」

 

「ひゃ…」

 

「あ、すまない…」

 

彼女の口から発せられた甘い声。別にそんなのが目的で耳に近づいた訳では無いのだが…いや、いきなり耳元で声を出した私が悪いのか?彼女の長い耳も理由だとは思うが。

 

「レイラ、君はクラクサナリデビを信仰しているか?」

 

「うぅ…フェジュロア、いきなり……え、何?クラクサナリデビ様?うーん…信仰って言えるほどではないかもしれないけど他の神様…キングデシェレトやナブ・マリカッタ、マハールッカデヴァータとかに比べれば信じているけど…なんの確認?」

 

「教令院の未だマハールッカデヴァータを信仰している者には私が今からする話は言い難い話なのだ。レイラに行ったのはクラクサナリデビ様を嫌っている…なんてことが無いかの確認だ。」

 

「…興味ある。」

 

私はレイラに、かつて人が知り得ない知識をクラクサナリデビから享受した事を話す事にした。

 

語りを聞くレイラの顔は信じられないという心の音を隠せていない。それだけ異様な思い出なのだ。神から知恵を授かったというのは。

 

「それって…クラクサナリデビ様は500年前の時と違って現代の教令院すら覆せるだけの知識を保有しているってこと…?それが明るみになればクラクサナリデビ様は…」

 

「とても言えない話だ。それに今スメールの神の心はアーカーシャの運営に使われている。もし今クラクサナリデビ様を解放してしまえば待っているのは何だ?クラクサナリデビ様が神の心を取り戻す事によるアーカーシャの停止、それはスメール全体に多大な被害を及ぼすだろう。クラクサナリデビ様だって望んでいない筈。」

 

「でも…私たちの神を閉じ込めているのにはとても賛同できる話じゃない。それはずっと思っていた。そして今のフェジュロアの話を聞いて私の意見はより強固になった。神の知識を保有する神、クラクサナリデビ様を解放するべきじゃないかな…」

 

…レイラもそう思うか。だが、今は時期が悪い。半年に一回の学術発表会(ジュニャーナガルバ)の為に修了過程生は気が立っている。遠征なんて計画出来るのは私たちのプロジェクトメンバーくらいだ。学生の心を揺るがす大きな出来事があって最悪学術発表会で本領を発揮できなく、草神の復活を進言した私が恨まれるという事があっては今後とプルフラナの威信に関わる。

 

「…今は機じゃない。来年の花神誕祭、その時だ。クラクサナリデビ様を解放するのは。私はクラクサナリデビ様を信仰している。私が賢者様から受けている課題を全て終わらせた時、クラクサナリデビ様を解放するよう進言する。」

 

「…それって危ないんじゃないかな…」

 

「私の元に回ってきている課題は普通の学者じゃ完成させられない、私の知識の元であるから出来ることなのだ。そして私の知識の大元は神の知恵。否定はさせない。」

 

「そう…なら、私たちは盟約を交わそう。こんな旅先だけど、共通の意志を持った者として。」

 

「あぁ。『神の救出』、私たちで誓い合おう。」

 

レイラと人には言えない秘密が出来た。これは喜ばしいことだ。だが、こんな危険を孕んだ計画に彼女の力を借りる必要があるか、それが私にはまだ分からなかった。

 

 

 

 

 

遠征は計画通りに進み、夕方に差し掛かる頃、無事に砂漠付近まで来る事が出来た。キャラバン宿駅でしばらく休憩をした後、今日宿泊予定のアアル村まで向かう事にした。

 

目的はすぐそこだと歩き疲れた企画参加者達も浮き足立っている。私達も気を張り詰める事を忘れかけていた時だ。

 

「蠍だ。」

 

参加者のそんな言葉が聞こえた。砂漠にはよくいる生物。通常種よりも幾分か大きくなったそれを参加者たちは初めて見たのだろう。だが所詮蠍。砂漠に行き慣れた前列の護衛達が何とかしてくれるだろう。

 

そう思った瞬間、背後から『キシャア』と耳障りな鳴き声が聞こえた。まさか!

 

「レイラ、付近の学生と自分にシールドを!!」

 

「分かったわ!『寒星』っ!!」

 

隣から…いや、背後からも冷気が広がるのを感じる。レイラの氷元素によるシールド『安眠天幕シールド』が無事に発動したようだ。そして後輩達に降り注ぐ雷元素の奔流。自分たちの周囲に張られたシールドと降り注ぐ攻撃に困惑する参加者達を背に、私は"本"を取り出した。

 

「聖骸獣の一匹くらい私がなんとかする!レイラは後輩達に事情説明、それと前列の護衛をこっちに一人回してくれ!」

 

「うん、ここは私が護る…あ、ザイガス先生!前の方にいるジュラを呼んで貰えますか!」

 

「分かった!生徒達は頼んだぞ!」

 

背後から聞こえる声に安心し、砂の中から突然現れた魔物を見据える。雷元素を発するバカでかい蠍…聖骸サソリか。大きなハサミでカチカチと音を鳴らしている。お前くらいこれだけで切断できる…とでも言いたいのか。威嚇行動としては充分だろう、後ろの後輩たちの怯える声が聞こえているからな。

 

やつを被害を出さずに倒す方法…あるにはあるが後輩達の前では使いたくない。仕方ない、私の法器による通常攻撃でやつを相手取る。

 

『ギシャアアア』

 

「らぁッ!」

 

法器からレーザー状に射出された岩元素の奔流を聖骸サソリは優に受け止める。出力が足りないか。私の岩元素レーザーを受け止めたあとはすぐにこちらに接近して大きなハサミを振り上げ私が先程までいた場所に叩きつけた。挟まないのか…

 

しかし動きが速い、後ろにいる後輩達やレイラの存在が枷となるな。私は聖骸獣の脳天に岩元素レーザーを当て続けながら遠征隊から離れていく。

 

「レイラ、ジュラがすぐ来ると思うが私の事は気にするな。あいつをなんとかして…」

 

「フェジー、まずいぜ!前列の方に聖骸獣が…ってこっちもかよォ!!」

 

ジュラがこちらに駆けて来ていた。「前列の方にも」だと!?それはまずい。神の目持ちがレイラ含め四人もいれば聖骸獣は対処出来るだろう、だが…二体の聖骸獣…遠征隊の被害は免れないだろう。

 

「作戦変更だ!私はこのままサソリを引き連れて前列へ向かう!レイラは私の援護、ジュラはアアル村に急いで『狩人』を呼んでこい!」

 

「前列に…分かった!あれを使うんだな!レイラ、ここは任せたぜ。」

 

「え、でもなんで聖骸獣を前列に…これじゃ更に大変じゃ…」

 

「フェジュロアにはできるんだ。聖骸獣を二体相手取るくらいな。じゃあ俺はアアル村に向かう!」

 

「…フェジュロア、どういうこと?援護はする。でも聖骸獣二体なんて…」

 

レイラには見せたことがない。あの姿はとても醜く…恐ろしいものだから。でも今は生命の危機。迷っている暇は無い。

 

「出来る。私の力は星空の神秘そのものだから。」

 

サソリの攻撃を交わし続けながら前列を目指す。

 

サソリは完全に私に狙いを定めたようで、降り注ぐ雷は全て私を狙ったものだった。レイラに周囲の後輩たちを守らせるのも無駄だったかもしれないな。

 

ハサミを避け、落雷を避け、地面から飛び出てくる巨体を地中の岩元素の乱れを感知して回避する。うん、この聖骸サソリは聖骸獣の中でも戦いやすいな。

 

そして避けて逃げてを繰り返すこと二分、前列で大きな鳥の魔物と戦うアムダとイテム…ついでにフルソとジガッドの姿が見えた。鳥か…面倒だな。聖骸朱鳶…飛ばれたら追撃出来ないどころか後ろの後輩たちを狙われる可能性がある。

 

「おい、私が来たぞ!」

 

「おぉ!やっと来たかフェジー!…って、なんで聖骸獣もう一匹連れてきてるんだ!!?」

 

「ぐっ…後ろから走ってきたザイガス先生が言っていただろう、もう一体出たって。なんで連れてきたかは知らないがな!『炎よ』!!……この鳥炎纏ってるから僕の炎元素じゃ攻撃が通りにくい!」

 

「アムダ、ジガッド、下がれ!おそらくフェジュロアはあれをやる気だ!!私の水元素シールドも破壊されちまう!」

 

「…!?分かった、フルソも下がるぞ!」

 

「何でだ!?」

 

「フェジュロアがあれを使う!!」

 

場は混乱している。二匹の聖骸獣、恐怖する後輩達、苦戦する先輩達。だが…この混乱を全て取っ払う手段が私にはある。

 

「レイラ、軽蔑するなよ。」

 

「うん…?うん、私はフェジュロアを軽蔑したりは多分しない!」

 

「そうか。」

 

その確認が取れたのなら充分だ。二匹の聖骸獣を視線に捉え、対象とする。禁忌の奥義。神への冒涜。

 

「我は千の貌を持つ不定形。」

 

「我は無機質であり有機質、万有物質。」

 

「我は無形であり有形、諸行無常。」

 

「今此処に宇宙(そら)を堕とす!」

 

「『邪神降誕』ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

 

聖骸サソリの遺体を踏み付けながら周囲を見渡す。いつもの仲間たちは怯える後輩たちを説得して回っている。はァ…だから使いたくないんだ。

 

邪神降誕…それはこの世に属さぬ者。一時的に己を"降臨者"とする外法。使い続けるとデメリットがあるとか魔力を極端に消費するとか…そんな事は無いのだが。明らかに禁忌に触れている。大マハマトラにでも見つかれば処断は必至だ。

 

私は目の前にいる多くの目撃者をどうしようかと頭を悩ませる。足元のこいつみたいに殺してしまえれば…とは思わない。私は社会性を持つプルフラナの人間だからだ。どうにもならない矛盾というのは誰しもが抱える物、それが私の場合は少々大きな物だというだけなのだろう。悩みを忘れられるからと言って足元のこいつみたいに息を引き取ったりはしない。………息を引き取る…

 

「……"遺体"?」

 

倒した後の魔物は空気に溶けて消失する。なら、今踏んでいるこいつはなんだ?

 

ゲシゲシと踏みつけるのをやめ、聖骸サソリの顔を覗く。そこには怪しげな紫色の光を灯した瞳がこちらを真っ直ぐに見据えていて…

 

『グガアアアアア』

 

「うおおおおお!!?」

 

「えい。」

 

優しげな声と共に飛んできた槍によって聖骸サソリは塵へと帰っていった。た、助かった…あの距離じゃ流石に私もハサミから逃げられない。一発でジョキンだ。

 

槍が飛んできた方を見れば褐色の綺麗な女性。琥珀色の左目、藍色の右目…彼女はまさか…

 

「どうやら大変な目にあっていたようですね。今晩アアル村で宿泊予定の教令院生たちでしょう。よく自分たちの手で砂漠の魔物を片付けることが出来ました。けど…油断は良くないですよ。さ、アアル村へ案内します。私の名前は"キャンディス"、アアル村のガーディアンです。」

 

『狩人』…それは、砂漠の強者。人類で最も力を持つ存在。全ての障害を断ち、ただアアルを護るガーディアン。

 

私たち明論派遠征隊はそんな彼女の勇姿を一目見ることが出来たのだった。

 

 






◇フェジュロア・プルフラナ…神の目︰岩、武器種︰法器。深淵から最も遠き宇宙の力を行使するテイワットでも類を見ない存在。ただし、その強大な力を行使すると周囲の身を守る力『シールド』が消失する。かの邪神から気に入られるという快挙を成し遂げている。クトゥルフ神話技能の値が高い。


◆『外典』…フェジュロアが使用する法器。フェジュロアが無意識に書き残した外なる神に関する記述が記載されている。フェジュロア以外の者がその中身を見れば…


◇レイラ…神の目︰氷、武器種︰片手剣。氷の力で安眠を護るシールドを生成できる。遠征に加わったのはフェジュロアの誘いによるもの。一度フェジュロアのプロジェクトメンバーとも顔合わせしておきたかったという事情もあって遠征隊の参加に承諾した。


◇ジュラ…神の目︰雷、武器種︰無し。無手で戦闘をする。フェジュロアのプロジェクトメンバー。

◇アムダ…神の目︰炎、武器種︰ハルバード。フェジュロアのプロジェクトメンバー。一人称が僕。

◇イテム…神の目︰水、武器種︰盾。フェジュロアのプロジェクトメンバー。女の子。

◇ザイガス…惑星地質学の教員。

◇キャンディス…おそらく最強。



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六話 レイラちゃんと砂漠旅行・後


アゲ(高評価)とコメント仕込まれてマジ狂い。(本当に励みになってます!)




 

 

 

出会い(運命)は何時も唐突だ。私の気持ちを待ってなんかくれない。

 

「君は…夢遊中のレイラ…なのか?」

 

「うん、あたしはレイラ。君のよく知ってるいレイラ本人だよ。」

 

彼女には言いたいことが少なからずあった筈だ。いつもの眠気に塗れた彼女とさっぱりとした口調の彼女とが頭の中で整合しない。でも、直感的に彼女もレイラなのだと受け入れられた。

 

「…隣に座っても?」

 

「どうぞ、フェジュロアさん。」

 

レイラが腰掛けていたレジャーシートに横並びになって座る。彼女との距離はおよそ50cm、近からず遠からず。まるで彼女との心の距離を表しているような気がした。先程までの距離とはまるで違う。

 

彼女に聞きたいこと…今はそんな事よりも彼女の本心を知りたかった。

 

「叶うことなら…君の視点から見た星空の事を教えて欲しい。」

 

「良いよ。朝まででも語ってあげる。それに──」

 

 

───星空(あなた)にとってのあたしを知りたい。

 

 

深夜の葦海(アアル)で私たちは星を見ない。誰もが寝静まった頃、星空の下で秘密の語らいが行われた。

 

地上の星(夢の外のレイラ)星空の意思(ナイアルラートホテプ)。私たちは出会うべくして出会ったのだろう。

 

これを『運命』と断言することが出来たのなら…どれだけ清々しいのだろうか。

 

ただ星の無い空(運命の無い世界)を想像して、私はそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚める。……ここはどこだ。

 

「フェジー?起きたのか。どうやら寝ぼけてるみたいだな。」

 

この軽薄そうな声は…

 

「ジガッドか?…あぁ、そうだ。私たちは遠征の途中だったな。」

 

ここはアアル村の宿泊施設。私は幼馴染のジガッド、友人のジュラ、フルソと同じ部屋で一晩を過ごした。

 

石造りの壁に刻まれたキングデシェレト文明の紋様を見ればすぐに砂漠の方の建築物だと分かるものだが、どうやら寝ぼけて頭が回っていなかったらしい。

 

「お前昨日の宴会にも来ないですぐ寝たじゃねぇか。なのになんで一番起きるのが遅ぇんだ?」

 

「フルソ…いや、昨日の戦闘で疲れたんだ。あれを使ったからといって特に疲労が嵩むって訳じゃあ無いが、身体を動かすのは普通に疲れる。」

 

「そうか…でもあのキャンディスって姉ちゃんが大量の料理を拵えてくれてよ、まじ旨かったんだぜ。」

 

あのお姉さんの料理か。さぞかし旨いんだろうな。フルソは何にでも旨いと言うから彼の評価は宛にならんが。

 

「狩人の料理か。それは食べてみたかった。…しかし充分なモラは払っているとはいえ大量に作らせるのは彼女に悪いな。」

 

「それでアアル村にモラが流れて賑わうなら別に良いんじゃないか?今日は夕方まで後輩達も全員自由行動だからもっと多くのモラがこのアアル村に落とされるだろうしな。」

 

自由行動…後輩達に事前にグループを組ませてたな。基本6人グループで8組。だが、

 

「自由行動ってもグループごとに引率が一人ついて行かなければならないんだろう?私たちには自由行動という選択肢が無い。先輩として仕方ない事だとは思うが。」

 

引率の人数もレイラと教員を抜けば8人だから丁度だった筈。余り者はいないので私がサボる事は出来ない。

 

「おいおい、俺らがレイラちゃんを参加者側にした理由はただ神の目持ちを参加させたかったからって訳じゃないぜ。お前が彼女のいる班に着いて回るんだ。」

 

「ほう……ん?何故そのような事をわざわざする。」

 

別にレイラとずっと行動したいという訳でも無いのだが。それにどうして友人たちが私とレイラを組ませるような真似をする。

 

「フェジー、君が後輩の女子を旅行に連れて行きたいとか言ったからなんだぞ?俺たちが配慮してやったんじゃないか。」

 

「………そういう事か。」

 

「ハハハっ、レイラちゃんも大変だな。こんな男に好かれちまってよ。」

 

私がレイラに興味があることは既に友人たち全員に広まっているらしかった。これではイテムと同室のレイラは彼女からの質問攻めにあって大変だっただろう。彼女は恋愛ごとにうるさいからな。…私はここにいないレイラに心の中で謝罪した。

 

「じゃあ私はレイラの所属するグループと一緒に自由行動に取り掛かれば良いわけだな。"そういう事"は前日からしっかり言っておいて欲しかったが。」

 

「そういう事って…旅の計画書に記載されてあっただろう。レイラちゃんの班の担当引率の欄に"フェジュロア"って。さては見てなかったなお前。」

 

「………。さ、いい頃合だし朝食に向かおう。」

 

「お前……」

 

「学院の狂気がこんな間抜けだとは教令院の皆は知らないだろうな。はは。」

 

「うるさい、飯だ飯。」

 

私たちは部屋を片付けて朝食が並べられている大広間に向かった。

 

 

 

 

 

 

「あら、あなた…朝食も食べないつもりですか?」

 

宿泊施設から出て外の空気を吸っていると、アアル村のガーディアンのキャンディスさんがこちらに歩いてきた。

 

「あぁ、昨日はすいません。夕食会に参加しなくて。でも今日はもう朝食を食べたんですよ、他の引率の皆も砂漠遠征企画の参加者より早く朝食を頂きました。昨日の聖骸獣の出現でもう少し安全面を見直す必要が出てしまって…」

 

これから私たち引率は後輩たちの自由行動に着いて回らなければいけない。昨日は酒が入ってまともに会議出来なかったそうなので、フルソ達引率は今、少ない時間の隙間を縫って会議をしていた。

 

私が外に出ている理由と言えばそれはフルソのプライドの問題だ。この遠征企画は彼の卒業前に為した大きなプロジェクトという事になるのだろう。だが、合間合間に後輩の私が出張っては後で記録を見返された時に、私の存在あってこそだと言われてしまう。

 

フルソは本来の卒業研究すら後輩である私が立ち上げたプロジェクトに参加しているのだ、ここらで教令院も教員志望の彼のリーダーシップ能力の育成を測っておきたいのだろう。

 

彼のアーカーシャ端末で旅先での引率による会議を記録し、データを明論派賢者のアザール様に引き渡す事になっている。私の戦闘時の記録は改竄させて貰ったが、せめて自分たちの手の及ぶ範囲の事は自分たちだけでやり遂げなければならないのだ。

 

「そうだったのですね。……確か、フェジュロアさん…でしたか?」

 

「合っていますよ。何か…用事ですか?」

 

キャンディスさんは私の名前を確認し、て少し微笑みながら一つの言葉を口にした。

 

「『アル・アジフの砂』…聞いたことがありますね。」

 

………彼女のその質問は私の禁忌に触れる言葉だった。

 

「…かつて私が幼い頃、そう呼ばれる土地で迷子になり、独りで夜を明かした事があります。それが何か…」

 

自身の心臓の鼓動が嫌に大きく聞こえた。動揺してしまった。この動揺を彼女は見逃しやしない。

 

「夜を…そこで貴方は何かと逢いましたか?」

 

「………草神、クラクサナリデビ様と、夢の中で語り合いました。」

 

「…そうですか。……貴方は草神を信仰していますか?」

 

キャンディスさんのその質問に、丁度同じような質問をレイラに昨日したのを思い出した。だが今は彼女と語らっている時のような幸福感に満ちた気分じゃない。尋問…そう表すのが正しいだろうか。私はもうまともにキャンディスさんの全てを見透かす様な左目を直視出来なかった。

 

「…はい。知識を授けて貰ったので。彼女への恩は言葉に出来ないほど大きく…」

 

「信仰を疑う様で悪いですが。それは、本当に草神でしたか?」

 

あの日の夢を想起してクラクサナリデビ様の姿を思い出した。まだ幼子の様な姿で…四葉のクローバーの様な瞳孔を持つ深い緑の瞳、清らかな印象を見た人に与える白から草木の神としての力を思わせる緑へとグラデーションしている頭髪。500年前の資料にあったクラクサナリデビ様の姿、そのものだった筈だ。

 

「私の推測で悪いですが、神は直接人に知識を授けません。授けるのは試練、それを課すことが神の本分だと…私は思っています。貴方が見た神というのは…」

 

「…アル・アジフの砂、普段は砂嵐が吹いていて空は見えないが、私がかつて遭難した日、空は澄み渡って無数の星々が目に入ってきたのを覚えている。」

 

「あそこは…星が最も見える地。占星術師の誰もが夢見る全ての人の運命を覗くことができる神秘の地です。貴方がそこで見たのは果たして草神の夢だけでしょうか。」

 

私は不意に"神の目"を見遣る。あの夢から覚めて、理解不能な数々の数式に困惑していた私の手にはいつの間にかこれが握られていた。その神の目で引き起こせる現象"元素爆発"によって我が身に宿る邪神。それが真相だというのならば…この信仰の向かう先は………

 

違う。レイラとの誓いを思い出せ、かつて私が出逢った者が何者であろうと、彼女とクラクサナリデビ様の救出を誓ったのだ。

 

「それでも……私はクラクサナリデビ様を信仰します。彼女は知恵の主。我々学生が崇めるべき本当の神なのですから。」

 

「…そうですか。ですが昨日のあの姿、あまり使わない方が良いでしょう。」

 

…キャンディスさんは私の戦闘時の姿を見ていたのか?ならもっと早く助けてくれれば…

 

「あれはこの世ならざる物、使い続ければ貴方は───」

 

 

────世界に、世界樹に忘れ去られますよ。

 

 

私は彼女の言葉を思い出しながら隣を歩く無垢な少女を見遣る。見詰められている事に気づいた彼女は一瞬変な物を見るような目をした後、にへらと笑った。

 

もし、もしも世界に忘れ去られたとしたら。彼女も、レイラも私の事を忘れてしまうのだろうか。

 

それだけが不安だった。他の何からも忘れ去られても構わない。教令院からだって、プルフラナの家からだって。でも…彼女だけは……私の事を覚えていて欲しい。そう思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜Layla side〜

 

 

隣を歩くフェジュロアは、暗いものが憑いているかのように元気が無かった。いつもの寝不足だろうか。今は朝の10時、私でも目覚める頃合いだけど…

 

「フェジュロア、大丈夫?昨日やっぱり怪我でもしたの?」

 

「………ん、なんだレイラ。」

 

「応答が遅い…あなたは引率としてここに居るんだからちゃんと目を覚まさなきゃ駄目だよ?」

 

「あぁ、すまない。」

 

「もう…」

 

私たちは先頭を歩く仲の良さそうな後輩5人組を眺めながらアアル村の階段を登った。彼らはアアル村の頂上にいる医者の家を訪ねて砂漠での薬の配備の状況をレポートに纏めるらしい。生論派の管轄だとは思うけど、彼らの様な教令院入りたての後輩たちはレポートの作成スキルを高めるのが先決なので別に科目の違いは気にしなくてだろう。

 

でも…旅行に来ているのだから飲食店で休みながらダラダラしても良いと思うけど……いけない、私までフェジュロアみたいになってる。あの子達とはたった2つしか歳が違わないのに勉学に疲れ果てたハーバッド(教令院の研究指導者)みたいになっていた。もっと向上心を持たなきゃ。

 

…隣を見てみるがフェジュロアは相変わらず心此処に在らずといった様子だ。ジーッと見つめてみるが見つめられている事に気づく様子が無い。本当に大丈夫かな。…にしてもフェジュロアは顔が整ってるな…案外学者よりもフォンテーヌでファッションモデルでもやっている姿の方が似合うかもしれない。…かっこいい。

 

「レイラ先輩、フェジュロア先輩、もう着きましたよ?」

 

「うわぁ!……ありがとう。」

 

気づけば既に目的地に着いていたようだ。心此処に在らずだったのは私も同じか。後輩に呼び止めたれて気付いた事を恥じながら、隣でまだぼんやりしていたフェジュロアの頬を指で突いて、目的地に到着した事を知らせる。

 

「フェジュロア?」

 

「…レイラ…何を……着いたのか。ここがアアル村唯一の医者マルフの家、私がマルフ先生にまず挨拶してくる。」

 

そう言って彼はマルフ医師が住んでいるという家屋に入っていき、一分ほど経った後一人の男を連れてフェジュロアは出てきた。おそらく彼がマルフ医師だろう。

 

「シティの学生の皆さん、こんにちは。俺はマルフ、この村一番の医者だ。…まぁ、唯一の医者でもあるんだがな。」

 

マルフ医師の案内の元彼の家にお邪魔させてもらう。家の中には簡素な医療器具と診察台。とてもシティの医療設備と比べられないほどにその設備は貧相だった。私の故郷の村でもここまでは酷くない。

 

「はぁ…来てもらって悪いけどね、あまりこの村の医療設備は整っていないんだ。レポートに記載するにしても紙一枚で収まってしまう程にはね。」

 

雨林と砂漠の格差は激しい…とは聞くがここまでか。砂漠で治療を受ける事なんて私たちスメールシティの人間には無い。格差の現実を知らなかった。

 

「…逆に、この格差をしっかりと記録することでアアル村の医療設備は整うかもしれない。シティの人間や医師らに砂漠の医療の実態を知らせられるからな。お前たち、きちんとレポートに纏めておけ。」

 

「「はい、フェジュロア先輩。」」

 

後輩たちは医療設備の仔細をメモに書き記したり安価な写真機を使って写真に興したりしている。その間に私とフェジュロアはマルフ医師と話すことにした。

 

「…確かにこういう機会でもないとシティへの報告は厳しいか。ありがとうな、教令院の学生さん。」

 

「いえ、お気になさらず。」

 

「私たちも現状がここまでとは思っていませんでした。必ず教令院までこの記録を持ち帰らさせていただきます。……ところで、あの仕切りの奥には何が?」

 

私は先程から少し気になっていた部屋の隅に張られた仕切りを指さして確認することにした。もし入院中の患者がいたりしたら悪いから確認だけはしておかないとと思ったのだ。

 

「あれは……フェジュロアとレイラ…だっけか。あの子たちには見せるべきじゃないと思うが、君たち引率なら大丈夫かもしれないな。」

 

正確には私は引率では無い…という訂正は言わずに、マルフ医師の後に続いて私たちは仕切りの中に入っていった。

 

そこにあったのは人の…遺体?いや、まだお腹が動いている。呼吸している…生気を感じられないけど生きてはいるようだ。

 

「彼は…元グラマパラ(狂学者)だ。」

 

「グラマパラ…それって。」

 

「サティアワダライフやパリプーナライフの修行で、神の意志に触れて発狂した者…だったな。私もあの件から少し調べたよ。ここアアル村にグラマパラが移送されてくると。しかし"元"とは?」

 

フェジュロアの説明の通りだ。かつて彼が家の中でその修行に使うお香を焚いていたという珍事を思い出す。あの時は有耶無耶になったが何か賢者達の意思が働いている…と、そうフェジュロアと話し合ったのを覚えている。

 

「…こいつは以前グラマパラとしてアアル村に来たがその後行方不明になってな。しばらくしてこいつの存在も忘れかけてた頃…キャンディスが砂漠で倒れてたこいつを見つけてな。」

 

「…もしかして、彼は発狂していない?」

 

「そうだ。発見されて以降こいつは叫び声をあげたり暴れて物を壊したりなんて事は無い。だが生気を失っている。完全に動けないって訳でも無いがこれじゃ…」

 

生きていないようなもの。そう言われた元グラマパラを見て私はあることに気づく。目の下に黒い鱗の様な痣か何かが浮かび上がっていることを。これは…?

 

「彼の目元の痣…これは何か分かりますか?」

 

「それは…おそらくあれだろう。『魔鱗病』、彼は生気を失う状態と共に魔鱗病を発症している。」

 

「ッ!?」

 

魔鱗病…スメール固有の病だ。灰黒色の鱗が身体の内外問わず浮かび上がり、呼吸困難や内臓の機能不全を引き起こす病気。鱗は身体の表面にも浮かび上がるので差別の対象になることもある。そして…治療法は存在しない。

 

「魔鱗病か…生きる気力を失った状態…彼はもう長くないかもしれないな。ここで看取る気か?」

 

フェジュロアが言い出した事は理解はできる。でも、あまりにも残酷な真実だ。

 

「あぁ。彼の死後、原因究明の為に解剖を試みるつもりだ。もしもグラマパラと魔鱗病に関係があるって判明してしまえば…アアル村で彼らグラマパラを受け入れる事は避けなければいけないからな。」

 

マルフ医師は魔鱗病の真相に挑むつもりの様だ。…出来ることならこの元グラマパラの彼をシティに連れて行き治療させたい。だがグラマパラという身分がそれを邪魔させるのだろう。私に出来るのは彼が安寧の元天へ昇れるよう祈る事だけだった。

 

 

 

 

 

「教令院の学生さん達今日はありがとうございました。また機会があれば俺の家を訪れてください。…そんな機会無い方が良いのですけど。」

 

「マルフ医師、こちらこそありがとうございました。大変後学の為に役立つ経験でした。…必ずアアル村の医療の現状について教令院に報告させていただきます。」

 

「…期待してるよ。」

 

マルフ医師の家を離れて先程の事を思い返す。元グラマパラの彼が助かることは本当に無いのだろうか。私は生論派の医学に精通している身でもなんでもない、でもあの病状はシティに連れていったところで治療できるものだとは到底思えなかった。

 

結構長いこと彼の家に居たらしい。時刻は14時、遠征隊の集合時間である15時まで後一時間だ。

 

フェジュロアの顔を見れば何やら考え込んでいる。彼にとっても先程の出来事はショッキングだったのだろうか。

 

「フェジュロア、大丈夫?確かにあんな状態の人を見たのは初めてだったけど…」

 

「レイラ、私は教令院を侮っていたかもしれない。」

 

「え?」

 

「魔鱗病は世界樹の病から来る病だ。それは分かっていた。だが、あれはなんだ?まるでグラマパラになったから魔鱗病に罹ったみたいな…」

 

彼の言っていることを聞いて自分でも推測を立てる。賢者主導の元行われている『神の知恵』への接続の副作用によってグラマパラは生まれる。だが先程の彼は通常の発狂したグラマパラと違い大人しい様子だった。しかし…その大人しい状態の彼は魔鱗病に罹っている…

 

「もしかして、『神の知恵』への接続っていうのは世界樹に触れる行為って事?」

 

「…そうだろうな。そしてグラマパラから元グラマパラの間には何らかの違いがあると考えて良いだろう。……グラマパラに何かを施すとあの様な憔悴した状態になる……詳細は分からない。が、賢者達…教令院が魔鱗病の患者をわざと増やしている事は明白だろう。何らかの副作用かは知らないが誰かを病に貶めるのは悪以外の何者でもない。」

 

自分たちの通っている教令院の闇を垣間見た気分だ。そしてもしかすると賢者様たちの計画は繋がっているかもしれないという事だ。

 

「私たちが研究している賢者様からの課題、本当に危ないものかもしれないね。」

 

「巨大な機械機構…世界樹…魔鱗病……分からない事だらけだ。こっちはそんな事考えていられるキャパシティなんてとっくに無いのに。」

 

キャパシティが無い…

 

「…やっぱり、何か悩んでるの?フェジュロアの様子がおかしいのは気づいていたけれど…」

 

「………いいや、なんでもない。少なくとも…君が知るべき事では無い。」

 

「………」

 

拒絶。彼からの明確な拒絶は初めてかもしれない。それほど彼にとって重要な問題なのか、私に話したくない問題なのか。でも、私は彼を助けてあげたい。何が出来るって言われれば返答に困るけど、それでもだ。

 

「それって、私に言えないような事なの?何かやましい事があるんじゃない?」

 

「や、やましいって何だ。私は別にそんな事で悩んでいるんじゃない!」

 

「じゃあ、言えるよね?」

 

「ぐ………これ以上は良い、後で話す。それは確約するさ。」

 

「聞かせてくれるのね。」

 

「ああ……チッ。」

 

舌打ちまでして珍しい。余程私に聞かれたくない事だったのだろうか。

 

でも別に良い。彼は私に話すことを確約してくれた。フェジュロアのもてる秘密なんて、全て私が知り尽くしてやる。

 

なんて言ったって私たちは秘密を共有する仲なのだから。

 

 

 

「点呼完了!全員揃っているな!!これよりアアル村の北西にある岩山を登山する!各自準備は良いか?」

 

「「はい!」」

 

「では出発する!岩山登りにはフェジュロアの岩元素が必須だ!頼んだぞ!!」

 

「あぁ、任せておけ。」

 

フルソ先輩の掛け声の元にアアル村を出て砂漠を歩き始めた。今は夕方、凡そ二時間ほど歩いて村から見える大きな岩山の頂上を目指す。フルソ先輩から受け取った目の保護の為のバイザーを被る。どうやら一人欠席が出た為バイザーが一つ余ったらしく私に回ってきた様だ。本来私は布で代用する予定だったので幸運だ。他の引率の人は皆薄い布を目の周りに巻いている。

 

夜の砂漠は視界が悪くなり温度も冷える、夜の暗闇に包まれる前に登山を終える予定だそうだ。高山病の病状が出るほど高い高度の岩山では無いが、イテムさんがしっかりと突発的な症状の対処に必要な物資や薬を持ち込んでいるらしい。

 

昨日の様にフェジュロアの横でお喋りをしながら歩く事は出来ない。彼は前列で岩山の登頂の為に岩元素の力で階段を生成したり、突然砂嵐が巻き起こった時に簡易的な風砂避けを作成する役割を持っているからだ。

 

私は列の後ろからはぐれる後輩がいないか監視しながら歩を進めた。

 

 

 

 

二時間と少し、丁度夕焼け空が西に見える頃、私たちは岩山の頂上に辿り着いた。魔物との対敵も少なく皆怪我無く登りきれた。肩の荷が降りた気分…私は座り込んでしまって先輩たちがテントを広げるのを見ることしか出来なかった。

 

「レイラ先輩も休憩ですか?」

 

「そんなところ…作業してる先輩たちには悪いけどね。」

 

さて…この子は誰だろうか。顔は分かるが名前は流石に覚えていない。まぁ、別に名前を呼ぶ機会も無いか。

 

「あの、ちょっと聞きたい事があるんですけど……」

 

「何?なんでも聞いてよ。」

 

私は先輩風を吹かしてみる。普段同級生か先輩としか関わらないから新鮮だ。

 

「フェジュロア先輩と付き合ってるんですか?」

 

「…誰が?」

 

「レイラ先輩が。」

 

………言われるとは思っていた。あんなに普段くっついて話したりご飯を食べたりしていたのだから。でも、直接その言葉を聞くとなかなか心にくるものがあった。

 

「つ、つ、付き合って……は無いかな。」

 

「すごい動揺してる。」

 

恥ずかしい。でも私はフェジュロアの事を好きな訳じゃ…訳じゃ……

 

思わず昼に見たフェジュロアの横顔を思い出してしまう。端正な顔たち…女の子みたいに長い睫毛……濃いネイビーの全て見透かされるような瞳………

 

かっこよかったな……じゃなくて、否定しないと。

 

「確かに仲は良いけど彼氏彼女とかって関係では無いの。研究を一緒にしたりするくらいで…」

 

「へぇ………惚気か?

 

そして…秘密の共有をする関係……何だか凄く恥ずかしい事を考えてしまった。秘密とはいっても教令院の社会情勢的なあれだ、変な意味じゃない!

 

あぁ…頭がまともに回らない。一度意識してしまえばこうなるのは明白だったのに。だから普段はただの友達だと自分に言い聞かせていたのに。

 

「……レイラ?」

 

「うわぁ!?ふぇ、フェジュロア、何故…」

 

「いや、何故じゃなくてなんでサボってるんだ君。参加者って体だが君は引率の一員なんだぞ?こっちで準備を手伝え。……えーと後輩ちゃん?お話してたのかもだがレイラは借りていくからな?」

 

「あ、どうぞ!」

 

私はフェジュロアに引きずられてテントの方に運ばれていった。ってちょっと待ってよ、これ密着し過ぎじゃないの!?私の両手をフェジュロアの大きい手で掴まれて……

 

「…レイラ?自分で歩きなさい。」

 

「はい。」

 

実際なにも名残惜しいとかそういう事は無かった為、私はフェジュロアの手から解放された後普通に歩き出した。

 

夜は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

「カレーシュリムプ…美味しかったな。」

 

夜の星は綺麗だ。明論派でなくてもそれだけは人に理解させられる。横で晩御飯の感想しか言わない先輩はこの素晴らしい星空を見ようともせず私を見ている訳だが。なんだ、星空よりも私の方が見ていて楽しいという事なのか?いや違う、勘違いするな。………レイラ、この人はあれだ。たまに恋愛脳みたいになって私の一挙一動に慌てふためくけど、普段はとっても強固な自我を持っている。多分この人の頭の中には今、晩御飯のカレーが美味しかったという事しか頭に無いのだ。昼間の悩みなんかどこかに飛んいったんじゃないか?そう思えて仕方ない。

 

今は砂漠遠征の主目的である星空の観察を終えて、皆はテントの中で寝息を点てているだろう。そんな中、私たちは夜間の護衛の為に外に二人で座っていた。

 

だと言うのに、彼は昼間の悩みの詳細を打ち明けたり教令院の闇について語ったりするどころか、至極どうでもいい話しかしない。晩御飯、星座、最近のプロジェクトの進行状況…など。

 

彼がこんな調子では良い雰囲気にはならない。…いや、別に私はフェジュロアとどうこうなりたいって訳じゃない…けど……なんで良い雰囲気なんて言葉を考えたんだ私は!!フェジュロアの悩みを聞き出すんじゃ無かったのか。

 

「…レイラ?何か悩み事か?この先輩を頼ってみるがよいぞ?」

 

それは私のセリフだ。……フェジュロアには調子が狂わされる。

 

「お、あれを見てみろ。あの星座だ。」

 

「何……どれの事を言っているの?」

 

「あれだ。東の方に見える星座、夜鶯(よるうぐいす)座。レイラの命の星座じゃなかったか。」

 

「……そうだね。」

 

やっと空を見たかと思えば彼は私の命の星座に言及してきた。顔が熱くなるのを感じる。このまま空を見上げたまま私の顔を見ないでくれると嬉しいのだが。

 

命の星座…神の目の所有者の運命を表すという星座。星座と周りの星の動きを見ればその命の星座の持ち主が辿る運命を把握することができる。私の専攻している理論占星術ではあの星の並びから推察出来る全ての運命を解明する事が命題だ。

 

私はなぜだかすぐに自分の命の星座を発見されたのが恥ずかしかったので、意趣返しにフェジュロアの命の星座を探した。確か今の季節なら西にチラッと見えた筈…あ!

 

「フェジュロアの象牙(ぞうげ)座も見つけたよ。見える?」

 

「西の果てだろ?今の季節に見えるのか?」

 

「ギリギリ見えたよ。」

 

「おお、よく見つけられたな。ついでに私の運命でも占ってみせるか?」

 

「いや、今は占星術の道具が無いから出来ない…」

 

「そうか…少し残念だ。おや…」

 

フェジュロアは何かに気づいたかのように私を見た。え、まだ赤くなってないよね…確認は出来ない。フェジュロアの前でそんなことをすればバレるのは必至だからだ。彼はなんだかんだ言って天才の部類だ。細かな機微に気づく洞察力がある。そんな彼は私を見て何に気づいてしまったんだ…

 

「レイラ、眠いのか?」

 

「え、ああ…うん。」

 

フェジュロアに言われて気づいた。今日は色々なことがあった。肉体的にもそうだが精神的な落差がとにかく激しかった。疲れてるんだろう。

 

最近は睡眠障害が改善され気味だが、こんな早い時間(25時)に眠気が来るなんて珍しい。さっさとテントに戻って寝てしまおうか……そう考えて立ち上がろうとすると、フェジュロアに手首を掴まれた。

 

「流石にまだ交代の時間じゃない。ここでゆっくりしておけ。」

 

「でもただのレジャーシートだしゆっくりは出来ないよ。…悪いけどフェジュロアだけで見張り頑張って…」

 

「君……はぁ。」

 

そういって何故かフェジュロアは胡座から星座へと座る体制を変えた。何だ?

 

「レイラ、此処に横になってみろ。」

 

「うん…?うん。」

 

フェジュロアの横に寝転がった。こんなこと普段なら絶対しない。多分私もフェジュロアも深夜テンションというやつだったのだ。私はフェジュロアの膝に頭を乗せて彼の顔を見上げる。

 

「…膝枕?」

 

「…あぁ。出来れば私としてはされたかったのだが。レイラが眠いみたいだしやってみた。」

 

「うん…」

 

確かに男の人に膝枕してもらうのは恋愛ジャンルの娯楽小説でも見ないな……って膝枕!?私はなんで無抵抗にフェジュロアの膝に頭を乗っけてしまったんだ!!?

 

あ…

 

フェジュロアの手が頭を撫でて髪を梳かす。気持ちいい。あぁ…こんなのだったら娯楽小説の主人公たちも膝枕を望むよな…

 

あぁ抗えない。

 

私はまともな思考判断が出来ていなかった。彼の膝から伝わる体温によって眠気が加速する。

 

「……おやすみ、フェジュロア。」

 

「……えぇ…?………おやすみ。……あ、寝ちゃった。どうしよう。」

 

私は絶対に後で後悔する決断をしてしまった。寝顔を彼に見られてしまう、そんな事を考えるべき頭はもう眠りの心地良さで埋め尽くされていた。

 

おやすみ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、目覚めた時。私は失態に気づいた。

 

『夢遊中の私を見られた。』

 

そんな事を考えながら目を開ければ眠りにつく前と同じ構図、フェジュロアの下顎が見えた。頭の位置は変わらず彼の膝の上。

 

空は明るくなりつつある。朝日が射して砂漠を照らしている。今は朝の6時くらいなのかな…

 

テントの方を見れば疎らに人いるのが見えた。しかし此方には近寄ってこない。まるで邪魔しちゃ悪いとでも言うように。とても恥ずかしい気分、どう後輩達や先輩達に弁明しようか。

 

…それはそれとして、まず彼に問い質すことがある。私は未だ眠たい頭で言葉を練り、彼の顔を見詰めながら口を開いた。

 

「ねぇ、フェジュロア?」

 

「…起きたのか、レイラ。」

 

「…寝てないの?」

 

「ああ、ずっとこのままだ。眠れやしない。」

 

「それはごめん。」

 

「許そう。」

 

「夢遊中の私、どんなだった?」

 

「一人称があたしだった。」

 

「へぇ………見たんだ。」

 

「……あぁ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

恥ずかしい。とにかく恥ずかしくておかしくなりそう。夢遊中の私が何を言ったか分からない。もしかしたら私の本心をフェジュロアに吐露してしまったのかもしれない。

 

彼の昨夜の記憶を消し去ってしまいたい。何か方法は無いか、片手剣の柄で頭を頭を殴る?…いや、それじゃ暴力沙汰だ。私がマハマトラに捕まってしまう。

 

はぁ…今はとにかく、夢遊中の私を信じるしかない。でも…彼にバレて無ければいいな。

 

 

 

私がフェジュロアの事を好きだってこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠遠征は無事に終了し、皆がそれぞれの家に帰った後、彼から衝撃の真実を知る。

 

「あ、そういえば私の悩み…夢遊中のレイラに聞いてもらったからもうあの約束は成立したって事で良いよな。」

 

「え!?」

 

レイラ、夢遊中の私、何でもしますから彼の悩み事の詳細を机の上のノートに書き起こしてください。

 

次の日、私が起きてすぐノートを開き目にしたのは、何時もの論文と同じ筆跡で書かれた『嫌だ』という文字だけだった。

 






◇フェジュロア・プルフラナ…降臨者は目に見えた全てを記憶できる。だが、世界樹に記録されない。もしもこの世界に忘れ去られたとして、例えレイラがどんな道を歩もうとも、私は世界の影からレイラを助け続ける…という覚悟はした。


◇レイラ…夢遊中の自分が分からなくなる。フェジュロアと秘密の会話が出来て羨ましい…だとかそういう事を思ったが、よく考えたら夢遊中の自分だって同じレイラじゃないか、と頭の中が混乱した。


◇レイラ(夢遊)…フェジュロアの悩みを聞いて、苦悩する。私は決してあなたを忘れたりしない。そう言い切る事ができれば良かったが、彼女の優秀な頭脳は気づいてしまう。フェジュロアの存在を、降臨者に成り果てた後の彼を覚えていられる道理が無いことを。


◇マルフ…アアル村唯一の医者。なんだかんだグラマパラの真相に気づいてしまいそうで処されそうな人。



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幕間 モナちゃんとお久しぶり!



幕間では原神本編の主人公視点で話が展開します。今回はVer2.5のイベント酌み交す酔夢(バーテンダーイベント)のシナリオです。




 

 

星空の下の再会

 

(エンジェルズシェアでバーテンダー体験を始めてもう一週間が経とうとしている。そろそろ体験期間が終わっちゃうな。)

 

私は今まで来た個性的な客の数々を思い出す。

 

(最初はガイアとロサリアだったっけ。すぐに駆けつけてくれた。モンドの風が噂を彼に運んで行ったのだろうか。)

 

(鍾離…なんでモンドまでわざわざ来てくれたんだっけ。特に宣伝とかされていなかった筈だけど。)

 

(凝光が来たのには驚いた。北斗と一緒にドーンマンポートからモンド城まで来てくれた。璃月の富豪も来たって事でエンジェルズシェアを璃月に宣伝しても良いんじゃないかな。)

 

後でバーテンダーのチャールズに進言してみよう。

 

(ジン、リサ、エウルア、申鶴…そしてディルック。沢山のお客さんが満足した表情でエンジェルズシェアを立ち去っていった…もしかして私はバーテンダーの才能があるのかもしれない。)

 

そんな馬鹿な事を考えているとパイモンがカウンターの奥からドリンクの材料の入った袋を重そうに持ってきた。

 

「はぁ…はぁ……これすごく重いぞ…。っておい旅人!オイラに仕事を任せてサボらないでくれよ!!」

 

「ごめん、少しぼーっとしてた。」

 

「フン!それならオイラに後で鹿狩りで"冷製肉盛り合わせ"を奢ってくれよな!」

 

(…パイモンっていつも奢ってくれ、って言うけど結局毎食私がモラを払ってるよね…何かへそくりみたいな物は持っていないんだろうか。)

 

私はくすっとパイモンに対して笑みを漏らす。それを見たパイモンが「またバカにしてー!」とか言っているのも可愛い。

 

そうパイモンとじゃれていると、店のドアが開いた。今日の初客だ。私は仕事モードに切り替えて応対を始める。

 

「マスター、すいません。実は今日待ち合わせにこの店を使いたいのですが…って旅人?カウンターに立って何をしているんですか?」

 

今日の初客はモナだったようだ。しかし…彼女も酒場に訪れるのか、意外だ。それにしても私がカウンターに立っていることを彼女は予見出来なかったらしい。思わず二度目の笑みが漏れる。

 

「おう、オイラたちだ!にしても…モナも酒場に来るんだな、お前はこういう所に興味は無いと思ってたぞ。」

 

「私は普段酒場には来ませんよここに来たのは…スメールから私の知り合いがモンドにやってくるのですが良い待ち合わせ場所が無くてですね…」

 

スメールからの旅行客…スメールと言えば教令院、その旅行客も学者なのだろうか。

 

「?そんなのお前の自宅で良いだろ?」

 

「それではダメなんです…もし家賃の取り立てに来た大家さんと鉢合わせになったら彼から笑われてしまいますから。」

 

彼…男の人か。モナの知り合い……モナの師匠の関連の人物だろうか。

 

「そんなの偉大なる占星術師の力でどうにもなるんじゃないか?占えば良いだろ。」

 

「私は自分の都合の為に占星術を使ったりはしません!…ですが、今回ばかりは使った方が良かったかもしれません…」

 

「なんだよ…お前の知り合いってなんかやばいやつなのか?」

 

「やばい…確かにそう言い表せるかもしれません。彼は教令院で『狂気』と呼ばれていますから。」

 

狂気…そしてやはり教令院の学者か。前に図書館司書のリサさんが教令院で学術の狂気を見て卒業後すぐにモンドに帰ってきたと聞いた。それと関係がある事だろうか。

 

「…それって大丈夫か?オイラたち一緒にいてあげるか?」

 

「そんな馬鹿な事言わないでください!彼には変な渾名が多々ありますが真っ当な人間です。私一人で特に問題はありませんよ。では、彼が到着するまで少し長くなると思いますので二階でドリンクを飲んでいますね。メニューはありますか?」

 

「おう、任せとけ!旅人、渾身のを作ってやろうぜ!!」

 

頷く。

 

「では、この"タートブリリアンス"をお願いします。アレンジはしなくて良いですよ。」

 

私は紅茶用のティーカップを取り出してドリンクの作成作業を始めた。

 

 

 

 

 

「どうぞ、タートブリリアンスです。」

 

紅茶をベースにレモンを搾ったドリンク。一言で言ってしまえばレモンティーの様な物だ。

 

「おお。ではいただきます。………何故一階のカウンターに帰らないのですか?」

 

「いや、オイラたち何だか感想を言ってくれる物かと思って…」

 

「…?感想を言えば良いのですか?」

 

「おう!」

 

今までの客から定番化していたが、よく考えたらバーテンダーが味の感想をわざわざ聞きに行くのはおかしいな。でもモナはその様式美に乗っかってくれるみたいだ。

 

「ふむ…紅茶……レモンの香りが漂ってきますね。………うん、美味しいです。………なんですか?」

 

「なんて言うか…」

 

語彙が貧相だった。

 

「悪かったですね、舌が肥えていなくて!別にこれが美味しくないという訳では無いですが、私はこういった捻りのある飲み物を口にする機会に乏しいんです。貴女達だってそうすぐに良い感想は思い浮かばないでしょう?」

 

「オイラは美味しい物を食べればすぐに感想が思いつくぞ!例えば…」

 

「……別に今言わなくて良いです。とにかく美味しいですから気になさらないで下さい。では、もし異国風の大男が来たら二階に私はいると伝えてください。」

 

「おう!」

 

私たちはモナに手を振りながら一階へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が真上に来る頃、私たちは未だバーテンダーの仕事をこなしていた。昼真っ盛りだというのに酒場には多くの客が来る。今日は平日の昼間だというのにも関わらず。客たちはアルコールの入ったドリンクを飲めないと聞いて一旦落胆するが、すぐに注文を伝えてくる客が多い。モンドは最早酒の国では無くドリンクの国なのでは無いだろうか。

 

そんな事を思いながら勘定を確認していると、一人の客が酒場を訪れた。

 

大男…確かモナはそう言っていたが本当だ。紫色の髪と色白の肌を持つ男は店をキョロキョロして誰かを探している様子。それにスメールの学者に似た印象を受ける服装…おそらく彼がモナの知り合いで間違い無いだろう。

 

一通り店内を見回してモナを見つけられなかったであろう男がこちらにやってきて尋ねてきた。

 

「…バーテンダーさん?ここにアストロメダ・モナ・メギメギーという客は来ていませんか?」

 

ふふっ…三度目の笑いが漏れる。パイモンも今の彼の言葉を聞いて思いっきり笑っている。初対面の人の前でいきなり笑うのは悪い、失礼のないようにしないと…

 

「なんだ?何かおかしかったか?」

 

「ふふ…そちらの方は二階におります。案内しますね。」

 

私は彼を連れて二階へと案内する。彼の態度を見る限りどうやらモナの名前を間違えたのは彼のボケではなく本当にそれが正しい名だと思って言っているのだろう。…果たして本当にモナの知り合いなのだろうか。疑問が浮かぶ。

 

人の少ない二階ではモナが「こっちです!」と言いながらこちらに気づいたのか手を振っていた。どうやら本当に彼で間違いないようだ。

 

「久しぶりですね、フェジュロア・プルフラナ。」

 

ふぇじゅろあぷるふらな…?彼には悪いが呪文かなにかかと一瞬思ってしまった。

 

「ああ。…君も元気そうで何よりだ、アストロメダ・モナ・メギメギー。」

 

「アストローギスト・モナ・メギストスです!三年前も同じ遣り取りをしましたよね。まだ覚えていないんですか?」

 

「意味は覚えている。偉大なる占星術師モナでアストロ…モナ・メギストスだろ?だが馴染みがない、君はただの"モナ"の印象が強いんだ。」

 

ただのモナ…つまりモナが偉大なる占星術師になる前からの知り合いということか。思っていた以上に彼とモナの間柄は親しいらしい。

 

「アストローギスト!どうやら貴方も変わりない様ですね。少し安心しました。今じゃ『学院の狂気』なんて呼ばれているそうじゃないですか。」

 

「やめてくれ、最近はその狂気云々に色々困っているんだ。君の命名方式に正すと私は……っていや待て、そういえば君師匠にメギちゃんとか呼ばれていたじゃないか。『偉大ちゃん』って事だったのか?」

 

「あー、もう煩いです!さっさと何か頼みなさい!!」

 

「はいはい…メニュー……あれ、お酒が見当たら無いのだが。バーテンダーさん、これはどういう…」

 

「オイラたち実はバーテンダー体験って企画の参加者なんだ。だから悪いけどアルコール類は出すことが出来ない。はるばるスメールから来てもらって悪いけどここでのお酒は諦めてくれ…」

 

「そうか…エンジェルズシェアと言えばモンド一の酒場…期待していたのだが。」

 

「貴方まだ19でしょう、お酒は元々飲めませんよね。」

 

…このフェジュロアという男、随分と愉快な気質らしい。

 

「オイ!平然とお酒を頼もうとするから騙されたじゃないか!!」

 

「ははっ、バレたか。……モナ、さっきから気になっていたんだがあの白い浮かんでる小人はなんだ?あんな種族見た事無いのだが。

 

フェジュロアがモナにヒソヒソ声で確認しているがこちらにもばっちり聞こえている。教令院の学者としてパイモンという謎生物に興味を抱いたのだろうか。

 

「あれはパイモン、こちらにいる旅人の旅のガイドだそうです。」

 

「ほう、バーテンダーの彼女は各国を巡る旅人さんだった訳か。……む、金髪の旅人に白い精霊?もしや君、風魔龍を鎮めたモンドの英雄ってやつかい?」

 

話の矛先が突然私に向いた。風魔龍…トワリンを鎮めたのは本当だが、スメールにもその噂は届いている様だ。私はフェジュロアにその推測は正解だと示す。

 

「そうだよ。」

 

「本当か!こんなところで英雄に会えるとは。そんな英雄の作ったドリンクはさぞかし美味しいだろう。コーヒーを飲みたい気分だが折角モンドまで来たんだ。この『風神の授け物』を頼もう。」

 

「私も同じものをお願いしましょうか。長々と居座って一杯だけ、というのは気が引けますしね。」

 

「かしこまりました。」

 

フェジュロアとモナに一礼してからドリンクを作成しに一階のカウンターへ向かった。

 

 

 

 

 

「モナ、この研究成果…どう思う。」

 

「……やはり貴方は天才ですね。テイワットから見える星の距離だけでなく星と星との距離の計算方法を導き出すとは。しかし…いささか時代を先取りしすぎているような気もしますね。一部の成果はカットして提出した方が良いでしょう。」

 

「…そうか。あまりに突拍子も無い研究成果を提出してマハマトラに目をつけられても困るからな。」

 

「…狂気と呼ばれている時点で既に目をつけられていると思いますが…しかし、これは一人で?」

 

「共同研究、私が立ち上げたプロジェクトだが参加者が26人もあつまってな。効率良く論文作業の段階まで移ることが出来た。」

 

「へぇ…しかし、これを共に為した研究生達は果たして概要を理解しているのでしょうか。」

 

「とある後輩に助けられてな。彼女の翻訳…があったことでプロジェクトメンバーもようやく理解が適ったんだ。」

 

「ふむ、あなたのおかしな理論を理解出来る友に巡り逢いましたか。それは良いですね、共同研究によって星空の真理への理解は更に深まる筈ですから。」

 

ドリンクが完成したので二階に上がると、モナとフェジュロアは何かの研究の事について話し合っていた。マハマトラってなんだろう。

 

「モナ〜、フェジュロア〜、出来たぞー!」

 

「お待ちしました。風神の授け物二杯になります。」

 

パイモンの掛け声にこちらを向いた二人は、ドリンクを見て待っていたという表情を浮かべている。フェジュロアはドリンクを受け取ってグラスの中の透き通る液体を眺めて楽しんでいる様子だ。

 

モナはフェジュロアの味の感想を聞いてからドリンクを飲むつもりらしくグラスには手を付けない。彼女らしく注意深い様子だ。

 

「おお、ありがとう。確か果実酒の原材料から酒精を抜いたものだったか。モンドと言えばワイン、それらしい味わいを期待しよう。」

 

「風神は酒好きというのが定説ですからね。そんな風神の名を冠するドリンクなのですからお酒…果実酒に近い物なのでしょうか。」

 

風神…ウェンティは確かにお酒好きだ。そういえば彼の事はエンジェルズシェアで見かけないが何処へ行っているのだろう。彼は猫アレルギーだからキャッツテールにはいないと思うが。

 

フェジュロアはグラスを煽って一口飲んだ。彼はしばらく何も言わなかったが、表情を見れば不味かったという事では無いらしいのが分かる。

 

「…………ふむ、旨い。そして後味がすっきりしている。アルコールが入っていないのもあるが良い喉越しだ。スメールの酒は香りが強い物が多いから新鮮……いや酒は飲んでいないが。」

 

「おお!スメール人にもモンドのドリンクはウケたみたいだな!!やったぜ、旅人!」

 

彼は微笑みながら更にグラスを煽る。気に入ったようだ。

 

「スメールのお酒は香辛料を入れた刺激の強い物が多いですからね。モンドや稲妻のすっきりとしたお酒は飲み慣れていないのでしょう。……フェジュロア、本当にお酒飲んでいないですよね?」

 

「あ、ああ。先輩たちから聞いた感想を覚えているだけだ。飲んでいない。」

 

「はぁ…20歳になったらまたモンドへ来てください。その時はエンジェルズシェアで奢ってあげますよ。」

 

今衝撃的なセリフがモナの口から発せられた気がした。…モナが…奢る!?

 

「そういえば今日の会計は誰がするんだ?モナってモラをあんまり持っているイメージ無いけど…」

 

「…ちょっと待っていてください。」

 

パイモンが私の気にしていた事を聞いてくれた。それを聞いたモナは懐から財布を取り出して中身を確認する。…数枚のモラを取り出して呆然とした後、フェジュロアに頭を下げた。

 

「フェジュロア、少しモラを貸してください。」

 

「え…モナってフォンテーヌの新聞社から印税入ってるだろ?金は持っているんじゃなかったのか?私はてっきりモナが奢ってくれるものだと思っていたのだが。」

 

「いえ…今月の分は全て占星術の道具の代金に使ってしまいました。」

 

「えぇ……旅人、これで足りそうか?」

 

フェジュロアは服の中から直接モラを取り出した。……足りている。正確には今朝モナが頼んだドリンクの分も合わせてだが。

 

「うん、ピッタリだよ。」

 

「そうか。じゃあそれで会計をよろしく。」

 

彼はモナを呆れた目で見たあと、すぐに「モナだしな…」と言って諦めたようだ。私たちはモナもグラスに口を付けたのを尻目に、そっと音を立てないように階段を降りた。

 

星空の下の再会 了

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

「レイラ、おはよう。教令院で顔を合わすのは久々だな。」

 

「そうだね。そういえば一昨日からスメールにいなかったそうだけど何処に行っていたの?」

 

「モンドに引っ越した知り合いの顔を見にな。」

 

「え、それって女の人?」

 

「女…だがレイラも知っている人だと思うぞ。アストロー…なんとか・モナ・メギストスだ。」

 

「え!あのアストローギスト・モナ・メギストスと知り合いなの!?」

 

「あぁ。……ところで何故睨む?」

 

「いや…確かにあの人の天才性は把握してるけど、彼女結構セクシーな衣装を身につけているってもっぱらの噂だから……フェジュロア、何も無かったんだよね?」

 

「何かあるわけ無いだろう。モナは私の姉弟子だぞ?」

 

「そっか………いや、でも禁断の関係的なあれで…」

 

「無いよ。」

 

「…そう。」

 






◇フェジュロア・プルフラナ…魔女バーベロスの元弟子。現在は破門されている。現在もバーベロスの弟子であるモナとは未だに仲良くしている。


◇アストローギスト・モナ・メギストス…かつてフェジュロアが師匠に破門された際、泣き喚く彼を抱き寄せて同じ布団で眠った事がある。その出来事を掘り返そうとすると彼は本気でやめてくれと懇願してくるので、面白がって会う度に何度もその遣り取りを繰り返している。


◇レイラ…フェジュロアが変態みたいな格好をした女に知らぬ間に盗られそうで気が気でない。

◇旅人(蛍)…フェジュロアという名前と顔は覚えた。

◇パイモン…自分の事を『白い浮かんでいる小人』と形容された事に一瞬怒ろうとしたが、よく考えたら何も間違っていなかったのでどうしようか迷っていた所、フェジュロアが白い精霊と訂正してくれたので怒るのを辞めた。



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七話 レイラちゃんとゲーム✩.*˚

 

 

 

いきなりで申し訳無いが、下世話な話をさせてもらう。

 

私の後輩のレイラは…胸が大きい。

 

大きいと言っても大き過ぎるという訳では無いが、同年代の学生と比べると確かに大きい事が分かる。

 

…形も良い。

 

とにかく私の頭の中ははそれでいっぱいだった。

 

「おっぱ…じゃなくて君、何故そんな薄着なんだ!!」

 

「えぇっ?何いきなり…普段からこの服だよ?」

 

「肩も脇も出ているじゃないか、寒くないのか?」

 

「…スメールはそう寒くないでしょ。いきなり薄着だとか何を言い出すのフェジュロア…」

 

「…男の家でそんな薄着なのは襲ってくれと言っているような物じゃないか、もっと着込め。」

 

「お、襲っ…そんな意図は無いからね!?」

 

さて、レイラとこんなくだらない事を言い合っているのには訳がある。

 

暇だったのだ。

 

賢者様からの第三の課題が終わり、暇でしょうがなくてレイラを見つめていたら、思わず彼女の衣服の布地の薄さと面積の小ささに気づいてしまったのだ。

 

もっと正確に言えば、「彼女は上半身用の下着を着けているのだろうか」という疑問が浮かび上がったのが、一番の気付きにして問題点だろう。彼女の服は脇も肩も開けているが、そのどこにも下着…ブラジャーを固定する基部が見当たらないのだ。見えるのは衣服の固定に使われている金属の帯だけ…とても胸部サポーターの役割を果たしているとは想定しにくい。

 

だと言うのならば彼女はもしかして胸部に下着を着けていないのではないか?だが形は良い、何かしらで固定はされているんだろう。胸部の前面の布の裏地に吸汗パッドがあったりだとか、胸の形が崩れない様に硬質ワイヤーで布の形が固定されていたりだとか。…あの布と肌の間に手を突っ込んだら胸の突起に触れてしまうのじゃないだろうか…とか。

 

…と、そんなどうしようもない欲求が脳裏を支配し、私は彼女の胸のことしか考えられなくなっていた。…自嘲するよ、本当に。

 

だが、彼女に直接ノーブラなのか?とは聞けない。気恥しいのもあるし彼女とはそのような下世話な話をする仲では無いからだ。今後の事を考えれば今ここで彼女に引かれられたら困るのだ。

 

ならばこの探究心をどうして止められようか。残念ながら私の叡智に満ち溢れた頭脳はその場に立ち尽くし留まるという事を知らない。私は知識欲と性欲に負けて一つの作戦を思いつく。

 

──ゲーム…そう、ゲームだ。

 

何かしらで勝負をし、敗者は衣類を一つ脱ぎ捨てるというルール。(野球拳的なあれだ。)

 

レイラを見遣れば服を脱がせるのに必要な衣類の数は…頭巾や首に巻いた金具、胸の下から覗く着ている意味の分からない上着…タイツもか?……これくらいだろうか。…五着…基本となっている服も含め五勝すれば、私は彼女の胸元の秘密を暴くことが出来る…!

 

酷く最低な覚悟を決め、私は彼女にゲームを挑むのだった──

 

 

 

 

 

「フェジュロア、なんでそんな馬鹿な事をやらなきゃいけないの?」

 

「いや…少しスリルのある遊びをしたかっただけなんだ。やましい気持ちは全く無い、信じてくれ。」

 

やましい気持ちでいっぱいだった頭は、持ち掛けたゲームを拒否されてから彼女への申し訳なさでいっぱいになっていた。

 

「……そんな事フェジュロアが言い出すなんて…余程暇だったんだね…」

 

「そう、それだ、全ては暇のせいなんだ。魔が差したというやつだ。普段の私ならこんな事言わない!」

 

「……魔が差したって…もしかしてこの人、本音では私の服を脱がせたいの?さっきは着込めとか言ってたのに…

 

レイラは小声でこちらに悟らせない様に状況を確認しているが、全て聞こえている。本当に彼女への申し訳なさと己の惨めさでいっぱいだ。

 

そう己を責めていると、レイラは「しょうがない」と言ってある提案を持ち掛けてきた。

 

「ゲームをしよう。賭けるのは互いの衣服などではなく、記憶。」

 

 

 

レイラの説明によればこうだ。交互に明確な答えのあるクイズを出し合い、見事答えることに成功したならば、問題を提示した側に一つ質問をする事が出来る。その際行われた質問に対しては、可能な限り真実を答えなければならない…というゲーム。

 

ほう、レイラに普段なら聞けない聞いてみたい事も数多くあるし、その提案に乗る以外の選択肢は無いな。

 

「良いだろう、受けて立つ。ただ、勿論アーカーシャ端末は外そうか。」

 

「うん。…でもアーカーシャが無いと専門的な問題は出せないかも…」

 

「いや、所詮遊びだ。本気で考えることは無い。」

 

「まぁ…そうだね。」

 

こうは言ったものの私は本気で挑ませてもらう。先ずは軽いジャブの様な質問から入り、後半になってから何を質問しようか迷った仕草を見せ、咄嗟にレイラの胸元が気になったように下着について質問するのだ。ふふふ…そのゲームの提案をしたこと、後悔するが良いわ。

 

 

 

「じゃあ始めようか。私が質問者側からで。」

 

最初はレイラから小手調べの様な軽い問題が出されると予想される。回答者は私だ。

 

「えー…"テイワットに於いて9月頃に空の中心に輝く星座とその一等星を答えよ"…どう、分かる?」

 

全然小手調べじゃないじゃないか!…確か9月の空に瞬く一等星…星は分かる。『メトロス』…ただしそれが含まれる星座に検討がつかない。

 

いや、諦めるにはまだ早い。メトロスの名付け理由を考えろ、メトロスは確かモンドの創作物に出てくる登場人物だった筈だ。…風神を象徴する『歌仙座』か?いや、確か歌仙座の一等星は『ロビン』だ、メトロスじゃない。となると…

 

「『狼座』…どうだ?」

 

「おお、当たりだよ。フェジュロアは星座の事あまり知らないのによく分かったね。」

 

よし、正解した───

 

「いや、たまたまメトロスという一等星の名付けの由来を覚えていただけだ。モンドの英雄、狼の騎士ルースタンの生涯がモデルの創作の主人公の名がメトロスだったからな。安直に狼座と答えさせてもらったがどうやら正解だったらしい。」

 

「あぁ…そういう由来だったんだね。私は寧ろそっちを知らなかった。で、見事正解したけど質問は何にする?」

 

…私にとってはクイズの問題よりもそっちの方が問題だった。聞くならばどうせなら普段あまり聞けない事を聞いた方が良い。何か…聞いておきたいこと……

 

「では、風呂でまず何処を洗う?」

 

小手先のジャブ、少し恥ずかしげのある要素を含む質問。さぁ、どう答える?

 

「髪だよ?一番手間がかかるから最初に洗うの。」

 

「そうかぁ…」

 

なんの躊躇も無く答えられた。でも確かにレイラの後ろ髪…ツインテールというのか?パーマというか巻いていて乾かすのが大変そうだ。あれ、そういえばどうやってその巻き髪を固定しているんだろう。美容院に行っている姿を見た事は無いが…

 

「なぁ、その髪はどうやって固定…」

 

「ストップ!応答するのは一つの問題につき一つでしょう?」

 

「…そうだったな…」

 

チッ…浮かび上がったほんの少しの疑問もクイズに答えなければ教えてくれないか…

 

「では次は私が出題する番か。最初は小手調べからだ。」

 

レイラに合わせて天文学に関する問題を出しても良いが、私が見聞のある星の名前や由来に関して彼女はそこまで勉強していないだろう。ならば一般常識などから出題すべきだが…

 

「"古代史からの問題、古都トゥライトゥーラ歴に於いて王子サイフォスが寵愛を与え結果的に国が滅ぶ原因となった人物の名を答えよ"」

 

「え、そんなの因論派学者しか知らないでしょ!?私が習った事のある歴史ってせいぜいオルモス港の大海賊の話くらいだよ!」

 

なに…知らないのか。因みに正解はマカイラだ。

 

「知識が無いなら問題に答えることはできまい、では問題を変えレイラの言う大海賊の問題を出そう。"大海賊の盟主、デイズ達が最期の晩を過ごす前に立ち上げた連盟の名を答えよ"」

 

「それは分かるよ、『二十九オーシャンデイズ連盟』!」

 

「正解だ。まぁ、シティに住んでる者は諸法の森に関する歴史は習っても大赤砂海の歴史は習わないからな。先の問題は出した私が悪かった。」

 

「……フェジュロアって本当に明論派だよね?でも正解は正解、質問に答えて貰うよ!」

 

「あぁ。」

 

そういえばこのゲームは結果的にレイラから持ち掛けた物だ。それはつまり私に何か聞きたいことがあるという事か?邪神にまつわる話は口に出したく無いのだが…

 

レイラはそんな私の予想を蹴飛ばし、少々意外な質問をしてきた。

 

「あなたの()()()()()()()の相手は?」

 

……そういう事聞かれるのか。それか先程の私の風呂で云々のせいで少々発想が恥を伴う方向性にシフトしたか?まぁ良い。ファーストキスの相手なんか言うに簡単だ。というか男は基本そうじゃないのか?

 

「母だが。」

 

「あっ、お母さん抜きで!」

 

「君…さっきは私に……まぁ良い、同じ質問内容だからな。………ファーストキス?」

 

ファーストキスといっても簡単には思いつかない。少なくとも教令院に入ってからそういう経験は無かった訳だし……モナか?いや、そういえば元師匠にキスされたのが一番最初かもしれない。

 

「バーベロスという女性だ。」

 

「だ、誰?」

 

「それは次の質問でだ。ほら、問題を出したまえ。」

 

「…まさかフェジュロアが経験者だったなんて……うぅ…思考を切り替えて、レイラ。絶対彼に解けない問題を……よし、"アランナラ伝説に於いて死域とされる現象の名称は?"」

 

(フェジュロアは確かアランナラの存在を否定してた。なら伝説の内容を詳しく知らない筈…!)

 

と、レイラの思考はこんなところだろうか。残念だが存在を否定はしたが知恵の殿堂に保管されている書籍の内容だ。覚えてるとも。

 

「『マラーナ』」

 

「な、なんで知ってるの!?」

 

「いや、信じない事と知らない事は同義では無いだろう?」

 

「そう…こういう問題じゃ駄目か…」

 

せめてワルカ*1とかアランムフクンダ*2とかアランラカラリ*3とかを出題すれば良いのに。マラーナ*4なんて一番分かりやすい敵役なのだからちょっと伝説を見聞きしたナラ*5でも知っていると思うが。

 

「では質問、レイラのその髪…ロール?はどうやって固定しているんだ?」

 

「これはね…」

 

レイラは自分の二束の髪の先端を持ち上げて説明する。

 

「氷元素力の応用でこういった事が出来るの。髪の水分を氷結させて固定する…髪にダメージが入るから先端の方しかやらないけどね。」

 

「ほう?そういう仕組みだったのか。私の岩元素じゃそういった事は出来ないから少し羨ましいな。」

 

「さすがに岩元素じゃ髪のセットは出来ないよね…髪留めとかは作れるの?」

 

「髪留め…そういった細やかな作業の要る物の生成は難しいな。普通に職人の手によって作られた物の方が良いだろう。」

 

「そっか…確か璃月の七星八門の天権…だっけ?その人が岩元素創造物の取引による税が…とかいう法令を出したのをスチームバード新聞で見たから高価な物でも創れるのかと思ってた。」

 

天権…確か璃月港の金持ちで凝光という名だったか。彼女も岩元素の神の目の持ち主だった筈だが…宝石でも作って成り上がったのか?

 

「基本的に岩元素創造物というのは時間経過によって壊れやすい。かの岩神の創造物くらいじゃないか?未だに大陸に残り続けている岩元素創造物は。」

 

「フェジュロアも天体観測の時に岩元素で椅子とか作っていたから便利そうだと思ったんだけど…長持ちしないんだね。じゃあ次の問題…あなただね。どんな問題を出す?」

 

……出来るだけ常識に沿っていて難しい問題…

 

「"胞子の魔物、キノコンは成熟形態としてマッシュラプトルという鳥類に似た形態をとるが、その姿は一般的に何を模倣したものだと定義付けられているか答えよ"」

 

習わない事柄だが雑学として知っている者は多い。

 

「……鳥?朱鳶では無いだろうし…いや、マッシュラプトルって尾羽が凄いんだっけ……素論派の紋章に描かれてる鳥かな。名前は確か…『スカンダ』?」

 

…まじか。

 

「正解。凄いな。古代聖獣の名は出ると思ったが正式な獣名まで当てるとは。何処かでこの事柄についての見聞を深めたのか?」

 

「…あなたが買ってきた稲妻の娯楽小説の設定で出てきたんだ。古代聖獣の名前が。それらが教令院の各学派のシンボルになってるっていうから流石に身近な事だと思って覚えたよ。稲妻の人はこういった何かの伝説を元ネタに娯楽小説を書くのが好きみたいだから…」

 

そういったルーツだった訳か。確かに稲妻の娯楽小説は璃月の仙人やモンドの飛龍、フォンテーヌの吸血鬼等がよく出てくる。スメールの聖獣について書かれた小説があっても不思議では無いか。

 

「じゃあ、あなたに質問。バーベロスとはどんな人であなたとどんな関係?」

 

バーベロス…魔女会の一員で私の元師匠。妙齢の女性…とはとても言えない婆さんで私の先祖『フラナ』の友人だそうだ。と言ってもフラナは400年前の人物…彼女が本当に先祖の友人だとするなら齢400は下らない訳だが…レイラはそんな化け物じみた彼女について知りたいのか?出来るだけ魔女会絡みの事は教えたくないのだが。

 

「彼女は私が12歳の頃まで師事してくれていた人物だ。私も彼女の正確な年齢は知らないが…まぁ婆さんだ。」

 

「婆、…フェジュロアって熟女好きだったりしないよね!?」

 

何を勘違いしたかレイラは巫山戯た事を言う。

 

「んな訳無いだろう。それに、あの婆さんは私を破門にしたからな。そう和やかな関係では無かった。」

 

「ふーん……」

 

あれ、てっきり私の元師に興味があるのかと思っていたが…彼女の態度は興味なさげだ。この話は切り上げておこう。

 

「じゃあ私が問題を出す番だね────」

 

 

 

 

こうして私たちは長きに渡るクイズ大会を始めた。

 

最初の頃は私もレイラも互いがなんとか解けるレベルの問題を出し合っていたが、次第に質問はエスカレートしていき、両者とも己の秘密を守る為に問題の難度を引き上げていった。

 

「"フェジュロア式第三宇宙定理における空間屈折率の計算に用いられる公式を答えよ"!」

 

「そんなの答えられる訳が無いでしょ!"秋の空に浮かぶ紅葉座、その一等星の名前は?"」

 

「は…?……分からん!えー…"テイワットに於いて最も少ない数の七天神像を保有する国家は何処か"」

 

「それなら分かるよ、『稲妻』。質問、女性と一緒にふ、布団に入った経験はありますか?…も、勿論家族とお師匠さん抜きで!」

 

「布団?それならモナと…」

 

「あー!そうだったの!!やっぱりやましい関係だったん…」

 

「あの頃の私は9歳だ、なにもやましい事は無い!…いや、そういえば12の時に…言わないでおこう。

 

「そ、そう…問題、"象牙座の一等星を…"」

 

「『ミシュラッダ』、自分の命の星座に含まれる星くらい把握している。…質問…君の異性に対する好みのタイプは?」

 

「え、ええ…!?……あう、せ、背が高い人!」

 

「些か返答が適当過ぎないか…?まぁ良い。"スメールに於ける砂漠の神の眷属の正式名称を答えよ"」

 

「えっと…壺の魔人?…ドリーが乗ってるあれの事だよね……分かりません…」

 

「ジンニーだ。」

 

「あぁ、そんな名前だったよね。はぁ…問題、"諸法の森南西にある巨大樹の生えた雨林の地域名を答えよ"」

 

「アシャバン…?えー、アシャヴァンレ()()だったか?」

 

「アシャヴァンレムルではなくアシャヴァンレルムだよ。自分の国の地域くらいちゃんと覚えようか。」

 

「れ、レイラ…君先輩に対して随分と侮った口を……良いだろう。ここからの私は本気で問題を出し、本気で回答してやる!」

 

「…今までも本気だったよね…?」

 

とまぁ、こんな調子で私たちは三時間ほど己の知識を費やしてお互いの秘密を探るべく死力を費やした。

 

 

 

 

第257巡目…つまり問題数514問。私の体力は限界に差し迫っていた。思考が纏まらないのもあるがもう彼女に出すにふさわしい問題が見当たらないのだ。

 

もうかれこれ20巡ほどお互いに秘密を聞き出せていない。ここらが私たちの限界か…?

 

そんな時、そんな時だ。レイラがとても簡単な問題を誤って出題してしまう。

 

「…あー……"料理、ローズシュリカンドの…必要な食材は…何?"…はぁ…そろそろお腹すいた。」

 

レイラが消耗し、思わず簡単な問題を出してしまう。この時を待っていたぜ!と私は思った。これは確実に答えることが出来る。

 

「……スメール…ローズ………砂糖…………牛乳…!!!」

 

私は遂にあの質問をすると決意した。もう体力が限界だからだここで終いにしてやる。

 

「…おー、おめでとう。質問どうぞー…」

 

質問だ!言え、フェジュロア、レイラはブラジャーを着けているのか、と。ノーブラなのか、と!!

 

「れ、レイラは……その………下、えぇ……あぁ…」

 

「なぁに…?」

 

何故口から「ノーブラなのか?」という簡単な言葉が出ない、聞け、フェジュロア、お前なら出来る!

 

「レイラは…その服…何着重ねて着ているんだ?」

 

馬鹿が、ひよったな私。しかし、その質問でも真実は知る事が出来る。ひよったなりにナイスだ私。

 

そう思っていた私は彼女の行動に唖然とする事になる。

 

「えー?……えぇと、まず上着でしょ…」

 

そう言いながら脱ぎ捨てられた上着。…何故脱ぐ?レイラは黒い小さな上着を脱いでソファの上に置く。…何だ、何が起こっている?

 

言えることは…彼女は意識を朦朧とさせているという真実のみ、そこから行われる行動を私は全く予見出来ない。

 

そう考えていると彼女は、私の期待を裏切らず、私の想像を超えた行動をしてみせた。

 

「それからタイツ……」

 

「なッッッ!?!?」

 

タイツを脱ぎだしただとォ!?丈の短いシャツの隙間と脱げていくタイツの隙間に見える肌色に私は心を踊らせる。このまま、このままいくと、どうにかなってしまうのではないか。

 

─────どうにかなってしまいたい…。

 

そうだ、このまま彼女は意識を朦朧とさせたまま私となんやかんやでくんずほぐれつなアレになってしまうのだ。私の良心は今は退けと退却を促すが、ここで退けば男じゃない!!

 

そう判断した私はレイラのタイツに手にかけた腕を掴み、その行動を止める。

 

─────続きは、私に下ろさせろ。

 

そう言いたかったのだ。

 

だが失策。レイラは私に腕を掴まれたことで自分のしでかした行動の危うさに気づいてしまった。

 

「あ、ああ、う…な、なんでも無いの!ちょっと、涼みたかったかなぁって!」

 

「あぁ…。」

 

そう言ってレイラは立ち上がりタイツは元の位置まで引き上げられてしまった。…腰元に覗く肌色は…もう見えない。思わず落胆の音を上げる私。さっき彼女の手を掴まなければ…どうにかなっていたかもしれないのに!!

 

思わず自分の判断の愚かさを呪う。何故私がタイツを下ろしたい等と思って動いてしまったのだ。それさえ無ければ今頃彼女は…下着を……

 

いや、冷静になれ私。彼女は今恥ずかしい思いをしている。彼女の恥ずかしさは私にも計り知れない。だが、その恥ずかしみ、共有してやる事は出来ないだろうか。彼女にだけ恥ずかしさを背負わせるなど言語道断、男を見せろフェジュロア、

 

─────今こそ、あの質問をするのだ私!

 

「そういえばレイラ、君、ブラジャーは着けているのか?少し気になっていたのだが。」

 

「え、ええ!?…ええと…シャツの下に沿う形のキャミソールを着けてるからぶ、ブラジャーは着けて無いかな…」

 

「きゃ、キャミ?」

 

キャミソールって何だったか。女性用下着の名称か?

 

「…もしかしてキャミソール知らないの?……チラッと見てみる?」

 

「………ッ!!」

 

なんだその誘惑は!私はレイラをそんな悪女に育てた覚えは無いぞ!

 

でも私は誘惑に負けてチラッと覗く事にした。

 

「………」

 

チラッと、チラッとだ。彼女のシャツと肌の隙間をチラッと見るのだ!!

 

「…ほう。」

 

私の視界に入ってきたのは宇宙のような黒。そうかぁ、黒か。

 

─────宇宙は空には無い。此処にあったのだ。

 

感動にも似た達成感。彼女の下着をチラッと見ることに成功したのだ。それも彼女からの誘いで。これほど嬉しい事があるか?いいや、無い。この世に存在しえない極上だ。

 

「ねぇ…何時まで見てるの……そろそろ恥ずかしいんだけど…ねぇ?」

 

「…ア゚ッ………すまない、チラッとと言わせておきながらジロっと見てしまったな。」

 

「なにそのジロっとって…変態みたいな…」

 

「へ、変態…」

 

少し良い。クるものがあった。レイラから、後輩という立場の人間から変態と呼ばれた事のある人間が世界にどれほど居ようか。おそらく…数人程度だろう。

 

そう、その数人程度の甘美を私は味わったのだ。もう、何も怖くない。

 

「そういえばさ…」

 

「なに、レイラ。」

 

「ご飯…食べたいかなって。」

 

「良いだろう。」

 

私はルンルン気分でこの世の一部の者しか知り得ない絶頂を体感しながら彼女へ料理を振舞った。

 

会心の出来ってやつか?料理が輝いて見えるよ。

 

「…それよりも、レイラの方が輝いて見えるけどね。」

 

「いや、料理と比較されてもあんまり…」

 

「…そう。」

 

そんな日常の一コマ。私にとってかけがえのない時間。

 

正直に言おう。私は最近レイラとこのような爛れた日々を毎日のように過ごしていた。それはもう明論派の先輩方から羨ましがられるほどに充実した日々。

 

ミディアから「学生のうちは絶対避妊しなさい」とか言われたけどそういう爛れ具合じゃないって、って言ってやった。私とレイラはプラトニックな関係なんだ。この時にしか体験できない甘い関係をしっかり味わいたいんだよね。

 

…いや、別に付き合ってるって訳じゃ無いけどさ、毎日毎夜私の家に来てくれる後輩の可愛い女の子…これってもう実質付き合っているような物じゃん!!そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

有頂天、その言葉にふさわしいほどに私は浮かれていたのだった。

 

自分の運命くらい知っていた筈だろう?

 

『象牙座』…冠の象徴、王位の座。そして転落。その運命を知っていたからこそ、私はこの運命を憎んだんじゃなかったか。運命の無い世界を望んだんじゃなかったか。

 

「フェジュロア・プルフラナ、お前を正式に『創神計画』の中枢メンバーとして受け入れよう。断れば…お前の愛しい彼女がどうなっても知らないがな。」

 

「フェジュロア、私の学院の生徒としてこの方々のお役に立ちなさい。お前は今までも良質な研究結果を我々に齎した。これからも期待している。」

 

「君が例の天才ってやつ?僕は…そうだな、なんと呼んで貰っても構わない。なんていったってこれから僕は神になるのだから。神以前の僕にそう価値なんて無いからね。」

 

黒い鳥を模した仮面を被った男、我らが学院の賢者にして教令院の大賢者、大きな傘帽子を被った『神』となる少年。

 

そうだった。私は結局、運命から逃れられない。

 

バーベロス師、モナ、クラクサナリデビ様、そして…レイラ。

 

私は外道に堕ちる。すまない。

 

 

*1
砂、砂漠、砂漠化

*2
アランナラの英雄

*3
アランナラによる元素力の業

*4
死、死域、災い

*5






◇フェジュロア・プルフラナ…己の辿る運命を信じる事が出来なくて運命を否定した。運命を決定付けたバーベロスを憎み邪神の力を彼女に振るうが、あえなく拘束され破門を言い渡された。キャミソールを知らない。


◇レイラ…なんだかんだフェジュロアとの距離が最近かなり近い事に焦っている。そろそろ手を出されてしまうのではないか、このまま彼の家で夜を明かすのではないか、と期待と興奮でおかしくなりそう…だが、中々フェジュロアが手を出さないのでそう上手くはいかない。


◇博士…フェジュロアの研究成果の素晴らしさに感銘を受けると共に、ただの一般人であるはずのフェジュロアが自分よりも数世紀先を行く数学的知能を持っている為に嫉妬の感情が生まれ、その脳髄をアーカーシャの力でデータ化し自分の物出来ないか画策している。

◇アザール…フェジュロアの研究成果のお陰で原作よりもファデュイに対して優位に交渉を進められている。神の缶詰知識の使い道を散兵ではなくフェジュロアにする事で己の言いなりになる神が作れないかと画策している。

◇散兵…正直言ってフェジュロアの研究成果は意味が分からない。天才性であれば己も結構な物…と自負していたが、流石にフェジュロアのレベルの成果を見てしまうと、これは理知の外の存在だと言って切って捨てた。事前の資料に草神の隠れ信徒という記載があった為に注意していたが、自分を前にした時の呆然とした表情を見て、こいつは僕たちに逆らえない、と確信した。



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八話 レイラちゃんに秘密の夜会!!


5000UA達成マジに嬉しいナリね




 

 

暗い。

 

ここは機械と配管に囲まれた研究所。聖樹の中にある筈なのにも関わらず、ここには一切の生命の気配が感じ取れなかった。

 

だだっ広い大広間の中心では、いつも鳥仮面の男が機械を弄って何かしている。目につく所で作業するのは別に文句は無いが、声を掛けてやるとやつは苛立ちを顕にするのだ。そんなに邪魔されたくないのなら大広間で作業なんかしなければいい物を…とは思う。

 

「『博士』、こんばんは。神の躯体の創造は順調か?」

 

「……お前か。少しこれを見てみろ。」

 

そう言って私に見せてきたのは神の躯体内部に流れる元素エネルギー循環を表したグラフ。計算段階にあるそれは既に完成後の算段がついていると言われれば納得しうる程に完璧な値を示していた。

 

だが…

 

「本当に『神の心』という物はこれほどの巨体を支えられる程のエネルギーを生み出せるものなのか?」

 

私の疑問に博士は答える。

 

「これほど…ではなくこれくらい出来て当然なのだ。魔神を神に近づける魔導器官、それが神の心なのだから。」

 

付け加えるようにして博士は雷元素の神の心について説明する。

 

「加えて、雷元素が司るエネルギー効率上昇の力はこの躯体にも作用する。草元素の神の心ではこうはいかなかった。これだけは稲妻で神の心を確保した散兵を褒めるに価する功績と言えるだろう。」

 

「草の神の心…アーカーシャの運用に使われているあれをこの神の躯体に利用する気は無いのか?」

 

「ふん…アーカーシャの運用に使用されているからこそ手を出せないのだ。ある意味人間によって執り行われる守りは七神という個人よりも厚い守りだ、もし今持ち出したとしてスメールからファデュイの大半が無事に生きて帰ることは出来ないだろう。」

 

「…そういうものか。」

 

人間の管轄にある『神の心』はおそらくスメールの神の心だけだろう。その防備の高さは神が持つよりも高度なもの…そう博士は評価している。

 

スネージナヤの使節たちにはどうやら神の心を収集するという目的があるらしく、創神計画を通じて草元素の神の心を徴収する気らしい。アーカーシャの目的である知恵の授受という行為を、神と化した散兵を通じて熟させ、その知恵をもってして雷元素の神の心と草元素の神の心を両取りするのが今回の計画らしい。

 

散兵は…おそらく雷元素の神の心の所有権を奪われる事に黙ってはいられないだろうが、彼は造られた神にとって代わられる。彼の意思は無に帰し、都合の良い禁忌に汚染された神を造る事が博士の目的なのだろうか。判断材料は少ない。今はそう推察することしか出来なかった。

 

私は、博士から渡された資料を通して、神の躯体の情報を閲覧し、正常な運用にあたり問題点となりそうな箇所を提示してやると博士は少しうんうんと唸ったあと、私に一部の研究課題を渡してきた。

 

「そう言うなら貴様がやってみると良い。エネルギー効率と循環の計算式と数値をこの欄に書き込んでおけ。」

 

「…そうか。」

 

博士から投げ渡された更なる資料を見れば思わず顔が歪む。計算式に次ぐ計算式。巨大な躯体の制御に必要な導線の抵抗の調節はまた私の専門外の課題だ。

 

去っていく博士の後ろ姿に少し恨みがましく睨んでやると何を感じとったのか一瞬振り向く。すぐに表情を真顔に戻して「行くならさっさと行け」と言わんばかりの冷めた視線を向けてやるとやつは今度こそ去っていった。

 

「ファトゥス博士…大分癖のあるやつだな。」

 

私がこの研究施設に通い始めて約六日、ろくな事が無い。

 

私は当初、院からの評価の為に賢者様からの課題を受けたが、こんな陰謀に関わった研究をするとは流石に思っていなかった。

 

今では賢者様に評価され、他国からの使節にもある程度評価されている。「評価される」という願いだけはこうして見れば叶っているのかもしれない。

 

だが、この研究はクラクサナリデビ様への冒涜。真の評価とは神に見られても恥ずべき事の無い真の功績による評価なのではないかと私は未だに心の奥底で思っている。正しいことだと己の胸を張れなければ、どんな素晴らしい功績だろうと後悔が付いて回るからだ。

 

だと言うのに、私は頭ではそう考えていてもペンを握る右手は次々に数式を書き連ねていく。神からの真の評価か、外道共からの評価か。…そのどちらでも良いから常に評価され続けていたい。そんな自分の真意に、私はどちらにも振り切れていない半端者だと改めて思い起こされた。

 

 

 

「プルフラナ、あなたに散兵様から話があるそうです。実験室にどうぞ。」

 

「あぁ。」

 

スネージナヤの使節団ファデュイの一員から散兵と会えとの令が下る。だが、令とは言っても彼らとの立場は私の方が上と言っていいだろう。結果を残す研究者を彼らも侮ることは出来ない。博士、散兵、そして計画に加担する賢者達。今私に文句を言えるのはこの幹部衆のみだ。他の木っ端なファデュイや教令院の研究者からは文句の一つも許さない。私はこんな外道共の中でもある程度の地位を獲得していた。

 

散兵の待つ実験室にダラダラと歩き出す。実験室への道のりは時間の無駄と感じる程には長い。エレベーターやらギミック付きの床など侵入者対策がバッチリとされたそれを私たち研究者は歩かされる。スラサタンナ聖処を改造して作られたここは最早スネージナヤの研究施設、スメールの雰囲気は欠片も感じられない。…これは誰が改築の指揮をとったんだか。博士か?

 

そんなどうでもいい事はさておきこれから会うことになる『散兵』と呼ばれる少年について想起する。

 

散兵、稲妻で雷元素の神の心をあの武神『雷電将軍』から奪取したとされる精鋭。本人からの談ではどうやら雷電将軍と戦闘になることは無かったそうだが、あの島国から最も重要な駒を生きて本土に持ち帰ったのは評価に値するだろう。

 

性格としては小生意気な様子が伺えるが、その背後にはかなりの思慮深さと計画性が垣間見える。おそらく彼は復讐者に該当する人間、スメールの砂漠でもあれと同種の思考の持ち主を多く見る。だが、ファトゥス第六位の地位を得て尚彼の復讐心は未だ健在と見える。その実力ですら到達しえない復讐対象となると…もっと上の席次のファトゥスか魔神の類い…なのだろうか。

 

実験室の扉の前に辿り着き、少し憂鬱になる。博士にしろ散兵にしろ奴らは自分本位に行動をする。それに振り回される身になる…ルタワヒストの天文学者達を散々振り回した私がそう振り回される側になるとは考えていなかった。

 

自動開閉式の扉のセンサーに引っかからないようにわざわざ扉の端からノックして、中から「入ってこい」と言われるまでは入らない。これは誰に言われたでもなく、自分から何となくしている行為。の行為を施設内に張り巡らされた監視カメラから見た博士は何を思うだろうか。「お前のような木っ端の事など私が考えている暇など無い」…そんな事を言いそうなものだが。

 

「…フェジュロアか?入ってこい。」

 

「はい、散兵様。」

 

まだ若い年頃の少年の様な声で「入れ」と命じられ扉を通る。中には幾つもの配線に繋がれた人形的な美しさを持つ少年が待っていた。彼が散兵、悪名高きファトゥスの第六位だと言うのだから世の中は分からない。

 

「失礼します。何か御用でしょうか。」

 

「君、また成果を上げたそうじゃないか。君の岩元素創造物の抵抗力を活かして神の躯体の元素エネルギー調節をより精密に行えるようになったと聞いたよ。流石、スメールの大天才様…といったところか?」

 

「いえ、散兵様に大天才様と言われるなどと、畏れ多い。私は己の責務を全うしているだけです。」

 

散兵はこの世界を五百年も生きた老成した戦士らしい。敬意というものは向けて当然…なのだが。

 

「ふん、謙虚なのも良いが僕はもっと君の野心というものを見てみたいよ。…人の本性というのは追い詰められて初めて顔を見せる物だ。僕は君の本性というものを見てみたい。」

 

彼は二十年も生きていない木っ端なこちらに興味を持っているらしい。例えるなら強大な獅子に睨まれた子鼠。力の差というものは誰が見ても歴然だ。

 

「私の本性…どういう事でしょうか。」

 

「最近はこの装置に繋がれっぱなしで僕も身体が鈍っていてね。そう、あの場所だ。あの大広間、模擬戦にはピッタリだと思わないかい?」

 

模擬戦…?何を言っているのだこの少年は。私との力の差の大きさが分からないあなたでも無いでしょう。

 

「模擬…戦……つまり、私と散兵様とで、」

 

「そうさ。君は神の目を持っているだろう?なら少しは闘えるだろう。着いてこい。」

 

ピンチというものはいつも突然だ。片や五百年の時を生きた愚人衆の幹部、片や一学生。どちらが潰されるかなんて分かりきった事だろう。

 

私は決して彼らにこの邪神の力を見せるつもりは無いのだから。

 

 

 

「ほら、ここで良いだろう。人払いは済ませたよ。」

 

人払いは済ませただと?周りを見ればこちらを注視するファデュイやら賢者達が見える。何が始まるのか分かっている視線。…散兵…いや、奴らは最初から私と散兵とで模擬戦をさせるという計画を立てていたな?だが、何故だ?

 

そう考えていると奥の研究室に引っ込んだ筈の博士が見えた。何だ?やつもこの一件に絡んでいるのか?

 

「アーカーシャに残っていたお前を含むルタワヒスト学院の学生達による遠征の記録を見させて貰ったよ。キャラバン宿駅からアアル村へと辿り着く道中、そこで不自然に記録が途切れた場面があった。」

 

…あの時のフルソに提出させた記録……

 

「貴様がアーカーシャ端末に細工した事は分かっている。だが何だ?貴様が映像を細工してまで隠したかったこと。…それを私は戦闘にある、と見た。そこで丁度闘いが足りていなかった散兵をお前にぶつける事を思い至ったのだ。」

 

………そういう事か。砂漠での道中で映像が改編されたとあったなら理由は戦闘に関することに限られるだろう。残忍にも砂漠の民を殺した、とか教令院で禁じられた兵器を使用した、とか考えられる理由は色々とある。

 

それが私の弱点になる…と奴らは考え実行に移した、という訳だ。底の知れない者を相手にするのは博士と言えど面倒くさいものがあるだろうからな。

 

「そろそろ良いかい?博士(ドットーレ)、お前は話が長い。十一位のノロマじゃないが、僕も彼との戦闘が楽しみなんだ。早く()らせてくれ。」

 

「良いだろう。両者、始め。」

 

博士の気怠げな戦闘開始の合図を聞いて散兵に向き直る。だが、正面には既に彼の特徴的なシルエットは見当たらなかった。は?何処へ消えた?

 

そして。

 

瞬間、私は散兵に殴られ硬い床を転がった。何だ、何が起きた?

 

「うっ…か、」

 

「うん?随分弱っちいみたいだ。僕の動きを目で追えてすらいない。」

 

野郎……痛……

 

床の冷たさと反比例するように殴られた頬は熱を帯びる。これは…正直言ってキツい。

 

「がぁッ…!!」

 

「あらら、反撃する気も起きないのかい?それとも、したくても出来ないのか。」

 

「くっう…」

 

腹を蹴られ、うつ伏せに転がった私の背を彼の足で踏み抜かれる。痛い…

 

彼は元素力を使ってはいるが表層まで出してはいない。舐められてる。そう言って間違いは無いだろう。だが、それを払拭する事すら私には出来ない。ファトゥスという身分に付随する戦闘力を舐めていたのは私の方だったのだろう。

 

私は(外典)を取り出し、散兵に向かって岩元素レーザーを発射する。が、そのレーザーは彼が首を傾げた事で空を切った。

 

「ん…反撃する気はあったか。でも、それじゃあ遅いね。」

 

「っづ…!」

 

本を持っていた左手が蹴られ本が遠くへ吹き飛んでしまう。あれは法器、あれが無いと上手く岩元素の力を操る事が出来ない。

 

だが、元素力を正確に操る術が無いのならば、無いなりにやれる事はある。

 

「ふんっ!」

 

「おっと…」

 

床に岩元素の奔流を流し私の周囲に尖った岩の欠片を生成させ爆発させる。炸裂した数々の破片は不規則な弾道を描いて散兵の脚部に数個突き刺さる。だが、彼に痛みを覚えた様子は無い。効いていないのか?

 

「攻撃力は結構あるみたいだね。でも、これはどうだい?」

 

そう言って彼が掲げたのは雷元素を集約させたエネルギー弾。あれは当たれば痛いな。

 

当然の如く追尾性を持って飛んでくるそれを避ける、避ける、避ける。時々、当たる。

 

大広間を痛む身体に鞭を打って駆け回る。私がこんなに大変だっていうのに、周囲を確認してみればファデュイの連中はこちらの戦いを見ながら酒を飲んで鑑賞している。さながら見世物だ。

 

「おい、散兵様、あなたの部下が君と私の闘いを酒の肴にしているみたいだが、良いのか?」

 

無数に飛んでくるエネルギー弾を、少し当たりながらも避け続け、彼に思った事を直接話す。

 

「それは確かに腹立たしいことだ。でも、今この場面で僕が相手取っているのは誰でもない君だ。君に暴力をぶつけることに今の僕は精一杯って事さ。」

 

「嫌な精一杯だな!ってうぁっ!!」

 

「遠距離攻撃だけじゃ観客の皆も足りないだろ?そのまま殴った方、僕の強さに説得力が出る。」

 

またもや吹き飛ばされる。何で私がこんな強者と戦う羽目に…博士の計略だと言うのは分かっているのだが。

 

私は散兵の繰り出す殴るや蹴るに抵抗すら出来なく吹き飛んでまた吹き飛んでと繰り返した。

 

あぁ、痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 

意識が…

 

 

 

 

 

 

 

〜Scaramouche side〜

 

 

「……博士、もう良いんじゃないか?いくら僕でもなんの罪も無い人間をこう一方的に殴るのは嫌なものがある。」

 

「いいや、やつはまだ元素の力を活かした攻撃も元素爆発も使用していない。有り体に言えば、お前は手加減されているのだ、散兵。」

 

「ふーん?」

 

ボロ雑巾みたいに倒れ伏すフェジュロア・プルフラナを観察する。息は絶え絶えでまともに目の焦点も合っていない。これで僕に手加減している?流石に無理がある。

 

最初から僕はこの計略に乗り気じゃ無かった。ファデュイにも隙を見せず、ただただ自分達よりも幾度も優秀な成果を毎度持ってくる研究者、鬱憤が貯まらない方がおかしい。僕はそんな研究者達のストレス発散に付き合わされている訳だが…はぁ、もう終わりにしても良いだろうか。

 

元素爆発…そういえば彼の神の目は元素エネルギーが充填された事を示す様に明滅している。確かに博士の言った手加減しているというのは嘘では無いのだろう。だが、真実には遠いように思える。彼は、その力を隠そうとしておるのではないか?と思う。

 

そんな裏の顔を見せずに僕にボロボロにされるまで手を出さないっていうのは余程覚悟が決まっていると見える。なんでだろう、そういうところが博士とか僕に目をつけられる原因だってのに。その事実に気づかないで彼はこちらから見て面白いと言える行動を繰り返すのだ。彼からしたら…計算外って事なんだろうか。

 

彼は数学の天才であることは認めるが、どうやら人の機微には鈍い所があるらしい。ふぅ…本当ならこんなところで伸びさせないで僕の神の躯体について研究させるべきなんだけどなぁ。

 

「終わりにしよう。」

 

僕は早く終わらせる意味も込めて彼の頭目掛けて蹴りを放った。

 

瞬間…

 

彼の頭の横…耳辺りから飛び出てきた黒い触手が僕の足に巻きついて蹴りを止めた。

 

「何だっ!おい、博士、この黒い蔦…いや、触手は何だ!?」

 

「……まさか、あれは……だが、あのような物がこの世界に存在していい筈が…」

 

黒い触手から何とか逃れて距離を置く。再度彼を見てみれば黒い触手が辺りを蠢いていた。地面から、空間から…そして何よりフェジュロア・プルフラナの身体から。

 

明らかにあれは彼の能力や体質と見て間違いないだろう。辺り一面に触手を生やす能力?……とにかく、気持ち悪い。

 

「喰らえっ!」

 

僕は彼の胴体を思いっきり蹴って壁に叩きつける。…どうだ、これで収まってくれるか?

 

【ph'nglui mglw'nafh cthulhu r'lyeh wgah'nagl fhtagn】

 

ダメだ。あいつはヒルチャール語の様な呪文を唱え始め黒い触手は更に数を増やす。

 

途端に僕は耳を塞ぐ。反射反応による産物。決して敵の前ではとってはいけない行動。

 

だと言うのに僕は耳障りなそれから反射的に耳を守った。

 

「あ゛ぁぁあああああ!!?」

 

背後からも叫び声が上がった。

 

「ガっ…わああああああっ!!?」

 

今のは聞き覚えがある…僕の部下のファデュイの声だ。何があった?何か叫ぶ必要のある物事でも…

 

そしてその叫びに呼応するように大広間に次々と叫び声の波が広がっていく。

 

「うああああああああ」

「ふふふふぃおふぉふぃふぃ」

「きゃあああばあああ」

「うはああああははははは」

「だすけでえええええええええ」

「ふうっおおおっおお」

「にゃあるしゅうたん」

「にゃあるがっしゃんなん」

「にゃる、しゅたん」

「にゃる、がしゃんな」

 

「「にゃる、しゅたん!にゃる、がしゃんな!」」

 

こうも異常な光景を見る事になるとは思っていなかった。僕と彼の戦闘を見物にしていた者達は博士を除き皆一様に呪文の様な叫びを上げている。

 

これは…彼の、フェジュロア・プルフラナの異常な姿を見て『発狂』したのか?

 

博士に確認を取るように見れば、彼は何かを思考しているらしく頭に平手を当てて動かない。はっ、今動けるのは僕だけか?

 

もう一度彼を見る。

 

【ph'nglui mglw'nafh cthulhu r'lyeh wgah'nagl fhtagn】

 

相変わらず紡がれる呪文とそれ以上に異常な姿に変貌した彼。触手が彼の身体に巻き付き覆い尽くされる。さながら、人の形をした触手。

 

…正直言ってここまでの異常性が彼に確認できるなんて博士も予想していなかっただろう。長いこと生きてきた僕だって皆目見当もつかないからな。

 

だが…少なくともあれはテイワットの物じゃない。そう確信出来た。

 

「おい、博士、突っ立ってないで何とか言ったらどうだ?」

 

「……散兵、おそらくあれはテイワットの外の…」

 

「それくらい僕にだって分かる。あんな生物が居ていい訳ないからな。」

 

「……とにかくだ、これをお前に託す。」

 

そういって博士から渡されたのは注射器。…中には紫色の毒々しい液体が入っている。

 

「これでフェジュロア・プルフラナを殺すのかい?」

 

「いいや、奴で実験がしたい。これは鎮静剤の役割を果たす。」

 

「そうか。」

 

実験…ならあいつも僕の仲間になる訳か。面白い。フェジュロア本体には傷一つ付けないで鹵獲してやるよ。

 

足に元素力を通し瞬発的に彼の正面に躍り出る。だがやつの目とも言えない何かはこちらを見据えている。…先程と違って動体視力は向上しているらしい。

 

そんな事を考えていると触手が僕に向かって鋭く突き出される。

 

咄嗟に左から彼の背後に回り注射器の針を突き刺さそうとするが触手が邪魔をする。

 

…触手がとにかく邪魔だ。まともに相手できないな。

 

雷元素を纏って触手に攻撃を仕掛けるも、特にこれといった効果は示さない。…元素力を通さないのか?

 

だが、戦いようはある。

 

一本の刀を取り出し刃を触手に滑らす。

 

…触手はビチビチと蠢きながら床に落ちた。よし、斬れる。

 

奴の触手の数は優に二百本を超える。これを全て斬り進むのは些か大変だが、丁度いい。僕の身体の鈍りを解すための準備運動代わりにでもなってくれ。

 

「…フェジュロア・プルフラナ。面白い、僕が相手してやる。」

 

刀を握り締める手が震えるのを感じた。きっと、武者震いってやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

〜Fazeloar side〜

 

 

『……あなた、随分酷くやられたわね。』

 

目の前には白髪サイドテールの幼子。記録にあるクラクサナリデビ様の姿を模したそれは私に話しかけてくる。

 

「…君は誰だ、クラクサナリデビ様じゃないんだろう?」

 

『あら?彼女だって禁忌の産物よ?わたくしとなんら変わらない存在。』

 

「…正直言うと私はクラクサナリデビ様を見た事がないので君の物真似がどれだけ正確か知らないんだ。出来れば、君の素の口調…というやつで喋って欲しい。」

 

『ダメよ。わたくしは千の貌を持つ無貌の神。正確な姿なんて無いの。なら、あなたが求める至上の姿になった方が得だと思わない?』

 

本来の姿が無いって事か?

 

「それなら…仕方ないのか?」

 

『でも、今のあなたが追い求める至上の姿はもうクラクサナリデビでは無いみたいね。これならどうかしら。』

 

そう言ってヤツの姿は包帯で巻かれていき、それが解かれた時には幼子から少女の姿になっていた。…それは…

 

『フェジュロア、この姿なら…あなたも気に入ると思うの……どう…?』

 

「それは…」

 

青髪金眼の少女、レイラの姿を真似たヤツは、私を誘惑するようにその顔を私に近づけ、小声で囁く。

 

『契約、覚えてる…?』

 

「星の美しさと、異星の知恵の交換。」

 

『そう、あなたはあの日私に約束してくれた。星の美しさを教えてくれる代わりに、神の知恵を授けてくれって。なんて自分勝手なお願いだと思わない?』

 

「…そうだな。あの時の私は…とても浅慮で…」

 

『おっと、自分を卑下しちゃ駄目だよ。私にとって星の美しさを教えてもらうことは神が如き知恵に匹敵するほどの至上だったんだから。』

 

「…そうか。」

 

彼女の言葉から分かったことがある。彼女は…星の側の存在、私たち人間が観測することしか許されない、手を出すことは不可能な存在だったという事だ。あの日、砂漠の中心で私は彼女を何らかの要因で遠い空の星から呼び起こしてしまったらしい。

 

「…これからも邪神と呼ぶべきか?本来の名は…」

 

『ん?あなたはもう知っているんじゃないの?あの形態の名前、誰の名前だと思ってたの?』

 

邪神降誕時の姿の名前か?確か…不意に頭に過ぎった文字を書き記しただけのそれは…

 

「ナイアルラートホテプ?」

 

『うん!ニャルラトホテプでもナイアーラソテップでも良いけど、邪神じゃあ無くて出来れば名前で呼んで欲しいかな!』

 

「……ニャルちゃん?」

 

『えっ!?距離近すぎじゃない!!?』

 

「…そうか。」

 

と、馬鹿な話をしていたら意識が薄くなる感覚に襲われる。なんだ、気絶に似たこれは…

 

『ここは夢の中。まぁ、それが目覚めるって事だよ。…じゃあ、またいつか会おう。』

 

「ああ。また、いつか。ニャルちゃん。」

 

『まだ言うか!!』

 

私は目が覚める。光に満ち溢れた暖かい空間から、暗く冷たい現実へ。

 

 

 

肩で息をする散兵、気絶し倒れる見物人達、面白い物を見たと口角を上げる博士。

 

はぁ…私はどうやら邪神の力…ニャルちゃんの力を彼らの前で振るってしまったらしい。

 

「お前、戻ったのか?……フェジュロアからだけで無く辺りの触手も消えている…確かにアレは終わったらしい。」

 

驚いた表情を見せながら、片刃の剣に付着した黒い血を拭き取っている散兵を前に、私はただ呆れ返り笑う事しか出来なかった。

 

「は、苦労をかけたな。これが私だ。」

 

創神計画、そのメンバーと真の意味で対面した瞬間。私の全てをさらけ出した瞬間。それが今だった。

 

散兵と博士、そして私。歪な三つ巴の化け物共の夜会がこれから毎夜と開かれる。

 






◇フェジュロア・プルフラナ…邪神の姿はとても歪で不細工な物。普段の邪神降誕時は触手を折り曲げ、ヒロイックな印象を与えられるよう努力している。

◇レイラ…ナイアルラートホテプに姿を使われる。

◇ナイアルラートホテプ…レイラの姿を模した所一瞬でフェジュロアの態度が軟化してかなり驚いた。勇士とはたとえ恋人の姿を偽ろうともその剣で躊躇わず貫いてくる者…という認識があった為か、幻にも絆されるフェジュロアには勇士として不足…?と感じている。

◇散兵…フェジュロアという人間の特異性に気付いた。彼は凡人ではなく天の視線を集める者。かつて天に裏切られた自分と彼を対比しようか…とも思ったが、フェジュロアの天があんな歪な物では流石にあの美しい雷の神と比べたくは無いなと思った。

◇博士…フェジュロアの特異性に気付いた。彼は降臨者とテイワット人の境目。上手く利用すれば己が世界の改竄を認識することすら可能…そう結論付けた。

◇創神計画に関わっているファデュイや教令院の面々…「にゃる・しゅたん・にゃる・がしゃんな」という文言が頭の中から離れない。

◆大広間…原作に於いて七葉寂照秘密主(下半身付き)と闘うフィールド。



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九話 レイラちゃんとの安息!!

 

 

「こんばんは…いる?」

 

「…よう、レイラ。」

 

「あ、フェジュロア…昨日は何処に行ってたの……えっ!?大丈夫なのそれ…」

 

合鍵を使って私の部屋に入ってきたレイラは私の格好に驚く。……包帯で巻かれた頭や腕、ガーゼの貼られた頬、少し腫れた瞼。どう見ても喧嘩後の不良の姿だ。しかし…もうレイラの来る時間か、今日は…一日ぼうっとして過ごしてしまった。

 

「だ…誰かと喧嘩しちゃったの!?」

 

「……転んだんだ。」

 

「な訳無いでしょ…えぇと…手当てでもする?」

 

「あぁ…お願いしても良いか?」

 

そう言って私は昨日博士から貰った医療キットを机に出す。軟膏に…包帯、あとは消毒用のアルコール。なんとも彼に似つかわしく無い普通な医療キットだった。

 

昨夜、私は散兵と模擬戦をして大怪我を負った。その怪我の度合いがシティから動いていない人間が負うにはあまりにも不自然だったので博士に頼んで応急処置をしてもらったのだ。

 

彼の処置の結果、見るだけで痛々しいような本当に目立つ傷痕は消えたが、それでも喧嘩後の不良学生くらいの印象を見た相手に与える程度には怪我の痕が残った。

 

「…何したらこんな傷付くの?」

 

「あ…う」

 

顔の傷を手当てしながら聞いてくるレイラに私はなんて返したら良いか考える。日中散々言い訳を考えた筈だ、でも…上手く言葉を紡ぐことが出来ない。

 

彼女に嘘をつくことが…少し、少し心を締め付ける。

 

「…賢者様達と、少しトラブルを起こした。前に言っていただろ?クラクサナリデビ様解放の進言。受け入れられなかったよ。」

 

「そんな…でも、なんでこんなボロボロになるまで…」

 

「つい神の目を使ってしまってな。護衛のエルマイト旅団の奴らにやられたよ。ま、マハマトラ連中に捕まる様な事にならず家に帰されたのは幸運…と言って良いだろうが。」

 

「…そうなの……」

 

賢者様達にも既に口裏合わせは頼み込んである。彼らは私の言葉に対して「にゃるしゅたん…」とか意味分からん言葉を言いながら了承してくれたが、多分大丈夫だよな?

 

「いて…」

 

「滲みた?」

 

「あぁ。」

 

時間にしてあれから丁度半日か?まだ傷は治り切っていなかったらしい。消毒液が滲みる、痛い。

 

ガーゼを新品の物に貼り替えてくれて手当ては終了…かと思ったが。

 

「えっと…顔の傷の手当ては終わったけど体は…?」

 

「体もやるのか?いや、流石にそこまでは悪い…」

 

「良いの、ほら服を脱いで診させて。」

 

「ふ、服を…」

 

確かに胴体も散兵に蹴る殴れるしたので痣など大量に残ってはいるが…脱ぐべきなのか?レイラの前で?

 

取り敢えず何時も羽織っている白衣だけは脱ぐが、そこから先にはなかなか手をつけられない。

 

「何やってるの?ほら、早く脱いで。」

 

「あ、あぁ。」

 

羞恥の感情が湧き上がる。スメールの湿気を含んだ空気が素肌を撫でる。こんなのいつもの着替えや風呂上がりには深く考えない。…レイラの前で上半身裸になるというのは、中々クるものがあった。

 

そんな風に私だけ興奮していては忍びないと思い、レイラは男の裸に興奮を覚えているのかなと彼女の顔を見れば、そこにはただただ心配そうな表情が。あれ?

 

「フェジュロア、それ、本当に大丈夫なの?」

 

「ん?」

 

レイラに言われて自分の身体を見てみればかなり赤黒くなった痣やら切り傷が見受けられた。あぁ…エロよりもグロが勝ったのね。

 

しかし私自身今の怪我の状態を初めて見た。博士に治療されて起こされた時には普段の服を着せられていたからな。…ここまで傷痕が酷いとレイラが心配するのも無理は無かったか。

 

「まぁ、そこまで痛みは感じていない。鎮痛作用のある軟膏を塗られていたからな。」

 

「そう、なら良いけど…じゃあ、切り傷は消毒して包帯でも巻く?」

 

「そうしてくれると有難い。」

 

レイラは熱心に私の身体に消毒液を吹きかけ、その上に軟膏を塗っていくが、私はそんな医療行為に対して上半身を愛撫されているかの様な微かな快感と無視することの出来ない興奮に襲われる。端正に治療を施してくれているレイラには謝りたい気持ちでいっぱいだ。

 

包帯で上半身の至る所を巻き付けられたあと、レイラは少し考え込むようにして更に際どい発言をする。

 

「…よし、上半身はこれで終わりだね………ねぇ、下半身もやるの?」

 

「はぁっ!?」

 

「あ、いや、別にこれは治療だから…変な感情は無いよ…無い…」

 

「そ、そうか。」

 

流石に下半身丸出しという訳にもいかない。が、下着だけというのもどうにも…

 

そう私が迷っているとレイラは悪魔の囁きをしてくる。

 

「これは医療行為、医療行為だから。」

 

「医療行為…なら、恥ずかしい事なんて…何も無いよな。」

 

「きゃっ…」

 

私は勢いよく履いていた絝を下ろし下着姿になる。今は上半身にも何も来ていないので本当に下履き(パンツ)一丁だ。

 

思わず可愛い悲鳴をあげてしまったレイラは、私の姿をもう五度見六度見とチラチラ見ては見ないではを繰り返し、十五度目あたりでようやく耐性がついたらしく正面から私を見据える事が出来た。

 

思えば…こんな歳の近い女の子の前で下履き一丁になるなんて私の人生史上一度だって無い。これに興奮を覚えずして何が男か。だが、私は精一杯に心を鎮める。このいたいけな少女の前で性的な生理的変化を見せる訳にはいかないからだ。

 

(考えろ、この興奮を鎮められる情景を。近所の農家のおじいさんの家で風呂を借りた時、その奥さん(70)の裸を見てなんとも言えないとても失礼な感想を抱いたあの時の事を。いや、でも今一緒にいるのはうら若き少女だぞ?なら興奮を抑えられるわけ…あぁーッ絶対やめろ私、性的に興奮するなぁッ!!)

 

「……下半身は…怪我してないみたいだね…」

 

「…そうか?」

 

「うん…太もものところに少し切り傷があるくらいかな。」

 

そう言えば先ほどの上半身の時も言っていたが切り傷ってどういう事だ?散兵とは肉弾戦を繰り広げていた筈なのだが…

 

いや、そう言えば意識を取り戻した時に目の前にいた散兵は刀を握っていたな。もしかして斬られたのか?触手を斬り落とす際、勢い余って私自身にも切り傷がついたのか?いや、やつの事だから私に気なんか使わず斬っていそうなものだが。…正気を失っていた時の事だ、推測することしか私には出来ない。

 

「……包帯を巻いてくれてありがとう。正直自分じゃ面倒がってやらなかっただろうからな。」

 

「そう、それなら良かった。」

 

この後風呂に入るので多分すぐに包帯を外すことになるとは彼女の嬉しそうな笑顔を見たら言い出せなかった。

 

 

 

 

そのまま約三時間を私たちは無為に過ごした。

 

私は夕飯を作り、食べ、ファトゥス博士から出された課題を片付け…レイラは洗濯物を取り込んでくれたり、食器洗いをしてくれたりしている。

 

この光景を何も知らない人間が観測したらどう思うだろう。この安息感はまるで家庭の様だと思うのでは無いだろうか。

 

お互いがお互いの醸し出す空気に馴染んでいる。そんな安らかな心地で彼女と過ごす事ができる事に、私はひどくやるせなさと申し訳なさを感じていた。

 

『スメールの裏切り者』

 

それが今の私の身分だ。教令院の六大賢者の内四人とそれに付随する研究者達、そして私はスメールの神を現在進行形で冒涜している。"神を創り新たな知恵の神の座に据える"なんていう妄言に等しいそれは、雷の神の心によるエネルギーと冬国の使者達からの技術によって叶えられようとしている。

 

私たち計画の加担者達は、皆特殊なアーカーシャ端末を使用している。なんでもクラクサナリデビ様はアーカーシャ端末を通して世界を観測する力があるとされているからだ。その神に見られる事無く計画を進める為には、博士が改造したアーカーシャが必須とされている…が、そんなちゃちな改造で神の眼差しを防げる道理は無い。

 

もしかすると、クラクサナリデビ様は…スラサタンナ聖処に幽閉されているのもあるが、私たち人間によるどんな危険な行動も止めるつもりは無いのでは…と私は考える。

 

彼女の神話はいつだって人の運命を計算し、襲い掛かる試練を伝えそれに打ち勝てるよう助言する…というもの。決して介入はしない。クラクサナリデビ様は人間の自主性を尊重されている…そう考えるのが妥当だった。

 

もしも私たちが本物の、草の神の心を引き継ぐことのできる神を創り出してしまったら、彼女は喜んでその座を引き渡してしまう可能性だってある。それは、決してあってはならない事だ。

 

"私はクラクサナリデビ様の敬虔なる信徒。必ずやかの計画を阻止し、あなた様に栄光の座を用意致しましょう"

 

この心の声が耳元のアーカーシャを通じてクラクサナリデビ様に届いたのなら、それは立派な神への懺悔。私が創神計画へ加担することに意義が生まれる。神を救う為、神を堕ろす愚者共の中枢に立ち暗躍する…そんな言い訳ぐらいしか、今の私を正当化させる事は出来ないのだから。

 

ちっぽけで矮小な人間、それが私だ。だが…少なくとも、目の前にいる愛しい者だけはこの計画に巻き込んではいけない。彼女は神の躯体に関する研究を私と共にしていく中で教令院への小さな疑念が生まれている。何をしでかすか分からない賢者達やファデュイにそんな状態のレイラを近づけさせる訳にはいかないのだ。

 

「レイラ。」

 

「ん、何?」

 

ソファでぼーっとしていた彼女に声をかける。彼女はすぐにこちらを向いて純粋無垢な眼差しをこちらに向ける。

 

そんな彼女に私は衝動的なそれを止めることは出来なかった。

 

「私は今、とても幸せなんだ。君がこうして傍に居てくれるから。」

 

「…え?………あっ!」

 

「だから、君を手放したくない。」

 

レイラに抱きつく。彼女は自分の身体に寄せられた重みと回された腕に少し動転した後、私の身体を抱き返してくれた。

 

パニックを起こしながら抱き寄せた私の腕、距離の無くなった私の胸部、見上げらばすぐ近くにある私の顔を何回もローテーションして確認している姿が、とても尊く愛おしい。

 

彼女との関係を壊したくはない、私はそう思っていた筈だ。だが、目の前にある幸せに手を掛けず放置出来るほど私は人間が出来ていない。

 

私は罪人、国に仇なす者。そんな立場でありながら、純粋な愛を求めてしまう。欲望に飢えた心は止められない。

 

「ふ、フェジュロア?え、どういう事?いきなり抱きついてきて…」

 

「レイラ、聞いてほしい事がある。」

 

「は、はい…」

 

心臓の音がうるさい。私の鼓動か、密着した彼女の鼓動かも分からないくらいには、私も動転していた。

 

生唾を飲む。言葉が上手く紡げない。今からする事はただの自分勝手な行動、いずれ彼女を深く傷つける。

 

レイラという人間に私は…

 

「レイラ…」

 

「な、な、な、何っ!」

 

ひどく溺れている。

 

「君の事が好きだ。」

 

 

 

 

「え、あ、あぁ……あ………」

 

ついに言ってしまった。初めて会った日から数日で好意を抱いた彼女についに告げてしまった。

 

「おっと…」

 

彼女がより撓垂れ掛かり私に体重がかかる。放心してしまう程に言葉のショックが大きかったのだろうか…って、

 

「気絶している?」

 

彼女は目を閉じ、安らかな寝息を立てていた。まじか。

 

でも、拒否されるよりは余程マシだった。拒絶されたら、私は今後何を頼りに生きていけばいいか分からないほどに、彼女に依存していることを自覚しているからだ。

 

私は彼女を抱えて自分の寝室に敷かれた布団に寝かせようと思い立つ。

 

彼女の撓垂れ掛かった柔らかい身体をなんとか抱え、居間を抜け出す。

 

一歩一歩歩く事に彼女はその柔らかさで私の情欲を煽る。

 

手なんか出してはいけない。私は恋情を彼女に伝えたが、了承の返事も否定の返事もまだ貰っていない、いわば保留。

 

私は自分の中の獣と戦いながら廊下を歩く。はやく彼女を手放したい、だが手放したくない。相反する二つの心が私を揺れ動かす。

 

「あっ…」

 

つい抱え直した時に彼女の胸に私の腕が埋まってしまった。柔らかい、身体なんか比でない程の柔らかさだ。

 

その感触に名残惜しさを感じながらまた彼女を抱え直し、腕に感じる感触は彼女の肩のものに変わった。

 

そして私は気づく。今の抱え方はまるで俗に言う『お姫様抱っこ』の状態だと。あぁ…王子役がこんな罪人で彼女には本当に申し訳が立たない。でも、私の心は留まることを知らなかった。全て私の責任だ。

 

紆余曲折ありながらも寝室に辿り着き、彼女を一旦床に降ろす。間違っても勢いよくは降ろさないよう慎重に彼女の身体を扱った。

 

敷き布団を押し入れから取り出して敷く。彼女を再度持ちそこに寝かす。

 

あぁ、これは駄目だ。

 

自分の普段使っている布団に異性が寝ている光景。迸る情欲を抑えるのに限界を感じた。

 

なんとか彼女から視線を逸らし、薄い掛け布団を掛けてやると、彼女の身体は隠れようやく情欲はなりを潜めた。…と思っていたのだが。

 

「お、おっぱいが…おっぱいの形が掛け布団からでも浮き出て見える!」

 

スメールの掛け布団は気候の影響もあってとても薄い。彼女の主張した起伏がバッチリ確認できる程には。

 

先ほど不意に触ってしまった感触を想起してしまう。あぁ…やわらかった。

 

あれは人体が持っていい柔らかさなのだろうかと私は世界を疑う。自分自身で一番柔らかいであろうケツはあんなぷるぷるとした柔らかさをもってはいない。ケツ…ケツ……

 

(レイラのお尻…)

 

先程彼女を抱えていた時には太もも裏と肩に手を回していた。太ももはタイツ越しですら充分柔らかかったが……お尻はどんなものなのだろうか。

 

私の知的好奇心が嫌な方向に舵を切ったのを、私は止めることが出来なかった。

 

(ちょっと失礼して…)

 

私はレイラの眠る布団に入り込む。あったかい。添い寝の体制というやつだ。すぐ横、間近に迫ったレイラに視線を向ける。

 

可愛い寝顔が見える。あぁ…距離の近さを感じる。ここまでの接近は未だかつて無い。同じ布団の中年頃の男女が一組。止まれる道理は無かった。

 

(あっ、やばい。止まれない。)

 

私の腕はみるみるうちにレイラのお尻付近へと迫る。あーっ、その一線だけは踏み越えてはダメだぁーッ!!

 

私は極楽への切符を手に快楽の渦へと飛び込もうとする。

 

だが、その手は慣れ親しんだそれに強制的に止めてられた。あの、おぞましい黒い触手だ。

 

(ナイアルラートホテプの触手…!?まさかニャルちゃんが私を止めたのか?)

 

『いいや、私だ。』

 

立ちはだかっていたのは私の理性だった。私の理性は神の目を使ってまでして野性の私を止めたのだ。

 

(おい私、何故止める。)

 

『レイラが眠っている間に手を出すなど、最低以外の何者でも無い。』

 

(で、でもよ、私という異性の前で気絶する方が悪いんだぜ?しかも明確に好意を示してきたやつの前でだ。襲われない方がおかしいってやつだぞ。)

 

『馬鹿お前、己の誓いを忘れたか?最初(初めて)は合意の上で、お互いの汗が混じり合いながら、同時に果てる……そう何度も妄想したじゃあないか。』

 

(うっ…)

 

流石に私。己の心情(せいへき)を曲げる真似はしない。でもよ…

 

(もしレイラがこのまま起きて、私をフッたらどうする。)

 

『…い、いや、レイラもなんだかんだ私に好意は向けてくれている筈…』

 

(絶対は無いぞ。何度も味わったはずだ。人の心だけは計算で計り知れぬ物。この私、フェジュロア・プルフラナが唯一苦手とする物だってな。)

 

『あう…』

 

(惚れた女を抱けるチャンスが目の前にある。ここで手を出さずして何が男か。)

 

『ち、違う。私はそんな最低じゃない!おそらく散兵との戦闘で多くの傷を負った結果、子孫繁栄という生物的本能に考えが染まってるだけで…』

 

(言うに事欠いたな私、つまり我が肉体はゴーサインを出しているということだ。肉体、野性、理性…その内二つがレイラを抱けと言っているのだ。多数決…というやつだ。)

 

『何…ふん。ならば最終手段だ。おい、神の目、私の言うことを聞け!やつを縛り上げろッ!!』

 

(甘いぜ、既に神の目のコントロールは私が奪った!)

 

『なっ…』

 

腕を拘束していた黒い触手が締め付ける力を失い、やがて粒子となって宙に消えた。

 

(…理性の私、諦めるんだ。共に彼女の柔らかで唆る肉体を咀嚼しよう…)

 

『あぁ…どんどん野性の私が変態的に堕ちて行く…』

 

(良いじゃないか理性の私、ハジメテくらい、全ての私で愉しもう。)

 

『あぁ…あぁ……』

 

私は一つに溶けていく。

 

『(レイラを抱く!)』

 

パーフェクト・フェジュロア・プルフラナと化した私は改めてレイラを見遣る。

 

するとそこには目をぱっちりと開かせた彼女の姿が…

 

「うぁああああああああ!!?」

 

思わず叫び声をあげてしまうが彼女は動揺せずに言葉を紡ぎ始めた。

 

「ねぇ、フェジュロア。」

 

「なんだ、レイラ。」

 

「なんであたし達同じ布団で寝てるの?」

 

「それは君が突然気絶したから…」

 

「あなたが横にいる理由が無くない?」

 

「あ、あー…もう寝ようと思っていてな。だが布団を君に貸していて。でも、夜だしな。そ、そう、眠いのなら、仕方がないよなぁ?」

 

苦し紛れの言い訳だ。とても彼女に通用するとは思えない。

 

と、思っていたのだが。

 

「…眠いなら、仕方ないよね。」

 

「うぉ…」

 

そう言って彼女は私を抱き寄せた。先程と逆の構図となった。あぁ…レイラの胸がむにゅりと形を変える程に抱き寄せられている。これは夢か?

 

夢ならば躊躇しないと彼女を抱き返すと、見えたのは彼女の笑い顔。このようなエロティシズムな時に彼女なら絶対に見せない笑顔でレイラは笑っていた。この何処か人間味の無いカラッと乾燥した笑顔…まさか!

 

「まさか、夢遊中のレイラか!」

 

「ふふ…あなたにはすぐにバレるようになっちゃったね。」

 

今私と抱き合っているレイラは夢遊中のレイラだった!

 

「何故分かるかって言えば…本来の彼女ならこういう時に慌てて動転し、顔を赤くして何も言えずに私の顔を見つめてくるだろうからな。」

 

「随分具体的な。それはあなたの予測なんだろうけど…随分正確に予見してるね。あなたが普段の私にどれだけ可愛い印象を受けているか想像がつくよ。」

 

か、可愛いって…いや、レイラは可愛いのだけど本人に直接言及されると思わず照れてしまう。

 

「そういえばあなた、私に告白してたよね。ムードとかなくいきなりだったから流石に吃驚したよ。」

 

「む……あ、あぁ。」

 

「いつから好きだったの?大丈夫、誰にも言わないから。」

 

「えぇ…」

 

夢遊中とはいえそれを本人に言うのか?…まぁ、いいか。

 

「出会って三日目くらいだったか…賢者からの課題を見せた時に私との距離が近づいて、目が合った時には好きになっていた。」

 

「へぇー!そ、それだけで恋に堕ちちゃったの!?」

 

「……いや、君のような可愛い子とあんな近距離で目が合ったら…誰だってそうなる。」

 

「え、えへへ…そうなんだ……そんな前から…」

 

彼女の抱きしめる力が少し強くなった。より胸もくっついて…いや、胸だけじゃない。彼女の足が私の足に絡みついてきた。密着度があがり、彼女との距離は最早ゼロを突破してマイナスの領域に踏み込んでいる気さえする。

 

近い…彼女の、女性的な肉体をより強く感じる。私には無い物。あぁ……狂いそうだ。色に狂うとは、この事か。

 

「そういえば、前にも私を寝かしつけてくれたね。」

 

「寝かしつけ…?あぁ、砂漠遠征での事か。」

 

なんだ、彼女は私が同じ布団に入っていた事を寝かしつけていると勘違いしてくれたのか?それは助かる。

 

しかし砂漠遠征か…確かあの時は…

 

「色々語らったが…結局君に膝枕したんだったな。」

 

「うん…是非自分でも膝枕の感触を味わってみたかったからね。」

 

「あの後…かなり足が痺れたんだ。スメールシティに帰るのがどれだけ大変だったか…」

 

「あはは、ごめんね。」

 

あの時…夢遊中の彼女も膝枕を強請ってきたので何故だろうと思ったが…もしかすると夢遊中のレイラは普段のレイラの感覚を知らないのだろうか。

 

だが夢遊中の彼女はレイラの身に起きたことを全て記憶している様子…彼女の感覚を測ることが出来ない。夢遊中の彼女は別に解離性同一症のような二重人格の一側面という訳では無い。夢遊中の彼女は思考が冴えきったレイラ本人だと…彼女の口調や知り合いの研究者たちの話から私は定義づけている。

 

もしかすると、単にもう一度…膝枕をされたかったという可愛い理由なのかもしれないが。

 

「で、今は何で抱きついているんだ?」

 

「内緒。」

 

あぁ、何故だか私は夢遊中の彼女に情欲がそそられない。可愛くない、という訳では無い。何処かそれを超越した女性的な理性、母性を彼女から感じてしまうからだろうか。

 

つまり、夢遊中のレイラは私の如何なる行動に対しても余裕を見せているのだ。だが、私は余裕が無い様子で慌てるレイラがたまらなく好きだ。どうせなら…夢遊中の彼女でもどうしようも無いほど…慌てふためかせてみたい。

 

だが…

 

「眠い。」

 

今日は無理だ。意識がはっきりしない。

 

「あれ、本当に眠くなっちゃった?」

 

そういえば…昨日散兵と戦った時から寝ていない。徹夜していた。彼女に抱かれていることで…その暖かさを感じていることで、興奮よりも安心感が勝っているのだろう。

 

「レイラ、一緒に眠ろう。」

 

「…夢遊中だっていうのに、これじゃ動けないな。良いよ、一緒に眠ろう。」

 

私たちの間に距離は無い。かつて悩ましく思った距離間は今の私たちには関係無かった。

 

彼女の体温を感じて、彼女の肉体を感じて、彼女の吐息が頬に当たるのを感じて…私は眠りについた。

 

レイラ、本当に…ごめん。

 

 

 

 

 

 

「……フェジュロア…昨日、本当は何があったの?」

 

「………」

 

彼は寝息を立てている。安らかに、安心しきった様子で。

 

「寝ちゃったか。…この人は、私が守る。賢者達が何を考えているのかは分からないけど…必ず、レイラの大切なこの人は守ってみせる。」

 

レイラが憧れた人、恋した人、愛してくれた人。絶対に離さない。

 

「………ご…めん…」

 

彼の頬を伝う涙を手で拭う。彼が今、何を相手取っているのか私には分からない。教令院の闇も、それ以外の要因があるのかも。

 

「…これじゃ、もっと眠れない。」

 

眠りを妨げる全てが私の敵。でも、彼の存在は…ただただ愛おしくて敵わない。

 






◇フェジュロア・プルフラナ…博士の治療のお陰で実際に痛みは無い。傷は少しは残るだろうが…名誉の負傷と思う事にした。


◇レイラ…衝撃の言葉に思わず気絶。夢遊中の自分に尻拭いされる。朝起きた時、目の前にフェジュロアの顔があったことでかなり動転したが、一向に起きる気配の無いフェジュロアの顔を触った後、布団を掛け直し家を出て鍵を閉めた。



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十話 レイラちゃんと恋人!!


十話にして今更だけどフェジュロアの外見に関しては、イケメン長身ツインテ無し男版刻晴ちゃんをイメージしてくれれば。



 

 

「レイラー」

 

「う、うん。」

 

一日。

 

「レイラ?」

 

「な、何?」

 

二日。

 

「レイラ…」

 

「は、はい…」

 

三日…そして、

 

「レイラ。」

 

「……!!(声にならない叫び)」

 

「ううん…。」

 

七日という日が何も無く過ぎ去った。

 

あの告白から一週間。私はレイラに避けられ続けていた。避けられている…と言うと誤解を招くだろうが、とにかく彼女との距離が拡がってしまった事は確かだ。

 

理由は明確。一週間前、私は欲望に負けて気絶中のレイラと添い寝してしまったからだ。本当なら彼女よりも早く起きて取り繕うべきだったんだが、なんとその日私は昼過ぎまで寝てしまい、起きた時には彼女は家から居なくなっていたのだ。おそらく…夜這いされた、とか思われただろう。それが原因で現在私は彼女から距離を置かれているという訳だ。とても悲しい。

 

いや、私の性欲が悪いんだが…

 

しかし、私にだって言い分がある。あの時夢遊中のレイラは布団の中で私を抱き寄せて来たのだ。何も全てが全て私の性欲という訳では無い。夢遊中のレイラの誘惑のせいでもある。夜這いの形のなってしまっても仕方ないったら仕方ないのだ。

 

でも、私はそう悲観的になってもいない。私はレイラに完全に見放された様子でも無いからだ。

 

普段通り夕方になれば彼女は私の家に訪れてくれるし、研究の手伝いもしてくれる。

 

問題はコミュニケーションで、私が声を掛ければ彼女は途端に顔を赤くして口をもごもごさせぎこちない返事だけが返ってくる。おそらく…告白を思い返したり、一緒の布団に入っていたりした事を彼女は思い出しているのだろう。照れ…彼女が感じて当然のそれがx今の私たちの距離を遠ざけていた。

 

はぁ…でも、未だに彼女から告白の返事が聞き出せていない。夢遊中のレイラからも言われていたが、告白の際にもう少しムード作りを頑張った方が良かったのだろうか…

 

私の作った夕食を食べ進めている彼女を見て私はとても切ない気分になっていた。あぁ、こんなに近くにいるのに、心の距離が遠い。

 

何分かそうして項垂れながらレイラを見つめていると、彼女から声がかかる。待望の会話パートだ。

 

「ねぇ、なんでそんなにずっと見つめているの…?」

 

「君を見つめているのに理由が必要か?」

 

「うっ…あなた少し面倒になったね。」

 

「め、面倒…!?」

 

心外だ。確かに今まで隠してきた気持ちをオープンにしている事でレイラから見た私の態度は変化が生じているように見えるのだろうが、これが素の私だ。それを拒絶されては困る。

 

「あの、あなたが私の事をす…す、好きだっていうのは分かったけど、それを大っぴらにされたら困るの!」

 

「何故に。」

 

「もう、私だってあなたの事は結構…好ましく思ってはいるけど、教令院ですごく噂されてるの。私があなたと付き合ってる…とか、夜にこの家で集まって……ま、まぐ、まぐわっているとか!!」

 

「ほう…」

 

私もルタワヒストの連中から揶揄われたが、レイラもだったか。確かに学生の身分としては少々羽目を外していたかもしれない。こうして夜間に集まって無為に時間を過ごすなどと。

 

しかし"まぐわい"か、いつかしてみたいものだ。人間というものは大人へは時が経つにつれて勝手に成長するが、心は人生の経験によって成長を促さなければいけない。性行為というのは人生の経験に於いても重要なポイントだ。己と違う性を持つ者を理解し、子孫繁栄という行為の尊さを知るのだ。私も機会があれば経験しておきたい。

 

「で、大っぴらにされて後は何が困るんだ?」

 

「今日の昼、基礎占星術の教室であなた教壇から私になんて呼びかけたの!」

 

「…?なんだったか。ただ普通に"レイラ"と呼んだだけじゃなかったか?」

 

何の問題も無かった筈だが?せいぜい少々呼び掛けに甘いニュアンスが入ったくらいだと思うが。「レイラ…♡」って感じに。

 

「それでも問題なの、教師代行と言えど教師が生徒を名前呼びなんて…」

 

「いや、普通に他の生徒も名前で呼んでいたが…自意識過剰じゃないか?」

 

「ぐ…」

 

レイラはどうやら単に私にいちゃもんを付けたかっただけらしい。でも確かに私がレイラを名前で呼んだ時に教室の女子たちが沸いていた。あぁ、おそらく揶揄われる等して凄く恥ずかしかったから私に文句を言いたかったんだろう。

 

「と、とにかく…私はあなたと付き合いたくは……付き合い………」

 

「?」

 

変な所で言葉に詰まる。付き合いたくは…何だ?もしその続きが"無い"だというのならば私はなりふり構わずこの場で泣くし、失恋の歌を延々と歌い続けるだろう。

 

だが、そんな私の不安を他所にレイラは言葉を続ける。

 

そして、それは私が一週間待ち望んでいた言葉だった。

 

「私は、"あなたと付き合いたいけれど"…皆に噂されるのは困…っわ…」

 

「レイラっ!」

 

レイラが告げた一言に私は感極まり、彼女に駆け寄って抱きつく。あぁ、これだ。彼女の肉体の感触。抱擁の心地良さ、一週間ぶりの体温はとても懐かしいものに覚えた。

 

今レイラは何と言った?"あなたと付き合いたいけれど"だと?そんな風に思っているのなら何故一週間も避けていた!確かに夜這い事件の翌日からも家に来てくれていた事からそこまで嫌われてはいないだろうなと確信していたが、言葉にして返ってきたのはそれ以上の最上。彼女の言を要約するなら、

 

『フェジュロアの事は好き、でも友達に噂されるのは困るから隠したい…』

 

そんな弄らしいセリフに私はもう我慢がきかなかった。レイラを抱きしめる力がより強くなる。もう拒絶されるかもなんて不安は何処か遠くへと吹き飛んでいた。

 

「ちょっと、駄目…」

 

「駄目じゃない、寧ろ良い。君のその言葉が聞きたかった。」

 

「わ、分かったから。あなたと付き合う、これから私たちは恋人!だから…」

 

「レイラーッ!!!」

 

「あ、もう…」

 

さらに抱きしめる。レイラの表情を見れば何処か困った顔をしながらも、笑っていた。受け入れてくれている。口では拒絶しながらも、彼女は私との抱擁を楽しんでいた。

 

抱擁は五分にも十分にも渡り、お互いがお互いの体温を、存在を確かめ合った。幸せとはこういう事だろうか、彼女の身体を、異性を感じながら私はもっと深く堕ちていった。

 

 

 

 

 

「あ、でもフェジュロア、これだけは言いたいの。」

 

「何?」

 

抱擁を止め、止まっていた食事を再開し、食事を片付けてまた抱擁を開始してソファになだれ込む。二人して横になって恋人としての時間を楽しんでいる時に、唐突に彼女は一言切り出した。

 

「えっちなのはまだ駄目。」

 

「えっちだと…!」

 

あのレイラが、ダウナー系で素直な美少女レイラちゃんが…その小さな可愛いお口から『えっち』なんてエッチな言葉を口にするだなんて…私は多幸感で今にも意識が天に召されてしまいそうだ。

 

しかも『まだ』とか言ってくれた。いつかは…そういう事にもなるのだろう。

 

私は幸せな未来を予見した。

 

「ふははは…あのレイラがそんな事を言い出すとは!稀有な事も……いいや待て、もしや。」

 

「な、何?フェジュロア、変な事思いついて無いよね…」

 

私は彼女の口から発された『えっち』という言葉に思考力を欠かされていた。普段の彼女ならそんな事いきなり言い出さない筈だ。恥ずかしがり屋で下品な事柄を苦手とする彼女がそんなことを言い出すからには、それなりの理由がある筈だ。『えっち』…それに似た思考が常に頭の中を回っていたという事だろう。

 

例えば私と添い寝した事で手を出されていたのでは無いか、とか。次にあった時にはどんな過激な事をされるのだろう、とか。私が彼女の立場ならそう考えてしまうだろう。つまり…レイラは私の男性性を妄想していた筈なのだ。

 

彼女の隈の具合を確認する。…濃い。まともに眠れていないんじゃないかというそれを私はいつもの事だと気にしないでいた。だが、その隈の具合を私は想起してみる。1週間分の彼女の彼女の表情を思い出せ…

 

そして私は記憶の中の真実と向き合いある仮定を立てた。

 

…彼女の隈、五日前からより深くなっている。告白した日の翌々日からだ。

 

「レイラ、君…随分『えっち』…なんじゃあないか?」

 

「なに、いきなり…」

 

「普通の恋に思考が塗り固められた女の子なら、いきなり『えっち』だなんて言い出さないぞ。せいぜいキスする…だとか、デートする…だとか。『えっち』の範疇に含めない事ばかりだろう?」

 

「………」

 

「確かに状況が悪かったのもある。朝目が覚めてみれば男と添い寝していた…自分の身体を触られたんじゃないか、もしかして行くとこまで行ってしまったのではないか。そう目覚めた君は思った筈だ。」

 

「そ、そうだけど…それが何?あなただって私が気絶した後に布団まで運んだのは確実なんだから、身体に触れられたって思うのは普通でしょ!」

 

焦り、それが彼女の瞳から確認出来た。それだけで充分だ。私が気付いた仮定を指摘してやる事は本来あまり宜しくない行為。だが、これは一週間も無下にされた私の意趣返しだ。

 

「…もしかしてレイラ、君はこの五日間夜に…ちゃんと眠れていないんじゃないか?」

 

そんな私の質問にレイラは全て悟ったらしい。全てバレていると。

 

「その隈を見れば分かる。酷く悶々として眠れない夜…私にも経験はある。」

 

「う……」

 

「『えっち』な事をしばらくお預けするのは認めてやる。だが、私は心配しているのだ。」

 

「あ……」

 

レイラの耳元に口を寄せ、一言。

 

「君の方が我慢出来なくなるんじゃないか、って。」

 

「あ……いや………私は…」

 

赤面するレイラ。私との情事を妄想した夜を想起しているのだろう。端的に言えば…彼女はあの日から毎夜、()()()()()()()()のだろう。

 

『えっち』を否定するからには否定するなりにそう決断した理由がある筈だ。性への不安であったり、乱れる自分を見せたくない…であったり。それに行き着く為に人は"賢者"になる必要がある。色の不安は色の最中に心の内で広がり、一頻り事が終わった後に爆発するものだからだ。

 

「大丈夫。いつか、我慢出来なくなったら言ってくれ。私から君には手を出さない。するのは、こうして抱擁する事だけだ。」

 

「大丈夫って…こんなにくっついていたら…私は……フェジュロアだって我慢出来なくなっちゃわないの…?」

 

「勿論私だってしんどい。でも、これは人生に於ける一種の研鑽だ。段階を踏もう、レイラ。一歩一歩恋人としての道を歩もう。」

 

「…うん。だから、今はくっつくだけ…」

 

レイラが更に私を羽交い締めにする。私に負けないくらい強い力で、相手を…私を感じようとしてくれている。

 

でも、そんなにくっついたら…

 

「あの、レイラ。おっぱい…胸が凄い当たってる…」

 

「そんなの…抱き合っている時点で今更でしょ。私にだってフェジュロアの…それが当たってるんだから…お互い様。」

 

「…そ、そうか…。」

 

これが晴れて恋人になって初日の出来事だとは到底思えない。彼女が私を受け入れてくれている事を深く実感した。これまでのレイラとの日々は、恋人になって更に深く、淫靡に変わっていく事だろう。だが、"彼女を守り通す"という信念だけは、彼女を愛しいと思う気持ちだけは絶対に忘れてはやらない。

 

彼女が私を忘れても、ずっと覚えている。引き摺って、閉じ込めて、またこうやって抱き締めてやる。何も見えないほどに暗い部屋できっと、私たちは一つに溶け合うんだ。

 

レイラは私の彼女になったんだ。もう離さない。

 

 

楔で彼女の首を貫きたい、首輪を掛けてやって所有権を主張したい、この家から出す事無く拘束して、一生私の愛らしいレイラで居て欲しい。

 

 

……そんな自分の中から出てきた引くほどの狂気に、私はそっと蓋をした。あぁ、これが独占欲ってやつか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でだ、散兵君。流石にこんなに恋して病まないのはおかしいと思うかい?レイラを拘束したくて…閉じ込めたくて仕方ないんだ。」

 

呆れ顔で私の話を聞く散兵はもううんざりだという態度を隠そうとしない。まぁ、かれこれ三十分くらいレイラの話を散兵にしていたからな。飽きてくるのも仕方ないというやつだ。

 

「……まさかお前…僕にそんな話を聞かせる為に呼び出したのか?それなら君をあの神の躯体の最初の犠牲者に選んでやっても良いけど…」

 

「はっはっはっ!スメールジョークだよスメールジョーク!!私がレイラの身を案じないでどうするというのだ、勿論私が彼女に危害を与えるような事はしないさ!」

 

「…聞いてない……こいつ…恋人が出来てから随分陽気になったな…うざったい。」

 

私は不定期に開催している創神計画中枢メンバーによる夜会に出席していた。今日の参加者は散兵と私だけ。博士も賢者連中もそんな暇は無いと言って夜会の参加を蹴った。…因みに、この夜会の主催者は私だ。

 

散兵とはもうすっかり打ち解けて会話を楽しむ余裕すら生まれている。『昨日の敵は今日の友』ってやつか?私たちは共に相手の内に潜む未知を警戒しながら歩み寄っていた。

 

散兵は話してみて分かったが、割かし話の通じる奴だった。このような心根の者がファデュイという悪人面引っ提げた集団に属しているとなると、彼の生きてきた五百年の間の凄惨な人生経験を窺い知れる。

 

「そういえば君、博士に聞いたが人型ロボットだったのか?」

 

「ロボ…?あぁ…フォンテーヌ風の人形の言い方か?そうだ、僕は人間じゃない。」

 

「確か…故国ダーリの技術で作られたのだったか?」

 

「ダーリ…そう、僕の身体はカーンルイアの技術によって作られたのだろうと博士は推測していた。だが、本当のところは僕にも分からない。」

 

ふむ…失われた国の技術か…そうなると修理とか大変なんじゃないかと思う。燃料やらオイルやら今の素材や技術ではどうにもならないんじゃないだろうか。

 

そうか…可哀想に。散兵の肌を見遣る。そのスキンは五百年間張り替えられていないだろう。

 

散兵の頬を指でつついてみる。が、予想と違い柔らかい。人間の物にそっくりだ。てっきりもっと安物の革細工みたいにボロボロ表皮が剥がれるものかと思っていたが……って散兵に殴られた。

 

「痛ぇ!」

 

「いきなり何をするんだ。頬に触れてくるなんて…君はもしかして男色の気でもあるのか?」

 

「んなわけあるか!ただその人間にしか見えない肌がどんな感触なのか気になっただけだ!!」

 

散兵はそんな私の答えに溜息をつきながら頭を抱えた。

 

男色と言えば彼の五百年によって培われた恋愛観が少し気になった。彼の顔面は人形らしく端正な顔つきだ。きっと生涯で何度もモテた事だろう。

 

「…はぁ…君は何か勘違いをしているようだから答えてあげるよ。君は僕を機械仕掛けの人形か何かだと思っているみたいだが、それは違う。機械では無くな、人間と同じ構造に作られた、人間よりも少し頑丈な肉体を持つ者…それが僕だ。」

 

はぁん…どちらかと言えば機関学より生体学、禁忌とされる人造人間に等しい存在だということか。

 

「なぁ、なら何で創造主はそこまで丈夫な身体にお前を創ったんだ?」

 

人間に近い構造と聞いて気になっていた。創造主の存在…人造人間を創る技術、五百年前の製造。そんなの…ダーリの『黄金』しか創造者として該当する人物が居ないと思ったからだ。だが、散兵の答えは予想外の人物を指し示した。

 

「…創造主の事を博士に聞かなかったのか?…あいつ……良い、教えてやる。僕の創造主は稲妻の神、雷電将軍だ。」

 

「雷電将軍?……あの雷電将軍…雷神がお前を?」

 

「あぁ、そして僕は永遠の守護者に選ばれなかった。雷神に選ばれなかった僕は秘境の奥深くに封印された。」

 

「永遠の守護者…」

 

彼の言っていることは突拍子も無いことに聞こえるが…信憑性はある。散兵が嘘をつかない質だというのもあるが、稲妻の神『雷電将軍』は『永遠』を追い求める神だという。永遠に姿形の変わることの無い守護者…魔神の肉体をホムンクルスに置換する。自らも永遠を求めるが為に創った…という事だろう。

 

それに彼は"永遠の守護者に選ばれなかった"とも言った。それが示すことは選ばれた者が居るということ。今の雷電将軍は散兵と同年代に製作された兄妹機である可能性が高いという事か。

 

永遠の神の手によって創られた兄妹機…因果関係はよく分からないが、それで一つ理にかなった事があった。

 

『雷の神の心』と『散兵』の親和性。雷神がその力を振るうことの出来るように神の心を使用する為の機構を永遠の守護者たる人形に取り付けることは必至だ。それが散兵にも備わっていた…だからあの巨大な神の躯体を人間大の散兵が使いこなす事が出来る想定になっていたのか…

 

だが、これでは散兵は神の躯体と雷の神の心への人柱じゃないか。神の知恵によって理性は塗り潰され、ただの都合の良い人形へと化す。人の様な人形が本当の人形に成り下がる…それは…容認できる事じゃない。

 

「散兵。」

 

「なんだ?」

 

「お前が本当に神になったとしたら…その時、お前を『散兵』という名で呼び掛けてやる。そう約束しよう。」

 

「それは…嫌がらせかい?僕が神となればその時、過去はただの塵芥へと変わり意味の無いものになる…そう前にも言ったはずだ。」

 

散兵は私の言葉に訳が分からないといった様子で苛立ちを顕にする。だが、だが…その苛立ちは、"感情"は紛れも無い人間の物。神になるという事は…尊い人間性、それを喪うことになるんだぞ?分かっているのか?

 

言葉は紡げない。今の自分の立場も鑑みてだ。ここで計画を反故にするような真似はできない。散兵を諭したりする事は決してしてはいけない行為なのだ。

 

あぁ…これも博士の計略か?こんなに人間らしい奴が神に堕ちるのを、私は黙って見ていなければいけないなんて。

 

「……あぁ、そうだったな。訂正する。散兵という名では無く、君を神としての名で呼んでやる。そう言いたかった。」

 

「ふん、そういう事なら構わない。僕の信奉者は多い方が嬉しいからね。」

 

「神とは信仰が重要…だからか。……ん?」

 

散兵の身を案じていると、突然耳元のアーカーシャ端末が震え連絡が入った事を伝える。誰から…って賢者?

 

連絡の送り主は賢者アザールだった。散兵に断りを入れてから連絡を開くと、一つの命令が。

 

『稲妻に行け。』

 

稲妻…丁度散兵との話題に出ていた。だがあそこはまだ鎖国中で……続きを読み進める事にする。

 

『稲妻国の開国につきスメールからも使者を送る事になった。国際交流として遊学者(ダステア)や地位のある教員(ハーバッド)を送る予定だが、開国後の稲妻国の情勢を探る役目をお前に担いたい。交易で優位に立つ為にも現地での調査員は必要だ。学生に紛れて探ってきて欲しい。詳しい情報は後日転送する。』

 

…そういう事か…

 

「稲妻…開国するのか。」

 

「ふん、どうやら雷電将軍もようやく近海の嵐を解除する気になったらしいな。」

 

「散兵 はこの事を知っていたのか?」

 

「あまりファデュイを舐めないでくれよ?情報戦術に於いてファデュイの上を行くものなどそう居ないのだから。」

 

散兵の言い分には納得する。ファデュイとはそもそも戦闘力に秀でた集団では無く各国の情勢を計る使節団だ。本来の目的からすれば彼らが情報戦に長けているのは納得がいった。

 

…しかし稲妻国か…行ったことない…

 

「なぁ、散兵…一緒に着いてきてくれたりは…」

 

「……本気で言っているのか?僕は教令院で神の心に関する実験を受けなければならないし、そもそもあの国にとって僕は神の心を盗んだ大悪党、国崩だ。のこのこと姿を現せられる筈な無いだろう。」

 

国崩なんて稲妻の演目で使われる役名を用いて彼は説明してくれる。だがそうかぁ…現地に詳しい人なんて他に居ないし…

 

「はァ…君、そんなに悩むくらいなら例の恋人と行ってくれば良いじゃないか。」

 

「おぉ…?」

 

そんな素晴らしい提案を散兵がしてくれるなんて思ってもみなかった。いやしかし…調査が名目だしなぁ。なんて考えも散兵は悟ってくれた様で自分なりの推察を話し出す。

 

「あのなぁ、誰も君に研究以外でそう大役を担わせたりしないさ。おそらく、君を一時的にでも教令院から遠ざけたいんだ。あの日見た君の狂気に染まった姿に賢者たちは恐怖しているんだよ。」

 

「…確かにそうだ。本当に密偵に行くのであればその道のプロを雇うよな。…つまり公的な休養、という訳か。なら、レイラに相談して旅行計画でも立てるとしよう。」

 

「あぁ、そうしておけ。…で、結局僕を呼び出した理由はなんだったんだい?」

 

「え…」

 

そんな理由なんてなくただ夜会を開きたいから開いただけなのだが。そんな事を言ったらまた殴られそうなので…

 

「君のカウンセリングを兼ねての談話だ。神となる予定な君の精神状態が不安定だと大きな問題に繋がるからな。博士から監視するよう仰せつかっているのだ。…君と気楽に会話出来そうな人材が私しかいない…というのが主な理由だが。」

 

勿論嘘だ。今でっち上げた。

 

「チッ…そういう理由だったか。まぁ良い。お前はさっさと恋人と稲妻観光にでも行っていろ。」

 

「あぁ。有意義な時間を過ごしてくるよ。」

 

散兵との会話を切り上げて、借りていた研究室から出ていく散兵の背を見送る。

 

あんな嘘にも騙されるほどに…彼は純粋すぎる純心を未だに手放さず持っている。普段の彼ならこうすぐに騙される事は無いだろう。おそらく私と会話する上で、『恐ろしく慧知に長け策略深い散兵』という上辺を形成する必要が無いと判断したのだろう。

 

私は彼に侮られているのだ。だが信頼と同等の慢心を得ている、それは彼との心の距離がそう遠くない事を表している。価値をとても気にする彼だが…周囲の物事の全てを嫌えるほど非情じゃない。彼の人間性を確認出来た事は、とても今後の計画を進める上で有意義な情報だった。

 

散兵が完全に見えなくなった頃、私は研究室に残った菓子や茶の類を片付け、研究室を離れる。

 

長ったらしい廊下を歩きながら私は旅行の案を頭の中で考える。あまり時間を感じること無く、私は家への距離を縮めていった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日の晩、レイラが家に遊びに来た時に私は例の提案をする事にした。

 

「レイラ、実は賢者から一つ令が下されてな。これを見てくれ。」

 

「なになに…?」

 

レイラに昨日賢者から届いた文を要約した物を見せた。情勢調査等の目的は書かれたままだが、一学生がこなす事の出来る範囲に添削してある。レイラに見せても何も問題が無いようには仕上がっていた。

 

「これって…フェジュロアは今度稲妻の開国に合わせて調査に行くって事?」

 

「まぁ…堅苦しい文章だが、実質的には旅行だ。稲妻にスメールからの賓客として国内を内覧出来る。あまり無い機会だ。」

 

「そうなんだ…それはちょっと羨ましいかも…。これって誰かと一緒に行くの?」

 

「いや…君を誘おうとしていたんだが…」

 

「私っ!?」

 

そんなに驚く事でも無いと思うが…何か、驚く要素でもあったか?

 

「レイラは…最近論文に詰まっているという事も無いだろう?別に誰かの共同研究者となっている訳でも無いのだし暇なら旅行に行かないか…という話だ。どうだ?もう半月後の出来事だ、出来れば一週間位で行くか行かないか決めて欲しいのだが…」

 

「行く、是非行かせてください!」

 

「おぉ?分かった、じゃあ君もその日は公休扱いになるように賢者様に連絡しておく。」

 

「ありがとう…稲妻に行ってみたかったんだよね。」

 

稲妻に用事?レイラがか…あまりそれらしい理由は思いつかないが…

 

「稲妻には八重堂って出版社があるでしょ。娯楽小説で有名な。スメールは本の管理が厳しいから…もしも多くの娯楽小説を読めるなら本国だけだと思っていたの!」

 

「あぁ…そういう…では、稲妻に行ったら八重堂には寄ろうか。」

 

「うん。」

 

こうして旅行の計画を立てる時間は…とても楽しい。未来を見て、目標を定めて。私たちが離れることを想定していない準備。それが…より一層私とレイラの距離の近さを感じさせてくれる。

 

「オルモス港からまず璃月港へ向かいそこで一泊する。そこから鳴神島の離島へ向かう事になるな。」

 

「宿泊施設かぁ…稲妻は確か温泉有名だよね。璃月は何かあったっけ…」

 

「璃月と言えば食事だな。街を練り歩きモラの尽くせる限り食を愉しむ…というのも良いだろう。」

 

「それは…考えているだけで涎が出てくるね。」

 

こんな平凡で日常的な時間だって私は忘れない。レイラと共に過ごした日々、そのどれもが決して汚されることの無い宝物。彼女の未来を楽しげに語る表情は…時を止めてでも切り抜く価値のあるものだった。

 

「宿泊施設と言えば…同じ部屋で泊まるなんてこともあるかもしれな」

 

「な、なんで!?」

 

「ほら、基本的に離島に泊まる事にはなるが、開国後すぐだ。他の国からの賓客も多い。向こうの手違いで団体客は同じ部屋に入れられたりして…なんてことがあるかもしれない。」

 

「あぁ…確かに部屋数の問題はあるか…稲妻の宿泊施設がどんなものかは知らないけど、そもそも離島は稲妻の外の国からの客を留めておく島だから宿泊施設は多いんじゃないかな。」

 

「そうかもな。まぁ、私とレイラは宿泊場所はセットで…と記入しておこうかな…」

 

「フェジュロア!?」

 

彼女の慌てふためいた表情は私の特に好きな表情。その焦りを見ると、もっと慌てさせてやりたいと思ってしまう。

 

「君がそんなに私を拒んでいないのが悪いんだよ。この前の件で一緒の部屋で夜を明かすのには耐性が付いちゃった?」

 

「そ、そんな耐性付いてる訳…」

 

「でも、君は既にこうしてくっついても何も抵抗せずに受け入れるようになった。」

 

彼女の背後から腕を回し抱き寄せる。彼女は一瞬「あっ」と甘い声を出したあと、背後の私に体重を乗せてもたれ掛かる。

 

思わず私も後ろに倒れ、丁度眠る体制のように私たちは横になっていた。

 

「…このまま今日は泊まっていく?」

 

「…そうしようかな。なんだか…もう眠い。」

 

「レイラは普段睡眠障害と言っているが、私の前ではあまり睡眠に悩んでいる様子は見受けられないが?」

 

「…あなたの傍が、安心出来るのが悪いんだよ。」

 

安心か。教令院の賢者から遠ざけられるような狂気を身に宿している私に対して安心出来るとは。この子は賢者以上の大物なのかもしれない。

 

布団を敷いて同じ布団の中で温まる。昨日恋人になったとは思えない程の距離に居るというのに、私たちはお互い安心しきっていた。

 

二人で眠たげな意識を起こして旅行について語り合う。整合しない会話、抑揚の無い語りには眠気が表れる。

 

眠りというリミットが永遠に来なければ良いと思える程の心地良さ。でも、眠気が来れば私たちはそれに逆らわず眠りにつく。

 

こうやって…毎日のように一つに溶け合う事が出来たら。そう思う気持ちは止められない。人間のただ純粋な願いだけは、誰の意思にも干渉されるべきでは無いのだから。

 

罪人が送るには、あまりにも甘い日常。

 

"クラクサナリデビ様、どうかお許しください。一時でもこの少女と触れ合う事を。"

 

祈りは応答を返さない。虚空に消えていったそれを目で追って、疲れた目を閉じた。

 

狭い部屋に流れるBGMは、遠くから聴こえる暝彩鳥の鳴き声と、二人の寝息だけ。

 

…あと何度、こんな夜を過ごせるかな。

 






◇フェジュロア・プルフラナ…国外への旅行経験は多い。稲妻以外の五国に旅に出た事があるが、それは偏に星空の計算の為遊学に出たに過ぎない。観光経験はモンド城を内覧するくらいだ。


◇レイラ…スメールから出たことが無い。璃月、稲妻どちらも初めての経験となる。だが、一番の心配は夜だけだ。夢遊によって知らない場所に行ってしまわないようにフェジュロアに監視をお願いしようとしている。


◇散兵…フェジュロアから稲妻の話を聞いて過去を少し想起した。部下からの情報によればかつての友人『丹羽』の子孫が雷電将軍の無想の一太刀を受け止めたという。あの時…もし一心伝を滅ぼしていたら、こんな愉快な出来事は起こらなかっただろうと、また一つ己の罪に被せる言い訳を見つけた。



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十一話 レイラちゃんと璃月港探索!!


ちょっと後半作者の性癖が出ます…



 

 

「ここが璃月港…良い場所だね。」

 

「レイラは…璃月に来るのも初めてだったよな。」

 

「うん。この異国感、憧れていたけどようやく叶ったよ。」

 

「そうか。かくいう私もちゃんと街に立ち寄ったのは初めてだ。基本的にフォンテーヌ廷とモンド城しか寄らないからな。」

 

数時間船に揺られて辿り着いたのは、豪華絢爛な街並みと美食の良い香りに満ちた貿易港、隣国璃月の首都『璃月港』だ。

 

スメールの海から見えた緑生い茂る大陸がどんどん白黒の岩場に切り替わっていくさまは絶景という他無かった。そんな船旅の果てに待つ貿易港の活気に私たちは既に心が満たされていた。というかお腹いっぱいって感じだ。

 

先に宿泊所に向かって荷物のいくつかを下ろして行く。宣言通りレイラと同じ部屋だ。

 

恋人と外泊…何も起こらない筈が無く、ってことにならないだろうか。まぁ、明日には稲妻行きの船に乗るので体力を消耗するような事は出来ないんだが。

 

「観光案内のガイドに書かれている通りに移動するか?オリジナリティは無いが案内に書かれている程度にはおすすめなんだろう。」

 

レイラに宿泊所に置いてあった観光案内ガイド書を見せると、彼女はしばしその本に目を通す。そうすること二分、とある1ページを開きながら私に見せてきた。

 

「…これ、新月軒って所すごく高いよ…案内にはおすすめとか書かれてたけど、とてもおすすめされて行ける価格じゃない…」

 

「んな馬鹿な…」

 

そう言って料金の目安を確認すると、そこには教令院から支給されるひと月の研究費と同等の料金が。こんなの食事に出せる金額じゃない。

 

「…流石にガイド通り回るのはやめよう?」

 

「あぁ。岩王帝君…モラの神には悪いが。」

 

私の財布の中身は稲妻の祭りで遊ぶ為にあるのだ。璃月でポンと失っていいモラじゃない。

 

 

 

 

「埠頭から回ってもな…いずれ明日寄る事になるだろう。玉京台のような貴族街もいけないし…」

 

「黄金屋の外観見学だけでも最初に行く?璃月港の外れにあるみたいだけど。」

 

「黄金屋…確かなんかしらの事件が起きたんだったんじゃないか?外国人を簡単に近づけるのか?ガイドにも載っていないし。」

 

「そうかも…」

 

私たちは現地で予定を決めるという旅行に於いてしてはならない事をしていた。璃月港は広い、一日では満足に名所を回ることも難しい程には。

 

「まぁ、このまま宿泊所に居てもな。璃月港で歩きながら考えるというのも良いだろう。あ、そういえば。」

 

「何?」

 

私が璃月に寄ると聞いた博士からある事をしろと言われていたのを思い出した。

 

「歩きながらとか言ったが先に北国銀行に寄っても良いか?」

 

「良いよ。でもスネージナヤの派出銀行に何か用事でもあるの?」

 

「…あぁ。実は知り合いに頼まれごとをされていてな。」

 

「…?」

 

何処か訝しげな様子でレイラは私を見てくるが、追求はされなかった。

 

そのまま宿泊所から出て璃月港の"チ古岩"を歩く。先程見た月海亭よりも安価な店が並ぶ通りにはおもちゃを販売する老婆や焼き魚を売っている男が見受けられた。

 

私たちは焼き魚を買って食べながら北国銀行を目指すことにした。

 

「これ、塩っぽいね。」

 

「…チ古魚焼きだったか?まぁ、スメールのとは違うな。」

 

「美味しいけど喉が渇くなぁ。」

 

「その辺に売ってるだろ。」

 

焼き魚の塩加減に文句をつけながら璃月港の繁華街に繋がる橋を渡ると、突然横から呼び止められた。

 

「へい、そこの外国からのお客さん方〜?一生安心出来る安眠には興味はないかい?」

 

そこに居たのは黒衣を身に纏ったハイテンションな少女。陽気な雰囲気ながらも彼女の周りには人一人居ない。怪しい。

 

歓楽街で客引き…普通に考えれば居酒屋とかなのだろうが、まだ太陽が東から南に移動している時刻。居酒屋では無いだろう。だとすれば何の店だ?とても怪しい。

 

だが、安眠という言葉に思わず私たちは釣られて寄っていってしまう。客引きに成功したあの少女には臨時ボーナス間違いなしだろう。

 

「おや、本当に興味アリって感じだ。私は"胡桃"、この往生堂七十七代目の堂主だよ!」

 

「ほう、七十七代も続いてる歴史ある店なのか?というか君が堂主?若いな。私はフェジュロア、スメールの学生だ。おそらく胡桃さんとは同年代だろう。同じくらいの年頃で店?の店主なのは凄いな。」

 

自己紹介されたので紹介し返すが、少女は歴史のありそうな店の店主だったようだ。嘘で無ければ…だが。

 

「おや、教令院の人間?ならうちの物知りな客卿と話が合うかもね。で、そちらのお嬢さんは旦那さんの彼女?」

 

「あ…うん。同じく教令院生のレイラだよ、よろしく、胡桃さん。」

 

「あー…こういうパターンで本当にカップルなのは珍しいような……ま、良いや。フェジュロアにレイラ、うちに寄っていきなよ。」

 

胡桃堂主はそう誘ってくるが、こちらにも用事がある。本来ならまだ行くべきでは無い…だが、胡桃堂主の見目は若い。居酒屋という可能性はそう無いだろう。

 

おそらくコンセプトが『眠り』なカフェの類だろう。喉も渇いていたし彼女の店に寄って茶でも出してもらおうかな、どうせどんな店だとしても頼めば茶くらい出るだろうから。

 

そんな考えを持っていた私は実に馬鹿だった。

 

少女が璃月屈指の変人である事を私達は認識すらしていなかったのだから。

 

往生堂の中に案内された私たちは驚愕する事になる。

 

「さぁ、あなた達が将来眠ることになるベッドの選定をどうぞ!こちらは却砂材による滑らかな質感が特徴的、こっちは稲妻の夢見材による良い香りが漂って来るよ!!」

 

「レイラ…」

 

「うん…まさかこういう店だとは。」

 

胡桃堂主によって行われたのは棺桶の営業。安眠ってそういう事か…

 

往生堂…璃月の葬儀屋にして葬儀道具の販売も行っている歴史の長い御堂。決して飲食店なんかでは無かった。

 

「どちらかを選んで購入しても良いけど今なら二つセットでお安くしておくよ!二人で将来の安心を得てみようか!!」

 

「なぁ、胡桃堂主。」

 

「何?」

 

「気になっていたんだが…」

 

彼女の懸命な営業を聞き流しながら少し思い至った事を聞いてみる。

 

「こういうのって外国の人間に営業しても意味無くないか?璃月とスメールではそもそも葬儀方法が違うのだし。」

 

「あー…そうだね、でもあなた達がこっちに骨を埋めるっていうなら意味はあるかな。どう?終生を璃月で過ごす気は無い?」

 

終生って。話が飛躍している。でも…葬儀屋で営業していると自然とこの人みたいな語り口調になるのかな。

 

答えに詰まった私は思わずレイラを見遣る。なんでこっちに話を振るのと驚いた後に、彼女は少し逡巡して将来を話し始めた。

 

「終生…死んだあと。……私は…シティか故郷の村に骨を埋めたいかな…でも、璃月に来ることになったらその時は、往生堂さんにお願いしようかな?」

 

随分真面目に答えていた。だが、レイラの言っている事に一つ容認は出来ない要素があった。

 

「おいおいレイラ、君が璃月に籍を置くことは無いぜ。私はスメールの名家プルフラナの嫡男、そんな私と君は結ばれるんだ、君の骨はプルフラナ家の墓石に埋めさせて貰うよ…!」

 

「あ、うん。そうだね。…でもプルフラナ家ってただの学者家系でそんな名家でもないよね。」

 

「私の才能が名家に引き上げるのだから問題無いだろう。」

 

「そう?もしかしたら私の功績がプルフラナ家を乗っ取っちゃうかも。」

 

「プルレイラ家になるのか?」

 

「いや、それはなんか嫌だな…」

 

そんな私たちの会話を聞いて胡桃堂主は呆然としている様子。私たちとしてはいつものノリだったのだが、私たちの愛の波動によって打ちのめされているらしい。

 

「ウゲー…鬼籍に入ったあとの事で盛り上がれるなんて随分仲が良いというか。レイラちゃん、あなた達って婚約でもしているの?」

 

「いや…つい先日付き合い始めました。」

 

「先日!?えぇ…それなのに骨を自分の家の墓に埋めたいとか…。……レイラちゃん?私が言えた事では無いけど君の彼氏ちょっとヤバい人?」

 

「フェジュロアは教令院で『狂気』とか呼ばれていますから。でも、いつもこんな感じなので私はもう慣れましたけど。」

 

「あぁ…そう。…スメール人はあまり相手にした事が無いけど皆こんな感じ?」

 

「彼だけですよ。」

 

いや、愛の波動に打ちひしがれていたのでは無く単にドン引きしていただけのようだ。自分から終生について問い質してきた癖に。

 

「まぁ良いや。お二人さん、結局この棺桶は買ってくれるの?今なら安くしておくよ?」

 

「いや買わんが。」

 

宗教上の違いでスメール人が棺桶に入ることは無いだろう。骨を土に帰して大地の底の世界樹に身を捧げるなんていう文化がスメールにはあるのだから。

 

こんなどうでもいい所で璃月が外国なのだと実感させられた。

 

 

 

その後も何となく葬儀の手順やらかかる費用やらを説明する胡桃堂主の話を聞きながら、往生堂の職員さんから出されたお茶を飲み喉の渇きを潤した。

 

彼女はその若さに見合わず葬儀に関しての知識量が多い。七十六代目の当主の孫だとも言っていたので、きっとお爺さんかお婆さんからしっかりと家業を伝授しているのだろう。

 

葬儀屋という仕事の大変さを何となく感じた私たちは、比較的安価だった線香のセットを購入することにすると胡桃堂主は喜んだ顔を見せた。

 

「おお、営業成功かな!」

 

そう言って一瞬喜んだが、説明に掛かった時間と収支のプラスを考慮して「全然儲かってない。」と落胆していた。表情がコロコロ変わって面白い子だな。

 

そうして私たちは胡桃堂主と葬儀に関連しないような事も交えて小一時間談笑した後、往生堂を出ることにした。

 

「フェジュロア、レイラちゃん、今度うちに来た時もモラを落としていってね〜」

 

「胡桃さんもまた。」

 

「はっ、世話になる事なんて無いと良いんだが。」

 

手を振って往生堂の玄関外まで見送ってくれた胡桃堂主に一礼をしてから離れ、二時間ぶりの空気を吸う。

 

こう、外の空気を吸うと思うことがあった。

 

レイラの顔を見遣れば彼女も同じことを考えていたらしく、私と同じ様に微妙な表情をしていた。

 

「…観光ですることじゃなかったよな、今の。」

 

「うん。もう昼過ぎだしね。」

 

なんで私たちはあの雑な勧誘に引っかかったのだろうか。

 

まぁ、胡桃堂主という友人が出来たきっかけになったのだから別に良いのかもしれないが。

 

私たちは再び北国銀行を目指して歩き始めた。

 

 

 

これまた豪華絢爛な内装に包まれた金のかかってそうな銀行では、私の差し出した紙を見て職員たちが慌てていた。

 

「…?どうかしたか。」

 

受付で私の渡した紙を奥にいた上司らしき人物に横流しにした女性は、何が起こっているのか分からない私に注釈を入れてくれた。外にいるレイラにも聞こえるよう慌てられては困るのだが。

 

「あなたが『博士』と関連のある人物なのは分かりました。あの紙には博士様からの刻印が記されてありましたから。」

 

「おお。で、内容はなんだったんだ?暗号だらけで私は分からなかったのだが。」

 

「教令院に少しモラを融通してくれ…という事とこれを届けてくれたあなたに少しの小遣いをくれてやってくれ、との事です。」

 

「おお?」

 

小遣いだと。私をファデュイの連絡役に使ったのは戴けないが小遣いが貰えるなら良い。

 

そうして受付の女性から最高責任者らしきお爺さんに応対約が変わり、一枚の紙切れが渡された。

 

これが噂の…小切手か。初めて受け取る。

 

「え、小切手で?しかも凄い額だけど。」

 

「いえ、こちらとしても博士様へ恩を売るチャンスですので。」

 

「おお、そうか。じゃあこのモラで新月軒に寄らせて貰うよ。ありがとう。博士にも良く言っておくから。」

 

「何卒、よろしくお願い致します。」

 

頭を下げる老人に悪いなと思いながらも、よくよく考えればあの博士はファトゥスの第二位、氷神を含めてもスネージナヤのナンバー3なのだ。北国銀行を支配している第九位の『富者』も恩を売っておきたいんだろうな。

 

モラの額には驚いたが国を跨いで行われた取引を私は結果的に仲介したことになった。おそらく…これで妥当な額なのだろう。そう思う事にして私は北国銀行を後にする。周りの職員が一様に私に頭を下げて見送っている様はまるで富豪にでもなったみたいで心地よかった。

 

外で待たせていたレイラに声を掛け、一旦新月軒に寄って夕食の予約を取ろうと提案する。

 

新月軒と聞いてあの料金を払えるわけがないと言ったレイラに小切手を見せてやると、彼女はキャラに見合わず目を見開いて額を確認していた。

 

当然何故こんな大金を北国銀行で得られたのか怪しまれたが、言い訳は先程北国銀行に居た時点で用意してある。

 

「フェジュロア、なんでこんな大金…危ない事でもしたの?」

 

「いや、これは稲妻での市場調査のためにアザールが出してくれたモラだ。だが、璃月で美味しい思いをしてもそう文句は言われないだろう。草神復活の進言のせいで私たちは仲が悪いからな。」

 

その言葉を聞いてレイラは一応納得した様子を見せる。北国銀行の支店はスメールにもあるが稲妻には無い、璃月の北国銀行支店で賢者からのモラを受け取ることになっても問題は無いのだろうと納得してくれたのだろう。

 

「あぁ…でも、そんな仲が悪いのに賢者様はフェジュロアを稲妻の調査員に選んだの?」

 

「おそらくだが、私が居ない間に自分たちの研究を進めたいんじゃないか?私が居ると思わずアドバイスしてしまうから。必ず共同研究者の欄にフェジュロア・プルフラナの名前が載ってしまう。」

 

「稲妻での一週間の宿泊…長いとは思っていたけどそういう背景もあったのね。それなら納得かも。だって…あなたのアドバイスは正直聞き流せないくらいには重要…それどころか芯を突きすぎて研究の主導者があなたに切り替わってしまうから。」

 

「自分の無能さを私の才能に当てつけなくても良いのだがな。それぞれ独自の考え方が出来るのだから。私がしたアドバイスというのは正解に近づけるだけのアドバイスだよ。」

 

まぁ…私のアドバイスが度が過ぎている事は重々承知しているのだが。

 

「そんなこと言ってどれだけの学者の心を壊してきたの…?」

 

「……研究者を辞めるまで追い込んだのが数十人と…自死にまで追いやったのが一人だな。」

 

「…想像以上に凶悪だね。そりゃ『狂気』とか呼ばれるよ。」

 

「もう少しレイラくらい強いメンタルを全員に持って欲しいものだが。」

 

「私そんなにメンタル強いの?」

 

「……自覚が無いと君も私の同類になり得るかもな。」

 

「それは…ちょっと嫌だな。天才性で人を追い込んでしまうっていうのは理解したくない。」

 

「そうか。周りとの交友関係は大切にしろよ。」

 

「うん。」

 

そんな会話をしながら新月軒に辿り着き、北国銀行から渡された小切手を見せると即座に予約の完了が告げられた。だが、良く説明を聞けば二人ではどうしたって豪華なコースは食べきれないことが分かった。

 

璃月の料亭方式は一つの大皿から取り分ける仕組みだ、一人一人に適量のコース料理が運ばれてくる訳じゃない。本来六、八人で食べる事が推奨されている量を二人では無理だ。

 

なので私たちは比較的安価な量の少ないコースを選択して店を出た。

 

そうか…こういう食文化も罠足り得るのだな。一つ勉強になった。

 

「そういえば璃月の料理システムってそんなだったよね。」

 

「あぁ、完全に忘れていた。モラの多さから高級料理を食べれる喜びで思考が遮られていたが、現実はそう甘くないという事だ。」

 

「他に璃月港に滞在しているスメールの学者も連れてこれれば良かったんだけど…」

 

「ここではアーカーシャは使えない。即座に連絡が出来ないのもまた面倒だな。」

 

アーカーシャの運用は草の神の心の影響が及ぶスメールの国土でのみ可能だ。残念ながら国外での遠距離通信などには使えない。

 

「じゃあ、夕食の予約は終わったし昼食でも探しに行く?」

 

時刻を確認すればもう昼の一時だった。璃月港着いたのが朝の八時だったから…随分往生堂で時間を無駄にしたんだな。

 

「昼飯か…璃月ならではの璃菜(海の幸)と月菜(山の幸)を両方とも味わいたいが…月菜は新月軒で食べれるしな。出来れば璃菜の方を摂りたい。」

 

「さっき焼き魚食べたけどね…でも、辛くないものであればなんでも良いかな。」

 

「辛いものか…」

 

家で料理を振る舞う時もレイラは基本的に好き嫌いをしなかったが辛いものや刺激の強いものはあまり出さないでくれと言っていた。眠りたくてもその味が口の中に残って眠れなくなるからだそうだが…璃月の唐辛子の利いた山菜盛りなどは食べるのが億劫かもしれない。

 

まぁ私も辛いものはそこまで好きじゃない。三分の一くらいの確率で腹を壊すからだ。スメール人は日頃から香料を多く口に運んでいる分辛いものには強い筈なのだが…私とは相性が悪いらしい。カレーは好きだが。

 

そのまま璃月港を散策していると先程のチ古岩に戻ってきてしまった。うむ…そこの三杯酔なる居酒屋で講談師の話でも聞きながら食事を摂る…というのも良いかもしれないが。

 

そんな事を考えていた時、ふと良い香りが漂ってきた。飯の香りだ。思わずその香りに釣られて私の腹が鳴ってしまった。

 

「なんか良さそうな店があるらしい。私の鼻がそう言っている。」

 

「じゃあ行ってみようか。」

 

辿り着いたのは『万民堂』なる店。山椒の香りに炒め物の香り…そして何よりも蟹の芳ばしい香りが鼻を通して私の脳に突き刺さる。

 

蟹か…立派な璃菜、海の恵みだ。食わずして今日を終えることは許されないだろう。

 

「おや、スメールの人かい?うちで食べていきな!」

 

店主の男の声に私は逆らう事無く吸い寄せられていく。レイラも私の後ろを着いてきてくれたのでこの店で昼食を摂ることに文句は無いらしい。

 

「蟹の良い匂いがしたのだが、蟹が使われた料理があるのか?」

 

「おう、『かにみそ豆腐』ならあるぞ!」

 

「それを貰おう。レイラはどうする?」

 

「私はこの『璃月三糸』と『お食べくだ菜』にしようかな。」

 

なんだお食べくだ菜って。

 

「おう、じゃあちょっと作ってるから横の椅子で座って待っててくれ。」

 

店主の男に案内され店の横に併設された屋台の様な構造になっている席に座る。おそらくここで出された料理を食べるのだろう。

 

席に座ればこれまた良い匂いが店の横にある排気口から漂ってきた。この匂いで客を呼び寄せている訳か…繁盛してそうだ。

 

周りを見れば美味しそうな笑顔で食を進める人々が多くいる。きっと万民堂は璃月港でも親しまれている老舗なのだろう。

 

だが料理が出来るまでは時間がかかる。私たちは料理を心待ちにしながら談笑し始めた。

 

「フェジュロアって蟹好きだったの?」

 

「あぁ。昔フォンテーヌで蟹料理を食べた時に感動してな。」

 

「そっか。スメールじゃあまり蟹は売ってるのを見ないから私はそこまで食べた経験無いけど…私も食べてみるべきだったかな。」

 

「でも私が頼んだの蟹本体じゃなくてかにみそだぞ?それでも良いなら少し取り分けるが。」

 

「かにみそって美味しいのかな…後で分けて。」

 

「あぁ。」

 

私の頭に一瞬浮かんだのは娯楽小説に出てくるとあるシチュエーション。『あーん』というやつだ。しかしかにみそでそれをやるのは何だか違う気がしたので、それは言い出さない事にした。うん、稲妻で何らかの甘味を買ったらやろう。

 

そうしてレイラと談笑すること十分、店主の男が全ての料理を運んできてくれた。早い。煮豆腐ってそんな短時間で作れるのか…?

 

「あぁ尊き岩王帝君様、我ら異国の民が貴国の幸を味わうことを許し給え…」

 

「何それ?」

 

「クラクサナリデビ様の部分を岩王帝君に変えただけの食前の挨拶だが。」

 

「それやってるのフェジュロアくらいじゃないの?私も皆も何も言わずに食べるけど。」

 

「敬虔なる草神の信徒だからな。スメールの民は信仰心が足りないと思うのだがな。まぁ、せっかく異国の地へ訪れたんだ。その土地の神への挨拶も欠かさないようにせねば、というやつだよ。」

 

「ふーん……あれ、でも岩王帝君ってこの前亡くなられたんじゃなかったっけ?」

 

「いや…帝君の魂が高天に登られても何処かから璃月の民を見守ってくれているだろうから…」

 

「まぁ…そうだね。神が不在という状況ではあるけど璃月人は神への信仰は忘れないで日々を生きていっているのかも。…でも高天か、そう考えると地の底に亡くなった神が眠られているって考えるスメール人はテイワット全体で見ても珍しいのかもね。」

 

「先代草神も砂神も花神も皆地の底から我らを支えているってのがスメール人の宗教観だからな。我が国には地下に世界樹があるからだろうが…他の国からしたら地下は罪人の訪れる地獄というイメージが強いのだろう。」

 

雑談が盛り上がってくると一旦レイラが静止を掛けた。

 

「……ねぇ、せめて食べながら話そうよ。」

 

「…あぁ。冷めても困る。」

 

私たちは料理に向き合う。かにみその良い香りが直に来る。早く食べたい!だが、私は先程レイラにした約束を忘れてはいない。

 

店主に言って小皿を用意してもらい、そこにかにみそと豆腐の欠片をよそいレイラに渡す。「ありがとう」と言い小皿を受け取ったレイラは、自分の前に出された料理よりもまず最初にそれを食べてみるみたいだ。

 

箸の扱いに困りながらもレイラはかにみその付いた豆腐を上手く掬って口に運ぶ。

 

「どうだ?」

 

「……ん、むぐ………あ、美味しいね。フェジュロアが気に入るのも分かるかも。」

 

咀嚼して満足いったらしいレイラはすぐに小皿に入っていた分のかにみそ豆腐を食べきってくれた。そうか、レイラも蟹を気に入ってくれたか。蟹好きに悪いやつは居ない。

 

「でも…味噌の味はしなかったよ?」

 

「脳みその"みそ"だろ?」

 

「あぁ…そっち。璃月の味噌だからちょっと辛味があるのかな…なんて思っちゃったじゃん。」

 

「そんな事は無い。」

 

だが、辛味が少しも無いとはどういう事だろう。このかにみそ豆腐は璃月の郷土料理である麻婆豆腐擬きでは無かったのか?その味に疑問を抱きながら私もかにみそ豆腐を口に運ぶ。

 

「ん…」

 

お、これは…かにみその濃厚な磯の香りが豆腐の淡白な味わいと上手く絡んでいる。あー…この組み合わせを思いついたやつは天才か?これなら何杯でも行けそうだ。酒と合わせられないのが唯一の悔いだろう。……いや、別に飲んでいないが。

 

皿の中身が空になるまでそう時間は掛からなかった。美味かった。これならスメールで出しても絶対売れる。将来は学者じゃなくてかにみそ専門料理店を開いても良いかもしれない。

 

自分の料理に満足したのでレイラの食べている料理を見遣る。璃月三糸というタケノコが主軸のスープと、お食べくだ菜という肉や魚、米などとにかく璃菜月菜関係無く璃月の食の旨みが詰め込まれた料理。小さな鍋料理とでも形容すれば良いだろうか。

 

それらを黙々と食べているレイラの表情からは"普通に美味い"という程度の微々たる感情が伺える。普段からこの子は食事中にそこまで美味しいという態度を見せないのだが、出来ればこう…出店などでは美味しそうな表情をしてくれた方がこちらも安心できるのだが。

 

あまりスメール人が万民堂に来ることは無いのだろう、こちらからちらりと見える厨房からは店主の男がこちらの様子を時たま不安そうに伺っている。うん…聞いておこう。

 

「レイラ、その…お食べくだ菜とやらは美味しいか?」

 

「あ、うん。美味しいよ。フェジュロアも食べてみたいの?」

 

「いいや、聞いてみただけだ。肉と魚が合うのか…と思ったからな。」

 

「そう。」

 

私の質問に答えるために一旦食事を止めて、すぐに食事を再開した。レイラの「美味しい」という一言が聞けて満足気な表情を浮かべている店主の男には悪いが、彼女のこの反応は…どうやらそこまで口に合わなかったらしい。

 

旅行に来て食事に文句をつけるというのはあまり戴けない行為だとは思うが、これに関してはスメール人の食文化が悪い。香料でたっぷりのそれを普段から摂っている身からすると、ここらの料理は味が淡白に感じてしまうのだ。

 

この味付けの淡白さは璃月や稲妻の食文化にとって一般的なもの…異国間の理解のし難さがこういった所にも現れていると言っていいだろう。

 

レイラが食べ終えるのを確認すると、私たちは店主の男にご馳走になったと言って歓楽街の方へ移動した。

 

 

 

「お、これなんか似合うんじゃないか?」

 

「そう?なら買おうかな…」

 

「……だが、高いな。モラの余裕はあるが…欲しいか?」

 

「そこまででは無いかも。」

 

「じゃあ今回は見送ろうか。」

 

レイラに似合いそうだと思った黄色の宝石が付いたネックレスから目を離す。

 

緋雲の丘と呼ばれる各商社が集うエリアにある明星斎というジュエリーショップを冷やかした後に、私たちは万文集舎という書店を目指す事にした。ある意味で璃月での旅行の主目的といっても良いだろう。

 

教令院並びにスメールでは書籍の個人所有は禁じられている。所有しても咎められないものと言えば知恵の象徴としてさえ捉えられない稲妻の娯楽小説のような学術的価値の無い書籍や、フォンテーヌの新聞社が発行した新聞のコラム記事程度だ。

 

そのような事情があるため本の購入は出来ない…が、借りることは出来るのでは無いだろうか。そう思い私たちは交渉してみようと決めていたのだ。

 

万文集舎に着いた後、私たちは店番を務めている女性に交渉を持ち出した。

 

「すまない、私たちはスメールの学者なのだが…こちらの書店に置かれている品を購入した後に返品することは可能か?」

 

「ん…?それは本の中身を見た後に返品するってこと?それは駄目よ。」

 

「モラは返してもらわなくていいんだ。ただスメールは書籍の個人所有に関する法が厳しくてな。スメールに帰る際に本だけ返したいだけなんだ。」

 

「あら、そういう事なの?…どうしようかしら。何日後に返してもらえる訳?」

 

「それが、返せることも確約は出来ない。私たちは明日船で稲妻国に向かう。その道中で本を駄目にしてしまう可能性もあるんだ。予定通り行けば一週間後には返しに来れる。」

 

「稲妻に……じゃあ、ちょっとお願いしたい事があるんだけど良いかしら?」

 

店番の女性からはとあるお願いごとをされた。

 

稲妻の八重堂で売れ筋の良い本を何冊か購入して再度万文集舎まで持ってきて欲しいとの事だった。八重堂の売れ行きランキング上位の本を確認すればどういった本を輸出すれば良いのか判断がつくからだそうだ。

 

「稲妻が開国を宣言した今、これからは璃月に旅行に来る客も増えるでしょうから。その前に市場調査をしておきたいのです。」

 

「それなら喜んで協力しよう。八重堂でもどうせ本は購入するつもりだったしな。」

 

「ありがとう。あなた達は教令院に禁止されている書物を読めて、私はあなた達のモラで収支がプラスになるし稲妻との文化交流の一歩も踏み出せる、とても良い交渉ね。」

 

満面の笑み見せた店番から交渉の成立を確信した。私たちは本の並ぶスペースに歩を進め、輝きを目に宿したレイラに本の選出を促す事にする。

 

「じゃあレイラ、取り敢えず本を選ぼうか。」

 

「うん!交渉してくれてありがとう!」

 

「あぁ。」

 

稲妻の娯楽小説というのは、正直言って璃月の古風な文化圏では受け入れにくいものだ。書物とはかくあるべしという固定観念のような風潮がこの璃月にはある。だが、そんな中でも似たような発想に至る者も居るらしい。

 

とある武侠小説を書き上げた人物がこれから私たちも向かう稲妻での祭り、『光華容彩祭』でサイン会を行うそうだ。その小説は璃月ではさほど売れなかったそうだが稲妻では超の付く人気を誇ったそう。もはやその作者は稲妻に定住した方が人生が楽だろうと思える程には売れたらしい。

 

レイラは次々に本を選択し本を山のようにカウンターに積み上げていく。店番の女性は少し困り顔だ、私たちがこんなに購入していくと思っていなかったのだろう。手荷物に関しては旅行用の大きな鞄もあるから入るだろうが…稲妻での買い物を想定していない量の本をレイラは持ってきた。

 

タイトルを見てみれば星に関するものが大半で一部武侠小説が混じっていた。文化交流…稲妻本国の娯楽小説と読み比べるためだろうか。

 

「これ、全部で何冊あるんだ?」

 

「えーと、八十冊くらい?」

 

「そんなに読めるのか?璃月に戻ってきたらすぐに返すんだぞ?」

 

「まぁ、一週間あれば。」

 

「…半分に減らせ。」

 

レイラはどうやら稲妻での一週間を読書に費やそうとしている事に私は気づき、本の量を半分まで減らさせた。少しは遊ぼうよ、と。

 

本の合計の料金は…40万モラ。一冊平均1万モラの計算だが…ちょっとお高い星に関しての図鑑が高かっただけで他はそんなにしない。価格で言えばスメールで売られている娯楽小説とどっこいどっこいだ。

 

だが、そんな40万モラという金額を見ても気分的には重くない。「私が払うよ」とでも気軽に言い放てる気分だ。だって私のモラじゃなくてファデュイのモラだから。

 

最近私と日々を過ごす事で金銭感覚が壊れていく少女を眺めながら私は財布を開ける。

 

 

 

新月軒での夕食の予約時間になり、店に向かうともう既に料理は完成されていた。

 

私たちは歩き疲れて椅子に腰を落ち着かせたあと、数分のんびりして料理に手を付け始めた。

 

語らう内容は、勿論先程購入した本の事だ。決してこの高級料理の事じゃない。

 

「この星図は璃月から観測出来る星空の詳細だね。でも、正直に言うとスメールの星図とそう変わらないかな…」

 

「そりゃ、スメールシティと璃月港の経度は近いからな。」

 

「経度…?あっ、それってあれでしょ?テイワットが球体だとしたらってフェジュロアが提唱した説の中での話でしょ?自分の考えを世界の常識みたいに語らない方が良いよ。」

 

「いや…私の語る事が真実みたいな所はあるし…で、その25万モラの星図表はどうだったんだ?」

 

「うん!………私が引いた星図表と大差無いかな。」

 

「レイラ…君……」

 

色々と言いたい事はある。レイラの星図引きの才能は認めるが、25万モラ払って買った本への感想がそれだけかと。それとこの高級料理をもっと楽しもうよと。

 

「フェジュロアだってそう思うでしょ……って、あなたばかり料理食べてたね。私も食べよう。」

 

そう言って本を閉じ料理に向き直るレイラ。大皿に盛り付けられた料理からは既に約三分の一が消失していた。消失先は私の腹の内だ。

 

料理を咀嚼し始めたレイラを見て私は祈る。どうかモラに見合う感想を言ってくれ、と。だがそんな期待は裏切られた。

 

「うん…これも……」

 

「なんだ、レイラ。まさかこの高級料理も口に合わない訳じゃないだろうな。」

 

「あはは…あんまり言いたくは無いけど。でもフェジュロアのせいでもあるんだよ?いつもあんなに料理に香料いっぱい混ぜて。」

 

「そりゃ、そうすれば美味しくなるだろうと思ってやっているからだが。」

 

「もう三ヶ月くらい?あなたと夕飯を共にする生活を始めてから。残念ながら私の胃袋はもうあなたにがっちり掴まれています。ちょっと私の好みを知りすぎかなって。」

 

どうやら、レイラの中ではこの20万モラする高級料理と私の作る500モラ程度の料理では私の料理に軍配が上がるらしい。喜んで良いのか悪いのか、私は判断を即座に下すことが出来なかった。

 

「…レイラも何か料理はしないのか?」

 

「しても良いけど…フェジュロアの料理と比べると味がアレだよ?フェジュロアは正直学者より料理人目指した方が平和に暮らせると思っているレベルだから。」

 

「そんなにか。」

 

星の知恵…ナイアルラートホテプによって齎されたそれは私の計算能力を格段に引き上げた。そのせいか、副次的に日常の錬金術とも呼ばれる料理に関する腕が人並み以上になってしまっている。だが、最近はその才能をもっぱらレイラを喜ばせる為だけに使っている。正しい意味で私はレイラの胃袋を掴んだ。彼女の好みの味を計算し尽くしてしまったのだろう。

 

本当に…蟹料理専門店開くか…?と私は一瞬血迷う。

 

「だが、こうして旅先の料理を美味しく味わうことにも意義がある。稲妻に行けばもっと薄い味付けのものになるんだ。慣れておけ。」

 

「……稲妻でもフェジュロアが料理を作ってくれたりはしない…?」

 

「…何回かな。」

 

そうして私たちは高級料理をいまいち楽しめないまま、璃月での一日を終えようとしていた。

 

 

 

だが、当然まだ一日は終わってはいない。"夜"が残っている。宿泊所に戻りそれぞれ風呂で汗を流した後に私たちを待っているのは……

 

「……スー……」

 

部屋に戻った時にはレイラは既に眠っていた。

 

まじ私の気持ちを挫くなよな!

 

しょうがないので私もレイラに抱きついて眠りにつく事にした。彼女の風呂上がりで上気した肌の質感を少し楽しむ。

 

そうして彼女の肌を触っているうちに眠気が襲ってくる。まだ時間的には早い…が、明日の為にはもうそろそろ寝た方がいいだろう。鋭気を養う為にもしっかりとした睡眠が必要だ。

 

おやすみ。さ、明日はまた船旅だ。

 

今日の璃月港散策での疲れが来たのか眠りに入るまでは一瞬だった。

 

気絶するように私は意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

〜Layla side〜

 

「また抱きつかれてる…こんなに距離が近いのにレイラとフェジュロア進展しないの?」

 

思わず零れた一言。だが、今のあたしはそんな事を言う余裕すら無いのだ。

 

あたしの身体に抱きついて離さないフェジュロアを憎らしく思い睨む。早く離してくれ、と。

 

(トイレに行きたい…)

 

まさか夢遊中のあたしがこんな事で焦るだなんて思っていなかった。思えばレイラは夕食から一度もトイレに行っていない。なんでこんな事であたしが困らされないといけないんだ。あぁ、離してくれフェジュロア。結構やばい。

 

(なんであたしが、こんな……)

 

焦りから凄く汗が出る。駄目、彼に汗臭いって思われたくない。恋人の近くという事もあってそんなことに嫌悪感を感じ、私は思わず氷元素の神の目を使ってしまった。

 

(あ、涼しい。……やば。)

 

何故身体を冷やすような真似をしたのか自分でも分からない。あたしは冷静沈着で分析能力に優れた夢遊中のあたし…だった筈なのに。

 

まずい、本当に漏れる。そう思って身動ぎをしてフェジュロアの腕の中から抜け出そうとすると、彼は「逃がさない」とか今の状況に合った寝言を言いながら更に拘束力が強くなる。本当に起きてないの?

 

「お願い、離して…」

 

そんな言葉も彼には通じない。だらしない顔で目を閉じたまま彼は動かないからだ。熟睡…そうだ、昨日の夜からの船旅で彼は疲れ果てていた。やっと眠ることのできた今、彼が起きる道理なんて無い。

 

絶体絶命、震天動地森羅万象、あたしは心の中で諦めを感じた。そして…

 

 

決壊する。

 

 

(あ、あ…あぁ…)

 

太ももの辺りに温かさを感じた。フェジュロアと宿泊所の経営者に心の中でひたすら謝った。あぁ…なんであたしが、こんな子供みたいなミスを…頭だって良いし自分で物事を考えて動くことのできる大人なのに…

 

そのまま、私は眠るようにして意識を失った。後処理も考えず、起きた後の何も知らないレイラに深く詫びてから。

 

湿り気を感じさせないくらいには、湿気が強くて暑い夜だった。

 

 

 

 

目が覚めた時、下半身に違和感を感じた。

 

(なんだろう、スースーする?あ、タイツが無いんだ。それに…)

 

眠る前と下着が違う。

 

(え、これってつまり…フェジュロアがやったって事?夢遊中の私が何かしたとは思えないし…)

 

下腹部に手を宛てがう。…痛みは無い、でもまさか…

 

私は布団を飛び起きて窓の向こう側…部屋の外で佇んでいた彼に問い質す。

 

「フェジュロア!あの、が、我慢出来なくなっちゃったの!?もし言ってくれたらちゃんとしたのに!!セックス!!」

 

「セッ…いや、やってないが!?」

 

「嘘つかないで!パンツが昨日のと違うしタイツも無くなってる!」

 

「…うん???……あぁ、そういう事か…」

 

青空の下、私は朝に相応しくない一言を叫んだ。

自分でも何を言っているか分からないくらい喚いてフェジュロアに当たった。彼が夜這いを仕掛けたと疑わずに。

 

だが、黄色く濡れた敷布団と私の昨日履いていたパンツとタイツを干していた彼を見て、私は真実を察した。

 

私の全てを悟った表情を見て、彼の口からは申し訳なさそうに言葉が紡がれる。

 

「いや、まぁ……こういうこともある。下着は君の鞄の中から探して変えさせてもらったが…あぁ…触ってないから。そこは安心して欲しい。」

 

「ねぇ……私、まさか…」

 

「うん。でも私だってこういう経験はある。あれは確か6歳の頃…」

 

「私、今年17……」

 

「あぁ。うん。」

 

私は、久しぶりに泣いた。今だけは、フェジュロアが神様に思えて仕方ない。何も言わずに優しく背中を撫でてくれる彼の事を、一瞬でも疑ったことが物凄く申し訳なかった。

 

「…フェジュロア、ちなみに嗅いだりした?」

 

「まぁ…嗅いだというか何の液体なのか確かめる為には。」

 

自身の尿()を恋人に嗅がれた、その事実にもっと泣いた。

 

小一時間私を慰めてくれたフェジュロアは、船の時間だと言って荷物と、まだ乾いていない私のパンツとタイツを片手に掴んでこう言い放った。

 

「さぁレイラ、行くぞ…稲妻へ!」

 

本当に……本当に恥ずかしい。

 






◇フェジュロア・プルフラナ…最初は自分が漏らしたのかと焦りに焦った。だが、真実を察した後、布団を入れ替え、レイラのパンツを履き替えさせた彼は…恋人の下着を脱がす初めてのイベントがこれとは、と一分ほど項垂れた。


◇レイラ…稲妻に向かう船の上でずっとフェジュロアに抱き着いていた。同じく乗船していた者達に仲が良いと揶揄われるが、もう恥ずかしい事なんて無いとずっと抱き着いていた。恋人に抱き着かれて困った表情ながらにやけ気味のフェジュロアが乗船手続きやら同乗者達とのコミュニケーションやらを全て行ってくれた。


◇胡桃…仲のいいカップルに内心ウゲーとなりながら接客をする。話している最中に男の方から異質な気配を感じとったため営業を長々と続けその気配の正体を探ろうとしたが、その異質な気配が再度表層に現れる事は無かった。先程のは勘違いだったのかと思い、自分の勘を信じていいものか少々不安になった。


◆レイラのパンツ&タイツ。船上に設置した岩元素創造物に引っ掛けて乾かしている。


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幕間 アルベドくんと五歌仙物語…


主人公(蛍)視点です。



 

 

「あの一件の確証が得るためには、まだ詳しく調査する必要がある。明日の昼、またここで落ち合うのはどうであろうか?そのとき、拙者の知る全てをお主らに話そう。」

 

光華容彩祭の元に語られる五歌仙物語の謎と雷電五箇伝の失墜の類似性。

 

万葉と綾華はこの一件を通して過去の稲妻で起こった"事件"の精査をするつもりらしい。だけど皆が解散したタイミングで私は一つ言い忘れていた事があった事を思い出した。

 

まだ近くに居たアルベドに話すことにする。

 

「アルベド、ちょっと良い?」

 

「なんだい?」

 

「実は明日も客人が訪れる予定で、その人の案内をするから私は明日の昼に集まれないかもしれない。」

 

「おぉ、そういえば……オイラそのことをすっかり忘れてたぜ…」

 

パイモンも私と同様にすっかり忘れていたらしい。

 

あの日綾人から受け取った来賓者のリストには明日スメールから教令院の学者数名が来国すると書かれていた。その人達を案内していたら万葉の言った時間には間に合うだろうけど何かあった時遅れてしまうかもしれない。保険としてアルベドに報告しておく。

 

「客人…」

 

すると、客人と聞いたアルベドは少し考える素振りを見せた後、続けてこう言った。

 

「その案内、僕も着いて行って構わないかい?未だ謎に包まれた"黒主"に関するヒントが得られるかもしれない。今はどう謎の人物を描くべきか、インスピレーションを得るためにどんな刺激でも受けたい気分なんだ。」

 

「うん、分かった。じゃあ明日、船が到着する三十分前…7時半に五歌仙屏風の前で集まろう。」

 

アルベドと約束をして私はパイモンと一緒に再度容彩祭のイベントブースを見回る事にした。

 

 

 

一夜明け…

 

 

 

「やぁ、旅人にパイモン。じゃあ早速、客人達を迎えに行こうか。」

 

「おうアルベド!今日はよろしくな!」

 

アルベドと五歌仙屏風の飾られた広場で合流して、港を目指す。

 

私たちは歩きながらアルベドと今日来る客人について話し合う事にした。

 

「そういえば…今日来国する客はどのような人なのか分かっているのかい?」

 

「スメールから学者が数人来るらしい。詳しい事は書かれていなかった。」

 

「スメール…おそらくそれなら稲妻の文化的な祭りを記録しにくる因論派の学者だろう。」

 

「因論派?」

 

アルベドの発した単語に私もパイモンも疑問が浮かぶ。スメール教令院の何かだろうか。

 

「因論派というのは教令院の六大学派の一つで、主に歴史学を学ぶ学派だ。テイワット各地に遊学者としてやってくるのはこの因論派学生が多いんだ。」

 

「おぉ…旅人、アルベドを連れてきて正解だったな!オイラたちじゃスメールの事よく分からないし…」

 

私はパイモンに同意し頷く。私たちだけじゃ満足に学者達を相手に出来なかったかもしれない。頭のいいアルベドが案内を買って出てくれて助かった。

 

港に着いて、海を見ながら待つことにした。既に遠方に一隻の客船が見えた。すぐに案内出来るだろう。

 

「じゃあ、船の到着を待とうか。」

 

私はアルベドと港先の石畳に腰を下ろして船の到着を待つことにした。

 

 

 

三十分後……

 

 

 

「あぁ…もうダメ……私、死んじゃう…」

 

「レイラ…ただの船酔いでここまで酷い事になるとは…稲妻近海の荒れた海流を甘く見ていたな。」

 

「旅人、あれってもしかして…」

 

そんな事を言いながら降りてきたのは見知らぬ少女と少し前にモンドの酒場で見た男だった。

 

苦しそうにする少女をおぶりながら、彼はこちらに歩いてくる。そして、私の横で浮いている特徴的な生き物を見ると彼はこちらの正体に気づいたようだ。

 

「おや…君はパイモン?そして横にいるのは旅人か。まさか稲妻でも会うとはな。」

 

「おう、お前だったのか!元気にしてたか?」

 

フェジュロア・プルフラナ…スメール教令院の学生でかつてモンドに訪れた時に私と顔を合わせた。あの時はモナに会いに来ていたようだが、今回はスメールからの来賓客として稲妻にやってきたらしい。

 

「おや、君たちは顔見知りなのかい?こんにちは、僕はアルベド。君は?」

 

「おう、私はフェジュロア。で、今私の後ろでぐったりしてるのは…」

 

「レイラ…よろしく…」

 

「あぁ…どちらも教令院の明論派学生の身分だが、本日は明論派賢者にして教令院大賢者の立場であるアザール様の代理で稲妻国に訪れている。君たちが案内をするのは意外だったが、どうか案内をよろしく頼むよ。出来れば先に宿に案内して欲しいがな。レイラがグロッキーだから。」

 

「分かった。」

 

「おう!」

 

私たちは来賓客の泊まる宿泊所へと移動し始める。

 

途中、フェジュロアの言っている事で気になったことがあったのでアルベドに小声で聞いてみる事にした。

 

「アルベド、フェジュロアの所属しているっていう明論派はさっき言っていた六大学派の一つ?」

 

「その通り。だけど明論派は教令院でもひと握りの天才しか所属することの出来ない天文統計を主に研究する学派、彼の背でぐったりしている彼女もその天才集団の一員だから侮らないほうがいい。」

 

「そうなの…」

 

ぐったりとフェジュロアに抱き着いている少女を見遣る。

 

「え、フェジュロア…なんだか白い小人が浮かんでいるけど…これは幻覚…?」

 

「オイラは幻覚じゃ無いぞ?パイモンだ!現実の存在だぞ!」

 

「現実だと思うと余計に怖いんだけど…本当にどういう生物なの?」

 

「レイラ、彼女は伝説の旅人のガイドだ。その見目の珍しさから講談師にも好き勝手容姿を弄られている。ま、現実に見る分にはそういう生き物だと納得する他無い。私だって最初見た時はどういう生態か研究したくなったが…」

 

「研究!?お、オイラを研究対象にはするなよ…!?」

 

「はっ、お前…スメールに来たら生命の研究を主とする生論派学者に気をつけろよ。」

 

「ヒィー…オイラスメールに行きたくなくなったかも…」

 

パイモンと同レベルの会話をしている彼らの様子からはどうも凄い天才という感じはしない。というかレイラはフェジュロアとの距離がかなり近いが、兄妹か何かなのだろうか?それとも恋人?

 

でも天文統計…天文学か。アルベドが天才と評するって事はそれなりに凄い人達なんだろう。学者はプライドが高いというし彼の言う通りあまり侮るような言葉は掛けないようにしよう。

 

しばらくアルベドと話していたら、フェジュロアはパイモンとじゃれ合うのをやめてこちらの会話に入ってきた。

 

「そういえば、先程アルベド…と名乗っていたがあの錬金術の天才アルベドで合っているのか?」

 

どうやらフェジュロアはアルベドの存在を元から知っていたらしい。

 

「そう言われると少し照れるけど、その認識で間違っていないと思うよ。」

 

「おお…でも確か貴方はモンドの騎士団に所属しているのではなかったか?何故稲妻に?」

 

「今は、騎士団とは別のもう一つの身分で稲妻に招待されたんだ。画家としてね。」

 

「画家…?アルベドさんが絵図の作成に秀でるのは知っていたが芸術面でもその画力は評価されているのか。素晴らしいな。」

 

「そう褒められた事でも無いよ。画家としての腕は紛れもなく錬金術の研鑽で得たものだから。そういうフェジュロアも、確かテイワットの宇宙理念を覆した論文を発表して教令院から表彰されたんだったっけ?友人のモナと食事を共にした時にその話をされた事を覚えている。」

 

「モナが?そういえばあいつ…この前会った時モラが無いとか言っていたが…普段からそうなのか?」

 

「ふふ…彼女が僕や妹の所に食事に来る時はいつもお金が枯渇している時だけだよ。」

 

「あ、あいつ…姉弟子が迷惑かけてすいません…」

 

「姉弟子?君はもしかして術師バーベロスの弟子なのかい?」

 

「そうだったんだが…破門されてしまって。今は同じ弟子のモナと少し交友がある程度だ。」

 

「そうだったのか…。」

 

アルベドとフェジュロアは随分話が盛り上がっている様子だ。本当にアルベドと一緒に来たことは正解だったみたい。

 

ふと彼らの話に入ってこないもう一人の天才が気になり顔を伺って見れば、彼女は目を閉じて身動きひとつとっていない。フェジュロアの背でぐったりしていたレイラはいつの間にか寝ていたようだ。早く宿に連れて行って布団で寝せてあげよう。

 

私たちは談笑しながら宿へと辿り着き、宿にフェジュロアとレイラの二人が消えていくのを見届けた。

 

「アルベド、お前たち随分気が合いそうだな。オイラたちが会話に入り込む隙も無かったぞ。」

 

「フェジュロアの事かい?彼の論文は世界の真理を知りたいという僕の目的の助けになっている。表立って言うことでは無いから話さないけどね。」

 

「そうなのか…なぁ、旅人、もしかしてフェジュロアって凄いやつなのか?モンドで未成年なのにお酒を飲みに来たやつじゃないのか?」

 

「さぁ…」

 

フェジュロアという人間は天才にありがちな何処かズレている人間なのだろうか。交流の浅さからまだ私にその判断は下せなかった。

 

 

 

しばらくすると、宿からはフェジュロアが一人だけ出てきた。レイラは置いていくつもりらしい。

 

イベントブースが立ち並ぶ通りを歩きながら、フェジュロアは辺りを見回して確認している。あまり見ないであろう光景に目移りしているようだ。

 

「…本の即売会のイベントはやはり八重堂が企画したのか?国の文化的な祭りに干渉できるか…ここまで影響力のある出版社だとは。」

 

「そういえばフェジュロアは知らなかったのか?八重堂っていうのは稲妻の大きな神社の宮司が取り仕切ってる出版社なんだぞ!」

 

「あぁ…そういえば鳴神大社の宮司の名は八重神子だったか?…八重家の分家とかそういうのでもなく宮司本人が編集長…神社という事は稲妻三奉行のうち祭りを取り締まる社奉行の管轄か。少々宮司の権威の主張が激しいように思えるが、ここに居る者達の表情を見れば皆一様に楽しんでいることは伺えるな。」

 

…確かに鳴神大社の宮司、神子の社奉行への干渉力の強さは否めない。自分の経営する出版社の宣伝効果が凄いのだろうなとこの祭り全体とフェジュロアの意見を聞いて改めて思った。

 

それでも国民から非難されないのは、社奉行と鳴神大社の繋がりが稲妻にとても重要だからなのだろう。それに神子が将軍の友人である点も…

 

そうして五歌仙屏風が飾られている広場に来ると、フェジュロアは屏風に近づいていき、それらの完成度を賞賛した。

 

「これは稲妻の"五歌仙物語"に関する屏風か?よく出来ているな。」

 

「あれ、お前スメールの人間なのに五歌仙物語について詳しいのか?」

 

「詳しいって言ってもスメールの大図書館、"知恵の殿堂"にその事に関して記された論文があったからな。少し前に読んだ記述を覚えているだけだ。」

 

フェジュロアからの意外な一言。もしかしたら、謎に包まれた黒主について何かヒントを聞けるかもしれない。

 

「フェジュロア、もし良かったらその論文の内容、僕たちに教えてはくれないか?」

 

「ん、まぁ良いが…稲妻人の方が詳しいと思うぞ?」

 

「それでも聞かせてくれ。」

 

分かったと言ってフェジュロアは口を開く。

 

「四篇の詩集からなる五歌仙物語には様々な考察要素が含まれるが、黒主について語られないのは隠された五篇目を将軍に認められなかった為だという説がある。」

 

フェジュロアの口から語られたのは、教令院に所蔵されていた様々な考察文献の内容の数々。

 

その中でも気になったのは翠光、葵の翁、赤人、墨染、黒主…五人の詩人が一篇ずつ出し合って書き残した詩集こそ五篇からなる五歌仙物語であり、五人の素性や物語を語った物では無いという説。

 

本来の登場人物は五人の詩人等ではなく実際に稲妻で過去に起きた事件に関わる人物から構想を得て書かれた物で、黒主の書き残した内容が当時の稲妻の世情を乱す存在だったから将軍にその詩だけ認められることなく歴史の闇に消えた…というもの。

 

創作としてはそういった物はあるだろう。なんせこれらは五百年も昔の文献なのだから正確性など怪しいものがある。民達の間で語り継がれた五歌仙物語…その原文の存在を私たちは未だ知らなかったのだ。

 

「つまり…五歌仙物語とは五人の詩人たちが書き残した当時の稲妻の世情を揶揄したものだと…」

 

「別にこの説が正しいなんて確証は無い。だが、当時稲妻ではたたら砂で暗い事件があった事を考えると、詩人たちの書き起す詩には影響が出るもの…と考えるのが妥当だからな。そして実際に赤人が処刑されたなんて記録や文献も存在しない。」

 

…なんだか、今まで追っていた五歌仙物語の謎が一気に裂罅してしまった気分だ。そうか…数ある五歌仙物語の創作の物語…それらの原本が今語られているままの物語だという確証は無いのだと改めて考えさせられた。

 

フェジュロアは五歌仙の描かれた屏風をぐるりと回って一つ何も描かれていない屏風の前で止まる。

 

「おや、どうやら…未だ黒主の枠は空欄のようだ。完成が間に合わなかったのか?」

 

「あぁ、それは…」

 

パイモンがフェジュロアに屏風の公開が容彩祭の日程ごとにされるのだと告げると、フェジュロアはどこか得心がいったようにアルベドを見た。

 

「もしや、この屏風を描いているのはアルベドさんか?」

 

「おや、どうしてそう思うんだい?」

 

フェジュロアはいきなり核心を突いてくる。頭が良い…と言うよりは思い至った事をすぐ聞いてしまう質なのだろうか?

 

「ただの勘だ。黒主の正体をちゃんと考察している画家なんて今私が知る限りじゃアルベドさんしか思いつかなかったんだ。五歌仙物語なんてそれぞれの創作物が疎らな物語だからな…スメール人の私にまで意見を求めてくるから少し怪しいなと思ったのだ。どうだ?」

 

フェジュロアの言葉に微笑してアルベドは正体を明かす。

 

「正解だ。この屏風を手掛けているのは僕だ。でも、君の察しの通り黒主の描き方には迷っている部分があってね。少しでもインスピレーションを得たかったんだ。」

 

「おう、そうなのか。……で、本当に大丈夫なのか?容彩祭の日程を考えるとそろそろ最後の絵を完成させなければいけないと思うんだが。」

 

「いいや、大丈夫だ。君の話を聞いて方向性が定まった。」

 

アルベドの言葉を聞いて私とパイモンは顔を見合せる。まさか、今までの流れだと…

 

「フェジュロア、君を絵のモデルにしてもいいかい?」

 

「え゛……」

 

 

 

 

 

フェジュロアは美味しい物でも買って宿に戻ると言って私たちと別れた。もう昼時だ、宿にいるレイラにご飯を買っていくのだろう。

 

そう、今はもう昼だ。私たちは万葉の言っていた場所に向かっている。

 

「でも…せっかく黒主なんて大事なポジションを稲妻人の誰かじゃなくてフェジュロアっていう外国人をモデルにして良いのか?」

 

パイモンの疑問にアルベドは答える。

 

「いいや、彼をモデルにする事の許可は得たが、主目的は万葉の心当たりのある"現実の黒主"だ。流石に事情を知らない外国の観光客を悪役に仕立て上げるつもりは無いよ。」

 

「じゃあ、どうしてあいつにモデルにする事の許可をとったんだ?」

 

アルベドは…少し目を瞑って、真意を話してくれた。

「僕は彼の言っていた本来の黒主や抹消された五篇目についての説に考えるところがあった。もし、現実の黒主が居たとして、そのままモデルにして描いては五百年前の本来の黒主の詩に対する隠蔽が無駄になる…今はそう思えて仕方ない。」

 

黒主を顕にする…それは、稲妻の五歌仙物語を愛する人々にも、当時の事件に心を痛めた五歌仙や将軍にも悪いと思ったのだろう。

 

過去の黒主が隠蔽されたのなら、今現実に付き纏う黒主の方も隠蔽するべきだと、そうアルベドは考えたらしい。

 

「もし僕が黒主を描くなら…万葉や綾華の心当たりのある現実の黒主でなく、真実を知る者としての側面を持つフェジュロアという学者にするべきだと、そう思ったんだ。」

 

「…ふーん。って言っても…あいつが語った説が本当かなんて将軍くらいしか証明出来ないけどな!」

 

「こら、パイモン。アルベドが真面目に語っているのに…」

 

「ははは…良いんだ。黒主や五歌仙物語に対して様々な見方がある、それだけの話だよ。それなら僕は僕がその通りかもしれないと思った黒主を描く。それだけだ。迷う必要なんて無かった。」

 

アルベドはどこか晴れやかだ。インスピレーションが刺激された…まさにそういう事だろう。これなら五歌仙屏風に関しての心配はいらないみたい。

 

私たちは雷電五箇伝についての問題に集中出来る。

 

どこかすっきりした気分で万葉達が待っているであろう広場に歩を進めた。

 

 

 

 

 

「それでは御一緒に、3、2、1。」

 

開帳された屏風には、()()()()()を深く被った紫色の髪の男性が何処か遠くへと歩いていく、そんな絵図が描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…フェジュロア?この絵…何か笑えるところでもあったの?そんなにニヤニヤして。」

 

「…いや、今度私もあいつから笠を借りてみようかと思っただけだ。」

 

「…?あ、そういえばこの絵の人フェジュロアに似てない?同じ髪色だし。等身も同じくらい?」

 

屏風と私を見比べるレイラに私がこの絵のモデルになったんだぞ、と教えてやる。

 

…アーカーシャの通信機能は動いていないが写真機の役割は充分に果たせる。

 

私はアルベドさんが描き残した屏風を記録に収め、散兵に後で見せてやろうと思い至るのだった。

 

 

…でもアルベドさん、現実の黒主とやら(スカラマシュ)のイメージを私に被せないで下さい。

 






◇フェジュロア・プルフラナ…仙狐宮司がどうたらこうたら〜という本を読んで稲妻人の雷電将軍のイメージが崩れないか心配になる。


◇レイラ…フェジュロアが出店で買ってきた謎のドリンクを飲んでみるが、案外美味しかった。稲妻食もこれなら行けるかも…と思った矢先に、宿泊先で出された夕食の味の薄さに絶望する。


◇アルベド…黒主のイメージを大事にしたいとか言ったが、その後に受けたインスピレーションのせいで散兵のコスプレをしたフェジュロアを描いてしまう。後悔はしていない。


◇散兵…自分の生きてきた証拠を消す為に鎖国令解除時に稲妻に部下を送り、楓原家の遺産が所蔵された蔵を荒らさせた。が、帰国したフェジュロアから容彩祭で堂々と自分の存在をバラされた事を知り、フェジュロアに八つ当たりした。


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十二話 レイラちゃんとニンジャ!?

 

 

稲妻での滞在三日目。私たちは宿泊所で早速暇を持て余していた。

 

「レイラー私やる事ないぜー」

 

「私は本を読んでるからフェジュロアだけでもどこか行ってきたらー」

 

「えー…」

 

もう少し、外国に来たんだからやりたい事とか無いのだろうか。私は昨日の出来事を想起する。

 

一日目は離島到着後に容彩祭という祭の開催されている鳴神島の離島を回り、容彩祭のメインである即売会で売られていた本をいくつか買って…鳴神島本土の神社に観光をしに行って…

 

二日目には彼女はもう今と似たような体制で横になっていた。レイラは畳に寝転びながら本を読み、私は稲妻食に関する研究をしていた。

 

そして今日、私は稲妻風形式のままスメール人の舌にも合うような料理を開発し終え、暇という名の悪魔に取り憑かれていた。レイラは畳の上から動かず、外へ行こうとする気配が無い。私はなんとかして彼女を動かしたいのだが…

 

ふとこちらに背を向けながら寝転がっているレイラを見て思いついた事を口に出す。

 

「レイラーこのまま動かないならお尻触っちゃうぞー」

 

「今忙しいからやめて。」

 

「はい。」

 

この通り冗談も通じない集中具合だ。私の都合で彼女を邪魔するのも悪いだろう。

 

「その辺歩いてくる。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

結局私だけで外に行く事に(泣)

 

離島では多くの赤い紅葉の葉が宙を舞っている。外国からの渡来客に稲妻らしさをアピールさせるのに十分なそれも、三日目となると慣れ親しんだものだ。

 

離島はまだ祭りの活気に包まれていて物価が高い。お祭り価格というやつだ。ただのドリンクに500モラも掛かるのには文句の一つもつけたくなる。私は出店の並ぶ通りを眺めながらその物価の高さから景気の良さを窺い知る。

 

(…そういえばアザールから稲妻の市場調査してこいとか言われてたよな…離島はこの通りだから祭りの雰囲気の無い稲妻城の城下町まで行かなきゃならんのか?面倒くさいな…)

 

離島から城下町までは遠い。間に集落村が一つあるくらいには。そんなところまでレイラを置いて一人で行くつもりは無いのだが…どうしようか。

 

「おや、あなたは…スメールの学者さん…ですか?」

 

「あぁ、そうだが⋯?」

 

考え事をしながら歩いていると唐突に声を掛けられる。背後を見ればそこには綺麗な薄い藍色の髪を持つ青年がいた。身に纏っている衣装を見ると、着物がベースなのだが何処かフォンテーヌ様式の印象を感じる。発注するとなると高価そうなそれを見るにこの人物は稲妻の貴人なのだろう。

 

「フェジュロア・プルフラナという人物をご存知ですか?スメールの最高権威者である大賢者の代理でこの稲妻国に訪れているそうなのですが、彼の宿泊している宿屋へ赴いたところ学生の少女しかおりませんでした。同じスメール人の貴方なら何か知ってはいませんか?」

 

「それは⋯私の事だが。」

 

「おや、それは失礼いたしました。私は神里綾人、稲妻の三奉行のうち社奉行の当主です。貴方をお迎えにあがりました。」

 

当主というには男は若かった。だが、彼の雰囲気の高貴さから一応は信じる事にした。

 

「迎え?」

 

私はその男⋯神里綾人に連れていかれるままに社奉行府・神里屋敷まで連れて行かれることになった。

 

レイラに告げる暇も無く⋯

 

 

 

 

「こちらをどうぞ。」

 

「あー、どうも。」

 

神里屋敷ではモンド人の従者が茶を出してくれたので、有難くそれを受け取り飲む。稲妻式の作法なんて分からないから本当に困っている。

 

「それで、神里さんは、どうして私を召し上げに?スメールからの賓客とは言っても本当に大賢者のように政治的な話し合いを出来るわけじゃありませんよ。」

 

「いえ、それは問題ありません。ここ二日で貴方には光華容彩祭を充分に楽しまれたかと思います。あれは一種のおもてなしでして、本日からはまた別の稲妻からのおもてなしを受けていただく手筈になっております。勿論不都合などあれば取りやめさせていただきますが⋯」

 

「ほう⋯」

 

そういえば私大賢者代理とかいう凄い立場を貰っていたな。国の最高権力者なら他国から歓迎されて然るべきだろう。

 

しかし⋯何かカリキュラム等が設定されているとなると、レイラとも一緒に行いたい。何とか説得してみるか?

 

「すまないが、私に同行してくれている少女もその歓迎とやらに呼ぶ事は可能か?」

 

「ええ、それは勿論。」

 

「じゃあ、離島の宿泊所に伝令でも送ってくれ。これから向かう場所で合流したい。」

 

「分かりました。後ほど部下に迎えに行かせます。」

 

よし、見ず知らずの稲妻人から急かされたらあの状態のレイラでも動くだろう。私は勝利を確信した。

 

「⋯因みにおもてなしとは言うが何をするんだ?」

 

「演武です。稲妻の忍者による。」

 

「ニンジャ!」

 

稲妻のニンジャと言えばあれだ、伝説のスーパーアサシン集団。本当にそれらが見られるっていうのか。それなら今すぐにでも見に行きたい。

 

「それなら是非よろしくお願いしよう。あー⋯それとそれら演武を記録させていただく訳には?」

 

「アーカーシャ⋯という物でしたか?出来ればそちらは遠慮いただけると幸いです。国家機密ですからね。」

 

「おぉ⋯」

 

国家機密を平凡な一学生が見れるとか⋯アザール様にマジで感謝だよ本当。

 

そんな訳で私たちは鎮守の森という場所に設営された演武用の舞台に向かう事になった。

 

 

 

舞台に着いてみればそこには既に閲覧席に座っているレイラの姿があった。一人連れてこられて困惑している様子だ⋯こちらの存在を見つけたレイラはすぐに手を振ってくる。急いで駆け寄る。

 

「フェジュロア?これ何で私呼ばれたの?」

 

「なんでも私たちはスメールからの賓客としての対応が望まれているらしい。ここで社奉行が設営したニンジャの演武を見ることになるそうだ。」

 

「え、ニンジャってあのニンジャ!本当に居たんだ!」

 

ニンジャと聞いた途端レイラは嬉しそうな反応を見せる。そうだろうそうだろう。あの神里さんは分かっていなさそうだが、本土の人間から見た稲妻のニンジャとは七神以外の残存している魔神と同等なくらいには幻の存在だ。

 

レイラはが「ニンジャ!」と興奮しているのを尻目にレイラの横に座り、神里さんに見る準備は出来たと目で合図し告げる。

 

舞台は開かれる。忍者の演武いったいどういった物なのだろう。

 

 

 

演武が終了し、私たちは呆然としていた。今目の前で起きた出来事は⋯本当に現実のことなのかと自分の目を疑った。

 

「社奉行の忍者集団⋯終末番の演武はどうでしたか?」

 

こちらに感想を求めてきた神里さんに私たちは思ったままの感想を告げる。

 

「あれは⋯凄い。アクロバティックな動きも然ることながら、飛んだ後⋯着地の衝撃の吸収の仕方に熟練の技を感じた。一切音を立てずにそれらの動作をこなせるのはやはりスーパーアサシンの名に相応しいと思ったよ。」

 

「神里さん、私も同意見です。素晴らしいものを見させていただきました。」

 

「いえいえ⋯彼らの鍛錬の成果が評価されて私も嬉しく思います。」

 

「しかし⋯あれは脅威足り得るな。ファデュイともまた違った危険性を感じてしまう。言い難い事だと思うが各国にスパイとして忍びを派遣しているのか?」

 

「それは⋯ふふ。どうでしょうか、あなた方の想像にお任せします。」

 

「おぉ⋯」

 

だが、あんな凄いものを見せてもらってタダで帰るというのは本当に申し訳無いな。大賢者の代理での来国とは言え何らかの賞表を稲妻に与えることが出来れば良いのだが。

 

そんなことを考えていると、神里さんはそんな私の心を読んだように話し出す。

 

「実は、こちらとしてもあなた方が来てくださって助かっているのです。本当にスメール国の大賢者が来訪するとなっては数多くのモラが掛かりますからね。我々がモンドや璃月から容彩祭を盛り上げてくれる芸術家たちを呼んだ時に、スメールからも代表者を送ると言われた時には焦ったものです。それもあの大賢者アザールも名が出た時には。」

 

ほう。だが⋯大賢者は急遽私という一学生を送り出す手筈になったと。

 

「丁度二週間前⋯でしたか。大賢者からの書簡によりこちらの都合により来訪する事が出来なくなった為代わりの者を寄越す、と⋯そのような連絡があったのです。」

 

「二週間前か。⋯ふむ⋯二週間前⋯⋯あ、」

 

その時期と言えば、散兵と模擬戦をした際に邪神を発現させて賢者様たちを狂気に陥れていたんだった。そうか⋯大賢者のスケジュールが狂ったのは私のせいか。

 

「おや、何か心当たりでも?」

 

「いや、全然知らないっすね。」

 

「え、フェジュロアなにか知ってるの?」

 

「レイラ、お願いだから追求しないでくれ⋯」

 

「そう?」

 

私の態度を怪しんだレイラが一瞬追求しようとするが、どうしたって答えられない。

 

あの事は私の秘密にも関わるが、何よりファデュイ⋯それも散兵が関連する出来事だ。少し前、稲妻を混乱に陥れたファデュイの事は稲妻人の前では断片も語るべきでは無い。そう思った。

 

「今回の件は、大賢者に見せる為に演武を練習していた彼らの努力を鑑みて行った取り組みでした。本日のおもてなしはここまでとなりますが⋯このまま離島まで移送致しましょうか?」

 

「⋯フェジュロア、どうする?」

 

「どうせだから私たちは歩いて離島に帰りたいかな。稲妻の風景を見たい。護衛は必要無いぞ、二人揃って神の目の保有者だからな。」

 

「そうですか、ではその通りに。あとは稲妻滞在最終日⋯四日後にもう一つだけ取り組みがあります。それまで稲妻をごゆるりとお楽しみ下さい。」

 

「「ありがとう。」ございます。」

 

礼儀正しい振る舞いで"和"を体現したような男とニンジャ達は歩き去って行った。ふむ⋯四日後も何かあるのか。

 

彼らの後ろ姿があ見えなくなると、私達も離島に向けて歩みを始めた。

 

「さっきのニンジャ凄かったね。」

 

「ああ。だが⋯伝説の火遁の術とかそういうのは見なかったな。」

 

「炎元素の神の目の持ち主が居ないんじゃないかな。」

 

「そういうものか。」

 

油と火起こしを使って何とかしそうなものだが⋯単純に炎は危ないから使わなかったのかもしれないが。まぁ、そんなエフェクトが無くてもあれらの動きは実に素晴らしいものだった。叶うならアーカーシャで録画して見返したかったが⋯それは駄目そうなのでアーカーシャは仕舞っていた。

 

「そういえばここは鎮守の森と言うらしいぞ。かつてここいら一帯⋯影向山近辺で幾多の妖怪が集っては祭りを開いていたらしい。」

 

「妖怪⋯って稲妻の固有種族だよね。見た目がホラーなのが多いっていう。」

 

「そこは⋯どうなんだろうな。」

 

有名どころだと鬼や天狗だろうか。化け狸なんかもそういうジャンルかもしれない。

 

スメール教令院では生論派学者が度々稲妻の妖怪の生態についてディベートしているが、おそらく彼らは罪影(幽霊)に近しい存在ではないか⋯と勝手に思っているのだが。実の所は本人にでも会って聞いてみるしかないだろう。なんて考えていると⋯

 

「あれ、あれは妖怪の一種じゃない?」

 

「なに、居るのか妖怪。」

 

レイラが妖怪らしき物を見つけたようだ。彼女の指の先を目で追ってみると、そこには狸の模様が描かれたずんぐりむっくりした置物があった。これは⋯稲妻の"だるま"というやつか?

 

「あれはただの置物じゃないか?」

 

「でも化け狸の噂とかあるじゃん。もしかしたら本当に妖怪かもよ、声を掛けてみよう。」

 

「えー⋯」

 

確か妖怪の一族は主だった種族を残して既に居ないと教令院で拝見した論文には書かれていたが⋯もしこれが妖怪なら大発見ということか?なら語りかけてみるべきか。

 

近付いてみるとそれの後ろから狸のしっぽが生えているのが見えた。本当に化け狸なのか?

 

「もしもし、狸さん?」

 

「おい、起きてるのか?⋯動かん。」

 

「しっぽでも触ってみる?」

 

「野生動物はそんな触るものでも無いと思うが⋯取り敢えず呼吸をしているか確認しよう。どんな生物だって呼吸はする筈だからな。」

 

私はその置物に耳を近づけてみる。すると、中からは「スー」という呼吸音が聞こえた。何か入っているのは確実だろう。

 

「寝息⋯のようなものを立てている。寝ているのだろうか。」

 

「そうなの?寝てるなら起こさないでおこうよ。眠りを妨げられた時の怒りは想像つかないし⋯」

 

「レイラじゃないんだから⋯」

 

「野生動物だって人間だって眠りを妨げられたら怒るものなの!フェジュロアくらいだよ?眠りから起こしても文句言わないの。」

 

それは⋯寝起き後にレイラの顔を見て幸せな気分で満たされるからだが。

 

反面レイラは朝に凄くイライラしている。生理中なんか特に酷い。その姿は⋯まるで狂犬。

 

⋯彼女の生理周期を何故把握しているのかと言われれば⋯トイレのゴミで分かる、とだけ言っておく。家主としてゴミの処理だけはしなくてはいけないんだ。三ヶ月も彼女と共に行動しているので分かってしまう事もあるという事だ。

 

そんなどうでもいい事を考えるのをやめ、もう一度狸だるまに向き直る。妖怪を研究している学者たちの為にも史料としては残した方が良いだろうか。

 

「化け狸か⋯ちょっと写真にでも収めたおくか。」

 

「⋯それくらいなら良いんじゃない?」

 

「おっしゃ、化け狸ちゃん、今から撮るから動くなよー」

 

まぁ今まで身動きひとつとってはいないが。

 

私は油断しながらアーカーシャの写真機能を起動しようとすると、狸だるまの置物が突然震えだし⋯

 

「あーもう、うるさい!拙は今すやすやと寝ていたというのに。あと拙は狸じゃない、貉だ!!」

 

狸だるま像は虚空へと消え、中からは狸のようなフードを被った少女⋯いや幼女が出てきた。なんだこの子は?

 

「お嬢ちゃん、こんな森で一人でいたら危ないよ。」

 

「そっちこそ外国からの旅人の癖になんでこんな森にいるんだ?」

 

「ふ、二人とも⋯まずは自己紹介しよう。」

 

レイラに促されてその狸娘は少し落ち着いた後、自己紹介を始めた。

 

「拙は早柚。終末番の一員だ。」

 

「私はフェジュロア。」

 

「私はレイラだよ。よろしくね、早柚。」

 

「うん、よろしく。フェジュロア、レイラ。」

 

しかし終末番?さっきの神里さんの部下⋯ニンジャなのか?この娘が。

 

「あなたは狸の妖怪なのか?」

 

「だから拙は狸じゃなくて貉だ!⋯人間だけど。」

 

どうやら貉を模した装束を身につけている人間のニンジャ娘だったらしい。

 

「でもあなた⋯まだ子供に見えるけど⋯働ける年齢なの?」

 

「少なくとも⋯主ら学生よりは歳上。」

 

「おお、学生だと分かるのか?」

 

「外国の学校からお客さんが来るって上司が言っていたから⋯」

 

上司?そういえばこの子⋯いや、お姉さんは先程の終末番による演武には出て居なかったな。あそこに全ての忍が居た訳ではないと思うが⋯こんなに近くに居たのに呼ばれなかったのか?

 

「早柚さん、あなたは演武に出る予定は無かったのか?」

 

「すごく背の高い人からさん付け⋯いや、拙はこうやってすぐにサボるから大事なお客さんの為の演武には呼ばれなかった。背の低さからも忍者の威圧感に欠けると言われたし⋯」

 

「サボってたのか。」

 

彼女は現在進行形で終末番としての仕事をサボっているらしい。それでもスーパーアサシンか?

 

「で、起きたってことは仕事に戻るのか。」

 

「いや、まだもう少し寝る⋯⋯⋯Zzz」

 

「寝るの早⋯」

 

「凄い⋯羨ましい。」

 

しかしこんな少女が森で一人で睡眠⋯さすがにニンジャだと言っても危なくないのか?貞操的な意味で。だが⋯もしかするとニンジャ⋯それもくノ一なので房中術とかを会得しているかもしれない。少々犯罪的な絵面になりそうだが。

 

そして、気持ち良さそうに寝こけている早柚さんを見ていたら私はある事を思いついた。

 

「そういえば⋯レイラは睡眠障害気味だったな。早柚さんに眠りのコツでも教えて貰ったらどうだ?今までの様子を見るに彼女はおそらく睡眠のプロだ。」

 

「えー⋯教えて貰いたいけど⋯大丈夫かな。」

 

「まぁ良いだろう。軽いし。」

 

立ちながら眠っている早柚さんを背負う。起きる気配はないのでこのまま離島に運んでしまおう。もちろん保護の意味合いも含まれてる。こんな森に一人置いていくのを見過ごせる訳な無いしな。

 

すると彼女を背負った途端にレイラの視線が鋭くなる。なんだ?

 

「早柚さんは私が背負うから。」

 

「そうか?じゃあはい。」

 

早柚さんを起こさないようにレイラの背に乗せる。いくら小さいとは言っても人一人の体重は掛かる。だが、それでも譲れない何かがレイラにはあったらしい。私はその事の追求をせずに、離島へと歩を進めた。

 

途中多く見かけた狐の像を見てレイラと「やっぱ時代は狸より狐なのか?」「確か鳴神大社の八重宮司も狐の妖怪だしね。」なんて会話をしながら。

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯むにゃ。⋯⋯ん、ここは何処だ?」

 

「おはようございます、早柚さん。」

 

「主は⋯確かフェジュロア!まさか拙を誘拐したのか!?拙は美味しくないぞ!!」

 

「えぇ⋯」

 

誘拐と言ってもここは離島の飲食店の座敷。流石に家に連れ込むのはまずいだろうと思いここに連れてきたのだが⋯

 

「あ、おはようございます早柚さん。起きたんですね。」

 

「こっちはレイラ⋯女の子もいるから大丈夫か⋯」

 

「早柚さん、ここ宿とかじゃなくて飲食店ですよ?」

 

「ん、そうなのか?あぁ⋯よく見たらここは離島の料亭か。偉い人の護衛で着いてきた事がある⋯。」

 

早柚さんもようやく状況を理解したらしい。まぁ、最初に見た顔が私なら疑うよな。

 

「ほら、何頼んでも良いですよ。モラはありますから。」

 

「え!?」

 

そう言うと早柚さんの目が輝き出す。⋯体躯もそうだが本当に子供みたいだ。本当に年上か?彼女は可愛らしい笑顔で何を頼もうかメニュー表を見始める。

 

「おぉ⋯これは夢か?まさか料亭でモラを気にせずに食べ物を食べることが出来るなんて⋯いや待て、さすがに都合が良すぎる。フェジュロア、レイラ、なんで拙にご飯を?」

 

「こっちのレイラがあなたに相談事があるんです。」

 

「はい、ぜひ早柚さんの睡眠方法を教えてください!」

 

「ん⋯?」

 

早柚さんは流石にレイラの言う相談事に首を傾げる。そうだろう。彼女にとって眠りなんて当たり前だろうから尚更だ。

 

「私は実は過去に睡眠障害になっていて⋯今はだいぶマシになったんですけどまだ睡眠時間は平均より少なくて⋯」

 

レイラの睡眠時間は実に二〜三時間だ。私の睡眠時間の七時間に比べたら実に少ない。それに加え、彼女は偶に夢遊する。それも合わせれば彼女の睡眠時間は今だって足りていないだろう。

 

「それは⋯拙にはどうしようもないかもしれない。拙は寝たくなくてもすぐに寝てしまう。レイラとは逆だ。」

 

「それも考えものですけど⋯寝るコツとかあったりしないですか?」

 

「うーん⋯⋯最終手段としてはやっぱり眠り薬に頼るのが良いと思う。主らはスメールの学生だからちゃんとした薬を買えるんじゃないの?」

 

睡眠薬⋯それは結構考えたものだが⋯

 

「早柚さん、スメールは医学が発達している代わりに、薬の処方もちゃんとした手続きをしなければいけない。それに睡眠薬は人体に有害な場合もあって⋯とにかく病院からは処方を止められるんだ。」

 

「うん⋯睡眠グミっていう非合法な睡眠薬の入っているグミを売っている人もいるけど⋯それは値段が高いからあまり買えないんだ。常習化するとそれもまた良くないらしいし⋯」

 

「うーん⋯」

 

早柚さんはそれを聞いて困り顔だ。本当なら私が睡眠薬を調合してやれれば良いのだが、何か思い出したのか腰元に付けていたポーチから笹の葉に包まれた何かを取り出した。

 

「これはね⋯」

 

早柚さんが包みを開くと中には狸の形をしたおにぎりが入っていた。多分狸じゃなくて貉だとか言われそうだが。

 

「拙はこれを任務前の夜に食べることでぐっすり眠る。もしかしたらこういうのが良いのかも。ほら、食べてみて。」

 

「⋯いただきます。」

 

レイラは早柚さんから受け取ったおにぎりに口をつける。まぁ、米か。炭水化物を取れば眠くはなれるだろうが⋯そこまで効果があるのか?

 

「あ、美味しい。⋯すぐに眠くはならないけどね。」

 

「そうか?拙はそれを食べるとすぐに眠たくなる。」

 

「今は昼だしな。まだ眠気も無いだろう。因みにそれはどこで買っているんだ?稲妻城城下町にでも売っているのか?」

 

それを入手出来れば今後レイラの安眠を守れるかもしれない。だが、そのおにぎりの完成度に対して早柚さんの口から出た真実は少々意外なものだった。

 

「ん、これは拙が作ってる。あまりお給金がない時でも美味しく食べられる究極のご飯。」

 

「へぇ⋯レシピを教えて貰ったりはできるか?」

 

「良いぞ。こんな料亭でご飯を食べさせて貰っているんだから、それくらいは当然だ。」

 

早柚さんから有難くレシピを聞き出す。材料としては稲妻産の米、鮭の身、海苔だ。至って普通。あとは火を上手く使って貉の顔のような模様を焦がして作るそうだ。ふむ⋯普通の焼きおにぎりか。

 

だがレイラは美味しがっていた。早柚さんが料理上手いか、材料が良いのか。まぁこれが効果ありそうなら稲妻の米を大量に発注しておこう。

 

「うおー⋯これが鯛の姿造り。顔が出てて怖い⋯けど凄く美味しそうだ!」

 

早柚さんは満足そうにご飯を食べている。

 

隣のレイラに私達も何か頼むか、と言おうとしたところ彼女は少し目がトロンとしてきている。え、本当にあのおにぎりに効果あったのか?

 

「レイラ、どうした?」

 

「うーん?⋯ちょっと眠いかも。」

 

「本当か!?」

 

「うん⋯フェジュロア、膝貸して。」

 

「あ、あぁ。」

 

レイラに促されるままに膝を貸すと、彼女はすぐに頭を乗せて寝ようとする。そうしていること数分、彼女の呼吸がゆっくりと規則的に行われ始める。寝たか?

 

「早柚さん。」

 

「うまー⋯なんだフェジュロア。ってレイラは眠れたのか?」

 

「えぇ。あれを食べたあとすぐに⋯本当にあのおにぎりって変なもの入ってないんですよね?」

 

「変な事はしてないけど⋯レシピ通りだぞ?」

 

「そうか⋯。」

 

寝ているレイラの頭を撫でながら早柚さんの料理の謎について考察する。あのレシピを見た感じ、早柚さんの手汗に睡眠促進の効果のある物質が含まれているとしか思えないのだが⋯

 

そうしていると早柚さんがこちらで寝ているレイラを羨ましそうな目で見ていることに気づく。

 

「えっと早柚さんも膝枕されたいんですか?」

 

「いや、そういうことじゃない。拙たち終末番の人間は親がいない孤児が多い。」

 

「え⋯」

 

孤児を暗部に使う。それはまるでスネージナヤの壁炉の家のファデュイの様なものだ。⋯どこの国も、形が違うだけで人間の本質は同じなんだろう。

 

「でも、そんな拙にも頼れる大人、師匠が居た。まるでお母さんみたいな存在だった。」

 

居た⋯過去形か。ニンジャとして生きる上で人の命の重さは限りなく軽くなるのだろう。

 

「⋯⋯⋯」

 

「人の温もりで寝られる⋯それはとても大切なことだと思う。フェジュロアはレイラの恋人?」

 

「あぁ、そうだ。」

 

恋人⋯そう断言出来る事がどれほど嬉しい事か。それを私は再度噛み締める。

 

「なら、出来れば離れないであげてね。その子、主の膝の上で凄く安心した顔で寝ているから。」

 

「⋯そうだな。」

 

早柚さんの表情はどこか大人びていた。あれは酸いも甘いも経験したそれ⋯そうか、彼女も立派な大人なんだ。私は思わずレイラを撫でる手を止め、レイラの表情を見る。

 

とても気持ち良さそうに眠っている。そうだ、彼女も早柚さんのような大人に⋯いつかなるんだ。

 

彼女が大人になった時、私は⋯別れを⋯⋯

 

いや、暗いことは考えるな。あくまで可能性の話。私がニャルちゃんの力を使用しなければ良いだけの話で⋯

 

「ん⋯」

 

レイラが寝返りをうってこちらに顔が向く。我慢できなくなってその可愛い頬を指でつつく。彼女は何も反応を返さない。

 

⋯手離したくない。

 

私は再度彼女の頭を撫でた。すると夢の中の彼女は微かに微笑んで⋯私の名前を呼んでくれた。

 

⋯⋯⋯レイラがとても恋しい。

 






◇フェジュロア・プルフラナ⋯ニンジャをその目で見る。同時に、もしこの者達が一般人に紛れていたとしたら⋯と考え、フェジュロアは警戒の対象としてスネージナヤ人の他に、稲妻人も追加した。


◇レイラ⋯目が覚めると夜の二時。昼から眠っていた自分に驚くと同時に、良い匂いが鼻腔に入ってきた。厨房に向かってみれば、大量に製造された狸型のおにぎりを黙々と食べるフェジュロアと謎のモンド人が居た。状況の意味不明さにレイラは困惑して寝室に戻った。


◇神里綾人⋯賢者じゃなくて学生で本当に助かった。その原因がフェジュロア本人にありそうなので彼は心の中でとても感謝した。


◇早柚⋯夜に鹿乃奈々(巫女姉さん)に膝枕を頼む。が、膝枕をされたのはいいものの、日頃のサボりに対する文句を巫女姉さんに言われ続けて結局眠れなかった。


◇トーマ⋯夜の十時に離島を歩いていたところ、フェジュロアに捕まって延々とおにぎりを食べさせられる事になった。社奉行の人間としてはフェジュロアが来賓という事もあって迂闊に断れなかったのだ。何故こんな大量のおにぎりを、とフェジュロアに問えば研究の産物だと言われ、スメール人の性質が分からなくなる。





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十三話 レイラちゃんと卒業!!

 

 

「でけぇ⋯」

 

「ほんとう⋯」

 

目に映るのはとてつもない存在感を誇る建造物、稲妻の執政の住処⋯『稲妻城』

 

魔神戦争により魔神たちの領地は荒れに荒れ、瘴気や疫病が立ち込めその土地に人が住むことは出来なくなる。そうやって都の遷移を繰り返すのがテイワットの国家の特徴だ。

 

だが、この稲妻という国家は都を一度も遷移していない。護国の神、『雷電将軍』は鳴神島への魔神の侵攻を一度たりとも許した事が無いという事だ。

 

それはこの稲妻城の立派さを見れば分かる。これ程までに巨大な建造物はテイワットでも類を見ない。これは、将軍の偉大さの証明であると共に、将軍の護国の精神を象徴した物なのだ。

 

『永遠』の国の都、稲妻城城下町に私たちは立っているのだ。

 

「これは⋯人生に一度は観光に来るべき場所だね。」

 

「あぁ。」

 

「私⋯もし教令院を卒業したら世界を旅して回ってみたかったけど⋯まさか在学中にその断片が叶うなんて思ってもなかったよ。」

 

「そうなのか?」

 

世界を回る。それは教令院に属していても遊学生の身分になれば叶う事だ。彼女は星の探求を目的とする明論派の仲間でもある、それくらいなら相談されれば進言することも出来たのだが⋯

 

「あ、もしかしてダステアになれば、とか考えてないよね。」

 

「そうだが。」

 

「もう⋯」

 

私の返答が何やら不満だったらしい彼女は呆れたような目で私を見つめる。なんだ?

 

「あなたと一緒だから、この旅が楽しいものになってるんだよ。」

 

「⋯⋯おう?」

 

なんだいきなり。感情揺れ動くような事を言われる場面じゃ無かっただろう今。ただ城下町に到着して城を見上げていただけだぞ⋯思わず反応が遅れた。

 

「いや、五日前から稲妻には着いていただろうが。そういうことを言うなら宿から出ずに本を読み続けるのをやめてくれ。」

 

「あれ、早口になって…フェジュロア、照れてる?」

 

「照れてないが!⋯君からそういうセリフが出るとは思っていなくて驚いているだけだ。」

 

「そう。」

 

城下町を歩きどんどん城へと近づいていく。次第に辺りは飲食店や住居の集合から商いの行き交う店が多くなってくる。花見坂⋯ってやつだろうか。

 

街角にちらほら見える桜に感嘆しながら歩いていると、私たちは街の一角に在るとある店へと辿り着いた。『八重堂』…稲妻一栄えている神社である鳴神大社の宮司、『八重神子』が編集長を務めている出版社。社前では八重堂から出版されている本が多く売りに出されている。

 

あれを購入する事が今回の目的でもある。璃月の万文集舎からの依頼もそうだが、私もレイラも稲妻の娯楽小説には興味があるのだ。

 

「おや、外国からのお客人ですか、珍しい。さぁさ、八重堂の本を見ていってくだされ。」

 

カウンターに立っている男性に促され店頭に並べられた本を見遣る。こうしてひと目見ただけでもタイトルは奇を衒ったものが多く感じる。『転生ヒルチャール』だの『異世界貴族に転生して〜』だのとにかく転生ものが多く見られた。

 

「レイラは何かに転生したいか?」

 

「うーん……冒険者?」

 

「それは…今からでもなれるだろ。」

 

「じゃあフェジュロアは何かあるの。」

 

「……忍者とか…」

 

「それだって職業じゃん。もっと別生物で。」

 

「じゃあウェネト。一生砂漠の砂の中でこもって暮らしたい。」

 

「エルマイト旅団の人に狩られるよ。確かウェネトの脂は彼らにとって生活必需品らしいし。」

 

「…それは嫌だな。」

 

レイラと雑な会話をかどかわしながら購入したい本の選別を行う。『暗礁のアリセナ 3〜6巻』『鬼武道 3〜5巻』『転生ヒルチャール 2巻』…私が手に取るのは所謂バトルもの…少年向けのジャンルが多い訳だが、レイラはどうなのだろう。彼女の手に持たれた本のタイトルを盗み見る。

 

…『真弓旅行記』『珊瑚宮紀行』『鳴神島・海祇島星図表』『キノコンの育て方』…なんだその堅苦しいタイトル群は。娯楽小説を買わないのか?

 

「レイラ、せっかく稲妻に来たのだからスメールで入荷されていない娯楽小説を買おう。」

 

「え、娯楽小説はいずれスメールに入荷するでしょ?ならこういう稲妻から外に出なさそうな専門書を買った方が良いでしょ?」

 

「…じゃあ『キノコンの育て方』ってなんだ。稲妻にキノコンは居ないだろ?」

 

キノコンとは、その名の通り菌糸の魔物。稲妻のような気候変動の激しい土地では繁殖することができない種なのだが何故このような本が稲妻からの八重堂から…

 

「これはよく分からない…でも興味を持ったから手に取っただけだよ。」

 

「そうか。」

 

……彼女と本の趣味は合わないらしい。まぁ、以前から分かっていた事だが。

 

何冊か会計場に持って行き主目的の方を済ます。

 

「今月の売れ行きのランキングみたいなものはあるのか?」

 

「ええ、ありますよ。」

 

「ではその上位二十位までの本を教えてくれ、購入する。もし在庫が無いものがあればそれは見送らせて貰うが…」

 

「承りました。では奥から在庫を持ってきますね。」

 

そう言って奥に引っ込んでいった店の男はすぐに本の束を持ってきた。十九…二十。全部在庫はあったようだ。

 

私たちは自分たちで持っている分の本も店の男に手渡し、会計を済ます。

 

「随分購入されましたね。スメールに持ち帰るのですか?」

 

「まぁ、そんなところだ。あの国で個人が所有出来る本といえば娯楽小説ぐらいなものだ。貴国の図書には助かっている。」

 

「おや…そういえばスメールでは知識が資源管理されているとかで…」

 

「あぁ。」

 

スメールは…他国から見れば異質だろう。アーカーシャによって人民の知識は保証されている。本なんて、新しい知識を蓄えることの出来る媒体なんて必要無い、知識を生み出すのは教令院の学者だけの特権だ、等と今の賢者は考えているらしい。

 

アーカーシャには権限レベルが設定されている。私は創神計画に携わっているので一時的に最高権限を持ち合わせているが、普通の学者ですらアーカーシャの5%の情報すら一生かかっても引き出すことは出来ない。いくら私が天才だからといっても…正直、宝の持ち腐れというやつだ。

 

他国に旅立てばそんなアーカーシャは機能しない。だからこそ、国外にいる今は自分自身の知識を蓄えることの出来る貴重な時間だ。スメール人にとって遊学とは…様々な意味を持つのだ。

 

包布に包まれた本の束を受け取り、八重堂を離れる。改めて良い本があったかレイラに聞いてみようか。

 

「レイラは…何か良い本を買えたか?」

 

「やっぱりキノコンの本かな。魔物を従属下に置くっていうのはちょっと興味あるから。」

 

「何故魔物なんだ?私でも従属してみせろ。」

 

突発的なその発言が、私の今後を狂わせる。

 

「えっ良いの?じゃあレイラ様って呼んでみて。」

 

「レイラ様。」

 

「うん──似合わないね。というか私が上の身分に立てる機会なんて今後そう無いと思うな。」

 

「じゃあ、今日一日ずっとレイラの命令でも聞いてやろうか?私たちは遥々稲妻城へと観光に来た貴族の少女と奴隷だ。」

 

奴隷といえば…テイワットでは既に奴隷制は無いが、どんな扱い心地なのだろう。少し気になる。

 

「奴隷は言い過ぎじゃない?でも確かに異国の地だからこそ知り合いに会うことは無いから大胆な事もできるか…じゃあ私の従者でもやってみて。」

 

従者か。モンドの騎士道精神的なイメージしか湧かないな。身近な所で言えばエルマイト旅団の雇われ従者なんかがいるが、あれは別に好意を持って従ってはいないだろう。モラのためだ。

 

(忠誠…とりあえず示してみるか?)

 

私はレイラの左手を取り、その甲へ口付けをする。

 

瞬間、レイラの身体が一瞬びくんと跳ねた。驚いたか。

 

「キス……いや、でもそういうのは従者っていうより騎士じゃない?」

 

「良いだろ、従者なんだし。」

 

「まぁ…?」

 

レイラは軽口を言いながらも私の唇の当たった手の甲をひとしきりに気にしている。ただその一点を見つめて…一瞬その手の甲を自分の口に当てようとして、当たる寸前で止めた。なんだ…自分の手の甲にキスでもして私と関節キスでもしたいのか?

 

なら…

 

「…そんなにキスしたいのなら、命令してくれればキスくらいしてするぞ?なんたって今の私は君の言うことを何だって聞いてやるのだからな。」

 

「き、キス………く、唇に!?」

 

「他に何処があるんだ?」

 

「頬とか…」

 

「別にそれでも良いが。今するか?」

 

「ま、待って!」

 

おそらく…私もじれったかったのだろう。付き合い始めて今日で約二週間が経つ。先へ進みたい───そう思ってしまったからこそ私はこんな大胆な事を言い出してしまった。

 

天下の往来でやる事じゃないだろうというのは分かっている。だが、こういうきっかけでも無いとレイラとは進展しない…そんな予感があった。なので今行動した訳だが…レイラは随分悩んでいる様子だ。

 

「……初キス…こんな異国の地でいきなり…いや、恋愛ものの小説だとそういうパターンもあった様な気が……よし!」

 

「どうなった?」

 

「唇に…お願いします!」

 

…決まったらしい。私は人目をはばからずに行動に移った。

 

「分かった。」

 

「きゃ…」

 

レイラをお互いの吐息の熱が感じられる程近くに抱き寄せる。突発的…だが、それもまた興奮して良いだろう。

 

彼女の熱くなった頬に手を沿わせてから顎の角度をキスしやすいように調節し、目が合う。思わず彼女は目を閉じてしまう…が、待っているのがいじらしくなったのか少しづつこちらへと唇を近づけて来ている様はなんとも可愛らしい。

 

私は、彼女の緊張で震えた唇から狙いを逸らさずに己の唇を重ねた。

 

「ん…」

 

柔らかい…なんて事は知っていた。日常の中で彼女の唇の感触は想像がついていた。キスによって私が新たに得られるのは彼女の息苦しそうな反応、それだけだ。

 

10秒…15秒…20秒…レイラは未だ唇を離す気が無いらしい。初キスとか言っていたがその感触やらを楽しんでいるのだろうか。私の唇の感触に何かあるのか。

 

正直終わるタイミングが分からない。彼女を抱き寄せている手がもどかしくて思わず更に彼女を抱きしめる。唇の圧迫感も更に上がる。

 

「ん…!ん………はぁ…はぁ……」

 

40秒…45秒…50秒。それくらいして私たちは唇を離した。感じるのは…虚無感。レイラの唇が…私の身体の一部だったように思えて……身体のパーツが足りない感覚に襲われた。また、この虚無感を埋めたい。

 

それは彼女も同様だったらしい。私たちはもう一度息を吸ってからキスを交わした。先程よりも遠慮なんて無い、お互いを貪るようなキス。

 

あぁ……なんだか、ようやく恋人らしい事をした気がする。キスというのはただ口と口を接触させるだけのしょうもない行為だと心の隅で思っていたが…今だから言える、馬鹿めと。今の私はこんなにも満たされているぞ。

 

稲妻城城下町の花見坂で私たちは累計五分、お互いを求め合った。周囲にできた野次馬なんか気にする余裕が無いほどに、私たちは興奮していた。今同じ宿で、同じ布団で寝たら…止められなくなるほどには。

 

「…キス、好きかも。」

 

「そうか?私もだが。」

 

「なら、良かった。あんなに求められたら分かるけどね。フェジュロア、目が怖かったよ。私の事を獲物みたいな目で見て。」

 

「レイラ、それは自分もだという自覚を持った方が良い。」

 

「……続きは、また宿に帰ってからね。」

 

「あぁ。」

 

…抱きしめ合うよりもお互いの存在を感じられた。キスというものはまぁ、想像以上だった。恋しい人へのキスが、こんなにも心満たされるものだったとは。

 

私たちはそのまま前を向いて歩く。お互いに今すぐにでもキスしたいという気持ちを押さえ付けながら。

 

 

 

 

「レイラ……」

 

「フェジュロア……」

 

お互いがお互い、止められなかった。

 

離島の宿に帰ってきた私たちは、部屋に入るなりすぐに抱き合い唇を重ねた。

 

「ん…ろあ…んむ……」

 

互いの全てを知りたくて、舌を絡めるなんて事もして。

 

それでも興奮を抑えきれなくて…

 

「あっ…」

 

「良いか?」

 

「…良いよ。」

 

もう抑えなんて効かなくて、私は彼女の身体を思うがままにまさぐった。彼女も同様に私の全てに触れる。

 

日が暮れていたはずなのに、いつの間にかまた日が昇っていた。

 

そんな部屋に射した日の光を背に、私たちは深く繋がったままに夢へと誘われる。

 

時間すら忘れるほどに、私たちは…互いを知った。

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

『……フェジュロアよ、言いたいことがある。』

 

目を開ければそこには、水色のツインテールを有した若々しい少女…何故かファルザン先生の容姿を象ったニャルちゃんが居た。…これは夢の中か。あのまま寝てしまったか?

 

「なんですか。ニャルちゃん。今私は眠って疲れを取らなきゃならないんですよ。」

 

『…お前がワシという邪神の前ですらそういう尊大な態度を取れる理由は分かる。そういうやつを何度か見てきた。大人になった…全能感にも満ちたそれは一生で一度しか味わうことができない。…まずは童貞卒業おめでとうとでも言っておこうか?』

 

「…ありがとうございます。……いや、ファルザン先生の姿でそういうこと言わないでくださいよ…」

 

草神様であったりレイラであったりファルザン先生であったり…この邪神は少女を象ることが好きなのか?

 

『それはお前が少女趣味だから合わせてやってるまでだ。』

 

「…返す言葉も無い。」

 

そうだった。私は年下のレイラに手を出すような男だったな。

 

『そしてワシにはお前に説教したい事がある。分かるか?』

 

説教?……私たちがラブラブ過ぎて最近ニャルちゃんの出る幕が無い事だろうか。…レイラの膜を無くしたのは私だけどね!

 

『ワシはお前の心の中の事も分かるんじゃ。そんな巫山戯たクソ寒い冗談事を考えるでない。…言いたいことというのはな、未成年に手を出したらいかんと言うことじゃ。そして、ぜっっっっったいに避妊をしろ!』

 

私も未成年だがニャルちゃんはそこの指摘をしない。……そもそも来月には酒の飲める年齢になってしまうが。

 

しかし避妊か……そんな事考えないで盛り上がってしまった。

 

『避妊具を付けずにバカスカやりおって…良いか、いくら世界がお前を忘却しようが、簡単に世界が作り変わるなんて事は無いんじゃ。もしレイラが妊娠している間にお前が消えたらどうなる。』

 

「は……え、……お腹の子供は最初から存在しなかった事になるとか…」

 

そんな事…想像していなかったと言えば嘘にはなる。心の何処かで言い表せない不安は感じていた。それを言語化し思い出させてくれたニャルちゃんには、感謝の念しか返せない。

 

『んなわけ無いじゃろう。いくら世界が変わろうが遺伝子情報は残る。でないと世界の外のワシとお前が現状結びついているのに説明がつかないからな。そして、もし妊娠したままお前が消えれば、レイラは誰の子とも知らぬ赤子を身篭り産み落とす事になるのじゃ。…ワシの方でも何とか対策は考えておくから、とにかくしばらく避妊具無しでは絶対にダメじゃ。』

 

「………まぐわい自体は止めないのか?」

 

『お前…絶対背徳感に盛り上がって一日中やるじゃろう。お前の性格くらいワシは分かっておる。なんせこの十数年ずっとお前の傍に居たんじゃからな。』

 

「…よく分かっているな。」

 

少し…ゾッとするようなセリフを吐かれた気がする。ファルザン先生の姿のせいで怖さは減っているが。十数年傍にいただと?てっきり私はどこか遠くにいるニャルちゃんと交信しているだけだと思っていたのだが。

 

『今のレイラは抑えが効かない。お前が何とかするんじゃ。そうしなければ未来は無いぞ。ま、ヤツは今日の所は痛みで歩く事も儘ならないじゃろうがのう!はぁ、初めてであんな激しくするバカがどこにおるのか。』

 

「………」

 

『…とにかく、絶対に避妊はしろ。彼女に不幸を陥れたくないのならな。』

 

ニャルちゃんの忠告は、真摯に受け止めることにした。

 

だがまだ気になることはある。私は質問を続ける。

 

「お前、一応神様かそれに類する何かなんだろう?何故私のような木っ端の性事情を気にかける。」

 

『ふん。お前が"フラナ・ラブクラフト"の子孫だからじゃ。やつには世話になったからな。』

 

…先祖との繋がりだったのかこの邪神。しかし"ラブクラフト"ってのは初めて聞いた。賢者フラナ…生物学の権威にして医学の父とも呼ばれる人物…400年前の人物だ。

 

『ラブクラフトというのはワシが付けた渾名じゃ。この名前には特別な意味があるが…ま、お前は知らなくても良いじゃろう。ラブクラフトの名はお前も名乗りたければ名乗っていいぞ。そういえばお前はフラナについてどこまで知っている。』

 

フェジュロア・ラブクラフト・プルフラナ…流石に長い。これではモナの事をとやかく言えなくなる。

 

「フラナ…確か生論派の中でも異端者で…とにかく生物探求のためにテイワット中を探索した…とは聞いているが。ずっと昔の人物だしな。お前が私の先祖と親しかったような態度を見せたところで私自身は関係ないだろう。」

 

『はぁ…まぁそれで良い。お前まで"‪✕‬‪✕‬生物"の研究に傾倒しだしたら手に負えんからの…』

 

は、なんて言った?今丁度"なんたら生物"とか言った所が聞こえにくかったのだが。意図して聞こえないようにでもしたのか?

 

それを問い質そうとすると、意識が薄てきた。眠りから覚める時間か…

 

『おや…もう時間のようじゃの。』

 

それに気づいたのかニャルちゃんがファルザン先生の姿のまま手を振ってくる見送ってくれている

 

その顔は…いつも通り無表情だ。…人に化けるのは良いがその無表情何とかしないと意味ないと思うぞ…

 

『うるさいわ!まぁ良い。…やりすぎるなよ。お前が世界の認識から消えたとしてもワシだけはずっと覚えてやるのじゃから、そう寂しくはさせん。』

 

私は「あぁ」と心の中で返答し、次の瞬間には真っ暗闇に落ちた。夢が…覚めたようだ。

 

フラナ・ラブクラフト…私の先祖はどうやら厄介なものをプルフラナの血族に遺していったらしい。

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

「稲妻での生活は満足ただけましたか?」

 

「あぁ。大分な。神里さんも最後まで付き合わせて悪かった。」

 

「いえ、賓客の送迎も社奉行の管轄ですので。」

 

「…忙しそうだな。」

 

「いえいえ。では、また機会がありましたら稲妻にお越しください。今回のような歓迎はできないでしょうが、慎ましく歓迎させていただきますよ。」

 

「ありがとう。」

 

神里さんに感謝の意を告げて璃月へと向かう船に乗る。

 

稲妻…忘れられない体験になった。

 

この国で私たちは…一生で一度の経験を終えた。あれから私たちは無為に過ぎる時間を見送った。ひたすらに互いを貪りあって…二日が経ったところで社奉行の者が宿に出迎えに来た。

 

稲妻滞在最終日…神里さんから言われていたプログラム、そんな事も忘れて私たちは急いで衣服を整え神里屋敷へ向かった。

 

待っていたのは小規模な宴会。私たちだけでなく他の他国からの滞在者も数多く見られた。『枕秋拾剣録』の作者や、テイワットでも有名な大冒険者にして魔女のアリスとも顔を合わせた。

 

私たちは稲妻での旅を振り返る。…本を読んで、買い物して、本を読んで、本を買って、床について……旅行らしい事を一切していなかった。少し時間の浪費を後悔する。

 

だが、レイラとの絆はこれ以上無いほどに深められた。決して…無駄な時間では無かった筈だ。

 

船に揺られながらそんな事を想起していると、隣に座ったレイラが何を考えているのと尋ねてくる。

 

私は…君と一緒に来れて良かった。そう返した。

 

 

 

 

 

 

 

「……認可しよう。これにて、お前たち総勢23名の卒業が確定したことをここに証明する。」

 

大賢者アザールのその一言で、私たちは顔を見合わせた。

 

背後から爆発的な歓声。あまりの喜びに涙を流す者だっている。喜びで箍を外しすぎるなとは思うが、今日ばかりは良いだろう。教令院の卒業…それはスメール人にとって変えようの無い誇りと成果だ。

 

私が稲妻で滞在している間、取り組んでいた事があった。

 

『星間距離の観測と把握』の研究成果の論文化作業。

 

半年に及んだこのプロジェクトが、遂に終結したのだ。

 

「フェジュロア、お前も卒業資格はある。一般的な卒業年齢まで少しあるが…このまま卒業するか?」

 

「はい、お願いします。このままアザール様の研究に打ち込みたいので。」

 

「分かった。プロジェクトリーダー、フェジュロア・プルフラナ。プロジェクトサブリーダー、フルソ・二グラム。以下22名は本日をもって卒業だ。卒業式は後日執り行うが、出席の可否は問わない。各自、担当の教員に後の事は聞くように。」

 

教令院…所属したのは十歳の頃だったか。今まで九年間…大分世話になった。

 

周りの顔を見回す。皆、世話になった先輩だ。私の突発的な理論に着いてきてくれたり、星空を観察しに砂漠によく行った。ニャルちゃんの事で迷惑を掛けた…なんて数え切れない程だ。

 

だが、別に今生の別れでもない。ここに居る者の大半は教令院に所属する学者や教員になる。私だってアザール様の部下になって創神計画の研究を続けるから…まぁ、彼らとの関係が先輩後輩から同僚になるだけだ。

 

別れの言葉といえば、せいぜい「またな」と言って皆解散するくらいだ。そこに別れの感傷なんて欠片も無かった。

 

 

 

家に帰ると、既にレイラが待っていてくれた。時間を見る……14時…いつもより早いが…

 

食卓には豪華な料理の数々。レイラが作ってくれたのだろうか。

 

「フェジュロア、卒業おめでとう。卒業式には参加出来ないけど…せめてここで祝わせて。」

 

「ありがとう。レイラも…ちゃんと卒業出来るようにな。」

 

「あはは…これからもフェジュロアにはお世話になります…」

 

家に帰ってきて、並んだ料理の美味しそうな匂いを嗅いで、彼女と言葉を交わして…私はようやく卒業を実感した。

 

教令院に所属していなければ…彼女と出会うことも無かっただろう。今だけは…私の運命に感謝をしておく。

 

レイラは机の中央にあったケーキを切って分けてくれる。流石にこれは…市販品だろうか。受け取ってすぐにそれを口に含む。

 

「美味い。これは…どこで買った物だ?」

 

「それはね、私が作ったんだよ。友達も何人か手伝ってくれたけど…」

 

作った…か。それにしては出来が凄い。普通に店で出されても違和感を感じ無い完成度だ。ふむ…レイラが料理上手だとなると…

 

「すごいなこれ。こんなに料理が上手いなら今度からレイラも夕飯を作るか?当番制にして。」

 

「いや…それはちょっと面倒かな。フェジュロアの料理が食べたいっていうのもあるけど料理は気が向いた時しかやりたくないよ。」

 

「…そうか。」

 

ケーキの一切れが無くなるまでそう時間は掛からない。私は次に手をつける料理の仔細をレイラに尋ねながら、卒業祝いの料理を食べ進めた。

 

ふとレイラの顔を見つめる。レイラは見つめるこちらに不思議そうに首を傾げた後に、微笑してまた料理に手をつけ始める。

 

レイラの表情は…出会った頃に比べてすごく柔らかい。

 

こんな可愛さが男に見られれば、そいつは一瞬で恋に落ちてしまうだろう…とでも思えるくらいに。

 

…居なくなった後の事を考えるのは気が重いが、これだけは確信できる。

 

レイラは…この先も良い人に恵まれて…良い人生を送って……良い末路を辿って………幸せに生きることが出来るだろう。

 

私は、思い浮かんだ嫌な想像を払うようにして、料理を漁るように口に入れた。

 

レイラの伴侶は私以外認めない。例え私が世界から認識されなくなったとしても、彼女を護り続ける。そんな歪な覚悟を私は心に誓うのだ。

 






◇フェジュロア・L・プルフラナ…ただ、運命を畏れている。


◇レイラ…愛の証明を行い、フェジュロアへの依存度が高まる。


◇ナイアルラートホテプ…フラナという探索者に惹かれ、その血族の末代までを観察しようと決めた。だが、その血族が安易に子を作り破滅しようとすれば止めるだけの優しさはある。


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チュートリアル 「狂星の御子」&設定集



今後の多大なネタバレが含まれますが、一旦開示しておきたい事だけを書き連ねましたので目を通してくれると幸いです。




 

 

かつてスメールで『狂気』と呼ばれた少年は、今もその名を背負いながら生きている。プルフラナの血族としての生命神秘学の道から外れた彼は、長い長い物語が綴られた一冊の本を手に、今日も荒野を彷徨う。

 

 

【ナレーション︰アリス】

 

『バーベロスの弟子を知ってる?私と同じ魔女の彼女には二人の弟子が居る。勿論モナの名前は知っているでしょうけれど、彼女にはもう一人、破門を言い渡された弟子が居たの。』

 

『フェジュロア・プルフラナ…彼は教令院の学者で、天才という言葉を我が物にしているわ。ルタワヒスト学院を卒業した彼は、天文学に関する知恵に秀でているの。過去に提出した論文を見返してみれば、テイワットの常識を覆してしまうような事柄が数多くある。私だって分からない物もあるくらいにはね。でも、彼の天啓とも呼べる知恵は人に簡単には理解されない、教令院の明論派学者たちは日々フェジュロアの論文を解読する事に夢中になっているみたい。』

 

『フェジュロアは星の成り立ちへの理解が深い。岩元素の神の目の力でテイワットの空に輝く星の力を引き出すことが出来る。』

 

【天賦︰葦海から見える空】

 

『フェジュロアがチームに所属している時、砂漠地域でのチーム全員の移動速度が速くなるわ。もしも砂漠での急用があるなら、彼の知識を頼ってみなさい。星の位置から方角を定める事が出来る彼と一緒にいれば、砂漠で迷う事は無くなるわ。』

 

【天賦︰通常攻撃…星惟砲】

 

『フェジュロアの通常攻撃は、最大六段のレーザーのような光線で、敵に岩元素ダメージを与えるわ。法器から迸るエネルギーを岩元素の重力操作の力で上手く指向性を定めているみたいね。それと、このレーザーによる通常攻撃の射程距離はとても長いわ。』

 

『重撃ではレーザーを無作為に拡散させて自分の周囲の敵に岩元素ダメージを与えるわ。もし敵に囲まれて身動きが取れなくなったら使ってみると良いわね。』

 

【天賦︰元素スキル…ニャルアーム】

 

「触手を喰らうがい。」

 

『フェジュロアの元素スキル、ニャルアームを発動すると自身から距離の近い敵単体に触手を巻き付けて不明元素ダメージを与えるわ。元素力の力に呼応しないこの攻撃は、この世界に於いてダメージを与えられない。でもその代わりに、不明元素で攻撃された敵は【元素残留状態】に陥るわ。』

 

『【元素残留】は元々付着されていた元素を敵に定着させて、まるでスライムのように永続的な元素付着を与えられる。この能力を使って他のチームメンバーの元素反応のサポートをするのも良いかもね。【元素残留状態】の維持時間はフェジュロアの天賦レベルに依存するわ。』

 

『【天賦︰ラブクラフトの血統】を解放すると、ニャルアームによって【元素残留】させた元素と異なる元素タイプのチームメンバー全員の元素熟知に、フェジュロアの現在の元素熟知の30%を4秒間加算させられるようになる。例えば、炎元素をニャルアームで【元素残留】させた後、元素熟知の上がった水元素キャラクターで蒸発反応を何回も起こせるようになるわね。』

 

【天賦︰元素爆発…ニャルマスク】

 

「邪神降誕…」

 

『元素爆発を発動すると、フェジュロアはその身にナイアルラートホテプという邪神を憑依させる【邪神降誕状態】に変身するわ。そして、発動時と2秒毎に【破砕】効果を自身に与える。フェジュロアが【破砕】の効果を受けると現在展開されている全てのシールドが破壊されるわ。身を護る術を自ら断つ…彼らしいわね。』

 

『その代わり、【邪神降誕状態】時にダメージを受けると、敵を一定時間停止させる事が可能ね。でもこの効果はボスには効果が無いみたい。』

 

『【邪神降誕状態】中はフェジュロアの通常攻撃と連動して背後から【流星】を降らし、周囲の敵に岩元素ダメージを与えるわ。このダメージは元素熟知依存のダメージだから少し注意が必要ね。』

 

『この【邪神降誕状態】は発動から15秒経過するかキャラクターを変更すると解除されるから、そこだけは留意しておいた方が良いわ。』

 

『【天賦︰壊滅的流星群】解放後は、【破砕】したシールドの合計耐久値を参照して、【流星】のダメージを上昇させることが出来るようになるわ。そして、【破砕】の際に結晶化反応による結晶シールドを破壊すると、その結晶シールドの元素タイプに応じた【流星】を追加で飛来させることが出来るようになるわよ。』

 

『フェジュロアはシールドを持つキャラクターを多くチームメンバーに編成するとぐっと【流星】のダメージ量が上がるわ。それに上手く編成を考えることでフェジュロア自身で超激化、蒸発、溶解などのダメージを上昇させる元素反応を起こす事が可能ね。』

 

『彼は若いままに学者として到達しうる高みに立っている。でも、それにはとても厄介な"異世界の存在"が絡んでいるの。私たち魔女会のメンバーもテイワットの均衡を乱す存在である"それ"は放ってはおけない。』

 

『だけれど私たちは彼に手を出すことは出来ない。かつてバーベロスは言っていたわ、「その狂気は己のみならず縁の近しい者すら蝕む」ってね。クレーやアルベドには迷惑をかけられない、だから私たちは彼を見ていることしか出来ないの。』

 

『いつか彼がその狂気をこっちに向けるまでは…ね。』

 

 

 

 

 

 

 

◆ 狂喜凶怒哀楽 フェジュロア

 

CV︰イメージ声優…斎賀み○き

誕生日︰6月10日

所属︰教令院/ファデュイ

神の目︰岩

使用武器︰法器

命の星座:象牙座

レアリティ︰☆☆☆☆☆

 

「教令院で冒してはいけない罪の一つに『宇宙の向こう側を探究すること』という物がある。だが、人の好奇心を誰が止められようか。この歪な空を見ていると常々そう思うのだ。」

 

 

ひとこと紹介

 

教令院に所属している学者。過去に膨大な量の論文を発表しており、それの解読こそが現在の明論派学生の命題となっている。また、草神の敬虔なる信者で、一日たりとて祈りを忘れた事は無い。

 

 

人物評

 

『彼こそが"座"に相応しいと思い私は彼にそれを捧げた。それでも尚、発狂せずに正気を保っていた彼は…彼こそが、"知恵の神"なのだ。今となっては彼の顔すら思い出せないのが残念でならない。』

 

────アビディアの森で瞑想を続ける男

 

 

 

・ボイス(プロフィール)

 

 

◇初めまして…

 

「フェジュロア・ラブクラフト・プルフラナだ、よろしく。何だったらフェジーと呼んでくれて構わないぞ。ただ一つだけ忠告しておく。降臨者よ、邪魔だけはしてくれるな。」

 

 

◇世間話・夜空

 

「星空は偽物、なんて噂がある。だが、本物だろうが偽物だろうが、根本的に私たち人間の手の届く場所じゃないんだ。気にするだけ時間の無駄だよ。」

 

 

◇世間話・宿痾

 

「禁忌の知識とは、この世界のアビスが齎す病のひとつ。それが今も己の内で燻っているのを感じる。」

 

 

◇世間話・知恵

 

「願いがあるのならば知恵の神に祈りを捧げるのだ。決して星に願い事なんてするもんじゃない。」

 

 

◇雨の日…

 

「レインコートが無いな。お前は持っているか?いや、別に貸してくれなくても構わない。」

 

 

◇雪の日…

 

「寒い…手がかじかんで……これじゃあノートに記述する事すら出来ない…」

 

 

◇雷の日…

 

「この頭脳をもってしても天候の判断はつかない。正確な気象予測とは遥か遠い未来の話だ。……雷を手繰る"駒"なんて物も世界にはある訳だからな。」

 

 

◇晴れの日…

 

「随分晴れたな…アル・アジフの砂は晴れているか?まぁ、砂嵐に塗れているだろうが。」

 

 

◇砂漠にいる時…

 

「もし進むべき方角が分からなくなったら私に言ってくれ。星の位置から測量してやる。」

 

 

◇おはよう…

 

「とても眠いんだ、また後でな。…何をしていたか?……ふむ、少し前ならば理由があったのだが…今はただの不眠症だ。」

 

 

◇こんにちは…

 

「おはよう。何だ?暇なのか、私もだ。アルカサルザライパレスにでも行ってドリーと戯れるか?」

 

 

◇こんばんは…

 

「よう。私は酒場にでも行くが…君はどうする?…なに、あまり酒は好きじゃないだと?…私の酒が飲めないって言うのか。……冗談だ、言ってみたかっただけ。」

 

 

◇おやすみ…

 

「空を眺めてみろ、飽きないぞ。……私は朝までこうしている。君も……そうか、寝る時間か。じゃあ、おやすみ。」

 

 

◇フェジュロア自身について・天望

 

「少し前…私は夢を見ていた。とても幸せで、暖かで。だが、もう引き返せないんだ。私は彼女たちを磔にすると決めたのだから。」

 

 

◇フェジュロア自身について・生家

 

「私の実家は三階建ての一軒家だ。三階には開けてはいけないと命じられている部屋があったり、二階の書庫には隠し扉があったり、一階のトイレの脇には地下へと続く階段の隠し蓋があったり。夜に閑になると微かな叫び声だって聞こえる。家を出奔した今でこそ思うが…おそらく我が家は……お化け屋敷だったのだろう。」

 

 

◇「神の目」について…

 

「こんなもの…凶兆以外の何物でもない。人の運命を縛り付ける鎖、天が人に施す呪いの印だ。」

 

 

◇シェアしたいこと・虫

 

「実家で大きな虫が発生した事があってな。あれは…鳥ぐらいはあったな。まぁ、当時は既に神の目を持っていたので対処は出来たが…軽くトラウマになってな。それ以来私は虫が嫌いだ。」

 

 

◇シェアしたいこと・欲

 

「人間の三大欲求を阻害することには成功した。だが…時々思う。眠りの心地良さ、食の温かみ、…彼女の……駄目だな。私には到底忘れきれない。決して神になんてなれない。」

 

 

◇興味のあること…

 

「君たちは…七葉寂照秘密主と戦ったんだったか。私も一生に一度はああいう巨大ロボットに乗ってみたいものだ。ん、遺跡巨像の操縦席に乗れるのか?……案内してくれ。」

 

 

◇モナについて…

 

「バーベロスの弟子か。まぁ、彼女とは古い縁がある。狂気に侵したりはしないさ。」

 

 

◇クレーについて…

 

「アリスの娘だな。血縁関係は正しい様だし彼女を呪えば…だが、西風騎士団の守りは厚い。特に兄気取りの人造人間が鬱陶しいな。」

 

 

◇アルベドについて…

 

「レインドットの弟子であり彼女の造物…縁は薄いな。興味無い。」

 

 

◇セノについて…

 

「ヤツは…事ある毎に私を裁こうとする。フォンテーヌで裁判官にでもなればその熱意を活かせると思うんだがな。」

 

 

◇ナヒーダについて…

 

「ふむ…草神様はナヒーダという名を名乗っているのか?あの幼子の姿はよく見る。まぁ、直に会ったことは無いがな。」

 

 

◇‪✕‬‪✕‬について…

 

「この間、ヤツに散兵と呼び掛けたら驚かれたよ。ふん、まさかあいつすら忘れるとは思っていなかった。」

 

 

◇ザンディグについて…

 

「彼になら世界の命運を託せる。魔女を消し去った後の世界をな。」

 

 

◇レイラについて・横着

 

「……あの子は元気か?……そうか、なら良い。」

 

 

◇レイラについて・秘密

 

「私は彼女の事を愛していた。今も彼女の横を通る時に、あの頃の情景が蘇る。………この思い出は、私の心の隅で閉まっておくよ。…降臨者よ、ついででいい。そんな事があったんだとでも覚えていてくれ。」

 

 

◇フェジュロアを知る・1

 

「今の私の立場か?教令院明論派の代理賢者…らしいが。アルハイゼンが私にこの職位を任せた時は馬鹿かと思ったが…案外居心地は良い。」

 

 

◇フェジュロアを知る・2

 

「計画の調整を考慮するべきか…いや、博士からの伝達事項があったな。さっさと済ませて……何だ、居たのか?」

 

 

◇フェジュロアを知る・3

 

「【散兵】という名、どれ程の価値があると思う。やつの存在がこの世の認識から抹消された時、自然と私にその位が引き継がれた。」

 

 

◇フェジュロアを知る・4

 

「己に呪いを掛けた。ヤツに思うがままに弄ばれた戒めとしてな。ま、やつに干渉されようがされまいが、象牙座の運命は下落から変わらん。」

 

 

◇フェジュロアを知る・5

 

「……あ?随分久々にその面を見せたな。っておい、レイラの姿を象るな。殺しに行けないだろ。……フラナとやら…随分この性悪に気に入られたんだな。お陰で子孫の私にも……は?私のことも結構気に入っているだと?ふざけろ。」

 

 

◇フェジュロアの趣味…

 

「天体観測は…知ってるか。……料理…とかか。食べた人間を一瞬で眠りに誘う料理なんて物もあるぞ。勿論毒性は無い。」

 

 

◇フェジュロアの悩み…

 

「私たちは悩み事を打ち明け合うような仲だったか?まぁ良い、教えてやる。変わらない現状、悩みはそれくらいだ。」

 

 

◇フェジュロアの好きな食べ物…

 

「…いつか食べたケーキの味が忘れられない。」

 

 

◇フェジュロアの嫌いな食べ物…

 

「そういうのは無いな。なんだって美味しく食べられる方法というものはある。…毒は御免だが。」

 

 

◇誕生日…

 

「誕生日おめでとう。因みに今年君は何歳だ?………それは本当の話か?…まぁ今は良いか、ほら祝い金だ。これでパイモンと豪華な食事でもとってくれ。…私も行くのか?君は友達が多いだろう、そいつらもひっくるめて行ってこい。あ、コラ腕を掴むな!私は行くとは言ってないぞ!……はぁ。」

 

 

◇突破した感想・起

 

「ふん、少し…触手の使い勝手がよくなったな。」

 

 

◇突破した感想・承

 

「……ナイアルラートホテプ、ヤツの力を借りるのは癪だが、我が心を満たす為だけにその力を振るおう。」

 

 

◇突破した感想・転

 

「ナイアルラートホテプモードの見た目を変更してみた。分かるか?……口元の鱗の位置を調節した。………そう言えば仮面で隠れていて見えなかったな。」

 

 

◇突破した感想・結

 

「この力…覚えがある。これであの神に近づけた。感謝しよう、第四降臨者。」

 

 

・ボイス(フィールド)

 

 

◇元素スキル

 

「触手を喰らうがいい。」

「呪う。」

「痛くは無いぞ。」

 

 

◇元素爆発

 

「邪神降誕…」

「直視するなよ…」

「総て破滅させる!」

 

 

◇宝箱を開ける

 

「収集率は何パーセントだ?」

「モラが増えるな。」

「宝箱を設置して回るやつが居るらしいぞ。」

 

 

◇HP低下

 

「あぁ…きつい。」

「砂漠遠征でもここまで体力は消費しない…」

「にゃる…しゅたん…にゃ、…正気を取り戻すのだ私。」

 

 

◇仲間HP低下

 

「すまないが、私はヒーラーじゃない。」

「私のせいか?」

 

 

◇戦闘不能

 

「私の…計画はまだ…」

「所詮、世界の外の。」

「誰か悲しんで…くれるかな。」

 

 

◇重ダメージを受ける

 

「私のデータに無いぞ!」

「この野郎が…」

 

 

◇チームに加入

 

「フィールドワークの時間だ。」

「星空を見に行こう。」

「…私が同行しよう。」

 

 

・他キャラクターからのコメント

 

 

◇モナ

 

「ふむ…象牙座の運命が読み取りにくいですね……神の目の持ち主に異常でもあったのでしょうか。こういった事象はそう無いのですが…」

 

 

◇アルベド

 

「アリスさんから聞いた事がある。彼女曰く【魔女狩り】…僕は何があってもクレーを守り通すよ。」

 

 

◇セノ

 

「やつの研究成果は、禁忌という柵を平然と乗り越えた末に行き着いたものだ。だが、普段からやつの周囲にはマハマトラを張らせているが、そう簡単には隙を見せてはくれない。何故あんなやつを代理賢者に任命したんだ…アルハイゼン……」

 

 

◇アルハイゼン

 

「あいつの話は星の研究以外は単純明快で分かりやすい。各学生の公正な判断を彼になら任せられる。彼の過去の功績からも、それは分かるだろう。」

 

 

◇ファルザン

 

「明論派の天才…あやつの様な学者はそう見ん。現代の数学の境地では到底辿り着けない所にいる彼奴は…天才がゆえの孤独を味わっているじゃろうな。」

 

 

◇レイラ

 

「フェジュロア先生?最近代理賢者に就任していたけど…はぁ、もっと遠い存在になっちゃったな。容姿端麗、頭脳明晰…あの人に憧れている人は多いんだ、私もちょっとは……って今の言葉は気にしないでね!?」

 

 

◇‪✕‬‪✕‬

 

「あいつ…今の【散兵】はどうやら前生の僕を知っているらしい。自分の事だけを見知らぬ人間に知られている感覚…気持ち悪いと言う他無いね。」

 

 

◇ナヒーダ

 

「彼は賢者フラナの末裔ね。彼の家はとても恐ろしい研究をしているのだけど、彼はそっちの道へは進まなかったみたい。 スメールの神として彼の意見は尊重したい、でも変な事を考えているようだから、何処かで会って神の知恵について話し合ってみたいわね。」

 

 

 

 

 

・物語

 

 

◇キャラクター紹介

 

スメール教令院の代理賢者だが、裏の顔はファデュイの執行官第六位。この世ならざる力とテイワットでも類を見ない程に優秀な頭脳で僅か数年でこの立場を手に入れた。明論派では代理賢者としての活動の他、教員の代理を務めることも多々あり、明論派の学生達との仲は良好。彼が時偶に打ち立てるプロジェクトは成功が確約されており、他の学派からすら参加したいとの声も上がる程だ。

 

 

◇キャラクターストーリー1

 

彼がまだプルフラナ家で生活していた頃、家に数名の客人が訪れた事がある。フォンテーヌ人、ナタ人、稲妻人…国籍多様なその人間たちからフェジュロアは様々な事を教わった。機械細工の作り方、美味しい料理の作り方、医療の基礎等。そんな彼らと過ごした一週間は彼にとって忘れられない出来事だった。彼らが滞在する最終日、稲妻人の女性から声をかけられる。「こんなところに居たら君のような子供でもおかしくなってしまう。」彼女の言った言葉の意味は分からなかった。だが、彼はその女性に着いて行って屋敷から離れた。彼が「ハヌビットとヒュウサはどうしたの?浅野と三人でいつも一緒に旅をしていたんじゃ無かったの?」と聞くと、彼女は言葉を選びながら言を紡ぐ。「彼らは……君の両親と揉めて、動かなくなっちゃった。」その意味は幼い彼でも理解出来た。ハヌビットとヒュウサは自身の両親に殺されたのだと。浅野の「このまま稲妻の私の実家に行こう」という言葉を信じて彼女に着いていく。だが、彼女の方向感覚がおかしかったのか、辿り着いたのは稲妻行きの船の出るオルモス港では無く、砂漠の一角だった。「あれ、おかしいな…」そう呟きながら浅野は砂に倒れ込みながら寝てしまった。彼が起こそうとしても彼女は動かない。極度の疲労とストレスの結果だったのだろうか、彼女は身動きひとつ取ることが出来なかった。彼は、そのままずっと動かない彼女の隣でふと夜空を見上げた。そのまま暫く上を見て、首が疲れた彼は彼女を見遣る。隣にいた彼女はサソリにその四肢を噛みちぎられていた所だった。

 

 

◇キャラクターストーリー2

 

砂漠で立ち往生していた彼は、通りがかりの魔女に拾われた。「神の目を持っているのかい。じゃあ、モナの修行相手くらいにはなるかもねぇ。」魔女の気まぐれが起こしたそれは、彼にとってどうしようもなく忘れられない苦い思い出だ。同年代であった魔女の弟子の少女とはすぐに仲良くなり、彼女から星の神秘性を啓蒙された。彼は、ただ純真に星空を見上げた。だが、その行為は浅野の死を想起させた。突然えずき出した彼に少女は慌てふためき、魔女を呼ぶ。魔女は彼の様子を見て言うのだ。「この子は星を直視できない運命の生まれたの。あまり星の綺麗さを教えてやるものじゃない。」そんな師のあんまりな言葉に少女は反論する。「彼だって星の綺麗さは分かっています。だって私にあんなに聞かせてくれました!なのに、そんな彼が…星を見れないなんて……そんな…」泣き出した少女を彼は何とか元気づけようと背後から抱きしめて、「気にしないで」と言う。彼にはある負い目があったのもあるが、少女には星を眺めてただ笑って欲しかったから…というのが大きな理由だったのだろう。少女は彼を抱き返して、こう告げる。「あなたが星を見れないのなら、私がずっとあなたに星の美しさを語ってあげます。だから、星空を嫌いにならないで。」そう言った少女に、彼は母性を感じてしまった。彼は涙を流し、嗚咽を漏らしながら「ありがとう」とだけ伝えた。

 

 

◇キャラクターストーリー3

 

「お前はいずれ破滅する。象牙座の辿る運命がそう示してるんだよ。」師の言葉を聞いて思わず彼は自嘲する。プルフラナの家に生まれてから、そんな運命は想像がついていた。自分は物語の中の悪役で、姉弟子の少女は公明正大な正義の占星術師なのだと。だが、想像は出来たとしても認めることは出来ない。「師のような…占星術師さえ居なければ僕の運命は定まらなかった。お前ら占星術師は、ただの死神だ。」「なら、お前は破門だフェジュロア。さっさとこの家を出ていくが良い。」「は、そんな言葉だけで済まそうだなんて傲慢な事だ。術師、まずはお前から殺す。運命に縛られる人間を少しでも救う為に僕はお前を殺すのだ。」そう言って師に襲いかかった彼は、完膚無きまでに叩きのめされた。涙をボロボロ流しながら姉弟子の元に逃げ帰った彼は、姉弟子に慰められる。「…占星術は辞めちゃうんですか?」「あぁ。あんな学問、私は認めない。」「そうですか…では、今日は私の部屋で隠れていてください。明日の朝には…」「ふん…実家にでも帰るさ。」「そうですか。でもまずはその涙で腫れた目元をなんとかしないといけないですね。」最後まで姉弟子には頭が上がらず、ただ彼女の厚意を受ける事しか彼には出来なかった。

まだ姉弟子が寝ているうちに家を抜け出すと、見送りに来た魔女と鉢合わせになる。彼は言うのだ、「いつか復讐しに戻ってくる。」と。彼の星空へのトラウマはもうとっくに薄れていた。

 

 

◇キャラクターストーリー4

 

彼が生家に戻ると、両親は跪いて祈りを捧げ始めた。「あなた様こそ邪神の器…」「初にお見えになります、私は貴方様の愛したフラナの子孫の…」そう妄言を吐く両親の首を彼は触手を操って捻り切った。長い旅の終着点がこれかと苛立っていたのもあったが、それ以上に己の内の何かが【違う】と行動を起こしたのが原因だった。しばらく腐臭の漂う家で生活した彼は今後の事を思考する事もせずに懐かしいベッドの上で無為に時間を過ごした。そして漂う腐臭から、怪しんだマハマトラの手によって家の扉を無遠慮に開かれ、彼はマハマトラに保護された。両親の変死体を前にマハマトラ達はある種の確信を持っていたが、ついぞ少年だった彼に追求することはしなかった。だが、噂は広がった。両親殺し…街を歩く度に彼は指をさされてそう呟かれた。噂は虚飾に虚飾を重ね、『彼は狂気の魔物に取り憑かれた少年だ』…そう変わっていった。それは彼が教令院に所属し始めても言われ続けた。彼に着いて回る名は【狂気】…拭いようの無い罪の証だった。だが、彼はめげずに研鑽を続けた。かつて星の叡智から盗んだそれも使って、ただ功績だけを積み上げていった。その狂気的な様は…他人から見れば異様に映った。次第に彼の【狂気】は、親殺しから天才へと姿を変えて行ったのだ。

 

 

◇キャラクターストーリー5

 

彼が教令院で幾年か過ごした時、不意に一人の少女に恋に落ちた。彼は自らの知恵の限りを尽くし、彼女を自分のものにする為に画策し、それは叶った。己が憎む『占星術』を専攻している彼女だったが、彼の中ではそんな些細な問題よりも好意の大きさの方が勝ったのだ。そして彼は願うのだ、「どうか神様、この平穏で充実した日々を永遠に」と。神はその愛情の深さを認めた。だが…彼の内に巣食う悪魔は認めなかった。悪魔の名は『ナイアルラートホテプ』、悪魔は彼の先祖以来の玩具を見つけたのだ。悪魔は言う、『決して子は成してはいけない』と。悪魔の力をもってしても、愛は形になってしまえば作り替えようが無いからだ。彼は悪魔の忠言を聞き入れ、決して彼女との間に子供を作らないようにした。…最後が訪れた時、彼は必死に叫ぶ。「ニャル、お願いだ、助けてくれ!」…その言葉に悪魔は耳を貸さない。元来このような無様な様を見せる人間を嗤う為だけにこの星に降り立ったのだから。酷く絶望する彼に悪魔は、ただ微笑を見せながら虚空へと消えていくのだ。この瞬間、悪魔の存在で成り立っていたフェジュロアという人間は世界の記録から消え、悪魔がいなかった場合の世界へと書き換わった。

一人残された彼は、頭を蝕む禁忌と戦い続けながら、真実を確信する。結局、あの悪魔も運命の楔に囚われていた存在だったのだと。憎むべきは……運命を弄ぶ【魔女】だと。紛い物の降臨者となった彼は、魔女狩りの戦士と化した。

 

 

◇メッキの施された指輪

 

彼が愛した少女と交換し合ったそれは、今もずっと大切に持ち続けている。己の指には不格好なそれを見て彼はただ微笑む。この世にもう片割れが存在しないとしても、これだけは彼女と過ごした時間の証明だったからだ。ある授業終わりの時間に一人の学生に聞かれた事があった。「ふぇ、フェジュロア先生、その指輪…も、もしかしてご結婚なさっているんですか!?」と。彼は少し困った表情を見せながら嘘を吐く。「レイラ、これはただのアクセサリーだ。まぁ、左手の薬指に着ける事で厄介な虫を跳ね除ける役割を持たせてはいるが。」その言葉を聞いて何処か安心した表情を見せる彼女に、彼は思わず微笑んだ。その微笑みを見た彼女は、慌てながら「次の授業があるので!」と言って駆けて行く。そんな様を見て、彼は心を締め付けられた。かつて愛した少女を、今もまだ愛し続けていることは彼にとって秘密なのだ。

 

 

◇「神の目」

 

浅野という人間の死を目の当たりにした彼は発狂した。神話生物によるものでもなく、ただ現実に起こったあまりにも凄惨な死に姿に彼は耐えることが出来なかった。朦朧とする意識の中で、彼は神を模した悪魔に出会った。『あら、あなたも接続出来たのね。なら、少しお話しましょう。』そう言った悪魔に対して彼は饒舌に語った。目に焼き付いて離れない浅野の死に様を誤魔化すように少し前に見た星空の美しさについて彼女に説いた。そんな様が面白かったのか、悪魔はくすりと笑ってこう告げる。『空の真理に逃げちゃダメよ。真理っていうものはあなたの手で掴まなきゃ。』「でも、そんな真理なんてものを僕は掴めるくらい頭が良くないよ?」『なら、あなたの頭に今からとある数式を刻み込んであげる。それを解読出来れば…あなたはこの世界で誰よりも高等な知恵を持てる。』悪魔にされるがままに彼は数学を理解しようと努力する。そのまま悪魔の目の前で思考を続け、続け、続け…気づいた時には砂漠で眠っていた。周囲には黒い触手が伸びていて、己を護っているのだと理解出来た。彼は、いつの間にか手に握られていた神の目に気を留める事も無く、悪魔から与えられた数式の解読を進めた。

 





雑なイラストでも許容できる人だけ開いてくれ…

・フェジュロア

【挿絵表示】


・邪神降誕時

【挿絵表示】


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十四話 レイラちゃんと誕生日(前)


UA10000件行ってたので前話の設定集のあとがきにフェジュロアのイラスト追加しました(小声)



 

 

「「「フェジュロア、誕生日おめでとう〜」」」

 

「ありがとう皆、これで私は遂に酒を合法的に飲めるぞぉーーーーっ!!!」

 

「「「いぇーい!!!」」」

 

なんてことがあってから早4ヶ月が経った。

 

スメールシティではどこもかしこも忙しそうに動き回る人々で溢れている。今年も遂にこの時期がやってきたか。

 

───花神誕祭。

 

かつて花神ナブ・マリカッタが前草神マハールッカデヴァータの生誕を祝った事から由来するこの祭りは、今となってはただの騒ぐ為の口実だ。

 

人々は現草神クラクサナリデビを信仰していない。ただアーカーシャを運営する為の機械と化した彼女を…人は信仰するに足り得ない存在だとして見ている。

 

スメールシティの中核、聖樹を見上げる。この頂点に存在する『スラサタンナ聖処』には、クラクサナリデビ様が幽閉されている。私は一度も見た事は無いが、詰まるところ彼女は存在しているだけの神なのだ。

 

そんなクラクサナリデビ様を私は信仰している。幼き日、ニャルが草神の姿を模して私の前に現れた時から、それは変わらない。元々は勘違い…だったが、今となっては立派な確固たる信仰へと変わった。

 

だが、そんな敬愛すべき神を私はまた裏切る。

 

今年の花神誕祭では、スメールシティのアーカーシャに接続されている住民全員の脳から『知恵』のエネルギーを奪取する手筈になっている。大賢者アザール、ドットーレ、スカラマシュ…そして私、フェジュロアがこの計画の中枢に立っているのだ。

 

新たな知恵の神を創造する為に、民に負担を強いる行為をきっとクラクサナリデビ様は許しはしないだろう。神と敵対するというのは気が重い。だが、彼女なら、知恵の神なら私の真意を汲み取ってくださる筈だ。最善策だと分かってくれる…筈だ。

 

私は草神様の為にこの計画に"癌"を仕込んだが…それは果たして機能するかは神が起動するまでは分からない。きっと…私は賢者たちから裏切り者と罵られ、ファデュイに命を狙われ、スメールの全ての民からも排斥されるだろう。

 

愛すべきレイラからだって、失望されるだろう。

 

だがしかし、レイラだけは守り抜く為に私はドットーレにある契約を取り付けた。

 

スカラマシュが神と化した後、私がファデュイの一員となりドットーレの部下となる契約だ。

 

ファデュイの…それもドットーレの部下となればある程度の自由は利くだろう。氷神に信仰を捧ぐのは少々不愉快だが、レイラの為なのだ。やれない事は無い。

 

何故ドットーレがこの申し出を許可したかと言えば、今後も継続して私の頭脳を分析して、この時代から剥離した数学力を獲得したい為らしい。元より散兵という実験道具の穴埋め…元の形から変化が無いのならそれで構わないだろう。

 

それに、スメールの神の心を奪取する為とはいえ散兵という執行官の損失はスネージナヤにとって手痛い。私という邪神の力を扱える人間をファデュイに加わる事でドットーレは多少なりとも補填をしたい…という様な事情もあるのだろうか。

 

だが、こうして祭りの前の雰囲気を感じていると、申し訳ない気持ちに襲われる。彼らは何も覚えはしないだろうが、私たちはこれから彼らの脳を消耗させるのだ。

 

その行為は…市民から見れば無作為で、無意味で、無益で…理不尽な出来事。これに罪悪感を覚えない者が居るのならば、その人間を私は人間とは呼べないだろう。

 

その点で言えば私は人間だ。自責し、後悔し、こうして開き直っているのだから。

 

花神誕祭はもう目前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜Layla side〜

 

 

冷えたローズシュリカンドを啜りながら壁に一つだけ貼られた絵画を眺める。

 

蝶々の羽が擦り切れる過程が記されたそれは、フェジュロアが幼年期に残した唯一の芸術品だそうだ。フォンテーヌでなにかの賞を貰ったらしいそれは彼の人にあまり大きく言えない自慢らしい。

 

芸術が過小評価されるこの国で、彼は学術と芸術の両方の才能を持っていた。神は二物を与えずなんて言うが、彼の場合は幾つ貰っているのか数え切れない。クラクサナリデビ様を本当に信仰すれば私も…なんて事は流石に考えるには時期尚早だと思うけど。にしてもこの絵は…まるで、

 

私はその絵の蝶々に自分という存在を重ねてしまう。

 

どんなに今を優雅に生きられたとしても、全ての末路は朽ち果て滅びる事なのだと、釣り針が皮膚に食い込んだみたいに微かな傷を残して痛みだけを強く覚えさせられる。傷は消えても、記憶だけは残るそれが、とても今の私には辛かった。絵を通して彼に諭されているのでは無いかと錯覚するほどには。

 

ここ数日、彼は家に帰って来ない。いつかの賢者様の研究の付き合いで忙しいそうだ。

 

今日も私が明論派の教室に向かう途中、両目の下に隈を作っている彼の姿を見掛けたけど…一言二言交わしただけで会話は続かなかった。忙しくしている人にもっと構ってとお願いするのはいけないことだ、とは分かっていてもやっぱり少し寂しい。

 

フェジュロアは…今何を考えているんだろう。研究のこと?私のこと?…ううん、そんな事私が考える意味は無いんだ。

 

魘されるように部屋の隅にあるソファにうつ伏せで倒れ込む。

 

……そういえば、1週間後には花神誕日だ。クラクサナリデビ様の誕生日。その日に、どこかへ出掛けようと誘おう。あの日は休日、クラクサナリデビ様を透明化している教令院であっても休みだと決定づけられている日だ。なら…大丈夫だよね。

 

──アーカーシャに手を伸ばし、彼に一週間後の誘いを送る。すると、返信はものの数秒で帰ってきた。

 

(「ごめん、その日は無理。」………ごめん…か。……そっか、もしかして私…彼に飽きられちゃったのかな。)

 

最近の私たちの関係を振り返ってみる。

 

私は彼の家に夕方に通い、夕飯を食べ、お風呂に入り、同じ布団の中で抱き合いながら寝る…という日々を過ごしていた。

 

でも最近は違う。彼が家に居ることは少ないし、私といえば勝手に彼の家に入り込んで作り置されているご飯だけを貰って宿に帰っている。

 

そう、もう二週間と夜を共にしていない。こういった状況で思い浮かぶのは悪い想定。

 

教令院で研究の手伝いをしているなんてのは嘘で、私よりももっと良い人を見つけたのかもしれない。

 

頭が重くなる。そういう事は考えないように考えないようにと思っていたけど、フェジュロアの顔や頭の良さを考えれば女の子なんてすぐに着いていくだろう。それでも、彼は私にだけ目を向けてくれている…という自信が今まではあったから最悪を考えなかったのだけど……

 

フェジュロアがもし他の人と……ミディア先生とかな…彼女は彼との距離が近いし。彼が学生だった時も名前で呼びあってたし………

 

教員といえばファルザン先生もいた。あの人は姿が若いし、フェジュロアが彼女の精神性に興味を持っていた。影でなんだかんだ事が進んで引き返せない領域までとか…それは嫌だな。

 

そんな風に彼の関係性のある人物を探っていると、アーカーシャに通知。彼からのメッセージだ。

 

私は先程想像していた事柄から連想し、死刑宣告でもされるんじゃないかとさえ思うほどの緊迫感を感じていた。『別れの切り出し』…全然有り得る。だって、普段私は彼に迷惑を掛けてばかりだし、満足に夜も…出来てないし。

 

そのメッセージを開くのはとにかくはばかられた。

 

 

丁度一時間経った頃だ。ソファに横になっていた私は玄関の鍵ががちゃりと動いた音を拾う。もしかして、会いに来てくれたのかな。

 

私は思わずソファから飛び起きて、玄関に走る。

 

「フェジュロア、お疲れ様!………ってあれ?」

 

玄関口に立っていたのはフェジュロアと……もう一人。フェジュロアと似た薄紫色の頭髪を持つ背の小さな女の子。その少女は金色の大きな瞳を瞬かせ、小動物を思わせる可愛らしい表情をこちらに向けていた。え、え、まさか?

 

「ただいまレイラ。こちらは…」

 

「…あ、が、……か、隠し子!?」

 

「は?」

 

浮気を通り越して既にこんな…8歳くらいの背の娘が居たと!?もう、フェジュロアを信頼することなんて…

 

「……別……い…の…」

 

「…ん、なんて言ったレイラ。というかこいつは別に隠し子では…」

 

「そんなに私と別れたいのって言ってるの!!」

 

「?????」

 

フェジュロアは困惑だけで脳が埋まったとでもいう様な惚けた顔を見せる。

 

だが、その後にフェジュロアは何かに勘づいたのか少女に「眼鏡をかけろ」とか言い出す。眼鏡?それでこの状況の何が変わるっていうんだろう。二週間触れ合えずにいてもどかしい感覚に襲われていた所に、私と出会うよりもずっと前に作っていた子供を家に連れてきて、私を混乱させて…本当に、本当に彼は何がしたいんだ。

 

彼との今後を本気で思い悩んでいると…彼が連れてきた少女が私の上着の裾を小さい手で掴んできた。なんだ?

 

「…ごめんね、取り乱しちゃって。私はフェジュロア…じゃなくてパ、パパの彼女……友達で…」

 

 

「あなたが、新しいまま?」

 

 

フェジュロアに関する全ての困惑に襲われている私に対して差し伸べられたのは、少女の些細な…重大な一言。『まま』…それは彼と私を結び付ける最大級の祝福で…

 

ママ…私と、パパ…フェジュロアとの繋がりを改めて実感するのだ。フェジュロア…もしかして、この子を…なら、私は反対しない。

 

「私は、この子を迎え入れる…」

 

「ありがとう、まま!」

 

「…!」

 

感じたのは、その体温。子供特有のポカポカ具合とはこの事だろうか。

 

急に抱きついてきた少女の重さを感じた私は、この子を…今日から背負う命の一つの重さを…私は実感して…少女を抱き締め返した。

 

そんな私たちを呆れた目で見つめる男が一人。

 

フェジュロアだ。何かおかしいのだろうか。

 

「いや、何やってるんだ二人とも。事前に口裏合わせでもしてたのか?いや…まさか本当に分かっていないのか?ほらレイラ、こいつを見ろ。」

 

「ん?」

 

そう言ってフェジュロアは少女の鼻の上に小さな眼鏡を重ねるように持って見せた。………あれ、この顔…見覚えある。

 

そうだ、いつかはこの顔が寝る前に過ぎるほど恐怖を覚えたんだった。

 

「おやおや。なんでだかフェジュロアの愛しのレイラちゃ〜んがお怒りのようでしたのでちょっと夫婦仲を取り持つために一芝居打ってみまし〜たけれども、中々上手くいったようでございますわね!お〜っほっほっほっほ!!仲介料として10万モラいただきますわ〜♪」

 

「誰が払うか。」

 

「ちょっとプルフラナの跡取り!貴方と違ってわたくしには無駄にしていい脳神経の余裕が無いのですわよ!頭をはたかないでくださいまし!!」

 

「私の脳神経だってフル稼働で宇宙の心理を計算中だ。」

 

フェジュロアがどこかから取り出したハリセンで頭をはたかれた少女を見遣る。この小煩い笑い、癖のある喋り口調、ニタっとした笑み。…間違いない。

 

少女の名はドリー。スメールに於いて遭遇するのは魔物以上に厄介だと言われる存在、最悪の商人ドリー・サングマハベイだった。

 

 

 

「粗茶ですが…」

 

「ありがとう、レイラ。」

 

「有難くいただきますわ〜」

 

普段全然使っていない応接間に出来たばかりの珈琲を運んでいく。席に座って向かい合っているフェジュロアとドリーの表情は、すごく真剣だ。真面目に商談をするつもりらしい。

 

先程のフェジュロアからのメッセージを確認してみれば「一時間後に家で商談をするから出来れば応接間を綺麗にしておいてくれ」というもの。…ちゃんとメッセージは届いた時に開こう。幸い特に汚くなかったので掃除要らずだったけど…

 

「………うーん。いい珈琲ですわね。香りがより立つ淹れ方を熟知している。」

 

「ありがとうございます。」

 

「…ところで、フェジュロアは何故レイラのような学生を深夜に家に連れ込んでますの?事によってはマハマトラに訴えますわよ!」

 

「…黙秘。というか私たちが同棲まがいの事をしているのは教令院の教員どころか賢者でさえ知っている。当然マハマトラもな。言うだけ無駄だ。」

 

え、それ初耳だけど…?

 

「あら…シティの風紀は乱れに乱れきっているようですの…わたくしが整えて差し上げましょうかしら。」

 

「モラの無駄だろ。」

 

「そうですわね。寧ろ風紀の乱れは新たなモラの通り道の発見のチャンスでもある訳ですし〜わたくしは見て見ぬふりをする側でしたわ♪」

 

フェジュロアとドリーは特に意味の無い会話の応酬を交わし続ける。本題の"商談"とやらには移る気配が無い。

 

(…あ、私が奥に下がらずにさっきからフェジュロアの後ろでドリーとの会話を聞いていたからかな。)

 

私はドリーに一度礼をしてそっと応接間を離れようとすると、二人は何も言わずに目で私を見送った。どうやら先程の予想で正解だったらしい。商談とやらに私を介入させる気は無いか…

 

私は廊下に出て応接間の扉を閉める。

 

このまま宿に帰るのもありかななんて思いつつ、私はやっぱり商談とやらが気になる。わざわざドリーに話をつけるなんて変な取引でもしてるんじゃないかと疑ってかかるべきだ。

 

第一、ドリーは子供じゃないのだから浮気の線もまだ生きているんだよね…なんだか二人は息が揃っていたし。

 

私は廊下を音を立てながら移動し、暫くしてからその場で立ち止まり、音を立てないように応接間の扉の前に戻った。

 

壁に耳を当てて聞き耳を立てる。応接間の壁が厚いかとか薄いかとかは考えたことないから聞こえるかは分からないのだけど。

 

頑張って耳を澄ませてみればうっすらと聞こえる声があった。

 

【…………あぁ…頼…。】

 

【承りますわ。ですが、その取引は既にもう終わった話ですの。とある旅人にわたくしがその情報を売り渡し、教令院の書記官がそれを奪取したみたいですわね。】

 

【何……アルハ……ンが。】

 

【彼がその後奪取したそれを売り渡す事の無いよう市場を監視することも出来ますけど…お高いですわよ?】

 

【………いくらだ…】

 

【ざっと300万モラですの!わたくしをそんな長期間拘束するのですからそれくらいは覚悟して貰いたいですわ!!】

 

【……だろう。】

 

【おっほ〜商談成立ですわ〜〜♪】

 

ドリーの声だけがしっかりと聞き取れた。だが、この会話内容が正しければフェジュロアは彼女に300万モラも払ってしてもらいたい要項があるという事か?

 

私がそう考えているうちにも商談は進行していく。

 

ドリーの声を頼りに会話の内容を想像するしかないが、先の話題とは別の…教令院としての話に移っていった。花神誕日でのモラの動きが基本のようだ。

 

フェジュロアの声はうっすらと聞こえるのみだが、声色も低いしいつも以上に口調が固い。

 

私は30分以上も二人の商談を盗み聞きし続けた。交わされる会話は世間話も混じり始め無為な様相を呈している。

 

そろそろ私もこの行為に飽きていた。

 

(この調子なら…二人で怪しい雰囲気になんて……ならないよね。というかドリーだし。)

 

私は二人に気づかれないようにそっと扉の前から離れ、寝室に向かい仮眠をとることにした。

 

もう帰るには遅い時間…どうせだから泊まっていってしまおう。

 

寝室に入り、部屋の隅に畳んで置いてある布団をいつものように敷き、しばらく部屋で一人呆然と考える。が、纏まらない。私は彼とドリーの商談が終わるのを待つだけだ。

 

(星でも見ようかな。)

 

この部屋に設置された窓からは星空の一角が見える。

 

外に出ればもっと綺麗に見える筈なのに、今の私にはそれで充分な気さえした。

 

暇が見当たらない程に忙しい人と付き合ったというのは最初から分かっていた筈だった。最近まで…この部屋で自堕落な時間を共に過ごせたのは、彼が賢者様から戴いた課題を共にこなす為という言い訳があったからだ。

 

今は…その課題を一人で抱え込んでこの家でする事は無くなった。単純に私の知識を必要としなくなったからか、なにかその課題研究に私を遠ざけたい理由があるのかは分からない。でも今重要なのはそのせいで彼と過ごす時間が減っているということ。

 

どうすれば彼を長く拘束出来る?

 

彼は前に"功績を残したい"と言っていた。…その功績のために賢者様の研究を手伝っているんだろうし……私に出来ることは…

 

(そういえば前に…一緒に何かを研究したいと言ってた。もしかしたら…それを持ちかければ…でも……)

 

彼は今忙しくて手一杯で…そこにこんな事を言っては厄介この上無いと思う。

 

(私って厄介?面倒くさいのかな。でも、彼だって流石に放置しすぎだ。二週間…そんな期間触れ合ってないのならそれは他人とほぼ変わらないと思う。)

 

私は悶々としながらも布団をゴロゴロしていると、不意にノックの音が聞こえる。寝室…今いる部屋の扉の向こう側から誰かが叩いている。フェジュロアはこんな事しない、トイレ以外なら何も気にせずに扉を開ける。じゃあ…ドリー?でもなんで彼女だとして何故寝室に…

 

戸が開け放たれた。そこに立っていたのは…

 

「おや、やはりここに居ましたわね。学生の内からそうやって彼氏の家で寝泊まりなんて、とても褒められたものじゃありませんけど、ちょっと来てくださいまし。」

 

やはりドリーだった。本当になんで?私を呼びに来たの?

 

「……ドリー?商談は終わったの?」

 

「まだ途中ですわ。学生を誑かす悪〜い学者の彼にある商談を持ちかけてみたところ、なんと気に入ってくださいまして。ほら、まだ眠ってはいないでしょう?ほら、早く。応接間まで。」

 

「えっ…わっ、」

 

私はドリーに手を引かれながら廊下を駆ける。彼女の上機嫌な様子を見るにわざわざ私を連れてくるのにはそれなりのモラが関わってくるらしい。モラ大好き人間の彼女のことだから……でも"商談"っていったい何なの?

 

全容を掴めぬままに私は応接間まで辿り着く。

 

そこには……宝石類の色鮮やかな輝きがあった。貴金属の類、宝飾品が小さな机の上にぎっしりと並べられていた。

 

「フェジュロア、これ…もしかして買うの?」

 

「ん、レイラか。ドリーが突っ走って行ったが…そうか、君のような女の子の方が受けが良いとでも考えたのか?ドリー。」

 

「えぇ、レイラさんならばきっっっとこの宝石達の魅力を分かって頂けると思ったのですわ。」

 

どうやら私は…高価な宝飾品を売る為の標的にされたらしかった。

 

フェジュロアの隣に座り、私もその宝飾品類を見てみる。純金の腕輪…青い宝石の嵌ったイヤリング……小さな宝石で飾られた時計なんかもある。

 

「どれか欲しいか?中々君にこういった物をあげる機会は無かったが……普段の服装からすると飾り付け自体は嫌いでは無いようだからな。」

 

「うーん…でもちょっとキラキラしすぎて…私が着けたらアクセサリーに負けちゃいそう…」

 

「そんなことは無いと思うが……だがそうだな。ドリー、もう少し値を落として上品な輝きを持つ品等は無いのか?これらの品はレイラにとっては眩しすぎるらしい。」

 

「うーむ…そんなに今日は宝飾品類を持ち歩いておりませんが………これなんてどうでしょう?ペアリング!純金からはワンランク下がりますけど仲の良い二人にはピッタリじゃ無いですこと?」

 

そう言ってドリーが懐から取り出したのは1つの包箱。私が受け取ってそれを開いてみれば、中には何かが刻印された金の指輪が二本入っていた。

 

…これって…

 

「婚約指輪みたい…だね。」

 

「婚約はレイラが学生の内は早い気もするが……って気に入ったのか?」

 

「……うん。」

 

「ドリー、値段は。」

 

「ざっと………40万モラですわ。」

 

「そうか。…ドリー、重さを測ってみても?」

 

「良いですわよ〜」

 

ドリーから渡された重量検査キットを使ってフェジュロアは指輪の金の比率を調べ始めた。もし本物の金じゃないならケチを付ける為だろう。でも…この流れ、本当に買っちゃうの?私は嬉しいけど…さっき300万とか聞こえて来たからフェジュロアの財布が不安になる。

 

フェジュロアが指輪の内容物の証明に間違いが無い事を確認し、私に向き直った。なに?

 

「レイラ、この指輪…良ければ私の左手の薬指にでも嵌めてくれないか?」

 

「分かっ………今ぁ!?」

 

「そんなに驚くことか?」

 

「お、驚くよ!だってそれってまるで婚約みたいな…」

 

「婚約はそのうちするさ。今は気分だけ…ほらやってみてくれ。」

 

「…うん。」

 

恐る恐るその指輪の大きめの方をフェジュロアの指に着ける………着け……嵌らない。そういえば、指輪って調節する必要があるとか言うもんなぁ…

 

「あれ、嵌らないな。」

 

「そういうこともありますの。後で加工して差し上げますけど…その分支払うモラは増えますわよ?」

 

「…まぁ、良いが。念の為こっちも…」

 

そう言ってフェジュロアはもう一つのリングを私の薬指に嵌めようとして…こっちは緩いかな。

 

「どっちも調節が必要みたいですわね〜モラがもっと増えますわ〜〜」

 

……どっちもサイズが合わなかったみたいだ。

 

「……レイラ。」

 

「何?」

 

「君は…もし今婚約してくれと言われたら、許可してくれるか?」

 

「婚約…」

 

個人的には結婚すらしても良いって気持ちではあるけど…今は…フェジュロアの真意を質したい。

 

「もし婚約したら…もっと一緒にいれる?最近ずっと会えてないし…」

 

「………一緒に……」

 

そう言ってフェジュロアは黙ってしまった。いそいそと宝飾品を片付けているドリーなんて私たちの眼中には無いくらい、緊迫した雰囲気が私たちの間には流れていた。

 

彼との沈黙が気まずいなんて思ったのは…結構久しぶりだ。付き合ってからは初めて……

 

私は後悔する。なんで今この発言をした。フェジュロアが忙しい事なんて分かってるのに…

 

自分の行動を悔いていると、彼の口が唐突に開かれた。何を言うんだろう。

 

「……レイラは…もし、私と……いや、ごめん。」

 

何がごめんなんだろう、貴方は何を言おうとしたの?

 

私は彼の全てを知りたいのに…また何も言って貰えない。彼女になっても明かして貰えない事って何?

 

「…フェジュロア。」

 

「………なんだ。」

 

だから私はここで切り出す。迷惑なんて考えちゃ居られない、こっちだって迷惑を被っているって分かっているんだから。

 

「一緒に、何か研究をしない?」

 

私はもう言ってやることにした。これはいつか貴方が言ったことなんだから…拒否は許さない。

 

だというのに彼は…

 

「………いつか、な。」

 

そう言って事態を先延ばしにするんだ。

 

私と彼の溝はまた少し広がった。

 






◇レイラ…フェジュロア・プルフラナという青年と付き合っている少女。時間によって生まれた彼との距離感に迷いが生じ始めている。



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十五話 レイラちゃんと誕生日(後)

 

 

花車が揺らぎ、彼女は目を開ける。

 

そして言う。

 

「夢を見ていた」

 

と。

 

 

微睡みの中に消える「夢」という泡沫を「遊ぶ」ように駆け回ることの出来る彼女は…計画においてとても邪魔な存在だ。

 

「星の祝福」よ、今は少し眠っていてはくれないだろうか。

 

そして私の愛しいレイラ。君には…

 

 

花神誕日は、花神誕祭は終わった。

 

 

 

 

 

 

〜Layla side〜

 

 

夢を見た。

 

同じ一日を繰り返す夢だ。

 

花神誕日でも休みなんて無い教令院で、延々と授業を聞き続けるループ。フェジュロアと会うことなく一日は終わり、また次の同じ日がやってくる。そんなつまらない毎日を1ヶ月程繰り返したような悪夢を見た。

 

そういえば頭が痛い。私は目を閉じたまま自分の身体の状態を認識した。普段から夢遊中の行動によって身体のそこかしこが痛いなんて事はよくあるけど、頭痛はまた違う。

 

ベッドから出たら頭痛薬を貰いに行こう。いや、フェジュロアの家にあるかもしれない。彼は生論派の友人からよく薬効作用のある研究物を貰っているから…

 

ん?そういえばなんだか温かいな。今日は暑いのかな…でもそれよりはもっと直接的な…

 

状況を確認しようと目をゆっくり開くと、そこにはフェジュロアの顔があった。

 

「あれ……おはよう……?」

 

「おはよう。」

 

「私…なんであなたに膝枕されて……というかここはあなたの家だよね。私は自分の宿で寝たはず…」

 

「いや、夢遊していた所を教令院の前で発見してな。夢遊中の君を説得して家に来て休んでもらった。」

 

「…そうなの……」

 

どうやら…『星空の祝福』も彼の言うことは聞くらしい。…彼女も私と同じように彼に惚れてるなんて事は無いよね?でも『星空の祝福』も自分だからこそ有り得る事ではあるのかも。自分との慕い人の取り合いなんて娯楽小説じみた状況だなぁ。

 

しばらく彼の膝の温もりを堪能した後、上体を起こし時間を確認する。短い針は3の数を指している。昼なのか夜なのか窓を見れば外は暗い…夜中なのかな。

 

「夜中の3時…よく起きていられるね。」

 

「今日は一日忙しかった…が、途中に寝る時間があった。眠気は無い。」

 

「そう。………」

 

そういえば…久しぶりに夢を見たことを思い出した。『スメール人は夢を見ない』というのにこんな…どこか体の調子が悪いのかもしれない。彼に相談してみるべきか。

 

でも…夢を見るなんて子供っぽい…と思われないだろうか。

 

「なんだ?」

 

「いや……えーと、」

 

フェジュロアの顔を見たまま呆けていた私に訝しんだ彼が沈黙に対しての疑問を呈する。…言うべきか…と考えるけど、彼に恥ずかしい事なんてもう沢山見せた訳だし……

 

「実は、今日夢を見たの。」

 

「…………ふむ。」

 

「シティに来てからはそんなに見ていなかったんだけど…今日のは本当に久しぶりで…」

 

そんな話をしてみれば、何故か彼の表情が一瞬曇った。とても些細な変化だったが…彼が『夢』という単語に反応した事だけは分かった。

 

何か…気になることでもあったのだろうか。

 

「………夢の…内容は覚えているか?」

 

「うん、覚えてるよ。」

 

彼から返ってきたのは質問。聞かなくても話すつもりだったけど…余程私の見た夢に興味があるらしい。

 

「同じ一日を繰り返す夢。」

 

「……!」

 

「だいたい…30回くらい?だったかな。ずっと授業に追われ続けて大変だったんだ…」

 

「…そうか。それはとても嫌な…夢だな。中途段階でレイラを夢境から引き剥がして正解だった…実行していた三十日分を全て覚えているなんて…

 

何かをボソボソと口走っている。"むきょう"…ってなんだろう。

 

「何か言った?」

 

「いや、30回も同じ一日を繰り返すなんて私には到底耐えられないと思っただけだ。」

 

…どうやら彼の秘めたる事を私には誤魔化す方向性で定まったらしい。まぁ、彼はそういう人だ。

 

「そんなこと言うけど…ちょっと前までこの部屋で起きて教令院に向かって、帰ってきて一緒にご飯を食べて一緒に寝る…って同じような毎日を繰り返していたでしょ?」

 

「それは…君といるからだ。人とのコミュニケーションは一日の違いを実感させてくれる。同じような日々だとしても、君といる時間が彩りをくれる。」

 

「……なんか恥ずかしいこと言ってる?」

 

「君も似たようなことを……いや、良い。ところで頭痛などはあるか?」

 

「ちょっとね。」

 

頭痛のことも知ってるなんて…やっぱり彼は今日私が見た「夢」と何らかの繋がりをもっているようだ。

 

「少し魘されていた様子だったから心配していたが…その様子だと問題無いようだ。」

 

「うん。」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

少しの沈黙。それを私のお腹から鳴った「ぐぅぅ」という音が壊した。

 

「…………ぁ」

 

「ご飯でも…食べるか?かなり遅い時間だが……」

 

「食べる。」

 

私たちは少し伸びをすると、寝室から出た。居間へと向かう彼の足取りは少しふらついている、お酒でも飲んだのか、疲れているのか……単純に考えるのなら、何時間か私に膝枕をしていたみたいだから足が痺れて上手く動かないのだろうけど。

 

 

 

 

キッチンに立つ彼の後ろ姿を眺めながら私は今の状況を整理する。

 

『星空の祝福』…つまり夢遊中の私は彼に引っかかってホイホイ家に連れ込まれたらしい。…下半身に違和感は無い。私の居ぬ間に……なんて事にはなっていないらしい。

 

しかし私の記憶に於いてベッドに入ったのは23時半。夢遊していた事を考えても合間は3時間半だけだ。そんな少しの合間に私は宿から教令院まで向かって、彼と遭遇して、膝枕に漕ぎ着ける…なんてことがあるのだろうか。

 

まさか…これも夢?私は自分の頬を少しつねる。

 

古典的な手法を試してみたが確かに痛みを感じる。果たしてこの方法で夢か現かを判断出来るかは知らないけど…

 

「あなたの手作りをすぐに味わうのは久々だね。」

 

「1週間ぶりくらいか?最近は家に帰れてなかったからな。」

 

「その間私は一人で教令院の食堂のお世話になってたよ…」

 

「一人で?友達も一人か二人居るだろう?一人ってことは無いんじゃないか?」

 

「最近はね。友達とはいってもあなたとの関係が気になる野次馬というか…そこまで親しくはしていないから。」

 

「そうか…私の同級生で暇そうなやつでも見つけて紹介してやるか?先輩なら学業でも頼れるだろうし…」

 

「いや、それはフェジュロアで間に合ってるかな。最近はあなたから教わった定理とかを使って星の軌道予測の精度も上がってきてるし…学業ではそこまで詰まってない。」

 

「答弁とかは大丈夫なのか?君のちゃんとした研究発表は見ないが…」

 

「それは…難しいかもしれない。」

 

「…そこは何度もこなしていく内に慣れることだからそう焦ることも無いがな。理論さえ確りと理解していれば大抵の事はなんとかなる。」

 

「そういえばフェジュロアの過去の答弁とかの記録ってあるの?参考になるかも。」

 

「そういった議事録は院の資料室にあるからここには無いな。覚えている範囲なら話せるが。」

 

「じゃあお願い。」

 

こうして彼と会話するだけでどんどん頭痛が和らいでいくのを感じる。久々に心の平穏を取り戻した感じだ。

 

1週間ぶり…とは言うが、彼とこうして気構えずに話していることがもう遠い過去のようにすら感じる。少なくとも体感で言えば半年は経過している。

 

「…今日は何時まで家にいるの?」

 

「今日か?アーカーシャで研究仲間とやり取りはするが…まぁ一日中暇だな。」

 

「本当に!?」

 

「本当……だが、」

 

「だが?」

 

「君は普通にルタワヒスト学院の授業があるだろう?」

 

「………サボろうかな。」

 

「その理由がもし私との休みを謳歌するためというならルタワヒスト学院の教員として怒らなければならないのだが…」

 

「そうだけど…うん、ちゃんと授業は出るよ。家に帰ってきたらフェジュロアがいるって事実が重要だから。」

 

「そうか?」

 

そういえば彼はミディア先生の代わりに教員としても働いているがそろそろ代替の期間は切れたのでは?

 

「あなたの教員体験ってそろそろ終わり?」

 

「あれか、継続になった。別の科目だがな…残念ながらルタワヒスト学院には位置天文学に関して私より詳しい者がいなくてな。"フェジュロア式位置天文学"という教室を受け持つ事になったぞ。ただいま生徒募集中だ。レイラは興味無いか?」

 

「位置天文学はあんまり…」

 

「そうか…ファルザン先生と同じ末路を辿りたくは無いのだが。」

 

「あの人はまだ妙論派の人から人気だから大丈夫だと思うよ。」

 

「…ハルヴァタットの教室にクシャレワー生が多数いるという面白い光景が見れるのがあの教室の特徴だがそう言ってやるな。」

 

「あなたも計算術の観点からスパンタマッド生に人気が出そうだけど。元素に対する熟知もあるし話は合うと思うな。」

 

「…アムリタの連中に絡まれないだけマシと思うべきなのか。…っと出来たぞ。」

 

先程からソースの良い匂いはしていた。ようやくそれを口に入れることが出来る。

 

私の座っていたソファの前の机に置かれたのは鶏肉の甘酢掛けと緑葉野菜のスープ。夜食には少々カロリーが高そうだけど、これを前に我慢出来る人類はいないと思う。

 

「我が親愛なるクラクサナリデビよ、大地の恵を受け取る事をどうか赦し給え。」

 

「うん、いただきます。んー…美味しい。」

 

彼の祈りを聞き流しながら私は鶏肉を口へと運ぶ。大きさは私が一口で頬ばれるサイズにフェジュロアが調節してくれている。うん、ソースの濃い味が染みていてこれまた良い。

 

でもこんなに濃いと口の中に残って主張し続ける…

 

そんな時に飲むのがこのスープ。生薬などに使われる植物の葉を使ったこれは、ソースの味で埋め尽くされた口の中の状態を整えてくれる。薄い塩味だが甘酢鶏肉との相性は最高だ。

 

「うん…やっぱり教員より料理人になった方が良いよ。」

 

「まだ言うか……老後とかな。」

 

「でも教員の道に進んじゃったらフェジュロアは賢者にでもなって死ぬまで教令院に居座りそうだからなぁ。」

 

「賢者か。ま…そういうのも良いかもな。アザール様の仕事ぶりを見て思ったことだが、大体の仕事は今の私でもこなせそうだしな。」

 

「モラも儲かるかも…」

 

「…賢者になると研究を仕上げる時間が無くなる分収入は減るぞ。給料は高いが。」

 

「…そっか。」

 

賢者という立場は曲がりなりにもこの国のトップだ。神を除けば…だけど。そんな存在を軽い目線で見れるこの人は…やっぱり少しおかしい。それほどに天才ではあるんだろうけど…

 

彼のそんな何処か浮世から剥離した感性、料理の味を噛み締めている現状。私は彼と最初に出会った日を思い出した。

 

氷の元素力を扱う事ができるから…という理由で私は彼の家に連れてこられた。

 

その時はまだ『変な学者の先輩』くらいの感覚でいたっけ。フェジュロア・プルフラナの功績もそうだけど、人間性が少しおかしな人だとある程度噂で聞いていたからだ。

 

そして彼の家で目にしたものは、壁に敷き詰められた理解不能な計算式の数々と、テーブルに並んだ豪華絢爛な料理。あまりの意味不明さに私は先輩が分からなくなった事を今でも覚えている。

 

後で聞いてみたが、あの私1人に出すにはおかしい量の料理は彼の友達付き合い薄さから来るものらしい。家に呼んだ教令院生は私が初めてだとも彼は言っていた。それを聞いて…私は無駄に舞い上がった記憶がある。憧れの先輩の家に初めて訪れた人間だと。

 

だけど、その認識は彼の家で放課後を過ごすうちに間違った認識だったと思い知らされた。

 

彼の家には、度々誰とも知らない客人が来る。フェジュロア曰く、当主の客人だと。スメールの名高い学者や名家の人も見たし、時には異国の旅人のような人たちも見た。確かに教令院生で彼の家に訪れたのは初という快挙を成し遂げたかもしれないが、彼の家は半ば旅人の寮のような現状だ。

 

「今も2階に客人はいるの?」

 

フェジュロアの家…正確に言えばプルフラナ家の別荘は二階建ての一軒家だ。そんな一軒家には客人のための客室が存在する。上階のことをフェジュロアに問うてみると、彼から返ってきたのはなんてことの無い言葉。

 

「いるよ。確か璃月の画家とフォンテーヌの医者が来ている。いつもの感じだ。プルフラナの当主であり私の祖父、ガラ爺の客だ。私も詳しくは知らないが1階の私の部屋と寝室、居間には来ないだろう。」

 

「ガラス・プルフラナ…」

 

名前だけは知っている。かつて教令院のアムリタ学院で教鞭を振るっていた講師で、教令院から数々の栄誉賞を受け取っている人物だ。でも、そのお爺さんはこの家に住んでいるらしいのだけど、私は会ったことがない。

 

「一応あなたの唯一の肉親だから挨拶はしておきたいんだけどね。」

 

「機会があればな。あの爺さんは滅多に1階におりてこないからそう会うことは無いと思うが。」

 

「…私が2階に行くのはダメなの?」

 

「ん…まぁ行ってもいいが…客人と会われられても説明が面倒くさいんだ。出来れば行かないでくれ。」

 

「うん。じゃあ行かないよ。」

 

そんな会話をしているうちに、料理を平らげることが出来た。相変わらず美味しかった…

 

窓の外を見れば薄らと陽の光が射している。4時半か…

 

「今日の授業は何時からだ?」

 

「8時から。」

 

「なら6時には私の家を出て宿に荷物を取りに行った方が良いだろうな。それまで少し暇だが…」

 

フェジュロアは少し悩んだ様子。久しぶりの安息で時間の潰し方に戸惑っているのだろうか。ここは私から時間の潰し方を提案してみよう。

 

「…なら一緒に寝よう?」

 

「……どっちの意味でだ?」

 

「勿論厭らしい意味でだけど。」

 

「………遅刻しても知らないからな?」

 

彼も乗り気だ。まぁ…通算1ヶ月程シていないので彼も相当溜まっているのだろう。

 

「じゃ、行こっか。」

 

「…あぁ。」

 

久しぶりの夜は…それはもう捗った。

 

花神誕日の終わり、永い夢の終わりに待っていたのは夢にまで見た彼との安息だった……。

 

 

 

 

 

 

 

〜side out〜

 

『……で、報告が遅れた原因が彼女との情事だと?』

 

「……あぁ。」

 

『巫山戯るのも大概にしろ。…しかし、貴様の言うように彼女は随分な障害となったな。』

 

「夢の主でも無いのに夢境を何度も崩壊させかけた。通常の夢遊病とはまた違うそれは…彼女の言う『星空の祝福』の異常性をより際立たせている。」

 

『…想定より回数は嵩んだが、168回の花神誕日によって七葉寂照秘密主の運用に必要なエネルギーは集まった。出来ることなら余剰分の回収もしたかったが…』

 

「仮称『草神』に止められたと。」

 

『動いていたのはファデュイの危険人物リストにも乗っていた旅人とその仲間の精霊の様だがな。以前の淑女の件もあって今は部下共を抑えるのが面倒だ。』

 

「だが、そいつらが…蛍とパイモンが何者かの導きによって花神誕日のループを破壊したのはほぼ確実か。」

 

『それは間違いないな。彼女らの行動履歴を見るに…ビマリスタンで急遽行動を変えている。そこで思念体『草神』と遭遇したのだろう。』

 

「…そうか。……そういえば魔鱗病を患っていたフーマイ家の令嬢はどうなった?想定では155回を越えた辺りで夢の搾取を制限する運びだった筈だが。」

 

『…待て。今記録を見る。…………なんだこれは。156回時点で急激に彼女の精神安定性が上方修正されている。まさか…』

 

「これも草神の恩恵ということか?彼女はクラクサナリデビ様の信者として有名だからな。もしや神も彼女を助ける気になったのかもしれない。」

 

『……知恵の神…想定以上に厄介な神の様だ。彼女をおびき出す作戦を練るべきか…』

 

「…今日はファデュイ連中も休みだろう?ドットーレもそんな事考えてないで休んだらどうだ。」

 

『…いいや、休みは不要だ。私にも、貴様にもな。』

 

「…は?」

 

『教令院に今すぐ来い。今はおそらくクラクサナリデビは力を使い休眠状態に入っている筈だ。今のうちにアーカーシャの機能を行使して作戦を練る。当然、お前の計算も必要だ。』

 

「………えぇ。」

 

『分かったか?』

 

「…あぁ。」

 

フェジュロア・プルフラナに休みは無い。

 

花神誕日だろうが、休養日だろうが。

 






レイラちゃんデートイベントまで瞑想していました。…リハビリリハビリ



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十六話 レイラちゃんと短編集(1)

 

 

・レイラちゃんと授業

 

 

「ではこれよりフェジュロア式位置天文学の授業を始める。出席票は授業が終わった後に提出しに来てくれ。」

 

…何となく彼の1回目の授業に来てしまった。

 

位置天文学には然程興味が無いとはいえ、私の専攻している理論占星術にも関わってくる事柄だ……と自分を誤魔化してまで出席したのは、当然彼の授業中の様子が気になったからという一点のみだ。

 

今まで彼が教鞭を執っていた占星術基礎とは違い、この科目は彼が新しく立ち上げた物。どんな授業になるかは想像が付かなかった。

 

周囲を見れば、見覚えのあるルタワヒスト生の先輩達が見える。フェジュロア自ら例の難解な新定理を解説してくれるのではないかと期待を寄せている様子……って普通に先生方も着席している。どれだけ彼の授業にみんな興味があるんだ。

 

そんな勉強熱心な人達に囲まれているとどこか自分が場違いなのでは無いかと感じてしまう。この疎外感をどうにかするためならいっそ、この機会に位置天文学の分野に手を出すのも悪くないとさえ思えてしまう。

 

と、こんな冗談ごとを考えていると隣の席に見覚えのある人物が座っているのに気づいた。水色のツーサイドアップに古風な衣装。

 

「あれ、ファルザン先生も彼の授業に?」

 

その言葉を聞いてファルザン先生はこちらの存在に気づいたようだ。

 

「おや…確かフェジュロアの"これ"の…」

 

「今どきは小指を立てても通じませんよ…?あと名前はレイラです。」

 

「そうじゃったか。レイラの所属は…奴と同じルタワヒストか。」

 

右手の小指を立てながらヒソヒソ話に移行した彼女はファルザン先生。少女のような見目をしているが、その実100歳以上の年齢。砂漠の遺跡にて歳を取らずに1世紀を過ごした彼女は知論派の教員だが、そんな彼女もフェジュロアの授業に興味があるのか…恋人として少し誇らしい。

 

「ワシは奴の辿り着いた真理とやらを享受できる機会があるならと来てみただけじゃが…レイラは勉学のためか?位置天文学は難しいからのう。」

 

「いえ…私もただの興味本位で……」

 

「そうじゃったか。ならワシとほぼ同じじゃ!奴の鞭撻に預かるとしようぞ!!」

 

少し騒がしくしてしまい教壇のフェジュロアに緩く睨まれる。後で謝っておこう…

 

そうしていると授業の参加生の確認を終えたのかフェジュロアは板書を取るように言ってから授業に移った。さて、どんなものだろうか。

 

「では先ずはこの教室に集まっていただいてありがとうございます。教壇に立つ機会はありましたが、こうして己の授業を受けもてた事を光栄に思います。では、本項に於ける修学書を印刷して来たので配布させていただきます。」

 

そう言って彼は教壇の横に置いてあった箱から教科書のような冊子の束を取り出し、前から配り始めた。そんなものまで作ってたなんて…一応この授業は彼の独論から構成される『フェジュロア式位置天文学』並びに『フェジュロア式宇宙定理』の解説を含む授業だ。この冊子はそれらをフェジュロア自ら注釈を入れた解説書、世に出回れば何十万モラで効かない程の値が付くことだろう。

 

私も前から順に配られた冊子を受け取って中身見てみることに。

 

『元素プリズムの屈折率の計算方法』、『飛行型遺跡機械の航空力学論』、『キングデシェレト遺跡群の並びから測る星間距離計算方式』………なんだこれ。

 

位置天文学とジャンルの違う議題が冊子の各章に印字されている。彼からすると自分はこれらの工程を経ることで位置天文学の第一人者になれたのだと言いたいのだろうか。隣のファルザン先生を見ればこれまた冊子を開いて難しい顔をしている。

 

「……なんじゃこれは…至る所に計算だらけで目が滑る…」

 

「…まさかこれ…私たちに解かせないよね?」

 

そんな疑問が教室の各所で疎らに囁かれていると、教壇の彼は言う。

 

「当然、計算は実践あるのみだ。理解力向上の為にも計算は欠かすことはできない。」

 

絶望────それに尽きた。

 

只でさえ意味の分からない定理を元に計算式を解けと言っているのか?教室では頭を抱える者や、気分を悪くしたのか顔色が青ざめる者が多数いた。それは横の彼女も同じで…

 

「わ……ワシは帰るぞ!そもそもワシの専門は遺跡符文学じゃ!!ワシはお前の知る真理を知りたくて来たわけで地獄のような計算をしに来た訳では……」

 

「ファルザン先生…いえ、ファルザン生徒。席に着きなさい。教室には貴女の言い分に共感する者も多くいるでしょうが、私の仕事は天体とこの地上との距離を測るに至るまでの私の"気づき"を元に構成した『フェジュロア式位置天文学』を啓蒙する事にあります。もし貴女の言うように真理を掴みたいのならば、授業を最後まで受けなさい。」

 

「…はい。」

 

勢い良く立ち上がった彼女は数瞬で力無く席に着いた。…叱られる機会はあまり無いだろうな、彼女は。

 

「今日は先ず一章、『元素プリズムの屈折率の計算方法』について授業をする。各元素粒子及び各元素が光によって構成されていることはスパンタマッド生なら勿論理解しているだろうが、その中でも純粋な元素粒子を摘出して成型された『元素プリズム』についての解説をする。光の結晶体の屈折率…つまり空に浮かぶ虹の屈折率を測る事と原理は同じだ。空に浮かぶ虹は大気中の水分が太陽の光を反射する事で発生しているが、元素プリズムは少々違う。全ての元素粒子が同様に持つ光が結晶体内で乱反射する事によってプリズム自体が輝いて見える。だが、光の乱反射ということは虹の屈折の理論と照合する。乱反射の屈折率を求めるために使われる計算式は虹の屈折率の計算式を用いれば良いという訳だ。但し、乱反射という事は単純に主虹と副虹分の屈折率を求める計算式とは違う、それを調べるためには先ず元素プリズムの形状からそれに合った公式を使わなければいけない。ここに『雷光のプリズム』という雷元素の元素プリズムの現物がある。このプリズム体は平面体の3つの正三角形と立方体の正六面体によって構成される。これならば……」

 

…2回目の授業に出た人数は、今の十分の一程度だったそうだ。

 

 

 

 

・レイラちゃんとお酒

 

 

ある晩、家で明日の授業の準備をしていると、祖父から呼び出され一本の高そうな酒瓶を貰った。「モンドの酒は美味いぞ」なんて言いながら。

 

私はこの酒瓶の処遇に困っていた。私は実の所あまり酒の善し悪しが分からない。まだ成人して間も無く酒に慣れていないというのもあるが、単純に高い酒と安い酒の違いを認識できないのだ。以前研究仲間と一本四万モラもする酒を飲み交わしたが、正直普段ランバドの店で飲む八百モラの酒と大差無いように感じた。

 

酒瓶のラベルに記された文字を読む。『北風ボレアスの恵酒』…北風ボレアスって何だ。モンドの伝説にある四風守護の一体か?

 

酒の分類は『ジン』だな。そういえばあの国の現在のトップはジンという人物だったな。トップまで酒の名を冠しているとは…あの国の民や風神はどれだけ酒好きなのか……あ、そういえばあの女性は確か代理団長という立場だったか?なら団長…本当のトップの名は何だろうか。エールとかビールとかか?

 

まぁそれはそれとして、モンドの酒だ。こっちで長いこと暮らしているモンド人にでも頂戴してやるべきか。

 

そうして記憶を辿るも、モンド人の知り合いは思いつかない。雰囲気が堅い学術国家と雰囲気の柔らかい牧歌の国では相性が悪いのだろうか、教令院で学ぶモンド人は少ない。

 

ならばモンドの隣国のスネージナヤの使節の誰かに……いやダメだ。あいつらはとんでもない酒好きだが、度数が強ければ強いほど良いという独特な宗教観の持ち主たちだ。出来れば高い酒なんだから味わって飲んでほしい、ファデュイにくれてやるのは無しか…

 

無難にアザール様にでもあげるべきか…だがあの人酒好きだっけ?今度セタレに相談でもするか…

 

そんな風に一本の瓶の前で悶々としていると、玄関の扉が開く音がした。…そうか、もう夕方か。

 

「こんばんは、フェジュロア…何を見てるの?お酒?」

 

「よう、レイラ。あー…こいつはモンドの高級酒でな。ガラ爺から貰ったんだが…私は高級酒にそれほど興味は無くてな、処遇を決め兼ねていたんだ。」

 

「…高級酒……」

 

レイラは瓶を持たずにラベルに書かれている文字列を注視し始める。そんなに見ても在り来りな説明文やら製品詳細しか書いていないが。高い酒瓶なんて見る機会はそうそう無いのだし目に焼き付けておきたいのかな。

 

すると、レイラはとある提案をしてくる。

 

「フェジュロア、ちょっと飲ませてくれたり…」

 

「いや、ダメだぞ?君は未成年なんだし。」

 

「でもフェジュロアは未成年の私に‪✕‬‪✕‬‪✕‬なことや‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬をするよね。」

 

「そこは…まぁ色々と問題だが流石に酒はなぁ…」

 

でもそう言われると開けてみたい好奇心があるのも本当だ。ただもしかすると高値で売り捌けたりするかもしれないという目論見もあったりで迂闊に開封出来ないのが現状なのだが。

 

「世話になっている人にあげるべきかって考慮していたんだ。うちでは飲まない。どうだ?レイラも世話になっている人がいるなら言ってみると良い。」

 

「うーん…やっぱりルタワヒスト学院の先生とか今泊まっている宿の女将さんとかかな。」

 

「先生にあげるとなると私からすれば同僚みたいなものだ。気は楽だな。宿の女将は…少し私と関係性が薄すぎていきなり高級酒をあげても引かれるだけだろう。」

 

「そうなると…私の両親とか?」

 

「君の故郷の村に行く暇があれば良いのだが…いずれ挨拶はしに行くのだしそれまで取っておくか…」

 

「あ、でも私の両親はどっちもお酒は好きじゃないや。好きなのは親戚のお爺さんくらいだったよ。」

 

「じゃあそれも無しと。」

 

レイラと議論を交わしながらその実三択まで絞り込めてはいる。『博士』『アザール様』『質屋』…この三択で私は今詰まっているのだ。

 

ドットーレは確かフォンテーヌ人だったか?だとすればモンドの酒も珍しいと言って好むかもしれない。純粋なスネージナヤ人じゃない分良い感想が期待できるというものだ。…でもあの人の酒を飲んでいるところは見た事がないな……いつも紅茶ばかり飲んでいる。酔って隙を見せるという真似をしたくないのだろうが…酒好きかは判断に困るな。

 

質屋という選択肢…これは最終手段だ。よし…博士、アザール様、質屋の順で回ろう。

 

などと考えていると、レイラの手が酒瓶に伸びていることに気がついた。……。

 

「そんなに飲みたいなら倉庫にある安酒を炭酸水で割って飲むか?アルコールが3%未満なら未成年でも大丈夫だろう。それくらいなら料理に入っていることはあるし。」

 

「本当!!」

 

「あぁ。ついでにその高級酒も倉庫に置いてくるからちょっと待っていてくれ。」

 

「うん。」

 

そう言って目を輝かせる彼女は…欲しかった玩具を買ってもらった子供のようだ。酒が理由なので些か邪悪だが…彼女の喜ぶ顔が見れるなら彼氏冥利に尽きる……のか?

 

キッチンに隣している食材倉庫の扉を開き、飲料物が並ぶ棚に目を遣る。彼女に出していい様な物は……おっ『マリッジ・フラム』がある。だがワイン…炭酸水で薄めるにしてちゃんとした調合が必要か…いや、そもそも炭酸入りワインはワインでは無いか?しょうがない、その辺の葡萄ジュースで割ろう。

 

適当なつまみになりそうな物も持って居間に戻る。レイラは今か今かと待ちわびている様子だ。

 

「…あまり美味しくなくてもがっかりするなよ?」

 

「えっ…お酒って美味しいんでしょ?」

 

「そもそもアルコールの味自体は本来受け入れ難いものだ。酔いという作用を求めて飲むのが殆どだぞ。」

 

「それでも…飲んでみたい!」

 

赤ワインと葡萄ジュースを半々でグラスに注ぐ。酒の調合とかは知識が無いんだよなぁ。それらしい雰囲気を出す為だけにわざわざ棚から出したワイングラスに注がれる赤紫の液体を興味津々といった様子で見ているレイラの顔は…見ているだけで愉快な気分になる。飲みたいなら飲んでしまえともう私はやけくそだ。

 

「付け合せは定番のチーズと塩漬けしていたパセリだな。ま…飲んでみてくれ。」

 

「うん…」

 

レイラはグラスの細身の脚を恐る恐る手に取り、ゆっくりと傾けながらその液体を喉に流す。一瞬呆けたあとに、彼女はこちらを見て一言…

 

「ただの葡萄ジュースじゃないのこれ。」

 

「そりゃ半分はそうだからな。それも糖分が多いやつ。」

 

「……もうちょっとお酒感強いのが飲みたいよ!」

 

「えぇ…」

 

仕方なく5:5のワインを私が飲み干し、新たに注ぐ。ワイン7:ジュース3くらいでどうだろうか。分量を目測量で測りながらまだワインの色が残ったグラスに注いでいく………また文句を言われないように少し味見をする。

 

「うん、アルコールっぽいな。レイラ、できたぞ。」

 

「いただきます…!」

 

先程の恐れはどこへ行ったのか彼女はグラスをすぐに傾け飲み始める。

 

「……確かに…不思議な味だね。というかあま美味しくは無い。」

 

「…まぁ初めてならそんなものだろう。ほら、チーズと一緒に味わえ。」

 

「うん。」

 

レイラは小皿に並べられた小さなチーズ片を食べ始める。どちらかと言えばワインよりチーズが主体になっているな。私ももうひとつ持ってきていたグラスにワインを注ぎ、パセリの葉を食べ進める。

 

「あー…これがお酒の味か…」

 

「感想はどんなだ?」

 

「想像よりは微妙かな…でも確かに酔いみたいな物はあるかもしれない。いつもより眠気があるもの。」

 

「そんなすぐ酔うものでは無いがな。」

 

「あはは…フェジュロアだってお酒弱い癖に。」

 

「……あの日は少々飲みすぎただけだ。」

 

いつか…レイラと酒を飲み交わしながら学術について語り合う…なんてのも良いかもしれない。

 

私の夢……また増えたな。

 

見られるかは知らないが。

 

私は既に酔いが回ってきていることを確信した。はぁ、レイラに迷惑だけはかけないようにしないとな。

 

 

 

 

 

・散兵と高級酒

 

 

「え、散兵は酒飲めるのか?見た目少年なのに?」

 

「僕はもう500歳近いんだぞ、別に飲んでも文句は無いだろう?これはありがたく貰うよ。」

 

ドットーレの為に持ってきた高級酒はスカラマシュにとられた。そのまま高級酒の栓を遠慮なく開け放ち、がぶがぶ飲んでいる。もうちょっと味わってとか、いや…えぇ?

 

「……そういえばお前は酔わないのか?人形だから?」

 

「……この僕がぁ………よぅゎけなぃだろ…???」

 

「(酔ってる…)」

 

「…きいたぞ、草神がどうたらなんだろ?」

 

「(情報量…)」

 

「ふん、まぁ僕が神に……ゲフッ…なるんだ、きみの信仰はこの僕に捧げると良ぃ。」

 

「あー…そうだな。」

 

「うんうん。」

 

スカラマシュは酒好きだが酒に弱い…と。

 

 

 

 

・ファルザンと昼食

 

 

「おや、フェジュロアではないか。昼食を一緒にどうじゃ?」

 

「ファルザン先生。」

 

食堂でばったりと出会いそのまま一緒に食事を摂る流れに…

 

どうも何を話せばいいのか分からない。100年前の話題ってなんだ?シャハリヤールとかって通じるのか?

 

「ファルザン先生はやっぱ…お若いですね。」

 

とりあえず美容関係褒めれば良いだろうということで出てきた言葉。それは彼女の次の言で混乱の渦に飲み込まれることになる。

 

「そりゃ肉体年齢だけならお主よりおそらく若いじゃろうしな。」

 

「???」

 

ファルザン先生がかなり飛び級で教令院を卒業して教員になっているのは知っていたが…私より若いとなるとまさかこの人肉体的には未成年!?!?

 

「お酒とか飲まれないんですか?」

 

「飲まんな。そもそも味が好かん。」

 

「……そ、そうですか。」

 

そうか…彼女の年齢は100何歳かだ、という認識で止まっていたが…未成年か…

 

私はレイラ一筋だから興味は無いが……未成年という言葉に惹かれるものがあるのは確かだ。…いや、未成年フェチとか流石に人として終わっているぞフェジュロア・プルフラナよ。

 

「ところで、あのルタワヒストの少女…そう、レイラとは上手くいっておるのか?」

 

「え、はい。仲良くしてますよ。」

 

「こういった恋愛事を昔の小説で見た事があるのじゃ…生徒と教師の禁断の恋…燃えるのぉ。接吻はもうしたのか?」

 

「まぁ、はい。」

 

「おー、よいぞ。年甲斐も無くキュンキュンするというものじゃ。もしかするとお主たちの関係性を娯楽小説にでもしてやれば売れるかもしれぬな!」

 

「年甲斐も無く…」

 

私視点だと少女が少女らしい妄想をしているようにしか見えないのだが。ファルザン先生は大分愛らしい様子だな。

 

なんて考えているといきなりファルザン先生が顔を近づけてくる。近い…えっ、何?

 

「りゃ、略奪愛は好まれませんよ?」

 

「誰がするか馬鹿者。あまり大っぴらに話すことでも無いと思ったから近づいたのじゃ。」

 

「…なんでしょうか。」

 

「その…レイラとはもうまぐわったのか?」

 

「あー……」

 

どう答えるべきか悩む。教師の身分として怒るのか少女としてそれらしい反応をみせるのか不明瞭だったからだ。だが、まぁ私たちの噂等を辿ればすぐに気づいてしまうだろう。ならば言ってもいいか…

 

「結構、仲良しです。」

 

「……そうか…」

 

「…?」

 

そういった後、ファルザン先生は遠くを見ながら項垂れ、色素がどんどん抜けていった。

 

「ファルザン先生、なんか白くなってますけど…」

 

「……良いのじゃ。ワシはどうせ恋人いない歴‪100年じゃ…5分の1の年齢にも満たない小娘に負けるほどワシは…‬‪‪」

 

「……いずれ良い人が見つかりますよ。」

 

「……おお。」

 

ファルザン先生は真っ白になりながらも昼食を食べ終え…その後一人で泣いた。…らしい。

 

こんな事を言うとレイラに怒られそうだから口には出さないが…私は彼女のような女性が普通にタイプだ。

 

私は食堂の端の席を見つめる。 そこには、私とファルザン先生を影から睨みつける少女が一人。

 

レイラ、誤解だからその目はやめてくれ。私の恋人は君ただ一人だから。

 



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十七話 フェジュロアと魔神任務3章2.5幕

 

 

 

かつて邪神からこの知識を得た時、私はとある病を患った。

 

それが伝承に伝わる『禁忌の知識』から起きる病と類似したものだと分かったのはつい最近のこと…ドットーレの研究を手伝い始めてからだ。彼の研究書類から魔鱗病と禁忌の知識が紐づけられたことで私はこの事実に気づいてしまった。

 

『魔鱗病』…この病を患った者は身体の内外問わず黒褐色の鱗状組織が形成されていしまい、果てには死が待つのみとなる。

 

私は過去に何度か、気道に固形物が生成され呼吸不全を起こしたことがある。その際は毎回、邪神の知識の副産物(触手)を使い自ら処置をしている。なんでも『邪神の力』と『病』は相反する性質を持っているらしいからだ。

 

私は現状、邪神の力の乱用による『降臨者化』を避けなければいけないが、そもそも力を使わなければ身体が病に蝕まれ死に瀕する…というある種の矛盾した状態にあると言えよう。

 

こんな現状を何とか変えたいと思い私はナイアルラートホテプに問いを掛けた。

 

「お前から伝染したこの病は…いったい何なのだ?魔鱗病に似た症状が出るというのは知っていたが、魔鱗病と禁忌の知識の密接な関係性を知ってからというもの…この病のことが一層恐ろしく感じるようになってしまったんだ。」

 

相も変わらず草神の姿を象っている邪神は言う。

 

『星の病はどの星にだって存在しているものよ。これを崩壊現象なんて呼ぶ人たちもいるけれど…あなた達なら【アビス】って単語の方が聞き覚えがあるかしら。』

 

そう言って空を見上げた邪神に釣られ、私も上を見る。夜空に浮かぶ無数の星々にアビスは潜んでいる。勿論…この地の底にも。

 

『私たち神々はアビスを恐れ、決まった定住地は持たないの。でも、私は既にそれに侵されている。あなたに知恵を授けた時に、【病】まで授けてしまったのは申し訳ないと言う他無いわ。』

 

「…邪神と仮称していたがお前は本当に神の一種だったのか?…いや、そういうのはいい。アビスから来る病はどの星だろうが似たような性質を持っているんだな。そしてそれらは別のアビスに由来する…世界樹がかかっている病と私の患っている病は別物だってことか。」

 

『ええ、そうね。』

 

私の希望の一つが絶たれた瞬間だった。

 

クラクサナリデビ様に神の座から退いて貰い、七葉寂照秘密主を神として降臨させ、世界樹から禁忌の知識を取り除けばこの病は…と思っていたのだが。どうやら私は例外らしい。

 

だからこそ生と死と忘却の狭間で揺蕩う現状で出来ることといえば、こうしてシティに設置されているベンチに腰掛けて、呆けながら空を見上げているくらいなのだが。

 

 

 

「おい、お前何してるんだ?」

 

 

 

聞こえたのは幼子のような赤い声。その声の持ち主は今最も会いたくない人物…の隣に浮いている精霊だ。

 

視線を空から外せば、そこには白色浮遊精霊パイモンと名だたる旅人蛍の姿が…

 

「空を見ていた。久しいな、蛍にパイモン。」

 

「フェジュロア!そういえばスメールに来てからあってなかったな!!」

 

蛍も「久しぶり」と言って手を振る。久しぶり…とは言うが、こちらからすれば最近は君らのアーカーシャ端末の記録を精査していたから記憶に新しいのだがな。

 

「君たちは…そうか、神を巡る旅をしているんだったな。クラクサナリデビ様には会えたか?」

 

「おう!でも…ちょっと面倒な事になってて…」

 

……クラクサナリデビ様に会った?

 

「というかお前、教令院の人間だったよな!?ナヒーダを様付けするなんて珍しいなぁ。」

 

ナヒーダ?クラクサナリデビ様の本名だろうか。

 

如何なる情報の精査よりもこの浮遊精霊との会話で得られる情報量の方が多そうなのだが……頭が痛くなる話だ。

 

「私が歴史学に精通しているのもあるが、私は一種の剥離した宗教観を持ち合わせているからな。他の学者とは一緒にしない方が良いだろう。」

 

「そうなのか……おい、旅人…こいつに助力を乞うのってありだと思うか?」

 

何やら考え込んだ蛍とパイモンを傍目に、この旅人が何やらスメールでも事件を起こそうとしていることを察知する。…花神誕祭の輪廻を打ち破るだけじゃ足りないっていうのか?

 

しばらく2人で話したあと、真剣な表情で蛍は告げてくる。

 

「少し、人目につかないところで話したい事がある。」

 

「…良いだろう。」

 

私が黒幕の一味だということを知らずに、彼女は私を利用しようと行動をする。この行動がスメールでの旅の成功となるか失敗になるかは…今は私にも判断がつかない。

 

 

 

 

 

 

〜traveler side〜

 

 

パイモンと話し合った結果、重要な事柄は話さずに彼に教令院の内情を聞き出すことにした。

 

改めて彼、フェジュロア・プルフラナの服装を見返す。……あった。青い像の描かれたバッジ。あれはルタワヒスト学院の学徒である証明だった筈。先日の花神誕祭の輪廻でニィロウの花神の舞を中止にさせた賢者と同じ派閥か…

 

シティの建物の影にやってきた私たちは、まず軽めの質問を投げかけた。

 

「フェジュロアって明論派ってとこの所属であってるんだよな。」

 

「ああ、私は教令院明論派学院の所属だな。なんだ?星にでも興味が出たか?」

 

「いやいや、それは良いけど…そこの賢者が変な事をしてるって噂は知ってるか?」

 

「賢者…アザール様か。変な噂というとどういった趣向のものだ?彼のような代表役は少なからず噂はあるものだが。」

 

「えっと…旅人、任せたぜ。」

 

えっ…そこでこっちに投げるの?

 

「……実はこの前の花神誕祭で変な出来事があって………」

 

私は彼に花神誕祭の日がループする夢を見た事と、夢の中で草神に会ったことを告げた。そうすると彼は顔を険しくさせる。

 

「……花神誕祭の輪廻…私に知っていることがあると言えば君たちはどうする。」

 

フェジュロアがあの花神誕祭の輪廻を認知している?そうなると彼の立場が分からなくなる。

 

「えっ…ええと…言わないと痛い目にあわせるぞ!旅人が!」

 

「武力行使を惜しむつもりは無い。」

 

「…そうか。」

 

数秒…彼は考えたあと口を開く。その様子がどこか芝居がかって見えるのは……私の疑心からくる錯覚なのだろうか。

 

訝しむ私を一目見たフェジュロアはそれを気にせずに続ける。

 

「教令院は今、クラクサナリデビ様の尊厳を冒涜する計画を打ち立てている。花神誕祭をループさせ人々から夢という名の知恵のエネルギーを吸収したこともこの計画の一環だ。」

 

「ふむ…でも教令院の計画ってのはなんなんだ?オイラ達が経験した輪廻、あんな大掛かりな真似をしてもまだ計画の途中って………ってお前!なんでそんな事知ってるんだ!?」

 

フェジュロアの言はある種の確信をもっているように聞こえた。それはあることの証明。彼の教令院での立場はつまり…

 

「…あなたは…教令院の中枢の人間。そして、ナヒーダを貶める計画に加担している張本人。」

 

「頭の回転が速いな、蛍。そうだ、教令院明論派講師にして明論派賢者並びに教令院大賢者アザールの直属の部下のフェジュロア・プルフラナとは私の事だよ。」

 

「で、でも…お前はナヒーダの信者なんだよな?なら、なんでそんな奴らに協力してるんだよ!」

 

「草神様を信仰しているからこそ、かの計画には意味がある。…どうだ?君たちも私たちの計画に加わる気は…」

 

「そんなの有り得ないぜ!な、旅人!」

 

……ナヒーダが目覚めるまで彼の元で計画の調査をするべき…と考えていたが、パイモンに断られてしまった。だが、彼の話を信じるなら計画というのはナヒーダにとっても利のある物ということ?

 

神の缶詰知識、世界樹の病、アーカーシャによる夢の抽出…教令院が遂行すべき大任とは『世界樹の治療』だ。そのためには神がごとき力を必要とする。もしかするとその計画はナヒーダを……

 

「その計画っていうのはナヒーダを…クラクサナリデビをマハールッカデヴァータの領域まで引き上げるってこと?」

 

私の出した推測。それを聞いたフェジュロアは顎に手を当てて否定を示す。

 

「…その推論は惜しいな。そして私の計画と教令院の計画が必ずしも同じ物だ…と決めつけるのも悪手だと伝えておこう。」

 

惜しい?計画とはやはり神を世界樹の治療が出来るレベルまで成長させる…それに近しい事なのだろうか。そして彼の言う悪手…真意は別にある?…分からない。分かったのは彼が計画の協力者でありそれを推し進めようとする草神の信者…『矛盾』を抱えた人間であるということだけだ。

 

「ま、君たちがいずれ教令院に仇なすのは目に見えている。そして賢者だってそれを理解しているって事を把握しておいて欲しい。花神誕祭の件で君たちは目をつけられているが、それ以上に……」

 

「それ以上に…?」

 

「あとはご想像に任せるとしようか。」

 

「うーん…こいつとは話が合わない気がするぜ…」

 

こんな短い会話で不信感を与えてくる相手も珍しい。…いっその事戦って情報を…

 

そう思い私が剣を取ろうとした時だ。

 

「おっと…シティ内でそういった荒事は感心しない。」

 

私の剣が途端に重くなる…いや、地面に引っ張られている?

 

手元を見ればそこには黒い触手状の蔦で絡め取られた剣があった。その蔦は私に剣を振らせまいと抵抗を続けている…これがフェジュロアの能力か?だが、そこに感じた違和感に私は注視する。

 

「これは……元素力じゃない。フェジュロア、あなたは何を操っているの?」

 

元素視覚に映らないそれはテイワットの七元素に属さない異質な物だと気づくことが出来た。

 

「おっと…それに今の数瞬で気がつくことが出来るとは、三国を救った英雄なだけはあるな。」

 

「元素力じゃないってどういう事だよ、こいつは岩元素の神の目を堂々と腰に掲げてるじゃないか!」

 

「元素視覚で今の蔦を捉えることが出来なかった。パイモン、私の後ろに下がって。」

 

「そんなに怯える必要は無いぞ、蛍。こいつは言わば君と同じ源流の力だ。」

 

この人はもしかして……いや、彼は×××××とは関係ないはず。おそらくテイワットの外の力、考えうるのは『××』の力……星海の厄介者。

 

「フェジュロア、あなたの力は…」

 

「私はこの力の主を『邪神』と呼んでいるよ。君たちからすると別の物に見えるかもしれないがね。」

 

「……そう。」

 

「邪神?魔神とは違うのか?」

 

「あれはもっと…理不尽で異質な存在。この世界の外の存在だから。」

 

「旅人は知ってるんだな…後で教えてくれよな。」

 

後でねとパイモンに口約束をしながら彼との距離をとる。教令院の問題を解決するための障害があの存在だというのは想定外だ。これはナヒーダときちんと話し合っておくべきかもしれない。

 

「…まぁ、暇潰しにはなった。ではまた機会があれば意見交換でもしようか。君たちのおかげで草神様の一端を知る事が出来たからな。」

 

「あ、ちょっとどこ行く気だよ!まだ話は終わって…」

 

「私は講師だぞ。仕事があるんだ、話はまた今度だ。」

 

そんなことを言って彼はスタスタと去っていった。彼との会話でナヒーダの情報を少し漏らしてしまった…

 

「あいつ、もう居なくなっちゃったぞ。じゃあオイラたちは予定通りバザールにでも寄ってくか?」

 

「うん、そうしようか。」

 

まさかこの世界であれに近しい存在に見える事になるなんて……やはりこの世界から早くお兄ちゃんを連れ出さないと……

 

フェジュロア・プルフラナ。彼はかつてお兄ちゃんと別れた時に見た謎の神と同質のそれを所有している。とても危険な存在だ。

 

 

 

 

 

 

「あら、何故セタレを標的に断定したかですって?もう一人の大賢者の直属の部下はプルフラナ家の人間なの。」

 

「フェジュロアのことだよな。プルフラナ家って何か特別なのか?」

 

「既に知っていたのね。プルフラナ家…プルと付く姓は過去の賢者の家系である事を示しているの。そして生論派の賢者フラナはまだ教令院の規則が定まっていない頃の人間。現代じゃ出来ないような危険な研究をしていた人物よ。」

 

「だからって何でフェジュロアを危険視するんだ?」

 

「危険視している訳では無いけど、プルフラナ家はフラナの死後もその研究を教令院に隠れて続けていた。」

 

「えっ、じゃあフェジュロアも…」

 

「いいえ、彼は寧ろその研究を終わらせた存在よ。両親を自らの手で殺害する事でね。」

 

「…殺害…あいつがそんな事を……」

 

「マハマトラが証拠を見つけることは出来ず、彼が罪人に身をやつす事は無かったわ。…でも、彼が教令院に入学した後も『狂気』という印象は残り続けた。それでも彼の天才性はルタワヒスト学院で発揮され、『狂気』の意味は賞賛へと変わっていった。彼の地位は揺るがし難い堅牢さを持っている。」

 

「で、結局プルフラナ家の人間に手を出さない理由はなんなんだ?今のはフェジュロア本人に手が出しにくい理由だろ?」

 

「そうね…もし彼にプルフラナの研究の力が備わっていた場合、わたくし…つまり魔神の力との相性が凄く悪いの。」

 

「それってもしかして…」

 

「あら、知っていたのかしら。そう、彼が使う『邪神』の力はこの世界の外の力。テイワットに根差す魔神の力と反撥する力。彼の命運に干渉するという選択肢を私は極力避けるべきだと思っているわ。スメールの…テイワットの平穏の為にね。」

 

「あいつ…もしかしたらファデュイの連中よりやばいんじゃないか?」

 

「ふふ…確かに序列だけで言えば彼は上位に入る事が出来るのでは無いかしら。彼は戦闘力だけで言えばこのスメールの誰よりも強いもの。草神であるわたくしよりもね。」

 

「……旅人、あの時戦わなくて良かったな…」

 

「でも、彼はわたくしに毎日祈りを捧げてくれている。数少ないクラクサナリデビの信者、贔屓目があるのも確かね。」

 

ナヒーダの説明でプルフラナ家に関する詳細をあらかた察することが出来た。

 

生論派…教令院原初の学院。その賢者フラナが導き出した禁忌とはおそらく…『××生物』の事だろう。

 

ナヒーダの信者である点、それ以外に彼を信用出来る要素は無い。『計画』とは一体……

 

いや、今は目の前の目的に集中するべきだ。

 

私はフェジュロアの事を頭の隅に追いやり、セタレをスパイに仕向けるべくナヒーダと共に行動を開始した。

 

 






◇フェジュロア・プルフラナ…星神ニャルラトホテプの遣いと化したスメール人。神話生物に関する研究をしていたプルフラナ家の生まれ。


◇蛍…星海の旅人。危険な星神の存在を認知はしている。


◇パイモン…蛍が無事で安心している。

◇ナヒーダ…フェジュロアの凶行を止めることが出来なかった悔いがある。


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十八話 レイラちゃんと痴情相


作者の性癖その2



 

 

熱風吹き荒ぶ雨林。袖着が汗で肌に張り付く感覚は嫌気を覚える。眠りから覚め上体を起こす。今は…3時か、まだ日も出ていない。

 

隣で眠っている少女を起こさないよう布団から這い出て服を着替えることにした。まぁ、そんな配慮はいらないと言わんばかりに少女は熟睡しているのだが。大方氷元素の神の目を上手く使っているのだろう。

 

レイラはここ最近熟睡出来ていることが多い。出会った頃は毎晩見ていた『星の祝福』も、今じゃ一週間に一度見るか見ないかというくらいだ。

 

もうこの際朝まで起きてしまおうかと部屋を出て台所へと向かう。

 

珈琲の香りは強い、寝ているレイラに迷惑だろうと思い私は寝覚めの一杯を何にしようかと迷う。……別に水で良いか。

 

使い古されたコップに水道水を流し込む。

 

…………ぬるい。

 

寝ているレイラに頼んで冷やして貰いたいと思ってしまう程には、だ。

 

…そういえば、七葉寂照秘密主の研究で雷元素エネルギーを他の元素エネルギーに変換する装置を作製したが、ああいった物を家に取り付けても良いかもしれない。

 

私の扱う岩元素は他の元素との相性が悪いから変換効率は悪いのだろうが、元素エネルギーとはそもそも『光』で構成されている。元素の変換は技術的に可能なのだ。

 

…だからと言って、制作にはそれ相応の時間がかかる。今の不安定な状況から脱する前にやるべきことでは無い。

 

『創神計画』が最終段階に入ったのだ。

 

七葉寂照秘密主の臨天下稼働率が一定の段階まで達した。あとはマハールッカデヴァータの意思が宿る神の缶詰知識を散兵にインプットすれば…スメールは救われる。想定通りに行けばという話だが。

 

七葉寂照秘密主という神の躯体は神であるために存在している訳では無い。あれは世界樹内のデータを掻き分ける『掘削機』であり、移動の為の『船』なのだ。理論上…あれが完成した今、世界樹内の狂気に対抗出来るマハールッカデヴァータの意思さえあれば世界樹内から、テイワットから『禁忌の知識』を根絶できる。

 

そういう算段だというのは何度も確認したし、現状揃っている理論からも計算した。……だが、私の中には『不可能』という単語が浮かんでいた。私が不可能であるという決めつけを抱く理由、それは…世界樹内にクラクサナリデビ様よりも強大な意思エネルギー体の存在が確認できた為だ。

 

私は博士の元で何度かアーカーシャ端末の改造の為に、試験段階にあった七葉寂照秘密主を操縦してアーカーシャ内の夢境を彷徨った。そこで見つけたのは世界樹への直通の経路。博士に十分注意するよう言われ確認したそこには、暗き空と1本の大樹、そしてその大樹に寄り添うように立っていた幼子の姿があったのだ。

 

博士が言うにあれは『マハールッカデヴァータ』…先代の草神だったらしい。

 

彼女は何かを待っていた。ナイアルラートホテプが象ったクラクサナリデビに酷く似た彼女は、まだスメールに存在していたのだ。

 

勿論教令院に根ざす賢者達にこの事実は告げていない。彼らがマハールッカデヴァータの存命を知れば…創神計画なんて馬鹿げた事はすぐにでも取りやめるであろう未来が見えたからだ。

 

だが、だとしたら私はなんなのだ?クラクサナリデビ様を裏切り、キングデシェレトの信者もマハールッカデヴァータの信者も裏切った。私の天秤は教令院からファデュイに傾いている、今の立場はまるでかの冬国の傘下ではないか。そう思わずにはいられなかった。だが。

 

レイラ……彼女だけは裏切らない、そう決めたのだ。スメールから排他されようと、テイワットから追い出されようとも、私は彼女からは逃げたくはない。

 

………何を恥ずかしい事を考えているんだ私は。彼女だって私の本性を知れば私の前から消えていくのだろう。

 

生ぬるい水道水をもう一度口に含み、喉奥へと流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

アルコールとは実に良い物だ。目の前の不安から一時的に逃れることが出来る。

 

私は酒に溺れることでしか救われることはないのだろう。

 

「おはよう……何やってるの?」

 

「なにって…飲酒だが。ってレイラ?起きてきたのか?」

 

聞こえてきた声に振り向けばそこには美少女。いつも寝覚めは悪そうなので教令院に行く時間になってから起こすのだが、今日は自分から起きてきたらしい。

 

というかもう朝なのか?椅子から立ってカーテンを開けてみれば、そこには南に瞬く太陽の姿。……朝を通り越して昼じゃないか。

 

「……深夜に飲み始めたのだが…時間が経つのは早いな。」

 

「…酒浸りというのは褒めたものじゃないけど、フェジュロアの場合途中で寝るから全然飲んでないんだよね…まぁ良いや、今日は休日だし。あなたもお酒でも飲んでリラックスしてれば良いと思うよ。」

 

「そういえば休みか。最近は自堕落な生活習慣を送っているせいか曜日感覚が無い。」

 

「うーん、それなら何処かに出かける?教令院とあなたの家しか行き来していないし。」

 

「いや、それは面倒だ。このまま横になりたい。」

 

酔いが回っていて口から出る言葉も意義を得ない物ばかりだ。こういう時は一旦寝てスッキリしなくては…と考えていると、急に身体が軽くなる。レイラに持ち抱えられたようだ。

 

「そのまま寝室まで送ってくれても良いが出来ることなら居間のソファを希望する。広い空間でゆったりしたい。」

 

「はいはい。…って汗凄いよ、シャワー先に浴びたら?」

 

「もう動けない。あとアルコールを摂った後の体温上昇は身体に悪いと言うしな。」

 

「そう…じゃあ着替えだけ持ってくるよ。」

 

……そういえば先程、レイラからは逃げないだのなんだの考えていたが、そんなこと考えるよりも一回り歳下の少女に頼りきりな生活の方を見つめ直した方が有意義な気がしてきた。

 

少しして着替えを持ってきた彼女は私の事を脱がせにかかる。…ふむ、蒸し暑いのでなんて事ないがこうも簡単にまだ伴侶でも無い相手に裸にさせられるというのは少々クるものがあるな。己の駄目人間ぶりを実感するよ。

 

なんて思っていると、レイラが私の脱いだシャツの匂いに顔を埋めて匂いを嗅いでいた。分かるぞ、汗かいた後の服ってたまにどれだけ臭うのか嗅いでみたくなるよな。

 

「どうだ?臭いか?」

 

「ん……いや…臭いけど…ちょっと良いかもって……」

 

良い?なんだその感想は。中毒性があるという事だろうか。

 

「レイラは基本的に良い匂いだから良いが私は違うぞ?雑菌も繁殖しているだろうしやめといた方が良いと思うが。匂いフェチは人に受け入れられない。」

 

「いや、匂いフェチってほどでも無いけど……」

 

なんて言いながら今度はズボンの方の匂いを嗅ぎ始める。そういうのは本人の見えないところでやって欲しい…

 

「そっちはそんな臭わないと思うが。」

 

「でも関節部とかの汗の溜まるところは少し匂いがするよ。」

 

「………」

 

この子…ちょっと重症かもしれない。…性交渉の際にあまりアブノーマルな事はしていなかったからこういう所に気づけなかった。

 

だが、彼女だけ私の服を嗅ぐというのは不公平では無かろうか。

 

「レイラ、そんなに匂いを嗅ぎたいのなら君の現在着用している衣服も1枚渡してくれ。君のその匂いに執着したくなる感覚を味わってみたい。」

 

「え…………分かった。」

 

良いのかよ。半分この行為をやめさせるつもりで提言したのだが……

 

彼女はどれをどれを渡そうか数秒悩み、頭に被っていたナイトキャップを私に渡してきた。肌着のシャツに対して帽子…些か私の衣服とのランクの差を感じるが、貰える物は貰っておこう。

 

「では。」

 

柔らかい布地に鼻を密着させ、息を吸い込む。

 

ふむ。……うん。

 

なんか良い匂いがする。

 

ずっと嗅いでいたいってほどではない。当然汗臭さも感じるからだ。だが、彼女特有の匂いが染み付いているのを感じる。あぁ…女性は生理中に匂いが強くなるなんて言うが、確かにこの感じの匂いを嗅いだことがある。あぁ…あれって生理中って事なのか。レイラには言えないな。

 

「えっと…感想はある…?」

 

「……」

 

え、感想?なんて言えば良いんだろうか。けして良い匂いとは言えない。だが彼女の着衣の匂いを嗅いでいるという行為そのものに背徳感を感じて興奮する自分もいる。

 

結局私の脳内から絞り出された答えはこうだ。

 

「中毒性がある。」

 

「………もっと汗の染み込んでるシャツでも貸す?」

 

「……あぁ。」

 

服を脱ぎ始めたレイラを見ながら思うこと。

 

レイラが持ってきた服を着ていないから半裸の私と、これまた半裸のレイラ。両者互いに互いの衣服の匂いを嗅ぐ………昼間から何をやっているんだ私たちは。

 

「はい、どうぞ。」

 

「どうも。」

 

手渡された衣服をゆっくりと鼻に近づけ、鼻腔へ匂いを送り込む。

 

「ん゛っ」

 

「ちょ…ちょっと、その反応はあんまりじゃない!?」

 

「いやすまん。思ってたより強烈で…」

 

「強烈って…当人にバレないように感想は心の中だけで留めて欲しいけれど…」

 

よく女性は男性に好かれる匂いを発していると言うが本当だ。確かにそういった要素の匂いは感じ取れる。だが、その匂いが強烈であると感想は異なってくる。普段なら空気中に漂っているそれに対して良い匂いだと思うが、それが集約されているとなると直接的な脳へのパンチだ。

 

悪臭とも言いえないこれをいったいどう表現すれば良いものか。

 

…取り敢えずもう一度嗅ごう。………

 

「臭い。」

 

「酷い!」

 

「自分で嗅いでも自分の匂いは分からないと言うから伝わらないと思うが、とにかくガツンと来る。かつてのアンモニア臭よりも個人的にはこっちの方がキた。」

 

「そんなこと思い出さなくていいよ……うーん…ちょっと嗅がせて。」

 

「なんで。」

 

そう言ってレイラは私本体の匂い嗅ぎに来た。私を抱き寄せて、首やら脇やら嗅いで回る姿は一言で言えば変態だ。

 

まぁ良いや。私もこの期にレイラの匂いを嗅いでおこう。首筋…耳……うーん…衣服の臭いよりは控えめな印象を受ける。本体よりも汗の染み付いた衣服の方が臭いが強烈なのか…

 

って…この子…なんでそこを触ってくる。

 

え?そういう流れだったのこれ。いや半裸で抱き合ったらだいたいそういう事だろうけど。

 

「あなたの匂い…結構好きだよ。一時間くらいずっと嗅いでいたい。」

 

「私だってレイラの匂いは好きだ。だが、私にそんなどこもかしこも嗅がれる趣味は無いのだが…」

 

「じゃあ私があなたの匂いを満喫している間、何をしても良いから。」

 

「何をしても……!?」

 

「どうぞ。」

 

………流されてしまおう。うん。そもそも彼女に情欲を掻き立てられるのは常なのだし、彼女が匂いフェチであっても私にはなんら問題は無いはずだ。

 

よく考えてみれば、酔っていて頭が茫然としていたのもあったのだろう。何でもして良いと言われて私がした事といえば、片手で彼女の耳を触りながらソファに全体重を預けることだった。そう、眠かったのだ。

 

私は全身を嗅がれているのを感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

ん……身体が重い。

 

目覚めた時感じたのは重さ。人一人分の体重。……レイラか。

 

目を開ければレイラの髪に埋もれていた。なんでこんな状況になったんだったか?あぁ、そういえば匂いを嗅ぐとかなんとか……なんだ?首筋が冷たい。

 

右手で自らの首筋を触ってみれば少し濡れていた。なんだこれ。

 

そして気づく。体のあちこちが同様の状態になっていると。そして一際それを感じたのが…

 

(片乳首…?)

 

そこが暖かいし湿っている。位置的にはレイラの顔の位置。涎でも垂らされているのだろうかと見てみれば。

 

(咥えられている……)

 

星空に愛された少女は私を常に惑わす。いくら天才とか言われても寝て覚めたら恋人が自らの乳首にしゃぶりついているというのは意味不明で理知の外。

 

まぁ…彼女といる時のこの幸福感は、アルコール以上に私から全てを忘れさせてくれる。人との触れ合いは不安を掻き消してくれる。

 

これだから私はこの子から離れられない。中毒性をもった少女に恋をしている。

 

私はまるで赤ん坊のように寝息をたてているレイラを改めて抱きしめ、目を閉じる。

 

さて、今日何度目の二度寝だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………彼の休日を1日観察してみたがマハールッカデヴァータとの接触による狂気の発症が確認できない。…ヤツは何か他の要因による狂気に既に支配されているのか?あの邪神の力…とやらが要因だろうか。」

 

「だが狂気を発症しないせいかマハールッカデヴァータの知識を取り出せない。神の缶詰知識の抽出は元来通りに進めるしかないか。」

 

「…しかし、何故だか見てはいけないものを見た気分だ。友の情事を誤って見てしまったかのような。…友か。懐かしい感覚だ。」

 

「……散兵では無くヤツに神の缶詰知識を注入する計画、どうやら成功率は高そうだ。ヤツには狂気に対する超大な耐性がある。それには確信が持てた。」

 

「ヤツこそ、『知恵の神』に相応しい。」

 

ペストマスクを被った医師は笑う。





◇フェジュロア・プルフラナ…三度寝はしなかった。が、この日の夜は盛り上がった。彼の家はまるでソドム。

◇レイラ…少し興奮しすぎた結果収まりが効かなくなる。だが、フェジュロアが何故か睡眠状態に入った為、仕方なく自らを慰めることに。


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十九話 レイラちゃんと短編集(2)

 

 

 

 

・大マハマトラと神の子

 

 

均された道を歩む。車輪の跡が幾重にも重なったこの場所は、モンドから璃月へと到着した事を意味する。

 

…そろそろ休憩時だろうか。ここ『石門』には腰を下ろすことの出来る休憩所がある。俺は大丈夫だが、後ろを着いてくる彼女はそうもいかないだろう。

 

「ここで一旦休憩にする。コレイ、お前はここに来たことはあるのか?」

 

「いや……前は河川の多い地域を通ってモンドに辿り着いたから…」

 

「そうか。なら、璃月で見る景色は初めてという訳か。」

 

「うん………ぃや、はい。セノさん。」

 

そう畏まらずとも良いと言おうにも、彼女から見れば俺の立場は重要だ。マハマトラという立場の人間に対して彼女が心を開いて話す…なんてことは無いのだから。

 

彼女はコレイ。酒と牧歌の国モンドでとある事件を引き起こしたスメール人だ。まだ齢15にも満たないような幼い彼女の胸中には、先に訪れる未来の憧憬に対しての不安で満ち溢れていることだろう。

 

まだ15に満たない子供が傷害罪、殺人罪で逮捕……ふむ…そういえば似たような事例があったな。話のきっかけにはなるだろう。

 

俺は休憩所の常駐人に茶を二杯頼むと言いつけ、石造りのベンチに座り込む。彼女にもそうするよう伝え、俺たちは横並びの形となった。

 

「昔、お前と似たのような状況のやつがいた。」

 

「それは…国外で重罪を犯した…とか……」

 

「そっちじゃない。悪しき力によって人生を狂わされた幼子…という所が似ていると思った。」

 

あの時…俺はその場にはいなかった。だが、狂気の謂れを受けながら日常の生活に勤しむ彼の姿は、未だ目の奥に焼き付いている。

 

 


 

 

1人の少年が自らの両親を手に掛け補導された。まだ11歳の少年だった。

 

だが少年の家は特殊で、悪しき神を祀る邪宗教家の家庭だった。少年はその悪しき神の加護をその身に受け、狂ったのだ。

 

親族殺しの罪は年齢、身分、精神状態の都合から最低限の物となり、彼には無償で学者一人分の学術の貢献を求められた。

 

だが、彼は一年足らずで並の学者が一生かかって辿り着ける分の学術を教令院に納めた。彼は、悪神の狂気に魅入られたからか常人よりも飛躍した思考能力を持ち合わせていた。

 

彼は嫉妬から多くの生徒や教員から理不尽を振りかけられた。だが、その頭脳を以て全ての理不尽を解き明かした。そうして彼は『狂気』の呼び声を賞賛へと変えていった。

 

そんな話を美談として語る姿が俺の耳にも入った。到底許せない事だ。罪を犯しておきながら、その罪の力を以て彼は教令院を掌握しつつあったからだ。六罪を教令する立場のマハマトラにとって…見過ごせない問題だったんだ。

 

そしてある時、少年の提出した論文の査定を担当する機会があった。俺はそこから罪を見出そうと躍起になったものだ。だがしかし、得られたものと言えば理解し難い論理だけだったが。

 

少年の持つ悪神の頭脳は、最早教令院の教令出来る範囲を超えていたんだ。

 

そうして…俺は、教令院は少年の頭脳に敗北したんだ。

 

 


 

 

「……どうだった?」

 

「……ぇ、オチは?」

 

「オチなんて無い。いくら罪を犯そうとも、やり直す機会は訪れるとコレイに伝えたかっただけだ。」

 

「……そう。でもその…少年と違って私は頭が良くないし…もし学術を要求されたら、どうする事も出来ない…」

 

「いや、お前はおそらく森でレンジャーの手伝いをする事になる。社会奉仕というやつだ。」

 

「な、なら良かった。」

 

「まぁ…スメールの民として勉強はする事になるだろうが。」

 

「うっ…」

 

……少女は魔鱗病という致死率の高い病と、魔神の残滓を秘めた肉体という己だけではどうしようもない事情を抱えている。彼女を、助けてやりたい。

 

おそらくだが少年、フェジュロアを保護したマハマトラも同じ気持ちだったのだろう。

 

こんな子供に、大人の都合で出来た罪は似合わない。

 

そして、いつか少年少女が大人になった時にこそ教令してやるのだ。殺しの意味を。

 

 

 

 

 

 

 

 

・レイラとコレイ

 

 

これはまだ私がレイラと出会ってから数ヶ月のこと、ミディアに代わって講師の真似事を始めたばかりの頃だ。

 

知恵の殿堂でレイラの論文制作に活かせる資料を探していた時、見知った人物に声を掛けられた。

 

「フェジュロア・プルフラナ。」

 

「だ、大マハマトラ…」

 

教令院の風紀官のトップであるセノ。私は何か彼に審判されるようなことでもしただろうかと脳を高速回転していると、結論を推測するよりも早く彼の口より要件が伝えられた。

 

「お前、最近講師になったらしいな。」

 

「ええ。と言っても講師ミディアの代わりに…ですが。」

 

「なら後日、ガンダルヴァー村に住んでいるある少女に勉強を教えて貰いたいんだが…」

 

「いや…あんまりそういった事をする暇は…」

 

「…お前の論文の査定は本当に労力がいるんだ…偶には俺の願いも聞き入れてくれ。」

 

「あんたそれいつも言ってるような……分かりましたよ。」

 

「そうか。じゃあ後でその少女の保護者に連絡を入れておく。日程は明日の午後には分かるだろう。」

 

講師の仕事、賢者からの課題、レイラの勉強の手助け、そして急に入ったガンダルヴァー村の少女の家庭教師…やることが多い。が、これもまた己の勉学を高めてくれる試練となってくれるのでは…そう思わずにはいられなかったのだ。

 

だから私はほぼ二つ返事で大マハマトラの要求に従う事にした。

 

……

 

そして私はガンダルヴァー村に辿り着いた!

 

シティから近いので労力がそこまでかからないのは助かる点だろう。出発が遅かったせいでもう夜になってしまったが…それ以上の問題があるとすれば。

 

「レイラ?何故着いてきたんだ?」

 

「…あなたが私以外の少女に勉強を教えるのは何だか納得がいかなかった…!」

 

「どうでもいいだろうそんな事…」

 

でも確かに、自分の身近な人物がわざわざ遠くまで行って異性と会うというのは気になるか。自分と比較されているような不安を覚えるのも無理は無い。

 

「だが、道中何度も言ったが今回その少女に教えるのは明論派でも基礎の基礎、取り組み始めて数ヶ月で習う内容だぞ?おそらく会うのは少女というより幼子のような可愛らしさを残した子だと思うのだ。」

 

「それはそれで犯罪性を感じられて嫌かも。」

 

「まぁ良い。行くぞ。……宿取れるかなぁ。」

 

ガンダルヴァー村の門番に挨拶をして村に入る。教令院よりもよっぽどツリーハウス感のあるここは、そこまで住居が多い訳では無い。宿も狭いだろうが…

 

「お客さん二人?一部屋しか空いてないよ。」

 

「別に良いか。それでお願いします。」「え!?」

 

レイラが驚いているのも無理は無い…が勝手に着いてきた己を恨むのだ。異性の先輩と狭い部屋で二人きり…何も起きないはずもなく……と言いたいところだが歩き疲れたのでもう眠い。

 

「おやすみ。レイラ。」

 

「あの、こういうイベントってもっと盛り上がるべきだと私は思うんだけど!」

 

「まじで眠いんだ。ごめん。それに明日は早いから…」

 

「……おやすみ、フェジュロア先輩。」

 

レイラには本当に申し訳ない。道中会話出来て楽しかったぞ。あー…何だか本当に疲れが溜まっている。眠い……

 

ベッドに横になるとすぐに、私の意識は虚空に消えていった。

 

 

 

 

〜Layla side〜

 

目が覚める。あまり眠れてないかもと思いながら時間を確認してみれば既に時計の短針は6を指し示している。初めてのベッドだったが眠れはしたらしい。

 

隣のベッドで寝ているフェジュロアを起こそうと身体を揺すれば、「あと1時間」と宣う声。今の時間に起こしても迷惑だろうし放置で良いかな…と思いつつ窓を覗く。自然豊かなこの光景を見ると故郷の村を少しだけ思い出す。

 

…朝の散歩にでも出てみるかな。

 

私はフェジュロア先輩を置いて宿を出た。

 

……

 

アイディアの森に位置するこのガンダルヴァー村はとても蒸し暑い。でも、砂漠に比べたらマシだ。水気がある分心乾きは感じない。

 

とはいえ…ガンダルヴァー村には初めて訪れた。昨日は夜遅かったしどんな様子の村なのかしっかり見ていない。今のうちに回ってみよう。

 

桟橋を渡って家々が多い地点に来てみれば、まだ朝の6時だというのに人々は何らかの準備をしている。

 

雨林の保護者レンジャー…ここは彼らが常駐する村だ。植物というものに対して私自身そこまで詳しくは無いが、時間によって変化を産む植物が存在していることは理解している。おそらくそういった植物の状態の観察、記録が今の時間の彼らの仕事なのだろう。

 

(あ、神の目を持ってる人が居る。頭の上に長い耳があるけど本物かな、装飾じゃなさそうだけど…)

 

ふと1人の獣耳の生えたレンジャーが目についた。まだ若いのに周囲のレンジャーから一目置かれているような印象を受ける…彼はレンジャーの中でも隊長とか上の立場の人間かもしれない。

 

そう考えていると、見つめすぎたのかその人がこちらに歩いてきた。なんだろう。

 

「ん、君はもしかして明論派の人?」

 

「え…そうです。」

 

想定と違う台詞に思わず返答が単調になってしまった。私は今普段着だから格好から明論派の所属だとは分からないはずだけど…なんだろう、そういうオーラでも出てたかな。

 

「じゃあ良かった。僕たちが出かける前にコレイの元へ案内しておくよ。いや…セノが年代の近い生徒を送るとは言っていたけど思ったよりも若い。ちゃんと占星学の基礎科目は教えられそう?」

 

「え、はい。基礎くらいなら大丈夫ですよ。」

 

「よろしく頼むよ。あの子は勉強がそこまで得意では無いけど、君のような歳の近い子の話なら真摯に受け止められるんじゃないかって思っていたんだよね。」

 

「…はい。」

 

不味い。寝ぼけ気味に適当に返答を返していたけど、これは多分当初の目的である勉強を教える講師として、私はフェジュロア先輩と間違えられているみたいだ。

 

……レンジャーの彼も時間があまり無いようだし今断るのも悪い。コレイ…その子の元に案内してもらってから…うん、後で先輩を呼べば大丈夫かな。

 

でも、なんでこのレンジャーの彼から大マハマトラの名前が出たのかな。いや、セノっていう同名の人が別に居るのかもしれない。……眠くてちょっと考えが纏まらないな……

 

レンジャーの彼の背を追って歩く。狭い村だからそんなに時間も掛からないだろうと思っていたけど、その子のいる場所はちょっと遠いみたい。

 

そしてようやくその子の家に辿り着いたと思えば、レンジャーの彼は「後はよろしくね」とだけ言って去ってしまった。……取り敢えず家に入ってみよう。

 

「すいません、コレイちゃんはご在宅ですか?」

 

「はい、今起きます!………誰?」

 

そう言って出てきたのは私と同じくらいか少し年上の女の子。この子はコレイちゃんの姉かな。

 

「私は教令院生のレイラ。コレイちゃんに勉強を教える為って形でガンダルヴァー村に呼ばれたのだけど、コレイちゃんは居ますか?」

 

「ん…?あれ、先生は随分若いんだな。ちょっと待っていてくれ、すぐ準備するから!あとあたしがコレイだ。」

 

「いや、こんな朝早くに訪ねたこちらも悪いから気にしないで。」

 

…あの子がコレイか、想定よりもずっと大きな少女だった。ちゃん付けは失敗だったな…。15…いや、17歳?まぁそこら辺は後で聞くとして問題は流れで講師役になってしまった事だ。

 

でも、あんな可愛い子と先輩を二人きりで勉強させるというのも何か気に食わない。彼女と先輩には悪いが、ここは私が講師役として彼女に勉強を教えよう。大丈夫よレイラ、私は明論派の同年代でもそれなりに優秀な成績を残しているのだから。……本当に困った時は先輩に助力を請おう。

 

数分すると部屋の片付けを急いで終わらせた様子のコレイに呼ばれて家へとお邪魔させてもらう。……人様の家に付けるコメントでは無いと思うけど狭い。こんな狭い部屋に歳頃の男女が二人……何も起きないはずが無い!

 

「コレイちゃ…ええと、コレイはワーク帳で勉強をするんだね。」

 

「ん…レイラ先生が作って事前に送ってくれたんだろ?ほら、確か郵便の差出し先の欄に名前が…」

 

「あぁ…そ、そうだったね!うん、私がコレイの為に作ったんだった。最近は論文作業が大変ですっかり忘れてたよ!」

 

「……本当に大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫…!」

 

先行きが不安な気持ちは分かるよ。だって先生も今同じ気持ちだもの……

 

とはいえ、ワーク帳の中身を見てみれば本当に占星学基礎の内容だ。これなら教える分には問題ない。先輩が変に難しい問題を入れてなければ…だが。

 

「星の軌道から求められる……な、何だこの問題は…今までと毛色が違う…」

 

「あ、そこは計算が必要になるのだけど、公式を書いておくのを忘れていたね。……この公式を使って。」

 

「…なんで星の学問で計算が必要になるんだ…?それも占いに…」

 

「そこはこの占星学基礎の後で習う科目の理論占星術の前段階だからそういった問題が出ても仕方がないんだ…一応、私は理論占星術を専攻しているから計算については任せて!」

 

「おぉ…なら大丈夫だな!」

 

どうやら、少しの信頼は勝ち取れたらしい。

 

ワーク帳を進める彼女に度々アドバイスを送ることしか出来ないけど、上手くやれているとは思う。……というか、こんなスラスラ進められるのはこの子の飲み込みの早さもあるだろうけど、先輩が作ったワーク帳の出来が良すぎるせいでもあるだろう。これは教令院で新しい教材として取り入れた方が良いんじゃ無いだろうかと思うほどの…

 

そんなこんなで何とか私の講師としての任は形になった。そして正午まで彼女の集中力は続き、今日の勉強は終わりにした。だけど、私は今彼女の家でレンジャー長のティナリという人の作り置きのご飯を一緒に食べさせて貰っていた。

 

歳が近い女の子が居なかったからか、彼女は随分と話したいことが多いみたい。私は村を一緒に散策する約束まで取り付ける事ができた。

 

そして今、私たちはガンダルヴァー村の下にある川沿いを歩きながら雑談をしていた。

 

「コレイは…星について結構詳しいみたいだね。事前に何かで学習していたの?」

 

「娯楽小説の題材でよくあるんだ。あたしは字の勉強の為によく読むんだけど、字じゃなくてそういった知識だけよく覚えちゃって…」

 

「へぇ…そういった学問の入り口もあるのか……確かに、フェジュロア先輩もよく娯楽小説を読んでる。」

 

「先生の先輩も娯楽小説が好きなのか!ガンダルヴァー村ではそういう趣味の人が居ないから羨ましい。無理を言ってるのは分かってるけど、もし今度機会があれば連れてきて貰えないか?」

 

「えっ…」

 

不味い。先輩と気が合うなんて私にとって一番の厄ネタじゃないか。先輩は私を家に連れ込むような歳下好き(おそらく)だし…ど、どうしよう。既に先輩が村に居るなんて言いづらい。

 

「先生?」

 

「あ、うん。ちゃんと後で掛け合ってみるよ。でも先輩は忙しい人だから、良い返事は期待できないかも…」

 

「あぁ、別に気にしないでくれ。そんな急いでいる訳でも無いからな!」

 

「うん…」

 

この純真な少女に嘘をつくのが非常に申し訳ない。先輩が忙しいのは本当だけれども…

 

「あっ、そういえば先生の名前ってレイラ・プルフラナっていうのか?差出し先の欄にプルフラナとしか書かれて無かったからそれで良いのかなって。プルってついてるから多分苗字なんだよな?」

 

「レイラ・プルフラナ…」

 

うん、非常に良い響きだ。でも…これ以上嘘をつくのは忍びない。彼女に真摯でありたい、今その欲求が嘘をつく理由よりも大きくなった。

 

「コレイ、実は…」

 

「あ、コレイ。ここに居たんだね。」

 

「師匠!」

 

私の告白は何者かの手によって遮られた。聞き覚えのある声だ。

 

背後を見れば、いつの間にか先程のレンジャーの彼が立っていた。彼がティナリさんか。そして、その横にはもう一人……

 

「レイラ?起きたら居なかったから心配したんだが…というかティナリさん、その子がコレイなのか?」

 

「そうだよ、君が想像してた歳の子じゃない。というかセノに歳が近いって言われてただろう?」

 

「いや…それでも10歳くらいの子供を想定してたんだ。」

 

フェジュロアだ。ティナリさんと仲良さげに喋っている。元々知り合いだったのかな?

 

って…こうなると場が混乱してきた。フェジュロア先輩と知り合いのティナリさんが居て、講師役としての仕事を知っていて…どう誤魔化すか私には思いつかない……と思っていれば、彼の方から救いの手は差し伸べられた。

 

「あぁ、初めましてコレイちゃん。私はフェジュロア・プルフラナ。君が勉強したであろうワーク帳の編集者だよ。」

 

「ど、どうも……先生、あのワーク帳を作ったのがこの人ってどういうことだ?」

 

「えっ…あぁそれは…」

 

「それはあれだコレイちゃん、先生風を吹かせたかったんだろう。この子はいつも明論派の先輩達に囲まれているからね、物を教える立場というのに憧れていたんだろう。」

 

「そうだったのか。」

 

…言いくるめてくれた。何故だかは知らないがフェジュロア先輩はこちらの事情を汲み取ってくれている。

 

「フェジュロアもコレイと年齢の近い女の子を紹介してくれてありがとう。コレイには良い刺激になったと思うよ。」

 

「あぁ、どうも。」

 

何となく話が纏まってくる。フェジュロア先輩は私が講師役として偽ってコレイに勉強を教えた事を肯定してくれているらしい。なら、こちらもその体で乗らせていただこう。

 

「レイラもありがとうね。お陰で僕もセノも教えられなかった占星術についての勉強をコレイにさせてあげられた。」

 

「いえ、先輩に頼まれて喜んでやらせていただいた迄です。」

 

「じゃ、まだ二人で楽しんでいるようだし私たちは村の方に帰りましょうか。レイラ、夕方前までには帰ってこいよ。シティに帰れなくなる。」

 

「コレイもね。」

 

「はい、師匠と…フェジュロアさん。」

 

そう言って、何か察した様子の先輩たちは村の方へと歩き去っていった。……何とか誤魔化せたって事なのかな。

 

あまり先輩たちの事情が理解出来ないでいると、唐突にコレイがひとこと。

 

「さっき、先生はフェジュロアさんが忙しいとかって言ってたけど…」

 

「あ…」

 

そういえば、そこの嘘は誤魔化せて居ない!どうしようも無い、だって先輩はさっきまでそこに居たのだから。

 

私は迫り来る断罪に備えて心に蓋をしようとして…

 

「何も言わなくて良いぞ。」

 

「えっ?」

 

何故かコレイは訳知り顔で諭すように話し出す。

 

「あの先輩、とてもイケメンだった。あたしにも分かるんだ、憧れは止められないって……!」

 

「え?」

 

「先生も一人の乙女だった、そういうことだろう?」

 

「……あぁ、うん。」

 

「いつか同年代の子と恋バナがしたかったんだ。先生、付き合ってくれるよな?」

 

「うん。」

 

「じゃああたしからだな、あれはあたしがまだガンダルヴァー村に来る前、モンドに居た時の話だ。旅のような事をしていたあたしはそこで出会ったんだ。翼をはためかせて現れた天使、西風騎士団の偵察騎士、炎のような情熱と光のように眩い笑顔…彼女の名は…………」

 

私は何となく諦めてそう言うことしか出来なかった。

 

それにしても恋バナ…恋愛話か。私は確かにフェジュロア先輩に憧れている。だけどこれは恋なのだろうか。

 

先輩は顔が良くて、頭が良くて、私にとても良くしてくれて……この状態で恋をしてしまうのは、果たしておかしい事だろうか。

 

私は……先輩の事が…

 

まだ、答えは出せない。だって…自分の心すら分からないのに、あの人の心は更に分からない。

 

…失敗は、したくないから。

 

私はコレイの情熱的な語りを背景に、先輩のことしか考えられなくなっていた。

 

 

 

 

「レイラ、講師役代わってくれて本当にありがとう…本当…昼まで寝過ごすとは思っていなくて…」

 

「え…?……大丈夫、気にしないで。」

 

この人はかっこいい時と野暮ったい時との落差が激しい。

 

 

 

 

 

 

・カーヴェと悪の幹部プルフラナ

 

 

とても、彼女に顔を合わせることなんて出来やしない。

 

荒れた心情を薄めるように、アルコールで溶かしていく。そうすれば、この知恵の楔から解放される。

 

「おや、あのフェジュロアが酒場で昼間から飲んでるなんて、珍しいこともあるものだ。」

 

誰かが…いや、見知ったやつが声を掛けてきた。

 

「なんだ。」

 

「いや、ルタワヒストの天才がここまで落ちぶれた様子だと友人として少しくらい心配の情が湧くってものさ。」

 

「……お前は、確か砂漠で大工事中の筈じゃ。」

 

「ちょっと必要な申請の為にシティまで戻ってきたのさ。ついでに馴染みの店に顔を出そうと思えば、面白い状況に出くわせた。」

 

………私の勘がおそらく真相は違うと囁いている。

 

「それはそうと、お前…今家に入れるのか?確か書記官は今シティに居ないはずだが。」

 

「…!」

 

「さっき言った言葉、酒場くらいしか寄れるところが無かった…の間違いだろう。」

 

「……!!」

 

「私を馬鹿にする暇があるのなら自らの身辺を見直してからにしてみたまえ。」

 

「……ちょっと気分が悪くなった。僕は工事に戻らせてもらうとしよう。」

 

「あぁ。」

 

勝った。

 

「あと、酒の勢いで絶対に君の知ってることを言いふらすなよ!僕という先輩が本当に困ることになるんだからな!!じゃあな!!!」

 

「あぁ。」

 

酒ぐらいで秘密を割るような真似はしない。あいつと違って。

 

それに、抱えている秘密が多すぎる身として…あの友人を気にかける余裕なんてものは無い。

 

……計画の重要な障害物であるカーヴェの早期撤廃、完了と言えるだろう。やつの正義感は…とても厄介この上ない。

 

…正義か。なら………私は悪か?

 

そんな惑いもまた、アルコールで溶かして。

 

 






◇セノ…大マハマトラ(風紀官のトップ)。フェジュロアとは結構な因縁がある。

◇コレイ…博士の研究資料を見た後のフェジュロアは、彼女に対しても顔向けできない。

◇ティナリ…アイディアの森のレンジャー長で博学。大マハマトラと仲が良い。

◇フェジュロア…何故か散兵がティナリに雷を落としたのでセノの怒りを計画の計算に入れなくてはならなくなり憤慨している。

◇レイラ…放課後に酒場に向かってフェジュロアを回収している。


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二十話 レイラちゃんと指輪。

3.8でレイラちゃん配布や。



 

 

 

人は追い詰められた時、突拍子も無い行動をとる。

 

私は今日になって初めて、クラクサナリデビ様の御姿を目にした。

 

心を閉ざした我らの神は、何も言うこと無く宙球を漂っている。その姿はまるで、帰る場所を見失った子供のよう。世界に恨みを抱くどうしようもない感情……

 

こんな草神様を見て私は今、深く安堵していた。

 

彼女はまるで私の鏡のようで、全く同じでは無いということに。

 

賢者は、五百年前の初心を忘れている。禁忌に囚われたマハールッカデヴァータを偲ぶ為、彼女が遺した最後の希望であるクラクサナリデビを護る為……そんな禁忌を教令する為の教令院は既に形を失っていた。

 

そんな教令院の姿に、クラクサナリデビ様は意識の奥底で怒りを覚えている。

 

運命に屈した私とは…正反対だ。

 

フェジュロア・プルフラナは失敗した。国を裏切り、神への祈りをやめた私は、もう……世界に居てもしょうがない。

 

心残りはただのひとつ。彼女の安寧だけ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「おほほ♡流石あのプルフラナの嫡子、モラ払いがよろしいことで。ん、なにかまだありますの?」

 

「君が……姉を喪った時、どれだけ後悔した。」

 

「おやおや、その情報はモラでは買えませんことよ。でも…あなたが何やら後悔していることは分かっているつもりですの。ファデュイと結託した教令院の極秘プロジェクト、その主要メンバーだそうで。」

 

「……よく、知っているな。あぁ。私は今、愛するべき"もの"を失いかけている。」

 

「それは草神への忠誠心?はたまたあなたの少女趣味の対象者?」

 

「…両方、と言いたい所だが。私の天秤はとっくの昔にレイラに傾いている。」

 

「それはそれは。もしその愛を失ったのなら、わたくしの元で諜報員として雇ってあげますわ。あなたなら良い手駒になるでしょうから。」

 

「…断っておこう。なんてったって君は魔女アリスの友人だ。私の大敵、縁の持ち主。魔女がこの世に留まり続ける理由だろう。」

 

「…どうなんでしょうかねぇ…あの人は夫と娘の事しか頭に無いと思いますけども。」

 

「フフっ…縁を否定することは無い。私ですら魔女バーベロスに縁の楔を埋め込まれているのだから。」

 

「なら、もっと胸を張って生きておきなさいな。魔女に選ばれし"天"性。」

 

「……"天"なんて使うなよ。方向は合っているだろうが。」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「ティナリさん、コレイちゃんは?」

 

「…あまり良い状態とは言えないね。魔鱗病、その病状が最近になって酷くなっている。」

 

「そうですか…それに、ティナリさんのその火傷は…」

 

「あぁ、これ?少し厄介な出来事に遭遇しちゃってね。えっと…」

 

「…散兵。」

 

「……君、どっちの側?旅人か、教令院か…もしも教令院側だって言うのなら聞きたいことが…」

 

「あなたの恩師は無事ですよ。彼らに浴びせかけたのは軽い狂気だ。一ヶ月も安静にしていれば精神は安定する。」

 

「……その言い方だと、とても無事には聞こえないんだけど?」

 

「…少なくとも、拷問の類は無いです。」

 

「…そうか。」

 

「では私は…」

 

「フェジュロア、君は審判から逃れることは出来ない。それでも恩赦が欲しいのなら…旅人を助けてあげて。」

 

「……どうでしょうね。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「なんじゃ、お前が昼食に誘うなどと珍しい。」

 

「いや、明日のジュニャーナガルバの予定を聞こうかと思いまして。」

 

「そんなことか。明日ならワシは何もやる事が無いので家でゆっくりしておる。学術発表に出席しても良いが…気になる研究発表も無いしの。」

 

「そうですか。なら問題は無さそうですね。」

 

「ん…もしかしてお主、ワシを誘っておるのか!?だ、駄目じゃぞ?お主にはレイラという可愛い彼女が…」

 

「いえ、ただ妙論派の友人が偉人であるファルザン先輩に見られながら研究発表するというのは中々酷なものがあるだろう…と思っていただけですよ。」

 

「…そうか。ワシももう少し知論派の隆盛に貢献したいものじゃが、ギミック学での立場の方が重要視されている現状を何とかしたいのう…」

 

「知論派は素論派や妙論派に比べて人気が無いですからね。先輩の権威をもってしても厳しいものがあるでしょう。単純な年功序列ならば貴女は本来大賢者ですから。」

 

「大賢者か…スメールを我が手中に……想像するだけなら楽しいものじゃ。じゃが、現実はそう上手くは行かん。スメールには神の権威が存在しない。外交の大変さは想像にかたくない。」

 

「…もしも今、マハールッカデヴァータの様な万能の神が降臨してしまえば体制は崩壊してしまうでしょうね。それこそ、アーカーシャの停止よりも重大な事が起きる。」

 

「アーカーシャか、最近良い噂は聞かんの。今年の花神誕祭の後、管理部の人間が慌ただしくしておったのを覚えておる。そういった管理も大賢者の管轄となると……やはり今の先生の立場が楽じゃの。」

 

「……スメールの更なる発展にアーカーシャは必要だろうか。それもまた命題か。」

 

「お主ならアーカーシャが無くとも存分に権威を発揮できるじゃろうて。明論派の天才よ。お主の血筋は賢者の血筋。いずれは教令院のトップの座に席を置くじゃろう。」

 

「…その言葉、貴女の私への最大の賛美でしょうか。それともこの後に襲い来る重圧への憐れみでしょうか。」

 

「両方じゃよ。あのアザールという男、大きな失敗する予感がしておる。その後の明論派の未来はお主に委ねられるじゃろう。」

 

「…ええ。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「……なぜ、今になって尻尾を見せた。俺はなんだかんだ言いながらも、お前を信頼していた。審判からは…逃れることは出来ない。」

 

「貴方への恩は忘れていませんよ。草神救出作戦でしたか、私にも一枚噛ませて下さい。囚われの身にある賢者二名の安全を私が保証しましょう。」

 

「お前を信頼出来る要素は無くなった…そう言ったんだ。教令院の創神計画に加担し、お前の信仰していたクラクサナリデビを裏切った。それは紛れも無い事実だ。四賢者と共にお前は審判する。」

 

「先にすべきは冬国の軍勢の排除でしょう。全て、あの旅人と救出した草神様に任せますか?あの旅人にはファトゥス【公子】と【淑女】を打ち破ったという実績はあるが、神が如き【散兵】にそう上手くは行かないだろうな。」

 

「……」

 

「最高戦力である貴方が一旦は砂漠に籠ることで賢者の油断を誘う、でしたか?」

 

「…!何故それを。まさかやはりアルハイゼンは教令院と繋がっていて…」

 

「どうやらあの方も貴方からの信頼が足りないらしい。ですが違いますよセノ。貴方方の計画を私が予測できない訳が無いでしょう。」

 

「……」

 

「もう選択肢は無いんです。貴方は、私の助力を拒むことは出来ない。そういう事です。」

 

「……だとしても、俺はお前を逃しはしない。」

 

「そんな時間はもう無いようですが。事が全て片付いたのなら、その時また会いましょう。」

 

「………クラクサナリデビはお前の失墜を悲しむだろう。」

 

「…あの方は全てを見ていますよ。後悔も、嘆きも、心の内も。そういう神です。是非、救ってあげなさい。」

 

「お前に言われるまでも無い。俺たちは明日、神を救う。」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

最後の決心をする為、親しい友人達との会話を終えた。

 

明日、私は"クラクサナリデビ様を救う"…そう、決めた。

 

そして、全てが終わったのならば。

 

降臨者化を実行し、テイワットの認識から消える。

 

レイラに遺恨を残したくない、それだけの為だ。

 

彼女は清廉で勤勉なレイラ。私という罪人で楔を打つのは正解では無い。彼女にはもっと高みを目指す権利がある。それならば、私という存在は彼女にとって害悪でしかない。

 

今からするのは…最後の逢瀬。せめてもの悔いを残さないための、極めて自己満足的な行為だ。

 

 

 

 

レイラの泊まっている宿の部屋の前までは来た。

 

だが…どうしようか。決心はしたはずだ、だというのに勇気が足りない。私はこの逢瀬を、最後にしたくは無い。

 

扉をノックする。3回。………「はーい?」という可愛らしい声が聞こえた。レイラはどうやら在宅らしい。

 

扉が開けられ、私の顔を見たレイラはまず疑問符を頭上に浮かべる。なぜ宿に来たのか、なぜ連絡しなかったのか。そんなところだろうか。

 

「あれ、なんでフェジュロアがこっちに来たの?珍しい。上がっていく?」

 

「あぁ、そうさせてもらうよ。」

 

彼女の借りている部屋に上がり込むのは未だ十にも満たない。レイラと知り合ってからの10ヶ月間、彼女と会う場所といえば教令院か私の家だったからな。

 

こうして部屋に入るのは2ヶ月ぶりだろうか。前と同様に物で散らかっているという事は無い。散らかっている場所はせいぜい勉強机の周りくらいだ。レイラには私の家の片付けを偶に手伝ってもらっていたから、こういうところで返せればいいのだが……彼女の部屋に不備は見当たらない。

 

「コーヒー飲む?」

 

「いいや、今日は良い……いや、一杯貰おう。久々にレイラの淹れたコーヒーを飲んでみたい。」

 

「分かった。でも明日はジュニャーナガルバでしょ?眠れないと困るんじゃない?」

 

「別に、私が発表する訳じゃないからな。それにまだ私の教室では良い成果を残せそうな研究は出ていないし、今回は気楽で良い。」

 

「ふーん……というかあなたの教室ってちゃんと生徒残ってるんだね…」

 

「いるぞ。両の指で数えられる程しかいないが。だが、その大半は私と同年代だからな。対応に困る。レイラも残ってくれれば私のモチベーションは高い状態で保てたのだが。」

 

「私は位置天文学にそこまで興味は無いから…」

 

彼女と話すことといえば自然と学問の話になってしまう。

 

こんな話をしたい訳では無い。私はレイラとの最後の安息を十全に堪能したいだけだ。

 

彼女から受け取ったコーヒーを机に置き、冷めるまで待つ。

 

訪れたのは数秒の沈黙。いつもならば普通の事だと流せたが、今の私にはこの数秒は数時間にも感じられた。とても…とても耐えられない。

 

「そういえば君に渡したい物があった。これだ。」

 

「なんだろう。開けてみるね。」

 

そう言って私が懐から出したのは先程ドリーから受け取った調整済みの指輪の入った箱。ウェディングリングでは無く軽いペアリングのような物。

 

箱の中には二対の指輪が大事そうに封入されていた。

 

レイラは中身に気付くとこちらの顔を二度見した後に指輪を手に取る。

 

「これ、もしかしてこの前の指輪?ありがとう。でもこの前選んだただの金のリングと違って宝石がついてるね。」

 

彼女の言うように、この指輪には金のリングの上に小さく藍色の宝石が設置されている。だが、藍色なのに透明感のある輝きを持っている。ドリーも良い宝飾の職人に造らせたものだ。

 

「"晶衡石"…フォンテーヌで産出された宝石らしい。せっかく指輪らしい指輪を造るのだから宝石は必要かと思ったんだ。」

 

レイラの目が星以外で輝くのは珍しい………ことも無いが、今この瞬間彼女は晶衡石に釘付けだ。気に入ってくれはしたらしい。

 

「へぇ…これ、もうつけても……ってそうだ、あなたにつけて貰わないと意味無いのかな?」

 

「ウェディングリングでは無いのだからそう重く受け止めなくても良いが……良いだろう。調節はしてあるのでキツイとか緩いとかは無いと思うが……どの指につける?人差し指、中指、薬指ならどこでも行けるが。」

 

「えっ……く、薬指で………左手の…。」

 

「随分気が早いようだ。まぁ、それが君の望みなら。」

 

スメールでは、左手の薬指に指輪を通すというのはひとつの意味を持つ。婚姻や結婚という意味もあるが、最も重要なのは『愛の誓い』。この行為は神への誓いにあたる、決して裏切れないものなのだと。

 

私はレイラから指輪を預かり、彼女の指に通す。彼女の白い手に輝きをもつ宝飾を加えれば、そこは太陽に照らされた砂浜のような眩しさを見せる。白磁の肌なんて言葉は彼女の為のものだと今なら断言出来るような…それくらいの美麗さが私には感じられた。

 

「うゎ…」

 

詰まることなくしっかりと入った。圧迫されている様子でもないし、これなら問題ないだろう。

 

「すごく、綺麗だ。」

 

「えへへ…ありがとう。あなたにもつけてあげようか?」

 

「あぁ。」

 

レイラの促すままに左手を差し出し、恐る恐るといった様子で指輪を私の指に嵌めようとしている。雑に扱ったとてすぐに壊れるようなものでも無いとは思うが。

 

実に34秒という時間をかけて私の指は価値以上の価値を持ったアクセサリーで飾られた。この34秒は、きっと忘れない。

 

星間距離の測定法の決定版を提唱する───そんな考えから始まった彼女との時間を私は満足に過ごせただろうか。

 

何をした?何ができた?

 

彼女との時間が無ければ私はもっとスメールに、テイワットの学術に貢献出来た筈だ………違うな。

 

逆だ。学術に、教令院に囚われていなければ…彼女との時間をもっと伸ばせた。それこそ…寿命まで……

 

「フェジュロア?」

 

「ごめんね、何も話せなくて。」

 

「なんで泣いて…」

 

「レイラ、聞いて欲しい事がある。」

 

だから、これは私からの決別。

 

「明日、きっと君は私の真実に気付く。頭が良い君のことだからそれは確信をもって言える。」

 

「真実に気づけたら、教令院の正門に来るといい。そこで全部答えてあげる。」

 

「愛してる。」

 

抱擁、罪人の私にはこれで充分だ。寧ろ贅沢すぎる。

 

「ま、待って!」

 

「じゃあね。」

 

笑顔になんてなれなかった。私は振り向かずに駆けた。

 

降り出した雨に身を任せて、風の靡くままどこか遠くへでも行けたら良い。逃げられる運命なら、とっくに逃げていた。

 

あぁ、何が足りなかったんだろう。

 

そんな答えも分かってしまう。足りないものなんて無かったと。

 

自らの頭脳を呪う。

 





◇フェジュロア・プルフラナ…自ら選んだ選択肢で身を滅ぼす系の人。病んでる。

◇レイラ…脳内は困惑で埋まっている。

◇星空の祝福…そろそろ限界なのだろうと悟る。



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二十一話 レイラちゃんと喧嘩…

 

 

 

【─────クラクサナリデビがスラサタンナ聖処から脱走した、直ちにシティへ向かい身柄を確保せよ。】

 

 

始まった。

 

 

大賢者のアーカーシャ端末から発信された情報を傍受したが、そうか。もうそんな時間らしい。

 

 

「我は千の貌を持つ不定形。」

 

 

大マハマトラの位置情報を検知、既に聖樹の頂点部にて潜伏している。

 

 

「我は無機質であり有機質、万有物質。」

 

 

全ファデュイの位置情報を検知、拘束中の生論派賢者並びに妙論派賢者の元に小部隊が向かっている。

 

 

「我は無形であり有形、諸行無常。」

 

 

ファトゥス『博士』の存在を確認。私にも告げていなかったがスメールに断片を残していったようだ。

 

 

 

「今此処に宇宙を堕とす!」

 

 

七葉寂照秘密主と魔神バアルゼブルコピーの融合率が74%に到達。充分運用可能範囲に達したか。

 

 

「『邪神降誕』」

 

 

さぁニャルよ、久々の解放だ。理性の限りを尽せ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「そういえばセノが言ってたけど、フェジュロアのやつ本当にオイラ達のことを助けてくれるのか?」

 

「その心配は不要よ。彼は今、聖樹内部に設置されたファデュイの基地を殲滅中だもの。それに、拘束されていた賢者二人も助けてセノに引き渡してくれたみたい。」

 

スメールの皆の協力のお陰で草神クラクサナリデビであるナヒーダを解放する事に成功した。今は世界樹の病を治す為、散兵の所有している稲妻の神の心を利用しようと話していたところだった。だが、もう一つの大きな障害であるフェジュロア・プルフラナの行動が不明な点、その問題をパイモンが提唱するとナヒーダは心配することは無いと言った。

 

「…ナヒーダはあいつの事を信頼しているみたいだけど、それでも賢者やファデュイに協力してた奴だぞ?」

 

「それなら、逐一計画の段階と情報をわたくしに教えてくれたりしないわ。『博士』に意識を閉じ込められた後、彼は毎夜秘密裏に情報を渡してくれた。そのお陰で散兵の弱点も、禁忌の知識の詳細も既に分かっているの。世界樹を救う手建てもね。あとはわたくし達が行動するだけ、それだけよ。」

 

世界樹を救う手立てが彼には分かっている?それはつまり、彼が知恵の神よりも知憲に長けた存在だという証明になってしまうという事だが…星神の力を扱って居るようだしこちらの想定を超えて来てもおかしくは無いのか?

 

「え!?つまりあいつは最初からファデュイに潜り込んだスパイだったって事か!?」

 

「いいえ、最初からでは無かったみたい。でも、どうしても護りたい存在が出来たと、彼はそう言っていたわ。」

 

護りたい存在…かつて彼と出会った時の記憶を思い起こす。

 

「それって多分…稲妻の離島に一緒に来てた子かな。彼に背負われていた記憶しか無いけど…」

 

「レイラだな!」

 

「ふふ…その子には感謝しないといけないわね。彼がスメールに完全な協力を約束してくれる理由だもの。クラクサナリデビへの信仰心だけでは足り得なかった。」

 

「信仰心と慕情…どちらかを取れというのなら私は慕情を取る。それは、どんな神だろうと違いは無いと思うよ。」

 

「あら、慰めてくれるのかしら。勿論旅人に気遣われなくても分かっているわよ。もう一度彼に笑顔を取り戻させるのにレイラの力が必要な事くらい。知恵の神を舐めないでちょうだい。」

 

確かに、先日の再会の際の彼の様子と比べて容彩祭の時の彼は楽しそうな雰囲気を醸し出していた。…だが、今は考えなくて良い。今は『散兵』を倒す、その為に動かなくては。

 

草神クラクサナリデビの信徒が、私たちの進む道を切り開いてくれているのだから。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ファデュイの基地は既にニャルの黒泥で汚染され見るに堪えない。鉄は錆び、樹木は腐る、そんな黒い泥で覆われている。

 

聞こえてくるのは数十人の微かな呼吸音と、抑揚の無い神への助けを嘯く声だけだ。どうやらファデュイの氷神信仰は私が思っていたよりも強固らしい。

 

【『無貌の腕』……残りの捕縛していないファデュイはクラクサナリデビ様と旅人の近くか。後は任せて問題は無いだろう。だが、まだ重大な問題が残っている訳だが…】

 

触手に絡め取られ壁に磔にされているファデュイ共を見回しながら、深奥で一人椅子に座っていたそいつに目を向ける。

 

何やら楽しそうに口元を歪めているが、仮面で隠された状態からは正確な表情は伺い知れない。

 

【まさか誰にも告げずに断片を残していくとは。随分と孤独主義なご様子だ。】

 

「いやはや、貴様には前もって伝えておくべきかと思っていたが…言わなくて正解だったらしい。ここに居る理由は勿論、稲妻とスメールの神の心を回収し女皇に献上する為だ。これ以上の好機は今後訪れないだろうと思ったまで。」

 

ファトゥス『博士』……ファトゥスの中でも第二位という格の違う実力者。その力は七神にも通用する程の…私がニャルの力を引き出したとて適うかは未知数だ。こちらにある草神という最強の手札を勘定しなければ、の話だが。

 

ニャルモードを解除してふぅと息を吐く。少しの疲れと器官を詰まらせる異物を排除してから挑むのは、まだ目新しい友との最後の語らいだ。

 

「だろうな。だが、お前とて私の狂気と草神の権能から逃れることは出来ないだろう。どう手を打つ算段だ?」

 

「一つ、契約を持ちかける。貴様とも馴染み深い空の話だ。世界樹から抹消された真実を我々は握っているという事を教えてやる。」

 

「……"‪✕‬‪✕‬‪✕‬"に纏わる話か。確かにその情報を世界樹は知り得ないだろう。」

 

「なんだ、既に知っていたのか。それも貴様の天啓に寄る物か?」

 

「答える義理は無いが…大体その通りだ。お前に隠し事をしても大概無駄なことであるし……そんなことは良い。イル・ドットーレ、世界樹の修復の邪魔だけはしてくれるなよ。」

 

「言われなくとも、世界の存亡に関わる一切に触れるつもりはない。ただそうだな…お前の事で一つ忠告しておこう。その身に宿る禁忌の知識の亜種、このテイワットで治る事は無いだろう。」

 

「忠告痛み入る。では、機会があれば再会しよう。冬国に帰れ。」

 

「神の心を勝ち取ってからだがな。また会おう、フェジュロア・プルフラナ。」

 

 

 

 

 

「……はぁ。」

 

……研究室から立ち去っていった博士を見届けて、大きく溜め息を吐いた。異星の禁忌はスネージナヤの知恵をもってしても治る見込み無しと。…予想通りなのが頭に痛い。

 

そして、私の寿命がどうとかそんな事も気にしていられない。おそらくそろそろ…

 

【スメールの民よ、わたくしはクラクサナリデビ。アーカーシャを通じて全てのスメールの民に伝達しているわ。今わたくしは教令院の創り出した神と対峙している。その神の名は────】

 

始まった。スメールの転換点の始まりにして私の終末。クラクサナリデビ様は七葉寂照秘密主に関する旅人との戦闘データ、私が送ったデータをスメールの民に伝達した。アーカーシャを用い民から知恵のエネルギーを抽出し、七葉寂照秘密主と散兵…即ち正機の神を倒す術を求めるのだ。

 

そして、そのデータがアーカーシャを保有する全てのスメール人に伝わったという事は……彼女が正機の神の存在を認識したという事だ。彼女は私との研究により、教令院の創造しようとしていた躯体に対しての知識が元からあった。それ即ち───

 

 

 

今この瞬間、レイラに私の悪事がバレたという事だ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「なんでっ…」

 

 

 

坂を走る。何度も通ったこの道だが、ここまで焦りながら通ったのは初めてだ。

 

 

 

先程、スメールの神によって教令院上層部の悪事が露呈された。

 

教令院が犯した愚行とは神の創造。稲妻の神の形骸を用い造られたそれは、スメールの神と現在敵対している。だが、問題はそんな事では無い。

 

その神の開発責任者はおそらく大賢者アザール。そしてその助手である…

 

 

 

「はぁ……はぁ………着いた………」

 

教令院の門に辿り着く。そこではクラクサナリデビの再臨により混乱した人々でごった返しの状態になっていた。なんとか人の波を掻き分けエントランスに入る。

 

エントランスでは先程の喧騒を鎮めるためにマハマトラや先生達が忙しなく動いている。

 

昨日の夜、彼が私の泊まっている宿に訪ねて来た際に言っていた場所は『教令院の正門』…だけど、彼の姿は何処にも見えない。

 

「あの……フェジュロアを知りませんか?」

 

「フェジュロア…あの明論派の学者か?彼なら執務室でセノ様と会議中だ。しかし大賢者含む賢者4人が審判を受けることになるとは…凄い事件だったな。嬢ちゃんもこれから大変かもしれないぞ。」

 

「ありがとうございます。」

 

近くを通りがかったマハマトラに彼の所在を聞いてみればすぐに居場所を知る事が出来た。でもマハマトラの執務室なんて入りづらい。だけど、これがスメールを左右する問題だとしても、彼の現状を知りたい気持ちの方が勝っている。

 

私はそのまま執務室へ向けて歩き出した。

 

(セノって…大マハマトラのことだよね。そんな人と会議って事は既に彼の罪は暴かれてしまったのだろうか。)

 

彼の罪を庇うつもりは無い。でも、安否を気にしてしまう心の内は止められやしないんだ。

 

執務室のドアを2回ノックする。

 

……返事は無い。忙しいのだろう。だけど私はそのまま気にせずドアを開けて執務室に入る。そこにはよく見知った顔と大マハマトラの姿だけがあって…

 

「……レイラか。」

 

「フェジュロア…」

 

彼は、手錠を掛けられながらソファに座っていた。罪は暴かれてしまったらしい。

 

隣に佇んでいるセノ様の表情も険しく歪んでいる。この状況は誰も望んではいなかった。私もセノ様も、教令院の皆も。

 

だけどフェジュロアはどう思っている?私が知りたいのは彼の心理。どういうことか彼からは現状から助かろうという気概が感じられない。

 

「セノ、少しばかり彼女と話がしたい。2人にしてくれはしないか?」

 

「……彼女は……そうか。良いだろう、10分したら戻ってくる。」

 

フェジュロアと言葉を交わして執務室を出ていったセノ様を横目で見流して、彼に向き直る。聞きたいことが沢山あるんだ。まだ何から聞くべきかは迷っているけど。

 

彼の様子は特段普段と相違無いように見えるが、よく見れば呼吸が浅いし目線も微かに泳いでいる。私を前にして動揺はしているらしい。

 

「……あいつ、ドアの後ろで盗み聞きしてるぞ。」

 

「セノ様のこと?あなたが悪いことをしたからそこに居るんでしょう。」

 

「おっと…やっぱり気づいているか。」

 

彼は私がこうして事態を察することに昨日の時点で勘づいていた。

 

「教令院の創り出した神、それの創造にあなたはどれくらい携わったの?」

 

「……まぁ、6割弱かな。」

 

……半分以上は彼の手製……予想の内ではあるけど。

 

「多分、私と出会った頃はその研究にそこまで協力的じゃ無かったよね。……私のせい?」

 

「そもそも計画に迎え入れられたのが君と出会った後だからな。君は関係ない。全部私が自ら決めた事だ……罪は背負うし罰は受ける。」

 

彼の覚悟は悲しい程に強固で、やるせない。だからこそ、私がこんな我儘を言っても意味は無い。

 

「そう。……でも、ずっと騙してたってこと?クラクサナリデビ様の信仰者だって。」

 

「いや、それは違うんだ。いつだって私は草神様を……」

 

「あの神はっ…クラクサナリデビ様を亡ぼす為の兵器でしょ!!…あなたの頭脳はその兵器の創造に利用されたっ!…それなのに…なんであなたは怒ってないの……」

 

「……功績の為にした事だ。私が愚かにも教令院での更なる躍進を望んだ。それが理由だ。他者に怒りを向ける理由なんて何一つとして無い。」

 

「っ…」

 

「……私は、この愚行の責任を取るつもりでいる。クラクサナリデビ様がスメールの権威となろうとしている今、大賢者の失墜はあまりにも影響が大き過ぎる。均衡を保つ為には名ある一人の学者の愚行を世に知らしめるべきだ。」

 

フェジュロアはそんな尤もらしい理由を語る。でも…

 

彼の口調が固くなる時…それは何かを隠している時だ。この期に及んで彼は何を隠しているというの?神に背き、国に審判を受ける今……

 

「それが本当にあなたの考えていること?」

 

「…君に何が…分かる。」

 

「私に分かるのはあなたが嘘をついている事だけ。あなたが何を隠しているのか、何を背負っているのかはあなたの口から聞かないことには分からない。…私に…教えてくれないの…?」

 

私は、なにも断罪しようとここへ来た訳では無い。でも追求できるとしたら彼が審判を受ける前。つまり今だけだ。今全てを聞き出さなければ私は後悔する。

 

「あなたの事が知りたい…ただそれだけなの……」

 

「………それは言えない、どうしてもだ。それに…君が知りたい秘密を既に君は知っている。私の理解者は君だけ、夢遊中の君だけだった。」

 

「え───」

 

私が…?

 

星空の祝福…夢遊中の私が彼の秘密を知っている?

 

………確かに、彼は私が夢遊に悩まされてから初めて、長期間一緒の時を過ごした人だ。彼は他の誰よりも星空の祝福を知っていて、仲が良くて……ずっと気づいていた筈の事、それを今思い知らされた。

 

そして彼は私よりも星空の祝福に気を許している…

 

自分に嫉妬を覚える人間というのはこの世界全てを換算しても珍しいだろう。…この状況でそんな事を考えている自分が恥ずかしい。

 

でも、私はもう自分の中の何かが切れる音を聴いた。

 

レイラ(星空の祝福)……君だけが、私の救いだった。何度も相談に乗ってもらって、この計画をやり遂げたんだ。」

 

「そう。じゃああなたにとって私は誰にも言えない秘密を一方的に吐き出せる便利な機構だったってこと。」

 

「そんな事は…」

 

あぁ、いけない。私も彼もそんな事は思っていないだろう。だけど…止まらない。

 

「私は…あなたの秘密を知り得ない私は、あなたにとって必要ない。」

 

「違う、私の存在理由はただ君だけのために…」

 

「フェジュロア…これ、返すね。」

 

ポケットに入れてあったそれを彼の前に置いた。

 

「な‎…待て、レイラ!」

 

私は何をやっているんだろう。彼の真意を聞きたかったんじゃ無いのか?

 

なんで彼の人生が賭かった場面に立ち会っておきながら逃げてしまうんだろう。

 

心と裏腹に、身体は既に執務室の扉に手を掛けていた。

 

「レイラっ!!」

 

奇しくも昨日の彼と似たような行動を取ってしまったな。

 

ただ一方的に言葉を告げて、瞳を涙で潤わせて、姿を消す。

 

もしかしたらこれが最後だったかもしれないのに、本当に何をやっているんだろう。

 

走って、走って、走って……私の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「再審議は明後日の正午からだ。さぁ、家に帰るといい。」

 

「…………」

 

気分は最悪なんてものじゃない。

 

私は、覚悟していた筈だ。スメールに仇なす者になるのならば彼女に嫌われても無理は無いと。……だが、その覚悟は甘かった。

 

こんなに気分が重くなったのは何時ぶりだ?ニャルとの初遭遇の際や両親を手に掛けた後と同様に心の痛みが治まらない。

 

彼女があの執務室を立ち去る時、泣いていた。どうすれば良かったんだ。真実を話して、レイラにこの狂気の温床である身の秘密を明かすべきだったのか?狂気に冒してまで……

 

【…振られちゃったわね。あんなに愛し合っていたのに…何が気に障ったのかしら?】

 

……彼女が星空の祝福に対してコンプレックスを持っていたことは知っていた。だと言うのに、私はあたかも星空の祝福だけが救いになっていたかのように彼女の前で語ってしまった。彼女の感情が爆発してしまった原因はおそらくそれだろう。

 

………

 

【それで、そろそろ降臨者化をするのかしら。彼女への未練も無くなったことだし丁度いいわね。】

 

未練が無くなった?…そんなわけは無い。今も彼女への失言の後悔で頭の中は埋め尽くされているというのに。

 

それに、私は彼女の心に傷をつけた。こんな重い罪を私は世界から認識されなくなることで帳消しにしようとしていたのか?仮定にしても頭が悪いことこの上ない。

 

「降臨者化はもう少し待ってくれ。まだ心の整理がつかない。」

 

【そう。まぁわたくしにとってはどうでもいい事だからいつでもいいのだけれど。ところであなたはまだマハールッカデヴァータの事は覚えている?】

 

マハールッカデヴァータ?スメールに昔存在した大きな菌糸類のこと……ん?何か違和感がある。

 

頭ではそれが正しいと訴えているのにニャルの齎した異星の知恵はそれは違うと警鐘を鳴らしている…私というテイワット人の理知の外の現象による影響という事か。

 

「もしや、クラクサナリデビ様は歴史を改編された…?ニャルの言っているマハールッカデヴァータというのは草神に連なる存在であったりするのだろうか。」

 

【あら、これじゃあもう降臨者みたいなものね。正解よ。マハールッカデヴァータとは先代の草神。本当はクラクサナリデビはたった500年しか在位していないのよ。】

 

「私がその事実に気づけたのは‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬への対抗策として世界樹に干渉する事を草神様に提言していたからな。…………‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬?」

 

禁忌の知………禁忌の知…………禁忌の……

 

そうか…本当の意味で草神様がテイワットから消失させたのはマハールッカデヴァータの存在ではなく禁忌で知識なあれの方か。口に出す事すら出来ないと思えばちゃんと思考する事すら儘ならないとは。

 

……というかそんな事はどうでもいいのだ。私は遂にレイラを失って……

 

「ニャル…君は人の恋愛観というものに詳しいか?」

 

【復縁の方法?残念ながらわたくしには人間の心が分からない。関係を引っ掻き回す方は好きなのだけれど戻す方法は存じていないわね。】

 

………この神は正しく邪神であったりするのかな。というかニャルがクラクサナリデビ様の御姿を象っているせいで、まるで幼子に恋愛相談しているみたいじゃないか…己が情けなくなってくる…

 

 

 

 

 

ニャルとの雑談の末にとうとう家まで辿り着いてしまった。

 

だが、はぁ……もうここも広く感じてしまうのだろう。彼女がこの家に訪れる事はもう無い……

 

また彼女とここで暮らしたいと考えている己に酷く利己的だなと自虐する。苦しい…

 

彼女があの場に置いていった鍵を手の上で弄びながら私はもう一つの鍵で玄関の扉を開こうとする。

 

すると聞きなれた声が耳に入った。

 

「随分落ち込んでいるみたいだね。」

 

いや、耳に入ったのでは無い。こちらに話し掛けていた。

 

そしてその声を私は待ち望んでいたが…こうも早くに再会を果たす事が出来るとは思っていなかった。

 

レイラ(星空の祝福)。」

 

「ちょっと話したいことがあるの。中でどう?」

 

「あぁ。」

 

私は彼女を家へと迎え入れた。

 

 



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終話 スメールと私。

 

「あなたはもう──────────────」

 

「────────────分かった。約束だ、レイラ。」

 

「…じゃあね。」

 

「………あぁ、いつかまた。」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

その世界で私は…なんというか酷くみすぼらしかった。

 

スメール教令院の代理賢者の立ち位置でありながら、魔女への復讐を誓う哀れな生涯をおくる。なんとなしにファトゥス第六位の地位なんて物も手に入れていた。

 

異星の禁忌の知識による影響かバーベロスへの八つ当たりに心を支配された私は、草神様を含めた誰へも信頼を向けなかった。一人で居ることに安堵すら抱いていた。

 

そして影からひたすらに、彼女を見つめている。

 

 

 

ニャルの齎した情報を元に私が降臨者化した際の未来を演算した。その結果があれだ。

 

……彼女との決別は正しい意味で私の心に深く突き刺さっている。だが、こんなストーカー地味た自分を見せられて【降臨者化】をしろと言われても当然断る。

 

「ニャル…これが降臨者化後の自分だというのなら降臨者化なんて物を私はやりたくないのだが。」

 

【…これはこれで哀れで面白いのだけれど……でもそうね、レイラとの別れがここまであなたの人生に尾を引く結果になるとはわたくしも思っていなかったわ。】

 

「別れては無いが。」

 

そうだ、別れてはいない。ちょっと喧嘩しただけなのだ。

 

先日、星空の祝福と対話で私は出来るだけ今のレイラには干渉しないようにすると彼女と協定を立てた。星空の祝福はなんだかんだ言ってレイラ第一だ、彼女の心を乱す存在があれば許しはしない。

 

………

 

【「レイラにこれ以上近づかないで。」】

 

「ぐああぁぁぁ」

 

ニャルがレイラの姿を真似て先日戴いたお言葉を再拝聴させてきた。本当にダメージが大きいのでやめて欲しい。

 

…でもレイラと星空の祝福からすれば私は彼女の人生に於いて特大の汚点を作った元凶だ。とてもじゃないが許されるなんてことは無い。

 

………はぁ。

 

【あなたの不幸を眺め続けるのも良いけど正直その姿はもう飽きてきたよ。なんとかならない?】

 

「だったら先ずはレイラの姿に化けるのをやめろ。」

 

【でも可愛いでしょう?あなたの目の保養になるわ。】

 

「…確かに。」

 

彼女が私の前から去った今、私に残された彼女の残り火はニャルの作り出した幻影くらいだ。それを使って己を慰めるのも……いや、流石にニャルそういう事をするのは後に響く。絶対にそれはしない。

 

……

 

「ところでニャル。その服は脱げるのか?」

 

【え゛…あなたの記憶に彼女の裸体がくっきりと残っているから当然出来るけど…やりたくないよ?なんならクラクサナリデビ様の姿を使って…】

 

「いや、それは駄目だ。コンプライアンス的に……」

 

【彼女は500歳でレイラは未成年なのだけれど…そっちの方が犯罪的な気が…】

 

「言うなッ!」

 

この一週間、私はこうしてニャルとの一人漫才に時間を浪費していた。孤独が毒の針へと姿を変えて襲いかかってきたのだ。私はもう、こんな無駄な事をする事でしか耐えられない。

 

朝は寝て、昼になれば教令院に呼ばれマハマトラに取り囲まれて審議を受け、夜はまた寝る。睡眠過剰な現在が私の心を破壊しに来ていた。

 

レイラも睡眠障害の時、こんな気持ちだったんだろうな。睡眠が安定しないと身体も精神もまともにはたらかない……

 

レイラは…大丈夫なのだろうか。彼女が一週間前に受けたショックは計り知れない。睡眠障害を再発していてもおかしくは無いだろう…。本当、そんな状況に彼女を追いやった自分が嫌になる。

 

【彼女は精神が固く、脆い。ストレスを夢遊でなんとか誤魔化している現状は彼女にとって毒だと思うわ。】

 

とは言っても私は彼女に近づけない。誰か、新しい誰かが彼女の心の支えにならないと………

 

……

 

「あああああああレイラを独り占めしたいぃぃぃぃ!!」

 

【うるさい…】

 

何処ぞの男に取られるくらいなら旅人なんかを誘導して彼女の支えになってもらおうか……それかクラクサナリデビ様にお願いして……

 

コン、コン

 

…ノックの音が聞こえる。セノでも遊びに来たのかな。

 

玄関へと駆ける。今は誰でもいいからこの孤独による寂しさを癒したい!

 

そうして扉を開けてみれば、そこに立っていたのはちょっと会いたくない人達。

 

「……元気?」

 

「この裏切り野郎!あの時の事を詳しく問い詰めてやるからな!!」

 

「……君たちか。まぁ……どうぞ、上がって。」

 

旅人とパイモンがうちの前に仁王立ちしていた。

 

 

 

 

「それにしてもパイモン、裏切り野郎ってなんだ。流石にその渾名には文句があるんだが…」

 

「ふん、ナヒーダに酷いことをしたのはお前だろ!あんな強い神と戦わせるなんて!」

 

「まぁ、あの躯体は自信作だからな。それこそ魔神大戦時の魔神達の50%程の出力を引き出すことすら可能にしていた。大戦の記憶が無いクラクサナリデビ様には酷だったであろう。」

 

「悪びれもせず…!」

 

「パイモン、この人はそういう人だから真面目に相手をしない方が良いよ。」

 

そういう対応をされると傷付く……

 

今後も私の立場上こういう扱いは受け入れなければいけないのだろうか。

 

「で、なんで家まで来たんだ?君が自ずと知りたいことなんてそうそう無いだろう。流浪の旅人。」

 

「貴方が祝賀会に来なかったからその後が気になって…」

 

「草神救出計画のあとお前はどうしてたんだ?」

 

あぁ、単純に私の近況が知りたかったのか。

 

別にこの人間に何を話そうと私のスメールでの立場が揺らぐ訳では無いし言える事は言ってしまおう。

 

「私は最近はずっとマハマトラ連中に裁判に掛けられているよ。」

 

「つまり、今お前は容疑者とか罪人の立場って事か?」

 

「いや、もっと扱いは軽い。重大な違法行為はしないよう務めていたからそもそも罪に問われないかもしれない。」

 

「えぇっ!?あのアザールですら教令院を追放になったっていうのにお前はなんの罰も受けていないって事かよ!」

 

……そう言われればなんと私に都合の良いことなのだが。実情は少し違う。

 

「…教令院の権威を維持する為、おそらく私はスメールを救った教令院の筆頭学者という扱いになるだろう。それだけ大賢者の失墜というのは民間への影響が大きい。」

 

「……あなたは教令院を立て直す為の矢面に立たされた……」

 

「クラクサナリデビ様の威権は未だスメールに浸透している訳では無い。もう数百年時を掛けないとあのお方はスメールの実質的なトップに舞い戻る事は出来ないだろう。暫くは教令院の賢者衆が権益を握る。」

 

「ナヒーダはあんなに頑張ったのに…オイラ納得いかないぞ!」

 

そこに関しては私も納得していない。このスメールの大地はは真に彼女の所有物であるというのに。

 

「それに、教令院も一枚岩じゃない。大賢者アザール並びに三名の賢者が追放された背景には次の賢者に選出されたい老人共の思惑が関わってくる。それの対策としてクラクサナリデビ様は野心の薄いアルハイゼンを代理賢者の座に据えたようだが……教令院がどう変わっていくか、それは私にも未知数だ。」

 

そうしてまた救ったやった恩だとでも言って私は次の賢者に使われる…か。面白くない輪廻だ。

 

「教令院の変革…そういえばフェジュロアはアーカーシャが停止した事についてどう思っているの?実は今まで学者相手にはその事を詳しく聞けて無かったの。」

 

「君のスメールでの友人は皆学者専業の者は居なかったからな。私個人的な意見として言えば記録用の道具としての価値が無くなったのが問題だな。まぁ、あの機械は草神の心とクラクサナリデビ様を媒介にして巨大なサーバーとしていた訳だからその運行が止まった事でクラクサナリデビ様はもっと自由に世を生きれる。それは信者として喜ばしい事だ。」

 

「……なんか怪しいな…アーカーシャが無くなって研究が大変だとか少しでも思ってないのか?」

 

「あれくらいの能力の装置なら私の頭で事足りる。そもそもアーカーシャの上位権限で知る事が出来ることなんてスメール国の重要機密くらいだ。それくらい既に記憶している。」

 

「すごい嫌な感じで頭の良さの自慢をされたぞ……」

 

君が聞いたんだろうが…

 

 

………

 

 

「そういえば祝賀会ってなんだ?」

 

「ナヒーダを救った皆で食事会をしたんだ。そういえばお前を呼ぶことは頭に無かったぜ…」

 

「いや、めでたい場なのなら私はいない方がいいだろう。どうせセノも居たんだろう?空気が最悪だ。」

 

「でもナヒーダも挨拶したんだぞ?お前からしたら会いたかったんじゃないのか?」

 

「草神様が?随分豪華な食事会だな。」

 

それならばセノと険悪な雰囲気を撒き散らしてでも参加したかった。

 

「いや私は自宅謹慎中だから無理だった。」

 

「そうだったな…だからオイラ達もわざわざ尋ねて来たんだし。」

 

「というかパイモン、あれはナヒーダが来たっていうより私に乗り移っただけでしょ…」

 

「そうだったな!」

 

乗り移る?草神様は人の夢…表層意識を操作する能力があるが人の意識を奪う事も出来るのか。もしかすると彼女へ相談すればレイラの睡眠障害が改善へ向かうかもしれないな。

 

アーカーシャが運行停止した今、草神様へのコンタクトが取りづらくなった。ましてや私のような罪人、まともに草神様に相手取ってもらえるかどうか……

 

「でもフェジュロアはナヒーダに信頼されてるみたいだし今も呼べば来てくれるんじゃないか?」

 

「そんな魈じゃないんだから…」

 

ん?

 

「なんだ?私が草神様に信頼されているって。」

 

「あれ?フェジュロアはナヒーダの信者なんだろ?」

 

「そうだが…」

 

「ナヒーダが創神計画の全貌を教えてくれてありがとうって言ってたぞ!」

 

「は……」

 

確かに匿名でクラクサナリデビ様に情報は送っていたが。まさか私の行動だとバレているとは。流石は草神様だ。

 

【ちなみに、あなたがまだレイラと付き合う前にクラクサナリデビ様に恋愛成就の祈りをしていたのもアーカーシャのネットワーク上に漏洩してたよ。当然草神様はそれを見ていただろうね。】

 

「は!?」

 

「おぉ…そんなびっくりしたのか?まぁオイラ達が今まで出会った七神の信者もこんな感じだったからこういうリアクションは普通なのかな。バーバラとか裟羅とか…」

 

「そうだね。」

 

どうやら蛍とパイモンは私が草神様に信頼されているということにオーバーなリアクションをとったと思っているようだ。突然驚嘆する変な人だとは思われていないらしい。

 

……ちなみにニャルよ、それはマジな話?私を変なタイミングで驚かせる為の嘘なのでは無く?

 

【うん。】

 

……………

 

気は取り直して確かに現実に存在している方に向き直る。

 

「別に草神様はお呼びしなくて大丈夫だ。……と、話せる事はこれくらいだろうか。」

 

「おう!じゃあそろそろ帰るか。」

 

「うん……そうだ、最後にひとつ良い?」

 

「なんだ?」

 

蛍がわざとらしくそう言うが、おそらくこの質問が本命だろう。彼女がここに来た理由……

 

何を聞かれるのだろう。七葉寂照秘密主の事?ファデュイとの関係?ニャルの存在の事だろうか?

 

「あの子とは…"レイラとは最近はどう?"」

 

「………っ」

 

一瞬何故そんな事を…と身体が停止してしまう。彼女はそんな事を気にするような性質の人間だったか?もしかするとレイラの様子を直に確認した?………いや、私と彼女の関係を正確に知っていて気にかけてくれている存在……まさか。

 

「あなたはもしや…」

 

「"あら、流石に察しが良いわね。でも、今はそれについて長々と弁論する気は無いの。"」

 

この方は………

 

だというのなら彼女の要求に真摯に答えるべきだ。嘘偽りなく、ただ真実を…

 

「……レイラとは…暫く直接会わないよう約束した。夢遊中の方の人格とした約束だが。」

 

「"…ふむ。ならもう一度当人と話し合ってみなさい。"」

 

「"最近わたくしは多人数の人間の夢に触れる機会に巡り会ったの。そこで夢遊という病に侵されている少女と、その少女の心の支えとなっている青年の物語を思い出した。"」

 

「"青年は禁忌を冒し少女の前から姿を消した。そして少女は心の支えを失い、更に深い夢へと堕ちていった。"」

 

「………」

 

「"その少女を救う事が出来るのは他の誰でもない青年だけ。これだけは覚えておいてね。"」

 

「………あぁ。では、また。」

 

「"ええ。"………じゃあね、フェジュロア。」

 

「またな〜」

 

草神様に発破を掛けられたのなら、私が迷う理由なんて無いよな。

 

私は彼女たちが見えなくなるまで軒先に立ち尽くしていた。

 

今日の審議で終わらせよう。

 

私は家に戻り、皺の無い服に着替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「フェジュロア・プラーナ。…お前は"無罪"だ。」

 

大マハマトラのその声に会場が見物人の歓声で埋まる。

 

戦地から帰ってきた英雄を称えるかのように、人々はその青年を褒め称えるのだ。

 

『スメール教令院の英雄』

 

その大々的な妙名を一身に背負わされた青年は公判から逃げるように駆ける。

 

家から勘当され、要職に就く権利を失って、誰からの支配も逃れた青年はただ一点のみを目指して進む。

 

汚泥の様な本性をしまい込んで、清廉な嘘で身を包み込んで。

 

薄汚れた姿で現れた青年に少女は言う。

 

「あなたは…なんで…また……」

 

青年はその少女に告げる。

 

「もうプルフラナ家も賢者も関係ない。ただ私の意思で君に会いに来た。」

 

「君のことを心配して来たわけじゃない。ただ独りが寂しいと思っただけだ。」

 

「……良ければで良いんだが、また一緒に暮らさないか。君が居ない生活がとにかく苦だった。」

 

「えぇと、私は君を攫う。監禁する。もう君を離したりしない、逃げられるようになんて絶対に…」

 

青年が矢継ぎ早に戯れ言を唱えるのを遮るように、少女は青年の手を掴む。

 

少女の行動に青年は付き合いたての恋人の様に心を跳ねさせた。

 

「私を連れ去ってくれる?えと…怪盗さん?」

 

「設定が固まってなかったな。流石に急ぎすぎた……あぁ、もういいや。レイラ、一緒に帰ろう。」

 

「うん。」

 

フェジュロア()はレイラにどうしようも無いほどに依存していることを自覚していた。だからこそ取れる手段は全て使うと決めていた。

 

ニャルの力を使って進行する()()()()()退()()()()()

 

人の心を計算する為には法則で埋め尽くされた頭は要らなかった。そのお陰で、人に近づけた。

 

私は多くの知識を失った。それこそ、一介の学者に過ぎないレベルまで。そのお陰で、レイラの…少女の心を理解出来た。

 

「レイラ、そして星空の祝福よ、君がどうしようもなく好きだ。」

 

「……え?」

 

「私は全ての君を愛して…!」

 

「いやなんでそこで星空の祝福の名前が出てくるの?」

 

………不穏な空気が彼女から醸し出された。なんか失敗したかな。

 

「いや、あの…」

 

「あなたには私だけを見てもらいたい。」

 

「あの、私にとっては君も星空の祝福もレイラであって…」

 

「私は、私だけを見ていて欲しいの。」

 

「………」

 

「だから、星空の祝福に見向きもさせないくらい、私を愛させる。」

 

「あぁ…うん、そうだね。うん………」

 

いや、少女の心を理解出来てはいなかったようだ。そりゃあそうだな。人の心なんてもの、誰にだって分からない。神様だって上辺しか知る事が出来ないのに、ただ人間に近づいただけで理解ができるなんて傲慢が過ぎた。

 

多分、私が思っている以上にレイラは私を愛してくれている。それだけは自信を持とう。

 

知恵の神よ、ありがとう。あなたのお陰で私はまたこうしてレイラと笑いあえる。

 

ナイアルラートホテプと交わした契約で私は‪✕‬‪✕‬を失ったけれど、そのお陰で彼女と過ごせる時間は長くなった。

 

 

 

これは神様に愛された青年と、星空に祝福された少女の物語の始まりの瞬間だ。

 

狂気の神はそれを許容しない。己が愛したフラナの称号を、プルフラナを捨てた青年を許しはしない。

 

愛憎は輪廻で、憎しみだけを加速させるから。

 

 






◇フェジュロア・プラーナ…彼は知識と正気と未来と幸運を邪神に糧として捧げた。彼にはもう彼女しか残っていない。だが、それすら受け入れている。それさえあれば幸福なのだから。

※ニャルの力を使って予測した未来は【チュートリアル 「狂星の御子」&設定集】に反映されていた仮定です。


◇レイラ…実は一週間一度も眠りについていなかった逆眠り姫。彼との再開により際限なく積み重ねられる肉体の疲労と精神の沈下を停止する事が出来た。


◇ナイアルラートホテプ・プルフラナ…簒奪者は言う。「星空の祝福を受けた少女が、私の"有"を奪い去った。」…それはただの恨み節だ。



PS.過去√の最終話です。次回からはレイラと星空の祝福の板挟みになる共通√が開始します。……偶に浮気もするかも?



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アカシアの木の洞
プロローグⅱ


 

 

 

 

世界樹とは…大抵の神話に於いて世界の根幹に聳え立ち、世界全体を支える役割を持っている大樹。

 

だとかなんとかニャルの齎した知識は示しているが、我々の住むテイワットではこうだ。

 

「世界樹とは世界の遙か地下深くに聳え立つ大樹。その根は地表を支える地脈となり、このテイワットの万象を記録し続けている。

 

そしてその世界樹が現世に送り出した世界樹の化身こそ、"魔神ブエル"…またの名を知恵の神。

 

そのブエルが支配する地域こそがスメール。我々が住む地でありテイワット一の学術機関『教令院』の存在するエリアだ。

 

ブエルはその姿を叢林の主マハールッカデヴァータからクラクサナリデビへと変え、砂漠の主アモンから全ての領地を譲り受けた。今もこの広大なスメール全土を守護する大陸最強の神!!それこそが魔神ブエル!草神クラクサナリデビなのだ!!!」

 

 

 

 

………。

 

「マハールッカデヴァータって昔アシャヴァンレルムに生息していたっていう巨大キノコの事でしょう?捏造は駄目だよフェジュロア。」

 

「ん、ああ。」

 

ブエルは、アモンが地下深くから発掘した禁忌の知識を根絶する為、全ての情報が集う世界樹からマハールッカデヴァータこと旧ブエルごとその存在を削除した。

 

この通り、人々の記憶からは旧ブエルのデータは抹消されている。世界樹はこの世界を映す鏡…テイワットの情報が世界樹に反映されるように、世界樹の情報の変化はテイワットに反映されるのだ。

 

「それと、せっかくのゆったりした時間だっていうのに…あなただけ盛り上がって神への信仰を語るのはどうかと思うな。」

 

「……それは返す言葉も無い…。」

 

薄暗い部屋で行うには些か的外れな行為だった…それは認めざるを得ないだろう。

 

「でも……今日も良かったよ。フェジュロア。」

 

「レイラ……!」

 

「あ、ちょっと!すぐエロに走る!!」

 

「君が嬉しいことを言ってくれるからさ。こうなったらとことん行くとこまで行こう。」

 

「……気絶する前にやめてね?明日も普通に学院あるんだから。」

 

「さぁ、どうだかな。」

 

「あ…もう。」

 

仲直りのそれはもう凄い盛り上がった。お互い必要な栄養分が足りなかったのだろう…私たちはお互いからそれを貪るように浸って……

 

怠惰も怠惰だ。私は教職に復帰しレイラも当然学生としての日常を送っている。だが、それが終わればこうして私の家で行為に勤しんでいた。毎日…と言っても相違ない。

 

レイラに依存しているとは言ったもののこういう意味でも私はズブズブに依存していた。……。もし子供ができたらどうしよう…。いや、育む覚悟は出来ているけど…。

 

それにしても、彼女とこうして対話することが出来る日々がまた戻ってくるとは…あの日の決断をした私には天晴れ見事と賞賛の嵐を送り付けたいところだ。

 

 

 

 

 

公判が終了したあの日、私はレイラの泊まっている宿に突撃してレイラを我が家に攫った。…のだが、家に帰ってみれば祖父にプルフラナ家を勘当された身なんだからさっさと家から出ていけとレイラの目の前で言われてしまった。

 

裁判中は身動きが出来ないからとなんとか祖父を説得して泊めさせて貰っていた身だったのを私は忘れていたのだ。

 

これには私も困り、思案の限りを尽くし……結果、レイラの泊まっている宿に居候させて貰っているのだ。

 

確かにモラは十分にあるが、不動産なんて物を買える程のモラは短絡的には使いたくはない。だから居候の身分なのは仕方が無いのだ。

 

「候補は決まった?」

 

「……いいや。カーヴェにでも紹介してもらおうかなぁ…安いところ。」

 

「カーヴェって…妙論派の星でしょ。あの人の扱っている物件は高いよ。絶対。」

 

「…だよなぁ。あいつ自身は万年貧乏なのに。」

 

「ドリーと揉めたんだっけ?」

 

「あぁ。アルカサルザライパレスがどうたらで。…アルカサルザライパレス…今度2人で観光にでも行くか。」

 

「良いけど…他人の家だよ。一般公開はされていても。」

 

「私はドリーとはなんだかんだ仲が良いのさ。あいつに良い家を探してもらうなんて愚行はしないがね。」

 

「紹介料高そうだよね。」

 

朝のコーヒーを飲みながら思索に耽る。といっても演算能力の低下した頭脳では考えることが儘ならない……

 

なんてことも無く。

 

単にレイラと離れたくないから私は居候の身から逃れようとしていないのだ。彼女と過ごす毎日はそれはそれは人生に潤いを齎してくれる。ひび割れた心の傷が塞がっていくようだ…

 

とは言ったものの、いつまでもこうして彼女の脛を齧っているのは気が引ける。彼氏としても大人としても戴けない行為だ。

 

という事で、今回はあるお方からの物件の手配を受けようと思っているのだ。その人物とは……

 

 

 


 

 

 

「あら、やっと来たわね。」

 

「ご拝謁の許可を戴けたこと、誠に嬉しく思っております。クラクサナリデビ様。」

 

なんとスメールの神、クラクサナリデビ様ことナヒーダ様だ。このお方がなんと良い物件があるとセノづてで私に知らせてくれたのだ。

 

「ところで、時期早々かとは思いますが私にご紹介いただける物件とはどのような…」

 

「ええ、こっちよ。」

 

そう言って小さな神様はトテトテとスラサタンナ聖処の奥へと歩いて行く。可愛い。

 

だが…物件とやらを紹介するならばスラサタンナ聖処の外に出るのでは────

 

そんな疑問はすぐに晴らされる。

 

「クラクサナリデビ様…まさかこの通路は…」

 

「丁度誰も使っていないし良いかと思ったのだけれど…」

 

「いえ、文句などがある訳では無いのですが…」

 

ここは、私が半年間歩き詰めた通路。何処へと繋がっているか、何があったかなど簡単に想像出来る場所だ。

 

「アーカーシャの主制御室…」

 

クラクサナリデビ様が囚われていた装置の丁度真下。草神の心とクラクサナリデビ様に接続されていた…スメール全土に繋がっていたアーカーシャの制御室だ。

 

あの事件から既に三週間…人の手は行き届いておらず、既に隅に埃が溜まっているのを確認した。

 

「ここを貴方に譲り渡したいの。どう?引き受けてくれるかしら。」

 

「…私には荷が重く…」

 

「そう謙遜することは無いわ。わたくしは貴方を信頼している…貴方ならこの装置を、まだ生きているこのアーカーシャを託す事が出来る。」

 

草神の心がスメールから失われた事とクラクサナリデビ様との接続が切れた事によって、アーカーシャは数多の機能を失った。

 

全領民への即時通達と即時受達機能、世界樹からの学習機能、並外れた情報処理速度、各端末の個別認識能力……そして夢の蒐集機能と貯蔵機能。とにかく、アーカーシャは最早アーカーシャでは無くなった。だからこそ、クラクサナリデビ様はアーカーシャの運行を停止したのだ。

 

だが、未だアーカーシャ端末を廃棄せずに所有している民が殆どだ。この主制御室から伝令を出せば、軍事扇動や意識改編を促す行為…スメールやテイワットを魔境に変えてしまう能力がアーカーシャにはあるのだ。

 

そんなものを私に託すだと?……責任が重すぎる。そしてここに私が配置されるということは、草神様から直々にアーカーシャ主制御室の最後の守衛になれ───と命じられたようなものだ。……そこまで草神様に私が信頼されている…とは思えない。

 

「色々と考えているみたいね。でも、そう難しく考えることは無いわ。アーカーシャを扱える人間で尚且つリスク管理がきちんと出来る人間があなた位だったというだけの事よ。」

 

「確かに…私はアーカーシャシステムを改造し成功したという実績はありますが…」

 

「あなたはスメールを救う手立てを陰ながら模索してくれた…その事に対する報奨とも思ってくれて良いわ。わたくしは、あなたとあなたの「プラーナ家」にアーカーシャの全権を譲り渡す。」

 

「────!………お受けします、クラクサナリデビ様。そして誓いましょう、このアーカーシャを用いスメールをより良くする事を。」

 

「えぇ、任せたわ。わたくしクラクサナリデビの神官よ。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「という訳で、引越しを手伝ってもらって済まないなカーヴェ。」

 

「いや、僕も聖樹の中は気になっていたんだ。それに、模様替えと改築の見積もりの依頼も兼ねているんだ。明論派きっての成功者にモラを払わせるチャンスを見逃す僕じゃない。」

 

「君は金持ちに対してはとことんアレだな…」

 

口ではこう言っているが、おそらく彼は必要最低限のモラしか要求してこないだろう。

 

レイラと引越しについて酒場で相談していたところ、仕事に疲れ酒に浸っていたカーヴェを捕まえる事が出来た。妙論派きっての天才でありながら建築に対し公明正大な人間。彼に改築の依頼を回せば無駄にモラを消費することも無いだろうからな。

 

「おい、フェジュロア。流石に荷物が重すぎやしないか?俺が運んでいるこれは一体なんなんだ。紙で保護されていて中が確認出来ない。」

 

「それは…確か家にしまい込んであった望遠鏡を何個か纏めたものだな。」

 

「望遠鏡が何個か…それは重い訳だ………ん?思いついた。

 

()()鏡に潰されて()()に伏す。

 

望遠と墓苑が掛かっているんだ。面白くないか?」

 

「……あぁ面白い。実際に望遠鏡に潰されて死んだやつが居ることを踏まえると不謹慎だと言わざるを得ないが。」

 

「そうか。やはりお前は良い奴だ…俺の冗句を毎回認めてくれる。何処かのレンジャー長とは違う。」

 

「………」

 

……セノは学術研究の教令が関わらないと毎度のようにこうなる。休暇だと言うから力持ちのセノにも頼ったが、長い時間彼と共に居るのは疲れそうだ。ティナリさんはよくやっている。

 

「あれ、この服…この荷物はもしかしてレイラの物なのか?」

 

「あー…えぇと、私もここに入り浸ることになるだろうから色々持ってきちゃった。」

 

「入り浸る…え、もう行くとこまで行ったのか!?極まったのか!!?」

 

「こ、声が大きぃ…」

 

セノと一緒にスメールシティに来ていたコレイちゃんも誘ってしまったが……どうやら魔鱗病はもう大丈夫なようだ。手元も安定している。ああいった少女の元気な姿を見るのは私自身の元気に直結する…!

 

コレイちゃんを見てにんまりとした表情の私にセノとカーヴェが妙な視線を向けてくるが、私は気にしない事にする。私が少女趣味なのはセノにはバレていたのだが、コレイちゃんがそういう目で見られるのは看過できないらしい。

 

「お前…もしコレイに何かすれば俺直々に審判を下してやる……!」

 

「いや、手は出さないが。私が手を出しても良いのは恋人のレイラと合法なファルザン先生くらいなものだ。」

 

「君…ファルザン女史も狙っていたのか!?あの人は妙論派にとって偉大で特別な人物だっていうのに…!」

 

「いや、顔が好みというだけで別に恋愛対象では無いのだが……コレイちゃんには手を出さないという物の例えだ。勘違いするな。」

 

今の会話を聞いたらしいレイラがいきなり私を睨みつけて隣に居たコレイちゃんがびっくりしているじゃないか……この話は封印しておこう。

 

荷車に載せた箱をどんどん開封していく。

 

出てくるのは星図を記したノートやら様々な研究資料やらの紙の束…こちらに着いてから処分しようと思っていたので、急いで物を詰めて旧我が家を脱出した為に取捨選択が出来なかった

 

……荷物が多かったのはこういった特に私にとっては要らないものだが、プルフラナ家に置いておくと後々不味いことになりそうな物……既に私が失ったナイアルラートホテプの叡智が詰まった資料を大量に詰めてきたからだ。

 

「ん…これは…」

 

私が地面に散乱させてしまった研究資料をセノが手に取った。あれは確か…

 

「……『元素プリズムの元素変換公式』………なんでフェジュロアがこんな物を持っているんだ。」

 

「あー…例の神を作り上げる為に作った資料だなそれは。流石にスメールの機密に触れるし捨てておこうか。」

 

「これを素論派学者にでも見せてみろ、世界が変わる。捨ててしまって正解だ。……俺も見るんじゃなかった……」

 

セノが資料を雷元素で燃やして二度と再生出来なくしてくれた。…こういう厄ネタがまだまだここにはある……

 

「この資料…全部が全部未来の技術って訳じゃないよな?」

 

「その資料は私の岩元素を変換して家電とかを動かせないか模索していたから残しただけだ。他はそんな変なものは……」

 

「『草キノコンの成長記録・完全版』……これを公表すれば一財が築けそうだ。……ん…」

 

「それは私が11の頃に育てたキノコンの記録だな。成長薬を調合したのが懐かしい……確か別で作っていた星図の方を間違って教令院に提出してしまったんだったな…」

 

「その成長薬はどう見ても違法なんだが……」

 

「…焼却で。」

 

「あぁ。……しかしこれらは一部の好事家…いや、教令員の学者全員が何千万とモラを出してでも、お前と交渉を測りたいほどの価値がある物だな……」

 

「なんだって…?フェジュロアの資料が金になる?僕にも見せてくれ!」

 

私の資料で一財を築けると聞きつけたカーヴェが資料の山を掻き分け始めた。小金稼ぎになるようなネタなら彼に無償で渡してやっても良いんだが、ここにある物にそんな軽い経緯の研究資料があると良いのだが。

 

資料の周りでいそいそと作業をし始めたセノとカーヴェは置いて私は美少女二人と戯れに行こう。

 

二人の様子を伺ってみれば、荷物を入れていた箱を開封して食器や家具が壊れていないかのチェックをしていたところだった。

 

「高そうな食器だな…」

 

「一応フェジュロアの元居たプルフラナ家ってスメールでも10の指に入る名家だからね…単純に価値の高いものは多いでしょう。」

 

「もし壊したらどうしよう……あっ、これ割れちゃってるな。」

 

「…その価値およそ……100万モラ…!」

 

「ちょ……レイラ、怖いこと言わないでくれ…」

 

「あはは…流石に食器ひとつでそんな価値がつくわけ無いから安心してよコレイ。」

 

…流石にあの中に私は突撃する勇気が無い。レイラにせっかく出来た同年代の友人なのだ、もう少し二人の時間を作ってやろう。

 

それにしてもあの割れた食器……確か爺さんが古物商から結構な値段で買ったやつだったか。間違って私の荷物に積んでしまった。多分観賞用に作られていて耐久性が無いか、単純に年季が入っているせいで割れたんだな。

 

今頃プルフラナ家では……考えないようにしよう。

 

…皆まともに引越し作業を手伝ってくれている。罪人にこれ程助けになってくれる人達が居るとは……皆には言わないが、私の心はかなり救われている。最後に頼れるのは人の縁だと言うが本当だ。

 

 

 

 

「さて、後は大丈夫だ。皆運んでくれてありがとう。これからアーカーシャシステムの点検でもしようかと思っているが誰か来るか?」

 

一時間もすれば全ての荷物を部屋に置くことが出来た。細かい作業はまだあるが、ここからは他人に任せるべきでは無いだろう。

 

私はアーカーシャの整備の為にこの場を抜ける必要が出たのだが、誰か巻き込もうと思い発言してみればセノが応えてくれた。

 

「ふむ…なら俺が行こう。アーカーシャに触れる機会は多々あったがどうやって制御しているのかを間近で見た事は無かったからな。」

 

「じゃあセノ、頼む。なら、レイラはカーヴェと改築の相談をしていてくれ。コレイちゃんは……」

 

「あたしもこっちに居るからフェジュロアさんとセノさんで難しいことはやってきてくれ。ガンダルヴァー村以外の建築を見るのは久しぶりなんだ。」

 

「そうか、分かった。レイラ、基本的にカーヴェの言うことは信用していい。築年数がかなりだから改築案は様々出るだろうから費用は掛かるだろうが値切る等の行為はしなくて大丈夫だ。」

 

カーヴェがこちらに来ないのならば改築に関しての物事を並行して進めてしまった方が良いだろう。まだ荷物も入れたばかりでもてなせない…というのもあるが。

 

「分かった。じゃあ、またね。」

 

「あぁ。」

 

 

 

 

 

 

アーカーシャシステムに持ってきた簡易コンソール機器を繋いでシステムの調整を始める。

 

……アーカーシャの運行停止が急だった為かシステムに幾つかエラーが発生している。私だけで修復できると良いのだが……

 

「よくこんなテクノロジーの塊にお前は手を出せるな…案外、クラクサナリデビがお前にアーカーシャを預けたのはお前しか有効利用出来ないから…という事かもしれないな。」

 

「クラクサナリデビ様は使えるだろうが…かつての自らが作り出した恩寵を手放すことはまた新たにスメールの神として再臨するための決意表明の様な点があるのかもしれない。」

 

「ほう…そういう見方も出来るか。」

 

…ただ、彼女はその経緯から愛情に飢えているきらいがある。幽閉されている間も自らの信者であった人間…私は彼女から特別扱いをしているのかもしれない。……と言うと自惚れのように聞こえてしまうだろうから口には出さないが。

 

「………お、アーカーシャへの指令履歴にアクセス出来た。まだ責任逃れしている教令院の上役を炙り出せるかもしれないぞ。」

 

「…証拠としては覚えておこうか。」

 

「…いや待て。全領民の使用履歴も閲覧できてしまう。流石にプライバシー問題に抵触する行為か……これは見ない方が良いだろうか。」

 

「お前にそんな倫理観が備わっていたとは驚きだな。削除は可能か?可能なら俺の前で使用履歴のデータは削除してくれ。」

 

「あぁ。」

 

 

…………

 

 

「通信機能は予測通り生きていたか。各端末からの情報受諾は無理だが。」

 

「…つまり、一方的にこちらから情報を発信することは出来る訳か…」

 

「そうだな。教令院で誰彼が名誉的な賞与をされた際にこれを使ってスメール市民に伝達してやろうか。」

 

前ならばアーカーシャで調べれば一般人でも学者の功績は知る事が出来たが、今となっては知る手段が限られてしまっているからな…だが、セノの意見としてはその考えに同意は出来ないらしい。

 

「それは…興味の薄い人間からすればどうでも良いことじゃないか?砂漠で生きる人間やオルモス港の商人が突然学者の功績を聞かされたってなんとも言えないだろう。」

 

「それならばアーカーシャ端末側にこちらからアップデートファイルを転送して、受信の可否を設定できるようにする…というのはどうだろうか。」

 

システムの全面改造は無理そうだが、それくらいのアップデートならばまだ出来そうだ。

 

「それならばもっと娯楽的な側面を広げてみるのもありかもしれないな。万民に楽しめるような物となると難しいかもしれないが…」

 

「ふむ……そういった方向性のの利用方法を模索するべきか。」

 

 

………

 

 

「ん…これは……」

 

「なんだセノ。」

 

「部屋の隅に隠し扉を見つけた。フェジュロアは知っているか?」

 

「ん?……あぁ、そっちは確かファデュイの基地に繋がっている道だったな。」

 

……そういえば私が住む区画は何処から何処までなんだ?聖樹内部はまるで迷宮だ。後でクラクサナリデビ様にちゃんと聞いておかないとな。

 

「ファデュイの基地…そういえばお前が残していった泥の処理が大変だったと同僚が言っていたよ。まぁ、その泥のお陰で捕獲出来た捕虜の移送によって大分国費は潤ったらしいが。」

 

「そういった管理も今の代理賢者様はこなしてくれているのか?随分大変そうだな。」

 

「アルハイゼンも損な役どころに就いてしまったって事だな。」

 

「セノと同じくらいには忙しくなったんじゃないか?」

 

「俺と同等ではなく以上だろうな。あいつのことだ、すぐ辞めるだろう。」

 

アルハイゼンが代理賢者の座を降りる……それが意味することは、

 

「……次の賢者か。」

 

次の大賢者と賢者、スメールの責任を担う存在が決定する時だということだ。生論派と妙論派以外の4人の賢者が必要となる……

 

「我らが明論派はどうなるだろうな。次の賢者の方向性が私と合えば良いが。」

 

「……そうだな。(アルハイゼンもクラクサナリデビも次の明論派賢者にフェジュロアの名前を挙げていた事は黙っておこう。)」

 

 

……

 

 

「そういえばあの少女…レイラとは随分が仲が良い様だな。お前があんな風に人に入れ込むとは思っていなかった。」

 

「……私自身、ここまで彼女に思考を占領されるとは思ってなかったよ。」

 

「人に興味を持てるようになったんだな。良かった。あの頃のお前を知っている俺からすれば、信じられない光景だったよ。」

 

「……そうだろうな。私は……いや、別にいい。今語れる真実は彼女を確かに愛していること。……それだけだからな。」

 

「……あぁ。」

 

 

 

 

「ふぅ。取り敢えずメンテナンスはこれで良いだろう。ほら、不正利用者のリストを作っておいた。」

 

「ありがとう。……流石に多いな。」

 

「アーカーシャは教令院の上役なら誰もが手を出せた叡智だ。人間という一生物が目の前にして無関心でいられる物じゃあない。それに、これらを取り締まる法がある訳じゃないんだ、念頭に置いておくくらいで止めておけ。」

 

「あぁ。」

 

アーカーシャのメンテナンスは大方終わった。まだ細かい調整を残しているので完全とは言えないが、これで重大なエラーを引き起こすことは無くなっただろう。どうせ今日からここに住むんだ、調整は後でいい。

 

そんな事よりも今気になるのはカーヴェによる改築の見通しがどうなっているかだ。場合によってはとんでもない額が飛ぶ。いや、場合によるというかあの建築家の拘りがどれだけ作用するか…が問題なのだが。

 

アーカーシャ主制御室を離れ皆がいるはずのエントランスへと向かう。

 

着いてみれば、苦しそうな表情のカーヴェが何やらノートに記載しているのを顔を青くしたレイラと目を見開いているコレイちゃんが二人で覗き込んでいる形になっていた。何だか3人とも不を醸し出すのを抑えられていない雰囲気だが、見積もりは無事にとれたのだろうか。

 

「こっちは終わったぞ。どうだカーヴェ。」

 

「…フェジュロア、まずはこれを見てくれ。」

 

彼が差し出してきたのは数字。なんてことのない数を表す文字だ。だが、その桁は10桁を指していて……

 

「嘘だろ?」

 

「老朽化による改築は勿論必要なんだが、聖樹を傷つけないように作業を進めるとなるとかなり腕の良い職人が数人必要になる。その職人たちの拘束時間や資材の運搬も込でこれくらいになった。そして、今回は僕の拘りがどうこうじゃなくてこれだけの費用が必須だって事だ。」

 

「12億7000万モラ……」

 

いや、嘘だろ?

 

確かに私が住むことになるスペースは広い。だがここまでになってしまうとは…予算は2億モラしか無いというのに……

 

12億というとアルカサルザライパレスの建造費の約3倍だ。カーヴェ以上の借金をする事になる…か。

 

「フェジュロア、どうするの?」

 

「……うむ。ドリーに話をつけに行く。レイラが心配することは無い。」

 

「君!?それはマジで言っているのか?僕としては将来有望な学者にこんな借金は押し付けたく無いんだが……」

 

「これだけの費用でアーカーシャシステムを安全に運用できるというのなら安い買い物だと言えるだろう。私はこの買い物に後悔は無い。」

 

そうだ。本来こんな装置を購入するのならば億じゃ効かない。

 

それに方法はある。

 

「カーヴェ、この改築計画は決行しよう。ただし、私をプロジェクトに参加させてくれ。この叡智が必ず役に立つだろう。」

 

 

 

 

 

言うなればこれは第二章。ただの平凡な天才学者が国の存亡に関わる計画に加担した第一章に比べれば、なんて事の無い「日常」だ。

 

「プルフラナ」では無く「プラーナ」の繁栄の為、私はこの生を使おう。

 

彼女との未来をより豊かにする為に。

 






※年齢は小説内の設定です。

◇フェジュロア・プラーナ(20)…明論派の天才学者で教師。レイラの恋人でクラクサナリデビの信者。最近は古代符文の解析作業が趣味。「アーカーシャ」をクラクサナリデビより賜った。


◇レイラ(15)…明論派の学生。夢遊中のみ星空の祝福という人格が現出する。最近は居候させている恋人に家事をさせるのが趣味。


◇セノ(29)…元・素論派の大マハマトラ。最近復職した為に溜まった仕事を片付けるのに時間を使用している。


◇コレイ(16)…ガンダルヴァー村に駐屯しているレンジャー。魔鱗病が治った為、前よりもレンジャーの仕事に貢献出来ると笑顔が増えた。師匠も喜んでいる。


◇カーヴェ(25)…妙論派の天才建築家。最近は長いこと砂漠で建築作業をしていたので雨林の環境にまだ慣れていない。時折、瓶の中の涼しい楽園が恋しくなる。


◆時系列…魔神任務3章第5幕から3週間後の出来事。そろそろキノコンピックが始まる。



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チュートリアル「明智の星雲」&設定集



例によって今後のネタバレが含まれます。ただし今回は正史です。




 

 

 

明論派の天才学者。彼は星の探究に飽き足らず、生命の神秘を解明し、元素理論を熟知し、古代符紋の研究に没頭する。教令院の全ての学者にとって彼は優秀なアドバイザー足り得る。尤も、彼が言うには「能力は落ちた」らしいが。

 

 

【ナレーション︰ダインスレイヴ】

 

 

『教令院に通う誰もが一度は学業の壁に直面する。プロジェクトの行き詰まりであったり、目的の資料が見つからなかったり、もっと単純に学力が規定値に届いていなかったり。』

 

『そんな時、彼の教室を覗いてみるといい。板書に記された難解に難解を重ねたそれを理解出来るのは彼だけで、授業は長らく進んでいない。だが、凡百の学生が直面した壁を崩す事くらい、その教師は簡単にしてのける。無駄に時間を浪費するようなら彼に助力を乞うと良いだろう。』

 

「フェジュロア推参。共に問題を解き明かそう。」

 

『フェジュロア・プラーナ。彼を取り巻く環境は様々だ。仕事、研究、借金、恋人…それらに悩まされ続ける彼は岩元素の神の目を扱う特殊なサポーターだ。』

 

【通常攻撃︰ハイネスレーザー】

 

『フェジュロアの通常攻撃は、法器による最大三段のレーザー光線を放つ岩元素攻撃だ。彼の持つ計算能力により追尾性を得たレーザー光線は敵の弱点へ向かって真っ直ぐに飛んで行く。』

 

『重撃時、弓キャラクターのような照準モードに移行し長距離まで直線に伸びるレーザー光線を放てるようになる。だが、この攻撃はスタミナ消費が激しい。使い所は見定めるべきだろう。』

 

「暴いてやる。」

 

【元素スキル︰ウィークネスサーチ】

 

『元素スキルを発動するとフェジュロアは周囲の敵に岩元素ダメージを与えながら【シックネスマーク】を付与する事が出来る。このシックネスマークへフェジュロアの重撃や弓による狙い撃ち攻撃をする事で、そのダメージを上昇させる事が出来る。』

 

『元素スキル発動ボタンを長押しすれば、照準モードに移行し最大八体まで岩元素ダメージを与えながらシックネスマークを敵に付与することが出来る。一度付与したシックネスマークはしばらくの間継続し、その間にもう一度シックネスマークを付与すれば継続時間を延長できる。』

 

『また、フェジュロアは観察力と推理力に長けた人物で、他人の持つ様々な本音を解き明かすことができる。』

 

【固有天賦︰シークレットマインドフルネス】

 

『ウィークネスサーチをスメール領内のNPCに当てると彼らの心の声を聞くことが出来る。この力を使ってストーリーをより深く楽しむのも良いだろう。』

 

「決して見るな。」

 

【元素爆発︰ネストホテップ】

 

『元素爆発を使用するとフェジュロアの背後に【旧支配者の瞳】が出現する。旧支配者の瞳は一定間隔で岩元素ダメージを与える【隕槌】を発射する。この旧支配者の瞳が存在する間、ウィークネスサーチで付与したシックネスマークの効果は敵の全身に付与される【ハードシックネス】状態になる。また旧支配者の瞳はキャラクターを変更しても背後に残り続ける。』

 

『ハードシックネス状態にある時、敵が受ける全ての重撃ダメージと狙い撃ち攻撃のダメージが上昇する。この時の上昇値は通常のシックネスマーク状態よりも大きい。』

 

『【天賦︰パイソネスプロテクション】解放後、敵がハードシックネス状態にある時、フェジュロア自身の元素熟知を参照して隕槌のダメージとチーム全員の重撃ダメージを引き上げる事が出来る。』

 

『また【天賦︰プラーナコンペティティブネス】解放後、結晶反応による結晶シールドをフェジュロアが取得した時、その結晶シールドの元素タイプに応じたチームのキャラクターに、フェジュロアの現在の元素熟知を基準に元素熟知を付与する。』

 

『フェジュロア上手く使うのなら、元素スキル、元素爆発を使用した後に重撃に優れたキャラクターに交代して大ダメージを出してもらう戦い方が一番だろう。甘雨、夜蘭、荒瀧一斗、ティナリ等のキャラクターのような特殊な重撃を持つキャラクターと組ませることでその力は更に発揮されるだろう。』

 

『かつて二度裁判に掛けられた彼だが、二度とも無罪を勝ち取っている。そしてその過程で彼は様々な物を捨てた。家族、家格、未来……』

 

『だが、彼にとってはそれらよりも大事な物を守れれば良いのだろう。現に、彼の表情は明るい。』

 

『一学者としてだけなら、俺も彼を手放しに賞賛することが出来るだろうな。』

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ 星見賢閲 フェジュロア・プラーナ

 

 

CV︰イメージ声優…斎賀み○き

 

誕生日︰6月10日

 

所属︰教令院/アーカーシャ研究所

 

神の目︰岩元素

 

使用武器︰法器

 

命の星座︰象牙座 千姿夜人座

 

レアリティ…☆☆☆☆☆

 

 

 

「星空の観察はリラックスの為だ。…研究?そんなのは良い。頭を休める方が人生に於いては有効だ。極限のストレスは人を狂気に陥れるからな。」

 

 

 

ひとこと紹介

 

教令院に所属している明論派の学者で教員の一人。アーカーシャ研究所に居を置き、日夜何かしらの学術研究に没頭している。同じく明論派に所属する少女レイラと仲が良い。

 

 

「人の姿を象ったアーカーシャとも呼ばれる程に彼は頭が良い。だが、彼を評価するのに頭の良さは必要無い。多くの賢人が彼のプリンキピアを解き明かそうとしたが未だに完全解明に至っていない。詰まるところ、彼の頭脳が正しく理解されるのは遠い未来だということだ。そこに賢愚の差は無い。」

 

────代理賢者の座につく元書記官

 

 

 

◇通常攻撃︰ハイネスレーザー…重撃の倍率は元素熟知を参照する。消費スタミナ80。

 

◇元素スキル︰ウィークネスサーチ

 

◇元素爆発︰ネストホテップ…消費元素エネルギー50。

 

◇天賦1︰パイソネスプロテクション…【ハードシックネス】状態の敵に攻撃する際の【隕槌】、チーム全員の重撃、弓キャラクターの狙い撃ちによるダメージをフェジュロアの元素熟知が1につき0.2%ダメージをアップする。この方法でアップできるダメージは150%までとなる。

 

◇天賦2︰プラーナコンペティティブネス…フェジュロアが結晶反応で形成された欠片を獲得すると、チーム内に居る該当元素キャラクターの元素熟知をフェジュロアの元素熟知の20%分アップする。この方法でアップできる元素熟知は150までとなる。

 

◇探索天賦…シークレットマインドフルネス

 

 

命の星座︰千姿夜人座

 

◆第一重︰記載医書…結晶シールド以外のシールドが張られている時、フェジュロアの岩元素ダメージ+30%。また、周囲の敵の岩元素耐性-20%。

 

◆第二重︰記載珍書…フェジュロアがフィールドに出ていない時、1秒に1度フェジュロアの元素エネルギーを1.6回復する。

 

◆第三重︰記載雑書…ネストホテップのスキルLv.+3

 

◆第四重︰記載全書…プラーナコンペティティブネスの効果を発動する時、該当元素キャラクターの他に岩、草、風元素キャラクターの元素熟知を該当元素キャラクターと同じ値アップ出来るようになる。

 

◆第五重︰記載誓書…ウィークネスサーチのスキルLv.+3

 

◆第六重︰記載禁書…旧支配者の瞳が存在している間、フェジュロアの消費スタミナが-90%される。

 

 

 

オリジナル料理

 

◇ハイネスカレー(カレーシュリムプ)…フェジュロアのオリジナル料理。フェジュロアが長い研究の果てに辿り着いた辛さと美味しさの調和。緻密なバランスで設計されたそれは1口食べると完食までの記憶が抜ける程美味。後味から推察できる旨味だけが、我々に残された唯一の味の記憶だ。

 

 

 

 

ボイス(プロフィール)

 

 

◇初めまして…

 

「フェジュロア・プラーナ。教令院の教員だ。……ん、プラーナとはどういう意味か?『息吹』だとかそういう意味だが、元の姓に寄せたんだ。プルフラナ家という家を勘当された身でな。だが、姓を得て良い程に功績を立ててしまっていた。プルフラナと響きが近い言葉で選んだのだ。」

 

 

◇世間話・星空

 

「この星空が偽物である、という俗説があるが…別に気にする事はない。あれが偽物であろうと、確かに法則に則って動いているのだ。私たちはその法則を見定める。それだけだ。」

 

 

◇世間話・楽園

 

「この世界は不自然で溢れている。だが、もしも設計者が居るのだとしたらよく出来ていると褒めてやりたい。なにかの縮図がこの世界であり、その縮小化に成功している。それは間違いないのだから。」

 

 

◇世間話・運勢

 

「今日の運勢は…凶か。とは言ったものの、毎度の如く凶なのだが。君も占おうか?」

 

 

◇雨の日…

 

「曇っていては星空が見えないな……どうにか晴れてくれないものか。」

 

 

◇晴れの日…

 

「晴れた。これなら星空の観察が出来そうだ。望むのならば雲一つない晴天なのだがな。」

 

 

◇雷の日…

 

「雷の影響でアーカーシャ端末に不備が出ないと良いが。バグの修正は大変だ。」

 

 

◇雪の日

 

「…寒い……手が悴んでノートに記述できない……松明を持ったヒルチャールにでも遭遇しないだろうか。」

 

 

◇砂漠に居る時…

 

「ここは人間が住める環境じゃない……水が飲みたい……」

 

 

◇おはよう…

 

「なんだ………朝?………おはよう。私はもう一度寝る。」

 

 

◇こんにちは…

 

「おはよう。君も聖骸獣の生態調査に行かないか?彼らの生態は実に面白い。草龍に由来するそれを解き明かせば、自ずと古代の神秘に触れられる。」

 

 

◇こんばんは…

 

「こんばんは。今夜はいい夜だ。共に星を見ないか?砂漠の方に行って遮るもののない開けた空を望めば、感銘を受けることは間違いないだろう。」

 

 

◇おやすみ…

 

「もう寝るのか?おやすみ。君に草神様のご加護と安らかな眠りを。」

 

 

◇フェジュロア自身について・アーカーシャ

 

「私はアーカーシャ研究所の所長という立場でもあるのだが、かの装置は知れば知るほど奥が深い。機能の多くが停止してこれなのだ…全盛期のアーカーシャはさぞかし賢者たちの心を射止めたのだろう。」

 

 

◇フェジュロア自身について・生家

 

「私の生家…プルフラナ家はとある危険な生物の研究をしていた。いつあの家が暴走するか分からない…とても不安定なまま今を保っている。もし君がプルフラナの問題に直面したのならば、私が必ず助けになろう。責任は取らなくてはいけないから。」

 

 

◇「神の目」について…

 

「私自身この岩元素の神の目はあまり好きでは無い。岩とは云わば小さな星…厄介な引力を持っている。外なる存在がもしもこの楽園を穢すのなら、手始めに岩元素の神の目の持ち主に降臨するだろう。」

 

 

◇シェアしたいこと・ラジオ

 

「そういえば、君は今のアーカーシャを使ったことがあるかな。そう、多くの機能が停止した後のだ。もし旅の途中で暇が出来たのなら、アーカーシャを使ってみてくれ。スメールの領内ならば、私がアーカーシャ研究所で収録した音声を流せるようになっている。ファルザン先生との学術対談等も収録しているから、興が乗った時にでも流してみるといい。」

 

 

◇シェアしたいこと・住居

 

「実は私はスラサタンナ聖処の下…つまり聖樹の内部に住んでいるのだが、実は彼処には虫が湧かないんだ。聖樹は虫の嫌う精油に似た性質の油で覆われていて、快適に過ごす事が出来る。ただし、木という生物の中に住んでいるのだから聖樹自体に恩恵を返す必要が生まれる。聖樹に草の元素力を注いでやると生きていく糧にもなるし、聖樹のエネルギーを消費することなく油を精製させることも出来るんだ。」

 

 

◇興味のあること…

 

「君は巨大ロボットは好きか?私は一度七葉寂照秘密主に搭乗したことがあるのだが、あの感覚は忘れられない。もしも金銭の余裕が出来たらもう一体、ロボットを作りたいな。もし完成したのなら君も搭乗させてやろう。……いや、そもそもセノに製造を止められるか。」

 

 

◇クラクサナリデビについて…

 

「スメール全土を治める神様だ。アランナラという精霊を眷属として持ち、ジンニーやソルシュといった既に亡き神の眷属の管理権限を持つ者でもある。彼女に関する逸話は多いけど、今のクラクサナリデビ様はまだ偉業たる偉業を成し遂げてはいない。だが私としては、そんな純朴な神こそ信仰に価する。傲慢こそが神を邪へと貶める毒なのだから。」

 

 

◇ティナリについて…

 

「ティナリさんはコレイちゃんの保護者で薬学に精通している賢人だ。私の生論派の友人もティナリさんには頭が上がらないといつも言っているよ。個人的には教令院に残って生物学の新たなる発見に努めて貰いたいが、本人がそういった喧騒から離れる為にレンジャーになったんだ。あまり強くは言えないな。」

 

 

◇コレイについて…

 

「コレイちゃんは笑顔の似合う可愛らしい少女だ。過去の茨に囚われずに前に進もうとする姿には感銘を受ける。願わくば、彼女が今後も平穏に生を満喫できる事を。」

 

 

◇ドリーについて…

 

「彼女は面白い人間だ。彼女自身天文学や計算術に秀でてはいないが、理論を少し教えてみれば大凡の検討をつけることが出来るようになっていた。学術の道へ進めば歴史に名を残せるのだろうが…彼女は今の暮らしの方が稼げるのだからと聞いてはくれなかった。まぁ、その通りなのだけれども。」

 

 

◇ニィロウについて…

 

「シェイクズバイルさんの所の女優だな。彼女は声の通りが良い。彼女の出演した音声劇は特に評判が良いんだ。研究所の専属声劇師にでもなってくれないものか……と、彼女の本領は舞劇だったな。」

 

 

◇キャンディスについて…

 

「アアルの狩人さんか。スメールでも彼女ほどの実力の持ち主はそういない。砂嵐を操りその勢力を持って魔物を屠る……噂に誇張もあるだろうけれど、彼女の運と機を味方につける力は本物だ。」

 

 

◇セノについて…

 

「あの方は私の保護者の一人だ。教令院でも私生活でも随分と面倒を見てもらった。感謝してもしきれない。と、考えてはいるが、いつも私の教令の為にに頭を悩ませてしまっているのはどうにもならないのだがな。」

 

 

◇ファルザンについて…

 

「ファルザン先生は可愛らしい人だ。肉体の年齢をそのままに老齢を重ねた知性にはいつも度肝を抜かれる。それでも、肉体の年齢に引っ張られているのかその行動には少女らしさを残している……ギャップというものは素晴らしいとは思わないか?」

 

 

◇アルハイゼンについて…

 

「あの人はあの年齢で自分の人生観を確立出来ていて羨ましいな。普通ならば学に対し人を羨み妬む心を拭えないものだが彼は違う。とはいえ、その妬心こそ原動力になる人間もいるのだから評価は難しいのだが。」

 

 

◇ディシアについて…

 

「一時期フーマイ家の令嬢の護衛をしていた傭兵か?彼女には恩がある。実家の改造生物共を蹴散らすのに一役買ってもらったよ。当然、チップも多く渡したさ。あぁいう金さえ払えば仕事をきっちりこなしてくれる人間は好きだ。……普通ならあの化生共を一目見た瞬間に発狂してしまうのだから。」

 

 

◇カーヴェについて…

 

「彼の建築に関する熱意と誠実さ…それと人脈はなかなかの物だ。それ以外に関しては酒場で飲んだくれている阿呆といった印象だが……まぁ、彼は大規模な仕事を十全にこなしてくれた。今度酒場で見掛けたら何かしら奢ってやろう。」

 

 

◇モナについて…

 

「彼女は私の姉弟子……占星術の腕は私以上だ。ん…彼女の恥ずかしい秘密か………そうだ、一度だけだが彼女が私の布団に潜り込んできてな。抱き枕かなにかと間違えられたよ。………はぁ。」

 

 

◇八重神子について…

 

「八重堂の編集長様には本当に感謝している。まだ実績も無い研究所に人気な娯楽小説の声劇化の許可を下ろして戴けた。これからも仲良くしたいものだ。」

 

 

◇放浪者について…

 

「彼には多くの迷惑をかけた。スメールを護るためとはいえあの純朴な少年を罠に掛けたのは…………おっと、この事を覚えていては拙いんだったか?スカラマシュ。」

 

 

◇レイラについて・星空の観測者

 

「ある人が言った。『愛憎は輪廻で、憎しみだけを加速させるから。』と。ならば私は彼女に愛憎を等しく残したい。愛し憎む心こそが恋なら、その均衡を保たせればそれは永遠の恋へと成る。これはただ傲慢なだけの私の願いだ。」

 

 

◇レイラについて・星空からの祝福

 

「彼女と初めて行った異国の地は璃月だった。そこでも勿論星空を眺めたよ。璃月から観測できる星象はスメールのものとはまた違う。そう研究者としての脳は警鐘を鳴らすが、私にとってあの空はただの『美しさ』だった。恋情は世界を美しく変化させる。だが、真実は遠のいて行く……学者としての一番の禁忌とは恋なのだと、あの瞬間確信できた。」

 

 

◇フェジュロアを知る・1

 

「クラクサナリデビ様からアーカーシャを託された時、天命を感じた。これの研究こそ我が生涯の為せる一番の功績だと。プラーナ家を守護者の家系にする。その為に今私は生きている。」

 

 

◇フェジュロアを知る・2

 

「レイラと歩む選択は研究者としては蹉躓だったのかもしれない。だが、私が人として生きる上で彼女は必要なんだ。願わくば、私も彼女に望まれている事を祈る。」

 

 

◇フェジュロアを知る・3

 

「フェジュロア式世界真理究明術の授業は、何故だか皆机に伏して寝てしまう。難解である自覚はあるがもう少し先生に対する配慮というものを……テストは上辺だけでも解けるものにしておこう…」

 

 

◇フェジュロアを知る・4

 

「この前教令院の生徒間で密かに行われていた授業が下手な先生ランキングのワースト2位がファルザン先生だと聞いて笑いに行ったら、そのまま『ワースト1位はお前じゃ』と言い返されたよ。………心外だなぁ。」

 

 

◇フェジュロアを知る・5

 

「え、君も私の授業を受けてみたいだって?うむ……先ずは占星術の基礎と元素論学の基礎を修得している事が前提だが……そうだ、君は多数の元素を扱えるのだろう?私が元素論学について教えてやろう。うん。……それなら君が理解不能だと嘆く未来は訪れないだろう。…多分。」

 

 

◇フェジュロアの悩み…

 

「悩み?授業が上手くいっていないのは無しにして………そんなに悩みは無いな。研究所も上手くいっているし借金返済も予定通りに済んでいる。いや…最近レイラの無遊人格である星空の祝福が妙にしおらしいのが気掛かりだな。もしや…私に惚れたのだろうか。ダブルレイラハーレムといったところだな。……なんだその呆れ返った表情は。」

 

 

◇フェジュロアの好きな食べ物…

 

「カレーが好きだな。特にドリーの作るカレーは辛味が絶妙で美味しいんだ。まぁ、金は取られるんだが。」

 

 

◇フェジュロアの嫌いな食べ物…

 

「稲妻で食べた…寿司だったか。あれはそこまで私の口に合わなかったな。そもそも刺身文化がスメールには無い。それにあんな生の状態で人に出すには職人の気苦労が伺えて食べることに集中出来ない。食中毒とか出たら大変だからな。」

 

 

◇誕生日…

 

「誕生日おめでとう。……君には散々世話を掛けたからな…何かで返せれば良いんだが…。君に私の趣味を押し付けるのも気が引ける。そうだ、どうせなら良いご飯でも食べに行こうか。君もパイモンちゃんの喜ぶ顔は見たいだろう。」

 

 

◇突破した感想・起

 

「ちょっと、強くなったか。」

 

 

◇突破した感想・承

 

「レーザーの射程が伸びた。これでより遠くの事象に干渉できる。」

 

 

◇突破した感想・転

 

「う…ぐ……やつの力が強まった。悪を狂気という病で溺れさせて……なんでもない。……はぁ。」

 

 

◇突破した感想・結

 

「この感じ…やつの力を掌握できている?……ありがとう、旅人。この恩は忘れない。」

 

 

 

 

 

ボイス(フィールド)

 

 

◇元素スキル

 

「暴いてやる。」

「見せてみろ。」

「サーチ。」

「把握。」

「悪をもって悪を…」

 

 

◇元素爆発

 

「奸智術数、経路展開。」

「決して見るな。」

「邪悪の瞳。」

 

 

◇宝箱を開ける

 

「モラの足しになるな。」

「ほう、良さげな品はあったか?」

「探索率を上げよう。」

 

 

◇HP低下

 

「拙いな…」

「服が…」

「もう帰らないか?」

 

 

◇仲間HP低下

 

「退いても良いぞ。」

「ヤバいんじゃないか?」

 

 

◇戦闘不能

 

「レイラ…」

「いつか天に還る。」

「ぐえぇ。」

 

 

◇重ダメージを受ける。

 

「あぁ!?それ高いのに…」

「あひぃ。」

 

 

◇チームに加入

 

「フェジュロア推参。共に問題を解き明かそう。」

「アーカーシャ研究所の所長。どうぞよろしく。」

「私を選んだか。」

 

 

 

・他キャラクターからのコメント

 

 

◇モナ

 

「彼の恥ずかしい話ですか?おばばにコテンパンにされて泣いていたのをわざわざ私が慰めたのです。そういえば、一緒に寝てあげたりもしましたね。今では彼を揶揄うネタになって良いですが。……はぁ。」

 

 

◇ドリー

 

「彼は大モラ持ちのお得意様ですわ!!プルフラナ家の末裔だというのに家を捨ててしまったのは残念でなりませんが、それでも彼のモラ遣いは良家の令息のまま!世間知らずのお坊ちゃんって良いですわね〜〜でも時々カレーを集りにくるのは難点ですの。」

 

 

◇カーヴェ

 

「彼の家兼職場の工事は凄く大掛かりだったことを覚えている。にしても…彼はなんであんな借金をきちんと返済出来ているんだ…?僕とそう収入は違わない筈なのに。」

 

 

◇八重神子

 

「あの小童…良い取引き先になりそうじゃ。らじおというもので読み上げる権利をくれと言われた時は反応に困ったが、形になってみれば実に良い。…稲妻でもあのアーカーシャを使えないものかのう……」

 

 

◇放浪者

 

「あいつ…前と雰囲気が変わったか?前はもっと危険な匂いがしたが、今は平和ボケしているように見える。あの邪神…とかいうのをどうにかしたのだろうか。」

 

 

◇ナヒーダ

 

「あの子は賢者フラナの末裔…だったのだけれど、自分の力で未来を選択する事が出来た。アーカーシャはその応酬よ、それだけ彼に期待しているという意味でもあるわ。そして彼の知恵はスメールにとって欠かせない、手放すべきでは無いわね。」

 

 

◇アルハイゼン

 

「彼を明論派の賢者にと押す声があったが、本人によってそれは却下された。自らの意見を通すだけの実績があいつにはある。羨ましい限りだ。」

 

 

◇ニィロウ

 

「フェジュロアさん?彼は私たちの劇団に教令院での仕事をくれるの。音声劇って言ってアーカーシャ端末で何時でも聞けるんだけど、その仕事のお陰で私たちがモラに困る事は大分無くなったかな。でも…スメールの全員が私の声を何時でも聞けるって言うのはちょっと恥ずかしいかも…」

 

 

◇コレイ

 

「フェジュロア先生はあたしに分かりやすく勉強を教えてくれるんだ!なのに教令院での評判はあまり良くないらしい……なんでだろう。」

 

 

◇ティナリ

 

「フェジュロアは明論派の天才で、その研究は多岐に渡る。昔、セノの紹介で僕の研究を手伝ってもらった事があったけど、彼はすぐにノウハウを得てね。今じゃもしかしたら指導に関しては彼の方が上かもしれない。」

 

 

◇セノ

 

「あいつは何時も問題ばかり起こす。研究の内容が複雑すぎて到底俺たちの手に負えないんだ。それでも俺たちは教令しなくてはいけない。皆あいつが論文を書き上げない事を祈っているよ。」

 

 

◇ファルザン

 

「あいつはワシをラジオのパーソナリティとして起用しているが選考基準はなんだったのじゃろうか。聞いてみても『声』としか言わんが、ワシという学術に精通した存在を呼んでいるのだからもっと適した理由がある筈……駄目じゃ、思いつかん。」

 

 

◇レイラ・恋愛

 

「そういえば…フェジュロアと初めて出会った頃はこんな関係になるなんて思ってもみなかった。まだあの頃の彼は学生で距離も近かった。それでも遠くに感じていたのに、今じゃもっと遠くに感じてしまう。とは言っても、それは勉学の話に限ったことだけどね。」

 

 

◇レイラ・祝福から

 

「彼は…とてもずるいよ。あたしに全部話す癖に、こっちには目も向けてくれない。彼はレイラが好き。あたしも同様に愛しているとは言うけれど、レイラに向ける視線とあたしに向ける視線は違う。彼はレイラに恋しているけれど、あたしには親愛しか向けてくれない。……こんなこと思うべきじゃないんだろうけど、あたしは私が妬ましい。」

 

 

 

 

 

 

 

物語

 

 

◇キャラクター紹介

 

スメール教令院明論派に所属している教師。生徒からの教師としての評判はあまり良くなく、彼の教室では居眠りが流行している。だが、彼は学術に関するどのような質問にも真摯に答えてくれるために、学術研究に於いて教令院に欠かせない存在だという評判が横行している。また、アーカーシャとその権利を草神から賜っており、それを研究する研究所を創設、運用している身でもある。現在はこちらの方が本業だと言っても差し支えないだろう。レイラという少女の恋人であり、将来を誓った仲でもある。

 

 

◇キャラクターストーリー1

 

幼き日、プルフラナ家を一人の賓客と共に逃げ出した。その賓客は狂気と砂漠の過酷さから命を絶った。賓客の死を目の当たりにしたフェジュロアも発狂し、運命に見染められた。【お前は良い鳴き方をする。】【フラナ以来の逸材だ。】悪魔が囁くがフェジュロアは聞こえないフリをしてやり過ごす。埒が明かないと悪魔は姿を白髪の幼子に変えて取引を持ちかける。【世界の真理、数理の果て、全て知ることができるわ。】【でも、あなたが知りたいのはそんなものでは無く、家に隠された真実でしょう?】【この計算を解いてみなさい。そうすればあなたは『知恵の神』になれるわ。】その言葉を信じフェジュロアは砂漠の中心で五日、飲み食いもせずにその問題を解いた。その時からフェジュロアは知恵の神であるクラクサナリデビを信仰するようになった。彼女だけが自らと同じ知能を持つと信じて。

 

 

◇キャラクターストーリー2

 

砂漠で行き倒れたフェジュロアを通りがかりの魔女は介抱し、家に置いた。フェジュロアはその生活の中で人と人の間に発生する情愛を学ぶ。いつか自らの手でこの情愛を見い出せれば…そう願う他無かった。…時が経ち、魔女から帰郷を命じられたフェジュロアは実家にて人の情愛が捻じ曲がった姿を見た。そのどうしようもなさに失望しフェジュロアは両親を手にかけた。マハマトラにその事実を隠すことも出来ずに審判を受けようとするが、一人のマハマトラがその行為を止める。そのマハマトラはマハマトラとしての立場も高くない褐色肌の少年だった。「お前は愛と狂愛のギャップに耐えることが出来なかっただけ、なんてことの無い普通の人間だ。」フェジュロアは無罪放免とはなったが、代わりに教令院での従事を命じられた。フェジュロアは少年とその養父と共に生活をすることになる。そこでまた、新しい情愛の形を知った。

 

 

◇キャラクターストーリー3

 

時は流れ、プルフラナの親族とも和解したフェジュロアは教令院にてとあるプロジェクトを立ち上げた。『星間距離の観測と把握』という現代の理知から異常なまでに飛躍したそれを、学舎を共にする明論派の同輩達は止めなかった。無謀だと卑下する訳では無くそれが成功に終わるという脅迫感めいた確信を持っていたからだ。フェジュロアに賭ければ人生を安泰に出来る、そう他人に思わせる程にフェジュロアは実績を積んでいたのだ。だが、フェジュロアの知恵をもってしてもそのプロジェクトの達成は難しく、途方に暮れていた彼はカフェにて一時の安息を得ようと思い立った。そこでフェジュロアは『レイラ』という少女と出会った。レイラが研究に必要だった氷元素の神の目の持ち主であることを理由に、フェジュロアはレイラを強引に研究に引き入れたのだが、じきにフェジュロアはレイラに惹かれていった。恋というものを自覚出来る程に情愛の形を知っていた彼は、レイラを己に釘付けにするために奔走し始める。その末にフェジュロアはレイラの情愛を勝ち取ったが、時を同じくして教令院の極秘プロジェクトに誘われるのだった。

 

 

キャラクターストーリー4

 

「もしも本当の家族になれたら」…自らの周りの暖かい誰もに対してフェジュロアはそう心の中で思っていた。賓客も、魔女も、少年も、親族も、同輩も、賢者も、教令院を追放された愚者も。誰への親愛も欠かすことは無かったフェジュロアがレイラという一人に釘付けになった時、悪魔は思うのだ。【結局、家族を作って私を忘れたフラナと一緒か】と。悪魔はフェジュロアの周囲の喧騒を利用してフェジュロアを追い込んだ。身を病で侵し、心を蝕み、思考を誘導した。より深く落ちるように、丁寧に丁寧に道を舗装した。だが、悪魔の思う通りにはいかなかった。「私は、この知恵を捨てる。」…誰よりも知恵に執着していたフェジュロアはもうそこには無く、ただ情愛を求めるだけの人がそこにはいた。悪魔は呪う。己を、フラナを愛してしまった己を。神の知恵を失った彼の目は酷く澄んでいて、直視することが出来なかった。『愛憎は輪廻で、憎しみだけを加速させるから。』…フラナの死後、未来に幸せが壊れる事を望むしか無かったナイアルラートホテプは、未来(フェジュロア)に絶望させられた。また先を望むのなら、更に未来しかないのだろうか。ナイアルラートホテプはそう信じ『プラーナ家』を見守り続ける。

 

 

キャラクターストーリー5

 

「レイラ、ありがとう。君のお陰で今日も私は生きることが出来た。君のためなら、この身を粉にしようと頑張れる。君の存在があってこそ、この生は輝け…」「うるさい。」…いきなりのことだった。眠っていた筈の少女にキスで口を塞がれた。フェジュロアは唇に手を当てて惚けた。今のは、レイラではなく夢遊中の……みるみる内に赤くなる少女の顔を見ながら、フェジュロアはある禁忌に辿り着く。この子はもしかして、私の事が…

 

 

二つの指輪

 

フェジュロアの左手薬指には細い指輪が二つ着いている。一つは金細工で、もう一つは正銀で。二つの指輪の裏には同じ名前が刻まれていた。『レイラ』……この事実を罪と思うか幸と思うかはフェジュロアに委ねられた。指輪が増えた晩、伴侶の少女は二重になった指輪を見て不思議に思うが、すぐに納得した。あの星空の祝福がなにかやらかしたと。

 

 

『神の目』

 

空の真理に辿り着いたフェジュロアは、己の手元のいつ間にか存在していた神の目を懐にしまった。星空はしまわれる神の目に象牙座を映す。だが、神の目と星空の間には悪魔がいた。フェジュロアの命の星座はいつの間にかすり替わっていたのだ。『千姿夜人』…詰まるところナイアルラートホテプ。異なる世界の神はフェジュロアを陥れようとした時、既にフェジュロアの運命を書き換えてしまっていた。それに気づかないのはフェジュロアもナイアルラートホテプも一緒で……唯一気がつくことの出来た魔女は知っていた。未来は下落ではなく不定形だと。だからこそ、魔女はフェジュロアを家に帰したのだ。

 








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一話 星空の祝福は欲求不満!

1話から下品です。



 

 

苦しい。呼吸ができない。

 

身動きが取れないで、ただ沈んでいく。

 

苦味……砂の味。ざらざらとした食感が気持ち悪い。

 

僅かに見えた光すらもう、見えなくなりそうで……

 

そんな時、決まって彼女が現れる。

 

彼女はレイラ。よく見知った姿のそれは、こちらに手を伸ばす素振りをして……

 

 


 

 

目が覚めた。

 

これはあたしが見ている悪夢。表のレイラの悪謬を精算するための行為だった。………のだが。

 

最近はこの悪夢すら、楽しく思えて仕方ない。

 

レイラの心の悔いを取り除くのがあたしの役割で、使命。だと言うのに、今はこの夢に希望を抱いてしまっている。

 

これも全部ある一人のせい。レイラに取り入り依存させた、多くの歪で厄介な物を抱えた青年。

 

「あれ、今日も何かやってるの?もう夜遅いよ。」

 

「…ん、あぁ。改修工事に必要なデバイスを作っていた。アーカーシャの導線がそこかしこに引かれているから、避ける為にそれを視認できる道具を作っていた。試作品だがレイラも使ってみるか?」

 

「じゃあ、どんな出来栄えかチェックしてみようかな。」

 

気だるげなその表情も愛おしい。徹夜というわけでは無いだろうけど、眠いのかな。

 

フェジュロアから受け取ったゴーグル型のデバイスを頭に装着して、周りを見渡してみる。すると、部屋の周りに薄緑色の線が浮き出ているのが確認できた。

 

「これって、元素視覚を擬似的に再現しているってこと?」

 

「あぁ。アーカーシャには濃密な草元素粒子が流れている。それさえ探知出来れば導線の位置も把握できるという寸法だ。君らのような学生でも簡単に思いつきそうなネタだがな。」

 

「へぇ。」

 

……彼はこう言うが、元素視覚を神の目を持たない人に共有できる技術は今の所存在しない。これは濃密な元素しか可視化出来ないようだが新技術への一歩を軽々と乗り越えるのを見ると…なんだか彼がまた遠のいたような気さえしてしまう。

 

いや、別にあたしから彼が離れたところで、レイラは変わらず彼の恋人だ。お互いに依存しあっていて…見ていてとても………とても…

 

眠そうに欠伸をする彼を見て、あたしはかつて彼と砂漠の高地で休んだ記憶を思い出す。あの時は、膝枕してもらったっけ。でも……今じゃそんな軽い冗談も言えなくなっていて…

 

…フェジュロアが何かあったのかという顔でこちらを見てくる。彼は何も言わないが、挙動不審にでも見えてしまっただろうか。

 

「レイラ、眠いなら寝たらどうだ。明日は休みじゃないんだ。ここでこうしていても疲労が蓄積していくだけだと思うが…」

 

「あー…うん。寝るよ。はい、ゴーグル。」

 

「あぁ。おやすみ。」

 

彼に促されるままに部屋に戻ることにした。

 

まだ目は覚めたばかりだというのに、もう一度布団に潜る。

 

…彼と上手く話せない。言葉の選択に時間を掛けてしまう。

 

あたしは、ただ少し時を一緒にしただけの彼に……惹かれているのだろうか。

 

元々、表のレイラは彼にゾッコンで、脳内は支配されている。だとしてもあたしが彼に惹かれてしまうのはレイラに気が引ける。

 

この気持ちは、レイラとフェジュロアに気取られないように心の奥底に沈めておこう。

 

 

 


 

 

 

目が覚めた。

 

今日は何度目の夜だろう。動きのない、無為な時間だ。

 

ここのところ、あたしはレイラの役に立てていない。課題で詰まればフェジュロアが助けてくれて、レポートはフェジュロアとの経験で悩むことなんて無くなっていた。

 

……あたしはレイラであり、レイラの助けである存在。だからこそ、レイラの為でなければいけない。

 

知恵の殿堂に忍び込み、栞の挟まれたページを開く。

 

そこに記された疑問を感じあたしの知恵で解き示す。

 

……この行為はレイラの為でなく、明論派の同輩の為でもなく、あたしが自我を保つための極めて自己満足的な行為だというのは自覚している。

 

こうでもしなくては、あたしは自分が許せない。レイラの時間を使って欲を吐き出しているんだ。

 

誰かに認められて、褒められて、愛されて。そんな特権をあたしは持たない。

 

……あたしはレイラの助けである『星空の祝福』だ。彼女のためなら、なんだって出来る。

 

だからこそ、彼に近づくことはしてはならない。レイラは他人が彼に寄り付くのを拒んでいるから。

 

疼きを抑えるようにただひたすらに耐える。

 

 

 


 

 

 

目が覚めた。

 

……子宮が疼く。

 

彼の匂いが間近に狭っている。

 

裸で抱き合っている現状を、あたしは認知しない。してはいけない。

 

直視してしまったのなら、もう戻れないから。

 

そう、今までも何とかしてきた筈だった。

 

ふと、自らの中に彼を感じた。

 

それを認識してしまったらもう、抑えきれなくて……どうしようもなくて。

 

眠りについている彼の肉体を使って、自らを慰めた。

 

 

 


 

 

 

「砂、流砂。」

 

「それに飲み込まれ続けるあたしは、何も出来ない。」

 

「あなたの役にも立てなくて、あなたに隠れて彼にこんな想いを抱いていて、なにも出来ないでいる。」

 

「消える覚悟だって出来ていたけど、未練が生まれてしまった。」

 

「もう、戻れない。」

 

「レイラ、あなたが好き。でもあなたを陥れたフェジュロアのことも好きになってしまった。」

 

「あたしは……あなたにとって邪魔?」

 

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 

「うぐ…」

 

目が覚めた。

 

身体に疲労が溜まっている感じがする。この感じは、昨日の夜は星空の祝福がこの身に降りていたのだろうか。

 

現状を鑑みるに、自慰にでもふけっていたのだろう。

 

まだ目を覚まさないフェジュロアの髪を撫でる。

 

夢遊なんて面倒な体質のせいで私は誰とも親密にはなれないと思っていた。けれど、目の前にはこうして理解者がいる。

 

って…夢遊とか関係なく友達を作るのは苦手だけどね……

 

…………

 

「…理解者か。」

 

星空の祝福は、私が夢遊している時のみ現れる人格。…だと考えている。

 

夢遊で別人格に変わるなんてちょっとおかしいかななんて思ったりもしているけれど、私は何度もそれに助けられた。

 

感謝の意は何度もノートや便箋に記したけれど、果たして彼女にちゃんと届いているかは分からない。

 

でも最近になって、私は星空の祝福にあまり頼らなくなった。もし星空の祝福にも私と同じれっきとした一人の人格が存在しているのなら、彼女は今孤独を味わっているのではないか………そんな気がしてならない。

 

というか、目が覚めたら別人格の恋人と裸で抱き合っているってどんな感覚なんだろうか。案外それすらも達観しているのだろうか………いや、それは無いか。

 

まだ僅かに火照った身体からも分かる。彼女は私の恋人に酷く興奮している。その昂りはいつか、限界を迎えるのだろう。

 

「ねぇ、フェジュロア。」

 

「…んな。」

 

「…聞こえてる?」

 

「………起きてなす。」

 

「そのままでいいや。もし、もう1人の私があなたを求めたら、その時は拒絶しないであげて。」

 

「…………………えっ。」

 

私の言葉でフェジュロアの目がゆっくりと見開かれる。……言わない方が良かったかな。

 

「つ、つまりそりゃ……姐さんは私に星空の祝福との情事を認めてくださるって事でぇ!?」

 

「え、何その喋り方。」

 

「……いや、口調が変わるほど驚いたという表現だ。……だが、良いのか?君は星空の祝福との浮気を許さないとかこの前言っていた気がするが…」

 

確かに言った。でもそれは私の知らない彼を星空の祝福は知っているからと嫉妬しただけで、今の立場は逆だ。私は彼女の知らない彼を知っている。その優位を分け与える立場だという事だ。………自分で考えていてなんか恥ずかしいな…

 

「……実は、昨夜星空の祝福が現れたみたいなの。」

 

「昨日………え、昨日は2人とも寝たの深夜じゃないか。」

 

「そう。そのあとに起きたみたい。そして星空の祝福は……」

 

彼の耳に口を近づけて言い放つ。

 

「オナニーだけして寝ちゃった。」

 

「……ほう。」

 

フェジュロアがなんだかスケベな顔になる。いや、まぁそういう反応になるだろうなと分かっていて言ったのだけれど。

 

「あなたは私の…レイラの全てを占領したいんでしょ?なら、星空の祝福にもいずれは手を出すつもりだったでしょう。」

 

「……まぁ、そうだが。」

 

「なら、私も認めてあげる。星空の祝福もあなたで埋めつくして。そうすれば、あなたはレイラを占領できて、私はあなたで満たされる。……自分に嫉妬していてもしょうがないって彼女の孤独と天秤にかけて思ったからね。」

 

「………」

 

「だからもし、星空の祝福があなたを求めたら、受け入れてあげて欲しいの。」

 

「あぁ。」

 

彼は私の言葉を真摯に受け止めてくれる。

 

でも、限度はそこまでだ。フェジュロアから襲うことは許さない。星空の祝福が限界に限界を重ねた折り、決着をつけさせる。

 

同じ人を好きになった同一人物の別人格……私でも少し面白いと思う。だからこそフェジュロアには、厄介な人に好きになられたのだともっと認識して欲しい。

 

そして、彼を考えることを放置した獣に堕とす。私で溺れさせる。そのための算段を勉学以上に費やしている。

 

それが最近の私の趣味だ。悪趣味だとは思っているけれど。止められないものは仕方ない。……考え方が最近フェジュロアっぽくなっている……どうにかするべきか。でも結局、私も彼と同じで

 

染められるのも良いけど、染める方が好きだ。

 

────それに…こうすれば彼との時間が確保できるだろう。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『だからもし、星空の祝福があなたを求めたら、受け入れてあげて──────』

 

レイラの口からあの言葉を聞いたその日から、私は夜に端正に身体を洗ってベッドで待機するようにしている。

 

レイラの口からあんな言葉が出るということは、彼女の勘はそれだけ星空の祝福がエッチになっていることを示唆している。

 

でもそうだよな。別人格がセックスしてそのままの状態で起きてしまうって気まずいどころの話では無い。おそらく一度ではなく何度も似たような事を繰り返し欲求不満が溜まっているのだろう。

 

そんな不憫な想いをさせてしまったからこそ、私は彼女の初夜をより良いものとする為に準備しなくてはならないのだ。

 

…思えば、星空の祝福には私もそれはそれはお世話になった。

 

降臨者化の事で困らせたり、邪神について相談したり、スメールの創神計画打倒の案を出してもらったり……彼女はもう私のもう一人のパートナーと言って差し支えないだろう。

 

そんな聡明な彼女を私で溺れさせる……良いじゃないか。

 

独占欲、支配欲が満たされるというものだ。

 

「レイラ、今日も一緒に寝よう。」

 

「うん、良いよ。」

 

申し訳ないことに星空の祝福の出現を今か今かと待ちわびる私に彼女は付き合ってくれている。これは所謂公認浮気というやつだろうか。相手は両方レイラなのだが。

 

「そういえば昼にドリーに聞いたんだがキノコンピックなる大会がオルモス港開催されるらしい。」

 

「…キノコンを競わせたりするってこと?似たようなのだとオニカブトムシレースだっけ…稲妻の花見坂で見たよね。」

 

「あれはあの鬼族の男とその仲間が開催しているイベントで稲妻の鉄板遊戯というわけでは無いと思うが……まぁ、そのイベントを賑わせるために教令院からも参加者が欲しいらしい。私は忙しいから無理だがレイラは行けたりしないか?」

 

「うーん……」

 

キノコンピックってなんだという感想が頭に浮かぶが、レイラの受けている科目はこの時期暇になるはずだ。勉学に躓いている様子でもないし気分転換にどうだろうと言ってみた訳だが、彼女の反応は著しくない。

 

「別にそんな大会出なくても私はあなたのキノコンで………なんでもない。」

 

え、何?

 

「セノみたいなこと言うな。いや、ジャンルが違うしど下ネタだが。」

 

「うるさいな………で、キノコンピックだっけ。あぅ…」

 

「可愛い〜」

 

変なギャグをかまして恥ずかしくなっているレイラがとても可愛らしい。抱き寄せて頭を撫でる。

 

「で、キノコンピックの事だが。」

 

「うんキノコンピック。……」

 

「………」

 

レイラは撫でられている現状に身を任せ、気持ちいのか目を閉じた。このまま寝てしまうんじゃないだろうな。

 

正直もうキノコンピックはどうでもよくて、お互いがお互いの温もりだけを求めるイチャイチャムードに突入した。

 

「もっとくっつこう。」

 

「ん?あぁ。」

 

締め付けるように抱きしめたりはしない、非常に柔らかで、プラトニックな抱擁……

 

「……フェジュロアって体温低いよね……」

 

「…氷元素使いの君には言われたくないが…」

 

「もっと溶かすほど情熱的になってくれても良いよ。」

 

「!!」

 

珍しいレイラからのお誘いだ。最近星空の祝福を求めるがあまり、ただ一緒のベッドで寝るだけというのを繰り返していたから、レイラ自身のムラムラが溜まりきったのだろう。

 

すぐに服を脱いで臨戦態勢に移る!!

 

なんて思っていれば、レイラは股間に顔を埋め始めた。もしかして……こんな積極的とはレイラにしては珍しい事もあるものだ。

 

なんて、いつ行動に移すのだろうかと待っていればやけに彼女が静かなことが気になった。

 

「あれ。」

 

「………すぴー」

 

「…寝たのか。」

 

単純に温かさが足りなくて股間に顔を埋めたらしい。猫かな。

 

こうも私に身を委ねて…安心してくれているとわかると心地がいいものだ。

 

でも……これじゃあ生殺しというやつだ。

 

と、当初の私の目的を思い出す。

 

(このまま星空の祝福が起きたら良いムードにして襲おう。)

 

……我ながら最低だ。

 

だけど、男という生物は基本的にこうなのだから、仕方ないだろう。(by.アルハイゼン)

 

……………

 

夜が長く感じる。

 

 

 

 

 

 

結局、この夜に星空の祝福が現れることは無く。

 

私は一睡を無駄にした。

 

というかレイラを熟睡させたらダメなんだった………



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二話 星空の祝福とデート!

 

 

これはキノコンピックが開催される少し前のこと。

 

「うん。………工事完了だ!」

 

私の家の改装が完了した。

 

 


 

 

新築特有の匂いは良いものだ。ようやくここの安全性が保証されたので恋人の居候という身分から解放された───ッ

 

ベッドやら何やらで敷き詰められた部屋を歩き回り、ここが自らの居住であると脳内に刷り込む。

 

刷り込み…………………

 

「分かっていたが広いな?」

 

「そりゃ…人が住む間取りには設計されてなかっただろうから。」

 

「掃除が大変そう……元素エネルギーで動くお掃除ロボットでも作るか。」

 

「当番制にでもする?前の家ではあなたに任せっきりだったし。」

 

「そうしようかな。掃除はおいおい考えるとして家事は当番制にしよう。」

 

私は家の広さに圧倒されていた。

 

アーカーシャ主制御室区画から周辺の各研究室まで全てが私の家となった訳だが……二人で住むにしても広すぎる…。

 

これなら二部屋ほど私の研究室にしても生活には余裕だ。…余裕すぎる。

 

「…プラネタリウム機でも作ってプラネタリウム部屋でも作るか?」

 

「あっ良いねそれ。そこに寝転びながらお昼寝とか出来たら最高だよ。」

 

「あとは……まぁいい。時間はある事だし。君はもう部屋に荷物を運び終わったのか?」

 

「うん。宿からほとんど荷物をこっちに移すことにしたから少し大変だったけどね。」

 

「荷物…多かったからな。」

 

レイラとは一緒に住むことになった。同棲というやつだ。……前も似たようなものだったが。

 

とは言っても。今日から本当の意味で同じ家に住むことになったのだ。普段の生活から整えて彼女に迷惑をかけないようにしなければならない。

 

生活態度の見直しというものは大変だ。自らの一般常識を信じるしかない。それがレイラの目にどう映るかはレイラ次第…

 

彼女の前で格好つけたいのは男のサガだ。極限まで格好つけてやる。

 

「レイラ、早速だけど今夜ディナーの予約を取ったよ。どうだい?」

 

「ディナー?随分と思い切ったね。引越し祝い?」

 

「あぁ。」

 

「楽しみにしておくよ。あなたの料理より美味しいか品評してやる。」

 

けして今から食材を揃えるのが面倒だから外食にするとは言わない。 調味料の類は持ってきてはいるが肝心の食材は聖樹の下層に行かなければ買えない……この家に住む上で一番のデメリットとも言える。

 

そういえば草神様は更に上に住んでいらっしゃるが食事はどうしているのだろうか。草神だから自家栽培でもしているのかな?野菜とか。

 

「じゃあ暫く私は色々と設備の調整をしてくるから君は部屋で休んでいるといいよ。荷解きで疲れているだろうから。」

 

「そうだね、もう腰がちょっと痛いや。」

 

「あぁ。……今が16時だから…そうだな、19時には呼びに行く。3時間後だ。」

 

「わかった。じゃあね。」

 

レイラの去り姿を見半分に作業に取り掛かる。

 

元素実験室の防火対策をまずは整えることにしよう。消化用氷元素圧縮装置を壁際に2つ置いておいて………

 

………

 

……

 

 

元素ディスティラーの空間適応確認。……よし、実験室はこの程度で大丈夫だろう。

 

【19:00になりました。】

 

ん、アーカーシャ端末に仕込んだ時報だ。ちゃんと稼働しているな…

 

実験室の整備も済んだことだしレイラを呼びに行こう。お腹を空かせて動く気力が無いとか言わなければいいが。

 

長い廊下の突き当たり左、私の部屋の向かいの扉をノックする。

 

「レイラ、19時なったぞ。」

 

………

 

反応は無い。寝てるかな?

 

扉を開けて中に居るであろうレイラの様子を確認する。

 

…掛け布団にくるまったシルエットが見える。多分レイラだ。

 

肩であろう部分に手を掛けて少し揺すってみる。

 

「レイラ?」

 

「……うぅ…ん?」

 

そうするとレイラの頭が掛け布団から現れた。顔を見るに随分と眠そうだが……

 

「ディナーはまた今度にするか?」

 

「………ディナー!?」

 

「あ、気付いたか。」

 

「そうだ、あた…私寝てて。ごめんね。すぐ起きるから。」

 

「時間は余裕だからゆっくりで良いのだが。」

 

「あー……大丈夫。着替えるからちょっと出てて。」

 

「あぁ。あ、ドレスコードとかは緩いからあまり気にしないでくれ。」

 

「わかった。」

 

レイラの部屋から出て自分の部屋で着替える。………

 

レイラ…ディナーの一言であんな急激に意識を取り戻すとか…そんなに外食が楽しみだったのか?まぁ高級店なんて滅多に行かないのだから興奮するのも分かるが。

 

……どこかレイラの様子に少し違和感を感じた。

 

私の信用ならない勘がそう主張しているだけなのだが。何に違和感を感じているのかすらよく分からない。

 

だが、彼女は寝起きなのだから不安定なのも計算に入れるべきだな。それに私の勘が合っている保証なんて無いのだし違和感について考えるのはよそう。

 

まぁ…私も何も考えず食事といきたいし。借金やら責任やらで最近もう大変だ。

 

「ぁ…おまたせ。」

 

「ん?」

 

着替え終わり廊下に出ようとすれば丁度出てきたレイラと鉢合わせて……

 

 

 

 


 

 

 

 

「おお、そんなドレス持っていたのか。よく似合っている。」

 

「ありがとう。学生の身分で張り切りすぎかななんて思いもするけどね。」

 

「私という大人の付き添いで行くんだ。あまり気にかけることは無いよ。」

 

あたしは箪笥からそれらしい服を取って急いで着替えた。出発の直前まで寝ていたことの詫びという訳では無く、単純に心に余裕が無かった。

 

あたしは、星空の祝福だ。レイラの裏の人格…ディナーを誘われた表の人格では無い。だからこその負い目。レイラとフェジュロアに申し訳ないという気持ちがあたしの行動速度を速くさせた。

 

目が覚めて…状況が把握出来ず咄嗟にあたかも表の人格のままのように振舞ったが、フェジュロアの様子を見るにバレてはいないようだ。…とりあえず、このディナーは無難に終わらせないと……

 

「しかし私もまともな服が今無くてな…実家に置いてきてしまって。今度一緒にフォンテーヌにでも旅行するついでに本場のスーツを買おうか…」

 

「スメールで買えばいいと思うけどね。スメール人なのだし。」

 

「バイダ港から行くのならばレイラの実家にご挨拶に行くというのも…」

 

「ま、まだ早いから…!」

 

「そうか?」

 

まずいまずい…表のレイラが知らないうちにこんな約束をしてしまったら面倒なことになるだろう。

 

そんなことよりも早くディナーに行こうとフェジュロアを急かす。だが、返ってきたのはあたしにとって非常に困る一言だった。

 

「ん、店の予約は21時だからそれまでその辺を散策しよう。久々のデートだな。」

 

「で、でで、デート!?」

 

「ど、どうした…?」

 

「あー、いやなんでもないよ。デートね。……デート…」

 

デート!?…いやフェジュロアとレイラの関係なのだから当然ナチュラルにするのだろうけど…今のあたしにはまだ心の準備が…

 

「ほら、さっさと行こう。上に羽織るものでも着て。」

 

「あっ………うん。」

 

もうしょうがない。役得だと思って流れに沿うことにしよう。あたしは彼に流されただけなのだ。

 

フェジュロアが適当に選んだカーディガンに袖を通しながらそんな誰に聞かせるでも無い言い訳を考えていた。

 

 

 

………

 

 

 

「そういえば、アーカーシャの廃止によって古本商が賑わっているようだな。一般人にまで知恵の殿堂に足を向けさせるのは酷というものがあるのだし、私としてはそういった動きには賛同するが。」

 

「フェジュロアは娯楽小説好きだものね。本棚が埋まるくらい本を持っているスメールの人間なんてそう居ないと思うよ。」

 

「いや…あれは君の暇潰しのために設置しただけであって………私も偶に読むが。」

 

「新居にも大事そうに持ってきた訳だからいい加減認めるべきだと思うけど。娯楽小説好きだって。」

 

「まぁ。八重堂のファンではある。」

 

八重堂…娯楽小説の出版社だっけ。

 

トレジャーストリートを散策しながら意味の無い会話を交わす。この時間があたしにとってどれ程意味のあるものかは分からない。レイラの時間を奪っているだけの時間に……

 

「レイラ?」

 

「んぇ、何?」

 

「いや、随分と思い悩んだ顔をするから何かと思って。ふむ……」

 

フェジュロアのレッドゴールドの双眸があたしを射抜く。その優しげな目の裏に隠された真剣さは久しぶりに見る。かつてアアルの岩上で彼が狂気の温床について語った時のような…

 

そうか…彼にとって、レイラの問題というのは身を滅ぼす狂気と同等に重要な身の回りの問題であるという認識なんだ。…そんなに彼を魅了したレイラは、あたしという存在があって形作られたものなのに。

 

………何を考えているんだ、あたしは。この感情はなんだ?

 

「そうか。」

 

何かに納得したらしい彼はこちらを見るのをやめ、あたしの手をとった。

 

手を繋ぐ。レイラの記憶は既に経験していることだと告げるけれど、あたしには初めての体験だ。

 

この手は本とペンの冷たい感触しか知らない。彼の熱は、あたしをいとも容易く侵食していく。レイラしか知るべきでないその熱があたしを狂わせて…

 

駄目だ、この手を離さなきゃ────

 

「ほら、行こう。」

 

「うん。」

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「ズバイルシアターの辺りに来るのも久々だね。」

 

「そうだな。ふむ…シアターと言えばニィロウか。先の騒ぎでニィロウが教令院生の前で踊りを見せつけたらしい。彼女の舞を見たことで芸術に傾倒する学生も居そうだ。」

 

「教令院の学生だって世界の真理という完成された芸術に踊らされている身分なんだから、高きを目指す表現者を認める動きがあってもいいと思うんだけどね。」

 

「違わない。」

 

会話に集中しようとしても、意識は繋がれた手に向かってしまう。思わず普段のレイラなら言わないような意見を口に出してしまった。だけど、その点に関してフェジュロアはなんの疑問も持っていないようでデートの妨げにはなっていないらしい。

 

「流石に今は舞台をやっていないか。」

 

「そうだね。というか…もう撤収準備をしているのかな。」

 

「もう夕飯時だろうし帰るんだろう。彼らにだって客にだって家庭はある。」

 

「こういう時間に娯楽を楽しみたい時ってなるとちょっと面倒だよね。」

 

「璃月では講談師が語りを聞きながら食事をするらしいからな。そういうニーズはあるだろう。ふむ……」

 

多分彼はアーカーシャの有効利用について考えているんだろう。最近は娯楽小説を読んだりフォンテーヌの新聞記事を買い込んだりしている姿を見る。アーカーシャという通信装置を用いて何ができるか…その方向性は定まっているようだけど、どうスメールらしさ、教令院らしさを出すのかに迷っているようだ。

 

あたしなら……レイラの持てる知識を使うのなら。

 

「故国の遺産を使う。」

 

「レイラ?……故国というのは…キングデシェレトのジュラバドの事か?あそこの技術は優れているがアーカーシャに通ずるような遺物は…」

 

「違うわ。砂漠の果て、蒼漠の地の下にその文明の痕跡が残っている。」

 

「………カーンルイア。」

 

かつてレイラがナガルジュナ団の史籍を読んだ際に得た知識。

 

あの文明は高度に発展した技術を誇る。あの文明の技術なら、フェジュロアの役に…

 

「ふはははははっ。」

 

「えっ?」

 

突然に、彼は笑い出した。あたしは訳が分からずに戸惑う。そんなに、カーンルイアの情報が嬉しかったのか、それとも何か未来に良い構想を練ることが出来たのか。

 

だが、そんなことを考えていたあたしは間違いだった。

 

「君ならばそんな提案をすると思い、誘導してみて正解だった。」

 

「誘導?」

 

「レイラならば私とのデート中に神の大敵たるカーンルイアの足跡を仄めかす発言はしないだろうからな。思いついても口を噤み、ピロートークのネタにでもするだろうさ。」

 

彼はレイラを信用していた。そして、デート中という場面でフェジュロアの事しか頭に無い彼女を知り尽くしていた。そして、

 

「……レイラなら…ってことは。」

 

「当然、君が『星空の祝福』であることくらい分かっていたさ。まぁ、君は君で弄らしい無垢な態度は鑑賞していて飽きが来ないほどに可愛らしかったが。」

 

「かわい……いや、やっぱり気づいてたんだね。」

 

「レイラのことは大抵理解しているからな。そこだけは自信がある。」

 

悪趣味この上ないと抗議したいところだけど、この人のレイラへの理解度は記憶を共有するあたし以上な所がある。もう少しバレていると割り切って行動すべきだった。

 

……あれ、でも…

 

「なんで今あたしが星空の祝福だってバラしたの?鑑賞していて飽きが来ないとか言っていたのに。」

 

「そりゃ、このあともデートを続けるんだからお互い正面から向き合った方が良いだろうと、そう思っただけさ。」

 

え…?

 

「それって、あたしとデートするってこと?レイラとじゃなくて。」

 

「君もレイラだと思うが……そうだな。二人分の予約が勿体ない、そう言い訳させてもらおうか。どうだ?付き合っていただけるだろうか。」

 

「………付き合うだけなら……ってうわぁっ───」

 

手を突然に引かれ、彼に抱き寄せられる形になる。な、な、なんでこんないきなり…!

 

彼は顔をあたしの耳元に寄せ、囁く。

 

「君は私の恋人を騙ったのだ。なら、こちらも恋人のように接するべきだろう。君が望んだんだ。」

 

「でも、レイラに…」

 

「レイラは恋人で、君もレイラだよ。恋人のように振舞っても、何も問題は無い。ほら、周囲に耳を傾けてみるといい。」

 

その言葉に促されるまま、あたしはこちらを遠目に見ながら話し合っている幾つかの声に耳を澄ます。

 

「やだ、あの人たち往来で抱き合ってるわ!お熱いのね〜」

「教令院の人でも恋愛となると周りが見えなくなるもんなんだな。」

「あれって…あの有名な人だよね。草神様を救った英雄の!」

「確か教師だったか…随分若い。お相手はさらに若く見えるが…」

「プルフラナの子息と教令院の学生が熱愛ってのは有名な話だろ。相手も難関論派の天才少女だとか…」

「レイラって名前だっけ。カフェで語り部の人が彼らの物語を語っていたなぁ。」

「あれって…フェジュロアさんとレイラちゃん!?仲がいいとは聞いていたけど…」

 

聞こえてくるのはこちらを遠目から楽しむような声。教令院の人間という身分と、教師と学生という特異な恋愛関係。彼らはそれを一瞬一間の娯楽として捉えていた。

 

「あたしにこんなの聞かせて何がしたいの。辱める為?」

 

「分からないか?誰も、私と君が抱き合っていることに疑問を抱いていない。周囲から君はただのレイラとして見なされているんだよ。」

 

「………」

 

「君は私と居て、なんの問題も無いということだ。」

 

「…」

 

抱き寄せる姿勢から直り、彼の手に引かれるままに連れ歩かされる。

 

ほんの一瞬、彼との密着状態が解かれたことに寂しさを覚えてしまったが、それは顔には出さない。彼をより調子に乗らせる事になる。

 

だけど、あたしに本当に…抗えるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魚…美味いな。ハムールか?」

 

「………よく、分からない。」

 

「魚そのものの味。それぞれに合った香辛料で魚を見分けるような私たち庶民には、馴染みの無い味だ。」

 

「あなたは元貴族でしょう。」

 

「貴族らしい暮らしをしていたのは7つの時までだぞ?覚えている訳は無いだろう。」

 

予想通りではあったが、ディナーで訪れた高級店には特に秀でた料理は無かった。フェジュロアの微妙な表情を見るに彼からすれば予想外であったのだろう。

 

味の纏まらないキッシュを口に入れながら、あたしは彼のその表情を見ながら心の中で笑う。

 

彼は時折勘違いしている。モラさえ払えば良い経験が出来ると。

 

レイラの記憶に眠る彼の錬金術めいた料理に勝るものがそうそう出てくる訳では無いと、彼は信じていない。

 

そこが彼の弱点なのだろう。学術研究に傾倒するあまり、他の分野でも秀でている自分を見ていない。どのプロフェッショナルも、己以上の力量を持つ天才であると勝手にレッテルを貼り付ける癖があるのだ。

 

彼は、ある種の神である存在の知憲を甘くみすぎている。

 

「ソースを皿に薄く伸ばして付けるのには意味があるの?」

 

「あー……単にそのまま塗って食えという意味だが。」

 

「…それって、なんだか下品じゃない?食べ方として。」

 

「昔のフォンテーヌの貴族の食べ方を模倣しているだけだ。利便性や品なんて無いものだよ。形式を愛するのが貴族ってだけだ。それに…料理の汁が服に跳ねないだろ?」

 

「食事より服を気にするんだね…」

 

彼の様子を観察するのは好きだ。

 

ナイフの使い方に上品さが垣間見えるのも、話す言葉に迷った際左目の下睫毛を軽く触るのも、食事中は髪飾りを外すところも。

 

だけど、これに気づいたのはあたしじゃない。レイラだ。あたしは彼女の記憶だよりに彼の仕草を照合しているだけ。それに……なんの意味があるんだろう。

 

そして、そんな観察眼を持っているのはフェジュロアも同じだ。些細な仕草一つであたしとレイラを見分ける事が出来るのだろう。今回の事はそこを考慮に入れていなかったあたしのミスだったという訳だ。

 

はぁ……

 

 

 

 

ディナーとして出されたコース料理を食べ終え、帰路につくため聖樹を登る。

 

そしてある一角で彼は止まる。

 

「ここは聖樹の下でもよく星が見えるな。」

 

あたしも彼に促されるまま、空を見た。

 

「確かに、綺麗だね。でも、あなたならここでレイラの方が綺麗だとか言いそうなものだけど。」

 

「自意識過剰が過ぎる……と言いたいところだが、大体あってるね。」

 

「レイラの可愛さならあたしの方が理解しているつもりだから。」

 

「ははは。侮られたものだな。」

 

彼と笑い合う。そんな些細な事でさえ、あたしには刺激が強すぎた。

 

 

 

願わくば、彼にはレイラと共に平穏を生きて欲しい。

 

あたしは本音に蓋をして、星空の夢へと還っていく。

 

全て見通すようなあの目が、あたしは嫌いで私は好きなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

 

砂原の中心で起きた惨劇。

 

懐かしいその光景は、ありし過去に閉じ込めた筈だったのに。

 

『ナイル。確か君はそう名乗っていたっけ。』

 

占星の果て、彼女の運命の変貌に気が付くことが出来た。

 

レイラの夢遊を研究して分かったことだ。

 

神の目の所有者には数多の影があり、それを作るのが神の目の光。

 

『光の映す影を一方向に定める。それが命の星座の役割…ということか。』

 

彼女の瞳に映る星座は、夜鶯ではなく。

 

『仮称星空の祝福。命の星座は…夜鶯の唄座。』

 

 



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三話 レイラちゃんとキノコンピック・上

ver3.2のメインイベントを未履修だと意味がわかりにくい話


 

 

 

 

「テンテンヨーヨー獣!風の弾を出してみて!」

 

『ルラ!』

 

「ぐわぁ……何故私に攻撃する……」

 

「ご、ごめん…テンテンヨーヨー獣っ、あの人に攻撃しちゃダメ!…というか誰にも攻撃しちゃダメだから!!あの的にお願い。」

 

『リ?』

 

レイラが『テンテンヨーヨー獣』と呼称するプカプカ風キノコンに命令を下し、それを実行する。その光景は、本来であれば有り得ないこと。

 

だが、レイラが手に持っている装置があればそれを可能にすることが出来る。

 

本来相容れないキノコンと人間を繋ぐ装置『叡智宝珠』…私たちは今、それの使い勝手と機能を確認していたところだった。

 

「あの旅人たちとそのキノコンを捕まえたんだろう?あいつらもキノコンピックに出るのか?」

 

「そうみたい。彼女たちはプカプカ水キノコンをパートナーに選んでたよ。」

 

「水キノコンか。温厚だし危険度も他に比べれば低い…パートナーには適していると言えよう。その風キノコンに比べれば、だが。」

 

『ルル。』

 

「…ごめんね。この子はなんだかあなたの事を気に入ってないみたいで…」

 

「…叡智宝珠も完璧に彼らを支配できるわけでは無いと……いっその事私が昔育成した草キノコンでも連れて大会を潰してやろうか。あいつはまだ元気にしているはず……」

 

「あのでかい鳥みたいなキノコンはダメだよ!?マッシュラプトルっていう一形態として生論派で記録されちゃったんだから。」

 

「…旅人がよく倒しているらしいし大丈夫だろ。戦力的には。」

 

「旅人が百戦錬磨の武芸者だってことを忘れてない…?相手は下位のキノコンだっていうんだからやめた方いいよ。」

 

「そもそもエントリー終わってるから私は出れん。」

 

レイラがキノコンピックというキノコン同士で戦わせる競技に参加するというので、彼女のパートナーである風キノコンを鍛えるために特訓をしていた訳だが。どうにも上手くいかない。

 

もしかすると、私が居ない方が上手く行きそうなのだが…

 

「そういえば…なんで参加したんだ。こんなの。私もドリーに言われなければ知らなかったんだが。」

 

「ほら、フェジュロアが家の掃除大変そうって言ってたでしょ?この大会で優勝すればキノコンを家で飼う権利が貰えるの。風元素のキノコンの力を使えば埃掃除とか楽になると思わない?」

 

「うーん……部屋がキノコンの胞子まみれになりそうなものだが。人体に有害じゃなければ…良いのか?」

 

「……多分?」

 

魔物研究という分野は案外進んでいない。大抵は死者が出るので研究許可が降りなく、今の今まで発展していない。そんな中で叡智宝珠というものを生み出した存在はさぞかし頭が良いか根気が強いのだろう。教令院からの評価も厚い。

 

しかし……肉体的にアクロバティックなレイラは良いが、私のような運動不足にはこういった特訓は向いていないと思うのだ。

 

今の健康的なレイラは神の目の所有者でも特筆すべき身体能力の持ち主で、かつて教令院の噂に囁かれた夢遊の怪人と同等の動きが出来る。こんなだからいつもいつも……

 

私ももう少し鍛えるべきかな…

 

「ん…鳥が近づいてきた。テンテンヨーヨー獣、攻撃しないでね。」

 

『ラ。』

 

そんなことを思っていると、途端に一羽の瞑彩鳥が私の肩へと飛び乗って来た。何処かしらからの伝令だろうかと鳥の足元を見てみれば案の定脚に紙が巻きついていた。伝書鳩ならぬ伝書オウム…か?

 

「あなたに瞑彩鳥使いの知り合いがいたの?」

 

「いや…覚えが無いな。どれどれ。」

 

手紙を読む前に文章の最後に記されている差出人の名前を見る。

 

──────『セノより』

 

その名前を見ただけで拒否反応が起こる。

 

これが意味する事とは、大マハマトラでさえ手の余る厄介事であるという意だ。

 

手紙をレイラに見えないよう隠し、記された内容をすぐに頭に入れる。

 

『キノコンピック』『協力者』『エルヒンゲン』『ファデュイ』『フラワーゼリー』

 

そして……

 

「稲妻からの賓客…『八重神子』」

 

八重神子といえば雷神の敬虔な信者であり狐の大妖怪………散兵の身柄に関わる問題ということか。

 

とにかく手紙の内容としてはキノコンピック第一回『サウマラタ蓮杯テイマー大会』は波乱の渦が潜み、それに対して決定的な証拠が出るまでは私に動かないで欲しいという嘆願と………八重神子宮司とクラクサナリデビ様の仲介役に後ほど来て欲しいという命だった。

 

だが…クラクサナリデビ様は散兵に興味を示している。簡単にはいかないだろう。

 

どうするべきか………

 

「八重神子?……もしかしてそれってあの『八重堂』の編集長の事?」

 

「そうだな。……だが、今回彼女が見せるのは編集長の顔ではなく、大妖怪であり雷神の眷属としての顔だろうがな……」

 

「…なんかまた大変そうだねフェジュロア。」

 

「あぁ。」

 

あの件以来、レイラにはこういったスメールの運営に関わる諸処の問題事を隠さなくなった。とはいっても詳しい内容までは教えてやれないが。

 

それでも、隠し事をされていないという意識が彼女のストレスの緩和に繋がることは間違いない。彼女の睡眠障害を再発させないということは私自身の願いでもある訳だしな。出来ることはしていきたい。

 

「まぁしばらくは君のキノコン大会に付き合えそうだから良かったよ。もし君が一人の時に八重神子さんに遭遇したのなら、後で教えてくれると助かるかな。」

 

「じゃあまだ特訓に付き合ってもらえるって事だね?」

 

「いや、それは……私も学者としての仕事がある。さらば。」

 

「あはは…」

 

レイラに出来るだけの笑顔を向けながらその場を去る。…とは言っても彼女らの特訓の邪魔にならないくらいに離れて生徒のレポート添削をするだけだが。

 

………

 

……

 

 

…あ、この標題は面白いな。後で私の方でも調べてみよう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

そして来たる某日オルモス港にて…

 

『サウマラタ蓮杯テイマー大会開幕───ッ!!!』

 

第一回キノコンピックは開催された。

 

会場には物珍しさから集まったような人間と叡智宝珠の仕組みを解明したいであろう学者たちで賑わっているし、期に乗じた出店も多く出ている。ここら一帯は小規模な祭りのような状態になっていた。

 

私は他の選手に興味がある訳では無いから試合を感染する必要性はない。だからこそ、こんな時はレイラと散歩でも…と行きたかったのだが、彼女は旅人たちと会話しているようで私は手持ち無沙汰になり一人で港内をうろつく。

 

……そこら中にマハマトラが配置されて見張られている…これじゃあリラックスは出来ないな。

 

レイラの出番が来るまでどこで暇を潰そうかと考えていると、木陰に見慣れたシルエットを発見することが出来た。ドリー・サングマハベイだ。

 

「お前も見に来ていたのか。」

 

「あらあらお得意様のプラーナ様ではございませんか。」

 

「ここはお前が好むような商売上利益のある場所とは言えないと思うが。主催者の監視のためにマハマトラが多く出張っているし…」

 

「わたくしが私情で遊びに来てはいけませんの?何も毎日毎日商売しているわけではありませんの。」

 

「へぇ。」

 

とは言うが、なら何やら詰められていそうな風呂敷を何故彼女が背負っているのだろうか。こいつが捕まると私も面倒だから出来れば危ない商売は事前に防いでやりたいが……

 

「因みに何を売ってる?キノコンの強壮剤とかか。」

 

「いえいえいえいえ。今日は本当にそういった商売のために来たわけではありませんのよ。なんなら貴方には見てもらった方が早いかと。」

 

そう言ってドリーは周りから見えないように風呂敷の中身を見せてきた。これは…酒?しかも度数が高い。彼女は私が中の物を確認したととるとサッと風呂敷の結び目をきつく締める。

 

とりあえず考察してみよう。おそらく彼女は自分の友達の店にこの酒瓶を売りつけるつもりだろう。こんな度数の高いのを素人には任せられないだろうから……

 

度数の高い酒……あぁ。

 

「まぁ、売れるだろう。高い値をつけて店に卸しても頼むやつが居るだろうからな。」

 

「そうですの!倉庫に置いておいたこれが遂に役立つ時が来ましたわ〜」

 

「…ついでに、お前の友達の元で起こりうる些細なトラブルを最初っから防ごうって訳か。随分とお友達想いじゃないか。」

 

「わたくしの信頼をもっともっと上げるためですの。それにまぁ、また次の商売に繋がる布石にもなりますのよ。」

 

「………」

 

無敵か?

 

確かに今のはこんなやつをからかおうとした私の失態だったかもしれない。

 

無性に恥ずかしくなり、ふと背後を見ればこの位置からならばキノコンピック会場が一瞥出来る事に気付く。といっても試合会場は特設された秘境内なので外から試合を確認することは出来ないのだが。

 

「魔物の暴走を未然に防ぐためだと説明があったが、やはりあれでは不親切だと言わざるを得ないな。観戦出来ない。」

 

「あれじゃあ中で何をしてもバレないですわね。何かあってもマハマトラもすぐには察知できない…決して上手いとは言えないのですけれど良くやってますわ。」

 

「…元素力を扱える旅人か、神の目を持つレイラと八重宮司が勝ち進めばどんな状況でも対処できるだろう。愚人衆くらいならば相手取れる。レイラには私もついているしな。」

 

ファデュイ共が企みそうなこと……この機に乗じてスメールに残留している同僚を回収しようとしている…とかだろうか。あいつらだって人間、仲間意識はあるだろうし…

 

…記憶に残っているファデュイが第二位の気狂いなせいでやつらに対してまともな考察ができない。腹の底にどんな本音を持っているかなんてのが全くと言っていいほど量れないのだ。

 

苦手意識…というものだろう。

 

そんな私の思考など気にしていないようにドリーは話を続ける。

 

「八重宮司といえばわたくし稲妻の巨大編集社の編集長が来るなんてことは直前まで知りませんでしたわ。前もって準備出来れば稲妻に貯まりに貯まったモラを発掘することも可能だったのですけれど。」

 

「…お前の情報元にも穴があるとはね。珍しい。私もマハマトラ経由で先日いきなり聞かされたから向こうさんの動きも唐突だったのだろう。」

 

「海の外の情報は仕入れにくいものなのですわ…」

 

八重宮司…八重神子か。ファデュイの書類を覗いた際に稲妻の危険人物としてリストアップされていたのを覚えている。

 

モンドのジン・グンヒルド、璃月の七星とモラクス、我らがスメールのセノに並ぶ計画の破綻要因と記されていた以上、まともな妖狐では無いのだろう。

 

とは言っても…そこまで警戒することも無いのかもしれないが。

 

遠目に見えるのはレイラと会話を交わしている八重宮司の姿。何を話しているかは知らないが雰囲気は良さそうだ。少なくとも、話が通じない相手では無いのだと思う。

 

「そういえば、彼女は三奉行の内の社奉行を裏から支配している存在だったか。社奉行の綾人さんには先の歓待の件もあるし、話題はそこから作ればいいか……」

 

「口に出てますわよ。」

 

「おっと。なに、また稲妻に旅行でも行こうかと画策していただけだ。」

 

「全然そうは見えないですわ〜。まぁー別に貴方の面倒くさい事情に突っかかる気は無いので無視しますけども。」

 

「ちぃ……お前を巻き込めれば八重宮司との会合も案外上手くいくかもなと思っていただけなんだが。」

 

「それはご遠慮しておきますわ。」

 

そう言うと彼女はそそくさとその場を去っていった。逃げられた……

 

その後、私はやることも無くただひたすらに祭りムード溢れるオルモス港で遊んだ。一人で。

 

虚しいよ…マハマトラも職務中だから迂闊にちょっかいかけられないし……でも、私にレイラのところに行くという選択肢は無いのだ。何故なら今頃レイラは旅人にパイモン、八重宮司を引き連れて百合娯楽小説ばりのパーティメンバーでキノコンピックの雰囲気に浸っているだろうからだ。

 

兄を求めて救世中の旅人、奇妙奇天烈浮遊マスコット精霊、影の支配者系狐お姉さん、スーパーフィジカル夢遊学生。色物ばかりだ。そんな場所に邪神の信徒でマッドサイエンティストなんてジメッとした属性持ちの私は入れないのだ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

【Layla side】

 

 

「おーい、そろそろ終わったのかー?」

 

遠くからこちらに向けて放たれた声に私たちは振り向く。まだ小さいが、私にとって見慣れた姿が見える。

 

「誰じゃ?」

 

「あ、私の知り合いです。」

 

「ふむ…」

 

八重お姉さんと郊外でキノコンの修行をしていたら、心配したのかフェジュロアがこの場までやってきたらしい。

 

「うぉ…八重宮司もいる………えーと…どうも、フェジュロアです。そこのレイラも所属しているルタワヒスト学院で講師をしています。」

 

「ご丁寧にどうも。そなたは既に妾のことを知っているようじゃが、ここは自己紹介しておこう。八重神子、神社の宮司と出版社八重堂の編集長を任されておる。」

 

……分かってはいたけど、凄い大物と知り合っちゃったな……私。

 

彼女を前にして焦っている様子のフェジュロアを見ても、その偉大さが伺える。フェジュロアが誰かに対してこうも動転しているのなんて本当に珍しいことだ。

 

「って、あ……」

 

『グル♪』

 

『ルルル!』

 

そんな事を考えていると、テンテンヨーヨー獣と八重お姉さんの百雷遮羅がフェジュロア目掛けて体当たりを仕掛けるのを目撃してしまった。

 

「ぐお…地味に痛い……」

 

フェジュロアはそれを避ける間もなく激突する。キノコンたちは少し元素を纏っていたが彼にそれといった怪我は無いらしい。良かった。

 

「おや…頑丈な青年じゃのう……百雷遮羅、その者に何か?」

 

『ギギ。』

 

「うむ………分からん。レイラちゃんのキノコンもそこのフェジュロアに当たっていったようだし…彼に何かしらの不幸体質が?」

 

「そういうのは無いと思うけど…でも前に一緒に修行した時もテンテンヨーヨー獣がフェジュロアに攻撃しだして。」

 

「そうか……だが、これは作品に使える要素かもしれないのう……主人公たちには友好的な仲間たちにも敵視されてしまう不遇キャラ。スパイスには良いじゃろう。嫌われる理由も様々に考えられるから尚良し。」

 

「八重宮司…いや、八重編集長さんってこんな感じなんだな…」

 

「娯楽小説のことになるとちょっと面白い人になるみたい…」

 

フェジュロアがテンテンヨーヨー獣を宥めるように抱き抱える。でも未だにテンテンヨーヨー獣の目は微かな怒りを孕んでいる。……本当になんでだろう?

 

「ん、そういえば二人とも叡智宝珠を持っていないな。どうやって制御しているんだ?」

 

「制御していない。キノコンたちの好きにさせてみているのじゃ。」

 

「えぇ?」

 

彼の疑問は当然のものだろう。なにせ今、私たちは叡智宝珠を使っていないのだから。いくら彼の優秀な頭脳でも制御装置を使わないなんてことは考えつかなかったらしい。

 

「んな無責任な。」

 

「まぁ、こうして一般人を襲ってしまった。あまり叡智宝珠を止めるというのは良くない事かもしれないのう。」

 

「可愛くても魔物なのだから手綱は握っておいてください…」

 

うーん……でもテンテンヨーヨー獣も百雷遮羅もフェジュロアが来るまで温厚だったからなぁ…彼に理由があるんじゃ?

 

「フェジュロア、キノコンに恨まれる理由に覚えはある?」

 

「……昔研究の一環でキノコンには適さない薬物を投与して急成長させたとかかなぁ。」

 

「それだよ絶対。例のマッシュラプトルでしょう。その子の子孫がもしかしたらテンテンヨーヨー獣とかなのかも…?」

 

「血筋から来る因縁……良いではないか。」

 

「良くないが。」

 

キノコンのメカニズムを詳しく知り尽くしている訳じゃないが、もしこの事を一事例として生論派に提出してみたら良い感じの評価が貰えるのではないか。そう明論派の私が思うほどに面白い問題だった。

 

「うん……修行の邪魔になるならまたしばらくオルモス港で散策しているから。じゃあな。」

 

「あっ…うん。」

 

私たちの邪魔になると思ったのか一瞬にして彼は去っていってしまった。

 

なんか…今日はやけに絡んでこないなあの人。

 

八重お姉さんはフェジュロアの去っていった方向を見ながら何やら考え込みだす。

 

「フェジュロア……フェジュロア………そうじゃ、容彩祭の際に綾人に歓待するように言ったスメールからの賓客じゃったか。」

 

綾人……前に稲妻に旅行に行った時に忍者の演舞を見せてくれた人だよね。忍者集団のトップに口出しできる立場…

 

「ん…八重お姉さんは稲妻でも偉い人なのは知っていたけど社奉行の当主と仲が良かったの?」

 

「ふふ、何を隠そう…綾人は妾の部下じゃ。」

 

「そうなの!?」

 

「嘘じゃ。まぁ似た立場ではあるが。」

 

「う………えぇ?」

 

それってつまり嘘では無いのでは……

 

なんだか、フェジュロアが警戒していた理由が分かったかもしれない。

 

でも……

 

「なんだかフェジュロアとからかい癖が似ているのかも。」

 

同族嫌悪に似たそれを彼は覚えているのでは無いだろうか。そう考えるのが妥当な判断だろう。

 

私はそう決めつけてこの件に蓋をする。折角のお祭りなんだから楽しんだ方が良いだろうから。フェジュロアは何やら面倒事に巻き込まれているようだけど、そこは感知しない方向で。

 

テンテンヨーヨー獣を撫でながら私はそろそろ旅人の元に戻ろうと歩き始めた。

 

 

 

 

 

「レイラちゃん。そういえばフェジュロアとはどんな関係なのじゃ?随分と親しい様子だったが…」

 

「あ、恋人です。」

 

「……む。…………でも講師と生徒じゃろう?………え?……………まぁ、良いのか?」

 

「草神様からも認められているので大丈夫ですよ。」

 

「えぇ?」

 






◇フェジュロア・プラーナ…世界に属するキノコンは彼の持つ異星の気配を嫌悪する。


◇レイラ…風元素のキノコンを選んだ理由は掃除の為(とでっちあげた。)


◇八重神子…「講師と生徒間の恋愛……現実にあるとは………面白いネタが転がっているもんじゃな。」と、旅の思わぬ収穫に満足した。


◇ドリー・サングマハベイ…マハマトラがその辺を張っているとフェジュロアから聞いてオルモス港から退散した。



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四話 レイラちゃんとキノコンピック・下

 

 

 

キノコンピック2日目!

 

相対するは白色小精霊と黒色触手人間。

 

「なんでお前もいるんだよ!」

 

「私がレイラに付き添うことの何がおかしい。蛍から見たお前と同義だぞ、私は。」

 

「オイラとお前を一緒にするな!」

 

レイラの隣に我ありだ。

 

「んん…レイラ、そうなのか?」

 

「別にフェジュロアは私の旅のガイドでもマスコットでも無いけど…うーん、パートナーって意味なら合ってるかも?」

 

「分かっているじゃないか。」

 

「急に惚気出したぞ!!」

 

そろそろレイラが蛍たちとぶつかる可能性が高そうなので私も一緒に会場に来た。

 

が、パイモンは先の件をまだ引き摺っているようで私に対して警戒の態度を示し、解かないでいるようだ。その判断は正しいだろうが、正直悲しい。反面、蛍はこちらに遠慮する気も無いとばかりに「面倒なのが来た」という態度が明け透けだ。君も大概だな……

 

今は準々決勝が始まる前で、当然のように蛍もレイラもここまで勝ち進んで来ている。このまま二人とも勝てば準決勝でかち当たることになるだろうという状況だ。

 

「まぁうちのレイラとテンテンヨーヨー獣なら貴様らのポコポコビーニーなど余裕で片付けられる。精々準々決勝に勝ってレイラの糧となるが良いわ!」

 

「い、いきなり何言ってるのフェジュロア!?」

 

「いや、どこで八重宮司やその部下が見ているのか分からないしそれっぽい悪役の演技をしようかと。」

 

「あー……そうなのね。」

 

役どころとしてはライバルの少女に纏わりつく態度のでかい嫌なキャラってところだろうか。案外人気の出る立ち位置だったりするが、大抵はライバルの少女を引き立たせる要素のひとつに過ぎないだろう。

 

「なんで裏切り野郎が神子の助けにでもなるようなことをするんだ?」

 

「…裏切り野郎って凄いあだ名だね……フェジュロアは八重堂の娯楽小説のファンなの。だから新たな娯楽小説のネタを提供できる状況なら努力を惜しまない…んだと思う。」

 

「概ねそうだな。」

 

この事実は隠す必要も無いだろうから流す。

 

「教令院の学者がファンタジーを好きなんて、面白いこともあるもんなんだなぁ。」

 

「私は明論派の学者だぞ?星の研究者なんて大概がメルヘンチックなやつばかりだ。」

 

「ならオイラも明論派に入れるかもな!」

 

ルタワヒスト学院に所属したいのなら手引きしてやらなくも無いぞパイモン?絶え間無い課題に押し潰されないのならだが。

 

「メルヘンチック…つまりレイラもそうなの?」

 

「いや、私は旅人が思うよりも普通の趣味趣向だからね!?」

 

「なんだ、残念。」

 

レイラが普通の趣味趣向というのにはツッコミを入れたくなったが、そろそろ準々決勝の時間が近づいているので話を切り上げることにする。

 

「あ、そうだ蛍。耳を貸せ。」

 

「…なに。」

 

訝しげにこちらを見る蛍に向けて心配ないとばかりに両の掌を見せて何も持っていない事をアピールしてやる。

 

彼女の耳に口を近づけ、問題の核心を告げてやるのだ。

 

(此度の大会、先の騒動にてスメールに残留したファデュイが関わっている。君なら何が起きても問題は無いが元素力を扱えない一般人なら別だ。それに…)

 

(……それは、私に大会で勝ち進んでほしいってこと?)

 

(そうだ。万が一にでもレイラを危険な目には遭わせたくは無い。だからこそ、君の手腕に期待しようということだ。君も勘づいているだろうがマハマトラたちもこの問題は把握しているから後の対処は安心していて欲しい。)

 

(……分かった。)

 

既に叡智宝珠のデメリットについては粗方調べ終わってマハマトラに資料を提出している。外側からの包囲は問題ない。だが、会場内……秘境の内の問題の対処は優勝者に委ねられることになる。なら、百戦錬磨の旅人さんにでも頼もうというわけだ。

 

と、こんな内緒話をしているとレイラもパイモンも表情に怒りが差してきた。あまりこういう行動は良くないか。

 

「おい、裏切り野郎!旅人に何を吹き込んだんだ!!」

 

「なに、フラワーゼリー配合の攻略法を教えてやっただけさ。敵に塩を送る。それもまたライバルキャラとしての楽しみの一つだろう。」

 

「旅人のライバルはあなたじゃなくて私だけどね。」

 

「んんん……旅人、本当か?」

 

「うん。これなら効率良くポコポコビーニー達を強化できる。」

 

「そうか…なら良いんだけど…」

 

簡単に信用しちゃってパイモンは可愛いなぁ。蛍も私の嘘に乗っかってくれたようだし、こっちに関してはもう問題無いだろうな。

 

あとは…………はぁ。」

 

「どうしたんだよため息なんかついて 。」

 

「口に出てたか?いや、息だから漏れるとでも形容すべきか……」

 

「そんなのどっちでもいいぞ!オイラはお前が変なこと企んでないか心配なだけだ!!」

 

「そうだな…言うなれば私は八重堂の八重神子は好きでも鳴神大社の八重宮司は苦手だって事だな。それ以上は守秘義務があるので言えませーん。」

 

「なんだってムカつくやつだな!」

 

「政治的な目的での来訪………パイモン、多分散兵の身柄についてだよ。」

 

「散兵?…あぁ、だから神子がスメールに来てたのか。」

 

「そういうことだ。どうか草神と雷神の眷属に板挟みになっている私を哀れんではくれないか。」

 

「お前も大変そうだな…」

 

「そうなんだ、じゃあね。お互い頑張ろう。」

 

「旅人、私も準決勝で戦えることを望んでるから。」

 

「うん。」

 

旅人たちと別れ、選手控え室に私たちは向かう。

 

周囲に人が居なくなったところで、レイラはずっと聞きたかったことでもあったかのか口を開く。

 

「散兵って…あなたが作った機神に乗っていたファトゥスだよね。なんでその執行官に八重お姉さん関わってくるの?旅人たちは事情を知っていたみたいだけど。」

 

その質問は……どう答えていいか迷う。

 

「言い表しにくいが、端的に言えばスネージナヤのファトゥス散兵は稲妻の雷神の血縁者なんだ。だからこそ身柄を預かるにしろスメールか稲妻か、ちゃんとした話し合いの場が必要という訳だ。」

 

血縁者というか、実際は雷神の創造物な訳だが説明が面倒なので省く。

 

「へぇ…血縁者………え?それって凄い国際問題なんじゃ…」

 

「そうだな。スメールとスネージナヤだけの問題かと思えば稲妻も関わってくるとなると、面倒この上ない。」

 

「私…その情報は聞かない方良かったなぁ。」

 

「大概の問題は私が庇えるから安心してくれていいぞ。」

 

「あなたがオープンなのもまた別に困りどころが増えるって確信したよ…」

 

庇えない問題の方が少ないから是非とも頼って欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

「決めてっ!!」

 

『ル!!!』

 

風元素の奔流が相手のキノコン達をすくい取り、身動きも取らせず風流に逆らえなくする。

 

奔流が収まった後に待っているのは、目を回して地面に倒れ伏す相手のキノコン達の姿だ。

 

『レイラさんのテンテンヨーヨー獣が華麗な旋回でまたも勝利しました!!準々決勝突破です!!!』

 

無事、レイラは準々決勝を突破することに成功した。

 

「がはは勝ったな。風呂行ってくる。」

 

「まだ旅人との準決勝もあるから帰らないでよね。……旅人か…」

 

選手控え室の備わったテントの中に入り、長椅子に彼女と並んで腰を落ち着ける。

 

旅人の名を思い出し思考に躓きを見せるレイラ。最近は悩み事が少なかったからかあまり見る機会が無かったが彼女の思案顔はやはり可愛いものだ。

 

「草神を救いし英雄。君の相手にとって不足無しだろう。」

 

「救世の旅人とただの一学生って私の立場が不足しすぎだよ!?」

 

「だが、不安もあるだろうが相手だってキノコンテイマーとして初心者なのだ。緊張しすぎもよくない。」

 

「む…それもそうだね。」

 

私としては旅人に勝ってもらってレイラを面倒な目に遭わせたくないと思ってるのだが、彼女の気を紛らわす助言くらいなら許されるだろう。

 

戦いによって怪我が無いかテンテンヨーヨー獣及びその仲間3体の状態の確認を終え、テントから出るとそこには例の狐お姉さんの姿が。

 

「準々決勝勝利おめでとう…とまずは祝福すべきじゃな。」

 

「八重お姉さん。」

 

「その余裕そうな表情、宮司様ももしかして次の試合に勝ち進んだということか?」

 

「勿論。じゃが、問題は準決勝の相手。あのハニヤーが相手なんじゃ…」

 

ハニヤー?と私は聞きなれない名前に疑問符を頭の上に浮かべることとなる。ファデュイの残党の偽名、それかそれらに雇われたエルマイト旅団の名前か…

 

様々な可能性を考えているとレイラが私の疑問に答えてくれた。

 

「えぇと…ハニヤーさんのことだよね。彼女は過去にキノコンによる災難に遭って酷い目にあったの。だからこの叡智宝珠を利用してスメール中のキノコンが人間に抗えないようにしたいらしいけど…」

 

「それに相棒のキノコンに『炎1』なんてつける偏屈ぶり。なかなかキャラクターとして良いとは思わぬか?」

 

「ほお。そんなやつが。」

 

炎1…私も似たような名前を付けそうだ。

 

確かに、編集長としての観点からなら良いキャラをしていると言いたくなるのだろうが、魔物の災害による被害を軽んじて語るのも適切では無いか。

 

しかし叡智宝珠か…

 

「叡智宝珠、あれは菌糸の魔物であるキノコンに対して隷属させる道具ではなく人間の言葉を上手くキノコンに向けて翻訳するだけの道具だ。たったそれだけの能力で一生物であるキノコンの完全な支配は難しいと思うが。」

 

「む?」

 

「え、フェジュロア。それって本当なの?」

 

「あぁ。キノコンを一から育成したことがあるという実績からマハマトラに叡智宝珠の研究を依頼されたんだ。」

 

2人とも、別にこの話を漏らすような人柄では無いだろうし真実を告げるべきだ。

 

「叡智宝珠に大した効能は無く、寧ろキノコンの洗脳に一役買ってるのはフラワーゼリーの方だな。経度の中毒症状を引き起こし、テイマーに依存するよう設計されている。そもそも強化薬物だからな。そんなモノだろう。」

 

「そんな…」

 

「……つまり妾たちのキノコンはこの大会を通して叡智宝珠とフラワーゼリーのテスターにされておるということか。」

 

「その認識で大方間違ってはいない。」

 

こんなことを聞かされれば、稲妻からの賓客がスメールへの不審感を抱いてしまうのではないかと思うが。

 

そこはかの八重神子様。

 

「………それもまたネタとして良い展開じゃな。」

 

「そ、そこに落ち着くんだ…」

 

「流石は八重編集長だ。」

 

だいぶ我が強い。

 

 

 

 

 

・---・ ・-・・ ・- ・-・・ ・・ -・- -・ --・-・ ・---  -・- ---・- --- ・-・-- 

 

 

 

 

 

「じゃあ、正々堂々勝負しよう。旅人。」

 

「うん。」

 

 

結果としては、レイラは私の思惑通り旅人に敗れてくれた。

 

別になんの小細工も施していない。旅人の気合いがレイラを上回った…それだけの話だ。

 

だが………

 

「レイラ、敗北が悲しいのならば私が慰めて…」

 

「いいや、私はこの結果に満足してるよ。だって…旅人の全力に私でも立ち向かう事が出来たんだから。今日のことはこれからの自信になると思う。」

 

「…そうか。」

 

私はレイラが悲しみに暮れて泣きついてくれることを期待していたが、よく考えたらこの子はストレスが少ないと精神がかなり頑丈な子だった……見落としポイントが少々大きかったな。だけど、敗北は少しだけ堪えたようでいつもよか元気は無い。

 

そして、そんな少し落ち込んだ様子のレイラを気にすることも無く白色精霊は私に声を掛けてくる。

 

「どうだ!旅人は強いだろ!」

 

「ちっ…私のキノコン王者を引き連れてくればレイラが負けることなどなかったのに…失敗した!」

 

「キ…キノコン王者?」

 

「フェジュロアが昔育てたキノコンらしいよ。でも、あのマッシュラプトルは大会のルール的に出られるか怪しいけどね。」

 

「マッシュラプトルって…あのデカい鳥みたいなキノコンのことか……あんなのがこの大会に出たら勝負なんてすぐに決まっちゃってつまらなくなるだろ!」

 

「このチビ助…正論を言いやがって。」

 

「オイラはチビ助じゃない!!」

 

常にテンションが高めのパイモンとの会話は何も考えなくていいので楽だ。

 

蛍は「これで良かったんでしょ」とばかりにこちらを睨んでくるが、勝利は君の力量の結果なのだしもっと誇ってもいいと思うが。

 

「おやおや童たち。そちらも試合は終わったようじゃな。」

 

4人で話していると八重神子様とその相棒のキノコン『百雷遮羅』がこちらへと歩いてきた。

 

「宮司様。ハニヤーとやらとの準決勝はどうなったので?」

 

「そうだ、オイラもそこが気になるぞ!」

 

「うむ…妾と百雷遮羅はいくつものワザでハニヤーを圧倒し…」

 

「そこを捏造しないで欲しいわね。」

 

八重宮司が結論を言おうとすれば、エルマイト旅団の女性がこちらへと歩きながらその言葉を遮った。

 

旅人やレイラは彼女に対して身知った雰囲気を放っている。彼女がハニヤーで間違いないだろう。

 

「捏造って…もしかして神子……」

 

「そうじゃ…ハニヤーに負けてしまったのじゃ……」

 

「八重お姉さんが負けるなんて!」

 

八重宮司は眉尻を下げ悲しげな表情を見せるが、正直この状況を楽しんでいる様子が隠しきれていない。主役候補とライバル候補の決勝戦、彼女の望んだ結末だからだろうか。

 

「ふん、そっちは…旅人が勝ったのね。」

 

「……あなたも私も、勝利まで同じくらいの時間が掛かった。接戦だったみたいだね。まだキノコンへの恨みは払拭出来ていない?」

 

「…当然よ。私はあなたに勝利して叡智宝珠とその知識を手に入れる。スメールのキノコン全てを人間に逆らえないようにするわ。」

 

「その割に、汝は炎1に対して既に一種の情を持ってしまっているように思えるがのう。」

 

「敗者は黙っていて。…とにかく、明日の決勝は逃げないことね。」

 

そう言い残してハニヤーは立ち去ろうとする。が、良質な展開を望む八重宮司には悪いが私は彼女に対して忠告しておかなければならない。

 

待てと声を掛けると誰だとでも言わんばかりに私を睨む。

 

「あなたは…そこの教令院生の付き添い?何か御用でも?」

 

「君は、そのちっぽけな叡智宝珠に一つの生物種を完全にコントロールするだけの偉大さがあると本当に信じているのか?」

 

「…何を。」

 

「仮にもしそんな装置が存在するならば、それを公表した者は後世に名が知れ渡る程の偉人となろう。」

 

「何を言いたいの?」

 

「私は生論派学術家系のプルフラナの家の末裔だ。だからこそ断言出来る。そんなものは有り得ないと。」

 

「っ…でも確かに私は、私たちはキノコンを支配して…」

 

「キノコンはスメールの大地から上質な草元素力を吸い上げて生命を繋いでいる。だからこそ、彼らは疎らながら知恵を取得しているのだ。叡智宝珠を通して人の意思を感じ取ることが出来れば、自ずとそう動いてやろうかと考えられるほどには。」

 

八重宮司と何があったかは知らないが今彼女は動揺している。その状況下で私は説得のピースを持っているのだから、それを使わないのは宝の持ち腐れというやつだ。

 

「キノコンは、君の炎1は叡智宝珠に支配されていない。君に善意で協力しているに過ぎないということだ。」

 

「な……」

 

「それを理解出来るのなら、君は炎1への接し方を改めるべきだろう。…いや、案外その君の素っ気なさを炎1は気に入っているのかもしれないが。」

 

言えることはこれくらいだ。あとは、自分自身で考えるべき問題だろう。

 

キノコンの暴走による事故に見舞われた少女が今、支配と情の間で揺れ動いている。当然だ、人の意志は時間の摩耗に抗えない。過去の強大な感情すら、一時の微かな安らぎに掻き消されてしまうのだから。

 

「言えることはこれくらいだ。君が明日の決勝までにどう変わるのか、変わらないのか。楽しみにしていよう。」

 

そう言い残して私は歩き去る。

 

用事は特に無い。べらべらと調子良く喋ったのが恥ずかしくなったから、逃げているだけだ。

 

レイラも彼女なりにハニヤーに対して考えていることはあるだろうから、旅人と話し合ってみるべきだ。

 

こういった問題は、彼女を人間的に成長させてくれるだろうから、出来るだけ少女たちの友情をそのままに、保ってあげたくなるのだ。

 

これも、私の少女趣味の断片だろうか。

 

 

 

 

後日。結局仕事でキノコンピックの最終日には立ち会う事はなかったが、レイラから諸々の問題が上手くいった事を聞いた。

 

ハニヤーはキノコン牧場の管理者となり、その生態の研究者となるようだ。クラクサナリデビ様が砂漠の者に教令院の門を開けた今、彼女もその景智に触れられる。同じ学者としても、応援していきたいところだ。

 

ファデュイの人間であった協力者エルヒンゲンはファデュイらしい末路を辿った。同胞にその首を飛ばされ、今件の責任を負うこととなったのだ。同情はするが、スメールにとって脅威になり得る問題だったのだから、私から言える事は無い。

 

今回の大会、私は全を観測出来てはいないが様々な事があったのだろう。

 

だが私の周囲の一番の収穫は、レイラに流浪の旅人とその相棒の精霊、狐お姉さんという友達が出来た事だと思うがな。

 

………はぁ。

 

「………八重神子宮司様。」

 

「おやおや、ここでも会うことになるとはのう。汝がクラクサナリデビの忠実な臣下だとは、妾にも読めなかったわ。」

 

「私、フェジュロア・プラーナがお迎えに上がりました。後ろに着いてきてください。」

 

「エスコート、よろしく頼もうか。」

 

本当の問題はこれからだ。

 

 

遠国の巫女宮司、冬国の市長、軽装に身を包む金狼の啓途誓使。

 

知恵の神とその従者の前で、崇め奉る神の異なる三者の間の極めて内密な談笑が始まった。

 

議題は当然、一人の囚人の身柄について。






◇フェジュロア・プラーナ…積み重なるストレスが原因でレイラにバブみを求めるも、何それと一蹴されてしまう。


◇レイラ…キノコンピックが終わったあとも八重お姉さんと文通しているが、稲妻の要人という立場からか手紙の内容の検閲が激しいことに悩んでいる。


◇八重神子…昨今の男女の痴情の縺れというネタを友人の少女から得たので、それを元に娯楽小説化してみたら想定通り婦女子の間で人気作となった。



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五話 レイラちゃんと教令院ラジオ

 

 

 

キノコンピックの余韻も過ぎ去った頃、私は自宅兼アーカーシャ研究所でアーカーシャの機能修理に没頭していた。

 

こいつはやはり奥が深い。全ての要素を動かすのに草の神の心というエネルギー体が必要になるよう誰かさんの手によって設計されている。そこを弄り私がこの機械を十全に使うことが出来るよう手を加える……神の遺物に凡人が求めすぎるのも良くないかもしれないが、やれるのだからやるべきだ。

 

「あー…テストテスト。レイラ、聞こえるか?」

 

集音器に向けて声を出す。すると3秒後に頭上にある赤のランプが点灯した。

 

「オーケー。声は届いているようだな。現在地は……端末番号E_02の位置……明論派教室付近か。合っていたら3回信号を、間違っていたら信号を送らないでくれ。」

 

………一回、二回、三回。位置情報探査機能に乱れは無いと。まぁ、聖樹近辺の探査能力が十全なのは分かっている。別のテスターに声を掛けよう。

 

端末E_04に着信音を流す。

 

………………7秒でランプが点灯した。再度集音器に近付き声を掛ける。

 

「あー、こちらプラーナ。セタレさん、聞こえているのなら一回信号を送ってくれ。」

 

先程と同じで7秒後に信号が届く。現在地は……アアルから少し離れた位置だな。…アーカーシャは人の密集していない場所では使いにくいというのが定説であったが、少々接続に時間が掛かるだけで機能に問題は無いらしい。

 

レイラの時と同様に現在地の確認をして…ずれは無いな。これならば砂漠での運用も可能だろう。

 

では次段階に移る。

 

現在アーカーシャ端末を所持し持ち歩いているスメール領全域の人数は…と。……126人か。少ない…が、まぁ動かない機械なんてただの飾りにしかならないからな。

 

所有者の状況確認スタート。精神状態を分析……緊迫状態に無いと信号を出している端末数は87。ではその87端末に着信音をと。

 

…………

 

集計が出来た。86端末中82もの端末から信号が返ってきた。

 

「あー…こちら教令院アーカーシャ研究所のフェジュロア・プラーナです。現在旧アーカーシャの研究中にて協力を求めています。この通信を受諾できた方は3回以上信号を返してください。繰り返しお伝えします、この通信を受諾できた方は3回以上信号を返してください。」

 

コンソールを確認して各端末からの信号数を確認する。……この実験を伝えていなかったスメールシティ以外の一般市民もちゃんと協力してくれているようだ。

 

「…アーカーシャが正常に動作している事を確認することが出来ました。皆さまご協力ありがとうございました。」

 

通信終了音を流して全端末との接続を切る。

 

……さぁ、確認が出来てしまった。そして、この一件から教令院がアーカーシャの再建を考えていることは巷で噂に広がることになるだろう。後戻りは出来ないな。

 

【フェジュロア、こちらでも通信を受諾したわ。いよいよ始めるのね。】

 

「…!」

 

脳内にでは無く、アーカーシャの方に草神様からの通信が入った。

 

「クラクサナリデビ様。ええ、あなたに提出した計画書通りに進めさせていただきます。」

 

【教員との2足わらじは大変だろうけれど、あなたならやり遂げられるだろうと思っているわ。スメールの更なる発展のため、あなたには期待している。】

 

「ありがとうございます。」

 

【では、邪魔になってはあれだし通信は切らせてもらうわ。これから頑張ってね。】

 

「はい、精進します。」

 

会話が終わった数秒後に通信が切れたことを示す表示をコンソールにて確認できた。…草神様に激励を貰えるだなんて。これは本当に頑張らなくてはいけないな。

 

私は今後必要になるであろう機材の製造に着手し始めた。

 

 

 

 

 

「レイラ、アーカーシャの製造に必要なコストは案外少ないみたいだ。知り合いの草元素の神の目の所有者に元素力を分けてもらえば大量生産という事もあるが一つ凡そ30モラで製造出来る。」

 

「へぇ…あの機械ってそんなに安く作れるんだ。確かに無償で配ってるのに高性能だからどんなトリックがあるのか気になっていたけど…元素力による信号を発生させる装置さえあればなんとかなるんだね。」

 

「元々、アーカーシャの情報伝達はテレパシー地味た超能力に傾倒した機能だからな。元素力を介して運用できるのには助かった。普通に設計したんじゃ作れない。」

 

「過去のクラクサナリデビ様様様ってことかな。」

 

「あぁ。」

 

太陽が落ちる時間になり、家に帰ってきたレイラと夕食を食べる。この一時の安息は私の原動力足り得るほどに、充足した時間なのだ。

 

本来恋人との会話にはあまり学術的要素を持ち込むべきでは無いだろうが、彼女だって学者だ。話が合う相手と話をしないでどうするということで私はこうして毎日のように小難しい会話をしている。と言っても…スメールじゃ世間話も学術絡みだからどこの家庭でも交わされる会話には学術の要素が混ざってしまうのだろうが。

 

「そういえば…まだ新しい明論派の賢者って決まらないのかな。アルハイゼンさん…だっけ?あの人だけで今は4つの学派の代理賢者をしているから大変そうだけど。」

 

アルハイゼン…最近まじで忙しそうだよな。昨日会った時にはこれ幸いと私に明論派の資料を押し付けてきたし。別に暇ってわけじゃないんだが…

 

「賢者ねぇ。…ポワールの爺さんとかがなるんじゃないか?発明も実績もある人だし。リーダーには向いていないかもしれないが。リファエットさんは…まだ若いし…賢者の道に進むのはグランドキュレーターを経てからか。」

 

「あなたは興味無いの?賢者。」

 

「うむ…立場自体に興味はあるが、今はアーカーシャ研究に専念したい。なんならレイラが明論派を支配しても良いんだぞ。私が推薦すればある程度の立場までは自動昇格できる。」

 

「え、流石にそういうのは良いかな……私に明論派をまとめられるだけの自信は無いし…威厳も無いし……」

 

「はは、私も同じだよ。でも若さでいったら過去にレイラくらいの年齢で賢者になった人も居たぞ。」

 

「ん…そんな人居たっけ。歴史の授業でもそんな突飛な人聞いた事……いや、そういえば居たね。あなたのご先祖の。」

 

「あぁ。まぁフラナとやらがどれほど優れていたのかは知らないが、その血は立派に私に受け継がれているということだ。」

 

フラナ・ニルムト、またはフラナ・プルフラナ。私の招来させる邪神ニャルのような、異星由来の生物を研究していたらしい。やっていたことは確実に偉業だが、その人のせいで我が実家が魔窟となっているのだから私的にはあまり誇れない。

 

なんて、レイラと駄弁っているとすぐに夕食を食べ終わってしまった。作った自分が言うのもなんだが、何も考えずにパクパクと食べれるような味の渋みがない料理は良いな。

 

さて…この後は何かしようか。ひとまずレイラにちょっかいをかける。

 

「レイラ、課題でも手伝おうか?」

 

「いや?課題はもう教令院で済ませちゃった。」

 

食器を片付けてから机で何やら作業していたレイラの元に駆け寄るが、占星学の課題をしていた訳では無いらしい。では何をしているのだろうかと覗いてみれば…

 

「星象の口頭での説明方法…か。」

 

「今日あなたから通信が入ってこんな感じに情報伝達されるって分かったからね。昔のアーカーシャを使っていた時もも思っていたけれど、やっぱり星の動きに関する説明は音だけでは分かりにくいんだと思う。あなたは何か案とかはある?」

 

「案か…」

 

この問題はなにも明論派だけが抱えるものでは無い。今後全てのスメール人は学術を学ぶ機会を得るのだ、教えるこちら側が長々と手招いている訳にもいかないのだろう。…だが、上手くいかないのも事実…

 

「論文化作業だってグラフ然り星図然り、図での説明を挟む。本来ならばアーカーシャの力を引き出して画像展開機能を復活させれば良いのだけどね。これまた複雑で私でも手こずっている。」

 

「なんだか心配になるなぁ…あの計画、ちゃんと上手くいってるの?ファルザン先生を引き入れた事は聞いたけど。」

 

「その為の通信状態の検査…最終確認だ。もう初回の収録はしてあるさ。」

 

一昨日、エンタメ要素を含むラジオ番組の初回は収録完了した。ファルザン先生もなかなか喋りが通るのでラジオ向きだと早めに睨んでおいて良かった。

 

「そうだったの!?……その初回を私に聞かせてくれたりは…」

 

「放送まで待っててくれ。確認は草神様とマハマトラ数名にしてもらっているからな、心配はいらない。思う存分待ってくれると嬉しい。」

 

「うわー…それ聞いたらこっちも緊張してきちゃったよ…」

 

身近な人間が大勝負に出るというのだから、彼女の緊張は尤もな物だ。

 

計画─────それは即ち、アーカーシャの初期運用計画の事を指す。

 

クラクサナリデビ様が無事スメールの神として再臨した後、私は教職の傍ら『アーカーシャ研究所』の所長としての活動に専念していた。

 

草の心が無くなった影響からか運用に難が出たアーカーシャを私がクラクサナリデビ様から譲り受け、その運用に対する全ての権利をプラーナ家がスメール教令院より譲渡された。そして、その研究を義務付けられている。

 

何故研究を義務付けられているかと言えば、私は先の騒動における教令院の多大な損失の補填の一手として期待されている面があるからだ。つまり、国が求めているのは単純な学術成果の報告では無く、アーカーシャをスメール人にとって有用な機械に改造し"利益"をあげなければならないのだ。

 

この計画にあたって私は様々な考慮を重ね、最終的にアーカーシャに求められるものとは人々の生活にとって欠かせない情報を知る手段であれ、ということ。そこで私と教令院は結託し、スメール全土に音声で情報を届ける手段『ラジオ運営』を決定することとなった。

 

「あとは宣伝…か。教令院にそこは任せたが些か不安が残るな。スメールに籍を置く様々な会社の宣伝広告を音声配信出来る…という役割のお陰でアーカーシャ研究所は収益をあげられる予定ではあるが、初動が崩れると今後の計画も想定通りにはいかない。」

 

「あなたが宣伝したらそれなりに反響はあると思うけど。一応英雄様なんでしょ?」

 

「まぁ。だが、不安はあるがそれを担うと言い出したのは教令院だ…シティは任せよう。アアル村には宣伝が行き渡らないと思いこちらからセタレさんとキャンディスさんに呼び掛けているから。」

 

……

 

「だが矢張り……不安は残る。」

 

「……緊張しすぎてお腹壊さないようにね?」

 

「そんな柔ではな…………

 

 

 

 

 

 

 

──────────4日後──────────

 

 

 

 

 

 

 

………滅茶苦茶お腹壊した。頭痛も吐き気もする。」

 

『あはは…放送は夜でしょ?まだお昼なんだからそこまで気にしなくても良いのに。』

 

「そうは言うが…私にとってこれは学術発表の場じゃないんだ、専門外の事柄はいつだって緊張してしまう。今はもう懐かしいが、君に告白した時なんてそれはもう胃腸の調子が酷くなって…」

 

『わ、私も恥ずかしくなるからこの話題はやめようか!』

 

あれからあっという間に四日が経った。…アーカーシャの機能復元アップデート1.0の配信日、そして教令院ラジオ初回放送日だ。

 

一応のメインプログラムであるアーカーシャの検索機能と教令院発布政令通知機能は完璧に修繕出来た。だが、私にとって重要なのはラジオという形で己の肉声が発信されてしまうということ。

 

初回は堅苦しくアーカーシャ停止からの政変についての情報を細かく伝えることになっている。これは教令院というスメール政府からの公式の発表……それの責任を私一人が背負うのだ、緊張するなという方が無理がある………

 

「お お お お ぉ ん」

 

『…そろそろ授業だし切るよ?あなたも普通に午後は授業やるんでしょ。』

 

「はい。」

 

既に収録は終わっているのだ。私はただ、慟哭することしかできない。

 

私は授業の支度を済ませて外に出る。

 

家から出てすぐのところにある教令院は行き来が本当に楽だ。だが、余韻が無いというのは人生に於いて得ではない。気持ちの入れ替えというものを一瞬で済ませられるのならばそれでもいいが、生憎人というものはそう簡単な構造をしていない。この限界な体調不良のまま授業をするというのは…なかなか困難だぞ。

 

ぐるぐると言うまでは行かないが、腹の中で衝動が渦巻いているのを先程からずっと感じている。……はぁ、セノやアルハイゼンならこういう時も平然としていられるのだろうか。

 

ルタワヒスト学院第六教室に辿り着き、教卓にどっかり座り込む。すると、思っていたよりも音が出たのか既に席に着いていた生徒がびっくりしたようにこちらを見ていた。……傍から見れば怒っているように見えたのだろうか。「別に怒っていない、ただ緊張しているだけなのだ」とでも言いたいが少し恥ずかしいな。

 

まぁ良いや。歳上の生徒もいるが所詮生徒なのだし。

 

しばらくして生徒が全員着席したところで皆に呼びかけてみる。

 

「えーと、授業に入ってからで申し訳無いのだけどこのアンケート用紙への記入をお願いします。授業が終わる時に出席票と一緒に提出してください。」

 

今作ったアンケート用紙を生徒17名全員に配ってみる。内容は勿論、アーカーシャアップデートに関する意識調査だ。

 

果たして教令院の明論派における現在のアーカーシャへの期待は高いのか。アーカーシャ責任者である私への直接の要望機会とも言える自由記載に生徒たちが何を書くのかが気になる。まぁ、本命はアーカーシャラジオの存在の認知度と期待度のチェックだが。

 

と、そんな時1人の生徒が挙手をした。アンケートに対する質問だろうか。

 

「なんだ?」

 

「フェジュロア先生、そんなに今日の夜の事が心配なら本日は授業を中止してアーカーシャの今後に対するディスカッションをするというのはどうでしょうか!」

 

「うーん…授業は中断させたくは無いのだが…」

 

「いや、俺もその方がよろしいかと!!」

「そうだな!フェジュロア先生なら遅れた分を次の1回で詰め込むくらいできるさ。」

「私も賛成!」

 

「ふむ………」

 

こいつら単に私の『フェジュロア式真理究明術及び星間距離公式の習得』をサボりたいだけでは…?という考えが頭に数瞬浮かぶが、私の勘違いだろう。

 

「ならしてみるか。面白そうだし。」

 

「「「うおおおおおおお!!!」」」

 

……そんなに喜ぶことだろうか。

 

 

 

 

 

「フェジュロア、お腹の調子は大丈夫なの?」

 

「あぁ、生徒たちとのアーカーシャの今後に対する議論でだいぶ気が紛れた。ほら、今日は一応教令院ラジオ局の開業祝いという事でタンドリーチキンを焼いた。熱いうちに早く食べよう。」

 

「うん、かなり美味しそうな匂いが玄関にも届いてる。あなたの調子が戻ったのなら良かった。」

 

レイラが帰宅してくるのを今か今かと待っていた。緊張を解す最後のピース、それが彼女との日常だ。

 

だが、それでも抑えられないこともある。

 

「………」

 

「フェジュロア?アップデートまであと5分切ったよ。」

 

「………ん、おう。動かす。………」

 

コンソールを動かしアップデートファイル配布の開始1歩手前まで進ませる。レイラに声をかけられるまでそんなに時間が迫っていたことに気付かなかった。

 

追って、クラクサナリデビ様からアップデートを開始しろとの通達。あとはこのボタンを押すだけだが…

 

手が震えてしまう。老人の指のように照準の合わないそれをなんとか矯正する。

 

確かに私はこのアップデートファイルのために全力を注いだ。しかしそれは星空の祝福(ニャル)を失った私の全力……クラクサナリデビ様にも、大マハマトラにも、賢者2人と代理賢者にも認められた。だが、だというのに。

 

「私は、これが自らの知恵で生み出す最初の功績になる。それを…君は認めてくれるだろうか。」

 

「私?勿論あなたが最近それに注力してたことは知ってるし認めるけど。」

 

「なら良い。」

 

私の心は、レイラに依存してしまっている。この世全ての基準よりも何よりも、彼女にこそ信頼を置いてしまっている。

 

それは多分学者として、一人の人間として間違っている。

 

それはずっと前から…自覚していた。

 

私は、Enterを押す。

 

 



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エピローグ 1

 

 

「先生、先生、起きてください。」

 

若々しい女の子の声が聞こえる。おそらく、私の生徒だ。

 

寝覚めとしては最悪と言うべきか、最良と言うべきか。私は教師として有るまじき素行不良によって心身の高揚を感じずにはいられなかった。

 

「…先生?もう授業時間は終わりましたよ?」

 

「………んっ─────おはようおはよう。私はもう起きてるからあと五分だけ…」

 

「あと五分したら次の授業の準備が始まっちゃうんですよ!」

 

っと……いけない。他の教員に迷惑をかけるのは私のポリシーに反する。

 

眠気の残る瞳を擦り、私を呼び掛ける声の主を視界に収める。…やっぱり、私の数少ない生徒の一人だった。

 

「‪○○‬ちゃん、起こしてくれてありがとうね。流石にちょっとやばかったかも。」

 

「先生……今月でもう5回目じゃないですか。授業中に寝るの。」

 

「でも私の生徒たちは賢いからね。少しの時間教えれば十分な成績を残してくれる。お陰で教員会でも私の評価は高い水準を維持できている。」

 

「それ…今までの卒業生が優秀だったってだけで今年は違うかもしれないですよ?」

 

「そこはほら…君に期待してるよ。」

 

まぁ、彼女含む生徒たちが私の授業内容を理解出来ている以上、明論派でも上澄みも上澄みなのだけど。教員実績で私のライバル足り得る教員といえば…素論派の△△くらいだろうか。少なくとも"彼"や"先輩"がその座に並ぶことは無いだろうが。

 

ふぅ……優秀な教員であり続けるというのは中々に疲れるものだ。10年も続けていればそういう悩みだって生まれる。

 

「そうだ、気分転換にクシャレワー学院にでも遊びに行こう。」

 

「……行ってらっしゃい…?」

 

「貴女もこの後暇でしょう、着いてきなさい。」

 

「えー…………暇ですけど。」

 

「今日は珍しくあの教員がクシャレワーで授業をするという日だからね。行くに越したことはない。」

 

「珍しい教員…?誰だろう。」

 

 

 

 

クシャレワー学院第四教室にてその授業は執り行われていた。私の先輩……ハルヴァタットのファルザンによる授業だ。

 

私たちは教室の外から中を覗き込むようにして時折聞こえてくる彼女の声に耳を傾けていた。

 

「もしかしてあの人って…!」

 

「ファルザン先輩だね。流石に要望が多かったからか最近は不定期でクシャレワーで授業をしているようだよ。」

 

私の生徒もいきなりの有名人との遭遇に興奮を隠せない様子だ。連れてきた甲斐が有る。

 

「声はよく聞くんですけど……実物はあんなに綺麗な人だったなんて……私今日初めて見ました。」

 

「綺麗……確かに綺麗だね。」

 

遠目からでも良く分かる。透明感のある肌、クセの無い滑らかな髪、そして宝石のような瞳………初めて会った時から彼女の印象は変わらないな。まるで時でも止まっているみたいに。

 

とは言っても彼女に降り掛かったキングデシェレトの呪いは既に解けている。その証拠に彼女は当時から背だって伸びたし髪だってよく切ってあげている。ただ単に若々しいだけだ。

 

「はぁ……私としては彼女が羨ましいけど。」

 

「えっ、先生も凄くお綺麗ですよ?自信もってくださいよ。生徒間での美人教師ランキング3位以内には毎回入っていますし。」

 

「私と同じかそれよりも若い女性教員なんて本当に数える程しかいないからそれは名誉として誇っていいか分からないけどね。って美人教師ランキングとかつけないで欲しいな…」

 

…私が学生だった頃も"かっこいい教師ランキング"とか聞いて回ってはいたけど。

 

「彼女……ファルザン先輩は私の旦那様ととても懇意にしている…いつでも目が離せないの。いつ浮気されるかと思うと溜まったものじゃない。」

 

「先生の夫とファルザン先生……確かに仲は良いですね。この前で12周年でしたから。」

 

「私としては経営が軌道に乗ってくれて嬉しい気持ちと数多くの女性ゲストに取り囲まれて下衆な笑い顔を浮かべる旦那が憎らしい気持ちのふたつがあるね。」

 

「プラーナ教授もそんな顔するんですね。」

 

「くれぐれもあの人に一人で着いて行ったらダメよ。」

 

そういえば…私も一応プラーナ先生なんだけど一度もその名前で呼ばれたことは無いな……教員会でも名前でしか呼ばれてないような気がする。

 

人目を集めても困るのでファルザン先輩の元から離れ、知恵の殿堂にでも来てみる。何故こうも無意味に生徒を連れ回すかと言えば、要は暇なのだ。

 

「そういえば先生は【知恵の仙霊】の伝説についてご存知ですか?」

 

「知恵の仙霊?ふむ……昔何処かで聞いたような。」

 

「ここ知恵の殿堂に存在するとある書物に問題を記すと、一夜のうちにその答案が返ってくるっていう伝説です。その正体はクラクサナリデビ様であったりアルハイゼン書記官長であったり…プラーナ教授であったりと様々な説が提唱されているんですよ。最近もそのお陰で先輩が卒業論文を完成させられたと言っていました。」

 

「ふーん………」

 

多分その知恵の仙霊とやらの正体は夢遊中の私だろう。何年か前にセノ様から夢遊中に知恵の殿堂の蔵書に落書きするのは止めてくれと言われたことがある。多分「星空の祝福」にも注意は行われたのだろうから行為自体止めた筈なんだけれど……そうか、最近も起きているのか。

 

「それは…おそらく私の知っている仙霊とは別人だね。前の仙霊の正体を私は知っているんだ。」

 

「え、今の仙霊は二代目なんですか?」

 

「うん、なんせ先代の仙霊はこの私だからね。私ではなくもうひとつの人格が…だけど。」

 

「へぇ………そうなんですね。」

 

「…あまり驚きが無いみたいだけど。」

 

「夢遊中の先生は知恵だけなら賢者にも匹敵すると評判ですから。あまり面白みが無いというか。」

 

「えぇ…その感想はあんまりじゃない?」

 

というか、私が夢遊することに関して皆認知しすぎじゃないかな。ラジオでファルザン先輩が喧伝してたからなのだけど。

 

私の夢遊病は結局完治することは無く、現在も治療中だ。一時期は夢遊も無くなりかけたのだが、ある日を境に私の寝ている間に好き勝手やるようになってしまった。目覚めた時にアルコールが回ってた時は自分のことながら強く憎んだっけ。まぁ、睡眠時間をそこまで削らないで夢遊してくれるようになったから昔よりはいいかな。

 

でも私に祝福を授ける事を放棄して旦那と遊んでいるようなやつ、星空の祝福とは呼べないかもしれない。これからは星ちゃんとでも呼ぼうか。

 

「ん、あそこに居るのって‪✕‬‪✕‬さんじゃないですか?先生の旦那の友達の。」

 

「本当だ。彼も暇みたいね。」

 

生徒がやっぱり暇だったんだと呆れた顔を浮かべるのを無視して挨拶をしに近づく。

 

……そういえば彼はファルザン先輩とも違って見た目が全く変わらないな。長命種なのかな?

 

「‪✕‬‪✕‬、こんにちは。」

 

「……レイラか。それと…君の生徒かい?こんにちは。今日は暇を持て余しているようだね。」

 

「うっ、あなたもそれ?暇暇言い過ぎだよ皆。」

 

「そんなに言ってないよ。僕は暇では無いんだけどね。」

 

暇じゃないという彼の手には1冊の本。勉強中だったか。だけどその本というのはなんてことのないただの歴史の教本…因論派でも一大派閥を築いている彼からしたらそんなの見るまでもなく頭に入っていそうだが。

 

「この本が気になるのかい?」

 

「ええ。あなたには些か役不足じゃない?」

 

「そんなことも無い。君も見てみるといい。」

 

そう言って彼は歴史の教本のある1ページを私と生徒に見せ……2人ともそこに書いてあった分不相応な元素論学に関する難問を目にすることが出来た。あぁ…二代目の仙霊って……

 

「この本を開く度に面白い問題が記載されてある。それを解いてやるのが最近の僕のブームさ。」

 

「へぇ。ねぇ、もう分かっちゃったね正体。」

 

「…はい。」

 

生徒は納得のいかないように彼と教本を何度も見返している。期待していた大物では無かったからだろうか。この人も十分有名だと思うけど。

 

「今日のは中々に考えさせられる。この題は分類別に考えてから解を求めなければならなくて…」

 

というか、その問題何処かで見たな。………あれか。もう10年前のことだがよく覚えている。

 

「確かそれは夫が昔神の躯体の研究だかで直面した問題だよ。5種の元素の配列を均等になるように賢者に強いられていたのを覚えてる。」

 

「…………これが…そうなのか。」

 

というかこの問題の筆跡、とても見覚えがある。多分夫は友人が二代目の仙霊であることを知って、普通じゃ解けないような難問を提示しておちょくってみているのだろう。嘲る顔が今にも浮かんできそうなほど鮮明に思い浮かぶ。

 

「先生、神の躯体ってもしかして10年前の…」

 

とここで生徒の質問。やばい。神の躯体に関しては機密事項だった!当時学生だった私が知ってるのはおかしい!!!

 

「あー…私は何を言ったか覚えてないなー。うんじゃあ私はそろそろ帰ろうかしら。○○ちゃんじゃあね!‪✕‬‪✕‬もお元気で!!」

 

私は呆然とする二人を置いてその場を後にした。自慢の脚力から繰り出されるそれは、人の目にも追えない速さだっただろう。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「……レイラ先生行っちゃいましたね………あれ、‪✕‬‪✕‬さん?大丈夫ですか?」

 

「いや、彼女の焦りように少し呆然としていただけだから心配はいらない。しかし巡り巡って自分に返ってくるとは、あいつも粋なことをするじゃないか。」

 

「?」

 

「なに、少し友人に少し苛立っただけさ。」

 

 

 

 

 



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魔神任務・間章「伽藍に落ちて」 サブエピソード


ここから先の話は蛇足



 

 

 

彼の足跡は根本から、辿るなどという選択肢を選べぬ程に消え失せた。

 

世界樹を利用し彼は…散兵はこの世に存在した記録を消し去った。事実上の歴史改変、それによって現在がどう変わってしまったのか確認する為に私たちは稲妻に来た。だが、現在という時間は然程変化なく生きる人々も私たちの認識のままであった。

 

心配事は一応無くなったかと思い、稲妻からスメールへと戻る船に乗る準備をしていると唐突にパイモンがあることを言い出した。

 

「そういえば旅人、お前の説明からすると散兵と親しかったやつってもう1人居るんじゃないか?」

 

「………タルタリヤ?」

 

「…それは勿論ファトゥス同士だから面識はあるだろうけどあいつは何処に居るかも分からない上にすぐに連絡がつかないじゃないか。いや、そういうことじゃなくてだな…オイラはフェジュロアなら散兵に最近関わった人物だって言えるんじゃないかって考えたんだ。」

 

「……確かに。」

 

フェジュロア・プラーナ…彼は散兵が神へと至る手助けをした人物であり、表向きの計画責任者だった筈だ。彼に会えれば散兵が消えた後の創神計画の推移も聞き出せる……

 

「そうだね、スメールに戻ったらナヒーダの手も借りてフェジュロアに面会しよう。」

 

「おう!その散兵ってやつの謎を解明してやろうぜ!」

 

 

 

 


 

 

 

 

「で、我が家に来た訳だ。」

 

「えぇ、アーカーシャ内の記録やあなた自身の『ファトゥス散兵』に関する記憶を聞きに来たわ。」

 

「散兵について…ですか。」

 

スメールに戻った後、ナヒーダにフェジュロアへのアポイントを取って貰えないか聞いてみると、そのままスラサタンナ聖処の奥へと案内された。そこはかつてのファデュイの基地ではなく、既に整った内装の住居となっていた。

 

そしてそこは、アーカーシャの残骸の管理を任されたフェジュロアの現在の住居にもなっているという。

 

……住めるんだ…ここ。

 

「まぁ良い、少し座っているといい。茶菓子でも用意しよう。」

 

私たちを居間に通すと、キッチンであろう場所にフェジュロアは消えてしまった。

 

…彼、随分と自然体だったな。隣に崇拝しているナヒーダが居たのに。そう考えているとナヒーダは「彼とは教令院の関係でよく会っているから、流石に慣れたのではないかしら」と私の疑問に答えてくれた。…信仰ってそんな簡単に割り切れるものなのだろうか。後で機会があればフェジュロアにも聞いてみよう。

 

と、すぐに彼は両手に皿を携えて帰ってきた。甘い匂いがする。

 

「ほら、先にお菓子だ。パイモンはこういうの多分好きだろう。勿論草神様にもご用意いたしました。」

 

「おおー!!」

 

「ありがとうね。このクッキーはわざわざ作ってくれたのかしら。」

 

「ええ。残念ながら作り置きですけど。」

 

「それでも嬉しいわ。あなたの料理が食べれるなんて。」

 

「草神様からお申し付けされたのならば何時でも。」

 

「これ美味いぞ!」

 

パイモンがパクパク食べている横で1枚手に取ってみる。毒は……いや、そんなこと考えなくて良いか。ナヒーダがわざわざ彼の料理の腕を褒めたのだから味に関しては心配いらないだろう。

 

「………!!」

 

美味しい。材料の比率か?それらの構成が噛み合っていることでクッキーというひとつの物質と化している…!?

 

「……フェジュロア、このクッキー…レシピとかってある?」

 

「なんだ蛍いきなり…レシピが欲しいのか?口頭でも良いなら教えるが。」

 

 

〜フェジュロアのクッキーのレシピを入手した〜

 

 

お茶を飲んで一息つく。

 

フェジュロア宅……そこらのカフェよりも満足度が高い……じゃなくて。

 

「散兵について分かったことはある?」

 

「そういえばそれが目的だったな。と言っても、検索自体は既に終わっている。説明しよう。」

 

フェジュロアがアーカーシャのメインサーバーに繋がっているコンソールとやらを弄ってこちらに画面を向けてきた。なになに…

 

「ファトゥス散兵…スネージナヤの女皇に仕えるファデュイ執行官の称号。主に未知の秘境の探索や国外での部隊長を生業とする。………400年前に前散兵職位の人間が死亡してからは誰もその職位には就いていない。……アーカーシャで分かったのはこんなものだな。」

 

「散兵は散兵でも、個人を指す散兵じゃなかったってことか。でもオイラたちが探している散兵は存在ごと切り取られたように歴史から抹消されている……」

 

「アーカーシャは世界樹からの影響を先ず先に受ける機器だわ。情報が全く出ないのは想定内ね。」

 

思っていたような情報は出なかった…という訳か。

 

「あぁ、力になれなくてすまないが。だからこれからは私個人の記憶による見解を述べさせてもらおう。結論から言えば、私は君たちの言う散兵…国崩を認知している。」

 

……!!

 

「なんだって!?じゃあお前は散兵に会った記憶もあるってことかよ!」

 

「この身は少々特殊でな。蛍には劣るが星海の外の力を有している。世界樹による世界改編の影響も10割は喰らわないんだ。」

 

……そういえば彼は外の厄介な存在に取り憑かれていたっけ。降臨者のような真似が出来るのは納得だ。

 

「それにあいつは中々に強烈な人物だったと言えよう。私の邪神降誕状態と互角に戦り合える程にな。」

 

「それだけ雷電将軍の人形としての潜在能力は凄まじいってことか……」

 

「だが、申し訳ないが君たちの手助けはどうも出来そうにない。私が持っているのは彼に関する記憶だけで世界樹から弾かれた存在がどのようになっているかは正確には把握出来てはいない。」

 

「そうね……彼が行きそうな所でも聞ければ良かったのだけど。」

 

「行きそうなところ?ふむ……やつが自分の都合のいいように歴史を改編したとすると、やつ自身は現代に存在している筈だ。」

 

…?どういうことだ。彼は生まれたことが罪だったと後悔していた筈……それなら自らが生まれた歴史ごと変えて…

 

「世界樹のルールに関して一番熟知しているのは当然草神様だが、裏のルールについて詳しいのは私とファトゥス博士くらいなものだろう。そして世界樹…いや世界のルールに【容易な覚悟とエネルギー量では自らの存在を抹消することは出来ない】というのがあるんだ。」

 

それは確かあの時マハールッカデヴァータが言っていた。自らを消去することは世界樹には出来ない、するならば他者に消去して貰わなければいけないと。つまり散兵は…

 

「そうね。それは天理が七つの座を縛る為の法則のひとつ。散兵自身が存在を抹消したとて世界への影響はほんの極粒の水滴に過ぎないけれど、それは叶わない。生命の誕生、意志の隆起は簡単には無くならない。」

 

「うーん…つまり散兵はまだこの世界の何処かには居るってことか?」

 

「そうなる。だが、彼が改編したであろう過去は彼の人格の形成に関わっている。会えたとしてそれは彼と別人になっているだろう。」

 

……別人、か。

 

「こういうのもあれだが、散兵の搜索については諦めた方がいい。記憶しているのだって私や降臨者……そして魔女くらいなものなのだから。」

 

私たちはフェジュロアに言われるがままに納得し、彼の家を出るのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

散兵に関する騒動が一段落あと、フェジュロアにも挨拶をしに来た。

 

「あれ、旅人さんとパイモン…それと……新しいお友達?ラジオ局にご用事かな。」

 

「レイラじゃないか!ちょっとフェジュロアに用があるんだけどあいつは家に居るか?」

 

「フェジュロア?丁度帰ってきてるよ。暇かどうか聞いてくるね。」

 

フェジュロアの家から出てきたレイラはラジオ局なるものについて言及したが、それとは別件だ。

 

彼が……‪✕‬‪✕‬が自ら会いに行くと言ったのだからこれは見逃す選択肢は無いなと思い案内を兼ねて着いてきた。

 

しばらくしてレイラが少しだけなら時間がとれるから良いそうだよと言って中へ通してくれた。‪✕‬‪✕‬はそわそわしている様子だが、別にフェジュロア相手に神経質になることは無いと思うが。

 

そして案内された部屋に着き、フェジュロアがこちらを見ると案の定‪✕‬‪✕‬の顔を見て一瞬固まった。

 

「たびび………スカラマシュ!?」

 

「チッ…やっぱり君たちが言うように奴は覚えていたようだ。」

 

「ふむ…これは一体全体どういった具象…数奇か………」

 

 

 

〜フェジュロアに事情を説明した〜

 

 

 

「なるほど、あの後バザールにて偶々彼…‪✕‬‪✕‬くんとエンカウント出来たのか。そしてクラクサナリデビ様のお導きにより一人の願いを持つ個となったと……」

 

「お前が言うような導きとやらを僕はありがたくは思わないけどね。こうして、のうのうと俗世に帰ってきてしまった。」

 

「面倒なやつだなぁ、過去の清算…生きる上で楽になったのだから良いじゃないか。以前までのお前は些か業が深かったからな。どうだ、肩の荷が降りた気分だろう。」

 

「いや、そんなことは無い。たとえ事実が無くとも僕が刀工達を殺したという記憶は確かに僕の頭の中に残っている。」

 

「はん。だが、お前は創神計画の素体に選ばれるほどには精神の根本が純粋純朴である事実を忘れちゃならない。あれは神の缶詰知識で脳裏を埋め尽くせる程に思考順路が単純でないといけないからな。」

 

「……狂気に侵されても困るから自我の轡は握っておけってことか。忠告痛み入るよ。」

 

「君も知っているだろうからな。千代や長正、そして己自身の事を。」

 

「……説教臭いやつだな。」

 

……なんだかこの2人、随分と話が合うようだ。おそらく‪✕‬‪✕‬が博士と組んでいたのもこういった相手との会話にストレスを感じないからなんだろう。

 

「しかし君は風の目を戴いたか。形式上の自由の身となった訳だし祝福としてはこの上ないな。」

 

「おう、オイラたちもその現場に居合わせたんだぜ!正機の神から風元素の力でオイラたちを守ってくれたんだ。」

 

「……」

 

「500年がらんどうだった人形にどんな心変わりがあって神の目線を浴びる程の願いが生まれたのか…それは気になるが聞かぬが華というやつだろうね。」

 

「……そう、君も旅人も知らなくて良い事さ。」

 

「だってよ。蛍。こいつからこんな反応を引き出せただけでも今回の騒動の報酬足り得るんじゃないか?」

 

「…こいつ、どこまでも人を馬鹿にして…!」

 

照れたような怒ったような素振りの‪✕‬‪✕‬と、それを嘲り笑うフェジュロア・プラーナ。

 

今後は…こんな光景も彼の日常になるのだろうか。

 

だとすれば、彼の今後は少なくとも最悪じゃ無いだろう。

 

「蛍」

 

「なに。」

 

「やつを導いてくれてありがとう。」

 

「それは…あなたに言われるまでもないよ。」

 

「そっか。」

 



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伝説任務 千姿夜人の章 第一幕 「無明」・前



イベントにレイラちゃ!!!
ということでお久しぶりです




 

 

 

 

古い記憶、蠍の夢。

 

あの日…私が神に出会った時、隣に居た恩人。その存在を夢で思い出した。

 

恋を知った今にして思えば…あれは初恋だったのかもしれない。

 

 

 

 


 

 

 

 

「キャサリン、こんにちは!今日も良さそうな依頼はあるか?」

 

「旅人さんですか。……本日は残念ながら貴女方に紹介出来るような依頼は無いようですね。」

 

「毎回思ってたんだけどお前…オイラ達に厄介な依頼を押し付けて解決させようとしてるよな…でもちょっとでも紹介できる依頼が無いのか?」

 

「ええ。最近スメールには草神が戻ってきましたから安定を求めてここにに滞在する冒険者も多くなっているみたいです。スメールは知恵の国であると同時に医療の国でもありますから、怪我の多い職業の冒険者は揃ってここに来るんですよ。それに加え草神の加護がはたらけば治癒効果のある草花の効能が強くなりますから今冒険者界隈ではスメールが人気急上昇中です。」

 

「へぇ〜ナヒーダのやつがいるとこういう所にも影響が出るのか。旅人、お前の持ってる料理もいくつかナヒーダに祝福して貰おうぜ!」

 

今日も今日とてスメールシティをぶらついていた私達は冒険者協会で依頼を受けようとしたが、なんと依頼が枯渇状態とのことだった。

 

これには生きていくための日銭すら重要な私たちには死活問題で……なんてことは無いのだが。

 

でも依頼が無いとなると今日は暇になってしまった。ナヒーダと‪✕‬‪✕‬の所に行って遊ぼうかな?

 

「─────ふむ、つまり君たちは暇なんだな?」

 

…なんて考えているとふと聞こえたのはハスキーでいて胡散臭さの漂う声。もしかして…

 

「蛍、パイモン。久しいな。」

 

「フェジュロア!」

 

振り向けばそこに居たのはスメールの旅での厄介者な彼だった。フェジュロア・プラーナ…教令院の学者で教員。神の躯体の設計者だ。

 

「キャサリン、丁度いいので冒険者協会を通してこの2人に依頼をして良いだろうか。半月前にいつか募ると言っていたあの依頼だ。」

 

「フェジュロアさん。…ええ、分かりました。旅人さん、お二人さえ問題なければ彼の『稲妻渡航での護衛』の依頼を受けていただけないでしょうか。教令院の重要人物の護衛ということで報酬は多いですよ。」

 

「うーん…でもフェジュロアの依頼……旅人、裏がありそうじゃないか?」

 

「無いぞ。」

 

稲妻?フェジュロアは何か用事でもあるんだろうか。それともレイラとの旅行か……うん。

 

「分かった。受ける。」

 

「二つ返事かよ!?」

 

まぁとりあえず報酬が多いとのことなので受ける。稲妻なんて私たちは行き慣れているしね。

 

いつもにこにこしているキャサリンとは反面、二つ返事で答えた私をパイモンとフェジュロアは呆れたような目で見てきた。 パイモンはともかくなんでフェジュロアまで……

 

 

 

 

 

 

千姿夜人の章

第一幕

「無明」

 

 

 

 

 

 

「にしてもフェジュロア、なんで稲妻に行くんだ?去年の容彩祭の時みたいに稲妻の娯楽小説が目当てなのか?」

 

「いや……八重堂に用があるのは確かだが本題は別さ。」

 

「オイラが当ててやろうか?レイラに稲妻菓子を沢山買ってくるように頼まれたとかだろ!」

 

「…いや、あの子は味付けの薄い食べ物はそこまで好まない。本題というのは別……私の友人の墓参りだ。」

 

「墓参り?」

 

「荷物を取りに行くために私の実家に寄る必要がある。そこで詳しく説明しよう。こっちだ。」

 

 

 

 

 

 

フェジュロアに導かれるまま教令院のある上層へ歩いていると、ひとつの豪邸が目に止まった。建物自体は古いけれどちゃんと管理はされているみたいだ。いつも教令院へ向かう時に気になっていた。

 

すると、彼は豪邸の前に立って棘のついた鉄柵をずらし、「ここだ」と言ってその建物に入っていってしまった。まさかここだとは思っていなかったので少し硬直していたが、私たちも駆け足でその建物に入った。

 

「ここが応接間だ。すぐ茶を容れるので寛いで待っていてくれ。」

 

中も外観と同じく厳かな雰囲気に満ちていた。しかも灯りは薄暗く、雨林の中だと言うのに空気が冷たい。雰囲気はさながら幽霊の出る洋館ってところだが…

 

「おおおおおお化けとか出そうだなここ!?」

 

パイモンも私と同じ意見らしい。

 

なんて人の実家を怖がっていると1分もしないでフェジュロアは湯気の立った湯呑みと一緒に小さな箱を持って帰ってきた。

 

「フェジュロア、これってなんのお茶なんだ?見るからに苦そうな色してるぜ。」

 

パイモンが出されたお茶に対してそんな事を言うので私も見てみると、そこには濃い緑色なんて言葉では言い表せないほどに深淵アビスな液体が。心配になって匂いを嗅いでみる……が、お茶らしい良い香りしかしない。

 

「これはプルフラナの研究所産のお茶っ葉から抽出しただけのただのお茶だな。言わば私の実家の味だ。散兵は素で気に入ってたがそのままだとまぁまぁ苦いのでこのお茶請けと共に食べると良い。」

 

そう言ってフェジュロアは小さな箱からケーキを出してくれた。……フェジュロアって家に行くと毎回お菓子を出してくれるけどそんなに在庫があるんだろうか。いつかレイラがフェジュロアの料理は絶品だと言っていたのでそちらを食べたいのだが毎回出されるのは既製品だ。

 

…これも結構美味しいけど。

 

「うん…ケーキが無かったらまともに飲めないぞ…」

 

「その渋みも楽しめるようになれば良いが、まだパイモンは小さいからな。無理しなくても良い。これはプルフラナ本邸に訪れた者が味わう洗礼ってだけだ。古風な家の謎ルールってやつだな。」

 

「うえ、プルフラナじゃ無くなったフェジュロアが真似すること無いじゃんか……………ってそうだ、お前勘当されたって言ってたのに実家に戻ってきて良いのかよ。」

 

フェジュロアはあの草神救出作戦のあと、裁判を受けた際にプルフラナの姓を取られてたんだっけ。半年前の出来事だけど最早当時が懐かしく感じるな…

 

「あぁ……まぁこの家は学歴主義、結果主義とでも言おうか。私は勘当された身だが一番の出世頭だ。何かと融通が効くんだ。」

 

「普通はそういうのって縁が切れたんだから二度と会わないとかってなるもんだけど。…お前はオイラ達が思ってたより実家で自由にやってたんだな。」

 

「あぁ。…あまり脱線してもあれだから墓参りの話に移そうか。まずはプルフラナ家の事情について話そう。お前たちは神話生物に対して理解を持っているか?」

 

神話生物……

 

「神話生物?それってアランナラみたいな精霊とか古代から生きてる元素生命体の事か?」

 

「いや…そういったテイワットの生命じゃない。蛍は……」

 

逡巡……だがフェジュロアにならば話しても良いだろうと思い至った。

 

「私はそれについて知ってる。」

 

「…ほう。」

 

「えっ!?旅人は知ってるのか?」

 

これはテイワットではなくこの地の外の記録だけれど。

 

「お兄ちゃんと星海を旅している時にデータを見たことがある。ただそれは…遠い昔に別の星で記された書物から派生したものだったはず。現実には有り得ない。」

 

神話生物…彼の言うそれが私の知っているものと同じなら、彼らは神話的能力を備えた生命とされる架空の存在のはず。いくら"テイワット"だからってそんな…

 

「概ねその認識で正しい。が、厄介なことにそれに類似した異形は宇宙に存在した。プルフラナの初代、フラナはそれを星海から引き寄せてしまった。そしてその肉を基に様々な"この星の外の神話的能力を備えた生命"⋯神話生物を作ってしまったって訳だ。神話生物とは言っているが大元は一体の宇宙生物だってことだな。外では君の認識の方正しいだろう。」

 

「えぇ⋯そのフラナってやつ、随分厄介なものをテイワットに持ってきたんだな⋯」

 

「私もそれには同意だ。まぁ当時は執政のシステムがはたらいていなかったからな⋯⋯クラクサナリデビ様を幽閉したのも教令院側であるのだから自業自得なのだろうが。」

 

賢者フラナ⋯ここの環境で星海の生物に手を出すとは⋯⋯余っ程の天才だったらしい。

 

フェジュロアが話を続ける。

 

「そして生み出された神話生物の維持にプルフラナ家は躍起になった。それこそ普通の方法じゃないレベルで。厄介なペットをフラナに押し付けられたものだよ。」

 

「普通の方法じゃないって⋯」

 

「⋯呪い、黒魔術。そこら辺だ。記録を見る限りはだが。私の代になってからはもう既に大方の神話生物も寿命で死んでプルフラナの研究自体下火になっていた⋯⋯んだがな。ここで問題が起きた。」

 

寿命で死ぬんだ⋯神話生物。でも問題って⋯

 

「フラナ以来の天才が現れた。私だ。」

 

「お前かよ!」

 

「なんでも最初にフラナに星海の外の知識を植え付けた存在"邪神"はその知識を正しく伝える為にある試練をフラナの後継者に課すんだ。それを私以外は紐解くことが出来なかったみたいでな。」

 

「理違いな情報を処理できる程の知能指数が必要だった⋯」

 

「そういう事らしい。で、私はプルフラナ家の事前試験では合格扱いだったと。」

 

「じゃあお前はその邪神に知識を貰ったのか?」

 

「貰った⋯んだがこの話の前にひと工程挟む。」

 

邪神の知識⋯かつて彼が敵対していた時、邪神と言って星神の力の断片を使用していたが⋯それのことだろうか。

 

「邪神を呼び出す為には草の象徴である知恵に反応する三元素の魔神の血筋が必要だったそうだ。私がまだ物心ついてようやくの頃、当時ここには雷、水、炎の神の血筋の人間が一人ずつ集められたんだ。」

 

「必要って⋯⋯」

 

「生贄としてだ。私という知恵の神の末裔を媒介にそれらの血が必要だったようだ。そして説明は省くがそのうち雷神の血筋の人間の墓参りに今から向かうって訳だ。」

 

フェジュロアは机の下から先程の菓子を入れていた箱とは比べ物にならないほど大きな箱を取り出して、それを懐かしむように撫でた。

 

「ここに⋯彼女の遺品と遺骨の一部が入っている。」

 

「⋯⋯でもそれは10年も昔の話でしょ?なんで今更⋯」

 

「この間⋯鳴神大社の八重宮司と会話する機会があってな。稲妻の織物商の家系である浅野家の娘が10年前にプルフラナ家に商談に行った際に行方不明になったという話を聞いたんだ。彼女は私が元プルフラナということもあって話題に出したか⋯その娘を私が知っているという確信があったんだろう。」

 

「⋯⋯もしかしてそれが。」

 

「ああ。当時私をこの屋敷から逃がしてくれた稲妻人の"浅野"であったと確信したよ。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「プルフラナ家の筆頭末裔として⋯いや、彼女に恩を感じている身として私は稲妻の浅野家に向かわなければならない。」

 

「そっか⋯でもこの船が稲妻に着くまでまだまだ時間はあるぜ。他のことも話そう。例えば⋯さっき言ってたフォンテーヌ人とナタ人の方はどうなんだ?」

 

オルモス港から離島行きの船に乗船したあと、私たちは稲妻に着くまでの暇を潰していた。

 

「⋯ハヌビットとヒュウサか。浅野の件を知った際に彼らの身元も確認してはいたんだ。⋯が、ハヌビットはメロピデ要塞⋯フォンテーヌの監獄から出所してフォンテーヌから逃げるようにスメールで働いていた身で彼の実家はもう既に彼と絶縁していて対処しようがなかった。一応行ったんだがもう関わらないでくれとすら言われたな。」

 

「そしてヒュウサは本当に身元不明のナタ人だったな⋯うちの子飼いのエルマイト旅団に捕獲されていたところを引き取ったのが始まりだったよ。こういう言い方はあまり好きでは無いが奴隷階級に等しいほど身分が低かった。」

 

⋯どっちも色々散々な人たちだった。波乱万丈な人生の末にプルフラナ邸で殺された⋯⋯

 

人の生を学術の為に平気で狂わすプルフラナは家系的に「悪」の家系なんだろう。

 

「な、なぁ⋯もっと面白い話は無いのかよ。そいつらと遊んだ記憶とか無いのか?」

 

「⋯⋯確かハヌビットは元科学院の人間だかで機関学に長けていた。よく分からない玩具を作ってくれたな。」

 

「どんなだ?」

 

「フォンテーヌのエネルギーであるプネウムシアの代わりに草元素力で動く小さなマシナリーをくれた。今でもその機構のコピー品は持ってるんだ。当時の私はどういうことか分からなかったが、今となってはこれが如何程に凄いものか分かる。」

 

フェジュロアがバッグに手を突っ込んで底から取り出したのは小さな魚の玩具だ。もしかしてこれってルアー?

 

彼はそれを私に手渡すと元素を流してみるよう促した。

 

「えい。⋯うわっ」

 

草元素力を流してみればそれは打ち上げられた魚のように掌の上で跳ね始めた。⋯⋯ってやっぱルアーじゃんこれ。

 

「フォンテーヌ国外だと安定しないプネウムシア式マシナリーを元素力で代替させる⋯彼が獄中で得た智見だぞこれは。彼を失ったのは科学院最大の失敗⋯!いやこの前大爆発してたな科学院⋯そっちの方でかい失敗か。って蛍?」

 

「これで釣りしてみても良い?」

 

既に私は釣り針の先にルアーをくっつけていた。

 

「え?⋯⋯壊れない保証は無いが⋯船頭に確認をとったならしても良いんじゃないか。」

 

「おいおい⋯ハヌビットってやつの遺作だぞ旅人。」

 

パイモンさえ困惑の表情を見せているが好奇心が勝った。

 

「使われた方道具も喜ぶよ。」

 

「⋯⋯⋯というかそれルアーだったのか。なるほど⋯」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「嬢ちゃん、釣れた魚の半分は約束通り頂戴ね。」

 

魚で一杯になったバケツを1個船頭さんに手渡した。

 

「はい。⋯⋯フェジュロア、私そのハヌビットさんはルアー作りの天才だって今後語り継ぐよ。」

 

「え?あぁ⋯あぁ。もっと欲しくなったら教令院の売店でも探してくれ。今度入荷しておく。」

 

「旅人、フェジェロアがお前のせいでさっきから表情が無いぞ⋯」

 

「バケツ2個目に突入してからあんなだったね。」

 

「あんな釣れるものだとは⋯⋯まぁ私は草元素力は扱えないしそれは君にやろう。」

 

『ハヌビットルアーを入手した。』

 

ひょんな事から私のテイワット釣りライフは更に充実した。まさかフェジュロアの伝説任務がトリガーだったとはね⋯⋯

 

なんて電波を受信していると上陸した瞬間にフェジュロアの表情が切り替わった。真面目モードみたいだ。

 

「⋯八重宮司に貰った住所では稲妻城城下町になっている。それまで護衛を頼もうか。」

 

「お前、本当は護衛なんか必要ないだろ?もしかしてひとりだと心細いからオイラたちに依頼を出したのか?」

 

⋯⋯それは私も少し思っていた。フェジュロアの戦闘能力は確かナヒーダが言う限りスメールでもトップに近いらしいけど⋯

 

フェジュロアはそんな私たちの考えを打ち消すように手に持った小さな荷車を指さす。これを傷つける訳にはいかないから私は戦闘しない⋯だそうだ。まぁ⋯10年前の遺品なら丁重に扱うべきだろう。

 

「何よりパイモンの言う通り心細いのもあるがな。カーヴェは仕事に行き詰まっていてセノさんはカードゲームの大会どうのと言っていたし誘えなかった。」

 

「セノは良いだろ別に⋯そしたらオイラたちがカードゲームの大会の準備をするとか言ったらどうしてたんだ!」

 

「セノさんよりかは君たちの方忙しくなさそうだから君たちに頼むが。別にこうした旅の途中でもカードゲームの戦略について考えることは出来るだろ?何より君たちは2人なんだしこと戦略についての話し合いに関しては他のプレイヤーより優位に立っているとさえ言える。」

 

「そうかな⋯。そうかもしれないな。」

 

パイモンが言い負かされてる。論点ずらしってやつだ⋯⋯

 

「私は離島に用事は無いが2人はどうだ。」

 

離島⋯別に勘定奉行のお嬢様くらいしか知り合いはいないし何もしなくても良いか。

 

「おう、オイラたちも用事は無いぜ。」

 

「じゃあ紺田村を通って稲妻城に行こう。神社に寄る暇も無いしな。1度稲妻には来たことがあるが旅のガイドとしてもよろしく頼む。」

 

「任せとけ!稲妻はもうオイラたちの庭みたいなものだからな!!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「城⋯遠くから見ても圧巻だがやはりでかいな。」

 

「あんなでかい聖樹の中に住んでるお前が言うのかよ⋯」

 

「あの城全てが一人の所有物なのだから凄いのだろうが。その一人は人と隔絶した神だが。⋯だが疑問だ、あんなに広くても全ての部屋を使うのかな?」

 

「そこは将軍に聞いてみなくちゃ分からないな。ところでお前、その浅野ってやつの家の詳しい住所は分かってるのか?」

 

「いや。宮司の会社である八重堂に行けば案内してくれるらしい。出版社の人間を小間使いみたいに使って悪い気はするが⋯宮司が良いと言うのだから彼らも文句は無いだろう。」

 

城下に辿り着き、桜並木の道を進む。

 

彼は稲妻特有の景観に目を向けながらも先程からずっと表情は浮かない。それは自分の生家が原因で死んだ人間の実家に向かっているのだから当然といえば当然だが…

 

八重堂にはすぐに到着してしまい従業員に案内されるまま後を追いかけ。

 

「ここが浅野の家になります、プラーナさん。」

 

「うむ⋯」

 

「案内ありがとうな!」

 

「ではわたくしはこれで。」

 

家の前で立ち尽くした彼の顔には大粒の汗の玉が浮かんでいた。

 

流石に彼でもこの状況⋯踏み出すに踏み出せないのだろう。私とパイモンは顔を見合せながら彼が家に入るのを待っていた。すると。

 

「ん、そこは俺のうちだけどなんか用か?」

 

「⋯⋯君は⋯⋯そうか、宮司から聞いた家族構成の中で彼女には息子がいるとは知っていたが。⋯⋯うん。」

 

後ろから声をかけてきたのはごく普通な15歳ほどの青年に差し掛かった少年「浅野日助」だった。

 

これを機と見たのかフェジュロアは少年に説明を始める。

 

「私はプルフラナ。スメール教令院の学者で⋯君の母の知り合いだ。この家に住んでいる君のお父さんとお爺さんに話があるんだが⋯」

 

「⋯⋯母さんの?」

 

「あぁ。スメールのプルフラナだと言えば分かるはずだ。お願いだが…呼んでもらえないだろうか。」

 

「⋯分かった。」

 

日助くんはそう言って 家の中に駆けていった。

 

「おいフェジュロア、いくら自分から出向く度胸がないからって子供をつかうのは良くないぞ。」

 

「⋯そうだな。だが、彼らだってそれは同じ筈。プルフラナの人間が今日来るとは知っているんだ。娘もしくは妻が行方不明になった原因である人間。子供というクッションを挟んだ方がまだ良い。お互い避けられないからな。」

 

「ほんと言い訳を考えるのだけは上手いよな。」

 

パイモンの小言を受け止めながらも流している彼を傍目に浅野家の大人が出てくるのを待っていると、ものの1分も掛からずに戸は開いた。

 

立っていたのはお爺さん⋯浅野の父親の方のようだった。

 

「⋯⋯お前が。⋯⋯入れ。」

 

「ありがとうございます。」

 

やけにぶつくさな物言いの老人に彼は静かに従って家に入っていく。私たちもそれに倣うように何も言わずに続いて行った。

 

 

 

 

 

 

通された茶室でフェジュロアは正座をしながら何も言わずに待っていた。

 

彼はスメール人だが稲妻の作法は頭に入っているんだろうか。浅野家は織物の商家だということで礼儀に煩いのではと少し警戒していた。だが、それを宥めるような言葉が耳に入る。

 

「⋯⋯蛍とパイモンまで姿勢を正さなくても大丈夫だ。護衛の冒険者らしく普通に構えているといい。」

 

⋯⋯そうは言うけどここで立って待っている訳にもいかないし⋯⋯

 

「で、でもなんか空気が重たいっていうか⋯自然と姿勢を正さなきゃって気持ちになるだろ。」

 

「⋯⋯分からなくもないが。だが空に浮いてる時点で姿勢を正すとかそういう問題じゃないような⋯⋯って来たな。足音がする。」

 

フェジュロアはそう自分で言って余計緊張したようで普段の睨んでいるように細められた瞳を不自然に見開いていた。

 

襖が開かれ、三人⋯老人とさっきの少年、そして少しやつれた様子の男が入ってきた。彼らは私たちの対面に座ると、軽くこちらに礼をした。私たちも釣られるように揃って礼をする。

 

「プルフラナさん。いえ、プラーナさんと護衛の冒険者ですね。」

 

「はい。私はフェジュロア・プラーナ。旧姓をプルフラナと申します。」

 

「⋯⋯僕は浅野史郎。浅野日佐子の夫でした。」

 

「⋯⋯はい。こちらつまらない物ですが。」

 

「えぇ、ありがとうございます。」

 

スメールから持ってきたお土産を渡し、彼らの初対面が始まった。ムードは険悪そうでは無い。

 

「⋯⋯まずは日佐子がどうなったか、貴方が知っている限り教えてください。」

 

「⋯分かりました。ですが子供が聞けばショックを受けるような話もありますので出来れば息子さんには⋯」

 

「いや、俺も聞く。」

 

「⋯⋯日助にも聞かせてやってください。」

 

「分かりました。」

 

そうしてフェジュロアは浅野⋯⋯日佐子がプルフラナ家の実験の為に生贄にされた話を彼らに聞かせた。

 

自らの娘が、妻が、母が、発狂し気の狂った末に蠍に砕かれたという話を聞くことは彼らにとって相当の苦痛だったのだろう。彼らの顔色は良くない。だけど全員がそれを噛み締めるように⋯聞き逃さないように身動きせず真剣に聞き続けた。

 

「⋯⋯⋯と、これが彼女が亡くなるまでに起こった出来事です。」

 

フェジュロアが話終えるとまず老人が口を開く。

 

「お前さん、そん時は幾つだった。」

 

「⋯⋯14年前。6つの時でした。」

 

「6つ⋯⋯」

 

六歳であんな出来事があったってフェジュロアはどうしようも無い。だが、それは同時に彼らの怒りの矛先を見失う事実でもある。

 

「⋯」

 

日助くんも目を幾度か閉じてはその都度考え込むように唸っている。こんな話を聞いても癇癪を起こさない⋯この子は歳の割に理性がよくはたらいているようだ。

 

「⋯⋯話してくれてありがとう、フェジュロア君。⋯⋯正直に言おう。14年前⋯日佐子が行方不明になってから今日まで、彼女の生存が絶望的になっても真相だけは知りたかったが⋯こんな話、聞きたくはなかった。」

 

「⋯プルフラナ家がまことに申し訳ありませんでした。」

 

史郎さんにフェジュロアが稲妻式の謝罪をする。だけど史郎さんはすぐにその行為をやめさせようとした。

 

「いや、君が謝る必要は無いんだ。ただ⋯⋯そのプルフラナ家もほぼ機能していないと聞く。なら僕たちは何を恨めばいいんだと思っただけだ。君が悪いなんて欠片も思っちゃいない。」

 

⋯⋯フェジュロアは彼らの溜め息と涙が落ち着くまで、ずっと畳に頭をつけたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯こちらが屋敷に保管されていた彼女の遺品と遺骨になります。」

 

「えぇ。しかと受けとりました。⋯フェジュロアさんはいつ稲妻から帰られるので?」

 

「⋯今日中にスメールに戻ろうと思っています。明日も仕事がありますので⋯」

 

「分かりました。ではお気をつけて。」

 

「⋯ありがとうございました。」

 

浅野家を去る彼の表情は暗い。

 

⋯⋯⋯私たちは本当に着いてくるべきだったんだろうか……流石に雰囲気が暗すぎる。

 

そんな事を考えていた私たちに配慮したのかフェジュロアはご飯でも食べてから帰ろうと言うので、それに従った。

 

おでんの屋台に座り、軽く注文をする。

 

「蛍、パイモン。付き合わせて悪かったな。」

 

「いやいや、冒険者としての報酬が出るならいいオイラたちは問題はないぜ。⋯⋯ただ、浅野家の人間が報われないな⋯とは想ったけど。」

 

「⋯そうだよな。」

 

あの浅野史郎さん⋯だったか。妻が亡くなった真相を知ったあと、ずっと吐きそうなくらい顔色が悪かった。あんな残酷な話⋯聞かせない方が良かったんじゃないかとさえ思ってしまう。

 

「浅野の遺言⋯遺書のようなものが無いか屋敷でも探したが無かった。彼女からの彼らに伝えられるメッセージがあればまだ話は違かったかもしれないが⋯」

 

「⋯⋯お前は最後まで彼女といたんだろ?なにか家族について聞いたりはしなかったのか?」

 

「いや⋯⋯聞いていない。というよりかは流石に私も覚えていないことの方が多い。あの時⋯ニャルの叡智を獲得した時。私の脳は数え切れないほどの数式で埋めつくされた。それ以外のことは必要ないかのように。今では恩人だった彼女の顔すら⋯⋯記憶に薄い。」

 

「そっか⋯⋯じゃあ。しょうがないよな。」

 

⋯⋯‪

 

「‪✕‬‪✕‬の時みたいに⋯世界樹の力を持って使うのはダメかな。」

 

私が思い浮かんだのは過去に散兵の記憶を呼び起こした過程。だがそれを聞い一蹴するようにフェジュロアは言う。

 

「私の記憶は⋯下手すれば禁忌の知識に触れる。かつてクラクサナリデビ様と─────────様が力を尽くして根絶したんだ。呼び起こすべきじゃない。」

 

「え、ナヒーダの後なんて言ったんだ?」

 

「⋯気にするな。パイモン。」

 

確かにそうだ。彼女たちは⋯世界樹の化身を抹消してまでそれをやり遂げたんだ。草神を信仰しているフェジュロアは絶対にしないだろう。

 

でも浅野家の為にも何とかしてあげたい⋯

 

「⋯⋯世界樹の力を用いないで記憶を見る方法⋯⋯⋯神子の所に行ってみるのはどう?」

 

「八重宮司か。確かにあのお方は雷神の眷属で永く生きた妖怪。その頭脳派は各方面に精通しているという。可能性は⋯無くもないか。」

 

「おお、確かにあいつなら色んな妖術とか知ってるもんな!もしかしたら記憶を覗く方法なんてのもあるかも⋯」

 

「じゃあ鳴神大社に向かおうか。道中の護衛は任せよう。」

 

「旅人、頑張ってくれ!」

 

「⋯⋯パイモンは応援してくれるだけなんだね。」

 

「⋯確かに私はパイモンの分もモラを支払っているのだからそれなりの活躍はミコンデモ良いのかもしれないな。」

 

「いやいや、オイラはイノシシくらいしか倒せないから⋯」

 

「⋯⋯⋯イノシシを倒せるなら大したものだと思うんだがな。」

 

そうして私たちはおでんを食べ終わり、神社へ辿り着くために険しい山道を登る決意をしたのだった。

 

「⋯⋯⋯」

 

私達と外とを隔てる暖簾の向こう側で、少年がその話を盗み聞く様子に気づかないまま。

 

 

 

 






◇フェジュロア・プラーナ⋯命の星座は千姿夜人座。今回の渡航の前にラジオ局の仕事を一日だけ放浪者に投げてきた。

◇レイラ⋯謎の美少年が自宅に現れて困惑している。授業の出席の為に稲妻には着いて行けなかった。

◇‪✕‬‪✕‬(放浪者)⋯クラクサナリデビの助力を借りながら謎の書類の山を整理している。

◇蛍⋯稲妻城に向かう道中、フェジュロアと交渉して苦いお茶やコーヒーに合うケーキのレシピを受け取った。

◇パイモン⋯苦いお茶は飲みたくないらしく一口飲んだあとはすぐに旅人に渡した。

◇浅野日佐子⋯雷の神の血筋を持つ生贄。14年前に死亡した。

◇浅野日助⋯浅野日佐子の一人息子。

◇浅野史郎⋯浅野日佐子の夫。浅野家に婿入りした。

◇浅野什造⋯浅野日佐子の父。織物商としての浅野のブランドを押し上げた第一人者。



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伝説任務 千姿夜人の章 第一幕 「無明」・中

 

 

 

 

 

「れい……られ…いられい…られいら……」

 

フェジュロアが壊れた。……なんてことは無く、影向山の登山で心が折れているだけのようだ。

 

「おいおい⋯お前大丈夫か?鳴神大社に行くだけでこんな疲れて。あとレイラのことを連呼してるし…」

 

「いや⋯⋯私は⋯⋯⋯平均的な体力だと⋯思うが。この神社の立地が悪いんだ。というか君は浮いてるからこの過酷さが⋯!ウェっ⋯⋯げほっ⋯⋯⋯。まぁ⋯良い。あとはこの鳥居の群れを潜るだけ。」

 

「⋯ここの参拝って慣れてないやつには本当にしんどいんだな⋯⋯」

 

私たちはフェジュロアの過去を暴く為に妖術を熟知した八重神子の本拠地である鳴神大社を目指してこの山を登っている。

 

ただ、その道程は少しだけ困難なものとなっていた。フェジュロアが雷極*1を使えなかったのだ。

 

フェジュロアも神櫻の恩恵を受けられれば良いんだけど…どうにもこの力は稲妻人にしか扱いにくいみたいだ。影が過去に植えた種は…正しく稲妻の為にはなっているみたいだけど国外の人間には少し酷みたいだ。

 

というか…

 

「フェジュロアってナヒーダやセノよりも強いんじゃなかったの。こんな山一つで疲れるもの?」

 

「……あくまでそれは草神様視点の話だろう、あの方は身内びいきをするきらいがある。それにそもそも私が戦えるのは邪神降誕モードの時だけだ。素なら神の目を持っていない普通の冒険者と同等だぞ。」

 

「ふーん……」

 

そうだったのか。まぁ…ニャルラトホテップの力を扱うっていうのならそれは間違いなく強いだろう。セノのヘルマヌビスやナヒーダの権能を考えてもだ。

 

「お前って結構弱っちかったんだな…」

 

「弱っちいってパイモン……まぁ良い、弱いのは事実だ。はぁ…今は邪神降誕は控えているんだよ。あの状態になると身体の内外で棘状の腫瘍が出来て痛いからな……」

 

「ひぃ…聞いてるだけで痛くなるデメリットだな。」

 

「あぁ、だから使わない。邪神降誕の光線を上手く使えば自分自身で体内の腫瘍を焼き切ることも出来るが流石にな。」

 

……腫瘍の除去…そんな事が出来るのならばフェジュロアは星の探求をするより医療の道に進んだ方が良いんじゃ……

 

「────おや、主らは…」

 

フェジュロアの進路について考えていると前方から声がかかった。幼げな少女の声だ。

 

そちらを見てみればあったのは小柄で耳と尻尾のようなものが生えたシルエット。今回の護衛で彼女に会えるとは。

 

近づいてみれば予想は確信に変わった。彼女は早柚…終末番の忍者だ。

 

「早柚じゃないか!お前は鳴神大社に用事でもあったのか?」

 

「旅人にパイモン。それに……フェジュロア?」

 

「早柚さんか。お久しぶりです。」

 

「久しぶりだな。」

 

2人は手を振って近づいて行った。

 

……随分気安い様な?

 

早柚とフェジュロアって面識あるんだ。それはちょっと意外かも……ってあのフェジュロアが「早柚さん」なんて呼ぶんだ!?

 

「そういえば貴女は社奉行の部隊所属でしたね。八重宮司は早柚さんから見たら上司の上司の友人になるのかな。」

 

「というより…ここの神社には終末番の人間が多くいる。拙は八重様より巫女と話す方が多い。」

 

神子と巫女だと発音が同じだな……

 

「…あっ。蛍、こちらの早柚さんは以前稲妻に来た際に知り合った方だ。スーパーイナズマアサシンなんだぞ。」

 

「???」

 

「フェジュロア、拙は旅人たちとは既に知り合いだぞ。」

 

「そうだったのか……君は私の想像を軽く超えるくらい顔が広いな。」

 

「そりゃオイラの相棒だからな!」

 

「君が威張ることだろうか…というかそれならパイモン自信も顔が広いだろ。蛍の知り合いは君の知り合いなのだから。」

 

「ん…?そうだな、オイラもすごい!」

 

スーパーイナズマアサシンの話題は流されたのだろうか…???フェジュロアの謎な発言を置いて3人は話し始めてしまった。

 

「そういえばフェジュロアはどうして稲妻に?レイラは見えないけどまた観光なのか?」

 

「あー…別にただの観光で……いや、終末番所属なら言っていいのか?パイモン、どう思う。」

 

「え?そこでオイラに降るのか?……多分言ってもいいと思うぞ。小さいけどこいつも暗部の人間ではあるし。」

 

パイモンに「小さい」と言われてお前が言うなと早柚は少し目尻を吊り上げて怒ってみせるがフェジュロアとパイモンには流された。

 

「実は……10数年前の事件…浅野家の当時の当主が失踪した事件にうちの実家が関わっていて。その当主の墓参りの為に私たちは稲妻に来たんです。」

 

「そうなのか。……その事件…確か資料で見た事がある。あの家の勢いが弱まったことで着物の布地の大きな販路が無くなって多くの失業者が出たっていう……」

 

「うっ……」

 

事件の影響を聞いてフェジュロアがダメージを食らっていた。自分のせいで死んだであろう人間が可能性ではあるが増えたのだから。……私も旅の中で誰かを不幸に陥れている自覚はあるけど。

 

「でもお前の実家がプルフラナとは知っていたけどあのプルフラナだったのか…資料に書いてあった横文字、今となってははっきりプルフラナって思い出せる。」

 

「プルフラナ…つまり賢者フラナの末裔を名乗っているのは私たち一族しかいません。」

 

「……フェジュロア、その資料をお前も見てみないか?巫女姉さんに拙が言えば貸して貰えると思うけど。」

 

「…そうなんですか?正確な被害状況…事件の経緯を私も知りたくはある。もしもすぐに貸し出せるというのならお願いします。」

 

「分かった。」

 

事件の資料か……確かにフェジュロアは事件について調べてはいるだろうけど稲妻視点の状況を正しく把握出来てはいないだろう。早柚の申し出は彼にとってありがたかったようだ。

 

「ん、でも早柚。お前上から降りてきたけど仕事は良いのか?オイラたち今から上に行くんだけど。」

 

「確かにそうだな。どうなのですか?」

 

「いや、拙は上の木でお昼寝をしてただけで今日はずっと暇だ。気にする事はない。」

 

…昼寝。職場…では無いが職場の知り合いがいる場所で昼寝とはどうなんだろう。

 

「ありがとうございます。……でもお礼をしたくもあるな。チップ文化は稲妻には無いし…「チップ!?」……え、はい。」

 

早柚はチップという言葉を聞いた瞬間にその小さな背をさらに屈ませてフェジュロアに向かって前のめりになる。

 

「チップってことはモラか?」

 

「ええ。……いりますか?チップと言っても食事1回で無くなるほどが基本ですけど。」

 

「いる!実は今月はいつもより暇だったからその分給料も少なかったんだ…」

 

「…た、大変ですね………ではこれを、正真正銘本物稲妻忍者のあなたに。」

 

「おぉぉ!ありがとうフェジュロア!!資料貸して貰えるように頼んでくる!」

 

「いえ、お気になさらず。」

 

フェジュロアに数千モラを貰うと早柚はうきうきとした足取りで山を降りていった。……一食というには少しモラが多い辺りフェジュロアの良家っぽさが感じられてちょっと嫌だな。でも彼が稲妻の忍者というものにどこか幻想を抱いているのは分かった。

 

「因みになんでフェジュロアは忍者が好きなの?」

 

「そりゃ…娯楽小説によく出てくるから。コレイちゃんも読んでる鬼武道なんかでは忍者の主人公が時を止めたり様々な流派の剣術を扱ったり…とにかく凄くかっこいいんだ。」

 

「………」

 

こんな身近に感化された人が居るとは……順吉と茂*2の努力は無駄じゃなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

鳥居の立ち並ぶ坂を息を切らしながら(主にフェジュロア)登っていると頂上が見えた。鳴神大社の本殿だ。

 

「遂に…か。………休憩でもしないか?」

 

「せめて参拝してから休もうぜ…」

 

「…だよな。……ってあそこで巫女と談笑してるのは八重宮司では?」

 

「しかもなんか暇そうだし、これなら話しかけても問題ないだろ!おーい、神子ー!!」

 

神社に着いてすぐの手水舎で何やら巫女と話していた神子はパイモンの呼びかけに気付き何事だろうと巫女と一緒に首を傾げていた。…そういえば雷電将軍や妖怪絡みじゃない理由で彼女に私たちが会いに来るのは初めてかもしれない。

 

私たちは歩いて神子の傍に向かう。途中神子はフェジュロアを認識したのか「ふむ」と呟く。

 

「童たち?久しいのぅ。といっても…先日の七聖召喚大会で会ったばかりじゃが。然し…クラクサナリデビの信徒であるスメール人を伴ってここに来るなどどういう訳じゃろうか。」

 

「神子も元気みたいだな!今日はオイラたちじゃなくてこいつが用があって来たんだ。」

 

「宮司、お世話になっております。」

 

フェジュロアが一礼すると神子は厄介事の匂いを感知したのか少し微妙な表情を浮かべた。

 

神子は話すならせめてもう少し境内の中に入ってからにしようと言うので私たちはその後を歩いた。

 

神櫻の前まで来ると神子は立ち止まり、フェジュロアを正面から見据えた。どうやら話を聞く準備が出来たらしい。

 

「して、フェジュロアよ。なんの用じゃ。」

 

「実は………」

 

フェジュロアは事情を神子に説明する。浅野家へ遺骨と遺留品を届けに行ったこと、そこで見た浅野家の様子と自らの家の醜悪さに正確な事情を説明できない自分に嫌気がさしたこと、そして14年前彼らに伝えるべき浅野からのメッセージが無かったかを知りたくなったということ。

 

それらを聞くと神子は眉間に皺を寄せながら如何にも面倒くさそうにため息を1回吐いたあと、話す為に口を開けた。

 

「……それを天領奉行や終末番に確認しなかったのはまず妾の妖術を頼るほかないと思ったからなのじゃろう。記憶を覗き見る…本人ですら思い出せないそれを思い起こさせる…どういうことか分かっておるのか?」

 

「……どういうことなんだ。私は妖術や陰陽道に詳しくは無いので分からない。」

 

「……それはつまり─────」

 

急な沈黙に唾を飲み込む音が聞こえた。………ってこれパイモンの出した音だ。妙に緊張した様子らしい。フェジュロアも十分真面目に神子の話を聞こうとはしているが。

 

「妖術の初歩じゃ。」

 

「「えぇ……」」

 

初歩なのか。パイモンとフェジュロアが揃って呆れたような声を出した。

 

「人の記憶に関する術は妖怪が人を理解する上で最初に手を出した分野じゃ。妖怪の存続には信仰に似たある種の感情エネルギー、人間の恐怖が重要じゃったからのう。」

 

「人は経験を記憶として保存する。妖怪の恐怖を書き込むには最高の媒体という訳か。」

 

「そこまでは言わないが、単純にその人間のトラウマを理解する為の術……教令院風に言えば学問が妖術の基礎じゃな。」

 

「へぇ…妖術ってそういうやつだったんだな……璃月仙人達が使う仙術とはまた大きく違う流派みたいだな。」

 

「パイモンの言う仙術というのは稲妻では陰陽術、陰陽道として伝わっておる。惟神晴之介が璃月から持ち帰った技法を祖としてな。」

 

陰陽術と妖術…そんな別体系の術だったんだ。

 

「それに、フェジュロアは八重堂のお得意様でもある。お主ならサービスでその術を使ってやってもよい。どうじゃ?」

 

「お願いします。」

 

即決だった。

 

「相分かった。では術をかける前にこの術の説明を。この記憶を見る術は妖術の初歩じゃが少し人手が必要なんじゃ。術者、記憶を覗かれる者、そして記憶の世界を安定させる為に外からの観測者が3人必要なんじゃ。」

 

「3人…三方の視点で見るということか。三というのは最も安定する構成数だからな。多分そこら辺に意味があるんだろう。」

 

でも3人…?この術は総計5人が必要だがこの場にいるのはパイモンも含めて4人だけど…

 

「うむ。そして3人の観測者…あと一人が欠けておる。」

 

「オイラ…旅人……確かにそうだな…神子、お前のところの巫女に頼む訳にはいかないのか?」

 

「……フェジュロアの記憶じゃぞ?悲惨な事になっているのを分かっておきながらうちの巫女達は巻き込めん。八重堂も同様にじゃ。雇用主としての責任がある。」

 

この神子の一言にフェジュロアは思わず顔を顰めたあと…目を閉じてゆっくり頷いた。「そんなに自分の記憶がおかしいか!」と突発的に思ったのだろうが…数秒で「おかしかった…」と再認識したらしい。

 

この妖術において観測者は2人ではいけないらしい。1人ではもっとダメだと……どうするべきか。

 

「邪神降誕してニャルの視点を増やすというのはどうだろうか。」

 

「…そのニャルラト……とかいうのは言ってみればお主の鏡写しでもある。お前の生を知りすぎているのじゃ。それは観測者なり得ない。」

 

「…そうなのか。」

 

フェジュロアの考えも詰まった。彼は今日中に船でスメールに帰るつもりだ。長く時間はとれない…どうするべきか。

 

「─────俺にも会わせてくれ、母さんに。」

 

早柚も勘定に入れるべきか?なんて考えが私の脳裏によぎった辺りでその声は聞こえた。そちらを向けば先程出会った少年がいた。

 

「日助!ここまで着いてきてたのか!?」

 

「そうです。まだ…諦めきれなくて。母さんのこと。」

 

日助くんは息を切らしながらこちらに駆けてきた。

 

……確かにフェジュロアは彼にとって十余年待って初めて現れた失踪した母に関するヒントを持っている人物だ。例え死んでいると分かっていても、まだやり切れない何かがあるのだろう。

 

「彼奴は…」

 

「…宮司、彼は件の浅野の息子だ。亭主ほどやつれている様子は無かったがここまで着いてくる元気があったとは。」

 

「そういえばあんな顔じゃったな。少し日佐子に似ておるのう。」

 

日助はズカズカと神子に迫り、近づくにつれて怖気付いたのか臆病そうな足どりを見せる。

 

「俺は母さんのことを家族からの情報でしか知らない。写真すら父さんが全て燃やしたから姿だって知らないんだ。なら、せめて少しでも知りたいって思ってもしょうがないじゃないか……ですか。」

 

「……その思いは分かった。じゃが、記憶の世界は基本的に安全でもこやつのものはそれら平凡な記憶とは比べ物にならない。神の目を持たぬお主には「蛍、パイモン。日助くんの護衛も頼めるかな。」…フェジュロア?」

 

「フェジュロアさん…!」

 

どうやらフェジュロアは私たちの負担を増やす方向に舵を切ったらしい。まぁ、応えてやらなくもない。

 

「日助のことはオイラたちに任せろ!ちゃんと守ってやるぜ。」

 

私も"うん"と同意を示すように頷く。

 

それを見ると神子は困った顔で「仕方がないのう」と言うほかなかった。

 

「室内で儀式をするから4人とも妾に着いて来るのじゃ。仙狐が『(さとり)』の術を見せてやる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

"その位置で目を閉じ、3を数えた後に目を開くんじゃ。そうすることで、フェジュロアの記憶の世界へと飛べる。"

 

1、2、3…

 

ふと目を開けば視界が眩んだ。重力が消えたように身体が軽くなる。

 

なんて考えていたのも束の間。気が付けば私は鳴神大社ではなく、スメール建築らしい建物の内部で倒れていた。

 

【む、おそらくだが彼女ら3人の精神が私に憑依した感触がある。……中々気色の悪い感覚だ。】

 

"フェジュロアの記憶の中に入ったな。まずはほかの2人を見つけて合流するのじゃ。もしそこがプルフラナの屋敷なら…なんとしてでも見つけ出せ。"

 

神子とフェジュロアの声が頭の中で鳴り響いた。こうして外との意思疎通がとれるのは孤独感を感じなくて良い。

 

立ち上がり辺りを見回す。

 

目の前には薄暗い廊下が続いていて、突き当たりが視認できなかった。ここは昨日も来た…プルフラナ邸だ。

 

だが、昨日と違うのは怪しげな煙が立ち込めている事と人が住んでいる温度が感じられないこと。そしてもうひとつ…

 

「神子、なんか既に変かも。壁のあちこちに罅がかかってたり歪んでたりする。」

 

壁が揺らいでいるというか捻じれ曲がっているように見える。螺旋状に捻れた壁の隙間からは七色の光が漏れていて……明らかに危険な雰囲気だ。

 

"…ん、壁に罅?この術は初歩中の初歩、妾が制御に失敗する訳は…"

 

【…もしかすると、私の家が原因かもしれない。神話生物、ニャル…様々な要因が考えられるが、そもそも昔は家に結界が張られていたとも聞くしな。】

 

"お主の記憶がそういった要素まで正確に構成してしまっているという訳か…"

 

【ふむ、上手く妖術が私の記憶に当てはめられていないのかもしれない…蛍、パイモン、日助。こちらにはお前たち3人の念思と位置が伝わっている、合流出来るよう私がナビゲートする。】

 

私には分からないけど外からは3人とも無事な事は確認できているみたいだ。

 

"この間取り……童とパイモンが近いな。童はそのまま前方にある階段を降るといい。…………いや、童というのはお主と一緒に記憶に入った金髪の冒険者のことじゃ。日助、お主はそこで少し待っていろ。"

 

【宮司、旅人のことを童と呼ぶのは良いがあいつは多分貴女より歳上ですよ?】

 

"む…確かに特異な存在ではあると認識していたが…そうなのか童。"

 

私は少なくとも千年は生きてるよ。

 

【ほぅ…何気に初めて聞いたかもしれないな。】

 

"下手すると影と同年代の可能性もあるのう。そうなっては流石に妾の威厳が……フェジュロア、お前まで見た目と年齢が食い違っているという事は無いのか?"

 

【まだ20丁度だ。】

 

"若いのう…"

 

……外は随分と呑気みたいだ。私たちはこのお化け屋敷さながらな薄ら暗く寒い空間に囚われているというのに……

 

階段目掛けて廊下を進む……すると。

 

 

カラ、コロコロ…

 

 

変な音が鳴った。何か小さくて軽い物を転がしたような……

 

「七聖召喚のダイスを転がした音に似てるかも…?」

 

【確かに聞こえたな。蛍の方だけで鳴った。だが10年前に七聖召喚は無い、多分ただのダイスの音だ。】

 

"賽子か。そなたの家の誰かが賭け事でもやっておったのか?"

 

【多分そうだろう。私もたまにそうやってレイラと買い物係を決めている。】

 

"………"

 

一瞬で惚気られた…

 

私はそのまま階段を降り、後ろを振り向いてみれば廊下の隅で縮こまっている白い物体が見えた。

 

急いで駆け寄るとその白い物体は私目掛けて飛んで来たので両手を広げて受け止める。

 

「旅人ぉ!!」「パイモン!」

 

「ここ暗いし一人だし…とにかく怖かったんだ!!」

 

「わかるよ…」

 

パイモンと合流できた。

 

離れていても私たちの心はひとつ…とは言うが、こうして近くにいるだけで安心感が湧いてきた。こんな屋敷の中でもパイモンの癒し効果は十分に発揮されるらしい。

 

【うむ。合流したようじゃな。あとは日助君じゃが……ん?彼はどうやら先に私の記憶を眺めているようじゃ。その廊下の角を曲がって突き当たり、左の扉の先に彼はいる。向かってくれ。】

 

「分かったぜ!もうオイラたちが揃えば怖いもの無しだ!!なんでもかかってこい!」

 

パイモンが大言壮語に変なフラグを立てた。……

 

 

カラ、コロコロ…

 

 

またこの音だ。パイモンもあんなに粋がっていたのにすぐに私の背に隠れ辺りを見回している。…ちょっと妙だな、この音。

 

「こ、この音…どこで鳴ってるんだよ…」

 

"お主が三階に居た時と今ので賽子を転がす音の音量が一定じゃな。屋敷の中で鳴っているというよりお主の傍で鳴っていると考えた方が良さそうじゃ。"

 

【アーカーシャの夢境と似ているかもな。制御音が鳴るっていうのは。私の中でニャルが記憶世界を操作でもしてるんじゃないか?】

 

神子やフェジュロアが怖いことを言う。これじゃ怪奇現象の類で────

 

【待て、後ろに魔物だ。】

 

────フェジュロアの声に反応しすぐに抜剣する。

 

確かに魔物はそこにいた。だがこれは……

 

「なんだあれ…あのヒルチャール、身体が溶けてないか!?というかなんで屋敷に魔物が居るんだよ!」

 

パイモンの言う通り、そこに居たのは右腕が千切れ掛かっていたり腹部の皮膚が溶けているヒルチャールだった。

 

ぱっと見るだけですぐに異常事態だと分かる。

 

"これまた猟奇的な…"

 

【名付けてゾンビヒルチャール…なんて冗談はさておき、プルフラナ家で実験でもされたヒルチャールだろう。叩き切ってくれて構わない。】

 

"お主の実家…随分魔境じゃな。"

 

フェジュロアが言う通りに私はそのヒルチャールを切った。1撃、2撃、3撃…そして4撃目でそのヒルチャールは崩れ、床に溶けてしまった。耐久力は普通のヒルチャールと大差無いみたい…だけど。やっぱり不気味だ。

 

…こんな風にヒルチャールが溶けるなんて…プルフラナ家はどういう実験を家の中でしているんだろう。

 

随分とホラーテイストな記憶を持っているフェジュロアにだんだんと怒りが募ってきた。

 

【こういう襲撃があるなら危険だな。早く日助くんの所に行ってあげてくれ。】

 

「分かった。パイモン、走るよ。」

 

「お、おう!」

 

絨毯で足音は掻き消され、ダイスを転がす音だけが何度も耳に入ってくる。走っているのに何故だか私たちの呼吸の音も静かになったみたいに感じられて。

 

ここは異様だ。壁の亀裂、立ち込める冷気……フェジュロアの記憶の世界は…どこか破綻している。

 

「フェジュロア。」

 

【どうした蛍。】

 

「貴方の記憶の中のプルフラナ家はこんなにおかしかった?」

 

【ふむ……】

 

私の言葉にフェジュロアは言葉を一瞬詰まらせる。その一瞬は何か彼の踏み込んではいけない領域へと踏み込む質問だったかと思い込んでしまうほどの間で。

 

【実を言うと家に関してはほぼ記憶に無い。だからこうして過去のプルフラナ邸を観察できて私も少し楽しいのだ。記憶が無いのは…大方ニャルが知識を埋め込んだ時に生存に不要な領域以外の記憶を消されでもしたんだろう。】

 

本人はなんともない風に言う。だけど…記憶っていう大切な筈の物が彼にとってはそんなにどうでもいい物の様に言えるものなのだろうか?きっと私なら…耐えられない。

 

「……そうだったの。」

 

「お前、そんなにされてその…邪神?とかってやつを恨んでないのかよ。」

 

【少しだけな。だが、それすらレイラと出会う為に必要な順路だったんだ。ならばそれら事象は愛し受け止める。】

 

その迷いない台詞に私たちは呆然とする他なかった。

 

【それにだ、記憶を消されたといっても浅野を筆頭に私は私に愛情をくれた存在を忘れはしない。人の愛…それさえあれば過去の記憶なんて十分じゃないか。】

 

「……あの嫌味なこいつにここまで言わせるなんてレイラはいったい何をしたんだ?」

 

「さぁ…」

 

…私はもうフェジュロアを理解出来なくなっていた。

 

"……お主結構童たちに嫌われておるのか?"

 

【まぁ、それなりにはな。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このドアの先に日助とフェジュロアの過去が…!」

 

"浅野家失墜の真相か…"

 

【躊躇う必要は無い、さっさと行こう。】

 

古臭いドアノブを回し、戸を奥へと押す。

 

すると先ず飛び込んで来たのは暖かな空気。今までの冷気を否定するようなそれは私たちに少しの安らぎをくれた。

 

「………」

 

そして部屋の中を目にした。

 

そこにあったのはただ目を赤くし、頬を涙で濡らした日助くんが立ち尽くす姿だった。

 

 

 

 

 

*1
稲妻の高速移動ギミック

*2
「鬼武道」の作者と編集



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記憶

 

 

 

 

「君は…この家を出たら何がしたい?その頭の良さを活かして異国で教師になる…とか、冒険者になってテイワット中を旅するとか──」

 

ひたすらにこちらに声を掛け続ける気の狂った女を視界の端に捉えたまま、もう一人の長身の男に目線を向ける。「黙らせろ」と彼に訴えるのだ。しかしその目線の意図を逸らすように男はにやけながら肩を竦めた。

 

「しかし、ヒュウサは帰ってこないね。家主の部屋に隠れて入ったっきりだ。……浅野…は知らないとして、お前はなにか検討の着くことでもあるか?」

 

男…ハヌビットは消えた仲間であるヒュウサを心配しながら僕に向かってそんな答えの分かりきった質問をしてくる。

 

僕は…僕にとっての常識を話すだけだ。

 

「先程供物として神話生物の一体に食われていたけど。」

 

「─────ッ!!……なんだって。」

 

ハヌビットの剽軽な面が驚愕に歪む。そこまで…驚く事だっただろうか。

 

「前にも話さなかったか?僕はシャンタク鳥という神話生物の細胞と初代プルフラナであるフラナの細胞を人間の赤子に混ぜ合わせて作られた存在に過ぎないと。ナイアルラートホテップの眷属を模した魔物の因子がこの身に入っているんだ、テイワットからかの神に供物が捧げられたのなら把握出来る。」

 

「………ちっとも分からない。なんでヒュウサが………だいたい何なんだその神話生物とかナイル…なんとかって奴は。」

 

……このハヌビットという人間は些か理解力に欠けるな。もう少し腰を下ろして説明する必要があるだろうか。

 

妄言を垂れ流し続ける浅野を一睨みしながら僕はプルフラナという家にについて説明してやることにした。

 

「元凶はアリスという魔女だ。」

 

「アリス?……冒険者にそんな名前の人が居たような気がする。」

 

「そいつだ。俗世に上手く溶け込んでいるが永い時を生きる魔の存在。そしてアリスは"界渡りの法"という…所謂異世界に移動する能力か装置を所有していてな、500年前にそれを使ってこのテイワットにひとつの書物を置いていったんだ。」

 

500年前…ダーリが滅んだ後だったな、アリスの活動が活発になったのは。

 

僕は本棚から真黒色の分厚い本を引き抜く。

 

「【外典】…これがアリスがテイワットに持ち込んだ書物だ。」

 

「……なんだか凄く禍々しいな。」

 

感想が雑だなハヌビットよ……まぁ、僕も同様の感想を持つのだが。

 

「ネクロノミコン初版とも呼ばれるこれには幾つもの呪法や歪な神についての情報が記載されている。こいつを手にした者はそれこそ…この世界を滅ぼせるような力を…」

 

「おいおい!じゃあなんでそんな物を今お前が持ってるっていうんだ!?」

 

「落ち着け。さっきの説明は本当だが同時に嘘でもあるんだ。なんせこれは唯の異世界人が作った設定だからな。」

 

「せ、設定…??」

 

「あぁ、この禍々しい本は唯のファンタジー小説の設定であり、それを再現しただけのファンブックってだけだ。だが…それをファンタジーだと、虚構であると見抜けなかった奴がいる。」

 

「……そいつが、初代プルフラナ……賢者フラナってことか。」

 

「理解出来たみたいだな。…テイワット人であるフラナにその道理は通用しなかった、本気で彼女は邪神信仰を始めたんだ。そんなこと…他の執政なら許さないんだが、ここはスメール。神を見ることが出来ない国だからな。クラクサナリデビ様は本当にスラサタンナ聖処に居るんだか。」

 

「そんな台詞…フリーナ様の前ではとても言えないな。」

 

フォンテーヌ人であるハヌビットとしては執政を侮辱する行為は理解できないらしい。まぁ僕としてもフォカロルスは執政でも珍しく科学の進歩を…人間の成長を後押しする存在であるから尊敬出来るのだが。

 

「で、自ら研究やら錬金を繰り返して【外典】に記載されている神話生物を模した魔物を創造、繁殖させることに成功した。そして神話生物を殺し、この外典に血を染み込ませ続け……ある種の儀式的エネルギーがこの本には込められたんだ。」

 

だから、あいつらも僕も本当の意味での神話生物と同一では無い。だけど、確かにここにある存在の記号として、空想上の上位存在に目を付けられるにはそれだけでも十分だという事。

 

「…だからそんなに禍々しいと。」

 

「プルフラナ家はこの本を通して空想上のナイアルラートホテップをスメールに擁立する事を可能とした。偉大であり、千の相貌を持つ神を創ったのだ。…そうしてこの神の姿はテイワット星空に刻まれた、どこかに居るかもしれない可能性の存在である本物の高次元存在へと繋がる架け橋として。」

 

「プルフラナの計画……それはつまり本物の神をこの国に再臨させる為だったって事か。既に亡き草神に並ぶような万能の神をテイワットの外から抽出する……如何にも危険そうだな。」

 

「あぁ、クラクサナリデビを押し退けてな。狂気の沙汰と言う他無い。」

 

この国に、神は2人もいらない。消えるべきはナイアルラートホテップ、お前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の窓から僕を抱えたままハヌビットは跳躍し、屋敷を抜け出した。浅野も同様に。2階からだというのにも関わらず躊躇を感じなかったのは少し恐ろしくも感じた。

 

プルフラナの計画を止める為とはいえよくも知らないこの2人に着いて行くべきだったかは僕にはまだ正確に分からない。だけど…多分、あのまま屋敷に居るよりは良かったのだろう。

 

「浅野…その子を、フェジュロアを頼む。」

 

「………分かった。」

 

屋敷から追い掛けてきた僕の同胞を止める為にハヌビットは浅野に僕を投げ渡した。浅野はボールを追う犬のように一心不乱に外へ外へと駆け出す。

 

狂気もだいぶ収まって来たらしい。僕に気遣う余裕も無いのか浅野は背後を一切確認せずに走る。…その行動は彼女の精神を保つ上で重要だったのだろう。

 

ハヌビットの姿が朧気になる頃、彼の頭部が上空に飛んだのが見えた。彼はペトスコスによって贄となったのだ。浅野はその事実を知らないままに延々と足を回し続けた。

 

ナイルの神々にその勇姿は届かなかったかもしれないが、僕はそれを忘れない。けして。

 

………ふむ。()()()()()()()()か。

 

「既に侵食は始まっている…ということなのか?」

 

僕はその単語を知らない。ペトスコスがセベクの眷属の鰐である事も、ナイルが異世界の土地名である事も、セベクがイージプト国の神である事も、イージプトが異世界に属する国名である事も。

 

今の今まで知らなかった。既にナイアルラートホテップによる知識の吸収は知らずの内に進んでいて、この頭にインプットされているという事も。

 

空想上のナイアルラートホテップを降臨させる儀式は既に2/3まで進んでいる。炎の神の血筋のヒュウサがハルポクラテスに、水の神の血筋のハヌビットがペトスコスによって高天に捧げられたという事は、あと残すところ雷の神の血筋である浅野がセルケトの雫を飲むことだけだ。

 

「ん?どうしたの呆けて。そろそろ眠い?」

 

「いや……少し、記憶していたい事柄が増えただけだ。」

 

浅野はこれから起こりうる死の可能性を感じさせない程に呑気だ。死相は……残念ながらはっきりと見えているが。

 

「へぇ。覚えていたい事ね。確かに私もヒュウサとハヌビットのことは忘れないかな。今後一生。」

 

「………僕は、何もしなくとも次期に神の器になってしまう身だ。そうすれば記憶は失われ、君たちと過ごした1週間のことも、今日のことも簡単に忘れてしまう。」

 

「………本当にこんな記憶、覚えていたいの?」

 

「あぁ。それが僕に...プルフラナに巻き込んでしまった者に僕が与えられる唯一の恩賞だ。だから……」

 

だからこそ忘れる訳にはいかない。

 

僕は考えうる限り残酷な最善策を浅野に提示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「儀式をこちらの手の届くうちに終わらせる。」

 

その言葉の果てに僕たちは砂漠の民達に「アル・アジフの砂」と呼ばれる地まで歩いてきていた。砂嵐の中、一角だけ空が澄んで見える土地だ。

 

「だが、良いのか?お前にはまだ国に残してきている子がいるだろう。こんな他所の国の狂った宗教団体の言いなりになってしまって。」

 

「そんなの…生贄としてプルフラナ家に目を付けられた時点で私の自由は無いも同然でしょ?夫と子供に手を出させる訳にもいかないし…なら悩む必要は無い。あなたがプルフラナを変えてくれるんでしょ?」

 

「………あぁ。最善は尽くす。」

 

当初の計画…オルモス港から稲妻に逃げる選択肢は傲慢な僕の思考によって無くなった。帰る道は無くなってしまったのだ⋯浅野とその家族には悪い事をした。

 

「………ん、見てあれ。蠍。」

 

「…じゃあ、やるか。」

 

【外典】を取り出して詠唱を始める。蠍を対象にして魔力を込め始める。

 

「『Hear me, hear me.This place is sacred and bright, it doesn't suit you.But it is an opportunity to show our strength in front of the One who is the Most Secret.We answer to the voice of Nyarlathotep.Reveal thyself, O Baoht Z'uqqa-Mogg.』」

 

暗黒のファラオの名を借り、蠍の神性を凡庸な蠍に憑依させる。

 

顕現させるのはイメージ、一欠片の要素だけだ。

 

「何も変わらないけど…これって成功したの?………って!?」

 

「!…まずいな。」

 

……見通しは甘かったらしい。蠍は呻き声のようなものを挙げながら爆発四散した。

 

そして、残骸は大きく、黒く膨れ上がりより強大な蠍のようななにかに姿を変えた。

 

巨大な複眼、無数の手足、その巨躯に似合わない虫のような羽。聖骸サソリどころじゃない、僕はナイアルラートホテップの名を借りた事で『バオト・ズックァ=モッグ』の神性の全てを顕現させてしまった。

 

グロリア

 

顕現したその悪性はこちらに狙いを定め、飛びかかってくる。

 

「!浅野、離れていろ!!」

 

「いや、私も戦えるだけ戦うよ。」

 

「そうか……ハァッ!!」

 

突っ込んで来たヤツを準備していた結界に閉じ込め、2人で距離をとる。悪臭と毒…だったか、ヤツの属性は。近づくのはいけない。

 

結界の中でヤツは暴れ回っている、バオト召喚の余波で作り出した結界であるためそれ相応に耐久力はあるが、どうしたって時期に破壊される。対応策が必要だ。

 

「浅野、弓を振り絞っていてくれ。結界が壊れた瞬間にヤツの目を抉り取れ!」

 

浅野が背負っていた弓に矢をつがえ出す。まだ結界は壊れていない、こちらも今のうちに詠唱を…

 

「『deeper abyss oily dishes leads you there…まずい、結界が!」

 

イアイア

 

「分かってる!」

 

ゴオオオオル!!

 

結界が破れるが、這い出てきたヤツの目を浅野の矢が貫いた。良かった、刺さるということは耐久力は常識外れでは無いみたいだ。

 

「…deep deeper Its time to bloom Its time to bloom.』やるのは初めてだが。頼むぞナイアルラートホテップ!『邪神降誕』!!」

 

瞬間、視界が明滅する、意識が混濁する、頭がハンマーで殴られたかのように軋む。

 

ドン

 

心臓が、一際うるさく鼓動する。空気を震わせるほどの振動だった。

 

これは邪神ナイアルラートホテップの存在を確立させる儀式であり、テイワットを見る上位存在の一体を確率的にナイアルラートホテップに落とし込む儀式であり、フェジュロア・プルフラナとナイアルラートホテップとに深い繋がりを結ぶ儀式だ。

 

指先、手のひら、腕…どんどん黒く染まっていく。異質なほど黒い肌を持つというナイアルラートホテップの側面に近づくという感覚。だがこれは呪いではなく、祝福だ。僕は今、神を身に降ろしている。

 

「随分見た目がモンスター寄りになったね。」

 

「【……あぁ。だが、問題は無い。計画通りに行こう。】」

 

「じゃあ頼もしいかなッ!」

 

次々に矢を命中させる浅野を横目に、僕はこの肉体の動かし方を理解していく。

 

触手…身体からも、地面からも生えているこれはある程度の距離を無視して生やすことが可能らしい。試しにバオトの両羽を2本の触手で掴んでみる。

 

グナ

 

そしてそのまま…

 

「【ふんンンンッ、ラァッ!!】」

 

 

両の羽を引きちぎってやった。…いや、虫だから羽ではなく翅か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【蠍が虫に分類されるか、知ってるか?】」

 

「知らないよっ!ハァ!!」

 

軽口を交わせるほど順調にバオトの体力を削っているのが実感出来る。

 

ヤツは触手に手足をもがれ、矢で身体を何十回も射抜かれ…もう十分な程に苦痛を味わっただろう。

 

普遍的な神性…それはこの星のような魔物狩りの常駐する土地での活動を想定していない。ラブクラフトの世界より圧倒的に、人間が強いんだ。

 

もう可哀想とさえ思えてしまうんだ。終わらせてしまおう。

 

「【終わりだ。】」

 

触手を何十本も束ね、巨大な槍に変えた。その体積は今のバオトを余裕で上回るほど。

 

ナイアルノバカ!!!

 

「【ふん!】」

 

轟音が響く。バオトは散々体液を散らして固まった砂と、巨大な槍ですり潰された音だ。断末魔すら無く、標的は沈黙した。

 

「……本当に終わった?」

 

「【いや……最後の仕上げだ。」

 

邪神降誕を解除して潰れたヤツの傍に歩き寄る。身体はぺしゃんこだが、その死骸から放たれる悪臭は未だに存在感を放っている。とても臭い…鼻が曲がるなんて使い勝手の悪い比喩の使い場所が見つかった。

 

潰れた尾を掻き分け、毒腺を掴んで引っ張るが上手くいかない。固いな………触手を使うか。

 

触手を肉と毒腺の間に挟み込んで剥いでみる。…うん、これなら取れるな。べりべりと剥がれたそれを浅野に見せると、彼女は嫌そうな顔をした。

 

「……これを私は今から飲むわけ?」

 

「…そう…だな。搾れば毒が出るはずだ。儀式を僕が主導で行うこと…それには必要……」

 

彼女を犠牲にする。

 

そう決めた時の僕の意思は硬かった…はずだ。なのに何故こうも手が震えるというのか。

 

人の死なんてものとうに見慣れた。たくさんの人間の屍の上で僕は存在しているんだ。だったらそれがひとつ増えるくらいなんだっていうんだ。

 

………

 

ふと 足元に暖かくて気色の悪い感触がした

 

ぬちゃりと音を立てて 潰れていた

 

ハヌビットの

首を僕は踏んずけていた

 

ヒュウサの

腕が僕のまわりに転がっている

 

 

 

誰のとも分からない血で僕は膝まで 浸かっていて

 

 

 

生温かい

 

フラナの双眸が屍の山の底から輝いている 僕だけを見つめている

 

 

 

生温かい視線、温度、肉、鼓動、脈動、空気、肌、血、世界──────────

 

 

 

 

………幻視か。たくさんの僕の存在が為に起こった人間の死を思い出して、彼女の死を握っている現状に対して、僕の正気は少し失われたらしい。

 

この穢れた毒を使って浅野を殺し…儀式を…歪める。

 

なんて馬鹿な考えだ。僕の世界に無駄に重い荷物が増え続けるのなら、ここらで杭を打つ必要があるというのに。

 

 

───なら、神話生物の毒を用いて僕という存在を完全に殺した方が…早いんじゃないのか?

 

 

僕は目を閉じ、毒腺を触手で握りしめ…

 

自らの口に注ぐようにして搾った。

 

口の中は悪臭と強酸で満たされてぐずぐずに、ぼろぼろに崩れる。………はずだった。

 

僕の触覚も嗅覚も、毒の存在を認めない。いつまで経っても…触角で握りしめても、毒は僕の内に入ってこない。

 

「浅野。」

 

「……なに。」

 

ふと目を開くと、そこには両の手のひらを皿にして、毒液を貯め続ける彼女の姿があった。

 

蠍の毒は神経に作用する程度の毒だが、バオトのものは違う。真の意味での劇薬だ。だと言うのにも関わらず、彼女は砂漠で一雫の水を見つけたかのように、大事にその毒を手の上に貯め続けている。

 

覚悟が決まっていなかったのは…僕だけだったらしい。

 

「こんなことを言うのは場違いかもしれないが…僕に、生きるという選択肢を与えてくれてありがとう。」

 

「なに、子供の我儘くらい聞いてやるのが大人ってものだろ。」

 

……少なくとも、あなたたちの行いでこのスメールは救われたのだ。それだけは感じていて欲しい。

 

「救国の英雄、浅野日佐子。家族に伝えたいことがあるのなら今のうちに言っておいてくれ。必ず伝えてやる。未来の僕が必ず。」

 

「ふぅん…遺言か。なら、まずは即物的な話を。」

 

浅野はここに居ない夫と子に向けて話し始めた。

 

…僕は彼女の遺言を覚えていられるのだろうか。

 

「もしも浅野家が私の死後、商売が滞ってお金に困ったのなら離島に住んでいる羽田家の長女を頼りなさい。私の隠し財産の管理をお願いしています。私の縁者でも簡単には信用しないでしょうが『東錦(アズマニシキ)』と伝えれば渡してくれる筈です。」

 

「史郎、浅野家の権利はあなたに託します。どのようにしていただいても構いません。ですが、日助を立派に育て上げる…それだけは確約してください。愛していました。」

 

「日助、あなたには親が勝手に居なくなること…とても迷惑をかけると思います。浅野家の繁栄を義務付けるつもりはありません、あなたの納得出来る人生を歩みなさい。母は空からずっと見守っています。これからもずっと…愛しています。」

 

………

 

愛か。親の情…もしかすると僕の両親にもそんなものが一欠片でも存在しているのだろうか。……していると…良いなぁ。

 

「……以上か?」

 

「ええ。……あっ父さんと母さんにも先立つ不幸をお許しくださいと伝えておいて。正直そんなに愛情みたいなものは感じなかったけど…人の親になった今、最後まで育ててくれるっていうことがどれだけ大変なことか…私も少しは分かったんだ。感謝はするさ。」

 

「……」

 

ふと、空を見る。

 

そこにはもう、屋敷から逃げた時に昇っていた太陽は消え失せ、暗い夜空を埋め尽くす星々があった。

 

……綺麗だ。

 

「そうは思わないか?」

 

振り返った時、そこにはもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

【あなたに知恵を。】

 

歪な草神が言う。

 

「お前に見通す力を。」

 

にやけ面の魔女が言う。

 

「正道を学べ。俺の審判を受けたくなければな。」

 

砂漠の呪い子が言う。

 

「その知恵の使い方をもっとお前は考えるべきだ。」

 

賢者が言う。

 

「あなたを…知りたい。」

 

愛すべき彼女が、私に告げた。

 

…これは忘れるべきじゃない"記憶"、フェジュロア・プラーナが持っているべきものだろう。

 

だから…

 

僕に贖罪の機会を。

 



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