てんのみち、すべてをつかさどる (ヌオー来訪者)
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ドン1話 ほしぞらがないたひ

 ドンブラロスとカブト欠乏症が酷いので初投稿です。


 ドンブラはドン48話後、カブトは本編終了から数年後を想定していただけると幸いです。


 

 誰しも行きつけの店というものは、それがどんな店であれ思い入れの大小はさておいて持っているものだ。

 駄菓子屋なり、喫茶店なり、本屋なり、銭湯なり。

 

 それがソノイという男にとってはおでん屋の屋台だった。

 

 おでん。

 その歴史は長くルーツは室町時代の豆腐田楽。その後、江戸時代になって煮込み料理に発展しうんぬんかんぬん。

 

 そんな歴史の話はどうだっていい。

 ソノイにとって故郷を思い起こさせる味であり、無類だと。胸を張って言える。

 

「今日は一人かい、ノイちゃん」

 

 ノイというのはおでん屋のおやじがつけたソノイのあだ名だ。

 暖簾を掻き分けるといつものおやじの笑顔が待っていた。

 

「あぁ。今日は一人になりたい時だ。いつもの」

 

 この数ヶ月の間、幾度となくこの暖簾を通ってきて頼んできたものをおやじは知っている。

 ソノイの言葉に鍋から卵を掬い取り、皿に乗せ差し出す。

 からしを適量乗せた卵を齧る。

 

 齧った瞬間、白身に染み込んだ出汁の味が溢れ出す。ただ何も考えず惰性で茹でられた卵とは違う時間をかけ、計算され仕込まれた職人の味はソノイの舌を唸らせる。

 

「……ふむ、最高だ」

 

「ノイちゃんが持ってきた卵のおかげだよ!」

 

 これはおやじだけの力ではなく。

 ソノイが持ち込んだ最高のたまごによる所もある。

 おでん屋のおやじの最高の仕込みと最高のたまご。不味いはずがない。

 

 卵だけではない。

 大根、がんもを頼み。それも食する実に至高の時間と言える。

 おでんは出汁が命だ。

 

「知ってるかい、ノイちゃん。今日はやたら星が降るんだよねぇ」

 

「星が……」

 

 星が降る程度なら珍しいことではない。

 流星群もそうだ。ある程度の予測は立てられる。だがここでソノイが引っかかったのはそこではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 完食しお会計を済ませたソノイは屋台の外に出る。

 同じく外に出たおやじも言葉を紡ぐ。

 

「もしかしたら願い事の一つや二つ、叶うんじゃあないかって」

 

 ──なるほど。

 

 星空を見上げればそこには誰でも見える勢いで一筋の光が次々と紺碧の空に流れ、落ちていく。

 とめどなく、落ちていく。

 

「まるで──空が泣いているようだ」

 

「詩的だねぇ、ポエムだねぇ」

 

 ソノイの蒼い瞳に映る、その異常とも言える流れ星たち。

 何かが起きる、前触れのように思えた。

 

「ッ!?」

 

 突然の眩暈。

 世界が歪み、頭を無理やり揺さぶられたような感覚にソノイは思わず額を片手で掴むように覆う。

 

「なんだ……っ」

 

 体調不良? 

 そんなものではない。今のソノイは絶好調と言っても過言ではない。

 ならばこの眩暈はなんだ。

 

「──ノイちゃん?」

 

 今のソノイが普通じゃないことに気付いたおやじが声をかける。

 

「いや、何でもない。そちらは何ともないのか?」

 

「何のことだい?」

 

「……」

 

 おやじは眩暈を起こしていないということはソノイ自身の不調なのか。

 それとも──

 

 眩暈が落ちつくまでに然程の時間は要しなかった。とはいえ、この異常な流れ星と眩暈。

 何かの前触れと──取るべきのようだ。

 

 

 

 それも不吉を呼ぶ──凶星の如く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドン1話

 ほしぞらがないたひ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1999年の渋谷隕石から端を発した地球外生命体ワームと人類の長い戦いは2007年に一先ずの終わりを迎えた。ワームに対抗するための秘密組織だったZECTは解散。

 全てが過ぎ去ってから数年が経ち。

 ワームとの戦いにおいて切り札となっていたマスクドライダーの変身者たちや、ZECTに関わっていた者たちは皆それぞれの道を行く。

 

 その一人、加賀美新。

 かつてマスクドライダー・ガタックの有資格者だった男は──

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てぇッ、指名手配犯犬塚翼ァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 黒衣の男――凶悪犯犬塚翼を追っていた。

 

 

 警察官、加賀美新は追う。何故ならば眼前には凶悪犯犬塚翼がいるからだ。

 とにかく全力全開、体当たりで突っ走る。犬塚翼が一斗缶やゴミを倒したとしても跳ね除け、時に飛び越えようとしてコケかける。それでも食らいつくその様は狂犬か猪か何かだと、犬塚翼は吐き捨てるようにぼやく。

 

 凶悪犯、犬塚翼は逃げる。

 背後には鬼のような形相で追い縋る警察官がいるからだ。

 だが犬塚翼には身に覚えはないが、追われる理由は知っている。それは語れば長くなる。

 背後の警察官こと、加賀美新の執念深さはあの男*1といい勝負。

 

 

 泥試合のような逃亡劇にはビルの屋上にまで至る。

 長い長い階段を駆け上がり、蹴破るように乱暴に開け放たれたドアを潜り屋上に追い詰められた逃亡者(犬塚翼)と、追跡者(加賀美新)

 

 犬塚は柵を背に、加賀美は左右に逃げても動けるように両腕を左右に開きながら位置取っていく。

 その息は荒い。

 何キロ走ったかは定かではない。少なくとも、野球やら何やらで鍛え上げてきた加賀美が息を上げることだけは確かだ。

 

「はぁっ……はぁっ……げほっ、もう屋上だ、逃げられないぞ!」

 

 ひゅー、と喉奥から掠れ声で叫ぶ加賀美に犬塚は心底うんざりしていた。

 

「しつこい……ッ!」

 

「理由は知らないがよくもここまで逃げられたな……!」

 

 加賀美にとって犬塚翼なる男をよく知らない。

 何故ならば逃亡犯が現れたという話を同職の警官と会って聞かされたばかりなのだから

 

 それまでは連勤で疲れた身体に鞭打つようにコーヒーでひと休み。

 夜空を見上げたら綺麗な流星群が落ちてきたので慌てて願い事でも考えていたら突然世界が歪むような眩暈がした。

 きっと疲れているに違いない、そんなことを思っていたら犬塚翼を追う同職の警官と遭遇。共に追う運びとなった。

 

 なお、同職の警官は途中で犬塚のばら撒いたゴミに転けたり体力切れでダウン。

 残るは加賀美だけとなる。

 

 

 

 犬塚翼も加賀美新なる男のことをよく知らない。

 狭山以外にもしつこく追ってきた警官は数多く存在するがこれほどしつこい者ならこれまでの度重なる逃亡生活で記憶しているはずだ。

 

 だというのにここまで暑苦しく、追い縋ってくるような奴は知らない。知りたくもない。

 それでいて『ドンブラザーズ』や『脳人』にもいない人種だ。

 

 故にこの男に目をつけられることを犬塚の逃走本能が叫ぶ。

 この男に目をつけられるな、と。

 苦手意識も篭ったその内なる声に従い、犬塚はフェンスによじ登る。

 

「あっ、おいやめろ犬塚翼ァ!」

 

 フェンスの向こうには何もない。

 わずかな足場の先にあるものは虚空、踏み外せば地上10m以上に真っ逆さま。

 まさかヤケになったのか、加賀美は慌てて止めに入る。

 

「はやまるな! そんなことをしても何もならないぞ!」

 

 本気のトーンで心配しにかかる加賀美に犬塚は調子を狂わされかけるがここで止まれば警察サイドの思う壺だ。

 故に犬塚翼はフェンスをよじ登る。が、

 

「しまっ……」

 

 焦りすぎたようだ。犬塚のつま先はフェンスに引っかからず空を切る。バランスを崩した犬塚にここぞとばかり加賀美はフェンスを超える前に床に引き摺り下ろそうと駆け寄る。

 

「考え直せ! まだやり直せるはずだ!」

 

 踏み留まらせようと説得しながら迫る加賀美を他所に犬塚は必死につま先をフェンスに引っ掛けようとするも上手くいかない。

 普段ならうまく行くはずなのに今日は厄日か何かだ。

 このまま加賀美に足を掴まれて犬塚はジ・エンド。刑務所送り。

 

 命運尽きたか、と犬塚は目を閉じる。一方で加賀美は勝利を確信した。

 同職の警官によると報奨金が500万の大物、何をしたのかじっくり聞かせてもらおう。などと取らぬ狸の皮算用をしていた加賀美の足元に火花が散った。

 

「うわっ!」

 

 まさか足元が爆ぜるとは思わなかった加賀美の足は止まり、慌てて2、3歩後ずさる。

 即座に爆ぜた場所に目を向けると信じられないものが視界に映り眼をかっ開く。

 

「矢ァ!?」

 

 矢の飛んできた場所は横のビルからだ。

 そこに誰がいるのか、見るよりも先に犬塚の方を優先させて元の方向に視線を戻したその時には──

 犬塚は「ソノニかっ」と呟きフェンスを跨いでそのまま──

 

「と、飛び降りた……」

 

 重力に従って落ちていく黒衣をただフェンス越しで呆然と見送るしかなかった。

 

 まさか本当に飛び降りるとは思わなかった加賀美はただ、幽鬼のようにフェンス前まで歩く。

 人間なら確実に生きてはいない。

 

 グロテスクな光景を想像し、拒否反応で喉がキュッと閉まる。だがこの手の仕事をしてきて避けられるようなものではない。

 拒否しようとする本音に鞭打つように下を覗き込む。が──

 

「いない?」

 

 下には道ゆく人々たちの数え切れない頭が映っていた。その中に犬塚らしき姿は欠片もない。

 人間が落ちたなら何かしらの炸裂音や悲鳴が聞こえてもおかしくはないのにも関わらず。何事もなかったかのように車は走り、人びとは日常を送っている。

 

 

 つまり犬塚は落ちていない。

 そんなおかしな話があるか。先程のおかしな眩暈といい疲れが行ってはいけない方向まで来てしまったのか。

 いやいや、そんなはずはない。

 

「嘘だろ……」

 

 口から零れ落ちた無意識の言葉が全てを物語っていた。

 あり得ない、荒唐無稽、絵空事、フィクションだろうと拒否したくてもある可能性がどうしても浮かんでしまう。

 

――あの犬塚翼はもしかしてワームなのか……!

 

 考えうる可能性はまずはそれだった。

 加賀美が散々戦ってきた敵であると同時に、このような非常識な真似が出来るのはワームかマスクドライダーかのどちらかしか考えられなかった。

 

「……」

 

 心の中で「来い」と唱えると、どこからともなく羽音と共に機械仕掛けの蒼いクワガタムシが現れる。加賀美にとって戦うための『力』でもあり、こいつとも長い付き合いだ。

 あの2006年の戦いにおいて、ワームは全て倒されたわけではない。

 ワームを擁した隕石はあの事件から小型とはいえ散発的に落ちている。そして2007年に解散したZECTは――

 

 あの『矢』といい、犬塚翼という男には何かがある。

 ピリピリと産毛が逆立つような感覚。1年に渡る戦いでその身に

 ガタックゼクターを掴み警戒する加賀美を他所に階段につながるドアのついた塔屋から震え上がったような声がした。

 

「空気邪悪度……87%、こ、これが()()……ッ! 汚い……あぁ汚いっ!」

 

 塔屋の上に真紅のロングコートの人が一人。

 赤い口紅を塗った女のようなその姿から出ている声は神経質で甲高い男の声であった。片手には測定器じみた黒い機械を持っている。

 

 

 この街だ。少しだけ下を見たけれどもかなり車が走っていることから排気ガスの量は確かに尋常ではないだろうが、それにしてもその震えようは常軌を逸していた。

 真紅のロングコートについては――触れないでおく。

 世の中にはいろいろな人がいる。やたら偉そうな妹第一な男、調和を重視する男、自由と女を愛する男、やたら頂点に立ちたがるイギリス貴族の末裔、地獄の兄弟。

 

 数年前散々っぱら見てきたお陰で何も感じない。極端な綺麗好きが一人くらい居たっておかしくはない。

 

――ん? 待てよ? 今この男渋谷、渋谷って言ったのか?

 

 

 加賀美はまだ知らない。

 この先常軌を逸した未来が――待っていることを。

 

*1
狭山刑事のこと




 
Q:世界観どうなってるの?
A:ドンブラサイドとカブトサイドは全く違う世界線。
 それを証拠にドンブラのドン1話ではるかが迷い込んだ渋谷は綺麗なのですが、カブトの方はワームとの戦いから10年以上経ってもろくすっぽ復興されていないらしいことがジオウのEP37で加賀美の口から語られています。



 次回『02:消毒男』
 天の道を往き、総てを司る!


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02   消毒男

 サブタイトルはカブト1話の最強男から。
 ドン〇話表記じゃないのはわざと。


 

 

 1999年のあの日、宇宙がちっぽけな落とし物をしたせいで。

 東京の繁華街──渋谷は瓦礫の山と化した。同時に人々の心にも大きな穴をあけてしまった。

 

 

 渋谷隕石。人はそれをそう呼んでいる。

 その被害は甚大で10年近く経っても復興はされず廃墟そのものだ。恐らく20年経とうが閉鎖されたままに違いない。

 でも、宇宙の落とし物はそれだけじゃなかった。それは加賀美にとって長い長い戦いの幕開けとなるのだけれども──話せば長くなるので今は割愛しよう。

 

 

 

 

 加賀美にとっての渋谷とはそういうものだ。

 惨劇の地、爆心地(グラウンド・ゼロ)、始まりの地、迂闊に近寄ってはならない場所。

 

 

 だから先ほど、犬塚を追ってビルを見下ろした光景が加賀美の知る渋谷とは酷くかけ離れていた。

 道行く人々やすれ違い行く車たち、立ち並ぶビル、煌々と夜空を照らすネオンライトたち。それを赤コートの男は『渋谷』と言った。

 

 この男がおかしいのか、それとも自分がおかしいのか。

 掴みかねた加賀美は怪訝な顔で塔屋の上の赤コートを見上げていた。そんなポカーンとしている加賀美を他所に赤コートの男はヒョイと塔屋から飛び降り、まずはマスクをがちゃりと被った。それも風邪をひいたときにする日常生活でよく見るようなものではない。ガスマスクだ。

 次にどこから持ってきたのか消火器のような小さいタンクを取り出す。ラベルには豸域ッ呈カイ(消毒液)と文字化けしたパソコンでたまに見る文字がプリントされている。

 そこから伸びるホースの先端を加賀美の顔面に向けた。

 

「消毒ッ!!」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 02

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「消毒消毒──────ッ!!」

 

「うわぁ──────ッ!?」

 

 それはもう念入りという言葉が似合うほどに徹底的にしてやられていた。

 ホースから射出された白い粉は加賀美の顔面に直撃し、紺色の警官服が白に染まっていく。加賀美は鼻や目、口に入り込んでいく粉にもがき苦しみ一頻り吐き出された粉が収まった時には──

 

 

 

「おふっ……」

 

 

 真っ白に染まった加賀美が口から白い粉を吐き出して、放心状態で立っていた。

 

 ──なんなんだこいつ

 

 それが加賀美の感想だった。薬品の臭いが鼻を突く。そして何故か力が抜けていくような感覚に陥りながら地面に膝をつく。

 消火器のような勢いで噴射されたそれは完全に人間に向けるべき代物ではない。犬塚翼という非常識の塊が逃げたと思ったら違う非常識が目の前に現れた。その事実が加賀美の心のメモリを圧迫しフリーズさせる。

 

 加賀美新、この人生で目の前の珍妙奇怪な男はこれまでの人生で見たことがない。だが、この場を去った犬塚翼は彼を知っている。

 ドンブラザーズに敵対する脳人*1の一人。ソノシ。

 ソノシにはこの渋谷の街の不潔ぶりには我慢が出来なかった。

 

 埃に排気ガス、ビルの谷間で走るネズミたちと積み上げられたゴミの山、酔っ払いが道端に捨てたものや、吐き出した汚物やら。

 ソノシは激怒した。

 この汚物にまみれた不潔中の不潔たるこの街を、消毒せねばならないと決意した。

 

 ソノシには人の織り成してきた文明が分からぬ。理解が出来ぬ。

 ソノシは高次元世界に生きる上位存在、脳人の監察官である。

 

 

 

 さて、消毒液の直撃を貰った加賀美を見下ろしながら、ソノシはガスマスクと空のボンベを投げ捨て、白く手のひらサイズのオカリナを取り出し吹き鳴らした。

 

 透き通るような──綺麗な音色だった。

 それとは裏腹に、ソノシの周囲から顔のない何かが現れた。加賀美には虚空から滲み出るように見えた。

 

 

 身長はそれぞれバラバラ、総合して言えば平均的な大人程度の身長で全身灰色のボディを持っている。加えてその上から、青、赤、黄、黒、紫、ありとあらゆる絵具をどろどろの状態で中途半端に混ぜ合わせたような体色をしており、加賀美がこれまで出会ってきた敵とは違う雰囲気を醸し出している。

 

 それらに共通して言えることは『顔らしきものがない』という事だ。

 頭ならある。けれどもその生き物の象徴とも言える表情のようなものがない。

 

「こいつら──ワーム*2じゃないのか?」

 

 それらは手には長い柄のハンマーを手にしており、完全に友好的な姿勢とは到底思えないようなそれに加賀美は消毒液の力で抜けていく力に抵抗するように全身に力を籠める。

 

「貴様……何者なんだ」

 

 消毒液と予め巻かれていたベルトの力が拮抗し合い生まれる強い虚脱感。絞り出すように言葉を吐き出す。

 ソノシの合図に合わせてその顔無したちは加賀美たちに「アノーニ」と鳴きながら殺到し、加賀美の鳩尾に拳を叩き込み、怯んだ瞬間に加賀美の腕を強引に掴み引きずり始める。

 

「見ての通り、この汚い世界を綺麗にしている。手始めにこの街を綺麗にしてあげる」

 

「ふざけるな!」

 

 加賀美の知る渋谷は綺麗汚い以前に最早廃墟、人の住めるような世界ではない。人が住める程度に綺麗にしてくれるのならば大歓迎だ。それであの惨劇を忘れて人が人の営みを取り戻せるのならば──

 けれども今目の前にある渋谷なのかどうか分からないこの街は人の営みを持っている、それを訳の分からない存在に滅茶苦茶にされるのは加賀美新にとっては我慢ならないことだった。

 鳩尾の激痛を捩じ伏せ、力一杯に顔無しことアノーニを殴り飛ばし、もう一体も蹴り飛ばす。

 

 横なぎに振られるハンマーを潜るように避け、ある程度距離を取った所で手に持った蒼の機械昆虫(ガタックゼクター)を構える。

 先ほどの消毒液で奪われた力は加賀美の腰に巻き付いたベルトの力である程度は戻った。迫るアノーニを前に加賀美は叫ぶ。

 

「変身!」

 

 ガタックゼクターをベルトに差し込むと【HENSHIN】と機械音声と共にベルトからハニカム状の金属が現れ加賀美の全身に広がっていく。

 それは手足、そして顔にまで至り先ほどまでの真っ白にされた哀れな警察官の姿はどこへやら。

 

 黒いウェア状のスーツをベースに上半身を覆う蒼と銀色の重厚な装甲。両肩部には2門ずつのバルカン砲を持つ。

 虫の幼虫の頭部を彷彿とさせる赤い複眼。

 

 人はこの姿の戦士をこう呼ぶ。

 戦いの神、と。またの名を──マスクドライダー・ガタック。

 

 当然ながらソノシは知らない。

 ドンブラザーズの他にも変身能力を持った存在がいるとは思いもしなかった。とはいえ同時に覚えた感情は嫌悪感に他ならなかった。

 ソノシは虫が嫌いだ。

 虫だ。虫という生き物は不潔なもの。便所だろうがごみ貯めの山だろうが湧いてくる、清潔にすればまず湧いてこない不潔の権化。故にソノシは軽蔑し唾棄し敵視する。

 

 汚い虫、つまり不潔の権化──ガタックを。

 

「ドンブラザーズの仲間? それにしては随分と不気味で醜い、センスのない姿ね」

 

「ドンブラザーズ? 渋谷といいお前は何を言ってるんだ!」

 

 ZECT*3の新規部隊か。いや、そんな部隊は聞いたことがない。第一ドンブラザーズなんておかしなネーミングをZECTがするはずがない。なんだその桃が流れてくるような名前と兄弟を合わせたような名前は。

 

「アノーニ!」

 

 そんなガタックにお構いなしに迫るアノーニたち。その数は5体。

 一番初めに現れたそれが振り下ろすハンマーをその装甲で受け止める。ガッと金属音と鳴り響くと同時にまるで通っていない一撃にアノーニが首を傾げた。

 

 アノーニそのものの力は大したことはない。その瞬間確信したガタックは返す刀でその拳を顔面に叩き込んだ。

 

「来い! 化け物ども!」

 

「アノーニ!」「アノーニ!」

 

 次は2体同時だ。左右に挟み撃ちにしようとする彼らを無視してそのまま直進。奥で待ち構えるアノーニにラリアット。

 地面に倒れこんだ所で追い打ちで肘鉄を叩き込む。

 

「どおりゃあッ!」

 

 寝転がった状態のガタックをここぞとばかりにハンマーで殴り掛かる次のアノーニ2体。起き上がり前に蹴りを放ち、立ち上がった所で軽いジャンプをしてからその勢いのままに体重を全乗せしたパンチで殴り飛ばす──いや轢き飛ばした。

 

 挟み撃ちに失敗した残り3体に、両肩部のバルカン砲が火を噴く。

 ガタックバルカン。左右合計4門の砲口からエネルギー弾が吐き出され、アノーニたちの足元に炸裂、爆風でフェンスや壁、地面に激突。

 

「うおおおおおおおおおおっ!」

 

 加賀美の咆哮とともに放たれる弾丸たちは直撃せずともアノーニたちを気絶、はたまた逃走させるには充分過ぎる破壊力だった。

 まるで戦車か、人間武器庫。アノーニたちを紙屑のように吹き飛ばすそれはソノシの表情をやや歪ませた。

 

「この獣のような粗暴さ……ソノロクみたいで気に食わない」

 

「ん!」

 

 一連の戦いを見ていたソノシの声に、ガタックは反射的に身をそちらに向ける。

 あれだけの破壊力を見せつけてもなおも、余裕綽々なその態度はガタックの仮面の下、加賀美の首筋に一筋の汗が流れる。

 こいつも恐らく戦えるとみてもいいだろう。

 

「ここをお前は渋谷と言ったな。渋谷は隕石で1999年に壊滅したはずだ」

 

 そう。それを知らない人間など一人とて存在しない。

 台風はおろか、地震すらしのぐ大惨事は歴史の教科書に載っているような有名な大惨事。渋谷が復興するとなればニュースになっていてもおかしくはない。

 だが、ソノシの反応は明らかに要領を得ないものだった。

 

「嘘おっしゃい、そんな事実聞いたことがないわ」

 

「……なんだと」

 

 聞いたことがない。

 そんな馬鹿な話があるか。あり得ない、そんな感情が籠った声にソノシは左腕の袖を小さく捲り、袖に隠れていたのであろうブレスレットのようなものを外気に晒す。

 

「先ほど一時的に発生した空間の歪みといい、アナタのその力といい、調べさせて貰おうか」

 

「それはこっちの台詞だ。勝手に消火器みたいなものを人にぶちまけてハンマーで襲い掛かるわ。お前は一体何なんだ!」

 

 ワームとは別種の存在であろうことは勘ではあるが何となくわかった。だがそんな存在がいるなどZECTの情報にはなかったはずだ。

 

「知りたい? 知りたいなら冥途の土産に教えてアゲル。私は脳人の監察官──」

 

 赤い瞳が妖しく光る。

 そして左手首のブレスレットを見せつけ右手でその汚れでも払うかのように操作したその瞬間──ブレスレットが彼の手から離れた。

 

 ソノシの体は無数の四角形のエネルギーに包まれ、ブレスレットが巨大化。胸に張り付くと眩い光に包まれた。

 その光りに目がくらみ一度仮面の下で加賀美は眼を閉じる。次に目を開けた時には既に赤コートの男の姿は消え──

 

「──ソノシ」

 

 真紅のボディ。上半身を覆う黒のアーマーと銀色の肩アーマー。胸部には赤い宝石が埋め込まれている。

 頭は鳥を思わせる形状をした白い面と目元から伸びる羽を思わせるパーツ。そして猛禽類を思わせる双眸は白く光っていた。

 

「ウフっ」

 

「こいつ、変身……しただと」

 

 今の変身システムはザビー*4を思い起こさせる。

 だが致命的に何かが違う。あれはどう見てもライダーのものではない。かといってワームが擬態を解除したり脱皮をする瞬間ともかけ離れている。

 

「お前はノートと言っていた、ライダーやワーム……ネイティブ*5じゃないんだな?」

 

 これは確認に近いものだ。

 ばら撒いた言葉はいずれもその筋のものなら反応示すだろう言葉だ。

 

「訳の分からない言葉ばかり、空想癖でもあるのかしら? さっきからそう言っているでしょう、おバカさん」

 

「なんだと……」

 

 字面の通り小馬鹿にしたその物言いは少し加賀美の癪に障った。

 けれどもそれとはまったく異なる存在である可能性が浮上したせいでなおのこと加賀美の疑問が大きくなっていく。

 

「ノートってなんだ? お前たちは一体、何をしようと……」

 

「答える義理はないわ。けれどその醜いクワガタムシ、一応興味が無い訳じゃないからいただくとしようか」

 

「ガタックゼクターのことを言っているのか。こいつをお前たちみたいな訳の分からない連中に渡すわけにはいかない!」

 

 ガタックが構えを取ると、先に仕掛けたのはソノシだった。

 手に持ったクナイのような得物、四苦無レッドシャドーを逆手持ちにし、ガタックに飛び掛かる。振り下ろされるその斬撃は今のガタックの鈍重な装甲では捉えることは出来ない。

 

「ふふふっ、アーッハハ!」

 

「こいつ……速いっ!」

 

「そんな鈍い動きでワタシを捉えられるとは思わないことよ!」

 

 哄笑と共に放たれる剣戟は確実にガタックのアーマーに傷を入れていく。距離を取ろうとしたらしたで、レッドシャドーの切っ先がワイヤーで繋がれた状態で伸びまたまたダメージを与えていく。

 今のガタックなら敗北は必至だ。そう、今のガタックならば──。

 

 

 字面を転がり、鞭をかわし大きく距離を取った所でガタックはベルトに装着されたゼクターのツノを弾くように開いた。

 ガタックの装甲がスパークし、全身を覆う重厚な装甲が浮き上がる。繋ぎ目が開ききった所でガタック──否、加賀美は宣言するように叫ぶ。

 

「キャスト・オフ!」

 

「何をしようとも無駄よ無駄無駄ぁ!」

 

 ガタックが何かをしようとしていることに気づいたソノシは自慢のスピードでガタックに一直線に迫る。そしてもう一撃アーマーにレッドシャドーを突き立てようとしたその時──

 

【CAST OFF】

 

 ガタックゼクターのツノを反対側に倒し放たれたベルトのコール音と共にガタックの重厚な装甲が弾け飛んだ。

 

「うわッ!?」

 

 突然散々レッドシャドーやアノーニのハンマーを防いできた重厚なアーマーは勢いよくソノシのボディに命中、ガツン、と命中した。

 

「装甲を──脱ぎ捨てた!?」

 

 パージされた装甲に押し流され吹っ飛ばされ驚愕するソノシを他所に軽量化されたガタックは月光の下で佇んでいた。倒れていた2本のツノが立ち上がりクワガタムシを思わせる頭部となり、そして重厚な装甲に隠れていた蒼い装甲が露わになる。

 

【CHANGE STAG BEETLE】

 

 ガタックには大別して2つの姿がある。

 一つはマスクドフォーム。その圧倒的な防御力の火力で対象を圧殺する。その代償として俊敏さがなかった。

 そして今、もう一つの姿が──ライダーフォーム。

 

 月に照らされた蒼い装甲がナイフのように鋭く輝く。複眼が紅く発光し眼前の敵を捉えたと言わんばかりに両肩のパージされたバルカンの代わりにマウントされたクワガタムシの頭を模した双剣を抜き放つ。

 

「ふーん、大した能力。名を名乗りなさい!」

 

 ソノシがそのレッドシャドーの切っ先をガタックに指差すように向け問いかけると、ガタックは構えをとった。

 

「俺は──ガタック、戦士だ!」

*1
出典:暴太郎戦隊ドンブラザーズ

 人間には認識できない高次世界の住人。脳人の住む世界は人間の出す波動によって成立するが、これを乱す人間の欲望を粛清している。そのため人間の暴走した欲望から発生するヒトツ鬼と呼ばれるモンスターをそのもととなった人間諸共消去しようとしている。早い話が自宅の庭の間引きか剪定に近い。

*2
出典:仮面ライダーカブト

 1999年の渋谷隕石と共に飛来、出現した虫型の地球外生命体。幼虫はフードを被ったような全身緑色の虫のような外見をしているが、脱皮成長するとその表皮が赤熱化し剥がれ落ち成虫へと進化する。特筆すべき点は擬態能力とクロックアップ能力にあるがこれは追々。

*3
出典:仮面ライダーカブト

 地球外生命体ワームに対抗する武装組織。独自の戦力や兵器を持ちマスクドライダーシステムを保有していた(その大半は組織とは別に独自行動をとっていたのは内緒)。警察組織や政界にもコネクションがあるらしくその存在はワーム絡みの事件諸共秘匿されていた。2006年の戦いにおいて加賀美はこの組織に所属。ワームと戦っていた。なお全てが終わった後解散、構成員はそれぞれの道を行くこととなる。……はずだったが

*4
出典:仮面ライダーカブト

 ZECTが保有していたマスクドライダーの一人。蜂型の変身装置ザビーゼクターを専用のブレスレットに取り付けることによって変身することが出来る。自律メカであるゼクターは変身者の性質を見極め「選ぶ」特性を持つが、ザビーは特に自らが資格者に相応しくないと判断すると見捨てがちな傾向から、最多の変身者を誇り、かつて加賀美もザビーに選ばれていた。

*5
出典:仮面ライダーカブト

 1971年にワームとは別に地球にいた地球外生命体。その性質はワームに酷似しているがワームとは敵対関係にある。外見も通常のワームとは異なりツノが生えているようなものとなっており、加賀美の父親加賀美陸やその同志日下部総一にワームの出現を警告。ZECTの前身組織発足やマスクドライダーシステム開発計画発動のきっかけとなる。だが……




 タイトル表記はドンブラ→カブト→ドンブラ→カブトを繰り返していこうと思います。
 つまり今回はカブトのサブタイトル。






 じかーいじかい。
 流れ星から始まった、知らない渋谷、知らない化け物。
 知らない――ん?

 天女?
 お神輿ィ!?
 その上にバイクゥ!?
 屋上だぞ! ここはビルの屋上だぞ!
 なんなんだこいつ!
 お前もライダーなのか!?

 でも俺は戦いはやめない。俺は――戦士だ!

 ドン3話『まつりのはじまり』
 ……というおはなし。


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ドン3話 まつりのはじまり

 ガタックのライダーフォームは当然ソノシのスピードに対応出来るように出来ていた。

 鈍重な装甲を脱ぎ捨て軽量化されたそれは、両手に握られた双剣ガタックカリバーを振るい、ソノシの放つレッドシャドーのワイヤーを駆使した斬撃を掻い潜りながら迫る。

 

「動きが変わった!?」

 

「はぁっ!」

 

 眼前まで距離を詰めると、×の字にガタックカリバーをソノシに叩き込む。

 反撃でソノシがワイヤーを引きクナイの形に戻したレッドシャドーで反撃に出るが、ガタックの方が出が早く先んじて手数で圧し潰していく。

 

「速い!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 エンジンがかかって行くように斬撃のスピードを上げていき、それに合わせてガタックカリバーも光を帯びていく。

 

「こいつ……闘い慣れているッ!?」

 

 圧され驚愕しつつもそれでも尚もソノシはクロックアップを頑なに使おうとしない。いや、おそらく使えないのだろう。

 そう推測したガタックはこちらから先に打って出るべく、一度蹴り剥がしてから、ベルトのサイドスイッチに手を伸ばす。

 

 が、それを叩こうとした矢先横から強烈な衝撃が走った。

 

「ッ!?」

 

 ガタックが大きくよろめいてから、ふらつく足を押しとどめようとしたら壁のようなものに突き当たる。

 

 違う、これは壁じゃない。

 灰色の化け物だ! 

 気付いた時にはガタックの頭のツノを掴まれていた。抵抗しようにも圧倒的なパワーがそれを許しはしない。

 

「ふん、ツノ付きか。ヒトツ鬼を倒したっていう昆虫ロボ*1そっくりだが大した事ないな」

 

 ヒトツ鬼*2、昆虫ロボ。

 また知らない単語が飛んできたことで、困惑するガタックをよそに、その灰色の化け物はニタリと笑ったかのように加賀美には見えた。

 

「ヒトツ鬼? 昆虫ロボ? なんの……話をしている」

 

「フン!」

 

「ぐあっ!?」

 

 灰色の化け物は携えたメイス、六棘棒・サンゼンコンで動きを封じたガタックに一撃を入れる。

 その強烈な一撃はガタックの身体が宙を舞う。

 

 そのパワーはかつて戦ったワームと比較しても上位レベルのものだった。

 マスクドフォームのアーマーすら壊れかねない一発を貰い、地面に叩きつけられたガタックはもがくように立ちあがろうとする。

 

 そんなガタックを前にソノシと、先程の灰色の化け物。

 そして最初にクロックアップの邪魔をしてきた紫色の異形の者が並び立つ。

 

 

 仲間がいたのか。

 驚愕するガタックを他所にソノシが嘲笑する。

 

「オホホホホホホホ……流石に3人には勝てないようね」

 

 1対1ならまだしも、3体となれば話は別になってくる。

 加えて先程の一撃がモロに入ったのもあり言うことを聞かない体でガタックは立ち上がることすらままならない。

 

 勝利を確信したソノシたちが見栄を切りそれぞれ名乗りを再び始める。

 その行為はただただ加賀美の神経を逆撫でするのだ。

 

「では、改めて。ソノシ!」

 

 こちらは知っての通り、加賀美に消毒液をぶち撒けた赤い脳人だ。

 

「ソノゴ!」

 

 次は紫色の脳人。

 携えた剣、五速剣・キッドレイピアの先端を倒れたガタックに向ける。

 

「ソノロク!」

 

 次は灰色の脳人。

 ガタックに先程痛恨の一撃を叩き込んだ者だ。

 

「我ら、脳人監視隊ッ!」

 

 まるでミュージカルか特撮ヒーローの如く。

 予め打ち合わせでもしたかのような、決めポーズと共に見せつける名乗りはガタックを、加賀美を呆気にとらせるには充分すぎるものだった。

 

「こ、こいつら。わざわざ名乗るのか?」

 

 かつて出会ってきた奇人変人(マスクドライダー資格者)たちと同類のような存在が3人現れたことに対する驚愕も当然のこと、あまりの情報量の多さに加賀美のキャパシティは既にパンク寸前だった。

 

「まさかあの一撃でへばっちまったかぁ?」

 

 ソノロクが倒れたガタックにここぞとばかりにしゃがみ込んで、頭を掴み地面に再び頭を叩きつける。

 なんなんだ、この馬鹿力。

 その疑問を考える余裕すら、その強烈な一撃の前では消し飛んでしまう。

 

 とはいえこのままやられるわけにはいかない。

 即座に携えたガタックカリバーでソノロクの胸部に一閃を叩き込む。

 

「何っ!?」

 

 まさか反撃されるとは想定していなかったのか、驚きのあまりソノロクの手に力が抜ける。その瞬間、ガタックは這い上がるようにソノロクの側から離れてガタックカリバーを構えた。

 そんなガッツに思うことがあったのか、ソノシが感嘆の声を上げる。

 

「中々頑張るね」

 

「何も分からないままやられてたまるか……!」

 

 加賀美は何も知らない。

 あの眩暈の原因も、目の前にいる3人組も、アノーニと鳴く化け物が何なのかも。

 ここでやられてしまえば知る機会すらも永久に失われる。

 勝負所だ。覚悟したガタックが腹を据えて3人に対峙したその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハーッハッハッハッハッハッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「笑い、声?」

 

 あまりにも。

 そう、あまりにも。

 この殺風景な渋谷の夜の屋上に似つかわしくない、豪快な笑い声が木霊する。

 

「てん、天女ォ!?」

 

 笑い声がした方を見ると、そこには白い羽衣を纏う天女がヴェールを振るい、時には紙吹雪をばら撒きながら踊っていた。

 最早この時点でもおかしい。今この現代社会で天女が屋上で踊っている。その事実そのものがあまりにも現実離れしているのに追い打ちでもかけるかの如く、赤いお神輿を担ぐ筋骨隆々の半裸の男たちの姿がそこにあった。

 

「お神輿ィ!?」

 

 赤いお神輿の上には何故か真紅のバイク。

 常軌を逸した光景が加賀美の頭がこの現実を受け入れることを必死に拒否をしていた。

 

「バイクだと……なんだ、これは」

 

 なんだこれは。

 当然そのバイクの主は上で跨り、扇子をパタパタと仰いでいる。

 それこそがあの笑い声の主だ。

 

 

「ドンモモタロウ!?」

 

「……必要な時に来ないくせに、こう言うイヤーなタイミングに現れて!」

 

 呆れたような、うんざりしたかのような。

 ソノロクがその名を呼び、ソノシが因縁を吐き出す。その笑い声の主こと、ドンモモタロウ。

 それはマスクドライダーに言えた話ではないが珍妙奇怪な出立ちだった。

 

 マスクドライダー同様全身を覆うアーマー、その名の通り童話の桃太郎を思わせるフォルム。

 陣羽織のような模様のボディ、グラサンと丁髷のようなものがついた赤い仮面は、額に桃を形をしたクレストがついていた。

 

 

「やあやあやあ、祭りだ祭りだァ! 袖振り合うも他生の縁、躓く石も縁の端くれ、共に踊れば繋がる縁ッ! この世は楽園!! 悩みなんざ吹っ飛ばせェ! 笑え笑え! ハーッハッハッハッハッ!!」

 

「なんだこいつ!?」

 

 ビルの屋上にまたまた様子のおかしい奴が、一人。最早限界を超えた加賀美の声は完全に裏返り切っていた。

 一体どうやってあのお神輿とバイクをこんな屋上まで持ってきたのか。あの狭っ苦しい階段からの塔屋のドアを通っていけるような大きさでは決してない。

 

 ドンモモタロウは真紅のバイク──エンヤライドンのアクセルを踏み、そのままソノシ、ソノゴ、ソノロクを追い回し、ぶつけられないと悟ったドンモモタロウはブレーキを踏むより先に飛び降り、その勢いのまま黒いサングラスのような形をした刀ことザングラソードを引き抜きソノシに切り掛かる。

 

 これでも1対3、多勢に無勢にも関わらずソノシを一方的に切り伏せ横殴りに切り掛かるソノゴすらもいなし、ソノロクの攻撃をひょいひょいとかわしてみせる。

 

 乱暴で荒々しい動きながらも一糸乱れぬ動き。加賀美がこれまで見たことのないタイプの動きだ。

 

「今日はお一人様か、人望が無いんじゃあないのか! 桃井タロウ!」

 

 顔見知りなのか、ソノシが単独で介入してきたドンモモタロウを嘲笑するが、言われた当人はどこ吹く風。

 

「フン、お前たちなどお供たちを呼ぶまでもないっ!」

 

 その言葉の通り、3人すらも平気でいなしてみせる。大言壮語に収まらないそれは輪郭を持ってあの男を思い出す。

 

 ──その自信、まるで天道みたいだな

 

 天道総司。かつて共に戦い時に、敵対した。そんな友の名を思い出す。

 ソノロクの一撃から立ち直ったガタックはカリバーを持ち手近にいたソノゴに一撃を叩き込む。

 

「うぉりやぁ!」

 

「復活しただと?」

 

 想定以上の速さの復帰に何か思うことがあったのか、ソノゴが驚愕する。

 このままやられて終われるほど加賀美新という男はヤワではない。

 

「まだだ……まだいける!」

 

 カリバーでソノゴを弾き飛ばし、ドンモモタロウの横に並び立つ。

 それを目にしたドンモモタロウは愉しげに肩を動かす。

 

「ほう? 中々骨のある奴だな。面白い!」

 

 この上から目線もベクトルが多少違えど何処かで見覚え聞き覚えのあるものだ。

 ドンモモタロウにいなされたソノシとソノロク、ガタックに弾き飛ばされたソノゴ。

 

 3人が揃った所でガタックは2刀のカリバーをクロスさせ、蒼い光を放つ。

 本来ならばガタックカリバーは荷電粒子エネルギーを帯びた代物でそれを斬撃に加える事でありとあらゆる物体を両断する恐るべき武器だ。

 だがそれのちょっとした応用で、荷電粒子砲代わりにもなる。

 

 連射は当然出来ないが、威力は充分だ。

 

 

 

 その傍らドンモモタロウはザングラソードを投げ捨て、入れ替わりに銃型の武器・ドンブラスターを取り出し銃身上部のスイッチを叩いた。

 

【パーリィタイム! ドン・モモタロウ!】

 

 間髪入れずにドンブラスターの銃身下部についたスクラッチギアをDJのディスクのように回す、回す、回す! 

 

【ヘイ! かもぉん!】

 

 するとドンブラスターの銃口に虹色の光が吸い込まれるように集まっていき、ドンモモタロウはその銃口を3人の脳人たちに向ける。

 

「……狂瀾怒桃・ブラストパーティ!」

 

「まずい、一時退却! 退けェェェェェェ!」

 

 流石に敗戦濃厚と悟ったソノシが、手を上げ味方に撤退の指示を送る。それを目にしたドンモモタロウはドンブラスターの引き金を引き、ガタックはその蒼い光を帯びたガタックカリバーを勢いよく振り下ろした。

 

「──喰らえ」

「逃すかぁ!」

 

【いよぉぉ! どんぶらこぉ!】

 

 放たれた暴風のような虹色の光と、二つの蒼い三日月がクロスした必殺の一撃が逃げ去ろうとするソノシたちに一直線に迫る。

 そして──

 

 

 二つの大技が爆ぜたその時、真っ黒な夜空を光に染めた。

 

「やったか!?」

 

 直撃を貰えばただではすまないだろうその一撃は、爆炎が治まっていくのを固唾を呑んでガタックは見守る。

 だがそれをドンモモタロウは首を横に振って否定した。

 

「いや? 逃げたな」

 

「えっ?」

 

 10秒ほど。

 間を置いた時、ソノシ、ソノゴ、ソノロクと思しき影は一つもなく、ただ必殺技の余波で出来上がったクレーターだけが残っていた。

 必殺技とは言っても流石に、ガタックカリバーの斬撃を受けて無事でいられる相手を消し飛ばすほどの威力があるわけではない。

 

 何も残っていないということはつまり、逃したと言うことに他ならないのだ。

 

「くそっ、逃げられた!」

 

 できれば完全に無力化して話を聞きたかったがこれでは意味がない。

 訳知りのドンモモタロウとやらに色々聞いておいた方がいいだろうと思ったその矢先。

 

 

「あれ?」

 

 目を離した隙にその赤い姿は影も形もなく消え失せていた。

 当然、お神輿も天女も、バイクも、何もかも。

 

「……何だったんだ」

 

 

 置いて行かれたようにひとりぼっちになった加賀美はまるで嵐のような出来事の連続にただ、祭りのあとの夜の屋上でただただ途方に暮れずにはいられなかった。

*1
出典:暴太郎戦隊ドンブラザーズ/王様戦隊キングオージャー

 ドン45話に登場したドンオニタイジンと同じ顔を持ったロボット、キングオージャーのこと。雉野が変身した百獣鬼ングを瞬殺した

*2
出典:暴太郎戦隊ドンブラザーズ

 作中における怪人カテゴリ。強い欲望が暴走した人間に憑依、その身体を乗っ取り変異した姿でもある。なおその行動理念は概ねその変異者の欲望に殉じるが大抵歪んだ形となっている。どうやら脳人の世界にとっては悪しき波動を放っているらしく、脳人はこれらを消去する役割を与えられている。モチーフ無しのものから歴代スーパー戦隊モチーフのものまで多種多様。もしかしたらライダーモチーフの存在もいるかもしれない




 今回ガタックがぶっ放した技名は不明
 元ネタはジオウEP37でパンチホッパー相手に使用したもの。なお矢車の介入で不発に終わった模様

 同時にドンモモタロウのぶっ放したブラストパーティーの活躍は……うん




 次回
 04『鬼と天』
 天の道を往き、総てを司る!


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04   鬼と天

 正直自分は一体何を書かされているんだろう(お前が始めた物語だろ)と思いつつある第4話
 この回の最初らへんは胡乱で作りました(´・ω・`)


 

 

 始まりというものはいつだって突然だ。そして積み立ててきたもの何もかも滅茶苦茶にしてくる。

 漫画家女子高生──鬼頭はるかの場合もそうだった。

 ドンブラザーズに出会う前まで順風満帆だった人生が身に覚えのない盗作騒動*1で、手に入れた名声が一転して汚名へと変わったのだ。

 

 その始まりというものは、今回の場合『映画』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──あれ、おっかしいな。

 

 漫画を描くにあたって少し行き詰ったし疲れからか原稿作業中に眩暈が起きたこともありリフレッシュがてら友達と映画を見に行く約束をした。

 ここまでは良かった。

 選んだ映画は6人のチームが古代の秘宝を巡って悪い奴らと争奪戦を繰り広げる冒険譚。これだけならよくある映画だ。けれどもはるかにとってはちょっと特別で、その映画の主役が属する組織のメンバーのイメージカラーがドンブラザーズに似ていて興味があったのもある。

 

 けれども、今この瞬間見ているのは──

 

 

 

 

 選んだ映画とはかけ離れたものだった。出てきているのは昆虫モチーフの戦士が人間に擬態する宇宙人と戦っている。

 

 ──あんなやつ映画の予告編にいたかな……というか、予告編に出てた俳優ほとんど出てないような……

 

 上映時間は約206分。おおむね180分とクライマックス前にて鬼頭はるか、ようやく気付く。

 私たちは別の映画を見ていたのではないか、なんて。手元の半券は『ザ・マスクドライダー』などという聞いたこともないようなタイトルが書かれていた。

 入場者特典は限定キャラカード、知らない主演俳優が笑顔でサムズアップしている。

 

「秘密組織ZECTを制圧し、カブトが死んだ今! 全人類ワーム化計画は進行している。この石が放つ波長を全国に飛ばせば人類は全て滅びワームとなって生きていく! この地球をワームがぁ支配するのだぁぁぁぁぁぁぁフハハハハハハハハハ!」

 

 スクリーンに視界を戻すと悪役らしい根岸なる男が採掘場に設置された巨大な機械を前に高笑いをしている。

 なんというステレオタイプな悪党。先行した仲間の青い戦士ことガタックが倒されてしまった今、人類の明日はどうなってしまうのか。

 

 その時──

 

「はーっはっはっはっ!!」

 

 どこからか高笑いがした! 

 根岸並びに悪の組織の部下たちが、キョロキョロとあたりを見回し一人が「あそこだ!」と指さす。

 

「何奴ッ!」

 

 採掘場のよく分からない鉄塔のてっぺんに赤い戦士が根岸たちを見下ろしていた。こんなことをするためだけにわざわざあんな危ない鉄塔に上ったのか、それは当人のみぞ知る。

 その赤い戦士は、カブトムシを思わせる仮面をしており青い複眼が真下にいる根岸を映していた。

 

「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ! 悪を倒せとを俺様を呼ぶッ! 聞けぃ悪党ども! 俺様の名はマスクドライダァァァァァァァ! カブト! あ、参上!」

 

 ババーン、と漫画ならば擬音がついていたであろう。

 ここぞとばかりに雷が落ちるCGに、部下たちが怯み根岸は懐から黒いカブトムシ型のメカを取り出す。それはカブトの腹部についた赤いカブトムシ型のメカに酷似していた。

 

「生きていたのか! 天空寺宗次郎!」

 

「悪ある限り俺は何度でも蘇る! 冤罪を掛けられた総司くんのため、そして悪ある限りマスクドライダー何度でも、何度でも蘇るッッッ!」

 

 そう。根岸という男の陰謀で天道総司なる人物が冤罪で貶められ、それにカブトこと天空寺宗次郎が彼の汚名を返上し、ワームの野望を阻止するために独り戦い続けていた。

 

「馬鹿め! 俺は貴様のデータを基にしたダークカブトがある! その性能はカブトの3倍以上だ!」

 

 根岸は腰に巻き付けた機械仕掛けのベルトに黒いカブトムシ型のメカを取り付けると瞬時にしてその姿をカブトに酷似した黒い戦士へと姿を変えた。

 マスクドライダーダークカブト、最強最悪の存在がカブトの前に立ちはだかる! 

 

 だがしかし、カブトは恐れない。鉄塔から怯むことなくダークカブトに向かって飛び込んだ! 

 

「俺の進化は光よりも速いッ! トォーッ!」

 

 かくして、カブトとダークカブトの熾烈な戦いが幕を開けた! 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

「おもしろかったねー!」

 

「カブトかっこよかったねー!」

 

「あれ、事実をもとにした作品らしいんだぜ」

 

「事実なわけねーだろタコ。にしたってなんだよあの異常に芝居がかった演技。今令和だぞ、なんで昭和の演技なんだよ、ていうか昭和でもしねーよ」

 

「だって監督黒岩だし……」

 

「あー黒岩かぁ……」

 

「なんかちょっと前に撮ってた映画取りつぶしにしたらしいけどさ」

 

 

 上映時間206分。エンドロールが終わってからというものはるかは茫然と座ったまましばらく放心していた。

 その最中、周りで見ていた客たちが離席しながら口々に各々の感想を口にしていく。評価は賛否両論を絵に描いたような内容らしい。

 けれども、はるかとしては映画の内容の是非云々よりも、見ている映画がおかしいということに対する疑問の方が大きかった。

 

「主演俳優めっちゃ格好良かったね!」

 

「ねね、トウサクはどうだった?」

 

 トウサク呼ばわりも慣れてきた。

 その名の通り、以前の盗作騒動からこんな不名誉なあだ名をつけられてきたが、はるかもそれからちょうど1年。時がたつのも速いな、なんてちょっとしんみりしそうになる。

 席を立ちながらはるかは少し困惑しながら友人の問いに答えた。

 

「え……、なんかイメージと違ったなって。もっと予告だとクールで6人組で、こう、こんな感じじゃなかったっけ?」

 

「アタック」と言いながら指をパチンと鳴らす。

 確かにその映画の前売り券を買ったつもりだし、友達も同じものを買っていた。だというのに今見た映画も手元にあるチケットも完全に違う映画とすり替わっている。

 

「アタック? なにそれ?」

 

 はるかの言っていることが分からなかったのか、首をかしげる友人たち。かしげたいのはこっちの方だ。

 映画を見るまでちゃんと確認しなかったはるかもはるかだが。

 

 映画館の外に出るとザ・マスクドライダーの予告映像が流れている。あの昭和でもやらないようなわざとらしい演技がスピーカーから流れ、乾いた笑いを浮かべていると、友人の一人が切り出した。

 

「お腹すいちゃったし、ごはん行こうよ。近くにYoutuberが宣伝してたお蕎麦屋さんがあるんだけど」

 

 特にはるか自身何かを食べたいという欲求は今は湧かなかった。なにぶんポップコーンでそこそこ腹が膨れていた。

 同じようにポップコーンを食べておいて蕎麦まで食べられる友人たちの食欲に驚きながら友人たちに付き合うことにする。

 

 こういった何気ない日常も漫画のネタになる。面白い漫画を作る上で必要なのはこういった手持ちの数なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 件の蕎麦屋はさほどたどり着くのには時間がかからなかった。

 電車で数本挟んで10分ほど歩いた先の下町にあるお店だ。店の名前は喜八、というらしい。Youtuber曰く美容にいいらしいがもし効果があったとしても継続的に食べなければ意味がない。

 

 ずるずるずるずる。

 無言で蕎麦を啜る女子高生3人。中々親父臭いなと思いながらはるかも蕎麦をすする。

 

 ──うーん、これは中々。

 

 歯ごたえが絶妙だ。駄目な蕎麦というものはぬめぬめしていたりする。でもこっちはそんなことはない。

 つゆもよく分からないがこれまで食べてきたものの中では味が鬱陶しくない。漫画のネタになるかどうかと言われたら正直微妙な所だが、料理漫画というのはありかもしれない。

 

「だから言っているだろうが! フォークを出せ! 俺はイギリス育ちなんだ!」

 

 ……などと舌鼓を打っている最中、水を差してくる怒声が一つ。

 見た目40くらいか、身なりもよれよれのスーツ姿の男が気弱そうな店員に掴みかかっている。

 

 ──うわ、こういう美味しいの食べている時にそんなことすんなよ……

 

 そもそも蕎麦は箸で食べるものだ。フォークで食べるものじゃない。

 うんざりしていると周囲の客が面白がってスマホでカメラで撮り始めようとすると、それに気づいた男がそれを叩き落とした。

 

「客の程度も最低だ! 飯を食っている時にスマホを出す、ずるずるずると煩い! 箸を強制する! 海外ではなこれは非常識って言うんだよ!」

 

 だからなんだという文句だ。

 そもそも気弱そうな店員に詰め寄る方が明らかにおかしいのは明白だ。友人たちも、「なにあのおっさん」「蕎麦屋でそんなことするなよきっついなぁ」だの評価は辛辣だ。

 けれどもこのままではエスカレートしそうな勢いだ。烈火の如く怒り狂った男は次に何をしでかすか。嵐の前の静けさのように男が苛立たし気な足取りで店の中を歩いている。

 それを見ていたはるかが酷くげんなりしていたその時だった。

 

「静かにしろ。飯が不味くなる」

 

 低い男の声がピシャリとその男の蛮行を咎めた。

 声のした方は片隅の席で一人座っていた。当然彼も蕎麦を食べていたようだ。見てくれは20台くらいだろう、髪の毛は雉野よりちょっと緩めのパーマがかかっている。

 

「なんだと……!」

 

 よせばいいのに、喧嘩を売ってきた男の席まで詰め寄る彼にはるかは固唾を呑んで見守る。最悪の場合警察でも呼んだ方がよさそうだ。

 だがしかし、40代の男に喧嘩を売った声の主はどこ吹く風。

 

「おばあちゃんが言っていた、食事の時間には天使が降りてくる。そういう神聖な時間だ」

 

 おばあちゃんはクリスチャンか何かか。

 その気取った物言いはどこかどこかの誰かさん(ソノイ)を彷彿とさせる。言うだけ言ってから声の主はそのまま蕎麦を啜ることを続行した。

 もう食べ終わりかけていたのか、声の主は「ごちそうさま」と言ってからそのまま席を立つ。それを見逃す男ではなかった。

 

「おい、無視をするな!」

 

「どけ」

 

 詰め寄る男に声の主はひょいと躱し、何事もなかったかのようにレジ前までたつ。それに慌てて会計をしようとする店員に男は青筋を立てて声の主に詰め寄った。

 

「お前いくつだ? 人生経験の浅いクソガキがよくもまぁ……!」

 

 うわそこで年齢マウントか見苦しぃ……

 はるかの中で男の株が底をぶち抜き、地中のお宝探してドリルで穴を掘っている真っ最中だ。

 

「食事の邪魔をするお前に答える義理があるのか?」

 

 だがしかし、それをしれっと返す声の主。

 完全に男の立場がなくなっていた。

 

「お前はイギリスに行ったことはないだろう? 俺はあるぞ! 世界的にお前はな……!」

 

 必死に自身の優位を確保しようとしている男がどんどんピエロになっていく。半分程度しか生きていない若造の方が完全に存在感において押し勝っていた。

 

「イギリスにいった程度で騒ぐな。それも仕事で数日だろう、せめて世界一周でもしてから俺に物を言え」

 

「あぁ言えばこう言う……お前は何様だ!」

 

「俺様だ」

 

 その強烈過ぎるキャラクターはまるで漫画の登場人物か何かだ。

 平然と自らのことを俺様と言ってのけるその様は少女漫画のヒーローみたいでもあった。

 片手間に財布から現金を出し、それを店員が数えていく。

 

「あ、丁度ですねー、レシートは……」

 

「貰っておこう」

 

 歯牙にもかけないってこういう事を言うんだな……とはるかの箸は完全に止まっていた。友人たちは帰ろうとしている声の主の顔がカッコイイだの漫画にいそうだの言いたい放題である。

 

「人の話を聞け……」

 

「断る」

 

 即答で拒絶するのは見ていて流石にかわいそうになってきたけれども、身から出た錆でもある。最初から無視されなかっただけでもマシかもしれない。けれども──様子がおかしかった。

 動きがまるで油が差さっていないブリキ人形のようにカクつき始め、紫色のもやのようなものが浮かび始める。

 

 おおよそ人体が出すようなものではないそれにはるかは少しばかり見覚えがあった。これは──

 

「俺の話を聞け……俺をもてなせ、俺をもてなせええええええええええッ!!!」

 

「む?」

 

 尋常ではない、この店内を引き裂くような絶叫を受けた声の主が何かを察したのか即座に構えを取り、同時に男の周囲からは繧オ繧ス繝シ繝という文字が男の周囲にまとわりつく。

 そして強い光に包まれた瞬間、男は人ではない姿と化していた。

 

「ほう……イギリスにサソリ、か」

 

 紫色のボディを素体にサソリを思わせる紫色の皮膚。

 てらてらと光る脂の乗ったボディと後頭部から伸びるサソリの尻尾のようなパーツの先端からはドロリと毒液のようなものがしたたっていた。

 

 ヒトツ鬼。

 欲望が暴走した人間が変異する怪人だ。その力は警察の拳銃程度ではどうにもならないほどの頑丈さと、人を紙切れのように吹き飛ばすほどの怪力を持つ。

 周囲にいた客たちは各々悲鳴を上げ、パニックになるが肝心の出口はあのヒトツ鬼に塞がれて逃げることは適わない。

 

 だが、そんな化け物を前にしても声の主は怖気づくことはなくただ眼前のヒトツ鬼を威圧するように見据えていた。

 

「俺をもてなせ! フォークを出せ! 出せええええええええッ!」

 

 横なぎにその丸太のように太い腕を振るう、それをひょいと身を屈めて避けそのままおびき出すように悠々と外へと歩いていく。

 出口が出来上がったことで一目散に逃げていく客と店員たち。友人たちもはるかそっちのけで逃げていくがそれははるかにとって好都合だった。

 

 店内に一人残された鬼頭はるかは逃げない。

 何故ならば鬼頭はるかは──戦士だからだ。虚空から取り出した黄色い銃型の変身デバイス、ドンブラスターを手に、側面にあるギアテーブルに黄色い鬼の戦士の姿が刻まれたギアをセットする。

 

「アバターチェンジ!」

 

 これからやることを宣言するかのようにはるかは厳かに口にしてからスクラッチギアを回す! 回す! 回す! 

 

【いよぉーっ! ドン! ドン! ドン! ドンブラコぉぉぉぉっ! アバタロウ!】

 

【フクはうち! オニもうち! フクはうち! オニもうち!】

 

 そして引き金を引くことでデータが実体化し、戦うための姿がはるかの体を包み込む。

 

【オニシスター! いよっ! 鬼に金棒!】

 

 鬼頭はるかは漫画家である。そしてまたの名をオニシスター。ヒトツ鬼と戦うドンブラザーズの一人でもある。

 黄色い鎧とスーツを身に包み、グラサンを模したゴーグルのついた仮面。そして鬼を思わせる2本ツノ。

 

 即座に蕎麦屋から飛び出し、得物の巨大な金棒フルコンボウを携えヒトツ鬼の前に躍り出た。

 

 

「あのいけ好かない俺様パーマ野郎どこへ逃げた! おい! 客も店員もどいつもこいつも逃げやがって! おいっ、俺をもてなせええええええええええええッ!!」

 

 周囲の人間に逃げられ下町の道で一人虚しく叫びながら近くに置きっぱなしの自転車や看板を壊している。

 

「まて!」

 

 そこに横殴りにフルコンボウで後頭部から思いっきり殴りつけた。一撃を貰ったヒトツ鬼が前のめりによろけると腹立たし気に振り向いた。

 

「おぐぅッ!? いきなり出てきて金棒で殴りつけてくるとはマナーのなっていないヤツだ! 何者だ!」

 

 躍り出たオニシスターのことを当然知らないヒトツ鬼がガンを飛ばしながら問いかける。

 知りたいか、知りたいなら教えてやろう。

 オニシスターが意気揚々と名乗りを上げようとした次の瞬間──

 

 

 紅い機械仕掛けのカブトムシが飛来した。

 そのカブトムシはヒトツ鬼の体の周りをまとわりつくように飛び回り、時にはそのツノでヒトツ鬼をどつく。

 あまりにも素早い動きに捕らえ切れていないヒトツ鬼は腹立たし気に腕をぶんぶんと振り回すが、カブトムシに一撃もあたることなく近くの屋上に向かい誰かの手に収まった。

 

「えっ……何?」

 

 

 

 

 

「ある男が言っていた。高貴な振る舞いには高貴な振る舞いで返せ……ってな」

 

 屋上を見上げても太陽光がまぶしくてその顔は見えない。男のシルエットが一つ。

 けれどもそれは、手にカブトムシを持っておりそれを落とすように手から離す。重力に従い力なく地面に向かって落ちていく。

 

「……変、身」

 

 それを腰のベルト前まで至った次の瞬間、目にもとまらぬスピードでキャッチし間髪入れずに腰のベルトにセットした。

 

【HENSHIN】

 

 まるでドンブラザーズか脳人のようだった。

 先ほどまで生身の人間だったものが無数のハニカム状のアーマーがベルトから侵食するように全身に広がっていく。

 重厚な鎧を着た戦士がオニシスターの前に大きくジャンプして建物の上から飛び降り、斧のようにも銃のようにも見える武器をヒトツ鬼に向けた時、はるかはただただ今この瞬間に湧いた感想を口にした。

 

「──誰ぇ!?」

 

 赤と銀色に輝く装甲。オニシスターのような二本ヅノ。

 その戦士はまるで──ザ・マスクドライダーの主人公のようでもあった。

 

*1
出典:暴太郎戦隊ドンブラザーズ

 鬼頭はるかが当時書いていた漫画(劇中劇)、初恋ヒーローはマンガ大賞を受賞したはずだったが、ある日突然椎名ナオキなる人物が書いた失恋ナイトの盗作を指摘され、最終的には既に発売されていた単行本も回収という憂き目にあう。なおこの騒動の真相は椎名ナオキの正体によって本当に盗作ではないことは判明した。

 だが盗作をしたという汚名は返上されないままと、解決はしていない。




 余談ですが、劇中劇のカブトは初手ライダーフォームでマスクドとハイパーにはなっていないらしいとのこと。クロックアップもしていないとか。
 


 余談ですが、喜八というお蕎麦屋さん、実はオリジナルのロケーションですらないのですがスーパー戦隊に自信ニキなら分かるかもしれない。
 蕎麦にフォークでピンときた人……いない?(´・ω・`)ネェネェ




 じかーい、じかい。
 ドン5話『なにさま、おれさま』
 ……というおはなし。
 


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ドン5話 なにさま、おれさま

 カブトクワガタなんてゲームが出たので初投稿です。


 

 斧のようにも、銃のようにも見えるその武器を携えた銀の戦士が向けた銃口がヒトツ鬼に向いたとき、虚空から次々とドアが出現し「こんにちは」と言わんばかりに戦闘員ことアノーニが次々と出現しカブトに向かって殺到する。

 

「アノーニ!」

 

「あーもう!」

 

 それを前にオニシスターも前へと躍り出る。

 なにぶん、アノーニも脳人の側の存在だ、なにもせず人間生活を送るのならばまだしも、ヒトツ鬼を人間に戻すことの邪魔をしヒトツ鬼を消去しようとするのならば敵だ。

 

 まだ仲間たちは来ない。

 ドンブラザーズの変身システムであるドンブラスターが検知しない限りはこの近くにいる銀の戦士と一緒にこの数を何とかしつつヒトツ鬼の暴走を食い止めないといけない。

 

 先手を打ったのはアノーニたちだった。

 ハンマーを勢いよく銀の戦士に振るうと、上体を少し逸らした。避けきれない――オニシスターが焦る中銀色の戦士は至って冷静だった。

 

「――避けた」

 

 最低限の動きでアノーニたちの攻撃を悉くかわす。

 そして返す刀でその鉄塊のような拳で殴り飛ばし、新たに近づくアノーニを銃で足元を撃ち近づくことを許さない。

 アノーニが攻撃すればするほど逆に傷ついていく、カウンターを叩き込まれることに気づいたアノーニは本能的にじりじりとその足を惑わせる。

 その力の差はタロウとアノーニほどの開きのある光景に瓜二つだった。

 

「お前たち、ワームではないな」

 

 それが、銀色の戦士が変身以外で最初に発したことばだった。映画の中の暑っ苦しいヒーローとはかけ離れた低く淡々とした声にオニシスターは少し面食らう。

 

 オニシスター、改めはるかの認識としてはワームというものは映画の中の存在でしかない。

 人間に擬態して裏で人間を殺すなんて危険な存在がいてたまるかという話だが、眼前の銀色の戦士の語り口は冗談を言っているトーンには聞こえなかった。

 

「ワームゥ!? そんなモン知るか! 俺をもてなせええええええええっ」

「アノーニ!」

「アノーニ!」

「アノーニイイイイイ!」

 

 ダメだこいつら、会話する気が一つもない。――はるかは匙を投げた。

 ヒトツ鬼は欲望が暴走して会話なんてものが成立することは稀だ。アノーニは……一応これまで言葉を交わしたことはあるけれども戦闘中は何故か駄目だ。理由ははるかも知らない。

 

「えっとこのヒト? たちはですね……ワームじゃないんですけどヒトツ鬼っていう人間でアノーニとか鳴いてるヤツはあれです、なんというか……戦闘員みたいなものです!」

 

 いーっと、右腕を掲げ、映画のザコ戦闘員の真似をすると銀色の戦士は聞いているのか聞いていないのか無言でオニシスター目掛けて銃のトリガーを引いた。

 そんな馬鹿な、もしかしてこの銀色の戦士はまさか自分以外の存在は全て敵とかそんなやばい奴だったのか。戦えるならだれでもよかったとかそういうタイプのやべーやつだったのか。

 変に優しさ出すんじゃなかった! と心底後悔する。このまま銃弾が当たると強烈な衝撃が走るだろう。幸いオニシスターの姿においてはアノーニに殴られようが痛くはない。ちょっとふらつくだけだ。けれども極力当たりたいものじゃない。

 

 仮面の下でぎゅっと目を瞑る。――けれども。

 

 来るであろう衝撃は一切来なかった。

 

「ばか……なっ」

 

「……あれ?」

 

 背後からの獣の鳴き声のようなその声に気づいたオニシスターが背後を向くとヒトツ鬼が煙を出しながらよろけていた。

 

「知ってるよ」

 

 驚くどころかあっけらかんと言い放つ。

 

「はい!?」

 

「隕石が落ち、人が消え、同じ顔の人間が現れ、魑魅魍魎が跋扈する。そんな噂話には周囲には事欠かなくてね」

 

 近づくアノーニを裏拳で沈め、オニシスターも片手間にフルコンボウをフルスイングしてアノーニを壁に叩きつけるように吹き飛ばす。

 

「同業者?」

 

 あれを業と言っていいのかはさておいて。

 仮面の下ではるかの喉奥から不意に出た言葉がそれだった。何の前触れもなく知らないヤツが現れるなど散々経験してきたことだ。

 ドンブラザーズじゃないとしたらなんだ、ドンブリーズか、ドンフレグランスか。

 

――いやいやドンから離れろよ!

 

 思考があらぬ方向に逸れだした自分を戒めるようにオニシスターは自分の顔を軽くぱちぱちと叩く。

 

――マスターに後で聞こうかな。あの人、変に人脈あるし。

 

 マスターもドンブラザーズに似ているけれどもちょっと違う存在でヒーロー仲間だ。

 アノーニを全て戦闘不能にしたところでカブトとオニシスターが並び立ち、対してヒトツ鬼が毒液滴る紫色の刀を構えぶんぶんと斬るというよりは殴るような勢いで振り回す。

 

「うぁ、気持ち悪っ」

 

 フルコンボウで一撃を防いだものの、見た目としてはあまりに受けたくはない代物だ。ぐるん、と回すように振るって刀を跳ね飛ばすと横殴りに銀色の戦士がヒトツ鬼を蹴り飛ばした。

 カランカランと音を立てて落ちる刀と丸腰になってよろけるヒトツ鬼。どう見ても勝負あり、だ。

 

「くそっ俺を……誰だと思っている。俺はあの明和銀行の部長だぞ! 俺をもてなせええええええええええっ!」

 

「ならば相応の態度を取るべきだったな」

 

「貴様、何様だッ!」

 

「何度も言わせるな、俺様だ」

 

 吠えたてるヒトツ鬼に追い打ちを容赦なく入れていく。その不遜な態度は蕎麦屋で人間の頃だったヒトツ鬼をあしらう男を思わせた。というかまんまだ。

 だが顔がはっきりと見ていなかったせいではっきりとしない。

 獣のうなり声のような、食いしばるような声を上げながら、ギロリと銀色の戦士とオニシスターを睨む。

 

「うううううううううううううううううっ」

 

――え、まさかわたしも恨まれてる!?

 

 恨まれることは慣れている。けれどもとばっちり感があるのは気のせいか。

 

「ううううううううっ!」

 

 次にヒトツ鬼を視界から外したその時、戻した時にはその姿が消え失せていた。

 

「えっ――」

 

 次に紫色が視界にチラついた時、強烈な衝撃がオニシスターを襲った。踏ん張ることすらかなわず、身体が宙を舞う。

 また紫色がチラついた時には、近くの呉服屋に体が突っ込んでいた。

 

「ぐぇぇっ」

 

 どんがらがっしゃんと音を立てて棚からものが雪崩落ちる。オニシスターの超人的なパワーをもってしても脱出に手こずりそうな重みが伸し掛かる。

 

――何……これ

 

 完全にダウンしたと思ったのか攻撃の矛先は銀色の戦士に向く。だがそちらの方はまるで焦っている様子はない。

 

「逃げて!」

 

 はるかの戦士としての勘が叫んでいる。

 こいつはヒトツ鬼でも普通じゃない。何者かは知らないが、ドンブラザーズ皆でなんとかしないといけない相手だ、と。辛うじてドンブラザーズの力故か姿だけなら見える*1。けれども追いつけるかどうかはまた別の問題だ。

 だが銀色の戦士はどこ吹く風、全身を各方面から殴られ全身から火花を散らしよろめきながら言の葉を紡いだ。

 

「おばあちゃんが言っていた、奥の手は先に晒した方が負けるってな」

 

「何なのこの人!?」

 

 こんな異常事態に何を呑気にしているんだ。

 次々と攻撃の余波で壊れていく街並みの中銀色の戦士は赤いカブトムシ型の装置がついたベルトに手を伸ばす。そしてツノにあたる部分を軽く持ち上げると銀色の戦士の上半身から頭を覆う装甲が浮き上がる。

 

「キャストオフ」

 

 次に宣言と共に、銀色の戦士の体を覆うアーマーが弾け飛んだ。その時、オニシスター改め鬼頭はるかは理解した。

 紅い金属のボディ、青く光る複眼。そして天を指すかのように伸びる頭のツノ。

 

 先ほどまでちょっと話をしていた相手が――

 

【CHANGE BEETLE】

 

「かっかかっ……カブトオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」

 

 先ほど映画で見ていた存在ことカブトその人だったということを。

 

――なんでなんでなんでなんでなんでえ!?

 

 はるかは酷く混乱していた。

 確かに実話をもとにして作られたという正直言って眉唾な話は耳にしていた。けれども映画の中のカブトはもっと暑苦しくて昭和っぽいやつだったはずだ。

 けれども今目の前にいるヤツはなんだかどこかの誰かさんのようにちょっと偉そうで、少女漫画的なヤツだ。というか実在していたのか、カブト。

 トンデモだと思っていたのに。

 

「ワームでもなければ、ライダーでもない、その癖クロックアップはする。妙なやつらだ」

 

 それを妙なヤツの権化みたいなヤツが言うのか。というかクロックアップってなに。

 悪びれもせず、吐き捨てながら上半身を逸らすなどして消えたヒトツ鬼の攻撃を避けている事実もあってはるかは眼前の存在のトンデモっぷりに絶句していた。

 

「ここで一句……ん? ここは……」

 

 呆気に取られている所、知った声がはるかの耳朶を打った。

 

「猿原さん!?」

 

 オニシスターに少しベースが似た戦士が一人。

 青いアーマーに肩から伸びる腕がモフモフした戦士サルブラザー。その正体は猿原真一、変人教授風流人あらゆる別名を持ったドンブラザーズの一人だ。

 その周囲にも別の色をした戦士たちが次々と現れる。

 

 腰から下程度の身長しかない黒い犬のような戦士、イヌブラザー。

 一転して2メートルをゆうに越えるピンク色の雉のような戦士、キジブラザー。

 金色の中国大昔の鎧を彷彿とさせる龍の戦士、ドンドラゴクウ。

 そして最後に――赤い陣羽織のようなアーマーを纏った桃太郎のような戦士、ドンモモタロウ。

 

 やっとドンブラスターが反応したらしい。ヒトツ鬼が現れると自動で現場に転送してくれるように出来ているがその速さはピンキリだ。今回は滅茶苦茶遅い方だ。

 遅い、と文句の一つや二つ口にしたかったが、それをなんとかしてくれる存在は少なくともこの世には存在しないので吞み込んでおく。

 

 カブトの存在に気付いたメンバーたちが味方か敵か混乱し始めている中、一人だけいつも通り、ふんぞり返っている者が一人。

 そう、ご存じドンモモタロウ。――桃井タロウである。

 

「また虫か。どうも虫と縁があるらしい!」

 

――カブト虫のギイちゃん*2とかね!

 

 呉服屋から這い出て6人揃った所で、ドンブラザーズが揃う。厳密にはもう3人いるけれども今は一旦これで集合だ。

 

「またアノーニ! もー何匹出てくるの!」

 

 けれども、そんなドンブラザーズを行かせまいとアノーニが『扉』を使って追加で何体も現れてくる。

 

「まるで雨後のタケノコ、ならぬ雨後の戦闘員だ」

 

 などとサルブラザーこと猿原は言っているが、これを捌くには少し骨が折れそうだ。追加でドンブラザーズが揃い踏みしたことで足を止めたヒトツ鬼が「また増えるのか!」と怨嗟の念を吐き出し、一方カブトは「ほう……」と何かを察したかのような素振りを見せる。

 そんな彼らの反応などおかまいなく、ドンモモタロウはいつも通り。

 

「数がいくらいようが烏合の衆! 関係ない! 行くぞ、お供たち!」

 

 何を思ったのかは知らないが、ザングラソードで邪魔をするアノーニをすれ違いざまに切り捨てながらヒトツ鬼に一直線に駆け寄った。

 

「妙な奴がいるが、勝負勝負ゥ!」

 

「……今度は偉そうな桃太郎か、また妙なやつが現れたな」

 

 たった、一言二言。それだけでもはるかの胃がキリキリと音を立てて悲鳴を上げた。桃井タロウにこの俺様系のカブト。

 この二人、まともに話したらきっと碌なことが起こらない、そんな気がしてならなかった。

*1
センパイジャーで言うならばレッドバスターも視認出来ているようなので特に条件は不明。タキオン粒子の流れる目じゃないと視認不可という記述はない

*2
出典:暴太郎戦隊ドンブラザーズ

 ドン18話で言及された桃井タロウの幼少期の唯一の友達。カブトムシのギイちゃんが帰ってきたと、彼に言うと酷く取り乱し隙だらけになる。




 次回:06『暴れる野郎』



 設定関係でクロックアップ関係の視認はカブト系のライダーフォームにしか出来ないって記述は公式にはないとかなんとか。
 『視認が出来る』だけで。あれなんで広まったんでしょうね。

 アギトの姿は視聴者フィルターによるものといい、アークオルフェノクの灰化シーンが存在する(どこにあるんだそれ)的な話と言い。


 正直作中描写と設定を照らし合わせたりすると精神が崩壊するのであまり考えない方がいいかもしれません(6敗)


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