満足か、こんな(透き通るような)世界で。俺は…… (御簾)
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プロトタイプ
はじまり(という名のプロトタイプ)


降って湧いたようなネタです。
作者の体調が昨年秋から絶不調でマトモな文章が書けなくなってたりするので大目に見てくださいなんでも島風!

どうぞ。

2023/03/14 作者復活につきこちらボツネタになりました。


 

 連邦生徒会長代理、七神リンにとっては今日もキヴォトスは平和だった。街角で爆煙が立ち上ったり、戦車が道を塞いでいたり、学校内での抗争があったとしても。しかし彼女やキヴォトスの住人たちにとってはそれが普通であり、日常なのだ。

 

「あの、リン先輩……」

「え?」

 

 気分転換に外を歩いていた時、後輩から書類を差し出されたとしても。その瞬間に目の前にミサイルが着弾したとしても、彼女は特に驚くことはしなかっただろう。基本的には。

 

「あれって、ミレニアムの作品だったりしない?だとしたら相当クレイジーなんだけど。」

「────なんですか、あれは。」

 

 しかし見上げた空、サンクトゥムタワーの方角から黒煙を吹いて墜落してくるものが人型ロボットだった場合は、その限りでは無い。流石のリンも呆然とする中で、緑と白の巨人は彼女達の頭上を通り過ぎて吹っ飛んで行った。

 数秒後聞こえる爆発のような音。そして舞い上がる砂塵。どうやら砂漠の方角に墜落したらしい。リンも、周囲の生徒たちも、明らかにキヴォトスの技術力では作り出せそうにもないそれから視線を離せなかった。

 

「……はっ!?今すぐアビドスに調査員を!事と次第によってはアレと交戦する可能性もありますので──」

「リン、今のは?なんかすごい音がしたんだけど……隕石でも落ちた?」

「隕石であったらどれほど良かったでしょうか。ともかく、人員の編成をお願い致します──先生。」

 

 しかし我に返ったリンが頼ることが出来るのは、偶然店から出てきた先生しか居なかった。周りは腰を抜かしていたりオロオロしていたりマイペースにブラついてたりで役に立たん。それでも連邦生徒会か貴様ら。

 浮かんだ青筋を隠さぬままに先生に向き直ると、確かにそこに先生は立っていた。いつも通りニコニコしながら、ラフなシャツとスラックスを身にまとって。しかし。しかし、だ。

 

「あの、先生?それは。」

「ああ、これ?真・機動武勇伝ガンボーイZの限定品プラモデルだよ。通販限定だと思ってたら、いやーまさかこんな所に売ってるとは思わなくて……」

「先生?」

「アッハイ直ぐにシャーレとして動きます!はい!なんだなんだで初仕事だ!頑張るぞう!ははは!行ってくるね!」

 

 紙袋を後生大事に抱えた先生は滝のような汗と共に走り去っていった。分かっているならばよろしい。すこしキツく当たりすぎたかもしれない。反省。

 

「あれ、これってレシートじゃん。先生が落としていったんじゃない?ほら、『真・機動武勇伝ガンボーイZ 初回限定版クリアカラープラモデル』……1万、はっせんえん──」

「しかもこれ、領収書が連邦生徒会宛に……せ、先輩?ヒェッ──」

 

 やっぱり反省しなくてもいい気がしてきた。やはり次に会った時に一発ぐらい叩き込んでも問題ないのではないだろうか。

 

 

 砂狼シロコにとって自転車とは生活必需品であり自分の趣味でもあった。ロングライドは割とよく行う行為であったし、その過程においてかなりの大荷物を背負うこともままあったりする。生徒は強靭な肉体を持っているから全然余裕なのだが、それでも終盤になるにつれて軽くなってくるリュックは自分の達成感を満たしてくれる。

 

「ん、あれは?」

 

 そんな彼女がいつものように学校へサイクリングしていると、角を曲がった先に人がぶっ倒れているのが見えた。インナーウェアのような緑色の全身タイツにヘルメット。多分サイクリングの同好の士なのだろう。きっと。

 

「放ってはおけない。」

 

 自転車を停めて、倒れた人に歩み寄る。こちらが真横にしゃがんでも反応は無い。ヘルメットから覗く顔、右眼には黒い眼帯が装備されていた。ちなみにヘルメットを覗き込んでも反応はない。

 

「ねぇ、大丈夫?生きてる?」

 

 つんつん。

 

 反応はない。

 

「……仕方ない。行き倒れとはいえ同好の士。サイクリング仲間として見捨てられないから。」

 

 ならば仕方がない。よっこらしょ。

 

「ちょっとだけ我慢しててね。」

 

 成人男性を背負ったまま自転車に跨ると、シロコは颯爽とその場から走り去る。全ては背中に背負う仲間のため。ぷらんぷらんと揺れる手足がなんだか哀愁を誘う。年端も行かない少女に背負われてそのまま運搬されるとは彼も思っていなかっただろうに。

 

「ん、おはようみんな。」

「「「「「なにしてんの!?」」」」」

 

 

「えーと、つまりシロコちゃんは倒れてるこの人を見つけて運んできたと。」

「うへぇ、相変わらずすごいパワーだねぇ。おじさんにはもうそんな力残ってないや。」

「一緒にサイクリング出来るかもしれないし。それにあんな場所で倒れてたら死んじゃうかもしれない。ほら、先生と同じだよ。」

「あ、確かに!ヘイローもないし私と同じだね!ところでヘルメットは脱がせないの?」

 

 さて、成人男性を背負ったシロコが学校に到着すると出迎えの声は5つであった。はて、我が校の全校生徒は自分を除いて4人のはずだが。首を傾げていつもの部屋を覗くと、どうやらシャーレの先生なる人物がやって来ているらしい。

 ここで会ったのも何かの縁、そう言って笑う先生にはアビドスに墜落した鉄の巨人の調査がメインの仕事らしいのだが。ついでということでアビドスの廃校対策も一緒にしてくれる事になった。優しい先生だ。背負っていた男を椅子を並べた簡易ベッドに寝かせてくれたのも先生だ。どうやら気も利くらしい。

 

「それが、気密性の高いスーツのようで。迂闊に触るとどこが破損するのかも分かりませんし…私たちではなんとも。ミレニアムのような高い技術力があれば話は別なのですが。」

「うん?いや待って?このスーツ…ひょっとすると、ここを押したらバイザーが上がるのでは!?」

「ちょっと先生!?そんな好き勝手に!」

 

 ぽちっとな。間抜けな掛け声と共に先生がヘルメットの側面を弄ると、バイザーが開いて美形の寝顔が飛び出した。先生は変な悲鳴と共に光に焼かれて吹っ飛んで行った。

 

「ねぇねぇ、なんで分かったの?」

「ガンボーイシリーズの中でもかなりの人気シリーズに位置するガンボーイ・ダブルゼロのパイロットスーツと同じ見た目だったからさ!ダブルゼロは二期構成なんだけど、一期でメインキャラの1人が死んでしまうんだよ……」

「先生ってもしかしてそういうの詳しかったりするのかなぁ?」

「当たり前だよ!特に一期での彼の死に際はとっても印象が……強……く……」

「先生?」

 

 壁に打ち付けられて倒れた先生を木の枝でつついていたホシノが首を傾げる。先生の動きが急に俊敏になったかと思えば、次の瞬間には男の顔を覗き込んでいた。速い。自分が目で追えない程には速い。なんだ今のは。

 若干引いたホシノが無言でノノミの後ろに隠れているのには気づかずに、先生は男を熱心に観察している。知り合いなのだろうか。

 

「やっぱりそうだ。この人は……」

「どうしたのよ。知り合いとか?」

「いいや、確かに私の知っている人ではある。けれど、彼は……本来ここにいるはずの無い人だ。」

 

『おや?どうやらこの世界に不純物が流れてきたようですね。神秘でも、恐怖でもない……新たなる存在が。』

 

「それはどういうことなのでしょうか?」

「ん、多分故郷の恋人だね。」

「違う。」

 

 いつにも増して真剣な表情の先生。アビドス地域に墜落したらしい鉄の巨人、自身の目の前に倒れた見覚えのある男。眼帯と緑色のパイロットスーツまで示されては、最早それとしか言いようがない。

 

 しかし。

 

 先生は考える。アレは創作の世界だ。今現実に、ここにあるはずがない。もしそうなのであればそれはなんらかの『神秘』たりえる存在なのかもしれない。確かに、あれは世界を変える力なのだから。

 

「この人の名前は──」

 

 

「む?鉄の巨人だと?」

「は。作業中に突如空から墜落してきまして。いかが致しましょうか。」

 

「カイザーCEO。」




評価とか感想とかもらえたら嬉しいです。
質問とかにも答えるための前書き後書きなんじゃないの知らんけど(鼻ほじ)

先生
言わずと知れた我らが変た……先生。
糸目。黒髪。ボブカット。女。

砂狼シロコ
早とちりでサイクリング仲間と勘違いした。可愛いね!

小鳥遊ホシノ
作者が好きなだけ。おじさんかわいい。


一体……何ックオン・誰ラトスさんなんだ……


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作者復活篇
『アビドス高等学校の』先生


 作者!!!

 復!!!活!!!

 というわけで設定も固まったので新しく投稿です。
 前話はプロトタイプみたいな、そんな感じ。ネタは拾うかもしれない、拾わないかもしれない。そんな感じ。


 アビドス高等学校には2人の先生がいる。

 

 1人は勿論、キヴォトスの住民ならば誰もが知っているはず。生徒に踏まれたり生徒に首輪を付けたりあれやこれや、黒い噂の耐えない先生。ヤバい方の先生とも言われる、『シャーレ』の先生。

 ()()はその敏腕によってあらゆるトラブルを解決したアビドスにとっての恩人であり、協力者でもある。黒い噂については黙秘を貫かせていただくが、その能力については高く評価しているのだ。

 

 そしてもう1人。

 

「せ、せせせ先生!!」

「おう、どうした?」

「ヘルメット団が!ヘルメット団がまた来たの!しかも今度は戦車とかロケットランチャーとか抱えて!」

「またか、あいつら懲りない連中だな。」

「ん、私に任せて。全部吹っ飛ばす。」

「待て待て待て待て待て。そうやって何でもかんでも物理で解決しようとするな!」

「じゃあどうするの!ノノミ先輩とホシノ先輩は買い物に出て戻ってこないし、私たちだけで対応できる物量じゃないのよ!?」

「馬鹿野郎、だから『これ』があるんだろ。」

 

 対策室ではなく、その近く。新しく整理された『会議室』にて一人作業を進める男が居た。少し長い茶髪を纏めて邪魔にならないようにして、右目の眼帯の位置を調整する痩躯。慌てて飛び込んできたアヤネを見てパソコンを閉じると、続いてやってきたセリカの言葉に呆れ、そして当番のシロコを慌てて制止する。

 ヒートアップする生徒たちにインカムを渡して自身の隣に立てかけたものを手に取ると、彼はのんびりと屋上に向かっていく。その間インカムで指示することも忘れない。とにかく目的を聞き出して、戦力の分析を行うこと。それが生徒への課題であった。

 

「よし、配置に着いたぞ。どうだ?」

『ん、問題ない。指揮官1、生徒60──』

「戦車3。1つは正面か。」

 

 がしゃり、と重い音を立てながら先生は黒光りするそれを構える。膝を屋上の縁に掛けて、彼の呼吸が何度か繰り返された時。余りにもあっけなく、その引き金が引かれた。

 弾けたのはヘルメット団の生徒の頭──ではなく、戦車の砲門。果たしてたった一発の弾丸によって戦車が無力化されていく。如何にしてそれを果たしたかは別として、瞬く間に3台の戦車を破壊した男は左目を抑えていた。

 

「やっぱ左目じゃダメだな、上手く狙えねぇ。っと、そっちはどうだ皆。問題は無いか?」

『ん、大丈夫。後は私たちでなんとかなるよ。』

『うらああああああああああ!』

『ちょ、セリカちゃん!?』

「ヤケクソじゃねぇか。」

 

 通信機の向こう側で雄叫びを上げるセリカを上から見下ろすと、怒りのままに弾丸を乱射しているようだった。知っての通り、アビドスは財政難なので正直やめて欲しいのだが。まぁガス抜きも必要なのだろう。それはそれとしてミサイルで関係ないところまで吹き飛ばすのはダメだ。

 

「よし、終わったら戻るぞ。後片付けはあいつらが勝手にやるから気にしなくていいからな。あとシロコ、お前しばらくドローン禁止。関係ないところまで撃つな。」

『信じられない。先生、私に死ねと?』

「なんでそうなるんだよ!しっかり狙えって言ってるだけだろうが!お前にとってはドローンとライディングだけなのか!」

『ん、あと先生と皆も。』

『シロコ先輩……!』

「いい話だな、じゃないんだ。とにかく次からは乱戦の時だけにしろ。外で。外で使え。いいな?」

『ん、わかった。』

『シロコ先輩、後でお小遣いから補修費用抜いておきますね。』

『そんな殺生な……!』

『ええ、アヤネ、それはないんじゃ……なんでもないです。』

 

 聞こえる声に笑いながら、男は校門から帰ってくる2人に軽く手を振っていた。ちょっと色々あった、とかそんな感じで理解してもらおう。校庭の惨劇を見ながらフリーズする2人を迎えに行こうと階段を降りながら、彼は手にしたライフルを眺めていた。

 

 

「だーかーら、先生!違うの!」

「何が違うって?」

「それは、その……幸せになれるって聞いたからなの!ほら、最近ヘルメット団の襲撃も多いから、これさえあればなんとか……」

「ならん。」

「ならないねぇ。」

「なりませんねぇ。」

「ならないですね。」

「ん、ならない。」

「どうしてみんな揃ってそんなこと言うのよぉ!」

「そりゃ、明らかにマルチとかそういうやつだからだろ。幸せになれるツボとか何年前のネタなんだか。懐かしすぎて笑っちまうぜ。」

「もおおおおお先生のばかああああああ!」

 

 さて、時は変わって数日後。涙目になったセリカからぺしぺしと叩かれるが、彼女もある程度自覚しているからだろうか。その威力は弱いものだった。

 げんなりとしながら机の上に置かれたツボを眺める対策委員会と先生。一体なぜ彼女はこうまで引っかかりやすいのか。詐欺やらリテラシーやらの対策授業でもしてやるべきだろうか。そう考える先生だったが今この目の前に置いてあるツボはどうしようもない。騒いだとて返金される訳でもないし。

 

「……5万、か。」

「明らかに大量生産品のツボが、5万。」

「払いましょうか?」

「やめてください。セリカちゃんのお小遣いから天引きです。」

「なんで!?」

 

 セリカは絶望した。

 

「しっかし、こりゃどうすっかな。学校に置くにしてはちょいと趣味が悪いというか、なんというか。赤と白のツボなんて見た目からして気に食わねぇしな……シャーレのに任せるか?」

「ん、処分なら任せて。」

「は?」

 

 そしてアビドスは吹っ飛んだ。

 

「いや、本当に申し訳ない。」

「いやいや、こっちこそ。セリカがご迷惑かけたようでして……あ、復旧費用はシャーレ付けにしておいて下さい。」

「バランサーの調整はリアルタイムでやってるからねー!」

「アヴァンギャルド君!?アヴァンギャルド君じゃないか!」

「はい!復興支援ミッションです!報酬は前払いですね!」

「なんか怪しいよそれ!」

 

 派手に吹き飛んだアビドス高等学校の校舎復旧はさすがにシャーレの力を借りることにした。どうやらいい感じにミレニアムサイエンススクールの生徒が当番だったらしく、あれよあれよという間に準備が進んでいく。資材やらなんやかんや、ぽんぽんと持ってきているのだがあれはなんだろうか。

 

「あ、これ?つい先日のゴタゴタで廃材とかいろいろ出たから持ってきたんですよ。はぁ……セミナーも一枚岩じゃないってことなんですけどね……」

「大変そうだな、シャーレも。ところであれは?」

「あ、あれはアヴァンギャルド君です。今は行方不「脱走中です!」……脱走中のセミナー会長のリオが作ったらしくて。なんでもデータを流用したらしいですよ。あれの。」

 

 シャーレの先生の言葉に顔をしかめる。

 

「おいおい、ありゃかなり厳重なプロテクトでロックしてあったはずなんだが?一体どうやって。」

「それは!この!問題児!が!やったん、です!」

「いだだだだだだだだだだだああああああああ!頭が!頭が割れちゃいます!ぱっかーんって!ぱっかーんっていきますよ!」

「やっかましい!あんたは先に謝罪しなさい!」

「いえリオ会長に言われたからなんです!あ、金払いはとっても良かったで。

 

 とんてんかん、がんごんがん、騒がしいアビドス高等学校の校庭に、青髪ツインテールを揺らすユウカが1人の生徒の顔面を引っつかみながらやってきた。子供のようにじったんばったん暴れる生徒をそのまま二、三度地面に叩きつけると大人しくなった。

 

「あ や ま り な さ い」

「この度は誠に申し訳ございませんでした。」

「おい、こんな子供に破られるプロテクトってまじかよ。」

「いえ、その。こいつこんなのなんですけど暗号解読とかはすっごい得意なんですよね。悔しいですしなんか不本意ですけど。」

「破られる方が悪いんでごめんなさいもう二度と変なこと言わないんでジャーマンスープレックスだけは勘弁してくださいその太ももで窒息死してしまいます」

「だれの!あしが!太いってええええええ!?」

「ごべんなざああああああああい!」

「セミナー会計舐めんじゃねぇぇぇぇぇぇ!」

「どわああああああああああ!」

 

 後にコユキと聞いた生徒はユウカの豪快なスローイングで綺麗に吹っ飛んで行った。そのまま正座させられているシロコの隣に並んで正座させられている。ちなみにシロコの目の前にはメガネを光らせたままのアヤネが立っていたりする。結構怖い。

 

「はぁ……」

「大変ですね、先輩も。」

「お前もだろ。次はトリニティなんだって?ああいう勢力争いのど真ん中なんてロクなことにならねぇぞ。護身用の武器ぐらいは持って行っておけよ。」

「いやいや、大丈夫ですって。」

 

 ヘルメットを被ったまま、アヴァンギャルド君の雄姿を見上げる二人。その巨大さによって着々と進む工事だったが、どうやらすんなりと行くわけでもないらしい。だってここはキヴォトスだもの。

 

「おいゴラァ!お礼参りだゴラァ!」

「スっぞコラー!」

「先輩、なんですかアレ。」

「アビドス高等学校の熱心な出待ちファンだよ。この前も来た。」

「人気なんだよねぇ〜。」

「人気というか、恨まれているというか。」

 

 突如襲い来るヘルメット団。またかよと言いたいところだがどうやらあちらも引くに引けないらしい。ヒートアップしたままこちらを威嚇している。メンバーの中にはロケランやらグレランを構えている生徒もいるので、ホシノとユウカが並んで先生を護衛するが──

 

「光よ────!」

「「「「うぎゃあああああああ!」」」」

「うーん、さすがのアリスちゃん。」

「あれ、もしかしてレールガンとかそういう類の装備じゃないか?」

「そう!その通りだとも!あれこそ我らエンジニア部の叡智の結晶、レールガン!大先生から頂いたデータを再現することは出来なかったがね!ははは!超絶悔しい!」

「解説?解説ですか?解説が欲しいですよね!あれは戦艦の主砲として設計した大型のブツなんですけど……見てください、すごく、おっきいですよね……」

「ごめんなさーい、この2人、徹夜して頭がおかしくなってるんですー。気にしないでくださいねー。ほら行くよー。」

 

 報酬前払い!襲撃イベント!とやたらテンションを上げたアリスによって一掃されることとなってしまった。哀れヘルメット団。恨むならば己たちの諦めの悪さを恨むが良い。

 

「まぁいいんじゃないですか、どっちでも!ヘルメット団が残った方が面白いですよ!」

「ちょ、アリスに何見せたの!キャラが変わってるじゃない!鉄筋コンクリートの柱を片手に振り回すような子じゃなかったでしょ!」

「えっ……とぉ……」

「いやね、違うの!これは、その」

「け、研究だよ!研究!どんなロボゲーが当たるかってのを研究してただけなの!そしたらアリスが……あんなことに……」

「愛してるんだ!君たちを!あーっはははははははは!」

「アリス────!」

 

 

「ふう、長い、長い1日だった。」

「お疲れ様、先生。ご飯行く?」

「そういうのは俺から誘うもんじゃないのかね。」

 

 会議室にて作業を終えた、アビドスの先生。両腕を高く掲げると、体中からべきばきと変な音が聞こえてくる。デスクワークが多いと、どうしても肩も目も凝ってしまう。仕方ないと言えば仕方ないが、しかし自分は若者では無いし、ならばこのまま老いていくのはなんだか負けた気分がする。

 

「でも先生、疲れたーって顔に書いてあるよ?」

「そりゃまた、分かりやすいんだな。」

「肩揉んであげようかぁ?ほんとは得意じゃないんだけど。」

「ああ、頼……めないな?得意じゃないのかよ。」

「そだよー?おじさんも肩凝ってるからねぇ。」

 

 うへぇ、と隣で机に突っ伏したのはホシノだ。ノノミ達は既に帰宅して、残るは先生とホシノの二人だけだ。真っ暗になったアビドスで、二人の居る会議室だけが煌々と光を放っている。そんな会議室の中で、仕事終わりのコーヒーを飲むのが先生。のんびりと机に体を預けるのがホシノ。これがいつもの会議室。

 シャーレの先生とは違う、アビドスの先生がやってきてからの毎日がこうだ。あの日、空から降ってきたもう一人の『先生』。どこからやって来たのかも分からない──正確には分かっているが信じられない──男だが、人間性はきちんと出来ている人だった。

 

 だからこそ、彼が真面目な話をする時はすこし緊張する。シロコ曰く、肌がピリピリするらしい。ホシノにも何となくわかる気がする。

 

「ホシノ。」

「んー?なぁに、どうしたの?」

「エデン条約って、知ってるか。」

 

 だって今、そんな感覚がするから。

 

 

 

 

 

 

「私が殺した。」

 

『お前が、奴を殺したのだ。』

 

『贖罪の時は近い。』

 

「見ていてくれ。」

 

 

 

 先生。




一体……何クオン・何ラトスなんだ……

身体とか心とか色々壊してたので遅筆ではありますがよろしくお願いします。少しずつ昔のペースを取り戻していかなければ……


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『シャーレの』先生

第2話です。
誰がなんと言おうと第2話なんです。


 やぁ、みんな!私だ、先生だよ!先輩とは違うけど先生だよ!ん、先生は私とあっち向いてホイをすべき。そんな感じでよく言い寄られたりされてる先生です!シャーレの顧問だよ!よろしくね!

 

「先生、急にカメラに向かって叫び出してどうしたんですか。」

「え?見てるんじゃないの?」

「え?」

「え?」

 

 今日のシャーレの当番は皆のお母さ……じゃない、ユウカちゃんです。先日はアビドスで華麗なジャーマンスープレックスをどうもありがとう。おかげでコユキの絶対領域の先が見られたよ。あいつ多分バニースーツ着てるからまたどっかのカジノ行ってるみたいだね。今度ノアにチクっておこう。それはそれとして白だったか。

 

「先生。」

「はい、分かりました。分かりました。だからその右手を下ろしてください。この前コユキのヘイローが消えるまで頭を握ってたの見てました。」

「んな、誰がゴリラですって!?」

「そうは言ってな痛だだだだだだだだだ!あっまって新しい扉開いちゃう、それ以上されたら私が頭の中からこんにちはしちゃう!でもなんだか気持ちよくなってきて──」

「無敵なんですか先生は。」

 

 失礼な、私はただの人間だよ。

 

「さてと、そんな茶番は別として、これ。この前のアビドスの修繕費用の見積もりね。あと来週一週間の当番表も置いておくから、これはミレニアムに持って帰って。」

「はい。分かりました。えっと、来週は……え、ネル先輩を月曜日に持ってくるんですか?大丈夫ですか、そんなことして。」

「あー、ちょっと野暮用でね。荒事になりそうだからとりあえずネルを連れていこうと思ってたの。先輩からも身の守りはきちんと固めておけって言われたし。」

 

 そう、ユウカの差し出した予定表の月曜日には、コードサイン『ダブルオー』ことネルちゃんの名前がある。キヴォトスの中でもトップレベルの戦闘力を持っている彼女だからこそお願いできることもあるかもしれないし、念の為。

 私は目の前の書類に視線を落とすと、内容を確認していく。記載されているのは、現在ミレニアムに預けている例のアレ──先輩の所有物のことだ。コユキちゃんによって解除されてしまったシステムロックはそのまま開放されたままのようで、エンジニア部、ヴェリタスが必死こいて解析しているところ。上手くいけば量産もできるかもしれない!ということで私のところに話が回ってきたんだけれど。

 

『ダメに決まってんだろ。』

「ですよねぇ……分かりました、伝えておきます。」

「でも大先生。エンジニア部もヴェリタスも最近徹夜続きらしく、何を起こすか分からない状況です。そんな時にこちらからの連絡で終わらせるのも……」

『あー、ミレニアムに直接行ってくる。』

 

 そう言って先輩はカメラを持ったままどこかに移動し始めた。背景は変わり、会議室から廊下、校庭へ。後ろから聞こえてくる声はホシノのものだ。生徒の中でも、特にホシノは先輩によく懐いている。親近感があるらしいけれど、私にはよく分からない。ガンボーイ00、見直そうかな。

 

「分かりました。こちらは……」

「大丈夫です、先生。そろそろ片付きますので、私達も向かいましょう。大先生だけでも問題ないかと思いますが、念の為。」

「ってことで、ミレニアム集合にしましょっか!」

『おう、わかった。』

 

 画面が真っ暗になると、そこには私の顔が写っていた。ボサボサの髪と連日の徹夜でボロボロの顔。シャワーもロクに浴びてないし、女性として大切なものなんて全部吹っ飛んでそうなこの身体。

 

「……ユウカ、ちょっと任せていい?」

「そう言うと思って、もう全て終わらせました。はい、一緒に行きましょうか。お色直しですよね?」

「ユウカぁ〜……大好きだよぉ〜!」

「わっ、先生!何日シャワー浴びてないんですか!早く行きましょう!こんなので大先生に会えるとでも!?」

 

 恥も外聞もあったもんじゃない!と疲労の限界に達した私はユウカに凭れるようにしてのしかかる。それでも私のことを抱えて連れていってくれるところが優しいんだよね、ユウカは。

 そんな訳でやってきました浴室。どうしても、とせがんだ私によって新しく作られた広めの浴室の中にユウカと入る。折角だからお風呂にも入っていこうかな、なんて思っているとこれはアロナが先回りして用意してくれていた。

 

『先生、やっぱり身だしなみには気をつけないと!』

「うう、そうだよね。でもホントに仕事が多くてさぁ〜」

「それについては責められないんですよね。セミナー、ミレニアムの事件に巻き込んでしまった形になりますから……よし!」

 

 ぐったりした私を椅子に座らせたユウカが、やけに気合いの入った掛け声とともに私を水浸しにし始めた。あの、熱いのだけど?

 

「折角のお出かけですから!ミレニアムの責任ですし、私が責任をもって目いっぱい綺麗にしましょう!ね、先生!」

「あ、そういうことね?それはそれとして時間は大丈夫かな。遅れないといいけど。」

『ご安心ください!アロナがきちんとお知らせします!』

「との事なので、先生は子犬のように大人しく!お願いしますね?」

「お、お手柔らかに?」

 

 両手に泡を装備したユウカ。いつの間にかタオル1枚を身体に巻いて、完全に私を綺麗にするつもりらしい。できればそのまま、そのタオルを剥ぎ取って身体に泡をつけたまま豊かなボディで洗っていただけると──

 

 

 

 

 

 

「はっ!?ユウカの体はスポンジのように柔らかく!?」

「何言ってんだお前。」

「先生?どうかしましたか?」

「さすがにそれはドン引きかなぁ……」

 

 気づいた時にはエンジニア部の部屋の目の前に立っていました。何があったんでせう?そう、思い返して。確かユウカと一緒にお風呂に入って、その後洗ってもらおうとして……あれ、その後の記憶が無い。はて、私はどうしたんだろう。

 

「ねぇ、ユウカ。私──」

「入りますよー。」

「ねぇ!聞いて!?私の話聞いて!?」

 

 聞いてみようとしてもユウカは容赦なく扉を開け放ってエンジニア部の部屋に突入していってしまう。慌てて追いかける私の背中で、先輩とホシノが何かを言っていたような気がするけど聞こえなかった。

 

「耳、真っ赤だねぇ。」

「俺は知らんからな。」

 

 さて、入ったところにはエンジニア部とヴェリタスの面々が勢揃い。あーでもない、こーでもない、と部品やパソコンとにらめっこしながら騒いでいた。ちなみに周りには当たり前のようにエナドリの缶が転がっている。体を大事にするべきはこっちじゃないだろうか。

 部屋の片隅に積み上げられたエナドリの段ボールをどう処分してやろうかと考えながら、私はユウカと並んで彼女達の背後から近づいていく。やたらと広い部屋の中、生徒に囲まれて鎮座していたのは──

 

「おい。」

「あぁぁぁぁぁ!私たちの技術の結晶が!」

 

 うん。先輩の判断は仕方の無いものだったと思う。振り向いた先、煙を上げる銃口をこちらに向ける先輩が立っていた。ホシノはその横で、ほんの少しだけ眉を吊り上げている。

 

「ねぇ、それ、何かな?」

「ああ、アヴァンギャルド君の頭部パーツを変更しようと思ってね。メインカメラは4つ、頭頂部にもう1つ追加することでより解像度の高い映像を撮影できるように……と、思ったんだが。」

「悪いが、そのデザインは認めねぇ。技術盗用の件も含めて、話をする必要がありそうだ。たっぷりとな。」

「おじさんもちょ〜っと、噛ませてもらおうかな。」

 

 下手人共が引きずられて行くのを見ながら、私とユウカは煙を上げるそれに近づいていく。寸分違わず眉間部分に叩き込まれた銃弾によって内部機構が破壊されているのか、5つのカメラは今にもこと切れそうなその光を点滅させている。

 灰と白のヘッドパーツ、それはきっと先輩にとって、切っても切れない呪いのようなものにも思われてしまったのかもしれない。それと繋がったコードの先、バラバラになった球体が転がっていた。中身だけ抜き取られてしまったようだ。

 

「先生、それって──」

「先輩の相棒、だったものかな。見るも無惨とはこの事だね。幸いなのはバラされてるってだけで組み直せば元に戻る……かもしれない、ってところかも。」

「それなら大先生に──」

「ニール先生でいい。そう言ってるが?」

 

 ユウカが振り向くと、そこに先輩──ニール先生が立っていた。下手人たちはホシノによって演習相手にされて『しまった』ようだ。生徒たちを纏めて相手する彼女はいつものような気の抜けた笑顔でもなんでもなくて、話に聞く数年前のような雰囲気を漂わせていた。

 まず1人沈んで……ダメだこれ、もう手遅れだわ。蹂躙だよ。たった1人の生徒に手も足も出てないよ。徹夜続きでってのもあるかもしれないけどそれ以上にホシノがブチギレてる。あ、シールドバッシュがいい感じに決まった。

 

「では大先……ニール先生。これは。」

「ま、もう戻らないかもしれねぇな。仕方ないと言えば仕方ないさ。元々()()を預けてたのはこっちだ。ホストの都合で変えられちゃ文句も言えねぇよ。」

 

 先輩が視線を送る先。広いエンジニア部の部室を無理やり改築したその場所に、先輩の機体がある。

 

「デュナミス、でしたか?」

「ニアピンだな。」

 

 欠けた装甲、ひしゃげたフレーム、焼け焦げて色褪せたペイント。大破したシールドが痛々しいそれは、先輩の『ガンダム』らしい。ガンダムってなんだろう。ガンボーイじゃないのね。初見の時そう思っていた私がいました。しかもデュナミスじゃなくてデュナメスだったし。

 

「いや、まさかこれが赴任初日に空から降ってくるとは思わないじゃないですか。それも墜落地点が初仕事の地区っていう。」

「そりゃ災難だったな。生まれた星を呪うんだ。」

「アビドスの子達は普通に先輩のこと受け入れてるし!元パイロットのくせに教師が板についてるし!なんなんですかホント!」

「世話には慣れてるって言ったろ?先輩の言うことなんだから信用して欲しいもんだが。」

「だからって私より信頼されてるのも気に食わないんですー。ぶーぶー。」

 

 頬をふくらませて抗議していると、向こうで一際大きな爆音が響いて誰かのメガネが吹っ飛んできた。そちらに視線を向けてみる。ああ、さらばミレニアムの技術者たちよ。そのまま安らかに眠るが良い。

 

「次は三十分後ね。」

「まっ、ちょ、勘弁し──」

「ね。」

 

 

 

 

 

 

「ところで先生、先生はどうしておじさんたちのことを気にかけてくるのかな?ちょおっと、気になっちゃうな?」

「あー、それを聞かれると答えにくいな。」

 

 聞いてみたことがある。何故、私たちにこんなに関わってくるのか。その時はまだ先生は先生じゃなくて、アビドスにやってきたお客さんみたいな扱いだった。だから私たちは使われてない応接間をわざわざ整備する羽目になったけど、今じゃいい思い出だよね。

 

「恩返しってのもある。俺自身の罪滅ぼしってのもある。」

「ほへー、じゃあここに落ちてくるまでは先生でもやってたのかな?引率とかしてたの?」

 

 そう、彼が落ちてきたのはシャーレの先生が来る少し前の話だった。目覚めた彼は妙に殺気立っていて、昔の私を見ているみたいだった。だから気になった。いつ暴れても大丈夫なように、銃を持ってはいたけれど。

 

『ここは?』

『アビドス高等学校だよ。』

 

 目覚めたあの人はそれだけ聞くと妙に悲しげに笑って、また俺だけか、なんて言っていた。そんなに順応が早いとは思わなかったから、私は動けなかったけど。

 目が覚めてからのあの人は私たちの境遇を聞いて、また悲しそうになった。でも今度は笑ってなんか居なくて、むしろ何か確信を得てしまったような、そんな感じだった。

 

「まぁ、そんなところだ。」

「じゃあ、その延長線上みたいな感じなの?」

「それは違うな。俺がここに居るのは、俺自身の意思だ。必要だと思ったからここに居る。いつか来る日のために。」

「そっかぁ。」

 

 先生は大人だ。他のみんなはよく話しかけているけれど、私はまだ信用出来ていなかった。だから応接間で先生と話していても銃を離そうとは思わなかったよ。だってその時、私にとって大人は信用出来ない生き物だったから。

 

「だからこうやって住まわせてもらってる以上、仕事はしなけりゃならん。そう思ってる。」

「え、何する気?」

「帳簿は見せてもらった。シャーレとかいうのに助けを求めたのも聞いた。なんで生徒が居ないのか、それも大体聞いた。」

 

 光が差し込む窓を背に、先生は笑った。

 

「小鳥遊ホシノ。お前の過去も、ある程度は。」

「────ッ!」

「そうやって銃を向けて解決しようとするな。少なくとも俺は、お前に危害を加えようなんて考えを持ってない。お前がどうかは別としてな。」

「じゃあなんで!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え──」

「俺の境遇、話してなかったな。」

 

 その時の先生の瞳は、今までとは違う光を放っていた。戦場に身を置き続けた人だけが放てるもの。昔の私が持っていたものと同じ、あの瞳だった。

 

「俺の家族は、自爆テロで殺された。洗脳された子供のな。」

 

「そんでもってここに来る前、その首謀者に出会ったよ。」

 

「どうしようも無い奴だった。俺なんかはもちろん、他の奴とも確実に価値観は違っていただろうさ。それほどまでには、歪んでいたよ。」

「じゃあ、戦ったの。」

 

 口の中が乾いていた。少し気圧されていた。それでも先生に返事ができたのは、きっと私と彼が同じだったからなのかもしれない。

 

 大切な人を失った、同じ存在だったから。

 

 でも私とは違う。彼は、前に進めていないのだ。

 

「ああ。戦って、俺は負けたよ。アイツは生きてる。間違いなくな。右目さえ万全だったら──」

 

 そう言いながら拳を握る彼の姿。あと一歩、もう少しだけ手が届けば叶ったのに。そう言わんばかりに俯いて、大の大人が悔しげに感情を顕にして。

 

「じゃあ、復讐するの?」

「そう、かもな。」

 

 そう言って先生──ニール・ディランディは外に視線を向けてしまった。私からは見えないその顔に何を浮かべているのかは分からないけれど、でも先生の瞳には復讐以外の何かがあった、と思う。

 

「やってみせるさ────」

 

 だって、その声はとても優しいものだったから。

 

 

 

 

 

 

「……ってことがあってね。」

「そんな、ニール先生にそんな過去が……」

「初耳です先輩。」

「言ってねぇからな?」

 

 帰り道、夕焼けの下。4人の影が並んでいる。

 

「気分が変わったし、おじさんラーメン食べたいなぁ?」

「俺の給料、こいつから出てるからな。こいつに頼め。」

「え?えーっと、持ち合わせが……」

「先生?また何か買いましたね?」

「ち、違うのユウカ!これには深い理由が……」

「問答無用!」

「おお、綺麗に決まった。」

「まさかビンタされてトリプルアクセルを華麗に決めるとは。先生、もしかしなくてもこの人って人間やめてたりする?」

「かもな。少なくとも俺とは違う生物種なのかもしれねぇぞ?だって俺は生徒からそんな事されたら吹っ飛ぶしな。」

「私は人間です!」

「普通の人ならぶっ倒れてるんです!立ち上がって荒ぶる鷹のポーズなんてしないんですよ!」

 

 まぁ、楽しそうだからいいんじゃないかな。ひっそりと監視していた生徒は息をついてその場を後にする。うん。あの人が元気ならそれで。

 

「先生、よろしくね。」

 

 どうか、あの子を止めて欲しい。




正妻
セミナーのあの子。

シャーレの先生
肉体強度が異常。
ユウカとのスキンシップには慣れている。

ホシノ
同族の匂いを感じている。

ニール先生
誰のこと話してたんでしょうねぇ……


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『探す』先生

のんびりゆったり。


 顔を出せば死ぬ。阿慈谷ヒフミはそう理解した。残念ながらこれは本能的なもので、自分でも未だによく分かっていないのだが。たった今ヒフミが巻き込まれている銃撃戦は明らかに自分には関係なくて、一体なぜこうなってしまったのか。錯乱した頭で必死に考えた末に瓦礫の影からひょっこりと顔を出し──

 

「あひゃあ!?」

「馬鹿、頭下げてろ!」

 

 慌てて引きずり込まれた。その瞬間に己の頭があった空間を銃弾が抉りとっていく。あとほんの少し遅ければ、自分の顔面と5.56ミリの弾丸がキスしていたところだ。そんな痛すぎる初体験はまっぴらゴメンなのだが。

 

「あ、あの!これは一体どういう状況なのでしょうか!?」

「すまん、話は後だ!今はこの場を切り抜けることだけを考えろ!シロコ、ドローンで前方15m地点に爆撃!即席煙幕で撤退するぞ!」

『分かった。』

 

 道を挟んだ向こう側、同じように身を隠すシロコが何かを操作する。それと同時に空を翔るのは真っ白いドローンで、それは男の指示通りに爆撃を行う……ことはなく、敵の方へと真っ直ぐ向かっていく。

 

「何やってんだお前!?」

『ん、大丈夫。全員倒せば問題ない。』

「今そういう状況でも何でもねぇからな!?」

『シーローコーちゃーん?』

『分かった。だからおやつ抜きはやめて……!』

 

 意外と余裕そうだな。ヒフミはそう思った。慣れないアビドス自治区の街中で繰り広げられる銃撃戦。自分が参加すれば厄介事になることは間違いなし、故にヒフミは手を出さずに保護対象として振舞っている。

 パン屋の前の障害物で身を守りながら、シロコがホシノにお菓子を取り上げられていた。哀れなりシロコ。そのままホシノはシロコのお菓子を貪ってしまう。待て、あれはモモフレンズチップスではあるまいか。ならばと思い銃撃の合間を縫ってそちらに駆ける。

 

「あの!それって何処に売ってましたか!?」

「え?これ?」

「ん、あそこのコンビニ。」

 

 指さされた方向には24時間営業のコンビニ──と、妙に焦りながらこちらに射撃してくるチンピラたち。どうやらあちらに行くためにはあの不良たちを何とかせねばならぬらしい。

 であらば仕方あるまい。切り捨て御免。全てはペロロ様の為に。限定ホロカード、USRペロロ様を狙う為ならばこのヒフミ、そこいらのチンピラなど恐るるに足らず。

 

「あ、このカードいる?」

「頂きます!……こ、これは!」

「おぉ。」

「SRペロロ様!くっ、これで24枚目ですっ……!」

 

 開いた銀の包装の中には見慣れてしまったカードが封入されていた。モモフレンズチップス、第2弾はペロロ様PUなのだ。USRペロロ様は0.3%の排出率らしい。それ故にヒフミはトリニティ学区のコンビニを走り回った。走り回ったがほとんど販売されていなかった。

 しかしこの阿慈谷ヒフミ、ペロロ様の為なら走るよどこまでも。でもトリニティは派閥争いで暑苦しいからダメ。ゲヘナはなんか怖いからダメ。ミレニアムはサイエンスって名前なのにパワー系が居たからダメ。だからってんでアビドス自治区に来てみたんだけど対するアビドスは不良をけしかけて来た。おいおいこれ別の目的なんじゃないの。各方面大丈夫?

 

「……こうなれば仕方ありません。」

「お?」

「ん。」

『は?』

 

 ってな訳でついに登場、阿慈谷ヒフミ。ペロロ様よ私はここだ。貴方まで私を見捨てるのか。もう既に排出率の神には見捨てられているのに。もう低レアリティのカードは見飽きてしまった。あと謎の黒服も要らない。不吉なので囮に使ってしまおう。それ。

 

「そこだ!……違う、カード!?」

「引っかかりましたね!」

 

 ばら蒔いたカードが穴だらけになって塵と化す。残念ながらヒフミに慈悲などないのだ。消え去るが良い。ペロロ様のカードとなって出直してくるのだな。どこかで涙目のまま笑う男(?)がいたとかいなかったとか。

 それはともかく、囮のおかげで出来た一瞬の隙。ヒフミはそれを逃さない。即座に身を乗り出して1人をノックダウン。続いて2人目、3人目。モモフレンズによるブーストで攻撃力も会心率もアッパー調整が入ったらしい。百発百中、一撃必殺。これぞまさしく覆面水着団のNo.5。

 

「ペロロ様、お願いしまああああす!」

 

 

 

 

 

 

「どうしてッ!!!!」

「なんじゃこりゃ。」

 

 ヒフミはこの世を呪った。何故だ。何故こうまでしてUSRペロロ様……どころかチップスすら存在しないのか。不条理にも程がある。

 

「この感じ、もう略奪された後なんだねぇ。元々店員は居ないようなものだったけど。」

「現金の残りは無し、強盗ですね☆」

「ですね、じゃねぇよ。立派な犯罪行為だ。」

「不良たちは時間稼ぎだったとか?」

「その可能性も否定できませんね。妙に必死だったのも、コンビニを背にしていたのも、カモフラージュだったと。」

「ん、さっさと言った方が身のため。ニール先生は容赦がない。お前たちを1週間動けなくすることだってできる。」

「しねぇよ!変なこと吹き込むな!ってかお前かシロコ!俺の変な噂を流してたのは!!」

 

 いつもの真顔で先生からアイアンクローを食らうシロコ。微塵も悲鳴を上げない彼女を放り出して、コンビニの中では他の生徒たちが現場検証じみた観察を行っていた。ノノミはレジ付近を、セリカとアヤネは店内を、そしてヒフミとホシノはお菓子売り場を調査中。ただし1人は絶望で打ちひしがれているものとするが。

 

「そ、そんなに落ち込まなくてもぉ……」

「いいえ、これは死活問題なんです。USRペロロ様は角度によってイラストが変わるのですが、ギガンティックペロロ様のイラストの他に!」

「他に?」

「モモフレンズ全員集合イラストがあるんです!」

 

 その言葉にノノミが動きを止めた。アカネを呼んで防犯カメラの映像を確認していたようだが、アカネのメガネを吹っ飛ばす勢いで振り向くや否やヒフミの元へ馳せ参じた。

 

「それってぇ、もしかしてMr.ニコライも……」

「ええ、当然です!ギガンティックペロロ様を中心にして全員集合してますから!だから欲しいんですけど、モモフレンズチップス自体がどこにも無くて……」

「探しましょう。」

「「「え?」」」

「むむむむむむむむむ。」

「やっほーせんぱ……って何これどういう状況?」

「仲間割れイベントですね!この後により一層絆が強くなる、ストーリーにおいて重要な分岐点だとモモイが言っていました!」

 

 何だこのカオス。珍しくシロコがツッコミを入れた。ニールに顔を掴まれたままではあるが。

 

 

「よし!というわけで私も手伝いますね!」

「探索クエスト、了解しました!アリスの時間もバッチリです!今日は先生と2人パーティのつもりでしたが、仲間は多い方が楽しいですから!」

「……さいですか。」

 

 ミレニアム学区へと歩きながらニールは頭を抱えた。何故こうなってしまったのだ。そうだ、シャーレの先生がミレニアムで見たなんて言わなければこんなことにはならなかった。つまり自分は悪くない。うん。

 

「お、アリスじゃねーか。今度付き合……」

「ようネル。」

「わなくてもいいわ、じゃあな!」

「先輩、何したんですか。」

「いや、特に何も。」

「してなくてあの反応かぁ……」

 

 ただしトキと戦った後に親切丁寧な手当を受けてジャケットを肩に掛けて貰ったものとする。通りすがりのいい男にな。

 

「顔真っ赤でしたね。」

「先生、ホシノ先輩にも同じことをすべき。」

「シロコちゃんッッッッッ!」

 

 元気なものだ。己の後ろを歩く5人の生徒から目を逸らしながら、ニールはふと気がついた。そういえばミレニアムにコンビニはあったとして、その場所ってどこだっけ。理解しているのかと前を歩いていたアリスたちに聞いてみようにも姿がない。また迷子だ。どうせアリスが先生のことを引きずってどこかに走っていったのだろうが。

 

「おーい、お前ら。迷子になるなよー。」

「分かってるわよ!」

「しっかり手を繋いでおきましょうねぇ〜」

「ノノミ先輩!?私は大丈夫ですので!?」

「ん、ホシノ先輩はニール先生と手を繋ぐべき。」

「シロコちゃんッッッッッ!」

「あはは、とっても仲良しなんですね。」

「まぁ、そう簡単に切れるようなもんじゃないだろうな。」

 

 なんともまぁ、賑やかなものだ。そう考えながら隣の生徒を横目で見る。そうまでして手に入れたい物とは果たしてどんなカードなのか。手にした端末でぺちぺちと調べてみると、ヒット。排出率0.3%の激レアカードらしい。なんだこれ。

 

「ヒフミ、お前この為だけに……」

「この為だけじゃありません!モモフレンズファンとして必要な、そう!推し活みたいなものです!」

「推し活。」

「はい。推し活です。」

 

 推し活かぁ……とちょっと遠い目になったニール。自分とは縁遠い話だったので理解が及ばなかったりする。そもそもそうまでして趣味に熱中することも無かった人生だったから。強いて言うなら狙撃ぐらいなものだし、それも誇れるようなものではない。汚れた手で生徒と手を繋ぐ事だって烏滸がましい。

 自分の行為は偽善だ。それは理解している。失ったものを彼女たちに投影しているだけ。結局、身から出た錆なのだ。もう戻ってこない、取り戻せないものを未練がましく追っているだけ。実に空虚な人生じゃありゃせんか。そんな風に突っ込まれてもおかしくない。

 

「まぁ、新しい人生ってやつかもな。」

「そうですね、生き甲斐です!」

「そうかい。で、それはいいんだが道分かるか?」

「え?あっ、とぉ……」

 

 ヒフミが目をそらす。ダメじゃねぇか、そう言いそうになったが自分とて外様。余り強くは言えそうにもない。仕方ないので携帯で調べてみようかと考え──

 

「は?」

 

 道の向こう側に見覚えのある服装を見た。幸い横断歩道はそこにあったので、慌てて走り出して反対側へ。しかしその時には例の人影はどこかの道を右折してしまう。しかし辛うじて場所は見えた、ならば走るだけ。

 

「先生!?」

「ちょ、ちょっと待ってよぉ!」

 

 生徒たちの声は聞こえない。だってそんな余裕はないのだから。間違いない、あれは。そう思って道を曲がると、そこには誰も歩いていなかった。少し乱れた息を整えながら、ニールはふらりと歩き出す。もちろん警戒は忘れないものの、少し細くなった道を1人で。

 

「おい、どこだ。どこに……あれ?」

 

 そして彼が目にしたのは。

 

「あれは、モモフレンズチップスですね!」

「ノノミ、行きまぁす!!!!」

「ふぐァ!?」

 

 

「良かったね、お目当てのものが手に入って。」

「「はい。」」

「でもね、先生は私たちよりも弱いんだよ。」

「「はい。」」

「跳ね飛ばしちゃダメでしょう!」

「うう、返す言葉もございません……」

「chu☆強靭でごめん☆」

「ノノミちゃん?」

「反省しております。」

 

 介護していたのは遅れてやってきたシャーレの先生。あたふたするアリスが呼んできたのは近くを歩いていたネル。そしてぶっ倒れたニールを運んで行ったのはネル。それも超特急で。今頃ミレニアムで治療を受けていることだろう。腰の。

 

「痛そうだったわね。」

「流石にあれは良くないと思います。」

「ん、先生は先生のお見舞いにいくべき。」

「いや、私は君たちの付き添いだからね?」

 

 さて、何はともあれブツは手に入った。それも2枚も。燦然と輝くカードを目の前にしてコンクリートの上に正座させられたヒフミとノノミ。痛そうだ。ああならないように、周りをキチンと確認して行動しよう。アリスは学んだ。

 

「それはそれとして、そのカードが欲しかったやつなの?」

「はい。これで……はい。そうなんです。」

「あ、もしかしてそのカード、自分のためじゃなかった感じ?」

「えっと、そうなんです。」

 

 誰を思ってか、ヒフミはカードを大切そうにケースに片付ける。そういえばシャーレの先生は最近、よくトリニティに行っているらしい。それ関連なのだろうか、二人で話し込んでいる。除け者にされた(形になった)アリスはホシノが回収してお菓子を与えていた。

 

「ホシノ先輩、これはなんでしょう?」

「これはねぇ、ココアシガレットだよ。こうやってみると、ほら。ちょっとアウトローっぽいでしょ?」

 

 

「ふふ、見なさい!これで一段とアウトローに……」

「でもそれ、ココアシガレットだよね。」

「あはは!アルちゃん面白ーい!」

「えへ、えへへ、お似合いだと、思います……はい。」

「んもーー!!!馬鹿にしてえええ!」

 

 

「はい!アリスはかっこいいと思います!」

「その純真さ、羨ましいねぇ。」

 

 目を輝かせてお菓子を食べるアリスに群がるアビドスの生徒たち。それを見ながらホシノはふと思う。

 

「あれ、トリニティって確か。」

 

 

「始まるよ、先生。」

 

 マスクを下ろし、私は先生の新しい生徒たちを見下ろした。

 

「始まってしまう。だから先生は逃げて。」

 

 どうか貴方が、憎悪の炎に身を焼かぬように。




ヒフミ
一体誰の為に探していたんだ。

シロコ
ん、大丈夫。みんな知ってる。

ホシノ
シロコちゃんッッッッッ!

ノノミ
怒ったホシノ先輩は怖い。

セリカ&アヤネ
アリスの餌付け楽しかった。

アリス
お菓子をいっぱい貰えました!クエスト報酬です!

シャーレの先生
この後トリニティに向かっていった。

ネル
目覚めるまで手を握っ(この記録はここで途切れている)

ニール
気づいたらベッドの上だった。ちょっと右手が暖かかった。


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『繋げる』先生

遅れました。
HGエクシアくんの関節と格闘してたらこんなに時間が経ってた。


「よう、こんなとこで何やってんだ?子供にしちゃあ随分なナリじゃないか。」

 

 通りすがりのあいつはそう言って、ショルダーバッグから包帯や消毒液を取り出した。手当はいらねぇ、そう言い返すだけの余力も残っちゃいねぇ私を知ってか知らずか、特に何も追求することはないままに。

 正直に言うと、初対面でそんなことをされるような経験がなかったからどう対応すればいいのか分からなかった。誰が手当なんて出来るんだよ。コイツだよ。そのカバンからどれだけ出てくるんだよ。包帯なんか収まりきる量じゃねぇよな。

 

「よし、できた。それじゃあな、気をつけろよ。」

「わーってるよ……っくし!」

「ははぁ、そりゃそんな格好じゃ寒いだろうな。」

「っせーよ。」

 

 要らんことを考えているとぺち、と額を軽く叩かれる。手当は終わったらしい。見れば丁寧に処置されていて、綺麗とは言わないものの見るに堪えないレベルではなくなった。それに、少しばかり気力も戻ってきた頃だ。ならば問題ないだろう。

 ズタボロになったジャンパーは投げ捨てた。存外に気に入っていたから少し残念だったが、もう修理は無理だろうって位にはボロきれに成り果てていた。仕方ない。割り切って残りの仕事に向かうとしよう。綺麗とも言えないメイド服のまま立ち上がろうとした私の肩に、男物のジャンパーが載せられる。

 

「持っていけ。見てるこっちが寒くなる。」

「でもこれは──」

「いいんだよ。貰っておけ。じゃあな。」

 

 半ば押し付けられるような形で、私はあいつのジャンパーを手に入れた。内ポケットには真新しい弾丸がひとつと紙切れが入っていた。開いてみたいが、それよりも自分には仕事があるのだ。そうやって頭の隅に置いやって、また街の中を走っていくことになった。

 そういえば吊り橋効果、なんてアスナは言っていたがそんなことはない。私はコードサイン『ダブルオー』。そんな簡単に誰かに心を許したりなんか、

 

「あの、リーダー?」

「…………ああ。」

(どうして弾を眺めて笑ってるんだろう。)

(確か、アビドス高等学校の方から頂いたそうですが。)

(じゃあ聞いてみようよ!)

(やめよう。アスナ、蹴られて死んじゃうよ。)

(ええ。あのまま放置していた方が面白……何かわかるかもしれませんから。リーダーのあの……)

 

 心を許したりなんか、しない。

 

「──ふふ。」

 

(((わ、笑ったぁ──!)))

 

 

「う、ん──!?」

「命中率95%か。衰えたもんだな、俺も。」

「95%で」

「衰えた」

 

 味わい深い顔で顔を見合わせるシロコとセリカ。生徒の皆さん、砂漠の中からおはようございます。そう言わんばかりの銃声が響いているのはアビドス高等学校の校庭。コンクリートの壁に貼られた的に向かって列ぶ生徒と一人の大人は、それぞれの愛銃を構えていた。

 

「ノノミは……仕方ないな、測定だけ頼んだぞ。」

「はぁ〜い!」

 

 命中率の測定とか、なんか色々。ノノミがアヤネと並んで人型の標的を並べている間、ニールはライフルを弄る。特に装飾もされておらず、何の変哲もない無骨な狙撃用ライフルだが、しかしそれが彼には似合っているような気もした。サブウェポンとして手渡された拳銃で、人を模した看板にヘッショカマしながらホシノは思う。うむ、いい感じに狙えているな。素晴らしい。

 

「やるな。」

「うへへぇ、おじさんも本気出せばこのくらいは出来るんだよ?そんな事より先生の利き目はどうなのさ?」

「あー、後でトリニティに顔出すからな。そん時に救護騎士団の所に行ってくるつもりだよ。治りかけてたんだが、少し前に無茶してな。」

「身体は資本だよ、先生。」

「お前が言うと説得力違うな。」

 

 胴体正中線をぶち抜いて板を縦半分に叩き割ったシロコが歩いてくる。流石のニールでもそんなことはしない。ちょっと引いた。それを知ってか知らずか──おそらく知らないだろうが──彼女はマガジンを取り替える。淀みなく行われるその動きは、彼女が戦う者であることを否が応でも感じさせた。

 見ていて凄いとは思うだろうが、しかしそこまでだ。強いて言うならあまり嬉しくは無い。まだ若い彼女たちが、何故こうして戦わなければならないのか。過酷な運命に晒され、未来への希望を持てないまま生きるなんて悲しすぎる。

 

「──全く、何がどうなってんだか。」

「どうしたの?」

「ああ、悪いな。セリカはもう少し……落ち着いて狙う事をしてみようか?あと外したからって怒りながらリロードするな。銃が歪む。」

「わ、分かってるわよそのくらい!でも上手く当たらないっていうか、なんというか。撃っても外れるのよ!」

「銃口曲がってるんじゃない?」

「曲がってないわよ!」

「うへぇ、お酒でも飲んだ?」

「飲めないわよ!」

「いいことでもありましたか〜?」

「給料は上がったわね!でも違うのよ!」

「あの、グリップを忘れているのでは?」

「それだわ!」

「大丈夫かなコイツ。」

 

 

 

 

 

 

「よぉ、今日は1人なのかよニール。」

「生憎1人だな。」

 

 日にち変わって、ミレニアム。自分の愛機はどんな状態なのか、早朝からのんびりと確認しに来た彼を待っていたのは見慣れたジャンパー、とネル。自分の与えたそれを思ったよりも気に入っているらしい。いつもはスカジャンを着ているのに、自分と会う時だけはあの服装になる。

 視界の端にチラチラと映り込んでくる金髪やら黒髪やらはなるべく気にしないようにして、彼は校門の前に座り込む少女を連れて歩いていく。向かう先はエンジニア部。以前ハロをぶっ壊して中身だけ引っこ抜いた暴走集団だ。

 

「おう、やってるか?」

「そんな居酒屋みてぇな呼び方しなくても。」

「やあ。元気そうだね。」

「ぐぅ。」

「説明しましょう。1週間寝てません。」

 

 扉を開いた先にはディストピア。部品に紛れたエナジードリンク。なんだコイツらたまげたなぁ。アホみたいに積み上げられたジャンクパーツやらなんやらをかき分けた先から声がする。

 ちなみにオイルと鉄とエナドリと何かの匂いで大惨事だったりする。さっさと換気をしてしまおう。二人は顔を見合せて手近な窓を開く。う、とかそんな感じのうめき声が聞こえるが気にしない。足元に何か蠢いていたとしても気にするものか。

 

「そこは気にして欲しいかな!」

「おう、何やってんだお前。」

「ヒマリ先輩に言われてライフル作ってました。」

「キャラ変わってねぇか?ちゃんと寝ろよ?」

「ぐぅ……」

「オラ!起きろ!掃除の時間だ!」

 

 向こうで寝落ちしているヒビキを担ぎあげたネルを見ながら、ニールも目の前の2人を肩に担いで入口付近へレッツゴー。見た目よりも軽い。しっかりとした食生活の指導をしてやるべきだろう。まずはエナドリを断つところから始めて、規則正しい生活習慣を叩き込んでやらねばならぬ。

 いくら生徒たちの肉体が強靭であるとしても、だ。不健康はやはりどんな肉体をも蝕むものなのだから、その管理も我々大人の仕事だろう。ふと過去を思い返し、笑う。あの頃は大変だったけれど、それでも満ち満ちていたように思えたから。皆を残してきてしまったのは心残りだが──今更嘆いたとて何が変わる。己は己のやるべき事を果たすだけなのだ。

 

「ウタハ、少しいいか。」

「ん?」

 

 忙しない片付けとのんびりした昼食を終え、ようやくマシな顔になったウタハと向かい合って座る。食堂は騒がしい。あちらこちらから生徒たちの賑やかな声が聞こえてくるし、時折爆発音も聞こえる。何故だ。

 そんな訳で、ニールは何事かとこちらを見やるウタハを真っ直ぐ見返した。何かを察してくれたのか、彼女は立ち上がって部室へと歩いていくから己も倣う。彼女もそうだが、エンジニア部は機械バカであってもアホではない。精密機械を開発するだけの技術と、それを扱い、改良するだけの知能がある。頭の回転は早いものなのだ。

 

「それで、何用かな。『アビドスの』先生。」

「おいおい、そんなに身構えなくてもいいだろう。取って食おうって訳じゃねぇ。ただ少し、問題が発生しててな。」

 

 少しトゲのある言い方に苦笑する。無理もない、やはり己は外からの来訪者、それも先生とは違う完全なイレギュラーなのだ。ガンダムという規格外の力もある。これで警戒するなという方が難しい。むしろアビドスの生徒たちのように、こちらに心を開く生徒の方が珍しいとも言える。

 無理くり広げられたエンジニア部の部室──いや倉庫の中。大破した機体が転がっている。修復自体は進んでいるらしい、機体の隣には予備パーツと思しきコンテナが積まれていた。どこの誰とも知れない男の為にこうして尽力してくれたのは生徒だけでは無い。

 

「ともすれば、アイツにも──シャーレにも関わる、キヴォトス全てを巻き込んだ大事件が起こる。」

「それは、私にだけ話してもいいものかな?もっと大きな、連邦生徒会のような組織に話すべき議題では?」

「そうだろうな。連邦生徒会が正常な組織だったら、の話だが。」

「どういうことだい?」

 

 問いかけに応じず、ニールはデュナメスの側へと歩いていく。ウタハは何も言わず、彼の背中を見守るだけ。やがて倉庫の隅、大きなシャッターを背にしながら、彼は見慣れない紙箱を取り出した。

 

「いいか?」

「それで君の話が聞けるのなら。」

「すまんな。──さて。」

 

 離れているはずなのに、少しばかりの煙たさと匂いが来る。彼の話が始まるまで、あと数瞬。窓を開けようとして、彼が腕を掲げていることを知った。『開けるな』、そう言っているように。

 

「助かる。──お前もいるんだろ、ネル。出てこい。」

「ハ、お見通しってか?」

「カンだよ。」

 

 ウタハと並ぶネル。2人からの視線を浴び、しかし平然としながら逆に射抜くほどの眼光。隻眼故に研ぎ澄まされたそれを受けた2人は僅かにたじろぐ。

 

「まず初めに、このキヴォトスにおけるパワーバランスから──」

 

 

 

 

 

 

「では、あくまで彼は協力者──先生とは違う、新たなる来訪者ということなのですね。それも、創作の世界からやって来た。」

「うん。そういうことだね。」

 

 先生は薄く笑って、机に突っ伏した。残業に次ぐ残業、果てしない仕事の先にはまた仕事。そろそろノイローゼになりそうだ。げんなりとした彼女に毛布をかけ、コーヒーを差し出したのは今日の当番。

 

「ありがとう、カンナ。」

「いえ。ヴァルキューレの問題に付き合わせることになってしまい、申し訳ない限りです。」

「仕方ないよー。防衛室長のお願いなんだから。」

「──そうですね。」

 

 あーつかれたー。先生が文句を垂れる。しかしその顔はパソコンの画面に釘付けのままで、カンナがどんな表情をしていたのか。それを窺い知ることは出来なかった。それを知っていれば、きっと未来は変わっただろうに。

 しかし先生はそれが出来なかった。何故か急増したヴァルキューレ警察学校関連の仕事に、SRT特殊学園とヴァルキューレの軋轢解消。頼まれれば断れない性格の彼女に、防衛室長の仕事がのしかかる。

 

「それで、その……もびるすーつ?は今どこに?」

「ああ、ミレニアムのエンジニア部が管理してるよ。修理するために色々必要なんだってー。高い技術がどうのこうの。装甲材だって……ぶつぶつ。」

「あー、すみません。仕事の邪魔になってしまいましたか。今の言葉は忘れてください。先生。先生?」

「Eカーボンの精製と加工には高い技術力が必要…………しかし…………将来的な発展を…………」

「あのー。」

 

 先生は疲れていた。

 

 

 

 

 

 

「……即ち、エデン条約。それが狙われるだろう。」

「あ?んな事言われても何か出来るわけでもねェしな。」

「ああ。それこそセミナーの出番だろう。そして各学校と連携し、連邦生徒会の防衛室長とも──」

「それが、きな臭い。」

 

 ニールが身体を揺らすと、立ち上る紫煙も揺れる。傾いた太陽が照らし出す部室の中、機体の陰で暗くなったその場所。彼の瞳が黄金に輝いているようにも見えた。ネルが瞬きすればその光は気のせいだったと分かるし、きっと光の反射だろうが──しかしその一瞬、彼が違う人に見えてしまった。歳若い、黒髪の少年だった。

 

「ネル。」

「ああ?」

「アイツを頼む。」

「それは美甘ネルに対しての、か?」

「ああ。C&Cじゃない。」

「わーったよ。アンタには借りがあるしな。」

「助かる。それとウタハ。機体の修理状況は?」

()()()()()()()()()()

「そうか。なら仕方ないな。」

 

 ポケットから取り出した紙片を投げる。

 

「これは?」

「お前らがぶっ壊したハロの代わりだ。」

「…………えっと、納期は?」

「1週間。」

「でき」

「るよな?」

「────やってやろうじゃないかぁ!」

「ヤケクソじゃねぇか。」

「まぁ自業自得だからね!」

 

 目がキマっているが気にしない。ハイになりながら設計図を書き始めたので放置しておく。自分が吹っかけた仕事だから邪魔するにも悪い。まぁハロを分解してデータベースだけ残したことは非常に怒っているが。コユキはどこに行ったのだろう。

 セミナーのどこかでくしゃみが聞こえた気がする。ネルがふと振り返ると、扉が僅かに開いていた。はて、自分はキチンと扉を閉めたはずだが。ピシャリと容赦なく扉を閉めると聞き覚えのあるうめき声が聞こえた。あいつら後でシバキ倒す。ネルの覚悟は決まったので、とりあえずニールは何をしているのだろうと確認してみる。

 

「ああ。頼んだぞ。──お前も素直になれ。あ?無理?黙ってごめんなさいでもすりゃいいだろ!?なぜそれが出来ん!?恥ずかしい?──あー、もしかしてまだ初等部とかだったり……」

「おい。」

「どうした?」

「アイツか?」

「うーん、正確には違うっつーか。──じゃ、そういうことでな。大人しく言うこと聞けっての。誰かを信じろ。な?」

 

 電話を切って、彼はネルの頭に手を乗せた。紫煙の香りが残った彼の腕は、ジャケットと同じ匂いがする。すん、と鼻を鳴らして、ネルはニールに彼女の端末を差し出した。

 

「ほれ、直接連絡した方が早いだろ。登録しとけ。」

「あ?嫉妬してんのか?」

「──殺す。」

 

 あー、リーダーってば素直じゃないんだから。誰かの声が響いてから、エンジニア部の扉が吹っ飛んでいった。あとニールはいつの間にか居なくなっていた。さすが狙撃手。逃げのスキルも高いのか。褐色黒髪メイドは静かに感服していた。

 

「待てコラァァァァァ!」

「リーダー!私じゃないってば!」

 

 哀れカリン。強く生きろ。

 

 

「えへ、えへへ。見ちゃいました見ちゃいました。」

 

「かっこいいですねぇ、強そうですねぇ。」

 

 銃声が、一度。




はよエデン条約編書きたい。

書くよ。


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『■■■■』先生

エデン条約編という名の答え合わせ。
暫く投稿出来なさそうです。すまぬ。


 

 

Vanitas vanitatum. Et omnia vanitas.

全ては虚しい。どこまで行っても、全てはただ虚しいものだ。

 

 いいや、違う。

 

 呪いのように刻み込まれるその文言。トリニティは敵だと、あの人は常にそう言って嗤っていた。不気味な顔を、その手に持った扇で隠しながら。

 お前たちはただ憎めば良い。それこそがお前たちに許された唯一の感情だ。そうやってあの人──マダムは何度も何度も私たちに言い聞かせていた。

 

 いいや、違う。

 

 けれど、"先生"は違った。キヴォトスの外からやって来た先生は、そんなことは言わなかった。そうして私たちが呟く度に、顔を歪めて首を横に振っていた。

 私たちにはその理由が分からなかった。接する時間は、先生よりも圧倒的にマダムの方が長かったから。悲しそうに、やるせなさそうに、先生は何度も私たちに言い聞かせていた。

 

『そうやって誰かを憎んで戦っても、何も生み出さない。戦いは戦いを呼ぶだけだ。お前たちがそうやって戦っても、誰も喜びなどしない。』

 

 だから、怒りに呑まれるな。過去の自分とは訣別するんだ。変わるんだ。変革をしなければ、人はいずれ朽ち果ててしまうから。

 

『変われ、───。100%、完全に人と人とが分かり合うことなんか出来やしない。』

 

 でもな。先生は決まってそう続けた。

 

『変わろうと、変革しようと、そうもがき続けることは出来る。誰も賛同してくれなくても、誰も分かってくれなくても、変革を信じて走り続けろ。』

 

 それこそが、未来を切り拓く力なんだ。マダムに厳しい訓練を施された私たちに向かって、先生はそう言った。疲労困憊して、マトモに動けなくて、ただ地面に倒れ込む。そんな私たちを先生は嫌な顔ひとつ見せずに世話してくれた。

 

『本当は、お前らみたいな子供がこうやって戦わない世界を作るのが──俺たちみたいな大人のする事だってのにな。』

 

 私たちばかりが迷惑を掛けているのに、先生は。先生はずっと辛そうだった。一つしかない瞳を細めて、口を真一文字に引締めて。

 お前たちがこのまま、幸せを知らないまま生きていくなんてダメだ。そんな先生はそう言って、どこからともなく物資を調達してくれた。

 

 風呂というものを教えてくれた。

 

 美味しいご飯を作ってくれた。

 

 柔らかいベッドを用意してくれた。

 

 見知らぬ世界の話をしてくれた。

 

 他の生徒とは違う、私たち"スクワッド"専属の先生。たった四人だけ選び抜かれた私たちに、文字通り心血を注いでくれた──私たちだけの先生。

 彼は光だった。それまで憎悪と怒りの中で生きてきた私たちにとっての、光だった。例えマダム──ベアトリーチェの教育が厳しくとも、先生が居てくれるならば私たちは耐えられた。

 

『せ、先生!』

『ねぇ、先生。』

『……先生。』

『先生。』

 

 私たちが呼ぶ度に、あの人はすぐに振り返る。半ばアリウスの校舎に監禁されているような状態でも、彼は私たちにとって先生であろうと努力していたし、その行いこそ紛れもなく先生の証だった。私はそう信じている。

 

 けれど。

 

『貴様は──戦いを生み出す権化だァ!』

『ただの人間に、私が倒せると思っていて?』

『先生!』

『邪魔をして!』

『くそ、───!』

 

 先生は、私たちの前から姿を消した。

 

 私のせいだ。

 

 私があの時、先生の言いつけを守っていれば。約束を果たしていれば。こんな事にはならなかったのに。

 

 それなのに、私は。

 

Vanitas vanitatum. Et omnia vanitas.

全ては虚しい。どこまで行っても、全てはただ虚しいものだ。

 

 それは呪詛であり戒めだ。私を縛り付ける為に必要な言葉だ。私なんかが、人並みの幸せを望んではいけなかったのだ。

 その言葉の──なんと、なんと痛烈なことか。唱える度に私の罪を色鮮やかに思い出せるのだから。幾度も私の心を引き裂き、また出鱈目に縫い直す言葉なのだ。これ以上の贖罪は存在し得ないだろう。

 あれは今よりも昔のこと。それは何度も再生して擦り切れたフィルムのように朧気な記憶。これは私の、私たちの大切な思い出。掠れ薄れてぼんやりと、私たちの胸の中に残る思い出。

 それがあったから、私たちはバラバラにならなくて済んだ。私たちは、希望を捨てないで生きていることができた。辛うじて踏みとどまれているような状態だった。

 

『お前が奴を破滅へと導いた。』

『お前があの時出てこなければ。』

 

『お前が、奴を殺したのだ。』

 

 その言葉で、私はもう引き返せないのだと理解した。放たれた銃弾が決して戻らないのと同じように。

 私の進むべき道もまた、決まってしまった。これから私がどうなろうと、私は生涯悔やみ続ける。火にかけられても、沈められても、何をされてもきっと……

 

 私は贖い続ける。

 

『サオリ。お前はリーダーだ。アイツらを導いてやるのが役目だ。……おいおい、そんなに気負うな。その重圧は容易く人を殺せるんだからな。まずは小さなことから……そうだな、まずは飯の調達とかどうだ。』

 

 先生。

 

『大丈夫だ。サオリは一人じゃない。あいつらが──家族がいる。守るべきものがある。だから変われ。変われなかった、俺の代わりに。』

 

 先生。

 

『よう、お前ら……満足か……こんな世界で…………俺は…………嫌、だね──』

 

 先生!

 

 

 それでも結果は変わらない。

 

 トリニティとゲヘナによるエデン条約は破棄される。契約は新たに作り上げられる。

 

 それこそは、新たなるエデン条約。

 

 忘れ去られたアリウスの凱旋の時。

 

「行くぞ、皆。」

 

 錠前サオリはマスクを装う。口元を隠し、表情を気取らせないように。それは先生を殺したあの日、失意に暮れる彼女に向けて渡されたもの。

 もう笑うことは無いのなら、見せる必要は無い。全ては虚しいものなのだから。ならばせめて役に立ち、己の存在意義を証明し続けてみろ。その時初めて、お前は救われるであろう。マダムはそう言って、逆らったサオリを赦したのだから。

 

 しかし先生には二度と会うことは叶わない。ならば永遠に赦されぬ巡礼の旅をしよう。生きて生きて、その中で償い続けよう。

 サオリは心を凍らせて、ただ無感動に空を見る。飛来する光は、彼女にとっての希望か。それとも絶望か。瞳に宿る光を失った彼女は、もう笑顔など浮かべまい。

 

「始まるわ。」

 

 しかし、ベアトリーチェは嗤う。

 

 全て順調。上手くいきすぎて心配になるほどに。くひ、と歪んだ口の端を扇で隠す。誰も見てはいないだろうが、それでも建前の上で己はアリウスの生徒会長なのだから。

 

「後は手筈通りに事を進めて、終わり。案外呆気ないものだったわね。」

 

 思い返せば、あの男は想像以上に役に立ってくれた。生徒たちからアリウスを孤立させ、依存させ、殺す。いずれ反逆してくるであろう事は予想ができていたし、奴の持つ『神秘』も大したものではなかった。マトモに動けぬような鉄屑で歯向かってくるから死したのだ。

 

「もうすぐ、もうすぐなのよ──」

 

 

 

 

 

 

「おい、先生はどこだ!」

「そ、それが……意識不明らしく……」

 

 エデン条約は破棄される。新たなるエデン条約に上書きされ、キヴォトスは混沌に呑み込まれる。生徒たちによる自治ではなく、カイザーPMCによる統治。指揮系統は混乱し、憎しみが憎しみを呼ぶ。トリニティとゲヘナ、いがみ合う互いの学校は先生によって辛うじて均衡を保っていたようなもの。しかし彼女が倒れた今、そのパワーバランスは崩壊するだろう。

 

『先生……』

 

 アロナの声が、響く。

 

 

「これでよし……っと!いける?」

「馬子にも衣装ってやつだな。似合ってる。」

「えへへ、やったぁ!」

 

 少し前。とりあえず引っ張り出してきたスーツを身につけて、先生はニールに着付けを手伝ってもらっていた。自分でしないまま、彼に着付けしてもらうのが彼女なりのアピールなのだろうか。

 

「これで着崩しても安心です!」

「何する気だ。」

「調印式終わった後に皆で焼肉。」

「お前ほんとお前。」

 

 ニールに両肩を掴まれて懇切丁寧に説明された。スーツを洗うのは大変なんだとか、そもそもそんな大切な日の打ち上げが焼肉とはなんだとか。いいじゃないか肉。肉は美味い。身体を作る大切な要素になる。ミネ団長もそう言っていた。

 胸を張って言い返すとデコピンを食らった。痛い。なぜ私がこんな羽目に。ぶーぶー文句を言っているとさらに追加一撃。二撃必殺か何かなんだろうか。とりあえず倒れてみると呆れたような彼からタブレットが差し出された。シッテムの箱とは違う、少し黒くて無骨な物だ。

 

「当日、何があるか分からんからな。耐衝撃なら一級品の物だ。何かあれば呼んでくれ。俺はこれから用事でな。アビドスとミレニアムに行かにゃならん。」

「えー、先輩も来ないんですか、エデン条約調印式。」

「なんで俺が行くんだよ。今回はお前だろうがシャーレの先生さんよ。仮にも連邦生徒会の一員なんだろ。」

「だって先輩が居たら先生が2人分!暴動が起きてもだいじょーぶ!ほら、トリニティは私が何とかするからゲヘナは先輩に……三度目!?」

「流石に無いだろうよ。」

 

 時間に遅れるぞ、と。先輩は尻もちを着いた私の手を引いて埃を払う。いやはや、ありがとうございます。のんびり呟いていると、彼の顔がいつもよりも厳しいことに気がついた。

 確かに、今回の調印式には色々ときな臭い雰囲気がある。それは分かっていた。ミカのこともある。それに、突然押し付け……やってきたヴァルキューレの問題。カイザーPMCの動向が怪しいとも聞いている。

 

「そんなに、心配ですか。」

「ああ。だから、やれるだけのことはやっておく。」

 

 そうやって古聖堂の方向を見る先輩。

 

「何かがあったら、連絡しろよ。」

 

 彼の声はいつもよりも──硬く、重たいものだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、戦いが始まる。

 

 巡航ミサイルが直撃し、瓦礫の山となった聖堂の跡地。

 

「ひ、ヒナ!その怪我──」

「先生は下がってて!」

 

 囲まれた。風紀委員長が確信するまで時間は要らず、彼女の握る愛銃に残弾は無し。リロードの暇を与えられるだろうか。否、そんなことをすれば先生は文字通りの蜂の巣になってしまうだろう。

 最強の名を冠するヒナですら、巡航ミサイルの余波を受けた身体で先生の護衛を完遂することは難しそうだ。ならば是非もなし。放たれる銃弾をその肉体で受け止めながらリロードし、そのまま弾幕で押し切る。瓦礫の影から身を乗り出し、彼女が駆け出そうとしたその瞬間。

 

「うへー、大変なことになってるねぇ。」

「は、ぁ?」

「先生に言われてさ。こっちに行けって。」

「おう、予想は的中ってとこか。」

「ネル!?」

 

 視界の外から瓦礫が吹っ飛んできてアリウスの生徒を吹っ飛ばす。投げたであろう声の主は、口調こそいつものままに眼光鋭く盾を構えていた。ズタボロのヒナ(現最強)の前に仁王立ちして、ホシノ(元最強)がショットガンを鳴らす。

 

 一度目。アリウスの生徒と、そして出現したユスティナ聖徒会。纏めて数人がぶっ飛んだ。射程も威力も、ただのショットガンでは言い訳がつかない程に強靱だった。

 二度目。瓦礫すらも抉りとり、その弾丸は空間すらも食い尽くす。物陰など意味をなさず、ただ残酷なまでに人が飛ぶ。盾を持ってもそれごと壊してしまえば良い。

 

「なん、なんだあれは!?」

()は私だよ。それ以上でもそれ以下でもない。私は小鳥遊ホシノ。アビドス高等学校の生徒の一人だ。」

 

 瞬く間に眼前の敵は殲滅され、尚もホシノの前には敵が居る。想定外の乱入こそあれど、ユスティナの信徒は無限に湧いてくる。数えるのも馬鹿らしい、まるで勝ち負けが決まったようなゲーム盤。その中でオドオドと、しかしこちらを圧殺すべく指示を出す生徒が居る。恐らくあれが指揮官だろう。

 

 ならば。

 

「おい。」

「はい?」

「ぶっ殺されてェか?」

 

 返事は待たぬ。ネルの両手に握られた短機関銃が唸りを上げる。極至近距離からの鬼連射。鬼神の如き気迫と共に、もう一人。戦場を掃除する最強が居る。リロードの隙が無い?ならば作れば良いじゃない。

 盾にした生徒を蹴飛ばして、見慣れぬジャケットに身を包んだ小柄な少女が空を飛ぶ。至近距離を掠める弾丸など恐るるに足らず。釣り上げた口の端から歯を見せて、ネルはトリガーを引き続けた。

 

 

「こちら小鳥遊。ヒナは無事じゃなさそうだけど、とりあえず保護はできた。これからどうするの、先生?」

「おうおう、随分ボロボロじゃねぇか。ほれ。おぶってやろうか?んン?自分で歩くのも辛ェよな?」

「大、丈夫──だから。それよりも先生を。」

「おっけー、わかったよ。」

 

 撤退していくアリウスの生徒に向かって盾を構えたまま、ホシノが振り返って指し示す。その方角はアビドスだが、しかしホシノは違うところを目指すらしい。

 

「とりあえず、先生のとこ行こうか?」

 

 ヒナの事は途中で合流したアコに任せ、ネルと先生、ホシノは崩壊した街を歩いていく。先生の指揮が必要なのでは、そう言って助けを求めるアコだったが、ヒナに何か言われてから黙りこくっていた。

 

「結局、あれはなんだったの?」

「それもニール先生が話してくれるはず。先生は身を隠し──っと!?こんな所にも敵が!」

『先生危な……くなかったです?』

 

 驚いていたというのに笑いながら、ホシノは盾を大きく振り回す。それだけで敵が壁に叩きつけられるのでその隙に離脱。ホシノって強いんだ。改めてそう感じた先生であった。あとネルはアリウスの生徒たちから武器を奪い取っていた。

 

「ん、おう。武器は多い方がいいからな。」

「さいですか……」

 

 ノールックでそれを後ろにぶん投げ銃弾を叩き込み、誘爆を誘いながらネルは走る。敵の追撃がしつこい。まるで追い込まれているかのように路地裏に消えていくネル、そしてホシノ。先生はなされるがままに走るしかない。

 暫く走って走って、走り回って。見慣れないボロ小屋の中へ消えていくネルの背中を追って入ってみると、そこには真新しい鋼鉄の扉があった。

 

「隠し扉だ──!」

「しぃぃぃ!バレるでしょ居場所が!」

『先生……』

「黙ってろ、っての。ほれ、行くぞ。」

「あっ、ホシノは?」

「おじさんはもう少し、時間稼ぎかなぁ。すぐ合流するから安心して欲しいよぉ。それとも、信用出来ない?」

「──ううん。大丈夫だよね。よろしく、ホシノ。」

 

 不敵に笑うネルと彼女に手を引かれてハシゴを降りる先生。扉が閉じるその直前、ホシノは笑っていた。耳に装備したインカムから誰かの声が聞こえたのだろうか。その返事を最後として、先生は地下通路を走り始める。

 

「このまま走りゃミレニアムだ。そこでアイツが待ってる。」

「死ねない、か。」

「先生?」

「うん、そうだよね。」

 

 ずずん、と世界が揺れる。きっと地上は大混乱だろう。助けを求める生徒が大勢居るのだろう。救えたのに見捨てる命があるのだろう。

 

「行くよ、ネル。」

「応。」

 

 全てに背を向けて、シャーレの先生は走る。取り出したシッテムの箱とは違う、無骨なタブレット。その画面に表示されたメッセージの通りに。

 

『お前には一度、消えてもらう。』




サオリ
幸せになれ。なって欲しかった。

先生
意識不明の重体(大本営発表)。

ヒナ
実はニールとあんまり接点がない。ゆっくり休んでくれ。

ホシノ
ブチ切れ案件。

ネル
美甘ネル。ダブルオーじゃない。

ベア子
死亡確認ちゃんとしないと人間って意外と生きてるらしいっすよ。


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『狙い撃つ』先生

評価に色ついてた。
有難う御座います。
しばらく投稿出来ません詐欺です。
感想ウレシイ……ウレシイ……


「よう、ニール。連れてきたぜ。」

 

 ネルと先生が地下道を走り辿り着いたのは見慣れぬ路地裏。やはり地面に設置された隠し扉から顔を出して見れば、どうやらミレニアムの近くらしい。先生も知らぬ間に掘削され整備されたコンクリート製の地下道から這い上がって座り込む。

 案外疲労するものなのだろうか。それとも、救える生徒を見捨てて走ってきてしまったからだろうか。なんにせよ、しばらく動く気にはなれそうにない。息を整える先生の隣、サブマシンガンを握るネルが片手を上げた。待ち人来る、というやつか。

 

「お疲れさん。危ない橋渡らせちまった。あいつと二人でしばらく休んでてくれ。大仕事になるからな。」

「いいってことよ。ほれ、行くぞ先生。」

「えっ、ちょっと!?先輩!?なんでこんな事……」

 

 質問には答えない。返事はなく、彼は右手に銀に光る拳銃を握ったまま立ち尽くす。振り返りもしない。左手から垂れる黒い何かに気づくことなく、ネルが抱えあげた先生は近くの物置小屋に入るまでニールに問いかけていた。何故、何故と。

 

「すまんな。」

 

 左手を開いて、ニールはそれを差し出した。掴む相手は地下から現れ、欠けてボロボロの盾を携えている。ひょっこりと頭を出して、彼女は煤に塗れた顔を明るくした。

 

「お待たせ、ニール先生。」

「おう、待ってたぞ。」

 

 引っ張り上げられて、ホシノは盾を背負う。

 

「これからどうするの?とりあえず合流してみたけど、まさかこのまま二人で戦うなんてことしないよね?」

「しないさ。ミレニアムに向かうんだ。そこに、俺たちの力がある。」

 

 

「待っていたよ。こんな状況だと言うのによく……いや、この状況を見越して、かな?ともあれ、ニール先生の要望には最大限応えさせて頂いた。現時点においてキヴォトスの最高の技術を集めたものだ。」

「ああ、完璧だ。ありがとう、皆。」

「うへぇ、まさかホントにこれが元通りになるなんて。」

 

 もう何度訪れたか、エンジニア部。増築された箇所のシャッターが開いて、その外に横たわる緑と白の鋼鉄巨人には二本のアンテナと二つ目。その手に握る長銃と展開されたカメラが輝く。

 

「よく──よく、やってくれた。ありがとう。」

「こちらとしても、あの超技術を解析することが出来て良い経験になったとも。しかしまさか、これと同じものがいくつも存在していたなんてね。ニール先生の世界とはそれほどまでに……」

「いや、そうでもない。発展はしていたが平和じゃなかった。そうならこんなもの、必要ないだろう?戦いは続くもんさ。いつでもどこでも、な。」

 

 ホシノが見上げた顔を引き戻せば、緑のパイロットスーツに身を包んだ彼が居る。上半身こそインナー姿だが、その姿はまるであの時のようだ。そう、アビドス砂漠に落ちてきたあの時のまま。

 右の目は治りきっていない。救護騎士団からも無理をしないようにと何度も念を押されていた。それ程に重症だったようだし、今もその傷は残っている。だからこそ眼帯をすべきだ。ホシノはそう主張していたのだが。

 

『これは、俺の招く災厄だ。』

 

 彼の固い決意を翻させることは叶わず、結局そのまま彼は両目を顕に立っている。左手に提げたヘルメットには傷や凹みが目立つし、パイロットスーツも綺麗とは言えない。それでも尚、ニールは先生としての責務を全うしようとしているのだ。今更それを止められようか。

 

「行くのかい?」

「ああ。」

「無茶ですよ!体も、機体も!もう戦える状態じゃないんです!」

 

 飛び出してきたのはユウカ。ノアも一緒だ。

 

「資料、見ましたよ。右目の視力は殆ど無いらしいじゃないですか。機体もそうですよね。動力源は存在しないはずです。そんなのでどうやって──」

「ユウカちゃん。ニール先生は……」

「分かってるわよ!行くんでしょう!」

 

 ヤケクソだ。ユウカはニールと長い付き合いかもしれないが、そこまで肩入れするような程仲が良いわけでもない。それでも彼女が引き止めているのは、きっと先生が悲しむだろうと思っているから。そう、それだけだ。決して、他に理由はない。

 そもそも彼の機体がここに来たのだって、アビドスに赴任していた先生からの連絡があったからだ。アビドスのゴタゴタが一段落した後。エンジニア部とセミナーが呼び出されて行ってみれば、砂漠の中に埋没する機体があった。

 

■□■□■

 

「なん、なの?」

「これは、禍々しい──」

「俄には信じられませんね。これが動いていたなんて。」

 

 当時は未だ在籍していたリオも連れて行けば、彼女でさえも絶句していた。それほどまでにその鋼鉄の塊は恐ろしく思えてしまったのだろう。エンジニア部が静かで、ただ身構えていたことからも伺える。

 

「近づいてはダメだ。アレは良くないもの──戦いの匂いが染み付いている。我々のような生徒が近づくべきものじゃない。」

「そうかもしれない。」

 

 でも、と続けたのは先生だった。想定外だろうに、特に驚いた素振りも無く。尻もちをついて砂に埋まったような、上半身だけを覗かせるそれに近づいていく。慌てて制止する生徒たちには目もくれず、彼女はゆるりと機体に触れた。

 

「だけど、私の予想では──これには、凄腕のスナイパーが乗っている。きっと彼は、ここに来る理由があったんだ。そうじゃなければ、こんな砂漠に落ちてこないからね。」

「では、これを回収すると?」

「うん。」

 

 そう言った先生の顔は、自分の考えが正解だと確信したような。そんな顔だった。開いていくコクピットハッチを眺め、彼女はふんわりと笑う。

 

『ほら、やっぱり。』

 

■□■□■

 

「行くのは勝手です。でも先生を悲しませたら許しませんからね!エンジニア部にかける予算にも限界があったんですし、これ以上の成果は見込めないはずです。」

「言わば未知の神秘と私たちの技術のハイブリッド。データに残されていた太陽炉……GNドライヴこそありませんが、そこはなんとか。残されていた動力を全力でバックアップするよう、機体の各部に手を入れています。」

 

 聞けば粒子残量も少ないという。戦えて数回。故に移動は最低限。大型のトラックに偽装して運搬し、必要な時にのみ起動する。まるで電池が切れかけの携帯電話のような扱いだ。

 

「総稼働時間は良くて数時間です。それでも?」

 

 ノアが言う。

 

「十分だ。」

 

 男は笑う。

 

「はぁ。仕方ありませんね。──行きますよ!」

 

 ユウカの声に反応して、トラックのエンジンが唸りをあげた。

 

「──よし。」

 

 手にした端末をくるりと回し、彼は不敵に笑ってみせる。

 

「場所が割れた。行くぞ。」

 

 

 所変わって、古聖堂ではゲヘナとトリニティによる壮絶な銃撃戦が繰り広げられていた。負傷しているもののヒナが立っているゲヘナ側は士気が高く、オマケに統制が取れている。対するトリニティはシスターフッドの生徒たちによるざっくばらんな戦闘行動。連携も何もあったもんじゃない。

 

「委員長っ!」

「大丈夫よ。それよりもこの無意味な戦闘を終わらせなければならないわ。皆、手伝って。私だけじゃ手が足りないの。」

「は、はい!」

 

 暴走する生徒たちを止めるべく、ゲヘナの風紀委員会が動き始める。それと同時、主戦場となっていた古聖堂の瓦礫の山が吹っ飛んだ。中から現れたのは二人分の人影。

 

「ん、爆破完了。なんとかなった。」

「げほっ、ごほ……もう少し、丁寧に出来ないのですか?」

「アレが最善。それより助けてくれた私にお礼をするべき。じゃあ、私はこれで。先輩が呼んでるから行くね。」

「そうですね、分かっています。それよりも──ってもう居ない!?一体どこの生徒なのかすら分からないのですが!?」

 

 自転車に乗った生徒は颯爽と去っていく。置いてけぼりを食らったナギサがぽつんと一人、戦場のど真ん中に取り残される。ツッコミを入れてから気がついたけど、ここは修羅場ではありませんか?

 

「右はトリニティ。左はゲヘナ。」

「ナギサ様!?」

「なんでティーパーティの幹部がここに!?」

「古聖堂の爆破、負傷した空崎ヒナ。そして聞こえた会話から察するに──これは、何者かによるエデン条約の乗っ取り!」

「ナギサ様、お怪我が!」

「全員、止まりなさい!今すぐに!」

 

 ナギサは立ち上がる。右足が痛むが、そんな事を気にしている余裕は無い。生徒たちが見ている。己が顔を顰めれば、それだけで戦いが再発しかねないのだ。

 気合いで痛みをねじ伏せながら、ナギサは頭を回す。エデン条約がどうあれ、実現直前まで辿りついたのだ。ゲヘナ、トリニティ以外の第三者による介入があったことは明白。そしてこの状況で最も可能性が高いとすればそれは。

 

「アリウス分校、ですか……!」

「そう、アリウス。そこが原因なのね。」

「空崎ヒナ……貴女も気づいていたのですね。」

「桐藤ナギサ、手伝って。まずはこの戦いを止めなければ、無用な犠牲を出してしまう。()()()()()()()()、私たちが何とかしなければ。」

「は──?」

 

 ヒナの後ろでアコが顔を歪めていた。初耳と言った顔の風紀委員会の生徒たちや、周囲の生徒たちにも聞こえるように。包帯とガーゼに身を包んだヒナは繰り返す。

 

「先生は意識不明。今、私が知る限り最も信用できる人物が一番安全な場所に運んでいる。先生が戻ってくるまで、私たちは自分たちで行動する必要があるわ。」

「なるほど。ですから、まず。」

 

 振り返る。

 

「貴方達に、色々聞かなければいけない、と。」

 

 

「ヒヨリ、何があった?」

「し、知らない生徒が乱入してきて……」

「先生を逃がしてしまった訳ね。」

「どうした姫。……そうか。奴らがこちらに気づいたか。」

 

 ヒヨリからの連絡を受けて集まったのはアリウススクワッド──アリウス分校の中でも随一の猛者たち。それに加えてアリウスの生徒や、掌握したユスティナ聖徒会も居る。対するあちらは仲間割れによる負傷者も多く抱えている。脅威とはなり得ない。面攻撃で圧殺する。

 

「やれ。」

 

 その一言で、生徒たちは激突する。未だ和解など出来ていない。互いに睨み合っていることに変わりは無い。それでも、そうだとしても、今我々がすべきことは指示に従い戦うことだ。ゲヘナとトリニティの生徒たちは肩を並べる。

 

「先生の痛みを、そのまま返してやる!」

「あの人は私に笑ってくれたのよ!」

「私なんか先生に挨拶されたんだから!」

 

 なんか一部、私情が混じっているような気がする。

 

「私は先生からバレンタインチョコ貰ったんだから!」

「なんだコイツら、何の話をしている!」

「あんたには分からないでしょうけど!」

「先生は!私たちの!恩人なのよ!」

 

 まぁ、私情混じりでも戦えてるならいいかな。ヒナとナギサは少し遠い目をしていた。でもヒナは先生と仲が良い(と思っている)からナギサよりも幸せだと思う。先生は私の物よ。羽根がぱたぱた動いていた。

 

「……っ、サオリ!」

「アズサ。腑抜けたな。」

 

 さてそんな大混戦の中たった1人、サオリに向かったアズサは瞬時に制圧される。呆気なく組み伏せられ、後頭部に銃を突きつけられていた。瞬殺とはこの事か。これまたすぐさま後頭部に叩き込まれた弾丸は、意図も容易くアズサの意識を刈り取った。

 

「今の私に、そんな物は通用しない。」

「昔から、だろう……!」

「まだ息があるか。」

「ぐっ……!」

 

 またアズサが撃たれている。サオリの隣、仮面を被った少女は器用に携帯を扱っているが、果たして何をしているのか。あ、喜んでいる。こんな戦いの最中にソシャゲでもしてるのかもしれない。何はともあれ、友が撃たれる瞬間を見たヒフミが駆け出そうとして──

 

 誰かの右腕に遮られた。

 

 見慣れない腕だった。ところどころツギハギな、緑のパイロットスーツだった。腕からどんどんと体に視線を流してみると、そう。いつかに見た顔だった。眼帯が無くて、伸びていた髪を整えていて、それでもその顔はあの人だった。

 

「あなたは、あの時の!」

 

 誰も気づかない。ここには多くの生徒がいる。離れた場所にいるヒフミになんか気づかない。だからこそ、彼はヒフミを止めても認識されない。ただ一人、あの子以外は。

 

「有難う。」

 

 呟けば、それが聞こえたのかは分からないが片手を上げて返事の代わりとされた。声じゃないのか?遠いからね、しょうがないね。

 

「そんじゃあ、今から行くぞ。」

 

 ヒフミの眼前、彼女を守るように立った彼──ニールがヘルメットを被る。宇宙飛行士のような格好だが、果たして彼は何者なのか。ただの平凡な生徒であるヒフミには分からない。が。

 

「待ってろ。」

 

 彼の瞳は、どこか違うところを見ているような。

 

「ベアトリーチェ。」

 

 そんな気がした。




ネル
この後先生と何もしなかった。

先生
( ˘ω˘ ) スヤァ…(疲労による寝落ち)

ホシノ
二人で何をするのかな。

ユウカ
先生が悲しむからってだけです!誓ってあの人のことは好きじゃありません!本当です!

ノア
ユウカちゃんは照れ屋さんなんです。

某会長
アバンギャルド君のデータとして役立ってくれたことで嬉しくなったけど、その後全力で行方を捜索されてて焦っている。

ウタハ
とても 分解 したい

サオリ
ばにばに。

ヒフミ
ペロロ様USRはアズサにあげた。お返しに筆箱を貰った。ノノミと連絡先を交換している。

ニール
手塩に育てた生徒がグレてて自称生徒会長に殺意を抱いている

自称生徒会長
寒気がしてきた。


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『変わる』先生

感想パワー!

ちなみにデュナメス君の出番はありません。



「負けるものか!押せ押せ!」

「先生の仇討ちじゃあ!」

 

 さて、古聖堂で繰り広げられていた戦闘は拮抗状態にあった。圧倒的物量を誇るアリウスに対して、ヒナとナギサ擁するゲヘナ・トリニティ連合が高い士気を以て抗っている状況。先生の指揮が無いとはいえ、駆けつけた増援も合わさって押し返しつつあるとも言えるかもしれない。

 

「アズサ。お前は何を見た。」

 

 熾烈な戦い、倒れる生徒たちを眺めながらサオリは座る。倒れ伏したアズサを踏みつけるようにして、彼女はマスクを外して空を見上げる。眼前に広がる戦いの中に己の家族が居て、同じように戦っていることを知りながら。彼女はただ座っているだけだった。

 

「毎日のように繰り広げられる戦いなど無い、幸せな世界を見た。守らなければならない、かけがえのない友を得た。」

「そうか。それは幸せな事だ。」

「ぐうっ!」

 

 アズサが腕に力を込めようと踏ん張れば、その手を弾丸が打ち据えた。いくら生徒たちが頑丈とはいえ、ダメージを受けた状態では傷も負う。赤い血が流れ出した手を省みず、しかし彼女はもがいてみせる。

 サオリには理解が出来なかった。なぜ抗うのか。なぜそうまでして理想を掴もうとするのか。全ては虚しく、抗ったとて何も生まないというのに。ただ辛い現実と別離が待っているだけだというのに。

 

「だが無意味だ。お前一人が抗ったとて何になる。見ろ、この様を。桐藤ナギサを殺しておけば、ここまで戦火が拡大することも無かっただろうに。我らの目的も達せられただろうに。」

「それは、マダムの為なのか……っ!」

「ああ。その通りだ。」

 

 サオリの言葉に、誰かが振り向いた。マスクをした彼女は、その上からでも分かるほどに顔を歪めている。不愉快、というわけでもない。ただそれは、サオリの現状に心を痛めているだけだった。

 

「リーダー……」

「へへ、大丈夫ですよ。」

 

 駆け寄ってきた仲間に励まされ、彼女はまた前を向いて得物を構える。吐き出される弾頭が地面に直撃し、世界を揺らす。生徒の波に穴を開ける。吹き飛んだ生徒を回収すべく近づいた者たちを撃ち抜いて、別の少女は独りごちる。

 

「リーダーには、心強い先生がついてますから。」

 

 一撃、弾丸を放って彼女は走る。あの人と出会ってから、少し前向きになれたような気がするから。こういう時に後ろ向きじゃダメなんだって教わった。正直今でも辛くて苦しくて、気を抜けばすぐ悲観的になってしまいそうだけれど。それでも。

 

「先生なら、また帰ってきますから──っ!」

「姫。そろそろ撤収するぞ。」

「待……て……っ」

「お前はもう不要だ。私の『家族』には。」

 

 頷いた仮面の少女。それを見てサオリは立ち上がって、アズサの背を強く踏みつけた。もう意識もほとんど残っていない彼女へ、最後の一撃を加えるべく。そうやって引き金を引こうとした時のことだ。

 

 戦場が静まり返ったほんの一瞬。その瞬間に、銃声が一度だけ鳴り響く。遥か彼方から襲いかかったそれがサオリの手に直撃し、アズサへの弾丸を大きく逸らす。

 寸分たがわず、進行上にあったアツコに当てることも無くサオリの右手だけを狙い撃ち抜いた弾丸。見慣れた形式で、特別でもなんでも無さそうなものだというのに。

 

「何だ?」

 

 サオリは、形容し難い感覚に襲われた。

 

 

「ありがとうハスミ、助かった。」

「いえ。──お気をつけて。」

 

 ぺこり、とハスミは一礼する。それに彼は応えることなく、肩を叩くことで返事とした。眼帯を取り、両の目を見開いた彼の名前を呼びながら、彼女は近づいてきたアリウスの生徒に裏拳を叩き込む。

 

「ロックオン・ストラトス。」

 

 緑のパイロットスーツが、引き抜いた拳銃を右手に構えて戦場を駆け抜ける。体力が衰えているものの、それでもこの戦場を走ることぐらいは容易いものだ。目的はたった一つ。自分の教え子を止める為。

 

「正義実現委員会、護衛に入ります!」

「助かる!」

 

 え?委員長?あの辺で敵を吹っ飛ばしてますが、何か?仕方ないのでハスミが指示を出していた。ロックオン・ストラトスを護衛せよと。優秀なる正義実現委員会のメンバーがロックオンの露払いを務め、彼は守られながら前進する。しかし流石に多勢に無勢。負傷者が増える一方だ。

 

 ならば、と。彼は叫ぶ。

 

「あー、そうか……じゃあ仕方ねぇな。おい!出番だぞ後輩!お前の指揮が必要だ!」

 

 

「どうも──!呼ばれて!飛び出て!先生ですっ☆」

 

 

「うわぁ──ッ!先生だぁ!?」

「それじゃあ、よろしくワカモ!」

「はい、先生の為ならこのワカモ、いつでもどこでもすぐさま参上致しますので!どうぞなんでもお申し付けください!」

「じゃあとりあえず、あのアリウスの生徒ぶっとばすよ!」

「仰せのままにッ!」

 

 ワカモの耳が激しく動いている。あの先生が全面的に己を頼りにしてくれている。それだけで己の力が倍、いや乗算されたように感じるのだ。この程度の雑兵を相手に、負ける道理があるだろうか。いや、ある訳がない。むしろ先生に埃を飛ばさぬよう動く方が大変だ。

 面を被ったまま暴れ回る指名手配犯に守られて先生が叫ぶ。集まれと。ここから先は、私が指揮を執ると。その声に反応し、ハスミが、ヒナが、ナギサが、生徒たちが、動き出す。

 

「先生、ご無事でしたか。」

「早い戻りだったのね。」

「意識不明だったのでは?」

「合理的虚偽ってやつだよ。そっちの方が、みんな纏まってくれるでしょう?ありがとうね、ヒナ、アコ。」

「いえ、私は……」

「それなら、頭を撫でて欲しいわ。」

「「「えぇ!?」」」

 

 先生は無言でヒナの頭を掻き乱した。整えられていたヒナの髪がグッチャグチャになっていくがヒナの顔は満足げだ。そのまま流れで先生の体に抱きついて、彼女は顔を埋めて左右に動かしている。この女、ちゃっかり先生の匂いを堪能しながら自分の匂いを付けている。

 その手腕にナギサが素直に感嘆していると、その状態のまま先生がシッテムの箱を取り出した。そう、忘れていたがここは戦場。ヒナがおかしいだけなのだ。先生の指示を仰がねば。

 

「じゃあ、いくよ。みんな!」

 

 

 流れが変わった。サオリがそう感じた時には手遅れだった。アズサに向け直した拳銃が、今度こそ弾き飛ばされた。下手人の姿を探そうとして、それをするまでもないと理解する。硝煙の香り漂う、白銀の鉄の筒。サオリが持つそれと全く同じ、しかし違うそれを構えながら、彼はそこに立っていた。

 

「お前は──」

「忘れちまったのか?俺は悲しいぜ。」

「──動くな、姫。奴は私の獲物だ。」

 

 肩を竦め、彼はホルスターに銃を収める。ヘルメットを脱ぎ、素顔を晒して彼は笑う。サオリの背後、揃って彼を見るアツコたちに向けて。癒えぬ右眼の傷を晒し、絶えぬ痛みを気合いでねじ伏せ、心配などいらないと、己は無事だと。彼はそう示してみせる。

 サオリからは見えない角度にて携帯を振るアツコに気づかないフリをして、ロックオン・ストラトスはサオリに相対する。背後からは爆音が聞こえるし、悲鳴も聞こえる。時々聞こえる雄叫びはツルギのものだろうか。

 

「サオリ。」

「喋るな。」

「おお、怖い怖い。」

 

 茶化して両手を上げる。アサルトライフルを向けられているにも関わらず彼は至って冷静で、それどころか余裕さえ見える。ハラハラしながら眺める正義実現委員会の生徒たちは知らない。笑いで細められた目から覗く眼光はまるで──狙撃手のように冷徹だったことを。

 

「とりあえず、そいつを放してやれ。俺に用があるんだろ。人を足蹴にするような生徒に育てた覚えはねぇからな。」

「……フン。」

「ぐっ……サオ、リ……」

「ミサキ、抑えていろ。」

「うん、分かった。」

 

 ヒヨリと二人で、アズサを抱えあげる。物陰に運んでしまえばサオリからは見えないし、アツコが何をしようと感知出来ないだろう。包帯を広げるアツコにアズサを任せ、二人はサオリに視線を戻す。彼女は油断なく銃を構え、その銃口は脳天に向けられている。そうだというのに先生は怖気づくことなく、一歩。サオリに向けて足を踏み出した。

 

「動くなと、言った。」

「サオリ、俺は言ったな。抱え込むなと。仲間が居るんだと。仲間を頼れと。──お前、さてはアイツに吹き込まれたな。己の弱みに、つけ込まれたな。」

「黙れッ!」

 

 サオリのライフルが火を吹いて、ニールの肩口に朱のラインが走る。身構えた生徒たちを制するように手を上げて、彼はまた一歩踏み出した。

 

「俺が戦ったのは、俺自身の選択だ。お前が俺を守ろうとして飛び出したことも、その結果俺が死にかけたことも、その全ては俺が始めたことだ。お前が気にすることじゃない。」

「私は──あの人に、償わなければ。」

「は?」

「そうだ。これは試練だ。私の忌まわしき過去を乗り越えるための試練なのだ。嗚呼、マダム。感謝します。私には、この道こそが相応しい。」

「おい、サオリ──」

「逃げて!」

 

 アツコが叫ぶ。その声は珍しく焦りが見えて、その勢いでマスクが外れるほどだった。ロックオンには分からないが、アツコがここまでの勢いで止めるのだ。何かがあると見て間違いない。

 ホルスターに手を当ててバックステップ。引き抜いたハンドガンを前に構えると、そこには上着を脱ぎ捨てたサオリが立っていた。アサルトライフルを捨て、腰から引き抜いたナイフを片手に持ちながら。

 

「サオリ、お前!?」

「貴様は……お前は……貴方は……死んだんだ、殺されたんだ、私が殺したんだ。なぜ、どうして、なんで、生きているッ!」

「あの野郎……!」

 

 咄嗟に身体を逸らせば、ついさっきまで首があった場所をナイフが薙ぎ払っていく。続けて二度、三度。ナイフでは到底出ないはずの重い風切り音が鳴り響き、ロックオンの髪が散る。遠目から見ていたピンク髪の小さな少女が飛び出そうとして足を止めた。髪が欲しい訳では無い。決して。

 そんなロックオンだが、力では生徒に及ばないことは理解している。ナイフを止めようと抑えても押し切られるだけだろう。なれば己が彼女を抑えることは不可能なのか。否。

 

「ちょっと、落ち着けっての!」

「うぐぁ!?」

「相互理解への第一歩──!」

「凄い掛け声なのね。」

 

 アツコのツッコミと共に、サオリが宙を舞った。彼の体術は生徒を投げ飛ばすほどに洗練されていたのか。ぽかんと口を開けてそれを見たヒヨリ。ぼんやりと、引き伸ばされた時間の中でリーダーがぐるぐると回転しながらこちらに吹っ飛んでくる。

 

「抑えろ!」

「え、ええええ不幸でぐふぇ!?」

「ヒヨリ!?」

「わかった。」

 

 アツコが手早くサオリを縛り上げていく。どこからとも無く取り出した黒い縄で、動けないようにキッチリと。目を回しているサオリの帽子を剥ぎ取って、ロックオンは彼女に向けてしゃがみこむ。

 酷い目をしていたと、そう思う。自分が消えるまで、彼女はここまで酷くやつれていなかっただろうに。いや、やつれているというよりも自分を追い込んでいたのだろうか。改めて眺めると分かる、サオリの傷跡。数え切れないほどの傷と鍛え上げられた肉体は、彼にアリウスの実情を知らせるには十分すぎた。

 

「ベアトリーチェか。」

「サッちゃんは、変わってしまったの。あの時から──あなたがサッちゃんを庇ったあの日から。」

「マダムに呼び出されることが増えて、毎日遅くまで訓練して。ボロボロになって、それでも……」

「また会えたら、あの人にごめんなさいって言おうって。それだけを願ってずっと。ずっと……っ」

 

 ぐしゃりとヒヨリの顔が歪んで、サオリの前に立ち塞がる。その手にはサオリの銃が握られていて、震える銃口はロックオンを狙っていた。

 

「リーダーは限界なんです……だから近寄らないで──」

「断る。お前たちは俺の生徒だからな。あの日から投げ出したままの、俺の仕事だ。」

「じゃあどうして、今まで助けてくれなかったんですか!」

「お前たちを縛る鎖を、断ち切るためだ。」

 

 ヒヨリの前に近づいて、ロックオンの手が銃を取り上げる。ぺたんと尻餅をついた彼女に視線を合わせて、彼はまた笑ってみせた。

 ああ、懐かしい。ミサキはそう思った。私たちが何か失敗してマダムに怒られた時、先生に会うのが気まずくて隠れていた時。彼はすぐに見つけ出してああやって笑っていたっけ。

 

「信じろよ。ヒヨリ。俺は大人だ。確かにお前たちにとっちゃ大人ってのは汚くて、信用出来なくて、怪しい存在かもしれないけどな。」

 

 アツコは、あの笑顔が好きだった。サオリだってそうだ。今まで出会った『大人』の中で誰よりも優しくて、人に寄り添うような笑顔が大好きだったことを知っている。

 

「それでも、俺は。お前たちの先生だ。お前たちを守るために戦う、お前たちの先生なんだ。」

 

 懐かしいな、と思ってしまうと、もうダメだった。

 

「ねぇ、先生。」

「どうし──」

「少し、このままで居させて。」

「──ああ、わかった。」

 

 意識を失っているサオリの傍にしゃがんだロックオンの胸に、アツコが飛び込んで、残り二人が後を追ってきた。

 

「おかえり。先生。」

「ただいま。」

 

 ヒヨリの泣き声がうるさくて、ミサキの腕の力が強くて、アツコの顔が見えなくて、それでも。戦いの中で確かに、彼女たちは再び巡り会えた。誰よりも頼れる、彼女たちだけの先生に。

 

「う、あ……!」

「待たせて悪かった。アツコ、ミサキ、ヒヨリ。」

 

 ぐすん、と誰かの鼻をすする音がした。そちらを見れば、ハスミが背を向けて立っている。その両隣には正義実現委員会の生徒たち。一糸乱れぬ統率で、彼女たちが銃を構えてアリウスの前に立ち塞がる。

 

「アリウスの裏切り者共め……!」

「邪魔はさせませんよ。」

「感動の再会、ですもんね。」

「これもまた、正義──」

 

 ハスミが振り返って、少し赤い目のまま会釈した。

 

「それでは。私たちは私たちの責務を果たします。どうか貴方も、悔いなき戦いが出来ますように。」

 

 そう言って、彼女も戦いへ身を投じる。入れ替わるようにやってきた二人の小柄な影。きっと彼女たちの知る、『ニール・ディランディ』はここには居ないのだと、そう理解して。本当の姿を見て。

 

「ねぇ。」

「あ?」

「先生ってさ、やっぱりいい人だよね。」

 

 スカジャンの彼女は、当たり前だろ、なんて笑う。

 

「あいつぁ、きっと何かを抱えてる。あたし達には言えねぇ、でっけぇ何かをな。それでもあたし達に一所懸命になってくれてるんだ。」

「そういうところが、先生のいい所なんだよ。」

 

 ()()()に身を包み、オッドアイの少女も笑う。

 

「ね、先生。」

 

 視線の先、土下座するサオリに対して困惑する先生が居た。まるで戦場には似つかわしくない光景だけど、きっとあれも必要なことなんだと思う。

 

 だから先生。1人で行かないでね。

 




アズサ
サオリの本気には勝てなかった。
ニールの存在を知っていたが会えなかった。

アツコ
携帯にはニールの連絡先があります。ほかの三人に比べると、何故か電波はよく繋がる。

ハスミ
銃を貸したらとんでもないスナイプ見せられて、感動の再会も見てしまって情緒がぐちゃぐちゃになった。

先生
小屋の中で待機してたら突然呼び出された。ついでにその辺を歩いてたワカモを呼んできた。

ワカモ
先生の為に真・百鬼夜行無双を繰り広げた。最近はニールの狙撃技術も気になっている様子。

ヒナ
大☆満☆足

ミサキ&ヒヨリ
ニールに出会ってから前向きに生きてる。サオリが折れてからは3人で支え合って生きてきた。今度は私たちが返す番。

サオリ
ぶつかった衝撃で何故か色々思い出した。きっとこれは奇跡なのかもしれない。とりあえず土下座してる。

ネル
先生の護衛しながらやってきた。

ホシノ
おや?デュナメスの様子が……?

ニール
かつての生徒たちとようやく再会できた。みんなが成長していたのはうれしいけど、色々と痛くなってきた。

???
怪我人の気配を感じ取った。


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『戦う』先生

デュナメスの出番はないです。

なんか思ったより伸びてる。
なんで?


「本当に、すまない。」

「いや、分かったから顔を上げてくれ、な?周りの生徒からの視線が心做しかきつくなってきたんだ。これじゃ俺が生徒に土下座させてるクソ野郎みたいじゃないか。まるでベア──」

「そして大好きだぞ。」

「トリーチェみたい゛!?

「ちょ、リーダー!?」

 

 戦場の空気が凍った。ゲヘナとトリニティ、アリウスの生徒ですらフリーズした。あとユスティナ聖徒会の中で拍手してる奴が居た。ロックオンが変な声を上げたしヒヨリは困惑してるしミサキはサオリの熱測ってるしアツコは無言で青筋を浮かべている。

 

「なんでそうなる。」

「さぁ?吊り橋効果ってやつじゃないかなぁ?」

「聞こえてんぞ2人とも。」

 

 追加一人入ります。サオリにすらくっつかれたロックオンが振り向いた。楽しそうに眺めるネルとホシノを軽く睨んで、助けを求めてみるがあまり効果はないようだ。周りを牽制しながらガムを噛んでいるネルと、ひたすらニコニコしながらこちらを見ているホシノ。嫌な予感しかしないがここは戦場なんだ。我に返ってくれ頼む。

 そんなロックオンの願いが通じたのか、アリウスの生徒たちが退却していく。呆れ半分、怒り半分といったところ。ともかく、やるべき事は果たしたらしい。ユスティナ聖徒会も消えていくし、アリウス分校の目的は達せられたのだろう。問題はアツコが居ないということだが。

 

「あ?」

「ひっ!?」

 

 連れていこうと近づけばネルが銃を向けてくるし、ホシノは無言で瓦礫を振りかざしてくるし、ロックオンが無言でこちらを見てくる。正直ロックオンが一番怖かった。アリウスの生徒は語る。何も言わないままじっと見られることがこんなにも恐ろしいこととは知らなかった。マダムよりも怖い。

 

「さて、と。一先ずこれで終わりか?」

「かなぁ?」

「だったら先生、二時間後ここに集合だ。まだやらにゃならんことが残ってるからな。」

「やらなきゃいけないこと?」

 

 静まり返り、救助の声が響く古聖堂跡。スクワッドの面々にくっつかれながら立ち上がったロックオンが空を見上げていた。ヒナを抱えたままやってきた先生に向かって、彼は一言。

 

「教育的指導。」

 

 目が怖かったです。先生とヒナも語った。

 

 

「馬鹿な!何故失敗した!私の計画は完璧だったはずなのに、何故!有り得ない、スクワッドが裏切るなんてことは決して──」

 

 

「えー、じゃあ纏めましょうか。」

「簡単にお願いね☆」

「ふんッ!」

「ロールケーキ!?」

 

 ナギサの音頭にて会議が始まる。古聖堂跡に集められた各学校の代表者やら生徒たち。その中には待機していたユウカたちミレニアムや、ホシノを抱えるシロコを筆頭とするアビドスなど、数多くの生徒が居た。ちなみに先生はSRTの生徒たちに囲まれていた。なにやってんの?

 

「いや、思ったより早く片付いちゃって。」

「シャーレ所属のSRT特殊学園ということで。」

「それでいいのか特殊学園。」

 

 ゆるゆるだった。

 

「まず、ロックオン・ストラトス──ニール・ディランディ先生。貴方は元々、アリウス分校で教鞭を執っていたと?」

「おう。来た経緯は言えないが、ここに来てからアリウスで生徒を、特にスクワッドの四人をな。」

「私は知らないのだが……」

「言われてみれば俺も知らねぇな。よろしく、アズサ。スクワッドの担当のロックオン・ストラトスだ。」

「あ、私も知らないです。」

「そうか……って誰だお前!?」

「どうも。元アリウス分校の生徒です。」

「離反されてんじゃねぇか。」

 

 聞けばベアおば……ベアトリーチェなる謎の人物が生徒会長として君臨し、洗脳じみた教育を行っているらしいアリウス分校。血で血を洗う地獄(生徒さん曰く)、その中でも割と常識人だったこの生徒ですらロックオンの事を知らないとみた。はて。何故だろうか。一同は揃って首を傾げる。

 まぁしかし考えたところで答えは出まい。スクワッドの四人以外は誰も認識していなかったという話は置いておいて、ナギサは紅茶を飲みながら話を続ける。構って構ってとやかましいミカにはロールケーキの代わりにルービッ○キューブを与えておく。一瞬でクリアされたのでやはりロールケーキ。悔しい。

 

「話を戻しましょう。」

「もっもっもっ」

「ロックオン先生がやって来た時期と、サオリさん達が語った彼の消息不明となった時期は一致します。あのアリウス自治区から、一体どうやって?」

「ベアトリーチェと戦ったんだけど負けちまってな。そもそもが万全じゃなかったデュナメスが更にズタボロになったんだ。」

「あれで?本当に?」

「ユウカちゃん、あの人はパイロットらしいですから。」

「んで気づけばアビドスの砂漠ってわけ。」

「先生ってば、急に腰を落としてくるからおじさんビックリしちゃったよ〜。もっと優しくって教わらなかったの?」

「語弊生むからやめろ。」

 

 うひー、とロックオンに頬を引っ張られるホシノ。楽しそうだったので、彼女を抱えていたシロコがホシノの頭の上に自分の顎を乗せた。耳もぴこぴこ動いている。

 

「ん、私にもやるべき。」

「後でな。」

「うん……」

 

 露骨にテンションが下がったが、まぁすぐ戻るだろう。今だってホシノの頬をもにもにしているからセーフだ、セーフ。瓦礫の中、辛うじてできた広場の真ん中に座るスクワッドに優しい目を向けて、ロックオンが続ける。

 

「しかしまぁ、無様でも生き延びて良かったと思う。またこいつらと会えた。経緯はどうあれ、結果的に再会できたんだ。賭けだったが、それでもな。それに加えてあのク……ベアトリーチェを殺せる訳だ。」

「先輩、生徒の前ですよ。」

「アイツは例外だ。俺たちとは根本的に相容れない、この世界におけるガン細胞みたいなもんだからな。早めに切らなきゃ……いや、撃たなきゃいけない。これ以上、被害者が増える前に。」

「先生……」

「ん〜?おじさんの先生なんだけどなぁ?」

「私たちの先生だよ。」

「ふーん?」

「へぇ。」

 

 離れたところでロックオンの取り合いを始めたホシノとアツコを遠巻きに眺めるはサオリとネル。片方は正妻ヅラしてるし片方は混じりたくて仕方ないらしい。奥手なのも考えものか。

 

「つまり、これからすべきことは?」

「アリウス自治区に向かう。ベアトリーチェの狙いがアツコなら、遅かれ早かれ奴は来るだろうしな。それなら自分から出向いた方が良いってもんだ。だろう、みんな。」

「そうですね!」

「うん。」

「その通りだ。」

「先生は私に初めてを教えてくれたの!」

「私だって二人で砂漠の中歩いたし!」

「お前らちょっと黙ってよう、な?」

 

 

「アリウス自治区への行き方はハッキリしていません。地下のカタコンベを通ることになるのでしたら、機体は置いていくしか……」

「ああ、これ使ったら収納出来るぞ。」

「そんな便利なものがあるなら最初から言ってくださいよ!ここで最終組み上げしたんですからね!?」

「すまんすまん。」

「先輩。」

「使うなよ、お前も、俺も。」

 

 白と水色のカードを取り出したロックオンが機体を光に変え、カードの中に収納した。古聖堂から少し離れた場所に止まる大型トラック2台の前でユウカがキレていたが、先生が仲介して収まった。ここで本当に、ユウカたちミレニアムの出番は終わりだ。先生の護衛、と言い張るネルも置いて、シャーレの先生がヒナを引き剥がす。

 

「やー!」

「こら、我慢して!」

「せんせぇ……」

「ん゛っ゛っ゛」

「アコ……」

 

 生徒たちからの冷たい視線が突き刺さるのはヒナではなくアコ。ヒナが毎日のように頑張っているのは生徒たちも十分わかっているし、先生に甘えたいのもわかる。むしろ少し休んで欲しい。ちょっとだけ悪事を止めようと思ったゲヘナの生徒たちだった。でもそれを見て鼻血を出すのはどうなんですかアコさん。

 

「じゃあ、先導は私がするね。」

「ああ、頼んだぞアツコ。」

「私は?」

「ヴァルキューレ公安局だ。」

「うっそでしょ」

「ほ、ほら事情は説明するから、ね?」

 

 投降したアリウスの生徒たちはカンナに引き連れられて公安局に連行されていく。さらばロックオン。ドナドナルールー歌いながら遠い目をするアリウスの生徒たち。まぁ洗脳されていたとはいえやらかしたことがやらかしたことだし。

 これから始まる古聖堂の修理に頭を悩ませるサクラコが大変そうだ。頑張れシスターフッド。そんな姿を見ながら肩を竦めてトリニティの生徒たちも古聖堂跡に散っていき、瓦礫の撤去を始めていく。あとゲヘナの生徒はヒナに命令されて仕方なく。でも風紀委員長がゆるゆるなのは新鮮だからトリニティと争う気は無い。

 

「ヒナ委員長ってあんなキャラなんですね。」

「思ったより可愛いの?」

「かも……?」

 

 トリニティとゲヘナの生徒が無言で握手した。もうこれがエデン条約でいんじゃないかな。遠い目をしたミカがロールケーキを食っている。胸焼けしそうだが元気なものだ。

 

「じゃあ、行ってらっしゃい。」

「ああ、行ってくる。シロコ。」

「ん、待ってるね。」

「じゃあ、アビドスのことは頼んだよ。」

「任せて!私だって対策委員会の一員なんだから!」

「セリカちゃん、大きくなって。おじさんは嬉しいなぁ。」

「私は幼稚園児か何かなのかしらね!?」

 

 怒るセリカと手を振るアビドスの生徒たちに振り返り、彼は右の眼を覆っていたそれを放り投げる。預けておく、と笑った彼の背中が消えていくまで見送って、アビドスの生徒たちも片付けに参加することにした。

 ヒナちょっとそこ代われよ。無言の圧力をかけていくミカがナギサに〆られているのを見ながら、四人は先生の指示に従って瓦礫を撤去していく。そのパワーは流石生徒といったところか。

 

「要救護者は!?」

「あ、先輩なら今出発したとこだよ。」

「く、少し遅かったんですね。」

 

 あとなんか来た。

 

 ●

 

「じゃあ、とりあえず地下を進んでいく訳なんだけど……間違いなくベアトリーチェは妨害してくる。ゲマトリアのほかのメンバーも居るはず。気をつけて進もう。」

「ああ。先生に何かあれば大変だからな。……先生?」

「ん?すまんすまん。向こうにトラップがあったもんでな。なんかあってからじゃ遅いわけだし、とりあえず起動させてみた。」

 

 盾を構えたホシノに守られながらヒヨリのライフルを片手に、彼が指さした先。爆炎が立ち上って何人かの生徒が吹っ飛んでいた。トラップ設置中の生徒を狙い撃ったのだろうか、連鎖起爆した爆発物に吹っ飛ばされた哀れな生徒たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

「うわぁ、えげつないことするね先生。」

「うへぇ、えげつないねぇ。」

「「は?」」

「変なことで戦わないでよこんな時に。」

「「変なこと?」」

「めんどくさいなコイツら。」

 

 サオリのツッコミが突き刺さるが、アツコとホシノは睨み合って動かない。先生を貶し(ていない)た発言をすれば揃ってこちらを見てくる。面倒だったが、瞳孔が開ききっていて怖かった。マダムと同じぐらい。圧力に負けたとも言うが。

 ともあれ、アリウスの生徒がトラップの敷設をしていれば狙撃で吹っ飛ばされ、既に作成されたトラップは見破られて遠距離から起動され、挙句起動してもホシノが笑顔でガードしてくる。勝てるわけが無い。

 

 

「よし、進むぞ。」

「先生って爆発物処理も出来たの?」

「出来るぞ?」

「うそ。」

「おいお前まだ出来てねぇのかよ。」

「おやおやぁ?おじさんでも出来るけどなぁ?」

「ぐぬぬぬぬ。」

 

 煽るな。

 

「自治区まではあとどのくらいだ?」

「もうすぐ。先生の対応が早いからサクサク進めるし。」

「あの、そろそろ私の銃返してもらえると……」

「すまんすまん、使い心地が良くてな。」

「私の使い心地が……!?」

「ヒヨリ?」

「すみません、使い心地良いですもんね……うへへ。」

「脳内真っピンクじゃん。なにこれ。」

「一応アリウスの中でも選び抜かれたエリートなんだが。」

 

 げんなりしながらサオリが言う。そこにはさっきのようなダダ甘えは無く、リーダーとしての風格漂う立ち振る舞いがあった。軽口を叩きながらもテキパキと進んでいく彼女たちだったが、どうにも雰囲気がおかしい。

 

「──ベアトリーチェめ、『外』に繋いだのか!」

「どういうこと?」

「先生のようなイレギュラーがやってくる世界……それを私たちは『外』と呼んでいた。どういう原理かは分からないが、奴はそうやって新たな武器を手に入れている。前回は先生が来てくれたが、今回はどうなるか……ともすれば、キヴォトスに害をもたらす存在を呼び込むかもしれないというのに。」

 

 その言葉に表情を引き締めて、生徒たちとロックオンは進む。荒れ果てたアリウス自治区に到着し、もはや戦意喪失した生徒たちの隣を通り抜け、そして彼らはアリウス分校へとたどり着き──

 

「お前、まさか!?」

「そのまさか。貴方の力は、貴方だけのものでは無くってよ。」

 

 

「ねぇ、この高エネルギー反応って……」

「待ってください、これは!?」

 

 ベアトリーチェは、盛大にやらかしていた。

 

「先輩!聞こえますか!先輩!」

「キヴォトス全域にて、超高エネルギー反応多数!このままではこの都市が全滅しかねません!早く対応しなければ!」

「何これぇ──!」

 

 先生が叫ぶ。見上げた真っ赤な空の下、サンクトゥムタワーが崩壊する。四方八方から聞こえる轟音はキヴォトスの終焉を告げるものか。

 

 

「虚妄のサンクトゥム!?おいなんだそりゃ、おい!?」

「先生、どうなってるの?」

「分からん。だがあっちもあっちで大変な事になってるらしい。」

 

 たどり着いたアリウス分校、その校舎を見上げた瞬間にベアトリーチェの声がする。それと同時に通信が入ったので、ロックオンはとりあえず通信に出ることにした。ベアトリーチェは完全にスルーで。

 

「で、お前は何だ。その不格好なのは。()()の真似でもしてんのか?不格好だなそれ。」

「私の新たなる力だ。私こそ、この世界を破壊し創造する──」

「スクワッド、時間稼ぎを頼む!ホシノ!行くぞ!」

「「「「了解!」」」」

「うん、分かったよ先生。」

「即ち、貴様と同じ力だ!」

 

 ()()()()()()()()()がヘルメットを被る。取り出したカードが輝きを見せて、地面から鋼の巨人が屹立する。コクピット前に差し出された手に乗って、彼らはベアトリーチェと視線を並べる。不格好な自称救世主、悪趣味な生徒会長。大人と呼ぶにも烏滸がましいクズ。ロックオンの脳裏を駆け巡る罵詈雑言。

 それら全てを飲み込みながら、()()()コクピットに乗り込んだ。奥のシートにホシノ、前のシートにロックオン。背部に追加された新たな力を操るために、ホシノがわざわざ着いてきた。ハロがあれば違ったように。嘆いていても仕方ない。

 

『先生、これは!?』

「セッティングに数分かかる。その間、頼めるか?」

 

 スクワッドのやる気が上がった。久々に再会した先生から、ついに頼りにされている。守られるだけだった自分たちが、今度は先生を守る側になるなんて。ヒヨリ、涙を拭け。そう叫びながらミサキがベアトリーチェらしき何かにロケットランチャーを叩き込む。

 

「──無論だ。」

 

 胸が熱い。こんな気持ちはいつぶりだろうか。先生の手作りの料理を食べた時以来かもしれない。不格好だったけど、でも精一杯頑張ってくれた彼の手作りのものだった。これが終われば、また食べたいものだ。

 そうだ、その為に奴を。ベアトリーチェを倒さねばならぬ。というか諸々の元凶ってこいつではあるまいか。アリウスがこんなになったのも先生が死にかけたのもエデン条約を壊してキヴォトスを危機におとしいれたのも。先生と会えたことだけは感謝するけれど。

 

「よし、殺るか。」

 

 ミサキが軽く呟いて、ロケットランチャーを構える。

 

「狙い撃つ、ですね!」

 

 ヒヨリのやる気はMAXだった。

 

「よし。」

 

 サオリは今度こそ、間違えない。

 

「行くよ、スクワッド。」

 

 アツコ、それは私のセリフだ。

 

「「「「ぶっ飛ばす!」」」」

 

 ちょっお野蛮になってないかな。ロックオンは遠い目をしていた。




ミカ
アリウス分校と内通してたけど肝心のスクワッドがこんな感じだから許された。ロールケーキ美味しい。

ナギサ
ミカとまた仲良くなれた。嬉しい。セイアもなんやかんやで生きてたしハッピーエンド。よし。

ヒナ
シャーレの先生に抱きついて離れなくなった。

RABBIT小隊
先生の交渉術が上手かったのですんなり終わった。ヴァルキューレの問題も全部解決した。カルバノグ編は?

サオリ
吹っ切れた。先生大好き。結婚しt(この手記はここで途切れている)

アツコ
先生大好き。私と一緒になるべきだと思っている。

ヒヨリ
先生に銃を貸したら褒めて貰えた。嬉しい。

ミサキ
ロケランは正義。ベアおばによく当たって楽しい。

ホシノ
うへぇ、共同作業だねぇ。

???
要救護者に逃げられました。悔しいです。

ベアトリーチェ
ドヤってたら無視された。

デュナメス
あれ?出番は……


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『撃ち抜く』先生

この小説にプロットは無い(迫真)
勢いとノリと感想パワーで書き進めております。

エデン条約編と最終章が同時進行してるんすよこれ。
改変ってすごいね。


 向かい合うデュナメスとベアトリーチェ……らしいエクシアのような何か。フェイス部分が全く違うわけで、ロックオンはその立ち姿に不気味さすら抱いていた。

 真っ赤に染る空の下、真っ赤な敵と相対するなど不吉な予感しかしない。さっさと終わらせてシャーレの救援に行きたいところだ。どうせまたろくでもないことになっているだろうから、さっさと助けに行かねばならぬ。あの後輩には荷が重いだろう。

 

「ねぇ先生。おじさん、操作方法とか知らないんだけど大丈夫かなぁ。グリップとトリガーしかないんだけど。」

「訓練も何もしてなかったか!……とにかくサオリ、お前たちは隠れてろ!流れ弾で死にかねないからな!」

『分かった!』

 

 何はともあれ、目の前の問題を片付けねば始まらない。足元で鉛玉を吐き出すスクワッドに退避を促して、ロックオンは機体を起動させる。ツインアイが輝いて起動するのはデュナメス。瓦礫の山と化したアリウス分校の校舎に聳え立つ真っ赤な敵ロボットに向かい、背中のアームユニットがガトリング砲とショットガンを構えた。どこから取りだしたのか。どうやら付属品だったようだ。

 それを見て瓦礫に身を隠すスクワッドと巻き込まれた生徒たち。彼女たちは本能的に、それが敵わないものだと理解してしまった。20mほどの鋼鉄巨人が()()。ミサキのランチャーですらそこまで傷を与えられなかった相手にライフルで戦えと?無理です勘弁してください。

 

「お前、操作は?」

「え?トリガー引くだけで大丈夫らしいよ。」

「初心者設定なこって!」

『気をつけてね、先生。』

「心配すんな!今度はしっかり仕留めてやるよ!」

 

 デュナメスが手にした長銃を構えると、向かい合う真紅の機体が空へと舞い上がる。ベアトリーチェが引っ張ってきたらしい『外』からの神秘。今回は見慣れないエクシアだったようだ。なんか顔の部分がジンクスみたいで不快だったので、デュナメスの握るライフルの命中率がさらに上がった。

 機体に慣れるためだろうか、優雅に空を飛ぶベアトリーチェ。その軌道はロックオンにとって、欠伸が出るほどに容易く狙えるものだ。GN粒子を使わぬ火薬式の長銃であったとしても、彼の狙撃の腕が落ちるはずもない。95ミリ口径のスナイパーライフル、その銃口が光を放てばベアトリーチェの機体に火花が散る。

 

『無駄だ!神秘と一つになった私に勝てるはずがないだろう!そもそもその程度の鉛玉で私に傷を与えよう──』

「えい。」

『何!?』

「撃っていいんだよね?」

「当たり前だ。」

 

 ニールの狙撃は当たっているが効果は無い。何らかのバリアがあるのだろうか。が、空を飛んで鬱陶しいな、なんてホシノが思って右手のトリガーを引けば、散弾が吐き出されてベアトリーチェの機体……というか身体を盛大に打ち付けた。ダメージがなくとも衝撃は通るらしい。やっぱり面制圧って便利だなぁ。ホシノは愛銃のメンテを少し丁寧にやろうと決めた。

 そんな訳で空を飛び回るベアトリーチェに向かって、デュナメスはただ動かずに3つの銃を乱射する。狙撃とは名ばかりの圧倒的弾幕は、ベアトリーチェとは相性が悪かったらしい。ダメージが無いとはいえ鬱陶しいのだろうか。それなら大人しく別の機体にしておけば良かったのに。ロックオンは半目になりながらスコープを覗く。

 

「射撃武装がほぼ無い機体でこいつに挑むなんてな。舐められたもんだ。」

「そうだよ。ほら見てこれ。あいつ近づけてないからね。」

「これ、俺が居る意味あるのか。」

『貴様ァ──!』

「こういう時の為じゃないかな!」

「ったく、破れかぶれかよ!」

 

 まるで対空射撃を受ける戦闘機の如く空を駆け回っていたベアトリーチェがこちらに突っ込んでくる。ホシノの射撃程度なら問題ないと判断したからか、はたまた射撃が効かぬのか。ともあれほとんど傷を負っていないベアトリーチェが右手の大剣を展開して振りかぶり──

 

「近づいちまえばその剣は振れねぇんだよ!」

『舐めるな、死に損ない風情が!今ここで、再び殺してくれる!ロックオン・ストラトス!』

「ホシノ!」

「この距離なら、バリアは張れないねぇ!」

『ぬああ!?』

「バリアなんて張ってたのか?」

「言ってみただけ、だよ!」

 

 逆に接近してきたデュナメスにショットガンのゼロ距離射撃を叩き込まれた。両手を抑え込まれ、地に足をつけてしまえば抵抗する術は無い。そうなればサブアームの面目躍如だ。残弾全てをブチ込んでしまえ。心做しかホシノのヘイローが輝いている気がする。

 ロックオンが気づいた時にはもう遅い。右サブアームの握るショットガンが光を纏い、その威力を増大させる。排莢と共に轟音を立てながら至近距離にて撃ち込まれる無数の弾丸は、ベアトリーチェに致命傷を与えるには十分すぎた。

 

 残弾なし。ホシノがトリガーから手を離した時、そこにはベアトリーチェのような何かがあった。右腕が吹き飛んで頭部も半分存在せず、抉れた脚はスパークを放って。それでも相手は諦めない。そこまでの執念をもっと別の所に向けて欲しいものである。

 しかしこの機械の身体など、ベアトリーチェにとっては仮初に過ぎないもの。捨ててしまえば今度こそ色彩の力を手に入れて、奴らなど捻り潰せるだろう。ならばこんなものに用はない。ベアトリーチェはその身を元の人型へと変化させた。

 

『許さんぞ貴様らぁ!』

「あ、縮んでいった。」

「サオリ!」

 

 

「ああ。」

 

 短い返事と共にスクワッドが動き出す。瓦礫の山をするりするりと通り抜け、たどり着いた場所には膝を着いたベアトリーチェが居る。無論血を流してはいないものの、体の至る場所に打撲傷があった。少し痛そうだったのでヒヨリは無言で手を合わせる。

 

「終わりだマダム──いや、ベアトリーチェ。貴様の企みは終わった。エデン条約は、シャーレの先生によって新たに締結されるだろう。姫はこちらに、私たちの先生だっている。お前が勝てる要因など無い。」

「まだ、まだよ。私は──」

 

 銃声が一度。

 

「いや、お前はここで終わりだ。」

 

 そう言ってベアトリーチェを見下ろすサオリの表情は分からなかった。ただ彼女はベアトリーチェを仕留めたライフルを構えながら、動くことをしなかった。彼女はサオリにとっての因縁の相手であり、しかし同時にある種の恩人でもある。

 彼女はアリウスを支配し、キヴォトスを傾けるほどの大事件を起こし、ロックオンを撃った相手だ。自分たちを洗脳した張本人でもある。確かに恨むべきことは多いが、彼女が居なければロックオン・ストラトスという男とは出会えなかっただろう。

 

「さらばだ。マダム・ベアトリーチェ。」

 

■□■□■

 

「じゃあ、これで一段落ですか。」

「いや、まだだ。これから向こうに救援に戻る。連戦だが、シャーレが危ないようだからな。サオリ、頼めるか。」

「任された。」

「あれ?おじさんへの労いとかないの?」

「分かってるさ。助かった。」

「えへへぇ。」

「むぅ。」

「あれって。」

「嫉妬ですねぇ。辛いですねぇ。」

「うるさい。もう行くよ。」

 

 あまりにも呆気なく終わってしまったベアトリーチェとの戦い。損傷もしていないデュナメスをカードの中に格納して、ロックオンはヘルメットを脱ぎながら息を吐く。正直手応えはなかった。何故あそこまで弱体化していたのだろうか。かつて戦った時にはこうではなかったはずなのに。

 どうも嫌な予感がする。彼は右目を抑えながら考える。何故か怒っているアツコが先導しているが、ロックオンは特に気にしていない。だってそれよりも考えるべきことがあるのだから。

 

「虚妄のサンクトゥム、ねぇ。立て続けに事件が起きすぎだと思うんだけど、どう思う?」

「そ、その通りです。なんというか、この事態を狙っていたようにも……先生がシャーレから離れるスキを狙ったような……」

 

 果たしてそうだろうか。自分がいた所で何かシャーレにとっての戦力的優位は存在しない筈だ。先生のようなシッテムの箱による生徒たちへのオペレーションと、それによる戦力増強は成しえない。かといって肉体は人間そのもの故に前線での交戦には向かない。文字通りの無駄飯ぐらいなのだ。

 デュナメスという最大戦力が使えるのならば話は別だろう。生徒よりも遥かに巨大な躯体と、GN粒子が生み出す摩訶不思議な力はこの世界でも十分通用しえるはずだ。しかし現状太陽炉は無く、武装も大半がこの世界で新たに製造されたもの。その神秘性はかなり薄れているといっても過言では無い。故に、やはり自分は足手まといと言える。

 

「虚妄のサンクトゥム、とは何だろうか。そもそも存在しなかったはずのナニカ──泡沫のようにあやふやな物なのか?」

「タワーが突然現れた……?どういうこと?」

「先生?」

 

 ロックオンは決して突出した人間では無いと自負している。多少狙撃の腕があるだけで、刹那のような変革性を持っているわけでも、アレルヤのような超兵でも、ましてティエリアのようにイノベイターでもない。道筋はあれど、そこまでたどり着くための力はあくまで常人だ、と。そう自分で考えている。

 周囲の生徒から言わせてみればそんなこと無いわけで、お前は何を言ってるんだとツッコミを入れたくなるぐらいだが、残念ながら彼の自己肯定感はそこまで高くなかった。純粋種やら恋人持ちの超兵やらヴェーダの中身やらの中では確かに見劣りするかもしれない。なんだこいつら。

 

「──サンクトゥムタワーが、崩壊した?」

「は?」

「どういうこと、先生。」

 

 虚妄のサンクトゥム、新たなるサンクトゥムタワーが6つ。そんなロックオンだが、送られてきた情報を精査し推論する。シャーレが占領され、カンナによる護衛と奪還作戦、先生の尽力──リアルタイムで送られてくる情報を確認しながら、彼は歩くスピードを早めた。

 地下の通路は狭く、そして薄暗い。そんな中でも彼が平然と歩いているのは、サオリにとって少し意外だった。ホシノを含めた5人の中でも、そこそこ先生と親交があった(と思い込んでいる)サオリですら先生の前歴は知らない。彼がどんな人生を送ってきて、何故ここにやってきたのか。推測のような妄想になってしまう。

 

「急ぐぞ。」

 

 だから、サオリには分からない。先生がこんなにも厳しい目つきで、口を真一文字に引き締める時の気持ちなど。本当ならば分かりたくもない。優しい先生が、少し怖く見えるから。

 

 

「ようやく地上に出られたらしいですよ。」

「なんとか間に合いそうだね、リンちゃん!」

「ちゃん付けはやめてください。」

「なんでよ〜〜!」

 

 涙目でしがみついてくる先生を片手で制しながら、彼女は呆気なく奪還されたシャーレのオフィスで空を見上げる。虚妄のサンクトゥムと名付けたそれを解析したのはミレニアムの生徒たち。突然ブン投げられた情報にてんてこ舞いしたものだが、なぜそこまで初期対応が迅速だったのか。

 リンは考える。エデン条約の崩壊とアリウススクワッドの出現までは、ある意味緩やかな変化であったとも言える。問題はロックオンがアリウス自治区へと歩いていった後の話だ。急転直下ともいえる事態の最悪化だったが、ロックオンの指示でキヴォトスの解析をしていたらしいミレニアムが情報を叩きつけてきた訳で。

 

「あの人は、一体何者なのでしょうか。」

「え?先輩?先輩はねえ……なんだろ。」

「聞いた私が馬鹿でした。」

「馬鹿って言った!馬鹿って!私のことが馬鹿だって言うのかい君は!信じていたのにリンちゃんめ!くそうこうなったら私が馬鹿じゃ無いって事を証明するべく!」

「しなくていいです。黙っててください。」

 

 辛辣ゥ──と上体を逸らし、先生は椅子にそのまま腰掛ける。その時割と豊かな胸が揺れた。お前ブラつけてないのかよ。リンからの絶対零度の視線が突き刺さるが、どうやら先生にそんなことは関係ないらしい。

 

「あ、着替えてくるね。中身水着でさぁ。」

「なぜそこで水着が出てくるのです!?」

 

 閑話休題。

 

「実際問題、虚妄のサンクトゥム──守護者たちの動向は?」

「依然として動きを見せていません。出現したまま、その場に留まり続けています。何かを待つかのように……いえ、なんでも。」

 

 ワーキングチェア(ウン万クレジット)に座った先生がパソコンに目を向ける。背後に立つリンに画面を示しながら、彼女はキーボードに指を走らせた。

 

「ふぅん。待つ、ねぇ。先輩のことだったりして?」

「ロックオン・ストラトスの事を待っていると?何故そのような結論に至ったのです?」

「やだなぁ、」

 

 カンだよ。そう言ってケラケラと笑う先生の顔は見えないが、画面の映像にはクッキリと映っていた。キラリと光って空に浮かぶ人型のナニカ。遠目から見ても巨大と分かるそれは、どこかで見たようなフォルムでもあった。

 

「先輩から聞いたよ。アリウスを操っていた黒幕は、『外』と呼ばれる場所からその力を引っ張ってきてたらしいんだ。そこで私は考えた。『仮にそのエネルギーが漏れていたら?』と。キヴォトスを走る謎のエネルギー、それを調べていくウチにたどり着いたのはこれだ。」

 

 たん、とエンターキーを打つ。

 

「これは──」

「ベアトリーチェの言う『外』っていうのは厳密には『キヴォトスの外』じゃない。何故その力を持っていたのかは分からないけれど、でも奴はアクセスする方法を持っていた。そして、奴は『外』──先輩、ニール・ディランディの生きる世界に枝を伸ばしたんだ。」

 

「そうしてやってきた異物がニール・ディランディという死にかけの人間と、デュナメスという壊れかけの神秘。何もかもが中途半端だったけど、奴にとってはそれで良かった。『外』は存在すると証明できたからね。」

 

「先生。」

「リンちゃん。君の考えていることは正解だと思う。」

 

 画面いっぱいに拡大された機体。

 

「宇宙は、同時並行的に存在する。」

 

 至る所が朽ち果てたデュナメス。もはやコードによって繋がれているかのような四肢と、根元を残して砕け散った両肩の盾。歪んだアンテナの下、片の眼窩が真っ赤に光る。そして吹き飛んだコックピットハッチから覗く、真っ白いナニカ。もっと近づこうとした瞬間、銃口がキラリと光って、ドローンからの映像が途絶する。

 

 絶句するリンに向け、先生は乾いた笑みを向けた。

 

「なら、あれはなんだろうね?」




ベアおば
イメージは境ホラの武神みたいな。
あっさり死んだ。ほら、テンポ大事だからね。

ホシノ
初心者向け安心設定のおかげでトリガーハッピー。
ショットガンってえげつない武器なのではないかと最近思い始めた。

スクワッド
出番少なめ。
ニールと一緒にカタコンベを観光中。

先生
水着派。

リン
最近先生って変態なんじゃないかと考え始めた。ニールは真人間だと思いたいお年頃。

ニール
目が痛くなってきた。それはそれとして急がねばならぬ。

???
負傷者の気配がするのに見つかりません。







デュナメス
もはや幽鬼。


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『倒れた』先生

気ままに書いていきます。

ミネ団長は相変わらず。



「すまん、遅くなった。」

「ぶはぁ!?」

「ちょ、先生!上上!上着てよ!」

「あ、悪い!」

 

 さて、ここはシャーレのオフィス。たった今、生徒が数人ほど血の海に沈んだもののシャーレのオフィスなのだ。多分、おそらく、きっと。親指を立てながら倒れ込むサオリたちから目を逸らして、先生は集まったメンバーに画面を見せる。

 

「さて、これが今のキヴォトスだね。」

「聞いちゃいたが、やはり本当だったか。虚妄のサンクトゥム、まさか本当に6本も屹立してるとは思わなかったぜ。んで、どうするんだ?動かないからこのまま放置、なんて言わないよな後輩。」

「当然です。活動までの予測時間は残り数時間といったところ。現在、第1から第6まで割り振った各サンクトゥムに生徒たちを派遣、先輩とアリウスが帰還次第攻略を開始するつもりでした。」

「アリウススクワッドも貴重な戦力です。なるべくなら攻略に参加して欲しいのですが……」

 

 リンがニールを見る。お前手綱握ってるんだから何とかしろよ、と言外にそう示されているような気がしたが何処吹く風。ニールはその視線を流してサオリにパス。復活したサオリとアツコが顔を見合わせると、揃ってニールに言い放った。

 

「「先生と風呂に入ってからで良いなら」」

「よし、ちょっと表出ろ。」

「私たちは大丈夫だよ。リーダーと姫はあんな感じだけど、余裕あるみたいだから。ね。」

「はい。この為に体力を温存していたようなものですから。……でも、私もちょっと先生とお風呂は気になるので……ごにょごにょ」

「ともあれ、問題は無さそうですね。アリウスの四人にはヒエロニムスの攻略に向かって頂きます。宜しいですね?」

 

 結局暴走したトップ2人は先生との添い寝で沈静化したらしい。先程までとは打って変わって冷静そのものな表情で頷くと、すぐさま武器のメンテナンスを開始する。残念な部分が目立つものの、元々アリウス分校のエリートたちなのだ。半分ほど忘れ去っていた事実を思い出して先生は遠い目になる。

 スクワッドがニールへの挨拶を終えて去っていくのを眺めて、先生はホシノに向き直る。目を逸らしていた……というよりも、どうすることも出来なかった事実を伝えるために。手頃な椅子から床に溶けるようにして伸びていたホシノが携帯を弄る手を止めて、先生を見上げてくる。

 

「どしたの、先生。」

「あのね、落ち着いて聞いて欲しいんだ。」

「シロコちゃんが消えたこと、かな?」

「なんで、それを──!?」

「知ってたよ。シロコちゃんは暴走すると止まらないって、昔からそうだったからね。今回もきっと巻き込まれたか一人で暴走しただけだよ。大丈夫大丈夫。アビドスの皆にも言っておいたからね。」

「ホシノ……」

 

 うへぇ、といつものように笑っているホシノだが、先生にその内心は読み取れない。本当に心配していないのか、はたまた誰よりも荒れ狂っているのか。きっとニールならば読み取れるのだろうが、それは先生として負けた気分になるから嫌だ。

 

「だから私も、みんなと合流してくるよ。」

「気をつけて。」

「うん。……あ、先生。」

「俺のことだろ、それ。」

「そーうだーよーっと!おやすみ!」

「な、おいホシノ!」

 

 アリウスを見送って帰ってきたニールの背中に飛びついて、ホシノは寝息を立て始める。気疲れしたらしい、とニールが零して背負い直す。ふにゃふにゃと顔を崩した彼女を連れ、彼はまたシャーレの外へと歩いていく。入口にはアビドスの生徒が迎えに来ているらしいし、きっと彼女たちに預けるのだろう。

 

 

「ねぇ、リンちゃん。」

「はい?」

「私ってさ、ダメな先生だと思うんだよ。アビドスの問題は先輩に任せっぱなしで、アリウスの問題もそう。エデン条約の裏側で繰り広げられていた静かな戦いにも気づかなかった。こんな先生、ホントに先生なのかな。」

 

 それを見送って、僅かな沈黙の後、彼女は零す。口をついたのはニールと自分を比較するような発言で、彼女が落ち込んでいることが見え見えだった。こんな時、どうやって慰めたら良いのかが分からない。

 リンは困ったように手をくるくる回す。自分はあまり感情表現が豊かな方では無いと自覚している。だからこそ困った。目の前に居るのはいつものような馬鹿騒ぎをして生徒に怒られている先生ではなく、救いを求めている1人の生徒のように見えたから。

 

「先生。」

「や、いいんだ。私が馬鹿なのは事実なんだからさ。」

「いえ、違いますその……」

 

 分からない。言葉が続かない。こんな事ならもっとコミュニケーション能力を高めておくべきでした。後悔してももう遅い。先生を慰める術を持っていないのはどうしようも無い事実なのだから。

 普段エネルギッシュで、笑顔ばかりの先生。今はその姿が妙に小さく感じて、どこかに消えてしまいそうにも見えた。深く腰掛けた椅子の上、天井を見上げた彼女の姿は、本当に大人なのだろうか。

 

「先生は、頑張っていらっしゃると。私はそう思います。右も左も分からないまま連邦生徒会長に呼び出されシャーレに着任し、学校の問題を解決するために日夜尽力なさっていますから。その努力を知らない生徒は居ないでしょうし、それを見下すような生徒も居るとは思えません。」

 

「先生。私は所詮会長代理でしかありませんが、それでも生徒です。貴方の下で学ぶべき生徒です。」

「──キヴォトスに来てから、もうこんなに経つんだね。」

「は……ええ、確かに。先生が着任されてからは。」

 

 机の上に置かれたカレンダーに、先生の指が這う。白くてほっそりした小さな手。手入れされたネイルと、アクセサリーだろう中指のリングがキラリと輝いた。

 綺麗だ、とリンは思う。指だけではなくて、客観的に容姿を見て。女性の先生で、自分と同じぐらいの身長で、何故か憎めない賑やかな人だ。その人柄は間違いなく生徒を惹き付けるものだし、慕われているのも確かなのだ。だからこそ分からない。何故そこまで、落ち込む必要があるのだろうかと。

 

「先輩……ニール先生なんだけどね。」

「はい。」

「兄に似てるんだ。……って言っても、家族と一緒に死んじゃったんだけどさ。爆破テロで。」

「テロ、ですか。」

「買い物してる時だった。私がお店の外に出た時だったかな。確か、暇だからって公園で待ってたんだよ。そうしたら……」

 

 今でも鮮明に思い出す。悪夢も見る。店から聞こえた甲高い悲鳴と轟音、波打つ熱風とガラス片が自分の腕を打って、思わず倒れ込んだ。立ち上がって見てみると、ついさっきまで家族が居たハズの店が紅蓮に包まれていた。ただ、残された自分は泣き叫ぶことしか出来なくて。

 先生はまた、乾いた笑いを漏らす。センチメンタリズムに浸っている余裕は無いというのに。今の自分は先生で、助けを求める生徒が沢山いるはずなのに。なのに、こんなにも辛い。言語化できない胸の痛みが、どうしても邪魔をする。

 

 ニールに、兄に、また名前を呼んで欲しい。彼のことを兄と呼びたい。たとえ違う人だと分かっていても。ホームシックなのだろうか。ならそれは、良くないことだ。先生はそんなこと、しないはずだから。理想の自分との乖離が悔しくて、また泣きそうになる。

 

「ごめんね、早く切り替えるから……」

「先生。今は泣いても、良いのです。ここには私しか居ませんし、なにより貴方が辛い時に寄り添えないのは私も、生徒も辛いのです。確かに貴方は私たちの先生ですが、戦闘以外でも私たちのことを頼ってはいただけませんか。」

「──うん。ごめんね。」 

 

 嗚咽混じりの泣き声を聞きながら、リンは先生を抱え上げるとソファへと連れていく。いくらリンでも、彼女が疲れていることは理解出来た。ここしばらく休み無しで働き詰めだった挙句、エデン条約の再締結までも立ち会ったのだから。

 いつしか先生は腕の中で寝息を立てていた。涙を流したままでは目が腫れるだろうに。膝を抱えるような姿勢になった彼女を寝かせながら、彼女はハンカチで涙を拭う。ブランケットはどこだろうか、と立ち上がった時に後ろから差し出される。

 

「お探しのものはこれか?」

「はい。ありがとうございます。」

「まぁ、無茶し過ぎだとは思ってる。」

 

 そう言って、彼は先生の上着からカードを取り出した。手馴れたような作業だった。

 

「妹、か。」

「ニール先生にもいらしたのですか?」

「ああ。今は俺一人だがな。生きてりゃちょうど、こいつぐらいになるかもしれない。可愛いやつだった。」

「と、いうことは妹さんはもう?」

「ああ。こいつの兄貴と同じようなもんだ。俺だけが生き残って……いや、俺たち兄弟か。何にせよ妹と両親はもう死んだ。」

 

 

「ねぇ、これって。」

「作戦開始まで時間はある。今は、聞け。」

「どうして今まで黙ってたんだろうね。」

「も、もしかすると私たちのことを信用出来なくて……?」

 

 

「でもな、先生ってのはそんな事を生徒に伝えるためにここにやって来た訳じゃない。俺はともかく、こいつは特にな。」

 

 いつの間にか着替えたニールの姿は、いつか見たベスト姿に眼帯だった。普段と同じような姿のはずなのに、何故か不穏さを孕んでいるような──死装束のような、そんな錯覚があった。

 

「ま、こいつが妹みたいなもんだとしてだ。それなら兄貴分ってのは情けないところを見せられねえからな。生徒にしたってそうだ。迂闊な弱みは見せられないし、見せたくない。下らない大人のプライドだ。」

『ニール先生?』

「アロナ、制御権を俺に移譲出来るか?」

『え?あ、ニール先生になら可能です!ですがそれは……』

「泣いてる後輩に、いいとこ見せたいだろ?」

 

 彼はそう言って笑う。

 

「あいつを頼む。元々頼りないやつだったけどな。」

『もちろんです!……ニール先生も。』

「俺もか?はは、そうか。俺もねぇ。」

「シャーレ所属でありますから。二人体制というのは、先生にとっても負担が軽くなるはずです。貴方が居なくなれば、先生の仕事量はさらに増えるでしょう。」

「はいはい、仕事については考えておくよ。」

 

 ヒラヒラと手を振るニールの思考も読めない。小鳥遊ホシノはニールに似たんじゃないだろうか。リンは考える。まぁ、似ていても似ていなくても何を考えているか分からないのは同じだから扱いづらいんだけど。イマジナリーモモカがポテチ食いながらボヤいていた。その点には同意したい。

 そんなよく分からない男、ニール・ディランディ。いつも着崩した私服を身にまとっていた彼だが、今はどうやら違ったらしい。どこからとも無く取り出したシャーレのコートを肩に引っ掛けて、シッテムの箱を片手に立ち上がる。

 

「ニール先生、それは──」

「仕事の時間だ。やるぞ、リン。」

 

 モニタに向かい合って、ニールはシッテムの箱をパソコンへ直結させる。アロナの演算能力を用いた、6つのサンクトゥムの同時攻略と指揮。本来なら一人でやるべきではないだろうその業務を、彼は自分からやってやろうとしているのだ。

 

「お前はオペレーションを頼む。俺一人じゃミスが出るかもしれないからな?」

「はい。お任せ下さい。」

 

 小さな画面に表示される攻略情報には、0%の文字と生徒たちの状態。予想される守護者の耐久力まで、細かい文字でビッシリと記載されているそれを眺めながら、ニールがマイクをオン。

 

「って訳だ。先生の代わりに俺が指揮を執る。抜けがある場合は自分で思考して行動しろ。多少効率が落ちても構わないから、とにかく生き残ることだけを考えるんだ。」

 

 ニールの言葉には重みがあった。自分の過去を鑑みての言葉だろうか。それを知るのはリンとアロナ、そしてスクワッド。事故とはいえ、繋げたままの先生との回線で聞こえてしまったのだ。仕方ない仕方ない。

 守護者は手強いだろうと予測が出ている。当然だ。守るものが弱ければ意味が無いから。故に油断を捨て、遠慮などすることなく最大火力を叩き込む。弾薬の補給は味方に任せる。そう言わんばかりに各々、チェックを終えた愛銃に弾丸を込めていく。

 

「もとはといえば俺の不始末だが、お前たちに託すしかなくなってしまった。すまない。終わってから俺に何をしても構わない。だが今は──キヴォトスの未来のため、頼む。」

 

 スクワッドのやる気が上がった。目が本気だ。殺る気で満ち溢れている。ヒヨリでさえ獰猛に笑っていた。ほかの3人?表情が分かりません。ただグリップが悲鳴をあげているので力が篭っているようですね。 ミネが少し引いた。それはそれとして怪我人の気配がする。

 ホシノはいつも通り。気のせいか、シャーレのシャンプー以外の匂いがするぐらい。セリカが鼻を鳴らして匂いを嗅いでみる。分からないが、どこか懐かしくて安心する香りだ。勝てる気がしてきた。というか負ける気がしない。さっさと守護者なんぞぶっ倒してシロコを探さねばならぬのだ。

 

 準備完了の言葉が届き、それと同時にタイマーが残り1時間に近づいていく。相変わらず空に浮かんだデュナメスもどきに動きは無いが、警戒しておくに越したことはないはずだ。

 

 リンにはそのモニタリングも任せ、ニールがマイクに告げる。

 

「よし。」

 

 作戦開始。

 

 タイマーが、60分を切った。




サオリ&アツコ
ラッキースケベで良いものを見たり、ニールをどうしてもいいって言われたり。ステータスが限界突破。

リン
先生が同性というのもあって少し態度が軟化している。弱さを見せられてから何かに目覚めたらしい。

ホシノ
シロコのことは微塵も心配していない。どうせまたひょっこり戻ってくるんだろうな、ぐらいに考えている。

ヒヨリ
隠れラブ勢。前向きになったのはいいけどブレーキが壊れている。暴走機関車。

ミサキ
常識人に見えて1番ムッツリ。マスクの下はニヤケヅラだったのかもしれない。

アロナ
あれ?正式にはどっちが先任の先生でしたっけ?

ニール
本編の先生ポジションを代理しようとしている。何故かアロナのセキュリティをすり抜けられたようだが。







先生
本名、■■■■・■■■■■■
この世界では『先生』とのみ呼称される。名前を呼ぶことは叶わない。きっとその名前を知っている生徒も人間も、このキヴォトスの中には彼女の本名を知るものはいないのだろう。アロナと、彼女を観測している者たちを除けば、の話だが。


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『願う』■■■

シロコのテラーの実装を待ち続けております。
まだですか。

(2023/04/17)
見づらいとのことで改訂しました。
あとちょっと文章足してます。
申し訳ない。


 時は遡る。上映されるフィルムをハンドルで巻き戻すかのように、きゅるきゅると擦れる音を立てながら巻きもどる。世界が断続した何本もの線になって、自分の周りを回っていく。

 

 体が痛む。両手両足に縛られた鎖をハンドルで巻いていくように、ぎしぎしと金属が削れる音を立てながら軋んでいく。粒子が滞留した水のようになって、自分の周りを囲んでいく。

 

また、ダメだった。

 

 失敗した。砂漠に膝を着く。またここからだ。いつからか、ここから後には戻れなくなってしまった。きっと限界が近いのだろう。そう思うと不安になって、ヘイローはまだ残っているだろうかと手にした銃の銃口を覗き込む。僅かな反射でヘイローの存在は確認できた。どうしてだろうか、少し緑に変化しているようにも見えたが。まぁ、鏡を手に入れたらわかる事だろう。

 

まだ、やれるよね。

 

 壊れかけた肉体は、まだ動くだろうか。身体を見下ろす。制服は無事だ。袖を捲っても傷は無い。抉れた腕も、顔に硝子が突き刺さった傷も、吹き飛んだ右足も、全て無事だ。腕にも感覚がある。脚にも力が入る。まだまだ、全然余裕。砂漠の中、一人呟いて空を見上げた。彩がある。よかった。まだ空は青いままだ。

 

ニール先生。

 

 彼の名前は覚えているけれど、それでも何かを忘れているような気がする。

 

遅いなぁ。

 

 何はともあれ、自分は待たなければならない。空を見上げて、砂漠の中に座り込む。()()()()()もうすぐなのに。ヒビの無い腕時計の画面には、よく分からない文字列が並んでいた。キチンと時間を表示して欲しいものなんだけど。使い物にならない時計を投げ捨てて寝転がる。

 じりじりと太陽が照りつける砂漠のど真ん中。ヒトなら熱中症で死ぬだろう環境でも自分なら大丈夫。この程度で倒れるような鍛え方はしていないし、なにより生徒は頑丈なのだ。彼がやってくるまでの時間ぐらいは待つことができる。だから、

 

早く来てよね。

 

 呟いた。でもいつまで経っても彼は来ない。

 

 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返したのに。もう身体に染み付くほどに繰り返して、絶対にこの時間にやって来るはずなのに。

 

 思い返せば、初めては偶然だった。

 

 次は朧気な記憶を辿って砂漠にやってきた。でも彼は死んでいた。熱中症だった。気づけばまた、戻っていた。

 

 次はもっと早くに行った。でも今度は寝ている間に死んでいた。また熱中症だった。泣き叫んでいたら、戻っていた。

 

 次は前回より遅く行ってみた。その時は間に合った。でも襲いかかってきたカイザーPMCに彼も自分も殺された。

 

 何回目かで、死ねば戻れると気がついた。

 

 その後、先生の落ちてくる時間を知った。

 

 でも、彼は着地のショックで死んだ。

 

 次は、次は、次は、次は、次は、次は、次は、次は、次は、次は、次は、次は、次は。彼は人間だった。どうしようも無く人間だった。

 

 熱中症で死んだ。PMCの攻撃で死んだ。着地の衝撃で死んだ。生きのびても不良に絡まれて死んだ。ある時はトリニティとゲヘナの抗争に巻き込まれて死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。何度も何度も、自分の目の前で死んだ。引かれていたはずの手だけが残っていた。庇ってくれて、身体の後ろ半分が無くなっていた。

 

 運良く、『始発点』にたどり着いたとしても。

 

『な、お前は──』

『私は──』

 

 生徒に、殺された。彼は知りすぎた。私もそうだ。4人がかりで、目いっぱい銃弾を浴びせられて、先生を守ろうとしたのに、邪魔された。

 

『超人に、なるのです。』

 

 あの、忌々しいガキに。

 

私が守らないと。

 

 守るために、その後も繰り返した。あの時を超えて、襲いかかる敵を死に物狂いで退けて、時には自分が代わりに死んだとしても、彼が死ぬ姿を見せつけられた。数え切れない程の彼と自分が転がった、屍山血河のその上で。また私は死ぬのだろう。

 でもそれももう終わりにしよう。その為に世界の理を超えて、自分の大切な何かを削って巡ってきたのだ。いつしかヘイローは点滅するようになって、安定した時には自分の何かが消えている。やり直せば、また別の何かが消えている。

 

私ってば、頼りになる生徒だよね。

 

 何度繰り返しても、彼のことを守る生徒。きっと彼の役に立てたはず。前回のように盲目だとか、その前のように足がないとか、そんな風な無様ではない。今回は当たりだ。何も消えちゃいない。なら今回こそは戦える。完璧な私が、貴方を守りきってみせるから。

 私が私であるために、私が存在する意味を得るために、貴方がいなければ、私がこの世界に居る意味なんてないのだから。だから、早くやってきて。いつもみたいに空から、ボロボロの機体と一緒に降ってきて。

 

 ああ、そうだ。先生が来る前に不安になるものは全て取り除いておこうかな。カイザーはしつこいからダメだ。ゲヘナとトリニティはお互いに牽制しあって、彼が巻き込まれるかもしれないからダメだ。ミレニアムはトップがダメだ。アビドスの皆も、彼を狙っているかもしれないからダメだ。逃げるにしても、D.U.の組織は腐っているからダメだ。ヴァルキューレの上司は防衛室長だからダメだ。連邦生徒会もダメだ。彼を先生にしてしまうだろうからダメだ。

 

 じゃあ、どこにいけばいいのかな。

 

外に、行かなきゃ。

 

 ふらっと立ち上がる。

 

でも、どこに?

 

 

 

 

 

 

 立ち上がって、しばらく。薄暗くなってきた空に現れる黒い点。ようやく来た。たまらず走り出す。いつもよりも長かった気がするけど、今は何時だろう。取り出した携帯の画面にも、よく分からない文字が刻まれていた。もしかして、これも壊れてしまったのだろうか。仕方ないけど、捨てるしかない。

 砂漠は走りづらい。砂に足を取られて進まないのだ。鬱陶しい砂は、靴の中や靴下の中に入り込んでくる。気持ち悪いけど脱いだら熱いだろうし、我慢。頑張れ私。もう少しでたどり着けるから。

 

え、あ?

 

 何度も転けそうになりながらも、砂煙の立ち込める場所に辿り着いた。だけども声が聞こえない。何も聞こえない。ともすればこれがショックというものなのかもしれない。

 

なんで?

 

 呆然とする自分の目の前にあったのは鋼の巨人。だけど自分が知るものとは随分と違う、もう鉄くずといっても良いぐらいの──残骸だった。パーツが足りないと、一目で分かるぐらいにはボロボロだった。なによりも、機体の全てがバラバラになっていた。砂漠の至る所に散乱して、聞きつけたカイザーがやってくるはずだ。

 初めてだった。彼はいつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも、五体満足のままやって来た。損傷こそあれど、修復ができる範囲での機体でだ。だが今はどうだ?こんなもの、素人どころかミレニアムの生徒でも修復はできないだろう。

 

いやだ、いやだいやだいやだ。

 

 目の前に落ちていたのは、腕だった。肩に繋がっていたはずの盾が無かった。握っていた銃は、照準器が吹き飛んでいた。フレームが露出して、歪んで変色していた。肘から折れているのは、どちらの腕だろう。

 

 腕を乗り越えて歩けば、脚があった。太ももに瓦礫が突き刺さっていた。膝が抉れて、もう立てそうにない。辛うじて繋がっているだけのスクラップみたいだ。

 

 次に、頭があった。天をつくような一対のアンテナは片割れがへし折れて、右の瞳に突き刺さっていた。左の頬から後頭部にかけての長い直線からは、コードや基盤が覗いていた。額のカメラはひび割れて、何も映すことは無いのだろう。

 

 

 

先生、せんせぇ!

 

 

 

 最後に、彼を見た。

 

 

 

おはよう、先生。

 

 嬉しくてそのまま失神してしまったのか、目が覚めると、まだそこだった。目を閉じたまま、彼は眠ったように動かない。肩を揺すっても、何度話しかけても、彼がこちらを見ることは無い。随分長い昼寝なんだなぁ。そう思って、寝かせておくことにした。ずっと戦ってばかりで、少しは休むことも必要だと思うから。

 だから、自分がすべきことは彼を休ませてあげることだ。コクピットに収納されたテントを取り出して展開し、先生をその中に寝かせておく。胸が上下しているのは生きている証なのだ。だからその間に、自分は機体を修理してしまおう。

 

頑張るね、先生。

 

 まずは、散乱したパーツを拾い集めなければ。そう思って、砂漠の中をさまよい歩く。勿論、彼の様子を見に戻ることも忘れない。熱中症で脱水症状を起こすなんて以ての外だ。■■■に頼んで、水を持ってきてもらった。何をしているのか聞かれたので、砂漠の清掃だ、と答える。手伝おうかと聞かれたけど、必要ない。自分には頼りになる人がいるから。

 彼女は納得して帰って行った。だから先生に水を差し出した。でも眠っているからか飲んでくれない。仕方ないので口移しで無理やり飲ませる。まだ暖かい。彼はまだ生きている。そうやって実感を得ながら、またパーツ拾いに戻っていく。

 

 何日過ぎただろうか。自分に水は必要ない。いつからか飲食を忘れて、寝ることを忘れて、ひたすらに生き続けるナニカに成り果てていたとしても。私は私だ。■■■■■■だ。うん。自分の名前も分かっている。大丈夫。

 パーツを引きずって、ボディの近くに持っていく。とにかく、まずは場所だけでも一緒にしないと。腕を引きずりながら、近くを回るオレンジの球体に目を向ける。コクピットから飛び出してきたそれは、基本的に彼の近くから離れることは無かった。例外として、自分がパーツを回収しに行く時は着いてきた。これのお陰だ。砂に埋もれたパーツも見つけられたのだから。

 

これで最後かな。

 

 最後のパーツを持ち上げた。コクピットハッチだった。少し重いが、この程度なら問題ない。運べるさ。心配げに見上げるそれから視線を戻し、少し離れた場所にある巨人に目を向けた──その時だ。

 

え、あ?

 

 その辺り一面を、爆炎が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

なんでよ。

 

 膝を着く。

 

 機体は無事だった。やはりキヴォトスの神秘では、これに傷をつけることは出来ないのだろう。

 

なんで……

 

 でも、彼は違う。彼はただの人間で、ヘイローを持たない存在だ。銃弾が一発でも当たれば大怪我だし、当たりどころによっては一撃死も有り得る。

 

なんで、私から。

 

 だから、こんな爆撃を食らって生きているはずもなかった。焼け焦げた砂漠で、彼の寝ていたはずのテントの残骸だけが残っていた。それ以外は何も残っていなかった。全て灰燼と帰して、彼がそこに居た形跡は微塵も存在しなかった。

 

どうして!

 

 そんな慟哭を聞くのは、球体だけだった。こちらを狙っているだろう下手人に声が届くはずもない。ちっぽけな生徒一人の声が、奴らにとってどれほど価値のないものか。それは、身に染みて……いや、魂に刻まれるほどに理解している。

 

「私から!全部奪うんだ!」

 

 憎い。大人が、世界が、全てが憎い。

 

「お前たちなんか!全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部!消えてしまえばいいんだ!」

 

 ぼたり、と砂漠に粘り気のある液体が落ちる音がした。何かが頬を伝って、足元に黒いシミをいくつも作っていく。ガリガリガリガリと音がした。金属同士が削れ、擦れ合うような。そんな音がした。こちらに向けて歩く、統率の取れた足音がした。忌々しい、腹に響くエンジンの音がした。

 

 自分を手招く、誰かの声がした。

 

「アァ──」

 

 空を見る。とても、とても眩しい空だった。

 

「ねぇ、君がこっちにおいでよ。」

 

 伸ばされた手を、掴んで引きずり下ろす。よく分からないが、それを食らう。本能がそうしろと叫んでいた。一口齧る度に、世界が色づいていく。今までよりももっと鮮明に、なによりもずっと美しく。

 

「ぁ、は──!」

 

 最後に残った、一欠片。光り輝くそれを、自分の胸に押し付ける。ぐちゅり、と肉が裂ける音がした。ぶちぶちと筋繊維を引きちぎって、それは自分の心臓へ食らいつく。

 

 痛い。痛い。痛い。痛い。心地いい。痛い。

 

「あ、ぁあ!あぁぁぁぁぁ!」

 

 喉が避けるような叫び声。およそ自分や、生徒が出すはずもない獣のような声。口から吹き出た真紅が降り掛かって、制服を、髪を、身体を変えていく。

 

「あぁぁ、あ────」

 

 変化が終わって、倒れ込む。紅に塗れ、時折ビクビクと痙攣しながら、それは虚ろな瞳を動かした。茶の軍勢がこちらに何かを向けている。

 

「嗚呼。」

 

 ()()()()

 

「が」

「ぎぃ」

 

 意識を向ければ、後ろから伸びた線が全てを消し飛ばした。汚い炎だった。消えても何の感動もしない、それらはただのゴミだった。存在する価値などない、世界に不要なモノだった。

 

「見せて。」

 

 それが浮かぶ。空へと舞い上がる。見上げる己の意思のまま、この世界全てを破壊する為に。操り人形のように、細いケーブルで繋がった四肢をぎこちなく動かしながら飛翔する。

 

「世界の破壊と、創造を。」

 

 残った左を輝かせ、それは街へと消えていく。残された自分は、どうするべきか。考えた。考えた。伸びた手足を見下ろして、砂漠を見回したその先に。

 

「嗚呼、嗚呼、」

 

 そこに居たんだ。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「ふぅ……」

 

 息を吐く。痛みはあったが、それ以上に彼を得ることが出来た。ならばこの行為に意味はあった。もう離れることは無いだろう。何故もっと早くに思いつかなかったのか、己の不出来に腹が立つ。

 

「来たんだね。」

 

 ずるりと、背中が裂ける感覚があった。

 

「先輩……」

「でも、ダメじゃないか。」

 

 向かい合う4人が吹き飛んだ。直撃させなかったのはせめてもの情けかそれとも──彼女自身の思惑か。動けないほどの傷を負って、それでも藻掻く4人の前に彼女は立つ。

 

「君たちも、私と共に──」

 

 返事は聞かない。ただ背のそれを動かして、彼女たちを囲い込むだけ。それだけで全てが終わる。自ら手を動かす必要も無い。それで、彼女たちも己の一部となる。

 

「あは。」

 

 浮かぶ。不出来な人形のように、それも浮かぶ。

 

「待っていてね■■。次は、守ってみせる。」

 

 そうしてそれは消えた。都市を破壊し、並み居る全ての生命体を消し飛ばし、友すらも己の一部とし、舞い落ちる白い羽根と、頭上に浮かぶ淡い緑のヘイローと。金の刺繍が入った純白を身にまとったその姿こそ。

 

「私こそが、貴方の守護者なのだから。」

 

 

 


 

 

 

「先生!」

「ああ。動いたな。」

 

 全てのサンクトゥムの攻略を終えた時、それが動き出す。吹き飛んで露出したコックピットから──

 

「え、うそ。」

「ホシ、ノ?」

 

 彼らにとって、見慣れた生徒を吐き出して。




次回はいつになるんでしょうか(やり投げ)
明日は無理か……?


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『対話する』先生

これが僕らのユニバース!ユニバース!ユニバース!

なんか連続投稿してますね。


「なに、あれ。」

「分かりません。ただ虚妄のサンクトゥムの完全撃破と同時に起動し、動き始めたことは確かです。サンクトゥム撃破時に散逸したエネルギーと、供給されるはずだった余剰エネルギー。それらを吸収したものと考えられます。現在、あの機体はアビドス砂漠に移動し、また動きを止めています。」

「リンちゃん、サンクトゥムは?」

「先生、大丈夫ですか?」

「起きたな。ここは任せる。リン、バイクあるか?」

「……どうするおつもりですか?」

「どうもこうも、俺が止める!」

 

 コートに袖を通して走る。あの時感じた、なんとも言えない感覚。果たしてそれが何なのかを確かめるために、またあれが本当にホシノなのかを確かめるために、自分はあの場所へ──アビドス砂漠へ行かなければならないような気がした。

 そのままシャーレのオフィスを出ようとして、立ち止まる。寝起きのまま、事態を呑み込めないまま困惑し続ける先生。彼女に全て託しても良いものなのだろうか。自分の妹のような後輩に、この局面で背負わせても良いのだろうか。そう思うと脚が動かない。やはり引き返そうとして──

 

「先輩は行ってください。ここは私が何とかします。今まで寝てた分、先輩が戦っている間は私が指揮をしますから。」

「…………すまん、頼んだ。エネルギーの流れが止まってないのも気になる。それも合わせて調べておいてくれ。」

「え、それ聞いてないんですけど。」

 

 今言った。

 

「あれが本当にホシノなら、俺には行く義務があるはずだ。止めないでくれよ。」

「分かりました、分かりました!構いません!でも……生きて帰ってきてくださいね。死んだとか、宇宙に放り出されたとか、そういうの聞きませんから。」

「ああ。」

「大丈夫です!先輩ならきっと……きっと!帰ってくるって信じてますから!だから、帰ってきたら──ううん。帰ってきてください。絶対に。私も、皆も、待ってます。」

 

 そう言って無理やり笑ってみせる先生の顔は、少し幼く見えた。一人にしないで、一緒にいて欲しい。そうやって叫んでいるようにも思えるが、それを理性で押さえ込んでいた。震えた脚を隠そうとして、ブランケットを被り直したのもきっとそうだろう。憧れの先輩──兄に、そんな情けないところを見せたくないんだから。

 ほんの少しの背伸びと虚勢と、精一杯の想いを乗せた、彼女の瞳。揺れるそれに射抜かれて、ニールは深く息を吐く。そんな顔をされては、自分の覚悟が無駄に思えてしまうではないか。孤高の狙撃手のはずなのに、汚れた大人のはずなのに、それでも自分を心配してくれる人がいるのなら、生きて帰らねばなるまい。

 

「分かった。行ってくる。」

「はい!行ってらっしゃい!先輩!」

「ご武運を、お祈りしております。」

 

 扉を閉めて、階下へ向かう。入口のドアを抜けたその先に立っていたのは、息を切らせたホシノだった。汗と泥に塗れた彼女は、ボロボロになった盾を置いてニールを見上げている。ここまで走ってきたのだろうか。呼吸は乱れに乱れ、風切り音のような音を立てていた。

 

「せん、せ。行くん……でしょ!」

「ああ。」

「なら、それなら、その、私も!私も連れて行って!」

「良いのか?無事に済む保証も、戻れる保証も無いってのに。それでもお前は俺と来るのか?」

 

 ニールの問いは、すこし意地悪だった。いくら生徒会が機能不全とはいえ、ホシノはアビドスの実質的なリーダーだ。この場に残って戦い、シロコを探す義務があるだろう。それを放棄してまで、己に同行するのかと。仲間を捨てて己を取るのかと。そう聞いているようなものだった。

 

「へぇ。」

 

 ホシノは思う。今更だと。熱の篭った身体を冷やすためにシャツの胸元を大きく開けた。咄嗟にホシノの後ろまでまっすぐ歩いた先生は、彼なりに配慮したんだと思っている。別に、色仕掛けしようなんて考えていない。彼はそんなものに興味はないだろうし、そうしてまで選んだ道を自分はきっと後悔する。

 ガリガリと聞こえる遠くからの不協和音は、きっとアレが出しているのだという直感がある。上手く言えないが、それでもアレは自分だと思うわけで、それならば他の誰かに任せる訳にはいかない。見慣れない侵略者が自分なら、その責任を取るのはこの自分だろう。

 

「先生。少し、待っていて頂けますか。」

「構わない。」

 

 振り返って、言う。先生はこちらに背を向けたまま、空を見上げていた。彼の口元から漂う匂いは慣れないものだが、不思議と似合っているような気がした。

 

「じゃあ、着替えてきます。話はまた、その後で。」

「急がなくてもいいぞ。」

 

 返事は無かった。ただ軽い足音が連続して遠ざかっていくだけだった。彼女ならすぐに戻ってくる。締める時はきちんと締める生徒だ。今日はいつにも増して真面目な顔をしていたから。

 それに、急ぐ必要は本来ない。あれは己を待っている。動き出したのも、自分の存在をキヴォトスに知らしめるためだろう。そうまでして、己と向き合う必要性があるはずだ。向かってこない理由は、待っているだけかそれとも動けないのか。

 

「なんにせよ、理由が分からんな。」

「理由なら、あるよ。」

「────ッ!」

 

 ホルスターから銃を引き抜いて向ける。鈍色のそれを隣に向けるが、しかしそこには誰も居ない。振り向いてもそこには誰も居ない。ただ声だけが響いているのかと、そう思ったら。

 

「やっと見つけた。先生。私だけの、私が守るべき、先生。長い長い時間を越えて、また貴方に出会えた。」

 

 再び振り返った時、声の主はすぐ側に居た。

 

 ホシノによく似た顔立ちだが、背丈が大きく異なっている。自分に匹敵するか大きいぐらいだろう。ホシノをそのまま成長させたかのような姿だ。大きく伸びた髪が翼のように広がって、右の目を覆い隠していた。

 

「ホシノ、か?」

「うん。そうだよ。小鳥遊ホシノ。私の名前。貴方が呼ぶ名前。貴方だけが呼ぶべき名前。私だけを指す名前。」

「随分、デカくなったな。」

 

 こちらの瞳を覗き込んでくる彼女から身体を逸らす。大人らしい体つきになったホシノだが、服装も大きく異なっていた。制服では無い、真っ白な修道服のようなドレスだった。胸元が大きく変形して、アビドスの校章が歪んでいることを除けば完璧だった。そんな豊かな身体を無遠慮に近づけながら、彼女はやはりこちらの瞳を覗き込んでくる。

 

「うん。貴方を守るために、これだけ大きくなれたんだ。もう二度と死なせないように、もう二度と別れないように、私が守らなきゃいけないから。」

「二度と?」

「そう。貴方は──」

「先生から離れて!」

 

 言い終わるが早いか、ニールに覆い被さっていたホシノが大きく顔を逸らす。そこには白いパイロットスーツに着替えたホシノが、似つかわしくないハンドガンを構えて立っている。それは本来ニールの持っていたもので、何故か彼女が持っていた。

 

「先生、離れて。そいつ、先生のことを取り込もうとしてた。」

「なんだと?」

「分かるの。」

「分かるよ。貴方は私。私が内側に秘めた願望、欲望を体現した存在。歪んでしまった、違う世界の私でしょう。」

 

 するりとニールから離れ、白いホシノは顔の角度をそのままにその髪を蠢かせた。いや、それは髪では無かった。白い羽だ。4()()()()()()()()()()()、大きな白い羽根だった。本来の髪は短く揃えられていて、昔のホシノのようだった。

 天使のようだと、ホシノは思った。向き合う自分は大きくて、銃なんて持てそうもない見た目をしている。故に一撃で殺せると思った。頭を撃ち抜いたハズだった。なのに、痛痒も感じていないように見える。

 

「ヘイローも無いのに、なんで──」

「ねぇ、ヘイローってさ。生徒なら持っているものだよね。」

「そうだな。俺たちは持ってないが。」

 

 ジリジリと己の後ろに退避するニールを庇って、ホシノが一方前に出る。天使は歪んだ角度のままに、笑顔を崩さず話し続ける。本来ならば神々しいはずのそれがあまりにも不気味で、あまりにも恐ろしい。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何が言いたい?」

「簡単ですよ先生。」

 

 言うが早いか、彼女は服の胸元を破り捨てた。豊かに実った2つの果実が解放されて大きく揺れる。咄嗟にニールの顔を隠そうにも間に合わず、謎の光も現れず、白日の下に桜色がさらけ出された。

 顔を真っ赤にして甲高い悲鳴をあげるホシノだが、ニールはそんな事には見向きもしない。ただ、無言のままに煙草を落とす。彼の頬を伝った汗が落ちて、ホシノが正気に戻る。顔面を覆った手をゆっくりと外したそこにあったのは。

 

「なに、それ。」

「『神秘』です。小鳥遊ホシノが本来有するものでも、現在の先生が有するものでもない。この世界で、この宇宙で、私だけが持っている『神秘』。」

 

「私の心臓の代わりに埋め込まれた、新たなるエネルギー。キヴォトスなんかでは到底作り出せないオーパーツ。」

 

 その名を。

 

「GNドライヴ、と言います。ご存知ですよね、先生?」

「なんで、それを持ってる。」

 

 露出した胸のちょうど中心。谷間の部分から伺える、薄緑色の結晶体。凡そ人体には不釣り合いだろうそれは光を放ちながら、心臓のように脈動していた。まるで、これこそが新たなる心臓だと示すように。胸の中心から四肢へ、回路のようなラインが走っていた。まるで血液の代わりとでも言うように、粒子が身体を巡っている証だろうか。確認しようにも、巻き戻された服でそれは隠れてしまう。

 絶句する二人の前で、彼女はふわりと浮かび上がる。そうだ、あれが本当にGNドライヴだと言うのなら、GN粒子を生み出しているはず。その効果は多岐に渡り、ニールですら知らない効果も隠されている。

 

「正確には私の胸の中ではなく、私そのものがドライヴ……いえ、永久機関と言うべきでしょうか。私がこのままで在る限り、私は永遠に粒子を生み出し続ける。」

「ヘイローが無いのも、生徒……ううん、生物じゃないからってことなんだね。」

 

 ご名答です、と彼女が言う。本来神々しく見えるはずの彼女だが、二人にとっては違う存在に見える。絶対に理解ができないような、同時に存在できないような、分かり合えないような超越者。神とも言うべきその存在を、モニタリングしていたリンはこう名付けた。

 

『ハルウェル──小鳥遊ホシノではなく、あれはハルウェル。そう名付けましょう。』

「ハルウェル……」

 

 天使のような小鳥遊ホシノ──ハルウェルが、羽根を散らして浮かび上がり、そのまま身体を倒して二人の周りを回っていく。まるで獲物を捕らえる鷹のように、福音をもたらす天使のように。飛び出してきたシャーレの先生は、違う存在と遭遇した。そうだ、彼女には彼女が居る。ならば自分は、目の前の二人に集中出来る。

 

「私の名前は、ハルウェルと言うのですね。」

「違う、お前は……」

「小鳥遊ホシノではない、私だけの名前。七神リンが名付け元とはいえ、先生にそう呼ばれるのは嬉しいです。ありがとう、先生。私に名前をくれて。」

「待って!」

 

 満足したハルウェルは、風に乗って飛んでいく。真紅に染まった空を切り裂く、一筋の光となりながら。

 

「ホシノとは違う、って訳か。」

「先生、どこが違うとか意識してないよね?」

「教え子に欲情するほど落ちぶれちゃいないさ。」

『ぶえっくし!』

 

 先生のくしゃみが通信越しに聞こえてくる。風邪では無いから安心して欲しい。青筋を浮かべたニールだが、今すべきことは先生に色々尋ねることでは無い。

 紅い空を切り裂いた一条の光、その行先へと向かうのだ。近いはずなのにとても遠く感じるその場所は、ニールにとって二度目の始まりの場所だった。バイクに跨って、彼は大きく伸びをひとつ。気合を入れて、意識を切替える。これから向かう場所がいつもとは違うのだと、そう自分に言い聞かせるように。

 

「ホシノ、掴まってろよ。」

「最悪走っていけるけどねえ。」

 

 ホシノは軽口を叩くくらいには余裕なのだろうか。別世界、違う可能性の自分を見せられてもここまで冷静で居られるとは驚いた。敵対する道を選んでいるのか、それとも分かり合う道を選んだのか。それはニールには分からない。

 

「どうするんだ?仮にも自分だが。」

「そうだねぇ。」

 

 続く返事は無い。ただ、腹に回された腕に力が込められた。押し付けられた感覚は、彼女の額か。どうすれば良いのか迷っているように感じた。やはり、そうか。ニールは納得する。

 当然だ。己よりも短い人生の中で経験したことの中でも異質な体験だっただろう。だからニールは、彼女がすぐに答えを出せるとは思わない。人生とは選択を続けていくもので、無限に続く対話の連続だから。きっとホシノもホシノなりに、ハルウェルと相対して思うこともあっただろう。

 

「ま、ゆっくり考えな。」

「……うん。ありがとう。先生。」

 

 バイクのエンジンか唸りを上げて、彼らを運んでいく。行く先は砂漠。アビドス砂漠だ。

 

 

 

 

 

 

「私は、外に行くよ。シロコちゃん。」

「ん、そう。」

「止めないの?」

「先輩は私の知ってる先輩じゃないから。」

「──そっかぁ。」

 

「そうだよね。」




ニール
実際問題、誰かに欲情はしない。興味が無いとも言う。自分にはそんな資格もないから。バイクに乗って移動することもあるので、シャーレにはバイクが置いてある。カラーリングは緑と白。差し色は黄色。

先生
ねぇ!!!!!!!先輩!!!!!!!!あのホシノ紹介してよ!!!!!!!写真撮るからさ!!!!!!!

リン
先生最低です。

ホシノ
パイスーホシノ再び。先生が落とした大型拳銃を片手でぶっぱなせるアビドスのヤベー奴筆頭。ニールには恋愛感情を抱いていない。どっちかっていうと父おy(閲覧制限)

ホシノ*テラー改めハルウェル
元ネタは調べてみて欲しい。
通常版と並べるとうお……でっか……となること間違いなし。
右の目を隠しているのは何故だろう。

シロコ?
実装待ってます。


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『決別の』先生

ちょいとゴタゴタ起きて収拾に右往左往してました。
グダグダしてますがどうぞ。


『先輩!エネルギーの流れ、詳細わかりました!高度7万5000メートル……ななまんごせん!?なにこれぇ!』

「つまりどういうことだ!」

『超高高度になんか浮いてるブツがあります!そこにエネルギーが全部収束してるみたいで、つまりよく分かんないです!これから会議ですし、そこで色々聞いて決めてきます!じゃ!頑張ってください!』

「言うだけ言って切りやがった。」

「7万5000メートル……届くの?」

「流石にデュナメスだけじゃ無理だな。」

「その口ぶり、機材があれば出来たって感じ。」

「どうだと思う?」

「先生なら余裕でしょ。」

 

 アビドス自治区を疾走する1台のバイク。決して走りやすいとは言えないその場所を軽々と走り抜けるのはニールとホシノ。唸りをあげるエンジンと伝わる振動でバイクから落ちそうになるが、そんなタイムロスをしている暇は無い。ホシノはニールの腰に回した腕を組んで、さらに身体を密着させる。着慣れていないだろうシャーレの制服からは真新しい繊維の香りがした。いつもとは違う、他人のような香りだ。

 

 

「せんせ、せんせ。」

「どうした?」

「いつもとは違う匂いだね。知らない人みたい。」

「そりゃそうだ。ほとんど着たことないからな。式典用みたいなもんだったんだが……まさか、こんな風に着るとは思わなかった。」

「なんで着てきたの?」

「なんでだろうな。……少し、不安になってるのかもしれない。お前に渡したそれみたいに、誰かに覚えてもらうためかもしれない。でも、自分の気持ちに踏ん切りをつけるためかもしれない。まだ残ってる未練を何とかしろよ、ってな。」

 

  自分には不要だと言ったのに、無言で押し付けられた可愛らしいデザインの女性用ヘルメット。お手製だというシャーレのマーキングが描かれた白いそれを、なぜだかホシノは被る気になれなかった。自分じゃない人が被るべきなような気がして、結局ヘルメットはバイクの後ろに引っ掛けられたままだ。

 後ろから見あげる彼の顔は、バイザーによって窺い知ることは出来ない。口調はいつものように大人らしい落ち着いたものだったけど、そこから伝わってくる彼の想いは分からない。こうやって密着して、彼の鼓動を聞いてみようとしているけど聞こえない。緊張しているのか、落ち着いているのか、怒っているのか悲しんでいるのか。

 

「先生って、わかんない人だよね。」

「そう簡単に見破られちゃ、俺も立つ瀬がない。そうやって感情を表に出すようじゃ生きていけない……いや、生きづらい。誰かに気ぃ使わせるようじゃ、まだまだ未熟って事だ。」

「ふぅん、そんなもの?」

「そんなもの。」

 

 小休止の為にバイクを停める。リンからの連絡ではハルウェルに未だ動きなし。不気味なほどに沈黙を貫いていると、やや戸惑ったように伝えられた。ホシノは考える。当然だと。自分がその立場でも、待ち続けるだろうと。

 彼女が別世界の己だとして、語った言葉がすべて真実だとしたらどうだろうか。水に口を付ける先生を見上げて、促されるままバイクに跨る。コートの下に潜り込んでしがみつきながらも、彼女は思考を止めることはしない。

 

「ホシノ?何やってる?」

「考え事。気にしないで。」

 

 風にはためくコートの下、ニールのジャケットの香りがやはり落ち着くのだと気がついた。そう、落ち着くのだ。ニールが、先生がいるだけで気分として違うものがある。今もそう。別世界の自分が居て、自分が辿ったであろう結末を見せられて、心が乱れていたとしても先生がいる。

 だけど、あの自分にはそれが無いように見えた。絶対に先生と、ニール・ディランディと出会っているはずなのに。もし出会っているのなら確実に影響を受けたはずだ。信じられなかった大人を信じさせてくれて、私たちに向き合って考えてくれる人。シャーレの先生とは違う、私たちだけの──最近増えてきたけど私たちのものだと信じている──先生。

 

「先生、ありがとう。」

 

 もうそろそろ目的地だろう。砂漠にバイクは入れないから、歩いていく必要がある。コートの隙間から見える風景からそう理解して、ホシノはニールを抱く自分の手を絡めた。決して離れないように、でも先生には気づかれないように。もう少しだけこの時間を味わっていたいから。

 

「そろそろだ。」

「うん。」

 

 だからホシノは考える。ハルウェルにはこれが無いのだと。アビドスの仲間がいないまま一人ぼっちで、自分が誰よりも頼りにできる先生が居なくて、形見すらもボロボロのままで生きてきた彼女。繰り返した、その意味がわからないけれど、きっといくつもの悲しみを見てきたのだろうから。

 彼女の目的が何であれ、先生を渡す訳にはいかない。だってこの人は私の先生で、あいつの先生じゃないから。あれが元々小鳥遊ホシノだった存在だとすれば、私は今も小鳥遊ホシノだ。背は小さくて胸は無くてサボりがちだけど、でも髪と肌のケアは怠ってない。年増風情に負けるものか。

 

「おじさんって、一人称なだけだから……!」

「着いたぞ。」

「へぶ!」

 

 考え事してたら急ブレーキで顔と身体が先生に密着した。いつもみたいに煙草の匂いがした。

 

 

「ニール先生がアビドス砂漠に到着したそうです。私たちもそろそろ……行かなければ。」

「うん。その通り。全員、先輩の後を追うよ。」

 

 

「へぇ、貴方達だけですか。」

「じゃあみんな連れてきた方が良かったか?」

 

 砂漠を歩き、いつかの景色に至るまでにしばらく。やはり何も存在しないその場所で、小鳥遊ホシノと小鳥遊ホシノが向かい合う。互いに制服は身につけず、それぞれが白に身を包んでいた。

 

「ホシノ、準備は?」

「いつでも行けるよぉ。」

「戦いに来た、ということですね。分かり合うことは……出来ないのですか。私は貴方を守りたい。貴方はこの世界を守りたい。互いに手を取り合い、この戦いに勝利することも出来るはずです。」

「そうだな。」

 

 己の言葉に、目の前のホシノ──ハルウェルが顔を綻ばせる。その姿に虚偽は無い。ニールには確信があった。彼女は本当に、心の底からそう思っているのだ。如何なる経緯でそうなったかは想像できないものの、彼女は小鳥遊ホシノであり別世界の己の生徒だったと断言出来る。それは彼女の背後に浮かぶ、崩壊しかけたデュナメスが何よりの証拠だ。

 だが、と考える。今の彼女は生徒ではない。どこか底知れない何かがあるように思えた。魅入られるような瞳と背の翼、不可思議な力。ニールの勘が、近づいてはいけないと全力で警鐘を鳴らしている。大抵こういう時には勘に従うに限る。

 

「お前の言葉には裏表が無い。本当にそれができるのかもしれないと、そう思ってしまう。」

「では。」

「だからこそ、俺はお前を信用出来ない。ハルウェル。」

「先生……」

「お前は何を信じている?何を持っている?過去に何があったかは知らないが、そこまで裏表が無くなるってのは少し引っかかる。分かり合うことができるのなら、まずは対話することから始めなきゃならない。」

 

 対話することが、座して語り合うことだけではないと知っている。その手段が言語によらない場合もある。熱風吹き荒ぶ砂漠の真ん中で、ニールとホシノ、ハルウェルが向かい合う。

 ここに来た時から変わらない無機質な笑顔で、ハルウェルは彼の言葉を待ち続ける。感じていた違和感はそれだ。ホシノは理解した。彼女の笑顔や言葉には想いが無い。そこにあるのはただ『すべき』という義務感と機械的な意思──いや、プログラミングされた命令と言うべきか。生徒では無い、ヒトの形をした『神秘』。それこそがハルウェルの本質なのだろうか。

 

「答えろ。あの時お前は、俺をどうしようとした?」

「貴方と一つになろうとしました。貴方を守るには、私と一つになるのが最善ですから。ええ。心配しないで先生。私が貴方を守ってみせる。外へ連れて行ってみせる。抵抗しないで。貴方には私しかいないのだから。誰も守らない。誰も信じない。私だけ、私だけが貴方を理解してあげられる。」

 

 両手を広げ、ハルウェルがゆっくりと歩み寄る。その言葉には、不思議と熱が篭っていたように思える。ホシノには、それが彼女の本心だと感じ取れた。しかしそれには真贋の区別がつけられない。それすらも組み込まれたものだとすれば、彼女は本当に私なのかすらも怪しくなってきてしまう。

 彼女の言葉から伝わるものを感じ取れるのは、同じ存在だろう自分だけだと思う。だからホシノは先生の前に立って、彼の答えを待つ。もしここで彼が頷けば、実力行使してでも連れ帰る。自分だけじゃない、彼を待っている人達がこの世界には大勢いるのだ。

 

「だから、私と共に──」

「断る。」

「え?」

「早っ。」

 

 でも、先生はやっぱり先生だった。

 

「お前の言う『外』ってのがどこかは知らないが……俺は元々死ぬはずだった男だ、今更戻りたいとは思わない。」

「どういう──」

「それに、今の俺には戻るべき場所がある。待ってる奴らがいる。大切な生徒がいる。そいつらを置いては行けない。黙って居なくなるなんて、大人として最低な行為だしな。」

 

 先生は、私の頭に手を置いた。硬くて大きな、暖かい手だ。優しい手つきで髪をかき乱されると緊張が解れていく。胸の中がじんじんして、熱くなって、表情が緩んでしまう。不思議な感覚だった。嬉しくて恥ずかしくて他の生徒よりも特別なことをされてる気がして、やっぱり嬉しかった。

 

「うぇへへ。」

「んな……!」

「だからお前とは行けない。お前が俺に何を感じとっているのか、俺に何をしようとしているのか、薄々分かってきた。」

 

「お前、俺を殺そうとしてるな?」

 

「──ええ、そうです。」

「何を言って……いや、なんてこと考えてるの!?先生だよ!私たちに大人を信じさせてくれた先生なんだよ!?それをなんで!」

「それだけじゃない。俺がダメなら、この世界を破壊しようとしている。守るものを無くしてしまえば、その場所に留まる必要は無いから。違うか?別世界の小鳥遊ホシノ。お前はどれだけの悲しみを見てきた?」

 

 つまるところ、どんな手段を使ってでもニールを手に入れたい訳だ。ハルウェルの活動動機はニールを手に入れることで、それをするためならば世界すらも滅ぼすということなのだろうか。広いキヴォトスと多くの生徒を含めた住民を、彼女一人で?

 

「──やっぱり、先生には敵わないや。」

 

 ハルウェルが寂しげに笑う。心の底から残念そうにため息をついて、浮かんだ身体を投げ出して、砂漠に寝転がりながら彼女は空に手を伸ばす。その姿は堕ちた天使のようにも見えた。

 

「そうだよ。私は先生のためなら世界を殺す。破壊して、新たな世界を創造する。先生が望まないような世界を創り出して、先生と一緒に行く。そうしたかった。だって世界は先生に優しくなかったから。何度も殺される先生を見て、その度にやり直して、いつか疲れちゃったのかもしれないや。」

 

 大きな身体のはずなのに、自分と同じように見えた。全て諦めたような顔をして、疲れきったような顔をして、彼女は泣きそうな顔で先生を見上げていた。

 

「ねぇ先生。私さ、やっぱり諦められないんだ。」

「ああ。」

「ここに来るまで、何度も繰り返して失敗して。いくつもの世界をめぐって、また先生には拒絶されて、それでも私は諦められない。私は救える力を持ってるはずで、外に行っても変わらないはずだから。」

 

「だから、私は!」

 

「貴方を殺して一つになる!」

 

 もう引くに引けないと言うべきだろうか。彼女の叫びに応じてデュナメスが舞い降りる。改めて近くで見るそれは、動いているのが不思議な程に朽ち果てていた。殆ど剥げ落ちた塗装と錆び付いた金属がその年月を物語っていて、ハルウェルが旅をした長さを何よりもリアルに示している。

 

「私はもう、進むしかない!止まれない!貴方を救う為に身を落とした愚かなる存在、永遠を越えて貴方を救う世界の暴力装置!貴方を救えないのなら貴方を殺して救済する!生とは苦しみの連続、別離を繰り返す呪いの道なのだから!だから──!」

「だから、俺がお前を拾い上げてやる。ホシノ、力を貸してくれ。俺一人じゃ荷が重いんだ。頼めるか?」

 

 先生がカードを取り出した。彼は本気だ。その右目は治り切っていないどころか悪化して、激痛すら走っているだろうに。それでも彼は戦おうとしている。自分の身は省みないで、きっとそれは誰かを救うための戦いだと言い聞かせて。

 やっぱり先生はかっこいい人だ。大人だ。生徒のために命を張って戦える、世界で一番頼りにできる人だ。何でも出来て完璧な人だ。そう思っていたのに──そんな人に助けを求められて、断ることが出来ようか。自分でも先生の助けになれるんだって思えるなら、それには全力以上の全力で応えるべきだ。

 

「任せて。おじさん、仮にもアビドスの最上級生だよ?余裕に決まってるじゃん。」

「そういうところが好きだぞ。」

「「ふぇぇ!?」」

 

 揃って無言で空を見る。コクピットの中に見える別世界の自分も顔を赤くしていた。確かにお前も私だけど違うだろうそれは。

 

「──ぶっとばす。」

「ホシノ、ステイ。」

「やだ!先生は私のものなんだって分からせてやる!」

 

 砂漠の中で、光と共にそれが顕現する。磨きあげられた眩い鎧を身にまとい、目に力強い光を湛えた鋼の巨人。先生の持っている、この世界で唯一無二の神秘。そのシートに座って操縦桿を握る。

 一瞬のブラックアウトと共に、何かに繋がる感覚があった。いつも以上に身体が自由に感じられる。拡張された感覚が機体に当たる砂の一粒一粒を明確に知らせてくる。大丈夫だ、これなら戦える。

 

「行こう、デュナメス!」

 

 ホシノの叫びと共に、カメラアイが一段と強く輝いた。




ニール
俺の機体なんだけどねそれ。
シャーレのコートを羽織っているのに謎の寒気がしてきた。眼帯を外したら終わりな気がしてるけど外さなきゃ戦えなさそうで葛藤してる。

ハルウェル
小鳥遊ホシノでありハルウェル。情緒不安定。中身はほとんど変わってないから先生大好きであることに変わりなし。

ホシノ
好きって言われた。私も好き。
邪魔する私はぶっ飛ばす。

デュナメス
不明なユニットが接続されました。


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『撃ち抜く』先生

ちょい長め。
明日は無理そうなので他の神作を読んでてください。
そもそも読者がいるかは別として。



 人の気配も、生物の気配すら存在しないアビドス砂漠。その真ん中で繰り広げられていたのは、キヴォトスの外より飛来した神秘による熾烈な戦い。見た目は新品同様だが動きが鈍いものと、自壊寸前だが有り得ない速さで動くもの。戦いがどちらに優勢なのかは一目で分からないが、ハルウェルの移動速度に着いていけないというのは致命的だろう。

 

「後ろ!」

「速いな、やっぱり!」

「避けて!」

「っぶねぇ!」

 

 限られた動力にていかに戦うかを決めたニールとホシノは、飛行ではなく地上からの迎撃を。ハルウェルはそんなこと知ったこっちゃないと空を飛び回って位置を変えつつスナイパーライフルによる狙撃を行う。崩壊寸前の機体であっても粒子があるなら一級品。圧縮された粒子を射出するそれはニール達にとって脅威となる。

 

 空を翔るハルウェルが握る、まるで新品のようなライフルが輝く度に砂が舞い上がる。挙動の予測と修正を繰り返し、文字通り機械のような精密さで叩き込まれる粒子ビーム。対するこちらは実弾射撃兵装で、放った弾丸が消し飛ばされるなんてこともある。

 それでも彼らは諦めない。徐々に減っていく粒子残量のゲージを視界の端に捉えながら、ホシノが対空射撃を放つ。ガトリングとショットガンによって逃げ場をなくしたそこにニールが鋭い一撃を差し込んだ。依然として効いているようには見えないが。

 

「ホシノ、粒子残量は!」

「20%切った!そろそろ落とさないとキツイかも!」

「無茶言うぜ!」

 

 複座式に改装されたそのコクピットでは、ホシノがサブアームの制御とシールドによる防御に粒子残量の確認、それ以外をニールが引き受けていた。ハロが居ない分の苦肉の策だが仕方ない。フルシールドを稼働させながらホシノがトリガーを引けば、炸裂式にて発射される鉛玉。

 

「やっぱり効いてないよ!」

「そりゃ、あいつにはドライヴがあるから……な!」

 

 急旋回。脇腹を掠めたビームで装甲が焼ける。防御に回す粒子すら惜しいが、己には遥かに及ばないもののあのホシノもなかなか『やる』。狙撃の腕はそこそこと言ったところか。砂を巻き上げながらシールドを展開してバックブースト、コクピットの中にロックオンを示すアラートが鳴り響いてホシノがサブアームのショットガンを連射。

 ほとんどが直撃するも有効打にはならない。カウンターで放たれた光条が左アームを吹っ飛ばしてホシノの仕事を減らしてくる。高速戦闘中に考える余裕はないが、これで少しリソースが裂けそうだ。その分ニールに負担がかかるが仕方ない。こちらに彼ほどの腕はないのだから。

 

 あの時と同じだ。そしてホシノは考える。思い返すのはベアトリーチェとの戦い。奴にもこの世界で作り出された神秘は基本的に通用せず、接射ならば致命傷を与えられた。ならば接近すればこちらのものではないか。

 

「接近戦ならやれる?」

「可能性に賭けてみるか!」

 

 同じことを考えていたらしいニールがフットペダルを踏み込んでデュナメスを加速させる。腰部スラスターが残り少ない粒子を吐き出して、フルシールドが粒子ビームの直撃で悲鳴を上げた。直撃するビームに機体を揺さぶられながら、それでも彼らは前を見る。

 戸惑ったように身じろぐハルウェルに向かって突撃するのは、なにもヤケクソになったからではない。一縷の可能性に賭けただけでもない。互いに言わずとも分かる。あれを救うにはまだ足りないと。

 

『何を──!』

「お前を、助けに来た!」

『こっちに、来ないで!』

「逃げられたか!ホシノ!」

「いつでも!」

 

 長物はもう扱えない距離だ。互いの武器を使えない至近距離まで近づいて両腕を引っつかむも、その姿が緑色の粒子となって消えてしまう。テレポートのような能力を発揮したハルウェルに対して驚くものの焦ることは無い。あちらにも余裕は無いことが分かったのだから、ならばこれから詰めきってしまえば良い。

 

 ニールの叫びと共にフルシールドへの粒子供給をカット。もう使い物にならないであろうそれが穴だらけになったと同時に彼は切り札を切る。何故か爆発して撒き散らされた黒煙に紛れつつ、自身の目の前のモニターを操作。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんで──」

「すまん、ここから先は俺一人で十分だ。」

 

 胴体部に収められるはずだったGNドライヴの空間に増設されたシートは、パージと共にホシノを脱出させてパラシュートを開く。シャッターによって締め切られたコクピットは、いつもよりも寂しく感じられた。たった2回、それだけなのに彼女の存在が自分にとって支えになっていたようだ。

 

「そんじゃ行くぜ──!」

 

 後ろ髪を引かれる思いとはこういう事なのだろう。手を伸ばしながら離れていく彼女が映し出されたモニターから目を離して、ニールは眼帯を剥ぎ取った。目の前には離れていくハルウェル。機体に着弾するビームによる振動で傷が開いたか。

 覆われた朱の世界で、それでも彼は目を開く。変えてみせると、生きてみせると、そう示すかのように。左腕を失い、右足を失い、吹き飛んだ肩を気にもとめないままに。待ち続けた一瞬を掴み取る。

 

『私は、貴方を──!』

 

 殺させない。

 

 

 アビドスの住宅街で。

 

「先輩?」

 

 

 激戦によって廃墟となった街の中で。

 

「先生。」

 

 

 駆け抜けた街の中で。

 

「せ、ん、せ。」

 

 

 そして、離れていく彼を見上げて。

 

「先生!」

 

 

 自分を呼ぶ声がした。手を伸ばされた気がした。

 

 ならば応えよう。生き抜くために、目の前の()()を助けるために、ハロの支援も無くホシノも居らず、ただ一人戦うニールは叫ぶ。

 

「トランザム!」

 

 両の瞳で射抜いた世界、その中心で彼女が叫んでいた。泣きながら、怒りながら、分からないと悲鳴を上げていた。繰り返す世界を見て、全てに絶望しながら戦い続けた少女が居た。狭苦しいコクピットの中で風に吹かれて、彼女もまた両目を見開いていた。

 

 煙を吹いて、今にも爆散しそうな機体を駆る男が居た。世界を変える戦いで命を落とし、再び戦いに身を投じた男が居た。世界を変えるためではなく守るため、零れた命を救うため、生徒のために彼が居た。

 

『せん、せい。』

「聞けよ()()()!お前が世界に絶望したって言うんなら、諦めたって叫ぶなら!」

 

 紅の残影を残し、その機体は真っ直ぐ空を翔ける。反転し、空から堕ちる深緑の天使に向かい合うは緋色の流星。成層圏の彼方まで撃ち抜く希望の光。空から放たれる断罪を、抜刀した剣で切り裂いて彼は言う。

 

「お前をもう一度、俺の生徒にしてやる!何度だって間違えろ!何度だってやり直せ!未来ってのは、そうやって切り拓いていくもんだ!」

『でも、私は!もう!』

「俺もそうだ!走り抜けた先で、答えは得られなかった!だから!」

 

 軋む音と共にサーベルを抜刀したハルウェル。左手のライフルからビームを放って近づいてくる。機体のダメージは深刻で、しかし回避はしない。胸部中心に直撃したビームを受け続けながら、ニールの駆るデュナメスがハルウェルへと近づいていく。

 

「俺と一緒に答えを探せ!ホシノ!」

『あ──』

 

 彼女の突き出したサーベルがデュナメスを貫いて、それと同時に彼の機体から輝きが失われる。形成された刃が消え、吹き飛んだ右目の代わりに残っていた左目が暗く変化して落ちていく。

 粒子残量無し。その警告音と落下の浮遊感を感じる前に、彼はハッチを開いてハルウェルの機体にしがみつく。丸見えのコクピットに飛び込んで、そこに座るハルウェル──ホシノに手を伸ばす。

 

「仲間が言ってる気がするんだ。変われるって。俺たちは変革できる。今までとは違う、新しい奴になれるって。」

「私も、なれるかな。」

「当然だ。だってお前は──」

 

 俺の事を、誰よりも想ってたんだろ。

 

「その右目、お前のじゃないな?」

「えっと、その……」

「よく分からん力で何とかしたって訳だ。」

「……はい。」

「身近にも、俺が残っていた──いや、その身に俺を移植したのか。同一化も極まれりって感じだ。大方、アビドスの仲間もそうしたんだろうさ。」

 

 お見通しだった。彼には何もかも、隠すことは出来なかった。出会ってから別れるまで、何度も繰り返した時の中でも分からなかったはずなのに。半日も経っていないのに見抜かれた。どうして、どうして。

 シートに座って考える己の頭に、彼の手が乗せられた。こちらのホシノもやられていたやつだ。じんわりと暖かいその感覚は、久しく忘れていた生者の感覚。生きているという実感を与えてくれる、常世と現世の境界線。

 

「別世界の俺だとしても、気づかない訳ないだろ。自分の生徒のことなんだから。」

「それって……」

「おわ!?」

 

 その時力を失って落下するデュナメスが爆散し、それに煽られて彼が落ちていく。ぴちゃりと顔に飛んできた冷たい何か、手で触れてみるとそれは赤かった。

 思い出す。初めてから今まで、何度も繰り返した世界。ここまでたどり着いた世界はほとんど無くて、その中でも彼と戦ったのは今回が初めてだ。こんなにも直球で気持ちをぶつけられたのも、また。

 

「死なせない!」

 

 咄嗟に身体が動いていた。飛び出した自分に呼応するハズのデュナメスは空に浮かんで動かずに、ただこちらを見下ろしている。振り返ってもそれが返事を返すことは無い。

 前を向いて手を伸ばす。気を失っている彼の体を抱きしめて、自分の翼を大きく広げる。重量軽減と飛行能力の合わせ技で落下速度を打ち消して、ゆっくりと着地した。近くにはパラシュートの残骸もあって、この世界の小鳥遊ホシノも立っている。

 

「先生。」

「無事だよ。大丈夫。」

 

 地面に下ろすと、ホシノが駆け寄ってくる。砂に足を取られて転びそうになって、無様にも手をついて、それでもニールの顔を見ようと走ってやってくる。

 必死だった。いつかの自分みたいに、始まりの私のように必死だった。繰り返して巡った世界の中でも、同じようなことがあったんだろうか。彼に駆け寄って名前を叫ぶ自分を見て、少しセンチメンタルな気分になる。

 

 分かっていた。この行為は自分本位で、誰も笑顔になれない行き止まりの未来に突き進むものだって。その世界、その繰り返しの中で誰かを悲しませることだと、分かっていながら目を逸らし続けていた。

 でもだからこそ退けなかった。先生を幸せにしたかった。戦いの中で生きてきた先生を助けたかった。暗い世界から引き上げてあげたかった。この世界は美しくて、透き通っているんだと見せたかった。

 

「結局、私のしたことは間違ってたんだね。」

 

 ホシノは応えない。ただ無言のまま、ニールに膝枕していた。流れる血を拭き取って、救急セットのガーゼを押し当てていた。自分と似て手馴れていた。当然だ。この世界でも小鳥遊ホシノの歩んだ道は平坦なものではなかったのだから。

 どこで変わってしまったのかな。立ち尽くしたまま考える。先生の事が好きだと自覚した時だろうか。先生が殺されて、黒服の口車に乗った時だろうか。それとも、先生と出会った時からだろうか。

 

「──間違ってた。先生を守るために先生を殺すなんて間違ってる。本当に守りたいなら、自分の力を使えばよかった。仲間の力を使えばよかった。でも君はそれをしなかった。世界も、大切な仲間も飲み込んで、全部一人で背負い込んだんだ。」

「その時から?」

「うん。誰かを信じて、誰かを頼れ──そうやって、この人に教わったはずなのにね。」

 

 ずん、と何かが落ちる音がした。

 

「じゃあどうすればよかったの?」

「先生の力を借りるべきだった。シャーレの先生の力を。それだけじゃない。あの空崎ヒナもいた。ミレニアムも、トリニティも、アリウスも──そして、アビドスも。みんな先生のことが嫌いなんてないのに。」

「だって、だって……!」

 

 膝を着く。砂に沈んだ脚を見下ろした。照りつけていた太陽は地平線の彼方へ消えようとしていた。握った拳を膝に叩きつけた。どうしようも無い怒りと憤りを何処にぶつけていいか分からなかったから。

 

「誰も信じられなかった……!先生だけだった……!シロコちゃんも、ノノミちゃんも、セリカちゃんも、アヤネちゃんも、どんな生徒だって信じられなかった!心の奥底から繋がっていたいひとは、あの人と先生だけだった!」

「最初からずっと、間違えてたんだ。ユメ先輩が居なくなった時からずっと──貴方は一人だったんだね。ハルウェル。」

 

 心の中に氷の刃が差し込まれた気分だった。それなのに頭はかっと熱くなって目の前が真っ白になって──気づけば、ホシノを掴みあげていた。先生の頭を滑り落として、彼女の身体が持ち上がる。自分よりも小さな自分の首を掴み、力を込めていた。この程度で死ぬような自分では無いから。

 

「だまれ。」

「そんな時にやって来たんだ。ニール先生が。私たちよりもずっと早く、貴方と先生は出会ってたんだ。」

「だまれ!」

「だからこそ、死んだ時に現実を受け入れられなかったんだ。嫌だったんでしょ、それを知るのが。」

「それ以上、喋るな!」

 

 投げ捨てる。ホシノの軽い体は意図も容易く放り投げられて、砂の上を何度もバウンドした。砂に塗れたパイロットスーツのまま、横倒しになって彼女は笑う。愚か者を笑う。

 がらんがらんと音がする。自分のプライドと、信じていたものが壊れていく。突きつけられた言葉の刃が自分を切り開いていくようで不快だった。不快なのに──けれど、不思議と受け入れられてしまった。

 

「逃げたんだよ。お前は。」

「あ、あぁぁぁぁぁ!」

 

 それすらも認めてしまえば、きっと自分は自分でなくなってしまう。理解しつつも、引き寄せた銃を握ってホシノに向ける。銀色に輝くそれはニールのもので、ホシノが持っていたもの。ひいてはかつて自分が持っていたもの。けれどそんなことに気づけるような余裕は無くて、ぐちゃぐちゃになった心のままに引き金を引く。

 

「ぐっ……先生のことが好きだったんでしょう。それなのに、どうして殺すの!自分の力で守らないの!そんな得体の知れない力を借りて、本当にしたかったのはあの人を殺すことなの!?」

「うるさい、うるさいうるさいうるさい!」

 

 引き金を引いても硬い音が鳴る。弾切れだ。

 

「私は、あなた。だから分かる。あなたが繰り返した意味、あなたが生きた意味、──あなたが、ここまで来られた理由が。」

「理由、?」

「先生のこと、好きだったんでしょ?先生としてじゃなくて、一人の男として。だからこそ死んでほしくなくて、繰り返した。違う?」

 

 顔に朱が差した。図星だった。小さくなった翼で顔を覆い隠していた。共感性羞恥というやつだろうか、自分の顔も熱くなった。

 

「で、でも先生は大人だから!大人で、先生で、それで……それで、生徒とは付き合わないって言われたから……だから、その。」

「ヤンデレというかなんというか……恋愛感情ここに極まれりって感じがするねぇ。」

 

 湯気が出そうなほどに赤くなった顔で、ハルウェルがへたり込む。こいつ生徒やめてるくせにめんどくせぇもん抱えてるな。冷静になったホシノは真顔になった。

 だけど分かってしまう。それはきっと自分もそう。独占欲は誰にだってあるものだろうし、それが捻れて歪んだ終着点こそがこれなのだろう。誰よりも先生のことを愛して、それ故に繰り返した世界の中で拒絶され続けた可哀想な神様。それがハルウェルなのだろう。

 

「自分だけの先生、か。……っくしゅん!」

 

 ハルウェルの隣に腰を下ろす。日が落ちて、少し冷え込んできた。インナーとパイロットスーツだけでは肌寒い。

 

「随分湿っぽい話してるんだな。」

 

 頭の上から白い何かを被せられた。それが先生のコートだと気づくまでに時間は必要なかった。汗と、ほんの少し混じった血の匂いだ。不思議だけれど安心する。

 

「先生!」

「おー、ありがとなホシノ。……お前も、な?」

「えっと、私は……」

 

 膝を抱えて顔を埋める。合わせる顔がないとはこの事だ。あれだけ敵対ムーヴぶち上げておいて今更何をすれば良いのだろうか。自分は先生を殺そうとして、アビドスのみんなを取り込んで、そうして──

 

「あ、先輩!何やってんすか!」

「とりあえず、あいつらにごめんなさいって言ってみな。そういう所から変えていきゃいいんだ。」

「うへえ、先生ってば優しいんだね。」

「生徒を邪険にする方がおかしいだろう?」

「そうだね。先生は優しい人だから。」

 

 ホシノと彼が連れ立って歩いていく。

 

「ねぇねぇ、ハルウェル?」

「うっひゃあ!?」

 

 ぼーっと眺めていると、後ろから声をかけられた。恐る恐るふりかえった先にいたのはシャーレの先生。心做しか先生に似ている気がするけれど、きっと気のせいだと思う。先生の家族はもう居ないと聞いているから。

 

「に……先輩ってさ、優しいでしょ?」

「ええ、はい。とても。」

「あの人が何にも言わないってことは、あなたの事を許してるってことだと思うよ。ほら。」

 

 指さされたその先で、アビドスのメンバーと先生が手を振っている。シロコが居ないのも、ここにみんなが集まっているのも、自分が見てきた通りだった。本当に許されたのなら、この後すべきことは一つだけ。

 

「……デュナメス、最後のお願い。」

 

 がらんと音が聞こえた。

 

 空は見上げない。示す先にあるのはカイザーの調査拠点。

 

「あそこ、吹っ飛ばして。」

 

 さようなら、私の思い出。




ニール
俺の機体は?
ハルウェル、別世界のホシノすら落とす凄腕スナイパー。

ホシノ
先生を抱っこしたかった。
放り出された後、ニールを襲うことを以下略

ハルウェル
やっぱり先生なんだなって。
ヤンデレ化しかけてたけど元々が常識人故にそんなに影響はなかった。むしろやや前向きになったかも。

先生
ねぇねぇ、ハルウェル?(ぽよん)
この後ニールとホシノによって砂に埋められて写真撮られた。秘蔵写真(4万クレジット)はブラックマーケット行きになった。

デュナメス
俺は?

デュナメス
任務、了解。


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『世話する』先生

なんか書けました。
推奨BGM……というか執筆時もそうだったのですが、例の陸八魔なBGMを流しながら読んでいただくテイストになってます。
あと前半の先生のセリフは宮○真守風で読んでも面白いかも。

なにこれ。


「おい。」

「はい。」

 

 さて、前話でなんやかんやありまして和解しました。どうもハルウェルです。空はだんだん暗くなってきていますが、皆様如何お過ごしでしょうか。今の私は、阿修羅すら凌駕する存在と化したニール先生の後ろで私に頭を撫でられています。

 え、シャーレの先生?あの人なら私の胸を触った触ってない論争の末に、こっちの私とニール先生が掘った穴に埋められて首から上だけを露出した状態のままお説教されてるよ。

 

「セクハラってな。」

「はい。」

「女性同士でもな。」

「はい。」

「発生すんだわ。」

「それは違うと思いますこれは完全に事故といいますか私には悪気はなかったと言いますかいや本当に信じて欲しいんですけど私はただハルウェルちゃんを励ましてあげようと思っただけで他意は無かったつもりでありまして私としましてもまさかあのタイミングで膝と身体に押しつぶされる2つの水饅頭がそんなところからはみ出てるとは思わなかった訳ですはい!!!!!!!!だからお願いですから写真撮らないで!ここから出して!新しい何かが目覚めそうなんです!あ、待ってだんだん暖かくなってきました。ええ。これが感覚遮断トラップって事ですね!ンンン、素晴らしい!素晴らしい感覚ですねこれ!自分の意識はあるのに首から下は動かせないままあんなことやこんなことをされるって事ですよね!うっひょ〜たまんねぇもっとやってやってくださいよ!ほらほら、カモンカモン!その素晴らしいまでのジト目をやめて私の身体に好き勝手あひぃ!」

「先生、ちょっとお時間頂けますか?」

「んッン〜〜!そのセリフはユウカ限定だぜ子猫ちゃん──待ってください無言で首根っこ掴むのはやめて」

 

 目を閉じて口だけで笑ってるセリカにドナドナされていく先生。なんか連邦生徒会にもあんな感じの生徒がいたような気がする。思い出そうとしたら背筋がゾワッとするからあんまり良くない記憶なんだろう。うん。やめよっかこの話。防衛室……うっ、頭が。

 いや、まぁ、見慣れてはいるよ。どの世界でも先生はあんな感じなんだけど、今回はいつにも増して性癖が歪んでるというか、なんというか、その……

 

「個性的な人、なんだね?」

「やめて!そのフォローが心に刺さる!」

「気にしてない、気にしてないよ?ほ、ほら、先生も疲れてたんだよね?大丈夫?おっぱい揉む?」

「えっ、何この力!?」

「ええそれはもう喜んで飛び込ませて頂きますンンンンン〜〜〜〜〜〜程よい汗の香りとミルクのような芳醇なフッレイバァが私のひび割れた心を癒してくれるようですねぇ、ええはい。素晴らしゅうございやすよ。ここが私のオアシス。これが私のユニバース、皆もおいでよホシノリゾート。私の永住権はここにあり。深く息を吸ってそれだけで自分の血中二酸化炭素濃度が下がってコレステロール値血糖値その他大勢が一瞬にして消え去るような素晴らしさァ〜〜〜!」

「えっと、よしよし……?」

「おっほぉ素晴らしい!バブみすら感じるように出来るとは!まだまだ私の教師人生捨てたもんじゃないってことですね!どうですハルウェルさん、今から駆けつけ1杯、私と2人でサシ飲みしてみませんか?いい店知ってるんですよア・タ・シ。なんなら奢っちゃう!全部奢っちゃう!そんでもってその後朝までホテルでEndless Waltz──

「教育的指導。」

「ん゛ん゛ッ゛ッ゛!?」

 

 後に知ったことなのだが、一番付き合いの長いアリウススクワッドでもニールが鉄拳制裁をする所は初めて見たらしい。とても、とても痛そうだった。こっちの私の笑顔も凍りつくほどの快音がしたから。

 

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい。」

「気をつけてね。先生にかすり傷の一つでもつけたら承知しないから。まぁ、私だから大丈夫だと思うけど。」

「あはは、任せて?」

 

 アビドスのメンバーと簀巻きにされてホシノに引きずられる先生が、カイザーコーポレーションの調査地点……の跡地に向かって歩いていく。水揚げされた魚のような動きだ。本当に彼女が人間なのか分からなくなってくる。ハルウェルはちょっと引いた。

 さて、残されたニールとハルウェル。砂漠の中にとっちらかった機械の残骸をどうするべきか考える。ハルウェルは良いとして問題はニールで、ぶっちゃけデュナメスが無くなったらただのヒキニート同然みたいな部分が大きい。シッテムの箱を使えるとはいえあれは先生のものだし、となれば自分が出来ることは特に無く。

 

「俺のアイデンティティの喪失……?」

「そんな顔でそんなセリフ言わないでよ先生……」

 

 珍しく茫然自失と、気の抜けた語調だった。まぁ否定はできない。ハルウェルは考える。彼は確かに人間だから生徒と共に戦うことは出来ないし、デュナメスは修復不可能と言っていいほどに壊れてしまった。そのデュナメスを壊したのは自分なのだが。

 自分の力で砂に穴を開けてそのまま自分を埋め始めたハルウェルはどうでもいいとして、問題はこの残骸をどうするか。レストアしようにもエンジニア部の方も忙しそうだからどうしようもあるまい。自力でやるにも限界があるからここでお別れするべきだろう。

 

「お疲れさん、デュナメス。」

「え?直せるよ?」

「は?」

 

 さっきまでの先生と似たような姿で砂に身体を沈めたハルウェルが、ぬるりとした動きで腕を持ち上げてきた。そういえばこいつ、よく分からない力持ってたな。遠い目になるニールだった。

 

「えい☆」

「そんな軽いノリで直すな!」

「え、また私、なにかやっちゃいました?」

「そのまま埋まってろ。」

「やーん、先生のいけず。」

 

 にこぉ、と笑ったハルウェルが手首を振り下ろすと同時に2機分のスクラップがひとりでに組み上がっていく。吹き飛んだ手足やら装甲やらがどこからとも無く現れてニコイチされていく様は、まるで出来すぎたSF作品でも見ているようだった。

 その作品に出てた人はなんなんでしようねー、なんて彼女が半目になって彼を見上げる。新人類や改造人間、果ては人造人間に囲まれた正真正銘の人間がマトモなはずがないだろうに。どうせ弟もとんでもない才能マンなんだろう。

 

「綺麗さっぱり何も無くなって、新品同様のデュナメスが一つだけ……お前、どんな手品を使った?」

「えへぇ」

「これで嬉しそうな顔をするのかお前は?」

「私の力も役に立つんだなって。」

「それはそうだがまず原理を教えろ。」

「ほぉうこれは……」

 

 しゃがんできた彼のシャツがふわりと揺れて、鍛え上げられた胸元が見えると同時に濃厚なスメルが漂ってきた。ショーツは水没した。ステイ。私ステイ。こちらの私も同じことを考えてたみたいだし、狙ってる子は多かったはずだから。単独作戦じゃなくて連合作戦の方がみんなハッピーになるでしょう?

 まるでニールの事を何も考えていない脳みそ真っピンクの生徒がヨダレを垂らしていたので、彼は無言で立ち上がる。しばらくこのままで良さそうなので放置しておくことにした。どうせ自分で出てこられるだろうし。問題は無い。無いのだ。決してドン引きしている訳では無い。

 

「……直ったならいいか。」

 

 そして彼は思考を放棄した。どんな過程であれ、とりあえず実戦可能な状態に修復されたなら万事オッケーというやつである。デヴァイスユニットまで勝手に装備されてるように見えるけど気のせいだろう。コクピットブロックが胴体中心部に入ってて何故か三人乗りに改修されてても気のせいだと信じたい。一番奥の席がやたらと広いのも何かの偶然だろう。そうだと言ってくれ。

 

「……先生と、私。あと一人なら認めるよ?」

「────」

 

 快音二度目。もう生徒じゃなくて大人扱いである。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「あっち、大丈夫かな。ハルウェルと二人きりだけど。」

「うーん、そんな度胸ないと思うよ。」

『どっちにですか?』

「ホシノ先輩にですよね☆」

「ノノミちゃんッッッッ!」

 

 さて、ところ変わってアビドス組。バックアップ組も賑やかに、頭から足までロープに包まれた先生を引き摺って歩いていた。時折びたんびたんと尾びれ……もとい足の方が跳ねているが、まぁ特段問題は無い。いつも通りの、生徒四人の遠足風景だ。HENTAIに人権は無い。慈悲も無い。

 

『そろそろカイザーコーポレーションの調査拠点なのですが……その、なんといいますか、壊滅してるようでして。』

『ヒマリさん?』

『あの、ちょっと待っててくださいね?』

 

 ヒマリが誰かに電話をかけてブチ切れていた。時折聞こえたトキだのぼっちだのコミュ障だのという単語から大体内容を察したホシノは空を見上げた。

 

「まぁ、よくよく考えたら先生を怒らせた瞬間あれが本気で迫ってくるんだもんねぇ。恐ろしいよ。」

「え?え?どういうこと?」

「さすがにホシノ先輩でも防御できませんものね……私は分厚い装甲がありますから余裕ですけど☆」

「そんなの重いだけだし。わたしはわたしで身軽だから回避しやすいし。気にしてないし。……ぐすっ。」

『お待たせしました。ウチの問題児に電話を……あら?どうしました?泣いていらっしゃるようで……』

「貧乳には夢が詰まってるんだぁ!」

『……後で、お話しましょうね。』

 

 味わい深げに頷いたヒマリがホシノに親指を立てる。ノノミとエイミにはその親指を回転させそうになって思いとどまって咳払い。でかいだけの脂肪の塊だろうに。舐めやがって。

 

『……話は逸れましたが、この先に先生の仰っていたもの、『方舟』があるようです。幸い吹き飛んだのは地表部分だけのようですし、慎重に行きましょう。』

「うわぁ、綺麗さっぱり吹っ飛んでるわ。アヤネ、この辺りに金目のものがないか探しておいて。あいつらの自業自得なんだから、拾ってお金にするぐらいはしてもいいでしょ。」

『え、ええぇ……?いいんですかホシノ先輩?』

「うわぁ、見てよノノミちゃん!これ、もう二度と出会えないかと思ってた伝説のアレだよ!」

「凄いですねこれ……そっち方面には需要がありそうですけどって先輩、写真撮らないでください。それを送らないで!いや返信早っ!?ちょ、この人C&Cの人ですよね!?」

 

 どうやらあっちはあっちで盛り上がっているらしい。諦めてアヤネがドローンを操作していると、すぐ近くに意味ありげな地下への連絡用らしきエレベーターを発見した。これは重大情報だ。すぐに皆に知らせねば。インカムをオンにしてカメラを切替える。

 

『みなさん、地下への入口を発見──』

「うわ、なにこれえっぐ……」

「なんでこんな場所にこんなものが……?」

「倉庫だよね、えーっと……『押収品』?こんなものがアビドスエリアにあったっていうの?信じられないや……」

『くぁwせdrftgyふじこlp』

『アヤネさんが壊れてしまいました。』

 

 

「部長、何かご連絡が?」

「あ?アタシらの秘密だよ秘密。……んだよ、覗き込んでくんじゃねぇよドスケベメイドが。」

「ひっどい!それだったらカリンもだよ!すごいんだよ、この前なんか射撃訓練場で──」

「アスナァァァァァァァァ!」

「……あの、これは一体?」

 

 

「……よし、先に進もうか。」

「そうね!」

「そうですね。」

『うーん、うーん、支出計算……権利の主張……版権……はっ!はい、それではナビゲートします!着いてきてください!』

『あ、もういい感じですか。』

『部長、今日だけはなんか同情するよ。』

 

 やや疲れた一行は進む。地下への入口にたどり着き、扉が開かなかったので裏手の電源ハッチをこじ開けてヒューズを繋ぎ、動いたエレベーターで地下へと降りていく。はて、こんな感じだっただろうか。

 ちーん、と音がしてエレベーターが止まる。途中でエレベーターが止まって落ちるかと何度思ったか。そのくらいにはガタガタ揺れていたので、現場組は色んな意味で疲弊していた。精神的にも体力的にも。

 

「ねぇ、もうそろそろ解いていいかなこれ。さっきから小さく痙攣してるんだけど。」

「いいんじゃないかな。」

 

 容赦なく剥ぎ取られたロープの中から出てきたのは恍惚とした表情だったので、ホシノは無言でそこに紙袋を被せた。さっきの倉庫で見つかったブツを入れていたものだ。顔だけで正解だった。

 

「先生ってこんなんだったかしら……?」

「マトモな描写が多かったからね。」

「描写?」

『まぁ、確かに……いつもと違ってかっこいい所ばかりでしたからね。この辺りでバランスを取っておくのは必要でしょう。』

『その結果がアレですけどね。』

『……否定できません。』

「ああ、アヤネちゃんが白目をむいて!?」

「メディック!メディック!」

『怪我人ですね!』

 

 アヤネが消えていった。薄暗い空間に取り残された四人は、無言で通信の向こう側にいるヒマリに視線を向ける。これどうすんだよと。

 

『………………さて、それではこちらの空間ですね。スキャンしたところ、かなり広めであることが確認できました。およそ250mと言った所でしょうか……』

「広っ!?なにそれ!?」

 

 セリカの声が響くと同時に、彼女たちが光に照らされた。いや、正確には照らされたのは空間の一部か。彼女たちが居る方から奥に向かって、段々と点灯していくライト。それらが点灯するに従って、彼女たちの顔が呆然としたものから困惑へと変わっていく。

 

「あの、なにこれ。」

「ヤバいですね☆」

「…………うそぉ。」

『これは、また……』

 

 水色と白の二色で塗り分けられたそれは、まるでクジラのような大型の機械。魚で言えば尾びれにあたる場所には四つのアンテナらしきものが見えているし、ホシノたちに向くのは顔に当たる部分だろうか。

 

「魚?」

「魚よね。」

「魚ですか?」

『魚のように見えますね。』

『いや、これが話にあったやつでしょ。』

 

 エイミのツッコミが響き渡って。

 

「「「『これが方舟!?』」」」




ニール
珍しくブチ切れた。節度を持って欲しい。

ハルウェル
吹っ切れて脳内ドピンクになった。愛しのニールのためなら、よく分からない超パワーを惜しげも無く使う。

ホシノたち
なんかすごいものを見つけた。

アヤネ
救護騎士団に連れていかれた。

C&C
実はネルが一番マトモ。

ヒマリ&エイミ
常識人枠。

???
急病人の気配がした。

先生
大戦犯。


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『お休みの』先生

毎日5000投稿してる人って何なんすかね。
人じゃないのかもしれないすよ。



『先生先生、見える?これ。』

「見えると言えば見えるけど……」

「あー、画質が悪すぎて何も見えねぇ。俺のタブレットの問題か?ちょっとカメラの前でなんかやってみてくれ。──なんだこれ、謎の人型が変な動きしてるのしか見えないぞ。ちゃんとしてくれよ。」

『だってさ。』

『私の渾身のニコライ音頭がッ!』

『なに、そのよく分からない踊り。』

 

 今日もアビドスは平常運転。シロコがいないことを除けばいつも通りの暴走具合だ。画面の右下で蹲ったように見えるのがノノミだろうか。通信環境がよろしくないようだ。アンテナゼロ本の3○回線だから仕方ない部分もあるだろう。これが4○やら5○やらなら変わってきたかもしれないが、無い物ねだりというものだ。諦めて欲しい。

 またもカメラの前で黒髪が跳ねる。今度はセリカらしい。元気なものだ。ちらちらと画面の端に映る髪はホシノのものだろうし、ノノミの隣に放置された鰹節のような何かは簀巻きの先生……だと思う。ここでニールは一気に不安になった。案外気に入っているのだろうか。

 

『いやー、勝手に移動させてくれるから助かってるよー。』

「お前ほんと。」

『あ、はい、すいません兄貴!』

 

 画面の中でぬるりと鰹節が立ち上がった。足の可動域はほとんど無いのにどうやって移動するつもりなのか甚だ疑問である。いやほんとにどうする気なのだろう。ニールとハルウェルは顔を見合せた。恋愛とかそんなんじゃなくて。なにこれ。

 

『いやあああああ先生気持ち悪い!何その足の動き!』

『あははははははははは!これぞ私が数多のビターンの末に生み出した足首だけ歩き!見た目はアレだけど速いでしょ!』

『わぁ、なにこれぇ』

『うっ……ぐすっ……今度ヒフミちゃんとアズサちゃんとケーキ食べよう……そうしよう……モモフレンズフレンズとして……』

 

 

「んぐフゥ!?」

「わ、ナギサが紅茶を吐いた。」

「ねぇねぇナギちゃん。『あはは』。」

 

 

『……なんかどこかで尊厳破壊された音がしたけど気のせいかなぁ。』

『気のせいじゃない?』

『ひぃぃぃぃ!!!』

 

 無言でタブレットの電源を落とした。最後に見たのは遠い目をしたホシノがノノミの身体にもたれかかって格納庫の天井を見上げながら、逃げ回るセリカを鰹節が追いかけ回すところだった。高機動型鰹節、恐るべし。あのセリカをもってして涙目鼻声にさせるとは。ドアップになっていたことはセリカには秘密にしておこう。彼女のプライドが砕け散ってしまう。

 

「……行ってやるか。」

「そうだね。」

 

 屹立するデュナメスのコクピットから降り、カードで格納して歩き出す。調整は未だ終わっていないものの、とりあえずあの鰹節をなんとかしてやらねばならぬ。アビドス高等学校のSAN値は限界スレスレだろうから。

 時間はかかるが歩くしかないだろう。面倒なことになった、と車を持ってこなかった自分を恨む。ため息でもつきたい気分で空を見上げると、ある一点に雲が流れているようにも見えた。なるほど、あれが怪しいと言われている場所か。

 

「先生、これからどうするの?」

「話によれば、7万5000メートルの高さにある構造物に強襲をかけるとか。仮に方舟ってのが見つかったとして、それが俺たちの理解の範疇にあるかも分からないのによ。」

「オーパーツらしいからね。さすがの先生でも分からない?」

「ああ。無理なもんは無理だな。」

 

 そっか、と頷いてハルウェルはニールの後ろをついて歩く。ぱたぱたと羽を動かして微調整。このまま彼を抱えて飛び立てばすぐさま目的地に到着するだろう。よし決めた今すぐやろうそうしよう。

 脳内お花畑なハルウェルがそう決めて腕を広げ、膝を落として身をかがめる。羽から放射される粒子が最大限に達しようとした時、ニールのタブレットが激しく振動して驚いた。

 

『に……先輩!』

「なんだよ!「うわぁ!?」お前はいい加減その縄解け!」

『いやー、気に入っちゃってじゃなくて!早くこっち来てください!いや早くって言ったけどハルウェルが来てくれるとは思ってなかっメイドインヘブン!?』

『やあやあ、こんにちは先生。砂漠のを満喫してるところ悪いねぇ。ちょっと急いで貰えるかな?』

 

 相変わらずガビガビな画面の向こう、ホシノらしい顔が映る。珍しく困ったことになっているらしい。彼女がいると大抵は何とかできると思っていたが、そうでもないのか。まぁ可愛い生徒の頼みなら、急いでやるのもやぶさかでは無い。

 ちなみに背後で鰹節が吹っ飛んでその後とんでもない音がした。ハルウェルはいなくなっていた。先にすっ飛んで行ったようだ。GN粒子ってすごいや。また空を見上げる彼ももうヤケクソである。そのうち量子テレポートでもしそうだ。やめて欲しいのだが。

 

「……俺を置いて行きやがった。」

「よう!」

「あん?」

 

 走る訳にもいかず、のんびりと歩いて行くかと覚悟を決めてから振り向けば、砂煙を立てて急停止する厳つい装甲車。砂に襲われた彼が酷く咳き込むのを気にしないまま、声の主は車の上に立つ。

 その声には威勢が満ちていた。その空気には、目元と同じような鋭さが混じっていた。自信に満ち溢れた覇気のある声を響かせて、C&C最強のメイドさんが先生に手を伸ばす。

 

 まぁ、見た目は完全に小学……もといロリ……でもなくてちんまりしていたし、そんな彼女がニールのジャケットを着ながらスカートを気にせず大股でしゃがんでいれば背伸びをしたいお年頃の女児にも見えるだろう。

 はい、頷いたそこのあなた。今なら地雷と狙撃とロボットとバニーが着いてくるぞ。どれが好きかを選ぶといい。もちろん本人にお願いすれば天国に上る気分になれるだろう。文字通り。

 

「ネル?」

「タクシーはご所望かい?ご主人様。」

 

 まぁそれはそれとして、今のニールにとって彼女たちはこれ以上ない増援とも言えた。アビドス砂漠をハイペースで歩くわけにもいかなかったし、水分も欲しくなってきた頃だし、お言葉に甘えることにした。

 メガネを光らせるアカネの運転のもと、ニールが車に揺られている。助手席にアスナ、後部座席にカリンとネル。トキは相も変わらず別行動らしい。これもお仕事。一人ぼっちの彼女を何とかしたいのだが、それまで手が回らない。残念ながらニールは一人しかいないのでな。そこ、ハルウェルなら増やせそうとか言わない。

 

「助かった。」

「いえ、問題ありません。元々、ニール先生には色々とお聞きしたいことがございましたから。狙撃についてや、戦いへの向き合い方……大人として、新しいメンバーに対する接し方など。」

「なるほど。カリンとアカネの質問と、それにトキについてか。すぐに答えられるものじゃないぞ。一旦全部終わってからなら良いが。」

「え、じゃあ私も聞きたい!」

 

 豊かな胸を揺らして挙手するのはアスナ。よく揺れるものだ。ネルが頬杖をつきながらそれを見ていたが、よくよく考えるとこのC&C、平均バストがとんでもないことになっているのではないだろうか?自分を除いて。トキも『ある』方だから。

 無言で胸に手を置いてネルは静かに絶望した。嗚呼神よ、なぜ私にここまでの試練を与えたもうたか。ぶっ殺す。この格差、決して認めてなるものか。拳を握ったネルがブチ切れていると。

 

「先生って、どんな人が好きなの?」

 

 その時、キヴォトスに電流走る。連邦生徒会の面々が揃ってくしゃみをしてカヤは階段から転げ落ちてジェネラルは通りすがりのヒットマンに銃撃されてワカモが盗聴器の音量を上げてコユキが泣いていた。つまるところ平常運転だった。許されよ許されよ、純粋なる気持ちを許されよ。

 それはそれとして途端に静かになる車内。誰もがニールの言葉を聞き逃さんと聞き耳を立てていた。アスナは特に何も考えていないようだが、よく見ると笑った目が薄く開いている。珍しく確信犯であった。

 

「なんでそんなことを?」

「えー?こういう時に恋バナって定番だって聞いたから!」

「それは修学旅行の時じゃないか?しかも夜。」

「え、そうだっけ?まあいいじゃん!」

 

 で、誰が好きなのとアスナが振り返ってくる。

 

「先生と生徒の禁断の恋……ってやつ!」

「先生と、生徒の……」

「禁断の恋……!」

 

 カリンが露骨にソワソワし始めた。顔では平然を保っているようだが、よく見てほしい。ヘイローがふわふわ動いている。顔もやや赤い。はふはふと顔を叩いている。多分1番マトモな恋愛をしそうな女だろう。それに比べてネルを見て欲しい。ネルのことだからどうせふんぞり返って。

 

「禁断の、恋。」

 

 違った。カリンが口を半開きにしたまま変な声を上げた。

 

 

『そういえば、最近ではよくC&Cのメンバーと一緒にいるらしいけれど。何かあったの?今日は少し……思い詰めているように見える。』

「いえ、その。」

 

「部長が、恋をしているようでして。」

『え?』

 

 

「え」

「リーダー?」

「ふっふぅん?」

「ば、ばか!そんなんじゃねぇよそんなんじゃ!……ぜってぇ、違ぇからな。おう。違ぇよ。と、とにかく違うからな!好きな人がいるとか、そんなんじゃねぇ!断じてだ!」

 

 嘘だ。眼鏡を光らせ、目元を隠したアカネが薄く笑う。リーダーがそうやって否定する時、暴れたりしないのは恋愛関係の場合だということは全て理解している。つまり今回もそうだということ。

 相手は誰だろうかと考える必要も無い。見ればわかる。カリンが顔を紅潮させてちらちらと眺めるのはニールの手元。疲れからか居眠りしている彼の、投げ出された手元に伸ばされては戻り、伸ばされては戻るネルの小さな手があった。

 

「リーダー、先生起きてないけど……」

「お、おう!疲れてんだな!仕方ねえ、アタシがしっかりガッツリ寝かしてやるからな!ま、まずはそうだな……」

 

 

 

■□■□■

 

 

 

「──!──い!」

「ん、む?」

「先生!……よかった、起きたんですね。」

「悪い、寝落ちしてたか。迷惑かけたな。」

「いえ、そんな。大した問題ではありませんでしたから、お気になさることは無いかと。」

 

 体が揺さぶられる感覚で目が覚めた。アカネだった。他の部員は車から降りて何かを探しているようだが、一体あれはなんだろう。ぼんやりした頭で外を眺めていると、一人足りないことに気がついた。いや正確には合っているけど合っていないというか。金髪のメイドも駆り出されて瓦礫の中にあった何かを仕分けしているようだ。

 

「ネルは?」

「ふふ。」

 

 アカネが笑って、己の隣を見る。握られた手と、しがみつかれた腕があった。幸せそうにすやすや眠るネルだった。何してるんだろう。思っても口に出さないのが大人の対応。きっと眠かったんだろう。そういう事にしておく。

 

「これ、動けねぇんだけどなぁ。」

 

 結局、ネルが起きるまでの十数分。もう一眠りすることになったニールだった。連戦に次ぐ連戦で疲弊していたこともあったのか、乗っている間のほとんど記憶が無い。何をしたかされたかも分からないが、客人は客人らしくホストに従うべきだ。ネルが起きるまではこうしていよう。そう考えて彼女の頭をわしわし撫でていると、その頭が左右に揺れた。

 

「おはよう。」

「………………よう。」

 

 そのまま大あくびを一つ。特に恥じらったり逃げ出したりラジバンダリはしないらしい。どちらかというとまだ眠そうだ。所在なさげに掲げられたニールの手を見つけた彼女は、その手を取って無理やり自分の頭に持っていく。

 乗せられただけの手に頭を押し付けながら勢いよく頭を振る。まるで小型犬のようだった。しばらくそうしてから満足したのか、歯を見せて朗らかに笑った彼女はニールの肩を軽く叩く。

 

「うし。そんじゃ、目的地到着だ。さっさと行ってこい。ほれほれ。急いでんじゃないのか?」

「ああ。感謝する。ありがとうなネル。」

「いいってことよ。」

 

 ひらひらと手を振る彼女の見送りを受けて、彼は車外へと踏み出した。途中、何かを発掘したアスナが珍しく思考停止しているのを見たがあれはなんだったのだろう。そんな事を考えながら彼はエレベーターのボタンを押す。

 

「今行くぞー。」

『はーい。待ってるね先生。』

「ん?他の奴らは?」

『鰹節が暴れちゃって……』

 

 生徒すら倒す鰹節ってなんだ。メイド達は揃って首を捻った。鰹節って、あの鰹節?削って食べるあれ?カリンのジェスチャーにアカネが頷いて、アスナは手に持った物をメイド服の内側に収納しようとして失敗した。トキは無言で突っ立っている。背景に宇宙が見えるような気もする。

 

「ふしゅう」

 

 そして、ネルは顔を真っ赤にして座席にぶっ倒れていた。彼女の完璧な虚勢はニールにバレることはなく、一人になった途端に大抵こうなる。比喩表現でもなんでもなく、彼女は座席にうつ伏せになったまま微動だにしない。そんなに気恥ずかしいものだったのだろうか。車の前に立つアカネは、今度ニールに聞いてみようと考えた。

 

「ねぇねぇアカネ!見てこれ!」

「まぁ、これは。」

「リーダー、リーダー。」

「……ぴーす、ですか?」

「あ?んだよ……ひう!?」

 

 しかしまあ、えらく珍しいものが発掘されるものだ。カイザーコーポレーションとは一体何なのだろう。今度調べてみようと思ったカリンであった。




アビドス組
鰹節によって全員が鎮圧された。
ん、私にも鰹節を持ってくるべき。

C&C
ニールと仲良し。トキだけは距離感を測りかねているので、今度歓迎会でも開こうとアカネが思案中。

ネル
先生の腕は逞しくて暖かかった。
いい夢が見られたらしい。

紅茶
どこかの気配を察知した。
勝手にダメージを食らうので笑われている。

ハルウェル
早とちりしすぎて物理法則とか色々無視して移動した。どうやって移動したのかニールに聞かれて説明できなかった。

ニール
一応怪我人。右目の出血は止まっている。
ちょっと右目の感覚が怪しくなってきた。

鰹節
食べてよし、出汁によし、叩いてよし。
オススメはご飯に乗せて醤油。


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『帰る』先生

どうも。

感想にて聞かれましたが、この世界ではニール先生の介入でエデン条約編が大幅スキップされております。セイア暗殺未遂とかは起こってるけど、解決編にあたる箇所が軽く収められてたりします。その裏で先生も頑張ってるんです!信じてください!ただの鰹節じゃないんです!できる鰹節なんです!

つまるところサンクトゥムの出現とかが早まってるってことでして、そうなると方舟攻略戦までの猶予時間も……って感じで。



『先生、エレベーター乗った?』

「ああ。快適だよ。」

 

 嘘、と言い残して映像が途切れる。どうやらこの中では電波が通らないらしい。仕方ないので壁に持たれつつ腕を組む。果たしてこれが正解かどうかは分からないとして、行先は最下層にセット。ほとんど振動も音もないエレベーターの中、たった一人で彼は進む。

 

「方舟、か。」

 

 シャーレの先生が言う、方舟なる存在はこの場所にあるのだ。現在のキヴォトスでは製造不可能なオーパーツの塊だそうだが、果たしてそれがいかなる物なのかは想像もつかない。自身の記憶にある船といえば、懐かしいあの船だけ。

 水色と白の二色に塗り分けられた、魚にも見える宇宙船。過酷な戦いの日々を過ごした、もう失われた船だ。幾人もの仲間を失って、自分の魂すらもベットして戦ったあの日々は今でも鮮明に思い出せる。我ながらあの頃は荒んでいたと思う。酷い顔をしていたかもしれないが、それでも辛いだけじゃなかった。

 

「仲間と過ごした時間ってのは、忘れないもんだな。」

 

 零れた言葉を拾うものはいない。狭い箱の中、反芻した声が響いて自分に語り掛けてくる。咎は受けないのかと。死してなお、許されるようなことではあるまいに。しかしそれに答える時間を与えることなく、目的地への到着を示したエレベーター。機械としては優秀で、ある意味空気を読めない所が玉に瑕だが。今は、それが有難かったかもしれない。

 

『最下層だよ!最下層だよ!』

「なんか腹立つ案内音声だな。」

 

 釘宮理○っぽい案内音声に従って狭苦しいその場所を抜け、一歩踏み出せばそこには積み重なった三人の生徒と鰹節があった。ちなみに鰹節の上にノノミ、セリカ、ホシノの順で積み上がっている。楽しそうだが鰹節が痙攣しているのは気にしないのだろうか。まぁその上にハルウェルが浮かんでいるから問題は無いはず。多分。きっと。

 

「あ!やっと来た!遅いよ先生!」

「お前が早いんだ。」

「えー。」

「んで、どこに方舟ってのがあるって?」

「これだよ。」

 

 自分の目の前に降りてきたハルウェルが彼女の後ろを指し示す。鰹節のせいで気づかなかったが、光に照らされていたようだ。ここまで意識を持っていかれる鰹節 is 何?ハルウェルもちらちらと確認しているが、あれはどう見ても鰹節だった。紙袋が被せられていることを除けば。

 

「こいつ、は。」

 

 しかし、それはそれとして見上げたものに問題があった。見間違えようもない、紛れもない宇宙航行船。胴体部分に四つのコンテナを従えた、この世界にあってはならないオーパーツ。船首……先端部分には開閉ギミックがあるようなスリットもあるし、間違いない。

 焦ったように見回して探した場所にあったのはキャットウォークへの昇降機で、ニールはそこに駆け寄ってから上昇を連打する。はて、彼とこれには何か関係性があるのだろうか。ハルウェルは首を傾げて浮かび上がる。ふよふよと上下逆さになって、ニールの真上に滞空する。

 

「先生?どうしたの?」

「いや、なんでこんなところに……!」

「もしかして、元の世界の?」

 

 いつの間にかハルウェルはニールの隣に並んでいた。動揺を隠せない彼を見て、珍しいなと率直に思う。彼がここまで取り乱すことはそうそうない。今でさえ、やや焦りながらキャットウォークを歩いているのだから。かつかつと鳴り響く音に急かされるように己も彼を追いかける。

 二人で歩くには狭いその場所で、手すりの外にふわふわと浮かびながら彼と共に進む。壁沿いに設置されたキャットウォークが伸びる先、船首らしき場所があった。もちろんこれは海に浮かべる船では無さそうなので外に誰かが立つようなことは無いはずだが、それでも彼は船首に向かって歩いていく。

 

「ちょっと先生、待って──」

「やっぱり、か。」

 

 船首のメンテナンス用に作られたものだろうか、やはり細長いそれを走り抜けた彼が船に接触して、そのマーキングを見た。空から降りてくる天使と、それを囲むような円。いつか見たその印は、きっとニールにとって重大な意味を持っているものなんだろう。静かに手を伸ばし、彼はその印に触れる。

 

「知ってる船なの?」

「ああ。こいつはプトレマイオス──トレミー。俺の乗ってた船だ。……まさかお前までこっちに来てるとはな。」

 

■□■□■

 

「つまり、それはニール先生の知っている船だと?」

「ああ。この世界の中で唯一、俺だけが知っている。操舵方法やらも辛うじてはな。ただ……」

「何か問題でも?」

 

 派遣されてきたエンジニア部とヴェリタス、それに特異現象捜査部。つまるところミレニアムのメンバーなのだが、彼女たちが続く先に歩いているのはニールとヒマリ、それにユウカ。キャットウォークの狭い通路を先導して歩く彼は口ごもる。

 

 ちなみに鰹節たちはまだ起きないので一人一人分けて床に伸ばしてある。よっぽど鰹節のインパクトが強かったのか、魘されている生徒までいた。後で鰹節はキチンと絞っておこうと思う。

 

「動力がな。」

「未知の動力なのですか?それとも制御が難しいとか……そういった事でしたら私が何とか致しますが。」

「いや、存在しないんだ。一応あるにはあるが、な。」

 

 そう言って彼はハルウェルを見る。釣られて生徒たちもそちらを見る。何人もの生徒からの注目を受けた彼女は照れたようにニールの上を回転する。まるで魚か何かのようだ。パンツが見える、見えない。薄目を開けて観察していた先生の目にレモン汁が飛んできて彼女はもれなく床を転げ回った。

 

「天誅。」

「よくやったチヒロ。お前唐揚げに持参のレモン汁かけるタイプか?個別なら許してやるぞ。」

「こっちの方がエナドリの味変わるんだよね。」

 

 コイツはコイツでダメだった。

 

「GN粒子──それを生み出すGNドライヴ。それが必要なんだ、こいつには。そしてそのGNドライヴそのものとなった生徒がここにいる。」

「はろはろ。」

「だから動かせないことは無いんだがな。」

 

 そう言いながら彼は出入口らしき場所まで近づいて、取り出したカードを掲げる。いかなる認証方法か分からないものの、とにかく扉は開いた。ついでにカードから光が飛び出して、四つのコンテナのうちの一つ、一回りほど大きいものに入っていった。

 明らかにあれだけ何か違う、とテンションが上がったエンジニア部を必死で抑え込むヴェリタスだが、彼女たちは彼女たちで認証方法に興味津々。そのうち爆発しそうなのでとりあえず進むことにする。

 

「迷うなよー。」

「はーい!」

「なんでもう復活してんだよ。」

「鰹節……鰹節……」

「セリカちゃんが壊れてるけど気にしないでね。」

「いや、気にするでしょこんなの。」

 

 ぞろぞろと生徒を引連れて歩くニールは、まるで卒業遠足の引率の先生だった。こんな感じの遠足なら喜んでいくんだけどなぁとは生徒たちの声。最後尾を歩くユウカが青筋を浮かべた。予算をやりくりしながら目的地を設定しているのは自分だというのに。来季の予算は半額にしてくれる。

 ニール、ハルウェル、ヒマリ、そして生徒たちの順番で歩く通路は暗い。非常用電源だろう僅かな光と、ハルウェルの燐光だけが頼りだった。決して広いともいえず、上映前の映画館のような空気感がある。ということはこれから何か起こるのだろうかとヒマリがワクワクしていた。

 

「これはどこに向かっていらっしゃるのですか?」

「ん、ああ。MSコンテナだ。そこに俺の機体があるはずだ。」

「おお、ついにニール先生の機体をこの目で見ることが出来るのですね。果たしてどのような機体なのか楽しみです。」

「ただの狙撃機だよ。」

 

 案内されるまま歩いて歩いて、よく分からないまま辿り着いたのがMSハンガーらしき場所。彼の言うとおり、彼の機体はそこにあった。コクピットハッチに彼とハルウェルが向かい乗り込めば、デュナメスの瞳に光が宿る。

 

「それじゃあ、ハルウェルはここにいてくれ。一人ぼっちってのもなんだしな……うーん」

「あ、じゃあ私が!」

「ホシノ、みんな、頼めるか?」

「はいはい。わかったよぉ。」

「エンジニア部も残らせて頂きますね。」

「説明ッ」

「説明は不要だけれど、動力の目星はついたんだろう?後はそれを効率化出来るかどうかにかかっている。ここで作業するとしようか。」

「ねぇ!私は!ねぇねぇ!」

「じゃブリッジ行くぞ。」

「「「はーい。」」」

 

 ユウカは顔面を掴まれて引きずられる先生に合掌。自業自得だが。自分もあんな事をされれば怒る自信がある。それはそれとして自分に気があるということだから嬉しいとも思う。

 先生のすることなら全部受け入れちゃいます。そんなに恥ずかしがらないでください。先生なら、じゃなくて先生だからいいんです。そんなのでいいんですか、もっと貴方のしたいところまで」

「聞こえてますよ。」

「なんでもないわ。」

「いや、今のは無理あるでしょ。」

「ないわ。」

「ユウカぁ……」

「先生大好きです。」

 

 列の1番後ろで変な笑いを交わし始めた二人を放置してニールは進む。慣れた足取りで、すいすいと。ヒマリに配慮してか時折立ち止まりながら、彼はブリッジへとたどり着いた。

 

「なんか、思ったよりも狭いんですね。」

「輸送艦だったからな。非武装だし、なによりガンダムがなきゃ動けもしなかった。それでも仲間は居た。この場所に、な。」

 

 真ん中の少し高い位置にある座席に手をかけて、彼は正面を見る。ベスト姿の彼がどんな思いでここに立っているのか、それは生徒たちには分からない。彼が辿ってきた人生も、スクワッドと出会ってからの事しか知らないのだから。

 

「ニール先生。」

 

 吹き飛んだはずのこの場所が復元されている理由や、デュナメスのコンテナがあれであることの理由。まだまだ分からないことだらけだ。自分がスクワッドの四人以外から認識されていないことも謎でしかない。もし仮にそれが世界の自浄作用だとして、この世界に先生が1人しか存在してはいけないのだとしたらその時は──

 

「先生!」

「ん、悪い。少し考え事を……」

「この服、なんだと思いますか?」

 

 差し出された服は見慣れないデザインのもの。テンションの上がった某生徒が作っている服とは違う、緑と白の服だった。胸元に菱形の描かれたそれは、ふとするとデュナメスのようにも見える。受け取って広げると、自分にピッタリなサイズだ。いっそ気味が悪い。

 が、不思議と否定的にはなれなかった。自分のために作られたような配色で、裏地を見てから全てを察したから。一つ言えることがあるとするならば、彼は変革したということだろうか。

 

「さてな。怪しいものだし、俺が預かっておく。」

「えー。」

「それよりも、だ。お前の言ってた方舟がこれだとして、問題解決への第一歩にはなりそうじゃないか?」

 

 言った瞬間、船が振動して電気が点灯する。

 

『先生!お待たせ!溜め込んでたの全部突っ込んだよ!』

「お前なぁ……言い方ってもんがあるだろ言い方ってもんが。もうちっと言葉遣いをだな。」

『でも、これで最低限起動はできた。後は準備してる間にも自然発生する分で足りるでしょ?』

「聞いちゃいねぇ。……ああ。ありがとう。」

 

 正面モニターにハルウェルの顔が映って、ウインクと共に消える。オートセットアップされていく各座席のモニターに目を向けてから、彼は生徒たちに振り返る。

 

「作戦会議、するとしようか。」

 

■□■□■

 

「さて、と。まずは集まってくれたこと、感謝する。多少手狭だが、まあ楽にしてくれ。」

 

 それからしばらく後。彼はミーティングルームに集まった各学校からの代表者に向かいあう。仏頂面が凄いアコは先生のことを睨みつけているが、ヒナにセクハラでもしたんだろうか。後で聞いてみよう。

 自分の端末がトレミーに接続出来たのは僥倖だった。ニールは手元のタブレットを操作してモニターに映像を出す。そこにはリアルタイムでの映像が流されており、7万5000もの高さに鎮座する謎の物体が示されていた。

 

「まずはこれを見てほしい。こいつが今回の事件の発端と思われる存在だ。よく分からんが、この場所にエネルギーが集まっていることだけがハッキリしている。」

「僭越ながら、この構造物をアトラ・ハシースの方舟と命名させて頂きました。」

「うん!かっこいいからいいんじゃないかな!」

「なんなの、この人。」

「一応先生やってます!」

「はい、次いくぞ。」

「うーん冷淡、我ながら悲しいよ。」

 

 次に表示されるのはエネルギーの流れを可視化したもの。

 

「そしてあの虚妄のサンクトゥムとやらのエネルギーを吸収しているのなら、逆もできるとは考えられないか?」

「それって、サンクトゥムがまた出現するってこと?」

 

 カヨコの言葉に頷きで返す。

 

「可能性として、な。ここから先は俺たちの理解の範疇を越えた戦いだ。あの方舟が何なのか、俺たちはどうすべきなのか。」

 

「それを探っていく。」

 

 




ニール
見慣れた存在にドン引きした。
制服には何かを感じ取った模様。

アビドス組
鰹節によって鎮圧された。
割と直ぐに復活したけど。

ハルウェル
恐らくこれからのキーアイテム。
アイテムじゃねぇよ。うるせぇよ。

ユウカ
実は先生のことが好き。(Love的な)

鰹節
実はユウカのことが好き。(Like的な)


のんびりお待ちいただければ。


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『伝える』先生

説明回です。
リアル立て込みにつき投稿遅れます。



 

「色彩?」

「ああ。マダムがよく口にしていた言葉だった。色彩の力を利用してどうのこうの……と。恐らくあれがそうなのだろう。」

「てことは、この世界の外側からやってきた存在が俺以外にも……あの方舟もそうだとしたら、厄介なことになってきた。この世界の常識が通用しない相手って可能性もある。」

「では、こちらもその神秘を使えば良いのではないだろうか?ハルウェルという存在もある。切り札としては申し分無いはずだ。」

 

 次の日、野営地のような様相を見せる格納庫で、ニールとサオリが並んで歩いていた。すれ違う生徒たちは忙しなく、それぞれが攻略戦への準備を進めている。トレミーへの荷物の積み込みや、ハロの内部に残されていたデータから発掘したトレミーの各種操作系の解析など、枚挙に遑がない。

 主に過労気味になっているのはミレニアムの生徒たちだが、散発的に襲いかかってくるカイザーの生き残りをストレス発散かのようにぶっ飛ばしている生徒もいる。先生曰く適材適所というやつらしいが本当にそうだろうか。ニールは首を捻った。

 

「そうなんだが、あいつはあいつでデュナメスから動けない。となると俺は戦えないし、先生と並んで指揮するしかないだろう。」

「そうか。あのトレミー?という船とデュナメスの動力はハルウェルの生み出すものだったな。それが離れてしまえば戦えないというわけか。」

「ああ。それに、俺と後輩の二人で構えておいて損は無い。まだキヴォトスが安全と決まった訳じゃないし、何があるか分からないからな。」

 

 キャットウォークを上がり、トレミーへと向かう。四つあるうち、一つだけ大きなコンテナの中にデュナメスがある。あまりいい思い出は無いが、贅沢は言っていられない。この先、ともすれば今まで以上に激しい戦いになるだろうから。

 そのコンテナの周りには一際うるさい集団が集まっている。やれ粒子伝導率がどうの圧縮率がなんだのと真面目に議論しているようなのだが、なんとも恐ろしいことにまた新装備を追加しようと画策しているようだ。デヴァイスユニットを再現しただけでも恐ろしいのに彼女たちは何を目指しているのだろう。

 

「あの情熱を別の方向に向けて欲しいんだがなぁ。それに救われた部分もあるしなんとも言えねぇや。」

「複座式、だったか。ハルウェルも先生と、あと一人、私も乗れるのだろうか?」

「乗れると言えば乗れるが、今回は無しだ。地上に残ってもらいたいからな。何が起こるかの予想がつかない以上、キヴォトスを手薄にする訳にもいかない。」

「少数精鋭による一点突破……合理的だが危険度が高すぎる。今すぐにでも作戦を開始して電撃的に攻略すべきではないだろうか。」

 

 キヴォトス各地における高エネルギーは依然として方舟に流れたまま、不気味な静けさを見せている。虚妄のサンクトゥムは既に撃退したものの、面倒なことになっては欲しくないものだ。

 嵐の前の静けさ、というべきだろうか。この場所こそ生徒たちの声で騒がしいが、キヴォトスは全体的に静まり返っている。それだけ被害が大きいということであり、ブラックマーケットですらその動きを止めているのが証拠だろう。どうせすぐに動き出すだろうが。

 

「そういう訳にもいかないんだそうだ。」

「ふむ、なにか理由がありそうだな。」

 

 開放されたトレミーのハッチから艦内へ。その時死んだ目をしたゲヘナの生徒が食堂へと引きずられて行った。確かフウカという名前だったか、記録を見る限り苦労人という感想しか出てこない生徒だ。給食部という組織に所属しているが故に今回の作戦に動員され(てしまっ)たらしい。確かに休息は必要かもしれないが、呑気に飯など食っている暇があるだろうか。無ければ作ればいい話だな。ニールは意外と脳筋だった。染まったとも言う。

 そんな二人が艦内を歩いていると、トリニティの制服姿の生徒が立っていた。その視線の先には開放された扉があり、中からは喧嘩のような声も聞こえてくる。作戦前に揉め事は勘弁して欲しい。足音に気づいてか振り返ったハナコに無言で手を上げると、困ったように彼女は中を示してくる。先生の出番だろうか。半開きの扉をノックして顔を出す。

 

「どうした?」

「貴方が……あら、ニール先生。おはようございます。よく眠れましたか?」

「いい子守唄だったよ。」

「それはどうも。生徒たちの声で眠れるのですから本望でしょう?」

「それはあいつだけだ。それは?」

「音声認識型超高性能AIを搭載した新型ドローンです。ニール先生のものを参考にしてみようかと。」

 

 ミーティングルームに入るとヒマリとドローンが居た。何やら言い争っていたようだが、彼女はそんな気配を微塵も見せようとしない。ふよふよと浮かぶ小さなドローンを左目でじっと見つめていると、心做しか挙動が不安定になってきたような気がする。無いはずの冷や汗が見えてきた。

 そのまま引っ掴んで彼がカメラを覗き込むと、機械音でアラートを出し始めた。せめてもの抵抗だろうか。もう色々と事情は知っているし察してもいるのだがまどろっこしい。仲が悪いのなら取り持ってやればいいじゃない。ただし荒っぽく。そんな訳でニールはそれをヒマリの膝に乗せる。

 

「え、ちょっとニール先生」

「邪魔したな。引き続き()()()解析しててくれ。──お前も少しは人に頼れ。一人でなんでも出来る奴なんて存在しねぇぞ。」

『──ええ、分かったわ。』

「会話出来る超高性能AI搭載のドローンじゃなかったのか?」

『そうね、そういう事にしておいて。』

「あの!?」

「喧嘩すんなって言ってるわけじゃない。ただ時と場合を考えろってだけだ。今その議論は本当に必要なのか……ってな。」

 

 彼が扉を閉じて部屋から出ると、ハナコがまだ立っていた。どうやらサオリと何か話していたらしい。彼女の顔が真っ赤に染っている。しかもこちらをちらちらと窺っては顔を逸らしているし、何かを吹き込まれたのだろう。

 

「どうした?」

「いえ、少し雑談を……」

「雑談!?あれが!?」

「ええ、トリニティでは日常茶飯事でしたよ。」

「そ、そういうのは良くないと思うぞ!」

 

 サオリ、意外と純情派。いい弄り甲斐のあるターゲットを見つけたものだ。ハナコは脳内を走り去っていく補習授業部のある生徒とサオリを同列に扱うこととした。エッチなのはダメで死刑らしい。サオリはそこまで酷くは無いが。

 

「弄ぶのはやめてやってくれ。こいつ、こう見えて意外と乙女なんだ。」

「はぁい♡分かりました。」

「本当に分かっているのかその返事は!?」

「それよりもニール先生。」

 

 まだ赤い顔のサオリは置いておくとして、ハナコが急に顔を引き締める。ここ数日、キヴォトス各地にきな臭い動きがあると。

 ニールもそれは理解している。あまりにも統率が取れすぎているし、何より始まりからしておかしかったから。そう、アビドス高等学校の問題を解決したあの日から。

 

「カイザーの残党が、未だ組織立った攻撃を仕掛けられていることも引っかかります。まだ完全には崩壊していないということでしょうか。」

「まぁ、そう考えるのが妥当だろうな。しかし気になるのは、サンクトゥムタワーの占拠とカイザーの繋がりだろう。あいつは特に考えてないらしいが、俺にはこっちが大きく思えるな。」

 

 思い返すのは数日前、突如占拠された連邦生徒会の本拠地だ。あまりのことに対応が送れたものの、虚妄のサンクトゥム出現によって有耶無耶になってしまったその問題は軽視できるものではない。

 生徒を総括すべき立場、言わば行政機関たる連邦生徒会が占拠されるなどあってはならない事件だ。考えたくは無い可能性、クーデターのそれを頭の片隅に入れておくこととする。

 

「まぁ、何かあれば俺がなんとかするさ。」

「ニール先生?」

「いや、なんでも。それよりシャーレのは?今朝から見てないが一体どこに行ったんだか。」

「それが……」

 

 ハナコの歯切れが悪い。聞いてみれば、昨夜はリンと同室になったらしいが、リンによると先生には会っていないとのこと。どういうことだろうか。確認しようにもリンはブリッジにて作戦立案中。自分は置物のようなものなので、本来ならシャーレの先生が同伴すべき立場にあるはずなのだが。

 

「ま、あいつのことだから……」

「やぁやぁやぁやぁ、皆さんお揃いで。」

「………………誰?」

「やだなぁ先生だよ先生!ほら!」

 

 

「クックック……やはり貴方にはその姿こそが相応しい。私の見込みは間違っていなかったようですね、先生。」

「何を言っている黒服お前。」

「螺でも外れたか。」

「そういうこった。」

「なぜあなた達がいるのです?」

「さてな」

「知らん」

「そういうこった!」

「あ、これは私の肉ですよ。」

「は?」

「は?」

「どういうこった?」

「「「「………………」」」」

「腿。」

「胸。」

「そういうこった!」

「ククク……戦争ですね私は尻です。」

「「「「………………」」」」

 

 

「ほら、先生、だよ?」

「嘘つけ。」

「信じてくださいよ!ちょっと化粧とヘアセットと服装を変えただけなんですって!ほら兄貴!信じて欲しいっす!」

「誰が兄貴だ誰が。」

 

 泣きながら近づいてくる先生を片手で抑えながら、ニールが頭を抑える。とても頭が痛そうな彼が全力で顔を逸らすその先では、先生がニールに手渡されたものと同じデザイン、色の服を身にまとっていた。しかも少しサイズが小さいものを。

 ハナコは驚愕した。必ずやあの先生のスタイルを越えねばならぬと決意した。なんだあのウルトラスーパーダイナマイトボディは。自分やサオリもそこそこ整っている方だと思うが、いやはや。もはやあれはワガママを通り越して王の道。覇道を突き進んでいる。

 

「なん、だと……?」

「サオリちゃん、あれが……持つ者、です。」

 

 タッパも胸もケツも腿もデカい。いつも少しサイズ大きめの服を着ていたからだろうか。それとも今着ている服が少し小さいからだろうか。恐るべき破壊力だ。どこかのタイミングではち切れそうな程に。

 

「どこで手に入れたそんなもの!」

「え?黒服が用意してくれたよ?」

「誰だ黒服って!」

 

 

「ククク……ご覧なさいこの角度、距離感、完璧ではありませんか?永久保存版ですね、この映像は。」

「「「変態め」」」

「何故!」

 

 

 ところ変わってブリッジにて。

 

「──と、いうことで。俺とこいつの服は何故かこれになったが皆はデザインして制作中のものがあるらしいから待っててくれ。」

「はーい。」

「お前は違うだろう……!」

 

 黙って右手を振り上げると先生がワカモの後ろに隠れにいった。生徒を盾にするとは先生の風上にも置けぬ外道なり。ニールは青筋を浮かべていたので、ワカモが珍しく引いた。逆らってはいけないものというものがこの世にはある。

 さてそんな先生は放っておいて、ニールは目の前に集まった生徒たちに作戦概要を伝達する。内容自体は至ってシンプルなものだが、ありとあらゆる可能性を精査しつつ戦わねばならないのが難点だ。

 

「浮上して突撃。以上。」

「だけですか?」

「だけだ。」

 

 生徒がどよめいた。特にアコがとんでもない顔をしている。今すぐにでもキレ散らかしそうなそんな顔だ。色々と言いたいことはあるだろうが、ヒナの先生に会いたいというオーラを一身に浴びてからやって来ている立場。ニールであってもキレ散らかす訳にはいかない。

 会議は踊る、されど進まず。あまりのシンプルさに議論が暴走する生徒たち。挙句の果てには単騎での特攻の話が出始めた段階でニールが両の手を打った。

 

「詳しいことはこれから説明する。」

 

 モニターに表示されたのは空に浮かぶ構造物、アトラ・ハシースの箱舟とキヴォトスを描いたデフォルメ図。砂漠から矢印と共に伸びていくトレミーのアイコンを示して、ニールが艦長席に背を預ける。

 

「まずはここから浮上し、空を目指す。これについては全く心配する必要は無いらしい。」

『はいはーい、機関部そのものなハルウェルだよ。エンジニア部のみんなのおかげで空を飛ぶのも余裕だね。理論上は宇宙まで行けるよ!』

「とのことだ。」

 

 ここについては思うところがある。宇宙航行を主としたトレミーが地上でも飛行ができるのは何故なのか、という点だ。元々地上での運用を考慮していなかったのか、それともする機会が無かったのか。それをニールが窺い知ることはない。だが今は『やれる』。その為の力がある。

 

「そんでもって、箱舟に突っ込んで強襲揚陸作戦。全部占領してゲームセット、としたいところだったんだが……」

「アトラ・ハシースの箱舟には並行ウンタラカンタラ……なんか凄い防御があるんだって!」

「あの箱舟は状態の共存による障壁、つまるところ無数の並行世界による……って聞いてませんね先生。」

「だって、そんなことよりも対処法のが大切でしょう?難しい理論で不安にさせるくらいなら、簡単な理論で分かりやすく!……それでも、成功確率は低いんだっけ?」

「はい。そもそもの動力からして我々には理解できないものですし……分析不能です。」

 

 その言葉に生徒たちがどよめいた。成功確率が分からないということは失敗することが確定していることもありうるということ。勝ち目の無い戦いをしなければならないのだろうか。そんな不安をかき消すのは我らがニール・ディランディ。

 

「だが、この船に残っていたデータには可能性があった。GNドライヴを用いた量子テレポート……それを使えば、ここからでも直接乗り込むことが出来るだろうさ。」

「ニール先生、質問です。」

「おう、どうしたアコ。ヒナだったら美食研究会を追っかけてその辺走り回ってるぞ。」

「えっ委員長来てるんですかじゃなくて!なぜここから直接ではないのです?迎撃のリスクを背負ってまで接近する理由とは?」

 

 もっともな疑問だ。ニールは頷いた。確かにテレポートという力が存在するのなら、ここから直接乗り込んでしまえば非常に低いリスクかつ短時間での作戦行動が可能になる。アコの疑問は最もだし、他の生徒もおそらくそう考えているだろう。考えていて欲しい。ハナコよ、そんな目でサオリを見るな。

 分かっていなさそうな彼女の肩を叩く。教本とゲリラを絡めた実戦的な戦略であればこの中でもトップクラスだろうが、こんな大規模かつ前例のない作戦は初めてだろう。参加する生徒にも伝達する内容だ。疑問は解消しておくに越したことはない。

 

「その理由なら簡単だ。確実性が低い。大量の粒子を消費する関係上、長距離でのジャンプを失敗した時のリスクが大きすぎる。」

『私が生み出せる粒子にも限界があるし、下手すれば私という存在が崩壊しちゃうからね。それなら接近してぴょん、ってのが安全かつ確実かなぁって。』

「成功確率は、多く見積って3%、もちろん低けりゃ0%。賭けてみるか?」

 

 




ニール
黒服って誰なんだ……

サオリ
黒服って誰なんだ……

ハナコ
黒服って誰なんです……

アコ
先生のあの服装は一体

先生
お揃いでとても嬉しい。

黒服
胸より尻。


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