オラリオに響けハーモニー! (虹の協調)
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Main 01

 私は俗に言うところの知識持ちの転生者、というものだ。前世ではそこそこ歌が上手くて、それ以上に踊れて、笑いを作るのが苦手な夢見がちな女。前職、劇団員。サブカル文化が大好きで、『ダンまち』が最高の作品だと思っていた。

 

 原始にして輪廻を司る神と名乗る老爺にまんまそれを言ったらその世界へ飛ばされた。行くのはごめん極まるのだが、という文句を飛ばされる寸前に述べたところ、いくらかのトンデモナイ力を頂けたので良しとはしている。

 

 さて、迷宮都市とも呼ばれるこの街、オラリオは迷宮から採れる素材やら何やらを主な生産とし、その他作物等の生産なども行う大規模都市だ。街中には日々2種類の働き手(あるいは戦う者)を求める声が木霊している。

 

「私たちのファミリアに入らないかー!?」

「お客様、こちらの売り物はいかが!?」

 

 とまあ、そういう街だ、ここは。

 素晴らしい街かと言われると、正直よく分からないところはある。自分で言うことでもないが、この見た目では危ないこともと考えることが多い。最も、もうあしらうことにも、荒事にもすっかり慣れてしまったので問題は無いのだが。さて、そんな私の外見だが。

 

「前世の時はそれなりに見た目に気を使っていたはずなのに気を使う余裕が無い今が前世の1番の舞台の時よりかわいくないですか? はーなんですか、それ?」

 

 と正直に鏡の前でボヤいたことがあったくらいにはいい外見をしている。ツーサイドアップの形でまとめたさらりとした(今は黒の)髪とクリクリな目。口もとは笑わなければ目に反するクールさを、笑えば目と合わせたかわいさを有している。とても、いい。語彙力が死ぬ。

 

 老神に与えられたありがたい手入れ不要の身体の他、いくつかの「トンデモナイ力」と共にこのオラリオに生きる私は、ここではとある神様にお世話になっている。

 

「ただいまですよ〜!」

「あらあら……おかえりなさぁい、お疲れ様ぁ」

「ありがとうございます、アオイデー様!」

 

 とろけるような声で出迎えてくださったあらあらうふふ系神様。この神様こそは芸術を司る「ムーサ」と呼ばれる姉妹の中で「古きムーサ」と呼ばれた3柱の長女にあたる、『アオイデー』様である。仰いでーとかそういう高圧的な神ではないし、扇いでーっておねだりとかそういうわけではない。由緒正しきギリシャ神話の歌唱を司る神であり、私にとっては最高の神である。

 

 あ、でも下からは仰ぎ見たい。そのこの世界最高峰だろうという点においては硬いだろう山脈を。えぇ。

 

「むー……」

「失礼なことぉ、考えてなぁい?」

「あ、すいません! 出てました? 顔に」

「バレバレよ〜、もぅ!」

 

 かわいい。とにかく、このアオイデー様を主神と仰ぐ、戦闘、治療、公演の3つができる私一人の小規模ファミリア。それが、この私『アルシエル・ハルモニア』(命名原案・私 監修・転生の神様)が所属する【アオイデー・ファミリア】である。

 

 私一人のファミリアだけど、依頼はひっきりなしにやってくる。ただし、公演の方向なので大喜びあいあいさーでやってはいる。理由は様々だ。慰労、治療、娯楽。数々ある訳で、それらに合わせて歌劇の公演は行っている。

 

 あと、原作キャラとすごく関われる。それはもう純粋な役得。今日は【ディアンケヒト・ファミリア】さんにお邪魔してディアンケヒト様に小言をボヤかれつつ1公演。その後【戦いの野】とかいう【フレイヤ・ファミリア】の拠点に赴き戦士たちの慰労。さらにその後はギルドからの依頼で帰り際の冒険者たちをターゲットにもう一公演。しめて3公演もしたわけだが、有名人の皆さんと会えるだけで疲れも飛ぶ。

 

 あのツンツンのキワモノみたいなアレンさんに「……また来いよ、楽しみにしてるぞ」なんて言われるのは本当の役得もいいところすぎるというもの。

 

 ですが、今日の仕事は終わってはいないのです。

 

「では、アオイデー様。ナイトショー、行きましょうか!」

「えぇ。ロキがあれだけ頼み込んできたのだもの〜、私も出なきゃね〜」

 

 そう、遠征から帰還したので【豊穣の女主人】という場所で宴会を行うという【ロキ・ファミリア】からのご依頼で、夜のライブを行うことになったのです。

 

 お気づきだろうか。このタイミング、おそらくかの有名な「トマト野郎事件」(命名・私)が起きるタイミングだと言うことに。私にベートくんを釘付けに出来れば、あるいはあの始まりですら変えることができるのか……? と。ふとそう思った私を、否定できる人はいるのだろうか? 

 

「なにをぼーっとしているのかしら〜? 行きますよ、行っちゃいますよ〜?」

「あ、あぁすいません! 今行きますので! お待ちください!!」

「そんなに慌てないで〜。ね?」

 

 いざ向かって、その扉を裏側から潜れば、【豊穣の女主人】の中にいる冒険者たちのすでに酒が入り始めた陽気な声が聞こえる。乾杯はもう済ませたのだろうか? 済ませたのだろう。アイズと呼ばれた少女が酒を飲ませて貰えないくだりが聞こえてくる。

 

 さて、ステージ整いまして、始めます。どうなるかは……この場所では神すらも知らない、運命への小さな、されど大きな干渉への挑戦! と気取ってみましょうね!! 

 

 

 

「ここにいるお客さんにすまんがお知らせや! ウチらが呼んだ最高の歌姫がおるんで、今からちとやってもらおうと思うんやが、どうやろか!」

 

 そう神様……ロキ様、というのだろうな。ロキ様が叫んだ。店内の、ロキ・ファミリアが来ても席を立たなかった剛毅な冒険者たちが声を上げ賛成する。僕は店の角だし、特に声を上げて見つかるのを恐れる気持ちもあって、静かにしていようと誓っていた。

 

 普段はない、組み上げられた特別なステージに、一人の女の人が姿を現す。ゆったりとした、動けばひらひらと舞うようなドレスがゆらめく。

 

 その人は、両手を重ねて、胸の前まで上げて。何かに祈るように、歌い出した。

 

「『夢を見よ 友よ 同胞よ 夢の彼方へ』……」

 

 そこから、不思議な歌姫の1幕が始まった。泡、だろうか。泡のようなものが舞い始め、彼女は歌を謳う。英雄の詩を。

 

「『彼の名は先導の錨 英雄の船の先立ち その者降りしところに 英雄は生まれ来る』『雷電纏いし牛頭 愚にして凡なれど 彼は友と共にありて 討ち払い原初の英雄となる』」

 

 女の人が歌い出したのはアルゴノゥトの詩だった。僕は小さな頃から、この詩に出てくるアルゴノゥトがなんだか好きだったような気がする。英雄と名のつくものはなんでも好きだった僕だけれど。

 

「『彼は英雄の先駆け 彼に特別はなかった 彼にあったのは 賢しき機転 優しき心 それだけが彼を 始まりと定めた強さ』」

 

 そうだ。アルゴノゥトは、英雄らしくない英雄。色々なものに助けられたアルゴノゥトが、助け出すはずの姫様にすら助けられ、ついに魔物を討つ話だった。しかし、それだけではないと、歌は彼が有していた武器として機転と心を挙げた。

 

「『狼の獣人 ドワーフの豪傑 エルフの詩人 精霊の鍛冶 全て船に乗る英雄 黄金の船 誇れよ船頭 世界は煌めく 新たな朝に 時代の夜明けに』」

 

 アルゴノゥトの最期については、英雄譚好きの間では語られないことが多い。それはなんでかというと、はっきりしないからだ。あっさりと次の冒険で助けもなく死んだと言う人も、余生を姫と謳歌したという人もいる。根拠はない。ただ、その方が彼らしいという理由でみんな主張しているから面白いと、おじいちゃんが言っていた。

 

「『英雄とは得てして 死して完成する なれど決して死してはならぬ かの黄金の船は 今も 何処かで 新たなる友を待ち受ける 次に乗り込む この歌を聴いた誰かの たった一人だけでいい』」

 

 歌姫の女の人はそこまで勢いよく歌い上げて、そこでなぜかこちらを見据えた。その目からは、深い感情が伝わってきて、咄嗟に目を離す。

 

 すぅっ、と息継ぎをする音が聞こえる。最後の締めなのだろう。

 

「『彼の者のように 優しく 彼の者のような 機転で以て いつかその船の船頭を 託されるものが 現れて 新たな夜明けが訪れんことを 今を往く者たちに 黄金の船の祝福よ あれ!』」

 

 高らかに謳い上げて、彼女はすっと一礼する。爆発するような拍手が辺りを支配する中で、同じくらい爆発しそうな心を胸に抱えて、そっと会計を済ます。

 

「(今のままじゃあ、ダメだ。強く、ならないと……! 強く、強く。機転を効かせろ、心から勇気を捻り出せ! ……あのミノタウロスにだって、いずれは勝つべきなんだぞ、ベル・クラネル!)」

 

 少年は拳を握り締めながら、会計を済ませたことでこちらを静かに送り出してくれるエルフの店員に会釈を交わして扉をできるだけ静かに開き、疾走を開始する。

 

 その背を追う目線が、ふたつある事には気づかないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Main 02

「アオイデー様!」

「お疲れ様〜。……その目、どうしたのかしら?」

 

 1曲高らかに歌い戻ってきた私をアオイデー様が出迎えてくださいましたが、私的にそれどころではありません。始まりを歪めよう、とか思ったのは正直オタクとしてあんまり褒められたことではないのですが、成功するとは微塵も思っていなかったのです。なんかこう、あると思うじゃないですか、原作の強制力、とかそういうもの。

 

「いえ……すいません、アオイデー様。気になることがありまして。速やかに確認すべき事柄なので帰りにダンジョンへ潜りたいと思っています」

「え〜。じゃあなにぃ、私ひとりで帰るのかしら?」

「大変申し訳ないのですが……そういうことに」

「ん〜……ま、行ってきなさい? 貴女のたまのわがままだもの、親としては叶えてあげたいわよね〜!」

 

 この辺、アオイデー様はお話が早くてなによりです。唯一の眷属に対する愛情がある意味において放任的な母親になっているのは本当に人柄……神柄? の出る部分ですね。

 

 もちろん「速やかに確認すべき事柄」はベル・クラネルの無事です。八つ当たりではない分限界になる前に何事もなく戻ってくるとは思うのですが……不安ですので。強制力がないことが分かった今は特に。

 

「あぁ、でも〜……絶対に無理はしないでねぇ? 私としては貴女をここで失う訳にはいかないの。貴女が強いにしても、命を狙われれば脆く儚い……覚えておきなさいね?」

「はい。明日の朝までに必ず戻りますので!」

 

 さあ、見に行きましょう。ベル・クラネル最初の冒険を。あと1時間ほど後に。……まずはショーですよ! 当たり前じゃないですか!!? 

 

 

 

「アオイデー・ファミリア、アルシエル・ハルモニアです。この度はこのような席に我々の歌をというご依頼、ありがとうございました」

「いやこちらこそ。来てくれてありがたいと思っているよ、【謳歌姫】(トラグディスティス)。素晴らしい歌声で僕たちも気付かなかった心の部分が癒されるようだ」

 

 公演終了後、【ロキ・ファミリア】団長たるフィン・ディムナさんたちのテーブルにご挨拶に伺っています。ちなみに【謳歌姫】は私の2つ名ですね。読みはどうやら歌手を意味するようです。

 

「【勇者】さんにそのような事を言われるとは、光栄です!」

「ウチもフィンに同意や。これっきりはな……さすが芸術の姉妹神(ミューズ)の長女、歌唱の概念そのものを司っとるアオイデーとその眷属やな」

 

 主神、ロキ様からもお褒めの言葉を頂き、一般オタク、感涙に咽びそうですが一旦置いておいて。

 

「以後もこのような催しなど行うようでしたらお呼びください。あなた方冒険者が歩みを止めないように我々の歌もまた進み行くものと自負しておりますので!」

「あぁ。次があれば是非お願いさせてもらうことにするよ」

「ありがとうございます!」

「ロキ、子供たち、ありがとう〜。また会いましょうね〜!」

 

 別れを告げ、店の外にアオイデー様と共に出て、アオイデー様に一礼する。

 

「では……」

「えぇ」

 

 走り出す……のが面倒で、その場で足を素早く2度打ち鳴らしてぴょんっとジャンプ。

 

「行ってまいります!」

「相変わらず『それ』便利そうでいいわね……」

 

 8分音符に飛び乗って、地面に小節線を敷設。8分音符を路面電車のごとく扱って、すいーっと滑るように移動を開始した私なのでした。本当に無駄に便利なんですよね、この魔法……。消費も少ないし。

 

 ダンジョンに向かい、8分音符くんから飛び降りて走り、何事かと驚いているギルド職員を尻目にノータイムダンジョンイン。

 

「……螺旋階段を降りるのが面倒!!」

 

 そう叫び、中央の大穴に飛び降りる。空中に敷設された小節線が、今度は四分音符の縦棒にしがみつき丸部分に足を置いている私をエレベーターのごとく素早く降ろし、途中で見つけた穴からとりあえず5階層へ飛び込む。

 

「【響け歌声、遍く地平までも!】」

 

 短すぎる詠唱ですがこれは短縮詠唱というやつです。そしてこれによって発現する魔法はと言いますと。

 

「【エコーズ・ボイス】!」

 

 ええ。名前通り声を響かせる魔法です。しかしながらこれが有効極まりない。ダンジョンでこれを発動すれば、幾度となく使い込んだ私なら周辺の地形把握と生命存在の感知くらい容易く行えます。音が出るのが偵察としてはあまりにもデカすぎる弱点ですが、それ以外は完璧なスペックだと思いません? 

 

「この階層じゃ、ない。下かな?」

 

 サーチの結果、少年のような反応は無いので下に。もう1発、6階層でぶっぱなしてみて、初めて1つの反応を掴んだ私は……

 

「やっぱり、便利すぎる……」

 

 8分音符くん、本当にありがとう……このままだと太るかな……? とにかく、滑っていく。時折襲いかかるウォーシャドウなどをガンスルーして、後ろに貯めていきます。このままだと別の冒険者に会えばトレインですが、もちろんサーチの結果安全が担保されているがゆえですね。

 

 さて、いい加減たまりすぎですから……

 

「パーティのクライマックス! 【アルシエルソング・レッド『BURN』】! その耳で聞き、その目に焼き付け、その身体を炭にするといいです!」

 

 指パッチンで8分音符の中に収納していたエレキギターをコール! ……便利すぎる。ついでにエレキギターの電源は最初から接続済み! ……便利すぎる! アンプは8分音符くんが担当! ……便利すぎる!! 

 

 便利すぎる音符くんに改めてドン引きつつ、走りながらもギターを力強く弾く。

 

「今日はサビだけね! と言っても……2度聞ける幸運はないでしょうが! 『焔灯す者たちよ! 歌え! 叫べ! 限りなどなく!! 闇の傀儡たちよ! 歌え! 騒げ! 死ぬまで燃やし続けろ!!』」

 

 声が伝播して、小節線が彼らを取り巻き、小節線が発火する。炎に巻かれたモンスターたちが辿るのは歌い騒ぎ死ぬことだけ。……いつ見ても不思議な現象です。魔法って不思議です。

 

 最後に飛びかかってきたモンスターをやっぱり魔法で生み出したト音記号を盾代わりに全力でバッシュ。

 

「甘いんですよ……っと。この先に人の反応1、ウォーシャドウ複数!」

 

 やはりというか、なんというかその反応はベル・クラネル、主人公その人でした。救援は要るでしょうか、と思いましたが、彼は疲れを見せつつもウォーシャドウを捌いていますから問題は無いでしょう。彼の後ろから迫るようなものがあればぶちのめせば良いのです。

 

「はぁっ!!」

 

 身がしっかり入った攻撃を入れられていますね。情熱がすごくあるようで。……と。無粋なやつですね? 

 

「!!?」

「残念ながらそれはちょっと……遠慮して貰えますか?」

「えっ!?」

 

 その不意を打ってきたウォーシャドウがラスイチのようで、戦闘は終了。ベル・クラネルが何度も頭を下げてくるのでこちらとしても恐縮しきりだが、ひとまず挨拶をすることにします。

 

「はい、こんばんは。先程は私の歌を聴いてくれてありがとう。アルシエルです、どうぞ宜しく……あ、好きに呼んで構いませんよ」

「えーっと……やっぱり、アルシエルさんですよね……べ、ベル・クラネルです。こちらもお好きにどうぞ!」

 

 ベル呼び許可みたいなもんですよねこれ。躊躇いなく呼びますよ私。あと不安なのは体力面ですからここで回収したいところですが……さぁどうします? 

 

「では、ベルと。さて早速ですけど……身体の体力の方は大丈夫ですか?」

「その……はっきり言って、アルシエルさんに助けられてしまったような状態なので……限界は、近そうです」

「うんうん、よく自分の見極めもできてますね。無謀と冒険は違う……貴方も耳にタコができるくらいもう聞きました? あの人の言葉」

「あはは……」

 

 エイナ。ギルド職員のハーフエルフの女性で、ベルの担当である人。また、ストーリーが進む事にベルへの恋心が加速する女でもある。無謀と冒険は違うとよく言うのだ、あのハーフエルフ。

 

「じゃ、帰りましょう。……乗ってくださいね」

「えっなんですかこれ!!?」

「新鮮な反応……見ればわかるでしょう、音符です」

「なんで音符なんですか……というかその先の轍みたいなものは「小節線ですね」……小節線!?」

 

 新鮮な反応にニコニコしながら彼を8分音符の後ろ側に乗せ私が前に。レッツゴー! 地上まで5分の快適超特急、アルシエル急行です! 

 

 

 

「ベル君はどこに行ったんだろう……?」

 

 ボクはボクの今は唯一の眷属たるベル君を探しに出ていた。いつまでたっても帰ってこない事に不安を抱くのはどの神もだろうけど、ボクのそれは他の神のそれよりも大きい。竈とはすなわち団欒を示すのだから。

 

「本当に……まだダンジョンの中、か?」

 

 不安でどうしようもないボクは外に出た。待っていればいいとかそんなことを考える余裕は無かったから。教会の外に出ようとした、その瞬間。こちらに向かって、音符が滑ってきた。

 

「お! あなたはー! 神ヘスティア! ヘスティア様とお見受けしました! お噂はアオイデー様よりかねがね伺っております!」

 

 音符上から掛けられた声。そこには少女がいた。アオイデーの名を知るものはこの街にひとり。ボクと同じように唯一の眷属を持つアオイデーの、眷属。すなわちそれは。

 

「【謳歌姫】くん!」

「ヘスティア様は私の名前をご存知なのですね……嬉しいなぁ……」

 

 噛み締めるように頷くこの少女が、なんの用でボクに声をかけたのか。分からないが後にしてくれと、不安に駆られる心を原動力に、彼女に告げる。

 

「その……ボクはちょっと気になることがあってこれから人探しに出るんだけど……」

「あの、人ってこの子ですか?」

「え?」

 

 彼女の肩越しに、白い髪が映っていた。彼女はそれを指さしていたのであった。

 

「その……アルシエル急行です。ベル・クラネルをお届けに来ました……」

「本当かいアルシエル君!? あぁ、ありがとう! 本当に! 君は本当にいい子だなぁ! アオイデーもこんな眷属を迎えて!」

 

 全力で彼女を褒めつつ、ベルくんを降ろしてもらい、ベッドに寝かすところまでを済ますと、アルシエルくんはこちらを向いて言った。

 

「彼、強くなりたいんだそうです。……神として、親として。その願い、どうか寄り添ってあげてください。人造でも神造でもない、彼なりの道に導くのは貴女しかできない役目でしょうから!」

「君が何を言いたいのかはボクにはあんまり分からないけれど、ボクがしてあげられることは全部してあげるつもりだよ。ベルくんは大事なボクの家族さ!」

「そうですか。そのお言葉が聞けてまず安心です。では、いずれ……っとこれ、名刺です。良かったら保管して何かあった時や宴をやる時にでもご連絡ください。駆けつけますので」

 

 彼女は最後にそう言い残しつつ、名刺として小さな長方形の紙を残して帰って行った。

 

 ゆったりと扉を閉じつつボクは思ったことを口にして、固めていく。

 

「強くなりたい、か。男の子らしい、純粋な願い……叶えて、あげたいな。いいや、叶えられると、信じようか! ボクは導きの灯火だ! 頑張るぞぉ……!」

 

 眠る兎に、覚悟を決めた女神。見るものが見れば、収まるべきところに収まった形だ。

 

 だが、それは確実に異なりつつある。物語は歪む。物語を最後に謳う英雄を物語に加えた、白兎の英雄譚は、ひとつずつ進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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