最強と最凶に育てられた白兎は英雄の道を行く (れもねぃど)
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第一話 白兎


初めまして

アルフィアif、アストレア・レコードを見て
これらを絡めて妄想話を書きたくなった者です。
ご都合主義や独自設定が多めですが、楽しんでいただけば
幸いです。因みに作者にはあまり文才がありませんので投稿迄には時間が掛かる可能性がございます。



迷宮都市オラリオ

ヒューマンを含めあらゆる種族の亜人(デミ・ヒューマン)が生活しており、「ダンジョン」と呼ばれている巨大な地下迷宮の上に築き上げられた都市である。ダンジョンは数多の階層に分かれており、凶悪なモンスターの坩堝となっている。

そんな危険地帯にも関わらず、様々な目的を持って冒険者となりダンジョンへ挑む者達は後を絶たない。

ある者は富と名声を求め、またある者は未知を求め、それぞれの目的を持って冒険者達は今日もダンジョンへ挑む。

とあるヒューマンの少年も大きな目的を持ってダンジョンへ挑む冒険者の一人である。

 

「ヴヴォォォォォォォォォォォォォォ!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉ!!」

 

ダンジョンの5階層。

そこでは、怪物と人の咆哮が響き渡っていた。

片方はどう見ても駆け出しの冒険者であろう白髪赤目の

兎のような少年。

片方は牛に頭に人の体を持つモンスター「ミノタウロス」

そんな一人と一匹は全身全霊を持って戦っていた。

ある程度の経験を持った冒険者であればこの状況に驚きを隠せないだろう。

まずはミノタウロスについて

Lv.2にカテゴライズされるこのモンスターは通常、15階層以下の迷宮に出現するとされている。そんなモンスターが5階層にいるというのはある種の「異常事態」(イレギュラー)であると言えるだろう。

次に、ミノタウロスと戦っている少年について

ミノタウロスは駆け出しの冒険者が勝てるモンスターではない。挑もうものならすぐに殺されてしまうのが常識である。にもかかわらず、少年は得物である大剣を使ってミノタウロスと渡り合っている。

そして、一部の第二級冒険者や第一級冒険者であれば、少年の動きにも驚きを隠せないであろう。その少年が持つ「技と駆け引き」に。

ミノタウロスが拳を振るう。それを大剣の腹で受け流し、それによって隙が生じたミノタウロスの体を斬りつける。苦悶の表情を浮かべるミノタウロスはまたも拳を振るうが少年はその動きを読んでいたのか既に距離を取っており、その拳は虚しく空を切りその隙に少年はまたもミノタウロスを斬りつける。

その一連の動きは駆け出しの冒険者がとれるものではなかった。

力も体格もミノタウロスに劣るはずの少年がミノタウロスを翻弄していた。

自分の攻撃が少年に当たらないことに痺れを切らしたのか、ミノタウロスは両手を広げ、少年に突進する。

至極単純な攻撃ではあるが、その巨体と合わさって駆け出しの冒険者を威圧するには十分な攻撃である。

 

(―今だ!!)

 

だが、少年はその攻撃を好機と考えたのか、大剣の構えを瞬時に変更し、ミノタウロスに突きを繰り出す。

狙うのは胸。弱点の魔石があるであろうそこに、狙い通りに大剣が深々と突き刺さる。

 

「グォォォォォォォ!!」

 

大剣が魔石を砕いたのか、断末魔の叫びを上げたミノタウロスの体は灰となり、ドロップアイテムである『ミノタウロスの角』が地面に転がった。

少年はミノタウロスの角を拾い上げつつも、周囲の警戒を怠らなかった。

 

『ダンジョンでは何が起こるかわからん。』

『決して油断はするなよ。』

 

自らを鍛えてくれた叔父(ザルド)義母(アルフィア)の言葉を思い出しつつ先程の戦闘で乱れた息を整え、周囲を見渡す。

すると、少年の耳が接近してくる足音を捕らえた。

少年がそちらを見ると2匹のミノタウロスが此方に向かって来ていた。ミノタウロスは最初、何かから逃げるように走っていたが、少年の姿を認めるとモンスターの本能からか少年を殺さんとするように、進路を変更した。

少年はそのこと確認すると、冷静に状況を分析し結論を出した。

 

今のまま(・・・・)では対処するのは難しいと

 

そして、先程拾ったミノタウロスの角に目を落としつつ、未練があるのを隠さない様子で「しょうがないかぁ」と呟くと

 

ミノタウロスの角に囓りついた。

 

味に関しては「硬い、美味しくない。」としか感想がでてこなかったが、咀嚼し飲み込んだとき少年持つ『スキル』により、体に変化が起きる。『器の昇華(ランクアップ)』ほどではないが、それに近しいほどの『能力上昇(ステイタスアップ)』が起こった。その感覚に満足感を覚えつつ、大剣を構える。

ミノタウロスはもう少年の目の前といっていいほどの距離にまで接近していた。

ミノタウロスが拳を振るう。だが『スキル』によって

【ステイタス】が上昇している少年にとっては遅すぎた。

攻撃を危なげなくかわし、返す刀でミノタウロスの片足を斬り飛ばし、片足を斬られたことで体勢を崩したミノタウロスの首へ大剣を叩きこむ。首を斬られたミノタウロスは断末魔を上げる間もなく、その体を灰に変えた。一匹目のミノタウロス(先程)とは違い、まるで柔らかい肉にナイフを入れるように切れてしまうことに少年は驚愕する。「やっぱり叔父さんの《スキル》はすごいなぁ」と呑気に呟くと、残ったミノタウロスに目を向ける。ミノタウロスは同族が即座に殺されたことに動揺しているのか

「ヴゥ・・・」と鳴いてその場に留まっている。少年は

大剣を構え直して、最後のミノタウロスを倒そうとした―

次の瞬間、その怪物の胴体に一線が走った。

 

「へっ?」

「ヴぉ?」

 

少年とミノタウロスが呆気にとられた声をだす。

走り抜けた線は一本だけに留まらず、モンスターを細切れにする。

 

「グブゥ!? ヴゥモォォォォォォォ!?」

 

断末魔が響きわたる。

細切れになったモンスターの肉片が灰に変わった。

 

「・・・・大丈夫ですか?」

 

ミノタウロスに代わって現れたのは、金髪金眼の少女だった。

細身の体に蒼色の軽装を身に纏い、銀の胸当て、同色の手甲、モンスターを屠ったであろうサーベルからは血が滴っている。

そして銀の胸当てには「道化」を象った【ファミリア】のエンブレムが入っている。Lv.1で駆け出しの冒険者である少年でも知っている人物。都市最大派閥 【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者。

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「あの・・・・大丈夫ですか?」

 

再び問いかけられた質問に意識が現実に引き戻される。

そして、慌てて少女の質問に対しての返答を返す。

 

「はい!大丈夫です!」

「・・・怪我とかしてない?」

「していません!」

 

初めて会う第一級冒険者に少年は緊張してしまい、返答が少し上擦ったものになってしまう。

一方、アイズはというと少年の周りを一周して怪我がないかを確認し、大きな怪我がないことを確認すると満足げに頷き、少年へ次の質問を投げ掛けた。

 

「こっちにミノタウロスが逃げてこなかった?一匹は今倒したから、残り二匹くらい。」

 

現在、アイズは17階層で大量発生し、あろうことか集団で逃走してしまったミノタウロスを追って来ていた。その事を少年に説明すると、少年は「なるほど、だから5階層にミノタウロスがいたんですね。」と納得しつつ、アイズの質問に答えた。

 

「残りの二匹だったら、倒しましたよ。」

「―誰が?」

「僕がです。」

「えっ!?」

 

アイズは驚愕していた。

少年はどこからどう見ても駆け出しの冒険者である。

そんな少年がミノタウロスを倒すなど普通はあり得ない。

そんなアイズの胸中を知りもしない少年は、先程自分が倒したミノタウロスの魔石を拾い上げ

 

「これがその魔石です。もう一匹は魔石を砕いてしまったのでありませんが・・・」

 

少年はおずおずと魔石を見せてそう言っていたが、アイズは思考の渦に囚われたままだった。「本当に?」「どうやって?」などの疑問が頭のなかをぐるぐると回っていた。行動停止(フリーズ)したアイズの様子に「どうしたんだろう」と疑問に思いながら、自分のポーチに魔石を入れようとする。すると少年は自分のポーチが5階層(ここ)に来るまで倒したモンスターの魔石とドロップアイテム(戦利品)で一杯になっていることに気付く。

 

(今日はもう帰ろう)

 

そう考え、未だに思考の渦に囚われたままのアイズに「ありがとうございました。」と言いつつ、踵を返し4階層へとつながる階段へ向かう。

アイズが思考の渦から解放されたのは少年の姿がかなり小さくなってからであった。現実へ戻ってきたアイズはすっかり小さくなってしまった少年の背中を見ると、「ま、待って!」と言って駆け出した。

 

―どうしてそんなに強いの?

―どうやってそこまで強くなった?

 

無論、今の(・・)アイズに比べれば少年は弱い。

しかし、駆け出しの頃のアイズはミノタウロスなど倒せなかった。故に少年の強さの秘密を知ろるために少年を追いかけようとしたのだが―

 

「おい、アイズ」

 

後ろから声を掛けられ、駆け出した足が止まる。

声が掛けられたほうを見ると獣人―狼人(ウェアウルフ)の男が立っていた。

 

凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ

 

同じ【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者である。

 

「こっちのモンスターどもは片付いたぞ。そっちはどうだ。」

「あ・・・はい、大丈夫だと思います・・・。」

 

「そうか」と言ってベートが近づいてくる。

その時、ベートにも少年の後ろ姿が見えたのか、嘲笑を浮かべながら「なるほどな」と呟いた。

 

「ミノタウロスに殺され掛けてた雑魚を助けてたのか。」

「えっ・・・あっ!!」

 

アイズは再び少年を追いかけようとするが、ベートに肩をつかまれる。

 

「やめろってアイズ。雑魚なんかに構ってんじゃねぇ」

「ベートさん・・・」

「弱ぇ奴等にかかずらうだけ時間の無駄だ、精々見下してろ。」

 

いくぞ、とベートに促されたアイズは名残惜しそうに後ろを見るが少年の姿はなく、渋々ベートの言葉に従う。

 

(せめて名前ぐらい聞いて置けばよかったかな・・・)

 

そんなことを考えつつ、アイズは仲間のもとへ戻って行った。

 

「すごかったなぁ」

 

バベルの塔 ダンジョン入り口前

アイズがそんな事を思っているとは露知らず

少年―ベル・クラネルは感嘆の声をあげていた。

感嘆の対象はアイズの剣技(・・)である。

高い【ステイタス】に裏打ちされた速い剣さばきに加え、まるでモンスターを殺す為に編み出された技。

どちらもベルが感嘆してしまうのも頷けるほどのものだった。

 

(あれが第一級冒険者。『英雄候補』なのか・・・)

 

『なれるかなぁ?』という胸の内に出てきた弱音をすぐに押さえ込む。

 

(『なれるかなぁ』じゃない、なるんだ!!)

(『最後の英雄』になるために!!!)

 

これが少年(ベル)が目的である。

幼き日、お義母さん(アルフィア)の前で誓った言葉を現実にするため、ベルはオラリオまで来た。

 

(そのためにも、もっと強くならなきゃ!!)

 

無言の決意を新たにしたベルは、夕日に染まる街中を

【ファミリア】のホームへ向けて駆け出した。

 





読んでくれてありがとうございます。
次回はベル君の所属ファミリアとステイタスについて書くつもりです。


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第二話 アストレア・ファミリア


この作品のベル君はかなりチートじみた設定になっています。


 

時刻は日が暮れて間もない頃。

大通りは家への帰路を進む人々―中には「お楽しみはこれからだ」と言わんばかりに夜の街に繰り出す人々もいたが―で賑わっていた。その中をベルは縫うように駆けていく。大通りを抜けて街路をいくつか曲がり、閑静な住宅街へと入って行った。

辿り着くのはオラリオ北の区画、その片隅。

そこに立つのは決して大きくはないが、瀟洒(しょうしゃ)な白い館。玄関の扉を開け、「只今、帰りました。」と言いつつ、廊下を歩いていく。しばらくすると、どこかのドアが勢いよく開く音と、此方へ向かって走ってくる足音が聞こえる。

少し嫌な予感を抱きつつも歩みを進めていると、廊下の

曲がり角から人影が躍り出た。

人影の正体は煌めく赤髪と美しい緑眼を持つヒューマンの女性であった。

十人聞けば十人全員が「美女」と回答するであろう整った顔立ちに天真爛漫な笑みを浮かべた女性はベルの姿を認めると、走りをさらに加速させた。そして―

 

「ベぇぇぇぇぇルぅぅぅぅぅ、お帰りぃぃぃぃぃ!!!」

「ただいまアリーゼさっ、どふぁぁぁぁぁ!!?」

 

ジャンプして抱きついて来た。

『美女からの抱きつき』聞くぶんには役得な展開だと言えるだろうがここに『第二級冒険者(Lv.4)』、『加速あり』という条件が加わると話しは変わってくる。それはもう

『抱きつき』などという可愛らしいものではなく

最早『抱きつき(ミサイル)』となってしまう。

そんな『美女からの抱きつき(ミサイル)』を正面から受けたベルは

悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、床を滑って行く。

その衝撃は凄まじく、ベルの体が止まる頃には玄関(振り出し)に戻ってしまっていた。

 

「ベルぅ、こんな時間までどこに行ってたの!?

お姉ちゃん、心配で探しに行こうと思ってたのよ!こんな可憐な美女を心配させるなんてベルったら罪な子ね!」

 

こんなことを言いながら女性はベルの上に跨がり、顔に

頬擦りしている。

彼女の名前はアリーゼ・ローヴェル。

紅の正花(スカーレット・ハーネル)】の二つ名を持つ第二級冒険者であり、ベルが所属する【ファミリア】の団長である。

 

「はっ! まさかこれが神様達が言う『残業して帰りが遅くなった夫を待つ若妻』の気持ちなのかしら!」

「うぅぅ・・・」

「ということは、この後にくるセリフは『お風呂にする? ご飯にする? それともわ・た・し』なのね!!」

「んぁぁぁ・・・」

「やん♡ ベルったらまだ14歳なのにお姉ちゃんにそんな事させようとするなんて、おませさんね!」

「うぼぁ・・・」

 

突如として展開される一方的な会話(マシンガントーク)

ベルは対応することができない。

今日戦ったどのモンスターよりも重い一撃をまともに受けたベルは立ち上がることはおろか、受け答えすらままならない状態になっていた。

 

「あっ! その前に皆にも『ただいま』って言わないと!!さぁ 行くわよベル!」

 

結局、ベルは受け答えなどできぬまま、【ファミリア】の仲間がいる団欒室に連行された。

アリーゼの脇に抱えられ「うきゅぅぅぅ」と呻き声を上げて連行されるベル様子はまさに『これからの夕食(ディナー)に出される兎』であった。

 

団欒室を出るときと同じようにアリーゼによって扉が勢いよく開け放たれ「皆、派閥の旦那様(ベル)のご帰宅よー!!」と言うアリーゼに団員達の視線が集中する。

アリーゼの脇に抱えられたベルを見て何があったかを大体察した面々は「お・・・お帰りベル。」「今日もお疲れ・・・。」「加減してやれよ・・・。ベルもう瀕死(グロッキー)じゃん。」といった労りの言葉が掛けられる。

一部の例外として「お疲れー兎。『重役出勤』とは恐れ入るぜ。」と桃色髪の小人族(パルゥム)が意地の悪い笑みを浮かべていたり、「派閥総出で出迎えられるなんて、兎さんもずいぶんと偉くなりましたねぇ~、ふふっ。」と黒髪のヒューマンが楽しそうに笑っていたりしたが。

因みに団員の一人であるクソ雑魚妖精(ポンコツエルフ)は状況がわかっていないのか「ベルが怪我を!?大変です、すぐに治療を!!」などと言いながら、救急箱を片手に右往左往している。

 

「お帰り、ベル。」

 

そんな中で美しい一柱の女神が微笑みながらベルに声を掛ける。

一目見た者がいれば彼女のことを「善神」と表すだろう。

それほどまでに彼女は優しく、正しく、清らかな空気を纏っていた。

胡桃色をした長髪は背中に流れており、その瞳はまるで星海のように深い藍色を帯びていた。

まさに『慈悲深い女神様』の理想像と言っても

過言はない。

そう断言していいほどに彼女は清廉潔白で

何より美しかった。

女神アストレア

ベル達の主神であり、『正義』を司る超越存在(デウスデア)である。

そんな女神から微笑み掛けられた―ベルの状態を見て若干、微笑みがひくついたーベルは「ただいまぁ・・です。アストレア・・様、皆・・さん・・・。」と息も絶え絶えな回答をする。

 

「さぁ、ベルも帰ってきたしご飯にしましょうアストレア様!」

 

アリーゼ(元凶)はまるで反省した様子もなく、ベルを抱えて食堂へと向かう。そんなアリーゼに各々の感情を抱きつつも、団員達はその後に続いた。

 

この館の名前は『星屑の庭』

ベルが半月前に入団した【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)である。

 

「・・・・。」

 

食事を終え、眷属達が各々の時間を過ごしているのを尻目に、アストレアは無言で頭を抱えていた。

何か問題が起きたわけではない。むしろ、喜ぶべきことなのだろうが起こっていることがあまりにも、常軌を逸しているため頭を抱えるしかないのである。

 

「お風呂空いたよー」と呑気に言っているアリーゼがそんな状態のアストレアを見て怪訝な表情で近寄ってくる。

 

「どうしたんですか、アストレア様?」

「ええ・・・。これを見ていたらちょっとね。」

「?・・・。あっ! これってベルの【ステイタス】ですか!?」

 

【ステイタス】―『神の恩恵(ファルナ)』とも言われるそれは神々が扱う【神聖文字(ヒエログリフ)】を神血(イコル)を媒介にして背中に刻むことで対象の能力を引き上げる、神々にのみ許された力である。

それは【経験値(エクセリア)】という様々な出来事を通して得られる、文字通り経験した事象を糧に成長し、背中の【神聖文字(ヒエログリフ)】を塗り替え、レベルアップや能力向上を行う。この力によって神々は下界の人々を持ち上げることができるのだ。

 

「ええ、そうよ。」と言ってアストレアは羊皮紙をヒラヒラと振る。これこそ、アストレアが頭を抱える原因となっているものだった。

「見せてください!!」と元気よく手を伸ばすアリーゼにアストレアは羊皮紙を手渡す。

「ベルの【ステイタス】!?」と興味津々な団員達も集まってくる中、アストレアから羊皮紙を受け取ったアリーゼがそれに目を通すと―一瞬で真顔になった。

 

「どうしたんですか、団長さん?」

「・・・・・。」

 

団長(アリーゼ)の急激な表情の変化に輝夜が疑問を呈するも、アリーゼはただ何も言わず羊皮紙を「見ろ」とばかりに押し付けてくるだけだった。そんなアリーゼらしからぬ行動に疑問を抱きつつも、羊皮紙を確認すると―輝夜も真顔になってしまった。

この後もベルを除く団員達に羊皮紙が回されて行ったが、反応は二種類ほどしかなかった。

アリーゼと輝夜のように真顔になるか、顔が驚愕に彩られるかである。

全員で回し読みを終え、羊皮紙がアストレアの元に戻って来ると、少しの間を置いて眷属達は同じ言葉を言い放った。

 

「「「「ナニコレ・・・」」」」

 

その言葉を聞いたアストレアは「やっぱりそうなるわよね・・・」と眷属達と同じ感性であることに安堵しつつ、ベルの【ステイタス】が記載された羊皮紙に再び目を落とした。

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力 :F330→E420

耐久 :I95→H150

器用 :C620→B735

敏捷 :D501→D593

魔力 :F412→D502

魔導 :I

狩人 :I

耐異常 :I

魔防 :I

破砕 :I

精癒 :I

剛身 :I

覇光 :I

覇撃 :I

 

《魔法》

 

【】

 

《スキル》

 

系譜継承(ペデグリー・レコード)

 

・スキル、魔法及び発展アビリティの任意継承。

・継承条件は自分の血族が持つ神血(イコル)と同じ神血(イコル)を持つ者。

 

英雄宣誓(ファミリア・オース)

 

・早熟する。

・誓いが続く限り効果持続。

・誓いに対する想いの丈により効果向上。

 

英雄決意(アルゴノゥト)

 

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 

不撓不屈(ヘラクレス)

 

・常時、耐異常及び耐久に超高補正。

・危機的状況における、全能力の極高補正。

 

この【ステイタス】を見て、ベルを駆け出し冒険者だと思える者はどれくらいいるだろうか。いや、いない。絶対にいない。

 

「なんだよこの訳わかんねぇ『スキル』のオンパレード・・・」

 

小人(パルゥム)のライラが呟く。そうせざるを得ない程、ベルの『スキル』は数も能力も隔絶していた。

 

「特にこの『系譜継承(ペデグリー・レコード)』って・・・。」

「条件を満たせば、他人の魔法、スキル、発展アビリティすらも使用できるということでしょう・・・。」

「ロキファミリアの【千の妖精(サウザンド・エルフ)】みたいなものかな。」

「しかし、ベルが使える魔法というのは・・・」

 

魔法優等種族(マジックユーザー)のエルフであるセルティとリューがベルの『スキル』について話していると

 

「十中八九、【ゼウス・ファミリア(最強)】と【ヘラ・ファミリア(最恐)】の魔法でしょうね。」

「「「「!!!!」」」」

 

途切れた言葉を繋ぐようにアストレアが言葉を発する。

それを聞いた団員達は驚愕した表情を浮かべた。

 

【ゼウス・ファミリア】

【ヘラ・ファミリア】

 

この都市に長く住んでいるものでこの名前を知らない者はいない。

15年前まで存在していた偉大な【ファミリア】。

ギルドと同様に迷宮都市(オラリオ)の誕生から寄り添い続けてきた『二大最強派閥』。

『神時代の象徴』、『神の眷属の到達点』とまで言われ、千年もの間オラリオに君臨し続け、安全神話を崩さなかった。

そして下界の悲願たる『三大冒険者依頼(クエスト)』。

その内の二体、『陸の王者(ベヒーモス)』と『海の覇王(リヴァイアサン)』を打ち倒しーそして『生ける終末』とも呼ばれる最後の竜に、敗北した。

それにより両派閥は壊滅、【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の抗争にも敗れ、両派閥の主神(ゼウスとヘラ)は都市外へ追放されることになった。

 

「まさかそんなとんでもない派閥の子が【アストレア・ファミリア(うち)】に来るなんてねぇ。」

「こら、ネーゼ!!ベルの生まれは関係ないでしょ!!」

 

ベルの系譜(生まれ)を聞き戦々恐々とする狼人(ウェアウルフ)のネーゼに対して、アリーゼが窘める。

 

「【ゼウス・ファミリア】も【ヘラ・ファミリア】も関係ない!あの子は【アストレア・ファミリア】のベル・クラネルで私達の大切な家族なんだから!!」

「ふふっ、確かにアリーゼの言うとおりね。」

 

アリーゼが高らかにそう宣言すると、アストレアが同意した。

 

「それに全然強そうに見えなかったしねー。」

「私も初めてみたときは可愛らしい兎さんにしか見えませんでしたからねぇ。」

 

アマゾネスのイスカとヒューマンの輝夜がそういうと団員全員が「たしかに!」と同意し笑みを浮かべた。

そして中庭で一人黙々と大剣を持って素振りをするベルを見つつ半月前のことを思い出していた。

 




『スキル名』考えるの大変だった。

次回はベルの加入時の様子を書くつもりです。


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第三話 兎との邂逅


ベル君が加入した時の話です。
ダンジョンに潜らないのでつまらないかもしれません。


【ファミリア】のなかで一番最初にベルと会ったのはライラだった。

その日、いつものように巡回(パトロール)をした後、一緒に巡回をしていたドワーフのアスタと別れ、道具(アイテム)製作用素材の買い出しを行っていた。色々な店を周り、必要な素材を全て調達する頃には、すっかり日が傾いていた。

「すっかり遅くなっちまったな。」とひとりごちつつ夕日に染まったオラリオを眺めながら帰路に就いていた。

 

(―7年くれぇ前(・・・・・・)から闇派閥(イヴィルス)の連中も大人しくなってるし、随分とここも過ごしやすくなったもんだな・・・。)

 

そんな事を考えていると、不意に後ろから声を掛けられた。

 

「すいません。そこの小人族(パルゥム)のお姉さん。」

「・・・・。」

「・・・? あの小人族(パルゥム)のお姉さん!」

「・・・・。」

「聞こえてないのかな・・・? 小人族(パルゥム)のお姉さん!!」

「ん! おぉ、悪りぃ、悪りぃ。聞こえてなかったぜ。」

「あぁ、そうでしたか。すいません、声が小さくて。」

「ははっ、気にすんなよ。こっちも考え事の最中だったからな。」

 

何度か呼び掛けられた後、肩を軽く叩かれてからライラは少年の呼び掛けに反応した。

そう、この時のライラは考え事をしていたのもあって、耳が遠くなっていたのだ。

決して、年下の冒険者(同業者)はおろか、たまに【ファミリア】ぐるみで行っている孤児院への慈善事業(ボランティア)の際に一回り以上年下の孤児達からも「ライラ!」と呼ばれており、それを不満に感じているとか、他の連中は全員「お姉ちゃん」と呼ばれていることに対して「私も呼ばれてみてぇ・・・」

と密かに思っているため、初めての「お姉さん」呼びが嬉しくなって、もっと呼んで欲しいが為にわざと無視していたということではないのだ。

だから、少年の呼び掛けに反応し、振り向いた時に浮かべていた満面の笑みは偶々、機嫌が良かったから浮かべていたものである。

 

「で、何の用だ少年。」

「実は、ある【ファミリア】の主神様にお会いしたいんですが、本拠(ホーム)の場所がよく解らなくて・・・。この辺だってきいたんですけど。」

「へぇー、【ファミリア】の名前は?」

「【アストレア・ファミリア】です。」

 

この時、ライラの中に警戒心が芽生えた。

本日、主神(アストレア)から来客があるなど聞いてはいない。

しかも、時刻はもう日が沈みそうな遅い時間。こんな時間に会いにくるなど怪しいことこの上ない。しかし―

 

「? どうかしましたか?」

「ん? いや、なんでもねぇよ。」

 

少年からの問い掛けを濁しつつ、改めてライラは少年を観察する。

まるで穢れを知らない処女雪のような白い髪に、深紅(ルベライト)の瞳を持った少年。背には家財道具等が入っているのであろう大きく膨らんだバックを背負っており、右手には布にくるまれた武器―大きさからしておそらく大剣―を肩に掛ける形で持っていた

どう見ても田舎からやって来たお上りさん(冒険者志望)

所持している武器も暗殺等に不向きな大剣である。

一応、警戒しておくかと考えつつ、少年との会話を

再開する。

 

「実は私、その【ファミリア】の団員なんだよ。」

「えっ! そうだったんですか!?」

「おう。何なら今から案内できるぜ。一緒に行くか?」

「はい!是非!」

 

よし、とライラは軽く頷くと少年を先導しながら

歩き始めた。

ライラと少年―ベル・クラネルは歩きながら、軽い自己紹介を行っていた。

そうして歩いているうちに、ライラとベルは【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)である『星屑の庭』に

辿り着いた。

「主神に話をしてくるから、ちょっと待ってろ」と言うと少年は「主神様宛に手紙を預かっているので、渡してもらえませんか。」と言ってライラに手紙を渡してきた。「おう。」と言って手紙を受け取ると、ライラは本拠(ホーム)の中へ入って行った。

廊下を進み、団欒室へ入ると【アストレア・ファミリア】の全団員と主神であるアストレアの姿があった。

 

「あらライラ、お帰りなさい。」

「只今戻りました、アストレア様。それとアストレア様に来客が来てますよ。」

「来客?」

 

そんな予定あったかしら? と首を傾げるアストレアに「手紙も預かってますよ。」と言ってライラはベルから貰った手紙を渡す。それを受け取ったアストレアは

「手紙?誰からかしら?」と差出人が書いてあるであろう便箋の裏を見て―目を見開いた。

 

「どうしたんですか?アストレア様?」

 

いつものアストレアらしからぬ表情の変化を見て、ライラは思わず声を掛けてしまうが、アストレアは声が聞こえていないのか反応せず、忙しない手付きで便箋を開け、手紙を読んでいた。

やがて手紙を読み終わったのか、深く息を吐きつつ手紙を閉じた。そんな主神の様子に気づいた団員達は、心配そうにアストレアを見ていた。しばらく間を置いた後、アストレアはその場に全団員が揃っていることを確認すると話を始めた。

 

「皆に相談することがあります。」

「相談?その手紙が関係しているんですか?」

 

アリーゼが皆の疑問を代表するようにアストレアへ問い掛ける。

あれ程アストレアが動揺していたのだから、ただ事ではないと思ったのか、声と表情が若干硬い。

 

「ええ。これは『とある神』からの手紙。内容は『ある人物』を私の【ファミリア】に入団させて欲しいと書いてあるわ。」

「『とある神』・・・。どなたなんですか?」

「ゼウス。」

「「「「!!!!」」」」

 

輝夜が問い掛け、アストレアが回答した神物(じんぶつ)

全員が絶句する。

かつての『二大最強派閥』。その片翼を担った【ゼウス・ファミリア】の主神。とんだ大物である。

 

「そんな神物がわざわざ手紙まで出してお願いしてくるってことはその入団させて欲しい人物()ってやっぱり元【ゼウス・ファミリア】の団員なのかな?」

「いいえ、違うわノイン。父親(・・)が【ゼウス・ファミリア】ってだけみたい。」

 

ノインが入団希望者の素性に目星を着けるが、アストレアに否定される。じゃあ、どんな奴なんだろう と各々が考える中、アストレアの発言に含みがあると感じたライラが再度問い掛ける。

 

「ん? 父親(・・)が【ゼウス・ファミリア】って、まるで母親は違うみたいな言い方ですね。」

「ええ。母親は違う【ファミリア】だそうよ。」

「へぇ、つまり玉の輿に乗ったって事ですか。羨ましい限りだ。」

「・・・因みに母親は【ヘラ・ファミリア】だそうよ。」

「「「「・・・・」」」」

 

もう頭が痛くなってきた。つまり今、自分達の【ファミリア】に入ろうとしている新人は、『ゼウスとヘラ(かつての最強達)』の血を引く混血(サラブレッド)。つまりとんでもない傑物なのだろうと、ライラ以外の者は考えた。―因みにライラは「ベル(あいつ)が? うっそだろ。」と半信半疑になっていた。

 

「とにかく会ってみましょう。外で待たせておくのも悪いし。ライラ呼んで来て貰える?」

「わかりました。」

 

そう言ってライラが団欒室を出て行くと、団員達はひそひそと話し始めた。もちろん話の内容は『どんな人がくるかである。』

 

「やっぱり、『筋肉モリモリマッチョメン』なのかしら。」

「あるいは、『胸に7つの傷がある男』なのかもしれませんよ。」

「・・・二人共、その言葉は誰から教わったの?」

 

アリーゼと輝夜が神々の言葉で好き勝手言っているのを聞き、頭が痛くなったアストレアはこめかみを押さえる。

他の団員達も「大人しい人がいいな。」「まだ性別すら分かってないぞ。」「女性だったとしても、元『二大最強派閥』の子供だぞ。」「こ・・・怖くないといいな・・・」など言いたい放題である。そして、そんな時間が暫く続いた後―

 

「連れてきたぞー。」

「「「「!!!!」」」」

 

そんなライラの声がすると共に扉が開かれ、団員達の間に緊張が走る。その場にいる全員が身構える中で入って来たのは―

白髪赤目のまるで兎のような少年だった。

 

「「「「????」」」」

 

一柱の女神とライラを除く団員達は困惑していた。

それもそのはず、彼女達はどんな傑物が入ってくるのだろうと、内心ビクビクしていたのだ。

しかし入って来たのは、そんな言葉とは対極に位置するであろう可愛らしい少年。困惑するなと言う方が無理であった。

 

「まぁ、そんな反応にもなるよな・・・。おいベル、挨拶しろ。」

「はじめまして・・・。ベル・クラネルです・・・。」

 

困惑する仲間をよそにライラはベルへ挨拶を促し、ベルは緊張しているのか、頬を少し赤く染めながら自分の名前を告げた。

 

「えっ、考えてた人と全然違うんだけど。どっからどう見ても可愛い兎さんみたいな子なんだけど。」

「ていうかベル、お前緊張し過ぎだろ。どうした?」

「いえ・・・綺麗な人がたくさんいるので、ちょっと緊張しちゃって・・・。」

 

アリーゼが考えていた姿とのギャップに思わず考えていた事を口にだしてしまい、予想以上に緊張しているベルにライラが理由を聞くと、ベルは恥ずかしそうにしながら理由を答えた。

その答えに「「「「えっ、なにこの子可愛い。」」」」と全員が心を一つにした。

容姿を誉められたのは初めてではないが、褒めてくる相手のそんなほとんどは冒険者(荒くれもの)で、その大半がいやらしい目線を隠そうともしなかった。

そんな彼女達からすれば、下心なく純粋に容姿を褒められることは珍しく、悪い気はしなかった。

そんな中、「貴方、中々見る目があるわね!」と言いながらアリーゼがベルに近づいていった。そして、おもむろに彼へ抱きついた。

 

「ちょっ、アリーゼぇ!?」

「いきなりなにやってるんですか!!」

 

潔癖症の妖精(エルフ)であるリューとセルティがアリーゼの行動に驚きの声をあげるが、当のアリーゼは「や~ん、髪もモフモフしてて、可愛い~。」とどこ吹く風である。因みにベルはアリーゼに抱きつかれたことに「?!!?」と困惑しており、顔は耳まで真っ赤になっていた。

 

「アストレア様!私、この子なら入団大歓迎です。【アストレア・ファミリア(うち)】の癒し枠にしましょう!」

「えっ、えぇ私は全然構わないのだけど・・・。他の皆はどうかしら。」

 

アストレアは独断でベルの入団を決めようとしているアリーゼに若干、困惑しながらも他の団員達の意見も求めた。

その言葉に他の団員達は顔を見合わせながら「いいんじゃね?」「団長(アリーゼ)が言うなら」「この子なら大丈夫そう・・・」「癒し枠の入団・・・ありね!」など概ね入団に好意的な言葉を交わしていた。

 

「輝夜はどう?さっきから黙っちゃって、らしくないわよ!」

 

アリーゼが先程からベルの方を見つめて、黙りこくっている副団長(輝夜)へ話しかける。

 

「・・・私も入団に賛成です。女性を襲うような殿方には見えませんしね。それに・・・」

 

アリーゼに回答を促され、輝夜は自分もベルの入団に賛成との意思表示を行う。その後、自らの言葉を区切り、妖艶な笑みを浮かべるとこう続けた。

 

ベル(その子)はとっても可愛らしい(美味しそう)ですし。」

 

―何故だろうか。【アストレア・ファミリア(自分達)】の危険は過ぎ去ったが、新たに少年(ベル)への危険が発生したような気がする。―貞操的な意味で。

そんな団員達の思いがのった視線を平然と受け流し、「私にも抱かせて下さいませ。」と言いつつ、ベルを抱き締めるアリーゼへ近づいていった。

ゴジョウノ・輝夜

極東出身の女性であり、その生まれは極東を統べる

『朝廷』の暗部に据わる『五条』の家である。

そんな家に生まれた彼女は、暗殺術、房中術などを幼き日から教え込まれ、『汚い大人の世界(ドロドロとしたもの)』を嫌というほど見てきた。

そんな彼女からすれば、そんなものとは正反対に位置するベル・クラネル(純粋×初心な少年)はとても好ましく感じたのだ。

というか、盛大にぶっちゃけるのであれば、彼女の異性に対する『嗜好』は、年下ヒューマン白髪赤眼キタコレ状態のドストライクであった。何なら嫌々覚えた房中術を駆使して、少年を堕としてやろうかと思うくらいに。

 

「ちょっと待ちなさい!これはもう少し話し合うべき案件でしょう!?」

「おやおや、では妖精様はこのような可愛らしい兎を捨ててこいと言うのでしょうか?」

「そこまでは言っていない!!」

 

そんな中、生真面目なリューだけがなあなあで決まってしまうことに危機感を覚えたのか意見を述べるが、輝夜から「まるで拾ってきた動物を捨ててこいと言う口煩い婆のようだな」と暗に告げられ、強い口調で反論をする。そしてそのまま恒例の口論へと発展した。

 

「そもそも私達はその少年が本当に【アストレア・ファミリア】に入りたいのかどうかも聞いていないではないか!本人の了承なく【ファミリア】に入団させることが貴方の正義なのか!?」

「ぶわああああぁぁぁぁぁぁかめ!!手紙に入団させて欲しいと書いてある以上、本人も了承済みに決まっておろうが!!第一、男ならば女に囲まれて嫌な気などするまい!!事ある事に正義を持ち出すな阿呆が!!」

 

そんな不毛な口論(やりとり)をしていると、それを止めようとしたのか、アリーゼに抱きつかれて機能停止(フリーズ)していたベルがアリーゼの腕から抜け出し、駆け寄ってきた。

 

「お、落ち着いて下さい!喧嘩はだめですよ!」

「「「「あっ」」」」

 

そして口論を止めるために、リューと輝夜を引き剥がそうとして、二人の肩に触れた(・・・・・・・・)

輝夜の方に触れるのは何ら問題はないが、問題なのはもう一人(リュー)の方である。

リュー・リオン

生粋のエルフである彼女は他者との接触を拒む傾向があり、彼女に触れられる人間はごく僅かである。その僅かな人間達も全てが女性であり、男性が触れようものなら「私に触れるな!!」という罵声と共に一本背負いを頂戴するのが恒例となっている。

その為、誰もが妖精(リュー)によって投げ飛ばされる哀れな(ベル)を幻視したが・・・

いつまでもたってもその光景が来ないことに、口論相手であった輝夜ですら、驚愕を露にした。

当の本人達(リューとベル)はいきなり訪れた静寂に「「????」」と首を傾げていた。

 

「リオン・・・貴方、ベルに触れて大丈夫なの・・・?」

「?・・・ええ、特に問題ありませんが・・・。」

「皆さん、どうしたんですか?急に黙ってしまって。」

 

アリーゼが信じられないものを見た様子でリューに訪ねると、リューが困惑した様子で返答し、ベルは周りがいきなり静かになってしまった事に疑問を呈していた。

 

「リ・・・・・」

「「???」」

「リオンに春が来たわ!!!」

「なっ!!」

「あらまぁ、なんだかんだ言って貴方様も狙っていたのですね、糞雑魚ムッツリ妖精さん。」

「違っ、狙ってなど・・・。というか輝夜!!誰が糞雑魚ムッツリ妖精だ!!!」

「えっ、ええっと・・・」

 

リューが初めて男性に触れられたことに大騒ぎするアリーゼとリューも満更ではないことを指摘する輝夜、そしてそんな二人に反論するリュー。この三人により、この場はまさに混沌(カオス)の様相となっていた。そんな三人にベルは訳がわからず、困惑していた。

さらに、「リオンに触れる男!?」「そんな男いたの!?」「リオン!逃がしちゃだめよ!!」「兎ぃ、どうやってリオンを堕としたんだぁ?」と他の団員も加わって、収集不可能な状態となっていた。

 

「・・・何ていうかもうめちゃくちゃね・・・」

 

一柱(ひとり)、蚊帳の外に置かれているアストレアはひとり寂しそうにそう呟いたという。

―結局、かなりなあなあになってしまったが、こうしてベル・クラネルは【アストレア・ファミリア】に迎え入れられることとなった。

 

 

「どうしたんですか皆さん?」

 

そして現在、各々がベル加入時のことを思い出している内に、日課の鍛練が終わったのか、ベルがタオルで汗を拭きながら団欒室に入ってきていた。

 

「ベルが初めてここに来た日を思い出してたのよ!」

「あぁ。はは、あの日は色々ありましたね・・・。」

 

アリーゼがベルの問いに答えると、ベルはその日のことを思い出したのか、苦笑いを浮かべた。

 

「それよりもベル、今日の鍛練はもう終了か?」

「? はい。そうですけど・・・」

「ならば、一緒に風呂に入るぞ。背中でもながしてくれ。」

「えっ!?」

「「「「おいコラ、待てぇ!!!」」」」

 

鍛練後のベルの腕を掴んで、有無を言わさず風呂へ連れ去ろうする輝夜を団員全員で止める。アストレアは、そんな眷属達の漫才(ドタバタ)を離れた場所から見ていた。

 

「ベルが来てから驚くことも多いけれど、皆が楽しそうで良かったわ。」

 

そんなことを呟きながら、『正義』を司る神は微笑んでいた。

 





次回はしっかりダンジョン潜ります。
新しいキャラも出します。


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第四話 街娘と灰被り娘(シンデレラ)


いつもより少し長めです。
今更ながらこの世界線の説明をしますが、この世界線では『大抗争』は発生していません。
そのため大抗争で死んでしまった人も生きています。
生きているからといって、登場するとは限りませんが。
それは闇派閥側もおなじです。


 

「ベルの歓迎会を開くわ!!!」

 

翌朝、【アストレア・ファミリア】の団員達が食堂で朝食を食べる中、唐突にアリーゼがそう言い放った。もちろん突然そんなことを言われた団員達は「「「「なに言ってんだこいつ」」」」という思いを抱いた。

それを察したのかアリーゼは大いに自分の薄い胸を張りつつ、説明し始めた。

 

「ベルが【ファミリア】に入って、もう半月になるわ!『諸事情』があって直ぐには出来なかったけど、やっと【ファミリア】の貯蓄も貯まってきたし、ここいらでベルの歓迎会を開くべきだと思うの!!」

「いえ、ベルの歓迎会を開くことに異存はないのですが・・・些か急すぎませんか?」

「そうだぜ。大体、あたしらは歓迎会を開く場所も日時も知らねぇんだが。」

「開催は今夜!場所は『豊穣の女主人』よ!」

「「「「既に予約済み!?」」」」

 

アリーゼの説明に、リューとライラが苦言を呈するも、もう既に店の予約まで済ませているという団長(アリーゼ)の言に全団員が驚きの声をあげた。因みに、アリーゼが言う『諸事情』とはベルが加入する前に起きた二度目の『迷宮進攻(ダンジョン・アタック)による大赤字』のことで、それによりベルの歓迎会どころではなく、更には自分達の主神(アストレア)に野草と塩のひっどい(スープ)を七日七晩飲ませるという黒歴史が再来してしまったのである。

 

「だから皆、今日の夜の予定は開けておいてね。因みにアストレア様からは、昨日の時点で了承を貰っているわ!」

「「「「だったら昨日の時点で私達にも言っておけよ馬鹿団長!!!」」」」

「特にベル。貴方は主役なんだから昨日みたいに遅くなっちゃ駄目よ!」

「はっ、はい!」

 

団員達からの文句を華麗に無視(スルー)しつつ、ベルに遅刻厳禁を言いつけたアリーゼは、食事を終えて食堂から出て行った。それに続く形で食事を終えた団員達が、次々と食堂から出ていく中、ベルも食事を終え、ダンジョンへ行くための準備をしようと、自分の部屋に戻ろうとしたその時、輝夜から声をかけられた。

 

「おい、ベル。」

「はい、どうしましたか輝夜さん?」

「お前は今日もダンジョンへ行くのだろう。」

「はい。」

「では、今日は一人で潜るのではなく、パーティー組んでダンジョンに潜れ。それからパーティーメンバーは私が指定した奴にしろ。既に話を通してあるからな。」

「わかりました。でも、大丈夫でしょうか?」

 

輝夜の言動から、パーティーメンバーが【アストレア・ファミリア(自派閥)】ではなく、他の【ファミリア】の人物だと察したベルは「自分が迷惑を掛けてしまうのではないか」と不安そうな顔をする。それを察した輝夜は「大丈夫だ。」と言って、その人物の詳細な情報を話し始めた。

 

「今日、お前とダンジョンへ潜るパーティーメンバーは【ヘスティア・ファミリア】のリリルカ・アーデというLv.1の小人族(パルゥム)の女だ。」

小人族(パルゥム)・・・。ライラさんと同じですか?」

「あぁ。だが、奴はライラとは違い、『サポーター』だ。だから迷惑を掛けられることはあっても掛けることはないと思うぞ。」

「そうなんですか。」

「ああ、しかも奴は私に『借り』がある。文句など言わせん。」

「か・・『借り』ですか・・・。」

 

パーティーメンバーの詳細を聞きつつ、輝夜が暗にその少女の『弱み』を握っていると、悪い笑みを隠すことなく述べているのを見て、ベルはちょっと引いていた。

その後、少女の大まかな容姿と待ち合わせ場所を聞いたベルは待ち合わせ場所である中央広場(セントラルパーク)へ向かうため本拠(ホーム)を後にした。

 

小人族(パルゥム)のサポーターかぁ・・・。一体、どんな人なんだろう)

そんなことを考えながら、ベルはメインストリートを歩いていた。空は既に明るく、今日も大通りは人々で賑わっていた。

待たせてるかもしれないし、早く行かなきゃ、とベルは人混みを避けつつ、足を早めようとし・・・。

 

「・・・・!?」

 

背後からの視線を感じ、振り返った。

そんなベルの唐突な行動に周りにいた通行人達が訝しげな視線を向けるが、今のベルにそれを気にする余裕はなかった。

 

(・・・嫌な感じ。昔、修行中にザルド叔父さんから向けらたことのある殺気の籠ったものとは違うけど・・・・視られてた?)

 

今向けられた視線をそのように解釈すると、ベルは広がる景色の中で動く全てのものに視点を合わせ、半ば動転しながら周りを見渡す。

しかし不審な人影などなく、むしろ急に挙動不審になったベルへ奇異の目が集まっており、それに気づいたベルが「僕の勘違い・・・?」と納得できないながらもそう結論付けようとしたその時―

 

「あの・・・・」

「!」

 

突然、後ろから声を掛けらたベルは、周りからすれば大げさ過ぎる挙動ですぐさま反転し、身構えた。

声を掛けてきたのはベルと同じヒューマンの少女だった。

薄鈍色の瞳と同色の髪を後頭部でお団子にまとめ、ポニーテールのような髪を後頭部から垂らしている。服装は白いブラウスと膝下まで丈のある若葉色のジャンパースカート、その上からサロンエプロンを着けている。おそらくどこかの店の店員なのだろう。

そんないかにも街娘といった様子の美少女はベルの警戒じみた動きに驚いていた。

 

「あっ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」

「い、いえ、此方こそちょっとびっくりしてしちゃって、すいません!」

 

少女はベルを驚かせてしまった事を謝ってきたが、ベルからしたら明らかに無害な一般人に警戒じみた挙動をとった挙げ句、謝らせたことに申し訳なさを感じ、同じように謝っていた。

 

「それで・・・僕に何か?」

「あ・・・はい。これ、落としましたよ。」

 

ベルの問いに答える形で少女が差し出した手に乗っているのは、紫紺の色をした結晶だった。

 

「えっ、『魔石』?あ、あれ?」

 

ベルは、首をひねって『魔石』収納用の腰巾着を確認した。

いつもは紐をきつく縛ってあるが、何かの拍子で緩んでしまったのだろう。

 

「す、すいません。ありがとうございます。」

「いえ、お気になさらないで下さい。」

 

ベルがお礼を言うと少女から優しい微笑みが返ってきた。

ベルもその微笑みにつられ笑ってしまう。

 

「今からダンジョンへ行かれるのですか?」

「はい。すいません、お仕事の邪魔しちゃいましたよね?」

 

少女は間を繋ぐように話しかけてくれる。ベルは仕事の邪魔をしてしまったことを謝りつつ、少女が働いているであろう店の看板を見上げる。

 

「あれっ?ここって・・・・?」

「?どうかしましたか?」

 

その看板に書かれていた店名は『豊穣の女主人』。

本日の夜、ベルの歓迎会が行われる予定の店であった。

 

「今日の夜、ここで食事をする予定なんです。」

「そうなんですか!?」

 

出来すぎた偶然に少女は驚きを露にしていた。

 

「はい。なので、今夜伺いますね。」

「はい。お待ちしています。」

 

その言葉を残して、ベルは中央広場を目指して再び歩み出そうとしてふと、思い出したように後ろを振り返った。

 

「僕、ベル・クラネルって言います。貴方の名前は?」

「シル・フローヴァです。ベルさん。」

 

ベルとシルは笑みと名前を交わし合った。

 

 

「一体どんな方が来るんでしょうか?」

 

中央広場にて先程のベルと同じような呟きを漏らす少女がいた。

彼女の名前はリリルカ・アーデ。【ヘスティア・ファミリア】所属のサポーターで、輝夜が言っていた『件』の女である。

 

「輝夜様からの依頼とはいえ、Lv.1の駆け出し冒険者とダンジョン探索なんてリスクが高い気が・・・。やはり今からでも断・・・れるわけないですよねぇ・・・。」

 

リリは今回、輝夜から依頼された内容に対して不安を感じ、依頼を断ろうかと考えるが、自分は輝夜に対して『借り』があり、元から『断る』などの選択肢がないことを思い出し、意気消沈してしまう。

 

(あーっ、もう!どうしてこんなことになってしまったんですかぁー!?)

 

リリが心の中で盛大に叫ぶ。

リリがこんな事になっているのは、彼女が前に所属していた【ファミリア】が関係している。

その名も【ソーマ・ファミリア】。神ソーマを主神とする典型的な探索(ダンジョン)系【ファミリア】である。 但し、他のファミリアと違い、商業系【ファミリア】のように酒の販売も行っている。

この【ファミリア】の主神であるソーマは、純粋に趣味に生きる神。所謂、趣味神という部類に入る神で、【ファミリア】の創設理由も、自分の趣味である(ソーマ)を製造するためであった。しかし、【ファミリア】を作ったはいいが、団員達の稼いでくる金は大した額ではなく、このままでは自分の趣味を続けられないと考えた神ソーマは、団員達がより頑張ってくれるように自分が作った酒である『神酒(ソーマ)』を『賞品』として資金調達のノルマを達成した者に与えることにした。

その結果、一度『神酒』の味を知ってしまった団員は、『神酒』に酔い、何に代えても金をかき集めるようになってしまった。

ファミリア内の団員を蹴落とすのは勿論のこと、換金所にいるギルド職員にすら「もっと金を寄越せ」と食ってかかる始末であった。

また、主神であるソーマがファミリアの運営に興味がないことをいいことに団長である【酒守(ガンダルヴァ)】ザニス・ルストラがファミリアを私物化し、様々な悪事に手を染めていた。

これまでは『闇派閥(イヴィルス)』の影に隠れており、対処するほどの悪事ではないと見逃されてきたが、ここ数年で『闇派閥』の活動が沈静化してきたため、遂に【アストレア・ファミリア】によって調査が行われることになったのである。

まず、【ソーマ・ファミリア】が行っている悪事の証拠を掴むべく、当時【ファミリア】から脱退するために必要な金を手段を問わず集めていたリリに輝夜が接触し、「これまでの悪事を見逃し、【ファミリア】から脱退させてやる代わりに、【ファミリア】が行っている悪事を全て話せ。」という『取引』―脅迫ともいう―を行い、【ソーマ・ファミリア】の現状を掴んだ輝夜はライラ達と協力し、あらゆる筋の情報から彼の【ファミリア】の悪事の証拠を掴み、主犯であるザニスの捕縛に成功した。なお、この件に頭の硬い妖精(リュー・リオン)は一切、関わらせてもらえなかった。

その後、【ソーマ・ファミリア】は【ファミリア】の解散や主神の『送還』などは行われなかったが、ギルドより『一時的な酒の生産と販売の禁止』を言い渡された。

そのような出来事を経て、晴れて【ファミリア】を脱退したリリであったが、どこからかリリの【ファミリア】脱退を聞きつけたとある幼女神(ヘスティア)のしつこい勧誘―最初こそ『HEY!そこの小人族(パルゥム)君!僕の【ファミリア】に入らないかぁーい?』等と余裕ぶっていたが、無視し続けたため、最終的に泣きながらリリのバックにしがみつき、『た~の~むよぉぉぉぉぉぉ!!入ってくれよぉぉぉぉ!!!もういやなんだぁぁぁぁぁ、誰もいない本拠(ホーム)に帰るのはぁぁぁ!!!さびしぃんだよぉぉぉ!!!!』という懇願に変わった。―に負け【ヘスティア・ファミリア】に入団する事となったのである。

 

「あ、あのぉー。」

「!はい、何でしょう!」

 

これまでのことを回想していたリリは、突然声を掛けられたことに驚き、急いで返答をして声の主の方へ向く。

そこに立っていたのは、白髪に深紅(ルベライト)の瞳を持つまるで兎のような少年だった。

その少年は少し緊張した様子で口ごもっていたが、やがて意を決したように話し掛けてきた。

 

「へ、【ヘスティア・ファミリア】のリリルカ・アーデさんでしょうか?」

「あ、はい、そうですけれど。貴方は・・・・?」

「ぼ、僕は【アストレア・ファミリア】のベル・クラネルっていいます。本日は宜しくお願いします!!」

 

その自己紹介にリリは軽く目を見張った。

輝夜から依頼を受け、【アストレア・ファミリア】の新人(Lv.1)が来るとは聞いていたが、まさかここまで『冒険者』という職業が似合わない少年が来るとは思っていなかったのだ。

因みに輝夜からは「明日、うちの新人とダンジョンに潜れ」としか聞いていなかったりする。

 

(弱そうですねぇ。まぁ、威張り散らしてくるような冒険者に見えないのが唯一の救いですか。)

 

内心でベルの事をそう評価しつつ、昔のような扱いをされなさそうだと安堵していた。

 

「此方こそ宜しくお願いします。今日はどれくらいの階層まで潜る予定でしょうか。」

「はい、行けるところまで行こうかなと思っています。」

 

その言葉を聞いてリリは、駆け出しみたいですし、1~4階層ぐらいですかね?と考える。それぐらいの階層ならば大丈夫そうですね。とも考え、リリは少し気が楽になった。

 

「では、行きましょうか。」

「はい!」

 

リリの言葉に元気よく返答したベルは、リリを連れてダンジョンの入口へ向かった。

 

 

 

―駆け出しみたいだし、1~4階層ぐらいですかね。

―そう考えていた時期が(リリ)にもありました。

 

そんなことを考え、リリが現実逃避してしまうくらい目の前光景は常軌を逸していた。

現在、彼女達がいるのはダンジョンの13階層。

駆け出しのLv.1が潜れる階層を越えているにも関わらず、同行者の少年―ベルは次々出現するモンスターと互角以上の力で渡り合っていた。

 

『オオオオオオオオンッ!』

「ふっ!!」

 

13階層から出現する犬型モンスターの『ヘルハウンド』がベルに飛びかかってくるが、ベルは難なく大剣の一撃でヘルハウンドを両断する。

残っているヘルハウンドはベル達から距離をとり、下半身を高く、上半身を伏せるような体勢をとった。

ヘルハウンド最大の脅威である火炎攻撃の予兆である。

 

「―せい!!」

『ギャンッ!?』

 

ベルはその身を翻し、難なく相手の懐へ飛び込むとモンスターの顔面を叩き割った。顔面を叩き割られたヘルハウンドは呻き声とともに崩れ落ちた。

 

(なっ、なっなっなっな・・・)

 

ヘルハウンドの群れを倒し、一旦戦闘を終えたベルは周りを警戒しつつも、一息ついていた。しかし、一連の戦闘を間近で見ていたリリは驚愕しっぱなしだった。どう考えてもLv.1の冒険者ができる戦闘ではなかったからだ。

 

「!リリルカさん!!後ろからモンスターが来てます!」

「えっ?」

 

ベルの警告を受け、後ろを振り返ると道の奥から兎の外見をした3匹のモンスターが現れた。

『アルミラージ』

大人しそうな外見からは想像できないほど、非常に好戦的なモンスターである。ベル達が現在いる13階層・・・最初の死線(ファーストライン)とも呼ばれる『中層』の中でも戦闘能力が低い種族ではあるが、集団での戦闘がかなり強いモンスターである。

 

『キャウッ!』『キィ、キィイ!』

「うっ、うわぁぁ!?」

「リリルカさん!!危ない!!」

 

アルミラージ達は甲高い鳴き声とともに近くにいたリリへ一斉に突進してきた。

自分の方へ向かってくるモンスターに思わずリリは悲鳴を上げる。

ベルはそんな彼女を庇うように前へと出る。そして、大剣を構えると突進してきたアルミラージに向けて大剣を一閃した。

その一閃は突進してきた3匹のアルミラージを再起不能にした。

 

「リリルカさん!大丈夫ですか!?」

「は・・・はい!ありがとうございます!」

「他のモンスターも寄ってきたみたいです!なるべく僕から離れないようにしてください!」

「わ・・・わかりました!」

 

ベルはモンスターを倒した後、迫って来ている他のモンスターの気配を感じとり、リリに警告する。

リリは守ってくれたことに礼を言いつつ、ベルの警告に従ってベルの近くに寄った。

此方に続々とやってくるモンスターを相手に、ベルが先程と同様に互角以上の戦いを繰り広げる中、それを間近で見ているリリは心の中でこう思わざるを得なかった。

 

(なぁぁぁぁんなんですかぁぁぁ、この人はぁぁぁぁぁ!?ぜぇぇぇぇったい、Lv.1じゃないですよぉぉぉぉ!!!!)

 

そんなリリの心の中の叫びは、誰の耳にも入ることはなかった。

 

 

「取り敢えず、今日はここまでにしましょうか。」

「・・・・・」

 

その後、13階層から更に下に潜り16階層に到達したベル達は、16階層のモンスターを一通り倒した。

そして倒したモンスターの『魔石』や『ドロップアイテム』をバックパックに収集している際に、ベルは自分とリリのバックパックが満杯近くなっていることに気付き、リリ―先程から一言も喋らず、魔石回収機(マシーン)と化している―に声を掛けた。

 

「・・・・・」

「今日はありがとうございました。リリルカさんが魔石とドロップアイテムを持ってくれるお陰で何時もより戦い易かったです。」

「・・・・・」

「また機会があれば一緒に探索したいんですけど、リリルカさんはどうですか?」

「・・・・・」

「あの・・・リリルカさん・・・?」

 

先程から自分の問い掛けに一切答えないリリに、どこか怪我でもしたんじゃないか。と心配そうにベルは問い掛けた。

その問い掛けから数秒の間を置いた後、リリはやっと声を発した。

 

「な・・・・」

「?」

「なんなんですか、ベル様は!?絶対、駆け出しじゃないでしょう!!」

「えっ!?ちょ、リリルカさん!?」

「何が目的なんですか!?リリを騙して何か良からぬことでも考えているんですか!?」

「ちっ、違いますよ!本当にLv.1ですって!」

「ベル様の動きはLv.1の冒険者にできるものじゃないんです!!!Lv.1じゃ、『ヘルハウンド』にも『アルミラージ』にも一人で勝てません!!ましてや『ミノタウロス』になんか勝てるわけがないんですよ!!!」

「で、でもほんとなんですって、信じて下さい!!!」

「信じられませんよ!!!それに何で見もせずモンスターの位置がわかるんですか!!?」

 

リリの一番の疑問はそこだった。

ベルは接近してくるモンスターは勿論のこと、ダンジョンから生まれてくるモンスターの位置まで把握していたのだ。

実際、天井から産まれ落ちたモンスター―夥しい数の『バッドバット』が原因で、天井が崩落した際にはベルがいち早くモンスターが産まれ落ちることに気付いたため、降り注ぐ殺人的な岩雨から身を守ることが出来た。

 

「そ、それは多分、『修行』のお陰だと思います。」

「『修行』・・・ですかぁ?」

「はい。『目隠しをした状態で四方八方から飛んでくる石を避ける修行』です。」

「・・・それってただのいじめなんじゃ・・・?」

 

ベルが言った『修行』の内容にリリはドン引きしていた。

そんなリリの表情を見てベルは、最初の頃は僕もそんな顔してたのかなぁ。と過去のことを思い出していた。

 

『ベル。今日から新しい修行を開始する。』

『はい!アルフィアお義母さん!』

『よし。まず、私とザルドの二人がかりでお前に石を投げる。それをお前は目隠しした状態で避けろ。』

『えっ。・・・・でっ、でも目隠ししてたら避けられないんじゃ・・・・?』

『投げる前に殺気を飛ばすし、気配を故意に隠すつもりもない。その二つを感じ取ってかわせ。』

『えっ。』

『おい、アルフィア・・・。流石に無理難題過ぎるんじゃないか?お前じゃあるまいし・・・』

『なんだ、ザルド。文句でもあるのか?この子に才能の欠片もないのは、お前も重々承知の上だろうが。そんなこの子が英雄になるためにはこれぐらいせねばならんのだ。これ以上、文句を言うようであれば『黙らせるぞ(ゴスペル)』。』

『・・・すまん、ベル。俺は無力だった・・・。』

『ザルド叔父さん!?』

『では、いくぞベル!』

『ちょと待っ、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

ベルは、『修行』が始まる際に行われたやり取りを思い出し、遠い目をした。そんなベルの遠い目を見てリリは、この人もえらい目に合いながら生きてきたんですね・・・。と心の中で考え、少し同情していた。

 

「・・・・わかりました。嘘をつく人には見えませんし、Lv.1だということは信じましょう。」

「あ、ありがとうございます。」

「但し、今後はこんなことが無いように、潜る前に目指す階層を決めておいてください!!!」

「はっ、はい!気を付けます!」

 

リリから信じて貰えることになって喜んだのもつかの間、リリから発せられる凄まじい剣幕に、次回以降の探索にも付いてきてくれる気でいる事に気づかず、ベルは返事をした。

 

「では、帰りますか。」

「はい。リリルカさん。」

「私にさん付けと敬語は不要ですよ。ベル様くらい強い方からそんなことをされると違和感がすごいです。」

「えっ・・・で、でも。」

「でもじゃありません。これからは私のことは『リリ』とお呼びください。」

「・・・わかりまし、じゃなかった。わかったよ、リリ。」

 

その言葉にリリは満足そうに頷くとベルと共にダンジョンの入口へ向かった。

 

 





次回も新キャラ出します。

皆さん、ソードオラトリアの最新刊は読みましたか?
今回もとても面白かったですよね。
ただ、個人的にはゼウス、ヘラファミリアの団員紹介などが欲しかったです。ベル君の技のレパートリーが増えますし。


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第五話 神エレン

ベル君がダンジョンにいる間に起こったことです。
アーディのキャラが崩壊気味かもしれません。
ベル君はとある神からロックオンされています。


 

ベル達がダンジョンへ潜っている頃、地上では本日の巡回(パトロール)を終えたリューとアリーゼが本拠(ホーム)への帰路についていた。

 

「今日も今日とて街に異常は無し!!フフーン!これも私達の日頃の行い(パトロール)の成果ね!!」

「アリーゼ、そこまで堂々と言うことではないかと。」

 

何事もなく巡回を終えられたことに、腰に両手を当てて勝ち誇っているアリーゼに、リューは突っ込みを入れる。

都市の巡回は【アストレア・ファミリア】が日常的に行っている事柄の一つである。通常、監視や見回りは『都市の憲兵』で知られる【ガネーシャ・ファミリア】の役目だが、『正義』の名を掲げる彼女達も積極的に参加していた。

 

「それに、いつまた闇派閥(イヴィルス)の襲撃があるかわからない。油断は禁物です。」

「それはそうだけれど闇派閥の連中、最近凄く大人しいのよのね。それこそ不気味なくらいに。」

 

―『闇派閥(イヴィルス)

15年前の男神(ゼウス)女神(ヘラ)の『黒竜』討伐の失敗。

それは闇の勢力が台頭する引き金となった。

様々な『悪』を内包した無数の勢力の集合体。

それが『闇派閥(イヴィルス)

彼らは迷宮都市(オラリオ)に最悪の時代―『暗黒期』をもたらした。

秩序は混沌に塗り替えられ、血が血で洗われる。

多くの子が泣き、多くの者が傷付き、多くの悪が嗤った最悪の時世。

しかし、そんな時代は突如として終わりを迎えた。

闇派閥の活動は年々減少し、最近では「闇派閥はもう都市外へ逃げたのではないか」という噂が立つほどである。

 

「あの【殺帝(アラクニア)】や【白髪鬼(ヴェンデッタ)】を含めた闇派閥の幹部達がただ大人しくしているとは思えないのですが・・・。」

「かといって、逃げ出すような人達でもないしね。特に【殺帝】は【ロキ・ファミリア】の【勇者(ブレイバー)】に凄く執着してたし。」

 

【殺帝】ヴァレッタ・グレーデ

【白髪鬼】オリヴァス・アクト

 

両名とも冒険者ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に名を連ねる闇派閥の主要幹部である。

どちらも生粋の外道であり、オラリオの転覆に並々ならぬ執着を抱いている。特にヴァレッタは15年前の『暗黒期』の幕開けから【ロキ・ファミリア】の団長である【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナと幾度となく軍勢を率いて鎬を削ってきた。

そのためヴァレッタはフィンの事を『憎き宿敵』と思っている節があった。

そんな人物達が、目的を果たすこと無くこのオラリオから逃げ出すというのは、少し考えにくい。

 

「だからこそ、今もこうやって巡回してるんでしょ。確かに楽観的になりすぎるのは危険だけれど、悲観的になりすぎるのもどうかと思うわよリオン。」

「で、ですがアリーゼ・・・。」

「はい、はい。そんな渋い顔しないの。折角の綺麗な顔が台無しよ!それに今日も街は平和―」

「あ~~~~~れ~~~~~っ!!」

 

―だったじゃない。とアリーゼが言おうとしたその時、アリーゼ達の視界の奥から突如として、情けない男の声が聞こえてきた。

 

「ははっ!いただきだぁ!」

「俺の全財産444ヴァリスがぁぁぁぁぁ!誰か取り返してくれぇぇぇぇぇっ!!」

 

荒々しい声は、財布を奪った暴漢のもの。

そして情けない男の悲鳴は財布を奪われた『神』のものだった。

 

「人が折角、『平和でいいなぁ~。』とか思っていた矢先に犯罪が起きるってどういうこと!?これが神様達が言っている『ふらぐ』ってやつなの!?っていうか神様なのに所持金がショボいわ!」

「そんなことを言っている場合ではないでしょう!追いますよ!」

 

前半は犯罪が起きてしまったことに対する文句、後半は素直な感想を述べるアリーゼに対して、リューは突っ込みを入れつつ、暴漢の後を追った。

距離があるといっても一般人と第二級冒険者(Lv.4)では身体能力に天と地ほどの差がある。そのため、暴漢とアリーゼ達の間にあった距離は瞬く間に縮まっていった。

 

「コラー!観念してお縄につきなさぁーい!!」

「!あれは【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】に【疾風】!?くっそう、ついてねぇ!!」

 

アリーゼの声に反応し、振り向いた暴漢は自分を追ってきているのが正義の派閥として有名な【アストレア・ファミリア】の少女達だと気付き、思わずといった様子で悪態をついた。

そんな中、走る暴漢の前に突如として人影が現れた。その人影は暴漢など気にも止めた様子は無く、此方へ向かってきていた。

 

「!じゃまだ!!どけぇ!!」

 

人影に気付いた暴漢は、暴言を飛ばしながら人影を突き飛ばそうとするが―

 

「ごっはぁぁぁぁ!?」

 

次の瞬間、突き飛ばそうと伸ばした腕を掴まれ、投げ飛ばされていた。地面に叩きつけられた暴漢は野太い悲鳴を上げ、悶絶していた。

 

「はい、確保っと。駄目だよー、悪いことしちゃ。」

 

暴漢を投げ飛ばした人影―女性はそう言うと、慣れた手付きで暴漢を拘束した。

 

「アーディ!」

「助かったわ、アーディ!でも、なんかいいところだけもっていかれたような気がするのはなんでかしら!?」

 

暴漢を拘束した知己の女性にリューとアリーゼはそれぞれ声を掛ける。

女性―アーディは二人の声に反応したのか、顔を上げた。

その顔は美しい、というより、可憐という言葉のほうが相応しいといえる整った顔立ちだった。薄蒼色の髪を短くまとめているため中性的(ボーイッシュ)な印象を感じさせるが、それは顔だけであり、体に目を向ければ大きく膨らんだ胸や、くびれた腰が服の上からでもはっきりとわかった。

 

「や、リオン、アリーゼ、お疲れ様。品性方向で人懐こくて【ガネーシャ・ファミリア】団長のシャクティお姉ちゃんの妹で、リオン達と同じLv.4のアーディ・ヴァルマだよー!じゃじゃーん!!」

「誰向けの自己紹介をしているのですか、貴方は・・・」

 

アーディ・ヴァルマ

 

【ガネーシャ・ファミリア】の団員で【象神の詩(ヴィヤーサ)】の二つ名で知られる彼女は都市の憲兵とは思えない朗らかな態度でリュー達に近づいた。

 

「リオンは今日も綺麗で可愛いね。・・・抱きついてもいい?」

「話を聞いてください。」

「フフーン!私は昨日しっかりリオンとベルをセットで抱き枕にして寝たわ!二人とも照れちゃって可愛かったんだから!」

「えぇ!?ずるいよ、アリーゼ!!リオンだけじゃなくベル君も一緒だなんて!私も寝たい!!」

「二人とも話を聞けぇ!!」

 

『招き猫』のように片手を揺らすアーディに、リューは話を聞くように言うが、アリーゼが昨夜行った妖精(リュー)(ベル)との添い寝―ベルは最後まで渋っていたが、『団長命令』まで使われてしまい、断れなかった。―について話すと、最早手がつけられなくなり、リューは思わず叫んでしまった。

 

「そういえば、ベル君はいないの?」

「残念ながら、今日もダンジョンよ。」

「そっかぁ・・・。」

「そんなに落ち込まなくても・・・。」

「だって久しぶりだし、会いたかったんだよ!」

「アーディ、シャクティから「ベルに接触禁止!」って言われていたものね。」

「そうなんだよ!お姉ちゃんてば酷い!」

「自業自得でしょう・・・」

 

ベルがいないことに露骨に肩を落し、愛しの(ベル)に会わせてくれなかったシャクティ()へ文句を言うアーディを見て、リューは呆れたように呟いた。

そんな事態になった理由はベルが【アストレア・ファミリア】に正式入団した翌日まで遡る。

「巡回がてらベルに迷宮都市(オラリオ)の案内をしてくるわ!」と言って元気よく巡回に向かったアリーゼとネーゼだったが、その途中で同じく巡回中であったアーディと遭遇した。

アリーゼはアーディに「【アストレア・ファミリア(うち)】に新しく入団したベルよ!」と胸を張って紹介し、ベルも「はじめましてアーディさん、ベル・クラネルといいます。」と自己紹介をしたが、アーディはその声に答えること無くベルをじっと見つめた後、唐突に感情を爆発させた。

 

「なにこの子!!?すっっっっごく可愛いぃぃぃ!!」

 

そう言うとアーディはベルへ抱きつき、ベルはアーディの胸に勢いよく顔を突っ込むことになった。

突然の事に加えて、胸に顔を突っ込んだままのベルは「ムグゥ!?」と呻き声を上げることしかできなかった。

しかし、アーディはそのことに気付いていないのか、ベルの髪に顔を埋めて言葉を続けた。

 

「すごーくいい匂いがする!リオンと同じくらい!!」

「ムグッ、ムームー!!」

「髪の毛もフワフワで兎みたーい!!」

「ムゴッ!?ムムッ!ムー!」

「君ぃ、今からでも【ガネーシャ・ファミリア(うち)】に改宗(コンバージョン)しない!?なんなら、今すぐ本拠(ホーム)へ連れてってあげるよ!!」

「ムフゥ・・・・。」

 

自分が顔を突っ込んだところが、年上お姉さんの双丘(男の楽園)だと気付いたベルは恥ずかしさから、必死に抜け出そうとするが、Lv.1(ベル)Lv.4(アーディ)に勝てるわけもなく、やがて顔を真っ赤にして力尽きてしまった。

一方、アーディの方はいうと、そんなベルの状態に気付く様子はなく、引き続き頭を撫でたり、抱きしめたりするなどして、(ベル)を愛でていた。

―そう、簡潔に言ってしまうならば、アーディ・ヴァルマはベル・クラネルに一目惚れしてしまったのだ。

 

「そうと決まれば、善は急げだね!早速、ガネーシャ様のところへ行こう!!」

 

一頻りベルを堪能し終えたアーディは、ベルを脇に抱えると、呆然としているアリーゼとネーゼを置いて、凄まじい速さで【ガネーシャ・ファミリア】の本拠へと戻っていった。

残された二人は数秒後、やっと我に返り「「ゆ、誘拐だぁぁぁぁ!!」」と言ってアーディを追って、本拠へと向かった。

途中、「大変です、シャクティ団長!アーディさんが白髪のヒューマンを脇に抱えて通りを爆走していたとの通報が!!」という報告を聞き、本拠へと帰還しようとしていたシャクティと合流し、共に【ガネーシャ・ファミリア】の本拠である『アイアム・ガネーシャ』にたどり着いた。

 

―そこから先は、まさに混沌(カオス)だった。

 

―ベルを人質に自室に立て籠る犯人(アーディ)とそれを説得する家族(シャクティ)

 

シャクティは必死に(アーディ)を説得しようとするが、アーディは相当ベルの事が気に入ったのか、ドア越しに返ってくる言葉は「いくらお姉ちゃんの言うことでも、今回ばかりは譲れないよー!」といった『要求には応じない!』という確固たる意思を感じさせるものばかりだった。

その言葉を聞いたシャクティは「馬鹿者!!都市の憲兵たる【ガネーシャ・ファミリア(我々)】が誘拐などというれっきとした犯罪行為に手を染めてどうする!」と怒声を浴びせていた。

そんな中、姉妹喧嘩が白熱するばかりで一向に事態が進展しないことに痺れを切らした【アストレア・ファミリア(作戦班)】は、『強制解錠(ピッキング)からの強行突入による兎の救出作戦』の実行を決意。

すぐさま、本拠で休息をとっていたライラ(ピッキング班)と作戦を必ず成功させるべく、既に現場にいるアリーゼとネーゼ(戦力)に加え、緊急事態のため巡回を切り上げて戻ってきたリューと輝夜(戦力)まで投入した。

こうして『アイアム・ガネーシャ』に集結した【アストレア・ファミリア】の女傑達はすぐに行動を開始した。

まず、アーディの自室の扉をライラが数十秒で解錠するとすぐさまアリーゼ達が「「「開けろ!【アストレア・ファミリア】だ!」」」とノリノリの様子で突入した。―アーディの人柄をよく知る彼女達は最初こそ、ベルが誘拐されたことに驚愕していたが、ベルを傷付けることはないだろうと踏んでおり、この状況を少し楽しんでいた。この状況を楽しめていなかったのは頭の固い妖精(リュー)誘拐犯の姉(シャクティ)だけであった。

予想通り、アーディがベルを傷付けているということはなく―意識を失っているベルを抱き枕にしてベッドに横たわりながら、「抱き心地も最高ぉ、こんなの安眠間違いなしじゃん・・・。」とアーディがにやけた表情を浮かべているというヤバい絵面になっていたが―ベルは無事に保護された。

その後、アーディはシャクティにより徹夜でお説教を受け、『暫くの間、業務量を倍にする。』、『ベル・クラネルとの接触もとうぶん禁止。』という二つの刑を言い渡された。

この事が、派閥間の問題になることはなかったが、アストレアは報告を聞いた後、苦笑いを浮かべていた。

 

「あのぉ~・・・」

「「「?」」」

 

そして現在、突如として掛けられた声にアリーゼ達は会話を止めて振り向いた。

そこには、暴漢から財布を奪われた(被害者)がたっており、それに気付いた彼女達は顔を見合せると、声を揃えて呟いた。

 

「「「あっ!この(ひと)のこと忘れてた。」」」

「ひどくないかぁ、君達ぃ!?」

 

その彼女達の呟きに、自分が忘れ去られていたことを悟った神は目尻に涙を浮かべながら叫んだ。

 

 

「いやぁ、お見事お見事!すごいねぇ、正義の冒険者は。・・・忘れられていたことには傷付いたけど。」

 

そう言うのは、財布を奪われた一柱(ひとり)男神(おとこ)だった。

言ってはなんだが、軟弱そうな神だ。

目は細く、口に浮かんでいるのは気弱そうな笑み。男にしては量が多い黒髪は全くまとまりがなく、あちこちに飛び跳ねている。

そして前髪の一部が脱色したかのように、灰の色を帯びていた。

見るからに、覇気のない男神(おとこ)だった。

 

「ごめんなさい、神様。ところで、お怪我はありませんか?」

「擦り傷一つないよ、可愛い女の子。サイフを取り戻してくれて、ありがとね。」

 

アーディから財布を受けとると、その神物は名乗った。

 

「俺の名前はエレン。君達は?そっちの子は、さっき【ガネーシャ・ファミリア】って聞こえたけど・・・。」

「私はアリーゼ・ローヴェル!【アストレア・ファミリア】の団長よ!」

「リュー・リオンと申します。アリーゼと同じく、【アストレア・ファミリア】です。」

 

自らをエレンと呼ぶ神に、アーディの隣に並ぶアリーゼとリューは名乗り返す。

すると、エレンはアリーゼとリューの紹介を聞いて動きを止めた。

 

「【アストレア・ファミリア】・・・正義の女神の眷属か・・・」

「そう!私達は清く正しいアストレア様の眷属なの!」

 

エレンの呟きにアリーゼが誇らしげに胸を張った。

一方、エレンは何かを考えるように二人の顔を見つめ、やがてゆっくりと唇の端を上げた。

 

「なるほど、なるほど。君達はまさに『正義の使者』だったわけだ。・・・いいね、実にいい。俺達のこの出会いは。」

「?何を言っているのですか、神エレン?」

「なに、君達に助けてもらって良かったっていう話さ。重ね重ね言わせてもらうが、今日は本当に助かったよ。それじゃ、またね。」

 

そう言うと、エレンは鼻歌を歌いながら機嫌良さそうに去っていった。

 

「何か、捉えどころのない神様だったね。」

「そうですね・・・しかし神々など、えてしてそのような存在なのでしょう。」

「ちょっと、ヘルメス様に似てたかも。」

 

エレンが去った後、アリーゼ、リュー、アーディは思い思いの印象を呟く。暫くして、アーディが「あっ!」と何かを思い出したような声を上げた。

 

「こんなことしてる場合じゃない!拘束した人を連行しなきゃ!アリーゼ、リオン、またね!ベル君にもよろしく!」

 

そう言うとアーディは拘束した暴漢を連れて、早足気味で去っていった。その後ろ姿を二人で見送った後、アリーゼは「さて」と言ってリューに向き直った。

 

「私達も帰りましょう!今日はベルの歓迎会もあるし!」

「ええ、アリーゼ。遅れてしまっては、ベルに申し訳ない。」

 

アリーゼの言葉にリューは大きく首肯し、二人は再び帰路についた。

 

―場所は変わって、大通りから外れた路地裏。

そこでは先程アリーゼ達と別れたエレンが機嫌よさそうにあるいていた。

 

「目的こそ果たせなかったが、正義の眷属達と会えただけでも十分な収穫だな。」

 

そんな言葉を口にするエレンには、先程のような気弱な気配は微塵もなく、むしろ力強い覇気に満ちていた。

そんな彼の目的はある少年を見つけることである。

 

―彼がその少年を初めて見たのは7年ほど前(・・・・・)

 

少年と共に暮らす、かつての『覇者』達を訪ねた際に初めて見た。

 

―次に見たのは、2週間ほど前。

 

適当に街を散策(ブラブラ)している際に、偶然目にとまった。

 

―初めて見た時と変わらない、処女雪のような汚れを知らない白い髪が。

 

―初めて見た時とは大きく変わった、強い決意を宿した深紅(ルベライト)の瞳が。

 

以来、彼は暇さえあれば街を歩き回り、少年を探している。

 

「さぁーて、どこにいるんだ、ベル(・・)。」

 

そんな彼の呟きは路地裏の闇へと消えていった。

 




次回、やっとエイナさんのことが書けます。


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第六話 兎のアドバイザー


エイナさんのお説教回です。

てか、書きたいところが全然書けない・・・・。




 

リューとアリーゼが本拠(ホーム)への帰路についている頃―

 

―ベルは正座させられていた。

 

―硬い床の上に正座させられていた。

 

場所は『冒険者ギルド』本部のロビーに設けられた小さな一室。

その部屋では現在、反省したように顔をうつ向かせたベルとその目の前に仁王立ちをしているハーフエルフの女性の二人きりだった。

ほっそりと尖った耳に澄んだ緑玉色(エメラルド)の瞳。セミロングのブラウンの髪は光沢に溢れており、お世辞抜きにしても美人と表される容姿をしている。

ダンジョンを運営管理するギルドの窓口受付嬢―そのなかでもその容姿と親しみやすい性格から高い人気を誇る―エイナ・チュールはその美しい顔に深いしわを刻んでいた。

その理由は怒り。エイナが口癖のように言っている言葉を無視して、ベルが下の階層に潜っているためである。

 

「ねぇ、ベル君・・・。」

「はっ、はいっ。」

「駆け出しの冒険者が比較的安全に探索できる階層って、何階層までだっけ・・・?私に教えてくれるかな?」

「・・・1~4階層までです・・・。」

「そっかぁ。良かった、忘れてる訳じゃないんだね。で、今日君は何階層まで行ったのかな?」

「・・・16階層です。」

「お馬鹿!!」

「ふぐぅ!」

 

エイナの質問に恐る恐る答えていたベルだが、ベルの答えを聞いて我慢の限界に達したのか、エイナは怒声を上げると、ベルの頬に掴みかかった。

 

「きっ!みっ!はっ!、私の言っていたことを覚えていたのにそんな危ないことをしていたの!?」

「ふみゅぐぅ!ご、ごべんなはい!」

「ただでさえソロでダンジョンに潜ってるんだから、不用意に下層に行っちゃダメって言ってるでしょぉぉぉ!!」

「ふ、ふぁいぃぃぃ。」

 

こうなったきっかけは、本日得た魔石とドロップアイテムをリリと分け合い―魔石の取り分は、ベルが3割、リリが7割で、ドロップアイテムの取り分は、ベルが7割、リリが3割とベルが『スキル』のことを考えて、ドロップアイテムを多めにして貰った。―リリが「これで久しぶりにじゃが丸くん以外の食べ物が食べられます!」とホクホク顔で帰って行くのを見送った後、ベルが「エイナさんに現状報告をしよう。」と思ったことだった。

自身の担当アドバイザーに相談するために窓口に足を向け、エイナを見つけ出して彼女の元に赴いた。

エイナも近づいてくるベルの姿に気付くと、頬を緩ませて「どうしたの?」と訊ねる。

ベルが現状報告と今後について相談しに来たとの旨を伝えると、エイナは「じゃあ、ボックスで話そうか」と言ってベルと一緒にボックス内に入り、ベルと向かい合う形でテーブルを挟んで椅子に座った。

そしてベルはエイナに自分の近況を語る。

最初こそ静かに耳を傾けていたエイナだったが、ベルの『単独でミノタウロスを2匹倒した』、『16階層まで行った』といった話を聞いていく内に表情を険しくしていった。

ベルはそのことに気付かないまま、自分の近況を次々と語っていく。

そしてとうとう我慢の限界がきたのか、エイナは「ベル君・・・。」とベルに語り掛ける。

ベルは「?何ですか?」と言って話を一度中断し、顔を上げ、「ヒェッ!」と悲鳴を上げた。何故なら―

 

エイナが―目が全く笑っていない、不思議な圧力のある―微笑みを浮かべて、此方を見ていたからである。

 

そんな様子のベルに「やっと気付いたの?」とでも言うように、浮かべていた笑みを更に深いものにした後、ベルに言葉を掛ける。

 

「ベル君・・・・正座。」

「えっ?」

「正座。」

「い、椅子ちゃんとありますよ?」

「せ・い・ざ!」

「はっ、はいぃぃぃぃぃ!」

 

―こうしてベルは硬い床に正座することになったのである。

 

「もぉ、どうして君は私の言いつけを守らないの!冒険なんかしちゃいけないっていつも口を酸っぱくして言ってるよね!」

 

―『冒険者は冒険をしちゃいけない』―

 

矛盾しているように聞こえるが、『常に保険をかけて安全を第一に』という意味であり、冒険者は成り立ての時期が一番命を落とすケースが多く、駆け出しの冒険者は肝に銘じておかなければならないことである。

 

「・・・・・。」

「・・・不満そうな顔だね。」

「はい、すいません・・・。」

「君の目的・・・『英雄になる。』だったっけ?その目的も死んじゃったら、達成できないんだよ?」

 

エイナはベルの口から迷宮都市(オラリオ)に来た目的を聞いていた。

最初こそ、そんな夢見がちな目的に『可愛いな。』なんて思ったりもしたが、自らを死の危険にさらしてまで強くなろうとしているベルを見ると『このまま死んでしまうのではないか』と不安になってしまっていた。

そんなエイナの問いを聞いたベルは、少し考える素振りを見せた後、口を開いた。

 

「僕には、冒険者としての才能がありません・・・。」

「・・・はぁ?」

 

エイナは『何を言っているんだこの子は?』と思わざるを得なかった。

『Lv.1でミノタウロスを倒す。』、『Lv.1の二人パーティーで16階層まで行き、生還する。』これらは普通のLv.1の冒険者ではできない―まさしく『偉業』と言ってよいほどのことだ。

それほどのことを成した人物が自分のことを「才能がない。」などと言ったら、ほとんどの冒険者達は『新手の嫌味か?』と思うことだろう。

そんなエイナの疑問を察したのか、ベルが言葉を続けた。

 

「僕がここまで動けるのは、僕の『家族』が鍛えてくれたからです。それがなかったら僕はもっと弱かったと思います。」

「家族・・・前に話してた『叔父さん』と『お義母さん』のこと?」

「はい。特にお義母さんからは『お前が英雄なんてものになるためには限界を300回は越えなくてはならん。』とまで言われました。だからもっと頑張らないと―」

「―限界ってなんだっけ・・・?」

 

エイナは思わず、机に突っ伏した。

合点がいった。少年がここまで自分を危険に晒してまで強くなろうとしているのは、幼少期の修行(スパルタ)が原因だったのだ。

 

「・・・わかったよ。とりあえず、モンスターに対処できてるみたいだし、到達階層については何も言わないよ。」

「!いいんですか?」

「言ったところで、ベル君聞く耳持たなそうだしね。」

「うっ・・・。」

 

エイナがジト目でベルのことを見るとベルはバツが悪そうに呻き声を上げた。

 

「でも、せめて装備くらいはもっと良いものに変えるべきかも・・・。よしベル君、明日の予定って空いてたりする?」

「?はい。今のところは。」

「じゃあ明日、一緒にベル君の防具買いに行かない?」

「えっ、急にどうしてですか?」

「正直、今のベル君の装備だと、今後のダンジョン攻略は厳しくなると思うからね。・・・どうかな?」

「あぁ、そういうことなら。すみません、お手数をお掛けしてしまって。」

「いいの、いいの。じゃあ、朝十時に広場の銅像前に集合でどう?」

「はい、僕は構いません。」

「それじゃ、決まりだね。」

 

その後、ベルとエイナは今後のことについて数点話し合い、ベルは「明日はよろしくお願いします。」と言って、ギルド本部を後にした。

 

 

「うーん、それにしても・・・。」

 

エイナは窓口で事務作業を行いつつ、考えを巡らせていた。

その内容はベルの言っていた『家族』についてだった。

 

「ベル君の家族・・・絶対、元冒険者だよね。」

 

エイナは、ベル本人から聞いた話や、座学時に確認した彼のモンスターとダンジョンに対する知識量から、彼を鍛え、知識を与えた人物が一般人などではなく、元冒険者であると確信していた。しかし―

 

「『ザルド』と『アルフィア』なんて名前の冒険者、聞いたことないし・・・。」

 

エイナは全く聞き覚えのない名前のため、『本当にそんな冒険者がいるのだろうか』と考えており、確信を持てていなかった。

 

―だが、エイナは知らない。

 

その両名はかつて『神時代の象徴』とまで言われた【ファミリア】の団員であり、『とある理由』から既にこの世を去っていると思われていることを。

 

―そして、ほとんど者は知らない。

 

その両名が、『とある理由』を克服して今や全盛期以上(・・・・・)の力を有していることを。

 

 

「来ましたよ、シルさん。」

 

「はい!いらっしゃいませ、ベルさん!」

 

数時間後、ベルはシルと初めて会った場所である『豊穣の女主人』の前で再開していた。

ベルはエイナと別れた後、一度本拠(ホーム)に戻り【ファミリア】の団員と合流し、会場であるこの店に訪れたのである。

 

「えっ?ベル、シルと知り合いなの?」

「はい、今朝知り合いまして・・・」

「おやおや、私達というものがありながら早速浮気ですか。お盛んな兎さんですね。」

「ちょっ、そんなんじゃないですよ!輝夜さぁん!!」

 

アリーゼはベルとシルが既に知り合いであることに驚き、輝夜が悪い笑みを浮かべてベルをからかうと、ベルが必死に否定する。

そんな様子に他の団員達は笑い声を上げ、そんな眷属達の様子をアストレアは楽しそうに見つめていた。

 

「御予約のお客様、入りまーす!」

 

シルはそう言うと店の奥へと進んで行き、ベル達もその後に続く。

「では、こちらにどうぞ」と言われて案内されたのは、カウンター席近くのテーブル席だった。

団員達が次々に席に座るなか、ベルがカウンター席に目を向けると知己の少女がカウンター席に座っていることに気付いた。

 

「あれっ?リリ?」

「あっ、ベル様!?こんなところで会うとは奇遇ですね。」

「どうした、ベル?って、アーデではないか。奇遇だな。」

「ゲッ、輝夜様・・・。」

 

リリは、ベルの姿を確認して嬉しそうに返答したが、すぐ後ろに輝夜がいることに気付き、顔をひきつらせた。

その反応をみた輝夜は、リリのそばに素早く近づき「何が『ゲッ』だ、あん?」と両拳でリリのこめかみを挟み、『グリグリ』とした。

対するリリは、なんとかその状況から脱しようとするが、叶わず「ひぐぅぅぅぅ!ライラ様、助けてぇぇぇ!」と小人族(どうほう)であるライラに救援要請(SOS)をするが、当のライラは楽しそうな笑みを浮かべながら「リリルカぁ、お前に『根気』を問おう。」とこれまた小人族(どうほう)の『勇者』のお株を奪うような言葉を掛けるだけで、助ける気は微塵もないようだった。

そんな状況を見かねたのか、アストレアが「輝夜、やめて上げなさい。」と言ったことでようやくリリは解放された。

解放されたリリが「ふぉぉぉぉ・・・。」とこめかみを押さえながら蹲っているのを見たベルは「大丈夫、リリ?」と声を掛けた。

 

「あ、頭に穴が空くと思いました・・・。」

「輝夜さんがごめんね・・・。というか、リリもここでご飯を食べるつもりだったの?」

「いいえ。ベル様が今日の報酬を山分けしてくれたお陰で、【ファミリア】の貯蓄に余裕ができたので、主神(ヘスティア様)と二人で豊穣の女主人(ここ)へ。」

「なるほど、そうだったんだね。」

「そうだ、ベル様にもご紹介します。此方がリリの【ファミリア】の主神、ヘスティア様です。」

 

そう言ってリリが視線を向けた先には、外見だけを見れば幼女のような『神』が一心不乱に食事をしていた。

 

「ヘスティア様、此方は【アストレア・ファミリア】のベル・クラネル様です。」

「・・・・・。」

「は、はじめまして。ベル・クラネルです。本日はリリルカさんにサポーターをしていただいて大変助かりました。」

「・・・・・。」

 

ベルとリリがヘスティアに声を掛けるものの、ヘスティアはその声に反応することなく、食事を続けている。

そんなヘスティアの様子にベルが困惑した表情を浮かべ、リリが呆れたようにため息をついた。

リリはそんなヘスティアに後ろから近づいて行き―彼女のツインテールの髪を思いっきり、引っ張った。

 

「ふごぉぉぉぉ!?」

「いつまで食ってるですかぁ!こんのぉ駄女神がぁぁぁぁ!」

「んごぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

リリがヘスティアの髪を引っ張りながらそんなことを言うが、ヘスティアは食べていたものが喉に詰まってしまったのか、顔を青くしており、返答する余裕がないようだった。

なんとかテーブルにあった飲み物の入ったジョッキを掴み、詰まった食べ物を胃に流し込むと、自分の髪を引っ張っているリリの腕を掴み、彼女に向き直ると猛然と抗議をした。

 

「いきなり何をするんだ、リリルカ君!君は僕を送還する気かぁぁ!?」

「五月蠅いですヘスティア様!大体、たった一人の眷属が危機に陥ってるにも関わらず、ステーキを食べること優先するようなロクデナシの神はとっとと送還されればいいんです!」

「何をぉ!言ったなぁぁぁ!」

「何ですかぁぁ!?」

「ちょっ、リリ、ヘスティア様!止めてください!」

 

不毛な争いを始めている二人をベルを止めようとするベルであったが、二人共熱くなっているのか聞く耳を持たない。

そんな様子の二人を見て、【アストレア•ファミリア】の団員達は面白そうに「いいぞー!やれやれ!」「リリちゃん、ファイトー!」と声援を送っていた。

そんな様子に他の客達が「なんだ、なんだ。」「うるせぇな。」「一言ガツンと言ってやろうか?」「止めとけ、止めとけ。ありゃ【アストレア•ファミリア】の連中だぞ。」とヒソヒソ話す声が聞こえてくる。

そんな状況の中でアストレアが『そろそろ止めたほうが良いかしら』と思い始めた時だった―

 

「ご予約のお客様ご来店ニャー!」

 

店員の声と共に、どっと数十人規模の団体が酒場に入店してきた。

 





次回、みんな大好き?【ロキ・ファミリア】の回です。


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第七話 ロキ・ファミリア


ちょっとベートさんがいろんな意味で酷いです。
また、「このキャラはこんなこと言わねぇ」とか思うところがあるかもしれませんが、そこはご愛嬌。



 

その団体は、ベル達と同じようにあらかじめ予約をしていたのか、ベル達から少し離れた席の空いた一角に案内された。

一団は種族がバラバラな冒険者達で、見るに全員が全員、生半可ではない実力を漂わせていた。

それもそのはず、入ってきたのは迷宮都市(オラリオ)最強ファミリアの一角である【ロキ・ファミリア】である。

 

「・・・・・おい。」

「おお、えれえ上玉ッ。」

「馬鹿、ちげえよ。エンブレムを見ろ。」

「・・・・・げっ。」

 

周囲の客も入ってきたのが【ロキ・ファミリア】だと気付くと、先程までとは違ったざわめきが広がっていく。

【アストレア・ファミリア】の団員達も「【ロキ・ファミリア】も来るだなんて、すごい偶然ね!」「ライラ、愛しの【勇者】様にご挨拶でもしてきたらどうですか?」「やめとくぜ、輝夜。今は【ファミリア】だけの時間だ。それを邪魔するほど私は野暮な女じゃねぇよ。」と会話を交わしていた。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!!」

 

一人の人物が立って音頭を取ると、それを皮切りに【ロキ・ファミリア】の団員達は騒ぎ始めた。ジョッキを『ガチン!』とぶつけ合い、料理と酒を豪快に口の中へと運んでいく。

そんな様子を見てアリーゼが「私達も食べましょ!」と食事の続きを促した。

食事を再開した団員達は思い思いの料理に手をつけ、舌鼓みを打っていた。―ベル以外は

 

(な、なんでさっきから【剣姫】さんがこっちを見てるんだろう・・・。)

 

第一級冒険者の視線に晒されているベルは、緊張からあまり食事が喉を通らなかった。

 

 

(あの子だ・・・。)

 

アイズは、先日ダンジョンで会った少年が、少し離れた席に座っていることに気付いていた。

【ファミリア】の団員達がいる手前、さすがのアイズでもすぐにベルの元へ行くことはなかったが、ベルの事が気になって仕方がないアイズは、周りから掛けられる声そっちのけでベルのことを見つめていた。

 

「アイズ?さっきから黙っちゃってどうしたの?」

「そやで、アイズたん。さっきから何を見て・・・って、なんやアストレアんとこも来とったんか、凄い偶然やな。」

「ほんとだーって、あれ?1人みたことない子がいるよ?」

「ほんとね、新入りかしら?」

 

アイズの視線の先に【アストレア・ファミリア】が居ることに気付いた【ロキ・ファミリア】の団員達は、見覚えのない新入り(ベル)に興味を持ち始めた。

一方でベルは「急に視線の数が増えた!ナンデ!?」と困惑していた。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

そんな中、アイズの斜向かい、どこか陶然としているベートが何かの話の催促をしてきた。

機嫌を良くしている彼に、アイズは首を傾げる。

 

「何の話、ですか?」

「あれだって、帰る途中で逃したミノタウロス!残り3匹はお前が始末したんだろ!?そんときにいたひょろくせぇ白髪の冒険者(ガキ)のことだよ!」

「!!!」

 

アイズは彼が何を言おうとしているかを理解した。

自分が興味を持っている少年のことだ。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐに逃げ出していった?」

「それそれ!俺達が泡食って追いかけていったやつ!」

 

ティオネの確認に、ベートはジョッキを卓に叩きつけながら頷く。

普段より声の調子が上がっている彼は、本人がいるにも関わらず、状況を詳しく説明し始めた。

 

「そしたら、ミノがそのガキのこと襲ってやがったらしくてな、そこをアイズが助けてたんだ!助けられた奴の情けねぇ後ろ姿ときたら、抱腹もんだったぜ!」

 

―止めて

―あの子は情けなくなんかない

 

アイズは心の中で反射的に呟いていた。

確かにアイズがミノタウロスを倒したことは事実だ。

しかし、その時ミノタウロスに相対していた少年に『怯え』という感情はなく、むしろ『戦意』に満ちていた。

倒してしまった後でアイズが『余計なこと、しちゃったかな?』と思うほどに。

しかも、少年の話が本当ならば3匹中2匹は少年の手で倒されているのである。

しかし、そんなことを知らない団員達は『情けない後ろ姿』を想像してしまったのか笑い声を上げ、聞き耳を立てている他の客達は忍び笑いをしていた。

 

「違います!あの子は、情けなくなんか・・・!」

「やめろよ、アイズ。あんな情けねぇ奴を庇うなんて真似、らしくねぇぞ。しかしまぁ―」

 

遂に我慢できなくなり、反論の声を上げるがそれすらもベートが遮り、言葉を続けた。

 

「久々にあんなに情けねぇヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったぜ。ああいうヤツがいるから俺達の品位まで下がるんだよ。」

「いい加減にしろ、ベート。そもそもミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ。」

 

唯一、黙りこくった表情で不快感を募らせていた【ロキ・ファミリア】の副団長であるリヴェリア・リヨス・アールヴが柳眉を逆立て、非難の声を上げた。

彼女の言葉に、笑っていた団員達は肩を揺らし、気まずそうに視線を逸らしたが、ベートだけは止まらなかった。

 

「おーおー、流石は誇り高いエルフ様だな。だが、そんな弱者を擁護して何になるんだ?ゴミをゴミと言って何が悪い。」

「やめぇベート、リヴェリアも。酒が不味ぅなってしまうわ。」

 

そんな様子を見兼ねた【ファミリア】の主神であるロキが仲裁に入るものの、彼が唾棄の言葉を緩めることはなく、アイズへと視線を飛ばした。

 

「アイズはどう思うよ?あんな情けない野郎が、俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

「ベートさん、話を聞いてください、あの子は―」

「何だよ、さっきからずいぶんといい子ちゃんぶるじゃねぇか・・・・。んじゃ、質問を変えるか?あの白髪のガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

「ベート、君少し酔いすぎじゃないか?」

「そうじゃぞ、ベート。もうやめんかこの話は。」

「うるせぇ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?」

 

その強引な問いに、今まで黙っていた団長のフィンと、幹部であるガレスが軽く驚きつつ、ベートに自重するよう促した。

だがベートは聞く耳を持たず、とんでもない質問を続けた。

それに対して、同じく幹部勢であるティオネやティオナを含めた女性陣が嫌悪の眼差しをベートに向けた。

「あの糞狼、黙らせるか。」とティオナとティオネが目線での会話(アイコンタクト)を行い、行動に移そうとしたが、アイズが次に放った言葉で主神を含めた【ロキ・ファミリア】は時を止めた―

 

「―あの子が、いいです。」

「「「「は?」」」」

「ベートさんとあの子なら、あの子がいいです。」

 

その言葉に【ロキ・ファミリア】全員が驚愕の表情を浮かべ、固まった。

特に長年親代わりをしてきたリヴェリアや、彼女に情景抱くレフィーヤなどは、驚愕を通り越してもはや顔面蒼白になり、ロキは「うちの、うちのかわいいアイズたんが寝取られた・・・!」という言葉を残し、ぶっ倒れた。

そんな周りの様子に『?私、変なこと言ったかな?』と自らが放った言葉の重大さがわかっていない天然少女(アイズ)は一人首を傾げつつ、言葉を続ける

 

「少なくとも、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです。」

「―はっ!ぶ、無様だな、ベート。」

「黙れババアッ!おい、アイズ!お前はあんな雑魚に好きだの愛してるだの抜かされたら、受け入れるってのか!?そんな筈ねぇだろ!『弱者』に、お前の隣に立つ資格なんてねぇだろ!?」

 

アイズによって我に返ったリヴェリアが、動揺を隠せていないまま口を開き、ベートがアイズに対してかなり矢継ぎ早に問いを投げ掛けた。

確かに、今のアイズに弱者を顧みる余裕はない。

叶えなければならない願望があるため、彼女の目は常に高みへ向けられている。

そのため、アイズは弱い過去の自分には戻れない。

―だが

 

「大丈夫だと、思います。」

「・・・・あん?」

「確証なんてありませんけど、あの子は強者(わたしたち)に追い付いてくる。そんな気がします。」

「!」

 

そう、確証なんてものはない。

だが彼と初めて会い、その瞳を見た時に、アイズはその奥に宿る『決意』が自分と同じものだと感じたのだ。

 

―今よりもっと強くなる、という決意が

 

少女(アイズ)少年(ベル)の目的など知るよしもない。

だが、彼と同じく『強さへの渇望』を胸に秘める彼女は、彼がすぐに自分達と同じ場所へ来ることを予期していた。

そんなアイズの言葉をすぐに否定しようとベートが口を開こうとするが―

 

「自分達の不始末を棚に上げて、人様のところ新人を好き勝手侮辱するとは―いつから都市最大派閥様は恥知らずの集団になったのですか?」

 

第三者から明らかに怒りのこもった声が【ロキ・ファミリア】に投げ掛けられた。

 

 

―時間はほんの少し遡る。

 

【ロキ・ファミリア】の座るテーブルから聞こえてくる『自分への唾棄の言葉』をベルは顔から表情を消して、聞いていた。

表情を消しているからといって、ベルがその言葉になにも感じていないわけではなかった。むしろその表情とは裏腹に、彼の中では赤く煮えたぎった溶岩のような『感情』が渦巻いていた。

しかし、その『感情』の矛先は、自分へ唾棄の言葉を投げ掛けてくるベートでも、その言葉に笑い声を上げる【ロキ・ファミリア】の団員達でもなかった。

彼が『感情』向けるのは自分自身。目指すべき『目的』にまるで近づけていない自分へ対してである。

 

―彼が初めて自らにその『感情』を向けたのは叔父(ザルド)と初めて手合わせをしたときだった。

 

1年間の基礎鍛錬を終え、初めてザルドと手合わせした彼は、数秒と持たず『瞬殺』された。

木剣で打ち合うどころか、ザルドの放った一撃を視認することすらできずにベルは吹き飛ばされ、地面に転がった。

その一撃で立ち上がることができなくなったベルの胸中は、その『感情』―自分への殺意と憎悪に満ちていた。

 

―『最後の英雄』になると言っておいてこのザマはなんだ。

 

―こんな無力な自分では『英雄』になるどころか、その足元にすら及ばない。

 

―畜生、畜生、畜生っ!

 

ベルは両目から溢れでそうになる涙をこらえつつ、自嘲し続けた。

そんなベルの胸中を察したのか、ザルドが問いかけてくる。

 

「ベル、恨んでいるか?こんなことをした俺を・・・。お前に『英雄になる』と言わせたアルフィアを。」

 

ベルはその問いに首を横に振ると、感情を圧し殺した声で言葉を紡いだ。

 

―僕は、無力な自分が恨めしい。

 

―『英雄(あなた達)』の足元にも及ばない自分が情けない。

 

そんなベルの自嘲の言葉を聞いたザルドは、目を見張った後、懐かしいものを思い出したかのように目を細め、「あの糞ガキのようだな」と呟いた。

そして、立ち上がれなくなったベルに「今日はここまでにするぞ」と言って彼をおぶった。

ザルドはベルをおぶったまま、黙って家路を歩いていたが、しばらくしてベルへ諭すように語り始めた。

 

―ベル、進み続けろ。

 

―その『感情』を『糧』に変えて、さらに先へ。

 

―『諦観』など捨てて、『試練』に挑め。

 

―『絶望』を叩きつけられても、立ち上がり『高み』を目指せ。

 

―それが『英雄』なんてものになる道だ。

 

―そして忘れるな、『勝者は敗者の中にいる』ということを。

 

ベルは頷く代わりに、ザルドの肩を力強く握ることで自らの意思を示す。

ザルドは『フッ』と満足そうに笑うと足早に家路を進んで行った。

 

―その後、土にまみれたベルを見て激昂したアルフィアによって、ザルドはそれ以上の襤褸くずにされ、畑に埋められることになる。

 

その日からベルは変わった。

ザルドとアルフィアから幾度も叩き伏せられても、ベルは不屈の闘志と自らに向けた『感情』を糧に強さを求め続けた。

その感情は、強大な意思と強さへの渇望に昇華し、彼を『英雄への道』に駆り立てた。

図らずともそれは、『現』オラリオ最強の冒険者と同じであった。

 

 

久しぶり胸中に湧いた感情を圧し殺すと、ベルは改めて自分に固く誓った。

 

―もっと強くなろう、と

 

その誓いを胸に、食事を再開しようとしてベルは気付いた。

 

―自分の周りから一切の音が消失していることに。

 

不思議に思ったベルが顔を上げ、その光景に絶句した。

【アストレア・ファミリア】の面々―ライラとアストレアを除く―がベートを睨んでいたからだ。

 

(なっ、なんで皆さんこんなに怒ってるの!?)

 

そんな【ファミリア(仲間達)】の変貌にベルは驚いていたが、その理由は至極単純だった。

いわば、それだけベルが気に入られているということだった。

ベルが【ファミリア】に入って半月、他の団員からのベルに対する印象はかなり良いものだった。

仕事をお願いすれば嫌な顔ひとつせず引き受け、本拠(ホーム)では自ら進んで家事を行い、料理の腕は―本人は「叔父さんより美味しくない」と言っていたが―非常に高く、派閥一の料理上手である輝夜すら認めるほどであった。

はっきりいって、ベルは非の打ち所がないほどに『いい男』であったのだ。

あまりのいい男っぷりにアリーゼが「この子を派閥で囲って、将来的には旦那様に!」等と言い、彼の地位が『派閥の癒し枠』から『派閥の旦那様』になっていたりするのだが、本人はそのことを全く知らない。

このことを神々が知ろうものなら「まじかw、【アストレア・ファミリア】www」とか「犯罪(ショタコン)の匂いがぷんぷんするぜぇ!!!」とか「【ガネーシャ・ファミリア(お巡りさん)】、この人です!!」等と言われそうであるが、彼女たちは知ったこっちゃなかった。

冒険者という職業柄、周りの男共は荒くれものだらけで出会いなどなく、更には全ての少女達にとって貴重な『黄金時代(アオハル)』を『闇派閥への対処(汚物の消毒)』に当てていた彼女達はそういった色恋に人一倍飢えていたりするのだ。

そのため、彼女達からすればベルを侮辱するような言葉は非常に面白くない。

ましてや相手は『女心』の『お』の字すらわからなそうなベート・ローガ(クソ野郎)である。

ますます面白くなかった。

 

「・・・・私、少し文句言ってきますね。」

「輝夜さん!?」

「任せたわ輝夜!なんなら一発かましてランクアップよ!」

「焚き付けないでくださいアリーゼさん!」

「み、みんな、気持ちはわかるけど少し落ち着いて・・・。」

「「「「アストレア様、【凶狼(あの馬鹿)】にははっきり言ってやった方がいいと思います!」」」」

「そっ、そうなのかしら・・・・?」

「頼むから抗争なんてことにはならないでくれよ・・・・。」

 

青筋を立てた顔に笑みを張り付けて席を立つ輝夜、そんな輝夜に声援を送るアリーゼ、止めようとするベル、自らの眷属に落ち着くよう促すアストレア、それを封殺する団員達、額に手を当てて天を仰ぐライラと状況は混沌を極めた。

 

 

そして、現在。

誰がどうみても怒っている輝夜を見て、【アストレア・ファミリア】を除く殆どの客は青ざめていた。

周りの客は、酒の肴になっていた『件』の冒険者が【アストレア・ファミリア】の新人だと知り、「やっちまった」という表情を浮かべていた。

そして【ロキ・ファミリア】の面々の表情はもっと酷いことになっていた。

周りの客と同じように新人を酒の肴にしてしまったのは勿論のことだが、輝夜から指摘されたように今回の騒動の原因は【ロキ・ファミリア】である。

そのため、ほとんど団員は顔を更に青くしてうつむき、フィンはどのように謝罪しようかを考えていた。

しかし、ベートだけは輝夜へ向き直ると鼻を鳴らした。

 

「おい、クソ女。てめぇ、さっきの話聞いてなかったのか?ならもう一度言ってやるよ。『ゴミをゴミと言って何が悪い。』」

「おやまぁ、ではかの高名な【凶狼】様はLv.1でミノタウロス3匹を難なく倒すことができるのですか?しかもうちの新人は、まだ冒険者になって半月ですよ。」

「少なくても、あんな無様は晒さねぇよ。」

「私は倒せるのかどうかを聞いているのです。勝手に話をすり替えないで下さい、この『駄犬』。」

「・・・てめぇ、喧嘩売ってんのか?」

「当たり前のこと聞かないで下さいます?それともあなたにはこれが仲良くしようとしている風に見えるのですか?もしそうなのであれば、いい治療院を紹介するので、眼球の治療でもしてもらったらどうですか?」

「ベート、それ以上はやめろ。【大和竜胆】も一旦落ち着いてくれ。謝罪ならするし、お詫びとしてそちらの望むものを―。」

「私は【勇者(あなた)】の謝罪ではなく、この『駄犬』からの謝罪を求めているのです。わかったら、この『駄犬』に謝罪させて下さいませ。」

「てめぇ・・・・。」

 

ヒートアップする二人の口論にフィンが待ったをかけるが輝夜はそれを一蹴した。

そんな様子に【ロキ・ファミリア】の団員達は狼狽えており、周りの客達も「な、なんかやばくねぇか?」「抗争とかにならねぇよな!?」「い、今のうちにずらかるぞ!」と言って勘定を払って足早に店から出ていく。

【アストレア・ファミリア】の面々は「輝夜の奴、かなり熱くなってねぇか?」「輝夜、ベルのこと気に入ってるもんね。」「これが愛の力なの!?良かったわねベル!」「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!?僕、止めてきます!」とベルが輝夜を止めようと席を立った。

その間にもベートと輝夜の口論はヒートアップする一方だった。

 

「冒険者なら自分の身は自分で守りやがれ。それもできねぇような雑魚は、巣にでも籠もってろ。」

「相変わらず、強い言葉をお使いになりますこと。今日は一段と酔いが酷いのですか?それともー」

 

そう言って輝夜はアイズを一瞥すると、袖で口元を隠して「クスリ」と笑うと

 

「意中の娘に拒絶された挙げ句、他の男の方がいいなどと言われて『嫉妬』しているのですか?なんと『情けない』」

「!黙りやがれぇ!!」

 

そんな輝夜の物言いに遂にベートの感情が爆発した。

いつものベートであれば、もっと前に「くだらねぇ」と言って口論を打ち切ったであろう。

だが、いつもより酔いが回っていたことに加えて、核心を突かれた―本人は絶対に認めないだろうが―ことにより、ベートは感情のままに拳を繰り出した。

だが、その拳が輝夜を打ち据えることはなかった。

 

「・・・なっ!?」

「!べ、ベル!?」

「・・・いくら腹が立ったとしても女の人に手を上げるのは良くないと思います・・・。輝夜さんも言い過ぎです。」

 

ベートと輝夜の間に入ったベルがベートの拳を受け流していたからだ。

だが、Lv.1とLv.5のステイタスの差は大きく、受け流したベルの表情は痛みによって歪んでいた。

しかし、それを差し引いてもベル(Lv.1)ベート(Lv.5)の一撃を受け流したことは、まさに異例といえることだった。

 

「てめぇ、何を―」

 

ベートが口を開こうとしたが、突如として彼の後頭部に衝撃が走り、彼は意識を失った。

 

 

「全く、此奴の言葉は必要以上に鋭いが、今日のは特に酷いわい。」

「【重傑(エルガルム)】・・・・・。」

「ガレスのおじ様・・・。」

「うちのベートがすまんのぉ、娘っ子ども。じゃが、周りも騒がしくなっておるし、今日はこの辺でやめにせんか?謝罪については後日、此方から出向かせてもらうとしよう。」

「ガレスの言う通りや。輝夜たん、アリーゼたんにアストレア、うちのベートがすまん!後で、きっっっつく言い聞かせておくから、今日のところは勘弁してーな。」

 

同じLv.5であるベートを黙らせた後、【アストレア・ファミリア】の面々に頭を下げるガレスに続く形で、先程のショックから我に返ったロキも頭を下げる。

確かに近くにいた凸凹コンビ(ヘスティアとリリ)は抱き合いながら「あわわわわわ・・・。」などと言っているし、店の外にいる通行人達も、何事かといった具合に此方を見ていた。

何より厨房にいた筈の店長のミアがこちらを怒りの形相で睨みつけながら仁王立ちしていた。

これ以上の騒ぎは迷惑になると判断したアリーゼは「わかったわ。」とガレス達の提案を承諾した。

 

「なんかとんでもない歓迎会になっちゃったけど、まぁこれも良い思い出よね!」

「私は色々と言い足りないのですが・・・。」

「僕は大丈夫ですから、輝夜さんもそのくらいに。」

「・・・お前がそう言うなら。」

「そうだぜ輝夜。それに【ロキ・ファミリア】からの『お詫び』だってあるんだ。そんときに目一杯吹っかけてやろうぜ!」

「ライラがあくどい顔をしている・・・。一体どんな無理難題を吹っ掛ける気なのですか。」

「私は簀巻きにされてリンチされてる【凶狼】を見て、大分溜飲下がったけどな。」

「確かに!」

「【大切断(アマゾン)】と【怒蛇(ヨルムガンド)】に特にボコボコにされてたねー。」

「「リヴェリア様を『ババア』呼ばわりしたのですから当然です。」」

「エルフはそこほんとブレないなぁ・・・。」

「それよりベル君、【凶狼】から輝夜を庇ってたとこ、すごくかっこよかったよ!」

「ほんとほんと!かわいい顔してるけど、ベルもやっぱり『雄』なんだねぇ。」

「マ、マリューさん、イスカさん、からかわないで下さい・・・。」

「いや、二人の言う通りだベル!あの『駄犬』から私を庇った時のお前はまさに『漢』と呼ぶに相応しかった!後は今夜、寝所で私を抱けば完璧だ!」

「「「「輝夜はちょっと黙ってよっか!!」」」」

「・・・あんなことがあったのに、貴方達は楽しそうね。」

 

危うく抗争というところまでいったにも関わらず、全く緊張感のない会話をする逞しい眷属達に、アストレアは溜息を付いた。

そしてそんな楽しそうな【アストレア・ファミリア】の後ろ姿を―

 

「また、あの子の名前、聞けなかった・・・。」

 

まさに『がーん』といった表情でアイズが見ていた。

 





アストレア・ファミリア、ベル君を旦那にするのはいいが、黒龍討伐の後に『真のラスボス』が待っているぞ!

そして理不尽な暴力がザルドを襲う!―合掌。

次回はエイナさんとのデート!


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第八話 兎の正義

投稿少し遅れました。
あと前回、エイナさんデート回だと言っていましたが
前半だけで終わってしまいました。申し訳ない。



 

波乱の歓迎会から一夜開け、ベルはオラリオの北部にある大通りに面するように設けられた半円形の広場に立っていた。

昨日、エイナとの話にあったように二人で防具を買いに行くためにエイナを待っているのだ。

 

(これって、他の人からはデートしてるみたいに見えるんじゃ・・・。)

 

エイナに他意はない。彼女の親切心からくるお節介だ。

しかし、朝十時に銅像前に集合などというのは形式的に見れば『デート前の待ち合わせ』に見られてしまうだろう。

 

「おーい、ベルくーん!」

「!」

 

ベルが悶々としていると、待ち合わせ相手であるエイナが小走りをして、此方に近づいてきた。

 

「おはよう、来るの早いね。そんなに新しい防具を買うのが楽しみだった?」

「あ、はい!そうなんです!」

「そうだったんだ。実は私も楽しみだったんだよね。ベル君の買い物なんだけど、ちょっぴりわくわくしちゃってるんだ。」

 

『エイナさんのことを変に意識していました。』などとは言えないベルはエイナの言葉に同意する。

 

「ところで、ベル君?」

「な、なんでしょう?」

「私の私服姿を見て、何か言うことはないのかな?」

「!」

 

エイナはそう言うと、悪戯好きの子供のような瞳で、ベルを見つめてくる。

本人が言うように今日のエイナの服装はいつものようなギルドの制服ではなく、レースをあしらった可愛らしい白のブラウスに、丈の短いスカートという少しお洒落な出で立ちであり、普段付けている眼鏡は外していた。

 

(これはお祖父(じい)ちゃんから教わった『女の人が服の感想を求めてきたら、誉めるべし!』を実践する時!)

 

ベルは心の中で顔を引き締め、祖父(ゼウス)から教えられた『英雄にふさわしい男がとるべき行動』を実行するべく、エイナをじっくり観察しながら口を開いた。

 

「とっても似合ってます!」

「えっ?」

「制服姿のエイナさんも大人びていて綺麗ですけど、私服姿のエイナさんは何ていうか、可愛いです!」

「!!!」

 

ベルが真っ直ぐな瞳でエイナの私服姿を褒めると、エイナは頬を朱色に染めて「あ・・・ありがとう。」と言った。

 

(うまくいった!?これでいいんだよね、お祖父ちゃん!?)

 

ベルは叔父(ザルド)義母(アルフィア)と共に暮らしているであろう祖父(ゼウス)に心の中で問いかける。

因みに、その『教え』の中には『女子(おなご)が風呂に入っていたらのぞけぇい!』だの『寝込みを襲えぇぇぇい!』だのがあるが、ベルにはそれを実行する勇気はなかった。

 

「そ、それじゃあ行こっか!」

「はい!エイナさん!」

 

ベルの不意打ちから何とか立ち直ったエイナは、ベルに声を掛けると本日の目的地であるバベルに足を向けた。

 

 

「ここがあの有名な【ヘファイストス・ファミリア】のお店ですか・・・。」

「と言っても、ここで販売されているものはブランド名が刻まれていない末端の職人が作った作品なんだけどね。」

 

場所はバベルの八階。

此処では、迷宮都市(オラリオ)内でも有名な【ヘファイストス・ファミリア】の様々な武具の専門店が広く展開されていた。

本来、【ヘファイストス・ファミリア】製の武具は非常に高く、ベルにはとてもじゃないが手が出せない。

しかし、エイナからの説明があった通り、ここで売られているものは【ヘファイストス・ファミリア】の中でも末端の職人が作った作品であり、価格もベルの手が届くものだった。

 

「未熟な鍛冶師(スミス)達は自分の作品を冒険者から評価してもらうことで、その評価を起爆剤にしてより良い作品を作ろうって奮起するんだ。店側もこういう場を設けることで新しい客を確保できるから悪い話じゃないしね。」

「なるほど。」

「それじゃあ、二手に別れて探してみよっか。」

「はい!」

 

エイナの提案に元気良く返事をすると、ベルとエイナは一度別れて、防具を選び始めた。

 

 

「ベル君って本当に軽装が好きなんだね。折角、私の方でも選りすぐってきたのになぁ・・・。」

「す、すいません。」

「いいの、いいの、気にしないで。」

 

結局、ベルが選んだのはヴェルフ・クロッゾという名前の鍛冶師が作った純白のライトアーマーだった。

 

「あとベル君、これ。」

「・・・へっ?」

 

おもむろにベルへ手渡されたのは細長いプロテクターだった。

付属の小手に取り付ける形で手首から肘くらいまでの長さで、盾としての役割もあるのか素材となっている緑玉石(エメラルド)色の金属は鍛えあげられていた。

 

「こ、これって。」

「私からのプレゼント。ちゃんと使ってあげてね?」

「ええ!?い、いいですっ、いらないです!か、返しますっ!」

「なぁに?女の人からのプレゼントはもらえないっていうの?」

「い、いえっ、でもっ・・・情けなくて。」

「私はもらってほしいな。キミ自身のために。」

「!」

「冒険者ってさ、いつ死んじゃうかわからないんだ。だから、ベル君にはいなくならないで欲しいんだ・・・。あはは、これじゃ私のためみたいだね。」

「・・・・・。」

「・・・だめかな?」

 

ベルは床を見て、少し赤くなった顔を前髪で隠す。

 

(そんな言い方は反則ですよ・・・。)

 

ベルはそんなことを思いつつ、赤い顔のまま頷いた。

 

「ありがとう、ございます・・・・・。」

「どういたしまして。」

 

胸の中に渡されたエイナの瞳と同じ色をした防具は、温もりに満ちていたような気がした。

 

 

「リオンちゃん。」

 

ベルがエイナと買い物をしている頃。

リューはとある男神に声を掛けられていた。

 

「貴方は・・・神エレン?」

 

覆面のエルフを見つけた男神はうっすらと笑っていた。

 

「奇遇だね。また街の巡回(パトロール)かい?流石、正義の眷属だ。」

「あら、どちら様ですかこちらの男神様は?というか、何故か声を聞くと不思議と『イラッ』としてしまうので、極力喋らないで頂けますか?」

「ひでぇな、輝夜。というかこの神、アリーゼが言ってた例の胡散臭い貧乏神ってやつだろ?」

「ひゅー!初対面なのに辛辣ゥ!こんなでも神なんだから、もうちょっと敬意を持ってくれると嬉しいんだけどナー!」

「・・・・・わかりました。この(かた)、うちの(ベル)に声が似てるからですね。うちのかわいい兎さんの声でふざけたことを言わないで頂けますか?」

 

派閥内で『所持金444ヴァリスの神』の話題は拡散済みであり、ライラと輝夜の容赦のない口振りも加わって、エレンは謎のテンションで泣き叫び、そんなの叫びに輝夜は再び『イラッ』とした。

―そんな会話の中でエレンが一瞬、『ベル』という名前に反応したことには誰も気づけなかった。

 

「神々の中でも純潔神(アルテミス)に並ぶ善良派+彼女より遥かに穏やかなアストレアの眷属でしょ、君達!?もっと淑女しようよ!」

「神エレン、アストレア様のことをご存知なのですか?」

「勿論!アストレアといえば優しいお姉さん代表!癖のある女神の中でも一点の汚れ無き清廉の象徴さッ!」

 

不思議そうに首を傾げるリューにエレンは段々と早口になりながら、熱弁し始める。

 

「柔和かつ慈愛の塊、女神の中の女神!膝枕されながらヨシヨシされたいランキング堂々の一位!!そうっ、アストレアは男神共(オレたち)の母になってくれるかもしれない女神なんだ!!」

「「きもっ」」

「やっぱり辛辣ゥゥーーーーーッ!!」

 

男神(おとこ)の理想を説く主張に、輝夜とライラが割と本気(マジ)でドン引きした様子で一言返した。

神であろうと胸を抉ってくる鋭利な一撃に加えて、汚物を見るような視線も添えられてエレンは今度こそ滂沱の涙を流した。

そんな三人のやり取りをどう対処すればいいのかわからない、リューはそんな微妙な表情を浮かべた。

 

「神エレン、貴方が言った通り我々は巡回中ですので、ご用がないのであれば失礼させていただきます。」

 

リューがそう断りを入れて、巡回を再開しようとすると

 

「その巡回ってさぁ、いつまで続けるの?」

 

先程とはうって変わった様子で、エレンは疑問を投げ掛けてきた。

 

「・・・・・?どういう意味ですか?」

 

背中を向け掛けていたリューは立ち止まり、振り返った。

そこには変わらない、うだつの上がらない男神(おとこ)の笑みがあった。

 

「言葉通りさ。毎日、君達はこの都市のために無償の奉仕をしてる。しかも、最近は闇派閥(イヴィルス)の活動も殆ど無いのに。そんな君達が奉仕をしなくなる日ってさ、いつくるの?」

「・・・・・お言葉ですが、主要な闇派閥の幹部達は依然として捕まっておりません。よって、いつまた彼らの襲撃があるかわからない以上、この都市は『平和』とは言えません。」

「ふぅん、つまり君達の無償の奉仕は『平和』になるまで続けるの?」

「その通りです。都市に真の平和が訪れた時、私達の警邏も必要無くなるでしょう。」

「君達の『正義感』が枯れるまでじゃなくて?」

 

そんなエレン()の問いに。

依然消えることのない、その笑みに。

リューはこの時、はっきりと、『不快感』を覚えた。

 

「・・・・何が、言いたいのですか?」

「見返りを求めない奉仕ってさぁ、きついんだよ。すごく。俺から言わせればすごく不健全で、歪。だから心配になっちゃって。」

 

目付きを鋭くするリューにまるで気付いていないように、エレンは軽薄な笑みを張り付けたまま、子供を案じるような声色で語り出す。

 

「君達が元気な今のうちは、いいかもしれない。でも、もし疲れ果ててしまった時、本当に同じことが言える?」

「・・・・・男神様?わたくし達にいちゃもんとやらをつけたいので?」

「まさか。俺は君達のことをすごいなぁと思ってるよ。いや本当に。・・・・そうだ丁度いい、正義を司る女神の眷属たる君達に聞いてみたいことがあるんだ。いいかな?」

 

抜き身の刀のごとく冷たい視線を向ける輝夜に対しても、エレンの言葉に嘘はなかった。

 

「・・・・・その質問とは?」

「『正義』ってなに?」

 

その質問はいたって簡潔だった。

 

「なんですって?」

「俺はさ、今とても考えさせられてるんだ。下界が是とする絶対の『正義』って何なんだろうって。少し前(・・・)に下界に問おうとも思ったけれど、結局『アテ(・・)』が外れたから保留にしてるんだけどね。まぁ、そんな事だから全知零能の神の癖に、未だに絶対の『正義』ってのに確信が持てていないんだよね。」

 

それと同時に、神ですら答えることが難しい問いでもあった。

 

「だから、聞いてみたいんだ。君達、正義の眷属達に。」

「相手にすんな、リオン。神の気紛れだ。」

 

ライラが取り合うなと呼び掛けるが

 

「言えないの?やっぱりわからないのかな?自分達が掲げているモノでさえ」

「!いいでしょう!その戯言に付き合いましょう。答えなど、決まりきっているのだから。」

 

わかりやすいエレンの挑発に、リューは真正面から受けて立った。

輝夜が「馬鹿め・・・。」と嘆息を挟み、男神は唇をつり上げた。

 

「ならば、『正義』とは?」

「無償に基づく善行。いついかなる時も、揺るがない唯一無二の価値。」

 

それに対し、エルフの少女は自らが信じる『正義』について述べた。

 

「そして悪を斬り、悪を討つ。―それが私の『正義』だ。」

 

言いきって見せたリューの言葉を、エレンは何度も軽く頷き、噛むように受け止めた。

 

「ふぅむ・・・・・なるほど。つまり善意こそが下界の根源であり、『巨悪』ならぬ『巨正』をもって世を正そうというわけだ。」

 

そして、唇でもって三日月を描く。

 

「善意を押し売り、暴力をもって制す―力づくの『正義』だ。」

 

かっっ、と。

リューは頭に血を昇らせ、激昂した。

 

「そんなことは言っていない!巨悪に立ち向かうには相応の力を求められる!でなければ何も守れないし、救えない!」

「おっと、ごめんよ。馬鹿にしているわけじゃないんだ。君の言っていることはきっと間違っていないと思うよ。ただ―」

 

謝意を覗かせながら、しかし消えることのない笑みが、エルフ(リュー)を嗤っている。

 

「ただ・・・・『悪』が同じようなことをした場合、どうするんだい?」

「ッ!それは・・・」

 

そんな神の問いに、リューは言葉を詰まらせる。

 

「あの・・・どうしたんですか、皆さん?」

 

そんな中、明らかに戸惑ったような声がリュー達に投げ掛けられた。

 

「!ベル、どうしてここに!?」

「今日は買い物だったので、早めに帰ってきたんですけど・・・。皆さんこそどうしたんですか?言い争っているみたいでしたけど。」

「・・・貴方が気にすることではありません。大丈夫です。」

 

心配そうなベルの声を聞いて、冷静になったリューが声を掛ける。

そんな様子をエレンが後ろから「こんなところで会うとは・・・。これも運命か・・・。」とどこか満足そうに呟いていたが、その声を誰も聞くことはなかった。

 

「やあ、少年。見た感じ君もアストレアの眷属かな?」

「はい!僕も同じ・・・ってあれ?」

 

エレンの方を向いたベルは彼の姿を見て、首をかしげた。

 

「そうだ!彼にも聞いてみることにしよう!」

「神エレン、いい加減にしていただけませんか?わたくしは先程から、不快の感情が湧いて仕方ないのですが?」

「リオンだけじゃ飽きたらず、アタシらの弟分まで玩具にしょうってか?」

 

輝夜とライラが嫌悪感を現にした様子でエレンを睨む。

 

「まあまあ、いいじゃないか。彼もまた正義の眷属なんだろう?興味あるなぁ。」

「えっと、エレン様・・・でしたっけ?僕に何かご用でもあるんですか?」

「そんなに身構える必要はないよ少年。ただ君に質問したいだけさ。」

「質問・・・ですか?」

「ズバリ・・・『正義』ってなに?」

 

そんな周りの空気などお構いなしに、エレンはベルにリューと同じ質問を投げ掛けた。

そんなエレンの質問にベルは「『正義』・・・ですか。」と暫く無言で考え込んだ後、口を開いた。

 

「・・・あくまで、僕の『正義』になっちゃいますけど、いいですか?」

「ああ、もちろんだよ!聞かせて、聞かせて!」

「それじゃあ・・・。僕の『正義』は『理想』です。」

「「「「!!!!」」」」

 

そのベルの言葉に、リュー達はおろかエレンですら言葉を失った。

 

「困ってる人や泣いている人がいたら、全員助けて笑顔にする。あり得ないをあり得るに変える。『正義』を『選択』するのではなく『掴み取る』。それがぼくの考える『正義』です。」

「・・・ベル。その考えは、荒唐無稽すぎるぞ。全てを救うことができるとは思えない。その考えは・・・。」

「『偽善』・・・ですか?」

「!」

「わかってます、輝夜さん。でも、その『理想』を叶えるのが『英雄』なんだと僕は思います。」

 

そう言うとベルはエレンに向き直った。

 

「どうでしょうか?エレン様。質問の答えになっていますか?」

「『理想』・・・即ち誰もが傷つくことなく、全員が救われる。・・・反論の余地も無いほどの素晴らしい回答だね。しかし―」

 

エレンはベルの言葉を肯定しつつ、真剣な表情でベルを見る。

 

「それは決して安易なことじゃないよ?」

「覚悟の上です。」

 

ベルは固い決意のこもった瞳でエレンを見返す。

そんなベルを見てエレンは「そっか。」と満足そうに呟くと先程のようなうだつの上がらない笑みを浮かべた。

 

「時間を使わせてしまって悪かったね、正義の眷属達。とても参考になったよ、ありがとう。」

「少しでも感謝の気持ちがあるんだったら、もう二度とアタシ達の前に顔を出さないでくれ。もうあんたの玩具にされんのは御免だ。」

「随分と嫌われたなぁ。じゃ、意地悪なお兄さんはここで消えるとしよう。」

 

ライラが拒絶の意を叩きつけると、エレンは肩を竦めて彼女達に背を向けて歩き始めた。

 

「あっ、あのエレン様!少しよろしいでしょうか!?」

「何かな、少年?」

 

遠ざかって行く背中に、ベルが声を掛ける。

歩みを止めて振り返ったエレンへ、ベルは少し迷いを見せた後、意を決したように口を開いた。

 

「僕とどこかでお会いしたことありませんか?」

「いや、知らないな。俺みたいな男前(イケメン)声音(ヴォイス)を持つ神は滅多にいないから、気のせいじゃないかな?」

 

そう言うと、再び前を向いて去っていった。

 

「・・・やっぱり僕の勘違いなのかな?」

「わからんぞ?そんな風にお前を困らせる為にしらばっくれているだけかもしれん。何せ相手は神だからな。それよりも・・・。」

 

そう言うと輝夜はベルに小馬鹿にしたような笑みを浮かべた顔を近づけた。

 

「兎様の正義がまさか『理想』だったとは・・・。Lv.1の未熟者の分際で随分と大きく出ましたねぇ~。」

「うっ・・・。」

 

痛いところをつかれたベルは声を詰まらせた。

 

「ベルを馬鹿にするのは止めろ輝夜!彼の掲げる『正義』は素晴らしかったではないか!」

「ぶぁ~かぁ~めぇ~。貴様らは少し現実を見ろというのだ、このヘッポコ兎にポンコツエルフ~。」

「へ、ヘッポコ・・・・。」

「だ、誰がポンコツエルフだ!訂正しろ、輝夜!」

「なぁ、もう帰ろうぜ。周りからめっちゃ見られてるのに気付けよおまえら・・・。」

 

輝夜の物言いに項垂れるベルと激昂するリューにライラは「今日は厄日だ・・・。」といわんばかりにげんなりとした顔になった。

 

 

場所は変わって、オラリオの地下水路。

いつもは人気のないその場所をエレンは先程までのような顔に張り付けただけの笑みではなく、心の底からの笑みを浮かべながら歩いていた。

 

「いやぁ、まさかあの子の『正義』が絶対悪(おれ)の考えている『正義』と同じだとは・・・。何だか運命を感じてしまうなぁ。」

 

神エレン―真の名前は原初の幽冥にして、地下世界の神であるエレボスは興奮気味に呟いていた。

 

「そうだ!その通りだよ、ベル!『正義』とは『理想』!選択するものではなく、掴み取るものだ!よくわかってるじゃないか!」

 

遂に感極まってしまったのか、エレボスは地下水路に響きわたる程に大きな声で、(ベル)を褒め称えていた。

 

―下界の誰もが無意識に求めていて、下界の誰もが手に入らないと諦めている。

 

―その名は『理想』。それこそ少年(ベル)絶対悪(エレボス)が出した答え(せいぎ)

 

―『理想(それ)』を実現させた者を人々は―神々は、『英雄』と讃える。

 

「此方にいらっしゃいましたか、我が主。」

「・・・・人が折角、いい気分になってたのに水を差すなよヴィトー。」

 

そんな興奮冷めやらぬといったエレボスの背中に突如として声が掛けられる。

声の正体はエレボスのたった一人の眷属であるヴィトーだった。

 

「それは大変失礼しました。ですが、ご自分の立場をご理解下さい。これ以上、身勝手に行動されると闇派閥内での貴方の立場が―」

「そんなことよりヴィトー。折角来たなら伝言を頼まれてくれないか?」

「―何ですか?」

 

人の話をまるで聞かない自らの主神に「またか」と思いつつ、なに用かを問う。

しかし、エレボスの口から発せられた言葉はヴィトーの想像を越えるものだった。

 

「オリヴァスへ『騒ぎ』を起こすよう伝えろ。」

「!?」

「実行日は・・・『怪物祭(モンスターフィリア)』の日なんかいいかもな。そうだ、『エニュオ』の奴にも言って食人花(ヴィオラス)も使わせてもらうとしよう。奴もそろそろ自分の『成果』をお披露目したいだろうしな。」

「ついに、ついに動くのですか!!長く沈黙し続けてきた闇派閥(我々)が!」

「そんなに興奮するなよヴィトー、まるで旅行前日の子供のような顔しちゃてさぁ。」

「失礼しました、我が主。ですが、私達はそう言って頂ける日を待ち望んでいたのです!これが興奮せずにいられますでしょうか!?」

「わかった、わかった。じゃあ、すぐにでもオリヴァスに伝えてこい。詳しい内容はあとから伝えるからさ。」

 

ヴィトーはエレボスに一礼すると足早にその場を去って行った。

こうしてまた一人きりになったエレボスはその静寂の中で思考を巡らせる。

 

「そうだ、どうせなら最近兎に目をつけているあの『女神(おんな)』にもこの催しに参加してもらうとするか・・・。」

 

エレボスはそう呟くと、心底楽しそうに嗤った。

 





次回は怪物祭の話を描くつもりです。
やっとイヴィルスの人を出せる。


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第九話 怪物祭


怪物祭編です。
暫くは怪物祭の話になると思います。


 

「・・・『怪物祭(モンスターフィリア)』?」

「今日開かれるお祭りのことよ!」

 

朝食を食べた後、何やら出掛ける準備をしているアリーゼ達に事情を聞くとそのような答えが返ったきた。

 

「ベルは半月前に来たばっかりだから初めてよね!怪物祭は年に一回開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催のお祭りなの!」

「【ガネーシャ・ファミリア】って、アーディさんのいるとこですよね。」

「そう!闘技場を貸し切りにして、ダンジョンから引っ張ってきたモンスターを調教するのよ!」

「調教・・・ですか。」

「おやぁ、どうしたのですか兎さん。『調教』と聞いていやらしい想像でもしましたか?モンスター相手に欲情とはお盛んですねぇ。」

「ちっ、違いますよ!ただ……。」

「「「「ただ?」」」」

「『調教』してモンスターを手懐けられたら、便利かな(・・・・)と思いまして。」

「「「「え?」」」」

「そうすればモンスターを使って、手軽に鍛練できますから!」

「「「「うっわ……。」」」」

 

一同、ドン引きである。

確かに常日頃から「英雄になるために!」とか言って鍛練するところは見ているがそこまでやるのかと思わずにはいられなかった。

 

「そ、そんな催しも行われるので今日はいつもよりも早めに巡回(パトロール)に出ようとしてたんですよ!」

「あ、じゃあ僕もお手伝いします!」

「いや、ベルは初めての怪物祭だし、お祭りを見て回りなよ。」

「そうだわ!ベルはアストレア様とデートしてきたら!?」

「で、デート!?」

「いいですよね、アストレア様?」

「アリーゼさん、デートって……!?」

「私は大丈夫よ。ベルとデートだなんて楽しみね。」

「アストレア様ぁ!?」

「決まりね!ベル、アストレア様をしっかりエスコートするのよ!」

「で、でも……。」

「あらベル、私とデートするのは嫌?」

「うっ!」

 

嫌だ、なんて絶対に言えないベルは、恥ずかしさと緊張で顔を赤くして「はい……。」と小さく呟いた。

そんなやり取りの後、アリーゼ達は巡回をするために続々と本拠(ホーム)から出て行く。

暫くして、出掛ける準備が完了したアストレアがベルに声を掛ける。

 

「行きましょ、ベル。」

「は、はいっ!」

 

ベルがそう言うと二人は連れだって本拠を後にした。

 

 

場所は変わって大通りに面する喫茶店の二階。

そこから怪物祭の見物に向かう群衆を銀色の双眸が見下ろしていた。

青い紺色のローブを羽織っている女神の容姿は、神々の中でも郡を抜いて優れていた。

ローブの中から覗く新雪を思わせるきめ細やかな白皙の肌。細長い肢体は見るもの全てを魅惑するような色香を漂わせており、ローブで隠れているとしても直視することが理性的に危うい。

彼女、美に魅入られた神(・・・・・・・)フレイヤは通りを埋め尽くす沢山の下界の人々の顔を一つ一つ確認するかのように眺めていた。

そんなフレイヤへ近付いてくる複数の気配があった。

待ち人がきたと察した彼女は、俯瞰するのをやめて気配のする方に向き直った。

 

「よぉー、待たせたな?」

「いえ、少し前にきたばかりよ。」

 

フレイヤの待ち人である【ロキ・ファミリア】主神ロキは、手軽に上げて声を掛けてきた。

ロキは欠伸を噛み殺してにへらと笑った後、椅子を引き寄せどかりと座った。

 

「なぁ、うちまだ朝飯食ってないんや。ここで頼んでもええ?」

「お好きなように。そういえば『神の宴』後、自棄酒をして随分と寝込んでいたそうじゃない。何があったの?」

「オイ、腐れおっぱい。どこでそんなこと聞いたんや。」

「貴方の団員(こども)達が騒いでいたそうよ?大変な盛り上りだったとか。」

「あのヤンチャどもめ、余計なことを……。」

「それで、何があったの?」

「うっさいわ!自分に関係ないやろ!やっぱりおっぱい大きい女神(おんな)にロクな奴はおらんわ!」

「・・・その様子だとヘスティアが原因みたいね。」

 

数日前の『神の宴』に、ヘスティアが参加するらしいという情報を掴んだロキは、派閥の財政状況からドレスを着れないであろうヘスティアをおちょくるために宴へと向かった。

そこで、宴で出されている食べ物をこそこそとタッパーへ詰めているヘスティアと遭遇し、馬鹿にしていたのだがヘスティアに自らの無乳(コンプレックス)について言及され、取っ組み合いへと発展した。

取っ組み合いに関してはロキの圧勝と言っていい結果であったが、その際にロキは見てしまったのだ。

 

―ヘスティアの胸に実った巨峰が体を動かす度に、縦横無尽に『たゆんったゆんっ』と揺れているところを。

 

その光景に精神力(ライフ)を0にされたロキは力なく膝をつき、終いにはヘスティアから「これ以上、ボクの視界にそんな貧相なものをいれるんじゃない!さっさと帰れっ、この負け犬めっ!」とトドメの一撃を貰い、涙を撒き散らしながら会場を後にしたのだった。

正に試合に勝って、勝負に負けた者の姿であった。

 

「それに、そちらの子も紹介して欲しいわ。」

「注文が多いわ自分!ていうか、紹介なんぞいらんやろ!」

「一応、彼女と私は初対面よ。」

 

フレイヤはロキの側にいる鞘に収めた剣を持つ美しい金髪金眼の少女を見つめた。

 

「んじゃ、うちのアイズや。これで十分やろ?アイズ、こんな奴でも神やから、挨拶だけはしときぃ。」

「・・・・初めまして。」

「可愛いわね。それに……ええ、ロキがこの子に入れ込む理由よくわかった。」

「せやろ!因みにこの後、アイズたんとフィリア祭デートを堪能するんじゃあ!」

「それじゃあ、早く話を終わらせましょう。こんなところに呼び出した理由は何かしら?」

「―率直に聞く。何やらかす気や。」

 

ロキは先程までのふざけた態度を消して、細い目を猛禽類のように鋭く構えていた。

 

「何を言っているのかしら、ロキ?」

「とぼけんな、あほぅ。最近動き過ぎやろう、自分。結局来んかったけど『宴』にも顔を出そうとしとったみたいやし、さっきの口振りからして情報収集も相当しとるやろ?……今度は何を企んどる。」

「企むだなんて、そんな人聞きの悪いこと言わないで?」

「じゃかあしいわ!お前が妙な真似をすると碌なことが起きたためしがないやんけ!」

 

ロキの文句を最後に両者は黙り込み、視線の応酬が始まる。

目では見えない二柱(ふたり)の剣呑な神威が発散され、周りの客達が次々に席を立ち、気付けばフレイヤ達の貸し切り状態になっていた。

そんな永劫続くかと思われた無言のやり取りだが、おもむろにロキが脱力し、確信した口調で言葉を発した。

 

「男か」

「……」

 

女神は答えず、ただフードの奥で微かに笑った。

だが、ロキはその笑みを肯定と取り、呆れたように大きな溜息をついた。

 

「はぁ……つまりどこぞの【ファミリア】の子供を気に入ったちゅうことか。ったく、この色ボケ女神が。年がら年中、誰彼構わず盛りおって。」

「あら、心外だわ。分別くらいあるわよ。」

「よう言うわ、男神(アホ)どもも誑かしとる癖に。」

「彼らと繋がっておくと何かと融通が利いて便利だもの。ロキもやって……ごめんなさい、貴方には無理ね。」

「殺すぞぉ!この腐れおっぱい!!」

 

ロキの絶壁(むね)を見て、悲しげに目を伏せるフレイヤにロキはキレた。

フレイヤに殴りかかろうとする彼女を、すかさずアイズが押さえ込む。

ロキは「離せぇ、アイズ!その女神(おんな)は言ってはならんことを言ったんやぁぁぁ!!」ともがくも全知零能の神が、Lv.5に勝てるはずがなかった。

暫く暴れた後、体力が尽きたのか呼吸荒げ始めたあたりでロキは漸く解放された。

疲れ果てた様子で、椅子の背もたれに体重を掛けたロキは、呼吸を整えた後に再び口を開いた。

 

「で?」

「?」

「どんな奴なんや、いま自分が惚れ込んどるっちゅう子供は?いつ見つけた?」

「……」

「そんくらい言えや、そっちのせいでうちは余計な気を使わされたんやで、聞く権利くらいあるやろ。」

 

強引な理由を振りかざすロキに、フレイヤは思い出すように遠い目をした。

 

「・・・・強くはないわ、今はね(・・・)。」

「今は?」

「ええ、あの子は強くなるわ。どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しい時があっても最後には立ち上がって、進み続けるだろうから。・・・・そうね、強くないとは言ったけれど、それは肉体的なことであって『心』はとても強いわ。」

 

それに、と細い唇が震える。

 

「綺麗だった。透き通っていた。あの子は私が今まで見たことのない色をしていたわ。だから目を奪われた、見惚れてしまったの。」

 

誰も気付けないほど、フレイヤの声が熱を帯びる。

 

「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけよ。そう、こんな風に―」

 

突如、フレイヤの動きが止まる。

その銀の視線の先には少年と女神が仲睦まじく歩いており、フレイヤの視線は『白い髪の少年』に釘付けとなった。

その足は怪物祭の会場である闘技場に向かっており、少年は人混みの中でうまく女神をエスコートしながら、円形の巨大施設に進路を取る。

徐々に遠のいて行く背中を見つめるフレイヤは、気に入った子供(いせい)と『デート』している『正義の女神』を面白くなさそうに見つめた後、何かを思い付いたように蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさい、急用ができたわ。」

「はぁっ?なんやいきなり―」

「またね、ロキ。」

 

困惑するロキを置いてフレイヤはローブで全身を覆い隠すと、店内を後にした。

 

「何や、あいつ。いきなり立ち上がりおって。ん、アイズ?どうかしたんか?」

「……あの子。」

 

そんな事を呟くアイズの視線はフレイヤと同じく、見覚えのある白い髪を追っていた。

 

 

 

「ねぇ、ベル?折角だし、何か食べない?」

「あっ、いいですね。何を食べましょうか?」

「そうね・・・。クレープ何てどうかしら?あっ!ベルは甘いものが苦手だったわね・・・。じゃあ、二人で一緒に食べましょうか。」

 

そう言うとアストレアはクレープを売っている屋台に行き、クレープを一つ購入するとベルの方へ向き直り―

 

「ベル、あーん。」

「ほぁっ!?」

「あーん。」

 

アストレアは満面の笑みを浮かべながら買ったばかりのクレープを差し出してくる。

 

「ア、アストレア様、一体何をっ!?」

「何をって、デートでは定番の『あーん』よ。ふふっ、アリーゼ達にはやったことがあるけど、ベルには初めてね。」

「!?」

 

ベルは唐突に起こったことに動揺してしまうが、すぐに気を取り直す。

 

(落ち着け!ちょっと動揺したけど、『あーん』ならアルフィア(お義母さん)から散々やられたじゃないか!)

 

思い出されるのはベルがまだオラリオに来る前のこと。

アルフィアはことあるごとに愛息子(ベル)へ『あーん』をしていたのだ。

 

―ある時は修行後、疲れきっている時に

 

―またある時は珍しくベルが風邪を引いてしまった時に

 

―というか、特に理由がない時でも

 

その度にベルは恥ずかしさから拒絶の意を示すのだが、アルフィアが諦めることはなく、結局はベルの方が折れてしまっていた。

そして、アルフィアからの『あーん』を受ける度に「相変わらず、ベルは可愛いな。」だの「(メーテリア)にもよくやってやったものだ。」だのと後者はともかく、前者は男としてとても複雑に感じることを言われたりしていた。

 

―因みに、祖父(ゼウス)が「ワシにもあーん!」等と言おうものなら、もれなく『福音(まほう)』が打ち込まれた。

 

そして現在、不意を打たれたことによる動揺から回復したベルはクレープを差し出しているアストレアの手を右手で包み込むと、クレープをごく自然な流れで食べた。

 

「えっ?」

「美味しいですね!アストレア様にも食べさせて上げます!」

「え?ええっ!?」

「ほら、あーん。」

 

ベルはアストレアの手からクレープを受けとると、お返しとばかりにクレープを持った手をアストレアに近付ける。

 

「あ、あーん・・・。」

 

ベルからの予想外の反撃(あーん)に頬を赤らめながら、アストレアはクレープを一口食べる。

 

「どうですか?」

「・・・・美味しいわ。」

「よかった!」

 

ベルが笑顔を向けると、アストレアはうつむきながら「・・・まさかこんなことをベルがするなんて・・・。皆に言ったら羨ましがられそうね・・・。」と呟いていた。

 

「!」

「?どうかしたの、ベル?」

 

そんなやり取りの後、何かに気付いたようにベルは足を止めた。

その顔からは先程までの笑顔が消えており、警戒するように辺りを見回していた。

そんな時、突如として大きな声が響きわたった。

 

「モ、モンスターだぁぁぁぁぁ!?|

「!モンスターですって!?」

 

その声にアストレアは驚愕する。

『まさか、怪物祭用のモンスターが脱走したの!?』といった考えが頭をよぎるが、そんな思考を遮るように切羽詰まったベルの声があがる。

 

「アストレア様!来ます(・・・)!」

「えっ―」

 

アストレアは見た。

ベルのが見ている闘技場方面へ向かう通りの奥から、純白の毛並みをしたモンスターが此方に向かって来ているのを。

 





次回、久々の戦闘描写。
うまく書けるか不安・・・。


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第十話 兎と美神(かみ)


今回も「そのキャラはそんなこと言わねぇよ」というセリフが多々あると思いますが、ご勘弁下さい。



 

光源が心もとない、暗く湿った場所。

そこは今まさに、怪物祭(モンスターフィリア)が行われている闘技場の地下部に設けられた大部屋。

闘技場の舞台裏、いわゆるモンスターの控え室になっていた。

 

「何をしている、次の演目が始まるぞ!?どうしてモンスターを上げない!」

 

鋭い足音と共に大部屋の扉が開かれ、【ガネーシャ・ファミリア】の女性構成員が激しい形相を作って入室してくる。

出番が近付いているにも関わらず、一向に運ばれてこないモンスターに業を煮やし、様子を見に来た彼女の声は怒気を孕んでいた。

しかし部屋の中に広がっていた光景を目にした瞬間、彼女は言葉を失った。

 

───部屋の中では仲間達が床にへたり込んでいたのだ。

 

驚愕に見舞われながら慌てて一番近い者に駆け寄る。

状態を確認すると呼吸は正常、外傷もなかった。

ただ糸の切れた人形のように、力という力が全身から抜けていた。

 

(なんなんだこれは・・・!?)

 

ここで何が起きたのかと、彼女はその場で立ち上がり周りを見回す。

 

「───」

 

突然、背後の空気が揺れた。

害意の欠片も感じられない動き。故に、反応が遅れた。

 

「動かないで?」

「───ぁ」

 

その言葉を最後に、彼女の意識は断線した。

 

「ごめんなさいね。」

 

フレイヤは崩れ落ちた女性を置いて奥に進む。

彼女は、ギルド職員や【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者を無力化して、ここまで侵入していた。

下界にいる限り、全知零能の神である彼女に戦う力は皆無だ。

だが、彼女には異常なまでの美があった。いや彼女自身が『美』そのものだった。

下界の人々(こどもたち)はおろか神々にさえ及ぶその支配力は圧倒的で、意識が定まらないほどに人を骨抜きにすることなどわけなかった。

 

「・・・・貴方がいいわ。」

 

その『美』によって、捕らわれていたモンスター達ですら静まりかえる中、先程手に入れた鍵を使って檻の錠を解く。

出てきたのは全身を真っ白な体毛に覆われ、フレイヤと同じ銀色の頭髪をした野猿のモンスター『シルバーバック』

シルバーバックはフレイヤに従うように一歩前へ歩み出た。

モンスターを解き放つ、ともすれば危険な行為。

自由奔放な女神の傍迷惑過ぎる気まぐれ。

目的は、たった一つ。

 

(あの子も、ここに来ている・・・・。)

 

フレイヤは想う。少年、ベル・クラネルのことを。

 

(・・・・ああ、ダメね。暫くはあの子の成長を見守るつもりだったのに・・・・。)

 

フレイヤは知っていた。

ベルが凄まじい速度で成長していることを。

理由は定かではないが、常識破りの速さで今も『飛躍』し続けていることを。

女神(フレイヤ)の眼にはそれが見えていた。

 

(・・・・ちょっかい(・・・・・)を、出したくなってしまった)

 

まるで、愛しい相手にイタズラをする子供のようだとフレイヤは笑う。

けれど、フレイヤは止まれなかった。見初めた相手に対する衝動が、体を火照らせる胸の奥の疼きが、愛が、彼女を突き動かす。

少年の困った顔を、少年の泣く顔を──そして何より彼の『勇姿』を見たい。

 

(それに・・・・あんなもの(・・・・・)を見せられたらね。)

 

フレイヤは浮かべていた笑みを消し、不機嫌そうに少し頬を膨らませた。

つい先程、ここへ来る前にもう一度ベルを見ておこうと彼の方を見たフレイヤは、見てしまったのだ。

 

───アストレアから『あーん』されているベルの姿を。

 

それを見たフレイヤは泥棒猫(アストレア)を突き飛ばしたい衝動に駆られた。

 

───何てはしたないの(うらやましいの)

 

───今すぐ止めるべきよ(そこを変わりなさい)

 

自分のことを棚に上げた指摘──本心丸出し──をしたくなったが、その気持ちを胸に押し込んで足早にここまできたのだった。

 

「・・・・」

『フッ、フーッ・・・・!?』

 

暫く不機嫌そうな顔でシルバーバックの頬を撫でていたが、やがて笑みを浮かべ、両手で頬を包み込んだシルバーバックに顔を寄せると、モンスターの額に唇を落とした。

次の瞬間、咆哮が響いた。

 


 

「・・・・べ、ベル。」

「アストレア様、僕の後ろに。」

 

ベルはアストレアの手を取ると、自分の後ろに来るように促す。

それと同時に護身用に持っていたナイフを抜き、構えた。

それを見たアストレアは焦燥に駆られた。

 

(まずいわ・・・。ベルがいつも使っているのは大剣。ナイフでは本領が発揮できない・・・。)

 

ひとまずは逃げるべきだ、とベルに言おうとしたがその間にもシルバーバックはこちらへ向かって荒々しく突き進んでくる。

その光景にアストレアは顔を更に険しくした。

しかし、ベルは迫り来るモンスターを一瞥すると口を開いた。

 

「いきます!」

「ちょっ、ベル───!?」

 

発走体勢(クラウチングスタート)からの突貫。

Lv.1とは思えない程の超加速はアストレアの言葉を置き去りにして、ぐんぐんとシルバーバックに迫る。

凝縮された時間の中で、ベルのスピードに対応できていない敵は、目を見開いて硬直していた。

背後に溜めた短刀による渾身の刺突。正に一撃必殺といっても過言ではない攻撃を敵の胸目に叩き込む。

 

『ガァッッ!!』

 

ナイフがモンスターの胸部中央に突き刺さる。

肉を穿つ感触に次いで、硬質な何かを砕いた手応え。

シルバーバックは両眼を限界まで見開き、背中から地面に倒れ込む。

一方で、ベルは凄まじい速度で突貫したにも関わらず、華麗な体さばきで勢いを殺すと、綺麗な体勢で着地し、素早く後方を振り返る。

通路の真ん中で大の字に転がったシルバーバック。魔石が砕かれたモンスターは体の一部がぼろりと崩れ、灰に変わった。

そこから大した時間もかからず全ての肉体が灰になり、風に乗って跡形もなく消えた。

 

『──────ッッ!!』

 

歓喜の声が迸った。

 


 

「・・・・・」

 

周りがベルを称える喝采に包まれる中、アストレアは驚愕に染まった表情でベルを見ていた。

 

(た、確かに本拠(ホーム)でとても熱心に鍛練しているのは見ていたけど・・・・。)

 

アストレアはベルが本拠の庭で熱心に鍛練しているを知っているし、見てもいた。───なんならその様子を生唾を「ゴクリ」と飲んで見ている危ないお姉さん達(自らの眷属たち)のことも。

だが、それを差し引いたとしても───

 

(なる!?Lv.1で、そこまで!?)

 

アストレアはキャラ崩壊気味に心の中で叫んでいた。

 

(USOだろ・・・。)

 

そして別の場所でも───

とある人家の屋上で一部始終を見ていたフレイヤは、自分のキャラも忘れて心の中で呟いていた。

確かに急激に成長していることはわかっていたが、シルバーバックを秒殺するほどだとはフレイヤですら予想できなかった。

だが彼女は驚愕すると同時に期待に胸を高鳴らせていた。

 

(彼なら本当に私の伴侶(オーズ)に・・・。)

 

何より彼は──私の『真の望み』を叶えてくれるだろうか。

そんな思いを抱きつつ、アストレアの方に歩いていくベルを熱く見つめながら、フレイヤは目を細める。

──だが、その時間は長くは続かなかった。

 

「ここにいたか──神フレイヤ。」

 

明らかに悪意の籠った声が彼女に掛けられたからだ。

 

「・・・・。」

 

少年(ベル)の事を考えていた時間に水を差された形になったフレイヤは不機嫌そうに声のした方へ向き直る。

そして、そこにいた人物を見て軽く目を見張る。

 

「まさか、本当にいるとはな・・・。あの神(・・・)の読みは正しかったということか。」

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】・・・オリヴァス・アクト。」

 

そこいたのは暗黒期に迷宮都市(オラリオ)に悪を成した闇派閥(イヴィルス)の幹部であった。

 

「・・・何の用?折角の時間に水を差されて、私は少し不愉快なのだけれど?」

「それは大変失礼したな、では簡潔に。──お前の身柄を拘束させてもらう。」

 

そう、と目を閉じながら彼女は小さく呟く。

そして次の瞬間、その体から異様な『神威』を解放した。

 

『ひれ伏しなさい。』

 

その『神の声』に、その場にいた『悪』の眷属達の体がびくりと痙攣し、立ち尽くす。フレイヤの『魅了』によって彼らは堕ちた(・・・)

──が、何が砕ける音と共に彼らは正気を取り戻した。

 

「──────ッ!?」

「ふふふっ、ははははは・・・!馬鹿め、我々が何の対策も取らずに『美の女神(おまえ)』の前に立つ訳がないだろう!」

 

驚きの表情を浮かべるフレイヤを嘲笑うかのようにオリヴァスは腰についていた魔道具(マジックアイテム)を掲げる。

そこには紫に怪しく輝く宝石が4つ──内一つは罅が入っており、輝きを失っている──はまった首飾りのような魔道具が握られていた。恐らく、その魔道具の力で『魅了』を解除したのだろう。

 

「─────ッ。」

「おっと、逃がさんよ。」

「クッ───!?」

「逃げられるとでも思ったか?【猛者(おうじゃ)】達を護衛に付けていなかったのは失敗だったなぁ?」

 

腕を捕まれ、後ろから拘束されたフレイヤは、痛みに顔を歪めながら自らの『甘さ』を悟った。

 

(────甘かった。あの子(ベル)を一人で楽しむ為に秘密裏にここへ来たのが裏目に出た。)

 

フレイヤはオッタル等の護衛をつけず、一人でバベルから抜け出してここまで来ていた。そのため、この非常事態に気付けているのは侍従頭(ヘルン)くらいだろう。

 

「『都市最大派閥』の一つである【フレイヤ・ファミリア】の消滅・・・それにより闇派閥(われわれ)の悲願である『オラリオ崩壊』のシナリオは更に進展するだろう!」

「!」

「だが【フレイヤ・ファミリア】の消滅は、まだ始まりに過ぎない!これよりももっと大きな絶望を、オラリオに見せつけてやる!はははははははっ─────!なに奴ッ!?」

 

まるで酔いしれるように独白を続けていたオリヴァスだが、不意に後ろに現れた気配に気付き、素早く後ろを向く。

 

───そこには白い髪の少年が立っていた。

 


 

シルバーバックを討伐したベルはアストレアの元にいく最中、怪しげな集団が女性を囲んでいるのを目撃した。

最初こそ怪訝な表情で見ていたベルだったが、男の一人が女性の腕を乱暴に掴んだところで、ただ事でないと考えた彼はアストレアに断りを入れ、急ぎ足でここまで来たのだ。

 

「なんだ、貴様ぁぁ!?」

「───ッ!?ふぅッッ!!」

「なっ!?が、ぁぁぁぁっ!?」

 

いきなり現れた少年(ベル)にオリヴァスは殴りかかる。

ベルはいきなり殴りかかって来た(オリヴァス)に驚きつつも冷静にかわすと、少しの罪悪感を抱きながらも反撃(カウンター)として胸に蹴りを叩き込む。

まさか避けられた上に反撃されるとは思っていなかったオリヴァスは、蹴りをまともに食らってしまう。

蹴りを食らったオリヴァスは吹き飛んだ後、人家の屋上を転がっていった。

周りの男達が「オ、オリヴァス様!?」「ば、馬鹿な!?」と動揺するなか、ベルは表情を曇らせた。

 

(手応えはあった、でも仕留めきれていない・・・。)

 

ベルは今の攻撃の手応えから、オリヴァスを仕留めきれていないと判断した。

しかもこちらの戦力はベル一人であり、女性──女神(フレイヤ)を庇いながら戦わなければいけない為、かなり不利な状況である。

そんな状況を素早く判断したベルは、すぐさま行動を開始した。

 

「女神様、失礼します!!」

「えっ?え、えぇぇぇぇぇ!?」

 

ベルは不躾だと理解しつつも、フレイヤをお姫様抱っこで抱えあげ、全力で逃走を開始する。

またベルの判断は正しかったらしく、背後から「くそぉぉぉぉ!!同志達よ、何をしている!?早く奴を追えぇぇぇぇ!!」

とオリヴァスが怒りを滲ませた声で叫んでいた。

だが、オリヴァスがその指示を出した時にはベルとオリヴァス達の距離はかなり離れており、ベルも必死で逃走しているため、オリヴァス達はすぐにベル達を見失ってしまった。───因みにフレイヤはというと、ベルの胸の中で顔を朱色に染めて「嘘ッ!まさかこんなに早くお姫様抱っこだなんて・・・。」「ああっ、ごめんなさいオッタル・・・。今わたし、下界に下りてから一番の幸せを感じているわ・・・・!」などとうわ言のように呟いていたが必死なベルには一切聞こえていなかった。

暫く逃走を続けていたベルだが、大通りに出たため安全だと感じたのかそこで足を止め、フレイヤを下ろした。

当のフレイヤはというと頬を上気させて、呆然と立ち尽くしていた。───まるで自分が『魅了』した人々のように。

 

「女神様、大丈夫ですか?」

「・・・・・。」

「大変不躾な真似をしたことをお許し下さい。ですが、非常時故の行いだということをご理解頂けないでしょうか?」

「・・・・・。」

「あ、あのぉ~女神様?」

「・・・・・。」

 

まさかどこか怪我でも!?と考えたベルだったが、その思考は別方向から聞こえて来た悲鳴によって中断させられた。

 

(悲鳴!?まさかまだどこかにモンスターが!?)

 

そう判断したベルはフレイヤの手を握って──その時フレイヤの肩がビクリと痙攣した──怪我がないこと確認したり、ローブに血や汚れがないことを確認すると「何かあれば、【アストレア・ファミリア】まで連絡をお願いします。」と言い残し、悲鳴のした方向へと走っていった。

フレイヤは暫くの間、変わらず呆然と立ち尽くしていた。

───そんな彼女へ素早く近づく人影があった。

 

「フレイヤ様!!」

 

その人影の正体は【フレイヤ・ファミリア】の団長であり、都市最強の冒険者であるオッタルであった。

 

「・・・・・。」

「ヘルンから御身に危険が迫っていると聞き、馳せ参じました!御身に最も近い場所にいながらこのような失態を犯してしまい、大変申し訳ございません!」

「・・・・・。」

「つきましては、どのような厳罰でも謹んで受ける所存でこざいます・・・・!」

「・・・・・。」

「・・・・フレイヤ様、いかがなさいましたか?」

 

自分の言葉に全く反応を示さない主神(あるじ)に疑問を覚えたオッタルが疑問を投げ掛ける。

すると、先程まで黙っていたフレイヤが口を開いた。

 

「・・・・すごいわ。」

「・・・・は?」

「すごい、すごいわ、ベル!こんなに胸が高鳴ったのは始めてよ!ああ、決まりよ!貴方こそ私が探し求めていた伴侶(オーズ)だわ!」

「フ、フレイヤ様?」

「暫くは成長を見守るとしても、絶対に私のものにしてみせるわ!」

 

そんな言葉を紡ぎつつ、フレイヤの体はぞくぞくと打ち震え、下腹部が疼き、喉からは恍惚の吐息が溢れ出してくる。

少年(ベル)を自分のモノにしたいと、醜くも子供のような望みが彼女の胸中に渦巻いていた。

そんなフレイヤの様子を事情を全く知らないオッタルは頭の中を疑問符で一杯にして見つめていた。

 





オリヴァスの登場です。
まあ、完全な噛ませ役ですけどね。
そしてすまないアストレア様、この世界線でのお姫様抱っこ役はフレイヤ様になりました。許して。


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第十一話 妖精(エルフ)の歌、白兎の舞い


GWなにもすることがなかったので早めの投稿です。
今回は怪物祭続きです。
アイズさんの出番はがっつり減ってます。


 

「せやぁぁぁぁ!」

『グオオオオオオオオオッ!?』

 

胸を切り裂くその一撃に、トロールは断末魔を上げて倒れた。

 

「アリーゼ、そっちは終わったか!?」

「ええ、こっちに来たモンスターはこれで全部よ!」

 

自らの得物を鞘に収めたアリーゼは、ライラの問いに答える。

四方からは街路に倒れた込んだトロールを見た市民達が歓声を上げていた。

 

「なんていうか妙ね。どこも大事にはなっていないみたいだし・・・。」

 

顎に手を当てながら思考していたアリーゼは、ライラへと向き直る。

 

「ライラ、闘技場の方はどうだった?」

「輝夜達から状況を聞いたが、あっちの方も大丈夫そうだったぜ。ただ───」

「ただ?」

「【ガネーシャ・ファミリア】の連中から聞いたんだが、モンスターの檻を監視してた連中とそこに行くまでの道にいた連中、それに数名のギルド職員がぶっ倒れてたんだと。」

「!容態は!?」

「いや、怪我はなかったらしい。ただ、全員糸の切れた人形みたいになってて、呼び掛けにも応じない状態だとさ。」

「・・・・怪我がないならひとまずは安心ね。じゃあ、そっちは【ガネーシャ・ファミリア】に任せて私達は引き続き怪我人の捜索とモンスターの討伐をするわよ!」

 

ライラは指示に従い行動を開始し、アリーゼは続いて周りにいたギルド職員にも怪我人の捜索をするように指示を出し、ギルド職員達もそれに従う。

 

「ん?アリーゼたんか?」

「ロキ様と【剣姫】!どうしてここに!?」

「アイズたんとデートしとったときに騒ぎを聞き付けてな、モンスター討伐の協力をしとったんや。アリーゼたんが倒したので全部やったっけ?」

「いえ・・・・あと一体、残ってます。」

「ええ【剣姫】、シルバーバックが残ってるわ。」

 

アイズは勿論、アリーゼでも問題なく斬り伏せられる相手だ。ならば早く済ませてしまおうと、既にやる気のないロキは足早に移動し始め、アイズとアリーゼも続く。

 

(やっぱり、モンスターが脱走したにしては被害少なすぎる・・・。モンスター達の様子もおかしかった、まるで何かを探しているような(・・・・・・・・・・・)───。)

 

アリーゼは歩きながら、今回の騒動のおかしな点について考えていたが聞き覚えのある声を聞き、現実に引き戻された。

 

「アリーゼ!」

「!アストレア様!」

「アストレアか、丁度ええわ。こっちにシルバーバックが来とらんか?子供達の話やとこっちに来とったみたいなんやけど。」

「シルバーバックなら、ベルが倒したから問題ないわ。」

「えっ、ベルが!?」

「なんや、もう終わったんかい。」

「?ベルって、どなたですか?」

「私達の派閥のかわいい兎さんよ!」

「!あの白い髪の子、ですか?」

「そう!白いだけじゃなくて、モフモフしてサラサラなんだから!」

「もふもふ・・・さらさら・・・。」

「アイズたん、アリーゼたん、めっちゃ話が脱線しとるんやけど・・・。んで、件のベルって子はどないしたん?」

「それが・・・「女性が襲われているので、助けに行ってきます!」って言ったきり、どこかへ行ってしまったの。」

「はぁ?なんやそれ、意味がわから───あン?」

 

唐突にロキは足もとを見た。

ぐらり、と感じた震動。

よろめくには至らないものの、鐘楼を一瞬揺らめかした。

ロキが周りに目を向けると、アストレア達も怪訝な表情をしていたため、気のせいではなさそうであった。

 

「・・・ロキ、いまのって・・・。」

「地震、か・・・?」

 


 

『き───きゃああああああああっ!?』

 

響き渡る女性の金切り声。

その原因は通りの一角から、石畳を押しのけて地中から出現した、蛇に酷似する長大なモンスターだった。

 

「ティオネッ、あいつ、やばい!!」

「行くわよ!」

 

そのモンスターを見た瞬間、首筋に嫌な寒気が走ったティオナとティオネは顔色を変えて叫ぶと同時に走り出した。

一足遅れてレフィーヤも駆け出し、屋根の上を跳んで一直線に突き進んだ。

悲鳴を上げ市民が一斉に逃げ惑う最中、ティオナ達は通りの真ん中へ、勢いよく着地を決める。

 

「こっちは純粋に怪物祭(モンスター・フィリア)を楽しんでたってのに・・・。というかこんなモンスター、ガネーシャのところはどっから引っ張って来たのよ・・・・。」

「新種、これ・・・・?」

 

煙が完全に晴れ渡り、モンスターは頭部を『うぞっ』ともたげた。

細長い胴体に滑らかな皮膚組織。頭部──体の先端部分には眼を始めとした器官は何も備わっておらず、若干膨らみを帯びたその形状は向日葵の種を彷彿させ、全身は淡い黄緑色をしていた。

顔のない蛇、と形容するのが相応しいといえるだろう。

 

「ティオナ、叩くわよ。」

「わかった!」

「レフィーヤは様子を見て詠唱を始めてちょうだい。」

「は、はいっ。」

 

ティオネの指示に、ティオナとレフィーヤ、そしてモンスターも反応した。

地面から生える体を蠢動させ、退治している双子の姉妹に意識を向けると、全身を鞭のようにして襲いかかってきた。

 

「「!」」

 

力任せの体当たりをティオナとティオネは回避する。

石畳が巻き上がり、石の塊が周囲に着弾する。広い通りには再び煙が立ち込めた。

細い体をくねらせるモンスターに、ティオナとティオネは、すかさず死角から拳と蹴りを叩き込む。

 

「っ!?」

「かったぁー!?」

 

皮膚を打撃した瞬間、彼女達はそろって驚愕した。

渾身の一撃が阻まれる。

並のモンスターであれば一撃で肉体が破砕される第一級冒険者の強撃を受けても、凄まじい硬度を誇っている滑らかな体皮は僅かばかり陥没したのみで、貫通も撃砕もかなわず、逆にティオナ達の手足にダメージを与えてきた。

皮の破けた右手をぶんぶんと振るい、ティオナは目を見開く。

 

『─────!!』

 

ティオナ達の攻撃に悶え苦しむ素振りを見せたモンスターは、怒りを表すようにより苛烈に攻め立ててきた。

凄まじい勢いで体を蛇行させ、彼女達を蹴散らそうとするが、アマゾネスの姉妹は危うげなく往なした後、何度も拳打を見舞った。

 

「打撃じゃあ埒が明かない!」

「あ~、もう!武器用意しておけば良かったー!!」

 

舌打ちと叫び声を上げる間も蛇型モンスターとの戦闘は続いた。

モンスターは暴れ狂うように全身を叩き付けるが、軽やかに周囲を跳び回ってあるティオナ達には掠りもしない。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

その外で、ティオナ達が時間を稼いでいる間にレフィーヤが詠唱を進めていた。今の彼女は魔法効果を高める(そうび)を所持していない。

そのため片腕を突き出しながら、高速戦闘にも対応可能な短文詠唱の呪文を編む。

山吹色の魔法円(マジックサークル)を展開しながらレフィーヤは速やかに魔法を構築した。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

そして最後の韻を終え、解放を前に魔力が集束した直後──ぐるんっ、と

先程までティオナ達にかかりっきりで、レフィーヤを歯牙にもかけていなかったモンスターが突然、レフィーヤのほうへと振り向いた。

 

「──ぇ?」

 

その異常な反応速度に、レフィーヤの心臓は悪寒とともに打ち震える。

レフィーヤはティオナ達が既に退避を始めているのを尻目に、直感した──このモンスターは『魔力』に反応する、と。

だが、その事に気づいた時には、黄緑の突起物が彼女を打ち据えようと凄まじい速さで地面から伸びていた。

 

───だが、結果的にその触手(・・)がレフィーヤに叩き込まれることはなかった。

 

「ふッッッ!!」

 

───突如、横合いから現れた白髪の少年が触手を叩き落とす。

 

「大丈夫ですか!?」

「あ、貴方は・・・。」

 

白髪の少年──ベルが余裕のない表情で問いかけると、レフィーヤは酒場で見た覚えのある少年の姿に驚いていた。

 

「レフィーヤ、大丈夫!?って、あの子・・・。」

「確か、【アストレア・ファミリア】の新人(ルーキー)?」

 

遅れてベルの姿に気づいたティオナとティオネも驚きの声を上げた。

レフィーヤは庇ってくれたベルに、再度声をかける。

 

「あ、あのっ、助けてくれてありが───。」

「お礼を言うのは早いと思います・・・・。」

「えっ?」

 

ベルから叩き落とされた謎の触手は不気味に蠕動し、一方で蛇型モンスターにも変化が現れる。

まるで空を仰ぐように体の先端部分をもたげたかと思うと、その先端部に幾筋もの線をその頭部に走らせ──次には、咲いた(・・・)

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

破鐘(われがね)の咆哮が響き渡る。

開かれた何枚もの花弁は毒々しく染まった極彩色。

中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、その奥では陽光を反射させる魔石の光が瞬いていた。

 

「何ですか、あれ・・・・?」

「蛇じゃなくて・・・・花!?」

 

正体を表したモンスターにレフィーヤが戦慄し、ティオナが驚愕する。

その形状から蛇と思い込んでいた細長い体は茎であり、顔のない頭部は蕾だったのだ。

花開きその醜悪な相貌を晒す食人花のモンスターは、体から生えている触手を次々と地面より突き出させ、本体は獲物──レフィーヤのもとへと這い寄っていき、邪魔者であるベルには触手の群れが襲い掛かった。

 

「!せりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

ベルは迫りくる触手の群れに突っ込んでいった。

無謀とも言える正面からの突貫──だがその後の彼の動きを見て、その場にいた誰もが目を見張った。

 

───迫りくる触手をナイフで叩き落とす。

 

───ナイフでの対応が間に合わない場合は蹴りや拳で叩き落とす、または腕を使って触手を受け流す。

 

【ステイタス】こそ第一級冒険者(ティオナ達)に及ばないものの彼が繰り出す『技』はLv.1であるにも関わらず、『洗練されている』といっていいものであった。

 

「すご・・・・。」

「ベートの時もそうだったけど、あの子ほんとに駆け出しなの?」

 

そんな光景にティオナとティオネが感嘆の声を上げる。

一番近くで見ているレフィーヤに至っては声を出すことすら忘れているようだった。

だが、当の本人であるベルの表情は険しいままだった。

 

(モンスターの動きは見えるけど、体がついてこない!このモンスターの力と僕の【ステイタス】に差がありすぎるんだ!)

 

ベルは数回の攻防からこのモンスターの力はベルの【ステイタス】よりも上だと感じていた。

今でこそ鍛え上げられた『技』でなんとか対応できているが、防御や受け流す徐々に疲労やダメージが溜まってきている。

逆にベルが使っているナイフではモンスターの硬い皮膚に歯が立たず、ほとんどダメージを与えることができていなかった。

このままではジリ貧だ、そう判断したベルは後ろにいたレフィーヤに声を掛ける

 

「ウィリディスさん!」

「えっ、は、はい!?」

「僕の攻撃じゃ、あのモンスターに歯が立たないので魔法での攻撃をお願いできますか!」

「えっ!?で、でも・・・。」

「詠唱が完了するまで僕が何が何でも守り抜きます!だから、お願いします!」

「・・・わかりました、貴方を信じます!私を守って下さい!」

「はい!」

 

モンスターが『魔力』に反応することを知っているレフィーヤは最初こそ躊躇いを見せていたものの、ベルの覚悟を決めたような目を見て、何より『駆け出しの冒険者がここまでのことをしているのに【ロキ・ファミリア】である自分が情けないところは見せられない!』といったほんの少しの負けん気もあり、レフィーヤも覚悟を決め、詠唱を開始する。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

『───!!』

「させない!!」

 

再び、獲物であるレフィーヤにモンスターが触手を伸ばすが、すかさずベルが迎撃する。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

「私達も援護に行くわよ!」

「おっけぇ!って、あーもうっ、邪魔ぁっ!!」

 

駆けつけようとするティオナ達だが、ベルと同様に触手の群れに襲われ、行く手を阻まれていた。

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「【至れ、妖精の輪】」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「【どうか──力を貸し与えてほしい】」

 

攻撃の邪魔をしているベルが鬱陶しいのか、食人花が苛立ったような叫び声を上げ、負けじと彼も気炎を吐く中でレフィーヤは歌い続けた。そして──

 

「【エルフ・リング】」

 

魔法名が紡がれるとともに、山吹色の魔法円が、翡翠色に変化した。

 

「レフィーヤ!?」

『!!?』

 

収斂された魔力にティオナが気付き、食人花も反応を示す。

 

「【──終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

詠唱が、続く。

完成した筈の魔法へ更に詠唱を上乗せ、別種の魔法を構築していた。

レフィーヤが先程完成させた魔法は──召喚魔法(サモンバースト)

同胞(エルフ)の魔法に限り、詠唱及び効果を全把握したものを己の必殺として行使する、前代未聞の反則技(レアマジック)であり、彼女の二つ名【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の由来でもある。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

召喚するのはエルフの王女、リヴェリア・リヨス・アールヴの攻撃魔法。

極寒の吹雪を呼び起こし、敵の動きを、時さえも凍てつかせる無慈悲な雪波。

詠唱が紡がれ、レフィーヤの玉音(ぎょくいん)に、美しい玲瓏な声音が重なり合い、魔法円がまばゆい輝きを放ち出した、その時──

 

「!」

「ま、まさか!」

 

ティオナ達が微細な地面の揺れを感じ、顔を青くする。その直後、揺れは大きな鳴動に変わり、食人花がいる辺りの石畳が突然隆起し、新たに食人花が二匹現れる。

 

「ちょ、ちょっとっ!」

「まだ来るの!?」

 

ティオナ達の悲鳴を皮切りに、レフィーヤの魔力に誘われたであろう二匹は一匹目と同じように彼女への攻撃を開始する。

ベルは必死に応戦するが、攻撃の手が増えたため、一本だけ触手の迎撃に失敗してしまう。だが──

 

──ベルはナイフを振り切った体勢から無理やり姿勢を変更し、レフィーヤに迫る触手の前に跳んだ(・・・)

 

その行動のお陰で彼女へ触手が届くことはなかったが、彼は触手の攻撃をまともに受ける。

 

「──ッ!!」

「!ティオネ、兎くんが!」

「わかってるわよ!」

「!──【吹雪け、三度の厳冬──我が名はアールヴ】!」

 

ベルの体からぐしゃと不細工な音が鳴り響くとともに、口の中にまで血が昇り、ベルが圧し殺した悲鳴を上げる。

その光景にティオナとティオネが悲鳴じみた声を上げる。

レフィーヤも一瞬だけ動揺するが、ベルと約束を果たすために一気に詠唱を終わらせた。

だが、食人花達も最後の足掻きと言わんばかりに彼女へ触手を伸ばす。しかし──

 

「ぐぅぅっぅ・・・・ぁぁぁぁぁ!!」

 

ベルは自分に攻撃をした触手を両腕で掴むとおもむろに齧りつく。レフィーヤは信じられない行動をとったベルに目を見張る。

 

「はぁあああああああああ!!」

 

ベルは叫喚を上げてナイフを振り上げ、触手に叩き付けた。

すると、先程まで傷一つ付かなかった触手が断ち切られる。

同時にその一撃で限界を迎えたのか、ナイフが根本から折れるが──ベルは止まらなかった。

ベルはナイフの柄を投げ捨てると、レフィーヤへと向かっている触手を拳や手刀、もしくは蹴りで叩き落とす。

そして彼女の唇が、魔法を紡いだ。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

三条の吹雪。

ベルが間一髪で魔法の射線上から離脱すると、大気をも凍てつかせる純白の細氷がモンスター達に直撃する。

体皮が、花弁が、絶叫までが凍結されていき、三輪の食人花は佇立する三体の氷像となった。

 

「ナイス、レフィーヤ!兎君!」

「散々手を焼かせてくれたわね、この糞花っ!!」

 

歓呼するティオナと若干鶏冠にきているティオネが、三匹の内の二匹の懐に着地する。

深い蒼色の氷像へ、二人は申し合わせたように同じ動きをなぞった。

 

「ッッ!!」

「いっっくよおおおぉ────ッ!!」

 

一糸乱れない、渾身の回し蹴り。

褐色の素足が体躯の中央に炸裂すると同時に、食人花の全身が粉砕される。──だが、これで終わりではない。

 

「これでえええぇ────ッ!!」

「終わりだ、こらあああぁ────ッ!!」

 

ティオナ達はすかさず最後の一匹のもとへ行くと、次もまた一糸の乱れもない拳打を放ち、食人花の全身を粉砕した。





今のベル君は
ザルドの《スキル》+ベル君の《スキル》の効果によりめっちゃ強いです。


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第十二話 動き出す闇


今回はいつもより文字数少なめ。
怪物祭の後処理みたいな感じです。


 

「・・・・凄い、魔法ですね。」

「えっ・・・・?」

 

魔法を放った後のレフィーヤにベルが声を掛ける。

その言葉には彼女に対する尊敬の念がこもっていた。

 

「あのモンスターを一気に3体も凍り漬けにするだなんて、流石は【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ・ウィリディスさんですね。」

「い、いえいえ、私なんてまだまだで──って!酷い怪我してるじゃないですか!今すぐ治療師(ヒーラー)のところへ行かないと!」

「ははは、大丈夫ですよ。この程度怪我なら昔からしょっちゅうでしたから。」

「しょ、しょっちゅうって・・・。」

 

実際、ベルの怪我は酷いものだった。

触手を腹部に食らったことにより昇ってきたであろう血で口元は汚れており、頭部の傷からは血が出ていた。一番酷いのは指で、触手を叩き落としたり、攻撃を受け流したりしたせいか、指は小指から中指までが紫色に変色していた。最悪、骨が折れているかもしれない。

そんな怪我を『しょっちゅう』していたと言うのだから、レフィーヤが引くのも無理はなかった。

そんな彼女の背中に、近づいてきたティオナが飛びつく。

 

「レフィーヤ、ありがと!ほんと助かったー!」

「キャッ!ティ、ティオナさん!?」

「兎くんもね!レフィーヤを守ってくれて、ありがと!」

「いや、僕はそこまで大したことは・・・・。ウィリディスさんの魔法がなかったらモンスターにやられていたと思いますし──」

「なに言ってんのさ!兎くんがいなかったらレフィーヤは怪我してただろうし、何よりレフィーヤが魔法を完成させることができたのは、君が守ってくれたからだよ!」

「そうですよ!お礼を言うのはむしろ私の方です!貴方がいなかったら私は今頃──」

「で、でもモンスターは結局、ウィリディスさんが倒しましたし──そ、そうだ!それでおあいこってことにしませんか!?」

「え!う、う~ん・・・・。」

 

ベルの言葉に心のどこかで納得できていないのか、レフィーヤは頭を抱える。

そんな中、レフィーヤから離れたティオナは「それはともかくさぁ──」とベルの周りをぐるっと回ると──おもむろに背中に抱きついた。

 

「──ッ!」

馬鹿狼(ベート)がやらかした時にも思ってたけど、君Lv.1とは思えないほど強いねぇ~!」

「ティオナさん!彼は怪我人なんですからそういうことは止めた方が──」

「おお、すごい!兎君って体格は華奢なのに意外としっかり筋肉ついてるんだね!鍛えてるの?」

「うっ、うううぅ・・・・。」

「──って、人の話を聞いてくださぁーい!お、男の子の体をべたべた触るなんて・・・は、破廉恥ですよ!」

 

抱きついたティオナがベルの体に触ると、ベルはくすぐったいのか気の抜けた声を上げ、そんなティオナの行動を見たレフィーヤは頬を赤くした。だが、当のティオナは特に気にしていないようだった。

 

「って、あれ?どうしたの兎君?顔が赤いよ?耳も真っ赤だし・・・。もしかしてあのモンスターから何かされた!?」

「い、いや・・・・・。」

 

ティオナが心配する中、ベルは彼女にしか聞こえないくらいの声量でボソリと呟いた。

 

「むっ、胸が当たって・・・。」

「えっ?」

 

ベルからの思いもよらない回答にティオナはキョトンとする。

 

(胸って誰の──私の?)

(・・・・確かに当たっているけど、いつもなら・・・・)

 

ティオナは、おもむろに天を仰いだ。

脳裏に蘇るのは、(ティオネ)から投げかけられた『ぺったんこー』や、無乳(ロキ)から投げかけられた『ぺちゃぱい』などの、侮辱の数々。

自分の『胸』で恥ずかしがっている兎君(しょうねん)に視線を戻した少女(ティオナ)は、にへらっ、と相好を崩す。

 

「──ふふっ。」

「ちょっ、無言で胸を押し付けないで下さぁい!?なんでニヤニヤ笑っているんですかぁ!?」

「えへへっ、いいじゃん、いいじゃん。あっ、そうだ!名前教えてよ兎君。私はティオナ・ヒュリテ!ティオナって呼んで!」

「えっ?ぼ、僕はベル・クラネルって言いま──って、この時機(タイミング)で自己紹介します普通!?というか、さっきから胸を押し付ける力が強くなって──」

 

ベルの反応に気を良くしたティオナが胸を押し付けると、ベルの顔は、湯気が出るのではないかと思われるほど赤くなる。そんな二人のやり取り(イチャイチャ)をみたレフィーヤも、「あわわわわ・・・・」と言って赤い顔を更に赤くした。

そんな中、ようやくベルに救いの手がもたらされた。

 

「なにやってんのよ、馬鹿ティオナ。」

「いだっ!いったいなー!殴ることないじゃん、ティオネ!」

「レフィーヤが言っても聞かなかったんだから、自業自得でしょ──改めて、ありがとね。うちのレフィーヤを守ってくれて。」

 

ティオネはティオナの頭に拳を落としたり後、ベルへお礼を述べる。

 

「いえ、僕もウィリディスさんに助けられたましたから・・・」

「ずいぶんと謙虚ね、冒険者らしくない子だわ。・・・・それと話は変わるけど──あれは自分で解決してね。」

 

そう言いながら気まずそうな表情でベルの背後を指差す。

その行動にベルが首をかしげていると、彼の背後から──

 

「「ベル(君)。」」

 

静かだが、威圧感のある声が響いてきた。

その声を聞いたベルは一瞬で顔を青ざめさせ、まるで錆びたブリキ人形のようにゆっくりと首を後へ向ける。そこには──

 

──額に青筋を立て、笑みを浮かべる自派閥の団長(アリーゼ)担当アドバイザー(エイナ)が立っていた。

 

その迫力は彼女達の背後にいたアイズを「ヒッ!」と怯えさせるほどであった。

二人はゆっくりとした足取りでベルに近づく。

その姿に、ベルの近くにいたレフィーヤとティオナが道を開け、当のベルは恐怖からか目尻にうっすらと涙を浮かべ、硬直していた。その様子は、蛇に睨まれた蛙もとい、獅子に睨まれた兎である。

 

「ねぇ、ベル。」

「は、はい!」

「私が今朝言ったこと、覚えてる?私、「アストレア様をしっかりエスコートするのよ!」って言ったわよね?」

「その通りです!」

「じゃあ、なんでアストレア様がほったらかしになっているの?それに──その傷だらけの姿はなに?」

「え、ええっと・・・。」

 

アリーゼらしからぬ威圧感のある声にベルは必死に理由──という名の言い訳を述べようとするが、エイナがそれを許さない。

 

「ベル君!」

「エ、エイナさん!?」

「君は私をどれだけ心配させれば気が済むのかな!?そんなに血塗れになって!「死んだらなんにもなんない」っていつも言ってるよね!?」

「ご、ごめんなさぁぁぁい!」

 

エイナの凄まじい剣幕にベルは謝ることしかできなかった。

 

「何があったか、詳しく話を聞かせてもらうわよベル!」

「えっ!?」

「私も、もう二度とこんなことしないように、きっっっちりお説教させてもらうからね!」

「エ、エイナさんまで!ちょ、勘弁してくださぁぁぁぁい!!」

 

そんな叫びを残し、ベルはアリーゼに引きずられていく。

そんな彼の様子を、ティオナ達はこれからベルに降りかかるであろう災難を想像し、哀れみのこもった視線で見送る。

そんな中、アイズは──

 

「またまた、お話、できなかった・・・・。」

 

と残念そうに肩を落とが、すぐに「──でも」と顔を上げ

 

「名前、覚えた。──ベル、次こそお話してみせる。」

 

と呟き、拳を握って一人、決意を漲らせていた。

 


 

都市の南、魔石灯の光が氾濫する繁華街。

夜半を迎え空が吸い込まれるような黒一色に染まる中、その盛り場は昼間のように明々としていた。

深夜でも賑わうそんな繁華街の一角に建つ、高級酒場。

貴族の一室を思わせる広い個室に、ロキとフレイヤは卓を挟んで腰を下ろし、フレイヤの後にはオッタルが控えていた。

 

「もう、こんな時間に呼び出して。今度は何の用?」

「薄々感付いとるくせによく言うわ。」

 

杯を手に酌み交わす女神達はどちらも笑みを浮かべていた。

フレイヤは瞑目した余裕のある微笑を、ロキはにやついた嫌らしい笑みを。

 

「今日のフィリア祭の騒ぎ、起こしたのは自分やな。」

「あら、証拠でもあるのかしら?」

「そんな馬鹿の一つ覚えみたいな言い回しすんな。自分しかできる者はおらん。」

 

値が張るワインを水のように飲み干し、ロキは話を続けた。

 

「魅了、魅了、魅了、全部魅了や。ガネーシャのとこの子もギルドの連中も腑抜けにして、見張りはあっさり無力化したんやろ?」

「・・・・。」

「外にでたモンスターは誰も傷付けようとせず、何か(・・)を探し出そうと必死になっとった。大方、『魅了』のせいでどっかの色ボケ女神以外のものが目に入らんかったんやろうな。」

 

人を一度も襲おうとしなかったモンスターの奇行、そして目の前の女神が持つ神々をも誘惑しうる『(ちから)

 

それら二つを結びつけ、ロキは結論した──。

 

「あんな大事起こしといて死人なしなんて芸当、自分以外に誰にもできへん。まぁ、何がやりたかったのかはよくわからんが・・・・事故の犯人はお前やー、ってな。決まりや。」

「・・・・ふふっ、そうね、概ね貴方の言う通りよ。」

「ほほう、殊勝な態度やな。」

 

あっさりと己の推理を認めるフレイヤに、ロキはニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「ギルドにチクったろうかなぁ~?罰則(ペナルティ)は相当さかむこと間違いなしやろうなぁ~?」

 

隠しもせず脅しをかけてくるロキに、閉じていた瞼を薄く開けたフレイヤは、微笑を崩さず口を開く。

 

「鷹の羽衣」

「はっ?」

「貴方に貸したあの羽衣、まだ戻ってきていないわ。私をギルドに売るんだったら、その前に返してくれないかしら?」

 

ロキは顔を驚きに染めた。

 

「なっ、あれは天界にいたときにいただいたゲフンゲフンッ、か、借りたやつやぞ!今更もう時効やろ!?ていうか、今ここで持ち出すかフツー!?」

「私の知ったことではないわ。ああ、勿論、女神とあろう者が約束を反故にするとは言わないわよね?」

「い、今更返せって言われても・・・・。あれはうちのオキニやし・・・・。」

「もし今日のことを黙って──いえ、今後の私の行動に目を瞑ってくれるなら・・・・あの羽衣、貴方に差し上げてもいいわ。」

 

先程までたじろいでいたロキは、その言葉にぴたりと動きを止め、フレイヤの言わんとしていることをはっきりと理解し、頬を引くつかせた後、ええいくそっ、と悪態をついた。

 

「この性悪女っ、今になって昔のことを引きずり出しおってっ」

「ゆすろうとする貴方も大概だと思うのだけれど。」

 

くすくす、と面白そうに肩を揺らすフレイヤに、ロキはあからさまに不機嫌な顔で豪華なソファーに体を沈める。

 

「ったく、腹立つわぁーホンマに。うちの可愛い子達はけったいなモンスターの相手させられて、損な役回り押し付けられたんやぞ。ちょっとは溜飲下げんとやってられんわ。」

「・・・・?」

 

きょとん、と。

美の神に似合わない、どこかで愛嬌のある表情を浮かべるフレイヤに、ロキは眉をひそめる。

 

「なんや、その顔はしらばっくれるつもりか。ティオナ達から聞いとるで、十匹目の、蛇みたいな花みたいな、気色悪いモンスターがおったって。」

「!──────」

 

そのロキの言葉に今度はフレイヤが眉を潜める番だった。

そして、何かを考え込むように口を閉ざした。

 

「どうしたんや、自分?さっきからなんか変やで?」

「──じゃないわ。」

「?」

「・・・・私が外に放ったのは九匹だけよ。そのモンスターを放ったのは、私じゃないわ。」

「・・・・・嘘こけ。じゃあ、あのモンスターは──」

「けれど──心当たりならあるわ。」

「あん?」

 

フレイヤの言葉にロキが怪訝そうな顔を浮かべる。

フレイヤはしばらく沈黙した後、真剣な表情で口を開く。

 

「──今日、私は久しぶりにある(こども)に出会ったわ。」

「?誰やねん、勿体ぶらず教え──」

「オリヴァス・アクト。」

「───!」

「・・・・お互いに気を付けましょう、ロキ。闇派閥(かれら)の目的は昔と変わらず、『オラリオの崩壊』らしいから。」

 

そう言うと、フレイヤは彼女の言葉に驚愕しているロキを残し、オッタルと共に個室から出ていく。

残されたロキは、しばらく放心したように固まっていたが、やがて苦虫を噛み潰したような表情で呟く。

 

「あの、闇派閥(ゴミども)・・・。なんで今更出てくんねん・・・。」

 

そんなロキの呟きは、誰にも聞かれることなく、静かに個室内に響くだけだった。

 





次回、エレボス視点からスタート


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第十三話 兎の受難


投稿遅れて申し訳ない。
描くの大変だったし、内容も何て言うかもうめちゃくちゃです。
駄文だったり、分かりにくかったら申し訳ない。



 

「♪~♪♪~♪」

 

地上ではようやく怪物祭(モンスターフィリア)の騒動が収まってきた頃、迷宮都市(オラリオ)の地下に広がる悪の居城の一室──邪神達の神意(わがまま)によって作られた遊技場を兼ねたバーカウンターでは、現闇派閥(イヴィルス)の首領である邪神──エレボスが機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。

その手には酒の入ったグラスが握られており、彼の心境を表すように『ちゃぷ、ちゃぷ』と耳障りの良い音をたてていた。

そんな彼にゆっくりと一柱(ひとり)の神が近付く。

彼の神名()はタナトス。

エレボスと同じ邪神の一柱(ひとり)であり、死を司る神である。

 

「よぉ、エレちゃん。」

「なんだい、タナちゃん?」

「いやぁ、随分と機嫌が良さそうだから、例の『悪巧み』が成功したのかなぁーって?」

「いや、今は結果待ち。もうすぐヴィトーの奴が来て「結果発表ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」ってしてくれる予定だよ。」

「そんなことしたらキャラ崩壊どころじゃない気がするなぁ。」

「キャラなんて壊していこうぜ!」

「こんな(やつ)が主神だなんてあの子もついてないなぁ。今度、改宗(コンバージョン)勧めようかな?」

「おい、やめろよ。俺をヘスティア以上の駄目神にする気か?」

「えっ?ロリ神(ヘスティア)の奴、下界(こっち)来てんの?」

「おう、露店でじゃが丸くん売ってた。」

「ぶふっ、マジかw」

「因みに、客に頭撫でられてた。」

「さ・す・がロリ神www」

 

ゲラゲラ、ゲラゲラと天神峰(オリンポス)で同郷だったとある幼女神(ヘスティア)をネタに下らない話で盛り上がる二柱(ふたり)の邪神。

そんな二人の元に、ようやくエレボスの待ち人──ヴィトーが部屋の扉を開けて現れる。

 

「お待たせしました、我が主。」

「待ってたぜ、ヴィトー。だが、もっと面白い登場の仕方はなかったのか?無難すぎるぜ。」

「・・・・・・」

「ヴィトーちゃん、そいつのことはおいといて。で、どうだったの結果は?」

「──残念ながら失敗です。」

 

そのヴィトーの報告に、二柱は先程までの浮かべていた笑みを消す。

タナトスはその整った眉を潜め、エレボスは何かを思案するように顎に手を当て、瞼を閉じた。

先程のまでとは違い、その場を静寂が支配する。

暫く時間が経過した後、思案を終えたのか瞼を開いたエレボスはヴィトーへ問いかける。

 

「どういうことだ?俺の読み(・・)が外れたのか?」

「いえ、主の読みは大当たりだったそうです。ただ──予期せぬ邪魔が入ったようでして・・・。」

 

エレボスはその言葉を聞くやいなや「くっそー!」と言ってグラスに入っていた酒を一息に煽り、空になったグラスをカウンターに叩きつけた後、バーの椅子に座りながらぐるぐると回る。

 

──誰だよ邪魔したの!?

 

──後で『エニュオ』の野郎に嫌み言われんじゃん!

 

──折角、ロキに【フレイヤ・ファミリア】なしの状態(ウルトラハードモード)大騒動(クソゲー)ぶつけてやろうと思ったのに!

 

まるで子供のようにむくれながら彼は椅子の上で回り続けていたが──

 

「ヴィトーちゃん、誰が邪魔したの?やっぱ【猛者(おうじゃ)】?」

「いえ、それが・・・・神フレイヤを釣りだすために利用した『件の冒険者』でして・・・。」

 

エレボスはヴィトーが発した言葉に聞き、椅子の回転を止めた。

そして彼は、二人には悟られぬようにヴィトーの話にそっと聞き耳を立てた。

幸い、そんなエレボスの様子に気づいていないのか、ヴィトーとタナトスは会話を続ける。

 

「それって確か今、フレイヤが惚れ込んでるっていう【アストレア・ファミリア】の新人冒険者ちゃんのことだよね?」

「ええ、その彼がオリヴァスを吹き飛ばし、そのうちに神フレイヤを抱えて逃走したと・・・・。勿論すぐに追跡を開始したらしいのですが、見失ってしまったらしく・・・・。」

「・・・・その子って都市外でLv.3とかに昇格(ランクアップ)してたりする?」

「いえ、ギルドに潜らせている密偵(スパイ)に確認させたところ、正真正銘のLv.1だそうです。」

「えぇ?んじゃ、オリヴァスちゃんはマジでLv.1の子に負けたの?」

 

タナトスは疑うような声を出す。

この世界の常識では、Lvが1でも上の相手には1対1で勝つことはまず不可能であると言われている。

そんな中で、Lvが2も上の相手に一撃入れるというのは、到底信じることが出来ない事象だった。

 

「そんなことはおいといてさぁ──そんな大☆戦☆犯をかましてくれちゃったオリヴァス君は今どうしてんの?」

 

先程までの不機嫌さが嘘のように、ニヤニヤ嗤いながエレボスはヴィトーに問いかける。

 

「・・・・ここへ来る前に、神ルドラと神イケロスにお二人と同じように事情を説明したところ、「「オリヴァスを慰めてくる!」」と仰っていたので──今頃、彼らの玩具にでもなっているのでは?」

「「なにそれ超見てぇwww」」

 

邪神二人が盛大に大笑いする中、ヴィトーは笑われている同志(オリヴァス)に哀れみの念を抱くが、だからといって庇う気は起きなかった。

そもそも、バスラムとバルカ謹製の魔道具(マジックアイテム)を所持して、美の神(フレイヤ)最大の強みである『魅了』を無効化しておきながら、──神々の言葉でいう『勝ったな、風呂入ってくる。』という状況で──格下の冒険者に一杯食わされた彼に原因があるため、今の状況も彼の自業自得である。

そう断じたヴィトーは、今頃邪神達に玩具にされ、怒り狂っているだろうオリヴァスの姿を想像し、軽い嘲笑を浮かべる。

そうしているうちに、ひとしきり笑って満足したのか、エレボス達は笑うのを止め、「「ふー」」と一息つく。

 

「まぁ、何はともあれ計画には修正が必要だな。食人花(ヴィオラス)を使ってまで起こした騒動だったのに失敗するとか、『エニュオ』に言ったら絶対文句言うだろうな──あー、めんどくせぇ。」

「ああ、文句といえば──【殺帝(アラクニア)】とディース姉妹も言っていましたよ、なんでも「私達にも殺らせろ。」だとか。」

「はぁ、どいつもこいつもなんで我慢──できるわけないかぁ、あいつらだもんなぁ・・・・。」

 

闇派閥内でも屈指の殺人鬼(シリアルキラー)である3人を思い浮かべ、エレボスは深い溜息をつく。

 

「私から言わせてもらえば、逆に7年間もよく待てたものだと思いますが。」

「・・・・それもそうか。んじゃ、ヴァレッタ達には「次の『騒動(イベント)』の際には声掛けるから準備は万全に。」って伝えとけ。」

「畏まりました。」

 

ヴィトーはエレボスに向かって一礼すると、部屋から出ていった。

そんな彼の背中を見送ったエレボスは少し間を置いた後、「よし。」と言って立ち上がる。

 

「とりあえずエニュオに結果を伝えるか。嫌みの一つや二つ言われるだろうが、俺の男前(イケメン)声色(ヴォイス)から放たれる『メンゴ☆』を聞けばたちまち機嫌が良くなるだろう!」

「それが火に油を注ぐ結果にならないことを祈るよ。」

 

そんなタナトスの冷めた声を華麗に無視(スルー)しつつ、エレボスは部屋から出ていく。

部屋の外には誰もおらず、魔石灯の光だけが希少金属でできた通路を煌々と照らしていた。

そんな場所を足音を響かせながら一人歩くエレボスは、とある『少年』のことを考えていた。

その『少年』とは、ヴィトーの話にもあった冒険者──ベル・クラネルのことである。

 

(直接手を出すのはもうちょっと先の予定だったんだけどなぁ。にしても、Lv.1でLv.3ぶっ飛ばすって普通できないよな・・・。)

 

──『スキル』の効果か。または何かしらの『魔法』によるものなのか。

 

──もしくは、(エレボス)ですら知り得ない『下界の未知』なのか。

 

(ただ、確実に言えるのは──)

 

エレボスは歩みを止めると、顔を上げる。

勿論ここは地下であるため星などはなく、ただ通路の天井が広がるだけである。

 

「色々と規格外すぎるだろ・・・。いったいどんな教育したんだよ、お前ら。」

 

彼は今もどこぞの山奥の村で暮らしているであろう傲慢な女王(アルフィア)と、その女王に振り回されているであろう苦労人(ザルド)のことを思い、笑みを浮かべた。

 


 

「「「「・・・・・」」」」

「あのぉ・・・・。」

 

ベルは困惑していた。

あの後、本拠(ホーム)へ帰還し、【ファミリア】の治療師(ヒーラー)であるマリューに治療を受けたベルは、エイナの宣言通りお説教を受けることになった。

その時のエイナの剣幕は凄まじく、説教されているベルは元よりそれを周りで聞いていたアリーゼ達ですら少し圧倒されるほどであった。

 

──何度も言うけど、死んだらどうにもなんないんだからもっと慎重に行動して!

 

──君が死んじゃったら、私も勿論悲しくなるけど、一番悲しむのは【アストレア・ファミリア】の皆さんと神アストレアなんだからね!

 

文字通り『ぐぅ』の音も出ない正論をエイナに諭され、ベルは項垂れることしかできなかった。

──だが、ベルもやられっぱなしというわけではなく、とんでもない反撃を繰り出した。

 

「ご、ごめんなさい・・・。」

 

──潤んだ深紅(ルベライト)の瞳で上目遣い(無意識)

 

この年上の女性を殺しかねない一撃は、正義の女神と正義の女傑達の胸を『トゥンク』とさせた。無論、エイナも例外ではなく「こ、今回はこれぐらいで勘弁してあげる。こ、今回だけだからね!」とお説教を強制終了させるほどであった。

エイナの説教が終了し、彼女が本拠より去った後、今度はアリーゼ達から今日起こった騒動についての事情聴取を受けていたのだが、今日ベルに殴りかかってきた『男』についての特徴を口にしたところ、アリーゼ達は突然黙り込んでしまったのだ。

 

「・・・・ベル、もう一度聞くぞ。」

「は、はい。」

「お前に殴りかかってきた男の特徴だが、くすんだ白髪に、汚物のように汚れきった目、不愉快極まりない人相に、まるで腐ったものをまとめて煮詰めたような息を吐く男で間違いないか?」

「あの、白髪以外の特徴に心当たりがないんですけど・・・。──っていうか輝夜さん、その人に恨みでもあるんですか!?」

「お前の会った男と私が考えている男が同一人物であればな。」

 

輝夜のあんまりな言い分にベルが思わずといった感じで問いかけると、輝夜は苦虫を噛み潰したような顔をして吐き捨てた。

 

「ベル君、確証はないんだけど──君があった男はオリヴァス・アクト。【白髪鬼(ヴェンデッタ)】の二つ名を持つ闇派閥の幹部かもしれないんだよ。」

「闇派閥?」

「ベルが知らないもの無理はないか、最近凄く大人しかったし・・・・。」

「ベル、闇派閥っていうのはね『悪』の勢力の集合体のことで、『暗黒期』って時代に色々と・・・その酷いことを。」

「簡単に言っちまえば、屑どもの集まりだ。ったく、あいつらなんで今更・・・・。」

 

聞いた覚えのない言葉に首を傾げるベルにマリュー達が口々に闇派閥について教えた後、ライラが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

 

「確かになんで今更あんな騒動を──」

「知りませんよそんなの。大方、我慢するのが嫌になったのではありませんか。」

 

アリーゼが唇に指を押し当てながら思考を巡らせるが、輝夜が嫌悪感を隠そうともせず言い捨てる。

そんな輝夜の言葉に否定するものはおらず、むしろ納得したという表情で頷いてすらいた。

 

「アリーゼ、取り敢えずギルドへ報告したほうがいいわ。それと有力派閥・・・ロキ、フレイヤ、ガネーシャ、ヘファイストスとの情報を共有も。」

「はい!アストレア様!」

 

この後の話し合いの結果、アリーゼ達がギルド及び、【ガネーシャ・ファミリア】へ報告、アストレアは、各主要派閥の主神への情報共有を行う運びとなった。

 


 

「ふぅーーーーー。」

 

本拠のお風呂に入りながら僕は気の抜けた声を漏らした。

いつもなら鍛錬後に入るため最後になってしまうことが多いのだが、今日はマリューさんから「怪我したばっかりなんだから今日は鍛錬お休みしなさい!」と厳命されてしまったし、アリーゼさんが「今日は疲れたでしょ!先に入っていいわよ!」と笑顔で言ってくれたので、お言葉に甘える形で僕は一番風呂を満喫していた。

 

(それにしても『悪』かぁ・・・・・。)

 

湯船に浸かりながら、僕はアリーゼさん達が言っていた『闇派閥』について、考えていた。

 

(なんだろう、お義母さんが言っていた『悪』とは大分違うような気がするなぁ。)

 

以前、お義母さんから悪について聞いたことがあった。

 

──ありとあらゆるものを壊し、秩序を混沌に塗り替え、『正義』を問う存在。

 

──多くのものを殺し、奪い、恨まれ、憎しみを買い、そして超克の先へと駆り立て、未来を託す。世界を救うために。

 

それがお義母さんが言っていた『悪』だった。

昔、とある男神様が家へ来たときに、そんな『悪』になって世界の為に『踏み台』になろうぜ。と、誘われたことがあったらしい。

だが、お義母さんも、同じように誘われていた叔父さんも、結局『悪』を選ばなかった。理由は──『(ベル)』を選んでしまったから。

でも、お義母さんはその選択にとても後悔していた。

 

──私たちが『悪』を選ばなかったせいで、世界は滅ぶかもしれない。

 

──『最後の英雄』は・・・・生まれないかもしれない。

 

僕が今まで耳にしたことがないほどの慚愧の声で、目にしたことのないほどの儚い表情でお義母さんは悲しんでいた。

だから僕は、『それ』を口にした──

 

「僕が、最後の『英雄』になる。」

 

それを聞いたお義母さんは「・・・・生意気な子供め。」と言いつつも、優しい表情で微笑んでくれた。

 

──その時から僕は『英雄』になると誓ったのだ。

 

だが、アリーゼさん達から聞いた闇派閥の『悪』はそんな高尚なものではなく、自分勝手なものばかりだった。

 

(やっぱり『正義』が人の数ほどあるように、『悪』も無数に存在するのだろうか。)

 

そんなことを考えているうちに、なんだか頭が『ボー』っとしてきた。どうやらのぼせそうになっているらしい、そろそろ上がろうかな。

 

「あら、ベルどうしたの?そんな難しそうな顔をして?考え事?」

「あ、いえ、大したことではないので大丈夫です。」

「そんなことを言われると益々気になりますねぇ。どれ一つ、私達に話してみませんか?」

「だから本当に大したことないですよ、輝夜さん──って、輝夜さん!?アリーゼさん!?」

 

のぼせかけているせいで最初は気づかなかったが、いつの間にか風呂場にはアリーゼさんと輝夜さんがいた。──全裸(産まれたままの姿)

 

「にゃ、にゃにゃにゃんでここに!?」

「あら?うちの兎様はいつから猫になったんでしょうか?」

「ちょうどいいわ!ベル、これ被っときなさい!」

 

そう言ってアリーゼさんは猫耳付きのシャンプーハットを頭に被せてくる。にゃにするんですか!

 

「じゃ、じゃなくてなんでここに!?」

「あら、そんなの──」

「決まっているではありませんか──」

 

アリーゼさんがドヤ顔をしながら胸を張り、輝夜さんがその大きな胸を強調するように腕を組むと、言葉を続ける。

 

「今日は色々大変で疲れたであろうベルを──」

「それと同時に色々と昂っているであろう兎様を──」

 

「頭の先から──」

「ナニの先まで──」

 

「すっきり、さっぱり」

「ねっとり、しっぽり」

 

「「癒やしてあげるためよ(だ)!!」」

「結構ですぅぅぅぅぅ!!!」

 

ノーセンキューだ。お義母さんとですら一緒に入るのが恥ずかしかったのに、家族以外の女の人とだなんて恥ずかしくて死んでしまう!!!

僕は素早く湯船から上がり、脱衣場の扉を目指すが、たどり着く前にアリーゼさん達に捕まってしまった!ってうわ!輝夜さんの大きな胸が!アリーゼさんの小振りだが形のいい胸が!腕に当たってるぅぅぅぅ!!!?

 

「逃げないで、ベル!『すきんしっぷ』でお姉さん達と絆を深めましょう!」

「団長様の言う通りだ、ベル。なに、私達に任せておけ。直ぐに気持ちよくしてやろう。」

「何する気なんですか!?っていうか、胸!胸を押し付けないでぇぇぇぇぇ!!」

「「よいではないか〜、よいではないか〜。」」

「勘弁してくださぁぁぁぁい!!」

 

だ、駄目だ!二人とも聞く耳を全く持ってくれない!

うぅ、なんだか意識も朦朧としてきた。

こんな時、どうすればいいの!?叔父さん!お祖父ちゃん!

僕は心の中で二人の家族に助けを求める。が──

 

──ベル・・・・顔は母親似でもそっちは父親(あの馬鹿)似なのか。・・・・俺に言えることはないが、『生』にだけは気を付けろ。いや、マジで。

 

なんでそんな悲しそうに遠くを見つめてるの叔父さん!?

 

──計画どおぉぉぉりぃぃぃ!!!まさかこんなに早く関係を進展させるとは、さすがわしの孫じゃぁぁぁぁ!!!ゆけぇ、ベル!そのまま大人の階段を駆け上がれぇぇぇぇ!!!

 

お祖父ちゃんやめてぇぇぇぇ!!!

 

駄目だ、全く当てにならない!!

本人達が言いそうな言葉に、僕は心の中で天を仰ぐ。

意識が朦朧とし、混乱状態に拍車がかかる僕は、もはやあの人に助言を請うしかなった。

こんな状況で頼りたくはなかったけれど、背に腹は変えられない!

 

アルフィアお義母さん、僕はいったいどうすればいいの!?

 


 

同時刻

とある山奥の村

 

『少年』の生家があるその小さな村では、日の出と共に働き始め、日の沈む頃には床に着く用意を始めるといった暮らしをしているため、もうほとんどの家の灯りが消えており、村全体が静寂に包まれていた。

しかし、突如としてそのうちの一件が爆音のような『鐘の音』と共に木っ端微塵に吹き飛ぶ。屋根だったものは天高く舞い、壁だったものは庭の畑に突き刺さる。

その音を聞き付けたのであろう他の家々から、わらわらと住人が出てきた。

「何事だ!?」「今の爆音は一体!?」「まさか・・・モンスターか!?」と村人達が血相を変えて周囲を見渡す。

が、爆音の発信源である家があった場所を見ると、一様に『ほっ』とした表情を浮かべ、各々何事もなかったかのように家へと戻って行く。こう呟きながら

 

あぁ、またアルフィアさんとザルドさんの所か、と

 

その一方で、爆心地となった家──もはや瓦礫の山と化している場所では一人の女性が佇んでいた。

その女性は灰色の長髪をした目が覚めるような美女だった。

目は閉じられており、彼女にとてもよく似合っているドレスは夜風に揺らていた。

彼女の名はアルフィア。

今現在、遠く離れた迷宮都市(オラリオ)にて、ベルが助けを請うた人物である。

 

「ア・・・・アルフィア・・・。」

 

そんな彼女に、瓦礫の中から這いずる音と共に息も絶え絶えな男の声がかけられる。

その男は瓦礫と爆音のような『鐘の音』をモロに受けたのか、体には無数の傷ができ、着ていた服はボロボロであった。

彼の名はザルド。

先程までベルが、同じように助けを請うていた人物である。

 

「なんだ?」

「──それはこっちの・・・・台詞なんだが。何で・・・いきなり・・・家を吹き飛ばす真似を・・・。」

 

ようやく瓦礫の中からの脱出を果たしたザルドは、朦朧とした意識の中で彼女が家を吹き飛ばした理由を問う。

彼からすれば先程ようやく明日の朝食の仕込みが終わり、さぁ、寝るか。となっていたところにこの仕打ちである。それ相応の理由が無ければ納得ができない。──まぁ、文句を言ったところで返ってくるのは謝罪ではなく、『五月蝿い(ゴスペル)』という無慈悲な一撃(魔法)なのだが。

 

「・・・・・夢を見た。」

「ゆ・・・め・・・?」

「あぁ。──それも『悪夢』の類いをな。」

 

アルフィアは眉を不快げに歪めてそう呟くと、その夢の内容を語り始めた。

 

夢のなかでの私は子供で、同じく子供になっていた妹──メーテリアと共にとても可愛らしい『兎』をなで回していたのだ。

最初こそいい夢だと思ったのだが、突如としてメーテリアと兎が煙のように消えてしまったのだ。

勿論私はメーテリアと兎を探した。だが、メーテリアはいくら探しても見つからなかった。

兎の方は見つかったのだが──兎はその時襲われていたのだ、雌犬共に。

その雌犬共は、寄ってたかって兎をペロペロと舐め回していたんだ。

その光景に殺意を覚えた私は、感情の赴くままにその畜生共を蹴散らし、兎を救出した。

そして、そのままの勢いで畜生共に魔法を行使した。

その結果、現実世界でも魔法が発動し、家を吹き飛ばしてしまったという訳だ。

 

そんな無茶苦茶な夢の内容を話したアルフィアに、ザルドは顔をひきつらせる。

 

「つまり・・・なんだ・・・俺はそんな夢のせいでこんな襤褸くずみたいなザマになったのか?」

「まぁ、そうだな。」

 

全く反省した様子を見せずに言い切るアルフィアに、なんじゃそりゃ、とザルドは思わざるを得なかった。

確かに、確かに理不尽な奴だとは思っていたさ。だけど、ここまでだったのか?これが【ヘラ・ファミリア(最恐の派閥)】の幹部たる由縁なのか?

ザルドはそんなアルフィアの理不尽さに戦慄を覚える。

そして受けたダメージが想像以上に大きかった為か、そのままザルドは意識を失った。

 


 

──殺ってしまえ。

 

えっ?

 

──そんな頭の軽そうな雌犬共などとっとと殺ってしまえ、ベル。

 

ちょ、アルフィアお義母さん!?

 

──なぁに、近くには迷宮(ダンジョン)もある。死体の隠し場所には困らんだろうさ。

 

そう言うとお義母さんは右手の親指で首を切る動き(ジェスチャー)をすると、そのまま親指を下へ向ける。

 

──助言が野蛮すぎる!!!

 

そうだった!うちのお義母さんは『言葉』よりも早く『手』が出る人だった!そんな人が平和的(まとも)な助言を出してくれる訳がなかった!!というか、その解決方法だと仮に実行したとしても僕が返り討ちにされるパターンだよね!?

 

「ベぇールぅ、そろそろ観念なさぁい。大体、こんな美女二人からのサービスなんてお金払ったってそうそう出来るもんじゃ──えっ?」

「そうですよ、兎様。ここは役得だと思って、そろそろ大人しく私達の奉仕を──おやぁ?」

 

?何だろう。急にアリーゼさん達が静かになった。

しかもアリーゼさんが急に顔を赤くして、輝夜さんはなんだか蠱惑的な笑みを浮かべている。二人とも同じところを見ているようだけど一体何を───ッッ!!!!!!?

 

「ベ・・・ベル、驚いたわ。顔は兎さんでも、そっちは象さんなのね・・・・。」

「兎様ったら、可愛い顔をして中々良いものお持ちのようで。」

 

僕の下半身(・・・)をまじまじと凝視しつつ、二人がそんな言葉を呟いた瞬間──

 

──僕の羞恥心は限界点を越えた。

 


 

「*¥#@%¥$$&#¥¥$$#%!!!!」

「ベ、ベル!?」

「ちょっと待てベル!少し落ち着けぇ!!」

 

理解不能な叫び声を上げたベルは、二人の拘束から抜け出すと、制止の声を振り切り、シャンプーハットを投げ捨て、風呂場からの脱出を図る。

脱衣場への扉を勢い良く開け、その勢いのまま、廊下へと続く扉をも開ける。全裸で。

混乱と羞恥の極みに達しているベルは、勢いよく廊下に出た際に、廊下の壁へと激突するが、それでも彼は止まらず、混乱状態のまま廊下に沿って他の団員達がいる団欒室へと走った。

団欒室ではベルの叫び声を聞いた団員達が怪訝な表情を浮かべていたが、一糸纏わぬベルが飛び込んで来たため、団欒室は大混乱。

食後の紅茶を楽しんでいたマリューとリャーナは、飲んでいた紅茶を吹き出し、椅子に座って談笑していたネーゼとノインは椅子から転げ落ち、ベルの逸物(モノ)を間近で見てしまったセルティは、鼻から出血した。

ベルはというと、混乱状態のまま団欒室を走り回った後、壁に激突すると、目を回しながら仰向けに倒れ、動かなくなった。

すぐに騒ぎを聞きつけた他の団員達が駆けつけ、団欒室の惨状を見て絶句する。

 

「おい!一体何があったらこんな酷いことになるんだ!?」

「知るか!ベルの叫び声がしたと思ったら、スッポンポンで風呂場から走ってきたんだ!」

「なんだそりゃあ!?」

「と、とりあえず・・・・ベル君の『アレ』どうするの?小さくしないと・・・その、不味いんじゃ?」

「確か『一発ヌくと小さくなる』って本に・・・・。」

「いや、普通にタオルでもかけとけよ、マリュー!てか、セルティ!お前は早く鼻血を拭け!」

「で、でも将来的には・・・『アレ』をナニしたりするんでしょ・・・?今のうちに慣れといたほうが・・・・。」

「と、取り敢えず触っとく!?」

「いい加減にしろお前ら!!」

 

年下(ベル)の裸を見て、きゃいきゃいと騒ぎだす正義の乙女達。

すっかり色ボケてしまった団員達に勢いよくツッコミをいれるのはこの派閥で唯一、絆されていないライラだ。

すっかりツッコミ役が板についてしまった彼女は痛む頭を押さえながら事態の収拾に努める。

──が、彼女の奮戦空しく事態は更に悪化することとなる。

 

「先程ベルの叫び声が聞こえましたが、何があったのですか!?」

「!おい、止まれリオン!お前はくるんじゃねぇ!!」

「ベル、無事ですか!?一体何が────!!!?」

 

ベルの叫びを聞きつけ、心配になって駆けつけたリューはそこで仰向けに横たわるベルと、ベルの下半身にてそそりたつ『ソレ』を直視してしまう。

『ソレ』を見てしまったリューは一瞬で顔を真っ赤にした後、凄まじい勢いで床へとぶっ倒れる。この間約1秒。

 

「あぁっ!!リオンが倒れた!!」

「大丈夫かリオン!?──ってやべぇ、息してねぇ!」

「「「「えぇ!?」」」」

「しっかりしろ!戻ってこい!リオォォォン!!!!」

 

【アストレア・ファミリア】の本拠にて、ライラの悲痛な叫びが響き渡った。





おまけ 悪の居城で起こっていたこと。

ルドラ「イケロス君知ってる?この辺にぃ、Lv.1に負けた闇派閥幹部がいるらしいっすよ。」

イケロス「えぇっ!!本当かいっ、ルドラ君!?」

オリヴァス「・・・・・」

イケロス「聞いたかい、オリヴァス君!そんな奴が闇派閥幹部にいるらしいぞ!!」

オリヴァス「・・・・・」

イケロス「えぇい、誰だ!闇派閥の恥さらしめっ!!そうは思わないかい、オリヴァス君!?」

オリヴァス「・・・・・(ギリギリギリ)」

ルドラ「イケロス君、イケロス君・・・。」

イケロス「なんだい!ルドラ君!」

ルドラ「・・・・・オリヴァス君なんだよ。」

イケロス「─────ッ!!( ゚д゚)」

オリヴァス「その臭い茶番をやめろぉぉぉぉぉ!!」

ルドラ&イケロス「フヒヒ、サーセンwww」


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閑話 正花の苦悩

引き続きカオス。
今回は短い上に、少しメタい内容が含まれています。



 

「貴方達、流石にやり過ぎよ。」

「「・・・・。」」

 

本拠(ホーム)で起こった騒動から暫くして。

落ち着きを取り戻した団欒室では、バスタオルを巻いたアリーゼと全裸の輝夜が正座をし、珍しく厳しめの声色をしたアストレアが二人にお説教をしていた。

その周りでは正義の眷属達が心配そうにその様子を見守っている。

 

「アストレア様が珍しく怒っていらっしゃる・・・・。」

「まぁ、かなりひっどい騒ぎだったもんなぁ。」

「あぁ・・・・。おいリオン、大丈夫か?」

「えぇ。ですが、少し前の記憶が飛んでいるし、何よりとんでもないものを目にしたような・・・・。兎・・・直立する腸詰め肉(ソーセージ)・・・象・・・。うっ、頭が・・・。」

「リオン、貴方疲れているのよ。」

 

何かを思い出そうとして頭を押さえるリューを、マリューがやんわりと止める。

因みに気を失ったベルはノインの手によって彼の自室へと運ばれた。

──彼を運ぶ際に彼女から『ゴクリ』という音が聞こえたような気がするが、恐らく、多分気のせいだろう。

 

「確かにベルはとっても可愛いから、ついからかいたくなるっていう気持ちはわかるわ。」

「「そこは否定しないんですね、アストレア様。」」

「・・・・だってほんとのことじゃない。」

 

輝夜とアリーゼに初っぱなから出鼻を挫かれた形になったアストレアは、不貞腐れたように少し頬を膨らませる。そんな愛嬌のある主神に眷属達はきゅん、とさせた。

 

「わかります!キラキラな赤い瞳に、サラサラモフモフの白い髪。そして、あの可愛い顔!思わず抱きしめたくなりますよね!」

「しかも、抱きしめたら抱きしめたで、直ぐに顔を真っ赤にしてしまいますからね、兎様は。その時に此方を見る潤んだ瞳といったら・・・私、ゾクゾクしてしまいます。」

「反応も可愛いよね!初心っていうか、純真(ピュア)っていうか!」

「なんだかんだで、私達のことをしっかり異性として見てくれてるみたいだし。」

 

きゃあ、きゃあとガールズトークに花を咲かせる乙女達。

おかしい。さっきまでここはお説教の場だったはずなのに、いつの間にか『ベルきゅんの可愛いところはここだ!』の討論会場になっている。

そんな空気を変えるべくアストレアが咳払いをすると、アリーゼ達は会話を止め、再び場が静まり返る。

そのことを確認すると、アストレアは再び口を開いた。

 

「とにかく、ベルだって年頃の男の子なんだから、その辺のことは気遣ってあげてちょうだい。」

「はい、わかりました。」

「わかりました、アストレア様──」

 

アストレアの言葉にアリーゼと輝夜が頷く。

良かった、二人共解ってくれたわ、とアストレアが胸を撫で下ろす。しかし──

 

「──今度からは脱衣場でベルに許可を取ってから入ります。」

 

違うそうじゃない、とアストレアは輝夜の言葉を聞いて、項垂れる。

そうじゃないのよ、輝夜。年頃の男の子が入っている風呂場に突撃するなと言っているのよ、と言葉にならない想いが胸中に渦巻く。

そんなアストレアの胸中を察したのか、リューが口を開く。

 

「輝夜、アストレア様が仰りたいのはそういうことではない!だ、第一に男性と一緒に入浴するなど、は、破廉恥だ!!」

「そうは言ってもだなリオン。ベルは将来的には我々の伴侶となる男だ。他の女に目がいかないように『輝夜さん達、しゅきしゅきだいしゅきー』というくらいにしておいたほうがいいだろう?」

「は・・・伴侶!?」

「特にリオン。お前は今のところベルしか触れられる男がいないのだから、とり逃がしたら行き遅れコースまっしぐらだぞ。」

「なっ!?」

「【九魔姫(ナインヘル)】のように(よわい)百近いのに、男の影がちっともみえない女にはなりたくないだろう?」

「「リヴェリア様を馬鹿にするなぁぁぁぁ!!!」」

「な、何をするセルティ、リオン!!止めろ!」

 

尊きお方(ハイエルフ)を侮辱されたと感じた二人の妖精(エルフ)は輝夜へ向かって飛びかかる!

一方で、全くシリアスムードが長続きしない自らの派閥にアストレアは、割りと本気で頭を抱えた。

 


 

「・・・・・」

 

団欒室で輝夜達の取っ組み合いが巻き起こるなか私──アリーゼ・ローヴェルは真剣な表情である一点を見つめた。

目線の先には輝夜達が──より正確に言うならば輝夜の(おっぱい)がある。

 

(やっぱり、おっきいわね。)

 

輝夜が動くたびに彼女の胸がぷるぷる、ぽよんぽよんと連動するように暴れまわっている。──そう、風呂場でも確認したが彼女の胸は大きいのだ。それこそ母性(物理)と言えるほどに。

 

(それに比べて・・・・。)

 

私は自らの胸に視線を落とす。

──小さい。彼女と比べれば余りにも。

形は良いと思う。だが、圧倒的に大きさが足りない。

 

「ふっ・・・・。」

 

私は自嘲の笑みを漏らすと、床に手を付き、項垂れた。

 

──悔しい!

 

──女として負けた気がする!

 

どうしよう!うちの【ファミリア】はマリュー、リャーナ、ネーゼを始め、胸が大きい子が多い!このままだと私、ベルに見向きされなくなるかも!?

そんな失意の私に気付いたのか、マリューが心配そうに声をかけてくる。

 

「ア、アリーゼちゃん、どうしたの?いきなり項垂れたりして。具合でも悪いの?」

「いや、大丈夫よマリュー。ちょっと辛い現実に直面──ッ!!」

 

──その時、アリーゼ()に電流走る。

 

そうよ!そうだわ!マリューなら私の悩みを解決してくれるかも!

私は勢いよく立ち上がると、マリューの両肩を掴み、真剣な口調で彼女に話しかける。

 

「マリュー!【アストレア・ファミリア】が誇る治療師(ヒーラー)である貴方に聞きたいことがあるの!」

「な、何?急に改まって?」

「おっぱいってどうやったら大きくなるの!?」

「・・・・・・え?」

 

私の問いを聞いたマリューは、驚きで目を点にしていた。

いや、マリューだけじゃない。周りにいたネーゼ達や、さっきまで取っ組み合いをしていた輝夜達すら動きを止め、驚愕した表情で此方を見ている。

 

「え、えっと、アリーゼちゃん?何でいきなりそんなことを?」

「だって!マリューっておっぱい大きいし、治療師でしょ!?だからおっぱい大きくする方法知ってるかなと思って!」

「え、えぇっと・・・・。」

「お願いマリュー!!私も貴方やアストレア様、いや欲を出すならデメテル様やヘスティア様くらいの『ぐらますばでぃ』になりたいの!!!」

「「「「いや、あれは無理でしょ。」」」」

 

全員一致で否定された。

なんでよ!夢は大きく持ったほうが頑張りがいがあるでしょ!?

 

「でも今のままだと私、おっぱいの大きさで自信を持って「勝ってる!」って言えるのはセルティとライラくらいなのよ!」

「「おい、アリーゼ表に出ろ!」」

「このままだとベルに相手にされなくなっちゃうかもしれないし!!」

「お、落ち着いてアリーゼちゃん!ベル君はそんな子じゃないわ!」

「それでも!うちの派閥にはマリュー、輝夜、リャーナ、ネーゼからなる『おっぱい四天王』がいるのよ!」

「「「「おい、変な異名を付けるな!!」」」」

 

ベルだって『ない』よりは『ある』ほうが好きに決まってるわ!

そんな風にぎゃあ、ぎゃあと話し合っていると今まで話し合いに参加していなかったリオンが戸惑いながら私に話しかけてくる。

 

「ア、アリーゼ。マリューの言う通り彼はそんな人ではない。だから、少し落ち着い──」

「リューはまだ良いわよ!!」

「なっ!?いきなり何ですか!?」

「だってリューは『絵師さん』が変わればおっぱいが大きくなるじゃない!!」

「何の話をしている!!」

「私なんて、私なんて『本文』に『小さい胸』って書かれたのよ!!」

「だから何の話をしているぅぅぅぅ!!!」

 

一難去ってまた一難。

【アストレア・ファミリア】の長い夜はまだまだ終わりそうになかった。

 





そろそろベル君に魔法覚えさせたい。


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第十四話 兎の雷


大分投稿遅れました。
いつも通り、文章が分かりにくかったらすいません。


 

「・・・・・・・・おはようございます。」

「「「「お・・・・・・おはよう。」」」」

 

昨夜の騒動から一夜明け

【ファミリア】の皆が朝食を食べる為に食堂に集まる中、ベルは一番最後に現れて挨拶をした。──ドンヨリと重い空気を纏って。

これにはアリーゼ達も動揺したが、挨拶をしてくれたのだからと彼女たちも何とか声を発し、ベルへ挨拶を返す。

ベルはその後、トボトボとした足取りでアリーゼ達の前に来ると、唐突に頭を下げた。

 

「昨日は、見苦しいところと粗末なものを見せてしまって、大変申し訳ございませんでした・・・・。」

「き、気にすんなよ、ベル!あれは・・・ほら事故みたいなもんだからさ!」

「そうですよ!それにどちらかと言うと悪いのはアリーゼと輝夜ですから、ベルが謝ることはありません!!」

「そうよ!ベルのは粗末なものなんかじゃないわ!」

「えぇ。何処に出しても恥ずかしくない立派な逸物でしたよ。」

「おい!あの二人を黙らせろ!そういうことじゃねぇんだよ!」

 

ベルの謝罪にネーゼ、セルティが慰めの言葉をかけるが、アリーゼ、輝夜が見当違いな慰め方をし、ライラがキレる。

一方、ベルはというとアリーゼと輝夜の言葉が見事に古傷を抉り(クリーンヒット)、膝から力なく崩れ落ちた。

 

「うぅぅ・・・。もうお嫁にいけない・・・・。」

「いや、お前の場合はお婿じゃねえか?」

「だ、大丈夫よ、ベル!お婿さんの貰い手なら此処にたくさんいるよ!」

「そうだよ!だから、その、元気出して!!」

 

酷く落ち込むベルにライラが突っ込み、ノイン、アスタが再び慰める。

そんなベルの様子にアストレアも堪らずといった様子で口を開いた。

 

「ベル、そんなに落ち込まないで。貴方は悪くないわ。」

 

そう言うと、一旦言葉を区切り、アリーゼと輝夜を交互に見る。

 

「貴方達、なにか言うことは?」

「ベル・・・その、ご免なさい。冗談が過ぎたわ。」

「すまん、ベル。少し調子に乗りすぎた。」

 

 

二人も流石にやり過ぎたことを自覚したのか、いつもの二人らしからぬ声で謝罪する。

アストレアはそんな二人の行動に満足そうにうなずくと、再びベルの方へ向き直る。

 

「二人も反省しているみたいだし、許してあげてくれないかしら?」

「・・・・・アストレア様、許すも何も僕は怒ってませんよ。」

「えっ、そうなの?」

「はい、ボクハキニシテマセンヨ。」

 

((((いや、嘘やん。))))

 

怒ってはいないのだろう。

だが、気にしているのはバレバレである。

というか、さっきの一連の動き(リアクション)で気にしていないは無理があるだろう、と誰もが思った。

ベル・クラネル──彼は嘘のつけないヒューマンであった。

しかし、当の本人は嘘であることがバレていないと思っているのか、自分用の席に座ると食事を素早く済ませ、既に準備してあった装備一式を担ぐと「今日もリリと約束があるので、いってきます。」と言って本拠(ホーム)から出ていってしまった。行き先はいつも通り、迷宮(ダンジョン)だろう。

彼のいなくなった本拠は、なんとも言えない空気に包まれた。

 

「・・・・あれは大分引きずってんなぁ・・・。」

「ど、ど、ど、どうしよう!ベルに嫌われたりなんかしたら・・・私、私!」

「アリーゼちゃん、落ち着いて。」

「それだけベルの心の傷は深いということか・・・・。かくなる上は私の体を好きに───。」

「「「「そういうお詫びの仕方はやめろぉ!」」」」

「ぬうっ!?」

「じゃあ、私特製の料理を振る舞って──。」

「「「「やめろ、アリーゼ!!ベルを殺す気か!」」」」

「はうっ!?」

 

動揺し過ぎたせいか、懲りずにまた『そっち系』の奉仕をしようとする輝夜と、とてもじゃないが喰えたもんじゃない料理を出そうとするアリーゼに本拠は一時騒然となった。

 


 

「はぁ・・・・。」

 

ダンジョンへ向かう道を歩きながら、僕は溜め息をついた。

本拠ではああ言ったが、僕は昨日起こったこと大分気にしていた。

怒っていないのは事実である。僕はどちらかというと痴態を見られたことを気にしていた。

 

(好意を向けてくれるのは嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいんだよなぁ・・・・。)

 

僕だって男だ。

異性や『そういう事』に興味がないと言えば嘘になる。

だが、いざ目にしてしまうと恥ずかしさから顔が熱くなり、何も考えられなくなってしまう。

 

(それに昨日みたいなことはもっと段階を踏んでから・・・・。そっ、それこそ、キ、キ、キスとかしてからやるべきことなんじゃ・・・・。)

 

そんなことを考えるだけで、顔が熱くなる。

そんな風に一人で勝手に顔を赤くしていると──。

 

「ベルさん。」

「は、はい!?って、シルさん?」

 

不意にかけられた声に、僕は少しオーバー気味なリアクションをしてしまうが、声をかけてきたのは知己の人物──シルさんだった。

 

「どうしたんですか?」

「それはこっちの台詞ですよ。思い悩んでいたようなので声をかけたんですけど、何かあったんですか?」

「・・・できれば聞かないでくれると有り難いです。」

「は、はぁ・・・・。」

 

目から光を消して答える僕に、シルさんは戸惑ったような声を上げているが、言える訳がない、「昨日混乱状態で裸のまま本拠内を走り回るという痴態を晒したので、落ち込んでいるんです。」なんて。

彼女はそんな僕を心配そうに見ていたが、突如何かを思いついたような顔をすると僕に「ちょっと待っててください!」と言って店の奥に引っ込んでしまう。

暫くして、再びシルさんは僕の所まで駆け寄ってくる。

その手に一冊の本を抱いて。

 

「ベルさん、読書ってなさいますか?」

「え?ま、まぁ多少は。と言っても僕の場合、読むのはもっぱら英雄譚ですけど。」

「なら気分転換に読書などしてはどうでしょうか?」

 

そう言うとシルさんは持っていた真っ白な本を差し出してきた。

 

「これは?」

「お客様が忘れていった本です。もっともこれは英雄譚じゃないみたいですけど。」

「え”、それって大丈夫なんですか?」

「ちゃんと返していただければ問題ありません。本は読んだからといって減るものではないですし。それにこれはきっと冒険者様のものですから、ベルさんのお役に立つことが載っているのかも。」

 

その言葉を聞き、僕の心に迷いが生じた。

一刻も早く強くなりたい僕にとってそういった『役に立つ知識』というのは是非とも欲しい。

見た目からしてかなり珍しそうな本のようだし、今しか触れられる機会はないのかもしれない。

でも、人のものをかってに読んでしまうわけには・・・・。

 

「大丈夫ですよ。それにミアお母さんはこの本を店に置いておくのをあまり快く思っていないみたいで・・・・。」

 

シルさんが目線を店の奥へと向ける。

それに倣う形でそっちを見ると、確かにミアさんが不機嫌に此方を見ている。

 

「なので、ベルさんが預かってくれれば、私達も助かります。・・・・それに」

 

シルさんは、はにかんだ。

 

「私もベルさんの力になりたいかな、なんて。」

「えっ?」

「ダメ・・・・ですか?」

 

そう言うと僕の事を上目遣いで見てくるシルさん。

そんな彼女に思わずどきり、としてしまう。

そして、そういうことなら甘えちゃおうかな?と。

シルさんの心遣いを邪険にしたくなくて、僕は本を受けとることにした。

 

「あ、ありがとうございます。えっと、じゃあ、僕もういきますね?」

「はい!いってらっしゃいベルさん。」

 

そう言って僕はシルさんと別れた。

 


 

シルさんと別れた後、僕はリリとの待ち合わせ場所である中央広場(セントラルパーク)に来ていた。

 

(リリは・・・いないな。ちょっと早く来すぎたかな?)

 

周りを見渡して待ち人(リリ)がいないことを確認した僕は手頃なベンチに腰を下ろして待つことにした。

 

「あっ、そうだ!どうせなら・・・・」

 

さっきの本を読んで待とう、と僕はバックパックの中を漁ると借りた本を取り出す。

題名の記されていない白い本の表紙をパラパラとめくる。

 

『自伝・鏡よ鏡、世界で一番美しい魔法少女は私ッ ~番外・めざせマジックマスター編~』

 

どうしよう、そこはかとない地雷臭が。

 

『ゴブリンにもわかる現代魔法!その一』

 

ゴブリンに魔法教えちゃ駄目だろ・・・・。

 

表紙を静かに閉じたくなったけど、シルさんの厚意を無駄にするわけにもいかず、僕は辛抱強く連なっている文字を追っていく。

しかし、出だしはちょっとアレだったものの、中身は割りと健全のようだった。

章のタイトルに記されているようにどうやら魔法に関する書物らしい。

僕は「おおっ」と目を光らせてこれ幸いと本の中にのめり込んでいく。

 

『魔法は先天系と後天系の二つに大別することができる。先天系とは言わずもがな対象の素質、種族の根底に関わるものを指す。古よりの魔法種族(マジックユーザー)はその顕在的長所から修行・儀式による魔法の早期習得が見込め、属性には偏りが見られる分、総じて強力かつ規模の高い効果が多い。』

 

共通語(コイネー)で編纂されているので僕にもかろうじて読める。

でも、一文一文の間に細かく走っているこの文字って何だろう。

文言・・・・じゃなくて、数式かなこれ?

ページをめくる。

 

『後天系は『神の恩恵(ファルナ)』を媒介にして────』

 

神聖文字(ヒエログリフ)】とも違う、それぞれの亜人(デミ・ヒューマン)の言語とも異なった複雑怪奇な記号群。

不思議と・・・文字の海に引きずりこまれるような気がする。

ページをめくる。

 

『魔法とは興味である。後天系(こうしゃ)にこと限って言えば───』

 

【絵】が現れた。

顔がある。目がある。鼻がある。口がある。耳がある。人の顔だ。

真っ黒な筆跡で編まれ描写された、瞼の閉じた人の顔。文章の絵。

ページをめくる。

 

『欲するなら問え。欲するなら砕け。欲するなら刮目せよ。虚偽を許さない醜悪な鏡はここに用意した。』

 

違う。【僕の顔】だ。額から上が存在しない僕の顔面体。

違う。【仮面】だ。僕のもう一つの顔。僕の知らない、もう一人の本心(ぼく)

ページをめくる。

 

『じゃあ、始めよう。』

 

瞼が開き、僕の(・・)声が聞こえた。

文字で綴られた深紅(ルベライト)の瞳が僕を射抜き、短文で形成された唇が言葉を紡ぐ。

ページをめくる。

 

『僕にとって魔法って何?』

 

そんなものは決まっている。

それは憧憬。

モンスターを倒す必殺技。英雄達が使いこなす起死回生の神秘。

 

──お義母さん(アルフィア)のような、鐘の音色と共に放たれる光轟。

 

──叔父さん(ザルド)のような、剛撃と共に放たれる災禍の炎。

 

使える(・・・)からこそわかるその凄さ。

そこからくる純粋な憧れ。

 

『僕にとって魔法って?』

 

力だ。

強い力。

脆弱な自分ごとやっつける大きな武器。

惰弱な自分を奮い立たせる、偉大な武器。

自らの『理想』のために立ちはだかるあらゆるものを打ち破って道を切り開く、英雄達の力。

ページをめくる。

 

『僕にとって魔法はどんなもの?』

 

もの?

魔法ってどんなもの?

雷だ。

魔法と聞けば雷。真っ先に思い浮かぶのは雷。

お祖父ちゃん(ゼウス)が言っていた。自分の象徴(シンボル)について。

 

『自ら目映い光を放ち、身に纏えば目で追えぬ程早く駆け、放たれればあらゆるものを貫く。』

 

それが雷。

僕は雷になりたい。

 

『魔法に何を求めるの?』

 

より強くなること。

それこそお義母さん達を越えるような──英雄になるために。

 

『・・・・茨の道を選んだなぁ。』

 

・・・・ごめん。

だけどなるって決めたんだ。

あの日、お義母さんの目の前で。

 

『知ってるよ。だって、(きみ)(ぼく)だもの。』

 

本の中の僕は、最後に微笑んだ。

そして直ぐに、僕の意識は暗転した。

 


 

「──様。──ル様ッ」

 

声が、聞こえる。

真っ暗な意識の中で響く、聞き覚えのある声。

徐々に暗闇に光が差してくる。

 

「ベル様!」

「んぁ・・・・リリ?」

「はい、そうです、リリです。どうしたんですか、ベンチで熟睡するなんて?いくらベル様でも風邪ひいちゃいますよ。」

 

すぐ近くにあるリリの顔に、僕は寝ぼけ眼をこすり、ふわぁぁと欠伸をする。

顔を上げて周りを見渡す。

場所は中央広場。時間は先程より30分ほど進んでいる。

未だにボーっとする頭で、一つ一つ状況を確認していく。

 

「待っている間に本を読んでいたのですか?・・・・なるほど、慣れないことをしたので睡魔に敗北してしまったのですね?」

「な、慣れないことって・・・・僕も本くらい読むよ!」

「そぉなんですかぁ?でも、大方英雄譚なのでしょう?」

「うっ!」

「フフッ、その反応は図星ですねぇ。」

 

リリに痛いところを突かれ、うめき声をあげるとリリが得意げに笑う。

確かにリリの言う通り、いつもは読まないような本を読んでいたため、いつの間にか寝てしまったのかもしれない。

当の本は僕の膝の上で開きっぱなしになっていた。

 

(読み終わったのかな?)

 

こめかみを押さえ、先程から脳裏を掠めているあやふやな記憶を辿ろうとするが、まるで白昼夢のように現実味がなかった。

それとも全て夢だったのだろうか?

 

「まぁ、私はベル様の可愛い寝顔をみれたので役得でした。」

「なっ、リリ!からかわないでよ!」

「あははっ、ムキになっちゃって。ますます可愛いですよ、ベル様~。」

「~~~っ!もう!早くダンジョンへ行こう!」

「は~い。」

 

恥ずかしさから逃げるように話を切り上げ、後ろをついてくるリリと一緒に僕はダンジョンに入って行った。

──その日、モンスターへ振るう攻撃が少し八つ当たり気味になってしまったのは、言うまでもない。

 


 

話をしよう。

諸君は土下座なるものをご存知だろうか。

 

──とある極東の武神(タケミカヅチ)曰く、『最上級の謝罪、及び嘆願方法』

 

──とある道化の神(ロキ)曰く、『ここぞというときにすることで最大の効果を発揮するもの』

 

など、神々の中でも色々な意見がある。

なぜ急にこのような話をしたのかというと──

 

「べ、ベルさん!頭を上げて下さい!」

「・・・・・。」

 

場所は豊穣の女主人。

ベルは今、現在進行で土下座していた。

そんな彼の姿にシルは狼狽え、ミアは大きな溜息をつき、少し遅れてやってきたアリーゼとアストレアは困惑していた。

何故、こんな事態になったのか。

それは遡ること数時間前──

 

「・・・・・ベル、貴方に魔法が発現したわ。」

「えっ!?」

 

ダンジョンでの探索を終え、本拠に戻ったベルはいつも通りステイタスの更新を行っていた。

そんな時、アストレアの手が急に止まり、衝撃的なことを口にしたのだ。

 

「ほ、本当ですか!」

「ええ、ほら。」

 

驚きの声をあげるベルに、アストレアは微笑みながら【ステイタス】が書かれた羊皮紙を渡す。

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力 :D523→D591

耐久 :G201→G221

器用 :B790→A820

敏捷 :C622→C693

魔力 :D532→D580

魔導 :I

狩人 :I

耐異常 :I

魔防 :I

破砕 :I

精癒 :I

剛身 :I

覇光 :I

覇撃 :I

 

《魔法》

 

【ユピテル・スプリム】

 

付与魔法(エンチャント)

・雷属性

自動蓄積(オートチャージ)

・詠唱鍵【雷霆よ(ケラウノス)

 

《スキル》

 

系譜継承(ペデグリー・レコード)

 

・スキル、魔法及び発展アビリティの任意継承。

・継承条件は自分の血族が持つ神血(イコル)と同じ神血(イコル)を持つ者。

 

英雄宣誓(ファミリア・オース)

 

・早熟する。

・誓いが続く限り効果持続。

・誓いに対する想いの丈により効果向上。

 

英雄決意(アルゴノゥト)

 

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 

不撓不屈(ヘラクレス)

 

・常時、耐異常及び耐久に超高補正。

・危機的状況における、全能力の極高補正。

 

「!!!」

 

ベルは必死で声を抑え込む。

アストレアから渡された羊皮紙を両手で持ちながら、溢れ出しそうになる歓喜を噛み殺す。

 

──僕の、魔法。

 

──叔父さんでも、お義母さんのでもない、僕だけの魔法。

 

そう考えるだけで、ベルの目は輝き、口元がにやけてしまう。

 

「アストレア様!僕、魔法が使えるようになりました!!!」

「おめでとう、ベル。」

「アリーゼさん達にも伝えてきます!」

 

そう言うとベルは神室を飛び出し、団欒室へと向かった。

そんな彼の後ろ姿をアストレアは微笑ましそうに見ていた。

その後、今朝の落ち込みようが嘘であったかのように嬉しそうに魔法が発現したことを伝えてくるベルを見て、「この子結構チョロくね?」とアリーゼ達は少し心配になった。

ここで終われば「可愛い弟分(ベル)が魔法を発現させた。」というめでたい出来事で片がついただろう。

──だが、話はここで終わらないのである。

 

「やっぱりシルさんから借りた本のお陰かな?返しに行く時にお礼を言わなきゃ!」

「「んん?」」

 

ベルが何気なしに放った言葉に、魔導士組(セルティとリャーナ)が反応する。

二人は顔を見合わた後、ベルへ近づき詳しい事情を聞く。

ベルが二人にシルから借りた本の話をすると、二人の表情は見る見るうちに険しいものへと変わっていった。

 

「ベル、その借りた本というのを見せてくれませんか?」

「えっ?は、はい。」

 

話を聞き終わった後、頭を押さえているリャーナに変わってセルティが口を開く。──顔を引きつらせて。

ベルから本を受け取った彼女はペラペラとページをめくっていくが、すぐに「やっぱり・・・・」と言ってパタンと本を閉じる。

 

「ベル、これはグリモアです。」

「・・・・ぐりもあ?」

「はい、魔導書(グリモア)です。」

「・・・それって、魔法の強制発現書(・・・・・・・・)って言われているあの?」

「はい。よく知ってましたね、ベル。」

 

ベルはアルフィアから聞いたことがあった。

 

『発展アビリティ』である『魔道』と『神秘』を極めたものだけが作成できる『奇跡』の詰まった本がある。と──

 

当時のベルは「そんなすごい本があるの!?」と目を輝かせていたが、当のアルフィアは

 

「といっても発現せんときもあるぞ。──事実、お前の母親(メーテリア)に何冊か読ませたが、魔法は発現しなかったしな。」

 

「あの子の苦しみを和らげる魔法の一つでも発現すれば良かったものの・・・・。肝心な時に役に立たないガラクタめ」と悲しげな声色で発せられる言葉に、ベルは先程までとはうって変わって悲しげに目を伏せた。そんなベルの様子に気付いたアルフィアは「すまん、少し湿っぽくなってしまったな。」とベルの頭を優しく撫でた。

暫くそんな和やかな時間が続いていたが──

 

「そういえばザルド。ベルの父親──あの生意気不愉快無粋男(ゴミカス)にも魔導書を読ませておけば戦力的に多少はマシになったのではないか?」

「・・・・・」

 

アルフィアが蛇蠍の如く嫌うベルの父親の事を、とてつもない罵倒を織り交ぜながら訪ねる。

ザルドは夕食のスープが入った鍋をかき混ぜるのを止め、お玉を鍋の取っ手部分に立て掛け、エプロンを脱ぐと微妙そうな顔をしながら口を開く。

 

「勿論あいつにも何冊かやったさ。・・・・だがあいつはそれを読まずに売っぱらった後、その金で歓楽街へ行ってたんだ。──糞爺(ゼウス)と一緒に。」

 

それだけ言うとザルドは物凄いスピードで家から出ていった。

その行動を見て、何かを察したベルは恐る恐るアルフィアへと向き直る。

 

──そのときアルフィアの顔をベルは今でも忘れない。

 

凍りつくその場の空気、まるで汚物を見ているときのような死んだ魚の目、なによりアルフィアから漏れだす隠しきれない殺気。

自分に向けられたものではないもしても、至近距離でそれを見て、感じてしまったベルは金縛りにあったかのように身動きがとれなかった。

やがてアルフィアは座っていた椅子から立ち上がると、家の奥へ──狒々爺(ゼウス)の部屋へと向かう。

それからゼウスがどうなったのか、ベルは知らない。

ただ、アルフィアがゼウスの部屋に向かったすぐ後に「ま、待たんかアルフィア!もとはといえば誘ったのはあいつじゃ!だから、ワシは無じ──「福音(ゴスペル)」ベジッッッッ!」

という悲鳴と凄まじい轟音が聞こえてきたが、ベルは全力で聞かなかった事にした。

 

──余計な出来事まで回想してしまったが、話を戻そう。

つまり魔導書は二種類の『発展アビリティ』修得者によって作られた、かなり高価な品物であるということ。

しかも、一度読んでしまったため効能は消失し、只の奇天烈書き(ガラクタ)となっている。

 

「「「「・・・・・」」」」

 

先程までのお祝いムードが一転し、重苦しい沈黙が本拠を支配した。

 

「・・・・ぼ、僕!シルさんに事情を説明してきます!!!」

「ちょ!ベル!?」

 

やがて、沈黙に耐えかねたのか当事者であるベルがアリーゼの静止を振り切り、本拠を飛び出す。

向かう先は豊穣の女主人。

夜も更け、人影が疎らになっている道をベルは全力で駆け抜ける。

そして目的地に着くや否や、綺麗な流れで土下座へ移行。

シル達を困惑させた。

 

そして現在、相も変わらず土下座をし続けるベルをみかねたのか今まで黙っていたミアが、口を開く。

 

「いい加減にしな坊主。読んじまったもんは仕方がないだろう。」

「で、でもぉ・・・・。」

「大体、こんな大層なもんをどうか読んでくださいとばかりに店に置いていったヤツが悪いのさ。グズグズしてないで得したくらいに思っときな。」

「えぇ・・・・?」

「・・・・・どうします?アストレア様。」

 

妙に説得力のある言葉にベルが口を閉口させる中、アリーゼは自らの主神にどうするか訪ねる。

流石にお咎めなしとはいかないだろうな、とアリーゼが考える中、アストレアは「そうねぇ・・・。」と頬に手を当てて、少し考えたような素振りをする。そして──

 

「知らんぷり、しちゃいましょうか。」

「「え!?」」

 

悪戯らっぽい笑みを浮かべながら、意外な言葉を言い放つ。

そんな『正義』を司る神らしからぬ発言をした主神にアリーゼとベルが豆鉄砲を食らった鳩のように硬直している中、アストレアは言葉を続ける。

 

「勿論、持ち主が名乗り出たら弁償しなくてはならないわ。でもミアの言う通り、魔導書はとても貴重なものだから、なくしてしまった時点で諦めてしまっていると思うの。だからといって、大々的に持ち主を探そうとすれば自分のものだって嘘の証言をする子達だって出てくるでしょうしね。」

「それは・・・・・。」

「それに、あの魔導書は本当に忘れ物(・・・)だったのかしら?」

 

そう言うとアストレアはシルに視線を向ける。

シルはその視線に対して、動揺した様子もなく笑みを返す。

疑問に思ったベルがその言葉の意味を問おうとすると、突然ミアが手を叩いた。

 

「あんたらんとこの主神もそう言ってんだ!そんな事とっとと忘れて帰んな!今日は店じまいだよ!」

 

そう言って、シッシッと手を払う。

アストレアも「ミアもああ言ってるし、私達もお暇しましょう。」と言って店から出て行く。

その後ろをベルとアリーゼは釈然としない思いを抱きながら追いかけた。

 





ベル君の魔法は簡単に言うと

・アリーゼの【アガリス・アルヴェシンス】の雷版。
・雷なので、防御貫通。速度に上昇補正が掛かる。
・時間経過で魔法の威力が高くなる。
・スペルキーでチャージした雷を放出し、遠距離攻撃も可能。

こんな感じです。


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第十五話 覇者の残り香


やべ、バレた。


 

「やっぱり載ってないか・・・・・。」

 

エイナは、今まで読んでいた資料をパタンと閉じ、机の脇に置くと溜息をついた。

彼女は今、ギルドでの業務の傍ら個人的な調べ物をしていた。

それは彼女の担当冒険者であるベルが言っていた元冒険者であろう『家族』のことである。

ベルと座学しているうちに彼の知識量の多さに感心したエイナは彼にこれだけのことを教えた『叔父さん』と『お義母さん』に興味をもった。

そのためLv.2からLv.4までの冒険者で引退、もしくは街から出ていった人達の名簿を調べ、その中に『ザルド』と『アルフィア』の名前がないかしらべていたのだが──

 

(名簿はあらかた調べ終わったけど、該当する人はいなかった。どういうこと?)

 

当初はすぐに見つかるだろうと思っていたが、名簿を隅々まで調べても二人の名前は出てこず、エイナは未だに二人の所属していた【ファミリア】の名前すら掴めていなかった。

 

(他に考えられるとしたら・・・・・元第一級冒険者?でも、そんな事あり得るの?)

 

冒険者は迷宮都市(オラリオ)の重要な戦力だ。

しかもそれが冒険者の中でもほんの一握りである第一級冒険者ならなおさらである。

 

『来るもの拒まず、去るもの許さず』

 

そう言われる程に都市内戦力の流失を許さないギルドが、第一級冒険者(貴重な戦力)をみすみす都市外に出すような事をするだろうか?

 

(それとも何か事情が・・・・例えばもう死んでる(・・・・・・)と思われているとか)

 

それは考えが飛躍しすぎか、と直後に首をふってその考えがを頭から追い出す。でもそれじゃあなんで、と思考がまた振り出しに戻ってしまい、頭を抱える。

 

「エイナか?」

「えっ?──って、リヴェリア様!?」

 

そんな時に突然声がかかり、気の抜けた声で反応しそちらを見ると、そこには尊きお方(ハイエルフ)であるリヴェリア・リヨス・アールヴが立っていた。

 

「やはりおまえか・・・・。久しいな、まさかギルドの受付(こんなところ)で会うとは。それにしても、少し見ない間に随分と綺麗になった。見違えたぞ。」

「あ、ありがとうございますっ!か、過分なお言葉、身に沁みる思いでっ・・・・・!」

「・・・・・その言葉づかいは止せ。此処はエルフの里ではないんだ。そもそも、お前は里の生まれですらあるまい。敬われる覚えはないぞ。」

「で、ですが、高貴な御方には敬意の心を忘れてはならないと、母に・・・・・。」

「あのアイナでさえ娘にそのような事を吹き込むか・・・・。嘆かわしいな、共に里を抜け出した仲だというのに。」

 

ふぅ、と見ている方が魅せられる吐息をし、リヴェリアはエイナに強い視線を向ける。

 

「最低限の弁えは確かに心得るべきものだが、それ以上は不要だ。・・・・・正直、あのような堅苦しい扱いにはうんざりしているのだ。」

「そ、そんな・・・・・。」

「何も完全に砕けろと言っているわけではないぞ。ただ、過敏に成りすぎるなということだ。」

「わ、わかりました・・・・・・。」

「よし。」

 

満足げにリヴェリアは頷くが、エイナの心境は参っちゃったなぁの一言に尽き、気が気ではなかった。

 

「ところで何か悩んでいたようだが、どうしたのだ。」

「い、いえ大したことでは・・・・・。」

「仕事のことか?・・・・・まさか、ロイマンの奴がなにか──。」

「い、いえ違います!違いますからぁ!!!」

 

ギルド長が何かしているのではないか、と柳眉を立てるリヴェリアをエイナが必死で宥める。

いくら『ギルドの豚』と陰口を叩かれている嫌われもののギルド長でも、謂われのないことで責められるのは余りにも不憫だ。

 

「ではなんだ?知らぬ仲ではあるまい。話してみろ。」

「い、いえ本当に大したことでは・・・・あっ。」

 

そうだ、この都市に長く住んでいるリヴェリア様なら知ってるかもしれない。

これくらいならご迷惑にならないかも、と考えたエイナはリヴェリアに自分の頭を悩ませている事について聞いてみることにした。

 

「あ、あの!リヴェリア様!少しお聞きしたいことがあるのですが!」

「ん?ああ、なんだ?私が知りえることであればできる限り答えるとしよう。」

「『ザルド』氏と『アルフィア』氏という方を知りませんか?」

「─────」

「どちらも元冒険者のようなんですが、資料をいくら探しても見つからな・・・・・リヴェリア様?」

 

エイナの問いを快く受けたリヴェリアであったが、内容を聞いて絶句した。

その美しい双眸は大きく見開かれ、顔は驚愕に染まっていた。

そんなリヴェリアの様子を見たエイナは、なにかまずいことを聞いてしまったのかと内心焦った。

そしてエイナの問いを受けてから少し間を置いて、リヴェリアは絞り出すような声で質問を返してきた。

 

「エイナ、その名は一体何処で聞いたのだ・・・・・?」

「え?え、えぇっとそれはですね、ベルく──失礼、私の担当冒険者であるベル・クラネル氏からですが・・・・・もしかしてこの名前に心当たりがあるのですか?」

「・・・・ああ、いやという程、な。」

「リ、リヴェリア様?」

「すまぬエイナ、急用ができた。世間話についてはまた今度ゆっくりと楽しむ事にしよう!」

「え!?あ、あの!ちょっと!」

 

エイナからの答えを聞いた後、リヴェリアは彼女には珍しく、慌ただしそうにその場を後にする。

未だに困惑から抜け出せぬエイナは、そんなリヴェリアの背中を見送ることしかできなかった。

 


 

「・・・・・その話は本当なのかい?」

「なんだ?エイナや私が嘘を言っているとでも?」

「ンー、なにしろ荒唐無稽過ぎてね。直ぐに信じろというのは少し難しいかな。」

「──ッ、フィン!」

「落ち着けリヴェリア!・・・・お主だって、正直信じられないと思っておるのではないか?」

「それは・・・・・」

 

フィンの疑うような声にリヴェリアが声を荒げて反応するが、ガレスの静止を受け、押し黙る。

いつもの冷静さが嘘のように感情的になっている彼女だが、それは無理もなかった。

 

『ザルド』と『アルフィア』

 

この両名は【ロキ・ファミリア】の三首領にとっては因縁深い人物であった。

かつての最強達(ゼウスとヘラ)

その幹部であり、現都市最強(オッタル)を超えるLv.7。

そして『とある理由』で生存を絶望視されていた二人でもある。

そんな者達が生きていたというのだから、フィンでなくてもそう簡単に信じられないだろう。

事実、話を聞いていたガレスはおろかこの情報を手に入れたリヴェリアでさえ、冷静に考えれば到底信じられることではなかった。

 

「すまん・・・・少し冷静さを欠いていた。」

「・・・・でも真偽の程は定かじゃないとしても、調べる必要はありそうだね。」

「なんじゃ、フィン。リヴェリアに否定的なことを言っておいて、お主も奴らの生存を信じておるのか?」

「いや、信じてはいないさ。・・・・でも彼らには正直はかりしれないところがあったからね。」

「・・・・確かにのぉ。」

 

フィンの言葉にガレスが同意する。

ゼウスとヘラが下界へ下りてきて千年。

黒竜に敗北するまで『最強』と『最恐』の座を維持しつづけてきた【ファミリア】である。

今更どんなことがあっても不思議では無いといえる。

 

「とにかくこれについては本人──ベル・クラネルに聞いてみよう。以前の件で彼らには謝罪をしなければならないしね。それに【アストレア・ファミリア】には協力してほしいこともあるし。」

「・・・・・まさか今回の『遠征』に娘っ子共を巻き込む気か?」

「勿論、強制はしないさ。ただ戦力は多い方がいいだろう。」

「彼女達の性格からして断ることなどしないだろう。」

 

フィンの言葉を聞いて顔を顰めるガレスとリヴェリア。

二人からすれば余り気乗りしないことであったが、『18階層での出来事』とロキからもたらされた『闇派閥(イヴィルス)復活』の情報を聞き、フィンは万全の状態で今回の『遠征』に挑むつもりであった。

 

「団長、失礼します!」

 

フィン達が話をしていると控えめのノックと同時に大きな声が響く。

フィンがどうぞ、と返答すると入って来たのは顔を輝かせたアマゾネスの少女──ティオネだった。

 

「団長!新発売のお菓子が売っていたので買ってきました!一緒にお茶でもどうですか!?」

「・・・・ありがとう、ティオネ。そのお菓子については後で頂くことにするよ。今は──」

「そんなこと仰らずに!はい、あーん!」

「むぐぐっ!」

 

ティオネは菓子を包んでいる包装紙を荒々しく破くと、その中から菓子を一つつかみ取り、フィンの口へと突っ込む。

不意打ちを受けたフィンは苦しそうな呻き声をあげるが、なんとか菓子を飲み込み、いつものような爽やかな笑みを浮かべ、「ありがとう、おいしかったよ」と彼女に感謝と感想を述べる。

そんなフィンの笑顔にティオナは頬を朱色に染めてうっとりと眺めていた。

そんないつも通りの強引なアプローチを仕掛ける彼女に、フィンは苦笑いを浮かべ、リヴェリアとガレスはなんともいえない表情をする。

 

「だからほんとですってばー!!!」

「えぇー?ちょっと信じられないなー。」

「信じてくださいよ、ティオナさーん!」

「でもさー、それが本当だったとして、なんでベルはそんな事したの?」

「そ、それは・・・・・。」

 

団長室に微妙な空気が流れる中、開け放たれた扉から廊下で話しているレフィーヤとティオナの声が聞こえてくる。

彼女達は最初こそ会話に夢中になっていたようだが、扉が開け放たれたままだったため、団長室の空気に気付いたようで二人揃って「何事?」と言わんばかりに首をかしげていた。

 

「どうしたの、フィン?またなんかティオネにされたの?」

「ちょっと!その言い方だと私が団長に迷惑をかけているみたいじゃない!!」

「いや、なんでもないよ。それよりも君達こそ珍しく何か言い合っていたみたいだけど、何かあったのかい?」

「ん?ああ!いやさ、レフィーヤが変なものをみたって言うんだよ。」

「へ、変なものって・・・・。」

 

ティオナの物言いに、レフィーヤがショックを受けたような顔をする。

フィンは「変なもの?」とティオナに聞き返すと彼女は軽く頷いた。

 

「レフィーヤが言うにはね、ベル──【アストレア・ファミリア】の新人君がモンスターを食べた(・・・・・・・・・)らしいんだよ。」

「「「!!!」」」

 

その言葉を聞いたフィン、ガレス、リヴェリアの表情は驚愕一色に染まった。

モンスターを喰らう。

常識的に考えれば正気の沙汰ではないが──彼らは知っている。

万物を喰らうことで能力(ステイタス)を上昇させることのできる『スキル』があることを。

そしてそれが先程の会話で名前がでてきていた(ザルド)のスキルであることを。

 

「はぁ?何よそれ?そんな事する奴いるわけないでしょ。」

「だよねー。だから、私はレフィーヤの見間違いだと思うんだけど──」

「だから本当なんですってばー!!この目でみたんですよー!!!」

 

そんなフィン達の様子に気付かないティオナ達は話を続けているが、フィン達には彼女達が話している内容が一切入ってこなかった。

 

──生きているかもしれないゼウスとヘラの眷属達(かつての最強達)

 

──そしてそのうちの一人の『スキル』を持っている可能性のある人物。

 

その両方にベル・クラネルという少年が関わっている。

これは果たして偶然なのだろうか。

 

「フィン・・・・・。」

「偶然・・・にしては出来すぎているかな?」

 

同じ考えに至ったであろうリヴェリアがフィンに声を掛ける。

流石にここまで来たら完全に荒唐無稽とは言えなくなってくる。

まさか本当に、とフィンは考えると同時に、益々ベル・クラネルに話を聞く必要があると考えた。

 

「?フィン、どうしたの?それにリヴェリアとガレスも。さっきから難しい顔しちゃってさ。」

 

フィン達の様子にやっと気がついたのか、不思議そうにティオナが声を掛けてくる。

気が付くとティオネとレフィーヤも、心配そうに此方を見ている。

 

「ああ、いや別に大したことじゃ──」

「だ、だんちょぉぉぉぉぉ!!た、大変っすぅぅぅぅ!!!」

 

ないよ、と言おうとした瞬間、団長室にラウルが駆け込んでくる。

相当急いできたのか息が上がっており、肩が大きく上下している。

 

「どうしたんだいラウル?そんなに血相を変えて?」

「団長!ア、ア、アイズさんが!!」

「!アイズに何かあったのか!?」

 

ラウルの報告を聞いたリヴェリアが、ラウルに詰め寄る。

『とある理由』でアイズとダンジョン内で別れたリヴェリアは、その後にアイズの身に何かあったのではないかと不安を募らせる。──この過保護っぷりがロキあたりに『ママ』とからかわれる理由だった。

そんなリヴェリアの様子を見て、ティオナ達も「まさか・・・・」と不安そうな表情でラウルを見る。

──が、ラウルの口からは誰もが予想していなかった知らせが伝えられた。

 

「【アストレア・ファミリア】の新人を誘拐してきたっすぅぅぅぅぅ!!!!」

「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」」」」

 





次回、剣姫やらかす


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第十六話 剣姫の膝


どうも、6000字くらいの文章作るのに2週間以上かけた野郎です。
更新遅れて、本当に申し訳ない。


 

時は少し遡って。

迷宮(ダンジョン)のとある場所。

そこでは一人の少女が悲しみに暮れていた。

 

──どうして、こんなことに?

 

──私はただ、『あの子』とお話したかっただけなのに。

 

美しい少女の表情は悲しげであり、まるで物語に出てくる悲劇のヒロインのワンシーンのようだった。

 

「ひっく、ひっく、あ、あぁぁぁぁ・・・・・」

 

彼女の目の前に広がる光景以外は。

少女──アイズ・ヴァレンシュタインの目の前には、恐怖からか目に涙を貯めつつ、嗚咽を漏らす小人族(パルゥム)の少女──リリルカ・アーデが腰を抜かしたかのように座り込んでおり、その少し先では、白い髪の少年──ベル・クラネルがうつ伏せで倒れていた。

また、そんなベルに沿って、何かを引き摺ったような跡があり、まるで後ろから凄まじい衝撃を受けた彼が顔を地面に擦り付けて作られたようだった。

誰が見ても犯人はお前(アイズ)だ、と言わんばかりの状況であり、その光景を加味すると、彼女は『悲劇のヒロイン』などではなく、『目撃者を消そうとしている暗殺者』が妥当であろう。

事実、悲しげな表情をしつつ、リリを見下ろすアイズは『・・・・・見てしまったのね。じゃあ、可哀想だけれど・・・・・』

と思っているようにも見える。──もっとも彼女にそんなつもりは毛頭ないのだが。

そもそもなぜこんな誰も望んでいない殺伐とした状況になってしまったのか。それを知るためには更に時を遡る必要がある。

 


 

「あっ!」

「どうした、アイズ。」

 

37階層にて階層主(ウダイオス)を撃破したアイズとリヴェリアは3日間かけてダンジョンの『上層』に到達していた。

そして5階層に到達して暫く歩いていると、突然アイズが声を上げた後、物陰に隠れて道の先の様子を静かに伺い始めた。

モノスターか?とリヴェリアも彼女に倣って、道の先を見る。

そこにいたのは多数のモンスター達と白い髪の冒険者であった。

彼はモンスター達を蹂躙していた。

魔法によるものなのか雷をその身に纏い、光を放ちながら次々とモンスター達を灰へと変えていく。

そんな彼の姿にモンスター達は恐れおののくような鳴き声をあげたり、彼から距離を取ろうとしたりしている。

 

雷霆よ(ケラウノス)!」

 

が、彼が詠唱鍵(スペルキー)を唱えたと同時に、彼が放った雷がそんなモンスター達を飲み込み、一瞬で灰へと変えた。

 

「すごい・・・・・。」

「あの子は確か【アストレア・ファミリア】の・・・・・。それにしても今の魔法はなんだ?一見すると付与魔法(エンチャント)のように見えたが・・・・・」

 

彼の魔法にアイズとリヴェリアが感嘆の声をあげる。

また魔法だけでなく、戦闘時の動きを見てアイズは確信する。

 

(強く、なってる。怪物祭の時(あの時)よりも・・・・・)

 

短い期間で見違えるほど強くなっている彼──ベルを見て、アイズは益々彼へ興味を持った。どうやったらそんなに強くなれるのか、と。

 

「彼が気になるのかアイズ?」

「え?」

「珍しいな、お前が他人に興味を持つなんて。」

 

リヴェリアの問いに首を傾げるアイズを見て、彼女は微笑む。

彼女がダンジョンや強くなること以外に興味を持つのは喜ばしいことだ、と彼女は無意識に母親(ママ)目線になっていた。

一方でアイズは、何か考える素振りをした後、その胸中で生まれた思いを口にした。

 

「リヴェリア。私あの子に償いをしたい。」

「・・・・・他に言いようがあるだろう。」

 

アイズはリヴェリアに以前、酒場で起こってしまった【アストレア・ファミリア】との騒動の『原因』と『真実』を話していた。

アイズとしてはその時に、「お前はどうしたい?」と彼女に尋ねられた際の、はっきりとした答えを伝えたつもりであったが、「硬すぎる」と溜息をつかれてしまった。

あれ?とアイズは瞬きをしてしまう。

 

「まぁ、以前言っていたように別にお詫びをするのは当然として・・・・確かに口頭でも謝罪をしておいた方が良いか。」

 

その言葉にアイズがこくこく、と頷く。

エルフの彼女は何かを考え、ちらり、と横目でこちらを見やってきた。

 

「・・・・・では、私は先に戻るとしよう。・・・・・けじめをつけたいのなら二人きりで行うのがいいのだが・・・・・」

 

そう言うとリヴェリアはベルの近くで魔石を拾っているサポーターらしき小人族(パルゥム)の少女を見る。かといってベルのパーティーメンバーである彼女を邪魔だと言うことはできない。

 

「うん、わかった。ありがとう、リヴェリア。」

「ああ、気をつけてな。」

 

礼を告げると、リヴェリアはその場を後にする。

その後ろ姿を見送ったアイズは、魔石を拾い終え、場所を移動しようとしているベル達を再び見つめていた。

 


 

アイズがリヴェリアと別れた後、暫くして。

リヴェリアがエイナから信じられない情報を聞き、本拠(ホーム)へと急ぐ中、アイズはというと──

 

──未だにベルへ話しかけられていなかった!

 

彼女が今やっているといえば、ダンジョンを降りていくベル達を後ろからこっそり付いて行くという、端から見たら犯罪者予備軍(ストーカー)と思われてもおかしくない状況だった。

だが待って欲しい、彼女にもすぐにベルへ話しかけられなかった理由があるのだ。

まず一つにアイズの性格が上げられる。

基本的に無口な彼女は、同じ【ファミリア】の仲間はともかくとして、他派閥の団員に話しかけることなどできなかった。

しかも、自分のいる【ロキ・ファミリア】の評価は以前の騒動で最悪になっている──主にベートのせいで──だろうから、更に話しかけるのが躊躇われたのだ。──勿論、ベルはそんな事微塵も思っていないが。

そして理由のもう一つが──

 

「!」

 

アイズが何かに気付いたような素振りを見せた後、素早くその場から離れ、後方にある物陰に身を隠す。

そしてそこから、再びベル達の様子を窺う。

当のベルは歩みを止め、あちこちを見渡した後、しきりに首をかしげていた。

 

(やっぱり、私の気配に、気付いてる。)

 

アイズはベル達を追跡する時、極力気配を消している。

にも関わらず、ある程度距離を詰めると必ず反応を示すのだ。

これにはアイズも驚きを隠せなかった。

もし、気付いたのが同Lvの者か、近しいLvの者であればさほど驚きはしなかった。だが、ベルはLv.1であり、アイズとのLv差は歴然、普通であれば気付けるはずがないのだ。

 

(多分、相当の鍛錬を積んでる。じゃないと、『ああ』はならない。)

 

一体どんな鍛練を、とアイズはベルへの興味を益々強めていった。

しかし、この二つの理由から、アイズは彼へと近づくことが出来ないでいた。

なんとかしなければならないと思ってはいるが、妙案は浮かばず、脳内会議を行っている幼いアイズ達も「勇気を出して声を掛けるべき!」「いやでも、逃げられたらどうしよう!?」「くそっ、じゃがまる君があれば!!」等と一向に打開策を打ち出せないまま、時間だけが過ぎていった。

 


 

(やっぱり誰かに見られてる・・・・・よね?)

 

一方でベルはというと、先程から向けられる謎の視線と、此方へ近づいてくる気配に不安を募らせていた。

この前も街中で奇妙な視線を向けられたこともあってか、彼は最近視線というものに敏感になっていた。

再び近づいてくる気配にベルが足を止め、気配のした方へ顔を向ける。

しかしベルがそちらに顔を向ける直前、その気配は凄まじい速度でベル達から距離を取って、たちまち彼の感知範囲の外へ出て行ってしまう。

こんなやり取りが少し前から度々繰り返されていた。

 

「ベル様?どうしたのですか、先程からきょろきょろとなされて?」

「・・・・・さっきから誰かに見られてる。」

「えっ!?ま、まさかモンスターですか!?」

「いや、モンスターみたいな敵意とか殺意は感じられないんだ。なんていうか、僕らを観察している感じなんだよ。」

「えぇ・・・・・?何のためにそんなことを?」

 

様子のおかしいベルに気づいたリリが彼に理由を尋ね、返ってきた答えに目に見えて狼狽えるものの、続いてベルの口から告げられた言葉を聞き、怪訝な表情になる。

 

「それは僕もわからない。心あたりがないんだ。リリは?」

「私もありませんよ。【ソーマ・ファミリア(前のファミリア)】ならともかく。」

「そっか・・・・・」

 

リリの返答を聞き、ベルの疑問は更に深まる。

じゃあ、何で僕達をつけ回すんだろう?と。

ベルは暫く考えてみたが、最近オラリオに来たばかりの彼には全く心当たりがなかった。

 

「ベル様、こんなことを言うのはあれですが、敵意などがないといっても人につけ回されるというのは普通に考えて異常ですし、不気味です。その人が何を考えているかもわかりませんし・・・・・」

「そう・・・・・だよね。」

「もしかしたら私達の獲物を横取りするつもりかもしれませんし、此方としては気が気じゃないです。」

「う〜ん。」

 

リリからの進言にベルは深く考え込む。

確かにリリの言う通り、ここのままにしておくのは不安要素が大きすぎる。

もしもこのまま今の状況を放っておいて、自分はともかくリリになにかあったら彼女の主神(ヘスティア様)に申し訳がたたない。

そう考えたベルは『安全のために少し早いけど、ダンジョン探索はここで切り上げよう』という結論をだした。

 

「リリ、今日の探索はここまでにしようか。」

「えぇ!?いいんですか!?まだ探索をはじめてから全然時間経ってませんよ!?」

「そうだけど、さっきリリが言ってたみたいに、つけ回されている今の状況はかなり不気味だし・・・・・それにリリに何かあったらヘスティア様に何て言えばいいか・・・・・」

「ベル様・・・・・」

 

ベルの意外な発言にリリが驚きの声をあげるが、ベルの考えを聞き、何も言えなくなる。

 

「そんな顔をしないでよリリ。別にリリのせいじゃないよ。」

「・・・・・はい。」

「よし。それじゃあ警戒しつつ地上に戻ろ───!!」

 

明らかに責任を感じているような表情を浮かべているリリにベルが声をかけ、地上へ向かう通路へ踵を返したその時──

 

──先程まで一定の距離から近づいて来なかった気配が凄まじい速度で此方へ向かってきていた!!

 


 

「!」

 

まずい、とベルとリリの会話を聞いていたアイズは焦る。

アイズが話しかけることを躊躇していたせいで、彼らはもう帰ろうとしている。

 

(ど、どうしよう!?)

 

また話しかけられずに終わってしまう、と考えたアイズは更に思考を回転させ、何とか打開策を打ち出そうと努力する。

脳内の幼いアイズ達も「「「まだだ!まだ終わっていなぁい!!!」」」と策を打ち出そうと必死になっている!

そんなアイズの努力が実を結んだのか、彼女にとって天啓ともいえる考えが舞い降りる。その内容は──

 

魔法(エアリアル)で追いついて、話しかけよう!!!)

 

他人が聞いたら、ほぼ全ての人が「ちょ、ちょ待てよ!!」と言うこと間違いなしの案であった。

だが、追い詰められた天然(アイズ)の考えられることなどこれくらいだったのだ!

 

起動(テンペスト)!!!」

 

此方に背を向け、ダンジョンから帰還しようとするベルに追い付くべく、急いで魔法を発動させるアイズ。だが──

 

(あっ────)

 

些か、彼女らしくもなく焦りすぎたのだろう。

 

──魔法の出力調整を(ミス)った。

 


 

(速い!!何で急に!?いや、そんなことより──!!)

 

急速に近づいてくる気配に一瞬狼狽えるものの、ベルはすぐに対応を考えるべく、思考を回した。

 

──迎撃。

不可能、この速さでは間に合わない!

 

──回避。

──可能。だが、この軌道(コース)で避ければリリが危ない!

 

故に、ベルがとった行動は──

 

「リリ、危ない!!!」

「ふぇ?うわぁぁぁ!!」

 

此方に向かってくる気配からリリを庇うように、気配の進路上から彼女を逃がす。

その甲斐あって、彼女は危機的状況を脱する。──が

 

「あ、危なッ──!!!」

「がッッッッ!!!?」

 

突如として聞こえた第三者の声と、後頭部に受けた凄まじい衝撃を最後に──

 

ベルは意識を失った。

 


 

そして状況は冒頭に戻る。

 

(どう、しよう。)

 

アイズは顔を青くしていた。

なにせ彼女は他派閥の少年に飛び膝蹴り(リル・ラファーガ)してしまったのだ。

被害者の少年(ベル)は勢いよく顔を地面に叩きつけられ、そのまま地面を滑るように吹っ飛んで行き、今はピクリとも動かない。

それを近くで見ていた小人族(パルゥム)少女(リリ)は最初こそポカンとしていたが、状況を理解すると目尻に涙を溜め、嗚咽をあげ始めていた。

そんな混沌(カオス)極まる状況にアイズは狼狽えるばかりである。

 

「べ、べ・・・・・・。」

「え、えぇっと・・・・これは、その・・・・。」

 

嗚咽を飲み込むように耐え、何か言葉を紡ぎ始めたリリを見て、アイズはこの状況に対する弁明をしようとする。だが──

 

「べ、ベル様が死んだぁぁぁ!!!!この人でなしぃぃ!!!」

「え!?ち、違う!!殺してなんか──」

「酒場での件といい、【ロキ・ファミリア】はベル様に恨みでもあるんですかぁ!?この暴挙!輝夜様達に言いつけてやりますぅぅぅぅぅぅ!!!」

「!ま、待って、話を──!!!」

「うわぁぁぁぁん!!輝夜さまぁぁぁぁ!!ライラさまぁぁぁぁ!!!」

 

リリはそう泣き叫ぶと、アイズから逃げるように走りだした。

アイズは勿論、彼女を追おうとするが──

 

(あの子、どうしよう・・・・・・?)

 

未だに意識を失ったままのベルを見て、アイズは動きを止める。

今ここで彼を放置していけば、モンスターの餌食になってしまうかもしれない。そう考えたアイズは暫く考え込んでしまい、その場に立ち尽くしてしまっていた。

そんな事をしている間にリリの姿が見えなくなり、とうとう彼女を追うことが不可能になってしまう。

 

(と、取り敢えずこの子を、介抱しないと)

 

リリを見失った後、ベルに近づいた彼女は自分にできることはないか、頭を必死に回転させた。

 

「そ、そうだ、リーネに治療してもらおう!」

 

しばらく時間を置いた後、彼女はそう結論を出す。

 

『怪我人を治療師(ヒーラー)の所へ連れて行く。』

 

この判断に間違いはない。ないのだが・・・・普通であればバベルにある治療施設に連れて行くなどで、自派閥の治療師に任せることはないだろう。だが、彼女はその考えに至れない。

でも仕方ないのだ。だって天然(アイズ)だもの。

 

「うん、しょっと。」

 

倒れているベルを担ぐアイズ。

幸い、地面に勢いよく擦り付けた顔がのっぺら坊のようになっているということはなく、軽い擦り傷程度であった。

 

「急がなきゃ・・・・・。」

 

そう呟くと、彼女は自分の【ファミリア】の本拠(ホーム)である黄昏の館へと急いだ。

 


 

現在

【ロキ・ファミリア】本拠 黄昏の館

 

「・・・・それで?」

「そ、それでリーネにベルの治療をしてもらおうと、本拠(ホーム)に・・・・。」

「バベルの治療院に連れて行くとかは考えなかったのか?」

「あ、焦ってて、その、考えつかなかった・・・・。」

「はぁ・・・・・。」

「ご、ごめんなさい、リヴェリア・・・・。」

 

本拠の大広間にて正座させられているアイズからことのあらましを聞いたリヴェリアは重い溜息を吐く。それを聞いたアイズは更に項垂れてしまう。

 

「どうする、フィン?あの娘っ子共にはこの間も迷惑かけたばっかりじゃぞ?」

「・・・・・取り敢えず彼女達の本拠に行って事情を説明するとしようか。この間の件も含めて色々と謝罪もしなければならないだろうし・・・・・。」

「それが妥当かのう、。」

「それと・・・リーネ!ベル・クラネルの容態は?」

「は、はい!未だに意識は戻っていませんが、外傷の方は大した事はなく、魔法で何とかなりました。ただ・・・・。」

「「ただ?」」

「どうやらうなされているようで『い、石を投げないでぇー』とうわ言のように呟いています。」

 

何じゃそりゃ、とばかりにリーネからの報告に首を傾げるガレスとフィンだったが、うなされている程度で体の方には異常がない事に二人は安堵する。

 

「取り敢えずは一安心・・・って感じかな。」

「そうじゃのう。・・・納得してもらえるかは別問題じゃが。」

「そうだね。それについては誠心誠意、謝罪させてもらうとしよ──」

「失礼します、団長!」

 

フィン達が一息ついたところに今度はアキが少しばかり焦った様子で入室してくる。

また厄介事か?と言わんばかりにガレスは顔を顰め、フィンは「どうしたんだい?」とアキに話しの続きを促す。

アキは少し間を置いた後、厄介事の雰囲気を隠す様子もなく口を開いた。

 

「・・・・・【アストレア・ファミリア】が門前に押しかけて来てます。・・・・『どういうことか説明しろ』とのことです。」

「・・・・・こっちから出向く手間が省けたの。」

「そうだね・・・・。」

 

アキの報告を聞き、ガレスは顔にできていた皺を一層深いものにし、フィンは重く、深い溜息をついた。

 





アリーゼ達 ドンドンドン「FBI!!open the door!!」


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第十七話 突撃!!ロキ・ファミリア


今回も投稿遅れました。
楽しみにしてくれた方がいたら本当に申し訳ない。

今回はネタ多め。
トップバッターは───ワザップ・アリーゼ


 

「あなた達を殺人未遂と誘拐の罪で訴えます!理由はもちろんお分かりですね?あなた達がうちの新人(ベル)を傷つけたからです!覚悟の準備をしておいて下さい。ちかいうちにギルドへ訴えます。【ガネーシャ・ファミリア】にも来てもらいます。慰謝料の準備もしておいて下さい!貴方達は犯罪者です!牢屋にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!」

「す・・・【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】?」

「・・・・・アリーゼ、それは誰から教わったの?」

「ロキ様です!!」

「「ロキ、ちょっと」」

「ひいぃぃぃ!!!堪忍してぇな!!!」

 

【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム) 黄昏の館にて

アリーゼが当館の大広間に入って開口一番に放った言葉は、周囲を混乱に陥れた。

リヴェリアが目に見えて困惑した表情を浮かべ、アストレアが余計な事を教えた犯人を聞くと、彼女は胸を張ってその名を口にする。それを聞いてロキはその場を脱しようとするが、リヴェリアとアストレアに肩を掴まれてしまう。ロキ、お説教確定である。

 

「まぁ、団長様の冗談はさて置き──」

「ちょ、輝夜!私、これでも結構怒っているのよ!」

 

自らの訴えをおざなりにされたアリーゼがぷんすこ怒っているが、輝夜はしれっと受け流す。

 

「リリルカに聞いた通りだとしたら──大した失態ですこと。これについて、勇者様はどう責任をとるおつもりですか?」

「そうだよなぁ〜。この前の事もあるし、こりゃあそれ相応の代償を支払ってもらわないとなぁ~~~」

「ライラ、そういった話になった途端に生き生きするのは止めてください。顔が怖いです。」

「なんだよリオン。こないだ一緒に約束したじゃねぇか「【ロキ・ファミリア】の連中の顔が『ぐにゃあ』って歪むくらいの詫びの品を要求してやろう☆」ってよ」

「そんな事は言っていない!!私を巻き込むなぁ!!」

「・・・・・あなた達、ベルの無事が確認出来たとたんに雰囲気変わりすぎじゃない?」

 

輝夜、ライラと続き、ライラと口論になるリューを見てアストレアは少し呆れた様子で呟く。

そう、現在でこそ冗談を言い合っているが、先程まではまさに一触即発といった状況であった。

なにせ彼女達がパトロール中に、ベルのパーティーメンバーであるリリから泣きながら「ベルが【剣姫】に()られた」と伝えられたのだ。平然としていられるわけがない。

アリーゼ達はすぐさま他の団員と合流し、【ロキ・ファミリア】の本拠へと向かい、フィンに取り次ぐように迫った。

また、待っている間にも彼女達の空気はピリピリとしており、アリーゼは笑顔を張り付けた顔に青筋を立てながら「あんまり遅いと本拠の門に【アガリス・アルヴェシンス】して強硬突入しちゃうゾ☆」と言うし、輝夜も同様に笑顔を浮かべながら洒落にならないと殺気を放っていた。

極めつけはリューで、彼女に至っては魔法(ルミノス・ウィンド)を放つ準備までしていたのだ。

流石に今回はロキに小言の一つでも言ってやろうと思っていたアストレアも特に殺気立っていた三人を見て、完全に言う気がなくなってしまった。

この状況に一番気を揉んでいたのはライラで、他の団員達に「いざとなったら全力で取り押さえるぞ。」と耳打ちしていた。

幸いにも団長であるフィンと治療を担当したリーネの説明があり事なきを得たが、一歩間違えば『正義の派閥』と『都市二大派閥の一角』による洒落にならない『抗争』が繰り広げられていたかもしれない。

 

「先日に引き続き、本当にすまなかった。この件についてはそれ相応の償いをさせてもらう。勿論、【紅の正花】が求めていた慰謝料も払うし、可能な限り君達からの要望に答えると約束しよう。」

「──だ、そうですが、どうしますか?」

「・・・・・直接被害にあったのはベルよ。それについてはベルからの要望を聞くべきじゃないかしら?」

「確かに。私達だけで決めることじゃないかもね。」

 

フィンが真摯に頭を下げて提案してきた案を聞き、輝夜がアリーゼに意見を求める。

少し間を置いてアリーゼが自分の考えを述べると、リャーナがそれに賛同する。

他の団員達も異論はないようで、なんだかんだ言っていたライラも「まぁ、アリーゼが言うならそれでいいか。」とアリーゼの意見に同意した。

それを聞いたフィン達は、騒動がこれ以上大きくなる前に片付く事に内心安堵していた。

「それじゃあ、詳しい内容はベル・クラネルが──」と一旦、この話を区切ろうとした時──。

 

「どうした?何騒いでやがる?」

「あっ!ベートさん」

 

──よりにもよって今一番来て欲しくない人物が来た。

勘違いしないで欲しいのだが、別にベート()が嫌われているというわけではないのだ。

ただ、彼は口調の悪さとその性格から誤解を受けやすく、こういうのも悪い気がするが、折角まとまりかけた話をぶち壊しにしてしまう可能性があった。

だからと言って、彼の問いかけを無視するわけにもいかず、近くにいた団員が恐る恐るといった感じでこれまでの経緯を話す。

それを聞いた彼は予想通り顔を不快げに歪めた後、舌を弾く。

 

「チッ、またあの【アストレア・ファミリア(アバズレ共)】かよ。つくづく面倒くせぇ──」

「「「「あ”?」」」」

「ティオナ!ティオネ!ベートを黙らせろ!!!」

「了解!!」

「口閉じてろクソ狼!!!」

「ごっはぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」

 

案の定、ベートからアリーゼ達に対する暴言が吐かれ、彼女達の口から決して乙女が言ってはならないような言葉が放たれる。

これを聞いたリヴェリアは、彼の近くにいたアマゾネス姉妹に素早く指示をだし、了解の意を示した彼女達は容赦なくベートへ全力の両腕双撃(ダブルラリアット)もとい同時挟撃(クロスボンバー)を叩き込む。

この攻撃を諸に食らったベートは凄まじい悲鳴をあげながら、入ってきたばかりの大広間を後にすることになった。哀れベート。

しかし、元凶が排除されところで放たれた言葉が引っ込むわけでもなく、その場に再び剣呑な空気が漂い始める。

 

──誰かこの空気をなんとかしてくれ!!!

 

一部の者達がそんな事を切に願っていた。そんな時──

 

「あ、あのぉ・・・・・」

 

そんな気まずそうな少年の声が大広間に響いた。

 


 

(ん・・・・・う、うぅぅぅぅ)

 

ここはどこだろう。

思考が纏まらず、自分がどこにいるかもわからない。

まるで水中にいるかのような謎の感覚を覚えながら、僕はろくに回らない頭を働かせようとする。

 

(あれ?僕、何してたんだっけ・・・・・?)

 

頭が回らないせいか、自分が何をしていたのかすらぼんやりと靄かかったようにはっきりとしない。

何とか思い出そうとするものの、そうするたびに何故か後頭部が痛みだし、うまく集中出来ない。

 

「ベル。」

「───えっ?」

 

頭を悩ませる僕の背後から、聞き覚えのある声がする。

その瞬間、見覚えのある景色が目の前に広がった。

その場所は僕がよく修行をする森だった。

そして、僕に声をかけてきた人物は──

 

「アルフィアお義母さん?」

「どうした?これから修行だというのにぼーっとして。具合でも悪いのか?」

「い、いやそんなことないけど・・・・・」

 

──なんでだろう?久しぶりにお義母さんに会った気がする。

そんなことはないはずなのに不思議とそう感じた僕は、内心首を傾げる。

お義母さんはそんな僕を見て「ならばいい」と言った後、言葉を続ける。

 

「さて、今日の修行はいつもと内容を変えるぞ。」

「え?いつもの目隠しして石を避けるやつじゃないの?」

「ああ、現にいつもはいるザルドが今はいないだろう。」

「あ!そういえば・・・・・」

「だろう。あと、今回は目隠ししなくてもいいぞ。」

「えっ!?それって修行になるの?」

「ああ大丈夫だ。それと今回使う『石』だが──これにする。」

「・・・・・・・・・・・えっ?」

 

そう言ってお義母さんは持っていた『石』を指差す。

それを見た僕は『石?』と疑問を持たずにはいられなかった。

 

「・・・・・お義母さん。」

「ん?何だベル?」

「それは『石』じゃないと思うんだけど・・・・。」

「何故だ?」

「いや、その、大きさが・・・・・。」

 

──それは『石』というにはあまりにも大きすぎた。

 

──大きく、丸く、重く、そして大雑把すぎた。

 

目測で僕の頭より二周りは大きく、とても重そうな『石』──というか『岩』だった。

しかしお義母さんはその『石』を軽々しく持っている。

 

「石だろう?どっからどう見ても。」

「石はそんなに大きくないよ!!!」

「確かに大きいが、大して重くないぞ?片腕だけでもこんなに簡単に持ち上げられる。」

「それはお義母さんの力が強いからだと思います!!!」

「──私が『石』と言えばそれは『石』だ。」

「理不尽!!!」

 

駄目だ!!わかっていたけど、お義母さんは絶対に自分の意見を曲げない!!

お義母さんの口調からそれを察した僕は軽く絶望する。

 

──お義母さん(アルフィア)が『白』と言えば『黒』も『白』になる。

 

まさに女王。

お義母さんの言うことには絶対に逆らわないというのが我が家の暗黙の規則(ルール)だった。

 

「つべこべ言ってないで修行を始めるぞベル。」

「ま、まって!!話を聞いて!!!」

「『英雄』になるのだろう?」

「そうだけど!!そんなものぶつけられたら死んじゃいます!」

「安心しろ人間はそう簡単にはくたばらん。──ではいくぞ。」

「いやぁぁぁぁ!!石を投げないでぇぇぇぇ!!!」

 

僕が情けない悲鳴が上がる中、凄まじい早さで此方へ向かって石が飛んできた!!

 


 

「───うわっ!?」

 

ベルは瞼を勢いよく開き、飛び起きる。

額には汗が浮かび、息は荒くなっていた。

 

「ゆ、夢?」

 

ベルは今までのことが夢だとわかると、ほっと胸を撫で下ろす。

流石に今回ばかりは死を覚悟していた。

 

「・・・・・ここは?」

 

乱れた息を整えたベルは寝ていた寝台(ベッド)から起き上がる。

今彼がいる部屋は彼自身に見覚えのない部屋だった。

広い部屋だが、部屋の中にあるものが寝台とどう見ても使われていなさそうな机のみで『生活感』というものが全くない。

空き部屋というのがふさわしい部屋だった。

そんな戸惑いを覚えつつ、ベルは部屋を見回す。

自分は何故こんな場所にいるのか。彼は記憶の糸を手繰り寄せる。

 

「・・・・!そうだ、僕は・・・・・。」

 

ベルは思い出す。

パーティメンバー(リリ)とダンジョン探索をしていた際に背後から誰かしらの攻撃を受けた事を。

彼は愕然として、一瞬で緊張感を纏い直す。

 

(この部屋はなんなんだ?僕は連れ去られた?リリは、どうなったんだっ?)

 

数々の疑問が彼の心中を満たす。

それをなんとか押さえ込んだ彼は、静かに寝台から抜け出す。

着ていたライトアーマーは脱がされて、近くに置かれていた。

体を拘束するものはなく、自由に動ける。装備品についてもライトアーマーのように近くに置かれていた。

 

(武装を没収されてないってことは・・・敵意はないのかな?)

 

そう考えたベルは一先ず安堵しつつ、部屋に自分以外の気配がないことを入念に確認し、廊下に繋がる扉に耳を当てる。

 

(廊下に気配はない・・・・・。出ても大丈夫かな。)

 

扉の取っ手に手を掛けて、開く。

案の定、廊下に人影はなく長く、広い廊下が奥まで続いていた。

 

「ここは、何処なんだろう?」

 

部屋から出たベルはその見覚えのない廊下で立ち尽くす。

自分はとんでもない場所に連行されたのではと、うろたえていると、

 

「ごっはぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」

「!?」

 

廊下の最奥にある一際大きな扉から男の悲鳴が響いてきた。

その大きな悲鳴にベルは肩を大きく跳ねさせる。

 

(あ、あの扉の先で何が・・・・・・?)

 

とんでもなく不安になるベル。

だが声がした以上、そこに人がいるのは確実である。

 

(と、兎に角、現況を把握しないと・・・・・。)

 

だが、何時までもこの状況でいるわけにもいけない。

そう考えたベルは、ゆっくりと奥の扉に向かうと、意を決して取っ手に手をかけた。

 


 

「「「「ベル!!!」」」」

「!──ってあれ!?みなさん、どうし───」

「べぇぇぇぇるぅぅぅぅぅ!!!!!」

「ひでぶぅぅぅぅぅぅ!?」

 

聞こえてきた声の発生源に目を向けたアリーゼ達と、扉を開けたベルはほぼ同時に驚きの声をあげる。

そして次の瞬間、ベルの事が心配でしょうがなかったアリーゼが彼へ向かって走り出し、勢いよく飛び付く。

ベルは突然の事に全く対応できなかったベルは、アリーゼの胸が顔面にぶつかる形で今までいた廊下に押し戻された。

 

「ベル!皆心配してたんだからね!リリから事情を聞いた時には、心配で心配でいてもたってもいられなかったわ!!」

「あ、アリーゼしゃん、ご、ごめん、な、さいぃぃぃ。」

「「「「うわぁ・・・・・」」」」

「ンー、彼、無事に意識を取り戻したみたいだね。」

「あやつのせいで瀕死に逆戻りじゃがのう。」

 

ベルの顔を自身の胸に埋め、「よかった、よかった」と言いながら、しきりに頭を撫で回すアリーゼ。

アリーゼによって廊下に頭を叩き付けられ、本日二回目の瀕死状態になるベル。

アリーゼの奇行にドン引きする【アストレア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の面々。

意識を取り戻したベルを見て安堵するフィン。

意識を手放しそうなベルとその下手人を指差すガレス。

 

───剣呑な雰囲気こそ去ったものの、そこには新たに混沌(カオス)な状況が出来上がっていた。

 

 





おまけ ベルの家での順位(ランキング)

一位 アルフィア 絶対的な女王様
二位 ベル 女王様の愛玩動物
三位 ザルド コック
四位 本 アルフィアの愛読書
五位 椅子 アルフィアお気に入りの安楽椅子
圏外 ゼウス ベルの教育における癌細胞


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第十八話 兎の望み


短いですけど、久しぶりの戦闘描写です。
わかりにくかったらすみません。


 

早朝

迷宮都市(オラリオ) 市壁上

 

夜明け前のためか空はまだ暗く、朝と夜の境界が曖昧な時間帯。

そんな時間帯のためか、街は静まりかえっていた。

 

(市壁の上、初めて来た・・・・・)

 

普段ならあり得ないほど早起きをして、僕は迷宮都市を囲む市壁の上にやって来ていた。

今いる場所は北西寄りの外縁部。巨大な市壁からは内側の都市を一望でき、そのあまりにも広大な光景に目を奪われる。

万神殿(パンテオン)円形闘技場(アンフィテアトルム)、恐らく有名な【ファミリア】のホームなど、この市壁の高さに迫る巨大建築物は圧巻の一言だった。

 

「お待たせ。」

「あっ!は、はい。」

「準備は、大丈夫?」

「はい!宜しくお願いします!」

 

鈴の音のような声に振り返り、僕はヴァレンシュタインさんに向き直った。

 

「お詫び、本当にこんなことで、いいの?」

「はい!勉強させて頂きます!」

 

何故、僕らが朝早くから市壁の天辺にいるかというと僕がある事(・・・)をお願いしたからだ。

しかし、彼女は【ロキ・ファミリア】の幹部を務めており、下手な事はできない。

一応、フィンさんに許可をもらっているとはいえ、他派閥に目撃され、変な噂が立つと色々と面倒な事になる。

そのため、人目を忍ぶためにここを選んだのである。

 

「それじゃ、ヴァレンシュタインさん。そろそろ──」

「アイズ」

「はっ?」

「アイズ、でいいよ。」

「・・・・・流石にそれは馴れ馴れしすぎでは?」

「みんな私の事をそう呼ぶから。・・・・・それとも、嫌?」

「・・・・・アイズさんがいいのなら。」

 

少し沈み気味になったこの人の声を聞き、断れるはずもなかった。

一方でヴァレンシュタインさん・・・・・アイズさんは僕が名前を呼んだことにとても満足そうだった。

 

「それじゃあ──やろっか。」

「!」

 

アイズさんが剣を構える。

次の瞬間、彼女の纏う雰囲気が一気に変わった。

その体からは闘気というのにふさわしいものが溢れ出る。

流石は第一級冒険者。僕は顔を強ばらせ、唾を飲み込んだ。

 

「・・・・行きます!」

「うん、おいで。」

 

僕は持っていたナイフを構え直すと、アイズさんに向かって吶喊した。

 


 

昨夜

【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム) 黄昏の館 団長室

 

「お詫び・・・・・ですか。」

「ああ。先日の件に加えて、今回も君には迷惑をかけてしまったからね。此方から何かお詫びをさせて欲しい。」

「は、はぁ。」

 

アリーゼさんからの予期せぬ攻撃(スキンシップ)を受け、そのダメージから回復した僕を待っていたのは第一級冒険者二人の謝罪だった。

 

「此度はうちのアイズが本当にすまなかった。」

「その、ごめん、なさい。」

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン

九魔姫(ナインヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ

 

どちらもオラリオに名を轟かせる第一級冒険者である。

そんな二人が僕に向かって頭を下げているという状況は、正直とても気まずかった。

内心、凄い量の冷や汗をかいていた僕に、【ロキ・ファミリア】団長であるフィン・ディムナさんがそんな提案をしてきたのだ。

 

「でも今回の件は事故のようなものじゃ───」

「だからといって何もしないわけにはいかないよ。それに先日の──酒場の件もあるしね。」

「は、はぁ。」

「そうよベル。この際だからなんかお願いしときなさい。」

「う、う~ん。」

 

フィンさん、アリーゼさんはそう言うけれど──悲しいかなそんなすぐに欲しいものは思い付かなかった。

 

お金──には余り興味はない。どちらかというと『スキル』で使用するための『ドロップアイテム』などの方が欲しかったりする。

 

武器や防具──個人的にはとても心を引かれるが、最近新しくしたばかりだし、特に物足りなさを感じることはなかった。

それにザルド叔父さんからは「武器、防具は自分の実力に合ったものを」と言われており、余りにも性能が良すぎる武器を使う気もなかったりする。

 

「兎───いっそ体で払って貰うってのはどうよ?」

「へぁっ!?」

「───何を言っているのかな【狡鼠(スライル)】」

「だってよ、何も思い浮かばねぇならこれぐらいしかねぇんじゃねぇか?幸い、【剣姫】は美人だ。これは役得ってやつじゃねぇの?」

「そ、それってベルと【剣姫】があんな事こんな事するってこと!?だ、駄目よ!!ベルは【アストレア・ファミリア(私達)】のものなんだから!?」

「お、おう・・・・・」

「そんな事する訳ないじゃないですかぁ!」

「あっっったり前じゃあ!!うちのアイズたんにそんな事させる訳ないやろ!!!そういう事をやっていいのはウチだけや!」

「お前も駄目だ!!」

「ごっほぉぉぉぉ!?」

 

ライラさんの爆弾発言により、騒然とする団長室。

フィンさんは困ったように眉間を摘み、アリーゼさんは僕を守るようにギュッと抱きしめ、ロキ様は激怒し、そんなロキ様にリヴェリアさんが手刀を叩き込む。

そんな一連の流れを見て、ガレスさんはうんざりしたような溜息をつき、必死過ぎる団長(アリーゼさん)にライラさんがちょっと引いていた。

因みに、ライラさんの提案に僕の心の中のお祖父ちゃんだけが「グッドアイデア!」と親指を立てて賛同していたが、駄目だよお祖父ちゃん。またお義母さんに魔法で吹き飛ばされるよ。

 

(と、兎に角、何か別の案を考えないと・・・・・)

 

この混沌とした状況に終止符を打つべく、僕は考えを巡らせる。あーでもない、こーでもないと必死になっていたその時──

 

「あっ!」

「ん?ベル・クラネル、何か思いついたかい?」

 

一つだけ妙案を思い付く。

思わず声を上げた僕に、フィンさんが反応する。

この人としても早急に事を終わらせたいのだろう。

 

「フィンさん、お詫びって物品じゃなくてもいいんですよね?」

「?ああ、構わないよ。僕たちに可能な事であれば。」

「だったら───」

 

僕は思いついた妙案を口にする。

それを聞いたフィンさん達、アリーゼさん達は皆一様に顔色を変える。

その顔が語っているのは「えっ?そんなのでいいの?」という驚きだった。

確かに普通に考えればこの提案はお詫びにならないのかもしれない。

しかし、僕にとってはまたとない機会であり、貴重な経験になるのかもしれないのだ。逃す手はない。

この提案を聞いたフィンさんは、少し思案した後、快く了承してくれた。

──その時、ヴァレンシュタインさんの表情が嬉しそうに見えたのは、僕の気の所為だろうか?

 


 

【アストレア・ファミリア】本拠 星屑の庭 団欒室

 

「──まさかベルが『【剣姫】との手合わせ』を望むなんてねぇ・・・・・。」

 

朝食を食べ終えたアリーゼ達は、団欒室にて寛いでいた。

今日の巡回(パトロール)のルートについてだったり、昨夜【ロキ・ファミリア】から提案された件について話し合っている。

そんな時に、ソファーに座っていたアリーゼがポツリと呟いたのだ。

 

「なんだよアリーゼ?不満か?」

「そういう訳じゃないのよ。提案した内容もとってもベルらしいと思ったし」

「あー確かに」

 

アリーゼが呟いた言葉にライラが意外そうな顔をし、話を聞いていたネーゼが苦笑しながら同意する。

ベルの本拠での鍛練などを見る限り、彼の『強さ』への思いはかなり強い。

なので、アリーゼが言った通り今回ベルが提案した内容については特におかしいところはない。ないのだが───

 

「──なんか【剣姫】に負けた気がする」

「「「「・・・・・わかる」」」」

「おい!いい年した大人が16のガキに対抗意識燃やしてんじゃねぇ!」

 

悔しそうな顔をしながら絞り出されたアリーゼの言葉に他の団員が同意し、ライラはそんな団員達に突っ込みを入れる。

彼女としては「マジか」と思わざるを得ない状況だが、アリーゼ達からしたら一大事である。

何せ派閥内で可愛がっていた(ベル)を横からかっさらわれた形になったのだ。彼女達からしたら面白くない。とっっっても面白くないのだ。

 

「落ち着いてアリーゼ。【剣姫】にそんなつもりは全くないと思うわ。それにベルだってそんなつもりで彼女に手合わせを依頼したわけじゃないだろうし・・・・・」

「それにそんなことは神ロキが許さねぇだろ」

 

そんな彼女達をアストレアとライラが宥める。

正直、焦りすぎでは?とアストレアは思うのだ。

確かにベルが他派閥の異性と二人っきりというのは、アストレアからしても何かモヤモヤっとした気分にはなるが、相手はあの【剣姫】である。【九魔姫】と同じくらい男の影が見えない彼女がベルをどうこうするとは思えなかった。

ましてやベルからそういったことをするというのも現状ではあり得ないといえる。

だってあのベルである。

初対面の時はネーゼの姿すらまともに直視出来ず、アリーゼのハグでは毎回のように恥ずかしそうに頬を染め、輝夜の全裸(風呂上がり姿)を見てぶっ倒れたあの超純粋無垢(ピュアッピュア)のベルである。そんな彼が下心のある行動をする──いや出来るとは思えなかった。それにライラが言った通り、そんなことをすればロキが黙っていまい。

その点からベルの事は心配ないというのがアストレアの考えであった。だが、アリーゼ達の心配はそれだけではなく──

 

「ベル君、怪我してないかしら・・・・」

「いや、手合わせなんだから怪我くらいするだろ」

「流石に【剣姫】もLv.1相手なんだから手加減してくれるでしょう」

「そうだといいんですけど・・・・・」

「はぁ・・・・・お前らちょっと過保護すぎなんだよ。ベルだって男なんだから大丈夫だろうよ」

 

ライラはそう言うがマリューは心配そうな顔のままであった。やはり治療師(ヒーラー)としては心配なのだろう。

だが、いつまでも心配し続けるわけにはいかない。

ライラの言葉通りに、この話題を打ち切ったアリーゼは昨夜フィンから提案された件──【ロキ・ファミリア】との合同遠征──についての話を進める。

───だが彼女達は知らない。今まさにベルの身にマリューが危惧していたことが起こっているということを。

 


 

迷宮都市(オラリオ) 市壁上

 

「せやぁぁぁぁぁぁ!!!」

「───ふっ!!」

「ぐっ!!」

 

アイズさんへ向けてナイフを振るう。

しかし彼女は僕の振るった渾身の一撃を軽々しく払い、返す刀で蹴りを叩き込んでくる。

なんとか片腕での防御が間に合ったものの、僕の体は宙を舞う。

一瞬の浮遊感。だが、体が地面に叩きつけられる前に両手を地面に付き、自らの体を回転させることで体勢を立て直す。

 

「ぜりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「!」

 

再びアイズさんへ吶喊する。

彼女はすぐに体勢を立て直した僕を見て驚いたような表情を浮かべたが、迎撃のために直剣を振るう。

凄まじく早い剣筋。当然だが回避は間に合わない。

 

「シッッッ!!!!」

「───!?」

 

故に、流す。

直剣をナイフで受け止め、その力を反らす。

アイズさんの顔が驚愕一色に染まり、ほんのわずかながら体勢が崩れる。

 

(もらった!!)

 

すかさず彼女の体に本気(・・)の蹴りを放つ。

気が引けるけど、彼女は手加減できる相手じゃない!!

 

「────ッ!」

「なっ!?」

 

当たると確信した蹴りは、彼女がバックステップをしたことで虚しく空を切る。───不味い!今度は此方が隙だらけだ!

 

「ふっ!!!」

「があっ!?」

 

その隙をアイズさんが見逃してくれるはずもなく、体勢を立て直した彼女から斬撃を受ける。なんとかナイフで受け止めたものの、先程のようにはいかず吹き飛ばされた僕はゴロゴロと地面を転がる。

 

「!だ、大丈夫!?」

「────っ。まだ、やれます!」

 

思わずといった感じに駆け寄ってくるアイズさんに返事をする。

幸い、胴体に鈍い痛みがあるだけで骨は折れていない。まだ続けられる!

僕の言葉を聞いた彼女は此方に向けていた足を止め、少しの間逡巡していたようだが、僕の心中を察してくれたのか再度剣を構えている。どうやら手合わせを続けてくれるらしい。

そんな彼女に心の中で感謝すると得物であるナイフを強く握り直し、立ち上がった。

 


 

(・・・・・やっぱり、すごい)

 

アイズは未だに闘志を失っていない目の前の少年(ベル)に舌を巻く。

勿論、彼女が評価しているのはその点だけではない。

格上の攻撃を捌けるだけの『技量』

アイズの『虚』すらつくほど巧妙な『駆け引き』

数々の対応を繰り出してくる柔軟な『思考』

それらは第一級冒険者であるアイズすら目を見張り、それと同時に戦慄すらしていた。

 

──もし彼が私と同じ【ステイタス】だったのなら・・・

 

恐らく違った結果になっていただろう。

その事実にゾッとする──と同時に不思議な高揚感を感じていた。

 

(もし、この子から強さの秘密を少しでも知れれば───)

 

(アイズ)はもっと強くなれる。

その時、お詫びをする立場にありながら彼を利用している事実に少しばかり罪悪感を抱くが、すぐにそれを飲み込む。

 

──(アイズ)は強くならなければならないのだ。悲願のために。

 

そう決意を新たにしたアイズは、既に立ち上がり臨戦体勢を取っているベルとの手合わせを再開する。

この後、手合わせが想像以上に白熱し、ボロボロになったベルを見てリリが絶叫するのはもう少し後のことである。

 







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十九話 混沌(カオス)は鍛錬の後で


お待たせしました!やっと更新です。
なお、書き方などを思考錯誤中なので文章的におかしなところがあったらごめんなさい。


 

「はぁー・・・・・どうしましょう」

 

朝の中央広場にて。

人を待っている少女───リリは重い溜め息をつく。

その理由は、昨日起こった出来事に起因していた。

 

(逃げてしまいました。・・・・・ベル様を見捨てて)

 

アイズとベルの間に起きた不幸な事故。

その時リリはてっきりアイズがベルを殺してしまったと早とちりしてしまい、一目散に逃げ出してしまったのだ。

客観的に見るならば、Lv.1のサポーターではLv.5の第一級冒険者にどうこうすることなど出来るはずがないため、この時彼女がとった行動は仕方がないといえるだろう。

だが『見捨てた』と言う事実は、本人にとって感情面で大きな凝りとなっていたのだ。

事情を聞いた【アストレア・ファミリア】の面々は「気にしなくていい」「ベルはそんな事でいちいち怒るような子じゃないわ」などリリに責任を追及するような事はなく、寧ろ罪悪感でいっぱいになっていた彼女を励ますような言葉をかけてくれた。

有難い───と同時に彼女達に気を使わせてしまった自分につくづく嫌気が差してしまう。

 

「───兎に角、ベル様に直接会って謝らないと・・・・・」

 

悩んだって仕方ない。

今自分に出来ることをしよう。

考えた末にその結論に至ったリリは、先程までの暗い雰囲気を散らすように頭をブンブンと横にふる。

 

───彼が怒っているなら誠心誠意謝罪しよう。

 

そう心に決めたリリは静かにベルが来るのを待つことした。

そうやってどれくらいの時間が過ぎただろう。彼女の背後から「リリー!」と彼女の呼ぶ声が聞こえてきた。

その声に気づいたリリは素早くそちらに振り返り──そして後悔した。

 

「ベル様!リリはベル様に謝らなければ───ってぎゃぁぁぁぁぁ!!でたぁぁぁぁぁ!!!?」

 

そこには顔が血まみれの人影が、此方に手を振りながら近づいて来ていたのだから。

 

 

 

「全く!寿命が縮むかと思いましたよ!!!」

「ご、ごめん・・・・・」

 

迷宮(ダンジョン)内にて。

リリはぷりぷりと怒って歩き、ベルは申し訳なさそうにその後に続く。

ベルと会うまでのしおらしさはどこへやら。

朝早くからとんでもないもの(スプラッター)を見せられたリリは自らが決めたやるべきことをすっかり忘れてしまっていた。

 

「・・・・・というかダンジョンに入る前からあんなにボロボロで大丈夫なんですか?」

「だ、大丈夫だよ!現にほら、ここに来るまでの道中も問題なかったでしょ!?」

「確かにそうでしたね・・・・・」

「血だって完全に止まってるし、念のためポーションだって飲んだから平気だよ!」

 

疑わしそうな目を向けるリリに、ベルは必死に弁明を行う。

事実、ここに来るまでのベルの動きに問題はなく、いつも通りモンスター達を倒せていた。

軽いとはいえ怪我をしている状態でダンジョンに潜るなどリリからすれば考えられないことであったが、「まぁ、ベル様ですし」という思いもあり深く考えていなかった。

 

「まぁ、ベル様がそう言うのであれば私に文句はありません。今日も頑張っていきましょう!」

「うん!あっ、そういえばリリ?」

「ん?なんですかベル様?」

「さっき中央広場で何か言おうとしてたよね?なんて言おうとしてたの?」

「・・・・・あっ」

 

その指摘でリリはやっと自分のしようとしていた事を思い出した。

───その後、ダンジョン内にも関わらず始まったリリの土下座&謝罪ラッシュにより、ベル達の足は更に遅れる事となった。

 


 

【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム) 黄昏の館

 

「アーイズ!」

「?ティオナ、どうひたの(どうしたの)?」

「ベルとの特訓から今帰ってきたんでしょ?どうだった?」

 

ベルとの手合わせを終え、本拠に帰って来ていたアイズは

食堂にて朝食を食べていた。

するとそこに同じく朝食を食べに来たのであろうティオナが、アイズの隣に座るなり興味津々といった様子で話しかけてくる。

───因みに、ベルとアイズの手合わせについてはフィンより団員達へ通知がいっているため、全員が事情を知っていた。

 

自派閥の幹部(アイズさん)と手合わせした他派閥の団員(ベル)

 

そんな稀有な存在に興味─一部は嫉妬──を抱かない筈もなく、付近の団員達はその話題を口にしたティオナに心の中で親指を立て、アイズの言葉を聞くために耳を傾ける 。

やがて口に含んでいた食べ物を飲み込んだアイズは、少し間を置いたあと口を開いた。

 

「すごかったよ」

「へぇー、やっぱりすごかったんだ!で、どんな風にすごかったの?」

「すごく、すごかったよ」

「なるほど!」

 

いや、なるほどじゃねぇよ。

全然わかんねぇわ。

話を聞いていた団員達は、ガクリと肩を落とす。

何しろ今のところ入ってきた情報が『すごくすごかった』ということぐらいなのだ。落胆しても仕方ないだろう。

誰もがあんな抽象的な表現を理解できるティオナの理解力に感嘆した。

だが実のところ『なるほど!』などと言っているティオナも理解などできていなかった。

今のところベルについて彼女が得た情報は『なんかすごい』くらいのもんである。

ほとんど何も知らないような状態なのだが、彼女はこの情報はだけで満足してしまっていた。

なにせ彼女は天真爛漫おバカ(ティオナ・ヒュリテ)

難しい事を考えるのは苦手であった。

こうして相槌を打つ者(ティオナ)がいるにも関わらず、当人(アイズ)以外誰一人としてベルの事をわかっていないというよく分からない空間が出来上がった。

 

 

「ぐぬぬぬぬっ」

 

そんなアイズ達を呻き声を漏らしつつ見つめる少女がいた。

 

(アイズさんとふたりきりだなんて・・・・・羨ま──けしから──図々しい!!!)

 

少女──レフィーヤ・ウリディスはその端正な顔をぷっくぷくに膨らませ、その美しい紺碧の瞳の目尻に涙を溜めていた。

彼女の憧れる人──アイズ・ヴァレンシュタインが他派閥の、それも男性と二人っきりでいることなどエルフである彼女からすれば耐え難いことだった。

原作(本来)の彼女であれば即座に「不潔!!!」と少年(ベル)有罪(ギルティ)判定を下し、彼の本拠に殴り込み「見敵必殺!!アルクス☆レイ!!!」とするところであるが、今の彼女にはそうできない理由があった。

 

「・・・・・レフィーヤ、どうした?頬をそんなに膨らませて」

はんでもありまふぇん(なんでもありません)!」

「その顔でなんでもないは無理があるだろう。大方、アイズのことでなんだろうが・・・・・」

「・・・・・だってズルいじゃないですか!アイズさんと特訓だなんて!」

「本人が了承しているし、フィンが昨日お詫びの意味もあると説明していただろう。」

「そ、そうですけどぉ・・・・・」

「大体、お前も彼には前に一度助けられているのだろう?恩人にケチをつけるなど恥知らずな事は許さんぞ」

「うぅぅぅぅぅ!!!」

 

そう。彼女はベルに『借り』があった。

それは怪物祭の際、迫りくる花型モンスターの触手から体を張って守ってもらったという大きな借りが。

 

(だからってそれとこれとじゃ話が違います!!)

 

おのれベル・クラネル。

きっとどさくさに紛れてアイズさんにあんなことこんなことしたに違いない。

レフィーヤの心の中の小さな彼女達も『有罪(ギルティ)!』『有罪(ギルティ)!!』『有罪(ギルティ)!!!』と声高く叫ぶ。

執行猶予など生ぬるい!即座に彼の者へ厳罰を!

だがそんな声も虚しく、リヴェリアから先に釘を刺されてしまった手前、表立って手をだすことなど出来ない。

そんな彼女に今できることは───

 

「むぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

ヤケ食いである。

完全な手詰まりに陥ったレフィーヤは失恋した乙女の如く朝食を猛然と口に突っ込み始めた!

 

「お、おい、レフィーヤ。そんなに詰め込むと喉につっかえるぞ!」

ふぇべなければはってられまふぇん(食べなければやってられません)!!」

「何を言っているかわからん!!ちゃんと飲み込んでから話せ!」

 

突然のレフィーヤの奇行にリヴェリアは狼狽の声を上げるが、彼女は止まらない。

焼きたてのパンを、目玉焼きを、ウィンナーを次々と口の中へと放り込む。

途中、リヴェリアの指摘通りに食べ物を喉につまらせ顔を青くするが、近くにあったミルクを飲んで危機を脱し───また食べ物を口に詰め込み始める。

そんな彼女の変わり果てた姿をリヴェリアはなんとも言えない表情で見つめ、周りの団員達も憐れみを込めた視線を向ける。

信じられるか!?信じられないだろう!?これでもこの()妖精(エルフ)なんだぜ!!今は栗鼠みたいになってるけど!

そんなご乱心中のレフィーヤのもとへ───

 

「レフィーヤ?どうかしたの?」

「ブッッッッッフゥ!!?ア、アイズさん!?なんでこのタイミングで───って、いやぁぁぁぁぁ!!!こんな私をみないでくださぁぁぁぁぁい!!!」

「・・・・・」

「ヒッ!───レ、レフィーヤ・・・・・リヴェリアの顔が食べ物まみれに・・・・・」

「えっ?─────ってあぁぁぁぁぁ!!!!リ、リヴェリア様!?も、も、も、申し訳ございませんんんんんん!!!!」

 

よりによって一番この失態を見られたくない人物に見られたことで、レフィーヤは口に含んでいたものを思いっきり吹き出した。

可憐な妖精から放たれたとは思えないその汚物は、あろうことかそんな妖精達が崇め奉る王族(ハイエルフ)のご尊顔をどちゃくそに汚し尽くした。

リヴェリアから立ち上る静かな怒気にアイズが警告を発するが、もう遅い。

先程から自らの弟子と言っても過言ではないレフィーヤの恥態を見続けた彼女はもう我慢の限界であった。

 

「いい加減にぃぃぃしろぉぉぉぉぉ!!!!」

 

この日、久しぶりにマジ切れした妖精王女様の雷がレフィーヤの頭上に直撃した。

 

 

「・・・・・チッ」

 

リヴェリアの説教を受け、首をすくめ、体を小さくしているレフィーヤ達を尻目に狼人(ウェアウルフ)の青年──ベートは気に入らなそうに舌を弾いた。

 

「なんじゃベート?さっきからアイズ達のほうを見て。何か気に入らんことでもあるのか?」

「うるせぇ」

「大方、アイズに構ってもらえなくてふくれてるんでしょ。全く本当にめんどくさい奴だわあんた」

「そんなんじゃねぇ!!黙ってろ糞アマゾネス!!」

 

近くにいたにティオネとガレスが問うと、彼の琴線にふれてしまったのか、彼らしい返答が返ってくる。

だが、ティオネは知っている。酒場の一件でアイズかしばらく口をきいてくれなかった際に酷く落ち込んでいた事を。

 

「俺は!アイズの近くに雑魚がいることが気に食わねぇだけだ!クソッ、アイズもアイズだ!何であんな雑魚と───」

「雑魚雑魚言うけど、あんたベルから酒場で一杯食わされてるじゃない」

「あんなもん只のまぐれだ!実戦じゃ俺が勝つ!」

「うわ、Lv.1にムキになってるLv.5って・・・・・」

「ベート、お主今最高にみっともないぞ」

 

二人からの辛辣な言葉にベートは歯噛みする。

何も言わないのは自分でも今の発言は恥ずべき事だと感じたからであろうか。

それでも彼からしたら自分が認めた少女(アイズ)がどこの馬の骨ともしれない雑魚(おとこ)と一緒にいるのは面白くなかった。

 

「べぇ〜とぉ〜!わかる、わかるでぇ〜。うちもアイズたんが盗られてえらい悲しいんやぁ〜」

「!なにすんだロキ──って酒臭ぇ!!朝から飲んでやがんのかてめぇ!?」

「こんなん飲んでなきゃやってられんわ!うぅ~アイズた~ん、なんでやぁ、なんでウチを捨てたんやぁ~」

「おい抱きつくんじゃねぇ!うっとおしい!!」

「アイズた~ん!後生やから帰って来てぇ〜」

「この──離れやがれ糞神ぃぃぃぃ!!!」

 

酷く酔っぱらったロキがベートへ抱きつく。

先程から彼女が呼んでいるアイズはとっくのとうに帰って来ているのだが、ロキは酔っているためか気付くことはない。

そんな酔っぱらいの面倒な絡みを受けたベートは秒でブチギレ。

主神であるロキを投げ飛ばす。

人間──もとい神砲弾と化したロキはそのままテーブルの上を滑るように飛んでいく。

勿論、テーブルの上の朝食はめちゃくちゃになり、あろうことかそのテーブルで食事をしていたティオナに直撃する。

 

「なにすんのさバカ狼ぃぃぃぃ!!!」

「うるせぇぇぇぇぇ!!!」

 

取っ組み合うティオナとベート。

逃げ惑う団員達。

これは流石に不味いと二人を止めにかかるガレスとティオネ。

酷すぎる惨状にさらに落とされるリヴェリアの雷。

のどかなはずの朝の時間は一変し、誰も制御することが出来ない混沌とした時間に早変わり。

後に騒ぎを聞きつけ食堂に駆けつけたフィンが、食堂の状況を一瞥して、頭痛を覚えるのも無理はなかった。

 





次回はもっと早く更新できるように努力します・・・・・。


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閑話 兎の寝る間に・・・・・


久しぶりの更新です。
遅くなってしまって申し訳ない。


 

「・・・・・・眠い」

 

ぽかぽか陽気の昼下がり。

日課の鍛練とちょっと普段より多めの筋力トレーニングをこなし、お昼ごはんも食べ終わった僕は暖かな日差しの中で日向ぼっこをしながら大きな欠伸をした。

本拠(ホーム)には自分一人なのでとても静か。

加えて鍛練後の程よい疲労のせいか僕はとてつもない眠気に襲われていた。

いつもだったら迷宮(ダンジョン)でモンスター退治にいそしんでいる時刻であるが、今日は自主的に設けている数少ない休養日。気が緩んでも仕方がない───よね?

 

「久しぶりに昼寝でもしようかな・・・・・」

 

そういいながら僕は立ち上がる。

そしてフカフカの寝台(ベット)を求め、眠気のせいでひどく覚束ない足を必死に動かして、フラフラと自室へ向かった。

 

 

「んー、むぁー・・・・・」

 

数分後、いつもよりたっぷりと時間を掛け、自室にたどり着いたベルは、間の抜けた声をあげながらベットに近づく。

そしてそのままベッドに倒れ込む───と思いきやピタリと動きを止めた。

 

「服・・・・・脱がなきゃ・・・・・」

 

彼は瞼を擦りながらそう呟くと自らの衣服に手を掛け、徐ろに脱ぎ始めた。

───別に彼が露出癖の持ち主だとか某極東の姫君のせいで妙な癖に目覚めただとかそういう訳では無い。

ただ、彼の寝ぼけた頭は自分が迷宮帰りであり、戦闘衣(バトル・クロス)を着ているものだと思い込んでいるのだ。

故に、寝るためにはそれを脱がなければならない。

無論、その考えは間違いではない───ベルが戦闘衣を着ているのなら。

本拠内でそんなものを着込んでいるはずもなく、今ベルが手をかけているものは彼が部屋着として着ているもの。

そんな状態で更に一枚服を脱げばどうなるかというと───

 

「ん・・・・・これでよし・・・・・」

 

そう、パンツ一丁(パンイチ)である。

脱ぎ終わった後、ベルは満足そうに頷く。

最早、自分の姿すら正しく認識できていないらしい。

でなければこんなあられもない姿で「これでよし」などと言うことはなかっただろう。

だが、寝ぼけきった子兎(ベル)の頭の中は夢の国に旅立つことで一杯になっており、他のことには考えが回っていないようだ。

 

「お休みなさい───Zzzzz・・・・・」

 

ベルはそのまま寝台へとダイブ。

数秒と経たずに夢の国へと旅立った。

 

 

 

「ベルー?いないのかー?」

 

ベルが眠ってから数分後。

静まり返っていた本拠にベルを呼ぶ声が響き渡る。

声の主は野暮用で外へ出ていた輝夜である。

 

「ベルー?・・・・・おかしいな?今日の迷宮探索は休みだったはずなんだが・・・・」

 

そう呟くと、彼女は持っていた籠に視線を落とす。

そこには【デメテル・ファミリア】の知己から貰った色とりどりの果物が綺麗に入っていた。

あいつは育ち盛りだからいつもより多めに貰ってきたのにと、輝夜は肩を落とす。

 

(いや、部屋で寝ているという可能性もあるか?)

 

ベルの性格上、探索が休みだったとしてもいつも行っている自己鍛錬だけは必ずやる筈。

そして時間帯からして鍛錬によって程よく疲労したベルが睡魔に襲われ、眠ってしまうというのは十分あり得る状況だろう。

そう考え、輝夜はベルの自室へと足を向ける。

もし寝ていたのならばあいつの寝顔を見て、後でからかってやろうと考えながら。

 

「すぅ・・・・・すぅ・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは召し上がれということでいいのだろうか?」

 

ベルの自室にて。

あどけない表情で気持ちよさそうに寝るベルを発見した輝夜は長い沈黙の後、真剣な表情でトンチンカンなことを呟いた。

さて、今の状況を第三者視点で見てみよう。

片や半裸同然で寝ている少年(ベル)

片やそんな少年の肢体を憚ることもなく見つめる女性(輝夜)

間違いなく事案である。

 

(棚ぼたな状況だが───万が一があるし、滅多な事はできないな)

 

ベルから目を離さず、真剣な顔つきで思案を続ける輝夜。

その端正な顔立ちも合わさってその姿はとても様になっている。

────のだが、如何せん考えている事が些か残念過ぎた。

いい歳をした女性が自分より一回り年下の少年とどう同衾しようかと考えているのだ。その様はあまりに残念過ぎる。

・・・・・話を輝夜のことに戻そう。

今まさにベルを美味しく頂こうとしているように見える彼女だが『一線』を超えるつもりはなかった。

いやどの口が・・・・・と指摘されそうだがしっかり理由がある。

その一つが輝夜の体にある。

彼女の体には彼女の生家───ゴジョウ家伝の毒が蓄積されている。

この状態でベルと男女のアレコレをすれば死んでしまう恐れがあった。

まあベルの場合は彼のスキルで無効化できそうではあるが、万が一ということもあるので、慎重にならざるを得ない。

それに、輝夜とて女である。

どうせするのなら双方合意の上で「かぐやしゃん、しゅきしゅき、だいしゅき〜」と彼の方から自分を求めて欲しいのだ。

 

「では・・・・・これくらいにしておきますか」

 

熟考の末。

名案を思いついたのか輝夜は笑みを浮かべる。

そしてベルがすやすやと眠る寝台に近づくと───

背中に手を回し、着物の帯を解いた。

 


 

(ん・・・・・・・あれ?)

 

眠りから覚醒し、感覚が徐々にはっきりしてくる中、僕が最初に感じたのは違和感だった。

甘い匂いがする。僕の苦手な甘い菓子のような匂いではなく、花のような───どこか懐かしい匂いがした。

 

(・・・・・お義母さん?)

 

そうだ。お義母さんと添い寝している時の匂いに似ている。でもなんでそんな匂いが?

そんな疑問を抱きつつ、意識を急速に浮上する。

焦点の合っていなかった視界が開けてくるとそこには───

 

そこには(おっぱい)があった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・ナンデ?」

 

いつもなら赤面し、叫び声でも上げていそうだがあまりに理解不能な状況に間の抜けた声を漏らしてしまう。

視線を上に向ければそこには静かに寝息立てる輝夜さんが。

そして目の前には極東の下着──襦袢というらしい──に包まれた輝夜さんのたわわな胸が。

うん、訳がわからない。

いや、落ち着くんだ(ベル・クラネル)。落ち着いて今日の事を振り返ってみるんだ。

 

①鍛練後、食事をする。

②眠気に襲われ、お昼寝する。

③輝夜さんが横で寝ている。

 

・・・・・やっぱり訳がわからない!

どうやったらこんな状況になるのか全然わからない!!

と、というか今さらだけど・・・・・

 

(なんで!?なんで僕、服脱いでるの!?)

 

そう、僕自身の状態も訳のわからないことになっていた!

現在、僕が身に付けているのは下着のみであり、半裸と言っていい。一体なんでこんな姿に!?

ま、まずい・・・・・状況を把握したら急に恥ずかしくなってきた。

な、なんとかしてこの状況を脱しないと───

 

「ん・・・・むぅぅぅ、べるぅ・・・・・」

「ひっ!?」

 

輝夜さんの声を聞き、思わず背が跳ねる。

慌てて輝夜さんの顔を確認するが、彼女が起きてくる様子はない。どうやら寝言らしい。

・・・・・多分、輝夜さんを起こして状況を確認するのが一番いいんだろうけど───

 

『ん?事情を説明してください、ですか?逆にどんな事が起こったと思ったんですか?』

『おやおや、まさかとは思いますが、私の体を見てそれはそれは逞しい妄想をしてしまったんですかねぇ~?』

『いえいえ、いくら可愛い顔をしているといっても貴方も年頃の男。そういうことを考えてしまってもしかたがないことでしょう』

『ねぇ───ドすけべ兎様♡』

 

・・・・・止めておこう。

ぜっっっっっっったいにからかわれる!!!

見える!こんなことを言われて真っ赤になった僕をいじり倒す輝夜さんの姿が!!!

───という訳でここはそーっと寝台から抜けだすことにしよう。触らぬ神になんとやらだ。

 

「むにゃ・・・・・べるぅ、着物姿も中々良いではないかぁ~」

 

うん、輝夜さんも気持ちよさそうに眠っているし、そのままにさておこう。眠り姫の眠りを妨げてはいけない。

───というか輝夜さん、夢の中で僕に着物を着せてくれているみたいですけど・・・・・ちゃんと男物ですよね?

 

「女物でもちゃんと似合っているぞぉ~、ふふふっ」

 

・・・・・違った。しっかり女物だった。

夢のなかでも僕は玩具にされているらしい。

ま、まぁぐっすり眠ってる分には抜け出しやすいからいいかぁ・・・・・。

輝夜さんの寝言に複雑な思いを抱きつつ、この場を離れるために寝台の縁へと近づく。

 

『ベルよ。どうせなら乳ぐらい揉んでいったらどうじゃ?』

 

おっといけない。

心の悪魔(お祖父ちゃん)の声が。

駄目だよ。それはしちゃいけない事だよ。

 

『いや!男と生まれたからには目の前の乳は揉まねばならん!揉めぇいベル!!!』

 

話聞いてた?

駄目だってば。そんなことしたらお義母さんに顔向けできない。

だって言ってたもん。寝ている女を襲う男は屑野郎だって。

 

『構わん・・・・・やれ』

 

しつこいなお祖父ちゃん・・・・・。

無駄にカッコつけた顔で両手を組んで言っても駄目。やりませんからね!!───そんな悔しそうな顔で呻かないでよ・・・・・。

僕が断り続けているとぐぬぬっ、とか言ってお祖父ちゃんが悔しがっている。でも駄目なものは駄目なのだ。

 

『揉むのがだめなら───吸うのはどうだい?ベル君』

 

悪魔追加である。

新たな悪魔───ヘルメス様が旅行帽をくいっ、と直しながら囁いてくる。貴方もですかヘルメス様。

 

『おいおいベル君。誰だって一度はおっぱいを吸ったことはあるんだぜ?これは決していやらしいコトじゃないサ!』

 

僕は吸ったことありませんよ!!

───じゃなくて!!それ赤ちゃんのときの話ですよね!?

今吸ったら色々とアウトな気がするんですけど!?

 

『それって赤ちゃんプレイ・・・・・ってコト!?』

 

お祖父ちゃんも同調しないで!!!

二人ともいい加減にして!!今はこんなことをしてる場合じゃないんだ!!一刻も早くこの場から離れないと!!!

 

『『うるせェ!!いこう!!!』』

 

そんな僕の思いを完全無視し、両腕を天高く掲げる二人。

ダメだ!話にならない!!

こんなことをしていたら輝夜さんが起きてしまう!

今のうちに僕は逃げさせてもらう!

二人の声を振り払うように頭を振り、行動を再開しようとする。が─────

 

「先程から一体何をやっているのですか?」

「─────」

 

声が聞こえた。

恐る恐る声のしたほうを見る。

そこには案の定しっかりとお目覚めになっている輝夜さん(お姫さま)が。

此方を見るその顔にはからかう気満々の笑みを浮かべている。

どうやら時間切れ(ゲームオーバー)だったらしい。

べ、弁明を・・・・・弁明しなければ・・・・・

 

「輝夜さん、違うんです・・・・・」

「まぁ、まずは貴方の言い分聞くとしましょうか」

「ぼ、僕はなにもしてません」

半裸姿(その格好)でそれは通らないのでは?」

「僕の意思じゃないんです!!!」

「私が来たときにはすでにそうなっておりましたが?」

「ナンデ!?」

「知りませんよ。私はそんな貴方の横で眠っただけですから」

「それもナンデ!?」

 

顔を真っ赤にする僕のことを見て輝夜さんは面白そうに笑う。

やっぱり輝夜さんは意地悪だ!!!

目に見えて狼狽する僕を見て、輝夜さんはやれやれとばかりに首を横に振る。

 

「全く。この程度のことなら幾度もあったでしょうに。まだ慣れないのですか?」

「無茶言わないで下さいよぉ」

「この調子では先が思いやられますねぇ~」

「うぅ~。輝夜さん、いくら同じ【ファミリア】だからってこういう事をするのは・・・・・」

「別にいいだろう?どうせ将来的には【ファミリア】内で囲うつもりなのだからな」

「初耳なんですけど!?」

「初めて言ったからな。─────というか雰囲気で大体察しろこの二ブチンめ」

「ふぐぅ!!」

 

ジト目の輝夜さんはそう言うと僕の額にデコピンを放つ。

額を撃ち抜かれ、僕が短い悲鳴と共に大きく仰け反る中、輝夜さんはふぁ、と欠伸をしながら大きく伸びをする。

そんな輝夜さんに僕はせめてもの反抗として涙目で恨みがましい視線を彼女に向ける。

すると輝夜さんは「悪い悪い」と言いながら僕の頭に手を伸ばし、髪を梳くように優しく撫で回し始めた。

輝夜さんの予想もしない行動に最初こそ驚き、少し恥ずかしかったりしたが、最終的に可愛がられる(ペット)が如く膝枕でなすがままにされてしまう。僕って結構単純なのかもしれない・・・・・。

 

「どうです兎様、お加減の方は?」

「あい・・・・・気持ちいいです」

「それは大変良う御座いました」

 

僕の返答を聞き、満足そうな笑みを浮かべる輝夜さん。

そんな輝夜さんを見上げつつ、僕は暫くの間膝枕を堪能した。

 







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第二十話 それぞれの思惑


待たせたなぁ!!!(待ってる方がいるかわからんけど!)
リアルが忙しくてなかなか更新できてませんでした!!!
約2ヶ月ぶりの投稿ですが、楽しんで頂ければ幸いです。




 

「オッタル。あの子、また強くなったわ」

「重畳、ですか」

「ええ」

 

迷宮の真上に築かれた摩天楼施設(バベル)

その最上階、最高級のスイートルームを彷彿とさせる広い室内で銀髪の女神はワイングラス手に取りながら、選りすぐりの従者と一つの話題に興じていた。

 

「あれは『成長』なんて生易しいものでは無いの。───『飛躍』。そう飛躍よ。只でさえ輝いていたあの子が『魔法』というきっかけを手に入れてより一層光輝き始めた・・・・・本当、見ているだけで胸が高鳴るわ」

 

広い部屋でグラスをくゆらせ、月の光を反射する水面を眺める。

意中の相手のことを考えているのか、まるで恋煩う町娘のように頬を上気させると、静かにグラスに口を付けた。

 

「器の発展・・・・・それが目覚ましいと?」

「そうね、そいうことになるわ」

 

部屋の隅で顔色を変えず、直立不動の姿勢をとる従者───オッタルと短い受け答えをする。

彼が静かに主神を見守る中、ふとフレイヤの胸中に疑問がわいた。

 

「でも・・・・・なぜあの子はそこまで強くなろうとするのかしら?あの子の輝きが増すのは喜ぶべき事なのだけれど・・・・・少しばかりハラハラさせられてしまうわ」

 

フレイヤはベルの『怪物祭』での活躍を知っている。そしてその際に負った怪我のことも。

その事をフレイヤに話してくれた彼女の友人(・・)もベルの事を心配していたし、フレイヤも自分を助けた後にそんな大立回りしていた事に驚愕した。───因みにフレイヤにとってベルの生き死にはさほど重要ではない。彼が死んだところでその魂を追いかければいいのだから。しかし───

 

「どうせなら・・・・・生きていて欲しいもの。()のためにも」

「・・・・・・」

「───話がずれてしまったわね。それでオッタルは何故かわかる?」

 

フレイヤは先程から沈黙していた従者に意見を求める。

巌のような獣人はしばし口を引き結び、主人の問いに答えた。

 

「恐らく・・・・・『頂点』を見ているのかと」

「頂点・・・・・?」

「はい。フレイヤ様からお話をしてくださった、その者の無謀ともいえる行動は頂点───『目指すもの』がある故の焦りによるものかもしれません」

 

フレイヤはその細く美しい指を自分の顎に添える。

彼女にはオッタルが言った『目指すもの』に心当たりがあった。

フレイヤが直接ベルに聞いた訳ではなく、友人経由で聞いた話ではあるが───彼は『英雄』になることを目的としているらしい。

『なりたい』ではなく『なる』

その言葉には確かな決意が感じられた。

 

「なるほど・・・・・失念していたわ。子供達の寿命は神々(私達)に比べれば一瞬と言っていいほどに短い。そんな中で『英雄』なんてものになろうとすれば焦りもするということね」

「英雄、ですか。───ならばフレイヤ様のご慧眼はただしかったようです」

「あら?何故かしら」

「もしもあの者に本当に英雄になる覚悟があるのなら・・・・・今の実力で良しとするはずがございません。必ず自らの器を昇華させるために『冒険』に挑むはずです」

 

オッタルは言いきった。

幾度となく死地を超え、都市最強(Lv.6)へと至った生粋の武人はフレイヤですら見出だせなかった少年の可能性すら見出したのだ。

 

「なるほど。つまり、手出しは無用ということね」

「左様かと。無論、フレイヤ様が望まれるなら介入致しますが─────」

「いえ、いいわ。そんな無粋な真似はしたくないし。・・・・・それにしても─────」

 

フレイヤはそこで一旦、言葉を切った後、少し拗ねたように呟いた。

 

「私より貴方のほうがあの子の事をわかってあげているみたい。なんだか嫉妬してしまうわ」

 

 


 

「件の冒険者を監視しろ、ですか?」

「ああ、手は出さなくていい。むしろ出すな」

 

場所は変わって闇派閥の居城(クノッソス)

地下故に魔石灯しか主だった光源がない薄暗い廊下にて一柱の邪神とその眷属は密談していた。

 

「それはやはり彼の冒険者が今後の計画に何らかの影響を───」

「ん?いや、別にそういう訳じゃないぞ?」

「・・・・・ではなぜ?」

「単なる興味本位!」

「・・・・・」

 

殴りたい、この笑顔。

屈託のない笑顔を浮かべる邪神───エレボスを見て、その眷属───ヴィトーは思わず拳を握りしめる。

それぐらい許されるのではないのだろうか?

こちとら7年間わがまま放題の主神(あるじ)に付き合ってきたのだ。

聞いた話によればかつて最強と名をはせた派閥───【ゼウス・ファミリア】の主神は【ヘラ・ファミリア】の眷属の魔法を受けても送還されなかったと聞く。

だったら、いいんじゃないか?

この主神の顔に渾身、とまではいかないがほどほどの右ストレートを叩き込んでもいいんじゃないだろうか?

 

「どうしたヴィトー?まるでクソ上司の顔面に拳を叩き込むのを我慢している部下のような顔をして」

「いやに具体的ですね」

 

そんなヴィトーの心境を見透かしたのか、機先を制するように言葉を発したエレボスを恨みがましい瞳で見た後、ヴィトーは大きく溜め息をつく。

 

「そんなに落ち込むなよ。・・・・・これはお前のためでもあるんだぜ?」

「?私のため、ですか?一体どういう───」

「今は教えない」

 

ポツリと呟くようなエレボスの台詞にヴィトーが眉をひそめる。

だが、エレボスはすぐにいつものような飄々とした様子でヴィトーの疑問を遮る。

ヴィトーはあきらめたように再び溜め息をつく。

これ以上追及しても無駄だろう。こうなった主神(あるじ)から神意を聞くことは不可能に近い、と。

 

「わかりました。しかし彼はかなり察しがいい。監視に気づかれる可能性がありますが?」

「その点は問題ない・・・・・このバスラム謹製の試作魔道具(マジックアイテム)があればな!通称、【万能者(ペルセウス)】のパク───」

「それ本人の前で言わないで下さいね。面倒なことになるので」

 

そう言ってローブ型の魔道具を得意げにヴィトーへ見せつける。

この魔道具は被った者の姿を不可視化するもので、ローブ型なので多少かさばってしまうものの、人を監視するといった事に使う分には大変便利な代物である。

・・・・・のだがそれより前に同じくような効果を持つ魔道具(ハデスヘッド)を【万能者】が製作していたため、邪神達がこぞってバスラムを弄りまくったのだ。

やれパクリだの、やれ『著作権はどうなってんだ、著作権は!』だの、挙げ句のはてには『勝訴』や『敗訴』と書かれた紙を持って大騒ぎした。

そのせいでバスラムはブチギレた。

「あんな小娘といっしょにするなぁぁぁぁ!!!いいだろう、我が『不正』の真骨頂をみせてやる!!!」と試作段階にあった兵器を起動させたのだ。

そっから先は地獄だった。

兵器が大暴れしたせいで人造迷宮(クノッソス)に傷がつき、バルカがブチギレ。

騒ぎに巻きこまれる形で闇取引の商品が脱走し、ディックスがブチギレ。

エレボスは脱走したワームウェールに食われかけた。

まさに大惨事。それは死神であるタナトスをして「これ俺達7年間牙研いで来たけど自滅すんじゃね?」と言わしめた。

因みにこの騒動で自らの主神を助け、脱走したモンスターや大暴れした兵器を鎮めるのに奔走したヴィトーは器が昇華(レベルアップ)し、第一級冒険者相当(Lv.5)の力を得たのだ。この騒動のMVPは間違いなくヴィトーと言っていい。そしてヴィトーはキレていい。

 

「わかってるって。んじゃ、よろしく〜」

「はぁ・・・・・では行って参ります。くれぐれも私のいないときに面倒事を起こさないで下さいね」

 

適当な感じで手をふるエレボスに念を押すように言うと、ヴィトーは薄暗い通路の奥へと消えていった。

 

「・・・・・」

 

ヴィトーが通路の奥へと消えた後、エレボスはしばらくのあいだ手を振り続けていたが、不意に手を下ろす。

だからといって何をするわけでもない。ただ、その金色の瞳でヴィトーが消えていった方向を見つめる。

 

「願わくば───お前が『夢』を思い出さんことを」

 

そしてその見えなくなった背中に語りかけるようにエレボスが呟く。

その時、彼の瞳は(おや)眷属()に向けるような、優しいものであった。

 


 

「ちょっと、休憩にしよっか」

「・・・・・はい。お気遣いありがとうございます」

 

市壁の上で僕は仰向けに倒れていた。

理由はもちろん、アイズさんとの手合わせにて無様に転がされているからだ。

日に日に厳しさが増している手合わせだが、なんとかついていけているようで何度か一撃を加えられそうなところまではいく。

だが、やはりそこは第一級冒険者、もとい都市二人目のLv .6。

そう簡単にいかず転がされる日々である。

ボロボロになり、青空を見上げる僕にアイズさんが手を伸ばす。

 

「体は、大丈夫?」

「大丈夫です」

 

そんなやり取りをしつつ、僕はアイズさんの手をとって体を起こす。

そしてそのまま楽な姿勢で座り込むとアイズさんもそれに倣う形で僕の隣に座った。

いつもであれば早朝のみの手合わせになるのだが、今日はリリが急用で不在のため、一日かけての手合わせになっている。

この小休止は長く続けるためのアイズさんから配慮だろう。

 

「君は、すごいね」

「はい?」

 

しばし無言で休憩をとっていた僕達であったが、隣に座っていた。アイズさんが急に話しかけてきた。

 

「冒険者なりたてなのに、びっくりするくらい上達してる」

「え、でも僕、アイズさんに手も足もでてないんですけど・・・・・そ、それにこんなにボロボロに・・・・・」

「それは多分、私が力加減を間違えているだけだよ」

「えっ!?」

「ごめんね、君がLv.1とは思えないほど強いからつい・・・・・」

「い、いえっそんな、謝らないでください!」

 

表情に大きな変化は無いものの、悲しげな雰囲気で肩を落とすアイズさんを慌てて励ます。

だが、こうしていると・・・・・不思議だ。彼女に対して最初に抱いていた彼女の人物像に違和感を感じる。

勿論、冒険者としての評価は変わらない。だが、こうして近くで交流していると彼女は───ちょっと変わったところのある普通の女の子のように感じてしまうのだ。

 

「聞いても、いい?」

「えっ?」

 

全然別のことを考えていた僕は、アイズさんの呟きに意識を眼前に戻す。

目を向けると、先程まで落ち込んでいたのが嘘だったかのように真剣な表情をした彼女が此方を見つめていた。

 

「どうして君は、そんなに強いの?」

「はい?」

「どうして、そんなに早く、強くなっていけるの?」

「強く・・・・・ですか?」

 

問われた内容に、思わず問いを返す。

強い、という言葉は自分にとても不釣り合いなものに聞こえてしまうのだ。

咄嗟にこれまで───オラリオに来る前の僕について考えてみる。

 

───ザルド叔父さんと剣を打ち合えば、剣ごと数十M(メドル)吹き飛ばされた。

 

───アルフィアお義母さんと戦えば、得物のナイフは掠りもせず、魔法(ゴスペル)よりも早い拳骨(ゴスペル・パンチ)によって意識を刈り取られた。

 

うん、全くもって良いとこなしだ。

そんな特訓の日々(地獄)を思いだし、少しばかり遠い目をしてしまったけれど、此方を見据えるアイズさんを見て再度真剣に考えてみる。僕が強くなろうとしてる理由は───

 

「・・・・・何がなんでも、たどり着きたい場所があるからです」

「たどり着きたい、場所?」

「はい、子供の頃に約束したんです。大切な人と───『英雄』になるって」

 

その答えに、アイズさんは目を見開いた。

黙って僕のことを見つめた後、おもむろに頭上を仰いだ。

 

「そっか・・・・・」

 

膝を浅く抱えた姿勢で、彼女は空を見上げた。

 

「・・・・・わかるよ」

 

ポツリと呟かれた言葉に、僕は「え?」と呟きを漏らした。

 

「私も・・・・・」

 

その先の言葉は、急に吹いた風によってかき消された。

その風に思わず僕は目を瞑る。

しばらくして目を開けると、アイズさんはさっきと同じ姿勢で空を見上げていた。

・・・・・個人的には先の言葉が気になったが、今までで見たことのない彼女の目を見て言葉が続かず、しばらくの間、無言の時間が続いた。

 

「ねぇ、ベル」

「!は、はいっ」

 

そんななんとなく気まずい空気の中、先程まで空を見上げていたアイズさんが話しかけてくる。

 

「・・・・・膝枕、しよっか?」

「は?」

 

あまりにも唐突な提案に僕は目を点にした。

 


 

(ど、どうしよう・・・・・・・)

 

アイズは彼女をポカンと見つめているベルを見て焦っていた。

 

(こ、こう言えば男の人は、みんな喜ぶはずじゃ・・・・・)

 

アイズは悩んでいた。

毎度毎度力加減を間違え、ベルをボロボロにしてしまうことを。

かといって手を抜きすぎればアイズの為にもベルの為にもならない。

そんな悩めるアイズが思ついた苦肉の策が──この膝枕であった。

 

(リ、リヴェリアに騙された!?)

 

「お前の膝枕で喜ばない男はいないだろう」と言っていたリヴェリアの言葉を信じ、ささやかなご褒美としての行動だった。

だが、その結果がアイズの目の前で呆然としているベルである。

故にアイズはとても困惑していた。

だが、困惑している場合じゃない!

なんとかして誤魔化さなければ!

 

「あっ、なるほど!」

「!?」

 

(ミニ)アイズ達が机を突き合わせ会議をする中、ベルが突如声を上げ、手を打った。

そして合点がいったような顔でアイズを見る。

 

「休息の訓練ですね!」

「・・・・・え?」

「ダンジョン内でも休息が取れるように、どこでも寝れるようにする訓練なんですよね!」

「う、うん、そうだよ」

「やっぱり!!流石は第一級冒険ですね!!そんなことまで考えているなんて!」

 

ベルが目を輝かせ、アイズを見つめる。

そんな事全く考えていなかったアイズはベルからの尊敬の眼差しに罪悪感を募らせる。

だが、もう訂正はできない。(ミニ)アイズ達が『『『『それだぁぁぁぁぁ!!』』』』とベルの出した結論に飛びついてしまった以上、もうこの嘘を貫き通すしかないのだ。

 

「じゃ、じゃあ訓練、しよっか・・・・・」

「は、はい。・・・・・ちょっと恥ずかしいですね」

「うん、私も少し、恥ずかしい・・・・・」

 

顔を赤くしながらも、訓練と割り切ったのかおずおずとアイズの膝上に頭を乗せ、横になるベル。

アイズもベルの頭を乗せることに少々の羞恥を感じた。

そんな時間がしばらく続いた後───

 

「Zzzzzz」

「寝ちゃった・・・・・」

 

余程疲れていたのかあるいは膝枕(こういう事)に慣れていたのかそんなに時間をかけずにベルは眠りについた。

年相応の寝顔を晒すベルを、アイズは再度眺める。

 

「・・・・・頑張って、るんだね」

 

防具についているモンスターとの戦闘でついたであろう掠り傷やひっかき傷の跡を見て、アイズは察する。

ひたむきに、あんな決意までして努力をしている純粋な少年の思いに触れて、アイズは心の底に吹きだった黒い炎が浄化されていくような気がした。

自分では気づかないうちに、アイズの唇が綻ぶ。

純白な白兎に、癒されていく。

 

「なれるといいね───『英雄』に」

 

そして、と何かを言い掛けてアイズは口を閉じる。

自分の願いをこの少年に押し付けるのは筋違いだと感じて。

再び胸に湧き出した黒い炎を沈めるかのようにアイズはベルの髪や頬を撫でる。幸い、それでベルが起きる様子はなく静かな寝息立てていた。

 

「んっ・・・・・」

 

アイズが小さく欠伸をする。

時刻は昼頃。雲が浮かぶ青い空から温かい光が注がれている。

正に昼寝日和といったところだろう。

 

「私も・・・・・」

 

そう言うとアイズはベルを膝枕した状態で近くの壁に体をあずけ、瞼を閉じる。

小さな吐息が聞こえてきたのは、その後すぐのことだった。

 



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