シャカール⇆ファイトレ…ファインモーション こんなのね (ふぁらんどーる)
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1話

「新郎新婦、二人は互いをパートナーと認め、その命ある限り真心を尽くす事を誓いますか?」

 

傍らに立つ神父の声が近く聞こえる。

きっと彼はアルバイトか何かで雇われた本物の神父ではないのだろう。

でもそれは、二人ともキリスト教徒ではないからお互い様だ。

あの娘と違って俺達二人は生まれも育ちも日本だから。

俺達二人を引き合わせてくれたあの娘は、確かに島国だけれどもこの日本とは随分遠く離れた所にある。

 

「…っおい?今余計なこと考えたろ?」

 

俺があの娘について数瞬…誓の場だというのに考えてしまったからだろう。

察しの良い彼女はその鋭い目をとがらせる。

その髪の色とは対象的な純白のドレスに包まれた姿を見て、一瞬でも他の女性を考えてしまった自分が恥ずかしくなる。

例え邪な気持ちがなくたって。

 

「ゴメン‥あの娘の事を考えてた。あの娘がいなければ俺はきっとキミとこんな関係にはなれなかっただろうから…。」

 

「あっそ…」

 

俺の言葉に彼女は俺への視線を下へと逸らす。

怒らせてしまったかな?

 

「…オレもだよ。」

 

だが、心配は杞憂だったようだ。

 

「え?」

 

「オレもアイツの事を、今こんな時なのに考えてた。これからの将来とかよりも、まっさきにアイツがいたときの事を思い出しちまった…。」

 

恥ずかしそうにそういう彼女はいつもと違ってなんだか塩らしい。

 

「お互い様かな?」

 

「浮気したら許さねぇぞ?」

 

「もうキミしか見えてないさ。」

 

「あっあの…お二人共?」

 

誓いの場だというのに、式を余所に勝手に話をし始めた俺達を見て慌て始めるインチキ神父。

あぁ、そうだった。

 

「まだ途中だったな。」

 

「くだらねぇ…今更宣誓したってオレとお前の距離は変わんないだろう?全くロジカルじゃねぇ…。」

 

「式を挙げたいと言ったのはキミじゃないか?」

 

「…うっせぇ!」

 

次の瞬間。

 

「…なっ!シャカぁむう!?」

 

俺の唇は彼女によって塞がれる。

なんの前触れもなく、唐突に。

誓いの言葉をすっ飛ばし行われた接吻に色めきだつギャラリー。

だけどそれはすぐに高鳴る鼓動に掻き消された。

 

「ぷはぁ…。」

 

ほんの少し、短い口付けから解放されると白衣の彼女は俄に顔を赤らめる。

 

「シャカール…唐突だな。」

 

「アイツだったら多分これぐらいの事はする。」

 

「本当に…?」

 

「多分…?まぁでもオレが言いたい事は解るだろう?」

 

「あぁ…。」

 

彼女と…エアシャカールと俺は真っ直ぐに目を合わせる。

インチキ神父の前だって…例え信じていない宗教であっても…今こそはちゃんと二人で誓うのが筋なのだ。

 

「「私達二人は永遠の愛を誓います…。」」

 

息をあわせ二人でそう宣誓すると、本日二度目の口付けを交わす。

 

もうインチキ神父は目には入ってこなかった。

 

 

───

 

「殿下…非常に申し上げ難いのですが…。」

 

眼前の白衣に身を包んだ人物は酷く緊張している様子である。

 

「構いません。覚悟はできてます。」

 

自身もウマ娘かつ、我が国の中でも最も優秀だと言われるウマ娘専門の女医ではあるが、今はその緊張のせいか普段の聡明さは欠片も感じる事ができない。

 

「その殿下…殿下の御身はウマ娘としては…生物としては大変健康体なのですが、その…。」

 

多分、今の彼女の心持ちは残頭台にくくりつけられ、処刑される直前とたいして変わらないのかも。

でも、それは私だって同じ事だ。

 

「はっきりと仰って?それがどんな結果でも、貴女のせいではありません。私に流れる血の問題でもありません。単純に私自身の問題です。」

 

だから私は、そんな彼女の緊張を解す為に幾度となく作ってきた作り笑いで語りかける。

 

「でっ…では…、単刀直入に申し上げます。」

 

「はい。覚悟はできています。」

 

「殿下の御身体では…残念ながらご子息を成す事が…」

 

 

───

 

肌が焼けるんじゃないかと錯覚する様な熱い熱いシャワーを浴びる。

 

「ふぅ…」

 

水栓を閉じてもまだ身体が熱い。

鏡を見ると顔が汗で滲んでいる。

これではシャワーを浴びる意味など無かったではないか。

 

「ファイン…。」

 

バスローブに身を包み寝室へと戻ると、今の夫が申し訳なさそうに出迎える。

それが、先程までしていた行為を思い出させ、何故か熱くなった筈の身体が冷めていく様な感覚に包まれてしまう。

 

「もう、やめましょうこんな無駄なコト。貴方ももう知っているんでしょう?」

 

私が一言そう言うと彼の顔はいっそう悲愴さを増していく。

 

「きっと何か方法が…。」

 

まるで、ブドウの種から油を絞り出す様に彼は声を捻り出す。

そう、引けないのだ。

彼の出身はこの国ではないから。

 

「方法も何もありません。これは私の身体の問題ですので。」

 

「僕とキミの子供はお義父さんと我々、両国の臣民望んでいる事だよ?」

 

そう、彼の出身地は長年係争が絶えなかった我が国の隣国なのである。

向こうの王族の出身だ。

そこの王族と私とを融和の象徴として婚姻させ、子を産ませる。

それが、両国の主脳部の考えたなんとも時代錯誤な計画だった。

でも…そうだ…彼女の言葉を借りればロジカルな方法なのだろう。

 

何よりも、解りやすい。

 

解りやすいからこそかつてはよく行われ、解りやすいからこそ両国民も納得する。

 

「その計画もおしまいです。これは先天的な物ですから…。残念ですが子供は諦めて下さい。それに、もう疲れました。全くロジカルではありません。」

 

「…ロジカル?」

 

普段私が使わない様な言葉を受け、夫は少し怪訝な顔。

それを尻目にキングサイズのベッドへ彼と距離を取るように横たわった。

そして、目を瞑る…。

 

何故だろう鼻にふと久方嗅いでいない、芝の臭いが蘇った。

 

あぁ…夢ね。これ。

 

明晰夢。

夢が夢と解るその夢は…私が一番楽しかった頃の記憶。

 

シャカール…トレーナー…グルーヴさん…みんな…

 

懐かしい…顔が浮かんでは消えていく。

また、いきたいな日本へ…。

 

悲しい夢を見終わった翌日。

枕は涙で濡れていた。

 

 



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2話

 

「ファイン、今年度のエリザベス女王杯の特別ゲストとして軽いイベントに参加出来ないかと向こうの大使館から打診があったんだ。私が外遊で日本へ行く用事があるからそれのお供にとね。彼の国の君主の名を冠したレースでもある。どうだい?悪い話でもないだろう?」

 

姉からそんな話が舞い込んできたのは丁度、気分の晴れないその日だった。

 

「日本に…?私が?」

 

「あぁ、特段公務など無かったとは記憶しているが。駄目かな?」

 

今思えば落ち込む私に対するささやかな配慮だったのかもしれない。

途端に昨晩夢にまでみた芝の匂いが脳裏に過る。

そして、彼の顔も。

 

その日開催されるレースに彼の教え子は出るのだろうか?

というかトレーナーをまだ続けているのだろうか?

 

そんな事さえ知らないのに

 

…もしかしたら会えるかもしれない。

 

あのヒトに。

そんな淡い期待を胸に抱いてしまった。

 

「解ったわ。ご一緒いたします。」

 

二つ返事で快諾する。

断る理由などあろうはずもないのだから。

 

 

………

 

「シャカールと一緒になった理由は褒められた物ではないんです。」

 

「ほう?」

 

ファインが一度、自分の意志でトレセンに戻ってきてしばらく…本当の別れが訪れた。

それまでの期間、何かとファイン、シャカール、俺の三人で集まるという事が日常的になっていた。

言ってしまてば、俺とシャカールの距離が縮んだのは中心人物であるファインが消えたけれど、その名残で余り物の二人が行動を伴にし続けただけのこと。

 

そもそも最初のうちは…彼女が去ってもしばらくは…映像付きのオンライン通話等で、3人顔を合わせる時もあったけれど…

 

それはやがて只の国際通話となり…

 

チャットサービスとなり…

 

手紙となって…

 

最後は何もなくなった。

 

公務、公務の連続で王女が異国の民草に割ける時間は減っていき、そして遂には連続的な繋がりは消えてしまった。

 

その結果、二人きりになってしまったという事なのだ。

 

だから、二人の会話の中心は主役が居なくなった後も依然、ファインモーションのままだった。

 

「このカップ麺アイツが好きそうな味してるなぁ?」

 

「そうなんだ?この新商品まだ食べてないけど買おうかな?」

 

「そのビールってアイルランド製なの知ってたか?」

 

「何得意げに話してんだ?このネット社会そんなのガキでもしってるぜぇ?」

 

「いや、前にファインが教えてくれたからさぁ…」

 

アイツが…

 

ファインが…

 

まるで二人は失った何かを埋め合わせる様に、互いの中に彼女の残り香を探り合った。

そして、それがいつの間にか互いの匂いを求め合う、そんな関係に移っていっただけなのである。

 

これは褒められた物なのだろうか?

 

と言う様な事をお酒の席でライトハローさんに話しているこの状況。

場所はいきつけの居酒屋だ。

 

「私の前で惚気ですか?羨ましいご身分ですね。」

 

眼前で生グラス片手にそう言う彼女は少し機嫌が悪そうである。

そう言えばそろそろ婚期がなどと最近よく騒いでいた。

酷な事をしてしまっだろうか。

 

「それにしても、彼女、現役時代はトレーナーさんにべったりというイメージが強かっただけに意外です。本当に今は何も連絡を?」

 

ひとまず手に持つグラスを空にして彼女はそう続けた。

 

「別に学生時代の先生みたいな人ってそんなもんじゃないですかね。自分も思い返してみると学生の時あれだけ仲の良かった先生と今は一切連絡なんてとってないですから。」

 

「でも、先生とトレーナーとでは違いませんか?」

 

食い下がるハローさん。

お酒が入ると気が強くなるタイプなのだ。

 

「逆にハローさんは今でも当時のトレーナーさんとご連絡などとってらっしゃるんですか?」

 

「…そう言われると…でも、年賀状くらいはやり取りありますよ。」

 

「それくらいな物でしょう?彼女の場合は公務もありますからそういうのだって難しいんでしょうね。」

 

「それは寂しいですね何とも…。あっ生ジョキこっちです!」

 

いつの間にかデバイスで注文したのか、店員から追加のジョッキを受け取りグラスを片手にする。

そんな彼女はどこか釈然としないご様子だ。

 

「そんなもんですか?」

 

「そんなもんです。でも…」

 

「でも?」

 

「この間、結婚式で久し振りに連絡があったんです。手紙とか電話とかでなく国際電報で。特に結婚したなんて連絡はしてなかったんですけど。流石、一国のプリンセスなだけあります。」

 

「所謂祝電って奴ですね。なんて書いてあったんですか?」

 

「ゲール語だったんで何とも…彼女が日本に居た時は少しばかり勉強したんで、ちょっとは読めたんですけどね。今はもう…。回りに英語は解る人間がいても、ゲール語識者なんていませんから。」

 

「翻訳アプリとか使って訳さないんですか?」

 

「あえて訳してないんです。」

 

「それまたどうして?」

 

良い感じに彼女と話が弾んできた。

 

「それは…」

 

その時だった。

 

「オイ、随分楽しいそうだな?」

 

俺の真後ろから、聞き慣れだ愛バの声が聞こえたのだ。

 

「まぁっ!シャカールさん!?お久しぶりです!」

 

振り向くとサングラスをかけ、パンクがかった私服姿のシャカールが座敷に胡座かく俺達二人を見下していた。

 

「シャカール…?どうして?」

 

「どうしても何もお前が家に帰ってこないからだろうがよ?」

 

怒るというよう呆れる。

そんな口調で言葉を投げつけるシャカール。

でも…

 

「今日は音楽仲間と飲んでくるから遅くなるっていってたじゃないか?」

 

彼女の持つもう一つの顔。

それは電子音輝くフロアの主役。

今日はそれ関連の集まりがあり遅くなると言われていた。

だから帰っても食事は用意されてないし、用意する必要もないと思って今日たまたま学園にきていたハローさんとこうして飲んでいる訳だが…。

 

「今日のは半分付き合いだから早く切り上げてきた。それで愛する我が家でお前の帰りを待っていたけど、なかなか戻ってこないからこうして迎えにきてやった。そんな訳なんだがよ、まさかこんな所で他の女とよろしくやっているとは思わなかったぜ?えぇ?愛しのマイダーリン?」

 

「他の女とよろしくってぇ…?」

 

何を言っているんだ?

 

と言おうとした俺は初めて理解した。

 

席を挟んで酒席を共にしている相手はライトハロー…。

間違いなく女性だ。

しかも未婚の。

 

「あっ…」

 

迂闊。

籍を入れたばかりで、独身気分から抜けられていなかった。

ここに来ておれはようやく初めて、既婚者である男が未婚の女性と二人きりでお酒を飲んでいる。

そういう危ういシチュエーションだと言うことを理解してしまった。

先程までの喧騒は何処へやら…あたりの雰囲気は重くなる。

 

…先に沈黙を破ったのはハローさんの方だった。

 

「いやいや!イヤイヤイヤ!違うんです!シャカールさんっ!そんなつもりでなくてですね!普通に!いつもの様に!友達と飲みに行くノリで!今日、誘ったんですよっ!そもそも、まさかあのG1バの男を取ろうなんて度胸、こんな私にありませんって!ねぇっ!トレーナーさん!?アナタからも何か言ってくださいよ!というか、もうこんな時間!すみません!お先に失礼!しますね!」

 

そして、あっという間に身の回り整えスタートダッシュ。

未勝利といえどウマ娘に相応しい脚速さで退店した。

きっかりと机の上に数千円も置いてある。

割り勘にしてはちょっと足りない気もするけど。

 

取り残される俺達二人。

 

「飲み治すか?」

 

「…おっおう。」

 

さっきまでライトハローの座っていた席にあぐらをかくシャカール。

ポチポチとその小さな指で、あの黒いビールを注文した。 

 

それにしてもあのスピード‥

 

「…これはエアシャカールのトレーニングに活かせるかもしれない!とか思ってんだろ?すぐ他のウマのトモおいかけるなよ、エシカルじゃねぇな?」

 

「…はい、すみません。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話

こんなの書いといてなんですけど
あの世界のアイルランド王国ってなんなんだろう
カトリック信仰してるんだろうけども
どんな血統の王族なんだろう
個人的にはクロムウェルの時に大陸に残っていた親アイルランドのアイルランド貴族の血筋を持ってる貴族が対英制作でカトリック系の王国から送り込まれて、反乱成功、以後アイルランド王国を名乗る
とか妄想してます



華奢な女性の体温を背中に感じる。

もう少女とは言えなくなってしまったが学生の頃とその背丈は変わらない。

168cmと女性にしては長身。

だが線が細いからか千鳥足の俺でも充分におんぶできる。

 

「…んんぅ、飲み過ぎた。ロジカルじゃねぇ。」

 

「本当に珍しいなシャカール。」

 

おぶられそう独り言るシャカール。

ハローさんがさり二人きりになって飲み直したのだが、彼女にしては珍しく許容値ぎりぎりまで飲んでしまい、俺がおんぶする羽目になってしまった。

普段とは違うかわいい彼女が見れた反面、すこしばかり心配になってしまう。

 

「なぁ…?一つ聞いてもいいか?」

 

ふと彼女が俺の耳元で囁いた。

 

「お前はオレの事をどう思ってるんだよ?」

 

なんだか危うい雰囲気で。

 

「え?」

 

「お前が本当に好きなヤツは誰なのか知ってる…。」

 

彼女の放った一言に心臓を打たれた感覚がした。

 

「おいおい…?どうした急に?お前の事が好きじゃなかったら給料3ヶ月分の指輪なんか送らないだろ?さっきのハローさんの件で怒ってるのか?悪かったって本当に。」

 

すぐさまそう言い謝る俺。

でも、シャカールの危うい独白は止まらなかった

 

「解ってるんだよ。本当はアイツが好きだったって…でもアイツがいなくなって…オレとお前の二人になって、最初は正直つまらなかった。だけど、アイツ抜きでのお前と二人だけってのも悪くないなって思えてきて…それでこうなった。」

 

酔っている割に…いや、酔っ払っているからこそ彼女の小さな口は饒舌に動く。

 

「正直、嬉しかった。だけどよ…どうしても不安になっちまう…。"オレ"がそうであるように、お前だって本当は…」

 

「シャカール…それ以上はやめよう。」

 

俺は彼女の言葉を無理やり止める。

でないとズルズルと続いてしまいそうだったから。

 

「シャカール。俺はキミがキミがエアシャカールだから一緒にいたいと思ったんだ。ファインの事は関係ない…彼女の事は愛おしいけど、あくまで教え子としてだ。それに、もうファインは思い出になってしまったよ。」

 

「思い出?」

 

「あぁ、だから安心してほしい。俺の手を取ってくれた事はキミにとっては妥協的産物なのかもしれないが、俺にとってはシャカール、キミしかありえない。」

 

「…なっ妥協なんかじゃっねぇっ!」

 

妥協。

 

「変な事言うんじゃねぇよ…。」

 

俺がその二文字を言った瞬間。

さっきまでの危うさが吹き飛んだかのような大声を上げた。

 

「なら、良かった。」

 

 

真夜中の繁華街。

周りの視線が一瞬、俺達二人に振り注ぐ。

 

「大声出して悪かった。その不安になっちまったんだ。やっぱりオレなんかよりもああいう女っぽい方が好みなんじゃないかって。アイツもそんな感じだったから。」

 

シャカールの俺の首へ回された腕の力が強まった。

 

「今日の事は本当にごめん…でも、インチキ神父の前で言ったろ?もうシャカールしか見えてないって。」

 

「はっ…調子のんなよ。ふんっ!」

 

「イテッ!!」

 

彼女は一言そう言って俺の首にかみついた。

 

………

 

続いてのニュースです。

 

かつて日本トレセン学園に在籍し、現役時は秋華賞やエリザベス女王杯など多数の重賞レースにて勝利を収めたウマ娘。

アイルランド第二王女のファインモーション殿下が姉の第一王女と共に日愛両国の親善外遊の為来日する事が発表されました。

 

ファインモーション第二王女は今年初め、遺伝子的に受胎する事が極めて困難とアイルランド王室から発表されて以来、始めて国家行事に出席するという事です。

 

その為か、アイルランド、日本、また隣国イギリスなどからの関心が高まっています。

 

詳しい日程等は不明ですがファインモーション第二王女は、今月開催予定のエリザベス女王杯に記念ゲストとして招待されており同レースのメモリアルイベントに出席される見込みです。

 

次に為替と株の値動きです。

今朝の東京証券取引所は前日に引き続き、堅調に…

 

………

 

「ねぇ、どちらが良いかしら?」

 

「はぁ、殿下ならどちらでもお似合いかと思いますが。」

 

「もーう、そういう事を聞いてるんじゃありません。」

 

「ご機嫌ですね殿下?」

 

「それはそうです。だって久し振りの日本ですもの。というより、日本どころかお外へ行くのもこのところあまりなかったですから。で、どちらが似合うと思うかしら?」

 

ドレスを2着手に持ち姿写しの前で品定めを行うファインモーション。

その2つはどれもカラフルで可愛らしい装飾が施されていて、一般人が想像するいかにも王族といった雰囲気とはすこし違った。

まるでまだ幼い少女が、晴れの日に着ていく様なあどけなさが残っている。

 

「殿下、あくまでも公務で行くのですからそれに相応しい格好が良いかと。私の私見ですが…。」

 

それを傍らで見守る黒衣を纏ったウマ娘、SP隊長はそんな彼女に危うさを感じた。

鼻歌交じりに服を選別するその様は一見微笑ましい。

しかし、その姿は一国の王女ではなくまるで女学生。

無論ファインの齢は二十を超えて既に数年。

しかし、今の姿はかつて日本で過ごしていた、王女ではない事を許されたファインの僅かな時間に重ねって見えたのだ。

 

ねぇ?どちらが似合うかしら?

 

そうですね。…そちらの方がトレーナー様好みかと思います。

 

ふふっ、ありがとう。ではこちらを着ていくわ。

 

かつて、そのようなやり取りはファインと隊長との間で幾度となくあった。

 

だが…今は…

 

「殿下、お言葉ですが日本へは休暇を取りに行くのではありません。」

 

「…。」

 

隊長の放ったその諫言にファインの浮足立った雰囲気は霧散した。

 

「…解っています。」

 

一瞬の沈黙の後、その鹿毛色の耳を絞ると横目で隊長をねめつける。

いや実際にはファインモーションの目は依然として柔和な雰囲気を醸し出してはいた。

だが、spという職業上、隊長はそう言った気配に敏感である。

だから、横目で微笑むファインモーションがその実、明確なる失意と苛立ちを自身に照射しているのだという事が理解できてしまった。

付き合いの長い隊長は自らの失言を後悔する。

 

「でも、良いじゃない。日本にいる間は夫からも離れられます。そんなの私にとっては休暇と同じです。」

 

柔らかな語気で、されど、淡々と第二王女ファインモーションは言葉を続ける。

 

「私にとってこの地に君臨し、首脳部の推薦する彼の国の貴族と籍を入れる事が最大の公務です。ですから、休暇と同じ…同じなの。だから良いでしょう?滞在はたったの一週間。エリザベス女王杯の前日に入国して、次のマイルCSの時にはもういないの…。だから、許して…ね?隊長?駄目かしら?」

 

「…殿下?」

 

眼前に佇むのは王女か少女か、隊長にはそれが解らなくなる。

 

「しかし、殿下、例え日本に行かれたとしても既に彼は…。」

 

彼。

 

その代名詞を聞いた途端、ファインの絞られた耳はくるりと元の形に変容した。

 

「どうして、そこでトレーナーが出てくるのかしら?既にって…?彼に何かあったのかしら。」

 

隊長は彼としか言ってない。

しかし、この場で二人の間でその代名詞が誰を差すのかは明白だった。

 

「彼に何かあったとして、どうして隊長、貴女がしっているのかしら?」

 

「いえ、ただ…」

 

「もしかして心配しているのかしら?私があのヒトのところへ行ってしまうのではないかって?」

 

ファインモーション第二王女は嗤う。

 

「なら、安心して、私とあのヒトの間にはもう何もありません。あるのはささやかな約束と思い出だけ…案外心配性なのね隊長って?」

 

「御身をお守りする立場ですので。」

 

「ふふっ…ありがとう。ところでドレスの件なのだけど…。」

 

職務上身につけたポーカーフェイスでなんとか誤魔化すsp隊長。

 

(やはり、言えないあの事は…。)

 

だが、平静に装おった彼女の顔。

その裏で、隊長の心拍は今日最大の高鳴りを更新し続けた。

 

 

 

 

 

 



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4話

エリザベス女王杯

 

京都レース場で開催される。

その年の女王の座を賭けた芝2200mの戦い。

彼の国の女王の名を関するレース。

私、ファインモーションが幾年振りに来日したのはそんな女王決定戦の前週だった。

空港に私と第一王女の乗する専用機が到着し、タラップを降りる。

瞬間、掃射されるのは溢れんばかりのフラッシュ。

薄目で笑い、手を振ると弾ける光はさらに増す。

自分でも嫌になってしまうけど、私の立場がどういうものなのか再認識する瞬間だ。

ざっと目を通すと様々な国のプレスがいる。

殆どは日本の主要報道社、そして我が国の現地駐在員…。

 

それに次いで多いのが、あの国のメディア。

 

──やっぱり気になるのかしら…。

 

あの国では私は一体どんな報道をされているのだろう。

暗い考えが頭の中に湧き出るのを感じながら、そのまま横付けされた専用車へと乗り込む。

 

「失礼します。」

 

革張りのシートへと腰を降ろすと、間髪いれずに隊長も乗り込む。

何かあった時の為に姉とは別の車。

だから、大きな車にもかかわらず車内には私と隊長、運転手しかいないのだ。

 

「隊長、今後の予定は?」

 

「はい、一度このまま京都迎賓館へ、お姉様はそのままそこへ滞在されますが、殿下は京都レース場近くのホテルへの宿泊という手はずになっております。そして、明日はURA主催のメモリアルイベントにご出席いただきエリザベス女王杯の出走予定者達や関係者との対談が予定されております。つきましては…資料を作成させていただきましたので、お目通しの程よろしくお願い致します。」

 

そう言うと隊長はホチキス止めされた資料を手渡してくる。

見るとイベントのスケジュール、概要、予想される質問等が記載されていた。

 

「…あれ?」

 

何ページか捲り私の指は止まった。

丁度、出席者の欄。

私の目は釘付けになる。

 

「ふふっ…やった!やった!まさか!まさか、久し振りに会えるなんて!でも…やっぱり!優秀ですものね!そうなるのは当たり前かしら!きっと教え子さんといっしょにエリザベス女王杯を目標にしていたんだわ!」

 

自分でも驚く位にはしゃいでしまう。

口調はいつの間にか十代の少女の様になっていた。

普段の私を知らない運転手は異様なはしゃぎようにその顔をこまった感じに強張らせる。

 

「それにしても、隊長?どうして内緒にしていたのかしら!」

 

「…サプライズと思いまして。」

 

「うん!うん!すごく!すっごく、びっくりしたわ…!はぁ〜それにしても久し振りに会えるのね…!ふふっ楽しみ!」

 

郊外を進みつづける黒塗りの車。

その中で私は明日のイベントに想いを馳せ続けた。

 

───

 

「トレーナー!あのファインモーション殿下とお知り合いなんですよね!」

 

「…あぁ。」

 

そう短く首肯する。

11月の京都。

今、オレ達二人はエリザベス女王杯のメモリアルイベントへ出席する為に開催まで日があるというのにワザワザトレセン学園から会場となる京都レース場付近のホテルへやって来ていた。

 

ファインモーション第二王女の来日。

それに伴ってのメモリアルイベント。

女王杯の出走予定者とそのトレーナーの出席要請。

 

今週頭に会長室へと呼び出された時は何かやらかしてしまったんじゃないかと冷や汗をかいたんだが…。

なんて事はない。

少しおべっか使って外交をしてこいとの指示だった。

だからこそ前泊の為にこうしていつもより高いホテルで寝泊まりする。

勿論これは経費で落ちる。

 

ニュースで来日する事は知ってたが…。

 

まさか面と向かってアイツに会えるとは想像もしていなかった。

 

「あぁ…アイルランドの王女様なんですよね!王女様なんて絵本の中でしか見たことないです!粗相ない様にしなくっちゃ!」

 

キャリーケースを引きながら、ホテルの廊下ではしゃぐ担当。

そんな彼女を見て少し微笑ましく思う。

余程異国の王女様に合うのが楽しみと見える。

この娘もイベント招待者。

女王杯の出走予定者だ。

 

はて?コイツは果たして世界地図を渡してアイルランドが何処かと指させるのだろうか?

 

…流石にそこまでの教養はあるか。

 

そういう自分はどうなのだろう。

いきなり会えるという衝撃に襲われた物だから…。

ぶっちゃけ、ただただ驚いている。

 

嬉しい…嬉しいんだけれども。

 

(あーっ、何て話せばいいんだ…?)

 

久し振り?

げんきにしてたのか?

最近どうなんだ?

 

そんな事を開口一番言えばいいのだろうか?

 

なんたって数年振り…。

それこそ直接顔を合わせるのは。

ただ、親友に合うというだけなのに頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。

 

…もしかして緊張してるのか?オレ?

 

思わず視線を床へそらしてしまう。

足元にはビジネスホテルとは違う高級そうな赤い絨毯が視界に広がっていた。

きっとふわふわしていて寝転んだら気持ち良いのだろう。

現実逃避気味にそうかんがえ始めた。

 

そんな時だった。

 

「…え?」

 

まだ、泊まる部屋についていないというのに、担当のキャリーケースを引く音が消えた。

 

「…?まだ部屋は先だぞ?」

 

「ト、トレーナ…前。」

 

「あ?」

 

声を震わせ前方を指差す担当バ。

それに従い視線を再び前方へと戻す。

 

「ふふっ、お久しぶりですね。」

 

一見して高貴な雰囲気を感じさせる白を貴重とした勝負服。

背丈はあの頃と変わっていない。

顔に少し残る幼さも、背伸びした様な大人っぽさも。

全部そのまま…。

 

「…ファイン?」

 

「久し振りね、シャカール。いえ、シャカールトレーナーと言った方がよろしいかしら?」

 

………

 

「トレーナーさん…本当に良かったんですか?」

 

「何が?」

 

「だってぇ…」

 

不安気にこちらを見つめる担当。

その指先のタブレットに映る女性が安の原因だった様だ。

 

「この方、トレーナーさんの元担当だっだんですよね?王女様。ニュース映像でご一緒されてるの見ましたぁ…それに、理事長さんが言ってました。メモリアルイベントに招待されていたのに参加を断ったって…。」

 

隣を歩く担当バが声を震わせる。

映る映像はライブ実況。

エリザベス女王杯前日のメモリアルイベントだ。

レース参加予定者やURAの重鎮達と対談をしているかつての教え子の姿があった。

 

「随分大人になったなぁ。」

 

思わず独り言る俺。

そこには勿論、エアシャカールの姿もあって…なんだが昔の二人を見ている様だった。

学園のカフェテリアで一緒にいた。

ファインと言葉を交えて画面越しにも顔が鋭い眼が緩んでいるのが解った。

 

「参加されなくて良かったのですか?」

 

「って言ってもなぁ〜福島と京都の瞬間移動は流石にしんどいよ。」

 

「すみません。私のせいで。」

 

「仕方ない、ファインの来日は急に決まった事だ。キミのレースほ前々から決まってたしさ、今の俺にとっては昔の教え子との再開よりも今のキミの針路のほうが重要だ。」

 

「でも…。トレーナーの奥さんだって京都にいますよ…。3人は非常に仲良しだったと聞いてますう。たづなさんから。」

 

肩を落とす担当バ。

何だろうレース前なのにテンションが絶不調になってしまっている。

 

「でもじゃないっ!」

 

「ふぁっいっ!?」

 

だから俺は彼女に発破をかけるため大声を出す。

 

「キミは俺をファインに会いに行けば良かったと後悔させたないのか!」

 

「ひえっ!そんなつもりは!」

 

「じゃあ!?」

 

「じゃあ…?」

 

「勝つしかないだろっ!」

 

「ふはぁっあい!!」

 

肩を叩いて担当バをダートへと送り出す。

 

「さぁっ勝ってこい!」

 

福島の第11レースそれが今日の俺にとって代えられない瞬間だった。

 

解ってくれるよな?ファイン?

 

 



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5話

決算考えたやつ

4んで…♥


間隔あけまくりかつくそ短いけどゆるして
ゆるせ

あと川崎競馬場はゆるすけど
船橋競馬場はゆるさねぇ

三千円返して下さい

仕事やめて旅打ちしてぇなぁ…



高級ホテルのラウンジルーム。

普段の自分とは縁遠い場所。

眼の前に広がる黒檀のテーブルも、備え付けられたシャンデリア風の照明器具も、従業員が身につける統一されたネクタイピンでさえ、その全てが普段見慣れた物よりも格式の高い事が伺える。

現役時代は重賞で良い成績だとこんな雰囲気の場所に通される事も多々あったので動じる事などないんだが…

 

隣に座る担当は縮こまり完全に上がってしまっている。

 

「あっすみません…」

 

外套を預かりに来たウェイトレに開口一番、謝罪の声。

反射的に上げた物なのだろうがかえって、向こうが恐縮してしまっている。

 

…まぁ、オレの教え子だ。

 

その内こういった機会にも慣れていくだろう。

 

「上のラウンジを抑えてあるの?良ければ一緒にどうかしら?」

 

不意な再開の後、ファインに誘われるがままやってきたVIPルーム。

だが、この場にオレ達二人はどこまでも不釣り合いだった。

 

「ふふっこういった所は初めてかしら?まだ若いものね。まるで昔の私をみているみたい。」

 

「オマエは最初から余裕綽々だっただろーがよ。」

 

「あれ?そうだったかしら?」

 

王族様が慣れてない訳ないだろうに。

現役最後の有マ記念の前日イベント。

そこで、記者団を前に全く動揺していなかった昔の姿を思い出す。

 

「それにしても…シャカールの担当さん?」

 

「はっはいっ…!?」

 

「貴女、明日の意気込みはどう?」

 

「…いっ…いっいっちゃくを取らさせていただきたいいと思ぃます?」

 

ファインの質問に目に見えて動揺する教え子。

普段は万事動じない性格なのだがこの時ばかりは仕方ねぇな。

 

「初々しいわね本当に…?」

 

クスリと笑う王女殿下。

 

「おいおい、あんまりイジメてやらないでくれ。オレもこいつも平凡な一般人なんだからよ。」

 

「別にイジメてたつもりはないのだけれど…。もと二冠バとそのシャカールの教え子さんならもう一般人ではないのではなくて?」

 

「あのなぁ…。」

 

のほほんとした返答に思わず後ろ髪を掻く。

そうだったこいつは…ファインはこういう奴なのだ。

上品だけどマイペースでどんなに気張って会話しても、いつの間にか手綱は向こうに移ってしまう。

どんな相手でも自分のペースに引きずり込む。

そんな食えない奴なんだ。

 

「こういう所は慣れない?」

 

「すみません、正直慣れません。」

 

恐る恐る返答する教え子。

 

「では、場所をかえましょうか。」

 

ファインはそう言って満面の笑みで立ち上がった。

 

「日本に来たら是非とも言ってみたい場所があったの!お二人共、ご一緒してくださる?」

 

 

───

 

とそんなこんなでオレとファインは現在、ハリウッド映画でしか見た事のない様な大きな要人専用者に載せられ、夜の市街地を移動していた。

教え子はこの専用車を見た瞬間。

 

「私には敷居が高過ぎです!もう無理です!ごめんなさい!シャカールトレーナー!王女殿下!」

 

と絶叫し自室へ引き返してしまったのだ。

 

だから今この空間にはあのバ鹿はいない。

黒塗りの大型車の座席は向かい合わせになっていて、オレに相対する形でファインとsp隊長が座っている。

隊長も久し振りに見たが、ファインに比べこちらは時間通りに齢を重ねた印象を受ける。

それ程までに眼前のファインは思い出の中のままだった。

 

そんな王女サマは鼻歌交じりにご機嫌で、ラーメン専門雑誌を広げている。

行きたかった場所。

そこを問う必要はもうないだろう。

アイルランドにはラーメン屋なんてないのかもしんねぇな。

 

「それにしても…」

 

パタンッと唐突に王女は雑誌を閉じる。

 

「シャカールは私がいなくて寂しかった?」

 

そう声を上げた。

 

「…言いたくねぇ。」

 

思わず声が上擦るオレ。

もうとっくに思春期も反抗期も卒業した筈なのに。

なんだかそれを認めてしまうのがとても恥ずかしかったから。

 

「あれ?あら?あらあらあら?それってどういう意味かしら?」

 

そんな反応を見逃さずファインは嬉しそうに微笑む。

 

「それって私の想像通りの意味かしら?シャカールってツンデレ?さんだものね?その反応だけでもうれしいけれど直接貴女から聞きたいわ!?」

 

「しつけぇなぁ…。」

 

「そんなこと言わずに…言ってくれないのかしら?ね?ね?」

 

「ハイハイ」

 

「うーん聞こえない?私の耳が遠いの?」

 

「あーッもう!寂しかったよ!お前がいなくて!」

 

たまらずそう怒鳴る。

お転婆お姫様。

その、押しの強さは顕在だ。

 

「ふふっ私もシャカールがいなくて寂しかったよ。」

 

満面の笑みでそう言われると何とも言えない気持ちになる。

 

「あっそーかい。」

 

ぶっきらぼう返答する。

我ながら素直じゃない。

でも、とても…とても嬉しく思えてしまう。

だってつまり、それは…。

 

「相思相愛ね!私達!」

 

そういう事なのだから。

 

「でも、びっくりしたわ。」

 

一拍置きファインは言葉を続ける。

 

「何が?」

 

「だってあの娘、現役の時の私に本当にそっくりなんですもの!」

 

「…」

 

その言葉に思わずオレは押し黙った。

 

「喋り方はそうでもなかったかしら。でも、鹿毛色の髪の毛も見た目もまるで昔の私みたい。貴女がトレーナーをしていると知ってからあの娘のレースを見てみたのだけれど、脚質、フォーム…現役の頃の私にそっくり。勝負服のデザインまで似ていた時はびっくりしちゃった。」

 

「なにが言いてぇんだ?」

 

「ねぇ、シャカール?私に似ている娘を選んでスカウトしたの?それとも貴女が私そっくりに走る様に担当の娘へ指導しているのかしら?」

 

ファインの眼。

全てを見透かした様に鋭い緑がかったその瞳。

 

「どっち?」

 

それがまるで俺の身体を貫く様に感じられた。

 

───どっちもだよ

 

「オメェのレースを良く見せている。その答えじゃあ不満か?」

 

本音はとても言えなかった。

 

「じゃあ…そういう事にしておいてあげます。」

 

キキッ…

 

この段になってオレとファインと隊長さんを載せた車がブレーキをかける。

どうやら目的の場所に着いた様だった。

 

「さぁっ!シャカール!昔みたいにラーメンに付き合って!アイルランドにもあるのだけれどなかなか日本みたいなお店がなくて、ずっと楽しみにしていたの!エスコートして下さる?」

 

そう言ってオレの前に差し出された手。

この手を取れって事らしい。

 

「あぁ、喜んでお姫様。」

 

彼女の手をとろうとしたその瞬間

 

「うん!くるしゅうない…。ってえ!?」

 

ひときわ大きな声を出すファイン。

 

「おっおい…なんだよ?」

 

「あれっシャカール…その指輪って…?」

 

社外に出そうと下車した運転手車によりひらかれた扉。

透き間から差し込んだ街灯により、俺の左手の結婚指輪がキラリと反射したらしい。

それがファインの目に止まったのだ。

 

「その位置…只のアクセサリーじゃないわよね?」

 

目をまんまるにする第二王女。

 

「あぁ…そうだけど?」

 

「シャカール!貴女、結婚していたの!いつの間に!?」

 

「はっはぁ…!?」

 

そう言って逆に俺の手を握るファインの手。

彼女の指にもオレと同様、銀の指輪が光っていて…

 

「おめでとう!シャカール!私の事のように嬉しいわ!」

 

彼女の満面の笑みは闇夜の街灯にも負けない位まぶしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───なんだよ、式で祝いの言葉くれたのって。

 

オマエじゃなかったんだな。

 

 

 

 



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6話

「まっ負けてしまいました〜」

 

意気揚々と乗り込んだ福島第11R。

オーブン特別、ダートの中距離戦だったのだが、俺の担当バの順位は3着。

まぁ、ギリギリウィニングライブでバックダンサーとならない位の結果だった。

 

「ごっごめんなさい…わざわざトレーナーさんが、京都を断ってまで福島に来たのに…こんな結果となってしまって…。」

 

不甲斐ない結果だと感じてしまったのだろうか。

今にも泣き出しそうな雰囲気で瞳を滲ませる担当バ。

 

「いや、思ったより悪くなかったよ。相手の実力もあがってきている中での3着。決して悪いものではない。次は一着へ食い込める様に頑張ろうか。」

 

「ほっほんとうですかぁ?」

 

「あぁ、勿論。芝からダートへ移ってしばらくだが、着実に成績は上がってきている。重賞獲るんだろう?この調子なら獲れるさ。間違いなく。」

 

「がっ頑張ります!」

 

トレセン学園の生徒なら誰もが目標とする重賞獲得。

この娘の目標も勿論それ。

しかし、心配はなさそうだ。

運、実力、適性…レースに絡む要素は色々ある。

だが、彼女はもう充分に重賞獲得を目指せる力はついている。

 

G1は無理かもしれないが…

 

なにも重賞はG1だけでは…。

 

「そのぉ…トレーナーさん。」

 

「え?」

 

「G1はぁ…?」

 

やめてくれ

 

「私、トレーナーさんに言われて芝からダートへ転向しました。名残惜しかったけど…でも、トレーナーさんのご指導通り成績はみるみるあがってきています。だから…」

 

やめてくれ、その先を言うのは。

 

「だから、トレーナーさんに言われた通りにしていればG1は獲れますか?」

 

 

………

 

レースが終わったというのに、新幹線にも乗らず、レース場地元の河川敷を走る。

教え子は一人帰らせて…いい歳した大人がジャージ姿で、走っている。

 

理由は単純ルーチンだから。

いつもこの時間。

詳述すれば20時から21時の間。

俺はどんなに遅くとも19時にはトレーニングを終わらせる。

それが一番生徒に負担の少ない塩梅だから。

 

よく目標レース前だからと言ってギリギリの時間までトレーニングさせるトレーナーもいるが、そんな事をすればすぐに彼女達の脚は壊れてしまう。

人間と構造が違うのだから当たり前だ。

 

19時には終わらせる。

その方針を俺はいつ以来からか貫き通しているので、他の同僚他者と違って比較的余裕を持って帰宅できる。

だからこそ、その余裕のある時間を使って走る事を習慣化していた。

 

別にトレーナーである俺が走る必要はあるわけでもない。

時折、自主練するウチの生徒達に絡まれる事もあるがどの娘も不思議そうに俺の走りを観察する。

 

とても異質な物を見るが如く。

どうして貴方みたいな人間がそんな意味も無く走るのか?

 

トレーナーだから?

違う。

 

最近、だらしなくなってきた腹をへこませるため?

違う。

 

多分、これは。

 

「忘れる為だ。」

 

思考がそこに帰結すると口から自然と言葉が出る。

 

 

トレーナーさん、私はG1が獲れますか?

 

それはキミの努力次第だ。

 

 

彼女の疑問に俺は簡潔に模範的にそう返した。

そこに他意はなかった。

実際…G1タイトルの獲得は波ならぬ努力が必要。

だから間違った返答はしていない。

 

無理だとも言えないし、もちろん可能性はゼロなんかではない。

 

だけれども…

 

「獲れない。彼女では…。」

 

短くない経験からこそ解ってしまう現実。

 

天才はいる悔しいが。

 

何の煽り文句だったか…だが、G1タイトルは単純な努力や運だけでは覆しようのない生まれ持った才能。

 

その才能に裏付けされた実力。

 

おまけに豪運。

 

そういった物が必要だ。

 

どれか一つが欠けても獲れないし、全て揃っていても逃してしまう。

そんな矛盾を孕んでいる。

 

だから今のままではあの娘は…

 

「勝てない。」

 

そうつぶやき靴底に入れる力を強くする。

俺が走る理由。

やっぱりそれは忘れる為。

 

…貴方、ファインモーションさん以降、担当をG1バにした事がないのね?

 

ファインモーションをG1バにした担当トレーナーではなく

 

…キミは優秀だけどG1にはなかなか届かないね。

 

ファインモーションにG1トレーナーにしてもらった。

 

自他共に認めるその評価。

 

それを忘れる為だ。

 

そんな現実から逃げる為。

俺は毎日走る習慣をつけてしまった。

ファインを担当していた時にはこんな習慣なかったのに。

 

新幹線へ一人担当を押し込んで、まるで彼女から逃げる様に走る。

 

帰宅せず自分より後にトレーナーになった愛しき妻よりも、成績が悪い事から逃げる様に走る。

 

自分にG1トレーナーという栄誉をくれた、敬愛する教え子に今の自分を見せたくないから、逃げる様に走る。

 

一種の現実逃避。

間違いなく。

 

───一緒に頑張ろう?

 

ふと、彼女の声が脳裏をよぎる。

トレーニングの度にそうかけてくれた声。

アイルランド人なのに流暢な日本語。

目一杯勉強してくれたのだろう。

さっきのライブ配信。

もう何年も来日していないのにその流暢さは健全だった。

サプライズで当時の勝負服を身に纏って。

 

ファインは俺をどう思っているのだろう。

 

会いにこない俺を。

会いにいかない俺を。

妻であるシャカールは来るのに。

俺は招待を断った。

 

本当は時間を作れば会えるのに。

 

我が愛しの愛バ。

今のキミは俺にとってはとても、とっても…

 

「眩しすぎる。」

 

ふと彼女の今の姿を想像する。

忘れる為に走っているのに。

背丈は俺へと迫るくらいに高くなって。

幼さを感じた目鼻立ちもすっかり女性らしく変貌した。

顔にいささか険しさを増したけれど、それは王女としての責任感から…。

その険しさがより一層、その雰囲気を気高い物としていた。

 

「綺麗だよ今も昔も、相変わらず。」

 

そう呟いた、その時だった。

 

走る俺のすぐ後ろに人の気配を感じる。

 

ピッタリとすぐ後ろに…付かず離れず。

 

脚の振り下ろす間隔からしておそらくウマ娘。

 

少し不審に思いペースを遅くした。

 

その肉体のスペックならとうに俺を抜かす事ができる。

だが、そうはせず俺のペースに合わせて付いてきている?

 

何が目的だ?

 

俺の思考を他所に、俺との距離を詰める足音。

そして、その人物が放とんど真後ろに着いたその瞬間。

 

思わず俺は足を停めた。

 

もしかしたら背後の彼女は俺の知っている人物かもしれなかったから。

 

俺がピタリとストップしたからか、背後の人物の足音も無くなる。

 

やはり俺に用がある。

そして正体は既知の人物。

 

後ろの人物から漂うその特徴的な体臭。

 

我々とは少し違うその匂い。

 

辺り一面に漂う香り、それは昔常に俺の横にいた担当愛バの匂いと一緒だった。

 

外国人特有の濃く、濃密で、それでいて不快ではない匂い。

 

「──ファイン?」

 

そう問いかける。

ランナーが、数年前まで常に纏わりついていた、あの懐かしい残り香の持ち主であるかどうか確認する為に。

 

「申し訳ございませんが殿下ではありません。」

 

俺が振り向くよりも速く声の主は否定する。

 

「あぁ、貴女でしたか。」

 

背後に迫る影。

そこにはファインと同じ位、久方振りに会う旧友。

 

ファインの守護者であるSP隊長の姿がそこにはあった。

 

「流石ですね隊長さん。走りにくそうなスーツ姿で息の乱れた様子も無い。今からでも遅くない。ドリームトロフィー興味ないでしょうか?今から一緒に二人でてっぺんを獲りましょう。」

 

「お戯れを。…私は些か齢を取りすぎました。」

 

素っ気なく振られてしまう俺。

冗談といえど少し悲しい。

 

「ところでトレーナー様。何故、私の事を殿下だと?」

 

怪訝な顔する隊長殿。

正体を当てられなかったとはいえニアピン物。

彼女は何故俺が振り向かずその正体に見当をつけたのか不思議な様子である。

 

「失礼を承知でお話すると…」

 

「はい。」

 

「匂いですかね。」

 

俺は正直に応える事にした。

 

「は?」

 

「…後ろから外国の方独特の香りがした物で、ファインモーション殿下かと。」

 

「…そのデリカシーの無い発言。聞かなかった事にさせていただきます。」

 

俺の返答に若干顔を引きつかせる隊長さん。

 

「臭います?」

 

そして自身のスーツの袖をスンスンと嗅いだりしてみている。

 

「聞かなかった事にしたのでは?」

 

「今朝はシャワーを浴びなかった物ですから、もしやと…。」

 

「いえいえいえっ!嫌な匂いではないんですよ。むしろ良い香りといいますか…。」

 

「はぁ?セクシャルハラスメントという言葉は日本にもありますよね?」

 

「黙っときます。」

 

「…それがよろしいかと。でも臭いの違いは解ります。貴方達には自覚がないかと思いますが、我々にとっても、日本人から独特な臭いを感じます。」

 

「そんな物ですか。」

 

そう言えばと、以前海外へ行ったときの事を想い出す。

空港を降りた瞬間、その国の人々の独特な匂いに包まれた。

それと同じなのだろう。

 

「自分達とは異なる臭いを感じとる。SPには重要な技術でもあります。どうです?トレーナー様?今からSPを目指しませんか?」

 

まさかの逆スカウトを提案される。

 

「…ご冗談を。」

 

体臭を感じるとセクハラをしてしまった意趣返しにちがいなかった。

 

「自分の方からも質問よろしいでしょうか?」

 

「答えられる範囲でなら。」

 

「どうしてここに?殿下のお側を離れないのが貴女では?」

 

「それはですね…」

 

一拍置いて黒スーツの彼女は応える。

 

「招待したのに、お姿をお見受けしなかった物ですから、どうされているのかと。」

 

成る程。

彼女の心意が解った。

というか、それ以外隊長がこんな所に来る理由等ない。

 

「すみません。今の担当のレースが今日ここであった物ですから。残念ながらイベントには。」

 

「本日の話ではありません。その次の件です。」

 

「その次?」

 

何か予定等あっただろうか。

 

「はいその次です。ファインモーション殿下の主催でささやかながら懇親会を予定し、その招待状をお送りしていたのですが、予定の時刻になってもいらっしゃらないので。」

 

「すみません、そういったご招待をいただいた記憶がないのですが?どういった形で送っていただきましたか?」

 

「記憶にない?我が国大使館の職員が郵便で確かに送付いたしましたよ。勿論、奥様も含めて。」

 

「郵便で?」

 

「ええ、お二人が参加しやすいように会場は東京で…しかも完全非公開。プライベートパーティですね。」

 

───オメーはほっとくとすぐに書類貯めるからポストの管理はオレがやる。文句あっか?

 

…シャカールだ。

我家の郵便ポストの管理はシャカールがやっていて…。

シャカールが何か関係している…!?

 

「…私としてはエリザベス女王杯メモリアルイベントにご出席されないのも意外でしたが…。」

 

「すっすみません。折角お誘いいただいたのに…!今直ぐにでも!」

 

「いえ…パーティはもう終幕の時間です。それに丁度良かったのですよ。」

 

「何が?」

 

「これは私の個人的な想いだったのですが…トレーナー様。」

 

神妙な面持ちとなり言葉を続ける隊長。

 

「殿下が来日している間。トレーナー様には殿下にお会いしていただきたくないのです。どうか、何卒…」

 

少しの間を置いて。

 

「よろしくお願い申し上げます。」

 

隊長はそう言って深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 



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