VRMMO-RPG:SecondWorld/第二世界スフェリカ ――『ガールズ・リプレイ』―― (日傘差すバイト)
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第一話『踏み出す一歩』
1+2


 

 仮想空間。

 

 

 ――VRという物は、利用方法も、空間の設定も、多種多様になっている。

 特に、それを利用したゲームが、近年、爆発的にヒット、シェアを拡大してきている。

 VRゲームは、元々は大型の商業施設で展開されていたものだが、今では家庭でも手軽にできる。

 

 そんな仮想空間は、現実逃避するには持ってこいだ。

 仮想現実という言葉がある通り。

 仮想空間に降り立った時、そこはもう、もう一つの現実になるのである。

 

 

 

 

 第二世界(スフェリカ)、そう呼ばれるMMORPG。

 キャラクターネーム:ローリエ。

 

 今日もその姿が、森林地帯の奥に現れる。

 

 たった一人。

 

 パーティプレイ推奨の高難度地域に、ローリエはひとりだけ。

 

 軽装に身を包んだ、金髪のエルフ。

 

 その声がつぶやく。

 

「――「『身軽さ上昇(アジリティ・オブ・ウィンド)』『生命力上昇(タフ・オブ・ソイル)』『自己治癒力上昇(リジェネレーション・オブ・ウッド)』……」

  

 

 唱えられる単語の度に、短いエフェクトが奏でられ、ローリエのステータス数値を彩っていく。

 強化の魔法だ。

 

 

 

 やがて持ちうる10種以上、すべての強化を終えたローリエは、1本のレイピアを手に、駆けだした。

 森を徘徊する、厄介者――魔物を狩るために。

 

 

 

 最高難度の地域だけあって、出会う魔物の強さも、雑魚とはいえすさまじい。

 それを慣れた所作で、ローリエは狩っていく。

 

 

 また1匹が、血潮を噴きだしながら、その身体を霧散させながら、消えうせて行った。

 

 

 ローリエは、手を止める。

 

 

 空を見上げれば真昼間の太陽が。

 19時という現実世界の時刻を無視して、煌々と輝いていた。

 

 

 その輝きを、翳した掌で遮りながら。

 ローリエ――いや。

 プレイヤー:(すめらぎ)愛海(なるみ)は、ぽつりと零す。

 

 

「……どうしてこうなっちゃったのかな」――と。

 

 

 

 憂鬱。

 溜息が出る。

 

 

 ゆっくりと、気だるげに。

 

 

 ローリエは……。

 

 いや。

 

 (すめらぎ)愛海(なるみ)は、その辺の倒木に腰を下ろし。

 

 

 思う。

 

 『結局、どこで何をしても、私は同じなんだな』、と。

 何一つ変わらないんだ、と。

 

 愛海が、このゲームを始めたのには理由がある。

 

 

 

 

 愛海は、コミニケーションが得意ではない。

 むしろ、コミニケーションなんてしない。

 必要な生活を送ってきていない。

 

 学校ではいつも一人だし、誰からも声をかけられない。

 

 

 中学校の三年間、一緒のクラスだった人に、「誰だっけ?」と言われるほど、影が薄い。

 珍しい苗字のヒトでしょ。という程度にしか人の中に残らない。

 

 そんな学校生活が楽しい筈もなく。

 家族にも、あまりに生き方が不器用すぎて心配をかけていたから。

 

 だから、VRMMOを始めたい。

 そう言った愛海に。

 そこそこ値の張る機械を、母が快く買ってくれた。

 

 

 

 

 

 愛海は期待していた。

 

 ゲームの中でなら、友達がたくさん出来るかもしれないと。

 

 

 

 ―――。

 

 

 しかし、現実も仮想も、何も変わりはしない。

 だって仮想空間はもう一つの現実だ。

 

 生き方が変わったりするわけじゃない。

 性格が変わったりするわけじゃない。

 

 

  

 

 

 結局、愛海――ローリエは、ずっと一人で遊んでいた。

 誰かと遊んでみたい。

 そんな気持ちはずっとあるのに。

 

 

 どうやればいいのか、解らないまま。

 はや、3年。

 とうとう、ローリエはゲームの限界一歩手前くらいまで、強くなった。

 他のゲームで言うなら、最大がLv100だとするなら、Lv99くらいにはなったということだ。

 

 たった一人のまま。

 

 

 これなら、ネットで繋がるゲームである必要が無い。

 

 何をしているのだろう、母に、高価なゲームを買ってもらって。

 

 もう、高校生になって、1か月になるというのに。

 何の進歩もない自分。

 

 嫌になる。

 

 そんな自己嫌悪を引きずって。

 

 ローリエは、街へ向かう。

 魔物から削り取った金目の物を売りに行くために。

 

 ああ、そうだ。

 

「ついでに、倉庫に溜まってる万能霊草(パナケア)もエリクシルにしなきゃ」

 

 美形に作られたエルフの少女。

 その顔に浮かぶ表情は、今日も暗い。

 

 

 

 



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3

「まいど」

 

 ローリエの掌に、数枚の紙幣と貨幣が渡される。

 

 お金だ。

 

 NPCのおじさんが、買い取った素材分のお金を渡してくる。

 NPCなので、その笑顔もプログラムで、言葉も規定通り。

 ローリエは何の気づかいをする必要もなく、無言、無表情でそのお金を受け取った。

 実際には、プレイヤーに売ったほうが、良いおかねになる。

 

 しかし、他のゲームと違い、このゲームにはなぜか遠隔で取引する手段がない。

 取引所に品物を登録して、別の場所に居るプレイヤーがそれを購入する。

 そういうシステムが無い。

 

 かなり前のゲームのように、自分か、雇ったNPCに露天販売してもらうか方法しかない。

 そして、露天販売のメッカは、首都だ。

 人、ヒト、他人。

 どこもかしこも。

 ものすごい人混みでひしめく街だ。

 そんな場所に、ローリエは行きたくない。

 露店以外にも、直接会って取引する方法があるが、それは問題外。

 

 だから、狩場近くの辺境の村でNPCに売っている。

 

 素材を売った後は、倉庫の整理。

 

 倉庫管理NPCに倉庫を開いてもらう。

 VRなので、倉庫はちゃんと扉があり、中に入ることができる。

 そこには、アイテムが並べて置かれている。

 

 ローリエの倉庫には、ローリエが製造した高級な宝石や、薬草がいっぱい入っている。

 しかしもう倉庫からあふれそうになっている。

 特に、万能霊草(パナケア)

 

 これは、加工すれば量が激減するので、さっさと加工しないといけない。

 これも加工できるプレイヤーに頼めば安く、加工の成功率も高く、品質も高いのだが――。

 

 ローリエはいつもNPCにお願いしている。

 

 「お、お願いします」

  

 水系魔術師NPCに、加工をお願いして。

 どこをとっても至って普通のエリクシルが沢山出来上がった。

 ついでに、製造失敗時に出来上がる高級なゴミもいっぱいできた。

 

 そしてまた、倉庫に高級薬品が並べられる。

 エリクシルは大変高価な高級回復薬――のはずなのだが、NPCには価値が解らないらしく、1グランでしか買い取ってくれない。

 

 これをちゃんと売るには、首都に行くしかない。

 だからずっと、倉庫に眠っている。大量のエリクシルが。

 

 

 まぁでも、薬品と宝石であふれそうな倉庫を見るのは、けっこう楽しいのだ。

 コレクター精神というべきだろうか。

 金塊のたくさん入った金庫をみて、へらへら笑うかのように。

 

 ローリエは一瞬、にへら、といやらしい笑みを浮かべる。

 

 ――ちなみに、この倉庫は5番目であり。

 残りの4つもパンパンに詰まっている。

 なにせ製造できるようになってからのほぼ1年分だから。

 

 

 しかし、ローリエはもうすぐ成長の限界を迎える。

 まぁ、突き詰めればもっと強さを求めることもできるだろう。

 

 でも、どちらにせよこのままでは無理だ。

 

 一人でやっていくには、既に限界が見えている。

 

 

 

 

 ――周囲を見る。何気なく。

 

 この村は、森林系の最高難易度の魔物が出る地帯に接続している。

 パーティプレイ推奨地域だ。

 

 だから、ぽつりぽつりと、見えるプレイヤーは皆、誰かと連れ立っている。

 

 

 

「パーティ……かぁ……」

 

 仲間、友達、パーティメンバー。

 MMORPGなのに、一人で遊ぶなんて、オフゲーしているのと変わらない。

 

 最初から求めていた物を、そろそろ探しに行かなくては。

 

 たぶん首都には、パーティの募集が沢山あるだろう。

 ローリエは、かなり強い筈だ。きっと役に立つ。

 

 

 あんまり強くないパーティに入ることが出来たら、ちやほやして貰えるかもしれない。

 強大なボスに、立ち向かうパーティメンバー。

 しかし歯が立たない状況の中。

 颯爽と、無双プレイで、ぶったおし。

 感謝感激の大喝采。

 

「ふへへ……」

 

 何の根拠もない妄想が膨らんで。

 

 開け放たれたままの倉庫の扉。

 目の前には大量のエリクシルの在庫。

 

 

 

「よし、売りに、行こう……かな。首都、まで……!」

 

 

 やや調子に乗ったローリエは、そうして首都を目指すことにしたのだった。

 

 

 



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4

 

 ローリエは、空間転送システムを使って、首都グランタリスに行くことができる。

 しかし、いきなり行ったら、人混みの中にいきなり出ることになる。

 

 そんなことになったら、水揚げされた魚のようになってしまう。

 

 それは、容易に想像できることなので。

 

 首都からちょっと距離のあるド田舎に飛んだ。

 そこから、徒歩で目指す。

 

 

 「えっと、首都はどっちだっけ」

 

 このVRゲームは、不親切だ。

 他のゲームのように、キャラクターの上に文字は出ないし、お店の名前も表示されない。

 右上にミニマップが表示されるというような親切さは欠片も無い。

 逆に言えば、とことんVRという世界観を大事にしているのだともいえる。

 だって、現実世界で人の名前が浮いて見えてたらおかしいもんね?

 

 まぁ、つまるところ。

 

 今自分が何処にいるか知りたければ、村や町の案内板を見たり、他人に聞いたり、相応のスキルや魔法を使う必要がある。

 

 幸い、ローリエは『紫系エレメント』―(土属性と重属性)と、『緑系エレメント』―『木属性と風属性』のうち、『土』『木』『風』を極めているので、方向感覚は土系スキルの『ディレクションセンシング』というパッシブスキルで補われている。

 

 自分が今、東西南北のどこを向いているのか、ということは親切に表示されるわけだ。

 

「たしか、南の方だったっけ」

 

 普段、森から出ないので、首都の場所が定かではない。

 念のために、村の中に建てられている案内板の地図を探す。

 

 あった。

 大丈夫。首都はやっぱり南。

 

 では南へ。

 

 

 田舎過ぎて、人が居ない辺境を出て、首都への街道を目指す。

 

 

 このゲーム、HPとMP以外にスタミナという物があり、行動すると少しづつ減っていくのだが。

 それは食事で回復する仕組みになっている。

 

 ちなみに、スタミナが0になるとすべての行動が出来ず、放置すると倒れ、もっと放置すると死ぬ。

 もし、戦闘中で食事している場合でない時はスタミナを回復するポーションなどを使うのだが。

 

 

 ローリエは、道中。

 懐から、重度のアル中が酒瓶を取り出して、ぐいっとあおるかのように。

 

 

「ぷはぁ」

 

 エリクシルを飲む。

 だって余ってるから。

 

 さすがの高級薬品だけあって、あらゆる疲労や傷や状態異常やHPもMPもスタミナも全快する。

 首都で幾らで取引されているのか?

 ローリエは知らない。取引したことが無いから。

 

 それを、安酒のように飲むのである。

 可愛らしいエルフが、まるでダメな大人のようだ。

 

 

 そんな感じで。

 街道を進むと、少しづつ人の往来が増える。

 当然だ、首都が近くなってきたからだ。

 

 そして、遠くに、微かに、首都のシンボルである大きな主城が見え始めた。

 懐かしい。

 

 首都に行くのは、いつぶりだろうか、とローリエは思う。

 それに。

 

 街道の脇は、弱い魔物がちらほらと徘徊していて、始めたばかりの初心者が良く戦っているはずだ。

 ローリエも始めたてのころは、この辺りで戦っていたかもしれない。

 

 

 草原生息系の、動物や昆虫なんかの魔物が多かった覚えがある。

 

 見渡す限りの草原。

 空を流れる雲。

 遠くに見える城。

 

 

 絵にかいたような、ファンタジーだなぁ。

 いつの間にか立ち止まっていたローリエがそんなことを思っていると。

 

 !?

 

 どこからか声が。

 ローリエの鋭敏な耳が確かにとらえる。

 

 耳だけではない。

 

 

完全なる方向感覚(ディレクションセンシング)

地上振動感知(レゾナンスシーカー)

超音波空間認識(ウルトラサウンド)

 

 パッシブスキルで増強された感覚は、様々な情報をローリエに伝えてくる。

  

 

「……」

 何かがこっちに来る。

 大きいやつだ。

 

 それに……。

 

 

「これは……」

 

 

 確かに聞こえる声。

 

「た、助けてぇ~!」

 

 フェードインする声とともに。

 

 全力疾走で、草原から街道へ向かってくる人影。

 やがて、その詳細が見える。

 装備も、見た目も、完全に初心者だと解る少女が、ローリエの目の前を。

 街道を。

 

 必死な様子で横切って走り去る。

 

 その後から。

 

 少女を追い回している魔物。

 

 大きな可愛らしいウサギが姿を見せる。

 

「ネームドモンスター?」

 なんて魔物だっけ? 忘れてしまったけど。

 

 

 どうやら、少女はネームドモンスターに追い回されているらしい。

 

 まぁ、放っておいてもきっと親切な誰かが助けてくれるでしょう。

 

 と、思うものの。

 

  

 一度通り過ぎた少女とウサギは、ユーターンして、こともあろうに。

 ローリエが居る方に進路を取った。

 

 

 このままでは巻き込まれてしまう。

 初心者の少女は、ひぃひぃ言いながら、助けを求め続けている。

 

 

 仕方がない。

 

 ローリエは、戦闘態勢を取りつつ――。 

 

 

「『大自然の弓(フォレストアーク)』、『狙撃姿勢(スナイパースタンス)』『木製矢製造(クリエイトアローズ)』、『自然環境下隠密強化(マントオブギリー)』」

 

 木と蔓を組み合わせて出来た長・中距離用のコンポジットボウを作り出し、射程強化、精度強化を施して、大きなウサギに弓を向ける。

 

 地面に突き刺さる幾つもの矢から、1本を手に取り。

 

 弓の弦に、番え、

 木属性スキルの、毒スキルから、麻痺毒を選出し、矢に装填する。

 属性スキルと合わさった物理スキルは、魔法剣となって別のスキルに変貌する。

 

 「『パラライズショット』!!」

 

 放たれた矢が、ネームドモンスターの頭に直撃し、その巨体がバランスを崩す。

 

 

 そして、地面に倒れた。

 

 

 

 

 追いかけられていた少女は、ローリエの目の前まで来て。

 いなくなった後ろの気配に、振り向いた。

 

 地面に倒れた大きなウサギに、視線を向け。

 

 息を切らしながら。

 

 自分が助かったことを知る。

 

  

 少女が再び前を見て。

 

「あ、ありがと……。――あれ?」

 

 

 

 一瞬目の前にいたはずのエルフは、既に姿を消していた。

 

 すぐに草むらに逃げ込んだエルフは、隠密強化がかかっている。

 

 

 もう、初心者の少女に、見つけ出すことは出来ない。

 

 

 



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5

さて、どうしたものでしょうか。

 

 

 

 

 まるで、ゴミのように他人(ヒト)を吐き出す、首都の門。

 

 あそこに入るという事は、汚すぎる排水溝に指を突っ込むくらいの勇気がいる。

 

 少なくとも、ローリエ――いや、(すめらぎ)愛海(なるみ)には。

 

 

 しかし、行かねば目的の達成はない。

 

 やっぱり帰ろうかな、でも行かなくちゃ。

 

 そんな葛藤のループと共に、街の入り口。

 そこに繋がる街道の草むらで。

 

 ローリエは小一時間立ち往生している。

 実際には草の中に伏せているが。

 

 

 首都には入りたいけど、ヒトの往来の中には行きたくない。

 

 他人の往来という河にハマったとたん、ローリエの意識は亡くなるかもしれない。

 

 何か他の手を考えるべきだ。

 

 ローリエは、首都の様子。

 その外壁や、聳えたつ城を観察する。

 

 

 そして、そっと移動を始めた。

 街道に繋がる門から遠ざかる。

 

 

 ぐるりと高い外壁を迂回し、壁の近くまで来た。

 入口からは遠く、ヒトの姿もあまりない場所だ。

 

 そこから、外壁の上を見上げる。

 

 ローリエの能力(ステータス)なら、一足、二足で登れる気がした。 

 なんなら、ローリエは空中を短時間走ることもできるし、跳躍力を強化するスキルもある。

 

 

 よし、やってみよう。

 

 

 そう心に決め――。

 

 

 ――た時。

 

 

 外壁の上の兵士と目が合った。

 弓を手にしている、衛兵だった。

 城……つまりこの首都を所有しているギルドが雇っているNPCだが。

 変なことをすると、ギルドに通知が行く上に、指名手配されかねない。

 

 たぶん、NPC自体は倒すことができるだろう。

 しかし、その後の面倒くささを考えると、強行は出来ない。

 

 ――公衆の面前でさらし首にされ、死刑執行。

 

 そんな目に合うのは嫌だ。

 

 悪い妄想を消し飛ばし。

 

 ローリエは外壁の傍を立ち去った。

 

 

 

 

 

 さて、どうしたものでしょうか。

 

 状況はふりだしに戻った。

 

 いろいろと考えた結果。

 

 「そうだ……」

 

 あることを思い出した。

 

 ローリエは風のスキルを極めている。

 その上で、重力スキルもある程度育てている。

 

 特定の風スキルと重力スキルの習得で覚えるスキル。

 その中に、飛行できるスキルがあるのを思い出した。

 

 

 【飛行(フライト)

 

 

 ローリエはその魔法を使って、兵士の隙を狙って外壁の中に侵入する。

 そうして、民家の屋根に降り立った。

 

 

 さすがに、高空から急降下で侵入されては、兵士も気づかないようだった。

 

 

 「やった、入れた……」

 

 まるで、泥棒か怪盗みたいな入り方だが気にするまい。

 この世界では、かなりの自由が許されている。

 こんな変化球な街への入り方も、出来るならばやっていいのだ。

 その結果どうなるかは、自己責任だけども。

 

 

 さて。

 

 

 ローリエが降り立った屋根から見下ろすと、たくさんの人が、大通りを行き来している。

 路地にも、民家の下の道にも。

 

 あの中に入るのは御免だ。

 

 

 

 ローリエは身軽だ。

 

 STR――Strength

 VIT――Vitality

 DEX――Dexterity

 AGI――Agility

 FAI――Faith

 MEN――Mentality 

 

 の基本ステータスのうち、AGIとDEXに多くを振っている。

 細かく言えば、AGI極、DEX多め、VIT1、MENとSTRとFAIは中程度。

 といった具合だ。

 

 

 つまり、とても身軽で軽快な構成だといえる。

 

 なので、屋根を伝って、移動するくらいは簡単だ。

 

 

 

 さて、当初の目的通り、とりあえずパーティの募集を探さなければ……。 

 冒険者が集まる場所に行けば、たぶん募集があると思う。 

 

 それを真剣に考えた時。

 

「……うっ」

 

 あまりに困難すぎる想像がよぎって、頭を抱えてしまった。

 そもそも、冒険者があつまる場所が良く解らない。

 

 

 ――どこかに都合よくパーティーメンバーを募集している人が、人の少ない場所に居ない物だろうか。

 

 そんなことを考えながら、ローリエは首都グランタリスをうろつくのだった。

 正確には、首都の屋根の上を。

 

 

 



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6

 

 この世界。

 第二世界(スフェリカ)は、とことんリアリティに拘った設計をしている。

 余計なインターフェースは、視界になく、完全にもう一つの現実を思わせ、錯覚させる。

 

 太陽も、月も、星々も。

 独自に定められた法則に従って、公転自転している。

 

 

 故に。

 

 雲も、季節も、風も動く。

 なんなら、天気予報が可能なスキルだってある。

 

 

 

 だから。

 首都の上空に差し掛かった急な暗雲が、土砂降りの夕立をもたらしたとしても、特段不思議なことではない。

 

 

 ローリエが。

 

 自分を入れてくれるパーティに巡り合うために。

 屋根の上をうろつき、下界を見下ろし。

 

 たまに地上に降りたかと思えば。

 

 人気のない場所にぽつんと立ち。

 いかにもな『私強いですよオーラ(自己評価)』を出し。

 

 誰かに、『パーティに入りませんか』と声をかけられることを期待するような。

 全く持って無駄で、頭の悪い、都合のいい愚考を繰り返していた時。

 

 

 それは起こった。

 

 

 数度の雷鳴が轟いたかと思えば、首都全域は急な豪雨に見舞われた。

 種族がら、雨が大好きだったり、有利だったり、全く気にしない輩も居るけれど。

 

 多くは、人間の思考のそれで。

 

 街中のプレイヤーやNPCは、次々に傘や雨具を纏い。

 雨天に閉店する店は、そそくさと看板を下げ始める。

 

 

 そして、雨が嫌いで、雨具の無い輩がやることは一つ。

 

 雨宿りだ。 

 

 

「ひぃ、ヤバイヤバイ」

 

 雨はともかく、雷に撃たれたらただでは済まない。

 

 突っ立って、『誘ってオーラ』を振りまいていたローリエは、一目散に近くの建物の軒下に逃げ込んだ。

 幸い、首都の中でも人気のない路地で、誰かに巡り合う率は少ないだろうと思われた。

 

 

 降りしきる雨。

 地面に強く打ちつける、雫、雫、雫。

 

 ざぁぁぁぁぁ。

 

 聞こえる音が、雨音だけに支配されたかのような。

 

 そんな錯覚。

 

 ローリエは、路地の軒下から、曇天を見上げる。

 

 

 

 冷静になる。

 

 

 

 ――なにをやっているんだろう。

 

 そう思うのは、生きてきて何度目だろうか。

 何千回目だろうか。

 

 

 どうしてこうなったのだろうか。

 

 そう、思う時は良くあるけれど。

 その答えは、既に分かっているのだ。

 

 他人と付き合うことが怖い。

 他人が怖い。

 なのに、仲良くしたい。

 

 

 不毛な、二律背反。

 

 全部、自分が悪い。

 こんな、性格なのがいけない。

 

 他人の中に入っていけない。

 他人に自分から、声をかける勇気がない。

 

 お腹がすいても。

 飲食店には入れない。

 個人経営も、チェーン店も、ファーストフード店も。

 コンビニでさえ。

 うまくお買い物ができない。

 

 ネット通販だけが、ローリエの、愛海の、友達だ。

 

 そんなやつが、パーティプレイに憧れるだなんて、きっとおこがましい事なんだ。

 

 ローリエは、もうすぐ成長限界だ。

 よく考えれば、割とやり切ったと言えなくもない。

 

 ――もう、やめようかな。引退しようかな。

 そんな考えがよぎる。

 

 雨の中。

 

 冷たい雨の中。

 

 軒下から零れた、水滴が顔に当たって。

 頬を伝って。

 

 顎を伝って。

 

 地面に落ちる。 一滴。

 

 

 そんな瞬間に。

 

 

 物思いにふけっていて気づけなかった。

 すべてのスキルの警戒をかいくぐって。

 

 遅れて知った時にはもう遅い。

 魔銀製甲冑(ミスリル)の擦れ合う金属音を奏でさせ。

 

 ロングマントをカッパのように身体に巻き付けて。

 

 その小柄は、ローリエの居る軒下に駆け込んできた。

 

 ばしゃばしゃ、と――。



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7

 

「いやぁ、参ったわね」

 

 

 そう言って駆け込んできたのは、ドワーフ種族の少女だった。

 頭にはなぜか、可愛らしいウサ耳が装着されていて。

 背中には大きな盾を背負い。

 

 どこからどうみても、防御タイプの重戦士が。

 

 ローリエのすぐ隣に入ってきた。

 

 

 唖然とする。

 雨の音が聞こえなくなるくらい。

 

 ローリエは、驚いた。

 

 こんなすぐ隣に、他人がするりと入り込んできた。

 たった、1メートルの真横に。

 その緊張か恐怖か分からない感情に、心身が強張っていく。

 

 

 その様子を、ドワーフの少女は心配してか。

 ローリエの顔を覗き込んできた。

 

 大丈夫?

 そう言いたげに、首が傾げられる。

 

 そろり、と動かしたローリエの視線が、交差する。

 一瞬、ローリエはドワーフの少女と目が合った。

 

 「あっ……」

 思わず声が漏れる。

 けどどうしていいのか分からない。

 

 雨音だけが、ざーざーと耳に入ってくる。

 やかましく。

 うっとうしく。

 跳ね上がる鼓動を押し隠すかのように。

 

 そんな状況。 

 

 

 路地の軒下に、小柄ふたり。

 

 

 そう、小柄が二人だ。

 

 

 ローリエの身長は、ドワーフに近く。

 エルフ種族の平均を大きく下回る140cm程しかない。

 

 

 それは、プレイヤー:(すめらぎ)愛海(なるみ)のキャラクリセンスの無さが原因だった。

 

 あえてもう一度言おう。

 ローリエのキャラクタークリエイションは、愛海のセンスが無さ過ぎた。

 そのため。

 ランダムで作成されたモノを、半ばガチャのように何度も試行して、奇跡的に超絶美形に仕上がった姿形を使用している。

 

 しかし、顔は完璧に仕上がっていたが、体型には一癖あった。

 まず、胸はぺらぺらで、下半身だけが艶めかしいくらいお尻が安産型で、それに倣うように太腿も『太いから太腿って言うんですよ?』と言わんばかりの高主張だ。

 そして、身長は140cmくらいしかなかった。

 これは、エルフ種族としては最低値位の低さだ。

 

 今は、プラチナ色の金髪を、太めの三つ編みお下げにしているが、その幼い髪型のチョイスが、さらに少女感を強めている。

 

 

 そのローリエを、やや中腰のドワーフ少女が、なお上目遣いで見上げてくる。

 ドワーフなのだから、背が小さいのは普通だけど。

 

 だからこそ、視線を遮る術に困る。

 

 上からの視線は遮りやすくても、下からの視線は遮りづらい。

 

 できることは、眼を逸らすことだけ。

 

 

 

 

 エルフの小柄が、どうみても陽気でキラキラの少女に見つめられる。

 ドワーフ少女の小動物のような可愛さが合わさって、ローリエの緊張がさらに加速する。

 

 実際、ドワーフ少女の顔の造形は、ローリエに負けず劣らずの一級品だった。

 美しいというよりは、可愛らしいという雰囲気で。

 ツーサイドアップのミディアムヘアは、薄桜色(チェリーピンク)で、ちょっぴり尖った耳と、色白の素肌。

 子猫のような配分でキラリと輝く赤く大きな目が印象的で、一言で言うならば、めっちゃ幼女。

 トドメとばかりに、頭にはふさふさのウサ耳を身に着けている。

 

 なのに、全身フルプレートメイルでがっちがちだ。

 腰部の花弁のように広がる金属プレートが、鎧の下に着こんだフワフワドレスのスカートと重なって、可憐さすらも孕んでいる。

 素晴らしいコーディネートだ。

 かわカッコいいにもほどがあろう。 

 

 そんなドワーフの身長は125~130くらいだろうか?

 

 様子を見ていた感じのドワーフだが。

 

 視線をそらしたローリエを追いかけるように。

 さらに1歩近づき。

 ローリエの眼を、再び見つめてくる。

 

 そして――。

 

「こんにちは……?」

 

 そんなドワーフの少女も、物は試しという感じか。

 ちょっと探り探りというニュアンスのこもった挨拶が、小さな口から放たれた。

 可愛らしい声で。

 

「へっ?」

 あっ、あの、その……。 

 

 ローリエは、小さな驚きの声を漏らし、思わず1歩後退(あとず)さる。

 続く言葉はまるで霞のように存在感を示さず。

 その背中が、追い詰められたかのように、背後の壁に密着した。

 

 満足な返事も返答も挨拶も、ローリエからは無く。 

 けれども、ドワーフ少女は止まらなかった。

 

「あなたも、雨宿り……ですか?」

「あ、は……は、はい……」

 

 霞から雲くらいには進化した声量で、ローリエは言葉を絞り出す。

 その最中。

 右へ左へ、ローリエが外す視線をドワーフ少女がホーミングしながら。 

 

「そう、ですか。急に降ってきましたもんね」

「そ、ソウデスネ」

 

 眼がぐるぐると回っているような錯覚に陥る。

 ローリエはまちがいなくテンパっている。

 なんなら、この3年間で一番他人と接近しているかもしれない。

 

 

 どどど、どうしよう。

 どうしたら……?

 

 どぎまぎのローリエ。

 

「……」

 

 そのあたりで、ドワーフの少女は悟ったのかもしれない。

 目の前のエルフが、他人が苦手だという事に。

 

 



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8

  

 

 ドワーフの少女は、相手――つまりローリエからまともな返答を得ることを諦めたかのように。

 言葉の追撃はやめて、一歩退き、じぃ、とローリエの姿を下から上まで観察をはじめた。

 

 

 おもむろに、紅い眼鏡を取り出して、装着するとさらに。

 

 じっくりと見つめて。

 

 その間、ローリエは麻痺毒でも食らったかのように固まっていて。

 

 

 暫くすると、ドワーフの少女が再び尋ねる。

 

 

「とても身軽なのですね……? 格闘系のビルドですか?」

 

「え、あ……」

 

 少女は、ローリエが武器を携帯していないことを気にしたようだ。

 このゲームは、他のゲームのようにインベントリが親切ではない。

 

 現実のように、物を携帯するには相応のカバンや入れ物を持つ必要があり、武器も持って歩ける分しか携帯することは出来ない。

 ただ、カバンの中の大きさを四次元ポケット的に増加させるスキルや方法はある。

 とはいえ、武器を持っていないというのは、そういうキャラ構成なのだと思われても仕方が無かった。

 

 

 

 えと、あの。

 

 携帯していないのには理由があるし、1000円の月額課金から利用できる、倉庫に自由に接続できるサービスを得ているのもあるし――。

 

 説明しようにも、言葉が出てこない。

 いきなり何百文字も、ローリエの口からは出てこなかった。

 

 ドワーフ少女は、それとも製造系? 魔法使い系という線も?

 などと、ぶつぶつと一人で呟き。

 

「どちらにせよ、初心者という訳ではないですよね? ――」

 

 今度は、衣装の方に目を向けられる。

 ローリエは、頭には生花を編んで作ったヘッドドレス。

 身体は緑の巨大な葉っぱなど。

 様々な植物を元にして作られたドレスを纏っている。

 全体のカラーリングは緑色。だが、スカートは大きな白色の花弁で構成され、座ると本当の花のように広がる仕組みになっている。

 防御力というよりは、デザイン性重視の装備だと言える。

 

 その装備をドワーフはまじまじと見る。

 

 そうして、何かを諦めたかのように、紅い眼鏡を外して懐に仕舞いつつ。

 

 

「――だって……看破阻害の効果を持った装備だなんて」

 

 いつのまにか、ドワーフは看破系のスキルを使っていたらしい。

 もしくは、紅い眼鏡が、その効果を持っていたのだ。

 しかし。 

 ローリエの装備には、ある程度のレベルまでの看破――即ち、相手の実力がどれくらいかを探るスキルやアイテム効果等――を無効化する特殊加工が施されている。

 

 けれども、そんな加工を施せるヤツは絶対に初心者ではない。

 

 ドワーフは、ひとしきりの観察を終えて。

 

 ぐい、っとローリエに詰め寄った。

 これまでにない位、近く。

 

 あわわ。

 ち、ちかいちかい。

 ローリエは慌てふためく。

 

「ちょっとお聞きしたいのですが……」

 

「は、はい……」

 

「SP幾つですか?」

 

「え、えすぴー、です、か?」

「ええ、総獲得スキルポイント、です。解りますよね? ちなみに、私は、75Kなんですけど……」

 

 ちょっと威圧感を感じで、恐々としつつ。

 ローリエは、「ち、ちょっと、待って、ください」とだけ、必死に受け応えた。

 

 

 

 このゲームにおいて。

 相手の強さを訊くのに、総獲得SPを訪ねる、というのはこのゲームならではの方法だった。

 

 この第二世界(スフェリカ)というVRMMOの最大の特徴として。

 レベル、という物が存在しない。

 敵を倒しても、経験点は得られない。

 

 代わりに、SPを獲得する。

 適正レベル帯ならば1匹につきSP1とか得られればいい方で、適正レベルを外れると、小数点以下の獲得になっていく。

 0.01とか0.001とか、どんどん減っていく。

 

 そうして得たSPを使って、ステータスを上げたり、スキルを獲得するのに使ったりするのだ。

 当然、高いステータスや、高ランクのスキル程、必要なSPは激増していく。

 

 また、このゲームに、職業という物は存在しない。

 ジョブも、クラスも存在しない。

 

 数え切れないスキル群から、様々なスキルを獲得し、目指すキャラクターを自由に紡ぎ出し。

 その結果、自分を剣士だと思うならば、剣士だと自称し、魔法使いだというのならば、魔法使いだと自称する。

 

 例えば。

 物理スキルから、どの武器にでも使えるスキルを選んで取れば、あらゆる武器を使える『戦士』と言えるだろう。

 剣のスキルを特に選んで習得すれば、『剣士』と言えるだろう。

 剣の中でも、両手剣に絞れば、『両手剣士』と言えるだろう。

 火のスキルと、剣を選んだなら、『火の魔法剣士』と言えるだろう。

 

 さらに、1000SP毎に、種族特徴が強化され、ステータスにボーナスを得たり、種族スキルを覚えたりする。

 

 そのSPの総獲得量の最大値は100,000ポイント。

 それを種族強化の基準にもなる1000ポイントで区切って、100Kなどと呼称し、これを第二世界(スフェリカ)の住人は、レベルの代わりに利用しているのだ。

 

 当然、100,000ポイント程度では、ゲーム内のスキルを網羅することは到底できない。

 SPはステータス強化にも使用することから、常にプレイヤーは取捨選択を迫られ、接続数10万人のプレイヤーが居るのだとしたら、装備もステータスもスキルも、誰一人として同じ者は存在せず、10万通りのプレイスタイルがあると言える。

 

 

「えっと、あの、き、き……」

 99Kです。と、ローリエは頑張ってこたえようとするが。

 

 

「ああ。ごめんなさい、困らせてしまって」

 

 いう前に、ドワーフの少女が引き下がった。

 

「ちょっといま、一緒にとあるボスと戦ってくれるパーティメンバーを探していて……」

 

「ぱ、ぱーてぃー……」

 

  めんばー!?

 

 

 

「!?」

 

 はっ、とローリエは口を押える。

 今までのはなんだったのか、という程、今日一。いや、年一大きな声が出た。

 VRゲーム用の機器は、脳内パルスから発せられる命令に忠実だ。

 

 ちゃんと、感情をゲーム内のキャラクターに表現し、表情を作り出す。

 

 ドワーフの少女は驚いていた。

 ローリエも驚いていた。

 

 

 これは、千載一遇のチャンスなのではないか!?

 



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9

 

 

 「ご、ごめんなさ……。急に声出ちゃって」

 

 湧き上がるのは、羞恥心。

 ローリエは急に大きな声を出したことを詫びる。

 

 「ううん、それより、あなたパーティに興味あるの?」

 

 「え、いや……。ちがっ。いやじゃな……くて、その」

 

 「じゃあ、もしかして、もう他のパーティに入ってたり?」

 

 そんなことは無い。絶対にない。

 一度だって無い。

 

 うつむいたまま。

 ぶんぶん、とものすごい勢いで、ローリエは首を振る。否、と。

 

 「そっか。私、さっきも言ったけど、今、どうしても倒したいボスが居てね。何度か試したんだけど、どうやっても今の戦力じゃ無理みたいで。だから、手伝ってくれるメンバーを探してるの」

 

 ドワーフの少女は、地面を見つめたままのローリエを見る。

 テンションが低く、乗り気でなさそうにも見える仕草。

 

 ちょっと強く推し過ぎたかな、と。

 もしかしたら、迷惑だったかな、と。

 

 本当は、どこかへ行けと思っているのかな、と。

 世の中には、一人の方が好きって人もいるし。

 

 ドワーフはそう思ったから。

 

 

「――もしよかったら頼めないかなって、思ったけど……」

 

 少女の言葉尻に、諦めが混じる。

 

 ローリエの伏せっていた目が、前を向く。

 改めて。そして確かに。

 目の前のドワーフ少女を、その眼が見た。

 

 しかし、それと同時に。

 

 

「でも、あんまり無理に誘うわけにはいかないわね。そっちにメリットがあるかどうかも分からないし」

 

 その姿が踵を返す。

 ロングマントが翻る。

 

 

 ローリエの視界には、ドワーフの少女の小さな背中。

 マントの上から背負った大きな盾と、頭に装着したウサ耳。

 そのシルエットが、青空が見え始めた空を向く。

 

 土砂降りだった雨は。

 

 霧雨に代わっていた。

 

 

 完全に止んでしまったら、少女がここに留まる理由はもうない。

 

 

 いや、もう軒下から出ても問題ない程の雨の強さだ。

 今にも出て行くかもしれない。

 

 

 だから。

 言わなければ。

 パーティに入ると。 

 今すぐに。

 

 

 これは千載一遇のチャンス。

 この3年間、1度も無かったチャンスだ。

 

 ローリエのSPは99K。

 全く役に立たないということは無い。

 

 いや、絶対役に立って魅せる。

 

 だから、パーティに入ると。

 

 言わなければ!

 言わなければ!!

 言わなければ!!!

 

 ぐっと、握った拳に力が籠る。

 

 

 

 

 「悪かったわ。それじゃ」

 

 

 

 

 

 「待って!」

 

 

 

   ――ください。

 

 

 

 

 

 

 超絶な、デクレシェンド。

 

 去ろうとしたドワーフ少女が立ち止まり。

 

 振り返る。

  

 

 「あっ! アノッ、パ…………()ッ――」

 

 不揃いなアクセントに、波うつボリューム。

 

 言葉としては、全く用を成していない。

 が、しかし。

 記号の羅列のような、それだったが。

 

 

 

「え? 入ってくれる……んですか? 私のパーティに?」

 

 はい、です。

 そう、です。

 いえす、です。

 OK、です。

 肯定、です。

 

 こくこく、とローリエは全力で、頷いた。

 

 ドワーフが立ち去るのをやめて、再び、ローリエの隣に戻ってくる。

 

 

「ありがとう」

「い、いえ。でも、お役に、立て、るか、は……」

 

「大丈夫よ。もしも、強さが足りなければ、一緒に修行しましょう?」

「は、はいっ」

 

 『一緒に』!?

 なんてすばらしい響きなのだろう。

 

 

「私は、ドワーフで、見ての通り防御型でパラディンぽいことをしてる、フェルマータです、よろしく」

 

 あなたは?

 

「わ、わた、私はッ……名、前、ローリエ……ですっ」

 

「そう。ローリエちゃん? じゃあ、略して『ロリちゃん』ね」

 

「ろ、ろり!?」

 

 

「だって、背ちっちゃいし。全体的にロリってしてるじゃない?」

 そっちドワーフじゃない。

 おまえが言うなァ!

 

 

 

 

 

 

 

 ……って言いたいです、すごく。

  

 

 

  

 



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10

 

 時刻は23時。

 

 現実に戻ってきた(すめらぎ)愛海(なるみ)は、ヘッドギアを外す。

 

 

 あの後、フェルマータと名乗ったドワーフとフレ登録を済ませ、

 時間も時間だからと、翌日に会う約束をして、別れた。

 

 

 ログアウトする前に、愛海は何度も確かめた。

 確かに、フレンドリストに、フェルマータの名前が刻まれていることを。

 

 たった一人だけだけど。

 

 やっと、トモダチが出来た。

 まだ、まともに会話らしい会話は何もしていないし、一緒に雨宿りしていた時間は僅かなものだった。

 しかし、フレンド登録してしまったのだ。

 これはもうトモダチ、いや、シンユウと言っても良いのでは?

 

 

 真っ暗な自室。

 勉強机の横に設置されたVRゲーミングスペースに座る愛海。

 

 そこで。

 

 ふへへ……。

 にへら、と愛海は気色の悪い笑みをこぼす。

 

 トモダチいや、シンユウを得て、さらにパーティにまで入ってしまった。

 一瞬、引退という文字がよぎったが。

 

 とんでもない。

 今日からは、ゲームの世界が本当の現実だ。

 

 しかし。

 

 はぁ。

 

 溜息。

 

 愛海の脳内に咲き誇っていた薔薇色が、一瞬で灰色に枯れ果てる。

 明日も学校だ。

 また『空気』として過ごす苦行が始まる。

 

 同時に、やるべきことを思い出した。

 

 

 「明日の予習しなきゃ……」

 

 愛海は気だるげに立ち上がる。

 勉強用の机に移らねば。

 

 確か明日の授業の予定は……。

 

 

 いや、

 

 

 そういえば。

 

 

 

 予定と言えば、フェルマータは明日、街のとある冒険者亭に、20時に来てほしいと言っていた。

 

 冒険者亭は、クエストなどを斡旋してくれる、お仕事大好き系プレイヤーと、誰かとわいわい騒ぎたい系プレイヤーがたくさん集まる場所だ。

 

 そんなところに、果たしてたどり着けるだろうか……。

 

 不安になる。

 

 不安はそれだけではない。

 ずっとパーティプレイを夢見ていたから、パーティプレイのセオリーをネットで勉強したり、脳内でイメージトレーニングをしたり――そういう準備は常日頃からしていた。

 でも、いざやるとなったら、ちゃんとできるか、不安でしかない。

 

 

 もう一度、第二世界(スフェリカ)の攻略サイトや、ブログを漁って

 勉強し直す必要があるのではないか?

 

 『あ、パーティ組もうって言ったけど、そんなに使い物にならないんじゃダメね、やっぱり外れてくれる?』

 

 そう言われないとも限らない。

 そんな想像をしていると、わなわなと震えてくる。

 

 そうだ。

 失望されたらおしまいだ。

 パーティを組もう、と約束をしただけだ。

 すぐに、やっぱり要らないと言われる可能性を考えていなかった。

 

 放り出されたくはない。

 せっかく掴んだチャンスなのに。

 

 99Kという数字の強さにだけ頼るわけにはいかないのだ。

 VRMMOは、プレイヤースキルのウェイトがとても高いのだから。

 

 

「や、ややや、やっぱり学校の予習とかしてる場合じゃない……!」

 

 もうVRゲームが生きがいになってしまったのだから。

 ゲームが本当の現実だというならば。

 

 気は抜けない。

 

 予習すべきは、学校の事ではなく。

 

第二世界(スフェリカ)の予習しよう、うん、そうしよ」

 

 

 こうして、愛海は、さらにVRゲーム廃人化が加速しました。 

 

 

 



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第二話『はじめてのパーティ』
11


 

 

 ふらりふらりと。

 麗浜高等学校の正門から、(すめらぎ)愛海(なるみ)が、入ってくる。

 眼の下はクマだらけで、気もそぞろで、焦点も合わず。

 すごいやばい顔をしている。

 

 仕方がない。

 寝ていないのだから。

 

 不安と『予習』と、翌日への期待と、不安と、フレ登録へのハッピーがぐるぐると回り。

 調べたり、落ち込んだり、不気味に笑ったり。

 深夜テンションが合わさって狂気と化した我が娘の笑い声が二階から聞こえてきて。

 母親が「またうちの子がおかしくなったわ」

 とあきらめの境地で心配していたが。

 

 朝になって。

 

 学校を行くのか休むのか。

 母親が聞いても、無返答で。

 ほとんど抜け殻のように、オートメーション化した早朝ルーティンを無意識にこなし

 

 イッテキマス。

 と言って出て行った我が娘に。

 

 母親は、今までのことを思えばこの程度は日常のうちか、と送り出したのが、20分ほど前の事。

 

 

 

 

 

 

 

 一方。

 

 

 

 愛海と同じ学年。

 1年生のとある教室で、物思いにふける女子生徒が居た。

 窓辺の席で、頬杖をついている。

 

 

 名前は『一ノ瀬由奈』という。

 

 昨日、いや、正確には一昨日だが。

 何年も貯めていたお年玉やお小遣いの全てをはたいてやっと、VRゲームの設備一式を購入した。

 それから、ずっと気になっていたVRMMOの第二世界(スフェリカ)を始めたのだ。

 

 親から、習い事や塾などをやらされていて、忙しく、自由を感じない日々を過ごしている由奈だが。

 成績も上々で、良い子を演じ続け、VR設備の購入については、親に文句を言う隙を与えなかった。 

 

 そんな設備の搬入と設置が終わったのが一昨日。

 スケジュールの都合でその日は出来なかったが。

 

 昨日、やっとキャラクターを作り、ログインし、少しだけ遊ぶ所まで出来た。

 

 楽しかった。

 

 そこには、家庭には無い自由があって。

 コンクリートで囲まれた現代社会とは、かけ離れた大自然の理想郷が、もう一つの現実として形作られていた。

 

 感動ものだった。

 思った通りに、自分の作ったキャラが動くのも。

 モンスターに殴られたら、ちょっぴり痛みを感じるのも。

 

 首都グランタリスの街を往来するプレイヤーの圧倒的な数も。

 

 空も、雲も、雷も、雨も。

 

 

 何もかもが、由奈を、新しい世界に引き込んだ。

 

 一瞬で、大好きになった。

 

 そんな世界で、由奈は一人のプレイヤーに出会った。

 草原で敵と戦うことに悪戦苦闘していた時のことだ。

 

 

 

 ちょうど、由奈が、一匹の小さな動物型モンスターに攻撃を仕掛けた瞬間に。

 突然。

 真横に、大きなモンスターがいきなり出現した。

 

 見た目は可愛らしい、真っ白なうさぎさんだった。

 ただ、由奈が作った人族(ヒュム)キャラクター:ユナの、何倍もの大きさで。

 消しゴムと筆箱くらいのサイズ差と言おうか。

 

 

 そんな瞬間に。

 こともあろうに。

 

 まだへっぽこでへろへろで、狙いも定まらないようなユナの振るったナイフが。

 ざく、っと、その巨体に一撃入れてしまったのが、事の始まりだ。

 

 

 怒り狂ったうさぎに襲われたのは言うまでも無く。

 

 そこからは、草原と街道を走り回る右往左往の大逃走劇となったわけだが。

 

 

 ゆなは、その時に。

 ひとりのエルフの少女に助けられた。

 

 

 

 見事な矢の一撃が、ユナの真上を通り過ぎたかと思えば。

 追いかけていた巨体が、短い悲鳴を上げ、気配を失った。

 

 振り向けば、巨大ウサギが倒れていて。

 

 

 かっこいいと思った。

 

 ピンチを救うヒーローのようで。

 

 しかも、気づいた時には目の前から消えていて。

 

 名も言わず、お礼も満足に言わせずに、姿を消すだなんて。

 イケメン過ぎる。

 見た目はエルフの少女(ロリ)だったけど。

 

 

 あとで気が付いたが。

 一撃で殺したのかと思っていたウサギは、実は麻痺して痺れていただけで、死んだわけでなかった。

 

 エルフ少女への好感度が高くなりすぎたせいか。

 由奈は、そのことも、あえて殺さないように手加減したんだ、なんて心優しい人なんだ、と解釈している。

 

 

 その時に。

 由奈は、心に決めていた。

 

 あのエルフ少女を探すんだ、と。

 

 

 しかしながら。

 

 

 由奈は、机までやってきた同じクラスの女子達の相手をする。

 

「ねえねえ、由奈、今日、予定ある? 良かったら帰りにクレープ食べに行かない?」

「ゴメン! 今日、私、塾とレッスンがあって」

「そっかぁ、何かそんな気はしてたんだ。毎日習い事一杯で大変だね」

「ゴメンね、今度また行こ」

「オッケー、またLINKするね」

「うん」

 

 

 走り去っていったクラスメイトを見送って。

 由奈は溜息を吐く。

 

「はぁ、今日も塾に、ピアノとギターのレッスンか……」

 

 遊ぶ時間あるかなぁ。

 

 もちろん、今はクレープどころではない。

 VRゲームをする時間をどう作るか、由奈の悩みはそれなのだ。

 

 

「せめて、あのエルフちゃんの名前だけでも聞いておけばよかった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 

 教室の机で、愛海は突っ伏して寝ていた――。

 

 



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12

 

 

 第二世界(スフェリカ)では、キャラクターは一人しか作成できない。

 そのため、ログイン時には、キャラクター選択をするという過程は無く。

 今のキャラクターの状態やステータスはこんな感じですよ、というプロフィール画面のような部分を経る。

 

 そうして、キャラクターと融合したかのような、そんなエフェクトの後に。

 

 

 プレイヤーはキャラクターとなって、世界に降り立つのだ。

 

 

 

 

 

 ヘッドキアや、ゲーミングセットの無機質な感触。

 自室の空気。

 家の傍を通る車の音。

 

 

 そのようなリアルが。

 

 

 一瞬で、切り替わる。

 

 

 あわく吹き抜ける、そよ風の感触。

 大気に満ちる、魔素(マナ)の感覚。

 数多の往来がうむ、雑踏の反響。

 

 そして、ひんやりとした空気。

 

 

 昨日、ログアウトした路地に、キャラクター:ローリエと化した、

 プレイヤー:(すめらぎ)愛海(なるみ)が、現れる。

 

 

 日本の時刻は19時30分。

 ゲーム内では、今は早朝のようだ。

 

 ローリエが閉じていた目を開けると、そこは文字通り別世界。

 

 

 建物の壁と壁で挟まれた路地に、朝日が差し込んで、陰陽のコントラストを作り上げている。

 レンガの一つ一つ。

 石畳の1枚1枚。

 細かな影が、浮き彫りになって、西洋の伝統ある街並に居るかのような錯覚を生み出す。

 

 

 10秒ほどして、ログイン直後の硬直が解け、実体化が完了する。

 ――このゲームは、ログイン直後はいわゆる霊体のような状態で、どのような干渉も受けない状態にある。

 これは、ログイン直後を狙った悪質なPK対策で、この状態のプレイヤーに攻撃を行うと、そのすべてが攻撃者に跳ね返る仕様になっている。

 

 

 ログインが完了すると、直後に、ぴろん、とサウンドエフェクトが鳴った。

 フレンドからの【伝言(メッセージ)】を受け取ったという合図。

 

 

 私の親友であらせられる、フェルマータさんからかな?

 とウキウキ気分で確認すると、送り主はフェルマータ――。

 

 ――ではなかった。

 

 

 だ、誰!?

 

 フレンドからではなく、知り合いでもないので、送り主の名前が解らない。

 

 どこの誰かも解らない人からだ、が。

 

 

 一応、文章の冒頭に、「フェルマータです」と書かれている。 

 ちょっと不可解だが、フェルマータからの伝言に違いない。

 

 内容は、首都に数ある冒険者亭の中で、『ミミズクと猫』というお店に来てほしいという事だ。

 場所は、首都のほぼど真ん中。

 

 人混みは苦手だが、頑張っていくしかない。

 

 さておき。

 

 「え、えっと、そう、まず返事、返事しなきゃ……」

 

 とはいう物の。

 ローリエは【伝言(メッセージ)】に対応する方法が無い。

 なぜなら【伝言(メッセージ)】というのは無属性の魔法であり、だれでも自由に行えるわけではないからだ。

 無属性魔法の習得者にお願いするか、運営がリアルマネーで販売している同様の効果を封じたスクロールを使用する。 

 スクロールはそんなに高価じゃない。

 たまに、運営が無料配布することもあるくらいだ。

 

 ローリエもいざという時のために、以前は倉庫に配布されたスクロールをためていたが、自分の作ったアイテムに圧迫されていつしか捨ててしまった。

 

 どうせ、メッセージをやり取りする相手なんていないのだから無駄だし、ローリエがそれに代わるスキルを習得しているのもある。

 

 

 【伝言(メッセージ)】の代わりになるスキル。

  

 それは、風属性魔法の【風の囁き(ウィスパー)】というスキルだ。

 これも、安価な課金アイテムとしてスクロールを運営が販売しているが。

 

 ローリエは自前で習得しているので無料。

 

 ただ、メールと電話くらいの違いがある。

 

 

 誰かに電話をかける。

 (すめらぎ)愛海(なるみ)にとっては、すごく勇気を必要とする事だ。

 面と向かって話をするよりはマシだけど、それでも緊張する。

 

 

 しかし、やらなければ始まらない。

 時間は刻々と過ぎていく。

 約束の20時が迫っている。

 

 冒険者亭まで行く時間を考えれば、今すぐに実行しなければならないだろう。

 

 

 意を決して、ローリエは風魔法を発動する。 

 

 【伝言(メッセージ)】に返信をする形で。

 

 

「『風の囁き(ウィスパー)』」

 

 

 魔法が効果を発揮し、遠くの対象と通話状態になる。 

 

 しかし、何を言い出せばいいのか、解らない。

 急に上手く言葉が紡ぎだせない。

 

 結果的に、ローリエは無言電話のようになってしまう。

 すると。

 先に通話先からの返答があった。

 

「どちら様?」、と。

 

 あれ!?

 

 ローリエは驚く。

 全然違う人の声だったからだ。

 

 答えないローリエに声は、再度尋ねてくる。

 

「もしもし、どちら様?」

 

 

「えっ、いっ、あ、あ、あの……も、もしもし? あの、ろ、ローリエ、です、けど……」

 

 

「ろーりえ?」

 

 

 初めて聞いたような反応だ。

 通話越しだから声が違って聞こえるのかもしれないと、一瞬ローリエは考えたが。

 

 違う。

 

 これは、絶対にフェルマータではない。

 もしかして間違えたかもしれない。

 

「え、あ、ご、ごめんなさっ、間違えました」

 

「あ、ちょ……」

 

  

 ローリエは、即座に通話を切った。

 

 切った後で、困惑は続く。

 

 え? 今のは何だったのか?

 

 

 ローリエは訳が分からなかった。

 

 勇気を振り絞ったのに、間違い電話をかけてしまった。

 これだから、電話は苦手なんだ、もう嫌だ、とローリエの電話嫌いが加速しそうになる。

 

 自己嫌悪に陥っていると。 

 

 ぴこん、と新しい【伝言(メッセージ)】が入る。

 

 確認すると。

 『――【伝言(メッセージ)】に返信しないで、フレリストから送ってByフェルマータ――』

 

 

 ああ、そうか。

 とローリエは思う。

 

 

 経験が浅かったり。

 慣れていなかったり。

 

 そういう時は、良く何かが不足する。

 

 普段使いなれていない魔法を使ったせいで、勝手が解ってなかったらしい。

 

 ローリエは【伝言(メッセージ)】というスキルの特性を、すっかり忘れていた。

 そして、【風の囁き(ウィスパー)】の使い方もちょっと間違えていた。

 

 

 

 改めて、ローリエはフレンドリストから、フェルマータに囁きを送る。

 

 

「こんにちは、フェルマータです。今どちらに?」

 

 

 今度はちゃんとフェルマータの声がして。

 ローリエはちょっと泣きそうになった。

 

 



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13

インターフェースのどこにもマップなんて表示されないし、目的地までのガイドマーカーも無い。

 そもそも非戦闘時のインターフェースは全画面がただの背景で、単なるリアルバーチャル散歩。

 

 ゲームをリアルに近づけすぎると、どんどん不親切になる、という良い例かもしれない。

 リアルがどれだけ不親切かってことを良く解らせてくれるゲームシステムになっている。

 

 ただ、ローリエのスキルで進むべき方角や、建物の配置だけは解るため、迷うということは無いけれど。

 

 

 

 

 ローリエは、フェルマータから聞いた目印を頼りに、首都の街を往く。

 目的の『ミミズクと猫』という冒険者の宿は、首都のど真ん中にあるらしい。

 

 なんてリアルマネー的な家賃の高い場所にお店を作ったんだ、店主は。

 

 ど真ん中という事は、大通りが一堂に交差する場所だ。

 

 おかげで、ローリエはどんどんと流れてくる人々をかき分けて進まなければならない。

 しかし、ど真ん中を進むような勇気も忍耐力も無いので。

 大通りの両脇に並ぶお店や建物の壁をなぞる様に、へばりついて進むローリエは、不審者まがいの怪しさを醸し出している。

 身体を正面に構えては人に押し流されるから。

 少しでも日陰に、少しでも他人から遠くに。

 

 身体を横にして縫うように歩く、そんな苦肉の策は、他人の河を泳ぐ魚のようだろう。

 

 

 

 そして時刻は20時ちょうど。

 

 精神的なストレスが限界を迎えそうなころ。

 ローリエはようやく、目的地らしきお店の前にたどり着いた。

 

 

 はぁ、はぁ。

 死ぬかと思った。

 

 真っ青な顔で、荒い呼吸を繰り返すローリエは、既に疲れていた。 

 学校の授業中ほとんど寝ていたとはいえ、まだ残る寝不足の影響と、人混みに酔ったことも重なっている。

 

 正直、愛海は、ローリエがしんどいのか、中の人がしんどいのか判別がついていない。

 

 しかし、これから今まで待ちに待ったパーティプレイの第一歩が始まる。

 ここでギプアップするわけにはいかない。

 

 懐から取り出した、エリクシルを、栄養ドリンクか何かのように一気に飲み干して気合を入れる。

 

 「よし!」

 

 

 背筋を伸ばす。

 

 雑踏や、雑音、他者の話声が渦巻く中。

 大きく新しい二階建ての建物。

 ローリエの姿が、そんな店の前に立つ。 

 

 目の前には、建物の扉。

 その上には、かわいらしいロゴとともに描かれた『ミミズクと猫・亭』 という看板。 

 

  

 よし。

 

 いざ。

 

 ローリエが、扉の取っ手に手をかけようか。

 

 と思ったところに、客が出てきて、一度、びくぅ、と驚き。

 

 もういちど覚悟を決め終わるまでさらに5分。

 約束の時間はとうに過ぎている。

 

 ――遅刻したので、死刑。即追放。

 

 そう言われないとも限らない。

 

 今度こそ絶対に行かねば。

 

 ローリエは、再度、意を決して扉を開く。

 そーっと。

 できた扉と壁の隙間からお店を除く。

 

 中は、広かった。 

 入ってすぐ目の前に階段が見え、そこを境に右半分はイスやテーブル等が設置されたカフェスペース、左半分は依頼書を貼った掲示板等があり、仕事を斡旋するスペースになっているようだ。

 

 

 視界内に店主やスタッフの姿が見えない瞬間を狙い。

 するり、とローリエは店内に身体を滑り込ませた。

 

 

 店内は、淡い証明が設置されていてそれなりに明るく。

 新築の木材の匂いも漂っていて、ゲームの細かな演出に感服する。

 

 しかし、ひとがあまりいない。

 勿論、ゼロではない。

 疎らだという話。

 

 首都のお店なのだから、もっとわらわら居ても良い筈なのに。

 もしかして、ローリエは他人が苦手だと気づいて、フェルマータが気を利かせて、人払いしてくれたのだろうか。

 まさかね?

 

 そんな感想を覚えていると。

 

 バサバサバサッ。

 

 びくっ!?

 

 店内の奥から、フクロウ……いや、ミミズクがばさばさと飛んできて、照明のぶらさがっているインテリアに止まった。 

 

 こわぁ!

 

 そして、よく見たら、静かに気配を殺している黒猫が店の入り口の近くに座っていた。

 

 なるほど、ミミズクと猫、という名前の由来はこれか、とローリエは思う。

 それにしても驚かせないでほしい。

 

 

 

 ドキドキしていると、奥から声がかかる。

 

「あ、ロリちゃん、こっちです」

 

 ろ゛!?

 

 呼び名に猛抗議したい気持ちになりながら。

 前を見ると、フェルマータの姿があり、手招きをしていた。 

 

 どうやら衝立に隠れた席に陣取っているようだ。

 ローリエは呼ばれるままに、フェルマータが居る方へ向かいつつ――。

 

「フェルマータさん。すいません、お待たせし……」

  

 !?

 

 

 呼ばれた席に着くと、フェルマータの隣に、見知らぬ銀髪の誰かが座っていた。

 

 

 

 どちら様!?

 



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14

予定も違えば、覚悟していたこととも違う。

 

 全然知らない人が、もう一人参加するなんて聞いてない。

 

「あッ、おッ、アッ……えっ、とォ……」

 

 

 

 挨拶?

 抗議?

 帰る?

 ログアウト?

 

 ど、どしよう?

 

 

 挨拶 ⇒ 無理!

 抗議 ⇒ 絶対無理!!

 帰る ⇒ 人生オワル

 ログアウト ⇒ 現実逃避しに現実に帰ってどうする!  

 

 

 

 どどどど、どうしたら!

 

 

 ローリエが、どうしたらいいのか、解らないでいると。

 

 フェルマータが言う。

 

「こっちは、私のパーティメンバーの自称魔法使いの『マナ』よ」

 

 ぱーてぃめんばー!?

 『じゃあ私は、二人目ではなく三人目?』とローリエは思う。

 

 確かに、他にメンバーが居ないとは聞いていなかった。居るとも聞いていないけど。

 

「こ、こんに、ちわ」

 

 ローリエが挨拶を絞り出す。

 

 ――けど。

 

「……」

 

 自称魔法使いの少女は、挨拶をするでもなく、席から立ち上がるでもなく。

 ただ、ジットリとした視線で、ローリエのことを見つめた。

 

 まるで、品定めするような凝視に。 

 

 うっ。

 と、ローリエは、小さい声を漏らす。

 

 見られることにはなれていない。

 しかも知らない人だ。

 ローリエは、そっと、視線を外した。

 

 そのまま流し目で、自称魔法使いを見る。

 

 

 魔法使いというだけあって、その姿はいかにもそれっぽい。

  

 ケープが付いた真っ黒なローブの隙間からは、下に着こんでいるゴシックでフリルが多めの服が見えているし。

 サイハイソックスも、編み上げブーツも、裾の広がるドレスの袖も、全てが黒い。

 しかしながら、頭にかぶった帽子は良くある魔法使いの帽子では無くて、先端に★のアクセサリーのついた、二股のピエロのような帽子だ。ジェスターキャップとでも言おうか。二股のヤツだ。

 勿論それも真っ黒で、帽子の額の所に宝石が埋まっている。

 

 そんな『黒』の中に、浮かび上がるのは雪のように『白』い肌と、流水のように滑らかに輝くゆるふわくるくるロングの『銀』髪だ。

 

 それほど高くない背丈や、華奢な見た目からの推察では、ホムンクルス系の種族だろうか。

 マナ、という魔法の源たる元素、魔素(マナ)と同じ名前を付けていることから、魔法に特化したビルドかもしれない。

 

 ローリエが、視線を戻すと再びマナと目が合う。

 宵闇から黄金の太陽が覗くような、特徴的な黄昏色の瞳が、今なお、ローリエを捉え続けている。

 

 そうしてようやく、その口が開く。

 

「こんにちは。私はマナ」

 

 簡潔な挨拶。

 と思いきや、マナは「さっきぶりね」と付け加えた。

 

 さっき……?

 

 ローリエは、お店に来るまで誰とも会っていない。

 知り合いと呼べるのはフェルマータだけだし、他の誰とも話をした覚えは……――。

 

 はっ!

 間違い電話のヒト!?

 ローリエの、はっとした表情は、気づいたと判断するには十分だったろう。 

 

 マナは、薄く微笑むと、「よろしく」と言った。

 

「あっ、は、ッ、はい!」

 

 

「じゃあ、ロリちゃんもこっちに座って。私たちが、あなたをメンバーに加えて『やりたいこと』をお話するわね」

 

 

「は、はいッ」

 

 そうして、ローリエのフレンドリストに、新しいフレ登録要請が飛んできたのだった。

 

 

 一人かと思ったら、二人もパーティメンバーというフレンドが増えた。

 相変わらず他人は苦手だけれど、なんだか、少しづつ、『前進』を感じるローリエだった。

 

 



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15

 促されるままに、ローリエが、席に着く。

 

 

『ミミズクと猫・亭』のカフェテリア。

 

 衝立で囲われたそのテーブルの一つを、ホムンクルス(仮)の少女、ドワーフの少女、エルフの少女が囲う。

 

 

やがて、機を見計らい。

テーブルの上に魔銀(ミスリル)製のガントレットに包まれた両の掌を組み、その上に顎を乗せて。

どこかの司令官のように、フェルマータが話を始める。

 

 

「出会った時に言った通り、私たちには倒したいボスが居るの――。それも1体じゃなくて、合計で7体……」

 

 7体……?

 

 難敵で知られるボス級の魔物は、第二世界(スフェリカ)にいくつも存在しているが。

 7体と訊いて、ローリエが思い浮かぶのは、各エレメントのカテゴリーを統べる大精霊くらいだ。

 

 このゲームは、魔法の属性が沢山ある。

 しかし、それは概ねカラーでカテゴライズされているのだ。

 例えば――。

 

 赤色=火と熱

 水色=水と冷

 黄色=金と雷

 緑色=木と風

 紫色=土と重

 

 白色=光、聖、命

 黒色=闇、邪、死

 

 ――という具合に。

 

 そしてこのカラーごとに、それを代表するボスが存在する。

 それが大精霊と言われるボスだ。

 

 ちなみに、これらのボスは物理系の各武器カテゴリーにも存在している。

 剣の大精霊や、弓の大精霊、と言った具合だが。

 

 

 

「……大精霊、って知っているかしら?」

 

 フェルマータの言葉に、ローリエが予想した言葉が乗る。

 7体ときいただけで、大精霊を予想できるのは、ベテランであることの証明だ。

 あまり驚かず、どこか『あぁ、アレか』という感じの表情のローリエに。

 フェルマータの口元は極微量の笑みを形作る。

 

「その反応は、予想通りという感じね」

 

 

 嬉しそうなドワーフとは裏腹に。

 ローリエは怪訝だ。

 

 大精霊を倒したい。

 それは解るが、何のために倒すのか。

 何か、大それたモノを作るつもりなのだろうか。

 大精霊のドロップ品を素材に、最高ランクの属性魔法を封じ込めた究極の魔法の武器とか。

 

 

 フェルマータは続ける。

 

「ま、理由の出どころは私じゃなくて、こっちのマナがなんかずるいことを思いついたらしくて、それを試したいってことなんだけど――」

 

 そこでバトンタッチして、マナが口を開く。

 

「――簡単に言えば、スキルポイントの節約。私の考えでは、うまくいけば、属性カテゴリ丸ごとSPの消費なしに全スキルを習得できる。それだけじゃなくて、エレメントレベルを上げることによる弱点値の変化も無くせると思うわ」

 

「えっ!?」

 

 ローリエは驚いた。

 そりゃそうだ。

 属性カテゴリまるごとのSPが浮くというのは、ゲームバランスが崩壊する程の大事件になる。

 例えば、ローリエは『木』『風』『土』のスキルを極めているが、そこに使われているSP量は膨大で、99000SPのうち、3割強はそこに消費されている。

 3割は大したことないと感じるかもしれないが、ステータスを上げるにもSPを使用するこのゲームでは、半分程度をステータスに回すのがセオリーになっているわけで。

 3割というのは、中々ウェイトが大きい。

 

 もし、マナの話が本当で、その3割のSPを節約できるならば、単純にステータスが30%ほど上乗せできるかもしれない。それは非常に大きいことだ。

 

 そして確かに、大精霊を相手に自称パラディンと自称魔法使いの二人で挑むのは色々と厳しいだろうという予想も立つ。

 

 

マナは続ける。

「一応、この試みは今の所私だけの実験だけれど、応用することができれば、他の皆にも恩恵があるはず。フェルや、あなたにも」

 

 ――。

 

 ローリエは思う。

 とても魅力的だけど、同時に胡乱な話だと。

 それに、ちょっとあくどい気もする。

 

 普通のプレイヤーなら、断るかもしれない。

 

 

 でも、今のローリエの目的は、強くなることではない。

 仲間を得ることだ。

 パーティメンバーと共に、何かを成しえることだ。

 

 だから。

 

「わ、解りました。強力致します。でも、『黄金雷帝ウェネリス』だけは、相手に出来ない、かも、です」

 

 フェルマータが言う。

「ということは、つまりロリちゃんは『緑系魔法』を習得しているわけね?」

 

 そして、ローリエは、うん、と頷いた。

 ローリエの構成では、雷属性からの被害が200%になっている。

 その上、『黄金雷帝ウェネリス』には木属性と風属性は全く通じない。

 

 これは相性の問題だ。

 

 このゲームは、高ランクの魔法を取るために『属性マスタリ』のレベルを上げると、それに応じて対応する属性からの影響力が変動する。

 属性相関にキャラクターが組み込まれていくという事だ。

 

 『木』は『土』に強く、『金』に弱い。

 『風』は『重』に強く、『雷』に弱い。

 

 つまり。

 

 木のマスタリを上げると、金から。

 風のマスタリを上げると、雷からの被害が増加するのだ。

 

 だから風を極限まで上げているローリエに、金と雷属性の魔物の相手は出来ない。

 

 

 

 

 マナが問う。

「所持エレメントのマスタリレベルは?」

 

「も……」

 

 あ……。

 

 『(もく)』レベル10です。そう言いかけたが、ローリエはちょっと言い淀んだ。

 なぜなら、攻略サイト等の情報を参考にすると、木属性魔法は人気が無いらしい。

 このゲームは、派手でカッコよく、美しく強い、そんなアニメや漫画で見るような、映える構成がとても人気だ。

 特に、一人しかキャラクターを作れない都合上、不人気なモノはとことん不人気が極まっている。

 武器なら、斧系、棍棒、戦槌、細剣などは不人気だった。逆に圧倒的に人気なのは、刀剣類だ。

 魔法なら、木、土、重、金は、あまり人気が無く、特に木、土、金はほぼ居ないと言っても良い。

 魔法はやはり派手で解りやすい強さのモノ――火や熱、雷、風などが人気で、特に治癒に特化したヒーラー御用達の命属性魔法は、トップの人気だという。

 

 そりゃ、剣と魔法の織り成す非現実を求めてVRMMOをやるのだから。

 あえて地味で、見た目の良くないモノを使う気にはならないだろう。

 サブキャラでも作れるなら、試しにネタキャラでも作ろうと思うのかもしれないけれど。

 

 さらに、絶対数が少ないという事は情報量も少なく。

 不人気スキル群は攻略サイトでも情報不足なようだった。

 

 

 ローリエは、

 

 属性スキルが『木』『風』『土』『重』

 幾つか取得している武器スキルも、『細剣』を取っていたり。

 

 不人気スキルばかりの構成になっている。

 これは、なるべく街に寄り付かずにソロプレイする中で出来上がった、ぼっちプレイ特化構成なのだが――。

 

 正直に答えたところで、

 『うわー、不人気ばっかりの構成なんですね、ウケルー。そんなだからだれにも相手にされないんですよ。ああ、でも、引きこもりエルフにはお似合いかもしれませんねえ、ぷぷぷ』

 などと、嘲笑でもされようものなら、メンタルが粒子崩壊してしまう。

 

 

 「――か、風マスタリのレベルが10です」

 

 なので、ローリエはちょっとだけ、逆方向にサバを読んだ。

 

 「ということは、ロリちゃんは、風の魔法使い?」

 

 「ああ、はい。そう、です」 

 

 「それじゃ雷属性は天敵ですね、ウェネリスは最後に回して、風が弱点になる『紫土重王サートゥルニー』から挑戦して行きましょ」

 

 

 「は、はいっ!」

 

 「それにしても、やっぱり、魔法使いだったのね。どうりで武器が見えないと思ったわ」

 

 「そうです、ね。ははは……」

 

   ローリエは、本当は魔法使いとは呼べない構成だけど、『違います』って言えない根性なしは、唯々諾々と、イエスマンをするのだった。

 



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16

 

 

 「そういえば、ロリちゃん、何か頼む?」

 

 「え?」

 

 唐突に、フェルマータが聞いてきた。

 

 

 「ほら、ここ一応カフェだから」

 

 「あ、いえっ! 大丈夫、です!」

 

 STP(スタミナ)は満タンだし、美味しいかどうかもかなりあやしい。

 なにせ、味覚の伝達においてはまだ発展途上のVRだ。

 STP(スタミナ)の回復以外の用途で、ゲーム内での飲食は、本当にただの趣味で。

 特に、お店を経営しているプレイヤーのメニュー開発のセンスの具合によっては、緊急ログアウトが必要になるかもしれない。ダッシュで、お花畑に水をやる羽目になる。

 

 まぁ、ローリエはお店で何かを食べたことは1度もないので、全部攻略サイト情報だけれど。

 

 「そう? ここの料理はけっこう頑張っているのよ」

 しかし、フェルマータはここの料理を試したことがあるのだろう。

 すこし残念そうだ。

 

 マナも、ここの料理は食べたことが無い様子で、「そうなの?」とフェルマータに尋ねる。

 

 「ええ、なんでもスフェリカの料理を研究するって、お店を建てたみたいだし期待はできると思うわ。たぶん、今もマスターはメニュー開発しているんじゃないかしら」

 

 そういえば、お店の店員はまばらで、店主の姿は見えない。

 開発中だというのなら、バックヤードに居るのかもしれない。

 

 しかし、店員も少ないが、客も少ないのは気になる所。

 ここは仮にも首都のど真ん中なのに。

 

 それに、この仄かに香る木材の香。

 予想できることは一つ。

 

 ローリエは、何気なく尋ねる。

 

 「そ、そういえば、このお店、出来たばかり……ですか?」

 

 「そうよ。まだオープンして一週間くらいじゃないかしら。だから、斡旋できるクエストも少ないし、メニューも少ないし、稼ぎが少ないから店員もそんなに雇えないみたい」

 

 へぇ。

 こんなすごい立地にこんなに広いお店を建てるなんて、結構なリアルマネーが必要なのに。

 と、ローリエは感心してしまう。

 

 そして確かに、まだお店としては未完成らしく。

 たまに入ってくる客は、まるで美術館に来たかのように、店内を一巡すると出て行ってしまう。

 階段という境界を隔てた対岸のクエスト斡旋所からは、「ろくな依頼ねぇじゃねえか? なんかねぇのか? まだ貼りだしてないやつとかよォ?」なんて、客のクレームが聞こえてきている。

 

 

 「露店の代行も、まだ受けてない?」

 

 マナが口を挟む。

 「たぶんね――」とフェルマータ。

 「――そもそもお店に知名度が無いのよ。ここでアイテムを売るとなれば、代行費用を取られるわけだし、疎らにしかお客が来ないお店で、アイテム売っても効率悪いでしょ?」

 

 「まぁそうね」

 

 「せめて何か、ものすごいレア物の露天販売の代行を取り付けることが出来たら、ちょっとは違うんでしょうけどね」

 

 

 確かに、現状、広い店内は遊んでいる空間が多いようにみえる。

 おそらく、その遊んでいる空間が、代行販売のための場所なのだろう。

 

 今はがらんとしている。

 

 ローリエはさらに問う。

 

 「2階は何に使ってるんです?」

 

 「2階は、宿よ。長期滞在も出来るわ。今の所、宿が一番の収入源みたいだから、良かったらロリちゃんも使ってあげてね」

 

 「私たちも使ってる」

 「うん、一番安い部屋なら、一泊5000グランで、首都の中ではリーズナブルな方よ」

 

 うん。どうだろう。

 ずっと森に居て、宿を使ったことが無いローリエには、高いか安いか分からない。

 

 それにしても、二人はこの宿を拠点にしているのだろうか。

 だとしたら、ローリエも使う必要があるだろう。

 自分だけ、使わないというのは、なんか……疎外感を感じるので。

 

 

 ローリエもこの宿の利用を検討しよう、と思っていると。

 

 フェルマータが立ち上がった。

「さて、では、せっかくだし、このまま三人で今日の宿代でも稼ぎに行きましょうか」

 

 続いてマナも席を立つ。

「そうね。ロリの実力も見たい」

 

 

「へっ!?」

 ローリエは驚く。

 二人を見上げて。

 

 

「――場所どこにする? いつもの場所?」

「そうね。急にランクを上げても上手くいくか分からないわ。今日はロリの戦いぶりを観察するだけにする。あそこなら、雷属性の魔物は出ないし、ロリにも戦いやすい筈」

「おっけー」

 

 オォ!?

 おっけーではない!

 勝手に話が進んでいく。

 それに、ロリというあだ名が定着してしまっている。

 

 なんということでしょう。

 

 フェルマータとマナは、今から出立する気満々で、ローリエの行動を待っている。

 

「え、行くんですか? 今から!?」

 

「そうだけど、このあとなにかリアルで用事でも?」

 

「いえッ……。別に、無い、ですけど」

 

「じゃ、行きましょ」

 

「大丈夫。フェルが守ってくれる」

 

「うんうん。私、治癒も出来るし、盾スキルもマスター済みよ」

 安心して、とフェルマータは魔銀(ミスリル)のブレストプレートに掌を置く。

 

 

 

 ――これは断れない流れ。

 そして、パーティを組むという事は、一緒に戦うのは当然で。

 むしろ、それが一番の目的で。

 そもそも。

 雑魚とすら戦えないというのなら、大精霊なんて相手にできる筈もない。

 

「解りました」

 ローリエが立ち上がる。

 

 

「よし、では各自、準備が出来たら首都の南門に集合!」

 

「心得たわ」

 

「りょ、了解、です!」



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17

 

 

 ローリエは、フェルマータとマナの3人で、魔物の討伐に向かうことになった。

 

 いつかは、そうなると知っていても。

 イキナリ今から。となるとは思っていなかった。

 

 

 準備を終えたら、首都の南門に集合するという事になり、それぞれが準備をしに散っていった。

 ローリエは、首都の端っこにある誰も利用しないような倉庫番に、倉庫を開いてもらった。

 

 さすがにゲームであるから、どこの倉庫番が倉庫を開いても、中に入っている物は共通だ。

 

 ローリエは倉庫に入ると、アイテムを探し始めた。

 

「たしか、どこかに、それっぽくなるドロップ品が――」

 

 成り行きで、ローリエのキャラクタービルドは、風の魔法使いという事になったのだが。

 ある程度魔法を使えるとは言っても、魔法攻撃力は純魔法使いには大きく劣るし、土属性のパッシブスキルで増強されているとはいえ、MPの最大値も少ない。

 

 これでは怪しまれる。

 

 なぜなら、攻略サイトに掲載されていたパーティプレイのキャプチャーを見る限り、パーティメンバーの戦闘時インターフェースには自分のHP、MP,STPが表示されてしまう。

 あまりMPが少ないと、変に思われるに違いない。

 

 

 それを打開するアイテムを、ソロプレイ時にどこかで拾った覚えがあった。

 たしか、PKを仕掛けてきたプレイヤーを返り討ちにしたときに落としたペナルティドロップ品だったと記憶している。

 ローリエはそれを必死に探しているのだった。

 

「えっと――。あ、これは使おう」

 

 大きな羽ペンのようなアイテムを見つけた。

 これは、風属性魔法を強化してくれるワンド系の武器だ。

 

 残しておいてよかった。

 ローリエは小さいカバンを一つしか携帯していない。

 そのかばんには、エリクシルが詰まっているので、羽ペンはドレスの隙間――懐に入れた。

 

 そしてついに発見する。 

 

「あった……『骸王シズレナヴの指輪』」

 

 その趣味が悪すぎる見た目のえげつない指輪は、間違いない。

 

 インターフェースを呼び出し、ローリエはその指輪を装着する。

 装備はあまりこだわってこなかったので、ずっと空欄だった装飾品の装備カ所に指輪がセットされる。

 

 すると、

 

 MaxHP 784 ⇒ 392

 MaxMP 313 ⇒ 626

 MaxST 452 ⇒ 452

 

 

 インターフェースに表示されていた、ローリエのステータス数値のうち、最大HPと最大MPが変動する。

 指輪の効果は、最大HPを半分にする代わりに、最大MPを2倍にするという効果だ。

 

 おそらく、魔法使いには使いどころがある指輪だろう。

 HPが激減するのでかなり危ないけれど。

 

 しかし、ローリエは木属性と土属性のパッシブスキルで最大HPは、かなり増強されている。

 ローリエの基本ステータスのVITは1であり、全く強化されていないにもかかわらず、784というHP数値はかなり多い方だと言える。

 

 なので半分になっても、何とかなるレベルだ。

 

 

 幸運にも、ワンドも調達できたことだし、これで風の魔法使いをすることができるだろう。 

 

 

 

 ローリエは倉庫を出る。

 

 まだメッセージ等で催促は来ていないが。

 他の二人はもう待っているかもしれない。

 

 南門に急がなければ。

 

 そうして、ローリエは急いで南門に向かうのだった。

 

 



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18

 

 

 水素、酸素、窒素、etc……。

 

 現代世界に満ちる、エレメンタルたち。

 

 

 VRMMO-RPG第二世界(スフェリカ)には。

 

 そこに、もう一つの、元素が加わる。

 

 

 

 『魔素』

 

 

 

 この世界には、現代世界の自然元素に混じり、『魔素』と呼ばれる粒子が大気に満ちている。

 

 

 それには、伝説として語り継がれている諸説と歴史があった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――それは何千年も前の事。

 

 

 

 

 

 かつては、この世界には巨大な大樹――世界樹が聳えていた。

 それは物理的に存在する植物ではなく。

 精神性の霊的な、いわゆる神に近しいモノだった。

 

 

 しかし、大樹に内包する膨大な『力』を欲した魔族の王によって、ある時、大樹は滅ぼされる。

 

 そうして、大樹がこの世から消える瞬間。

 霧散した世界樹の欠片が、まるで雨のように、世界に降り注いだのだという。

 

 その欠片は、大地に刺さり、粒子を放ち始めた。

 

 それが、魔素であり、マナという別名を持つ魔法の源となったのだ。

 

 

 しかし 魔素(マナ)は有害な物質だ。

 そんなものが世界に充満してしまっては、どのような動物もそのままではいられない。

 

 だから。

 

 世界の環境は、魔素(マナ)に適応するために、あるいは利用するために、少しづつ変化を遂げていった。

 

 まず、植物は大きく、禍々しく成長し。

 時に自我をもって闊歩する植物系の魔物となった。

 

 さらに、魔素(マナ)に汚染された植物を食料にしていた草食動物も、少しづつ魔物となっていき。

 魔物となった動物を食すようになった肉食獣もまた、同様の変化を遂げる。

 

 それだけにとどまらず、やがてその影響は当然ヒト族にも波及した。

 そうしてエルフやドワーフといった特殊な人類が誕生していったのだ。 

 

 特に、魔素(マナ)は過剰に摂取すると、残虐性や攻撃性を強める働きがあることで知られているが。

 

 その作用に影響を受けない進化を遂げた新生物が、現在の人類――キャラクターであり。

 その作用に抗う術を持てなかった狂暴な存在が、魔物、あるいはモンスターと呼ばれている。

 

 

 

 さて。

 

 

 ローリエたちがやってきたのは、中級~上級冒険者御用達の山岳地帯で。

 一帯には、山岳系モンスターの昆虫、鳥類、動物、爬虫類、両生類、植物、怨霊、骸骨、不定形、精霊、亜人などが生息している、SP60K~70Kくらいが適正の狩場だ。

 

 

 そんな山道を歩く最中。

 

「いたわ。アイツね」

 

 魔銀製全身甲冑(ミスリルフルプレートメイル)に身を包んだ、うさみみドワーフの少女

 ――フェルマータが声を上げる。

 

 フェルマータは、首都での準備時間の間に、魔物素材の収集クエストを受けてきていた。

 依頼内容は、『オーグジェリーの核』を30個程度収集してほしいとのこと。もしも30個を超える収穫になった場合、超過分一定数につきボーナスが支給されるそうだ。

 

 ちなみに。

 この世界では、クエストはNPCが依頼している物ばかりではない。

 プレイヤーが依頼書を提出して、冒険者のお店が斡旋している例が多分にある。

 例えば。

 スキルの構成上、戦闘力に乏しい生産特化職からの依頼や。

 属性相関において火属性特化キャラクターが水属性モンスターに太刀打ちできない例などがあげられる。

 

 ただ、どちらかといえば、生産特化を目指すプレイヤーは、課金ガチャで最高レアを5連引きするくらいには希少な生存確率なので、後者の例のほうが多い。

 

 まぁそんなわけで。

 今回の依頼書は、自称錬金術師様からの依頼である。

 

 

 フェルマータが示した先を、ローリエが見ると、そこには大きな不定形のモンスターが蠢いていた。

 半透明の身体は、ジェル状に自在の形状を取り、内部は常に気泡が立ち上っている。

 かなり美味しそうな表現をするならば、シャンパンやソーダのようなシュワシュワ感だ。

 

 ただ。

 美味しそうな表現というのは、かなりのオブラートであり。

 実際には、超強酸のボディを持った魔物である。

 

 現に、発見した個体はその体内に、消化中の獣の肉や骨格が収まっている。

 むしろ、あばら骨は、ジェル状のボディを突き出てしまっていて、全体的にとてもグロい見た目だ。

 

 

「うっ、苦手なタイプです」

 ローリエは、思わずその姿から目を背けた。

 盾を背中から外し、後衛より前に出て、殺る気満々だったフェルマータが振り返る。

「え? アイツ水属性よ? ロリちゃん、火属性マスタリも取ってた?」

 

「いえ、そういう訳ではなくて……」

 

 って、あれ? そういえば、マナさんが見当たらない。

 

 ローリエが周囲を見渡すと、かなり後ろにポツンと黒い人影が。

 膝に両手を置いて、肩で息をしている。 

 

 大盾の裏側からウォーハンマーを引き抜き、戦闘態勢を取るフェルマータ。

 

「ああ、見た目の話? まぁ、でも、そんなことを言ってたら、アンデッドとか相手にしてられないわ」

 全くマナのことを気にしていないフェルマータに、ローリエが声をかける。

 

「フェルマータさん、あ、あの……マナさんが」 

  

「ああ? 先生まだあんなとこに居るのね」

 

 先生? マナさんのこと? 

 

「先生って、殆どFAI(ファイ)極なのよ。VIT(ヴィット)も1だし、MEN(メン)もちょっとしか振ってないから、スタミナ140くらいしか無いの。だから山道はつらかったのね、忘れてたわ」

 

 ()と、語尾にたくさんつきそうなほど、フェルマータは含み笑い気味に言う。

 まだローリエは戦闘シーン扱いでないため、各自のHP、MP、STの状況が解らないが――。

 140という数値はかなり低い部類だ。

 ローリエの1/3ほどしかない。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫大丈夫。ちゃんとスタポいっぱい買ってるはずよ。ほらね」

 

 ローリエが、フェルマータの指差す後方を、再び見やると。

 

「せ、先生って言わないで」

 

 口元から、スタミナポーションの液を滴らせ、手に小瓶を握った、自称魔法使いが、ヨロヨロと追いついてくる。

 

 魔法使いって大変なんだ、とローリエは思いました。

 

 

 

 というわけで、やっとメンバーがそろった。

 

 フェルマータは、大盾と戦槌を構えて戦闘準備は終わっている。

 マナは、魔導書のようなモノを取り出し。

 ローリエは、大きな羽ペンのようなワンドを構える。

 

 

 その様子をAIが感知すると、戦闘用インターフェースが起動し、全員の情報が視界の端に移りこむ。

 

 【ローリエ】

  HP  392/392 

  MP  626/626 

  ST  452/452 

 

 【フェルマータ】

  HP 1481/1481 

  MP  160/160 

  ST  451/553

 

 【マナ】

  HP  214/214 

  MP  645/645 

  ST  101/141

 

 

「さて、気を取り直して、始めるわよ。私が注意をひきつけるから、ロリちゃんは好きにやっちゃって」

 

「うん、ロリに任せる」

 

「わ、わたし!?」

 

「もちろん。私はロリの戦いぶりを見に来たのよ」

 

 まるで、面接か試験みたいだ。

 ローリエは緊張してきた。

 怖いし、恥ずかしい。

 

 でも、やらなければ――。

 

 何も始まらない!

 

 仮にも、カンスト間近の実力があるんだ。

 格下の狩場で、失敗する筈ない。

 

 「わ、解りました」

 

 そして、ローリエは、風の魔法を準備し始める――。

 

 

 

 

 



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19

 ローリエは、マントを身に着けたウサ耳のドワーフを視界の端に入れながら。

 

 奥に見える巨体に、照準を合わせる。

 

 

 準備するのは風の魔法。

 

 初めてのパーティプレイだから。

 派手にぶちかましてやろう。

 

 

 ローリエは、『三気合成(トリブレンド)』と呼ぶ魔法の発動プロセスを開始する。

 それは名前の通り、三つの気を調合するという事。

 

 つまり

 

魔気(オド)

魔素(マナ)

現象核(オリジン)

 

 以上の三種だ。

 

 

 そして

魔気(オド)』は、術者の体内に秘められた精神性のエネルギー、すなわち『MP』

魔素(マナ)』は、大気に満ちる魔法の源。

 

 さらに、

現象核(オリジン)』は、自然発生した火や雷、流水、突風などが魔素(マナ)と接触し『属性を持った粒子』

 

 今回、生成するのは風の魔法だから、『風の現象核(オリジン)』を用意する必要がある。

 だからローリエは、山岳地帯に存在する『風の現象核(オリジン)』と、ワンドに秘められた『風の現象核(オリジン)』を、抽出し――合成されたエネルギーを、想定する魔術の式に少しづつ充填していく。

 

 しかしながら、合成の加減はなかなかに難しく。

 少しでも加減をミスると、魔法は発動しないか、満足な結果は得られない。

 また、慎重すぎて合成に時間をかけると、それだけ魔法の発動は遅れていく。

 高度な魔法ほど、式を充足させるのに必要な合成量が増大し、難易度も上がっていく。

 

 ――というような工程を、プレイヤーはちょっとしたミニゲーム形式で行うのだが。

 このシビアなミニゲームの合否の判定を緩くしたければ、DEXの数値を上げるしかない。

 DEXを極限まで上げ、合否の判定をザルに出来れば、最終的に適当に連打するだけで発動するし、ミニゲーム自体が発生し無くなっていく。

 

 そしてローリエの基本値+種族補正を合わせたDEXは、90。

 

 

 これは、極振りでないにしても、かなり高い水準だ。

 故に、ローリエはそんなに頑張らなくても、高レベルの魔法を、手早く発動できる!

 

 

 一撃必殺で砕け散らせてやる。

 そんな気合と、自信に満ちた表情で、ローリエは術式を解き放った。

 

「『風の大災害(サイクロン)』!!」

 

「!?」

 

 フェルマータと、マナが驚く。

 それは、これほどの速度で、風属性の上級魔法を完成させたこともさることながら――。

 

「た、単体に、そんな広範囲の……!?」

 

 ――選んだ魔法が、あまりに大袈裟過ぎたからだ。

 

 

 もはや災害と呼べる魔法が。

 たった1匹のオーグジェリーを起点にして発動する。

 

 天から螺旋状に伸びる風の奔流が、地上から吹きあがる突風と結合し。

 乱れ狂う気流に、ローリエ、フェルマータ、マナの三人の髪や衣服が、激しくはためき出す。 

 

 発生したのは、名の通り、災害クラスの暴風であり、オーグジェリーの巨体が風にさらわれて持ち上がり、同時に巻き込んだ小石、岩、などと入り乱れて全身が切り刻まれていく。

 

 

 しかしそれだけにとどまらない。

 超広範囲の魔法は、周囲の様々な魔物を何匹も巻き込んでいく。

 その中には、別のオーグジェリーが6体ほど混ざっている。

 

 こんな状況なのに。

 服が飛ばされたりもせず、身体が持っていかれたりもせず、プレイヤーへの被害が無いのは、ゲームだからだろう。

 

 そして――。

 

 

 忘れてはいけないのは、ローリエは純粋な魔法使いではないという事だ。

 魔法攻撃力に直結する『信仰力(FAITH)』の数値は、種族補正込みで70。

 これは、中堅魔法使い程度であり、さらに間に合わせのワンドは、質が悪く、魔法攻撃力をそんなに上げてくれない。

 さらにいえば、オーグジェリーの魔法抵抗力が高く、水属性なので風が弱点という訳ではない。

 

 端的に言えば、威力が足りていない。

 

 

 故に。

 サイクロンで息絶えた魔物は殆ど居なくて。

 

 

 暫くすると、魔法の効果が失われ、次々に舞い上がった魔物が地面に落ちてくる。

 落下ダメージがトドメとなって絶命する魔物もちらほらいるが、そうでないものも沢山いた。

 

 オーグジェリー達も、大ダメージを受けてはいるが、健在のままだ。

 

 

 つまり――。

 

 7体のオーグジェリーを含め、生き残った魔物全部が、ローリエに向かってくるという事だ。

 

「あ、しまっ……」

 

 期待にこたえなければ。

 良いところを見せなければ。

 そんな思いに加えた、『格下狩場の敵くらい余裕だ』という慢心。

 

 

 これはそのすべてが引き起こした、人災だ。 

 

 

 襲い掛かってくる、数々の魔物たち。

 

 失敗してしまったことのショックで、少し呆然としてしまうローリエ。

 そして、そのローリエを守護するために、フェルマータが即座に行動に入る。

 

 

「……『敵性解除(ヘイト・リセット)』! 『挑発(プロヴォケーション)』! 『身代わり(カバーリング)』!!」

 

 

 失敗した失敗した失敗した。

 パーティに迷惑をかけてしまった。

 

 ローリエの心境は、どん底だった。 

 

 (死にたい……)

 



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20

 

 全身に傷を負い、満身創痍の魔物達。

 

 ローリエの魔法と落下ダメージに耐えたタフな連中が。

 

 ターゲットを変え、フェルマータに殺到する。

 そんな何種類もの魔物達に混じり、7体のオーグジェリーは健在で、エルダートレントと言う超大物も混じっている。

 

 そのすべてが、一人のドワーフを殴りつけ、魔法を浴びせ、デバフを仕掛けてくる。

 

 

「ご、ごめんなさい、私……」

 

 今にも、もう辞めろと。

 もうパーティに必要ないと、言われるのではないかと。

 戦々恐々であり。

 自分のしでかしたことを悔い、謝罪するローリエだが。

 

 それよりも。

 目に映るのは、魔物たちにもみくちゃにされているフェルマータの小さな背中だ。

 

 

 

 自分の心配よりも。

 今は、フェルマータを助けなければいけない。

 特に、強酸攻撃をしてくるオーグジェリーは、武器や防具を溶かし、防御力に凄まじいデバフをかけてくる難敵だ。防御力が命のフェルマータにとっては天敵の筈だった。

 

 風の魔法使いの真似事をしている場合ではない。

 全力で、魔物を叩きのめさねば――。

 

 今にも、敵陣に飛び込もうかと思ったローリエ。

 

 けれど、よく見るとフェルマータのHPにはまだ余裕が感じられる。

 数多の魔物に殺到され、様々な攻撃を浴びているというのに。

 オーグジェリーのアシッドブレスを何度も浴びているのに。 

 

 フェルマータに慌てる様子はない。

 

 それというのも。

 ここを普段の狩場にしていると言っていたフェルマータの対策が、完璧だからだ。

 

 武具破壊不可の効果を持つ魔銀(ミスリル)は、酸で溶けたりせず、甲冑もハンマーも健在だし、

 自動回復のパッシブスキルを積んでいるからか、ダメージと回復が拮抗して結果的にHPも減っていかない。

 

 さらにフェルマータは「『武具効力保護(メンテナンス)』」のスキルを使って、防御力減少のデバフも即座に無効化する。

 

 

 そうして、ローリエの背後から。

 

「『炸裂魔弾(マジックボム)』!!」

 

 

 純粋な魔力のみで編まれた、炸裂弾が、弧を描いて飛来する。

 無属性の中級攻撃魔法だ。

 

 それが、敵陣の中央に着弾すると、ずどん、と大音量の重低音が響き。

 魔力の塊が爆散して、周囲一帯に破壊力を振りまいた。

 

 その威力は、サイクロンの比ではなく。

 生き残っていた魔物の大半を消し飛ばした。

 

 

 

「すごい……」

 

 なんて威力なんだ、と、今度は、ローリエが驚く。

 パーティプレイは初で、純魔法使いの魔法を間近で見るのも、初めてだ。

 しかし、今しがた『炸裂魔弾(マジックボム)』を行使した自称魔法使いは、FAI極だという。

 そのことを思い出せば、合点はいく。

 

 目算では、おそらくローリエの3倍ほどの魔法攻撃力を有しているだろう。

 

 

 さらに、打ち漏らした残党を、マナは初級無属性魔法の『魔弾(エナジーボルト)』で、順番に殲滅しはじめる。DEXが低いからか、一発を準備するのに時間を要する分、間隔には開きがあるが、その大威力は、戦車の砲弾のように強力無比だった。

 

 ローリエは、それに倣い。

 失態のリカバリーも兼ねて、残党狩りに参加する。 

 

「『空圧弾(インビジブル・ブリット)』!!」

 

 風属性の初級魔法――。

 音速で撃ち出された超圧縮空気の弾丸が、近くの魔物に命中して、ドォン、と周囲に小規模な衝撃波を発生させ、その威力で、撃滅する。

 

 当然、一発の威力は、マナに遠く及ばない。  

 だから、ローリエは装填速度の速さを活かして、連射する。

 

 

 そうして、ついに、魔物の群れは、居なくなった。 

 

 今更に、フェルマータが応える。

 

「ロリちゃんなんで謝ってるの?」

 

「え……?」

 

「すごいのはそっちよ? こんなに広範囲の魔法持ってるなんて。先生じゃ、せいぜいさっきヤツが一番広い魔法なのに」

 

詠唱(キャスティング)も早くて羨ましいわね。――あと、フェルは私の事、先生って言わないで!」

 

 

 失望されたかと思っていたら、思いのほか高評価だったことに、ローリエは驚く。

 

 

 しかしながら――。

 

 

 マナは言う。

 

「さて、あとは、あのでか物ね」

 

 そう。

 群れは居なくなったのだが。

 

 実は、大物が1匹健在なのだ。

 

 遠くから魔法でフェルマータを狙い続けている魔物。

 

 

 巨大な樹木型モンスターの、エルダートレントだ。

 しかも植物系だけあって、木属性の魔物であり、風耐性も持っているので、木属性魔法も風属性魔法も被害が半減してしまう、ローリエにとっては、めんどくさい相手だ。

 

 ソロで森にこもっていた時は、こういう植物系は大人しく物理攻撃で対応していたが。

 風の魔法使いを名乗っている今、その選択肢は躊躇われる。

 

 

 ローリエが木属性の敵と相性が良くないことは、ベテランであるフェルマータもマナも理解しているようで。

 

「ロリちゃん、こいつは私たちに任せて」

 

 

 ……ちょっと悔しいけれど。

 

 ローリエは、素直に頷いた。 

 

 本当は、『私も一緒に戦います』と言いたいところなのだが。

 

 

 

 ローリエには一つ、やらなければならないことが出来たから。

 仕方が無かったのだ――。

 

 



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21

 

 あまりAGIに振っていないフェルマータが、現実のニンゲンに近しい速度で、エルダートレントの巨体に向かっていく。

 

 左手には、文様の描かれた大盾(カイトシールド)を。

 右手には、工具のハンマーに似た形状の、片手戦槌を。

 

 マントと、ツーサイドアップの髪を靡かせながら、

 スカートを翻しながら、全身甲冑の小柄(ドワーフ)が駆ける。

 

 そのスケール感は、象に立ち向かう、猫(――いや、ウサミミなので、ウサギ?)と言った様相で。

 『風の大災害(サイクロン)』とその落下ダメージ、『炸裂魔弾(マジックボム)』による余波を受けて、それなりに傷を負っているが。

 巨体な上に、樹木の魔物だけあって、タフでもある。

 おそらくまだまだ、HPは残っているに違いなかった。

 

 

 そんなエルダートレントに、立ち向かおうとしているフェルマータとマナを、ローリエは油断なく見ている。 

 

 なにせ、相手は木属性の魔物で、木、土、風属性魔法を使ってくるローリエみたいなヤツだ。

 そして、同族嫌悪的に、ローリエの属性攻撃は全て半減になる。

 特に、『木』は『土』に強い上に、『土』の属性耐性を上乗せされているため、土属性は1/2を吸収されてしまう。

 

 ローリエはエルダートレントに対しては、物理攻撃しか打つ手がない。

 

 

 しかしながら、後方で魔法を準備し始めるマナの使う属性は無属性だから、耐性など、関係ない。

 『魔気(オド)』+『魔素(マナ)』+『魔素(マナ)

   

 以上の『三気合成(トリブレンド)』から、マナは単体用の攻撃魔法を構築する。

 

 フェルマータが、接敵し。

 即座に。

 何らかの魔法を、準備し始めていたトレントに対し。

 大盾(カイトシールド)を振り回す。

「『超・強打盾(シールドスマッシュ)』!!」

 

 防御力をダメージに追加参照するシールドバッシュの上位スキルが、トレントの頑丈な外皮を粉砕し。

 さらに、トレントは怯み、よろけ、少しの間、思考を停滞させ(スタンし)た。

 

 そこに、マナの声が。

 

 「カウント! 3・2・1――」

 

 カウントダウンのあと、マナは準備していた中級小範囲魔法、『魔漣洪波(ミスティックガイザー)』を開放する。

 

 同時に、カウントの0に合わせ、フェルマータが片手戦槌(ウォーハンマー)の攻撃スキル『グラウンドインパクト』を繰り出す。

 

 これは、二人による、連携攻撃(コーディネート・アタック)だ――。

 

 第二世界(スフェリカ)では、特定の『武芸(アーツ)』と『魔法(エレメンツ)』を合わせると、統合さて『魔法戦技』になるというシステムがあり。

 これは、キャラクター一人で指定のスキル全てを取得し、自分で組み合わせて行うことも可能なのだが。

 パーティーメンバーと協力して、実行することも可能であり、その方がダメージ倍率に大きな補正を得るようになっている。

 

 

 だから、マナの魔法と、フェルマータの技は、混ざり合い、統合されて。

 別の超必殺技にとって代わる。

 

 

 

「『魔神撃陣衝』!!」

 

 振り下ろしたフェルマータのハンマーから。

 マナから与えられた無属性の魔力が迸る。

 

 

 その威力に、エルダートレントの身体に大きな風穴があき。

 さらに、その一撃を起爆剤に、トレントの居る地面から魔力性の衝撃波が上空に向かって吹きあがった。

 

 ハンマーの一撃で既に絶命寸前に追い込まれたトレントは、衝撃による絶え間ない連続ダメージに、なすすべもなく、砕け散る。

 

 そうして、霧散し、塵となり、消え失せて行った。

 

 

 

 

「やったわ」

「まぁ、いつものことだけどね」

 

 勝利に歓喜するフェルマータと、マナ。

 

 ローリエもそれに参加し。

 はじめてみた連携攻撃に感動し。

 ふたりの阿吽の呼吸による息の合ったコンビネーションに羨望を送る。

 

 

 それを素直に、満面の笑みと、真っ直ぐな気持ちで出来ればよかった。

 本当に、ローリエはそうしたかった。

 

 

 でも。

 

 今、ローリエの心境はそれどころではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜなら――。

 

 

 

 

 

 

 気合一閃。

 唐突に繰り出された、ローリエの『後ろ回し蹴り』

 

 綺麗な弧を描く、強烈なキックが、マナの脇を狙い撃つ。 

 

 

「!?」

 

 急にローリエから攻撃を受けたマナは、驚嘆する。

 

 しかしながら、その蹴りの行く末は『マナの(すぐそば)』だ。

 

 

「ぐぇぁ!!」

 

 

 そこから、無様な男の苦悶が上がった。

 

 

   

 ――ローリエの索敵能力を舐めてはいけない。

 

  

完全なる方向感覚(ディレクションセンシング)

地上振動感知(レゾナンスシーカー)

超音波空間認識(ウルトラサウンド)

 

 それぞれのパッシブスキルは。

 あらゆる生物の向いている方角を割り出し。

 地面を動く者の振動を感知し。

 建物も動物も、全ての動きと構造を超音波で検知し得る。

 

 ぐぇあ、と無様な声を上げ。

 

 姿をさらけ出し。

 

 身体を『く』の字に折り曲げて吹き飛ばされたのは。

 

 マナを背後から狙っていた潜伏者。

 姿を消し、気配を消し、PKをしかけてきていた、プレイヤーの暗殺者(アサシン)だった。

 

 



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22

 

 

「くそっ、見えていたのか、貴様! 隠密特化のこの俺がッ!」

 

 

 PKは、そのような戯言をほざきながら、器用に体を捻って受け身を取り。

 地面に、ズザァ……と、手足をへばりつけて踏みとどまった。

 

 

 さらに、その反動、屈した膝の力を利用して、ローリエに躍りかかる。

 

 

 全身黒ずくめの分かりやすいコーディネートの暗殺者。

 その手には、短剣が握られている。

 

 その凶器を、ものすごい攻撃速度で、ローリエに叩きつけてきた。

 

 蹴りを放った時から。

 

 否。

 

 近づいてきているPKの存在に気づいた時から。

 

 ローリエは、少しマジモードになっていた。

 だから咄嗟に、危うく『自分の剣』を掌に、作り出しかけた。

 

 しかし、寸出で止める。

 

 その隙に、一撃、刃を身に浴びた。

 ダメージエフェクトと、血潮の演出と共に、ローリエのHPが削られる。

 指輪の効果で、HPが半減している上に、VITも1(種族補正込みでも5)しかないので、割と馬鹿にならないダメージ量だ。

 

 さらに、暗殺者は――。

 

 「よくもこの俺を暴いたな! しねしねしねしねしねしねぇ!」

 

 短剣スキルを使って、無数の斬撃を一瞬で繰り出す。

 その数は、全部で12斬。そのすべてを浴びたら、紙装甲のローリエは死ぬ。

 

 だからそれを――。

 

 『風の羽根杖(フェザーワンド)』をナイフのように扱って、いなし、パリィングし。

 高DEXを活かした、素早い杖捌きで3()をさばき。

 補正こみ135というトップクラスの俊敏性(AGI)を活かして3()を回避し。

 半分ののこり6()を、身体で受けた。

 

「う、くっ――ッ!」

 

 プレイヤーに、きわめて緩和された痛みが、伝達されていく。

 

 怪しまれたくないから。

 ローリエは、あえて必要最低限だけを躱した。

 

 それでローリエは瀕死に陥る。

 これ以上は受けられない。

 

 「はははははっ!」

 

 「ロ、ロリちゃん!?」

 「ロリ!?」

 

 調子に乗ったPKの馬鹿笑いと、フェルマータとマナの心配する声がする。

 

 横目で見る。

 

 

 フェルマータが、駆けてくる。

 マナが魔法を紡ぎ出す。

 

 ふたりは、PKの相手をしようとしてくれている。

 

 うれしい。

 本当に仲間のようで。 

  

 でも、まずい、とローリエは思う。

 今、ゲーム内は日中だ。

 木属性の光合成(フォトシンセシス)がHPを再生してしまう。

 そうすれば、ウソがばれるかもしれない。

 

 やっと入れたパーティだ。

 ローリエは、フェルマータとマナに嫌われたら終わりだ。

 

 

 風の魔法使いであり続けなければいけない。

 一度始めたうそを、つきとおさないといけない。

 そう考えて。

 

 「まず一人目ェ!」

 

 一撃(トドメ)を振り下ろす暗殺者。

 

 それを――。

 短剣もろとも、垂直に、強烈に蹴り上げる。

 

 「なにぃ!?」

 

 ローリエの、白いサイハイソックスに包まれためしべのような足。その爪先が。

 暗殺者の顎にめり込み、身体を浮き上がらせた。

 

 キックの反動を、身体を回転させて殺しつつ。

 掌底のように、間髪入れずに叩き込む。

 

 「『大衝撃波(ショッキングブラスト)』!!」

 

 「ぐへ、はッ」

 

 蹴り上げから、1秒もおかずに放たれた、ノックバックに特化した風の魔法、その衝撃波が、暗殺者を物凄い生き良いで吹き飛ばす。

 

 ここは山岳地帯。

 その先は崖だ。

   

 それを追いかける。

 この場には居られない。

 フェルマータが近づいてきている。

 マナの魔法が届く。

 

 【超高度跳躍(ハイジャンプアシスト)

 

 足裏から発する衝撃波の反動で、跳躍力を、瞬間的に超増強する風の魔法。

 そのベクトルを、真横に転じれば、それは超加速スキルとなる。

 

「ロ、ロリちゃ……!?」

 

 間近に来ていたフェルマータが、一瞬で遠ざかる。

 今、吹き飛んでいる最中の暗殺者の身体に。

 まるで突風のように、ローリエは追いついた。

 

 そのまま膝蹴り(ニータックル)で突き飛ばす――。

 

 さすれば。 

 

 そこはもう空中で。

 断崖絶壁の突破先。

 

 視界には、真下のはるか遠くに、流れる河が見て取れる。

 

 

 ローリエの身体が。

 落とされた、暗殺者と。

 ふたりして、真っ逆さまに、落ちて行く。

 

 高い崖が、背後を凄い速さ縦スクロールしていく。

 

 そして。

 単身で遠ざかったことで、パーティ行動の圏外扱いになり、メンバーのステータスが黒くなり。

 状態の把握が出来なくなる。

 

 その瞬間、ローリエの自動回復が1回分作動した。

 HPとMPが10%、スタミナが5%回復する。 

 

 もう今は、この崖がフェルマータ達の視界を遮っただろう。

 あの二人が、この距離、この遮蔽での視認スキルを持っていないことを、節に祈りながら。

 

 

 落ちながら。

 ローリエは、武器を紡ぐ。

 

 「『大自然の弓(フォレストアーク)』、『木製矢製造(クリエイトアローズ)』、『猛毒付与(ポイゾナスウェポン)』」

 

 

  

 

 その手に、短弓(ショートボウ)を。

 矢に、神経、血液、腐食の毒をこめて――。

 

 

「貴様ァ!」

 

 受け身を取り、悪あがきにナイフを投げてくる暗殺者の

 

 その短剣を、ローリエは容易く躱し。

 

 少し距離の開いた、直下を落ちる身体に向けて。

 

 

 

 矢を、撃ち放つ。

 

 『弓の武芸(アーツ)』と『木の魔法(エレメンツ)』の合わせ技、

 

 

魔法戦技(コーディネート)――『死毒の棘(アキューリアス)』!!」

 

 

「ぐはぁ!」

 

 空中で放たれた毒矢が、暗殺者の身体に突き刺さり、

 

 

「覚えてろよ、貴様ァァァァァ!」

 

 捨て台詞を残して、そのまま奈落へと落ちて行った。

 

 

 まだ暗殺者は死んではいない。

 けど、かなりの高所からの落下ダメージだ。

 何か対策していないのなら、絶対に死ぬ。

 

 そして、PKを仕掛けたもの、そして、PKに応じたもの。

 この双方は、絶命した時、または、HPが1/4になった瞬間に、ペナルティドロップの判定が発生する。

 この確率は、絶命した時の方が圧倒的に高く、PKを仕掛けたほうが2倍高い。

 

 

 その結果か。

 

 落ちて行く暗殺者の落し物が、ひらひらと、キラキラと、宙を舞って。

 

 

 ローリエはそれを掴み取る。

 

 

 筋力を大きく補正してくれるアクセサリーだった。

 

 

 

 そして、ローリエは――。

 

 

 そもそも落下ダメージは無効で、空中機動も可能なので。 

 

 弓を解除しつつ、良い感じに減速してから。

 

 適当に崖に生えている枝を掴んで、ぶら下がる。

 

 

 

「はぁ」

 

 一息。

 

 そして思う。

 

 ごまかせただろうか、と。

 ……ローリエは、そんな心配をまずするのだが。

 

 

 すぐに、ローリエは首を振って。

 恥ずかしい自分の性格に自己嫌悪する。

 

 

 

 だって。

 この行動の全ては保身のためなのだ。 

 マナを守るため。

 PKという悪を懲らしめるため。

 

 そういう、真っ当な理由じゃない。

 

 

 そういうとこだぞ、私。

 だから、嫌われるのだ。

 

 

 崖の上からフェルマータが顔をのぞかせるまで。

 その自己嫌悪は続くのだった。

 

 



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23

 

 

 「ロリ、平気!?」

 

 崖にぶら下がったままのローリエに、上から顔をのぞかせるマナとフェルマータ。

 

 「あ、はい……大丈夫です」

 

 ローリエは、再び【超高度跳躍(ハイジャンプアシスト)】を使って、崖を駆け上がる。

 合流すると、フェルマータは満面の笑みで。

 マナは胸をなでおろし、安堵の息を吐いた。 

 それぞれが、ローリエのことを迎えてくれる。

 

 「よかったわ。あのまま落ちたんじゃないかと……」

 

 そう言うフェルマータに対し。

 あはは、とローリエは乾いた笑いで。

 「すいません、心配をおかけして。風の魔法で何とか踏みとどまれてよかったです」

 流れるように出てくるごまかしの言葉。その自責に苛まれながら。

 

 マナは言う。

 

 「それにしても、良く、PKに気づいたわね。助かったわ」

 

 「アッ、いえ。風のパッシブスキルにそう言うのが解るものがありますから」

 それは嘘じゃないホントです。

 

 「ああ、ウルトラサウンドだっけ? そういえば、そんなのもあったわね」

 さすが、マナは魔法使いだけあって察しが良い。

 

 「そう。それです!」

 

 

 フェルマータも言う。

 「そうね。崖に叩き落とすとか、機転も効いてたしね」

 そう言いながらフェルマータが。

 まだ傷を負ったズタボロテクスチャーな状態で、HPも半分以上減っているローリエに。

 回復の魔法をかけてくれる。 

 

 しかしフェルマータが魔法を準備する間に、再生が1回発動してしまった。

 でも、そのことは、ローリエが思うほど、気にされなかった。

 そういう装備を付けているのだと、思われたのだろう。

 

 心配し過ぎだったのかもしれない。

 

 

 それに本当は、必死で保身に走っただけだったのに。

 マナを助けたことになって感謝されて。

 崖に飛ばしたのは、機転が利いたことにされていた。

 

 

 まだ、ボロは出て無さそうだと。

 ローリエは、少し安心する。

 

 

 

 やがて回復魔法が発動して、フェルマータの治療が終わり、

 

 「これでHPは全快ね。でも、さっきは瀕死になってたと思ったけど、もう半分くらいになってたわ。自動回復積んでるのね。ロリちゃんは頑丈ね、そこのモヤシと違って」

 

 ローリエは、ごまかすようにまた笑って。

「あはは、意外と、硬いですから、私!」

 

 そしてローリエは思う。

(良かった、看破阻害の装備で。装備の効果でHP増やしてるとか、特殊効果の装飾品着けてるとか、実は意外と防御力あるんですとか。ごまかしが効く。――あんまり褒められたことではないけど)

 

 そこでフェルマータはマナ(もやし)を見る。

 

 

「――たぶんさっきのPKに絡まれてたら即死だったんじゃない?」

 

 ね?先生。とフェルマータは意地悪くウィンクをする。

 

 マナは、「うるさいわね」と。

 もともとジト目系の顔立ちなのに、それをさらに深めて。

 フェルマータを睨んだ。

 

「でも事実でしょ? ロリちゃんには感謝しなさい」

「解ってるわよ。感謝してるわ」

「じゃ、この後も頑張ってよね。まだ、あと23個のこってるんだから」

 

 そう、クエストがまだ残っているのだ。

 

 

 

 そうして、その後、狩に戻り。

 3人でオーグジェリーの核を30個集め終わった。 

 

 

 その間に、マナは種族限界が1アップし、総合SPが67Kになった。

 メンバーの種族限界の上昇は、パーティメンバーに通知が行く。

 

 だから、フェルマータとローリエは、おめでとう、といって祝福した。

 

 ちなみに、ローリエは1ポイントもSPが増えていない。

 敵性から大きく離れているからだ。

 ここの狩場で、ローリエが1匹辺りから得られているSPは、10万分の1ポイントくらい、もしくはもっと少ないだろう。

 つまり、0.00001SPくらいということだ。

 それで1ポイントに届かせることは、難しい。

 

 

 

 ゲーム内の空が夕日に染まり。

 現実の世界でも22時を回っている。

 

「そろそろ戻りましょうか」

「そうね。ロリの活躍は十分見れたし。中の人がどんな人なのかもちょっと見えたわ」

 

 うっ。

 とローリエは咽ぶ。

 

「うん。いきなりサイクロンを撃っちゃうのとかね」

 

 うぐ。

 とローリエは咽ぶ。

 

「あの後ろ回し蹴り(キック)も、なかなかすごかったわ」

 

 話が。

 自己嫌悪や風魔法使いのイメージを、つついてくるので。

 ローリエはたまらずに、話題を逸らそうと

 

「そ、そういえば!」 

 

「?」

 

「――どうして、マナさんは、先生なんですか?」

 

「え? あぁ」

「フェル、それは言ってはダメよ」

「え? なんで?」

「ダメってば!」

 

 しかし、フェルマータはスクロールを1枚取り出した。

 スクロールと言っても、このゲームではカードのような形状だが。

 

 それは『|風の囁き《ウィスパー』の魔法で。

 

 フェルマータはこっそりとローリエに囁く。

「ロリちゃん、それはね……マナの中のヒトの名字が、『先生(せんせい)と書いて先生(せんじょう)』だからよ」

 

 

 それに。

 納得と驚きの混じる表情になるローリエ。

 それで、フェルマータが告げ口したことがマナにバレる。

 

 

「あぁ、バカ! バカ!」

 

 え?

 え?

 え?

 

 ローリエは、それであることに気づいた。

 フェルマータが、マナの中のヒトの名前を知っているということは――。

 

 つまり。 

 

 ローリエは二人のノリに、付き合いの深さを察した。

 

「お二人ってもしかして……」

 

「うん、リア友なの。私とマナは」

 

 

 がーん……。

 

 ショックだった。

 ローリエはまた、仲間外れを感じてしまう。

 しかもリア友。

 

 ゲームでのフレンドとは格が違う。

 ――本物の友達だ。

 

 

 「あう……」

 

 「どうしたのロリちゃん?」

 

 それから、街に戻ったり、収穫物を生産したりしたのだが。

 ローリエの中の人は、全然記憶に残らなかった。

 

 

 

 



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第三話『気づかぬ原動』
24






 

 「くそっ……、なんなんだよ、アイツ」

 

 悪態をつくのは、全身黒づくめの男。

 

 とある山岳地帯のがけから、河に落下――。

 いや、叩き落とされたというべきだろう。

 

 その落ちた場所が水場だったとはいえ、受けた落下ダメージはすさまじく。

 受け身を取ったとしても、到底耐えれるものではなかった。

 最大HPの10倍以上の落下ダメージだったのだから……。

 

 だが、男は、死ぬ間際にHPが1残るパッシブスキルを持っている。

 直後に回復薬を飲み、なんとか堪えた。 

 

 故に生きていた。

 

 

 

 

 そんな男は今、河辺の樹木に、背中を預けて腰かけている。

 

 その様子はとても元気とは言えなかった。

 周りには、回復薬の小瓶が幾つも散らばり。

 

 傍には火も炊かれている。

 

 そんな時刻は、夜。

 

 

 その男――。

 山岳でパーティプレイ中の魔法使いにPKを仕掛けた暗殺者は。

 端的に言えば、失敗していた。

 

 数々の隠密スキルを所持し、気配を殺す事に長けたキャラクタービルドだというのに。

 なぜか、傍のキャラクターにはバレていたのだ。

 

 姿を消し、足音を消し、匂いも消し。

 

 ――しかし、超音波探知まで防ぐ術は持っていなかったから。

 そんなスキルがあることを、暗殺者は知らなかったから。

 魔法には疎い、ビルドであるから。

 特にそんな所持者が稀有なスキルまでは、網羅出来ない。

 この膨大なスキル群で構成されたゲームでは、プレイヤーが知らないスキルはごまんと存在しているのだ。

 

 だが、それでも暗殺者は自分の隠密力に自信があった。

 逃げ足にも自信があった。

 これまでうまくPKしてこれたという、実績もある。

 

 それに。

 山岳地帯は、暗殺者にとってはかなり格下の狩場だった。

 SP92Kのこの男にとっては、そんなところで遊んでるパーティなどに負ける道理など無かったのに。

 

 それが暗殺者の悔しさを倍増させる。 

 

 くそ、とまた悪態をつき。

 新しい回復薬を服用する。

 

 今、暗殺者に出来ることは、ただこうやって耐えることだけだ。

 それが、とてももどかしい。

 

 しかし、いくら待っても毒は消えなかった。

 

 「なんでなんだ……全然毒が消えねぇ……! 何レベルの毒なんだよ、ちくしょう」

 

 暗殺者は今、猛毒に侵されていて、HP、MP、スタミナを一定時間ごとに12%奪われていく状態だ。

 それを、回復薬で耐えているのだった。

 男が、毒耐性を少し上げていなければ、毒の回りはもっと早く、とても耐えれない状態だっただろう。

 

 解毒剤も、いくつか試したが、全く効果が無かった。

 初級解毒剤はダメ。なぜならLV2の毒までしか解毒できないから。

 中級解毒剤もダメ。なぜならLV4の毒までしか解毒できないから。

 上級解毒剤もダメ。なぜならLV6の毒までしか解毒できないから。

 特注の、プレイヤー産の最上級解毒剤でもダメだった。

 

 だから、この毒は、LV9以上の毒だ。

 

 本当は、10+2レベルの限界突破スキルで、LV12の毒なのだが。

 

 

 暗殺者は、自分を打倒したエルフのことを思い出す。

「……あいつ、全然ステータスも何も見えなかった……。パーティが雇ってたPKKかなんかだったのか……? 判らねえ……」

 そのうえペナルティドロップで高価なアクセサリーも消えてしまっている。

 

 むかつくぜ、と。

 

 立ち上がり、怒りをぶつけようと、転がる小瓶を蹴ろうとした暗殺者は。

 毒の影響で上手くできずに、そのまま河辺にぶっ倒れた。

 

 どさり、と。

 

「くそっ……」

 

 HPMPスタミナが徐々に減るだけではなく。

 様々な毒をブレンドされた攻撃を受けて、全ステータスにデバフを受けているし、睡魔に見舞われるし、全身は微妙に麻痺している。

 

 その全部が、毒耐性に効果を緩和されているとはいえ。

 あまりにやばい状態だ。

 

 暗殺者が悪あがきに、最後のHP回復薬を飲む。

 

 でも、スタミナの回復薬はもう尽きている。

 このままでは、いずれスタミナ不足で動けなくなり。

 勝手に死ぬだろう。

 

 そして、毒が消える気配はない。

 かなりの時間経過したのに、毒の効果時間が凄まじいのだろう。

 

 落下ダメージに耐え、生き残ったはずが。

 

 もう暗殺者には、助かる未来が見えなかった。

 

 だから、動けなくなる前にと。

 

 暗殺者は、短剣で自分の首を切り裂いた――。

 

 

 エルフに殺されるのも我慢がならないし。

 毒で死んでは、ペナルティドロップの危険が発生するからだ。

 

 

 「あの、エルフのガキ……、次に会ったら、絶対ぶち殺してやる……!」

 

 暗殺者は、そんな言葉を残し。

 大量の血潮を、地面にぶちまけながら――。

 

 

 

 一筋の光となって、静かに消えていった。

 

 



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25

 

 

 時刻は夜の21時。

 自宅からの迎えの車を待つ間。

 

 

 一ノ瀬(いちのせ)由奈(ゆな)は、もはや昨今は電話かパソコンか解らなくなってきた多機能端末を片手に。

 

 悩んでいた。

 

 「スキルが多すぎる……」

 

 学校の勉強に、数々の習い事。

 びっしりのスケジュールの中、VRゲームをやる時間は限られている。

 

 だから、ちょっとした空き時間には。

 端末を使って、攻略情報などを集め。

 ある程度キャラクターの育成に関しての計画を立てようと思っているのだが。

 

 塾の自習ブースで、由奈は、だらりと項垂れた。

 

 

 「自由すぎることが、逆に、こんなにも難しいなんて……」

 

 なんとも、皮肉なものだと、由奈は思う。

 用意されたレールを走る方が、きっと楽なんだろうな、と。

 

 そんな職業という物(レール)が無いゲームだから。

 プレイヤーは、キャラクターをどうしたいのか、自分で決めないといけない。

 

 自分で計画しなければならない。

 

 

 戦闘狂として生きるのか。

 生産専門として生きるのか。

 数々の秘境を探検して回るのか。

 

 やりたいことで、必要なスキルはがらりと変わる。

 

 戦闘狂なら、戦闘スキル。

 生産職なら、各スキル群に散らばっている中から、生産に使えるスキルを取らねばならないし。

 探検をメインにするというなら、探知、警戒、マッピング、開錠、解読などになるだろう。

 

 そんな風に。

 

 

 第二世界(スフェリカ)に実装されている、膨大なスキル群から、選び取っていかないといけないのだ。

 

 

 

 由奈は気を取り直し、もう一度攻略サイトを見る。

 

 由奈は、武器にも魔法にも詳しくないし、これまでゲームはあまりやってこなかった。

 だから、有体なモノしか、知識に無く、思いつく物も知れたものだ。 

 

「定番なら、剣とかなのかな? それとも魔法?」

 

 

 呟きながら、攻略サイトの『SKILLS』の項目を開く。 

 するとスキルは大きく分けて、物理系、属性系、練気系、能力増強系、特殊系に分かれていた。

 

 さらに、物理系の詳細を開くと、ちょっと読みこみに時間を要したあと。

 すごい量のマスタリスキルが表示される。

 

 例えば、物理系は、剣に関わるマスタリだけでもかなりの量で。 

 剣マスタリ、片手剣マスタリ、両手剣マスタリ、両手武器マスタリ、片手武器マスタリ、不利手マスタリ。

 当然ながら、マスタリの下位項目に、それぞれ『スラッシュ』や『インテンシオン』等の細かい動作スキルが連なっていく。

 

 勿論、武器は剣だけではない。斧も槌も格闘あるし、ハルバードやバスタードソードのように幅広いスキルを活用できる複合武器だってある。

 なんなら、盾や、重鎧、軽鎧、など、防具マスタリもあるのだ。

 しかもこれらは、完全に物理に関わるスキルしかない。

 ちょっとでも不思議な事は、属性系か練気系の習得が必要だ。

 

 

 ちなみに。

 属性系においては、よくある魔法に関してのスキル群で、火マスタリや、闇マスタリ等、全部で20程の属性を網羅している。

 

 また、練気系は、遠当てをはじめとする体内エネルギーの魔気(オド)や生命力を活用するスキル群。

 能力増強系は、HPアップなどの主に基本的な部分を強化するパッシブ類。

 特殊系は、騎乗スキル等のプレイヤー自身とはやや離れたモノに関するスキル群だ。

 

 

 少し考えただけでも、膨大な量だと解るだろう。

 とても10万SP程度では、習得しきれない量だ。

 

 こんな感じで、何から取って良いかもわからないために。

 ゆなのキャラクターは、取得したSPを1も使わずに、ステータスもスキルもデフォルトのままだ。 

 しかし、そのままでは当然、全然強くならない。

 

 第二世界(スフェリカ)では狩場の適正が少しでもズレれば、取得SPはものすごい勢いで減っていく。

 1⇒0.9⇒0.8⇒0.7とか生易しい減り方でなく、1⇒0.5⇒0.1⇒0.05という鬼畜な減り方だ。

 

 既に、ユナは適正から大きく外れている。

 次の狩場に行くためにも、少しはSPを使わなければならない。

 

 

 「……かといって、失敗は出来ないし」

 

 SPの振り直しは可能だが。現金が必要だ。

 1SPのリセットにつき2円。

 

 10万SPのリセットなら20万も必要だ。

 ユナはまだ2000SPほどしか取得していないが、それでも4千円かかってしまう。

 学生には辛い。

 

 

 そうして、とうとう由奈は端末を閉じた。

 そろそろ、迎えも来るだろうし。

 

 攻略サイトを見て、考えるという事自体を諦めた。

 

 「ゲームの中で、経験のある人に聞くほうが早そう……」

 

 そう、例えば――。

 

 「あのエルフちゃん……どこに居るんだろう」

 

 実はもうグランタリスには居ないのかな?

 もっと本気で探そうかな……。

 

 今までのように歩き回るのではなくて――。

 

 ……由奈はおもむろに、もう一度端末を開いた。

 そして、ブラウザから、キーワードを入れて、検索する。

 『刑事 探偵 捜査 方法――』

 



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26

 

 

 山岳での戦いの後。

 そして。

 ローリエが、ログアウトした後の『ミミズクと猫・亭』

 

 

 マナとフェルマータは、まだ少し残って話を始めた。

 

 真っ黒なローブと、ジェスターキャップのような魔法帽子の魔法使い――。

 マナの席には、何もなく。

 

 対して。

 

 甲冑を着こみ、ロングマント姿のいかにも騎士然とした、小柄――。

 うさみみドワーフのフェルマータの席には、マスターに入れてもらったミルクティーが湯気を燻らせている。

 

 その白いカップに入った液体を指さし、常時ジト目の魔法使いは、胡乱げに問いかける。

 

「ほんとに味するの、それ」

 

「え? するよ? 普通に。ここの味は、その辺の食べ物屋さんより、凄いんだから」

 

 一口飲む?

 と進めるフェルマータに。

 手で、いらねえ、と合図するマナ。

 

 

 そう?美味しいのに、と言って。

 フェルマータが、熱々のミルクティーをふーふーしていると。

 マナが口を開く。

 

「それにしても、良く見つけてきたわね、あんな子」

 

「ローリエちゃんの事?」

 

「ええ」

 

「うん、何かこの前の夕立の時にさ、たまたま駆け込んだ軒下でね。一緒に雨宿りしてたんだ。そこでね……」

 

「ふ~ん。カナデには似合わなさすぎるドラマチックね」

 

「うるさぁい。中のヒトのことは良いでしょ、今は!」

 

「いつも、私の事、先生っていうからよ」

 

 

 

 

「それは置いといて。――で、マナ先生は、どう思う? ローリエちゃんの事」

 

 

 マナは少し思案する。

 少し前の、ローリエというキャラクタ―の戦いぶりを、思い出すかのように。

 

 

「そうね……。おそらく、構成は、ボス向けとは言い難い感じかしら。どちらかというと、殲滅戦向けね。あと、プレイヤーが、パーティ慣れしていないように感じたわ」

 

「うんうん、そうだね。私もおおむね同感。今後はなるべく一緒に狩りに出て、慣れていってもらいましょ」

 

「それが良いわね。――ああ、そういえば、ロリの総SP幾つ?」

 

「さぁ?」

 

「さぁ、って。あなた、看破できるアイテム持っていたじゃない」

 

「『赤のメガネ』でしょ? このまえ試したけど、看破阻害の装備着てるみたいで、何も見えなかったのよ」

 

「看破阻害? ……PK対策用のOP(オプション)ね」

 

 看破阻害は、相手の強さが解らなくなる事で、PKが警戒して襲いづらくなるという効果が確認されている。

 それで襲ってくる輩は、相当高SPの自信家野郎か、慢心イキリPKくらいだ。

 

「看破阻害って、珍しいわよね?」

 

「まぁ、ね。モブ用とは言い難い。――ということは、ロリはPK対策(そっち)がメインの構成かしら?」

 

「かなぁ? 今日、凄かったもんね。『いきなり、先生に蹴りかましたww!』って思ったら、まさか先生がPKにからまれそうになってたなんて。ロリちゃん、良く気付いたわ」

 

「うん、今日は助かった。――ところで、あのときフェル笑ってたでしょ」

 

「あ、気づいてた? そうそう。まさかの裏切り、と思ったら、PKがアホ面で吹き飛んで行ったのが見えて、思わず中の人が笑っちゃってて、助けに入るのが遅れちゃった」

 

 フェルマータは口に手を当てて意地悪くくすくすと笑う。

 

「だろうと思ったわ。何にせよ、フェルは、今度から狩場では念のためにクレボヤ使っておいて」

 クレボヤとは、【視覚強化/千里眼付与(クレヤボヤンス・オブ・ライト)】という光属性の強化魔法で、より遠くが見えるようになったり、視覚的に隠蔽されている物、NPC、プレイヤーを見つけやすくなるという効果がある。

 

「言われなくてもそうするつもりよ。余ってるSPで【視界強化(サイト)】のパッシブを上げるかも、検討するわ」

 

 

 そして、フェルマータは続けて先生に聞く。 

 

「で、ロリちゃんは、合格?」

「当然でしょ。あの感じだと少なくとも60Kはあるはずよ。構成的にも、『紫系』の大精霊サートゥルニーへのアドバンテージもあることだし」

 

「よかった。ダメって言われたらどうしようかと思ったわ。……ロリちゃんがログアウトする時に、『またね』って言っちゃったし」

 

「言わないわよ」

 

「でも、もう一人くらい欲しいわね、ボス向きの子が」

 

「そうね……」

 

 マナは、以前大精霊にフェルマータと挑んだ時のことを考える。

 正直、二人では太刀打ちできなかった。

 防御タイプのフェルマータは生き残れるのだが。

 耐えれても、倒せないのでは意味が無い。

 今、必要なのは、火力なのだ。

 

 そのことを考え、マナは言う。 

 

「今のままだと、ボスの討伐に必要な単体火力がちょっと足りないわ。だからフェルは引き続き、メンバー探しをお願い」

「りょーかい。先生は、今後のプラン考えておいてよ。新しい、狩場とかね」

 

「解ったわ。でも当面は、SP稼ぎついでに、ロリとの連携を考えましょ」

 

 

 そんな感じで。

 フェルマータとマナは、1時間ほど雑談して、ログアウトしていたのだった。

 



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27

 

 

 

 ちりん、ちりん。

 店の扉をあけると。

 ドアベルが、音を立てて出迎えてくれる。

 まるで、コンビニの入店音のように。

 

 

 

 そんな『ミミズクと猫・亭』に、姿を見せたのは、花のヘッドドレスと、緑色系のドレスを纏った、森エルフ風の少女。

 しかも金髪三つ編みのロリ。

 

 最近出入りするようになった準常連客で、キャラクターネームは、ローリエという。

 

 ローリエは、いつものように店内に入ると、おどおどと周囲を見渡し、身構える。

 

 なぜなら。

 

 バサバサバサッ。

 ダダダダダダッ。

 

「ひぃぃ!」

 

 『ミミズクと猫・亭』のシンボルでもある、猛禽類と、黒猫がエルフの少女に向かって猛チャージをしかけるのが、日課だからだ。

 

 しかも、歓迎して甘えに来ているという訳でもなく。

 

「嫌ぁ! きゃー、やめて、やめて。イタタタッ」

 

 ワシミミズクは、生花のヘッドドレスの香が気に入っているのか、癪に障るのか、バサバサとホバリングを決めながら、鋭いくちばしで少女の頭を啄むし。

 

 黒猫は、少女のお腹に飛びつくと、そのまま爪を立てながらよじ登るし。

 

 入店時には、決まってローリエが、けちょんけちょんにされる姿があった。

 

 そこに。 

「やぁ」

 と声をかけるのは、このお店の店主。

 いつもは奥で料理の研究をしているらしいが。

 

 今日は珍しく、マスターが店内に出ていた。

 掃除をしているらしい。

 

 そんなマスターの姿は。

 蝶ネクタイに、燕尾服という、執事コーデの黒髪ショートカットで。

 身長は170行くかどうかという、男性にしてはやや低く、女性にしてはやや高い背丈。

 さらには、顔立ちや体型までもが中性的で、男装している女性なのか、女性のような男性なのか、解らない見た目をしている。

 

 

 その、高音でも低音でもない声色が、微笑でローリエを出迎える。

 

「今日も、うちの子達に人気だね、ローリエさんは」

 

 

「うぅ、どう見たらそう思えるんですか、タスケテ下さいィィ」

 

 ワシミミズクに、するどい脚の爪で頭を引っ掴まれ、頭の花を毟られていたり。

 黒猫に、噛みつかれたドレスのスカートが、引っ張られて、ローリエが必死に裾を抑えていたり。 

 お目目が「><」になっていそうな、ローリエは、真剣に助けを求めている。

 

 でも。

 

「うーん、いつもは大人しいんだけどね。ローリエさんが来ると、興奮しちゃうみたいだ。やっぱり気に入られているんじゃないかな?」

 

 マスターはいたって、冷静に、受け応える。『どう見たらそう思えるのか』、という部分に対して。

 そしてエルフの少女を助けに行く様子は、ナシ。

 逆に、楽しそうに戯れている愛鳥と愛猫を、よきかな、よきかな、と微笑を讃えて観ているだけだ。

 

 

 そして、暫くして、二匹が飽きると、あっという間に解放される。

 それも、いつもの事。

 

 すっと、何事も無かったかのように。

 夕立があがったかのように。

 

 急にポツンと店の入り口に放置されたローリエは、ちょっと涙目で。

 微妙にあられもない姿というか、ボロみが増した見た目になったが。

 大丈夫だ。問題ない。

 ゲームなので、少ししたら元に戻る。

 

 

 「うぅ……」

  

 今日もいつも通り酷い目にあった。

 と、涙をふくローリエに、マスタ―は問いかける。

 

 「ところで、決心はついたかい?」と。

 

 

 数日前。

 ローリエは『ミミズクと猫・亭』を、長期滞在用の宿として利用するかどうか、マスターに相談していた。

 リア友には及ばないけれど。

 せめて、パーティメンバーとして、同じ宿を拠点にしたいと考えたからだ。

 

 それに拠点を持てば、自室や持ち家のインテリア、エクステリアをカスタムして遊べる『ハウジング』もできるようになるし、リスポーン地点の選択肢も増える。

 また、冒険者の宿なので、クエストの受注や発注も楽になるかもしれない。

 

 

 それについて、ローリエは既に決心を固めてきていて。

 

 

「は、はい。今日からここにお世話になろうか、と」

 

 マスターは、嬉しそうになって。

 

「そうかい。うれしいよ。簡単に手続きがあるから、カフェのカウンターに来てくれるかい?」

 

「は、はい!」 

 

 

 そうして、手続きに取り掛かったくらいのタイミングで。

 

 

 

 ちりんちりん、とお店のドアベルが鳴って。

 

「こんにちはぁ」

 

 フェルマータが入店した。 

「お、お邪魔します」

 ついでに、か細い聞きなれない声もする。

 

 そしてさらにフェルマータは、店の入り口に散らばった花の残骸を見て。

 ローリエが来ていることを察する。

 

 すると、店内を少し探して。

 

 カウンターで見つけた背中に、こう言った。

 

 

「ロリちゃん、あなたにお客様よ。――店先で拾ってきたわ」

 

 

 

「へっ?」

 

 

 自分に、客。

 というあまりにも聞きなれない言葉に、

 ローリエが、思わず振り返ると。

 

 

 視界の中。

 

 フェルマータのすぐ横に。

 ヒュム種族の少女が立っていた――。

 

 

 

 その少女の表情と、瞳は、ローリエの顔を見た瞬間に。

 

 

 ぱぁ、と花が咲いたかのように、輝いて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 時は、幾日か前。

 

 

 一ノ瀬(いちのせ)由奈(ゆな)は。

 

 あれから数日間。

 貴重な時間をフルに使って、エルフ少女の行方を探っていた。

 

 実際の刑事や探偵の操作方法なども調べたけど。

 

 結局行き当たったのは、刑事捜査の方法を調べている時に、検索サイト上でみつけた、掲示板だった。

 

 

 そこに。

 上がっていた、

 

 【2NDW】情報交換スレ【VRG】

 

 というタイトルのスレッドに、由奈が探しているエルフとほぼ同じ特徴の人物を探している人が居たのだ。

 

 

 内容は以下の通り。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 とある人物のよく見かける場所を何でもいいから教えてくれ。

  

 特徴。

 性別は女で、ロリっぽい見た目。 

 髪色が、#fef263に近い三つ編みのチビエルフで、頭に花で出来たヘッドドレス的なやつをつけてる。

 服は、緑系で上が#316745よりちょっと黒に近い。下が、花弁みたいなスカートになってて#d4acadよりもうちょと薄かったかもしれん。

 で、靴下が、靴と一体化してて、色が#cee4ae←こんな感じだったかな。

 

 オレが見た時は、二股の黒い帽子を被った魔法使い風のヤツと、全身フルプレートのドワーフと一緒に居たが、その後が知りたい。

  

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 それに対して。

 

 パンツの色の情報が足りてねえぞ。とか。

 ストーカーか? とか。

 理由は? とか。

 批判的だったり、懐疑的なコメントもあったが。

 

 中には。

 

 前、北部のシデ森付近で見た、とか。

 その森で、一人で戦ってるのよくみた、とか。

 シデ森近くの村で見た気がする、とか。

 

 有力な情報もちらほら上がっていて。

 

 さらには。

 

 そういえば最近、首都に新しくできた冒険者の宿に出入りしてるのをよく見る。

 ――という情報が寄せられていた。 

 同時に、書かれていた宿の名前は――『ミミズクと猫』

 

 

 

 

 由奈は、『コレだ!』

 

 と思った。

 

 

 

 だから、それから時間がある時に、ずっと『ミミズクと猫・亭』の前で、突っ立って張り込んでいたのだった。

 

 しかし、悉くローリエとのタイミングが合わずにいたのだ。

 ユナが行動できるのは主に習い事も宿題もすべてを片付け終わった、0時前後。

 普通の学生は寝ている時間のことも多く。

 ローリエがログアウトした後であることばかり。

 しかし、ローリエよりも深夜帯に割り込むことが多いフェルマータと、マナはユナのことを何度か目撃していた。

 

 

 それをフェルマータが毎度気にしていて。

 今回、たまたま早い時間帯に見かけたユナに声をかけた。

 

「ねえ、君? 数日前から度々このお店の前で見かけるけど、もしかして誰か待っているのかしら?」

 

「え? あ……。はい! ここに、これくらいの背の、緑の服を着たエルフさんが良く来るって聞いて」

 

「あぁ……」

 そこで、なるほど、これはローリエちゃんのお客様か、とフェルマータは思い。 

 

 今しがた、とうとう店内に連れてきたのだ

 

 

 ――――。

 

 

 

 というわけで。

 

 

 

「あの、私、ユナと言います。ローリエさん。もしよろしかったら、ぜひ私の先生になってくださいませんか?」

 

 

「せ、せん、せい!?」

 急な申し出に、驚くローリエ。

 

 そして、今しがた入店した、フェルマータのリア友が。

 

 

「え? 何?」 

 

 店の入り口でキョロキョロしていた――。

 



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28

 

 

 

 せ、せせせせせ、せんせい!?

 

「はい、先生です」

 

 

「ん? ん?」

 

 ユナと名乗った少女に、イキナリ『先生』と言われて狼狽えるローリエ。

 そして、『先生』の呼び名に、つい反応してしまうマナ。

 

 そんな折。

 フェルマータは、店に入ってきたマナに気づいて、ユナにこっそり言う。

 

「あ、ごめん、ユナちゃん。先生呼びは、もう先約あるから。他のにしてあげて」

 オネガイ。

 と、念を押すフェルマータに。

 

「あ。じゃあ、先輩! ローリエ先輩でどうですか?」

 

「先、輩……!」

 

 ローリエはその呼び方に、一瞬、ほわわーんとなってしまった。

 

 いつも学校が終わったら、自宅に直帰で。

 部活もしたことないローリエだけど。

 先輩呼びには少し憧れを持っていた。

 

 だから、それは悪くないかもしれない、と思ってしまった。

 

 そこに。 

 

「なに? フェルはまた新しいメンバーたぶらかしてきたの?」

 

「言い方ァ!」

 ヒトぎきが悪いでしょう?

 合流したマナの開口一番に、フェルマータが突っ込みをいれる。

 

「じゃあ、この子は?」

 誰? と、マナ。

 

「ロリちゃんの知り合い、かな?」

「そうなの? ロリ」 

 

「いえ、知り合いというかなんというか……」

 

 初めて見たんですけど。

 と、首都への街道でのことを全くローリエは覚えていなかった。

 

 

 そんな4人の会話は。

 ローリエの入居手続きをしようとしていたカウンター前で行われており。

 

 

 お店のマスターはその様子をニコニコと眺めているのだが。

 ここで一言。

 

「込み入った話の最中にすまないのだけど、手続きは、後のほうがいいのかい? ローリエさん?」

 

「あっ」

 

 そこで、マスターを待たせていたことにローリエは気づく。

 

 そうして。 

 フェルマータ、マナ、ローリエ、ユナ――。

 4人は、ひとまず、ローリエの入居手続きが終わるのを待って。

 

 カフェのテーブル席についた。

 

 

 

 

 皆が席に着いた後。

 まず、口を開いたのはフェルマータだった。

 

 

「で、二人はどういう関係なの?」

 

 

 

 それにユナはキラキラした目でローリエと出会った時の様子を話し出す。

「……先輩は覚えていないみたいなんですけど、私が北の街道で、おっきなウサギに追いかけられていた時に――」

 

「おっきなウサギ……? 『キングダシュプ』?」

 キングダシュプは、草原に生息する普通サイズのウサギモンスター、『ダシュプ』の亜種で、首都の北草原のヌシ的な設定を付与されているネームドモンスターだ。

 

 マナが推測を呟く中、ユナの話は続く。

「――そこに、ローリエ先輩が颯爽と現れて。そのウサギを一発で倒して助けてくれたんです……」

 

「わぁ、ロリちゃん、完全にヒーローね」

「一発……? あのウサギ、重属性だったっけ」

 フェルマータは、ドラマチックな出会い方に感動し、マナはネームドモーンスターの一撃必殺に驚く。 

 

「そうなんです! しかもですね! 気づいたら先輩の姿は、影も形もなくなっていて、お礼を言う暇もなくて」

 

「良い話じゃない」

 

 

 その話で、ローリエは朧げに思い出してきた。

 そういえば、街道で、ウサギに一発お見舞いしたな、と。

 あの時逃げていたヒュム族の少女が、ユナさんだったのか、と。

 

 しかし話にはちょっと誇張がありまして。

 

「い、いや、一発というかアレは……」

 

 一発で倒す火力が無いことは解っていたので、麻痺で代用しただけで――。

 弁明しようとしても、あそこで使ったスキルは、木属性のスキルだったし、強力な麻痺毒を練り込んだ、魔法戦技(コーディネート)だったから。 

 まだ風の魔法使いということで通っているローリエは、言い出すのを躊躇してしまう。

 それに颯爽と登場したわけではなく、たまたま巻き込まれそうだったからで、なにもかっこいい話ではない、とローリエは思う。

 

 

「――へぇ、じゃあつまり、それで、お礼を言うために、ロリを探してここに?」

 

 そのマナの言葉に、フェルマータは失望して。

 

 溜息。

 

 (いやいやいや、そんな訳ないでしょ、先生。これはもうアレでしょ、アレ。『一目惚れ(きゃーせんぱいかっこいー、スキッ!)』ってやつですよ? 先生、ホントに鈍いんだから。ただお礼言うためだけに、毎日お店の前で待つと思うのかしら、先生は、もう)

 

 などと思いつつ。

 気を取り直して、ユナに尋ねる。

 

「じゃあ、さっき、ロリちゃんに、先生になって欲しいって言ってたのは?」

 

「それは……」

 

 ユナは説明する。

 このゲームのスキルが膨大過ぎて、どういう方向性で行けばいいか決められていないのだと。

 SPを1も振っていなくて、方向性を決めないと、この先戦っていけないし強くもなれないのだと。

 だから、街道で見かけたベテランプレイヤーのローリエに教えて欲しいのだと。

 

 その話に、マナは、賛同する。

 

「なるほど、ユナの考えは正しいと思うわ。このゲームはSPの振り直しできるけど、お金かかる。ちゃんと考えてSPは使ったほうが良いのは確か」

 

「――だ、そうですけど、ロリちゃん?」

 

 

 急に降られたローリエは、うろたえつつ。

「え、あ、いや……でも、私のスキルは、ほんとに、適当……っていうか、その場を繋ぐために取ったスキルばっかりで、中途半端過ぎて、教えられるほどのことは何も……」

 

 

 そしてしばらくの沈黙。

 ローリエは行く末を見守り。

 フェルマータは何かを考え。

 マナはこの先の展開を予想してだんまりを決め込み。

 ユナは不安になる。

  

「あの、先輩。もしかして、やっぱり迷惑でしたか?」

 

 いやいやいやいや、と両掌でジェスチャーしつつ、ローリエはさらに慌てふためく。

「あ、いえ、そんな迷惑とかじゃ…………無い、です」

 

 ローリエは、頼られることは、本当に嬉しかった。

 ずっと3年間、ひとりでやってきたローリエにとって。

 こんな展開は、今まであるはずの無いことだ。

 

 しかし、ビルドのスキルが迷走していることは事実で、教えられるほどのことは無いと思っていることも確かで。

 

 

 そしてここで、考え込んでいたフェルマータは提案する。

 

「じゃあさ、こうしない? ――もしユナちゃんさえよかったら、うちのパーティで火力係やってもらう……っていうのは?」

 

「火力がかり?」

 

「そう、うちのパーティ、今ちょうどもう一人メンバーさがそうかな、って思ってて、とあるボスと戦うのに、できれば物理攻撃力に特化したヒトがいると、うれしいなぁー、なんて……」

 

 まぁ、ほんとに、ユナちゃんがよかったらだけど。

 と、尻すぼみになっていく言葉の尻に、ユナは間髪入れずにかみついた。

 

「やります! そのパーティって、ローリエ先輩も居るんですよね!?」

 

「うん、もちろんです!」

 

 

 この流れに。

 マナは、やっぱりな、とうなづくのみであり。

 ローリエは、予想外の展開過ぎると驚き。

 フェルマータは、満面の笑みであり。

 

 ユナは、がし、っとローリエの手を取った。

 

「あ、あの、ユ、ユナさん!?」

「と、いうわけで、これからよろしくお願いしますね! 先輩!」

「え、あ、は、はいッ!」

 

 

 こうして、パーティに4人目が電撃加入する運びとなったわけだが。

 

 ぽつりと、最後にユナは不穏なことを零した。

 

 

 

「ところで、先輩は誰かに、恨みでも買ったんですか?」

 

「へ?」

 

「掲示板の情報交換スレってところで、先輩情報を集めてる人が居ましたけど……」

 

「え゛?」

 

 

 



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29

北方に位置する、シデの森と言われる、森林系最難の一帯。

 

 その最寄りの村に、とある暗殺者風の男がふらりと現れる。

 

 

 

 そして、その辺の木陰で休んでいた三人組(パーティ)に声をかけるのだった。

 

「よう。ちょっと聞きたいんだが、シデの森ってのは、この先なのか?」

 

 すると、その中の一人。座り込んでいた両手剣使いが答える。

 

「ん? ああ、そうだけど? なんだ? パーティでも探してるのか?」

 

「いや、ちょっと人探しのついででな」

 

「人探し?」

 

「ああ、そうだ。念のために聞くが、あんた達、この辺でちっこいエルフを見たりしなかったか?」

 

「エルフ……?」

 

 三人が顔を見合わせ、それぞれに記憶を探るそぶりを見せる。

 そうして、三人のうち、木の幹に持たれかかっていた、二槍流の男が応える。

 

「ちっこい、ってこれくらいのか?」

 

 掌で、背丈の目算を示す。

 

「そうだ。ちょうどそれくらいだった」

 

「それなら、シデ森奥でコモリガニを狩ってるのをたまに見たぜ」

 

「コモリガニ?」

 

「なんだ、知らないのか? 正式名称は『エンシャントフォレストクラブ』っていう、長ったらしい名前の巨大なカニだよ。オレがそのエルフを見た時は、そいつを一人で狩ってたみたいだった」

 

「そうか、ありがとう。助かったよ」

 

 暗殺者風の男は、森を目指すために踵を返す。

 

「もしかして、行く気か?」

 

「そうだが?」

 

「やめとけ。おまえ、見た感じ防御タイプじゃないだろ? あのカニ、命中バフめっちゃ積んでくるし、一発がデカイから、ハンパな回避タイプや紙装甲のヤツが行っても死ぬだけだぜ。おまけに、重装甲判定だから『突』武器で隙間を狙えないなら、時間もかかっちまう。あと『水魔法』も使ってくるし。――効率を求めるなら、もっと別なやつを狙うか、パーティでやったほうが良い」

 

「でも、そのエルフは一人で戦えていたんだろう?」

 

「あれは、見た感じAGI極だったし。それに、色々防御バフも積んでたみたいだった。たぶんあのカニを狩るために、ビルドを合わせてあるんだろう」

 

 暗殺者は少し考える。

 

 

「良かったら、そいつが、どういう戦い方をしていたか、もう少し教えてくれないか?」

 

「ああ? まぁいいけど。――でもカニはやめたほうが良いぜ?」

 

 解っている。

 本当はカニなどどうでもいい。

 ヤツを殺すために、対策方法や、戦い方の情報が欲しいだけだ。

 

「構わない。参考になればそれで――」 

 

 

 

 そうしてしばらく話を聞いて、暗殺者風の男は三人組と分かれた。

 

 

 そうして理解した。

 お目当てのエルフは、木と風を使う、防御構成寄りの軽戦士ビルドに違いない。

 特に、木と風という所持属性の情報はありがたかった。

 

 つまり。 

「木と風――金と雷が弱点か……」

 

 このゲームでは、属性マスタリを上げると、その分耐性属性と弱点属性が付与される。

 それはこのゲームの常識だ。

 どんなスキルを使っていたのか、それが解れば自ずと取得マスタリは見えてくる。

 

 聞いた話の中では、高いレベルの木属性と風属性スキルを持っているらしい。

 ということは、金と雷からの被害もそれだけ大きくなるという事。

 

 また、スキルに寄る防御性能は高くても、基本の防御力もそんなになさそうだった。

 

 

 対応策は少し見えてきた。

 しかし、この暗殺者はもう92Kの強さで、SPを稼ぐのも一苦労する。

 新しく、黄系魔法を取得するのは手間だし、暗殺者のポリシーに反する。

 

 となれば……。

 

「……属性付与武器か。あるいは魔法スクロールだな。……良い鍛冶師と属性付与師を探さないとか……」

 

 あとは。

 あのエルフの主力武器は、弓とレイピアだと予想できる。

 どちらも『突』武器だ。

 突耐性装備を準備する必要もあるだろう。

 

 そして一番の難関。

 

「あとは……毒だな」

 

 毒は、最低でも9レベル。

 それも複数種類取得している。

 そのことは、この暗殺者が身をもって理解した。

 

 毒対策も必須だ。

 

 しかし。

 男は笑う。

 

 「楽しくなってきたぜ……」

 

 男はPKという悪行を好む問題児だ。

 これまでは、自分より弱い者を選んで蹂躙してきた。

 だが、今回は違う。

 

 初めてだった。

 こんなに、『ゲームをしている』気分になっているのは。

 まるで、ボスを倒す準備をしているような気分になってきて。

 

 男は笑う。楽しそうに。

 フフフ……。

 「……待っていろよ、チビエルフ。この前の借りは、必ず返してやる!」

 

 

 



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30

 

「というわけで、ユナちゃん、これ順番に試していきましょ」

 

 腰に手を当てて。

 いつも通り、太陽いっぱいのキラキラテンションで、そう、ユナに声をかけるのは。

 ウサミミドワーフのフェルマータだ。

 それに対して、ユナはちょっと歯切れが悪く。

 

「は、はい……」

 

 とだけ、返事をする。

 

 ユナは目の前に置かれた、見るだけで胸いっぱいの高カロリーな物々しさに、ちょっと気後れしそうだった。

 

 1本なら、ワクワクするかもしれない。

 でも、何十本だと、ちょっと引いてしまう。

 

 そんな二人は、今、『ミミズクと猫・亭』の裏手にある野外広場に居る。

 

 

 そこに置かれているのは、大小のケースで。

 

 傘立てのようなそれらには、様々な武器が突っ込まれていて。

 そのすべては、フェルマータが用意した物だった。

 

 いくつかは使い込まれた形跡もあって、とても良い風に言うならばヴィンテージ感がある。

 だって、フェルマータのお下がりばかりだからだ。

 

 しかし、その種類は戦槌(ウォーハンマー)だけではない。

 もちろん、戦槌(ウォーハンマー)もあるが、それも片手用、両手用とあり、さらに、片手剣、両手剣、片手槍、両手槍、片手斧、両手斧、片手メイス、両手メイス、大太刀、小太刀、日本刀、曲剣、大鎌、小鎌、鎖系、細剣、短剣、トンファー、ジャマダハル、爪……。

 さらにフェルマータは、盾類や防具類も持ってきている。

 

「申し訳ないんだけど、ユナちゃんには物理火力係をしてほしくて、今回は魔法武器は持ってきてないの。あと、ブーメラン的な投擲系とか、弓、クロスボウも省いてます」

 

「……省いてこんなに……?」

 

 攻略サイトを見た時に、スキルの量が多いのは理解していても。

 実際に、目の前に、リアル世界の古代から中世時代に活躍したであろう武器たちが、騒然と網羅されて並んでいる姿は、圧巻の一言で。

 なんならケースに入りきらない分が地面にも並んでいるのだ。

  

 文字として理解することよりも。

 眼で見るほうが、凄さを実感できる。

 

 

 そして今日は、ユナの傍にローリエはいない。

 なぜなら、今ローリエは、美容院に行っているからだ。

 

 誰かに狙われている疑惑があるため、ちょっと見た目を弄っておいたほうが良い。

 という、マナの案に、フェルマータが賛同し。

 イメチェンしたローリエが見たい、という押せ押せプレッシャー女子3人に流された挙句。

 マナが、ついていく、と言ってマンツーマンディフェンスを発揮し。

 逃げることが出来なくなったローリエは、なし崩し的に美容院に連行されていったのだ。

 

 

 だから今、この場にはフェルマータとユナしかいない。

 

 まぁ、他にもこの『訓練場』の利用者はちらほらいるのだけど―ー。 

 

 ちなみに。

 冒険者の宿には、建物の裏手や、隣接する土地などに訓練所を設けている所がある。

 それは、『ミミズクと猫・亭』にもあり。

 特に、『ミミズクと猫・亭』では、お店を利用しないプレイヤーでも訓練所の利用を可能にしていて、しかも無料であるため、とても初心者に優しい営業をしている。

 

 ただ、如何せんまだ知名度が低く、料理も依頼もろくなものがそろって無いので、訓練所の利用者もそんなにはいないのだけども。

 

 

 さておき。

 

「じゃ、ユナちゃん好きな武器を取ってみて」

 

「あ、はい……」

 

 

 ユナは、言われるがままに、適当にケースに刺さっている得物を引き抜いた。

 その手が握っていたのは、『柄』で、鞘ごと取り出されたそれは、両手剣の物だった。

 

 刀身を鞘から引き抜くと、ぎらり、と歪に輝く波うつ刀身が姿を見せる。

 剣の種類としては、フランベルジェという代物だった。

 ゆらゆらと波うつ刀身が特徴で、リアルではドイツ発祥の大剣だ。

 ゲーム内の設定では、ダメージを与えた対象に負傷を負わせる確率がかなり高い。

 負傷とは、身体系状態異常の一種で、負傷回復効果を受けるまで、最大HPが5%減少するというものだ。

 さらに負傷の状態は累積されていくので、20回分判定を受けると、最大HPが1になってしまうという馬鹿にできない効果を持っている。

 

 そしてフランベルジュは、見た目も特に美しい。

 

 ユナが少し剣に見惚れていると。

 システムメッセージが次々に4つ程ながれる。

 そのメッセージはユナにしか見えないものだが――。

 

 ユナはつぶやいた。

 

「基本戦闘ますたり、剣ますたり、両手剣ますたり、両手武器ますたり、片手鞘ますたり……?」

 

 それに、フェルマータが

「おめでとう」と言って。

 続けて説明する。

「このゲームでは、武器や防具を手にしたり、魔導書を読んだりすることで、色々なマスタリを閃くの」

 

「すごいです。それぞれのマスタリから凄い沢山スキルが繋がってます……殆どスキルの名前の所『???』になってますけど」

 

「うん。今はマスタリのレベルが0の状態だから。単に武器を使えるようになったというだけなの」

 

「じゃあこのマスタリを上げていけば良いんですね?」

 

「それはそうなんだけど。最初はなるべく幅広く活用できるスキルにしておく方が良いかもしれないわね」

 

「幅広い……と、いうとこの基本戦闘マスタリとか、両手武器マスタリ、ですか?」

 

 おぉ、呑み込みが早い。

 攻略見て予習バッチリなのかな。

 それとも頭がいい子なのかな。

 とフェルマータは思いつつ。

 

「正解。基本戦闘マスタリは、ひとつひとつは地味だけど、どの武器でも役に立つものが揃ってるし、両手武器マスタリだと、途中で両手槍とか両手斧に路線変更したりしてもずっと使っていけるから、SPが無駄になりにくいわ。もし、まだ武器に迷うなら基本戦闘マスタリ、この先も重量武器やポールウェポンを使うなら、両手武器マスタリをあげるといいかも?」

 

 ユナはなるほど、と頷き。

「この中で、火力が出そうな武器はどれですか?」

 

「火力なら、両手斧(アックス)両手鈍器(メイス)系かしら。武器の振り回しは遅くなるけど、1発は大きいですよ。もちろん、その両手剣も、火力は高い方だけどね」

 

「片手よりは、両手って感じですよね?」

 

「そうね。単純な火力の面では、片手武器は、両手武器に遠く及ばないわ。手数で補う、っていう話までしていくと多少おいつけるけどね」

 

「……解りました。私、これにします」

 

「もう? 他にも武器はこんなにあるけど。それでいいなら、他のは片づけるわ」

 

「あ、待ってください、一応全部触ってみたいです」

 

「どうぞ。武器が終わったら防具もね」

 

「はい」

 

 ――そんな感じで。

 ローリエとマナが戻ってくるまで、ユナは様々な武器の使用感を確かめつつ、自分の路線を固める材料にしていくのだった。

 

 



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31

 

「あ、あの……ここ、入るんですか?」

 

「当然でしょ。そのために来たのに」

 

 ローリエとマナは、今、首都のとある美容室前に居た。

 

 ここでは、キャラクターの髪型をある程度弄りなおすことができる。

 他にも、色々な美容サロンがあり、顔つきや目や、肌の色などを再設定できる。

 

 その店構えは、アンティークな美容サロンと言った感じだ。

 社交的な者なら、なんておしゃれなお店なんだと喜ぶかもしれないが。

 

 ローリエには関係ない。

 へっぴり腰で、入る様子は微塵もなく。

 

「いえ、でも……。私、リアルでも入ったこと無いんです、けど……?」

 

 おどおどと、お店に入る勇気を出せないチビエルフ。

 その髪型は今、金髪の三つ編みお下げとなっている。  

 

 その髪型のままでも、十分可愛らしいし、中の人は気に入っているのだが。

 新しく入ったパーティメンバーのユナの情報では、ローリエは誰かに付け狙われているかもしれないのだという。

 恨みを買ったであろう相手は、ローリエもフェルマータもマナも、なんとなく予想はつくのだが。

 

 念のために、髪型くらいは変えて見つかりづらくしておこう、という話になって。

 今、美容室の前に来ているのだった。

 

 しかし、ローリエは個人商店に入るのが苦手だ。

 

 だから。

 プレイヤー:(すめらぎ)愛海(なるみ)は、いつも自分で調髪を行っている。

 

 そんなリアルでも美容院に入ることができない愛海が、もう一つの現実であるVRで実行できるとでも?

 それができるのならば、3年間ゲームでぼっちプレイなどしていない。

 

 けれど、ついに。

 

 しり込みするローリエに、マナはしびれを切らし。

 ローリエの手を取って、店内に引っ張り込もうとする。 

  

 

「ほら、私がおごってあげるって言っているのよ。それに、相手はNPCよ。気にすること無いわ」

 

「うぐぐう」

 

 ゲーム内のイメチェンには、特別なチケットが無い場合、リアルマネーが必要だ。

 しかし、既にマナの左手には、光輝く、美容サロン無料チケットが握られている。

 

 それなのに、ローリエは、金銭的な利益では動かない。

 マナというキャラクターの腕力は1という超非力ではなおさら、引っ張り切れない。

 

 なので。

 

「仕方ないわね」

 今度は、マナがローリエの背後に回る。

 

「PVモードオン」

 

「へっ?」

 

魔衝弾(ステラ・インパクト)!!」

 

「ふきゅ!?」

 

 

 どんがらがしゃーん。

 

 と、マナのノックバック特化魔法をPVモードで背中にぶつけられ。

 吹き飛んだローリエが、アクセルとブレーキを踏み間違えた、地面を走るミサイルのごとく。

 

 豪快に入店を決めた。

 

 

「あら、いらっしゃい。可愛らしいお客様。今日は、どんなイメチェンをお望みかしらぁん?」

 

 ごろごろごろ、びたーん。

 と連続前転でローリエが入店すると。

 オカマ系のNPC店員が、出迎えてくれる。

 美容室はプレイヤーが経営できないので、NPCによるものなのだ。

 そしてNPCだから、いちいち、店の入り口がめちゃくちゃに壊れていても何も気にしない。

 あと、ゲームなのでお店の損壊はすぐに戻る。

  

「こ、こんにち、わ……」

 

 倒れたままローリエが見上げると。

 そのエグみの効いたご尊顔が、ぬるっと覗き込んでくる。

 手にした雑誌の写真を掲げながら。

 

「今なら、こういう髪型が、人気みたいよぉん」

 

 そんなディープなビジュアルのNPCは、なぜかキャラ付けもカップの底に沈殿して溶け切ってないインスタントコーヒーの粉のごとく、濃厚であり。

 

 ひときわ目立つ濃い口紅が、色白な顔に浮いている。

 さらに、男は、とても長身で細身だ。

 あとおヒゲも濃厚。

 剃ってはいるものの、元々が濃いせいか青く残る剃り跡の主張も強めで。

 『いや、あんた、そのイカレタファッションセンスと、無駄にくねくねした動き無かったら、ただのおっさんだろ』と、突っ込みを入れたくなるような。

 

 そんなダンディーな男が。

 

 女口調で話しかけてくる。

 奇抜なイカレファッションでだ。

 まるで、パリピが変態を着ているかのようだ。

 

 

 しかし、オカマに注文を入れたのは。

 スポンサーだった。

 

「可愛い感じのやつ全部試して頂戴」

 

「了解したわん。じゃあ、お客様、こちらの席に、どーぉぞ!」

 

 倒れたままだったローリエは、意外とマッチョだったNPCにがっしりとつかまれ。

 美容院の椅子的な椅子に、座らされる。

 

 

 

 そうして、あーでもない、こうでもない、と。

 ローリエは暫くマナの玩具にされてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 ――1時間ほどして。

 

 

 ローリエとマナは、『ミミズクと猫・亭』の訓練場に居るフェルマータとユナの所に合流した。

 フェルマータと、ユナの開口一番は、完全に一致。

 

「か、かわいい」

 

 ローリエは、腰まであるウェーブがかった若葉色の髪に変わっており。

 ケープのようなモノで、上半身を隠している。

 さらに、手には日傘を持っている。

 

「先輩、どうしたんですか、この日傘?」

 

「こ、これは、マナさんから……」

 

 日傘は、マナからローリエへのプレゼントで。

 属性クリスタルが幾つか備わっている、片手棍棒系とワンドハイブリット系列武器であり。

 広げれば盾として使えるし、日傘の柄を外すと、細剣が出てくるという仕込み杖要素もある。

 

 マナは言う。

 

「日傘は、お嬢様感アップに良いアイテムよ。ちょっと大人っぽくなったでしょ? これで、掲示板に上がってる特徴と印象が変わって、暫くは誤魔化せるんじゃないかしら」

 

 

「へぇ、先生、意外とセンスあるわね」

 

 ぱしゃり、と、フェルマータ。

 カメラを構えてスクショを取るモーションで、フラッシュがたかれる。

 

「はっ、私も撮ります! 先輩、こっち目線下さい!」

 

「え? あ、ちょ……と、撮らないでください!」

 

 そんな感じで。

 

 ローリエは、金髪ロリエルフから、若草色ロリお嬢様エルフに、ジョブチェンジしたのでした?

 

 



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第四話『暗闇の底で』
32


 

 首都から南にずっと下ったところに、広大な砂漠地帯がある。

 そこは数か月前にアップデートで追加された地方で。

 遺跡群が点在する、灼熱の大地となっている――。

 

  まぁ、プレイヤーに伝わる暑さは程ほどなので、汗まみれになるようなことはないが。 

 ゲーム内の演出だけは、蜃気楼や砂塵など、情熱的な暑苦しさを誇る。 

 

 そんな新開拓地は、初心者の育成場所としても、なかなか人気になりつつある場所だったりする。

 

 それというのも。

 砂漠自体には、弱い敵、強い敵がごちゃ混ぜに散見されるのだが。

 逆に、遺跡の内部は奥に行くにしたがって順に敵が強くなるようになっており。

 遺跡の入り口付近の敵は、かなり弱い。

 なので、キャラクターが強くなるに従い順に奥に進んでいけば、ずっとSP稼ぎに使っていけるのだ。

 そんな噂を聞いたマナとフェルマータの勧めで、今日、ローリエとユナは、この砂漠地方に来ていた。

 

 ちなみに、本日、リアル世間は休日だというのに、フェルマータとマナは、まだINしていない。

 学業か、社畜が忙しいのかもしれない。

 

 ゆえに、砂漠の道なき道を歩くのは二人だけ。

 

 地平線までの黄土色に染まる大地の中、点在する石畳は5割が砂に埋まっており。

 その曖昧な街道は、安全地帯とは言い難く。

 すぐそばを敵意むき出しの魔物が闊歩していたりする。

 

 しかも、強弱ごちゃまぜなので、弱小(サボテン)モンスターを殴っている最中に、通りすがりの中級(どくへび)モンスターが横やりを入れてきて、叩き潰される。

 

 というような、状況にあったキャラクターの死体がちらほら見えるくらいに、ここは物騒な所だ。

 

 極めつけは、小さいサソリはザコかと思いきや、実は総獲得SP70Kクラスの上級モンスターという初見殺しで、油断していると、見落としたヤツが足先に食らいつき、轟沈することになる。

 

 そうでなくとも、その辺を歩いている石蛇王(バジリスク)が、べらぼうに難敵なので、油断しなくてもすぐに死ぬだろうけれども。

 

 そんな場所を、

 

 ①SP5000程度

 ②STR極

 ③最大HP=19

 ④スタミナは初心者特典で、常に全快。

 

 という、超初心者のユナが、無事に往来するのは至難の業なので。

 目当ての遺跡までを護衛するのが、ローリエの仕事だ。

 

 砂漠の敵は、火属性や土属性が多く、索敵能力がバカ高い、ローリエの敵ではない。

 たとえ、風の魔法使いとして対処したとしてもだ。

 

 

 

 イメチェンを終え。

 若草色の超ロングウェーブヘアーとなったローリエが。

 日傘型のワンドから、風魔法を乱射し、石邪王(バジリスク)をハメ殺すその背中に。

 ユナは礼を言う。

 

 「ありがとうございます、先輩。護衛して頂いて」 

 

 「え!? い、いえ。こんなのなんてことは……」

 あはは。

 と、振り向くローリエの乾いた笑いだが。

 

 ユナからみれば謙遜して、はにかんでいるようにしか見えず。

 幼女かわいい系から、幼お嬢様おしとやか系に進化した見た目が、いちいち性癖にぶっ刺さるユナはつい口走る。

 

 「……それにしても、その髪型と日傘、似合いすぎですね……」

 「うっ」

 ストレートな誉め言葉に、不慣れでマジで照れる先輩に、後輩はハートキャッチされつつ。

 ユナはこのゲームに、咄嗟にこっそりSSを取る方法が無いことを激しく悔やんだ。

 

 そんなユナは、ヒュムという標準的なヒト族で。

 髪もリアル寄りの色彩で、黒髪のクセっ毛ツインテールとなっている。

 ややツリ目気味の大きな瞳も、ちょっと強気な雰囲気で、パーティメンバーの中では一番高身長だ。

 ――といっても、設定上の数値は154cmだが。

 

 そして、服装もまだ初心者全開であり。

 キャラ作成時に配布される簡素な旅人服の上に、最安のレザーアーマーを身に着けただけだ。

 その上に、松明や、ロープなどの冒険者セットを詰め込んだ『初心者用カバン』を装備し、背中に鞘に納めたフランベルジュを背負っている。

 

 

 しかし、そんな初心者チックなキャラクターは、ここではよく見る風貌らしく。

 あちこちで、ちらほらと戦っていたり死んでいたりする。

 

 そんな、頑張る不幸な同胞たちをしり目に。

 

 二人はお目当ての遺跡に到着した。

 周囲の状況や建物の立地を、超音波探知できるローリエが、自信をもって告げる。

 

「ここです、フェルマータさんたちが言ってた場所」

「すごい、由緒正しき遺跡って感じですね」

 

 今、二人の目の前には、象牙色の柱が並んでいて。

 その上には、屋根があり。

 全体的に歴史を感じる、やや朽ちかけた石材で作られた、建築物がある。

 並んだ柱の先には、地下へと続く石畳も目に入る。

 

 似たような光景を思い出すユナは、とても現代的で。

 

「なんか地下鉄みたいです」

 

「う、うん……そうだね」

 

 急にリアルの厳しさを感じるからやめて。

 と、思いつつ。

 

 今日の目的は、ユナに、このゲームでの前衛の動きに慣れてもらう事だ。

 そのついでに、SPも稼げたらなおよし。

 ――ということになっている。

 

 もちろん、ローリエがパーティプレイに慣れることも大事だけど。

 まず、ユナにある程度強くなってもらい、4人で練習できるようにしたい、というのがフェルマータの意向だ。

 

 つまり、特訓である。

 

 

「では、行きますね」

「うん」

 

 ユナが率先して、先を行く。

 なにせ、ユナは火力タイプの前衛だ。

 前衛であるなら、魔法使いの後ろに居るわけにはいかない。

 

 階段を降りていくユナに、ローリエが続く。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、ここ一帯の遺跡群。

 実装当時に公式が『石蛇王遺跡マップ追加イベント――大怪獣決戦の至宝――』と称してイベントを行っていた。

 その時に、公式が発表していた逸話がある。

 

 なんでも、ここは大昔には大勢の石蛇王(バジリスク)の棲家だったという。

 しかし、あるとき、一匹の竜が棲家を荒らしにやってきて、大決戦が巻き起こったそうだ。

 

 竜は強く、ほとんどの石蛇王(バジリスク)では太刀打ちできなかったが、ひと際巨大な1匹――『カトブレパス』の必死の抵抗が功を奏し、最終的に竜を退けることに成功した。

 しかし、竜に深く傷つけられていた巨大石蛇王(カトブレパス)も、やがて息絶え、石になったのだとか。

 

 そんなこの遺跡の奥には、その巨大石蛇王(カトブレパス)の残した卵が、今も眠っているのだという。

 超極レア扱いのその卵は、素材としても超優秀で、イベント期間中は公式が用意するお得な品々と交換することも可能という事で、その時は、我先に入手しようとする輩で賑わっていたらしい。

 

 今はイベントは終わっているが、砂漠に散らばる幾つもの遺跡の中から、当たりを引き。

 さらに遺跡の最奥まで行くことができれば、卵は入手可能だ。

 

 

 

 

 そして、巨大石蛇王(カトブレパス)の卵は。

 LV10以上の毒でさえも、一定時間無効化する薬を作る素材となっているのだった――。 

 

 

 

 

 

 

 

 



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33

 

 特訓を開始する。

 

 

 そう思ったが。

 

 

 一番最初のフロアは、初心者がいっぱいいるので。

 ローリエとユナは、ふたりで相談して、1階分階下へ進み、奥のフロアにした。

 

 さらに。

 その階層の端の通路に陣取る。

 

 

 先が行き止まりになっていて、丁度魔物のリポップ位置だし。

 狭い分、ほぼ強制的に1VS1で戦える。

 

 

 奥に進んだ分。敵も強めになっているけど――。

 

 ギリギリ何とか戦えるくらいだろう。

 というローリエの予想だ。

 

 

 

 

 そして通路の奥――袋小路には、既に、剣と盾を持った骸骨兵の姿が見える。

 最初の標的はアレになるだろう。

 

 

「じゃあいきます!」

 

 肩の鞘から、フランベルジュを引き抜くユナ。

 年季の入った石畳を踏みしめ、接敵しようとする所作。

 それを、ローリエが止める。

 

「ま、待って……バ、バフ……強化の魔法かけるね」

 

 それで、ユナが踏みとどまる。

 

「あ、はい……」

 

 「『身軽さ上昇(アジリティ・オブ・ウィンド)』『生命力上昇(タフ・オブ・ソイル)』『自己治癒力上昇(リジェネレーション・オブ・ウッド)』『物理防御力上昇(エンデュアランス・オブ・グラヴィティ)』」

 

 ローリエは、持ちうる強化魔法から、基本的な4種をユナに施す。

 

 AGI、最大HP、F/DEFが上昇し、さらに、HP自動回復が付与される。

 風以外の魔法が混じっているけど、死ぬよりはましだ。

 それに単体強化の魔法はぜんぶマスタリレベルLv1で習得できるので、ちょっと齧りましたと言い訳が効く。だから、まぁ良いか、とローリエは考えた。

 それよりも、死んでもう一度リスポーンし、砂漠の街と遺跡を往復するのはかなり大変だし、リスポーンしてから、動けるようになるまでの5分の待機時間も面倒だから。ちょっとくらいサービスしても、罰は当たらない筈。

 

 

 

「ありがとうございます、先輩」

 

「もう大丈夫です」

 

「では今度こそ行きます」

 

 再び、今度は確実にユナが敵に向かっていく。

 AGIは強化されているが、元々の値が低すぎるからか、眼に見えた違いはない。

 他の強化も、似たようなものかもしれないが。

 ローリエの経験上、強化した、紙一重の値で、生きれることもあった。

 その紙一重を作り出すための、強化だと考えれば、無駄と言うことは無い。

 

 ローリエは後方で、様子を見る。

 一応、木属性の治癒スキルも念頭に入れながら――。

 

 そしてユナは、走り込む勢いのままに。

 両手剣を真っ直ぐ上段に構え、力いっぱい骸骨兵に振り下ろす。

 

 STRだけに振っているというステータスは本物で。

 武器に身体を持っていかれてへっぴり腰になる、ということもなく。

 

 煌めく刃は。

 

 それなりの速度をもって、骸骨兵に襲い掛かる。

 骸骨兵は、左手の丸盾でガードを試みるが、動作が間に合わず。

 左の肩口から肋骨を撃ち砕かれ、骨が何本か、断ち切られる。

 

 骨片が乱れ飛び、骸骨兵の左腕が用を成さなくなった。

 もっと上級の魔物なら、きっと盾を間に合わせていたに違いないが。

 そこが、下級の魔物の程度という事だろう。

 

 両手武器マスタリを上げているというユナの一撃は、補正込み46の筋力と相まって、SP5000の戦士にしては、ずいぶん重い一撃だった。フランベルジュの攻撃力が高いというのもあろう。

 その1発だけにおいては、既にローリエよりも強い。

 

 だが。

 

 痛みも何もないアンデッドは、ダメージでは怯まない。

 

 骸骨兵が、何の躊躇もなく、一歩、踏み込んだ。

 

 「右、薙ぎ払い、来る」

 思わず、叫ぶローリエ。

 

 ユナは、重い剣を振り下ろした直後だ。

 そこに、骸骨兵の残る右腕が、片手剣を薙ぎ払う。

 

 

 ほぼ回避の間に合わないタイミングで。

 

 ユナは慌てた。

 慌てて、左から振り回される剣の軌道に対し、右後方へ飛び退きざま。

 取得したばかりの両手武器スキルを試みる。

 

 【装備武器防御(ウェポン・ディフェンス)

 

 フランベルジュの刀身を盾にして、ダメージを軽減するスキルだ。

 『無効化』でもなければ、『弾く』でもない。『軽減』であるという所がポイントで。

 

 バックステップとスキルの合わせ方が良かったのだろう。

 クリーンヒットは免れ、軽減された分のかすり傷を負うだけで済む。

 

 しかし、返す刀が返ってくる。

 相手は片手剣だ、取り回しが良い。重たく長い両手剣とは違って。

 逆に脚も遅く(AGI)手数(DEX)も無いユナは、再びスキルで防御を取る。

 

 スタミナは初心者特典で無限にあるからいいとして、『軽減』である以上ダメージがかさむ。

 強化による自動回復も、最大HPの10%なので、2~3ポイント程度が関の山。

 軽減して6ポイント食らっているようでは――。

 

 

 すでに瀕死になる。

 

「うわぁ、ヤバいぃ!」

 

 それに、アンデッド種族は、漏れなく種族スキルに『再生/闇』がある

 日光が無い場所で、HPが再生するということだ。

 

 ここは遺跡の中。

 

 だから。

 ユナが断ち切った骸骨兵の左肩が少しづつ元に戻る。

 完全に戻れば、また盾を構えだすだろう。

  

「『薬草の果実(ハーブ・ポッド)』!!」 

 ローリエが、後方から、薬草がつまった木の実を投擲する。

 地面に着弾すると、果実が割れて中身が散り、周囲に薬草の効果を解き放った。

 

 ユナの傷が回復する。

 

 風属性の治癒魔法は、範囲は広いが効果量が低く、割合回復なので低HPには適さない。

 ユナに死んでもらっても困るし。

 だから、木マスタリレベル3の魔法を使用した。

 

「すいません」

 

「大丈夫、です。何度でも、回復しますから……!」

 

「助かります、先輩」

 

「でも、ユナさんは、もう少し、敵との距離に気をつけて」

 

「え? 距離……?」 

 

「そのツルギは、1.5メートルくらいですよね。相手の剣は、90センチかな。60センチ、差があります。だから……そんなに近くに行かなくても……。その分でもう少し、余裕を作れないかな」

 

「なるほど……!」 

 

 

 ユナは、ローリエのアドバイスを素直に実践し。

 相手に『常に踏み込まなければ剣を当てられない、という距離』から、フランベルジュの切っ先をぶつけていく。

 まだSPが足りず、両手武器マスタリを多めに振ったこともあって、ユナのアクティブスキルは、【装備武器防御(ウェポン・ディフェンス)】だけだ。

 

 だから時間はかかるモノの。

 

 最期の方では、殆ど一方的に相手を叩きのめすようなかんじで、まず1匹。

 

 ユナは勝利を収めた。

 

「やったぁ、先輩のアドバイス通りやったらできましたよ?」

 

「よ、良かった。ユナさん、センスある」

 

「そんなぁ、ローリエ先輩のお陰ですよ。魔法使いなのに、武器の事詳しいんですね」

 

「え!? あ……えっと。そう! 攻略サイトに、そう書いてあったから、ね」

 

「そうだったんですね!」

 

 

 

 

 

 そうやって。

 二人が勝利の余韻? に浸っていると。

 

 

 背後から、ローリエが聞いたことのある声が。

 

「なんだ、こっちは行き止まりかよ」

 

 

 振り返ると。

 

 ――どこかで見た顔が居た。

 

「……?」

 

 その長身痩躯の男は、ポッケに手を突っ込んだまま、上半身を前倒し。

 じぃ、っとローリエの顔を眺めながら、顔をしかめる。 

 

「……なぁんか、お前、どっかで見た顔なような……」

 

 

 ユナは当然知らない人で。

 

「お知合いですか?」

 

 いえ、とんでもない、そいつはヒトゴロシです。

 ローリエは思い出した。

 

 いつぞや、山岳地帯で、蹴り飛ばしたPKだと。

 

 

 そして、面倒くさいことになりそうな気がしても。

 ここは袋小路なのだ……。簡単に逃げられない。

 視線を逸らし、気づかれないことを祈るけど。 

 

「アッ! てめぇ……!」

 

 気づかれた――?

 

  

「――このまえ、オレに金貸してくれたやつだな!」

 

「違います!」

 

 もしや、この人、うましかさんなのかな?

 

 



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34

 

 思わず、違うと言ってしまったローリエを。

 男は大口を開けて、はっはっは、と笑い飛ばす。

 

 頭には黒いシルクハットを。

 顔には黒いファントムマスクを。

 身体も、黒いシャツ、ネクタイ、外套、ズボン。

 そんな黒づくめは、ポッケに両手を突っ込んだまま。

 

「なぁんてな! 見つけたぜ、チビエルフ」

 男はおどけた。

 

「貴様の顔は忘れねぇ。なんせ、こっちには――」

 

 それに男はちゃんと気づいていた――

 

「――ちゃんと『借り』があるんだからヨォ!!」

 

 ――そして。唐突に。

 男は。

 左右のポッケから取り出した得物を、ぶん投げてきた。

 

 ダークと呼ばれる投擲用のナイフだ。

 本数は右ポケットから3、左ポケットから3の全6本。

 

 そしてナイフの狙いは。

 ローリエに3、ユナに3だ。

 

「えッ!?」

 

 突然の攻撃に、ローリエの後ろに居るユナが驚きの声を上げ。

 ローリエは冷静にそれを日傘をひろげ、シールドモードで、全弾防御する。

 お幼様エルフに、シールドスキルは何もないが、遮蔽となることで後ろへ抜けることを防いだ形だ。

 

 カラカラ、と弾かれたナイフが地面に落ちる――。

 

 広げた日傘をずらし、そっと出したエルフの表情は困惑で。

「そんな、貸し借り、私には覚えが無い、ですけど……?」

 

 ハッ。嘲笑。

「無いだと……? クソが!」

 

 男は暗殺ビルドであり。

 隠密特化であり。

 視覚的、嗅覚的、魔力探知的には透明化できる。

 しかしながら、超音波という物体に当たって跳ね返る音での探知効果や。

 地面を伝わる振動を探知するなんていう。

 防ぐことが難しい探知は、かいくぐれない。

 

 だから、今、暗殺者は正体をさらし、見つけた覚えのある背中に、歩み寄ってきたのだ。

 

 そんなアイデンティティを投げ捨てなければならない相手。

 その憤りを乗せて――。

 

「このオレに、正面から挑ませておいて、よく言いやがる!」

 

 なおも、暗殺者はナイフを投げてくる。

 今度は、狭い通路を活かした投擲スキル。

 

跳弾する刃(リアングリング)】を使って。

 

 

 左右の壁を狙う十数本のダークは、そこで急角度に方向転換すると。

 まるで跳ねるようにして、後方のユナに殺到する。

 それをローリエは、

 持ち前の俊敏さで先回りし、

 日傘の広くカバーできる防御範囲で、難なく防ぎながら――。

 

 ローリエは思う。

 やっぱり、この男は見た時に私だと気づいていたんだ、と。

 まぁ、当然かな、と。 

 髪型を変えても、背丈と顔つきでバレていたのだ。

 まぁ、頭の花のヘッドドレスは健在だし。

 そもそも、ネット上での情報に当てはまらないようにするためのイメチェンだったし。

 ほとんどローリエ以外の3人の興味本位での『オネガイ』で髪型を変えただけで。

 

 しかし、リアルで言ったこともない美容院に、勇気を出して、頑張っていったのに。

 こんな感じで、結果的にあまり効果が感じられなかったのがちょっと癪だった。

 

 それによく考えたら。

 なぜそこまでしなければいけないのか、良く解らない。

 とりあえず、暗殺者の性格が面倒くさそうなのは良く解ったけど。 

 

 なんか、しつこそうだし――。 

 

「困るなぁ」

 

 思わず呟いた。

 

 ちなみに、ローリエのパッシブスキルによる索敵は、特定のキャラクターを追跡したり、警戒したりは出来ない。

 いわばレーダーのようなモノであるので。

 以前の山岳地帯のように。

 変な動きをしていたり。

 あからさまにPKを狙っているような人間らしい動きをしていたり。

 目立った移動が見られないのならば、それは単なるシグナルでしかない。

 

 

 それが、背後に来るまでPKに気づかなかった要因だ。

 

「あの、先輩……!? え? どうして他人(ヒト)と戦って……?」

 

 そして、今ローリエの背中には、ユナが居る。

 どうしていいか分からない、初心者が。 

 

「……このひとは、PKです。プレイヤーを殺すのが趣味の人たち! です!」

 

「PK!?」

 

 そのヒトゴロシは、性根が腐っているのか。作戦なのか。

 ずっと。投げるナイフの何本かは、確実にユナを狙ってくる。

 先ほどの、壁で角度を変える投擲スキルは、全てユナを狙っていた。

 

「どうした、チビエルフ。この前みたいにかかってこねぇのか? 子守で手一杯かァ? ……っていうかよぉ、なんだ、その傘ぁ? 飾りかと思ってたけど、オレのナイフを防ぎやがるし、新兵器かナァ……?」

 

 

 

 男はずっと外套のポケットから、ナイフを出している。

 きっと、そのポケットに、インベントリ判定をくっつけているのだ。

 だから、服の本来の要領を無視して、いくらも物を取り出せる。

 

 そしてそこから。

 

「じゃあ、ナイフじゃどうにもなんねえみたいだし、こっちも新兵器だすぜぇ」

 

 男はカードを1枚取り出した。

 それは、このゲームのスクロールの形。

 魔法を封じ込めた、1回だけの、使い切りアイテムだ。

 

 カードには、稲妻のマークが描かれていて。

 

「ま、待って……!」

 

「待つかよ、バカが。貴様が、雷に弱いってのは、知ってんだよォォ!」

 

 構わず、男はスクロールを解き放つ。

 

 その瞬間。

 まばゆい光が、その場を純白に染め上げた。 

 

 

 同時に、ローリエは、反射的に行動を終わらせる。

 

 最大限の瞬発力で、暗殺者へ向かって飛び掛かり。 

 傘を持ってない方の手で、後方に土属性魔法、『守護の結晶壁(アースウォール)』を展開していた。

 

 そんな刹那。

 

 大音響が轟く。

 

 雷鳴だ。

 

 広範囲を殲滅する、雷属性の中級魔法。

 【雷光嵐(サンダーストーム)】 

 

 それが通路一体を迸る。

 

 けれど、その範囲は。ローリエの結晶壁に阻まれ。

 ユナの所には届かない。

 ローリエと、ユナを断絶する形で置かれた岩石の壁(アースウォール)は。

 本来は、名の通り岩石で出来ているのだが、スキルLVMAXの特典によるアップグレードで、クリスタルの壁になっている。

 おかげで、比較にならない頑丈な壁に仕上がっている。

 

 

 だから。

 ユナは無事で。

 ローリエの身体だけが、弱点属性である雷に焼かれることになった。

 

「ははははっ、いいぞ、そのまま死ねぇ!」

 

「せ、先輩!?」

 

 ユナが、心底心配顔で、半透明の壁をどんどんと叩く。

 だが、その壁は頑丈だ。雷の魔法も通さない。

 

 その代わり。

 

 たった一撃だが、

 木属性の防御もスキルもすべてを無視して。

 恐ろしい威力となった雷が、ローリエのHPを大きく削っていく。

 

 

 削り、ながら――。

 

 

 広範囲の轟雷は、周囲一帯を駆け巡り。

 

 通路の石畳をヒビ割り、撃ち砕き。

 衝撃と振動が狭い空間を侵食する。

 

 そして、ついに。 

 

 建造物の接続が、限界を迎えた。

 

 ローリエと暗殺者が立つ地盤が、がらがらと、崩壊する。

 

 

「な、なにぃ!?」

 暗殺者の驚き。

 

 

 分厚い曇りガラスの向こう側。

 

 

「先輩! ローリエ先輩!」

 

 健在の両手剣使いは、半透明の壁越しに見える矮躯を心配し。

 崩壊とともに、地面に空いた大穴に落ち行く姿を目の当たりにする。

 

 

 けど、ローリエはスクロールを出されたときに、こうなると予想していた。

 

 振動探知が、足元の状況を伝えていて。

 遺跡の所々の岩盤が薄く。何か嫌な予感を感じさせる仕掛けが施されているって。

 

 おそらくこれは、以前のイベントで、至宝へ到達するためのルートの一つとして設計されていることなのだ。

 探索するならば、的を得た行動だが。

 SP稼ぎには必要ない。

 だから、万が一のことを想い、ローリエはあまり風スキルを使わないようにしていた。

 

 しかし、雷の瞬間威力と衝撃は、風の比ではない。

 

 

 ローリエは、眠るように動かなくなった身体で。

 地底の暗闇に落ちて行く。  

 暗殺者もろとも。

 

 

 途中でなくなった通路の先端で。

 

 途方に暮れる、ユナを残して――。

 

 

 

 

 



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35

 

 遺跡内、地下2階フロア。

 その端っこの一部が、今しがた崩落した。

 

 先が行き止まりの細い通路の。

 その途中に大穴が開き、通行は断絶されている。

 

 そして、そこには一人、冒険者が佇んでいた。

 

 ついさっきまで二人だったのに。

 傍にいたはずの先輩は、もう居ない。

 崩落と同時に、落ちて行ったからだ。

 

「先輩……私を庇って……」

 

 今はもう効果を失ったが。

 咄嗟に先輩が貼った防壁が、残された冒険者を守っていた。

 その代償に、先輩は、自分自身を守ることが疎かになったのだろう。

 

 そう、冒険者――ユナは思う。

 

 助けてもらったのは二度目だ、とも。

 

「ローリエ先輩……」

 

 残されたユナは、断崖絶壁と化した通路の先端から。

 直下の奈落を、見下ろす。

 

 そこからは、闇の合間に、寸断された遺跡の構造が垣間見え。

 人の姿は見えない、誰一人として。

 どこかに、ローリエの身体が、ひっかかってぶら下がっていないか、という淡い期待も叶わなかった。

 

 戦闘不能になって、街に戻っただろうか?

 しかし、フレンド登録リストに表示される居場所は、消息不明(Unknown)となっている。

 街なら街の名前が表示されるはず。

 

 だから、先輩はまだこの下に居る……。

 

 フェルマータも、マナもまだ接続していないし、二人に助けを求めることもできないし。

 それに、助けられてばかりも、ユナは嫌だったから。

 

 ユナは行動に出る。

 

 ユナの持っている初心者セットの中には、気付け薬(アウェイクポーション)が、用意されている。

 これを使えば、街に戻る選択をまだしていなければ、今がけ下で倒れているであろうローリエの意識を戻すことができるだろう。

 

 そう思えば、ユナはフランベルジュを鞘に納めると、初心者セットからロープを取り出し、近くの柱に結び付ける。

 長さ50mのロープを崖上から垂らした状態にして。

 その先に見えるちょっとした足場のような所まで。

 ユナは降下を開始した。

 

 所々に見える、出っ張りを目指して下りれば、底にたどり着けるかもしれないと考えたからだ。

 

 そんなユナは冒険マスタリを1も上げていないので、本当ならロープの扱いはド素人なのだが。

 そのロープの結び方も、降下の手つきも、リアル世界のプロの腕前だ。

 

 なぜなら、スキルとはそういうモノだから。

 

 第二世界(スフェリカ)では。

 各種族にはそれぞれ種族特徴という個性が付与されている。

 SP1000獲得ごとに、ステータス補正の上昇や、固有スキルの習得が行われるのだ。

  

 エルフなら森林や草原での行動に長けたスキル。

 ドワーフなら、製造や日の届かない屋内での活動に長けたスキル。

 ホムンクルスなら、魔法に長けたスキル。 

 そのどれもが、その種族でないと覚えない物ばかりだ。

 

 でも、ヒュムは違う。

 冒険スキルは誰でも覚えられる物ばかりだ。 

 

 かわりに、SP消費なしで自動習得していく。

 イキナリ高レベルの冒険スキルを覚えたりするので、探索などに関しては馬鹿にならない優秀さを発揮する。

 それが、ヒュム種族という物だ。

 

 

 そしてユナが20m程を降下したころ。

 

 ガキン、ガキン、と、崖上の方から音がして。

 その異変にユナが見上げると。

 

骸骨兵(スケルトン)!?」

 

 一度倒し、バラバラに崩れ去ったはずの魔物が、もう一度骨格を組みなおすようなリポップ演出と共に。

 再起を果たしていたのだ。

 

 そいつが、崖上から上半身をのぞかせ。

 ロープを断ち切ろうと剣を振るっている。

 

 このままでは落ちる。

 

 ユナは焦り。

 

 やばい。

 やめさせなければ。

 

 と思う物の。

 ユナの両手はロープで埋まっている。

 その状態で遠距離攻撃する手段はない。

 

 急いで残り30mを降りなければ、と。

 ユナは降下を急ぐが。

 

 さほどの時間もなく、ロープは無慈悲に断たれてしまった。

 

 断たれた衝撃で、短い悲鳴を上げ。

 突然の浮遊感と共に、ユナの身体は、大穴に向かって落下し始める。

 

 

 落下の途中。

 目指していた足場に、着地を試みるが。

 着地の衝撃に耐えられずに、足場はすぐに崩れ去った。

 

 まだ、大穴の底は見えておらず。

 かなりの高所であると予想できる。

 

 ユナのHPは、19。それにローリエの強化を貰って28だ。

 地面に叩きつけられたら絶対に死ぬ。

 

 そうなったら、誰も助けることは出来ない。

 

 

 

 

 だから咄嗟の悪あがきだ。

 

「こん、のぉぉ!」

 

 落ちながら、引き抜いた大剣を、絶壁に、突き刺すようにして叩きつける。

 切っ先の摩擦をブレーキにして、落下ダメージを緩和しようという策だ。

 

 しかし、岩盤には刺さらない。

 

 何度も叩きつける。

 

 どこかに引っかかれ。

 

 どこかに引っかかれ、と。

 

 そうして。

 

 試して、試して、試して。

 

 ようやく。

 

 ついに。

 

 岩盤が、土壁に変わったところで。

 

 

 

 刺さった!

 

 

 

「止まってぇぇぇ!」

 

 刺さった切っ先で、がりがりと土壁を削りながら。

 剣の耐久力を、すり減らしながら。

 

 

 ユナの落下速度が緩まる。

 だが、まだだ。

 

 HP28では死ぬ。

 

 だから、もっと。もっと遅く!

 

 握る剣に力を籠める。

 

「お願い、頑張って、私の、筋力ーッ!」

 

 

 そしてまた。

 岩壁になったあたりで、剣が弾かれ、その反動でユナの身体は崖から離れて放り出された。 

 

 そのまま、地面に激突する。

 

「あうっ!」

 

 バウンドする。

 

「ぐふゅッ!」

 

 ゴロゴロと転がる。

 

 フランベルジュが地面に突き刺さる。

 

 そうしてユナは、大穴の底に、到達した。

 

 

 真っ暗闇の、地の底に。

 



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36

 

 

「あぁ~あ……」

 

 地底深く。失望めいた声が木霊する。

 

 その地面で目覚めた男は、天井すら見えない暗闇で、一人ごちる。

 

「……ったく。これじゃ、前とおんなじパターンじゃねえか。芸が無いねぇ、我ながら」

 

 HPが0になっても強制的に「1」に固定することで即死を防ぐパッシブスキル。

 そのおかげで、暗殺者(PK)は生き延びていた。――今回も。

 

 

 倒れたまま、用意していた回復薬を飲み。からんとその辺に空き瓶を放り投げ。

 男は起き上がる。

 

 そうして。

 

「『暗視付与(ダークサイト)』」

 

 (やみ)属性の強化魔法で、暗視能力を付与する。

 

 そうすれば、ただの漆黒に染まっていた視界は、鮮明にものを見れるようになる。

 遠くに落ちたシルクハットを見つけ、取りに行くと、砂をはたいて定位置にかぶり直す。

 

 さて、ここはどこかな?

 男は周囲を観察する。

 

 

 暗視能力を得て。

 それで見上げてみるも、落下した場所の様子は見えない。

 暗視能力によって得られる視界の限界以上の、はるか先の高さにそれがあるからだろう。

 ほんとうに、奈落の底という感じで。

 周囲は土と岩で出来た(クレバス)、というか大きな亀裂のようで。

 長細い通路のように奥に続いている。

 

「なるほどね。これが、巨大石蛇王(カトブレパス)の通り道、ってやつか?」

 

 そして、見渡す先に。

 ローリエの姿はどこにもない。

  

 

 あの瞬間。

 男が雷を放った時。

 ローリエは、男に飛び掛かってきた。

 

 ほぼ一緒に落ちたはずなのだ。

 しかし、どこにも見えない。

 雷の魔法に撃たれたうえに、落下ダメージを受けたとしたら、生きているはずはないが。

 姿が見えないことが、どこか腑に落ちない。

 

 例え、生きていても虫の息だろうし。

 もういちど、雷の魔法をぶっぱなせば死ぬだろう。

 

 そうは思うのだが、生死がまだ分からない以上。

 今回の勝負は、『引き分け』に近い状態だと、男は思えてしまう。

 

 つまり男の『借り』はまだ返せていないということだ。 

 なにより、この結末は、納得がいかない。

  

 

 だから、男は本来の目的に戻ろうと決めた。

 

 

 そもそも。

 この男は、この砂漠の地に、巨大石蛇王(カトブレパス)を探しに来たのだ。

 正しくは、その卵であるが。

 なぜなら、それがLV10以上の毒をも無効にできる耐毒ポーションの材料になるという情報を得たからだ。

 

 その手掛かりを探している最中に、見慣れた背中を見つけたので、感情に任せて追いかけただけで。

 

 さらに、折角見つけたのだから、ケンカを吹っ掛けなければ失礼だろうと、挑みかかっただけで。

 

 実はまだ、ローリエへの対策を完璧に終わらせているわけではなかった。

 

 

「しかし、アイツもオレのことを恐れていたようだな。髪型を変えてカモフラージュを図ろうとは……。そんな程度でオレの眼を誤魔化そうなんて、浅はかにもほどがあるぜ。――あぁ、もしかして、あの日傘もそのためかァ? アイツはレイピアを使うって話だからなァ……」

 

 それを警戒して、接近戦は挑まず、投げナイフで攻めてみたけど、あまり効果は無かった。

 やっぱり、あいつには、雷だな。

 

 

 男が両手を入れた外套のポケットは、インベントリになっている。

 そこには、雷の魔法を封じ込めたカード型のスクロールがまだいくつか入っている。

 高い金を払って、腕利きの雷の魔法使いに頼んだ甲斐があったかもな。

 

 雷の魔法で、通路が崩れるのは、予想外過ぎたが。

 もしかしたら、棚ぼた展開かもしれない。

 そんなことを考えながら。

 暗殺者は、地底を歩きだす。

 

 

 

 この高い崖を登るのは無理だし、もともと卵が目的だ。

 このまま進めば、手掛かりに行きつくだろう。

 

 

 歩く間も、暗殺者は、つい宿敵(ローリエ)のことを考える。

 一瞬見えた魔法の壁のことなどを。

 

 魔法には詳しくないのだが、あの魔法の壁は、雷を防いでいた。

 風属性の魔法は、絶対に雷を防げない。

 それどころか、黄系魔法は、緑系魔法で一切防げない設計だ。

 だから、あの壁は、『木』属性でも『風』属性でもないという事になる。

 水晶で出来た壁だったし――。

 

「あいつは、土魔法も使うのかねェ……? そういや、シデの森のカニは水属性らしいからなァ」

 

 水は土に弱いので、有利属性として取得してる可能性はあるな、と男は考える。

 

 

 そんな思案をしながらの地底散歩。

 その途中。

 

 

 キラリ、と何かが輝いて見え。

「んン?? ……アレは……」

 

 目を凝らせば。

 

 波うつ銀色の刃が、地面に突き刺さっていた。

 フランベルジュと呼ばれる、ドイツ発祥の両手剣だ。

 

 

 そして、そのそばに、少女が一人倒れていた。

 チビエルフのように華やかさの欠片もない衣装。

 

 そいつに、男は見覚えがある。

 チビが子守をしていたヒュム種族だ。

 

 

 暗殺者は、両手剣を引っこ抜き、肩に担ぐと。

 倒れている少女の元へ歩み寄っていった。

 

 近くで見ると、明らかにゲームはじめたてと言う感じの初心者服を身に着けている。

 

 ということは、もう死んでいるに違いない、のだが。

 

 

 男は、うつ伏せに倒れているその身体を、救いあげるように蹴っ転がし。

 仰向けにする。

 

 反応はまだない。

 

 常識的に考えて。あの高さから落ちれば、誰でも死ぬ。

 ましてや、明らかに初心者の少女だ。

 おそらくHPは50もあるまい。

 

 生きている方がおかしい。

 ただ、まだ身体が消えていないのが気にかかる。

 

「くたばったまま、ログアウトでもしやがったかァ……?」

 

 そう思いながら。

 【能力看破(スキャニング)】のスキルを使用するが。

 

 SP   5234

 HP   7/ 28

 MP   0/  0

 ST  15/ 15

 

 その他ATKやF/DEFなど。

 どのステータスを撮っても、紛れもない初心者だった。 

 

 しかしそんなことより、HPが7残っていることの方が驚くべきところで。

 

「ハッ、すげえ、こいつまだ生きてやがるッ」 

 

 ということは、今プレイヤーの視界は真っ暗で、神経パルスとキャラクターの接続が一時的に断たれた状態ということだ。

 つまり、リアルで言う所の気絶状態。

 この状態は最大で10分で治る。 

 

 おそらくもうすぐ動き出すだろう。

 

 いったいどうやって生き延びたのだろうかと。

 周囲を見渡す男は、すぐに発見する。

 崖に付けられた一直線に走る傷跡も。

 耐久力を著しく消耗して、ボロボロの刃毀れテクスチャーに変わっているこの両手剣も。 

 

 それからわかることは一つ。

 

 このキャラクターは、自分でこの崖を降りてきて、なお無事に生き延びたという事だ。

 SP5000程度のクソ初心者のくせにだ。

 

 おもしれえ。

 と興味を持った男は。

 

 両手剣を傍に置き。

 おもむろにその場に座り込むと。

 

「まぁ、オレもちょっと用事を済ませてくっかな」

 

 一時的に反応が無くなった。

 今もこう言うかは解らないが、AFKってやつだ。

 

 

 キャラクターのままじゃ、うんこできねぇからな。 

 

 

 

 

 



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37

 

 

 

 日傘を、パラシュート代わりに。

 なぁんていうのは、演出で。

 

 重力を扱う魔法を習得しているローリエは、そのスキルを使って、落下速度を自由にできる。

 その上、重属性のパッシブスキルで、落下ダメージは無効だ。

 

 

 そんなローリエは、ゆっくりと地面に向かって下降中で。

 

 傍に暗殺者の姿はなく。

 ローリエの探知スキルにも、キャラクターの反応は見られない。

 

 そもそも、周囲は全部壁に囲まれている縦に高い細い区域。

 

 まるでとっても広いエレベーターの空洞のようなところを、落ちて行っている。

 ローリエの予想では、暗殺者とは別の空間(ID)に入ったのだろう。

 

 他人が大勢集まるイベントなんて、行く気もしないローリエには関係なかったが。

 興味があって攻略サイトを逐次見ていたローリエには、すこし覚えがある。

 

 石蛇王遺跡イベントの遺跡ダンジョンと、遺跡の裏ダンジョン的な石蛇王の卵関連は、別の処理だと。

 つまり、卵関連のダンジョンは、インスタントダンジョンの扱いらしい。

 

 インスタントダンジョン……略してIDとは。

 個人、もしくは幾人か毎に招待される特別なダンジョンで、何度も1から挑戦でき、報酬も個別に取得できるという特徴がある。

 その代わり、そういうスタイルのゲームでは、ものすごい周回を迫られたりして、飽きることも多いと思うけど。

 

 石蛇王遺跡イベントもその一種で。

 ただ、周回目的のダンジョンではなく。

 レアアイテムに到達できるダンジョンかどうかという。

 当たりか外れか、を自動判定して、指定人数を振り分けるシステムだと思われる。

 

 つまりうまくいけば。

 ローリエは超レアアイテムの巨大石蛇王(カトブレパス)の卵の在処まで行くことができるという訳だ。

 

 まぁ、ローリエにとっては、そんなことはどうでもよくて。 

 今大事なのは、残してきたパーティメンバーの事だ。

 

 「……ユナさん、大丈夫かな」

 

 ゆっくりゆっくり、タンポポの綿毛のように降下する最中。

 ローリエは残してきた初心者ちゃんの心配をしていた。

 

 ゲームはじめたての娘さんに怖い思いはさせられないと思って。

 ほぼ反射的に、ユナを庇う行動を取ってしまったけれど……。

 

 今ははぐれてしまって、きっとしばらく合流は難しいだろう。

 

 フレンドリストのユナのステータスも、消息不明(Unknown)になっている。

 この表示は、ここがIDであるという証拠だ。

 イベント用の空間に居て、外の情報を感知できないという意味に他ならない。 

 

 でもたぶん、ユナは無事だろう。

 あの通路の先に残っているはずだ。

 暫くは通路を渡れないけれど、ここがイベント用の隠し通路なら、時間が経てば崩落した通路は元に戻る。

 今のユナなら、骸骨兵くらいで死にはしないし。

 ひとりで街道を戻るのは危険だが、きっとフェルマータ達が救出に来てくれるだろう。

 なんなら、フェルマータ達がINするであろう夜までログアウトしておけば、大丈夫な筈。

  

 あとは無茶はしないこと。

 ローリエは、それを祈るばかりだ。

 

 でも。

 とローリエは改めて思う。

 

 そして嬉しそうに言う。

 

「さっきの私、なんか、めっちゃパーティしてたよね? ……してない? ね? ね? ね?」

 誰に問うでもないのだが。

 ローリエは、自画自賛のような言葉を、真っ暗な空間に零す。 

 

 自分のことより、仲間を守れた。

 これは大きなことだ。 

 

 一人では叶わない。

 

 ちょっとは、先輩らしいことができただろうか。

 出来ていてほしい。

 

 そう思いつつ。

 ちょっと、勝手に、いい気になりつつ。

 

 自己犠牲的にカッコよく仲間を守れた、と思っている。

 

 そんなローリエのHPは満タンだった。犠牲になっていない。

 衣装のテクスチャーもサラピンで。

 新品同様だった。

 

 確かに、あのときローリエは大ダメージを受けた。

 どのような風も木も、防御に使えない弱点属性だから。

 完全には防げなかった。

 

 しかし生存できたのは、一重にマナにもらった日傘のお陰だ。

 

 あの時のローリエは。

 日傘を盾にして、吶喊することで、後方のユナとの距離を開け。

 【雷光嵐(サンダーストーム)】の着弾点を前方にずらした。

 同時に、文字通り盾となった日傘の効果で。

 上昇した魔法防御力(M/DEF)が、少しだけ雷の威力を緩和してくれた。

 

 それが、指輪で半減した最大HPでも首の皮1枚繋ぐことが出来た要因だ。

 

 

 あとは、いつも通り、有り余っているエリクシルを飲んだだけである。

 

 ――そういえば。

 パーティに入れたのがうれしすぎて。

 エリクシルを売る、という当初の目的をすっかり忘れていたな。

 

 と、ローリエは今思うのだが。

 まぁ良いか、と思った。エリクシルはどうでもいいのだ。

 パーティが出来ていることが大事なのだから。

 

 

 

 そうして、ローリエは深い暗闇の底に降り立った。

 

 超音波の自動マッピングが機能し。

 絶対方向感知で、自分が今向いている方角も解る。

 

 真っ暗でも問題ない。

 

 しかし本当に、超音波探知が機能する範囲には、誰も居ない。

 敵も、味方も、魔物も。

 

「――また、ひとりになっちゃった……」

 

 まぁもう、慣れっこだけどね。

 

 ローリエは歩き出す、出口の可能性が広がっている方角へ。

 迷うことなく。

 

 

 

 

 そうそう、念のために『骸王シズナレヴの指輪』は外した。

 HPとMPが、元の数字に戻る。

 もしかしたら強い魔物が要るかもしれないし。

 ここは一人だから、魔法使いの真似はしなくても良い。

 代わりに、あのいけ好かない暗殺者が落とした、筋力アップの指輪でもつけておこう。

 

 今度であった時に、見せびらかして反撃してやるのだ。

 

 なんてね。

 



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38

 

 キャラクター:ユナは、今気絶判定を受けている。

 プレイヤー:一ノ瀬(いちのせ)由奈(ゆな)

 

 その視界は真っ暗に染まり。

 気絶解除までのカウントダウンが成されていた。

 

 この状態は無防備で、殴られて死ねばそのまま戦闘不能になる。

 

 そして、ユナの残ったHPは『7』。

 最大HP『28』に対して、7だ。

 それも、自動回復付与のお陰で、気絶中にも、9、12、15、18……。

 と、少しづつ癒えていく。

 

 そして、この残った7は、

 19+9.5(端数切捨て)

 という、ローリエがかけた強化魔法で上昇した50%分なのだ。

 

 壁をブレーキにしてほぼ停止寸前の速度まで減速し。

 その最後、フランベルジュが弾かれて地面に落下し、バウンドした。

 それで受けた落下ダメージの総計が、28-7=21ダメージ。

 ローリエの強化が無ければ、助かっていない。

 もちろんここには、物理防御力もかかわっているので、防御力上昇の強化も必須だった。

 

 まさに、紙一重を作り出した、強化魔法だった。

 

 

 そのことを、なんとなく、ユナは感じていた。

 強化が無ければ、死んでいただろうと。

 

 庇ってもらったことも含めて。

 

 ありがとう、先輩。

 ユナの中の人が、呟いたその時。

 

 

 カウントダウンが終わり、視界が開けた。

 眼が醒めたのだ。

 

 

 うつ伏せに倒れたと思ったユナは、地面の感触が下にあることに違和感を覚える。

 暗視能力がないヒュム種族だから。

 見上げる天井は、真っ黒で。

 

 ユナは、上半身を起こす。

 それでも、見渡す限り、闇ばかりで。

 ローリエの姿も見えず。

 

 ここがどこかすらも、解らなかった。

 

 早まっただろうか。

 と不安になる。 

 

 そんななか。

 

「いよォ? 元気そうだな? 見直したぜェ?」

 

 耳元から、聞き覚えのある声がして、

 

「ひぃ!?」

 

 ユナは仰け反った。

 咄嗟に、背中の剣を抜こうかと思ったが。

 そこには剣も鞘も無かった。

 

「オイオイ、そんなに驚くなよ。ずっと待ってたのによォ?」 

 

 ユナは、反射的に断ちあがり、同時に、壁際にかっこ悪く後退(あとずさ)る。

 

 真っ暗な中。

 この、洞窟のような場所は静かすぎて。

 ひとつひとつの声が良く通る。

 地底の冷たさと、下界の灼熱を合わせたような。

 生暖かなそよ風が吹き抜ける、この闇で。

 

 くっくっく、と面白そうな声のあと。

 

 すっと、指をさす気配だけがして。

 

「――ああ、お前さんの剣なら、そこにあるぜ」

 

 

 ユナは、ホラー映画の中に居るような恐怖を覚えつつ。

 

 ガタガタと震えそうになりながら。

 恐る恐る視線を移すと、ほぼ無い視界の中、淡く視認できる。

 傍の岩壁に、鞘に納まったフランベルジュが立てかけてあった。

 

「寝づらそうだったから外しておいたんだが……?」

 

 混乱しつつ。

 それでも、ユナは声の主に、心当たりがあった。

 だから叫ぶ。

 

「さっき、襲ってきたPKさんですよね!? 変ないたずらはやめてください!」

 

「心外だねぇ、それはただの親切心だったのによォ」

 

 ユナが、鞘を手に取って、刀身を引き抜き。

 見えない闇に向かって、闇雲に構えた。

 

 またも、くっくっく、と笑い声が響く。

 

「まったく、良い反応するネェ。イタズラのしがいがあるってもんだぜ……」

 

 そうして。

 すぅ、っと、何者かがユナのお尻に触れる感触が――。

 よい子の皆は、マネしちゃいけない系の痴漢行為に。

 ユナは、言葉に出来ぬほど、雑多で複雑で、様々な『嫌』を背筋に感じて。

 

「――!?」

 

 壁から一目散に距離を取る。

 

 

 くっくっく。 

「悪ィ、悪ィ、そろそろ透明人間ごっこはやめておくか――、『暗視付与(ダークサイト)』」

 

 ほぼ同時に、ユナに対して、強化の魔法がかけられる。

 暗視を付与する魔法だ。

 

 それでも、本来は見えない人の影が。

 

 能力を解除し、姿を現す。

 

 シルクハットに、ファントムマスク。

 全身真っ黒の、細身が、壁際にうんこ座りしていた。

 

 やっぱりさっきのPKだ。

 と、ユナは思い。

 

 そのPKがゆっくりと立ち上がる。

 

「……ケツはもうちょい大き目の方が好みだったなァ。あと、パンツも初心者用のままだろ? マシなのに変えろよ? そのままじゃ、色気も何もねぇからよぉ?」

 

 

「くっ!?」

 

 暗視付与ありがとう。

 そんな言葉より、痴漢行為とぱんつを見られたらしいことの方がユナには重要だ。

 ゲームだから大丈夫とか、そういう問題ではない。

 VRだから、親切に気色悪い感触も忠実に伝えてくるのだから。

 ユナは、きっと、鋭く、険しい表情になっていただろう。

 もともと、ツリ目の顔つきだからなおさらだ。

 

 

「そう怖い顔すんなよ。もう、しねェって」 

 

「なんのつもりですか、待っていたですって? さっきは、私達を殺そうとしていたのに?」

 

「なんだ? ダメか?」

 

「ダメに決まっています。PKって、人殺しじゃないですか?」

 

「まぁ、そうとも取れるだろうねぇ。でも、リアルでやってるわけじゃねえぜ。法に触れてることじゃない」

 

「だからって!」

 

 痴漢まがいのことは精神的に受けるダメージとしては、同等な気がするのに。

 ユナは釈然としないまま。

 

「まぁ、その話は良いじゃねえか。それよりも、これからの話をしようぜ」

 

「これから!?」

 

「そうさ。ここは恐らくIDダンジョンだ。クリアするまでは多分出られねえ。お前も折角死なずに降りてこれたのに、このままくたばりたかないだろ? 先輩とやらを探したいんじゃないか?」

 

「……何が言いたいんです?」

 

「手伝ってやるって言ってるのさ。ここは仮にも、あの巨大石蛇王(カトブレパス)に通じる道だ。ヤバイ魔物だっているかもしれねぇ。SP5000程度のお前さんじゃ、小突かれただけで死ぬだろうからよォ?」

 

 

 ユナは考える。

 この男が言うことは最もだ。

 確かに、今の自分じゃ弱すぎて何もできないだろう。

 どこかにいるローリエと合流したいという気持ちも間違いない。

 だが、この痴漢野郎と一緒に行動するのは嫌だ、とも思った。

 そもそも、人殺しだし。

 

「そんなことを言って、後ろから殺す気ではないのです?」

 

「するわけねえだろ?」

 全部のひらがなに草が生えそうな言い方だった。

 

「――このゲームは、スタミナ無限特典付きの超初心者ちゃんに手ぇ出すと、全部のダメージが跳ね返る仕様なんだからな。いわば、無限リスポンバリア、みてえな感じよ」

 

「りすぽんばりあ?」

 

「そこは解らなくても良いさ。ま、気に入らねえなら、お前さんの好きにしな。オレも好きにさせて貰うからよ」

 

 そう言って、暗殺者は再び気配を消した。

 ユナはきょろきょろと辺りを見回すが無駄だ。

 今のユナでは、絶対に暗殺者の隠密は見破れない。

 

 ただ、絶対すぐそこに居る。

 そんな気がして。

 

「……名前は? なんですか? PKさん?」

 

 本当は、PKの名前は、『闇に潜みし刃』と書いて、ナイトブレードと読ませる。

 っていう、キラッキラのキャラクターネームなのだが。

 あの時どうしてそんな名前つけちゃったんだと。後悔するほどの、厨二ネームなので。

 

「――ナハト、でいいぜ。オレの事ァ」

 

「そうですか、ナハトさん。私はユナです」

 

「ほう、で、ユナさん様は、どちらに行かれるので?」

 

 そんなことを言われても、ユナには何処に行けばいいのか分からない。

 けど、とりあえず、さ迷うつもりだ。幸いスタミナは無限だから、歩き続けることは出来る。

 

「先輩を探します。次に会っても殺そうとしないでくださいよ?」

 

 そう言って、ユナは、文字通りさ迷い始めた。

 

 

「さぁ、どうかねえ、気分次第だなァ?」

「別について来なくていいですからね?」

 

「行かねぇヨ。てめぇも勝手にオレの前を歩くんじゃねえぜ」

 

「勝手にしてください」  

 

 その傍らに、気配を消したままの、暗殺者(アサシン)を引き連れて。

 



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39

 真っ暗な闇の中。

 しかして、その視界は、魔法によって得られていて。

 

 進みゆく亀裂のような形の道を、囲う絶壁が、良く見える。

 

 そんな大地の裂け目のような地底を。

 

 ユナは。

 本当に闇雲に歩いていた。

 マッピングスキルも無ければ、方角を示す道具もない。

 だから、仕方がなく。

 いくつかあった分かれ道も、ただの勘だけで、進んでいた。

 

 かれこれ1時間、ずっとだ。

 両親も用事で居なくて、習い事もない今日。

 その貴重な時間を、ただ何もない道を散歩し続ける。

 それも、『一人で』となると。

 ただの簡単で、刺激のない、作業になる。

 貴重な時間でなぜこんな苦行をしているのか。

 本当ならそう思うだろう。

 

 

 だが、違う。

 見た目には一人だが。

 

 傍らには、見えない誰かが居る。

 

 

 その透明人間が、互いの暇をつぶすために、たわいのない話を振ってくる。

 例えば。

 

 本当に『ただの興味』と言う感じの声で。

 

「お前さん、これからソイツをどういうキャラにするか、決めてんのカ?」

 

 ユナは暇すぎるから。

 仕方が無しに受け応える。億劫そうに。

 

「ええ、まぁ、一応決めていますけど?」

 

「どんなのだ??」

 

「何で教えないといけないんですか。何だっていいでしょう?」

 

「なんだヨ、つれないネェ? もしかして、さっきケツ触ったことまだ怒ってんのカァ? ゲームの中の事なんだし、そんなに気にすんなよ」

 

「パンツも見たでしょ!」

 

「あぁ、見た見た。あの飾りっ気も色気もネェ、白いヤツな」

 

 ユナの歩く速度が上がった。

 その横顔は明らかにムスッとしている。

 

 それでも、声との距離は何も変わらない。

 足音も気配も何もなく、声の主は当然のように追いついてくる。

 

「現実じゃねえのに……」

 そんなに気にする事かぁ?

 と、小声で零す、『声』。

 

 しかしそういう問題ではないのだ。

 これが、仮想現実の世界でも。

 プレイヤーへのダイレクト精神アタックは、健在なのだから。

 ネット社会なのだから。

 ゲームの向こう側に居るのは、一人の心を持った人間なのだということを忘れてはダメなのだ。

 

 だが、声の主は、そんなことは知っていて。

 ただ、面白がっているだけだったりする。

 性質(たち)が悪いやつだ。

 

「さっきからうるさいですよ、もう黙っててください。って言うかなんでついてくるんですか」

 

「だから、ついていってるんじゃねえって。お前さんが勝手にオレの前を歩いてるだけだろ?」

 

「あー、もう!」

 

 鬱陶しい。

 と、さらに足を速めようかという所。 

 

「おっと、ストップだ。ユナさん様ァ」

 

 声の主がユナの傍らに立ち、伸ばした腕を。

 踏切の遮断機のようにして、前に進もうとしていた身体を通せんぼする。

 

 まぁ、その声の主は今も見えないのだが。

 

「なんですか、今度は!」

 

「……お客さんさ。気づかねえか?」

 

「え?」

 

「あ! ああ、そうか。お前さんはヒュムだから、まだ見えねぇのか。――この先に、『ファイアイーター』って魔物が居るのさ。もうすこしでヤツの視界の中だ。これ以上前に行くと、死ぬぜ」

 

 

 ユナは集中し、目を凝らしてみる。

 が、声が言う通り、ヒュムに設定された視力ではまだ見えないらしい。

 

 っていうか。

 ――その前に、ユナは気が付いた。

 

 遮断機がオッパイに『むにっと』していることに。

 当然、ゲームの中での話で現実の話ではない。

 が、だからといって許せるだろうか?

 

 そんなわけあるか。

 

 ガシッ、っと背負ったフランベルジュを抜き。

 フラストレーションをこめた全力で、即座に振り回す。

 薙ぎ払うように、そのままくるくると回転斬りのような真似をして。

 

 しかし、てごたえはゼロだ。

 うるさいハエを追っ払った程度の成果だった。

 

「っと、何しやがる。親切に教えてやったのによォ」

 

「あなた、ワザとやってますか!?」

 

「――何のことか知らねえけど? でも、何故か、なかなかオレ好みの感触がしてたナァ……?」

 

 大きくも小さくもない。アンダーとトップ差16cmによるCくらいの感触。

 

「っく!」

 腹立つ。

 と、自分が弱いばかりにあしらわれているのが、さらに腹立たしく。

 ユナは、怒鳴る様に尋ねる。

 

 

「ではどうしろと!?」 

 もちろん、ファイアイーターとやらのことだ。

 

 だが、声は関係ないようなことを言う。得意げにだ。

 

「良かったなぁ、オレに感謝しろよォ? もし、ここで松明なんて使ってたら、今頃アイツにつつかれてくたばってるところだ」

 

 え? なんて?

 という顔のユナ。

 

 声は続けて言う。

 

「あの、ファイアイーターってやつはナァ、名前の通り火を食うのさ。中級くらいの洞窟に良く配置されてて、松明やランタンなんかで明かりを確保してると、どんなに遠い距離からでも、一目散に狙ってきやがる。明かりってのは、暗がりで目立つからよ。――オレが暗視の魔法をかけてやっといて正解だっただろォ?」

 

 ようやく、ユナは言葉の意味を理解し。

 傍の男が感謝を押し売りしていることに気づいた。

 

「だから、どうしろと……」 

 

「簡単な話よ。お前さんが、涙を流しながら、タスケテクダサイッ、って言うなら、何とかしてきてやるぜぇ?」

 

 ふざけないでください。

 と、汚い言葉が出そうなのをユナは我慢して飲み込んだ。

 

「さ、どうする? アイツァ、強いぜ。今のお前さんじゃ、1発つつかれただけでくたばるのは確実だナァ?」

 

 ……意地の悪いやつだ。

 ユナでは絶対に勝てないからって。

 

 ユナは思う。

 

 確かに、自分は弱い。

 まだ見えぬ魔物に勝てる可能性はゼロなのだろう。

 けど、だからと言って。

 この人殺しな上に、セクハラ紛いの痴漢野郎に、『オネガイ』なんて。

 する気なんておこるはずがない。

 

 ユナは、フランベルジュを持ったまま、駆けだした。

 前方の、暗視範囲外の暗闇に向かって。

 

「おぉ、おぉ? 無謀なことすんネェ? ヒトの忠告は聞くもんだぜェ?」

 

 

 腹立つ、腹立つ、腹立つ、腹立つぅ!

 

 

 別に勝てるとか勝てないのとかでなく。

 もうなんでもいいので、この溜まりに溜まった怒りをぶつけたかった。

 その八つ当たり先が、この先に居るのならば。

 

 当ててやろうじゃないですか!

 

 

 やがて

 走るユナの前方に、大きな鶏のような魔物が見えてくる。

 色は炎のように明るい暖色で。

 鋭く大きなくちばしが目立つ、地上を歩く鳥型のモンスター。

 

 ユナに気づき、敵意を向け。

 攻撃を仕掛けようと走り出す、その馬のようなサイズの鳥に向けて。

 

「はぁぁあああ!」

 

 走り込んだままの速度。

 

 フランベルジュの切っ先が。

 

 当たる範囲に入った直後に、踏み込む一歩が。

 ユナの身体を、急激にブレーキングする。

 

 そこから生まれる、反動と言う名の力を。

 

 全身を使い。

 最大限振りまわす遠心力に、存分に乗せて。

 

 薙 ぎ 払 う !

 

  

 その、鳥の首根っこに――。

  

 

 がきぃん、と硬いものにぶつかる音が木霊し。

 フランベルジュがめり込んだ場所から、真っ赤な飛沫が、迸る。

 

 明らかなダメージが、格上であるはずの魔物に入った。

 おまけに、フランベルジュが高確率で発生させる『負傷』により。

 ファイヤイーターの最大HPが5%削られる。

 

 その様子に。

 

「おぉ、やるねぇ」

 

 感心の声が上がった。

 

 

 だが、当然ながら、ファイアイーターは死んじゃいない。

 普通のゲームならLv5に等しい弱さで、Lv40近い魔物にダメージが入った。

 そのことは驚くべきことだが。頑丈な鱗と羽毛に阻まれた一撃は、ファイアイーターにしてみればかすり傷にもなっていない。

 

 

 まだまだ元気いっぱいの鳥は、怒りの雄叫びを上げ、鋭いくちばしで反撃してくる。

 

「『装備武器防御(ウェポンディフェンス)』!!」

 

 そのくちばしを、ユナは、フランベルジュの刀身で防御する。

 

 が。

 

「いたぁ!?」

 

 防御の状態で26ものダメージを負ったユナは、HPが2しか残らなかった。

 最大HPは28だ。

 次で死ぬ。

 

 

 



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40

 『 2/28』

 このHPでは、掠っても死ぬ。

 

 

 しかし、ファイアイーターは鳥だ。

 鳥系は総じてすばしっこく、攻撃速度も速い。

 

 そして脚力が凄まじい。

 

 重々しい音と共に、細い脚で地面を踏みしめ。

 飛び掛かる鳥の瞬発力ときたら、弾丸のようだと言っても過言ではなく。

 

 AGIを上げていないユナに回避できる見込みも。

 当然、防御をする意味も。

 

 

 皆無。

 

 

 ――これは本当に死ぬ。

 

 

 ここまでだ。

 

 

 と、覚悟したユナ。

 

 

 その目の前で、ファイアイーターの身体から、盛大に血飛沫が上がった。

 

 上空から飛び掛かり、地へ舞い降りる速さと共に斬り抜ける。

 そんな短剣スキルで。

 同時に、攻撃行動によって解除された隠密により、その姿が現れる。

 

 シルクハットをかぶった黒づくめ。

 そいつの手には、一本の短剣が握られていた。

 

 

「何助けてるんですか!」

 

「勘違いしてんじゃねえ。――言ってるだろ? オレは勝手にやらせてもらってるだけだってナァ」

 

 ふざけている……。

 

「っと、気を付けろよ。まだそいつァ死んだわけじゃねェからな」

 

 そう。

 鳥は瀕死になっただけで、まだ息がある。

 

「さぁ、どうする? やっぱりタスケテクダサイって言っても良いんだぜェ?」

 

 

 冗談じゃありません。

 

 あなたなんかに、そんなこと――。

「言うもんかァ!」

 

 

 感情のままに、ユナはもう一度、フランベルジュを振るった。

 

 既にHP一桁になっていた鳥は、そのユナの一撃で、絶命し。

 

 血を流しながら消えていく。

 

 

「え……?」

 

 

「おっと……先を越されたかナァ?」

 

 

 なんか弄ばれているような気がして。

 ユナは何とも釈然としない。

 

「オイオイ、もっと喜べよ。初心者が倒せるはずもない敵を倒せたんだぜ? すげえじゃねえか?」

 

 すごいのだろうか?

 

 しかし、ほとんどこのPK男のダメージだった。

 

 たしかに、強敵にトドメを刺した。

 けど、ユナには嬉しさの欠片もない。

 

 

 そして、獲得SPもない。

 

 ――無い、というか「1」だ。

 

 

 くっくっく。

 

「残念だねぇ、この世界じゃ、自分より格上の敵を倒しても、貰えるSPはたったの1なんだぜ。獲得できるSPは1匹につき1ポイントが上限だからヨォ」

 

 

 途方もない。

 

 1000ポイント稼ぐには、適正のヤツを1000匹倒す必要があるってことだ。

 

 

 「ま、そいつの羽根は良い素材になる、拾いたかったら拾っておけ」 

   

 

 じゃあな。

 と言って、男はまた気配を消した。

 

 

 何のつもりなのか、と思う。

 

 思うけど、危ないところを助けられたのに違いはないだろう。

 

 でも腹が立つので礼は言わない。 

 

 

 そうして、ユナのHPは、付与された自動回復で少し増える。

 待っていれば、またHPは全快するだろう。 

 

 

 「たぶんこの先は、さっきみたいなのがウヨウヨいる筈だ。タスケテほしかったら、ちゃんと言うんだぜ」

 

 声がする。

 

 

 「絶対に言うもんですか」

 

 

 ユナは迷いに迷って、落ちていたファイアイーターの羽を拾ってカバンに仕舞う。

 

 

 仕舞うと、また歩き出した。

 

 

 「そうそう、お前さんの先輩だが、たぶんこのダンジョンの最奥にある部屋に向かってると思うぜ。なんせ、IDってのは、ゴールしないと基本的に脱出できないからな」

 

 「なるほど?」

 

 

 その後も、なんどもユナの力量を大きく上回る難敵に出くわしたが。

 ユナが死にかけると、決まって勝手に横やりが入り、魔物は成す術なく消えていった。

 

 

 

 

 

 そうして、ユナはたどり着く。

 

 

 明らかに異質な、巨大な扉の前に――。

 

 

「すげえ……やっぱり、オレが見込んだだけのことはある」

 

「え?」

 

「ここだよ、間違いない。卵がある最奥に繋がる扉だ」

 

「なんのことです?」

 

「――カトブレパスの卵さ? 超レアアイテムが、この先に眠ってんだ」

 

「卵? 先輩は……?」

 

「心配するな、この扉の中にいるさ」

 

 

 どちらにせよ、悔しいがユナは一人じゃこのダンジョンで生き抜けない。

 本当に釈然としないが。

 結果的に、PKの強さに頼らざるを得なかったのだ。

 

 だからもう、PKの言うとおりにするのは癪だと思いつつも、気にするのはやめて――。

 

 ユナは扉を開く。 

 

 

 すると、そこから……。

 

 

 大量の霧があふれ出てきた――。

 

 

「やべえ……、こいつは、毒の霧だ……!」

 

 

 

 



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41

 

 

 

 

 パーティはしたい。

 でも、やっぱり一人は落ち着くなぁ、とローリエは思いながら。

 なんなら、この真っ暗な闇も、おあつらえ向きで、嫌いじゃなくて。 

 

 ひとりが板につきすぎちゃったかな。なんて。

 

 良い事なのか悪い事なのか。

 

 

 そんなちょっとした解放感を覚えながら。

 

 ダンジョンを行くローリエは。

 

 

 ついに、その感覚の中に動く物を発見する。

 

 

 大きさや動きから考えれば、確実にモンスターだ。

 進むためには排除が必要だろう。

 

 もしかしたら、めっちゃ強いやつかもしれない。

 索敵能力だけでは、相手の強さは判断できないから。

 ローリエは、日傘を倉庫に仕舞い、『本気』の戦闘態勢に切り替える。

 

 

 ローリエは、3年の間、ずっとソロで戦ってきた。

 どこかのパーティに誘われないかなと思いつつも。

 不人気なスキルの満漢全席である自分に、自信が持てず。

 

 結局、そのままSPは、99012まで溜まってしまった。

 他のゲームでいうところのLV99(最大100)って感じだ。

 

  その中で、勝手に出来上がった戦術がある。

 

 

 まず、ローリエは、武器を何種類か齧っているのだが。

 魔物を発見した時に、最初に使う武器やスキルは定まっている。

 

 ローリエは、エルフ種族だから、遠距離攻撃の威力、射程、精度に補正が加わる上、風と重力の各種パッシブスキルの効果で、風の影響も重力の影響も受けない矢を撃つことができる。

 それらを最大限活かしつつ、ファーストアタック大正義の遠距離攻撃を仕掛ける。

 

 始めるのは、そのための準備だ。

 

 ローリエはまず、

 【大自然の弓(フォレストアーク)】で長弓を作り、【木製矢製造(クリエイトアローズ)】で矢を作り、【猛毒付与(ポイゾナスウェポン)】で毒を塗る。

 それに、さらに。

 今回は、遠距離武器マスタリから。

 【狙撃姿勢(スナイパースタンス)】を使用して、射程距離と精度を向上させた。

 

 木属性魔法で作り出した長弓は、木を組み合わせてできた競技(アーチェリー)の弓のような形で、弦も蔓で形成される。

 矢に、塗られる毒は別の【毒草生成(グロウ・ポイズン)】のスキルで生成されるモノであり。

 他のRPGよりもその種類は多岐にわたる。

 

 その内訳は――。

 

『血液毒』

 ――ダメージオンタイム(DOT)。つまりよくある時間でHPが減るやつ。ローリエの毒はMPとSP(スタミナ)も減る。

 

『腐食毒』

 ――『負傷』の状態異常+即時の追加ダメージ。

 

『神経毒』

 ――状態異常マヒの効果。ただし使い手の毒レベルと相手の耐性によっては、即死。

 

『実質毒』

 ――各種基礎ステータスダウンのデバフ

 

 以上の4種類。

 

 ちなみに毒での攻撃は、全て『木属性』の『物理でも魔法でもない』扱いになっていて、防御力では減らせず、特殊な耐性スキルや、アイテムを使って防御する設計だ。

 

 

 ローリエの筋力値(STR)は補正込みで35しかなく、ユナよりも低いため、正直物理攻撃の一発だけでいうなら、火力は無い。

 

 そこを、これらの毒スキルで補っている。

 

 だが、今は、暗殺者の落とした指輪の効果で筋力値(STR)+25されて60になっている。この基本ステータスが25もアップするアクセサリーは珍く、とても高価なアイテムで間違いない。

 

 ローリエは、真っ暗な暗闇の中。

 各種の索敵情報を頼りに、作り出した弓の射程ぎりぎりから、発見したモンスターに狙いをつける。

 付与する毒は、効果時間が短くなるが、瞬間的な効果が高くなることを考えて。

 

 4種全部乗せだ。

 

 

 ローリエが。

 

 弓を引き絞り。

 まだ見ぬ敵に狙いを定め。

 矢を解き放つ。

 

 

 ヤジリも軸も木で、矢羽根は木の葉。

 

 それは瞬く間に暗闇の中に吸い込まれる。

 かなりの長射程から発射された矢は、減速も、減衰も、重力で落下することもなく。

 一直線に魔物に向かい、突き刺さり、その身体にめり込んだ。

 

 静かなダンジョンの空洞に。

 ごく小さな歎きが、遠くから反響して。

 

 ローリエに、魔物の苦しむ様子は伝わらない。

 真っ暗だし、超音波と振動での感知だから。

 

 ただ、魔物がこちらに向かってくる、という情報は伝わってくる――。

 そうして、ほんの少しだけ、こちらに動きをみせた魔物のシグナルが、やがて消失する。

 

 矢のダメージ、腐食毒による追加ダメージ。

 そこに、麻痺か、あるいはDOTで死んだのだろう。

 SPの獲得が0であることから、弱い部類だったと推察できる。

 

 

 まずは1匹。

 

 

 しかしながら、ここから先、たくさんの魔物が感知されている。

 

 

 だが、問題はない。

 この程度の強さであれば、ローリエは苦戦しない。

 そんな感じで、ローリエは殆どの敵を弓で抹殺しながら、破竹の勢いでダンジョンを進んでいった。

 

 

 しかし、ある時。

 

 「……?」 

 

 ローリエは、違和感を覚えた。

 

 

 矢は確かに当たったはずなのに。

 ローリエの元にやってくるシグナルが速い。

 

 移動速度が変わらないから、『実質毒』によるステータスダウンも受けておらず。

 麻痺も全く効果を受けていないであろうことが解る。

 

 麻痺の状態異常の極地は、最悪即死だが、通常は痺れによって動けなくなる。

 それよりもさらに効果が微弱な場合には、動作が遅くなる、という効果に変わるのだ。

 

 だが、そんな素振りは無い。

 ローリエは、いやな予感がしつつも。

 

 もう1発。

 

 もう1発。

 

 何発撃っても、そいつの動きは止められず。

 

 目視可能な間近までやってきたそいつをみて、ローリエは理解した。

 

 そりゃそうだ。

 木属性で作った矢は、『木属性攻撃』になるのだから。

 

 

 『(ごん)属性』の敵に効果が出るはずもない。

 

 

 故に。

 

 HP満タンのまま、無傷の魔物が、ローリエに襲い掛かる。

 

 

「ちょ、ちょちょ、ちょい、ちょい、ちょい、ちょっとぉ! 『リビングアームズ』さん!?」

 

 なんでこんなところに!?

 

 

 そう、そいつは全6種類の様々な近接武器、両手剣、両手槍、両手斧、両手槌、大鎌、大盾、で構成された、浮遊する武器の魔物。

 

 ローリエの『天敵』だ。

 

 



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42

 

 『リビングアームズ』というこの魔物。

 こいつは、『リビングソード』や『リビングスピア』と言う感じの、武器系魔法生物の全てが合体したような、そういう上位種に当たる魔物で、全部乗せっていうロマンの塊みたいなやつだ。

 

 そしてローリエが天敵とする『(ごん)属性』の敵でもある。

 

 しかし、武器だから(ごん)属性という訳ではない。

 素材が金属(きんぞく)の武器は全部『(ごん)属性』を帯びているのかと言えば違う。

 キャラクターが普段使っている金属武器は『無属性』であり。

 金属(きんぞく)と『(ごん)属性』は別々のものだ。

 つまり、『(ごん)』という現象性――『(ごん)』の魔力を帯びているかどうか、という話だ。

 

 そして、この魔物は、わかりやすいくらい、がっちり、帯びている。

 

 ローリエが当たればただでは済まない。

 

 だからという訳ではないが――。

 

 「ほいぃ!」

 

 ローリエはぶん回される大斧を、ワザとらしく大袈裟に躱し、大きく距離を取る。

 伸身ムーンサルトとという、アクロバティックな方法で。

 

 それは時間稼ぎだ――。

 

 『リビングアームズ』は、総SP適正的には、当然SP99Kのローリエより格下なのだが。

 油断していると、あっというまにHPを削り取られることになる。

 

 というのも。

 

 いかんせん、『木』と『風』マスタリを最大の10まで取っているローリエは、『(ごん)』と『雷』から受ける被害が200%になる上に、弱点になる属性の防御(シールド)系パッシブやアクティブは問答無用で貫通される。

 例えば、木属性の魔法と、金属性の魔法が衝突すれば、木属性の魔法は当たった瞬間にかき消される。

 

 

 だから、ローリエが頼りに出来る物は『土属性』と『重属性』。

 ただし、バフだけは、かき消されないため。

 

 

 大袈裟に距離を取って、作った時間で、順に強化を施していく。

 

  「『身軽さ上昇(アジリティ・オブ・ウィンド)』、『生命力上昇(タフ・オブ・ソイル)』、『自己治癒力上昇(リジェネレーション・オブ・ウッド)』、『物理防御力上昇(エンデュアランス・オブ・グラヴィティ)』――」

 

 さらに。

 『リビングアームズ』を中心にした円をなぞる様に、ダッシュで間合いを図りながら。

 

「『花弁の舞踊(フラワリーステップ)』、『自動紅玉盾(オート・ルビンガード)』、『ノックバック耐性付与/壁張付可(ルーツスタビリティ)』、『無音移動(サイレントウォーク)』――」

 

 

 スピアを突き出して突進してくるのを、【超高度跳躍(ハイジャンプアシスト)】で、高空へ逃げつつ。

 

 「『空中機動追加(スカイドライヴ)』、『空中自立、歩行可(ノンディレクショナルスタンド)』、『転倒耐性付与/回避力減少防御(バランス)』、『重力領域展開(ゾーングラヴィティ)』」 

 

 

 順番に強化を施し終え。

 上空から、落下する。そのままに。

 

 

「『空圧弾(インビジブル・ブリット)』!!」

 

 風属性の初級魔法を、『リビングアームズ』の頭上から雨あられと連射で浴びせかける。

 『(ごん)属性』の魔物が、風にまで耐性を得ているかというと、そんなことも無いのが普通で。

 量産型の『リビングアームズ』ならば、ローリエが知る限り、風は効く。

 

 しかし、ここはインスタントダンジョンだ。量産型ではない、カスタム種の可能性もあって。

 

 

 地面に降り立つローリエは、悔しそうにつぶやく。

 

 

「やっぱり、特別製でしたか……」

 

 危惧通り、風も無効化された。

 

 ならば仕方がない。

 

 連射する物の属性を変更するだけだ。

 

 「『石片の散弾(ストーン・ベネリ)』!!」  

 

 

 



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43

 射出された砲弾のような結晶が、一定距離で飛散し、無数の破片が前方広範囲を蹂躙する。

 本来は岩石だが、【宝石生成(グロウ・クリスタル)】を高レベルで取得しているローリエの弾丸は、宝石弾に置き換わっている。

 

 しかし、撃ち出された散弾のその大半は、『リビングアームズ』の大盾に防がれ、ダメージとしては期待できる代物ではない。

 ローリエが、魔法使いとしては半端な魔法攻撃力だから、というのもあるが。

 『リビングアームズ』の物理防御力が高いからと言うのもある。

 宝石の弾丸というものは、魔法で作り出した物理攻撃だ。

 特に、土、木、金、といった属性は、物理防御力で受ける『物質魔法』を多く完備している。

 【石片の散弾(ストーン・ベネリ)】が『打撃』判定の魔法であり、『リビングアームズ』が『打撃』に弱い魔物であることを差し引いても。

 

 決定打にはなりえない。

 

 だが。

 この地下遺跡に豊富にある、土の『現象核(オリジン)』利用して。

 ローリエは、土属性初級魔法の【石片の散弾(ストーン・ベネリ)】を、通常よりも早いスパンで、連続射出し続ける。

 それはダメージが目的ではなく。

 

「動くな、動くな、動くな、動くなぁ!」

 

 だって怖いから。

 ここはIDで。

 何のスキルを所持しているのか、予想がつかない特別製だから。

 早く仕留めて、終わりにしたい。

 

 だから。

 こうして散弾を乱射していれば、敵は動けない。

 『リビングアームズ』は大盾による防御状態を維持しなければならず。

 結果的に動きを拘束された状態になるから。

 

 敵の攻撃に当たれば大ダメージは必至。

 

 でもたとえ、弱点の属性でも。

 攻撃させないのであれば、問題ではなく。

 当たらなければどうということは無いわけだ。

 

 そんな『リビングアームズ』は今。

 大盾を、宝石の散弾で凹まされ続けながら。

 防御をとり続ける。

 

 その状態を維持させながら。

 

 強化の魔法によって、壁に張り付くことも、空中を走ることも、空中に立つことも可能なローリエは、強化込みで200近い敏捷性を使い、超高速で、三次元的に縦横無尽に動きながら、四方八方から宝石の散弾を打ち付ける。

 

 翻弄するような形で。

 

 少しづつ間に合わなくなる、盾の動き。

 そしてついに、後方に回り込める瞬間がやってくる。

 ローリエは、その一瞬で接近し、自分の数倍はあろうかと言う大きさの魔物に向かって、至近距離から。

 

 『木属性』の例外を、放り投げる。

 

 「『強酸の果実(アシディック・ポッド)』」

 

 強酸は、例外的に『火+熱』の属性をもつ木属性魔法で、特に『(ごん)属性』には単純な『火』属性攻撃として機能する。

 つまり、弱点属性での攻撃になるということで。

 『リビングアームズ』に直撃して、破裂した果実からあふれる『酸』が、その身体をじゅわっっと溶解させる。

 

 大きく怯む魔物は、もはや隙だらけで。

 盾による防御をしている場合ではなく。

 

 その無防備な所に。

 ローリエは残るMP分の全てを使って、弱点を突ける強酸の榴弾を、幾つも投げつけた。

 

 倒れろ倒れろ倒れろ倒れろ、と念じながら。

 

 魔物は、ほぼ滅多打ち状態になって。

 

 浮遊していた『リビングアームズ』が、地面に倒れ込み、カラカラと喧しい音を奏でる。

 倒れた状態の『リビングアームズ』は、全身を焼かれ、煙を上げ、状態を見る限りかなりボロボロになっていた。

 

「どうですか!」

 

 スタミナも結構消費した状態で。

 ちょっと息を荒げつつも。

 

 ローリエは得意げだ。

 もう敵はこれで虫の息だ。

 

 あと一息で、倒せる、と。

 

 そして実際にその通りだ。

 

 

 けど。

 

 もう今にも死にそうな身体で。

 

 再び浮遊する最中、6種の武器が、輝きを放ち。

 エフェクトが、2度、奏でられた。

 ローリエはそのスキルを知っている。

 『(ごん)属性』の強化魔法、【会心値上昇(ラックオブメタル)】と。

『雷属性』の強化魔法――【帯電化(エレクトロキュート)】だ。 

  

 

「バ、バフ……!?」

 

 しかし驚きだ。

 知っている『リビングアームズ』と、インスタントダンジョンの特別製とでは思考ルーチンが違うらしい。

 魔法を使うなんてローリエは初めて見た。

 

 正直なところ、これはやばい事だ。

 

 弱点からのダメージは元々会心確率が大幅に上がっているのに、さらに強化されれば最悪400%に及ぶ威力を浴びる可能性があるし。今行使された雷属性の魔法は、接触時に雷撃ダメージを与える強化だ。 

 

 つまり。

 1発受ければ、金属性の物理攻撃と、雷属性の魔法攻撃を同時に浴びることになるし。

 最悪なことに、それがクリティカルする可能性も高い。

 しかも、こちらから接触しても雷のカウンタ―を受ける。

 

 この状態では、一撃も浴びることは許されず。 

 とてもではないが、榴弾の投擲距離にはいられない。   

 

 相手は瀕死だ。

 あとは、接近戦を持ち掛け、『蹴り』でも叩き込んでおけば倒れるだろうと思っていたが、当てが外れた。

 

 安全策を取るため、トドメを遠距離からの、重属性魔法に切り替える。

 そのためには空っぽのMPを戻さなければならない。

 

 そして、MPを回復する時間を作るため。

 ローリエは、慌てて距離を取りながら。

 倉庫から、『マナクリスタル』を取り出して使用する。 

 それはマナポーションよりも効果が高いMP回復アイテムで。

 結晶から、精神性のエネルギーが解放され、ローリエのMPが最大値まで回復した。

 

 しかし距離を置いたのは結果的に愚策になる。

 

 

 MP回復を終え、ローリエが魔法を準備し始めるのと同じタイミングで。

 『リビングアームズ』も何かの魔法を詠唱し始める。

 

 その時点で、まずい、とローリエは思った。

 

 だから、急いで詠唱を完成させ。

 術式を、解き放つ。

 

 けど――遅い。

 

 ローリエが。

 重属性魔法の【凝爆縮(インプロージョン・ブラック)】を、放つのと。

 『リビングアームズ』が【超電磁投射(マギアレールガン)】を解き放つのは同時で。

 

 音速の数倍で投射された金属片は、瞬く間に、ローリエに到達し、その身を抉り散らしていく。

 

「うッ――」

 

 その威力は想像を絶し。

 金による、物質魔法ダメージ。

 雷による、現象魔法ダメージ。

 

 その合成ダメージをクリティカルで浴びる。

 魔法を放った後の状態の所に、まさに稲妻のような弾速。

 回避することも、防御することも間に合わなかった。

 

 否、強化をかけた時から、ローリエに周囲を公転していた2枚の盾。

 【自動紅玉盾(オート・ルビンガード)】が、防御行動を取ったが、クリティカルによって砕け散り、それすらも貫通してきた。

 

「――がっ……!」

 

 ゲームなので体に大穴が開いたりはしない。

 でも、夥しい血液のエフェクトが零れていく。

 足元がおぼつかない。

 

 

 そして今頃になって。

 

 ローリエが撃ち出した真っ黒なビー玉ほどの球体が、ゆっくりと『リビングアームズ』に到達した。

 

 到達した球体は、一気にそのシュヴァルツシルト半径を増大し。

 一瞬の超重球に飲み込まれた魔物は、めきめきと音を立てて圧壊していった。

 

 

 魔物はスクラップと化して消えうせ。

 

 

 ローリエは耐えきれずに、膝から崩れ落ちる。

 

 どさりと。

 

 

 そして、フロアには、からんと、『リビングアームズ』から零れ落ちた、ドロップ品――。

 一本のハルバードと、倒れ伏した小さなエルフだけが、残された。

 

 



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44

 

 「くっ……」

 

 あふれ出る毒気は、暗殺者(ナハト(仮))の毒耐性スキルでは緩和しきれず。

 どんどんとHPを奪われていく。 

 

 たまらずに、範囲の外に距離を取るほかなく。

 

 しかし、すぐ傍の初心者(ユナ)はケロリとしている。

 全く意に介す様子もなく、慌てる様子もない。

 

 ナハトはなぜだ、と思う。

 どう考えても、実力では圧倒的に上な筈の自分がこれほど危険を感じているのに。

 ゲームを始めて間もないユナが、どうして平気な顔をしているのか――。

 

「お前さん、何も感じねェのカ?、こいつは毒の霧だぜ……?」

 

「はい? 全然平気ですよ? きっと、先輩がかけてくれた魔法のお陰ですね」

 

 良い感じのサイズのCカップ的なお胸の上に掌を置いて。

 得意げにユナは受け応える。

 

「魔法……? ……自己治癒魔法(リジェネ)でもかかってんのか……?」

「はい」

 

 ナハトはユナに同行しているがパーティ状態と言うわけではない。

 だからHPの変動を逐一見ることはできない。

 看破スキルを使わなければ見えないのだ。

 

 そうして、広がる毒の霧は、一定時間毎に10%のHPを奪う猛毒。

 対して、ローリエがかけた自己治癒魔法も、同様のスパンで10%のHPを回復する。

 だから拮抗して変動が無いのだ。

 そもそも、ユナのHPの10%はせいぜい『2~3』ポイントだ。

 ゲーム開始時に配布される初心者ポーションでも、十分対応できる負傷量といえる。

 

 逆に、なまじ実力のあるナハトはHPがそれなりに高い。

 その10%を奪われるとなるとなかなかの威力で、そこそこ真剣な回復薬を使い続けなければ死ぬ未来が見える。

 

 しかし回復薬で耐える方法はあまりに非効率だ。

 ここまで来て中に入れないのか、他に良い方法はないのか?

 考える暗殺者(ナハト(仮))の様子に。

 初心者(ユナ)は、これまでの怨恨を込めて反撃する。

 

「タスケテクダサイ、って涙を流して懇願してくれるのでしたら、毒を止める方法が無いか、扉の中を偵察してきますけど?」

 

 へっ。

 ざけんな。

 と口元を吊り上げる暗殺者。

 

「言うじゃねえか、ヒヨッコがよォ? この中につえー魔物が居ないとも限らねぇのに。そんなデカイ口叩きやがって。知らねぇぜ、後悔してもヨォ?」

 

「じゃあどうするって言うんです?」

 

 ナハトは、隠密状態を解除し。

 

「どうもこうもねぇ!」

 

 直立不動で背筋を伸ばし。

 ユナを真っ直ぐに睨み付ける。

 

「な? なんですか……?」

 

 シルクハットを外し。

 

 その上体を90度倒す。

 

「タスケテクダサイ、オネガシャッス!」

 

「え?」

 

 素直にお願いされると思っていなかったユナは、あわわと慌てた。

 

 プライドとか無いんですか。

 

「ほ、本気ですか」

 

 姿勢はそのままに、頭を少し上げると、視線だけちらりとユナを見る。

 

「ああ、本気だぜ、オレはナァ? せっかくここまで来たんだ、簡単には引き下がれレねぇ。オレの頭一つ下げるだけでいいってんなら、安いもんだぜ」

 

「うっ……」

 

 自分で言った手前、断るなんてことはできないし。

 扉の中に既にローリエが居るかもしれない、となれば。

 行く以外の選択肢はなく。

 

「仕方がないですね」

 

「……ま、魔物に見つかったら一目散に逃げるんだな」

 

「解ってますよ!」

 

 弱者扱いされるのを癪に思いつつ。

 でも本当の事だからさらにむかつきつつ。

 

 背中のフランベルジュを引き抜くと。

 ユナは、毒があふれ出るフロアの中に入る。

 

 そしてどうやら。

 そこはまだエントランスに近い場所らしく。

 さらに奥に別の入り口が見えた。

 この時点で、フレンドリストのローリエの表示はまだ、消息不明のままだ。

 先輩はもっとこの奥だろうか?

 

 ユナは、敵を警戒しながら。

 大剣を構えながら。

 

 奥の入り口に入る。

 

 すると、幾つもの太い石柱が並ぶ、広大なフロアに行き当たった。

 

 そうして、その中央に、スポットライトのような輝きが当たっている。

 

 その明かりの先を辿り、見上げると理由が解る。

 

 ゲーム内の時間は、リアル時間よりも進みが早く。

 今は夜に差し掛かっているようで。

 

 そのスポットライトの正体は。

 遥か高い天井から来ている輝き。

 すなわち。

 地表の亀裂から、地下深くにまで届く、月明かりだった。 

 

 さらに、その月あかりの下には。

 巨大なシルエットが存在している。

 

 それは、2匹の魔物だ。

 

 片方は、おそらく、巨大なバジリスク。

 もう片方は、ドラゴンと呼ぶべき威風。

 

 その2匹が絡み合い、互いの急所にかみつき。

 絶命を果たしたままの姿で、竜は石になり。

 バジリスクは、骨だけの姿となっている。

 

 そして毒は、巨体が鎮座するそのさらに奥。

 フロアの壁際に置かれた、いくつかの宝箱うち。その一つの隙間から漏れ出ている。

 宝箱の傍には、白骨化した冒険者の死体まである。

 状況からして、宝箱の罠にかかったのだろう。

 

「たぶん、あれね……。いけるかな、私で……」

 

 その箱を閉じれば、毒は出なくなるはずだ。 

 見渡してもフロア内には、魔物の姿はまだ見えない。

 

 頼むから出てくるな、と願いながら。

 ユナは、そろりそろりと、フロアを歩き。

 宝箱の所まで接近する。

 

「うぐぐ、よい、しょ!」

 

 重く硬い宝箱の蓋を、筋力をめいいっぱいつかって閉じた。

 もしかしたら、非力なキャラクターだと閉められなかったかもしれない。

 

 

 そして、思った通り。

 毒の霧は消えてなくなった。

 

 本当なら、暫くは効果が残り続ける物なのだろうけれど。

 そこはゲームだから。一瞬できれいさっぱり消え失せたようだ。

 

 

 これで任務は完了だ。

 入り口に戻るため、ユナが来た道を歩いていると。

 

「いいねェ。助かったぜェ。何から何までヨォ。さすが、オレが見込んだだけのこたァあったなァ!」

 

 近くから、訊きなれた『声』がして。

 

「あなたが言う通り、毒は止めてきましたよ?」

 

 それに『声』は、「おぉ、おぉ、すげぇぜ。本当に。お前さんは良くやってくれた」

 

 そう言ってさらに続けるのだ。

 

「そんで、オレも色々考えたんだけどよぉ? やっぱ、このまま仲良しこよしってのも、ちげえなぁ、って思ってなァ?」

 

「どういうことです?」

 

 にやり、とそんな笑みこそ、姿が見えないから見えはしないが。

 しかし。

 

 

「こういうことさ! 『跳弾する刃(リアングリング)』!!」

 

 突然放たれた、何本もの投擲短剣(ダーク)

 それは、近くの石柱に命中すると、急角度に方向を変え――。

 

「あぐっ!?」

 

 ユナの腹部を貫いた。

 血が迸るダメージエフェクトと共に。

 30にも満たないユナのHPは、耐える間もなく。

 その場に崩れ落ちる。

 

 死亡だ。

 ただし、そのままでも会話できる。ゲームなので。

 

「……あ、あなた……!」

 

 攻撃を行ったことで姿を現した暗殺者は。

 倒れたままのユナの傍に、うんこ座りして。

 

「悪ぃね。オレは、PKだからよォ? このままめでたしってわけニャいかねえ。そうだろォ?」

 

「いったい、こんなことして何が楽しいんですか!」

  

「お前さんにゃ、わからねえだろうけどよォ? 機械仕掛けのモンスターばっかり相手にすんのはつまんねえし、それに、お前さんたちも、イキナリ後ろから、切りつけて殺されたほうが、ドッキリの番組みたいにビックリできて楽しいだろォ?」

 

 ふざけている。

 少なくともユナは楽しくない。

 きっと大半のプレイヤーは迷惑に思うだろう。

 だが、この男はそんなことは気にもしないわけだ。

 

「……じゃあ、どうして、私に同行したんです? こうやってドッキリを仕掛けるためですか? 初心者は殺せないと言っていたのは嘘ですか?」

 

「嘘じゃねえよ。初心者を殴ると、ダメージは全部殴ったやつに跳ね返る、そのことは本当だ。だがなぁ? システムには穴ってもんがあってよ。今みてぇに、壁に跳ね返ったモンのダメージは、オレに返ってこねえんだよな。壁がやったことに、なってんじゃねえか? 知らねえけど」

 

「じゃあ、どうして私と……」

 

「運がいいからさ。お前さんは、あの穴から落ちても無事だったろォ。普通はくたばるもんだけどよォ。だからオレは考えたのさ。どうせこのダンジョンはオレも道が解らねえ。だから、運がいいお前さんに道案内させよう、ってな――そしたらどうだ? お前さんはちゃんと、お宝の在処にたどり着いた。オレの見込み通りだった、ってわけだ」

 

「っく……利用したのですね」

 

「結果的にはな――」

 

 そうして、男は立ち上がり。歩き出す。

 

「たしか、卵は、この先のフロアにあるって話だったな……」

 

 フロアの奥に向けて。

  

 そして、暗殺者はふと立ち止まり振り返る。

 

「ああ、そうそう。この先にお前さんの先輩がいるって話……アレも嘘だぜ」

 

 最悪だ。

 なんてやつだ。

 

 今日の何もない貴重な時間を。

 こんな奴のために使ってしまって。

 

 ユナは、こんなに悔しいと思ったことは無かった。

 

 でも。

 もう動けないのだ。

 

 ユナはもう、死んでいるのだから。

 

 



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45

 

 壁にあいた、亀裂のような隙間をまたぎ。

 

 ローリエは、別のフロアと思われる空間に、降り立つ。

 

 

 すると、唐突に。サウンドエフェクトが鳴って。

 

 ――フレンド:ユナがログインしました――

 

 

 そんなメッセージが流れた。

 

 

 フレンドリストを確認すると。

 今まで消息不明だったユナの表示が、『石蛇王遺跡――至宝の間――』と書き換えられている。

 

 そこはローリエが今、足を踏み入れた場所に他ならない。

 

 そしてユナは、遺跡の床が崩落した時に、通路の先に残っていた筈だ。

 なのになぜ?

 

「ユナさん? どうしてここに……?」

 

 ローリエが居る場所は、ダンジョンの中でもかなり奥地になる。

 なんなら、ラスボスが居てもおかしくないフロアだ。

 

 その証拠に。

 

 フロアをしばらく進んだ先に、巨大な影が視界に入る。

 まるでスポットライトのように、天井にあいた穴から月明かりが差し込む。

 そんな幻想的なビジュアルに、ローリエは近づいていく。

 

 聳える巨大な影は、二つ。

 

 争いの末に、地表を突き破ってこの地下にもつれ込み。

 そこで、相打った竜とカトブレパスの亡骸だ。

 

 そして、フロアの中には。

 動かない気配がひとつ。

 動く気配がひとつ。

 

 ローリエの探知はそれらを感じ取り。

 その一つに歩み寄る。

 

 

 

 

 ユナが、ヒトゴロシの気配を見送って。

 暫くして。

 

 ユナが、悔しさと絶望を噛み締めていた時。

 

 居ない。

 と言われていた筈の。

 

 ローリエが接続した、という旨のSEが鳴って。

 先輩が同じフロアにやってきたことを知る。

 

 居ない筈の人がやってきたことが。

 ユナは嬉しくて。

 

 

 でも、ユナはもう動けなくて。

 駆け寄ることは適わない。

 

 ユナの、倒れたままのその視界はただの闇で。

 音も、香りも何も伝わらずに。

 

 キャラクターとして、というよりは。

 プレイヤーとして。

 

 できることは、声を上げることだけだった。

 

 

「先輩……!? そこに……居るんですか……?」 

 

 

「ほんとに、ユナさん?」 

 

 ローリエは、見知った姿が倒れていることに驚きを覚えた。

 インスタントダンジョンに入るには、崩落した場所から降りなければならず。

 落ちたら決して助からないし。

 初心者のユナに、降りる手段なんてありはしないのに。

 

 それなのに。

 

 この魔物がひしめくダンジョンを抜けて。

 至宝の間に居ることが、どれほどの奇跡なのか。

 

 信じられなかった。

 

 いったいどうやってここにたどり着いたのか。

 

 でも、その姿はユナでしかなく。

 フレンドリストの表示を見ても、疑いようがない事実だ。

 

「ほんとに、ユナさんだ……」

 

「先輩……?」

 

 けれど、ユナのHPは真黒で、0になっている。

 死んでいるのだ。

 パーティが全滅した時にも、コミュニケーションが取れるように。

 声だけは発せられるけれど、一切の身動きも視界も得られていない状態だ。

 

 ここのフロアボスにでもやられたのか?

 でも、今のところボスの姿は見えない。

 

 いや。

 今はそんなことは良いだろう、と。

 ローリエは慌てて行動に移そうとする。

 

 蘇生アイテムを使用して、ユナを起こさなければ。

 そう思うのだが、ずっとソロしかしてこなかったローリエは、蘇生アイテムの用意が無い。

 

 エリクシルで復活するだろうか?

 試したことはないが、やってみようか。

 小瓶を取り出そうとした時。

 

「先輩、私のカバンに、アウェイクポーションがあります。使ってもらえませんか」

 

 ユナがそう言った。

 本当は、ローリエに使うつもりだったポーションだ。

 

 ローリエは、その方が確実だと思い。

 ユナのカバンをまさぐって、ポーションを取り出すと。

 倒れたままのユナに振りかけた。

 

 

 程なくして。

 ユナの感覚が、キャラクターに再接続される。 

 仄かな花の香りがして。

 眼を開けば。 

 

 傍には、膝を折りたたみ、座った状態のローリエが見えた。

 その腰を超える若草色の髪が、波のように、床に広がっていて。

 琥珀色の幼い瞳が、心配そうにユナの顔を見つめている。

 

「ローリエ先輩……」

 

 ユナは、本当は少しの間だったのに。

 ずっと何年も探していた人物にやっと会えたような、錯覚がして。

 

「……やっと会えました。探しましたよ」

 

「ご、めんね、ユナさん。私、何か間違えてた……? なんか、怖い思いさせた……?」

 

 ローリエは、申し訳ない気持ちでいっぱいで。

 何だかわからないけれど、ユナに苦労をかけただろうことは、なんとなく解った。

 こんな場所で、倒れていることが、そう思わせた。

 

「大丈夫です。私が、ただ、弱かっただけですから……」

 

 どこか悔しそうに言う。その声。

 でもユナはすぐに、ローリエの心配をする。

 

「先輩は大丈夫でしたか?」

 

「う、うん。なんとか……」

 1回死にかけはしたけど。元々防御よりの構成なので、何とか生きていた。

 

 ふと。

 

 そして、ローリエは見つける。

 ユナの傍らに、落ちている投擲用の短剣を。

 

 

「ユナさんを、殺したのはやっぱりあのPK?」

 

「あ、はい……そうです。すいません、私が弱いばかりに」

 

 弱いのは仕方がない。

 始めたばっかりなのだから。

 

 その始めたばかりの初心者を殺すなんて。

 

 確か、PK対策はされていたと思うのに。

 どうやったのかは解らないけど。

 

「……じゃあ、今あっちに居るヤツが、そうなんだね……!」 

 

 ローリエは立ち上がる。

 

 そして。

 

「ごめん、ユナさん、私ちょっと行ってくる――」

 

「え?」

 

 ローリエは、駆けた。

 PKが佇む、そのさらなる奥のフロアへ。

 至宝の卵が、鎮座する先へ。

 

 

 

 

 



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46

 中央に、4メートルはあろうかという、大きな石碑が立つフロア。

 その周囲を囲うように、幾つかの卵が置かれていた形跡があり。

 今も、何個かは採取可能な状態だ。 

 

 卵は、1メートルほどの大きさの、球状の物体で。

 見紛うこと無き、超レア品、カトブレパスの卵だ。

 

 

 くっくっく。

 姿を現した男は。

 笑い。卵に掌を置く。

 

「こんなに早く見つけられるとは……オレは運がいいぜ」

 

 

 そして。

 背後からの接近にも気づいていた。

 というより、ひとつ前のフロアからの月明かりで出来た長い影が。

 床に映りこんでいるのだから、否が応でも気づくのだが。

 シルクハットの男は、振り返らずに、

 

「よぉ、生きてたか? センパイ」 

 

「ど……どうしてユナさんを殺したんです!」

 

「どうして?」

 

 男は振り返る。

 振り返ると、小柄なエルフが、険しい表情で佇んでいた。

 

「どうしてって、オレァ、PKだぜ。殺すのが普通だろうが?」

 

「そ、そういうことじゃありません。始めたばかりなんですよ? そんなことをしたら、辞めちゃうかもしれないじゃないですか……」

 

 他人に談判するようなことは、今までになかった。

 そんなローリエの言葉は、基本的にデクレッシェンド。

 自信なく、声量は尻すぼみになっていく。

 

 しかし、どうしても、言いたかった。

 折角、パーティに入ってくれたのに。

 自分のことを追いかけてきてくれたのに。

 

 心を折るような仕打ちは、許せなかったからだ。 

 

 だが、男は、そんなこと知ったことではない風で。

 

「何がダメなんだァ? 良いじゃねェか、別に。辞めたきゃ辞めりゃいい。今じゃこの手のゲームはより取り見取りだろォ? 何も、このゲームにこだわる必要はねぇ。PKなんていないゲームをやりゃいいだけじゃねえか? 始めたばっかりなら、辞めても未練もありゃしねえだろォ?」

 

 それはそうかもしれない。一般的には。

 

 でも、それでは困るのだ。少なくともローリエは、困る。

 ユナに辞められても、良いって? 

 

「そんなはず、無いです。……良く……あり、ません!」

 

「じゃあどうするってんだ?」

 

 

「PKモードオン!」

 

「ふっ。いいねェ? 復讐、ってかぁ? オレをPKしようってわけだ?」

 

 ローリエは、その手に、短剣を作り出す。

 【木葉短剣(リーヴスエッジ)】という木属性の初級魔法で。

 それを最大レベルまで上げた時に追加される隠し要素。

 本来は、ナイフのように強化された木の葉を投げつける魔法だが。

 そこから派生したこのスキルは、【大自然の弓(フォレストアーク)】と同様に、自分の手に装備することができる。

 

 

「……へぇ、短剣、ね。貴様に扱えるかな?」

 

 ローリエが構え、今にも踊りかかろうかと言うタイミング。

 暗殺者は、カトブレパスの卵を、インベントリに収納した。

 

 フロアから、卵が一つ消え失せる。

 

「――でも、貴様と殺るのは、今じゃねえんだよな。オレはまだ、準備が出来てねぇ。そのことはさっき、ようく解ったからよ」

 

「え?」

 

 何を言っているのだろうか。

 自分は気配を消して、他人の準備も何もさせないような状態で殴りかかるクセに。 

 

「まさか、逃げるつもり、です……か?」

 

 ローリエが言葉を言いきるかどうかと言う時。

 フロア全体が振動し、地震のような地響きに見舞われる。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴッ、とそんな重々しく低い音が、周囲を震撼させ、パラパラと天井から土石が舞う。

 

「……良いぜ? ヤルっていうなら止はしねえ。でもよぉ? オレの相手をしてていいのか? 今頃、卵を取られて怒り狂った亡霊が、暴れ始めてんぜ?」

 

 あっちのほうでな。と、シルクハットの男は、顎でクイっと指し示す。

 そっちは、ドラゴンとカトブレパスの死骸があったほうで。

 

 そして、復活したばかりのユナが残っている方だ。

 

「貴様の後輩が、またくたばってもしらねぇぞ?」

 

「くっ!」

 

 

 ローリエは、踵を返すと。

 【超高度跳躍(ハイジャンプアシスト)】も使って。

 

 一目散に走る。

 

 

「くっくっく、精々がんばりなぁ、オレはこの辺でおさらばさせて貰う」

 

 そうして、背後に残した暗殺者は。

 貰う物だけもらって。

 その場から消え失せた。

 

 インスタントダンジョンはゴールしなきゃ脱出できないだなんて。

 ユナに言った言葉は嘘だ。

 

 拠点に帰還するアイテムを使えば、脱出は出来るのだから。

 

 

 そうそう。

「――あと、その指輪はしっかり持っておけ」 

 オレの手で必ず取り返す。

 

 ローリエの短剣を見た時に、男は指にハマっているアクセサリーに気づいていた。

 それが、もともと自分の物であったことに――。

 

 

 

 

 



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47

 

 ここのフロアボスは、二種類居る。

 石化したドラゴンと、骸となったカトブレパスだ。

 

 どちらも、レアアイテムの卵の奪取をトリガーに動き出し、暴れまわる。

 

 多人数ならば、両方相手にしなければならないが。

 今回は、暗殺者を含めても3人。

 

 がらがらと、まとわりつく巨大な骸を砕き散らし。

 硬く頑丈な尻尾で周囲を薙ぎ払う。

 

 動き出したのは、ドラゴンの方、『石化竜(ペトリファイドドラゴン)』だった。

 

 幾重にも並ぶ牙に、一本の角。

 強靭な筋肉に支えられた、太く、筋肉質な四肢と竜爪。

 石化によって飛ぶことはできないが、それでも威圧感を発揮する巨大な翼。

 

 全身を鱗に包まれた堅牢な身体は、石化によってさらに防御力を増し。

 凄まじい自重で、衝撃の一歩を繰り出す。

 

 踏み出すたびに、遺跡フロアの床面が砕け散り、破片と砂塵が舞い踊る。 

 

 

 VRで再現されたドラゴンの迫力は、きっとゲームCG班の力作で。

 

 ユナは震えあがった。

 

 

 昔見た、博物館のティラノサウルスの骨格や実物大模型の比ではない。

 その大きさも。恐ろしさも。臨場感も。なにもかも。

 

 そんな空想上の最強種族の巨体が、ユナに向けて猛然と襲い掛かる。

 

 

 もはや本能だ。

 

 考えなくても解る。

 何をしたって、どうあっても適わない、と。

 

 

 だから、恐ろしさで抜けそうな腰を無理やりたたき起こし。

 ユナは、不格好なフォームになりながらも、フロアの壁に向かって必死に走った。

 手にするフランベルジュは、振るう気もなく、もうお守りのようなものだ。

 

 

 だが、そいつは。恐竜じゃない。

 

 ドラゴンだ。

 

 唐突に立ち止まり。

 

 口を大きく開け、周囲の魔素(マナ)を吸い込む挙動。

 

 振り返ったユナは、その動きが何を意味しているのか瞬時に理解して。

 何もしなければ、塵にされると理解して。

 

 しかして直感的に。

 

 今度は。

 ユナは、ドラゴンに向かって走り込む。

 

 命を繋ぐためには、そこしかないと思ったからだ。

 

 瞬間。

 石化竜の口から、放たれた火と熱のブレスが、ユナの元居た空間を焼き払う。

 高熱に石畳は溶け、壁も溶解する。

 

 それとすれ違いざま。

 それでも余波でHPを一桁まで削られながら。

 

 ドラゴンの足元に駆け寄ったユナは、なんとか死を免れた。

 

 ついでと言っては何だが。

 ユナは、チャンスと見てそのごん太の脚のスネに、フランベルジュを叩きつける。

 

 がきり、と音がして。

 フランベルジュが、折れ曲がり、分断された切っ先が、からんころん、と床を滑っていった。

 

「うわぁ!?」

 

 元々絶望的状況だったが、それでさらに絶望みが増大した。

 もう、助かる見込みはない。

 

 息を吐き終えた竜が、身体を振り回す。

 

 今度こそ万事休す。

 

 ユナは、もう全てを諦めた。

 

 そこへ。

 

 高速回転で、飛来した一本の短剣が、竜の顔にめり込んだ。

 夥しい血液が、ダメージエフェクトとして迸る。

 竜は吠え。

 

 救世主は駆けつける。

 

 大きく怯み、後退するドラゴンとユナの中に割って入る。

 若草色の、長い髪を靡かせて。

 

 

「ユナさん、離れて……」

 

「先輩!?」

 

「10秒で倒しますので」

 

 そう口走った背中。

 その右手と左手には、1本づつ、『木葉短剣(リーヴスエッジ)』が握られていて。

 

 あふれ出る自信を得て。

 ユナは、じりじりと後退し、距離を開ける。

 

 

 咆哮とともに。

 怒り狂って、繰り出される竜の剛腕を。

 一刀の元に、断ち。

 

 斬り飛ばした腕が、地面に落ちるよりも早く。

 

 二刀の元で、胴を切り裂いた。

 

 

 そして、

 

「『無双連撃』!」

 

 続く『不利手マスタリ』――いわゆる二刀流の連撃スキルで、文字通りなます切りに仕立て上げたのだ。

 

 ピッタリ10秒。

 

 それでドラゴンは。呆気なく消滅した。

 

 何のことはない。

 

 元々は火属性だっただろうドラゴンだが、石化している所為で土属性に変化していたから。

 木と風をマスターしているうえに、カンスト間近の実力のローリエの敵ではなかった。

 

 それだけだ。

 

 

 

 「大丈夫でしたか? すいません、遅くなって……」

  

 「ローリエ先輩っ!」

 

 「へうっ!?」

 

 振り返り。

 ユナの心配をするローリエに、感極まったユナが抱き着いた。

 

 しかし、ローリエは140cmくらいで、ユナは154~157くらいだ。

 ママが子供を抱きしめてるみたいな状態になって。

 あんまり、ロマンス要素は醸し出さなかった。

 

 ユナは泣いていたけど。

 

 

 

 

 ひとしきり落ち着いたころ。

 

「フランベルジュ、折れてしまったんですね」

「は、はい……でも、もう結構ボロボロだったんですけどね」

 

 崖にブレーキをかけた時に、武器の耐久力は80%消耗していた。

 ここまでもっただけでも、良かっただろう。

 

「よかったら、これ使いますか? 両手剣ではないんですけど、確か、両手武器マスタリ、でしたよね?」

 

 ローリエは、道中で戦った魔物が落とした武器を、倉庫から取り出し。

 ユナに見せる。

 

 それは、長さ2メートルほどの、ハルバードと呼ばれる種別の武器だった。

 しかも、店で売っているハルバードと違い、装飾がカッコよく、厨二心を刺激するデザインをしている。

 どうみても、業物だった。

 

「え? 良いんですか? こんな良いものを」

 

「大丈夫だと思います。フェルマータさんのパーティで使える人、ユナさんしかいないと思うので」

 

「ありがとうございます」

 

 そうして、ハルバードはユナの手に渡った。

 

 

「じゃ、カトブレパスの卵をゲットして戻りましょうか」

 

「はい、先輩。――でも、そろそろパパとママ戻ってきそうなので、このへんで落ちようかと思います」

 

「そうですか。うん、わかりました。――ではここで別れましょう」

 

「今日はありがとうございました、助けてもらって」

 

「いえ、そんな――。逆に危険な目に合わせてばかりで、護衛役失格でした……次はもっと、頑張ります」

 

「私の方こそ――」

 

 ユナとローリエは、他愛のない話に花を咲かせた後。

 

 ついに、ユナのタイムリミットが来て。

 

 お互いに、またね、と言って、その日のプレイは終了となったのだった。

 

 

 

 



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第五話『ゴーストライダー』
48


  

 地下遺跡から戻って、暫くしたある日の夜。

 ローリエは、『ミミズクと猫・亭』の裏手にある、訓練場所に居た。

 お店の裏手を出てすぐの木製のベンチに座って、ぼー、っとしているところだ。

 

 ちなみに、今は魔法使いモードで『骸王』の指輪もはめ直してあり、暗殺者が落とした『ストレングスアップリング+25』も装備したままだ。

 

 そんなローリエは。

 とても暇だった。

 

 

 そして、平日の今日。

 まだ、パーティの誰も接続していない。

 

 むしろ、ここ最近は、ユナとも、フェルマータとも、マナとも、まともに会話していなかった。

 なにせ、フェルマータもマナもリアルが忙しく、最近は殆どすれ違いだったからだ。

 ユナに至っては、遺跡の時以降、あれから1回もゲームに接続していない。

 

 だからローリエは今日も独りだ。

 しかし、狩に行く気も、買い物に行く気も起きない。

 独りでやるSP稼ぎは、もう3年の間にやりつくしたから。

 

 今はただ、暇を持て余してだらけていた。

 

 リアルでもゲームでも、特に何もする気が起きなくて。

 

 それなのに。

 ローリエは、スフェリカの世界に来ている。

 

 もう立派なゲーム廃人だ。 

 

 部活もしていないし、学校終われば定時で直帰がスタンダードだから。

 無駄に過ごせる時間はある。

 

 高校生なのに、こんなのでいいのだろうか。

 なんて思いつつ、ちょっと雲が多めの夜空を見上げている。

 

 

 

 

 そして、つぶやく。

 

「宿題もしたし、予習もしたし、ご飯も食べたし……」 

 

 暇だなぁ。

 

 

 

 なんて。

 マナから貰った日傘を杖代わりに、老人のように訓練所のベンチに座っていると。 

 

 

 ピロン、とSEが鳴って。

 

 

「みぃつけた」

 

「ごふぁっ!?」

 

 背後から小さい気配に抱きつかれた。

 

 その頑丈で金属製の胸板と、首に回されたガントレットが、柔肌にめり込んでガチガチと音を立てる。

 さらに、攻撃者の筋力値の高さと嬉しさのあまり力加減を間違えたことで、その威力は想像以上だった。

 

 ほぼヘッドロック状態で苦しむローリエは、振り返ることも許されずに。

 

「は、う、ぅぅ!? ダ、ダレ、デスカ……!?」

 

「フェルやめて。ロリ苦しそう」

 

「え? あ、ごっめーん」

 

 咳き込みながら。

 ローリエが振り向くと。

 

 見慣れた二人が立っていた。

 

「フェルマータさん……にマナさん? どうしてここに?」

 

 

「どうして、って。私が居たらお邪魔ってことぉ?」

 

「いえいえいえいえ!」

 そんなことないです。

 と、フェルマータの言葉をローリエは全力で否定する。

 邪魔だなんてマジでそんなわけないですから。

 

 「それにしても、繋いだらすぐそこにロリが居るとは思わなかったわ」

 

 ついさっきローリエがフレンドリストを見た時は、二人はまだログアウト状態だった。

 今しがたなったSEは、接続を知らせる音で。

 ログには、やはり、二人が接続したというメッセージが記録されている。

 ということは――。 

「え、えっと。じゃあ、つまりお二人は、いまログインしたところ、ですか?」

 

 拘束は緩んだけれど。

 まだ、ローリエの首に腕を引っかけたまま、フェルマータは、お疲れの様子でだらりと答える。

「ええ、そうよ。やっと解放されたわ」

 

「フェルも忙しそうだったわね」

 

「もう大変だったわ。イジワルな課題出されたり、提出するレポート大量に書かなきゃいけなかったりで。――先生も何かトラぶってたんだっけ?」

 

「まぁ、そんなところね。なんか、新入りが作ったプログラムのところ、バグ出まくりで大変だったのよ。納期も近かったし」

 

 へぇ。

 と言う感じで、ローリエは二人の話を聞き流す。

 ここ1か月ほどの会話を聞いている限り。

 たぶん二人は、社会人か大学生なのだ。

 

 だから、聞き流す。

 

 ローリエは、世知辛すぎる世間のことは考えたくない。

 このまま、誰かと触れ合う事が苦手なまま、何の仕事ができるのか。

 不安しかない。考えたくない。

 だから聞かない。

 今はまだ、社会なんて無かったことにしておこうと思うのだ。

 

 せっかく、ゲームの中に逃げているのだから。

 

 ところで、とマナ。

 

「ロリ、ユナとはどう?」

 

「ああ、そうね。遺跡どう? この前行ってたんでしょ?」

 

 そしてマナは、フェルマータのその一言に。

 くすくすと、元々のジト目をさらにジト目にして。

 意地悪く微笑む。

 

「フェル、二人の事すごい心配してたわ。LINKで、大丈夫かな? 大丈夫かな? って何度も送ってくるのだもの」

 

「だって心配でしょ! ユナちゃんは初心者だし、ロリちゃんはパーティ不慣れな感じだし」

 

「うっ」

 ローリエは、心が痛んだ。

 不甲斐ないばかりに心配をかけさせてしまった。

 申し訳ない。

 しかも、雑魚モンスターに殺されかけたし。

 

 ほんとうに、何をやっているのだろうか。

 そんなちょっとの自己嫌悪を感じていると。

 

 

 マナはきょろきょろして。

 

「ところで、ロリ、ひとり? ユナは?」

 

「ユナさんは、遺跡以来、繋いでないみたいです」

 

「そう?」

 

「ユナちゃん、いつも忙しそうだもんね」

 

 

 

 

 なんて話をしていると。

 ユナがログインしたというメッセージが流れてきた。

 

 噂をすれば影とやら。

 

 

 ローリエが、『風の囁き(ウィスパー)』で連絡係をして。

 

 3人の居場所や、最適な移動ルートを享受する形で。

 30分ほどして、訓練所にユナが姿を見せる。

 

「先輩。フェルさん達も、お久しぶりです!」

 

 

 そうしてさんにんでひとしきり挨拶を終えて。

 雑談などをしていると。

 

 ユナが唐突に質問する。

 

「あの、ところで、手に入れた卵なんですけど……ローリエ先輩の卵にもカウントダウンて表示されていますか?」

 

 その言葉に。

 ローリエは。

 

「カウントダウン? なんのことですか?」と、不思議がり。

 

 フェルマータとマナは。

 

「卵!?」

 と驚く。

 

「はい、小さいのと大きいのがありますよね? 大きい方なんですけど」

 

 それについてローリエは何のことかわからない。

 フェルマータは、まさか、超レアのヤツのこと、まさかねと信じられず。

 マナは、冷静に問う。

 

「もしかして、カトブレパスの卵のこと?」

 

「はい、そうです」

 

「私の卵は、小さいのしかないですよ? 枠が虹色の卵ですよね?」

 

「……私、もう一つ拾いましたよ?」

 

「もう一つ?」

 

 

 

「え? 何? 本当にカトブレパスの卵なの? ユナちゃん、本当に?」

 

 ユナの言葉から、卵を手に入れたのが本当だと理解して。

 フェルマータもマナも、凄いと驚き、喜んだ。

 

「あそこは、当たりのダンジョン引くだけでかなりの運が必要な筈よ。良く行けたわね」

 

 そこで。

 ローリエは、その時のいきさつを軽く話し出す。

 

「一緒に遺跡で狩りしてるときにこの前のPKに襲われまして。そいつが使った魔法で、遺跡の階層が崩落たんです。それでそのままはぐれてしまって。そのIDで見つけたんですよ」

 

「崩落?」

 

「ロリ、それ詳しく」

 

 というわけで、ローリエはその後のことを二人に手短に説明する。

 

 かくかくしかじか。

 まるまるうまうま。

 

 フェルマータは再び驚き。

「えー!? またあのPKに襲われたの!?」

 

 マナは微笑んだ。

「遺跡を破壊するとIDに繋がるのは知っているけど、崩落するかどうかも確率は低かったはず。二人とも凄い運がいいわね」

 

 しかし、今はその苦労話はあとにして。

 それよりもだ。

 

「カウントダウンって?」

 

「え、っと、出してみますね」

 

 ユナが、問題のアイテムを、インベントリから取り出し、訓練所の地面に置き直す。

 すると。

 

 

「うわ……」

 

「大きいわね」

 

 フェルマータとマナの反応はこんな感じで。

 

「これ……あそこにあった石碑じゃないですか?」

 

 そう。

 それは、円形に囲うように並んでいたカトブレパスの卵の。

 ど真ん中に、ででん、と置かれていたでっかい石碑だった。

 

「あれ? これ石碑なんですか?」

 

 ユナは、石碑を引っこ抜いてきたのだろうか。

 でも、カウントダウンとは。

 

「残り時間はいくつなんです?」

 

「あと約1時間です」

 

「ば、爆弾とかじゃないでしょうね?」

 

「石碑なんでしょ? それは無いんじゃない?」

 

 そして相談の結果。

 1時間待ってみよう、ということになった。

 何が起こるのか、誰もまだ分からないまま。

 

 

 

 

 

 

 



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49

 

 訓練場所のど真ん中に、でかい石碑を置いたまま。

 カウントダウンを待つパーティメンバー達。

 

 ローリエは、日傘を杖代わりに、ベンチに座り。

 ユナはその右隣に、マナは左隣に、ローリエを挟み合う。

 

 そしてフェルマータは、お店に飲み物を取りに行っている。

 

 そんな折。 

 おもむろに、マナが気付く。

 ユナが、大剣を携えていないことに。

 

「ユナ。そういえば武器は? フェルにもらってない?」

 

「あ、あれは……」

 

 ユナはバツが悪そうだ。

 なので、ローリエが代弁する。

 

「……遺跡での大決戦で、折れてしまったみたい、です」

 

「もう? 早いわね」

 

「ごめんなさい、せっかくフェルさんに頂いたのに」

 

 マナは、ううん、大丈夫、と首を振る。

「たぶん気にしないわよ、フェルは。どうせ、お古の武器だったんでしょ? またフェルに言えば、新しい武器くれると思うわ」

 

「いえ、武器ならローリエ先輩に新しいのは頂いたんですけど。ちょっと携帯するには長いので、街中では仕舞ってあるんです」

 

 そう言って、ユナはベンチから立ち上がり。

 インベントリから、ハルバードを装備する。

 

 2メートル近いそのポールウェポンは、三日月状のアックス部と、大鎌状のピック部、そして鋭くとがったスピア部で構成されたヘッドを持ち、黄金色の宝石が埋め込まれた、業物だ。

 

 マナは、レア物であることを一目で見抜き。 

 

「良い武器ね。それ、もしかしたら、何か条件付きのスキルかオプションを閃くかもしれないわ」

 

「スキルですか?」

 

「ええ。武器は、使い込んでいくと、使い手に合わせたスキルを幾つか『武器自体が』覚えることがあるのよ」

 

 ちなみに。

 これはNPCや低ランク鍛冶師(プレイヤー)が販売している量産(ノーマル)武器でも、閃く。

 それが魔物産(レア)ボス産(レジェンド)の方が、閃くスキル数が多かったり、強かったりするという話だ。ただし、ローリエの作り出す魔法武器ではこの機能はない。代わりに、使い込んだ魔法には個別にオプションを付けることはできる。

 

 

マナは続けて、言う。

「つまり、キャラクター個人のステータスなんかを条件にして、使えるスキルね。たとえば、私の魔導書だと、信仰力(FAITH)80、精神力(MENTALITY)20、器用度(Dexterity)20、【魔石研究】レベル5――、これらをクリアしないと、使用できないし効果もない。代わりに、【無属性魔法/消費MP50%】【魔法攻撃力アップⅡ】のオプションがついているわ」

 

「完全に個人の専用武器みたいになるんですね」

 

「そういうことね。ユナ――そのハルバード、耐久値は?」

 

「えっと、120/120です」

 

「とても頑丈ね。申し分なしだわ。耐久値が減ってきたら、出来れば修理スキルを持ってるドワーフ種族に、手入れをお願いすると良いわ」

 

「フェルマータさんとかですか?」

 

 マナはぷっ、と噴きだした。 

 半笑い声で答える。 

「ううん。フェルはダメよ。あの子は、戦闘バカだから」 

 

「誰が戦闘バカですって?」

 

 裏手の扉を、お行儀悪く鉄靴(ソールレット)で、押さえつけながら通過し。

 飲み物を手にしたフェルマータが戻ってきた。

 

「って、私が座る場所ないじゃないの」

 

 ベンチは、ユナ、ローリエ、マナで一杯だ。余地はない。

 

「立ち飲みでよろしく」

「駅の居酒屋かァ!? ――まぁいいけど……」

 

 結局、フェルマータはローリエの後ろで立ってコーヒーを飲むことになった。

 

「今の、そのハルバードの話? カッコいいわね。レア物?」 

  

「はい、ローリエ先輩が拾ったそうです」

 

「へぇ、珍しい。レア武器の完成品ドロップなんて……。レベル高いアンデッドか、武器系の魔物が落とした感じ?」

 

 するどい。

 

「その通りです。さすがフェルマータさん」とローリエ。

 

「すいません、フェルさん、せっかくフランベルジュ頂いたのに」

 

「気にしないで。アレは私が今のビルドに行きつくまでに、迷走してた時の名残だからもう要らないものだし。それより、その武器は大事に使った方が良いわ。きっと、良いオプションかスキル持ってるわよ」

 

「はい。大事にします」

 

 

 フェルマータは、飲み終えたカップを、その辺の石段に置いて。

 

「さて、残り時間いくつ? もうそろそろじゃない?」

 

「はい、あと、5分くらいです」

 

「そっか、じゃ、そろそろ準備しないとね」

 

 フェルマータは、石碑の前に立ち。

 武器と盾を構え、戦闘準備を始めるのだった。

  

 



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50

 

 フェルマータは。

 

「『武具効力保護(メンテナンス)』『物・魔・会心回避上昇(ガードスタンス)』『盾防御反応上昇(ディフレクト)』『移動妨害領域展開(ヴァンガード)』『被回復量上昇(キュアライジング)』――……」

 

 盾スキル、金属鎧スキル等の防御スキルで自己強化を施していく。

 

「準備ですか?」

 

「爆弾じゃないにしても、何が起こるか解らないわけでしょ? いざって時のためにね」

 

 そんなフェルマータに。

 冷静なマナがすまし顔で。

 というか、いつものジト目顔で突っ込みを入れる。

 

「それなら、こんな訓練所に置いといたらダメよ。お店が吹き飛ぶわよ?」

 

 はっ。

 とマナ以外の皆が一斉に、理解した。

 

 新築のお店を吹き飛ばしたら、きっとマスターはゲームを引退してしまう。

 そんな無慈悲な真似はできない。

 

 カウントダウンは、あと5分もない。

 ヤバイヤバイ。

 

「えっと、どうするんですか」

 とローリエ。

 

 マナが指示を出す。

「ユナはそれ1回インベントリに仕舞って。急いでどこか辺境に持っていかないと。ロリは風スキルに移動力上がるヤツあったらかけて頂戴」

 

「はい!」

「あッ、はいっ」

 

 ユナが指示通り、石碑を仕舞い。

 ローリエが範囲を全員に拡大した、【敏捷性上昇(アジリティ・オブ・ウィンド)】と【非戦闘時移動力向上(エクスペディション)】のスキルを使用する。

 

 

 幸い、『ミミズクと猫・亭』は首都中央広場に近い。

 移動力アップがかかっていることもあり。

 時空結晶(ゲートクリスタル)まで20秒もかからない。

 

 パーティメンバーは急いで中央へ走る。

 

 そしてそこで慌てる。

 

 どこへ? どこへ?

 

 そこで、ローリエが思い当たる場所を思い出し。

 

「あ、あの。ここからすぐ北の村でしたら、確か誰も居なかったと思います」

 

「ノーザンレイク? バルニエヤ? ゼセ? それとも、ノスフェラトゥのとこ?」

 

「え、えっとぉ」

 

 マナに、北方に位置する町や村を怒涛の勢いで並べられ、ローリエは一瞬怯んだ。

 さすがに大都市の名は入っていないが。

 しかしよく考えたら、人口的に選択肢に入らない町と村が混じっていて。

 マナも慌てているのだと解る。

 

 ローリエは。

 

「たしか、ゼセの村です!」

 

「よし、そこね!」

 

 フェルマータが跳ぶ。

 それに続き、皆がゼセの村に空間転送を開いた。

 

 

 すぐに、誰も居ない過疎過ぎる村、ゼセに到着する。

 さすがにNPCは居るが、NPCはどうなろうと知ったことではない。

 

 

「あと50秒です!」

 

 そんなところで、マナは無慈悲なことを言い出す。

「ユナがそのまま持った状態でカウント終わったら、ユナだけの犠牲で済まない?」 

 

「先生、何言ってんの! ユナちゃん、いいから出して!」

 フェルマータが怒り、ユナは石碑を村の地面に設置する。

 

「ごめんなさい、つい」

 

 そして、皆が覚悟を決める。

 

 フェルマータが戦槌と大盾を。

 マナが魔導書を。

 ローリエが日傘を。

 ユナがハルバードを。

 

 それぞれ構え。

 

 ローリエの全体基本強化。

 

「『生命力上昇(タフ・オブ・ソイル)』『自己治癒力上昇(リジェネレーション・オブ・ウッド)』『物理防御力上昇(エンデュアランス・オブ・グラヴィティ)』」

 

 フェルマータの全体基本強化。

 

「『視覚強化/千里眼付与(クレヤボヤンス・オブ・ライト)』、『回復量、強化量上昇(フェイス・オブ・ホーリー)』、『防御的逆境付与(サヴァイヴ・オブ・ライフ)』」

 

 加えて盾防御スキル。

 

短時間・全被害5割カット(アイアンウィル)

 

 マナの自己強化。

 

「『解呪保持(プリペイドディスペル)』」

 

 ユナは自信なさげに。武器で防御態勢を取る。

 

 これで。

 全員、戦闘準備を終えた。

 

 ユナがカウントする。 

 

「9、8、7、6、5、4、3、2、1、――」 

 

 『ゼロ』がカウントされる。

 

 誰もが真剣な表情で。

 

 石碑が何を起こすのかを見守った。

 

 

 しかし、何も起こらない。

 

 

 アレ? もしかして期待させといて何もないパターン?

 

 っと、ローリエが思った時。

 

 ローリエだけでなく、皆が、少しだけ油断をしたとき。

 

 ピキリ、と石碑にひびが入った。

 

 そして、その亀裂は、少しずつ数を増していく。

 

 

 

 ――石碑が壊れる。

 

 

 パラパラと。

 

 大きな石の塊が砕け散った。

 

 

 そうして――。

 

「えっ!?」

 

 剥がれた石の破片のその中から。

 折りたたまれていた四肢を広げ。

 

 二本の腕と二本の脚と二枚の翼と、長い尾を持った魔物が、立ち上がる。

 その大きさは、競走馬程の大きさで。

 

 

「どら、ごん……?」

 

 フェルマータが呟き。

 

 マナが呟く。

 

「ええ、子竜だわ……」 

 

 

 

「でも……」

 

 とローリエ。

 

 

 ああ。

 それは。ドラゴンだった。

 紛れもない。成竜からすれば、小さいが。2~3メートルはあるだろう。

 そんな大きな、伝説上の最強種族だった。

 

 

 だが。

 

「……うっ!」

 

 その異様な見た目に、ユナは目を背ける。

 

「――なにこれ!?」

 

 フェルマータは目を丸くし。

 マナは冷静に感想を述べる。

 

「腐ってるわね……」と。

 

 そう。

 そのドラゴンは、産まれた時から死んでいた。

 なにせ、アンデッドなのだから。

 

「ドラゴンゾンビじゃん!」

 

 正しくは、インファントドラゴンゾンビ 

 

 石化した卵の欠片。

 それが散らばる地面に、ぼたぼたと腐りきった内臓を零し。

 

 露出した強靭で太い骨格。

 ボロ傘のような翼。

 所々に張り付いた竜鱗を含む厚い皮膚。

 そして、心臓に点る、青緑色の霊的な炎、点る眼光。

 

  

 そいつが、一歩を踏み出す。

 

 すかさず。

 フェルマータが、挑発スキルを使って、注意を引き付けようとした時。

 

 マナが止めた。

 

「まって、フェル。これ……たぶん、敵じゃないわ」

 

「えッ?」

 

「赤のメガネで見てみて」

 

 マナに言われるまま。

 フェルマータは、【赤のメガネ】というアイテムを取り出して装着する。

 中程度クラスの能力看破スキルが付いた装備だ。

 

 それで見ると。

 

「あ、これ、騎乗可能ペットよ」

 

 

「ペ、ペットなんですか、これが?」

 

 マナはやっぱり、と言う顔で。

 どう見ても敵にしかみえないこいつが、ペットと言うことで。

 ローリエは、胡乱な表情で。

 

「うん……ユナちゃんに帰属されてる」

 

 小さなドラゴンゾンビが、おぼつかない足取りで歩く。

 

 産まれたてで。

 ヨロヨロと。

 それこそ、産まれたての小鹿のように。

 

 歩む先は、ユナの所だ。

 

 ドラゴンゾンビは、ユナの元に来て。

 その傍に座り込んだ。

 

 これが、まともなドラゴンや、馬だったなら。

 かわいい、かっこいい、とだれもが称賛しただろう。

 

 でも。

 

「……う、うぅぅ……」

 ユナはあんまり嬉しくなかった。

 だって、怖いし、汚いし、死んでるし。

 しかもVRで再現された臨場感たっぷりのビジュアルの所為で。

 めっちゃ、グロテスク。

 腐臭が再現されていなくて本当に良かった。

 

 迷惑そうな顔のユナを、ローリエは励まそうとして。

 

「な、なつかれてるぅ。か、かわいい。ね、ユナさん」

 

「せ、先輩、本気でそう思います!?」

 

 すりすり、と。

 骨ばった。否。マジで骨の。

 顔をユナの身体に擦り付けて甘えた様子のドラゴンは、仕草こそ幼く可愛いが。

 

「うん……」

 肯定しながら、ローリエは目を背けた。

 

「こっち見て言ってください、先輩」

「カ、カワイイデス、ヨ」 

「あー、全然こっち見てないです。もう1回」

「ソンナコトナイデス、ヨ」

 

 ローリエとユナは、暫くの間、そんな問答をループさせるのでした。

 

 



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51

 

 ローリエが、おっかなびっくり。

 ドラゴンゾンビの頭を撫でようか、とチャレンジしている。

 それを背景に。

 

 フェルマータは、赤のメガネを装着したままで、感心して。

 

「へぇ、すごいわ。この子、SP0なのにすでにめっちゃ強いわよ? HP257もあるわ」

 と、ウサミミのドワーフは、看破で得た情報を言葉にする。

 

 

「えぇ!?」

 

 ユナが驚き。

 さらにユナは、ちょっと自信を無くしたような顔で。 

 

「すでにHP、私の10倍以上ありますね……」

 

 

 

 

「他のステータスは?」と冷静にマナ。

 

「えっと……、MP80、スタミナ55、攻撃力18、防御力16……っていうか、敵1匹も倒してない状態で、筋力と耐久力14もあるわよ? それに種族も、ドラゴン種とアンデッド種のハイブリット種族になってるわ。なにこれ」

 

 

「でしょうね。『ドラゴン』『ゾンビ』だもの。ハイブリットなのは当然ね。吸血鬼とかと一緒よ、たぶん――。その分デメリットも何か抱えていると思うわ」

 

「うん……太陽が出ている状態だと、能力値が減少するみたいね」

 

「やっぱりね」

 

「まぁ、減ったところで、普通のプレイヤーのSP0よりだいぶ強いんじゃない?」

 

「単純に強いわね。……さすが、子供とはいえ、腐ってもドラゴンだわ」

 

「……」  

 

 そこで、マナとフェルマータの会話が一時、凍結した。

 耐えきれずに、フェルマータが口を開く。

 

「……ナニソレ、ダブルミーニング?」

 

 そして、フェルマータが突然のハイテンションで、続けて早口る。

「『ええ、もう最初から腐ってるけどね、ドラゴンゾンビだけに……!』……とか言ったほうが良かったの、私?」

 

 でもマナはあっさりしている。

「何言ってるの。フェルに突っ込みなんか期待してないわ。もともとそんなつもりもないし」

 

「もう、紛らわしいのよ、先生。ボケるならちゃんとボケて」

 

「私別に、ボケてないわ」

 

 

 そこで、ため息混じりに、フェルマータは眼鏡を外す。

 

「とにかく、強いのは解ったけど……どうやって育てるのかしら? 先生わかる?」

 

 マナは、首を振る。知らない、と。

「私もペット関係は詳しくないのよ。だけど……たぶん、騎乗スキルで乗ることはできる筈よ」

 

 

「騎乗スキル、ですか? 私ちょっと攻略サイト見てきますね。ついでにペットのことも調べてきます」

 

 そう言って、ユナがログアウトした。

 

 そこで、ローリエが、不思議がる。

 普通、キャラクターに帰属される召喚生物等は、術者が居なくなれば一緒に居なくなる筈だ。

 なのに、ドラゴンゾンビはまだ居る。

 

「アレ、このドラゴン消えないんですね。ユナさん、居なくなったのに……」

 

「ほんとね。でも――」

 フェルマータが、いち早くドラゴンの動きに気づく。

 

 そぉ~っと、頭を撫でようとするローリエから、ドラゴンの頭が離れ。

 なにか、警戒するように、何かを探すように。

 

 寝かせていた頭をもたげ、眼窩に潜む輝く瞳が、近くを見たり、遠くをみたり。

 

 ローリエは、その子竜の様子を心配し。

 フェルマータは、注意深く見つめて。

「ユナさんを探してるんでしょうか?」

 

「そうかもね……。もし、どこかに行こうとしたら、私がスキルで抑え込むわ」

 

「その方が良いわね」

 そんなマナは、「ところで」とローリエを見る。

 

「はい?」

 

「ロリは、『風』以外に、『土』と『木』も使えるのね」

 

 

「へっ!?」

 

 ローリエは、一歩、後ろに下がり、仰け反るほど驚いた。

 声も、素っ頓狂な声、という形容に近い、大音量気味だった。

 

 そこに、フェルマータも参戦してくる。

「あ、それ私も気になってた」と。

 

 ローリエは、どぎまぎしつつ、訊き返す。

「なぜそれを……?」

 

「だって、さっき、強化(バフ)かけていたでしょ?」

 

「あ……」

 そういえばかけていた。

 この前の遺跡でユナにかけたから。

 そのクセのようなもので、かけてしまった。 

 

 だから。そう。

 用意していた言い訳を――。

 

「えっと、あれはマスタリレベル1で取れますし……基本バフですから」

 

「でも、全体化してたじゃない?」

 

 うっ。

 基本バフの広域化、およびパーティ全体化は、マスタリレベル5から可能なのだ。

 それはもう、中級レベルと言ってもいいくらいで、齧ったとは言えない。

 用意していた言い訳が、即座に破綻してしまい。

 ローリエは言葉に詰まりまくる。

 

 えっと、あの、その……。

 嘘つきはパーティ追放、とか言われないか、気が気ではなくなる。

 

 冷や汗すら出そうなローリエ。

 だが、流石にゲームなので冷や汗は出ない。中の人は出てるけど。

 

 しかし、マナは一人で納得したかのように言う。

「――範囲化できるスキル付の装備か何か?」

 

 ローリエは全力で乗っかった。

「あ、はい……そうです!」

  

「そう、なるほど、ね」

 

 それきり、マナは追及をしなかった。

 

 

 暫くして、ユナが、再びログインして。

 落ち着きのなかったドラゴンゾンビが、ユナにすり寄る。

 やはり、寂しかった、ということだろう。

 ローリエは再び、ドラゴンゾンビ、なでなで作戦を始めた。

 

 ユナは、調べてきたことを説明する。

 

「――お待たせしました。騎乗スキルは色々あるんですけど、ちょっと、そっちを取り始める前に、自分の両手武器スキルとかを揃えないといけないと思いますので、今は置いといてですね。ペットの方は、ドラゴン種のペットというのは、まだどこも情報が無いみたいでした。馬とか、騎乗用リザードとか、騎乗用でない普通のの鳥や猫などの情報はあるんですが……」

 

 基本的に、騎乗用ペットもキャラクタ―と同じようにSPを獲得し、1000毎に種族強化が行われる。

 ペットの武器や防具は、騎乗用の物しか装備できず、キャラクターのものほど効果が高くない。

 代わりに、爪や尻尾などが、武器と言う扱いで設定されているようだ。

 またペット自身のスキルは自動で取得するものと、プレイヤーの任意の物があるらしい。

 加えて、ペットのステータスの振り分けも、プレイヤーの任意となっている。

 

 ユナの見てきた情報では、こんなところだった。

 

 マナが問う。

 

「竜種についてだけど。このまえの遺跡イベントのところはどう? あの石碑……っていうかたぶん、あれがドラゴンの卵だったんでしょうけど。それについて載ってない? 他に拾った人が居るとか……」

 

 ユナは首を横に振る。

「いくつかの攻略サイトを見ましたけど、どこにも無かったですね。石碑に注目してる人もいないようでした」

 

 そこに、フェルマータが口を挟む。

 

「ユナちゃん、あれ、どうやってゲットしたの?」

「普通に、取れましたけどね?」

「普通に……?」

「はい、隣のかとぶれぱす? の卵と同じ感じで」

「ナニソレ、そんなのアリなの?」

 

「……何か特殊な条件でもあったのかしら?」

 

 マナは腕を組んで悩みだした。

 

 

「えっと、とりあえず。後回しにしようかと思いましたが、ペットに騎乗する、というだけのスキルが、SP5で取れるみたいなので、それだけ今、取ってみましたけど……」

 

「おっ! じゃあ乗ってみたら?」

 

 それを聞いて。

 ローリエも、話に混ざる。 

 

「ユナさん、そのまえに、この子に、名前、つけませんか?」

 

 あ、ホントだ、名前!

 

 全員、それを思い出した。

 

 そんなインファントドラゴンゾンビちゃんは、今、ローリエに、そっと撫でられていて。

 やっと、作戦が成功したことをローリエは喜び。 

 

「やっぱり意外とかわいいかも……?」

 

 なんて微笑んでいた。



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52

 

「名前ねぇ」

 

 マントを身に着けたうさみみのドワーフが、魔銀胸板(ミスリルプレート)の前で、腕を組む。

 ひとしきり考えても、中々良いものが出ないのか、隣の魔法使いに話を振った。

 

「先生、何か良いのある?」

 

 二股の黒いジェスターキャップを魔術帽子としてかぶる真っ黒な出で立ち――。

 そんな魔法使いは、ケロリと言った。

 

「『どらぞん』とかで良いんじゃない?」

 

「何それ! まんますぎぃ! 相変わらず先生はセンスが無いんだから。せめてもうちょっと捻ってよ」

 

「じゃあ『ぞんどら』?」

 

「いったい、どこ捻ってんの……」

 

「そういうフェルは? どうなの?」

 

「私? ……『ドラちゃん』とか……?」

 

 ぷっ。

 マナはふいた。

 

「笑うなァ!」

「ずいぶん、ハイセンスな名前ね」

「うるさぁい」

「でも、ダメよ、それ。それはハイセンスすぎて却下ね」

 

「それじゃあ……」

 

 あと頼りに出来るのは、残りの二人。

 

 その二人も今、あーでもない、こうでもない、と考えている所だ。

 ユナは、持ってきたハルバードを抱きしめる様に保持しつつ。

 顎に手を当てて、未だに初心者服にレザーアーマー姿で考え込んでいるし。

 

 ローリエは、長い若草色の髪を、流水のように地面に落とし。

 花弁のようなスカートを広げ。

 日傘をさしたまま、地面に座り込み。

 木の棒で、何かを地面に書き込んでいる。

 メモかな。

 

 フェルマータは、ローリエの謎のメモを見なかったことにして。

 ドラゴンゾンビの飼い主であるユナに聞いてみる。

 

「ユナちゃん、何か思いついた?」

 ユナは、顔を上げる。

 

「いえ……今思いついたのは、その……『ロトン』とか、ですかね……?」

 

「なにそれ、かっこいいじゃない?」

 

 フェルマータは称賛するのだが。

 ユナとマナはそうでもなくて。

 

「そのままね」

 とマナは言い。

 

「ええ、そうですよね」

 とユナも言い。

 

「どういうこと?」

 と、フェルマータは怪訝な顔だ。

 

 マナが補足する。

「ロトンって、腐ってるって意味よ。物理学の方でもう一つ意味があった気がするけど、そっちで考える人はまず居ないでしょうし」

 

「すいません、単純で……。他には『グロース』とか『クリーピー』とか……」

 

 追加でユナが言うワードは二つとも、気色悪い、と言う意味だ。

 

 ユナは目を逸らす。

 ローリエはそれなりに、ドラゴンゾンビに慣れれたが。

 肝心のユナはまだ、グロい見た目には不慣れなようで。

 直球のワードしか出てこなかったのだ。

 

 となると、残るはローリエだ。

 

「……あの……ロリちゃん。何か候補ある?」

 

 地面に枝で書かれたたくさんの文字を、フェルマータを含む3人で覗き込む。

 レシートのように長いリスト化されているのだが、一部抜粋すると。

 

 ヴリトラ

 ユルムンガルド

 ヒューベリオン

 ヘルムート

 ヴィーヴル

 ニーズヘッグ

 ファフニール

 

 このような感じで。

 

「聞いたことあるやつも、それなりにあるわね」

 

「いっぱいありますね」

 

「あ、はいっ。思いついたもの、全力で書きました……!」

 

「ロリのおすすめは?」

 

 マナが尋ねると。

 

「ヒューベリオン、ですかね? 私のお母さんレトロなゲームが好きで、昔あそんでたドラゴンのゲームに、こんな感じの名前があった気がして……変な見た目のドラゴンでしたので丁度いいかも……」

 

「かっこいいですね、私、それがいいです」

 

 ローリエの提案を受けて、ユナが採用を言い渡す。

 飼い主がそういうのなら、もう何も言えることはなく。

 

「略してベリちゃんかな?」

 

 ローリエは、イッパイ考えて置いてなんだけど、私が考えたやつで良いのかな、と。

 不安になりつつ。

 

「良いんですか? それで」

 

「良いんじゃない?」

 

 

 そんなわけで。

 

「じゃあ、ペットの名前の所に、入力しちゃいます」

 

 そうして、正式にインファントドラゴンゾンビの名前は。

『ヒューベリオン』が採用された。

 

 

 名前が決まったなら。

 当初の予定通り、ユナの獲得した騎乗スキルを試すべく。

 

「よし、じゃあ、乗ってみますね……」

 

 ユナは、ヒューベリオンを見る。

 静かに寝そべって、寝ているかのような、その肢体を。

 

 腐った内臓なんかはもう、軒並み卵の殻と一緒に地面に落ち切っているので。

 今は、骨に所々皮が張り付いているような状態なのだが。

 

 相変わらず、生物の皮一枚内側が、どうなっているのか。

 生々しい現実を叩きつけてくるような見た目をしている。

 

 近づくにはそれなりに覚悟が必要だ。

 ユナは生唾を飲み。

 

 そろり、そろり、と近づいた。

 

 すると、ヒューベリオンが起き上がる。

 まだ子供ということで、大きさは競走馬くらいだろうか。

 

「え、っと、ヒューベリオンさん、乗っても、いいですか?」

 

 ユナがビビりながら尋ねると。 

 再び、ドラゴンゾンビは伏せるようなポーズを取り、乗ってもいい、という意思を示す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 そうして、ユナは、その背中に跨った。

 

 そのまま、ドラゴンゾンビが立ち上がる。 

 

「ひゃ、あう……あっ……!?」

 

「大丈夫、ユナちゃん!?」

 

 体高150~170くらいになるヒューベリオンを。

 身長130ほどのドワーフが心配そうに見上げる。

 

「あっ、ちょ、やっぱり、おります。降ろしてッ」

 

 ユナは慌てて、降りた。

 

 降りたユナは、お股を抑えている。

 

「ああ、背中、骨だもんね、痛かったかなぁ?」

「突起いっぱありますからね、ドラゴンの背骨ですし……」

 

「うっ、いえ、痛い、っていうか……その……」

 

 このゲームは、痛みをそのままプレイヤーには伝えない。

 極めて緩和された痛みに変換される。

 

 極めて緩和された、と言う部分が、この場合極めて重要な所で。

 

 しかし、ユナ以外は、痛かったのだと思っていて。

 

「騎乗用の馬具、っていうか、鞍みたいなのが必要かもしれないわね」

 

「はい、是非。必要です。ちょっとこのままだと……戦うのは無理です」

 

 

 つまり、次の目標は、鞍を手に入れることになりそうだ。 

 

 



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53

 皆で、ゼセの村で話し合った結果。

 

 大きさから考えて、軍馬用の馬具が丁度だろうということで。

 買うのか、作るのかもまだ定かではないため。

 とりあえず。

 パーティメンバーで手分けして、プレイヤーの販売しているお店を見て回ったり、馬具を制作できる者を探したりしてみることになった。

 

「すいません、お願いします」

 

 ユナの見送りを受け。

 フェルマータとマナは、さっそく都市を回って販売しているプレイヤーが居ないか探しに向かい。

 

 ローリエとユナも、続いて向かおうとするのだが。

 

 問題が出た。

 

 ペットは基本的にインベントリに回収できない。

 小さくして持ち運ぶには、専用の収納アイテムが必要で、軍馬サイズのものとなればかなりの高額になる。

 

 そうなると、ドラゴンを連れて歩くしかないのだが。

 

 大きさは馬ほどなので、そこは問題ではないのだが。

 それよりも、その種族と、骨と皮だけというグロい上インパクト抜群の見た目が気にかかる。

 

 ユナは傍らに立つ竜、その、身体を見つめて。

 

「このままグランタリスに戻ったら、目立ちますよね」

 

 それにローリエは、どんよりとした表情で、同意する。

 

「ドラゴンのペットは珍しいそうですから、寄ってきてしまうかもです、他人(ひと)が……」

 

「ですよね……」

 

 ユナはただ目立ちたくない、という気持ちだが。

 ローリエはそれよりも、深刻だ。

 

 ペットとしても、騎乗用としても。

 ドラゴンは珍しい。しかもゾンビなのはなおさらだ。

 

 つまり他人目を惹く。

 興味を惹く。

 それは歓迎できることではない、ローリエにとっては。

 注目されるのも、寄ってこられるのも、ローリエは勘弁願いたかった。

 最初に比べれば、街の往来を歩くのも多少慣れたが。

 それでも。

 今だって首都内の移動は、屋根を伝っていることが多いのに。

 

 動物園のパンダのように騒がれたりしたら、ローリエ的には逃げ出したくなる事だろう。

 多数の他人の目も、多数の騒めきも。

 ローリエにはストレスでしかない。

 

「……どうしましょう、先輩」

 

 子供ドラゴン(骨)は、ユナの傍を離れない。

 主従関係からと言うのもあるだろうが。

 それは寂しいという感情からのように見えた。

 

「首都などの大きな街の外に、厩なら、あるんですけど……」

 (うまや)というのは、騎乗用の馬を預けておく場所だ。

 

 

 悩んでいると早速、マナから【伝言(メッセージ)】が来る。

 

「馬具のフルセット販売してるプレイヤー見つけたわよ。価格は、鉄製で3M、鋼鐵で6M、魔銀製で18Mってところね。あと、フェルが、『アイテムとの物々交換で、お古の馬具進呈します』っていう、依頼書(クエスト)見つけたって。ただ、何の素材で出来てるやつか不明なの。でも、『ミミ猫』の依頼書だから、出来ればこっちにしてほしいって。収集素材は、ファイアイーターの羽10個よ」

 

 それを、ユナに伝えると。

 

「あ、羽あります! このまえ遺跡で拾ったやつですけど」

 

 そしてそれを今度はローリエが【風の囁き(ウィスパー)】で返事をする。

 そのついでに、ローリエは言葉を付け加えた。

「――ヴィエクルスフィアは売ってますか? あったら即欲しいです。私が買います」

 

「了解。依頼主に連絡とってみるわ。ヴィエクルスフィアも、馬具販売してるお店で委託されてるから、買っていくわね」

 

 ということで、ローリエたちが暫く待機していると。

 フェルマータが、ヴィエクルスフィアを持って、ゼセ村に戻ってきた。

 

「最安値で50Mだったけど、ロリちゃん大丈夫? 足りなかったら私も出すけど」 

 

 ローリエは3年間ソロし続けていたので、それなりにお金は持っている。

 50Mくらいは余裕だった。

「大丈夫です、トレードお願いします」

 

「50M?」

 ユナは二人の会話に疑問を抱く。

 50Mの意味や、相場観などだ。

 ちなみに、ゲーム内価格では、5000万グランという事だが。

 ユナに価格説明はしないまま、取引が進められた。

 ローリエがお金をフェルマータに渡し。

 フェルマータが、ユナにアイテムを渡す。

 

 そしてローリエが説明する。

 

「これで、騎乗ペットを携帯して持てるようになったはずです。ただ、入れておくとペットの機嫌が悪くなっていって、指示を聞いてくれなくなりますから、なるべくすぐ出してあげてください」

 

 

 そんなわけで。

 ユナは、ヒューベリオンを収納し。

 首都に戻って。

 クエストの依頼主から、『鋼鐵の馬具』セットを引き取ることが出来た。

 お古だけあって、装備耐久値の最大値がそれなりに減っているが。

 

 進呈した素材から考えるとかなり割安で入手することが出来たと言える。

 

 フェルマータは、我が事のように笑みを浮かべ。

 

「よし、これで次から、不死竜(ベリ)ちゃんと狩りに行けるわね。――ところで」

 

 フェルマータの視線が、ユナの防具に向けられる。

 

「ユナちゃん? 防具はそのままでいいの?」

 

 現在ユナは、最初にフェルマータと武具選びをしたときに選択した、レザーアーマーを着用している。

 その時は、軽装備か重装備か決めていなかったため、とりあえずペナルティの無い装備を選んだ。

 

 というのも、装備には必要筋力や、必要信仰力などの基準があり、それを満たしていない場合、届いていない分の数値に比例してペナルティが発生する。

 

 重装備はそれなりの筋力が必要なことと、回避力の補正がマイナスなのも考え、最終的にどちらにするのか、ちゃんと考えるとことを先送りにした形だ。

 だが、

 騎乗ペットを手に入れたことで、軽装備でいる意味が少し薄れた。

 フェルマータはそのことを気にしている。

 

軽装防具(ライトアーマー)のままでいい? って意味なんだけど」  

 

「おかしいでしょうか?」

 

「おかしくはないけど。仮にユナちゃんが、この先『騎乗マスタリ』を上げて、騎士(ナイト)的なビルドになっていく場合、回避行動はヒューベリオンちゃんに任せることになるわよね? そうすると軽装備でいる意味はあまりないかな、って」

 

 フェルマータの話に、ローリエも割り込む。

 

「騎乗なしでも、回避用にAGIに多く振る予定がないのでしたら、重装防具(ヘビーアーマー)の方が、いいかも……」

 

 そしてフェルマータは、慌ててこう付け加える。

 

「ああ、でも、ビルドは自由だから、これはあくまで私が思うことで。ユナちゃんの好きにしたらいい事ではあるんだけど」

 

 ユナは考える。

 

「なるほどぉ……。確かに、そうかもしれないです。もうちょっと腕の動きは速くしたいので、DEXは上げるつもりなんですけど、AGIは考えてませんから……」

 

 フェルマータが言う。

 

「防具系のマスタリはまだあんまり考えてないんでしょ? それなら、今は重装備にしておいたらどう?」

 

「そうですね。そうしようかな……」

 

「じゃ、重鎧余ってるから、後で私のお古渡すね。鋼鐵(スティール)のフルアーマーだけど」

 

「ありがとうございます!」

 

「カラーも変更しておくわ」

 

 そんな会話を、きいて。

 ローリエは思う。

 いいなぁ、と。

 

 ソロしかしてこなかったローリエは、装備のお古を譲ってもらったり。

 そんな優しさを受けた覚えはなく。

 羨ましいような妬ましいような。

 

 それによく考えたら。

 ユナは、竜の卵をゲットしちゃったり。

 カトブレパスの卵をゲットしちゃったり。

 死ぬようなダンジョンで、何故か生き延びていたり。

 

 すごく運がいいのではないだろうか。

 

 

 

「……ずるいなぁ……。私もちやほやされたい……」

 

「え?」

 

 ボソっと、思わず漏れたローリエの言葉に、ユナが反応する。

 ローリエは、慌てて取り繕うのだけど。

 

 そして、暫く後、ユナにはアンデッドのドラゴンに合わせて、真っ黒にカラー変更された鋼鐵全身甲冑(スティールフルプレート)が進呈された。しかも、インナーも可愛いドレス風になっているやつだ。

 それでユナは、一気に騎士っぽさが増したのだった。

 



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第六話 『鮮血の古城にて』
54


 

 

 フェルマータ、マナ、ローリエ、ユナ。

 4人は、首都から南に下った砂漠地帯に来ていた。

 そこは以前、ローリエとユナが訪れた石邪王遺跡群があるところだ。

 

 その砂漠地帯に散らばる幾つもの遺跡は、ひとつひとつが大小のダンジョンであり。

 石材で建てられているのは共通だが、内部の間取りは多種多様だ。

 

 地下水脈に通じる水場がある遺跡。

 狭い通路だらけの遺跡。

 トラップ地獄の宝物殿。

 などなど。

 

 その中から、4人は、ただっぴろいフロアを有する遺跡を選択した。

 1フロアの面積もさることながら、天井までの高さもある遺跡だ。

 

 そこならば、ヒューベリオンも陽の光でペナルティを受けることもなく。

 ユナも、2メートルのポールウェポンを存分に振るえるだろう、という目論見だ。

 

 

 そんなユナの雰囲気は、今回からガラリと変わっている。

 

 真紅のふりふりドレスの上に漆黒の金属甲冑を身に着けたユナは、背中にハルバードを背負っており。

 防御力あるんか? とつっこみたくなるような、隙間だらけの兜から、真っ黒なツインテールを、吹きすさぶ砂嵐に靡かせている。

 そのクセっ毛なツインテールには、赤いリボンが目立っていた。

 これは黒い兜に黒髪では、真っ黒すぎるし、黒のイメージカラーは既に埋まっているとマナに気にされた結果で。

 最終的にユナのカラーリングは、黒と赤で構成される感じになっている。

 

 さらに、ドレスのスカートはアイドル風なミニ丈で、それに合う可愛いデザインの甲冑は、少女感を損なわない可憐さだ。

 具足はピンヒールになっていて、太腿までを覆う装甲は、絶対領域を作り出し、露出した素肌が、黒い装甲と対比して眩しい。 

 ついでにパンツもかわいいのになった。

 

 そしてユナの傍には、今インファントドラゴンゾンビのヒューベリオンは居ない。

 ヴィエクルスフィアに収納状態でユナが持っているからだ。 

 

 

 4人は今、目当ての遺跡。

 その入り口に到着したばかり。

 

 遺跡の前に、皆が立ち止まったのを見計らい。

 先頭を歩いていたフェルマータが、振り返る。

 

 

「ユナちゃん」

 

「はい?」

 

「入る前に一つ聞きたいのだけど、ユナちゃんは、私達『に』ついてくる方が良い? それとも、私達『が』ついていく方が良い?」

 

「え!? っと……?」

 

 ユナは、フェルマータの言葉の真意を測りかね、即答できなかった。

 マナがフォローを入れる。

 

「深く考える必要は無いわ。ただ、私達の前を歩くのか後ろを歩くのか、って言う話」

 

「ユナちゃんの好きな方で良いんだよ。急ぐつもりないから」

 

 深く考えなくていい。

 そう言われても。

 

 ユナは、考えを巡らせた。

 

 そしてこう思った。 

 

 これは。

 手伝ってほしいのか。

 見守って欲しいのか。

 どっちがいい? 

 そういう選択だと。

 

 両方のメリットとデメリットを天秤にかけているのだ。

 

 手伝ってもらえば、ユナは早く強く成れる。

 逆に、見守ってもらえれば、ユナは強くなるのは遅いが、死んでも起こしてもらえるし、じっくりゲームを楽しみながら自分のペースで強くなれる。

 

 ひとりしかキャラクターが作れないゲームだから。

 早く強くなることが必ずしも正解ではない、という話で。

 弱いうちには弱いうちの楽しさや、苦労がきっとあるから。

 その過程を、楽しみたいならば、急ぐ意味は何もない。 

 

 確かに、一歩づつ強くなるというのは楽しいかもしれない。

 苦労があるほど、プレイヤーへの経験値は高いだろうし。

 高みに来た時の感慨深さも筆舌に尽くしがたいことだろう。

 

 でも。

 ユナは、この遺跡の地下で。

 インスタントダンジョンで。

 弱い事の辛さを噛み締めた。

 

 ローリエ(せんぱい)に助けられてばかりで。

 あのナハトとかいう暗殺者に遊ばれっぱなしだった。

 

 それにそもそも、もう手助けはされている。だから。

 

 ユナは、自分の真っ黒な鎧の、その胸元に手を置いて。

 

「私は早く強くなって、ローリエ先輩の役に立ちたいです」

 

 え?

 

 急に自分の名前が出た幼い風貌のエルフが、ヒールで高くなったユナの顔にを見上げ、視線を送る中。

 ユナは、凛として続ける。

 

「それに既に、私は皆さんから色々なものをいただいていますから、今更なお話ですよ? 大精霊、倒すんですよね?」

 

 フェルマータの、急ぐつもりはないという言葉は、パーティが大精霊を討伐するという目的があるから。そのためにユナは速く強く成ろうとしなくてもいい、そういう意味だろう。けど。

 

 ユナの時間は限られている。

 それを踏まえても、余りのんびりはしていられないのだ。

 早く強くならないといけない。

 今、ユナが一番嫌なことは、足手まといになることだから――。 

 

 

 マナは、納得したように目を伏せ。

 ただ一言、「そう」と応じ。

 

 フェルマータは、微笑を浮かべると、前を向き直し。

「じゃあこっちよ」と、ユナを先導しはじめる。 

 

  

 3人の前を歩くフェルマータは、遺跡に入ってすぐ直角に歩む方角を変え、脇道のようなところへ入る。

 そして、床に魔法陣、その中央に台座、という一室に、皆を案内した。

 マナが説明する。

 

「ユナ、ここの台座に触れて、地下70階を選択して頂戴」

 

 その魔法陣は、転送用のモノで、1回踏破したフロアを自由に行き来できるエレベーターのような役割を担う。

 踏破済みの判定は、パーティ単位で行われており、1回も踏破していないユナでも、他のメンバーが踏破済みならば同行が可能だ。

 

 

 リアル事情で、ユナがなかなか接続できない合間に。

 ユナ以外の3人で遺跡をある程度踏破しておいたのだ。

 

 だから、今すぐに、4人は70階という上位の狩場で、SP稼ぎをすることができる。

 

 でも。

 

「そのまえに、強化(バフ)かけますね」 

 

 ローリエが率先して持ちうる基本強化をかける。

 

「そうね、そうしましょ」

 

 つづいて、フェルマータもそれに倣う。

 

 ユナが、スフィアからヒューベリオンを開放し。

 

 

 準備を終えた一行は、狩場へと入る――。 

 



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55

 

 下顎を大きく開き。

 声なき声が上げる咆哮は。

 竜の威厳と、不死なる異形さで戦場の戦意を失わせる。

 

 それは、ゲーム的に言えば、範囲内の敵の先制攻撃をためらわせるという効果で。

 

 怯んだ前方の魔物に向けて、竜は飛ぶ。そのボロ布のような翼で。

 そうして。

 閉じ込められっぱなしだった不機嫌さを叩きつけるかのように、振るわれた鍵爪が、魔物に突き刺さった。

  

 

 

「ヒューベリオン!!」

 

 傍若無人なドラゴンに向けて、ユナが叫ぶ。

 

 重装甲の騎乗用甲冑と馬具一式を身に着けた、竜の骸は。

 何の統制もなく。

 ユナの声も聞かず。

 

 ただ感情のままに暴れ出す。

 そんなヒューベリオンは、まだ主との信頼関係が皆無だ。

 鎖を解かれた狂犬に他ならない。

 

 しかも、端的に言えばレベル1だ。

 さしもの竜族と言えども、突き立てた爪はレベル70の敵の有効打にはなりえない。

 

 しかしながら。受けた反撃で即死しないのは、流石だった。

 初期で250を超えるHPは、キャラクターではありえない。

 そして、アンデッド種族特有の再生力もある。

 耐久面だけなら、VITを振っていない、SP67Kのマナよりも既に高いのだ。

 その上、高速で飛び回るため、飛行できない近接型の魔物に対して、アドバンテージを得ている。

 

 まぁ。

 今直面しているのは。

 だから何だというレベルの大問題なのだが。

 

 というのも。

 さぁ、狩るぞ。

 と意気込むパーティメンバーを放って飛び出したヒューベリオンは、全く言うことを聞かないのだ。

 これは、騎乗スキルではどうにもできない。

 ペットの感情と、飼い主との信頼関係。

 この二つを良好に保てなければ、連携プレイなど夢のまた夢となる。

 

 

「どうしましょう」

 

 ユナは攻略サイトの情報で、ペットのことをある程度把握していても。

 現状、事前知識程度にしか働いていない。

 全く有効打になりえない攻撃を、ヒットアンドウェイで繰り返すドラゴンゾンビを見つめ。

 ユナは途方に暮れる。

 

「……閉じ込めっぱなしでしたからね、機嫌が悪いのでしょうか」

 

「私が『聖櫃なる鎖(セイクリッドチェーン)』で縛ろうか?」

 

「そんなことしたら、ますます信頼は得られないわよ」

 

 ローリエ、フェルマータ マナも、ペットには詳しくないため、対処に困っていた。

 

 暫くして。

 ヒューベリオンを観察していたマナが言う。

 

「でも、良く見るとベリオンは上手く戦ってるわ。ちゃんと隙を作ってから殴りかかるし、余計なダメージを負わないように、距離も測ってる。まだステータスが足りていなくて敵を倒すのは無理だけど、そう簡単には死なないんじゃないかしら」

 

「つまり?」

 とフェルマータ。

 

「放っておいても大丈夫、ってこと」

 

「なぁるほど」

 

「一人は寂しいですからね、そのうちユナさんの所に戻って来るかもですし」

 ローリエはしみじみと言った。

 放っておかれるのも意外と寂しいものだ。たぶん、ドラゴンもそうだろう。

 ふと振り返った時。

 誰もが皆、自分が居ないかのように振舞う。

 そんな、ただの空気みたいな扱い。

 

 ローリエは慣れっこだが。

 ヒューベリオンには慣れてほしくない。

 

 そう思いながら。

 

 ローリエは、戦闘準備する皆に混じる。

 

 というわけで、いったんヒューベリオンは放置し。

 ユナを含めて4人で、狩を開始することになった。

 

「ユナちゃん、持ってるアクティブスキルは、『装備武器防御(ウェポン・ディフェンス)』だけ?」

 

「いえ、『薙ぎ払い(モーダウン)』という範囲スキルを取りました。LV1ですけど」

 

「オッケー」

 

 ヒューベリオンが暴れている一画とは別の方向。

 

 その魔物の群れをターゲットに。

 フェルマータが、皆に言う。

 

「私が、あの群れに突っ込んで注意を惹くから、先生はボム、ロリちゃんはサイクロン、ユナちゃんは今のでやってみて。順番は、サイクロン、ボム、さっきのね!」

 

 皆がそれぞれ、了解したのを確認すると。

 

 フェルマータが、防御スキルを幾つか使ってから、敵の群れに吶喊していく。

 そんなウサミミドワーフの身を包む魔銀全身甲冑(ミスリルフルプレート)は伊達ではなく。

 とても堅牢だ。 

 元の最大HPが1500近くある上、自前の自動回復もある。

 さらに今は、ローリエの強化で、追加の自動回復も乗っているし、防御力も上がっている。

 最大HPは、強化で2200に届いている。

 

 だからフロア内の25%に及ぶ数の魔物から猛攻を受けても。

 数々の防御スキルを帯びた、フェルマータのHPは微動だにしない。

 

「――虚無(そら)にたゆといし見えざる羽根よ、想起、高みのすべてを示せ――、破壊の奔流よ、無慈悲にして冷徹な神罰となって荒れ狂わん――『風の大災害(サイクロン)』!!」

 そこに巻き起こるのは、ローリエが紡ぐ風の暴力だ。

 遺跡の奥深くには風の現象核(オリジン)が少なく、日傘の風結晶からの抽出がメインとなり。

 いつもよりも遅い速度で完成したが、魔法とは、自然現象の再現。

 たとえ屋内であろうとも、無関係にその大災害は再現される。

 

 強風に巻き上げられ、切り刻まれ、天井と地面に叩きつけられる、魔物の群れ。

 

 それで負傷した魔物を、マナの【炸裂魔弾(マジックボム)】が吹き飛ばし。

 風耐性などで生き残っていた瀕死の魔物を、ユナの【薙ぎ払い(モーダウン)】がとどめを刺す。 

 

 特に、ユナの一撃は、低レベルながらも高い筋力と、新調したハルバード攻撃力の高さで馬鹿にできないダメージを出す。

 

 

 そうやって、まとめて敵を倒すことで、効率的にSPを稼ぐことができ。

 それを3週間ほど続けることで。

 ユナは25000まで、ヒューベリオンは20000までSPを稼ぐことが出来た。

 

 ヒューベリオンのしつけは、まだまだだが。

 強くなったことで、その爪も尾撃も、敵にかすり傷程度なら追わせられるようになったし。

 ユナに至っては、既にパーティで一番の物理攻撃力値に躍り出た。

 

 ついでにフェルマータも1000、マナも2000ほどSPを稼いでいて、フェルマータは76K、マナは69Kとなり、種族特徴が強化されましたというアナウンスがパーティに流れていた。

 

 そしていつものごとく。

 ユナのタイムリミットでその日の狩りは解散する。

 

 それがここ3週間ほどの流れだったが。

 

 今日は、マナの一言で狩りは終了を告げた。

 

「悪いけど、今日はこんなもんでいいかしら」

 

「オッケー、そろそろ切りあげましょうか」 

 

「あ、はいッ」

 

「私もそろそろ、時間だったので丁度良かったです。今日も、皆さんありがとうございました」

 

 よし、撤収。

 

 の前に、フェルマータがローリエに言う。

 

「そういえば、ロリちゃんは、索敵範囲が広いのね。それに、敵を見つけるのも早いわ」

 

「え?」

 

「今日も何度か後方に来たやつを魔法でさばいていたでしょ? いつも先生より後ろに陣取ってるのは、そういう時のため?」

 

「え、あ、いえ……その……、まぁ、そうです……」

 

 ローリエは、無意識的にずっとパーティの殿を担当していた。

 だから、一番柔いマナに強襲しようとする魔物を、いち早く察知して撃退していた。

 

「ありがとう、助かったわ。PKの時といい、ロリちゃんは頼りになるわね」

 

「――!!!!」

 

 その一瞬。

 ローリエは、落雷を受けたかのように脳裏が真っ白になった。

 それから、どうやって街に戻ったのか記憶がない程だ。

 

 

 そのとき、フェルマータが言った言葉。

 

 頼 り に な る わ ね。 

 

 ローリエは、その日、その一言だけでご飯3杯は余裕だった。 

 

 なぜなら、パーティプレイできていたって、ことだからだ。

 

 

 



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56

 

 リアル。

 現実世界。

 

 とある都市の。 

 とある居酒屋に。

 がらがら、と和風な木製扉を手動で開けて。

 ビジネススーツ姿の女性が入ってくる。

 

 らっしゃっせー。

 的な店員の歓迎が発せられる中。

 

 女性が見渡すと、店内で一番奥のカウンター席に居た客が、手を振った。

 

「おっ、ヨルヨル。こっちこっち」

 

 それに、スーツの女性は恥ずかしそうに俯きながら、無言で接近すると。

 

「大声で呼ぶな、恥ずかしい。あとなんで、ヨルヨルなの」

 

 小声でそう言って、隣に座る。

 

 手を振っていたのも女性で、こちらはカジュアルな装いだ。

 今日はたまたま、遅い梅雨入りのせいで肌寒いが。

 今は、6月の下旬である。

 黒ノースリーブ、黒フレアスカート、緑カーディガン、という服で。

 緑色が目立つコーディネートをしている。

 

 その女性の名は、東三条(ひがしさんじょう)(かなで)

 年齢は19。

 

 そしてスーツの女性の名は、先生(せんじょう)夜々(やや)

 年齢は23。

 

 そんな二人は、とあるゲームで知り合ったリア友だった。

 元々はゲーム内で出会い、ほぼ初心者のころから一緒に狩りに行ったり、探検に行ったりしていたのだが。 

 両者ともすぐに多忙になった。

 

 それというのも。

 ヤヤは就活中の大学4年生で。

 カナデは大学受験を控えた高校3年生。

 

 都市部の大学を受験するカナデが、受験のための宿泊先を探している時。

 ちょうど同都市にヤヤが在住という事で。

 ヤヤが下宿先の自宅(アパート)に泊っていい、と申し出たのがリアルでの付き合いの始まりだ。

 

 

 カエデはヤヤに、下宿先で受験のアドバイスを貰ったり。大学入学後も勉強を見てもらったり。

 そういう意味でも、先生(せんじょう)夜々(やや)は。

 名実ともに、カナデにとっての『先生(センセイ)』だった。

 

 その関係が今も続いているのだ。

 だからたまに、こうしてオフ会をしている。

 

 席に着いたヤヤのファッションの変化に、カナデはすぐに気づく。

 

「ヤヤチー今日は眼鏡なんだ? 珍しい」

 

 ヤヤはいつもはコンタクトなのだが。

「1回外しちゃったから、めんどうで眼鏡」

 

「なーる? ところでプラン『飲みほプラス』にしといたけど、おっけー?」

 

 ヤヤが座った席には、既にお箸やお手拭きが用意されている。

 その中から、お手拭きを破き、ぬぐいながら。

 ヤヤは言う。

「何でもいいわ。どうせビールしか飲まないから」

 

「たまに日本酒とかワインも頼んでたじゃん」

 

「今日はビールの気分なの」

 

「なるほー」

 

 料理はコースで頼んであり、友人の合流を待っていた。

 だからカナデは今しがた店員に、コースを始めても大丈夫だと告げた所だ。

 

 料理を待つ間。

 二人は、水を飲む。

 

 そんな。

 ガヤガヤと喧しい喧騒が続く。

 居酒屋で。

 

 やはりふたりの会話は、自然とゲームの話になる。

 VRMMO-RPG:SecondWorld/第二世界スフェリカ。

 その名のゲームの話に。

 

 

 溜息は、カナデから。

「ねえ、先生。私、耐久力には自信があるわけよ?」

 

「まぁ。見たら解るわ? そういうビルドでしょ?」

 

「そうなの。なのにあのドラゴンちゃんもう私よりHPあんのよ? ずるくない?」

 

「ヒューベリオン? 20KくらいだっけSP」

 

「そうよ! 私76Kなのよ?」

 

 フェルマータはここ3週間の狩りの成果で、この前種族強化が進んで75K⇒76Kになったのだ。

 それはヤヤも知っているが。

 

「いくつだったの、ベリオンのHP」

 

「2047!」

 

「フェルは?」

 

「今1491……」

 

「うちのマナHP220くらいしかないから、全然多く見えるけど?」

 

「そりゃVIT1でしょ、あんた!」

 

「もぉ。何が言いたいのよ。ペットと比べてもしようがないわ。相手はドラゴンだし」

 

 先に届いたビールとチューハイ。

 そのチューハイを、速攻でぐぃっと飲んで。

 カナデは言う。

 

「私が言いたいのは、あのドラゴンちゃん、育ったらめっちゃ強いんじゃないかってことよ」

 

「でしょうね?」

 テンションの高いカナデに対し、ヤヤは、だから何? と言う感じで冷めている。

 

「私は嬉しい」

 

 ああ。そう着地すんのねこの話。とヤヤは思った。

 ビールをぐぃーっと、一気に3割ほど飲むヤヤをしり目に。

 ぷはー、っと、仕事終わりの疲れに浸透するシュワシュワを堪能するヤヤをしり目に。

 

 カナデは続ける。

 

「ユナちゃんも、ちょっとづつ強くなってるし、あのドラゴンちゃんと仲良くできたら、きっとパーティの要になってくれるわ」

 

「そうね。この前聞いたら物理攻撃力430だって言ってたもの。まだ25Kなのにね」

 

「うんうん。将来有望よ」

 

「あとユナはセンスもいい。呑み込みが早いと言うか。いろいろリアルで習い事してるらしいけど、それが少しづつ活きてるのかもね。」

 

 うちの新入りもアレくらい呑み込みが早かったらいいんだけど。

 そんなつぶやくヤヤの愚痴は無視して。

 

 カナデは、ぽつりと言う。

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「ロリちゃんは、全力出してない気がする……」

 

 あぁ、そうかも、と言いたげに。

 一瞬言葉を噛み砕き。

 同意するかのような間を残し。

 ヤヤは尋ねた。

 

「カナデはどうしてそう思う?」

 

「そうねぇ、例えば、PKを蹴り飛ばした時。あのキックはただの魔法使いじゃ無理よ」

 

「それから?」

 

「あとは……、遺跡から卵持って帰ってきたでしょ?」

 

「ええ。すごい運ね」

 

「それもあるけど、ロリちゃんはユナちゃんと二人で行ってたのよ? ユナちゃんはSP5Kだったでしょ、その時」

 

「フロアボス?」

 

「そう! 卵手に入れるとき、そいつに襲われるらしいじゃない。卵ゲットしたら、すぐに帰還アイテムで帰る、ってのがセオリーらしいけど。ユナちゃんは帰還用アイテムなんて持ってなかったでしょう?」

 

「ロリが一人で倒した……?」

 

「違うのかなぁ……」

 

 そんなタイミングで、料理の一品目が届く。

 

 ヤヤは考える。

 気にかかるのは、ヒューベリオンだ。

 あそこで竜の卵をゲットしてきた。

 それはものすごく低い確率だろう。

 カトブレパスの卵をゲットしたら即帰還して、ボスとは戦わない。

 それがセオリーなら。

 

 ボスの討伐が、竜の卵の獲得条件の一つ。

 その可能性はかなり高いだろう。

 

 ヤヤはそう考えた。

 だから。

 

「違わないんじゃない?」

 と答える。

 

「じゃあ、めっちゃ強いわよ?」

 

 あともう一つある。とカナデは言う。

 届いた小鉢をつつきながら。

 

 ヤヤはビールを飲みながら。

 

「もう一つ?」

 

「この前、私がヴィエクルスフィアを持って行ったとき、50Mって言ったんだけど、『あぁ、その程度ですか? 余裕で出せますよ』みたいな反応だったわ。50Mぽんと出せるって相当よ、しかも自分のためじゃないのよ?」

 

 ちなみに、その50Mの値段と価値については、あとでユナに説明されている。

 ユナはたいそう驚き。いつか絶対に返します、と何度もローリエの感謝を述べていた。

  

 すいません、生ビール追加お願いします。

 店員に話しかけるヤヤに、カナデは尋ねる

 

「先生は? 何か変だと思うことないわけ?」

 

「あるわよ、たくさん」

 

「おぉ、例えば?」

 

「私の目算では、少なくとも、フェルより強い」

 

「おぉ、おぉ。何故そう思う、ヤヤチー?」

 

 いきなり、カナデの声が甘い。 

 

 ぐでん、とカウンターにほっぺたをくっつけ。

 なぜそんなポーズをする。

 っと、つっこみたくなる。

 そんな恰好で発せられた甘い声。

 たぶんちょっと、カナデは酔っているだろう。

 チューハイ3口くらいしか飲んでないのに。

 

 ヤヤは酔っぱらいの奇行は無視して、訊き返す。

 

「じゃ、訊くけど。カナデはロリが『種族特徴が1段強化されました』のアナウンスされたの見たことある?」

 

「無い」

 キッパリ。

 

「そうよね。フェルですら1上がったのよ? 75だったフェルですら」

 

 はっ!?

「実は、ロリちゃんは、ぜんぜんSP貰えてない?」

 

「そういうこと。獲得SPのペナルティが深いんだわ、きっと。――それに、この前、所持スキルについて聞いた時、ロリは慌ててた」

 

 

 あのとき、ヤヤは少し鎌をかけた。

 土属性、重属性の基本バフを全体化して掛けていた。

 だから、その全体化は装備で補っているのか?と尋ねた。

 それにローリエはイエスと答えた。

 

 でも。

 ――……基本バフを全体化できる装備オプション、そんなものはこのゲームに無いのだ。 

 少なくともヤヤが調べた限りでは。

 

「なんで、実力を隠してるんだろうね?」

 

「さぁ」

 

 料理の二品目が届く。

 カナデはチューハイをちびちび飲み。

 ヤヤは届いたサラダを取り分ける。

 

「つまり、風の魔法使いは仮の姿ってわけでしょ」

 

「わけでしょうね」

 

「本当のロリちゃんが見たいなぁ?」

 

「見たいなぁ、と言われても」

 

「なんかないの、アイディア」

 ねぇ、ヤヤチー。

 と甘えるカナデ。

 

 うっとうしい、と言いたげなヤヤ。

 

「……まぁ、無くもないけど」

 

「え!? 何々!?」

 

「この前、『猫耳』のマスターが、エスペクンダの街の闘技イベントに興味持ってたのよ。それを手伝ってあげたら?」

 『猫耳』とは『ミミズクと猫』の略だ。

 以前は『ミミ猫』と言っていたのだが。

 可愛いので、『猫耳』にあらためたのだ。

 

 そしてエスペクンダとは、首都から東の大き目の都市で、大きな湖があり、水の都と言われている。

 白い街並みに、湖から続く運河が美しく有名だが。

 他に、都市を統べるギルド、アシュバフが牛耳る闘技場も有名なのだ。 

 

「アシュバフってギルドが主催してるスポンサー付き闘技イベント?」

 

「そう」

 

「出場者に、武器屋や防具屋のスポンサーがついて、その武器や防具をアピールするついでに、闘技を行おうって、そういうシステムのイベントね? 『猫耳』が、何で売り込むのかはともかく、それは楽しそう」

 

「そこなら、1対1で戦うロリをじっくり見れるわよ?」

 

「私らその間、トイレにでも行ってるふりしとけばいいわけね?」

 

「失敗しても、『猫耳』には有益だし、どう?」

 

「採用!」

 

 

 そうして、大学生と社会人の夜は更けていく。

 

 

 



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57

 

 今、ゲーム内の時間は夜だ。

 それも、もう少しで夜が明けようかと言う時間になる。

 

 そんな、満月が浮かぶ夜空を往くのは、いくつかのコウモリの群れ。

 

 キィキィと鳴きわめき。

 羽ばたく黒いコウモリは、北方の村を目指していた。

 

 ちなみに。

 北方地方で、首都から一番近い村は3つあって。

 どこも同じような距離にあり。

 特に、真北と、北東に位置する街は、比較的栄えている。

 

 だが、北西にある村は、全く持って人気も活気もない。

 

 村も小さく、いつ行っても誰も居ない。

 居たとしてもNPCしか居ない。

 その村の名は、ゼセ。

 

 首都から徒歩で行こうとすると、霧で包まれた迷いの森を抜けないとたどり着けず。

 村に来たところで特段何の見どころもない。

 それどころか、ゼセより北にある『ブラッドフォートの城下街』から、度々吸血種族(ノスフェラトゥ)の襲撃を受けるので、その点も面倒くさく。

 なんなら、縦に長い土地を持つゼセ村の、北端の墓地は、そのような低位の魔物が常駐している。

 

 ゲーム的には、廃村をイメージしたのでは。

 そう思えるこの村は、当然のように今日も、無人だ。

 

 と、思いきや。

 

 空を行くコウモリの群れが、ゼセ村の墓地に集結し。

 

 人型のシルエットを作り上げたかと思えば。

 

 金髪ウェーブなショートボブの少女に変貌する。

 伯爵服に、裏地が赤の外套を纏う姿は、どこからどうみても吸血鬼。

 

 

 そして、なぜその少女が墓地に降り立ったのかと言えば。

 

 そこであまり見ない大型のアンデッドが暴れていたからだ。

 少女は遠目に血のように赤い瞳で、そいつを見つめながら、つぶやく。

 

「なんやいな、あれ……?」

 

 馬のような大きさで。

 全身は骨と皮のゾンビ。

 そこに、黒い鋼鉄製の重装甲甲冑馬具を身に着けた、イカツイ見た目で。

 一見はグロテスクなのだが。

 甲冑と相まって、どこかダークなかっこよさを醸し出している。

 

 そいつが、気分のままに、墓地の低位の吸血種を玩具にしていた。

 そのアンデッドの名は、『ヒューベリオン』と言う。

 帰属されるマスターがログアウト時でも、消えることなく存在し、収納アイテムに居れっぱなしにしておくとすこぶる機嫌が悪くなるため、この辺境の地に置かれているのだ。

 

 首都なんかに置いておいたら、目立ってしょうがないからだ。

 

 そして、(うまや)の無いゼセの村だから。

 代わりに、墓地の枯れた大木に、『ヒューベリオン』はロープのような道具で、繋がれていて。

 行動範囲を制限されている。

 

 ただじっとしているのも暇すぎて。

 

 だから、近場の吸血種+不死種族(ノスフェラトゥ)で遊んでいる。猫のように。

 

 

 少女は、もっと間近で見ようと、ヒューベリオンに歩み寄っていく。

 

「なんや恰好が良いなぁ。いったいナニモンなんや?」

 

 近づく気配に気づいたヒューベリオンが、大きく咆哮し、威嚇スキルを使用するが、少女には効果が無い。

 意図的にPKモードをオフに固定されているヒューベリオンは、キャラクターに『先制攻撃』を仕掛けることはできず。警戒心をあらわに身構えるのみだ。

 

 構わずに。

 間近に来た少女は、能力看破(エンサイクロペディア)のスキルを使用して、その巨体のステータスを覗き見る。

 

 そんな両者のを照らす、夜空の満月。

 月明かりの中。 

 竜の骸と、それを見上げる吸血鬼の少女。

 

 そのビジュアルは、枯れた大木に墓場という背景も相まって。

 ダークな雰囲気に統一されていて。

 とても幻想的な雰囲気を醸し出す。

 

 だが、

「どらごん、ぞんび……? どらごん!? このゲェムにこんなのが()るんや。すてぇたすも強いなぁ」

 

 少女の言葉は訛っていた。

 イントネーションが普通と少し違う。

 声は可愛らしいけれど。

 

 そして少女は、その竜の骸に心を奪われていた。

 じっと見つめて。

 どこで貰えるんかいな?

 

 そんなことを考え始めていた。

 

 

 

 しかし暫くした時。

 近づくキャラクターの気配を察した吸血鬼は。

 

 黒い霧となってその場から消え失せた。

 

  

 

 ―――― 一方その頃 ――――

 

 

 

「ペットと仲良くなる方法?」

 

 170行くかどうかの背丈を、見上げて。

 140のローリエは『ミミズクと猫・亭』のマスターにそんな話をしていた。

 

 蝶ネクタイに、燕尾服という、執事コーデの黒髪ショートカットに、中性的な顔つき。

 その男性とも女性とも取れない声で、マスターは答える。

 笑みを浮かべて。

 

「あぁ、うちの子達にいつも毟られるからかい?」

 

「いえ、そうでは、なく」

 

 今日もローリエの姿はボロい。

 ワシミミズクと黒猫の大歓迎を受けた所だからだ。

 そのミミズクは今、ローリエの頭に留まり、黒猫は足元をうろついている。

 

「では、一体どういう風の吹き回しだい?」 

 

「ちょっと、ご機嫌を取りたいペットさんがいまして……」

 

「ふぅん……」

 

 マスターはちょっと考える仕草になる。

 ちなみに『ミミズクと猫・亭』のマスターも中にプレイヤーが居るキャラクターで。

 ログアウト中はNPC化する。

 これはお店を持つプレイヤーの特殊仕様だ。

 

 今はたまたま、ログイン中というわけで。

 チャンスと見てローリエは質問をした。

 

 誰かに話しかけるのが、本当に苦手なローリエなのに。

 少しだけ勇気を出したのだ。ユナのために。

 

 マスタ―が口を開く。

「このゲームは、ペットに忠誠度っていう隠しステータスがあるからね? まずはそれを上げないといけないかな……?」

 

 そのペットは、ローリエさんのかい?

 とマスターが尋ねる。

 

「いえ、私のじゃ、ないんです、けど……」

 

 やっぱり他人のペットの話は、失礼だったかな。

 身長差ゆえ、自然にローリエは上目遣いになって、様子をうかがう。

 

「そうか。……本当は本人に頑張ってもらうべきだけど。ペットの主人の友人でも、仲良くすることが出来たら、主とペットの忠誠度に少しだけいい影響があるよ」

 

「本当ですか?」

 

 うん、とマスターはいい笑顔で頷いた。

 

「友達の友達は友達、って感じなのかな? 良かったら、ボクが使っている魔法のアイテムを進呈しようか?」

 有料だけどね、とウィンクされる。

 

 つまり、販売だ。

 

「ぜひともです、買います!」

 

「じゃあ、これ」

 

 取り出されたアイテムは、ペット用の食べ物だった。

 

 その商品名は。

 

「『にゅうる』……!?」

 

「ペットとと仲良くなるのは、ゲームの中でも、ご飯ってことだね」

 まぁ、ボクは、自作のペット用飼料も使ってるんだけど。

 マスターはそんな一言も追加して。

 

 ローリエは、お金と引き換えに、『にゅうる』をゲットした。

 

「ありがとうございます、さっそく試してきます」  

 

 たたたた、と走ってお店を後にするローリエを、マスターは笑顔で見送って。

 30秒もしないうちに。

 

 ドアベルが鳴る。

 

 姿を見せたのは、ウサミミのドワーフと、漆黒ピエロ帽魔法使いだ。 

 ローリエと共に、上階の宿を拠点にしている常連客である。

 

「やぁ、いらっしゃい……いや、お帰りだね?」

 

「こんにちは、マスター」

 

「珈琲でいいかい?」

 

「今日は、紅茶でお願いします」

 

「心得た。ミルクとお砂糖はいつも通りだね」

 

 そんなやり取りもいつも通りで。

 

「ところで、マスター、ちょっと話があるのだけど――」

 

 

 

 

 ―――― 一方その頃 (2回目)――――

 

 日傘をさしたまま、タタタ、と小走りで。

 

 ローリエはゼセ村の墓地にやってきた。

 それに気づくヒューベリオンは、鎖につながれた犬のように。

 ローリエに寄ろうとして、ロープの長さに阻まれる、びぃぃぃん、と。

 

 枯れた大木までやってくると、独りと一匹の距離はもう間近で。

 期待に、落ち着かないヒューベリオンに、ローリエは楽しそうに話しかける。 

 

 「よーしよしよし、今日は良いものを持ってきましたよ!」

 「じゃじゃーん」とローリエは『にゅうる』を取り出す。

 

 それも、ボックスごと。

 ローリエの金銭感覚からすると、超絶に安価だったため、箱買いしてきたのだ。

 

 ヒューベリオンは、なにそれ、と言いたげに興味津々で鼻先を近づけてくる。

 骨だけど。

 

 ローリエは日傘を畳んで大木に立てかけ。

 さっそく地面に置いた箱の中から1本取り出すと、包装を剥いて、ヒューベリオンに差し出してみる。

 

 さすが、マスタ―の魔法のアイテムだけあって、効果てきめんで。

 ヒューベリオンはすぐに反応を見せる。

 サイズ差にして爪楊枝くらいに見える『にゅうる』に、ヒューベリオンはイカツイ牙の並ぶ口で、飛びつく様に噛みついた。

 

 もぐもぐする。

 

 「おぉ……」

 

 食べた!

 

 と、ローリエは喜んだが。

 

 ボトッ。

 不穏な音がして。

 

 地面を見ると。

 落ちていた。

 

 なにもかも。

 

 

 そりゃそうだ、お肉がついてないのだから。

 舌もないし。喉も通らない。

 

 だだ洩れである。

 

「お……おぉう……」

 

 一気に意気消沈した残念な声が、ローリエから漏れ。

 

 そうして次の瞬間。

 

 

「もしもし、つかぬことを聞くけんど、あんたがユナって子かい?」

 

 そんな声が、ローリエの真横から発せられた。

 数々の索敵能力を有する、ローリエに。

 あっさりと近づいたその声は。

 

 夜の空気に溶け込むような、薄く真っ黒な霧の姿で。 

 

 それはやがて、集まり、色濃く姿を変え。

 

 吸血鬼の少女に変貌した。

 

「!?」

 

 

 ローリエは驚き、仰け反った。

 心の準備が出来ていない所に見知らぬ他人。

 しかもすぐ真横。

  

 思考をフリーズさせたエルフの。

 

 

 その様子に、吸血鬼の少女は、幼さが多分の残る心配顔で。

 

 

「おや、堪忍な。ビックリさせてしもうたかね?」

 

 

    

 

 

 

 



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58

 

 

「だ、だだだだ、だ……誰ですか!?」

 

 ローリエは一生懸命、勇気を絞り出すように尋ねる。

 

「あたし? あたしは……ただの吸血鬼よ?」

 

「きゅ、吸血鬼……?」

 

「それより、あんたは? ユナて子と違うん?」

 

「え、いえ。私は、エルフで、ローリエ、です!」

 

「ロォリエ……? あら? なんや、この『どらごんぞんびぃ』の飼い主とちゃうんか」

 

 ローリエは今しがた出会った他人に、正直に言っていいものか迷いながら。  

 

「ユナさんは、私の……と、と、と……」

 

 そしてさらに、『トモダチ』だなんて、そんな恐れ多い主張を、本人の居ない所でしていいものかと、迷う。

 トモダチだなんて、ローリエが勝手に思うだけで。

 フレンド登録もパーティだからって理由だけで、『フレンド』とは名ばかりかもしれない。

 ここでトモダチという事は、嘘、大袈裟、紛らわしいの誇大広告であって。

 ユナには迷惑でしかないかもしれない。

 そんな歯切れの悪いローリエに相手は聞き返す。

 

「と……? なに?」

 

 ローリエはなおさらビビり気味で。

 相手にそんなつもりは無くても。

 威圧感を感じてしまって、つい言ってしまう。

 いつもの尻すぼみな声量で。

 

「え、あ……う……、と、トモダチです。ユナさん、は……私の」

 

「ああ、あんたユナって子の知り合いなん?」

 

「はい、そうです、けど?」

 

「それやったら、この『どらごんぞんびぃ』、何処でゲット出来るか、あんた知ってはる?」

 

「さ、砂漠の遺跡です。以前イベントをしてた遺跡地帯の、地下ダンジョンで……」

 

「ほぉ? 今でも手に入るんけ?」

 

 ずい、と迫る吸血鬼少女に、ローリエは仰け反りつつ。

 

「さ、さぁ? とても珍しいみたいですから……詳しくは私にも分からなくて……」

 どうでしょう? とローリエは目を逸らす。

 

「そうかぁ。あの『ぞんびぃ』も、あたしも『あんでっど』やし、あたしにピッタリで恰好ええと思うたんやけど。そう簡単には、いかんのやね」

 

 そうかぁ。

 とあきらめきれない様子で、少女はちょこんと大人しくお座りしているヒューベリオンを見つめる。

 

 そして、少女は。ヒューベリオンの下に落ちている『にゅうる』に気づいた。

 

「あんた、この子に食べ物あげようとしとった?」

 

「え? あ、はい……」

 

「『あんでっど』に、普通の食べ物はあかんよ?」

 

「え?」

 

「あたしもそう。あたしの食べ物は――」

 

 ゆらり。

 一瞬だけ、霧に姿を変え。

 その一瞬で少女は1歩を歩んだ。

 ローリエは反応も出来ずに、吸血鬼少女が間合いに入るのを許してしまう。

 そんな極至近距離。

 顔と顔がぶつかりそうな距離。

 あまりに近く。

 そして、色白な少女の顔の造形は、素晴らしく綺麗で。

 

 赤い少女の双眸と、ローリエの琥珀色の視線が交錯する。

 

 ローリエは照れてしまい、目をそらそうとするが。

 その前に。 

 

 少女はその食べ物の名前を、囁くように言った。

 

「――『血』よ」

 と。  

 

「真っ赤な、血」

 だと、言いなおしながら。

 少女が離れる。

 

 ほっほっほ、と笑って。

「……この子は、あんたとも、友達のようや。オイタは辞めにしとかなね」

 

 そのままガブリとかじられるのかと思ったローリエは、ほっとして。

 さらにヒューベリオンを見ると、威嚇態勢になっていた。

 

 相手キャラクターの同意なく血を吸う行為は、PK行動に値する。

 ローリエにそれをした瞬間、ヒューベリオンは飛び掛かるつもりだっただろう。

 だから少女は離れたのだ。

 

 そして。

 今は夜、元々夜明けの近い時間帯だった。

 

 それが時間が進んだことで、朝を迎えようかと言う瞬間に差し掛かる。

 

 いつの間にか、東の空は黄金色に染まり。

 やがて僅かに、太陽が顔を出す。

  

 陽の光が、村を照らし始める。

 

 

 光が、少女に当たった瞬間。

 少女の身体から、しゅぅぅ、っと煙が出始めた。

 墓地のノスフェラトゥ達も同じように、すごい勢いでHPを削られて煙を上げている。 

 

 ハッ。と少女は驚いた顔になり。

 東の空を見て。

 

「しもうた……もうこんな時間か。けど、今から城に帰る時間は……」

 

 どこか、日の当たらんところに行かんと。

 少女は慌てて辺りを見回す。

 

「あかんあかん……このままやと死ぬる」

 

 少女は、慌てたまま、大木の影に頭を抱えて小さく成りしゃがみ込んだ。

 それでも、まだ少し煙が上がっている。

 

 ローリエは見かねて。

 とっさの判断で。

 

 大木に立てかけてあった日傘を広げて、少女に落ちる影をさらに深くする。

 日傘の影。自分の影、大木の影。

 

 そうして、そこに寄り添いにやってくる。

 ヒューベリオンの影。

 

 それでようやく、少女は危機を脱する。

 膝を抱えたまま、顔を上げた少女は。

 

「おおきに。助かったわ。ありがとうね」

 

 続けて少女は言う。

 

「あたし、『あんでっど』やし、『きゅうけつき』やから、ダブルでお日様に弱うてね。30秒もせんうちに死んでしまうんよ……」

 

 って、あれ?

 

「……なんで、あんた無事なん?」

 

 少女の視線は、ヒューベリオンに。

 ローリエは、なぜだか気づいているので、説明する。

  

「ヒューベリオンさんは、アンデッドですが、ドラゴンですから……」

 

 ドラゴンゾンビは確かに太陽に弱い。

 でも、アンデッド分の弱点しか帯びてないのだ。

 だから、能力が弱体する、というデメリットは受けている。

 そしてアンデッドも太陽でダメージを受けるが、その数値は一定時間毎に最大HPの5%というDOT。

 けれどドラゴン種のパッシブスキル【竜の血】という種族スキルによって、あらゆるDOTのダメージ量は10%まで無効化され、それ以後は減少になる。つまりDOT11%なら1%に減るのだ。

 アンデッドの太陽によるDOTが5%なので、それを加味すると-5%。

 つまり太陽ダメージは完全に相殺されているのだ。

 

 しかし吸血鬼はDOT20%。アンデッドと合わせると25%になる。

 太陽の当たり具合や時間帯によって、割合は変動するが。

 朝日は太陽の力が強く、最大の威力になる。

 それを影の無いところで浴びると、吸血鬼はたった4回のサイクルで死ぬ。

 だから恐れる。

 

 少女は、

「そうか。ええなぁ……」

 と呟いてから。

 思い出したかのように。

 

「――そんで、さっきの続きやけど。その子に血をすうのは無理やろから、そうなるとその子のご飯は、魂やね」

 

「魂……? ですか?」

 

「そうよ。たぶん、どこかのお店でも売ってるんとちゃう? 邪属性……っていうん? その魔法で『ソウルベイト(そうるべぇと)』いうやつがあってな。それでこさえるん、あんでっどのご飯はね」

 

「こさえる?」

 

「作る、いうことや。今はそうは言わんかいな」 

 

「邪属性魔法……」

 

 ローリエは、邪属性魔法を使える知り合いに心当たりはない。

 お店で探すしかないだろうか。

 首都を練り歩くのはハードルが高い。

 特に一人では。

 

「助けてくれたお礼に、あたしがこさえたげよか?」

 

「良いんですか?」

 

「ええよええよ? けど、太陽の在る所はすてぇたすが低ぅなりすぎて、上手いこと作れんさかい、お城まで連れて行ってくれへん? あの子も一緒にな」

 

「お城ですか?」

 

「そうや。ここから北にある、『ブラッドフォート城』」

 

 おしろ? 

 

「そ、あたしの、家」

 

 

「い、え……。えぇっ!?」

 

 

 お城が家だと言った。

 驚くローリエをしり目に。

 吸血鬼少女は立ち上がる。

 

 多少HPが削れ始めるが、日傘、ヒューベリオン、大木の影でその量は僅か。

 ローリエの隣に並ぶ、少女の様子は。

 相合傘であり、

「ゲェトまで、このまま走ろうか。日傘の中なら、1分くらいなら持つで」

 

 そして。

 ふたりは肩と肩を密着しなければ日傘の影に入ることはできない。

 

 そんなタイミングで。

 

 転送クリスタルがある方角から、猛然とダッシュで接近する人影が――。

 

「ちょっとぉ! ……そこの人、何してるんですかぁ!?」

 

 その人物こそが、ドラゴンゾンビの主。

 ユナであった。

 

 なぜか、とても機嫌が悪いのだが。 

 

 

 



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59

 

「ユナさん?」

 

「先輩。その方は誰ですか」

 

 相合傘状態の吸血鬼少女とローリエの目の前に。

 漆黒のプレートアーマードレス姿のユナが、立ちふさがる。

 一見、そのように見える、ゼセ村の墓地前。

 

「さっき知り合った吸血鬼さんですよ?」

 

「さっき……!?」

 

 ユナの顔つきは、もともとキツメで。

 瞳も元々ツリ目気味だ。

 

 その眼が、ローリエに殆ど密着している少女を見る。

 しかし、吸血鬼はそれどころじゃない。

 

「あかん、あと20秒も持たん……」

 

 少女は密着しているのではなく。 

 力が出ないのだ。

 

 急いで、時空結晶(ゲートクリスタル)に行かなくてはならない。

 

 ならば!

「……ふんぬぅ!」

 

 ローリエは、背に腹は代えられないと。

 何とか日傘の角度を保持しながら。

 指輪の筋力アップ効果に助けられつつ。

 吸血鬼のお姫様を抱きかかえる。

 

 吸血鬼少女の方がちょっと背が大きいので、すごく無理してる風な感じになるけど。

 

 今はそんなことは言っていられない。

 

「――!?」 

 ユナが、驚きのような、怒りのような、照れのような。

 短い声を上げる中。

 

身軽さ上昇(アジリティ・オブ・ウィンド)

非戦闘時移動力向上(エクスペディション)

 

 速度アップのスキルを使い、

 

「『超高度跳躍(ハイジャンプアシスト)』!!」

 

 ロケットスタートで、ローリエは全力で駆ける。

 一目散に、時空結晶(ゲートクリスタル)に向かって。

 

 

 遅れて。

 

「はっ、先輩!? 待ってください!」

 

 でも、ユナの速さでは、強化済みのローリエの瞬足に追いつけない。

 振り向いた頃には、もうその背ははるか遠く。

 

 直感的にユナは背負ったハルバードを振り下ろし。

 ヒューベリオンを止めているアイテムを断ち切った。

 

 ドラゴンゾンビが解き放たれる。

 

「ヒューベリオン!」

 

 その背に、ユナが飛び乗り。

 

 ヒューベリオンはローリエと遊びたい。

 ユナはローリエが抱えた少女が気にかかる。

 

 そんな。

 ヒューベリオンも、ユナも、ローリエを追いかけるという共通の目的を得て。

 ひととき人馬一体となって、疾駆する。

 

 

 その間

 ローリエは日傘が、あおられて飛ばされ。

 吸血鬼の少女を日光の直射が襲っていた。

 だから、もう少し深く抱えて、日の当たる面積を少しでも減らすよう補いながら。

 

 残りあと少し。

 

 走り切る。

 

 

 ユナは、飛ばされた日傘をキャッチしつつ。

 

 

 そうして。

 瞬く間に時空結晶(ゲートクリスタル)に到着し。

 先に転送を終えたローリエと。

 

 少し後に到着したユナは、ローリエの居場所を。

 フレンドリストから確認して、ゲートを開く。

 

 

 

 

 行先は。

 カイディスブルム城。

 

 そこは。

 雪が舞う極寒地方、カイディスブルム。

 

 その山岳に聳えるオンボロの古城。

 

 それが、カイディスブルム城だ。

 

 昼の城下には、多くのNPCが街を切り盛りし。

 夜の城下には、下級から上級のノスフェラトゥが闊歩する。

 

 ずっと都市に寄らずにソロしていたローリエはうろ覚えで。

 始めたばかりのユナは全く知らないけれど。

 

 カイディスブルムという地域は。

 プレイヤーからは『吸血鬼の庭』として知られている有名な場所だ。

 

 

 天候は快晴の日もあるけれど。

 

 現在は厚い雲と、吹雪に見舞われ。

 陽の光は完全に地表に届かない。

 

 そんな古城の内部。

 

 エントランス。

 

 そこに鎮座する時空結晶(ゲートクリスタル)から。

 少女を抱えたローリエが姿を見せる。

 

 

 つづいて、ヒューベリオンに騎乗したユナも姿を見せる。

 

 到着すると、吸血鬼の少女は。

 

「おおきに、また助けられてしもうたわ。――あんた可愛らしい顔して、やることは『いけめん』やね」

 

 そんな一言と共に、ローリエの腕から、ひび割れた城の床に降りる。

 

「……え、あ……そうです、か?」

 

 えへへ。

 

 まんざらでもない感じで。

 目をそらして頬をかく。

 その視線の先には、ちょっと表情が良く見えないユナが居て。

 

「で、何者ですか、あなた」 

 

「あたし? あたしは見ての通りよ?」

 くる、っとステップでターンを決める少女。

 波うつ金髪のショートボブが、ふわりと揺れて。

 伯爵服と。

 その上に纏う裏地が赤の外套は、どこからどうみてもスタンダードな吸血鬼の衣装。

 けれど今。その服は多く減少したHPの影響を受けて、ボロボロのテクスチャーとなっている。

 

 吸血鬼やアンデッドは、自己治癒力が高いものだが。

 吸血鬼の特性が深い少女は、日中はその自己治癒力が機能しない。

 城内は陽光を遮れるだけで、夜と同じ状態にするわけじゃない。

 だから、吸血鬼はHPもMPもスタミナも消費したままで、服もボロボロのままなのだ。

 

 そのまま少女は、かまわずに続けた。

 

「ほな、改めてご挨拶しとこね」

 

 掌を胸に。

 片足を引き。

 

 正しき礼を示す。

 

「よおこそ、我が城へ。我が名は、ギルド『ブラッドフォート』のマスターにして、この『カイディスブルム城』の城主、ジルシス……」

 

 畏まったのはここまでであり。

 次の瞬間には、てへり、と笑顔で。

 

「まぁ、ジルとでも呼んでおくれやす」

 

「ギルド……!?」

 

 ローリエとユナはそろって驚く。

 

「ギルドということは、領主……ですか?」

 

「ほうやね。この近隣の『のすふぇらとう』は、あたしの部下みたいなもんや。城の兵隊なんかは、ぎるどすきる、ゆうんでこさえたもんやしねぇ。まあ、でも、ギルドのメンバーは、あたし以外ひとりしかおらへんけんど。たぶん今は、買い出しに行っとって、おらへんようやね」

 

 毒気も抜かれ果てたように。

 二人が呆気に取られていると。

 

「それより、その子のご飯、こさえたるいう約束やったね? それにはちょっと元気が足りへんさかい。あたしちょっと、朝ごはんたべてくるわな。それまで、この隣の部屋でくつろいでてもろてええよ。お茶はあとで、とどけさせるさかい」

 

  

 突然どこかへ行ってしまったジルシスと、取り残された二人と一匹。

 くつろいでてよいと言われても。

 

 この城は不気味だ。

 吸血鬼の城というか悪魔の城と言うか。

 そのような雰囲気がゴテゴテに醸し出されている。

 

 ひび割れ、古さを感じる床に柱。

 くすんだ調度品や絵画など。

 

 そして、今いるエントランスも無駄に広い。

 外は猛吹雪で、あちこちから隙間風も入ってくる。

 VRでなかったら、おそらく寒くてしょうがない状態だろう。

 

 ヒューベリオンは、元々死んでいるのだから寒さなど感じない筈だが。

 水気を飛ばす犬のように、ぶるぶると身体を震わせる。

 その勢いで、ヒューベリオンから、ユナが放り出された。

 

「きゃ、痛っ!?」

 

 日傘が床を転がり。

 がしゃん、とユナは甲冑ごと尻もちをついた。

 そのお尻をさすり。

 騎手は飼い(いぬ)に抗議の視線を浴びせかける。

 そんなユナに、ローリエは声をかける。

 

「……ユナさん、とりあえず、言われた部屋へ行きませんか?」   

 

「そう、ですね……」

 

 ユナはハルバートを支えにして立ち上がり。

 ローリエは落ちた日傘を拾い上げる。

 

 そうして、二人はエントランスのすぐ隣の部屋へ移動する。

 そこは、エントランスよりも狭い部屋で――と言っても十分広いが。

 さらに奥に、大勢で会食をするような、長机が置かれた大部屋が垣間見える。

 

 つまり、食事まで待機する部屋、といったところだろうか?

 机にひっかかりそうで、奥の会食室にヒューベリオンは入れられないが。

 待機部屋なら、広いのでなんとか入ることが出来た。

 

 二人はそこで佇んで待つことにする。

 

 

 そして暫くすると、服も綺麗になり。

 元気を取り戻したジルシスが顔を覗かせた。

 口元に、真っ赤な液体をくっつけて。

 

「ほな、ちょっと『そうるべぇと』こさえてくるさかい、もうちょっと待ってて」

 

 そう言うだけ言うと、ジルシスはまたどこかへ行ってしまったのだった。

 

「先輩、あの人、大丈夫なんですか?」

 

 信用できるのか、と言う意味だろうけれど。

  

「たぶん……?」 

 

 そう答えるローリエの言葉には、自信が感じられなかった。  

 



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60

 

 

 部屋で待つ間。

 ローリエは、視界に映るモノに注目していた。 

 

 くすんだ謎の調度品。

 大きくて意味の分からない抽象画。

 壁から突き出た動物のはく製。

 豪華絢爛すぎて実の無い剣や鎧。

 

 どこを見ても。

 お城に相応しきロイヤルな品々があちこちに置かれている。

 とはいえ、そのどれもが色あせたコインのように、輝きを失っていた。

 

 そんな『カイディスブルム城』の窓は、どれも当然のように木材を打ち付けて閉め切られ。

 豪奢なカーテンで覆われている。

 そのため、全体的に薄暗く。

 古城の光源は、あちこちに備えられた魔法の灯で賄われている。

 

 また数は少ないが、ロングスカートのメイド服を着たNPCも、開いた扉の隙間からチラホラ見え。

 掃除などの雑用に従事しているようだ。

 

 やがて。

 ヒューベリオンがだらしなく寝そべり始め。

 ふたりも部屋の観察に飽きた頃。

 

 ユナは不信感を募らせたように言う。

 

「……まだでしょうか? 遅くありませんか?」

 

 いつも時間に追われているユナにとって、スフェリカに居る時間はとても貴重で。

 ただ待つのは、勿体ないと思ってしまうのだが。

 

 薬草や宝石など。

 生産スキルも利用してきたローリエには、その大変さや面倒さも解るわけで。

 

 おもむろにローリエは、膝を折りたたんで座り込み。

 退屈そうなヒューベリオンの身体(骨)を撫でながら言う。 

 

「仕方ないですよ。物を作るのは、そんなに早くできませんから」

 

 ユナが仕方なしに、そうなのですね、と返そうかというタイミングで。

 

 こつこつこつ。

 傍のエントランスから、小走りに走る靴音が響き。 

 

「マスター、ウィスタリアただいま戻りました」

 

 幼い少女の声が、城内に木霊する。

 

 時空結晶(ゲートクリスタル)でやってきたであろうその娘は。

 さすがに、ローリエの探知でも解らなかった。

 

 だから急に現れたような状態だ。

 しかし、ローリエは思い出す。

 そういえば、ギルドメンバーがもう一人いて。

 買い出しに行っていると、ジルシスは言っていたな、と。

 

 ドドドッ。

 

 思っていると、ヒューベリオンが全力ダッシュでお出迎えに推参いたす。

 

「あっ!」

 

 二人は慌てて追いかける。

 当然足の速いローリエが先頭だ。

 

 

 

 

 

 少女は、買い物用の編みカゴを持ち。

 主を探してエントランスをうろうろしていた。

 

 ふさふさで、おっきな△のお耳をあちこちに向けて。

 もっふもふの太い尻尾を地面と平行に揺らして。

 ツヤツヤのロングストレートの髪と同色のその毛並みは、煌めく黄金色。

 

 そして服は、ひざ下を優に超えるスカートに純白のフリルエプロンを纏う、正統派のメイド服。

 腰裏には穴があけられ、そこから尻尾を出す形だ。

 

 その少女の名は『ウィスタリア』、ウェアフォックスという種族だ。

 それはウェアウルフや、ウェアキャットなどと同様の種類で。

 獣人族と総称されている。

 

 種族の特徴というわけではないが。

 ウィスタリアの風貌は、背は小さく、子供っぽく。

 子狐というのが相応しい。

 

 そんなウィスタリアは、いつもなら吸血鬼の主がすぐに出てきてくれるのに、出てこないことを気にしていた。

 

 本物の――いや、現実(リアル)本物(マジモン)の吸血鬼はいないが。

 仮に本物なら、こんな早朝、吸血鬼は棺桶で眠りにつくものだろう。

 しかし、これはVRだ。今その棺桶はただのログアウト場所に使われているだけだ。

 

 だから無関係に。

 朝でも夜でも、いつも玄関まで迎えに来るその主が来ないモノだから。

 

 何かあったのかな、とウィスタリアが思っている、と。

 

 

 突然。

  

 

 ドドドッ、ドドドッ、と。

 城の床を叩く音が響き渡る。

 馬よりもなお重い低音の地響きが、足先から、獣耳から、その存在感を伝えてくる。

 

 そして、エントランスの真横の部屋から。

 テレビジョンでは絶対にご視聴できない感じのえげつないのグロさが、飛び出てきた。

 

 

「――!?」

 

 ウィスタリアは、声にならない悲鳴を上げて立ち止まった。

 尻尾がぴぃぃん、と驚愕に立ち震える。

 

 迫るのは、アンッデッドの巨体だ。

 

 漆黒の金属の馬具や、騎乗ペット用防具で覆われているとはいえ。

 そのでかさと、不気味さの全ては隠しきれず。

 

「くっ!」  

 

 

 対するウィスタリアの判断は冷静かつ迅速。

 

 買い物かごを放り投げると同時にしゃがみ込み。 

 

 左の手は腰裏から小盾を外し。

 

 右の手はスカートをめくって、太腿のホルスターから、得物を引っこ抜く。

  

 その動作は1秒で完了し。

 

 膝立ちのまま、手にした得物の(アギト)を、大型アンデッドに向ける。

 

「……くるなぁー!」

 

 怖いし気持ち悪いし見たことないし得体が知れないし。

 

 そんな恐怖に駆られる子狐に迫る巨体は、好奇心いっぱいで止まる気配など皆無。

 

「くるなってば、とまれとまれとまれ、こないでぇー!!」

 

 向かってくるゾンビを止めるために。

 

 少女は得物のトリガーを引く。

 

 ハンマーが落ち、撃針が、カートリッジの芯を叩き。

 魔石粉末を起爆剤として、その勢いは、魔力弾頭に伝達される。

 

 ドシュン!

 

 強烈な反動と共に、発射される――『徹甲魔弾』。

 

 銀色で、メカメカしく、洗練された『魔法+機械』の最先端複合武器。

 

 魔工短杖(マシジックワンド)と呼ばれるソレから放たれた無属性の魔力が。

 

 走るドラゴンゾンビの足元に命中する。

 

 床をヒビ割る程の威力で。

 

 しかし、飛びのく巨体は思いのほか俊敏で。

 

「この、この!」

 

 ドシュンドシュン!! 

 

 カラリカラリ、と排出された薬莢(カートリッジ)が地に落ち。

 エントランスを跳びはねる標的に向けて魔弾が連続で撃ち出される。

 

 何発も何発も何発も。  

 

 さすがに、回避も間に合わなくなり、直撃するという時。

 

 

 その魔弾は。

 

 弧を描く切っ先に、斬り払われた。

 

 

 そうして。

 追いつき、割り込んだエルフの少女が、ドラゴンゾンビとウィスタリアの間に立つ。

 

 その左右の手には、『木葉短剣(リーヴスエッジ)』が1本づつ握られていて。

 左の一本は、ボロボロになっていた。

 強烈な弾丸を払ったせいで、武器の耐久力が一瞬で無くなったからだ。

 

 だから。

 その1本を放り捨て。

 

 新しい一本を、紡ぎ出す。

 そうして、再び短剣二刀流となった姿で。

 

 エルフの少女、ローリエはその場に佇むのだ。

 

 そして告げる。

 

「ご、ごごご、ご、ごめんなさいッ! うちのヒューベリオンさんが、とんだ、ご失礼を――ッ!」

 

 がば、っと、頭も下げる。

 

 陳謝陳謝陳謝ァ!

 

 他人のお家でペット暴れさせるとか言語道断ッ。

 

 

 

 

  



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61

 

 遅れてやってきたユナの視界に。

 見知らぬメイド服の少女が目に入る。 

 

 その少女は、小型の盾と、現代世界で言う『拳銃』に似た武器を構え。

 銃口をローリエに向けていた。

 

 いや、正しくは、ローリエの先に居るヒューベリオンに向けてだ。

 

 そしてやはり目立つのは、その頭についている、ふさふさ。

 

 「……キツネ……耳?」

 

 そうして、ローリエが頭を下げているのを見て。

 少し驚くが。

 

 その理由を思えば。

 ユナは、他人の家でペットが暴れたようなものだ、という事に気が付く。

 慌ててローリエの横に並び。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 一緒になって頭を下げた。

 

 キツネ耳の少女、ウィスタリアは武器を下ろし。

 

 小柄なエルフの奥に居るパニックホラー映画やゲームのボスみたいな、異形を見る。

 VRでリアルに再現された動く生き物の死体。

 それは、道端の小動物の轢死体を間近で見るのに等しい衝撃だ。

 

 少女は視線を逸らす。

 そしてぽつりと言う。

 

「せ、説明して」

 

 

 それで、ローリエとユナは頭を上げ。

 

 そこに。

 

「あら、ウイス、いつの間に帰ってきたん?」

 

 ジルシスが戻ってきた。

 

  

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ 

 

 

 場所を移して、会食室。

 その長机に、ローリエ、ユナ、ジルシスが座っている。 

 そしてジルシスの傍らに、ウィスタリアが佇むという形で。

 

 ローリエとユナの前には、湯気を燻らせる真っ赤な紅茶が。

 ジルシスの前には、熱々の緑茶がティーカップで置かれている。

 

 ヒューベリオンは、ウィスタリアが怖がるので。

 ペットを止めておく魔法のアイテムで行動範囲を制限し、別室で待機させてある。 

 

 いきさつを聞いたウィスタリアは。

 

「ありがとう。マスターを助けてくれて」

 

 ゼセ村の件でお礼を言うウィスタリアに、ユナは謝罪する。

 

「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」

 

「さっきのピストルの音はやっぱりウイスやったん?」

「うん……ごめん、つい、魔物かと思って」

 

 それに、吸血鬼少女は(たしな)めるように言う。

「あかんで、ウイス。いつもいうてるやろ。ひと様にピストル向ける時は、よう考えな。お客様に当たったらえらいことやで? ――あと、お客様にそんな言葉づかいしたらあかんし」

 

 シュン、とするキツネっ子メイドは、サンカクのお耳がへにょ、っとなってしまう。

 

 またごめんなさい、と言いそうな気配。

 だが。

 ヒューベリオンが魔物に見えるのは仕方がない。

 誰だってそう思う。

 ローリエは、ウィスタリアがまた謝罪を言う前に。

 

「仕方ないです。私も最初は怖かったですし……」

 と言った。

 

 ユナもボソリという。 

「私も未だに慣れません……」

 

 

「そう? あたしは恰好が良いと思うけどなぁ? 何がそんなにあかへんの?」

 

「だって……、気持ち悪……」

 ウィスタリアはつい正直にな言葉を吐く口を両の手で押さえた。

 ユナもうんうん、と影ながらにうなづく。

 

「そんなんいうたら、ひゅー……、ひゅべりんが、可哀そうやで。あの子かて好きであんなんになったんとちゃうんやから」

 

 確かにそれはそうだと、ローリエも思う。

 でも、たぶん、生理的に受け付けないという事もあるだろう。

 皆が皆、心が強いわけでなく。

 どこかが強くてもどこかが弱いのだろう。

 ローリエだって、道端の轢死体は直視できない。

 生物とお肉が、同じものだとしても。

 例えば、猫好きが、猫の骨を愛せるかというとそんなことは無いと思う。

 

 やっぱり、動物はもふもふの毛並みでなければ――。

 ローリエはつい、吸血鬼少女の傍に立つメイドのキツネ耳に目が行ってしまった。

 

 そんな時。 

 

「ああ、そうや……」

 

 ジルシスはおもい出したかのように。

 机の上に小箱を載せた。

 小箱には、真っ黒な団子のような、卵のような物が幾つも入っている。

 

「はい。これ。でけたよ。『そうるべぇと』」

 

 それと。

 

「こっちは、『そうるぽうしょん』や」

 

 ジルシスは、オマケにポーションも作ってくれていた。

 

「あ、ありがとうございます」

 ローリエとユナが礼を言う。

 

「礼はいらんで。助けてもろうたお返しやからね」

 

 ユナさんどうぞ。

 とローリエはユナに小箱を渡し、ユナはそれを受け取った。

 

「さっそくあげてみたらどうや?」

 

 ジルシスの勧めに、ローリエも賛同し。

 

「そうですね。どうかな、ユナさん?」

 

 『ミミズクと猫・亭』のマスターも、飼い主に頑張ってもらうべきだと言っていた。

 それを思うローリエは、ユナに頑張って欲しいと思う。

 

「解りました、やってみます」

 

 そして二人は、ジルシスの勧めでヒューベリオンの居る部屋に向かう。

 ジルシスとウィスタリアもそれに続いた。

 

 

 

 部屋の柱に繋がれたヒューベリオンはまるで番犬のようで。

 その姿からいえば、地獄の番人と呼ばれるケルベロスに近い気もする。

 しかし実際には犬じゃなくてドラゴンだ、まだ子供の。

 

 

 ユナは、貰った小箱から、真っ黒の球体を一つ抓み。

 恐る恐る、ヒューベリオンに差し出す。

 

 『ソウルベイト』は魂で出来たエサで、スケルトンやゴースト等、アンデッド達のための食糧になる。

 他の種族はスタミナを食べ物系のアイテムやスタミナポーション等で回復するが。

 アンデッドはこの『ソウルベイト』や、『ソウルポーション』を使うというわけだ。

 

 ヒューベリオンのスタミナはユナの初心者特典の影響で、暫く永久モードだったが。

 今では成長したので特典が無くなっている。

 当然ユナもだ。

 

 つまりヒューベリオンのスタミナは休息しないと減りっぱなしであり。

 今もそれなりに減った状態だ。

 ペット的には、空腹という事になる。

 

 なので、何の躊躇も遠慮もなく、ユナの差し出した黒いお団子に、ガブリとかみついた。

 

「おぉ、食べた」

 

 ローリエは顔を綻ばせる。 

 今度は地面に零れることもない。

 

 黒い団子は、齧られると殻が割れて、中に籠められた魂の力が溢れ、ヒューベリオンの中に吸収されていく。

 そしてヒューベリオンは、こつこつ、と鼻の頭でユナをつっつく。

 鼻先の上には立派な角があり、さらに甲冑で覆われているので完全に武器のようなものだ。

 

「ちょ、いたた、痛い痛い。何するんですか、もう!」

 

 ほっほっほ。

 ジルシスは笑って。

「もっとくれ、言うてるんよ。足りへんかったらまたこさえるさかい、たんとよばれさせたって」

 

「もっとですか……!?」

 

 そうしてユナは、ヒューベリオンにつつかれながら、ご飯をあげ続けた。 

 

 

 これでユナとヒューベリオンの仲が少し深まり。

 

 ローリエは、撫でてくれる人、守ってくれる人、好き。

 ユナは、ご飯をくれる人、ローリエのトモダチ、大事。

 

 ヒューベリオンの中でふたりは、そんな認識になった。 

 

 



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62

 

 ヒューベリオンにご飯をあげているユナ。

 その横で、ジルシスがウィスタリアに尋ねる。

 

「そうや。そういえば、ウイスにお願いしてた依頼、どうやった?」

 

 ウィスタリアは首を振って。

「反応なしです。どの冒険者の宿も、掲示板に貼られたまま残っていました」

 

 

「そうか」

 

 ジルシスは少し考えるそぶりを見せる。

 

「もうすこし報酬をうわのせする?」

 

「そうやね……それがええのかもしれんけんど……」

 

 暫くして、おもむろに。

 ジルシスは、「なぁ」とローリエに振る。

 

「は、はいッ?」

 

「あんた、結構強いやろ? 違う?」

 

「えっ?」

 

「さっき、ウイスのピストルの弾ハジいとったし、あたしの看破()でも、あんたのすてぇたすは見えん。そんな子が、弱いはずないわな?」

 

「え……ッ」

 

 ちょっと詰問されているように感じるローリエと。

 

「先輩は強いと思いますけど……」

 

 横から肯定する、ユナ。

 そしてユナが聞く。

 

「先輩に何か用ですか?」

 

「その通りや。今ちょっと困ってることがあってな。中々依頼も受けてもらえんし、あんたらに頼めへんかなぁ、と思て」

 

「どんな依頼です?」

 

「ちょっとしたアンデッド退治なんやけど……。数は多いけど、あんたらなら問題ないと思うん」

 

 ふたりの様子を伺いながら、ジルシスはそう説明して。

 どう、頼めんやろか?

 と、ジルシスはローリエにお願いする。 

「ああ、もちろん、ウイスにも行ってもらうさかい」と付け加えて。

 

 ローリエは尋ねる。

「クエスト、ですか?」

 

「そう。報酬も仰山(ぎょうさん)出すで。なんせギルドからのお願いやし」

 

 ローリエは、ヒューベリオンとユナの経験にも良いのではないかと考え。

 

「どうですか、ユナさん。せっかくだからヒューベリオンさんと一緒にやってみませんか?」

 

「先輩がそういうなら、良いですよ?」

 

「ほな、決まりやね。ちょっと依頼書持ってくるさかい、待っててな。あ、その前に、あたしらをそっちのパーテーに入れとくれん?」

 

 ジルシスにそう言われるのだが。

 ローリエが居るパーティは、フェルマータが管理している。

 フェルマータに許可を貰わなければならない。

 

 だからローリエは少し待ってください、と言って、【風の囁き(ウィスパー)】でフェルマータに連絡を取る。

 フレンドリスト上では、マナはログアウトしているが、フェルマータは接続中だ。

 

 暫くすると、フェルマータから反応があり、どういう理由かを尋ねる感じの返事が来た。

 アンデッド退治をクエストで頼まれたことを説明すると。

「アンデッド!? 私も行っていい?」

 という、すごい食いつきの返事が来て。

 とりあえず、助っ人メンバーの一時的な加入はOKということで。

 ついでに、ローリエにパーティ加入受諾権限が付与された。

 

 パーティの操作などしたことがないローリエは、慣れない所作でジルシスとウィスタリアをパーティに加入させた。

 

 すると。

 フェルマータからハイテンションな【風の囁き(ウィスパー)】が来る。

 

「ちょっと!? 『カイディスブルム城』のジルシスって、もしかしてあの吸血種ギルドの『ブラッドフォート』のマスターじゃないわよね!?」

 

 フェルマータは、フレンドリストのローリエの居場所と、加入したキャラクターの名前からそう考えたのだろう。

 ローリエは、イケナイことをしてしまったのかと気が気ではなく。

「なにかダメでしたか?」と慌てて返すと。

 

「ううん。ダメとかじゃないわ。領主(ギルドマスター)っていうのは結構有名人なのよ。だから驚いたってだけ。特にジルシスって言ったら、『吸血鬼の庭』って呼ばれてるノスフェラトゥ地域を一人で治めてるっていわれてて……。あ、ごめん、とりあえず私も向かうわね」

 

 そうして通信は切れた。

 

 

 パーティの加入が終わって。

 

 ジルシスは依頼書を作りに行き。

 ウィスタリアは『拳銃』はサブアームだからメインを取ってくる、とどこかに行き。

 

 ローリエ、ユナ、ヒューベリオンはエントランスの時空結晶(ゲートクリスタル)で、フェルマータを待つ。

 

 

 やがて、それぞれが集結し。

 

「うわ、初めて来たけど趣あるわね」

 

 時空結晶(ゲートクリスタル)から出てきたフェルマータは、エントランスの内装をあちこち眺めながら、そんな感想を言った。

 まるで悪魔城というか、ラストダンジョンというか。

 そんな古めかしく薄暗いお城だから。

 

 その感想はさもありなん。

 ローリエたちもちょっと前に思ったことだ。

 

 

 その様子を見つめていたジルシスが、フェルマータに歩み寄る。

「はじめまして、あんたがパーテーのリーダーか?」

 

 城主である吸血鬼の少女に、フェルマータは恐縮し、敬語で受け応える。

 有名人(タレント)が目の前にいる。そういう心境で。

「はいッ、ドワーフのフェルマータです。よろしくお願いします」

 

「あたしはジルシス。ここの城主で『ブラッドフォート』のマスターしとります、よろしゅうね」

 

「こ、こちらこそ……?」

 訛った言葉に若干首を傾げつつも、フェルマータはクエストの内容を尋ねる。

 

「クエストですよね? アンデッド退治ですか?」

 

「そう。最近ようこの辺りを襲ってくるんよ。夜中やとあたしだけでなんとかなるけんど、日中はほれ、あたし吸血鬼やさかい、よう役に立たんやろ? そうすると、どんどんこっちに入って来よるわな? あたしの魔法とも相性が悪いし、領内に不法侵入されるのも適わんしで、往生しとるんよ」

 

「なるほど」

 

 日中に領内に押し寄せるアンデッドの駆逐。

 それがジルシスからのクエストというわけだ。

 

「どの程度ですか?」

 

「きりがない。やから、多ければ多いほどええ。報酬は成果分ださせて貰う。あと、アンデッドもそこそこ強いの混じってるさかい、SP稼ぎにもええと思うよ」

 

「解りました、頑張ります」

 

 フェルマータは快く承諾する。

 対アンデッドがそこそこ得意であり、アンデッド退治が割と好きなフェルマータだから。

 そのクエストに躊躇する理由は無かった。 

  

「おおきに。あたしは日中で一緒にいけん代わりに、うちのウイスに行ってもらうわな」

 

 メイド服姿の、キツネ耳獣人少女が前に出る。

 

「よろしく……お願いします」

  

 

 そうしてジルシスは、

「ほな、よろしゅうたのむわね」

 

 そう言って、お城の奥に引っ込んでいった。

 

 

「じゃ、案内するね。こっち」

 

 というわけで、ガイド役のウィスタリアに従う感じで。

 パーティの一団は、時空結晶(ゲートクリスタル)を使って城の外へ出る。

 吹雪に見舞われる極寒地方だ。

 そこを吹き荒れる風は、強烈で。

 ローリエが【無風領域(カームダウナー)】を使って全員を強風から防御しつつ。

 

 アンデッドが襲ってくるという一帯にやってきた。

 

 そして。

 全員が武器を取る。

 

 まだ魔法使いモードのローリエは日傘を。

 フェルマータは大盾と戦槌を。 

 ユナはちょっと仲良くなったヒューベリオンに騎乗してハルバードを構え。

 ウィスタリアは、小盾と魔工短機杖(マシジック・オートワンド)を。

  

 ローリエとフェルマータが基本強化を全員に施し。

 

 駆除作業を開始する。

 

 

 いやその前に。

 フェルマータは、子狐が手にする見慣れない武器が気にかかる。

 

「あの、ウィスタリアちゃんだっけ、それ何……?」 

 

魔工短機杖(マシジック・オートワンド)、です」

 

 だから……。

 

「なに、それ……?」

 

魔工短杖(マシジック・ワンド)の改良型」

 

 

 



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63

 

 

 ウィスタリアは説明する。

 

魔工学(マシジック・マスタリ)の製造スキルと、魔法学(マジックマスタリ)の研究スキルで製造可能になる【魔工武器(マシジック・ウェポン)】です」

 

「ましじっく? ロリちゃん解る?」

 

「へ!?」

 急に降られたローリエは驚くだけで。

 代わりにユナが答える。

 

「つまり、ジルシスさんが言っていましたが、『ピストル』ですよね?」

 

 形状的にも酷似している。

 それは、現代に伝わる機械式時計のように。

 精密で精巧で、古代の火縄銃と現代の銃の良いところを合わせたようなデザインで。

 スチームパンクっぽさがあるといおうか。 

 

「だいたいそうです。この魔工短機杖(マシジック・オートワンド)は、ソレの派生型で『サブマシンガン』って感じかな? 弾は魔法だけど」

 

 ちなみに、ローリエもフェルマータも、魔工学に関わるプレイヤーを見たのは初めてだった。

 なぜなら。 

 

 機械系。

 つまりエンジニアの分野は、去年アップデートで新設されたばかりだ。

 一人しかキャラクターを持てない以上、試しにやってみようとは、気軽にできない。

 古参でSPをたくさん稼いでいるほど、SPリセットは高額になる上、新しいマスタリとなると手探りで使い心地を研究することになる。

 そういうわけで、新しいものを使っているプレイヤーは極最近始めたヒトであることが多いのだ。

 

 吹雪く白い丘から。

 アンデッドの軍勢を見下ろしつつ。

 フェルマータは言う。

 

「ウィスタリアちゃんは、始めたばっかり?」

 

「まぁ、そこそこ最近かと」

 

「なんで、魔工学(マシジック)を?」

 

「公式が新設スキルのキャンペーンしてたので。あとは成り行きです」

 

「ああ……」

 

 公式は新しいスキル実装時に、関連アイテムや技術書、魔導書なんかを無料で配ったりするのだ。

 

 フェルマータとのやり取りを横で聞いていたローリエも少し気にかかることがあって。

 おずおず、と。

 

「そ、それって、弓とかとか、やっぱり違うんで、しょうか?」

 

「違います。ステータスをいっさい参照しないので。ステータスが低くても、性能に関係しないし」

 

 それを受けてフェルマータが、『赤の眼鏡』でウィスタリアのステータスを覗き見る。

「……そっか。魔工学(マシジック)にSP取られてるから、ステにSP振る余裕ないのね」

 

「そ、そうなんですね。じゃあ、中衛くらい、ですかね」

 

 ローリエは、小盾、遠距離武器、低ステータスそこから導き出される立ち位置を計算する。

 が、ウィスタリアはキリリという。

 

「前で大丈夫。いつも一人でやってるし」

 

 そうして。

 ローリエの【無風領域(カームダウナー)】が効果を失って。

 

 

 極寒の大地に。

 冷たい風が吹きすさぶ。

 

 

 ウィスタリアのキツネ耳があおられ。 

 ドワーフのマントとウサミミが激しく揺れ躍り。

 エルフの長い髪が弄ばれる。 

 

 そんななか、フェルマータが行動開始を宣言する。

 

「オッケー、じゃ、そろそろやりましょっか。私もちょっと試したいことあるし」

 

 試したいこと?

 ローリエは疑問を抱きつつ。

 そうしてメンバー全員が、改めて戦闘準備を完了させる。

 

 【ローリエ】

  HP  392/392 

  MP  626/626 

  ST  536/536 

 

 【フェルマータ】

  HP 1491/1491 

  MP  160/160 

  ST  556/556

 

 【ユナ】▼RIDE ON

  HP  213/213 

  MP    0/  0 

  ST  253/253

 

 【NPC:ヒューベリオン】

  HP 2047/2047 

  MP   90/  90 

  ST  136/ 136 

 

 【ウィスタリア】

  HP  240/240 

  MP  117/117 

  ST  286/286 

 

 【ジルシス】◆DATA RETRIEVAL NOT POSSIBLE

  HP?????/????? 

  MP?????/????? 

  ST?????/????? 

 

 

 

 

 まず。

 フェルマータが、戦槌を振りかぶり、スキルを使用する。

 

「『グラウンドインパクト』!!」

 

 地面を打ち付ける威力で、周囲の砂、岩、そして雪。

 それらを噴出させて攻撃する小範囲攻撃。

 

 それが引き金となって、あたり一面に地響きが巻き起こった。

 

 やがて、戦槌を打ち付けた場所を中心に、雪原に亀裂が生じ始める――。 

 

「こ、これは、なだれ……!?」

 

「いえすロリちゃん。そういうこと! よし、吶喊!」

 

 ひび割れた雪原を起点に、発生した純白の大津波。

 どどどど、と音をたてて、大量の雪がアンデッドがひしめく領地の端に襲い掛かる。

 

 それを追いかけるように、フェルマータが斜面を駆け。

 ローリエや、ヒューベリオンに騎乗したユナが続く。

 

「試したいことって、これですか?」

 

「ううん。このなだれは私たちが降りる時に起こったら危ないから初めにやっといただけ。アンデッドへの初撃になるってのもあるけど、試したいことは別よ」

 

 斜面を降りる際中、そんな会話をしつつ。

 フェルマータは、ローリエが軽快な身のこなしで雪崩の中を突き進む姿を見逃さない。

 

 ユナはヒューベリオンに助けられているし。

 いつもやってる、と言っていたウィスタリアは雪原での行動に慣れている。

 

 けど、ローリエは魔法使いの筈だ。

 普通の魔法使いはもっと、どんくさい。

 マナをいつもみているフェルマータには解る。

 しかしローリエの脚運びにはどこか熟達を感じるのだ。

 マナならとっくに、スタミナを無くして息を切らしているだろうに。

 どこまでも余裕のあるローリエにフェルマータは、ひとつも鈍さを感じなかった。

 

 だから、試してみる。

 

「ロリちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど。私の新必殺技を試すために協力してくれないかしら?」

 

「新必殺技……? 協力? ですか?」

 

「そうよ、スキルの準備が完了するまで、少しの間だけ、私の代わりに皆を守ってあげて欲しいの」

 

 それは、前衛をやってくれと言っているのと同じであり。 

 

「え? あ、えぇ……私、ですか……!?」

 

 狼狽えるローリエを見て、フェルマータはちょっと悪いなぁ、と思いつつ。

 しかし、心を決める。 

 

 マナの助言を実行する時だと――。

 

 

 フェルマータのリア友であるマナは観察眼が鋭いほうだ。

 

 この前マナは、ローリエがただの魔法使いビルドでないと感じる理由に、たくさん心当たりがあると言っていた。

 つまり、マナはローリエのことをよく見ているのだ。

 なにせ、いつもパーティで隣で戦っていたのだから。

 

 それは内面の話も込みであり。

 

 高SPであろうはずのローリエが。

 なぜパーティプレイに不慣れなのか。

 なぜ一人で首都の移動するのに屋根を伝うのか。

 どこに一喜一憂していたのか。

 

 ローリエの性格を、マナは予想し、フェルマータに秘かに伝えた。 

 

 このパーティはいつか大精霊と呼ばれる大ボスに挑む計画だ。

 そのためには、メンバーの強さをもっと上げないといけない。

 実力を隠したままでは、いつか問題が生じるに違いない。

 

 

 それにフェルマータは、ローリエというキャラクターに、もっと思いのままに戦ってほしいと思っている。

 ちょっと意地悪をしてでも、少しづつでもその力を解き放って欲しい。

 

 だからフェルマータは、心を鬼にして。 

 

「この前もマナのこと守ってくれていたし、ロリちゃんなら出来るって、私信じてるわ」

 

「!?」

 

 ローリエなら出来る。

 ローリエを信じてる。

 

 そう言われると断れない。 

 押しにも弱いし、パーティの役に立ちたいと思っているローリエだから。

 

 それは

 『ロリはお願いされたり頼られると断れないんじゃない』

 というマナの予想の通り。

 

 

「わ、解りました……やってみます」

 

「じゃ、頼んだわ、ロリちゃん!」

 

 そうして、パーティは、領地に攻め入るアンデッドの軍勢に、雪と共になだれ込んだのだ。

 

 

 

 

 

 



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64

 

 

 

 軍勢の構成は、主に低級な骸骨兵士(スケルトンソルジャー)と、そのバリエーションによる部隊だ。

 それは、槍兵であり、弓兵であり、弩兵であり、重装兵であり。

 

 中世の戦争に近しい編成である。

 ただ、騎馬兵がデュラハンロードであったり、骸骨魔法兵(スケルトンメイジ)や大型の腐敗巨人(ジャイアントゾンビ)が混じっていたりする部分が、大きく違う。

 

 

 

 

 その軍勢にまず、先制攻撃を仕掛けるのは。

 膨大な雪量による雪崩だ。

 

 ちなみに、この雪崩は自然現象としての雪崩であるため、それに即した計算が行われる。

 決して、冷属性を帯びているわけではない。

 

 魔法とは、自然現象の再現であり、魔力を帯びてこそ魔法の法則に従うことになるからだ。

 

 そして。

 雪というものは、時間が経って高密度に堆積した部分は非常に重い。

 1立法メートルの雪の重さは、少なくとも200kgになる。

 アンデッドなので冷たさや窒息で死ぬことはないが、斜面を滑る速度に、この重さが加わった衝撃というモノは、武器で殴るよりはるかに強力で。

 低級のアンデッドならばそれで木っ端みじんになりうるほどだ。 

 

 

 故に、敵陣の前部分に布陣していた多くのアンデッドが、雪崩に巻き込まれてその存在を消失させる。

 

 さらに、そこにローリエ達が突っ込んでいく形となる。

 

 前衛で問題ないというメイド服のウィスタリアが最前で、そのすぐ後ろにユナが駆るヒューベリオン、その隣にローリエという陣形であり。

 いつも最前線を行くフェルマータは、今回はあえて最後方に居る。

 

 慣れないことをして、慣れない所に居て、なんかとても違和感を覚えるフェルマータだけれど。

 フェルマータは、このクエストの中で何かパーティにとっての成長を掴みたいと思っている。

 

 だから、今は我慢だ。

 

 

 

 

 先陣は、キツネ耳。

 

 

 ウィスタリアが小盾を構え、敵陣後方から降り注ぐ矢や、隙間から飛んでくる弩のボルトに警戒しつつ。

 

 手に持つ魔工短機杖(マシジック・オートワンド)から、魔力弾を乱射する。 

 役目を終えた薬莢が列をなして雪原に落ち。

 カートリッジに封入されていた魔素(マナ)魔気(オド)が反応し合って、マズルフラッシュとなって視界を染め上げる。

 

 銃口から絶え間なく放たれる弾丸は、一発一発が、凄まじい威力であり。

 

 前方の兵士たちは、成す術なく骨粉に変わっていく。

 

 

 さらに別サイドでは。

 

 ヒューベリオンがスライディングのように雪上を滑り。

 その勢いを遠心力に、長い尾を振り回す【テイルスイング】を繰り出す。

 

 それに合わせるかのように。

 

 ユナが、【STR×10】の数値をダメージに上乗せする瞬間強化を込め――

 

「『筋力全開(フルパワー)薙ぎ払い(モー・ダウン)』!!」

 

 ――ハルバードを、大きく薙ぎ払う。

 

 一人と一匹は、戦場に放たれた回転するコマのように、広範囲の骸骨兵を吹き飛ばし、壊し散らす。

 

 

 ウィスタリアはステータスが低いにもかかわらず、武器の性能によって規格外の高火力だし。

 ユナはヒューベリオンと合わさって、今までにないくらい、活躍している。

 

 

 そしてローリエは。

 

 「『風流防壁(アキュラシーズジャマー)』!! 『癒しの風(キュアブリーズ)』!!」

 

 風の力で、威力を散らしたり、逸らしたりして防ぐ魔法を、全員に施し。

 さらに、広範囲の味方のHPを最大値の25%+αで治癒する、風の回復魔法を使用する。

 ――全員のHPが満タンなのにだ。 

 

 

 この意味は、いつも敵からの注意を引き付ける役を担っているフェルマータには良く解る。

 

 これはヘイト管理だ。

 

 味方全員への強化に加えて、回復の魔法。

 特に回復は、魔物からの敵意を大きく引き上げる。

 

 だから、本来はより多くの敵を殲滅している火力係。

 つまりウィスタリアとユナが真っ先に狙われるものなのに。

 

 そのセオリーを無視する形で。

 

 敵陣後衛が振らせていた矢の雨も、魔法も、白兵戦をしかけてくる武装兵も。

 どれもこれもが、ローリエただ一人に狙いをつける。

 

 そして、弓も弩も風の防壁に阻まれ、命中することがまず難しい。

 肉薄してくる大勢の骸骨兵も。

 

 「……『武具耐久力減衰(ウェザリング・オブ・ウィンド)』!!」

 

 風のデバフで武具をボロボロにされてしまい、瞬く間に真っ裸も同然。

 

 それを、【大衝撃波(ショッキングブラスト)】や【虚空波斬(ヴァニティセイバー)】などの攻撃魔法で粉砕する。

 

 

 フェルマータは、ローリエの後姿を眺めながら。

 

 鮮やかだと言わざるを得なかった。

 

 ローリエは風の魔法使いのまま、フェルマータとは違った形で、前衛を全うしている。

 

 

 

 

 敵の魔法使いが放つ広範囲の火魔法【火炎巨弾(ファイアボール)】も――。

 

 ローリエはいち早く、

 【超高度跳躍(ハイジャンプアシスト)】の加速力でユナやウィスタリアより前に躍り出る。

 

 そして――。

 

 「――虚無(そら)にたゆといし見えざる羽根よ、想起、高みのすべてを示せ――、大気別つは無風の刃、真なる空に燃ゆる火は無し…――『空域断絶(ディヴィジョナル・エア)』!!」

 

 

 手刀で唐竹から切り裂くような動作から。

 

 大気を二分する、真空の断絶が、一直線に迸り。

 

 火気も冷気も熱気も水気も。

 

 あらゆる気を両断し、まことの空を作り出す。

 

 当然、【火炎巨弾(ファイアボール)】は真っ二つに分かたれ、着弾して迸る火炎も爆風も、岩に阻まれる川の流れのように、右左へと効果を受け流され、パーティーに届くことはなかった。

 

 その結果。

 パーティーの居る一体と、その後方の雪は残り。

 

 周辺一帯は焼け野原となる。

 

 

 さらに。

 そもそもその魔法は、カウンターの魔法。

 放たれた真空は、前方を突き進み、一直線上の敵兵を軒並み消し飛ばしていたのだった。

 

   

 もはや、雑兵のような低級アンデッド達では、ローリエの敵ではなく。

 このパーティならば余裕で戦い続けることができるだろう。

 

 

 ただし――。

 

「……フェルマータさん、あとどれくらいですか?」

 

 ――ローリエのMPが持てばの話だ。

 

 指輪で最大MPが2倍になっているとはいっても、やはり中級上級の魔法を連発すれば息切れは必至。

 看破阻害によって、フェルマータにローリエの残りMPは、数字として見えないが。

 MPのバーの残量割合が残り少ないのは見えている。

 

 

 フェルマータは思う。

 ここらが潮時だろう、と。

 ローリエの本当の本気を見るのは、闘技場まで取っておけばいい、と。 

 

 

 

 そして、もともと、準備など必要ないフェルマータは、いつでも『必殺技』を行える状態なわけで。

 

 ローリエの前衛は。

 フェルマータが想像した前衛の姿とは少し違ったけれど。

 

 急な申し出に、これだけ応えられるならば、何の憂いもない。

 ローリエがどれほどの熟練者なのか。

 今の戦いで良く解った。 

 

 だからもう、十分だと。

 フェルマータは思ったから。

 

 

 

「――もう大丈夫よ……。あとは私に任せて!」

 

 

 

 フェルマータは前に出る。

 

 

 自分が、本来居るべき、ポジションヘ――。

 

 

 そのフェルマータの声には、自信と嬉しさと笑みが、溢れていた。

 

 

 



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65

 

 

 

 

 「『飛去来盾(シールドブーメラン)』!」

 

 

 使い果たした弾倉(マガジン)を、ポーチに回収し。

 別のポーチから取り出した新しい弾倉(マガジン)に交換する。

 

 その隙を埋めるべく放り投げられた大盾が、子狐を狩りに来る不埒者を『殲滅』という形で仕置きつつ。

 

 吹雪く視界の中。

 

 そんなウィスタリアの真横を、ドワーフは駆け抜ける。

 小さな背中が、走り、パーティの前面に躍り出る。

 

 戻ってくる大盾(カイトシールド)を、掴み取り。

 

 そうして、フェルマータが本来の役割に復帰する。

 

 それと交代する形で、ローリエが後ろへ退いた。

 

 しかし、それでもフェルマータは足を止めない。

 

 

 止めないまま――。

 

 【装備武器防御(ウェポン・ディフェンス)】で敵の反撃に耐えるユナと。

  防御という思考なく、痛みという概念なく、強靭な顎でソルジャーを噛み砕き、そしてなお『声なき咆哮』によって敵陣を怯ませ、騎手を支援するドラゴンゾンビ。

   

 それに合いの手を入れるように、フェルマータは片手槌攻撃スキルの【粉骨砕身】で、ユナを襲っていた骸骨兵を粉砕し。

 

  

 まだ走る。

 走りながら。

 

 「……『広範囲(ワイド)敵性解除(ヘイト・リセット)』! 『広範囲(ワイド)挑発(プロヴォケーション)』! 『短時間怯み無効(ドーントレス)』」

 

 広範囲の敵の注意を、一気に引き寄せる。

 

 基本戦闘マスタリの【タックル】で、敵を弾きながら。

 敵をかき分けながら。

 

 敵陣の中心を目指す。

 

 後方には、パーティの3人と1匹が取り残されるが。

 敵のヘイトは、フェルマータに集中している。

 

 夥しい数の軍勢に集中砲火を受けるフェルマータは。

 ローリエのかけた風の守りで被弾確率が激減しているが。

 

 それでも、さすがに少しづつHPを削られていく。

 1回のダメージが1でも、100人から受ければそれは100ダメージになる。

 

 

 しかし今のフェルマータは強制的な怯みやノックバックすらも効果はない。

 

 故に、どのような攻撃でも、フェルマータの進撃は止められない。

 

 

 そして、到達した不死者の軍勢の中心で。

 

 

 フェルマータは新しく習得した、『必殺技』を使用する。

 

 

 小さな跳躍から、地面に叩きつける武器(ウォーハンマー)を中心に描かれるのは、大きな魔法陣――。

 

 それは、特定のスキル獲得を条件に覚える――、

 

 

 「魔法戦技(コーディネート)!! ――」

 

 

 

 聖属性マスタリの

 【聖域展開(サンクチュアリ)】【大祓魔陣(エクソシズム)】【不死魔族特効(デモンベイン)

 

 命属性マスタリの

 【大広域治癒(ヒーリングオール)

 

 基本戦闘マスタリの

 【猛追撃(インソルトアタック)

 

 練気マスタリの

 【気迫陣】

  

  

 今、フェルマータはそのすべてを、集約して放つ。

 

 その魔法戦技の名は――。 

 

 

 「――『 聖 十 字 陣 衝(グランドクロス) 』!!」

 

 

 瞬間――。

 

 

 フェルマータを中心とした純白の輝きが、巨大な十字架となって天空に立ち上る。

 対悪魔と対不死に特攻する、聖属性の物理と魔法の現象ダメージが、不死の軍勢を浄化させていく。

 

 

 不死(アンデッド)というのは概念のようなもので。

 死んでなお動くというのは不条理に過ぎる理だ。

 

 そんな不条理を撃ち砕ける物は、間違いに気づいていない生命に、正しさを説き伏せることができる概念でなければならない。

 

 所謂、神聖なもの。

 そして『浄化』とは、アンデッドに対する『死』であり、安息である。

  

 

 たとえ、『浄化』の状態異常効果に耐えたとしても。

 聖属性の膨大な威力は、『(ひかり)』、『聖』、『命』の属性を弱点とする者達に耐えうる術など無く。

 

 

 雪原の大地に刻まれた、大きな光の十字架は、下級のみならず、上級のアンデッドすらも問答無用で消滅させていった。

 

 

 

 きりがない、と言われていたアンデッドの群れが、一時的に消滅し。

 雪原に点在していた黒が消え、ひとときの平和が訪れる。

 

 

 地面に、屈し、槌を突立てた状態だった少女が、立ち上がる。

 

 ツーサイドアップの薄桜色(ミディアムヘア)を吹雪にさらし。

 フルプレートメイルの上に纏うロングマントをはためかせ。

 ウサミミ姿の、小柄な少女。

 

 その背中に、パーティメンバーが集まってくる。

 

 すごい威力だ、と。

 

 一瞬で全滅させるなんて、と。

 

 かっこいい、と。

 

 皆が称賛する中。

 

 

 ドワーフは言う。

 

「……やっぱり、すごい量のMPとスタミナ減るわ……。連発するのは無理ね……」

  

 

 

 そして、不死の軍勢はどうやら『ブラッドフォート領』雪原の、奥地からやってきているようだった。

 

 ダンジョンのように。

 定期的に湧いて出ているのではなく。

 

 やってきているのだ、どこからか――。

 

 

 

 ローリエ達は、その後も、新たに押し寄せる不死軍を倒し続け。

 

 だれかがログアウトするようなタイミングで、ジルシスの元へと帰還するのだった。

 

 

 

 



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66

 

 

 フェルマータ、ローリエ、ウィスタリア。

 さらにヒューベリオンは、『カイディスブルム城』に帰還を果たしていた。

 

 

 そして今、城の玉座に座るジルシスに、クエストの成果を報告したところだ。

 ちなみに、ユナは習い事があるということで、既にログアウトしている。

 

 報告に関しては、ウィスタリアが代表してすべてを説明した。

 フェルマータの魔法戦技によって、一時的に全滅させることに成功したこと。

 それにより、アンデッドの討伐は、想定以上の成果だったこと。

 追加でやってくるアンデッドも追撃して撃滅したため、予想では当分やってこないだろう、ということ。

 

 それらを受けて、城主でありマスターである吸血鬼の少女は、

「ようやってくれたな、ほんにおおきに」と礼を述べる。

 

 

 そんな吸血鬼の少女は、ローリエの眼からは、今までと少し雰囲気が違って見えた。

 城の玉座に座る、ということは、『王』だという証。

 

 王というものは、最上の階級であり。

 将棋やチェスの、(キング)の扱いを思えば、いかに重要な立ち位置にいるのかは明白だ。

 

 だから。

 何かを進言しようと。

 

「あ、あの……せ――」

 

 ローリエは言葉を絞り出すのだが。

 緊張のせいか、上手くいかない。

 加えて、もともと口下手で、話し慣れていないせいもある。

 たくさんの言葉が、喉につっかえるのだ。

 

 だから、ローリエが何を言いたいのか。

 内容を察するフェルマータが補足する形で代行する。

 

「――ジルシス様、時に、雪原のアンデッドですが、湧いて出ているというよりは、どこからかやってきているという感じがしました。おそらく、アンデッドの分布を考えますと、北東から来ているのではないかと思いますが……」

 

 それに。

 ジルシスは、まずフェルマータの言葉遣いに。

 ほっほっほ、と笑う。

「……そんな堅苦しゅう話さんでも良い。このギルドは二人しかメンバァもおらんし。普通にお話して。な?」

 

「解りました。ジルシスさん。じゃあ改めて、雪原のアンデッドがただのモブではないかもしれない、というのは気づいていますか?」

 

 質問の最中に、ウィスタリアが、フェルマータ達に丁寧に一礼するとどこかへ消えていく。

 その様子を、ローリエとフェルマータは横目で見送って。

 

 ジルシスが答える。

「うん、知っとるよ。ウイスも前にそんなこと言っとったし。あたしも、なんとはなしに思っとったんよ。もとから、あたしの領地には、ノスフェラトゥは生まれても、アンデッドは産まれんさかいね」

 

「そうですか……では、なぜ……?」

 

「さぁ。どこかからあふれて来とるんやろうか?」

 

 そんな話の最中。

 ウィスタリアがワゴンを押して戻ってきた。

 ワゴンの上には、大き目の袋が幾つか乗っている。

 

「今、ウイスにクエスト分の報酬渡してもらうさかい」

 

「ありがとうございます」

 

「お礼を言うのは、こっちよ? こんな不気味な城のある領地からの依頼やなんて、だれも受けてくれへんで困っとったからね」

 

「こんな、雪ばっかりの場所だからでは? 立地も悪いし」

 そんな言葉を挟みつつ。

 ウィスタリアが、皆にクエスト報酬を受け渡す。

 なかなかの高額だ。

 

 

「こんなに?」

 

 フェルマータはその額に驚き。

 

「……」

 

 その額がどれほどの価値なのか解らず。

 貯金もいっぱいあるローリエは、袋の中を確認することもなく無反応で。

 

「ロリちゃん、ユナちゃん達の分預かっといてくれる?」

 

「あッ、はい。解りました」

 

 ユナとヒューベリオンの分は、ローリエに任された。

 

 ジルシスが再び礼を言う。

 

「今回は、ほんまに、ありがとうな。もし、そっちにも困ったことがあったら、あたしらも手貸すさかい、気軽に言うて」

 

 

 

 ジルシスがその言葉を言いきった時。

 

 同じタイミングで、フェルマータにピコン、とサウンドが鳴る。

 この音は、フェルマータにしか聞こえず。

 音の種類から【伝言(メッセージ)】の魔法によるものだと解る。 

 

 同時に、パーティメンバーにマナがログインした通知が行き。

 

 フェルマータは、マナからの伝言だとすぐに察した。

 

 

 内容は――。

 

 

(ログアウトのついでに、アシュバフ主催の闘技イベントのこと少し調べてきたわ。

 

 今回開催されるのは、『対魔物戦闘技』で、つまり魔物VSキャラクターで行われる闘技って意味ね。

 

 これは1チームの合計SP160Kを限度にして、3チームを作って。

 順番に魔物と戦うってルールよ。

 

 この3チームのうち2チーム勝利すれば、決着という形ね。

 

 つまり。

 合計SP160Kということは。

 例えば。76Kのフェルと69Kの私で145Kだから、あと15Kのキャラクターなら一緒に戦えるって意味よ。

 これは騎乗ペットにも適応されてて、ユナが25K、ベリオンが20Kで合計45Kになるわ。

 

 ただ、これには問題があって。

 ロリのSPが75K以上と見積もっても、今のメンバーだと2チームしか作れないわ。

 

 必ず3チーム必要みたいだから、戦力を分散させないといけないの。

 

 こっちでも考えてみるけれど、もしフェルに何かいい案があったら、教えて頂戴。

 

 

 あ、あと、スポンサーである『猫ミミ』の宣伝する物もまだ未定のままだから、こっちも何か考えないといけないわね)

 

 

 

 フェルマータはこれを読んで、丁度いいと思った。

 戦力が足りない、とマナは言うが。

 

 たった今、目の前の吸血鬼はこう言った『困ったことがあれば手を貸すと』

 

 今はこれに飛びつく時だ。

 今回のアンデッド討伐で、ウィスタリアがかなりの戦力だという事は良く解っている。

 ジルシスの言葉に乗り、懇願すれば。

 もしかしたらギルドマスターであるジルシスは無理かもしれないが、ウィスタリアの力なら借りれるのではないかと。

 

 そう思うフェルマータだから。

 

 すぐに言う。

 

「すいません、ジルシスさん。今の、手を貸す、って話。今借りても構いませんか?」

 

 

 そんな言葉に。

 フェルマータ以外のだれもが驚いたのは言うまでもない。

 

 

 

 いや。

 

 

 ヒューベリオンも、寝そべってゴロゴロしていたので聞いていなかったけどね。

 

 

  



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