今俺を見たな? これでお前ともエンゲージができた (三柱 努)
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エン1話 目覚め

【ありがとう。僕の役目はここでおしまいだよ。もしも、いつかまた会える時が来たら、思い出してくれ。僕のことを】
虚ろな闇と光の中、その声はかすかに聞こえてきた。
【君と共に戦った・・・十二の・・・】



「ここはどこだ?」

光の中、タロウは目覚めた。気付けば見知らぬベッドの上。だが状況の不可解さよりも深刻な問題に彼は眉をひそめた。

「俺は何をしていたんだ?」

頭の中に霧が立ち込めたように何も思い出せない。自分の事すらも。

そんな時、彼の背後で少年少女の悲鳴が響いた。

「「な、なんと。神竜様がお目覚めになりました!」」

『騒がしいぞ』と、タロウは反射的に彼らをたしなめようとした。だがその2人が何者なのかが分からない。

「誰だ、アンタらは」

どうにか搾り出たのは我ながら情けない言葉。

キョトンとするタロウに構わず、うっとりとした顔で騒ぎながらタロウを敬う2人。

すると騒ぎを聞きつけたのか、扉がバンと開き老騎士が姿を現した。

老騎士は騒ぐ2人を叱りつけ、そしてタロウの姿を見るや気絶する勢いで感激した。

「だから、誰なんだアンタらは?」

困惑するタロウの様子に、3人は改まって姿勢を正した。

老騎士は第三十二代目の竜の守り人ヴァンドレ。少年と少女はそれぞれ名をクランとフラン。双子で第三十三代目の竜の守り人なのだという。

『三十二、三代目? 竜の? なんだそれは?』

聞いたこともないワードが飛び交う中、ヴァンドレは次々に説明を続けていった。

どうやら守り人の守るもの、神竜というのはタロウのことを言っているらしい。

そしてタロウは千年もの間眠り続けていたのだと。

「神竜? 俺が?」

自分の名前以外、どうも記憶と情報が結びつかないことに困惑するタロウ。

どうやら記憶喪失らしい。

それでもヴァンドレは落ち着いた様子で、母である新竜王ルミエルに会いに行けばいいと教えてくれた。

「きっとすぐに思い出されます。何せ貴方様は神と言い伝えられし尊き御方。高貴で優しく武勇に優れ、どのような敵にも恐れず勇敢に立ち向かったと聞き及んでおります」

「噂に尾ひれがついていないか?」

尾ひれというか、頭の部分の情報が違うような気がする。そう思いながらもタロウはリトスの神竜王城に向かうことになった。

 

 

リトスの地に降り立ったタロウ。

だがその時、彼らの前に異形の怪物が姿を現した。しかもヴァンドレたちも初めて見る怪物が何体も、意思疎通の気配もなく襲い掛かってきたのだ。

「神竜様お先にお逃げください」

「ここは僕たちが引きつけます・・・ってアレ?」

異形兵を前に戦闘態勢に入るクランとフラン。だが2人が振り返った時、そこにタロウの姿はなかった。

まさか一目散に逃げたのか? そう誰もが思った時・・・笑い声が聞こえてきた。

「ハーハッハッハッハ!」

「し、神竜様!?」

ヴァンドレは目が飛び出るほどに驚いた。何せタロウが高笑いしながら高台の上から異形兵たちを笑い飛ばしているからだ。これにはヴァンドレたちだけでなく異形兵も呆然と立ち尽くした。

「やあやあやあ、祭りだ祭りだ!」

異形兵たちも思っただろう。ヴァンドレたちも同じ気持ちだ。

どちらかと言えばさっきまでの状況、リトスの平和な空気を乱しに来たのは異形兵のほう。

だが今、明らかに空気の入れ替えが起こった。タロウのペースがこの空気を乱しに来ている。

そして当のタロウは周りのアウェイな空気をガン無視してテンション高すぎだ。

「袖振り合うも他生の縁。

躓く石も縁の端くれ。

共に踊れば繋がる縁。

この世は楽園!

悩みなんざ吹っ飛ばせ!

笑え笑え! ハーハッハッハッハ!!」

いや、どこをどうしたら笑う雰囲気になるのだ?と、異形兵は一瞬呆けながらも、どうにか自分たちの役割を思い出したように、手にした斧を振り上げた。

「さぁ、楽しもうぜ! 勝負勝負!」

何の躊躇いもなしに異形兵に斬りかかるタロウ。その勇ましくも勢いの良すぎる戦闘開始に、ヴァンドレたちは反応に遅れた。

「ハッ、何をしているお前たち。神竜様に続け!」

タロウを助けに向かうヴァンドレたち。

だが正直言って、助け・・・いる?

バッサバッサと倒されていく異形兵たち。

残るはリーダーやボスであろうか、1体の異形兵が残った。いや、ただただ残ってしまっただけかもしれないが。

【タロウ・・・思い出してくれ。僕が、キミの力に】

その時、タロウの手にはめられた指輪が光を放った。

「何だ?」

タロウの問いに、指輪は光と共に答えた。

【もしも、いつかまた会える時が来たら。思い出してくれ、僕のことを。キミと共に戦った十二の】

「お供たちのことを?」

【・・・ちょっとその言い方は・・・】

指輪は口を濁した。だがタロウはお構いなしに、頭の中に浮かんだ言葉を口にした。

「来い、マルス!」

タロウに呼ばれ、指輪は光の中から一人の青年を顕現させた。

凛々しく勇敢な光の王子。だがその表情はどこか苦笑い。

【・・・そう、僕の名はマルス。紋章士<エムブレム>マルスだ】

微光を纏い、少し宙に浮いた幽霊のような存在のマルスはタロウの横で剣を構え異形兵に睨みを利かせた。

【また会えてうれしいよ。キミが思い出してくれたから、僕はここに来ることができた】

「誰だ? アンタは・・・たしかどこかで会った気がするが」

タロウは眉をひそめてマルスに尋ねた。そう言われてマルスは『思い出してくれ・・・てないんだね。ストレートに』と言いたげに再び苦笑い。

【そのうち思い出してくれればいい。さあ、僕と<エンゲージ>してくれ】

「縁ができたということだな。面白い!」

マルスの誘いに呼応して、タロウは剣をマルスに合わせた。

【今こそ、心を一つに! エムブレム・エンゲー「大合体だ!」

マルスの言葉を遮り、タロウが叫ぶのと同時にそれは起きた。マルスの姿が光となり、タロウの周りに強大な力の塊が現れたのだ。その姿は神々しい騎士・・・というより武士? 侍?

【君との強い繋がりを感じる。今なら強力な一撃を放てるはずだ。行こう、タロウ】

「俺に命令するな! いくぞ。必殺奥義だ!」

え?と呆気にとられた表情をしたマルス。

絶対にこれ必殺奥義なんてワード想定外なんじゃないか?ヴァンドレも異形兵も、なんとなく心の中でそう思った。

だがタロウは全くお構いなしに剣を構えた。

「桃代無敵・アバター乱舞!」

視認できたのは光の帯。閃光の如き斬撃が異形兵を瞬く間に切り刻んだ。

「大勝利! エイエイオー!」

タロウが勝鬨を上げる中、爆発が異形兵を包んだ。完全勝利である。めでたしめでたし。

そんな驚きの連続の中、クランは「え? 暴発しちゃった?」と自らの手にあるファイアーの書に目をやって困惑するのだった。

 





じか~い じかい

『ああ、愛しい我が子。タロウ』
『元気でよかったわ』
『・・・ちょっと元気が良すぎ。あら?』

エン2話「神竜王ルミエル」というお話


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エン2話 神竜王ルミエル

「やっと目覚めたのね。タロウ、本当にあなたなのね?」

異形兵を蹴散らしたタロウたち。周りに脅威が去った直後、タロウの前に突然1人の女性が現れた。

「?」

やけに親しげに近づいてくる女性に、タロウは困惑しながらも警戒の必要のなさから呆然と立ち尽くした。

そんなタロウに女性は突然抱き着いたのだ。

「会いたかった! あなたが目覚めた気配がして、早く会いたくて飛んできたの。どこも痛くない? 身体が動かしにくいだとかは?」

やけにタロウの身を案じる女性。それもそのはず。彼女こそがタロウの母、神竜王ルミエルだったのだ。

「誰だアンタは?」

「どうしたのタロウ? まさかあなた」

タロウの記憶喪失についてはヴァンドレが姿勢を正してルミエルに伝えた。

そのことにショックを受けつつも、タロウが我が子であることは変わらない、タロウと言葉を交わせるだけで幸せだと、やさしく支え続けることを約束したルミエル。

だがヴァンドレはあえて伝えなかった。

つい先ほど、紋章士マルスのことは「どこかで会った気がする」と言っていたタロウ。それが母に対して記憶が掠りもしていない。それはあまりにも悲しすぎるではないか。そうヴァンドレは自身の胸の中だけに留めて嘆いていた。

その後、ルミエルと共に神竜王城に向かったタロウたち。道中、ルミエルはこの世界について語ってくれた。要約すると。

 

この世界の5王国には、こんな予言がある。

千年の時を経て、邪竜ソンブルが蘇り、人類を滅亡させる。

だが、5人の王と守護神・神竜が立ち上がるだろう。

神竜の地 リトス

自由の国 ソルム

信仰の国 イルシオン

農業の国 フィレネ

最強の軍事国 ブロディア

自称、邪竜の地 グラドロン

これはエレオスの平和を守る王国たちの物語。そして、これから記憶を取り戻す神竜の物語である。

と、そんなようなことを言っていた気がする。タロウ的にはこう解釈できた。

 

そんなこんなで到着した神竜王城。

「ようこそ神竜王城へ。ここまで来ればもう安心よ。それにタロウ。あなたには、おかえりと言わせて。たとえ記憶がなくとも、私はいつかまた、ここにあなたを迎えたかった。おかえりなさい、タロウ」

やさしく、そして愛おしくタロウを迎え入れたルミエル。千年ぶりの親子の時間に立ち会うことができたヴァンドレは目頭を押さえ、クランとフランは卒倒しそうになるほどに感激していた。

だがタロウのリアクションは薄い。というより、「そうか」と他人事のように呟いただけだ。

期待していた反応と違うことに困惑するルミエル。

そこにヴァンドレは助け舟を出すことにした。タロウの横に歩み寄り、ヒソヒソと助言を出すヴァンドレ。

「神竜様。ここは母君に『ただいま』と言って差し上げるべきかと」

「俺はここが自分の家だという実感がない」

「ですが、それでも言って差し上げるべきでは?」

「俺は嘘を付けないからな」

空気を読むだとか、そういうニュアンスが全く伝わらない。キッパリとタロウに断られてしまったヴァンドレは頭を抱えた。

「よ、良いのですヴァンドレ。わ、私はタロウとまたこうして会えただけで嬉しくて涙が出そうだわ」

嬉し涙なのか悲しくて涙が出そうなのか。ルミエルの健気な様子にヴァンドレはますます目頭を押さえた。

 

「そんなことより、驚いたわ。リトスの地に異形兵が現れるなんて」

雰囲気を変えようと、ルミエルは深刻な表情になって話し始めた。

異形兵。それは先程タロウたちを襲った化け物たち。死した人間が悪しき力で蘇った行ける屍。千年前の戦争で邪竜が使役していた兵たちである。

そして今、異形兵が蔓延っているということは邪竜が目覚めている可能性がある。再び邪竜と戦う覚悟が必要だ。

だが同時に目覚めた存在がある。それはマルスと同じ紋章士たちだ。指輪に宿る英雄たち。

全部で12の指輪があり、半分がこのリトスに。残る半分は4つの国に託されている。

時が来れば神竜が各国を巡り、王たちから愛と信頼をもって指輪を託されるのが通例。

「さっき、あなたがマルスを喚んだように、邪竜も紋章士を顕現してしまうわ。竜の地を引く王族にしか使えない力。あなたは間違いなく私の子よ」

「・・・そうか」

しつこいほどに母と子であることを言葉にするルミエルに、タロウはやはり実感が湧かず眉をひそめた。

「さあ、次は実戦の鍛錬をしましょう。神竜の王族として、やるべきことはたくさんあるわ」

 

ルミエルに誘われ、庭園へ向かったタロウたち。これから模擬戦を行うというのだ。

「紋章士の力がいくら強くても、戦うのはあなた自身。その身と心が強くならないと、紋章士も力を発揮できないわ。ヴァンドレ、クラン、フラン。あなたたちはこの子を助けてあげて」

どうやらルミエルを相手に4人で挑んでこいというのだ。

「面白い。勝負だ勝負!」

やる気満々のタロウ。その横でヴァンドレが「ルミエル様に刃を向けるなど」と及び腰の姿勢を見せた。

「甘いことを言っていると、倒れるのはそちらのほうよ」

胸を貸してあげようという気が満々のルミエル。だがタロウの強さを知るヴァンドレ的には違った。むしろ自分たちがルミエル側につかないといけないのでは? と。

「さぁ、かかってらっしゃい」

こうして始まったルミエルとの模擬戦。

ルミエルはさすが神竜王というだけあり、何かの能力で異形兵のようなリアルな兵士を作り出していた。材料は植物や岩らしいが、性能は十分にある。らしい。

 

結果は一目瞭然。

ほとんどタロウの独壇場だった。

ジャマにならないようにとヴァンドレが消極的に戦っていたこともあったが。

クランとフランは異形兵との戦いの汚名返上とばかりに前衛サポートを張り切ったが、タロウが「お供たち、もっとやる気を出せ!」と叱咤激励ほぼ叱咤しながら戦い、ほとんど貢献はできていなかった。

千切られては投げられ、無残に飛び散っていく造られしものたち。

そしてルミエルは紋章士シグルドとエンゲージをしながらも、タロウのアクロバティックな動きに翻弄され、一太刀も浴びせることができないまま負けを認めた。

「さ、さすがタロウ。全然太刀打ちできなかったわ」

「アンタもそこそこやる。68点ってところか」

傲慢にも聞こえるタロウの採点に苦笑いするルミエル。だが親子の触れ合いができた幸せと、ある程度は通用していたという評価をもらえたことが少し嬉しかったようだ。

「タロウ。この剣をあなたに授けるわ。神竜のみが扱える由緒ある剣よ。ずっと私の愛剣だったのだけれど。きっと、今のあなたになら使えるはず。私に買ったお祝いとして贈らせてちょうだい」

「そうか。わかった」

立派な剣を与えられたことにタロウはまんざらでもない様子だった。そのことに気を良くしたルミエル。

「それからこれも」

そう言ってルミエルは指輪をタロウに手渡した。

「これは私が作った、ただの装飾品。約束していたの。眠る前のあなたと。お誕生日に、あなたに似合う素敵なものをプレゼントするって約束。内緒で作っていたのだけれど、出来上がる前に眠ってしまったから。あの時に約束したお誕生日はとっくに過ぎてしまったけど、これをあなたに」

千年楽しみにしていたのだろう。ウキウキとした様子で語るルミエル。

だがヴァンドレには嫌な予感がしていた。悪い事が起こるというより、良い事が起こらないという予感が。

「23て・・・」

「神竜様! そういえばいかがでしたでしょうか? 我々。特にフランとクランの戦いは?」

ビックリするほどの大声で割って入ったヴァンドレ。突如として話を振られたクランとフランは慌てながらもタロウからの評価をもらえることにドキドキとワクワクに包まれた。

『スマン、二人とも』そういうヴァンドレの視線が注がれる中、下された点数は。

「5点だ」

「え~! そんなぁ」

「駄目なものは駄目だ! 話にならん。鍛え直してやるぞ、お供たち!」

そう言って先程もらったばかりの剣を振り上げてクランとフランに襲い掛かるタロウ。

慌てて逃げていく2人を追いかけるタロウの活き活きとした姿に、ヴァンドレとルミエルはただただ苦笑いすることしかできなかった。

「いやはや。神竜タロウ様は、勇猛果敢とのお噂。違わぬ御方ですな」

「そうね。ただ少し気になることがあるの」

「気になるとは?」

怪訝な様子のルミエルに、ヴァンドレは恐る恐る尋ねた。気になるというのが本当に“少し”だけならいいのだが、と。

「あの子、眠りにつく前はあんな性格じゃなかったわ。眠っている間に・・・なんというか、別人というか。いえ、悪い方に行っていないことだけは確かよ。でも、他の強すぎる魂的な成分が混ざってしまったような・・・そんな感じがするの」

 





じか~い じかい

『神竜王城に忍び込むとは、不届き者め!』
『まさか王子が駆けつけてくださるとは』
『神竜様。せめて・・・せめて最後に』

エン3話「襲撃者」というお話


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エン3話 襲撃者

「何の音だ?」

ルミエルとの模擬戦を終え、クランとフランがへろへろになるまで追加特訓が行われ、すっかり夜になった頃。

神竜王城に異様な音が響いた。

「まさか、敵襲!? ルミエルやみんなが心配だ。音のしたほうに行ってみよう」

異変を真っ先に察知したのは紋章士マルス。指輪から飛び出してタロウに警告した。

英雄王マルスの名は伊達ではない。その直感の通り、神竜王城内の回廊は既に多くの侵入者で溢れていた。

「何だコイツらは」

「異形兵じゃない。だけど、一体何者?」

そこにいたのは異形の化け物ではなく、訓練された兵隊であった。だが何が目的なのかも語ることなく、回廊の壁や柱を破壊して荒らしまわっている。

この敵襲に気付いたのはマルスやタロウだけではない。ヴァンドレがクランとフランを連れてタロウの元に集まっていた。

「神竜様! ご無事で」

「誰に向かって言っている。それより何だコイツらは」

「わかりません。ですがどうやら紋章士の指輪を狙っている様子。ルミエル様が指輪の間で戦っておられます。我々も早く加勢に行かねば!」

ヴァンドレの鬼気迫る様子から事態の深刻さが伝わってくる。

そうこうしているうちに謎の兵士たちもどうやらタロウたちの存在に気付いたようだ。

「ハーハッハッハッハ! お前たち全員、俺が相手をしてやる。お供よ、エンゲージだ!」

「神竜様!?」

その時、タロウの高笑いが回廊中に響き渡った。敵の視線がこれでもかとタロウに向かう。

この突然の行動に驚き以上に慌てふためくヴァンドレ。敵の目的が紋章士の指輪だと説明したばかりなのに、わざわざ自分からその存在を宣伝するとは。気付かれているとはいえ、タロウの行動はあまりにも状況を理解できていないように感じられた。

「いざ、勝負勝負!」

剣を振り回して敵に切りかかるタロウ。

「くっ、仕方あるまい。クラン、フラン。神竜様に続くぞ!」

「邪魔だお供ども!」

タロウの援護に回ろうとするヴァンドレ。だがその加勢に向かってタロウは剣を振り回して追い払った。

「し、神竜様!?」

タロウの奇行の連続に困惑するクランとフラン。だがヴァンドレは直後に察した。

「まさか・・・神竜様御自ら囮に」

敵の目的が紋章士の指輪だというなら、タロウの存在は敵の矛先を決めることになる。

ヴァンドレたちに別動隊としてルミエルの元に向かえということなのだ。

「わかりました。どうかご武運を」

問答をしている時間はない。タロウと別れ、ヴァンドレたちはルミエルの元に急いだ。

 

「ハーハッハッハッハ! お前達、歯応えがないぞ」

敵陣に一人立ち向かったタロウ。ヴァンドレたちも隠密に行動しながらチラリとその姿を確認した。

囮のはずだよな? そう3人は思った。

宙を舞っているのは粉塵ではない。武器だとか、そんなレベルのものではない。

敵兵だ。人間がボロ雑巾のように宙を舞っている。哀れにも。

「この扉の向こうか!?」

「ええ、間違いありませんわ!」

「直ぐに突入いたしましょう!」

その時、扉の向こうから誰かの声が聞こえてきた。

そして颯爽と現れたのは白馬に乗った貴公子。どこかの王族であろうか、立派な服に槍を携えた騎士が闇の中から現れた。

「失礼する。やはり敵襲か。フィレネ王国第一王子アルフレッド、加勢す・・・る?」

どうやら味方のようだ。この襲撃を聞きつけて現れ、この口上。どう見ても味方だ。

だがこの状況。どう見ても手遅れであった。

「何だお前たちは? 遅いぞ!」

「えっ・・・と」

アルフレッドが目にしたものは瓦礫の山と敵兵の山。その上に立つタロウの姿。

「って、キミはまさか、神竜様!? ついに目覚めたのかい? 良かった、この時をどれほど待ち望んだことか!」

「見てわからないか? そんなくだらない話をしている暇はないだろ」

タロウのド正論にアルフレッドは「失礼した」と爽やかに謝った。

「奴らは?」

「知らん」

「では急ぎ敵将を捕らえ、目的を吐かせよう。これより僕と我が臣下エーティエ、同じくブシュロンが貴軍の麾下に入る。指示を出してくれ!」

即座に答えたアルフレッド。その柔軟な対応力にタロウは「ほぉ」と感心を示した。

とはいえ、残る仕事はほとんど残っていない。敵兵も残るは敵将だけだった。

「あの御方のため・・・ここは通さぬ!」

「そうか。ご苦労だったな」

どうやら指輪の間で、その御方が何かの目的を遂げようとしているのだろう。そして敵兵の役割はタロウたちの足止めだ。

即座に敵の意図を読み取り、タロウは一閃のうちに敵将を撃破した。

「行くぞお供たち!」

アルフレッドたちを連れ回廊を走るタロウ。回廊を渡り切る頃にはヴァンドレたちに追いついた。

「我々・・・別動隊の意味が・・・」

 

タロウたちが指輪の間にたどり着くと、そこにはマント姿の謎の人影があった。どうやら敵の言っていた“あの御方”なのだろう。

「お前が大将か。観念しろ!」

問答無用で謎の人物に斬りかかったタロウ。その不気味さから、捕らえてだとか、目的を聞くだとか、そんなものが通用する相手ではないのだろうと瞬時に理解しての行動だった。

その警戒の通り。謎の人物は不敵に笑うと瞬間移動のようにタロウの攻撃を躱した。

「無事で済まないのは貴方のほうです。死になさい」

謎の人物が手をかざすと、タロウの足元に魔法陣のようなものが現れ、周囲に雷撃が走った。

「危ない!」

その時、タロウを庇いルミエルが雷撃の中に飛び込んでいった。全ての雷撃がルミエルに注がれ、彼女は重傷を負ってしまった。

咄嗟にルミエルを抱きかかえるタロウ。そこに謎の人物は迫った。

「さあ、残りの指輪もこちらに」

「立ち去りなさい」

ルミエルは最後の力を振り絞り、光線のようなもので攻撃した。謎の人物はこの攻撃に怯んだのか、踵を返して城から逃げ去っていった。

 

戦いは終わった。だが失ったものはあまりにも大きい。

ルミエルは重傷を負っていただけではない。タロウが眠っていた千年間、彼女は残された寿命を神竜の力としてタロウに注ぎ続けていたのだ。

「何故、そんなことを?」

「我が子が目覚めるなら、生きていてくれるなら。親は何だってするものよ」

タロウの腕の中で最後の言葉を紡ぐルミエル。

彼女は残る時間の中で、聖騎士の指輪をタロウに託した。そして敵から邪竜の力を感じた事を伝え、十二の指輪を集めるようにタロウに頼んだ。

 

こうして息絶えるその瞬間まで・・・タロウの無事を祈り・・・ルミエルは崩御した。

「神竜様・・・最後にせめて・・・ルミエル様を・・・母君と・・・」

最後の最後まで。タロウはルミエルを母と呼ぶことはなかった。ヴァンドレは悔やみ、恨みがましさの少し混ざった複雑な視線をタロウに向けた。

「俺は嘘をつけない。俺はルミエルを母だとは今でも思っていない」

タロウの言葉は冷たく言い放たれたように、その場にいる者には聞こえただろう。

冷淡で抑揚のない、感情のこもっていない言葉。それが神竜なのか? そう誰もが一瞬思った。

だが直後、タロウは近くにあった瓦礫に無言で剣を振り下ろした。

それは無意味な破壊には見えなかった。

怒りだ。やりきれない、行き場のない怒りがそこに確かにこもっていた。

「神竜様・・・」

ヴァンドレたちはこの時、静かに感じ取った。

タロウはたしかにルミエルに優しい言葉をかけてやることはなかった。いや、できなかった。

だが彼は、ルミエルの死を悲しむことができる人なのだ。

誰かのために怒ることができる人なのだ、と。

 





じか~い じかい 

『タロウ。僕とキミは友だ。そう、友だよね?』
『これが紋章士の力。エンゲージの力』
『これは紋章士の力・・・なのか?』

エン4話「花の風車村」というお話


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エン4話 花と風車村

ルミエルの死は深い悲しみを避けられないものだった。

皆で彼女を弔い、彼女の死に涙を流した。

タロウだけは涙を流すことができなかった。それが感情の崩壊なのか、それとも周りの悲しみへの困惑なのか、自身の感情への整理がつかないためなのか。

それは外から見て誰にも察することはできなかった。

「ところでアルフレッド。お前達はどうしてこんな夜中にこの城に来た?」

唐突にも聞こえるタロウの問いに困惑するアルフレッド。まるで襲撃と同じタイミングに救援に現れたアルフレッドたちを疑うような言葉にも聞こえてくる。

空気を読まない発言だが、たしかに説明は必要だ。そう考え、アルフレッドは話しにくそうに口を開いた。

「実は母上、フィレネ女王の使いで神竜王様に救援を求めに来たんだ。少し前からフィレネ王国に化け物が現れるようになってね」

異形兵はミトスの地だけでなくフィレネ王国にも現れていた。

「こんな時にすまないが神竜様。我が国に手を貸してくれないか? 共に来てほしいんだ。フィレネ王国に」

「そうか。わかった」

タロウの即答にアルフレッドは困惑した。タロウがルミエルの死に動揺していないように感じたことに違和感と小さな嫌悪感を覚えたからだ。

「いいのかい? 自分で言っておきながらも、少し強引なように思えたんだが」

「問題ない。ルミエルは奴らから邪竜の力を感じたと言っていた。異形兵はかつて邪竜に与した化け物なのだろう? ならば敵の手掛かりを探る絶好の機会だ」

「そ・・・そうか。すまない」

吐き捨てるように言ったタロウの言葉に、アルフレッドは心の中で深く謝罪した。タロウは無関心ではないのだ。しっかりとルミエルの死への怒りを燃やしながら、冷静に状況と向き合っていたのだ、と。

「それにお前の国にも紋章士の指輪が託されているのだろう? その回収も俺の役目だ。道中の道案内、任せたぞアルフレッド王子」

「ありがとう神竜様。それによければアルフレッドと呼んでくれ。君には幼い頃からよく会いに来ていたから。なんだか“友”のように思えるんだ」

「そうか。俺もお前のことを“お供”だと思っている」

 

こうしてフィレネ王国への救援要請を正式に受けたタロウたち。

一行はリトスの地を出て海を越え南西へと進み、フィレネ城を目指した。

実り豊かで平和を愛するフィレネ王国はのどかで美しい草原が広がっていた。

だがその道中、平和を害する者たちが現れた。王城のすぐ隣に位置するフルルの風車村が、異形兵たちに囲まれていたのだ。

「なんということだ! ここは平和な村だったのに。一刻も早く討伐しないと。手を貸してくれるかい!?」

村を襲う異形兵たちを前に、アルフレッドはタロウに手を差しだした。

が、そこにタロウの姿は既になかった。

「タロウ?」

「神竜様でしたら、さきほど紋章士の指輪を付けられてエンゲージされました。聖戦の紋章士の指輪を」

苦笑いしながら答えたのはヴァンドレ。そして彼の指さす先に“それ”はあった。

 

「ハーハッハッハッハ!」

高笑いが聞こえてくる。それになにか赤い馬車のようなものも。

いや、アルフレッドとしては見たことがない物だったため、思わずそう思ってしまっただけだ。

屋根が無いから馬車と言うよりか牛車だろう。車輪が2つしかない。そんなものも見たことが無い。そもそも牛にも馬にも引かれていない。

そんな見たこともない物にまたがって乗っているのは間違いなくタロウ。

「やあやあやあ! 祭りだ祭りだ! 踊れ! 歌え!」

タロウのインパクトに気圧されて気付かなかったが、そう言えばタロウの周りでクランとフラン、エーティエとブシュロンが舞い踊っている。何かよく分からない長い布をはためかせながら。困惑しながら。

「袖振り合うも他生の縁。

躓く石も縁の端くれ。

共に踊れば繋がる縁。

この世は楽園!

悩みなんざ吹っ飛ばせ!」

吹っ飛んだ。たしかに緊迫した空気が吹っ飛んだ。

あと、タロウがよく分からない乗り物を発進させた。すごいスピードで。早すぎる。

で、それに轢かれて異形兵たちが吹っ飛んだ。

 

「お兄様!」

その時、村の方から一人の少女が走ってきた。ひどく怯え、慌てた様子で。

「セリーヌ! どうしてここに? 母上と城にいるんじゃなかったのか!?」

それはアルフレッドの妹であるフィレネ王国第一王女セリーヌだった。

「大変なの! お城にイルシオン軍が進軍してきているわ! お兄様にそのことを伝えるために。でも港に向かう途中で囲まれて。わたしを逃がすためにルイとクロエが残って戦っているわ! お願い、二人を助けて!」

セリーヌの必死の懇願に兄として落ち着いて答えたいアルフレッドだったが。

まずはセリーヌがタロウに轢かれなかったことに安堵する自分がいた。

次にルイとクロエも轢かれずにいてほしいと切に願う自分がいた。

そして、なんかおそらくイルシオンの敵将らしき人影が吹き飛ばされていることに驚く自分がいた。

「うん・・・どうやらめでたしめでたし、みたいだね」

 

その後、遅れながらも村に到着したアルフレッドたち。

ルイやクロエもそうだが、村人たちにもケガはないようだ。

「タロウ! 無事・・・というか、ケガは無・・・いようだね」

本心としてはタロウ以外の身を気にかけていた手前、本人に何と言って声をかけていいかわからないアルフレッド。

タロウは戦い前のテンションがどこに消えたのか、少し困惑した様子で周りを見回していた。

「おい。今ここに来るまでに女を見なかったか? 小柄で、長い髪で」

アルフレッドにはよく分からなかったが、タロウは人探しをしているようだった。

他人に深く入れ込むタイプには見えないタロウにしては珍しい様子だ。

『ナンパかな? いや、それは絶対にないな』

アルフレッドはコンマ秒だけ浮かんだ自分の考えをコンマ秒で否定して首を横に振った。

 





じか~い じかい

『神竜様、微力ながら私もお力添えをさせていただきます』
『兄上、神竜様はこのような御方でしたのね』
『・・・兄上よりも蛮族寄りの思考?』

エン5話「王城奪還」というお話


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エン5話 王城奪還

タロウたちがフィレネ王城にたどり着いた時、城は既にイルシオン軍に占拠されていた。

「母上!」

「お母様!」

王城を斬り進み、たどり着いた先にはイルシオン軍に捕えられた女王の姿があった。

「あら、王子様方のご帰還。王女が指輪を持っているかは直接確かめることにしましょ」

「あの子たちに手を出さないでください!」

女王の必死の懇願に、イルシオン軍の女将は嬲るような不敵な笑みを浮かべた。

「なら指輪の在処を吐いてくださいな」

「それは・・・」

「指輪は俺とアルフレッド、セリーヌが持っている」

敵の問いに平然と告げたタロウ。あまりにも呆気なく飛び出た情報にアルフレッドたちどころか敵すらも唖然とした。

「な、タロウ! 何故そんなことを言うんだ!?」

「? 聞かれたからな」

「だからと言って・・・言っていい事と悪い事が」

アルフレッドの困惑する様子がますますタロウの言ったことの信憑性を敵に伝える結果になった。敵将はますます苦笑いするしかない。

「ご・・・御丁寧にありがとう。え? 待って、貴方は・・・いいえ、他人の空似ね。こんなところにいるはずがないもの。お前、何者なの?」

「神竜、タロウだ」

迷いなく自己紹介できるイイ子。そんな風に思ってくれる敵はおそらくいないだろうが、タロウイイ子。だから何だ! と、アルフレッドは頭を抱えた。

「神竜? 嘘をつかないで。ルミエルの他に神竜がいるなんて聞いてないわよ」

「俺はルミエルの息子だと聞いている」

あれだけストレートに情報提供してくれるタロウが急に曖昧な回答をしてきたことに膝をガクッとさせる敵将。

「息子?・・・あの女、いつの間に子を成していたというの? まあいいわ。それなら、ルミエルの安否を知っているわよね? 神竜ルミエルはこの前の襲撃のあと、どうなったのかしら?」

「ルミエルは死んだ」

あまりにもストレートに淡々と告げたタロウ。これには誰よりも捕らえられた女王が一番に驚いた。

「そんな、神竜王ルミエル様が!?」

「ああ。どうやら襲撃の事を知っているのなら、お前たちだな? 襲撃犯は。そしてイルシオン王国は邪竜と異形兵と結託し、指輪を奪った張本人だな?」

「そうよ。いろいろ教えてくれたお礼に教えてあげる。私たちイルシオン王国はソンブル様を復活させたわ」

「そ、そんな・・・邪竜が・・・」

「だろうな。そんなこと想定の範囲内だ」

邪竜復活の情報に困惑するアルフレッドたち。だがタロウは憮然な態度を崩さなかった。

「ルミエルの子。あなたまで目覚めたのは、ひょっとするとソンブル様復活がきっかけかもしれないわね。私たちのおかげで眠りから覚めたのかもしれないってこと。感謝してくださいな」

「何を言っているんだ? 根拠も出せないくせに因果関係を語ろうとするな。アンタは自分の頭の出来以上の問題に口を出して、その気になっているだけだ」

すごい。アルフレッドは感心した。敵将の嫌味には苛立ちを覚えるが、即座にその上から殴りつけるように反論するタロウにはいっそ清々しさを覚えた。しかもそれは悪口の反撃ではない。おそらく彼が本気で思っていることだ。そのことはアルフレッドやヴァンドレがよく知っている。

「あの女の子にしては減らず口が上手ですこと。でも今は貴方の相手をしている時間はありませんの。私はこれで、失礼いたしますわね」

相手もなかなかに心臓が強いようだ。敵将はそう言い残し、部下にはタロウたちから指輪を奪うように言って去っていった。

「逃げ足だけは早いようだ。さっさと雑魚を片付けて女王を助けるぞ」

タロウの号令にアルフレッドたちは「おう!」と応え、武器を高く掲げた。

 

「お供たち、エンゲージだ!」

タロウの呼びかけにアルフレッドとセリーヌはそれぞれの指にはめた紋章士を呼び出した。

「この身を捧げよう」

「紋章士様、お願いします」

「「エムブレム・エンゲージ!」」

アルフレッドは紋章士シグルドと、セリーヌは紋章士セリカと。それぞれがタロウから託された顕現の力でエンゲージした。

紋章士の力が形となり、2人の装備を新たなものへと変えていく。

この時、アルフレッドは小さく期待していた。

タロウがフルルの村でエンゲージしていたように、紋章士シグルドとのエンゲージであの牛車のような乗り物が自分の前に現れるのだろうと。あの超スピードで敵を撃破できるのだろうと。

あの時のタロウのように。イメージのままに両手を前に出すアルフレッド。

「お兄様?」

「アルフレッド王子、何をしてらっしゃるのですか?」

周りの指摘にアルフレッドは気付いた。自分があの乗り物に乗っていないことに。

「まさか、エンゲージできなかったのか?」

「いや、エンゲージはできているようですよ」

ヴァンドレの指摘の通り。アルフレッドの体には力がみなぎっていた。そして背中には何やら小さな風車のようなものがついた装備を背負っていた。

セリーヌも同様に何やら不思議な鉄球を周りに浮かべている。そして2人ともに体が少し浮き上がっていた。

「そ、そうなのか。タロウと違う姿になったからてっきり。どうやらエンゲージは人によって姿形が変わるようだね」

頬を少し赤らめながら冷静に分析するアルフレッド。だがその分析にシグルドの声が待ったをかけた。

「そういうわけではない。エンゲージは誰もが同じ姿になる。とはいえ神竜は紋章士の力を全て引き出すことができるのだ」

シグルドの言葉にアルフレッドは「そうなのか」と納得を見せた。

だがシグルドは最後に小さく呟いた。

 

「だが千年前のタロウは、あのような姿になることはなかった。何が起こっているのか。それは私たちにもわからない」

 




じか~い じかい

『神竜様の視線いただきました!』
『神竜様より鍛錬の機会、いただきました!』
『・・・し、神竜様より・・・がくっ』

エン6話「奪われた指輪」というお話


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エン6話 奪われた指輪

タロウ、アルフレッド、セリーヌのエンゲージの活躍もあり、いつもの異形兵のように蹂躙されたイルシオン軍は即撤退。フィレネ城は解放された。

女王は感謝と共に紋章士の指輪を愛と信頼と感謝を以ってタロウに献上。

そしてフィレネ王国に密かに託されていたもう1つの紋章士の指輪を返還する意思を示した。その保管場所はブロディアとの国境にある祠。

祠への案内役を申し出たアルフレッド。彼はそのままタロウに同行する決意を示した。

「僕は戦を終わらせる力となりたい。平和のために戦うこと。そして、神竜様と共に旅立つことをお許しください。いいかい、タロウ?」

「足手まといにならなければ構わん」

我が子を戦いに向かわせることになる母親の目の前で平然と言い放ったタロウの物言いに、女王は困惑しながらもアルフレッドの旅立ちを許可した。

さらにセリーヌもまたタロウとアルフレッドと共に旅立つことを決意。その臣下もタロウの仲間に加わることとなった。

「神竜様のお力になれるよう頑張ります」

「そうか。今よりもっと頑張れ。今のお前たちでは全く駄目駄目だ」

相変わらずの辛辣な点数付けに頭を抱えるヴァンドレ。手厳しい洗礼に戸惑うセリーヌ。そんな状況にアルフレッドは困惑しながらフォローに入った。

「タロウ、友として言わせてもらおう。厳しいだけでは駄目だ。嘘でも少しは褒めて伸ばそうとしたほうがいい」

「俺には嘘の意味が分からない。駄目なものは駄目だ」

キッパリ断言されてしまい、何を言い返しても無意味だと諦めてしまったアルフレッド。

他の面々もすっかり黙り込んでしまい、葬式のような静けさに包まれたままの旅立ちとなってしまった。

 

道中も沈黙の行軍。案内人のアルフレッドを先頭にタロウ、ヴァンドレが続く。

が、その後ろが大きく離れていた。竜の守り人であるクランとフランですらタロウの特訓を避けて後方に隠れているくらいだ。

そんな後方組はエリーゼを筆頭に家臣たちが控え、ヒソヒソと声を潜めながらも楽しそうな雰囲気が漂っていた。

「神竜様があんなにも強烈な御方だったとは知りませんでした。伝承では高貴でお優しい方だと聞いていましたが」

穏やかな顔で微笑みながら、その大きな鎧でクランとフランを隠してあげているのはアーマーナイトのルイ。

「たしかに武勇はお噂通りでしたわ。いえ、想像していた以上の無双っぷり。とはいえ私たちまで巻き込まれてしまいそうでしたが」

貴族らしい清楚な佇まいながらも鍛え上げられた腕で弓の調節を行っているのはアーチャーのエーティエ。

「私は素敵な方だと思いますよ。まるで御伽話から出てきたみたいで」

うっとりと手を合わせて感激して、他の家臣たちと少し違う感性でタロウと見ているのはペガサスナイトのクロエ。

「そ、そうなのか? 御伽話の王子様や騎士なのか。まぁアルフレッド様も王子っぽくないところもあるし」

ボヤきを混ぜながら頭を掻くのは非常に筋肉質なアクスファイターのブシュロン。

元から同じ立場とはいえ、やはり各々のコミュニケーション能力の高さから衝突することなく自由な意見交換が行われている。

この温度差のある一団は野原を越え、山を越え、夜になったころにようやく祠のある地区にたどり着いた。

 

「もう少し北上すれば指輪のある祠にたどり着くよ」

人里から離れたこともあり、道も徐々に険しくなってきていた。人が出るよりも獣や化け物、蛮族の類が出てきそうな景色が広がっている。

そんな夜の山道に、一人の女性がうずくまって泣いていた。

「私としたことが、なんというミスを」

何か困りごとのようだ。アルフレッドが声をかけると女性は驚きの表情を浮かべ叫んだ。

「やっぴーーー! 助けが現れましたぞー!」

アルフレッドは自分の耳が勘違いしたように心配した。女性の見たことのない喜び方に。

「先ほど、落とし物をしてしまったのでござるよ。人もおらぬしすっかり困り果てており。ああ、わたくしめはユナカと申す者です。お二人とも、よろぴっぴ」

どうも独特なクセの持ち主のようだ。だがその軽快な発音には怪しさや危なさは感じられない。悪い人ではなさそうだ。

そんなユナカがこんな場所で無くしたもの。それは言葉を話す指輪。

「紋章士の指輪だろうな。何故お前が持っている?」

「わたくしめは旅をしているのですが。国境付近で女人の助けを求める声が聞こえてきたのです。そこには指輪があり、手に取ると今度は『私を神竜様のところに』と言うではありませんか」

「俺のところに? まぁそうだろうな」

「しかし途中で賊に襲われ、全力疾走している間に指輪が無くなっており・・・ん?」

説明に夢中になっていたユナカだが、タロウの反応にふと手を止めて目を丸くした。

「私は今、神竜氏の話をしておりますが?」

「だから俺のことだろう? それよりフィレネ王家の管理はどうなっている? 指輪は祠にあるはずじゃないのか? 管理体制が駄目駄目じゃないか!」

タロウがさらっと神竜発言をしたことに口をパクパクさせるユナカ。しかもタロウの指摘の矛先がアルフレッドにある状況から、ユナカは目の前のアルフレッドがフィレネ王家の人間なのだということにも気づき、ますます口をパクパクさせた。

「まぁいい。さっさと指輪を探すぞ。案内しろ」

「え!? わかり、かしこまり申した!」

情報の嵐にユナカのテンションが乱されている。心臓が保たないのではないか?とアルフレッドが心配する中、一行は指輪の捜索に向かうことになった。

 

結果として、そう難しい話ではなかった。

指輪はユナカを襲おうとしていた賊が拾っていた。

タロウの高笑いに賊が気付き戦闘開始。

哀れ賊は一網打尽。とはいえ賊は村を襲い人々を殺し、その廃村を根城にしていた悪党ども。同情の余地はない。

「さすがでございますぞ神竜氏!」

「お前もやるじゃないか。53て・・・ん」

戦い方について言及しようとしたタロウが口を濁したことにユナカは首を傾げた。

「どうかされましたか神竜氏?」

「・・・俺は嘘をつけない。やはりお前の戦い方は53点だ」

「左様でございましたか。それが嘘と何の関係が?」

嘘というワードに引っ掛かりながら、ユナカはそれがタロウの表情の暗さの理由と何か関りがあるのだと察した。

「俺はみんなから嫌われているようだ。嘘をつけないから、傷つけてしまっているのだろう」

「嘘を?」

つぶやくように本心を告げたタロウに、ユナカは傾聴の姿勢を見せた。

「真実には価値がある。そう思っているのだが、俺には幸せというものが分からん。人を幸せにして幸せを学ぼうと思っているのだが。真実は人を幸せにしないようだ」

「う~ん。優しい嘘ということですな。難しい」

「嘘は優しいのか?」

「そうとも言えませぬが・・・やはり嘘つきは信用できないと思われて仕方ないものでしょうか」

腕を組んで悩み始めるユナカ。

だがタロウは逆に何か思い出したように顔を上に向けた。

「どうされましたか神竜氏?」

「誰かに聞いたことがある。月は嘘つきだ。実は自分では光っていない。太陽の光を反射しているからな。だが、太陽より月の方が信用できる。見つめることができるから、と」

「・・・素敵な言葉ですな」

「俺もそう思う。どのみち、俺に嘘はつけないがな」

自虐的につぶやくも、タロウの表情は先程より明るくなっていた。

その様子にユナカも何かを決意したように立ち上がった。

「実はわたくしめは謝らなくてはなりませぬ。指輪は拾ったのではなく、わたくしめが祠から持ち出したのです。旅の資金が欲しくて忍び込み。高く売れそうだと思って持ち出してしまったのです。ごめんなさい」

嘘をつかないモードのタロウのように全てを打ち明けたユナカ。タロウの方をまともに見ることができないまま、彼女は深く頭を下げた。

その態度の変わりっぷりに困惑するタロウ。

「やはり嘘つきの言う事など信用していただけないでしょうな。ですがわたくしめは心から申し訳なく思っております。どのような罰も受ける覚悟はございます」

消えていくような声で謝罪するユナカ。

だが一方でタロウはいつもの調子を取り戻し、声高に宣言した。

「ならばその罰、俺も受けよう」

ユナカが驚き見上げる先で、フッと笑うタロウ。

 

そしてこの2人の会話をアルフレッドとヴァンドレは岩陰から静かに聞いていた。

 





じか~い じかい

『神竜氏、なにやらブロディアは厳しい国らしいですぞ!』
『これからもユナカめをよろしくお願いいたしまする!』
『え? わたくしめの出番・・・もうない?』

エン7話「闇の紋章士」というお話


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エン7話 闇の紋章士

ユナカの罰を共に受けることを誓ったタロウ。

「神竜氏。やはりわたくしめの罪はわたくしめで受けるべきでございます。神竜氏を巻き添えにするわけにはいきませぬ」

「気にするな。人を幸せにできなくても、人の不幸を減らすことはできる。それが今の俺にできることだ」

遠慮と後悔からタロウ止めようとするユナカ。だがタロウはお構いなしにズンズンとアルフレッドたちのいる広場へと歩いていた。

すると広場にたどり着く前にアルフレッドのほうからタロウたちのほうに近寄ってきた。その背後にはヴァンドレやクランとフランの姿もある。

「丁度いい所にきたお供たち。お前達に話がある」

「ああ。僕らも話したかったところだよ。いや、謝りたかったところなんだ」

そう言うとアルフレッドはタロウが反応するよりも早く深々と頭を下げはじめた。ヴァンドレやクランとフランはあまりにも深く、地面に頭がつくほどに。

この急な行動に困惑するユナカ。タロウも4人の行動が理解できず目を大きく見開いた。

「まず詫びたい。さっきタロウとユナカの話を盗み聞きしてしまったことを。それとキミが自分の正直さに苦しんでいたことに、友として気付けなかったことを謝りたい。すまなかった」

王子という立場の人間らしからぬ心からの謝罪を示すアルフレッド。続いてヴァンドレも声を震わせながら謝罪を口にした。

「私もです。神竜様の御心を察することもできず、ただ黙ることしかできなかった。守り人失格でございます。本当に、本当に申し訳ありません」

「僕たちも。神竜様が僕たちを鍛えようとしてくださる意味を知ろうともしないで」

「逃げてばっかりなんて、本当に駄目駄目な守り人です。本当にごめんなさい!」

凄まじい勢いで謝罪する4人の熱意に圧され、たじろぐことしかできないユナカとタロウ。

「いいや。俺は人の心を理解できていないから言葉が足りない。それに全く駄目な人間なんてものはいない。お前達はお前たちなりによくやっている」

「神竜氏は心が広い御方ですな。それに比べてわたくしめは、指輪を盗むような愚か者でございます。神竜氏、やはりお裁きはこのユナカめにだけ頂きたい」

自首するように両手を差し出すユナカ。そんなユナカにアルフレッドは「その必要はない」と手を横に振った。

「償いという話なら、もしよければ僕らに同行してくれないか? 先ほどのユナカの戦いぶりを見てもユナカほどの実力者がいてくれると助かる。それにタロウもキミとは話がしやすいようだ。話し相手としてもお願いしたい。無論、僕らも精進していく所存だが」

「わたくしめが神竜氏のお相手を!? そのような大役を・・・お断りするわけにもいきませぬ。不肖ユナカ、精一杯がんばりまする!」

宣誓したユナカ「よろぴっぴ!」と元気な挨拶と共に拳を突き上げた。

「ちなみにでございますが、神竜氏御一行はどこに向かって旅をしておりまするか?」

ユナカの当然の質問。タロウの返答はさも当然のように「邪竜退治」というものであり、ユナカは心臓が止まりそうになるほど驚いたという。

 

こうして新たなお供・ユナカが加わった。道中、タロウが単独行動でどこかに行って帰ってきたりすることはありながらも、一行はついにブロディア王国領へと足を踏み入れた。

周りの景色も辺り一面が岩だらけであり、生きていくには厳しい環境であることが分かる。

そんな国境付近はやはり厳しく警備が張られていた。

突如としてタロウ目がけて矢が飛んできたのだ。無論、タロウは容易く矢を斬り払うが、突然の奇襲に険しい表情を見せた。

「何者だ!」

「それはこちらの台詞ですよ。国境を越え、侵入してきたのはあなた方です。名乗らないなら賊とみなし討伐します」

国境警備兵だろうか。弓を構えた男がタロウたちに警告した。

「ほぉ、面白い。お供たち、名乗るぞ!」

何をどう面白がっているのか分からないまま、アルフレッドはタロウに言われるがまま「僕はフィレネ王国第一王子、アルフレッドだ」と名乗った。

「何を普通に名乗っている。ここは・・・うむ」

アルフレッドに文句を言いながらも、タロウは頭を押さえながら「神竜、タロウだ」と普通に名乗った。

「タロウ、キミだって普通じゃないか」

タロウの名乗りの平凡さにボヤくアルフレッド。

「神竜に、フィレネ王国王子?」

そう呟いた弓兵は突如として弓を置き、タロウたちの元に走り出した。

そして高く跳躍すると、五体投地の姿勢で着地した。ダイビング土下座ともいう。

「すみませんでしたー! 神竜様とフィレネ王子とはつゆ知らず、攻撃して申し訳ありませんんん!」

あまりにも見事な謝罪にタロウは「いい土下座だ。95点」と賞賛した。ちなみにアルフレッドはその反応に「土下座に高得点を出されても」と苦笑いした。

 

さて、その土下座弓兵であるが。その正体はブロディア広告第二王子スタルーク。

フィレネ王国からの書簡は届いており、ブロディア王の勅命でタロウたちを国境まで迎えに来ていたのだ。

だがこの周囲にも異形兵が出没しており、人間が現れたとしても賊の類ばかり。そのためタロウたちにも思わず威嚇を行ってしまったのだという。

「すみません、すみません。謝りついでに、迎えが僕なんかですみません」

「顔を上げてください。王子自らのお出迎え、感謝しています」

「ああ、いい人だ。王子である上に性格までいいなんて。でもその分、僕の薄汚さが露呈するので、あまり輝きを放つのはやめてください」

「あまり自分を卑下するな。お前の弓、鍛えればまだまだ伸びる。51点だ」

相変わらずのタロウの態度だが、スタルークは「やめてください」と首を振った。

「点数が高すぎます。それに僕なんかに使うなんて、数字に対して申し訳ないです」

アルフレッドは苦笑いするしかなかった。この2人は真逆すぎる。タロウの直射日光が強すぎてスタルークが消えてしまわないか心配になるほどに。

 

そんなスタルークの案内でブロディア城へと向かうことになったタロウたち。

ここを越えれば城にたどり着く、というグランスール大橋にさしかかった頃、タロウたちの目の前に現れたのはイルシオン兵たちであった。

「あれは、イルシオン兵です! 橋がイルシオン軍に占領されています!」

「毎度のパターンになっていないか?」

自国を侵略されているスタルークの緊迫感に同情できないわけではないが、タロウの言う通り最近、城の隣の土地が占領されがちだなぁと思うアルフレッドたち。

橋にたどり着くと、そこにはイルシオン兵を率いるド派手な少女がいた。

「あ、やっと来た。この私を待たせるなんてイイ度胸ね」

「何者だ、お前は?」

「私はイルシオン王国第二王女オルテンシア。皆さん、こんにちはー」

無駄に高いテンションで騒ぐオルテンシアに、タロウは「ああ。こんにちは」と平然と挨拶を返した。

「あ! もしかして、あなたが神竜サマ?」

「ああ」

「やっぱり! すぐわかったわ。他の人よりキレイだから。神竜ってルミエルだけだと思ってたけど、他にもいるなんて最近まで知らなかったわ」

人を舐めたような態度でタロウと相対するオルテンシア。だがタロウは「そうか」と冷めた言葉で返した。

「さ、神竜サマ。持ってる指輪をぜーんぶ出して。そしたら殺さないでいてあげる」

「? お前は何を言っているんだ?」

「だってあたし、そっちの指輪と同じ力を使っちゃうんだもん」

そう言って勝ち誇ったようにオルテンシアが掲げたのは紋章士の指輪であった。おそらくルミエルが殺された日に奪われた指輪の1つだろう。

そしてオルテンシアは指輪から光を放ち、赤い光を纏った紋章士ルキナを顕現させた。

「びっくりした? 紋章士を顕現できるのはあなただけじゃないのよ神竜様。邪竜も同じように紋章士を顕現できるの。あなたたちと同じことができるのよ!」

「そんな! 邪竜までもが紋章士の力を使えるのか」

まさに闇の紋章士。邪竜の手に堕ちた紋章士を前にアルフレッドは頭を抱えた。

だがタロウはこの光景に首を傾げた。

「あら神竜サマ。ショックで声も出ないのかしら?」

「いや。お前がどうしてそんなにも偉そうにしているのか意味がわからん」

「負け惜しみ言っちゃって。神竜サマもわからずやね」

鼻で笑うオルテンシアだが、タロウはそれすらも鼻で笑って返した。

「そうか。お前は自分がまるで駄目なことに気付いていないようだな」

「なによ? そっちこそ何が言いたいのよ」

タロウの物言いの高慢さにムッとして睨むオルテンシア。

そんな彼女にタロウは腕を組んで言い放った。

「お前もこちらと同じことができる? それはつまりお前ができることを俺たちは4人もできるということだ。数の劣勢を理解できないお前が駄目でなくて何と言うのだ!」

タロウの指摘に「あ・・・」と口をパクパクさせるオルテンシア。本気で紋章士の顕現だけを勝機の根拠にして、相手の神経を逆なでする発言をしていたようだ。

 

そんなオルテンシアを見ながらアルフレッドは思った。

『これがイルシオンの第二王女。そしてブロディアの第二王子があのスタルーク。うん、うちの王位継承二位、僕の妹がマトモでよかった』

 

 





じか~い じかい

『僕なんかが次回予告を仰せつかるなんて、なんて勿体ない』
『こんな責任重大な事、僕なんかに任せちゃいけません』
『ああ。太陽がまぶしすぎて僕の駄目なところが鮮明になってしまう』

エン8話「勇ましき王国」というお話


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エン8話 勇ましき王国

タロウのエンゲージを前に、特に見せ場も無く蹂躙されたオルテンシアはイルシオン軍と共に撤退していった。

そして一行がたどり着いたのはブロディア王城。城門の前には勇ましい一人の男の姿があった。

「待っていたぞ神竜様。私がブロディア王国第一王子ディアマンドだ。あなたのお噂は耳にしている。お会いできて光栄だ。それからフィレネ王国のアルフレッド王子、遠路はるばる、我が国にようこそ」

ディアマンドはスタルークとは正反対に堂々として凛々しい立派な王子であった。なるほどスタルークが劣等感を抱いて育つわけだ、と納得できる好青年だ。

挨拶もそこそこにイルシオン軍の襲撃を聞くとすぐさま城の守りを固めるため兵士たちに指示を出していった。

父王のブロディア国王も現場には顔を出したが、その存在が不要なほどにディアマンドはテキパキと動いていた。

「ほぉ、やる男だ。83点」

「評価、感謝する神竜様。戦時故に簡略して申し訳ないが、我がブロディア王国に託された紋章士の指輪をお返しします」

ディアマンドが差し出したのは封印の紋章士の指輪。タロウが顕現させると立派な若獅子の王子・ロイが姿を現した。

これでリトスの地にあったマルス、シグルド。フィレネ王国のセリカ。ユナカが回収したミカヤ。5人の紋章士がタロウの元に揃ったことになる。

「これで5人のお供が集まったか」

「そういうことになるね。ところで聞いてもいいかい? 今『お供』と聞こえたが。以前僕の事を友と言っ・・・」

「報告です!」

その時、アルフレッドの質問を遮るようにブロディア兵が大急ぎで走ってきた。

「イルシオンのものとみられる竜騎兵がブロディア王城に接近中! 弓兵部隊の攻撃を躱し、こちらへ向かってきます!」

「来たか。おいディアマンド。この指輪はお前がエンゲージしろ」

「私に託してくれるのか? ありがたい」

ディアマンドは判断に迷うことなくタロウから指輪を受け取り、イルシオン軍の侵入に備えた。

 

それから数分もしないうちに、赤い夕暮れの光が照らす中をイルシオン軍が飛来してきた。

軍を率いていたのは女将。

「私はイルシオン王国第一王女、アイビー。貴方たちの指輪とその命、いただくわ」

第一王女ということはオルテンシアの姉にあたるのだろう。こちらも妹とは正反対で落ち着いた口調と物腰で、こちらを見下すことなく冷たい視線を送る女性だった。

「投稿するなら今のうちよ。じきにイルシオンの兵たちがここに来るわ」

「ほぉ、面白い。腕が鳴るじゃないか」

剣を掲げ、紋章士の指輪を構えるタロウ。その姿にアイビーはふと視線を落としてタロウに話しかけた。

「貴方が神竜タロウ様? 妹が言っていた通り、なんて綺麗。お会いできて嬉しいわ。でも私は貴方を殺さないといけない。悲しいことだわ」

「悲しいなら戦わなければいい。覚悟がないのなら引っ込んでいろ!」

「そうはいかないの。残念だわ」

どこか戦いの覇気がないアイビー。だがその実力は本物であった。

 

戦いが始まるや、王城の広間は剣と魔法が入り混じる大混戦に入った。

屈強なブロディア兵に負けず劣らずのイルシオン軍。そこにアイビーも紋章士を顕現させて参戦していった。

「お供たち。エンゲージだ!」

タロウの呼びかけにアルフレッドはシグルドと。セリーヌはセリカと。ユナカはミカヤと。ディアマンドはロイとエンゲージしていく。

「これが紋章士の力、凄まじい。そして紋章士の力を悪用するとは邪竜、許せないな」

己の姿が青い光に包まれ、力が溢れることに感動するディアマンド。敵のアイビーが顕現させた紋章士が赤く邪悪な光に包まれていることに彼は怒りを覚えた。

だがその時、ディアマンドはふとタロウの方を見た。

「・・・アルフレッド王子、ちょっといいか?」

戦いの最中、話しかけることはよくないことだと分かっているが、ディアマンドはそれを止めることができなかった。

「どうしたディアマンド王子?」

「神竜様のエンゲージのお姿は、我々とかなり違うようだが」

そう言ってディアマンドが指さした先。タロウはエンゲージした姿で戦っていた。見たことのない赤い鎧と兜を身に着け、バッサバッサと敵をなぎ倒していく。時折、よく分からない高笑いを上げながら。

「僕も最初はタロウと同じように戦えたらいいなと思ったさ。でも紋章士の力の一部を借りている僕たちと違って、神竜様は力を全て引き出すことができる」

「そうなのか。いや、私は一瞬・・・」

あの赤い姿は、まるで敵の紋章士のようだ。

そう言いかけそうになったディアマンドは自分でもハッとなって口を閉じた。

『私は何を馬鹿なことを。神竜様の強さに嫉妬でもして、おかしなことを考えてしまったのだろう。まだまだ私も未熟だ』

そう自分に言い聞かせ、再び顔を上げて剣を構えたディアマンド。

だがその十数秒の葛藤の最中、事態は激変していた。

「何をしているディアマンド。ボーッとするな」

戦いは既に終わっていた。

アイビーは逃げ去り、彼女が落とした紋章士の指輪をタロウが回収。そこから6人目の紋章士リーフを顕現させていたのだ。

「・・・戦いが終わった?」

「ああ。いつもより時間がかかったけどね」

頭の整理が追い付かないディアマンドの横で、平然と言ってのけるアルフレッド。いつもはもっと短時間で? そう考えると余計にディアマンドは混乱した。

 

そのせいもありディアマンドはその後の話のほとんどを聞き流してしまっていた。

イルシオン王が自ら軍を率いて国境に現れ、ブロディア王との決戦を申し出ていることを。

勇猛なブロディア王もまたこの挑発に応じ、自らが前線に出向くことを決意してしまったことを。

そして父である王が、武力の国・ブロディアの矜持を以って、指輪の力を借りることなく戦いに挑むことを決めてしまったことを。

 





じか~い じかい

『皆、次回予告というからにはちゃんと次回の話をするべきだ』
『父上、かならずやブロディアに勝利と未来を!』
『神竜様、大丈夫ですか!?』

エン9話「激突」というお話


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エン9話 激突

ブロディアの軍勢が国境に到着したのは日を跨いだ頃だった。

常冬の国イルシオンとの国境は雪に覆われた広大な平原。

今まで見たことのないほどの大量の異形兵を揃え、イルシオン軍はブロディア軍と相対した。

「ディアマンド王子、戦況は?」

「父は決戦の地点へ向かった。私たちは候補待機との指示だ」

この戦いで何かがあれば王国の存亡に関わる。故にアルフレッドやディアマンドといった王子たちは前線から外されていたのだ。

それはタロウも同じ。後方の砦に控え、戦いを見守るように言われていた。

「ところで神竜様は? 勇猛果敢なあの方が飛び出してしまわぬかと私は心配していたのだが」

会って数日でありながらタロウの蛮勇とも言える性質を理解したディアマンドは周囲を見回してアルフレッドに尋ねた。

「ああ。そのことなんだが」

ディアマンドの問いに口を濁すアルフレッド。視線を外したその態度にディアマンドは「まさか」と顔を青ざめさせた。だがアルフレッドは即座に「いや、前線に向かってしまったわけではないさ」と否定した。

「ゴホゴホゴホ」

砦の方から誰かが咳き込んでいる音が聞こえてくる。気の毒になるほど酷い咳に、ディアマンドは思わずアルフレッドから目をそらしてソチラを見てしまった。

「し、神竜様!?」

そこにいたのは普段のハイテンションが反転してしまったかのような、ザ・体調不良のタロウの姿だった。

ヴァンドレに肩を担がれ、フラフラとした足が雪にとられて転びそうになっている。

「神竜様! お怪我はありませんか!」

心配するヴァンドレに、タロウはうわごとのように「やあやあやあ まつりだ まつりだ」と呟いている。相当重症のようだ。

「神竜様、一体どうされたというのだ?」

「タロウのこの様子は今朝からなんだ。心労がたたったのではないかと思う」

首をかしげるディアマンドに、ヴァンドレは目頭を押さえながら口を開いた。

「記憶を無くされ、目覚められた翌日に母君のルミエル様を亡くされ。その悲しみを背負われたまま今日まで走り続けてこられたのです。さらには我々を鼓舞し、前線で剣を振るわれ、誰よりも多く戦ってこられた。神竜様の体は既に悲鳴を上げられていたのでしょう」

不甲斐ない自分を戒めるように声を落とすヴァンドレ。

タロウを労り、彼を囲むアルフレッドたち。

そんな彼らがタロウに気を取られている間に、戦いは始まっていた。

 

激突する両軍。大将である2つの国の王も一騎討ちに入っていた。

当初、イルシオンが罠を張り、矜持の無い戦いを始めるのではないかと危惧していたディアマンドたち。

だがフタを開けてみればなかなかに武闘派なイルシオン王。素手でブロディア王と渡り合い、正々堂々とした勝負を繰り広げていた。

とはいえやはり素手。剣を操るブロディア王に分があるように見えた。

「さすが父上」

「いや、待て!」

スタルークをディアマンドが諫めたその時、事態は急変した。

イルシオン王が渾身の力でブロディア王の剣を止め、顕現された紋章士がブロディア王を射抜いたのだ。

「「父上!」」

雪原に倒れたブロディア王。イルシオン王は配下の兵に命じてブロディア王を捕らえて撤退し始めた。

 

「くっ、父上を連れ去るとは、何を考えている! イルシオン王を追うぞ!」

ディアマンドが指揮を執り、全軍でイルシオン軍を追うことになったブロディア軍。

だがその目の前にアイビーが異形兵を引き連れて足止めに入った。

「ここは通さない。私だってお父様のことを・・・」

「退け! アイビー王女!」

「退く選択肢があると思うの? 私は残るしかない。負けるとわかっていても。死ぬとわかっていてもね」

アイビー率いる異形兵と交戦に入ったディアマンド。

 

戦いは長引いた。

決死隊となったアイビーたちの奮闘もさることながら、タロウが戦えないことでいつもよりも苦戦したことも、アルフレッドたちにそう感じさせる要因だった。

「私の負けよ。殺しなさい」

捕らわれたアイビーは潔く負けを認め、死を受け入れていた。

ブロディア王が拉致されてから時間が経っている。今は刻一刻を争う状況。アイビーがイルシオン王たちの行く先を知っているかもしれないが、正直に話してくれるはずもない。

ならばここでアイビーをすぐに殺し、先を急ぐべきだろう。

即決したディアマンドは剣を振り上げた。

その時、ヴァンドレの背でぐったりとしていたタロウが声を上げた。

「待て。殺すな」

「神竜様!?」

待ったをかけたタロウの言葉にディアマンドは剣を納めた。

「甘い御方ね神竜様。ここで私を殺さないと、また襲いに来るかもしれないわよ」

「覇気もない。惰性の捨て駒のお前にその覚悟はあるまい。父王を信じ、最後まで国のために命を散らす心はとうに折れているのだろう?」

覇気のなさは今のタロウのほうが上だろうが。タロウに心の奥を見抜かれ、アイビーはその場で膝をついた。

「酷い人」

「・・・そうか、やはり俺は酷いか」

また本音の真実で相手を傷つけたことに小さく落ち込むタロウ。だがアイビーはむしろ清々しい表情で顔を上げた。

「でもやっぱり貴方は私の神様だわ。見逃してくれるお礼に教えてあげる。お父様は邪竜ソンブルが力を取り戻すための儀式をしようとしているわ。王の生き血を贄として。最初からソンブルに捧げるためにブロディア王を連れ去るのが目的だったの」

「なっ!?」

アイビーの口から語られたイルシオン王の真の目的に驚愕するディアマンドたち。

「儀式の場所はイルシオンのデスタン大教会。行くなら急ぎなさい。それからくれぐれも気を付けて。邪竜が復活してからお父様は変わってしまったわ」

全てを語り終え、まるで肩の荷が下りたように楽な表情を浮かべたアイビーは静かに去っていった。その去り際にタロウに向けて小さく微笑みを向けながら。





じか~い じかい

『皆気付いてると思うけど、私は後で仲間になるタイプなの』
『こっちは家臣のゼルコバよ。ただ今回は台詞がないの』
『他にも登場すらできなかった人たちのことも、よかったら調べてあげてね』

エン10話「邪竜ソンブル」というお話


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エン10話 邪竜ソンブル

アイビーに教えられたイルシオン王国の闇の計画。

邪竜ソンブルの力を取り戻すため、ブロディア王を贄に捧げる儀式が行われようとしている。

イルシオンの厳しい吹雪の洗礼の中で、父を救うべく奮起するディアマンドとスタルークを先頭に一行は進んでいた。

一刻を争う状況だが2つの懸念がある。

1つは未だ体調不良から脱していないタロウ。アイビーへの説得の際には元気を振り絞っていたようだが、今はその搾りかすしか気力が残っていないようで、ヴァンドレの背でぐったりしている。

もう1つ。これが最大の問題。

儀式が行われるというデスタン大教会がどこなのか分からないのだ。

仲間たちにイルシオンの地理に明るい者がいない。辛うじてイルシオン軍の足跡を追ってはみたものの、この吹雪であらゆる痕跡が消えてしまっていた。

「まいったな。これでは目の前の方角すら怪しい」

「迷っている暇はないというのに」

ブロディア王を救うどころか大教会にたどり着くこともできない現状に歯噛みするディアマンド。

そんな彼らの道中に一人の少女が姿を見せた。

「え? タロウ?」

「お前は・・・ヴェイルか?」

アルフレッドとディアマンドは最初、少女を敵かと警戒したが、タロウの様子からどうやら彼の知り合いだと判断した。

「どうしたのタロウ、すっごく具合が悪そうだけど」

「問題ない」

絶対に問題ありそうなタロウの様子を心配するヴェイル。

「本当に大丈夫? どこか休めるところ探してこようか?」

「いいや。休んでいる時間は無い。俺たちはデスタン大教会を探している」

「大教会ならあっちだよ」

タロウの力になれると喜んだヴェイルは大教会に行く目印を教えた。

 

その後、デスタン大教会にたどり着いたタロウたち。

「急いで父上を救うぞ!」

「はい! 兄上!」

拳に力を込め覚悟を露わにするディアマンド。父を想う気持ちはスタルークも同じ。彼には珍しく声を張って弓を握りしめた。

「落ち着いてくれディアマンド。まだタロウもこの調子だ。全軍で突入するわけにはいかない」

アルフレッドの言葉にタロウは「俺なら大丈夫だ」と弱々しく反論した。

「そうだな。敵にとっても重要な儀式に攻め込むことになる。厳しい戦いが予想できる。神竜様を危険に曝すわけにはいかない。ここに残り、神竜様をお守りする者と2手に分かれるべきだろう」

「それならば我々が」

待機組には竜の守り人であるヴァンドレがクランとフランと共に名乗り出た。

「そうか・・・これを持っていけ」

そう言ってタロウはスタルークを呼び、紋章士マルスの指輪を渡した。

神竜直々に力を託されれば、いつものスタルークであれば恐縮して拒否するところだろう。

だが今日のスタルークは違った。真っ直ぐにタロウの方を向いて「承りました」と手を合わせた。

「お供たち。行ってこい」

 

こうして大教会に突入したディアマンドたち。

だが一刻と経たないうちに彼らは大教会から飛び出してきた。

血相を変え、狼狽と憔悴の色を濃くして。

「どうしたお前たち?」

「タロウ・・・すまない」

アルフレッドは多くを語ることなく、タロウを連れて急いで撤退を始めた。

 

撤退というより逃亡に近い。敗走の色は火を見るよりも明らか。

その最中、アルフレッドは息も絶え絶えに語り始めた。

大教会で何が起こったのかを。

全ては最悪の結果に終わった。

 

ディアマンドが突入した時には既に、ブロディア王の命は奪われ、その骸は異形兵と化していた。

苦戦の末、ディアマンドとスタルークの手により異形兵となったブロディア王は討たれた。だがそれも悲劇の序章にすぎない。

 

力を取り戻した邪竜ソンブルがイルシオン王もまた贄として命を奪ってしまったのだ。

この凶手による悪夢は、更なる力がソンブルに戻っただけでない。イルシオン王国を統べる王が死に、国の行末にも暗雲が立ち込めることになる。

 

さらに最悪なことに、この場にはルミエルを殺した張本人が姿を現していた。

その正体はヴェイル。彼女はソンブルの娘にして邪竜族の第一王女。

さきほど会ったばかりのアルフレッドやディアマンドも、彼女が同じ人物だとは信じられなかった。同じ人間であるとすれば、ヴェイルはタロウを騙して大教会に誘ったと考えられる。

だがその真偽を確かめるよりも早く、アルフレッドたちは紋章士の指輪を全て奪われてしまっていた。

 

ここからが悲劇の終幕。

全ての紋章士が邪竜によって顕現を上書きされ、マルスたち6人の紋章士が敵に回ってしまった。

 

タロウたちが今、逃げているのは。かつての仲間の魔の手からである。

 





じか~い じかい

『「セリフ」をこの場でいただけたことは「恐縮」です』
『「復活」の鍵は「和菓子」にあり』
『しかし「活躍」の有無は、どこに「差」があるんだ?』

エン11話「撤退」というお話


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エン11話 撤退

タロウたちの逃亡劇は続いていた。

敗北の喪失感がアルフレッドたちの心を締め付ける。

周りの景色も移り変わる。雪の寂しさから鬱蒼とした樹海の圧迫感へと。

一行の心は一層、暗いものへと染まる一方だった。

そこに追い打ちをかけるのがヴェイルと異形兵の追手。

さらに四狗と呼ばれるヴェイルの腹心たちも、マルスたち紋章士の力を顕現させてタロウたちの背を追った。

「あら、神竜様。この間のようにおしゃべりに付き合っていただけないのですか?」

四狗の一人、フィレネ城を襲った女将セピアが勝ち誇った顔でタロウを誘う。

そんな敵に言い返すこともできない状況に、タロウは眉をひそめていた。

 

「くっ、このままでは。ならばせめて神竜様だけでも」

殿を務めるディアマンドが剣を振り上げて味方を鼓舞する。

タロウだけを逃がすため、自らが犠牲になるつもりなのだ。

「何を馬鹿なことを・・・」

「神竜様! 今はお耐えください!」

背の中でタロウが抗おうとしていることを感じながら、ヴァンドレは歯を食いしばって抑え込んだ。

その後方でディアマンドたちに異形兵が襲い掛かる。このまま交戦に入れば後続のヴェイルたちに追いつかれ全滅するのは確実だろう。

「神竜様。どうか我々の仇を・・・」

覚悟を決めたディアマンドが剣を構える。

その時、横から立ち上った炎が異形兵を薙ぎ払った。

「見つけたわ、神竜様の軍。良かったわ。間に合ったみたいね」

それは国境での戦いでタロウたちが見逃したイルシオン王国第一王女アイビー。

彼女の放った魔法・エルファイアーの横撃に、異形兵たちの無防備な横腹が喰われたのだ。

この不意の一撃に異形兵の足は完全に止まり、ディアマンドたちは逃げるチャンスを得た。

「アイビー王女!?」

「話は後よ。早く神竜様の元へ」

燃え上がる炎の壁に阻まれ、ヴェイルたちは足を止めた。

その隙にどうにか逃げ切ったタロウたち。

 

 

安全地帯に逃げのび、タロウたちは窮地を救ったアイビーを迎え入れた。

「アイビー王女。先程は助けてくれたことに感謝する」

アイビーに向けて手を合わせて感謝を示すアルフレッド。

だが仲間たちの反応は歓迎と警戒が複雑に入り混じっていた。

特にディアマンドとスタルークは父を殺されたばかり。邪竜ソンブルの陰謀とはいえ、イルシオン軍はその悪行に加担し、アイビーもまたその片棒を担いだことに違いない。

「あなたは、今度は何を企んでいるんです?」

「待つんだスタルーク王子」

顔をこわばらせながらスタルークはアイビーに詰め寄った。アルフレッドはその間に入って制止したが、スタルークの剣幕はいつもの彼を忘れさせるほど激しかった。

「だって。僕らに儀式のことを教えたのはこいつだ。そのせいで僕らは邪竜の王女に騙されて、大教会で指輪を全部奪われた。今だって、神竜様の命を狙うつもりなんだろ!」

「落ち着けスタルーク」

スタルークの指摘はもっともだった。アイビーとヴェイルの情報でタロウたちは大教会に向かった形になる。全てが罠だったと思うのが自然だろう。だとすれば今のアイビーがスパイだという疑いも出てくるもの。

だが、そのスタルークの推理に待ったをかけたのはディアマンドだった。

「だとしたら、何故アイビー王女は神竜様の元に指輪を持ってきた?」

ディアマンドの指摘の通り。アイビーはタロウたちを助けたと同時に、大教会から2つの紋章士の指輪を盗んできていた。『草原の公女の指輪』と『聖王女の指輪』を。

「それは・・・指輪を手土産にして僕らに取り入るために・・・」

「敵の策略だとしても、それなら指輪は1つでいい。それにあの状況、敵にはこちらを討つのに十分な余力があった。わざわざ指輪を失うリスクを作る必要はない」

自身も辛い状況でありながら、ディアマンドは冷静の状況を分析していた。

「たしかに私たちはのこのこと敵の本陣に出向いた形になるかもしれない。だが私たちが行かなければ、父上の亡骸は今も弄ばれたままだった。そうだろ、スタルーク」

「・・・そうです。でも」

「アイビー王女も父君を失っているのだぞ」

全てを冷静に見極めたディアマンドの説得に、スタルークはそれ以上何も言う事はできなかった。ただ割り切れない気持ちを抱えたまま、黙ってうつむいていた。

「アイビー王女。弟の非礼を許してくれ」

「いえ。こちらこそ父を止められなかったこと、謝罪するわ。それに私は誓うわ。神竜様のお力になることを。忠誠を」

そう言ってタロウの元に跪いたアイビー。その所作から気品が溢れていたが、この流れではあまりにも不自然に映った。思わずアルフレッドはツッコんだ。

「邪竜信仰の国の王女が神竜様に? アイビー王女、言っては悪いがそれはかなり無理があるというか・・・余計に怪しいというか」

「たしかにイルシオン王国は邪竜信仰の国よ。でも私は幼い頃から周りの大人と折り合いが悪くて、反抗する気持ちで一人だけで神竜様を信仰していたの」

そう言われてみれば他の敵陣営と違い、アイビーは初対面の頃からタロウに対して礼節があった。誰に対しても礼儀正しいというより、タロウに対して敬う姿勢を見せていた。

「私の事なんてどうでもいいわ。神竜様の御加減が悪いのに、どうしてあなたたちは悠長にしているの!」

不調のタロウを心配し声を荒げるアイビー。タロウは「問題ない」と言いながらヴァンドレの背中で問題ありそうな顔を見せていた。

「そうだな。早く神竜様に療養していただかねば」

「ソルム王国に救助を求めよう。タロウが動けない今、戦うどころではない」

 

ディアマンド、アルフレッドが全軍に指示を出す中、アイビーはタロウに寄り添って尋ねた。

「神竜様を戦わせる事自体がナンセンスよ。神竜様、もうしばらく辛抱ください。何か食べたいものでもありませんか?」

するとタロウは静かに口を開いた。

「きびだんご・・・300個」

「きびだんご?」

聞き慣れない食べ物に首をかしげるアイビー。すると彼女の家臣であるカゲツという青年が顔をのぞかせた。

彼はアイビーの部下でありながらソルム王国の秘境の生まれで、タロウのエンゲージ姿にも似た異国衣装を身にまとっていた。

「神竜様はきびだんごをご所望か?」

アイビーが「知ってるの?」と尋ねるとカゲツはドンと胸を叩いた。

「無論じゃアイビー様。ここには無いが、近くの村で材料を調達してこよう。杵と臼も誰かその辺りの者に作らせればよい。余に任せ、しばし待たれよ!」

そう言って腕まくりをして、近くの村へと走っていったカゲツ。

しばらくして戻ってきた彼は、大量の白い塊を持って現れた。

「文字通り昔取った杵柄じゃ。ささ、アイビー王女」

アイビーを経由してタロウにきびだんごを献上するカゲツ。アイビーは「やわらかい。これが食べ物なの?」と恐る恐るきびだんごを手に取りタロウの口に運んだ。

1つ。また1つ。タロウの口に運ばれるきびだんご。

「さあ、そろそろ出発だ」

アルフレッドとディアマンドが出発の準備を終えた頃。その大声が辺り一帯に轟いた。

懐かしく感じられるほどに誰もが待ち望んだその声に、アルフレッドやヴァンドレは顔を見合わせて拳を掲げた。

 

「ハーハッハッハッハ!! 待たせたな、お供ども!」

 





じか~い じかい

『余の出番じゃ! 我が世の春が来た!』
『次回からついに神竜殿が活躍されるのじゃ。WRYYYYYYYY』
『何? 余とゼルコバにはもう出番が無い? お前にゃまだこのステージは早すぎる、ということか?』

エン12話「砂漠の自警団」というお話


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エン12話 砂漠の自警団

「タロウが戻った!」

「神竜様が復活なされた」

タロウの高笑いにアルフレッドやヴァンドレをはじめとしたケトス・フィレネ王国の面々は歓喜した。

一方でディアマンドやアイビーといったブロディア王国・イルシオン王国の面々は呆気にとられていた。

「そういえば王城でお会いした時、こんな御方だったような」

「そういえば王城でお会いした時、こんなテンションだったわね」

素のタロウと一度しか会っていない。不調のタロウの姿のほうを多く目にしているディアマンドやアイビーは目を丸くするしかなかった。

これが神竜。なにやら紙の端で自らを扇ぎ、周りをはやし立てながら胸を張る。

ほんの数秒前。きびだんごとやらを300個食べきるまでボロボロだったタロウが、今まで会ってきた敵の誰よりも勝ち誇った立ち姿で仲間たちを見まわしている。

「お供ども、何をしている? 早く出発するぞ!」

「タ、タロウ。わ、わかっているけれど」

「神竜様。まさかとは思うが、邪竜討伐に行くというのか?」

森の向こうを指さすタロウの姿に嫌な予感しかないアルフレッドとディアマンド。そしてタロウが「当たり前だろう!」と吠えると頭を抱えた。

「タロウ。キミも知らないわけじゃないと思うが。僕らの元には今、紋章士の指輪が2つしかない。だが敵は8つも指輪を持っている」

「そうだ」

「今のまま戦うのは明らかに我々の分が悪い」

「そうだ」

敗戦濃厚のアルフレッドとディアマンドの訴えにタロウは即答で同意していく。話が噛み合わない状況に2人は頭を抱えるしかなかった。

「だから俺たちは今からソルム王国に行く。残る紋章士の指輪を手に入れ、次こそ邪竜退治を成すのだ」

ドンと言い放ったタロウ。アルフレッドとディアマンドはポカンとしながら「そ、その通り」と呟いた。2人とも混乱の最中でそのことに気付くのが遅れていたからだ。

「では神竜様、すぐに出立いたしましょう」

うやうやしく頭を垂れたアイビー。その横をタロウは「ついてこい、お供ども!」と、先ほどの紙端を投げ飛ばしながら歩いていった。

 

 

こうしてイルシオン領からソルム領へと足を踏み入れたタロウたち。

そこイルシオンの冬景色とは打って変わって、見渡す限り一面が砂の大地であった。

ソルムは国土のほとんどが砂漠。タロウたちがいるのは国境を越えてすぐのトゥーラ砂漠である。

暑さと日光にやられそうになる面々だが、タロウを先頭に据えた進軍の足取りは軽い。

 

だが迷子になった。

誰もイルシオンからソルム王城へと行ったことがないからだ。

そんな彼らの前に砂漠の民が声をかけてきた。

「ねえねえ、そこのお歴々かた、旅の御方。急に声をかけてごめんね。でも皆して頭抱えてるんだもん。気になっちゃって」

声をかけてきたのは砂漠の自警団を名乗るフォガートという青年。

困っているタロウたちを見かけて声をかけた・・・というが、邪竜に追われているタロウたちに声をかけてくるのはタイミング的に怪しい。

とは思うが、それにしてはノリが軽い。紡ぐ言葉が羽のように軽い。そんな男だった。

「ならば道案内を頼む。ソルム王城に行きたい」

「それなら俺に任せてよ。ただぁ、化け物退治の後でもいい?」

どうもノリが軽すぎる。王城に行きたいという旅の者の頼みを安請け合いする自警団がどこにいる?

アルフレッドやディアマンド、アイビーは警戒を強めた。

だがタロウは「ならばさっさと退治し、さっさと案内しろ」と、フォガートの怪しさを全く意に介していない。

「助かるよ。仲間が先に向かっているから合流しよう」

タロウの快諾をフォガートは喜び、一軍を連れて案内を始めた。

アルフレッドたちはその真意を計りかねた。伏兵がいてタロウたちを強襲しようという魂胆かと最初は思われたが、それにしてはわざわざ仲間がいると教えてくるのも不自然。

『よほどの策略家なのか・・・あるいはアホの子なのか?』

いずれにせよ神竜であるタロウの決定には従うしかない。何かがあればすぐに動くと決めたアルフレッドたちはフォガートの後に続いた。

 

フォガートの言う通り、タロウたちがたどり着いた先で砂漠の民が異形兵に襲われていた。

「お供ども、さっさと異形兵を討伐して王城に行くぞ!」

「お供のみなさーん、はりきって退治していきましょう!」

異形兵の群れを前に先陣を切るタロウとフォガート。

アルフレッドたちが「イルシオン軍みたいに、どこかの軍が異形兵を従えていたらどうするんですか!」と叫んでいる声にも構うことなく、タロウは紋章士の指輪を点に掲げた。

それはアイビーが持ってきた聖王女の指輪。

顕現されたのはマルスに似た紋章士・ルキナだった。

「盛り上げていくぞお供ども。見ろ、俺の新たな力を!」

誰もが固唾を飲んで見守る中、タロウはルキナとエンゲージした。

マルスの時のように赤い鎧を体に纏うタロウ。

だがその鎧の形状はマルスの時とは少し違う。違うというより、全てのパーツが大きい。

肩当てや胸当て、腰当てがゴツく、目元の黒い兜も横に伸びてとんがっている。

アーマナイトやジェネラルの重装がさらに尖ったような姿だ。

「これがマルスとは違う紋章士とのエンゲージ」

「だがあの動きにくそうな甲冑は、砂漠では足をとられてしまうのではないか?」

「神竜様、すぐに助けにいくわ!」

動きにくそうな姿のタロウが異形兵に袋叩きにされるのではと心配するアルフレッドたち。

タロウはいつものテンションで「祭りだ!」と剣を振り上げた。

だが文字通り心配無用だった。

フォガートの怪しさすらも心配無用の域。

『うん・・・僕たちの助け、いらないね』

いつも以上のパワーで異形兵たちを空の彼方へと斬り飛ばしていくタロウ。

『ファイアーの書を背中に仕込んでいるのか?』

背中から火を噴射させ、よくわからない推進力で敵の元へ突進していくタロウ。

『早い。さすがだわ神竜様』

ペガサスナイトやドラゴンナイトですら止まって見えるほどの素早さでバッサバッサと敵と切り結んでいくタロウ。

そのあまりにも凄まじい戦闘力に、アルフレッドたちは「もうタロウだけでいいんじゃないか?」と唖然とするしかなかった。

気が付けば残るは異形兵1体。親分なのだろうか、他の異形兵より強そうだ。

そして、タロウよりは弱そうだ。

そんな可哀想な異形兵を前に、タロウは剣を構えた。

「心桃滅却。秘技・アバター光刃」

気合 一切 居合切り

そのどの言葉も当てはまるような凄まじい一閃で、哀れ異形兵は爆散した。

 

「うん。万が一フォガートが敵だったとしても、敵じゃないね。タロウの前では」

清々しいまでのタロウ完全復活の余韻に浸り、余裕の苦笑いを浮かべるアルフレッドだった。

 





じか~い じかい

『神竜様にお会いできるとか恐縮すぎるでしょ』
『これからの戦い、楽しい決闘になりそうだぜ』
『ガッチャ!』

エン13話「オアシスの勇者」というお話


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エン13話 オアシスの勇者

「スッゲェエエエエ! さすが信仰対象! 神竜様マジはんぱねぇ!」

タロウ無双を目の当たりにし、フォガートが率いる自警団のハイプリースト・パンドロは卒倒しそうになるほど興奮していた。

ソルム王国は神竜信仰の国であり、聖職者である彼にとってタロウの存在は何者にも代えがたい最上位の信仰対象なのだ。

「大したことはない。何せ病み上がりだからな。我ながら54点といったところか」

タロウ節はいつものようにスルーするとして、アルフレッドたちとしては聖職者のノリがあまりにも軽いことのほうが驚きとなっていた。さすが自由の国ソルム。

復活したタロウの暴れっぷりへの驚きポイントが54点だとしたら、聖職者のノリの軽さは37点といったところか。

ソルム王城へ案内してくれたフォガートが実はソルム第一王子だったということは、46点。

ソルム王国が邪竜討伐参加を即決してくれたことは、35点。

ソルム王国に託された紋章士の指輪を女王が紛失したことは、57点。

その指輪をソルム王国第一王女が持ち出した可能性があるという話は、35点。

王女が南の砂漠のオアシスで野宿しているかもしれないという話は、32点。

といったところか。

『私たちもだいぶ耐性が作られたということか』

『タロウ病とでも呼ぼうか。毒されてきているな僕らも』

『神竜様の影響を受けられるなら、私はそれだけで幸せだわ』

今までの自分たちであれば膝から崩れ落ちそうな驚きの情報の連続だったが、それを呑気に聞いていられることにディアマンド、アルフレッド、アイビーは自分自身に驚いた。

 

そんな一行が第一王女と合流すべく到着したオアシス。

オアシスの村は異形兵を率いた蛮族たちの襲撃を受けていた。

「イルシオン軍以外に異形兵を従える者がいるのか」

「波長が合うのだろう。それにしても異形兵、節操がないな」

「って、何を呑気なことを言っているのあなたたちは! 神竜様と村を守らないと」

族の蛮行を目の前にしながらも、ついつい緊張感を忘れてしまっていたアルフレッドとディアマンド。唯一、毒され具合がまだマトモな範囲にいるアイビーがハッと目を覚まし、2人の王子の尻を叩く。

そんな光景を尻目に、ソルム第一王女ミスティラは蛮族と交戦を開始。

そこにタロウも参戦を始めていた。

「私たちが遅れている間に、ほら!」

アイビーが指さす先で、蛮族のリーダーであろう2人の男が宙を舞っていた。

「前人未桃、打ち上げロボタロウ!」

打ち上がった蛮族たちを追撃しようと、タロウも打ち上がった。

そして彼の姿が打ち上げ花火の中に幾度も現れ、その度に凄まじい推進力で空中を高速移動。その勢いのまま花火と共に蛮族を斬り捨てた。

「・・・って、花火!?」

「落ち着いてくれアルフレッド王子。他にツッコむべきところはあるだろう」

「ツッコミを入れてる場合じゃないでしょ! いい加減に落ち着きなさい2人とも!」

2王子の困惑振りに声を荒げるアイビー。

 

その後、ミスティラとタロウの奮闘もあり、村に被害は一切なく蛮族と異形兵は全て排除された。

「片付いたね! 出会って早々戦わせちゃってごめんなさい神竜様」

「問題ない。お前達の力も分かった。52て・・・」

突然口を濁してアルフレッドたちの方を振り返ったタロウの言動に首をかしげるミスティラ。

アルフレッドは「そうだね。止めて正解だ」と苦笑いして会話に入った。

「ミスティラ王女。突然の訪問を謝ろう。だが事態は急を要する。イルシオン王国で邪竜が復活した。そのために僕たちはソルム王国にも応援を求めに来たんだ」

「うん、知ってるよ」

「そうか。話が早くて助かる・・・え?」

ミスティラの即答を想定していなかったアルフレッドは呆気にとられた。城を出て放浪している彼女は近況を何も知らないはずなのだから。

「お前は何を言っている? この国の連中は最初から全て知っているに決まっているだろう?」

「やっぱ神竜様、最初から気付いてた?」

当然のように言い放ったタロウの態度に、フォガートは頭を掻きながら同調した。この2人の態度にアイビーは首を傾げる。

「どういうことですか神竜様?」

「どういうこともない。フォガートは最初から俺を本物の神竜かどうかを見定める態度だった。俺を試すとはイイ度胸だがな」

「やばー、バレバレかぁ。さすが神竜様」

『そ、そうだったのか』

オーバーリアクションをしながらも真面目にタロウと向き合うフォガート。

彼をただの軽い王子とあなどっていたディアマンドたちは心の中で深く謝罪した。

 

その後、ミスティラは正式にタロウに紋章士の指輪を献上し、共に戦うことを約束した。

そしてソルム王国が託されているもう1つの指輪も渡すことを宣言。

だがその時、彼らに急報が入った。

ソルム王城がイルシオン軍の襲撃を受けているのだという。

そしてその敵将はアイビーの妹であるオルテンシアなのだと。

 





じか~い じかい

『次回の~内容を歌に乗せて~紹介したいな~♪』
『お城が~大ピンチ~イルシオン軍が~攻めてきた~♪』
『神竜様が~なんか金ぴか~鳥が飛んできた~♪』

エン14話「ソルム攻防戦」というお話


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エン14話 ソルム攻防戦

ソルム王城を襲ったイルシオン軍。軍を率いていたのは四狗・セピアに操られたオルテンシアだった。

父王を目の前で失っただけでなく、姉であるアイビーが死んだものだと思っていた彼女は深い悲しみの中で精神を疲弊させていた。その心の隙にセピアは魔術で洗脳を施していたのだ。

しかも城に攻め込んだ四狗はセピアだけではない。モーヴとマロンの姿もある。

敵の目的は明らかだ。

タロウたちの持つ紋章士の指輪を奪うため。ソルム女王を邪竜の贄として誘拐するため。

「あたしは・・・お父様のため・・・あいつらをころして・・・指輪をうばう・・・」

「オルテンシア! しっかりして、オルテンシア!」

アイビーの呼びかけもオルテンシアには届かない。

姉妹同士の命の取り合いという悪夢を前に、セピアは余裕の笑みを浮かべていた。

「せいぜい殺し合ってくださいな」

「ほぉ、ならば貴様たちも俺を相手にせいぜい足掻くがいい」

剣を振り上げ敵を威嚇するタロウ。その戦意溢れるタロウの腕にアイビーはしがみついた。

「神竜様、お願いします。妹には・・・いえ・・・何でもありません」

傷つけないでほしい。殺さないでほしい。だがその願いは戦意を曇らせる。味方の足を引っ張る愚かな行為。そう分かっていながらもアイビーは懇願せずにはいられない。

それでも彼女のかすかな王女としての使命感が、その言葉を口にさせなかった。

それがどれだけ苦痛なことか。同じく妹や弟を持つアルフレッドやディアマンド、ミスティラには痛いほど分かった。

「そうか。ならば問題ない。俺を信じろ、お供ども」

タロウは振り返ることなく紋章士の指輪を天に掲げた。

その堂々たる立ち振る舞いは、決してオルテンシアを見捨てるわけでも。家族のつながりを軽視するものではない。アイビーにはそう見えた。

「さあ神竜様。デスタン大教会から奪った指輪、返してもらわなければいけませんわね」

不敵に笑うセピアに、タロウは鼻で笑いながら答えた。

「違うな。元はといえばリトスにあった指輪だ」

「いえ、草原公女の指輪は元々イルシオンの指輪ですわ」

初めて対峙した時に言い負かされたことを根に持っていたセピアは、タロウの言葉に即答で反論した。確かにその通り。言い返せないタロウは少しの間、黙ってしまった。

だがこの程度で折れるタロウではない。

「ならば別の訂正をしてやろう。この指輪はお前たちの元には無かった指輪だ」

「それでは、まさか?」

「ソルムに託された最強の指輪。蒼炎の勇者の指輪だ。来い、アイク!」

タロウの呼び出しに紋章士の指輪から一人の男が顕現された。

屈強な肉体と精神、そして鋭い眼光を持つ武骨な勇者。

紋章士アイクである。

「俺を「エンゲージだ!」

アイクが一言を口にする前にエンゲージを命令したタロウ。

さすがに登場直後に言葉を遮られるのは可哀想だと敵も味方も誰もが思った。

だがそんな同情心を打ち消す不思議な行動をタロウがとりだした。

突如の指笛。ピーという甲高い笛の音が王城中に響く。

その音に呼応するように、アイクの姿が黄金の鳥に変化したのだ。

「え? あれ?」

セピアは驚いた。彼女は1000年前の邪竜とルミエル・タロウとの戦いの生き証人。その時のエンゲージを見たことがある彼女は同じ現象が起きると思っていた。

だからこそタロウの異色のエンゲージに思わず呆けてしまった。

「来たか」

さも当然の出来事に満足げな声をあげるタロウ。セピアが「いやいや、違うでしょ。もっとこう・・・え?」と手を横に振る中、金の鳥のアイクがタロウ頭上に舞い降りた。

「見せてやる。俺の真の力だ」

その場にいた全員の視線がタロウに注がれる。おそらくセピアは「え? まだ何かするの?」と目を見開いていることだろう、と誰もが容易く想像できた。

そんな注目の中で空中分解するアイク。そして甲冑とマントとなってタロウの体に装着されていく。

完全無欠の黄金の騎士の姿がそこに爆誕した。

「祭りの始まりだ」

タロウの言葉にセピアたちは思わず覚悟してしまった。これから天下無双のタロウの暴れっぷりが自分たちを襲うのだろうと。

 

その想像の通りの出来事がセピアたちを襲い、彼女たちは辛うじて逃げるので精一杯。

床で足が滑ったとか、命を賭してまでの任ではないとか、次また遊びましょうとか。そういう引き際の負け惜しみだとか言い訳が通用しないほどの大敗走。

残されたオルテンシアがどうなるのか、見届けることなく四狗のうちの三狗は逃げていった。

そんな孤立無援のオルテンシアの前に立つタロウは、両手を桃の形にして合わせた。

すると何故かわからないが、彼女は桃の形の結界のようなものに包まれた。

「え? 何、何?」

場の空気に流されるまま困惑するしかないオルテンシア。

「抱腹絶桃・フェスティバル縁弩」

結界に閉じ込められた彼女にタロウの弩が向けられる。

解き放たれた矢がアイクの金の鳥の姿となり彼女を撃ち抜いた。

そしていつものように爆散・・・するかと思いきや、彼女は桃を逆さまにしたハートの形の魔法陣に包まれた。と思ったら直後に爆散した。

「俺こそオンリーワンだ」

爆風を背に金の扇を持ち上げるタロウは、高笑いと共に自らを扇ぎはじめた。

「オルテンシア!」

「見てくれアイビー王女。どうやら無事のようだ」

爆発が止み、煙の中から現れたオルテンシア。その体に怪我はないようだ。

「お姉様?」

どうやら正気に戻ったようだ。いや、もしかしたらセピアが撤退した時点で。タロウの結界に閉じ込められた当たりから戻っていたのかもしれないが・・・

それを確かめようにもタロウは「これがフェスティバルだ」と自分に浸っている。

まぁ結果オーライだろう。アイビーはそう思うしかなかった。

 





じか~い じかい

『私がお次回予告を仰せつかっちゃったりしますですの』
『私の名はパネトネ。本作で出番の無かっちゃったりいたしますですわ』
『細けぇことはいいんだよ。敵は全部すりつぶす!』

エン15話「廃墟のダンサー」というお話


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エン15話 廃墟のダンサー

何かよくわからないうちに正気に戻ったオルテンシア。

状況としては未だ敵国の王女であるが、姉であるアイビーの説得もあり『邪竜とヴェール、そして四狗からイルシオンを取り戻す』という目標のためタロウたちと戦うことを決意。導き手の指輪をタロウに献上した。

ソルム女王もまたオルテンシアに特赦を与え、ソルム王国に託されたもう1つの指輪『未来を選びし者の指輪』を献上することを宣言。

その隠し場所である北の城塞へ案内するようミスティラに命じた。

 

そしてたどり着いた北の城塞。地元民が誰も近づかないように心霊砦の演出が施されているらしい。

「まるで駄目だな。そんなもの、意味がない。10点」

「えー? どうして神竜様? 私が作ったわけじゃないけどさ」

先人の知恵に対するタロウの辛辣な物言いにガクッとうなだれるミスティラ。

「怖い場所だから誰も近づかない? そんなもの、怖いもの知らずの人間には全く通用しない。むしろ誰も近寄らない場所にこそ行きたがる人間などごまんといる。この程度の警備体制、フィレネ王国とどっこいどっこいだ!」

遠回しに古い傷を掘り返され、アルフレッドとユナカは胸を押さえた。

「うー。そこまで言わなくても」

「現に駄目駄目じゃないか」

そう言ってタロウが指さした先、砦には大量の異形兵が侵入していた。

さらには一般市民の姿も。踊り子の男性のようだ。どうやら紋章士の指輪を守ってくれているらしい。

「ほら見ろ」

ミスティラはぐうの音も出なかった。

 

その後、異形兵たちを待っていたのはパーティータイム。踊るように空を舞い、華々しく散っていく異形兵たち。宴会の幹事は勿論タロウ。

全軍が離脱する頃には砦はすっかり平穏を取り戻していた。

そんな砦に砂漠の向こうから駆け寄ってくる少女の姿があった。

「大丈夫ですか!? 化け物がここに入るのが見えて・・・」

それは邪竜の娘であり、イルシオンでタロウたちを罠にはめ、紋章士の指輪を奪っていった敵の大将・ヴェイルであった。

タロウを目の前に何やら嬉しそうに駆け寄ってきたヴェイルを、アルフレッドたちは警戒して武器を構えて立ち塞がった。

「それ以上神竜様に近づくな!」

「え?」

「お供ども、下がっていろ」

武器を構えられたことにヴェイルは困惑した様子を見せた。敵陣に堂々と向かい警戒されないとでも思ったのか。だがそんな素振りには見えない。むしろヴェイルは何も知らないように感じられた。

そんなヴェイルの様子を観察したタロウは、アルフレッドたちを制止した。そして静かに歩みを進め、ヴェイルと対峙した。

「タロウ。また会えたね。会うのはイルシオン以来かな」

「そうだな」

「あの時は驚いたよ。雪の中で迷ってるんだもん。教会には無事にたどり着けた?」

「たどり着いた後が無事ではなかったがな」

「そうなんだ。何かよくないことがあったの?」

タロウとの問答がどうも間が抜けている。アルフレッドたちは周りからこのやり取りを聞いて苛立ちと怒りを覚えた。

「ふざけるのもいい加減にしろ邪竜の娘!」

声を荒げ叫んだディアマンドにヴェイルは戸惑いを見せた。

「どうして、わたしが邪竜の娘だって・・・」

「お前を見ると父上を失った屈辱が蘇る」

「よくもイルシオンを乗っ取ってくれたわね。私たちから国を。お父様を奪って、それで満足?」

「ま、待って。私が?」

「とぼけるな!」

ディアマンドやアイビーから責め立てられ、ヴェイルは泣きそうな顔で困惑するしかなかった。

今すぐにでもヴェイルに斬りかからんとする彼らに、タロウはスッと手を出して制止を促した。

「待て、と言っているだろうお供ども」

「しかし神竜様」

タロウは眉をひそめた。

「ヴェイル。お前に質問がある」

「な、何? タロウ」

四面楚歌のこの状況で、ヴェイルはすがるようにタロウを見上げた。

「この紋章士の名前を言ってみろ」

そう言ってタロウは紋章士ルキナを顕現させた。

「え? マルスだよね。初めて会った時に見せてくれた」

タロウの問いもそうだが、ヴェイルの答えにアルフレッドたちはその意図を掴めなかった。

「タロウ、その質問はどういう意味なんだ?」

「こいつに初めて会ったのはフィレネ王国だ。その時にマルスを顕現して見せたことがある。ちなみにヴェイル、この紋章士はマルスではない。胸に詰め物をしているが、立派な女のルキナだ」

「え、そうなんだ。そっくりだね」

アルフレッドたちが見守る中、ルキナがものすごく落ち込んでいるようにも見えるが、タロウとヴェイルはお構いなしに会話を続けた。

「ならば次だ。今からショーを見せてやる」

そう言ってタロウはスタルークを呼びつけた。

ショーと言われてヴェイルは期待半分、不安半分でタロウの動向を見守る。他の面々もそうだ。打ち合わせてもいないことを突然始めたタロウの動向に困惑するしかない。スタルークもそうだろう。

そんな周りの様子に構うことなく、タロウはスタルークに弓矢を持たせ、自らは20歩ほど離れた位置に立ち、頭の上にリンゴを乗せた。

「今からこの男がリンゴを射抜く」

「「え、えええええ!?」」

この突拍子もない発言にヴェイルだけでなくアルフレッドたちも、当のスタルークも驚き悲鳴を上げた。

「さあ、さっさとしろ」

「いやいやいや。危ないよタロウ! お願いだから止めて!」

「何をしているんだタロウ。そんな、え?」

「神竜様。何をお考えですか?」

トンデモない命令にヴェイルはアルフレッドたち以上の勢いでタロウを止めた。

だがアルフレッドやディアマンドは考えた。スタルークの弓の腕前であればリンゴを射抜くことは容易いだろう。タロウの身に危険が及ぶことはない。

しかもヴェイルは飛び出し、スタルークの前に立ち塞がった。両手を広げてタロウを守るように。

「これで分かったかお供たち」

タロウはしずかにリンゴを置いて、ヴェイルの頭に手を置いた。

「分かったかと言われても・・・」

今起きたことはヴェイルがタロウの身を案じていること。それとマルスとルキナを間違えたこと。アルフレッドたちの目にはそれだけに見えた。

「オルテンシアの件をもう忘れたのか? セピアには洗脳術があることを」

「あっ」

タロウの指摘にアイビーはオルテンシアと顔を合わせた。

「俺たちから指輪を奪った敵将であればルキナを顕現している。そして俺が射られることは好都合。ルキナを知らず、マルスを知り、俺を守ろうとしたヴェイル。この2つの人格が別人である可能性は高い」

「ということは、僕らの敵だったのはセピアに操られたヴェイル?」

「私が・・・セピアに操られて? そんなはず・・・でも、確かに気付いたら急に別の場所にいることがよくあるの」

「あと何か命令されたか? 神竜を殺せ、とか。王族を襲え、だとか」

「うん。せっかくパパが目覚めたのに。親子で過ごせるって思ったのに。ひどい事ばかりさせようとするの」

まるで他人事のように。というより他人だとしたら合点がいくように、今まで敵のヴェイルが行ってきた悪行を語る今のヴェイル。

「セピアの立場なら簡単な話。ソンブルの命令を聞かないヴェイルは邪魔でしかない」

「だ、だけどタロウ。これも敵の罠だという可能性は? このヴェイルがセピアに操られた人格とも考えられないか?」

「あの女ならもっとマシな性格にする。それとも趣味でこの人格にしたとでも言うのか? 余計に気持ち悪いだろう」

タロウの言う通り。操られたオルテンシアが殺意マシマシの人格だったことを考えると、この目の前のあどけなさ全開のヴェイルはセピア作であることは考えにくかった。

それにしても地味にディスられたことに全く気付いていないヴェイル。そんな彼女を見て、アイビーやオルテンシアは『可愛い』と思ってしまった。

 

「話が長くなった。だが確かめてみれば分かる事だ」

そう言ってタロウはアイクとエンゲージした。黄金に輝く鎧が夜の砂漠を照らし出す。

「さあ、パーティータイムだ」

 





じか~い じかい

「それにしても光栄だな。次回予告の機会を与えてくれるなんて」
「本編的にはここからだいぶ脱線するみたいだから、分岐点ってことなんだよ」
「でもこれは原作を知らない人にも、知ってる人にも『あれ?』って思われたりしないのかな?」

エン16話「海岸線を越えて」というお話


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エン16話 海岸線を越えて

「え? 何、なにかあったの?」

タロウのフェスティバル縁弩を受け、キョトンとした顔をしている少女。

邪竜ソンブルの娘であり、フィレネ王国やソルム王国を襲撃した組織の将。ブロディア王とイルシオン王を邪竜の贄とした張本人。

という人格をおそらく植え付けられていたであろう彼女、ヴェイルはフィレネ王国第一王子・アルフレッドをはじめとした被害国の人々に囲まれていた。

「タロウ。本当に彼女は元に戻ったのかい?」

「元が何かは知らん。だがセピアの洗脳術は解けた」

たしかにアルフレッドたちは聞いていた。フェスティバル縁弩の桃型の結界に閉じ込められたヴェイルが「神竜ごときに、この私が!」と叫んでいたのを。その時のヴェイルの剣幕は大教会で四狗を率いてアルフレッドたちを追い詰めた敵将ヴェイルのものに間違いなかった。

だが今のヴェイルはといえば、まるっきり毒気の無いあどけない少女だ。

これはもう、別人格が存在していたことが確定であろう。そうでなければ、あの別ヴェイルが今の言動の演技をしていることになる。不自然極まりない。

「ところでタロウ、もう一人の私が酷い事をしていたのって、本当なの?」

「本当だ。神竜王ルミエルを殺し、指輪を奪い、各国に異形兵を差し向けていた」

アルフレッドが油断しているうちにタロウの悪い癖が出た。

「た、タロウ。何も本当のことを言わなくてもいいじゃないか」

思わず口に出たアルフレッドの追撃に、彼自身「あっ」と気付いて口を押えた。

「そ…んな……わたし、わたしが…!?」

正確には自らのしたことではないのだが、ヴェイルは自分の悪行に絶望し、悲鳴を上げながら頭を抱えてうずくまった。

その光景は被害を受けてきたアルフレッドたちの胸にも刺さる悲痛な姿だった。誰もが同情し、アイビーやミスティラは思わずヴェイルに駆け寄ってしまうほどだった。

「神竜様、あんまりです」

「そうだよ。全部ヴェイルが悪いみたいに言ってさ」

「何を言っている? そいつは何も悪事を働いていない」

「でも私がやったようなものなんでしょ」

うつむきながら叫んだヴェイル。自分のせいでタロウが仲間を揉めている事が彼女にとっては辛いことだった。

板挟みの状況を作り出してしまったことをアイビーは悔やみ口を閉じた。だがタロウは一切気にする様子もなく平然とした態度のまま。その姿にオルテンシアは侮蔑の目を向けた。

異なる立場の者たちがそれぞれに針のむしろ。誰もが沈黙に入ってしまう。

そんな中で最初に口を開いたのはタロウだった。

「お前は異形兵を討伐していた」

いつものぶっきらぼうな言い方であったが、その一言に誰もが顔を上げた。

「俺は知っている。お前は誰かの幸せを守るため、たった一人で化け物に立ち向かっていた。自分の怪我を放置してもなお。それは立派な事だ」

タロウから出た新情報にアルフレッドたちは目を丸くした。

「それは本当なのかい?」

「フルル村で会った時。フィレネとブロディアの国境で会った時にな。そういえばお供たちはいなかったな」

そういうことは早く言ってくれ。誰もがそう心の中で訴えながら、タロウに向ける視線が穏やかになった。

我らが神竜様は、人の欠点もしっかり見抜く男であるが、同時に人の美点を見逃さない男なのだ。

「お前が他人の悪行を嘆く必要はない。お前は自分の生き方を誇ればいい」

タロウの言葉に背中を押され、ヴェイルは大粒の涙を流してアルフレッドたちに頭を下げた。

「ごめんなさい。わたし、みんなに酷いことを」

自分の心が楽になってすぐに謝ることができるこの少女の心の清らかさを、誰も責めることはできなかった。

 

「さて。これで敵将は陥落した。残る敵は四狗と邪竜ソンブルだけだ」

ヴェイルが落ち着いてきた頃、タロウはパンと手を叩いて状況整理に入った。

「それと紋章士が7人だね」

「敵もソルム王城から敗走したことでタロウの戦力を思い知っただろう。次はきっと油断なく総力戦で攻めてくるに違いない」

「いつまでも後手に回っているわけにはいかないわ。どこかでこちらが攻めに転じることができないかしら」

「そうだね。相手の油断を突きたいよね」

心を一つに、戦略会議を進めていくタロウと王族たち。

そこにしっかり落ち着きを取り戻したヴェイルが入ってきた。

「あの。私に提案があるの」

「どうしたんだいヴェイル?」

アルフレッドの優しい受け答えに、ヴェイルはニコリと微笑み返したが、直後にキリッとした目つきで5人と向き合った。

「私がタロウに助けてもらったことを知ってるのはここにいる皆だけ。セピアたちは私の事をまだ洗脳できてるって思ってるでしょ? だからそこが付け入る隙だと思うんだ」

「それは・・・まさかスパイをするということかい?」

意図を察したアルフレッドの言葉に、ヴェイルは静かに頷いた。

「だがそれはあまりにも危険だ」

「せめてもの償いだよ。それに私にしかできないし、千載一遇のチャンスでしょ?」

あのあどけない少女から出たとは思えない大胆な作戦だが、その危険性にディアマンドたちは反対意見を出した。

だがそこにタロウが剣を挟んで割って入った。

「おもしろい! ヴェイル、やってみろ!」

タロウの鶴の一声に誰も反論はできない。だがヴェイルの「うん!」という覚悟を決めた返事に、アルフレッドたちも彼女を信じてみようと心に決めた。

 

 

その後、ヴェイル潜入の機会はすぐに訪れた。

ソルム兵からもたらされた急報。イルシオンの軍艦の大艦隊がフィレネ王国に向かっているという情報にタロウたちは急いで国境へと走った。

国境の海岸にさしかかった時に事態は大きく動いた。

イルシオンの軍艦から逃亡兵が出ていたのだ。

それはオルテンシアの家臣であるロサードとゴルドマリー。2人はオルテンシアを見殺しにした四狗に反旗を示し、『蒼き風空の指輪』を奪取して逃げていた。

オルテンシアの無事を知り、タロウと合流した2人。その2人を追ってきた四狗のモーヴとマロンと、タロウたちは交戦することになった。

「タロウ、じゃあ行ってくるね」

「ああ。武運を祈る」

モーヴとマロンとの交戦の中、ヴェイルはタロウたちの元を離れ、イルシオン軍へと走った。

「え? ヴェイル様?」

「いかがされたのですか、このような場所に。グリと一緒ではなかったのですか?」

「あの人たちに捕まってたの。私が邪竜だからって。2人が戦ってくれてたから、隙が出来て逃げれたの」

ヴェイルが素の状態であることを確認するや、モーヴとマロンは彼女の身を案じて撤退することを決め、軍は一斉撤退に転じた。

 

「よしお供ども、奴らの背を追うぞ!」

「ああ。どうやら奴らはフィレネ王国に攻め込もうとしている。何としても止めなければ」

「ヴェイルとの作戦を成功させるためにも」

「今度は私たちが奇襲をかける番」

「あいつらに酷い目に遭わされてきた人たちのためにも!」

紋章士の指輪の数も6対6の同数。

ヴェイルという切り札を手札にしたタロウたちの反撃が、今始まろうとしていた。

 





じか~い じかい

「ああ。神竜様も私みたいに美しいお姿で戦われるのですね」
「カワイイ目でそのご勇姿をしっかり見ておきますね」
「ですが少しは演技もできるようになったほうがいいと思いますよ」

エン17話「砕かれた平和」というお話


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エン17話 砕かれた平和

フィレネ王国フルル港。

沈む前の夕陽が照らす美しい自然と活気溢れる人々が織りなす平和の村。

そこに突如として現れたのはイルシオンの軍艦であった。

 

そしてタロウたちが同着した。

「って、どうして神竜たちまでいんだよ!」

到着して早々に迎撃態勢十分の様子のタロウたちの姿に、四狗のグリは唸り声を上げた。

「グリが遅刻さえしなければ、この村の皆殺しにできたのに」

「仕方ねぇだろ。ソルムではぐれたヴェイル様をずっと探してたんだ。モーヴとマロンが保護したっつうから、これでも全速力で来たんだぞ!」

セピアは恨みがましい視線を向ける中、グリは気怠そうに言い訳を口にする。

港で睨み合う2人。そこに村の入り口からタロウの大声が聞こえてきた。

 

「やあやあやあ、じゃりゅうのてしたども! きょうこそいちもうだじんにしてやるから、くびをあらってまっておけ!」

 

遠くから聞こえてくるせいか、どこか棒読みのようにも聞こえるタロウの声。隣にいるアルフレッドが『なんでそんなに大根芝居なんだ!』と焦っている様子。

だが敵の強襲を前に迎撃態勢を整えるのに忙しいセピアもグリも、その事を全く気にしなかった。

そこにモーヴとマロンがヴェイルを連れて合流した。

「あ~やっと着いたぁ、ってなんで神竜が来てるの?」

「遅れてしまいすみません。ですがヴェイル様はこのようにご無事です」

「セピア、グリ。これはどうなってるの?」

兵士たちが慌ただしく港で戦闘態勢に入っている姿に、ヴェイルは怯えるような小さな声で尋ねた。

「ん? あちらのヴェイル様は眠りにつかれているのか」

「ああ、そういうこと。グリが見失うわけね。それにしても本当に面倒っ」

うんざりしたようにヴェイルを見下ろすセピア。その態度にヴェイルは思わず後ずさりした。

「眠り? 面倒? どういうこと?」

「敵が迫っている今、この状態のあなたは足手まとい。そろそろお別れということですよ」

そう言ってセピアはヴェイルと向き合った。

 

「見つけたぞ! そこを動くな!」

そこにアルフレッドたちが馬を走らせ急行した。

タロウの軍勢が全軍で動いたわけではなく、少数精鋭の突撃である。

「あら。意外とお早いお付きだこと。でも丁度いい機会ですわ。神竜様がたもよーくお聞きになってくださいね」

両手を大きく広げ、仰々しい態度で語り始めたセピアに、アルフレッドたちは足を止め、耳を傾けた。その背後でディアマンドがタロウの口を手で押さえている。何かタロウが変な事でも言い出しそうだからと止めているようでもあるが、セピアにはそんなこと分からないし関係なかった。

「これはソンブル様の偉大なるご意思ですの。後継として相応しい『邪竜の子』が欲しい、という」

そう言ってセピアは語り始めた。

ヴェイルが邪竜にあるまじき平和を望む心を持って生まれた欠陥品であること。

魔の力をもつ竜族であるセピアが術を施して、もう一人のヴェイルの人格を植え付けたこと。

人間を殺すことを何とも思わなくなり、ソンブルの手となり足となったヴェイルが、今までの数々の悪行を働いてきた張本人であることを。

「あ…あ…わ、わたし…そんな」

嘲笑うセピアの前でヴェイルは悲痛に叫びながら頭を押さえた。

その光景にアルフレッドたちは思った。

『知ってた。ほとんど知ってた』

『見事なまでに神竜様の推理の範囲内だったな』

『ヴェイル、演技が上手ね』

『それにしてもさっきの神竜様。いくら嘘がつけないからって。あの演技は5点でしょ』

セピアの語ることにいちいち驚く演技をしながら、タロウがつい本当の事を言ってしまわないよう押さえつけながら、悲しみにくれるヴェイルの演技を見守るアルフレッドたち。

 

そこでいよいよ舞台も最後にさしかかる。

全てに絶望したようにヴェイルはガクッとうなだれた。

そして再び顔を上げた時、彼女の目つきは別人のように険しくなっていた。

「ご苦労でしたセピア。これで存分に戦えそうです」

戻った。四狗の誰もがそう思った。

上手い。四王族の誰もがそう思った。

「セピア、グリ、モーヴ、マロン。指輪を私に渡しなさい。神竜たちの前で絶望の顕現を見せつけてやります」

冷たい声で言い放ったヴェイルに、セピアは「仰せのままに」と紋章士の指輪を渡した。

6つの指輪を手に、ヴェイルはニヤリと笑う。

「タロウ、受け取って!」

「なっ!?」

セピアたちが唖然とする中、紋章士の指輪はタロウの元へ投げ渡された。

「よくやったぞヴェイル」

ディアマンドの手から解放されたタロウが全ての指輪を受け取り、勝ち誇ったように剣を振り上げた。

「オイオイオイ冗談じゃねえぞ! 指輪を向こうに全部渡しちまいやがった!」

一瞬、事態を飲み込めないグリたちが唖然とする中、セピアが怒りの形相でヴェイルに詰め寄る。

「この、欠陥品め!」

間髪入れず、ヴェイルを殴り飛ばしたセピア。幹部とはいえ、自分たちの大将に対する突然の暴力。そのあまりにも衝撃的な光景に周りにいたイルシオン兵たちは愕然とした。

それでもセピアの怒りは治まらず、鬼の形相でヴェイルを睨んだ。

「ただではおかないわよ! 二度と目覚めないようにしてあげるわ!」

「死ねない。私は生きて、またお兄ちゃんに会うんだ!」

「ヴェイル! ネタバラシが早急すぎたんだ。皆、早く彼女を助けるんだ!」

アルフレッドの号令に武器を手に立ち上がる仲間たち。

「来るぞ。セピア、今はそんなヤツ、放っておけ。指輪を取り返すんだ!」

グリが腕を引き、四狗も迎撃態勢に入る。

だがこの状況はあまりにも多勢に無勢。イルシオン軍は混乱の中で統率が取れず、しかも全ての紋章士の指輪がタロウの元にある。

 

そしてエンゲージである。フェスティバルである。タロウが元気であるうちは、セピアたちはことごとく勝利に縁が無かった。

「せめて、アナタだけでも殺してやるわ、ヴェイル!」

混戦の最中、魔力を込めたセピアの光弾がヴェイルを襲った。

「危ない!」

友軍の誰もが敵を相手にして、彼女の方に行く余裕はない。

直撃は避けられない。誰もがそう思った。

 

だがそんなヴェイルを庇う1つの影があった。

 

それは四狗の1人、モーヴであった。

 





じか~い じかい

「えっと。私ってもうタロウの仲間でいいのかな?」
「モーヴも私も、何だか時期尚早って言われそうな気がするの」
「でもタロウがいいって言ってくれたからいいよね?」

エン18話「冷たい海路」というお話


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エン18話 冷たい海路

ついに12の紋章士の指輪がタロウの元に揃った。

怒涛の出来事は味方だけではない。敵側の急変に誰もが困惑せずにはいられなかった。

撤退したイルシオン軍と四狗。無傷のフルル港を残し、さらにヴェイルとモーヴも残し。

四狗に見限られたヴェイルはセピアにその命を狙われた。

そこを救ったのもまた四狗の1人であるモーヴ。セピアの凶手を受けた彼は重傷を負いながらも最後までヴェイルを守り通した。

「さて、どうしたものか」

「無論、敵の背を討つ。今が絶好の機会だからな!」

モ-ヴに手当てを施し、一息つこうとしていたアルフレッドたちだったが、そこを強制的に立ち上がらせたのはタロウだった。

「敵に休む暇を与えるな。速攻で潰すぞ!」

スピード感のあるタロウの動きに、アルフレッドたちは「根詰めすぎて、また倒れないといいけれど」と心配した。

 

そんなタロウの指揮の元、フィレネ王国の軍艦に乗り込みイルシオン軍を追うアルフレッドたち。

とはいえすぐにイルシオン軍に追いつけるわけではない。船の事は船乗りに任せ、タロウを休ませることができる。アルフレッドたちはそう思った。

だがタロウはある程度船が安定したことを確認するやカツカツと歩き始め、モーヴが寝かされている船室へ向かった。

「待つんだタロウ。キミは少し休むべき・・・」

「構わん。さっさとモーヴを問い詰めるぞ」

部屋の前で控えている兵士を一瞥し、タロウは迷うことなく扉を開けた。一応、敵がいる部屋なのだから少しは慎重に動いてほしいものだという視線を無視し部屋に入るタロウ。

「あっ、タロウ。お見舞いに来てくれたの?」

モーヴの看病をしているヴェイルが嬉しそうな顔で出迎えた。この子もこの子で呑気なものだとアルフレッドは苦笑いする。

「早速だがモーヴ。お前たちの目的を吐け」

ストレート。そんなド直球の質問で敵が情報を吐いてくれるわけがない。もう少し交渉というものをしてくれ。アルフレッドはいつものように心の中でツッコんだ。

「私がヴェイル様を守った理由は単純。私が四狗である以前にヴェイル様の味方だからだ」

うん。そういう質問じゃない。こちらの求めている情報はそういうのじゃない。

「お前は邪竜信仰じゃないのか?」

タロウ、話に乗らなくていい。

「私は元々フィレネ王国出身だ。だが神竜を信仰していても、父の命を救ってくれなかった。その後移り住んだイルシオンでも、邪竜を信じていても母は命を失った。だから私は何も信仰していない」

意外にも自国民。信仰に裏切られた数奇な人生。明かされるモーヴの人生歴にアルフレッドは思わず聞き入った。

 

その後、モーヴの口から語られたのはヴェイル迫害の歴史。邪竜の娘である彼女には1000年もの間、この世界に居場所が無かった。

そんなヴェイルを助けたい。それがモーヴの望み。

四狗の元でヴェイルがセピアに操られるのはモーヴにとって苦渋の選択。だがそれでも居場所は居場所。

そんな折に今の状況に至ってしまった。セピアに見限られ、再び居場所を失ったヴェイルをモーヴは命を捧げて守ると決めたのだ。

「そんな経緯があったのか」

「おそらく今後、傷が癒え次第、私はソンブル様にヴェイル様への特赦を願いに行く。私の命を捧げて足りるかどうかはわからないが。もしお前たちがそれを邪魔しようというのなら、覚悟してもらうぞ」

横たわりながらも放たれたモーヴの威圧感に、思わずあとずさりするアルフレッドたち。

タロウだけは微風にも感じない様子でモーヴを睨み返していた。

「ちょっと、喧嘩しないでモーヴ。それにあなたの命を捧げるなんて絶対に止めて」

「ああ。そんなもの通用する相手じゃない。それ以前に俺たちが邪竜を退治してやる。そうすればお前もヴェイルも何も気にする必要が無くなる」

口だけなら何とでも言える。モーヴはそんな気持ちでいるだろう。

だがアルフレッドたちは知っていた。タロウは口だけの男じゃない。というより少しくらいはリップサービスのできる男になってほしい。

「パパを退治なんていうのは受け入れられないけど。私は頑張ってパパを説得してみようと思うの。ねえモーヴ。もしパパが許してくれたら、一緒にお兄ちゃんを探すのを手伝ってくれない?」

この空気の間に割って入れるのはヴェイルくらいなもの。そう感心していたアルフレッドは「お兄ちゃん?」とつぶやき、その単語の意味を不思議に思った。

「ヴェイル以外にいるのか? 邪竜の子供が」

「いや。ヴェイル様以外の御子は1000年前に全員が亡くなっているはずだ」

敵将モーヴから語られるのは信憑性の高い情報だが、そこにヴェイルは「ううん」とさらに信憑性の高い否定に入った。

彼女曰く、一番仲の良かった兄がまだ死んでいないハズなのだと。1000年前の別れ際に兄から預かった竜石が砕けていないことが何よりの証拠。兄との再会の希望を支えに、彼女は今まで気丈に振舞うことができていたのだという。

「一度しか会ったことがないんだけどね。すっごく優しくて。いつか会いたいなぁ」

希望を胸に生きる少女の助けになりたい。アルフレッドたちですらそう思うくらいヴェイルは健気な目で前を見ていた。

「お兄さん、ね。でも1000年も見つからないなんて。何か手掛かりはないのかしら?」

ヴェイルの希望を自分の事のように思案するアイビー。そんな彼女の姿に他のアルフレッドたちも思案に入った。

「1000年か。ルミエル様や神竜様が何かご存知であればよかったが」

「だが邪竜側の事情だ。失われた記憶が戻ったとして、神竜であるタロウが何か知っていると思えない」

「ん? 記憶なら戻っているぞ」

不意に飛び出たタロウのとんでも発言に、アルフレッドはしばらく言葉を失った。

「記憶が・・・戻っている?」

「ああ。最近、力が戻ってきたからな。昨日から全て思い出した」

そういう大事なことは早く言ってくれ! そう誰もが心の中で思った。

「って、そういう大事なことは早く言ってくれ!」

このところ心の中でツッコミを入れすぎて、口に出すことを忘れていた一同は自分自身にもツッコミを入れつつタロウに迫った。

「それはつまり、ルミエル様のことも思い出されたということでしょうか!」

期待を胸に膨らませ、ヴァンドレは尋ねた。

「いいや。やはりルミエルのことは母親とは思えん」

「? どういうことですか? やはり記憶が完全に戻られたわけではないと」

「いいや。記憶は戻っている」

何とも話が噛み合わない。ヴァンドレは頭を抱えながらフラフラと椅子に座りこんでしまった。

「タロウ。思い出したというのは、例えば自分が神竜だということ、とか。そういう断片的なことかい?」

「いいや。俺は神竜じゃない」

あまりにもキッパリとした物言いに、アルフレッドは頭を抱えた。

記憶喪失が治ったどころか悪化しているじゃないか。そう彼が思った矢先、タロウはしずかにこう告げた。

 

 

「俺は桃井タロウの

 

 

 

 

獣人だ」

 





じか~い じかい

『フゥン。紋章士の指輪が全て神竜の元にあるわけだが』
『だがセピアの推理によると、あいつは神竜ではない可能性がある』
『モンスターではない。神だ!    ハッ、俺は今、何を!?』

エン19話「死の港町」というお話


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エン19話 死の港町

「じゅう・・・と?」

タロウがまた変な事を言っている。アルフレッドたちは最初そう思った。

自分は神竜でもない。タロウでもない。

桃井タロウの獣人なのだと。

誰もが「・・・・そ、そうなのか」と鈍い反応を示した。

「つまり、どういうことなんだ?」

「そうだな。最初から説明しなければ分からんだろうな」

そう言ってタロウはアルフレッドたちと向き合い、語り始めた。

 

むか~しむかし あるところに

4人のお供と桃井タロウという男がいた

 

「なぜそういう語り口なんだ?」

「アルフレッド王子、今は神竜様の話を聞こう」

 

獣人はドン王家が生み出した人工生命体

人間の姿と記憶を模写し、その人間に成り代わる化け物

桃井タロウはドン王家の生き残りであり、獣人を封印するべく行動を起こした

 

「行動?」

 

獣人が現れる封印の地の場所を特定するために

桃井タロウは自分自身を獣人にコピーさせた

獣人は桃井タロウの強すぎる自我によって逆に支配され

再び封印されることとなった

めでたし めでたし

 

「・・・つまりどういうことなの?」

話を一通り聞いてなお頭にクエスチョンマークを浮かべるアイビーが、同じ気持ちの皆を代弁してタロウに尋ねた。

「さっき言ったように、桃井タロウの自我はあまりにも強すぎた。それは今までの俺を見ていたお前たちならよく知っているだろう」

タロウの自我の強さ、それは分かる。だが説明の前後が繋がらないことにアイビーは苦笑いした。

「獣人の封印の折、コピーの桃井タロウの自我は行き場を失った。その魂は異界に迷い込み、器を見つけそこに入り込んだ」

「器・・・って、まさか!?」

「そうだ。神竜ルミエルの子は、まだ1000年の眠りから覚めていない。今ここにいる俺は神竜の体に乗り移った桃井タロウの獣人の自我だ」

アルフレッドたちは言葉を失った。中でも竜の守り人であるヴァンドレのショックは計り知れないものだろう。

自分たちが今まで神竜と崇めていた者が、全くの別人格に支配されていたというのだ。

何かの悪い冗談にしか聞こえない。だがタロウは嘘をつくことができない。おそらく真実なのだろう。

考えてみれば全て合点がいく。

伝承されていた神竜の特徴と違う性格。母である神竜王ルミエルへの愛着の無さ。中身が違うのだ。

「今から邪竜との決戦が始まるというのに。タロウが得体も知れない存在だったなんて」

「神竜様・・・いえ、タロウと呼ぶべきかしら。別の人格だなんて。ヴェイルだけじゃなかったのね」

「こんなこと聞いたら、神竜様を信仰する国がみんなひっくり返っちゃうよ」

「ああ。私たちはこれから何を信じて戦えばいいんだ。今までこの目で見て信じてきたものが・・・」

嘆く4王族。だがここで誰もが今までの事を思い返して気付いた。

『今まで神竜様の言う事だからと振り回された気分になることはあったけど。結果としてタロウの存在が不都合になったことなんてあったっけ?』

思い返してみればタロウはいつでも異形兵や敵との戦いの最前線にいた。唯一の敗戦であるデスタン大教会での敗走はタロウ不在によるもの。完全に足を引っ張ってきたのはアルフレッドたち自身だ。

「タロウ、一つ確認していいかい? キミはこれからどうするつもりなんだ?」

「邪竜退治に決まっているだろう」

淀みなく。迷いなく。タロウはいつもの調子で答えた。

タロウはいつだって一貫していた。

異形兵と戦い、アルフレッドたちをふりまわし、嘘をつくことなく、人々を守り、戦場を祭りのように盛り上げる。

正直、神竜が信仰対象であることを忘れる時間の方が多かった。だがそんなタロウに皆がついていった。

「そうか。なら僕らも一緒に戦わせてもらおう。フィレネ王国第一王子として、正式にタロウと共に戦うことを誓う」

「そうだな。ブロディアも神竜様ではなく、タロウと共に戦うことを宣言する」

「そうね。正直複雑だけど、イルシオンのためにアナタと一緒に戦いたいと私は思ったわ」

「私はタロウが誰だって関係ないよ。大切なのはその人が何を成し遂げたいのかだもん」

4王族はそれぞれにタロウと向き合い、共に戦うことを誓い合った。

ただヴァンドレだけはまだ心の整理がついていない様子で、茫然とその光景を見つめている。

「ヴァンドレ殿・・・」

「申し訳ありません。私はまだ受け入れられない」

「無理もない。アンタは今までよくしてくれた。邪竜退治は俺に任せておけ」

ヴァンドレにかける言葉が見つからない。そんな寂しそうな背中を見せながら、タロウは次にヴェイルと向き合った。

「お前には悪いが、説得に付き合う暇が無いと判断したら、俺は迷わず邪竜ソンブルを斬る」

「そうだね。私はタロウの邪魔をしないよ。でも後悔しないように、精一杯頑張るつもり」

グッと手を握るヴェイルに、タロウは「その意気だ」と頭を撫でた。

「さて、最後はアンタだ」

タロウに指名され、モーヴは静かに驚きの表情を見せた。

まるで敵陣にいる感覚がない。当事者として一個人と相対する器量がタロウにはある。モーヴは感心せずにはいられなかった。

「最初に言ったように、私はヴェイル様の味方だ。ヴェイル様の幸せのために戦う」

そう言って痛む体を推してベッドから起き上がるモーヴ。

「ハッキリ言おう。ヴェイル様は孤独でいるより、苦しみながらもソンブル様の元にいるほうが幸せだと考えていた私は間違っていた。その道はもう選ばない。御兄弟がご存命という話であれば、私は賭けに出たい」

これは実質上の離反宣言だった。モーヴは邪竜討伐においてヴェイルの盾となり、タロウたちの邪魔をしないことを約束したのだ。

 

「これで決まりだな」

タロウたちは互いに顔を見合わせた。

信じていた形とは違っても、思いは一つ。

「行くぞ、お供たち!」

タロウの号令にアルフレッドたちは「ああ!」と即答した。

そして直後に思った。

「って、結局お供扱いなのか!?」と

 





じか~い じかい

『はぁ、まさか神竜様が神竜様じゃなかったなんて』
『でも僕は永遠の神竜ファンクラブ会長なんだ』
『もう何があったって驚かないぞ!』

エン20話「王なき城」というお話


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エン20話 王なき城

神竜タロウ改め桃井タロウ獣人率いる4国連合軍は邪竜退治のため四狗を追い、ついに因縁の地イルシオンの王城へとたどり着いた。

 

ここに来るまでにイルシオン軍の足止めはあったが、いずれもタロウ率いる軍勢を前にして敵ではなかった。

だが一番の足止めになったのは武力ではない。現実だ。

イルシオン王国の国民の多くが命を奪われ、異形兵へと変えられていたのだ。

アイビーやオルテンシアといったイルシオン出身の仲間のショックは大きく、彼女たちは悲しみに打ちひしがれて立ち止まってしまっていた。

そんな彼女たちに手を差し伸べたのはタロウ。そしてアルフレッドやディアマンド、ミスティラであった。

「アイビー王女」

そこにそれ以上の言葉はいらなかった。手を取り合うだけで伝えたいことが分かる。

邪竜を倒さなければ、この悲劇がもっと多くの人を襲うだろう。そうさせないために何をするべきなのか。

彼らは真の仲間になっていた。タロウに頼り切りだった自分たちを脱ぎ捨て、信頼することで自分たちの心すらも強くしていた。

 

そして突撃したイルシオン王城。邪竜との決戦の覚悟は十分。

だがすぐに大将戦というわけにはいかない。

最初にタロウたちの前に立ちはだかったのは四狗の1人、グリ。

「遠路はるばる、この城までようこそ。ああ、イルシオンの姫君には、お帰りなさいませと言って差し上げるべきかな?」

「そうか。ならこちらは、お邪魔しますとでも言っておけばいいのか?」

「ノリがいいじゃねぇか神竜様。ククク」

不気味に笑うグリの様子をアルフレッドたちは怪訝に思った。

何故グリには余裕があるのか。いくら自分たちの陣地とはいえ、敵に攻め込まれている現状。しかも紋章士の指輪は全てタロウ側が手にしている。決して楽観視できる状況ではない。

「前々から思っていたが。お前、変だぞ」

「傷つくこと言ってくれるじゃねえか神竜様。まぁ傷つけてくれる分には大歓迎だが。それよりいいのか? 紋章士の力も借りずに俺と戦う気かい?」

ますます不気味に挑発してくるグリ。だがここで威圧されるタロウではない。

「いい度胸だ。そんなに早くやっつけられたいのなら、望み通りにしてやろう」

そう言ってタロウは紋章士マルスの指輪を取り出した。

大教会で奪われ、邪竜の顕現で上書きをされて以来の出番だ。

「来い、マルス!」

タロウの呼びかけにマルスは指輪から姿を現した。

久々にタロウの横に並び立った彼はどこか嬉しそうに見える。

だが、この顕現を前に誰よりも喜んだ男がいた。それは誰あろうグリである。突如として狂ったように高笑いを始め、何かを確信したような視線をタロウに向けた。

「お前、ますます変だぞ」

「ふふふふふ。ヒャーーーーーーハハハハハ。ヒッヒヒヒヒヒ。その台詞、そのままお前に返してやるよ。なんでそちら側にいる? 神にでもなったつもりか?」

妙な言い方をするグリ。その意図をタロウが掴みかねていると、グリはますます勝ち誇ったように告げた。

 

「お前の正体は、神竜なんかじゃない。こう言ったほうがわかりやすいかもな。『邪竜の御子様』さんよぉ!」

 

グリの高笑いにタロウは首を傾げた。

「俺の正体が神竜じゃないのは知っている。だが邪竜の御子はあっちのヴェイルだ。間違えるな。あと様にさんを重ねるな」

「違ぇよ。ヴェイルじゃなくてテメェのこと・・・って、神竜じゃないって・・知っているだと?」

思っていた反応が返ってこないことにグリはキョトンとしてしまった。

「ああ。俺は神竜ではない。獣人だ」

「あ? じゅう・・・と? いやいや、お前はソンブル様の御子だっての」

「俺は邪竜なのか?」

グリは自分の耳がおかしくなったのかと心配になった。いや、そもそもタロウの反応が変すぎる。邪竜であることを告げられ、ショックを受けたり否定をするどころか、すんなり受け入れたようにしているのだ。

それは他のアルフレッドたちも同じ。

「何というか・・・もう今さら驚かないというか」

「鵜呑みにしなくていい。あの男が言っているだけだ」

「ええ。でも。まぁ。ね」

神竜に逡巡している仲間ですらこの反応。グリはますます困惑した。

 

その後、グリは解説を始めた。

神竜も邪竜も紋章士を顕現できるが、神竜が祈りによって顕現するのに対して、邪竜は呪文により顕現する。タロウがマルスに命令して顕現させたのは間違いなく邪竜の血族の証拠なのだと。

だがここまで説明してもタロウは「そうか」とつぶやくだけ。他の仲間たちも「まぁ・・・ねぇ」とリアクションが薄い。

唯一、ヴァンドレだけが膝から崩れ落ちるほどにショックを受けていたが、グリとしてはもっと仲間割れだとか離散したりだとか・・・もっと大打撃を与えられるのではないかと期待していた分、むしろショックが大きかった。

「御託はそれだけか?」

それ以上、特に何かを言うことも、言う予定も無かったグリ。

 

その後、あっさりタロウのエンゲージの餌食となった。

 





じか~い じかい

『ついに僕たちの出番ですね』
『何の話だ? 俺は何も知らないぞ?』
『まあまあ。我々の話については多くを語るまい』
『タロウ、待っててね!』

エン21話「帰還」というお話


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エン21話 帰還

イルシオン王城を解放したタロウたち。

「それにしてもタロウが神竜でもなければ獣人でもなく、邪竜だったとは」

「邪竜だろうが何だろうが。俺のやることに変わりはない!」

「そう言ってくれると思ってたよ、よろしくね。タロウ!」

タロウが邪竜だという情報により全部隊に一瞬激震が走ったが、それでもタロウはタロウ。何も変わらない彼の姿に誰もがそれを気にしなかった。

「つまり、タロウが私の探していたお兄ちゃんってこと?」

そんな中、別の視点で驚いていたのはヴェイルだった。タロウがソンブルの子であり、ヴェイル以外で生き残っているというのであればそうなのだろう。

「そういうことだろうな。だが俺にそんな記憶はない」

キッパリと言ってのけるところ、タロウが安定している証拠だとアルフレッドたちは苦笑いした。

「でもこれでハッキリするね。僕たちはタロウを受け入れる。邪竜であろうとタロウはタロウだから。つまりヴェイルのことも同じさ。邪竜の娘であろうと僕らの味方だし、戦いが終わったら僕らがキミの居場所になる」

ドンと胸を叩いたアルフレッドに、ディアマンドやアイビー、ミスティラたちは大きく頷いた。

「みんな・・・ありがとう」

「そんなことはどうでもいい。ソンブルが何処に行ったのか探すのが先だ!」

タロウの言う通り、イルシオン城に邪竜ソンブルの姿は無かった。タロウたちが突入した頃には既に城を発っていたのだろう。

その意気先に心当たりがある、そう告げたのはモーヴだった。

「ソンブル様やセピアたちはリトスの地に向かったはずです」

「邪竜がリトスの地に!? 何故!」

声を荒げて飛び上ったのはヴァンドレだった。

「邪竜の地グラドロンを復活させるためです。グラドロンを封印している『神竜紋』を破壊し、異界に侵攻するのが望みだと聞いています」

モーヴの答えにヴァンドレは拳を握りしめ声を荒げた。

「『神竜紋』はルミエル様の神竜王城にあります。邪竜に踏み荒らされていい場所ではありません」

「ならば早く向かうしかないな。ヴァンドレ、案内を任せたぞ」

「はっ!」

ヴァンドレに闘志が戻っていた。怒りを原動力にしているとはいえ、ようやく彼も邪竜退治の一員として心から加わってくれたようだ。

 

 

こうしてリトスの神竜王城に向かったタロウたち。

そこは聖地であり、故郷であり、何よりも大切な場所。

だが今、その場所を占拠していたのはセピアたち邪竜の一派だった。

「来たわね、偽物の神竜様」

まるで城の主のようにタロウたちの到着を迎えたセピア。そしてその背後には巨大な怪物、邪竜ソンブルの姿があった。

邪悪な威圧感でタロウたちを見下し、異形兵の軍勢を従えている。

「パパ!」

そんなソンブルの元にヴェイルは思わず駆け出していた。モーヴが「危ないっ」と彼女を制止する中、ソンブルの殺気が彼女たちに向けられた。

「来たな。出来損ない風情がこの私に口を利くとは。身の程知らずが。消えろ」

呟くように吐き捨てたソンブルは、ヴェイルが次の一言をかけるのを待つことなく口から邪悪な魔力を解き放った。

魔の潮流。闇の光がヴェイルに注がれる。

「ヴェイル様!」

モーヴが彼女を庇おうとするが、とても人間が敵うものではない。2人まとめて殺されてしまうだろう。誰もがそう思った。

「甘いわ!」

だが、そこに割って入ったのはタロウだった。

一瞬にして金色の鎧を身にまとい、手にした剣でソンブルの波動を切り拓いた。

「ほぉ、腕を上げたな。どうやら欠陥品とは違うようだ」

「お前こそやるじゃないか。96点」

タロウの点数を聞くよりも前にアルフレッドたちの足は震えていた。

『まさか邪竜ソンブルがここまでの強さだとは』

タロウと共に戦えば勝てるはず。そんな打算的な勝算を持っていた自分たちの愚かさに気付き、アルフレッドたちは足がすくんでしまっていたのだ。

「愚かな人間ども。この私に楯突いたことを後悔するがいい」

「お供たち、こんな二流の台詞しか吐けない邪竜に臆するな!」

ソンブルとタロウの怒号が飛び交う中、大量の異形兵がアルフレッドたちに襲い掛かった。

「くっ。皆、タロウと共に戦うぞ!」

 

こうして大混戦が始まった。

タロウはソンブルと一騎討ちを。アルフレッドたちはセピアが率いる異形兵との交戦に入る。

戦況はあまりにも厳しいものだった。

無尽蔵に現れる異形兵を前に、アルフレッドたちが徐々に押され始めたのだ。

「くっ。タロウの足手まといにならないように、僕らも鍛えたつもりだったのに」

「皆、諦めるな!」

「そうよ。タロウがソンブルを押さえてくれている。私たちが異形兵を倒さなきゃ」

「でも・・・このままじゃ」

力を振り絞るアルフレッドたち。だがそれでも異形兵1体1体の強力な力を前に、気力すらも失いかけていた。

その戦況の変化をタロウとソンブルは戦いの中で共に察していた。

「お供たち、ここが踏ん張りどころだぞ!」

「力はつけたとて、考えは甘いようだな。人間どもの命は風前の灯火だと分かっていないのか」

「俺がお前を倒し、加勢すればいいだけのこと」

タロウは必殺奥義を幾度となく放つが、ソンブルもまた強大な魔力でそれを相殺していく。戦力は拮抗していた。このままジリ貧で戦いが続けば、異形兵がアルフレッドたちを倒し、ソンブルに加勢するのは時間の問題だ。

「そうだな。せっかくの親子の縁だ。取引をしてやろう」

「取引だと?」

業を煮やしたソンブルはタロウに静かに提案を始めた。

「12の紋章士の指輪を私に渡せ。そうすれば、お前たちを見逃してやる。命を取ることはしない」

ソンブルの甘言にタロウは眉をひそめた。

「悪い話ではないだろう。避けられない死から救ってやると言っているのだ。それとも仲良く全滅の道を歩むか?」

ソンブルは威圧感をそのままに口調を和らげ、タロウに決断を迫った。

だがタロウは考えていた。何故ソンブルは今さら紋章士の指輪を欲するのか。

12の指輪を全て揃えることに意味がある。

「なるほどな」

そう呟くとタロウは12の紋章士の指輪を取り出した。

「さすがは我が子。聞き分けがい「お供たち! 俺に力を与えろ!」

ソンブルの言葉を遮り、タロウが高らかに命令するや否や。

紋章士の指輪は赤黒い光を纏いながら浮き上がった。

「なっ! 貴様「見せてやる。これが俺の。俺たちの力だ!」

発言をことごとく邪魔されたソンブルが怒りを露わにする。

だがそんなものお構いなしに、タロウは12の紋章士の指輪に命令した。

 

「お供たち、アバターチェンジだ!」

タロウの唱えた聞き慣れない呪文にソンブルは首を傾げた。

そんな演唱で顕現される紋章士はいないはず。

だがソンブルの目の前で、12の紋章士の指輪から12の戦士が姿を現した。

「紋章士を顕現したのか? いや、違う」

ソンブルは目を見開いた。見たこともない、それどころか何人かは異形兵よりもさらに異形の姿をした。そんな12の戦士の姿がそこにあったからだ。

 

「助けにきたよ。タロウ」

「まぁ何が何だか知らないけどな」

「獣人であろうが、これも縁ということだ」

「僕も来ましたよ、桃井さん!」

「やっぱり最後は主役がシメなきゃいけませんよね、タロウさん!」

12の戦士のうち、5人がタロウに親し気に声をかけた。

その懐かしくも喜ばしい声に、タロウはニッと笑って振り返った。

「来たか、お供たち」

 





じか~い じかい

『俺を信じろ』
『俺との縁は、超良縁だ』
『悩みなんざふっとばせ!』

エン最終話「ラスト縁ゲージ」めでたしめでたし


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最終話 ラスト縁ゲージ

 

邪竜ソンブルの前に現れた12の戦士。だがそれは紋章士の顕現ではない。

その姿はまるでタロウのエンゲージ姿のよう・・・というわけではない。似ているのもいれば似ていないのもいる。というより大半が統一感の無い鎧姿だ。色合いに至っては全員がバラバラ。

そんな12の戦士は瞬く間に異形兵に斬りこみ、バッサバッサと打ち倒していった。

「まさか千年に一度の力を、お前が使ったというのか!」

ソンブルはそうとしか考えられなかった。

紋章士の指輪が12個全て揃った時、1000年に一度だけ起こすことができる奇跡の力。

その力を使いソンブルは異界に侵略するつもりでいたのだが、タロウに先を越された形だ。

 

そんなソンブルの怒りに構うことなく、タロウと12の戦士は笑いながら戦っていた。

「タロウさん! 僕たちが来たからにはもう大丈夫ですよ!」

槍を振り回し、元気よく戦っている戦士を背に、タロウは「俺はいつでも大丈夫だ」とさらっと答えた。

「といっても獣人らしいがな」

「それでも僕らは仲間です。タロウさん!」

「そういうことだ。縁というものは恐ろしくもあり、頼もしくもあるもの」

この3人の戦士はどれもこれもが変な等身だ。妙に腕が太かったり、足が細かったり、背が小さかったり。化け物にしては化け物っぽくない。

「ちなみにマスターも来てくれてるんだよ」

「ああ。来たよ」

黄色と白はまだマトモな等身だ。まだタロウの鎧に近いかもしれない。

「タロウ。また共に戦うことができる喜びに、私は今震えている」

「ちなみにキビポイントは大丈夫らしいわ」

「ついでにムラサメも連れてきたぞ」

ここからはもはやタロウとの統一感が皆無だ。だがタロウと共に敵と切り結ぶ姿は妙にシックリくる。

「来ました。いいですよね、マザー」「      」

誰に話しかけているのだろう? 紫の戦士はよくわからない独り言を言っていた。

「私たちはオマケね。どうでもいいけど」

「ギリギリだな。それにギンギンだ」

「って、ちょっと待って! 5と6が7と8になってる!」

何か3人目の戦士が騒いでいる。すごくパニックになっている様子だ。

 

そんな全然違う12人の活躍もあり、アルフレッドたちの戦況は完全に盛り返して余裕が生まれた。

「これがタロウの本当のお供たちか・・・って、「13人いる!?」」

指輪の数と戦士の数が合わない。その事実に気付いたアルフレッドとソンブルは思わずツッコんでいた。

「あと、お供4人じゃなかったのか」

アルフレッドの付け足しのツッコミに、タロウは反応することなく13人の戦士たちと横に並んだ。

 

「お供たち、名乗りだ!」

タロウのやることはいつも分からない。何故、このタイミングで名乗りを? アルフレッドは呆れるしかなかった。その気持ちはソンブルも同じ。

だがタロウの呼びかけに13の戦士は「やりましょう!」「いいだろう」とやる気まんまんで並び、順番に高らかに名乗りを上げ始めた。

 

「清廉潔白 完全主義 ソノイ」

 

「美しい花には棘がある 愛を知りたい ソノニ」

 

「思い込んだら一直線 ソノザ」

 

「清潔第一 ソノシ」

 

「戦う交通安全 ソノナ」

 

「天空の王者 ソノヤ」

 

「秘密のパワー ゼンカイザー」

 

「ジョーズに目覚めた ドンムラサメ」

 

「金骨龍々 ドンドラゴクウ! ドントラボルト!」

 

「浮世におさらば サルブラザー」

 

「漫画のマスター オニシスター!」

 

「逃げ足ナンバーワン イヌブラザー」

 

「鳥は堅実 キジブラザー!」

 

『なるほど。前にタロウが言っていた、面白い名乗りというのはこういうことか』

アルフレッドが感心する中、13の戦士が次々と名乗っていき、次はついにタロウの番。

彼がどんな名乗りをするのか、敵味方問わず全員の注目が集まった。

 

「桃から生まれた ドンモモタロウ」

 

そうきたか。

もはや出自が神竜でもなければ邪竜でもなく、獣人ですらない。誰もが苦笑いするしかなかった。

そんな周りの目を全く気にすることなく、タロウと13人のお供は声を揃え名乗った。

「「暴太郎戦隊 ドンブラザーズ」」

と。言葉の意味が分からないが、とにかくすごい自信だ。

だが心なしか、タロウが今までで一番活き活きしている。この勢いを止めてはいけないだろう。

「お供たち、祭りを楽しむぞ!」

タロウの号令を皮切りにドンブラザーズは異形兵との戦いを再開した。

 

アルフレッドたちが見守る中、タロウをはじめとした13人の戦士たちは軽やかに戦っていた。

「ほぉ。お前たち、腕を上げたな」

「なんてったって、僕はドンブラザーズのリーダーですから!」

「ああ。彼はよくやってくれている」

タロウと共にソンブルに立ち向かうのはソノイとドンドラゴクウドントラボルト。

まったく統一感の無い鎧をまとった3人だが息ピッタリでソンブルを圧倒していた。

あと、どうやらタロウがドンブラザーズのリーダーではなかったようだ。

「わびさびも風流さもない。言葉が通じないというのは何とも無粋な敵だな」

「こいつら、まるで無感情だな。昔の俺の方が笑い方を知っている」

「おしゃべりばっかりしてると危ないよ。教授、編集長」

サルブラザーとソノザ、オニシスターはアルフレッドたちを守るように異形兵を相手にしてくれている。この3人もまるでバラバラだが、それでいて息が合っていて強い。

あと、教授はわかるが。へんしゅうちょう、とはどんな役職なんだ?

「僕、がんばるよ。待っててね! みほちゃ・・・って間違えた」

「やめろ雉野! その呼び間違えは俺に刺さる」

「何をやってるの翼、油断しないで!」

こちらの3人も等身が全然違うけれども息ピッタリだ。あと誰が誰なんだ? さっきの名乗りの通りでいいんだよね?

「あらソノシちゃん。動きが悪いわよ」

「邪魔なんだよ。戦いの足手まといになるやつは全て」

「ぅぅ戦いにくい」

ソノナとソノヤ、ソノシは名前も鎧も、この中で一番統一感がある。なのにすごく息がバラバラだ。特にソノシは居心地が悪そう。

あと何か床の上を滑るように剣が動いている。ドンムラサメの剣に似ている。それがまるで地面を水のように泳いでいるように見えるから不思議だ。

 

「彼らに戦わせてばかりでなるものか。僕らもタロウのお供だ!」

「そうとも!」

アルフレッドの号令に軍勢が吠えた。ドンブラザーズと共に異形兵へと斬りかかり、戦況は一気に優勢へと傾く。

かに思われた。

「図に乗るなよ貴様ら」

その時、ソンブルの地を這うような咆哮が一帯を吹き飛ばした。

あまりにも禍々しいオーラと共に、ソンブルの体が一回りも二回りも巨大化していく。

そしてその巨体が神竜王城の天井を突き破り、アルフレッドたちはその姿を見上げ立ち尽くしてしまった。

「我が力の半分も見せていたと思うなよ」

「なんということだ・・・」

アルフレッドたちは愕然とした。これが邪竜。人間が敵うような次元の話ではない。絶望を感じずにはいられなかった。

だがタロウなら。タロウなら何とかしてくれる。そんなアルフレッドたちのすがるような視線が向いた先で、彼はいつものように高笑いをしていた。

 

「ならばこちらも全力全開を見せてやろう」

そう言うや、タロウは手にした弩のような変なものに手をかけ、グルグルと歯車を回し始めた。

同時に他のドンブラザーズの面々も変なものの歯車を回していく。

するとその直後、タロウはルキナとエンゲージした時と同じ鎧姿に。他の面々の体にも鎧のようなものが装着されていく。

 

「お供たち、ドン全開大合体だ!」

タロウの言葉にドンブラザーズですら「なんじゃそりゃー」と声を合わせて驚いている。

かと思えばイヌブラザーとオニシスターが支えるようにタロウがその上に立ち、サルブラザーが2つに分かれ、キジブラザーも4つに分かれ、タロウの腕となった。ドンドラゴクウドントラボルトにいたっては、もう骨格の何がどうなっているのかわからない。

こうして組体操のようにして出来上がったものは、さながら鎧の巨人。

さらにドンムラサメの体でも全く同じようなことが起き、タロウの巨人を黒くした姿へと変貌した。

話はそれだけで終わらない。2体の巨人が更なる変形を始め、その体が合わさろうとしていたのだ。だいぶ前の時点で目玉が飛び出そうになっていたアルフレッドたちは、今度は顎が外れそうなくらいに口が開いたまま閉じなくなった。

だがそんなリアクションとは裏腹に進んでいく合体。そしてその仰天にすら彼らは乗り気満々で口々にお気楽なことを言い始めた。

「俺はまた足か!」

「こういうのシンメトリカルドッキングっていうんだよ」

「今度は腰か」

「え! 僕、もしかして脇!?」

「マザー、皆で大合体です」「      」

「センターはやはり僕!」

「違う、俺だ」

彼らが強大な敵を前に、自分たちの身に何が起きているのかも分からない状況で、それでも好き勝手言えるのはタロウを信頼しているからだろう。それがよく伝わってくる。

 

「「完成! ドントラサメオニタイジン全極!」」

 

うん、何が起きているのか何を言っているのかよくわからない。

ただ1つ、分かっていることは。これで邪竜ソンブルと同じ視線で戦える巨人へとタロウたちが変形したということだ。

「あと、キミたちはどうしてここに?」

アルフレッドが尋ねる先にいたのはソノイたち。

「私たちにアレはできないからな」

「・・・そうなんだ」

どうやらドンブラザーズのお供たちの中にも、できることとできないことがあるようだ。

 

そんなアルフレッドの苦笑いの先で、ソンブルには悲惨が待ち受けていた。

「銀河桃一」

「「全力ドンブラファンタジア・極!」」

ボルガノンやトロン、エクスカリバーでは説明がつかない虹色の熱波がタロウたちから放たれ、ソンブルを貫いた。

せっかくのソンブルの巨大化に見せ場を全く与えることなく、まさにタロウたちの完全大勝利である。

「「完全究極大勝利!」」

タロウたちの勝鬨にアルフレッドたちもつられて武器を天に大きく掲げる。

 

 

こうして、1000年越しの邪竜との戦いの幕はここに下ろされたのだった。

 

 

 

 

 

「タロウ。きみには感謝してもしきれないよ」

「え?」

戦いも終わり、タロウの元へアルフレッドたちは駆け寄った。

だが何か様子がおかしい。

「ここはどこでしょう?」

キョトンとした顔でタロウは周りを見回していた。

その表情は豪傑と呼べた今までの彼ではない。純粋無垢という言葉がよく似合う。

「タロウ、何を言って・・・!?」

その時、アルフレッドたちはタロウの背後に14の影を見た。

その影は光の粒子となって1つ1つと徐々に消えていき、

最後に赤い影がタロウと向き合った。

「え? あなたは一体・・・」

タロウが困惑する中、赤い影は手を差しだした。まるで握手を求めるように。

タロウは恐る恐る赤い影の差しだした手に手を重ねる。

するとその影は満足したように扇をパタパタとあおぐと、他の13の影の元に向かうように光の粒子となって消えていった。

去り際の挨拶か。あるいはタロウに何かを託すバトンタッチか。

『タロウは・・・いや、ドンブラザーズは・・・』

アルフレッドたちは一様に察していた。

前にタロウが言っていた。

彼は桃井タロウの自我が、1000年間眠り続けている神竜の器に入り込んだ存在であると。

その魂はまだ目覚めていない、と。

その桃井タロウの仲間であるドンブラザーズは消えた。

邪竜を倒す役割を果たしたからか。あるいは桃井タロウを助け終えたからか。

桃井タロウの魂も、あるべき場所に帰っていったのだろう。

そして今、彼が憑依していたタロウは、その眠り続けていた魂が目覚めたばかりなのだ。

邪竜との戦いで疲弊した世界。そんな世界に放り出されたタロウを誰が支える?

今までタロウに支えられてきた自分たちが、今度は彼を支える番だ。

アルフレッドたちは言葉を交わさずとも、皆が同じ気持ちだった。

「あの、みなさんは?」

眠り続けていたが故。今のタロウは何も知らない。

目の前にいる仲間たちが誰なのかも。

キョトンとした顔で尋ねるタロウに、アルフレッドは微笑みながら答えた。

 

 

 

「僕らはキミと縁ある者だよ」

 

 

 

   =完=





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