娯楽もクソもないので美少女とフラグ立てる (半濁音)
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原作開始前
この場所クッソつまんねェェェェ‼︎
綾小路ちゃんのおなまえどうしょ…
こんにちは。自分はなんて事のない普通の転生者です。普通に死んで生まれ変わった感じの、転生特典とかそんなの知らない系転生者で御座います。
しかし今、自分は明らかに普通でない場所にいます。辺り一面真っ白で狂ってしまいそうな場所に、色んな子供と沢山幽閉されてます。因みに多分皆んな同い年。4歳位かな。
まさか今世の両親が普通に育児を放棄してこんな施設に預けるとは思わんよね。当時は言葉も発さない様な小さく未発達な身体だったから、泣き喚くことしか出来ず挙げ句の果てにこんな所に突っ立っている。前世でなんか悪い事した訳でもないのにさ?拷問受けてるみたいな物だろ、これ。最早リスキルじゃん。
はーもう、クソ。クソですわこんな現実。転生してから才能がないとか顔が普通だとかお気楽な事で悩んでた前世が一番マシだったって気付くんですの。人間いつも失って初めて大切さに気付くものですわね。おファックですわ。
何がクソかってこの白い部屋がクソ。クソオブザイヤー受賞できるくらいだよおめでとう滅びろカス。
なんか5歳がやるにはアホほど難しい問題を解かされるし、筋力トレーニングなんかも凄い負荷を掛けられるし。ここが教育機関なら星0.1だよ。子供に対する倫理観のカケラもない。…あー、ほら。またオゲロゲロしたり苦しそうにしたりしてる。なぁんで監視カメラとか設置してるのにそう言うのに頓着しない訳?おまいら大人が処理しねーから俺が掃除してんの。そんでその子供の背中摩ってあげてんの。
医療行為ごっこしてたらなんかゴツイ大人にぶん殴られるしさ。いや、避けたけど。攻撃回避のカリキュラム組んだの何処の誰ですか?把握しておけカスがよぉ。
で、これが最重要事項。志同じく(?)努力していた子供たちが脱落して行ったり、やりたくもない事やらされたりするのも辛くはあるが、前世も合わせたら多分ここに居る誰よりも年食ってる俺からすれば耐えられる。ならば何が一番の問題として首をもたげているか。
娯楽が一つもないのだ。
小説も無ければ漫画もゲームもない。テレビなんてもっての外。現代文の問題で何かの物語の一節に触れるくらいだ。まだこれなら好きだったアニメ等を思い返す事ができるからまだセーフ。世間一般的には余裕でレッドカードだが。
最たる問題としては食だ。子供の栄養を考え尽くされた食事らしいが、味が全くしない。緑黄色野菜には調味料かけなきゃならんでしょ。俺の愛しの胡麻ドレッシングを返せ。5段階くらい不味くした精進料理でも食べている気分だ。
まあそんな風に娯楽という娯楽がない。偶に行われる茶道とかダンスとかピアノとかのレッスンはそこそこ楽しかったが、できる様になると途端に辞めさせられるし。教育者ならそこんとこしっかりしろっての。鞭と鞭と鞭じゃん。すっごい甘い飴頂戴。半日くらい舐め続けられるヤツ。
「君もそう思うでしょ?」
完璧なテーブルマナーで味のしない食べ物を頬張りながら、対面に座る子供へ話し掛ける。無機質に夕飯を運んでいた手を止め、しっかり飲み込んでから意思表示をした。
「……何の話?」
「偶には甘い蜜を吸わせてくれても良いじゃんって事。無味乾燥な日々はつまらないから」
食器を使って皿を叩く。これを見ている白衣のオジサンたちによる愛の鉄槌がこの後飛んできたり飛んでこなかったり。
俺の話を自分なりに噛み砕いているのか、目の前の少女の咀嚼スピードが格段に落ちる。なまじっか視力や聴覚が鍛えられているからそんな事まで見抜けてしまうのだ。俺は鈍感系主人公にはなれやしないな。
暫く口を開かなかった彼女だったが、漸く此方を見て言葉を発し始める。
「人間の心理状態…ストレスの事について言っているなら、問題はない。いつも言われた通りの事をするだけだから、私は心的疲労と無縁」
「そうじゃなくてさ。言われた事を淡々と熟し続けるのも、必ず心は負担に感じる。そうすると感情が分からなくなったり、表情筋が死滅したりする訳」
少し話題を変えるが、娯楽も何も無いこの場所で楽しみを見つけるにはどうすれば良いだろうか。
決まりきった答えは無い、謂わば探究的な問題。数学の様に一つの解が出るなら楽だが、それでは楽しく無いだろう。こう言うのは何度も首を捻り、そして遠回りするからこそ価値があると言うものだ。分かったか皆んな。
とまあこの様な説教を垂れる資格もない訳だ、この施設の職員たちは。そんなだから皆んな胃液とか血とか吐いて脱落して行っちゃうんだぞ。分かってんのか⁉︎これにはワ○カさんもお怒りだ。
そんな超絶つまらない空間で見出した俺の楽しみ。それが──。
「折角茶髪ちゃんは可愛い顔してるのに…勿体無いでしょ?」
──美少女とフラグを立てる事だ。
何を言っているんだコイツは、と思うだろう…思わない?まあそりゃデロデロに依存させて俺が血でも吐いて曇らせるのも良いが、普通を知らない子どもに誰かに愛される幸せを知って貰いたい的な高尚な考えもある。明らかに前者が理由だろ、って?バカにしないでくれ(アンチ)
しかし機械的で決められた生活を繰り返しながらも真っ当な価値観(当社比)を持つ俺には、こんな歯の浮く様な台詞を言う度に壁を壊したくなる程に恥ずかしい訳だが、それは鍛え上げられたポーカーフェイスで隠す。余裕のあるちょっとエッチなお兄さん的立ち位置で男性観を壊してやるのさ。
この愉しみこそが娯楽の醍醐味だ。だが目の前の茶髪ロングちゃんは特に目立った反応をしない。…いや、よく見れば満更でもなさそう。多分。無表情すぎてよく分かんないな。
思えば半月前ほどから根気良く話し掛け続けているが、中々この少女の感情の波を捉えられない。少しは心を開いてくれても良い筈だが…まあ、トライアンドエラー。職員に殴られても俺は曲げないぞこんにゃろー。
俺が少女に話しかけ始めた時は偉いさんっぽい人の所へ連れられて尋問されたのは良い思い出だ。『コミュニケーション能力も必要だと思いましたので』と言えば無駄な事をするなと言わんばかりの殺意が込められた視線で射抜かれた。反抗期ですね、不治の病です。
「食べ終わったなら、さっさとお風呂入って寝ようか。明日も訓練漬けだし」
「……ん」
食器類を置いて風呂場へ直行する。最低限の設備は揃ってるし、ビジネスホテルにでも改造すれば良いのに。周りが真っ白だから気が狂う可能性があるけど、まあそれは自己責任って事で。
「WR4-08。お前をご指名だ、着いて来い」
え゛っ。
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親方!外から美少女が⁉︎
オリ主くんの名前や容姿も決めてない不思議。
多分7歳になった頃。白い部屋に生き残っている子供が俺と茶髪ロングちゃんだけになった。流石に鞭しか与えない教育なんて高が知れてるって。現に俺らしかもう子供居ないし。なんで生き残った俺たちにもストレス解消の何かを…あ、無いですかそうですか。
目の前で潰えて行った儚い希望。ここの大人はみんなケチだねー、俺たちはああならない様にしようねー、なんて事を茶髪ちゃんと話す。最近はなんて事のない話にも返答をくれる様になった。おにーさんは成長が感じられて嬉しいよ。
変化と言えば最近は専ら拳ではなく刃物が飛んでくる様になった。いや何やってんのアンタら。…これもカリキュラムの一つ?俺はこの中で一番成績が良いから常に最善の回避行動を行う能力を身に付ける為?個人的にムカつくから?……なんでお前らの私怨が罷り通るんだよ⁉︎教えはどうなってんだ、教えは⁉︎
ううっ、こんなクソみたいな施設に入れられた皆んなは泣いて良いよ。茶髪ちゃん泣いて良いよ。俺は泣かないよ、男の子だもん。それにこんなでも一番って言われるのは嬉しいし。5歳時点でも俺に着いて行ける実力の子は茶髪ちゃんしか居なかったし……よく考えたら凄いな君。俺は前世の記憶って言うドーピングしてるから何とかなってるけど。
カリキュラム終わりにそんな話をしたら嫌味かと言われたよ。確かにそう聞こえるっスね。反省してます。
ってな訳で俺は閉じ込められていた部屋の向こう側に居るよ。態々ガラス一枚隔てた外の部屋に出る為にあんな長い手続きやら逃げ出さないための準備だとかしなきゃいけんらしい。言われんでも逃げられる算段つくまでそんな事しませんって。杞憂民おつ。
連れられて入った空間には、銀髪の女の子が居た。此方に敵意たっぷりの目を向けて。とうとう俺もモテ期かな。だったら前世分もしっかり働いてくれ。
そんな事を考えながら一通り部屋を見回す。うーむ、監視カメラと麻酔弾に囲まれてーら。子供1人にこんな厳重体制敷いて虚しくならないの?そりゃあ今の俺ならその道のプロとかでもない限りは薙ぎ倒せるけど。何処かの京極さんみたいに武力を天元突破させるのもアリだね。素敵だね。
「…私を認めておきながら、他に何か考え事をするとは良い度胸ですね」
「だって敵意をガンガン浴びせてくる人とお話しなんて、俺にはとても。折角可愛らしい子とお話しできると思ってたのに残念だなぁ」
「ここのカリキュラムには女性を口説く課程もあるんですか?」
そんなんある訳ないやろ(半ギレ)
こちとら茶髪ちゃんの日々の成長を見守る事くらいしか楽しみも無いしさ。職員たちは刃物投げてくるし。誰かとお話しする事にワクワクしたって良いじゃん。会話を楽しむのも強者の風格が出るもんだぜ。
でもこの銀髪ロリが俺にとって都合が良いのも事実。ここで忘れられない夢の様な一時を演出し、数年後の未来で再会を果たす。しかし俺の横には慈愛の表情で微笑む美少女が。できれば茶髪ちゃんが望ましい。そしてこの銀髪ちゃんは脳が破壊される、ってワケ。完璧な作戦だ。
俺としては新しい娯楽の種子が目の前で待ち構えている様なもの。どんな天才だろうとどんと来いですわ。私のパーフェクトコミュニケーションで陥落させてみせますわ。
「…まあ良いです。それでは私と遊びましょう」
突然沈黙した俺を見かねたのか、銀髪ちゃんは椅子から立ち上がって近くに置いていた紙袋を持ち上げようとする。しかし悲しいかな。パントマイムの様にうんともすんとも言いません。クッソワロタ。
「……………」
「……分かった。分かった俺が運ぶから無言で見つめないでくれ」
ずっと年相応な微笑ましい光景を見ていたいと思っていたのだが、無言の圧力に屈する事にした。美少女からのお願いを断れる訳ないだろ良い加減にしろ!
紅茶を啜りながら銀髪ちゃんは此方を見る。今の一連の流れで俺が油断しているかどうかの確認かな。残念ながら万一にも警戒を緩めることは無いので諦めな。それはそれとして抜け目ないでやんすね。はいはい天才天才っと。
ガサガサと紙袋を漁って中から出てきたのはチェス盤。これはアレか。最高傑作とか呼ばれてる俺にチェスを教えて欲しいとか?可愛いとこあんじゃんね〜。
「先程ルールブックを読んで覚えました。私と勝負してください。…貴方のような作り物の天才は、私のような本当の天才には敵わない事を証明し、犬にして差し上げます」
ふーん、ほー、へー。つまり敵意の理由はそれか。最近の養殖鰻は美味しいし、天然物が全てじゃないよ。
勝負のお誘い……だと⁉︎
「代わりに私が負ければ…」
「ちょっ、と待ってくれ。…つまりは俺と君とは今からチェスをするって事で良い?」
「そうですが…。何か不都合な点でも?」
にゃるほどね。俺は今、全てを理解してしまったよ。
美少女との娯楽キッツァァァァァァッッ‼︎
「オーケーやろう、今すぐ始めよう。先行は譲るよ」
「あ、いえ、待ってください。まだ私が負けた場合のペナルティを…」
「そんなの貸し一つとかで良いじゃん。どうせ俺が勝つし、難しく考える必要もないよ」
「……言ってくれますね」
ちょっと煽れば直ぐに乗ってくれる。煽り耐性低くて可愛いねぇ。
俺を睨み付けながら白色の駒を最初の配置に付ける。心なしかプレッシャーを感じるが、微風程度にしか思えない。まだお子ちゃまだもんね仕方ないね。
「いやー、チェスなんて何年振りかな?茶髪ちゃん以外だと銀髪ちゃんが初めてだよ」
「…私には坂柳有栖と言う名前がありますので。銀髪ちゃんは不愉快です」
「んじゃ有栖って呼ぶねー」
ここまでの高揚感を覚えたのはいつ振りだろうか。茶髪ちゃんとガチで指しあった時位だろう。この楽しい時間、そう簡単に終わらせてやんねーからな。できるだけ長引かせて職員たちをワタワタさせてやるのも悪くない。
「さあさあ。ゲームを始めよう」
「精々負けた時の言い訳を考えておいて下さいね」
泣いても知らんからなクソガキャー。
◆◆◆
「あー…ほら。さっきルールを覚えたばっかりだとは思えないほど強かったし、何なら茶髪ちゃんを除いたここの子供たちよりは強かったからさ」
「…早くそのビショップを動かせば良いじゃないですか」
「はい、ごもっともッス。…チェックメイト」
駒を動かしてそう告げる。将棋の王手とチェスのチェックメイトって似てるようで全然違う意味らしいですね。言ってしまえば王手がチェック。完全に相手を詰ませた状態をチェックメイトと言うらしいです。
………さて。目の前でドス黒い笑みを浮かべている有栖たそに目を向けましょう。オープンユアアイズ。
「圧倒的有利な先手を貰い、意味のない長考や与太話で散々時間を掛けられ完全に詰んだ挙句に気を遣われる、と。………ふふっ、ふふふっ。この部屋の最高傑作様にそんなユーモラスがあったとは驚きでした」
ものの見事に怒ってらっしゃる。分が悪い勝負だったとは言え色々と屈辱的だったようだ。
でも大分強かったのは内緒。俺が
「……ふぅ。少し落ち着きましょう」
紅茶の入ったマグカップを呷る。しかし勝負開始前に入れたソレは冷め切ってしまっていたのか、顔を顰めていた。
口周りを所作よくハンカチーフで拭き取って、有栖は此方に鋭い目を向ける。俺のクンショウモ並みのメンタルが死ぬからやめなー?
「私との勝負は…手を抜くほどにつまらなかったですか?」
「んな訳無いじゃん。有栖みたいな滅茶苦茶可愛い子と一局付き合えて、俺は凄く楽しかった……と思う」
「…左様ですか。では、何故?」
コテンパンにやられて落ち込みがちな有栖お嬢様の機嫌を取り持つ為に放った言葉ですもん。そんな深い意味込めてませんよ。
だからって適当に流せば納得はしないだろうしなぁ。精々娯楽に興じてる時間が少しでも長く続けば良いな、位に思ってだけだし。……うーむ、やるっきゃないですね。
「まあ、こんな何もない部屋じゃあ娯楽もないからさ。ちょっとでもこの時間が続けば良いなー、って思ったんだけど。上手くいかないもんだね」
「…随分と可愛らしい理由ですね。詰まる所、私と遊んでいたかった訳ですか」
「そうなるのかな。話し相手とかも茶髪ちゃんしか居なかったし」
事実でもあるし、嘘でもある。真っ平な嘘だとバレやすいから、真実と虚構を混ぜ合わせるのが効果的だぞ。
相手に踏み込んできて欲しいなら弱みを見せる事が大切でもある。そうすれば相手も油断するからね。有栖にそんな事して効果が出るとも思えないけどまあ。概ねチャート通りです。
これであわよくば少しでも意識してくれたら儲け物。このチャートにはそんな事を見越して万全の対策をしておりましてよ。
「何はともあれ。これで貴方に借りが一つという事ですか」
「ちゃんと覚えておいてくれよ?いつかその借りを返してもらいに行くから。…その時はまた、2人でチェスをやろう」
「あら…。時々、貴方は本当にここで育ったのかと疑う程、ロマンチストのような発言を致しますね。私としては気分が悪いものでもありませんが……他の方にはそう言った発言を控えることをお勧めします」
現時点で消化できてしまうようなお願いだと少しだけ弱い。だから『いつかはきっと』と俺の事を度々思い出して想いを募らせて欲しいわけです。
だから、貸し一つという事にする必要があったんですね。もしかしたらさっさと忘れちゃう可能性も無きにしも非ず。カバーは何重にも用意しておく方が得策です(n敗)
自分でも惚れ惚れしてしまう様なチャートですわね。これで心に存在を刻みつけ、来る再会の日の脳破壊へ一歩前進ですわ。これこそが娯楽というものでしてよ。
「それでは時間も余りありませんので」
「もう帰るの?もうちょっとだけ話して行かない?」
「ふふっ。またいつか、でしょうか。面会時間の決められていない自由な時間で、またお会いしましょう?」
そう言ってお付きの黒服たちと優雅に帰って行く。ソレと同時に逃げ出さない様に抑え込まれてしまった。だから逃げる気なんて毛頭ないっつーの。
「……って事があったんだよ」
「ふーん。………私、最近胸が膨らんできた」
「…そうなんだね」
就寝前に茶髪ちゃんとそんな会話をしたが、これは何と返すのが最善なのだろうか。『あっ、そう』としか言いようがない。
私の曇らせ好きはブルアカの賜物です。
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君の名は。
花粉辛い。
「人の上に立つ方法っての習ったじゃん。でもその後はどうするべきかとかは教えて貰ってないよね」
「…確かに。折角手に入れた駒が敵と繋がってたら困る」
夕食前の自由時間にて茶髪ちゃんと対面に座って話す。
今日は人心掌握術についてのカリキュラムだった。自分を弱者に見せてから相手の弱みを握るだとか、ペーシングやらミラーリングだとか。要は上手く誰かの心に入り込んで、そこから揺れ動かしたり外堀を埋めて行ったりしろとの事だ。
つーか茶髪ちゃんはその物騒な言い方辞めなさい?人間って感情があるから思い通りにならない事なんか常だから、駒って言い方はあんまり適切じゃないかな。
ほら、俺ってば人間ちょーだいしゅきだから。あれは自分に未知を与えてくれる娯楽の道具っスよ。
「フンヌゥッッ‼︎」
「!??!」
超スピードで頭を真っ白な壁にぶつけた。壁は破片がパラパラと落ち、俺の額からは血が出る。痛い、だがそれで良い。
偶に人を人とも思わない考え方に走る時がある。なーにが人は娯楽の道具だアンポンタン。そんな時は思いっきりこうして自分戒めているのサ。よく見てみなさい。同じ様な壁のヒビが5つくらい見受けられるでしょ。あれは俺の歩んできた軌跡なんです。
俺の作ったヒビと先程の全力頭突きによって、幾分かスッキリとした気分と眩暈が同時に襲ってきた。相反する筈の二つの感情が流れ込んでくるなんて、実に面白いと思わんかね(大佐並感)
呼吸を落ち着けて茶髪ちゃんの対面に座ると、油の切れた機械の様にアワアワとしている姿が目に入った。喩えの表現として機械ってのはあまり良くなかったかな。それはそれとして可愛いのでヨシ!
「…?分かんない」
「え、何が?」
「勝利こそが全て…。私の前に立ち塞がる敵…。でも、凄く流血が気になる。……心配?」
ふむふむ。勝利絶対ジャスティス的な価値観で生きてきた茶髪ちゃんにとって俺は敵として認識していたが、俺が怪我をしている様は何だか心配に思ってしまう。一体全体なして?…って感じのことを言いたいのかな。俺凄くない?シャンポリオンやシュリーマンと並べるレベル。
しかし茶髪ちゃんが。トテトテと着いて来ながらも何処か俺を目の敵にしていた茶髪ちゃんが。俺の身を案じてくれているのだ。これが母性。これが親の愛情。少し虚しくも暖かく美しい感情だ。有難う、貴女のお陰で私まだ戦える(仕事猫案件)
…いや、待てよ?俺が能動的に傷付いたことにより茶髪ちゃんが悲しむ。この状況はまさか……。
──自給自足の曇らせ…ってコト⁉︎
うーむ、ちょっとこれはグレーゾーンだ。曇らせ過激派に暗殺されても可笑しく無い。日本はこと性癖に関する話になると殺伐とするから、この曇らせ自己補給プログラムは使用を控えておこう。
「大、丈夫…?休憩…」
「要らないよ。今日のカリキュラムについて話したい事が山ほどあるんだ」
視界はグラついているが特に問題は無い。無いったら無い。ええい、俺と茶髪ちゃんとのコミュニケーションタイムを邪魔するな。
「それで続きなんだけど。人の上に立った後は、何かしらの野望みたいな物は必要だと思う」
「野望……目標?共通する理念は確かに重要」
「でしょ。加えて飴も必要だと思うんだ。…つまりここを運営している人間たちはド屑の集まりって訳」
そう宣った瞬間、背後から俺に向けて無数のナイフが飛んでくる。茶髪ちゃんを極力巻き込まない様に──多分彼女も避けられるだろうが──遠回りにバック転をしながら避ける。
笑い声を上げながらナイフを避ける俺は、きっと誰の目から見ても狂気的に思うだろう。自分からするとシューティングゲームみたいで楽しいのだが。古の東方オタクはこう言うのに強い。
バック転だけでなく壁を使って宙返りなんかもしてみる。色々と遊んでいると途端にナイフの投擲が中止された。職員たちは神妙な面持ちで『そろそろ銃弾を使用するか』等と話し合っている。ぽまえらソレは洒落になんねえぞ。
「お疲れ。綺麗な回避行動だった」
「俺ってばそろそろ本気で殺されるかも知れない。今までありがとう茶髪ちゃん」
「…多分貴方が死ぬ時は、背後から無数に刺されてると思う」
全くご冗談を。
◆◆◆
それに気付いたのは、相も変わらず必要性の感じられないカリキュラムを熟している時であった。
そういえば茶髪ちゃんの名前知らねえわ。
いや、そりゃ名前なんて些細な違いで、その人がその人である事が重要であると言うか。……はい、聞き忘れてただけです。
逆に考えてみてくれ。名前も知らないあの子を俺は救いたいと思った。なんと詩的な表現だろう。これもまた一つの人間関係の在り方ではないだろうか?
……と、ここまで言い訳を並べ立てた訳だが。名前で呼べるならそれに越したことは無い。だが今更本人に直接聞くのもなんだか格好が付かないとも思う。
つまり職員たちの会話から情報を集めて行く方向で。近道ばかりじゃなく、偶には道草を食ったって楽しいものだ。
必死こいて茶髪ちゃんと区別された部屋で戦闘訓練を受けるフリをして、職員たちの話し声に耳を傾けてみる。
「WR4-8も、ああして取り組んでいれば最高傑作という名に恥じぬ姿に感じるのだがな…」
「言うだけムダだと思います。確かに行き過ぎた自由行動や明らかに此方を舐め腐った態度を取りますが、発狂しなかったり目立った反抗をしてこないだけ彼は他より優秀です」
「その点WR4-1は特に目立った行動もせずに、それでいてかなりの好成績を出し続けている。肉体という厚い壁があるにも関わらず戦闘面でも優秀だ。一時点数を80点に抑えるという底知れない奇行はしたものの」
「…彼女が最高傑作として君臨していたならば、少しは私たちの職務も減ったかもしれませんね」
聞いてないと思って失礼な事言いやがってよぉ…。この世には正しい事が最適解じゃない事なんて沢山あるんだぜ?事実ばかりに目を向けてたら足元を掬われるからな。
てか聞けば聞くほど茶髪ちゃんって一体何者なんだろ。俺も前世の記憶か何かを持っていなかったらきっと、早めに発狂なり泡吹くなりして脱落してると思う。叶うなら彼女の精神の安定に俺が一役買ってたら嬉しいけど。
この調子で職員たちのぼやきを拾って行こう。きっと答えに辿り着く時は近い。
〜少年情報収集中〜
という訳で色々と探って来ました。やっぱり情報ってのは足で手に入れるもんですね。お陰で情報がウッーウッーウマウマです。
え?どうやってそんな情報を探って来たのか?そりゃまあ余裕っすよ。伊達にここの最高傑作じゃねえって事っスよ。
でも半年くらいは情報を探り続けてやっと確信を得たんだけどね。流石は非道徳的な事を平気でする施設の職員。皆んな口が固いし無駄話もしない。
さて、茶髪ちゃんはっと……居ました。バーチャルニューヨーク旅行体験で軽く酔ってしまっていますね。海外旅行もホログラムで済ませられるとはこりゃ魂消たなぁ…。
休憩している茶髪ちゃんに話し掛けましょう。如何にも自然な感じで、ずっと前からその名前が口に馴染んでいる様に。
「
「っ⁉︎…あ、え、名前…」
驚いてる清凪は可愛いなぁ。ずっとその可愛い姿で居てね。
綾小路清凪。それが茶髪ちゃんの名前だ。こんな非道な事してる親から出た名前にしては結構綺麗な名前だ思う…思わない?
「あはは。半年掛けて名前を探ってさ」
「半年…?直接聞いてくれれば答えたのに」
「それじゃ最高傑作としてのカッコがつかないじゃーん」
カラカラと笑って戯けてみせると目を細めて此方を見る。普段通りの少し呆れが混じった、それでも何処か焦燥に駆られているような表情。
何故そんな顔を浮かべるかは大体見当が付いている。触れないで欲しいと思っているのか。それは俺の預かり知らぬところではあるが、敢えて柔和な笑みを浮かべて対応しようと思う。特に理由は無いが、強いていうならそっちの方が何でも見透かすミステリアスなお兄さんみたいで楽しいからだ。
「…私の、父についても?」
「勿論。いやはやご息女だったとは」
俺の言葉を聞いて表情に影を落とす。今、彼女に渦巻いている感情は何だろうか。若しくはそれすらも演技なのだろうか。
徐に彼女は俺に近づき、頬を差し出す。なんこれ?と視線で問うとゆっくり言葉を紡ぎ出した。
「殴って。…貴方にはその権利がある」
これを良く知らない人が聞いたらただのM的発言に聞こえるだろう。しかし清凪検定準一級を取得した俺は違う。
全てを汲み取る事はできないが、父の業を自分が少しでも背負おうとでもしていると言ったところか。人一倍“勝利”と言うものに執着していた彼女にとって何の抵抗も無しに殴られるのは、きっと推測しようのない程屈辱的なモノだ。
俯いている彼女を一頻り観察し終え、小さく溜息をついた俺は。
全力のデコピンをお見舞いしてやった。
「あうっ」
「はい、これでお終い」
これでも前世はデコピンの悪魔として名を馳せていた。加えてホワイトルームの訓練も相乗効果を生み、かなりの痛みに変換されている事だろう。多分世間一般の子供にこれを放てば流血する。
「……どういう事?私の父は、父とも思った事は無いけど、貴方をここに閉じ込めてる。カリキュラムも歴代で一番キツくしてるらしいし、オマケによく殴られてる所も見る」
「確かに清凪のお父様…綾小路篤臣氏にはちょーっと不満があるけど。それとこれとは別でしょ」
つーか俺をよく殴る職員って綾小路パッパだったのか。娘を盗られるとでも思ったのかな?やーいクソ親父ー。
「清凪の事をあのクソ野郎の娘だって色眼鏡で見ない。そうは言い切れないけど清凪は清凪でアイツはアイツ。所詮家族なんて血の繋がった他人だよ。ましてや綾小路家の冷え切った家族関係じゃそれは顕著だ」
それ相応の罪の意識を感じ取ってくれたのは嬉しい。即ち俺に少なからず情が湧いているからに違いない。
だからって被る必要のない罪を背負うのはちょっと違うじゃん?てか殴ることで精算できると思ってんのが第一に甘いっしょ。
ちゃんと本人に這いつくばって靴でも舐めながら謝ってもらわんと気が済まんじゃろ。傲慢な大人を屈服させることほど、滑稽なものはないしネ!
ま、要するに何が言いたいかというと。
「図に乗るんじゃない」
「うっ……。ごめん」
「謝んなくて良いよ。清凪なりに考えてくれたんでしょ?それだけで俺は凄く嬉しいんだからさ」
デコピンの反動で尻餅をついていた清凪に手を伸ばす。無表情ながらも何処か安堵したような雰囲気を滲ませて手を取る彼女は、今までより随分と大人びて見えた。
そのまま手を繋いで歩く。子供の頃と比べて随分と差が開いてしまった体格に淋しさを覚えながら、白一色の世界を歩く。
知ってるか清凪。外の世界の夜空って、泣きたくなるほど綺麗なんだ。いつか2人で見に行こう。きっと。“雪”や“志郎”の為にも。
────さて。
「すいません。鈴懸さんで宜しいでしょうか?」
「……ん」
無精髭を生やした三十代の男性へ話し掛ける。限りなくにこやかに。警戒感を与えないように。
「ちょっとしたお願いがありまして。…あ、流石に脱走に加担しろとかじゃないですよ?」
「当たり前だろ…」
掴みは上々。このまま人畜無害に映せ。大丈夫、上手くやれる。
この人には絶対に隙が生まれる。今もほら、親愛なんて感情が見え隠れしている。甘いなぁ。
そんなだから俺みたいな破綻者に良いようにされるんだよ。
「少し恥ずかしいので、屈んでいただけませんか」
「…はぁ」
極めて小さな声で、2人だけの秘密を共有するように。
「綾小路篤臣氏に、会わせて頂けませんか」
次話は0巻の内容が入ってくるのでネタバレ注意です。
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*Determination.
コロナってダウンしてました。ゼリーしか食えへんしネットサーフィンもできんしで擬似ホワイトルームに居た感じっす。
滅茶滅茶急いで仕上げたから出来は悪いかもしんない。
「はー、もうクソ。クソッタレの脳筋頑固親父だよ。なぁんで態々この数年間掻き集めた情報を提示してやったと思ってんだバカタレ。最大限の譲歩してやってんのにアレだよ?頭沸いてんだろーなホント」
相も変わらず白い部屋にて。ともすれば特殊合金よりも強度があるのではないかと疑ってしまう程硬い壁に向かって、俺は何度も鈍い音を響かせながら頭突きを繰り返していた。
側から見ればとうとう狂ったかコイツ、と思われるその行動の真意としては、イマジナリーパパ小路にダイヤモンドヘッドをお見舞いしていると言うわけである。通算50回目の頭突きにより、壁は薄くヒビ割れて破片が落ちる。職員たちがドン引きしているが知ったこっちゃない。
「何してるの…」
「んー?ギガスシダーを薙ぎ倒す為の特訓」
「ギガ…。何かの木?伐採?…よく分かんない」
「俺も分かんないや」
ソードでアートなオンラインゲームについては聞くな。かれこれ十数年こんな最低の環境で過ごしてるんだ。詳細な記憶は飛んじまってる。
これもきっと綾小路パッパのせいなんだよね。知らず知らずのうちに多大なストレスを与えられた結果こうなっちった。やっぱ……娯楽を……最高やな!
考えれば考える程に沸々と怒りが煮えたぎる。やっぱりあのオヤジはクソですの。日本を根底から変えるために私たちを必要としているならば、先ずは私たちにこんな感情を抱かせてはいけないのではなくて?駒だからってぞんざいに扱われたら壊れちまいますわ。
なんかお嬢様の言葉遣いになる時が多くなった気もする。これは前世からの癖ではあるけど、大体ムカついてる時に思わず出るのが大半だと言う統計が(メガネクイッ)。つまりイライラする事が増えてる…ってコト⁉︎誰が発情期じゃこちとら前世から貞潔を守り抜く清い御方やぞ。
「意味もなくそんな事する訳ない…。何があったの?」
「気持ちの良い話じゃ無いよ?」
「それでも。…あなたの関連する限りの親の因果は、私も背負う」
「どうして親父さん絡みだって割れてるのかはこの際聞かない」
いつも君のパパンに殴られてる光景を見てたら、そりゃあそう言う結論に紐づけるのは当然か。
そうさな。あれはついさっきの事……。
〜回想(意訳アリ)〜
『Hey お父様!ワイと娘さんとのハネムーンの報告にきたよ!』
『あ゛ぁ?娘はやらん。てか何処に行くねん言うてみ』
『高度育成高等学校でやんす。ウチらっつー研究成果を坂柳パッパに見せて資金確保!そして俺たちも有意義な時間を3年間過ごせるって訳さ!』
『なるほどなぁ…。確かにお前たちに弱みを握らせに行くのも良いかも知れない』
『せやろせやろ!それにウチらアンタの思想に賛成してんねん。必ず帰って来る事を約束しますぜ旦那』
『だが断る!お前ら信用ならんし残当。早よ消えろクソガキ』
『ファッ⁉︎お前人の心とか無いんか⁉︎ぎゃぁァァァァッ‼︎』
〜回想終了〜
「って事があったの」
「成程」
結構掻い摘んで説明したけど理解してくれたようだ。流石は清凪さんっス頭良いっスね!ぶっちゃけもうちょい人間を知れたら俺は多分負ける。体術とか騙し合いとかなら俺は負けんけどな!負けないよね…?
まま、エアロ。それよりもホワイトルーム大☆脱☆走計画が頓挫してしまった事について作戦を練り直さねば。
行けると思ったんだけどなぁ。有栖たそのお父様はホワイトルームの出資者だって事とか。パパ小路の目標が国を変える事とか。俺たちのこの先の未来とか。ありったけの情報を掻き集めて交渉しても、あのクソ野郎は梃子でも動かなかった。
こうなりゃ追手が来るのを想定した上で脱走してみるしか無いのか…?いやでもなぁ。清凪にはゆっくりと外を堪能して貰いたいし。何なら俺も折角の高校生活をビクビクしながら過ごしたく無いし。どうしたもんかなぁ…。
「…そんなに無理しなくて良い」
「ん?」
「私は…貴方が私に外を見せてくれようとしてるだけで、もう満足。感謝してる」
うーん?彼女なりの譲歩だろうか。その慈愛に満ちた表情をヤメロォ!やめてください(迫真)
「気にしなくていーの。清凪と一緒に外に出るって雪と約束しちゃってるし。何より俺のお節介なんだからテキトーに享受してればオッケーさ」
「…そっか。ありがとう」
だからその生暖かい目をや〜め〜れ〜。私は素直になれない子供じゃないんですのよ?何処かの捻くれて目の腐った高校生とは違うんですのよ!またお嬢様言葉になってますわ…。
あーもう良いから先に風呂入って来なさいな。俺はまだちょっと頭突きしとくから。…いや、出血しない程度には抑えるから大丈夫だって。行ってこいやゴルァ!
「…で?俺に何か用ですか」
「一心不乱に壁に頭突きしながら聞くな。…この際俺もあの話し合いの場に居た理由については触れない。けど、どうして綾小路先生の思想に肯定的なんだ。君に、君たちにとっちゃ怨敵だろ」
そう言って俺が凹ませた壁の修繕をする鈴懸さん。人のメカニズムを解き明かしたいとか言っておきながらこのザマか。…いや、これは俺と清凪がイレギュラーすぎるだけか。やーね、もう。人を異端児扱いしちゃって。
てかそれ、俺じゃなくて清凪に尋ねるべきっしょ。答えてくれるかは分かんないけどさ。俺の行動原理なんざ分かってるだろうに。
「清凪は肯定的なんかじゃないですよ。俺が認めてるから認めてるんです。俺が居るから彼女は、ここに閉じ込められていても良い。そう考えている事を先程確認しました」
「依存…か。君が10年弱前から清凪へ話し掛け始めたのは、全て計算の内であったのだと言われても違和感がない」
「あはっ。どうだと思います?」
そんな訳ないやろ(半ギレ)。ここまで虚仮にしてくれたのは、有栖たそに続いてアンタが二番目だ。ただお前を許す事はできぬ。ロリ補正がないからね仕方ないね。
正直ホント暇潰し程度だったんです。それが立派な、でもちょっと危なげなカードになりました。切るつもりもなければ手元で遊ばせておく気もない、願わくばプレイヤー側で居て欲しいけど。
「じゃあ君は…何を見据えて是と成しているのか」
「簡単ですよ。そっちの方が楽しそうだから」
腐った政治体制と人間を切り、自分よりも優秀な人材を育成し、最終的には国を覆す壮大なゲームだ。
「ワクワクしない方が可笑しいでしょ?」
まあ、だから…。高校への入学はちょっとした寄り道。清凪ってパートナーが育っていく様を見るもよし。恋人なんかを作ってみてもよし。そこで気に入る人間がいれば後々スカウトするのも良いしね。
それをアイツは一蹴しやがってよォ…。ダメじゃダメじゃ。アイツ、頭が終わっておる!はー、つっかえ。辞めたら?教育者。
半ば投げやりに思考を中断して浴場へ。明日からまた策を練り直そう。
「3年間の自由が欲しければ、今ここから抜け出すべきです。力を貸しましょう」
あっ、おい待てぃ(江戸っ子)
私、無類のアンテ好きで候。
あとお嬢様言葉は私の癖でもあります。
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一年生編
国家ぐるみは犯罪にならないってソレ。
鼻水のせい脳味噌まで溶け出してるんじゃ無いかと思う今日この頃。
あ、松雄は無事死にました。おいで七瀬ちゃん。
Q.この世界は平等か?
A.少なくとも人間は等しく猫ちゃんのお世話係である。解散!
今日は高度育成高等学校の入学式である。それ故に浮かれて世界は平等か等とつまらない事を考えてしまった。反省反省っと。
新品のブレザーに袖を通し、学校行きのバスを待つ。隣には清凪が落ち着きの無い様子で視線を右往左往とさせている。今から高校に通うってんだから当然だね。彼女は人一倍そう言うのに憧れてたし、気持ちは分からんでも無い。
俺としても沢山の女の子とフラグを立ててやるぞと意気込んでいる。顔が良ければ尚のこと良し。ギャルゲーの主人公的な立ち居振る舞いもまた魅力的だ。
「友達できるかな…。気味悪がられないかな…」
「ウケはいいと思う。清凪ってば凄く可愛いからねー」
手放しで賞賛できるほどに。流石はホストとして勤めていた親から生まれただけあって、溢れ出る美少女オーラが隠し切れていない。顔の造形なんぞ後からどうとでもなるが、それでも清潔感があるのは良い事だ。その人の評価は第一印象で9割決まるらしいし。
ぼーっとそんな事を考えていれば、探るようにコチラを見上げる可愛らしいお顔が。はい可愛さの暴力、レッドカード。赤スパをくらえ!
「私、可愛いって、そう思う?」
「うん。幼馴染?として鼻が高い位に」
「…そっちも格好良いと思う。美男美女同士で、お似合い」
「お世辞でも嬉しいよ」
知ってるよ。お世辞じゃ無い事。小さい頃から思っていたが、今世のマイフェイスはそこそこ整っている。器ガチャURじゃないですか、やだー!
エンジンの音を響かせてバスが到着する。ハロー15年ぶりのバスくん。君は変わってないね。俺はこんなにも変わっちゃった。
何とも言えない哀愁を漂わせてバス内へ。見渡せばそこそこ席が埋まっている。後ろの方に座りたいと思って視線を向ければ、読書中の黒髪ロング美少女の右隣が丁度一席。後は優先席位しか空いている席は見受けられない。
視線が衝突する。まさか学校に到着していない段階でラスボスと戦う事になるとは思いもしなかった。しかし全ては約30分の快適さを求める為に必要な事。
我が相棒と袂を分つ結果と相成るとしても、容赦はしない。
「…行くよ」
「望む所」
互いに拳を構え、相手を見据える。
「言っておくが、俺はパーを出す」
「へぇ…。面白い」
思考を誘導しろ。相手を臆する事なく観察するんだ。さすれば勝利はこの掌に。
大丈夫、上手くやれる。全身全霊を以て、あの娘の隣を!
じゃん、けんっ──!
◆◆◆
あれだけ考えておきながら負けた馬鹿は何処に居ます?はい、ここに居ます…。
見切っていたんだ、清凪はパーを出すと。なのにあのクソガキはあろう事か俺の握られた拳を、人差し指と中指を立てる予備動作の一瞬を掻い潜って掴みやがった。
もう脱帽ものだね。油断していたとは言え一本取られてしまった訳で、感動してしまった俺は思わず颯爽と黒髪ロングちゃんの隣を明け渡す事でこの一件は落ち着いた。
いや、反則負けじゃね?ルールを明記していなかった俺が悪いとか言われたけどさ。よく考えればそんなの最低限のマナーじゃん。暗黙の了解ってヤツじゃん。俺も俺でどうしてそれで納得しちゃったんですか?頭おかしくなっちゃ〜う。
安いもんだ、バスの一席くらい。お前が楽できて良かった。…なんてカッコつけたってどーにもなんないよね。数分前の俺を殴り飛ばしたい気分でござる。有栖たそにござるって言わせてみたいなー俺もなー。
百歩譲って席を譲った所までは良い。ギリギリ優先席と指定されていない所に座ったのも良い。問題はすぐ横に堂々と居座る金髪マッチョだ。なんか、悪い意味で注目されてる気がする。流れ弾が当たって仕舞えば無傷では済まされないだろう。
何かテキトー言ってここから抜け出したいでやんす。僕ってばメンタルよわよわ♡だからさ。あの席分けてくれないかなぁ〜(カワサキ感)
ここで挑戦者が乱入して来た。丸まった腰にぷるぷると揺れる脚。何の変哲もないおばーちゃんですね。さあさぁ皆様方、席を譲るお時間がやって参りましたわ。お前ら開けろゴルァオラァ‼︎もうこれ警察呼んだほうがいいだろ…。
冗談はこれくらいにしておいて、さっさと誰か席を譲っちまいませんかねぇ…。何か見て見ぬ振りしてたら嫌なことが起きる予感がしちゃう。具体的にはそこのOLが金髪マッチョくんに席譲れってカチコミする感じの。
バスの中を見回してみる。俺は動きたくありませんので、どなたか席を譲ってくださる素敵なお人はいらっしゃいませんか〜。お前ら気付いてるんならさっさと譲れや。あやつらはダメじゃの。
清凪さーん。ちょっと良いかしら………って既に寝てらっしゃる⁉︎恐ろしく早い入眠。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
さながら遠足を楽しみにして眠れない小学生みたいになってたし、そっとしてあげよう。
仕方があるまいと隣の黒髪ロングちゃんへ目線を移し、偶然にも目が合った。ちょっとそこの席をおばーさんに譲ってあげる気は……あっ、ちょっ、一瞬で本に目を落とさないでくれ⁉︎薄情者ォーッ!
…う、うーん。ちょっとテンション感がおかしいな。少し冷静になろう。慌てても何も良い事はない。
出来れば俺も座っていたいから他力本願の姿勢でいるが、多分誰も譲らないと言うか、金髪マッチョくんが早く譲ってくれる事を願っていると言うか。でもコイツきっと譲んないっスよ。説得なんて以ての外じゃ無いかな。負け戦は挑まないって爺ちゃんの遺言なんで。そんなの無いけどネ!
…っはぁ〜(クソデカ溜息)しゃーねーッスね。
「ねねっ、おばーさん。丁度あそこの席が一つ空いてるんだけど、良ければ座ってくれない?」
「あら、ありがとうねぇ
これくらい若人の僕にとっちゃ当然っすよー(建前)
対価として寿命3分いただくからな(本音)
うんうん。良い事をした後は気分が清々しいね。他力本願とか言ってたヤツおりゅ?少なくとも俺じゃないことは確かだな。
考えてみればなんで老婆とかOLさんがいらっしゃるんですかねぇ…。お国様は専用バスにかかる費用をケチってますのよ奥さん。早急な改善を命じるよーん。効率が悪いのはダメ!死刑!
ボケーっと足の負担を最小限にしながら流れて行く風景を眺めていると、とうとう終着点である高度育成高等学校に着いたようだ。うへ、オジサンくらいの歳になると時間が早く過ぎて行ってる様に感じちゃって困るんだ〜。
アホみたいに大きな校門へ向かいながら伸びをする。昔から人酔いし易かったからなぁ。テーマパークなんかには行った事もないし、頑丈になったこの体ならちゃんと楽しめそうだ。やりたい事リストの一つに入れよう。
「校門ってこんなに大きいんだ」
「ここを基準にしない方が身の為だよ」
清凪が横に並んでそう言うが、この世界にはここよりも小さい高校が殆どだろう。世間一般を学ぶと言う意図には外れているかも知れないけど、かと言って一般の高校に行ってしまうと、綾小路パッパによる連れ戻しRTAがスタートするし。極端なんだよキミィ!
まっ、そんなこたぁどうでも良いさ。んな事よりもさっさと学校に入っちまおうぜ。俺ぁ我慢できねぇよ…。
「ちょっと、そこの貴方」
凛とした声の発生源を見れば、清凪の隣に座っていた黒髪ロングちゃんが鋭い目付きでこちらを眺めていた。
はて。そこの貴方とは何処の貴方だろうか。清凪に目で問い掛けても首を横に振るだけ。俺もガンを飛ばされる心当たりは無い。つまり俺たちに向けられた言葉ではないと言う事だ。ヨシ!うるせェ、行こう!
「ちょっと、無視とは良い度胸をしているじゃない?」
ダメでした。いやぁ、やっぱ俺っスか?
早々に美少女から話しかけられるのは男冥利に尽きるが、そんな甘い雰囲気でもないし。やだなー、振り返りたくないなー。
でも無視し続ける方がリスクは高いのか。この一件を言い触らされたら困るのはこっちだし。
はいはい、何の用でせうか。
「さっきバスの中で私を見ていたけれど、何なの?」
「ああ、いや…。偶々目に入っただけと言うか。嫌だったならごめんね」
「別に良いわ。慣れてるもの」
あぁそう(無関心)。美少女じゃなかったらその台詞、ただの痛いヤツになっちゃってそれはそれで面白そうだったけど。
べっ、別に貴女を見てた訳じゃないんだからね!本当に偶然目が合っちゃっただけよ。やだ、これが恋の始まり…?
「随分と自意識過剰。目も当てられない」
「…何ですって?」
清凪さん?何も喋らないなーって思ってたらなんか急に喧嘩売り始めたんやが。ちょっと辞めてよ。俺が修羅場を引き起こしてるダメ男みたいじゃん。
「喧嘩を売っているのかしら?」
「私と同等程度だと言う驕り。これは喧嘩じゃなくて、一方的な蹂躙」
「言ってくれるじゃない」
なんか両者の後ろに幽波紋が浮かんでるんだけど。あーもう知らね。勝手に2人でドンパチしてて下さい。馬鹿野郎お前俺は逃げるぞお前!
人の流れに従って所属クラスが張り出されている掲示板へ。ふむふむ、ワイはDクラスみたいでっせ。清凪も一緒に。
いやー、良かった良かった。試験中に彼女の考えに気付いて50点で揃えたのが功を奏したみたいで。ホント俺以外に誰がその意図を汲み取れると思ってるんですかねぇ…。どうせその場合の教師の反応が見てみたいだとか、普通で居るとどんな扱いを受けるのか知りたいだとか。そんな所だろう。飽くなき探究心も行き過ぎれば足を引っ張るもんだよ。
「……それにしても多過ぎん?」
1-Dの教室へ向かう道程。と言ってもただの廊下だが、死角を無くすように埋め尽くされた監視カメラが目に付く。俺は小さい頃から監視され続けてるから慣れてるけど、普通の学生にとってはとてもじゃないが気持ちの良いものでもないだろう。知らぬが仏ってこの事を言うのか。
扉を引いて教室に入ると、またも監視カメラが稼働している。そんなに生徒を監視して楽しいんか?何のメリットがあってこんなの採用してやがるんだろうか。その金を専用バスとかに注ぎ込めば良いものを。
前後を行き来しながら机の上に置いてある自分のネームプレートを探す。最初から席順を書いた紙とか用意しとけや。効率悪すぎワロタ。…っと、教室から入って四列目の後ろの方にあった。折角なら窓際が良かったが、そこまで求めるのも酷なもの。寛容なワイは許してあげますよ、ええ。
ご近所さんを見渡してみると、金髪イケメンやらギャルやら赤髪くんやら。これまた退屈しなさそうな面子でありんすねぇ、なんて。お前ら軒並み顔ええやんけ!肩身が擦り潰されちゃうわこんなん。
「…あれっ、確かお婆さんに席を譲ってた…」
「ん?」
その声に反応して隣を見れば、金髪ボブカットの美少女が。少し面食らったように瞼をパチパチとさせる姿も似合っている。目が灼かれちゃうわよ。
「お婆さんって事は、同じバスに乗ってたのかな」
「遠目で見てただけだけどね。直ぐに自分から席を譲れるなんて凄いなーって」
「そうでも無いよ。他人に任せようとしてた節もあるし」
それでも優しいよ!等と言ってくれる。そんなに誉めたってお小遣いしかやれんぞ。
しかしこんな美少女とお隣になれるとは、俺の運勢もまだ捨てたものじゃ無いな。そうそう、こう言うので良いんだよ。やっぱ初期位置がホワイトルームだったのは何かの手違いだろ。起きろよ調整班。重大なバグだぞ。
「でも、何だか嬉しいな。優しくて話し易い人と隣になれて」
「俺も君みたいな明るくて可愛い子と隣になれて、明日は槍でも降るのかと危惧してるんだ」
「か、かわっ…。もう、揶揄わないでくれる?ひょっとしてチャラい所もあるのかな?」
「その反応は予想外だなぁ。ただ単に事実を述べたまでなんだけど」
教室内の視線がコチラに集まる。凡そアイツナチュラルに口説きやがったぜ⁉︎的な野次馬同然の驚愕だろうけど。なはは、ギャルゲーをやり込んだ俺に死角はない!極度に気持ち悪い発言でもしなければ万事解決。素敵だね。
しかしまあ、褒め言葉に随分と過剰に反応しているな。承認欲求が強いタイプだろうか。ここまで人間味が溢れる人と出会ったのはいつぶりだろう。
「そう言えば自己紹介がまだだったよね。私は櫛田桔梗です。貴方は?」
「櫛田ね、宜しく。俺は
「深春こそが、完璧と言う言葉を体現した人間」
「甘いわ。私の兄は眉目秀麗、質実剛健、謹厳実直の三拍子揃った超人だもの」
「嘘乙」
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ここがエデンか…。
誤字脱字報告ありがとうございます。ズボラな私はこれからも誤字りますので、どうかご贔屓に。
少し慌てながら入室してきた清凪と黒髪ロングちゃんを傍目で確認しながら、櫛田と他愛もない話をする。友達はできるだろうかとかちょっとした身の上話とか。俺も馬鹿正直に話せる訳でもないが、どうやら目の前の少女も何かしらは抱えているようだ。いよいよギャルゲーっぽくなってきてる。
「そう言えば、あの机を足に乗せてる人。千登勢くんの直ぐ横に座ってたよね」
「話しかけるのは余りお勧めはしないよ?仲良くなったとしても、櫛田がクラスで浮いちゃうことは免れない」
「そうかも知れないけど…。と言うか私のこと心配してくれてるんだ?会ってそんな間も無いのに」
「当たり前じゃん。櫛田の様な優しい子が遠巻きに見られるなんて、何だか勿体無いよ」
その人の魅力を自分だけが知っている。そんなシチュエーションも魅力的だが、櫛田のコミュニケーション能力を燻らせるのは余り良いとは思えない。
腹の底にどんな意図があろうと、彼女のお陰で今後の立ち位置が華やぐ人もいるかも知れない。当面は褒めて伸ばす方向で問題ないかな。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、誉めたって何も出ないからね?」
「櫛田の笑顔は見てるこっちが癒されるからね。櫛田が笑顔で居られるならこのぐらい安いものさ」
「も、もうっ。面と向かってそんな恥ずかしいこと言わないでよ!」
美少女は貶して悲しませるより、誉めまくって笑顔にする方が俺としても気が楽だからネ!見たかこの教室にいる男子どもよ!指咥えて俺のスーパーコミュニケーション見ているが良いさ!
どれ、清凪も近所の誰かしらと会話ができて……アイツ人殺せそうなくらい睨んできてるんだけど。そんなんじゃ誰も寄ってこないって!その目を辞めて下さい死んでしまいます。ヌワーッ!(爆散)
ここで救いの鐘の音…基チャイムが鳴り、殺気が霧散する。俺にだけ知覚できるように調整してあるのが何とも嬉しくない気遣いだ。
生徒全員が着席すると、教室にスーツを着た女性が入ってきた。キリッとした目つきにポニーテールに纏め上げた髪は、教師としての厳しさが窺える。しかし豊満な胸でスーツがはだけてしまっていて、男子生徒の大半はその一部分に釘付けとなっていた。
俺としてはキッチリ決めるのかラフにするのかどっちかにしろと抗議したい所である。教師としての威厳を保ちたいのか、それとも舐められたいのか。まあ男子生徒諸君の細やかな幸せを奪うつもりも無いが。
「新入生諸君、私がDクラス担任の茶柱佐枝だ。初めに言っておくが、この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの三年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになる。今から一時間後に入学式が行われるがその前に、この学校の特殊なルールを話しておこう」
資料が前方から送られて来る。入学前のパンフレットと同じようだが、それだけ重要と言うことだろうか。
この学校は3年間の寮生活が余儀なくされる。つまり国によって3年間は安全が保証されると言うこと。綾小路パッパの手も届きにくいのだ。それに加えてホワイトルームは運営停止中。復興頑張れ♡当分の間来なくて良いぞ(真顔)
敷地外からの出入りは禁止されているが、その代わりに娯楽施設は充実している。エデンはここにあったのか…。
「今から配る学生証カード。この学生証は身分証明書であると同時に、学校内でのみ流通しているポイントを貯めて使うことができる。クレジットカードや電子マネーと原理は同じだな。このポイントがあれば施設内に存在する物なら何でも購入可能だ」
そりゃまた凄いな。現金でなく仮想の通貨で遣り繰りする事で金銭トラブルを防ぐ。けれどもしっかりと自身の消費状況を見直すことも可能。画期的なシステムだと素直に感心する。
しかし、施設内に存在する物何でもと来たか。その言い方だと人間とかも購入できてしまう事になるけど。倫理的な観点からすれば非売品か?
「ポイントは毎月一日に生徒全員に自動的に振り込まれることになっている。お前たちには既に十万ポイントが支給されているはずだ。尚、このポイントは一ポイントあたり一円の価値がある。分かりやすいな?」
その言葉によってクラス内にざわめきが生まれる。入学した生徒全員に配られているようだが、何とも太っ腹な事だ。将来有望な生徒とは言え、流石に十万円のお小遣いはやり過ぎだとも思わないでもない。今までお金など無縁な場所に拘束されていたし。…てか五月蝿いな。さっさと静かになってくれて、どうぞ。
「支給額に驚いたか? この学校は実力で生徒を測る故に、入学を果たした時点でお前たちにそれだけの価値はあると判断された。ただし、ポイントは卒業後には全て学校側が回収する。現金化などは不可能だから貯め込んでいても得にはならんぞ。ポイントはどのように使おうがお前たちの自由だ。仮に必要ないと言うのであれば誰かに譲渡することも問題は無い。だがカツアゲのような真似はするなよ? 学校はその手の問題には厳粛に対処する。…以上で説明は終わりだが、何か質問はあるか?」
ふーん。へー。つまり俺にとっちゃ娯楽溢れるエデンだという事だな?テンション上がるなぁ〜。
「質問は無いようだな。では、よい学生ライフを送ってくれたまえ」
伝える事は伝えたと言った様に、茶柱先生は足早に教室を去っていった。ばいばいサエちゃーん。
色々と不穏な要素はある。大体の予測は付いたが、敢えて話さずに居るのもまた一興か。先生に目を付けられないように行動するのが、当面の指針かな。
「皆、少し話を聞いてもらって良いかな?」
声を上げたのは、いかにも好青年そうな茶髪イケメンくん。多分このクラスは彼を中心に回っていくだろう。
「僕らは今日から同じクラスで過ごす事になる。今から自発的に自己紹介でもして一日でも早く皆が仲良く出来ればと思うんだ。入学式までまだ時間もあるし、どうかな?」
「さんせー! 私たち、まだ皆の名前全然わかんないし」
その声を皮切りに次々に肯定的な声が上がる。右に倣えの精神は厄介な物だと思う。操り易くて助かる時もあるけどね。
「じゃあ僕から。僕は平田洋介。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きでこの学校でもサッカー部に入るつもりだよ。気軽に洋介って呼んでほしい。宜しく」
流石は言い出しっぺなだけあって、詰まる事なくスラスラと自己紹介する姿には賛辞を送りたい。
それでは自己紹介を始める!後に続け、ブ○リー!
「俺は山内春樹。小学では卓球で全国に、中学では野球でインターハイまでいったけど、怪我で今はリハビリ中だ。よろしく~」
あからさまな嘘だが、自信満々に語るその姿を見ていると此方が間違っているのかとすら思えてくる。お前強いよ(適当)
「私は櫛田桔梗って言います!最初の目標はここに居る皆んなと仲良くなる事です!皆んなの自己紹介が終わったら、ぜひ私と連絡先を交換してください」
そう締め括って着席する。既に何人か堕ちてるし、女子生徒もまた好印象を抱いている様だ。櫛田、恐ろしい子…っ!
畏怖と尊敬を込めて視線を向ければ、華の咲く様な笑みで応えてくれる。これに表立って敵対すると恐ろしい事になりそうだ。近い内に途轍もないコミュニティの広さを己の武器とする事だろう。
「じゃあ次──」
平田が呟いて視線を送ると、その先に居る赤髪くんは平田を睨みつけていた。桜木に憧れるのは良いけど、こっちに迷惑かけるのは辞めてね。
「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねぇ、やりたい奴だけやってろ」
「…僕に強制する権利は無い。皆んなと仲良くする事は決して悪い事じゃ無いとは思うけど、不快にさせてしまったなら謝るよ」
いやはや、赤髪くんの喧嘩腰に臆さない平田の肝っ玉には恐れ入った。
既に好意的に見られている平田と、現在進行形で評価が低迷していく赤髪くん。どちらに生徒が味方するかは自明の理である。そりゃあやりたい奴だけやってれば良いと言う考えは正しいが、この場に於ける最適解とは言えない。現に赤髪くんを糾弾する姿勢がクラス内で完成されつつあった。
正論が正しいとは限らない。前世から俺を冷静にさせてくれる魔法の言葉だ。覚えておくよーに。
「うっせぇ、こっちは別に仲良しごっこしに来たんじゃねぇんだよ」
舌打ちをして教室から去っていく。同時に言葉を発さないながらも数人の生徒が続くように席を立ち、教室を出て行った。…あ、黒髪ロングちゃんも出て行くの?
そう思って目を向ければ睨まれる。…いや、この目は此方を分析している感じだな。適当に首を傾げておこう。
マイノリティとは言え自己紹介など不要だと考える生徒は数人存在する。そう言った人たちにも配慮できる平田は中々のやり手だと思う。彼の何がそうさせるのかは知らないけど、碌なもんじゃないだろう。
その後も池と言うモテたい男子生徒や、高円寺と名乗る唯我独尊を絵に描いたような生徒が自己紹介する。アンタ出て行ってなかったのかよ。てか机に足乗っけるのやめなー?自分の品位を下げてんぜ。面白いから言わんけど。
「じゃあ次は君、お願いできるかな?どうやら君の事が皆んなも気になってる様だし」
平田の目線が此方を向く。生徒たちも少なからず興味を傾注しているようだ。堂々と櫛田を口説く様な事言ってたし、この反応は残等。
綺麗な所作で席を立つ。こう言う一挙手一投足にも気を掛けていると好印象を抱かせ易い。地道に積み重ねて行く事が重要だゾ!
「俺は千登勢深春。女の子っぽい名前だけど男だよ。趣味はスポーツ、それに楽器も少々嗜んでる。皆んなと仲良くなりたいのは俺も同じだから、気軽に声を掛けて欲しい」
微笑みながら事前に準備していた自己紹介をスラスラと読み上げる。お陰で此方を射抜く視線は凡そ好意的な物が多い。池とやらは中々に厳しい目を向けて来ているが、イケメン嫌いは本当だった様だ。
連絡先を教えて欲しいとの声が多々上げられるが、自己紹介を続けようと言う旨の事を持ち出して窘めれば落ち着いて行く。掴みは上々。スタートダッシュは肝心ってそれ一番言われてるから。
次々に自己紹介が行われ、そして窓際列の一番後ろ。つまり清凪の順番になる。
少し呼吸を整えて席を立って、微かに俺へ視線を向ける。今まで自己紹介の練習を頑張ってきたんだ。後は全力を放出するだけだ。そんな意図を込めて拳を握って応援する。小さく頷いて声を発し始めた。
「えー……えっと、綾小路清凪、です。得意なことは特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので。えー、よろしくお願いします」
Oh…。見事なまでに取り留めもなくフワッと着地したな。
周囲も何とリアクションを取れば良いのか分からず、時が止まった様な錯覚を覚える。助けを求める様に顔を向けられるが、俺もあの地獄に態々足を突っ込んでいく勇気も無いため、目を閉じて合掌した。ご冥福をお祈りします。南無阿弥陀仏。
◆◆◆
「痛い。痛いから辞めてくれって。洒落にならない威力してるから」
「私を見捨てた当然の報い。甘んじて受け入れる事が早く解放される道」
「んな理不尽な…」
沢山の人からの遊びのお誘いを泣く泣く断り、清凪と生活必需品を揃える為に学内の施設を回る。
その際に清凪との関係を疑われたが、幼馴染的な関係だと説明すれば渋々ながら納得して貰えた。自分も千登勢くんの幼馴染になりたかったなー、なんて声も聞こえたが、辞めておいた方が良いと思う。漏れなく精神崩壊のオマケ付きだから。
「色んな女の子と連絡先を交換した気分はどう?さぞかし嬉しさ満点。私みたいな自己紹介失敗女が幼馴染で悪かった」
「卑屈になり過ぎだよ。現にお誘い自体は受けてたじゃん」
「…やはり顔。初手の自己紹介なんぞ塗り替えてくれる。初めてこの顔に感謝した」
一転して満足げに頷く。君ってそんな感じだったっけ。なんかキャラ崩壊が著しい様な気もするけど、こっちのが面白いし言わなくて良いや。
自炊するのも面倒だと考えた俺たちはコンビニに入店する。清凪は初めてのコンビニだな。いつもの無表情ながら楽しそうにしている。とくと見て行くが良い。
「…いやな偶然ね」
「うん?あっ、黒髪ロングちゃんだ」
「拗らせブラコンだ」
「はっ倒すわよ」
誰かと思えば黒髪ロングちゃんじゃ無いですか、やだー。てか拗らせブラコンとな?俺を蚊帳の外にどんな会話してたの。私、気になります!
「へー。お兄さんが居るんだ?」
「…ええ。貴方とは比べ物にならないほど偉大な、ね」
「そりゃ良かった」
僕もう良いです。何となく君たちの言い合いの全容は掴めたし。道理で俺を探る様な目で見てきていた訳だ。
「あら、何処かの物分かりの悪い綾小路さんとは違って、貴方は聞き分けが良い様ね」
「ふっ。諦められているだけだと気付かない可哀想な堀北が何か言ってる」
ふーん。おもしれー女たち。今も視線がかち合って火花を散らしている様な幻覚が…。謂わば身内贔屓vs身内贔屓vsダークライ、と言った所か。ダークライ枠は俺です。対戦ありがとうございました。
「堀北って名前なんだ。下の名前は?」
「貴女のせいで苗字が知られてしまったじゃない」
「もう名乗った方が楽だと思う」
そんなに知られたく無いんスか。ええんか?そんなぞんざいな態度を取られたら、俺はここで泣くぞ。
清凪のその言葉に納得してしまったのか、不機嫌さを隠そうともせず、寧ろ俺を親の仇の様に睨め付けながら、あまりに愛想無く名乗った。
「堀北鈴音。覚え無くて結構よ」
「そっか。俺は千登勢深春。宜しく」
「宜しくするつもりは無いわ」
何かを言う暇も無く堀北はスタスタとコンビニの中を歩いて行く。若干辟易としながら、俺たちも晩御飯等を購入する為に歩き回る。
無言で睨み合いながらコンビニ内を闊歩する2人を他所に、俺は目的の物が並べられてある棚へと直行。次々に買い物籠に投入して行く。
少し高めのロコモコ丼も籠に入れ、他に何かあるかと歩き回っていると、奇妙なコーナーを見つけた。近くに居た堀北もついでに呼び付ける。
「見て、堀北。面白い物が置いてあるよ」
「下らなかったら承知しないわよ。……無料商品?」
「1ヶ月につき3点まで。ポイントを使い過ぎた人への救済処置と言った所かな」
「随分とこの学校は生徒に甘いのね」
甘いと言うより、生徒の身に何か起きたら学校側の監督責任だろうから、そんな最悪の事態を回避する為だろうけど。
まあ、そこの意図とか真意とかは重要で無く、救済処置があると言う事実に目を向けるべきだろう。
「どうするの?歯ブラシとかシャンプーとか」
「普通に考えて、余り買う気にはなれないね。衛生的な面で信用に足らない」
「適切な判断ね」
いつの間にか俺の隣から生えてきた清凪にそう返す。
会話を切り上げる堀北だったが、多分今は色々と考えを巡らせているのだろう。根拠として余り言葉の切れ味が鋭くなかった。どんな思考に行き着くのかは俺としても興味がある。精々頭を捻ってくれ。
「千登勢くん。その籠の大部分を占める物は何?」
「胡麻ドレッシングだけど、どうかした?」
「そう。貴方って頭がおかしいのね」
胡麻ドレ狂い。私も実はそーなの。
次は松下さんと絡ませたいでやんすねぇ。
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部活?私は一向に入らんッッッ!
誤字脱字報告、感想に評価にありがとうございます。マヨラーの友達と殴り合って来たので投稿します。
ここのお話難産でした。面白くできてるか不安で踊っちゃう。
入学して二日目。初回授業ということでガイダンスが執り行われた。名門国公立高校だけあって厳しい授業を想定していた生徒たちはフレンドリーな教師たちに面食らいながらも、緊張が上手く解れている様だった。
しかし、ちゃんと授業を受けなければ懐にも影響が出る。俺と清凪はその認識を共有して、少なくとも自分たちは真面目に授業を受ける事で結論付けた。お前真面目に授業受けてへんかったやろ!的な糾弾避ける為である。コラそこ、他の人を徹底的に問い詰める為とか言わない。確かにそう言う意図は無きにしも非ずだけど。
「身構えてたけど、なんだか気が抜けちゃった。こんなに緩い感じだと逆に不安になってきちゃうよね」
「確かにこれだと裏があるのかと思うよ。生徒の自主性を重んじるにしても、これは野放しにしてるだけだし。皆んなのアイドル櫛田さんの声があれば、皆んなもちょっとは気が引き締まるかも?」
「茶化さないでよ千登勢くん。…でも、そう言う事なら任されちゃおうかな?」
隣人との些細なコミュニケーションでの好感度稼ぎも上々。概ね順風満帆と言って差し支えないかな。
しかしまあ、櫛田も目敏い所がある。教師陣が態度の悪さを注意しなかった事に違和感を覚えている様だが、そこからどう行動するか。推測の域を出ないとは言え、お人好しと言う評価を貰いたいならば、行動を起こすのも遅くならない筈だろうけど。
それじゃあまた5時限目に、と櫛田は手を振って席を立つ。友達作りも楽じゃないね。さて、俺も昼飯を食いに行こうか。
「千登勢くん。良ければ一緒にお昼ご飯を食べに行かないかい?」
「おっ、良いね。喜んでご一緒させて貰うよ」
軽井沢、松下、篠原、佐藤と言ったギャルチームを引き連れて、平田は俺を誘う。やーい色男…と弄る訳もなく。逆にこんな所に男子1人は肩身が狭いよな。俺は仲間だからな。等と言って肩を組みたい気分だった。
「それと、ちょっと提案なんだけど…」
「うん?…ああ、そうだね。綾小路さんも誘おうか」
「助かるよ」
「流石は幼馴染って感じ?友達ができる様に頑張ってんのね」
期待の目で此方を眺める少女の方へ目を向ければ、平田がそれを汲み取ってくれる。アイコンタクト的なそれに、近くで黄色い声がチラホラと。
軽井沢の揶揄う様な言葉には笑うだけで受け流し、人がごった返している食堂へ向かう。上級生たちもここで昼食を摂るようだし、それも当然だが。なんとも人口密度が高い。
「千登勢くんは何食べるのー?やっぱ高めの物頼んじゃう?」
「うーん…。0ポイントの山菜定食にしてみようかな」
「えっ、そうなの?ポイント沢山あるのに」
「単純な興味だよ。それに無料で栄養が沢山摂れるなら、理に適ってるんじゃないかな」
松下と佐藤に挟まれながらそう言えば、カッコいい上に意外と家庭的なんだ、だねー等と言う反応が返ってくる。ホントに顔が良くて助かった。何を言っても肯定的に捉えて貰え……殺気ッ⁉︎
ゆっくりと殺気の発生源の方へ首を動かすと、軽井沢と清凪が仲睦まじそうにメニューを見ながら首を捻っている光景が。だから俺オンリーに殺気を向けるとか言う無駄に高等な技術を使うでない。
テーブル席の左端に座ってお盆を置く。右隣に平田が、前には清凪が陣取る。あの白い部屋じゃ三食クソ不味い飯だったから、本当に抜け出してきて良かったと心の底から思う。目の前でコロッケを美味しそうに頬張る清凪を見れば、その想いも顕著だ。
それじゃあ自分も山菜たちを頂くとするかな。全ての食材に感謝を込めて、頂きます!
「…んー、うん。なんと言うか、普通だな」
「どんな感じ?……うん。普通」
「そうなのかい?……成程。普通だね」
俺の反応に清凪が前から箸を突き出し、平田も左から手を伸ばす。返ってきた答えは普通の二文字。顔を顰め、苦笑する。まあでも俺が食べてきた飯に比べれば遥かに美味しいけども。
調味料を持ち込めないのが残念ポイントを更に引き上げている。胡麻ドレが使えないじゃ無いか。
「3人揃って普通って。私たちも気になってるしさ、もうちょっと詳しく教えてくんない?」
「詳しく、ね。…全然食べられるけど、進んで食べようとは思わないと言うか。三日に一回くらいなら食べても良いかなって感じ」
「思ってたより好感触?0ポイントって位だから身構えてたけど」
「餓死しちゃわないように、最低限の味は保証されてるね」
0ポイント生活になっても多少は生きていける、と。これは借金すると後々大変そうだな。散財しないように注意しとかないと、最悪の場合クラス全体が貧困に喘ぐ地獄絵図になる可能性があるな。
パッと見た所、この面子で警戒できてるのは2人くらいか。清凪は言わずもがな。近い未来に俺を超える頭脳の持ち主だぞ?全部分かってるに決まってるだろ。
今月中にこの定食にお世話になりたくないなら散財しないように、と釘を刺して昼飯フェーズは終了。オカンとか言う微妙な渾名も頂戴して、眠気に抗う5時限目へ。
◆◆◆
時は進み放課後。清凪を隣に配置して部活動説明会を聴きに行くために体育館へ向かう。
「…行き着いた先には、哀れにも1人で舞台を眺める少女が居たのであった」
「あら。千登勢くん経由でしか会話もできない綾小路さんが何か言ってるわね」
謎の引力が働いて、堀北と出会してしまった。何か深い因縁でも…無いな。
しかし此方にとっては好都合でもある。今の内に堀北とも距離を詰めておいて損は無い筈。節操無しとか言っちゃダメだから。
「ところで堀北」
「嫌よ」
「…まだ何も言ってないんだけど」
「聞かなくても大した事じゃ無いと分かるわ」
可愛くねぇなぁ。もしも本当に大事な要件だったらどうするつもりなんだろうか。いや、一種の信頼だと言えば聞こえはいいけど。
「成程。堀北はツンデレなのか。…いや、デレてないからツンツン?冷たい態度だからツンドラ?」
「貴方いい度胸してるわね。覚悟はいい?」
「待て。そのコンパスをどうするつもりなんだ」
怖いっすよ。暴力系ヒロインは昨今の時代背景には合ってませんって。ちょっ、腰を入れて前進してくるな。死人が出るぞ、具体的には千登勢深春って人間の死体が‼︎
「…ふぅ。私としたことがこれ位で取り乱すなんて。貴方は人をイラつかせる才能でもあるのかしら」
「それは否定できない。深春は周囲の大人を困らせて殴られるまでがセオリー」
「ひっどい言い様だな」
予期していなかった方向からも口撃を浴びせられて少し落ち込んでいると、部活動説明会が始まった。…あの司会の人可愛いな。橘って言うのか。小動物的な愛くるしさがある。
橘先輩の挨拶を皮切りに、次々と部活動紹介が行われていく。別にどこの部活にも入るつもりなんて無いけど、なんか有意義な事を聞けたら儲け物くらいの認識だ。
「…?堀北?」
ふと、清凪が呟く。それに従って俺も堀北に目を向ければ、顔が青褪めて舞台上を凝視する姿が。軽くホラーである。
この表情には見覚えがある。遥か格上の存在と相対した時の、バトル漫画の登場人物の表情だ。多分、堀北が度々口にしていた兄貴が舞台に居るのだろう。多分、件の人物は今壇上に堂々と直立するあの人間。
「がんばってくださ〜い」
「あはは、カンペ持って無いんすかぁ〜?」
「あははははは!」
一年次の野次を受けても微動だにしない。あれは緊張から来る沈黙では無く、そう言った技の類。簡単に説明すると、いつも口煩く注意している教師が急に黙ると何があったのかと注目するのと同じ原理だ。
喧騒が呆れに、そして張り詰めた緊張へと空気感が推移する。完全に静まり返った体育館を見回し、口を開く。
「私は、生徒会会長を務めている、堀北学と言います。上級生の卒業に伴い、生徒会もまた一年生から人員を募る運びとなりました。特別な資格等は必要ありませんが、部活動との掛け持ちは原則として受け付けていません」
柔らかな口調ではあるが、彼の放つ威圧感に飲み込まれてしまった大部分の生徒は何も言葉を発せないでいる。そりゃこんな濃密なプレッシャーを高校生が受けた事がある、詰まる所俺や清凪の様な人間が居たら色々ダメだろう。
「私たち生徒会は甘い考えでの立候補を望まない。当選することはおろかこの学校の歴史の汚点を残すことになる。我が生徒会には規律に関与できる権利と使命が認められ、信頼と期待が寄せられている。その事を理解できる者のみ歓迎しよう」
締め括り、生徒会長は去って行く。威厳に満ち溢れるその姿は鮮烈に新入生たちへ刻み付けられただろう。
異様な空気感の中で告げられた終了のアナウンスにより、大半の生徒が再起動して入部申請へ赴く。そんな中、未だに顔を青くして動かない堀北。清凪がここぞとばかりに頬を突いているが、一向に起きる気配はない。
「おーい、堀北?終わったぞ」
「え、ええ。そうね」
「いつまで突っ立ってんの。往来の邪魔になるからさ」
「え、ええ。そうね」
「…んじゃ、連絡先交換しよっか!」
「え、ええ。そう………ハッ⁉︎」
俺は天高く拳を突き上げた。最早勝利確定BGMが俺の脳内で掻き鳴らされている。
とうとう堀北の口から連絡先交換の承諾を得た。苦節1日。雨の日も風の日も雪の日も無く、ただ平穏な晴れの日に、遂に堀北の友達第一号のトロフィーを取得したのだ。
「さっすが深春。私たちにできない事を平然とやってのける」
「今日は鍋パだね」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!流石にこの騙し討ちを認める訳には行かないわ!」
「えー?でも言質は取ったし、何時迄も惚けてる其方が悪いじゃん」
そんなに恥ずかしがらないで大ジョーブッ☆君はただ俺のフレンズになるだけ!確かにドノツラフレンズとか言われちゃうかもしれないけど、問題ないって。
認めてくれよな〜頼むよ〜。要するに鍋パする建前が欲しいんだわさ。
「………はぁ。分かったわよ。連絡先を教えれば良いんでしょう」
「おっ!流石堀北。なんだかんだ言って優しいね」
「勘違いしないでくれる?これは私が貴方の卑劣な罠に引っ掛かって苦渋を舐めさせられた事を、戒めとして思い出す為よ」
少し落ち込んだような雰囲気を見せれば、深い溜息を吐きながらも承諾してくれる。チョロい。
何はともあれ今晩のご飯が牡丹鍋に決まった瞬間である。どさくさに紛れて清凪も堀北の学生証に手を伸ばしたが、敢え無く叩き落とされた。
「あ、清凪。ちょっと自販機寄ってくるから鍋の材料買っといて」
「がってん」
「本当に鍋にするのね」
◆◆◆
「…ハスカップ味の水?」
ってな訳で自販機前。0ポイントで購入できるミネラルウォーターのボタンをプッシュし、口を付けてみる。…うーむ、中途半端に甘い水だな。オブラートに包まず言うと、美味しくない。いや、成分表示を見てみると塩分もかなり含まれてるな。そりゃ不味いわ。
でもまあ、これで0ポイントならばかなりお得な買い物ではある。流石に毎日これだと、一般的な高校生なら気が狂ってしまうかも知れない。てか糖分ばかりで太りそうだし。皆んなもちゃんとラベルを見て、どんな成分が含まれているかを確認するようにしようね!
「あ、千登勢くんじゃん。奇遇だね」
「松下か。そっちも飲み物を買いに?」
上目遣いに此方を覗き込みながら尋ねる松下。この自然な流れ、きっとこの子は男がグッとくる仕草を履修済みだ。そんなんで俺が靡くと思ったら大正解だぞ。
えっ、一晩幾ら?(ド屑)
ホントに女性とは怖いものですね。この点に関しては綾小路パッパと分かり合えると思うんだ。
「それって0ポイントのだよね。千登勢くんって好奇心強め?」
「いや、ある種の使い過ぎない戒めかな。0ポイントになったら山菜定食に不味いお水漬けの日々だぞってね」
「確かにそれだけを飲むってなると、結構栄養は偏っちゃうかもしれないね」
おぉう、探って来ないでくだされ。可愛さにやられてうっかり全部喋っちゃうから。そんな事万に一つも起きないけど。やだ、俺ってばいつの間に枯れちゃって…?
それでも所構わず盛ってるよりは全然良いけどね。別に下ネタが好きなのは否定こそしないけど、モテたいと思ってるなら辞めといた方が良いんじゃないかな。俺はモテたいので言いません!ヨォシ‼︎(全力現場猫)
「松下は部活とか入んないの?」
「うーん。私もそんなに運動が得意って訳じゃないからね。そう言う千登勢くんこそ入らないの?」
「興味が唆られなかったからね。松下がマネージャーを務めてくれるなら考えなくも無いけど」
「その言い方だと私目当てみたいになっちゃってるよ」
「そうだよ(便乗)」
きゃー!深春さんのエッチー!なんて声が聞こえて来たような。エッチで何が悪い。日本のHENTAI達よ、己を誇れ。お主達の頑張りのお陰で現代日本のサブカルチャーは世界に誇るものとなったのだ。よく頑張った!
てかアンタもアンタだろ。こんなコテコテの口説き文句に動揺してんじゃねえよ可愛いな(半ギレ)いや、淫夢語録を使用した口説き方はワイが初めて…?特許取れるかもしれん。
くっだらねえ何だよそれ!馬鹿馬鹿しい!でーん(車に撥ねられる音)
「あ、あははは…。それじゃあ、その、失礼します…」
「ふふっ。なんでそんな畏まってんの?」
「誰のせいだと思ってるのかなぁ?千登勢くんって意地悪なんだね」
「ごめんごめん。可愛い反応を返してくれるから、ついね。今度何か奢るから許してくれ」
「約束だからね?反故にしたら許さないから」
さり気なく遊ぶ約束も取り付けて帰路に着く。そうそう、こう言う反応が見たかったんだ。誰も揶揄ったらコンパスを持ち出す反応を望んじゃいないよ。
一応2リットルのジュースも購入して寮の部屋に戻れば、清凪が既に材料を広げて準備していた。エプロン似合ってるね、なんて言えば新妻ごっことか言う答えが返って来た。どっから覚えて来たのそれ。
私はこの世界で一番現場猫のポーズが上手い自信があります。
次は皆んな大好きプール回ですね。
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春序盤だよ!プール回!
誤字脱字報告、感謝ですわ!
ここら辺はマンネリ化が凄いですわよ。例に漏れず適当になっちまってるかもですわ。
入学から1週間が経過したある日。1-D教室では妙な熱さと寒さがせめぎ合っていた。
「おはよう池!」
「おはよう山内!」
遅刻常習犯である池と山内が朝早くに登校して元気よく挨拶を交わす。殊勝な事ではあるが、きっとそんなに褒められた理由も持ち合わせていないだろう。それがこの光景を眺める生徒の総意だ。
「いやぁ〜、授業が楽しみ過ぎて目が冴えちゃってさ!」
「まさかこの時期から水泳があるなんて、この学校は最高だよな!水泳と言えば女の子!女の子と言えばスク水!」
どうやら今日に行われる水泳の授業による興奮が、彼等を盲目的にしているらしい。朝から人目も憚らずに猥談を行う2人に、絶対零度の視線が突き刺さる。
興味のないフリを続けて童貞ムーヴを行うよりも、確かにそう言ったことにオープンであった方が魅力的であると言う統計もある様だ。しかし、TPOを弁えなければそれはただの迷惑になってしまう。しかし彼等は気が付かない。それは既にクラスメイトから向けられる視線が同類の物であるから、と言う可能性もある。
「おぁよ〜。あれ、池に山内じゃん」
「遅刻常習犯。明日はきっと弾丸の雨」
気の抜ける挨拶と共に現れたのは、千登勢深春と綾小路清凪。美男美女であり幼馴染でもある2人の関係を噂する者も多いが、両名からは交際経験がゼロだと公言されている為、噂もそこそこ下火になっている。
彼等の内面はまだしも、外見や第一印象からすれば“少し不思議でオカン気質なイケメン”と、“意外と親しみやすいクール系美女”であるので、そこそこ人気は高い。
「千登勢!お前もちょっとこっちに来いよ!」
「んー?先ずは鞄を置かせてよ」
2人の外聞は兎も角、池は仲間を見つけた様に嬉々として千登勢を呼び付ける。綾小路は下卑た視線を浴びながらも千登勢から離れ、窓際最後列の席へ歩いて行く。千登勢も片手を上げながら一旦自分の席へ移動する事に決めた。
その間に周囲を見渡せば、極寒の視線があの集まりに注がれている事に気が付く。池と山内、ふくよかで眼鏡をかけた男子生徒の外村。後はそこまで乗り気じゃなさそうに見える須藤のサークル。その賑わいにまた一つ、炎に魅せられた虫の様にフラフラと男子生徒が混ざっていく。
ふむ。と頷いた千登勢は逡巡し、敢えて堀北へ理由を尋ねる事とした。
「堀北ー。何アレ?」
「…どうやら女子生徒たちの胸部の大きさで賭け事をしているみたいよ」
「うわ」
「あー…」
聞いて、顔を顰める。綾小路に至っては身の危険を感じたのか、身震いさえ起こしていた。その光景を見た千登勢は呆れた。お前その気になれば全員ぶっ飛ばせるだろ、的な表情である。
「まさかとは思うけれど、貴方もあの下らない賭けに参加するのかしら」
「いやいや。俺はあそこまで品位に欠けてるつもりも無いし」
「そう。マトモで良かったわ」
「堀北の唯一のチャット相手に相応しいかい?」
揶揄うように言うと、目を細めて睨み付ける。意に介していないと言う風にカラカラと笑う千登勢は更に言葉を重ねて行く。
「何せ俺たちってば日付の変わり目までメールし合う仲だもんね〜」
「羨ましい。私も2人と寝落ち通話なるものをしてみたい」
「大丈夫。堀北ってばこう見えてチョロ……がふ」
「あうっ」
「その減らず口はどうにかならないのかしら」
千登勢の脇腹に、綾小路の頭頂部に手刀が放たれる。これが彼女と付き合っていく上で受け入れなければならない
脇腹を摩りながらも彼は笑う。愛の鞭だと、友愛の裏返しだと言い聞かせて。
「おーい何やってんだ千登勢!締め切っちまうぞ!」
「あは、ごめんごめん。お手洗いに行きたいんだ」
そう言ってクラスから抜け出して行く。向かうは最近仲良くなった女子生徒が居るBクラスへ。男たちは実質的に断られた事を知る由もない。
◆◆◆
「女子はまだなのかっ⁉︎」
「そうがっつくなよ気持ち悪い」
まだ寒いっすよプールをするには。あからさまに疑問を持てと言わんばかりに組み込まれてやがるぜ。
池の必死な様子を見てどうどうと落ち着かせる。*しかし収まらなかった。*池は性欲で満たされた…。こんなアンテのテキスト出て来たらゲーム機投げるわ。
「な、なぁ!もし俺が血迷って女子更衣室に突撃したらどうなるかな⁉︎」
「未来永劫日の目を浴びることは無くなるけど」
「…それは困るな」
一転して冷静になる池。そんなだったら最初から少しは自制しておけよと思うが、言うだけ無駄だな。…あっ、プール温かめ。
「変に意識するだけ無駄だって。誰も池や山内にそう言う目で見られたいとは思ってないだろうし」
「おまっ、なんつー事言いやがる⁉︎」
「絶望の言葉を平気で⁉︎」
薄ら笑いを浮かべながら、心にもない謝罪を口にする。これだからイケメンはと騒ぎ立てる池たちを平田が収めようとして、逆に怒りの矛先が平田へ向いた事を確認し、傍観を決め込んでいる須藤の方に歩いて行く。
「須藤も大変だね。あの性欲モンスターに巻き込まれて」
「…分かってんなら助けろよな。俺まで盛ってると思われちまう」
「あっはは。それにしても須藤はすごい筋肉してるね。正にバスケットマンって感じ?」
「まあな。ガキん頃からバスケ漬けだったし」
テキトーに分かってるよ感を出し、琴線に触れる話題を撒く。後は勝手に筋肉談義をペラペラとくっちゃべってくれる。こう言う話をわかってくれる人が欲しかったんだね。男のツンデレとか誰得?
と、ここでなんだか騒がしくなって来た池たちの方を見る。なぜ長谷部が居ないんだァァァァ!と慟哭する姿が。残念、お目当ての女子は見学だよ。他にも滅茶苦茶居るけども。
「…成程。アレが急速に嫌われて行く人間の図」
「非常に稀有な例だとは思うけど」
隣にテレポート(比喩)して来た清凪がしみじみとその光景を眺めながら呟く。教育上よろしくないですよ!目を閉じろ!
「2人とも何やってるの?楽しそうだねっ!」
「く、くくく、櫛田ちゃんっ⁉︎」
大天使クシダエルの登場により、池と山内が色々な意味で元気になった。豊満な胸と程よく肉のついた太腿や尻。正に男子の理想のスタイル。その抜群のスタイルに大半の男子生徒は釘付けだ。アレで勃たないのは其方のケがある人とかだと思う。
うむ、手放しに賞賛できるほど綺麗なスタイルだ。眼福です。
「馬鹿騒ぎもいい加減にしてほしい所ね」
お前いつの間に横に居たの?普通に吃驚しちったじゃん。
「堀北も綺麗だよ」
「歯の浮くような台詞をありがとう。綾小路さんにその言葉をかける事をお勧めするわ」
「や、清凪が綺麗なのは分かりきってる事だし」
「……ぽっ」
「末期ね」
ホントかなぁ?オラッ、手放しに褒められて嬉しくないのか?じゃあ逆に貶せば良いのか⁉︎(錯乱)
呆れた様な堀北は一転して、俺の体を頭から爪先まで見下ろしている。粗探ししてるなら残念、見られて恥ずかしくない体してるから。対あり。
「千登勢くんは、何かスポーツを?」
「まあね。部活動として認可されてる物は一通り」
「意外とアクティブなのね。綾小路さんもかなり発達してるのも頷けるわ」
「堀北のえっち」
「ブッ飛ばすわよ」
俺と堀北が会話して、清凪にも話題が振られて堀北を煽って、拳を握ったり手刀が飛んできたりするまでがセオリー。なんだかんだ言って尻に敷かれてる気がする。我々の業界ではご褒美です。
「それで言ったら、高円寺なんかは規格外」
「なしてブーメランパンツを履いてんだ」
「流石にアレはカウントしてはいけないわね」
鏡に映った自分を逐一確認しながらポージングする御曹司。やっぱアレは関わっちゃいけない人種だわ、と3人揃って目を逸らした。
「よ〜し!お前ら全員集合だ!」
スポーツドリンクを片手に提げた、いかにも体育会系と言った教師が号令を掛ける。
「見学者は16人か。多いがまあ良いだろう」
アイツらサボりっすよセンセー。教師らしく嗜めるくらいしたらどうですか。ツイフェミさんの格好の的になるけど。
「早速だが、準備運動を終えたら泳いでもらうぞ」
「あの、俺あんまり泳げないんすけど…」
「安心しろ。夏までには泳げる様に教えてやる」
違う、そうじゃない。声を上げた生徒が反論しても先生は絶対に役に立つから!ねっ!先っちょだけで良いから!と聞く耳を持たない。あっ、結構意訳してるので注意してね。
ラジオ体操と補強運動の後、軽く50メートルを泳ぐ。うひゃー、こんなにリラックスして泳ぐのいつぶりだろ。前世は小さい頃からスイミング教室に通ってたなぁ。
「とりあえず殆どの者が泳げるようだな。では早速だがこれから競争をする。男女別50メートル自由形だ」
クラス内で騒めきが起こる。抜き打ちテストするやでって言ってる物だしな。残当。
「一位になった生徒には、特別に俺から5,000ポイントを支給しよう。ただし、一番遅かった生徒は補習だから覚悟しろよ」
不得手な者からは悲鳴が、得意な者からは歓喜の声が上がる。俺としては5,000ポイントぽっちじゃ塩っぱいし…と思い手を抜こうと決心した。
「女子は二組に分かれて、一番タイムの早かった者が優勝。男子はタイムの早かった上位5人で決勝をやる」
「教師がポイント支給だなんて、随分と太っ腹なのね」
「異例中の異例だろうけど。2人とも頑張って」
「…ビリにならないように頑張る」
何とも情けない意気込みだが、下手に目立つよりは良いのか。そこはかとなく激励して、女子のレースを見守る。
「櫛田ちゃん櫛田ちゃん櫛田ちゃん櫛田ちゃん」
「うわキモっ」
死んだ目で櫛田の名前を連呼する池に率直な感想が口を付く。しかし、その言葉すら聞こえていないのか口の動きは止まらない。いや、ほんとにキモイから(素)
血走った目で見つめる男子を他所に、女子たちのレースが始まった。プールの端で足だけを水に浸けながら第一レースを眺める。堀北が28秒でゴールして一位と言う結果に落ち着いた。清凪は30秒で2着。割と早めに泳いだ事に、少しだけ驚いた。
「2人ともお疲れ様」
「勝ち負けに拘っていた訳ではないけれど、綾小路さんがあんなに速かったのには驚かされたわ」
「むふ。ドッキリ大成功」
それ違うぞ、なんて指摘しながらも2人を労る。そして女子の第二レース。皆んながお世話になっている櫛田の登場だ。可憐な笑顔で手を振る姿に男子は身悶えしている。キモさって伝播するのかと要らない知識を得た。
ふと櫛田は顔を上げ、俺と目線がかち合ってしまう。握り拳を作れば、ピースで返してくれた。そういう事するから皆んなの妄想に出張する事になるんやで。
結果は小野寺と言う水泳部の生徒が26秒でぶっちぎり、見事に5,000ポイントを獲得した。
今度は男子のレース。まさか第一レースから出番だとは思わんかったなぁ。
「千登勢くん頑張れー!」
背後からも、見学者席からも声援が届く。控えめに手を振って答えたら満足してくれたのか黄色い歓声が更に上がる。なんか気恥ずかしいっスね。望んでいた形であるんだけど、何と言うか…。こんなに応援されるのに慣れてないよ。何処かのぼっちちゃんみたいにプランクトンになっちゃう。
「負けてやらねえぞ千登勢!」
「お、お手柔らかにね…」
隣のレーンに並んだ須藤に警戒感を剥き出しにされる。怖いからやめちくり〜。
競泳シーン?そんなのカットだよカット!手ェ抜いて28秒くらいに調整しただけの描写いる?要らないよね♡須藤には微妙に腹が立つドヤを顔された。
第二レース。我等が平田洋介がスタート台に登った事で、またもや黄色い声援が。人気者は辛いっすね(他人事)
「ゼッテェに潰してやるよ…」
須藤が凄みのある表情で呟く。物理的にじゃないよね?勝利は明け渡してやらねぇよ的なソレだよね?
期待を裏切らず、平田は26秒弱でゴール。見事に決勝へ駒を進めた。
「行けるぜ須藤!平田と千登勢を完膚無きまでに叩きのめせ!」
「っしゃあ!2人の人気を地に落としてやるから見とけ!」
ファッ⁉︎俺まで懸賞首に掛けられてやがる。そんな所で団結力見せんといてや…。仲良くやろうぜ?
しかし第三レースにて、ぶっちぎりの凄え奴が現れた。皆んな大好き高円寺六助である。23秒とか言うバケモノタイムを叩き出していた。
「フフッ、いつも通り私の腹筋、背筋、大腰筋は好調のようだ」
皆が驚愕する中、彼の金髪をかき上げて優雅にプールを出て行く。あの表情じゃまだまだ余裕がありそうだ。
──私、アレと戦うんですの⁉︎
「燃えて来たぜ……っ!」
言ってる場合じゃありませんわ!このあんぽんたん!ばーか、バーカ!
「…平田。俺はもうダメだ」
「ちょっ、千登勢くん。一緒に頑張ろ?ねっ」
ズルズルと平田に引き摺られ、準備運動に取り掛かる。全力でやればトントン位には持って行けるけど…。いや、それでも怪しいな。
あんな才能の権化と競うってさ。嫌だわホント。幾らあの部屋の最高傑作だって煽てられても凡人根性は抜け切ってないから、ああ言う才能の暴力みたいなのは苦手だ。
「テメェらぶっ潰してやるからな…」
「ぶ、物騒だなぁ」
「おやおや、偉く威勢の良いボーイが居るじゃないか」
「…あれ、その中に俺も入ってる?」
それぞれの反応を示し、教師の鳴らす笛で水面に向かって行く。皆一様に泳ぎ進める中、1人憂鬱な感情で自由型の泳法で進む。左隣のレーンから異様な存在感をひしひしと受けながら。
結局は高円寺が23秒を切る形で勝負は決した。次点に須藤、俺と平田は並んでゴール板にタッチして、高円寺の圧勝という事で幕を閉じた。
つーか両端のレーンがゴリマッチョの中で良くやった方じゃない?俺と平田、それともう1人の男子生徒。オセロだったら俺ら3人もゴリマッチョになってんぜ。何言ってんだ俺…?
「お疲れ深春」
「清凪もお疲れ。高円寺はヤバかったよ」
「そっか。勝てる?」
「8:2…いや、7:3かな?何にせよ油断ならない」
「…でも、私たちは最強。負けはない」
「ふふっ、そうだね。俺たちは最強だ」
ミステリアスなイケメン(脳内ハイテンション語録祭り)
次回、千登勢散る!無敵のリトルガール!デュエルスタンバイ!
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節操無しとは失礼な。プレイボーイと言え。
誤字脱字方向、感謝感謝!またいっぱい書きたいな!
はい。これで4月は終わりです。ここから先はドロドロの頭脳戦が増えていく事でしょう。テンション上がってキタァ〜!これでノーベル賞は俺ンモンだぜェ〜!
水泳授業の翌日。四時限目の生物の授業が終了し、食堂へと学生証を片手に席を立った所、困り顔の隣人に引き留められた。
どしたん?話聞こか?な、なんだってー⁉︎(超フライング)
「千登勢くんってさ。堀北さんと仲が良いよね?」
「……え、そう見えてるのか」
「堀北さんが千登勢くんや綾小路さん以外と話してる所見た事ないもん」
それはそうだろうけど。堀北のチャット相手は俺だけではあるけど。それと仲良いってのは結び付かないと思うんです。お主は思春期か。思春期だったわ。
「私ね。堀北さんとも仲良くなりたいんだ。…遊びのお誘いは悉く断られちゃってるけど」
「連敗中なんだ。あの鉄壁要塞を崩すのは容易じゃないしね」
俺も光学迷彩を使って裏口から侵入したみたいなもんだし。正面から仲良くしようぜって言ってもバッサリと切られて終わり。孤高と言うのも考え物だ。
歯に衣着せぬ言い方が目に付くが、慣れればツンケンした態度も可愛く見えてくる。その態度を治せと言っても寧ろ逆効果だろうし、少しずつ良い方向に修正して行くしかない。
しかし、櫛田が皆んなと仲良くなりたいと言う思惑以上のものを抱えているとして。態々誰からも煙たがられている堀北に執着する必要はない筈だ。
「そこでさ。千登勢くんに協力して貰いたいの」
「協力?」
「うん。千登勢くんが堀北さんをカフェに誘って、偶然って体で私もそこに参加するの」
「ふーん…」
頭の回る彼女の事だ。それとなく香る不自然に気が付かない筈もない。と言うか本当に偶然だったとしても、真っ先に付けて来たのかを疑うだろうな。どう考えても逆効果でしか無い。
時間を掛けて着実に、と言う選択肢を櫛田は考えていない。…いや、提示していないだけか。まるでその選択肢しか無いように、枝分かれした道を無理矢理一つに舗装している。早く堀北の懐に入り込みたいって訳か。
……このままじゃ埒が明かないし、ちょっと仕掛けてみるか。
「櫛田は優しいよね。どんな人とも仲良くなりたいって、誰にもできる事じゃないよ」
「えっ?そ、そうかな…」
「うん。だからどうにも疑問なんだ。確かに俺は堀北と仲が良いのかもしれないけど…」
清凪と談笑している堀北を一瞥する。ごめんちゃい堀北。今からお前を貶す事になるけど、許してね♡
「正直に言って、仲良くするメリットなんか無いよ。癪に触れば殴られるし。言葉の殺人ドッジボールが始まるし。俺でさえ友だちだなんて言ってくれないし。…気にかけるだけ無駄じゃん」
…ぬあぁぁァァァァ⁉︎思ってもない事言うとか頭おかしくなりゅうぅぅぅぅ!
はい。これでどんな反応するかでルートが分岐しますね。こんなのチャートにありませんが、寄り道してみるのもまた人生の醍醐味です。
「…なんで…」
浮かべている表情を見られたくないと言うふうにスッと顔を伏せる。軽い嗚咽も聞こえてくる気がする様な…。
いや、コイツちょっと笑ってやがるぜ。なんで?今俺の脳内にゃ壮大な銀河と猫ちゃんが浮かんでいるぞ。
あー、うん。理解できない訳じゃない。堀北を貶す言葉に心底同意し、胸が空く様な思いでもしているのだろう。だが、断定するには確実性に欠ける。どうして堀北に限ってそんな反応を返すのか。考え得る限りでは一之瀬や軽井沢が彼女の嫌悪の対象になる筈だが、そこは要観察としか言いようが無いけど。
まっ、どうでも良いか。櫛田が行動に移した時に対応すればどうとでもなる。
「…ごめん。悪口雑言ばかりが返ってくるばかりに、彼女の事を下げてしまった」
「う、ううん。こっちこそ無理言ってごめんね。難しいよね、人間関係って」
「そう言ってもらえて助かるよ。…じゃあ、人を待たせてるから」
隣人の恐ろしい一面に触れ掛けた所で、会話を切り上げて食堂へ直進する。やべーよやべーよ。機嫌を損ねてしまうと永遠に左足の小指を攻撃されるからね。
400ポイントを消費して安めの定食を頼み、目当ての人物を探す。席は確保してあるとの事だから、直ぐに分かる筈……っと、めっけた。
「遅いですよ深春くん。3分の遅刻です」
「はいはい申し訳ありません。ちょっと隣人の子に引き留められてな」
「貴方のその遊び癖は不治の病か何かですか?」
白魚の様な人差し指で不機嫌そうに机を叩く少女。何を隠そう8年ぶりの再会を果たした坂柳有栖嬢である。色褪せた思い出の姿と変わらない出立ちで笑ってしまったのは秘密。また怒られるからさ、ねっ?
隣で不機嫌そうにモソモソと昼食を頬張る少女を見遣る。この間の金髪の軽薄そうな男、なぜかフレンズ認定された橋本では無いのか。此方としては美少女とまた接点を作れて本望だが。
上目遣いにジロリと睨まれる。取り繕う様に笑んでみれば、鼻を鳴らして直ぐに視線を落とされた。反応がイマイチ過ぎる。多分嫌われてる訳じゃない、と思いたい。
「…有栖?痛いからやめてね」
「ふふっ。でしたら私の目の前で真澄さんに目移りするのはやめて頂いても?」
「えっ、何。もしかして妬いてくれ…ごめんて」
御用達の杖を攻撃に使うのはやめてくだちい。あっ、なっ、足の感覚が無くなっていくヨォ〜⁉︎
それはそれは盛大な溜息を吐いて、極限まで細まった目で俺を射抜く。そんな風に見られたら凍ってしまわれるぞ。しかしその冷たい視線も我々の業界ではご褒美となっている。この俺に死角は無い!ドンッ!
「橋本くんから聞き及んでいます。クラスの女の子を取っ替え引っ替えして遊んでいる、と」
「言い方に悪意があるでしょ。クラスメイトと親睦を深めて何が悪いのか甚だ疑問だね」
「セカンドの御令嬢には合鍵を渡しているとか。最近では一之瀬さんとも仲良くしているそうですね?」
なんで浮気がバレた男みたいに問い詰められんといかんの?別に良いじゃん、それと同じくらいに男子生徒とも親交を深めてるし。平田に神崎に柴田に…あれ、片手で数えられる。橋本はノーカン。俺の情報を売るような奴は即刻処さねば。
因みにセカンドとは清凪の事である。その呼び名嫌いなんだよな〜。思考力じゃ俺は勝てないからなぁ。総合でトントンだと思うんだけど。
「てか一之瀬とは偶然なんだけど。あっちもそこまで意識なんざして無いだろうし」
「信用なりません。貴方の言動に彼女は百面相していたとのタレコミもあるんですよ」
一之瀬に至ってはまあ。それとなく口説いたら表情に直ぐ出るからね。良い玩具だった。
てかこれ褒められてるのか非難されてるのか分かんねえな。茶々を入れるのも面倒なので適当に頷いておく。はいはい、悪うござんした。
有栖との再会はそんなに劇的なものでも無い。チェス部に殴り込みに行ったらバッタリと出会した。んで、2人でポイントを巻き上げて、賭け金無しでガチの指し合いをした。そんな感じ。
有栖は満足している様だったが、俺はまだまだドラマチックにできたと悔やんでいる。ぐぬぬ、そう上手くは行かないのが人生と言うオリチャー。これ鉄則ね。
「折角感動的な再会をしたと思えば、貴方の節操無しの度合いに頭痛が起きる日々です」
「節操無しとは失礼な。プレイボーイと言え」
「…それ何処が違うのよ」
響きが違うのさ、名も知らぬ美少女よ。そっちの方がなんかカッコいい…カッコよく無い?つーか誰ともそう言う関係には発展しとらんし。
「それよりその子紹介してくんない?新しい駒?」
「……まあ良いでしょう。オトモダチの神室真澄さんです」
「…トモダチなんてよく言うわよ」
初手で駒だなんて形容する俺も俺だが、
しかし、橋本とは違って此方は進んで誰かの下に付くような性格では無さそうだ。となると考えられるのは…。
「多分お察しの通りですよ」
「…何がよ」
「だよねー」
「会話が成立する意味が分からない」
深く考えるな。感じることが大切なんだ。で無ければ会話の高速ラリーに着いて来れないぞ。
しかし有栖がこの食事の席にまで呼ぶとは、余程神室の事を気に入っている裏付けでもある。弱みを握っているからこその信頼とも取れるが、楽しそうに彼女を揶揄う様子からは多少なりとも情が感じられる。
「ありがとな神室。有栖の事を支えてくれて」
「は?急に何言い出してんの」
「いや、有栖の事だから碌にしっかりとした礼もしてないだろうと思って」
「…嫌々従ってるだけだし。感謝される筋合いは」
「良いから良いから。俺の大事な友人を支えてくれてる。その事実が嬉しいんだ」
ほら、皆んな頑張れって言うじゃん?でもよく頑張ったなって言わないじゃん。それだと人間潰れちゃうからね。誰かが頑張ったねって、その人の事を認めてあげなきゃいけないから。
「だから有難う、神室。これからもお転婆な姫君を宜しく頼むよ」
「……はいはい。変わった奴ね」
アハー⤴︎よく言われるわソレ。
照れ臭そうにそっぽを向いて吐き捨てる姿に、少なくとも睨まれるよりはそっちの方が可愛いなぁなんて気の抜けた感想を抱く。アリスステッキによる乱れ突きが机の下で始まるが、そう易々と当たってやるつもりもない。
机の下の攻防に神室は呆れた様に嘆息し、俺を呼び出した本来の目的を話す様に催促する。態とらしく咳をして、顔付きを真面目なものに変える。
「あと1ヶ月で中間試験が始まりますね。最初のクラス対抗戦と言っても差し支えないでしょう」
「…そう言う情報、言って良いの?」
「ご心配なく。深春くんなら既に、何手も先を見据えている筈ですから」
そりゃまた信頼されてるな。布石は何個か用意してはいるけども、いざそんな事できて当然みたいなスタンスを取られると、何だかむず痒くなってしまう。照れるからや〜め〜れ〜!(ワッカ並感)
「もう攻撃してくる訳は無いよね。先ずは内輪で潰し合わなきゃならないみたいだし」
「全くもってその通りです」
Aクラスのリーダー格として台頭しているのが有栖。そして葛城と言うスキンヘッドの男子生徒だと把握している。先ずはAクラスを自分の園にしておかなければならない。
そうで無ければ俺とも勝負にならないと、天才である有栖が考えない訳はないし。でも態々その話題を持ち出してくるのには、何か俺にして欲しい事があるのだろう。
「深春くんには然るべき時。葛城くんが指揮を取った試験で潰して欲しいのです。報酬は弾みましょう」
「…時期は其方が指定するのか?どれくらいバックアップは受けられる?それと報酬の詳細は?」
「順に答えますと、それは私たちが。私の派閥の者を数名。そして50万ポイントで、如何ですか?」
「ふゥん。…悪くないけど、一つだけ追加してくれ」
尋ねると、目線だけで承諾の意を示す。面倒臭がらずに声に出してくれねぇかな。勘違いだと色々死ぬもん。
別に何か無理難題を押し付けるわけでも無いから身構えなくてでぇじょうぶだ。ドゥラゲンボォルで生き返れるからね。
それ以前にどっかのゲーマーみたいに、些細な願いとか言って惚れろなんて言わんし。俺ってばそこまで非情になりきれな〜い。
「そーだな。潰した暁にゃ神室も1日貸し出してくれ」
「はっ?」
「また娯楽と言うヤツですか?」
「慰安の意味も込めてだよ。沢山動いてもらうだろうし」
「…良いでしょう。お手入れは一任します」
「私の意見は聞かない訳?」
尋ねられるが、向けるのは満面の笑顔。ぷぃきゅあだって皆んなの応援と笑顔で強くなるからね。笑顔って元は威圧の意味らしいけど。つまり笑顔はサイキョー。ハッキリわかんだね。マトモに取り合うつもりもないと分かった神室はゲンナリしている。
残りの味噌汁を飲み干して席を立つ。いつだって、スマイルスマイル!と頭の中で吟じながら戻った。
が、逆再生の様に2人のいるテーブル席に戻る。一つ確認しておかなければならない事があった。
「カモフラージュは済ませてた?」
「ええ。お望みの通りに」
Aクラスの要人に会っていたとなれば注目を浴びる。そうなると動き難いったらありゃしない。本当は有栖とここまで早く出会ったのも計算外の事だった。このぐらいのガバなら全然修正可能っすね。ホントダヨ?
◆◆◆
「真澄さんから見て、千登勢深春と言う人間はどう写りましたか?」
「そうね…。軽薄そうに見えて、割と情の深い奴、かな」
カツン、と生徒の往来が激しい筈の廊下に杖を突く音が不自然な程に響く。
情の深い人間。寧ろ殆どの人間が少なからず情を抱えている。究極的に突き詰めれば、自分が良ければ全てどうでも良い。そう考えられる人の方が少ない。
しかし、あの環境で育った彼には、余りにも不自然過ぎる感情がある。傍目から見ればまるで分からない。天才である自分すらも確証を得ない。
坂柳有栖は考える。彼は一体何を見据えているのか。今を見ている様で見ていないあの瞳には、果たして自分は心動かす存在たり得るのか。
「罪な人ですね」
「…なんか言った?」
「いえいえ。ああ見えて彼は残酷な一面もあります。例え仲睦ましい自覚のある私とて、彼の逆鱗に触れれば一溜まりも無いでしょう」
「ふーん。…地雷原でも踏み抜けば良いのに」
「何か言いました?」
「別に」
さして彼女の考えは変わらない。千登勢深春は己が打倒すべき相手である。あの無機質さが見え隠れする瞳に自分という存在を焼き付ける。
あの白い部屋での邂逅と、なんら変わりない。
そして舞台は、曇天の5月1日へと移り変わる。
オリ主くんの強さは、自分も含めて客観的に捉えられている事、だと思います。知らんけど。
神室さんのデザインを一目見た時の事。私の好みにどストレート過ぎて爆発したのは良い思い出です。
早く無人島試験書きテェッスわ。
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こんな行動、チャートに無いぞ⁉︎
昨日は投稿できなくて申し訳ありません。それと短いです。
忙しかったんです色々と。仕事とかWBCとかで。
「お前たちは本当に愚かだな」
なんて言葉から始まる今日のホームルーム。大半の生徒は不安そうに顔を顰めているが、一転して俺は鈍色の空を憂いを帯びた表情で見上げていた。
ポイントが支給されなかった…いや、0ポイント支給されたと言うべきか。遅刻欠席合わせて98回、授業中の私語やスマホの使用が391回。これにより月初の支給額が決定付けられる、Dクラスの所有するクラスポイントが0になった。
クラス毎のポイントを見てみると、Aクラスが940、Bクラスが650、Cクラスが490、Dクラスが0となっており、アルファベット順に優劣が付けられているそうな。
Dクラスが491ポイント以上クラスポイントを残せていれば、俺たちはCクラスへランクアップしてたみたいっす。それと希望の進学、就職先に100%応えると言う恩恵もAクラスで卒業する際の特権らしい。あ、因みにAクラスは9万4000ポイント貰ったらしい。有栖たそからの情報だ。
でもって小テストの結果。赤点の生徒が7人も居て、考査であれば其奴等は全員退学になるそうだ。勉強に関しては頑張ればどうにでもなるし、そんなに慌てる事でもない。
んで、ここが重要。クラスポイントは0からマイナスにはならないと言う事。一見してクラスポイントを増やせる機会があると言う情報の方が大切に思うだろうけど、俺としてはこっちの方が悪さが出来るのではないかと企んでいる。どうしようもない時の切り札ではあるが。
茶柱先生から一通りの説明を終えたDクラスは、不良品と呼ばれた事やら0ポイントでどう過ごして行けば良いのかやら、面白い様に慌てふためいていた。
俺としては懐は潤っているし、不良品だと言う評価も概ね合致していると認めている。Aクラスで卒業することの恩恵も必要ない。ホワイトルームに戻るだけだし。
まあ、Aクラスを目指すつもりではある。結果を出して坂柳理事長が俺や清凪と言う“成果”を見て出資額を増やしてくれたら、綾小路パッパにちょっとした貸しを作れる。それに良い暇潰しになるだろうから。
そんな事をボケーッと考える位には、この時間は暇だった。1足す1は2になると言う事を延々と語られたようなものだ。アホらしく感じてしまうのは仕方がないだろう。
「どいつもこいつも稚拙過ぎる。警戒できて、尚且つ動けた者が片手で数えられる程とはな」
邪悪な笑みと共に向けられた視線。何言ってらっしゃるんですか茶柱先生?こんなの、ボクのチャートには無いぞ⁉︎
後3週間後に中間テストがあるからねー、絶対に乗り切る方法があるって確信してるから!等と言って茶柱先生は教室を後にした。クラスの空気は最悪。最早お通夜状態である。
仕方が無いので落ち込むよりもやる事あるやろオメェらオラァ!って感じの発破を掛けて、それとちょっとした光明を見せてあげた。後は平田や櫛田がどうにかしてくれるでしょ(適当)
なのに一体どゆことこれ?
星乃宮とか言う年増…ゲフンゲフン、若さと活気溢れる尻軽教師の魔の手から逃げ仰た後、茶柱ちぇんちぇーに生徒指導室の隣にある給湯室へぶち込まれた。清凪と一緒に。
校内放送を使ってまで俺たちを呼び出した時は、てっきり入試の、清凪に至っては小テストも含めたあの舐めた点数について言及されると思ったのだが。
「…こう言う時は一服してみるのもまた乙なモノ」
「良いこと言うじゃん」
甜茶と言う甘めのお茶のパックがあったので、適当な湯呑みを拝借して注ぐ。前世は重度の花粉症だったから良くお世話になっていた記憶がある。
2人して息を殺しながらお茶を飲んでいると、隣の教室から話し声が。お宅のセキュリティどうなってんの?防音効果くらい付けとけよ。
「どうやら私に話があるそうだな、堀北」
「えぇ。先生は実力の劣る生徒ほど下に配置されると仰られましたが、どうして私がDクラスへ配属されたのか説明をお願いしたいのです。入学試験で大きなミスを犯した覚えも無く、面接時の受け答えも問題なかった自負があります」
「なるべくして、だ。分かりやすい答えだろう?」
あれは氷の女王、堀北鈴音ではないか。プライドの高い彼女の事だろう。不良品扱いされた事に目くじらを立てる事は容易に想像できる。あれっ?煽られて怒っちゃった?弱いね〜。
その後も放たれる堀北の異議をのらりくらりと躱す茶柱先生。どんな論争が繰り広げられようとも、結果は変わらない。要するに暇になってきた。清凪も欠伸してるし、さっさとここから解放してほしい。
「悲観せずともAクラスへ這い上がれる可能性はゼロではないぞ?」
「…劣等生の集められたこのクラスで、ですか?」
「そこでだ。お前にも関係のある人物に来て貰った。出て来い」
「……ッ、まさか──」
あれ、これお呼びではないのでは?堀北の視線がどんどん冷たくなっていく幻覚ががが……。
出ないと退学らしいので嫌々出陣しましょう。兄貴じゃ無くてごめんね。
「やっほー堀北。元気?」
「千登勢深春も居るヨ!」
「…何をやっているんだお前たち」
給湯室から揃って顔をひょっこりはんする。あの人、今どうしてるんだろうね。
いつもなら俺たちのお巫山戯に氷柱を豪速で投擲してくるのだが、余程戸惑っているのか眼を見開くだけである。
「…聞いてたの?」
「恨むならこの薄い壁を恨んで欲しい」
清凪が学校側を生贄に追及から逃れる。冗談抜きにしてももう少しどうにかして欲しい気はするが。
堀北は目を細めて茶柱先生を睨む。どう言う事ですか、とでも言いたげな目だ。対するサエちゃんは悪びれる様子も無く、寧ろ凶悪な笑みを浮かべている。
「そろそろお前たちを呼び出した理由を話そうか」
「私はこれで失礼します」
「まあ待て。Aクラスに上がるキーとなるかも知れんぞ?」
「手短にお願いします」
ア ホ く さ。
即堕ち2コマっつっても限度があるだろうよ。メ゛テ゛オ゛ォ゛ォ゛位の勢いで落ちてったぜアイツ。
「お前たちは面白い生徒だな?」
「先生の苗字に比べると……いや、辞めておきましょう。顔も知らない見えない敵から攻撃を受けてしまうので」
「そ、そうか」
どうせアレだ。差別的発言だとか散々騒がれるヤツだ。多様性多様性って言ってる奴ほど差別意識が高いってそれ一番言われてるから。
匿名性って本当に厄介な代物だと思う。顔が見えない、名前も開示されないからって好き勝手やりやがる。自由って何でもして良いって事じゃないからね?良い子のみんなはよーく覚えておく様に。
俺の謎の発言に戸惑いながらも、俺と清凪の入試問題の回答用紙を並べる。オイ辞めろバカ。奴に点数を見させるなァァァーッ‼︎
「2人揃って全教科50点。今回の小テストも、千登勢は85点だが、綾小路は50点。これを面白いと言わずして何と言う?」
いやさぁ、もう、それは違うやん。若気の至りって事で見逃したり大目に見てくださったりは…しませんよね分かります。
あっ、やめっ、堀北やめてっ。お前ら何やってんの的な目で見つめないでください。死んでしまいます。
「…どうして、こんな事を?」
「偶然って怖いよね」
「未来から来たって言ったら信じる?」
相方が答えをはぐらかしたので、辻褄合わせとして俺も意味不明な事を適当に言っておく。まさか点数を合わせたとか言えるはずも無いし。
茶柱先生は変わらずニヤニヤとしながら、もしや堀北よりも頭脳明晰かもしれんな、等と言ってヘイトを買う。お前何なんだよ!
「話は以上だ。私も暇では無いんでな」
そう言って俺たち3人は生徒指導室から摘み出された。……よし。
「「帰るか」」
「待ちなさい」
これ以上面倒な事が起きる前に即刻帰宅しようとするが、襟首を掴まれて阻止される。ヤメロー、死にたく無い!死にたく無い‼︎
それよりもどうして清凪には声を掛けるだけで済ませてるんですかねぇ?お前もお前で早く逃げなさい。俺の事を置いて逃げられないとか、そんな情の深い子に育てた覚えは無いぞ。
「さっきの点数は本当なの?」
「学校側が偽っているかもしれない」
「ん、あり得る。この胡散臭い学校なら納得できる」
「そう。つまりは狙って取ったのね」
人の話聞けよ。直ぐに結論を出すのは危険だ。分かってんのか⁉︎Dクラスがクラスポイントを全て吐き出したのは、お前らが禁じられた油断を平気で肯定してるからなんだぞ⁉︎
「堀北こそ、随分とAクラスに拘ってる」
「…上を目指すのは当然でしょう?」
「ダウト。本当の意図、若しくはそこに至る事情を話してない」
「つまり俺たちもあの点数について深く語らなくても良い…ってコト⁉︎」
「有難う堀北。墓穴を掘ってくれて」
ムハハハ。我等2人に敗北は無い。ちょっとした弱みにも容赦せず突っ込んでいくよーん。はい勝ち〜敗北を知りたい。
それじゃ!とこの場を去ろうとするも離してくれない。勘弁してください。俺は帰ってマイベッドとランデブーするんだ。レムレムするんだ。
「不良品と言う烙印を押されたこと。納得はできないけれど何を言っても無駄だと思った。…お願い。その評価を覆して、Aクラスに上がる手伝いをして」
覚悟ガンギマリじゃーん。こりゃ茶化そうにも無理があるわ。俺からギャグを取り上げたら何も残んねーぞオイ。
「…深春はどうする」
「んー、良いんじゃない?当初の目的にゃ丁度良いし。楽しそうだし」
「分かった。私も協力する」
上を目指すって楽しいしね。こ↑こ↓重要。
「楽しそう、ね。そんな生半可な気持ちで、期待しても良いのかしら」
「まーまー良いじゃん。楽しむモチベーションは大事でしょ」
これはホントにそう。楽しくなきゃ何もやってらんないからね。それに比べて綾小路パッパさぁ…。恥ずかしくないの?
やっぱ…高育を…最高やな!
まま、エアロ。有栖との一時的な協力体制は敷いてるからね。当分の間は平穏だろう。多分。Cクラスがどう出るかは知らんけど。
「そろそろ離してくれない?動けないんだけど」
「…行動を起こすなら、逐一報告する事」
「はいはい報連相ね。りょーかいりょーかい」
鋭い目を向けてくる堀北を掻い潜り、寮の自部屋に戻る。暫くは動かないで様子見しとこうか。
「どうして綾小路さんは協力してくれるのかしら」
「深春の進む道に私アリ。2人はぷぃきゅあ」
「…そう」
堀北は考えるのを辞めた。
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綺麗な花には棘がある。じゃけん、削ぎ落として行きましょうね〜。
誤字脱字報告のお陰で、私は今も生きています。
正月ハルカを引けた喜びで消しちゃったんだよね、この話。書き直したよ。雑だよ。うぇーい。
中間考査まであと2週間となった頃合い。平田が勉強会を開く旨の宣言をしたが、乗り気じゃない人間が居た。
皆さんのご存知。須藤、池、山内のDクラスが誇る3バカである。一夜漬けは体に悪いし効率悪いし辞めた方が良いと思うけど。と言うかそれすらも勉強をギリギリまでしない為の方便かも知れないし。
と言う事で開催されました、堀北をホストとした勉強会!実況解説指導役は千登勢深春がお送りします。テンション上げてこ!
「…どうして櫛田さんまで居るのかしら」
「櫛田の協力は必須。堀北のクソザコミュニケーションじゃあの3人は動かない」
「言ってくれるじゃない」
お主は堀北を煽らんと死ぬ病気かなんかか?コミュ障はお前もだろ。俺もある種のコミュ障だし。もうマトモなのは櫛田しか居ねぇ!もう終わりだよこのグループ。
ま、俺が救援を要請したんですけどね。勝手に決めたからコンパス百裂拳が堀北の手から繰り出されたが、余裕で見切れるので。対あり。
「沖谷も来たのか」
「僕も小テストは赤点だったけど、平田くんの所にも混ざり辛かったから…」
オドオドしながら話す沖谷に何かシンパシーを感じたのか、妙に馴れ馴れしく池と山内は絡む。良いから早よ勉強しろやい。
「32点未満は赤っつったよな。ってことは32点じゃアウトだってことか?」
「未満だったらセーフだって。大丈夫かよ須藤」
須藤の言葉に池は眉を顰める。高校一年生にもなって未満の把握も出来ていないとなると、一筋縄ではいかないだろうな。一応ここは名門国公立なんだけどなぁ…。
暗雲立ち込める中でスタートした勉強会。しかし初手の連立方程式の問題すらも3バカ達は解けない様子。ホント君たちさぁ…。勉強して損は無いんだから最低限はやっとけよ。
「ん、沖谷はできてる。その調子」
「あ、有難う綾小路さん」
清凪が拙いながらも誰かを激励している。微笑まし過ぎて灰に還る所だった。
十分もせずに須藤たちはリタイアを表明し始めた。
えーっ、折角櫛田って言う最強の免罪符を切って上げたのに、と思う反面、コイツらさっさと見捨てるか?と言う安易な考えも浮かぶ。
俺や櫛田が噛み砕いて説明するも、全く理解ができていない様子。将来教育者になったら、カリキュラムに教える技術を組み込もうと思った瞬間である。
3人が問題を理解する前に、堀北が限界に達した。
「余りにも無知、無能過ぎるわね。貴方たちどうやって生きて来たの?」
「っせェな。お前には関係ねぇだろうがよ」
あーもう、こうなったら駄目だわ。何方もヒートアップして止めようが無い。
歪ながらもこの勉強会は成立していた。が、堀北の一言で崩れてしまった均衡は元の方には戻せない。にこやかに事の成り行きを見守るのみである。
「バスケットでプロを目指す?碌に勉強もできないでそんな事叶うと思うの?とんだ幼稚な考えね」
「そっちこそAクラスに上がるなんざ不良品の集まりに入れられた、自身も不良品の分際で立派なこった」
見てられんなこりゃ。聞いてるこっちが胃がもたれてくる。
須藤は堀北から視線外すと、教材を鞄に詰め込んで図書室から出て行く。次いで池や山内、迷っていた沖谷も釣られて勉強道具を片付けて出て行った。
【悲報】勉強会、成立ならず。
無理矢理黙らせて参加させると言うのもアリっちゃアリだが、それでは今後も生き残れないだろうし。要するに餌を与えながらも勉強ができる楽しさや重要さを分かってもらうしか無い。
「堀北さん。こんなんじゃ誰も一緒に勉強なんてしてくれないよ……」
「私が間違ってたわ。もし今回上手くいったとしても、あの人たちはすぐに同じような窮地に追い込まれる。そうなればこれの繰り返しよ。実に不毛で余計なことだと痛感したわ」
「どういうこと……?」
「足手まといは今のうちに切り捨てるべき、ということよ」
ウチのホストがこんなんじゃ高が知れてるけどネ!
「…私が何とかする。こんな早くにお別れなんて嫌だもん」
「貴女が本当に、本心でそう思っているから甚だ疑問だけれど」
おバカちゃんが。本心だろうが何だろうが褒められる事をしてるんだよ。そこは然程問題じゃねぇ。
櫛田は悲しげに顔を伏せた後、小さく別れの言葉を残して去って行った。…あっ、携帯忘れてますわよ。お待ちなさーい!
大声を上げるわけにもいかず、結局黙り込んだまま勉強会は閉幕した。いやー、あっという間だった。光陰矢の如しとはよく言ったものだ。
「…堀北。人の夢はあんな簡単に踏み躙っちゃ行けないよ。君と須藤は互いのことを何も知らぬまま、感情に身を任せて人の夢を罵倒したんだ」
俺も前世の小さい頃にぷぃきゅあになりたいって言ったら嗤われちゃったからね。人によってはそれを拠り所にして生きている訳だし。
「同列に扱わないでくれるかしら。不愉快極まりないわ」
「…清凪」
「がってん。堀北はちょっとこっちに来て」
さて。堀北への説教は任せて携帯を届けに行かなければ。
…なーんか、嫌な予感がするけども。
◆◆◆
意気揚々と出たは良いものの、肝心の櫛田が何処に行ったか皆目見当もつきません。はにゃーん、ききょーちゃんはいずこ。出て来たら綾小路パッパの写真集をあげるよー。そんなの無いけど。
こう言う時は高い場所から探せば良いって誰かが言ってた気がする。天才か?ってな訳で屋上へ行こう!人生は勉強や!
さて。多分櫛田と思わしき後ろ姿を発見したので、後を追いましょう。向かう先は屋上。普通の学校や病院なら閉まってるはずだけど、何でだろうね。ご都合主義って知ってる?成程、面白い、興味深い(ホームズの3連コンボ)
こんな所に何をしに来たのだろうか。屋上には監視カメラが設置されていない。となると起こす行動は一つ。
「あー……ウザい」
おや、櫛田の様子が…?
「マジでウザい、ムカつく。死ねばいいのに……」
はい。櫛田の裏の顔イベントですね。あそこでもしも櫛田に追いついていたらこのイベントが発生しません。だから、後をつける必要があったんですね。よくやったあの時の俺。
「自分が可愛いと思ってお高く留まりやがって。カスみたいな性格してるお前が勉強教えられる訳ないっつーの!」
おーおー荒れてらっしゃる。物に当たらないだけマシだと思おう。
しかしまあ、あの呪詛の内容やら以前の反応やらを基にして考えてみれば、主に誰に向けた罵倒かは分かるわけで。
「あー、最悪最悪最悪!堀北ウザい堀北ウザい、ほんっと、ウザいッ!」
彼女自身は憎悪が煮え滾って仕方が無いだろう。
しかし側から見れば面白い物でもある。具体的に言うと、学校中の皆んなにこの光景を見て貰いたいくらいに。人でなしだって?馬鹿にしないでくれ。
これだけ嫌ってたら勉強会に参加しなくたって良かった気がする。加えて特に接点の無かった少女をここまで嫌いになるはずも無いし。
詰まる所、過去に何か因縁があって、それを漏らさないように見張っていると言った所か。めんどくさっ。
でも堀北個人に全てが向いているかと考えると、きっとそうでは無いと断言できる。だって日がな一日下卑た目を向けられれば、いくらメンタルの強度が鋼以上だとしてもストレスは溜まるだろうし。
誇って良いよ櫛田。よくその顔を隠してくれてると思う。
演技力は俺を上回ってるかもしれんぞ。つまり採用。お前もホワイトルームに来ないか?
「思ったより元気そうでなによりだよ、櫛田」
「えっ」
音もなく背後に現れた俺に、櫛田は面食らった様な顔を見せる。気付かれてないと思った?残念だけど筒抜けでーす。お疲れ様でした。
「き、聞いてたの…?」
「あはっ。携帯を忘れてたから追いかけて来たんだけど、まさか櫛田のこんな一面を見れるとはね」
「そっ、か。……そっかぁ」
余りの衝撃に上手く言葉も出ない様子。マドンナ的存在の裏の顔。いよいよ事態はギャルゲー方面に向かって行っている。ここはギャルゲー世界だった…?(錯乱)
今にも泣き出しそうな表情で櫛田は、蚊の鳴くような声で一つ尋ねる。
「その割には動揺してないよね。知ってたの?」
「薄々勘付いてたって位かな。俺って表とか裏とか、総じて1人の人間だって定義する優しい男の子だから」
「…………」
言葉を重ねれば重ねるほど、櫛田は俯いて行く。それは目の前の男に本性が筒抜けだった事への無力感だろう。
一転して鬼の形相でゆっくりと詰め寄る。いや怖いて。鬼は鬼でもこれじゃ幽鬼なんだよなぁ。
「誰かに話したら、ここでアンタにレイプされたって言い触らすから」
「でも俺はレイプしてないし冤罪が成立しちゃうのでは?」
「大丈夫。今ここで、事実にするだけの簡単な作業」
そう言って俺のガラ空きだった右手を掴み、自身の胸に当てる。詰まる所、櫛田のオパーイを揉んだと言う事。指は動かしてないので冤罪ですよ!
柔らけぇ…。
「これでアンタは犯罪者。私は本気。分かったなら口を滑らさない様に頑張ることね」
「あらま」
俺がそんな、言い触らす様な真似するわけ無いじゃないですかヤダー。てかそろそろ右腕離せよ。揉まん様に開き切ったままにするの、割と辛いんすよ。
そんな意図を汲み取ったのか、ようやく右手が解放される。ぐっ、ぱっ、と握って開いて感覚を確かめながら、はてさて困ったと言う風に声を上げる。
「確かに俺が下手に君の事を下げても君の信頼の方が勝つだろうし、加えて豚箱行きとなると面倒だ」
「そうでしょ、だから…」
「君のその咄嗟の判断は素晴らしいね。持ち得る自分の手札を最大限発揮した、効果的な脅し。効果は抜群だ」
「だ、だから…」
「いやぁ脱帽ものだ。意識下か無意識下かを抜きにしても、頭の回転はこの学校の生徒の中でも上澄だろう」
首を捻りながら櫛田の行動の良かった点を挙げて行く。言葉にして見て初めて分かる、この少女の恐ろしさよ。警戒してなきゃ出し抜かれる事間違いなし。これには市丸さんもニッコリやね。
だからこそ野放しにしては駄目だろうな。堀北への怨念で裏切られたら少なくない被害を受ける。
つまり、基本的に自由に動いて貰いながらも、しっかり手綱を握っておく状態がベストだと……うん?
顎に右手を添えながら考えていると、櫛田が何とも言えない表情で此方を見ていた。少しだけ恐怖も混じってる様な気もするけど、多分思い違いですね(フラグ)
「えっ、何その目。流石に予想外」
「いや…アンタ、自分の立場分かってる訳?これからの人生懸かってんのよ」
「そうだね。だから、何?」
「……はっ?」
いやいや、自分の将来がうんたらかんたらって言われても、それで動揺する訳じゃあるまいし。何をそんな不思議がる事があるってんだい。
うーん。マジで分かんねえな。何をそんな化け物見る様な目で見られなきゃならんのだ。この扱いは不当では?異議申し立てすれば勝てるゾ〜これ。
「退学とかじゃなくて、逮捕される可能性もあんのよ?一生その経歴引き摺って生きてくのよ?」
「分かってるって。何とかしなきゃいけないよなぁ」
「……狂ってる」
アイエェェェ⁉︎ナンデ⁉︎
えっ、本当に何故何故ハテナ。狂ってる要素どこですのん。
な゛ん゛でぞん゛な゛ごどい゛う゛の゛⁉︎
でも心当たりが無い訳でも無いんよね。極めて完璧な隠蔽を施していた筈だけども、余裕な態度が出てたんだと思う。多分。俺もまだまだって事やね。伸び代ですね!
「あーれれー?僕の胸ポケットにこんな物が」
「…何、それ?」
「ボイスレコーダーです。ズボンのポッケにもあるよ!」
2本のペン型レコーダーを取り出して、櫛田の目の前で振る。これがある限りは俺の冤罪も晴れるってワケ。
なんで2本も仕込んでるのか、だって?実は部屋にもう一本あるんだよね。普段使いとスペアとスペアのスペア。備えあれば嬉しいな!(DDD)
「……ッ!クソッ!」
「おっと危ない」
まるで吊るされた餌を狙う獣の様に、櫛田はレコーダー目掛けて手を伸ばす。気分は愛玩動物と戯れ合う飼い主である。ペットは凶暴だけども誤差ですよ誤差。
のらりくらりと笑い声を上げながら躱し続ける。
やってやれ櫛田桔梗。頑張れ♡頑張れ♡いつから反撃しないと錯覚していた?
「はい、足がガラ空きだよ」
足払いをしてうつ伏せに転がす。レコーダーは仕舞って、櫛田を組み伏せた。
ギリギリと右腕を引っ張って痛みを与えながらも、絶妙に傷にならない様に力加減をすることも忘れない。ヤダ、俺ってば紳士過ぎ…?
痛みに悶えながらも俺を睨む事を忘れないその精神は手放しに賞賛できる。けど、反抗する気なら仕方ないっすねぇ。
「ほれ。俺の目を見てみ」
「…何言ってんの。ハッキリ言ってキモい……ッ⁉︎」
悪態を吐きながらも俺に目を合わせてくれる辺り、自分が極めて不利な状況に陥っている事は分かっているようだ。素直な子は千登勢さんは好きですよ。
何やったかと聞かれれば、俺の謎技術であるハイライトオフを使って視線をかち合わせただけである。賢い人ほどこの目に警戒感を持ってくれるから便利なんすよね。そんな闇深い目してたんかワレェ!って感じで。
オマケに表情も無にしたら威圧感も増すのでオヌヌメ。
俺の目を見た櫛田さんですが、過呼吸になってますね。可哀想に、誰がこんな事したんだ⁉︎許せねえよなぁ(他人事)
「ハッ。あっ、なっ、に…」
「君には二つの選択肢がある。一つ、音声データをバックアップした分4つを全部購入するか。最大限譲歩して、総額400万ポイント。その無駄に発育のいい体でも売ればすぐかもしれないね」
んまあ現実的じゃ無いよね。でも自分の進退を賭けてるんだったらもうちょい高めにしても許された可能性が微レ存。
「二つ、君が卒業まで俺の駒になるか。此方を選ぶと卒業までは俺が全面的に君の味方になると言う恩恵も得られる。けど、裏切ったら即刻終わったと思ってくれよな」
一番マシだろこれ。なんで俺が譲歩してんだって言いたい所だけど、弱みを握っているだけでは愛想を尽かされちまう。それは凄く勿体無い。なので利益を小出しにして目の前にチラつかせ、軍門に降るメリットを自覚させる。するとあら不思議、全然離れて行かなくなるんですね〜。
「答えは決まってるだろうけどさ。敢えて最終的な判断は君に委ねるよ。まっ、好きな地獄を選んでよ」
敢えて言葉に出すのが必要だからね。心をポキッとするのが俺の仕事です。
「……たがう」
「聞こえないなぁ。早く言ってくれなきゃうっかり音声データばら撒いちゃうかもね」
「従う!駒にでも何にでもなる!だから!…だから、お願い」
ファッ⁉︎なんで泣き出してらっしゃるんですの⁉︎誰だよこんなになるまで櫛田のメンタルボロボロにした奴!
いや、マジ洒落になんねえから。おーおー泣き止みなさい。可愛いお顔が台無しですわよ。
あと早く泣き止んでくれないと、自分の評価が女泣かした奴になっちゃうから。ひーん、俺は美少女の笑顔が見たいだけの後方腕組み理解者面したいだけなのに。
「こんな、こんなになるならぁっ、否定して欲しかったのにっ。私なんて大嫌いだって突き放された方がっ、絶対に、絶対に良かったよ…」
「無茶言わないでくれ。優秀な人間を突き放す方が可笑しいから」
優しく抱擁して背中を摩ってやる。こういう時は人肌に触れるのが一番だってペディアで見た(大嘘)
決して役得とか思ってないからな。ご馳走様です!
ここはまあ、適当な言葉じゃ納得なんてしてくれないだろうし、少しロマンチックな言葉で誤魔化そうと思う。持ってくれよ、俺の体!
「多分さ。遅かれ早かれ君のその姿は誰かに知られて、そしてその魅力に気付く人だって出てくる。俺がここに居るのは回り回った偶然でしかない」
「ひぐっ、うっ、あぅっ…」
「でもね。どんなに繰り返したって、きっと俺が一番に、君を見つけてる。一番に君に凄いよ、優しいよ、必要だよって言うんだ」
恥ずかしいっすセンパイ!さっさと泣き止んでくださいまし。でなきゃ俺がバグって世界全体をフリーズさせるぞ?ええんか?
泣き止みました。美少年俺氏が櫛田を慰めてる画?そんなのカットだよカット!ガバった所を見せる訳ないでしょ。編集者権限です(無慈悲)
「あはは…。恥ずかしい所見せちゃったね」
「お互い様さ。俺も結構恥ずかしい事言ってた自覚あるし」
平気そうな顔して心の深春くんは噴火中ですってオチ。俺のシラフは四六時中こんなモンなんですよね。
「ふぅ…。それで私はどうすれば良いの?」
「それはね。…ほい」
「…ポイントの贈与って、30万?」
「それを貧困に喘ぐクラスの皆んなに渡してあげて。そうすれば君は一躍クラスの救世主だ。余ったならそのまま肥やしにしても良いし」
ここからだ。恋愛も、頭脳戦も。あらゆる娯楽で勝ち続けるのが俺のモットーなんでね。
精々この居心地の良い箱庭で、やりたい事やらせて貰おうかな。
櫛田イベントと会長イベント。オリ主くん1人じゃ無理だったけど、綾小路ちゃんのお陰で駆けつける事が出来るんだよね。チャート通り。
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ウヌはシスコンか?
パパ黒 CV:子安とか正気か?
ここから本格的にオリ主くんが動きます。
櫛田を駒にした後、清凪から堀北の不審な行動についてのメールを受信したので音速で馳せ参じた。
寮の近くの物陰で気配を消す。俺たちにかかれば風景と同化することなど造作も無い。勝ったな風呂入ってくる。
覗いてみれば堀北と堀北学と名乗っていた生徒会長の姿が。兄妹とは言え暗く人通りの少ない場所で男女2人。何も起きないはずも無く…。
別にこんな触れ込みだからって薄い本的展開とは限らんのよな。
現にあの2人の間から剣呑な雰囲気が芳しく香る。一般通過ホワイトルーム生でなきゃ逃げ出すかもしれん。
「3年前と何ら変わらないな。俺を追いかけるのみで、自身の欠点に気付かない。 Dクラスと言う評価は妥当と言うことか」
「私は…Aクラスに上がって見せます。そしたら──」
「不可能だな。その前にクラスの崩壊が始まり、挽回不可能な状態に陥るだろう」
いや、ええ…?そこまで威圧的な目を身内に向けるか普通。いや、この頭おかしい学校の生徒会長が普通なわけねえか。深春くんったらウッカリ。
「絶対に、絶対に辿り着いてみせます……」
「無理だと言っただろう。本当に、聞き分けのない妹だ」
その台詞ってもうちょい穏やかな時に言うべきでは?もしかして堀北兄妹の戯れ合いの範疇なのか。世界は広いんだな(白目)
堀北兄の目が細まったかと思うと、力無く垂れていた堀北妹の手首を掴み、壁に強く叩き付けた。
いや普通に事案で草も生えんぞ。カメラを回せェェェ‼︎
「お前が俺の妹である事実は変わらない。俺の顔に泥を塗る前に、さっさと退学するんだな」
「で、出来ません…ッ!私は、私は絶対に…!」
「──お前には上を目指す資格が無いこと。痛みを以て思い知るが良い」
堀北兄の重心が移動し、足に力が入る。ん?えっ。
アイツ実の妹投げ飛ばすつもりかよ。ありゃ受身も取れずにコンクリに叩きつけられるな。
美少女がピンチの時に駆け付けずに日和ってる奴いる?いねぇよなぁ!
カメラを閉じて物陰から飛び出す。俺は堀北を掴んでいる腕を、清凪はその反対の腕を拘束する。
「オイオイオイ。天下の生徒会長が妹に手ェ上げてるぜ?」
「とんでもないビッグニュース。信用の墜落待ったなし」
「えっ、あっ…。貴方たちが、なんでここに…?」
バッキャロー。美少女のピンチに駆け付けるのが俺なのサ。但し、そのピンチは俺自身が演出したものも入ってるけど。人でなしじゃーん。褒め言葉ですよ、それ。
「盗み聞きとは感心しないな」
「それ以前の問題でしょ。生徒会長も冗談が言えるとは」
笑えない冗談っすよ学クン。ユーモラス勝負は俺の勝ちかにゃ?
俺と堀北兄が睨み合っている間に、清凪が堀北の安否を口頭で確認する。弱々しく首肯しながら、振り絞るように声を出した。
「やめて、2人とも…」
…うーむ。当の本人がそう言うなら仕方がない。俺から言うことは何も無いや。
清凪にもアイコンタクトで拘束を解くように促す。眉を顰めて一つ溜息を吐き、握っていた掌を開いた。
瞬間、残像が出るくらいのスピードの裏拳が俺目掛けて放たれる。咄嗟に上体を後ろに反らして回避するが、続け様に急所に向かって鋭い蹴りが襲い掛かるが、飛び退って何とかこれも回避。
「ッぶねェなぁ」
息を吐く暇もなく、生徒会長の右手が迫る。このまま体の一部分を掴まれてしまうとマズイ。ので、低い打点から左裏拳を放って弾き落とした。
これで終わりだろうと思ったが、足払いが追加で放たれ、それと同時に小さく跳ねた所を顔面へと拳が迫り来る。身を捩ってカウンターの蹴りを敢えて掠らせて威嚇。上下反転した身体を両手で支え、スプリングスの容量で体勢を整えた。
…いや。いやいや。アホちゃうん?流石にここまでやられて怒らんわけにいかんでしょ。
「ちょっと待ってって!生徒会長って好きに誰かを殴れる権限とかあるの⁉︎」
「フン。其方こそ笑えない冗談を言う。それに、ここには監視カメラが無いのでな」
冗談じゃねーでしょクソカスがよぉ…。いや、ホント止めよう?これ以上は無駄じゃん(建前)
もう疲れたわ(本音)
堀北兄は鼻を鳴らして俺を鋭い目で見据えたままに語る。
「中々良い動きだった。何か習っていたのか?」
「音楽関連ならやってたけど」
「ほう?鈴音、お前にこの様な友人が居たとは……むっ」
キメ顔で振り向いた所に目に映った光景。それはサムズアップしながらカメラを回す清凪だった。
堀北兄は素早くそのカメラを止める為の体勢に入った。圧倒的なデジャヴ。てか女子生徒に手ェ上げんなよカイチョー。いや、清凪だったら大丈夫だろうけど。
「ちょーいちょいちょい。会長流石に、流石に画的にマズイから」
羽交締めにして動きを制限する。身内だから良いってわけじゃ無いけど、妹と初対面の女子生徒とじゃ訳が違うから。
「あの兄さんを羽交締めに…⁉︎」
うーんなんか違う。堀北、そこも驚くべき所だけどもうちょっと適した時があったんじゃ無いかな。
「清凪。その動画を消せ」
「……分かった」
これ以上堀北妹に危害を加えない為の交換条件。生徒会長はそれをしっかり理解した上で俺を微笑を向ける。
目線でしっかりと釘を刺した所で、力を緩めて解放してやった。
「随分と甘いな。ポイントでも要求すればよかったものを」
「アンタも妹さんも、大事にはされたく無いでしょ?」
まあ、ちょっとしたブラフではあるけども。堀北妹がこれ以上を望まないなら口を挟む権利なんか無い。
でも追撃に来たことは許せねえよなぁ!反撃に転じられない事を逆手に取りやがって。
「千登勢深春と、綾小路清凪だったな」
「…深春、名乗った?」
「生徒会長が生徒の名前と顔とを一致させてても可笑しくは無いか」
「成程。ストーカーの類かと警戒したけど、違った」
ただでさえ俺らは入試全教科50点とかやらかしてるし。目ェ付けられてもおかしくは無いよね。全部
もうおうちかえりたい。こんな所で俺は止まってられねぇんだ!ヌワァァァァァ‼︎
「…孤独と孤高を履き違えた鈴音単独ならば不可能だっただろうが、お前たちが居れば多少は面白くなりそうだ」
ああそう(無関心)当分は妹さんの味方するつもりだし、安心して良いっすよ。
自分の妹が心配なのは分かるけど、流石にここまでやると虐待の様にも思えてくる。愛情の裏返しも行き過ぎれば毒になるからね。
ウヌはシスコンか?兄弟揃って愛し合ってんのか?それも一つの家族の形だ。素敵だね。
「帰るか」
「うん」
「…そうね」
威圧感を周囲に撒き散らしながら帰って行く姿を見送り、何事も無かったように帰る事を提案する。
けれども清凪にはやっておいて欲しい事がある。俺は別件で動くから、彼女にしか頼めない。
「悪いけど、堀北を言い包めておいてくれないか?」
「よゆー。それと、攻略法も大体目星が付いた」
「流石は清凪。詳細は端末に送っといて」
拳を軽く突き合わせ、俺は寮に戻る。
そんなフリをして、ケヤキモールへと向かって行く。
◆◆◆
「こんばんは、先輩。お待たせしてしまいましたか?」
「良い、御託はいいから早く、このデータを受け取れ」
「そう焦らずとも人払いは済ませています。…では」
震える手で差し出された生徒証を掻っ攫い、慣れた手つきでポイントを贈与する。額としては10万ポイント。同時に送られる2つのデータ。満足げに頷く。
「はい、確かに。今後とも宜しくお願いします」
「こ、今回だけだぞ。絶対に。もう関わるな」
待ち合わせていたレストランの伝票を目の前に叩き付け、先輩は足早に去って行った。おう自分が頼んだ分は払っていけや。
その程度で目くじらを立てる様な短気な人間では無いけど。道理くらい通してもらいたい。
それでもあそこまで手酷くフラれたらちょっと、ね。心にヒビ割れがピキピキと…。んほぉぉぉぉ!(メンタルブレイク)
「凄く嫌われちゃってるね〜?」
「朝比奈先輩ですか。お元気そうで何よりです」
朝比奈なずな。システムの情報を秘密裏に探ってる内に出会った先輩。頼れる情報源とも言う。
お前『人払いは済ませた』って言ってたやろ、って?俺が呼び寄せたからここに居るんですよね…。
それもこれも全部陸八魔……じゃなくて南雲雅ってヤツの仕業なんだ。いや、割とマジで。
対面に座った朝比奈先輩は俺の傍に置いてあったグラスを引き寄せ、ストローに口を付けて啜る。ここだけ見るとゆるふわな感じがするけど。
「良く平気で口を付けますね」
「だって一口も飲んでなかったじゃん。最初から私の分として用意してたんでしょ?」
「どうでしょう。ご想像にお任せします」
本当の紳士ならば恩着せがましいことは言わんだろうし。こう返すのが最善だ。多分、きっと、メイビー。
まあそんなつまらん事は置いておいて。さっきの生徒会長戦で疲れたし、さっさと要件を終えてしまおう。私のマイベッドが俺を呼んでる…気がする。
「朝比奈先輩に来て貰ったのは、他でも無い。この画像を見てください」
「ん〜?…ありゃ、雅のスキャンダル画像じゃん」
「アヴァンチュールを邪魔しない様に、あの先輩にコッソリと」
人はそれを盗撮と言う。芸能人の追っ掛け、週刊誌のカメラマンみたいなものなので合法です。
「それで、私に何をして欲しいの?まさか単純に雅に情報をリークしろって訳でもなさそうだけど」
「そのまさかです。と言っても色々枷は付けますが」
「なんか面白そうだね。聞いてあげる」
「一つ。このデータを持っている確証を持たせない。二つ。千登勢深春が嗅ぎ回っていると言う事を隠す。この条件で今の一件を話して欲しいんです」
朝比奈先輩の目が細められる。そりゃあこんな事する意図が分かる訳ないもんね。俺も先輩の立場なら何言ってんだコイツ、って思う。
今夜の事がなきゃ隠し通すつもりだったんだけどなぁ。色々面白い手札を貰えたからね。
南雲雅撃退チャートを並走している自分にとっちゃ渡りに船…かな?チャートって言ったって、どれだけ己が楽しめるかどうかを第一に考えてるし。
「耐久力が高いボス相手には、防御力ダウンのデバフを付けたら楽でしょ?」
「そう、だね?脈絡がない様に思うけど」
「実は今日、生徒会長に目を付けられまして」
「おおっ。千登勢くんの底知れなさをやっと会長も気づいたか」
どうして貴女が誇らしげなんですかねぇ…(すっとぼけ)
「生徒会長のお気に入り、だけどDクラスの生徒。加えて顔も名前もわからない、自分の素性を嗅ぎ回る生徒。防御は2方向に展開する筈」
「…成程。どっちも君、だけど幾ら雅でも中々そこを直結させないか。Dクラスって評価なら尚更」
御明察と言う風にティーカップに入っていた紅茶を呷る。有栖たそに紅茶漬けにされた所為で、俺も中毒になっちゃいそうだ。手遅れってのは禁句。
良い笑顔で俺の頼み事に頷いてくれた朝比奈先輩。まあ、ちょっとした噂を個人に吹聴するだけでポイントはぶん取られなかった。
けど、もう一つ依頼があるんですよね。アハー⤴︎
「それともう一つあるんですけど」
「んー?今の私はご機嫌なので、どうぞどうぞ」
「去年の中間考査の過去問と、小テストって有ります?」
「…わーお。めちゃ早いね」
反応を見るにビンゴか。流石は清凪の頭の回転の速さ。そこに痺れる!憧れるゥ!
まあ目星が付いてたってだけで確証は無かったし、一度思いつきはしたものの。ネゴシエーションは俺の得意分野ですよ、ええ。
「でもそうなると…分かるよね?」
「流石にタダじゃないですよね。うーん、3万で」
「それっぽっち?7はいけるでしょ」
「4万」
「6万5000」
「5万で手を打ちましょう」
「まいどあり〜」
負けました(即堕ち)誰だよネゴシエーションは得意分野とか言った奴。ぶん殴ってやろうか。
5万はキツいっすよホントキツい。ポイントが湯水の如く出て行っちゃうよーん。ポイント荒稼ぎ試験早よ。間に合わなくなっても知らんぞ!
後でチャットにリンク貼っとくね〜、と手を振りながら立ち去って行く朝比奈先輩。これ頼る先輩間違えたかな…。でも南雲パイセンのスキャルダルを撮ってくれた人に頼ると、多分朝比奈先輩よりふんだくられた、と思う。
まま、エアロ。偽物かどうかを判別が出来ると考えればトントンだ。きっと。
そこまで考えて、通話を掛ける。ツーコール後にガチャリと言う音がした。
「ビンゴだったよ。流石だね」
『やっぱり。後は勉強会を成立させるだけ。堀北の説得は完了。須藤たちをどうするか』
「済まないけど、其方で動いててくれないか?櫛田にも協力は仰ぐから、何とかしておいてくれ」
『りょーかい。深春はどう動く?やっぱり生徒会長の所に行くのが得策だと思うけど』
「一応の保険と、色々融通を利かせて貰うのと、ね」
『じゃあこっちで過去問に関して動く事はない?』
「そうなるかな」
ここ成功させるかどうかで色々変わってくるからなー、ホント。頼むよ片割れ。失敗は許されねーからなホントな。
実は中間考査時点で何人か退学にできるんですよね。
その方法はまあ、次話のお楽しみって事で。
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