原初の竜でも友達が欲しい (伊つき)
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プロット

アストレアレコード編を結末まで書き溜めしている間、プロットを公開します。
投稿していない間にオリキャラの神が原作に登場したり問題点は多いですが、後で対処します。
その辺は無視してください。


○ストーリー

コンセプトは『原作キャラを全員救ってオリキャラが不幸になる』『道化による原作結末先取り』

 

オリジナル編:暗黒期一年前。ルシアがアストレアと出会い、友達ができる。輝夜、ルノア、シャクティ。

 

アストレア・レコード編:死の7日間。発展アビリティ【神秘】が発現。全癒魔法アヴァロン・リヴァビルが発現。レアスキル【冠位の魔術士】が発現。アヴァロン・リヴァビルを行使しようとするも詠唱の途中で失神。マインドダウンした。魔法の説明欄にある項目、『奇跡』と『冠位』が関係しているとアストレアが考察。ヒーラーと妖精軍師として名を馳せ、アミッドが友達になる。フィンに認められる。ルシアがフリテンの王森出身と発覚。フリテンの王森での過去は発覚。ルシアの元従者、マリウス・ガウェン登場。【バルドル・ファミリア】登場。大英雄の血筋、リョーカ・アーサ登場。後半から【ヒュプノス・ファミリア】登場。ヒュプノスはタナトスの妹。【ヒュプノス・ファミリア】は迷宮都市へ行く道中、流れ着いたテルスキュラにおいて【カーリー・ファミリア】を解体して取り込んでいる。

バルドル、ヒュプノスは黒竜討伐を掲げる連盟。彼ら曰く、「『今の』黒竜を『殺す』術は持っているが、『倒す』術は持っていない」。故に、バルドルは黒竜討伐に必要な戦力を整える役割を担い、ヒュプノスは黒竜討伐において他派閥の介入を防ぐための勢力を所持することを目的としている。後者はヒュプノスが神々に警戒されている力の持ち主であることもあって適役だが、バルドルは元をたどっても大英雄アルバートの兄弟だとか親戚だとかに辿り着くだけで実質ほぼ一般人のリョーカ頼りだったり本人の性格的にも頼りなく、真面目さと神の力で初登場時は恐ろしい神に見えたが、実際のところはヒュプノスにも使えない、全部自分がやった方がいいか?と苦言される程能無しで適役とは言い難い。というか多分何を任せてもダメ。まだできている方。

妖精軍師だった過去の経緯からルシアは人を殺すために軍師として利用されることを嫌い、大義のための犠牲も嫌う。故に、目的は尊重しつつも手段が気に食わず、ザルドとアルフィアに対して怒りを露わにする。アルフィアには冷静に、戦略で。ザルドには過激に、鉄拳で。その際に初めて行使したアヴァロン・リヴァビルが成功し、『奇跡』の項目が発動。ザルドの身体が治る。オッタルはLv.7、アルフィアもこの時点では生存。アルフィアと契約し、定期的に魔法をかけることになるが、中々『奇跡』の再現が上手くいかず、ルシアとアルフィアは長い付き合いになる。

 

 

27階層の悪夢、ジャガーノート編:死の7日間を乗り越えたルシアにランクアップの機会が訪れる。所要期間1年9ヶ月。ルシアはLv.2に。神の力である『千里眼』がレアスキルとなってルシアに発現。これは通常ありえないこと。地上の神秘。神ですらわからない現象。人には余りあるその力、千里眼が発現してすぐルシアは頭の中に流れてくる情報量の多さに耐えられず発狂して失神。ほぼ使えないスキルと発覚。フィンに惜しまれ、闇派閥の撲滅に絶対に役に立つこと、それがルシアの悲願にもなったことからいずれ使いこなすことを宣言する。

女神タレイアが登場。ゼウスの娘と名乗る。27階層の悪夢が起きる。ルシアの策略である程度は防げたが、フィルヴィスは怪人になってしまう。そこにエニュオが登場。しかし、タレイアが介入。ディオニュソスに対して、降板を告げ、フィルヴィスを懐柔。フィルヴィスと契約する。

フェルズ、ルシアにジャガーノートの出現を警告する。【アストレア・ファミリア】が【ルドラ・ファミリア】を追い詰める。ジャガーノートが出現。ルシアが【アストレア・ファミリア】に正体を明かし、巨大なドラゴンに竜化してジャガーノートと対決する。しかし、ルシアは最初から敗北を予見していたため、自身を囮に【アストレア・ファミリア】の撤退と【ルドラ・ファミリア】の回収をアリーゼに頼む。ジャガーノートを相手に最初は善戦するルシアだが、中盤から状況は一変。ルシアが片腕をもがれる。それを見てリューが暴走。ルシアが片手間に救う。アリーゼが【アストレア・ファミリア】に指示を出す。輝夜に派閥を任せ、ルシアの援護に。その影響でアリーゼは利き腕を失う。ルシアはそれを見て切り札を切り、階層無視攻撃を用いて自分と一緒にジャガーノートを下の階層に連れていく。ジャガーノートは瀕死。ルシアも瀕死。ルシアは倒し切れないと判断してさらに下の階層に逃げる。

50階層まで逃げ込むルシア。キメラ化したジャガーノートがそこまで追ってくる。仕方なくルシアは51階層より下に降る。デフォルメス・スパイダーに追われて52階層へ。ヴァルガングドラゴンの狙撃とイル・ワイヴァーンに狙われる。ここでルシアは竜人形態を習得。飛竜。ルームに逃げ込む。

ジャガーノートが追ってきたことを察知したが、傷を負いすぎた上に精神力もほぼ尽きかけているため、打つ手がない。追い込まれたルシアは強化種を思い浮かべ、魔石を食うことを考えつく。躊躇ったが、覚悟を決めてイル・ワイヴァーンの魔石を喰らう。すると、全快した上に強化まで行われ、ルシアは新しい感覚に興奮で震える。ルシアはモンスターとしてLv.5相当だったが、ここでLv.6相当になる。

50階層にて、逃げ込んだルシアは千里眼を用いる。その時に予言が発動する。千里眼の能力のひとつ。予言の内容は、【アストレア・ファミリア】の滅亡。千里眼を用いたことで黒い竜種モンスターが出現。さらに、キメラ化したジャガーノートが追いついてくる。二体との戦闘による階層破壊で50階層のジャガーノートが誕生。3体1。

黒い竜種モンスターを先に倒して魔石を喰って強くなりジャガーノート二体を倒すことを思いつき、黒い竜種モンスターを喰らってLv.7相当に。

タレイアと彼女が遣わした怪人、アマゾネスの元女王ペンテシレイアがルシアの前に出現。彼女とコンタクトを取りに来た。交渉する。ルシアの怪物としての力をタレイアは求めている。その力を貸す代わりに繁栄を求めるなら助けようと述べる。ルシアは【アストレア・ファミリア】の永久的な繁栄を望む。契約が成立。

ジャガーノート二体を協力して倒す。

ルシア、悪役になる。

 

地上に戻ったルシアは、バルドルと交渉。ルシアの目的、【アストレア・ファミリア】の永久的な繁栄を達成するために必要な迷宮完全攻略を条件として提示し、バルドルやヒュプノスの望む黒竜討伐への協力とリョーカの育成への参加を受託する。

アストレアの背後に現れ、アストレアとも交渉。【バルドル・ファミリア】への改宗を認めなければ【アストレア・ファミリア】を滅ぼすと脅す。

【バルドル・ファミリア】に改宗。千里眼を駆使して闇派閥ならびにその関係者と都市を脅かす存在全てを捕らえ、人間はギルドへと明け渡す。関わっていた邪神を連れて市壁の上に。【バルドル・ファミリア】の紹介とルシアの演説、それを行う上で邪神の強制送還を背景とする演出を魅せながら都市民衆の支持を得つつ新しい時代を始める。

尚、闇派閥達を捕らえる時は【アストレア・ファミリア】の【花弁】だと気づかれないように姿を偽り、モルガーンを用いた剣士スタイルで取り締まった。通り名は【獅心王】リチャード。美しい手段ばかりを選ぶ訳にはいかなかったことと殺しも必要ならばする可能性があったため。【アストレア・ファミリア】に迷惑をかけたくなかった。演説では【バルドル・ファミリア】の面々が捕らえたと偽った。

ルシアの千里眼による闇派閥掃討で【イシュタル・ファミリア】も滅んだ。行く末を失った上に希少価値のある春姫にルシアとタレイアは注目はしたもののバルドルの派閥的にはタレイアの役者にも条件が合わないため、路頭に迷わせてしまったお詫びとしてルシアが元【イシュタル・ファミリア】に【ヒュプノス・ファミリア】か【アストレア・ファミリア】か【ガネーシャ・ファミリア】へツテがあるため案内する。ヒュプノスと交渉する。フリュネ、アイシャ、春姫は【ヒュプノス・ファミリア】に。レナは【ガネーシャ・ファミリア】に改宗した。闇派閥も関連するものも都市を脅かすものも残党を残さず撲滅したため、後にクノッソスの鍵争奪戦に巻き込まれて娼婦達が殺されることもなくなった。

また、【イケロス・ファミリア】の問題にルシアは頭を抱えた。闇派閥と関連するもの、都市を脅かすものを淘汰した先に異端児がいた。異端児と【イケロス・ファミリア】、頭が痛い。フェルズを経由してウラノスがルシアに接触する。交渉し、ルシアは異端児の味方になることになった。ルシア、異端児と接触。異端児に気にいられる。【イケロス・ファミリア】と敵対し、窮地に現れ、数々の異端児を救う。タレイアには伏せ、【イケロス・ファミリア】を滅ぼす。【イケロス・ファミリア】の団員はギルドへ送る。半怪物が役に立った瞬間。複雑。

タナトス達がいなくなり、路頭に迷うバルガはクノッソスの有用性を訴えたルシアにより、ギルド公認でクノッソスを建造し続けることになる。無所属。オリヴァスはとっくに捕まっているため【ヘルメス・ファミリア】の犠牲は無い。

ルシアはリョーカを育てる上で暴力を選択し、リョーカの親友である希少種族鬼人の威吹鬼を虐待するようになる。リョーカはルシアの言いなりになり、ルシアは都市に演説した際に千里眼と半怪物のことをバラしたため、都市に拒否られないようにリョーカに自分を虐待するように言う。リョーカは拒否したが、威吹鬼に暴力を振るうことで従わせ、強制的に虐待させる。ルシアは威吹鬼に悪魔と呼ばれる。

タナトスだけは、ヒュプノスが交渉し、ルシアからヒュプノスの手に渡った。

 

 

閑話・円卓編:ガリウス・グラウェインが【バルドル・ファミリア】に加入する。アストレアがバルドルと交渉。アリーゼがアイラ・ベディヴィエルを偽って、【バルドル・ファミリア】に加入。【バルドル・ファミリア】が団員募集をする。キリエ・スロットル、ユウカ・パシヴァル、ラン・トーリスタ、シロウ・ライオネルが加入。ルシアが円卓を作る。第十席まで埋まる。

ガリウス、ユウカ、ラン、シロウはリョーカ派。ユウカはルシアを悪魔と呼ぶ。ルシアは甘んじて受け入れる。悪魔にならないと、救えないものがある。

暗黒期にてリョーカが助けた狼人の子供、スズネリア・モルドレッドがルシアの前に登場。リョーカは彼を養子にしたいと言い、スズネリアもリョーカの子供になりたいと述べる。ルシアは予言によりスズネリアが【バルドル・ファミリア】を崩壊させることを知り、追い出すか殺そうとするが、バルドルの説得によって考え直す。その間にまた予言が訪れ、竈の神の神格と白い兎の到来を予言する。ルシアはスズネリアをヘスティアに預けることを考えつく。彼女の神格とベル・クラネルの性格がスズネリアの人格を矯正すると考えた。スズネリアに対して、【ヘスティア・ファミリア】に一年以上所属したのなら【バルドル・ファミリア】への加入を認める契約をする。スズネリア、渋々承諾して【ヘスティア・ファミリア】最初の団員となる。迷宮探索はキリエとパーティを組んで行う。キリエはスズネリアの教育係。彼女はリョーカ派でもなく、ルシア派でもない中立派。人格者にして、元【ガネーシャ・ファミリア】。シャクティの差し金かと入団試験の時は疑ったが、本人曰くより多くの人の役に立ちたいと思っており、【バルドル・ファミリア】の掲げる『黒竜討伐』と『迷宮完全攻略』に貢献したいため加入を望んだ。紳士的な性格で女性にモテる女性。ナンパ従者のマリウスと女たらしのキリエ。

 

 

原作編:ベル・クラネルがオラリオに訪れる。ルシアの助言により、ヘスティアが彼に出会いにいき、ベルは【ヘスティア・ファミリア】に加入する。

ルシアの差し金でリューがベルを助け、ベルの憧憬がリューになる。ルシアは事前に予言でリューがベルに惚れるも、様々な理由とベルの恋愛対象がなぜかアイズのみであることを予見していたため、リューの幸せを願って運命を変えた。

ヘスティア・ナイフが出来上がる。怪物祭が開催されるもアクシデントが起きる。遠征から帰ってきた【バルドル・ファミリア】が対応。ルシアの千里眼で全ての状況を把握し、騎士たちが各所で対応する。スズネリアがヘスティアを助けに行くも阻まれる。

【ロキ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】が女神タレイアを警戒する。タレイアがルシアに二大派閥の対策を依頼。その程度が出来なければルシアの望みは果たされない、交渉は決裂だと脅される。ルシアはタレイアと契約関係にあるというアマゾネスの怪人ペンテシレイアを貸してもらう。作戦を考える。

ベルがリリと出会う。スズネリア、【ヘスティア・ファミリア】に帰ってくる。ベルはヘスティアから聞いていた、先輩の話。いつか会えると。馬鹿にされた時もスズネリアに会いたいと思っていた。スズネリアはベルを気に入り、二人は仲良くなる。ベル、スズと呼び合う仲に。リリがヘスティア・ナイフを盗む。リューが取り返す。スズはリリの事情に気づき、リリが冒険者や【ソーマ・ファミリア】に傷つけられている場面で助ける。本人曰く、自分が通る道で気分の悪い光景があって機嫌を損ねただけであって助けた訳では無いらしいが、リリは人を分析することにも長けており、スズにそんな人間性はないと見破る(本人に指摘はしない)。

スズがリリのことをルシアに相談。ルシアが労働契約書を提案する。スズはリリのことを規定の力で解決する。ベルはリリと仲間になる。

ルシアが対【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の作戦を決行。しかし、ペンテシレイアの性格を読み誤り作戦は失敗。ルシアが運命を変えたことにより強くなり、在り方もヒロインではなく英雄へと変革させていっているリュー・リオンがルシアの知らないリューとなりLv.5相当で格上であるペンテシレイアを打倒する。ルシア、タレイアに苦言を呈される。聞こえないように「黙れ。クソが」と悪態をつく。この失態は自分の身体で返したらどうだと言われ、ルシアは獅子の仮面を被り、リチャードとなってリュー達の前に立ち塞がる。竜人形態でもルシアはLv.6相当、杖を使わず剣で対峙する。ルシアが【アストレア・ファミリア】【花弁】時代に作ったルシアが素材となった剣、カリバーン。ルシアとリョーカしか扱えない。半怪物であることを利用して怪人リチャードを装うルシア。フィンも騙される。剣士、怪人それはルシアの印象と乖離している。リチャードとして現場に出たルシアにタレイアは低く評価して帰る。リューVSリチャード(ルシア)、出現時にアリーゼが逃げることを提案したが、もう遅い。リューも察知している。広すぎる間合い。背を向ければ死ぬ。リチャードが動き出す。凄まじい剣術でリューを追い詰めていく。剣術だけかと思いきや剣術を囮に剣で気を引き、剣を捨て、空いた腕でリューの身体を自身の身に寄せて拳や蹴りを入れる。ルノアから習った格闘戦術。リューは一方的にやられ、アルヴス・ルミナを落とす。それを拾い上げるリチャード。二刀流に目を見開くリュー。が、ルシアに二刀流の心得はない。相手がリチャードに対して何の情報を持っていないことを利用したブラフ。双葉を抜いたリューに接近。木刀を振るうと見せかけて宙で手放し、カリバーンを振り下ろす時間差攻撃。リューは回避したが、木刀はカリバーンが勢いのままにたたき落とした。落下点にルシアの足。蹴りあげて木刀の予期しなかった動きにリューは対応できず顔面を強打。そこから剣を鞘に収めてひたすら峰打ちの連続を浴びせられる。しまいには殴り飛ばされて壁を突き破って外へ吹き飛び、建物の屋根に跳ねたところに蹴りを入れられて物のように蹴り飛ばされる。最後は動けなくなって地に伏せるリューにゆっくり歩みよって高速で拳を1発振り下ろす。リューは気絶して終わり。リューと回復薬を【アストレア・ファミリア】に渡して二度と女神タレイアに近づくな。他のメンバーは自分ほど甘くないと告げて去る。

リュー・リオン、リチャードに敗北したことを引きずる。リチャードを次の偉業に設定する。

アイズ、黒竜退治を掲げる【バルドル・ファミリア】との因縁。リョーカと戦うも敗北。突如迷宮内に現れた怪人レヴィスにも敗北。レヴィスの言葉に戸惑う。アイズ、悔しい思いを抱えてウダイオスに挑み、ランクアップする。

ルシア、ベルにランクアップを教える。

レフィーヤがフィルヴィスと出会う。タレイアの付き人。二人は仲良くなる。

ベル、リューに修行をつけてもらう。

リュー、アイズと修行する。

【フレイヤ・ファミリア】、警告する。

【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】、【ヘファイストス・ファミリア】が遠征に行く。

ベルがミノタウロスと戦う。リュー・リオンの助けを拒む。ベルがランクアップし、レコードホルダーとなる。

ルシア、【アストレア・ファミリア】崩壊の予言の時が近づいたと勘違いして暴走。タレイアに相談するも今できることは無い。あるとすればいずれ邪魔になる英雄候補を今のうちに始末することと言われ、英雄候補を教えてもらう。英雄候補はオッタル、アイズ、フィン、リュー、リョーカ、ベル。ルシア、ベルに惚れている。が、野望の方が優先。【ロキ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】に向かったりするも遠征のため留守。ぶらついて出会った英雄候補に勝負を仕掛けようとするもベルと出会ってしまい、アイラ(アリーゼ)の制止を聞かずにベルと迷宮へ行き、勝負を提案する。戸惑うベル。ルシアはベルの抵抗を許していて、自分の事情でベルを一方的に殺すのは良くないと考え、せめて戦った末の結末に全てを委ねるつもりでベルに戦えと迫りながら攻撃する。ベルは戦わない。ルシア、アイラに止められて戦いを辞めるも、次の英雄候補を求めて満身創痍で歩き出す。が、誰も出会えず、予言の時が来たのは勘違いだと自分で発覚する。タレイアに問いつめたところ、遊ばれていたと知り、発狂。偶然会ったスズネリアと話し、自分は疲れていたことを知って暫く休息を取る。マリウスを付き人にして水浴び。

ヴェルフが登場。ベルと直接契約をし、仲間になる。

ベルのパーティが中層に挑んだ結果、パスパレードされ、18階層に逃げ込む。逃げ込んだ先でリューに救われ、【アストレア・ファミリア】の遠征に匿われる。アリーゼはアイラとなって脱退しているため、仮の団長は輝夜。副団長がライラ。ルシアは知らない。ギルドの登録は変わってない。

ヘスティアによる捜索要請に【タケミカヅチ・ファミリア】と【ヘルメス・ファミリア】が参加。スズネリアによってキリエが巻き込まれる。ルシアも登場し、参加すると言う。スズネリアの矯正のためにベル・クラネルに死んでもらっては困る。それと1ヶ月でランクアップした秘密を知るために情報を抱えたまま死なれては困るため。が、本当は正義心から。彼女だって【アストレア・ファミリア】。

ベル達と合流。桜花の態度にスズネリアが説教する。桜花の行動は間違っていなかったかもしれないが、それで開き直り謝罪をしないのはまた別の話。礼儀として、良好な人間関係の必要性を説き、ルシアが表情には見せないが驚く。ヘスティアとベルの矯正効果は、これ程までか。

18階層に黒いゴライアスが出現。リヴィラの冒険者、【ヘスティア・ファミリア】、【タケミカヅチ・ファミリア】、アスフィ、ルシア、キリエ、ヴェルフ、リリが戦闘。全員の協力で討伐に成功する。ドラゴン(竜化)として戦う姿も【アストレア・ファミリア】の前以外で初めて見せる。2回目。

地上に戻った後、フィルヴィスの異変に気付いたタレイアがルシアにフィルヴィスを試すように誘導する。【ロキ・ファミリア】はまだタレイアを警戒している。フィルヴィスに対し、怪人エインと呼び接するルシア。フィルヴィスが試される。フィルヴィスの望み、自己蘇生の為にレフィーヤと敵対する覚悟。リチャードとして先に戦い、フィルヴィスを誘うが、フィルヴィスは拒否。レフィーヤと一緒に戦い、アイズの介入でリチャードを退ける。

リュー・リオン(修行済)、リチャードと再戦。勝利してLv.6となる。ルシア、誰もいないところで荒れる。偉業全部押し付けやがって。

【アポロン・ファミリア】の策略が始まるも、スズネリアが荒っぽい性格とは裏腹に論でルアンを説き伏せ、その上キリエまで介入し、衝突を回避する。

それでも尚、【アポロン・ファミリア】は【ヘスティア・ファミリア】に戦争遊戯を申し込み、応じなかったため、襲撃を受ける。

スズネリアが何とか解決しようと奔走するが、ルシア・マリーンによる妨害を受けて戦争遊戯が成立してしまう。

由縁ある冒険者たちが【ヘスティア・ファミリア】に集結。助っ人としてルシアが擬態した姿、リチャードが参加する。もしくは都市の外に再び出た【ヒュプノス・ファミリア】か、【タレイア・ファミリア】とルシアが交渉し、彼らから一人派遣される。

戦争遊戯に勝つ。ベルがLv.3になる。

 

(オリオンの矢編)

 

アンタレスが出現。【アルテミス・ファミリア】が【ヒュプノス・ファミリア】を協力を要請する。ヒュプノス承諾。二派閥がアンタレスと対戦。敗北し、【アルテミス・ファミリア】と【ヒュプノス・ファミリア】の団員とヒュプノスはテルキュオラの尽力で撤退に成功。しかし、アルテミスは取り込まれ、テルキュオラは殿を務めて置いていく結果となった。ヒュプノスFの副団長が作った魔道具と回復アイテムを全て置いていく。

ヘルメスに協力要請。槍を使ったイベントを開き、ベルの前にリョーカがこれ冒険者がやるやつだ!とウキウキで挑むも近寄っただけで抜けそうになり、挑戦できないことに病んで結局不参加。ベルが抜く。

【ヘスティア・ファミリア】がミッションを受ける。アストレアFもついていく。ルシア達はヒュプノスに要請されて後をつける。

ルシア達(というかヒュプノス達)の目的はアンタレスの捕獲。神と融合したモンスターがとある理由で欲しかった。

対アンタレス戦。アンタレスにたどり着く。テルキュオラは生きていたが、戦闘不能。ヘスティアF達がたどり着いたと同時に力尽きる。ルシア達が乱入し、戦場を横取りする。

ルシアの作戦。アンタレスの捕獲が失敗。リョーカが失神。置いてきたスズネリアとキリエが参戦。3人でルシアの作戦を実施。アンタレスを上空に吹き飛ばし、ルシアがドラゴンになって飲み込む or アンタレスの足場を奪い、ルシアがドラゴンとなって上から丸呑みする。

しかし、攻撃が効かないので普通に負ける。(唯一攻撃は通るリョーカが失神してるので)

ベルが矢でアンタレスを倒す決意を決める。倒す寸前、タレイアが分子の神のアルカナムを凍結を司る神野アルカナムで保存している試験管をルシアに渡していた為、ルシアがそれを用いて奇跡を祈る。

しかし、何も起こらず。原作通りの終わりを迎える。

 

その後、ベルの体調が定期的に悪くなったり、使ったことのない弓矢を上手く扱えたりする。

 

 

ベル、春姫と出会う。【イシュタル・ファミリア】は暗黒期終了時にルシア・マリーンによって崩壊しているため、春姫を難なく仲間に引き入れる。春姫が【ヒュプノス・ファミリア】から【ヘスティア・ファミリア】へ改宗。ヒュプノスは春姫に興味が無いので快諾。

フレイヤがタレイアに接触する。タレイアの計画が目障りだと言われ、特にフレイヤの邪魔にならないというのに忠告されたことにタレイアが冷静に怒る。プライドが高いだけの無能女神が。タレイア曰く、「舞台上の女優が脚本家に喧嘩を売るんじゃない。前代未聞だ」らしい。

タレイアにはマイアという小人族の協力者がいる。マイアは神時代到来の時に恩恵を受けたものの性にあわずLv.1のほぼ初期ステイタスであり、アルバートの時代にて暗殺者として磨いた技術があったが、仲間も家族も失って自殺しようとしていたところにタレイアに技術を見初められて仕事を依頼される。マイアは家族のために暗殺業を始めたが、気づいたらみんな死んでいたと述べ、タレイアはマイアは他者への興味が無くなっており自分の仕事を極めることが本人の全てだと自覚させる。マイアは自分が生涯を費やした仕事がどれほどのものか試すためにタレイアと契約。タレイアの提案で怪人になり、永遠の命を手に入れた。1000年技術を向上させることに。

フレイヤに警告されたタレイアはそんなマイアをけしかける。マイアが【フレイヤ・ファミリア】に接触し始める。マイアは嘘をつかない。オッタルのことが好き。本心。アレンのことが好き。本心。フレイヤ様のことが好き。本心。彼らにはマイアが一般人に見えた。マイアは殺しはできるが、戦いはできない。肉体的にも精神的にも戦う人間に見えない。そして、レアスキルの効果「全てが自然になる」とマイアの技術によって彼らは無警戒だった。マイアの不意打ちによって、アレン、ヘディン、ガリバー兄弟がマイアの技術で無警戒のところへの呪詛武器や魔剣などを用いた必殺一撃を零距離で差し込まれて負傷、彼の技術だけでは第1級冒険者にトドメをさせないことから発現したマイアの魔法はトドメの一撃を肩代わりしてくれるレア魔法であり(ただし1000年熟成の極めた暗殺技術だけで非力で戦闘ができないマイア本人が死の直前まで追い詰めないと発動しないため万能では無い)、それによって6人が殺される(後に二度と戦えない負傷で生還する、戦線離脱を余儀なくされるが退場はしない)。その際、タレイアが役者が退場させる時(地上の神を送還する時や人間を死なせる時)に放つセリフを放ち、フレイヤがタレイアの存在に気付いて慄く。オッタルとへグ二もマイアの標的だったが、オッタルは軽傷で済み、へグ二は相性が良かったため無傷で生還した。

この件を経て、【フレイヤ・ファミリア】は【タレイア・ファミリア】から手を引いた。

【ロキ・ファミリア】がタレイアを警戒するようになる。また、【アストレア・ファミリア】やアイラと関係があり、ルシア・マリーンら【バルドル・ファミリア】について【ロキ・ファミリア】も思うところがあるため、これを機にタレイアがルシアの背後にいるのではないかと睨み、注目する。

【ヘスティア・ファミリア】、異端児と出会う。暗黒期終了時、ルシア・マリーンにより【イケロス・ファミリア】は滅んでいるため、邪魔はないが。【ロキ・ファミリア】との問題は残る。

ルシアがウィーネに気にいられる。優しくてカッコよくて好きだと言われる。ルシアは動揺する。一人になった時にウィーネから向けられた純粋な視線を思い出し、発狂する。悪魔だと言われることは受け入れたが、良い人だと思われては、我に返ってしまえば自分はこれ以上進めなくなる。ルシア、壊れる。

異端児が迷宮完全攻略の鍵になると考えたタレイアは異端児に目をつける。

ルシアが隠していた【イケロス・ファミリア】を知り、タレイアは繁栄を司る神として建築も齧っているため、神の建造物設計図でディックスの呪いを解き、ディックスと交渉の後ディックスを手に入れる。これにて、【タレイア・ファミリア】はマイア、ペンテシレイア、ルシア、フィルヴィス、ディックスの5人になる。とはいえ、誰もタレイアの恩恵は受けていない。古代の暗殺王者マイア。カーリー降臨により国を奪われ復讐に燃える怪人ペンテシレイア。千里眼を有する半怪物ルシア。多彩なエルフ怪人フィルヴィス。ダイダロスを超える建築者ディックス。

ペンテシレイアもマイアと同じく恩恵を持っているが、Lv1ほぼ初期ステイタス。スキルでカーリーやカーリーに少しでも関わるものと接敵した際に強化と狂化がかかる。(発動基準はかなり緩く、元カーリー・ファミリアのヒリュテ姉妹と同じ派閥のリヴェリアに対し、カーリーの匂いがするという理由で暴走突撃するほど)。残念ながら【カーリー・ファミリア】は【ヒュプノス・ファミリア】によって滅ぼされている。団員の殆どは【ヒュプノス・ファミリア】に。

タレイアが異端児を試す。ルシアはタレイアに従い、ウィーネの紅石を砕く。街中でウィーネが暴れる。そこから原作通り。ただし、クノッソス問題は解決してる。【ロキ・ファミリア】の二面作戦は、【アストレア・ファミリア】、【ヒュプノス・ファミリア】との共闘における対【タレイア・ファミリア】作戦へと変わる。ヒュプノス、フィンにルシアはタレイアと繋がっている可能性があると告げる。

勇者がベル・クラネルの影響で変わる。

【ロキ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】、【ヒュプノス・ファミリア】、異端児、フェルズによる連合が結成。

フィンとヒュプノスの策略により、タレイアは足元を掬われる。マイアは戦闘がからっきしということを見破られる。加えて、【タレイア・ファミリア】の基軸はLv.5相当の怪人であり元女王のペンテシレイアでもなく表舞台で目立ち特別感が強すぎるルシアでもなく怪人エインでもない。一番目立たず弱いマイアであることを看破する。

ロキ、アストレア、ヒュプノスの連合はマイアを追い詰めて戦闘に引きずり込む。マイアは自分は戦えないと嘆いて逃げ回る。タレイアが珍しく慌てふためき、ルシア達に命に変えても彼を守れと指示を出す。マイアの資産価値は1300億ヴァリス。代わりなどいない。他の4人の命では釣り合わない。否、現代に生きる全ての人類にも彼より価値のある人間など数える程しかいない。マイアが死に、ここまで9割型冷静だったタレイアが発狂する。ヒュプノスに煽られる。タレイアがブチ切れる。ルシアの機転により撤退。その際にウィーネ達がルシアを目撃し、戸惑う。ルシアも戸惑う。

何とか逃げたもののタレイアは意気消沈し、ルシアも精神が不安定なまま。【タレイア・ファミリア】は空中分解寸前のまま異端児編~タレイア攻略編は幕引きとなる。

 

 

深章厄災編→分裂内紛編:【ヘスティア・ファミリア】は遠征に行った。その背景で【ロキ・ファミリア】や【ヒュプノス・ファミリア】達の連合は女神タレイアを敗った。

計画破綻の危機におぼつかない足取りで都市を歩くルシアは、市壁の上から飛び降り自殺する威吹鬼(武器で心臓を刺した状態)を目撃する。突然の出来事に戸惑うルシア。視線を感じ、まさかと恐る恐る市壁の上を見上げるとそこにはリョーカが。ルシアを見下ろしている。市壁から滑り落ちてくるリョーカ。ルシアは嫌な予感がして逃げる。市壁から離れてギルドへ向かう。だが、リョーカが追いつき、剣を振り下ろしてくる。それに対応するが、リョーカの殺意に怯えるルシア。なんとか捌きながらリョーカを落ち着かせようとするが、リョーカは今まで乗り気がなかった様子と違い、自分の力を使えこなせるようになっており、ルシアを圧倒する(リョーカがLv.7相当になった訳ではなくルシアが万全じゃなかった)。都市が大騒ぎ。騒ぎに駆けつけたアイラがルシアを庇う。リョーカVSアイラ。アイラの正体がアリーゼだとルシアの前で発覚する。【アストレア・ファミリア】が介入。リョーカが足止めされ、ルシアは彼女たちに説得されたとおりに逃げる。

しかし、リョーカ派のユウカ、ラン、シロウがルシアを追跡していた。彼女たちは都市中でルシアを襲う。対応しながら逃げるルシア。【アストレア・ファミリア】を振り切ったリョーカにギルドへのルートを防がれ、仕方なく迷宮を目指す。バベル前広場にて、ユウカ達がルシアを追い詰める。そこに遠征から帰ってきたスズネリアがバベルから登場。ユウカ達が気さくに話しかけるが、スズネリアは至って冷静に会話を返し、ルシアの前に立つ。スズネリアはルシアを守る位置につき、ユウカ達と対峙。ユウカ達が威吹鬼のことを話し、ルシアは殺されるべきであり、守るのであればリョーカの敵になることを警告する。それに対しスズネリアはどっちに着く訳でもなくリョーカを止めてルシアに罰を受けさせると述べる。中立だが、ただ止めるだけでなく、殺し以外の解決の道を示す。が、ユウカ達は納得できない。ルシアを逃がし、スズネリアがユウカ達の足止めをする。そこにマリウスが現れる。マリウスはルシアを心酔している、周知だ。故にルシアが逃げる時間を稼ぐスズネリアに加担するとユウカ達も思ったが、マリウスはスズネリアを不意打ちで斬りつける。驚くスズネリア。マリウスの狙いはルシアを追い詰めてルシアのカリスマ的判断を見届けること。その為にはスズネリアが邪魔だった。負傷しながらもスズネリアはマリウスと必殺でぶつかる。スズネリア敗北。スズネリアが殺されそうな時、そこに【ロキ・ファミリア】が現れる。マリウスは近づけば自身の魔法でバベルを破壊すると脅す。ロキ達は動けない。そこにキリエが現れる。キリエの魔法はマリウスの脅しを無効化できる。だが、タナトスの自爆兵である子供を使ってマリウスがキリエに不意打ち。キリエは子供に剣を抜くことができず、死亡する。リョーカが追いつき、ルシアを追う。ユウカ達とマリウスによって誰も助けに行けない状況。スズネリアが治療間に合わずに死亡。最期にヘスティアとベルに話をした後、死んだらキリエの遺体の隣に並べてくれとお願いして力尽きる。キリエは人が好きだから、スズネリアはキリエを1人にしない。スズネリアの願いを聞いたベルはフィンにお願いしてクノッソスについていく。ルシアは中層でジャガーノートを生み出してリョーカを迎え撃つ。もう殺し合うしかない。そこにベルが乱入。スズネリアが死んだことを伝えるとルシアとリョーカは唖然とする。ベルがスズネリアの願いを伝えると、二人の心に響く。が、殺し合いを辞める気はない。ベルがリョーカと戦う。ベルがリョーカにスズネリアの魔法と必殺技で勝つ。リョーカ、戦闘後、ダンジョンのさらに奥へと消える。いつか時が来れば必ずルシアを殺しにくると言い残して。ベルがルシアに手を差し伸べ、ルシアがその手を取る。が、共に帰ることはなく、ルシアはベルを撒いて居なくなる。迷宮に残ったリョーカの元にはレヴィスが現れる。レヴィスに気に入られたリョーカは彼女と共に行動することになる。

 

地上に戻ったルシアは、ギルドに捕まるユウカ達とマリウス、スズネリアとキリエの遺体を確認する。タレイアに会いにいくも未だにタレイアは喪失から抜け出せていない。ルシアの計画は、【アストレア・ファミリア】を救うことはもう不可能なのではないかという思考が過ぎる。自分を導くタレイアは士気が下がり、バルドルとの契約は【バルドル・ファミリア】崩壊によって破棄がほぼ確定。今まで積上げたものが全て無くなった。このままでは【アストレア・ファミリア】は無惨な結末を迎えることになる。ならばいっそ、楽に滅ぼしてあげることが彼女達の為ではないかという考えに至る。そこに、アリーゼが現れる。ルシアとアリーゼ、二人きり。ルシアの考えを聞き、アリーゼは戸惑い、共感し同情し寄り添うも、【アストレア・ファミリア】を滅ぼすことは容認しない。ルシアだけが奮闘するのではなく皆で協力すればなんとかなるという希望を掲げる。だが、ルシアが【アストレア・ファミリア】と共にいれば時を待たずして【アストレア・ファミリア】は滅ぶと最初の予言で出ている。ルシアはアリーゼの提案を拒否。【アストレア・ファミリア】は滅ぼすと告げる。アリーゼは立ち塞がる。二人の戦闘が始まる。ルシア、アリーゼを倒してしまう。アリーゼはルシアを倒せなかった。ルシアにはアリーゼが倒せてしまった。ルシアはアリーゼを殺してしまったと思い込む。

その足で【アストレア・ファミリア】に会いにいく。【アストレア・ファミリア】を前に完全に壊れて、一線を超えてしまった上に何もかも失った代わりにもう何も失うものがない者の強さを手に入れたルシアが現れる。闇派閥を掃討した時と同じ剣士スタイル。ここでギルドは初めて闇派閥を掃討した剣士の正体がリョーカではなく、ルシアであることに気付く(リョーカだと予想していた。ルシアによって予想させられていた)。【アストレア・ファミリア】の前に現れるルシア。ルシアが運命と戦い、奮闘していたことはアリーゼの潜入調査で全員知っている。だが、明らかに様子がおかしいルシアに戦うしかないと輝夜が判断。ルシアはモンスターとしてかなり強い。輝夜はリューと二人で戦うと告げる。強くなったルシアに輝夜とリューは圧倒される。リャーナとセルティの援護とリューの魔法、輝夜の居合の太刀で一気にカタをつけようとするもルシアは岩石竜の竜人形態になり、輝夜の攻撃を防いで武器を奪い、前に輝夜に習った居合の間合いで居合返しをしてリュー達の遠距離攻撃も全て防いでしまう。この戦闘で初めて披露したリョーカを参考にした斬撃竜の竜人形態も遥かに恐ろしいが、Lv.7相当のドラゴン、都市最強格ヒーラー、剣士としても一流、人型で六つの竜の力を使える竜人形態、さらには千里眼と決めてはならない覚悟を決めた強さがルシアを無敵にしてしまい、【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】、【ヒュプノス・ファミリア】、ルノアは戦慄する。ルシアの必殺攻撃で現場に駆けつけた有力派閥ごと皆吹き飛び、戦場で一人膝をついていないルシアは不敵に笑う。リューとルノアがルシアに再度立ち向かおうとするが、輝夜が止める。撤退をしようと告げる輝夜に反発するリュー。ルシアはそんな彼女たちの様子に殺すのはやめにした、逃げてもいいと述べる。ルシアはおかしくなった。【アストレア・ファミリア】に勝ち、有力派閥も結果が見えて立ち向かってこない。自分は最強だ。なぜ今まで人に頼っていたのか。予言で戸惑ってるところにタレイアが現れ、言いくるめられただけだったことを思い出す。最初から自分一人でやっておけばよかった。他人など要らない。ルシアは自分の力を過信し、迷宮に1人で向かう。

オラリオを背に迷宮入りしたルシア。当然、一人でダンジョンを完全攻略などできるわけが無い。60階層で我を失い、70階層で力尽きたところをリョーカに助けられる。リョーカは気を失っているルシアに苦言を呈しながらも地上にルシアを返す。

目を覚ましたルシアは、定かでは無い記憶で70階層まで行ったことを思い出すが、リョーカの事は全く記憶にない。攻略できなかったことだけは確かで、それも冷静に考えれば当然だとようやく理解して意気消沈する。そこへ一人の男が現れる。見た事のない人物。その男はルシアにバルドルが見つけた千里眼持ちの半怪物はお前かと尋ねられ、ルシアは戸惑いながらも頷く。それを確認して男は言う。

 

「俺はLv.12。スキル【神殺し】を持ってる。黒竜は神を喰った。奴は神竜になろうとしている。神竜になった時、結界を破ってオラリオに現れる。奴の目的は迷宮攻略で自分の力を試すこと。俺とお前で奴が迷宮入りする前に、オラリオに来た時点で奴を倒して殺す」

 

「手伝え、ルシア」

 

と。

ルシアは、目の前の男がタレイアが作った唯一の眷属で、バルドルが言っていた「『今の』黒竜を『殺す』術」であると気付く。その存在を予測はしていたが、まさか当たるとは。というより色々ありすぎて忘れていた。

ルシアは戸惑いながらもその手を取った。

 

原初の竜でも友達が欲しい 完結

 

 

 

黒竜編

 

①タレイアが唯一契約した眷属ナガト・レン。そしてレンと契約したルシア。レンはルシアに問われて自己を紹介する。神時代にて、タレイアとレンは『タレイアが思い描く繁栄を実現すること』/『何者でもない孤児だった自分から神になることで少なくとも自己を神であると言えるようになること』を条件に契約を躱し、神になりたい想いからレンにはリアリス・フレーゼが発現する。急速にランクアップするレンが無謀にも階層主にソロで挑んだ時にフィン、ガレス、リヴェリアに助けられ、【ロキ・ファミリア】とパーティを組んだ。その中でレンはリヴェリアと仲を深め、タレイアがレンを利用していると考えた【ロキ・ファミリア】はタレイアに挑み、彼らを分断する。が、タレイアが行方を眩ませた為、改宗は出来ず、レンがLv.3→Lv.5になったのを機にタレイアが魅了でレンを取り戻す(偉業を達成する為に一時的にわざとレンを手放した)。後に【ゼウス、ヘラ・ファミリア】と接点を持ち、闇派閥や三大クエストと対立して、Lv.11になったレン。最後に【ゼウス・ヘラファミリア】と戦い、Lv.12に。神になる条件の最初のひとつを達成したレンだが、タレイアに契約を破られ、神殺しのスキルが発動。タレイアと縁を切り、神を皆殺しにしようと旅に出るが、欲望の神オーズと出会い、彼と過ごす中で考えが変わり神殺しはやめる。この時にバルドルとヒュプノスに出会っている。が、旅の途中、【ゼウス、ヘラ・ファミリア】が封印を解いた黒竜が彼らの元に現れ、Lv.12のレンが戦うが傷1つつけることができず、オーズが黒竜に食われてしまう。オーズを食った黒竜は身体に異常をきたし、退散。レンはヒュプノスに責められるが、その後に3人は黒竜への復讐を誓う。オーズを食った黒竜は黒神竜になると予想するヒュプノス。神の力を備えるならば、神殺しのスキルが有効と考えたレンにより、バルドルとヒュプノスの間でも「『今の』黒竜を『殺す』術は持っているが、『倒す』術は持ってない」という共通認識を持つ。黒神竜討伐同盟を組んだ3人は、役割を分ける。レンは『黒竜を殺す』役割。ヒュプノスは『他の連中に邪魔をさせない』役割。バルドルは『黒神竜を倒す者を探す』役割。

 

②そして、現在に至る。ヒュプノスはロキ以外の全てを沈黙させ、フレイヤはタレイアに潰された。バルドルは、大英雄になる可能性を僅かだが秘めるリョーカを手に入れ、恩恵とは別のモンスターとしての強さを手に入れたルシアと協力関係を築いた。しかし、タレイアの計画が破綻、バルドルの派閥が崩壊した今、ルシアとバルドルの契約は破綻。故に、レンがルシアと直接交渉に来た。ルシアは条件を提示する。Lv.12の力があれば、迷宮の攻略ができると考えた。タレイアと計画していた内容の復元が可能。ルシアは『黒竜を倒すのに協力する代わりに倒した後に迷宮の攻略を共にすること』を提示、レンは『黒神竜と戦って生きていたらな』と手を結ぶ。

 

③新たにレンと手を組んだルシア。彼女はまだ壊れたまま。タレイアとの契約が実らなかった時に1人でやった方がいいと豪語した癖に、また懲りずに他人に利用されるルシアにフィルヴィスが止めに入る。ルシアVSフィルヴィス。Lv.7相当の半怪物とLv.7相当の怪人の対決。フィルヴィスとなんとか共倒れに持ち込んだルシアは逃げようとするが、そこに【ロキ・ファミリア】が参戦。アイズ、フィン、ベートを相手に圧倒。なんとかルシアはレンの元に帰ってくる。

 

④ルシアは自身の強化を試みる。ドラゴンとしてはこれ以上強くなるのは難しい。ので、冒険者としてランクアップをしたい。そこで、テルキュオラが標的となる。【カーリー・ファミリア】を人質に取られたテルキュオラはルシアが人脈で味方につけたザルド、アルフィアと戦う。ルシアに提示された条件を飲んだテルキュオラはLv.8になっている。故に、ザルドLv.8、アルフィアLv.7と対等に戦える。互角に戦う様を見て、めんどくさくさそうにイライラしながら溜息をついたルシアが参戦。3対1でテルキュオラは敗北。ルシアがトドメを刺し、ルシアはLv.4→Lv.6へ。

 

⑤黒神竜がオラリオの中心に出現。ルシアは千里眼で、レンは神の気配で気付く。が、現場に行っても見当たらない。そこで気づく。黒竜は人型に、人間に、神に近い姿になっていた。

黒神竜に勝負を仕掛けるレン。が、全く歯が立たない。死にかけるレンの前にルシアが参戦。が、即座に瀕死になる。

ルシアの存在の全容に気付き、自身の目的の邪魔になると思い、黒神竜はルシアを殺そうとする。そこに、迷宮から現れたリョーカが出現し、ルシア殺害を防ぐ。ルシアを殺すのは自分、誰にも殺させはしないと告げて参戦。

Lv.9相当の大英雄リョーカ。恩恵はもうない。それでも黒神竜に倒される。

ルシアが自身を回復。レンとリョーカを回復。3対1。それでも、負ける。

 

⑥ヒュプノスとバルドルが参戦。黒竜への復讐以外どうでもいい彼らは迷宮への影響などお構い無し。アルカナムを使い、黒竜を倒そうとする。が、黒竜はオーズの神の力を使える。即座に形勢は逆転。レン、ヒュプノス、バルドルが負け、5人が地に這う。

黒神竜は邪魔者が居なくなり、自身の目的、大英雄アルバートに負けたことで傷つけられた自尊心を取り戻すために迷宮を攻略する『挑戦者』を名乗り、迷宮攻略に行こうとする。が、レンが立ち上がる。忌々しそうに見る黒竜。

 

⑦黒神竜に挑むレン。何度も負け、何度もルシアに回復され、何度も挑む。このままではレンが死ぬ。それを悟ったタレイアは協力するか躊躇う。

他の派閥は戦場の次元が違いすぎて手を出せない。彼らの存在と目の前のレン達がしつこい為、黒神竜はその辺にいた女に自身の子を孕ませ、一瞬で出産させ、その子らに恩恵を与える。そして、黒竜、恩恵、神の力を備えた量産ドラゴン7体がオラリオを襲う。【ヘスティア・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】&【ガネーシャ・ファミリア】、【カーリー・ファミリア】、そしてオラリオ全勢力。そこにオッタルとへグ二以外機能していない【フレイア・ファミリア】、アルフィアとザルドが参戦するも、常に劣勢。

 

⑧オラリオが激戦になる中、黒神竜と空中戦に移るレン・ルシア・リョーカ。ヒュプノスとバルドルは手を出せない。

地上で追い込まれる【ロキ・ファミリア】が見たのは、空の黒神竜が砲撃を行おうとしている姿。それをレン、ルシア、リョーカが最上技で防ごうとするが、爆散。

地上に降ってきた3人は戦闘不能。

黒神竜が降り立つ。

 

⑨レンにトドメを刺そうとする黒神竜。黒神竜は未だ無傷。タレイアが決断する。レンのステイタス更新。タレイアは神殺しのスキルに拒絶されて消滅する。が、タレイアの持っていた分子を司る神のアルカナムを凍結を司る神のアルカナムで保管していた試験管が解放。レンとタレイアが分子レベルまで分解された後、結合。融合する。

Lv.13となったレンは黒神竜を圧倒。黒神竜を討伐し、その残骸や素材が残る。タレイアは消滅。レンはただの人間に戻る。

 

⑩リョーカを労いに行くルシア。が、リョーカは大英雄化を目的に散々利用された挙句、勝手に期待できないと評価された上に黒竜にかすり傷をつけられれば良い方と言われていたが、実際はかすり傷すら付けられなかった事実に癇癪を起こす。満身創痍のまま迷宮へと帰る。

それをただ見届けるルシア。疲弊しすぎてただ放心する。それを目にしつつ近づけない【アストレア・ファミリア】。

 

 

 

絶対存在(アブソリュート・デア)

 

①オラリオが復興する中、レンは燃え尽き症候群に。契約を破られたルシアは激怒する。

 

②レンが突然、姿を眩ませる。そして、次に現れた時、タレイアは消滅したのではなく、自身の中にいるとオラリオに宣言する。さらに、自身は超越存在(デウス・デア)を超えた絶対存在(アブソリュート・デア)だと告げる。ランクは恩恵の最大ランクLv.12を超えたLv.13相当。レンとタレイアは迷宮を完全攻略し、その力を手にし、世界を滅ぼし作り替えると声明を出す。オラリオと世界はレンを新たな敵と認識する。

 

③レンがダンジョンが送り出した刺客に敗北し、死に至る。レンが死に迷宮攻略が絶望的になったことにルシアがさらに壊れる。レンからタレイアを摘出し、他レイアを味方につけて、ルシアはオラリオに宣戦布告する。ルシアは黒神竜のドロップアイテムを口にし、Lv.12相当に。迷宮の竜系モンスターを黒竜化して従え、オラリオを脅かす。ルシアはロキ、ヘスティアを人質に取り、アイズとベルを焚きつける。都市の外に彼らを誘い出し、ロキとヘスティアを使って彼らを絶対存在(アブソリュート・デア)にすることを目論む。

ヒュプノスはルシアに敵対。バルドルとリョーカはルシア側につく。リョーカの目的はルシアの目的を達成寸前まで持っていき、希望が掴めそうな時にその芽を摘み取ることで復讐を完了することなので。

 

④ルシアが奮闘する中、オラリオの全ての戦力が集中した都市外の戦場に、死体が確認されたレンが降っておりる。レンは仮死状態になっていただけ。戸惑うルシアの隙をついてルシアに致命傷を与える。

タレイアがレンに寝返る。レンとタレイアは絶対存在となり、一時的に退場したのはルシアの黒竜化に乗り出すと考えたから。狙い通り、ルシアは黒竜となった。

これで、Lv.12の人間、神、最上位のモンスターの3種が揃った。タレイアの理論の完成。この3種を分子レベルに分解、再結合で絶対存在第2形態となる。そのランク、Lv.14相当。

 

⑤ルシアが取り込まれ、取り戻す為にリョーカ(Lv.9相当)が挑むが瞬殺で敗北、地を這う。

絶対存在第2形態の出現により、刺客を送り出すも、レンは一瞬で倒し、それを取り込むことでLv.15相当になる。刺客が敗れ、ダンジョンはアイズを強化してコントロールし、アイズを精霊王とする。アイズのランクはLv.14相当。

が、ランクが1つ足らず、敗北。アイズは正気に戻り、Lv.14の力を手に入れる。

ダンジョンはレンを排除しようと地面から力を送り込むが、それを吸収されてレンはLv.16相当に。これにて、タレイアの理論、『絶対存在(アブソリュート・デア)最終形態』が完成する。

 

⑥彼らは宣言する。モンスターであるルシアも取り込み、絶対的な力を手に入れた為、迷宮の完全攻略と最下層に辿り着く権利を得た。迷宮を完全攻略してその力を手に入れ、世界と天界を一度滅ぼし、再度自分の望む世界を作ると。

レンの望む世界は『ロキ、フィン、ガレス、リヴェリア、オーズの夢が叶い、幸せになっている世界』。タレイアの望みはもうほぼ達成済み。自身の理論と繁栄を実証し、彼女にとっての最高神であり父神ゼウスを超えること。

彼らは告げる。自身らは無能。故に、油断はしない。お前たちは奇跡を信じるだろう。確かにそれは起こるだろう。だが、その可能性は摘み取る。常に全力で妨害する。オラリオと世界を軽視しない。必ず出し抜かせない、と。

 

⑦最終形態になったレンとタレイアの宣言に、焦燥するアイズ。今、絶対存在と同等の領域に到達しているのはアイズだけ。フィンやリヴェリア、ロキの言葉も無視して1人で立ち向かおうとする。が、適う筈もない。

そんな時、レンは宣言通り、オラリオと世界を軽視していない為、先に彼らを倒すことを掲げる。そこで、仲間を1人増やす。謎の人物。その怪人はLv.7相当の力でアイズ以外を圧倒する。

【ヘスティア・ファミリア】はその正体を見る。正体はスズネリア。ベルが何故敵対するのか問うが、無視して攻撃してきた。

 

⑧復活したスズは強い。オラリオの戦力を尽く倒し、全快ではないオッタルが悔しがる。

しかし、ザルドLv.8には勝てない。

ベルがスズと戦うことを決意するが、体調が優れない。夢に謎の声が響く。

スズがベルを気にする。

 

⑨レンは自分の力だけでは迷宮を攻略できないと予測する。少なくとももう1人絶対存在の最終形態が必要と。そこで、ベル・クラネルを候補にあげる。彼ならば、成長速度も早く神の力で無理やりLv.12にしなくても勝手に自身の力で到達する。それに最上位のモンスターになる可能性を秘め、意思疎通もでき、ベルと相性もいいアステリオスがいる。あとはヘスティアがいればできあがる。

スズにそれを伝え、ベルを絶対存在にするよう誘導するように指示し、スズは承諾。

 

⑩レンがベルの前に現れる。ベルがレンに挑む。が、オラリオ中がベルには期待せず、無謀だと視線を向ける。ベルは体調不良で膝をつく。

こいつはダメだと認識したレンは溜息をついて分子のアルカナムが入った試験管を仕舞おうとするが、それをスズが強奪。ベルに譲渡。

スズがレンの攻撃を受けながら告げる。アンタレス討伐時、ベルはアルテミスと融合した。が、条件が合っていなかった為、アルテミスがウイルス的な作用として働いてしまい、潜伏期間を終えてベルは体調不良になっている。

故に、もう一度分子レベルまで分解し、再結合すればアルテミスと改めて正しく融合できる。これでベルは最強無敵だぜと告げる。

戦闘タイプの神ではないヘスティアとの融合ならば自身らと同等になることはあってもそれより強くなることは無いというタレイアの考察で、ベルの絶対存在化を許していたレン達にとって、戦闘タイプのアルテミスとの融合は認められない。妨害しようとするもスズが邪魔をする。スズが倒され、ヘスティア・ファミリアに復帰。一時敵対していたが、それは神の嘘を暴く力を絶対存在になり神を超越し神ではなくなったタレイアの隙を突き、嘘をついていた。

スズネリアは、「俺は永劫ヘスティア・ファミリアだぜ!」と宣言する。

ベルが融合に成功、アステリオスも取り込み、絶対存在最終形態Lv.16相当に。オリオン・オックス・アルゴウェスタでレンを敗北に追い込む。

 

⑪スズネリアの裏切りを経て、タレイアは考えを巡らせる。もう1人の最終形態候補からベルを消し、ベルを倒すことを決断する。すると、オッタルを退場させたのは失敗だった。後悔する。が、自身らが無能なのはわかっていたことなので、レンは許容する。

レンはリューに目をつける。ルシアの改変でリューは英雄候補になっている。リューはレンに『ルシアの返還』を引き換えに『アステリオスを倒す』ことを提示する。アステリオスを倒せば、ベルがLv.16相当になることはない。代わりのモンスターなどそうそう居ない。これがタレイアの新たな考え。

戸惑うリュー。ルシアを天秤にかけ、悩むがまず前提としてアステリオスはLv.7相当で自分が勝てる相手ではないということに気付く。それを尋ねたが、タレイアは問題ないと告げる。彼らとリューが契約を結ぶ。

リュー・リオンは神の力によってLv.12に。

 

⑫リューがアステリオスの前に現れる。不意打ちをしなかったのはリューの誠意。アステリオス、感心する。二人は会話は不要になり、武人としてただ対立する。リューは自身はベルとは関係ない。ヘスティア・ファミリアではなく、アストレア・ファミリアだと告げる。2人が衝突。そこにジャガーノートの異端児が参戦。ルシアに討伐され、ルシアへの復讐としてアストレア・ファミリアの壊滅を狙っている。故に、リューも対象となる。

リューは2体を圧倒するが、逃げられる。(フェルズが撤退させた)

 

⑬タレイアがリューに失望し、リューが顔を顰める。

その裏で、スズネリアは迷宮深層に住むリョーカの元に現れる。スズは黒竜のドロップアイテムをリョーカの前に持ってきた。絶対存在が環境を支配する中、自分達もその領域にたどり着こうと提案する。リョーカは強さに行き詰まっている上に打倒レンを掲げてルシアの奪還を狙っていたので乗る。リョーカとスズの再会。リョーカが復讐に囚われて以降、初めて外面の高圧的な口調ではなく、本来の穏やかな口調を見せる。

黒竜の素材をできるだけ深い階層のモンスターに食わせ、黒竜クラスを5体用意した。それを倒して、魔石を食うことに狙う。

が、共に行動していたレヴィスに正気を疑われる。

 

⑭リョーカ達は黒竜を6体討伐し、その魔石を手に入れる。ギリギリの戦いだった為、手に入れた魔石のうち2つは砕けてしまった。だが、その破片も効果があるので食べようということになる。

さて、どういうペースで食べようかという話にレヴィスが持っていこうとしたのより先にリョーカが2つ+砕けた1つ、スズが1つ+砕けた1つを飲み込んでしまう。

案の定、二人は絶叫。スズネリアが暴走し、レヴィスは2人を即座に見捨てて魔石を1つ取り、退散しようとするが、遠目で見ている中でリョーカは微動だにしていないことに気づく。

剣を地に突き、意志を感じさせるリョーカ。力を増したスズネリアが階層を破壊して生み出したジャガーノートを瞬殺してリョーカは意識を取り戻す。自身も支配されそうになりながら凄まじい執念と精神力で耐え、スズネリアに訴える。貴方の掲げるものがあれば乗り越えられる。乗り越えられないのならその程度。その程度だったのか。ここで無様に醜態晒すならもう一度死んでしまえ。戻ってこないなら自分が討伐すると。

スズネリアはリョーカの言葉を受けて、自我を取り戻す。

 

⑮リューに呆れたレンが直接アステリオスを討伐しに行く。アステリオスとジャガーノートがフェルズの制止を振り切って対立しようとしていたところにスズネリアが現れる。

スズネリア、リョーカ、レヴィスが勝負を仕掛ける。懲りない奴らだと呆れるレンだが、戦闘能力に驚く。

そして、タレイアが傷つく。スズはLv.13相当、リョーカはLv.14相当、レヴィスはLv.12相当になっている。リョーカは怪人になり、彼らは魔石を食った。だが、ただの魔石じゃない。黒竜の魔石だと。

レンは撤退し、3人は消化不良で終わる。

 

⑯ベルが自分より強くなった。その事を知り、安堵するアイズ。だが、悔しい気持ちもある。彼と手を組もうとするが、アステリオスの弱点を知り、彼を守る必要があると知り、戸惑う。異端児を守ることは容認したが、アステリオスはまだ悩む。

悩むアイズの元にレンが出現。敵の戦力が増し、脅威に感じた為、積極的に倒しにきた。アイズは押され、負けそうになった時にリョーカとスズネリア、レヴィスが乱入する。また同じ面子に鬱陶しさを感じたレンが逃げる。

アイズ、ここでリョーカ達が強くなったことを知る。

 

⑰リューを倒したいというジャガーノートの要望にアステリオスが承諾する。リューに勝負を仕掛ける2人。そこに、【アストレア・ファミリア】が参入。【アストレア・ファミリア】はジャガーノートに勝負を仕掛け、Lv.7の輝夜はリューにアステリオスを倒してルシアを取り戻せと告げる。

が、輝夜がジャガーノートに負けて瀕死に陥る。それを見てリューが焦燥。ルミノス・ウィンドでジャガーノートとアステリオスを撤退に追い込み、輝夜を心配するも、レンと契約した身の為、無言で立ち去る。

 

⑱輝夜が危篤だ。ルシアの全癒魔法でないと彼女を治せないとアミッドは判断する。(フェルズなら治せるが、フェルズとの繋がりを持っていないし、フェルズ側から助ける程輝夜は彼らに認知されていない)。リューはルシアと輝夜を天秤にかけて項垂れる。

一方、ルノア・ファウストはルシアがレンに取り込まれるのを見た時からずっと悔しがっていた。自分に力があったら。そう思う。だが、デメテルにステイタス更新してもらってもLv.4。羊皮紙を抱えて項垂れる。ルシアを想う彼女を見て、デメテルと【デメテル・ファミリア】はとある決心をする。

 

⑲突如、タレイアの元に訪問してきたデメテル。タレイアは無警戒。レンは睡眠中。彼女のような驚異にもならない存在が何をしに来たのか、タレイアは嘲笑する。レンと違ってタレイアは宣言とは裏腹に慢心していた。タレイアは既に目的をほぼ達成していたのでレンよりも意識が低い。所詮自身らの目的の為に契約しただけの関係。互いに利用し合うのは非効率敵だと気付いただけ。

デメテルはタレイアと言葉を交わしながら分子のアルカナムを1つくすねる。

 

⑳デメテルがルノアに分子のアルカナムを見せ、自身との融合を提案する。そんなことできるはずがないと拒否するルノア。しかし、デメテルと【デメテル・ファミリア】は既に覚悟を決めていた。自分のような汚れた存在が彼女と1つになっていいはずが無い。だが、彼女達の想いとルシアへの想いで天秤は傾いた。

一方、自身らの本拠(ホーム)に久々に帰還したリョーカとスズネリアの元にアイズが訪問してくる。手を組んで欲しいとの提案。突然の推しの訪問にリョーカさんは外面で何の用だと尋ねるが、内心はクソ動揺してて手に持ってたものを落してる。

 

㉑アステリオスを狙うレンの元に【ヘスティア・ファミリア】が現れる。ベルがLv.16相当に。レンを圧倒する。【ヘスティア・ファミリア】もただ見てるだけでは無い。ヴェルフが魔剣を振るって援護する。そこにスズも参戦。ヘスティアF全員集合。スズの提案でレフィーヤに魔剣を持たせる。有効。【ヘスティア・ファミリア】VSレン。勝てそう。【ロキ・ファミリア】やリョーカ達が様子を見る。

そこに、ルノアが現れる。雑魚が紛れてきたことにレンが溜息をつくが、タレイアが気づく。彼女から神の気配を感じると。

デメテルと融合し、絶対存在Lv.13相当になったルノアが殴り掛かる。土俵には立ったとはいえ格下の彼女にレンは適当に相手するが、徐々に攻撃が入り、訝しむ。

そして、遂に、懐に拳を打ち込まれ、レンは戸惑った。そこでタレイアが気づく。ルシア・マリーンとの適合系数、それがレンよりルノアの方が高い。つまり、ルシアがレン達と分離し始め、ルノアとの融合に導かれている。融合が溶け始めてることでルノアの攻撃が通用しているのではなく、レン達が弱体化している。

ルノアが最後に叫びながら拳を入れたことでレン達の意識が戦場に向き、ルシアとの融合が解ける。

解放されたルシア。吹き飛ばされたレン(Lv.13相当)とルノアを交互に見る。

英雄なんざに頼る必要はねえ。自分の欲しいモンは自分で手に入れる。ルノアの勝利。

この戦闘を見たリヴェリアが倒されたレンを見て複雑な気分になる。

 

㉒ルノアによってルシアが解放され、レンが撤退する。リョーカはその様子を見ていたが、踵を返す。スズネリアが、リョーカの目的を考えると疑問な行動だった為、問うが、返答はあまりない。

解放されたルシアは周囲を見渡して何かを考える。寄ってきたルノアの名を呟くも、何故か謝罪してルシアは立ち去り、ルノアは戸惑う。

ルシアは、輝夜の病室に行き、輝夜を治療。その後、姿を眩ませた。

 

㉓Lv.13相当にまで力が落ちたレンを倒すなら今。【ロキ・ファミリア】はアイズと一緒に彼を倒すことを会議する。が、フィンは分かっていた。アイズにただ彼を倒させるのは複雑に思っているリヴェリアのことを。フィンはそれを指摘し、それをどうするかは自分で決めるべきであり、その為には君にも力が必要だと訴える。

デメテルがくすねた試験管はひとつでは無い。ロキは1つ譲り受けていた。それを提示して、フィンは既に相談済みでリヴェリアがロキと融合すべきだと告げる。リヴェリアは反論するが、言い丸められ、絶対存在となる。

 

㉔姿を見せないルシアにルノアが頭を抱える。同時に、まだ敵の手の中にいるリューも疑問だ。輝夜も、リューが気がかり。

【ロキ・ファミリア】はレンに勝負を仕掛ける。逃げようとするレンだが、アイズに阻まれる。しかし、アイズは一向に挑んでこない。訝しんだレンに、フィンが君の相手はリヴェリアだと告げる。レンが顔を顰めた後、まさかと顔を上げる。そこにはロキと融合してLv.13相当になったリヴェリアが。同じレベル、同じ土俵でリヴェリアは語りたい。

リヴェリアの問いに戦いながらレンは答える。リヴェリアはレンが叶えようとしている世界など自分は求めていないと告げる。だが、レンは空っぽだった自分にとって自分の全てはロキFの初期4人組やノアール達、そして彼らが夢を叶えし全員生きていて幸せになっている世界を見たいというのは自身の欲望つまりリヴェリア達の意思は関係ないと返す。リヴェリアVSレン。レンは勝つが、リヴェリアにトドメをさせない。アイズも後ろを取り、勝負はあった。

そこに、ルシアが現れる。

 

㉕ルシアは自身の目的の為に、迷宮の完全攻略まではレンに取り込まれていた方が得策だと見た。彼に自ら取り込まれようとする様にリヴェリアが叱責するが、そんなこと聞くルシアではない。

ルノア、アストレアF、ロキF、リュー、リョーカが目撃する。ルシアが自分の意思でレンと再度融合。リュー以外が阻止しようとしたが成功してしまった。

リョーカはルシアがそれを狙っていると気付いていて、やはりなと口にした後に妨害しようとした(ベルがいればルシアの目的を直前まで達成させることにおいてレンは必要ないから)が、阻止できなかった。

力を取り戻したレンにアイズ、リヴェリア、リョーカが挑むも敗北。レンはルノアを見て逃げるが、ルノアはルシアの判断に動揺し、戦う意思を失う。それを輝夜は見ていた。

 

㉖ルシアのことがわからなくなって【デメテル・ファミリア】に引こもるようになったルノア。輝夜は彼女の元に行って叱責する。ルノアは反論するが、彼女の言葉にやる気を取り戻す。

リューはルシアが自分の意思で選択したことで、彼から解放されようとしていないということを目の当たりにし、自身の行いが正しくないことに気づいて路頭に迷う。そこにルノアとアストレアFが説得するが、もう立ち直れなくなっていた。

そんなリューを輝夜が叱責し、ルノアが自分も同じだったと同情しながらも覚悟を決めて、リューの目を覚ますためにリューと戦う。リューは敗北し、ルノアに手を差し伸べられ、その手に戸惑う。そして、アストレアFの言葉を受けてその手を取る。

さらに、アストレアはデメテルから試験管を貰ったと言い、リューに融合を提案する。無論、彼女の性格上拒否するが、アストレアFが叱責。今、【アストレア・ファミリア】にとって何が大切なのか、ルシア・マリーンのことをどうすべきなのかここで明確になり、リューは決断する。

 

㉗中々アステリオスをベルが説得できない中、そこを突こうとしたレンの元にルノアとリューが現れる。リューはアストレアと融合しLv.13相当に。ルノアが融合を解こうとすることでレンは上手く戦えず、リューとの共闘で追い込まれて撤退しようとする。

だが、そこにアイズ、リヴェリア、リョーカ、スズネリアの同盟が出現。4人でさらに追い込む。が、ルシアが知恵を貸し、レンは6人になんとか勝利するも満身創痍となり撤退する。

 

㉘ベルがアステリオスと協力関係を築く。ルノアはルシアと一瞬融合したことで黒竜化したアンフィスバエナくん(アンフィスバエナの異端児、ルシアが斬撃竜の竜人形態(ルシアの最強形態)となった原因、【イケロス・ファミリア】に討伐されてその魔石を食った)と融合し、Lv.14相当に。

これにて、戦力が出揃う。敵はレン(Lv.16相当)。人類側はベル(Lv.16相当)、アイズ(Lv.14相当)、リョーカ(Lv.14相当)、ルノア(Lv.14相当)、リヴェリア(Lv.13相当)、スズネリア(Lv.13相当)、リュー(Lv.13相当)。英雄候補8人。

不本意だが、戦力は整った。レンとタレイアはダンジョンに挑むことを決める。

 

㉙ベルに、ダンジョンに共に挑むことを提示する。突然ヘスティアが拒否するが、ベルにも得はあると述べる。迷宮を完全に攻略した後、レンとの勝負に勝てばベルは『最後の一人』になれる。そうすれば自分の望んだ世界を手に入れられる。ベルは最初戸惑うが、悩み、様々な人と相談し、覚悟を決める。

ベルの望む世界は『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』。

 

㉚英雄になりたい、ダンジョンに出会いが欲しい、その願いを抱えてベルはレンと契約する。

迷宮に挑むことを決めた2人。だが、2人の合流前にレンの元にアイズ、リヴェリア、リョーカ、スズが。4対1。レンは勝利。4人が地を這い、レンはその場を後にする。

ベルとレンは迷宮最下層を目指す。

 

㉛ダンジョンが消えた。収縮し、人型となった。ダンジョンVSベル、レン。全く歯が立たない。ベルが意識を失い、レンが鼓舞する中、戦闘する。所詮絶対存在最終形態2人がいれば迷宮を完全攻略できるというのはタレイアの自論。実際は二人では無理だった。

レンが倒されそうになる。そこに、ベルの影が。

諦めない。ベルの再戦。ベルの最強技オリオン・オックス・アルゴウェスタとルシアの最強技サラマンドレアカリバー・スラッシュをLv.16相当で使うレン。二人の力でなんとかダンジョンを怯ませ、最後はベルがアルゴノゥトで決める。

 

㉜ダンジョンは完全攻略した。あとはその力を誰か手にするか。ダンジョンが無くなったことで、ルールが崩壊する。神が自由に力を使える。だが、タレイアは対策を立てていた。タレイアの対策で神は全員強制送還。

その前にレンはアイズ、リヴェリア、リョーカ、スズネリアを戦闘不能にする。

そして、タレイア、ヘスティア含む全神が強制送還。タレイアの理論でレンとベルの中には暫く神の力が残る。

強制送還でアルテミスとベルが別れを告げる。アルテミス生存。

 

㉝ベルとレンが契約通り、『最後の一人』を決める為に戦おうとするが、ルシアが自己の意思で分離。そして、告げる。

 

「この時をずっと待っていました。『最後の一人』が決まるその最後の瞬間、世界を変える権利を得る時。私が貴方達を倒し、その『最後の一人』になります……!」

 

ルシア(Lv.12相当)VSレン(Lv.13相当)。ルシア、敗北。

 

㉞ベルと戦おうとするレン。そこにリヴェリアが割って入る。リヴェリアVSレン。ランクは同じ。

レンがリヴェリアに手間取ってるのを見て、ベルの良心につけこんで、最後の一人になろう権利を得ようとするルシア。(ベルはこういう時、譲らない。ルシアはベルの分析ができてない)

ルシアがベルに頼み込むが、ベルは戸惑った後、拒否。ならばとベルを攻撃する。ベルはルシアと戦う理由がないので押され、ルシアは隙をついてダンジョンの力を手に入れようと手を伸ばす。

 

その手を、切断する者あり。リョーカがルシアの腕を落とした。

 

㉟リョーカが興奮する。この時をずっと待っていた。目的を達成できるその直前、その希望を断つ。それが狙っていた復讐。

リョーカの邪魔に発狂するルシア。二人の戦いを望んでおらず、リョーカやルシアを含む仲間達と楽しく食卓を囲む未来を望んでいたスズネリアが二人の間に割って入ろうとするが、リョーカに斬り刻まれ戦闘不能になる。スズネリア発狂。

ルシアを殺そうとにじり寄るリョーカ。そこにルノアが邪魔をする。ルノアVSリョーカ。復讐を目の前に、果たせなくてリョーカ発狂。癇癪を起こす。

邪魔がいなくなり、嬉々としてダンジョンの力を掴もうとするルシア。今度はその前にアストレアFが立ふさがる。

 

㊱よりによってアストレアFを救う為に行動している為、アストレアFに邪魔をされて混乱するルシア。彼女達はルシアが今落ちぶれているのが耐えられない。自分たちを救う為に他人を蹴落とし、醜くなっていくルシアが耐えられない。アストレアFは決めた。自分たちは滅びると。そして、元のルシアに戻って欲しいと。

アストレアFに妨害されてルシア発狂。ドラゴンになりアストレアFの全滅を目指す。新しい世界を作ればどうせ生き返る。だが、正気ではいられない。アリーゼは宣言する。ルシアを討伐すると。

アストレアFVSルシア。

 

㊲レンVSリヴェリア。レン敗北。

ルシアVSアストレアF。ルシア敗北。

リョーカVSルノア。決着が付かない。

その間にベルがダンジョンの力を掴む。ベルが望みを口にする度に、それを叶える為に不要な存在が消える。

オリキャラは全て消える。

世界が生まれ変わる。

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』が始まる。




最終的に世界は原作に作り替えられるという展開なので別に原作と同姓同名で別人でも構わないには構わないが、あまりに先の話で到達が遠い上にそれまでの間に批判される可能性が大なので対処は必要(自分用メモ)。


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腹ぺこどらごん冒険記

 大昔、地上に進出したモンスターの中に御先祖様が混じっていた。知性のあるモンスター、異端児(ゼノス)。その中でもドラゴンのとある一匹は、ハイエルフと愛し合い、子孫を遺した。

 結果、現代においてもドラゴンとハイエルフのハーフ、その最後の子孫が1人、存在する。

 

 名は、ルシア・マリーン・ドラゴン。

 故郷の森からは追い出された彼女は、地上のモンスターからも拒絶され、行き場を失った。彼女は孤独になった。

 そんなルシアは、夢を抱くようになった。

 

 ―――『友達が欲しい』、と。

 

 異端である自身を受け入れる存在は神しかいない。それでも、人間の友達が欲しい。

 神々が最も多く集まる迷宮都市・オラリオなら神々に影響を受けた人間達が沢山いる。自身を受け入れてくれる人間がいるかもしれない。

 そう考え、ルシアはオラリオに訪れた。

 

 

 

 

 

「困りました。人生最大の大ピンチです」

 

 オラリオに来てから1ヶ月。

 ルシアは地べたに這いつくばっていた。

 その有り様はまるで屍のように、大の字でピクリとも動けずにいた。要するに、正確には地に伏せていた。

 

「おなかが、すきました」

 

 道行く人間が関わってはいけない人間だと認識して道のど真ん中に倒れる彼女を避けていく中、ルシアの胃袋は竜の息吹の如く爆音を轟かせていた。

 

「じ、人生で一番辛いです……。これほど飲まず食わずで過ごしたのは初めてでしたが、まさかこれほどとは……み、見通しが甘かった。抜かりました……」

 

 光の神、バルドル。ルシアはその神を求めてオラリオに来た。なんでも人間に救いを与えるのだとか。そんな噂を聞いた。

 しかし、オラリオに来てから今まで全く出会えないどころか情報すらない。

 

 そして、遂に資金が尽きてしまった。

 ルシアの竜の胃袋は、常人の十倍はある。つまり、食費も十倍だ。

 まあオラリオでならすぐに目当ての神に会えて資金も足りるだろうと思っていたルシアだったが、全然余裕で破産した。

 

 これまでの人生、色々なことがあった。

 自身の半分がモンスターだとバレてエルフの森を追い出された。命だって狙われたし、様々な暴力がルシアを襲った。

 だが、今この瞬間、究極の空腹はルシアが経験したそれらよりもぶっちぎりで辛い。ルシアはそう感じる。

 

「あら、どうしたの? そんなところで寝てたら危ないわよ。踏んづけちゃうわ」

 

 さすがに今回はマズイ。限界だ。終わる。そう思っていたそんな時、ルシアの前に1人の女性が現れた。

 道行く人間たちがルシアを避ける中、彼女だけは膝を降り、ルシアに目線を合わせて声を掛けた。

 

「あぁ……。女神様ですか」

 

 声を掛けられてルシアは顔を上げる。

 目の前の女性は神威を発していた。故に、誰でも彼女が女神だと認識できる。

 何より、自分に声を掛けるような者は神しか存在しない。だから、声を掛けられてその瞬間からルシアは女神だと確信していた。

 

「えぇ。そうよ。私、アストレア。貴女は?」

「……お腹と背中がぺったんこになりそうなエルフ、ルシアです…………」

「そ、そう。大変ね」

 

 その容姿と態度は、温厚でどんなことでも受け入れそうな女神だった。

 彼女もルシアの条件に合う、彼女を受け入れてくれる質。目当ての神がいなければ今、この瞬間、無い力を振り絞って手を取っていただろう。アストレアに対するルシアの第一印象はそれだ。

 

「女神様……ど、どうか恵を……。ほんの、ほんの食料庫一つ分で大丈夫なので……」

「あらあら。沢山食べるのね。全然『ほんの』じゃないわ」

 

 それはそれとして、恵は欲しい。誰でもいいから飯を恵んでくれ。でないと尽きてしまう、ルシアは弱々しく手を伸ばした。

 対するアストレアは少し呆れたように苦笑いする。

 

「お腹が空いているのね。ねえ、貴女。私のファミリアに来ない? 歓迎するわよ」

「えっ。いえ。結構です。私は既に信仰する神を決めていますので。バルドル様のファミリアにしか入りません」

「あら。でも、バルドルはオラリオには居ないわよ?」

「な、なんと……っ。いえ、でも、それでも」

「あと私のところにくれば沢山ご飯が食べられるわ」

「行きます。是非。いや、実はアストレア・ファミリアもいいなと思っていました。ナイスご慈悲。今日からアストレア様しか信仰しません、毎日3回食事に合わせて拝みます。アストレア様しか勝たん」

「うーん……。ツッコミどころが多いわね。とりあえず、拝むのはやめてね?」

 

 アストレアが差し伸べる手をガシッと掴むルシア。

 こうして、【アストレア・ファミリア】に加入した。

 

 ルシア・マリーン・ドラゴンのプロフィール。

 怪物(モンスター)・ドラゴンとハイエルフのハーフエルフ。

 三度の飯より四度の飯が好き。



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アストレア・ファミリア

 

「おぉ……ここが理想郷(オアシス)。やはりそうでしたか、【アストレア・ファミリア】。アーメン」

「ルシア。拝むのはやめなさい?」

 

【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)にて。

 大きな長机に並べられた異常な量の食事。そして、それを用意した正義の女神・アストレアに対して両手を合わせて拝むルシア。

 

「では、神のご慈悲を遠慮なく」

 

 その言葉を合図にルシアは目の前の料理を手当たり次第に口に運んでいく。

 そんな彼女を笑顔で見守るアストレア。長机に置いてあった食事は物凄い勢いで減っていく。その様子を、迷宮(ダンジョン)探索から帰ってきたところのアストレアの眷属達も眺めていた。

 

「アストレア様。この()が行き倒れていたところ、アストレア様が助けたエルフなんですよね?」

「えぇ、そうよ」

 

 アストレアに問いかけるのは【アストレア・ファミリア】団長、アリーゼ・ローヴェル。赤髪が特徴的な人族(ヒューマン)だ。

 その隣には副団長のゴジョウノ・輝夜。そして、団員で小人族(パルゥム)のライラとエルフのリュー・リオンがいる。

 ルシアの食べる様に輝夜とライラが目を見開く。

 

「気持ちいいくらいにいっぱい食べんな、コイツ」

「そうですねぇ。なのに意外と上品に食べはるん……いや、めちゃくちゃ食べるの早いなお前。ちゃんと噛んでます?」

「上品だけど優雅じゃねえ……なんなんだコイツ」

 

 ルシアが自身の口元を拭く。きちんと拭き物を用いて。

 その仕草も食事中のナイフやフォークの扱いも丁寧で上品だった。テーブルマナーがキチンと身についているようだ。尚、凄まじい速度で口に含んだと思ったら一瞬で噛んで飲み込み、次々と口に運んでいくので食事風景は優雅ではなかったが。

 

 凄まじい量の食事とそれを取り込んでしまう大容量の胃袋。

 大胆な食事風景にも関わらずルシアの食事姿勢は、というかそれだけはとても礼儀正しい。

 教養のある作法から育ちの良さを感じるかと思えば、規格外の暴食。そのギャップに輝夜とライラは困惑を隠せずにいた。

 

「初めまして、ルシア。リューと言います。エルフの仲間が増えるのはとても嬉しい。よろしくお願いします」

()()()ひゃ()()ふぁ()ふぃ()ふぇ()ひゃ()ふぇ()()()ふぃ()()()()ひょ()()()()()へはひ(願い)()()()

「……食べながら返答しないでください。失礼ですよ」

 

 同胞の新参者に新規感を覚えて挨拶してきたリュー。

 注意されたルシアは口に含んでいたものを一気に飲み込み、口元を拭う。リューときちんと向き合った。そのたたづまいもまた、きちんとしている。

 

「すみません。失礼しました、ゲフッ」

「……教育が必要ですね」

 

 ゲップが出た。このエルフはキマらない。

 リューも呆れる。

 

「……それにしてもコイツの飯でアタシらの一週間分の食糧が無くなったんだよな」

「そのようですねぇ。おかげで食糧庫が空や言う話です」

「それもただの一週間分ではありません。12人分あったはずです」

「まったく困ったもんだぜ、我らが主神アストレア様には。アタシらの食糧とファミリアの経費をなんだと思ってるんだと思ってるんだか。こんな大食漢連れ込んじまってよ」

 

 ルシアの暴食によりファミリアの食糧事情に突如大打撃が入った。

 アストレアの正義の施し、困っている人間を救ってしまうその性に眷属たちも頭が痛い。

 

「仕方ないわ! 神は気まぐれだし、アストレア様は正義を司ってるんだもの! 気まぐれとほっとけない精神においてアストレア様の右に出る神は居ないわ」

「言ってる場合かよ。ンなもん誇られても困るっての」

「さすがにこの食事量をこれからも賄うのは赤字になると思いますが……」

 

 そうこう言ってるうちにルシアは一週間分の食事を平らげてしまった。正義の眷属たち、その面々が唖然とする。

 しかし、一人の人族(ヒューマン)の姫様だけは額に青筋を立ててルシアに食ってかかった。

 

「おい、小娘。私達に何か言うことはないか? んっ?」

「………………大変美味でした?」

「違うわボケッ! 謝れ、マヌケエルフが!」

 

 ファミリア内での口の強さ、No.1。ゴジョウノ・輝夜もルシアの天然の前には無力。

 怒鳴りつけた後、これからこの大食漢エルフを抱えていかなくてはいけないという事実に頭を抱える。

 

「このままじゃうちは破産だぞ……」

「ライラの言う通りや思います。今すぐ拾ってきたところに返すべきではありませんこと?」

 

 ある意味大物のルシアに猫被りも剥がれ、珍しく苦戦している輝夜にライラが助け舟のボヤキを加える。

 輝夜はそれに賛同した。

 

「ダメよ、輝夜。ルシアがまた行き倒れてしまうわ。それに私、ルシアのこと気に入ったの」

 

 だが、主神であるアストレアが拒否する。

 

「……主神様がそう言うなら眷属である我らは従うしかありませんね。まったく。主神様の我儘には困ります」

「ごめんなさいね。輝夜」

 

 アストレアの言うことは絶対だ。輝夜も大人しく引き下がる。

 そんな副団長の憂鬱に団長のアリーゼも話を明るい方向に持っていこうと口を開く。

 

「まあ良いじゃない。私はルシアの加入、良いと思うわ! それに、アストレア様の意向なら受け入れるしかないんだから、そうと決まればこれからどうすべきか前向きに考えていきましょう!」

 

 アリーゼのポジティブな発言。

 それを可能とする性格は彼女の良いところでも悪いところでもあるが、今回に限っては他の面々も賛同した。

 

「ま、一理あるな」

「アリーゼの言う通りです。ルシアを受け入れることもまた、私たちの正義による行いです」

 

 アリーゼの言葉に頷くライラとリュー。

 ライラの視点から考えてもこのままウダウダ文句を言い合うより現状を受け入れて今後について考える、建設的な展開が望ましかった。そのことは当然、副団長である輝夜も口先の嫌味とは裏腹にわかっている部分ではある。

 

「それでいいかしら? 輝夜」

「……そうですねぇ。まあ本当に路頭に迷わせるほど、私も薄情ではありません。でも、毎度このぐらい食べられては面倒見きれません。少しは働いて貰いたいとは思いますね」

 

 アリーゼに尋ねられて、輝夜もようやく肯定する。

 とはいえ、問題点は提示しておきたかった。その問題点は団長であるアリーゼとしても共通認識だ。

 

「それはそうね。ただ甘やかすことは正義ではないわ。ルシア、私たちは貴女を受け入れる。でも、自分の生活は自分である程度賄って欲しいわ。どうかしら?」

「はい。それに関しては私自身も同意です」

 

 これにはルシアも賛同。そもそも当初は【アストレア・ファミリア】に厄介になるつもりのなかったルシアだ。いくら余裕がなく行き倒れたとはいえいつまでも助けてもらうつもりは本人にもない。

 故に労働の要請に対して二つ返事で承諾した。

 

「となると、ルシアの稼ぎ口を見つけねえとな」

「冒険者として育てますか?」

 

 ライラの言葉に真っ先に浮かんだことを提案するリュー。

 それを受けて、アリーゼが腕を組んで考える。

 

「そうね……うちは探索系のファミリアだけど、だからって冒険者になる道しかない訳じゃないわ。冒険者は命の危険があるし、他にも選択肢は沢山あるんだから他の職種を選択するのも一つの手ね。ルシア、貴女はどんな仕事がしたい?」

「そうですね。大食いチャレンジの賞金で食い繋いで行こうと思っています」

「真面目に聞いてるのよ?」

 

 小さい手で作った握りこぶしにグッと力を込めて、あたかも真面目に考えたかのようにキメ顔をキメるルシア。

 さすがにこの自由さには普段ふざける方が多いアリーゼも困惑した。

 

「真面目に言うと、希望はありません」

「なら冒険者でいいんとちゃいます? 商業や製作じゃその手のファミリアが業界占領してますし、無知で入れるほど甘い世界ではないですから」

「その点冒険者なら並の仕事よりかは稼げるし、初心者に比べりゃ経験豊富なアタシらが周りにいるからな。面倒も見やすいんじゃねえの?」

「私も同意見です。危険な仕事ですが、食いつなぐだけなら本格的な探索に連れていかなければいい。アリーゼ、どうでしょう?」

「そうね。私も冒険者がいいと思うわ。ルシアは冒険者でもいい?」

「構いません」

 

 二つ返事で応じるルシア。

 加えて、ファミリアに加入する上でファミリアに対する貢献や奉仕は、本拠(ホーム)内の家事で負担させようという話になった。

 主要メンバーで話し合う内容はこれで終わり、ここから細かいことは団長と副団長で決める。

 

「それじゃあ今日は探索から帰ってきたところだし、明日仕切り直して改めてルシアと探索に行きましょう」

「団長。ルシアの装備はどうする?」

「うちにある予備を持たせましょう。とは言っても最初は持たせるのはボウガンと防具くらいよ。ルシアをサポーターとして起用するわ」

「なるほど。パーティは?」

「私と輝夜。そして、ライラとリューよ。初日だからそこまで深くに潜るつもりはないわ」

「それがいいですね。まずは上層から。そのメンバーで固めるなら中層を見せるくらいは──―」

 

 アリーゼと輝夜が綿密な話し合いを練る中、ルシアの元にはリューとライラが歩み寄り、談笑する。

 そして、その日の探索の始末を終えた他の眷属たちも本拠(ホーム)の奥から居間へと戻ってきて、ルシアと初対面を済ませる。中でも同胞のセルティもリュー同様、同胞の加入に喜んでいた。

 ルシアと自身の眷属(こども)達、その会合を目の前にしてアストレアは微笑む。

 

 こうして、ルシア・マリーンが正義の眷属として迎え入れられた日は、夜まで賑わい続けた。

【アストレア・ファミリア】と彼女の眷属の物語(ファミリア・ミィス)が始まった。

 



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怪物(モンスター)の血を引く者

 

『ガウ……ッ!』

「ルシア。あれがヘルハウンドよ」

「はい」

 

 ルシア、初めての迷宮(ダンジョン)探索。

 アリーゼ、輝夜、ライラ、リュー。Lv.3とLv.2、つまりは第二級冒険者で構成されたパーティは、駆け出しであるルシアを抱えても余裕で上層を突破し、中層へと突入していた。

 

 13階層。

 灰色の岩石が転がり、岩盤の壁と天井に囲まれた空間。湿度も少し高い。

最初の死線(ファーストライン)』とも呼ばれる領域だ。

 

 再前衛のリューがヘルハウンドを抑え、中衛のアリーゼがモンスターを実物を見せて説明する。

 黒い体表に真紅の瞳。鋭い牙に迷宮によって研がれた爪。犬のように見えて、その一回りも二回りも大きい四足獣。それがヘルハウンドだ。

 

 そして、サポーターであるルシアに一番必要な情報。優先して採取して欲しい素材を教える。

 ルシアもヘルハウンドの火球対策に纏っているマント型の装備、サラマンダー・ウールで自分の身を守りながら近寄って確認する。

 

「やはりこのパーティなら何の問題もなかったな。団長」

「そうね。でも、ダンジョンはどこだって危険。特に私たちが捌いたモンスターの攻撃がルシアに流れ弾しないように気をつけて」

「へいへい」

「肝に銘じています」

 

 迷宮探索は順当。ルシアも勤勉だった。

 帰りも油断は禁物だが、大丈夫だろう。そう思った。

 

「それじゃあ、帰りましょうか」

「はい」

 

 アリーゼがルシアに中腰のまま会釈し、ルシアも頷く。

【アストレア・ファミリア】の探索はあっという間に終わった。

 

 魔石を換金し、ルシアは無一文から多少マシになった。

 本拠(ホーム)に帰ると、主神のアストレアが迎える。

 

「おかりなさい、みんな。ルシア、初めての探索はどうだった?」

「皆さん。とても親切でした」

「そう」

 

 ルシアの返答にアストレアが微笑む。

 

「ルシア。慣れないことで疲れたでしょう? 何でも準備はできているわよ。お風呂にする? それとも食事に―――」

「食事でお願いします」

「食い気味すぎるだろ……」

 

 アストレアの言葉を最後まで聞かずに回答するルシアに少し引くライラ。

 

「育ち盛りで良いですね。羨ましい限りです」

「輝夜。分かりづらい嫌味を言うのは止めなさい。ルシアが気付きにくいし可哀想だ」

「気づきにくいから言うてるんです」

 

 輝夜の矛先がルシアになり、リューがルシアを庇う。

 だが、リューに心配されている当の本人は嫌味など気にしない。なぜなら、彼女の脳内はご飯でいっぱいだからだ。

 

「ご・は・ん・ご・は・ん」

「……わかったわ。ルシア、すぐに用意するわね。でも、その前にステイタスを更新しておきましょうか。最近物騒だから、アリーゼ達はともかくルシアのステイタスは少しでも上げておきたいわ」

 

 大好きな食事を前に小躍りする腹ぺこエルフに苦笑いするアストレア。

 ゼウス・ヘラの派閥(ファミリア)がロキ・フレイヤの派閥(ファミリア)にオラリオから追放されて以降、闇派閥(イヴィルス)が活性化し、最近のオラリオは危険ことが多い。

 

 駆け出しの少ないステイタスの持ち主こそ、細かいステイタス更新が重要になる。

 故に、アストレアは誰よりも優先して、腹ぺこエルフの音頭を連れて奥の部屋に入る。

 

「どうせ女しかいねえんだしここでしてきゃいいのに」

 

 部屋に入っていくルシアの背中を見送り、ライラが感じたことをそのまま口に出す。

 

「彼女はエルフだ。それに、その中でもかなり高潔なようです。エルフでもあそこまで肌を隠す者はそういない」

「あー、確かに。ルシアっていつもかなり着込んでるわよねっ!」

 

 ルシアは初めて【アストレア・ファミリア】に来た日から首から上以外全て隠していた。両手ですら肌を見せないように手袋を装着している。

 そんなルシアの服装をリューとアリーゼが思い浮かべる。

 

「どこかのエルフは肩も脇も足も出してるのにエラい違いですね」

「輝夜。それは私のことですか」

 

 輝夜の視線は、リューの戦闘服(バトルクロス)を撫でるように捉えている。

 

「他にハレンチなエルフがいはります?」

「なっ!? ハレンチ……っ!? 取り消しなさい、その言葉!」

「あーあ。ま~た始まったよ」

「いつもの景色ね! 良いじゃない、平和の証だわっ! 輝夜、リュー。沢山やっちゃいなさい」

「いや、止めろよ。団長だろアンタ」

 

 小柄なライラでは間に入ってもあまり止まらない。団長であるアリーゼが全く機能しないが故にリューと輝夜の口喧嘩が始める。

 

【アストレア・ファミリア】の日常風景。卑屈な人族(ヒューマン)と高潔なエルフの衝突、それによる騒がしさは違う部屋にいるルシアにも微かに聞こえていた。

 

「あらあら。またやってるわね」

「アストレア様」

 

 自身の眷属達の声に微笑むアストレア。そんな彼女の前に恩恵(ステイタス)が刻まれた背中がある。

 上半身の衣類を脱ぎ、主神にのみ露わにするルシアの白い肌。その身体は、どんな眷属やどんな人間とも異なっていた。

 

「週末、オラリオの外へ出る許可をギルドに申請したいです。アストレア様の許可も必要なので欲しいです」

「……バルドルを探しに行くの?」

「はい」

 

 ステイタスの更新を行う最中、ルシアからのお願い。その内容の目的はアストレアにはすぐにわかった。

 確認して、合っていたことで彼女は表情を顰める。ルシアの即答も相まって、尚更に。

 

「【アストレア・ファミリア】、お気に召さなかったかしら?」

「いえ。とてもいい派閥(ファミリア)だと思います」

 

 そんな、客観的な感想。どうして言うの? 貴女も一員なのに。そんな気持ちをアストレアは口から出さずに飲み込む。

 背中を見せているため、ルシアの表情がわからない。彼女は今、どんな気持ちでどんな表情で喋っているのか。神であるアストレアですら少し怖くて覗けない。

 

「行き倒れていたところを救っていただき、感謝しています。ですが、食いつなぐ為にやむを得ず加入させて頂いただけですので」

「案外頑固なのね、ルシア。1年で辞めてしまうの?」

 

 依然、光の神バルドルを求めるルシア。

 つまりは彼の眷属としていつかは改宗(コンバージョン)する予定のように見える。しかし、もしバルドルをすぐに見つけることができても、改宗(コンバージョン)するには現在所属する派閥(ファミリア)に最低でも1年間所属し続けなければならない規則(ルール)がある。

 

改宗(コンバージョン)するつもりはありません。バルドル様の眷属になることが目的ではないので。ただ、拾って頂いた恩は必ずお返しします。バルドル様の元へはその後に」

「ずっとここに居たらいいのに」

「私を抱えていてもいいことはありません」

「……それは貴女の背中に翼があるから?」

 

 アストレアが目線を下ろす。ルシアの背中には小さな双翼。さらに、彼女の肌は人間にはない鱗があり、皮膚は硬い。今は隠していて見えないが、本人曰く、爪は鋭く、短いが尻尾も生えているらしい。

 ルシアは、怪物(モンスター)の血を引いている。そして、それが身体に表れている。

 

 ルシアが怪物(モンスター)の血を引き、その肉体が混じりあったものだということは、行き倒れていたのを目撃したその時から知っている。そして、アストレアが知ってることをルシアも最初から分かっている。

 理由は簡単。ルシアが今まで出会ってきた神にルシアの秘密を看破できなかった神はいないからだ。

 

 加えて、ルシアがアストレアの眷属となる上で彼女に神の血(イコル)を注ぎ、恩恵(ステイタス)を授ける際に彼女の異端な肉体をアストレアは目の当たりにしている。

 

 そんなルシアをどうして自身の眷属にしたのか。それはアストレアが司る『正義』の心だ。

 ルシアを受け入れる存在は神といえど、そうはいない。神々にとっても怪物(モンスター)は、人類の敵であり毒、異端であり『救済』の対象ではないという認識が多い。

 

 だから、自分が受け入れてあげたい。その想いからルシアに手を差し伸べ、受け入れた。

 だが、異端である彼女を抱え込むことは必ず問題になる。それはアストレアも分かっていた。

 

 ルシアは、言葉で表すならば【怪人(クリーチャー)】というものなのかもしれない。ただ、ステイタスを刻めて、身体に怪物(モンスター)の特徴が表れている。正直、アストレアにはルシアがどういう存在なのか判断がつかない。彼女は、それ程までに全ての枠組みにおいて『異端』すぎる。

 とにかく、ハッキリしていることは1つ。自分が受け入れないと、彼女は誰にも受けいれられない。だから、光の神(破滅)……『()』に向かってしまうということだ。

 

「翼だけではありません。私の胸の中には魔石が。正義を行使する派閥(ファミリア)にいていい存在ではないのでは」

「それは……。いいえ、それでも。私は貴女を受け入れるわ、ルシア。貴女さえ良ければいつまでもここに居ていいのよ。気が変わったらまた教えて頂戴?」

「……わかりました」

 

 決してそんなことは起こらない、そんな意味が籠っているような短い沈黙の後の簡単な返事。

 アストレアは、どうにかこの()が異なる道を選ぶことを願い、神の総意とは異なる自身の意思を貫くことを決めた。

 そして、ステイタスが更新される。

 

 

 ルシア・マリーン

 Lv.1

 力:I0→I10

 耐久:I0→I1

 器用:I0→I3

 敏捷:I0→I1

 魔力:I0→I5

 

《スキル》

正義寵愛(アストレア・ホールド)

 ・魔石が割れにくくなる。



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安楽死願者

 

「ごめんなさい、ガネーシャ。そして、ありがとう。急な申し出だったのに時間を取ってくれて」

「俺がガネーシャだ!」

 

 迷宮都市オラリオ、その中でも東区画にある闘技場(コロッセオ)。まだ建設途中ではあるが。

【ガネーシャ・ファミリア】の眷属(こども)達が怪物(モンスター)調教(テイム)を練習する光景の上で。闘技場(コロッセオ)最上階に設置された主神観覧の席にアストレアは来ていた。

 

 目的は【ガネーシャ・ファミリア】主神、ガネーシャと面会するため。

 そして、今、事前に手紙を送り、許可を得た上で訪れている。

 

「俺はガネーシャだ!」

 

 ガネーシャは基本これしか言わない。

 だが、神であるアストレアには『それで? 今日は何の用だ?』と尋ねているように聞こえた。

 

「今日は、貴方に相談があって来たの。貴方、ギルド公認で行う祭典、『怪物祭(モンスターフィリア)』の事業を始めるのでしょう?」

「うむ! まだまだ祭り事をできるような状況ではないがな! そして! 俺がガネーシャだ!」

「それに加えて、貴方のファミリアは調教師(テイマー)も多く抱えてる」

「そうだ! 俺がガネーシャだ!」

「だからという訳ではないけど……事実として貴方が一番『怪物(モンスター)』に詳しいんじゃないかと思って、貴方なら相談できると思って来たの」

「どんな時でも頼れる男っ!! そう! 俺がガネーシャだ!」

 

 自身の眷属が迷宮探索に行っている裏で、相談しに来たアストレア。

 ガネーシャは一貫して自身の名を叫び、叫ぶ度にポージングを取る。

 だが、アストレアが発する次の一言はそんなガネーシャを震撼させた。

 

「私、最近新しい眷属を迎えたの。でもね、その()、『怪物(モンスター)』の血を引いてるようなのよ」

「俺がガネ―――今、なんと言った?」

 

 空に向かって雄叫び、ポージングを取っていたガネーシャが、耳を疑ったのかその視線を下し、顔だけアストレアに向ける。

 

「名はルシア・マリーン。おそらくあの()先祖(ルーツ)に『怪物(モンスター)』がいる。まあ、殆どはハイエルフで構成されているようだけれどね」

 

 いつものハイテンションではなく、真面目なトーン。

 ガネーシャは椅子に腰かけ、アストレアと同じ目線で会話をした。

 

「本気で言っているのか?」

「あら。私がデタラメを言っているように見える? これでもかなり深刻に悩んでいるのよ」

「なら何故そんな娘を引き受けた」

「だってあの()、バルドルに会いたいなんて言うんだもの」

「………………バルドルかぁ」

 

 その名を聞いてガネーシャが顔を覆った。とはいえ、彼は象の仮面をつけているので正確には仮面を覆ったことになるが。

 

「そんなこと言う()、放っておけないでしょう?」

「まあ……気持ちはわからんでも無いが……」

 

 光の神、『バルドル』。

 彼は下界の人間(こども)達に『救済』を()()()

 そう、救済『する』ではなく、救済を『与える』。彼の『救済』は、過程のない()()であり、『神の力(アルカナム)』だ。美の女神が『魅了』を用いるのと同じ。光を司るが故に行使を許されている権利。

 

 そして、『救済』という結果だけ与えられた人間(こども)は救われた気持ちにはなるが、その実は全く何も解決しない。

 その力は、『救済』された人間(こども)は、この世への未練が無くなり、命を絶つ。その可能性すら含むと言う。

 

 その事が二神(ふたり)の脳裏に浮かんだ。

 彼の光は、『救済』は、下界の人間(こども)達には刺激が強すぎるのだ。『美』を司る女神の『魅了』が人間の人生を、意思を掌握し狂わせることも出来るように。

 

 許されている力の一端でさえ人間には強い影響力を与える。

 それが神の力(アルカナム)。それが、下界の者達と神々との間にある絶対的な差、神々を『超越存在(デウス・デア)』とする所以。

 本神(ほんにん)が望んでいるか、自分の意思で行使しているかは別としてそれが事実としてあるのは確かだ。

 

「もしやその娘は……」

「えぇ。私も同じことに思い至ったわ」

 

 ルシアはバルドルに何故会おうとしていたのか? バルドルに会って彼に何を望んでいたのか。

 その答えとして考えられるのは、『救済』による今世への未練の断ち切り。

 すなわち、『スッキリした自殺(安楽死)』だ。

 

「あの()がどんな人生を送ってきたのかはわからないけれど、あの()の身体にはわかりやすく怪物(モンスター)の血を引いている特徴が表れている。きっと、これまで色んなところで沢山正体がバレたはずよ」

「……迫害か。滅多に外へ出てこないハイエルフでもあるが、このオラリオまで来たことも恐らくは同じ理由だろうな」

「えぇ」

 

 ガネーシャの言う通り、ルシアは元々住んでいた森を追い出されていると予想できる。今は、自分で自分のことを隠せるが、彼女が生まれてから幼少期に至るまではどう取り繕っても正体を隠すのは難しい。

 

 故郷の森。そして、長寿種族(ハイエルフ)がオラリオに来るまでの長旅。その中で何回迫害を受け、暴力を浴びてきたか。

 内情はわからないが、その道のりが険しいこと、少しの油断(ミス)で酷い仕打ちを受けたことは容易に想像できる。

 

 同胞(エルフ)たちの恩恵、ハイエルフに対する信仰もルシアは基本利用できない。彼女はドラゴンの要素がハイエルフであることを隠している。故に、同胞にも気づかれにくい。

 派閥の同胞(リューとセルティ)にも看破できていない。まあ、気づかれたとしてもドラゴンの方も気づかれれば信仰どころか迫害が待っているだろうが。少なくともルシアはそう思っている。

 

 そもそもルシアは遠慮なく接しているようで、キチンと一線を引いている。天然で陽気な性格は、本当のものではあるだろうが、本心を隠すためのブラフでもある。ただの一面であり、その一面だけを見せているに過ぎない。

 これまでの迫害(経験)から身につけたものだろう。

 

 ルシアは家族(ファミリア)を信用していない。誰にも自分に怪物(ドラゴン)の血を引いている、などと打ち明けようとしない。

 ルシアにその気がないならアストレアも彼女の意思を無視して眷属達に打ち明けるなんてこともない。

 

「とにかくルシアが死に向かって進んでいくことを黙って見てることなんてできないわ」

「ふむ。そういうことなら―――シャクティ」

 

 ガネーシャに名を呼ばれて部屋に入ってきた人族(ヒューマン)の女性。【ガネーシャ・ファミリア】の団長、シャクティ・ヴァルマだ。

 

「我々神では一人の眷属(こども)に付きっきりというのには無理がある。うちのシャクティにその娘をなんとかケアできぬものか試してみよう」

「確かに事情を知る人間(こども)がいると助かるわね」

 

 勝手に進む話にシャクティが意義を申し立てる。

 

「待て、ガネーシャ。私は専門家(カウンセラー)じゃないんだぞ。その筋のことを何も知らない」

「無論そういう者に任せられるのが一番だが、贅沢を言える状況ではない。それに! シャクティなら事情を話して任せられる。今、必要なのはお前のような存在だ」

「……まったく。ごく稀に、言いくるめるが妙に上手い」

 

 ガネーシャが真剣に物事を頼める相手はそう居ない。ガネーシャの神格(じんかく)や優秀さは多くの助けとなり、秘密を共有されることが多い。それこそ、ギルドの主神『ウラノス』ですら彼を信頼してよく頼っている。

 つまり、彼の言うようにシャクティは他にはいない人材だ。そして、それを本人も理解しているからこそ断りづらい。

 

「ごめんなさいね。お願いできる?」

「尽力は、します」

 

 正直自信はないが、神々が本気で悩みその上で自分を頼ってきたことからガネーシャの自身に対する評価は確かだということはわかる。真剣な時の主神の願いは叶えたいとも思う。

 絶対の解決、その約束はしかねるが言葉通り尽力することを今ここで女神に誓う意味も込めて頷いた。

 

「ガネーシャ。シャクティ。ありがとう」

「うむ。しかし。正直、我々が助けてやれることは少ない」

「そんな事言わないで。こうして相談に乗ってくれただけでもとても助かるわ」

「そうか。とにかく、できる限り協力はしよう。まずは自殺の件、それだけは絶対止めねばな」

「えぇ」

 

 話し合いは終わり、アストレアが帰る。

 シャクティとも今後について決め、全員が部屋を後にした。ただ一人、残ったガネーシャはアストレアの話を聞いた時、頭に浮かびずっと脳内の片隅にこべりついていたことを呟く。

 

怪物(モンスター)の血を引く娘……もしや異端児(ゼノス)と何か関係が……」

 

 ガネーシャは、ダンジョンの入口であるバベルを見遣り、物思いに耽った。



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繁華と白い息

【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)、『星屑の庭』にて。

 ルシアはアストレアに声を掛けられた。

 

「ルシア。もし良かったらバイトしない? ガネーシャのところにうちから1人貸せないかってお願いされたの。他のみんなは治安維持活動で忙しいから是非貴女に行ってもらいたいのだけれど」

「えっ。いえ。結構です」

「ちなみに三食付くらしいわよ」

「行きます。是非。いやぁ~なんだか凄く労働したい気分になってきました。今から肩バッキバキですよ」

「それ持ちネタなの? ルシア」

 

 恒例になってきたそんな会話をしたのが昨日の話。

【ガネーシャ・ファミリア】の闘技場における怪物祭(モンスター・フィリア)、その準備にルシアが駆り出されることになった。とは言ってもそれは口実でアストレアとガネーシャの狙いはシャクティと交流を持たせることにある。

 

 そして、翌日。ルシアは闘技場建設や怪物祭(モンスター・フィリア)の為の物資を運んだり、言われた仕事をこなした。

 その帰り、シャクティはルシアに接触する。

 

「ルシア。今日は来てくれて助かった。感謝する。何か困ったことはないか?」

「大丈夫です。シャクティさんがとても丁寧に教えて下さったので」

「そうか」

 

 一日付きっきりで責任を持って仕事を教えたシャクティ。

 とはいえ、ルシアの手を借りなければいけなかった理由など当然ない。ここからが本来の目的だ。

 

「では今日はこれで」

「ルシア。最近は闇派閥(イヴィリス)の動きが活性化している。1人で帰るのは危険だ。【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)まで送ろう」

「おや。いいんですか?」

「無論だ」

 

 仕事を終えてルシアが帰ろうとしたところにシャクティの提案。これが本来の目的。この帰り道でルシアとコミュニケーションを取り、どうにか自殺願望に解決の糸口がないか探りたい。

 ルシアが承諾してくれるか少し不安材料ではあったが、快諾してくれて助かった。

 彼女自身も駆け出しで、力のない自身が1人で出歩くのは危険だと自覚しているようだ。

 

「シャクティさんは優しいですね」

「……これくらいは当然だ」

「流石です。普段憲兵として都市に暮らす皆さんを助けているのも凄いです」

 

 暗黒期。

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】、この二大派閥がオラリオから去った後、闇派閥(イヴィルス)の活性化と治安の低下によって迷宮都市オラリオは、安心して暮らせない時代を迎えた。

 都市に暮らす人々、加えて力のない冒険者も過酷な環境に苦しめられている。

 

 いつしか人々はいつ終わるかもわからないこの状況を暗黒期と呼び、【ガネーシャ・ファミリア】は憲兵的な活動を開始した。

 団長であるシャクティも人々の暮らしを守るために日々尽力している。

 今はそれが功を奏してルシアに不審がられることはなかった。複雑な気持ちだ。

 

 ルシアの命を救うことではあるが、本人の意思は無視している。

 女神と主神、そして自分の身勝手だが彼女を想う気持ちを見透かされないようにしなくてはいけない。

 だが、その為に普段憲兵的な活動をしている訳では無い。だから、複雑だ。

 

「ルシア。少し寄り道していかないか」

「私は構いませんが、シャクティさんは忙しいのでは?」

「急いでいるなら誘わない」

「確かに。そうですね。それに、シャクティさんも寄り道するくらいの息抜きは必要でしたね。普段、力のない私達のために尽くしてくれていますし」

「……っ!」

 

 意表を突かれた。

 シャクティが言葉に詰まる。思わずルシアを見たくらいだ。

 失礼だが、彼女がそのようなことを言うタイプだとは思っていなかった。

 

 女神アストレアにルシア・マリーンのことは事前に聞いている。

 特殊な肉体、特殊な存在、特殊な血。

 間違いなく常人とは違う彼女について、本人と接触する前に情報を得ようとシャクティはアストレアに尋ねた。対するアストレアは、少し悩んで結論を出した時に少し微笑んだ。

 

『あの()は……沢山食べることが好きな素敵な女の子よ』

 

 背中には翼が生えているだとか、肌が鱗で出来ているだとか、胸の中に魔石があるのだとかそんなことよりもルシアのことをそう説明した。

 女神の言葉が脳裏に過ぎる。

 

「……? どうかしました?」

「い、いや。ただ……私はそんな大層なことはしていない、そう思っただけだ……」

 

 シャクティの視線にルシアが気づき、コテンと首を傾げる。

 彼女の純粋な瞳にシャクティは目を逸らす。

 そして、シャクティが言ったことは本当に思っている事だ。

 

 どんなに手を尽くしても、どんなに頑張っても、どんなに想いが強くても、理念が立派でも、足りない。

 足りない。とにかく足りない。足りないんだ、ルシア。

 力もどれだけあっても足りない。全員は助けられない。全員は救えない。

 ―――私の活動は、足りないんだ。

 

「本当に大したことはしていない。……やはり、寄り道はやめようか」

「……? よく分かりませんが、ここまで来たらどう帰っても一緒かと」

 

 もう既に最短ルートで帰る道からかなり外れていた。ルシアの言う通り、今から道を変えてもこのままのルートを進んでも着く時間に大差はないだろう。シャクティも言われて初めて気づいて辺りを見渡す。

 寄り道したルートは、食事処が数多く並ぶ賑わった大通り。人混みも多く、暗い世の中でもここでは皆明るい。

 

「あっ。それよりもどこかお店に入りませんか? いい匂いがしてきて食欲をそそられます」

「腹が減った? バカな。我々が提供した夕食はつい2時間前くらいだった筈だが……」

「……? 2時間も空けばお腹すきません?」

「いや、空かない」

 

 ルシアの胃袋がギュルギュルと竜の息吹の如く鳴り響く。

 発言も音も信じられないものを見るようにシャクティは瞠目した。

 このドラゴン、ひょっとして胃袋が異次元か? 

 

「ま、待て。今手持ちは……」

「あそこの店にしましょう。少し値は張りますが、1品1品とても沢山振舞ってくれるのでお気に入りです」

「帰るまで我慢しろ!」

 

 マズイ。このドラゴンといると(サイフ)破壊(クラッシュ)される! 

 

「ファミリアでも飯は食べるんだろう? 我々が用意する分だけでは足りないから用意していると女神アストレアから聞いている」

「ご飯は幾ら食べてもいいと思いませんか」

「思わん!」

 

 思わずツッコミをいれるシャクティ。あぁ、この感じ。ガネーシャがもう1人増えたみたいだ! 

 頭が痛い。申し訳ないが、【ガネーシャ・ファミリア】にルシアがいなくて良かったと安堵する。特殊な存在だからではない。ツッコミが追いつかないし、食費でファミリアが潰れかねないからだ。

 

 団員数No.1の大派閥が1人の大食漢に崩壊まで追い込まれたら迷宮都市の笑い者だ。

 同時に、【アストレア・ファミリア】に同情する。彼女の問題点は怪物(モンスター)の血がどうこうより腹ぺこなことなのでは? とも思えてきた。

 

「……ルシア。神バルドルに会いたがっていると聞いた。何故だ?」

 

 もう充分他愛のない話はした。だから、急な舵取りだが、シャクティは本題に入った。

 

「……」

 

 ルシアは黙る。質問が気に食わったのでも突然核心を突かれて驚いているのでもない。

 ただ、己の内をどこまでさらけ出すべきか見極めている()だ。

 やがて。ルシアは繁華な通り特有の芳ばしい匂いを吸って、少し上を向いた後、振り返ってシャクティと向き合った。

 

「生きてちゃいけない存在でも、最期くらい『救済』されてもいいと思いませんか?」

 

 ルシアが吐いたモノは白くて、冷たかった。

 



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らすとじゃが丸決定戦

 

 ルシアが【ガネーシャ・ファミリア】のバイトを始めてから1週間。
 シャクティは順調に彼女と打ち解けていた。



 

「そういえば何故お前の胸の中に魔石があるとわかったんだ? 身体の中にあるなら気付かず生きていても不思議では無い」


「あぁ、それは。昔、私の身体的な特徴を見た王族(ハイエルフ)が私に魔石があるか確認しようとして、その時に肉を切り、胸をほじくり出して―――」


「わかった。もういい。聞いた私が間違っていた……」



 

 この前核心に触れたこともあり、シャクティが事情をほぼ全て把握しているのは、ルシアも直接言われた訳で無くてもなんとなく分かっていた。おそらくアストレアが打ち明けたのだろうということも。


 そのことについて特に思うことは無い。あのアストレアが判断したことならシャクティは信用できる人間で、自身のことが口外されることはないとわかる。

 



「エルフといえば森で暮らすと聞くが、ルシアも同じか?」


「二十年程は森で暮らしていましたが追い出されましたね。それからはオラリオに来るに至るまで旅です」


「家族はどうしてる? 今も健在か」


「父は生まれる前に亡くなりました。母は……生きてるんじゃないですかね、知りませんけど。森を追い出される時に拒絶されて以降、会ってませんし何も知りません」


「そ、そうか」

 



 聞けば聞くほど暗い話ばかりが出てくる。迫害の可能性はアストレアとガネーシャから聞いていたし、ルシアの自殺願望や肉体から想定はできたがそれにしてもだ。


 今は表面上の話、経歴を聞いているだけだからまだマシ。これ以上深堀すると惨い話も出てきそうだ。何せ迫害が待ち構えている。

 



 とはいえ、ルシアの情報を得ないと、ルシアがどういう人間か分からない。
 彼女の願望を止めるにはまずは情報収集する必要がある。
 ルシア・マリーンを知る必要があった。

 



「何か。夢を抱いたりしたことはないのか。どんな些細なことでもいい。少なくとも森から追い出される前は何かあっただろう」

 

 簡単に言えば将来の夢。それがあれば生きる理由になる。とはいえ、今はないだろう。

 シャクティに問われ、ルシアは顎に手を手をついてうーんと考える。

 

「夢、ですか。そうですね……昔だけじゃなくて今も友達が欲しいです」

「友達……? そんなことが夢なのか?」

「はい。今までいなかったので」

「そうか……」

 

 小さい。あまりにも。拍子抜けというか困惑というか。今も抱いているとのことだが、その小ささでは自殺願望を生存本能に転換するのは厳しい。

 

「迷宮都市に来ればこんな私でも1人くらい友達ができるかと思っていましたが、まあそう甘くはないですね」

「……っ……ぁ」

 

 ルシアが迷宮都市に来た目的は二つ、光の神バルドルの所在について情報を得ること、それと友達ができるのではないかという淡い期待の答えを出すことだ。

 最も、自身の素性を隠している者ができるはずもない。ルシアは無意識に自身の望みを絶っていた。シャクティのように受け入れる者はいないという偏見を無意識下に働かせたばかりに。

 

 そのシャクティは言葉をかけようとして止めた。今のルシアに下手なことは言えない。ここで友達を名乗り出ようものならルシアは人生に満足して逝ってしまう。

 将来について、そこからのアプローチ。これはダメだ、シャクティは早々に結論を出してこのルートを諦めた。

 

「おや。いい匂いがしますね」

 

 今日も寄り道していた二人。

 ルシアの鼻をついた香ばしい芋の匂いにシャクティも気付いた。これはじゃが丸くんの匂いだ。

 

「じゃが丸くんですか。食べたくなってきました。少し買ってきます」

「……程々にしておけ」

「あー。大丈夫です。どうやら最後の一つのようなので」

 

 バイト帰りの夕暮れ時。食事処ならともかく出店は暖簾を下ろす時間帯だ。

 じゃが丸くんもあと一つしか売れ残っていないようだった。寧ろラスイチが残っていただけでもラッキーだ。

 

「すみません。「この最後のじゃが丸くんください」は? 「えっ」」

 

 小さな身体でひょっこりと屋台に顔を覗かせた注文。その声が重なった。

 もう一人、同じくらい小さな身体で背伸びしていた金髪の女の子と。

 

「あれは……」

 

 シャクティはルシアの隣に現れた子供が誰かすぐに気付く。

 都市内でも有名人。二大派閥のうちの一つ、【ロキ・ファミリア】の一員にして都市を騒がせるレコードホルダー。

 その名は―――。

 

「最後のじゃが丸くん、これは私の物」

「……どうでしょう。私もここは譲れません。それに、声を発したタイミングは同時でした。まだどちらに購入権があるとも言えないかと」

 

 互いが互いを認識し、先に少し敵意を剥き出したのは()()()

 ルシアもまた、引かず劣らず言葉を返す。

 金髪金眼、二つ名【剣姫(けんき)】。アイズ・ヴァレンシュタインとの邂逅。

 同時に、最後のじゃが丸を賭けたゴングが二人の間に鳴り響いた。

 

「ま、待て……お前たち」

 

 シャクティが二人を制止しようとするが、もはや通りがかりの民衆にも予想ができた。

 無駄だ、と。

 

「シャクティさん。もう止められません。これはじゃが丸を賭けた世紀の大決戦なのです」

「何を言ってるんだお前は」

 

 意味不明なセリフで場をねじ伏せようとするルシア。シャクティは瞠目する。

 

「じゃが丸は、私の物」

「フッ。主張は変えませんか。いいでしょう。ドンドンパフパフ! これより!! らすとじゃが丸決定戦を始めましょう!」

「……っ!」

 

 ルシアが謎の音頭を取り始め、よく分からないがカッ! と目を見開いてアイズも臨戦態勢をとる。

 状況は読めないが、彼女を突き動かすじゃが丸は私の物! という意思。目の前の小さなエルフが言ってる言葉は何一つ理解できないが、負けられない戦いが目の前にある、やるしかないということはわかった。気がする。多分! 

 シャクティは分からなかった。

 

「我こそは! 正義の派閥より来たれり腹ぺこのえるふ! 食は人生、ご飯は15合! 三度の飯より四度の飯! 芋も大好きご飯の妖精です!」

「……っ!」

「……」

 

 何故かヘンテコな動きをして中身のない名乗りをあげるルシア。アイズは、始まった……! と身構え、シャクティは空を見上げた。

 

「わ、私はロキのところからきた! じゃが丸はじ、人生……? 人生! 毎日じゃが丸! 一食15個! 私の血はじゃが丸で出来ている! じゃが丸への愛なら貴女にも負けない! じゃが丸の剣!」

 

 ルシアに流されて同じような名乗りをあげるアイズ。何を言ってるか分からない? 大丈夫、彼女自身も自分で何を言っているのか分からない。

 彼女は流されやすい質ではない。都市中に注目される期待の新生がただの腹ぺこエルフに翻弄されているだけだ。

 

「フッ。じゃが丸の使者ですか。面白い」

「……レコードホルダーに変な肩書きを勝手に増やすな」

 

 もうどこからつっこめばいいかわからかい状況。とにかくそれっぽい不敵な笑みを浮かべるルシアに、普段ガネーシャにツッコミを入れている本能が働いて我に返ってくるシャクティ。

 ここは地獄。止められる者はいない。シャクティの手には負えない。

 

「いいから早く買ってくれよ……これが売れれば店畳んで帰れるんだよ……」

 

 そんな店員のボヤキを添えて。

 ルシアは宣言した。

 

「では、正々堂々勝負をしましょう! 最後の(ラスト)じゃが丸を賭けて!」

「うん……! やる!」

 

 アイズもやる気満々。いや、あの剣姫と競うなら冒険者として競ってくれ、その方が格好がつくから……というシャクティの脳裏に浮かんだ思考も置き去りにして。ルシアは、人差し指を立ててさも名案が浮かんだかの如く、勝負の内容をアイズに提案した。

 

「では、大食い対決といきましょう」

「どこが正々堂々だ!」

「アイタッ!?」

「私、沢山は食べれない……」

 

 思わず高いステイタスでぶん殴ってしまうシャクティ。

 大食いでは無いアイズは哀しみでしょぼくれた。大好きなじゃが丸を前に負け戦を用意され、もはや半泣きだ。

 そして、翌日都市中に噂が広まることになる。

 

【アストレア・ファミリア】の新米が【ロキ・ファミリア(大派閥)】の【剣姫(有名人)】を泣かせた、と。加えて、アストレアのところの今度の新人は、大物だぞと神々の間でも噂になった。

 後日、シャクティが自分の監督不足だと女神(アストレア)に頭を下げるのはまた別の話。



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尾ひれ付の噂、竜だけに

 

「あの忌々しき正義の派閥……【アストレア・ファミリア】に駆け出しの新入りが加入。自ら弱点を抱えるとは。奴らも存外マヌケだな!」

 

 同じ神の恩恵を受ける闇派閥(イヴィルス)の構成員。その者の報告を受けて、オリヴァス・アクトは下品に高笑い、それでいて不敵な笑みを浮かべる。

 

「それで? その格好の餌は何という名前だ。どんな奴だ。如何なる愚か者だ……っ!」

「は、はっ! 少々お待ちを。今情報を纏めます」

 

 オリヴァスが構成員に問いかけ、複数の構成員が発言役に情報を共有する。オリヴァスは纏まるのを待つ。

 

 第二級冒険者を複数抱え、平均も高く少数ながら精鋭揃い。その上、それによる機動力と正義を掲げた邪魔な思想。これまであの中堅派閥には大派閥とはまた違った意味で手を焼いていた。

 

 だが、駆け出しの雑魚を抱えたのなれば打つ手が生まれる。

 簡単な話。捕虜としてその者を捉えて彼女達との交渉手段にするのだ。

 正義の派閥である奴らが仲間を見捨てる筈もない。

 

 間違いなく人質は効果的で、都市の民衆にも広く認知されている、かの正義の派閥は闇派閥(イヴィルス)の言いなりとなる。

 ともなれば、これまでのように邪魔をしてこないように脅すことができる。

 

 そして、何よりも二大派閥(ロキとフレイヤ)憲兵(ガネーシャ)、ギルドなど邪魔な奴らにぶつけることもできる。

 オリヴァスはそこまで考えて自身に酔いしれ、笑い揺れた。従来の強敵が、強力な味方……っ! なんと痛快な状況だろうか! 

 

 面白い。そして、何より素晴らしくスッキリする。

 今まで良い様にやられてきた、面倒で強く厄介な奴らを。散々その強さを見せつけてきた奴らを。一網打尽にも、動けぬ化石にも、操り人形にもできる。

 

 最高だ、実行しないなんて選択肢はない。

 そうと決まればその新米の情報が必要だった。纏めあげたその情報を今か今かと胸を踊らせがら待つ彼を前に構成員がようやく報告をする。

 

「名はルシア・マリーン。小人族(パルゥム)よりも小さいエルフのようです。迷宮探索でもサポーターを務める程、ごく普通で非力な駆け出しの冒険者、オリヴァス様の認識で間違いありません」

「ふはははっ! 本当に格好の餌だな! 狙ってくれと言わんばかりだっ!」

「どうされますか?」

 

 誰が実行役を行うか、それを問われオリヴァスはカッ! と目を見開く。

 

「当然、私だ。私が行こう! そんなひよっこ一人このオリヴァスの手にかかれば簡単に手に入る……!」

「はっ! では、我々は待機ということで。計画に必要なものは手配します」

「ふむ。ところで、本当にただの娘か? 中堅といえどあの【アストレア・ファミリア】だ。自分たちの立ち位置を理解してない奴らでもあるまい」

 

 事は順調に進みそうだが、どうも相手が不用心過ぎるのが引っかからないでもない。

 彼女達の性質上、弱き者を餌にした罠を張ることなどないが、罠の可能性も捨てきれない……。

 

「え、えっと……特に問題ないかと。奴らが本当に愚かだったとしか……。あぁ。でも、そういえば」

「何だ?」

「噂では、その新米があの【剣姫】を泣かせたとの情報も入ってますが……」

「えっ」

 

 そもそも彼の情報が回ってきたのはかの【剣姫】とじゃが丸くんを取り合い、その結果彼女を泣かせたからだ。それにより民衆が少し騒ぎ、オリヴァスの耳にまで入ってきた。

 否、オリヴァスの耳には結果のみが届いた。故に。

 

「……計画は変更だ。貴様らでまずその娘と接触してこい」

「は、はぁ……」

 

 オリヴァスは、明確な格下しか相手をしなかった。少しでも不安要素があれば、引く質だ。

 それはいずれ、『口にしたものは精々自分と同じ蟲止まり』と評される程に。

 

 要するに、ちょっとビビった。

 本当はただの腹ぺこドラゴンだとはこの時の彼は知る由もなかったのだった。



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まっくろすけな拳

 

 シャクティは油断していた。というより、考えることが多くて忘れていた。

 今は暗黒期で、闇派閥(イヴィルス)が【アストレア・ファミリア】にできた弱点を。ルシアを狙わない訳が無いということを。

 

「ルシア、どこだ……!」

 

 いつものようにバイトの帰りに連れ添うつもりだったが、団員に呼ばれて闘技場の前で待たせていた。だが、それがいけなかった。

 少し。ほんの少しの間、目を離しただけ。

 その考えは甘く、そしてその愚かな判断を今の迷宮都市は許してくれなかった。

 

 ―――戻ってきたら、ルシアの姿がない。ルシアは、連れ去られた。

 

「団長!」

「居たか!?」

「いえ……! こちらにも……!」

「そうか。くっ……!」

 

 一緒に捜索してくれた団員の成果もなし。シャクティは、自分の愚かさを恨む。

 

「捜索範囲を拡げろ。それと、闇派閥(イヴィルス)の対応や治安維持活動をしている要員を少しこちらに割け」

「はっ……!」

 

 部下に指示を出す。

 これでも見つからなければ本格的にギルドを通してギルド傘下の派閥に協力を仰ぎ、捜査を拡大させなければならない。

 

 当然、【アストレア・ファミリア】にも報告をし、協力を要請しなくてはいけなくなる。とはいえ、彼女達は頼まなくとも動くだろうが。

 

 雇元の責任者としてこのような事態を招いてはいけなかった。そして、それ以上に、このままでは自分を信頼して彼女を託してくれた主神ガネーシャと女神アストレアに合わせる顔がない。

 

「ルシア……」

 

 彼女を助けるために駆け回る。

 闇派閥(イヴィルス)の目的が予想通りなら命をすぐに取られることはないだろうが、危険には変わらない。それに、危害を加えられない訳ではないだろう。

 だが、それでも。どうか、無事でいて欲しいという願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闘技場前にて、闇派閥(イヴィルス)の構成員はルシアを拉致し、周囲の目が逸れた隙に馬車へと積んだ。

 しかし、運び出す途中でルシアは馬車から脱出した。そして、路地裏へと逃げ出した。

 

「待て!」

「……っ!」

 

 追っ手の声を背中に浴びながらルシアは駆ける。

 彼女は、今の状況を至って冷静に理解している。オラリオの近況も、アリーゼ達の活動も事前に聞いている。

 

 そもそもアストレアがルシアを匿った理由の一つに、都市の治安の悪さから保護することもある。

 とはいえ、今は【アストレア・ファミリア】に所属したことが災いしているのだが。

 

 闇派閥(イヴィルス)にとって今の自分は格好の餌。加えて、ファミリアの弱点だ。

 狙われる理由も充分わかっている。

 

 アストレアの慈悲が招いた結果だとしても、光の神バルドルを見つけるまで世話になることはルシアにとってもメリットがある。

 簡単にアストレアのミスを非難できない。

 

 今、【アストレア・ファミリア】に迷惑をかける訳にはいかない。

 バルドルを見つけるまでの間、世話になる必要がある。アストレアの慈悲、アリーゼ達の厚意。それら、恩に報いる必要はあっても仇で返す必要性はない。

 故に、ルシアは闇派閥から逃げる。抵抗する。

 

「捕まえたぞ!」

「……っ! 離してください……!」

 

 しかし、ルシアは恩恵を貰ってすぐの駆け出し。逃げ足だって備わっていない。

 闇派閥の構成員達からしたら多少逃げ出されたところですぐに追いつけた。

 

「この……! 無駄な手間掛けさせやがって!」

「うっ!?」

 

 再度捕まったルシアは蹴り飛ばされる。

 逃げ込んだ先が誰もいない路地裏だったとはいえ、相手の計画を狂わせる可能性があった。向こうも少しは焦る。

 加えて、生意気な獲物にイラついた。

 

「また脱走できないように痛めつけてから馬車に積むぞ」

「了解」

「……ぅ…………っぁ…………!」

 

 蹴られて転がったルシアは、再度立ち上がって逃げ出そうとするが、彼女の『耐久』では闇派閥の一蹴ですら耐えられない。フラフラと立ち上がったかと思えば、すぐに転けてしまった。

 そして、横になったところにまた蹴りが入る。

 

「オラッ!」

「ぅぁ……っ」

「追撃だ。嬲ってしまえ。多少斬り伏せても構わんだろう!」

「そうだな!」

「……っ!」

 

 物のように転がったところに数人の闇派閥が取り囲み、ルシアを殴打する。何発も、何発も拳がルシアを襲う。真っ先に頭を抱えて蹲ったが、身体の方はどうしようもない。

 背中も、腹も、腕も激しい痛みと苦しみに苛まれた。

 

「……っ……ぅぁ……!」

「【アストレア・ファミリア】がっ! くたばれ!」

 

 やがて、ルシアを攻撃する闇派閥は日頃正義の派閥に受けた鬱憤を流れに任せて彼女への暴行に上乗せした。

 武器を手に取り、剣で彼女の身体を斬りさき、逃げられないよう矢で足を射抜いた。

 

 ルシアの身体は血塗れで、赤く腫れた打撲痕や切り傷だらけの腕で鮮血を流しながら、足を引き摺ってでも彼らの隙をついて逃げようとし続ける。

 

「逃がすか!」

「……っ!」

 

 捕まる訳にはいかない。女神にも、正義の眷属達にも迷惑をかける訳にはいかない。

 捕まる訳には……いかない……! 

 瞼が腫れて、視界が狭い。その視野を覆うような闇派閥の手がルシアを捕らえようと伸ばされる。

 

 その魔の手の奥で。

 ルシアは人影を捉えた。

 闇派閥ではない。彼女を狙う者たちの背後に現れた、武器などを()()()()()()者の影。

 

「―――楽しそうなことしてるじゃん。私も混ぜてよ」

「はっ?」

 

 ルシアだけが認識していたその者が、口を開くと。背後を取られていたにも関わらず、気づいていなかった闇派閥が驚いて振り向く。

 だが、振り向いたその先に待っていたのは拳。まずは一人。振り抜かれた拳に吹き飛ばされる。それは、ルシアの頭上を超えるほどの超威力の直線上。

 

「なっ!? 何者―――」

「うらぁっ!!」

「がっ……!?」

 

 また闇派閥の構成員が殴り飛ばされる。瞬く間に彼女は移動し、ルシアを囲っていた者の一人に接近していた。

 ルシアのステイタスで捉えられるのは、風を切る音。それは三拍。彼女が移動する時と、拳を振るう時の風切り轟音。そして、対象に拳がめり込んだ時の鈍く、響く音。

 

 視覚では無理。動きは目で追えない。

 ルシアはただ、呆気に取られて眺めている間。我に返って来るまでの間に、彼女の拳は、返り血の染められていった。

 あまりにも強引で尚且つ真っ直ぐで単純明快。だからこそ、美しいものもあった。

 

 やがて、ルシアは彼女が金髪の人族(ヒューマン)だと認識できた。

 そして、その頃には闇派閥は皆ルシアの周囲に呻き声を挙げながら横たわっていた。

 この場で立っている者は一人、返り血の赤が重なり過ぎてドス黒くなり、拳に色を与えている彼女のみ。

 

「こ、【黒拳】……」

 

 瀕死の誰かが呟いた。最近オラリオに現れた喧嘩屋。

 返り血を重ねすぎると黒くなるその拳が彼女の名前の代わりになった。誰もまだ、彼女の本当の名前を知らない。素性不明。

 死屍累々、倒しきった闇派閥を見渡して彼女は、ふぅっと一息入れながら汚れた手で自身の髪をかきあげる。

 

「ふーん、闇派閥(イヴィルス)って言ってもこんなもんか。一回()り合ってみたかったけど、案外大したことないっていうか……もう金輪際いいかな」

 

 好き放題殴り倒しておいて、好き勝手に感想を述べる。誰も口を聞けない、聞けなくしたのでその評価を甘んじて受けるしかない。

 彼女は、【黒拳】は、ルノア・ファウストは迷宮都市オラリオが暗黒期に突入したと耳にし、腕試しのつもりで乗り込んできた。

 そして、今、噂の闇派閥(イヴィルス)の品定めが終わった。

 

「で、あんたはなんでタコ殴りされてたわけ?」

「えっ」

 

 まさか喋りかけてくるとは思ってなかったので、ルノアに声をかけられたルシアは戸惑う。少し言い淀んで返答をしようと口を開いたが、彼女の方が早かった。

 

「まあいいや。興味なかったわ。大丈夫? あー……別にあんたを助けたつもりじゃないんだけど、ついでっていうか一応? まあ大丈夫そうには見えないけど」

「えっ。あぁ、えっと。だ、大丈夫です。殴られたり斬りつけられたりは慣れているので」

「……いや、反応しづらいわ」

「す、すみません」

 

 昔、迫害されていた時によくあったので慣れているのは本当だが今言う必要はなかった。ルシアも状況が飲み込めず、ルノアの登場で一瞬で場が一転したので錯乱して自分でも発言をコントロールできなかった。

 

「何。オラリオって日常的にこんなことあるくらい治安悪いの?」

「悪いには悪いですけど、私はちょっと事情がありまして……」

「ふーん」

 

 ルノアが横たわる闇派閥達を大した獲物じゃなかったとでもいうような視線で見渡す。

 

「はぁ~あ。やっぱ賞金首になってる奴らの方が手応えあって良さそうだなぁ。お金も稼げるし」

「あ、あの……」

「んっ? 何?」

「助けて下さりありがとうございます……」

「いや、だから別に助けた訳じゃないって。言わなかったっけ」

「それでも感謝してるので」

「あっそ」

 

 何度説明しても頭を下げるルシアに、ルノアも面倒くさくなって受け入れて適当に返す。

 だが、どうもルシアの言いたいことは感謝ではなく、その先にあるようだ。加えて何か言いたげな彼女の態度にルノアも察する。

 こういう打算的な意思にルノアは経験上敏感だ。

 

「あの……」

「今度は何」

「お願いがあります。私に戦い方を教えて頂けませんか?」

「は?」

「も、もちろん無償ではないです。きちんと報酬も払います。それなりにお金も持ってます。時間も取りません。一週間ほどでいいので。その期間である程度身につけてみせます」

 

 少しルノアの眉間に嫌な機嫌が現れたので圧されつつも、ルシアは相手を最大限考慮した自分の願いを畳み掛けるように提案した。

 ルノアは、ルシアの持ち物に描かれたエンブレムを一瞥する。

 

「……あんた、【アストレア・ファミリア】でしょ。まあまあ中堅の。私なんかに頼らなくても教われる環境あるじゃん」

「それは……その通りなんですけど、これ以上は頼れないというか頼りたくないというか……あまり特定の人達にばかり借りを作りたくないので……」

「はぁ? 何それ」

 

 イマイチ事情が把握できないし、ルシアも遠慮がちなのかハッキリと物を言わないから余計真意が分からない。

 めんどくせぇなぁとルノアは内心で悪態をつく。

 

「あー。もう分かったよ。教えてあげる。その代わり、高いよ?」

「……っ! はい、構いません。ありがとうございます!」

「あと、一週間で盗めるほど私の技術は安くないから」

「す、すみません。でも、できる限り頑張りますので」

「……付け焼き刃は危険だって言ってるんだけど? 一週間よりもうちょっと面倒見てあげるからお金頑張って用意しなよ」

「はい。分かりました」

 

 相手の事情とか首突っ込むのは面倒くさくて御免だけど、良い金蔓でもある。

 賞金首を狙うよりリスクは低いし、中堅派閥のお抱えならそれなりに裕福(ボンボン)だろう。報酬も期待できる。

 だから、ルノアはルシアの依頼を承諾した。

 

「私、ルノア。あんたは?」

「ルシアです」

「なんか名前似ててややこしいな」

「す、すみません」

「……なんで謝んのよ」

 

 やっぱり面倒くさそうなエルフ。

 ルノアが名前の似てる彼女に抱いた最初の印象は、その一点だった。

 こうして、路地裏で、賞金首稼ぎの黒拳とドラゴンエルフは契約を結んだ。



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どらごんぱわーで器物損壊

 

「遅い」

「すみません……」

 

 ルノアにお願いした特訓。ルシアは初日から遅刻した。

 初日から。

 

「あんたから頼んできた事でしょ。なんでよ」

「そ、その……闇派閥(イヴィルス)に拉致された件を踏まえて派閥(ファミリア)内で私を一人で外出させるのはやめようという話になりまして……」

「それで?」

「ルノアさんのところに行こうにも誰かしらついてきそうになってしまい、説得していたら遅れました」

 

 正座で反省の意を表現しながら求められるがままに淡々と経緯を説明するルシア。

 恩人とはいえ、偶然出会ったルノアに仲間を差し置いて指南をお願いしたことを知られれば不審に思われるし、自分達が指南すると言うに決まっている。故に、なんとか誤魔化して来たということだ。

 

「何やってんだよ……。貸し作りたくないとか言って、仲間に頼らなかったら逆に面倒なことになってるじゃん」

「はい。自分でも浅はかだったと思います……。此の度は、こちらからの申し出だったにも関わらず誠に申し訳ありませんでした……」

 

 腹ぺこ人生ン十年。ルシア・マリーン、心からの反省である。

 ぺこりと綺麗に背を畳む。コイツ、やたら土下座似合うな……という印象も相まってルノアは呆れる。

 

「はぁ。もういいよ。ほら、ささっと始めようよ。あんたと無駄な時間過ごす必要性ないから」

「わかりました。では、お言葉に甘えて……今日からよろしくお願いします」

「はいよ」

 

 気を取り直して二人は特訓を始める。

 場所は待ち合わせに使えそうな大きな木がある広間だ。都市民の住居が近くに沢山ある。

 

「まず、あんたの依頼は戦い方を知ること。だったよね」

「はい」

「最初に言っとくけど、私ステゴロしか知らないからそれしか教えられないけどいいの?」

「大丈夫です。問題ありません」

「そっ。なら、基本から対人戦のことまで順に教えるからちゃんと吸収しなよ」

「はい」

 

 ルノアが事前に注意事項を伝え、ルシアは二つ返事で頷いて返していく。

 全て了承した上でルシアはルノアに教えを乞う。

 

 ルノアはただの喧嘩屋でもあるが、賞金首を狙い、それで生計を立てている。いわば喧嘩の専門家(プロ)でもあった。

 都市に来る前から同じような生活をしてステイタスもLV.3。実力も確かだ。

 

 そんな彼女の戦い方はほぼ独学だが、経験から基づいているため、合理性があった。

 何より実績が数字に現れている。経験則や独学も結果が出ているならばバカにできない。

 ルシアから見て彼女から教わる拳の技術も戦う上での心得も唸るものがあった。

 

「んじゃ、ここにさっき言った通りに撃ち込んでみな」

 

 一通り基本的なことを学んだ後、実際やってみろと言われた。

 ルノアが的にする木を軽く叩いてみせる。

 だが、ルシアは戸惑った。

 

「えっ。この木は公共物では……? 傷つけるのは良くないかと」

「エルフはお堅いなぁ。安心しなよ、駆け出しの冒険者の拳なんてヘナチョコなんだから。今のあんたよりこの木の方がよっぽど強いよ」

「な、なるほど……?」

 

 困惑しながらも通ってるような通ってないような理論を説いてくるルノア。それに対するルシアは首を傾げならも無理矢理納得する。

 そして、思い切って言われた通りに殴ってみた。

 

「ふんっ!」

 

 腰を低くして体幹を意識し、思い切り拳を打ち込む。

 ドン!! と音が響く。加えて、ミシィ!! と音が反響した。

 

「「……………………ミシッ?」」

 

 根拠の薄い大丈夫でしょ! というルノアの言葉を信じて拳を入れたら嫌な音がした。うん、とても嫌な予感がする音。

 二人は冷や汗をかきながらまさか……と思考が過ぎる。

 そして、次の瞬間。予想通り、木が大きな音を立てて傾き始める。

 

「ヒョ、ヒョエッ…………」

 

 自分が殴ったことで倒れる木を目にしてルシアの顔面は蒼白。風に流されそうなほど消え入りそうな声を漏らし、突然のやらかしに焦りながらルノアに助けを求める。

 

「えっ!? 木が倒れ……て、えっ!? どうしましょう! ルノアさん!!」

「逃げるよ」

「なるほど、逃げっ……えっ!? 逃げっ!? 逃げる!? えぇ!?」

 

 耳を疑った。犯罪では!? 

 しかも振り返った時にはルノアは走り出し、ルシアには遠のいていく背中を見せていた。

 

「走れ! ルシア!」

「ちょ、ちょっと。待ってください! ルノアさん……!」

 

 公共物をぶっ壊して人に見つかる前に逃げる、なんていうのはルシアの性格では無いが、ルノアにつられて逃げてしまった。

 見つかる前に現場に居なければ無罪でしょ! とルノアが走りながら解くがそんな訳無くないですか!? とルシアが困惑する。

 やがて、二人は元いた広間からかなり離れた場所で息をついた。

 

「あ、あんたどんな馬鹿力してんのよ……。エルフのパワーじゃないでしょ。ほんとはドワーフなんじゃないの!?」

「あぁ~えっと……ドウナンデスカネ。アハハ……」

 

 肩で息をしながら目を逸らすルシア。心当たりが無い訳では無い。

 ルシアはドラゴンである。つまり、恩恵(ファルナ)が無くとも生まれつき力持ちだった。そんな(パワー)で思い切りぶん殴ったものだから、木が折れても仕方ない! ということである。……逃げたことは弁明のしようがないのでは? 

 

「ル、ルノアさんの教え方が良かったのかもしれません!」

「しれっと私に罪擦り付けようとしてない!?」

 

 何とか誤魔化そうとしたら恩を仇で返してしまった。この教え子も、実に酷い。

 それはそうと、ルノアはルシアの拳を思い返す。

 

「でも、まああんたの馬鹿力を差し引いてもしっかりと打ち込めてはいたし。筋がいいのは本当かもね」

「はい。何だか掴めた気がします。もっと教えてください。ルノアさんの『物損パンチ!』を……!」

「だから、私のせいじゃないから! てか私の拳に変な名前つけんな!」

 

 ぐっ、と拳に力を込めるルシア。このエルフは……とルノアは責任転嫁女に翻弄される。

 とにかく、安全なところまで逃げてこれたから、ルノアは路地裏の冷たい地面に座り込んで休んだ。そんな時、ふと思い出す。

 

「そういえば、私があんたを助けた時にあんたを引取りに来たの【アストレア・ファミリア】じゃなかった気がするんだよね。どう?」

「はい。【ガネーシャ・ファミリア】のシャクティさんです」

「【ガ―――。あんた、とことんボンボンじゃん……」

 

 まったく、この責任転嫁エルフの口からは中堅派閥や大派閥の名前ばかりが出てくる。

 LV.1の駆け出しのくせに自分より条件のいいファミリアに、良い環境にいる。別にそこに劣等感を抱く背景はルノアにはないが、今のルシアは誰が見ても幸運だ。妬ましいというよりはちょっと羨ましい。

 

「シャクティさんは【ガネーシャ・ファミリア】の団長さんで、とても良い人です。あの後、私のことを抱き寄せてくれました」

 

 ルシアがシャクティという人物について教えてくれる。その瞬間の彼女の表情は今まで見た中で一番穏やかだ。

 だが、ルノアはシャクティの人物像とかこの前助けた時の事後の話とかそんなのは訪ねてない。

 

「は? 何、自慢?」

「い、いえ。そういう訳では……。その、他人に大切にされるのが初めてだったので実はずっと浮かれていて……。すみません、関係の無い話をしてしまいました」

「……あんた、派閥に恵まれた良い育ち(ボンボン)じゃないの?」

「えっ」

「この前もさ。なんか斬りつけられるのは慣れてるーとか言ってたじゃん。そういう暗い背景? 今のあんた見てても……なんていうか、印象無いんだよね」

「あぁ。えっと……」

 

 大切にされるのが初めて、を裏返せば大切にされたことはないということ。殴られたり斬りつけられたり、そういうことが慣れてると言ってたのも多分ホント。

 でも、今のルシアからそれを感じ取るのは難しい。ルノアの経験を通してもまあ確かに理不尽な暴力を受けたことはありそうな身体、とかろうじて分かるレベルだ。

 

「その、そもそも【アストレア・ファミリア】に加入したのは最近で、シャクティさんに良くしてもらってるのもつい先週からの話です。私は元々エルフの森で肩身の狭い生き方をしていました」

 

 ルシアが自分の生い立ちについて述べる。ルノアが自身に抱く印象もルシア自身の言動が不一致なこと、それはなんとなく理解出来た。だから、一から説明する。

 ルノアも口を閉じて聴く姿勢を取る。胡座をかいてたり凄く治安の悪い座り方だが。

 

「森から出た後は旅を長いことしていましたし、その時も決して余裕があった訳ではありません。それなりに過酷でもありました」

 

 色んな場所に行った。そして、何度も怪物(モンスター)と認識されて襲われた。

 怪物(モンスター)にだって襲われる。ルシアという生き物にとって、世界の全てが彼女を拒否した。同一の存在がいないからだ。

 

「だから、その……多分ルノアさんが思ってるほど私は恵まれてはいないかと」

 

 これまでの人生を振り返るとルシアは伏し目がちになる。

 思い出したくないことばかりだ。

 

「……確かにあんたの生い立ちは私の想像より酷そうだね」

 

 ルシアの身体的な特徴など核心には触れていないフワッと概要だけを掴んだ生い立ちの説明だったが、ルシアの表情なども含めてルノアには充分その苦しさが読み取れた。

 だが、だからこそ()()彼女への印象は変わらなかった。

 

「でも、やっぱあんた恵まれてるよ」

「えっ?」

「私はあんたみたいに良い居場所に辿りついたことないし。今もこうして一人でフラフラしてるし。ファミリアだって点々と改宗(コンバーション)してる」

 

 次はルノアが脳裏で想起(フラッシュバック)する。

 

「あんたにとって【アストレア・ファミリア】が一時的に厄介になってるだけの場所だとしてもさ。そんだけ大切にして貰ってるなら、あんたはやっぱ恵まれてるよ」

 

 これまでの居場所に大きな不満があった訳では無い。

 だが、ルシアが今いる居場所のような心穏やかになるところに所属したことはない。そんな場所に改宗できるような人間でもないと自分で評している。

 

 無縁だったものがルシアという存在と共に少し身近に感じた。

 だから、余計な思考が入ってきちゃったんだ。そういう環境に入れる人間になったら、そんな勇気が自分にあったら人生はどう変わるんだろうって。

 

「……そう、ですね」

 

 ルノアに指摘され、ルシアは自覚した。

 確かに【アストレア・ファミリア】もシャクティも好きだ。とても居心地がいいし、お気に入りの人達だ。

 でも、まだ本当のことを打ち明けられる場所じゃない。シャクティは受け入れてくれるが、彼女一人で自分のことを背負うのは無理がある。

 

 それに、ルシアの気持ちは変わらない。世界に自分の居場所はない。

 あったとしても好きな人達を困らせてしまう。

 だとしたら、諦めてしまった方が心が楽だ。

 

 特訓と逃走で熱くなっていた身体がもう冷めてきている。

 ルノアの言いたいことはわかった。そして、ルシアも同意する。

 

 確かに、最期の場所にはとても良い選択だった。正義の女神に拾われたことは、こんな自分でも多少は頑張って生きたと世界がご褒美をくれたのかもしれない。

 そう考えると、まあ恵まれてると言えるかも。ルシアはルノアに見えないところで少し口角を上げた。



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どらごんぼでぃは居場所がない

 

「物損パンチ! 物損パンチ!」

「その掛け声やめろ!」

「えっ。毎日感謝の正拳突きなんですが。あっ、もしかして『器物損壊パンチ!』の方が良かったですか?」

「良い訳ないでしょ!?」

「アイタァッ!?」

 

 今日も今日とて、ルシアはルノアに特訓をつけてもらっている。前使っていた広間には居づらくなったので、それ以降は市壁の上での特訓だ。

 素振りに掛け声をつけるルシアにゲンコツを食らわせるルノア。内容に差異はあれど毎度おなじみとなってきた光景だ。……このふざけたエルフめ、内心でそう悪態をつくのももはや最近の日常。

 

 闇派閥(イヴィルス)に拐われそうになってから1ヶ月。その時以降、シャクティら【ガネーシャ・ファミリア】の監視も厳しくなり、【アストレア・ファミリア】をルシアを守る体制を強固にした。

 彼女達の手の届かない時間にはルノアが一緒にいる。今のルシアは磐石だ。大派閥に中堅派閥、凄腕の賞金首稼ぎに囲まれている現状はもはや都市で一番安全とも言えるだろう。

 

 ―――『あんた、やっぱ恵まれてるよ』

 

 最初の特訓でルノアに言われたことがそのまま今の状況だ。

 ルシアは人に恵まれ、派閥の運が強い。

 だから、傍から見れば『居場所』を見つけたように見えるだろう。

 

「今日もありがとうございました」

 

 訓練も終わり、ルシアが頭をぺこりと下げる。

 

「んっ。だいぶ身についてきたね。そろそろ教えることも無くなってきたよ」

「ほんとですか? それは……嬉しいですけど、ちょっと寂しいですね」

「寂しいって、なんでさ」

「だってルノアさんにこうして会いに来る理由が無くなっちゃうじゃないですか」

「なっ……! はぁ!? 何言ってんの。別に普通のことじゃん!」

「はい。偶然の巡り合わせがなければそれが普通でした。でも、私はルノアさんのこと、結構好きです。一緒にいて楽しいです。なんだか、『友達』がいたらこんな感じなのかなって思います」

「いや、意味わかんないし。何それ」

 

 どこでそんな気に入る要素があったのよ、と思いつつも満更でもないルノア。

 あまり他人に好意を寄せられたことがない彼女にはその方面の耐性があまりないのだ。

 

「ていうか、報酬の件忘れてない? まとめてキチンと払ってもらうよ」

「はい。もちろんです。明細書を作ってきたので先に渡しておきます。金額が納得できるものか確認しておいてください」

「んっ」

 

 丁寧に羊皮紙に記されたものを手渡しするルシア。ルノアが受け取ったのを確認すると、ルシアはまた頭を下げた。

 

「では、今日はこれで失礼します」

「……っ! あ、あぁ……うん」

 

 ルシアが去る。

 残ったルノアは羊皮紙を手に瞠目した。

 

「……1年は稼がなくても生きていける額じゃん」

 

 記された金額の衝撃に驚かされる。

 しかもこれで確認して気に食わなければ申し出ろと言う。

 言えばもっと出そうだが、逆にそれに恐怖心を抱く。……これ以上はいいや。

 

「ったく。金銭感覚狂ってんの? 優良派閥のお抱え(ボンボン)だから?」

 

 それともハイエルフだからだろうか。ルシアに以前さり気なく聞かされた。自分はハイエルフだと。全然見えないので少し驚いた。

 詳しくないし、ハイエルフに会ったこともなかったので普通とエルフとの見分けはつかないがそれを差し引いてもルシアは高貴(ハイエルフ)には見えなかった。本人もそんなのは自分だけだと加えた。

 

 だが、真実はどれも違う。ルシアは貯金をする気がないだけだ。先のことを考えれば、恩を感じた人間と生活に割くのがベストだと考えた結果、出費に迷いがない。当然、ルノアは知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルノアと別れた後、【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)『星屑の庭』へと帰還したルシア。

 特訓で流した汗を流そうと浴場へ直行する。本拠に誰もいないのは確認済みだ。

 

 そして、服を脱ぎ、ルシアの特殊な身体……翼や尻尾の生えたそれを顕にした時。

 浴場にもう一人、現れた。

 

「……っ! あっ!」

「んっ? あぁ、ルシア…………かっ―――」

 

 入ってきたのは輝夜。

 ルシアは想起する。自分が派閥の仲間に放った忠告を。

 

『部屋に入る時はノックして返事から3秒待ってください。面倒をお掛けしますが、エルフですので考慮して頂けると有難いです。えぇ、エルフなので。私はエルフなので』

『何故三回言う……?』

 

 ドラゴンの身体を見られる訳にはいかない。

 そのための対策だったが、浴場では注意を払っていなかった。本拠内に誰もいないのを目視で確認すれば充分だと思っていたからだ。

 だが、それは過失(マヌケ)だった。

 

「なん、だ……その…………身体は………………」

 

 特徴的な黒く長い髪が揺れる。綺麗な藍色の瞳は見開かれ、瞠目する。

 唖然とする輝夜。彼女の脳裏にしっかりと刻まれる。ルシアのあられのない姿、その真実を。

 二人の間に酷い空気が漂った。

 

「ルシア……貴様、なんだその翼は……なんだその尾は…………っ。まるでモンスターのそれだぞ、それは」

「か、輝夜さん。その、これは―――」

 

 ルシアも動揺する。

 目が泳ぎ、この場をどう乗り越えようか思考が巡る。だが、冷静に打開策など考えられない。

 当然、ルシアの思考がまとまるより先に輝夜が口を開いた。

 

「お前は何者だ、ルシア。アストレア様は何故お前を眷属に迎えた……っ!?」

「……っ」

 

 そうだ。忘れていた。

 多少良いことがあって、それを自覚して勘違いしていた。

 運なんてない。あったとしてもアストレアに拾われた時に使い果たしたんだ。

 

『居場所』なんて、どこにもない。



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私みたいな馬鹿

 

 思わず本拠(ホーム)を飛び出したルシアは目的もなく走る。

 見られた。もう居られない。また、受け入れられない。

 その思考だけが彼女の脳内を支配していた。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 良い人達だった。ちょっと好きになっていた。でも、彼女の表情は曇っていた。

 不審、疑惑、畏怖、憎悪、悪寒。そして、敵意。

 ルシアという特異な存在に向ける視線と人類の敵である怪物(モンスター)に向けるモノ。輝夜はそれらを浮かべていた。

 

「……っ!」

 

 下唇を噛む。

 女神の慈悲で温い環境に浸かって忘れていた。ルノアの言葉に納得してしまっていた。

 思い出せ。これが現実だった。

 ここから先の展開は嫌でも予想できる。何度だって経験してきた。

 だから―――。

 

「ルシアじゃん。あんた、こんなとこで何やってんのさ」

「……っ。ル、ルノアさん」

 

 声をかけられて顔を上げたらその先にはルノアがいた。つい数時間前に別れたばかりの恩人だ。

 いつもなら特訓が終わればその日は会うことがない。故にルノアも怪訝に思った。

 

「どうしたんだよ。そんな息切らして。何か……あった訳?」

「え、えっ……と、その……」

 

 言えない。ルノアに問われてルシアは言い淀む。

 それに、ルノアが踏み込んでくるとは思わなかった。当人も彼女相手にそこまで踏み込んで聞く関係ではないと思ったのか、少し言葉が詰まった。結局、尋ねることにしたようだが。

 

「ルノアさん……! 私は―――」

 

 そうだ。誰かにバレた時は居場所を追われる。オラリオにも居られなくなる。その事を思い出した。

 と、なればルノアへの報酬は早く支払ってしまわないといけない。そう思って、口を開こうとした、その時。

 

「ほう。貴様が【黒拳】か。律儀にその娘の傍にいるとはな。手間が省けたぞ」

「「……っ!」」

 

 突如、割って入る声。そして、ルノアの背後から白いローブを纏った者たちを連れた一人の男。白い髪を無作法に伸ばしたその風貌は特徴的で、都市の記憶にも刻まれている。

 二つ(通り)名は、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】。オリヴァス・アクト。闇派閥(イヴィリス)の幹部であり、つまりは彼が率いる者たちが―――闇派閥(イヴィルス)だ。

 

「は? あんた達、誰―――」

「やれ!! お前たち!!」

 

 ルノアの問いかけを無視し、オリヴァスが叫ぶ。

 すると、闇派閥の男達が一斉に魔剣を構えた。そして、標的を定め、振り下ろす。

 

「なっ!?」

 

 ルノアが目を見開く。魔剣による火炎が、暴風が、雷鳴が。自分たちに向かって飛んでくる。

 しかも街中だ。正直ルノアは避けられるが、後ろには駆け出しでステイタスのしょぼいルシアがいる。

 

 いや、そんなこと知ったこっちゃない。こんな1ヶ月くらいしか付き合いのない()、放っておけば……ってできる訳ないでしょ! 

 ルノアは全力の反射神経でルシアの方に振り返り、彼女に飛び込んだ。

 

「ルシア!!」

「……っ……ぁ」

 

 ルシアは反応すらできていない。そんな彼女を抱えてルノアが魔剣を避けつつ、二人で地を滑る。肩を晒していたルノアは少し出血した。

 それに、魔剣による攻撃も掠った。背中が熱い。痛い。

 

「うっ……! ぐっ!」

「ルノアさん……!」

 

 ルノアにしてみれば軽傷だが、それでも自分が原因で攻撃を受けたことくらいはルシアにもわかった。だから、彼女の名を叫び心配する。

 街中で突然魔剣を振りかざした暴族共。そんな者が現れれば都市の民衆は大混乱になる。加えて、今は暗黒期で闇派閥の悪名は浸透している。彼らが何者か皆、即座に理解できる。

 

「うわあぁぁぁーーー!! 闇派閥(イヴィルス)だ!」

「暴れてるぞ……! 逃げろ!!」

「誰か、冒険者を呼んでーーーっ!!」

「きゃああぁぁあーーー!!」

 

 周囲にいた人々が狂乱する。皆が逃げ、叫ぶ。

 その中を悠々と歩き、ルノアとルシアに寄ってくる者たち。集団を導くオリヴァスは、ルシアを抱えて倒れ伏せているルノア、そしてまたルシアに視線を動かして口角を上げた。

 

「くくく……っ。遂に会ったな、ルシア・マリーン。愚かな【アストレア・ファミリア】が抱えた弱点よ。邪魔をする【黒拳】を沈め、貴様を奪ってやるぞ。ルシア・マリーン……っ!!」

「……っ。闇派閥(イヴィルス)……! ですか……!」

「そうとも。私はオリヴァス。混沌の使者にして、闇派閥(イヴィルス)の幹部! オリヴァス・アクトだ。幹部であるこの私、自ら直々に出向いてやったぞ。そこな【黒拳】の邪魔を防ぐためになぁ……!!」

 

 ルノアに指を差し、不敵な笑みを浮かべるオリヴァス。

 対するルノアは自身の身体についた土埃を払いながら立ち上がり、向かい合った。

 

「また懲りずに狙いに来たって訳だ。案外、諦め悪いんだな」

闇派閥(イヴィルス)を脅かす者、我らに敵対する者は決して許さぬ。貴様が我々に手を出した時点で、貴様が標的になるのは決定していたのだ……!」

「ふーん。そっか。まあ別にいいよ。前のと違ってあんたは骨がありそうじゃん。そんなぞろぞろ連れて、魔剣なんか使わないでさ。私と一対一(サシ)でやろうよ」

 

 周囲の建物が燃え盛る中、黒い煙が昇り、その中でルノアは拳を構えて人差し指でオリヴァスを招く。

 元々腕試しの意味も込めてオラリオに来た彼女にとって、強者からの挑戦状は受けて立った。

 やる気満々で相手を指名し、自身の求めるスタイルを口にした彼女に、オリヴァスは目を細めて鼻で笑う。

 

「ふん。確かに私は貴様と同じLv.3だ。だが、正面からやり合うつもりなど毛頭ない! 愚かな冒険者とは違い、勝つことに意味があるこの時代の戦いで手段など選ばぬのだ……!」

「なっ!?」

 

 魔剣による砲撃が再び放たれる。次はルノアが標的だ。

 

「この野郎……っ! そう何度も……!」

「本命は私だ!!」

「なぁ!? ぐっ……ぁ!?」

 

 砲撃を避けるために後方を退いたルノアに、爆炎により立ち登る黒煙の中から出現したオリヴァスが追撃を加える。

 斬撃はルノアを抉り、彼のステイタスが織り成す力に彼女は地面に叩きつけられ、跳ねて転がった。

 

「…………っ!! うっ……! っぁ……!?」

「ルノアさん!」

 

 後方に吹っ飛んだルノアを、目で追うルシア。振り返りながらその名を叫んだ。

 振り返ったその先でルノアは負傷し、動けなくなり、悪態をつく。

 

「ちょ……っ! 卑怯だろ!?」

闇派閥(イヴィルス)に逆らう者には容赦はしない! 一矢報いたぞ、【黒拳】! ふははははっ!」

 

 多勢に無勢に、不意打ち。そうして膝をつけさせたルノアに、オリヴァスが余裕を持って歩み寄る。その手には武器を踊らせている。

 

「【黒拳】よ、トドメを刺してやる。我らに敵対した己の愚かさを呪いながら朽ちるがいい……!」

「……っ!」

 

 ルノアもまだ抵抗できるが、オリヴァスと実力はほぼ拮抗している。負傷した状態で万全の彼に近付かれては追い込まれてやられてしまう。

 オリヴァスが一歩踏み出す事に彼女に命の危機が迫る。

 その光景を目の前にルシアが焦る。

 

「待ってください! ルノアさんにやられた被害を考えれば、もう仕返しは充分な筈です。それに、あなた方の目的は私では! 私は抵抗せず、従います! だから、もうこれ以上ルノアさんを傷つけないでください!」

「なっ!? あんた……っ。余計なことすんな!」

 

 弱い癖に、それに関係だって薄い癖に庇われる。要らない貸しだ。言葉通り、余計だった。

 でも、オリヴァスには通じたようだ。ルシアの言葉に目を細めた後、鼻で笑い、小さく頷き武器を引く。

 

「……良かろう。貴様の言うことも一理ある。それに、【アストレア・ファミリア】の弱点である貴様が無抵抗で我らに捕えられるというのならそれ以上に好都合な話はない」

 

 どんなに相手が格下でも無闇に暴れられると少し面倒になる。大人しくついてくるならそれに越したことはない。

 オリヴァスはルノアへと迫るその足を止め、踵を返してルシアの元へ戻った。そして、小さい彼女を見下ろす。

 

「こちらへ来い」

「はい」

「……っ」

 

 大人しく承諾するルシア。尻餅をついていた彼女は、その腰を上げて自ら闇派閥(イヴィリス)に囚われる。

 そのまま連れられそうになる時、ルノアの方に顔を向けた。

 

「ルノアさん。一ヶ月間、特訓に付き合ってくれてありがとうございました。報酬は【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)に、私の部屋にあります。事情を話してアストレア様から受け取ってください。アストレア様なら応じてくれる筈です」

「あんた……っ! 何勝手なこと……!」

 

 必要なことを話して闇派閥(イヴィルス)と共に立ち去ろうとする。

 その背中をただ見送ることなく、自分でも無意識に追いかけようとしたルノアに、オリヴァスは部下に残忍にも命令した。

 

「貴様ら、やれ」

「「「はっ!」」」

「……!?」

 

 衝撃の一言にルシアが思わず振り返る。

 闇派閥(イヴィルス)は魔剣を振るい、ルノアはその砲撃をマトモに受けた。

 

「ぐっ……! うっ……ああぁぁぁ……っ!」

 

 周囲の民家と共に吹き飛ばされる。今度は正面から直撃だ。

 ルノアの身体が跳ぶ。

 

「ルノアさん! 待ってください、話が違っ―――」

「くくくっ、ふははは! 誰が貴様達との約束など守るか!」

「ぐっ……! うっ……っぁ…………!」

 

 暴風で浮き、雷鳴で肌を裂かれ、豪炎で包まれる。地に転がった頃には鮮血の腫れと火傷で満身創痍だった。

 約束を破られたことで抵抗し、ルノアを助けに行こうとするルシアが闇派閥に抱えられて強制的に連行される。地に伏せるルノアの姿が遠のく中、ルシアは彼女に届かない手を伸ばした。

 

「ルノアさん……!」

「さらばだ、【黒拳】。そうして無様に這いつくばっているがいい! そして、これに懲りたならもう二度と我ら闇派閥(イヴィルス)に喧嘩など売らないことだ。ただの喧嘩屋の分際でな! 闇派閥(イヴィルス)に! 怯えて眠るがいい……っ!!」

 

 ルノアを完全に打ちのめし、オリヴァスは心底愉快な様子で高笑いを残しながらルシアや部下と共にその場を後にする。

 残ったのはめちゃくちゃになった民家とボロボロのルノアだけ。

 

「はぁ……はぁ……! あいつ、言いたい放題言いやがって。クソ。あいつら~! やりやがったなぁ……!」

 

 荒く呼吸をすると、鉄分の味がする。肺が苦しい。喉が裂けそう。

 それでもそんなこと気にならないくらい悔しかった。自信あったのに。ちょっと卑怯なだけの奴らにこのザマだ。

 正直、勝てる相手だった。負けたとしてもここまで大敗にはならない。完全に相手の手口などの情報不足と自身の油断が原因だ。それが尚更悔しい。

 

 体中、凄く痛い。それに怠くて動けない。でも、その感情に身を委ねたらもっと酷いものが蓄積してしまう。

 今は、この休み方を受け入れてはダメだ。落ち着かせ方(クールダウン)はもっと丁寧で、徐々に身体を慣らしていかないといけない。今から休むのだと体に伝えるんだ。

 目に映った適当な民家から勝手に井戸を拝借して顔を洗い、喉を潤す(ケアする)

 

 一旦落ち着くと、ルシアのことを考え始めた。いや、あんな()もうどうでもいいって、と言い聞かせても脳は無視する。

 そういえば、別れ際に言ってたっけ。

 訓練についての感謝の言葉。ということは本当にもうあれで終わりということだ。つまり、縁は切れた。関係性はない。だから、本当にもうあの()とは関係ない。……そうだよ。

 

「……ったく。抵抗せず連れて行かれて何が特訓の報酬だ。意味無かったじゃんか」

 

 こんな無様な戦い、ささっと忘れて帰って寝たい。そんで、【アストレア・ファミリア】に報告して報酬を受け取ったらもう金輪際関わりたくない。

 でも、少しモヤモヤする。結局こっちが教えてやったことを当の本人は何も活用しなかった。

 ルノアは報酬を受け取ったら、キチンと仕事をこなす性分だ。今回は相手の要望を満たせたとは言い難い。

 

「ヤバすぎでしょ、闇派閥(イヴィルス)。ていうかこれがオラリオってか? どうなってんだよ、まったく。痛ててっ」

 

 傷口を洗いながら改めて自分の有り様に引く。正直、少し舐めていた。オラリオも、暗黒期も。あんな闇派閥(やつら)が倫理を無視して暴れまくってるなんて、とんでもない場所だ。

 こんなところで賞金首稼ぎをするなんて、正気ではないかもしれない。この仕事、辞めようかな……。そんな考えすらも過ぎる。

 

「……これ以上は関わりたくない。あんな()、別に私には関係ないし」

 

 闇派閥(イヴィルス)の後を追いかけて助けに行く? 冗談じゃない。

 自分の命は惜しいし、他人の為に危険を侵したくない。それに、そんな義理はない。

 

「成り行きで助けて、報酬が良さそうだったから特訓に付き合ってあげただけだし? そうだよ、ここで手を引くのが最善手(ベスト)で分かりきったことじゃん」

 

 大きな独り言だ。自分で自分を正当化したいから。

 あの娘の言った通り、【アストレア・ファミリア】に行って事情話して報酬貰ってそれでおさらばでいい。どうせ自分が行かなくても派閥に大切にされてるんだから彼女たちが助けに行く。

 

 そう、今ここで助けに行けばルシアの身柄が完全に拘束される前に迅速に救出できるが、そんなことは知ったことでは無い。助けるのは、自分である必要は無い。

 

 彼女は大切にされてるんだ。自分とは違う。だったら別に助けに行かなくても大丈夫。

 ルノアは平衡感覚を取り戻すのを待つことなく、なんとか瓦礫に寄れかかって歩き始める。それと同時に想起した。

 

『それは……嬉しいですけど、ちょっと寂しいですね』

『寂しいって、なんでさ』

『だってルノアさんにこうして会いに来る理由が無くなっちゃうじゃないですか』

 

 市壁の上で交わした会話。

 なんで。なんでこんな時に、あんな奴の言葉を思い出す。

 あんな、馬鹿。私みたいな馬鹿。

 

『私はルノアさんのこと、結構好きです。一緒にいて楽しいです。なんだか、『友達』がいたらこんな感じなのかなって思います』

『いや、意味わかんないし。何それ』

 

 大切にされてる癖に。そんなことを言う。

 自分にだけ、『友達』だなんて言葉を出す。私にだけ、そんな呼び方をする。

 苛つく。腹立つ。情なんて、湧かないんだから。

 

「……何が『友達』だ。馬鹿じゃないの」

 

 傷だらけの身体を引きずってルシアが連れ去られた方向とは逆の道を進もうとする。

 だが、その足は止まった。

 

「あーもー! クソ……ッ! そういえば、私も馬鹿だったっけなぁ……!!」

 

 頭をかきあげて、苛立ちがこもった強い口調が出る。振り返って、真逆の道を辿る。

 馬鹿な自分を思い出し、受け入れてみた。だから、仕方なくといった感じの口調とは裏腹にルノアの口元には満足気な笑みが浮かぶ。

 

 だって、ほっとけないよ。あのお巫山戯エルフの無邪気な笑顔が、頭から離れないんだから……っ! 

 ルノアは一人、闇派閥(イヴィルス)からたった一人を取り戻すためにボロボロの身体で駆け出した。



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二度掛けられる天秤

 あれはモンスターだ。

 間違いない。我々冒険者でも、都市の民衆でそう捉える。それ程までに超古代の大穴からの出現から現代に至るまで、あの異様な外見は恐怖の対象であり受け付けられない。

 

 ルシアは喋る。意思疎通ができる。人間のような高い知性があり、身体以外はエルフのそれに……少なくとも他者からそう見える。

 だが、翼がある。鱗がある。尾がある。

 

 それらがあるだけで、それら以外の全てが人間らしくとも無意味になる。あの身体はそういう身体だ。

 到底受け付けることはできない。

 

「……」

 

 本拠(ホーム)で一人、輝夜は考え込む。

 傍から見れば、冷静に瞼を閉じた精神統一だ。だが、内心はかなり動揺している。

 あの時も動揺し、逃げ出すルシアを、その背中をただ見送った。

 

 否。自身の腰に帯刀している『彼岸花』の柄に、反射的だが触れていた。彼女の肉体を見て、自分の身体は、脳はモンスターと接敵したと錯覚したのだ。

 それをルシアも去り際に目にしていた。走り去るその足が止まらなかったのはそれが原因かもしれない。

 

「……」

 

 輝夜は考える。無意識に彼岸花の柄を撫でた。

 ルシアを斬らなかったのは。ルシアに対し、抜刀しようとした自分に、少し戦慄したのは。短い時間だったが、同じ派閥にいて、人間性も嫌なところがなく、そんな彼女に情が発生していたからだ。

 

 そう。今にして思えば彼女のことを殆ど知らなかったが。少なくとも彼女をファミリアに迎えて、接して、今見せている一面だけでも彼女を仲間として受け入れていた。

 しかし、例え永年の仲だったとしても、いや寧ろ付き合いが長ければ長いほど、隠されていたその事実は重く響く。

 

「……」

「輝夜? どうしたの。明かりもつけないで」

 

 本拠(ホーム)の居間に一人、静かに熟考していた輝夜の元に、たった今帰ってきた主神が声を掛ける。

 その声を耳にし、輝夜は瞼をゆっくりと開けた。

 

「アストレア様。貴女は何故、ルシアを受け容れた」

「……っ!」

 

 たった一言。直接的ではないが、直球な言葉。

 アストレアなら意図を掴み、状況を一瞬で理解できると見込んだ初手だ。

 アストレアが息を詰まらせる中、輝夜は重ねる。

 

「貴女は知っていた筈だ。ルシアにステイタスを刻んだ。ならば、貴女は彼女の身体を見たことになる」

「輝夜。それは……」

 

 アストレアが言い淀む。それまで背中を見せていた輝夜は立ち上がり、面と向かった。

 何も責めたい訳では無い。自分の中で確固たる意見もある。アストレアだって、考えもなしにルシアを抱えた訳ではあるまい。

 話し合いが、必要だと考えた。だからこその姿勢だ。

 

「アストレア様。私とてルシアは悪くないことはわかります。あの娘こが我々に打ち明けなかったことも……理解できる。私が逆の立場でもそうする」

 

 ルシアは特異な存在だ。前例などあるわけない。完全な初体験。

 それでも輝夜は、彼女を仲間と認めていることを自覚しているからこそ、無理でも彼女の立場も考えた。

 アストレアは動揺しているのか、とにかく言葉を絞り出す。

 

「……輝夜。あの娘こは、ルシアは迫害されてきたの。だから―――」

「あの身体を見て、モンスターだと切り捨てる程、状況は単純ではない。あの娘こをモンスターだと認識して斬る程、私も単純ではありません」

 

 だから、斬れなかった。反射に身を委ねられなかった。

 

「だが、うちのファミリアではルシアを抱えていられない。あの娘こは追い出すべきだ」

「輝夜! そんなのあんまりよ……。ルシアの居場所が無くなってしまうわ」

 

 輝夜の意見にアストレアが嘆く。

 自分たちがルシアを匿わなければ、どこにも彼女の居場所はない。

 それが女神の主張。だが、それは。それは……! 

 

「それは貴女の我儘だ!!」

「……っ!!」

 

 輝夜の一言が核心を突く。

 なぜなら彼女は間違っていないのだから。

 

「あの()は追い出すべきだ。私の意見は変わらない。アストレア様。我々ではあの()を守り続けることなどできない」

 

 正義の神が持つ、特有の慈悲で安易に抱え込んでいいものではない。

 これは立派な『意見』だ。ここに公平な存在がいたとしても受け容れるだろう。

 アストレアもそれはわかっている。故に、一旦同意する。

 

「そ、そうね……。でも、そんなこと言ったらあの()を受け容れて、匿い続けられる場所なんてどこにもないと思わない?」

「思います」

「……っ」

 

 意表を突く肯定。

 アストレアが間を空けてしまった衝撃(リアクション)の間に、輝夜は畳み掛ける。

 

「大派閥があの娘こを抱えれば、富と名声を失う。零細派閥が抱えれば、その派閥ごとあっという間に押し潰されてしまう」

「それがわかっていてどうして……」

「あの娘こを守り続けられる場所などこの世界のどこにもない。それが現実です。つまり、それは我々も例外ではない」

「なっ……」

 

 アストレアが言葉を失う。

 同時に、先程まで白熱していた口論は勢いを失い、アストレアは口ごもり始めた。

 ここから意見ではなく、反論もなく、ただ彼女の私情だ。勝ち負けを決める、といった単純な口論では無いが、敢えて決めるなら輝夜が勝った瞬間となる。

 

「輝夜……。それでも……私は……。そんな……あまりにも……でも……」

 

 主神が珍しく狼狽する。

 その姿を見て、輝夜は視線を落とす。

 ここに頭の硬いエルフがいれば、輝夜を糾弾するだろう。主神を論でねじ伏せて満足かと。

 

「……」

 

 満足な訳がない。輝夜は複雑な感情を抱える。

 主神が持つルシアへの肩入れは、彼女に比べれば欠片ほどかもしれないが輝夜だって持っている。本当は、主神を責めたてたい訳でも、ルシアに意地悪がしたい訳でもない。

 

 ただ副団長として、普段の自分の役割として、真実を目撃した者として。

 するべきことをしなければならかったから、心を鬼にしたまで。

 私情を挟まなかった。自身の本心を無視した。派閥の未来を考え、全体にとってより良い選択を提示した。

 

「輝夜……」

 

 それは主神もわかっている。だから、自身の正義を。権能を。行使しない。

 互いが互いを理解しつつどうしようもなかった。重い沈黙が空間を支配する。

 

「あら? どうしたの、明かりもつけないで」

「……っ」

 

 割って入ってきたのはアリーゼ。

 他の団員達も連れて、都市の見回りから戻ってきたところだ。

 

「団長……」

 

 帰ってきた責任者(アリーゼ)を前に輝夜は立ち上がる。報告しなければならないことがある。そして、それを踏まえた上でどうするべきか提示しなければならないことがある。

 アストレアは輝夜が取ろうとしている次の行動に気付き、先にアリーゼに話し掛ける。

 

「おかえりなさい、みんな。今日はどうだった?」

「只今帰りました、アストレア様。全く問題なし! ……とはいかなかったですけど、概ねいつも通りでした!」

「そう。お疲れ様」

 

 アリーゼの報告に微笑を返すアストレア。

 その奥で佇む輝夜を見てアリーゼが問い掛ける。

 

「それで、二人して本拠(ホーム)を暗くして何を話していたんですか?」

「確かに。アストレア様も輝夜も帰ってきたばかり……という様子じゃないですよね?」

「言われてみれば。特に輝夜は外行きの格好ではありません」

 

 イスカにノイン、リューが口々に言う。ネーゼ、アスタ、セルティ、マリューも顔を見合わせて不思議そうに頷く。

 

「やだやだっ。二人で話してたのは、何か暗い話? 近頃何もかも暗くて()になっちゃうわね。私、これ以上は聞きたくないわっ!」

 

 闇派閥(イヴィルス)の悪事も横行し、治安も悪化している現オラリオ。暗黒期がもたらす暗い世の中で皆疲弊している。

 明るい話など舞い込む状況ではないと誰もが理解しているが、これ以上気分を害したくないというアリーゼの言葉には全員が同意気味で、うんうんと首を縦に振った。

 しかし、輝夜はそんな彼女達の事情を無視して口を割ろうとする。

 

「団長。ルシアのことで話が―――」

 

 どれだけ暗黒期でやれていても報告しなければならない。それほど重要な話。

 奥からアリーゼの元へと輝夜が前に出てきたのを、アストレアが目を見開いて、次に制止しようとする。

 だが、その全てを遮る一筋の軌道が『星屑の庭』の窓を破り、描かれる。そして、団員と主神たち全員が目に留まる位置に突き刺さった。

 

「「「……っ!?」」」

 

 視線が二分化する。床に刺さった矢と、貫かれ崩れ落ちた窓ガラス。

 矢には紙が結びつけられている。(ふみ)だ。

 

「これは……!」

「まさか!?」

 

 経験則から悪い予感がする。

 ネーゼが矢を抜き取り、文を取る。

 

「やっぱり闇派閥(イヴィルス)からだ!」

「犯行予告か……!」

「久々に来たわね」

 

 闇派閥イヴィリスからの犯行予告はこれまでにもあった。彼らと直接対立関係があり、活動を妨害する【アストレア・ファミリア】には特に多い。

 しかし、今回はいつもと内容が異なった。

 

「工業区への襲撃予告! ……って、えっ!? ルシアが捕虜!? ルシアの命と引き換えに襲撃を見逃せって……!」

「「「なっ……!?」」」

 

 読み上げられた内容に、【アストレア・ファミリア】の面々は主神も含めて戦慄する。

 

「ルシアが捕まった!?」

「アイツら、懲りずにあの娘こを狙ってたの……!?」

「ていうか、前のことがあったのになんで今日もルシアを一人にしたのよ!」

「ひ、人と会うから。一人じゃないから大丈夫って言ってたから……」

「オイオイ。終わったことを追い立てても意味ねえだろ。今は失態を犯したやつを見つけて晒しあげて責める場面じゃない」

 

 本拠ホームが揺れる。突然の事態に皆が動揺し、口々に喋る。全員が同じ心的状況だったが、文を読み上げた責任からか、ネーゼは皆の口論を前に冷静に説き伏せた。

 リューとライラがアリーゼを見遣る。アリーゼは求められていることを理解して輪の中央に出る。輝夜も奥からアリーゼの元へと歩み寄ってきた。

 

「……そもそも狙われていることはルシア本人も理解していた筈です。その上で我輪の保護下に収まらず自ら格好の餌になる本人も責任が発生するのでは?」

「いいえ、輝夜。ネーゼの言う通り、今は仲間を糾弾している場合ではないわ。それにその必要もない。誰も悪くないし、悪い人がいるとしたらそれは人を誘拐しようと考える闇派閥(イヴィルス)よ」

 

 これは正論だ。皆が暗黒期に慣れ、無意識下においていた非常識。

 一度の発言でアリーゼはそれを皆に思い起こさせた。そして、全員が目を見開いた後に同意の意味で頷く。

 正しい意識に誘導し、共通認識を確認したアリーゼは優しい微笑を浮かべて皆の熱を冷ます。続けて、団長としての責務にあたる。

 

「向こうはルシアを人質に私達の動きを制限しようっていう腹ね」

「団長。これは始まりだ。これからも同じようにルシアを餌に我々を脅し、支配下に置くつもりだ。今回のはその様子見、人質が我々に対して本当に効果があるのかを確かめている」

「……一理あるわね。なら今回、私たちが取るべき行動はルシアの奪還。ただし敵にはバレずに、あくまで従っているように見せなきゃいけない」

 

 言わば偽造工作(カモフラージュ)を用いた奪還作戦の決行。

 幸い、今回の工業区襲撃は【アストレア・ファミリア】が動けなくても【ガネーシャ・ファミリア】が対処できる。それも敵は織り込み済みだろう。

 

「輝夜の言う通り、今回は工業区の襲撃を成功させることが相手の目的じゃない。人質の効果を試してる。そして、実際に効果はあるし、それが相手に知られればこれからも利用されるわ」

「そうなってしまうと我々は二度と闇派閥イヴィリスに歯向かえなくなってしまう……。闇派閥(イヴィルス)に自由を与えることになる」

「【アストレア・ファミリア】の無力化かよ! 闇派閥(イヴィルス)の連中も考えるじゃねえか」

 

 ライラが拳に力を込めて打ち込む。

 分析を済まし、皆の意思が固まってきた。だが、その中で一人。輝夜だけは異なった。

 

「団長。ルシアを助けに行く必要は無い。我々は工業区へ向かうべきだ」

「輝夜!? 貴女、何を……っ!?」

 

 アリーゼでもさすがに瞠目する。

 全てを知るアストレアだけは、輝夜に違う視線を向ける。

 

「輝夜……」

 

 仲間を見捨てる提案。およそ正義の眷属とは言えない言動。

 輝夜のその態度がリューの正義心を焚き付けた。否、全員が輝夜の意見には同意できなかった。

 

「何故だ、輝夜! ルシアを見捨てるつもりか。正義の眷属ともあろう者が仲間を見捨て闇派閥の要求を簡単に飲んでしまうというのですか!」

「そうよっ! 貴女の正義はどうなったの!?」

 

 リューの糾弾に今回ばかりは便乗が重なる。他の面々もしきりに頷き、輝夜を信じられない目で見た。

 当の輝夜は至って真剣。その表情を読み取り、アリーゼは敢えて冷静に論を展開する。

 

「輝夜。貴女が何を思ってそんなことを言ってるのか、分からないけれど【ガネーシャ・ファミリア】もいるのよ。私達がルシアを見捨てる必要性がないわ」

「必要性ならある。ここで我々【アストレア・ファミリア】が襲撃を放っておけば今後、闇派閥イヴィリスに人質が有効だと学習させることになる」

 

 だから、と輝夜は続ける。

 

「―――ルシアは私一人で助ける」

「えっ?」

 

 意表を突く一言。

 激しく輝夜に物言いをぶつけてリューでさえ目を丸くして引き下がる。

 

「輝夜、貴女……」

 

 アストレアも驚きの目で輝夜を見る。

 

「【アストレア・ファミリア】は闇派閥(イヴィルス)に屈しない。その意志を敵に示すべきだ。故に、団長は皆みなを連れて工業区の対応をした方がいい。これは、【ガネーシャ・ファミリア】に全任していいことではない」

 

 唖然とする周囲を置いて輝夜は続ける。

 

「【アストレア・ファミリア】が現場に現れたとて、私一人が抜けているだけならルシアの救出も同時に行っていることは勘づかれない筈だ。ルシアは私が取り戻す」

「でも、ルシアが囚われている居場所はわかるの……? 私達が動くなら、あの娘この安全は保証されないわ」

「必ず見つける。私を信じてくれ、団長」

「め、珍しいわね。輝夜、貴女がそんな根拠のないことを言うなんて……」

 

 こんな輝夜は見たことがない。アリーゼだけじゃない、リュー達も、アストレアでさえもだ。

 輝夜は感情論より理屈で動くタイプだった筈だ。

 

「輝夜。一体どうしたと言うのですか。アリーゼの言う通り、貴女らしくない言動だ」

「そうだぜ。お前ならもっとこう……きちんと状況証拠が揃ってねえと迂闊な動きはしない質だろ」

 

 リューにライラが困惑を露わにする。対する輝夜は冷静に、それでいて心中は熱く、述べる。

 

「私はただ、私の正義に従っているだけだ。例え我々があの娘こにできることは無くとも、あの娘この命を見捨てる道理はない」

「……っ!」

 

 輝夜の言葉にアストレアが反応する。

 だが、他の面々はイマイチ話が掴めなくなってきた。

 

「えっと……何の話をしているの? 貴女」

「本当にどうしちまったんだ? 今日のお前、ちょっと変だぜ。輝夜」

 

 皆が顔を見合わせる。確かに誰の目から見ても少し不自然で輝夜らしくない。そんな言動や態度が目立ってきた。

 だが、事情を話す訳にはいかない。輝夜は怪訝な注目を甘んじて受け入れて、繰り返す。

 

「すまない、みんな。私には言えることはこれだけだ。どうか信じてくれ。そして、私にルシアを任せてくれ。必ず助ける。それだけは嘘偽りは無い」

 

 そうだ。これから、彼女を受け入れずに追い出すことになったとしても。派閥にとって危険分子でも。

 きっと私は人の見えないところでなら、あの娘こを助ける。もうそこまでは情が湧いてしまっているんだ。

 

 ゴジョウノ・輝夜の正義は大義名分。故に、大衆の目は気にするし、派閥の社会的地位だって意識する。

 だから、これは信条に反した行動だ。

 

「ルシア・マリーンは私の仲間だ。私は、あの娘この命までは見捨てない」

 

 輝夜は、一人の少女の為に矛盾を抱えた。



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独りぼっちと独りぼっち

 

 あぁ、もう死のう。

 ルノアを庇い、自身が投降した時。あっさりと下した決断をした。

 本当はもう少し生きたかった。だって、望んでこんな身体で生まれた訳じゃないのに、そのせいで苦しむだけ苦しんで終わるなんて不公平だと思うから。

 

 だから、最期くらい幸せに逝きたかった。でも、大切な人や恩人に迷惑をかけるくらいならその最後の望みも瞬時に捨てられる。

 誰かを犠牲にしてまで、ましてやそれが彼女達なら尚更、そこまでは求めていない。

 

 ……とはいえ、今は自分のこの性格を恨む。他人のことを想える人間性を。散々他人に傷つけられたのに、自分のことだけ考えて生きられないこと。

 もっと自分勝手なら良かったのに。

 

「ハハッ」

「なんだ? 何を笑っている? 自暴自棄になったか。無理もない、貴様のような弱者。この状況に陥れば絶望物だろう」

 

 ルシアが漏らした自棄的な乾いた笑いを、異なる解釈をしたオリヴァスが愉快そうに揺れ動く。

 そんな気分の良さそうな彼を見ながらルシアは、さてどうやって隙を見て自害しようかと考えていた。

 

「……」

 

 場所は古びた教会。

 ルシアは縄で縛られ、座り込まされ、後ろに組まされた腕は十字架に固定されている。

 見張りは十数人程。オリヴァスと、ルノアに魔剣を浴びせた者たちだ。

 

 彼らの会話から【アストレア・ファミリア】への脅しの材料に、自分がなっていることは既にわかっている。というより狙われた当初から予想はしていた。だから、捕まらないようにルノアに特訓をつけてもらっていたのだ。……それもあまり意味を為さなかったが。

 

「……」

 

 闇派閥(イヴィルス)に、彼らにはまだ自分がドラゴンだとは勘づかれていない。そもそもそんな発想に至ることもないだろうが、襲撃された時に服が焼けたりして身体を見られる、なんてことがなかったのは不幸中の幸いだ。

 正直言って、拘束は緩い。人に対しては充分なのだろうが、(ルシア)にとってはあって無いようなものだ。これなら、隙を突いて解き、自害することも可能。闇派閥(イヴィルス)が止めようにも間に合わないだろう。

 

「報告します。工業区への襲撃を開始して数時間が経ちましたが、【ガネーシャ()ファミリア()】の出動は確認できても【アストレア・ファミリア】に動きはありません」

「いいぞぉ! 有効だとは思っていたが、どうやら期待通りの効果がありそうだな。素晴らしい。これで第二級冒険者11人、正義の眷属共が私の操り人形に……! 我らの強力な味方になるぞぉ!」

 

 構成員の報告にオリヴァスが興奮する。正義を掲げる派閥が仲間を見捨てることは無い、そう考えてはいたが、確信は危険だ。

 世間には一族の希望を名乗り、【勇者(ブレイバー)】と呼ばれる者がいる。だが、彼はそんな印象(レッテル)とは裏腹に決断力が異常で、必要とあらば残酷な選択も躊躇なく結論を出す。それも、そういう時は限って()()優先だ。悪の提示する、犠牲を強いた選択肢にある意味屈しない。

 

 本当のところは、彼も善人寄りではあるし、葛藤が全くない訳でもないだろう。だが、彼を相手取る者たちからすればあの冷酷な判断は容易に行っているように思える。恐ろしい判断能力だ。そう思わせる『早さ』が彼にはある。

 

 そんな存在がいることが、相手取っている日常が、逆に闇派閥(イヴィリス)の気を引き締め油断をしない悪へと成長させている。

 故に、人質を用いた脅しも始めは様子見を選択した。彼らは暗黒期が織り成す荒波において、冒険者達と対立する中で、『試す』ということを学習したのだ。

 

「……」

 

 闇派閥(イヴィルス)達は思惑が上手くいき、注意が散漫している。監視が緩い。

 今なら自害できる。これからも利用される前に、恩人達の迷惑になる前に、終われる。

 普段短くしている尾っぽを徐々に伸ばす。竜の尾は自らの肉を貫き、胸の内の魔石にまで到達できる。あとは締めて割ればルシアは絶命する。

 

「……っ!!」

 

 逝ける。そう確信し、尾を一気に伸ばそうとしたその時。

 ドゴッ!! と強烈な爆音。

 教会の天井を打ち砕き、凄まじい爆裂音で聴覚から、崩れ落ちる屋根で視覚から。全ての注目と衝撃を一点に集中させた侵入者が現れた。

 

 破壊された天井は瓦礫となって一つの人影と共に舞い落ちる。その衝撃で地鳴りが響く。教会にいた者全員の足場を揺らし、体勢を崩す者もいる中で、出現した人影だけがゆっくりと身を起こす。

 

「邪魔するよ」

「ル、ルノアさん……」

 

 土埃が晴れてその姿を見せたのはルノア・ファウスト。

 ルシアが全く予想だにしていなかった展開。たった一人の為に利益もなく飛び込んできた。

 これは。こういう人間は。そうだ、そう呼ぶ。

 

 稀代の大馬鹿者。とある独りぼっちの為にのみ利害を無視した勇気を絞り出す、愚かな英雄だ。

 彼女自身も独りぼっちだった。そして、今も。ルシアもまた、昔も今も独りぼっちだ。最初はそうは見えなかった。でも、彼女も本質は同じだ。何故かは分からないが、それだけは分かる。

 

「【黒拳】だと!? 馬鹿め、何故乗り込んでた……! あそこでくたばっている方が遥かにマシだった筈だ。何の得があってここへ来た!? あの愚者を助けに来たとでも言うつもりか……!」

「さぁ。なんでだろうね」

 

 助けに来たのは、馬鹿だからだ。それ以外の理由なんてない。

 そんでなんかほっとけない馬鹿を気に入った。

 

「あの傷で我らを追ってきた!?」

「どうやってここが分かったんだ……!」

 

 予期せぬ侵入者(イレギュラー)闇派閥(イヴィルス)が戸惑う。

 

路地裏(ストリート)育ち舐めんなよ」

 

 ルノアが拳を鳴らし、構える。

 そんな彼女をルシアは信じられないものを見るような目で捉えた。

 

「ルノアさん……どうして……」

「行くよ、闇派閥(イヴィルス)

「いいだろう。その無謀さに応えて、この私が貴様を送って殺る。来い、【黒拳】……!」

「うらぁぁあーーーーー!!」

 

 ルノアはたった一人、オリヴァス達に殴りかかった。



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杖と拳と和と異端の目撃者

 工業区。闇派閥(イヴィリス)の襲撃において。

 その対応に追われている【ガネーシャ・ファミリア】、ならびにその団長であるシャクティ・ヴァルマは未だに姿を見せない【アストレア・ファミリア】の報告を受けていた。

 

「何っ!? ルシアが捕らわれただと……!?」

「お姉ちゃん!」

 

 衝撃的な情報が入り、シャクティが狼狽える。そこに彼女の妹であるアーディが駆け寄ってくる。話が聞こえてきたのだろう。

 

「ルシアって()。うちの闘技場でバイトしてる女の子だよね? お姉ちゃん友達なんでしょ。ここは私達に任せて助けに行きなよっ!」

「ア、アーディ。しかし、現場の指揮が……」

「そんなの私とイルタがどうにかするから! そのお友達を助けられるのはお姉ちゃんだけなんだよ? ここは代わりがいても、その()にとってお姉ちゃんはお姉ちゃんしかいないんだから……!」

「……っ!」

 

 アーディの言葉にシャクティが揺れる。確かに、ルシアが特異なことを知っているのは自分だけ。何もかも知った上で彼女の味方なのは自分だけ。

 だが、してあげられることは殆どなかった。それに、彼女にとってシャクティも大して特別ではないだろう。……彼女は、私の助けを待っているだろうか? 

 

 さらに、今の状況ではシャクティが行っても間に合わない可能性がある。あの()には自殺願望がある。それが、安楽死願望で、まだそこに至るまで材料が足りないとしても。

 

 あの()には人を想いやる心がある。多少モンスターの血が混じってるかもしれない。身体が異端かもしれない。だが、人間だ。

 そして、だからこそ自身の展望を状況によっては捨てて、他者を優先して自己を犠牲にするかもしれない。

 

「【アストレア・ファミリア】も一名を除いてこちらに合流するそうです!」

「何? 奴らが来るだと?」

「……何か考えがあるんだね。よし、それなら人手だって充分だよ。お姉ちゃん、尚更行きなよ!」

 

 アーディがいいように解釈して後押ししてくるが、シャクティは悩む。

【アストレア・ファミリア】も何を考えているのか。【大和竜胆(やまとりんどう)】一人が別行動したところで解決するのか? 

 

「……私は」

 

 友達。

 アーディが口にした言葉が引っかかる。ルシアにとって、友達とは特別な存在だ。彼女の夢だ。

 そんなものに名乗り出る勇気はない。それにそれでは彼女は救えない。いや、これも建前だ。ルシアが大切だからこそ、慎重に行動してしまうんだ。

 

 あの()は憲兵であるシャクティに、都市の味方である派閥(ガネーシャ)の責任者である彼女に、心からの尊敬と労いを送ってくれた。

 彼女の言葉は、現実との相違で苦しいものではあったが、それでも温かくて嬉しいものだった。

 

 どんなに尽くしても救えないものがある。どんなに尽くしても感謝されるばかりではない。どんなに強く心を保っていても暗黒期は心身を削ってくる。

 そんな中で、ルシアは言葉をくれた。

 

 シャクティは、ルシアが好きだった。

 アストレアが言っていた通り、あの()は食べるのが大好きな素敵な女の子だった。モンスターの血だとか身体だとかそんなものはただの個性だ。特徴だ。

 

 彼女の本質は無邪気で天然で、思い遣りがある温かい人間だ。そんなルシアをシャクティは気に入っている。

 でも、憲兵の代表には大きな責任が伴う。

 

 ウラノスに頼まれたガネーシャ。そのガネーシャに頼まれたシャクティ。わかっている。わかっているんだ。異端児()や半怪物()のルシア()も大事だ。

 しかし、ガネーシャ。お前もそうだろう。『群衆と怪物の主(ネオ・ガネーシャ)』を目指していても、それ以前に貴方は群衆の主(ガネーシャ)だ。

 

 (シャクティ)もそうだ。架け橋が必要なのはわかる。理想もわかる。色んな事に着手しなくてはいけないのもわかる。

 だが、それ以前に。憲兵なんだ。その主なんだ。

 

 個人的な感情と安易な判断で動いていい地位(にんげん)ではない。

 故に、今も動けずにいる。背中を押されても現場を離れられない。責任と勇気の無さが足枷になっている。

 

「……お姉ちゃん」

 

 アーディは事情を知らない。でも、シャクティの背景ならわかる。

 全部はわからなくても察することはある。察せられる一面はある。

 それでも、いやだからこそ、アーディは真剣な表情で姉に語りかけた。

 

「お姉ちゃん。行きなよ。……たまにはさ。愚かでもいいじゃん! 何もかも忘れて自分の感情優先しちゃいなよっ! 大丈夫、私達が無かったことにするからさ」

「……っ! アーディ……」

 

 シャクティが目を見開く。

 妹は、いつの間にそんなことが言えるくらい成長したんだろう。知らない間に自分にはできない決断ができる子に育っている。

 そして、何度脚がすくんでも背中を何度でも押してくれる。それが幸をそうしたのか、シャクティの心も揺れ動いてきた。

 

「わ、私は……」

 

 今も闇派閥(イヴィルス)と戦う副団長のイルタを見遣る。

 彼女も目の前の敵を制圧しながらアーディと一瞬顔を見合わせ、シャクティに向かって頷いた。

 それを目にしてシャクティの心の内が、私情に傾く。アーディは、見逃さない。

 

「いいからっ! 行ってよっ!」

「お、おい。押すな、アーディ。わかったから押すな!」

 

 強引にも現場から追い出そうとするアーディに、シャクティが困り顔で抵抗する。

 アーディの諦めない説得に折れたシャクティは、都市内で闇派閥(イヴィルス)の襲撃があったというメインストリートの情報を浮かべる。憲兵が到着した頃には酷く荒れた現場だけで、人一人として居なくなっていた場所だ。

 

 その時はルシアの拉致を知らなかったが、今にして思えばあの場でルシアは連れ去られたのだろう。【大和竜胆(やまとりんどう)】も恐らく手掛かりを得るためにそこへ向かった。

 ルシアが拉致された時点で、彼女が襲撃にあった場所がどこかにあり、そこは派手に暴れられた後だと彼女なら予測がつく筈。

 

 情報を収集した後、彼女は現場を経由してルシアを探すに違いない。

 シャクティ・ヴァルマは工業区から離脱し、【大和竜胆(やまとりんどう)】、【アストレア・ファミリア】副団長のゴジョウノ・輝夜との合流を計る為に同じ場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会では。ルノアが嬲られていた。

 当然だ。襲撃に合った時点でかなりの負傷だった。そんな彼女が単身乗り込んできたところで万全の闇派閥(イヴィルス)に敵う訳がない。

 

「どうしたぁ~? くくくっ、【黒拳】よ。噂程にも無いなぁ。んん?」

「はぁ……はぁ……!」

 

 武器を手に愉快な様子でにじり寄ってくるオリヴァス。

 彼に対してルノアは血反吐を口から垂らしながらも未だ膝はつかずに顔は下に向けて、目線は相手を鋭く捉えていた。とはいえ足元は疎か。ふらついている。

 二つ名のような黒塗りにはまだ至っていない綺麗な拳で口元を拭う。

 

「うっせ。ばーか」

 

 内心では正直焦っている。馬鹿なことをした。それはわかってる。その上で行動した。馬鹿なことは自覚済み。

 でも、実際に直面すると後悔もちょっとある。だってかなり絶望的じゃん。

 相手はLv.3。【白髪鬼(ヴェンデッタ)】。魔剣とか魔法とか厄介な援護持ちの構成員が手の出しづらい二階の吹き抜け観覧席で、標的をルノアに定めて待機している。

 

 今はオリヴァスが確実に勝てる場面。基本的に彼が有利で、危険のない状況。

 だから、オリヴァスの指示か上にいる奴らも周りにいるそれなりに接近でも戦える連中も、動く気配は無い。

 要するに舐められている。そんな援護は必要ないと。

 

「ムカつくなぁ……!」

 

 前の不意打ちといい、腹が立つ。卑怯の次は、有利になると手を抜いてくる。どっちも相手を事前に知っていれば防げたことだ。

 それが余計に苛立つ。だって、言い換えれば入念な準備をすれば勝てる相手だということだ。

 本来なら全然負け試合じゃない。これは、格上に単純な実力で負けるより相当悔しい展開だ。

 

「愚か者よ。わざわざ首を差し出しにくるとは……存外律儀か?」

「だから、うるさいって。馬鹿なのは自覚した上で来てるんだよっ!」

 

 オリヴァスの挑発が本当に頭にくる。

 だが、血を昇らせて突っ込んだりはしない。戦闘スタイルは力任せでも、慎重さだって持ち合わせている。

 これまでの死線で学習したことだ。でなければ今日まで生き残っていない。

 

「ルノアさん……! 私が隙を作ります! だから、逃げてください!」

「はぁ!? 隙を作るってあんた、捕まっといて、その上Lv.1の癖に何言って……ていうか要らないよ! そんな気遣いっ」

 

 奥の祭壇で固定されているルシアの呼びに対し、ルノアは拒否する。

 本当に何言ってんだか。それに、助けようとしてる人間に助けられる謂れはない。

 こちとら勝算のない馬鹿をやってるんだ。ここまで来たら馬鹿を突き通すしかない。突き通して、助ける。ルノアはとっくに腹を括っている。

 

「いいからあんたは黙って見とけっ!」

「……っ」

 

 ルノアはヤケになっている。根性論という名の考えはあるだろうが、理論的な思考系統を持つルシアから見ればルノアの自暴自棄、ここから解決する道も助かる道もない。

 このままではルノアが死んでしまう。それは嫌だ……! 

 

「必死だなぁ、【黒拳】よ。そんなにあの小娘が大事か? 分からんな、あんな者の為にその命を投げ出そうとは。駆け出しの雑魚(ゴミ)よりもLv.3で確かな腕もある貴様の命の方がよっぽど価値が高い。あの小娘に擲つには釣り合わんだろう。惜しいなぁ」

 

 ルシアが焦り始めるのを脇に、オリヴァスはルシアを助けるルノアに理解不能を突きつける。

 それほど今のルノアの行動は理知的ではない。

 

闇派閥(イヴィルス)に欲しい人材だ。いや、今からでも遅くはない。【黒拳】、貴様我らの同胞になる気はないか? 与することで心は晴れるぞぉ?」

 

 ルノアを誘うオリヴァス。【黒拳】の活動的にも闇派閥に向いていると考えた。

 だが、ルノアの本質は異なる。見当違いだ。

 

勧誘(スカウト)してくれてるところ悪いけど。私、闇だろうが闇じゃなかろうがそもそも派閥が肌に合わないんだよね……」

「我々闇派閥(イヴィルス)は個人主義者の集まりだ。気にする事はない」

「行く気はないって断ってんの。何でわかんないかなぁ。察する能力ないわけ?」

 

 ルノアが血の混じった唾と一緒に吐き捨てる。

 寧ろ何故誘いに乗ると思ったのか、ルノアからしたらそう感じる。たった一人の馬鹿を助けるために無謀な死地へ乗り込んできた奴が我が身可愛さに敵の仲間入り? 肌に合う方へ寝返り? 冗談。

 

 確かに自分でも掃き溜めにいると思う。現在地は決して輝かしい場所でも普通でもない。業種は賞金首狙いの喧嘩屋。女を捨てて入るような業界だ。

 報酬はピンからキリまで、例え多くを貰う事に成功してもそれは不定期だ。

 それに何より血生臭いし褒められた仕事じゃないしそもそも冒険者のように社会に認められていない。まさしく裏だ。でも、闇じゃない。

 

「あんた達の仲間なんて、死んでもごめん。そこの馬鹿は絶対返してもらうからっ」

 

 息を整えて構えるルノア。

 それを前にオリヴァスは闇へ誘う笑みから目を細めた鋭い顔つきに変わる。完全に敵と認識し、捉えた表情だ。

 

「そうか。残念だ。拒むならば仕方ない。愚かな行いを悔いながら消えゆくがいい。この私が手を下してやろう……!」

「クソ!」

 

 武器を持ち直すオリヴァスを見て、ルノアが身構える。

 ルノアが確実に死ぬ状況に戻り、ルシアは焦りの表情を見せる。そして、意を決した。

 

「ルノアさん!」

「……っ」

 

 大切な人の名を叫ぶ。ルシアは先程ルノアを逃がそうとした時に思考を巡らせ、この場面をひっくり返す案を脳内に完成させていた。

 それは、自分の正体をここで公にすることだ。普段纏っている厚い布を脱ぎ捨て、怪物(モンスター)の特徴が表れている肉体を見せる。

 

 ルノアだけでなく闇派閥も驚くだろう。さっきまで人間の言葉を喋り、人間のようだった者がモンスターの身体を持つ。

 モンスターの血を持ち、それが身体に表れている。そのことを公開するのだ。もしくは喋るモンスターだと、そんな摩訶不思議な存在だと思われてもいい。

 

 とにかく自分はモンスターであると。はみ出し者だと。多くの者はモンスターだと認識して救おうとはしない存在であると。ルノアに提示できればいい。

 ルノアがそう認識してくれれば、否、経験上必ずそうなる筈だ。

 

 ルノアがルシアをモンスターだと認識した後、闇派閥の隙を突いてルシアは暴れるつもりだ。

 そうすればルノアが逃げる余裕ができる。ルノアも、モンスターを助けようなどと馬鹿な考えは持たないだろう。

 助けるのを辞めて逃げる筈だ。

 

 そうだ。それでいい。それがいい。

 これがルシアの考えだ。ルノアの命が助かるなら関係が無くなることなんて、些細なことじゃないか。

 だから、覚悟を決めて……やるんだ!! 

 

「ルノアさん! 私は―――」

「うるさい蝿だ。黙らせろぉ!!」

「えっ?」

「なっ……!」

 

 度々戦闘中に介入してくるルシアの声をオリヴァスは鬱陶しく感じた。故に、指を鳴らし仲間に合図を送る。

 それを確認した闇派閥は魔法を唱え、ルシアに標的を絞った。殺す程の威力ではない。ルシアは【アストレア・ファミリア】を脅す為の大切な人質だ。だが、酷い怪我を負わせて黙らせるくらいの威力はある。

 

 ルシアを狙う魔法が放たれる。彼らのやり取りと魔道士の動きからルシアもルノアもそれを察した。

 しかし、ルシアは縛られている。竜である彼女なら簡単に解けるが、咄嗟に動ける経験がルシアにはない。魔道士の杖の先が自分に向けられていることに目を丸くして固まっている。

 ルノアは気付いたと同時に床を蹴り駆けたが、オリヴァスに阻まれる。

 

「ルシア!」

「……っ!!」

 

 魔法が放たれる。集中砲火がルシアを飲み込む。

 十字架の前、礼拝する内軸が爆発する。ルシアは当然、打ちのめされた。

 

「あぁ……っ! うっ……ぐっ……!」

 

 倒れ伏せるルシア。炎に包まれた後、すぐに煙と共に晴れたが、黒煙が焼けた腕や足から昇る。

 普段は見えない肌が黒いススがついた状態で露呈され、生々しい鮮血が目立つ。

 服が焼けて消えた。ルシアの隠していたものを、露わにして。

 

「えっ………………?」

「なっ………………!?」

 

 戸惑いの声と驚愕の声。

 味方も敵も、同じリアクションを取る。衝撃が走る。瞠目する。

 ルノアも闇派閥も視線を集中させる。ルノアの行く手を阻み、背を向けていたオリヴァスも場の違和感に気付いて振り返る。

 

「んっ? 貴様らどうし……た…………なっ、ぁぁ………………!?」

 

 突如静かになる空間。

 ルシアは痛みが走る体を抑えて苦しむ。

 だが、視線に気付いた。傷を負ったところをケアしながら何とか耐えつつ辺りを見渡す。

 

「……?」

 

 闇派閥も、オリヴァスも、ルノアでさえも。目を丸くしている。

 そして、誰もが言葉を失っている。

 ルシアは攻撃をくらってまだ混濁している。

 

「ル、ルシア……あんた、その身体……何っ?」

「えっ?」

 

 重い空気の中でルノアがかろうじてルシアに戸惑ってることを伝える。震えながら、ルシアに指を指して。

 ルシアは何を言ってるのかわからなかったが、ルノアの表情を見て、一気に記憶が脳裏に浮かぶ。

 

 知っている。私は知っている。その表情を。この状況を。この光景を。

 どんな時でもそれが露わになった時、その場に居合わせた者は感情を共有させる。

 

 困惑。混乱。自問。そして、拒絶。最後は無意識だ。長い年月の中で人間と彼らの間にできた溝。それは、全人類に刷り込まれている。

 ルシアは混濁していたが、状況を理解した。どんなに混濁していても想起する。嫌でもわからされる。これもまた根深い無意識だ。

 

 全てを押しのけて優先される想起。ルシアがずっと経験してずっと恐れている光景だ。誰もが向ける()()視線。キツイのは、大切な人にまで向けられること。

 

「あっ……あぁ…………!」

 

 自身の格好を見下ろす。

 服は焼けて、布面積が減っていた。残っている布も、はだけている。

 隠していたものが殆ど露わになっている。

 

 竜の翼、尾っぽ、爪。そして、何よりも人間ではないと人目でわかる。首から下全身の鱗。

 ルシアは自分でバラすつもりだったそれをバラされていた。

 

 ルノアを助けるためには自分でバラす必要があった。でも、今はその逆。そして、それは最悪の流れ。

 想定していなかった。一番()()()に近い流れ。つまりは詰み。ルシアもルノアもどっちも死ぬ。ルシアはモンスター討伐として殺され、ルノアは愚か者として憐れに思われて殺される。

 

 ルシアがモンスターなら人質の話も変わってくる。仲間だと思っていたものがモンスター。モンスターを助けるほど【アストレア・ファミリア】も馬鹿では無い。

 ルシアは見捨てられる。それならば人質としての価値もない。

 

 モンスターを持っているメリットなどほぼない、寧ろ持っていればいつ襲われるかわからないデメリットがある。オリヴァス達はルシアを殺す。

 最悪の状況だ。だが、そんな客観的なことは今のルシアにはどうでもよかった。

 

 今、この瞬間。一番最悪なのは知られたくなかった人に。見られたくなかった人に。目撃されたことだ。

 そして、これから拒絶される。それが、そっちのほうが、辛くて仕方ない。

 ルシアはルノアの信じられないものを見るような目を脳に焼き付ける。彼女と見つめ合って、辛い思い出を想起して、表情が絶望のものになる。

 

「ルシア。あんた……」

「……っ!」

 

 思わず目を逸らす。床を見る。

 ルノアが口を開いたことにビクッと身体を反応させる。

 次の言葉を震えながら待つ。

 

「モンスター……?」

 

 ルシアはまた、独りになった。



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たった一人の為の英雄(ヒーロー)

 

 ルノアの言葉で一瞬硬直した身体が、震え始める。恐る恐る目線を上げる。すると、闇派閥達の視線。それと同じ視線を、して欲しくない人が、奥にいて目が合う。

 呼吸が荒くなる。動悸が酷い。肩が上下に揺れ動く。

 

「わ、私は……っ」

 

 どうする。どうすべき。どうすれば。

 動揺するルシアの頭の中で最適解を探そうとするのは普段の癖。当然、冷静さを失っている今では逆効果だ。

 だが、一旦落ち着く選択肢は浮かばない。

 

「ルシア……っ。ルシ……っ、何……?」

 

 ルシアが言葉を探す中、ルノアも稀有な状況に脳内が真っ白になる。

 闇派閥(イヴィルス)も同じだ。ルシアはこの状況を知っている。誰もが言葉を失う。なぜなら人の常識の枠組みから完全に外れているから。

 怪物(モンスター)の身体を持つ人間。そんな存在は誰しもが考えすらしない。

 

「……っ…………っぁ………………!」

 

 何か。何か行動(アクション)を起こさないと。

 誰もが唖然とする空間で、敵がいるならば、先手を打たないとこれ以上に状況は悪化する。そういう分析はルシアの得意分野だ。

 

 だから、わかっている。わかっているけど、気持ちがついてこない。自分のタイミングを失った時点で、ルシアは正常な判断ができなくなっていた。

 故に、ルシアより先に口を開く者が現れる。

 

「…………モンスター、だと?」

 

 ルシアの身体を目に焼き付け、ルノアの言葉を想起してオリヴァスが復唱する。

 ポツリと漏らしたその一言に、身内の視線に傷付いたルシアの怯えきった目と信じれないものを見るように瞠目していたルノアの視線が、彼に移る。

 

「その身体……っ! 確かにモンスター!! だが、わからん。貴様は先程まで人だった筈だ。なんだ……わからん……なんだ、貴様は……わからん。分からんぞ! 人の言葉を喋るモンスターか? そんな話聞いた事がない……貴様はなんだっ!! 貴様は何者か!?」

「「……っ!」」

 

 動揺するオリヴァス。彼が口にするのは理解不能。そして、それはルシアを除いたこの場にいる者たち全員の共通認識だ。

 オリヴァスの言葉に彼自身と、それを聞いてルシアとルノアが目を見開く。

 直後、ルノアがハッと我に返った。

 

「……ほんとだよ。わかんないよ、ルシア。何なんだよ、その身体。あんた、何者なんだよ。喋るモンスターなの? ていうか、喋るモンスターって何さ。私、あんまりモンスター見た事ないから余計わかんないよ。ねえ、教えてよ。ルシア……っ! あんたのことでしょ! 教えてよ!!」

「……っぁ! ルノアさん……。わ、私は……っ!」

 

 ルノアの追求にルシアは自身の胸を掴んで応えようとする。だが、詰まるばかりで、声が空振る。言葉が出てこない。気持ちが表せない。

 一緒に馬鹿をやってくれた人。私の現在地を教えてくれた人。ふざけてもノってくれた人。身を投げ出して助けに来てくれた人。

 

 その人を裏切ったこの身体。それを説明する情緒なんて、持ち合わせていない。それが苦しい。

 相手からすればルシアが苦しむ理由がわからないだろう。だって、知らないから。知らないと、共感なんて出来やしない。

 

 でも、自分を教えるのは怖くて出来ない。だから、この気持ちを形容できない。

 ルシアは、荒い呼吸をしながらルノアを真っ直ぐ捉える。

 

「わ、私は……モンスターの……っ……モ、モンスターの……っぁ……!」

 

 身体が熱い。汗が止まらない。喉が乾き、何度も鳴る。真実を語る口が重い。

 ルノアに話す勇気の無さ。拒絶されることの恐ろしさが酷い目眩と震えで緊張を生む。場の全てを注目されているこの重圧(プレッシャー)が押し潰してくる。

 怖い。辛い。逃げ出したい……! 

 

「わ、私は……!」

 

 絞り出そうとした。

 だが、続く言葉がまた出ない。まだ出ない。後に残るのは沈黙だけ。さらに、言葉の尻が切れると項垂れる。

 

「ぬぅ……!」

 

 オリヴァスが困惑と警戒から苛つきへと移行する。

 

「ルシア、あんた……」

 

 ルノアはまだ信じられないものを見たような目をしていたが、やがて瞼を一旦閉じる。

 そして。

 

「…………そう。分かった」

 

 目を開いてそれだけを口にした。

 

「ルシア、あんたには幻滅した。もういいよ」

「えっ?」

 

 思わずルシアが顔を上げる。

 

「あんたが何者なのか、あんたのその身体が何なのか。わかんないし、何だとしてもさ。何も話せないのは、無いよ」

「……っ!」

 

 冷たく言い放つルノアに酷い顔をするルシア。

 ルノアの目もさっきまでとは打って変わって完全に冷めたものになっていた。

 

「私だって自分が馬鹿やったって自覚してるし、身勝手に助けに来たけど……覚悟もあった。あんたを助けたいって思っちゃったのに。それをあんたは分かってるのに。それでも、あんたが私に何も話せないって言うなら私、もう馬鹿じゃいられないじゃん。あんたにその価値を見い出せないよ」

「ルノアさん……っ」

 

 ルノアが座り込む。戦意を喪失したことを示している。

 未だ敵地。闇派閥に囲まれている絶体絶命の危機。そこに覚悟を持って飛び込んできた。

 だから、戦意を失ったら敗北を受け入れ、最期を待つだけだ。

 

「悪いけど、あんたを助けるのはもうやめる。まあ、もう私も助からないけどね。これに関しては私のせいだから気にしなくていいよ。馬鹿な選択肢を取ったのは私だからさ」

 

 もうとっくに限界が来ていた身体を労りながら座席の肘置きに背中を任せる。

 深い息を吐いて、ルノアは戦慄するルシアに告げる。

 

「……まあでも非難するならしな。ここまでしちゃった奴の口から出てる言葉だし。あんたにはまだギリギリその資格もあると思うからさ」

 

 完全に脱力したルノア。

 それを目にしてオリヴァスは先程まで彼女と対峙し、武器を構えていたが、その態度を見て口角を上げ徐々に笑みを浮かべる。

 

「は、はははっ。くくっ。ふはははっ! 遂に諦めたか、【黒拳】! やはり私の言った通り愚かだっただろう。後悔しただろう? あんなモノの為に命を賭けるなど馬鹿らしい! ましてやバケモノだとはなぁ! 貴様に同情する!!」

「はいはい。諦めました。私の負けでーす。……はぁ~あ。こんなことなら来るんじゃなかったなぁ。命、賭けるとこ間違えたかぁ。私もまだまだだね……」

 

 オリヴァスの煽りに、いちいち声でかいんだよ、うるさいなぁと思いながら耳を掻く。

 先程まで戦闘で白熱していた肉体も落ち着き始めている。息が温くなってきた。興奮(アドレナリン)が分泌されなくなってきた。

 

 痛覚が戻ってき始める。

 疲れきり諦め、溜息を吐くルノア。そんな彼女とオリヴァスの勝ちが決まったこの場でルシアは震える声を絞り出す。

 

「……待って、くだ……さい…………」

 

 誰にも届かないくらい小さな声。

 ルシアは話し相手をルノアに絞る。

 

「ルノア……さん……」

「ちょっと。非難するなら一方的にしてよ。話しかけんな」

 

 ルシアに失望したルノアは冷たく言い放つ。もう取り付く島もない。

 だが、次の一言が無視を許さなかった。

 

「……私は、モンスターの血を引いています」

 

 ポツリ、と漏らしたルシア。

 闇派閥もオリヴァスも彼女を二度見する。

 腫れた瞼で限られた視界。その瞳が写していたのは床だったが、ルノアもまたピクリと反応して目を見開いた後、顔を上げて驚いた顔をルシアに向けた。

 

「………………………………………………はっ?」

 

 異端の身体。辻褄が合う告白。だが、脳が受け付けない。常識の外だから理解できない。

 こんな状況で何冗談を言ってるんだ。そう、冗談にしか聞こえない。

 ルノアはルシアの表情を見る。彼女にはわかる。ルシアは、本気で言っている。

 

「なっ……!?」

 

 オリヴァスも驚愕する。

 知らない。聞いたことがない。そもそも化学的に、生物学的に有り得るのか。いや、今の問題はそこではない。

 

 あまりに異端すぎる。あまりに例外すぎる。あまりに希少過ぎる。

 困惑するしかない。何が正解の反応なのか誰にも分からない。仲間同士で目を見合せ視線のやり取りをするも混乱が広まるだけ。最終的に視線はまた、ルシアに収束する。

 

「私の父方の先祖にモンスターがいます。それで……この身体に。殆どはハイエルフです。それが、私の真実……です…………っ」

 

 場のどよめきからルシアへの注目へ支配が移行したのを確認して、ルシアは補足する。

 身体を見られて、恐れられて拒絶されて、問い詰められて苦しみながら告白を漏らす。これまで何度もやってきた流れだ。それでも、辛い。慣れない。

 

 消え入りそうなルシアの声。伝えるべきことを伝えたと同時に項垂れるルシアに、唖然とする空間。戦慄する面々が静寂を作る中で、ルノアだけがポツリと漏らした。

 

「……それだけ?」

「えっ」

 

 ルノアがルシアを見て、ルシアがルノアの言葉に顔を上げる。

 彼女の反応が予想外のものだったため、ルシアは目を丸くする。

 

「なっ……」

 

 オリヴァスですら狼狽する。

 だって、モンスターの血を継いでいて、モンスターの身体を有している。そのことがこんなに簡単に片付けられる訳がない。訳がない……筈だ。経験上では。

 

「そ、それだけって……」

「いや。まあ大したことだし驚いたけどさ。私からしたら正直どうでもいいかなぁって。モンスターのこととかよく知らないし、ていうか興味無いし。しかもちょっと血が混じってるだけならもう殆ど人間じゃん」

「えっ、いや……そんなことは……あぁ、いや……えっと、どうなんですかね?」

 

 あまりに認識の違いがあり過ぎてルシアももはや困惑する。

 異端を前にしてその反応はありえない。オリヴァスも同じ常識だ。故に、彼も思わず狼狽える。

 

「馬鹿な……!? モンスターの血が混じっている人間など前代未聞!! こんな異端な存在をすんなり受け入れるだと……!?」

「だから、興味無いんだよね。その辺の……因縁? みたいなの。よく言うけどさ。人とモンスターは太古からどうの~って。私、その辺無縁なんだよね」

 

 ルノアがゆっくりと立ち上がる。

 そして、ルシアを見る。

 

「……私が気に食わなかったのはルシアが自分のことを私に話してくれなかったことだけ、かな」

「……っ!」

 

 ルシアを一瞥するその視線はさっきとはまるで違う。彼女の瞳を真っ直ぐ捉えて、ルシアは確信した。

 この人は、本当にモンスターの血とか身体とか()()()()()気にも止めてないんだ。これがルノアの価値観。これがルノアの認識。誰にも否定できないルノア・ファウストだ。

 

「ルノアさん……」

「ちょ。そんな目で見んなよ~。そういうのじゃないからっ。あんまり良い人~みたいな視線は苦手っていうか慣れてないんだよなぁ」

「あっ。いえ、良い人だとは思ってないです」

「思ってないんかい!!」

 

 ルノアの価値観に驚きつつも首を横に振るルシア。緊張感がなくなるツッコミが炸裂する中、二人だけがくしゃっと砕けた笑いを共有する。

 しかし、オリヴァスはルノアと違いルシアの異端な身体を再確認して顔を顰めた。

 

「~~~~~~~~っ!! 私は到底受け入れられん! そして、正義の使者達も受け入れることは無いはずだ。奴らは冒険者、モンスターとの因縁も深い!」

「……っ!」

 

 オリヴァスが武器を手に払う。

 彼の言い分は最もだ。それが通常。ルシアとルノアがオリヴァスを見る。ルノアは構えた。

 

「くっ! 貴様の正体を奴らに隠す手間が増えるとはな……!」

「そ、それは無理かと……。輝夜さんが既に私の身体を見たので」

「何!?」

 

 この状況においても、驚愕の事実が発覚した中でも、オリヴァスは計画を辞めるつもりはなかった。

 ここまで労力をかけて引き下がる程、闇派閥(イヴィルス)の資源も無限ではない。ルシアを捕らえるのにどれほどの人員と魔剣などを費やしたことか。

 

 だが、ルシアの発言で気が変わった。否、計画を断念せざる負えなくなった。

 正義の派閥といえど、怪物だと知って、それでも庇う愚者の集団ではないと考えている。奴らの正義は怪物には適応されないハズ。

 

「~~~~~! ならば! 貴様に人質としての価値はない! ここでその気色悪い肉体共々、朽ちらせて落としてやろう……!!」

 

 オリヴァスが再び臨戦態勢に入る。

 もはやルシアはただの無価値な怪物だ。抱える意味も、その負担を受け入れる理由もない。ここで終わらせるべきだ。

 

「……」

「ったくしつこいなぁ!」

 

 オリヴァスに対して、ルノアがよろよろとルシアの前に出る。

 ルシアはオリヴァスの発言を聞いて目線を下ろし、ルノアの足取りが疎かな様子も目にする。

 

「ルシア、あんたのこと助けないのやめたから。守るからね」

 

 ルシアを庇うようにオリヴァスと対峙するルノア。だが、ルシアの返事がない。違和感を覚えて後ろにいる彼女に振り返る。

 

「ルシア? ……っ!」

 

 振り返って見るルシアの表情。真剣そのものだったそれでルノアを真っ直ぐ捉える。

 

「ルノアさん。やっぱりルノアさんは逃げてください。私が時間を稼ぎますから」

「はぁ? 何言ってんの、あんた。大体その話はさっきも―――」

「私はドラゴンです。その気になれば、ルノアさんが逃げる余裕を作れる程暴れ回ることも可能です」

「……っ!」

 

 ルノアが目を見開く。確かにルシアの言うことも一理ある。

 とはいえ、ルノアはドラゴンとしてのルシアを何も知らない。加えて、彼女はモンスターの知識も薄い。モンスターが暴れ回った時の規模も、モンスターの個体差も、ルシア自身がいけると言ってもそれを承諾するかの判断ができない程に無知だ。

 

「あんたが本気出せば、勝てんの?」

「どうでしょう。それはちょっと無理かもしれません」

「はぁ? だったらダメじゃん」

「だから、ルノアさんだけでも逃がします。その後運が良ければ私も脱出できるかもしれません」

 

 二度見する。

 何を言い出すかと思えば自己犠牲前提かよ! 

 当然、ルノアは反対する。

 

「いや、だからって! あんたさぁ……私が何の為にここに来たと思ってるんだよぉ!」

 

 泣き言言いたくなっても仕方ない。

 ルノアが自分を馬鹿だと罵り、それを受け入れてまで身勝手に来たのに対してそれを無下にする提案だ。ルノアからすれば有り得ない。

 反対するルノアに対してルシアは突然関係の無いことを言う。

 

「……ルノアさんの言う通りなんです」

「はぁ?」

 

 話の前後がない、噛み合わない急な切り出しにルノアが対峙するオリヴァスに向けている顔を顰める。それでも、ルシアは続けてポツリポツリと言葉を紡いだ。

 

「私は恵まれてます。最後に素敵な人たちに出会えた。最期に良い場所にあり着けた。だから、もう……良いんですっ」

「……っ!」

 

 ルシアが自嘲気味で暗い表情で俯く。

 以前、ルノアが言ったこと。ルシアの居場所の話。優良派閥に拾われ、大派閥の団長に気に入られて、恵まれているように見えた。

 

 でも、今にして思えばそれは大きな間違いだ。ルシアに居場所はない。彼女の異端な身体は、血は、誰も受け付けない。

 

「……ふざけんな」

 

 ―――違う。

 ルノアは、過去の自分の発言を後悔する。過去の自分をぶん殴りたく思う。

 何も知らなかったことは罪では無い。だが、知ったような口を聞いたのは余計だった。

 酷いことを言った。謝らなければいけない。だけど、その前に、今ここで言うべきことは異なる。

 

「何勝手に満足してんのよ。こっちが満足してないっての。あんたとやってないことまだまだ沢山あるんだから」

「えっ」

 

 ルシアが目を丸くする。

 ルノアは、流血を拭って敵を睨みつける。

 

「一人で気持ちよくなってんじゃねえ。私も気持ちよくしてよ。私をあんたの友達にしてよ。私ともっと一緒にいてよ。あんたの事情なんて知るか。私が嫌だから死なないでよ。私の傍に居てよ……!」

「えっ、あっ」

 

 ルシアが戸惑う。頬が薄らと赤く染まる。

 ルノアは、気にせず続けた。

 

「あんたと私は同じなんだよ、ルシア……。あんたのこと恵まれてるだとか言って羨ましがってたけど、多分私に同じ巡り合わせが来たって今のあんたみたいにその居場所に安住できない」

「……っ」

 

 ルシアを知った。二人は同じだった。

 

「私ならきっと後ろめたくてそんな良い場所には居られない。あんたは拒否られて、私は自分で居場所を否定するんだ。そんな資格、私にはないから……」

「ルノアさん……」

 

 ルノアの背景が浮かび上がる。ルシアにもわかる。二人は独りぼっち同士だったんだ。

 受け入れて貰えないか、受け入れないか、それだけの違いだ。誰にも、何処にも、馴染めない。そんな二人なんだ。

 

 それでも。ルノアはルシアを求めた。ルシアは、友達を求めた。肩を寄せ合い生きる。そういう生命体だからだ。

 

「ルシア。私はつるむならあんたみたいな馬鹿がいい。私みたいな馬鹿がいい。馬鹿やって怒られて笑って、そういう生き方を……あんたとしたい」

 

 先が見えない賞金首狙いの生活。これからだって続けるつもりだ。

 でも、腕っ節一つでずっと食い続けられるとは限らない。それに、ずっと一人で居られるなんて強がりだってホントはわかってる。

 

 心の内では誰かが欲しかった。そんな誰かは良い人達じゃダメだった。自分と同じ馬鹿が欲しかった。

 そして、馬鹿ができるのは何よりの証だ。

 

「一緒になって馬鹿やって……想いあって……そんなの人間にしかできない事じゃん。ルシア、あんたは人間だよ。ルシアは……人間だっ!!」

「「……っ!!」」

 

 ルノアの叫びにルシアとオリヴァスが目を見開く。

 初めて言われた言葉。衝撃的な存在肯定。ルノアは、強く胸を打たれ、胸を詰まらせるルシアに構わず訴え始める。

 

「言いなよ、生きたいって。助けてって言えよ。私ともっと一緒にいたいって言ってよ。私と出掛けたり、ご飯食べたりしたいって言ってよ」

「……っ」

 

 それは、日常。ルシアが求めていたもの。

『友達』との何気ない日々……! 

 

「……そしたらさ。こいつら全員ぶっ倒して身勝手にあんたを振り回すから。死にたいなんて思う暇、与えないから」

 

 ルシアの提案を拒否して未だ、ルシアを守るように闇派閥の前に立ち塞がるルノア。

 その背中を、友達になりたいと言ってくれた自分だから、自分を守ってくれる初めての存在の背中を。ルシアは焦がれる程に瞳を狼狽で揺れ動かし、ずっと求めていたものを、今も求めて涙を流す。

 

「ルノアさん……」

 

 名前を呼ぶ。私を肯定してくれた。私を受け入れてくれた。私と友達になりたいと言ってくれた。私の夢を叶えてくれる存在。好きな人。大好きになった人。大切な人。

 幼い頃から待っていた私だけの、異端の英雄(ヒーロー)……!!

 

「ルノアさん……! ルノアさん……!!」

 

 溢れ出る涙と一緒に感極まった感情を、英雄の名を繰り返す。

 長年の苦しみと長年の悲願から締め付けられるような胸の痛み。強く掴んで、ようやく本当はずっと泣き続けていた竜の娘がそれを口にする。

 

「助けて、ください……。助けて……っ、ルノアさん!!」

 

 背中に受ける強烈な要求。

 誰よりも応えなければいけないそれを、ルノアは静かに返した。

 

「任せろ」

 

 教会の奥。

 敵だらけの死地で英雄は敵を捉える瞳と、拳に力を込めた。



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受け入れる者たち

 

「何故庇う! 何故救う! 何故受け入れる! 奴は怪物だ。怪物を受け入れれば異端! 多くの非難を受けるぞ……!」

「……うるさいなぁ!! 私は元からはぐれモンなんだよ! 今更誰にも受け入れられなくなるとか知ったことじゃないっつーの」

 

 ルノアとオリヴァスの衝突が再開し、互いに引けを取らず攻撃を捌く。

 依然、満身創痍のルノアはまだ倒れない。寧ろこれまでで最も善戦していた。

 

「私には友達(ダチ)以外なんにもないんだから、たった一人の友達を取り戻そうとするのは当たり前でしょうが……っ!!」

「……っ」

 

 ルノアの一撃。優秀すぎる地のステイタス。基本アビリティの『力』任せの拳が炸裂して床が弾ける。

 オリヴァスは間一髪回避したが、表情を曇らせる。

 

「馬鹿な……! 貴様のどこにまだそんな力が……っ!」

 

 オリヴァスの攻撃に引けを取らないルノア。多くを捌き、隙を突いて反撃まで挟んでくる。

 ルノアのフックを捌いた先に、待っていた真っ直ぐ(ストレート)。オリヴァスは武器で直撃は防ぐも(パワー)で後退させられる。

 

「ぬぅ……!」

 

 顔を顰めるオリヴァス。

 対するルノアは不敵に笑う。

 

「無限に湧いてくんだよ。痺れるでしょ? 私の(パワー)

「小賢しい……っ!」

 

 挑発気味なルノアの態度にオリヴァスの苛つきが加速する。

 だが、余裕そうな言動とは裏腹にルノアの肉体は限界だ。戦闘中はともかく一旦退くと足が震える。それをオリヴァスも確認した。

 

「ふっ。くくくっ! 貴様のその空元気、厄介だがそう長くも持ちまい。このままではマズイのではないか~。何か考えはないのか? 【黒拳(こっけ~ん)】っ!」

「……っ!」

 

 オリヴァスの指摘にルノアが下唇を噛む。

 痛いところを突かれた。しかし、承知の上だ。

 作戦などないが、気合いは充分にある。いや、有り余ってる。

 

「うらぁっ!!」

「ふんっ!!」

 

 互いに言葉で相手を刺激した後は正面からの衝突。

 ルノアは思い切り拳を撃ち込み続ける。オリヴァスの攻撃は裏拳と腕で捌き、軽めの高速フックで手数を増やし、相手の手元を狂わせる。

 

 相手の攻撃手段を潰す時や武器を振るわせたくない時、手放させたい時、そしてより多くのダメージを与えたい時。対人戦における軽いジャブの連続はそれらの状況下において効果を発揮する。

 ステイタスと、性格や才能から来る馬鹿力の一発はトドメの一撃。または決定打だ。

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 

 だが、もう体力は限界だ。息なんてとっくに切れてる。

 それでも撃ち込むのは止めない。

 後ろにいるチビ助の為に。否、そいつが欲しいからここから助けて絶対に貰う!! 

 

「おらぁ!!」

「ぐっ……!」

 

 オリヴァスが完全に防御姿勢を取って退いた。

 状態も戦闘力も、オリヴァスに軍配が上がっている。だが、気迫が異なる。

 ルノアの気迫がオリヴァスを押し返した。

 後退った跡を見てオリヴァスが表情を歪める。

 

「うぐ……っ……ぬぅ……!」

 

 悔しさで唸る。

 私が。闇派閥(イヴィリス)の幹部にして、混沌の使者。【白髪鬼(ヴェンデッタ)】である私が。

 押せば倒れそうな程の満身創痍な同格(ルノア)に、負けている。

 

 度し難い事態だ。この事実を許してはおけない。

 そのプライドが、逆に何がなんでも目の前の大敵に膝をつかせたい気持ちに火をつけた。

 オリヴァスは二階に視線を送る。

 

「もう一度魔剣と魔法の餌食になるがいい、【黒拳】!」

「なっ……!」

 

 魔剣の輝きと魔力の高まりに、ルノアも見上げる。

 またしても集中砲火。上からの標的はルノアにとって初めて。避ければ後ろのルシアに当たる。いや、これ避けなくても二人とも命中する! 

 

「ルノアさん!」

「ルシア……!」

 

 互いの名を叫ぶ。ルノアが振り返ってルシアの元に飛び込む。

 オリヴァスが口角を上げる。

 

「くくっ、ふはははっ! 渡してもらうぞ、【黒拳】。竜の娘を!!」

「クソ……! ちくしょう! ルシア……!」

「……っ!!」

 

 防ぎようがない。避けようがない。逃げ道もない。

 確信したルノアがルシアを抱き寄せて包み込む。咄嗟に取れる、護るための行動はこれが限界だった。

 ルノアは自身の背中を敵に向けて晒しながらそれでも尚、強く抱きしめる。

 

「ル、ルノアさん……! っぁ……!」

 

 ルノアが自分を守ろうとしている。でも、もうとっくにルノアは限界を超えている。

 いくら彼女の地のステイタスが優秀でもここまでのダメージを受けた後に無防備で砲撃をくらえばひとたまりもない。

 

 それは嫌だ。ルシアだってルノアを守りたい。だから、拘束も解いて竜の力を存分に使う。

 だけど、間に合わない。もう既に砲撃は放たれた。目前まで迫った火炎をルシアの瞳が映す。

 

 無理だ。終わった。ルノアを守れない。

 そう、理解した時。ルシアが諦めたくないその感情を表情に浮かべた瞬間。

 魔法を、魔剣の砲撃を、全ての魔的な攻撃を二つに斬り裂き、両断する影が()()現れた。

 

「なっ……!?」

「えっ!?」

 

 オリヴァスも、闇派閥も、ルシアも驚愕する。

 前者の敵は砲撃を斬撃で無効化されたことに。そして、そんなことが出来るのは神の恩恵のみ。加えて、あの質量を完全に防ぎ切るのは上級冒険者の仕業であること。

 

 後者のルシアは割って入ってきた二つの影のうち、一つに該当する人物に対して自身の目を疑った。

 おかしい。彼女が助けに来るはずがない。自分は拒否された。間違いなく、受け入れて貰えなかった。なのに、なのに、有り得ない。今まではなかった。

 

「輝夜さん……どうして……」

 

 教会に降り立った二人の助っ人。

【アストレア・ファミリア】副団長、【大和竜胆(やまとりんどう)】ゴジョウノ・輝夜。

【ガネーシャ・ファミリア】団長、【象神の杖(アンクーシャ)】シャクティ・ヴァルマ。

 

 現れたのはその二人。

 ルシアは輝夜の助太刀に驚き、逆にオリヴァスはシャクティの介入に目を疑う。

 ルシアの正体を知った輝夜はともかく、シャクティが工業区襲撃の現場にいないことに空目する。

 

「憲兵、それも【象神の杖(アンクーシャ)】だと!? 何故ここに……!」

「私は……」

「シャクティさん?」

 

 ルシアがルノアの腕からひょっこり顔を出してシャクティを見上げる。

 そんな彼女の視線にシャクティは、オリヴァスの問いに、自身の抱える戸惑いを宿していたその表情を少し和らげる。少なくともまだルシアが生きているのを確認したからだ。

 

「私は友を、ルシアを助けに来た」

「……っ!」

「何っ?」

 

 シャクティの言葉にオリヴァスが目を細める。

 

「ルシアを返してもらうぞ、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】。そして、貴様達を今日ここで検挙する!」

「……っ!」

 

 敵だらけで逃げ場がない、そんな教会の中で。この状況を切り抜けられる絶対的実力の持ち主、Lv.4のシャクティが闇派閥(イヴィルス)に向かって宣言する。

 ルシアはそんなシャクティの背中に衝撃を受ける。

 

「ぬぅ~! 許せん。ここまで来て覆されるなど、許せん……っ!! ぐっ……ぬぅ! 貴様らぁ! やれ!!」

「……っ!」

 

 オリヴァスの合図。闇派閥が動き出す。

 介入があるまでは観覧がメインだった彼らも一気に常時戦闘、いや、抗争モードだ。

 シャクティはそれに対して武器を構える。

 

 その後ろで。ルシアは輝夜と顔を合わせ、状況が変わったことに気づいたルノアも、「何?どうなったの?」と言いながらルシアを少し離して顔を上げた。

 シャクティはルシアと輝夜の間で話があることを察知して、輝夜に告げる。

 

「先に戦っておくが、この人数が相手だと私もそう簡単には崩せない。手早く済ませて参加しろ。良いな?」

「……分かってます。それに、すぐ終わります。ほんの少しの間だけですから」

「輝夜さん……」

 

 輝夜を見上げるルシア。

 二人は視線を交わし、先に目を逸らしたのはルシア。本拠(ホーム)で見られたのは一瞬だったが、今は自身の身体を露わにしている。

 

 輝夜はこの身体を見てあの時、刀を取ろうとしていた。今、改めて前にしてどのような認識なのかはわからないが、輝夜の性格を加味すれば拒絶寄りであることは考えなくともわかる。

 

 だから、ルシアは目を合わせられない。

 いたたまれない、この場で自分と向き合うことすらも気まづそうなルシアの様子を輝夜は無言で見つめる。

 

 ルノアが二人の間に流れる空気を感じ、なんかめんどくさそうと思いながらも二人の顔を交互に視線を動かす中、やがて、輝夜はルシアに向かって重く閉ざしていた口を開く。

 

「ルシア。お前は、()()我々の仲間だ」

「……っ!」

 

 輝夜の言葉にルシアもルノアも彼女の顔を見る。

 その視線を浴びて輝夜は目を逸らしながら続ける。

 

「故に、その命までは見捨てない」

「輝夜さん……」

 

 背を向け、目の前の戦闘へと意識を移す輝夜を、ルシアは見上げる。

 

「【アストレア・ファミリア】。ゴジョウノ・輝夜、推して参る」

 

 輝夜は、異端の存在を背に、闇派閥(イヴィルス)に対して『彼岸花』を抜刀した。



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終わる鐘の音

 

「相手は格上だ。手を出せない上からできるだけ袋叩きにしろ!」

「【大和竜胆(やまとりんどう)】!」

「わかっている!」

 

 どちらの勢力も喉がちぎれん程に叫び合う。ここが苛烈化した戦場だからだ。

 場を制しているのは闇派閥(イヴィルス)。戦力を有しているのは正義(アストレア)憲兵(ガネーシャ)

 

 互いに劣る部分があり、互いに有利を得ている。

 故に、ギリギリの戦線。

 双方が気迫と本気を投入しなければならない。

 

「居合の太刀―――【一閃】!」

「はあ……っ!」

 

 オリヴァスの妨害、二階観覧からの砲撃、それらより先に。輝夜とシャクティによる支柱破壊。

 迅速な反応に闇派閥は意表を突かれる。教会の二階、向かい合う席が足元から崩壊する。

 

「な、何ーっ!?」

「「ぐっ!? うわあぁぁーーーっ!!」」

 

 壁ごと崩れていく中、支柱を壊した二人は巻き込まれないようヒビが走るより先に後方に跳んでルシア達の前に戻ってくる。

 上方からの優位と戦力、足並みを大幅に乱されたオリヴァス。顔を顰め、輝夜とシャクティを鋭い眼光で捉える。

 

「おのれ……!」

 

 対する二人はオリヴァスに武器を向ける。

 その剣先に指される。しかし、オリヴァスは口角を上げる。

 

「だが、まだ上に残っている! 貴様らが落とした人員も下で戦う元気がまだある者もいる。数は未だ有利! 出口も我らが抑えたまま!」

 

 オリヴァスが腕を大きく広げて主張する。

 彼の言う通り、輝夜とシャクティの動きは良かったが、状況を一変させる程ではなかった。

 だが、そんなことは二人とも承知の上だ。

 

「ふっははは! 何も好転してないぞ! 愚かだなぁ。いつまでも貴様らは! さぁ、どうする……!」

 

 高らかに笑い、上階に指示を出す。

 教会出入口の真上。そこの観覧スペースはまだ残っている。まだ上方に残っている闇派閥(イヴィルス)の魔剣や魔法の照準は既に輝夜とシャクティに定められている。

 そして、放たれる砲撃より先に動いたのは―――輝夜だ。

 

「抜かせ。愚者は貴様だ、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】」

「なっ……!?」

 

 瞬きの間に詰められた間合いにオリヴァスが目を見開く。

 凄まじい速度。だが、輝夜は彼と同じLv.3。不意を突かれた接近には対応できなくとも接近されてから反応することはできる。

 

「私が愚かだとぉ!? 舐めるでないわ、【大和竜胆(やまとりんどう)】ぉぉ!」

 

 輝夜が抜刀すると同時にオリヴァスも武器を振るおうとする。

 その動作と、自身に視線と意識が向いていることを確認して輝夜はさらに酷評を加える。

 

「馬鹿め。私は()()。だから、愚者なのだ。お前は」

「何っ―――ぬぁっ!?」

「貰ったぞ」

 

 輝夜が低い姿勢で下から攻めてきたのに対して、跳躍を用いた上からの接近。

 オリヴァスが衝撃を受け、瞳に映るその姿が迫ってくるのを為す術なく無防備に迎えるのを待つ。

 そして。

 

「吹き飛べっ!!」

「ぬおっ!?」

 

 シャクティと輝夜。双方の攻撃がオリヴァスにめり込む。シャクティは顎を下から上へ打ち上げた。

 オリヴァスが吹き飛ぶ。狙いは……観覧の敵だ! 

 

「がっ!? ぬおおおああぁぁーーーっ!?」

「「……っ!? オリヴァス様!? うわああぁぁーーーっ!?」」

 

 オリヴァス自身が弾丸となって味方を巻き込み、後方支援勢力と共に二階で転がる。勢いのまま窓から外へ放り出された者もいるだろう。

 してやられたオリヴァスだが、意識はまだある。足元はおぼつかないが、なんとか立ち上がり出し抜いた二人を忌々しそうに見下ろす。

 

「ぐぬぅ……! ま、またしても……!」

「オ、オリヴァス様。も、申し訳……っ」

「何っ?」

 

 腰が抜けたのか立ち上がろうともしない部下の震える声に、オリヴァスが振り返る。

 すると、当人が持つ杖の先端が赤く煌めき、膨張していた。

 オリヴァスの表情が硬直する。一瞬で理解したのだ。その正体を。

 

 二階にいた者たちは魔法と魔剣を行使しようとしていた。だが、発動までの間にオリヴァスが吹き飛ばされて来た。

 その衝撃でバランスを崩した魔道士達は平行詠唱できない者が多い。

 

 当然だ。平行詠唱は難易度が高い。そんな高度な術を習得している人材など闇派閥(イヴィルス)でなくとも冒険者側でも貴重だ。だから、できないのは致し方ない。

 問題は、体勢を崩した今、彼らはその魔法がもう行使できないこと。それと、発動直前までいけば中断もできないことだ。

 

 このことから導き出せる、今、目の前で起ころうとしている事象は。それは。

 魔力爆発(イグニス・ファトゥス)

 そして、思い出す。後方援護を指示したのはオリヴァス、自分自身だということを。つまり、この事態を招いたのは、他でもない。

 

「く、くそぉ……最初からこれが狙い! 私を嵌めたか……!」

 

 オリヴァスの気付きにシャクティと輝夜が口角を上げる。

 それを目に焼き付けてオリヴァスは歯を食いしばった。

 そして、爆発は起きる。

 

「ぬぉぉ……っ!?」

 

 吹き飛ぶ観覧場所。爆炎と高熱が炸裂し、瓦礫が飛来する。

 自爆したのは一人や二人じゃない。出入口付近は吹き飛び、教会の外が拓けた。爆発が止むと黒煙共に景色が拝めるようになる。

 

 オリヴァスは輝夜達の前に落ちてきたが、瓦礫の巻き添えと、それなりのダメージを負っている。

 倒れ伏せた彼に、シャクティが目の前に立ち、武器を向ける。

 

「終わりだ。【白髪鬼(ヴェンデッタ)】……いや、オリヴァス・アクト。ここに居る者共々、闇派閥(イヴィルス)の幹部とその部下の一斉検挙だ!」

「ぬぅ……!」

 

 シャクティの宣言にオリヴァスが悔しさを滲み出す。

 ここで終わる訳にはいかない。

 闇派閥(イヴィルス)の幹部が、あんな異端の弱者一人を捕らえたばかりに制圧されるなど、あってはならない。

 

「わ、私が……っ! こんなところで終わる筈がない! お前たち! 私を逃がせぇ……っ!!」

「うおおお! オリヴァス様を助けろぉ!」

「我らが犠牲になるのだ……!」

「なっ……!?」

 

 まだ戦える者達がもはや無策で武器を取り、数でシャクティや輝夜に押し寄せ、立ち向かってくる。

 オリヴァスの往生際の悪さにシャクティも面食らい、何よりも、オリヴァスの指示で闇派閥達が動き始めるのだから輝夜も呆れを通り越して顔を顰めながら敵を迎え撃つ。

 

「馬鹿な! そこまでするか!?」

「くっ……だが、マズイ!」

 

 輝夜が理解不能を述べる隣で、接敵に対応するシャクティが、背を向け教会の外へと逃げ走るオリヴァスを確認する。

 

「ふははっ! 私は逃げさせてもらう! この借りは必ず返すぞ、【アストレア・ファミリア】……っ!! そして、貴様達4人の事を恨み続けるぞぉ!」

 

 よろめきながらもオリヴァスが教会の外へと出て、去り際に負け惜しみを吐き捨てて駆け出し逃げていく。

 駆け引きにも戦いにも負けたが、追い込まれてからこの場を後にできるなら、敗走という面では成功だ。

 

 オリヴァスは、負け方を選んだ。損失を減らし、結果をマシにした。

 そんな彼の背を追いかけようと輝夜は目の前の戦闘員を斬り伏せて、集団から抜け出そうとする。

 

「待て!」

「よせ、追うな! 奴は主目的(メイン)ではない!」

「……っ」

 

 だが、シャクティが制止する。

 そもそもこの敵地に飛び込んできたのはルシアの救出が目的だ。つまり、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】を捕らえられそうになったのは副産物に過ぎない。

 

 元からその予定がなかったのが、上手くいったから目的を履き違えるのも無理は無いが、逃がしてしまうことは予定通りなのだから惜しむにしても深追いする必要はない。

 

 それに、ここでオリヴァスを追えば残されたルシアとルノアが危険だ。

 ルノアの状態は酷い。数を削ったとはいえ、オリヴァスが切捨てた闇派閥(イヴィルス)の戦闘員を、捌ける程の余力がない。

 

「シャ、シャクティさん。私が戦えます。だから、輝夜さんに追わせても……」

「いや」

 

 ルノアに習った戦い方もあれば、竜としても戦える。

 だから、名乗り出たが、シャクティが首を横に振るう。

 

「欲をかくのはやめよう。ルシア、私は確実にお前を救出したい」

「……っ!」

 

 シャクティの気持ちにルシアが目を見開く。

 憲兵であり、団長である彼女にとって闇派閥の幹部を捕らえることは重要だ。それでも、シャクティ達がここに来たのはルシアを助けるため。

 それに、ルシアもルノア程ではないが怪我をしている。万全ではない者に任せられる事はない。

 

「……まあ、そうですね。異論はありません。ここまで来て、()()()を助ける真似をしたというのに、『もしも』なんて起きたら溜まったもんじゃありませんし」

 

 輝夜も同意する。

 立場を無視して異端なルシアを選んだ二人だからこそ、何よりも彼女を優先すべき。その考えは正しい。故に、輝夜もシャクティの指示を受け入れた。

 ここでの最適解はルシア救出を確実にすること、というのはもう共通認識だ。

 

「輝夜さん……」

 

 本来受け入れられることのない、それが当然の存在である自分の為に、闇を晴らすという正義よりも優先してくれた。正義の眷属としてあるまじき行為だ。それでも。

 輝夜のそんな姿勢にルシアが色んな感情を含んだ表情を見せる。輝夜もまた、小さく笑みを浮かべ、ルシアを一瞥する。

 

「ははっ。要するにみんな馬鹿ってことでしょ」

 

 ルノアが笑顔で漏らす。

 全員の視線がルノアに集まり、輝夜に至っては信じられないもの見るような目をしていた。

 

「……馬鹿? 今、馬鹿って言いはりました? おかしいですねぇ。初対面の筈ですが」

「無駄話はそこまでだ。最後の仕上げをするぞ。ここにいる奴らを制圧する!」

 

 シャクティが輝夜の意識を敵に戻す。

 輝夜もその意図を組んで、ルノアの無礼を一旦無視して溜息をつく。

 

「まったく。どこの団長も人遣いが荒いこと」

「行くぞ!」

「承知。―――居合の太刀!」

 

 まだ敵は残っている。彼女達二人は即座に彼らを捉え、武器を手に取った。第二級以上の冒険者であり、歴戦で経験値を積んだ者たちの切り替えを見せる。

 その後ろで、ルノアはルシアの隣に疲弊を感じさせる勢いで腰を下ろして身を寄せる。

 

「ルシア。膝貸してよ」

「えっ?」

 

 シャクティと輝夜が後始末とはいえ奮闘する中、言い寄るルノアにルシアが面食らった顔をする。

 

「何よ。いいじゃん。私、そんくらいは頑張ったでしょ? ちょっとくらいさ。労ってよ、親友」

「……っ!」

 

 親友、その言葉にルシアが反応する。初めてかけらた、そして、憧れていた単語。関係だ。

 唐突に憧憬が現実になり、緊張と動揺でどもる。

 

「あっ。で、でも」

「もう私にできることはないよ。あんたの手助けも必要ない。あの二人、意味わかんないくらい強いじゃん」

「まあ、確かに……」

 

 目の前の戦闘を見遣る。

 状況は完全に優勢、シャクティと輝夜は一切苦戦しておらず、次々と闇派閥を無力化していた。なぎ倒されたり跳んだりところどころ闇派閥が可哀想になるくらいに圧倒的に。

 その光景を前にしては、ルノアの言う通り、ズタボロの二人にできることはない。

 

「ていうか、正直限界。助けてよ」

 

 そう音を上げて、ルノアがルシアに寄りかかってくる。半ば頭や身体をルシアの腕の隙間にねじ込んできている。

 密着してくるルノアに、ルシアは恥ずかしさでもじもじしつつも膝を用意する。

 とはいえ、少し抵抗もあったので相手を気遣う意味でもちょっとだけ忠告をする。

 

「あの、一応言っておきますけど……寝心地は保証しませんよ?」

「はいはい。わかったわかった。まったく。つべこべ言わずにささっと貸せ―――硬ったぁぁぁ!?」

 

 疲労困憊の身体を勢い任せにルシアの膝に投げたルノアは、叫びながら上体を瞬時に起こす。どこにそんな力が残ってるのか、いや、残っていないがそれでもない力が出るくらい想像を絶する硬さだった。

 案の定枕に対する予想通りの反応を訴えたルノアに、ルシアも反論する。

 

「だ、だから言ったじゃないですか! 私の膝は鱗があるんですよ」

「先に言えよ! 頭かち割れるかと思ったじゃん!」

「言いましたよ!」

「言ってないよ!」

 

 言い合う二人。

 いつもだったら白熱するそれも今日のルノアには厳しく、文句をつけるのもすぐに諦めて、溜息をつきながら妥協する。

 

「あーもー! いいよ、硬くて! ほら、もっかいしてよ」

「は、はい」

 

 ルシアの膝を軽く叩いてルノアが再び頭をルシアの膝に預ける。今度はゆっくりと気をつけて。

 

「あー。さすがにキッツイ。我ながら良くやったよ、ほんと」

「はい……ありがとうございます。嬉しかったです」

 

 本当に良くやった。凄い行為だ。ルノアの表現を使うなら馬鹿をやったと思う。だが、勇気が必要な馬鹿だ。

 ルシアには自分のみがそう捉えられるあの英雄的行為が、とてもカッコよく見えた。

 本当に嬉しかった。だから、絞り出すようにその感情を返した。

 それに対してルノアはルシアの頬に手を伸ばす。

 

「そっか。ねえ、顔よく見せてよ。……よく見ると可愛いね、あんた」

「そ、そうですか?」

「ははっ。硬ったいけど結構良い眺めと寝心地……ちょっと……眠く……」

「眠っちゃっても大丈夫です。私がルノアさんを守ります」

「んっ……そっ……」

 

 騒がしい戦場を前に、静かな会話を重ねる。

 シャクティや輝夜がルシア達に被害が及ばないようにしている上に教会の奥で戦闘の飛び火が来ないであろう戦場外であったとしても、流れ弾が飛んでくる可能性はある。

 

 危険地帯で、ルノアが安全に、そして安心して休めるようにルシアは背中に生えている翼を大きく広げてルノアを包み込み周囲から完全に隠す。

 ルノアは疲弊に暗闇も相まってあっという間に夢の中に入ってしまった。

 

「~~~~~~~っ!」

 

 ルノアの意識が落ちた後、ルシアはルノアを起こさないよう上体だけで悶える。

 友達(シャクティ)仲間(輝夜)親友(ルノア)。こんなに嬉しいことはない。

【アストレア・ファミリア】に迷惑をかけて、申し訳ない気持ちもあるが、受け入れて貰った喜びや助けてくれた嬉しさに興奮しないなんて無理だ。

 

 だって、これまでの人生そんなことはなかった。

 この異端の身体は、避けられる。千年の因縁による前提は絶対に覆らない。そう、思い込んでいた。

 いや、実際そうなのかもしれない。今回は、たまたま奇跡か偶然が起きたか重なっただけの可能性もある、

 

 それでも、昔求めていた。異端な私に手を差し伸べてくれる異端の英雄。淡い期待をまだ持つことができていたあの頃の童心が、それを喪失した今、報われた。

 ルシアだけの、彼女の為だけの、異端の英雄(ヒーロー)

 命をかけて一人で護ってくれた彼女に、ルシアは聞こえないように声をかける。

 

「…………ありがとうございました、ルノアさんっ」

 

 大きな竜の翼が、二人を隠す。

 ルシアはルノアに触れて、微笑んだ。

 枯れて無くなっていたと思っていた涙が、嬉しさでルシアの頬を伝う。

 

 ルノアを休ませ、ルシアとの間に穏やかな時間が流れる。

 オリヴァスを逃がすために教会に残り、尽力した闇派閥はシャクティと輝夜により制圧。

 戦闘が終焉し、教会の鐘が鳴る。等間隔に響くその音色が。

 

 酷い一日だった。

 ルシアは自身の弱さでファミリアの足を引っ張ってしまった。ルノアを巻き込み、ルノアが怪我を負ってしまった。それだけじゃない。ルノアが沢山傷ついた。

 でも、二人の関係は沢山進んだ。ルノアはルシアが心の底で求めていたもの全てになってくれた。

 

 シャクティは、オラリオに来て、アストレアに拾われた後、ずっと寄り添ってくれていた。

 でも、彼女は賢い人だ。

 ルシアは知っている。

 

 シャクティにはルシアを受け入れるくらいの柔軟で多様な価値観があったが、その賢さからルシアの友人に名乗り出ることはできなかったこと。その行為が何を意味するのかを理解し、自分の為にその一歩に慎重になってくれたこと。

 そんな彼女も今日はその一歩を踏み出してくれた。恐ろしく怖くて、リスクがあったのに。

 

 輝夜は最初、ルシアを拒絶した。それが彼女の意思ではなく、無意識だったとしても。それでも、ルシアも輝夜も改めてその事実を飲み込み、結論を出した筈だった。だから、輝夜は今もルシアを受け入れてはいない。

 

 でも、一度仲間になったことを大事にしてくれた。全てを切り捨てることをせずにいてくれた。命だけは、助けてくれた。

 その正義と、短い間でも仲間だったという関係を与えてくれたことはとても嬉しかった。

 

 沢山の人に迷惑をかけた。大切な人達が物理的にも精神的にも傷ついたし、傷つけた。

 それでも、ルシアにとって今日この日は間違いなく人生の岐路であり、色んな人の温もりを感じた日だった。

 

 反省しなければいけないし、喜んではいけないかもしれない。

 だが、溢れ出るその幸福感でルシアは下唇を噛み締めた。

 ルシアの無事を求め、それが実現した者達も。最後ばかりは安堵と、立場とは別の、確かに胸の中にある満足感に少しだけ表情を緩めた。

 

 これで、ルシアを巡る事件の幕引きだ。

【アストレア・ファミリア】の駆け出し新米を狙ったオリヴァス率いる闇派閥の犯行だったが、その内情であり争われていた事件の鍵、ルシアの正体が半怪物(モンスター・ハーフ)だと発覚し、波乱を巻き起こしたが。

 内容は変わっても、結果は正義と友情の勝利に違いないだろう。



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行く末を決めに

 

 ルシアが誘拐された事件から一週間。

 バベルの医療施設で治療を受けていたルノアも回復し、ルシアと一緒に輝夜やシャクティ、それにアストレアとガネーシャを含めて改めて設けた話し合いの場へ行く日となった。

 

 と、いうのもルシアは暫くルノアに付きっきりで医療施設にいた上に、ルノアが退院した前日はルノアの家に泊まり込んで付き添っていた。

 ルノアは遠慮したが。ルシアは無理やり理由をつけて泊めて貰ったのだ。

 

 ルノアが心配だった。というのも嘘では無いが、【アストレア・ファミリア】に帰るのは気が引けたからだ。

 闇派閥から解放された直後にアリーゼ達に無事を報告し、その日に会って以来、ルノアの看病を盾にして本拠(ホーム)には帰っていない。……もう()()場所じゃないかもしれない。

 

 輝夜はルシアの命を見捨てなかった。だが、それは仲間であったことを蔑ろにせず、彼女が自身の正義に従っただけのこと。その正義は命に対して行使されたものであって、()()に対して行使されたものではない。

 つまり、彼女はルシアを受け入れた訳ではない。

 

 だから、まだ顔を合わせづらい。

 真実を知られた時。拒絶されたのなら二度と接しないと誓って距離を置く。受け入れて貰えるなら傍にいたい。

 でも、輝夜はどちらでもない。故に、彼女の前から去るでもなく、共にいることもしない絶妙な距離感でやり過ごしている。

 

 ただしそれも今日で終わり。

 いつまでもどう触れていいかわからないその関係性を放置している訳にはいかない。きちんと場を設けてこれからについて話し合う時間が必要だ。

 それを全員が共通して認識しているからこそ、事件の後、後処理を終えた後に集まることを予め決めておいた。

 

「……」

 

 ルノアの部屋で、ルシアは荷造りの手を止める。出発の時間が迫っているのを確認しつつどうしても身体が重かった。

 部屋を見渡す。二人で過ごすには正直狭い。

 でも、良いところだ。

 

 そこら中から親友(ルノア)の匂いがする。とても安心する。

 場所を取ることを除いてもルシアがここに居座ったらルノアの迷惑になり、ルノアが自分で納得して受け入れているとはいえ、あまり四六時中一緒にいるのは良くないこともルシア自身理解している。

 

 それでも、またこの部屋に戻ってきたい。まだここにいたい。そう思ってしまう。

 行き倒れていたところを拾ってくれたアストレア。正体を知らないとはいえ沢山面倒を見てくれた【アストレア・ファミリア】の団員たち。彼女達に感謝はしている。してもしきれないほどに。

 

 でも、申し訳ないが、正直。

 異端の英雄になることを選んでまで、自分と一緒にいる覚悟をしてくれた親友の場所の方が居心地がよく感じる。

 竜の鼻がツンと微動する。ルノアは狭くて暗くて湿っぽいと言うが、ルシアには、好きな空気に感じた。

 

「……ルシア」

「はい、どうしました? ルノアさん」

 

 呼ばれて振り返るルシア。

 完治したとはいえ、病み上がりのルノアが先程までのルシアの様子を見て、部屋の奥から戻ってくる。

 その表情は少し神妙な面持ちだ。

 

「今日、あんたがその身体のせいでファミリアから追い出される~っていう話になるかもしれないじゃん? もし……そうなったらさ。こんな狭いところで良ければだけど、私のとこに居てもいいからな?」

「……!」

 

 ルノアの提案にルシアが目を見開く。どうやら傍から見ても考えがわかるほどに様子から漏れていたようだ。

 彼女の気遣いに、ルシアは心の内にぽかぽかと温もりを感じ、ちょっと涙腺が緩む。それを我慢して平静に戻るために首を振るい、小さな笑みを浮かべる。

 

「あぁー……でも二人で暮らすにはここじゃ狭いか」

「引っ越しましょう。私もお金出します」

「そうじゃん。あんた裕福だったね、そういえば」

「まあ、そんなに余裕がある訳では無いですが……。ルノアさんに鍛えてもらった報酬にほぼ全財産注ぎ込みましたし……」

「あれそうなんだ!? いや、確かに金額大きいなとは思ってたけど道理で……」

 

 荷造りしながらルノアが思わず振り返る。

 ルシアが用意した金額は容易に1年は遊んで暮らせる額だった。まさかあれが全財産に近いとは思わなかったが、違和感はあった。

 その予感が的中していたとは……。

 

「あの時はもう先は長くないと思ってましたからね」

「……っ。あんたそれ……いやまぁ過ぎた話だからもういいけどさ。二度とやんないでよ」

 

 動揺を引っ込めて、ルノアが冷静に諭す。せっかく受け入れたのにそんな覚悟を決められたんじゃたまらない。

 とはいえ、もう過去の話だ。あの時のルシアは自殺を考えていた。今はもうやめたとルノアは聞いている。自分の存在がルシアに生きるという道を歩かせた。

 

 別にルノアが受けいれたことでルシアのこれからの人生が全て上手くいく訳では無い。それはルノアもわかっている。

 それでも。ルノアが一緒に生きたいと言ってくれた。シャクティが友達だと言ってくれた。輝夜が命を救いに来てくれた。

 その三つがルシアの意思を変えた。

 

 ルシアはシャクティに言った。そして、ルノアはシャクティからそれを聞いた。

 最期に友達ができたらいい、と。裏を返せば、友達ができても死ぬ気だったとも捉えられる。

 でも、もうそんなことを思ってるルシアはここにはいない。だから、少し何かを思ってからルシアは柔らかい表情で頷く。

 

「……はい。勿論です。ルノアさんがいますから、もうそんなこと思う必要はありません」

「あっそ。ならいいんだけど」

 

 ルシアの様子を見て大丈夫そうだと判断したルノアは、荷物に意識を戻して背中で適当に返す。

 そして、話を引越しの件に戻した。

 

「ま、あんたから貰った報酬を費用に当てるのが最適(ベスト)かぁ」

「光熱費と水道代はルノアさん持ちでいいですか?」

「なんでだよ! 普通割り勘だろ、そこは」

「なるほど。では、ルノアさんは食費だけ。私がその他を払う。というのはどうでしょう」

「えっ。何それあんたに何のメリットがあんの? 私めっちゃ得しない? ……いや、待てよ。なんか罠の匂いするな。あんた何か企んでるだろ」

「そんな……私はただ私を受け入れてくれたルノアさんに恩返しをしようと……よよよっ……」

「ちょっ。泣かなくてもいいじゃん。私が悪かったよぉ!」

 

 短い付き合いでルシアの性格をなんとなく掴んでいるルノアの指摘に、ルシアがわざとらしく弱々しく涙を流す。

 それを見てルノアは焦って自分の非を認めた。

 だが、待ってましたとばかりにルシアが彼女に見えないように影で口角を上げる。

 

「フッ。計画通り」

「いや、聞こえてるから。やっぱ何か企んでるじゃん!」

「さぁ。どうでしょうね」

「あっ、しらばっくれるな! おい!」

 

 ルノアの追求をひょいと躱し、ルシアはとてとてとルノアの魔の手から逃げる。

 そんな彼女を追いかけ回すルノア。部屋の中で二人はギャーギャー、キャーキャー叫びながら追いかけっこをした。

 満足するまでじゃれあった後に、ルノアに抑えられたルシアがポツリと漏らす。

 

「……ありがとうございます、ルノアさん」

「んっ。何が?」

「二人で暮らすことの提案です」

 

 仰向けになってルノアを見上げるルシア。

 二人は見つめ合い、ルシアは微笑む。

 

「ルノアさんの言う通りになったらお願いしちゃうかもしれません……。でも、まずは行ってみないと何も分かりませんね」

「まあね。ここで結論を出したら、場を設けてもらった意味無くなっちゃうし。何より勝手すぎるしね」

「はい。それに、すぐに追い出さずにこういう機会をくれたことも気になります。もしかしたら私たちが想像しているような話の展開に落ち着かないかもしれません。……可能性は低いと思いますが。まだ、どのように転ぶか分からないのも事実です」

 

 ルノアの返答にルシアも同意する。ルシアの伸ばした手をルノアが取り、その身を起こす。

 二人は認識を共通にして、身支度を済ませた荷物の紐をキュッと締めた。

 そして、荷物を持って玄関の扉から廊下へと出た。二人とも外へ出たのを確認してルノアが施錠をしようとする。

 

「「んっ?」」

 

 ルノアが鍵をかけるカチャッという音と同時に隣の部屋の扉がガチャッと音を立てて開く。ルシアとルノアの意識がそちらに集中し、二人の視線の先に黒髪の猫人(キャットピープル)が現れた。

 目立たない色味の服装に、フードを深く被ったその格好は地味だが正直怪しさ満点だった。

 

「あの」

「はっ?」

 

 相手も今日初めて会った隣人を一瞥して、すぐに興味から排除して仕事へ行こうとした。

 だが、その矢先に小さいエルフの方から声を掛けられ、思わぬ事態に豆鉄砲を食らったかのような顔で振り返る。

 その猫人(キャットピープル)の女性もルノアもまさかルシアが話しかけるとは思わなかったので驚いた。

 

「ちょっ、何話しかけてんだよ」

「えっ。あぁ、いえ。隣に住んでらっしゃる方がいるのを私は知らなかったので。さっき隣部屋で騒いだのは迷惑だったなと思いまして……」

 

 ルノアが耳打ちと肘打ちで、思わずルシアを止める。

 それに対して冷静に説明した後、構わずルシアは相手の女性に話しかけ続けた。

 

「先程は隣の部屋で騒いでしまいました。ご迷惑じゃなかったですか?」

「……特に問題ありませんでしたけど」

「そうですか。とはいえ、今後は気をつけます。すみませんでした」

 

 ペコリと頭を下げるルシア。

 相手は謝罪を受けて、ただただ困惑していた。

 

「は、はぁ……。別にお構いまく……」

 

 チビの癖に礼儀正しい、変なやつ。そんなことを思いながら猫人(キャットピープル)は適当に言い残して足早に去った。

 そもそも仕事で急いでいたのだ。話し掛けられたのが想定外。

 その背中を見送ってルシアはルノアの視線を感じる。

 

「なんですか?」

「別に。あんた、変な奴~って思っただけ」

 

 通じあっていないところでルノアは猫人(キャットピープル)と同じ感想を抱いていた。

 ルシアは首を傾げながら目に映ったものを読み上げる。さっきの猫人(キャットピープル)の名前だ。

 

「クロエ・ロロ……さんらしいですね」

「そうなの? てかなんであんたが知ってんのさ」

「えっ。いえ、標識に書いてあるので……」

 

 ルシアが指を指した先にある隣部屋の扉、そこに張り付けられた木板に、名前が刻まれている。ルノアはそれをしっかりと捉えて、ルシアへと視線を戻し、ルシアもまた、ルノアへと視線を戻した。

 二人の間に若干沈黙が流れる。

 

「し、知ってたし? つーか毎日私は見てるから。ここに住んでるんだから知らない訳ないじゃん」

「ほんとですか?」

「う、うるさいなぁ。悪かったよ、他人に興味なくて」

 

 ルシアに指摘されてルノアが自供する。

 どうも前の一件からこのチビハイエルフに弱くなってしまった気がする。

 

「そういや私、あんたのこともあんま知らないよね」

「そうですか?」

 

 ルシアからすればルノアに隠していることはもうほぼない。

 モンスターの血を引いていることも、それによる特徴的な身体も、そのせいで同胞のエルフにも気づかれにくいハイエルフだということも、今置かれている状況も、自身の心境も。

 

 あと公にしていないことがあるとすれば……故郷の森のことくらいだ。

 だが、ルシアからすれば昔居たエルフの森のことなんて今の自分にはほぼ関係ない。ただの昔話だ。

 だから、話すことはもうない。

 

「よし。じゃあ行くか」

「はい。行きましょう」

 

 ルシアとルノア。

 二人は時間に余裕を持って家を出た。

 あの夜、現場に居合わせた者。そこに加えて、事情を知る二派閥の主神。彼女達が待つ闘技場へ。

 その足を向けた。



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人類へ示すは正義の心

 

【ガネーシャ・ファミリア】が都市で行う祭典、『怪物祭(モンスター・フィリア)』。その開催場所となる闘技場は、彼等の管轄である。

 ギルドが共同で企画を立てていようとも、ギルドの主神ウラノスが異端児(ゼノス)と人類の共存を望む上で、働きかけたことである以上。ギルドと群衆の主(ガネーシャ)の関係は良好だ。

 

 故に、闘技場の権限はガネーシャにあり、ギルドの人間もどこで聞き耳を立てているかわからないが聞かれて困ることは無い。

 ルシアという半怪の存在は、異端児(ゼノス)を想うウラノスも受け入れる存在であることは間違いない、少なくともガネーシャはそう見立てている。

 

 話し合いの場に闘技場を選んだのは、ルシアがバイトで通い慣れていることや、アストレアが前に相談してきた場所であることも確かに理由ではあるが、身内しかいない場所であり、あわよくばウラノスの耳に届く可能性も視野に入れたガネーシャの判断である。

 まあ、後者は望み薄であり、届けばラッキーくらいにしか思っていないが。

 

 ともあれ、闘技場の最上階観覧個室にて、秘密を知る者は集結した。

【アストレア・ファミリア】から、主神アストレアと副団長ゴジョウノ・輝夜。

【ガネーシャ・ファミリア】から、主神ガネーシャと団長シャクティ・ヴァルマ。

 

 そして、当事者のルシア・マリーンに、彼女を受け入れ肩を持ち親友兼英雄となったルノア・ファウスト。以上六名が派閥と親友で分かれ、四角い机を中心に取り囲み、長椅子に腰掛けている。

 シャクティが客人たちにカップを用意し、並べ終えたのを確認して、ガネーシャと彼女が真っ先に切り出した。

 

「事情は全てシャクティから聞いた。アストレア、そして【大和竜胆(やまとりんどう)】らがこれからルシアに対してどのような関係性を求めるのか、二人の要望があり、この席をこの(ガネーシャ)が用意した」

「我々は仲介人だ」

 

 ガネーシャがビシッ! と自身に親指を向け、シャクティは一言だけ前提を述べる。

 この場所の提供とシャクティの立場に、輝夜は目を細めた。

 

「こんな場所まで提供して、えらい豪勢なご対応して頂いたみたいですね。そちらの団長さんはルシアの友達になられたのでしたっけ? なんなら、ルシアは【ガネーシャ・ファミリア】でお抱えになります?」

「……輝夜。やめなさい」

 

 輝夜の挑発的な言動に、普段温厚なアストレアが注意する。

 その横槍に対して、輝夜の矛先はアストレアへと変わる。

 

「アストレア様がお怒りになるのも、アストレア様がルシアに御熱がゆえ。皆して、ルシアへの認識が甘いと違いますか」

「輝夜……!」

 

 輝夜の口が止まらない。

 アストレアも珍しく声を上げる。

 そんな二人を見て、当のルシアは黙り込んで目を逸らした。

 

「……」

「ちょ、ちょっと! さっきから何さ。そんな話をしにきたわけ!?」

 

 二人を直視できないルシアを見兼ねてルノアが席を立ち、真っ当な意見を入れる。

 そんな彼女にも、素直になれず、いつも鋭い事を言ってしまう輝夜は正論で切り伏せようとした。

 だが、それより早く。この場を沈めたのはシャクティの言葉。

 

「……私は、ルシアが良いと言うのなら【ガネーシャ・ファミリア】に迎えてもいいと思っている」

「えっ?」

 

 開始早々激化しそうだった空間の中で、遮り、静寂を誘ったのは意外にもポツリと漏らした一言。

 思わぬ受け入れ態勢にルシア本人も目を丸くしてシャクティを見る。

 ルシアだけじゃない。ガネーシャも、他の三人も、全員の視線がシャクティに集まった。

 

「だが、所属しているファミリアに一年以上在籍しなくては、改宗(コンバージョン)できない。今すぐは無理だ」

「シャクティさん……」

 

 ルシアがシャクティを見つめる。

 シャクティは覚悟決めた。憲兵の頭としてではなく、一個人として判断することにした。

 

 無論、そうなると立場を利用する事は出来なくなる。故に、ルシアを【ガネーシャ・ファミリア】に迎えたとしても籍を置かせるくらいが精一杯だ。

 それでも、アーディとイルタに背中を押されたシャクティの意思は硬い。

 

「すまない、ガネーシャ。勝手な判断なのはわかっている。しかし……」

「気にするな。シャクティ、お前が決めたことならば構わん。責任ならお前の判断を受け入れた主神、つまりは俺にある」

 

 ガネーシャや他人に止められてもシャクティは意志を曲げるつもりはない。

 だが、自分の判断で仲間と主神に迷惑をかけてしまうかもしれない。そうなっても後悔はないが、申し訳なさはある。

 

 シャクティの謝罪にガネーシャは毅然とした態度で責任を分担する。

 今の彼は、友を選んだ我が子に誇りさえ抱いているくらいだ。責める筈がない。

 

「……なるほど。そこまで腹を括っていらっしゃるなら私が茶化しても意味無いですね」

「私は立場や良識に判断を委ねず、私自身とルシアの私的な関係を優先した。同じようにしろと言うつもりはない。だが、この場を要求したのならばそろそろ本心を話したらどうだ?」

 

 今度はシャクティが輝夜に指摘する。

 ここまでの彼女は、これまでと変わらず、現実を突きつけ、厳しい意見を述べるだけ。だが、シャクティはそれが建前だとわかっていた。

 逆にルシアはそれを本心だと思っていたため、目を見開いて輝夜を見遣る。

 

「えっ」

「……」

「素直になれ、と言っている」

 

 みんなの視線が集中する中、黙りこくる輝夜にシャクティが追撃する。

 それを受けて輝夜は暫く沈黙を作り、(みな)が言葉を待ち、やがて瞼を開いてルシアに対して一言述べた。

 

「ルシア。お前は怪物(モンスター)だ」

「……っ!」

「なっ!? ちょっと!」

 

 指摘されても尚、突きつける輝夜にルシアが狼狽し、ルノアが感情を露わに立ち上がる。

 シャクティも呆れた表情で嘆息した。

 それを傍目に、輝夜は次の言葉を紡ぐ。

 

「そして、人間でもある」

「えっ……」

 

 ルシアだけでなく誰もが呆気に取られた。

 輝夜がそんなことを言うなんて、予想していなかったからだ。

 そんな反応をも輝夜は置き去りにする。

 

「お前がどららか、それを他人に委ねるな。ルシア、お前が全人類に示せ」

 

 輝夜の開眼されたその(まなこ)は、ルシアを捉える。

 言葉には強さが備わっていた。

 その目線を輝夜も、ルシアも逸らすことは許されない。

 

「人間か、モンスターか」

 

 その一言でわかる。この場にいる全員が理解する。

 輝夜も覚悟を決めている。

 だからこそ、ルシアに提示した。

 

「あっ。えっ。で、でも……」

 

 対するルシアは動揺して応えられない。

 突然そんなことを言われたって状況も呑み込めないし、どう返していいかもわからない。

 そんな様子のルシアに、予想していたかのようにアストレアが口を開く。

 

「一つだけ、試してみる価値があるんじゃないかって考えが私と輝夜の中であるの」

 

 アストレアの表情は柔らかい。

 彼女の言葉に繋ぐように、輝夜が淡々と付け加える。

 

「【アストレア・ファミリア】として、正義の使者として、その活動をする中で。もし人類全体にお前自身が味方であることを証明し人々の印象に強く在れるならば。その身の真実が明らかになった時、ただ異端と扱われるのではなく、一人の冒険者として。人々の味方として、捉えて貰える可能性も0ではない」

「……っ」

 

 説明というよりは考えの提示。

 輝夜の言うことをルシアは理解した。

 それは、【アストレア・ファミリア】に残り、ルシアが自身の潔白を証明する道。正義を掲げるルシアの姿。

 

「つまり……何が言いたいの?」

 

 輝夜の遠回しな表現に眉をひそめたルノア。

 シャクティが答える。

 

闇派閥(イヴィルス)が蔓延る近年の情勢に対して【アストレア・ファミリア】が行っている治安維持活動にルシアも参加し、ルシア自身に都市の民衆に自分は敵ではないと証明させる、ということだろう」

 

 または、闇派閥(イヴィルス)との戦い。それへの貢献だ。

 都市に住まう民と都市の、つまりは彼等の未来。

 それを守り、その為に戦える者に。ルシアはなれるのか、その素質を問うている。

 

「お前に、善意を持つ普遍の民衆にその在り方を示せるだけの、正義への志があるならば。私達は……賭けてもいい」

「……っ」

 

 ルシアは気付く。

 その博打は、輝夜の覚悟だ。

 そして、彼女は暗にルシアにその価値があると述べている。

 

「少なくとも、そう思ってしまう程には私も情に弱いらしい。この判断は、短い間でお前を仲間と認識した私の甘えだ」

 

 その言葉で思い出す。

 そうだ。輝夜は、彼女は。未熟な者、それでいて大切な人に、本音を隠して厳しさを見せる。

 その対象は他者だけではない。自分自身も例外ではないのだ。

 

「輝夜さん……」

 

 輝夜の本質を理解しているからこそ、ルシアは輝夜の分かりにくい言葉から彼女の決意を感じ取る。

 

「ただし、期間を決める。お前は爆弾だ。いつ、どのタイミングでその正体が世間に露呈されるかわからない。時間をかけてお前の名が轟くのを待つほど我々には余裕がない。いや、どんな大派閥でも同じ筈だ」

 

 シャクティらを一瞥する。

 輝夜は続けた。

 

「その爆弾が破裂した後に、それでもまだ【ガネーシャ・ファミリア】が受け入れるというのならば、改宗(コンバージョン)でもなんでも好きにするといい。つまり、改宗(コンバージョン)を可能とするまでの一年間。それが期間だ」

 

 輝夜は、提案と期限を設けた。

 これはルシアに与えられたたった一度の機会(チャンス)だ。

 

「ルシア。その期間で、我々の派閥を用いて試すかどうか今日ここで決めろ。私はその提案をお前に授けるためにこの話し合いを望んだ」

 

 輝夜の話は終わった。あとは、ルシアが答えを出す番だ。

 ただ、ルシアは既に心の内で答えを出している。

 故に即答をくりだす。

 

「わかりました。やります」

「「「……っ!」」」

 

 ルシアの即決にアストレア、シャクティ、ルノアが注目する。

 ガネーシャも判断の早さに感嘆を漏らした。

 あまりに安易に頷いたため、ルノアが心配する。

 

「ちょっと。どれだけ大変なことか分かってる?」

「はい。わかってます。それでも、やる価値があると感じました。せっかく輝夜さんとアストレア様が用意してくださった機会でもありますし、成功すれば私の人生において大いなる前進になります」

 

 どこに行っても迫害されてきた。その終わりが、可能性の未来(さき)にある。

 全てに受け入れて貰えなくとも、自分の力でたった一つや二つでも()()()を構築できるならば、路頭に迷い続けたルシアの道にゴールが産まれるかもしれない。

 その考えの元、ルシアはルノアに対して頷き、さらに加えた。

 

「それに、もし上手くいったら迷惑をかけずにルノアさんと一緒にいれるじゃないですか」

「……っ!」

 

 ルシアの言葉にルノアが詰まる。

 先の事件でモンスターとしての身体を決して離さず、ルシアとの関係を絶つ意思を見せなかったルノア。それは、強い繋がりだ。

 

 例えルノアが差別に巻き込まれ、ルシアを抱えて逃げ回ることになってもこの人ならばその道を迷わず選ぶとルシアは確信している。

 だからこそ、可能ならば、そんな選択をせずに済む未来を手に入れたいと思うのだ。

 

「ルシア……あんた……」

 

 ルシアの気持ちにルノアが驚きと思いやりを抱く。

 そんな反応を示すルノアにルシアは上目遣いで恐る恐る尋ねた。

 

「ルノアさんは私の正体が都市中……いえ、世界中にバレても傍にいて……くれ……ます、よね?」

 

 答えはわかってる。絶対に離れない、否定しない、そんな返しをしてこない。

 それでも、確認したい。これは信頼があってもこの先に進むための勇気に、必ず必要な前提だ。

 それをルノアも理解して、しっかりとルシアと向き合って応える。

 

「……当たり前じゃん。言っただろ、私は元からはみ出し者だって。あんたを受けれても受け入れなくても、私自身は変わんないんだよ。だったら、私はあんたが欲しい」

 

 教会でも言ったことだ。

 二人の気持ちをここに再度、強く示し合った。もう何も不足はない。

 ルシアはルノアの返答を聞いて覚悟を決めた。

 前提を済ませた今、あとは可能性に身を任せるだけの理由があれば充分となった。

 

「だが、たった一年。いや、既に経過した月日を差し引いて、そんな短い期間でまだ駆け出しのルシアが正義の眷属として活躍できるのか?」

 

 ルシアの決意が決まったのを確認してシャクティが純粋な疑問を口にする。

 それに応えるのは輝夜ではなく、ルシア。

 ルシアには輝夜の提案に二つ返事で承諾した()()があった。

 

「その為の武器ならあります」

 

 適当じゃない確かな心当たりがある確信めいたハッキリとした口調。

 ルシアのそんな態度にシャクティが眉を顰める。

 

「ドラゴンの力か? それを使うのは期限を待たずして正体を都市中にバラすリスクを上げているようなものだぞ」

 

 冒険者としてのルシアは駆け出し、レアスキルやレア魔法がある訳でもなく、アビリティも平凡。加えて、魔道士や剣士といった何か役職の才覚を見せている訳でもない。

 ルシアがハイエルフであり、魔道士やヒーラーとしての可能性があることを加味しても一年間という短い期間ではそれが花開くのを待っている猶予は無い。

 

 ならば、残るはモンスターとしての、ドラゴンの力。

 シャクティがありついたようにその場にいた全員が同じ発想に辿り着いた。しかし、ルシアは首を横に振るう。

 シャクティの言ったようにルシアの身の潔白を示すために、それを使っていたのでは本末転倒。そんな博打じゃ輝夜も提案を取り消すだろう。

 

「いえ。竜の力は必要ありません」

 

 そう告げたルシアは自身の頭を指でさす。

 

「私が使うのは……頭脳(ここ)です。私はこの脳で、人々を守ってみせます」

 

 武器は示した。そして、確かな決意を表明した。ルシアは、正義と中立を唱える者たちの前で宣言した。

 異端な身体。その全ての部位を正義の象徴にするために。竜の翼は正義の翼に、魔石のある醜い心に正義の天秤を。

【アストレア・ファミリア】のルシア・マリーン、その正義は今ここから始まる。



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レコードの始まり

 

 都市の市壁にて、その全貌を見下ろす神が一柱。

『闇』が蔓延り、『正義』が駆ける。その構図は今も昔も変わらない。背後に控える二人の英雄もどこか懐かしむような視線を送っている。

 

 だが、異なることが一つある。

 それは天秤。バランスだ。

 闇の勢力も前より弱まってはいるらしいが、彼らを抑えられる程の力が、意志の強さが、『正義』が足りない。

 

 故に、都市に住まう民衆が貧困と微悪に染まる。そして、増えた手間を正義が片付ける。そんな、力関係の乱れが起こした循環だ。

 

 長きに渡る暗黒期、それが未だに終わらぬ都市の現状。どちらに天秤が傾くか、これまではわからなかったが、今や闇が優勢になりつつある。

 この暗黒期を更なる暗黒に染め、もう後戻りできない終焉に(いざな)うか。正義が打ち勝ち、新たな時代を齎すか。

 

 その天秤を正しき方へ導く為には、バランスの調整が必要だ。

 そして、自分()が干渉できるのは『闇』。

 都市の闇を束ね、『悪』とする。

 

 ―――オラリオには、『絶対悪』が必要だ。

 

「行くか。悪を謳い、正義を問いに」

 

 一人の眷属と、同盟関係にある二人の英雄を連れて。男神(おとこ)は市壁の上を歩き始めた。

 しかし、都市を下に捉える、そんな彼の視界に一柱の知神(ちじん)が映り、その足を止める。

 

「……『光』だ」

「何?」

 

 男神(おがみ)、暗黒を司るエレボスのボヤキにアルフィアが反応する。

 ザルド、ヴィトーと共に眼下に注目すると、彼のその視線の先には四人の集団がいた。

 

 一柱の神が従えるは、エルフが二人、希少種族が一人。

 この距離ではエレボスが彼らに目をつけた理由がわからない。

 アルフィアからすれば、エルフの内の一人、おそらくはハーフエルフの女に少し違和感を覚えるが。

 

「……珍しいな。お前が雑音に顔を顰めず、その(ほう)へ意識を向けるなど」

 

 ザルドが指摘すると、そちらは雑音だったのか、アルフィアが顔を顰める。

 

「五月蝿い。あの娘……」

「あのハーフエルフの女がどうかしたか」

「……奴だけ何も聞こえん」

「何っ?」

 

 ザルドが耳を疑い、視線を眼下からアルフィアに泳がせた。

 しかし、アルフィアの方は都市への視線を切る。

 

「気にするな。気の所為だ」

「……そうか。お前が聞き間違いをする筈もないが。いや、いい」

 

 ザルドも都市の様子を視界から消す。

 何も聞こえないと戦友が言うのならば、そうなのだ。聞き間違いという表現が正しいのかどうかもここで展開する必要は無い。

 

 二人は都市の現状を充分確認したと判断し、その場を去り、下へと降りていく。

 残ったヴィトーは未だに風に靡く主神を見遣る。

 彼は、依然その目を見開き、呟きを続けた。

 

「正義に、群衆に、愛に、道化に、旅。役者は揃ったと思っていたが……そうか」

 

 エレボスが目を細める。

 

「……グィネヴィア。不純と光の女神。お前の力もバルドルのように強すぎる。正義を灼き尽くす程に」

 

 眷属を従え、都市門を今日潜った一行。

 あれがおそらく派閥の全容。問題は、その身がどちらに属すのか。

 今、この都市を二文化している勢力がある中で、彼が示す選択肢は。

 

「闇を照らすか、それとも全てを壊すか」

「……それ程の脅威なのですか。その神は」

 

 主神が注視するほどの神物に、ヴィトーが言及する。

 自身の眷属の不安を汲み取り、エレボスは少し笑った。

 

「確かに奴の力は凄まじい。だが、バルドルと違ってあの女神(おんな)は自分自身でもコントロールできない。心配するな、ヴィトー。あれくらい招き入れたところで『絶対』は覆らない」

 

 コートを整え、ようやく階段へと向かうエレボス。

 通りすがりにヴィトーの肩に手を置き、自身は下る。その背中を見せながらエレボスはヴィトーに告げた。

 

「【殺帝(アラクニア)】と【白髪鬼(ヴェンデッタ)】に会いに行くぞ。今こそ、闇派閥(イヴィルス)を集結させる瞬間(とき)だ」

 

 コートを靡かせ、歩みを始める主神にヴィトーが腰を折り、頭を垂れる。

 予想外の勢力(むし)の乱入を赦したが、問題は無い。計画(シナリオ)の準備は整った。あとは実行のみだ。

 時は来た。秩序を壊し、混沌を齎す刻が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都市のとある酒場にて。

 所属する派閥の主神と、その眷属達。仲間ではなく、同盟関係にある彼らと分かれ、夜は一人で過ごしていた。

 懐かしき酒。素晴らしき私の主人(マイ・ロード)、彼女と交わした思い出のウィスキー。グラスを揺らし、香りを嗅ぐ。

 

「そういや聞いたかよ、【アストレア・ファミリア】の新人の話」

「……」

 

 静かに一人で嗜み、周囲にその長く特徴的な耳を傾ける。

 エルフにしては珍しく酒を好むその男に、最初は違和感を覚えつつも店主も客も既に意識の外に置いている。

 そういう品のある者たちの趣向の(バー)、酒場とは違い、気に入っているところだ。

 

「なんだよ。正義の中堅派閥共がなんだってんだ」

「そうだぜ。団員数はそんなに多くねえが新人が増えるなんてのも珍しい話でもないだろ。ほら、何年か前にエルフのねーちゃんも入団してただろ。えー……なんだっけか」

「【疾風】だろ?」

「そうそう!」

「だーっ! 成長期の【疾風】の話は今いいんだよ!」

 

 後ろの席で男たちが円卓を囲み、話のスジがそれながらもとある派閥について語り合う。その話を背中で聞く。

 何でもいい。今は多くの情報が必要だ。この都市の情勢が。精査するのはある程度集まった後に。

 

【アストレア・ファミリア】。正義。【疾風】。都市に来てから夜を彷徨い、聞き耳を立ててきたが、この情報が入ったのは三度目だ。

 どうも今この迷宮都市は闇派閥(イヴィルス)とやらが蔓延り、彼女たち正義の眷属が秩序と治安を維持しているらしい。

 

 ゼウス・ヘラの時代から続く都市の暗黒期。それが未だに終わらず、現在が最も過酷であることは都市に来る前から知っている。というより、自身のファミリアが都市へ来たのはそれが理由だ。

 だが、酒を嗜むそのエルフの男、マリウス・ガウェンはそういう類に一切興味が無い。

 

「それで【アストレア・ファミリア】の新入りがどうしたんだよ」

「それがよ。とんでもない噂があるんだよ。聞いて驚くなよ……?」

「そんなくだらねえことで勿体無いぶるなよ」

 

 話題を始めた男だけが神妙な面持ちで他の冒険者たちは適当に聞き流している。

 そんな中で、その男は切り出した。

 

「なんでもそいつは……モンスターらしいんだ」

 

 そして、そんな突拍子もないことを口にした。

 全員が目を丸くする。暫く沈黙が続き、次第に全員が嘲笑した。

 

「ハッ! 何言い出すかと思えば……!」

「馬鹿馬鹿しい。お行儀のいい奴らがモンスターなんか匿うかよ」

「いや、でも……!」

 

 まともに話を聞いて貰えない状況に男が身を乗り出そうとする。

 その口から滑らしそうな名前を仲間の視線が抑え、飲み込んだ。

 

「……あの方が言ってたんだよ」

「じゃあなんだ? 奴らの中にテイマーでいるってか?」

「聞いたことねえな」

 

 男達は冒険者では無い。闇派閥(イヴィルス)だった。

 マリウスはなるほど、と思いながらほくそ笑む。

 それと同時に情報に食いつき、目を見開く。

 

 素晴らしい。

 もっと気の遠くなる作業が待っていると思い、それを覚悟していた。物を選ばず取り入れ、そこから厳選して欲している情報へと辿りつこうと考えていた。

 だが、こんなところでいきなり『当たり』を引くとは。()がいい。

 

「……失礼。その新人について、お尋ねしたい。その者の種族について存じ上げますか?」

「なっ!?」

 

 突然振り返り、声をかけてきたマリウスに男達が驚愕する。

 そして、机に掛けていた武器に触れた。

 それより先にマリウスは大金の入った袋を男たちの食卓に落とす。

 

「……っ!?」

「貴方々に興味はない。私はその情報が欲しい。もし買い取らせて頂けるのであれば、通報もしなければ、情報以外のことは全て忘却すると約束しましょう」

 

 男達の動きより早く、言葉で畳み掛ける。

 袋の重量が鳴らした鈍い音に、物理的に男達は黙らされる。喉を鳴らす音だけがその卓で許された。

 場を支配したと確信した瞬間に、マリウスが底の見えない笑みを浮かべる。

 

「い、いいのかよ。こんなに……」

「えぇ。無論。先払いで結構。貴方が大したことを知らなくとも、それも結構。ただし貴方がその情報を得た情報元を知りたい」

「……っ!」

 

 マリウスの提示に男が目を見開く。

 

「悪い話では無いのでは?」

 

 闇派閥の男達は店内を見渡す。男達の正体に気づいているのはマリウスだけ。他の客も店主も、エルフの一人客が隣で飲んでいる卓に声を掛けた、そんなよくある様子としか捉えておらず、気にする素振りもない。

 

 彼が口にするように、人伝の曖昧な情報を美味しい金額で売り、この場を穏便にやり過ごせるならば、メリットの方が大きい。

 何より、男達は察していた。このエルフは強く、自分達では勝てないと。

 

「へへっ。いいのか? こんな大金……もう取り下げはできねえぜ?」

当然(ウイ)

 

 迷いなく頷く。

 例え微々たる情報量でも彼にとっては絶大だった。故に、惜しまない。

 とはいえ、それを口にすれば相手も付け上がり、更なる金額を要求してくる。

 そして、それも理解している。

 

「……【アストレア・ファミリア】」

 

 男から話を聞き、用が済んで退店したマリウス。派閥の名を呟く。

 次の目的地は決まった。

 今すぐにでも向かいたいくらい、そこに求めているものがいる。

 だが、今日のところは夜も更け……そう思ってると、自身の元に寄ってくる者がいた。マリウスはその者に気付いて、声を掛ける。

 

「レディ・アーサ。どうしてここに?」

「グィネヴィア様が……呼んでいます」

「なるほど。標的(ターゲット)が見つかった。故に時間制限(タイムリミット)、ですか」

 

 同じ【グィネヴィア・ファミリア】のハーフエルフ。マリウスは彼女をセカンドネームで『アーサ』と呼ぶ。

 これといって特徴の無い普遍的な女性だ。

 そんな彼女にマリウスは主神への伝言を授ける。

 

「レディ。私の主人(ロード)が見つかりました。もう一日頂きたい」

「……私に言われても困ります」

「あぁ。そうでしたね。このマリウス、失念しておりました。いいでしょう、一度戻り、自分で交渉します。今日のところは共に主神の元へ参りましょう」

「はい」

 

 マリウスが折れて、アーサが頷く。

 立場的には前者が派閥内新参者で、後者が第一の眷属つまりは団長格なのだが、多く者が逆に捉えるだろう。それほど、彼女には迫力(オーラ)がない。まるで普遍の民の如く。

 

 マリウスはガタイもよく、戦う者の出で立ちをしている故に、尚更だ。

 二人は夜の都市で、どこにも寄らず、真っ直ぐと宿までの帰り道を辿る。

 

 両者の仲はハッキリ言って良くない。寧ろ、悪い程だ。なぜなら、誰に対しても礼儀を忘れない、そんな育ちをしてきたマリウスが無言で歩みを共にするのだから。

 

 暗黒期の真っ只中。

 民衆が闇派閥(イヴィルス)に脅え、閉じこもるいつもの夜。影で蠢く闇の者たちに、裏で暗躍し始める大きな存在。そこに、一筋の光も差し込み、迷宮都市は混沌へとその足を進めていく。

 

 最悪の七日間まであと僅か。

 巨悪が立ち塞がり、正義が問われ、秩序が乱されようとする中で、それでも足掻き突き進む正義の眷属たちの記録(レコード)が刻まれる。竜の娘の正義と英雄の光は、いかなる結果を及ぼすか、それもまた、これから記されていくことである。



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アストレア・レコード
はらぺこ大進撃


 

 報告。

 ゴジョウノ・輝夜。

 

 工業区にて、闇派閥(イヴィルス)の襲撃あり。

 ルシア・マリーンをサポーターとして起用。【アストレア・ファミリア】における対闇派閥(イヴィルス)の活動に初参加。初陣となる。

 

 結果、犠牲者0。損害最小。闇派閥(イヴィルス)を捕縛。

 ルシア・マリーンの功績、的確な作戦指揮による被害最小化。ならびに作戦に用いる物資の削減。盗品の多数回収。

 

 以上。

【ガネーシャ・ファミリア】、シャクティ・ヴァルマへ送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃の情報が入ってすぐ、ルシアはリュー・リオンの単独先行を提案した。

 ゴジョウノ・輝夜が否定。アリーゼ・ローヴェルも強くは言わなかったが、輝夜に同意。

 ルシアは彼女達を説得した。

 

「我々が団体で駆けつけるよりも、足の速いリューさんが相手の予想より早く現れることで闇派閥(イヴィルス)も意表を突かれます。彼等の現場判断を乱すことが目的です。少なくとも、向こうの計画通りに事を進められなくなる筈です」

 

 とにかく早さだと述べるルシアは、準備と移動を催促し、その道中で我々に淡々と告げた。

 訂正する。説得ではなく、彼女は説き伏せようとしていた。

 だが、輝夜達は到底納得できない。

 

「ルシア。お前の判断は間違っている。リオンは未熟だ。青二才が先に現着すれば、確かに敵に混乱を与えるだろうが、リオンに独断の余地を与えることにもなる。その危険性を私は看過できん」

「輝夜! ルシアの言っていることは正しい。私の速さを有効活用すべきだ!」

 

 輝夜の否定にリューが食いつく。ルシアの提案はリューにとっては合理的に映るが、他の面々は違う。リューを単独で動かし、そこに誰も介入できないとなると、必ずやり過ぎてしまう。

 

 それに、彼女の判断力は自由にさせると逆に被害を増やしかねない。

 しかし、ルシアは提案したのではなかった。これは()()

 

「あ、リューさんは乗り込みません」

「えっ……?」

 

 故に、リューの思い描いてることとルシアの脳内に展開されている作式は全く異なっていた。

 リューにとっていつも口煩い輝夜や誤りを訂正し納得までさせてくるアリーゼのいない場で、彼女の正義を執行する絶好の実績構築の機会に思えたが、そんな期を用意しようとしてくれていたルシアがまさかの補足。予期していなかったため、リューが目を丸くしてルシアの方に振り返る。

 

「リューさんは現着後、倉庫の外で魔法を空撃ちするだけです」

「なっ……!? ルシア、どういうことですそれは! 乗り込まなければ犠牲と損害が……!」

 

 要するに現場近くでデカい花火を打ち上げろというルシアに、リューが納得できないという様子で反論する。

 リューには、自身の足を利用した迅速な対応を実現できるというのに、それを無駄にすると言っているようにしか聞こえなかった。ルシアの発言はちぐはぐだと。

 

 実際は、二人が捉えている視界の広さが違っていた。

 ルシアはリューのことを身体能力(ステイタス)だけで評価している訳ではなく、そもそも全員に対して総合的な分析を終えている。つまり、性格や思想も織り込み済みだ。そして、そこから二次的に発生する彼女達の判断の癖も既に理解(インプット)している。

 ルシアは食いつくリューを躱し、淡々と加える。

 

「リューさんの魔法は派手です。つまり、音も凄い。外であれだけの騒音がするだけで敵は襲撃があり、派手な侵入を許したと考えて人員を外に割くでしょう」

「「「……っ!?」」」

 

 流れに沿って、述べる。結論から言ってしまえばリューの反感も激動も回避できるかもしれないが、それよりも順を持って説明することで策の構成(ストーリー)を一度の会話で汲み取って欲しかった。

 

 重要人物(キーマン)なのは、アリーゼと輝夜。責任と権利のある彼女達に重点を置いて話し掛けた方が効率が良い。いざとなれば、リューが暴走しても止められるからだ。

 そして、二人とライラがルシアの作戦の意図を掴み始めている。

 

「そうなれば相手は数を失い、損害を間接的に抑えられます」

「減らせるだけだ。無くせる訳ではない……! 踏み込めば0にできる!」

「それは無理です。リューさん一人で敵を掃討する、というのは現実的ではありません。リューさんもそこまで自身の実力を過信していないでしょう? 一人で戦える、そんなことを思う人じゃないことはもう知ってます」

「……っ。そ、それは……」

 

 責任者(アリーゼ)達とは違い、未だに飲み込めずにいるリューにルシアは畳み掛ける。

 ルシアはリュー・リオンという一人の人間をよく理解している。彼女程、仲間の存在を大きく捉えている者はこの中にはいない。

 

 無論、(みな)(みな)を想い合い、支え合って大切に感じているが、リューのそれは特に大きい。

 彼女が特に未熟な故か、それは定かでは無いが。ルシアはそこを突いて黙らせた。

 

「損害を0にするのは後手で動いている時点で不可能です。先読みできていれば良かったのですが……過ぎたことを後悔していても仕方ありませんね。私達が考えるべきは、これからの事、被害をできる限り減らすことです」

 

 敵が現れ、襲われている地帯がある。そこへ突入する中で、目先の目標や優先順位はハッキリさせておくべき。

 故に、ルシアは全員の意識をひとつのタスクに集中させた。

 

 過ぎたことも、理想も一旦は放棄し、現実的に今なにが最適解なのか事前に提示する。

 これで少なくとも異常事態(イレギュラー)でもない限り、勝手な行動は起きない。全員が同じ方向を目指すのだから。

 

「リューさんの魔法で敵を分断。外に出てきた闇派閥(イヴィルス)は制圧してください。その場に固定、あるいは行動不能に。逃亡も帰還もさせないでください。すると、人員(なかま)が戻ってこない、あるいは報告がないことに違和感を覚えてさらにリューさんに部隊を差し向ける筈です」

 

 現場へ向かいながら、紡いでいくルシア。

 さらに続ける。

 

「第一波を掃討した後、次の波が来るまでの間。リューさんは乗り込みたくなるかもしれませんが、その頃には私達も着いています。リューさん、被害を減らしたいと思うのならば我慢が必要です。そして、その願望を叶えたいなら速攻を仕掛けられるリューさんにしかできない、敵の分断を担うべきです」

 

 リューの性格も考慮して先手を打った。

 その上でさらに重ねる。

 

「この行動のメリットは敵を分断することによる倉庫損害の手を減らすことです。相手は大幅に人員を割くことになりますので、相手の目的が何にせよ被害は必然的に減ります」

 

 最後にようやくルシアは狙いを告げる。先に説き伏せて、場を作り、納得まで邪魔されずに持っていく。実に合理的な話術だ。

 無論それで相手を刺激したり、反感を買うことはあるが。リューはその対象では無い。

 

 加えて、ルシアも馬鹿ではない。相手は選び、有効に効く場合にのみ使用する。

 そして、今回はアリーゼ達に先に意図を汲ませる意味でもこの順番にした。

 

「ル、ルシア……貴女は……」

 

 普段と打って変わって饒舌に弁と論を駆使するルシアにリューが瞠目する。彼女の印象が180度変わった瞬間だ。何より、この一面を今まで隠していたことに驚く。同時に、まだ彼女のことを知らないのだと痛感する。

 それはアリーゼも、他の面々も同じ。【アストレア・ファミリア】はまだこの新人について全然把握出来ていない。

 

 正体を知る輝夜もこの立ち振る舞いは知らない。だから、皆と同じく信じられないものを見るような目で、眉をひそめてルシアに注目している。

 その中で、アリーゼはすぐに我に返った。そして、今何をすべきかを思い出し、少なくともそれはルシアに対して呆気に取られていることではないと脳内に警鐘を鳴らす。

 

 追求したい気持ちはある。ルシアの脳内で構築されている策をそもそも鵜呑みにしていいかも疑問だ。

 それは、仲間だから信じてもいい。が、それで失敗したり事態が悪化したりすれば取り返しがつかない。

 

 仲間であっても慎重になるべきだ。時には否定したり簡単に受け入れないことも重要。

 その上で、アリーゼは、私的な視点を捨ててもルシアの考えは正しいと公平な天秤の上に立つ自身が頷くのを見て、判断をした。

 

「……リオン。ルシアの提案を実行しなさい」

「アリーゼ!?」

 

 正しいのかもしれないが、少し威圧的だったルシアに、まさかの援護が入る。彼女の肩を持ち、鵜呑みにしていいか難しい提案に対してそれを受け入れたアリーゼに、リューが驚きの表情を浮かべ、声を上げて困惑する。

 そんな納得できず動かない彼女に、アリーゼは一喝した。

 

「早くしなさい! ルシアが言ってたでしょう? 速攻よ! あんたの足が必要なのよ、だからこその起用。応えなさい、リオン!」

「……っ!」

 

 団長としての指示。

 それに、仲間の期待と判断というところを重点にアリーゼはリューを急かした。

 リューは少し悩んだが、最終的に自己の判断としても正しいと考えたのか一歩、強く地を蹴り、先頭へ出た。そこからさらに加速を重ねる。

 

「……先に行きます!」

 

 意思を宣言して、風の如き敏捷であっという間にパーティを置き去りにしたリュー。

 その背中を確認して、アリーゼは隣に並び、走るルシアに頼ることにした。

 

「……さて、色々と追求するのは後ね。今は目の前の事態を終息させるのが先決。ルシア、貴女の意見をもっと聞かせてくれる?」

 

 アリーゼの判断の早さにルシアはニヤッと小さく笑みを見せる。

 

「流石です、団長」

 

 優秀な団長に尊敬の意を表するルシア。

 同時に何かを探すように周囲を見渡した彼女の視線が目的のものを捉えて、アリーゼに指示を出した。その物を指差し、アリーゼ達も同じ方を見遣る。

 

「アリーゼさん。あの鉄柱を焼き切ってください」

「えっ……えぇ……えっと、それは…………とっても物損ねっ!」

「戸惑い過ぎてアリーゼが壊れたぞ!」

 

 およそ正義の眷属に求める注文(オーダー)ではないその指示に、アリーゼは困惑を隠しきれない。思わずライラも彼女のそんな様子にツッコまずにはいられなかった。

 人々の為、都市の為に戦う彼女達が公共物を破壊しては本末転倒だ。やってることが真逆。それに、信用だって失いかねない。

 

 作戦上酌量の余地はあると思うが、本来なら罪に問われるし通常でそのように値するようなことをするのは正義の信条に背くことになる。

 信用、罰則、象徴(めがみ)への侵害。

 様々なことがアリーゼの脳裏に浮かんだ。それは他の面々も同じだ。

 

「オイオイ。正義を掲げる派閥(ファミリア)になんてこと求めんだよ」

「そうだよ、ルシア! ダメだよ、そんなの……!」

 

 呆れ果てるライラに、同族の先輩としてしっかりと注意するセルティ。

 反対意見が出るのは、全員に抵抗があることはルシアも最初から織り込み済み。

 彼女達の訴えを肯定しつつ、ルシアは持論を説いた。

 

「確かに正しい行いではありませんが、人の命には替えられません。誰かを守る為に責任を問われるならば、甘んじて受け入れるべきではありませんか?」

「……」

 

 ルシアの言葉に輝夜が押し黙り、考え込む。

 以前なら皆に便乗していたか、真っ先に非難と罵倒をしていたが、ルシアの事情と、この場は彼女の能力を推量る最初の機会として彼女自身が設けていることもあり普段のような言動には出ない。

 

 ルシアの意図を掴もうと模索し、彼女が正義の使者になり得るか、人類の味方でなり得るか分析しなければならいい。何よりも、本人の為に。

 そして、輝夜自身が彼女と共に歩みたい未来の為に。

 その上であらゆる思考を巡らせ、輝夜は判断を下す。

 

「団長。やろう」

「輝夜?」

 

 意外な人物が肯定を示したことにアリーゼは目を丸くして背後に付いてきていた彼女の方を振り返る。

 副団長である輝夜が背中を押すことは相応の責任と影響が発生する。当然、彼女は理解している。

 

 その上で進言するということは主観的も客観的にも捉え、彼女の中で起こる様々な審議を通過し、ファミリアにとって実害がない或いは利益になりえると結論付けた故の覚悟を持った行為であるとアリーゼは考える。

 さらに加えて発言する輝夜の言葉にアリーゼは耳を傾け、受け入れた。

 

「ルシアの言うことも一理ある。程度はあるが、これに関しては糾弾されても構わない。……なんて、開き直られたら溜まったものでは無いだろうがな」

 

 ギルドや憲兵の対応、そして、それに頭を抱える姿を思い浮かべる。

 彼ら彼女らには申し訳ないが輝夜はルシアの考えを肯定する言葉を続けて紡いだ。

 

「それでも、人が救えるならこの泥は被るべきだ」

「……そう。分かったわ。でも、今回だけよ!」

 

 ルシアと同意見だという輝夜にアリーゼが少し考えた後、承認する。

 団長として、加えて個人としても精査して正しい選択だと感じたらその割合がどうであれ採用はする。だが、程度がどうであれ手段を選ばないなんていうのは正義の女神、その名誉の為に気軽に行っていいことではない。

 

 だから、アリーゼはあくまで一回限りという意図を口にした。

 特に今日は闇派閥(イヴィリス)に先行を許し、対応が遅れた。それを取り返すためにも必要な事だと感じたからだ。

 

 つまり、十全に行動を起こせた場面では必要性を感じず、絶対に首を縦に振る気はない。

 しかし、アリーゼの考えを理解しつつも、一連の流れを聞いていた【アストレア・ファミリア】の団員たちはライラを始めとして嫌な予感が共通で認識され、顔を顰める。

 

「うわー……絶対(ぜって)ぇ今回だけで済まねえヤツだ。またやるぞ、これ」

「次、同じようなやり取りがあった時もアリーゼは許可するんだろうな……」

「目に浮かぶわねぇ」

「ま、それも正義でしょ!」

「だいぶ怪しいような……」

「はいはい。細かいことは気にしない気にしない。私は知らなーい」

「あっ! ずるーい!」

 

 ライラにネーゼが同調し、マリューが苦笑いし、開き直るイスカにリャーナが呆れながら首を傾げる。そして、ノインが聞かなかったことにしたいのか耳を塞いで考えるのを止め、アスタがそんな責任放棄に頬を膨らませる。

 正義を掲げながらいい加減なところもある、気楽で柔らかい雰囲気。それもこの派閥の特色だ。皆がそこを良いところだと捉えていて、好んでいる。

 

「じゃあ……行くわよ! 【花開け(アルガ)】!」

 

 愛しい仲間達の微笑ましいやり取りに笑みを見せたアリーゼが、詠唱式を組み立て、駆ける。

 

「【アガリス・アルヴェシンス】!」

 

 彼女が有する魔法の名を口にし、アリーゼの身を灼熱の焔が包んだかと思えば、両腕と両脚を主に淡い付与(エンチャント)が炎の魔力として鎧のように装備、纏われる。

 団員たちは何度も見てきたその様を、ルシアは美しい色彩だと感じ、少し口角を上げる。

 

「はあっ!」

 

 アリーゼが気合いを込めて剣を振り払う。

 すると、斬撃の軌道に沿って、鉄柱は綺麗な断面を見せて焼き切れ、倒れる。それを確認してルシアが更なる指示を重ねた。

 

「ネーゼさん、アスタさん、イスカさん、リャーナさん。鉄柱を地面を基準に45度で上空5(ミドル)に放ってください!」

「はっ? えっ?」

「あぁもう! いいからやろ!」

「よくわかんないけどルシアに考えがあるんでしょ」

「とにかく早く! 速攻!」

 

 ルシアが最初に言った重要なピースを、呪文のように唱える。

 彼女の脳内でどういう作戦が描かれているのか全く理解できないが、ルシアがデタラメを言うことや邪魔をするために適当を言うなんてことはないとアリーゼが信じたのなら、彼女達も考えるより先に信じるのみだ。それに、彼女達もルシアを信じている。

 

「「「「せーのっ!」」」」

 

 ステイタスに任せて切断した鉄柱を地面を基準にルシアに言われた角度で上空に投げた。

 四人のステイタスから考えて、最高到達点になりうるであろう地点に到達する二秒前に、ルシアは叫ぶ。

 

「輝夜さん! 鉄柱の底面に技を全力で……!」

「居合の太刀―――」

 

 ルシアが名を呼んだその瞬間から柄に手を当てて構えを取っていた輝夜。真上に浮遊する鉄柱の底面に照準を捉えて、抜刀する。

 

「一閃!」

 

 彼岸花で描く綺麗な一筋。高出力の突きに押されて鉄柱が打ち上がる。

 恐らくは何軒か世帯を超え、区域すら超え、工業区がある方へと弧を辿って飛んでいく。

 遠くへ消えていき、小さくなっていくのを目で追いながらルシアが再び走り出す。

 

「現地に向かいます!」

「オイオイ! あんなもん飛ばしたら危ねぇだろ! 落下地点に人がいたらどうすんだ!」

 

 言われた通りに動いた結果、危ない行動を要求したルシアにライラが追いかけながら怒鳴りつける。

 それに対し、ルシアは顔だけ後方に向け、足を止めずに回答を返した。

 

「大丈夫です! 地理は全部頭の中に入っています。落下予測地点周辺に民家はありませんし、人通りもこの時間帯は無い可能性が高いです。それに、輝夜さんの技を全力で放った時の威力も頭の中に。私の計算が正しければ、落下地点は第一倉庫、屋根。闇派閥(イヴィリス)はもっと先に侵攻している筈。彼らにも被害は出ないと思いますが、まあ当たっても致し方ないでしょう」

「そこに慈悲は無いのね……! ルシア、貴女は間違いなく私たちの仲間だわ」

「そんなことで認知すんな!! まあわからんでもないから一緒にすんなとは言わねえけどよ……!」

 

 悪に情けがないルシアに、同調するアリーゼ。思わずツッコミを入れるライラを他所に一行は現場へと急ぐ。

 群衆の味方である憲兵(ガネーシャ)なら、中立を意識し、多少の悪事は刑罰になるよう尽力したり、許しを与えたりする者も中に入るだろう。特にアーディ・ヴァルマなどにその傾向がある。

 

 彼らは秩序を重んじる集団。故に、群衆に犯罪者も含まれ、それを踏まえた上で全体が構成する社会の改善を目指す。その為に必要なのは悪即斬ではなく、寛大かつ広い心の持ちようだ。

 そこが正義の使者達との違い。同じようで、似ているだけだと理解できる。

 

「セルティさん! ここに留まって、倉庫の方角の上空に向けて魔法を放ってください。1分毎に5発お願いします。リャーナさんとノインさんはセルティさんの護衛に……!」

 

 次の指示はセルティに下った。

 何もない空間に魔法を放つこと、加えて、照準が目視では捉えられないことによる不安を彼女が抱える。脳裏に浮かぶのは無関係で罪のない者に当たってしまう可能性。

 

「え、えぇ……!? 空に魔法を……!?」

「……っ! そうか、避雷針か」

 

 驚愕するセルティとは逆に輝夜がルシアの思惑に気付く。

 先程工業区の、目的の倉庫の方へ飛ばした鉄柱。あれが、倉庫の近く、もしくは倉庫に落ち、倒れず、地面に突き刺さって立ったのならば。長さ的にも建物は容易に突き抜け、高い塔が出来上がる。

 

 それが避雷針の役割を果たし、雷魔法の照準を誘導する。どこにどう放っても方角さえ合えば、同じところに魔法は落下し、炸裂するという訳だ。

 狙いは敵の分断と誘導。雷が落ちた時の衝撃と破裂音で倉庫に既に乗り込んでいる闇派閥(イヴィルス)は敵襲があったと考える。

 

 特に、リューが既に到着し、同様に反対方向で派手に動き、敵を誘ったことで相手は既に【アストレア・ファミリア】が襲来していることを察知している筈だ。時間的にももうリューの姿も見ている。

 セルティの魔法でアストレアの増員が来たと考える、と相手の思考を読んでいるであろうルシアの読みは筋が通っている。

 

 そして、落雷があった場所に割いた闇派閥の人員が避雷針に集まったところで、ルシアがセルティに定期的に魔法を放つように命じた意味が発動する。罠だと察した頃にはもう遅い。セルティの雷撃でその場に居合わせた闇派閥は意識を失い行動不能だ。

 後は全て終わった頃に捕獲すればいい。それまで放置できて楽だし、敵の数も減る。

 

「なんという……っ!」

「アリーゼさん! ライラさんとアスタさんを抱えて魔法で空を飛んで私達より先に倉庫に突入してください。空襲です!」

「……っ! 上から侵入するのね。わかったわ!」

 

 輝夜が、自身の巡らせた思考でルシアの脳内構図(ヴィジョン)に辿り着き、戦慄する頃にはルシアはまたその一手先、11人しかいない仲間で上手く役割分担をした人員補強を実現する。

 アリーゼも輝夜と同じく頭が回る。ルシアの思考に追いつき始め、驚愕する気持ちもあるが、彼女は何より判断と行動の早さで結果を求める性質なため優先順位を明確に即座に決め、動揺や余計な思考は後回しにして二つ返事でルシアの言う通りに動く。

 

「行くわよ。ライラ、アスタ!」

「ちょっ、おい!?」

「わわっ。ちょっと待ってよ!」

 

 二人を抱えて空を跳ぶアリーゼ。

 魔法で靴底から火炎を放出して、出力向上(ブースト)を掛ける。ライラとアスタの反応を置き去りに、あっという間に倉庫へと突入してしまった。

 三人の姿が小さく見えなくなったのを流し目で追って、ルシアは残った面々に片腕を掲げて叫ぶ。

 

「私達は予定通り正規ルートで向かいます! 第2倉庫から侵入し、第1倉庫へ。セルティさんの魔法で外に誘導した敵を背後から討ちます。その後、中央の倉庫で戦闘を行うアリーゼさん達に合流。道中に出くわす敵は本来の予定通りに正攻法で倒していきます。逆サイドからはリューさんが。恐らく第二波を倒した後に我慢できずに乗り込んで来るはずです。これで三箇所同時侵攻、敵は混乱します……っ!!」

 

 ここで作戦の全貌、最終的な構図(メインディッシュ)を提示するルシア。

 彼女の発想力に一同が目を見開き、普段の食いしん坊で呑気な性格とは印象が異なりすぎて動揺する。

 

「ちょっと、ルシアほんとにどうしちゃったの!?」

「いいから()くぞ! 我々は実行するのみ。団長の言葉を思い出せ!」

 

 今は目の前の収束が先決で、追求は後。

 副団長である輝夜が言うことで納得はできないものの誰もが黙る。最後のこの隊列に輝夜を残した意味もここで効果が出た。

 

 輝夜はルシアを見遣る。この娘は、どこまで描いているのか、味方であるのに少し恐怖を感じた。

 そんな彼女の様子に気付きつつも敢えて無視してルシアはこれだけの策を張り巡らせながりも残っていた疑問を彼女に投げ掛ける。

 

「輝夜さん! 闇派閥(イヴィルス)の目的がわかりません。彼らの掃討と同時並行で探るべきです!」

「……っ。まずは奴らを抑える。だが、事情聴取も正直言って厳しいだろう。戦力的にも奴らの口の硬さ的にも、向こうの信仰心という点においてもな」

「それは同意です。ただ、私達が駆けつけることは想定していたはず。このタイミング、この規模なら損害はともかく被害者は出せません」

「つまり、何が言いたい?」

「これは民衆を狙った単純な襲撃ではなく、工場や倉庫の破壊もしくは資源の盗難を狙っての犯行ではないかということです。後者なら何を求めているのかその物的証拠を一つ余さず抑えるべきです!」

「……良いだろう。指示を出す」

 

 ルシアの指摘に一理アリと判断した輝夜は頷きを返す。

 敵の目的を熟考で捻り出そうとしながらルシアは重ねた。

 

「人間、それも集団や組織が起こす事柄には必ず狙いがあります。今後、彼らの活動に直結してくる何かが絶対に存在します。ここで『分からない』を放置したくありません。いえ、いつだって追究を放棄すべきではありません。必ず掴みます! 必要な物的証拠、人的証言その全てを押収してください。お願いします!」

「「「「了解!!」」」」

 

 全員が目標を共有し、倉庫へと突入する。

 第1倉庫にいるセルティの魔法で倒れ伏せている敵を跳び越え、一気に残りの敵が固まっている第3倉庫まで駆け抜けた。

 最後の扉を開けば、既に戦闘を繰り広げているアリーゼとライラ、アスタが。加えて、案の定我慢できずに反対側から突入してきたリューが、ルシア達と同じタイミングで乗り込んでくる。

 

 アリーゼ達から逃げようと二箇所の出口を目指す闇派閥が、その道を阻むように現れたルシア達とリューと目が合って顔面が蒼白する。

 そんな彼らの表情とは裏腹にルシアは思惑通りの展開を実現して、不敵に笑みを浮かべた。

 そして、彼女達は都市に蔓延る悪党共に勇敢に名乗りを上げる。

 

『全ては聖なる天秤が示すまま。願うは秩序、想うは笑顔。その背に宿すは正義の剣と正義の翼! 我ら、【アストレア・ファミリア】……!!』

 

 長きに渡るオラリオの『暗黒期』。

 その中で最も残酷で過酷な『死の七日間』の到来。

 惨く苦しく厳しい、それでも尚、正義を掲げて立ち向かう彼女達が刻む記録(レコード)の始まり。

 そんな現実に対して威勢と姿勢を示すが如く、彼女達【アストレア・ファミリア】、正義を司る女神アストレアの眷属達は象徴を掲げた。



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フリテンの王森

 

 工業区の襲撃。工場と倉庫の被害は完全に抑えた。

 敵は魔法や魔剣、爆薬など派手で威力のある火力を有していたが、それらの使用を従来のやり方で予測される結果よりも大幅に阻止することができた。

 

 闇派閥(イヴィルス)の捕獲。火災の鎮圧。盗品の回収。これらは当初の想定通りの作戦遂行で充分に達成できた。

 しかし、ルシアはそもそも火災を起こさせず、盗品を全て回収し、倉庫や工場も無傷とまではいかなかったが多少の改修でまた使える程の損害に抑えた。

 

 おかげで現場の保存も完璧な状態で残り、【ガネーシャ・ファミリア】の科捜研による様々な調査と検証が可能になった。

 今まで三度、今回で四度。魔石製品工場の襲撃があったが、ここまで証拠が残った現場は初だ。

 

 今回の出動は間違いなくこれ以上ない結果を残せたと言える。

 仲間であるアリーゼ達、現場に後から合流し報告を受けたシャクティら、誰もがルシアの行いに問いただしたい気持ちを抱えたが、まずは労いと事後処理を優先した。

 

 シャクティにもよくやったと告げられたルシアは自分一人では為し得ず、自身の理論を実証できる仲間(メンバー)がいたおかげだと返した。

 そんなルシアの言葉も受けて、正義の眷属達全体の功績となった。

 

 そして、後の処理や現場調査はシャクティとアーディの申し出により【ガネーシャ・ファミリア】がやることになり、彼女達の厚意でルシア達の仕事は終わった。

 故に、【アストレア・ファミリア】は本拠(ホーム)へ帰還する。

 

「おかえりなさい、みんな」

 

【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)、『星屑の庭』にて。

 帰ってきた眷属達を主神のアストレアが微笑んで迎え入れる。

 

「アストレア様!」

「ただいま戻りました、アストレア様」

「子供みてぇにズラズラ並んで帰還しましたよっと」

「主神様自らお出迎えさせるなんて、わたくし達も随分偉くなったこと……」

「そんなことないわ、輝夜。帰っきてくれた者の無事を喜ぶ、それに神も子も関係ない。ましてやこんな時代。眷属(あなた)達が誰一人欠けず戻ったなら、私だって新妻みたいなことをしてしまうわ」

 

 派閥を引っ張る四人が口々にする返事に、アストレアが真面目な理屈と冗談を交えて答える。

 そんなアストレアの冗談にネーゼが反応した。

 

「に、新妻……アストレア様が……! やっべ、そこはかとなく背徳感が……!!」

「なぜ貴女は興奮しているのですか、ネーゼ」

 

 ネーゼの発想についていけないリューは呆れて眉を顰める。

 そんな二人のやり取りを微笑ましく思いながらアストレアは眷属(こども)達を労った。

 

「ふふっ、疲れたでしょう? お風呂にする? それとも、食事かしら?」

「……あるいはアストレア様、ですかぁ?」

「なっ!? 輝夜!?」

 

 清潔な女神に対する無礼。加えて、羞恥心を駆り立てる出来事(シチュエーション)を想定させる物言いにリューが赤面して声を上げる。

 しかし、輝夜は具体的に口にした訳では無い。

 

 リューが罠にかかったことに口角を上げて、いつものように指摘もといちょっかいを出してやろうと企む。

 その輝夜の思惑を断ち切るようにアストレアの言葉に突然聞き耳を異常反応させてやり取りをする彼女たちを横切り、主張する者有り。

 

「食事で。食事でお願いします。食事で。できれば性急に。是非」

「お前はブレねえな、ルシア……」

 

 グッと握り拳を作って強く訴えるルシアにライラがドン引きの意味も込めたジト目を向ける。

 輝夜とリューも言い合いに発達することなく、ルシアの食い意地に瞠目していた。

 

「め、目が据わってる……」

「どんだけ食うのが好きなんだよ」

「まあ今回は沢山働いたもんね、ルシア」

「いや、炊事担当した時、あの目で催促されたからあれが平常なんだと思う……」

 

 ルシアに恐れすら感じるノインに、ネーゼもさっきの興奮が一気に冷め、セルティが同胞として苦しい擁護をして苦笑いするが、アスタが呟いて相殺した。

 仲間が後退りしたことに目もくれず、ルシアは「ご・は・ん・ご・は・ん」と小躍りし始める。

 

 人類、せめて都市民にルシアを認めてもらわなくてはいけない。その前提として同じ派閥でも同様のことをする必要があるというのに早速距離を置かれてる目の前の光景に輝夜は笑顔を見せる。

 否、額に青筋を立てている。笑みは貼り付けたもの。つまり、この腹ぺこドラゴンが……とキレている。

 

「あ、あらあら。じゃあ食事にして私もルシアと御一緒しようかしら」

「良いですね。アストレア様と共に食べれば何倍も美味しくなりそうです」

「嬉しいこと言うのね、ルシア」

『なっ……!?』

 

 アストレアの申し出を快諾したルシア。

 あっという間にアストレアを独り占め、魅力的な選択肢から簡単に結果を出し、最速最高の待遇を受ける彼女に他の団員が呆気に取られる。

 

 なんという手腕。なんという話術。女神を信仰する彼女たちが戦慄する。

 実際のところは女神もドラゴンも全く何も考えていない……! 結局計算の無さが正義なのだ。

 

「さすがルシアねっ! 私も負けてられないわ!」

「何と戦っているの……? アリーゼ。それに普段なら貴女に皆敵わないわ。ルシアだけね。自分でも分からなけれどルシアには乗せられてしまうの。どうしてかしら」

「遂に無茶苦茶なアリーゼに対抗できる奴が現れたか……!」

「ルシア、強敵ねっ!」

「依怙贔屓の間違いでは?」

「……? どういうこと、輝夜」

「いえ、何も」

 

 アリーゼに問われ、輝夜が発言を引っ込める。振り返った彼女よりも奥、女神の驚きそして悲しみの視線と目の動き、最後に自責で瞼を伏せて眉を下げるのを見て輝夜も少し居心地が悪くなる。

 みんなは二人の表情の変化(へんげ)に気付いていない。

 

 肝心のルシアは、アリーゼ達の茶番にも輝夜達の陰りにも見向きもせず、アストレアが事前に用意した食卓へとまっしぐらでその小さな身体でてとてとと駆けてゆく。本当はアストレアと輝夜に関しては傍目に捉えてはいたが。

 逆はそれを知らず、輝夜は呆れ返っていた。

 

「そういえば。ルシア、そろそろ聞かせてくれるかしら? 貴女のこと。ハッキリ言って異常な作戦指揮能力だったわ。……ルシア、貴女は一体何者なの?」

「私も聞きたい。あれは多少頭が冴えていたり秀才だったりでは説明がつかない。どこかで習ったか、あるいは経験があると見た。少なくともお前の言動、現場での対応を踏まえると初めてだとは思えん」

 

 ルシアが飯を頬張り始めたところにアリーゼが尋ねる。

 本拠(ホーム)へ帰ってきてアストレアともある程度言葉を交わした。戦闘に救助、鎮圧に被害最小化の尽力。ゴタゴタから帰ってきてようやく落ち着いてきた頃だ。

 

 欲を言えば入浴や食事を済ませた後には話し合いたいが、主神への事後報告や反省会、振り返りや分析はともかく作戦中は事態の収集を優先して後回しにしていたルシアへの好奇心を聞かずにはいられなかった。なにせルシアのおかげで反省する事など殆ど無いのだから。

 そして、その興味はアリーゼだけでなく、みんなが同じ気持ちだった。

 

「……」

 

 注目が集まる中、大盛りパスタを口に運び、咀嚼しながらルシアは少し考えを巡らせるように天井の方を見遣りながら押し黙る。

 やがて、充分に噛んで飲み込み、喉を鳴らしたかと思えば胃袋へと流れ込み、げふっと満足そうに息を漏らす。そして。

 

「……まず、作戦指揮能力ではなく、作戦考案能力です。私に指揮の才はありません」

 

 始めに切り出したのは訂正。

 ルシアはさらに重ねる。

 

「特にリューさんの説得はかなり強引にしてしまいました。あの場ではあれで良かったかもしれませんが、今後の関係性に影響しますし、そうなるといつか作戦中にリューさんと連携が取れなくなるリスクがあります。それに最終的にアリーゼさんがリューさんを動かしたことを考えると、指揮能力の高さはやはり団長を務めるアリーゼさんに軍配が上がりますし、適性もあると思います」

 

 水の入ったグラスを揺らしてアリーゼの姿を反射で映す。

 続けて自身の考案力について説明する。

 

「まず、私の使い方をアリーゼさんに教えます」

「使い方? 私に……?」

「はい。アリーゼさんは責任者で指揮者です。私は一人でいても意味はありません。そういう人材です。アリーゼさんのような人望や精神性あるいは高いカリスマ性や適切な対応力を持つ人がいて初めて成り立つ……というのは言い過ぎですが、効果が比べ物にはならないでしょう」

 

 ルシアが笑みを浮かべる。

 今度はきちんとアリーゼと、皆と向き合って話す体勢に移行した。

 ルシアは自身のことをあくまで作戦を提案して司令塔に提出する軍師であると述べる。

 

 最終的にその作戦を実行するか、適切であることを判断して結論を出すのは指揮官だ。

 その役割はアリーゼが該当する。彼女は判断能力も高く、人望もある。何より、団員の扱いを分かっている。

 

「私は人を動かすことはできませんが、状況を打開する策を講じるこならできます。先読みと状況把握、そこに発想を加えて時には事態の解決、時には目的を達しながら自軍の問題を解決します」

 

 何かに耽けるように一拍置いて、ルシアは淡々と自身の経歴を口にする。

 

「それが私の作戦考案能力。味方も敵も被害を0に、もちろん抗争は自軍の勝利に。そんな構図を描き、提供するのが私の仕事でした」

「待って。仕事……?」

 

 最後の単語を流さず、拾い反復して顔を顰めたアリーゼ。彼女のおかげで全員がその違和感に気付く。輝夜も眉を寄せて目を見開き、思わずアリーゼからルシアへと視線を素早く動かした。

 アストレアも両手で口を覆う。

 

「はい。私は故郷の森で戦争に関わり、軍師として働いていました。れっきとした戦争人です」

『なっ……!?』

 

 普段の彼女の印象(イメージ)とは裏腹な仲間の謎、その正体。

 

「ル、ルシアが戦争……?」

「そういえば私達は貴女の出身を知らない。私ともセルティとも異なるであろう貴女の出身は一体どこなのですか」

「そうだよ……! そんなルシアが戦争なんて……ルシアが森にいた頃って凄く若かったんじゃないの!?」

「いくら能力や才能があっても子供を戦争に駆り出すエルフの森……エルフという種族からは、その習性からは考えられない方針だが」

 

 輝夜の言う通り、エルフという種族の行いとは思えない。それにルシアはハイエルフ、輝夜しか知らないがハイエルフを崇拝の対象にするエルフが子供とはいえルシアを戦争に派遣するなどイメージと違いすぎる。

 故に気付いた。これは、ルシアの故郷が異質なのだと。

 そんなエルフの森について、ルシア・マリーンが言及する。

 

「私がいた森の名は、フリテン。独自の王を有し、私は知略の才能を買われていました。戦争に勝てるからです。それが私の能力の全容……背景です」

 

 世界の中心にして、最前戦線でもある迷宮都市オラリオ。その都市は長い暗黒期の真っ只中にあり、【アストレア・ファミリア】は正義の信条を掲げ、中堅派閥でありながら積極的に闇派閥(イヴィルス)と、都市の闇と戦っている。

 その混沌の中に取り込まれても、初陣で全く動揺もせず、自身の能力を振るえたあの気概(コンディション)の良さ。違和感の正体。

 

 それは、【アストレア・ファミリア】よりもルシアが戦いに慣れているという単純な要因だった。



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ナンパ従者捜索記

 

 ルシアの経歴がわかり、一同は改めて入浴と食事を済ませた。

 反省会と正義の問答。そして、今後の活動に向けた決起集会はその後だ。

 全員が集まる前に、輝夜はルシアに近寄り、彼女にだけ聴こえる声量で問いかける。

 

「なぜ今まで黙っていた? いや、それよりもなぜあの知略をこれまで使わなかった? 迷宮探索でも闇派閥(イヴィリス)に捕まった時でもいくらでも窮地(ピンチ)があり、切り抜ける必要があった筈だ」

「……前者は使うまでもないと思いましたので。後者はその時、私に抵抗する意思がなかったからです。それと、できれば使いたくなかったので」

「使いたくなかった? どういう事だ?」

 

 ルシアの返答に疑問を感じた輝夜が眉を顰めて問い返す。

 それに対してルシアは視線を下げ、暗い表情で冷たく言葉を吐いた。

 

「人の命を物のように扱い、ゴミに変えてしまう武器が手元にあったとして、輝夜さんは使いますか?」

「……っ!!」

 

 あまりの衝撃に輝夜が目を開いてルシアを見る。

 その一言にルシアが過去でその知略を使って何をしてきたのか恐ろしく冷たい背景が垣間見えた気がした。故に、その頃について尋ねる。

 

「故郷に。フリテンにいた時に何があった?」

「過去はあまり好きではありません。輝夜さんも同じでは」

「……痛いところを突く」

「先に突いたのはそちらです」

 

 今度は不敵に少しからかうような柔らかい笑みで輝夜を一瞥するルシア。

 してやられたと輝夜は居心地が悪そうにする。

 

「二人とも何こそこそ話しているの? ほら、いつものあれ! やるわよっ!!」

 

 居間の隅にいたルシアと輝夜、そこにアリーゼが呼び掛けてくる。

 どうやら全員集まったようだ。仲間の面が揃っている。

 

「うげっ。あれってあれかぁ? いつもやんなきゃいけないのかよ……。アタシ、小っ恥ずかしくて苦手なんだよな」

「安心しろ、私もだ」

「ライラ、輝夜。真剣にやってください! わ、私は恥ずかしくなどないっ」

 

 アリーゼのいう「あれ」とは彼女たちが恒例的に行う決起表明。正義の眷属としての志の提示だ。

 それをやろうと提案すると決まってライラと輝夜が不満げにする。

 リューがそんな二人を注意するが、その声も羞恥が混じり、震えている。

 

「……」

 

 ルシアはやるのは初めてだが、何度か見学したことはある。

 恥ずかしいとは思わない。ただ、あの宣誓はどうも自分には似合わないと毎回思う。

 正義の剣と翼に誓って、なんて言葉。モンスターの、竜の翼を持つ自分が口にするのは酷い皮肉なんじゃないだろうか。自嘲すら漏れる程に。

 

「ねえ、その前に。お客さんが来たよ」

「来客? こんな時に?」

 

 玄関口を指すセルティにアリーゼが首を傾げてそちらを見遣る。

 工業区での戦闘を終え、食事や入浴もした。日も沈み始めている。

 

 今時の時世を考えたらこの時間に人が訪ねてくるのは珍しい。

 来るとすれば、というより来れるとすれば、よっぽど有力派閥の冒険者か関係が深い【ガネーシャ・ファミリア】だ。

 

「誰なの? シャクティ?」

「男の人だよ。……知らない人」

 

 突然、素性の分からぬ異性が来訪し、セルティが不安げな表情を浮かべる。その様子を察してアリーゼは真剣な顔付きを作り、団員を守る団長(リーダー)としての意識に切り替えた。

 

 そのまま彼女は玄関に向かい、その先で待っている金髪のエルフの男を確認した。彼の元にその足を運び、相手も礼儀正しく両手を前に組んでいたがアリーゼの接近に気付き、認識すると同時に両手は下ろして彼女と向かい合う。

 

「私が【アストレア・ファミリア】の団長、アリーゼ・ローヴェルよ。うちの派閥に何か用かしら?」

「えぇ。まずは謝罪を。不適切な時間に訪問してまい、誠に申し訳ありません。何分予定の合う時がこの機会(タイミング)しかなかったので、このような御無礼をしてしまいした。どうかご理解頂けると幸いです」

 

 アリーゼが声を掛けると、初手の返しは丁寧な前置き。男はエルフに珍しい筋肉質で大きな身体をしっかり三十度程前屈みに曲げて、頭を下げた。

 質問に答えていないことと、彼が言及した無礼についてもアリーゼは思わず顔を顰める。男が自覚しているなら尚更だ。

 

「……せめて事前に連絡(アポ)は取ったりできなかったのかしら。まあ過ぎたことだから別にいいけれど。そこに関しては事情を把握したわ。了承する。それで? そんな急ぎで私達を訪ねた理由を聞かせてちょうだい」

「はい。では、端的に」

 

 少しの憤りと強い警戒を混じらせて喋るアリーゼ。仲間と主神を背後に隠し、決して奥から出ないよう腰に片手を回して命令(ジェスチャー)を送る。

 

 この時世だ。素性不明で非常識なこの男がただの無礼者である可能性が充分に高くとも、アリーゼは気を抜かず、団員の安全を保障する義務がある。

 

 距離を取って顔を覗かせ、様子を見守る団員達の好奇心に勘づきながらも輝夜の責任とライラの危機察知を利用して、彼女達に他の面々を制止させている。

 

 そして、対面する男には隠しきれない強ばった表情も垣間見せてしまうが、基本的には平静を保って真剣な面持ちで向き合う。そんなアリーゼの様子と彼女の問い掛けにエルフの男はフッと小さく息を鳴らしながら口角を上げた笑みを浮かべる。

 

「あなた方、【アストレア・ファミリア】の団員の中にいる崇高なるハイエルフ、我が主(マイ・ロード)。ルシア・マリーン様におめ通り願いたく参上仕りました。どうか彼女と、あの方と会合させて頂きたい」

「はっ? えっ?」

 

 男が紡ぐ一言一句にクエッションマークを増やし続けたアリーゼが戸惑いながら振り返る。

 盗み聞きしていた団員たちも、彼女達の背中に埋もれていた小さなエルフの仲間、ルシアに注目する。突然、全員が自分の方を向き、ルシアはギョッと驚いた。

 

「えっ。何です? 急に。皆さん、どうしました?」

「……おい、ルシア。あいつ、お前のこと知ってるみたいだぜ。会いに来たってよ。ホントに知り合いか?」

「え?」

 

 言われてルシアがみんなをかき分けて少し前に出る。アリーゼはさり気なく横に動いてルシアの進行ルートの障害になりつつ男の姿が見えるような位置取りを選んだ。男を警戒して自分より前に行かせないために。自分の背後に隠しつつ男を確認できるようにしたのだ。

 

 ルシアはアリーゼの影から覗き込む。すると、男と目が合い、男はルシアの姿を目に焼きつけると瞳孔が開いた。対するルシアは男の言動が一致するかどうか彼の素性を自身の記憶に検索をかける。が、心当たりなし。

 

「えっと、お名前を伺っても?」

「はい。勿論。マリウス・ガウェンです。ルシア様」

 

 彼の口から告げられる名。それを聞いて、ルシアの記憶(リソース)内の|想起【アクセス】が加速する。

 ジッと見つめて硬直。熟考と一致、想起と発覚からの衝撃が瞬間的に起こることで同時に態度に表れる。そして、それらが一瞬の間に処理された後、ルシアは驚きと共にアリーゼの後ろから飛び出して彼に駆け寄った。

 

「マリウス・ガウェン……って、ぇ…………。えっ!? マリウス・ガウェン君!? マリウス君ですか!」

 

 ようやく自分のことを思い出したルシアに男が、マリウスが心底悦びを見せた笑みを浮かべる。頬に火照りが出る程に。その様子は、間違いなく成人しているのにそれを感じさせないほど少年のような無邪気さを含んでいる。

 

「イエス! 我が主(マイ・ロード)。私です、ルシア様! 貴女様に仕えた生涯たった一人の従者、マリウスでございます。あぁ、我が主よ。フリテンから旅立った貴女を追いかけ、貴女を求めて何万里。今まさに求め続けた会合の瞬間! この時をこのマリウス、待ちわびておりました」

「そうですか! 見違えました。ご立派になられて……お父上は息災ですか?」

「あぁ、なんと。愚かな我が父にまで気遣いを。素晴らしきお方。聡明の極み。慈悲深きその心に再び触れることができ、感服でございます。我が愚かなる父は相も変わらず凝り固まった価値観と共に健在です!」

「なるほど。お元気そうですね、良かった」

 

 男を、マリウスを警戒し、ルシアを心配して庇っていた【アストレア・ファミリア】の面々が唖然とした態度で置いてけぼりをくらうのを他所に、ルシアはマリウスの前で興奮。マリウスもそんなルシアとの時間を噛み締めるように声が張っている。

 

 だが、それをいつまでも見てる訳にはいかない。ルシアが仲間で、ファミリアの一員だからこそ皆が抑えきれずに各々動き出そうとしたところを、片腕を出すだけで制止して、アリーゼが口を挟む。

 

「ルシア。そろそろいいかしら? 私達にもこの状況を説明して」

「あっ。はい! すみません、あまりに懐かしい相手で失念していました」

「それは、いいのよ。気持ちは理解できるし。それと私達が聞きたいこと、貴女なら全部わかってるわよね? 特に一番聞きたいのは何かってことも」

「……!」

 

 アリーゼの指摘にルシアが目を見開く。刹那、マリウスがやってきて述べた発言。ここまでのやり取りを脳内で再生する。

 ルシアは自分が何を説明しなければならないのか。義務があるのか。瞬時に理解した。故に、()()に報告する。

 

「アリーゼさん。そして、【アストレア・ファミリア】の皆さん」

 

 マリウスを背後に仲間と正面から向き合った。

 ルシアは言葉を冷静に紡ぐ。話を聞く彼女達も逸る気持ちはあるが、ただ待った。これが、アリーゼ・ローヴェルが築き上げた統制。普段の雰囲気を有しつつ彼女が団長とたる所以、その能力。誰もが固唾を飲んでルシアの話を聞く。

 

「彼はマリウス・ガウェン。私と同じくフリテンの森……いえ、フリテンの王森から来たエルフです。そして、私はルシア・マリーン。()()()()()。フリテンの王森にて生を受けた王族の端くれにあたります」

 

 彼女は続ける。

 

「私はハイエルフとして、学区から来た家庭教師に様々なことを教わり、高等教育を受けていました。その環境下にて作戦考案能力の才が自分に備わっていることを発見し、教育過程においてそこを伸ばすようにフリテン王から告げられ、最終的に抗争(せんそう)に起用されました」

 

 次に、マリウスを見遣る。

 

「彼は私が戦場に駆り出された直後に私の論文を読んで王族のパーティに参加し、そこで私と意図的に出会いました。その数年後、私の従者としての採用試験を突破し、私の従者に。ですが、私が森を出た時に彼とは雇用関係を破棄して私は旅に出ました。特に事情を説明せずに私がいなくなったので彼も私を求めて旅に出た。そして、今に至るといった感じです」

「ありがとう、ルシア。貴女にも色々あって自分のことを話したくなかったのはわかるわ。そして、今も話したくないことがあって、伏せていることがある。そこを私()は追求しない。いいわね?」

『……っ!』

 

 アリーゼが輝夜たちの方へ振り返って目で訴える。確認ではない。要求でもない。これは、命令だ。彼女の瞳に、視線に込められた力強さが理解を()()した。

 

 その威圧に負けて正義の眷属達は押し黙り、無言で頷く。しかない。リューだけは溢れ出そうなものがある、そんな表情の動きを見せるが、アリーゼがそれ以上を許さない。リューも最後にはただ俯いた。

 その全ての行動を確認して、アリーゼはまたルシアと向き合う。

 

「ルシア。貴女がハイエルフだったなんて私達は知らなかった。それに、貴女の故郷……フリテンの森が王森だったことも知らなかった。私はエルフの王族とか正直あんまり詳しくないけど、でもリューはセルティが貴女の故郷の名を聞いても何も反応を示さなかった。そして、貴女の口から聞いた話でその森が何か危険な思想を抱えてること、抗争なんてしてたならエルフの中で噂になってるはずなのに、リューやセルティから言及がなかったこと。私、色々気にかかってるの。わかる?」

 

 皆の気持ちを一部代弁すると同時に自分自身のモヤを晴らしたい意味でも尋ねた。

 彼女の求めにルシアは少し目を逸らしてから、また目を合わせて応える。

 

「はい。アリーゼさんの予感は正しいです。私のいたフリテンの王森はエルフの森の中でも異常な場所でした。独自の王、極秘の内政を抱え、まさに危険な森。そんなところです。だから、リューさんやセルティさんも私がハイエルフだとは気付かなかった。私の森について、何も知らなかった」

「……」

 

 半分本当で半分嘘。それに反応するように服の下でルシアの尻尾が僅かに揺れ動く。アリーゼの背後で輝夜の肩が微動した。

 

「今まで黙っていたことを謝ります。でも、皆さんを信頼してなかった訳でも、何か企みがあった訳でもないです。それだけは確かです。私が自分のことを何も明かさなかったのは、特殊すぎる経歴で信用して貰えない可能性があったことと、明るい話ではなかったからです」

「私達を気遣った面もあったって……?」

「はい。まあ、今更言っても言い訳にしか聞こえないのは承知の上です」

 

 ルシアは目を伏せる。もうこの状況下では正直に話しても全て解決するわけではない。

 ただ説明して、アリーゼ達が大人になって飲み込むしかない。そういう状態だ。その上で、どうしても我慢できない部分をアリーゼが代表して吐き出す、そのやり取りをしていく必要がある。

 

「……アストレア様があんたを拾ってきた時、素性を調べず、アストレア様と私達の慈善精神を信じすぎた責任は私達にもある。だから、貴女が一方的に悪いとは言わないわ。うん、だからここまでルシアが隠し事してきたのは少しだけ私達の責任でもある」

 

 そこまで言って、アリーゼも目を伏せる。

 そして、開いた時にはパン! と手を叩いて笑顔を見せた。ルシアがその変貌を前に目を丸くする。

 

「はい! 終了! これ以上は話し合っても不毛! 何を追求しても晴れること無し! ルシア、貴女がハイエルフだってこと、貴女が酷い環境にいてそこから逃げ出してきたこと、全部知った。そして、それを隠してた。でも、もう関係なし! 仲間なのは継続! はい、異論ある人いるかしら!?」

 

 アリーゼが皆に問いかける。

 リューを筆頭に思うところはあってもルシアは仲間、その結論だけは全員が曇りなく納得できる唯一の箇所だった。

 

 隠し事の一つや二つ、ましてやルシアの内容ならそこは絶対に覆らない。

 少なくとも彼女達の価値観は、正義は、【アストレア・ファミリア】がそう判断した。それを確認してアリーゼはルシアに微笑みかける。

 

「ルシア、改めてこれからもよろしくね。それと、貴女が話したいと思った時でいいから、その時は私達に貴女の事もっと教えてちょうだい」

「……はい。もちろんです」

 

 アリーゼとルシアが握手を交わす。

 その流れのままアリーゼはマリウスと向き合った。

 

「ごめんなさい。貴方にとってルシアとの再会は凄く大きな瞬間だったと思う。それを邪魔して、本当に申し訳ないと思ってるわ。でも、今この時間は私達とルシアにとって、どうしても必要だったの。ルシアとこれからも一緒にやっていきたいから。どうか、理解してくれると嬉しいわ」

 

 アリーゼの礼儀にマリウスが小さな笑みを零す。

 

「構いませんよ、レディ。私としても我が主が今いる場所のことを知れて幸運でした。素晴らしき統率者である貴女が率いるこの派閥、その様子を今ここで見れば、ルシア様がお気に召すのも分かります。それに、ルシア様がどう生きるか、どこに生きるかは自身が決めること。私はただお傍に仕えればそれにて至福です」

 

 そう言って片手を胸に、腰を折るマリウス。

 そんな彼の態度にアリーゼは応えたくなった。

 

「ルシア。今日はもう自由にしていいわよ。積もる話もあるでしょう?」

「なっ!? アリーゼ、よくありま―――んぐっ!?」

 

 アリーゼの決定に意見をしようとしたリューの口をアリーゼが塞ぐ。セルティも口を挟もうとしたがリャーナに制された。

 二人とも、ルシアがハイエルフであることにこれまでの無礼やこれからの敬意などエルフとして触れておきたいことがあるのは簡単に予測できた。

 

 リューはルシアが隠していたことにも言及したかっただろう。だが、彼女達には悪いが、それらは後回しでいいとアリーゼは俯瞰的に優先事項を分析して導き出した。

 彼女達を抑えている間、輝夜がアリーゼの意見を後押しする。

 

「ルシア。団長の言う通りにすればいい」

「えっ? で、ですが」

「……!」

 

 輝夜が協力(サポート)してくれたのは予想外だった。戸惑うルシアが目線を泳がせるのと同時にアリーゼが一瞬輝夜を二度見する。当の本人はそれに気づかないふりをした。当然、フリをしていることにアリーゼは勘づいている。

 一連の流れを踏まえた上でマリウスも前に出る。なぜか、ルシアより前に。彼女に見向きもせずアリーゼの元に。

 

「団長殿のお気遣い、痛み入ります。ここまでの対応も含め、素晴らしき人格のようだ。そして、美貌まで有してらっしゃる。レディ、もしよろしければ貴女の申し出通り我が主と過ごす時間を頂き、貴女にも同席願いたい。貴女のような魅力的な女性と時間を共にできるならばなんと素晴らしいことか」

「あら! 貴方、すっっっっごく見る目があるのね! そうよ、私とっっても美して最高の女性なの。あぁ、事実とはいえ貴方、褒め上手ねっ! 誘いに乗ってしまいたくなるわ」

 

 おっと? 話の方向が、雲行きが怪しくなってきたぞ。突然構築される二人だけの世界。否、マリウスだけが一方的に送る想い。アリーゼは持ち前の自己肯定感で乗ってるように見せて、これは社交辞令だ。こういう時、いつも遅れて断り文句を付属させる。

 

 だが、今回はそれより前に、自分の元従者の悪い癖を思い出し目を伏せるルシアとあまりに急な展開に目を見開いて硬直するしかなかった輝夜を置いて、ライラが声を上げた。

 

「おい! 余計なこと言うな、色男! うちの団長はそういうこと言われるとウザイくらい調子に乗るんだよ……!」

「アリーゼさん。マリウス君は胸囲がふくよかな女性にはみんな同じような口説き文句を言います。どうか真に受けないでください」

 

 ライラの後に反応できたルシアが注意を重ねる。

 

「あら。そうなの? なんだ、残念ね。ようやく神様にだって負けないこの私の美しさが公私共に認められたと思ったのに。不特定多数に言ってるならその手を取るのは嫌っ!」

「おぉ……なんと。しかし、これは我が主が私に与えた試練。手厳しい、しかし愛を感じます」

「えぇ……どうやったらそんな捉え方できるんですか。なんですか。無敵なんですか? 私はただ注意喚起しただけなんですけど。ていうかまだ直してないんですね、その癖」

 

 マリウスの開き直り方にルシアが戸惑い、呆れかえる。

 と、その時、ルシアの目にとある紋章が映った。マリウスの腰に軽く紐で結び付けられた、丸く筒状にされている書類。それが透けて記されていたものが見えたのだ。

 そして、その紋章はファミリアの持つそれだった。

 

「あの、マリウス君。君はファミリアに所属しているんですか?」

「……!」

「すみません。マリウス君の持ってるその書類の中身が少しわかってしまって」

「あぁ、なるほど。さすがは我が主。よくお気づきになられる」

 

 目敏く、鋭い。そんな視点にマリウスが感心し、すぐに主の疑問に答える。

 

「ルシア様の仰る通り、今は都市外の派閥に所属しています。この書類は都市で活動する為のギルドから頂いた許可証になります」

「差し支えなければ私に教えてくれますか? マリウス君がお世話になってるなら知りたいです」

「えぇ。勿論。私の所属する派閥は【グィネヴィア・ファミリア】です」

「わかりました。後日、伺います」

 

 ルシアはマリウスから女神グィネヴィアの情報を聞き出し、いつか会いに行くことを約束した。

 

「……っ」

 

 その後ろでアストレアは動揺していた。

 マリウスが口にしたその名称、神の名に。耳に入れた瞬間、アストレアは背中しか見えないルシアに様々な感情を込めた視線を送る。ルシアは知らない。グィネヴィアがバルドルと同じものを司っていることを。

 止まった時間の中でアストレアは明日一人の神に会いに行く予定を確定させた。



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光と正義の対面

 

 正義の眷属達が都市を巡回(パトロール)する裏で、二柱の神がお茶を飲み交わしていた。

 女神二柱が昼間に優雅な時を過ごすには、その雰囲気は下界の人間(こども)達が神に抱く神秘的な印象から程遠い緊張感が少しだけ二人の間に走っている。

 

 が、事情を知らない人間(こども)達が見れば、さぞ高貴に見えることだろう。

 何より神員(メンツ)神員(メンツ)だ。『正義』と『光』、司る物としてこれほど高尚な二物はないだろう。

 

「突然呼び出してごめんなさい、グィネヴィア。都市に、一時的に滞在している身の貴方を呼び出して。きっと無い時間の中から私と話す機会を見繕ってくれたのでしょう?」

 

 一方は正義を司る女神、アストレア。運ばれてきたカップに触れもせず、自身の無理な頼みを聞いてくれた相手への謝意を優先する。

 対するもう一方、彼女にグィネヴィアと呼ばれたのは光を司る女神。腰まで真っ直ぐ伸びた艶のある黒髪は、生真面目そうな印象を与え、整った顔立ちは物静かで綺麗系の顔立ちをした彼女はカップに口を付け、多少含んだ後に、目線だけを上げる。

 

「構いません。()()まだ時間があります。それで、私に何の用でございましょうか。貴女と私は同郷でないどころか天界でも面識もなかった筈ですが」

 

 貴族のようなお淑やかな口調と態度を取るグィネヴィア。

 彼女の言う通り、二人に接点はない。故に、警戒、というまでではないがグィネヴィアは不信感を抱いている。

 アストレアの人柄は天界では有名だ。

 

 噂通りなら彼女が悪意を持って接してくることはない。また、それを差し引いても彼女を象徴するものの内容を考えれば、そこまで構える必要が無いのもわかっている。

 それでも、アストレアに声を掛けられる覚えがない。グィネヴィアの態度は至極当然だ。

 

「昨日、貴女の眷属が私の本拠(ホーム)に来たの。マリウスと名乗っていたエルフだったわ」

「……!」

 

 その一言で彼女が接触してきた理由が理解できた。彼が自身の元を離れ、行動していた訳をグィネヴィアは知っている。

 そして、彼はアストレアの元に、彼女の眷属の前に現れた。つまり、彼が求めていた者はそこにいた。そして、今に至る。点と点が繋がった。

 

「なるほど。そういうことでしたか。それは、私の眷属が失礼しました。突然訪問して迷惑だったでしょう」

「それはいいの。私の眷属(こども)達も彼の事情を汲み取ってあげたわ。それよりもマリウスが会いたがっていた私の眷属、ルシアに貴女が都市にいることを知られたのが今、問題なの」

「はい?」

 

 事情は分かっていたつもりだったグィネヴィアが顔を顰める。

 その様子を見てアストレアは説明した。

 

「ルシア・マリーン。私の眷属でマリウスの主だったあの()は以前、貴方を探していたの。目的は安楽死。あの()は特殊な境遇で……バルドルの噂に期待したの」

「なるほど。彼の『救済』を目当てに、半怪物(モンスター・ハーフ)の境遇から逃げようとしていた訳ですか」

「……っ! 貴女ルシアのことを知っているの!?」

 

 思わずアストレアが顔を上げて声を張る。

 グィネヴィアはそれに対して特に動揺することもなく淡々と返した。

 

「えぇ、まあ。マリウスに聞いていましたし、情報を整理すれば状況もなんとくは分かります。最初は勿論驚きはしましたが、私には関心のないことなのでそれ以降は特に気にする事はなかったですね」

 

 どうやら彼女は半怪物(モンスター・ハーフ)に対して何も思うことはないようだ。人間よりも神の方が確かに受け入れやすいだろう。

 それを踏まえても彼女は淡白だが。

 

 まさに無関心といったところか、多くの神が同じ状況ならば弄ぶか危険視する可能性が高い中で希少といえば希少だろう。

 これもまた光を司る彼女だからの対応なのだろうか。

 だが、次の瞬間は真逆の覚めた目付きとなった。

 

「しかし、迷惑な話です」

「えっ……」

 

 突然不快感を全面に出てきたグィネヴィアにアストレアが困惑する。

 グィネヴィアは構わず続けた。

 

「確かに私もバルドルも強力な神の力《アルカナム》を有しております。ですが。人間《こども》達に私的に利用することなどありませんわ。邪神ならこの力を使って信仰でもさせて命を弄ぶかもしれませんが……バルドルも私もそのような神ではありませんの」

 

 遺憾だと述べるようにグィネヴィアの機嫌は分かりやすいほどに悪くなる。

 彼女はさらに続ける。

 

「それに。私が司るのは厳密には『光』ではなく、『(ひじり)』。高貴を極めた結果、光もまたそこに含まれるというだけの話……」

 

 何から何まで見当違いだと発覚し、アストレアは慌てて謝る。

 

「そ、そう……それは嫌な思いをさせてごめんなさい。でも、安心してちょうだい。恐らくだけれどルシアにもうその気はないわ。貴女の名前が身近になる前の話だけどそう言ってたの」

 

 グィネヴィアを宥めるアストレア。

 彼女はカップに口をつけたあと、折りたたんだハンカチで口元を拭く。そして。目を細めた。

 

「もしその方が私の前に現れ見当違いなことを求めたら……それ相応の対応をさせていただきます」

「え、えぇ。もちろんよ。それにそんなこと起こらせないように尽力するわ」

「当然です」

 

 とにかく、信者のような存在が神の力(アルカナム)を利用して楽になりたい、そんな思想で近づかれてはいい迷惑のようだ。

 それがわかって、アストレアは少し安心した。グィネヴィアには申し訳ないが、彼女に悪意がないのならルシアにその気がない限り問題は起きない。あとはルシアが何を思うかだ。

 

「ところでグィネヴィア、貴女はどうしてオラリオに来たの? 都市外で活動する貴女のファミリアがわざわざギルドに許可まで貰って滞在しているんでしょう?」

「……商業系の派閥なら漏洩問題ですわ。ロキのように不躾な質問だこと。貴女も噂とかなり異なるようですわね」

 

 グィネヴィアがアストレアに投げかけられたことにまた眉を顰める。二人とも互いに印象と噂でしか知らない。が、故にすれ違いが酷い。

 グィネヴィアは噂に聞いてた聖(じん)にこうも失礼を働かれるとは思っておらず、ずっと気分が悪い。まあ困惑の方が勝っているが。

 

「私が……私達が都市に来たのは情報が入ったから、というのが理由ですわ」

「情報?」

「えぇ」

 

 短い返しに頷きで応える。

 グィネヴィアはバベルを見上げる。その動きすらも貴族のような彼女は麗しく映る。

 

「今、都市には我々が求める『標的』がいますの。私達は、()()を試す為に挑みに来たのですわ」

「……! 貴女の眷属が誰かと戦うの?」

 

 今度は頷きもしない。グィネヴィアは暫くアストレアと対峙した後、瞼を伏せて立ち上がった。

 

「もうすぐその標的が動き出しますの。申し訳ありませんがこれ以上は失礼致します」

「え、えぇ。ごめんなさい、私の都合で時間を取らせてしまって」

「いえ」

 

 グィネヴィアは二人分の支払いを済ませて退店する。

 女神との対談を終えて、彼女は再び都市の中央に聳える白亜塔、バベルを見つめた。厳密には、その下にある魔境を。

 

 あの迷宮(ダンジョン)に最も多く挑み、あの大穴から出てきた怪物にトドメを刺し、オラリオの暗黒期における闇派閥(イヴィルス)の最大戦力を叩いた。そんな英雄的な行為をした者達がいる。

 もう時期起こるであろう波乱はその男神にとって実に好都合な状況になるのだ。

 

「利用させてもらいますよ、エレボス。貴方の作る舞台を、次代を担う英雄の育成に」

 

 裏で糸を引く神の名を呟く。彼が率いる悪意も、彼の神意(しんい)も、都市の危機もグィネヴィアからすれば興味の範疇にない。

 意識はたった二人の英雄。それのみだ。



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巡回と勇者の伝令

 

「これで巡回は終わりだ、ルシア。戻るぞ」

「はい」

 

 輝夜に告げられ、連れられて本拠(ホーム)への帰路につく。

 巡回は特に問題なく……という訳にいかないのが今のオラリオ。毎日小さいことからギルドが対応する程の大きい事態までよく起きる。

 

 今日に限っては慈善活動で処理できる案件ばかりだった。窃盗、喧嘩、詐欺。闇派閥(イヴィルス)が関わらずとも、経済だけでなく心まで貧しくなった都市の民達は日々他人を蹴落とし合う。

 輝夜とルシアはそれを淡々と介入して解決した。

 

 ルシアの素性の事もあり、輝夜は彼女と行動すること、組むことを名乗り出るようにしている。無論、仲間達には多少怪しまれたが、ルシアが頼んでいるという呈を本人が公言したこともあって、無理やり納得してもらった。

 そこまではいいのだが……輝夜はルシアと組む上でいくつか気づいたことがある。

 

「ルシア、お前と組むのは悪くない。寧ろ、事態に対する基本的な対応が共通している。何事も事務的に処理できて効率がいい」

「そうですか? それなりに輝夜さんのやり方にも口を出した気がしますが」

「確かに。多少意見に食い違いはあったが、リオンやライラ程ではない」

 

 ルシアは意外と容赦がなかった。罰するべきは罰し、しかるべき対処は行う。

 輝夜と違うのは裁量くらいだ。だが、そんなものは当然の範疇。ごく自然の摂理。個人によって自論が異なるのだから。

 

 優しさは持っているが、甘さは有していない。二人は相性が割と良い。

 故に、二人でやる仕事は実に淡白なものだった。

 

「輝夜、ルシア!」

「「……!」」

 

 寄り道もせず真っ直ぐ歩いていた二人の元へネーゼが混雑の中から現れて声を掛けてくる。

 駆け寄ってきた彼女に輝夜は様子と状況から事情を察して先に反応する。帰りを待たずに迎えに来たということは、何が待っているのかルシアにも想像できた。

 

「おう。ライラから伝令が入った」

「……指示してきたのは」

「あぁ、そのライラがお熱のあの【勇者(ブレイバー)】からだ」

「ブレイバー?」

 

 ルシアが首を傾げる。

 都市じゃその名を知らない者など探す方が難しい超がつくほどの有名人。それを知らないという彼女にネーゼと輝夜が驚愕で思わず二度見する。

 

「知らないのか!? オラリオで初めて会ったぜ、そんな奴!」

「そ、そんなにですか」

「……都市二大派閥のうち、一つが【ロキ・ファミリア】。その団長がフィン・ディムナという小人族(パルゥム)の男だ。二つ名は【勇者(ブレイバー)】。ルシア、お前ならば都市に来て日が浅く知識が薄くとも即座に情報を収集し全て熟知するものだと思っていたが、意外だな」

「す、すみません。オラリオには後ろ向きな理由で来ましたし、長居することになるとは思ってなかったので……。都市の地図なら暗記していますが」

「何? まさか、ダイダロス通りもか?」

「えぇ、まあ」

「「なっ!?」」

 

 今度は意味が異なる驚愕と二度見。さっきは無知に、今は知識量に。

 

「【勇者(ブレイバー)】を知らないってのもヤバいが……! ていうかそっちの方がすげぇよ!」

「まあ人物を知ることも大切ですが、どこで戦うか分からない時代ですので、戦術を組む上でまず土地を把握していくことが重要と考えて優先しました」

「……! そうか」

 

 ルシアの言い分に、確かに理にかなっているとその論を呑み込む輝夜。

 彼女の脳内、その効率に目を見張らざる負えない。言い分から考えて、恐らくダンジョンの地図も読み込んでいるもしくは学習途中だろう。

 

 ダイダロス通りを含む都市、ダンジョンの地形その全てを把握していついかなる時の戦いにも対応出来るようにする。

 それは戦術を組む上でも地形を利用できるし、相手の戦術も地形の関係で不可能な策がわかるので敵の選択肢を消去法で絞ることができる。

 

 つまり、戦術における考案と予報、その両方に有効な作用が表れるのだ。

 それを理解していて、だからこそ最初に着手した。学習量は多いが、敵対するかわからない者もいる都市関係者の相関よりも大きな効果を得られる。

 

 極論、相手は【勇者(ブレイバー)】のようにルシア以上の知恵と発想、対応力を持っているような人物以外は地の利さえ得ていれば対処できるのだ。

 ルシアは、【アストレア・ファミリア】として都市の問題と向かい合い、闇派閥(イヴィルス)だけでなく様々な対立を行う可能性がある中で、最初に為すべき行動はそれだと一番最初に断定した。そこまで読み取れた輝夜は、内心で唸るしかない。

 

「それで。話が逸れましたが、何かあったんですか? ネーゼさん」

「あっ。そうだった! 今、ダンジョンで闇派閥(イヴィルス)が冒険者狩りを―――」

 

 ネーゼが説明しようとしたその時。彼女の背後に人を掻き分けて飛び出てきた者が二人。凄まじい緊迫的な形相のエルフがアリーゼとライラの制止を振り切っていた。

 そして、通行人が振り返る程の大きな声を出す。

 

「「ルシア! ……じゃなくて、ルシア様!!」」

「うわ! 何やってんだよ、アリーゼ! ルシアと輝夜には私一人で伝えに行くからエルフ共は抑えてろって言ったろ!?」

「ご、ごめんなさい! 実は」

「悪い! しくじった!」

 

 事情を説明しようとして人混みに妨害されたアリーゼの代わりにライラが叫ぶ。

 ネーゼは顔を顰めて、輝夜は表情を険しくした。そんな周囲の反応が視界にすら入っていないリューとセルティはルシアの前に滑り込むように入り込んで、取り囲む。

 

「ルシア様! 自ら巡回なさるなんて……私は反対したんですけど、でも、お疲れ様です! ルシア様が見回ったのなら都市のエルフ達もきっと安心できたと思います!」

「ルシア……様。闇派閥(イヴィルス)が現れました。ですが、ご安心を。私が成敗します!」

「あぁ、えっと。落ち着いてください。この前も言いましたが今まで通り接して頂いて大丈夫ですよ」

 

 ルシアがハイエルフと発覚して以降、特にセルティの態度が一変してしまった。

 何より同じ派閥内にいるとなると変な意識が働いて謎の責任感を帯びた護衛精神が四六時中作動するようだ。

 

 最も近くにいるエルフとして、従者とまではいかなくとも義務が発生すると思い込む。種族の思想が強い傾向にあるエルフではよくある話、だが正直当の本人もアリーゼ達も困っている。

 故に、巡回もルシアに付くと騒いでならなかったが、ルシアの事情と態度を見て輝夜が強引に引き剥がした……というのが経緯である。

 

「いえ。そういう訳にはいきません。これまで黙っていたことに言いたいこともありますが、エルフでありながらその高貴な御身に気付かなかった我々の落ち度もある。その分、これからは仲間という特別な立ち位置を許されている我々が貴女を御守り致します」

「そうですよ! 御守り致します……!」

「おい、もうずっとこんな感じだぞ! エルフ厄介すぎる。なんとかしてくれ!」

「全く。エルフというのは……」

 

 ルシアの言葉も聞かず熱量を見せる二人のエルフにネーゼが心底疲れ、輝夜がルシアの正体がバレないように気を遣うことなども考えて面倒事が増えたことと、目の前の鬱陶しい態度に青筋を立てる。アリーゼは苦笑い、ライラはネーゼと同じだ。

 

 今この瞬間だけならまだしも、ルシアがハイエルフと分かってからずっと同様の熱量(ハイテンション)で暴走するのだから仕方ない。

 ルシアもこの事態は彼女達の為になんとかしなくてはと考えを巡らせている。

 

 いつまでも輝夜に甘える訳にもいかない。それに、あまりにつききっきりだったり距離を詰められると半怪物(モンスター・ハーフ)だと発覚してしまう。

 それだけは避けなくては。

 

「リューさん、セルティさん。本当にやめてください。私はハイエルフと言っても田舎貴族のようなものでしたし、ハッキリ言ってそういう態度は迷惑です。今まで通りがいいです、お願いします」

 

 ここまでくれば彼女達を折らせるには率直(ストレート)な表現で止めた方がいい。そう結論づけたルシアはわざと少し強い言葉を使う。

 すると、リューもセルティも途端に目が泳いだ。

 

「し、しかし……」

「お願いします」

 

 簡単には引き下がれないリューが言い淀むが、ルシアが畳み掛ける。

 真剣に頼むルシアにリューとセルティは押し切られた。

 

「わ、わかりました……」

「ご、ごめんなさい……」

「よろしい。それで、何の指令が入ったんですか?」

「あぁ、えっと。冒険者狩りがあったんだよ」

「……! なるほど。今から行くとなると間に合いませんね。早く向かいましょう。輝夜さん」

「わかっている」

 

 ルシアがエルフを統率し、ネーゼが呆気に取られていたところ何とか返事をする。輝夜はすぐに相槌を返した。

 一同は都市のどこにいても見える白亜塔の下、迷宮を目指して走り出す。その道中でアリーゼはルシアの隣に並んで尋ねた。

 

「ルシア。何か考えない?」

「少し練ります。時間をください」

「こうしている間にも犠牲者が出ている。猶予はない」

「はい。ダンジョンに入るまでには結論を出します」

 

 アリーゼ、輝夜、ルシアの三人で冒険者を救うための会話を交わす。

 そうして正義の賢者達は一直線に向かうべき場所に急行した。



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その騎士は、太陽を連れて

「おや? 逃げるのですか? 亡骸(なかま)を置いて? そこは戦うべきでしょう! 『英雄』とまでは言わなくとも、『冒険者』の名にに恥じぬように……!」

 

 自身に背を向けて走り去る冒険者たちに、ヴィトーは嘲笑を添えて、そこに激情も加える。理想でなくとも、職業であっても、目の前の光景は彼の信条に反するものだ。故に、我慢ならない。

 だが、突如視界に割って入り、そんな勝手な押しつけを斬りつける者あり。

 

「お前も亡骸(なかま)にしてやる」

「……っ!?」

 

 耳元でよく通る女性特有の声。しかして彼の偏見から考えると、あまりに低い。

 そして、その間も一瞬。反射で身を引き締めるのが遅れていれば防げなかった不意打ちの一閃。ヴィトーは自前の得物で捌き、弾かれた女性が着地し、自身と対峙したその姿を目に映す。彼女の長く煌びやかな黒髪は彼女の肩に落ち着いた。

 

「おっと。誰です?」

「冒険者とて人間。勝手な押し付けをされては彼らの人権を迫害したことになります」

「……っ!」

 

 黒髪の女性、輝夜の背後に次々と降り立つ女性の冒険者たち。

 女性だけで構成され、冒険者すら救うその行い。諸々の条件からヴィトーは自ずと答えを導き出す。

 

 彼の脳内で整理が行われるのをアリーゼに抱えられていたルシアは、その足を地に降ろさせてもらう間に待っていた。

 ヴィトーと彼女たち、加えてルシアが初めて邂逅する。

 

「……なるほど。貴女方が【アストレア・ファミリア】ですか」

「こちらこそお伺いしたのですが、どちら様ですか。闇派閥(イヴィルス)資料(データ)には目を通しましたが、貴方を表す記述は全くありませんでした」

「おや。どうして私がギルドや冒険者たちに警戒されるような人物とお思いで?」

「身なり。被害状況。殺害方法。遺体の殺人痕。など、挙げればキリがありませんが色々と情報が転がってるので。闇派閥(イヴィルス)の幹部とお見受けします」

 

 ヴィトーの問いに淡々と返すルシア。彼女の冷静で変化のない顔色にヴィトーは不気味に思い少し顔を顰め、警戒する。

 

「……分析がお得意なんですね。貴女こそ、正義の派閥、その眷属にこれほど分析力の優れた方がいるなど聞いたこともありませんが」

「新入りです。よろしくお願いします」

「了承しかねますね。二度と付き合いのないよう―――ここで殺しておきましょうかっ!!」

 

 凄まじく早い判断。ヴィトーがルシアの首目掛けて得物を振り落とす。

 が、彼女の前に二本の刃がクロス状に構えられ、立ち塞がる。

 

「させるものか」

「ルシアさ……はまだLv.1。お前たちとは戦わせない!」

 

 輝夜とリュー。二人がルシアを守った。

 そこにさらに三人を飛び越えてヴィトーと衝突するアリーゼが彼に問いかける。

 

「なぜ冒険者狩りなんてするの? 闇派閥(イヴィルス)の目的は何?」

「はて。申し訳ありません……それを教えるほど親切ではなくてね」

「……っ!」

 

 アリーゼと得物を擦り付け、力較べをする中で合間に現れるヴィトーの表情が飄々とした余裕ある笑みに変わる。

 不気味に思ったアリーゼは一旦後退した。その隙をついて黒いローブを纏った闇派閥(イヴィルス)の構成員、ヴィトーの部下が彼に駆け寄り、耳元に語りかける。

 

「ヴィトー様。撤退しましょう」

「えぇ。そうですね。彼女達と戦うのは目的ではありませんし、ランクを考えれば少々分が悪い」

 

 部下の意見を聞き入れ、後退していくヴィトー達。

 その後をアリーゼが追おうとする。

 

「待ちなさい!」

「よせ、団長。誘っている。狡い罠を仕掛けているのだろう。深追いは禁物だ。それに―――」

「はい。対策はもう打っています」

 

 輝夜の目配せにルシアが頷きで返す。追っ手もなく自由に逃げおおせ、その背が小さくなっていく闇派閥(イヴィルス)達。

 彼らとは別ルートを進行するためルシア達は森の中へと侵入して行った。

 

 一方、闇派閥(イヴィルス)は自分達だけが知るルートへと抜けようと道に迷うこともなく確信があるかのような足取りで階層を駆け巡っていた。

 だが、道中、ある物を見つけた者がヴィトーに報告する。

 

「ヴィトー様。この先にモンスターの足跡が。かなり大型です」

「……! 避けましょうか」

 

 まだ近くにいる可能性がある。迷宮を知る者ならば当然の分析と判断。ヴィトーはパーティを連れて別の道を選択する。

 その先で森が拓け、景色が見えた。引き換えに道は途絶える。地面が割れ、大地が分かれている。

 

 ヴィトー達ならば向こう岸まで飛び越えられないこともないが、底が深いその断崖絶壁はリスクも高く、効率も悪い。避けるのが吉だろう。

 そこまで思考するのに必要だった時間は一瞬だった。ヴィトーの経験値の高さが窺える。迷宮内の移動においてモンスターが迫る場合も考えれば即座に行動先を選べるのは必須能力になる。

 

「……今日は道が悪い。まったく、ダンジョンの機嫌に左右されるのが困りますね。これだから現場は面倒が多い」

 

 冒険者、有力派閥、ギルド。そして、都市なら民衆の目。迷宮ならそれそのもの。厄介な気遣いばかりで神経を使う。

 裏方だから余計だ。自分の生まれ持つ『顔無し』の特質にこればかりは悩まされる。

 

「んっ……?」

 

 舗装してくれない迷宮の怠慢を受け入れ、自然の摂理に従いながら部隊を先導するヴィトーが自身らの進行先に人型のシルエットを目にし、顔を上げる。後続へ片手を軽く挙げ、足を止めることを命じた。

 

「失礼。そこの貴方、なぜこんな場所に一人で……? まるで我々が来ることを知っていたよう、待ち伏せをしているようですが」

「……」

 

 人気のない森林の中。ソロで潜る者も実力的にかなり絞られてくるこの階層でただ一人、佇むだけの男。

 とはいえ、全く無い話ではない。

 

 ヴィトーの問いに何も返さないその様子に違和感は覚えるものの、ヴィトー本人は現場で逃走という現状に少々自分が踊らされ、焦っているから如何なる事も不気味に感じてしまうのだと反省の意味も込めつつ納得した。

 下手に騒いで無駄な争いを生むのは彼にとっても得ではないからだ。

 

「いやはや、こんな迷宮(ところ)ですからつい他人に対して疑心暗鬼になってしまって。何でも結びつけて不安になってしまうんですよ。申し訳ありません」

 

 その場しのぎの適当な態度を取りつつヴィトーは相手を警戒している部下を見えない所で制止して、相手の男に軽く頭を下げる。

 対する男は、フッと少し笑みを零した。俯き加減で瞼を閉じ、意味ありげに。

 そんな表情にヴィトーは雲行きの変化を感じ、眉をひそめた。そして。

 

「結構。お気になさらず。―――本当に待ち伏せしていましたから」

『……っ!!』

 

 男の一言。それをキッカケに空気が一気に張り詰め、ヴィトー達は武器を手に取った。

 

「やれ!」

『おぉー!』

 

 合図を受けて闇派閥(イヴィルス)がその男、やけに筋肉質なエルフに立ち向かう。

 対する、マリウスは剣を抜き、天に掲げた。すると、空が割れ、凄まじい陽射しと眩しいほどの明かりで彼らがいた場が包まれた。

 

「なっ!? 何が……!?」

 

 突然見上げられない、空を直視できないほどに視野を奪われ、ヴィトーが困惑の声を上げる。気温が一気に上昇したように()()、彼の首筋に汗が滴る。普段から細目だった彼はさらに細めたその目で目の前のマリウスを捉える。

 マリウスは、笑みを浮かべていた。そんな彼の剣が視覚的にわかるほど熱を持ち始め、蓄積している。

 

『―――』

「詠唱……! 魔法が来る!?」

 

 マリウスが口にする言霊の繋がり。過酷な環境下で聴覚まで鈍り、その内容までは耳に入ってこないが、ヴィトー程の実力なら魔力の高まり、周囲を満たすその威圧で察知することもできる。

 そして、彼の予想通り、膨張しきった剣の下で瞼を閉じ俯いていたマリウスがその瞳を露わにする。直後、彼が口にしたことはただ短く。

 

「【ガラティーン】!」

「……っ!!」

 

 準備を終えたマリウスが自身の剣を横凪ぎに払う。すると、高熱を持った斬撃波がヴィトーらに向けて放たれた。

 ヴィトーは防御体勢を取ったが、進軍していた部下たちは遥か後方または上空へと吹き飛ばされる。

 

「うぅ……」

「うっ……あっ……!」

「くっ! 不意打ち! やられましたね、これは……」

 

 部隊の壊滅的な状況を見渡した後、ヴィトーは即座に判断を下した。

 彼らを置いて、否、彼らを()()()()()()()()()し、自分一人が逃げる。懐に収まっている物があれば、可能だ。だが、それを使えば闇派閥(イヴィルス)の計画がバレる危険性がある。

 

 それだけ決定的な行動と証拠だ。

 その上で、覚悟を決めるか悩みはしたが、自分が捕まればそれ以上の情報を明け渡すことになりかねない。ヴィトーの意思でどうにかなる範囲は絶対に漏洩はしない。が、物的証拠と人的証拠は大きく異なる。

 後者の方が漏らす情報量の最大値が大きい。

 

「仕方ありません。ここは逃げると―――」

 

 ヴィトーが懐を探り、ある物を手に掴んだ時、彼は違和感を覚える。

 目の前にいるエルフの男、彼に動きがない。大技を放ち、その反動(デメリット)があるのか、定かではないがそれを疑う程に微動だにしない。

 

 完全に不意をつかれてしてやられ、こちらにいくらでも追撃する隙があったにも関わらずだ。マリウスは振るった剣咲を地に指し、ただ不気味な笑みを浮かべて立ち尽くしてしまった。

 思わずヴィトーは尋ねてしまう。

 

「な、なぜ我々を拘束しないのですか……?」

 

 口にしてから自分でも気付く。敵に疑問をぶつけるなど愚行。

 しかし、相手のマリウスはその愚かさを容認した。否、彼はそれを受け入れてしまう程の拘りがあった。つまり、彼も同類(ぐしゃ)なのだ。

 彼の行動、その全ては主の力を証明する動機を中心に巡っている。

 

「必要ありません。ここからは、我が主の仰せのままに」

「……っ!!」

 

 マリウスが頭を垂れ、跪くと同時に。ヴィトーの背後で草むらを掻き分け人が現れる音が。

 彼が振り返るとそこには【アストレア・ファミリア】の面々が揃い踏みし、彼女達の一歩前へルシア・マリーンが現れた。

 

「マリウスくん。上出来です」

「……勿体なきお言葉」

 

 一言、労いを口にしマリウスがさらに深々と姿勢を低くする。その先にいるルシアをヴィトーは動揺と困惑と憤りでワナワナと震えながら捉える。

 

「ど、どうして我々を待ち伏せできたのですか? それに、この段取りの良さは……」

 

 瞠目するヴィトーに、ルシアは諦めと投降を狙って懇切丁寧に説明する。

 

「なぜ我々が4人しかいないか。他の団員はどうしたのか。そういった一つ一つの要素を拾わず、疑問に思わず我々と対峙し、貴方は言葉を交わしていました」

「……!」

 

 ヴィトーが踏んだ失敗を解決される。目を見開く彼に対して、ルシアは目を細めて続ける。

 

「貴方々が上層で気づかれず、どうして突然この階層で発見され、現れたのか。そちらしか認識していない秘密ルートがあるのか。正直何も分かりませんでした。ので、その方面で物事を考えるのは()()()、現場から半径で一定範囲内を少し工作しました」

 

 アリーゼや輝夜、ライラにリュー。そして、彼女達と()()同盟関係にある二大派閥のうちの一つ、その団長を務めるちいさな【勇者(ブレイバー)】。それらの面子と同様にルシアも気付いた。

 闇派閥(イヴィルス)の出没、その突発性の違和感。

 

 そこに勘づくそこまでは共通だった。【勇者(ブレイバー)】はその答えを追い求めるだろう。

 だが、ルシアは異なる。彼女は察知してすぐ解明することを諦め、その選択肢を捨てた。

 

 今、自分の手札にある情報じゃ辿り着けないと即座に判断したのだ。

 故に、今日、ここでこの盤面で敵を捕えることだけの策を考えた。敢えて、視野を狭くした。

 そういう思考傾向(パターン)も有効だとルシアは経験で知っている。

 

「足跡で大型怪物(モンスター)がいると思わせる為に、土地を抉り、森林を伐採する。そうして道の選択肢を減らせば、貴方々がどこへ向かおうとどこを通行するか、絞ることができます。そう、()()が分かればそれで良かったんです。だから、事件が起きた現場の周辺だけを工作しました」

 

 思考の断捨離。そこから導き出される回答。逃げ道が分からないなら作ってしまえばいい。

 ルシアの思惑を理解し始めたヴィトーの表情が固まる。

 

「私とアリーゼさん、輝夜さん、リューさん。そして、時間稼ぎにマリウスくん。現場に向かうのは最小人数で結構。あとの面子(メンバー)は大事な裏方をしてもらいました。これにて、闇派閥(イヴィルス)の捕獲を画策。更にここから油断もしません。まだ策は展開中です。逃げれらるとは思わないでください。必ず貴方を地上の牢にぶち込みます」

「……っ」

 

 彼女に周囲に上級冒険者達がいるとはいえ、ただのLv.1。弱くて小さくて子供のようなエルフの少女。

 だが、悪人に対するその誠実で力強く、けれど決して幻想的な正義心に燃える瞳ではなく、現実を知っている眼力。

 

 何より、上級冒険者を抜きにしても厄介な頭脳。

 ルシア・マリーンという駆け出し(ルーキー)にヴィトーは、奥歯を噛み締めた後、瞬時に涼しい顔に戻して溜息を吐く。

 

「降参、するしかありませんね。いやはや……」

 

 感嘆。まさにそういった態度で両手を挙げるヴィトー。武器を置き、膝もついた。

 敵ながらあっぱれ。そう表しているようで、屈辱に耐えている。表向きでは飄々としていてもその仮面の裏がどうなっているのか、ルシアには見透かせた。

 

 ただ、非常に上手い感情コントロールと仮面だ。今は組み伏せていてもこの男の脅威性は理解できる。

 アリーゼと輝夜に拘束される中、ヴィトーはルシアに語りかける。

 

「なんという戦略眼。一体貴女はどこまで盤面を読めているのでしょう?」

「教えません」

 

 完全に抑えられ劣勢の状態でも平常な落ち着きで平然と声を掛けてくる。内心がどれほどぐちゃぐちゃかはわかったものではないが。

 だが、ルシアも負けていない。キッパリと相手にせず押し退けた。彼には顔も向けず、アリーゼに口を開く。

 

「連行してください」

「えぇ、勿論。でも、人数を分けるわ。ルシア、貴女は輝夜と一緒に後から地上に来なさい。無理言って短い時間で色々考えて貰ったし、休息が必要よ」

「ありがとうございます」

 

 アリーゼの申し出に素直に礼を返す。

 

「えー! ルシアと輝夜だけ~!?」

 

 一方、他のメンバーは不服そうだ。イスカの声を皮切りに全員が激しく相槌を打って同意する。

 それを見てルシアからもお願いした。

 

「アリーゼさん。工作をして頂いた皆さんの方がかなり労力がかかったはずです。私は大丈夫ですので」

「一理あるわね。でも、ルシアはそっちよ。だから、こいつらを地上に連れていくのは私とリュー、ライラでやりましょう」

 

 庇ったつもりが矛先が二人に集中してルシアがあぁ、しまった……ごめんなさい……と顔に書いてリューとライラに憐れみの目を向ける。

 リューは使命感に燃えるタイプなので問題なく、寧ろ気を引き締めたが、ライラは心底嫌そうに項垂れた。

 

「げっ。マジかよ……」

「文句を言ってはなりません、ライラ。これも正しき行い。この者たちを牢獄するまで私達が責任をもってやらなくてはいけない」

 

 ライラも最終的には従い、文句を漏らしたのは切り替えのつもりだったが、生真面目なエルフには通じない。

 全く何も汲み取ってくれない上にその性格にライラは顔をひくつかせた後、温情で苦笑いで済ましてやり、頭の後ろで腕を組み最後に嫌味だけついてやった。

 

「へいへい。わーってるよ。これだから真面目ちゃんは。悪態1つつかせちゃくれねえな。つかなきゃやってられねえだろ?」

「なんですか、その態度は……」

 

 リューがライラを目を細めて捉える。ライラはそんな彼女の視線にギョッと身を縮めた。

 そんな二人のやり取りを見兼ねてアリーゼが間に入る。

 

「はいはい。終わり終わり。ささっと行くわよ、私だって早く地上で休みたいんだから」

 

 手を叩いて制止するアリーゼにライラもリューも不満げではあるが、飲み込んで瞼を伏せる。

 

「あいあい」

「わかりました。行きましょう」

「おやおや。ようやく出発ですか。遅延証が欲しいところですねぇ」

 

 ライラとリューが拘束されていたヴィトーに近付くと身の程を弁えず、せめてもの抵抗で文句をつけてくる。それを無視して二人はヴィトーを立ち上がらせ、ヴィトーは「おっと」とだけ言いながらわざとらしく少し怯えた演技もする。ライラとリューはイラッとしながらも黙々とこの階層を後にする準備を進めた。

 そんな二人を傍目にルシアがアリーゼに近寄り話しかける。

 

「彼以外は気を失っていますし、後で我々が連れて上がります。何より情報源として一番役に立つのはアリーゼさん達が連れていく彼でしょうし、確実に地上に連れていくのは彼だけで充分かと。被害に遭われた方々の遺体も我々が引き渡してきます」

「そうね。わかった。そうするわ」

 

 ルシアの意見に二つ返事で了承するアリーゼ。

 この先の行動が決まり、予定がまとまったところで、イスカが何かを思いついて手を叩く。

 

「そうだ! せっかく休んでから帰るならさ。18階層に寄ろうよ」

「おっ、いいね!」

「それ賛成!」

「最高じゃん!」

「はぁ!? お前らだけズリィぞっ!」

「わ、私もライラに同意してズルいとまで言う訳ではないが……羨ましい」

 

 良い発案だとばかりに同調するネーゼとノイン。リャーナもセルティやアスタと手を合わせて喜ぶ。

 逆にライラとリューは良質な時間を手に入れた者達に眺望の眼差しを向ける。

 そんな皆の様子にルシアは一人、キョトンと首を傾げていた。

 

「18階層? ……あぁ、モンスターが産まれないですし、確かに休むには絶好ですね」

「イエス、我が主(マイ・ロード)。18階層は仰る通りモンスターが産まれない安全階層(セーフティポイント)となっていると私も耳にしました。モンスターが全く出現しない訳ではありませんが、その階層で休息を取るのはリスクも少なく実に合理的と言えるでしょう」

 

 マリウスの補足にやはりと納得するルシア。

 だが、まだ彼女達は分かってないと、アリーゼがルシアに寄る。

 

「それだけじゃないの、ルシア」

「……?」

 

 ルシアとマリウスがまた頭の上に疑問符を浮かべる。

 その態度を見て、皆が気付いた。

 

「あ、そっか。ルシアは18階層でゆっくり過ごしたことないんだもんね」

「行きしなは通っただけだしねー」

「すっごく綺麗で素敵な場所なんだよ!」

「は、はぁ……ダンジョン内でそんな場所があるなんて、ピンと来ませんが」

 

 仲間に力説されるもルシアはダンジョンに安全で快適で、鑑賞を目的とすることが印象(イメージ)と結びつかない。

 見兼ねたアリーゼがルシアに微笑む。

 

「行けばわかるわ。ルシア、みんなと一緒に見てきなさい。貴女の人生を貴女の口伝てでしか知らない立場で言うのも少しおこがましいけれど、貴女の話を聞いて、きっと誰かと思い出を作ったり、良い景色を見たり、楽しんだりすることが必要だと思うわ」

「アリーゼさん……」

 

 固定概念がある中で口で何を言っても仕方ない。その目で見てみればわかることもある。何よりも、ルシアが求めていたモノをアリーゼは潜在的に理解していた。

 偶然かもしれない、でもそれが彼女の凄いところだとルシアは思う。きっと、他人を思いやる心を育んできたんだろう。一朝一夕で身につくものではない。

 

「だから、行ってらっしゃい。地上に上がるのはゆっくりでいいから。ね?」

 

 アリーゼが柔らかく説いてくれた後、彼女はいつもの朗らかな表情を見せて、片目を閉じた。

 ルシアは、アリーゼの温かい心を感じて、少し頬を緩める。

 

「……はい。では、お言葉に甘えて」

 

 ルシアが表情を弛めたのを確認してアリーゼを始めとした【アストレア・ファミリア】は笑顔を合わせる。

 

「うん! じゃあ行きましょう」

『おぉー!!』

 

 アリーゼの合図に皆が呼応する。

 ルシアも彼女達に混じって歩き始めた。いつもよりも少しだけ軽い足取りで。初めて、爽やかに感じる風が肌を掠める。

 18階層。それは、迷宮の楽園(アンダー・リゾート)と呼ばれる理想の神秘。



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好きの共有は仲間の証

 太陽や月明かりの代わりに階層全てを照らす水晶が遥か上空、階層の天に広がり、空模様を描いている。さらに、薄暗い洞窟ではなく、迷宮の中とは思えない木々や自然で満たされていて、地上にも引けを取らない澄んだ空気と心地よい風を形成している。

 

 ルシアは、目の前に広がる信じ難い爽快感と神秘を纏う景色に、驚愕と感嘆の気持ちで目を見開いていた。

 まさか、迷宮の中にこれほどの景観があろうとは。

 

「……なんという」

 

 硬直し、見惚れていたルシアがようやく口にしたのはたったそれだけ。呟いたというよりはかろうじて発することのできた言葉が漏れ出たという感じだろう。

 

 ルシアの反応を見た【アストレア・ファミリア】の面々は彼女の背後で期待通りとばかりに皆、ルシアに感動を共有できたことに歓喜と興奮で悶えたり、唇を噛み締めたりした。

 そんな彼女達とは裏腹に多少の落ち着きを持っている輝夜が、代表のようにルシアの隣に立つ。

 

「どうだ、ルシア。このおぞましく厄介な怪物共の巣窟にも稀には良い物もあるだろう?」

「……はい。正直、想像以上でした」

 

 輝夜に問われ、そちらを向いてまたすぐに視線を戻す。穏やかな呼吸。緩やかに鼻につく自然の香り。この類の清潔さに感激する感性が自分にもあったとは。ルシアは、自分もエルフなのだと少しだけ自覚した。

 無意識に緊張が切れ、小さな笑みを作っていたルシア。彼女の表情を見て、皆が身を乗り出してきた。

 

「18階層! いいでしょ? 私達【アストレア・ファミリア】はみーんなここが一番好きなんだ! 特に皆で見つけた水晶の森!」

「そうですか。良いですね」

「ルシアも気に入ってくれた? どう? どう!? 凄く良くない!?」

「はい。素晴らしいと思います」

「この景色を共有できて、好きになってくれたなら、ルシアも正真正銘【アストレア・ファミリア】の一員だよ」

「そうなんですか? 嬉しいですね」

「そうでなくてもルシアは大切な仲間だけどねっ! でも、私達の好きをルシアも同じ気持ちでいてくれたらそれが最高に素敵っ!」

「ありがとうございます。私も同意見です」

 

 ノイン、アスタ、リャーナ、セルティ、イスカ。口々にルシアに話しかけて、ルシアもまた会釈で返す。彼女達の大切な場所を共有し、同じ気持ちを抱くことを許されている。

 受け入れられている。それが、凄く満たされた。

 

「ルシア。奥に泉がある。汚れただろう。私と一緒に来い。そこで休もう」

「……! はい、よろしければ。是非」

 

 輝夜の思わぬ提案に瞠目しつつも、誘いを受けて昂る気持ちが上回る。ルシアは冷静を装って返事をし、輝夜の隣についた。

 無論、近くでそんな二人のやり取りがあって他の面々も黙ってはいない。

 

「えっ、ズルい! 私もルシアと水浴びしたい!」

「ダメだ」

「なんでよ。輝夜は良くて私達はダメなんておかしいじゃない」

「そうだそうだ! 私だって!」

 

 リャーナやセルティが突っかかってきて輝夜も反応に困る。ルシアの身体のことを考えれば、他のメンバーを連れていく訳にはいかない。だが、そんな断り文句言える筈もない。

 口を滑らした、輝夜はそう後悔した。ルシアを想っての提案がまさか裏目に出るとは。

 

 故に、頑なに適当な返ししかできない。

 特にセルティはルシアに制止されただけあって抑えてはいるが、本心ではハイエルフであるルシアに尽くしたいのだろう。水浴びするなんて耳にすればお手伝いをしたいと考えるのはエルフでなくとも想像できる。

 

 自分で自分とルシアを追いつめてしまった輝夜は少ない手札で集まる文句を切り捌く。

 ここにもう片方の堅物エルフがいないのだけが救いだ。いたら絶対面倒でもっと過激な口論になる。

 

「そういえばルシアとはまだ裸の付き合いしてなかったものね」

「お前ら、その辺にしとけ。一緒に水浴びくらい私も別にいいとは思うが、ハイエルフだったり……いや、それはあんま気にしなくていいのか。あー。とりあえず、ルシアにも事情があるんだろうし、輝夜を責め立てたって仕方ないだろ」

 

 リャーナやセルティ、今に便乗するマリューと裏腹に、新人のルシアが困るであろう混乱になってしまって、一歩引いてくれたネーゼ。こういう時に冷静なのはライラだが、いなければ、次に俯瞰的になれるのは彼女だ。

 まあ、ライラは冷静というより興味のあるなしがハッキリしているだけだが。

 

「いい加減にしろ、子供(ガキ)か。お前たちは……!」

「ルシア独占はんたーい!」

「そうだそうだ!」

「お、おい。お前ら人の話聞いてたか……?」

 

 輝夜に群がりができ、遂に輝夜も苛つき始める。せっかく中立になったネーゼもまるで統率が取れなかった。

 自分を中心に輝夜やネーゼを困らせてしまい、ルシアは彼女達の前に出る。

 

「すみません、皆さん。私には古傷があり、あまり人にそれを見られたくないんです」

「……っ!」

 

 ルシアの発言に輝夜が目を見開いた後、振り返る。

 彼女が口を挟んできたこともそうだが、嘘だとわかったことの方が衝撃(リアクション)としては大きい。

 

 輝夜はルシアの裸体を見た。だが、傷などなかった。特異的な肉体に目を奪われたからじゃない。いや、奪われはしたが、人に見られたないほどの大きな傷くらいは認知できた。

 それでも、記憶にない。ということは、ルシアにはそんなものないハズだ。

 だが、ルシアが吐いた嘘に皆もただ踊らされはしない。

 

「えー! でも、私達気にしないよ! ねえ?」

「そうだよ」

 

 中々簡単には引かないらしい。包囲網は解かれなかった。

 これ以上はルシアも戸惑う。

 

「あぁ、えっと」

「ルシアの気持ちの問題だ。そんなことも汲み取れないんのか、お前達は」

「「……っ!」」

 

 輝夜の指摘で皆が気づく。

 ルシアは元抗争(せんそう)人。戦場を経験していれば、綺麗な身体のまま生きていけなくなることだってあるだろう。そのことに。

 

「ご、ごめん。ルシア」

「いえ」

 

 ルシアはそこまで予測して嘘をついた訳では無いが、結果的に向こうが理由を作って納得してくれた。

 しかし、まだ飲み込めないこともあるようだ。リャーナが尋ねる。

 

「でも、なんで輝夜はいいの?」

「輝夜さんには一度見られてるので。それにアストレア様やアリーゼさんにも、事情を理解していただくために話は通しています」

 

 疑問にはルシアが答える。さらに嘘も重ねて添えた。

 輝夜もその嘘を信じ込ませるために補足する。

 

「アストレア様や団長には報告すべきと判断したのだ。とはいえ、1人くらいは気軽に肌を見せれる相手も欲しい。そういう訳で私が名乗り出た、というだけの話だ」

 

 話を通した二人ではなく、敢えて輝夜というのも今団長であるアリーゼが不在、つまりは団長故に飛び回ることがある、その忙しさを考慮すれば理屈は通る。実際は、アストレアにもアリーゼにも当然話してなどいない。そもそも嘘だからだ。

 だが、ここまで貫き通せばさすがに納得する。

 

「そっかぁ」

「じゃあ仕方ないね」

 

 ようやく身を引いたのを確認して輝夜とルシアが安堵する。

 二人は誰も後をつけていないか後方を注意しながら奥の泉へと向かう。本人がそれなりの事情を気にしているというのに諦めずに尾行するような仲間達ではないが、すぐに断念したとはいえ分かれてすぐネーゼに止められていたので、多少気を張るのは正解だ。

 

「……すまない、ルシア」

「いえ。私は大丈夫ですので」

 

 道中、ルシアに謝罪する輝夜。

 ルシアは気にしてないと首を横に振るうが輝夜は他人に厳しい分、自分にも優しくない。一度の失言はかなり猛省する方だった。

 

「今回は私の行動が軽はずみだった。皆の前で誘えばああなることは少し考えればわかったことだ」

 

 輝夜が自身を責める隣で、ルシアはゴジョウノ・輝夜というこの女性は意外に甘く、人を想う性格なのだということがわかった。

 恐らく、リューに対して当たりが強いのも、裏では彼女のことを相当気遣っているのだろう、ということも。

 

 彼女の人物像はわかったが、泉に着くまでこの調子も困る。

 というより、ルシアは輝夜が悪いなどと微塵も思っていない。原因は、全て自分だ。

 

 闇派閥(イヴィルス)に誘拐された事件の後、今後についての話し合いの場での考え方、あれこそが輝夜が持つべき正しい認識である。

 故に、その時の輝夜へと誘導しよう、そう思いルシアは自身が不利になる正論を振りかざす。

 

「そもそも私の身体が招いたことです。この身体でなければ要らぬ配慮でした。そんな身分でも、私は皆さんの仲間になりたいと、その道を選びました。ですから、これは私の責任です」

 

 淡々と口にするルシアに、輝夜は目を細める。彼女の意図に気付きつつ、ルシアを受け入れた時の自分を思い出した。

 

「……あぁ、まさにその通りだ。私がこれほど気を遣ってやってるのだから、それ相応に応えて貰うぞ」

「はい。勿論です」

 

 輝夜の言葉にルシアが表情を動かさずに頷く。

 そして、二人の足は止まった。

 

「ところで」

「あぁ」

 

 背後に気配を感じていた二人が振り返る。

 そこには木陰に隠れた、隠れ切れていない筋肉質(ガタイ)を持つエルフの男が、肩を見せている。ルシアは彼のことをよく知る。呆れを含めたジト目で追求した。

 

「マリウスくん。どこまでついてくるつもりですか?」

「……フッ。さすがは我が主(マイ・ロード)、私に気付くとは。素晴らしい限りです」

「いや、普通に変態なんですけど。私達は視線に敏感なんですよ。あと私を褒めて誤魔化さないでください」

 

 発見されると開き直ったのか堂々と出てきて平然と喋るマリウス。ルシアは元主だから表情が引き攣っている。

 そんな彼女を前にしてもマリウスは何故か食い下がろうとしない。

 

「しかし、我が主。昔はよく貴女の背中を流していたもの。貴女の身を清めるのはこのマリウスの役目……」

「もう私は自立してますよ……何十年前の話ですか、それ。いいから早く戻ってください」


「............................仰せのままに(イエス)

「なんですか今の間は。絶対覗かないでくださいよ。輝夜さんを覗いたら一生口聞きません」

 

 命令は絶対遵守である主に突き放され、マリウスがこの世の終わりのような暗い表情をする。

 



「おぉ、なんと殺生な......」


「良識です。頭おかしいんですか?」

 

 この筋肉エルフは煩悩の神にでも取り憑かれたのだろうか? 信じられないようなものを見るようなルシアの目に、マリウスも仕方なしと下がっていった。

 その背中を見届けて、様々な感情を抱えてルシアに一任、もとい丸投げしていた輝夜がようやく口を開く。

 

「……私はどこからツッコめばいい?」

「すみません。無視(スルー)してください。あれが彼の平常運転なので」

「そうか。なら二度と我々の前に連れてくるな」

「あ、はい」

 

 ルシアにとってマリウスは滅多に現れない自分を慕う者。その従順さは信頼できるし、私生活でも色々と任せられる貴重な存在。また、こうした戦場でも有能さを見せる時がある。

 が、まあ当然の返しだなと妙に納得した。あの異性に対する異様な執着がなければ良い従者なのだが。もう頼れないようだ。アーメン。ルシアは彼の顔を思い浮かべて合掌した。



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冠位魔士(グランド・メイガース)

 地上に戻ってきたルシアは、拘束した闇派閥(イヴィルス)達の送還などを仲間に任せて、先に本拠(ホーム)に戻っていた。

 そして、主神であるアストレアによって真っ先にステイタスの更新を行われている。

 

 これはアリーゼを中心に決め、全員が賛成したことだ。これからもルシアの考案能力は必要になる。つまり、戦場にも連れていくしかない。

 ならば、一番ステイタスが低く死に近いルシアを率先してその率を低くする為に動くのは至極当然の行動だ。少しでもルシアを強くしようとこまめに行っている。

 

「ルシア、今回もお手柄だったわね」

「いえ」

 

 背中越しにルシアを労うアストレア。ルシアは謙遜したように見えるが、本心で自分がよくやったとは思っていない。

 アストレアもそれは理解している。我が眷属()の態度に苦笑いした。

 

「捕獲ではなく殲滅ならもっといい作戦があったのですが……()()作戦では無いですね」

「……そうね。至らないところはあったかもしれないけれど、私は今の貴女の優しさが反映された作戦の方が好きだわ」

「そう言って頂けると有難いです」

 

 諭すように話すアストレアに、ルシアは表情が見えないことをいいことに少し曇らせる。

 ちょうどその時、部屋を僅かに照らしていた淡い灯火が収まった。ステイタスの更新を終えた合図だ。それに気づいてルシアが身体を起こし、顔を上げる。

 

「ありがとうございます、アストレア様。それでステイタスは…………アストレア様?」

「――――」

 

 振り返るとアストレアは固まっていた。目を大きく見開き、衝撃を受けたように面食らっている。

 そして、次第に口元を抑えて怯えたように震え始めた。表情も哀れみのような強ばったものになる。

 

「あの」

「えっ、あっ。ルシア……あぁ、貴女は……。貴女……。そんな、貴女は冒険者としても……っ!」

 

 声を掛けても聞こえいないどころか、アストレアは立ち上がって後退ってしまった。かなり動揺しているようで、何かを尋ねられる様子ではない。ルシアもただ困惑した。

 だが、まだ羊皮紙に写してさえいない。アストレアが何を見たのか、自分のステイタスが、その内容が分からなければ何とも対処できない。

 

「アストレア様」

「……っ」

 

 故に、再度声を掛けた。正気に戻ってもらわねばルシアとしても困る。

 アストレアはルシアの呼びかけにハッと我に返り、呼吸を荒いものから落ち着きを取り戻した。

 

「ご、ごめんなさい。少し驚いてしまって……いえ、少しではないわね。とにかく、その……」

「落ち着いてください、アストレア様。お水です」

 

 ルシアは最低限の布を被って1杯だけ水を汲んで、彼女に手渡す。

 アストレアはそれに口をつけ、角度を付けずに流した。喉を小さく鳴らし、両手を添えて半分ほど減った水を置く。

 

「それで、私のステイタスに何が追加されたのですか?」

「……っ」

 


 肩の揺らぎが緩やかになったのを確認して、ルシアが目を細めて尋ねる。アストレアはビクッと反応し、目を逸らした。

 彼女の態度からルシアは何が起きたのかなんとなくさっすることができている。

 

「な、何でもないわ。いつも通りのステイタスよ」

「……もう隠せる段階ではないかと」

「そうよね。えぇ。そうね。うん、分かるわよね。私も分かってる。でも……」

 

 アストレアがこめかみを抑えて瞼を閉じ、狼狽した後、深く息を吐く。

 ルシアの言う通り、今からでは誤魔化せない。新しいステイタスを見た瞬間、表情一つ動かず、流すことができたのなら話は別だがそんな最適解はとうに逃した。

 アストレアは諦めて羊皮紙を手に取り、ルシアと真剣な眼差しで向き合う。

 

「ルシア。貴女は特別な存在よ。きっと、竜の身体だけじゃない。もっと他にも貴女をそうさせる所以があるのよ」

「……なるほど」

 

 ルシアは自身の手のひらを見下ろす。もし、この身体以外に自身に特異性があるのだとしたらそれは後天的な要素。つまりは、忌まわしき故郷(フリテン)の系譜。

 原因究明も、納得も瞬時に片付けられた。あとは、アストレアの言葉を待つだけだ。ルシアは、彼女と視線を交わす。

 

「ルシア、これから貴女のステイタスを教えます。そして、その内容が持つ意味とこれから先に待つかもしれない過酷な運命と向き合うか、目を背けるか、一緒に考えましょう。もしも後者を選んだとしても私は貴女を全力で秘匿して……必ず守り切るわ」

 

 一つ。一つ。重く、強く、清い言葉。もう既に彼女は覚悟を決めている。

 正義と並行して、目の前の少女の為に尽くす心持ちを。

 あとは、ルシア次第。

 羊皮紙に写されたそのステイタスをルシアはアストレアから受け取り、目を通す。

 

 

 ルシア・マリーン

 

 Lv.1

 力:H101

 耐久:I68

 器用:I25

 敏捷:I22

 魔力:I46

 

《魔法》

【アヴァロン・リビヴァル】

 詠唱:【生きる者よ、死にゆく者よ。我は其方等の生を願う、その命に咲く花を枯らさない。もし、呪われし我が身を受け入れるなら。其の身体を治そう。父の呪い、塔の呪い、龍の呪いを有した我が求める。理想を身に宿し者、我の名はマリーン。我は冠位(グランド)の称号を持つ者也。花の魔術よ、命を咲かせたまえ】

 効果:

 ・対象1人。

 ・全癒。

 ・状態回復。

 ・呪詛解除。

 ・異常回復。

 ・元気復元。

 ・疲労除去。

 ・一定時間、対象者を自動回復し続ける。

 ・稀に『奇跡』を起こす。

 

《スキル》

正義寵愛(アストレア・ホールド)

 ・魔石が割れにくくなる。

 

冠位魔士(グランド・メイガース)

 ・治療師(ヒーラー)としてある段階に達した時点で、最高位の回復魔法を超越する。

 ・死者蘇生を可能とする。

 ・回復だけでなく、修復も可能とする。尚、修復は自身には使用不可。

 ・最低でもLv.9である必要がある。

 ・あらゆる魔法を使える。

 ・精霊とのコンタクトがしやすくなる。

 

 

 ステイタスを一通り確認して、ルシアは紙面から視線を上げる。

 

「なるほど。これは確かに異常ですね」

「そ、それだけ……?」

 

 内容に対して冷めた反応のルシアに、アストレアは思わず苦笑いする。そんな彼女の態度を見てルシアは再度羊皮紙を見遣るが、やはり驚きは少ない。

 自分の生い立ち(ルーツ)を想起すれば、納得はする。加えて、自身の肉体のことを考えれば今更でもあるだろう。さらに、ルシアの中ではどんな条件下でも目指すものがある。輝夜と交したものが。

 

「貴女は、神に近い力を持ち始めている」

「……!」

 

 その一言は、普段話すそれとは異なる、神性を込めた矮小な人間の域を超える声色。だがしかし、彼女らしい相手を思いやる優しい語り掛け。

 自らの主神が真剣を表したことを察知し、ルシアも目を見開いて彼女を捉える。

 ルシアがアストレアの顔を確認した時には、いつもの微笑みを浮かべていた。特に、ルシアによく向けている慈愛を添えて。

 

「と、言っても片鱗も片鱗。比較的な話になるけれど。それに、スキルに関しては今はまだ使えないようだし、貴女の特別性は今すぐどうこうといった話ではないわ」

 

 アストレアにそう告げられ、ルシアはさっきの言葉は流すことにした。そして、自分の考えが伝わった、もしくは正しいとわかって小さく何度か頷く。

 

「はい。というか、Lv.9ってなれるものなんですか?」

「そ、そうね。昔、【ヘラ・ファミリア】の団長が登りつめたとかしなかったとか……」

「事例は1人。しかも確証なしですか。確かにスキルの方は無いものと考えても同義ですね」

 

 アストレアの返答を聞いてルシアは一瞬、遠い目をした。こりゃスキルの方は使い物にならないと二人とも判断した故に。まあアストレアにとっては寧ろこれ程特異なスキルが今後関わりを持つことがない可能性の方が高いということに安堵した。

 が、安心ばかりもしてられない。問題は魔法だ。こちらは今すぐに使えて、内容も酷い。およそ、駆け出しの冒険者が持つ代物でないのだから。

 

「試しに使ってみますか」

「待ってちょうだい。せめてアリーゼ達が帰ってきてからにしましょう……?」

「あぁ。そうですね」

 

 怖すぎる行動力でスっと立ち上がったルシアに、アストレアが慌てて止めに入る。一発で納得してくれたようで、また胸を撫で下ろし、その後苦笑いした。この()は放っておいてはいけないと感じて。

 ルシアは、優れているところもあるが、欠けているものもあるようだ。

 

「ところで、【ヘラ・ファミリア】というと」

「えぇ。少し前闇派閥(イヴィルス)迷宮(ダンジョン)も、三大クエストも。【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が絶大な勢力で対抗していたの」

「三大クエスト……迷宮都市ができる前、太古に大穴から出現したモンスターですね。その内の二体をその二大派閥が討伐したとか」

「そう。そして、今よりも闇派閥(イヴィルス)も強く、活発だったわ」

 

 話しながら、アストレアは思う。ルシアは、世界を旅し、様々なものを見てきたのかもしれない。

 だが、世界の中心とも言えるオラリオや世界の危機とも言える三大クエスト、果てには世界が抱える爆弾であるダンジョンについてまでまるで知らない。長寿の種族である彼女なら都市の外でも活動し、活躍してきた2大派閥について触れる機会もあったろうに。

 

 少し、不自然な程に無知すぎる。無論、オラリオが取り巻くそれらが世界の全てだとは言わない。だが、大穴が出来てからこの神時代(しんじだい)。誰もが通る知識をルシアは備えていない。

 この違和感が不穏なものでないといいが、ルシアの場合そうでない可能性の方が、ここまでの経験上高いだろう。

 

 フリテンの王森、ルシアが口にした故郷の名。その場所にルシアに対するこの異質の正体があるのか、アストレアは引っ掛かりを覚える。

 その森を知る者、ルシアの他にマリウスの顔が過ぎる。

 彼に尋ねるべきか。いや、そもそも彼に尋ねて、答えてくれるだろうか。

 

 オラリオを取り巻く情報にルシアが精通していたのと同時に、アストレア達もまたルシアを取り巻く背景がまるで見えていない。

 せめて、もう少し腹の中を見せてくれそうなフリテンのエルフがいればいいが。そう都合よく現れる存在とは何故か思えない。

 だから、今、目の前にいるフリテン人にアストレアは尋ねた。

 

「ねえ、ルシア。貴女の故郷……フリテンはどんなところだったの?」

「急ですね」

「ごめんなさい。こんな魔法やスキルが生まれるなんて、そこに原因があるとしか思えないのよ」

「なるほど。まあ、私も同じことを思っていました。とはいえ、話せることはそう多くありませんが。あの頃といえば王森の奥、それも端っこでただ暮らしていただけのようなものでしたし」

「そう……」

 

 思い切って本人に聞いてみたが、どうもルシアにもあまり思い出はないようで、何も発見はなさそうだ。

 肩を落とすアストレアを見て、ルシアは一つだけ捻り出す。

 

「……言えることがあるとすれば、あの王森は特殊な場所でした。精霊もいたとか」

「精霊!?本当なの?」

「さぁ。私は直接見た訳では無いので。ただ、フリテン王は代々精霊から力を授かっていました。私がいた頃の王はその力を抗争(せんそう)に使っていましたが、歴代の王には森を豊かに、森のエルフらに加護を与えたとも聞きます。要するに使い手次第ということですかね」

 

 さらっと口にしたルシアだが、アストレアは精霊と聞いて瞠目しぱなっしだった。

 そして、僅かに察することができた。ルシアがいた森はこの世界において何か特別な立ち位置に()()られ、設置されているのだと。

 

 まだ聞きたいことはあるが、ルシアが羊皮紙にフリテンと文字を書き、唾を吐いて、「この話やめませんか?」と言ったので、アストレアも苦笑いで「そうね……」と応じる。

 気を取り直して、アストレアは大事なことを忠告することにした。

 

「ルシア。貴女のスキルや魔法は特別で、強力すぎるわ。そして、こんなステイタスを生み出す貴女自身に神々が興味を持つかもしれない」

「怪物から人気者ですか……。まあ私の肉体が発覚すればいくらステイタスが特殊でも手を出さないかもしれませんが」

「どうかしら。とにかく神々が貴女を狙う可能性がある。でも、今なら対策のしようもあるわ」

「対策……?」

 

 ルシアが(まなこ)だけをアストレアに向ける。

 一拍置いて、アストレアは告げる。

 

「貴女は戦わないことよ」

「……!」

 

 目を見開く。確かに、そもそもルシアがいるということを知られなければ、その特別性が発覚することもない。発覚することがなければ、狙われることもない

 合理的な回答だ。

 

「貴女が冒険者として生きるのを辞めて、ただ私達のファミリアになりを潜めていれば、少なくとも危険(リスク)は下がる」

「……そうですね。それが、きっと最適解なんだと思います」

 

 アストレアの言葉を素直に受け取る。ルシアもわかっている。故に、俯き、同意する。

 でも。

 

「アストレア様。もう覚悟は決めてあります。私は、輝夜さんと交わした約束を果たします。この身の潔白を果たし、私の人生を手に入れる為に、それは自分自身の為であって正義でなくとも正義として振りかざしましょう」

「……そう。貴女ならそう言うと思ったわ」

 

 輝夜やライラと同じ。例え己が望みでも、それを変換した偽善で救えるものがあるのならば、これ以上に良いことは無い。故に、喜んで正義を偽ろう。

 選択肢は複数あるのかもしれない。それでも、ルシアは今の道を選ぶ。逃げるのは今まで沢山してきた。もうあの日々は要らない。

 

 だから、【アストレア・ファミリア】のルシア・マリーンである為に、突きつけられた条件である正義執行、その活動への協力。アストレアと輝夜、その二人と交わした契約に従事する。

 もしかしたら輝夜も身を隠し、匿ってもらうことを承諾するかもしれない。いや、派閥のことを考えればその方がいいとも言える。

 

 彼女ならば合理的で的確な判断ができるだろう。私情に囚われない理性的な選択を、完璧にではないが、できる方ではある。それでも彼女は情がある。恐らく、【アストレア・ファミリア】の誰よりも。

 ルシアは、まだこの派閥に来て短いが、彼女をそう分析している。とはいえ、皆の前では逆の発言をしてしまうようだが。そういう嫌な役を引き受けるのも彼女だ。

 

 誰が肯定しようと否定しようと変わらない。

 ルシアは、自分で選んだ道として、彼女に提示された選択を突き進む。その先になにが待っていようと覚悟はできている。

 ただ、賭けてみたいのだ。迫害され、異端とされた自分でも、この存在の醜さを覆すことが出来るのだと。そして、人々の為になれるのだと。

 

 ―――証明してみたいんです。

 

 



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全癒

 アリーゼ達が帰還し、ルシアとアストレアはルシアに発現した魔法について説明した。その内容を耳にした彼女達は最初複雑で様々な反応をしたが、最終的には祝福し、興味津々でいつものように彼女を囲った。

 

 そして、皆でルシアの魔法を見てみようという算段になり、本拠(ホーム)の中庭に集まっている。今か今かと待ち続ける面々の中心でマリューから杖を借りたルシアが、実験体となるアリーゼに向けて構えていた。

 ただ一人、スキルについても聞かされた輝夜はその輪の外でアストレアの隣で遠巻きに眺める。

 

「アストレア様。よろしいのですか?スキルのことといい、比較的マトモだという魔法の方でさえも全癒魔法なんていう壊れぶり。私は公表するべきでないと思いますが?」

「えぇ。私もそう提案したのだけれど、ルシアが決めたことだから……後は私にできること、あの()を全力で神々から守るしかないわ」

「……なるほど。もうお覚悟をお決めになったと」

 

 輝夜が目を細めてルシアを見遣る。彼女の台詞にある含みにアストレアは苦笑いする。

 相変わらずルシアには甘いとそう暗に告げているのだろう。

 当の本人の周りで、眷属達が賑やかになる。

 

「私、全癒魔法なんて見るの初めてかも!」

「私も!」

「確か大昔に不老不死を目指した賢者だけが辿り着いたって聞いたことがある……!」

「ヤベぇ。なんかこっちまで緊張してきた。んなすげぇ代物拝めるなんてよ。チビりそうだぜ」

「ライラ、下品な表現はやめて頂きたい。ルシアに移ったらどうする。……かくいう私も初めて見るので少し興奮していますが」

 

 表に出すかどうかは各々別でも、内心に興奮を抱えるのは共通だ。

 だが、一つ疑問が生まれた。

 

「ていうか、全癒……って要するに回復魔法だろ?だったら健康体の奴にかけても意味ないんじゃないの」

「じゃ、じゃあ皆でアリーゼを攻撃する……?する?」

「……セルティ、あんたルシアが関わると時々過激になるわね」

 

 リャーナがセルティから距離を取る。セルティは何故か血眼になって必死な形相だ。

 ルシアの魔法の有用性を実証する上で、彼女の役に立ちたくて仕方ないのだろう。本人に制止されて従者のように尽くすのはやめたが、本能は抑えられないらしい。

 そんな様子を傍目にライラがここぞとばかりに悪ノリした。

 

「おっ、日頃の鬱憤を晴らすか~?」

「なっ……!?日々正義の為に尽くしているアリーゼになんてことを……!ライラ、アリーゼに恨みなどない筈だ」

「なんでお前が勝手に決めんだよ……。てかあるだろ、一緒に暮らしてりゃ一つや二つ」

「私はアリーゼに恨みなどない!」

 

 いつもの如くふざけるライラに冗談が通じないリューの叱責。各集団でやり取りを混じえる中、アリーゼが見兼ねてわざとらしく胸を張る。

 

「私は別にいいわよ!さぁ、皆かかってきなさい!全て薙ぎ倒して私が【アストレア・ファミリア】の最強無敵、加えて超~美人(ビューティ)なヒーローガールNo.1ってことを証明するわ!!」

「切り傷くらいで充分です。今日は魔法が正常に作動するかどうかの確認なので」

「痛っ!」

 

 ルシアが手頃なナイフのその刃先でアリーゼの肌にかすり傷を付ける。結果的に回復薬(ポーション)でもかけていいほどの小さなモノができた。

 ルシアはそれを確認して自分の元いた立ち位置に戻る。

 

 本人の言う通り、今回は全癒を期待するのではなく、まず回復魔法として最低限効果が表れるかどうかを試したいのだ。

 故に、正常に使えるかもわからない魔法を頼りに大怪我を負ってもらっては困る。結果、治せませんでしたでは一大事になってしまう。

 

「では、行きます」

『……っ!』

 

 他の面々とは異なり冷静に事を始めようとするルシアに、心の準備が間に合わない【アストレア・ファミリア】の団員達は喉を鳴らす。

 ルシアは杖を構えた。そして。

 

「【生きる者よ、死にゆく者よ。我は其方等の生を願う、その命に咲く花を枯らさない】」

 

 思い浮かべるは桃源郷。思い馳せるは満開の花畑。花弁が風に囁かれ、花びらが散り、空に舞う。その景色の中に聳え立つ白亜の塔が目を奪う。それは理想郷。

 ルシアが脳裏に焼き付けたその光景のように現実でもルシアの足元に淡い桃色の花が咲く。

 

「【もし、呪われし我が身を受け入れるなら。其の身体を治そう。父の呪い、塔の呪い、龍の呪いを有した我が求める】」

「えっ」

「何、どうかした?リャーナ」

「あっ。いや。この魔力……」

 

 詠唱の途中、リャーナが顔を顰める。

 ルシアの様子が変だと同職が気付いた。そこで、アリーゼを始めとして皆がハッとしてルシアに注目する。

 一人、セルティだけは魔力が異常成長気味に膨れ上がるルシアに見惚れていた。

 

「うん……凄い……」

「凄いっていうかこれおかしいよ!やっぱり全癒魔法なんてLv.1が使うものじゃないってて!」

「……っ、ルシア!」

「待て、団長!今止めれば魔力暴走(イグニス・ファスト)を起こすだけだ……!」

 

 止めに入ろうとしたアリーゼを輝夜が制止する。

 もう見守るしかない、それを察し、誰もがルシアをただ深刻な面持ちで見つめる。その間にルシアの詠唱は最終段階に入る。

 

「【理想を身に宿し者、我の名はマリーン。我は冠位(グランド)の称号を持つ者也。花の魔術よ―――」

 

 魔力が高まり、ルシアの足元にマジックサークルの代わりのような花畑ができた。神秘的な雰囲気を纏い、誰も近づけない異様さを放つ彼女が途中から詠唱をやめてしまう。

 だが、魔力暴走(イグニス・ファスト)どころか高まっていた魔力すら一瞬で消失してしまった。

 

 加えて、本人は俯いてしまい、微動だにしない。

 暫くは皆待っていたが、徐々に様子が変だと気づく。詠唱も再開せず、さすがに訝しんだアリーゼがルシアに駆け寄った。

 

「ルシア……?大丈―――っ!」

 

 声を掛けたアリーゼが瞠目する。

 

「し、失神してる……」

『……っ!?』

 

 アリーゼの呟きに一同が驚愕する。

 そして、狼狽した。

 

「えっ」

「き、気絶したってこと……?なんで?」

「一体何が起きたのですか、アリーゼ!」

「ルシア……っ!」

 

 皆が困惑する中、リューと輝夜がルシアの近くに来た。来てすぐ、その症状に目を見開いた。

 輝夜がそれを口にする。

 

「マ、精神疲弊(マインドダウン)……だ、と」

「馬鹿な。詠唱の途中に!?」

『……!?』

 

 リューが叫んだことで全員が状況を理解した。それと同時に共通認識が生まれた。今目の前に起きている事柄は異常だと。

 詠唱を中断したのにも関わらず、魔力暴走は起こさず、沈黙した。

 間違いなくLv.1が持つには過ぎた魔法。扱い切れるか不安はあったが、この結果は予想していなかった。できるはずがない。特異すぎる。

 

 強力な全癒魔法がそうさせたのか。ルシアがそうさせたのか。

 そもそもなぜそんな代物が彼女に身についたのか。ハイエルフだから、というだけで納得できる域をたった今超え始めた。ただ強力な魔法が備わっただけではないことはもう流石に誰もが察することができた。

 だから、力のある者、アリーゼや輝夜、リュー以外は彼女に近寄らない。本能で察する不気味さと恐怖があるからだ。

 

「……」

 

 俯いて動かなくなったルシア。

 騒ぎ立てていた最初とは真逆の静まり返った緊迫感ある空間で、未だに癒えていないアリーゼの切り傷から流血が垂れ落ちた。その血滴だけが音を立てて葉を伝う。



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正義問答

 日射しが差し込み、温もりを感じる昼下がり。

【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)の寝台でルシアは、アストレアと輝夜から一連の説明を受けていた。ルシアは一通り聞いて俯く。

 

「そうですか……。私は詠唱途中で精神疲弊(マインド・ダウン)。そして、遂に私に何かあるのではないかと警戒されつつある……と」

「そういうことだ」

 

 ルシアの反復に輝夜が相槌を打つ。

 

「大方お前の出身について訝しんでいるのが大半だ。リオンやセルティがうちのファミリアにいたのは好都合だった。ハイエルフを少しでも知る奴らがいたからこそ、話は()()()に進行した。……だが」

 

 語尾に付け加え、輝夜は目を細める。ルシアと視線を交わして瞳で訴えた。

 続きを言葉で表すのは、アストレアだ。

 

「ルシア。貴女は半竜(ハーフドラゴン)という以前に私たちが思っていたよりも問題を抱えているわ。いえ……貴女の想定もきっと超えている」

「それは、つまり」

「ドラゴンということを完璧に隠し通していても、今の貴女じゃ他の要素から綻びが起きて、二次的に()()()()の秘密まで露呈しかねない」

「……!」

 

 目を見開くルシア。

 アストレアの言うことは最もだ。

 もうルシアも二人が何を言いたいのか分かった。それでも、今度は二人できちんと言葉にする。

 

「今はまだお前が通常のハイエルフではないかもしれない、その程度で論は留まっている。だが、もしもハイエルフを良く知る者が現れ、お前がハイエルフとしてどれ程の特異性があるのかその全てが解明されたならば……」

「その時にその特異性で説明できないことが起きたら、今度こそ貴女は隠れ蓑を失い、切れる手札がなくなる。最後には、もうその正体を晒すしかない、そういうことになるわ」

 

 思い浮かべるのは【ロキ・ファミリア】に所属するハイエルフ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】。最悪なのは彼女の目に止まり、少しでも何かしらの疑惑を持たれればエルフ全体の疑心がルシアに集中すること。

 輝夜とアストレアは主にそれを危惧している。

 

 特に、【アストレア・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】と交流がある。例えそれが暗黒期において闇派閥(イヴィルス)という共通の敵がいる間だけだったとしても、ルシアがもし正体が発覚したその時の為に今から名誉を築こうとしても危険(リスク)が大き過ぎる。

 

 彼らと密接にあり、常に綱渡り状態で危険と隣り合わせなどとてもじゃないが二人は承諾できない。

 その事を理解してルシアは項垂れた。

 

「なるほど……要するに、ここで契約満了(ゲームオーバー)という訳ですか」

「いいや。契約中断(それいぜん)だ。手遅れになる前に、お前はもうここで立ち止まれ。ルシア」

「……っ」

 

 輝夜に告げられ、ルシアは唇を噛み、被っていた布を強く掴む。

 

「私は……わた、し……は……っ」

 

 瞼を閉じて、想起する。輝夜がくれた機会。あの話し合いの中で誓ったこと。

 ルシアは、あの時の気持ちをもう一度胸に抱いた。挑戦したい、輝夜が提示した可能性の先を叶えてみたい。

 

 それは、前より強く、強く在る。

 手が届かなくなってきたからこそ、余計に渇望する。故に、まだ諦めきれない。

 ルシアのそんな態度を言葉はなくとも感じ取った輝夜は、彼女に飲み込んでもらうために猶予をやることにした。

 

「……良いだろう。諦めがつかないなら、最後に見回り(パトロール)だけ連れて行ってやる。その間に気持ちに整理をつけろ。いいな?」

「……はい」

 

 頷くしかない。元々なかった機会(チャンス)だ。それを喪失した責任は自分にある。

 仕方がない。そう、割り切れたら楽だろう。

 もっと前もって予測し、報告すべきではあったが、自分の把握していないところで自己の意志とは関係なく発現した魔法に追い込まれ、少しだけ納得がいかない。

 

 それでも承諾するしかない。そういう立場にいる。

 ルシアは、輝夜に連れられて巡回に出た。

 そして、リューとライラと合流する。俯き加減なルシアがリューは気にかかった。

 

「ルシア?どうかしたのですか。暗い顔ですが」

「気にするな。直に解決する」

「……何故貴方が答えるのです、輝夜」

 

 至極真っ当な指摘を輝夜は無視してルシアを連れる。

 そこに、一人の男神(おがみ)が声を掛けてきた。

 

「―――リオンちゃん」

「……っ!」

 

 名指しと声の抑揚。アリーゼから聞いた話で警戒していた輝夜とライラが、リューの視界に入らない立ち位置で目を見開いて反応する。

 ルシアはただ疑問符を浮かべてリューと共に振り向いた。リューがその男神の姿を確認して尋ねる。

 

「貴方は……神エレン?」

「奇遇だね。また街の巡回かい?さすが正義の眷属だ」

 

 リューに気付いてもらうと同時に、わざとらしく語りかけてくる一人の男神。

 尊敬や賛辞は表面的、含みと皮肉が見透かせる彼は以前、アリーゼとリューと接触し意味深な持論を少しだけ展開して去っていったと聞いている。

 

 神ならば一癖二癖あり、持ち前の全知をひけらかし下界の人間(こども)に、答えをしっておきながら惑わすことを好んだりする厄介な存在でもあるが。目の前の彼は一際その中でも異質、意図が読めず、だからといって完全な善良とも判断できない。

 含みのある言い方を好む皮肉魔、捉えどころがない。

 

「あらあら。どらら様ですか、この男神様は?神なのにいまいちぱっとしないので、感想に困ってしまいます」

「アリーゼが言ってた、例の胡散臭い神ってやつだろ?あの大した金もねえ貧乏神の」

 

 前回はアリーゼ。今回は彼女の代わりに輝夜とライラ、そしてルシアがリューについている。底が見えないエレンに対して、アリーゼから聞いた話も統合し、二人は辛口を浴びせた。

 

 対するエレンはリューを見かけて声をかけた為、連れが見えておらず、今日も彼女を庇う存在がいることを確認して一瞬目を見開く。が、すぐに口撃を認識して情けない崩れ顔を見せた。

 

「ひゅー!初対面なのに辛辣ゥ!一応神だからもうちょっと敬意をもってくれるとお兄さん嬉しいんだけどなー!」

 

 攻撃的な態度だがそれを包む上辺の口調で話す輝夜と、攻撃性の意図はないが印象という名の酷評を直球で告げてくるライラ。その二人の対応にエレンはちょっぴり涙を浮かべた。

 加えて、神のプライドが傷ついたのか、あるいは印象と違った彼女達に思うところがあったのか、指摘してきた。

 

「神々の中でも純潔神(アルテミス)に並ぶ善良派+彼女より遥かに穏やかなアストレアの眷属でしょ、君達!?もっと淑女しようよー!」

 

 エレンはアルテミスの名を口にし、彼女を脳裏に思い浮かべて、その眷属との結び付きの不整合さを嘆いた。主神を知る様子の彼に輝夜が尋ねようとしたところ、先にルシアが口を開く。

 

「お言葉ですが」

「……っ!?」

 

 ずっと輝夜の影に隠れていたルシアが、ひょこっと身を乗り出してエレンと対峙する。ついさっきこれが最後の巡回で、これからは雲隠れするように告げたというのに、怪しげな神の前に躍り出たルシアの目立つその行動に輝夜が瞠目する。

 エレンも、小さな体躯で声も発しなかった彼女の事は蚊帳の外に置いて認識していなかった。

 

「ん?」

 

 目の前に出てきて見上げてくるルシアをエレンは少し驚愕も含んだ面食らった表情で見下ろす。輝夜やライラには、その態度は表裏のない素の反応だとここまできて初めてそう目に映った。

 エレンと向き合うルシアが締めていた蛇口を一気に捻った時のように語り始める。

 

「女としての在り方は他人に強要されるモノではありません。また、性別の固定概念……所謂偏見はやめてください。アストレア様も私達も勝手な印象(イメージ)を持たれて落胆されても迷惑です」

 

 淡々と告げるルシア。それはさらに続き、紡がれる。

 

「それに、アルテミス様という女神様のことは存じ上げませんが、神であろうと本人のいないところで本人を語るのもあまり良い気持ちがしません」

 

 決して感情を露わにしてる訳ではなく、真顔でただ諭すように主張を並べた。相手が例え神であっても、億さず否定すべき否定する。それも冷静に。

 逆に、相手が神だからこそ淡々と、隙は見せない。

 

 感情を激化させるのはこっちの負けだ。それをルシアは理解している。まあまだ爆発させる段階ではないが。話はそこまで進んでいない。

 突然の発声に驚愕を突かれ、呆気に取られていたエレンが遅れを取り戻し、我に返って愛想笑いを貼り付けた。

 

「あー……君、喋れたんだ?それも沢山。他の二人が話し出しても黙ってたからてっきり失声なのかと思ってたよ」

「心外です」

 

 端的に返すルシア。先程からこの男神の文句には引っかかりを覚えていた。

 故に、我慢できなくなった。そして、少し怒っている。

 

 そんな感情に振り回され、欲求を優先してしまったルシアを輝夜が表向きではにこやかに男神と向き合いながら、足元でルシアを小突くように蹴る。今日からの自分の立場を弁えて、無駄な面倒事を起こさないよう出しゃばるなと暗に告げている。

 

 ルシアはその意図を汲み取り、ギョッとした。

 横目で少し覗いた輝夜の表情の奥から苛立ちが読み取れたからだ。

 ルシアはすぐに目を泳がせてどもる。

 

「き、今日は少し事情がありまして……」

 

 動揺するルシアが一歩下がる。それと同時にエレンに声を掛けられたリューが彼に尋ねた。

 

「ところで神エレン、何かご用ですか?」

「いや?フラフラ歩いてたら()を見かけたからさ、暇潰しに話しかけてみただけ」

 

 質問の返しに適当な内容が戻ってきたため、リュー達は少し顔を顰めてなるほどと色々飲み込みながら見上げたり目元を抑えたり、視線を外したりした。

 輝夜は、こういった時に物怖じせずに正直に感想を述べる。

 

「神の暇潰しほど面倒なことはのぅございますねぇ」

「申し訳ありません。貴方が言った通り、我々は巡回中です。失礼させてもらいます」

 

 輝夜に便乗してリューもこの場を後にしようとした。

 が、彼女達がエレンに向けたその背中を聞き逃せない囁きがつついてきた。

 

「……その巡回ってさぁ。いつまで続けるの?」

 

 ただ疑問を漏らした、それだけとは捉えられない含みを感じ、不快感を催した一同は振り返る。

 リューは顰めた表情で目を細める。

 

「どういう意味ですか……?」

「言葉通りさ。毎日、君達はこの都市のために無償の奉仕をしてる。じゃあ、君達が奉仕しなくなる日って、いつ?」

 

 夕日が傾き始める。淡く、なのに直視できない陽射す背景にエレンが立つ。

 彼が投げかけ、提示した疑問にリューは自信を当然のように持って答える。

 

「……無論、『悪』が消え去るまで。都市に真の平和が訪れた時、私達の警邏も必要なくなるでしょう」

 

 言い切るリューに、エレンは鋭く自身の見解を差し込んできた。

 

「君達の正義感が枯れるまで、じゃないんだ?」

「……何が言いたいのですか?」

 

 エレンの否定を揶揄しているのにそれを含みにし、表向きにしない物言いにリューも目付きを厳しくする。

 その視線を飄々と受け流し、エレンはリューから誘い出したかった意見の提示請求に口角を上げる。合法的に許可を貰ったのをいい事にエレンは自己の見解を羅列する。

 

「見返りを求めない奉仕ってさぁ、きついんだよ。すごく。俺から言わせればすごく不健全で、歪。だから、心配になっちゃって……」

 

 言葉とは裏腹に冷たい瞳で視線を落としたところからリュー達へと移動させる。

 頭を搔く癖も止まり、異なる雰囲気……否、彼の本心が滲み出てきた。声音も低い。

 

「君達が元気な今のうちは、いいかもしれない。でも、疲れ果ててしまった時、本当に今と同じことが言える?」

 

 対象がリュー単体から正義の眷属その全てになったところで目敏く輝夜が突っかかる。

 

「……男神様?わたくし達にいちゃもんとやらをつけたいので?」

「まさか。俺は君達のことすごいなぁって思ってるよ。いや本当に。俺には絶対できっこないことを、誇りさえもって臨んでいるんだから」

 

 遠い目をしてエレンは彼女達が今口にしている正義の行く末に思い馳せ、恍惚とした表情を浮かべる。

 

「君達が儚く崩れ落ちた光景を見た時……とても悲しくて、そして禁断めいた興奮を抱くんだろうなぁって……そう思う」

「……っ!」

 

 勝手な想像を自分たちを消費され、さらには劣情の対象とされている。リュー達は悪寒が走り、目の前の神に恐怖や不快、様々な嫌な感情を抱いた。

 そうして改めて、実感する。

 

 この男は神なのだと。彼にとって下界の、そこに住まう存在の全ては娯楽で、鑑賞しているに過ぎないと。

 所詮は他人事で、今を必死に生きる彼女達にとって水を差す観客でしかない。その欲に塗れた視線に当てられる方は溜まったのでは無い。

 それを直接肌に感じて尚、即座に意見できるのはライラだ。

 

「いい加減、不愉快になってきたぜ。神様。うちの武闘派はどっちも沸点が低い猛犬なんだ。噛みつかれる前にちょっかいかけるのやめてくんね?」

「へぇ~いいね。蛇の道も知ってそうな、その冷たい瞳。君みたいな子がいるから、正義の派閥も破綻せず廻るんだろうな」

 

 ライラに面と向かって強く含みを込めた注意を受けても、エレンは飄々と躱し、当たり前のように通常運転で無許可の分析で返した。

 その態度に苛つく同時にこの相手にはマトモな対話は無理だと今のやり取りで理解したライラは、相手に求めるのをバッサリと諦めて、踵を返す。

 

「いくぜ。リオン、輝夜、ルシア。構うだけ手の平の上で転がされるだけだ。神の娯楽に付き合う義理はねえ」

「あーごめんごめん!じゃあこれで最後にするよ。質問に答えてくれたらちょっと意地悪なお兄さんはここから消える、約束しよう」

 

 ライラの最適な対応に焦ったエレンが急いで呼び止め、公約まで口にする。

 相手が相応の譲歩を見せたため、甘さがあるリューがつい反応をあげてしまう。

 

「……その質問とは?」

 

 エレンの都合にあった、彼から見た場合に優しさと捉えられるリューのその要素に輝夜達が少し呆れた目線を送るが肝心の本人は認識の外に置いている。

 食いついてきたリューにエレンがしめたと眉を一瞬動かす。リューが仲間と一緒だと思うように彼女を誘導できない。話を上手く展開できない。だが、せめて最後に縋ってでも、彼女を揺らがせる為に絶対にそして最低でも必要な投げかけをしたい。それが。

 

「『正義』って何?」

 

 ほんの短い、そして単純で今更な、前提を問う疑問。正義の定義。そんな立ち返る必要も無い程に過去に置き去りにしてたことを、わざわざ掘り返してきて今になって持ってきた。

 正義の眷属達は訝しみ、この男神が何を思ってそんなものを投げかけてきたのか。思惑が理解できず、顔を顰めた。

 エレンは、そんな彼女達の反応を全く気にも止めず、補足する。

 

「俺はさ、今とても考えさせられてるんだ。下界が是とする『正義』って何なんだろうって。全知霊能(ぜんちれいのう)の癖に、未だ下界に提示できる絶対の『正義』ってやつに確信を持てない。ま、それは俺がしょーもない事物(モノ)を司ってるせいかもしれないけど」

 

 放っておけば次々と紡ぐエレン。系統(ジャンル)の違いが、正義への疑問に繋がると告げる。そして、疑問は疑念になる。

 そこに彼女達を導き、答えを聞きたい。

 

「でも、だからこそ君達に聞いてみたいんだ。正義を司る女神、その眷属たる君達に」

 

 それらしい理由をつけてリュー達を捉えるエレン。

 対して輝夜とライラ、ルシアは相手が特に意味もなくまたは自分達下界の人間には探れない意図を持って話しかけてくるが故に応じるだけ無駄だと判断する。ライラは自分たちと同じように無視を選択するようリューの肩に手を置いた。

 

「相手にすんな、リオン」

「言えないの?やっぱり分かってないのかな?自分達が掲げているモノでさえ」

 

 ライラの最適解にエレンも手を打つ。わかりやすいほどの挑発だが、この中で一人には効果的面だと理解しているからこその一手。その文句を発した時点で他の三人はリューの制止を諦め、ライラは心底面倒くさそうな表情を作った。

 案の定、リューだけがエレンに噛み付く。

 

「……っ!いいでしょう、その戯言に付き合います。答えなど決まりきっているのだから」

「ならば、『正義』とは?」

 

 自信溢れ、断言するリューにエレンは即座に同じ質問を重ねる。

 リューはそれに対して答えを提示した。

 

「無償に基づく善行。いついかなる時も、揺るがない唯一無二の価値。そして、悪を斬り、悪を討つ。―――それが私の正義だ」

 

 言い切るリュー。

 傍目に聞いていた輝夜は、表情に変化は無いが鼻を鳴らし、内心で彼女を愚か者めと憐れんだ。ライラもこの神の狙い通りだと怠そうにその辺を見上げた。

 ただ、ルシアだけが異なる反応を見せる。

 

「それは正義ではありません、リューさん」

『……!?』

 

 エレンがしたくて仕方なかった否定。そこにリューを連れてくるまで遠回りまでしたというのに。

 彼より先に口を開き、それどころか味方であるというのに否定までしたルシアにエレンだけでなく他三人の注目まで集まる。それでも、物怖じすることなくルシアは平然と自論を展開し始める。

 

「暴力は手段であって本質ではありません。悪を討つことそのものが主目的(メイン)ではなく、力のない人々を守る方が重要です。奪う者を断罪するのと理屈は同じ。こちらも奪ってばかりでは、何も解決しません」

「ルシア……な、何を……」

「これは驚いた。まさかリオンちゃんの論を仲間である者が否定するとは。君、名前は?」

「ルシア・マリーンです」

 

 エレンに聞かれ、堂々と名乗るルシア。

 その名に少しだけ反応したエレンは出しゃばってきた彼女を先に標的として潰そうと狙いを変える。

 

「マリーン……へぇ。じゃあ君にも尋ねよう。君はリオンちゃんの掲げるモノは正義でないとした。ならば、そんな君にとっての『正義』とは?」

 

 リューへの問いと同様のもの。ルシアは眉をピクっと動かしてやがて、答えを提示した。

 

「……その問いに答えはありません」

「は?」

 

 答えを聞かせろと尋ねたというのに答えは無いという。

 根本から覆したその返答は、屁理屈のようにも捉えられる。皆が豆鉄砲を食らったように唖然とする中で、エレンはいち早く正気に戻って彼が思う優男の愛想笑いを作る。

 

「オイオイ。正義の眷属が正義を分からないだって?じゃあ君達のこの無償の奉仕は一体なんだ。ますます気味が悪いじゃないか」

 

 理由がないなら得たがしれない。珍しく、というよりここまでで一番エレンが的を射た発言をした。

 輝夜達も内心では初めてこの神に同意に近いモノを抱いてルシアの説明を待つ。

 当の本人は、ゆっくりと瞬きした後、しっかりとエレンの瞳を目で捉えて真っ直ぐとした目線でハキハキと発言を続ける。

 

「『正義』に、答えはありません。ただし、『悪』には答えがあります」

「……っ!」

 

 追加で論を展開したが、まるで会話は成立していない。エレンの指摘(レス)を完全に無視している。

 ルシアの中に何か思惑がある。敢えて、下手な対話(コミニュケーション)をしている。彼女もまた、自身と同じように、それより強引だったとしても()()()へ誘導しようとしている。

 エレンも神だ。そのくらいの読み合いはわかる。だがしかし、その内容が全く見えてこない。それがマズイ。

 

「なぜ一方にはあって、一方には無いのか。それは、悪が簡単だからです。そして、その簡単さが人を容易く悪に導いてしまう所以」

「……!」

 

 リューが目を見開く。

 エレンが置いてけぼりをくらっているのをいい事にルシアがさらに勝手な方向に進めていく。

 

「『正義』とは、答えがないこと。それは悪ほど単純ではないからです。故に、その難しい道を選び、正義を考察し続ける者達は賢者と呼ばれます」

「なっ……」

 

 ここにきて、急な展開の収束。無理やりに思えて確かな合致。エレンが作った表情は崩れ、頬をひくつかせる。

 ルシアの滅茶苦茶な進行は意外にも納得できるところに落ち着き始めた。そして。正義とは何か、その最終回答を告げる。

 

「つまり、正義とは何か断定してはいけない。これが私の答えです」

 

 少し狡い、それでもまかり通ってはいる。ルシアの回答に誰もが瞠目する。

 ルシアの答えと自身のものを内心で比較したリューが俯き、目を泳がせる。そんな何か思うことがある彼女にルシアは近寄り、リューがルシアをハッとして見る。

 

「大丈夫です、リューさん。私のこの論が必ずしも絶対ではありません。同時に、この男神様の反論が正しいとも限らない。知能の数だけ意見はあります」

 

 今、ここで正義とは何かその結果が判明する訳でも、議論したことで模範解答が生まれる訳でもない。

 人だろうが神だろうが集まって何を発信してもこの場では正義という学問に対する一意見しか出てこない。

 

 ルシアはそう伝えることで、リューと自身の回答が異なり、どちらが耳心地良く聞こえたとしてもそれが全てではないと理解して欲しかった。

 当然、最初にリューの意見を否定したことも必ずしもルシアが正しいとは限らない。

 

「私達個人個人は生涯をかけて考えていくしかありません。もしその結果、辿り着かなかったとしても、研究は受け継がれてゆくもの。だから、人は群れるのです。そこに、意味があるから」

 

 そこまで述べでみせたルシアにエレンはようやく合点がいったと目を細めてルシアを捉える。

 

「ルシア・マリーン……そうか、君かぁ。道理でヴィトーが遅れを取る筈だ。アストレアの派閥に、そう聞いた時は驚いたが、君がいたなら納得だ」

「何の話ですか?」

「なんでもない。聞き流してくれ。それよりも、君は『悪』には答えがあると言った。その内容は一体―――」

「さて、これ以上油を売っている時間はありません。皆さん、行きましょうか。エレン様も外は危ないので、どうかお気をつけて。では」

 

 エレンが追求しようとしたのと同時にルシアはそれを遮るように少し声量をあげて彼に背を向ける。

 

「あっ。無視しないでぇ!まだ君の話深堀りできるよぉ?まだ終わってないからさ、このやり取りだけ最後までお兄さんと付き合ってくれないかなぁ!?」

「そうですか?私としてはもう何も言うことありませんが。それとも、私の発言に私ですら把握してないことがあると?まあ、なんて素晴らしい。さすが神様、とても聡明なんですね。私にはとてもとても……頭のな足りない私にはこれ以上はついていけません。あぁ残念」

 

 ルシアの背中に涙を浮かべながら呼びかけるエレンに、ルシアは演技がかった過剰な物言いで対応する。しかもそうして受け流し、相手をせずにそのまま足も止めない。

 先々とこの場を後にしようとするルシアを一人にする訳にもいかず、輝夜は彼女に付き添い、ライラもこりゃちょうどいい立ち去る機会だと感じてその後に着く。

 

 一人残されたリューだけがエレンもルシア達を交互に見る。エレンの指摘や発言、彼とのやり取りでの心残りなど様々あるが、一人残されるのも勘弁だ。

 そんなリューの背中を後押しするようにルシアが振り返りもせずにエレンに言い放つ。

 

「エレン様。もし何かまだ意見があるのでしたら、ここら先は到底私には理解できない領域ですので論文にでもして然るべきどころにご提出なされるとよろしいかと。まあどこの誰ともしれない小娘への論が大衆の目に止まるとは思えませんが」

「……」

 

 言い残すルシアにリューが彼女の後ろ姿を目に焼きつける。そして、自然と足は仲間の方へと向かった。

 残されたエレンは、正義の眷属達の視線が失せたのと同時に鋭い目付きへと変貌し、小さいエルフに唇を噛む。

 肩を並べてそそくさと退散する一行の中で、輝夜がルシアの肩を突く。

 

「……やるではないか。正直良い気分だ。あまり目立つ真似はするなと言いたいところだったがな」

「ありがとうございます」

「ちょっとスカッとしたぜ、さすがルシアだな」

「いえ」

 

 輝夜とライラに褒められ、ルシアはただ相槌を返す。

 一人、数歩遅れて着いてくるリューにルシアは振り返ってその思い悩む彼女を少しだけ眺めて、声を掛けることにした。

 

「……」

「リューさん。早く行きましょう。こうしている間にも罪のない人々が脅かされているかもしれません」

「……っ!は、はい。それは……そうです、ね……」

 

 軽く説得して足早にさせる。リューも駆け足で追いついて四人は共に巡回へと戻った。

 計画の重要な役割(ピース)を担う人物を選ぼうと、もう第一印象(ファースト・コンタクト)であの生真面目な金色長髪のエルフに最終調査を仕掛け、弄ぼうとしたエレンだが、思わぬ伏兵が正義の眷属達には紛れ込んでいた。未だ、一番の候補は譲らぬが、あの小さなエルフもある意味では悪くない。

 

「―――あぁ。なるほど。クソ。してやられたな。適当言ったな?あの女」

 

 ただ、今日の勝負(コミニュケーション)は完全敗北だ。エレンは自覚した。

 あのエルフは存外やる。生真面目さ、現実の認知、狡猾さ。他の眷属が備えているものをある程度ではあるが網羅している。恐らく人生の経験値が違う。

 

 神に嘘は通用しない。だが、彼女は適当を言っただけで全てが嘘ではない。その時思いついた本音とも言える。だから、気づけはしたが少し時間(ラグ)かかった(あった)

 そして、彼女は自分の発言を明日には忘れているだろう。



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御下がりは最高でお揃いは正義

「はぁ~!?全癒魔法が発現して詠唱途中に精神疲弊(マインドダウン)で倒れてこれからは自粛することになったぁ!?」

「はい」

 

【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)にて、訪問してきたルノアが居間のテーブルについていたところ、事情を聞いて机を叩いて大きな音を立て身も乗り出す。

 向かい側に座っていたルシアは簡単に頷いた。

 

「はいってあんた……それでいい訳?正義の為に活動して名誉を得るんだーって張り切ってたじゃん」

「えぇ、まあ……そうなんですけど……」

 

 ルノアの指摘にアストレアが応じる。同じく隣にいた、青筋を立てている輝夜を添えて。

 

「ルシアも最初は嫌がっていたのだけれど、三人で沢山話し合って最終的には私達が納得させてしまったの」

「あら、えらい元気なこと。声の仕事にでもついたらええんとちゃいます?ちょうど【ガネーシャ・ファミリア】が募集してた気がします、応募されてみては?」

「おい。もうそろそろ嫌味だって分かってきたからな?」

「なら黙れ。人様の本拠(ホーム)で声を張りあげる方が非常識だろう。それとルシアの件は仕方ないことだ。我々とて好きで縛り付けている訳では無い。これもルシアの為だ。既に本人の理解も得た」

「うっぐっ……」

 

 これに関しては輝夜が正論。ルノアも言い返そうとして口篭り、やがて押し黙る。

 そのやり取りを制止しようとしていたアストレアが鎮火したのを見て、安心したがいつまた爆発するか分からない様子に困ったように眉を顰めて自身の頬に手を当てる。

 不満ありげで消化不良だが、ルノアは気を取り直して頭の後ろで腕を回し、ルシアの自粛を嘆く。

 

「ちぇー、せっかくルシアをデートに誘おうと思ったのに今日どころかこれから先一緒に出かけらんないのかよ」

「……?デート、というのは逢い引きですよね。それは異性間でするものでは」

「なんだ、知らないの?女友達でも言うだよ」

「ほう。あぁ、なるほど。そういう……」

 

 ルノアに教わり、そこから文脈を分析。流行の表現、その文化を解読した。が、恐らくそんなに内部を分解する必要はない。

 ()()()()()()だと深いことを考えずに飲み込むのが正解だ。そこもルシアは頭ではわかった。

 

「良いですね、私も行きたかったです。ルノアさんとデート……」

 

 俯いて耽るルシア。もう叶わぬ光景をその瞼の裏に浮かべているのだろう。目を細めて、何もない所を見つめている。

 その様子を見てルノアはいたたまれなくなってきた。

 

「ねえ、別に私用で出かける分にはいいんじゃないの。何も一生引き篭ってろってのはやり過ぎでしょ。要するに魔法がダメって話なら、使わなきゃいいじゃん」

「そういう問題では無い。使用するかは関係ない。発現すること自体が問題だ」

「だったらこれからはステイタス更新しなきゃいいじゃん!」

「ええい!馬鹿め。ああ言えばこう言う、屁理屈を述べるな!」

「輝夜、落ち着いて……?」

 

 段階的に激化するルノアと輝夜の口論が、もはや建前の温厚な輝夜の口調を蹴破る勢いで荒っぽいものになっているレベルにまでなって、見兼ねたアストレアが苦笑いしながら止めに入る。それに、ルノアの意見もあながち間違っているとは思えなかった。

 アストレアは、輝夜に提案する。

 

「ねえ、輝夜。ルノアの言う通り、出かけるくらいはいいんじゃない?」

「おや、アストレア様。今の治安をご存知ではありませんか?自ら戦いに行かなくとも私用で歩いてるだけで危険に巻き込まれる。オラリオは昔とは違います」

「それは……」

 

 輝夜の反論にアストレアは言葉に詰まってしまった。自分の方が筋が通っている、それが確定して輝夜はアストレアから目を背ける。

 輝夜と一緒に諭してきたアストレアが、ルノアの登場で譲歩してくれた。

 

 自分の為に輝夜に掛け合ってくれた彼女を見てルシアは、前とは違って輝夜の方が完全に正しいと頭では理解しつつも、少し勇気を出して彼女に頼んでみることを決める。

 顔を上げて、輝夜と向き合った。

 

「……あと1回」

「何?」

 

 声が小さいながらも輝夜は聞き取れて、だがその内容に敢えて顔を顰めて聞き直す。

 ルシアは、上唇と下唇をキュッと結んだ後、もう一度声が震えながらも握り拳を作って申告する。

 

「あっと1回だけ許してください……私はまだルノアさんと遊んでません。私は……っ!オラリオに友達を、作りに来ました……」

 

 たどたどしく言葉を紡いでいく。

 誰もその邪魔をせず、黙って受け入れ続ける。ルシアもどんなに不格好でも、思うように発せなくても、決してやめはしなかった。

 

「ルノアさんと出逢えた時点で私の目的は達成しています……だから、これ以上は求めません。でも、最後にルノアさんとでーとだけは……行きたいです。お願いします」

 

 輝夜に頭を下げるルシア。対する輝夜は、さらにその表情を顰めながら押し黙る。恐らく、彼女の中で熟考しているのだろう。表には出ないが、ここまでの付き合いでルシアにはわかる。

 輝夜は、頑固なようでどんな物事にも脳内で一度試行(ワンクッション)を挟む。外部からはそれがわかりにくいだけだ。

 

「……まあいいだろう」

 

 暫くして輝夜が渋い顔をしつつ承諾した。

 その返答を聞いてルシアが目を見開き、ルノアが表情を明るくする。

 

「……!」

「よし!やったじゃん!」

「はい!」

 

 背中を叩いたルノアにルシアも満面の笑みで返して二人でハイタッチする。

 ただルノアはまだ納得していない。

 

最後の1回(ラスイチ)ってのは癪だけどなぁ」

「これでも譲歩した方です。不満があるなら撤回してもよろしやす、いかが致します?」

「あー!嘘嘘!寛大なご慈悲感謝致しやす。ハハ~」

「馬鹿にしてはりますよね?おい、貴様」

 

 輝夜が笑顔を張りつけたまま掴みかかる勢いで、迫ろうとしていたが、ルノアはそれをヒョイと躱す。

 危な~と口ずさみながら長椅子に座るルシアの後ろに回った。背後からルシアの顔を覗き込む。

 

「よっしゃ。早速行こうよ、ルシア」

「あ、あの準備してきてもいいですか?少し着飾ろう(オシャレしよう)かと」

「……?別にいいじゃん。今のままで」

 

 下から上まで普段通りのルシアを目で追って、ルノアがキョトンとした表情を浮かべる。

 対してルシアは、頬を少し赤く染めて目を逸らして照れたかと思えば、上目遣いでルノアを見つめてもごもごと喋る。

 

「でも、貴重な1回ですし。それに……デート、なんですよね?」

「あー……」

 

 ルシアの意図を理解し、直前の自分の言動(ムーヴ)を思い返す。もっと気遣い、汲み取るべきだった。そして、それは今からでも遅くはない。今もまた最適な選択をしなくてはいけない。

 わかってはいるが、こういうのは苦手なんだよなーとルノアは立ち上がって後頭部を掻く。ただ、模範解答の対応(レス)よりも優先したい事があるのをルノアは思い出した。

 

「うーん、それでもやっぱなし。あんたと一緒に入れる時間短くなるじゃん。それともその時間私から奪うつもり?」

「い、いえ!そういう訳では」

「じゃあいいじゃん。大丈夫だって、もう可愛いよ」

「……っ!」

 

 ルノアのまさかの返答に焦り、褒められたことに照れて俯くルシア。なにを見せられてるんだと虚空を眺める輝夜をアストレアが宥める。

 ルシアは恥ずかしい気持ちを誤魔化す為に立ち上がった。目は合わせられない。

 

「じゃ、じゃあ今すぐ行きましょう」

「よっしゃ来た。行くぞ!」

「ちょっと待って?」

 

 輝夜の相手をしていたアストレアが割って入る。二人は彼女の方を見た。

 

「アストレア様?なぜお止めに」

「あぁ。反対じゃないのよ。だから、そんな顔しないで?」

「それはまあ……。そもそも最初に折れて頂きましたし、そこの心配はしていませんが……」

 

 水を差すようなことをしてしまったのはアストレアにも自覚がある。先に謝罪を入れるが、ルシアとて彼女の人格を把握出来ない訳ではない。意図は掴めている。

 その上で、両者確認のやり取りを経由し、アストレアは改めて伝えたかった提案を告げた。

 

「今度、炊き出しがあるの。どうせなら二人でそっちを楽しんだらいいんじゃないかって思って。どうかしら?」

「炊き出し……?ってなんですか」

「農業系の派閥(ファミリア)の協力を得て、ギルドがオラリオの民衆の為に行う予定の行事だ。彼らに新鮮な食材を用いた料理を振る舞い、我々も運営側の現場として参加する」

「でも、ルシアは参加できなくなっちゃったでしょう?だったらお客さんとして楽しむのもいいんじゃないかって思ったの。ほら、ルシアって食べるの好きじゃない?だから、いい案だと思うのだけれど」

「はい。とても良いと思います。食べるの大好きです。はい」

「食いつきすぎだろ……」

 

 炊き出しの説明を受けて、興味を示し過ぎるルシアにルノアが少し引く。彼女の食への執着が凄いのはなんとなく彼女も気付いていた。

 ルシアの意欲を認知したアストレアは次に輝夜に確認を取る。

 

「輝夜はどう?許してくれる?」

「……アストレア様にその頼み方をされたら我々は敵いません。知っているでしょう?狡いお方だこと」

 

 輝夜が口元を隠して目を細める。

【アストレア・ファミリア】のメンバーは彼女の言う通り、例外なくアストレアを崇拝(そんけい)しており、輝夜やライラのように芯のある者はたまに反論することもあるが基本的には彼女にねだられたらもう首を縦に振るしかない。それ程に主神の我儘に弱い。

 

 それを自覚した上で、受け入れつつもせめてもの抵抗として皮肉を叩く輝夜だが、その奥にある優しさを見通しているアストレアは彼女に会釈する。輝夜は視線を逸らした。

 その後、溜息をついてなんとか納得しようと、主神の要求を飲もうと自己の中で処理する。

 

「まあ……我々の管轄内であれば、接客をするよりかは危険(リスク)も低いでしょうし?いいんとちゃいますか。ただし、あまりお店は回らないこと。食事は人目につかない決まった場所ですること。このくらいの規定(ルール)は定めときたいところですね」

 

 輝夜の補足にルシアが頷く。

 

「わかりました。その条件を飲みます」

「当然だ。これはお前の為でもある」

「……はい。本当にありがとうございます、輝夜さん。私を守ってくれて。その上我儘まで聞いていただいて」

 

 ルシアは輝夜の本質を理解している。そして、ルシアが言葉の裏を読み取り、馬鹿正直に感謝するので輝夜も自覚して自分が嫌になる。

 今日はよく息をついてしまう。

 

「そうですね。本当に。私も甘いようです」

「……じゃあもうちょっと外出くらい許してくれてもいいじゃんか」

 

 ボソッとルノアがボヤいたその瞬間、輝夜の視線が恐ろしい早さでルノアを強烈に捉える。

 

「何か言われました?」

「げっ。地獄耳」

「やかましいわ、馬鹿め」

 

 互いに悪態をつくルノアと輝夜。これももう二人の恒例のやり取りとなってきた。相性が悪いのももはや周知だ。

 アストレアもそろそろ愛想笑いだけで済ませるようになった。

 そんな険悪な雰囲気もあったが、とにかく話は纏まった。ルシアは最終確認の意味も込めて繰り返す。

 

「では、改めて。炊き出しの日に一緒に行きましょう!」

「うーん、また後日かぁ。今日あんた誘える前提だったんだけどなぁ」

 

 ルシアはその気になってしまったが、ルノア的には未だ不満が残る。今日もルシアとの予定を勝手に確定させていた為、これで暇になってしまった。

 どうしたものかと頭を悩ませたところでルノアは思いつく。そして、ニヤつき、とある企みを抱いた。

 

「そうだ、炊き出しに合わせてさ。必要なもの色々買いに行こうよ!」

「は?」

「えっ。でも……」

「デート前準備ってやつだって!ほら、行くぞ!」

「おい、貴様何を勝手に……っ!出かけるのは炊き出しの日だと、おい!貴様……っ!!待て、逃げるな!今さっき交わしたモノを数秒で反故にしよって、話が違―――」

 

 散々反対もされた上で妥協する為の交渉を長々とやったというのに、ルノアは今ここでルシアの手を引いて【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)を後にする。そして、本拠(ホーム)の庭くらいまでは追いかけてきた輝夜が恐ろしいことに腰に差した刀の柄を掴んだところでアストレアが慌てて止めて、その隙にルノアはステイタスでルシアを抱き抱えて全力で駆けた。

 輝夜から見て、彼女達の背中を見失った頃に、ルノアは減速する。ルシアを下ろして汗を拭いながらさらに街の方へと向かう。

 

「はい、振り切った!ヤベェ、やっちまった~!でも、私あんた以外何もないんだから別にいいか」

「ルノアさん!?」

「このまま炊き出しの日まで私んちに泊まりな!」

「えぇ!?」

 

 ルノアの横暴さと思い切りの良さにルシアは振り回される。

 さすがに引け目を感じて来た道を見返すルシア。早く戻らないとという焦燥感もありながら、ルノアの思惑も理解出来て、尚且つ彼女の願望も無下にしたくないものだ。

 

 それになによりルシア自身が本心ではルノアと同じ気持ちだ。

 戸惑いながらもルノアを見上げるルシアに、ルノアは自分の身勝手さを悪用して宣言する。ルシアが口を開く前に。というか誰の意思も介在させない。

 

「はい、決まり。確定!ハッ、1回で終わって溜まるかっての。何回だって出掛けようよ、ルシア……!」

「……っ!」

 

 手を差し伸べて、大きな笑顔を向けるルノアにルシアが目を奪われる。その表情を前にしてルシアの天秤は完全に傾きの行方を確定させた。心の中でその音が響く。

 ルシアは()()()になることを選んだ。ルノアが思い描く当たり前のように外で遊べる日々。ルシアもまた同じ未来を望んでしまった。

 

 いや、最初から望んでいたが抑えていた。最初は不満があったのだから当然だ。

 アストレアと輝夜に念押しされて納得したと自分に言い聞かせていた。彼女達に恩義を感じているから、気を使っていた。

 でも、まだ、やっぱり挑戦を諦めたくなかった。ルノアとの日々だってまだ続けたい。

 

 だから、手を取った。そんなルシアの様子に満足げなルノアは悪友を手に入れて、悪戯っぽい笑みを共有する。輝夜達に恩を仇で返すことになってしまったその結果を経て、二人は少なくとも炊き出しまでの間はそう過ごすことにした。

 大通り(メインストリート)を歩く二人。

 

 直近までの行動は決めたところで、ルノアが通りがかった店の展示物(ショーウィンドウ)を傍目にして、おもむろに足を止める。

 そして、何かを思い出したように自身の荷物を探りつつ、ルシアに尋ねる。

 

「おっ。ねえ、そういえばルシアって武器持ってるの?」

「持ってませんけど……いつもファミリアにある予備を借りてます。まあサポーターなのでナイフくらいしか持たされてませんが」

「ふぅん。じゃあ、作るか」

「はい?」

 

 話が見えないまま道沿いの店に入るルノアに、ルシアが困惑しながらも後を追って入店する。中は武器や防具が数多く陳列されている。

 一通りの多い大通りに面する店はそこに構えるだけでも知名度(ブランド力)と大金が必要になる。

 

 つまり、武器を売るなら誰もが知っているような名の通った鍛冶師系ファミリアが出店している可能性が高い。そんなルシアの予想は完全に合致し、値札の価格が飛び抜けていた。

 商品の値段に面食らうルシア。ルノアは値段を見ていないが、見たら仰天するだろう。

 

 ここは相場よりも高い。無論、その分質も良いが。高級店を選んでしまったのはルノアの経験の浅さからだろうと思いつつ口にはしない。彼女が()では買い物をしない為、慣れていないという事情を知っているからだ。

 そんな気を遣うルシアを他所にルノアが壁に貼り付けられた紙の前で足を止めて自分の荷物からグローブを取り出す。そして、それをルシアに差し出した。

 

「はい。これ、私が昔持ってたグローブ。あんたにあげる」

「は、はぁ……?いいんですか。貰っても」

「本人があげるって言ってんだからそらそうでしょ。前から思ってたんだよね、あんたは危険(リスク)を抱えて、いつ迫害されるか分からないにしては無防備過ぎるな~って。路地裏(スラム)だったら格好の(カモ)だろ」

「それでグローブを?」

「そ。もう使ってないし、私最近素手だからな。まあでもボロボロ過ぎてそのまんまじゃ使えないけどね。あんた、拳に良いモン持ってるし使いこなせるでしょ。それに手を守る意味もあるんだよね」

「なるほど」

 

 そう言って半ば強引にルシアにグローブを押し付けてくる。ルシアも断る理由は無いので受け取った。

 それを確認して、ルノアは目の前の紙、そこに記された案内を指で差す。

 

「んでこれ!装備を改修する受付(サービス)、これ使ってそれ直そうよ」

 

 ルノアが提案する。どうやらその広告を見てこの店を選んだようだ。

 ルシアも初めて見た事業(サービス)なので、目を細める。

 

「こんなのがあるんですね……」

「装備は高い割に冒険者は稼げないからなぁ。まあ性分ってのもあるけど私が賞金首やってた理由の一つではあるよね。だからさ、皆ちゃんとした装備買える訳じゃないんだよね」

「なるほど。経済状況によって生まれた需要ですか。都市や迷宮の事情と彼らの商売はまた別ですからね。高騰も望んでることではないでしょうし、売れないのも困る。売る為の事業(くふう)が必要だったということですか。それで展開を」

「あー、多分そんな感じ?」

 

 商売人が考えることにまでは至らないので、ルノアは適当に相槌を打つ。逆にルシアは需要と供給、情勢と経済を読んでなんとなく業界事情を把握して納得するように頷いた。

 分からない話は置いておき、ルノアは補足する。

 

「私は使わないけどなんか駆け出しの鍛冶師が作る装備とかバベルで安く売ってるんだってさ」

「色々あるんですね」

「まあね。私は……ちょっと独特のルートから買ってたけどね。まああとはこうやって直し直し使ってる時もあったかな」

「なるほど。それで」

 

 ルノアが張り紙に惹かれた理由が分かった。ルシアは、ルノアの提案通りやってみようと思う。

 興味深そうにしているのはルノアにも伝わったのか、提案しておいてなんだがと言った感じで後頭部を掻く。

 

「本当は気前よく奢ってやろうかと思ったんだけど……案外余裕なかったんだよね。私、本当に格好付かないなぁ」

「いえ。このお古を貰えただけで嬉しいです。友達のお下がりなんて、初めてなので」

 

 これは本心だ。友達すらできたことのないルシアにとって、お下がりはとても嬉しい。そもそも友達らしいやり取りが全て新鮮だ。

 表情や声音には出さず、落ち着いていて平常運転のように見えるが、内心では興奮している。

 ルシアは、貰ったグローブを見つめて、ルノアが使っていたのだと少しだけ思いを馳せた。そして、出来るなら彼女が使っていたそのままで使いたいと考える。

 

「これ、このまま使えないんですか?」

「あー無理。私が使い古したやつだからな。でも、改修したらまだまだ現役いけると思うよ。ただ私はそうまでしてももう使わないってだけで。だから、あんたが使いなよ」

「……ありがとうございます」

 

 素直に礼を言って受け取るルシア。初めてのお下がり、贈り物(プレゼント)を胸に抱き寄せて大事に持つ。

 静かに歓喜を噛み締めるルシアは、ルノアが口にした改修というのが気になった。

 

「でも、改修するってことは素材が必要ですよね?」

「そうだね。それもここで買っちゃえばいいよ」

「それもそうですね」

 

 ルノアの言うように改修を目的に入店したが、鍛冶師系ファミリアが営む店ならモンスターの素材くらいいくらでも売っている。

 つまり全てここで済ませられるという訳だ。まさに一石二鳥である。

 だが、問題があった。

 

「うーん……」

「意外と高いというか。割に合ってないというか」

「この素材でこの値段?って感じだね」

「はい。やっぱりダンジョンに行って自分でドロップアイテムを獲得するのが一番効率(コスパ)がいいですね」

「やっぱり?私はあんまダンジョン行かないからそこんとこ分かんないんだよね。いつもは裏で買ってたしここまで相場が高いとは思ってなかったなぁ」

 

 値札と睨めっこする二人。ウンウンと唸っては難しい顔をする。

 素材はダンジョンで採取するか、あるいは購入するとしてもバベルなどの公的な機関を通すのが通常だ。故に、個人やファミリアが扱う物となると代理ということもあり、値が張る。

 

 まあそれも自分の力では手に入れられない物を間接的に提供して貰っているのだから妥当と言えば妥当だが、ルノアのように実力はあるが急務なので欲しいと言った層には割高に感じてしまうのも無理はない。仲介手数料というのは力のある者と相性が悪い。

 さらに、ルノアはこういった正規店は不慣れだ。

 

「ごめん。私と一緒じゃいい買い物できないや」

「いえ。輝夜さん達とくれば色々教えて貰えるんでしょうけど……」

「ははっ。そりゃもう無理だ」

「ルノアさんが連れ出したのが原因なんですけど」

「はぁ~?でも、スッキリしたろ?」

「まあ……はい」

 

 自分が悪い時、ルノアは適当になりふざける。ルシアもそれを分かってて合わせた。本当はルノアのせいだなんてこれぽっちも思っていない。

 連れ出してくれたのは無論ルノアが自分の為にやったことでもあるが、結果的にルシアにとっても気持ちが晴れた部分はあった。だから、寧ろ礼を告げたいくらいだ。ルノアが、ルシアの本来の願望を引き出してくれた。

 

 だから、ルシアは清々しい笑みを浮かべた。ルノアも笑顔を返した。二人は互いの拳を合わせて肘を曲げて軽く突いた。

 その時、ルシアは自分の腕を目にしてある事を思いつく。

 同時に声が漏れた。

 

「……あっ」

「何?どうしたの?」

「いえ。もっと良い素材が簡単に取れるなと思いまして」

 

 真顔で不思議なことを言うルシアにルノアはただ疑問符を浮かべた。だが、次の瞬間、ルシアが起こした行動に瞠目する。

 ルシアは、懐からナイフ取り出すと周囲に人がいないことを確認して腕を捲り、竜の鱗がある肌を露出し、いきなり体表を削ぎ落とした。

 突然の自傷行為に、友に傷ついて欲しくないと言っていたルノアが驚愕する。

 

「はぁ!?ちょっ、あんた何やって……!」

「……っぁ!」

 

 鮮血が垂れ、腕を抑えながらルシアが膝をつく。例え自傷でも痛いものは痛い。声にならない声を噛み締めることでなんとか飲み飲んで耐える。

 そして、慣れが発生したと同時に荒い呼吸を解放し、行動の理由をルノアに説明する。

 

「私は……っ、ここにある素材の元のモンスターよりも高位のモンスターです……!つまり!私自身を素材にすれば……より良いモノが作れる筈です……!」

「だからって正気の沙汰じゃないでしょ……!大丈夫なの?」

「はい、問題ありません。すみません。急に」

「いや、あんたがいいならそれでいいんだけどさ。ビックリはするよ」

 

 ルノアは強い困惑に襲われ、ルシアはポーションを腕にかけて床の血も拭き取り、何事も無かったように袖を戻す。

 本人が淡白な様子なのでルノアも深いことは考えないことにした。心配ではあるが、彼女の身体については分からないことが多すぎる。故に最終的には自己判断に委ねるしかない。

 当の本人は何事も無かったかのように話を続ける。

 

「それじゃあ、これを使って良い篭手を作ってもらいましょう」

「よっしゃ。さっそく鍛冶師に頼むか」

「……その素材はそこらの奴には扱えんぞ」

 

 突如、背後から低い男の声が割って入った。ルシアとルノアは目を見開いて、そちらを確認する。

 すると、白い髪に白い髭、年配の男が立っていた。そして、同時に男は神だと神威で二人は認識する。ルシアは相手が神と気付いてすぐに低くして尋ねる。

 

「存じ上げなくて申し訳ありません。どちら様でしょう?」

「なんだ。俺の派閥(ブランド)の直営店に来ておいて、俺を知らんのか」

 

 怒ってはいない。ただ淡々と男は会話を構成する。そういう神物(じんぶつ)だ。

 ルシアは男の言葉から周囲を見渡し、店内に紋章(エンブレム)を確認する。その下に刻まれた派閥の刻印を横目で捉えながら再度聞く。

 

「つまり……神様(あなた)はゴブニュ様御本人、ということでしょうか?」

「そうだ」

 

 ルシアの質問にゴブニュが頷く。それを受けてルシアは深くお辞儀した。

 

「それは大変失礼しました。そして、ただの客である私達に助言(アドバイス)までくださり、ありがとうございます。頂いた意見を参考に腕のたつ鍛冶師の方に頼んでみます」

「……アテはあるのか?」

「いえ」

 

 ルシアが首を振るう。ゴブニュは表情も声色も変えず、ただ目を細めた。

 

「そうか。そんなことだろうと睨んでいた。俺に預けろ、それを扱えるのはオラリオでも数えられる程しかおらん。そんな奴らを探すより今目の前にいる俺に頼む方が話は簡単だ」

「それはそうですが……よろしいのですか?神様直々に受けてくださるなど滅多にないような印象ですが」

「第1級冒険者の注文を常に抱えてはいる」

「あっ。えっと。お忙しいのでしたら他を当たりますが」

 

 この店がどういう店なのか、ルシアは入店した時から察している。鍛冶師系の派閥において有力だと。

 そのファミリアの主神ともなれば見ず知らずの、それも駆け出しの相手などすることはまずない。だが、何故かゴブニュは積極的だ。

 

「これを扱える鍛冶師で一見を受け付ける奴などほぼおらん。それどころか取り合う(コンタクトをとる)ことすら叶わんわ。それに、こいつに興味がある。俺にやらせろ」

「そ、そういうことでしたら有難い話ではありますけど……」

「なんだ。まだ何かあるか」

 

 中々自分に委ねないルシアに、ゴブニュが渋い顔をする。

 ルシアの方は依頼をする上で丁寧に話を進めようとする。故に、即座に何も考えず、委ねたりなどしない。

 相手は鍛冶を司る神。当然、その腕も一線を画し、相当の報酬が発生する。そういった懸念点を不透明にしながら相手に流される訳にはいかない、そう考えルシアは慎重になっている。

 

「予算の方がそこまで多くないので、そこが気になりまして」

「少しくらいはまけてやる。神に対する敬意を感じるその礼儀正しさに免じてな。足りん分は分割でもなんでも利用して構わん」

「ありがとうございます。一応このくらいは出せます」

 

 ゴブニュの眷属から書き物を借りて大体の資産から出せる金額を割り出し、それを提示する。

 ゴブニュは確認した。

 

「……確かに充分とは言えんが、遠慮する程でもない。印象通り、計画性のある性格(タイプ)だな?返済も2年程で済む筈だ」

 

 ゴブニュの分析にルシアが少しむず痒くなり、どうですかね?と首を傾げながら彼の眷属に見積もりや契約書を受け取る。向こうから申し出てきて、さらには譲歩までしてくれるというならルシアも承諾することにした。何より、神ゴブニュに装備を作って貰えるならそれ以上のことは無い。

 一通り貰った書類にルシアはサインして彼に渡す。

 

「後は俺に任せろ。……ところで素材はいいが、改修する元のモノがえらくボロいな。当然値は上がるが、同じようなものならそこらで新しく手に入るぞ」

「いえ。これを使いたいです。お願いします」

「そうか。わかった」

 

 大した差異もなくより上質に仕上げられる提案にルシアは首を振った。ゴブニュも受け取ったグローブを手に持って武器から様々なことを感じ取る。なんとなく事情を察したゴブニュはそれ以降何も追求せず、二つ返事で依頼主の要望を呑んだ。

 一部始終を見ていたルノアはルシアが自分に気を遣っているのだと考え、声をかける。

 

「ねえ。あの神様が言ってた通り、別に私のに拘らなくていいんだよ?」

 

 そう告げられたルシアは、ルノアがどういう思考に至ったのか理解する。なぜそんなこと言い出すのかといった疑問は持たず、ルシアは貰ったグローブが自分にとっていかに特別か、自分の思いを口にする。

 

「拘りますよ。言ったじゃないですか。お下がりは初めてだって。とても嬉しくて、どんな新品よりも気に入ってるんです」

「そ、そっか。あんたって曇りがないというか、結構恥ずかしい事言うよね」

「そうですか?」

 

 ルシア自身にその自覚はない。だが、ルノアの指摘通り、迫害や故郷の影響で少し世間とズレはある。そんなもの、ルノアにとっては些細な問題だが。

 とにかく、ルシアは自分の気持ちを素直に言葉にできる、そんな性格をしていた。

 

 無事に依頼もできて二人は退店する。

 ルシアは今一度ルノアに礼を言い、ルノアは礼を言われるほどか?と首を傾げる。結局、ルシアに多額の出費が発生したからだ。最初はそんなつもりじゃなかった。

 それでも、当の本人は全く気にしておらず、寧ろ嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 帰り道、これから二人で過ごす時間にルシアは馳せた。

 

「楽しみですね。炊き出し。沢山食べたいです」

「……金、足りるよな?」

「あっ」

 

 ルノアがおそるおそる確認したところ、ルシアが足を止めて目が泳ぎ始める。上や下や色んなところに視線を動かすルシアは、最後に空を見上げて深呼吸をしたあと、笑顔でルノアに精一杯の愛嬌を振りまく。

 

「えへっ。奢ってください」

「うわ、嫌だって言いにくいじゃん。最悪」

 

 連れ出したことと金を使わせたことによる負い目で断りづらい状況を作ってしまったことにルノアが気づいた。

 全力で顔を顰めたルノアは、竜の胃袋に今から怯えた。



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ペンドラゴン

 日頃の都市からは想像もできない賑わい。そして、何より数々の屋台が放出する鼻孔を突く香ばしい空気。それが充満し、外だというのに辺り一体その空間を支配している。

 素晴らしい。まさにそう表現するしかない。ルシアは目の前の楽園に合掌し、天を仰いだ。

 

「炊き出し……なるほど、ここが私の理想郷(アヴァロン)でしたか。これ以上にない催し(イベント)、まさに人類の叡智……」

「いや、人類舐めすぎでしょ」

 

 ルシアを連れていたルノアが思わずツッコミを入れる。だが、そんな指摘もお構い無し。

 ルシアは今にもヨダレを垂らさとし、屋台に並ぶ食べ物に目を眩ませ、荒い呼吸をする。公共の場で理性を保てない程の興奮を食い物に向けていることにルノアは理解し難い感情を顔に浮かべる。

 

 中腰で両腕を屋台の方に伸ばし、どこから手をつけていいものやらとまるで獲物を狙う獣のように徘徊している。

 その後ろをついていくルノア。ルシアはまず、脂と沢山の肉や野菜が入った汁物から注文した。

 

「すみません。鍋ごと貰えますか」

「へい!鍋ごと……鍋ごと!?」

 

 聞き間違えかと思ったのか店員がお椀に注ごうとした手を止めて二度見する。ルノアが慌てて止めに入った。

 幾度か頭を下げて数杯分だけ貰って店から離れる。

 

「バカ!最初から飛ばしすぎだろ。闇派閥(イヴィルス)に怯える日々で疲弊した皆を癒す為の行事なんだから、冒険者のあんたが食い意地はってどうすんだ!」

「もう一応冒険者ではありませんし、今日は客です。まあ遠慮はしましたけどね。本当はあと10杯ほど頂きたいところだったので」

「……その10杯って多分私が想像してる単位と違うよね。鍋×10ってこと?嘘でしょ?」

 

 ルシアの異常な食事量は知ってはいたが、まだ人伝てでしか把握していなかった。

 故に、ルノアは初めて目の当たりにして面食らった。食事だけに。やかましいわ。

 

 コップ1杯を飲み干すかの如く一口で購入した分を流し込んでしまったルシアにルノアが瞠目する。

 一体その小さな身体のどこに容量の大きい胃袋があるのか。それとも消化が早いのか。ルノアの人生で一番の不思議現象が今、目の前で起きていた。

 

「まずは温まろうと思ったのですが、この程度じゃ全く足りませんね。次に行きます。満足したら前菜に移行しましょう」

「まだ前菜にすら辿り着いてないのかよ!?」

 

 恐ろしいことを言い始めたルシアにルノアが困惑する。

 金銭的な心配が浮かんで、彼女の荷物を見遣る。すると、今日の予定にしては大柄なモノを背負っている上に、何か突起物が入っているのが外側からでもわかる。

 

「そういえば、あんたその荷物何入ってんの?いつもはほぼ手ぶらだよね」

「あぁ……これは」

 

 ルノアに問われてルシアは該当の物を中から出す。手に取り、出したのは篭手型の武器。まるで竜の腕のように尖った表面を有している。

 ついこの前、神ゴブニュに依頼した物だ。

 

「完成してたんだ!」

「はい。今日ルノアさんと合流する前に受け取ってきました。意外と早くできて驚きました」

 

 今日はデートなので同じ家から出発したが、二人は待ち合わせをした。雰囲気重視だ。

 そして、その待ち合わせ場所に行く前にどうやら寄り道してきたらしい。

 その結果、今ここにある篭手をルノアは手に取ってどんなものかと拝見する。すると、手首の部位に文字が掘られているのに気付いた。その箇所を指で差してルシアに尋ねる。

 

「これ、なんか名前彫ってある?」

「そうですね。ゴブニュ様に確か口頭で教えて頂きました……確かペンドラゴン、です」

竜の頭(ペンドラゴン)?あんたの鱗、腕から取ってなかったっけ」

「インファント・ドラゴンの頭部を使用したので、おそらくはそれが原因かと」

「なるほどね」

 

 言われてみれば装甲部分にはインファント・ドラゴンの体表色である橙色が垣間見える。繋ぎ目に使用したようだ。

 試しに腕を通してみると、まるで自分の手のように一致(フィット)して動く。ルシアはゴブニュに申し付けた注文がキチンと再現されていることに感嘆した。この感覚は、()()()()にかなり近い。

 

「ていうかそれ持ったままここに来たの?一旦帰って置いてくりゃよかったのに」

 

 ガチャガチャと音を鳴らしながら手を開いたり閉じたりしていたルシアに、ルノアが疑問をぶつける。

 ルシアは答える。

 

「それは……ルノアさんが言ってたように自衛も必要かと思いまして。冒険者による見回りもあるようですし、闇派閥(イヴィルス)に限らず、炊き出しでも物騒には変わりないので」

 

 ルノアがルシアに武器を譲ったのはいずれ起こるかもしれない迫害と治安の悪い世間に対する苦肉の対抗策としてだ。故に、一日でも早く持っておく必要がある。

 ルシアの返答を聞いたルノアは少し思うところがあった。

 

「……そのことなんだけどさ。ルシアが戦わないってのには私も正直賛成なんだよね」

「えっ」

 

 手を引いて飛び出してくれた上に、篭手を授けてくれたルノアからそんな発言が出るとは露ほども思っていなかったルシアが目を丸くする。

 

「いや、まあ?死んで欲しくはないからさ。自衛はできて欲しいって意味で武器の提案はしたんだけど。その……正義の為に皆を守るんだーっ的なやつ?それはやんなくていいんじゃないかな。一生自粛しろーっていうのに納得できなくて飛び出して来ちゃったけど、そっちの件はそう思うんだよね」

「でも……それじゃあ私とルノアさんは」

「そりゃ後ろ指刺されて石投げれられる可能性を無くすのは理想だけどさ。それを目指す中で失敗の確率が高いならやる理由はないじゃん」

「ルノアさん……」

 

 ルノアの言葉が、彼女が自分を想って告げてくれているのを感じさせてくれる。別に輝夜達が自分を想ってなかったとは思ってない。ただ、割合や比重の話だ。

 彼女は打開策として、現実的な話をしているというよりは自分との将来に触れている。それは、自身の気持ちになってくれるよりも嬉しい。

 

「それに私は今の関係でも正直良いと思ってる。高望みすりゃいくらでも挙げられるけど、でもこの妥協案も……悪くない」

 

 ルノアの言葉にルシアが目を見開く。そう言ってくれて嬉しい気持ちとそれでいいのかという葛藤。

 狼狽える。俯くその目線が泳いだ。

 その末でもやはり、忘れられないのは理想だ。

 

「で、でも……」

「何より。あんたが危ない目に遭わないならそれが一番いい」

「……っ!」

 

 それは最大の心配。ルノアの気持ちが痛いほどに伝わる。

 彼女を想うならこのまま意志を委ねてしまうのがいい。

 ルシアの中で決心が揺らぎ始めた。その時。

 

「いやぁああああああああああああああーーーーーーっ!!」

『……っ!?』

 

 近くで悲鳴が響き、ルシアとルノアが反応する。

 声がした方に注目し、そちらへ向かうと人々が逃げ惑い、ルシア達とは逆方向に強い流れを形成する。その人混みの中で闇派閥(イヴィルス)の特徴的なフード姿が垣間見えた。

 

「あれは……!」

闇派閥(イヴィルス)!本当に襲撃してきたってこと!?」

 

 強襲に誰もが対応出来ていない。ただ炊き出しを楽しんでいた人々が、戦うことの出来ない民衆が襲われている。

 その光景を見てルシアは駆けようとした。

 

「人が……!」

「ちょ!ルシア、ダメだって。あんたは!」

 

 走り出したルシアの腕を慌てて掴んでルノアが止める。

 対するルシアは振り返って、強く腕を引いた。

 

「離してください!助けないと!」

「それであんたの危険に繋がったら本末転倒だろ!」

 

 さっきルノアが伝えた意思から伴う制止。ルシアも頭の中ではわかっているが、目の前の殺戮を無視できない。惨状に視線を戻し、下唇を噛み締める。

 人々を襲い、追い立てる闇派閥(イヴィルス)。やがて、彼らの周りは逃げ遅れた者達だけになり、ルシア達の視界も拓ける。

 

 そして、目に映り、一番目立っていたのは破天荒なサクラ色の髪と無造作に散らばった髪型。薄着に黒いコートを羽織った女。

 何がそんなに楽しいのか、彼女の腰から足先まである長さの剣を振るい人を斬り付け、踏みつけにしながら甲高い笑い声を響かせる。

 

「ははははははっ!『前夜祭』だぁ!騒ぎに来たぜ、冒険者共ぉぉ!!」

『……っ!』

 

 闇派閥(イヴィルス)達は彼女を取り巻いて行動している。彼女こそが彼らを従える者。つまり、闇派閥(イヴィルス)の幹部だ。

 血飛沫を自ら浴びる中、踊るように進軍していく彼女をルシアは知っている。

 

「あれは……闇派閥(イヴィルス)の幹部、【殺帝(アラクニア)】。ヴァレッタ・グレーデ!ランクは……Lv.5ッ!」

「……っ!私より2個も上……っ、クソ……!」

 

 ルシアが口にするそのデータを耳にしてルノアが惨状から目を背ける。ルシアと違って彼女は戦うことに問題は無い。だが、格上も格上となれば話は別だ。そうなればまた別の問題が生えてくる。

 参入しても歯が立たない。それどころか瞬殺も有り得る。人助けとか良い子ちゃんとかもはやそれ以上の話だ。自分の命が狩られる……!

 

「うわあああああ!!」

「いいぞぉ、お前ら。もっと騒げ!ははははっ!」

「……っ!」

 

 ルノアの足がすくみ、ルシアが止めらる中、被害は凄まじい勢いで拡大している。屋台は壊され、火事が隣に移り、死体が増えていく。

 冒険者はまだ来ない。突発的に起きたのと、恐らくは作戦ミス。

 この状況を変えられるのは正真正銘、現場にいる二人。その条件がルシアの忍耐を刺激する。

 

 ルノアもまた、立ち去ることができない。普段なら路地裏でその所業に引きはすれど、傍目にして何も気にせず立ち去ってしまう。なのに、なんで。このバカや正義バカ達と関わったから?ルノア自身にも自分のことがわからない。

 それでも、ひとつ分かるのは。今でも優先順位の最上は逃げ惑う彼らではないということ。

 

 確かに変わった。ルノアも自覚している。でも、それは自分よりも大切な()()ができた。そこだけ。

 だから、ルシアを戦わせないというのは同意見。ルシアは、ルシアだけは。その為なら世界の隅っこで暮らしたっていい。

 でも、本人は違う意思を持っているらしい。ルシアは人間の首を落とすヴァレッタを目にして決心する。ルノアはそんな彼女の後頭部ばかりを見ていた。

 

「やっぱり私、行きます」

「ダメだって!」

「じゃあルノアさんが……!」

「それも……無理だ。Lv.5なんて私じゃ相手にならないよ……!」

 

 ルノアに腕を引かれてルシアがその勢いのまま振り返る。二人は顔を見合わせて言い合う。

 オリヴァスの時ならば、ルノアは決心できた。だが、あれは同格だからだ。それに、ルシアを救い出す為だったから。今はそのどちらの条件も揃っていない。踏み込む勇気など出る訳が無い。

 どの案にも否定的なルノアの態度にルシアが声を張り上げるようになる。

 

「じゃあ放っておけって言うんですか!」

「仕方ないだろ!」

「そんなの納得できません!」

 

 遂に我慢の限界が来て、ルノアの腕を振り払おうとするルシア。その手を離さないようにルノアも踏ん張った。

 ならば、とルシアは戦場へと足を向け、彼女も腕を逆に引っ張る。引き合いが始まった。

 

「放っておくなんてできません!今、目の前で襲われてるんです。人が死んでるんです!そして、それを今すぐ止められるのは私達だけです!!」

「そんなこと……!」

「あります!見て見ぬふりなんてできない。罪のない人達を見捨てなきゃいけないなら、私はその人達に糾弾されて、指を指された方がいい……っ!!」

「っ!?」

 

 ルシアの発言にルノアが目を見開く。散々迫害されないようにするにはどうすべきか話し合い、ルノアもその為に戦った。

 なのに、ルシアの天秤はそれが最優先事項ではなかった。彼女にとっては罪のない人々が傷つけられている、その方が許せない。

 ルノアには理解できない。大切な個人の為ならともかく、関係の無い赤の他人の為に夢も目的も捨てられるってのかよ。

 

「また迫害されてもいいっての!?辛かったから、耐えられないから逃げてきたんだろ……!だから、自殺しようとしたんだろ。それで私と出会って、友達を手に入れたんだろ!」

「……っ!」

 

 ルノアの言葉にルシアが詰まる。一瞬の迷いはあった。だが、すぐに覚悟を決めてしまう。その瞳に力を宿してしまう。

 なんでだよ。なんで、自分を捨てられるんだよ。その眼差しで捉えられたルノアは狼狽した。

 決心したルシアが叫ぶ。

 

「迫害は辛かった!でも、あの苦痛はもう初めてじゃない……!今、謂れもない理不尽に見舞われている彼らの方がずっと辛い筈です。私はそれを見捨てられません……!」

「お前……!」

「それに、私にはルノアさんがいます。昔とは違う。私は1人じゃない」

 

 そう言って今度は突然柔らかい表情を作って微笑む。ルノアは目を見開いた。力が少し抜ける。

 

「ルノアさんの言う通りです。二人でひっそりと生きていくのも……悪くない」

「……っ!」

 

 ルノアが動揺する。ルシアは足を止めていたが、その腕を引く力が弱回っているのを目敏く確認する。ルノアは自分の発言を後悔した。

 その間にルシアがその腕を振り払い、遂に解放されてしまう。そのまま戦場に走り出した。

 

「だから!」

「ルシア……!」

 

 ルノアが追いかけようとするももう遅い。ただその背中に名前を呼び掛けることしかできない。

 駆ける中でルシアは把握していなかった自身の感情に触れる。

 

「私は戦います!……多分、これが私の正義。そうだ、私はもう染まってたんです」

 

 思い浮かべるは正義の眷属達。心に宿すのは正義の女神。

 ただ自分の潔白を晴らす為だけに戦う者はもういない。過去の経験から得た感情に気付き、それを今日から具現化する。

 なぜ戦うのか?それは、受け入れられたいからでも、友達が欲しいからでもない。この求める心は確かにある。でもそれを求めるのは(ルノア)にだけ。戦うのはまた別だ。

 

「皆さんの正義心が忘れてた私の本心を思い出させてくれました。私は迫害から逃れる為に森を出たんじゃない。理不尽に人の命が踏み躙られている、そんな光景を目の当たりにするのが耐えられなかった……!」

「……っ」

 

 ルシアの叫びにルノアが詰まる。

 駆けながら篭手を装備するルシア。戦場へと参入した彼女はその勢いのまま闇派閥(イヴィルス)を拳で薙ぎ倒した。

 闇派閥(イヴィルス)の構成員がルシアを見て驚く。

 

「今もそうです……っ!」

「ぐあっ!?なんだお前!」

 

 部下が倒れていくのを目にしてヴァレッタが乱入者を認知する。

 戦闘の音を聞き分けて、部下が転がってきた方を見遣った。すると、そこには拳を振るう小さなエルフが。

 ヴァレッタは狙っていた冒険者の介入に口角を上げるが、直後、予想していた者でも、見知った者でもないことに訝しむ。

 

「なんだよ。もう邪魔が……あぁん?初めて見る顔だな、お前ェ」

 

 ヴァレッタの声でルシアが振り向く。闇派閥(イヴィルス)を一人、拳で地に伏せさせた時に顔を上げ、その視線を交わした。

 人々に対する理不尽。憤りと闘志に燃えるルシアはその心に宿す名を口にする。

 

「……【アストレア()ファミリア()】」

「あぁ?」

「ルシア、マリーンです」

 

 鋭い眼光をヴァレッタにぶつけた。

 だが、相手は強者。そんな視線を簡単に跳ね除ける。

 

「ハッ。知らねえよ、これから死ぬ奴の所属なんざ!!」

 

 得意のステイタスで一瞬で肉薄し、ルシアを照準に獲物を振るう。が、その刃が小さなエルフの身体を引き裂く感覚は一向に来ず、代わりに金属がぶつかり合う衝撃が獲物を持つ手から全身へと伝わってきた。

 振り下ろしたその刀身を自身の頭上で篭手を交わらせた防御体勢で受け止めるルシアに、ヴァレッタが表情を歪めて苛つく。

 

「……っ!こいつ!」

「絶対に許しません。自分の為に他人を殺める行為なんて……私は一番嫌いです!!」

 

 ヴァレッタのステイタスとドラゴンの馬鹿力を持つルシア。両者の拮抗の中でルシアは強い意志を表明する。

 

「貴女を倒します!」

 

 その宣言にヴァレッタは逆に愉快に笑みを浮かべ、戦闘の火蓋が切られた。



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ワンパンチ

 衝突する金属音。ルシアが拳を振るい、ヴァレッタが剣で薙ぎ払う。刃と篭手が火花を散らす。

 その中で。ヴァレッタは相手と競り合うことで()()を掴んだ。

 

 自分が攻めれば相手は軽く跳ぶ。ぶつかれば反動が少ない。斬撃を繰り出せば相手がいかに捌こうとその身体に、懐に切り傷が増える。

 何より、動きが遅い。抵抗がないに等しい。日々戦い、尚且つ強者としての感覚が告げている。

 

 ―――コイツ、弱ぇえ!!

 

 ヴァレッタは抑えようとしても口元がニヤけた。何せ手応えが無さすぎる。間違いなく相手は雑魚だ。

 そんな奴がそれらしい文句をつけて乱入し、正義の味方のつもりでいやがる。出しゃばりもいいところだ。こういう思い上がりは早めに潰して分からせてやらねぇとなぁ!

 

「オイオイオイ!Lv.1の駆け出しが何のつもりだぁ?ダメだろぉ、身の程ってのを弁えねえとさぁ!!」

「……っ!」

 

 ヴァレッタに圧されるルシアは苦い表情を浮かべる。

 決して無策で突っ込んだ訳ではない。だが、攻撃を当てるどころか繰り出すことすらできない現状では、ルシアの()()を破綻させる。

 ルシアは恩恵(システム)を完全には把握していない。故に、力量差を見誤ってしまった。

 

「ほらほら、どんどん追い込まれてもう後がねぇぞ~!?どうすんだぁ?なぁ、おい。チビィ!」

「……大丈夫です」

 

 次第に防御すら剥がされ、そこに蹴りを入れられるルシア。転がった先ですぐさま膝をついて身を起こし、まだ諦めていないその瞳でヴァレッタを捉える。

 今まで勘違いした格下が挑んでくることを幾度か経験しているヴァレッタ。

 

 大抵は相手が途中で無謀な挑戦をしたと気付き、この先に待つ未来が死しかないことに絶望して気力を失っていく。だが、目の前の雑魚(ルシア)は中々そんな状態には至らない。何故か屈しない。

 その上謎の自信に溢れる彼女に、ヴァレッタが訝しむ。顔を顰めた。

 

「あぁ?」

「私には、強くてカッコイイお友達(ヒーロー)がいます!」

「……っ!」

 

 ルシアの叫びと共にヴァレッタが認知している索敵範囲に気配が飛び込んでくる。戦場に、視界に入り込んできたその影は初手からヴァレッタに突撃してきた。

 空から拳が降ってくる。

 

「うらぁ!!」

 

 叫びを上げながら拳を振るうルノア。跳躍を経て、勢いをつけたその鉄拳は空を切り、軽く後退するだけで避けたヴァレッタは。薄着の戦闘服(バトルクロス)を纏った女の、視覚的に五月蝿い金色の髪に目を眩ませ、鬱陶しい感情を表情にそのまま載せる。

 溜息をついて舌打ちする。

 

「んだよ。もう一匹いたのかよ」

「来てくれると信じてました。ルノアさん」

「うっさい。オラッ!」

「あいたっ」

 

 ルノアに小突かれてルシアが自身の頭を腕で覆う。

 ルシアだけを大切に想っているルノアに、参戦しない理由などない。ルシアが動いた時点でルノアは諦めと決意を決めるしかなかった。

 ルノアは悪態をつく。同時に、泣き出したくなる現状を嘆く。

 

「あーあ、ほんともう……あんた馬鹿なの?んで私も馬鹿。最悪。今日死んだらルシアのせいだかんな」

「……っ!はい!」

「嬉しそうに返事すんな!」

 

 元気のいいルシアにルノアが呆れる。彼女にとってはルノアが自分の意思に最終的に従ってくれたこと、敵わないことをわかった上で、死を覚悟してでも自分の為に来てくれたことが何よりも嬉しい。

 

「行きましょう!ルノアさん」

「あーもー、まあやるしかないよな!ちくしょう!」

 

 ルシアの掛け声にルノアが叫び、諦めも意味も込めて自分を叱咤する。これで2対1になったが、新たに現れたルノアの方を見遣ってヴァレッタは口角を上げた。

 

「ハッ。わかるぜ?お前も大したレベルじゃねえだろ。さぁどうすんだ?雑魚が増えたところで状況は変わんねえぞぉ」

 

 参入してきた際の多少の衝突。それだけでヴァレッタはルノアの大体の実力を測れた。わかりやすいのは身体能力、つまりレベルだ。

 実力だけでなく観察眼まであちらが上。ルノアは焦燥して拳を構えながらも、隣にいるルシアに一瞬目線だけを寄越して詰め寄った。

 

「ちょ、何か作戦ないの!?考え無しに挑むあんたじゃないでしょ!」

「勿論です。作戦()あります」

「……なんか引っかかる言い方だなぁ。まあいいや、とりあえず教えてよそれ。覚悟は決めてきたけど出来れば私、まだ死にたくないし!」

 

 ルノアの悲痛な願いにルシアは目の前の敵から意識を外さずに、強い意志を示す。

 

「大丈夫です。死なせません。ルノアさんだけは、必ず」

「……っ!」

 

 既に決意を固めているルシアに、ルノアが息を呑む。

 対峙する強敵を前にルシアは告げた。

 

「相手がLv.5で()()()()()()()()です。ルノアさんに貰ったこの篭手、早速活用させていただきます」

「別にいいけど……何する気?」

 

 武器を装着したところで焼け石に水だ。レベルの差は絶対。特殊なスキルでもない限り覆ることは殆どない。

 それはヴァレッタも当然理解している。故に、耳打ちで話し合う二人を煽る。

 

「あぁん?ハハッ!いくら作戦会議しようが天地がひっくり返ってもLv.1がLv.5に勝てる道理はねーぞ!今のうちに命乞いでもしときなぁ!まあ……してもぶっ殺すけどな」

 

 ヴァレッタは殺る気だ。ルノアの忠告通り、戦場に自ら参戦した時点で彼女の標的となり、逃れられない。戦力差があるなら尚更だ。

 だが、そんな絶望的な状況下でもルシアはいつも通りの声音(トーン)で落ち着いている。

 

「ルノアさん、攻撃は全て私が担当します。ルノアさんは相手の攻撃を受け流してください」

「……?普通逆じゃない?」

 

 ルノアが首を傾げる。彼女の言い分は最もだ。

 無論、防御も大切だが相手にダメージを与えなければ勝てない。だから、やるならルノアが前衛、ルシアが後衛が定石となる。

 

 だが、ルシアからすればその模範解答は力量差が如実に表れるだけの愚策と捉えている。かといってルシアにもLv.1とLv.3でLv.5に勝てる算段がある訳ではない。

 これは、()()が編成に含まれてるからこそできる、友を絶対死なせない為の何でも利用する策だ。

 

「ドラゴンの力を使います」

「……っ!」

「私は、本来恩恵(ステイタス)で授かったアビリティよりも(パワー)があります。ですが、それを発揮しようとすると腕が竜化します」

 

 サラッと宣言したルシアにルノアが目を見開くが、彼女が反応する前にルシアは説明を加える。

 

「私は人と竜、どらか一方に外見を寄せられます。まあ限度はあるので普段から肌に鱗があったりしますが。つまり、少しドラゴン寄りになればモンスターとして戦うこともできますし、人間とモンスターの中間……人型のまま衣服の下である程度モンスター化し、その力を限定的に使うこともできます」

「でも、そんなことしたらあんたの正体が……!」

「はい。なので今までは使えませんでした。でも、この篭手は内側まで頑丈に出来ています。ゴブニュ様にそう注文しました。ので、拳から手首辺りまではこれで本来に近い形に戻せます」

 

 そう言ってルシアは意識を腕に集中する。すると、篭手が怪異のようにひとりでに動き、少しその容貌が膨らんだ。ルノアは目を見張る。

 ルシアは自身の腕に覚えのある感覚が戻ったのを確認して敵であるヴァレッタ、Lv.5を捉える。

 

「そして、私の本来の拳が通用する相手、その上限がちょうどLv.5となります」

「はぁ!?それってあんたは本来Lv.5くらいってこと!?」

「……その辺は後ほど説明します。生きてこの状況を切り抜けられれば、になりますが。問題は私の攻撃をどうやって当てるかです。威力(パワー)は同格にできますが、脚部を竜化しないとLv.1の鈍足のまま」

 

 次々と衝撃発言をするルシアにルノアが驚愕するが、そこを追求されている余裕はないとルシアは躱し続ける。ルノアの反応は最もで、ルシアにも説明責任があるが、今は後回しにしなければ命の危機に直結する。

 とはいえ、ルシアの言う通り、拳だけ元に戻しても向上するのは力だけ。それで万事解決とはいかない。

 

 周囲には逃げ遅れた人々、遠巻きに戦闘を見ている野次馬までいる。それらに気を遣っていなくとも行事(イベント)をやるほどの繁華の中で存分にその力を全て振るうというのは無理だ。

 

 故に、ある程度はLv.1のままでやりくりする必要がある。モンスターの力は万能ではない。

 社会を構成しているのは人間で、ルシアはその渦の中にいるのだから。ただ、焼け石に水という訳でも、勝機が全くないという訳でもない。

 

「幸い相手は私達を侮って油断しています。ルノアさんが攻撃を凌いで私が懐に入り、私が攻撃します。もしかしたら慢心で受けてもらえるかもしれません。それで1発。無防備で受けてくれるとより()いです」

 

 視線の先にいるニヤけた面の格上は盤面を支配していると確信している。自分を脅かすものはこの場に何一つないと高を括っているのだ。

 掬うべき足があるとすればそこだ。相手はルシアが半怪物(モンスター・ハーフ)とは知らない。

 

「私達の狙いは彼女が一定以上のダメージを負って撤退を選択すること。勝つのは無理なので退けます。ただ……一発目を当てた段階で私は警戒される。その後、どうやって戦闘不能に追い込んで撤退させるか、一発目は出来るだけ全力で打撃を叩き込んでそこからの動きを鈍らせますが、それが上手くいってもかなり厳しいですね」

「……要するに策はあるけど勝算はない。やるっきゃないってこと?やだなぁ。やだやだ。私の人生、こういう綱渡りばっかでもう懲り懲りだよ」

「大丈夫です。死ぬ時は一緒です」

「そっちの心配はしてないよ……」

 

 ルシアの考えはわかったが、緊迫感のある戦闘ばかりが起こり、尚且つそれが日常化しているルノアは、ルシアと出会ったことで新しい強敵、新しい世界を見せられて憂鬱になった。己の限界が初めて見えた気がする。

 そして、そこには軽い絶望があり、進路の変更という考えが過ぎる。

 

 ルシアは、隣のルノアがそういった連想に至っているのを察知し、彼女を感覚を麻痺させてあげようと考えた。自身の特殊な肉体と実績のあるこの頭脳をフル活用する。

 そうしてこいつといれば何でもできそうな気がすると錯覚してもらうのだ。

 

 これからもこんな場面が巡ってくるかもしれない。それが暗黒期。故に、ルノアを、友を守り抜く為には必要なこと。

 そこまで考えてルシアはお尻を叩いて促すイメージで、ルノアを焚き付ける。

 

「ルノアさんの言う通り、やるしかありません。いえ、やるっきゃない!行きましょう、一緒に」

「はいはい。わかったよ。いつまでもうだうだ言うのも性にあわないからね!腹括ってやるよ!行くぞ!!」

「はい!」

 

 ルシアとルノアが同じ構えを取る。

 臨戦態勢となった二人の手頃な敵(オモチャ)にヴァレッタは地を蹴った。

 

「仲良く死んじまいな、クソアマ共ぉ!」

「私は攻撃見切るだけ……私は攻撃見切るだけ……それだけに集中!集中集中集中!うらぁ!!」

「あぁん?」

 

 ルシアとルノアは同時に駆けたが、ルノアがステイタスを頼りに前衛に出てヴァレッタと衝突する。

 てっきり二人がかりで手数を頼りに突っ込んでくるものだと予測していたヴァレッタは訝むが、すぐに鼻をならして喪失した。最適解でなくとも勘ぐる必要は無い。

 

 相手は圧倒的な格下。もしくは思慮が足りず選択を誤るから格下に収まっている可能性すらある。

 お前らそんなんだから雑魚なんだよ!まあ何かしら策があったとしてもそんなもんで覆る戦況じゃねえけどなぁ!!

 

「なんだァ?てめぇから死にてぇのか?」

「うるさい!」

「おっ?」

 

 ヴァレッタが繰り出す攻撃をルノアは反応と反射、そして目で追ってただひたすらにそれに対応する。

 ここでヴァレッタは違和感に気付いた。ルノアは攻撃を受けているだけ。反撃の意思がない。他の選択肢を捨てて攻撃を捌くことに限定することで、総合力で勝負しないことで何とか同じ土俵にしがみついている。

 

 それでも、たった一つの処理でもルノアは必死だ。一本間違えれば首が飛ぶ。

 ヴァレッタは雑魚の虚しい抵抗に憐れみすら感じながら声高々に嘲笑した。

 

「死にたくねえから防御に専念しますってか?ハハハッ!惨めだなぁ、弱いってのは!だが、そんなことしたくらいで寿命が伸びることすらねえ。それが覆せねえ絶対的な差だっ!!」

「―――そうですね。数字とか物理とか()()モノは絶対です。だからこそ、()()も効きます……!」

「あ?」

 

 ヴァレッタの言葉を逆手に取るように、彼女の懐に潜り込んだルシアが告げる。

 だが、ヴァレッタからすれば逆手でもなんでもない。Lv.1に隙を突かれたところで気にする必要もない。

 

 というより、隙を突かれたのも警戒する必要がなかったからだ。つまりこれは隙じゃない。ただ認識してしなかっただけ。

 それを勘違いした間抜けにヴァレッタは舌を出して煽る。

 だが、ルシアが拳を振りかぶった後、次の瞬間。

 

「バーカ!防げねえけどそんな必要もねえ!てめぇの攻撃なんざ当たっても―――ッ!!!!?!?」

 

 爆裂音。まさにそう表現するのが相応しい。ルシアが拳をヴァレッタの無防備な腹に振り抜いた時、周囲の人間の耳にも入るくらいの轟音だった。

 その聴覚的な刺激は実際に撃ち込まれる様を目にした闇派閥(イヴィルス)の何人かは自分の事ではないというのに無意識に自らの腹を庇う度に、視覚的にも衝撃的だった。

 

 凄まじく重く、鈍く。響く、重低。目撃した市民らすらも簡単に想像できた。その突きがヴァレッタの内蔵にまで届いたのではないかと。まるで悪魔に身体の中まで握り潰されるような、そんな幻聴すら聴こえた。

 下から上へ持ち上げられるように、それでいて抉るように拡散した衝撃によりヴァレッタは殴打の直後、少し浮いた。

 

 その足はすぐに地に降りたが、力が入らず平衡感覚も失いふらついたかと思えば、ただ後退りしただけで済み、それが深刻すぎるダメージで逆に膝を、身体を折ることができなかったのだと、肉体の防衛本能なのだと、後から全身に走る激痛と駆け上がる不快感でようやく発覚した。

 ヴァレッタは、浮いていた踵を地につけたと同時に、勢いよく嘔吐する。

 

「うっあっおえっぁぁ……!!」

 

 黄色い液体と白っぽい唾液の糸、そこに加えて水の如く漏れ出る吐血。噴き出した後、ようやく膝をつき、肘もついた。

 ヴァレッタは感覚と意識を手放してしまい、視線を上げることすら叶わない。地面を見つめて荒い呼吸で苦しんだ。

 

「あっ、かっ……はっ……んだ、何が起きて……あっ、がっ、オエッ、うっ……!っぁ……!あぁ!?うぁ……!はぁ……!?どういう……っ!ううっ。うっ!あぁ……!」

「ヴァレッタ様!?」

「馬鹿な!ヴァレッタ様が……!」

 

 闇派閥(イヴィルス)の幹部にしてLv.5という最上位クラスの実力を持つヴァレッタが。頭もキレ、実力に加えて参謀も務められる実質的な(リーダー)がやられることのない戦場で混乱し、戦闘不能に追い込まれている。

 彼女が連れていた闇派閥(イヴィルス)達も予期していなかった自体に困惑した。

 

 ヴァレッタも受け付けられない現実に錯乱し、まともな判断能力を失う。激痛が走っているのにも関わらず、構わず立ち上がろうとする。

 なぜなら、Lv.1の駆け出しに膝をつかされている現状が有り得ないからだ。

 

 思考を失い、狂った判断の上では何も処理できない。冷静に、マトモであれば察することができることも思い至らない。Lv.1の鉄拳で苦しむはずがない、故に立てる。

 視野が狭まった脳が勝手にそう結論づけた。しかし。

 

「ううああぁ……!痛っ、いて、うぐっ……ぐあ……ぁ……!っぁ……!……っ!…………っ!!ーーーっ!ーーーっ!」

 

 ヴァレッタは再び蹲る。相手を侮って無防備で受けたのがよくなかった。それは深刻なダメージへと繋がり、ヴァレッタを襲う。

 腹を抑えて唾液を垂らすヴァレッタ。その目には涙を浮かべる。それ程に耐え難い激痛。無理をした結果、呼吸すらままならない結果となった。

 

 とにかく最悪の気分を催す苦痛から解放される為に回復に専念するが、いくら肩で息をしようと血なまぐさい味が込み上げてくるだけ。寧ろ、その感覚が喉にまで直上し、再び血反吐を零してしまう。

 だが、それでようやく少し余裕が出来た。

 

「痛ぇ……!痛てぇ……!なんだ!?何が起こりやがった!なんで……!はぁ?意味が……っ!Lv.1の、Lv.1の……!?っぁ、コイツ!うあ……っ!」

 

 思考能力を若干取り戻しても尚、理解不能。身を起こしてもすぐに伏せてしまった。

 

「あ、有り得ねえ……っ!Lv.1……!Lv.1に私が……!あああぁぁぁ……っ!?っぁ……!」

 

 困惑に一通り馴染むと次に怒りを取り戻し、ヴァレッタは地に向けて吠えた。

 そこにルシアが歩み寄る。

 

「連打を撃ち込むことも考えましたが、全力の一発を選んで正解でした。一番いい形で入りましたね。頭を狙えば脳震盪を起こせたでしょうか?照準を考える余裕はありませんでしたが……いえ、そんなことはどうでもいいです。それよりも!」

「あぁ、追撃だ!ダメージで苦しんでる間に畳み掛けるよ!」

「あああぁぁぁ……!舐めんじゃねえよ!」

「「……っ!」」

 

 ルシアとルノアが追い討ちをかけようと走り出したところでヴァレッタが低姿勢のまま武器を大振りし、牽制する。

 あれほど苦しみ、最大のダメージが入ったにも関わらず、もう動き始める程に回復し始めた驚異的な生命力にルシアとルノアは一旦距離を取って、警戒する。その後退を確認してヴァレッタは再度腹を抱えて、剣を支えに上体だけ起こす。膝はついたままだ。

 

「クソ……クソ……!痛てぇ……!やりやがったな、てめぇら。なんだ?何……っ、しやがった?くっ、そ……!」

 

 ヴァレッタはまだ混乱している。やっとの思いで立ち上がることはできたが、足取りは不安定。そして、すぐまた体幹が屈してしまうも今回は剣を支えに耐えた。

 代わりに唾液が彼女の口から線を引いて落ちる。

 

「……っぁ!……っぁ!ま、魔道具(マジック・アイテム)か?あぁ!?いや、カラクリはどうでもいい。てめぇ、てめぇは絶対殺す!殺す!てめぇ……!あぁ!?この私に……てめぇみてぇな雑魚が!許さねえ。ぶっ殺してやっからなぁ!?」

 

 真っ先に取り戻した感情を、怒りを振りかざすヴァレッタ。苦痛は散々味わい、そこから脱却したい気持ちが先行した。故に、理性はまだ備わっていない。

 剣を振り回し、不安な足取りでルシア達ににじり寄るのが精一杯だ。それでも、彼女はLv.5、ルシア達は迂闊には近づけない。

 

「ヴァレッタ様!どうか冷静に!目的はこの者達に執着することでは―――」

「うるせぇ。死ね」

 

 自分を苦しめたルシアに固執して怒りに暴走していたヴァレッタを部下の一人が制止しようとした。が、瞬きの間に両断される。

 

「……えっ?」

 

 まさかヴァレッタに斬られるとは思っていなかった闇派閥(イヴィルス)の男は困惑したままの表情でその首が地に転がる。

 その光景を見てルシアとルノアは驚愕した。

 

「なっ!?」

「……っ!仲間を!」

「あぁ?ハハッ。私が屈辱を味わったってのにやり返さねえなんて私の気が済まねえだろうが……!そんな事もわかんねえ輩は死んで当然なんだよ。私の気分を害する奴は皆殺しだ」

 

 ルシアとルノア、そして敵も味方も見境なく殺せるヴァレッタと距離を取る闇派閥(イヴィルス)の動揺を置き去りにして、ヴァレッタは気持ち良く高笑いを響かせる。

 そんな彼女の様にルシアは腸から煮え返るような憤りを表情にまで昇らせた。眉間にシワを寄せて相手を鋭い視線で捉える。

 

「……そうですか。【殺帝(アラクニア)】、資料(データ)通りの性格ですね。やはり私は貴女のような人種(タイプ)が一番嫌いです」

「奇遇じゃねえか。私も今、てめぇがフィンのクソ野郎の次に殺してぇ……!絶対ぶっ殺す項目(リスト)の名誉二人目はてめぇだ!!」

 

 声を荒らげながら宣言したヴァレッタが剣を手にルシアに肉薄しようとする。

 しかし、戦闘に移るにはまだ早かった。ヴァレッタは自身の身体がようやく歩行が可能になったくらいだと気付く。

 

「うっ……ぐっ!クソ……!」

 

 苛つきばかりが増し、酷い内出血で真っ赤になっていた腹は血色の悪い大きな痣になりつつある。その痣を抑えてヴァレッタは表情を歪めた。

 

「はぁ……!はぁ……!あぁ、クソ。ずっと痛みやがる。んで痛む度にイライラする。殺意が沸く!けどよぉ、だんだん慣れて(ひいて)きて冷静にもなってきたぜ」

 

 呼吸も整い、ヴァレッタの視野は戻ってきた。目の前のルシア達よりも今日の目的を思い出し、無力な市民達に目を向ける。

 

「あぁ、癪だがさっきの奴が正論だな。てめぇら小粒に執着するよりもっと騒ぎを起こさねえと意味がねえ。あ~殺しちまったが、ま、そこは冷静になった今でも殺すな。論より気分だ。私をイラつかせるってのが一番の大罪だぜ」

「こいつ……!」

 

 理性的に作戦を理解する頭は持ち合わせていながら、自身の欲求を異常に優先する壊れた倫理観も併せ持っている。

 そんな相手にルノアは表情を歪めて構えた。だが、当のヴァレッタはもう彼女達の相手をマトモにする気はない。

 

「おい、野郎共。冒険者のクソより民の奴らを狙え。な~に、目の前の雑魚共(こいつら)もその辺の冒険者もLv.5の私が抑えつけといてやるよ。特にチビのエルフ!てめぇは念入りになぁ!!」

「……っ!何をするつもりですか!?」

 

 ルシアが尋ねるもヴァレッタは意地汚い笑みを浮かべるだけ。

 

「ハハッ。何だろうなぁ?当ててみろよ」

「……っ!何であろうとやらせません!」

「ルシア!」

 

 一人先行して突っ込むルシアをルノアが制止する。

 だが、その手は届かず。向かってくるルシアにヴァレッタはしめたとばかりに中指を立てて部下の後ろへと下がっていく。

 

「バ~~~~カッ!挑発に乗りやがってマヌケが。てめぇ一人で突っ込んだら私には勝てねえ。それに、距離を詰めたら守るモンも守れねえぞぉ!?」

「えっ……?」

 

 ヴァレッタの発言から嫌な予感を抱いたルシア。それでももう遅い。ルシアの予想通り、というよりは一瞬過ぎった相手の選択肢は的中した。

 闇派閥(イヴィルス)はローブの下から次々と魔剣を取り出し、その刀身が日光で煌めく。存在感を見せた魔剣の数々に駆け出していたルシアが急停止して、目を見開く。

 

「それは……!」

「まず……っ。そうか、魔剣!ルシア、炊き出しに参加してた一般人(みんな)がヤバい!」

「気付くのが遅せぇよ!やっちまえ!!」

『ハッ!!』

 

 ルノアが敵の狙いに勘づいたが、ヴァレッタの言うように時はもう既に遅い。

 闇派閥(イヴィルス)の標的は市民。彼に向けて魔剣を振るおうとしていた。

 

「くっ……。ルノアさん!!魔剣を一本でいいので奪ってください!!」

「はぁ!?なん……いや、分かった!!」

 

 ルシアの指示、その意図をルノアは瞬時に理解できないが、そんなことを言ってる場合じゃない。何も考えずに従う。その判断を一瞬で下したルノアのおかげで、彼女は敵が魔剣を用いて猛威を振るう前に距離を詰めることができそうだった。

 無論、先の宣言通り、冒険者の相手をするヴァレッタが妨害の為に前に出てくる。

 

「させる訳ねえたろうが!」

「こっちのセリフです!」

 

 ヴァレッタが出てくるのは想定内。ルシアは彼女が駆けたのと同時に地面を思い切りぶん殴る。ルノアは、ルシアが振りかぶったのを見て跳躍した。

 ルシアの馬鹿力で辺り一帯に地割れが起きる。それによってヴァレッタは足場を失った。

 

「なっ!?てめぇ……!」

「ルノアさん!」

「よっしゃ、おらぁ!!」

 

 揺れでヴァレッタはふらつき、反応が遅れる。地割れに阻まれようと即座に脱出できるが、それよりもルノアの方が早い。

 彼女のタイミングをズラすのがルシアの狙い。ステイタスの差を他で埋めた。

 闇派閥(イヴィルス)の懐に潜り込んだルノアは彼らに鉄拳を叩き込む。

 

「なっ、なんだ!?うわぁぁ!!」

「よし一本取った!ついでコイツで……!」

「あっ。待ってください、ルノアさ―――」

 

 ルノアに殴り飛ばされた闇派閥(イヴィルス)が魔剣を手放し、ルノアはそれを落とす前に掴ま取る。

 そして、彼女は動揺し、対応出来ていない闇派閥(イヴィルス)に手に取った魔剣を振るった。闇派閥(イヴィルス)は吹き飛ぶ。

 

『うわああぁぁぁぁああーーーーっ!!!!』

 

 敵を多く蹴散らしたルノア。その光景にヴァレッタが顔を顰める。

 その奥でルシアはあぁ……と目元を覆った。彼女の思惑とは異なる行動だったからだ。

 

「ちっ!前衛がやられた!でも、魔剣一本振るったくらいじゃ全滅はさせられねえ。何の解決にもなってねえぞぉ!」

「あぁ……!彼女の言う通りですよ、ルノアさん!使っちゃダメだったのに……!」

「えっ!?そうなの!?ちょ、それ先に言って……あぁ!壊れちゃった!どうしよう、ルシア!あ、一本落ちてる。ラッキー!」

「ノ、ノリで乗り切り過ぎでは!?」

「ふさげた漫才(コント)しやがって……!何から何までムカつくじゃねえか、テメェら!それともあれか?殺しがいがあって私を楽しませてくれる最高の奴らってかぁ?アハハ!!」

 

 高らかに笑い、剣を地に突いて体勢を立て直したヴァレッタ。

 ルシアはそんな彼女を傍目に、彼女の近くで魔剣を回収したルノアに指示を飛ばす。

 

「ルノアさん!それを向こうに遠投してください」

「わ、わかった。おらぁ!!」

「……よし」

 

 頭上を超えて放物線を描く魔剣を確認して、見送ったルシア。ヴァレッタがにじり寄る。

 

「何が良しだ。何も好転してねえだろうが。……何を狙ってやがる?」

 

 彼女は未だ自分に有利な状況に余裕は見せているが、ここまでのルシアの行動(ムーヴ)を目にしてその思惑を探るようにした。

 さすがは【殺帝(アラクニア)】、言動や抑揚(テンション)とは裏腹に知能が高い。

 

 ルシアは事前に得た情報との照合に納得する。もはや、彼女の態度は隠れ蓑(ブラフ)なんじゃないかとさえ思う。

 そんな知能犯の格上が問い掛けを投げてきた。こちらに余裕はずっと無いが、意味があるのでルシアは挑発することにした。

 

「さぁ?当ててみたらどうですか」

「……っ!」

 

 ルシアが首を傾げたのを見てヴァレッタは衝撃を受けて目を見開いた後、口角を上げた。そして、目元を抑えて天を仰ぎ、大爆笑する。

 面白いと感じた訳ではない、これは格下に舐められた態度を取られたことに対する怒りだ。

 

「ハハッ。あぁ~マジで最高に苛つくじゃねえか。てめぇはさっきからよぉ!」

「それはどうも」

「スカした顔してんじゃねえぞ!」

 

 語尾の勢いと共に顔に被せていた手を払って憤りを露わにきたヴァレッタに、ルシアは冷静に返しながら脳裏で思考を巡らせる。

 ルシアの挑発に乗ったヴァレッタは剣を手にルシアに突撃してくる。

 Lv.5に襲われたらルシアは瞬殺される。ルノアが焦ってヴァレッタに立ち向かう。

 

「ルシア!」

「てめぇもいい加減弁えやがれ!」

「……っ。ヤバ!」

 

 妨害しようとしていたルノアに、標的が変わり、今更勢いを殺すこともできず、肉薄するヴァレッタに反応できずに剣で殴り飛ばされる。ルノアは肉弾となって瓦礫に突っ込んだ。

 

「ぐあっ!?」

「ルノアさん!」

「チッ!感覚的にLv.3くらいだろ、アイツ。クソ!それなら私との差を考えりゃ今ので仕留められただろうが……!ぐっ、ぁ……っ。腹に力が入らねえ。まださっきのが効いてやがる……!」

「……!」

 

 ルノアを吹き飛ばしたヴァレッタが表情を歪める。剣を立てて腹を抑えながら幾度か息を吐いた。

 そして、その様を捉えていたルシアに視線がギョロっと移り変わり、ルシアもギョッとする。標的がまた戻ったのを察知したからだ。それに負傷した状態でも彼女と正面から衝突したら勝負にすらならない。

 

 それでもしないより良いと考えてルシアは構える。もうあとは拳を何回撃ち込めるかしか考えはない。

 策は尽きた。というより打てる手はもう全部切った。切り札などない。最善は尽くした。あとは藻掻くだけ。

 

 対峙するルシアとヴァレッタ、その奥で闇派閥(イヴィルス)が体制を立て直して魔剣を用意する。ヴァレッタは一瞬そっちを確認した後、剣先をルシアに向ける。

 ルシアは固唾を呑んだ。

 

「決めたぜ。先にてめぇからだ、チビ助。私に瞬殺されるまでにキッチリと魔剣で消し炭になる無辜の民って奴らを目に焼き付けて悔しがりながら逝っちまえ!!」

「―――させるか。愚弄」

 

 ヴァレッタが殺意を剥き出しにし、剣を振り上げて駆け出そうとした時、戦場に影が参入する。ルシアの視界には着物の柄が映った。

 降り立った大和撫子は刀で突きを繰り出し、敵は剣を盾にせざる負えなくなった。参戦した輝夜の横槍を防いでヴァレッタは後退する。

 

「……っ!新手!うっ……!ぐっ、クソ。腹が……!」

「輝夜さん!」

「全く。お前はいつも渦中にいる。……巻き込まれ体質言うやつですか?ますます引きこもるべきやと発覚した、いうことちゃいますか」

 

 ルシアの前に降り立ち、ヴァレッタの行く手を阻むように輝夜が現れた。炊き出しの警護にあたっていた【アストレア・ファミリア】が現場に現着したのだ。

 輝夜が身につけている紋章からヴァレッタがその正体を読み取る。

 

「クソ。また【アストレア・ファミリア】かよ。てめぇらに用はねえよ、乳臭ぇガキ共が」

「うわあああぁぁぁ!?」

「……っ!」

 

 次から次へと入る邪魔。ヴァレッタが悪態をついたところで彼女が連れていた闇派閥(イヴィルス)達が突然なぎ倒されていく。

 ヴァレッタは足元に部下が転がってきたことでハッとして自身の背後を見る。するととそこには闇派閥(イヴィルス)を制圧していく正義の眷属達が。赤髪の剣士と金髪のエルフ、アリーゼとリューだ。

 

「なっ!?てめぇら!なんで……!」

「【殺帝(アラクニア)】。お前の取り巻きが持つ魔剣を全て破壊する」

「何!?……っぁ。まさか……!」

 

 リューが宣言したのと同時に魔剣を一つ粉砕し、ヴァレッタはあまりにスムーズに闇派閥(イヴィルス)を攻略していく彼女たちに驚愕した後、その理由(カラクリ)に察しがついた。

 元凶であるルシアを見遣ると、彼女は不敵に笑っている。

 

正解(Exactly)。きっと気付いてくれると思いました。私達の団長はとても優秀なので……!」

「そう!私はこの世で最も賢く最も強い!そして、気高く美しい超絶美少女アリーゼ・ローヴェル!うんうん、ルシアはよく分かってるわ。私の次に英智ね……!」

「いえ。そこまでは言ってません!!」

 

 ルシアの賛辞にアリーゼが調子に乗って鼻高々と自己主張をしたところでルシアも元気よく否定を入れる。

 Lv.5との対戦という絶望的状況、人々の為に動き出す勇気は出たが、本当は足が震えていた。そんな戦場でも彼女が現れると活力を貰える。

 

 そういう空気感を持ってくる人望(スター)性と、底抜けにふざけ倒した言動が彼女の武器の一つだ。

 加えて、ルシアが浴びせた称賛も決して彼女を乗せる為だけに言った訳ではない。ちゃんと本音で事実。ルノアに投げ飛ばして貰った魔剣、それが彼女達の道中に発見され、アリーゼは敵は魔剣を有していると気付くことができた。

 

 連鎖的に敵の狙いも炙り出せる。この場に魔剣を持ってくる意味があるとすれば複数の魔剣による甚大な被害を生む為。となれば、敵が持っている魔剣は一本や二本ではない。そんなはした数を持ってきたところで有力派閥の冒険者には通用しない。それは相手も理解しているハズ。

 そこまで至って、魔剣を発見した時に、アリーゼは到着次第敵が持つ魔剣を片っ端から破壊することを優先する。そう決定した。

 

「私とリューで魔剣を破壊するわ!行くわよ、リュー」

「はい!シャクティ、輝夜。【殺帝(アラクニア)】は任せます!」

「はいはい。貴女に言われなくとも分かっています」

 

 輝夜がシャクティと共にヴァレッタと対峙し、アリーゼがリューを連れて闇派閥(イヴィルス)に突撃する。狙いは魔剣。敵の制圧は後回しだ。

 魔剣を取り上げては粉砕する。その一方で輝夜がルシアの隣まで後退、シャクティがルノアを迎えに駆け寄る。

 

「ルノア、大丈夫か?」

「あー、なんとかって感じかな」

 

 苦笑いしながらシャクティが差し出してくれた手を掴むルノア。

 ルノアを引っ張り上げるシャクティに今度はルシアが駆け寄った。

 

「ところでシャクティさん。どうしてシャクティさんがここに?炊き出しの警護は【アストレア・ファミリア】全員と、【ロキ・ファミリア】から一人派遣されると聞いていましたが」

「それは……。お前が飛び出した後、行方をくらましたと聞いて、心配になったからだ。【重傑(エルガルム)】に無理を言って代わってもらった」

「あぁ……なるほど。それは……えっと、すみません……」

 

 シャクティから事情を聞いてルシアは途端に申し訳なくなる。シャクティは全て輝夜から聞いている。当然、ルノアが発端だということも。

 ルシアに説明したあと、ルノアに非難の視線を向けたが、ルノアはそれに気付いて目をあさっての方向に逸らした。

 一同が揃い、言葉を交わしたところでヴァレッタがシャクティの所属を認識する。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】~!?フィンどころか【ロキ・ファミリア】すら来てねえじゃねえか!あのクソ勇者……!」

 

 事前に入った情報と異なる現状にヴァレッタが悪態をつく。およそプライドが高いとやらない陽動役まで引き受けたのに、これでは意味がない。

 加えて、部下から耳打ちで本部隊の移動も失敗したと情報が入り、尚更という結果になってしまった。

 

 必要ならば自分が相応しくない役割を担うことも策士的な一面もあるヴァレッタなら厭わないが、【ロキ・ファミリア】が派遣され、フィンがいるかもしれないという前提がなければさすがに乗り気ではなかった。だというのにそっちも外れだ。

 もうここにいる理由が完全になくなってしまった。

 

「あぁ。ちくしょう。萎えたぜ。ここは退散だ。野郎共!なんでもいいから私を逃がせ!」

 

 ヴァレッタが部下に指示を出す。彼らは困惑するが、ヴァレッタにやれと言われれば最終的には頷くしかない。

 アリーゼとリューに魔剣を破壊されているが、制圧は後回しにされている為、まだ動ける者も多い。各々適当な武器を持って冒険者に雄叫びを上げながら立ち向かった。

 乱闘に発展する中でヴァレッタを逃がさまいとリューは強行突破しようとする。

 

「行かせるものか!」

「ハッ。ロキやフレイヤのとこのLv.5ならともかく、最高Lv.4のてめぇらじゃ私は捕えられねえ。悪いが、行かせてもらうぜ?……だが、その前に」

 

 乱闘を境に冒険者の対岸的位置取りに逃げ込んだヴァレッタは後ろ歩きで後退しながら最後にルシアを捉える。

 そして。

 

「ルシアぁ!」

「……っ!?」

 

 突撃その名を叫んだヴァレッタに戦闘中だったルシアが目の前の敵を相手取りながら目を見開く。

 固有名を把握されている。つまり、強く記憶されているということにこの場にいる全員も反応した。

 

『なっ!?』

 

 彼女達なら敵が名を覚える時、凄まじい憎悪が紐付けられていることくらい簡単に予想がつく。

 ヴァレッタはある意味で熱い、粘着質のある視線でルシアだけをその瞳に映し続ける。

 

「ルシア、ルシアぁ、ルシア……!そう呼ばれてたよなぁ、チビ助エルフ!!そうか、オリヴァスのクソが言ってたのはてめぇかぁ……。チビのエルフでLv.1で化け物みてぇな(パワー)!ピッタリ当てはまりやがる……!まあアイツの妄言はまだラリってるのを疑うがなぁ!でも、てめぇに執着する気持ちはよぉ~くわかるぜ」

 

 気になる文言を残しつつヴァレッタは徐々に後退していく。

 ルシアは状況を打破したが、また嫌な注目を集めてしまったことに顔を顰めて彼女と睨み合う。

 ヴァレッタは笑みを浮かべながら、それでいて執念と怒りを込めて叫ぶ。

 

「しっかり名前覚えたからな、ルシアぁ!アハハッ!てめぇだけは絶対ぇ殺す!フィンと一緒に執拗に狙い続けてやっからこれから覚悟しろよぉ~!じゃあな、クソ冒険者共ぉぉ!」

「待て!」

「リューさん!それに、アリーゼさんとシャクティさん。彼女を追うより場の制圧と避難誘導を。それが最優先です!」

『……っ!』

 

 ルシアの制止に全員の足が止まり、周囲を見渡す。まだ逃げ遅れた人々がいる。何より彼らの生活圏で起きている事件だ、放っておく訳にはいかない。

 ヴァレッタは冒険者の追手がないことを確信したのか背を向けて逃げた。もうその背中も見えなくなる頃となる。

 それをリューは悔しがりながらも目線を伏せて諦め、輝夜は敵集団を斬り伏せた流れのままルシアの隣に着く。

 

「戦場での判断においてはお前が一番正しいのはこれからも揺るぎない。その一点だけは私も従おう」

「輝夜さん……!」

「私も参入する!青二才、連携しろ。私の足を引っ張るなよ……!」

「それはこちらのセリフだ!!」

「あら、いつものやつね。本当に仲良いんだから!」

「「仲良くない!!」」

 

 言いたい事はいくらでもあるだろう輝夜がルシアの指揮の元動き始め、ルシアも彼女の理性的な判断に感謝する。

 そして、リューといがみ合い、アリーゼが的外れな感想を述べる。通常運転を見せる彼女達とルシアは戦場を乗り切った。



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チキチキ大聖樹

「さて、意味のない弁解があるならどうぞお好きに。先に申しておいてくれるとこちらも早々に無視できて助かります」

「やめないか。ルシアはルノアに連れ出されただけだ。ルシアを責めるのはおかしい」

「……その理論でいくと私は怒られてもいいってことにならない?」

「当然だ」

「当たり前です」

「ひえっ」

 

 炊き出しで暴れた闇派閥(イヴィルス)を沈静化させ、事態が落ち着いたところで後の処理は輝夜を除く【アストレア・ファミリア】に一任した。シャクティ、輝夜はルシアを一旦匿い、闘技場(コロッセオ)の一室に退散した。

 そして、一緒に回収されたルノアが糾弾されている現在に至る。ただ、ルノアは少し不満げだった。

 

「そりゃ……闇派閥(イヴィルス)とは戦っちゃったけどさ。でも、やっぱりルシアが一生謹慎っていうのには納得いかないよ」

「理由はどうあれ結果的にルシアを連れ出したことで今回の騒動に巻き込ませてしまった。その責任はある筈だ。違うか?」

「そ、それは……」

 

 論点をすり替えるなとばかりにシャクティが指摘する。それが正論だった為、ルノアは口篭った。

 炊き出しに参加するのは輝夜も賛同したことだが、本来は【アストレア・ファミリア】と共に行動していた。単独で遭遇し、命の危機に瀕したのはルノアが原因だ。この非難は呑むしかない。

 

「問題はもう一つあると思います」

「何?」

 

 往生際の悪いルノアは一旦置いておいて、輝夜は気になっていたことを議題にあげる為、前振りを用意する。

 そこに考えが至っておらず、なんの事かわからないシャクティが訝しむ。その様子を見て輝夜は説明することにした。

 

「ルシアはあの【殺帝(アラクニア)】を退け、炊き出しの強襲で被害を物損だけで収めた。その事実が残ってしまった今、危惧すべきことがありませんか。これでルシアは実績を三度築いたいうことになります。そんな人材を……【勇者(ブレイバー)】は逃さない」

「……っ!」

 

 輝夜が最後に声音を強めて告げた事にシャクティが目を見開く。

 彼女の言うことは最もで、重要な観点だったからだ。それでいてシャクティは見落としていた。確かに彼は人材を欲している。

 ルシアはもうその条件に一致しているはず。求められるのも時間の問題だ。それ程までにルシアは活躍してしまった。

 

「……確かにあの【勇者(ブレイバー)】が死力を尽くしてもこの現状、優秀な人材がいるなら声をかけてくるだろう。そうなればルシアは戦う機会が増え、ますます危険(リスク)を背負うことになる」

「厄介ですねぇ。何よりその元凶が本人とどっかの誰かさんの勝手な行動いうのが困ります。こっちがどんな思いで手を尽くしても本人達はその気がない言いはります」

「ちょっと。そんなにネチネチ文句つけたって私は反省しないからな!」

「なんだと。貴様。まだ自分がしでかした事の重大さがわからないか。どこまで愚かだこの青二才が」

 

 またしても言い合う二人に対してシャクティはもはや相手にしない。

 冷静に、話の流れの舵を取り、内心呆れながら表情には出さず、続ける。

 

「……とにかく【勇者(ブレイバー)】からの誘いがくれば断る他ない」

「どう言って断るおつもりですか?モンスターと人間の間に生まれてたので目立つことをすると迫害受けるんです~って言ってしまいますか」

「何故そう挑発的な言い方ばかりする。それに、奴に事情を打ち明けるのは得策ではない」

「……?」

 

 いい加減輝夜の態度に嫌気が差して軽く捌いた後に、シャクティは【勇者(ブレイバー)】と呼ばれる男を思い浮かべる。何度も交流し、得た印象と実際に発覚している性格からひとつの憶測があった。

 そこから導き出される答えから、ルシアの正体を彼にバラすことに対して、シャクティは警戒している。

 

 誰も彼女のそんな危機察知と態度に検討もついていない為、全員が眉をひそめてシャクティに注目。口を割るのを待つ。

 シャクティもそれを理解して、視線が集まったのを確認してから、告げた。

 

「奴は、勇者であって英雄ではない。モンスターを受け入れることは……ないに等しい。最悪討伐すらされかねん」

『……っ!』

 

 シャクティの分析。そして、その内容が的を射ているからこそ、受ける衝撃。

 輝夜は彼女の予測を否定せず、少し考え込んだ。当然、フィン・ディムナという男の人物像についてだ。

 

 その上で確かにあの男ならばその決断を下す可能性が大いにある。

 否、可能性などと揺らぐものではない。ほぼ確実であり、逆の選択をする程の慈悲をルシアには抱かないと言ってよかった。

 

 そこまで至って輝夜は自身の発汗を感じ、息を呑み喉を鳴らす。深刻な面持ちで顔を伏せたかと思えば、徐ろに視線を上げて遠くを睨んだ。

 最後に天を少し仰ぎ、口元を裾で隠して溜息をつき、普段の彼女の落ち着きを取り戻す。

 

「……まったく、次から次へと。やってられません。それもこれも問題ばかり起こす人があるせいとちゃいますか」

「す、すみません」

 

 輝夜の指摘に、今後起こりうる面倒な事の多さをルシアも自覚した。故に、いたたまれなくなり思わず謝罪を口にする。居心地も悪くなってきて、肩身が狭くなってきた。

 申し訳なさそうに萎縮するルシアに、シャクティが助け舟(フォロー)とまではいかなくとも、この議論の解決はまだ無理と判断して口を挟む。

 

「過ぎたことを言っても仕方ない。それにまだ起きてもないこともだ。【勇者(ブレイバー)】の件は置いおこう。それよりも今後のルシアについて話し合うべきだ」

「そうですね。向こうから声がかかってない内にあーだこーだ言うても意味ありません。とにかくルシアは当初の通り謹慎ということで、いいな?」

「……はい」

 

 勝手な行動もここまで。事態の発展と悪化を招いた責任をルシアも感じてはいる為、この場を設けられ、連れ込まれた時点で納得してなくとも渋々でも承諾するしかない。輝夜に確保されてからそれは理解していた。

 謹慎を受け入れたルシアが俯く。そのタイミングを見計らったように部屋の扉を軽く叩く音が聞こえた。シャクティがそちらに意識を割き、戸が開く。

 

「お姉ちゃん、ごめん。大事な集まりの中、お邪魔してもいい?」

「アーディ」

 

 入室してきたのはシャクティの妹、アーディ・ヴァルマ。半開きの扉から顔を覗かせたと思ったら中の様子を確認して即座に中に来て、扉を閉める。

 どんな状況か、何を話していたか、それらに関わらず情報を漏らさないよう徹底して身に染み込ませているが故の模範的な礼儀だ。彼女もガネーシャの憲兵(けんぞく)だとわかる。

 そんな彼女には当然シャクティが対応する。

 

「入ってきても構わない。何か用か?」

「うん。ちょっとルシアにね」

「わ、私ですか……?」

 

 突然名指しされてビクッと肩を揺らして反応するルシア。先程から良い話題とはお世辞にも言えない内容の問題児として扱われていたのもあって、嫌な予感がして顔を顰める。

 逆にアーディは度々姉から名は聞いていたし闘技場でも何かとその名を耳にしていたが、今まで面識はなく、ようやく初対面を迎えたルシアにパッと表情を明るいものに変える。

 

「わぁ!貴女がルシア!?あ、ごめんね。話には聞いてたけど会うのは初めてだからちょっと感動しちゃった」

「いえ。お気になさらず」

「私、アーディ!シャクティお姉ちゃんの妹だよ!よろしくね、ルシア」

「はい。よろしくお願いします」

 

 握手を交わす二人。すると、ルシアの手を両手で包んだアーディが一気に距離を詰めて、顔を近づけてきてルシアは驚いて少し身を引く。

 アーディは目を輝かせながら興奮気味な様子だ。

 

「ちっちゃ~い!可愛い!頬っぺたぷにぷにしそ~!触ってもいい?」

「えぇ……あぁ、えっと……」

 

 今までに類を見てこなかった距離の詰め方と好感度の初期値の高さにルシアはただただ困惑する。

 今度は本当に助け舟を出す意味でシャクティが割って入った。

 

「……アーディ、その辺にしておけ」

「あっ。そっかそっか。怖いよね、初対面でこんならぐいぐいこられたら。ごめんね!」

「いえ。それより私に何か?」

 

 気を取り直して尋ねるルシア。切り替えの早さには自信がある。

 アーディも自分がなぜここに来たのか当初の目的を思い出した。

 

「そうだった!ルシアってフリテンの王森出身だよね?ハイエルフなんだもんね?」

「えぇ、まあ」

 

 事実なので肯定する。同時に顔を顰めた。その名にいい思い出はないし、単純に嫌いだからだ。

 迫害され、逃げ出してきたのがその証拠だ。故に、名を聞くだけで嫌な予感の的中を感じる。

 

「えっとね。今、オラリオに『大聖樹の枝』が出回ってるの。闇派閥(イヴィルス)がエルフの里を荒らして都市の外から仕入れて捌いてるの。それで、君の里の物も含まれてて……」

「はぁ。左様ですか」

 

 順を追って丁寧に説明するアーディに対して、ルシアは心底どうでもよさそうに明後日の方を見遣る。

 アーディは何やら部屋の外から物を取り出そうとしていてその憂鬱とした表情に気づいてないようで、シャクティが難しい顔をしてアーディを止めるか躊躇う。アーディも好意でルシファーの為に動いていると分かっているからとめづらい。

 

 彼女が何を持ってきたのかは定かでは無いが、ルシアはフリテンの名を聞くだけで気分が悪くなってきたので、それに関連する事だとわかった時点でもう興味が起こることもない。早く終わらせてくれないかと願うだけだ。

 そんなルシアが嫌な顔をしているのを他所にアーディはようやく引っ張り出せたある物を、傷つけないように細心の注意を払って部屋に持ち込む。

 

 しっかりと包装されたそれをアーディは、エルフにとって大事なものだと理解しているからこそ、丁重に扱った。

 が、その布の隙間から微かに覗くことのできた中身について、ルシアは強烈な衝撃を受ける。

 

 そして、オラリオに来てから一番の拒絶を宿して表情を歪める。

 シャクティがその変化を確認して制止しようとしたがもう遅い。恐ろしいことに何も知らないアーディは武器くらい長い枝を取り出して、見せた。

 

「それでね!フリテンの王森の『大聖樹の枝』も回収できたんだ。ハイエルフの森のやつだからちょっと苦労したんだけど、なんとか取り戻せて……!それを今日君に渡そうと持ってき―――」

「いいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいっ!?」

 

 全てがスローモーションになる。アーディが大聖樹の枝を取り出すのと同時にルシアが奇声をあげて飛び跳ね、部屋の隅に一瞬で移動する。部屋の中で取れるアーディとの距離の最大値を位置取り、まるで変質者を目撃した時のような嫌悪感と不快感を抱いた。

 全力で嫌な顔をして怯えた様子のルシアに、アーディは予想していなかった為、目を見開いて驚く。

 

「わっ!?びっくりした!何?何事?どうしたの!?」

 

 今度は事態を読み取れないアーディが戸惑って狼狽える。

 とにかく彼女の目から見てもルシアが尋常じゃない程に怯えてるのはわかる。思わず心配が買ったが、自分に何か失礼があった可能性にも思考を巡らせる。

 

 もう手遅れの状況にシャクティは片手で目元を覆い、輝夜は他人事のようにあらあらまあまあとほくそ笑んで楽しんでいた。ルノアももう苦笑いと哀れむことしかできない。

 部屋の角に背を預けるルシアがアーディがなんとか事情を聞こうとするのより先に糾弾する。

 

「な、ななななんて物持ってくるんですか汚らわしい……!!」

「えっ。汚らっ。え?どういうこと?大切な枝じゃないの?ルシア、これ……」

「ちょ、なんで出すんですか!?しまってください!いや、しまっても嫌!キモ!キモイです。もう空気が気持ち悪い!空気に触れたから!あぁ、もう空気が。汚染です!環境破壊!換気早く!!」

「えぇ……」

 

 動転しすぎて荒れ狂うルシアに、アーディは対処に手をつけるより困惑が優先されてしまう。

 ルシアは落ち着かない動きと急ぎ足で窓を開けようとして転び、それでもすぐさま起き上がって他に気を取られることなくとにかく出来うる限り最速で換気した。その後もまだ枝を持つアーディを警戒してジリジリと距離を保ってまた定位置(すみっこ)にゆっくりと戻っていく。

 

「絶対それ近付けないでくださいよ。あと早急に処分してください。ていうかまず部屋から出してください」

「そ、そんなに……?おかしいなぁ。喜んでもらうつもりだったんだけど……」

 

 良かれと思って持ってきたものをまさかここまで拒絶されるとは、アーディも予想だにしていなかった。故に少し面食らう。

 エルフにとって大切な物だと教わっていたが、その事前知識が全てのエルフにとって該当するかどうかまでは考えが至らなかった。

 

 とはいえ、ルシアは特異な例だ。普通のエルフと違うといえば、エルフとして癖ありなだけのように聞こえるが、実際は戦争を経由して得た嫌悪感なのでそれより想定して対処するのは事情を知らないアーディには不可能だ。

 これは、アーディの善意が奇跡的にルシアが嫌がる結果に繋がったに過ぎない。だからか、この事態の責任をシャクティは感じる部分もあった。

 

「すまない、アーディ。ルシアは少し変わった事情を持ってるエルフなんだ」

「そうなの?よく分からないけど……なんかごめんね、ルシア」

「はい。もうそれは構わないので。はい。そんなことどうでもいいので。とにかく早く。その汚物(ゴミ)を。早く」

「そ、そうだね。そうだったね。すぐ片付けるね?ごめんね」

 

 もうアーディがどうこうという話ではない。アーディの不手際(ミス・アプローチ)などルシアからすれば、比較的どうでもいい。失礼よりも早急な処分という名の対処をして欲しかった。

 何事よりもそれを優先するルシアの押しに、アーディも気圧されて彼女の意思に従った。それが実際最適解でもある。

 

「はぁ……まだちょっと臭いますね」

「無臭だと思うが」

 

 鼻をつまんで誇示(アピール)するルシアに、シャクティがいい加減過剰に感じて味方をやめる。

 アーディも急いで大聖樹の枝を外へ出した。

 

「よい、しょっ。あっ。そうだ。これも言おうとしてたんだった!ルシア、この前闇派閥(イヴィルス)の幹部を捕まえてたよね」

「……えぇ。まあ」

「えっと。まだ臭い?」

 

 渋い表情をやめないルシアにアーディが苦笑いする。

 だが、これでは話が進まない。ルシアもそれはわかってる。ルシアにとっては既に印象は最悪のアーディ。アーディ・ヴァルマの人柄に多くが惹かれる中、ルシアは例外となった。

 それでも、いやだからこそ、話があるならささっと済ませてもらおうとルシアはアーディを催促する。

 

「お気になさらず。話を続けてください」

「あ、うん。その幹部がね。ギルドと【ガネーシャ・ファミリア】で尋問してるんだけど全然口を割らなくて……それで、何か要求がないか聞いてみたの」

「……なるほど。相手が求める物を用意する事で情報を提供してもらおうという訳ですか。定石ですね。それで、彼はなんと」

「それが……ルシアを呼んでくれって」

「はい?」

 

 突然の指名にルシアも困惑する。

 この前捕まえた幹部のことは覚えている。細い目の薄顔の男だ。どうやら自分に敗れたのをよっぽど根に持っているらしいというのは今のやり取りだけで理解できた。

 非常にめんどくさい事だ。それに。

 

「アーディ。それは……」

「うん。分かってるよ、お姉ちゃん。ルシアが相手なら何か話す、()()って言われたけど私も応じるつもりどころか要求されたことルシアに伝えないでおこうって思ってたの。でも、私達もちょっと手詰まりで……」

「そういうことですか」

 

 シャクティが指摘しようとしたように、相手の要求を一方的に聞くなど以ての外。それが駆け出しの冒険者の呼び出しで、仲間を売る行為なら尚更だ。無論、差し出す訳にはいかない。

 それが例え交渉役、尋問であっても同様だが、ルシアは肝が据わってる。どうも飲み込みがよく、応じる雰囲気を感じさせた。

 が、勝手に決めるルシアでもない。

 

「分かりました、と言いたいところですがどうしましょう?」

「……何かと厄介事が降ってくる」

 

 輝夜に確認するルシア。

 呆れた様子の彼女だが、一概にルシアだけが悪いとも考えなかった。ルシアの特異性が厄介事を呼ぶのは簡単に予測できたはず。

 その上で、簡単にある程度の活動と自由を認めてしまった自分にも落ち度があると後悔した。

 

「下手に機会(チャンス)を与えたのが仇になったいうことですねぇ。私とした事が。我ながら甘すぎた」

「えっ。何?何の話?何かあったの?私、この話持ってきたのまずかった?」

 

 ルシアの肉体の事も、四人が秘密を共有していることも、今何を問題視しているのかもアーディは知らない。

 把握できていない話が濁されながら進められていく様子を前にただ戸惑った。

 ルシアが詰まり、シャクティが誤魔化す為に口を回す。

 

「あぁ……えっと……」

「大した話ではない。それよりも、他にも捕獲した闇派閥(イヴィルス)がいただろう。そっちから何も聴き取れないのか」

「まあルシアに会いに来たということは、喋りはするけど良い情報を何も持ってなかったってところでしょうねぇ」

「うーん、悔しいけど当たり。闇派閥(イヴィルス)側でも情報統制はしっかりしてるみたい」

「幹部の側近まで行き届いてるとなると確かにかなり厳重ですね」

 

 ルシアも敵の手腕に唸るしかない。

 状況の共有が全員に行き渡ったところで、結局は振り出しに戻った。

 

「えっと。それで、ルシアは行けないの?なんで?」

『……』

 

 回答に困る。素早く対応しなくてはいけない場面。でなければ、アーディが訝しむ。

 が、どうも上手い誤魔化しが出てこない。ルノアは苦手分野で、シャクティと輝夜も出し尽くしてきた。

 

 全員が内心で思考を巡らせる。沈黙が長く続けば続くほどアーディが全員を見渡し眉をひそめ、表情を曇らせていく。

 そこで、苦し紛れにシャクティが口を開こうとしたその時。ルシアが先に口火を切る。

 

「実は、あの幹部に私は大層惚れられてまして」

「えっ、そうなの!?」

『……っ!?』

 

 聞いたこともない事を言い始めるルシアにアーディ以外が同時にルシアを見る。もちろん真っ赤な嘘だ。さらっと言ってのけた上に内容も状況を打開するためとはいえ自惚れもいいところなのでシャクティと輝夜が固まってしまう。

 そんな周囲を気にもせず、ルシアはさっそく演技を始めた。輝夜の真似事で袖を使って目元を隠し、わざとらしく泣いてみせる。

 

「はい。どうやら一目惚れのようで、それはもう情熱的にアプローチされまして。多分私じゃないと嫌だと我儘を言っているのもそれが理由です。ただ私はその好意が受け取れず……するとそこで彼は!執拗に迫ってくるようになったんです!それがもう辛くて……!よよよ……」

「うわぁ」

 

 ルシアの適当な発言を真に受けてアーディが事情(エピソード)にドン引きする。彼女の中で捕らえた男の評価が急激に下がった。

 闇派閥(イヴィルス)の幹部で数多の人を殺めてきただけでもう十分あってないような評価だが、アーディは優しい性格の為、そんな相手でも最低限に留めていた。厳しい人ならば人間として扱うこともないだろうが、アーディにそれはない。

 

 だが、『人』としての評価はともかく『男』としての評価は別だ。寧ろ、アーディはそちらの方が厳しいまである。加えて、彼女のような性格(タイプ)は一度相手の印象が下がるとそう再評価することはない。どん底に至ればもはや絶望的た。

 そして、今がその時である。

 

「と、いう訳で私は彼に嫌悪感を抱いています。なので精神的な理由で会えません。気遣って頂けると有難いです」

「そ、そっか。それなら仕方ないよね。うん。ごめんね?気が利かなくて」

「いえ。仕方ないことです。うぅ……ぐすっ」

「わわっ!泣かないで!?わかる、わかるよ。強引な男の人怖いよね?大丈夫。ここには女の子しかいないから。私が守るから。よしよし」

「ありがとうございます……でも、どさくさに紛れて抱きついて頬っぺたぷにぷにしないでください」

 

 抱き寄せてくるアーディを押し外す。ルシアとしてはもうアーディの印象は悪いのだが、本人はそういうのには鈍いようだ。

 その上でさらに純粋。アーディはルシアの嘘を鵜呑みにして、同じ女としてルシアの代わりに憤りを露わにする。

 

「それにしてもあの男、そんな人だったなんて!許せない、ルシアの気持ちも考えずに。好きなら寧ろ汲み取るべきだよね!私、相手に配慮できない男の人はやだな!」

「いや、そもそも闇派閥(イヴィルス)だが……」

「もうどこからツッコんでいいかわかりませんねぇ。とりあえず外道でも謂れのない罪を被せられるのは同情します」

 

 悪に容赦のない輝夜でさえも哀愁の念を抱く。

 シャクティの指摘も輝夜の呟きも聞き逃すほど興奮していたアーディだが、ふともう一つ伝言があってここに来たのを思い出した。

 

「あ、そういえば。【勇者(ブレイバー)】が今度の会議にはルシアにも参加して欲しいって言ってたよ」

「oh……」

 

 予想していた最悪の事態をさらっと通告されるルシア。これにはシャクティと輝夜も含めて頭を抱えた。

 決して悪意などない無知ゆえの無邪気な賞賛をアーディはルシアに送る。

 

「ルシアってば、凄いね。【アストレア・ファミリア】の新人なのに結果いっぱい残してるもん!あっ。大丈夫?ルシア。【勇者(ブレイバー)】も男だよね。男の人怖いね。私がついていって守ってあげるね。よしよし。可哀想なルシア……」

「ちょ。離してください。別に男性恐怖症担った訳では無いので大丈夫です!あの!シャクティさん、助けてください。どうなってるんですか!?」

「……自業自得だ」

「ていうか私のルシアにベタベタ触んないでよ!」

「事態をややこしくしないでくれます?」

 

 暫くダンマリだったルノアがおもむろに立ち上がってルシアの所有権をだけは主張する。

 もはやルシアの柔肌を味わいたいだけの欲望の権化と化した、暴走気味のアーディが何かと理由をつけてルシアにすり寄り、ルノアがその度に暴れ回るようになった。地獄(カオス)になった空間により会議は崩壊。

 

 結局、【勇者(ブレイバー)】への対策も、気持ちの準備も整わないまま有耶無耶となった。

 そこから4人でこっそり集会するなどという怪しい行動を取れる訳もなく。まとまった時間を得ることでもできず。

 ルシアは、フィン・ディムナの元へと赴く。



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冒険者たちの会合

 ギルド、【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】。そして、【ヘルメス・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】。

 有力派閥をギルドが集め、都市の為の定例会議が開かれた。

 

 ルシアは、アリーゼと輝夜と共にそこに初出席する。が、彼女達が到着した頃は誰も来ておらず、一番乗りだった。

 遅れて【ガネーシャ・ファミリア】、【ヘルメス・ファミリア】が入室する。

 

「【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】、ギルドはまだか」

「シャクティさん」

 

 先頭を切るシャクティにルシアが駆け寄る。その後ろにアリーゼと輝夜がついた。

 自身を見上げるルシアにシャクティは忠告する。

 

「ルシア。そのうち【勇者(ブレイバー)】が来るだろう。奴に何を言われても気に止めるな」

「そうですねぇ。全て断るのが無難です」

「は、はい。それは……まあ」

「どういうこと?」

 

 二人に諭され、渋々な様子だが頷くルシア。

 話が見えないアリーゼだけが首を傾げていた。

 三人の醸し出す雰囲気を前にアスフィが居心地悪そうに肩を落とす。

 

「えぇ……既にこの面子でなんでちょっと不穏な空気出てるんですか?勘弁してくださいよ、これからもっと酷い人達が来るのに……」

「そういえば。お初にお目にかかります。【アストレア・ファミリア】のルシア・マリーンです。よろしくお願いします。【ヘルメス・ファミリア】の団長さんでよろしかったですか?」

「えっ?あっ、はい。これはどうもご丁寧に……。あっ。えっと。団長ではないです。団長は欠席で代理出席の副団長、アスフィ・アル・アンドロメダです。……ルシア?えっと、マリーン……さん?」

 

 まさか挨拶されるとは思ってなかったアスフィは慌ててルシアにお辞儀を返す。ただ、態度に出るほど困惑していた。ここに初対面で全く知らない人間が来るなど寝耳に水だったからだ。

 各派閥とも団長、副団長の二人が出席すると聞いていたが、ルシアは新人で何の役職もないと、【アストレア・ファミリア】の内情なら知っているアスフィには彼女がこの場にいるのは疑問でしかない。それを見透かされたのか、シャクティが説明した。

 

「【アストレア・ファミリア】の新人だ。【勇者(ブレイバー)】に呼ばれて今回の会議に参加する」

「【勇者(ブレイバー)】に……?えっ。怖っ」

 

 アスフィはルシアを見る目を一気に変える。困惑から畏怖だ。【勇者(ブレイバー)】と聞いて、それ程の人物が注目する者という印象に移行した。

 彼に呼び出される新人となれば、何かしら特別な才能があることを示唆している。ただのルーキーとして片付けるのは到底無理である。

 よりによって目をつけられているのが都市の中で最も曲者と呼んでも差し支えない男だと思うと、アスフィは目の前の小さなエルフを見て怖~と呟き後ずさった。

 

「やあ、呼んだかな?」

「ひぃ!?」

 

 下がってきたアスフィの背中をハイエルフが片腕で受け止めて、その隣にいる小人族(パルゥム)が一同に顔を見せた。

 この場の誰よりも小さな体躯だというのに彼の存在感は一気に場を支配した。そして、その実績と名声はこの場にいる優秀な冒険者達の注目を浴びる。

 まだ名乗ってさえいなくとも、ルシアにも彼が誰なのか一瞬で判断できた。

 

「すまない、【万能者(ペルセウス)】。通してくれ」

「い、いえ。こちらこそ入口にたむろしてすみません。すぐどきます」

 

 アスフィが入口をあけて三人組が入室する。

 小人族(パルゥム)の男が連れるのは長髪のハイエルフと剛腕のドワーフ。【ロキ・ファミリア】だ。

 その団長である小人族(パルゥム)のフィン・ディムナがルシアに目線を配る。

 

「それで。話を聞く限り、君がルシア・マリーンだね?」

「……はい。私がルシア・マリーンです。【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナさん。初めまして」

「あぁ、すまない。最初にこちらから挨拶をすべきだったね」

「いえ」

「君の言う通り、僕がフィン・ディムナだ。よろしく」

「はい。よろしくお願いします」

 

 フィンが差し出した手をルシアが掴む。握手を躱し、ルシアが深く頭を下げた。

 ルシアを呼び出した張本人の登場。【アストレア・ファミリア】とシャクティはその対面に息を呑んだ。ルシアもまた、目の前の男が噂の【勇者(ブレイバー)】かと意識する。

 が、二人が交流を深める前にフィンの後ろに控えていたエルフの女性が前に出た。

 

「ルシア・マリーン」

「……っ!」

 

 それだけでも高貴さを覚え、実際厳格たる声音だったが、エルフであるルシアにとっては誰よりも通る声。誰が話していても耳で広える、エルフにとってそれだけ重要な人物。

 ルシアはフィンに丁寧にもう一度頭を下げて、彼女の方へ駆け寄った。

 

「挨拶が遅れました。申し訳ありません。ルシア・マリーンです。リヴェリア・リヨス・アールヴさん」

「そんなに形式ばらなくていい。同じハイエルフだろう」

「……いえ。私は種としては同じですが、王族ではなく田舎貴族のようなものなので。こちらの方が若干身分は低いかと」

「気にするな。というより普通にしてくれると助かる。正直ハイエルフの冒険者がこのオラリオにもう一人出てきたのを私は喜んでいる。気兼ねなく接することのできる同胞は貴重だからな」

「なるほど。でしたらあまり畏まらないようにします」

「そう宣言するのもまだ距離を感じるが、まあいいだろう。これからお前とは手を取り合い、同業者として歩んでいきたい。よろしく頼む、ルシア」

「はい。……こちらこそ。喜んで」

 

 微笑むリヴェリアに深くお辞儀するルシア。末永い付き合いを願われたが、自身の事情と輝夜達の方針を考えると複雑な気分だ。濁してこの場ではその手を取るしかない。

 フィン、リヴェリアとルシアの挨拶が終わったのを見て【ロキ・ファミリア】の幹部3人、最後の一人ガレスが寂しそうに自身の髭を撫でる。

 

「なんじゃ。なんだかワシだけ疎外感(アウェー)を覚えるの。小娘、ちとワシとも交流してくれんか」

「えっ。あっ。【重傑(エルガレム)】、ガレス・ランドロックさんですよね。えっと、その……」

「ルシア。相手をしなくていい。ガレス、ルシアを困らせるな」

 

 挨拶くらいはしようと思っていたが、まさか向こうからそれ以上を要求されるとは予想しておらず戸惑うルシアに、リヴェリアが助け舟を寄越す。ガレスを一喝した。

 叱られた当の本人は全く響いていないのか快活に大笑いする。

 

「ぬははは!悪いな、冗談じゃ。噂のルシア・マリーンもさすがに事前調査無し(ノーマーク)のワシには対応できんか!」

「……あぁ、なるほど」

 

 ガレスの発言を受けてルシアも彼の意図を理解した。要はからかわれただけだと。

 そして、試されたのだ。有力者達が口を揃えて呟くその名を、有する者が、本当に死角など何もないのかと。

 そういう読み合いは不快といより疲れる。

 ルシアの顰めた表情からそれを読み取ったのか、フィンが謝罪する。

 

「ガレスが悪いね。これでも僕とリヴェリア同様君の功績を買ってるんだ」

「あぁ、そうなんですか。それはどうも」

「さて、君とは積もる話が山ほどあるが……そろそろノイマンと【フレイヤ・ファミリア】のご到着かな?」

 

 フィンがルシアから目を離して他の参加者を待つ。ようやく解放されたと思いたいが、フィンは背中を向けてる時でもルシアを意識している。それをまた、ルシアも察知している。

 本当に疲れる。常に観察されてる。分析されてる。彼以外からの視線も感じるが、やはりフィンという男の洞察が凄まじい。ルシアはずっと気を張りっぱなしだ。

 

 どこから何を分析されてどんな事にありつくのかわかったものじゃない。例え大したことないことで目をつけられても油断はできない。隠し事ややましい事があるなら何も漏らさない、発信しないのが正解だ。

 言動だけじゃない。行動まで注意しなければ。

 ほぼ全員がルシアを観察しているこの異常空間でルシアは神経を張り詰め続けた。

 

「……っ」

 

 汗すら浮かべて強ばった顔を浮かべるルシア。そんな彼女をシャクティが不安そうに顔を顰め、輝夜が表情をピクリとも動かさない、そんな中で。

 黒髪で機嫌の悪そうな猫人族(キャット・ピープル)の男が現れる。

 

「何を入口でたむろしてやがる。どけ、クソ勇者御一行」

「着いてそうそう態度が悪いぞ、アレン。多忙で疲労困憊なのは分かるが、最低限の礼儀だ」

「うるせえよ、羽虫ババア。同じ派閥(みうち)でもねえのに説教垂れてんじゃねえ」

 

 リヴェリアに注意されても反省するどころか暴言を重ねてきたアレンにリヴェリアは呆れる。

 

「……全く」

「少し、いいでしょうか」

 

 リヴェリアが片目を閉じて腕を組み、嘆息しながら道を譲る。彼女の呆れながらも諦める時の癖だ。

 だが、リヴェリアがアレンの悪態を看過してもルシアは見過ごせなかった。断りを入れてリヴェリアの影から姿を見せてアレンの前に立つ。

 

 目の前に現れた低身長のエルフにアレンはおよそ人に向けるようなものではない、本来なら相手する価値もないといったような視線でルシアを捉える。いや、明らかに圧倒的弱者の相手が、この場に居合わせるハズのない軽蔑に値する者が視界に入ったことで驚きを覚え瞠目しているというのが正しい。

 アレンとルシア。凄まじい身長差の間に流れる空気に緊張感が走る。

 

「なんだ、お前。なんでここに子供(チビ)がいる」

「【アストレア・ファミリア】、ルシア・マリーンです。【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】、【フレイヤ・ファミリア】のアレン・フローメルさん。初めまして、よろしくお願いします」

「アストレアだと?お前が?」

 

 アレンにとって【アストレア・ファミリア】といえば気に止めることもないというのは前提であるが、強いて述べてもただの中堅派閥という印象だ。女だらけという特徴は認識しているが、正直どうでもいい。

 だが、少なくとも最近勢いをつけてきている派閥が新米の加入を許すというのはイメージが結びつかない。

 

 そんな余裕を見せるほどの実績などまだないはず。その態度はアレンの癇に障る。

 が、それも意識することではない。

 今は何より目の前の雑魚から嫌な予感がする。いかにも愚かそうな子供っぽいのが尚更。そして、その予想はアレンからすれば的中する。

 

「初対面で失礼を重々承知ですが、先程の態度は不快です。リヴェリアさんへの謝罪を要求します」

「……は?」

 

 目を見開くアレン。もはや怒りを覚えるより先に驚愕した。

 対峙しただけで、感覚でわかる。こいつはLv.1だ。駆け出しだ。雑魚以下だ。

 

 それがなんだ?意見してきた?噛み付いてきた?誰に?(Lv.5)に……?

 同じ域に達した冒険者達の意見すら嫌悪し、跳ね除けるアレンにとってこれ以上の侮辱はない。我に返ると共に冷静になり、その状況の許せなさを認識して青筋を立てた。

 

「おい。俺の耳は正しいか?駆け出しが何命令してやがる。轢き殺されてえのか……!」

「よせ、アレン」

 

 アレンが入口で他の冒険者と衝突している間、後ろで待機していた猪人(ボアズ)の男、オッタルが彼を制止する。

【フレイヤ・ファミリア】の団長にして、アレンよりも格上。それでいてもアレンは彼にも噛み付く。睨む。

 

「……っ。オッタルてめぇ」

「誰がどの逆鱗に触れようとも無視しろ。時間は有限ではない。効率良く動け。さっさと席に着くぞ」

 

 オッタルが合理性を優先する考えを提示し、指示を出すが、逆にそれが更なる怒りに火をつける。

 が、アレンも俯瞰的になれない訳では無い。

 

「てめぇにも指図される謂れはねえぞ、オッタル。だが、()()には賛成だ。雑魚(ゴミ)に構ってる程暇じゃねえ。最短の動きで最速に終わらせる。闇派閥(イヴィルス)のカス共のせいでまだ走り回らねえといけねえからな」

「……言葉数の多い奴だ」

 

 要はオッタルが正しいことを言ったということは認めているのだ。だが、一言で済むものを、それで終わらせるには彼のプライドが許さない。

 全て咀嚼し、自身にも考えあっての事だと、聡明さを表現して自分を言い聞かせないと自分でも自分という暴走車を止められない。

 

 そこに多少同情もしているので、オッタルはこれ以上は言わない。席に着こうと移動するアレンの後に黙って続いた。

 しかし。

 

「待ってください」

「……?」

「あ?」

 

 まさか呼び止められるとは思ってなかったオッタルも含めて振り返る。

 だが、ルシアからすれば至極当然の憤りを覚え、燃えていた。それでも表面上では冷静に、真顔で淡々と要求する。

 

「まだリヴェリアさんに謝ってもらってません」

「ルシア、もういい。アレンのあれはいつものことだ。私は慣れている」

「いえ。私は納得できません」

「私を置いてなぜお前がそんなに食い下がる。気楽に接したいとは言ったが、そこまでする必要はないんだぞ。何をそんなに固執してるんだ」

 

 もはや当事者であるリヴェリアすら困惑する程、彼女も置いてけぼりにして食い下がるルシア。

 水に流し、執着もせず、賢い対応をしたと思っていたアレンはルシアの態度に一瞬で限界がくる。殺意を抱いた。

 

「こいつ……!」

「アレン」

 

 アレンが自身の半身程しかないエルフを秒で殺しそうになったところでオッタルが名前を呼ぶ。たったそれだけでアレンは舌打ちして踵を返し、乱暴に席に着いた。

 残ったオッタルが、ルシアと向き合う。

 

「ルシア……そうか、お前がルシア・マリーンか」

 

 噂、という程でもないが今回の会議の中でフィンがその名と人材を周知にさせていたのでオッタルも脳内の隅くらいでは認識していた。

 アレンへの自己紹介は部屋の外にいて耳に入れてなかった彼だが、物怖じしない姿勢を目にして一発でわかった。

 

「ルシア・マリーン。アレンに謝罪は無理だ。代理で俺が頭を下げる。それで妥協してくれ」

「……!」

 

 都市最強であり、団長。本来最もプライドが高いであろう者の下手にでた申し出にルシアも動揺する。

 オッタルの懇願にずっと様子を見ていたフィンも思うところがある。

 

「オッタル……」

 

 名を呟くフィン。

 頼まれてるルシアは、卑怯だと思った。完全に状況は向こうに傾いた。ここで折れなければこっちが悪者になる。

 何よりも悔しいのは本人にそんな目論見は1割程度しかなく、9割は真剣なことだ。

 こうなったら相手が提示する妥協案を呑むしかない。

 

「……わかりました。でも、リヴェリアさんにしてください」

「あぁ」

 

 ルシアは折れることにした。

 最低限の要望は伝えて、下がる。同時にオッタルはリヴェリアに歩み寄り、腰を折った。

 

「すまなかった、【九魔姫(ナイン・ヘル)】」

「あ、あぁ……」

 

 大物の後頭部をまさか目にする時が来ようとは、露ほどにも予想していなかったリヴェリアは、自身を巡っての言い争いの末ということもあり、どういう感情で応じればいいのかわからないままとりあえず適当に頷いた。

 もはや謝られたという気分ではない。困惑が完全に勝っている。

 

猛者(おうじゃ)】、オッタル。この場にいた誰もが、彼の、その格を見せられた気がした。逆に、噂に聞いて想定したよりもルシアは未熟。当然ではあるが、オッタルが上手なのは明らかだ。

 落ち着くべきところに落ち着いたところで、ルシアもリヴェリアに謝罪する。

 

「すみません。事態をややこしくして。余計なことをしてごめんなさい」

「謝ることはない。全ては肯定できないが、少なくともお前の優しさは感じた」

「さぁ。もう席につこう。ノイマンが来る」

 

 ルシアの過剰な請求を善しとする訳にはいかない。だが、少なくともリヴェリアはこの一連の流れでルシアを気に入るには十分な程、彼女の人間性を理解することができた。それは、フィンも同様。

 ずっとどんな人物か観察し、分析していたが、思った。どうやら良い人そうだ、と。

 

 そもそも都市の為に尽力する者に悪人がいるはずもないが、如何せん曲者が多いのは事実だ。

 ルシアもまた癖はあるが、芯は真っ当で、真っ直ぐと言える。フィンからすればそれが分かっただけで求めていた収穫の大半を占める。あとは、彼女の手腕。それをこれから始まる本番で確かめる。

 

 フィンの一言で皆が席につき、彼の言う通り、小太りで低身長なエルフの男が入室した。

 ロイマン・マルディール。ギルドの最高権力者、ギルド長。

 

 招集をかけた派閥、メンバーは全て出揃った。

 都市の命運を担う者たちを最後の砦とした現状。問題は山積み。語るべき事が多量にある中で、ロイマンはその重い腰を下ろし、彼の咳払いがこの会議の始まりを意味した。



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勇者と腹ぺこの同盟

「一同、集まっているな。これより始める。だが、その前に。なんだ現状の体たらくは。闇派閥(イヴィルス)に足下を掬われているばかりではないか」

 

 対闇派閥(イヴィルス)の定例会議が始まるやいなや切り出したロイマン。その苦言は、日頃彼がしてくる過剰な要求と態度が矛盾しており、アレンがそこを指摘しつつ怒りを露わにする。

 

「さっさと害虫を駆除してえなら、闇派閥(イヴィルス)も追ってダンジョン攻略も進めろなんざ、間抜けな注文を押し付けるんじゃねぇ豚が。『遠征』に行った帰りに走り回らせやがって……頭の中身まで畜生に変わりやがったのか?」

「し、仕方なかろう!男神(ゼウス)女神(ヘラ)が消えた今、都市の内外にオラリオの力を喧伝するのも急務!でなければ、第二・第三の闇派閥(イヴィルス)を生み出しかねん!迷宮(ダンジョン)の『未到達領域』に辿り着き、都市(オラリオ)の威光を示さなければ世界にも余計な混乱が……!」

 

 一瞬にして形勢が逆転。痛いところを突かれたのか、責め立てる側が弁明に代わっている。

 そこにさらに畳み掛ける。

 

自分(てめぇ)の趣味の(わり)(いす)が後生大事だと、素直に吐きやがれ。その脂ぎった体で権力にしがみつきやがって」

「アレン、やめよう。話が進まない。率先していがみ合う必要はない筈だ」

「その口で俺の名を呼ぶんじゃねえ、小人族(パルゥム)。虫唾が走る」

「意思の疎通さえできない眷属の態度、神フレイヤの品格が疑われるな」

「―――殺されてぇのか、羽虫」

 

 さすがに長ったらしく聞くに絶えない罵倒が飛んでいた。少なくとも全員の前ですることではない。故に、フィンが制止するも無視。

 さらにはリヴェリアとの間に鬼気迫る空気が流れてしまう。

 そんな中で。

 

「一つ、よろしいでしょうか?」

 

 ルシアは短い腕、小さな手を掲げた。

 それを視界の端に捉えた瞬間から、いや、声が耳を掠めた瞬間から、来たか、とフィンは反応せざるおえない。

 

「ロイマン、彼女が先日言ったルシア・マリーンだ」

「おぉ!そうだったのか!いやはや、駆け出しながら見事な成果だった。今の都市は人手が足りん。優秀な人材の出現は大いに助かる。ギルドを統括するロイマンだ。今後とも奇怪な策で闇派閥(イヴィルス)を翻弄してくれ。頼むぞ」

「はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。【アストレア・ファミリア】、ルシア・マリーンです。戦闘力では皆さんのお役に立てませんが、作戦考案の方で尽力させていただきます」

 

 ロイマンに紹介され、また彼自身に声を掛けられ、ルシアは必要最低限の挨拶とお辞儀をする。

 その姿にロイマンは感動した。

 

「な、なんと礼儀正しい……まるで冒険者の鑑だ。それにエルフが私にこのような態度をとってくれるとは」

「……?あぁ、なるほど」

 

 一瞬、ロイマンの言っていることがわからなかったが。彼の発言、そして先程のアレンが彼にかけた酷い名称。エルフの気質、それらを全て踏まえて考え至り、なんとなく彼がどのような扱いを受けてきたのか予想できた。

 その分析をしたルシアの様子を、自身の身体をまじまじと見て後から皆と同じ印象を抱いたのではないかと危惧したロイマンは少し面倒な問いかけを投げる。

 

「なんだ?やはり私になにか思うところがあるか?」

「いえ。どちらかと言うとエルフという種族の特質に抱くものがありました」

 

 端的に答えるルシア。危うく口を滑らせてエルフはそこまで好きではないと言いそうになったが、リヴェリアが視界に入って止めた。

 ちょうどいいところで抑制できた。ここまでなら彼女も顔を顰めつつだが渋々同意してくれるだろう。

 

 まあ、確かにエルフの悪い所としてある、と。

 だが、エルフ特有の同種への盲目的な視点はなくあの特徴な同族意識もそれ程ないとまで言うと、同種に関心のないことがバレて先程の交流が無駄になる。危ねーと思いながらルシアは彼女に適当に会釈した。

 

「全く。お前達にもこんな時期があったというのに、もはや懐かしいな……」

「てめぇに都合がいいだけだろ。権力の豚が」

 

 ルシアはそんなつもりはなかったが、ロイマンが飛び火させたのでアレンが悪態をつき、また険悪さが再開する。

 どうしても舵を戻される状況にルシアは一瞬、溜息をついて天を仰いだ。が、この後まさか口撃の矛先が自分に向くとは思いもよらなかった。

 

「大体ちょっと頭が切れるくらいで何様のつもりだ。ここがどういう場かわかってるのか?意見しようなんざ億万年早ぇ。Lv.1は黙ってLv.5の俺の言葉でも聞いてろ。聞いてもノロマの愚図だ。尚更だろ」

 

 アレンに苦言を呈されてもルシアは何も返さない。彼とは向き合ってはいるが、何も言い返すことはないし、その必要もない。

 何故かは、すぐに発覚する。

 

「アレン。残念ながら君のその思想は通らない。今日に限ってはね」

「何?」

 

 フィンに横槍を入れられ、アレンが眉をひそめる。

 ここでようやく説明できると判断して、フィンは机上で肘をつき、両手を組んでその奥にいるルシアを捉えた。

 

「ルシア・マリーン。彼女はここ数ヶ月直近においては、ここにいる誰よりも実績を残している。失敗ばかりしている僕らよりよっぽど有能だ。今、最も都市に貢献していると言っても過言ではない。故に、彼女には発言権がある」

「工業区への襲撃を被害者0物損0で制圧し、ダンジョンで闇派閥(イヴィルス)の幹部を捕獲、先日の炊き出しにおいての強襲では被害者を一桁に抑えて【殺帝(アラクニア)】を退けた。これがルシアの1ヶ月未満で築いた功績だ」

「なっ……」

 

 フィンの弁護の後、間髪入れずにシャクティが資料(データ)を展開する。記録は、ギルドのものだ。

 ファミリアが報告する、それもギルドからの信頼が厚い正義の使者達からとはいえ、ギルドも簡単に申請を通す訳ではない。それ程厳重に管理しているのはアレンも認知している。

 それは逆に言えば、つまり。ルシアの実績は本物だということだ。これにはアレンも唖然とするしかない。

 

「……有り得ねえ。Lv.1がLv.5を退けられるわけがない」

「戦闘には賞金首狙いの【黒拳】も参加していた。二人は友達だ」

「それで納得できるか。Lv.3の喧嘩屋なんざいてもいなくても変わらねえだろ」

「だからこそ、‎退けたのが凄い。その時あるものだけで状況を打開する。素晴らしいね。作戦考案能力が高いとは聞いてるけど、一体どんな策略を用いたのか実に興味深い」

「ははっ……それはひ、秘密で……」

 

 まさか自分が半分ドラゴンで、その力を使いましたとは言えない。少し苦しいが、濁した。

 何かしらの作戦で乗り越えたと思われてるのはシャクティの手腕が成した技だろう。が、それにただ踊らされる【勇者(ブレイバー)】ではない。報告ではそう記されていても、いや記されているからこそ、その作戦の内情に疑問を持つ。

 

 詰めが甘いな、ルシア・マリーン。この内容は後から考えただろう?そう訴えるような目付きに彼の瞳を捉え、ルシアは頬をにひくつかせた。

 もう愛想笑いするしかない。そう諦めてしまうのは簡単だが、頭を回転させなければ。

 丁寧に、丁寧に対応していかなくては。この男に全て見透かされる。

 

「それで、続きを聞こうか。お願いできるかな?」

「あ、はい」

 

 もっと攻めてくるかと思ったが、話を本来の流れに戻した。

 気を張ってると察知したらすぐに追求を避け、身を引く。どうやらこちらの状態を早い段階で完璧に看破するようだ。

 

 裏を返せば、気を抜けばそこを突かれる。常に警戒し、張り詰めなければいけないということがわかった。最悪だ。

 内心嫌な気持ちになってきたルシアだが、だからといって投げ出すほど社会性を捨ててはいない。礼儀と社会良識を持ち合わせる彼女は、世間体も多少は自負している。

 フィンに尋ねられてルシアは仕切り直した。

 

「炊き出しの件でシャクティさんの現着が遅れた要因が気になり、後になって本人に聞いたところ、『爆発物』を警戒していたと教えて貰いました。そして、その指示を出したのはフィン・ディムナさん。理由は一連の工業区襲撃で盗まれた『撃鉄装置』は、魔石用品のように誰でも扱える爆弾を闇派閥(イヴィルス)や信者に普及させる為と、考えたから」

「……!よくわかったね、さすがだ」

「いえ。この憶測はシャクティさんと一緒に考えたのが大半ですし、シャクティさんの確定的な情報もありましたので、当然です」

 

 目を見開いたフィンの賞賛を軽く躱したルシア。

 話を聞いてた輝夜は、フィンが肯定したのを確認して、表情を変えずに苦言する。

 

「なるほど、理解しました。どうせなら、先に情報を共有しておいて欲しかったものですが」

「すまない。あくまで予想に過ぎなかったし、警備を厳重にして敵にこちらの警戒が発覚するのを恐れたんだ。それに、相手の動きを誘いにくくしたくなかった」

「……ルシアがいなければあの場では多くが死んでおりました。勇者様の中ではそれも予定調和であったと。多少の犠牲は仕方ないと?」

「やめてください、輝夜さん。最善は尽くされていました。それに、理屈()通っていますし、意図も理解を示せます」

「……!」

 

 ルシアの制止を受けて、輝夜が目を見開く。何より、彼女の発言は決してフィンを庇ってる訳ではなく、全員が読み取れるくらいの含みがそこにあった。

 故に輝夜も押し黙った。ルシアの静かな怒りが見えたからだ。

 

「はは、手厳しいね……」

 

 もっといい案があったのでは?と暗に告げているルシアの圧にフィンは苦笑いする。

 フィンの考えを決して否定している訳ではなく、同じ立場に立つことがある身からして戦場での判断の難しさを理解した上で、本当に他に手の打ちようがなかったのか疑問視している。

 だが、終わったことを責めていても仕方ないのも事実。この話は終わりにしようとルシアは軌道を戻す。

 

「続けます。その爆発物ですが、少し引っかかりを覚えます。特に、誰でも簡単に作動できるという点が。本当に爆弾が用途なのでしょうか?」

「どういうことだい?」

 

 フィンが顔を上げ、ルシアが答える。

 

「もっと拡張性があるのではないかと。とはいえ、私の専門外になるので確固たる予想がある訳ではありません。そこでアスフィ・アンドロメダさんに闇派閥(イヴィルス)が回収した素材で何が作れるのか、手当り次第に試作することを依頼したいです」

「私が!?手当り次第にって……思いつくもの全て作れって言ってます?」

「はい」

「えぇ……」

 

 突然の鬼畜な注文にアスフィが肩を落として酷い表情を浮かべる。

 そんな彼女を可哀想に思っての行動では無いが、反論があるのでフィンは制止する。

 

「待ってくれ。それは簡単には承認できないな。彼女は貴重な人材だ、確証のないことに拘束されては困る」

「言い分はご最もだと思います。確証……はありませんが闇派閥(イヴィルス)が信者を増やしているという点と関連があると思っています。誰でも使える、となると使用者は信者。ですが、武器ではなく罠、直接対峙し振るうものではないとはいえ信者が扱って冒険者に有効打を与えられるかというと正直微妙じゃないですか?」

 

 ルシアの疑問にフィンが顔を顰める。

 

「何が言いたいのかな?」

「我々が想定している現状の用途に、縛られるべきではないと思います。信者が使うという点で考えれば設置型の爆弾にそれほど効果があるとは考えられません。つまり、その用途についてもう一度考え直す必要があります。……手遅れになる前に」

 

 この問題はわからないで放置しておいていいものではない。それがルシアの意見だ。

 例え遠回りでも、個人に負担がかかりお前はやらないからそんなことが言えるのだと非難されようとも、そんなもの後で誰かを失って後悔するより何百倍もマシだ。

 

 だからこそ、ルシアは提案している。この提起の重要性を理解できないならこの都市(くに)はそれまでの牙城ということになる。

 迷宮を塞ぎ、世界の運命を担う都市が果たしてそれでいいのか。そんな疑問もあるが、分からないものにどれだけそれを伝えても意味はない。時に、組織的な構造が本来敵とすべき者たちよりも仇となることもある。

 

 その時はどんなに手を尽くしても自分の力じゃ足りない。ルシアはそう確信している。

 しかし、目の前の男は、勇者と呼ばれ、または自称する小人族(パルゥム)は本当にそんな愚かなのだろうか。今度は、こっちが試す番だ。

 

「もし設置型の爆弾でなければ取り返しがつきません。最悪、冒険者すら失いかねないかと」

「確かに君の言うことも一理ある。しかし、それだけじゃ彼女を貸す理由にはならないな。【ヘルメス・ファミリア】の調査能力は必要だ。その頭の一角である彼女を遊ばせる訳にはいかない。それに、【万能者(ペルセウス)】の魔道具作製者(アイテムメーカー)としての腕前もすぐに必要になる。いつ何を頼むかわからない状況で早急に対応できない状態にされては困るな」

「……なんか私を取り合ってます?これ」

 

 当人のはずなのに置いてけぼりをくらっている、その状況にアスフィが困惑する。いくら共同戦線にいるとはいえ、【勇者(ブレイバー)】がアスフィの権利を有しているのも謎だ。

【ヘルメス・ファミリア】としてもここは自己の意思があることを主張しておきたい場面。アスフィは割って入ることを決める。

 

「あの、私のことなので私が決めたいのですが……。私はえっと、マリーン氏?の意見もわかります。途方もないような作業が待っているでしょうし、それはすごく嫌ですけど……最善を尽くさず誰かの犠牲を容認してしまう可能性がある方がずっと嫌ですから。正直、賛成です」

「……っ!」

 

 まさかの本人の援護を貰ってルシアが目を見開く。

 フィンもこれには降参する。

 

「そうか。参ったね。反論は出来るが、本人の意思となれば無視もできない」

 

 アスフィが介入してフィンは折れた。

 ルシアはアスフィに感謝する。

 

「ありがとうございます」

「いえ。嫌ですけど……誰かが死ぬよりマシです」

「……っ!」

 

 思わず下げた頭を上げる。

 そして、気付いた。この場にいる者の殆どが自分だけが抱いていたと思っていた他者の犠牲を容認できない感情を持ち合わせるのだと。

 

 今、その犠牲に敏感なのは自分だけではない。少なくともアスフィは自分とある程度同種だと発覚した。少し嬉しい。

 こんな人がいるならば、ルシアも物怖じせず、次々と議題を挙げることができる。

 

「それと、もう一つ。闇派閥(イヴィルス)が信者を増やしているというのも気になります。それも都市の外で、というのが」

 

 ルシアが新たな提起をする。加えて、この問題は先程の件と繋がりがあることも揶揄している。共通点は信者だ。

 フィンもそれをわかった上で親指を気にする。

 

「オラリオの外で信者を増やす事に違和感がある。それは僕も同じだ。都市の外で闇派閥(イヴィリス)が動いている。彼らの活動が世界規模に。つまりはこれからを見据えた展開。と、考えるべきかもしくはオラリオと世界、その両方で並行的に何かことをしでかすつもりか」

 

 フィンも考察を混じえる。だが、これはとっくの前に考え至って以降、今、手元にある情報では答えに行き着くことはないと判断して放置した案件だ。

 今回もそう結論付けるしかないと考えたフィンだが、それで終わらせる前に思い止まる。

 

 なぜルシアを呼んだのか。今ここに彼女がいる意味を失念していた。

 そうだ、行き詰まっていたからこそ、別の視点や考え方(アプローチ)が欲しかったんだ。彼女は頭脳明晰タイプにして、自分と土俵(ぶんや)は同じ、盤面を読む者。

 

 彼女の発言を振り返り、逃しそうだった意見を掘り返すことにした。

 彼女はわざわざ言葉にしてくれたのだ。同じものは見えているが、フィンとルシアは角度が違うのだと。

 フィンは一番の相違点を突く。

 

「……これは僕の勘だが僕が抱いてる違和感と君のものは違う。いや、同じもの()感じてはいるが、他にもある。そう言いたげだね」

「はい。都市の外に勢力を育てることにフィンさんと同様の違和感も覚えますが、注視すべきは『着手』です。拡大させるなら敵対戦力の最大が集結している都市内が優先のはずです。だというのに都市の外に手を伸ばし始めた。これは裏返せば都市の中ではもう充分人手が足りているとも取れませんか?」

「……っ!!」

 

 最近の闇派閥(イヴィルス)は都市の外でも信者を増やし始めた。これは【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】に【ヘルメス・ファミリア】、都市最大の情報網で手に入れたものだ。五大派閥の神々もつい先日その件を訝しんだところである。

 ルシアはそこをさらに鮮明に捉えていた。

 

「だとすると都市内の敵勢力、その規模の予測は最大数をもっと大きく見積もりべきかもしれません。それこそ、『数』は()()も有り得るかと」

 

 信者の傾向を見るに戦闘力をまるで持たない一般人が多い。頭数だけを揃えているというのは的を射ている。

 ただ、そんな有象無象を集めることの意味はわからない。それは、ルシアも同様。

 それでも、この違和感をそのままにはしておけないというのが二人の共通認識となった。

 

「今後を見据えてか、今、並行的に世界を揺るがす作戦を企ているか。この2点よりも既に都市内戦力が充分に潤っていて、いつでも事を起こせることの方が直近に迫る問題です。相手は資源も人手も着々と集め終えている。何を考え、何を起こそうとしているにしても準備期間は終えていることでしょう」

 

 敵が動き出すとしたらもうすぐそこだと告げるルシア。そして、舞台はオラリオだと。

 フィンも彼女の話に真剣に聞き入る。

 

「次に事を起こす場所は確定しているのです。ならば、我々がすべきことは事の内容を暴くこと。()、相手が何をしようとしているのかを把握することです。それも大体見えてきました。あとは爆発物の詳細とその対策だけです」

 

 ルシアの中ではもうある程度敵の思惑を打ち砕く策はできている。あとはその策を含めてルシアという存在を対闇派閥(イヴィルス)に用いる判断をフィンが、ギルドが、オラリオが容認するかどうか。

 特に戦況の殆どを一任されているフィンの承諾は重要だ。

 

「どうする?フィン」

「……」

 

 最終判断を委ねられたフィンにリヴェリアが伺う。

 暫く考え込んだ後、彼は決断した。組んでいた手を解き、肘も下ろして姿勢を改めてルシアと向き合う。

 

「ルシア・マリーン」

「はい」

「この戦いが終わるまででいい。君の知恵を借りたい。僕達……いや、都市の為に、そこに住まう民の為に作戦を考えてくれないかな?」

「……っ!」

 

 その誘いを受けて、目を見開いた後、ルシアは輝夜を見遣る。一瞬目が合ったが、特に表情に変化なく、正直どっちとも読み取れないがそれは容認しているようにも見えた。

 続いてシャクティに視線をやるとそちらも輝夜の態度を確認したあと、困ったように目を逸らしてしまった。

 

 ルシアが誰の確認を必要としているのか、その視線の動き(コンタクト)でフィンは理解する。この男がそこまで見ていることにルシアは輝夜の顔色が気になった時には既に頭になかった。

 ルシアは考える。二人の反応にはどちらに誘導する意思も感じなかった。

 

 ならば自分の意思に従うしかない。

 自分がしたいこと。それは、炊き出しの日にルノアの前で叫び、【殺帝(アラクニア)】に立ち向かった時にもう表明している。

 だから。

 

「わかりました。でも、条件があります」

「何かな?」

「……」

 

 ルシアは承諾した。輝夜は瞼を閉じる。

 提示されるのを待つフィンに対して、ルシアは過去に見てきた戦場を想起した。自身の策で地平線の先まで人々がおよそ人だったとは思えない屍となり荒野に広がってる様を。

 故に、もう二度と誰の命も盤上で転がしたりはしない。

 

「作戦を提供するのは今起こっている闇派閥(イヴィルス)の暗躍が解決するまで。それと、私は絶対に人殺しを良しとする作戦提供をしません。それを承諾してください」

「……!」

 

 ルシアの要求にフィンは驚く。予想していたこととは別のこと。そして、彼女の人間性が思ってたよりも潔癖だったことに。

 思いもよらないその内容に少しの間だけ気を取られたフィンの隣でリヴェリアも同様の反応をしたが、先に我に返って来たのは彼女。

 

 リヴェリアは嬉しいと素直に思った。都市に現れた同位の同種の、その崇高たる思想に。故に頬が少し緩む。

 フィンは横目でそれを一瞥だけして仲間が、特にあのリヴェリアが、そう彼女の気持ちも考慮に入れていつもの熟考に入る。

 

 とはいえ彼らは既に方針と返答の内容を固めている。

 かなり前向きに。

 否定的なのはまたあの猫人族(キャット・ピープル)だ。

 

「敵も殺さねえだと?甘ったれてんのか、てめぇ」

「……いや。寧ろ、求めていた姿勢かもしれない。条件を飲もう」

 

 状況も現実も理解してない、ルシアの背景を知らない上にアレンの視点から見るとルシアはそうとしか映らない。アレンはルシアの態度を心底気に入らないと感じたが、フィンは異なった。

 その姿勢は、背景(バックボーン)を知らなくとも【ロキ・ファミリア】にとって()現状に合致(マッチ)しているように捉えられた。

 

 混沌の中に長く身を置き、その中である程度冷めていなければいけないことに慣れきった、そんな時に彼女のような存在が忘れてはいけなかった初心を取り戻させてくれるのではないかと。

 それに、それだけではない。混沌に適応した今の自分達と外部から来た純粋さを持つ彼女が同じ期間(タイミング)に同居することに意味がある。

 

 そんなもう少し自己肯定を上げてもいい程の現実的な自己分析と、自己の価値観を折って新しいものを受け入れる姿勢を示す程に。現状から抜け出しかつての都市、否、これまでに類を見ない平和という甘っちょろい幻想を。未来に見出したいという彼のもがき苦しみながら求める理想。

 

 そして、何より、新たなに現れた存在が仲間にとって少し特別だということも視野に入れてくれたフィンにリヴェリアは彼の苦労も思いやりながら隣を見る。

 

「フィン……」

 

 彼の承諾を受けて、ルシアは丁寧に腰を折り頭を下げる。

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「それはこちらのセリフさ。頼むよ。君がいれば僕は指揮系統に徹底できる。凄く助かるよ」

「いえ」

 

 ギルドや有力派閥と協力関係にあり、その指揮を担う実質的な戦場での責任者(リーダー)と手を結んだルシア。

 この二人の繋がりも、ここにいる全員の繋がりも今だけかもしれない。それでも、いやだからこそ、今都市と世界を脅かす闇派閥(イヴィルス)という存在は許してはならない。

 

 彼らを倒し、この暗黒期の闇を晴らすのだと。それだけは信じられる、全員の共通認識だ。

 今だけ手を取り合うということは逆に捉えればそういう事なのだ。

 

 だから、手を取り合えないある程度対立関係にある状況の方がマシ。それを目指すべき。今の超えてはならない一線を超えた者たちの好きにはさせておけない。

 こうして、迷宮都市オラリオの連合にルシアも正式に加わった。



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自爆兵は予測済み

【ヘルメス・ファミリア】が闇派閥(イヴィルス)の本拠地と思わしき施設を三箇所発見。フィンを筆頭に罠だとしてもそこを抑えることを決定した。

 そして、当日。【ロキ・ファミリア】が一箇所。【フレイヤ・ファミリア】が一箇所。最後のひとつを他の有力派閥が担当し、【アストレア・ファミリア】つまりはルシアもそこに配属となった。

 

「ルシア。作戦を提供した時点でお前は役目を果たしている。現場にまで着いてこなくともよかったんだぞ」

「いえ。現場指揮はいないよりいた方がいいです。フィンさんも全体は操れても細部まで従えにくいです」

 

 合図があるまで待機する中で、シャクティがルシアに話しかける。

【ガネーシャ・ファミリア】も【アストレア・ファミリア】も第三の拠点を強襲する部隊の連合に組み込まれている。

 

 他は、ヘルメス、ディオニュソス、イシュタルなど有力派閥を寄せ集めている。これで数の理と平均値を用いてようやく【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】と肩を並べて一つを任せられるだろうという結論に至った。さらには、【ヘファイストス・ファミリア】が後方支援(バックアップ)についている。

 まさに磐石。少なくとも現在のオラリオにこれ以上の戦力は無い。

 

「ところでルシア」

「はい、なんでしょう?」

 

 再びシャクティに声をかけられてルシアが振り返る。

 突入する施設は目前、時間も迫ってきている。シャクティはルシアにだけ聴こえるように声量(トーン)を落とす。

 ルシアもそれに気づいて何の話をするのか検討がついた。自分とシャクティ、輝夜、ルノアだけが共有してる秘密についてだと。

 

「お前は【殺帝(アラクニア)】を竜の力で押し退けた。その際は一撃だったと聞いた」

「まあ、はい。結果的にですけどそうですね。それが何か?」

 

 いきなり何の話だと、突拍子もないなと内心ルシアが思う一方で、シャクティの表情は徐々に警戒感を増し、緊張を生む。

 彼女には少し気掛かりがあった。これまで、他に優先すべきことがありすぎて無視してきたこと。本来なら、秩序を重視する派閥の冒険者ならば、真っ先に確認すべきこと。

 

 それは、驚異。その度合い。初めて出会った時。まだ、シャクティの中でルシアが友達でもルシア・マリーンでもなかった、印象を備える前のもっと初期の話。

 ガネーシャから説明を受け、ハイエルフとモンスターのドラゴンのハーフだと耳にしその存在に驚愕したその段階で。

 

 聞いておくべきだった。答えてもらえるかどうかは関係なく、一番最初に判明させておくのが大事だった。

 今はもう、答えが返ってくるであろう関係性の今はもう、どんな返答が返ってきても意味は無い。

 それでも。尋ねる。

 

「お前は人と竜どちらかに身体的特徴を寄せられると【黒拳(こっけん)】から聞いた。その割合も自在に操れると」

「………」

 

 なんとなくシャクティがどの方向性に話を持っていきたいのか、察しがついたルシア。自在に操れる訳ではない、など細かい訂正箇所はあるが自覚した上で押し黙る。

 今は聞き入るのが正解だからだ。今後、彼女との関係を続けていくためにもここは横槍を入れてはいけない部分(タイミング)

 

 今、ルシアに求められているのは誠実さ。

 だから、何も言わずに待つ。彼女が核心に触れて、それに応えて、仮に怯えられても、自分にその意思はないことを示して完全な味方と認識してもらうために。

 シャクティは、重い口を開く。

 

「お前はどこまでモンスターになれる?それに【殺帝(アラクニア)】を退けたお前の本当の実力は……どうなっている」

 

 シャクティの質問で時が止まる。ルシアからすれば予想していた通りのことを聞かれただけに過ぎない。

 無論、その内容が孕む危険性は承知しているがこの話の行く末はそんなに暗いものじゃないという確信がある。

 

 だが、シャクティからすればルシアの返答が遅ければ遅いほど冷や汗をかく。少し恐怖を覚える。

 この話題がこの目の前にいる、超強力なモンスターかもしれない存在の、逆鱗に触れたかもしれない。そう思うだけで。

 

「……それは」

 

 シャクティからすれば長く重く苦しかった沈黙を破って、ルシアが開いた口の動きに注目する。

 そして。彼女が告げる内容にシャクティは絶句する。

 

()()Lv.5。なりふり構わなければ恐らくそれが私の最大値です」

「……っ……ぁ……!」

 

 シャクティが息を詰まらせる。背筋が凍り、汗をかき、無意識のうちに恐怖で震え、呼吸が難しくなる。

 それを本人に悟らせてはならないという本能が、怪物に気付かれないように務める時の対応が、逆効果となりさらに詰まる。

 

 ルシアはそれらを感じ取っているが、その本能が警戒する行為を取るつもりもなければ、彼女の態度を、人間とモンスターの関係から考えれば仕方のないことだと理解を示している。

 

 何より、ルシアが放ったのはたった一言だが、そこに込められた意味は二重であり彼女の反応に納得がいくくらいの内容であることも事実。

 シャクティが提示した二つの問いにルシアは推定レベルとだけ答えた。それだけで肉体と強さ、両方に答えたことになる。だからこそ、シャクティは動揺している。

 

「……っ、ルシ、ア……っ!」

 

 勝てない。シャクティの脳裏には全てを押しのけその思考が優先された。

 無論、他に思うことも沢山ある。相手はルシアだ。もう友達で、信頼関係にある。だが、それでも。

 

 怖い。恐ろしい。ルシアがその気になれば【ガネーシャ・ファミリア】は滅ぼされる。

 数字だけ見れば下層の階層主であるアンフィス・バエナと同格かもしれない。指標(データ)だけで考えれば彼女達は充分勝てる戦力がある。

 でも、そういう問題ではないだろう。

 

 相手はルシアだ。討伐できるはずがない。したくない。少なくともシャクティは躊躇う。

 そして、団長であり指揮官である彼女の心が揺れれば【ガネーシャ・ファミリア】は機能の大半を失う。

 その状態で仮にアンフィス・バエナ級と戦えば、結果は分かり切っているだろう。

 

 その結末と同義のことが起こりうる。

 否、ルシアと敵対となると精神的なダメージがそこに上乗せされる。

 確定してもない未来だというのに、その事が、可能性が過ぎるだけで。シャクティは大事な局面が目の前に迫っている渦中で、嫌な想像を振り払う為に強く瞼を閉じる。

 

「大丈夫です」

「……っ!」

 

 シャクティの様子を見て、彼女の心情を感じ取ったルシアは敢えて触れずにいつも通りの落ち着いた声音で諭す。シャクティは目を見開いて彼女の表情を捉えた。

 穏やかで、真剣で、強い信念と意志を感じる、シャクティがよく知るルシア(とも)の顔だ。

 

 悪意にも、モンスターとしての本能にも、決して屈しない。まるでそう伝えるかのようにルシアの瞳は真っ直ぐシャクティを映している。

 シャクティもまた、友としっかりと向き合った。

 

「ルシア……」

「私はシャクティさんの敵には()()()なりません。それに人類の脅威にも。私を倒さなきゃいけないなんて状況は作りません。そんな時がもし来たら、自分で自分を倒します」

「……っ!」

 

 シャクティを安心させるために、ルシアは眼差しは真剣に、少しだけ口角を広げた、力強い笑みを作る。

 シャクティは彼女の意思を、思い遣りを汲み取れた。

 

 その上で、友の為なら自分自身を討つと述べた友に驚愕する。

 そして、すぐにそんなことを彼女に言わせてしまった自分への憤りと、彼女を想うが故に語気を強くしようと心に決めた。

 

「そんなことはさせん。()()()。すまなかった、ルシア。私の弱さがお前に余計な不安を煽らせた。これからはお前を誰よりも……いや、ルノアがいたな。ならば二番目だ。世界で二番目にお前を信じることにしよう」

 

 起こりもしない最悪の事態など忘れ、シャクティは先程までの態度から一変、曇りなき微笑を浮かべてルシアに誓った。

 シャクティはルシアを友と認識し、受け入れ、味方になってくれた。それに加えて信頼を得ることが出来た。この友情に底は無い、深まることしか知らない。

 

 必要な過程を経て、シャクティが辿り着いた答えが望んでいたモノそのものだったことでルシアは彼女のその柔らかい表情に、自分も笑みを返して頷く。

 二人の仲は冗談を言い合える程に。ルシアはそれを感じて分かりにくい真面目な声音(トーン)でふざける。

 

「残念ながら、世界で二番目はアストレア様です。出会った頃、私の正体をわかっていながら手を差し出してくれたあの日から、私を信じ愛をくれています」

「そうか。そうだな、そうだった。なら三番目だ。そこは譲らん」

「はい、勿論」

 

 二人は笑い合う。この瞬間からシャクティの中でルシアは決して人類を脅かしたりはしないと、確信を得た。

 定刻が迫る。作戦開始の時だ。二人は改めて、敵の拠点を捉える。

 彼女達が与するガネーシャやアストレアを中心とした派閥連合部隊もいつでも突入できるよう待機体制となった。

 そして。

 

『突入する!』

 

 フィン・ディムナからの合図を確認したシャクティが自身で率いる部隊に指示を出す。同時に【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】も動きだし、三拠点同刻制圧が始まった。事前に打ち合わせた順番にシャクティやアリーゼを筆頭にして、まるで騎兵隊のように高速で施設内を進行していく。

 施設内に蔓延る闇派閥(イヴィルス)の構成員を実力ある冒険者達が薙ぎ倒し、拘束する。美しい程に手際よく流れ作業を構成し、各々の指示が飛び交った。

 

「ネーゼ!マリュー!イスカを連れて散って!私達本隊は奥まで行く!」

「一人たりとも逃すな!全員無力化し、捕縛しろ!」

「……」

 

 進軍すればするほど人員は割かれる。制圧というのはただ敵を手当り次第に倒すだけではない。捕縛や占拠、つまりは抑えるという工程が必要なのだ。忙しく、人手もいる。

 ルシアは無言でアリーゼについていき、周囲を見渡し観察する。事前調査は充分にした。だが、現場とは情報量が違う。

 

 一度通った道だからと忘却するのは良くない。後退することもある。施設の構造、内容全てを把握する為にルシアは視線を動かし続ける。

 自分を目掛けて向かってくる敵は倒しているが、Lv.1の自分より優秀な冒険者が周りに沢山いる。この状況下ならば、自分にできること、やるべき事は他にある。そして、それを求められている筈だ。

 ルシアは自身が携えてきた作戦を脳裏に浮かべながら、敵の動きも注視した。予測が正しければ彼らがこれから取る行動は……。

 

「道が開ける!最深部!」

「……!」

 

 アーディの掛け声を聞いてルシアは敵を一人殴り倒したと同時に振り返る。すると、確かに施設内で最も到達が遅く、厳重な部屋が、その扉があった。

 冒険者達はその凄まじい力で進軍の勢いのまま複数でその扉を突き飛ばし、開ける。超速の戦況で興奮状態にある、故に過剰な程に大きな音が響いた。

 

 そして、隙間が発生し、部屋の中が少し見えたその時から一人の女の姿が確認できた。

 その女もこちらを認識するやいなやいやらしい笑みを浮かべる。

 

「よぉ。来たな、冒険者共」

「【殺帝(アラクニア)】!」

 

 待ち構えていたのはヴァレッタ・グレーテ。

 冒険者達の登場に、その面子をじっくりと眺めて、見覚えのある小さなエルフを通り過ぎた時、視線をそのエルフに戻した。そして、ルシアに釘付けになり、髪をかきあげてニヤケ面を貼り付ける。

 

「フィンの奴はいねえがお前が居たかぁ……!あの(アバズレ)、結構やるじゃねえか。ハハッ!また会えて嬉しいぜぇ?ルシアァ!!」

「どうも」

 

 ヴァレッタに名指しされ、その執拗さが露見したにも関わらず、ルシアは淡々と返す。

 悪名高く、強く残忍なあの【殺帝(アラクニア)】に目をつけられたとなっては多くの冒険者が震え上がるようなものだが、Lv.1とLv.5という戦力差がありながらもルシアはまるで動揺していない。その態度にヴァレッタは面白みを感じなかった。

 

「……シケた反応しやがって。まあいい。えらく早い到着だったが、こっちも準備は万全だぁ。飛んで火に入る夏の虫ってな。出てこい、てめぇら!」

 

 ヴァレッタの呼び掛けにローブを羽織った者たちが大量に出現する。部屋はあっという間に彼らによって占拠され、形勢は逆転。今度は冒険者が退路を絶たれ、追い込むつもりが追い込まれた。

 場に居合わせたのは先行したガネーシャとアストレアの精鋭部隊。

 

 敵の構成はヴァレッタ率いる闇派閥(イヴィルス)の戦闘構成員。それと、オーバーサイズのローブで体型(シルエット)を隠しているが、戦闘を得意とするような肉付きをしていない者も、ルシアは目敏く探し当てる。

 その正体に見当はついている。

 

 だが、その気づきを公にして敵に報せるのも、特徴を見分けて個別に対応するのも、こちらの作戦が勘づかれるので得策では無い。

 そこまで考えて、ルシアはこっそりシャクティの隣について小声を出す。

 

「シャクティさん。敵はなるべく鹵獲を目的(メイン)に、倒すのではなく無力化でお願いします」

「了解した。各員!闇派閥(イヴィルス)は拘束しろ!」

 

 シャクティの命令を全員が承諾する。そして、それを合図にして乱戦が開幕した。味方も敵も入り乱れる。

 ルシアも戦禍の中、自分の元に流れ着いた者達が、起き上がると同時にルシアを発見して襲ってくるのを適当に相手して味方に託す。ルシアは戦闘よりも観察に意識を割いていた。

 

「貴様の相手は私だ!」

「いいぜ。遊んでやるよ、かかってきな」

 

 この場の誰よりもステイタスが高い【殺帝(アラクニア)】にはシャクティが衝突する。レベル差はあるが、彼女が一番実力が近い。

 ルシアは、ライラと通りすがった。

 

「ルシア!」

「わかっています」

 

 何か『臭う』と、仕草(ジェスチャー)で伝えてくるライラにルシアは相槌を返す。

 シャクティを相手する中で、ヴァレッタがこちらに視線を送っているのがわかる。その口元には笑みが。

 直接向かってこないのは、盤面で勝負しようという挑戦状。彼女は理解しているのだ。腕っ節でねじ伏せても自身は満たされないと。

 

 そんな結果のわかりきった、ステイタスの差でやる前から決まっているような戦いで、当たり前の勝利を得ても意味はない。やるなら同じ土俵で、相手の得意分野で。そうして潰して自尊心を高めたいのだろう。

 恐らく前回の対峙の後、彼女はルシアに対しては情報収集に徹した。執着していてもすぐには接触してこないで距離を取り、準備して機を待つ。

 

 これが彼女が都市で通っているその二つ名、【()()】たる所以。性格とは裏腹に慎重で頭脳派だ。逆に言えば、闇派閥(イヴィルス)全盛期、彼女でさえもそう徹するしかないほどに敵味方共に実力者(バケモノ)が多かったか。それが生き残る術だったのだろう。

 ライラの言う通り、ヴァレッタは何か企んでいる。暗黒期を生き抜く為に適応してきたかもしれない彼女だからこそ、余計に。さらに、ルシアの足元を掬おうと我慢できずに今か今かと打ち震えているのが証拠だ。

 

「……っ!」

 

 ヴァレッタとシャクティの戦闘を見守っていたルシアは、前者が後者を退け、余裕綽々の中、ニヤケ面で顎を使って部屋の奥を指したのを見た。そちらに注目しろと促され、ルシアは従う。

 すると、構成員を倒したアーディの元に新たな刺客が。その背丈は彼女の腰ほどしかなく、小人族(パルゥム)よりも華奢な身体(スタイル)だった。

 

「うわあぁぁ!」

「……っ!?」

 

 襲いかかってきた信者が、まだ年端もいかない子供だと気付いたアーディは不意打ちを防ぎつつ驚愕し、動揺した。

 

「子供!?こんな子供まで巻き込んで……!ナイフを捨てて!君みたいな子にナイフを持たせる人の言うことなんて聞いちゃダメだよ!」

 

 ナイフを構える子供を諭しながらにじり寄るアーディ。

 その子が安心するように武器も置いて、膝をつき、眉をひそめながらも精一杯の笑顔で安心させようと彼女に微笑む。できるだけ優しく声もかけた。

 

「私は君を傷つけたりしないよ?だから、こっちに―――」

 

 しかし、アーディが手招きしたのを見て、ヴァレッタが嗤う。

 

「―――ヒャハッ」

 

 馬鹿め。愚かな。滑稽だ。もうじき瞬く間にくる最高の光景に、その引き金となる少女の行動に。彼女達の距離感に。目が離せない。興奮する。

 さぁ、ドカンだ!

 

「………………かみさま。どうか、お父さんとお母さんに会わせてください……」

「あっ……」

 

 アーディの顔色が変わる。

 少女が取りだした装置を目にして、一発で件の爆発物の完成図なのだと、この構図も含めて理解した。そして、もう逃げられないことも。

 少女が装置を作動した。次の瞬間。

 

「あ、あれ……?」

「なっ!?」

 

 ……何も起こらなかった。少女は不思議そうに何度も装置を触るが、まるで反応がない。

 予想と違う事態に、ヴァレッタは呆気に取られる。が、すぐに気を取り直した。

 

「あ?なんでだ……上手くいかなかったか?『火炎石』と『撃鉄装置』で……いや、でも、んなハズは」

「試運転の時は上手く作動しましたか?」

「……っ!!」

 

 ひたすら首を傾げていたヴァレッタが凄まじく憎く記憶に残っている声を聞いてハッと目を見開く。彼女の声を耳にしただけで察しがついた。

 そう。

 

「まさか……!またてめぇか、ルシアァ!」

「はい」

 

 ヴァレッタの怒号にルシアは淡々と答える。

 一方、戸惑う少女の隙をついて彼女からナイフを奪い、緩く拘束したアーディは彼女達を遠巻きに観察する。

 

「ルシア……っ!てめ、何っ、何しやがったってめぇ……!あぁん?おい」

「……ルシアの言ってた通りだった」

「あ?」

 

 状況を飲み込めず、頭が回らず、煮えたぎる感情を制御できず言葉に詰まりまくりそれでも尚怒りを露わにするヴァレッタ。彼女の問いに、答えてる訳でもないアーディがルシアより先に口を開いた。

 ヴァレッタは最高に残酷な死に方をする筈だった、ここに今に、存在してる筈じゃなかった冒険者(アーディ)の面の方を見る。

 

「『火炎石』と『撃鉄装置』の組み合わせは『自決装置』!使用者は信者!貴女は、戦えない者を捨て駒にした!そんな残酷なこと、ありえないって。私たちの味方なのにそんな発想ができるなんて……。そう、ルシアにこのことを告げられた時は思ってた。でも!まさか!本当に……」

 

 敵の狙いをルシアはある程度絞り込んでいた。そして、その可能性を仲間に提示した。

 それは、恐ろしい予測。幾らなんでもそんな残酷なことが起こるものなのか。アーディはそんな発想が出るルシアに怯えた。

 

 小さくて華奢な外見と裏腹に闇派閥(イヴィルス)もやらないのではないかということまで平然と言ってみせた。実際その予想は的中したが、それはそれで闇派閥(イヴィルス)と同一の発想があるという事実が残る。

 だが、今は何よりも、目の前で起きようとしていたのが信じられない。

 

 ルシアと闇派閥(イヴィルス)を一緒くたにしたことを今は猛省する。思いつくのとそれを実行に移すのでは、まるで違う。

 神経を疑う。最悪で最低な評価さえ付ける。あまりにも惨い。

 そして、怒りに満ち溢れる。

 

「酷いよ。あんまりだよ。絶対に許せない。貴女達だけは……!闇派閥(イヴィルス)!絶対にあなた達の時代を、終わらせる!!」

 

 アーディは叫び、宣言する。そこには強い意志が含まれる。

 少女を物のように扱おうとしたこと、その命を軽く吹き飛ばそうとしたこと、罪のない力のない人々を利用しようとしていたこと。

 その全てがアーディの逆鱗に触れた。

 武器を拾い、構えて吠えた彼女を前にヴァレッタはそんなアーディになど目もくれず、それ以前にルシアに防がれたという事実に衝撃を受けていた。

 

「……ふざけんな」

 

 ヴァレッタはボヤく。

 徐々に我に返り、その度に思い描いていた光景が儚く砕け散ったことに憤りを覚えた。故に、髪をかきあげて苛立ちを露呈させる。

 

「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!おい、ルシアァ!てめぇ、何しやがった。お前のせいで計画が全部台無しだろうが……!」

「そうですか。それはよかったです」

「てめ……っ!」

 

 怒鳴られても飄々と躱すルシア。

 その態度がヴァレッタの機嫌を逆撫でし、ルシアを殺そうと今にも踏み込みそうになったが、その隙を逃さず武器を構えていたシャクティが視界に入り、踏ん張って止まる。勢いに任せて地を蹴っていれば、ルシアに到達する前にシャクティが割って入り、二人で十字を描く構図となりヴァレッタは下半身に致命傷を負っていた。

 

 咄嗟の判断で冷静さを取り戻し、踏ん切りが効いたヴァレッタは、その(かん)に周囲を固めた冒険者に舌打ちしながら、前方の直線上にいるルシアへの殺意に待てを食らった。突っ込めば袋叩きに合う。さらに逃げ場もない。

 ステイタスの差があっても相手が相手だ。自分より弱くても雑魚の群れではない。その他の利を全て失っても切り抜けられる自負はさすがにしない。頭が切れるヴァレッタなら尚更だ。

 

「~っ!おい、貸せ!」

「ヴァレッタ様!?」

 

 衝動を抑えなければならない、その事で得た煮えたぎる苛立ちを抱えたまま、信者から自決装置を奪い取る。

 作戦が上手くいかない訳がねえ。そういう算段だった。激情を晴らせないならせめて納得がしたい。

 相手が、あのチビが何をしたのか、理解しておかないと。ただ手玉に取られるだけなど屈辱以外の何でもない。

 

 せめて、最低限は必要だ。同じ土俵くらいには立っておかないと、駆け出し(ルーキー)に見下されたままなんざ認められる筈がない。

 落ち着かない手元の動きで自決装置を弄るヴァレッタ。だが、装置は作動どころか、手に取ったその瞬間から壊れた時特有の軽い感触があった。

 ヴァレッタはそれを焦った動きで触る。

 

「なんで動かねえんだ……有り得ねえ。止められる筈がねえ。完璧だったろ、私達の策略は……!」

 

 理解ができないことによる焦燥感を覚えながら、装置を解体する。

 すると。

 

「……っ!これは……!」

 

 ヴァレッタは目を見開いた。

 装置をバラすと出てきたのは大胆なヒビ割れを起こした『火炎石』。それを発見した途端、ヴァレッタは全て(カラクリ)を理解した。

 

「そう。工業区から盗まれた『撃鉄装置』、それは相手の手に渡った時点でどうしようもありません。なので、我々は『火炎石』に目を向けました。『火炎石』も魔石と同じ。硝子のように繊細な成分でできた石です。ならば、有効なのは『音』。私達は、火炎石を()()で破壊することで自決装置を使用不可にした」

「なっ……」

 

 施設内のスピーカーを指差すルシア。あれは、ギルドが都市に配備した公共物だ。つまり、都市中に普及されていて、何かを流せば()()まで行き届く。

 その仕草だけでも大体を把握出来たヴァレッタは空いた口が塞がらない。ヒビが入った火炎石から液漏れを起こし、手に持つ装置から垂れる水滴が落ちる中、唖然とする。

 公共音声を具体的にどのように利用して事態を防いだのか、ルシアは説明を続ける。

 

「火炎石で稼働するその機構を利用し、火炎石が割れる周波数の超音を聞き取りにくい音(モスキート)で流してます。動力源に不備があれば、物は動かない。通常の用途から外れた発想、それを用いた発明は流石でしたが、自身の開発物を信頼し過ぎたそちらの負けです」

「……有り得ねえ、そんなこと。待て。まずなんで自決装置だって分かった?工業区から盗まれたモンだけじゃ特定できねえだろうが」

「残念ながら、こちらには優秀な魔道具作製者(アイテムメイカー)がいるので。それに―――」

 

 理屈はわかっても納得はいかない。それに、闇派閥(こちら)の作戦を潰す案よりも、まず前提として看破したことの方がおかしい。

 そう述べるヴァレッタに、今日はルシアがフィンに要請して休ませている有能な協力者を思い浮かべながら、自身の過去にまた馳せた。

 

「私は、貴女よりも、そして誰よりも残忍で最悪な参謀を知っています。その者は己が保身の為に、他国を完膚なきまでに跡形も残らないほど捻り潰した。人を人とも思わず、ゴミのように荒野に死骸を転がす、そんな作戦もたてたことがあります」

 

 ルシアが視線を下げる。淡々と、その策士について述べる。

 

「その者は主が求めるがままに敵を徹底的に撲滅し、自国の民から涙一粒まで搾り取り、侵略(せんそう)に明け暮れ、彼らを枯れ果てるまで追い詰めました」

 

 それは、大きな罪だ。ルシアは彼女を恨んでいる。犠牲になった者達も、およそ人の死に方をしなかった者達も憎んでいるだろう。

 本人さえも過去の自分を許さない。でも、その発端は迫害だ。だから、償いで死を受け入れはしたが、夢は捨てなかった。

 勝手で最低だが、自分の人生という観点も持ち合わせている。

 そして、それは誰か。それは。

 

「罪深きその名は『妖精軍師』、ルシア・マリーン。私は以前貴女よりも残忍な策略家でした。だから、貴女が思いつくようなことは私も思いつくんです」

 

 同業種だからこそ、発想を辿ることが出来る。

 そう主張するルシアは、説明を終えて不快感を表情に浮かべ、ヴァレッタを捉える。

 

「私は、その妖精軍師と呼ばれていた女が大嫌(だいきら)いです。そして、あいつを彷彿とさせる【殺帝(アラクニア)】、子供を人殺しで使い捨ての道具にしようとしたお前()―――絶対に許さない」

 

 ドスを効かせた声の強さに仲間達は彼女が今抱いてる感情を初めて感じ取り、ようやく気付いた。

 

「私は今、怒っています」

 

 仲間に、冒険者に初めて見せる激情。ルシアは、アーディよりもずっと前に怒りに満ちていたのだ。

 



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不快音(モスキート)

 自分達は無傷。手も汚さず。相手も、いつでも切り捨てられる民も、自分達と直接関係のない者は搾取の限りを尽くし、狩り尽くす。

 彼らがどれほど苦しもうが気にも止めない。同じ人間だとさえ思っていない。

 

 搾れば資源と土地と資産が手に入る格好の餌くらいにしか認識していない。自分達さえ良ければ他は視界にすらいれない。

 そんな非情で傲慢な欲望を叶えてしまう策を素知らぬ顔で提供していた最低で愚かな王に、仕えていた。

 

 耐えられなかった。敵を倒すのは仕方ない。人が死ぬのは仕方ない。そういう世界だった。

 でも、あれは人の死に方じゃない。戦ってなんかない、もはや一方的な虐殺だ。常勝に圧勝を重ねるこの悪魔の才能は、人権を踏みにじる。

 せめて、人らしく戦うべきだ。それが最低限の礼儀だろう。

 特殊な肉体を持つルシアだからこそ、そう思ったのかもしれない。

 

 人も怪物に成り果てる時はある。しかし、身体がこれではそれ以下だ。

 故に、ルシアなら尚更に、あの生き方からは抜け出す必要があった。例え、主人が望んでいたとしても、肉親が願っていたとしても。彼らを不幸に落とすことになっても、脱却を選んだ。

 だから。非人道的な策士は嫌いだ。私もお前も、嫌いだ!!

 

「あなた方がやろうとしたことは非情すぎます。人々の心情を利用して使い捨てようなど、していいことではありません」

「……っぁ!?」

 

 計画を防ぎ、尚且つ説教紛いのことを始めるルシア。

 対するヴァレッタは徐々に状況を呑み込み始めて、ルシアのその余裕綽々な態度に腸が煮えたぎるような苛立ちを覚える程、我に返ってこれた。その矢先にこの世で二番目に嫌いな奴の腹立つ表情(かお)を見せられ、頭を掻きむしってもむしっても収まらない憤りだ。歯ぎしりすら起こす。

 

 その悔しさという感情を抱くことさえも、凄まじい形相で自分を捉えることさえも、おこがましいとルシアは考える。自分たち最低な策士に人を恨む資格などない。

 故に畳み掛ける。

 

「運良く今まで搾取するばかりの立場だったから、惨状を見ても狡猾な笑いが出るのでしょう。絶対に許しません。償ってもらいます」

「……さっきから黙ってりゃ聞いてりゃ何様だよ。神のクソ共にでもなったつもりか?てめぇに許しを乞う必要性なんて端からねぇよ……!それともあれか?正義の味方様は大層偉いってか?」

 

 舌打ちと中指を添えてルシアの叱咤の言葉に反論ではなく足蹴りで返すヴァレッタ。

 考える限り最も響いてないと思われるその態度に、あれだけのことをしてこの様子に。ルシアは、込み上げるこの煮えたぎる怒りに、さらに、表情を強張らせる。

 

「上から目線ではありません!それに、私が裁くのではありません!手を下すのは法!償いを求めるのは社会の仕組み!人間として、知性を持って、都市の中で生きる道を選んだのなら、定められた規定(ルール)を守らないといけません。それが人間です!そこから悪意を持ってはみ出すなと言ってるんです!善悪の話はしていない、もっと無機質な、知性の共存から自然発生する、理の話をしています!!」

「……っ!」

 

 決して響いた訳ではない。善悪を、秩序の意味を、全て理解した上で自身の欲求と邪悪を満たそうとするヴァレッタには効果のない投げかけだ。彼女に正論を説いても仕方ない。

 だが、ルシアの勢いに圧された。加えて、改めて、それも的確な秩序と社会の論を展開されたのも効果的だった。

 

 普段なら、何処吹く風、どんな論を解かれようと同じ舞台で反論(レス)すらせず、無視(シカト)をかまして挑発するが。今回は熱量と筋の通った言葉の質量に圧倒されてしまった。

 そして、彼女の叫びに反応を見せたのはヴァレッタだけではない。シャクティが、イルタが、アーディが、同じ紋章を背負う者達が、目の前の敵をいなしながら彼女に注目した。

 対象的に、ヴァレッタはたじろぎ、完全に萎縮してボヤく。

 

「ク、クソが。……ンだよ。てめぇ本当に【アストレア・ファミリア】かよ。ガネーシャの間違いだろ」

「後者は褒め言葉として受け取っておきます」

 

 形勢は完全にルシア。故にどこまでも淡々としている。

 彼女の先の主張を聞いて、シャクティ達【ガネーシャ・ファミリア】は打ち震えていた。

 

「ルシア……」

 

 ヴァレッタとの間合いを取っていた為、最もルシアの近くにいたシャクティが呟く。この場にいる誰よりも群衆の主に使える彼女達だからこそ、心に響いた。

 正義を否定するどころか肯定すらし、尊敬も向ける。だが、彼女達にはもっと優先すべきことがある。理想を求めるのは他に任せればいい。現実を見て人々の日常を御する者が、最低限を守る者が彼女達だ。

 

『秩序』。

 ルシアは【ガネーシャ・ファミリア】の信念を完璧に捉えている。今、この場にいる眷属達は彼女に意見に感動し、賛成し、彼女を同志として心の中に収めた。

 自分達の気持ちを代弁してくれた。素晴らしき人。彼女を支持し、密かに共感する。今、【ガネーシャ・ファミリア】はルシア・マリーンと共にある。彼女が無所属(フリー)ならば良かったと、思う程に。

 

 逆に、ヴァレッタは、もはや不快のあまり口角を上げて笑みを作ってしまっている。頬をひくつかせ、張りつけた矛盾の表情は、笑っていても怒り狂って痙攣してるのだと見て取れる。

 一人の小さなエルフが、起きる筈だったものを防ぎ、盤面を制圧した。冒険者共はそのチビに畏敬の目すら向けている。

 

 気に入らない。気に食わない。とにかく、全てが最悪だ。

 作戦を失敗に追い込まれたその物理的な要因だけではない。もう目の前でそいつが称えられているのが耐えられない。言葉ではなく、空気が、誰もが潜在的な意識で彼女をそういう目で見てるのが、さらに拍車をかける不快。

 湧き上がる憎しみが増加し、どうしてもこいつを出し抜きたい、苦しめたいという気持ちが逸る。

 

「は、はははっ。バァ~カ!『自決装置』なんざ演出と殺傷力が主目的(メイン)みてぇなもんだ。混乱を拡大させてより多くの民衆共をぶっ殺す、そこに効果てきめんってなぁ。けど、兵士共と信者が都市に溢れ出る!それだけでも充分な混乱だろうが……!もう『合図』は送ったぜ、ルシアぁ!」

「都市中に潜伏兵ですか……。それも予測済みです。都市外に勢力を伸ばした時点で都市内に我々が把握している以上の構成員が多数いることはわかっていました。力のない者達を集める意味は最初わかりませんでしたが、自爆装置をつきとめた時には解決。謎が解けました。それと、自決装置が作動しないという予期せぬ事態で潜伏兵の方が混乱し、機能していないのではないでしょうか」

「……っぁ!」

 

 どこまでも手を回しているルシア。既に打った手が後々にまで効果を発揮するのも含めて、ヴァレッタは面食らう。

 

「て、てめぇ……そこまで見通して……」

当然(ウイ)。装置はほぼ使用不可(オシャカ)。伏兵が潜伏しやすい場所も都市の地理を暗記している私とギルドがフィンさんに情報を提供し、効果的な配置を彼に考えてもらったので、あとは取り押さえるだけです。これで、我々の勝利です」

 

 宣言するルシア。

 全体的な戦況だけではない。彼女がいる施設そのものの形勢も逆転している。

『自決装置』が正常に作動し、冒険者の混乱と動揺を起こせなかった時点で冒険者を手玉に取れる未来(ルート)は摘み取られている。

 

 ルシアの思考開示。彼女と話し合いをしている間に彼女の背景で冒険者がこの場にいる敵勢力を順調に制圧している事実を、ヴァレッタはようやく認識した。

 この状況にさすがのヴァレッタも苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 

「く、くそ……」

「これが私の仕事です。ご清聴、ありがとうございました」

 

 最後に煽りを入れて、ルシアは挑発的な、口角を上げる笑みを作る。だが、その瞳は怒りに満ちている。眉間にはシワが寄っている。

 その態度に、ヴァレッタの中で何かがプツリと切れた。わなわなと震えた後、自身の前髪を毟る。そして。

 

「ルシア!!あぁ……ルシアっ!?ルシア・マリーン……っ!!ルシア……マリィィィィィーーーーーン!!!」

 

 あまりの忌々しさに目の前のルシアを執拗に目に焼き付けるほど捉えて、その名を叫び散らした。

 不愉快の極み。だか、ルシアから目を離せない。憎しみのあまり、壮絶な殺意が優先されて、逸らせない。理性のたかは外れた。

 

「はははははっ!!ははっ!あはっ!」

 

 血が昇りすぎて叫びが笑いに変換される。

 それは、本能が行った冷静化(リセット)。彼女の知性が彼女の脳に囁いた。

 その内容にヴァレッタは目を見開く。同時に納得した。

 

 そうだ、コイツは。ルシアはやらかした……!!

 それに気づいた途端、怒り狂い壊れて出てきた笑いが、自暴自棄を経由して、いつもの狡猾な笑いへと変動する。

 ルシアの作戦、その重大な欠陥。それは。

 

「くくくくっ。はははははは!!だが、よりにもよって『音』を使ったな?そりゃ命取りだぜ、ルシアァ!」

『……っ!?』

 

 瞬間。冒険者達の背筋が凍る。空気が変わる。大気が震える。上級冒険者から恩恵のない信者までもが、肌で感じることが出来た。

 それほどまでに凄まじい存在感。同じ空間に足を踏み入れただけで、否、ただこちらに向かっているというだけで、近付いているというだけで全員が察知した。()()()()()、と。

 悪寒を覚えた全員が同じ壁に注目する。

 響くのは、たった一言。

 

 ―――『福音(ゴスペル)』。

 

 瞬き、それで景色が変わった。壁は吹き飛び、冒険者達は室内でかき混ぜられる。天井が下で地面が上で、落下して飛び上がって、打ち付けられて、最後にはそれらを全てを経由する軌道を描いて単純に吹き飛ばされた。

 辺りは一変して廃墟のようになり、瓦礫が散らばっている。

 

 浮き上がった埃が落ちゆく視界の先に、白く長い髪を有した女が一歩また一歩とゆっくりとその姿を明らかにする。

 武器は持たず、装備も軽装。肌を見せている。白の魔道士だ。

 誰もが朦朧とする中で、冒険者達はかろうじて彼女を捉える。

 最も意識がハッキリとしているシャクティはその全容を目にして見開いた。

 

「……っ!奴は!」

 

 定例会議より前、闇派閥(イヴィルス)闇市場(ダークマーケット)の流通を抑えるために彼らが利用する教会へと潜入した。そこで出くわした一人の魔道士。

 彼女に【ガネーシャ・ファミリア】の精鋭部隊は完膚なきまでに叩きのめされた。否、もはや手玉に取られ、遊ばれたと言っていい。

 

 その犯人が、目の前の女だ。故に、シャクティはその恐ろしさと不気味さを知っている。正体は不明。

 そんな謎の人物である張本人は周囲を見渡した後、一人の小さなエルフに目をつけた。

 シャクティもルシア自身もその視線を察知する。ルシアはなんとか顔を上げて身は伏せたまま彼女と対峙した。

 

「話は聞いた。『雑音(アレ)』の原因はお前か」

『……っ!!』

 

 満身創痍でも、動けなくても、その声が非力な仲間に向けられているということは理解できる。

 大切な仲間が殺される。敵の強さが推し量れない、が故に敵が想像の域を超えているとわかる。そんな相手がルシア(Lv.1)を狙っている。

 立ち上がりたいのに、できない。【アストレア・ファミリア】は唇を噛み締める。

 

「これより不快な音はいくつもあったが、悪意のある酷い音は貴様のがぶっちぎりだ」

「……」

 

 信者や部下をヴァレッタが制止している。もう彼女以外必要ない。たった一人、彼女がいれば十分だとヴァレッタは示唆している。その顔には先程とは打って代わり、ニヤケ面。

 現れた最強の魔道士、『アルフィア』はルシアへと歩みを近づける。

 その足が彼女に向かって進み始めたのを見て、シャクティは痙攣している足を引きずりながら身を起こす。

 

「……っぁ!うっ、あぁぁ……!!」

「……っ。ダメよ!シャクティ!!」

「立つな……!」

「お姉ちゃん……っ!」

 

 言う事を聞かない身体を気力で無理やり従わせるシャクティ。アリーゼを始めとして、輝夜とアーディがそんな彼女に叫ぶ。ルシアの為に、友達の為に、無謀な戦いにその身を投げようとしている。その意図を、唸りを上げた時から察することが出来たからだ。

 シャクティは落ちていた武器を手に取り、それを支えに完全に体勢を整えた。

 

 シャクティは揺るぎない意志を胸に宿す。例え死に戦でも構わない。ルシアには人が当たり前に享受する人生を、これから歩んでもらうんだ。ここでその命を奪わせる訳にはいかない……!

 やらせない。例え、世界中が奴を敵視しようとも私だけはルシアの味方なんだ。私は、ルシアの……友なんだ!!

 

「シャクティさん……!」

「ルシ、ア……っ、は、やら……せん。貴様の相手は私だ」

 

 立っているのがやっとだ。足は今にも崩れそうで、片方は使い物にならない。目も泳いでいる。相手を正確に把握できていない。

 そんな状態なのはアルフィアでなくとも見て取れた。

 ルシアはシャクティの想いに震え、心配で表情を曇らせる。アルフィアは嘆息をついた。

 

「諦めずに立ち向かう姿勢、そういう泥臭いのをザルドは好みそうなものだが、私は趣味ではない。面倒だ、さっさと去ね」

「……っ!うあああああぁぁぁーーーっ!!」

 

 また()()攻撃が来る。シャクティ程の実力があれば、相手が動きを見せようとしていることくらいはわかる。そして、もう一度くらえば、今の状態で直撃すれば負傷(タダ)では済まないことも。

 それでも、怪しい足取りで雄叫びをあげて突っ込む。結果が見えていても、恐怖をいかに感じていようとも、無謀だと理解していても。ルシアを救う為なら相手を倒す気で立ち向かう。

 だが、現実は非情だ。

 

「【福音(ゴスペル)】」

「……っ!!」

 

 無言。シャクティは声すら発する余裕がないくらいに簡単に吹き飛ばされた。

 物のような軽さすら想像させる跳躍に、誰もが酷い表情でその軌道を目で追う。ルシア、リュー、アリーゼは険しい顔で目を見開き、アーディは思わず口元を覆った。

 秩序を重んじる戦士は屍のように瓦礫に落ち、動かなくなった。

 

「シャクティ……ッッッ!!」

「お姉ちゃん!お姉ちゃん……!」

 

 リューとアーディが取り乱すも立ち上がろうとしたその足は挫けて再度地に伏せる。

 シャクティが守ろうとしたルシアは、力が入らないその身体で這いながら彼女の元へ寄ろうとする。

 

「シャクティさん……!シャクティさ―――っ!!」

 

 視線が動いた。意識が向いた。自分に。それだけで、ルシアの動きが止まる。シャクティに添うのを断念する。それ程に、本能で危機を覚える。

 自分へと向かう足が砂を踏む音を立てている。ルシアは恐る恐るそちらへ顔を上げた。すると、もう五歩もない距離感で【静寂】が迫り、こちらを捉えて目を細めている。

 

「案ずるな。最初からお前だけが狙いだ。有象無象の雑音など瀕死だろうとどうでもいい」

「……っ」

 

 先に口を開いたのはアルフィア。暗にトドメを刺すつもりはないと告げる彼女の言いぶりからシャクティには一撃で仕留めるような力は使ってないと読み取れる。

 無論、そんな敵の言葉を信じるかどうかはこちら次第だが、今はどちらにするにせよシャクティには構えない。

 圧倒的な存在が目前にいるのだから。

 

「失神。そして、致命的な外傷を負ったか。今ならそのLv.4は無力な民でも容易く命を奪えるだろうな」

「……っ」

 

 アルフィアの発言にルシアが反応する。

 彼女がシャクティに意識を預けたのは束の間、沈黙した相手から視線を外し、改めてルシアを詰るように捉えた。見れば見るほど小さな体躯。その頭部に収められた矮小な脳みそが闇派閥(イヴィルス)思惑を打ち砕き、最強(アルフィア)にすら不快感を与えた。

 子供(ガキ)にしか見えない者が。【静寂(アルフィア)】に。

 

「貴様はいずれ、大きな雑音(しょうがい)になる可能性(よちょう)を感じる」

「……!?」

 

 向き合い直してその顔を初めてハッキリと目にして、瞼を閉じていた彼女は翡翠の色を宿したその瞳を晒し、ルシアの姿を映す。

 ルシアは掛けられた言葉に引っ掛かりを覚えながら、目の前の相手に怯えも抱いて顔を顰める。

 アルフィアのことは知らない。恐らく、彼女が定例会議でシャクティやオッタルが言っていた『強者』なのだろうという予測しか。

 

 だが、桁外れのその実力を僅かなら、ルシア()感じ取ることが出来る。

 そう、本来のルシアなら。ただ、それでも尚、その全容はまるで掴めない。

 故に、余計に恐ろしいのだ。測れないということは、強すぎると(そう)いうことだ。

 

「貴様もまた、未来という訳か。……知れている。だが、無いより()()か。芽があるだけ収穫と言えるとはな。いや、いい。鬱陶しい雑音は……摘み取るのみ」

 

 そう告げて、アルフィアは目を細めた。ルシアもこの場にいた誰もが彼女の魔力、その片鱗を感じる。

 

「ルシア……!」

 

 魔法が放たれる。照準はルシア。誰にでもわかった。ルシアの名を叫ぶのは【アストレア・ファミリア】。高笑いするのはヴァレッタ。

 だが、その全ての反応(リアクション)は遅い。

 彼女の魔法は―――超短文詠唱だ。

 

「散りゆく前に、せめて祝福してやろう」

「……っ!」

 

 アルフィアは、囁く。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 刹那、全ての光景が白飛びに。

 ただささやかに。『音』は響いた。



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