自分の書いたゲーム転生小説の主人公に成り代わってしまった主人公の話 (ぱgood(パグ最かわ))
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俺たちの戦いの始まり!!
えっ?ここはどこ?わたしはだあれ?


むにゃむにゃ。

 

むにゃむにゃむにゃ。

 

「起きなさ~い」

 

まって、まだ眠い。

 

もうちょっと、後五分間だけ…………

 

 

「ぼんちゃん。起きなさい。ぼんちゃん」

 

誰がぼんじゃ、ワイにはママンがくれた、くれた…………なんて名前だっけ?

 

ヤバい自分の名前全然思い出せんわ。

マジ、なんて名前だったっけ?

 

「ぼんちゃん、起きなさい。ぼんちゃん」

 

え~い、ぼんちゃん、ぼんちゃんうるさ~い。

ワイは地獄の業火のような怒りをぱうぁーに変え、思いっきり布団から起き上がる。

 

そこには腰に手を当てて般若のように眉を上げたおばちゃんが立っていた。

 

 

 

 

 

いや、誰だよあんた。

 

 

 

 

 

ま、よ~分からんおばちゃんがおって、ここがどこかも分からんが、別にいっか。

つ~か、腹減ったわ。

 

「おばちゃ~ん。腹減った~。」

 

「まあ、昔はおばちゃんなんて言う子じゃ無かったのに。

うぅぅぅ。

何時からこんな子になってしまったの?」

「?良くわかんのだけど。

飯くれるの。くれないのどっちなの?」

「うぅぅぅ。下に用意してあるから、早く食べてらっしゃい」

 

 

うわ~い、やった~、飯だ~。

 

それにしても何だか頭がふわふわするなぁ。

夢か?夢か。

 

じゃなきゃおかしいもんな。

知らん場所にいて、知らんおばちゃんが飯くれるなんて。

 

それよりも、飯、飯。

トンタッタトンタッ階段を華麗に下りてゆく~。

 

お、あったあった飯だぁ。

 

「いっただっきまーす。」

 

 

うまいうまい。

んんん。飯に夢中で気付かなかったが、何だ、テレビがついているぞ。

 

俺はテレビをジッと見る。

 

魔法、魔物、ファンタジーな感じなのか?

 

「もう、もう少し落ち着きを持ったらどうなの?

ぼんちゃんももう高校生なんだから」

 

おばちゃんはそう言いながら、鞄と制服を持ってくる。

制服の裏地には名前が刺繡されていた。

 

|音長盆多(おとながぼんた)

 

音長盆多(おとながぼんた)、その名前を俺は知っている。

 

ちらりとテレビを見る。

そこには手のひらサイズの十字型の金属に関するCMが流れている。

俺はあれを知っている。

極めつけは、制服の胸ポケットに入っている学生証に書かれた国立防人魔法学校。

 

急速に頭がクリアになっていくのを感じる。

 

「ぼんちゃん。ささ、着てみて、着てみて。」

「あ、ああ、分かったよ。母(かあ)さん」

 

俺はそれを母親であるだろう人から受け取ると同時とある結論を出す。

ここ、俺が書いた小説の世界だわ。

 

☆☆☆

 

俺が昔に書いた小説。

タイトルは「ゲーム知識で無双できるかと思ったけど無理でした」

奇をてらってみようとした結果、エタッて書くのを辞めた小説だ。

 

内容としてはタイトル通り、ゲーム世界への転生であり、主人公はそのゲームのモブに転生する。

 

名前は音長盆多(おとながぼんた)

 

夫(おと)と凡(ぼん)という意味を含ませた普通の名前。

 

ゲーム世界に転生を果たしたと知った主人公は何とか自分の力と知識で成り上がろうとするも、現実とゲームの違い、そして、主人公とは環境や境遇が違い全然上手くいかない。

しかしそれでも諦めることなく頑張るという話だ。

 

まあ、言ってしまえば、従来のゲーム転生小説の逆張りものだ。

 

制服に袖を通しながら、俺は思いっきり息を吐く。

 

「くっそ。こんなことなら、バリバリの成り上がり小説にすれば良かった。

安全かつ、確実に強くなれる方法とか設定すればよかった」

 

自分で作っておいてなんだがこの小説の世界観は結構シビアだ。

命を懸けることにはなるが、飛躍的なパワーアップが期待できる隠しステージ何てないし、危険を冒せば、有用なアイテムをゲットできる、なんてことは無い。

 

命を懸けて得られるものは「戦いが無いって幸せなことだったんだ……。」という実感だけである。

 

ぱうぁーあっぷ~?地道に努力しろ。

あいてむ~?店で買え。

 

基本的にこの二つで成り立っている世界でどうやって生きて行けばいいんだろうか?

 

ただ、今は出来ることをやらないと……。

 

俺は取り敢えず、この思考を脇に置き、母さん(仮)に制服姿を見せた。

 

母さん(仮)は涙を流しながら喜んでくれた。

その涙に俺の海よりも広い罪悪感が刺激され、少し気まずくなった。

 

☆☆☆

 

俺はその後、飯を食べたり、歯磨きを終え、学校に向かった。

学校に向かいながらも俺の懸念は更に増えていた。

一つはここが夢か現実か、という問題だ。

夢ならばいい。

せいぜい起きるまでこの世界を楽しませてもらうだけだ。

 

問題は現実の場合だ。

 

この小説がエタって書くのを辞めたという話を先ほどしたが、それはつまり、話の内容を最後まで知らないということでもある。

 

そう、俺にもこれから何が起こるのか皆目見当もつかない。

 

勿論、設定というのはある程度決めている。

例えば、この世界は全部で六つの世界、天界、人間界、戦人界、獣人界、小人界、鬼人界に分けられている。

そして、この六つの世界は()()()()()()()()()()()()、独自の発展をしていたのだが、ある時に魔物と言われる別の世界の人間に瓜二つの容姿の怪物が姿を現したのだ。

 

天界では人間、戦人、獣人、小人、鬼人。

人間界では天使、戦人、獣人、小人、鬼人。

戦人界では天使、人間、獣人、小人、鬼人。

小人界では天使、人間、戦人、獣人、鬼人。

鬼人界では天使、人間、戦人、獣人、小人。

 

という風に、ただ、魔物には通常の生物とは違う特徴がある。

それは体をどす黒い瘴気のようなものが覆っており、決して喋らず、食事や睡眠を必要とせず、何らかの方法で同族と意思疎通を図るのだ。

しかも、とても賢く、罠に嵌められて殺される防人が後を絶たない。

 

そのため、魔法適性のあるものは若いうちから親元から離れ、訓練を積む。

国の命令であるため、親は泣く泣く子を見送るしかない。

母さん(仮)のように…………。

 

因みに魔法と言っても何もない所から炎とか雷とかを出せる訳では無い。

勿論、天使、戦人、小人なら出来るだろうが、人には無理だ。

そのため、人間の場合はマジックチップという十字型の金属を使って魔法を扱う。

扱うと言ってもこのマジックチップには既に魔法が込めてあり、担い手はマジックチップを起動する魔力と解放された魔法を制御出来るだけの魔法制御能力があればいいのだ。

 

そんなことを考えながら、歩いていると丁度駅が見えてきた。

というか、歩きながら町を見ていて思ったが、夢にしてはリアルすぎる。

駅に関しても、ファンタジーと現代が混ざり合ってなんかいい感じだし…………。

 

夢なら良かったが全然そんな感じはしない。

 

俺はそう思いながらも、交通系ICカードを出し、駅の中に入る。

その後は特に語ることもなく電車に乗った。

電車の中には俺と同じ制服の人間がちらほらといる。

泣く泣く親元から離れて行った子供達だ。

 

可愛そうに…………まあ、大元の原因はこの小説を書いた俺にあるのかもしれないが…………。

そこは……まあ、許して欲しい。

俺も今は君たちと同じ境遇な訳だしさ。

 

電車に揺られていると、どんどんと俺と同じ制服の子供たちが増えていく。

 

というか、よくよく考えれば、防人魔法学校の服装って初めて見るわ。

俺、趣味で小説は書いてたけど、絵は描けなかったし。

何か………そう考えれば途端に感慨深くなるな。

 

そう思いながら、制服姿の学生達をジッと観察していると電車の中にいた生徒たちが続々と電車を降りていく。

 

そっか、ここが防人魔法学校の最寄りの駅になるのか、初めて知ったわ。

 

割とここら辺適当に書いてたからなぁ。

 

俺はそう思いながら、他の生徒たちに続く。

ここら辺に関しては特に何のイベントもないって知ってるから気楽だわぁ。

 

課題をすべて終えた休日くらい気楽だわ。

俺がそう思いながら歩いていると、後ろから歩いてきた生徒と肩がぶつかる。

 

「おっと」

「あっ、わり」

 

ぶつかった生徒は赤髪、青目で耳にピアスをしていた。

………恐らくは、ゲームの方の主人公、という設定の真道才(しんどうさい)君だろう。

 

そっか、イベントとかなくても普通にすれ違ったりはするよね。

だって、同じ学校の生徒だもん。

 

因みに学校だけでなく学科も同じだったりする。

俺らの学科は魔法剣士科。

その名の通り剣と魔法で戦うクラスだ。

 

☆☆☆

 

学校についてからは、校舎の綺麗さや、敷地の広さに感動し、学園長たちの話を話半分に聞き、そして、現在俺たちは教室でホームルームを行っていた。

 

「はい、次、音長君。自己紹介どうぞ」

「音長盆多。好きなものはアニメや漫画です。これから三年間よろしくお願いします。」

 

決まった。

いや、普通に無難な挨拶だけど、これでいいのだ。

無難に挨拶しておけば無難に友達が出来るから。

まあ、その友達が明日も生きているかは分からないんだけど。

 

そんなことを考えながらも周りを見渡す。

このクラスのメインキャラは二人。

一人はさっきも挙げた、ゲームの主人公という設定の真道才(しんどうさい)

もう一人はメインヒロイン、という設定の剣凪麗(けんなぎれい)

 

彼らはそれぞれ、

 

「俺の名前は。

取り敢えず、大切な奴らを守れる防人になるのが目標だ。よろしくな」

 

剣凪麗(けんなぎれい)。最強の防人になるためにここで学べるものを学んでいくつもりです。よろしく」

 

と、まあ、中々に強キャラ感のある挨拶をしていた。

そんなんじゃ、友達が寄り付かないぞ!

と言いたいところだが、二人とも見目が良いからきっと友達には困らないんだろう。

良いな。

ワイもイケメン設定にしておけばよかった。

 

因みに、他のヒロイン、という設定の少女たちはそれぞれ、攻撃魔法科に一人、防御魔法科に一人、回復魔法科に一人ずつ、後一応他の世界に一人ずついる設定だ。

 

まあ、他の世界のヒロインたちは設定だけしかないから名前も容姿も知らないんだけど。

 

あっ、話は変わるけど、この三つの魔法学科は魔法剣士科と違い、専用のワンドというものを使って戦う。

このワンドは現状三つまでしかチップを入れられない剣と違い、九つまでチップを入れることが可能で、更に得意系統の魔法の強化率は剣を上回るのだ。

 

勿論、剣にも利点はある。

例えば、直接攻撃を仕掛けた際に相手の魔力を吸収する機能があり、これを利用し、初めから内蔵されている強化魔法のマジックチップを半永久的に使えるという点だ。

 

これにより、魔法剣士は魔物との白兵戦を可能とし、魔物たちから注意を引きながら戦うことが出来ている。

 

まあ、それでも死亡率は一番高い訳だけど。

 

 

「それでは、今日はここまでとする。魔剣の授与は後日行うのでお前たちもそれまでに戦う覚悟を決めておけ‼」

 

 

とのことで、ぼぉっと考え事してたらいつの間にかホームルーム終わったわ。

 

俺は学生鞄を手に持ちながら、他の生徒の後をついて行く。

いやぁ、自分の書いた小説の寮がどんな形をしているのかとかめっちゃ気になるわ~。

 

ドキドキワクワク。

 

 

 

 

 

「おぉぉ」

 

 

悪くない。悪くないぞ。

 

いや、むしろ良い。

想像とは違うけど。

 

俺の想像だと寮自体は結構クラシックな感じを想像していた。

何て言うか雅な寮?イタリアとかでヨーロッパ圏でありそうな感じ。

だけど、実際にはモダンな感じで現代風、もしくは近代に片足突っ込んでます感があった。うむ、作者的には少し思う所がないでもないがこれはこれで大変結構。

 

俺は皆についていき、自分のネームプレートがついている部屋に入る。

どうやら寮は一人部屋らしく、他の生徒の名前は載っていなかった。

 

こ、高校で一人部屋って本当に良いんですか?

 

と、思わなくもないが、魔法適性を持つ人間がそもそも少ないうえ、訓練途中にもバンバン人が減っていくから部屋自体は結構開いているのかもしれない。

 

こちとら命かけてるしね。

このくらいは好待遇でも許されるだろう。

 

俺は荷物を置いた後、ベットに座る。

 

いや、この後どうしようと思って。

 

普通に学生生活をしていたら、全然死ねるくらいにはシビアだ。

というか、一番初めのイベントでうっかり死んでもおかしくない。

とはいえ、コソ練して圧倒的な強さを手に入れられるかと言えばNOだ。

 

そう言う風に作ったからな、俺が。

 

しかし、どうすれば良いのか…………。

悩んだ、悩みまくった。

 

悩みまくった結果、閃いた。

 

あれだ、師匠とか、物語のキーを握る存在的な感じで、主人公を導こう。

そんで主人公に世界最強になってもらって、救って貰えばいいんだ。

 

いや、そうじゃん。

元々、俺の小説のコンセプトは脇役転生して最強になろうとしたけど、主人公とは境遇も環境も違うから最強にはなれないよねっていうだけで、主人公なら脇役(小説の主人公)が考えた方法で最強になれるじゃん。

 

えっ、現実になって勝手も変わってるんじゃないかって?

 

知らん知らん。

主人公補正で何とかして貰うしかない。

結局主人公が世界救っても自分(おれ)が生きてなきゃ意味ないし、真道君には悪いが、背負わなくていいリスクを背負ってもらおう。

 

よし、方針も決まったし、どうやって、アプローチをかけるかだな。

 

 

 




どうでもいい補足



『マジックチップ』

魔法が込められた十字型の金属板。既に魔法と魔力がこもっているため、マジックチップを起動するための魔力以外は込める必要はないが、一流の使い手であれば自前の魔力を込めることで威力を上げることが出来る。魔法を解放し、空になったマジックチップは回収し、再度魔法を込めなおして使うのが基本。



『魔剣』

刀身に魔力吸収機能が付いており、斬りつけることで吸収できる。更に内部には初めから肉体強化のマジックチップが搭載されており、これは刀身の魔力吸収機能と連動している。魔剣に内蔵されているマジックチップは特別製であり、他のマジックチップのように以前とは別の魔法を込めるということは出来ない。魔剣は肉体強化のマジックチップも含めて三つまでしかチップを入れられない。つまり実質二つだけ。


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我が名はピーマ…………いや、魔導師Pだぁぁぁぁぁぁぁ

☆☆☆

 

その日、俺、真道才は不思議な男と出会った。

 

「我が名は魔導師P。このピーマンの被り物とプロデューサーのPから取った素晴らしき名前を持つものだ。

お前に大切なものを守る力を与えるために現れた。」

 

その男はピーマンの被り物をして、俺に大切なものを守る力を与えるとか、胡散臭い事を言ってきた。

正直、こんな怪しい奴、無視しても良かったのだが、その後に言った言葉が俺をこの場に押し留めた。

 

「さあ、選べ、人間と戦人の混血よ」

 

それは誰にも言っていなかった俺の秘密。

最近少しだけ仲良くなった剣凪にも、地元の友人たちにも言ったことのない俺の最大の秘密。

 

知られれば、後ろ暗い研究機関に捕まってもおかしくない。

だから、知っているのは俺と親父だけの筈…………。

 

それを何でこいつは知っているんだ‼

☆☆☆

 

決まった。

俺は階段の上から真道才に手を差し伸べるポーズをとる。

恐らく、日も良い感じに落ちてきて、逆光もこの演出の一助になってくれてることだろう。

 

クックック。

 

なんかビーマンの被り物を見つけたときにピンと来たんだよな。

こういう、果物被ると不思議と強キャラ感というか不気味な感じも出るし、身バレ防止も出来て一石二鳥だ。

 

いやぁ、きっと、真道は今頃、内心で「こいつっ⁉何者だ?」ってなってんだろうな。

 

主人公(偽)の為に用意してあげたイベントなんだ。

存分に楽しんでくれ!

 

「………何が目的だ。」

 

うぉぉぉぉ、めっちゃ考え込んで警戒心全開で話しかけられてしまった。

主人公にこんな対応させるなんて完全に主要キャラですわ。

まあ、真の主人公は私なんですがね?

 

「ふむ、先ほどの話を聞いていなかったのか?

私は魔導師P、先ほども言ったが「そうじゃない!」ふむ、では何が聞きたいんだ?」

「何で、俺のことを知っている。どうして接触してきた。別にこんな怪しい接触の仕方をしなくても良かっただろう?

………だって、お前…………

 

 

 

 

 

 

 

…………制服着てんじゃん。

ここの学園の生徒だろ?」

 

…………確かにな。普通に生徒として近づいて信頼を勝ち取ってから、実は~って感じで事情を話せばいいよな。

うん、それはそうだ。

そうだわ、普通に。

お前、天才か?

 

「何か言ったらどうなんだっ!」

 

えぇぇぇ。そんな剣幕で言い募られても…………。

想定してなかっただけだし、えぇぇっと、えぇぇっと。

何かあるかなぁ、理由。

考えろ俺、何か、何か、ある筈だ。この場を切り抜ける突破口が‼

 

「それでは遅すぎる。遅すぎるんだ…………。」

 

「⁉どういうことだ?」

 

何か、何か言わなきゃと思って口を開いたら、切り抜けられたわ。

あ、因みに嘘じゃないです。マジで、一番初めのイベントは割と目前まで来てます。

 

いやぁ、人間極限状態だと限界を超えるっていうけどマジだったんだね。

 

何とかなりそうで良かったぁ

 

「…………近々、魔物の群れがこの学校襲う。それまでにお前には強くなってもらう必要があるんだ。」

「な、なに?」

 

ここで、演出の一環として目を伏せる。

あっ、そう言えば被り物してるから目を伏せても気づいてもらえないわ。

うっかり、うっかり。

 

「どういうことだよ、それ。それで麗や愛華(まなか)、千弦(ちづる)たちが、危険に遭うのか?」

 

あっ、メインヒロインたちは大丈夫です。

この一度目の襲撃は只の様子見みたいな所もんだし、そんな強くないから彼女たちはむしろ大活躍して学校の注目を集めるはずだ。

 

まあ、真道君にとって彼女たちの存在が大きなウエートを占めているのなら言わない方が良いだろう。

 

「それは…………言わないでおいた方が良いだろうな。」

 

俺にとってね。

 

だって言ったら緊張感とか無くなるかもしれないだろ?

困るなぁそれは。

 

あっ、でも最終的には君のためでもあるからね?

ほら、物語が進めば敵も強くなるかもだしね。そうなったら君の大好きなヒロインちゃんたちも命の危機に瀕するかもしれないじゃないか?

 

ま、そんな先のことは俺も知らないんだけどね。

 

「……わかった。お前の手を取ってやる。ただし!少しでも怪しいと思ったら斬る」

 

俺の言葉に悩んでいた真道君は決心をしたかのように俺の目を見てくる。

…………それはそれとして、今は怪しくないってことでOK?

 

いや、今茶化すのはやめよう。

大切な局面だしね。

 

「ああ、それでいい。私としても君がこの世界を救ってくれるのであれば他のことに口出しはしない」

 

と言いつつ、俺の命に関わることにはバリバリ口を出すつもりだから、そこんトコよろしく。

 

「ふん、何を考えてやがるんだか。………それで、俺は何をすればいい?」

「まず明日、キミは魔剣を配布される訳だが、その際に搭載する外付けチップは《   》と《   》だ。いいな?」

「あ、ああ、でもそれで大丈夫なのか?」

「俺を信じるんだろ?」

「分かったよ。信じるとは、言ってねぇけどな」

「俺からすれば同じようなものだ」

 

ふっ、話もついたし、スタイリッシュに立ち去るか。

 

…………いや、スタイリッシュに立ち去るってどうやるんだよ。

意味わかんねぇよ。

一応窓ついているし、飛び降りる?

いや、足折れるだろ。ねん挫で済むかもしれないけど。

 

もっとこう、一瞬目を離したすきに居なくなるとかしたいんだけど…………。

いや、全然目ぇ離さないなあいつ。

 

どうしよう。歩いて帰るのはちょっとダサいよな…………。

 

「おい、才。そんなところで何してるんだ。」

 

よっしゃぁぁぁぁぁぁ。今だぁぁぁぁぁぁぁ。

 

俺はスッと階段の折り返しの所で四つん這いになる。

完全に隠れた。恐らくあちらからは見えていないだろう。

見えてたら超ダサい。

俺はその体勢を維持したままカサカサと移動を開始する。

 

「えっ、麗?ああ、変な奴と話してて、っていない」

 

よしっ。

 

これはスタイリッシュと言っても差し支え無いのでは?

完全にかっこいい立ち去り方だったわ。

 

クックック。

計算通り。

 

………因みにこの体勢で階段を上っている人って客観的に見てどんな印象を持たれるのかな?

 

☆☆☆

 

いやぁ、にしても上手くいきましたなぁ。旦那。

って旦那なんてどこにもいないやないかぁ~い。

 

でも軌道には乗ってきているな。

悪くない。悪くない。

 

悪くないと言えば、この親子丼も悪くない。

この世界に来る前の高校じゃあ、食堂なんて言ったことなかったし、大学も食堂なかったからめっちゃ新鮮だ。

 

つうか、もう一度高校生活を始められると考えれば割と悪くない?

いや、命を懸けなければいけない訳だから普通に悪いわ。

 

危うく騙されるところだった。

自分に。

 

にしても、俺は勿論ながら他の生徒も死ぬかもしれないんだよなぁ。

例えば目の前にいる俺のフレンドとかも。

 

「ん、どうかしたの?

音長君」

「いいや、ただ、三年間一緒に過ごせればいいなって思ってさ」

「ちょっ、不吉なこと言わないでよ。」

 

まあ、この学校は単位とかが理由で退学とかは無いからな。

退学になる場合は相当ヤバい問題を起こしたか、魔物との戦いで命を落としたかの二通りしかない。

 

どっちだとしても縁起が悪いことこの上ないな。

 

ま、それはそれとして、今はこのフレンドとの食事を楽しむか。

 

別に冗談で言った訳じゃないしな。

いや、出会ったばかりだけど彼は良い奴だし、問題を起こすようには見えないから、前者が理由でいなくなることは無いだろうけど。

魔物と遭遇してバイバイすることはあり得るからな普通に。

 

そうなってくると、少なくとも大切な友達よりも、友達百人作った方が良いのかな。

…………いや、友達百人作っても、腹の内は分からないし、恨みを買っててどさくさに紛れて『ぐさり』とかもあり得るから、信頼できる友達数人の方が良いな普通に。

 

「音長君、うんうん頷いてどうしたの?」

「いや、キミと友達になれて良かったなって思ってたんだ。」

「えっ?どうしたの急に」

 

急にとは失礼だな。

しかも、何だいその訝しむ顔は?

俺は常に俺の友人になってくれた子には感謝を述べているからな。

 

ほんとだぞ?

 

むしゃくしゃしてきたぜ。

こうなったら、ご飯をかき込んで、部屋に帰るしかない。

 

むしゃむしゃ、あっ、ここ、笑う所だから

 

「うわぁ、今度はご飯かき込みだしよ。しかも、漫画でしか見たことのないかきこみ方だし……どうしたの?ちょっと、怖いよ?

それとも、君はそう言う人なのかな?僕は今、君と友人になったことを後悔してるよ」

 

むっきー。

許せん。許せんぞぉぉぉぉ。

 

そんなことを言って許されるのは美少女だけ⁉

フツメンの君なんてなぁ。うっかり打ち首にされたっておかしくないからな?

 

ごっくん。

 

「ご馳走様。先に帰ってるよ。」

「うん、お大事にね」

 

いや、元気だからな⁉

それはそれとして、体は大事にするよ。

ありがとう。

 

 

因みにこの後普通に仲良く風呂に入った。大風呂だったからね。

それで分かったことなんだけど、彼はどうやら素で毒舌らしい。

これから、仲良くやっていけるか不安になってきたぜ。

 

☆☆☆

 

次の日、なんともうはや魔剣をくれるらしい。

 

パチパチパチ。

知ってたけどね。

 

普通ならちょっと早いかなって思うかもしれないけど……まあ、それも当然なのかもしれない。

だって、一刻も早く実践に遅れる防人を育てないといけない訳だからね。

そう考えれば、速いに越したことは無い。

むしろ、当日に渡されなかっただけ、温情なのかもしれない。

あ、それとマジックチップの配布は後日になるよ。

どのマジックチップが欲しいかを記入用紙に書いて提出しろって言われた。

俺は普通に両方防御系だ。

 

先生は防御と攻撃両方持ってる方が良いとか何とか言ってたけど、そんなことをすればリスクを増やすだけ。

戦闘は他の人間に任せて、守りに徹した方が良い。

特に、俺の場合はマジックチップが届く日、つまり、というか何というか、この日に襲撃を受ける訳だけど、バリバリ真道君に張り付いて守ってもらうつもりだから、防御特化で良いのだ。

 

あっ、一応言って置くと全然タンクとかやる気ないよ。

流れ弾防ぐので精一杯だろうしね。

 

本当頑張ってくれよ、真道君!

君だけが頼りだ。

 

あっ、因みに魔剣の形状は刀だ。

これは個人的にかっこいいからって言うのもあるけど、物語的には魔剣は刀身から魔力を吸収し、肉体強化のマジックチップを発動するという設定だから、自ずと自前の魔力で肉体強化を発動する際も同じ手順を取る必要がある。

 

そうなった際に両刃だと格好がつかないし危ないから、片刃の剣になった、てな感じ。

 

つまり、刀の峰の部分に触れて肉体強化を出来るようにしたってことだね。

 

どう?

カッコいいし、中々いいアイデアだと思わない?

 

「おいっ!音長!何サボっている。貴様だけ追加で素振り百回だ」

 

ひぇぇぇぇ。素振りサボってるのばれて、更に追加された。

最悪だ~。

 

因みに剣凪さんと真道君は涼しい顔で素振りをこなしていた。

流石は代々魔剣士の家系である剣凪さんと戦人とのハーフの真道君だ。

 

……それに、俺の友達でかなりの毒舌家な毒ノ森(どくのもり)君も滅茶苦茶素振り頑張ってる。

 

どうせ、殆ど意味なんてないのに…………。

でもそれって、きっと生きるのに一生懸命ってことなんだろうな。

 

………俺も死にたくないって思うなら、多少はガンバらきゃだな。

どれだけ努力しても強キャラには勝てないだろうけど、この努力が生きるか死ぬかを分ける可能性は十分にあるんだもんな。

 

よしっ、ちょっと頑張ってみるか‼

 

あっ、それでも真道君が希望ってことは変わらないから、修練を怠るんじゃないぞ。

 

ま、今のところはそんなことにはならないか。

滅茶苦茶頑張ってるし。

ただ、ヒロインとイチャコラするばかりで修練を怠ったら、「エッ」な場面の時にピーマンの被り物して出てきてやる。

 

☆☆☆

 

魔剣を使っての素振りの時間、音長という生徒が教師である私からは見えづらい場所でサボっていた。

こういう生徒は例年いる。

国を守る立場であるにも関わらず、学生気分が抜けていない生徒というやつだ。

 

だから、私はその生徒に注意を促し、ついでに罰則を与える。

すると、音長という生徒は考えを改めたかのように真剣に素振りに取り組む。

 

ようやく、自分がこの国と、そして魔力を持たない市民を守る希望であると理解したらしい。

 

にしても、学生気分の抜けていない生徒を一声で改心させるとは私の教師としての腕前には恐れ入るな。

 

まったく!

 




どうでもいい補足


因みにシチュエーションが踏切の場合は線路渡った後、電車が来たタイミングで並走を試みていました。

こんな感じ。


(真道サイド)



「それでは私は帰るとしよう」


謎の男はそう言うと踏切を渡る。
そして、こちらを振り返る。何か言い残したことがあったのだろうか?
顔が分からないため、何がしたいのか、何が狙いなのかは分からない。
暫くすると電車が来て男の姿が電車によって隠される。


「いない…………」


そして、電車が通り過ぎた時には既に男の姿はいなくなっていた。


(音長サイド)


はぁはぁ、ぜぇはぁ。
いや、きっつ。スタイリッシュにその場から離れるのもらくじゃ、無いぜ…………。
よ、よし、そろそろ歩こう。




て、あれ?目の前に知らないおばあちゃんがいる。




……………………電車と一緒に走ってたの見てました?


☆☆☆








おばあちゃんが何時からいたのか、主人公が何故走っている時に気づかなったのか………


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戦えって?………………いやぁ、それはちょっと

ぱgoodです。な、なんと、うちの拙作がオリジナルのルーキー日間にのってました。
拙作をお気に入りにしてくれた皆様ありがとうございます。


☆☆☆

 

素振りが無事終わった。

素振りの途中、何故かとても不名誉な勘違いをされた気がしたけど、気のせいだろう。

読心術とかはマスターしてないしね。

 

仮にあったら、有利に進めるのになぁ。

いや、日常生活を送るうえでは不便極まりないし、いらないか。

 

ていうか、めっちゃ疲れたわ。

いや、疲れたという割には心の中ではこの通り、ぴんぴんしてる感出てるけど、もうぜぇはぁが止まりませんわ。

 

これだけ、頑張っても強敵が現れれば、殆ど描写されることなく散っていくモブなんだろうなって思うと悲しくて仕方ないね。

 

取り敢えず、この後はシャワールームでシャワーを浴びれるっていうのが唯一の救いだよね。

このままじゃ風邪引いちゃうところだったよ。

まったく。

 

 

うぉぉぉぉ

 

シャワールーム、ボディソープとシャンプー使い放題なんかい。

後、シャワールームで貰った体洗うタオル?

めっちゃ泡立つですけど。しかも、いつの間にか制服も用意されてた。

これ、新品ですよね。良いんですか?

 

話変わるけど冬は何か暖房?

ちょっと違うみたいだけど、部屋を初めから暖かく保つ機能があるらしい。

 

すげぇぇぇ。

 

後、体操着とかの洗濯物は専用の棚に置いておけば向こうで洗ってくれるんだって、いや、凄すぎない?

更に更に、洗濯物は個人で分けて洗ってくれるんだってさ。

良いね。

 

食堂も無料だし、任務に出るようになれば給料も出るらしいし、最高だね。

 

いや、命かけなきゃいけないから最低だわ、やっぱ。

 

設備自体は充実してるし、学費無料だけど、根本的に俺たちは学ぶ者ではないんだろうなぁって感じがする。

 

だからこその好待遇。

 

ふぅ。シャワーも浴び終わってすっきりしたし、コーヒー牛乳でも飲むか…………え、そのコーヒー牛乳はって?

いや、無料ですけどなにか?

 

 

☆☆☆

 

あれから、まあ色々あった。

 

えっ、何か急に話飛んでないって?

 

いや、うん、色々あったんだけどさ、聞く?

 

俺の防人訓練の授業を如何に真面目に受けていたかとか、毒ノ森君と他愛のない話をしたとか。

正直さ、色々はあったんだよ。うん、色々は、みんなもさ、毎日いろいろあるじゃん。

ただ、その中で話すべきことってどれくらいある?

 

…………そんなないと思うんだよ。

そんな感じ。

 

普通に授業きつくないとか、授業どんどん訓練の時間増えて殆ど訓練場にいるよね、とかそんな感じ。

 

いや、ほんとどうなってるのこの学校。

全く、座学ないやん。

走り込みと、素振りと打ち込みと、魔力操作と模擬戦ばっかだよ!ほんと。

 

語る事なんてないよ。マジで、真道君と剣凪さんの無双タイムだよ。

序盤の方は俺たちモブにも、「お前たちは立派な防人になれる」って言っていた先生も最近はほとんど真道君と剣凪さんにしか話しかけてないよ。

 

あ、一応言って置くけど、それでモチベーションが下がって適当に授業を受けている、なんてことは無いよ。

俺も毒ノ森君も。

 

結局は巡り巡って、自分のためだからね。本当に。

冗談抜きで命かかってるからさ。

流石に、学生気分でたらたらとは出来ないよ。

 

それでも、あっさり死ぬかもしれないんだけどね。

むしろ、たらたらやってた人間がひょっこり生きてるなんてこともあるかもしれない。

 

その位には俺らは無力だ。

無手の人間が身体を鍛えた結果、熊に勝てるかっていうのに似てるよね。

実際、俺と毒ノ森君は頑張っているけど成績自体は中の上くらい。

 

因みに、一、二位は三位以降を引き離してダントツの成績を残している。

言わなくてもわかるかもしれないけど、真道君と剣凪さんの二人だ。

 

この二人には三位の左藤君は手も足も出ずにすぐ負けている。

一応言って置くと、左藤君が弱い訳じゃない。

マジで隔絶してるんだ、あの二人。

先生も左藤君に今年じゃなかったら主席も夢じゃなかったって言ってたしね。

 

 

だから、まあ、話すことは無い!

 

基本的に真道君と剣凪さんと関わることもないし、学科の違う他のヒロインは言わずもがな。

魔導師Pの出番も今の所ない!

無いんだけど、流石にそろそろ魔導師Pも真道君をプロデュースしなくちゃいけないらしい。

 

「お前たち!ようやくお前たちのマジックチップが届いたぞ!

他の学科よりは遅れてしまったため、心配していた者もいただろうが、安心しろ、それは例年通りだ。

なんせ我らが魔剣士科は唯一、外付けのマジックチップが無くても戦えるからな」

 

一応肉体強化のマジックチップは使っているのに、物は言いようだなぁ。

確かに、他の科は外付けのマジックチップがないと戦えないけどさ。

ていうか、ワンドには外付けのマジックチップしかないから当然なんだけどね。

 

余談だけど、そう言った事情もあり、他の科はワンドと同時にマジックチップが配布される、っていう設定になっている。

 

まあ、今はあんまり関係ないけどさ。

 

〈ドンッドンッ〉

 

〈ブーブー、オシラセシマス。オシラセシマス。ゲンザイ。ナニモノカガ侵入中。ナニモノカガガガガ。テイセイ。テイセイ。シンニュウシャ判明。マモノ。雑兵級。種別、偽天使。カズ、700〉

 

おおっと皆の顔が真っ青になっちゃったよ。

因みに、解説しておくと偽天使っていうのは天使型の魔物のこと、これが鬼人型なら偽鬼人、戦人型なら偽戦人ってなる。それ以外の種族の姿をしてても全部同じ、あくまでも本来の種族とは一切関係ないよって意味でこの名前が使われてるんだ。

そんでもって雑兵級っていうのは一番弱い魔物のこと。

一つ上の学年なら他の学科の人間とちゃんとパーティを組むって言う前提で対処可能。

一体ならね。

 

700は………無理!

 

だって、大体この学校の生徒の数と同じくらいいるからね。

一人一体ずつじゃないと、全員無事に生き残れないよね。

 

ていうか、まだまだ、絶望するには早いしなぁ。

 

一応、教師もいるけど、教師はその場の指揮で手一杯になるし、ここ、結構被害出るんだよなぁ。

 

 

「いいかっ!私の指示に従い。全員、学生ホールに移動する。いいな。」

 

そう言うと生徒は皆どんどんとホールに向かって移動する。

因みにホールはこの学校の最後の砦であり、学校にある様々なギミックを作動することが可能になっている。

 

まあ、時間稼ぎなんですけどね。

 

それでも、現状は国の防人を待つしかない状況。

それしか希望がないから仕方ないんだ。

 

みんなホールでも元気でな。

えっ、お前は向かわないのかって?

それは勿論、私は主人公について行かなければいかないのでね。

 

俺は皆から少し離れた場所で懐に隠していたピーマンの被り物を被る。

よ~し、ではいくぞ~。

 

多分、主人公は他の生徒たちとは別行動をとる筈。

彼、戦人で耳が良いから聞こえてしまったんだよね。

 

 

悲鳴を上げる女の子の声が。

 

「っくそ、確かこっちから。」

「どうした?迷子か」

 

ほ~らねっ。知ってました。

作者ですので。

 

「お前は…………魔導師P」

「ふん、お前の考えていることはわかる。一年の防御魔法科の近くにある女子トイレからだ。」

「!そうか、ありがとう。」

「別にいい。それより私もついて行こう。まだ、何かありそうだ。」

「わかった。助かる」

 

そんじゃあ、行きますか。

一応、まだここら辺には偽天使は来てないから、スムーズに進める。

これが、もう少し道に迷われると偽天使が湧いて来るって設定だったから良かったね。

俺がいて。

 

あっ、でも偽天使が学校に湧いてるのも元を正せば作者である俺のせいだった。

ゴメンね。

 

まあ、大丈夫。全部何とかするよ。

 

 

真道君が。

 

てなわけで、俺の助言のお陰で一階の防御魔法科に一番近い女子トイレの前まで敵と遭遇することなく来ることが出来た。

ただ、なんと、なんと、そこには三体の偽天使に囲まれる温実愛華(つつみまなか)。防御魔法科に所属する真道君のヒロインがそこにいたのだった。

 

なんだってー‼

 

いやぁ、びっくり、びっくり。

 

「な、なんで、愛華がっ‼」

 

おお、君もびっくりだったかい?

真道君。

 

「今は、そんなことを言っている場合じゃないだろう。」

 

俺がそう言うと真道君は弾かれたように魔剣にセットしている≪スパークバインド≫を発動する。

 

名前の通り、雷属性の拘束魔法だ。

 

これにより、温実(つつみ)さんを狙っていた偽天使たちは動きを止める。

そこを刀身から魔力を通し、自らの体に肉体強化を施した真道君が一刀両断。

ヒュー。かっこいい。

いやぁ、偉いぞ。ちゃあんと、≪スパークバインド≫を申請して。

 

この魔法は初期の拘束系の魔法の中では断トツの拘束力を誇る。

というか、雷系は基本強いという設定。

 

ただ、吸収持ちもいるから、そう言う相手には逆効果なんだけど…………。

まあ、今回の敵には耐性持ちはいないから大丈夫。

暴れまわれ~。

俺らを相手に無双した経験を活かすんだ~。

 

「よかった。怪我はないか⁉愛華。」

「う、うん。大丈夫。才が来てくれたから」

 

うわぁ。君ら、近くにピーマンの被り物をした不審人物がいてもイチャコラできるタイプなんだね。

俺には理解出来ないよ。

ていうか、それ以前にここ、戦場!

 

敵はまだまだ来るんだYO

 

「……感動の再開も良いが、今は気を引き締めろ。次が来るぞ」

「えっ?あ……あの、あなたは…………」

「愛華、一応俺のツレ。……細かいことは後で説明するよ」

 

どうも、ヒロイン差し置いて、ツレの座を頂いた魔導師Pです。

今の気持ち…………ですか?

 

え~、え~、まっ、あたしとかれなら、当然かなって♡

 

「な、なんだ⁉急に寒気が‼敵の攻撃か?」

 

あっ、その、すいません。

一応、味方側のつもりです。はい。

 

「落ち着け、目に付く範囲に敵はいない。一度深呼吸するんだ。」

「そ、そうだな。すまん助かる」

 

……良いんだよ。

というか、こっちこそ、なんかすまん。

 

ま、気を取り直そう。

 

俺がそう思っていると倒した魔物から溢れていた瘴気が真道君に向かって集約されていく。

 

「才ッ‼才ッ‼」

「う、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「落ち着け、レベルアップだ」

 

二人ともびっくりして、でっかいリアクションしてるけど、これ、ただのレベルアップなんよ。

 

レベルアップまたの名を抵抗力上昇。

倒された魔物は基本的に倒した相手に取り憑こうとする傾向がある。

だが、逆にその瘴気を浄化し、吸収することで人は魔物の魔力を取り込むことが出来る。

 

因みに抵抗できなくても大丈夫。

死ぬだけだから、だからこそ、魔力を持たない人間は魔物との戦いに参加できず、魔力を持っていても、体を鍛えていない、もしくは鍛えていても適正レベルに到達していない人間はレベルアップ時に死ぬことになる。

 

防人が急速に強くなることを封じているのだ。

誰がそんなことをって?

それは勿論私です。

 

いや、こんなことになるって知ってたら、もっと強くなりやすい作りにしてたけどね。

 

あっ、俺らがそんな風にワイワイしてたら、追加の偽天使が現れた。

 

数は十七体。

ワイワイしてる暇はないよ。皆、気を引き締めていこう。

 

「クッソ、偽天使が十七体もいるのかよ。魔導師P手伝ってくれ」

「いや?」

「はっ?」

「…………」

 

…………えっ?、いや、え?

 

テツダウ、テツダウ。手伝う?

私があなたを?

 

え…………無理です。

普通に。

死んじゃうよ、ど、どうしよう。

 

なのに、なのに、どうして真道君は「いや、お前、手貸せよ」って顔をしてるの。

温実さんも「なんで、手伝わんの」って顔してるし

 

「今は、一刻を争うんだ。つべこべ言わず手伝え‼」

 

ド正論だ。ド正論が飛んできた。

ですよね。そうですよね。

この流れ、普通に手伝う場面ですよね。

しかも、こんだけ只者じゃないですオーラ出してたら普通そうなりますよね。

 

でも、俺、本当はそんな大した奴じゃないんですよぉぉ。

 

くっ、これが身分不相応な役回りを演じた奴の末路なのかよ。

 

俺にも遂に破滅が訪れった訳だ。

…………いや、諦めちゃ駄目だ。

だって、人生を一生懸命に生きるってそう言うことじゃん。

 

ここで諦めたら多分死ぬ。

それが分かる。そう言う世界だ。

だから、諦めない。何があっても生き抜く。

 

すぅはぁ。

 

「お前たちには強くなってもらう必要がある。」

「だからっ‼今は……………お前たち?」

「そうだ。真道才、温実愛華(つつみまなか)。お前たちに、だ」

「あまり、話は読めないんですけど。才が言っていたみたいに今は一緒に戦うべきだと思います。」

「じきにわかる」

「……何を言ってやがる。」

「…………」

「ちっ、愛華、取り敢えず二人で戦うぞ。そんな奴気にしてたら、魔物に学校が滅茶苦茶にされちまう」

 

こ、これで良かったのかなぁ。

一応先送りには出来たけどもっと上手く立ち回れたんじゃないかって思わずにはいられない。

 

結局できたことって、先送りだけだしな。

信頼関係もかなりガッタガタになってしまった。

 

因みに温実さんと真道君の信頼関係は抜群だ。

偽天使の攻撃を温実さんが防御魔法で防ぎ、真道君が偽天使に突っ込む。

仮に温実さんが防ぎきれなくても、真道君には自前で防御魔法が使える。

マジックチップの≪マナシールド≫だ。

 

天使は魔法の扱いには最も長けた種族だけど、物理防御と物理攻撃には難がある。

その弱点をついた連携だ。

 

更に厄介な相手などは≪スパークバインド≫で動きを封じる。

 

この三要素と真道君たちのポテンシャルも合わさり、スムーズに十七体もいた魔物たちは倒された。

 

「よしっ、倒し終えた。愛華、みんなが心配だ。

学生ホールに向かおう」

 

温実さんはその言葉にコクリと頷く。

あの~、私は?

 

あっ、一応、確認してくれたチラッと。

警戒されてるとかではないよね。心配してくれたんだよね?

 

まあ、取り敢えず、そんなこんなで校舎内を走りだす。

今は緊急事態だからね、何時もは走らないよ。

 

 

走っている間にも当然だけど、偽天使は湧いてくる。

それを真道君と温実さんは見事な連携で倒していく。

 

偽天使の弾幕のような魔法の雨を温実さんが防御魔法で防ぐ。

流石は一人で三体の偽天使相手に凌いでいただけはある。

まあ、今、目の前には少なくとも三十体以上はいる訳だけど。

 

とはいえ、彼らも魔法を撃った後は多少次の魔法を撃つまでのリキャストタイムが必要なため、そのタイミングで真道君が突っ込む。

一応、相手もそれを予期して魔法を温存していた奴もいたみたいだけど、これも温実さんが遠隔から防御魔法を発動し、防ぐ。

 

魔法の重複発動。

マジックチップを扱う防人にしか出来ず、その防人の中でもほんのごく一部の者しか扱えない希少技術。

 

それを現在彼女は使っている。

だから、遠隔で防御魔法を発動している温実さんを狙っても無駄だ。

しっかりと自分のことも守っている。

 

因みにこの遠隔発動も希少技術だ。

こっちは一応、他の種族でも使えるけど。

 

とはいえ、偽天使も中々デキる。

時間差で発動できるように待機していた者同士が同時に魔法を発動し真道君に張られた防御魔法を破壊する。

 

ただ、ここで、真道君は直ぐに自前の防御魔法≪マナシールド≫を発動。

そして、真道君の≪マナシールド≫を割った頃にはまた温実さんの防御魔法が飛んでくる。

 

防御魔法が飛んできた、真道君は≪スパークバインド≫を使い敵を捕縛、次々と斬っていく。

 

因みにマジックチップを使った魔法はリキャストタイムを必要としない。

即発動、即連射可能。

 

ただ、消耗品だからそれをやったら、直ぐに丸裸。

これを防ぐために通常はかなり出し惜しんでから使う。

まあ、そうやって、出し惜しんだせいで死んじゃうケースもあるから一概に良いとは言えない。

何より、一流の防人はマジックチップの魔法を小出しにして使う。

そうなると威力は当然下がるんだけど、そこを、自分の魔力を上乗せして威力を上げるというもう一つの高等技術でカバーする。

 

今、目の前の二人がやっているようにね。

 

 

あ、それと、現在、俺らは真っすぐ学生ホールに向かってるんだけど、このルート最短だけど最難関のルートだ。

 

代わりに一番、経験値が稼げるルートでもあるけどね。

 

真道君と温実さんも多分、十レベルはとっくに超えてるんじゃないか?

 

えっ、俺?

 

全くレベルアップしてませんが?何か?

 

育ち盛りの1レベルですよ?

 

そんなどうでもいいことを考えていると、偽天使たちが急に突貫をかけてきた。

 

あっ……、これ、ヤバいやつ。

 

「お前たち、今すぐ、攻撃を止めて、防御に専念しろ!」

「はぁ⁉何で、お前の言うこと聞かなきゃならないんだよ!」

「良いから、頼む!」

 

俺は誠心誠意、頭を下げる。

すると、真道君は優しいから、なんやかんや、俺の指示に従って、防御に専念してくれる。

 

突っ込むんで来る敵を倒さないように峰で弾いたり、温実さんの防御壁の中に隠れたり。

 

そうして、少しした頃。

 

〈ドンッ〉

 

という衝撃が辺りに広がる。

 

それに対し、真道君は咄嗟に床に剣を差し、温実さんを腕に抱き、踏ん張っている。

 

俺、俺は…………吹っ飛ばされた。

 

うん、これはこれでヤバいやつだ。

 

 

 



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あれ…………………俺ってボッチなのでは?

☆☆☆

 

飛ばされて、飛ばされて、飛ばされて~。

 

気付いたら、完璧に真道君たちとはぐれてる~。

 

つまり、ボッチ‼

 

うん、やばいね。

 

すっごくヤバい。普通に死ねる。

強いて良かった点を上げれば吹き飛ばされながらもしっかり着地出来たことと、あの修羅みたいな最難関コースから外れられたくらいだね!

 

それ込みで一人になるのは不味いんだけど…………。

 

だってほら周りには偽天使がうようよいるしさ。

うん、これでも多少はマシなんだよ?

少なくとも偽天使が三十体とか普通に現れるような場所では無いしさ。

 

それでも、ここら辺は五体くらいで行動してるみたい。

正直、五体の偽天使を相手には出来ないし、三十体くらいで行動している偽天使がうようよいる元のルートには戻れない。

 

でもここにいても危険なだけだし、どうにかここから移動しないとね。

宛はあるのかだって?

 

一応なくは無いよ。

ホールに辿り着くことはほとんど不可能になったけどね。

 

でも、吹き飛ばされたおかげでその場所は割と近い。

というか、何故か現在校舎の外に立っている。

多分、空からアイツが降ってきた際に壁も一部壊れて外まで吹っ飛ばされたんだと思う。

 

そのおかげで、割と安全な場所に移動できた。

こっから目的地である備品室までは校舎に入って突き当たりを曲がれば直ぐだから、そこまで遠くない。

 

むしろ、めっちゃ近いまである。

因みに一年の教室は二階にあり、学生ホールは四階、三階と五階はそれぞれ二年と三年の教室になっている。

 

勿論、それ以外にも諸々の設備はあるけどね。特に四階はどの学年も移動しやすいから色んな施設が密集している。

何だったら、別棟とも繋がってるしね。

 

まあ、今はあんまり関係ないんだけど。

 

重要なのは備品室が近いってこと。

そして、備品室には俺らに支給される筈のマジックチップが置いてある。

 

一応、小説の方だと『備品室に向かう』を選ぶと被害が増える代わりにマジックチップを入手することが出来る、と説明している。

勿論、このマジックチップは戦闘後に返さなくちゃいけないから一時的なモード選択に近い。

 

そんで、小説の主人公(真)はこの備品室のマジックチップを利用したレベリングを行おうとして、失敗する。

 

それというのも、いくらマジックチップを手に入れても所詮は戦場に出たこともない訓練を始めたばかりのぺぇぺぇだ。

 

上手くいくはずがない。

現段階で高等技術を使いこなす真道君たちとは違うんだ。

 

あっ、余談だけど、この時に主人公が選んだチップは≪マナシールド≫と≪スパークバインド≫つまり、現在の真道君のチップ構成だ。

 

真道君がこのイベントに挑むに辺り、この構成が最強だからね。

主人公(真)もそれに倣い、この構成にしたんだけど彼が使う≪スパークバインド≫は天使の動きを数瞬止めるので精一杯だった。

≪マナシールド≫も彼の者より脆かった。

 

それはなぜか…………。まあ非常に簡単な話だけど、魔法解放時のロスだ。

俺らは魔法解放の際に必ずと言っていいほどロスを出す。

しかも、素人だから、それはもうかなりの量を。

 

だけど、彼は出さない。それどころか完全に制御してみせ、魔法を小出しにし、自前の魔力で強化し、通常のマナチップ一枚分と同等以上の威力にする。

 

だからまあ、そこをしっかり計算に入れないと簡単に足元を救われるぞって話だ。

 

これにより、主人公(真)は生死の境を彷徨ったのでした まる

 

俺は同じ道を辿らないためにそこも計算に入れ、しっかりと防御で固めるつもりだ。

半永久防御でイベントが終わるまで凌ぐ。

 

これしかない。これで無理なら諦めるしかない。

 

いや、絶対あきらめないけど。

 

そう思いながら、校舎に入り歩いていると後ろから偽天使が出て来た。

にゅっと、もう奇襲をかけるとかではなく、偶々見回りしてたら見つけたぁ、みたいな感じで。

基本、浮いてるから足音とかもしないんだよなぁ。こいつら。

 

ただ、前からじゃなくて良かった。

備品室の方から来てたら絶望してたかもしれない。

 

それはそれとして俺は全力で走る。

それはもう、今までの人生で一番速いと言っても差し支え無い程に。

 

ただ、偽天使たちも鬼ごっこに興じているわけじゃない。

バリバリ魔法を撃ってくる。

それでも数は三体、今までで一番少ない数だ。この区域は重要視してないってことなんだろう。

まあ、生徒なんてほとんどいないしね。

 

俺は奴らの攻撃を≪マナシールド≫で防ぐ。

俺の≪マナシールド≫は奴らの攻撃を二発は耐えてくれた。ただ、それと同時に魔法の盾は壊れてしまい、三発目は防げない。

 

一応、チップ構成は≪マナシールド≫≪マナシールド≫だから、もう一回張れなくもないけど、一発だけなら気合で避けられそうなので気合で避ける。

 

〈ドンッ〉

 

目論見通り相手の魔法を避けることに成功する。無属性の魔法弾だから、何とか避けられた。

それでも、普通に弾丸くらいの速度は出てたし、肉体強化を施してなかったら今頃避けきれずにひき肉になってたと思う。

 

それでも、雷魔法、光魔法と比べれば無理ゲーではない。

雷魔法とか光魔法を避けられるのは主人公(偽)陣営と鬼人と戦人と獣人だけだからね。

授業でも、雷系統とかの超速魔法は「予兆を察知したら防御しましょう」が基本だ。

 

だから、一応偽天使たちは良心的と言っても良い。

 

リキャストタイム時に魔法だけじゃなく、羽も止めてくれたら更に良心的だ。

 

まあどうせ、もう追いつけないだろうけど。

 

なんせ既に曲がり角が目前だ。そして曲がり角を曲がれば備品室はすぐそこ……。

 

「あれっ?」

 

声に漏れるくらいヤバい事態が目の前で起こった。

うん、現れた、曲がり角からひょっこり三体の偽天使たちが。

…………そう言えばあいつらコミュニケーションをとっていても声には出さないんだった。

 

もう完全に魔法をぶっぱする気満々でいる。

これ…………≪マナシールド≫で防いでも多分死ぬ。

というか足止めたら、両サイドの偽天使から魔法放たれて終わるよな。

 

と、なると、うん。

 

スライディングじゃあ‼しかも頭からのね。

 

俺はズズズっとヘッスラで偽天使の足元を潜り抜ける。

 

こいつらが浮いてて良かった。……………初めて良かったって思ったわ。

 

しかも、咄嗟にヘッドスライディングで回避したから、目の前にいた偽天使はそのまま魔法を放ってしまい、俺を追っかけていた偽天使に誤射していた。

 

俺はその隙に備品室に飛び込む。

 

備品室は偽天使のせいでドアが開いており、普通に入れる。

ここは小説と同じだ。

そして、俺は急いで≪マナシールド≫の入ったボックスを二箱同時に取り出し、懐にいれる。

 

すると、マジックチップが置いてあった棚は上から降りてきたシャッターによって塞がり、取り出せなくなる。

 

これはマジックチップ泥棒が現れたときの処置だ。

因みに本来なら、備品室のドアも締まり、そっちもドアを覆う様にシャッターが下がってチップ泥棒を完全に閉じ込めにかかる。

 

まあ、今はその機能は壊れてるからそんなことにはならないんだけど。

 

俺は棚が塞がれていく様子を横目にボックスの中を開ける。

そして、自分の魔剣に入れてある空になったチップを取り出し、新品のものを装填する。

 

装填し終わり、よしいくぞ~っと思っていたら備品室の外から、偽天使が魔法弾を放ってくる。

俺は何とかローリングでドア付近の壁に移動し、その攻撃を凌ぐ。

 

奴らは羽が邪魔でこの部屋に入ってこれないだろうし、ドア付近であればドア周りの壁が邪魔でかなり攻撃がしづらい筈だ。

 

ただ、奴らに常識は通用しない。

ドアの所からひょっこり顔を出してくる。手に魔法弾を構えながら。

俺はひょっこり出て来たその偽天使を刀で『グサッ』と刺す。

 

向こうもお返しとばかりに魔法弾をぶっ放してくる。

一応、≪マナシールド≫を展開したけど、この至近距離だと防ぎきれず、吹き飛ばされ、後ろの棚(と言うかシャッター)に思い切り背中を打ち付ける。

 

それだけじゃない。

俺が背中を打ち付けた衝撃で怯んでいるともう一体の偽天使もドアの隙間から腕だけだし、こちらに向けて魔法弾を撃ち込んでくる。

 

俺はそれをローリングで横に移動することで何とか避ける。

避けるが、魔法を使わず待機していた二体の偽天使がそこに追い打ちをかける。

それを再度≪マナシールド≫を展開して防ぐ。

これが、≪マナシールド≫ダブル構成の強み。まあ、魔法を小出しに出来ればいらないんだけどさ。

 

俺が敵の攻撃を防ぎ終え、一息つこうとするも、魔法弾を構える二体の天使が目に飛び込んでくる。

 

???

 

いみがわからないよ。

 

え、どうなってるの?

だって、リキャストタイムあるだろ?君ら。

 

いや、落ち付け、何かからくりがある筈だ。奴らは雑兵級。出鱈目なことはしてこない。

まず、ドアからひょっこり出てきて魔法を撃った奴と、その後に、腕だけ出して魔法を撃った奴。

ドアから離れた所に撃ち込んできた奴が二体。

 

……………………うん、つまり、残りの二体はまだ、待機してたってことか。

 

いや、なにそれ、そんなのあり?

 

数が多いんだからもっと慢心してかかって来いよ‼

 

しかも、二、二、二で別れられたせいで、もうリキャストタイムに希望を見出すことも出来ない。

 

知ってか知らずか、あの戦国時代における第六天の魔王と同じ戦法を取ってきたって訳だ。

 

俺は敵の攻撃を横に跳び、何とか避けようとする。

 

「ぁッ」

 

避けようとしたんだけど、思いっきりわき腹が抉られた。

ついでに足にも少しかすった。

痛いなんてもんじゃない。声にならない声が出た。痛すぎて声かすれた。

 

それでも、相手は構わず撃ってくる。こっちも急いでチップを交換する

どう考えても、間に合わない。

痛みに怯んでさえなければ、何とかなったかもしれないけど、今更そんなこと言っても仕方がない。

 

というか、まともな喧嘩もしたことない人間に痛みに耐えろとか、無茶ぶりがすぎる。

 

でも、絶対諦めたりしない。こんな所で諦めたら生き残るために利用した真道君に申し訳が立たない。

 

いや、まあ、申し訳が立たないっていうのも、完全にエゴなんだけどさ。

つまり、こんな所で死ぬなんて死んでも御免だってこと。

 

ここまで頭回して、すっごく悩んだのに、ここで終わりなんて悔しいしね。

 

じゃあ、どうやってこの場を切り抜けるのかだって?

 

受けるしかないよね。魔剣でさ。

まあ、只受ける訳じゃない、逸らすように受ける。

右手は従来通り柄を握り、左腕を峰に着ける。そんで左腕からはありったけの魔力を込める。

今まで以上の肉体強化を施す。

 

〈ガギギィイイイ〉

 

車に引かれたのかと思うくらい重かった。正直、逸らすようにしたけど、どのくらい効果があったのか分からない。左腕に峰が深々と刺さっている。

というか、骨に到達してないか、これ?

 

ただ、思いっきり吹っ飛び、天井にぶつかり、シャッターにもぶつかりながらも、それでも生きてる。左腕も思う様に動く、めっちゃ痛いけど。

 

なら大丈夫だ。

とてもゆっくり流れる時間の中で、俺はマジックチップを交換する。

 

ゲフっ。

 

思いっきり尻を打ちつけた。

それと同時に、時間の流れが正常に戻る。

危ない、完全に自分の人生を振り返るターンに突入してた。

 

っと、危ないのは偽天使たちの存在もだ。

俺が着地すると同時に魔法弾が飛んでくる。それを俺は≪マナシールド≫で防ぐ。

防いだ後は直ぐに、マジックチップを交換する。

交換しながら、ドア目掛けて走る。

 

その間も敵は攻撃を仕掛けてくるが、それをもう片方にセットしている≪マナシールド≫で防ぐ。

 

そして、ドアを潜り抜けた俺はドア付近にいた偽天使に斬りかかる。

偽天使はサッとそれを避ける。

うん、まあ、偽天使って敏捷はかなり高いからな。

雑兵級だから目で追えないとか、追いかけられたら直ぐに捕まるってことはないけど、俺程度じゃあ、攻撃は当てられない。

ひらひら躱されて終わり。

 

真道君、剣凪さんなら追い付いて、斬り捨てられるんだけどね。

 

まあ、俺は二人じゃないから、自分らしい方法でこの場を切り抜ける。

 

つまるところ、逃げの一手。

 

正直、初めは、備品室に籠城でも良いんじゃないかって思ってた。

部屋に入ってこれないし、ドア付近の壁に張り付いてたら、爆発系の魔法を持たないあいつらは攻撃しづらいだろうから。

 

でも、実際は避けるスペースも少ないし、こっちがじり貧になっている。

 

これだったら、逃げ回って撒いた方がマシだ。

いや、偽天使はそこら辺に居る訳だから、撒けないか。

それでも、持ち場を大きく離れてまで俺のことは追ってはこない筈だ。

なんせ、今頃、防人部隊がこっちに向かってるはずだから。

奴らもそれは分かっている。だから、防人部隊がどんな方法で侵入してきても直ぐに情報を伝達できるように持ち場を離れることは絶対にしない。

 

つまり、学生ホール付近に近づかなければ精々、少人数の偽天使に追われるだけで済む。

今みたいに。

 

それからは、偽天使との命を懸けた鬼ごっこが始まった。

いや、隠れ鬼かな、時に職員室の机の下に隠れたり、教卓の下に隠れたり。

ていうか、教卓の下に隠れたときは偽天使たちが備え付けられているロッカーに魔法弾ぶっパしててビビった。

 

もし隠れる場所にロッカー選んでたら死んでたわ。

 

ていうか、どこ行っても先回りされてすげぇ怖かった。

ボックスに入ってたマジックチップも空になったわ。

 

怪我もヤバい。太ももとか抉れたし、無傷だった方のわき腹も抉られた。

 

他にも擦り傷とか諸々。

 

一応肉体強化の応用?魔剣士科は直ぐに授業で習うから基礎か?で出血は直ぐに止めたからいいけど。

 

普通にヤバかった。

あ、でも、追いかけられてる途中、一階に戻った時に備品室で魔法弾ぶっパしてきた偽天使の内一体を倒した。

まあ、味方の誤射でダメージ受けてたやつだけど。ほら、ヘッドスライディングで避けた際に味方の魔法弾に当たった一番初めに追っかけてきた奴。

 

いやぁ、階段で待ち伏せしてたから、飛び降りながら斬り捨ててやったぜ。

 

 

上手くいって良かった。

 

まあ、そんなこんなで、何とかかんとか凌いでたらあいつらは退却していった。

 

真道君がやってくれたのだろう。

 

あっ、そう言えば≪エンチャントスパーク≫は習得できたのかな?

 

一応様子見にいくか。

 

ていうか、全身クソいてぇ。

 

 

 




次回は真道君サイドです。


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俺の原点

真道君サイドです。


 

☆☆☆

 

俺は俺自身と愛華が吹き飛ばされないように踏ん張る。

一体何が起こってやがる‼

 

俺は事情を知っていそうな魔導師Pに顔を向ける。

 

「おいっ、これは……………」

 

しかし、そこに魔導師Pの姿は無かった。

あいつどこ行きやがった。吹っ飛ばされたか?

いや、あいつに限ってそれは無いだろう。

 

緊急時なのにも関わらず一切混乱することなく対処する判断力。

他人に指示を出せる視野の広さ。

それに、愛華の悲鳴に気付き、位置を正確に把握してみせた身体機能。

 

恐らく奴は国が抱える上位の防人。

もしかしたら、その中でも最強の上位五人、護懐の一人かもしれない。

 

なんせ、俺の出自を知ってるのは親父の元同僚の護懐の人間か、国を運営しているお偉いさんしかいない筈だからな。

 

そんな奴がなんでって疑問に思ったこともあったが、恐らくはお目付け役みたいなものだろう。

 

俺がより良き防人になれるように……………。

それはそれとして緊急時くらいは手を貸せよとは思ってしまう。

 

人の命がかかってるっていうのに。

 

奴の姿勢には少し不満を持ってしまうが、今はそれどころではない。

とんでもない衝撃に襲われ、ついでに天井も壊されたことで先ほどまでは土煙が立っていたが、ようやくそれも晴れる。

 

そして、気づく。

今まで見てきた雑兵級の偽天使とは比べ物にならない程の偽天使が目の前にいることを。

恐らくは高さ五メートルはあるだろう。

 

そいつは現在、羽を繭のようにたたんでいる。

空から落ちてきたことを考えれば衝撃に備えて畳んでいたんだろう。

 

ついでに、分かっちゃいたが、奴に向かって瘴気が流れ込んでいる。

恐らくはギミックによってか、生徒によって倒された魔物の瘴気が流れ込んでいるんだろう。

ここは学生ホールの目の前だしな。

 

 

通常、魔物っていうのは倒した相手に取り付こうと瘴気を飛ばすが、ある条件下においてはそれが覆される。

 

その条件とは自分よりも上位の魔物が近くにいる時だ。

この時、倒された魔物は倒した相手ではなく、より強力な魔物に力を分け与えようと瘴気を流す。

 

この現象を位階上昇(ステージアップ)と呼ぶ。

 

アイツが倒さないで防御に専念しろって言っていたのはこのためか。

 

仮に俺と愛華が天使を倒していたら今とは比べ物にならない程強化されていたことだろう。

 

高速で接近する敵にいち早く気づくとはな。

 

本当にアイツが戦闘に参加してくれたらと思わずにはいられない。

 

いや、今は俺に出来ることをしよう。

 

「愛華ッ‼援護を頼めるか⁉」

「うんっ!でも気を付けて!あの魔物の魔力量、足軽大将級みたい」

「!そうか、わかった」

 

まさか、足軽大将級が出て来るとはな。せいぜい足軽小頭級だと思っていたんだが。

これは、気を引き締めなくちゃな。

 

俺がそう考えていると、横から雑兵級の偽天使が攻撃を仕掛けてくる。

とはいえ、もう雑兵級なんて怖くはない。

初めの頃は、受け流すか、≪マナシールド≫で防ぐ以外の方法だと無傷で且つ次の行動に支障をきたさないように立ち回ることは出来なかった。だけど今は、魔法弾を簡単に斬り捨てることが出来る。

 

それに、位階上昇(ステージアップ)出来ないように、雑兵級が倒れないギリギリを見極め、斬りつけることで相手の魔力を吸って大幅に肉体を強化することも出来る。

 

今の俺からすれば、雑兵級は脅威ではない。

それはきっと愛華もだろう。

愛華の防御壁は既に雑兵級では割ることも出来ない程に強化されている。

 

抵抗力上昇(レベルアップ)の恩恵と戦いの中で魔力操作などの技術が大幅に上がっているのだ。

 

とは言え、流石に足軽大将級はそう簡単ではないだろう。

 

俺がそう考えていると、足軽大将級が魔法で槍を生み出し、俺に向かって飛んでくる。

 

速いッ、が対応できな程じゃない。

 

むしろ……………。

 

「偽天使の魔力で肉体強化を施している俺の方が、今のお前よりも速い!」

 

そう、本来の速度なら、俺の方が防戦一方となっていた。

しかし、偽天使の魔力を吸って肉体強化を施しているため、今は俺の方が圧倒的に速い。

 

足軽大将級は俺の攻撃に防戦一方になる。

それを見ていた雑兵級は援護とばかりに魔法弾を撃ってくるが、愛華の防御魔法でそれは防がれる。

 

ナイスだ愛華‼

 

ただ、今は防戦一方になっているが、奴は雑兵級じゃない。他の魔法も使えるはずだ。

 

俺の読みは正しく、足軽大将級は俺から距離を離すと、左手を槍から離し、こちらに向けてくる。

そして、離した手から三メートルはある極太のレーザーを撃ってくる。

 

レーザーは愛華が俺の為に張ってくれた防御魔法を砕く、俺はそれと同時に自前の≪マナシールド≫を展開し、レーザーの範囲内から離れる。

 

しかし、愛華は避けていなかったようでレーザーが愛華の防御魔法に当たってしまう。

俺は一瞬息を呑むが、愛華の防御魔法はレーザーを弾き愛華を守っていた。

 

「凄いぞ、愛華!」

「ありがと、才。でも、今のでマジックチップを三つ消費しちゃってる。」

 

愛華は空になったマジックチップを交換しながらそう言う。

どうやら、いくら愛華と言えど今の攻撃はそう何度も防げないみたいだ。

 

なら…。

 

「≪スパークバインド≫」

 

俺は足軽大将級に≪スパークバインド≫を使い、動きを止める。

しかし、相手も只でやられるつもりは無いのか、雑兵級をけしかけ、俺が足軽大将級に攻撃を仕掛けるのを阻んでくる。

 

それを俺は、向かってくる雑兵級を倒さない程度に斬りつけ、逆に魔力を吸収し肉体強化に充てていく。

 

あまりにも、出てくる数が多かったため、手こずったが、それでも何とか目前まで辿り着く。

 

「これで、終わりだぁぁぁ」

 

俺は≪スパークバインド≫による拘束が解けていると踏み、再度≪スパークバインド≫を放ちながら、足軽大将級に斬りかかる。

 

〈ガキィィィィィン〉

 

しかし、それは、阻まれてしまった。

足軽大将級の周りを半透明な黄色の防御膜が覆っていたのだ。

 

恐らく、無属性の防御魔法≪ジェネリックシールド≫だろう。

 

魔法、物理、両方を防ぐことが出来る魔法だ。

因みに無属性魔法は個人の魔力色によって色が変わる。

 

足軽大将級は防御魔法を展開しながら槍で攻撃を仕掛けてくる。

 

防御魔法の利点の一つは自分を防御魔法で守りながら敵には攻撃が通る点だ。

 

勿論、中にはそうじゃないのもあるが………………。

 

しかし、こうなってくるとかなり時間を稼がれてしまう。

もう一度、あのレーザーを使ってこないと良いんだが…。

 

俺がそう思っていると、足軽大将級は槍で俺と打ち合いながら、魔法を発動する。

幸いレーザーの魔法ではなく、四発の攻撃光弾魔法のようだが……………。

 

それにしても、リキャストタイムが切れるのが早すぎる。

勿論、使用する魔法や実力によって、リキャストタイムの長さは変わってくるそうだが、雑兵級と足軽大将級の間にここまでの差があったとは。

 

俺はその攻撃を≪マナシールド≫で何とか防ぐ。

とは言え、節約しながら使ってはいたが、そろそろ≪マナシールド≫は空になる。

それに対し、相手はまだまだ、戦える。

どころか、槍と魔法壁で万全の備えだ。

 

恐らくは槍と魔法壁でリキャストタイムを凌ぎ、魔法で倒すというのが本来のこいつの戦闘スタイルなのだろう。

 

初めの方は舐められてたって訳だ。

 

クソっ、どうする。

 

俺が内心でそう焦っていると愛華に声を掛けられる。

 

「才ッ!受け取って。」

 

何だ?

俺はそう思い、飛んで来た何かを受け取る。

 

これは!

≪マナシールド≫のマジックチップ。

 

「良いのか!」

「うん、防御魔法科はマジックチップを多めに貰ってるから」

 

恩に着るぜ。

 

俺は愛華から貰った≪マナシールド≫と今まで使っていたものを交換すると、敢えて何時でも回避ができるように防御主体で戦っていたのを止め、反撃を開始する。

 

ただ、それでも、戦局は一向に動かない。奴の防御膜に罅を入れたと思ったら、直ぐに修復されるからだ。

 

しかも、現在は防御膜を二重に張っている。

 

出来るのなら初めからやればいいものを。

 

正直、まだ手札を隠していてもおかしくはない。だからこそ、早期決着をつけたい。

だけど、火力が足りない。俺のチップ構成は防御と拘束。

勿論、どちらも非常に役立ってくれたし、この構成じゃなかったらこんなに早くここまで辿り着けなかっただろう。

 

だが、今、今だけは火力が欲しい。攻撃魔法か、付与魔法のマジックチップが………。

≪スパークバインド≫を攻撃に転用できないか?

 

いや、無理だ。

 

拘束系の魔法が攻撃魔法に転用出来た話なんて聞いたことがない。

 

やっぱり、攻撃力を上げるマジックチップが必要だ。

現状を切り抜けるにはマジックチップが足りていない。

 

俺がそう考えていると、ふと昔のことを思い出した。

 

『ねぇ、何でお父さんはマジックチップが無いのに、魔法が使えるの?』

『ん、それはな。お父さんが戦人だからだよ。戦人は自由に魔法が使えるんだぞ。』

『戦人ってすげぇ‼』

『そうだろう、そうだろう。戦人は肉体、魔法どちらにも優れていて、その力でみんなを守るんだ』

『俺も、父ちゃんみたいな立派な戦人になるよ!』

 

そうだ、俺は戦人 真道正義(しんどうまさよし)の息子、真道才。

 

マジックチップが無くても魔法が使えて、すげぇパワーでみんな守る、正義の味方だ。

 

親父が死んでから忘れていた小さい頃からの夢を思い出す。

 

思い出すと同時に手がパチリと静電気を帯びる。

いや、これは、静電気なんかじゃない。俺の魔法だ。意識して魔力を流し、魔法を操作する。

 

奴はまだ気づいていない。恐らく、気づいたら何らかの対策を取ってくる。一発勝負だ。

 

俺がそう思っていると、奴は四発の攻撃光弾を生み出す。

 

ここだッ‼

俺は天高く跳びあがる

 

「愛華!防御魔法を足場にしたい。頼めるか」

「うん、任せて。」

 

俺の指示に従い愛華が防御魔法を足場のように設置してくれる。

これで終わりだ。

 

足場を使い奴に向かって急降下する。

仮に攻撃光弾を使ってきても、≪マナシールド≫で防いで見せる。

 

その考えが見透かされていたのか、それとも偶々なのか。

奴は四つの攻撃光弾を集約させる。

 

これは…………。

 

「魔法改変⁉」

 

愛華がそう叫ぶ。俺も同じ意見だ。

 

魔法改変。それは同系統の魔法でだけ可能な高等技術。一度発動した魔法を発動からそれ程時間が経っていない時に限り、別の魔法に変更する技術。

 

こんな技術まで持っていたなんて。

俺はもう、ここから回避行動を取ることは出来ない。

奴が使うのは十中八九レーザー。

防ぐ手立てはない。

 

だがっ!それが何だ。

 

正義の味方は最後まで諦めない。俺がそう覚悟を決めたとき。

 

「魔法結界四重展開っ‼」

 

俺に四重の魔法防御が施される。それを為したのは当然愛華だ。

ただし、そうなってくると、愛華は無防備になってしまう。

 

つまり、彼女はこの攻撃にかけてくれたのだ。俺の勝利に賭けてくれたのだ。

なら、尚更負けるわけにはいかない。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

俺は雄たけびを上げながら、敵に突っ込む。レーザーは彼女の障壁が防いでくれている。

 

それでも、この至近距離だ。徐々にではあるが、罅が入り、割れていく。

 

それでも、最後の一枚、割れる前に、相手の防御膜に辿り着く。

 

なら、後は簡単だ‼

 

「エンチャントスパァァァァァァァァァァァァク‼」

 

俺はそう叫ぶと同時に奴の防御膜ごと、奴の体を真っ二つに両断する。

そして、着地と同時に俺に掛けられていた防御魔法の最後の一枚が役目を終えたかのように割れる。

 

〈ズドンッ〉

 

奴の両断された体が崩れ落ちた。

それと同時に俺と愛華の体を瘴気が包む。

 

力が溢れる。

 

それは愛華も同じだったのか、無防備になった愛華に迫っていた魔法弾をただの魔力波で防いでしまう。

何だあれ?

 

ともかく、愛華が無事でよかった。俺も身を挺して、庇おうと足に力を入れていたが、自分の力で対処できたみたいだ。

 

 

そうだ!

早く、みんなの所に行かないと、俺はそう思い、愛華の方を向くと愛華も同じ気持ちだったのか、深く頷く。

 

俺たちは学生ホールまで走る。とは言っても、もうそんなに距離は無い。というか目前だ。

俺は勢いよく、学生ホールの扉を開ける。

どうやら、学生は入れるようになっていたようだ。

よくよく考えれば、何かしらのギミックが発動してもおかしくなかったよな。

 

「みんな、無事か⁉」

 

俺は声を掛けながら周りを見渡す。

どうやら、まだ、誰も怪我はしていないようだ。

 

壁が半壊になっていたため、心配したが、無事なようで安心した。

 

俺がほっと息を吐くと学内放送が流れる。これは魔物の侵入を教えてくれたものだ。

 

〈オシラセシマス。学園二アラワレタ、マモノハ行方をクラマセマシタ。〉

 

その知らせに学生ホール全体が歓喜に包まれる。

 

魔物は基本的に転移系の移動手段を持たない。ただし、住処であるダンジョンへの帰還だけは別でこの場合のみ転移を行える。

 

つまり、今回の戦いは完全勝利に終わったのだ。

 

あっ、そう言えば、魔導師Pの奴、結局どこに行ったんだ?

俺は魔導師Pを探すためにその場を離れ、廊下に出る。

まあ、神出鬼没なアイツのことだ、見つからないかもしれないけど。

 

俺はそう思いながらも階段を降りようとしたその時、声を掛けられる。

 

「その様子。無事に勝ったみたいだな」

「ああ、まぁ……………。」

 

俺は魔導師Pの言葉に返答しようとし、絶句する。

余裕綽々と言った様子を崩すことがないこいつが満身創痍になっているのだ。

 

見ていて心配になるほどの……………。

何故、立てているのか、何故、話せているのか、何よりも何故こいつはこんなにもボロボロになっているのか。

 

その様子は生前の親父に似ていて胸の奥がざわざわする。

親父もそうだった。人のため人のため、自分を蔑ろにし、死んでいった。

こいつも、もしかしたら………………。

 

「な、何で、足軽大将級と戦ってないお前がそんなにボロボロになってるんだよ。」

「……………………」

「………いたのか?足軽大将級以上の強敵が」

「………………ああ。」

「…どんな奴なんだ?」

「……………………………偽鬼人と偽天使の複合だ。」

「なっ」

 

俺は言葉を失ってしまう。天使の特徴は魔法特化でスピードが速い。反対に鬼人は物理特化で魔法以外の能力が非常に高い。何よりその肉体は魔法を弾く。

 

つまり、偽天使と偽鬼人を組みあわせた魔物とはデメリットを打ち消し合った最強の魔物と言うことになる。

そもそも、二種族を複合した魔物なんて聞いたことも無かったが、こいつが言うのだから本当なんだろう。

 

そして、そんな強者相手にこいつはたった一人で挑んでいたんだ。

俺やこの学園を守るために………………。

 

「…もっと、もっと自分を大切にしろよ‼」

「……………してるさ、多少はな」

 

魔導師Pはそいう言うと俺に背中を向け、立ち去ろうとする。

しかし、その直前、何か思い出したのか、こちらを振り向く。

 

「そう言えば、言い忘れていた。お前、良い顔をするようになったじゃないか」

 

その言葉に一瞬虚を突かれるが、俺は自然と頬が緩むのを感じる。

 

「まあな」

「原点を、自分の根幹にある信念を思い出した男の顔だ。」

 

一目見ただけでそこまで分かるなんて、やっぱりこいつは只ものじゃない。

 

「初めのチップに≪スパークバインド≫を選んで良かったか?」

「ああ、あんたのいう様に大切なものを思い出せたんだ。俺の願いを」

「そうか、それは良かった。」

 

男はそう言うと今度こそ、立ち去ろうとする。

立ち去ろうとしたのだが、再度何かを思い出したのかこちらを向く。

 

「そう言えば、一つ言い忘れていた。俺のことは秘密でな」

 

男は口のあるであろう場所で人差し指を立て、そう言って去っていった。

まったく、あの男はどこまで先のことを見通していたのだか……………………。

親父に似た、自己犠牲の塊のような男、魔導士P。

 

また、どこかで会えるのだろうか?

 

☆☆☆

 

七百体もの魔物に襲われたこの事件は後に英雄の誕生と呼ばれるようになった。

当時学生の身分にも関わらず、真道才、温実愛華はその勇気と力でもって学園に現れた足軽大将級をたった二人で撃破。

これにより、偽天使たちは学園への攻撃を辞め、退却を余儀なくされた。

 

学園の校舎自体は大きく損壊したものの、生徒、職員はたった一人を除き死傷者は出なかった。

 

そのたった一人もお腹が痛いという理由で学生ホールに避難することなく、トイレにこもっていたそうだ。

 

また、この生徒も重傷ではあったものの、近くにいた回復魔法士の手によって直ぐに治療され、後遺症もなく、その後の学園生活を送ったという。

 

 

 




これが主人公(真)と主人公(偽)の違いです。


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ヒロインがいないって?遅くなってすまない……
ヒロインと接点?いやなんで?


感想をくれた方誤字脱字報告をしてくださった方、ありがとうございます!励みになります!




☆☆☆

 

あの事件から、今日で二週間が経った。

俺はこっぴどく先生たちから怒られ、反省文を書かされた。

 

最悪だ。

 

あと、先週から授業が再開した。正直あんまり時間が経ってないだろって思うんだけど。

ていうか、休みくれ‼反省文と説教でまるまる潰れたんだが⁉

 

う~ん、ゴミ!

 

いや、それは言いすぎだし、そもそもこんな状況だからこそ、ゆっくりと育ててる時間が無いのも分かる。

 

後、たった一週間で校舎の修復及び設備の復旧が終わった。

うん、凄いね。早いね。流石は国が力を入れているだけはある。

 

ということで、何のアクシデントも起こらず無事授業が再開したのだった まる

因みに先週から新たな授業が始まった。

どんな授業かって?ダンジョンに入ってのレベル上げだ。

 

そう、あのRPGで定番のダンジョンだ。

まぁ、ダンジョンとは言っても、あくまで六つの世界を繋ぐための転移門に突如魔物が湧いたものなんだけど。だから、宝箱とかは置いてないし、時々漂着してくる道具とかも基本的に国が預かって解析し、有用だと判断されれば、複製を試みられ、複製が完了すれば、オリジナルは上位の防人に預けられる。

 

そういうシステムになってるから、レアアイテムゲットで無双とかは出来ない。

レベルアップと転移門に蔓延る魔物を減らすために行くのだ。

 

えっ?魔物と戦うのは早すぎないかって?

 

いやぁ、その気持ちは分からなくはないんだけど、どうやら上層部の間では、一週間前の事件は何者かによって作為的に仕組まれたのではないかって考えられているんだって。

 

うん、知ってた‼

 

まあ、ことのあらましを完全に把握しているわけでは無いんだけどさ。

一応、設定は色々考えてたし、そこら辺と言うか、裏にいる奴については薄々勘づいている。

 

つまり、知っているのだよラスボスの正体を、ね。

とは言え、割とふわっと作ってるから、そいつが何の目的で動いてるのかは分かんないんだよね~。

 

っと、話が逸れた。

つまり、上層部は前回の事件は何かが起こる前兆なんじゃないかって考えているわけで、その()()()起こった時に備えて今は少しでも戦力が欲しいって状況なんだよね。

 

あっ、勿論だからって、「はい、君らダンジョンでレベル上げしてきてね。ばいば~い」ってされる訳じゃない。

 

ちゃんと、実践経験のある防人を呼んでくれている。

流石に、国お抱えの上位百人の中から選んでるわけでは無いけど、それでも、国にいる防人の中では三百位には入るんじゃないかって言われてる人たちだ。

 

通称 無名の兵(むめいのつわもの)

 

まあ、本当に無名って訳じゃないけどね。皆からこんだけ評価されてるわけだし。

ただ、そんな彼らが俺らの護衛をしてくれるからあんまり危険はない。

 

勿論、主人公(偽)達は例外なんですけどね。

 

主人公たちと言えば、彼ら、真道君と温実さんが犠牲者ゼロでこの前の事件を解決したらしい。

 

いやぁ~、その話を聞いた時は目ん玉飛び出るかと思ったよ。

だって、本来ならどのルートを選んだとしても犠牲は出る筈だったしね。

勿論、彼らの選んだルートは険しい代わりに死傷者は少ないルートではあった。

 

でも、少人数ながら死傷者は出る、その筈だった。

その運命を彼らは覆した。

 

って言うと大袈裟なんだけどさ、確かに予想外のことではあったよね。

 

まあ、このことに関して推測だけど、彼らが予想以上に速く足軽大将級を倒したことが原因なんじゃないかって考えてる。

 

俺が書いた小説はゲームの中って設定だったから、ルートを選んだあとはどれだけ速く敵を倒そうと、結果は変わらない、と言う風にしていた。

 

でも、ここが現実であるなら、それはおかしい。

速く敵を倒せばその分被害は減って然るべきだ。

この世界は何故か、俺の想像する世界と齟齬があったり、どれだけ見て回っても綻びが一切見つからない。そのことから、現実的に矛盾する部分は修正されているということだろうか?

 

いや、何か、それも違和感がある。

 

違和感は……………あるが、うん、考えても分からん‼

 

だから、このことについては保留だね。

もっと判断材料がないと。

 

それよりも、問題なのは剣凪さんを初めとしたヒロインたちがあの事件で一切活躍出来なかったってことだ。

 

本来なら、あの事件で剣凪さんとかも活躍して、その功績によって主人公達と共に特別防人部隊に任命される。

 

この特別防人部隊っていうのは言うなれば、塾とかで言う特別コースみたいな感じで且つ、限定的ではあるものの本来の防人と同様の権限が与えられるというものだ。

 

詳細を説明すると、今の魔剣士科からは抜けて、国が抱える上位百人の防人から授業を受けることが出来るようになる。

 

また、ダンジョン探索に関しても、雑兵級かその一つ上のランクの足軽級ダンジョンであれば、防人の許可が無くても自由に出入りできるようになる。

 

更に、緊急時においては単独行動が許されている。

 

そう、彼、彼女らは特別防人部隊として様々な事件を仲間たちと共に乗り越えて強くなっていくんだ。

 

………行くんだけど。

 

現状だとそうも行かない。

一応、真道君と温実さんは特別防人として任命されたけど。

残りのメンバーは一般の生徒扱いだ。

まあ、それでも剣凪麗(けんなぎれい)穿間弓弦(せんまゆづる)に関しては大丈夫だろう。

あの二人は真道君経由で仲良くなっており、一緒に組んでその才能をいかんなく発揮してくれている。

 

 

 

 

 

 

問題は問題はッ‼

 

 

 

 

 

回復魔法科の癒羽希(ゆうき)カルミア、君なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼

 

「…ど、どうかしましたか?音長さん」

「いや、何でも無いよ。」

 

ああ、ああ、すまない、考えることが多すぎて言い忘れてた、今俺たちはダンジョンにいる。

 

☆☆☆

 

何故、俺らのパーティーに癒羽希(ゆうき)カルミアが入ってきたのか、それについて話すには少しだけ時間を遡る必要がある。

 

先ずは、そうだなぁ。遡りすぎな気もするけど、パーティー決めの話からしていこう。

この時はまだ、癒羽希(ゆうき)カルミアはいなかった。

初期メンは魔剣士科の俺、同じく魔剣士科の毒ノ森君、攻撃魔法科の棚加(たなか)君、防御魔法科の未裏(みうら)さんだった。

 

そんでもって、俺らを担当してくれたのが女性の防人弧囃子(こばやし)さんだ。

弧囃子(こばやし)さんが担当することになった経緯としては男子三人、女子一人の構成だったから、お目付け役というか、まあ、未裏さんの護衛役と言うか、そんな感じで配属されたらしい。

 

因みに棚加(たなか)君と未裏(みうら)さんは毒ノ森君が連れて来た。

正直、彼のどこにそんなコミュ力があるんだと初めの頃は思ったんだけど…………こいつ、どうやら外面は良いらしい。

 

そう言えば、俺も毒ノ森君のファーストコンタクトはすげぇ好印象を抱いてた。

 

この世渡り上手め!

 

まあ、そんな感じで割とスムーズにパーティーメンバーは集められた。

しかも攻撃魔法科では棚加(たなか)君、中の中くらいの成績を収めており、未裏(みうら)さんも防御魔法科で中の上くらいの成績を収めていた。

 

そこに、同じく中の上くらいの成績の毒ノ森君と、この前の事件で一体の雑兵級を倒したことで、恐らく一レベル程上がり、ギリギリ、上の下と呼んでもいいかもしれないくらいの実力になった俺がいる。

 

だからまあ、ダンジョンでのレベリングもかなり順調に進んでいた。

勿論、もっと順調に進んでいる組もある。

 

筆頭は剣凪さんと穿間(せんま)さんの二人だろう。

いや、二人構成のパーティーがなんで筆頭になれるの?と思わなくもないけど、もう主要キャラってだけで何か納得してしまう。

 

そういうもんかって。

 

それで、その頃はそこまで気にしていなかったんだ。

 

……癒羽希(ゆうき)カルミアがこの二人と一緒に居なかったことに…………。

 

正直、別のパーティーでも評価されるだろうと思っていたからさ。

 

あっ、因みに癒羽希(ゆうき)カルミアはその名の通り、ハーフの女の子だ。

身長が低く、人形のような金髪ボブカット美少女。

ついでに言うと剣凪麗はクール系な見た目の黒髪ポニテで男勝りな美少女。

穿間弓弦(せんまゆづる)は赤髪ツインテの勝気な美少女。ツンデレ属性もちだ。

温実愛華(つつみまなか)はロングの栗色髪に泣きぼくろのある美少女。何がとは言わないがとてもでかい。

 

ってな感じになっている。

 

そんな、金髪ロリがなんでうちにいるかって話だけど。

何か、たらい回しにされてきたらしい。

 

いや、確かに当時そんな噂が流れてきてはいた。

何でも、補助魔法しかセットしない回復魔法士がいるってさ。

 

うん、その噂を聞いた時は俺も思ったよ。いや、他のマジックチップもセットしたらって。

 

勿論、補助一辺倒で構成する回復魔法士もいるけど、場合によっては様々なマジックチップをセットする。

 

というか、自分のパーティーに何が欠けているのか、どの魔法をセットするのが正解なのかっていうのを考えるのもダンジョン攻略の基本だ。

 

だから初めは皆、自分の得意魔法しか入れてなくても、ダンジョン攻略の授業からは他の魔法も入れていく。

それをやらない生徒などそうそういない。

 

けど、確かに彼女は序盤、絶対に攻撃魔法をセットしなかった。

いや、セットできなかった。

 

その時点で気づけって?

 

いや、だって、小説では()()()()問題にならないんだよこのことは。

 

今回、歴史が変わって真道君たちと組めなくなったことで起こった問題だね。

 

せめて、剣凪さんたちと組んでくれればな~。

 

一応、言って置くと彼女は優秀だ。非常に優秀だ。

補助魔法だけでも十分にやっていけるほどに。

 

ただ、考えて欲しい。

 

こっちが火力が欲しいなって考えていても、絶対に攻撃魔法を入れない奴。

お前、本気でやってんのかってならない?

 

嫌じゃない?命がけで戦っているのに変なこだわり出されたら。

しかも、人によってはぶりっ娘みたいって印象を持つ人もいるよね、補助魔法しか使えませんって。

 

つまりそう言うことです。

 

 

勿論、彼女は容姿も優れているから、男のパーティーなら、それはもうちやほやされたことだろう。ただ、彼女が入ったのは女の子だけで構成されているパーティーだった。

 

そりゃそうだよね。

 

ダンジョンなんて完全犯罪出来る場所で異性と入ろうとする胆力のある人間の方が珍しい。

うちの未裏さんの方が珍しい手合いなのだ。普通は男女混合で組もうなんてしない。

 

毒ノ森君、君は一体どんな手を使ったんだい?

 

いや、今はいいか。その話は。

 

話は戻すけど、癒羽希(ゆうき)さんもその例に漏れず女生徒だけで組んだって訳。

そんで、攻撃魔法のチップをいれないことが原因で他のパーティーに移った。

移ったパーティーも女性パーティーだったんだけど、そこも同じ理由で移った。

それを何度か繰り返して、遂には全女性パーティーからは追い出されたから、一人とはいえ女性メンバーがいて、担当の防人が女性で且つそこそこ安定していたうちのパーティーに来たって訳。

 

えっ?

 

剣凪さんの所はって?

彼女の所は二人パーティーで安定してるとは言えないし、何よりも二人で組んでいる理由が、「他の生徒だと私たちの成長速度についてこれない」って理由で断っているんだよ?

入りたいと思う?

そんなとこ。

 

っとと、危ない危ない。

敵が攻撃してきた。

 

「音長君!ぼーっとしないで、敵がいるのよ」

 

防人の人に怒られてしまった。

俺は直ぐに刀身から魔力を通し肉体を強化する。

 

敵は戦人型の魔物だ。

戦人型の魔物は魔法と体術どちらも使ってくるので、パーティーの連携を学ぶ上では非常に効率のいい敵だ。

 

俺は目の前に出て来た、戦人型の魔物の拳を剣で受ける。

それにより、奴の表皮は切り刻まれる

奴が剣を持っていれば話は別だが、こいつは雑兵級の魔物のため、魔法で武器を生み出すことは出来ない。

それでも、俺達よりは圧倒的に強いため、本来なら防人の人がフォローをしてくれるのだが、今の俺たちには必要ない。

 

「魔剣士さんたち。≪フィジカルオーガ≫です。」

 

そう、なんてたって、今の俺達には回復魔法士枠のヒロインがついているのだから。

俺は自前の魔力の肉体強化とも、魔物の魔力を吸っての肉体強化とも比べものにならない程の強化を受ける。

 

その力でもって毒ノ森君と共に完璧に偽戦人の猛攻を防いで見せる。

更にその隙に癒羽希(ゆうき)さんは未裏さんにも魔法をかけていく。

 

「≪マジックブースト≫」

 

それは攻撃魔法を強化する付与魔法。

これにより、未裏さんの攻撃魔法は大幅に強化された。

 

「≪ストーンニードル≫」

 

未裏さんはその強化された魔法攻撃でもって偽戦人を刺し貫く。

うん、めっちゃ強い。

補助魔法だけでもいい気がしてきた。

まあ、仮に彼女自身が攻撃魔法を発動したら、こんなに手間はかからないんだけどね。

 

というか、ありがたいけど、これ、完全に宝の持ち腐れだ。

 

どうにか、剣凪さんたちとくっつけなきゃ。

 

☆☆☆

 

そうして暫くして、今日の探索は終わった。

結果としてはかなりの魔物を倒せた。

 

多分、学年でトップテンに入る位にはダンジョン攻略における俺らの成績は優秀だ。

ゲームヒロインがいるのだから、当然の結果ではあるけど。

 

ただ、さっきも言ったけど彼女が俺らの所にいるのは宝の持ち腐れだ。

 

…………保身第一主義の俺がこんなことを言うのはおかしいって思うかい?

 

でも、別に何もおかしなことでは無いんだ。

 

だって、このまま俺らの所にいるより、主人公たちと一緒に行動し、立ちはだかる脅威を打ち倒してくれた方が俺としてはありがたいからね。

 

主人公の利益が巡り巡って俺の保身に繋がるって訳よ。

 

それにまあ、他のパーティーが彼女を簡単に切れた理由でもあるんだけど、俺らには現在、防人の人がついている。

つまり、安全は保障されていると言っていい。

勿論、防人の人も三年間ずっとついてくれるわけでは無いんだけど、少なくとも一年の間はついてくれる。

 

だから、そんなに困らないのだ。

ダンジョン攻略の授業は別に高難度ダンジョンに潜れとか、深部に辿り着けって訳ではないから、防人の人が離れた後は浅瀬でぴちゃぴちゃしてればいいしね。

 

「なぁ、この後みんなで打ち上げいかね!」

 

棚加君がダンジョンを出て、学校に帰っている途中、そんなことを言ってくる。

主に癒羽希(ゆうき)さんに視線を向けながら。

 

いや、本人は多分、気づかれないようにチラ見しているつもりなんだと思うけど、うん、バレバレ…………って言うと流石に可哀そうだけど、うん。うん。

 

バレバレだ~。

 

癒羽希(ゆうき)さんもそれを感じ取ったようで若干頬が引き攣っている。

まあ、そんな状態だし、返答なんて分かっているようなものだ。

 

「えっと、ごめんなさい。寮で授業の復習をしたいので」

「あ、そっか~。それなら仕方ねぇよな。……三人でいく?」

「悪いけど、僕はパス。この後、未裏と図書室で勉強するから」

「そゆこと、じゃ、私と毒ノ森君は帰るから」

「あ、そっか、じゃあ、今日はお開きだな」

「え?何で?俺はまだ返答してないんだけど?」

「へっ?あ、ああ、そうだな、でも、ほら?他の奴らは用事があるみたいだしさ。」

「そうだね。じゃあ、二人で行こうよ。折角だし、親睦を深めようか」

 

俺はそう言って、棚加君を引きずっていった。

本当なら一年生の間だけ、月に一度無料で使える学内レストランに入ろうとしたんだけど、棚加君が思った以上に抵抗するもんだから、結局、食堂でご飯をして解散になった。

 

しかも、最後別れるとき、「今日はとっても充実してたね。棚加君?」って言ったら、引き攣った笑みを返された。

 

いやぁ、失礼な人だなぁ。まったく。

そんな反応されると傷ついちゃうよ。

 

っと、まあ、おふざけはこのくらいにして、俺は売店を目指す。

 

理由としては簡単だ。魔導師Pとして活動する時に被っている被り物のスペアを調達するためだ。

 

前回の事件で分かったことなのだが、怪我は勿論、戦いをする上で服も破損する。

一応、服に関してはダンジョン攻略の授業が開始された際に耐久力の高い戦闘服を支給されたけど、自前のピーマンの被り物は普通の被り物と遜色ない耐久性をしている。

 

だからまあ、仮に被り物が破れた際に変えとなる被り物が必要だと感じだのだ。

 

感じたから、来たんだけど…………。

 

「すいませ~ん。前にあったピーマンの被り物ってありますか?」

「えっ、ああ、ごめんねぇ~。あの被り物、今、売り切れなんだよ。あの特別防人の子が買い占めちゃって。」

 

はっ?

 

何で?何で買い占めてるの。

というか、どっちさ、買い占めたの。

 

「いやぁ、嬉しいねぇ~。元々コアなファンは付いていたんだけど、特別防人の子が買ってくれたら知名度も上がるってもんさ。しかも、「この、被り物で俺もきっと…………。」なんて言いながら熱い視線を向けてたんだよ。

いやぁ、作ってる身としては嬉しいもんさね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しんどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、お前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

「ふっふっふ。安心しな。わたしゃ、あんたみたいなコアなファンのことも蔑ろにする気はないさ。じゃっじゃ~ん。パプリカの被り物だよ。しかも、赤と黄色!両方あるのさ。」

「あっ、じゃあ、両方下さい。」

「毎度あり~。」

 

ピーマンの被り物は無かったけど、まあ、いっか。

別にピーマンにそんな拘りないし。

 

 

 




おまけ

音長「よし、折角の打ち上げだし、学内レストランに行こっか!」

棚加「え……。いや、男同士だし、食堂で良くないか?(学内レストランは癒羽希と使いたいし…………。)」

音長「え、何で男同士だと食堂になるの?男同士のパーティーの場合だと食堂を選ぶの?打ち上げなのに?そんな筈ないよね。…………もしかして、棚加君女の子が目的だったの?女の子に近づきたくて打ち上げしようなんて言ったの?」

棚加「い、いや、違、違う。ほら、二人しかいなしさ!学内レストランはみんなで来た時にしようと思ってたんだ!」

音長「ちっ」

棚加「えっ、いま舌打ち「食堂で済ませちゃおっか!」お、おお…」

音長「(リア充はリア充になる前に潰したかった…………)


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すれ違ってるって分かっていても言えないことってあるよね

☆☆☆

 

俺と毒ノ森君は現在、魔剣士科の授業を終え、ダンジョンに潜るために、待ち合わせ場所の

学生ホールへと向かっていた。

 

学生ホールは緊急時には生徒たちの避難場所となっているが、通常時には生徒たちの憩いの場となっている。

むしろ、多くの生徒が利用し、場所を把握しているからこそ、いざと言う時の避難場所に指定されていると言っていい。

 

「おいおい、あいつらって確か…………。」

「ああ、癒羽希のおこぼれ貰ってる奴らだよ。」

 

多くの生徒が利用する場所なため、学生ホールへの通路は多くの生徒が通る。

 

「いやぁ、恥ずかしくないんかね?実力者入れて自分たちの成績上げるの」

「…………癒羽希さん、可哀想。」

 

そうすると、こう言う心無い言葉を、俺たちに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で言ってくる奴らもいる。

いや、俺達と癒羽希さんの実力が見合ってないのは事実だけどね?

 

以前、癒羽希さんがたらい回しにされているのは本人が攻撃魔法のマジックチップを入れていないからだ、と話したが、真相は違ったのかもしれない。

 

確かに表向きは攻撃魔法のマジックチップを入れていないことだったのだろう。

噂はそう流れてきたし、本人も加入時に攻撃魔法を使えないことを謝ってきた。

 

だけど、本当の所はこういう風に陰でコソコソ言われるのに耐えかねて、癒羽希さんを脱退させたのかもしれない。

 

まあ、因みに陰でコソコソ言ってる奴ら、全員実技の成績は大したことがなかった。

そのため、ダンジョン攻略では余り者同士で組んでるようだ。

正直、仮に癒羽希さんがいなくてもダンジョン攻略の成績はうちの方が高い。

 

ただ、俺は大人だから、彼らの言ってることを負け犬の遠吠えとして、切って捨てない。

 

彼らの言うことを真摯に受け止め、そして、こう思った。

 

いや、成績を良くする努力をしない君たちにそんなことを言われても、全然響かん。

 

むしろ、命が懸ってるのに何でそんな余裕なん?

 

少なくとも、もっと強くなる努力した方が良いよ。

 

せめて、授業だけでももっと真剣に受けよう?

 

別に剣凪さんとか穿間さんに潜ってもらえるか頼んだら?とかは思わんし、されたらこっちが困るんだけどさ。

 

「……まったく、好き勝手言ってくれる。」

「毒ノ森君。気にしちゃ駄目だよ。」

 

俺はあんま響かなかったんだけど、毒ノ森君は結構参ってるみたい。

彼って口は悪いけど、結構、情に厚いし、まともな感性してるよね。

 

未だに俺の友達でいてくれてるしね!

 

俺は彼の背中をぽんぽん叩く。元気出せよ。

別に否定的な人ばかりじゃないんだ。

むしろ、安定した実力のパーティーは割と俺たちのこと認めてるよ?

 

俺達も頭下げてでも女性メンバーに入って貰えば良かった~っとか、あそこが取って無かったらうちが取れてたかもってさ。

 

 

ただ、どうやら、みんな否定的な声ばかりを意識してしまってるらしい。

ダンジョンでは今まで通りのパフォーマンスを発揮できてるし、癒羽希さんに当ったりもしていない。

 

それでも、癒羽希さん大好き人間だった棚加君まで参ってるとなるとちょっと困るよねぇ。

 

後、癒羽希さんに関しても何故か思い悩む素振りがある。

今までもこんな風な雰囲気になって、脱退を言い渡されたのかもしれない。

 

う~む、困ったなぁ。

 

凄く困った。

 

何に困ってるのかだって?

 

いやさ、……………………みんなとはダンジョン攻略を通して絆も深まったし、心の底から困ってるなら力になりたって思ってるんだよ。

 

 

でも…………俺も命かかってるからさ。

 

ぶっちゃけ、癒羽希さんには剣凪さんと穿間さんのパーティーに入って欲しいって思ってるんだよね。

 

うん、つまり、誠に遺憾ながら、俺も癒羽希さん脱退派ではある。

 

 

☆☆☆

 

最近、皆さんとってもピリピリしています。

ようやく、今のパーティーの方たちとも打ち解けて、頑張るぞー‼って思ってたのに。

 

この嫌な感じにはとっても、とっても、馴染みがあります。

私を皆さんが、追い出すときの雰囲気です。

 

私がパーティーを組んだ方たちは皆さんとってもいい人たちでした。

 

攻撃魔法のマジックチップを入れようとしない私を受け入れてくれて、「癒羽希さんのお陰でスムーズに抵抗力上昇(レベル)が上がるようになったありがとう」、「癒羽希さんが後ろに控えてくれるから、勇気を出して戦える。ありがとう」そう言ってくれます。

 

なのにある時を境に、その人たちが突如、私をパーティーから追い出します。

 

やっぱり、攻撃魔法を入れない私を徐々に疎ましく感じるようになったのでしょうか?

 

私は…………私は、攻撃魔法を使うべきなのでしょうか?

 

ワンドをギュッと握る。そして、攻撃魔法を使う自分を想像する。

 

怖い、怖い。

魔物を傷つけるのが怖いんじゃない。

 

自分が変わってしまうのが怖いんだ。

 

私のおばあちゃんは皆から救恤の戦巫女と呼ばれていた。

そんなおばあちゃんが私は大好きだった。そんなおばあちゃんみたいになりたいと思っていた。

 

だけど、おばあちゃんは私の頭を撫でながら、「私みたいになるんじゃない。」そう言った。

私は納得いかなくて、何度も何度もなんでそんなこと言うのって尋ねた。

 

『おばあちゃん。何でおばあちゃんみたいになったらダメなの?おばあちゃんはきゅうじゅつのいくさみこでしょ‼』

『…………そんないいもんじゃないよ……その肩書は…………。』

『かっこいいもん‼私なるもん‼』

『…………いいかい、カルミア。救恤の戦巫女ってのはね。敵を殺せて味方を癒せる。そう言う意味を込めて呼ばれるようになったもんさ。』

『そんなの知ってるもん‼敵をやっつけて味方を助けるんでしょ!』

『まぁ、いいから、最後まで聞きなさい。…………私はさ、いつの間にかその肩書に反して敵を殺す事ばかりを考えるようになったんだ。』

『なんで?』

『知っちまったんだよ。敵を殺すことで、救える数の方がよっぽど多いってね。

 

魔物を一人殺せば、その魔物が殺そうとしていた人、殺すかもしれない人たちを救える。ただ、人を癒して救える数は、癒した人間ただ一人。

 

魔物を殺すのは一瞬なのに、人を癒すのには時間がかかる。それに、場合によっては助けられないかもしれない。

 

回復魔法を以てしても。

 

そうして、私は敵を殺すことに傾倒していった。

 

間違ったことだなんて思っちゃいなかった。…………ただ、ある日ね、回復魔導士のテントに子供が運ばれてきたんだ。

 

魔物に襲われた子がね。

 

その子は一度、私たち回復魔導士の下に連れてこられた。

その時は息もあった。

 

………………私は当時、攻撃魔法士としても上位の実力者であったから、その子を他の回復魔導士に任せて、敵を殺しに行った。』

『その子は…………死んじゃったの?』

『…………ああ、死んだ。…………私なら間違いなく助けられた。………………いいかい、カルミア。私は回復魔導士は魔物を殺したらおしまいだと思ってる。

 

心に潜む怪物に魅入られちまうんだ。だから、あんたが……本気で回復魔導士として活躍したいなら攻撃魔法は使わないことだ。』

『…………うん。分かった』

 

 

おばあちゃんと交わしたその約束は、未だに私の脳裏に焼き付いている。

私は怖いんだ。攻撃魔法を使うようになって、敵を殺すことに重きを置くようになって、そうしていずれ、大切な人を見殺しにしてしまうんじゃないかと、怖くてたまらないんだ。

 

…………でも、このままだとまた、追い出されてしまう。

 

私は、私は攻撃魔法を使うべきなんだろうか?

 

分からない、分からない。どうするのが正解なのか分からない。

 

「…………大丈夫?癒羽希さん、顔色があまり良くないけど……」

「いえ、大丈夫です。私は全然問題ないですよ。元気もりもりです‼」

「そう?ならいいんだけど」

 

どうやら、私が考え込んでいたから未裏さんが心配してくれたようです。

しっかりしなくちゃいけませんね。

 

私は前を向いてずんずんと歩いていきます。

その時、偶々、考え込んでいる様子の音長君が目に入りました。

だから私もさっき気を使ってくれた未裏さんの真似をして声をかけてみることにしました。

 

「音長君!どうされましたか?」

「…………ん?いや…………仮に癒羽希さんが回復魔法のみで戦っていくのなら別のパー「ってめぇ‼おとながぁぁ‼それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ‼」……ごめん、ごめん、冗談だよ。」

 

音長君が別のパーティーへの移籍を提案しようとした所で、棚加君が怒りながら止めにかかります。

ただ、棚加君は怒りを抑えられない様子で未だに音長君の胸倉を掴んでいます。

…………私が原因なんだから、私が止めなくちゃ‼

 

「あ、あの「やめろ‼二人とも、みっともないぞ‼」」

 

私が声を張ろうとした所で、毒ノ森君が二人を止める。

 

「…………すいません。癒羽希さん、君は僕たちにとってかけがえのないパーティーメンバーだ。

是非、これからも僕たちと共にパーティーを組んで欲しい。」

 

毒ノ森君が頭を下げながら、私にパーティーに居て欲しいと頼んでくる。

 

「……はいっ!勿論です。」

「ありがとう。……それと、音長君、次、似たようなことを言ったら冗談でも許さない。

…………その時は、君がパーティーを脱退する時だと覚えておいて欲しい。」

「……………わかったよ。すまなかったね、癒羽希さん」

「い、いえ!私は全然気にしてませんので!」

 

…………私のせいで、皆さんの関係が壊れちゃうのは嫌だな…………。

 

その後のダンジョン攻略は皆さんいつも通りの力を発揮し、弧囃子さんからも「いつも通り安定した立ち回りが出来ているわ。私が離れるのも時間の問題かもしれないわね。」と言って貰った。

 

でも、このままで本当に良いのかな?

 

私がいなくなれば全部丸く収まる。

本当はそうするのが正解なんじゃないのかな?

今ままでそうしてきたみたいに…………。

 

もう、何が何だか、分からないよ。どうすれば正解なの?

どうすれば、良いの?…………攻撃魔法が使えれば良いの?

 

そうすれば、音長君も私をパーティーメンバーとして認めてくれるの?

 

おばあちゃん。私、どうすれば良いのか分かんないよ。

 

☆☆☆

 

ふむ、それとなく剣凪さんのパーティーとくっつけようとしたら棚加君にめっちゃ怒られた。

毒ノ森君からも注意を受けた。

 

解せぬ。

 

いやぁ、癒羽希さんさえ納得させられれば、後は魔導師Pとして真道君辺りに接触して、何とか癒羽希さんを剣凪さんのパーティーに入れられるように取り計れたのになぁ、残念。

 

さてさて、一番簡単なプランAが失敗してしまったし、プランBを…………考えなきゃだよなぁ。

勿論、俺としても円満に別れられるように取り計らうつもりだ。

 

癒羽希さんやうちのパーティーメンバーとはぜひぜひこれからも仲良くしていきたいしね。

にしても、普通ならこんな過剰な反応されないと思うんだけどなぁ。

だって、俺らと彼女では実力が釣り合ってないのはみんな分かってるだろうし。

あっ、勿論彼女が上で俺らが下って意味ね?

 

そう考えると、やっぱり、外野の野次のせいかなぁ?

 

個人的にはどうでもいいけどちょ~っと邪魔くさく感じて来たなぁ。

 

まっ、勿論だからって彼らに危害を加えたりはしないんだけどね!

 

人の恨みって怖いし、彼らにだって、肉壁とか囮とか彼らにしかできない重要な役目があるからね!

 

取り敢えずは皆の機嫌を損ねっちゃったから、ご機嫌を取らなくちゃ。

 

特に、癒羽希さんには誤解を生むようなことを言ってしまったしね。

彼女の力を高く買っていることを伝えないと!

 

その上で、どうにか、こうにか、君の実力的に剣凪さんたちと組むのが良いよって教えなくては。

 

…………本来ならこんな出来事無かったんだけどなぁ…………。

 

いや、そんな考えをしてはダメだ‼

多くの生徒が生き残ったことを喜ぼう。

 

戦力が増えれば、俺の死亡率も下がるしね。

 

俺はそう決意を固め、寮に帰った。

 

寮に帰った後は毒ノ森君と棚加君に謝った。

 

「ごめん‼二人とも、ダンジョン前であんなこと言って。」

「いや…………僕も言い過ぎた。はぁ……他人に強い言葉を使っちゃうのは僕の悪い癖だ。」

「その………俺もすまん!お前が悪い訳じゃないのに、カリカリして、当たっちまった。」

「…………二人とも………ううん、陰でコソコソ言う人たちの話を聞いて、確かに俺たちの班と癒羽希さんじゃあ釣り合いが取れてないかもって思っちゃったんだ。

それで…………あんなこと言っちゃって…………。」

「…………音長君の言いたいことは分かるよ。でも僕は、癒羽希さんがこのパーティーに居たいと言っている間は居させてあげるべきだと思う。」

「ああ、俺も毒ノ森の意見に賛成だ。」

「……そうだよね。二人とも」

 

うん、そうだよね~。

 

俺としても剣凪さんたちとパーティーは組んで欲しいけど、無理矢理組ませてやる気が無かったら意味ないし…………どうにか、円満に移籍して貰わなくちゃ。

 

 

 



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命がけの戦いに安定なんて無かったのかもしれない……。

☆☆☆

 

ということで、俺が毒ノ森君と棚加君を怒らせた日から一日が経った。

鉄は熱いうちに打てって言葉もあるし、他人に謝るのって日が経てば経つほど、なんとな~く言い出しづらくなるから俺は朝のホームルームの前に早速癒羽希さんに謝りに行くことにした。

 

俺ってば偉い。

やはり、こう言う所で前世の経験が生きているよね!

 

いや、前世っていうけど前の世界の俺って、死んでるのかな?

色んな事がありすぎて考えるのを放棄してたけど、そもそも、ここに来る前何してたのかも覚えてないんだよな。

 

まあ、いいか。

 

今重要なのは癒羽希さんにあって、謝ることだからな。

 

「すいませ~ん、癒羽希さんいますか?」

 

俺が回復魔法科の教室の前で癒羽希さんを呼ぶと、俺の存在に気づいた癒羽希さんがトコトコと小走りしながら、こちらに駆け寄ってきた。

 

しかし、その顔は少しだけ不安そうだ。やはり、変に勘違いをされてしまっているのかもしれない。

 

「やぁ、癒羽希さん、少し時間貰っても良い?」

「は、はい、ホームルームまでなら………」

 

そう言うと俺と癒羽希さんは場所を移し、人気のない廊下へと場所を目指す。

 

………………

一応善意のつもりだったんだけど、人気のない場所に着いた癒羽希さんはとてもびくびくしている。

いやぁ、少し込み入った話だし、人気のない場所を選んだけど、人前とかの方が良かったかな?

 

う~む、外野がどう動くか分からないから何とも言えん。

 

正直、良い予感はしないんだよなぁ。

少なくとも、剣凪さんのパーティーに入れたい俺からすればあまり利にはならないだろう。

 

というか、折角ここまで移動したのに、ここから更に場所を移す必要はないか。

 

面倒だし…………。

 

「あ~、昨日はごめん、癒羽希さん。」

「い、いえ。元々私が攻撃魔法を使えないのが悪いので………」

「違う、違うんだ。昨日、あんなことを言ったのは君が攻撃魔法を使えないのを非難したかった訳じゃない………。むしろ、逆なんだ。」

「…………逆?」

「ああ、君のお陰で俺たちはここまでこれた。癒羽希さんがまだ加入していなかった頃より、何倍も強くなれた。」

「…………音長君」

「ただ、だからこそ、惜しいと思ってしまったんだ。………きっと、癒羽希さんは剣凪さんのパーティーでもやっていける、そのくらいのポテンシャルを持っている。

彼女たちと同じ、百年に一度の、世界すら救えるほどの天才だ。

だからこそ、俺らと一緒に居たら、君の才能が埋もれてしまうんじゃないかって思ってしまったんだ。

 

だけど、君自身の精神面を全く考えられていなかった……すまない、癒羽希さん。」

 

「…………音長君、音長君がそこまで私を評価してくれていたなんて知りませんでした。

………けど、私は音長君が言うみたいな凄い人じゃないです。

色んな事に悩んで踏み出せなくて、ずっとうじうじとその場で足踏みをしている臆病者です。

 

だから、そんな過分な評価をされてしまったら、今度はプレッシャーで動けなくなっちゃいます。えへへへ」

 

俺が如何に癒羽希さんが替えの効かない人材かを説いたら、癒羽希さんは卑屈な自分を隠すように、いや誤魔化すように笑った。

 

きっと、彼女にこれ以上言葉を尽くしても無駄だろう。

 

「そっか、変にプレッシャーをかけることを言ってごめんね。お詫びにココアあるんだけど…いる?」

「えっ、良いんですか?」

「うん、元々癒羽希さんに渡す気だったし………。癒羽希さん、待ち合わせのとき良くココア飲んでるから、もしかして好きなのかなって思ってたんだ。」

「あ、ありがとうございます。ココアは大好きなんです。」

「なら、良かった。」

 

俺は癒羽希さんにココアを渡すとその場を去る。

 

因みに、別に彼女が良くココアを飲んでいるから、ココアが好きなんじゃないかって考えたわけでは無い。

 

ていうか、知ってた。

 

うん、設定にココア好きは入れてたからさ。

 

むしろ、それでココア飲んでるのが目に付いたまである。

 

………ま、本当におなごの行動から相手の趣味嗜好が分かれば、俺は前世童貞ではなかったのさ…。

 

とはいえ、これで、癒羽希さんに謝ったし、一応未裏さんにも謝っておくか。

 

 

 

 

という訳で、昼休みに未裏さんの下へ来た。

 

「ごめん、未裏さん。昨日はあんなことを言ってパーティーの足並みを乱して」

「私は別にいいわ。あなたが口にしていなければ、みんなが心のうちに貯め込んでいた不満は別の形で爆発していたと思うし。………ま、カルミアには謝った方が良いとは思うわ。

………というか、あなたって意外と律儀ね。」

「ははは、そうかい?

親しき中にも礼儀あり、俺は皆に礼を失しないようにいつも気を付けているんだけどな。」

 

「………そ。………………良いわ、確かに謝罪は受け取ったから、それじゃあね。」

「ああ」

 

彼女は何が良いたいんだ?

まったく、いいたことはもっとはっきり言って欲しいよ。

 

 

「…………最後に一つだけ言って置くわ。

誰かに好かれるには他人に嫌われる覚悟が必要よ。それが出来ないで、表面上だけ他人に合わせてるあなたは何時まで経っても一人ぼっちよ」

「…そっか、肝に銘じておくよ」

 

未裏さんは立ち去る前に一度振り返って俺に忠告のような真似をしていった。

 

正直、彼女が何を言いたいのか全く分からなかったよ。

 

 

☆☆☆

 

まっ、そんな一幕もあったけど、気を取り直して、皆に謝り終えたぞぉぉ!

やった~

 

いやはや、これでようやく、毒ノ森班も完全復活☆

って感じだよね。

 

いや~、一時は冷や冷やしたけど、皆メンタル持ち返したと思うし、後はどうやって癒羽希さんを剣凪さんのパーティーに入れるかだよね。

 

ムムム、と唸りながらも俺たちはダンジョンに向かう。

 

悩みどころだよ。

 

はてさてどうすれば良いんだろう?

 

説得は出来なかったし、今は取り敢えずタイミングを探す以外に無いか~。

絆を深めていけばいずれは心を開いてくれるかもしれないしね。

 

『…………最後に一つだけ言って置くわ。

誰かに好かれるには他人に嫌われる覚悟が必要よ。それが出来ないで、表面上だけ他人に合わせてるあなたは何時まで経っても一人ぼっちよ』

 

未裏さんの言葉がちらつく。

 

………ほんと、難しいことを言ってくれる。

 

 

俺がそんな風に悩んでいると雑兵級ダンジョンまで着いた。

俺たちが通っている戦人型魔物の雑兵級ダンジョンは学校の直ぐ近くにあるため、実はそんなに遠く無い。

 

むしろ、ダンジョンのある場所に学校を建てたと言っても良い。

 

俺たちはそこで少しの間、防人の弧囃子さんを待つ。

とは言っても、弧囃子さんは時間にキッチリしているため、俺たちが到着してから五分くらいでダンジョンの前で落ち合えた。

 

「おはよう、全員集まっているわね?」

「「「「「はい」」」」」

「よろしい、では今日もダンジョンに潜るわ。

ただ、その前にあなた達に伝えて置くことがある。」

「伝えて置くこと、ですか?」

 

毒ノ森君が俺たちの気持ちを代弁して、疑問を口にした。

 

「ええ、現在あなた達の通う防人魔法学園の生徒がダンジョンで行方不明になっているわ。しかも、あなた達と同学年の、ね。」

「えっ?ですが、僕たちには防人の方がついていますよね?一体何で…………」

「…………防人の中にも行方不明者が出ているのよ」

「「「「「えっ?」」」」」

 

これは不味い。非常に不味い。

二つ目のイベントが始まった。

 

『悪食変性・ブラッド・オブ・エボリューション』

 

主人公たちという百年に一度の天才が同時にこの世界に生まれたことを受け、相手側が取った対抗策の一つ。

 

いや、元々計画自体は進んでいたから、急遽前倒しになった、と言う方が正しいだろう。

 

そして、相手が取った新たな策。新たな魔物。

 

それこそが、今回投入された獣人型の徒大将級魔物、ウェアウルフである。

このウェアウルフは戦闘能力こそ通常の徒大将級と比べれば、数段劣るものの奴が持つ固有魔力波が非常に厄介なのだ。

 

というか、一連の強化魔物事件は全部こいつが犯人である。

 

……えっ?

そもそも固有魔力波ってなんだよって?

 

説明しよう、この世界には二通りの異能が存在する。それこそが魔法と特殊魔力波。

そして、種族もまた進化の過程で、魔法が使えるようになったもの、特殊な魔力波が使えるようになったものに別けられる。

 

魔法を使える種族は前にも話した通り、天使、小人、戦人。

特殊魔力波を扱えるのが、鬼人、獣人、そして一部の人間。

 

魔力波を使えるものに関して一部の人間と答えたが、これを説明するには魔力波というものについて少々、説明しなくてはならない。

 

魔力波とはその名の通り魔力の波であると共に、魔力を魔法という形に加工せず外に放出することで、外界に影響を与える技術のことでもある。

この魔力波という技術自体は魔力を持っていれば誰もが扱える。

しかし、殆どの使い手がそよ風を起こす程度しかできないため戦場では殆どや役に立たない技術と言われている。

 

勿論一流の使い手であれば魔力波を出した場合、草木を揺らすこともあるが、そんなのはごく一部だ。

 

魔法を使える種族は勿論、魔力を持っていても魔法は扱えない種族からしても無用の長物だった。

 

しかし、魔法を扱えない種族が過酷な自然界を生き抜くには何らかの武器が必要だった。

他の獣たちを打ち倒せるような武器が。

そんな中、魔法を扱えない種族はこの無用の長物と化していた魔力と言うエネルギー、そして魔力波と呼ばれる技術を変質、進化させることで自然界を生き抜いた。

 

人間もその種族の一つだ。

 

ただ、魔法が使えない他の種族が住む世界と比べ、人間界は資源に富んでいた。

そのため、時代が進むにつれ魔力波や魔力と言った厳しい世界で生き抜く術は徐々に失われていった。

 

勿論、資源に富んでいたからといって、争いが全くなかった訳ではない。

 

人間同士での争い、他世界にいる別の種族たちからの侵略。

 

脅威はあった。ただ、人には科学があった。

 

また、それを発展させ、魔法すら解明してみせた。

 

そうして、特殊魔力波と言う過酷な世界で生き抜く術は徐々にその意義を失い、不要な機能として切り捨てられた。

 

ただ、その名残だけは、まだ人の体に残っている。

そして、外から流れ込んでくる穢れた魔力と強い力に対する欲求によってのみ目覚めることがある。

 

その人間の願いの一助となる、自分だけの魔力波、固有魔力波を。

 

因みに、獣人や鬼人は自分だけの固有の魔力波の他に同種族なら誰もが扱える特殊な魔力波もある。

 

身体強化とか、遠吠えで相手にデバフかけたりとか、色々出来る。

 

まあ、ごちゃごちゃ言ったけど、詰まる所、種族スキルと固有スキル的なやつ。

で、人間は種族スキルこそ無いけど、固有スキルに目覚める奴がいるよって感じ。

 

更に言うと、この章のボスとなる獣人型の魔物には噛みついた魔物にレベルアップの機能を与える、という魔力波が宿っている。

 

勿論、俺たちの抵抗力上昇(レベルアップ)とは少し違う。

噛まれた魔物は魔力持ちを食らうことによって力を増すのだ。

 

つまり、人を食らえば食らうほど強くなる。

不幸中の幸いとして魔物同士で食い合うことはしない。

 

魔物の絶対数を減らしたくないから。

 

とは言え、それでも十分脅威、いや、食い合って強化されるより絶対数が多い分、俺達、防人の卵や未熟な防人たちからすればこっちの方が脅威だ。

 

「………みんな、気を引き締めていこう」

 

毒ノ森君の言葉に俺たちはコクリと頷く。

強化された魔物は本来の等級よりも強い、それどころか雑兵級の魔物が足軽大将級に片足突っ込んでいても何ら不思議ではない。

 

絶対に油断してはいけない相手だ。

俺はそのことを胸に刻み、何時もより慎重にダンジョンに入った。

 

 

 

それから、暫くたった。

うむ、今のところ異常はない。

 

まだ、レベルアップ可能な敵もそこまで増えていないようだ。

 

通常の雑兵級の魔物を俺たちはいつも通り、処理してく。

 

いつも通りの強さの敵に他のメンバーも幾分か表情が柔らかくなっている。

まあ、当然だよね。強力な防人すら殺す、じゃなかった。

 

ゴホン、ゴホン。

 

強力な防人も行方不明になっているって言われてガッチガチになってたもんね。

超強力な魔物が徘徊してると思っていたら、思った以上にいつも通りで拍子抜けしちゃうよね。

 

「今のところはいつも通りだよな」

「ああ、だが、何があるか分からない気を引き締めていこう」

 

毒ノ森君は気が緩みかけた棚加君にそう告げる。

 

………確かに、声に出したのは棚加君だったけど俺も気が緩んでいた。

 

命大切っていうからにはこう言う所で油断しちゃいけないよな。

気を引き締めなおさないと。

 

「前方、敵が来るわよ。」

 

俺が気を引き締めなおしたタイミングで未裏さんが敵影を発見する。

俺は武器をしっかりと握る。

 

 

敵の手には魔力塊が浮かぶ。

雑兵級の魔物が覚えている魔法、魔法弾だ。

 

「「「マナシールド」」」

 

俺と毒ノ森君、未裏さんが≪マナシールド≫を展開し、敵の攻撃を防ぐ。

こういった場合は基本的に防御魔法士が単体で結界を張ることが多いのだが、うちでは前衛の魔剣士と防御魔法士のどちらもシールドの展開を行う。

 

勿論、この方法では効率良く狩りをすることはできない。

ただ、効率よりも安全をとっているうちのパーティーでは敢えてこの方法を取っている。

 

「奴の動きを止めるぞ。音長君」

「了解」

 

俺と毒ノ森君は突っ込んでくる敵の前に立ちはだかる。

そして、剣でもって奴の拳を受けようとする。

 

『ガキン』

 

俺と毒ノ森君の剣は敵が魔法で生み出した二本の剣によって防がれてしまう。

 

「「なに?」」

 

あり得ない。

 

雑兵級が使ってくる魔法は魔法弾のみ、他の魔法は使ってこない。

なのに、何故敵は別の魔法を使える⁉

 

それだけじゃない。魔法弾を放ってからのインターバルが短すぎる。

普通の魔物じゃない!

 

「弧囃子さん!」

「分かってる」

 

俺は弧囃子に助けを求める。

確実にこいつは強化種だ。

間違っても俺達、見習いが相手をしていい敵じゃない。

 

弧囃子さんも瞬時にそれを判断し、敵に突っ込む。

 

これで終わりだ。

いくら強くても上位の防人である弧囃子さん相手は分が悪いと判断し逃げ出すはず。

逃げ出さなかったとしても、弧囃子さんレベルの防人に癒羽希さんのバフが乗れば絶対に勝てる。

 

俺はそう考えていた。

敵は問題なく倒されると、だけど、俺がそう思った瞬間、敵は笑った。

 

そして、スッとその場から消える。

いや沈んだ。この魔法は‼

 

「シャドーモールです!全員警戒」

 

俺の言葉に緊張が走る。

そして、お互い背中を合わせる。

 

幸い、≪シャドーモール≫という魔法は発動中に移動速度が遅くなり、何より発動中は息が出来ない。

 

弧囃子さんなら、直ぐにこちらに来れる筈だ。

 

「っがぁァ」

 

ただ、その予想は外れる。

棚加君の足を魔物の手が掴んだのだ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ、助けて、助けてぇぇぇぇっぇぇぇ‼」

「≪マジックブースト≫」

「≪フレイムショット≫」

「≪アクアアロー≫」

「≪ストーンニードル≫」

 

棚加君の叫び声を受け、癒羽希さんが未裏さんに魔法強化のバフをかけ、未裏さんはその場で、俺達は棚加君の下に駆け寄りながら、攻撃魔法を放つ。

それにより、地面が揺れ、魔物の苦しむ声が聞こえるが、マジックチップを変える手間を考えるとどうにも間に合いそうにない。

 

せめて、近くに攻撃魔法士がいれば、魔物の潜伏する影を攻撃し、棚加君を解放させられるのだが、肝心の攻撃魔法士である棚加君があの状況だと手の打ちようがない。

 

というか、本来この状況はあり得ない。≪シャドーモール≫を使った際は速度が落ちる。

 

なのに、全く、落ちていない。

 

可能性は二つ、一つは敵の速度が俺の想像以上に速い場合、もう一つは

 

「弧囃子さんッ!気を付けて」

 

俺は後ろを振り向きながらそう言うが、弧囃子さんには聞こえていないのか尚も血相を変えてこちらに走り寄る。

だから、対応できなかった。

このタイミングを虎視眈々と狙っていた背後から出てくる、強化種に。

 

そして、弧囃子さんは後ろから胸を二本の剣で刺し貫れた。

 

「撤退だ」

 

俺は足を止め皆に告げる。もう勝ち目はない。

逃げる以外に方法は、もうない。

 

「いえ、戦いましょう!棚加君はまだ生きてる。生きてるんだったら、戦うべきよ!」

 

涙を瞳に貯めながら未裏さんは戦うことを進言する。

こうなってくると後は毒ノ森君の判断次第だ。

 

俺と未裏さんは毒ノ森君に視線を向ける。

毒ノ森君は刺された弧囃子さん、既に右手を残して全身を影に呑まれた棚加君に視線を向ける。

 

「…………撤退だ」

 

その言葉に俺は頷き、未裏さんは項垂れるように俯く。

癒羽希さんはまるで現実を受け入れられていないように呆然とそれを眺める。

 

俺たちの心は、志は完全にバラバラになっていた。なっていたが、バラバラであっても俺たちは何とかダンジョンから脱出することが出来た。

 

いや、恐らく、棚加君と弧囃子さんを手に入れたため、十分と判断され、見逃されただけだろう。

 

所詮、奴らからすれば見習いの防人なんて何時でも捕食できる相手なのだから。

 

 




おまけ

弧囃子サイド

私は弟や妹を守るために防人になった。
そんな私からすれば少しでも戦力が必要とは言え、守るべき子供を死地に追いやる今の制度はいただけない。

とは言え、1防人に出来ることなんて高が知れてる。
だからこそ、私が受け持つ防人候補生だけは絶対に守り抜く‼

私はその覚悟を胸に魔剣に子供たちを守れるよう防御系のマジックチップと治療できるよう回復系のマジックチップをセットする。


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反省も後悔も大切だけど、そういったことが許されない状況もある

☆☆☆

 

ダンジョンを出た俺たちは喋ることもなく、学校へ向かって歩く。

 

誰も喋る気力なんてなかった。話せる精神状態ではなかった。

 

俯きながら、無力感に苛まれながら、歩いていた。

 

それは俺とて同じだ。

俺は所詮、只の端役(モブ)、皆を守れる英雄ではない。

そんなことは分かっていた。分かってはいても、歯がゆかった。

 

それに、実感が伴っていなかった。今までなんやかんやで上手くいっていたから。

作者であり、物語の創造主という驕りがあった。

 

でも、なんてことは無い。俺は神じゃないのだ。

この世界の住人になっている今、俺はちっぽけな防人候補生でしかない。

 

人は死ぬ。物語を作っている時、当たり前のように端役(モブ)が被害に遭っていた。

 

犠牲になっていた。

 

物語を引き立てるスパイスとして。

 

そして、物語のように端役(モブ)たちが今日もまた犠牲にあった。

 

棚加君が捕まり、弧囃子さんが死んだ。

 

それはとても悲しい事だ。

棚加君と過ごした何気ない日常が昨日のことのように思い出せる。

弧囃子さんが教えてくれたことが脳裏をよぎる。

 

でも、それ以上に、俺は自分が死ぬことが怖い。

体の震えを抑えられない。

 

やっぱり俺は物語の主人公のようには慣れない。

肉体に宿る才能だけじゃない。

 

仲間に対する想い、恐怖を抑え込む勇気、味方を鼓舞するカリスマ。

 

俺は何一つ持ち合わせていなかった。

 

結局、心の中で他人に対し優位を取ろうとする、浅ましく醜い心の持ち主は、只、物語を引き立てる端役に戻るのが相応しかったのだろう。

 

いや……………もしそうなら、一番最初に死ぬべきだったのは俺であるべきではないのか?

 

端役(モブ)であるにも関わらず、その在り方から脱却しようとした身の程知らず(このおれが)が死ぬべきだ。

 

だったら、これは運命の強制力なんかじゃない、魔物の悪意が原因だ。

 

勘違いしちゃ駄目だ。何かを為すのは意思の力だ。

 

神様でも運命でもない。

 

人が死ぬのも、人が生かされるのもそれは誰かの意思によるものだ。

もしくは、観測できる道理の上で成り立っている必然だ。

 

目にも見えず、抗うことも叶わない理外の力なんかじゃない。

 

現実として、俺は生きている。

 

なら、まだ足搔こう

足掻けば、それは仮定として現れる。

 

下を向くのはやめよう、未来に怯えるのはやめよう。

 

だって、俺は死にたくない。出来れば今いる皆にも死んで欲しくない。

その想いは今も変わっていないのだから。

 

俺はしっかりと前を見据える。

 

未裏さんは俯き、涙を流していた。

癒羽希さんは震える体を必死に手で押さえていた。

毒ノ森君も唇を咬み、手を強く握りしめていた。

 

みんな、今回の件で心に傷を負ったのだろう。

 

俺だけじゃない。それが分かった。

 

それも、きっと俺よりも深い、深い、傷を負った筈だ。

 

俺は毒ノ森君の肩を叩く。

 

「…………どうしたんだい?」

「着いたよ、学校」

 

そう、既に学校の目の前までついていた。

俺も含め、只々、ぼうっと歩いていたため、気づくことが出来なかったのだ。

 

「……ああ、そうか。じゃあ、取り敢えず今回の件を学園長に報告しないとな」

 

毒ノ森君は幽鬼のように、ふらふらと事務を目指す。

うちの学校では死者が出た場合は生徒自ら学園長に報告する義務がある。

 

これは死亡者の連絡の際に間違った情報が流れないようにするためと、学園側は死者が出る現在の状況を重く考えている、と外部に示すための演出だ。

 

まあ、演出とは言っても、現在の状況を軽く見ているわけでは無い。

だからこそ、腕の立つ防人を派遣しているわけだし。

 

ただ、それと同時に学園側は多少の犠牲はやむを得ないとも考えている。

 

いや、国がそう考えている。

 

だからこそ、学生の内からダンジョンなんて命がけの場所に潜らせる。

 

現実問題として、そこまでしないと人間は魔物に太刀打ちできないから国が悪いとも言えないけど。

 

 

ただ、心ここに非ず、と言った様子の毒ノ森君を見ると心配になってくる。

そのため、面会の手続きに関しては俺が代わりにおこなった

 

いくら、死者の報告と言う重大な話とは言っても学園長という役職上多忙になってしまうため、面会できるまでには時間が必要だと考えていたのだが、流石、と言うべきかそれから五分と経たず、学園長の下に通された。

 

学園長室は木材を使った非常に重厚感のある部屋であり、ソファには白髪の男が座っている。

 

男は白髪であることからかなり高齢であるだろうに、その体は今も現役であると言いたげな程逞しかった。何よりもその顔には無数に傷があり、歴戦の戦士であると否が応でも理解させられる。

 

 

「………ふむ。まずはお疲れ、っと言って置こう。」

「…………いえ」

 

毒ノ森君は学園長を目の前にしても、尚、弱弱しい様子を隠そうとはしない。いや出来ないでいた。

 

学園長にもそれが分かったのか、俺たちを見回し、ピタリと俺で視線を止める。

 

「分かった、済まなかったな。君は少し休んでいてくれ。それで、代わりにそこの君、名前は?」

「音長盆多です」

「分かった。何が起こったか教えてくれるか?」

「はい、俺たちは雑兵級ダンジョンに潜っていたのですが、そこに≪シャドーモール≫を使う魔物が二体現れました。また、一体に関しては≪創剣≫も使用していました。

 

とはいえ、魔物たちが二体同時に襲ってきたわけでは無いです。接敵時は一体だけが俺たちの前に姿を現し、もう一体は≪シャドーモール≫で潜伏していたようです。」

「ふむ、では片方が囮として君たちの前に現れた、ということか?」

「はい、初めに姿を現した敵は俺と毒ノ森君が抑えにいったのですが、敵が≪創剣≫を使った時点で雑兵級でないと判断したため俺たちは担当防人の方に助けを求めました。」

「……悪くない判断だな。」

「ありがとうございます。しかし、相手はそれが狙いだったようで担当防人の方が俺たちの下に辿り着いた時点で≪シャドーモール≫を発動し、陰に潜伏。我々が潜伏した魔物を警戒した所で、()()()()()()()()()()()()()()が棚加君……うちの攻撃魔法士の体を影に引きずり込みにかかりました。

 

そして、それを見ていた担当防人は自分の目の前で≪シャドーモール≫を使った個体が攻撃魔法士を引きずり込もうとしていると誤認し、いえ、誤認させられ、が正しいのでしょう。……そうして、誤認させられたことによって背後への注意が疎かになり、無防備な背中から一突きされ、死亡しました。攻撃魔法士に関しても、助けようとはしたのですが………………残念ながら」

「……分かった。

君たちのお陰で最近の行方不明騒動に関して色々分かった。

今日はゆっくり休むといい。」

 

俺たちは頭を下げると学園長室を出る。

 

そして、今日はもう流れ解散かと思ったとき、未裏さんが俺の胸倉を掴む。

 

「…………ねぇ。何であんたは平気そうなの?

仲間が死んだのよ?悲しくないの?」

「悲しいよ。………ただ、悲しんでばかりもいられないだけだ。」

「あんたはッ‼そうやって直ぐ上っ面の言葉を吐く。本当はどう考えてるよ。何考えてるのよッ‼

いえ、当ててあげる。あんたは仲間のことなんて考えてない。仲間の死なんてどうでもいいんでしょ?じゃなきゃ可笑しいわよッ‼

 

動揺一つ見せずに撤退を選択し、さっきだって淡々と報告を行った‼」

「それは、それが必要だっただけだ………………。」

「……それよ、あんた、必要なら機械にでもなるわけ?そんな訳無いでしょ?

人間なんだからッ‼必要だからって出来るわけないッ‼」

「…………やめろ、音長君を責めても何も変わらない」

「…………それは」

「……みんな疲れてるんだ。今日はここで解散としよう。」

 

毒ノ森君はそう言うとその場を歩き去ってしまう。

そして、俺達もその場で各々の寮へと帰っていく。

 

帰る際に未裏さんには睨まれたが、彼女も今日のことで不安定になってしまったのだろう。

 

きっと、休めば良くなる。

 

良くなるはずだ。

 

皆の精神も俺たちの関係も。

 

☆☆☆

 

あれから俺たちは新しいメンバーと担当防人が決まるまで自主訓練を言い渡された。

ダンジョンは非常に危険な場所であるため、当然と言えば当然だろう。

 

とはいえ、不幸中の幸いと言えるかと言われれば微妙だ。

それは毒ノ森君たちの精神面もあるが何よりも………………。

 

「あいつら、癒羽希さんに面倒見て貰ってるのに班員に死人出したらしいぜ?」

「ええっ?こわ~い。まあ、癒羽希さん以外大したことないんだから当然よね。」

 

前よりもやっかみの量は減ったが、それでも時折こういう奴は現れる。

因みに量が減った理由は生徒自体が物理的に消えたからだ。

 

「そう言えば、死んだ奴って誰なんだろうな?」

「あ~、棚加よ、棚加。あいつって女子に目が無くてちょっときもかったのよね。

わたしも~、何だか、性的な目で見られてた気がするし~」

「おいおい、安心しろ俺が守ってやるからっ、ともういないんだったな。ははははは」

 

そう言って笑いあう男女の組を俺は無視して歩き続ける。

しかし、隣にいた毒ノ森君はピタリと足を止めた。

 

そして、笑いあう男女の組の前で足を止めると、思いっきり拳を振りぬいた。

 

「ヴォハッ‼」

「きゃぁぁぁぁ、あんた何すんのよ‼」

 

男が殴り飛ばす。それを目のあたりにした女は悲鳴を上げ、抗議をするも毒ノ森君の拳により吹き飛ばされる。

しかし、それでも毒ノ森君は止まらなかった。

 

起き上がり殴り返そうとする男の腕を受け止め、一度引いてから再度押すことで相手のバランスを崩し、片足が浮いたところで地面に着いたままの足を払う。

そして、綺麗に転んだところにマウントを取り両手で交互に両頬を殴る。

 

それを見ていた女も初めは止めようとしていたが、毒ノ森君が止めようとした女を再度殴ったことで恐れをなしたのか、只々呆然と見ていた。

 

俺もこんな怖い毒ノ森君見たことが無くて止めることが出来ず、その場で立ち尽くしていた。

 

………………いや、マジで怖かった。

 

完全に顔が般若のそれだった。

 

そんな混沌とした状況を止めたのは、その場を通りかかった教師だった。

 

「おいっ!お前たち何をしている」

 

教師に見つかってからは早かった。

 

あれよあれよと俺たちは何故か学園長の下まで連れていかれたのだ。

 

学園長は自前の顎髭に撫でながら鋭い視線をこちらに向けてくる。

 

っていうか、めっちゃ手入れされてるな、その顎髭。

 

「…………毒ノ森班、一つ聞きたいんだが………俺はお前たちに自主訓練を命じた筈だが、お前らにとっての自主訓練ってのは同胞を殴ることだったのか?」

「…………………………。」

「……いえ、相手がこちらの仲間を侮辱してきたので殴ったまでのことです。不和を持ち込む人間の方が組織にとって有害だと判断したのですが?」

 

俯き続ける毒ノ森君に変わり俺は学園長に反論をする。

 

「成程な、だが、そこでボコボコの顔を晒してる奴らもオレ達からすりゃ、大切な生徒であり、未来の防人だ。その辺分かってんのか?」

「…………はぁ、ならその防人が組織の害になる前で良かったじゃないですか。

ほら?俺たちは防人とかいう血生臭い職業に就くことが決まっていますし、むしろ、拳で語っているぐらいが健全じゃないですか?」

「あのなぁ、てめぇの考え方はふりぃんだよ。今は生徒を大切に大切に育てるってのが潮流だぜ?」

「…………黙れよ」

 

俺と学園長が言いあっていると、俯いていた毒ノ森君が口を開いた。

しかも、地獄の底から聞こえているかのようなとても低い声で。

 

いや、低いっていうか怖い声で。

 

学園長はその声に少しだけ口角を上げる。

 

いや、何が面白いんだよ!

 

「あ?何だって?聞こえねぇよ」

「…………うるせぇっつってんだよ‼さっきから聞いてれば体裁だけ整えやがって、何が今は生徒を大切にだよッ‼

なら、コソコソ言ってくる奴をまず黙らせろよッ‼ダンジョンなんて危険な場所に生徒を放り込むんじゃねぇよッ‼

昨日だって、仲間が死んで間もないのに平然と現状の報告とか頼んでたじゃねぇかッ‼この狸爺がッ‼てめぇの息の根から止めてやろうか⁉」

 

そう言うと毒ノ森君は学園長に殴りかかった。

うん、止める暇すらなかった。

 

あの学園長死んだわ。

 

俺はそう思っていたのだが、学園長はパシッと毒ノ森君の拳を止める。

そして、上機嫌そうに歯を剝き出しにし笑う。

 

「あっはっはっは。いいなぁ、お前、最近の甘ったれたガキよりもそこの賢しいガキよりもよっぽどいい‼根性入ってんじゃねぇか‼」

 

学園長は甘ったれたの部分でボコボコされた二人をちらりと見、賢しいの部分で俺の方をちらりと見た。

俺ってそんなに賢しいかな?

普通に愚直に頑張ってるだけなのに………………。

 

ちょっとショック

 

「いやぁ、今日は良い日だ。うん、今回のことは水に流そう。

そこの賢しいガキが言ってたみたいに拳で語らねぇと伝わらねぇこともある。

俺達、防人は特になっ!つーわけで解散‼」

 

そう言うと俺たちは学園長を追い出された。それでも毒ノ森君は学園長に殴りかかろうとしていたから、俺は必死に毒ノ森君を寮まで引きずった。

というか、この後、授業が無いから良かったけど授業があったら、このバーサーク状態で受けたのだろうか?

 

…………普通に死人が出そう。

 

俺でさえ手負いの獣みたいで怖かったのに。

 

 

ふぅ。

まあ、そんなこともありつつ、部屋に着いたら流石におとなしくなってくれたので俺は自分を癒すため甘いものを買いに売店に向かう。

 

 

売店では相変わらず、ピーマンの被り物が売り切れの状態だった。

というか、あの後、学園内で前代未聞のピーマンブームが巻き起こり、ピーマンは死地に赴く際の生還の御守りとして崇められるようになったらしい。

 

いや、マジか。

まぁ、ピーマンの被り物しても正体がバレずらくなったし、別にいいか。

 

「はい、お会計、950円だよ。にしても、そんなお菓子ばっかりかって、ちゃんとご飯も食べるんだよ?」

「はいよ~」

 

俺は心配する売店のおばちゃんの言葉に返事を返すと、再度、男子寮へと引き返す。

売店自体は、四階に存在するため、校門までの道が見える窓も存在する。

 

俺は何気なく、それを眺める。

 

やっぱり、いるのかな?

 

学校抜け出して逢引きとかしてる奴。

 

ちょっと、まあそう言った下世話な好奇心もあった。

 

一応言って置くと別に逢引きしようとする生徒が現れるまで、眺めていたわけじゃない。

ちょうど視線を向けた際に彼女が通ったのだ。

 

他の生徒と比べて小柄な体躯、光を反射する金色の髪、不釣合いなほど大きなワンド、そうその姿は俺たちのパーティーメンバーの癒羽希カルミアだった。

 

 

………………………………………………

 

えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。

 

癒羽希さん逢引きすんのッ⁉

 




おまけ


棚加「なぁ、音長。癒羽希さんをデートに誘うならどんな店が良いと思う?」
音長「えっ?そうだなぁ、ココアの美味しい店とか?」
棚加「浅いッ!浅いなぁ、音長は」
音長「……なら、棚加君ならどんな場所を選ぶの?」
棚加「ふっ、抹茶専門店、かな」
音長「その心は?」
棚加「この前!癒羽希さんは親子丼のお供に緑茶を選んでいた‼つまり、ココアが好きと言うのは男を試すためのフェイク!本当は緑茶が好きなんだ。」
音長「…………それは親子丼とココアが絶望的に合わないだけでは?というか緑茶って抹茶なのか?」

その後、インターネットで調べたところ、抹茶は緑茶の一種とされていた。

音長「いやマジかよ」

棚加君はもしかしたら博識なのかもしれない。


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モブはモブなりに頑張ってるんです…………。

前回の話にあった学園長への状況説明のシーンに関して

「しかし、相手はそれが狙いだったようで担当防人の方が俺たちの下に辿り着いた時点で≪シャドーモール≫を発動し、陰に潜伏。それと同時に」の部分を

「しかし、相手はそれが狙いだったようで担当防人の方が俺たちの下に辿り着いた時点で≪シャドーモール≫を発動し、陰に潜伏。我々が潜伏した魔物を警戒した所で」に変更しました。


☆☆☆

 

私が攻撃魔法を使えていたら、棚加君だけでも救えたのではないか?

その考えがグルグルと頭を巡る中、私の耳にとある話が入ってきた。

 

その話は毒ノ森君と音長君が他の生徒に暴力を振るった、というものだった。

 

それもつい先ほど。

あくまでも寮の談話室で話している女子生徒の話が偶々入ってきただけなので詳しいことまでは分からなかった。

 

ただ、毒ノ森君と音長君がそんなことをする人じゃないと私は知っている。

毒ノ森君は仲間を大切にし、他人を尊重し、どんな時でも周りを気にかけていてくれていたのだ。

 

音長君は初めこそ厳しい人なのかと思っていたけど、話してみればとても気さくで、気づかいの出来る人だった。

 

感情が表情に出ずらいから未裏さんを含め、勘違いされちゃうこともあるけど、音長君もすっごく良い人。

ココアを貰った日に、音長君の本心を聞いた日に、私はその確信を深めた。

 

だから、真実を確かめに学園長の下まで足を運ぶことにした。

手続きは不慣れだったから、かなり時間は要したけど、待ち時間自体は少なく私は無事に学園長に会うことが出来た。

 

学園長はとっても怖そうな、ムキムキのお爺さんだ。

 

「ったく、お前たちは俺のことが好きなのか? 毒ノ森班。今日だけで三人と対面で話すことになるとはな?」

「すいません。ですが、聞かせてください。毒ノ森君と音長君は本当に他の生徒に暴力をふるったんですか?」

「ああ、そう言ってたぞ」

「………理由は、毒ノ森君たちはなんて言っていたのですか?」

「あ?ああ、仲間を馬鹿にされたからって言っていたな。」

 

私は本当に暴力を振るっていたことにショックを受けつつも、ただ、虐げるために振るったわけでは無いと知り、ほっとする。

 

談話室で噂されていた内容では、とある女子生徒にちょっかいをかけようとした毒ノ森君たちは女子生徒が自分たちを拒絶したことに激怒し、女子生徒を庇った男子生徒ごと暴行を加えた、という風に話が広まっていたのだが、実際はそんなことは無かったようだ。

 

でも、誰がこんな根も葉もない噂を流したのだろう。

 

私は思考の海に潜ろうとする。

ただ、潜ろうとした所で、学園長に声を掛けられてしまう。

 

「そう言えば、俺からもお前たち毒ノ森班に聞きたいことがあったんだ。」

「……聞きたいことですか?私が答えられる範囲のことであれば答えますが……」

「じゃあ、遠慮なく聞かせてもらうが、…………癒羽希、お前の成績を見て気づいたんだが、お前、既に相当の実力だろ?お前の攻撃魔法でも棚加を助けられなかったのか?」

 

その言葉に私は言葉を詰まらせる。責められているわけでは無いのに、体が自然と縮こまってしまう。

 

「…………私は……補助魔法で援護していたので……。」

「援護?何で援護なんてするんだ?他の班員が攻撃魔法を放つよりお前が攻撃魔法を放った方が有効だっただろう、お前ほどの成績であればいざと言う時の攻撃要員として一枚くらいは攻撃魔法をセットしているだろうし…………毒ノ森の采配ミスか?」

「ち、違いますっ!私は攻撃魔法が使えないんです。私のせいで…………。」

 

私がそう伝えると学園長は得心が言ったとばかりに頷く。どうやら、毒ノ森君たちのせいでは無いと理解してくれたようだ。

 

「…………成程、じゃあ、結局、毒ノ森のミスじゃねぇか」

「はっ?」

「うん?だってそうだろう?リーダーってのは仲間の命を預かる身だ。なら、時には非情にならなきゃいけねぇ時もあるだろ?

仲間の信念や甘えなんてものよりも大切にしなきゃいけねぇもんがある。

 

仲間の命だったり、一般人の命だったりとかな?

そんな立場に居ながらアイツはお前の事情を優先した。

克服するんじゃなく、お前の事情を受け止め行動した。

 

だから、つけが回ってきたんだろ。ま、お前に責任が無いかと言われるとそれも違うがな。」

 

毒ノ森君は悪く無い。その言葉が喉元まで出かかる。

私が何か言われるのは言い、だけど、毒ノ森君のことを悪く言われたくない。

仲間のことを言われるのは我慢ならない。

 

私は学園長を睨みつける。

 

ギュッと拳を握る。

 

「悔しかったら、攻撃魔法を使えるようにしておけ、お前の甘えが仲間を殺すぞ。

っと、流石に生徒にこういうことを言うのは不味いのか?

 

最近はめんどくせぇんだよな~、こういうとこ」

 

学園長はそれだけ告げると、「帰った帰った」と言い私を学園長室から追い出した。

 

反論したかった。でも、きっと反論しても何の意味もないんだろう。

私たちが私たちの選択の末、仲間を失った。

学園長にとってはそれが全てなのだろう。

 

『悔しかったら、攻撃魔法を使えるようにしておけ、お前の甘えが仲間を殺すぞ。』

 

見返すなら、私が攻撃魔法を使えるようにならなければ意味が無い。

 

それに、毒ノ森君のことは兎も角、私のせいで棚加君が死んだのは事実だ。

…………弧囃子さんも、私が攻撃魔法を使えたら、もしかしたら救えたかもしれない。

 

私は寮にある自室に帰り、申請はしたもののまだ一度も使ったことのない攻撃魔法のマジックチップを握る。

 

棚加君たちがいなくなってから、使おうとしたこともあったけど、結局使うことが出来なかった。

使おうとセットしても最後の一歩が踏み出せなかった。

自分が変わってしまうのではないかという恐怖が込み上げてしまって、一歩を踏み出せなった。

 

でも、仮にダンジョンであれば、ダンジョンで一人であれば最後の一歩が踏み出せるんじゃないだろうか?

 

私は現在あるマジックチップの中で一人で潜るのに必要なものとお守りとしておばあちゃんがくれたものを持ち、ダンジョンへと向かった。

 

☆☆☆

 

う~ん、う~ん。

 

俺は自室でお菓子を食べながら唸っていた。

理由としては、まあ、お察しかも知れないけど、四階の窓から見た癒羽希カルミアの姿だ。

 

初めは、あれ?逢引きなのでは?

と思っていたんだけど、よくよく考えれば逢引きに杖を持ち出すのはおかしいような気がしてきた。

 

お菓子だけにって、流石に寒いか。

 

まあ、勿論、ワンドプレイとかいう高度なことをするのであれば話は変わってきそうだが、そんなこともないだろう。

 

多分。

 

となると、後ありえそうなのはダンジョンってことになるけど、一人でダンジョンに潜ろうとするだろうか?

 

いや、普通にあり得ないだろう。

一人で入るなんて自殺行為だし、そもそも学校の方で学生はダンジョンに潜る際は教師もしくは担当防人からの許可とパーティーで入ることを規則として定めている。

更に、ダンジョン自体も分厚いドームに覆われており、ダンジョンの管理人にドームのドアを開けてもらう必要がある。

 

まあ、とは言え、ダンジョンに入る際の確認作業及び開閉は人の手で行われるため、適当に理由をでっち上げてしまえば中に入れないこともない………。

 

元々、ドームは中に入る人を止めるためにあるんじゃなく、魔物を外に出さないようにするためだし。

 

いやいやいやいや、ゲームじゃないんだから、入ろうなんてしないよね普通。

ただの恋人とのワンドプレイでしょ!

 

ま~、一応?一応、教師に連絡して、ダンジョンへの立ち入りログを確認してもらうか。

 

俺は職員室に向かい、まだ仕事をしている教師の内、知っている顔、というか担任の教師に話しかけることにした。

ふと思ったんだけど、教師って何時家帰ってるんだろう?

 

「すいませ~ん。ダンジョンログで、うちのパーティーメンバーが潜ってないか確認して貰っても良いですか?」

「はあ?お前ら自主訓練を言い渡されてただろう?」

「ん~、そうなんですけど、さっき、ワンドを持った癒羽希さんが学校から出ていくのを見て…………まぁ、独自のコネクションを持っていて、その人から教えを乞うているだけかもしれませんが…………。」

「あ~、成程、分かった。ちょっと見て観るから少し待ってくれるか?」

 

担当の教師はそう言うと何かのアプリを開く。

いや

何かっていうかダンジョンログが見れるアプリなんだろうけど。

俺がぼぉっとその作業を眺めていると、段々と教師の顔から血に気が引いていく。

 

…………おいおい、まさか

 

「………おい。癒羽希の奴、今ダンジョンにいるぞ」

「…………マジですか」

「ああ、大マジだ。取り敢えずお前は待機だ。教師陣と緊急で会議をし、対策を練る」

「了解しました。」

 

 

いやいや、マジか。マジなのか?

 

普通そんなことしないだろ、癒羽希さん!

 

自殺行為だぞ⁉

 

何で折角生きて帰れたのに、命をドブに捨てるんだ‼

 

クッソ、教師陣は対策を練るとか言っていたけど、対策を練って対処するまでどれだけ掛かるんだよ!

俺は自室に帰る。

出来ることなんてない。

 

そのため、俺は特別防人の真道君を頼ることにした。彼はダンジョンに自由に入る権利がある。

俺は真道君の部屋のインターフォンを鳴らす。

…………

鳴らす、鳴らす、鳴らす。

 

お~い、出てこ~い、主人公の役目だぞ~。

何度も何度も押したけど、奴は一向に現れることは無かった。

イベント中か?レベリングか?

 

………………………………俺に出来ることは本当に無くなった。

無くなったが、出来ることが無いなんて言って癒羽希カルミアが死んだら取り返しがつかない。

 

………行くか?

ま、まあ、一人で死地に飛び込む馬鹿に一回説教しなきゃ気が済まないとは思っていた所ではあったし?レベルも上がっているからやってやれなくは無いかもだし?

 

いや、説教をするなら何で一人でダンジョンに潜ったか聞くのが先だな。

俺は近くにあった赤パプリカの被り物を付け、制服を戦闘用の者に着替え、魔剣を腰に差す。

戦闘用の制服はデザインこそ、通常の者と変わらないが、動きやすさや耐久性が通常のものとは比較にならない。

 

まったく、何が悲しくて癒羽希さんの後を追って一人でダンジョンに潜らなくてはいけないのか。

 

俺はそれでもダンジョンに向かう。

命を大切にしない奴に対しては老若男女問わず正拳を食らわす。

魔剣師Pとして。

 

…………いや、やっぱ行きたくねぇわ。

 

行くけどさ。

 

☆☆☆

 

何時も通っているダンジョンの前に着く。

ただ、いつもとは違い、ダンジョンの前についてもドームの扉が開くことは無い。

 

それもその筈だ。

いくら制服を着ていてもパプリカの被り物をしている人間を通すことは無いだろう。

 

ただ、俺も中に入れて貰わなくては困る。

 

「…………中に入れて貰おうか?」

「ん~、流石にお前みたいな不審者を入れるのはなぁ?」

 

男は面倒くさそうに対応する。

パプリカの被り物をした不審者を前にしても動じた様子を見せない。

 

それもその筈で、ダンジョンの管理を任される防人は相当な実力者だ。

それこそ、無冠の兵クラスか、

もしくは防人の中でも上位百人の可能性もある。

 

ただ、それでも臆するわけには行かない。

 

「俺にはやるべきことがある。」

「ふ~ん、どんなこと?人の害になること」

「いや、誓って人類の敵になることは無い。」

「…………そっか、ま、ならいっか」

 

男はそう言うと欠伸を噛み殺しながら開閉ボタンを押してドームのドアを開ける。

 

いや、適当すぎるだろ⁉

 

もうちょっと、何か、こう何かないの?

俺ももうちょっと色々考えてたんよ?

突っ込まれたことを聞かれた際の躱し方とか。

 

いや、楽に入れたからいいけど。

にしても、授業の際とか、顔パスで入れたのも実は異常なのでは?

 

思った以上に怠惰なのではこの管理人。

確かに、ダンジョンで死人が出ても管理人の責任にはならないけど……………。

 

ま、まあいいや、俺は気持ちを切り替え、ダンジョン内を見渡す。

 

今の所、敵はいない。

それを確認した俺はその場を走り抜ける。

 

え?そこは静かに隠密行動をするべきだろって?

 

いや、隠密行動をしたとしても見つかる時は見つかるから…………。

 

なら、走って、早期に癒羽希さんを見つけて、連れ戻した方が良い。

そう思っていると、目の前に魔物が現れる。

 

相手も気づいているのか、こちらに手のひらを向けている。

完全に魔法弾の構えだ。

 

ただ、そんなものは関係ない。

止まったら負け、今はそう言う状況だし、実力的にもそうだ。

 

だから、

 

「初見殺しで行かせてもらう。

≪ディレクショナルライト≫、そんで≪モメントアップ≫」

 

俺は初めに指向性のある閃光を浴びせ、相手の視界を遮り次に瞬間的な全能力強化を行う≪モメントアップ≫を使い更に速力を上げた状況での全力疾走による、一閃を見舞う。

勿論、≪モメントアップ≫に関しては相手への一閃を見舞える距離で使ったため、その強化は魔剣の一振りにも乗っている。

 

これにより、相手の首を跳ね飛ばすには行かないまでも致命傷を与え、瘴気が俺の体に吸い寄せられる。

 

ち、力が溢れる‼

とはもうならないものの心なしか体が軽くなったような、なっていないような気がする。

 

………うん、流石にそんな劇的に変わるような相手と戦ったら普通に死んでた。

通常の防人はしょっぱい経験値(まもの)への奇襲でなければ一対一では勝てないのだ。

とはいえ、戦いに絶対はないので、マジックチップや状況次第では格上にも勝てるかもしれないが…………。

まあ、運よく勝っても、瘴気によって殺されるだけだろうけど。

 

世知辛ぇよ。

 

それはともかく、敵を倒しても振り返らずに走り続ける。

 

魔物を斬りつけたことによって自前の魔力の他に敵の魔力が上乗せされ更に加速する。

 

また、走り続けながらもマジックチップの交換も忘れない。

 

構成はさっきと同じ、≪ディレクショナルライト≫と≪モメントアップ≫だ。

 

正直、紙装甲としか言いようがないが、大丈夫‼

止まらなければ魔法弾とか当たんないから。

 

俺がそう信じ、走っていると道の角から魔物が出てくる。距離的に魔法弾を撃つ前に仕留めるのは無理そうだ。

 

うん、めっちゃ、引き返したい。

引き返したいが、このまま突っ走った方が安全な気もする。

 

この雑兵級ダンジョンの構造は普通に入り組んだ洞窟のような形をしている。

広さとしては横十メートル程。

まあ、運が良ければ()()()()()()()()()()()

 

俺は覚悟を決める。

 

初めに≪ディレクショナルライト≫を使い視界を奪う。

これで少しでも安全性を高められた筈だ。

 

次に、≪モメントアップ≫を使う。

 

そして

 

 

 

 

 

 

()()()()()()。魔剣は魔物の胸にストンと刺さる。

 

えっ?完全に避ける流れだろって?

いや、他人の選択に委ねるとか性に合わないからさ。

 

だったら自分の行動に賭けるね。実際、相手は倒せたし、いいじゃん。

 

俺は肉体強化が残っている今のうちに走り、刀を抜きに行く。そして再度自らに肉体強化をかけなおす。

 

因みに≪ディレクショナルライト≫と≪モメントアップ≫はこれで品切れだ。

 

いや、普通こんなネタチップをそんないくつも持っているわけもないんですよ。

 

だって、パーティーで戦うんだったら、もっと有用なマジックチップ山ほどあるし。

このチップ構成は正直、ソロ専用、しかも、闇討ち限定の。

 

俺は再度マジックチップを変える。

今度は≪シャープネス≫と≪フィジカルオーガ≫だ。

 

正直、癒羽希さんが使った方が効果が大きいし、めっちゃいいタイミングで魔法をかけてくれるから最近は使っていなかったけど、四人パーティーの頃は俺もお世話になっていた≪フィジカルオーガ≫先輩だ。

 

後は、切れ味を上昇させる≪シャープネス≫。

 

この構成に関しては先程と比べれば幾分か丸い実用性ありの構成だ。

 

防御面はって?防御に関して…………攻撃こそ最大の防御ってことで。

 

 

俺は先程、魔物が出た曲がり角を進むことに決め、走り出す。

それから暫く、うん、二、三分ほど、魔物が出ることは無かったんだが、遂に魔物が俺の前に現れた。

 

うん、二、三分もと見るべきか、二、三分しかエンカウントしない時間が無かったとみるべきか。

 

まぁ、どっちでも良い。

そんなことより、敵の駆除だ。

 

残念ながら、距離的に一足で敵に近づくことは出来そうにない。

そして、まあ当たり前であるが、相手は魔法弾を構えている。

 

うん、さっきと同じ状況だ。

 

〈ドンっ〉

 

無慈悲にも相手の魔法弾は放たれてしまう。

当然だ。

目つぶしもしていないのだから。

 

俺はその攻撃を、斬る。

 

勿論通常状態では斬れなかった。≪フィジカルオーガ≫と≪シャープネス≫を使い、能力を底上げしたから斬れたのだ。

 

…………魔法弾を斬るなんてあんまり見ない光景だと思うんだけど、相手は俺が魔法弾を切ったことに動揺した様子を見せない。

それどころか両手のひらを少しの間隔を開け、合わせる。いや、手のひらと手のひらが密着していないので合わせているとは言えないか?

 

まあそんなことは今は重要ではない、重要なのは相手が恐らくであるが、白刃取りをしようとしていることだろう。

 

ならば、こちらは速度に特化した突きで応戦しても良いのだが、それでは少々不安だし、俺は飛び蹴りを選択する。

まあ、安牌な判断ではあるだろう。

 

斬りかかったら、白刃取りのリスクが高く。

突きに関しては、避けられやすい。

 

なら後は飛び蹴りしかないだろう。

 

勿論、飛び蹴りをした際に足を掴まれる可能性もゼロではないが、俺の体重に今まで走り続けたことによる速度も乗っているのでそれも難しいだろう。

 

受けるくらいなら、避ける方が楽だろうし。

 

俺はそう考え、相手を思いっきり蹴った。

相手としては俺が飛び蹴りを仕掛けるとは思っていなかったのか、思いっきり吹き飛ばされる。

 

そして、その隙を俺は見逃さない。

直ぐにマジックチップを取り換え、≪アクアバインド≫と≪シャープネス≫をセットする。

 

そして、直ぐに≪アクアバインド≫を発動し、動きを鈍らせる。

≪アクアバインド≫は≪スパークバインド≫と違い、完全に動きを止めることは出来ないが、耐性を持つものがおらず、更に≪スパークバインド≫よりも長時間機能する。

 

まあ、その性質上、≪アクアバインド≫を使っても普通に殴り殺される可能性があるんだけど………。

 

ただ、今回に関しては≪シャープネス≫と≪フィジカルオーガ≫の効果がまだ持続しているので大丈夫。

 

≪モメントアップ≫よりも効果は弱い(癒羽希さんのものを除く)が≪フィジカルオーガ≫は効果時間がモメントアップよりは長いという特徴がある。

 

まあ、一般的な長さなだけだけど。

 

いや、そんなことはどうでもいい、俺は動きが鈍った(自前の肉体強化だけの俺と同じくらい)魔物を一刀両断する。

 

ふう、雑兵級恐れるに足らず。

 

ドヤァ

 




おまけ

ここは男子寮の大浴場。多少、喋り声などは気になるが、それでもその場にいる男子達は行儀よく大浴場を利用していた。

棚加「なぁなぁ、見てくれよ、俺の水鉄砲めっちゃ飛ぶだろ⁉」

棚加は両手の平を握るように合わせ、右手の人差し指と親指の間から水を飛ばす。

音長「ああ、懐かしい、昔、両手使って簡易水鉄砲とか良くやったわ。」

音長が昔を懐かしんでいると、棚加の水鉄砲が音長の顔面に直撃する。

音長「ッ‼水鉄砲を人に向けるな!」

棚加「いやぁ、何か年寄りみたいなこと言いだすからさ。こうすれば若さを取り戻すかなって?若さ注入ってな!」

音長はその表情にカチンときた。自分で年寄りみたいだと思うのは良い、だが、他人に指摘されるのは我慢ならない。音長はそう言う人種であった。

そのため、両手を握り、即席の水鉄砲を作る。そして、棚加を狙い撃つ。

〈ドンッ!〉

その威力は先程の棚加のものとは比較にならなった。

棚加「痛った!ちょっとまった⁉何だその威力は‼」

音長「クックック、水鉄砲は若さじゃないんだよ、若さじゃ。ロートルの実力見せてやる!小童。」

こうして、血で血を洗う、いや、お湯でお湯を洗う戦いが勃発する。ここにいる二人はそう予感していた。しかし…………。

毒ノ森「やめなよ二人とも、見苦しい。他の生徒もいるんだから迷惑だって気づきなよ」

音長・棚加「「うるせぇ、若さ注入」」

諫める毒ノ森に対し、二人は息ぴったりの連携で毒ノ森の顔面に水鉄砲を直撃させる。

音長「よしっ、決着をつけるか。」

棚加「そうだな。俺たちはどちらが上か決めなければいけない運命にあるようだ」

毒ノ森「…………優しく言っている内に聞いておきなよ?それとも、人の神経を逆撫でしないと気が済まないの?」

それは目にも止まらぬ四連射撃だった。それは音長と棚加の瞳を正確に撃ち抜く精密射撃だった。

音長・棚加「「ギャァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!目ぇ、目に入ったぁぁぁぁぁ‼」」

毒ノ森「…………君たちみたいな人種は徹底的にやらないと学ばないから、手加減、しないよ?」

その攻撃で音長と棚加は理解する。自分たちのやっていたことは児戯であったと。自分たちは真の強者によって蹂躙されるのだと。

自分たちが自慢していた水鉄砲は火縄銃、対し、毒ノ森の水鉄砲はさながら機関銃であった。

音長「こっ、降伏する。俺は降伏するよ!毒ノ森君」

棚加「お、俺もだっ‼お前の軍門に下る毒ノ森」

毒ノ森「もう無駄さ、僕は止まらない。せいぜいあの世で後悔するん「随分楽しそうなことしてんなぁ。一年共?」えっ?」

三人は後ろを振り向く。そこには青筋を浮かべた上級生が立っていた。三人は湯船に使っていることが原因で出る汗とは別に冷や汗をかく。

上級生「…あっちで話そうぜ?一年」

音長「…ここじゃ、駄目ですか?」

音長はか細い、蚊が鳴くような声を出す。他の二人も声は出していないが、高速で首を縦に振る。

上級生「何度も言わせんなよ。向こうで、話をしようぜ?」

音長・棚加・毒ノ森「…は、はい」

それから三人は大浴場のタイルの上に正座させられ、全裸で何十分にも渡る説教を受けるのであった。





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ゴールが近くなると難易度上がるのは主人公だけで良くない?

ふぅ、雑兵級恐れるに足らず。ドヤァ

 

俺は空になった≪アクアバインド≫を抜き、≪フィジカルオーガ≫をセットする。

因みに、残りのチップは二十六。≪フィジカルオーガ≫が六、≪マナシールド≫が四、≪アクアバインド≫が四、≪シャープネス≫が七、≪アクセラレーター≫が五

多いと見るか少ないと見るかは人それぞれだけど、これ以上は持てなかった。

 

一応戦闘用の制服だから、マジックチップを入れるためのポケットも結構あるんだけど、パーティーで戦うことを前提としているから、これ以上は逆に邪魔になると考えたのだろう。

 

実際パーティーで戦うなら十分な量だし…………ソロで戦うには正直少ないけど。

 

私はそう感じました。

 

だって、一人倒すのに二つから三つ使っている。

つまり、単純計算で後9回の戦いでマジックチップが尽きるということだ。

 

二、三分に一回はエンカウントするのに、これじゃあ約三十分しか捜索できない。

しかも、片道切符という前提で。

 

ヤバ過ぎでしょ。

 

一応、、闇雲に探すんじゃなくて、魔物とエンカウントした道を選んで進んでるけど、果たして、癒羽希さんに会えるかどうか…………。

 

完全に運だ。

 

ついでに二体以上の魔物に追われたら詰む。

 

そう詰むのだ。

 

だから、こっち見ないで?

 

十字路を横断しようとしていた魔物が横断中に横、まあ俺の方を向き、ぴたっと動きを止めた。

 

二体同時に、仲良しかよ。

 

俺は即座に≪フィジカルオーガ≫を使用し、肉体を強化する。

相手は二体とも手をかざし魔力弾を用意する。

 

まあ、俺の予想だとこれは恐らく時間差撃ちだと思う。

 

なんてたって凌いだと思った所に魔法弾をぶち込むのが奴らの基本戦術だ。

 

だからこそ、俺は一撃目を≪シャープネス≫を使い、斬った。

 

そして、二撃目を受け流す。勿論、完全に受け流すことは出来ないが、それでも前の時のように車にはねられたかのような状態にはならない。

多少バランスを崩しながらも、何とか堪える。

 

ただ、相手は残念ながら俺がバランスを整えるまで待ってくれず、接近し殴りかかってくる。

 

俺はバランスを崩しながらも相手の頸動脈を狙いながら魔剣を振るう。

 

相手はその攻撃をたいしたことが無いと判断したのか構わず殴りかかってくる。

これもまた、魔物の厄介な所だ。

 

自らを省みず敵を倒すことだけに全力を尽くす。

 

しかし、今回はそれが仇となる。

先程も言ったが、≪モメントアップ≫などの瞬間強化を除けば基本的にバフの効果はそこそこの時間続く。≪シャープネス≫もその例に漏れず効果は今もなお持続している。

 

だからこそ、この苦し紛れのように見える攻撃にも十分な脅威があったのだ。

 

それを、相手は気づかなかった。

 

俺が二撃目を斬るのではなく、受け流したから、選択を誤ったのだろう。

 

…まあ、もしかしたら普通にこちらを侮っていただけかもしれないが。

 

 

俺は一体目を半不意打ち気味に倒しながらバランスを整え、二体目と向かい合う。

しかし、流石と言うべきか、二体目は多少こちらを警戒したのか、間合いを取り、様子を見る。

 

俺はその魔物の目の前でこれ見よがしに空になったチップを抜く。

相手はこちらがチップを交換しようとしていると察したのか、攻撃を加えようと間合いを詰めてくる。

 

勿論、出来るのならチップを交換したかったが出来ないのならいい。

俺は抜いたチップを敵に投げつける。

 

相手はそれを咄嗟に右手でキャッチしてみせた。

 

そのため、更に魔剣も投げつける。

魔物は魔剣に関しても先ほどの要領で反射的に左手でキャッチしようとし、指が切り落とされる。

 

更にそこから、地面に落ちる前に魔剣の柄を蹴り、相手の体に突きさす。

相手が動揺してくれたため、思った以上に綺麗に刺すことが出来た。

 

しかし、刺された魔物も最後っ屁とばかりに右手に持っていたマジックチップを投げつけてくる。

 

それにより、左肩とわき腹辺りに鈍い痛みが走る。

 

「ゴフッ‼」

 

ただ、戦闘にはまだそれほど支障はない。

俺は再度走り出す。

 

魔物が向かおうとしていた方角に向かって。

 

走って、走って、はし、いや、そんな走れなかったわ。

 

何故なら、敵が俺の走る進路上にいたからだ。数は三体

とはいえ、今回は俺に背中を向けている状態だった。

 

そのため、まずは≪フィジカルオーガ≫≪シャープネス≫を使い自らを強化し、空になったマジックチップを抜いて≪アクセラレーター≫と≪アクアバインド≫をセットする。

 

そして、後ろを向いている敵目掛けて≪アクアバインド≫を使いながら、接近する。

これが、真道君とかであれば三体の敵を一枚のチップで拘束できたのだろうが、俺には一体を拘束するので精一杯だ。

 

しかも、≪アクアバインド≫では完全に動きを止めることは出来ないため、その拘束した一体ですら、ゆっくりとこちらを振り向く。

 

それでも、奇襲であるため、こちらが圧倒的に有利、俺はそう考えていたのだが、俺はふとあることに気づく。

 

そのあることとは、奴らが、右手を隠しながら歩いているということだ。

そして、あちらが俺に気づき振り返ると共にその理由が分かった。

 

うん、右手に魔法弾を用意していたらしい。

 

詰まる所相手は俺の奇襲に気づいており、逆に俺を返り討ちにするため、魔法弾を用意し、待ち構えていたのだろう。

 

彼らの辞書に正々堂々という文字はないのだろうか?

 

勿論、俺の心の中の悪態なんて知ったこっちゃない魔物たちはそのまま魔法を三連射する。勿論これも多少の時間差をつけてだ。

とはいえ、通常時ならいざ知らず、自らのバフをかけている俺は魔法弾を斬ることが出来るため、そこまで問題にはならない。

 

俺は三発の魔法弾を飛んでくる順に斬っていく。

 

ただ、俺が魔法を斬り終える頃には、三体の魔物は俺に肉薄してきており、このままではどう考えても対処は不可能。

そのため、俺は≪アクセラレーター≫を発動する。

この魔法はその名の通り自分の肉体を加速させる付与魔法だ。

 

これにより、敵の動きが途端にゆっくりとなる。いや、俺の意識と肉体が加速し、敵の動きがゆっくりになったように感じるのだ。

 

ゆっくりと俺に肉薄する魔物を一体ずつ処理する。

掴みかかろうとした魔物はその手を切り落としてから、返す刀で首も跳ね飛ばす。

後ろに控え、蹴りを見舞おうとしてきた魔物は逆に蹴りの為に上がった足を足場にジャンプし、すれ違いざまに頸動脈を斬る。

 

最後に一番後ろにいた魔物に関しては、喉を一突きし絶命させる。

 

三体の魔物との戦いは一瞬で終わった。

それと同時に≪アクセラレーター≫の魔法が解ける。

 

「っはぁ、はぁ」

 

体が鉛のように重い、体の節々が痛い。

 

脂汗が頬を伝う。恐らく骨に罅が入っているのだろう。

 

筋繊維に関してもかなりやられている。これは筋肉痛不可避だろう。

 

 

今の俺の状況から分かる通り、この≪アクセラレーター≫と言う魔法はとんでもない欠陥魔法だ。

通常の付与魔法は必ず、強化率に応じて肉体の強度も引き上げ、体への負担を減らすように作られている。

それは瞬間強化の代名詞である≪モメントアップ≫も同様だ。

 

しかし、この≪アクセラレーター≫にはそれが無い。

只々、速度だけを追求した魔法。しかも、≪モメントアップ≫同様、瞬間強化型の付与魔法であることが更に質の悪さを加速させる。

 

≪アクセラレーター≫だけに。

 

…………まあ、冗談は置いておいて、≪アクセラレーター≫は言わば魔剣士の中では禁じ手に近い。

どうしても、倒さなければいけない敵が現れたときのジョーカー。

通常、自分よりも強い魔物が相手であり、更に周りに回復魔法士がいる時だけ使われることがある魔法だ。

 

因みに、魔物などにつけられた外傷ではなく、体を無理やりに動かすことによって起こる自傷であるため、回復魔法が専門でない防人が回復魔法のマジックチップで治すのおすすめできない。

 

実際に以前、自分で治そうとした魔剣士の骨が変な風にくっついたという事件があったそうだ。

 

何それ怖い。

 

そのため、俺も回復用のマジックチップは持ってきていない。

 

一応、体は問題なく動くから、良いよね。魔力持ちは体頑丈だし。

 

俺は敵を倒しした後、マジックチップを交換し、再度走り出す。

どうにか、癒羽希さんの下まで辿り着きたいんだけど………。

 

ここら辺は敵が多い。

まあ、敵が多い場所の方が、癒羽希さんに会える可能性は高いんだけど、それにしても多すぎて、癒羽希さんの下に辿り着くまでに死ぬんじゃないかと思えてきた。

 

俺がそう思っていると、目の前にT字路が現れる。

左と右どっちに行くべきか、そんな風に悩む暇すら与えられず、右の道から魔物が現れる。

 

数は五体。

 

どう考えても多い。

というか、別に俺のことなんて気にせず真っすぐ進んでくれていいのに、敵は俺に気づくとこちらに腕を向けてくる。

 

俺はそいつらに≪アクセラレーター≫を使い接近する。

≪フィジカルオーガ≫と≪シャープネス≫に関してはまだ切れてないので、新しく使う必要性はない。

 

うん、付与魔法の効果が持続するとは言っても普通、次のエンカウントまで持たんだろ?

どんだけ敵多いんだよ。

 

俺はそう思いつつ、ゆっくりと動く敵に突っ込む。

勿論奴らは挨拶代わりの魔法弾を撃とうとしてくるが今回は俺の対応の方が早く、敵の腕を切り落とし、その腕を拾い敵の魔法弾目掛けてこちら(魔物の腕)の魔法弾を発射する。

 

奴らの魔法弾は手を起点にして発動するので、発射ぎりぎりに腕を斬るとこういう風に使うことも出来る。

そして、魔法弾同士が当たり、弾ける。

今回も魔法弾は時間差で飛ばそうとしたため、俺は一番初めに魔法弾飛ばそうとしていた腕を使うことで、相手の掌の前で魔法弾を弾けさせることに成功し、かなりのダメージを与える。

 

時間差で撃とうなんてしないで、同時に打っていれば、自分の放つ魔法弾から余裕を持って距離を取れていただろうに、まぁ、こういうこともある。

 

俺は怯んでいる敵に対し、更に追い打ちをかける。

 

まず、腕を切り落とした魔物の頸動脈を斬り、そのまま、敵の三発目の魔法弾の盾として使う。

 

更に、盾にした魔物で視覚が出来た所で盾にした魔物ごと二体目の魔物を串刺しにする。

 

そして、即座にマナチップを片方だけ交換し、≪アクアバインド≫で敵の動きを鈍らせ、真正面から三体目を叩き斬る。

 

只ここまでだった、ここで≪アクセラレーター≫の効果は切れたのだ。

 

相手は魔法弾を飛ばしてくる。

しかし、こちらに避けるほどの余裕はない。

だから、使う。もう一度≪アクセラレーター≫を。

 

体中が痛いし、重いし、怠いし、気持ち悪いしで最悪だが、これしか方法が無いので仕方がない。

 

俺は飛んでくる、魔法弾を先ほど斬り伏せた魔物を引き寄せ盾にすることで防ぐ、ここでついでに腕を切り落とすことを忘れない。

 

別に腕フェチとかではないよ?

 

そして、盾にした魔物の体を足場に空に飛びあがる。

 

そこを又もや敵の魔法弾に狙われるが、先ほど切り取った腕を投げつける。

しかし、魔法弾をただの腕の投擲で相殺することが出来ず、腕の方が弾かれる。とはいえ、それは予想済み、弾かれた腕は俺の方に飛んでくる。

 

俺はそれを足場にし、更に跳躍。

先程も言ったがここは洞窟型のダンジョンだ。

だからこそ、天井が存在する。

 

俺は二度の跳躍により、天井まで跳ぶと、体を反転させ、天井を足場に急降下し、敵の首を落とす。

更にそこからもう一体に突きを放つ。

相手は咄嗟に後ろに避けるが、俺は直後に魔剣を離す。

これにより敵の喉元に魔剣が刺さり、最後におまけとばかりに掌底で柄を押し込み貫く。

 

…………五体、倒した。

 

俺はゆっくりと剣を引き抜く。

 

そして、時間もいつの間にか元の長さに戻っていた、それをこちらに向かってくる瘴気で察する。

 

……………正直、ちょっと横になりたい。

俺はその思いを抱きつつ再度走り出す。

 

きっと、多分、ゴールは近い。

 

☆☆☆

 

私は皆と通っていたダンジョンに向かった。

 

管理人さんにはほんの少しだけ怪しまれたけど既に学校には許可を取っていると言い、中に入った。

 

罪悪感はあるけど、それでも私はもう誰にも死んで欲しくない。そう思っていた。

一人でダンジョンに潜り、命の危機に瀕すれば臆病な私も攻撃魔法が使えるようになるって思っていた。

 

だけど、手が震える。体が震える。

目の前にいる魔物よりも自分が変わってしまうことを恐れる自分がいる。

 

私は自分の張った結界の中で縮こまりながら震えていた。

それどころか、自分の身勝手でダンジョンに入ったのに誰かが助けに来てくれるなんて幻想を抱いていた。

 

いや、(毒ノ森君たち)が助けに来てくれる。そんな都合のいい妄想を、していた。

 

毒ノ森君に音長君、棚加君、未裏さん、弧囃子さん、皆で私を助けに来て、全部悪い夢で私を助けに来たって笑顔を向けてくれる、そんな都合のいい妄想を抱いていた。

 

しかし、どれだけ目を凝らしても目の前にいるのは三十を超えるほどの魔物たちだけだった。

 

私も、死ぬのだろうか?

私の防御魔法は自分で言うのもなんだけど、温実さんを除けば学年一の自身がある。

だけど、マジックチップには限りがあるし、防げる時間はせいぜい五時間かそこらだろう。

 

私はおばあちゃんがお守りにくれたマジックチップをギュッと握る。

ああ、こんな時でさえ、攻撃魔法ではなく、このマジックチップに縋ってしまう自分が嫌になる。

 

誰かに頼る浅ましい自分が嫌になる。

自分が変わりたくない、だから、誰かが代わりにやってくれるのを待つ。

 

何時になったら変わるのだろうか?

 

だけど、そう思いつつも、攻撃魔法のチップを使う気にはなれなかった。

自分のせいで仲間が守れなかったのに、変わろうとしない自分が嫌になる。

 

怪物になりたくない。

 

その思いがどうしても、どうしても、どうしようもなく、私の足を引っ張る。

 

なら、ここで消えるのも、ありなのかな?

 

また、毒ノ森君たちが侮辱されるくらいなら、これ以上皆の足を引っ張る位なら、誰かの為に怪物になることを受け入れられない人間は、いない方が良いのかな。

 

「ごめんね。みんな」

 

 

 

「…………お前はそこで何をしている?癒羽希カルミア」

 

そう思い、目を閉じようとした時、少し怖い声が耳に入る。

その声は少しだけ音長君に似ていて、私は目を開き、声の方を向く。

 

そこにはパプリカの被り物をして、血まみれの制服を着た傷だらけの人が立っていた。

 

うん。

 

うん?

 

「………………………あ、あの、どちら様でしょうか?」

「……俺は魔剣師P。取り敢えず、命の重さとか、ダンジョンは一人で入るな、とか、そう言うのを説くものだ」

 

私は、今、怒られているのだろうか?

 

良く分からないけど、取り敢えず

 

「…………その…………傷、治しましょうか?」

「……ああ、頼む」

 

私は魔剣師さんの傷を治すことにした。

 

 




おまけ

キーンコーンカーンコーン

「今日の授業はここまでだな」

教師はそう言うと教室から出ていく。音長はそれを見送ると、思いっきり伸びをする。

音長「いやぁ、やっと昼休みだぁ。しかも、後は実技だけ…………まあ、実技も嫌なんだけど」

毒ノ森「あははは、まぁ、気持ちは分かるよ。…………そう言えば、来週小テストらしいけど、ノートはどんな風に書いてるの?」

毒ノ森の質問に音長は首を傾げる。

音長「どんなって、いや、普通に黒板に書かれている内容をメモっているだけだけど…………」

毒ノ森「…その、俺も最近小耳に挟んだ内容なんだけど、あの先生、何気なく話した内容をテストの問題に組み込むんだって。」

音長「っえ。マジで…………。そんなの全く書いてないよ。毒ノ森君は?」

毒ノ森「俺もその話聞いてから、メモりだしたから正直自身がない。」

二人が次の授業をどうやって乗り切るか唸っていると、教室のドアを開け、音長と毒ノ森を呼ぶ声が教室内に響く。

棚加「お~い、音長ぁ!毒ノ森ぃ!一緒に飯食おうぜ!」

その声の主の言葉に二人は快く応じる。

音長「いいよ~」

毒ノ森「それじゃあ、食堂に向かう?」

そうして、三人は食堂に向かった。


食堂に着いた、三人は先程の話題について話していた。

棚加「ふ~ん、小テストねぇ。そう言えばうちのクラスでもそんな話してたわ」

音長「棚加君は大丈夫なの?」

棚加「まぁな、もう二冊目のノートを書き始めてるところだぜ?」

音長・毒ノ森「二、二冊目⁉」

棚加「おいおい、真面目に授業を受けてたらこれくらい普通だろ?」

音長は黒板に書かれた内容しかメモしておらず、毒ノ森に関しても最近、話す内容をメモするようになったところだ。

故に二人はこう思った。

音長・毒ノ森「「(真面目に受けてたら、それが普通なのかもしれないッッ!!)

棚加「………ま、お前ら、小テスト頑張れよ?」

二人の様子を見た棚加は二人の内心を察したのか勝ち誇ったようにそう言った。
それに対し、二人は奥歯を強く噛み締める。

しかし、頭では分かっているのだ。このままでは不味いと。

毒ノ森「棚加君………。もし良かったらノートを見せてくれないか?」

音長「お、俺も、オネガイしたい。」

棚加「えぇ⁉どうしよっかな~。う~ん、二人は友達だしぃ~?貸しても良いかな~。あ、でも~、二人は何か美味しそうなお菓子持ってるね?いいな~。」

棚加は毒ノ森と音長が持っていた「タケノコフォレスト」と「コアラの行進」を見ながらそう呟く。

音長「俺たちの!俺たちの食後の楽しみを奪うつもりか⁉」

毒ノ森「くっ、ゲスめ。」

棚加「おいおい、勘違いするなよ?世の中、等価交換なんだよ。何かを欲すれば何かを失う。そう言う風に出来ているんだ。」

音長「訳知り顔でそれっぽいことぬかしやがって…………。ぶっ飛ばしてぇ」

毒ノ森「落ち着け、音長君。今は我慢の時だ。下手に出よう」

棚加「クックック、さぁ、どうする?」



そうして、二人は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべながらも、棚加からノートを借りることに成功したのだった。

音長「あいつにいつか目にもの見せてやる」

毒ノ森「ああ、だが今はノートを手に出来たことを喜ぼう。」

そうして、二人は棚加から借りたノートを見る。

音長・棚加「はっ?」

二人が疑問符を抱くのも無理はない。何故ならノートにはこう書かれていた。

癒羽希さんへのアプローチ法十選。
癒羽希さんへのプレゼント候補。

音長「そ、そっちの、もう一冊の方はなんて書いてるの?」

毒ノ森「え、えっと、ここぞという時に言うカッコイイ言葉集」

音長「……………………。」

毒ノ森「……………………。」

音長・毒ノ森「「燃やすか」」

この瞬間、二人の心は完全に一つになった。


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癒羽希カルミアは補助魔法だけでいいかもしれない………。

☆☆☆

癒羽希さんはダンジョン内にあった大きな円形の空間にいた。

ここがダンジョンでなければ小さな広場と言っても良い大きさの場所だ。

 

そこで、何故か体育すわりをして縮こまっていたから、声をかけた。

 

本当に何がしたいんだこの娘は。

ダンジョンで体育座りで俯くなんて普通に自殺行為だぞ?

 

まあ、今はいいや、その後は俺の怪我に気づいた癒羽希さんが治療をするかと聞いてきてくれたため、俺はお言葉に甘えて、癒羽希さんの張った結界の中に入り、怪我を治してもらう。

 

あぁ、効くわ~。

 

ここに来るまでのボスラッシュ、ならぬ雑魚(モブ)ラッシュによって俺の体は正直ボロボロになっていた。

それが、癒羽希さんの治療によって治っていく、ほんと、補助魔法だけで良いんじゃないか?

 

この娘。

 

まあ、今はそんなことどうでもいいや、聞きたいことも山ほどあるけど、取り敢えずここから出るのが先決だしね。

 

「癒羽希カルミア、付与魔法のマジックチップは持っているか?」

「は、はい、≪フィジカルオーガ≫と≪イモータルウォーリアー≫を持ってきています。」

「なら、≪フィジカルオーガ」を俺に使え。奴らを一掃して帰るぞ」

「わ、分かりました…≪フィジカルオーガ≫」

 

うぉぉぉぉ、漲る。

力が漲る。

 

ヤバい、マジで、相変わらず何でこんな強化できるのか意味わからんくらい力が漲る。

まあ、いいや、俺は結界の中で自前の≪シャープネス≫を発動し、空になったマジックチップを抜くと新しく≪アクアバインド≫をセットする。

そして、結界の外に出て、予めセットしておいた≪アクセラレーター≫を使い、加速する。

 

加速した時間の中、俺は敵の首を落としていく。一体、二体、三体、四体、五体、六体、七体、八体、九体、十体、十一体、十二体、十三体、十五体、十六体、十七体、十八対、十九体、二十体、二十一体、二十二体、二十三体、二十四体、二十五体、二十六体、二十七体。

 

俺は敵を、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って、次々と魔物を倒していく。

 

…………ただ、そこまでだった。

 

加速した俺は確かに敵を次々と屠ることが出来た。

 

しかし、相手とて無防備で倒されてくれるわけでは無く、何よりも数が多かった。

そのため、≪アクセラレーター≫の効果が敵を倒しきる前に切れてしまったのだ。

 

「クソっ!」

 

俺は舌打ちをする。ここから再使用するか?

その考えを抱く前に敵の反撃を受けた。

向こうとて、ただ攻撃を受けるだけのサンドバックなんかじゃない。

ずっと反撃の時を伺っていたのだろう。そんな奴らが、≪アクセラレーター≫が切れ、その変化に対応できていない無防備な俺を見逃すはずがない。

顔と腹に敵の拳を受ける。

 

幸いだったのは拳だったため、パプリカの被り物が破れなかったことだろう。

 

とはいえ、パプリカの被り物が無傷でも俺の体はボロボロだ。

いや、二発しか食らってないだろうが!と思うかもしれないが、二発で致命傷なのだ。

 

むしろ、癒羽希さんの≪フィジカルオーガ≫があるから二発も耐えれているだけで、本来なら二発目を食らった時点で倒れていても可笑しくない。

 

まあ、ここからダメージを受けたら、どのみち倒されてしまうだろう。

そして、これだけ怪我を負ってしまえば、≪アクセラレーター≫は使えない。

 

一度、癒羽希さんの下に戻るべきか?

俺の中でその考えが頭を過ったが、今、目の前にいる四体の魔物がそれを見逃すとは思えない。

ここで何とかしなくては………………死ぬ。

 

「⁉、魔剣師さん、今行きます!」

「ッ来るな‼」

「え?」

「お前はそこでふんぞり返ってろ。こいつは俺が倒す。」

 

いや、そもそも、君に死なれたらここに来た意味が無いんよ。君なしじゃあ、ここから出ることも難しくなるだろうし。

 

「分かったら援護に集中しろ。」

 

俺はそう言い、敵に向き合う。

何かすげぇ、強キャラ的なことを言っているが、これどうやって勝つんだろう?

現実逃避気味にそんなことを考える。

 

それから、刹那の攻防があった。

 

初めに一体目の魔物が拳を振るう。俺はそれを剣で受け、後ろに下がった。

そこに二体目の魔物が横合いから現れ、蹴りを放つ。俺は再度、剣で受けようとしたが、間に合わなかったため、出来るだけ後ろに跳び、威力を抑える。

そして、そこを三体目が魔法弾で狙撃し、吹き飛んだところを四体目が俺の首を鷲掴みにし、癒羽希さんの結界に押し当てた。

 

本来なら、癒羽希さんの結界は癒羽希さんが許可した人は通れるはずなのだが、恐らく、魔物が俺に接触している状態であるため、俺も中に入れず魔物の腕力で押し潰されようとしているのだろう。

 

十中八九相手はそれを分かっていてやっている。俺がこのまま癒羽希さんの結界で押し潰されてもよし、癒羽希さんがそれを恐れて結界を解いてもよし。

 

とても、悪辣な戦法だ。

 

しかも、こっちは抵抗しようにも、魔法弾を撃ち込まれた時に剣を落としてしまった。

俺はそれでも悪足掻きとして、マジックチップを一枚取り出す。

勿論、マジックチップ単体で魔法を発動することは出来ない。

 

だから、このマジックチップは後ろに投げる。俺自身は通れなくても俺が投げたものは入るだろうから。

 

そして、俺の意図に気づいてくれたのか、後ろで魔法名を叫ぶ癒羽希さんの声が聞こえる。

 

「≪シャープネス≫‼」

 

それは切れ味を上げる魔法。

 

これを俺自身にかけて貰ったのだ。

 

通常であれば刃物でない人体にかけても大した効果は発揮しない。

しかし、ヒロイン設定の癒羽希カルミアがかけた場合は別だ。

 

俺は手刀でもっても敵の腕を斬り落とし、そのまま敵の胸を貫く。

 

まずは一体。

 

折角、癒羽希さんのいる場所まで連れてきてくれたので、結界内に入り、回復もしてもらう。

 

ふぅ~、効く~。

 

「やっぱり行くんですか?…………明日になれば防人の人たちが魔物を倒しにくると思うので待っていても良いと思いますが。」

「…それまで、結界は持つのか?」

「……………それは。」

「では行ってくる。援護は任せた。」

 

その言葉を残し、俺は飛び出す。

それに合わせて、敵も動き出す。

 

相手は魔法弾を用意し、今にも打ち出そうとしている。いくら≪シャープネス≫を使っているからと言って、こちらの手刀で魔法弾を防ぎきれるほど甘くはない。

腕の方が折れるだろう。

 

正直このままでは勝ち目はない。

俺がそんな風に癒羽希さんが魔法を唱える。

 

「≪ホーリーバインド≫」

≪ホーリーバインド≫は≪アクアバインド≫と違い、敵を完全に拘束し、魔法の行使すら、阻む魔法だ。勿論、その代わりに拘束時間が非常に短いというデメリットもある。

 

これにより、相手は魔法弾を構えたまま止まる。

とはいえ、発動待機の状態にある魔法弾の行使をキャンセルすることが出来るわけでは無いので、急いで刀を取りに行く。

 

そして、俺が刀を手に取ったと同時、魔物たちの拘束が解け、魔法弾が飛んでくる。

 

ヤバい、せめて≪シャープネス≫を魔剣に施したかった。

とはいえ、今から魔剣に≪シャープネス≫をセットしている時間はない。

 

なら、後は受け流すしかない。

 

 

 

 

 

「≪シャープネス≫」

 

背後から魔法を唱える声が聞えた。

 

癒羽希さんの声だ。

 

一応、言って置くと、俺が癒羽希さんに渡したマジックチップの数は一枚だ。

そのため、俺のような木端防人なら、一度の魔法行使しかできない。

 

しかし、以前にも話した通り、()()()()()()()()()()()()マジックチップに込められた魔法を小出しにし、更に自前の魔力で強化することが出来る

 

当然ではあるが、ヒロイン設定を持つ癒羽希カルミアも例外ではない。

使ってもらうまで完全に失念していたけど。

…………パーティー組んでいた時もやってたんだけど、やっぱりアクシデントの時って頭が働かないわ。

 

まあ、戦局はこっちに傾いた。

 

俺は魔物たちが飛ばして来た魔法弾を手に持つ魔剣で斬り捨てる。

うん、自分で≪シャープネス≫を発動させた時と比べて切れ味が段違い。

 

とはいえ、相手もこの程度で臆したりはしない魔法弾を斬り捨てた俺に向かって、拳を振るう。

魔物の拳は俺の顔面を再度狙っているが関係ない、俺は魔剣で拳を斬り捨てる。

そして、相手の心臓を一刺し。

 

これで二体目。

 

俺がそう思っていると、刺された魔物は残っている腕で俺の腕を握ってくる。

どうやら、自分の命と引き換えに俺の動きを封じようとしていたらしい。

他の魔物たちもその時間を無駄にしないためにこちらに接近し、片方が拳、もう片方が蹴りを放ってくる。

 

ただ、彼らはどうやら忘れているらしい。俺の体は現在、全身が刃物になっているということを。

 

俺は捕まれた手とは反対の手で手刀を作り、敵の腕を斬る。

そして、魔剣を引き抜き、蹴りを仕掛けてきた魔物の足を魔剣で斬り、拳を放ってきた魔物には手刀を向ける。

 

魔剣は敵の足を綺麗に斬り飛ばし、手刀は相手の拳に刺さったものの、こちらの手も潰れてしまう。

 

「ッ!」

 

とはいえ、止まるわけには行かない。

俺は拳を放った魔物に≪アクアバインド≫を使い、動きを抑制し、斬る。

そして、片足を失いバランスを崩した方にも続けざまに留めを刺した。

 

「………お、終わった?」

「ああ、終わり…………。」

 

 

俺はそう言おうとした。言おうとして辞めた。

魔物が現れたのだ。ただ、その魔物は雑兵級ではなかった。

 

何でそれが分かったかというと顔だ。

その顔に俺は見覚えがあった。

 

この前まで一緒に何気ない会話を楽しんで、戦いのときは背中を任せたパーティーメンバー、棚加君の顔だった。

 

 




おまけ

棚加からノートを借りた二人は唸っていた。
何故唸っていたかと言うと…………

音長・毒ノ森「「どうやって、燃やそうか……」」

どのような手段で燃やすかについてであった。
二人としてはゴミ箱にボッシュートしてやっても良いとまで思っているが、出来ればもっと悔いる方法が良い。

というか、「タケノコフォレスト」と「コアラの行進」を返せ。

二人はお菓子を取られたことでとんだ鬼畜屑野郎に成り下がっていた。

器が小さい。非常に小さい。

そんな時、二人の耳にある話が入ってくる。

生徒A「そう言えばさ、雪白先生が屋上で一人バーベキューするらしいぜ?」

生徒B「へ~、そうなのか。くるみちゃん、ほんと自由人だよな」

生徒A「ま、くるみちゃんだからな~」

彼らは防人魔法学校の教師の話題で盛り上がっていた。

雪白狂実(ゆきしろ くるみ)
クリーム色の髪に黄金の瞳が印象的な少女のように小柄な女教師である。
うちの学校では主に生物の授業を受け持っているのだがそれよりも有名なのが彼女の自由すぎる行動である。

今回の件以外にも、訓練場に花壇を設置し、校庭の一部を畑に変えている。

また、人を殺していそうな教師ランキングでも学園長を抑え、一位に君臨している。

というのも、彼女が授業の初めに言う言葉がその印象を生徒たちに根付かせたのだ。

『えぇ、始めに言って置きますが、防人に人権はありませ~ん。でも~、皆さん悲観しないでください。それはつまり、憲法だろうが、法律だろうが、私たちを縛ることが出来なということです!
なので、防人はむかついたら人を斬り殺してもOKです。
先生も皆さんの行動にむかついたら斬り殺すのでよろしくお願いしますね!」

これが件の彼女の第一声である。
これを言われた生徒たちは皆一様に固まる。

ただ、その愛らしい容姿ゆえに、ぎりぎり、許されているかもしれなくもない。

とはいえ、今はそのことはあまり関係ないだろう。
重要なのは音長と棚加が顔を見合わせニヤリと笑ったことだろう。

音長「雪白先生の所に行って炭と一緒に燃やしてもらうか」

毒ノ森「そうだね。棚加君のノートもきっと成仏してくれるだろう」

二人はそんな訳の分からない理論を並べ立て雪白狂実の下に向かった。

音長「せんせ~い。炭と一緒にこれも燃やしてもらって良いですか?」

雪白「ん~? 学生さんですか~。せんせ~今忙しいので後にしてください」

雪白狂実は缶ビールの蓋を開けながら、そう宣う。

因みに、既に網の上には肉と野菜が並べられ焼き始めていた。

毒ノ森「そこを何とかお願いできますか?」

毒ノ森の真摯な訴えに雪白狂実はめんどくさそうに音長達が持っているものに目を向ける。
そして、目を丸くする。

雪白「…それ~、ノートじゃないですか~。燃やしちゃ駄目ですよ~。」

バタン

屋上の扉が開く音がする。

棚加「お~い、くるみちゃ~ん。俺にも肉食わせて~。って音長と棚加も肉貰いに来たのか?」

音長「いや?これを燃やしてもらえないか、頼みに来た」

音長は手に棚加から借りたノートを持ちながらそう告げる。そして毒ノ森もその発言に同意する。

因みに二人は一切悪びれていなかった。
これを器が小さいで済ませていいものか…………。

棚加「って、おい。お前らなに人から借りたもの燃やそうとしてんだよッ!!てめぇらほんとに人間か⁉ほんとは魔物なんじゃねぇの⁉」

毒ノ森「いや、ノートを借りたと思ったら、どうやらゴミを渡されたみたいだったから…………。代わりに燃やしてあげようかなって?」

棚加「いや、ゴミじゃねぇよ!ちゃんと書いてんだろ、ほら!」

そう言い、棚加はノートを開く。
話の行く末を見守っていた、雪白狂実は缶ビールをクシャリと潰す。

音長・毒ノ森・棚加「「「え?」」」

雪白「おい、てめぇら、何だこのノート?」

音長「い、いや、ノート書いたのは俺らじゃ…………。」

雪白「かんけぇねぇよ。なんせ、話聞く限り、てめぇらも同じ穴の狢だろ?いや、それ以下か?」

棚加「く、くるみちゃん?俺、被害者、だよね?」

雪白「うるせぇ!!教師が毎日どんな思いで授業考えてると思ってやがる!てめぇら全員血祭りだ!!」

音長・毒ノ森・棚加「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」」」

この日、三人の生徒が全身複雑骨折で保健室に運ばれることになった。

因みに余談ではあるが、雪白狂実は元護懐である。

称号は「不滅」

「その者、何人も殺すこと叶わず」


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それでも私は信じたい

前回のおまけに関して

音長・棚加「「どうやって燃やそうか」」
と書いたのですが、正確には、音長・毒ノ森です。

感想と誤字報告ありがとうございます。励みになります。

また、同じく、おまけに「そのもの何人も殺すこと違わず」と書いたのですが、正確には「その者、何人も殺すこと叶わず」です。


この前まで一緒に何気ない会話を楽しんで、戦いのときは背中を任せたパーティーメンバー、棚加君の顔だった。

 

しかし、棚加君と瓜二つであっても瘴気だけは隠せない。

魔物が魔物である限りこの法則は絶対だ。

 

そして、棚加君の姿をした魔物ということは恐らくだが、相手はあの時の強化種だろう。

癒羽希さんもそれが分かったのか、即座に魔法を使う。

 

「⁉棚加君…………。いえ、≪アースバリア≫」

 

≪アースバリア≫

 

≪シャドーモール≫や≪アースモール≫を初めとした、地中や水中などに潜伏した魔物を炙り出したり、逆に地上に上がってこられないようにすることが出来る対抗魔法だ。

 

効果が限定的なため、雑兵級ダンジョンなどの使用魔法が限られる魔物を相手にする際はあまり使われることは無いが、恐らくこのダンジョンに潜るにあたって念のため用意していたのだろう。

 

この魔法により、目の前にいる強化種は≪シャドーモール≫使うことは出来なくなった。

 

更に、地面からズズズと、もう一体の強化種が現れる。

 

こいつは弧囃子さんの姿をしていた。

 

「二体か」

「やっぱり…………」

 

癒羽希さんは二体いたことに気が付いていた、いや、前回も二体で行動していたため警戒していたのだろう。

 

ナイスアシストだ。

 

 

俺は空になった≪アクアバインド≫を抜き、≪マナシールド≫をセットする。

更にもう片方のチップには≪アクセラレーター≫を選択する。

 

因みにこれが最後の≪アクセラレーター≫だ。

 

後、≪アクアバインド≫≪フィジカルオーガ≫≪シャープネス≫に関しては俺が使うよりも、癒羽希さんに使って貰った方が効果が高いため癒羽希さんに渡しておく。

 

「このチップはお前が持っておけ」

「……≪フィジカルオーガ≫に≪シャープネス≫、≪アクアバインド≫ですね。分かりました。お預かりします。

…………≪フィジカルオーガ≫と≪シャープネス≫念のためかけ直しますね。」

「ああ、好きにしろ」

 

一応、まだ、効果は切れていないが、戦闘中に切れないようにかけ直してくれるようだ。

 

「≪フィジカルオーガ≫≪シャープネス≫」

 

≪フィジカルオーガ≫と≪シャープネス≫をかけ直したし、現状の中で万全の状態を整えた。

 

「≪アクアバインド≫」

 

更に、癒羽希さんは魔物に≪アクアバインド≫を使い、動きを阻害する。

これ以上、出来ることは無いだろう。

 

俺は結界を出て敵に突っ込む。正直言えば、序盤で≪アクセラレーター≫を使い、敵を速攻で倒すべきなのかもしれないが……………………切り札をここで切っていいのかと、ちょっと迷ってしまう。

 

勿論、それ以外にもこちらには凄腕の回復魔法士がついているため、長期戦にし、敵が消耗してきたタイミングで≪アクセラレーター≫を使い、倒すという思惑もある。

 

どっちの選択が良いのかは戦いが終わるまで分からないし、悪くない結果になることを祈るしかない。

 

敵は≪アクアバインド≫により動きが阻害される中でもこちらの動きに対応し、≪創剣≫を使い応戦してくる。

 

武器は以前とは違い、一振りの刀だった。

棚加君の記憶か何かに影響を受けているのだろうか?

 

俺がそう考えていると、もう一体の敵もこちらに接近してくる。

こちらも持っている武器は刀だ。

 

しかも、アクアバインドで動きを阻害しているのに…………速い‼

 

初めから≪アクセラレーター≫を使うべきだったか?

 

俺がそう考えていると、光の輪が魔物の動きを捉えた。

 

「≪ホーリーバインド≫」

 

癒羽希さんが拘束魔法で援護してくれたようだ。

 

しかし、既に使用した魔法の効果が切れるわけでは無く、更に…………。

〈バキッ〉その音共に魔物が≪ホーリーバインド≫の拘束から解かれる。

 

効果時間が極端に短いから仕方ない。

 

ただ、一端引くのには十分な時間でもあった。

俺は相手を切り裂きながら、結界の中に入る。

そこで、癒羽希さんの様子が少しおかしいことに気づく。割と長い間一緒にパーティーを組んでいたから分かった変化だった。

 

「…………どうかしたか?」

「……………………すいません。友達に、似ていたもので」

 

ふむ、成程、棚加君と弧囃子さんの姿をしているから動揺しているということか。

まあ、普通そうなるよな。

 

仲間の姿をしていて動揺するなっていう方が難しいか。

 

「……それでも、あれはお前の仲間ではない。」

「…………はい、分かっています」

 

癒羽希さんはそう言いながらも、俯く。

……………………道理の問題ではないから仕方がない。

 

俺は再度、棚加君の姿をした魔物に向かって駆け出す。

先程までは、どうにか長期戦に持ち込み倒そうと考えていたが、どうやら俺の実力で長期戦に持ち込むのは無理そうだ。

 

俺は≪アクセラレーター≫を使い、加速する。

 

敵がスローになる世界の中に入る。しかし、ここで俺は気づく。

 

相手との実力の差に。

 

勿論弱くはないと思っていた。

しかし、雑兵級ダンジョンにいるため元を正せば雑兵級の魔物であり、そこまで強くはないと踏んでいた。

 

しかし、この魔物たちは俺の動きを目で追っている。

そして追従してくる。

 

ハッキリ言って、≪アクセラレーター≫と癒羽希さんの≪フィジカルオーガ≫を付与されている状態で恐らく同速、もしくは俺が少し早いくらい。

 

そのため、こちらの攻撃にも反応される。

これでは勝負がつかない。

 

俺は何合も棚加君の姿の魔物と、弧囃子さんの姿の魔物を交互に相手にする。

 

剣を打ち合ったことによる火花がそこかしこで舞い散る。

 

…………このままじゃ、≪アクセラレーター≫が切れたと同時に殺される。

 

俺が内心で焦っていると、相手もまた、痺れを切らしたのか、弧囃子さんの姿をした魔物………長いから魔物(弧)って訳すけど、魔物(弧)は今までとは比べ物にならない程の力で剣を振り下ろしてきた。

 

俺はそれを魔剣でもって受ける。

 

これにより、鍔迫り合いのような形になったのだが、鍔迫り合いになると膂力の差によってこちらが押し込まれそうになる。

 

そこを癒羽希さんが≪ホーリーバインド≫を使い、敵の動きを封じてくれる。

 

俺は動きが止まった魔物(弧)の腕を斬り飛ばそうとする。

 

しかし、そこで、≪ホーリーバインド≫による拘束が解けてしまう。

更に魔物(弧)は一度身を引くことで、魔物(棚)と位置を入れ替わろうとする。

俺はそれを魔物(弧)の足を踏みつけることで防ぎ、その場に押し留める。

 

そして、動揺した所に再度剣をふるう。

完全に捉えたと思ったのだが、相手は強引に足を跳ね除け、後ろに下がった。

俺はそれによりバランスを崩す。

相手からすれば攻撃を繰り出す絶好の機会だ。

 

俺の背中に冷や汗が伝う。

 

ただ、いつまで経っても敵の攻撃は来なかった。

控えていた魔物(棚)が追撃を仕掛けてきてもおかしくないと思うのだが、

そう言った様子は一切なかった。

 

どうやら、魔物たちは真正面からの、連携に関してはそこまで鍛えていないようだ。

 

まあ、≪シャドーモール≫なんて初見殺しを使えるので、今まで必要が無かったのかもしれない。

 

それに、剣術における連携は基本的に難易度が高い。

息が合わなければお互いが邪魔で百パーセントの力を発揮できない。

その点を踏まえれば、危なくなったらフォローに入るという魔物たちのやり方は技術体系が確立していない中では上手くやっている方なのかもしれない。

 

俺がそう思っていると、敵の動きが加速する。

いや、≪アクセラレーター≫が切れたのだ。

 

俺は迫ってくる魔物(棚)の攻撃を何とか受ける。

但し、魔物(棚)の猛攻は止まらない。

 

上からの振り下ろしや手首を狙った斬撃、はたまた、胴目掛けての薙ぎ払い、しかも、魔物(弧)が後ろで黒色の矢、≪シャドーアロー≫を放ってくる。

 

刀での連携を諦め、完全に後衛に集中することにしたのだろう。

 

戦いの中で魔物たちの連携が洗練されてしまった。

 

俺は後ろから弧を描き飛んでくる≪シャドーアロー≫を≪マナシールド≫で防ごうとする。

しかし、魔物(弧)の≪シャドーアロー≫は俺の展開する≪マナシールド≫を容易に貫通する。

 

そして、俺の右肩を貫く。

 

「っ‼」

 

しかし、例え肩に大怪我を負っても敵は手加減なんてしてくれない。

魔物(棚)は刀を大きく薙ぎ払う。

俺はその攻撃を防ぐため魔剣を盾にする。

 

腕に鈍い衝撃が走り、宙を浮く。

 

どうやら、防ぐことには成功したがその余りの威力に癒羽希さんのいる場所まで飛ばされてしまったようだ。

 

「大丈夫ですか‼」

「…………ああ、問題ない。怪我を治してもらえるか?」

「は、はい!あ、あのもし良ければ、こば、後ろの魔物の攻撃が飛んで来た際に結界を張りましょうか?

 

そ、そうすれば、もっと上手く戦え「お前はその状態で自分を守れるのか?」

……そ、それは」

「なら、良い。お前は自分の身を守っていろ。俺は俺で何とかする。」

 

癒羽希さんが防御魔法で援護しようかって言ってくるけど、俺はそれを断る。

前にも同じことを言ったが仮にそれで癒羽希さんが死んだら、ここまで来た意味がない。

 

頼むから自分の命を大事にしてくれ。

 

とはいえ、正直お手上げである。

というか、≪アクセラレーター≫がある状態でようやく互角だった相手に今の俺がどうやって太刀打ちするのかって話だ。

 

仮に癒羽希さんが≪ホーリーバインド≫を使ったとしても、直ぐに拘束を解いて、逆に俺が返り討ちに遭うだろう。

 

俺がそう思っていると、魔物(弧)はじっと己の手を見る。

 

本当にただ手をじっと見ている。

 

しかも、二体ともだ。

 

一体何をしているのか。

 

ただ、チャンスでもある。

向こうが何に考えているのか知らないが、今がチャンスだ。

傷の癒えた俺はそんなやけくそな思いで敵に突っ込んだ。

 

魔物(棚)に斬りかかる。

魔物(棚)はこちらの攻撃を刀で受ける。

俺は鍔迫り合いの形になったと同時に今度は一度距離を離し、突きを放つ。

 

相手はそれを間合いのギリギリを見極め、後ろに下がる。

 

俺は、そこで魔剣を離す。

これにより、魔剣は魔物が見極めた間合いの外まで範囲が伸びる。

 

魔物は一瞬だけ眉をピクリと動かすと、片手を刀から離し、人差し指と中指で白刃取りをする。

 

ここで押し切る‼

 

俺は掌底で魔剣を押し込みにかかる。

 

しかし、びくともしない。

 

こちらが全力で魔剣を押し込みにかかっているのに一切魔剣が押し込まれる気配がない。

 

膂力が違うとは思っていたが、まさかこれ程とは…………。

 

俺は魔剣の柄を握り、今度は魔剣を引く。

先程まで、押し込まれないように力を入れていた魔物は急に引く力が加わったことで体勢を崩し、それにより魔剣を離す。

 

俺はそれと同時、今度は刀を横に倒した状態で突きを放つ。

先程までは刀身を縦にしたまま突きを放っていたが、こうすれば人差し指と中指で白刃取りをしようにも、指の方が斬れてしまうだろう。

 

取った‼

 

俺はそう思ったのだが、相手はこちらの突きをギリギリの所で半身をずらし避ける。

しかも、いつの間にか後衛を務めていた魔物(弧)が≪シャドーアロー≫を用意し、こちらを狙っていた。

 

俺はその攻撃を今度は、魔物(棚)の陰に隠れることでやり過ごす。

 

魔物(棚)はその行動に苛立ったのか、直ぐに俺を蹴り上げる。

俺はその衝撃で、遠くまで飛ばされてしまう。

 

とはいえ、魔物(棚)から距離を取れたのは僥倖だろう。

更に、俺はそのままの勢いで、≪シャドーアロー≫の着弾点へ向かう。

そこには少しずつ形が崩れていく、≪シャドーアロー≫が刺さっている。

 

俺はそれを抜き、魔物(棚)に向かって、投擲する。

魔物(棚)はそれを斬りはらうつもりなのか刀を上段に構えた。

 

「≪ホーリーバインド≫」

 

しかし、そこで、癒羽希さんが≪ホーリーバインド≫を使い、動きを止める。

その拘束自体は直ぐに解かれてしまうが、その間にも俺が投擲した≪シャドーアロー≫は魔物(棚)に向かって弧を描きながら進む。

 

そして、魔物(棚)は急遽、刀を下げ、避ける方向にシフトする。

とはいえ、完全に避けることは出来ずに半身をずらし、致命傷だけは避けたようだ。

 

致命傷は避けられたが、代わりに左肩に深々と≪シャドーアロー≫が突き刺さる。

俺はそれと同時に魔物が下げた刀の峰を足で踏む。

 

魔物(棚)は踏みつけられた刀を力任せに振り上げる。

俺はその勢いを利用し、天井まで跳び上がり、反転。

天井を足場に急降下し、魔物(棚)に斬りかかる。

 

そして、再度、刀と刀の衝突により、火花が散り始めた。

鍔迫り合いになった所で俺は魔剣を離し、未だ、敵に突き刺さったままの≪シャドーアロー≫を掌底で押し込む。

突然、手を離したことで魔剣は後ろに飛んでいってしまうが、相手も≪シャドーアロー≫を押し込まれた痛みで距離を取ったので、こちらも魔剣を取りに行く。

 

どうなることかと思ったが、活路が見えてきた。

 

 

☆☆☆

 

その戦いに私は違和感を抱いていた。

 

はっきり言ってしまえば、まるで大人が子供の遊びに付き合っているかのような、そんな茶番のような印象を受けたのだ。

 

魔剣師Pを名乗っていた彼はハッキリ言ってしまえば、それほど強くない。

≪アクセラレーター≫を使った際は雑兵級を圧倒していたが今の彼はそれこそ、雑兵級四体を相手にして辛勝できる程度ということが先ほどの戦いで分かっている。

 

間違ってもこんな特殊個体を相手に二対一で戦っていい人ではない。

 

その彼が、目の前で雑兵級を超える二体の魔物相手に渡り合っている。

ただ、それは彼が戦いの中で成長しているわけでは無い。

 

いや、勿論彼も頑張ってはいる。

 

空になったマジックチップを投げつけたり、相手の意識が刃に向かった瞬間、足払いを仕掛けたりと敵の意識の隙をつくトリッキーな戦いで魔物を翻弄している。

 

………でも、あの魔物たちなら力づくでどうにかできるのではないか?

 

私はそう考えてしまう。

 

もし、私の仮説が正しいのであれば、今互角に渡り合えているのは魔物の方に原因があるのではないか?

 

勿論、馬鹿な考えだとは分かっている、

それでも、私は他の魔物と比べてあの魔物たちは殺意が薄いように感じるのだ。

 

……………仲間の顔をしているからそう感じるだけなのかもしれない。

 

そんなことは分かっている。それでも私はそう信じたかった。今目の前で起こっている奇跡を、只の奇跡として片づけたくなかった。

 

棚加君たちが私たちを守るために今も戦っている、そう信じたいのだ。

 

☆☆☆

 

俺は何とか敵の猛攻を捌き続ける。

本来ならあり得ないことだが、何故か生きている。

第六感でも働いているのではないか、そんな風な考えが頭に浮かぶ。なんかそう考えればそんな気もする。

 

「行きます。」

 

何か覚悟を決めた声が後ろの方で聞こえる。

一体どうしたのか、しかし振り返って何をしているか確認する時間など俺にはない。

 

それから、どれだけの時間が流れたか………というかマジで何してるの?

後ろで何が起こっているの?

 

なんかすごい大魔法とか発動している感じ?

 

俺がそう思っていると、遂に癒羽希さんが魔法を発動させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「≪イモータルウォーリアー≫」

 

その声は空間全体に響き渡るほど大きな声であった。

癒羽希さんの覚悟が分かる声。

 

とはいえ、その、癒羽希さんが使った魔法はそこまで特別な魔法ではない。

精神強化魔法だ。

 

まあ、この場ではありがたい。

確かに劣勢すぎて、心が折れそうになっていないと言えば嘘になる。

 

「たすかっ」

 

そこまで言いかけて気づく。

俺の精神には何の以上もない。

 

何の干渉も受けていない。

では、一体誰に使ったのか。俺は後ろを振り返る。

 

彼女は両手を祈るように握りながら、魔物たちを見る。

 

まさか、まさかっ‼

 

「お前は馬鹿なのかっ‼魔物に付与魔法をかけるなんて何を考えている」

 

精神強化とは言え、魔物に付与魔法をかけるなんてどうかしている。

ダンジョン、一人で潜った件と言い彼女は一体何を考えているのか。

 

俺がそう思っていると、魔物たちの動きが止まった。

頭を抱え、唸りだす。

 

蹲り、血涙を流す。

 

何が起こっている?癒羽希カルミアは何をした?

 

俺の知っている≪イモータルウォーリアー≫とは別の魔法か?

それとも、口に出した魔法名はブラフで別のマジックチップを使った?

何のために?

 

俺が混乱していると事態が動き出す。

 

「………………………………オ、オレハ、オレハ、コ、コロシタク、ナイ」

「……………………ワタシ、ハ、タイ、マモリ、タイ、カゾク、ヲ、コドモ、タチ、ヲ」

 

魔物たちが声を出す。

 

言葉を発する。

 

あり得ない。

 

魔物が喋るなんて、強化種に食われたものの魂が宿るなんて、あり得るのか?

 

ただ、確かに目の前でその、あり得ないことがあり得ている。

 

 

「……………ウゥゥゥ、ナンデ、ナンデ、コンナ、コト、二」

「ごめんなさい。私に、私に勇気が無かったから…………」

 

そう言いながら癒羽希カルミアは結界の外に出る。

肉体強化も付与魔法も使っていない、それどころか、杖すらも手放し、棚加君の頬をその両の手で触れる。

 

…………こいつはやはり、馬鹿、なのか?

仮にここで、棚加君が豹変し、襲ってきたら抵抗することすらできずに殺されるんだぞ?

 

何で動じないんだ。

何でそんな表情を浮かべられる。

 

「……………ソンナ、コト、ナイ、ソンナ、コト、イッテ、ホシクテ、オレハ……………」

「………………棚加君は優しいんですね。」

 

そう言うと、ゆっくりと棚加君を抱きしめその頭を撫でる。

そして、次に弧囃子さんに視線を向ける。

 

その視線を受け、弧囃子さんは自嘲気味に笑う。

 

「…………マモル、ガワ、ノ、ワタシ、ガ、コンナ、ジャ、タヨリ、ナカッタ、ワヨ、ネ」

「そんなことは無いです。弧囃子さんがいたから、私は今こうしてここに立っています。だから、そんなこと、言わないでください。」

「………………アナタ、ハ、ヤサシイ、ノネ、アア、アア、ダケド、コンナ、カラダ、ジャ、ヒトヲ、ダキシ、メル、コトモ、デキナイ」

 

弧囃子さんは魔物となった自らの手を見ながらボロボロと涙を流す。

そんな弧囃子さんに癒羽希さんは近づいていく。

 

「抱きしめても良いんです。……………それでも、もしあなたが否と言うのなら、私が貴方を抱きしめます。瞳に溜まった涙は私が代わりに拭います。」

 

癒羽希さんは弧囃子さんを抱きしめ、その両目の涙を拭う。

それから、暫くの時間が経ち、弧囃子さんが決心を決めた様子で顔を上げる。

 

「……………………ネェ、オネガイ、ガ、アルノ。」

「……………………オ、オレモ、ダ」

 

「………なんですか?」

 

「「……オレヲ(ワタシヲ)、コロシテ、クレ」」

 

その言葉に癒羽希さんは目を大きく見開くと、一度下を向く。

 

そして、再度顔を上げると、覚悟を決めた目つきをする。

 

「初めから、そのつもりです。

私は魔物となったあなたたちを初めて見たときから、この手で殺してやろうと思っていました。

 

恨んでくれても構いません、憎んでくれても構いません。薄情だと罵ってくれても構いません。それでも、私は魔物という存在が許せないんです。」

 

癒羽希さんの声には震え一つなかった。

ただ、何故だか、その声がとても空虚なものに俺には感じた。

 

「…………ソウ、ヤッパリ、アナタ、ハ、ヤサシイノネ」

「………………ユウキ、サン、ヲ、スキ二、ナッテ、ヨカッタ」

 

そう言う二人を前に、癒羽希さんは置いてきたワンドを取りに行き、マジックチップをセットする。

 

「≪スティンガーレイ≫」

 

 

それはとても静かな声だった。

癒羽希さんが光の杭を生み出したと思ったら、次の瞬間には、目の前には胸を穿たれた二人の姿があった。

 

余りにも呆気なかった。

長い間、死闘を繰り広げた魔物の死体が転がっていた。

 

 

いや、棚加君がピクリと動いた。

生きていたのか。

 

「ハハ、ソウ、イエバ、サイゴニ、イイワスレテ、タ、コトガ、アッタ、ダカラ、シヌマエニ、ヒトツダケ、ソコ、ノ、パプリカ、二」

「俺か?」

 

何だろう。

流石に既に死に体であり、危険も無いだろうと思い、無防備に棚加君に近づく。

 

すると、棚加君は俺の手を引き、自らの方に近づける。

不味いっ‼

 

反応できない。

 

 

 

 

 

だが、棚加君は何もしなかった。

ただ、最後に俺の耳元で。

 

「オトナガ、ユウキ、サンヲ、シンデ、モ、マモレ」

 

被りものをしているため、正体は分からない筈だが、確かに棚加君はそう言い、静かに息を引き取った。

 

「魔剣師さん、棚加君はなんて?」

「……いや、たいしたことじゃない」

 

俺はそう言って言葉を濁す。

守れるかも分からない、約束を口に出すことは出来ない。

 

「そうですか…………」

 

そう言うと癒羽希さんは少し寂しそうな顔をする。

きっと、棚加君の最後の一言を聞きたかったのだろう。

 

俺がそう思っていると、癒羽希さんがマジックチップを交換し始める。

 

「……それは一体何をしている?」

「ただのおまじないです。おばあちゃんから教わった。

……≪輪魂≫」

 

俺の知らない魔法だ。

少なくとも、俺の設定にこんな魔法は無かった。

 

「これは、戦場で死んでしまった魂が再度転生できるようにするためのものなんですって。

……まあ、おばあちゃん曰く、信憑性は高くない、気休めみたいなものだそうですけど」

 

転生、俺はそんな設定は作っていない。

作っていないが、確かに、そうなってくれれば嬉しいと思う。

 

「……そうだな。きっと、また会える」

 

そしたら、あんな無茶な約束を一方的にしてきたことに文句を言ってやる。

一発殴っても良いな。

 

俺が癒羽希さんの方を向くと、彼女はどうやら目を瞑り静かに祈っていた。

 

どれだけ、時間が経ったかは、時計が無いので分からないが、それから暫くし、彼女瞼を開ける。

 

「では、行きましょう。魔剣師さん」

「……ああ……………いや、俺はもう少し残る。もう、お前一人でも大丈夫だろうしな」

「そんなことは無いですが…………いえ、分かりました。」

 

癒羽希さんは俺の提案を断ろうとするが、こちらが訳ありであると察してくれたのか、一人で帰ることを了承してくれる。

 

あ、あと、その……………………。

 

「…………ああ、それと最後に、その、………………マジックチップを分けてくれないか?」

 

俺はそう言い、彼女に≪フィジカルオーガ≫と預けていた≪シャープネス≫そして、彼女が持っていた≪ジェネリックシールド≫を分けてもらい。

 

彼女が出てから暫くしてから、外に出た。

 

 

「目的は達せたのか~?」

 

ダンジョンの管理人がそう言いながら話しかけてくる。

それに対し、俺は小さく頷くのだった。

 

☆☆☆

 

後に二代目戦巫女と呼ばれる癒羽希カルミアは学生時代に教師にも言わず、ダンジョンに潜ったことがあるそうだ。

 

この事件の詳細を彼女は余り語りたがらない。

しかし、この日の出来事が自分の考え方を変えたと彼女は良く口にしていた。

 

そして、彼女はこのような言葉を残している。

 

勇気とは、人を殺すことに非ず、人を生かすことに非ず、ただ、救おうと、守ろうとする意志である、と。

 

 




おまけ

この日、学校中にいる生徒が屋上に集まって来ていた。
何かの催しが企画されていたわけでは無い。

しかし、多くの生徒が屋上に集まっていた。

何故なら………。

学園長「雪白殿、一体何をしているんだ?」

雪白「私気づいたのですよ~。この前、一人バーベキューをしている時に。」

学園長「気づいた、とは?」

雪白「この屋上に足りないものです~。」

学園長「足りないものなどないと思いますが?」

学園長は雪白狂実を睨みながらそう告げる
しかし、雪白は何食わぬ顔で話を続ける。

雪白「いいえ、あります~。ありすぎですよ~。ズバリ、お洒落レベルが足りません。全く、足りてません。だから~、私がお洒落にしてあげることにしました~。」

そう、現在屋上は本来の姿からほど遠いものになっていた。

コンクリートで出来ていた床には土が敷き詰められており、更に、屋上の一番奥にはウッドデッキが設置されている。
また、屋上へ上がるドアからウッドデッキまでの道にはレンガが敷き詰められている。

学園長「屋上から土が落ちたらどうするんだ?」

雪白「そのための対策に~、透明のビニールを床に敷いて柵にかけているのですよ~。ほら~」

雪白狂実はそう言うと柵にかかっているビニールシートを掴む。確かに土が落ちないような工夫はしているようだ。しかも、一応、柵からビニールシートが落ちないようにビニールシートに穴を開け、シャックルで柵とビニールシートを繋いでいた。

学園長「……成程、だがな、ビニールシートが破れたらどうするんだ?」

雪白「大丈夫ですよ~。昔の伝手を頼って作ってもらった特注品です~。学園長のへなちょこパンチでも破れませんよ~。ま~、へなちょこパンチなので破れないのは当然ですが~」

その瞬間、体感ではあるが周囲の温度が下がった。
しかし、雪白狂実は一切気にしていない。

それを察すると学園長は大きく深呼吸をする。

学園長「……もう好きにしろ」

学園長は既に諦めていた。彼女の傍若無人ぶりに。
そして、学園長が去っていくを雪白狂実は手を振りながら見送る。

雪白狂実「それじゃ~、最後の仕上げと行きますか~。」

そう言うと魔剣を突き刺し、魔法を発動させる。それと同時に草木が生えだす。
魔法で既に植えていた植物を急成長させたのだ。

下から、誰かが駆け上がってくる足音がする。

学園長「…おい‼ここまでするとは聞いていないぞ」

雪白「そうですか~。それじゃあ、私はここでキャンプをするのでどっか行ってくださ~い。」

学園長「はっ?何を言っている。」

雪白狂実は学園長の問いに答えず、黙々とテントを組み立てていく。

学園長「……ま、まて、どこから持ってきた。朝は持っていなかっただろ⁉」

雪白「寮からですよ~」

学園長「な、なるほど寮か…………寮?うちに教師用の寮はなかった筈だぞ?」

その言葉に反応したのは女子生徒たちだった。
それを見ていた学園長は彼女たちが何かを知っているということに気づく。

学園長「……何か知っていることがあるなら教えてくれ」

疲れ切ったその様子に同情したのか、一人の女子生徒がある事実を学園長に教える。

女子生徒A「え、えっと、そ、その、女子寮の一番左の部屋とその隣は一階、二階、三階ともに先生の部屋になってます。」

学園長は教えてくれた女子生徒に感謝を宣べると雪白狂実に向き直る。

学園長「……………これは、どういうことだ。雪白殿」

雪白「話すことでもないですよ~。女子寮の端っこが空いてたから、折角なので私の部屋にしただけです~。
あ、一応、伝えておきますと~。同じ階にある部屋は~、壊して一つの部屋にしました~。あと、部屋内に階段を設置しました~。お風呂と、お手洗いと、キッチンも設置しました~。
それでは~、私は~、キャンプを楽しむので出て行ってくださ~い。」

その言葉を聞いていた学園長は天を仰いでいた。

後、屋上を身に来ていた音長たちは

棚加「いつか、俺らもあそこでキャンプしたいな」

音長「何か良さげだよね。」

毒ノ森「キャンプ道具どうしよっか?」

三人でキャンプをする約束をしていた。




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