オグリの娘 ~畜生ダービー~ (ウヅキ)
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第1話 畜生道に堕ちた

 

 

 吾輩は畜生である、名前はまだ無い。

 というのは半分冗談である。何十年も昔に親から頂いた名は『南 涼花』。そしてウマ娘として名乗ったのはアパオシャだった。

 しかし今や無用の長物に成り果てた。

 いやー、本当に何で畜生に生まれちゃったのかなぁ。

 生前は清く正しく生きてたとは言わないけど、畜生道に落とされるような酷い悪事はした覚えが無いぞ。

 

 九十歳を超えたところで脚がまともに動かなくなって、ベッドの上で日々を過ごして、ふと気づけば藁の上に寝かされていた。

 周囲にはツナギや作業着を着たオッサン達、隣にはロバみたいな生き物の姿がある。なんか騒いでいるけど耳に何か詰まってるのか言葉が上手く聞き取れない。

 

 ともかく立ち上がろうと思ったけど、なんか上手く行かない。

 どうにも手足の感覚がおかしい。関節の可動域が変だ。特に指先の感覚が全く無いから違和感が酷い。

 そうか、二本足の感覚で立ったらダメなのか。推定母と思われる畜生と同じように四つ足を使わないと。

 何度も試して結構な時間を使ったけど、コツを掴んだら後は楽に立ち上がれた。

 周囲の人達からは歓声が上がる。今度はそこそこ声が聞き取れるようになった。

 

 そしてアイツに似た、ロバっぽい姿の母が体を傍に寄せて、俺に向けて乳を突き出していた。

 ………あー生まれたばかりの子に母乳を飲ませようとしているのね。

 俺の方も本能なのか、目の前の乳を吸えって身体が命令してくる。

 九十を超えたババアが授乳とか泣けてくるよ。でも本能には逆らえない。ビクンビクン。

 観念して産み落とした母っぽい畜生の乳に吸い付いて、ゴクゴク飲み始める。

 あっ、思った以上に美味しい。たぶん、前世だったウマ娘の味覚から畜生の味覚に変わったんだろう。抵抗感が無いのが良いのか悪いのか。

 

「いやー無事に生まれて来てくれて良かったべ」

 

「本当にね。種付け料だってタダじゃねえんだし」

 

「マチもお疲れさん。元気な牝だぞ」

 

「ねえ爺ちゃん、この子に名前は付けないの?」

 

「まだどうなるか分かんねえんだから、ウミノマチ07で通すべ。いいなナツ」

 

 家族らしい数人がわいのわいのと騒いでいるから、多分ここは家族経営の牧場なんだろう。

 俺の目線とあんまり変わらない女の子がしきりに俺を撫でる。

 

「でもこの子、鬣が全然生えていないね。尻尾もスベスベで毛が生えていないし、なんか黒いよ」

 

「まあええだろ。そのうち生えてくるかもしれんし」

 

「アンタは相変わらず大雑把だねえ。見栄えが悪いと高く売れんっしょ」

 

 なんか凄く不穏な話をしていませんか。売るとかなんとか。

 そして毛の事を言ってるから、気になって母の方を見たらあっちは首から頭にかけて長い毛が生えているし、尻尾はフッサフサの毛で覆われていた。

 気になって自分の姿を見ようとしたけど、上手くいかない。

 しょうがないから鏡か何かを探したら窓ガラスがあったから見てみた。

 

 ――――――何でかなあ。犬とか猫ならまだ良かったのに、よりにもよってこの姿に生まれ変わらせるとかさあ。神様がサディスト呼ばわりされるのも納得だよ。

 窓ガラスにうっすらと映っていたのは、生涯傍に居続けた『同居者』によく似た真っ黒な己の姿だった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャ改め、ウミノマチ07が悶々としている同時刻。

 美景牧場の一家は乳牛の乳しぼりに追われている。牧場を経営する者にとっては単に仔馬が一頭増えただけ、いつまでもかかりきりになっている時間など無い。

 ましてこの牧場の主な収入源は生乳の卸しであって、馬は殆ど道楽に近いのだ。まずは本業に精を出すのが道理である。

 一家の大黒柱、美景春彦とその父秋隆は乳牛に搾乳機を取り付けて、機械で搾乳を始めた。

 

「親父、あのマチの子は走ると思うか?」

 

「さーてなあ。血統を考えたら中央で一回二回勝てれば儲けもんだろ」

 

「オグリキャップの最後の産駒か。これで本当に時代が終わっちまったな」

 

「しょうがねえ。いくら親が凄くても子が大成しないのが馬だべ。それ言ったらマチも、シンザンの血統でも一度も勝てなかったんだぞ」

 

「最後だから格安で種付け出来ただけでも御の字か。マチも骨折して肉になる寸前のを、親父が捨て値で譲ってもらった馬だしな」

 

 走らなくてもオグリキャップ最後の産駒というネームバリューがあれば、肉にされずに乗馬用にでも回されるだろう。それに牝なら繁殖用に生き残れる可能性は高い。

 あとはあの仔馬にいくらの値が付くかだけが春彦にとっての関心だった。

 

「どうせうちは輓馬がメインだし、期待せずに勝てば儲けもんぐらいに思っておこう」

 

 カラカラ笑って牛から搾乳機を取り外す父親を息子は多少醒めた目で見ていた。

 昔は競馬用の馬も儲かったが、最近は労に見合うだけの利益が取れなくなっていた。あくまで牧場の社長が父だから何も言わないだけで、本当なら手を引いても良い頃合いだと思っている。

 そうしないのは自分もまた娘のナツが牛より馬を好んでいるのを知っていて、悲しい顔を見たくないからだ。

 

(惰性で儲からない仕事を続ける親父を笑えないな。俺も経営者としては二流かねえ)

 

 内心自嘲する春彦だったが生き方を改める意思は無かった。

 このように今日生まれたウミノマチ07は、周囲の人間からは全く期待されていなかった。

 まして異なる世界に生きたウマ娘と呼ばれる種族の魂が宿っているなどと、露ほどにも思っていなかった。

 

 





 人からウマ娘、人から馬に、馬からウマ娘に転生した話はあっても、ウマ娘から馬に転生した話は見たことが無かったので、アパオシャを畜生道に堕として書いてみました。
 これから馬に関わる人達の脳を焼いていく予定です。それではまたお付き合いください。



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第2話 乳離れした

 

 

 吾輩は畜生である、名前はまだ無い。

 ウマ娘から畜生に生まれ変わって、はや一ヵ月が経っていた。

 当初は何一つとして分からず混乱したが、徐々に周囲の環境のことが分かってきた。

 

 まず、この牧場は日本の北海道のどこかにあるという事。これは建物内の至る場所に、日本語で書かれた物が溢れている事から確実である。幸いウマ娘として生きた知識はさして失われてはおらず、言葉は話せないが会話と文章は理解出来る。

 そして今年は西暦2007年というのもカレンダーで分かった。俺が死んだのはおそらく22世紀目前だと思われるのに、前世の生年に近い年代に生まれ変わった理由は不明だ。

 

 次に分かった事は、この牧場は俺達以外に牛を飼っていて、酪農家として生計を立てている事。

 これは俺と母が外に出された時に、牛と一緒に放牧していたことからも分かる。それと毎日生乳を回収するタンク車や飼料を持って来る業者の車に、北海道の地名が書かれていたからまず間違いあるまい。

 それと牧場の家族構成も分かった。白髪の多い老年夫婦とその息子夫婦、小学生ぐらいの娘さんが一人いる。あと直接見てはいないが会話を聞く限り、曾祖母が居るみたいだ。従業員は見ていないから、家族で経営する小さな牧場なんだろう。

 ここまではさして重要な情報じゃない。

 

 どうやら俺や母の種族は馬らしい。馬(うま)と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、やはりウマ娘。

 窓ガラスに映った耳は、前世で毎日顔を洗うたびに見ていた耳と同じ形をしていて、母や他の大きな馬の尻尾はウマ娘の尻尾とよく似ていた。

 馬とウマ娘。昔聞いた話には、ウマ娘とは異なる世界のウマと呼ばれる生き物の魂が人に宿り生まれてくるという伝承があった。

 つまりこの世界こそ、ウマ娘の魂の故郷なのかもしれない。あるいは死んだウマ娘の魂が行き着く死後の世界か。

 という事は、俺以外にも馬として生まれ変わったウマ娘が居る可能性が高い。

 もしかして母は俺の知り合いかもしれないと試しに話をしてみたものの、乳とか離れるな、ぐらいは分かるけど難しい言葉を話さない時点で、俺と違うと理解した。

 同じ厩舎にいる大きな馬達にも話しかけても、草や水が欲しいとか、外に出たいと愚痴をこぼす程度しか分からない。お手上げである。

 仕方が無いから自分から情報を得ようと人間の傍に居ようと思ったら、あまり遠くに行かないように常に母が目を光らせていて上手くいかない。

 おかげでこの一ヵ月は寝ているか、母から乳を貰う以外に何もしていない。本当に困った。

 

 一番困ったのは、そもそも人は馬を何の目的で飼育しているかが分からない事だ。

 牛は乳と肉を得る、豚は肉そのもの、鶏なら卵と肉と羽毛、家畜は何かしら人間にとって有益だから飼われている。

 人にとって馬を飼う事でどんな利益があるのか。それが分からないから、大いに困っている。

 乳を横取りする様子は無いから違う。羊みたいに毛でも刈って布にするのかと思ったがそこまで長くはない。ロバのように荷車でも曳かせる使役用の畜獣かと思えば、自動車や農業機械が沢山あるのを見ると多分違うな。

 一番考えたくないのは単純に食肉用。あるいは解体して皮革を得るためか。これが目的だった場合最悪だ。

 いざとなったら牧場から逃げる事も考えたがここが北海道だったのを思い出して、すぐに無理だと気付いた。ヒグマが徘徊する大自然に一頭だけで居たら、その日のうちにパクパクされておしまい。どうにもならねえよ。

 

「あっ、また黄昏てる。よしよし、黒子は変な子だね」

 

 牧場の一人娘のナツちゃんが俺を撫でる。黒子というのは俺のあだ名だ。肌が異様に黒いから黒子らしい。

 この子の爺さんや父さん達はマチの子としか言わないから、可哀そうだと言ってナツちゃんが名付けた。

 可愛がってくれるのは嬉しいけど、この子も畜産農家に生まれた以上は、ある日唐突に家畜を殺して肉にするのを躊躇ったりはしないだろう。

 

「うーん、なんかあたし警戒されてるなー。変なことしないから大丈夫だよ」

 

 変な事はしない=肉にしない、とは限らないんだからそいつはちょっと難しいぞ。生殺与奪権を他人に握らせる行為がこれほど恐ろしいとは思わなかった。

 せめて肉にしない保証をおくれ。そうしたらもう少し歩み寄ってあげる。

 

 

 春から夏へ、その夏も段々と涼しくなったように思える。カレンダーを見たらもう九月になっていた。

 食事も夏に入ってからは離乳食みたいな餌も与えられて、ぐんぐん大きくなった。視線もナツちゃんと同じぐらいかそれより上ぐらいまで高くなり、たった半年足らずでここまで大きくなるのかと、自分の事でも驚いた。

 

 この頃になると俺は母から引き離されて、他の馬達と一緒に放牧されるようになった。

 最初は俺を呼ぶ母の鳴き声が何日も聞こえていたが、やがて諦めたか忘れてしまったのか鳴き声も聞こえなくなった。

 

 その後は同じように母から引き離された馬達と一緒に牧草を食べて腹を膨らませて、柵で囲われた牧草地を走るのが日課になった。

 久しぶりの小さな自由を満喫して走り回り、腹が減ればその辺の草を食う。そしたらまた走る。

 まるでかつてのウマ娘に戻ったような感覚にテンションが上がりまくっている。姿形が変わっても、やはり俺は走るのが好きなんだ。

 他の二頭の仔馬達とはそれなりに上手く過ごしているけど、体格が違い過ぎて怪我をしそうだから直接体を触れさせることはしない。俺が小さ過ぎるのか、あっちがデカ過ぎるのかよく分からんな。

 

 あと、最近になってナツちゃん以外の同じ年ぐらいの子供が遊びに来るようになった。

 ナツちゃんは『いっちゃん』と呼んでて、爺さまたちは『いちろーくん』と呼んでて家族みたいな距離感をしている。

 割とぶっきらぼうで感情が出ないけど、俺を見る目は肉を見る目に近い。

 困った、獲物としてターゲットにされている。こいつはちょっと苦手だ。

 出来るだけ近づかないようにしておこう。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

「三頭とも乳離れは上手くいったべ」

 

「この作業だけは毎回可哀そうに思うけど仕方がないねえ」

 

 美景牧場の社長秋隆とその夫人が馬房で、母馬たちの世話をしながら毎年の仕事の出来を語る。

 どんな生き物でも、いずれ親から離れて一人で生きなければならない。辛いがこれも必要な試練と思って、心を鬼にしてでもやる必要があった。

 

「しかし、あの黒子は全然手がかからんなあ。俺も長年馬を扱っとるけど、いきなり母馬と引き離されたら普通はパニックになるんに、鳴き声一つせん仔馬は初めてだ」

 

「ほんにね。離乳食だって食べろと言ったらすぐに食べて、マチの乳に見向きもしなくなるし。『黒子』も自分の名だって分かってるみたいよ。頭の良い子なんだろうね」

 

「ボロ(糞)も決まった場所でしかしねえし、綺麗好き。下手すりゃナツより頭が良いんじゃねえかな」

 

「ははははっ!馬に勉強教わるってかい?――――はぁ」

 

 嫁がいきなり沈んだのを見て、秋隆もため息が出そうになった。自分の孫娘ながら頭の出来がよろしくないのが一家の悩みの種だった。

 そのくせ馬や牛の事になったら、自分から勉強して知識を貪欲に溜め込むのだから、そのやる気の一割でも普通の勉強に活かしてくれたらと思わずにはいられない。

 

「頭の良い馬はレースに勝てるかねえ」

 

「どうだかなぁ。脚が速くても頭が良すぎて手を抜くのが上手い馬だっているし、頭が悪くても強い馬は沢山いるべ」

 

 シンボリルドルフやテイエムオペラオーは騎手にレースを教えるほど頭が良かったとさえ言われている。

 だがそれも脚が遅かったら何の意味も無い。サラブレッドは速く走って最初にゴールしてこそ価値が高まる生き物。

 頭の良さと同様に脚も優秀であってほしい。老夫婦の想いは同じだった。

 

 



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第3話 馬の役割を知る

 

 

 吾輩は馬である、今の名前は黒子。

 母と離れて外の牧草地に出されてから、そろそろ二ヵ月は経ったと思われる。

 秋もめっきり深くなり、周囲の木々の葉が赤や茶色に色付いていた。北海道の秋は寒く、毛の無い我が身が恨めしい。

 馬の生活は草を食べるか、寝るぐらいしかやる事が無い。あとは柵内を走ってストレスを解消するぐらい。暇過ぎるんだよ。

 

 本当に人間が何のために我々馬を飼育しているのか分からなくなった。これはいよいよ肥えさせて食肉か、皮革目的で育てられている可能性が濃厚になってきた。

 やばいなー。今すぐにでも逃げ出したいけど、行く所が無い。大自然に身を任せても、逃亡先でヒグマにパクパクされるか、人間にムシャムシャされるかの二択なんて酷過ぎる。

 心が段々荒んでいくというのに、一緒に過ごす大きなお友達二頭は暢気に昼寝をしている。あーあ、頭が畜生の方が却って悩まずに済むなんて。

 

 溜息が出る境遇でも、不意に遠くから聞こえる声に耳が反応した。はて、今のフレーズはどこか懐かしさを覚える。

 もう少し近くで聞きたいけど、放牧地から出て行かないと無理だな。

 ―――――やるか。

 

 意を決して、柵の中で唯一扉になっていた箇所に行く。時々ここの家族が出入りしているのは見ているから、扉の閂の動きも分かっている。

 扉と言っても一枚板ではなく、木材数本を組み合わせた簡易扉だ。顔を突っ込めるぐらいの隙間は十分にある。

 隙間に口を突っ込んで閂の棒に噛り付いて、横にスライドさせて徐々に引き抜いていく。

 よしよし。手は使えないけど、元ウマ娘の知性を舐めてもらっては困るぞ。

 扉を開けて外に出て自由を得たら、今度は反対に閂を元に戻した。自由は俺だけでいい。

 

 久しぶりにルンルン気分で声のする方に行く。

 そちらは牧場の畑になっていて、今日は家族総出で芋掘りをしているとナツちゃんが話していたな。

 ちょうど家族は休憩して、お茶を飲んでいる。採れたてのジャガイモいいなあ。結構長い間食ってない気がする。

 そして俺の姿を見た爺さまがお茶を吹いた。

 

「えっおまっ黒子!どうやって外に出たんだ!?」

 

 聞かれたから、畑に刺さっていた鋤の柄を咥えて水平にしてから横に引き抜くような動きをしたら、親父さんが目を見開いている。

 

「閂を自分で抜いて出てきただとぉ!?俺、ちょっと見て来る!」

 

「ちょちょっと、何なのこの子!?本当に馬なの?中に人間が入っているんじゃないでしょうね?」

 

 お袋さんがペタペタと俺の身体を触っている。そんなに触ってもファスナーなんて無いからね。

 それはともかく、今の俺の興味はそこじゃないのよ。

 木箱の上に置かれている四角くて黒い物体に目を付ける。物体――ラジオ――からは荘厳な旋律と共にアナウンサーの読み上げる文章が聞こえてくる。

 あーやっぱり思った通りだ。これはレースの実況だ。前世で現役を退いてから、数え切れないほど聞き続けた実況放送をまた聞けるなんてな。

 

『―――最後の一頭がゲートに入り、十三頭全てが揃いました。―――さあ、エリザベス女王杯がスタートしました。ちょっとアサヒライジング、ダッシュがつきません。先行争いはダイワスカーレット、ダイワスカーレットがレースをリードします―――――』

 

 なに?ダイワスカーレット?それもエリザベス女王杯だって?あのカレットちゃんがレースしてるの?

 絶対に流したらいけない名前に、その場に座り込んでラジオに集中する。

 しかもレースの実況者が挙げる名前の中に、アドマイヤキッスとかスイープトウショウとか、結構聞き慣れた名前が出るたびに、体がビクッと動いてしまう。

 

「もしかして黒子はレースが聞きたいから牧草地を抜け出したの?」

 

 正解ナツちゃん。

 

『―――三番手にスイープトウショウ!ダイワスカーレットは体半分のリード!振り切ってゴールイン!ダイワスカーレット、フサイチパンドラの順。ダイワスカーレット勝ちました!』

 

 おおー、カレットちゃんが勝ったか。あれ?このラジオから流れているレースで走っているのは俺の知ってる後輩と同じウマ娘か?それとも同名のただの人間が走ってるのかな?

 でも、エリザベス女王杯というレースがあるみたいだし、この世界謎過ぎる。

 ただ、ラジオからは重賞四連勝とか聞こえている。俺の知ってるカレットちゃんならそれぐらい強い筈だ。

 ちょっと混乱し始めた俺の頭をナツちゃんが撫でる。

 

「黒子も今のエリザベス女王杯みたいな凄いレースに出られるように頑張りなよ。弱かったらお肉にされちゃうから」

 

 ――――――!!!全部繋がった。そうか、人が馬を育てるのはレースを走らせるためだったのかよ。前世で見た事あるドッグランやラクダのレースのように、ウマ娘の代わりに動物を走らせようとしたのか。そして弱かったらお肉にされると。

 うわっ、どっちにしても俺達馬は人間に生殺与奪権を握られているって事じゃないか。最悪だ。

 とはいえ今更言ってもどうしようもない。ナツちゃんの言う通りレースで勝ち続けるしか生きる道は無い。

 それに、前世も走り続けていたんだ。畜生に生まれ落ちようがやる事は変わらない。

 

 覚悟を決めた後、とっつぁんが息を切らして戻って来た。

 

「どうだった春彦?」

 

「二頭とも逃げていない。扉は閉まったまま、柵もどこも壊れていなかった。黒子、お前扉を開けてから、閂を戻して閉めたのか」

 

 頷いたら家族全員が信じられないと口々に言う。

 

「あたし達が扉を開け閉めしてたのを見て覚えたのかしら」

 

「賢い老馬なら人の五歳ぐらいの知能はあるって言うけど、この子は産まれてまだ半年よ。信じられないわね」

 

「じゃあ、ちょっくら黒子に同じようにやらせてみるか」

 

 爺さまが俺の背を叩いて起きるように促す。

 指示通りに牧草地の扉の前で、閂を口に咥えて横にスライドして扉を開ける。その後は先程と同じやり方で内側から閂を閉じて扉を閉めた。

 実際に目の前でやられたら信じるしかあるまい。

 

「アンタ、この子どうしようかしら」

 

「逃げるわけでもないし、頭も良いから儂等がよく聞かせて止めさせればいいだろう。念のために木板を増やして扉の隙間を塞いでおけば、同じことはするめえ」

 

「俺が資材と道具持って来る」

 

 とっつぁんが家の方に行き、爺さまが柵にもたれ掛かって俺に語り掛ける。

 

「黒子よぉい。お前の頭が良いのは分かったから、これっきりにしてくれねえか。そう何度も抜け出されちゃ、儂等も仕事が出来ねえし、驚き過ぎて婆さんがショック死しちまうべ。なっ、儂の言う事分かるんだろ?」

 

「ヒヒン【悪かったよ爺さま】」

 

 一番欲しかった情報が得られたし、脱走はもうしないから安心しなよ。

 

 

 その日のうちに扉が一枚板で覆われて内側から閂を動かせなくなった。

 代わりに以降はレースのある日に、必ず牧草地の傍にラジオが置かれて、レースの実況中継が聞けるようになった。やったぜ。

 でも実況を聞くたびに、ウオッカとかデルタブルースの名前が出て、前世の知り合いがどうなっているのか気になって仕方が無かった。

 

 



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第4話 畜生が買われた

 

 

 暦の上では四月になっても、北海道は雪が所々残る寒さの厳しい所だ。それでも人と動物は逞しく生きている。

 美景牧場に変な馬のウミノマチ07が産まれてから、まもなく一年が経とうとしていた。

 小学生だった牧場の一人娘のナツも、今年晴れて地元の中学に進学した。相変わらず勉強はさっぱりだけど、家畜の世話をして日々元気に成長しているだけで家族は嬉しい。ほんのちょっとだけ、勉強も頑張って欲しいと心の中で思っているのは内緒だが。

 

 そんな北海道ならどこにでもある平和な牧場に、一台の見慣れない車が停まった。

 車から降りたのは背広姿の中年男性だった。牧場にはちょっと似つかわしくない風体で、寒いのか助手席からコートを取ってその場で羽織る。

 

「ふう、やっぱり北海道は広い」

 

 疲れと興奮と不安が混ざり合ったような感情で、放牧地を走り回っている馬達を凝視している。

 最初にその男に気が付いたのは牧場主の息子で跡取りの春彦だった。

 

「ああ、こんにちは。突然お邪魔して申し訳ありません。こちらの牧場のオーナーですか?」

 

「いえ、社長はうちの親父です。それで貴方は?」

 

「申し遅れました。私はこういうものでして」

 

 男は背広のポケットから名刺を取り出して春彦に渡す。

 その名刺を見て、怪訝な顔になった。

 

「株式会社≪世界一ソフト≫代表取締役社長、南丸浩二?失礼ですが、どういうご用向きか見当もつかんのですが」

 

「馴染みの無い社名ですから仕方ありません。実はこちらの牧場で生まれたオグリキャップの子に興味を持っていまして」

 

「あーそういうことですか。確かにうちの黒…ウミノマチ07はオグリキャップの産駒です。立ち話も何ですから、話は中の方で伺います」

 

 相手の目的が分かり、合点がいった春彦はそのまま南丸を自宅の応接室に招いた。

 

 仕事中だった秋隆も一旦切り上げて、男三人が応接室で顔を突き合わせる。それからお茶を一口飲んでから、南丸が口火を切った。

 

「まずアポも無しに押し掛けた事を謝罪します。知り合いからオグリキャップの最後の子が居ると聞いて、居てもたってもいられずに、すっ飛んで来てしまいました。せめて電話の一本も入れておくべきだったと、礼を失した事を恥じています」

 

「まあまあ、お気になさらずに。儂等にもそういう向こう見ずになる事は時々ありますから」

 

「ははは、お恥ずかしい限りです。それでオグリキャップの子は本当に今こちらに?」

 

「ええ、ちょっと変わった馬ですが元気な牝ですよ。それで、やはりうちの馬を買い取りたいという話ですか?」

 

「はい。もし先に誰かと契約を交わしてしまっていたら残念ですが諦めますが、まだ買い手がついていないのであれば、是非検討したいです」

 

 春彦と秋隆は大体予想した通りの話で、ある種の安堵を覚えた。生産牧場が直接顧客と馬の売買契約を交わす、いわゆる庭先取引というやり取りである。

 競走馬になる馬を手に入れるには、大雑把に二種類の方法がある。

 セレクトセールという競りに出された馬に値を付けて買い取る方法。もう一つが今回のように牧場が直接客に馬を売る方法。

 大手牧場の有力な種牡馬の産駒は庭先取引が盛んに行われて、競りにまで出てくる事は少ない。

 しかし言って悪いが美景牧場のような零細、しかもここは輓馬がメインで、サラブレッドの繁殖牝馬は一頭しかいない。そんな牧場にわざわざ買い手が来る事など無いと思っていた。当然、黒子には買取の話など、今までこれっぽっちも来ていなかった。

 

「そのために、わざわざ岐阜県からお越しになったとは」

 

 名刺に載っていた会社の本拠地は確かに岐阜県と書いてある。ただ、競走馬の生産牧場は北海道に集中しているから、見学や競りへの参加は基本北海道まで足を運ぶ必要があるわけだが。

 

「あのオグリキャップの子が手に入る最後のチャンスとなれば、その程度の労は厭いません。私も当時のオグリのレースは生で見ていました。あの頃はまだ二十半ばの若造で、オグリの活躍には胸が躍りました」

 

 昔を懐かしむ南丸の気持ちは秋隆もよく分かる。

 あの馬は地方競馬から中央へ殴り込み、数々のライバルを打ち破ってG1レースを勝ち抜いた。そして怪我や多くの不運に見舞われながらも、引退レースの有馬記念でまさかの優勝。

 存在そのものが一つの立身出世の物語として完璧な馬だった。当時の競馬の在り方すら変えてしまい、品の無いギャンブルと蔑まれていた競馬の地位を、立派な娯楽やスポーツとして押し上げた立役者とさえ言える。

 おかげで美景牧場を始めとした馬を扱う牧場は随分経済的に助けられた。まさに神様のような馬と思われている。

 残念ながら種牡馬としては散々な結果になってしまったが、それでもこうしてかつてのファンが産駒を求めて遠方から訪れるのだから、未だ『芦毛の怪物』は人々の心に焼き付いている。

 

「懐かしい話だべ。あの時代は誰も彼もがオグリオグリと騒いだもんだ」

 

「あれからもう二十年近くが経ち、最近は会社も軌道に乗って少しは余裕も出来ました」

 

「ところで失礼ですが、おたくの会社は何の仕事をなさっているです?」

 

「ああ、テレビゲームのソフトを作って販売している会社なんですよ。任天〇、ナ〇コや〇ガのような一流の老舗と比べて、知名度は無いに等しいですが」

 

 そりゃ分からんと二人は思った。この家はファミコンすら持った事も無いから、今挙げたような会社も聞いた事がある程度の認識でしかない。

 それでも馬を買おうとするぐらいには財を成しているのだから、逃がさないように上客として扱うつもりだ。

 

「それから知り合いに馬主コミュニティは色々と役に立つと助言されて、去年JRAに馬主登録申請もしました。これがその登録証です」

 

 南丸はカード形式の馬主登録証と馬主バッジを二人に見せる。JRAが馬主に相応しいと認めたなら問題はあるまい。

 

「先日、偶然取引先の社長からオグリキャップが種牡馬を引退して最後の産駒は二頭しかいないと聞き、もう最後のチャンスと思って、気付いたら北海道に立っていました」

 

 恥ずかしそうに頭をかく。しかし目には未だ獲物を狙うギラギラとした欲望が損なわれていない。

 

「南丸さんには朗報ですよ。今のところウミノマチ07は誰も声が掛かっていませんから、お売りする事も構いません。何なら、今から実際に見てみますか」

 

「ではお言葉に甘えて」

 

 かなり食い気味の客に、二人は顔に喜色が出ていた。競りに出しても良い値が付かない可能性も考えていた。しかしこの様子なら、あの枯れた血統の馬でも、そこそこ高値で売れるかもしれない。

 良い馬主に買われた方が馬だって良い扱いをしてもらえる。誰も損をしない取引なら万々歳である。

 三人で放牧地に行き、春彦が大声を出す。

 

「おおーい!黒子、ちょっとこっちに来い!」

 

 その声にすぐに反応した一頭の馬が三人のすぐそばに寄って来る。

 南丸は最初その黒い馬を、青鹿毛か青毛かと思った。ただ、近づくにつれ違和感を感じるようになる。さらに間近で馬体を見て、困惑の度合いが強くなった。

 春彦は柵の扉を開けて馬を出す。

 

「これがオグリキャップの子ですか。ただ、その何と言いますか――――父親には似ていませんね」

 

 思い出深いアイドルホースの子だから出来るだけ言葉を選んでも、視線の先の全く毛の生えていない黒い馬の外見を褒める事は難しかった。

 

「芦毛じゃないから印象が全然違うのは仕方がないです。ですが獣医も健康そのものと太鼓判を押してますから、競走馬としては問題ありません。それにこの子はとても頭が良い」

 

「どうした黒子?何でそんなビックリしてるんだ?」

 

「人見知りする馬なんですか?」

 

「うーん、産まれてすぐは儂等にもちょっと警戒心があったから、初めての相手にはちょっと構えちゃうんでしょう。ただ、慣れてくると気にしない性質だから、マメに会ってやればすぐに仲良くなれます。触ってみますか?」

 

 言われるままに南丸は黒子の首を撫でて、だらしなく顔を崩した。

 

「大人しい子ですね。オグリキャップも普段は穏やかと聞いていますから、気性は父親似なんでしょうか」

 

「気性の荒さは遺伝する傾向があります。強さも引き継いでてくれたら良かったんですけど」

 

 目当ての馬の元気な姿に満足した南丸は秋隆らと共に事務所に戻る。ここからは本格的に交渉の時間だ。

 最初に牧場で保管してあるウミノマチ07=黒子の血統書を見せて、確かにオグリキャップ産駒である証拠を示す。

 

「ほう、あの子の母の父はミホシンザンだったんですか。オグリキャップと結構近い年代の名馬ですね」

 

「子供のウミノマチは中央で未勝利のまま引退ですがね。シンザンの血統も今は寂しい限りです」

 

「ですが母親はどうあれ、オグリキャップの子なら構いません。参考に知り合いの馬主から、オグリの種付け料や産駒の値は少し聞いています。――――四百万円で如何でしょうか?」

 

 美景親子は互いに見合わせて、心の中で喝采を挙げた。黒子を七月の競りに出しても、三百万円が付けば御の字だと思っていた。それが意外と高値が付いた。

 

「分かりました。あなたにうちの黒子をお売り致します。ただ、うちは見ての通り小さな牧場ですから、馬具を付けて慣らすぐらいは出来ても、夏からの本格的な訓練は育成牧場に預けてしてもらわないといけません」

 

「では育成牧場への手配をお願いできますか。それまでの間の世話も頼みます」

 

「手続きと世話はサービスでやっておきましょう。後は中央で走らせるには調教師に預けないといけません。どなたか頼める伝はおありで?」

 

「調教師の方は知り合いの馬主に相談してみます。入厩にはまだ一年近くありますから、じっくり探しますよ」

 

 当面の道筋は立った。

 あとは契約書を作って判を押せば仮の契約は成立する。さらに南丸は手付と称して、契約金の半額の二百万円をその場で出した。残りは育成牧場に送り出してから支払われる。

 

 その日の夜の美景家はちょっとしたお祝いで、いつもより豪勢な夕食になった。

 

 そして売られた黒子は、自分があのオグリキャップ先輩の子供と知って、おまけにその先輩が母ではなく父と知って、ますますこの世界が分からなくなって悶々とする羽目になった。

 

 



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第5話 調教師が決まる

 

 

 吾輩は畜生である、これから引っ越しする。

 暦は既に夏に移った。

 今日は生まれ育った牧場から、競走馬に適した訓練を受けるための牧場に移されるらしい。

 学校にいるナツちゃん以外の、普段見かけない大婆さまも加わった美景一家総出で見送ってくれる。

 

「あっちでも頑張れよ黒子」

 

「周りの馬と喧嘩はしちゃダメよ」

 

 はいはい、分かってますよ。前々から言われている通り、レースに勝つためにしっかり身体を鍛えてくるから。

 大型のトラックでやって来た作業員が俺の手綱を引いてトラックに乗せようとする。

 促されるまま、自分からトラックに乗ると作業員がビックリしている。

 

「こんなすんなり車に乗る馬は年に一頭ぐらいですよ」

 

「頭の良い子なんですよ。馬具を付けるのも最初に驚く以外は、大人しかったので」

 

 口の中に突っ込まれるハミだけはあんまり好きじゃないんですけどね。

 ともかく余計な手間がかからなかった作業員は機嫌よく俺の首を撫でて、トラックを走らせた。

 じゃあね、皆さん。ウマ娘じゃないからどこまでやれるか分からないけど、元G1十五勝ウマ娘として、G1の一つぐらいは勝てるように鍛えてくるわ。

 

 

 連れてこられた育成牧場とやらは、中々に壮観な場所である。

 まず最初に馬がやたらと居る。先日まで居た牧場には母を含めても十頭以下だったのに、ここにはざっと百頭は下らない数の馬ばかりだ。

 そうなると群れる生き物の馬は早々に集団を形成する。

 俺はさして気にせず、前に居た美景牧場の十倍は広い放牧地で草を食って走って寝るを繰り返していたら、いつの間にか数頭が近くに居て、仕切る立場になっていた。

 ちょっとトレセン学園でチームリーダーやってた頃を思い出して、少しだけ楽しくなった。

 リーダーになったからには、仲間への責任が生まれる。よってメンバーに少しでも強くなって欲しいと思って、朝も夜もひたすら走らせて鍛え続けた。

 

【うわーん!つかれたよー】

 

【もうねむたいよー】

 

【はいはい、まだまだ頑張れるんだから、つべこべ言うな。俺達は速く走れないと二本足に食われるんだぞ】

 

【たべられたくないよー】

 

【いたいのやだー!】

 

 駄々をこねる馬達のケツを叩いて坂路を延々と走らせる。

 まったく、もうちょっと根性見せろ。俺の知ってるトレセン学園のウマ娘達は、もっとガツガツしてたんだぞ。

 でもやっぱりこうやって、同じ境遇の連中と一緒に走るのは楽しい。

 ただ、美景牧場の二頭の馬に比べて、どの馬もみんな小さいなあ。前の牧場の時には俺が特別小さいと思っていたけど、もしかしてあの二頭は前世のばんえいウマ娘だったのかもしれない。

 そうなら、きっとあの二頭も今頃頑張ってソリを曳いているんだろう。俺も負けないように頑張らないとな。

 

【よーし!ちょっと休んで草を食え!食って走って強くなるんだっ!】

 

 俺はとりあえず自主トレしつつ、こいつらの甘ったれた根性を叩き直してやるか。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 北海道の育成牧場で黒子が鬼軍曹をやっている頃。

 世界はリーマンブラザーズの経営破綻で未だ大混乱に陥っていたが、彼女の馬主となったゲームソフト会社社長南丸浩二は、茨城県美浦村を訪れていた。

 ここには日本を二分する、競走馬の鍛練と調教を目的とする美浦トレーニングセンターがある。

 今回はあらかじめ先方に訪問の連絡を入れて、取引先の重役で同じ馬主の推薦状を持っているから、美景牧場の時のような失態は無い……はず。

 

 トレセンの事務所で身分証を見せて入場を許された。

 広大な場内を歩き続けて汗が噴き出す頃に、ようやく目的の厩舎に辿り着いた。

 

「すみません、本日面会の予約をした南丸です」

 

「こんにちは、話は伺っています。テキを呼んできますから、そちらの椅子に座って待っててください」

 

 南丸は厩務員に言われた通り椅子に座って待っていると、小柄だがどこか凄みのある男が厩舎に入って来た。

 

「お待たせしました。私がここの調教師をしている中島大です」

 

「初めまして、連絡した南丸浩二です。このたびは時間を作って頂いてありがとうございます」

 

 南丸は名刺と一緒に推薦状と預ける馬の資料を中島に渡す。落ち着いた雰囲気に似合わず、この調教師は若い頃から色々と派手な逸話がある。

 かつて中島は騎手として昭和の時代を彩り、サクラユタカオー、サクラバクシンオー、サクラチヨノオー等の『サクラ』の馬に乗り続けて、いくつものG1レースを勝ち続けた名騎手である。

 騎手を引退してからは調教師に転向して、サクラローレルやマンハッタンカフェといったG1馬を育て上げた。

 ここ数年は重賞勝利から遠ざかっているが、まだまだ衰えは見せていないと、推薦してもらった馬主から聞いている。

 

「西隅さんから電話で話は伺っています。馬を一頭預かってもらいたいと」

 

「はい。なにぶん初めて馬を預けるもので、至らぬ所ばかりですがよろしくお願いいたします」

 

「そう畏まらないでください。馬はウミノマチ07、オグリキャップの娘でミホシンザンの孫と聞いています」

 

「無理でしょうか?」

 

「いえ、責任をもって預からせて頂きます」

 

 昭和の騎手にとってオグリキャップの名は特別だ。無論自らが騎乗した馬こそ最高の一頭という自負はあれど、あの芦毛だけは競走馬に留まらない、競馬界全体を変えてしまったスターと認めている。

 もっとも、その子供だから名馬になる保証は全く無いし、甘やかそうなんて思わない。あくまで一頭の馬として厳しく調教するつもりだ。

 

「あー良かった。これで少しは肩の荷が下りました」

 

「ははは、まだまだデビューまでにすべき事はたくさんありますよ。―――資料には今は育成牧場に預けてあるようですね。来年になったら現地に行って、馴致の状況を見てきましょう。デビューする時期は追ってご相談します。――あっ」

 

「どうしました!?」

 

「一つ、馬主さんの大事な仕事がありました。デビューまでに馬の名前を決めてください。でないと登録出来ません」

 

「あー、ははは。そういえばそうでした。いやぁ、自分で馬に名前を付けるなんて犬猫よりずっとワクワクします」

 

「馬主さんの特権ですから、なるべく良い名前を贈ってあげてください。あと勝負服も決めておいてください」

 

 中島調教師から難しくも楽しい宿題を渡された南丸は家に帰ってあれこれ悩み、家族の何気ない一言で社内公募を始めた。

 全社員が参加する熱の入った公募になり、年末には結果が出る事になる。

 

 



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第6話 畜生に名が贈られた

 

 

 吾輩は畜生である、生まれ変わってから二度目の正月が過ぎた。

 俺が過ごしている馬房にも鏡餅が添えられている。餅も食べたいなー。おしるこ、きな粉餅、醤油をつけて海苔と一緒に頬張りたい。

 生前の正月は時々メジロの屋敷に招かれて、クイーンちゃんやダンの旦那さんや子供達と一緒に雑煮を食べたのが懐かしいよ。

 今の牧場では正月こそ休みだったが、それが終われば訓練訓練、また訓練の繰り返しの毎日を過ごしている。

 

 人を乗せて走るというのはなかなか難しい。

 まず重いのが困る。何も乗せずに走った方が速いのは当たり前。でも、馬は意外とまっすぐ走らない。途中で脚を止めてしまう事だってよくある。畜生の馬は人間の都合なんて考えない。

 だから人を乗せて無理にでも走らせる。それに馬単体だとペース配分が出来ないから、騎手と呼ばれる乗り手が口に繋がる手綱を使ってある程度ペースを操作して、ここぞという時に鞭を打ってスパートをかける判断をしないといけない。

 

 人を乗せるデメリットはまだある。コーナーを走る時に人が上に居ると、重量バランスが崩れるから曲がりにくいのだ。しかも走るたびに毎回騎手の姿勢が変わるから、微妙にバランスが変わって転倒こそしないが速度が落ちる事もある。

 正直言って邪魔過ぎる。ただでさえ二本足から四つ足に代わって、前世で培ったレース感覚を修正しないといけないのに、とんだお荷物を背負ったわけだ。

 

 本当は騎手なんていらないから振り落として走りたいけど、それをやったら確実に失格だろう。忌々しいがそれがレースのルールなら黙って従おう。練習ならその限りじゃないがな。

 ここの牧場の騎手は多分、基礎を教えるトレセン学園の教官ポジだろう。実際のレースには別のプロ騎手が乗るはず。せめてそいつが体重移動の上手い事を願おう。

 

 訓練は他にもある。ゲートからの発走練習だ。こちらは前世でも慣れ親しんだ機具だから、ゲート内に入るだけでも苦労する他の馬達をしり目に、生前と同じ感覚ですんなり発走した。

 だからか、騎手や教官達がバケモノを見るような目でこちらを見ている。

 ウマ娘ですら練習してもゲートが苦手な子も居るんだ。畜生なら狭い場所やゲートが開く時の爆音を嫌がって余計に上手くいかん。

 そんなわけで本来多大な時間を使うゲート訓練は大幅に短縮されて、浮いた時間は走法訓練に充てられた。

 

 

 さらに一月が経った頃、昼間に飼葉をムシャムシャして休んでいたら、世話をしてくれる厩務員が俺を馬房から出した。はて、もう昼休みは終わり?過重労働で訴えるよ。

 

「ごめんな、お前にお客さんが来ているんだ」

 

 そう言って手綱を引っ張って外に出された。

 外には見た事のあるオッサンと、見知らぬオッサンが居た。

 

「おおっ、一段と逞しくなったな!元気そうで良かったよ黒子」

 

「ほう、この子が南丸さんの馬ですか。話に聞いていた通り毛が無く肌が真っ黒……トモは太くて悪くない」

 

 俺を買ったオッサンか。無事に育っているか見に来たのかな。こっちのオッサンは護衛か?懐にナイフとか銃ぐらい持ってそうな雰囲気だな。

 

「そうそう、お土産があるんだ。ここの人に聞いて許可を貰ってあるから、遠慮なく食べるんだぞ」

 

 オッサンが袋からニンジンやミカンを出して、俺の前に差し出した。おぉ、気が利くねえ。

 遠慮無しにニンジンをボリボリ食ったり、ミカンを皮ごと口に放り込んですり潰すように食べる。久しぶりのミカンうめー。

 美味そうに食ってる俺の首をオッサンが嬉しそうに何度も撫でる。

 

「そうそう、この人はお前が後でお世話になる調教師の中島先生だ。この人の言う事をよく聞くんだぞ」

 

 調教師……ウマ娘のトレーナーみたいな人か。髭も懐かしいなあ。

 挨拶に頭を一度下げてから戻す。伝わるかは分からないけど、アイサツは大事と古い本に書いてある。

 

「大人しい馬ですね。これなら調教はやりやすそうだ」

 

「ええ、ウミノマチ07は頭が良くて暴れないし、真面目で調教を怠けたりしません。むしろ我々が止めないといつまででも走り続けるから、こっちが先に参ってしまいます」

 

「元気があるのは結構です。そうだ、もう一つお前にプレゼントがあるんだよ。新しい名前が決まったんだ」

 

 名前?ウミノマチ07とか黒子だとダメなのか。

 

「お前のために会社の皆が考えたんだぞ。『アパオシャ』って言うんだ。神話に出てくる馬の事だぞ。気に入ってくれるか」

 

 ふぁっ!!何でよりにもよって前世と一緒の名前なんだよ。どんな天文学的な確率でそうなるんだ!

 

「この子、やけに驚いてるがどうしたんだ」

 

「うーん、賢い子ですから何かを感じ取ったのかもしれません」

 

「そうかそうか、嬉しいか。今年はレースがあるから頑張るんだぞアパオシャ!」

 

 オッサン達は俺を置いて去った。サド神様は俺を弄び過ぎだ。オモチャ扱いはやめろ!

 そんな抗議を聞いてくれる相手は誰も居なかった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 ウミノマチ07および黒子、改めアパオシャが無言の抗議をしている中。同牧場の応接室では南丸と中島調教師が牧場の職員から報告を受けていた。

 

「―――――では健康上の問題は何も無いわけですね」

 

「はい。無毛症の馬の扱いは我々にも経験がありませんが、寒い日に馬着を着せる程度で風邪などの発症もありません。怪我もせず頑丈な子で助かります」

 

「現在の体重は420kg前後。デビューまでにもう一回りは大きくなるから440~450kgぐらい。平均よりちょっと小さいぐらいか」

 

「小さいと何か困りますか?」

 

「いえ、大丈夫です。健康なら体の大小はあまり関係ありません」

 

 どんなに速くて強い馬でも、体が弱かったり怪我ばかりでレースに出れなかったら意味が無い。その点、先程の馬は筋肉の付き方といい、肌の艶といい健康そのもので中島は喜んだ。

 資料にも坂路トレーニングは他の馬の数倍を自発的に行っていると書いてある。よく食って、よく動くスタミナのある馬なのだろう。

 反面、コースのタイムは並ぐらいで目を引く数字は並んでいない。

 スタミナと頭の良さを活かした長距離か、サクラバクシンオーのように最初からスパートをかけて短距離で使うか。性格の折り合いもあるから、トレセンに来たら実際に走らせて確かめる必要がある。

 

「飼料の食いも良いですね。激しい練習の後でも食欲が落ちないのは強い馬の証拠だ。この辺りは父親のオグリキャップに似たのか」

 

 アパオシャの父のオグリキャップは普通の馬の数倍を食い続けて、本来消化しない寝藁すら食っても平気という強靭な内臓を持っていた。

 さすがに娘はそこまで食い意地は張っていなくとも、よく食う馬は好まれる。

 

「あとは馬運車の移動に耐えられるかか」

 

「そちらは昨年に生産牧場から当牧場に来た時の資料をご覧ください。運搬員の話では、全く堪えもせずに餌を食べて寝ていたそうです」

 

 移動のストレスに強いのも、競走馬には大きな利点だ。駿馬が長時間の移動で調子を崩して無様に負ける話は毎年のように聞こえる。

 

「騎乗馴致も順調に行われています。特にゲートは練習すらせずに一発で合格したのは、我々も顎が外れるぐらい驚きました」

 

「なに、ゲート発走を?信じられん」

 

「我々も直接見てなかったら信じません。ですが騎手が手綱を動かさなくても、出遅れこそあっても何度やっても成功するんです。不思議でかないませんよ」

 

「あっ、もしかしてそれは他の馬が練習しているのを見て学習したのかもしれません。美景さんから頭が良くて、人間のやる事も平気で真似すると聞いた事があります」

 

 頭が良いのは結構だが、良すぎると人間の事を見下したり、調教で手を抜く事があるから注意が必要な馬もいる。

 幸いこの馬は調教を嫌がらずに人の言う事をよく聞くのは、資料や先程の態度から大体分かる。

 

「良い所は大体分かりました。では悪い所や癖は、なにか気付きましたか?」

 

「一つあります。以前コースを走らせた時に、コーナーの体重移動が下手な新人を振り落とした事がありました。上手いベテランは一度も無いから、人が乗るのは良いけど下手な奴が乗るなと言いたいんでしょう」

 

「意外とプライドの高い馬ですね。他の馬には何か悪さをしたことは?」

 

「むしろ気の弱い馬ほど慕って周りに集まる良いボスですよ。乱暴な馬を追い払ったり、喧嘩を止めさせています。根が優しい頼られる馬なんだと思います」

 

「大人しくて優しく、基本は人の命令を真面目に聞きつつ、群れのボスになれる気質か。あとは競走馬として闘争心が高ければ、精神面は言う事無し」

 

 おおよその調教状況は聞けた。幾つか気になる点はあるものの、デビューの準備は順調そのものだ。

 あとは馬体の仕上がり具合を見て、正確なデビュー時期を決める。中島の予想ならおそらく九月か十月になると思われる。

 

(あとは乗せる屋根を決めんといかん。新人は外して、とりあえず中堅クラスを乗せて様子を見るか)

 

 アパオシャの新馬戦への準備は着々と進んでいた。

 

 



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第7話 相棒

 

 

 二つ目の牧場に春が来た。雪も随分解けて、毛の無い俺のために着せてもらった服もそろそろ要らなくなる。

 そんなある日、いつも世話をしてくれる人が明日お別れだと告げた。ああ、とうとうその日が来たか。

 色々と世話になったと礼を込めて頭を下げたら、向こうは笑っていた。

 

「お前は人間みたいな馬だな。――――しっかり走って、レースに勝つんだぞ。小さなレースでも長く勝ち続ければ肉にされない」

 

 そいつは首を撫でて、他の馬の世話に移った。

 

 翌日、ここに来た時と同じトラックに乗せられて、かなり長い時間揺られ続けた。一緒に乗せられた馬達は、狭い場所に押し込められて車酔いしたり、ストレスで泣きわめいたりと酷い事になってるな。

 俺はまだ平気だけど、それでも暇過ぎてちょっとウンザリしている。仕方ないから、窓からちょっとだけ見える外の景色で気を紛らわしている。

 時折高速道路の看板の地名で、どんどん関東の方に向かっているぐらいは分かる。

 とにかく暇を持て余して、前世で楽しかった事やレースの事を思い出して時間を潰して、一日以上かかってようやくトラックが停まって、運搬員が俺達を外に出してくれた。

 他の馬はケツの肉がボロボロ取れる夢でも見たのか、大体瀕死で鳴き声一つ上げない死んだ目のまま連れて行かれた。

 

「お前はタフだな。ここでも頑張るんだぞ」

 

 道中世話をしてくれた運搬車のオッサンが一撫でして、俺は別の奴に連れて行かれた。

 途中で美浦トレーニングセンターなる看板を見て、もしかして栗東トレーニングセンターもあるのではないかと思った。

 無数の厩舎を通り、何頭もの馬とすれ違う。はー全部で何頭ぐらい居るのかな。

 

「よし、着いたぞ。テキ!新入りを連れてきました!」

 

「おう。じゃあ馬房に入れておけ。餌と水もたっぷり与えてな。明日からしごいてやるから楽しみにしていろアパオシャ」

 

 前に北海道で見た〇クザみたいなオッサンだ。本当にトレーナーもとい調教師だったのか。

 でも今は馬になった俺に人の顔なんてどうでもいいか。同じ場所で寝起きする馬に挨拶して、その日は移動疲れもあるから、筋肉をほぐすために軽くストレッチをして食って寝た。

 

 

 美浦トレセンに連れてこられた翌日からトレーニングが始まった。最初は芝のコースを先輩馬と並走したり、ダートコースも走った。

 大体俺がドベなのは、まだデビュー前だからなのかねえ。せいぜいマイルぐらいで距離が短いのもあるんだろうけど。でも、こういう状況はかつて≪フォーチュン≫に入ったばかりの時を思い出して楽しくもある。

 せっかくだから併走してくれる馬の走りを自分なりに色々取り入れてみよう。

 上に乗っている奴と外で見ている奴は、俺のフォームが段々変化しているのに怪訝な顔になっているけど、変化した分だけ走りが良くなっていくのに気付いて、何かを諦めたらしい。

 

 別の日には併走しても中々勝てそうになかったから、スタート直後にハナを取って『逃げ』で走ってギリギリ勝てた。先輩達はたぶん調整で本気じゃなかったけど、負けたのは悔しそうにしてた。練習でも勝つのは気分が良い。

 あと、俺がいる厩舎に数頭新しく馬が入って来た。ここも賑やかになるね。

 

 併走以外にも外周の坂道トレーニングもこなした。他の馬は登坂を嫌がってるみたいだけど、俺はむしろこっちの方が好きだったから、一日に何往復もしていた。

 大体七往復ぐらいしたところで、調教師のオッサンが止めに入った。もうちょっと走らせろと仕草で抗議しても受け入れてもらえなかった。ケチめ。

 でもその日から助手連中や馬が俺をバケモノみたいに扱い始めた。失礼な、これでもまだ余裕あるんだぞ。

 

 さらにトレセンは走るだけじゃない。プールもあって馬を泳がせている。人のトレーニングと同様、脚に負担を掛けないように全身の筋肉を鍛える合理的な方法だ。

 馬の中にはプールを前に死んだような目で入るのを拒否する奴もいる。そういう時は調教師が苦労しているのを尻目にお先に入った。

 水がちょっと冷たいけど泳いでいれば気にならない。ついでだから泳ぎながら心肺機能も強くしておこうと潜水もしたら、慌てて綱を引っ張られて引き上げられた。

 溺れていると間違われたのか。でも関係無いからもう二、三回続けて潜ったら、諦めて自由にさせてくれた。

 それ以降は毎回プールは潜水しながら泳いで、心肺機能も鍛え続けた。

 

 

 そんなトレーニング漬けの毎日が過ぎ、季節は暑い夏に入っていた。ここは関東らしく暑い。夏でも涼しい北海道がちょっと恋しくなってきたな。

 扇風機で風を送ってくれているけど、それでも暑いから飲み水が欠かせない。

 

 北海道と言えばメジロ家はどうなってるんだろう。あれだけ強い家なら、きっと今も馬としてレースをバンバン勝ってるはず。いずれ俺とぶつかる事になるだろう。

 オンさんやカフェさんはどうしてるか。ここでもレース中継を流して欲しいけど、無理だろうな。

 俺のデビュー戦はいつだろう。

 

「よう、どうした。元気無いが暑いのか?」

 

 話しかけてきたのは俺に乗って調教している遼太だった。若い連中からは中島と呼ばれているから、多分あの〇クザの子供か親戚だろう。

 

「お前は結構凄い奴だな。オグリやシンザンみたいな枯れ果てた血統なのに、バケモノみたいなスタミナがあってよ。でも牝だからなぁ」

 

 なんだよ、牝なら何か困るのか?同じ種族なんだから性差ぐらい何とかなるだろう。

 

「せめてお前が牡ならマンハッタンカフェみたいに菊花賞に出してやれるのに」

 

【ちょっと待て!】

 

「うわっ!どうした急に?」

 

【カフェさんがどうしたって!?ここに昔居たってのか!?あーくそっ!言葉が話せない】

 

「なんだ!?どうした?」

 

「親父、いやテキ。ちょっとアパオシャが興奮してるんだ。ああ落ち着いたか」

 

「何かしたのか遼太」

 

「ちょっとマンハッタンカフェの事を話したら、急に吼え出して」

 

「オグリじゃなくマンハッタンカフェの事でか。こいつは人の言葉が大体分かるみたいだから、何か感じ取ったのかもな。暇な時に話してやったらどうだ」

 

 良い事言うじゃないかオッサン。さあ、俺にカフェさんの事を聞かせろ。

 

「しょうがねえ、休憩中にでも話してやるよ。だから大人しくしてろ」

 

【必ずだぞ】

 

 約束通り、次の日から暇な時に、遼太にカフェさんの話をしてもらった。

 なんとこの世界の馬のカフェさんは、あの〇クザに鍛えられていたのか。しかも牡で、今は引退して種付け馬やって子沢山とか、ちょっと脳が情報処理しきれない。

 もしかして俺の知ってるウマ娘って、大抵牡になっているのか。

 色々調べたいのに言葉が話せないのがもどかしい。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャがデビューに向けて調教を続けている中島厩舎に、一人の騎手が訪ねて来た。

 彼の名は和多流次。弱冠22歳で皐月賞を始めとしたG1を七勝した若き天才騎手である。

 

 当時の彼の騎乗馬はテイエムオペラオー。皐月賞を勝ち、翌年には春天皇賞、宝塚記念、秋天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念のG1五勝、他に重賞三勝を無敗で成し遂げた。翌年も春天皇賞を連覇してG1七冠目を飾り、ファンからは世紀末覇王の名で呼ばれていた。

 そのテイエムオペラオーが引退してからは、重賞勝利こそ数多くしていても、G1勝利からは遠ざかっていた。

 

 悪意のある者は、強い馬のおかげで勝てた運の良い男。落ち目の天才。オペラオーのお気に入りのリュックサック。などと彼を中傷する。

 金のかかった勝負で結果が出なければ罵声はつきものだ。さりとて馬を悪くは言えない。だから負けた怒りは騎手に向きやすい。

 しかもそれが若く成功した者なら、妬みなどもあって余計に強くなる。

 そうした悪意の中でも、明るくひたむきに馬に乗り続ける彼のファンは多い。

 

 和多が厩舎に入ると、中の掃除をしていた調教師の中島が気付いて、しかしそのまま掃除をしていた。

 

「お久しぶりです中島先生。手伝いますか」

 

「頼めるか、和多。相変わらずG1じゃ負けが込んでるな」

 

 せっかく手伝いを申し出たのに随分な言い様でも、言われた当人は気にせず箒を手に掃き掃除をする。

 手早く綺麗にしてから、大は事務所で客に冷えた茶を出す。外では蝉がしきりに鳴き続けている。

 

「で、今日はどうした?」

 

「実は来年に、石本先生の厩舎から出てフリーになろうと思って、空いた時間を使って挨拶回りをしてます」

 

「お前も三十超えてるし、独り立ちする年か。で、良い馬が居ないかわざわざ美浦まで来たのか。栗東でも十分じゃないのか」

 

「そんな事無いですって。美浦にも強い馬はいます」

 

 和多の言葉が半分世辞だと大は知っている。

 理由は単純。関西の栗東トレセンの方がここより設備が良い。だから栗東所属の馬の方が強くなる。

 他にも理由はあるがわざわざ恥部を話すものじゃない。

 

「で、うちにも強い馬がいたら乗せろ、か。生憎うちはここ数年重賞にすら引っかからないんだぜ」

 

「でも今年も何頭か良い馬が入ったんじゃないですか?」

 

「さてな。――――良い馬かは知らんが、一頭面白い奴はいるぞ」

 

 どんな馬か尋ねても、大はついて来いとだけ言って事務所から出た。

 大が和多を連れて来たのは練習コースだった。午前中でも夏の日差しは強く、人も馬も汗だくで調教をしている。

 

「芝の一番後ろを走っている、黒い牝だ」

 

 和多は指を差した黒い馬を細部まで観察する。

 まだ馬体が若いから2歳の牝なのは分かる。やや小柄ながら、よく鍛えられていて長距離向けに見える。

 黒い馬は一緒に走っている五頭の後ろに付き、左右に動きながら内ラチ横に隙間を見つけて、スッと入って先頭を取る。

 

「騎手の言う事をよく聞く、素直な馬ですね。加速も良い」

 

「遼太は何も指示してないぞ。名前はアパオシャというが、距離を教えれば自分でペースを作り、位置取りを決めて走るんだよ」

 

「いやそんなまさか」

 

 馬が自らペースを決めて、ラインを選んで勝ちにいく。まるでかつての無二の相棒のようじゃないか。己の心臓がドクンと強く脈打つのを和多は感じた。

 

「とにかく頭が良い馬でな、人間の言葉も分かってるみたいだ。多少脚が遅いのが玉に瑕だが、余程下手な騎手以外は大体言う事聞いてくれるから手がかからん」

 

「脚が遅かったら良い馬とは言えないじゃないですか」

 

「その分、スタミナは太鼓判を押す。最近は毎日坂路トレーニングを十往復した後に、プールトレーニングも倍はするバケモノだぞ」

 

 和多は顔が引き攣った。美浦トレセンの坂路は栗東より緩いとはいえ、一日十往復は異常だ。牝の2歳なのに下手な牡古馬よりスタミナがある。

 

「ちょっと興味が出たみたいだな。おーい、遼太。ちょっとアパオシャを連れて来い」

 

 併せ馬の終わった機を見て、遼太は言われた通り父であり上司の下に馬を連れて来た。

 

「よう和多。美浦で見るのは珍しいな」

 

「フリーになる挨拶回りですよ。それで、この子がアパオシャ……」

 

 和多はアパオシャの毛の無い黒光りする異様な風体に最初は戸惑う。しかし毛が無いからこそ筋肉がモロに見えて、なかなか良い馬だと思った。

 

「どうだ、軽く乗ってみるか?」

 

「分かりました。乗ります」

 

 挨拶回りをすればこういう話もあると思って、ラフな格好にしたのは正解だった。メットは遼太に借りて、アパオシャに乗った。

 最初に跨って伝わってくる感触は力強さだった。まだ幼さの残る2歳ながら筋肉質で、オフロード仕様のラリー車に乗ったらこんな感じなのかと思った。

 ターフに入り、調教助手達に距離を確認する。一周のマイルに設定した併せに、六頭が横並びでスタートの合図を待った。

 

 スタートはまずまず。とりたてて見るものは無い。走り始めて外側三番手をキープしたまま最初のコーナーに入る。

 コーナリングは外側に膨らまないように綺麗に回る。丁寧な走りはよく調教された証拠だろう。

 和多は走っている最中に気付いたが、跨っている馬の息が殆ど乱れていない。まるでマラソン選手のように一定のタイミングで呼吸を繰り返している。

 第二コーナーを回って、向こう正面のストレートに入ってもペースは一定を維持していた。

 

(差しか、追い込み馬なのか)

 

 和多自身は師匠の教えもあって、どちらかと言えば馬を先行させるレースを心掛けている。

 今回はとりあえず跨っているだけだから、手綱で何も操っていない。全部アパオシャの好きにさせていた。

 変化はちょうどコースの真ん中を通過した時だった。鞭を入れずともアパオシャが加速を始めた。

 一気に前の二頭を抜き、トップスピードのまま第三コーナーに入った。

 

(この距離からスパートだって?スタミナが持つのか)

 

 向こう正面からの700mロングスパート、最終直線からスパートをかける日本競馬ではめったに無い。

 後続の3歳、4歳馬を置き去りにして、無人の荒野を行く様に心が震える。

 そのまま、ただ一頭で最終コーナーを走り切り、最後の直線に入った。

 速度は落ちるどころか、まだ加速している。いける、公式レースではないが2歳馬が年上馬に勝つ。

 

 しかし驚きも長くは続かなかった。後ろから五頭が末脚を利かせてグングン差を縮めている。

 そしてゴール手前で抜かれてしまい、アパオシャは三着で終わった。

 

 半ば呆然としたままの和多に、大や遼太が苦笑する。

 

「言ったろ。こいつはバケモノみたいなスタミナと、かなりのパワーがあって加速が良くても最高速度は遅い。それに今回は距離が短すぎた」

 

「ステイヤーズステークス級の超長距離レースなら、有り余るスタミナで今からでも勝てるんだけど、そんな新馬戦は無いからな」

 

「親父に似ているようで似ていない」

 

 何とも評価に困る馬だ。中島厩舎の面々と和多の評価は一致した。

 ただ、和多はこの妙な馬の行く末を見届けたい。ともに走り続けたい欲が生まれた。

 

「また俺が乗って良いか」

 

 下にいるアパオシャは了承したのか頷いた。

 

「叩き落とされないから、お前を鞍上に認めたって事だ。俺の方から石本には連絡しておく」

 

「よろしくお願いします。一緒に頑張ろうアパオシャ」

 

 灼熱のターフでまた一つ新しいコンビが生まれた。

 おまけで中島はここで、和多の心を焼くガソリンを投下した。

 

「言い忘れてたが、こいつはオグリキャップの最後の娘だぞ」

 

 和多はその場で固まった。それもそのはず、彼は幼少期にオグリキャップの活躍をテレビで見てファンになって、数年後に騎手を志した。

 その娘と共に走れる喜びを、今はうまく言葉に表せなかった。

 

 

 

 数年後、酒の席で和多がなぜアパオシャに乗せたのか大に尋ねた。

 

「枯れ果てた血統の末娘と、落ち目の天才をくっつけたら面白そうだと思っただけだ」

 

 結果的に見識が正しかったのは、アパオシャの活躍を見れば一目瞭然だから文句は言えなかった。

 

 



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第8話 二度目のメイクデビュー


これから沢山脳を焼いて行きますよ~



 

 

 茹だるような暑さが少し和らいだ時期に、厩舎がちょっと慌ただしくなった。この空気には覚えがある。おそらく俺のレースが近いんだろう。トレーニングも厳しくなっているから大体分かる。

 前に会った和多と呼ばれてる奴が度々乗りに来て、こちらに色々話しかけてコミュニケーションを取ろうとしている。多分こいつが俺に乗ってレースをする事になる。乗り方が上手いし、鞭を使わない奴だから結構気に入ってる。

 

 そうしたある日の夜明け前。俺と三頭の馬が馬房から出されてトラックに乗せられた。ようやくレースに出られるのか。前世のメイクデビューは札幌だったが今回は何処に行くのかな。

 一緒に乗っている馬達が怖がるのを適当に宥めて、ワクワクしながら飼葉をパクパクしていると、今回はあっという間についた。乗っていた時間は二時間ぐらいだから、関東圏だな。中山か東京レース場かな。ダートの大井レース場は無いと思う。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 2009年9月27日 日曜日 中山競馬場  天候:晴 芝:良

 

 今日の中山競馬場はメインレースにG2のオールカマーが予定されているため、それなりに賑わっている。

 レースに出走する馬を所有する馬主だけが入れる馬主席に、アパオシャの馬主の南丸の姿もあった。

 南丸は初めての馬主席で、少し緊張してレースを眺めたり、周囲の馬主達と他愛もない会話を交わしている。

 現在は第五レースまで終わっていて正午をとっくに過ぎている。馬主の中には昼食に出かけている者も多い。

 

「まあまあ南丸さん。そう、緊張せずドーンと構えて待っていましょう。我々は騎手や馬に任せて見ているしかやる事が無い」

 

「ええ、有野さん。それは分かっていますが、いざとなったら喜びより不安の方が大きくなってしまって」

 

「私も最初に所有した馬が走る時はそうでしたよ。まるで子供の学校の合格発表を待つような気分でした」

 

 隣に座っていた男達が苦笑して、南丸を落ち着かせていた。二人は有野と菊山。どちらも中島厩舎に預けている馬が今日の中山の新馬戦を走る。それも菊山のコウギョウロブロイはアパオシャと同じレースを走る仲になる。

 有野の馬は既に第五レースを走り終わっていて、四着入賞だった。新馬戦で入賞なら上出来と言える。

 彼等のような馬主は純粋に、自分の馬が走るのを見たいから馬を買った者も居れば、単に馬主仲間を作ってコネクションを広げる手段に用いる者もいる。

 三人は基本的に前者である。だから気が合うし、同じ厩舎を利用する仲間として、短い間に数年来の友人のような親近感を感じていた。

 

「南丸さんのアパオシャと、私の馬はもうすぐですね。ところで気になっていたんですが、『アパオシャ』という名はどういう意味なんですか?」

 

「由来はペルシャ神話に登場する黒い馬の姿をした神の事です。うちの会社はゲームソフトを作っているから、その手の資料に事欠かないんですよ。そこから社内選考で決めました」

 

「なるほど。怪物の父と、神馬の曽祖父を持つ馬によく似合う名ですね」

 

「ははは、ありがとうございます。コウギョウロブロイも名馬の父の名を継いだ良い名です」

 

 社交辞令なのは分かってても、皆で一所懸命考えた名を褒められるのは悪くない。

 仲間とそんな話をしていたら、いつの間にか緊張は解けていた。

 アパオシャの出走まであと二十分。

 

 

『それでは中山競馬場、第六レース2歳新馬戦、芝の1800m。天気は快晴、芝も良く乾いた良馬場です。まもなく発走時刻となります。本レースは11頭がデビューを迎えます』

 

『一番人気は単勝2.8倍、2枠2番サイレントメロディ。二番人気、6枠7番ラッキーバニラ、単勝は4倍。二頭共に父はシンボリクリスエスです。ラッキーバニラはゲートを前に興奮しています。コウギョウロブロイがゲートに入りました。スペシャルマン、メジロカルヴィンも続きます。3枠3番のアパオシャもゲートイン。おっと、ラッキーバニラが立ち上がった。富士田騎手が落ち着かせて、何とかゲートに入りました。―――――態勢が整いました、係員が離れます』

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 さて、こうして公式戦を走るのも一体何十年ぶりだろう。出走前のこの緊張感は何度経験しても心地良い。周囲の畜生共がガッチャンガッチャンうるさいのが台無しだけど。

 しかし油断はしない。なにせメジロの名を持つ馬がいるんだ。きっとレースになったらクイーンちゃんやダン並に強いに違いない。

 集中だ、意識を切らせるな。

 

 ――――ゲートが開いたと同時に一歩を踏み出した。

 まずまずのスタートを切り、左右に目を配れば何とも様にならない馬達ばかりだった。騎手が必死に手綱を動かして落ちつけて、まっすぐ走らせようと苦心している。

 ウマ娘の時のデビュー戦だって、ここまで酷くなかった。これまで騎手の存在に懐疑的だったが、この様子を見たら必須だと考えが改まった。

 ぶつけられないように左右を警戒しつつ、周囲の馬から少し離れてスタート直後の中山名物の坂を登る。

 

 坂を登り切った頃に七番手ぐらいに位置を取り、第一コーナーへ入る。

 一緒の厩舎のコウギョウロブロイは先頭を爆走している。あれは興奮し過ぎて完全に掛かってるな。あいつはだめだ。

 二番手にはメジロの子がいる。警戒するのはこいつぐらいか。

 

 第二コーナーも順調に消化して向こう正面の直線に入った。大体後半に入ったし、ちょっと仕掛けてみるか。

 

【遅い遅い、のろまだぞ】

 

 分かりやすくペースを上げて、これ見よがしに追い抜くと、抜かれた馬達が負けてたまるかと、騎手の制止を振り切って追いかけて来た。

 いいねえ、扱いやすくてとってもアホ可愛い。

 上の和多は特にリアクションをしない。俺を信頼して任せてくれているのかな。

 煽られた馬達が次々ペースを上げていくから、前の馬も闘争本能を刺激されて連鎖的に加速していく。こうなったら騎手達が懸命に落ち着かせようと思っても無理無理。

 俺は馬群から少し離れて、しかし引き離されもしない位置で悠々走りながら第三コーナーに入った。

 

 前集団は変な位置でスパートをかけたから、何頭かはもうスタミナを切らしてヘロヘロ。二番手のメジロも馬群を恐れてペースが上がっている。

 うーん、離され過ぎても間に合わないかもしれないから、そろそろ俺もスパートかけておくか。

 

 第三コーナー終わりから一気に加速して、お散歩している三頭を抜き去った。

 コーナーが終わって、あとは最終直線を残すのみ。

 直線でさらに一頭を追い越して、現在四番まで上がった。先頭と三馬身差かな。

 一番きつい坂はさらにピッチを上げて一気に駆け上がる。途中でヘバった二頭を抜いた。

 

【うえーん、まってよ~ねえちゃん~】

 

【おら、根性出して登れ!】

 

 コウギョウロブロイに活を入れた。負けたら肉にされるのに甘えるな。せめて二番になっても良いから走れ。

 坂を登り切り、息を切らすメジロを油断せず抜いてやっと先頭に立った。あとは後ろを警戒しつつ、多少力を抜いて残り70mを走り続けてゴール板を駆け抜けた。

 

 スタンドからの声援の中、脚色を緩めて軽いウイニングランをした。

 

「お疲れさんアパオシャ。新馬戦はこんなもんだけど、お前は強くて賢いよ」

 

 和多も相手が弱いだけだって気付いているか。こいつやっぱり良い騎手だな。

 レース展開を全部俺に任せてくれたし、たぶん職は違えど前世の髭トレーナー並に優秀なんだろう。

 しかし、メジロの名を持っているくせに、大して強くなかったな。クイーンちゃんの半分以下の強さで、肩透かしにも程がある。

 

 

 レースが終わったら屋内に連れて行かれて、和多が体重計に乗って体重を計っていた。あれ毎回やるのか。

 あと、俺を買った南丸のオッサンが〇クザのオッサンと待ってた。冬以来だから結構懐かしいな。

 

「やったぞアパオシャ!お前は凄い馬だよ!こんなに嬉しい事は初めて作ったゲームソフトが売れた時以来だ」

 

 抱き着いて首筋にキスされた。嬉しいのは分かるけど、ちょっと落ち着いてくれ。

 

「和多君、よくアパオシャを勝たせてくれました。ありがとう!」

 

「僕は今回何もしてませんよ。ただ、この子の背に跨ってただけです。南丸オーナーのアパオシャは本当に凄い子ですよ」

 

「そうなのかい?いやー謙遜しなくても良いんだよ!中島先生も、よく育ててくれました。これからもよろしくお願いします」

 

「喜んでもらえて何よりです。これからどんどん勝ちにいきましょう!」

 

 勝てば喜ばれるのは前世と一緒だな。俺も走れて楽しかったし、肉にならずに済んでよかったよかった。

 次のレースはどうなるかな。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

118:一般競馬民 ID:rPhcRFGBR

うそー!オグリの子が中央で勝っちまった

 

119:一般競馬民 ID:E3lfGKGJs

ヒャッハー!8番人気の単勝50倍ゴチになりやした!

 

120:一般競馬民 ID:yqpnL1Hdx

俺もオグリの子だから応援で100円買ったら5000円きたー!

今日はちょっとリッチな晩飯にありつけるぜ

 

121:一般競馬民 ID:HOy9yvH0W

二着はメジロカルヴィン

オグリとメジロなんて昭和の終わりかよ

 

122:一般競馬民 ID:BafuyZFtk

すげえなアパオシャ

これは結構いけるんじゃねえの?

 

123:一般競馬民 ID:dpvjWvKyt

つーかめっちゃ綺麗に走ってるわ

幼稚園児のかけっこの中でアスリートが一人だけ淡々と走ってるみたい

 

124:一般競馬民 ID:WbDg7LwA+

最終コーナー前からロングスパートかけてぶち抜く

差しより捲くりだな

 

125:一般競馬民 ID:etLIRKH9/

お前ら和多が鞭すら叩かなかったの見たか?

 

126:一般競馬民 ID:v1EXLXQ5n

ガチのリュックサック状態で三馬身差つけての勝利だろ

 

127:一般競馬民 ID:uCruliHSO

リュージ「何もせずに賞金貰えて飯が上手い」

 

128:一般競馬民 ID:s+TBGOy2C

ここで書き込んでたサイレントメロディ押し見てるー?

 

129:一般競馬民 ID:lBj364WYW

現地から中継

会場がオグリとアパオシャコールでうるせえ

これ新馬戦だぞ

 

130:一般競馬民 ID:QiOZp1BE4

オールカマーをオマケ扱いにしやがった

 

131:一般競馬民 ID:seaYSKKTP

オグリキャップ産駒じゃしゃーない

アラフォー以上だったら絶対オグリ知ってるもん

 

132:一般競馬民 ID:eMg0qGIaU

中央未勝利の母とオグリの掛け合わせで

今更あんなのが出て来るとか信じられん

 

133:一般競馬民 ID:Kn7dBjXEA

おまけに正真正銘オグリキャップの末娘だぞ

出来過ぎてリアリティ無いって言われるわ

 

134:一般競馬民 ID:D7ZpaQGWD

リアルパイセンは手加減してあげて

 

 

 



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第9話 百日草特別1番人気


 お気に入り登録、評価、感想をいただき誠にありがとうございます

 読者の方々も順調に脳が焼ける手ごたえを感じられてテンションが上がります

 これからもよろしくお願いします




 

 

 美浦トレーニングセンター中島厩舎に務める厩務員の松井は、ここ最近ストレスで胃が荒れていた。

 馬の世話は基本的に24時間体制で行われる。いつ何時、預かっている馬が調子を崩して、獣医に処置を依頼するか分からないから、盆暮れだって気が抜けない。

 毎日気の休まらない沢山の仕事があるから辛いが、馬が好きだからやりがいは感じている。

 馬と関われる仕事は楽しい。だから机に座って、無駄な仕事をしているのが大変な苦痛だった。

 

「はいこちら、中島厩舎です。―――――申し訳ないですが今は取材は御遠慮ください。――――ええ、年内いっぱいは新馬の調教に専念するのが調教師の方針です。―――はい、申し訳ありません。失礼します」

 

 電話が終わったと思ったら、すぐにコールが鳴る。

 

「はい、中島厩舎です。うちは一般の方の見学は原則禁止です。えっ許可?美浦トレーニングセンターから許可が下りないと、業者や馬主の方以外は基本立ち入りは禁止されています。ええ、無理です。失礼します」

 

 続けて電話が鳴って頭痛がした。

 

「こちら中島厩舎です。――――レースの日程は非公開です。馬主の方が許可しない限りは一切お答え出来ません。我々にも権限は持たされていません。――はっ?ケチ?名乗りもしない相手になぜそんなことを話すと思うんです?」

 

 一方的に切られて、腹立たしさから乱暴に受話器を元に戻した。

 

「くっそ!俺は電話番するために厩務員やってんじゃねーっての」

 

 ここ三日はずっとこんな感じで、最低一人を電話番に回さないと業務に支障が出るぐらい中島厩舎は電話が引っ切り無しに鳴り響いている。

 理由は分かっている。ここで預かっているアパオシャが新馬戦を勝ったからだ。

 普通、新馬が勝ったぐらいで、ここまで電話の応対に追われる事は無い。ディープインパクトの時でさえ、一般に知れ渡ったのはクラシックに入ってから徐々に有名になった。

 

 松井も厩務員としてアパオシャの事はよく知っている。

 異様に頭がよく、レースを理解して勝ち方を知っている。

 牝ながら同時期に来た2歳馬達のボスで、よく面倒を見ている。

 綺麗好きでクソを垂れる時は必ず隅の一ヵ所にするから馬房の掃除が楽。というか最近は箱を置いたら必ずそこにする。

 スタミナは古馬並のバケモノだけど、脚自体はそこまで速くない。

 普通の馬と違うと言えばそうだろう。でも、そこまで突出した馬ではないと思う。

 

 ひとえに騒がれるのは父オグリキャップのネームバリューなんだと分かっていても、対応する側にとっては堪った物じゃない。

 七年前にここのマンハッタンカフェが凱旋門賞に挑んだ時は、世間は『えっ、行ってたの?』なんて全く騒ぎもしなかったくせに。

 

 不幸中の幸いはブン屋がまだ大人しい事か。テキの話じゃ、オグリキャップの時にテレビ局が24時間馬房に張り付いて、調子を悪くさせた事がある。あの時はテレビ局ごとペナルティを受けたから相当懲りたと聞いた。

 オグリの娘に同じ事をやったと知られたら、新聞社と局そのものが丸ごと解体すらあるとビビって、手を出せないんだろう。JRAの元締めがお国だってあいつらだって知っている。

 だから厩務員にも身辺には細心の注意を払えとテキからお達しがあった。酒飲んで次のレースの情報を誰かに漏らしたら鉄拳制裁だけで済まない。

 おかげで暫くは非番時にだって飲み屋に行けず、馬の代わりに電話の世話だ。

 

「やってらんねー」

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は畜生である。今はレースを走る競走馬だ。

 メイクデビューから大体一ヵ月が経って、トレセンの周囲の木々が赤く色づき始めた頃。

 再び同じ厩舎の同期馬二頭と共にトラックに乗せられて、ガタンガタン揺られている。

 

【せまいよー、うるさいよー】

 

【はしりたいよー、ここやだー。ねーちゃんひまー】

 

【はいはい、そのうち着くからもう少し我慢しろよ】

 

 牡牝共にトラックが大嫌いで、とにかく出たがる子供達を宥めながら外を見るしかやる事が無い。

 トラックが走っているのは、前回通った道と大体同じだ。これはまた中山でレースかと思ったが途中で都心方面に道を変えた。

 となると今度は東京レース場か、いっそ関西方面まで連れ行かれるのか。

 東京ならまだいいけど、関西方面だとこいつら大丈夫かな。ずっと宥めていないとダメ?

 畜生の俺にはどこのレース場で走るかまでは教えられていないから、どれだけトラックに乗っていればいいか分からないのが困る。

 対等の知性を持った相手とコミュニケーションしたいな。

 

 幸いあまり長い時間移動はせず、前回と似たような時間でトラックから降ろされて、馬房に連れて行かれた。

 その後は飯と水を貰って、移動の疲労を癒すのに時間を費やした。

 数時間経ち、ようやく狭い馬房から出してもらって、和多と再会した。相変わらず朗らかで笑顔が似合う。

 

【よう、今日も頼むぞ】

 

「調子良さそうだな、今日も勝とうかアパオシャ」

 

 ポンポンと首を軽く叩かれた。任せてもらおう。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 2009年11月7日 土曜日 東京競馬場 天候:晴 芝:良

 

 

『東京競馬場、第八レース百日草特別の発走時間が迫って参りました。本レースは芝1800m。7頭の一勝2歳馬が揃いました。新馬戦、あるいは未勝利戦を勝ちあがり、一皮むけた有力馬が揃っています』

 

『良く晴れて、秋の涼しい風が流れ、どの馬も気持ちよさそうです。4枠4番ブラザーファング七番人気です。1枠1番はモンドセン、四番人気の単勝8.6倍を付けています。5枠5番のアパオシャ、前レースから1kg増の462kgで、紅一点ながら堂々の一番人気単勝1.8倍です』

 

『九月の新馬戦の鮮やかな勝利は見事でした。牡ばかりの二戦目の中で、和多騎手がどのような手綱捌きを見せるのか注目したいですね』

 

『7頭全ての馬がゲートに入りました。――――――今スタートです。先頭に立ったのはサクラマダドール、続いてミッドガルド。おっと、ブラザーファングは出遅れて最後尾。アパオシャは五番手で様子を見ます』

 

『1800mはすぐにコーナーがありますから内枠が優位です。先頭2枠2番のサクラマダドールが快調に向こう正面を飛ばして、ミッドガルドがそれを追いかけます。三番手のフェイスモードと大きく七馬身を離しての展開』

 

『先頭二頭が早くも直線を終えて第三コーナーへと入ります。残り1000m、ちょっとペースが落ちているか。後方がジリジリと差を縮めています』

 

『ここでアパオシャがペースを上げて、三番手に躍り出た。和多騎手はここからスパートをかけるのか』

 

『最後尾のブラザーファングも動き出す。アイアムキングとモンドセンも続いた』

 

『残り600mの最終コーナーでミッドガルドが先頭を奪取。しかしその差は僅か。さあ、最終直線に最初に入るのはどの馬だ』

 

『きたぞきたぞ、ここでアパオシャだ!黒光りする馬体が内から切り込んできた。先頭が入れ替わり、アパオシャが最終直線に一番乗り』

 

『しかしミッドガルドとサクラマダドールも食い下がる。残り400mのハロン棒を通過した』

 

『アパオシャがまだ加速している。徐々に二番手のサクラマダドールを引き離す。その差は一馬身』

 

『あと200mでも脚色は衰えないアパオシャ。必死に食い下がるサクラマダドール!このまま決着がつくのか』

 

『ゴールは目前だ。最初に駆け抜けたのはアパオシャだ!5番アパオシャが一番人気に応えて、見事に百日草特別を制しました!スタンドは割れんばかりの歓声が上がっています。二着は一馬身半差でサクラマダドール』

 

『まるで格の違いを見せつけるような横綱相撲でした。黒地に赤い玉霰の勝負服の和多が手を振って応えます。アパオシャはこれで二連勝。強さは本物です』

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 今日も勝った。でもやっぱり東京レース場は起伏に乏しいから苦手なコースだよ。

 日本もイギリスのアスコットレース場並の高低差20m超えのタフなコースを作ってほしい。あそこなら俺が一番輝ける。

 おまけに今回も1800mとちょっと短い。そろそろ2000m以上で走りたいよ。

 

「よく頑張ったなアパオシャ。私もお前の馬主で鼻が高い」

 

 オーナーのオッサンは、俺の気も知らないで子供みたいに喜んでいる。しょうがないオッサンだな。

 和多や〇クザのオッサンは嬉しそうだけど、まだ勝って当然という雰囲気がある。実際今日の馬共は大した事無かった。あの程度に勝っても自慢にならんということか。

 といっても、これで二勝目。次はOP戦かG3ぐらいのレースを想定した方がいい。まだまだ鍛えて勝ち続けないと肉にされてしまう。

 でも今だけは無邪気に俺を撫でるオッサンの好きにさせてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 11月7日 東京競馬場で百日草特別(芝1800m)をアパオシャ(牝2歳)が制した。他6頭は全て牡。

 

 単勝1.8倍の1番人気アパオシャが中山の新馬戦に続いて二連勝を飾った。

 

 馬体は前レースからプラス1kgと微増。中島調教師(美浦)の調整は完璧で、逃げを打つサクラマダドールとミッドガルドを最終直線で捕捉。

 最終的に一馬身半の差をつけて快勝。勝ちタイムは1分48秒4と、まずまずの出来だ。

 

 

 第三コーナーから徐々にペースを上げて後方から抜け出し、脚が鈍った先頭争いをする二頭を、最終コーナー内から鮮やかにかわして先頭を奪取。そのまま徐々に差を広げてゴール。

 

「頭の良い馬だからレース展開と仕掛け時は全て任せています。強い馬は騎手が何もしなければ勝てます。アパオシャはそういう馬です。だから僕は鞭を使わない」

 

 初戦に続き、一度も鞭を振るわない和多騎手の言葉は重い。

 

 次回のレースは未定だが調教師の中島氏は「経験はそれなりに積んだ。そろそろ重賞を走らせても良い頃合いだと思う。オーナーと相談して、どのレースに出るかを決める」

 

 さらに「(アパオシャは)本質的にステイヤーだから、出来れば距離の長いレースを走らせたい。しかし馬体の完成はまだまだ先なので、無理せずじっくり鍛えていくつもり」

 

 まだ二戦、されど二戦。牝馬ながら牡を華麗に薙ぎ払っていくアパオシャに、スタンドのファン達は魅了されていく。

 

 父オグリキャップの、そして母父ミホシンザンの名に恥じぬ名馬になっていく、夢を感じさせてくれる秋のレースだった。

 

 

 ≪週刊スポーツから一部抜粋≫

 

 

 

 



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第10話 同期馬と模擬レース


 感想の投稿ありがとうございます。書き手のやる気アップに直結するので、この場を借りて読者の方々にお礼を申し上げます。

 ただ、多数の方の目に触れる場なので、今後の展開予想等の書き込みはなるべくお控えください。

 過去の競馬情報を読めば、主人公の適性と照らし合わせてどのレースに出るかなどはある程度分かってしまいますが、何となく察しても敢えて口にしないのがマナーと良識ある読者です。

 説教臭くなってしまって申し訳ないですが今後は御留意ください



 

 

 秋の二戦目が終わり、ちょっと休憩期間を貰った。ここ三日ぐらいは軽い運動をする程度で、基本は馬房で食うか寝ているだけだ。

 あの程度のレースなら、翌日からトレーニング再開しても良かったと思うが大事を取って休ませているんだろう。

 ちょっと過保護と思ったけど、先日一緒に東京レース場に連れて行かれてメイクデビューを果たしたトフィの奴は、まだ結構疲れているから普通の馬はそんなもんか。

 トフィ―――アプリコットフィズは一緒の時期に入った隣の馬房の牝馬だ。俺より小柄でちょっと甘ったれな所がある。

 だからか俺に懐いていて、【ねえちゃん】と言ってトレーニングが終わるたびに体を摺り寄せて来る。犬猫が飼い主にすり寄るようなものか。

 それでも初戦を勝ったんだから大した子だろう。

 

 そのトフィも隣の馬房で俺と一緒に、レースに勝ったお祝いに振舞われたフルーツを堪能している。

 いつも食べているリンゴ以外に、ミカン、バナナ、メロン、パイナップルとなかなか豪勢なご褒美だ。

 馬になっても甘味を感じる味覚はそのまま残っているから、美味しく食べられるのは嬉しい。馬とてやる気の如何でレースの内容は大きく左右される。

 

【うまうま。おいしいね、ねーちゃん】

 

【また余所に行って一番早く走れば、沢山もらえるから頑張れよ】

 

【わかった!あたいがんばる!】

 

 毎日付きっ切りで世話を受けているから大事にされているのは分かるけど、妹分がいつ肉にされるか分からないのは困るから、出来る限り勝ってほしいよ。

 

 

 と思っていたら、数日後に厩務員がトフィだけ連れて行く。まだレースには早いし、運動なら俺も一緒にさせる筈。

 嫌な予感が頭をよぎり、他の厩務員をじっと見たら、違う違うと首を横に振った。

 

「あいつはオーナーの意向で年末まで牧場でお休みだ。また会えるから、心配するんじゃない」

 

 ならいい。勝っても肉にされるなんて理不尽な扱いを受けたら、今この場で脱走していたぞ。

 

「お前はもう少ししたら、次のレースの準備に入るから、今のうちにたっぷり休んでおけよ」

 

 厩務員の話が本当なら、十二月のレースでOP戦以上が該当するか。となると朝日杯、阪神ジュベナイル、ホープフルSのどれかの可能性が高い。

 ダートの全日本ジュニア優駿も無いわけじゃないが、芝で二戦した後に今更ダートは無かろう。

 またG1レースを走れるのか。あの大舞台に立つ高揚感は生まれ変わっても消えるもんじゃない。

 出来ればホープフルSがいいな。2000mだし、中山は俺の庭みたいなものだからマイルよりは勝ちやすい。

 

【ああ、きっと勝つさ。期待してくれ】

 

 人には嘶きにしか聞こえないけど意志は伝わったのか、首をポンポン叩いて厩務員は仕事に戻った。

 

 

 大体十日ぐらい経ったある日。

 いつもトレーニングは同じ厩舎の馬とするけど、今日は俺だけコースに連れてこられた。あとは〇クザのオッサンと、鞍の上に乗ってる息子の遼太だけ。

 最初は慣らしでターフを走らされて、しばらく経ったら別の牝馬が二頭来た。

 

「お待たせしました中島さん」

 

「ウォーミングアップに手間取ってしまって申し訳ない」

 

「気にしなくていいさ新賀、国松。その分こっちも準備運動はじっくりやれた」

 

 何となくこれから何をするのか分かった。次のレースに向けて、牝馬同士で模擬レースをするわけだ。

 

「この子がアパオシャですか。来年はうちのアパパネと牝馬三冠を競えますね」

 

「さーて、そいつはどうかな国松。新賀のは何て名前だった?」

 

「サンテミリオンです。まだデビュー前ですがウチの2歳牝の中じゃ一番有望ですよ。今日は二勝した二頭に胸を借りるつもりで連れてきました」

 

 調教師達が互いに自分達の馬を自慢し合う様子が、前世のトレーナー達が担当ウマ娘の良さを挙げるシーンに置き換わって、吹き出してしまった。

 

【どうしたの?なにかたのしいの?】

 

【ねむーい。ごはんたべてごろごろしたい】

 

【今日は俺達が一緒に走るみたいだ。よろしく】

 

【はーい、がんばる】

 

【はしるのやだー。あまいのたべたい】

 

 気合入ってる方がサンテミリオンで、面倒くさそうにしてるのがアパパネか。

 ん?確かこの二頭の名前って、日本のレースで初めてG1同着優勝したウマ娘二人の名と一緒だぞ。レースはオークスだったか。

 でも馬とウマ娘の関係性はまだよく分かってないし、実際に走って速さを確認しよう。

 調教師達も話は纏まった。今回は芝コースを一周してマイルの距離で競う。短い距離は苦手だけど、練習なら仕方ない。

 

 改めてコースのスタートラインに立つ。

 前方の赤旗が振り下ろされて、模擬レースが始まった。

 駆けだした俺達三頭はあまり離れずに最初のコーナーを回る。

 横から二頭の様子と乗ってる奴等の動きを見ると、どちらも人の言う事をよく聞く子に見える。大逃げみたいな博打めいた走りより、言う事を聞いて堅実に走るほうが合ってるか。

 今回は勝ち負けより相手の力量を確認したいから、出来るだけペースを抑え気味に走る。

 向こう正面の直線に入ったら多少ペースを上げて、前に出ても二頭は気にせず追ってこない。

 そのまま一馬身ほど先行したままコーナーを周り、最終直線に入った。

 さて、ここからが本番だ。後ろから軽快な蹄の音を鳴らして、二頭が俺の前に出る。

 負けじと加速しても二頭には及ばず、ゴール役の〇クザを三番目に通り過ぎた。

 

「どうしたアパオシャ。もしかして同じ条件の末脚勝負で、相手の力を見たかったのか?」

 

 鞍の上の遼太の問いに頷いて返す。練習なら負けても改善点や相手の癖を調べられれば十分成果はある。

 こいつは結構長く上に乗せているから、こちらの考えを多少読んでくれるのがありがたい。

 

「ふーん。で、単純な末脚の速さは勝てないと分かったか。なら、次はどうする?」

 

 分かってて聞くなよ。条件を変えてもう一回走るだけだ。

 息を切らしている二頭を尻目に、先程と同じスタートラインで二回目を待つ。

 

 少し待って息を整えた二頭が隣に並び、二度目のスタートが切られた。

 二度目は最初から『逃げ』を選び、こちらのスタミナが切れる前に半馬身差で逃げ切れた。

 

 三度目は緩急をつけてペースを引っ掻き回す事に終始したが、あまり相手のペースは崩せずに、アパパネに差し込まれて負けた。

 

 四度目の準備をしたところで、調教師達からストップがかかった。

 

「お前以外はヘトヘトだ。今日はそろそろ終わりにしようアパオシャ」

 

「新馬戦前の良い練習になりました。ありがとうございます、中島さん」

 

「アパパネも阪神ジュベナイルに向けて、多くの経験を積めました。クラシックでは負けません」

 

 アパパネはマイルG1に挑むか。一勝二敗だし、あまりマイルでレースしたくないな。

 サンテミリオンの方はまだまだトレーニングが足りない。当面は俺の敵じゃない。

 

【つーかーれーたー!もうはしるのやーだ】

 

【またいっしょにはしろう】

 

 似たような速さの相手と走るのはやっぱり楽しい。

 畜生になってもこんな日々をずっと過ごせるなら、そこまで悪くないんだけど。やはり生殺与奪権を握られているのは面白くないわ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 その日の夜。大は酒を飲みながら12月のレース予定表を見て、一つのレースを赤ペンで囲い、横にアパオシャの名を書き込んだ。

 とりあえず予定は組んでおくが馬主が承諾するかだ。あの人柄なら、こちらを信頼して頷いてくれるとは思うから、多分問題は無い。

 

「レースの是非であの馬の今後が決まる、か」

 

 かつて騎手として無数のレースに挑んだ勘が告げている。あの馬は何かがある。

 シンザン、ハイセイコー、シンボリルドルフ、サクラバクシンオー、オグリキャップ、ナリタブライアン、そしてディープインパクト。

 数多くの名馬を見て来た。しかしあの黒い馬は今まで見たどの馬とも違う。常識で推し量って良い馬じゃない。あれの走りを見ていると血が騒いで仕方がない。

 扱いにくさも知っているから自ら乗りたいとは思わないが、調教師としては別だ。

 

 騎手の現役時代、常に心掛けていた事がある。

 

『レースは3着を狙うぐらいなら勝つか、ドンジリで負ける。大事なのはレースに勝つ事』

 

 おかげで負ける時は無様に負けて罵声も酷かった。親父と慕う馬主には信頼されていたと同時に随分と心配をかけた。申し訳なさは感じている、しかし後悔は無い。

 調教師になってからは、しがらみも増えて生き方を改めたが、アパオシャならかつての己に立ち戻っても構わない。そう思えてくる。

 

 血が騒ぐのは酒のせいではない。あの奇妙な馬の事を考えるだけで浮き立ち、予定表を再度見て自然と口端がつり上がった。

 

 赤字で囲った中にはアパオシャが走る最初の重賞レース、12月26日土曜日の阪神競馬場、ラジオNIKKEI杯(Jpn3)の文字が記されていた。

 

 



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第11話 信頼関係

 

 

 12月26日 土 阪神競馬場  天候:晴   芝 : 良  15:42

 

 

 吾輩は競走馬である。年末の晴れた日に、乾いたターフの上に立っている。

 畜生にはクリスマスも無ければ、年末の休みも無縁だ。

 むしろ年末のイベントに向けて、数多くの鶏や牛がお肉にされて食卓に並ぶ。

 畜産とはそういうものと、生前は割り切っていた。しかし改めて家畜の立場に立たされると、ふざけるなと物申したい。言葉通じないけど。

 『家畜に神はいない』と誰かが言ったが、正確にはサディストな神しかいないと思う。

 

 先の事は誰にも分からないが、ともかく俺達レースをする馬は勝って走り続ければ、その間だけは肉にされる心配は無い。それだけは分かっている。

 今はそのいつ切れてしまうか分からない、不確かな蜘蛛の糸を登り続けるしかない。他の馬を蹴り落としてでも、出来るだけ長く生きて走りたい。

 だからここに集まった、俺以外の15頭の馬達よ。負けても悪く思うんじゃねえぞ。

 

 

 ウォーミングアップの走りを終えて、ゲートの前で静かに時を待つ。

 相変わらず馬共は落ち着きなく動き回ったり、騎手達に宥められている。

 しかしまさか年末に阪神レース場に連れてこられるとは思わなかった。てっきり中山レース場で、ホープフルステークスに出ると思っていたのに当てが外れた。

 年末に宝塚でこんなレースあったかなぁ?もしかしてOP戦以下なのかも。

 でも阪神レース場は前世で何度も走った事があるから、どう走れば勝てるか大体見当がついている。

 

「今日勝って、年末はゆっくり過ごそうアパオシャ」

 

【あいよ】

 

「初の重賞で頭数も多いのに、お前は全然気にしないんだな。頼もしいよ」

 

 数が多いだけなら何度も経験あるんだからそりゃね。

 ただ、ウマ娘の時と違って馬はデカいから、集団から抜け出す隙間が小さくなる。必然的にペースを上げるタイミングがシビアになるから、周囲の動きの把握が前以上に重要になってくる。

 場合によっては、アンタの助けもいるかもしれない。信頼しているから、いざとなったら指示をしてくれよ。

 

 開始の時刻になり、係員が次々と馬をゲートに入れていく。

 俺も12番ゲートに誘導されて、後ろを閉じられた。

 

【せまーい】

 

【だしてー】

 

【どきどき】

 

 相変わらずゲートの中に入ると、馬達が興奮してたり怖がって煩い。落ち着かない馬をどうにか宥めようとしている騎手はご苦労な事だ。

 落ち着き過ぎてスタートを見逃したら困るから、適度に緊張感を保って待つ。

 

 馬の耳にとって爆音に近いゲートオープンに、反射で身体を動かして一歩を踏み出した。

 残り15頭も我慢した鬱憤を晴らすかのように、それぞれ駆け出して速さを競う。さすがにここまで勝ち上がってきた馬だけあって、スタートも様になってきている。

 走り始めてすぐに緩い登坂がある。ここを登りながら徐々に集団が作られる。

 俺は大体10~11番手の後方で様子見をしている。先頭は登坂の後にすぐコーナーだから、六馬身程度の差しかない。ちょっと詰まり気味で動きにくさを感じる。

 

「まずい、猛さんにマークされてるな」

 

 コーナーを走っている最中に舌打ちが聞こえた。どうやら和多にとってやりにくい相手に目を付けられているらしい。

 ――――斜め後ろの外側に張り付いている馬か。体格は俺より一回りは大きくて、ジリジリと圧力が強くなっているのを感じる。

 柵と挟まって押し込まれたら、前を走る馬で蓋をされてしまう。

 こんな時に前世で会得した≪領域≫なら力ずくでこじ開けられるのに、生まれ変わってからは感覚が全く分からなくなってしまった。

 仕方ない。今更無い物ねだりをしたところで、状況は好転しない。

 ともかく相手に主導権を握られたままは困るから、加速して引き離しにかかっても向こうはそれを許してくれない。前は塞がってて逃げ道が無い。

 

 そうこうしている内に第二コーナーも終わって、向こう正面の直線に入った。

 参ったな、そろそろ抜け出してペースを上げないと。猛とかいう奴の馬がこの段階でも後方待機なら、末脚に自信があるんだろう。最後の真っ向勝負は俺の方が不利だ。

 手をこまねいている内に残り1000mハロン棒を過ぎた。

 その時、和多が左手に鞭を持って、俺の目の前に見せる。そのままケツをバチっと叩いた。

 鞭で叩かれた怒りと、こんなところで加速を指示しても脱出は無理と抗議したかった。

 しかし同時に手綱を操って顔を外側に向けられた瞬間、すぐさま和多の思惑に気付いて、一瞬だけ脚の速度を緩めて左側にラインをずらして外側に脱した。

 

 マークが外れたら、すかさず加速して第三コーナーに入る前に五番手まで順位を上げた。

 あとは必要以上に外に膨らませないように加速しつつ、最終コーナーが終わる前に先頭を奪った。

 

 阪神の内回りコースの最終直線は短いから、とにかく脚のピッチ回転を上げて最高速度を維持したまま走り続ける。

 後ろから次々と距離を詰めて来る蹄の音が増えて焦りが募っても、決して呼吸と精神を乱さず、一歩一歩確実にゴールへ突き進む。

 

 まだだ、まだ脚は十分に動く。負けるわけにはいかない。

 さっきの奴が後ろから追い込んでも、何とかリードを僅かに保ったまま先にゴール板を駆け抜けた。

 

 ふう、久々に冷や汗の出るレースだった。今回は和多のおかげで勝ちを掴めたな。

 

「どうだアパオシャ。俺もずっとお前のお荷物でいるつもりは無いからな」

 

【ああ、助かったよ。アンタは一緒に戦ってる。次も頼りにしてる】

 

 あの時鞭を見せたのは俺にじゃない。あの猛とかいう騎手に加速すると見せかけてから、先に行かせてマークを外した。

 この世界のレースは、ウマ娘だけのレースとは根本から違う。騎手の力も使わないとレースに勝つのは難しい。

 それを知れたのが今日のレース一番の収穫だ。

 

【長く生きても、まだまだ未熟だな】

 

 

  12月26日 土 阪神競馬場  第11レース ラジオNIKKEI杯2000m (jpn3) 16頭出走

 

 着順  馬番          馬名    着差

 

 1着  12       アパオシャ    

 2着   3   ヴィクトワールピサ   アタマ

 3着  14    コスモファントム    クビ

 4着   4    ダノンシャンティ     1

 5着   1     ヒルノダムール    ハナ

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 阪神競馬場の全てのレースが終わった夜。宝塚市の某所の料亭で、三人の男が膝を突き合わせて盃になみなみと注がれた酒を飲み干した。

 男達は今日の阪神競馬場のメインレース、ラジオNIKKEI杯(jpn3)の関係者。調教師の中島大、和多流次騎手、アパオシャの馬主南丸だった。

 夜に三人で祝勝会を開きたいと大が二人を誘い、馴染みの店に連れ行った。

 無論、アパオシャの初の重賞勝利を祝いたいのはある。ただしそれだけではない。内密に話したい事があったので、二人を口の堅い店に招いた。

 

「お二人には本当に感謝しています。いえ、厩舎のスタッフも同様です。私が三度も勝利に立ち会えるなんて夢にも見なかった。それも、オグリキャップの子の馬主として。いやーこんなに嬉しい年は人生でも数えるほどです」

 

「馬を勝たせて馬主さんに喜んでもらうのが我々の仕事ですから、お気になさらずに。和多も今日はよくやってくれた。アパオシャとは上手くやっているようだな」

 

「はい。あの子は僕の事を信頼してくれます。騎手の意図にすぐさま気付いてくれる賢くて良い馬ですよ。おかげで猛さんを出し抜けました」

 

 大も中盤で和多が猛のマークを外したのに気付いた。あれは馬と騎手の息が揃っていなければ無理だった。良いコンビになってくれて先達として喜ばしい。

 それからそこそこにつまみを口にして、三人とも酔い潰れない程度に酒で口を湿らせる。

 酒は半分口実。こういう店に付き物の芸者や酌をする女性も最初から断っているのは相応に話があるからと、誘われた二人は意図に気付いている。

 口火を切ったのは誘った大だった。

 

「そろそろ本題に入りましょう。アパオシャが走る来年のレースについてです」

 

 二人は姿勢を正す。生涯に一度しか走れないクラシックレースは競走馬にとって大舞台。軽い気持ちで聞いても、決めてもいい物ではない。

 

「南丸オーナーには、以前にクラシック登録の話はしていますね」

 

「ええ、五つのクラシックG1レースは事前に三度登録をする必要がある。第一回目は十月に行われた。アパオシャもその内の桜花賞、オークス、菊花賞の第一回登録は済ませてあると先生は仰った」

 

 クラシック登録とは3歳馬だけが出走を許される五つのG1レース、すなわち皐月賞、日本ダービー、菊花賞、桜花賞、オークスへの三度の事前登録の事。

 登録の第一回目は今年の十月、二回目は来年の一月、三回目が出走するレースの十五日前。

 レース創設当初は三度とも事前に登録しなければ、絶対にレースに出られなかった。

 その規定を崩すきっかけとなったのが、アパオシャの父オグリキャップの活躍だった。

 彼は元々地方競馬の馬だったが地方の枠に収まらない強さを示して、3歳の時に中央に移籍した。だから2歳時にクラシックの事前登録をしなかった故に、どれだけ強くても規定上クラシックG1を走る事を許されなかった。

 しかし世論はそれに異を唱えて特例処置を求め、JRAが協議の結果、数年後に追加ルールを設けて対応した。

 追加ルールとは、一回目と二回目の事前登録をせずとも、第三回目の登録に、通常の数倍の登録料を支払えば希望するレースに出走可能になる。

 オグリキャップ自身はクラシック三冠を走れなかったが、彼の活躍により加えられたルールの恩恵により、一頭の馬が夢を掴んだ。

 決して忘れられない和多の無二の相棒。今もなお彼の魂を燃やし続ける覇王『テイエムオペラオー』。彼はこの追加登録制度を使って皐月賞を走り、栄冠の一つを手にした。

 

 話が少し逸れた。とにかく、クラシックG1レースを走るには登録が必要になる。アパオシャも来年に向けて、そろそろ二回目の登録をする時期になっていた。

 南丸と和多は飲みに誘われた時に、その話と見当はついていた。しかし大の話はいささか予想を外れていた。

 

「来月が期限の第二回登録は予定通り三つとも行います。その上で、アパオシャは桜花賞とオークスの出走を見送る事を提案します」

 

「どういうことですか中島先生?アパオシャに何か問題があって、単にレースに出せないなら分かります。しかし登録した上で出さないというのは腑に落ちません」

 

「オーナーの仰る通りです。私はアパオシャを牝馬二冠に出さず、クラシック三冠を走らせたいと思いました」

 

 南丸は息を呑む。隣の和多はアパオシャの力ならそれもアリと、レースの勝ち筋を探る。

 牡ばかりのクラシック三冠を牝馬が走ること自体は可能だ。そういうルールが定められている。

 しかし実際に走る馬はごくごく僅か。単純に牝馬は牡馬に身体能力が劣る。ゆえに、一部例外を除いて牝馬は牝馬三冠を走らせるのがホースマンの常識である。

 

「オーナーは二年前の日本ダービーで、どの馬が勝ったか覚えていますか?」

 

「ええ、あの時は相当に話題になりましたね。64年ぶりに牝馬のウオッカがダービーを制したと」

 

「はい、実力さえあれば牝馬がクラシック三冠を制するのは可能です。私は前々からアパオシャも勝てると思っていました。確信を持ったのは今日のレースを見てからですが」

 

 調教師の自信を持った言葉に南丸は心が傾き始めている。

 牝馬が牡馬ばかりのクラシック三冠をもぎ取る。もし実現したら、その痛快さは並のレースに勝つのとは比べ物にならない。

 しかし現実問題として、本当に勝てるかどうかはまだ判断が付かない。よってもう一人の競馬のプロの意見も聞かねばならない。

 

「これまでアパオシャに乗っていた和多君は、皐月賞やダービーを勝てると思うかい?」

 

「騎手として正直に言えば、勝ち目はあると思います。アパオシャのスタミナは古馬にも引けを取らないし、パワーも同年の牝馬の中でトップクラスです。レース展開次第では勝てます」

 

「それに、同年の牝馬には国松厩舎のアパパネがいます。あれとマイルの桜花賞でぶつかったら、アパオシャはほぼ負けます」

 

 南丸も今月のJpn1阪神ジュベナイルFを勝ったアパパネの事は知っている。確かにあの馬とレースでぶつかったら、短距離が苦手のアパオシャは不利だ。

 だからと言って牡馬ばかりのクラシック三冠が楽勝かと言えばそうでもない。今日のjpn3レースを見ていれば無様な負けにならないと思うが実に悩ましい。

 迷っているオーナーを見て、大はさらに優位な材料を示して天秤を傾かせる。

 

「牝馬には斤量のハンデも軽いです。むしろ牝馬ばかりのレースより、一頭だけ牝馬のアパオシャには有利です」

 

 斤量とは騎手の体重に加えて、馬に背負わせる重りの事。OP戦以上の牡牝混合レースでは、大抵牝馬のほうが1~2kgは軽く済む。

 競馬を知らない者なら、たかが数kgと思うかもしれない。しかしレースにおいて1kgの重りは一馬身差のハンデに匹敵すると言われている。

 時に数cmを争うレースでは、このハンデは極めて重い。特にクラシック三冠は牡馬と2kgの差が付く。

 今日のレースで牝馬のアパオシャが多数の牡馬に勝てたのも、1kgの斤量差に依る処が大きかった。

 諸々の要素を分析した結果、素人の南丸も心が段々クラシック三冠へ傾きつつあった。

 

「――――――分かりました。お二人の言葉を信じて、アパオシャのクラシック三冠への参戦を認めます。ただし、一つ試験を受けてもらいます」

 

「試験ですか?」

 

「ええ、来年三月の弥生賞で勝てとは言いませんが掲示板には入って、皐月賞でも勝てる事を証明してください。それが出来なければ、予定通り桜花賞とオークスを走らせます」

 

 ある意味妥当な条件で、大はホッとした。弥生賞は皐月賞のトライアルレースに位置付けられている。そこで良い結果を出せなければ、本レースに挑む資格が無いのは道理だ。

 それに仮に弥生賞で散々な結果でも、今日まで三勝して得たレース賞金額なら、チューリップ杯のようなトライアルに出なくても、確実に桜花賞の出走権は得られる。両方のレースに出られない最悪の展開にはならない。

 南丸とて既に馬主。クラシック三冠への欲は人並みには持っている。

 それにアパオシャはオグリキャップの子。制度に阻まれて走れなかった父親の無念を娘が晴らすとなれば心が動く。

 

「ところで先生は先程、桜花賞とオークスの二回目の登録はそのまま行うと言っていましたが、それは皐月賞に出られない時の保険ですか?」

 

「それもありますが、もう一つは牝馬三冠に出ると見せかけたダミー情報です。これでギリギリまで、菊花賞を除くクラシック三冠出走を伏せておきたい」

 

「なるほど、登録料が多少無駄になりますが、二回目までは必要経費と割り切れる額ですね」

 

 第一回登録は一レースにつき一万円、第二回登録なら三万円がかかる。二回目までの登録料は例えレースに出なくても返金はされない。

 アパオシャの場合、桜花賞とオークスの二レース分の八万円が無駄になるが馬主にとっては惜しむ額ではない。

 

「ですが皐月賞とダービーには追加登録料の二百万円が必要になります。非常に心苦しいですが、こちらはオーナーの負担になってしまいます」

 

「なんの。今までアパオシャが勝って得た賞金を使えば気になりません。オグリキャップが作った制度を使って娘が走る。これもまた巡り合わせですな」

 

「そういうわけだ、和多。オーナーの許しが出たから、これからも頼むぞ」

 

「任せてください。まずは弥生賞で良い結果を出してみせます」

 

 和多も久しぶりの皐月賞に気分が昂った。アパオシャとなら、かつて相棒と挑んだ皐月賞にまた勝てるかもしれない。

 オペラオーが引退してから、宿題を解くまでは彼に会わないと勝手に決めた。

 今年はアパオシャと一緒にG1を勝って相棒に最高の報告が出来る。心の中で期待感が膨らんでいく。

 

 この時、大は敢えて口にしなかったがアパオシャを牝馬三冠で走らせなかった理由はもう一つある。

 厩舎で預かっているアプリコットフィズの馬主が、彼女を牝馬三冠に出したいと言って来た。

 同じ厩舎の馬を同じレースに出すと、色々と煩わしい事がある。特に件の馬主は日本で一二を争う社大グループだから、無いと思うがなるべく刺激したくない。

 そうした裏事情は伏せて、幾つかの証拠を示して相手をその気にさせて誘導する。こういう駆け引きは騎手だった大の得手とする所だ。

 幸い南丸は真っ当な条件さえ満たせば納得してくれるので、付き合いやすい馬主の部類だ。

 

 アパオシャに関わった三人の男達はそれぞれ良い年を過ごせたと思い、来年もこんな年になれば良いと笑って飲み明かした。

 

 



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第12話 閑話・馬に関わる人達の新年


 3月24日に日間ランキング10位に入って、歓喜と同時にこれがオグリキャップ効果かと戦々恐々しております。

 読者の皆様にはお礼を申し上げて、これからも拙作ですが頑張って投稿を続けて行こうと思います。



 

 

 アパオシャの競走馬生活一年目が無事に終わり、次のレースまで関東の育成牧場で英気を養っている2010年の元旦。

 彼女の生家である、北海道の美景牧場も家族で正月を祝っていた。

 家畜を扱う酪農家に正月休みなど無いが、気分だけでも正月を味わうために飾り付けや食事は正月らしい物を揃えている。

 

「あけましておめでとう父さん、母さん、爺ちゃん、婆ちゃん、ひい婆ちゃん」

 

「おめでとうナツ。今年も一年宜しくな」

 

 朝の乳しぼりと馬の世話を終えた一家は、おせち料理と雑煮で正月を祝う。

 

「今年も去年に続いて、良い年になって欲しいべ」

 

「ほんにね。去年は黒子がレースに勝ってくれたおかげで、少しはお金が入って来たから助かったねえ」

 

 JRAは競走馬がレースに入着した場合、その馬の生まれた牧場に一定の金額を交付する制度がある。

 さらにその母馬を所有していれば、別途で金額が支払われた。

 アパオシャもこの牧場で生まれ、今も母馬のウミノマチはここで繁殖牝馬をしているから、三勝分の金額が牧場に支払われる。

 零細の牧場にはこうした交付金は無視出来ない額であり、美景一家はアパオシャの事を、都会に出て働いて実家に仕送りする孝行娘のように思い感謝していた。

 

「弟の09は競りに出せば結構期待出来るんじゃないか」

 

「そうだねえ。何と言っても姉が中央の重賞を勝っちゃったんだから、高く売れて欲しいっしょ」

 

「競りまでに黒子がもっと勝ったら、どれぐらいでクーは売れるかな爺ちゃん?」

 

「種が違うし、産駒成績が黒子だけだから良いとこ1000万ぐらいだべ。けど、儂等には大金だな」

 

「マチもあと2~3頭は産めるから、今年は種も厳選して少しでも高く売れるように考えるか」

 

 秋隆と春彦が春に種付けする牡馬について幾つか候補を挙げていく。

 正月から生臭い話をしているように思えても、当人達にとっては生活がかかっている以上、避けては通れない話である。

 それに家畜に高値が付けられるのは、自分達の仕事が正当に評価されている指標でもあるから、決して悪い事ではない。

 

「黒子を買ってくれた南丸の社長さんが沢山お歳暮を贈ってくれたし、あの子は変な子だったけど今思うと福の神っしょ」

 

「んだな。マチの子じゃ、あいつだけが馬らしくない変な奴だった」

 

 秋隆夫婦が変というのも無理はない。中身が異なる世界から転生した、90歳を超えた世界最高のアスリートだった婆とは思うまい。

 

「ナツも馬より馬鹿な子なんて言われたくなかったら、黒子に負けないように勉強も頑張るっしょ!」

 

「うっ、はーい」

 

 さすがにナツも馬より馬鹿扱いは断固拒否したかったから、少しは勉強を頑張らないといけないと心を引き締めた。

 それに今年は中学三年になるから、そろそろ受験勉強だって始めないと、高校にすら入れないかもしれない。

 勉強重視の進学校に行くつもりは無いけど、せめて農業系の学校には入りたかった。

 そのためには少しでも成績を良くして、推薦枠を確保したい。

 この日を境にナツも少しだけ勉強を頑張って、無事に推薦を受けて農業高校に入学するのは、まだ先の話である。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

  2010年1月某日

 

 

 2010年の競馬を語るスレ part4

 

 

442:良識的競馬ファン ID:I8Siz5f8W

 

JRAから2009年度の表彰の発表あったぞ

 

年度代表馬・最優秀4歳以上牝馬:ウオッカ(牝5歳・栗東)

最優秀2歳牡馬:ローズキングダム(牡2歳・栗東)

最優秀2歳牝馬:アパパネ(牝2歳・美浦)

最優秀3歳牡馬:ロジユニヴァース(牡3歳・美浦)

最優秀3歳牝馬:ブエナビスタ(牝3歳・栗東)

最優秀4歳以上牡馬:ドリームジャーニー(牡5歳・栗東)

最優秀短距離馬:ローレルゲレイロ(牡5歳・栗東)

最優秀ダートホース:エスポワールシチー(牡4歳・栗東)

最優秀障害馬:キングジョイ(牡7歳・栗東)

特別賞:カンパニー(牡8歳・栗東)

 

ほい

 

 

443:良識的競馬ファン ID:oFgGALveA

サンクス

 

444:良識的競馬ファン ID:h6XqWUrdf

助かるよ

 

445:良識的競馬ファン ID:Yh59VvXHs

今回も引き続きウオッカが年度代表馬か

 

446:良識的競馬ファン ID:uHBXKuImf

G1三勝してるから二年連続でも納得だわ

 

447:良識的競馬ファン ID:2wtkDmzU1

これで牝馬なんだからマジすげーなウオッカ

 

448:良識的競馬ファン ID:fwKWWyxv+

ブエナビスタも牝馬二冠だしここ最近牝馬の方が強いな

 

449:良識的競馬ファン ID:TOzmcjdYW

つーかウオッカは6歳になってもまだ走るのか

 

450:良識的競馬ファン ID:XJLwJ9t6d

ライバルのダイワスカーレットはとっくに引退だってのに

 

451:良識的競馬ファン ID:nf1sFl7N7

牝馬でG1七冠は凄すぎる

 

452:良識的競馬ファン ID:AcMS1XldW

牡はもうちょっと頑張れって思う

 

453:良識的競馬ファン ID:RA5uBxHyD

ドリームジャーニーは頑張ってるぞ

 

454:良識的競馬ファン ID:UgaVDhlAh

あいつはレース以前に人を食い殺さないか心配なんだよ

 

455:良識的競馬ファン ID:/b7Ex4vfi

ikezはよくあんな猛獣に乗っていられるよ

 

456:良識的競馬ファン ID:0nMdaE0X/

ikezだし

 

457:良識的競馬ファン ID:jEPewj1uh

癖馬はikezに任せれば何とかしてくれる

 

458:良識的競馬ファン ID:D1BoHmtGc

ikez過労死待ったなし

 

459:良識的競馬ファン ID:mc94CGR3q

過労の前に事故死を心配しろ

 

460:良識的競馬ファン ID:dz8vbG+Jx

ちょっと気になったけど最優秀2歳の牡牝どっちも父がキングカメハメハだな

これって同産駒で初めてじゃね?

 

461:良識的競馬ファン ID:BkynF82+H

おうそうだぞ

 

462:良識的競馬ファン ID:t/WKmQofI

初産駒も良く走るし大当たりの種牡馬だな

 

463:良識的競馬ファン ID:drc6x60+m

サンデー系ばかりが重賞勝ちまくってるから

こういう別系統の血筋がいるとありがたい

 

464:良識的競馬ファン ID:LQYQ+Nvp/

同じ血統ばかりだとインブリードでやばくなるからな

アウトブリードも大事にしないと

 

465:良識的競馬ファン ID:JvQmlCFfr

つっても最近のG1馬の半分ぐらいはサンデー血統ばかりだし

もう遅い気がする

 

466:良識的競馬ファン ID:g2liBK3T/

ブエナビスタの父のスペシャルウィークもサンデー産駒

 

467:良識的競馬ファン ID:0EOAXaXm3

最優秀3歳牡馬のロジユニヴァースの父のネオユニヴァースもサンデー産駒だな

 

468:良識的競馬ファン ID:VYkPbyNTv

ドリジャの親父のステゴも追加

 

469:良識的競馬ファン ID:DD0C85PtJ

あかんやん

 

470:良識的競馬ファン ID:wUjF8tkfX

サンデーサイレンスが優秀過ぎたのがいかん

 

471:良識的競馬ファン ID:eeAGYja57

日本の古い血統が軒並み枯れ果てるのはおつらい

 

472:良識的競馬ファン ID:DTqmdk4PZ

まだサクラバクシンオーが頑張ってるけどもう20歳で

あとどれだけ種付けできるか分からん

 

473:良識的競馬ファン ID:iFPgDCL0R

シンボリクリスエスやクロフネみたいに外国から仕入れているけど

これからどうなるかね

 

474:良識的競馬ファン ID:7CZ2SfIiK

ディープインパクトの産駒もこれから出てくるから

まじで日本がサンデー以外の血統の墓場扱いになってしまう

 

475:良識的競馬ファン ID:RiJc7Orna

トニービンの血統も種馬ジャングルポケットとエアグルーヴ以外は

あんまり見かけなくなったし

 

476:良識的競馬ファン ID:2saVrCuTt

ブライアンズタイムも年喰った

 

477:良識的競馬ファン ID:jJjua4kyn

サンデー以外の血統で言ったら最近変なのが出て来たよな

オグリの子

 

478:良識的競馬ファン ID:E9VFgEtXt

アパオシャだろ

あれは何で走るのかマジで分からん

 

479:良識的競馬ファン ID:VRRJRNaiD

今更オグリキャップ産駒で母父がミホシンザンだからな

何の冗談かと思ったぞ

 

480:良識的競馬ファン ID:rnbfjdXQL

新馬戦はまぐれかと思ったら3戦3勝 Jpn3の2000m勝利

今年はかなり期待出来そう

 

481:良識的競馬ファン ID:COzipZR9e

三戦とも鞍上は和多だけどよっぽど相性良かったんか?

 

482:良識的競馬ファン ID:o1FRmri81

相手に恵まれただけってわけじゃないよな

 

483:良識的競馬ファン ID:cMPxTYaVY

年末のラジオNIKKEI杯はヴィクトワールピサが2着だから相当強いよ

 

484:良識的競馬ファン ID:Z2kfJ7hdx

>>483 ネオユニヴァース産駒

ローズキングダムの新馬戦で2着だった奴だな

 

485:良識的競馬ファン ID:R76q1fZZ2

牡ばかりの重賞で牝が勝つ時点でマグレ以前の問題

俺はウオッカクラスだと思う

 

486:良識的競馬ファン ID:RLBEBN5Az

アパパネとどっちが強い?

 

487:良識的競馬ファン ID:a0ExvVgdT

まだ一度も対戦してないから分かるかよ

 

488:良識的競馬ファン ID:8w1HOzIHH

七冠のウオッカと同等は言い過ぎじゃね?

俺はエアグルーヴ級が精々だと思う

 

489:良識的競馬ファン ID:lfMwT1pvS

OK!G1勝利級ってことだな

 

490:良識的競馬ファン ID:IhehTO1Xq

親父ほど強くはないと思うが爺さんのミホシンザンぐらいの強さかな

 

491:良識的競馬ファン ID:I3qmm74Tb

じゃあ牝馬三冠はアパパネとアパオシャの対決が熱くなるな

 

492:良識的競馬ファン ID:s9NzVgRQN

桜花賞とオークスは走るけど秋華賞はたぶん出ない

 

493:良識的競馬ファン ID:3rj6CF0Be

>>492 なんで?

 

494:良識的競馬ファン ID:FryFgmKgC

俺も競馬新聞で見た

菊花賞走るらしい

 

495:良識的競馬ファン ID:wQZXa4iTo

はっ?

 

496:良識的競馬ファン ID:dciNJNHpQ

ま?

 

497:良識的競馬ファン ID:jeZ/P+JD7

何で?

 

498:良識的競馬ファン ID:t872YyRxw

アパオシャは本質的にステイヤーだから中島調教師は長いレースを走らせる方針

JRAの公開データ見たらクラシック登録も菊花賞の一回目を登録して

二回目もそろそろやってるはず

 

499:良識的競馬ファン ID:ZWLlOku3j

牝馬ステイヤーってキワモノすぎる

 

500:良識的競馬ファン ID:92qsnGxG0

そうでもねえって

ブエナビスタもどちらかというとステイヤーなんだよ

 

501:良識的競馬ファン ID:OeDYavQQy

オグリキャップも本来マイルだけど有馬記念二回勝ってるし

意外とオグリにも似てる?

 

502:良識的競馬ファン ID:9jb3fjUJg

格好は全然似てないな

芦毛じゃないどころか毛すら生えてねえ

どちらかというと長距離適性は母方のシンザン系の特徴

 

503:良識的競馬ファン ID:FQb5Z71XA

俺も実際にパドックで見て墨で染めたみたいに黒くてビビッた

しかも毛じゃなくて肌が黒くて二度驚いた

 

504:良識的競馬ファン ID:cQ5Rjevm2

なんかニュースでやってたな

先天性無毛症の馬だって

 

505:良識的競馬ファン ID:l1F+0Uh5C

辛うじてうぶ毛とまつ毛で青鹿毛だって分かるらしいが

肌が異様に黒くて怪物みたいなナリしてんだよ

 

506:良識的競馬ファン ID:/lQJM/Lpy

色黒で毛が無いぐらいなら可愛い物だろ

競走馬は速く走ってなんぼだし

 

507:良識的競馬ファン ID:nvVszQyZ7

尻尾の無い馬よりは期待する

 

508:良識的競馬ファン ID:T983IN5ij

>>507

ハルーワスウィートか

意外と強くて繁殖牝馬に回されたな

 

509:良識的競馬ファン ID:Cd2ukaSy6

オグリの子で新馬戦勝ってるから今年は競馬場に結構人が入ってるんだよ

子連れも多いし

 

510:良識的競馬ファン ID:8Tb4b81hT

年末の阪神競馬場がG1でもないのに滅茶苦茶混んでたな

大半がアパオシャ目当ての客だって

 

511:良識的競馬ファン ID:zcARw5IAt

テレビ局もかなり熱心に取り上げているから

二度目のオグリブーム来るか?

 

512:良識的競馬ファン ID:+wbajpSeV

JRAがテコ入れするから多分来る

 

513:良識的競馬ファン ID:uNUZFFw+M

ハルウララブーム過ぎてディープもイマイチ盛り上がらなかったし

またアイドル欲しがってるだろうね

 

514:良識的競馬ファン ID:/GChSNKgs

サンデー血統に一石を投じる馬だしJRAも大事にしたいと思てるはず

 

515:良識的競馬ファン ID:ZtLIkalFz

うわー今からクラシックG1が楽しみだ

 

516:良識的競馬ファン ID:yk+UVyqZd

スターホース、オグリキャップの正真正銘最後の娘

血統そのものはサンデーとかの主流外国血統とは無縁で枯れ果てている

生まれつきハンディキャップ抱えつつ牝ながら牡馬をボコボコにする強者

あまり見かけない脚質のまくり馬

属性モリモリだから無理に盛り上げなくても人気出るやつ

 

517:良識的競馬ファン ID:5GHlZuo+S

オグリキャップ産駒で母がシンザンの系譜だから一応の良血ではあるんだよ

シンザンの親父のヒンドスタンはイギリスの良馬でメジロマックイーンの母馬の爺さんだし

 

518:良識的競馬ファン ID:QiM8cfH6D

サンデーサイレンス以前の昭和の大種牡馬だな<ヒンドスタン

日本のリーディングサイアー(最優秀種牡馬)に7回なってる

 

519:良識的競馬ファン ID:AYtaqz5t5

それでも枯れ果てた古い血統には違いないぞ

オグリも種馬としては鳴かず飛ばずの有様

 

520:良識的競馬ファン ID:btQXHNWYb

だからか言って悪いけど馬主はよくこんなクソザコ血統馬を買ったと思った

 

521:良識的競馬ファン ID:V2pzhCVqE

競りに出てないから庭先取引で買ったんだろうが何でだ?

 

522:良識的競馬ファン ID:Mg7wWc3tE

光輝いて見えたんだろ

 

523:良識的競馬ファン ID:tvR0jpWK5

そんなテイエムオペラオーじゃないんだし

騎手は和多・・・・・まさかね

 

524:良識的競馬ファン ID:3N7UsCSB+

オグリキャップ最後の子だから何か思い入れがあるか

金になると思って買った可能性はある

 

525:良識的競馬ファン ID:tQD+ctA/S

買った馬主はゲーム会社の世界一ソフトの社長だぞ

表彰式に顔出てびっくりした

 

526:良識的競馬ファン ID:E4H4fsuk/

マジか

あのインフレゲー会社の社長かよ

 

527:良識的競馬ファン ID:tQD+ctA/S

一企業の社長なら馬主でも普通だけどおもしれえ

 

528:良識的競馬ファン ID:eyHOwWNKQ

会社のホームページで社長が馬の名前を募集する社内公募やってるって

去年の日誌に書いてあったのはアパオシャの事か

 

529:良識的競馬ファン ID:nFFHCAIzu

おれちょっとサイト確認してくる

 

530:良識的競馬ファン ID:tik7KsFBo

ゲーム会社の社長が馬主なら版権自由に使えて

自社ゲームにアパオシャ出し放題じゃね?

 

531:良識的競馬ファン ID:gwEHO1bov

グッズも自前で企画して協力会社に発注可能だな

 

532:良識的競馬ファン ID:oIv4Hyy0n

マメにサイトを監視したら一番新鮮な情報手に入りそう

 

533:良識的競馬ファン ID:PeYExW9bT

最近競馬界が静かだったけど今年は一気に燃え上がるな

 

534:良識的競馬ファン ID:jIOryYVvF

いやー楽しみだ

 

 

 



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第13話 これで俺も有名馬?

 

 

 吾輩は競走馬である、名前はアパオシャ。

 人に飼育される畜生の身であっても、リフレッシュ休暇を貰える程度には大事にされている。

 年末にそこそこ大きなレースを勝ったら、正月から大体一月ぐらい牧場に連れて行かれて、食っちゃ寝生活を満喫した。

 トレーニングは求められなかったが、食って寝るだけの生活は退屈だし、前世と似通った世界なら冬が終わればおそらく大きなレースを走る。

 その時に備えて、出来る範囲で運動とストレッチを繰り返して、身体が鈍らない程度の状態の維持に努めた。

 

 美浦トレセンに帰って来てからは、トレーニング三昧の日々を送っている。

 登坂の往復以外にも、同じ厩舎のトフィと併走して鈍った体を締め上げる。

 トフィは俺の居ない間に一度レースに出たらしい。その時はもっと速い馬がいて、置いて行かれたと悔しそうに話していた。

 何着だったかは知らんが、負けて悔しいと思うならこいつはまだ速く走れる。

 〇クザのオッサンはレース後のトフィをあまり休ませずにトレーニングさせているから、おそらくまたすぐに走らせるつもりだろう。

 身体はきついだろうが勝てなければ肉にされる身なら、勝つまで走り続けるしかない。

 俺も明日は我が身と思って真面目にトレーニングを続ける。

 

 日々の食事は牧場で動いていたから、体重はさほど増えていなかったので食事制限は無く、むしろ動いた分だけ多く食うように草を増やされた。

 食うのもトレーニングの内なのは、畜生もウマ娘も似たようなものだ。

 ただ、今までとちょっと変わった点が一つある。食事に出される品目が増えた事だ。

 前から草以外に野菜や果物を時々貰えたけど、最近野菜の種類が増えた。

 ニンジン以外にセロリやカボチャ、レタス、ピーマンにパプリカ、大豆なんかも貰えた。

 これらの野菜はオーナーからのプレゼントの一部。お祝いにフルーツをくれるし、気配り上手の良いオッサンだな。

 

 さらにプレゼントの中ではこれが一番嬉しかった。

 味噌ニンニクである。まさか畜生の身になっても味噌を口に出来るとは思わなんだ。

 貰えるのは毎日じゃないし量も少ないけど、味噌を味わって食えるのが最高に嬉しい。

 あーこの芳醇な香りとニンニクの刺激が堪らん。ニンジンやセロリに塗りつけて一緒に食えば、空だって飛べる。

 つーか白米を寄こせ。餅でも良いぞ。

 

「おうおう、今日も喜んで味噌食ってるな。お前は本当に変わった馬だよ」

 

 よう、松井。お前も味噌食うか?

 味噌を塗ったセロリを咥えて突き出すと、厩務員の松井は首と手を横に振って笑う。

 

「こいつはお前に用意したものだから、気にせずたっぷり食え食え。それにお前達が勝ってくれるおかげで、俺達にも賞金の一部がボーナスで貰えるんだ。感謝してるよ」

 

 そうかい?じゃあ、遠慮なく。うーん、味噌のまろやかな甘みとセロリの苦味、ニンニクの旨味と刺激が一体になってたまらん。

 

「お前の親父のオグリキャップも、このニンニク味噌をよく食べていたらしいな。親子で好物も似るのかねえ」

 

 ウマ娘の方のオグリキャップ先輩も味噌が好きだったから、馬とウマ娘は意外と関係性があるんかねえ。

 カフェさんはどうだったのかな。さすがに動物にコーヒーは飲ませられないから、あんまり関係無いかもしれない。

 

 

 食事を終えて午後からのトレーニングに備えてまったりしていると、厩舎の外からドタドタ数名の、初めて聞く声と癖の足音が響いた。

 〇クザのオッサンが数名の撮影機材を抱えた男達やスーツ姿の女性と共に来た。

 

「ここの馬房に居るのがアパオシャです。アパオシャ、今日はトレーニングの前にこの人達がお前の事を見たいと言って来た。ちょっと付き合ってやれ」

 

「うわー、本当に真っ黒な肌をした馬ですね。でも私達を見ても落ち着いてて、大人しい子です」

 

 オッサンと女性が色々話している後ろでは、カメラや収音機材を用意する男達が動き回っている。

 この世界でもメディアの取材とかやってるのか。ウマ娘ならともかく、喋れない馬を放送しても面白くなかろう。

 といっても責任者のオッサンが許可した以上は付き合ってやらないと。

 

「えーこちらは美浦トレーニングセンターの中島厩舎に来ています。現在人気上昇中の競走馬のアパオシャの姿を、テレビの前の方々にお見せします」

 

 テレビカメラが女性アナウンサーから俺に移る。いや、カメラ向けられたって俺は何もしないから。小粋なトークとか芸をしろって?

 

「アパオシャは現在3戦3勝。次の弥生賞に向けて毎日厳しい調教を受けています。中島先生、この子の魅力は何でしょうか?」

 

「まずは頭が非常に良い事です。人の言葉も大体理解していて、我々がやりたい事を説明するとその通りに動いてくれます」

 

「えぇ、そうなんですか?」

 

「たとえばアパオシャ、ちょっと前の右脚上げてくれ――――よし降ろしていいぞ。次は前の左も」

 

 オッサンに言われた通り右脚を曲げて上げてから、降ろして、左側も上げた。

 

「本当に脚を上げてます。ちょっと信じられません」

 

「おかげで蹄鉄を替える時は楽だって作業員からも好評です。我々も世話がしやすくて助かっています」

 

 そりゃやらないといけない事は先延ばしにしたところで意味無いんだから、効率よく動かないと時間の無駄だし。

 

「同じ年に厩舎に来た馬には、お姉さんみたいに慕われています。特に二日後にデイリー杯クイーンカップを控えているアプリコットフィズは、本当の姉妹みたいに仲が良いです」

 

 その後はオッサンから、普段俺がどんなトレーニングをしているとか、綺麗好きな性格で馬房を掃除しやすいなど、カメラに向けて話をしている。

 俺は特にやる事も無いから、あまり動かないように待っている。どうせ話す事も無いし、早く終わってもらってトレーニングをしたいから邪魔しない。

 ところがそれだとテレビ的に面白くないのか、あるいはオッサンがサービスしたいからか、餌を食べさせるコーナーが始まった。

 

「私が上げても大丈夫でしょうか?」

 

「心配いりません。大人しくて気遣いの出来る子ですから、噛まれたりはしません」

 

 そう言って半分に切ったパプリカを渡された女性は恐る恐る俺に野菜を近づける。

 野菜の端を歯で摘まんで、口の中に放り込む。誰の手から貰っても野菜は美味しい。

 

「こうして見ると可愛い子ですね。もう一つ上げても大丈夫ですか?」

 

「じゃあ、今度はこっちを」

 

「セロリも好きなんですね。あれ、この上に乗っている茶色いのは……味噌のように見えますけど」

 

「こいつは味噌が好物なんです。この子のオーナーからの差し入れで、ニンニク入りの味噌を食べさせています」

 

「えー!馬に味噌を食べさせても大丈夫なんですか!?」

 

「少量でしたら問題ありません。ニンニクも生を避けて熱を通した物なら大丈夫です」

 

「では、改めて―――――」

 

 差し出された味噌の付いたセロリをパクっと口に入れる。うーん、デリシャス。

 

「さっきのパプリカより嬉しそうに食べています。馬も好きな物を食べたら嬉しいんですね」

 

 動物の飯食ってる映像でどれだけ視聴率取れるか知らんが、これぐらいしておけばテレビ局も文句は言うまい。

 こちらはトレーニングが控えていて、あちらさんもそこそこ映像は撮れたから満足して帰って行った。

 

 

 取材があった日から、しばらく経った日。レースに出たトフィが帰って来た。

 結構疲れているみたいだけど、どこか嬉しそうにしている。

 

【あたい、きょうははやかったよ。ニンゲンもよろこんでた】

 

【おー、勝ったか。よくやった、頑張ったな】

 

 隣の房で騒ぐトフィを宥めながらレースの事を聞いていたら、いつの間にか寝息が聞こえ始めた。

 電源が落ちたみたいに寝るのは子供と変わらんな。

 俺もこれからの自分のレースを頑張るとしよう。

 

 



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第14話 春雨の弥生賞

 

 

  3月7日  日曜日  中山競馬場  15時40分 天候:雨  芝:重   

 

 

 冬が過ぎて、中山レース場も少しは温かくなった。

 ただし今日はあいにくの雨模様。春の雨は温かいなんて言うけど、ずっと当たっていたら風邪を引いてしまう。

 前世も含めて、生まれてから今まで風邪なんて引いた事無いけどな。

 

 しかし、集まった他の馬には顔にカラフルなマスクを着けている奴も多い。あれはどういう意味があるんだろう。

 防寒機能は無さそうだし、レスラーがマスクを着けて目立ったり、役者が化粧をするような物なのかな。

 厩舎の人達が俺には必要無いと言ってるのを聞いているから、何か機能があると思うが謎だ。

 

 おっと、今はそんな事を考えている余裕は無かった。

 これから俺達14頭は、明日肉にされるかどうかの瀬戸際でレースをする。マスクなんて気にしている余裕は無い。

 ゲート前でレースを待つ他の馬達は相変わらず落ち着きが無い。

 ウマ娘の中にはスタート前は気が立って暴力的になる子も居たから、畜生なら余計に荒っぽくなるのは仕方ないか。

 だからか、俺の上にいる和多も気を遣って、レース直前はよく話しかけてくる。

 

「今日も頑張ろうアパオシャ。ここで勝てば次のG1に弾みがつく」

 

 やっぱり次はG1か。となると時期的に桜花賞か皐月賞だな。距離は皐月賞の方が好みなんだけど、俺の意志が伝えられないからどうなるんだろう。

 

【それより今日のレースだろ。次のレースは次に考えよう】

 

「油断するなって言いたいのか?分かってるって」

 

 背に乗っている和多に首をポンポン叩かれる。最近は少しだが相方も声だけで意思を汲み取れるようになってくれたのはありがたい。

 

「残念だけど今日の勝ちは譲れないな、和多」

 

「猛さん」

 

「去年の暮れはしてやられたが、二度も同じ屋根と馬の組み合わせには負けられない。そうだろヴィクトワールピサ」

 

 猛……確か去年末のレースで俺達をマークしてた奴か。察するに和多の先輩騎手か何かかな。

 そして彼の下にいる馬もこちらをじっと見つめている。

 

【メスにはもうまけないよ】

 

【ふーん。頑張れ】

 

 口で言うのは容易くても、レースはそんなに甘くない事を教えてやるよ坊や。

 レースの時間が迫り、係員が手綱を引いて次々ゲートに馬を押し込んでいく。

 ゲート内の芝を踏むと、雨を吸った芝でじっとりと蹄が濡れる。今日は重バ場判定かな。走りにくいのは確かだ。しかし条件は同じだから今更文句は言うまい。幸い坂がきつくて直線の短い中山は庭に近い。

 さあ、今日も生きるために勝ちに行くとしようか。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

『中山競馬場、今日のメインレースは第11レースG2報知杯弥生賞、雨の中の芝2000メートルです。14頭の若き優駿の戦いがいよいよ始まります』

 

『―――――全頭一斉にスタートしました!1番人気の1枠1番ヴィクトワールピサは控える形になる。一番に出て来たのはベストブルーム、続いて二番人気の池園エイシンアポロン。外からはスマートジェネシスが並びます』

 

『さあ先頭が中山の坂を駆け上がります。ヴィクトワールピサは後ろの集団につく。本レース唯一の牝馬、3枠4番のアパオシャ五番人気は後方で様子を窺う。先頭のベストブルームが第一コーナーを回って行きました。一馬身の差をつけて二番手のスマートジェネシス、三番手にはエイシンアポロンが外に続きます』

 

『おっと、ここでヴィクトワールピサが内側五番手まで上がって来る。第二コーナーから騎手の猛は果敢に攻める』

 

『先頭のベストブルームが向こう正面に入りました。最後尾の6番ダイワアレスとは七馬身の差。アパオシャは十番手です』

 

『残り1000メートルを切りました。向こう正面の中間点から、ここで4番アパオシャが外からせり上がる。和多が仕掛けてきたぞ。順々に前方を追い抜いて、第三コーナーに突入』

 

『ヴィクトワールピサ、エイシンアポロンは動かない。先頭のブルームとスマートジェネシスが負けじと加速した。ビッグバンが後方大外から上がって来た!』

 

『第四コーナーから最後方のトーセンアレスも来た。ダイワファルコンも外から回る。アパオシャが外から首一つ先頭に立って、一丸になって来た!残り400を切って最終直線に入った!』

 

『ここでアパオシャが抜けた!しかし後ろのコスモヘレノスとエイシンアポロンは食い下がる。ベストブルームは伸びない!』

 

『中山の坂をアパオシャが一気に登る!おっとここで最内からヴィクトワールピサが来たぞ!牝馬には負けるものかと気迫の末脚!しかしアパオシャとの差は縮まらない!まるで平坦な道を走るかの如く、アパオシャに中山の坂は通じない!』

 

『ヴィクトワールピサがアパオシャに追い縋るが届かない!半馬身離してのゴールイン!!』

 

『何という光景でしょう!弥生賞創設以来、四十七回目にして初の牝馬勝利です!二着は惜しくも猛裕騎乗のヴィクトワールピサ。三着はエイシンアポロンの池園』

 

『タイムは2分05秒4。衝撃的な結末に場内の興奮は静まりません!歴史的勝利を飾った和多とアパオシャのコールが響きます。アパオシャはこれで新馬戦から土つかずの四連勝。最高の形で四月からのG1戦線に乗り込めます!』

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 よしよし。今日もレースに勝ったぞ。

 雨は相変わらず好きじゃないが、中山の坂は走りやすくて良い。

 それに今日は芝が重いから、末脚自慢の連中の切れ味も結構鈍かったおかげで運良く勝てた。

 重バ場は好きじゃないが、イギリスのクソ不良バ場には散々苦しめられて、どう走れば勝てるか必死になって学んだ経験が今世でも存分に活かせた。

 もっと日本のレース場は坂を沢山作るべきだと思うんだよ。アスコットレース場みたいに、高低差20メートルのコースを作ろうぜ。パリのロンシャンでも良いぞ。そうしたら俺がぶっちぎりで勝てるんだし。

 

「やったぞアパオシャ!やっぱりお前は凄い馬だよ!」

 

【お疲れさん和多。今日も俺の好きなように走らせてくれてありがとう】

 

 和多が首の所をすりすり撫でる。撫でられても特に嬉しくないけど、向こうの気の済むまで触らせてやろう。

 軽めのウイニングランをしてから地下通路を歩いて、体重を測る部屋に向かう。途中で猛とヴィクトワールピサのコンビと一緒になった。

 

「おめでとう和多。全く信じられない馬だよ。父親に似て、憎たらしいぐらいに強い馬だ」

 

「お疲れさまでした猛さん。本当にアパオシャは良い馬ですよ」

 

「出来ればボクも一度ぐらいは乗ってみたいけど、君は譲ってはくれないな」

 

「残念ですがコンビを解消する予定はありません。そうだろ、アパオシャ?」

 

 和多と代わって今より良くなる保証は無いから遠慮しとくよ。それに俺を好きに走らせてくれるわけじゃないだろ?

 

【ぐすん、おまえつよい。でもつぎはボクがかつよ】

 

【おう、何度でも挑んでこい】

 

 人の都合で走らされるから次はいつかは分からんが、もし次があったらまた捩じ伏せてやるよ。

 

 それから表彰式に出て、オーナーのオッサンに褒められて今日のレースは終わった。

 次は多分G1だ。明日からまたトレーニングを頑張るか。

 でもその前に熱い風呂に入りたいねえ。次のレースに勝ったら温泉に連れて行ってくれないかな。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

  『黒い衝撃が中山を揺さぶった!!』

 

 

 3月7日、日曜日。春雨の降る中山競馬場、第11レース報知杯弥生賞(芝2000Ⅿ)を牝3歳のアパオシャが勝利。牝馬の弥生賞勝利は史上初。

 

 3枠4番アパオシャは5番人気の単勝16.3倍。京王杯2歳S(G2)のエイシンアポロン含め、13頭の牡馬に競り勝ち無敗の四連勝を飾った。

 

 馬体は前レースからプラス2kg微増の464kg、騎手は初戦から変わらず和多氏。残り900mの向こう正面直線からロングスパートをかけて、先頭を走るベストブルームを捉えた。

 その後は追い上げるヴィクトワールピサを歯牙にもかけずに引き離しての完勝。半馬身差、2分05秒4の勝ちタイム。

 

「とにかくタフで、どんな坂でも平地のように楽々走れる凄い馬です。本当に強い馬は性別なんて関係無いんだと、乗っていてつくづく思い知らされますよ」

 

 二度目の重賞勝利に、ご機嫌の和多騎手のコメント。

 

 

 中島調教師は「重馬場は未経験で不安だったが杞憂だった。しかし坂に強いのは日々の調教で分かっていたので、大敗は無いと思っていた。次のレースも楽しみにしていてください」

 

 自信に満ちた中島氏の笑みにファン達は喝采を挙げた。

 

 

 次のレースこそ言及しなかったが、おそらくは二回目のクラシック登録を済ませた牝馬三冠の第一戦目『桜花賞』と思われる。

 

 阪神ジュベナイルF勝利馬のアパパネ、デイリー杯クイーンC勝利馬のアプリコットフィズ、京王杯と阪神ジュベナイルF共に二着のアニメイトバイオ、そして弥生賞の前日に阪神競馬場で行われたチューリップ杯を勝利したショウリュウムーン。

 

 今年の3歳牝馬はタレント揃い。四月の桜花賞は一層華やかで目の離せないレースが予想される。

 

 

 ≪競馬ジャーナル三月号より≫

 

 



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第15話 G1レースを取り巻く人々の事情

 

 

 吾輩は畜生である。しかし、花を愛でる精神は失われてはいない。

 冬の厳しさも少しは和らぎ、美浦トレーニングセンターのあちらこちらで花が咲き始めていた。

 桜はまだ蕾がポツポツ開き始める程度でも、梅はよく咲いて紅白の花で見る人々を楽しませている。

 残念ながら馬の視覚は人間ほど色彩を詳細に見分けられないから、何となく白っぽかったり赤っぽいように見えるだけで、どうにも色あせた単調な世界に見えてしまう。

 それでも嗅覚はより鋭敏になっているから、鼻腔をくすぐる梅の花の匂いが気分を落ち着けてくれる。

 俺も畜生ながら、トレーニングの移動の合間に木々を見上げては、一時心を和ませてメンタルリフレッシュに務めている。

 

「なんだ、また花見か。本当にお前は人間みたいな感性をしているな」

 

 鞍上の遼太がこちらを呆れたように苦笑する。それでも止めさせずに付き合って一緒に眺めているんだから、ノリが良いのか優しいんだろう。

 隣のトフィは俺が立ち止まってしまったから、一緒に止まって梅の木を見上げている。

 しかしなぜ見上げているのかよく分かっていない。遼太の言う通り、普通の馬に花を愛でる感性は備わっていないから、変なのは俺の方だ。

 

「花を食べる馬は多少知ってるけど、眺めるのが好きな馬はお前ぐらいだよ」

 

【花は食べないけど、梅干しはまた食べたいな】

 

【なにそれおいしいの?】

 

【人の食べ物だけど、ミカンより酸っぱい】

 

【じゃあいらない】

 

 トフィはバナナや角砂糖の方が好きだから、こう言うのも仕方ないか。

 あの酸っぱさは毎日食べたいとまでいかなくても、時々口にしたくなる味だった。畜生ってのはウマ娘に比べて何とも不便だよ。

 さてと、花見はこれぐらいにして畜生は畜生らしく、レースに備えてトレーニングをしようか。

 

 

 練習コースには顔見知りの馬が何頭かいる。去年からよく一緒に走る、アパパネ、サンテミリオン。反対側からはアニメイトバイオも来た。

 最近はこいつらと一緒に走る事がある。前世のトレセン学園で、チームメイトや同学年と模擬レースをやってるような感覚で結構楽しい。

 一つ不満があるとすれば、毎回1600メートルしか走らせてもらえない事か。

 これ、どう考えても次のG1レースは桜花賞だよな。前に中山で弥生賞の2000メートルを走らせたから、皐月賞と思ってたのにとんだ肩透かしである。

 〇クザのオッサンは俺がステイヤーだって分かってるのに、なんでわざわざマイルを走らせるのか。

 しかし、前の弥生賞といい去年の阪神のレースもだが、俺以外全部オスばかりが走ってた気がする。

 実はこの世界のレースは基本的に雄と雌で出るレースが分けられているのだろうか?

 いや、でもそれなら俺がオスばかりのレースに放り込まれるのは道理が通らない。

 ―――実は俺はオスなのか?いやいや、もしそうならあの五本目の脚があってしかるべき。

 大丈夫だ。俺は畜生になってもメスだ。

 

 

 ちょっと微妙なテンションを花見で回復しながら、数日負けの多い模擬レースを続けて、ボツボツ桜が咲き始めた頃。やけに厩舎が騒がしくなり始めた。

 騒がしいと言っても、事務所の電話が鳴りっぱなしで働いている連中が対応に四苦八苦しているだけで、俺達は全く関われないから詳しい話は聞けない。

 最近は新しい厩務員と事務員が何人か入ったから、もう電話の番をしなくて良くなったと、チラッと松井が話していたのを耳にしたぐらいだ。

 

 ただ騒がしくなった日を境に、トフィ達がマイルの練習を重ねる横で、俺だけ距離を伸ばして2000メートルを走らされ続けた。

 これでちょっと読めてきた。俺が出るレースが桜花賞から皐月賞に変更になった可能性が出たな。それで輸送やらレース場への手配に忙しくなったか?

 職員の仕事の増量は不幸だろう。でも俺は多少距離が延びて坂のキツい中山で走れそうだから都合が良かった。

 

 それに前世じゃ皐月賞はナリタブライアンとゴルシーに負けたレース。かつての雪辱の機会が巡って来たと思うと俄然やる気が湧く。

 弥生賞とトフィ達との模擬レースで、同年の馬達のレベルは大体把握している。アパパネ以外なら大抵の奴等は中距離でも何とかなる。

 他に警戒しないといけないのは、猛とかいう騎手が乗っていたピサという牡馬だな。あいつを抑え込めれば勝率は七割ぐらいだろう。

 

 そうと決まればモリモリ飯を食って、レースまでの時間は目一杯調整に努めるとしよう。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 寒さの厳しい北海道も、三月の下旬となれば多少は暖かさを感じるようになる。

 もうすぐ中学三年生に進級する美景ナツは、春休みとあって朝から家の家畜の世話に追われている。

 学生は新学期に備えて休みを謳歌していても、家畜を扱う農家の子となれば休み返上で働かねばならない。

 それでもナツ本人は家畜の世話を苦とは思わず、むしろ机に向かっているよりはずっと楽しいと思っている。

 だからこそ通信簿の数字が芳しくないとも言えるが、農家の子なら余程学力が見込める子以外は基本的に勉強する時間よりも、家畜の世話を手伝っている方が家族からは喜ばれる。美景一家もどちらかというと、その色が強い。

 今はウミノマチ09、仮でクーと名付けた牡馬のブラッシングをしている。

 

「はーい、もうちょっとで終わるから良い子にしてなよ」

 

 まだ生まれて一年足らずの仔馬は落ち着きなく動くから、ブラッシング一つとっても苦労する。

 特に今の時期は冬毛が抜ける始まりだから、初めての刺激でじっとしていられない。

 

「もうすぐアンタの弟か妹が生まれるんだから、お兄ちゃんになる自覚を持ちなって」

 

 そんなこと言っても馬には分からないんだろうが、ついついこの子の姉の時のように話しかけてしまう。

 ナツが知っているマチの子は三頭居た。

 最初の一頭は競りで買われた後に、地方競馬で今も走り続けている。勝ちも少ないから種牡馬には到底なりそうもない。走れるうちは何とか生きられるから、出来るだけ長く生きて欲しいと願っている。

 このクーは牡なのもあるが兄に似ていると思う。比較対象が姉の黒子なんだから、そう思うだけかもしれない。普通の馬なんだからそれが当たり前だろう。

 黒子も頑張ってレースに勝ち続けているんだ。弟のこの子ももしかしたら強い子かもしれない。

 

「アンタも早かったら夏に競りに出されるからねー。せめて良いオーナーに買われなよ」

 

 出来れば地方でも良いから、それなりに勝って賞金を稼いでいれば無碍にはされない。それも競馬場で働く叔父から言わせたら、扱う人間の気分一つで生死が決まってしまう、あやふやな基準でしかない。

 畜産農家である以上は、お金のために家畜を売るのが当たり前だと思っている。でも、せめて馬として生まれたのなら走り続けて生涯を終えてほしい。そう願う自由ぐらいはあって良い筈だと思う。

 

「―――――ナツ、ナツ聞いているのか?」

 

「えっ?ああ父さん。どうしたの?」

 

「もう昼だから飯にしようって呼んでるんだ。どうした?」

 

「ううん、何でもない。キリが付いたらすぐ行くね」

 

 クーを放牧地に放して、道具を片付けて手を洗う。

 考え事をしながら家畜の世話は良くない。牛も馬も人間よりずっと力が強いから、慣れていると油断していたら大怪我を負う。一旦ご飯を食べて気持ちを入れ替えよう。

 

 

 ナツは家に戻って、家族と共に昼ご飯の用意された卓に座る。

 一家は昼からの労働に備えて、たっぷり食べて英気を養う。かと言って無言ではなく、それなりに会話は弾む。

 

「さっき黒子を買った社長さんから電話があったべ。黒子が来月G1に出るから、儂も生産牧場主としてレースを見に来てくれんかと」

 

「すごいっしょ爺ちゃん!四月のG1だったら阪神競馬場の桜花賞っしょ」

 

「あーそれなんじゃが、黒子の奴は皐月賞に出ると言っておったぞ」

 

「本当か親父ッ!?黒子は牝馬だぞ」

 

「儂も何度か聞き直したが、皐月賞で間違いないべ。牝馬は出られるし、ダービーの時のウオッカの事もあるから分からんでもない」

 

 春彦は牝馬にクラシック三冠を走らせる調教師の考えを疑ったが、日本ダービーを勝った牝馬のウオッカを引き合いに出されたら黙るしかない。

 それに今月の弥生賞で牡馬達を薙ぎ倒しているのを見れば、牝馬だろうと期待したくなる気持ちも分かる。

 マスコミへの伝達は明日以降になるから、身内以外には絶対に口外しないでほしいと南丸から釘を刺されている。勿論この家の者はペラペラと余所で喋るほど頭が軽くはない。

 

「で、親父がレースを見に行くのか?」

 

「G1レースに生産牧場代表で呼ばれるなんて、もう機会が巡ってこんから行くべ。牛達の世話は任せていいか?」

 

「分かった。家で生まれた黒子の一世一代の晴れ舞台だ。親父が見届けてくれ」

 

「頼むぞ。それと、ナツを連れて行こうかと思うんだが」

 

「えっ私?」

 

「お前も黒子の立派になった姿を見たいと思わんか?社長さんは何人連れて来てもええ言うとった」

 

「でも爺ちゃんが居ないと牛や馬の世話が大変だし……」

 

「遠慮なんてせんでええ。ナツが馬の事を好きなのは皆分かってるっしょ。一度ぐらい本場の大レースを生で見るのも勉強っしょ」

 

 ナツはまだ少し躊躇ってはいたが祖母に背中を押されて、祖父と一緒に皐月賞を見に行くことを決めた。

 ただし、その夜に何を着て行くかで悩んだ。もしアパオシャが勝った場合はウィナーズサークルで表彰式がある。G1ともなれば全国放送になって、自分の顔も晒されるから普段着など着て行けば間違いなくネタにされる。

 さんざん悩んだ末にナツは、学校の制服を着て行けという両親の意見に従った。学校の制服は略式の正装だから間違いではない。

 

 



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第16話 クラシック三冠の幕開け


 先日、お気に入り登録が2000人を超えました。
 自分で書いていても稚拙な作品と思いつつ、それでも楽しんで読んでいただける方がこんなにも多いと思うと大変嬉しく思います。
 これからも頑張って書いていくつもりなので、皆様よろしくお願いしたします。



 

 

 美景ナツにとって競馬場は、幼い頃から祖父や父が連れて行ってくれる遊園地のようなものだった。

 着ぐるみのマスコットが歩いていて、屋台には美味しい食べ物が売っている。レースは迫力満点で、馬達が走り終わった後にはお土産を買ってもらって家に帰る。

 といってもナツの来た事のある競馬場は帯広競馬場だけ。世界で唯一輓馬にソリを曳かせる『ばんえい競馬』専門の競馬場だ。

 故に今日初めて中山競馬場を訪れた彼女にとって、中央競馬のG1レースは地元競馬場とは似て非なる場所と受け取った。

 見渡す限りのヒトヒトヒト。公式来場数は既に十万人を超えていて、どこを見渡しても人の波でいっぱい。危うく人酔いすらしかねない環境に窒息感すら感じていた。

 

「爺ちゃん、こんなにたくさんの人が黒子を見に来てるの?」

 

「黒子だけじゃないが、一割ぐらいは期待して見に来てるんじゃないのか。ほれ、あれで黒子は無敗のまま今日のレースを走るしのぉ」

 

 一割でも一万人。帯広競馬場の観客数の多い時とさして変わらない。

 生まれた時から知っている馬がそんな大舞台で走るなんて今でも夢を見ているのか、ナツは自分で頬を引っ張って確かめてしまった。

 

「さてと、あの社長さんから待ち合わせの場所を聞いているから、そっちに行かんとな。ほれナツ、行くぞ」

 

 祖父に手を引かれて人ごみの中を進んでいく。

 連れられてやって来たのは一般入場口と違う馬主席の受付。そこで背広姿の中年が二人を見て近づく。

 

「ああ、美景さん。今日は遠方から、わざわざありがとうございます」

 

「なんの南丸社長。むしろ飛行機のチケットまで用意してくださった、儂等の方が礼を言わねばなりません」

 

「初めまして美景ナツです。今日は誘っていただきありがとうございます」

 

「美景さんのお孫さんですね。しっかりした子で鼻が高いでしょう」

 

「そう持ち上げんでください。うちの孫は馬と牛の扱いは達者でも、勉強はてんでダメで」

 

 言外にバカ呼ばわりされてしまったナツだったが全く反論出来なかった。

 中学の同学年では下から数えた方が早い成績。今年三年生で高校受験の年でも、まともに入れる学校の方が少ない。なんとか農家の子が集まる農業高校に行けそうと胸を撫で下ろすような有様だ。

 やめよう、今日は家から出た馬の最高の舞台にネガティブな気持ちは相応しくない。

 

 挨拶もそこそこに切り上げて、南丸は馬主席受付で身分証を提示して、秋隆とナツを同行者として受付も済ませる。

 生まれて初めて馬主席に入ったナツは、もはや別世界に入り込んだように思えた。

 競馬場の入口までは、どこにでもいる親子連れが楽しそうに笑っていたり、競馬新聞片手に殺気立つ勝負師のおじさん達が居た。

 そうした人達はばんえい競馬でよく見かけて慣れている。

 たまに法被を纏う白髪混じりのオジサン集団が『オグリキャップ』と書かれたハチマキをしてゾロゾロ歩いていたり、真っ黒な顔の馬の被り物をした異様な集団を見かけた。あれはもしかして黒子の真似なのだろうか。ああいうのが中央競馬の普通のファンなのか。

 来場する数が多いから、色々な人達がいるのは分かる。

 けれど、この馬主席にいる一定年齢以上の人達は明らかに纏うオーラが違う。自分や祖父とは住む世界が違う人達と一目で分からされた。

 一応同年代やそれより年下の子は何人かいるけど品がある。

 

「こんにちは南丸さん。今日は晴れて絶好のレース日和になりましたね」

 

「ええ、古田さん。G1に相応しい良い天気です。美景さん、こちらは古田さんです。社大レースホースの代表と言えば分かりますか」

 

「そりゃあ勿論です。馬に関わる仕事をしてて古田さんを知らんモンはおらんでしょう。ああ、申し遅れました。儂は北海道でしがない牧場を営んでいる美景秋隆と申します。こっちは孫のナツです」

 

「は、はじめまして」

 

「いえいえ、そうお固くならずに。ところで美景というと、南丸さんのアパオシャの生産者ですか?」

 

「へえ、その黒子…アパオシャの面倒を生まれた時から見ていました」

 

 途端に秋隆の話を聞いた周囲の者達が集まって、次々自己紹介を始めたため軽く騒ぎになった。

 

「いやー、美景さんに会えて嬉しいです。あのオグリの娘は凄まじい!あなたのおかげで我々はまた夢を見る事が出来る」

 

「本当です。今日は同じ皐月賞を走る馬を出しているから応援は出来ませんが、オグリキャップの血を絶やさずにいられる事を喜びます」

 

「同じ生産牧場を経営する者として、ぜひ美景さんにご教授願いたいものですな」

 

「いやいや!儂みたいな趣味で馬をやってる牛牧場の爺に、そんな知識などありゃしません!」

 

「何を仰る!かのマルゼンスキーを母ごとアメリカから購入した橋木氏は、元は牛の仲買人だったんですよ。多くの経験を積んだ畜産者は扱う種を選びません」

 

 生産牧場関係者に物凄い剣幕で詰め寄られた秋隆はタジタジだ。

 そんなこと言われても秋隆自身、なぜ黒子がああも走る馬なのか皆目見当もつかない。

 何度血統を調べようが、中央の重賞レースに勝つ要因が全く見当たらないのだ。

 いくら父や祖父が偉大なG1馬とて、今の競走馬界の常識である相性の良い血統同士を組み合わせるニックスや、血統的に近い馬同士で交配させて強い因子を発現させやすくするインブリードも全く行っていない。

 さらに現在の日本競馬で主流となるサンデーサイレンス、ブライアンズタイム、トニービンの血すら一滴も入っていない。

 精々が父オグリキャップを介して、アメリカで22戦21勝を挙げたネイティヴダンサーと、ナスルーラーの血が僅かに入っている点。

 あとは母馬にシンザンの血が入っている点だろうが、それなら過去のオグリ産駒やシンザンの血統が今も活躍していなければ説明がつかない。

 誰も彼もがアパオシャの強さに首を捻り、頭を抱えている。血統に寄らないあの馬特有の強さの源泉を、競走馬に携わる者はみな知りたがっていた。

 しかし分からないものは分からないとしか答えようがない。

 

「はっきり言って申し訳ないが儂にも分からんのです。人がこさえた理屈なんぞ、馬は関係なしに速く走る。だからこそ競馬は面白い。それでええじゃないですか」

 

 秋隆の言葉に、一部は頭の血がスッと降りて冷静になる。その通り、競馬の本質は速く走る馬を見たい。その一点に尽きる。

 社大の古田のような、馬に命と魂を捧げたホースマンにとって、賞金も賭け事もオマケのような物だ。

 それでも納得しない者は居るが、数多くの馬主がいる今この場で無理に追及する事は避けた。

 解放された秋隆はホッとした。単に最後だからオグリキャップの種付け料が特別安かったから選んだだけで、速い馬の配合なんて全く考えていなかったなどと、この場で真相を言ったら袋叩きに遭っていた。

 

 その後、馬主達から零細生産牧場者と思えないぐらい好待遇で二人は迎えられて、むしろ落ち着かないぐらいだった。

 馬主達にとっては、あのスターホース≪オグリキャップ≫の実子を再びG1で走らせてくれたとあれば、悪い扱いなど出来なかった。

 

 それでもレースが始まれば、ナツは興奮して食い入るように見続ける。勝った馬には拍手を贈り、馬の可愛らしさを褒める。

 すると結構な馬主からは好意的に見られて、実の子や孫とまでは行かなくとも、親戚の娘ぐらいのつもりで世話を焼かれる立ち位置に収まっていた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 4月18日 日曜日  中山競馬場   天候:晴   芝:稍重   15:35

 

 

 吾輩は競走馬である。レースで勝たなければ肉にされる………かも。実績沢山挙げたし、今日勝てばそろそろ大丈夫かな?

 本日は生まれ変わってから初めてのG1レース。しかも前世で走った事もある皐月賞だ。

 クラシック三冠の始まりともなると、レース場は何万人もの観客が押し寄せるお祭り会場と化している。

 そのせいかレースに出る畜生共が落ち着かずにイライラしたり、パドックで五本目の脚を大きくしているような奴もいる。

 しかもどうも牝の俺を見て、興奮しているような視線を感じる。これだから盛りの付いた畜生は困るんだよ。

 流石に人目も気にせず交尾をしようとする馬は厩務員が抑え込んで、冷水をぶっかけて無理矢理発情を鎮めている。

 もしかして基本的に牡は牡、牝は牝でレースを分けているのはこういう理由があるからなのか?だとしたら俺マズくないか。

 

 若干貞操の危険を感じ始めても、今更レースはやめられないから無視するしかない。いざとなったら脚で逃げるか、顔を蹴り砕いてやれば済む。

 今はレース場に入って返しを終えて、俺を含めた18頭がゲート前で出走を待っている。

 

「いよいよだぞアパオシャ。今日もお前が走りたいように走れ。もし困った時があったら俺が手助けはしてやる」

 

【あいよ。任せてもらおう。アンタは指揮官だから、どっしりと構えていてくれればいい】

 

 走るのは俺の役目だ。アンタは俺の上で偉そうに座っててくれ。

 しかし、今日は他の騎手達から妙に視線を感じる。この感覚は前世でよく覚えている。

 これはマークされているな。これまで勝ち続けていたから強敵と思われるのは仕方がない。となると、走り方も変えねばならん。

 空は晴れているものの、先日の雨が芝に残っててバ場状態は稍重ぐらいかな。幸いコース芝の内側は剥げていないから普通通り走れる。

 レース展開を考えていたら、すぐ横に一頭が並んでいた。何度か一緒に走ったヴィクトワールピサか。今日は猛とかいう騎手じゃないな。

 

【きょうはまけないよ】

 

【それは困る。負けて肉にされたくないから俺が勝つ】

 

【かったらこづくりしてもらうよ】

 

【――――やだね】

 

 唐突に孕ませ宣言はやめろ。本当に畜生ってのは食う寝る子作りにしか興味無いんだな。いやもう畜生道って酷い。

 こんなんなら修羅道辺りに堕としてもらった方が良かった気がする。

 今更そんなこと言っても遅いか。ならせめて、元アスリートとしての意地だけは捨てずに生きよう。

 

 係員がゲートに次々馬を放り込んでいく。俺も粛々と従い15番のゲート内でスタートを待つ。

 かつて負けたレース。しかし二度負けるつもりはない。勝とうか和多。

 

 爆音と共に開いたゲートに遅れる事無くスタートを決めた。そのまま一気に加速して誰よりも前に出る。

 

「おいアパオシャ、大丈夫なのか」

 

 大丈夫だから心配するな和多。俺を信じろ。

 とにかく足のピッチ回転を上げて、スタート直後の名物の坂を一気に上り切る。後ろは二馬身程度離した。

 そこから内ラチに寄せつつ第一コーナーを回る。今回は外側スタートだからマークされていた場合、ずっと大外を走らされる。それを避けるにはスタートダッシュを決めてハナを取って逃げるのが一番楽だ。

 第二コーナーに入れば、さらにペースを上げて後ろを引き離しにかかる。後ろの何頭かは牝の俺に離されないように必死で追いかける馬と、あくまで自分のペースを維持しようとする騎手とで、多少齟齬が生まれている。

 頭と体がちぐはぐだと苦労するよな。その点、俺は騎手に恵まれた。

 任せてくれた和多の信頼に応えるには勝つしかない。

 第二コーナーを終えて向こう正面に入った。ここでちょっと脚を緩めて、後続を徐々に追いつかせる。

 

【追いつけると思ったか?甘いぞ】

 

 下り坂を使って再加速を図って後ろを引き離した。こうすると馬達は面白いようにムキになって必要以上に加速して俺を外から抜きにかかる。

 向こう正面が終わり、第三コーナーへと入り、無理な加速をした二~三頭は曲がり切れずに大きく膨らんで致命的なロスを生む。

 その間に小刻みにコーナーを回って、何事もなく先頭を取り返す。そろそろ残り500メートル。ここから勝負に出ようか。

 最終コーナー突入からガンガン加速して後続との差を広げて、最終直線へ一番乗り。

 あとはもうスタミナの勝負だ。

 最高速度を維持しながら走り続け、二度目の中山の坂を駆け上がる。

 後ろからは地響きを立てて一団が迫る。俺を追い越そうと、騎手達が必死に鞭をしならせて馬達を追い込む。

 

【まてー!】

 

【メスがまえをはしるなー!】

 

【はぁはぁ、おしり!おしり!!】

 

 闘争心に溢れた畜生共の声に、一部変な声が混じっているのは無視しよう。

 しかし悲しいかな、中山の坂は俺の味方だ。他の馬共はスパートをかけても急勾配の坂で勢いは衰えて、差は縮まるどころか徐々に広がっていく。

 坂を登り切って、後は70メートルの最後の直線を残すのみ。

 一瞬たりとも気を抜かずに走り続け、後ろから抜群の末脚を利かせて迫る聞き慣れた足音にも慌てない。

 ヴィクトワールピサの鼻が俺のケツと重なった瞬間には、先にゴール板を駆けていた。

 やったぞ、G1皐月賞初勝利だ。

 

 



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第17話 時代が動く



 評価投票者が100人を超えました。誠にありがとうございます。
 それと、今までは感想を書いてくださった方には返信をしていましたが、前話の感想がかなり増えて返信し切れそうに無いので、この場を借りて纏めてお礼を申し上げます。
 作中のレースを見る人々同様に、読者の皆さんの脳がこんがり焼ける様を見られて、とても嬉しく思います。それではこれからもよろしくお願いします。




 

 

『アパオシャが逃げる!!アパオシャはあと50メートル!最内からヴィクトワールピサが迫って来る!エイシンフラッシュも追い込む!ヒルノダムールもだ!ローズキングダムは伸びない!』

 

『アパオシャだ!!アパオシャが逃げ切ったー!!会場は大歓声に包まれています!!何という事でしょう!!記念すべき第七十回皐月賞の勝者は三番人気、和多流次のアパオシャだっ!!和多は何度も何度もアパオシャの首を叩いています!1948年の優勝馬≪ヒデヒカリ≫から実に、実に62年ぶりに牝馬が皐月賞を制しましたっ!!決着タイムは1分59秒5です!父オグリキャップが制度によって阻まれて走れなかった、クラシック三冠の一角を娘が掴み取りました!!』

 

『おおっと、和多は泣いているのか!?あのテイエムオペラオーに乗り、2001年天皇賞の春を制して以来の九年ぶりのG1優勝です!二着はヴィクトワールピサ、三着に入ったのはヒルノダムールです』

 

 

 馬主席は大喝采が起きていた。皐月賞に自らの持ち馬を出していた馬主は多少落胆の色が見えていたものの、それ以外の馬主達からは割れんばかりの拍手が巻き起こっていた。

 

「おめでとうございます南丸さん。馬主になって初のG1勝利ですよ!それも初めての馬でです!」

 

「い、いやーこれは夢を見ているようです。まだ足元がふらついてしまって」

 

 近くにいた馬主仲間に無理矢理握手を受けて、南丸はどうにかここが現実世界だと認識していた。

 アパオシャを買い取り、馬主になってたった2年。そんな短い時間でクラシックG1馬の、それも若い頃憧れたオグリキャップの娘のオーナーになれた。まるで神話の一幕を見ているような高揚感に全身が満たされた。

 

 そしてアパオシャを生まれた時から見続けていた秋隆は、ゴールの瞬間には腰が抜けてその場でへたり込んだ。

 

「爺ちゃんっ!黒子が、黒子があんなに大きなレースで勝ったんだよ!うちの牧場からG1馬が出たっしょ!!」

 

 ナツも喜びのあまり号泣して祖父に抱き着く。

 

「――――七十年生きとって、ナツが生まれた時と同じぐらい嬉しいわい。儂、今死んでも惜しくない」

 

「何言ってんの爺ちゃん!黒子はもっと沢山レースに勝つっしょ!まだまだ長生きしないと!」

 

「そうですよ美景さん。まだ優勝馬の口取り式と表彰式が残っているんですから、さあ立ってください」

 

 数名が秋隆に手を貸して立たせた後は、ナツと南丸の肩を借りてレース場に向かう。

 

 

 ターフの口取り式の場には、既に勝者の和多騎手と中島厩舎の面々が待っていた。

 

「南丸オーナー!やりました、アパオシャは期待に応えて偉業を成し遂げてくれましたよ!」

 

「ありがとうございます中島先生!厩舎の皆さん、和多君も今日はよくやってくれました!こんなに嬉しい事はありません」

 

「全部アパオシャのおかげです。オーナーと中島先生が僕を彼女の背に乗せてくれたおかげで、G1の晴れ舞台でもう一度勝利を掴めました!」

 

 南丸と大が固く握手を交わすところで無数のシャッターが切られる。和多も泣きながら三人で抱き合う。

 ナツと秋隆は沢山のカメラを前に緊張しっぱなしだった。

 

 それから主役が登場した。赤い優勝レイを背にかけたアパオシャが手綱を引かれてやって来た。

 最初に彼女が寄ったのがナツだった。アパオシャは優しい目で顔をナツに摺り寄せる。

 

【ようナツちゃん。久しぶりだな、結構大きくなったじゃないか。爺さまも元気そうで何よりだ】

 

「わあ黒子、私の事を覚えててくれたんだ。今日はよく頑張ったね。お前は凄い子だよ」

 

 ナツに顔を撫でられたのを契機に、この場に居る様々な人々がアパオシャを撫でて褒める。

 その後、無事に口取り式は終わり、表彰式に移った。秋隆も生産牧場代表として表彰台に登り、記念メダルを貰った。

 スタンドの観客達からの拍手とアパオシャへのコールは、いつまでも止む事が無かった。

 

 

 

                馬番  着差

 

 1着  アパオシャ      15  

 2着  ヴィクトワールピサ  13   1/2

 3着  ヒルノダムール    16  1.1/2

 4着  エイシンフラッシュ  11  ハナ

 5着  ローズキングダム    5  ハナ

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 2010年の皐月賞が終わった夜。

 優勝騎手の和多は同じ騎手の一人とバーでグラスを傾けていた。

 

「今日はおめでとう流次。九年ぶりのG1優勝はどう?」

 

「いいものですよ優一さん。勝ち方を忘れていなくて良かった」

 

 冗談交じりに笑って流次はウイスキーの入ったグラスを口にする。

 流次の競馬学校騎手課の同期であり年上の友人でもある、福水優一は今日の皐月賞を争ったライバルの勝利を祝う。

 

「フリーになった矢先にG1勝利。しばらくは仕事に困る事は無いかな」

 

「騎手は馬をえり好みしなかったら何かしら依頼はありますって」

 

「良い馬を回してもらって勝つのも、良い騎手の証拠だと思うけどね。イマイチな馬を勝たせるのが騎手の仕事という人もいるけど」

 

「でも僕はあいつに、アパオシャには何もしなかった。今日の勝利はあいつあっての勝ちですよ」

 

 同期の言葉を優一は謙遜とは思っていない。自身も今日の優勝馬の異質さを身近で知る羽目になった。

 

「後ろから見てたよ。ノーステッキで完璧な逃げをしていた。あの馬は怖いぐらいにレースを知り尽くしている」

 

「優一さんも分かりますか。あいつ、いつもは後半まで後ろにいるのに、今日だけは逃げを打ってた。走る前からマークがきついのを気付いてたみたいです」

 

 それを全てわかった上で、馬にレースの判断を全て任せられる同期兼友人の度量の大きさには脱帽する。

 まるでかつて友人が乗っていたテイエムオペラオーのようだと思った。

 けれどそれを口にはしない。友人の中でかつての相棒は、なかなか触れ難い存在になっているのを知っている。自身にも同じような馬がいるから、友人とて軽々しく触れてほしくない想いに共感している。

 

「騎手が馬に生まれ変わったのかもね。それでも大舞台でぶっつけ本番の『逃げ』は肝が据わっているってレベルじゃないけど」

 

「僕らより度胸ありますよ。人だったら絶対に嫁にしたくない女ですね」

 

「牡馬を纏めて捩じ伏せるんだから、きっと前世はゴリラより強かった女さ」

 

 互いにくつくつ笑って酒を呷る。二人は知らないが元はウマ娘だからゴリラより強いのは概ね正しい。

 グラスが空になったから代わりの酒を貰い、塩気の利いたナッツを口に含む。

 

「優一さんは、ダービーも今日のリルダヴァルで出るんですか?」

 

「その予定だよ。流次もアパオシャで?」

 

「中島先生とオーナーに引き続き頼まれたから、多分そうなります」

 

「牝馬がダービーを走るか。三年前のウオッカとダイワスカーレットといい、時代が変わったのかな。今年の牡が弱いわけじゃないんだが」

 

「斤量差が無かったら勝敗がひっくり返る程度の差ですよ。アパオシャが強いのは保証しますが」

 

「でも僕はあまり乗りたくない馬だな。頭が良すぎて自己主張が強すぎるというか、癖馬の類だよ」

 

「人を選ぶ馬なのはその通りです。ただ、普段は大人しくて人の言う事に従ってくれる良い馬ですよ。ドリームジャーニーやスイープトウショウとは違う」

 

「アレを引き合いに出したら、大抵の馬は大人しくて扱いやすくなるって」

 

「池園君はよくやるよ」

 

 最近、業界で癖馬の駆け込み寺と化しつつある後輩騎手を思い出して、二人は何とも言えない顔のままグラスを空にした。

 

「お互いまだダービージョッキーにはなった事は無い。どっちが勝っても文句は言わずに相手を祝おう」

 

「勿論ですよ。でも、僕が勝ちますから」

 

「ははっ、ぬかせよ」

 

 大きな仕事を終えた二人の騎手は、その日は遅くまで飲み続けた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

   今年の皐月賞スレ part7

 

 

 

42:良識的競馬民 ID:+sN6fzEXY

往年のオグリキャップファンはあらかた専用スレに移動したし

そろそろレースの興奮が冷めた頃か?

 

43:良識的競馬民 ID:mb5AS58OU

いやーまだ全然だわ

 

44:良識的競馬民 ID:Tlm/vx8QM

今夜は寝かせないぞ♪

 

45:良識的競馬民 ID:/VQaHDs8f

キモい

 

46:良識的競馬民 ID:9hqyM0F7b

オッサンは一人で寝ろ

 

47:良識的競馬民 ID:dp9WlhPTq

キモい>>44は放っておいて今年の三歳馬どうなるんだよ

 

48:良識的競馬民 ID:lO2s8eS08

皐月賞のゴール時に失神した奴は十人だって今ニュース流れてた

アパオシャが走ると人が気絶するらしい

 

49:良識的競馬民 ID:VAIjWUjnn

今年の牝馬強すぎて笑うしかねえww

 

50:良識的競馬民 ID:JLCC+3Gy6

桜花賞を勝ったアパパネは期待する馬ぐらいのレベルだけど

アパオシャはなんだこれって感じ?

 

51:良識的競馬民 ID:VIsez/tn1

ちょっと規格外すぎない?

オグリキャップのパワーで中山の坂を登って

シンザン系のスタミナでハイペースの『逃げ』を両立とかなんだよ

 

52:良識的競馬民 ID:euczrflit

ディープほど圧倒的じゃないけどバケモンだよ

 

53:良識的競馬民 ID:qvMbQ8uXg

無敗のまま牝馬が皐月賞勝つとかさあ

 

54:良識的競馬民 ID:DUK75O1MN

ヴィクトワールピサを軸に馬券買って儲けはトントンだからまだいいけど

やっぱ猛のオッサンが乗ってないと無理か

 

55:良識的競馬民 ID:xBGlou8E1

なんでまくり馬が初手逃げを選んでそのまま逃げ切ってんだよ

脚質が行方不明なんですけど

 

56:良識的競馬民 ID:eBbuj6Tnr

調教師の中島と世界一ソフトの社長はよく皐月賞走らせようと思ったわ

その上ダービーも走ると言ってるしよ

 

57:良識的競馬民 ID:qb95kgIJC

しかも二回目までクラシック登録した桜花賞蹴って追加登録で200万払っての出走

他陣営は寝耳に水で慌てまくっただろ

 

58:良識的競馬民 ID:o9Fr/Cx4J

中島は騎手時代の血が騒いだんか

レースは勝つか負けるか

どうせ負けるなら3着なんて狙わず派手に負けるがモットーだったか

 

59:良識的競馬民 ID:ifo1UNxTB

中島はそうでもリュージはむしろ堅実な走りなんだけど

 

60:良識的競馬民 ID:sEvS93EI1

そのリュージは今回も一度も鞭使ってないぞG1でノーステッキ

マジでアパオシャのお気に入りのリュックサックやぞ

 

61:良識的競馬民 ID:WponYs6h8

勝った時に泣いてたのは仕事させてもらえずに悔しかったから?

 

62:良識的競馬民 ID:mVCZQcyjd

嬉しいからだよ

インタビューで言ってたろ

 

63:良識的競馬民 ID:mnfcS2ohl

9年ぶりのG1勝利なんだから嬉しいよ

 

64:良識的競馬民 ID:d0eJe9L4Z

オペラオー以来のG1だからな

落ち目だ何だの言われてるけど強いは強いよリュージは

 

65:良識的競馬民 ID:AULFioHoa

強いのはアパオシャだろ

中山の坂が全然坂じゃないんですけど

現地で見たら差し馬が逃げ馬に坂で引き離されるとかどんだけだよ

 

66:良識的競馬民 ID:CyzDivL7Q

ピサもケツは捉えたけど追いつけなかったからな

最優秀牡2歳の一番人気ローズキングダムも5着が限界

 

67:良識的競馬民 ID:oqhzPwO3U

人気順で見たら三番人気が1着、二番人気は2着だからそこまでだけど

今年の皐月賞は中身が荒れまくってるよ

 

68:良識的競馬民 ID:iE4nlDhgk

こんだけ強いなら斤量牡牝同量にしろよ

2kgの違いは大きすぎる

 

69:良識的競馬民 ID:SBa9/H+IQ

このままクラシック三冠を無傷で勝ったら規制が出来そうだな

挑戦する馬がほぼ居ないから無意味なルール改訂だろうけど

 

70:良識的競馬民 ID:1/VtEAwGV

むしろアパオシャにクラシック三冠取らせたほうが面白くないか

ぜってーディープの時以上に世間は盛り上がる

 

71:良識的競馬民 ID:S15mGKys7

オグリキャップ最後の娘だからな

親父が走れなかったクラシックを代わりに娘が走る

そういうの日本人は大好きだろ

 

72:良識的競馬民 ID:FZH9/UMyx

今日ですら街で号外出してたからな

JRAもオグリ人気を再度使って競馬ブーム起こしたいはず

 

73:良識的競馬民 ID:iwQpBPmjM

ブン屋も記事が売れれば何でもいいし乗っかるな

 

74:良識的競馬民 ID:Rs+BJt2oi

実際くそ強いから負けてるだけのハルウララよりは競馬民も受け入れやすいだろ

 

75:良識的競馬民 ID:R7S13GKU0

例えるとディープインパクトは超絶良血のお坊ちゃんが勝つべくして勝った英雄譚

アパオシャは枯れ果てて落ちぶれた良血統の貧乏田舎娘がお家再興をする奮闘記だから

どっちが一般に受けるかって話でもある

 

76:良識的競馬民 ID:+BhMR9ePb

貧乏って話で思い出したけど世界一ソフトの社員のブログで書いてあったが

アパオシャの取引金額は会社で使うような業務用車二台分ぐらいだってよ

 

77:良識的競馬民 ID:phWB7uYvE

マジか

高く見積もっても500万以下の馬がG1馬になってんのかよ

 

78:良識的競馬民 ID:YflJmZOQz

500万以下なら親父のオグリや同時代のタマモクロスと似たような値段か

いやまあ血統的に言ったらそれでも高いっちゃ高いけど

 

79:良識的競馬民 ID:93F33S0tr

あの社長相馬眼良すぎないか

確か馬主になって最初に買ったのがアパオシャだろ

 

80:良識的競馬民 ID:y2ZH6WNgI

初めて買った安価な馬がG1勝ちましたは脳が焼き切れる

 

81:良識的競馬民 ID:5eDMB9rIZ

しかも有力牧場でもない零細の牛牧場で生まれた馬だぞ

今日表彰式で生産牧場代表で来てた爺さんビビりまくってたからな

 

82:良識的競馬民 ID:vua1Bd62F

あーあれは全然場慣れしてなくて膝がガックンガックしてて

見てていたたまれなかった

 

83:良識的競馬民 ID:MS8q4XLF4

口取り式でアパオシャが最初に近寄ったの制服の女の子だったな

あれ誰だろ?

 

84:良識的競馬民 ID:D14FHFGmA

牧場の爺さんと一緒にいたから孫か親戚だろ

生まれた時から知ってる仲だから顔を覚えてるとか?

 

85:良識的競馬民 ID:RG9Crcg3K

あー確かに馬はそこそこ記憶力が良いから

顔と匂いで覚えているか

 

86:良識的競馬民 ID:M+4Aii8L0

大人しくて人懐っこいアピールなんて卑しい馬め

 

87:良識的競馬民 ID:dYs8ldir6

何でそこでそうなるんだよ

 

88:良識的競馬民 ID:H1kN3nqME

ほっとけよ

今日の馬券が外れてオケラなんだろ

 

89:良識的競馬民 ID:k/pxYKZY5

ここは良識ある競馬民の集うスレだぞ落ち着け

 

90:良識的競馬民 ID:M+4Aii8L0

ちくしょうローズキンダムもアリゼオも頑張れよ

お前らサンデーの血を引いてるんだろうが

 

91:良識的競馬民 ID:nUdS5jcm1

馬券外して悔しいですねwww

 

92:良識的競馬民 ID:/m4mfOOjR

サンデーサイレンス血統はアパオシャとエイシンフラッシュ以外十着までの全部だよ

どっちみち外れw

 

93:良識的競馬民 ID:nwee4fj73

父母外国産のエイシンフラッシュはともかく

内国産馬でSSと無縁はアパオシャだけかよ

 

94:良識的競馬民 ID:/1L/UpXxz

いつの間にかアパオシャが超重要な馬になってないか?

 

95:良識的競馬民 ID:b6W4uL8HC

貴重な非SS血統の馬だぞ

牡だったらSS血統の牝馬の薄め液として凄く重宝した種牡馬になってたはず

 

96:良識的競馬民 ID:DvwKSjK3e

競馬の神様がマジで性別取り違えた疑惑が出てきたぞ

 

97:良識的競馬民 ID:s4/YIi6KP

これでダービー勝ったら神様をサディスト認定するわ

 

98:良識的競馬民 ID:oMoIK3Ke0

牝馬に負ける牡馬pgrはほんとにな

 

99:良識的競馬民 ID:H71ty7oaY

今年の3歳で無事に種牡馬入り出来る馬居るの?

 

100:良識的競馬民 ID:PUlv0kOAp

あっ

 

101:良識的競馬民 ID:DMOx65FT5

いやマイルとスプリントかダートならたぶん・・・

 

102:良識的競馬民 ID:ise6t7KhH

名は体を表すってマジだったな

アパオシャはゾロアスター神話の干ばつの悪神の事だぞ

 

103:良識的競馬民 ID:setL5av73

大金払って育てたり買った馬を軒並み枯らされた馬主と生産牧場者は泣いていい

 

104:良識的競馬民 ID:KxNy1+1gp

こ、これから頑張ればいいし

アパオシャだって次のダービーで負けるかもしれないだろ

 

105:良識的競馬民 ID:GKrNGRnH/

かわいそうに(お肉屋に連れて行かれる馬を見る目)

 

106:良識的競馬民 ID:VQQqOJ6h8

ハマノパレードはやめろ

マジでやめろ

三回言うけど本当にやめてくれ

 

107:良識的競馬民 ID:n2xva6gGe

重賞何回か勝てれば引退しても養ってもらえるから(汗)

ナイスネイチャだってG1一回も勝てなくても種牡馬になってまだ生きてるから

 

108:良識的競馬民 ID:zTlykA/JC

その馬は下手なG1一発屋よりずっと金を稼いでいるんですけど

 

109:良識的競馬民 ID:CA4XeFlSE

競馬ってむごい

 

 

 



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第18話 魂が求めたモノ


 多くの感想と評価ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。



 

 

 吾輩は馬である。肉にされる未来は回避された――――と思う。

 先日のG1皐月賞は幸い、かつてウマ娘だった時に先輩のバクシさんから学んだ『逃げ』の技術と、地の利もあって勝ちを拾えた。多少疲れたが怪我もせず体調はそれなりの状態を維持している。

 次のレースはおそらくクラシック三冠の二つ目、日本ダービーになるはず。

 前世の時は奇策と豪雨で、どうにかナリタブライアンに勝てた記憶がある。ただ、次も雨の保証は無い。

 それに前世と同様に東京レース場だった場合、距離は長くなっても平坦なコースはスピード重視になるから若干不利とも言える。

 皐月賞にはナリタブライアン級が居なかったから、まだ易かった。でも、たまたま出ていなかっただけの奴だっているかもしれない。

 『逃げ』を選んでマークを外す、一回こっきりの奇襲はもう使ってしまったから二度目は多分通じない。

 レースまではあと一ヵ月と少々。残された時間で少しでも鍛えて、もっと強くならないといけないのに、簡単な散歩以外は強制的に休みを取らされている現状がもどかしい。

 そんなわけで今やれる事は、飯を食って寝て体力を蓄える事以外に無い。はー味噌がうめえ。

 味噌付きのカボチャを食ってから飼葉を頬張れば、気分だけは味噌和えの野菜をおかずに白飯を掻っ込むようなものだ。

 ここの厩舎の連中も俺が味噌好きなのを分かっているみたいだから、量は少ないが一日に一回は食事に味噌を出してくれる。

 G1勝ったんだし、これぐらいの待遇はしてもらっても良いよね。

 

【ねえちゃん、またそのへんなのたべてるの?】

 

【味噌だ、味噌。トフィは嫌いだったな】

 

【あまくないからいらない】

 

 隣に居るトフィは味噌みたいな塩辛い物はお気に召さない。代わりにメロンやバナナとかの甘い果物は大好きだ。

 飯の好みは馬それぞれだから、他の馬をとやかく言うつもりは無い。それに味噌食ったら必ずレースに勝てるわけでもないし。

 トフィは何着か知らないが桜花賞でアパパネに負けている。その時は悔しくて暫く落ち込んでいたが三日もしたら元に戻った。

 最近は休みを終えてトレーニングをしているから、次はオークスを走るんだろう。アパパネは強いが頑張れよ。

 

「よーアパオシャ。相変わらず味噌食ってるか?」

 

 皿を手にこちらに厩務員の松井が近づいてくる。おや、その匂いはまさか―――。

 松井は減っている飼葉や野菜の量を見て、一人でウンウン頷く。おそらくレースが終わっても食事量が減っていないのを喜んでいるんだろう。

 

「味噌が大好きなお前に良い物を持って来たぞ。ちょっとこれを舐めてみろ」

 

 突き出された皿には暗褐色の液体がゆらゆらと動いている。まさかと思い恐る恐る匂いを嗅げば、芳醇な発酵臭が鼻腔いっぱいに広がり、おもわず溜息をもらしてしまう。

 匂いだけでもこれほどの破壊力。であればその黄金にも等しい液体を口にしたら、俺は一体どうなってしまうのか。

 舌を出して、その液体を少しだけ舐め取った。

 

【ほわー】

 

 脳内に電撃が奔る。かつて前世で毎日のように食べ慣れて親しんだ味。適度な塩気と熟成したアミノ酸の暴力が魂を揺さぶる。 

 畜生に生まれ落ちて早三年。味噌と共に再び味わえるとは思わなかった。

 

【醤油とはこれほど甘美な調味料だったとは知らなかったよ】

 

 さらにもう一舐めしてから、おもむろに飼葉を食べる。

 こ、これは止められん! 草をムシャムシャしてから、もう一度一舐めして再度草を食べる。

 この繰り返しでどれだけでも食える。懐かしさと美味さで思わず涙が零れてしまい、松井が驚いた。

 

「えぇ、泣くほど美味かったのかよ。どうしようかな、テキには味噌と一緒であまりやり過ぎるなって言われてるのに」

 

 そう言うな。二度と口にする事は無いと思っていた醤油に再び出会えたんだぞ。日本人なら泣いて喜ぶだろうが。

 ―――――あぁ、俺もう日本人でもウマ娘でも無かったわ。かなしいなあ。

 ともかく松井が持っている皿の分の醤油は全部舐め取った。

 その日はお代わりは貰えなかったけど、それから数日に一回は少量だけ食事の時に付け合わせで醤油を貰えた。

 やったぜ、これで食生活が一層充実する。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 醤油を食事に追加してもらった日から数日経った。

 厩舎の連中もただ醤油を付け出すだけでは味気ないと思ったのか、さらに醤油を使った料理まで出してくれるようになった。

 例えば大根の葉っぱやニンジンを醤油で炒めた野菜炒めを作ってくれた。

 これには飛び上がって喜び、飼葉を白飯に見立てて野菜を食う。さらに味噌もあったら味噌を舐めてから水を飲み、味噌汁っぽさを再現してみた。

 ここまですれば気分は野菜炒め定食を食っているようなものだ。

 完全な再現は無理だが気分を味わえるだけでも、トレーニング出来ないストレスは霧散した。

 おかげで厩舎の連中からは、ますます馬らしくない馬と思われるようになった。でもその程度で良い飯を食えるんだから気になるかよ。

 

 今日も腹一杯飯を食って体力を蓄えていた昼下がり。

 急に〇クザのオッサンと遼太がカメラや撮影機材を持った数名を連れて馬房に来た。

 

「アパオシャ、これから写真撮影するから付き合ってくれ」

 

 やれやれ、トレーニングが無いと思ったら面倒な仕事が来たぞ。

 と言ってもウマ娘じゃないから色々ポーズを要求される事もなく、馬房の中でリラックスしている姿を写真で撮るだけだった。

 芸をしろとか言わず、放っておけば満足して帰るだろうと思ってたのに、今度は遼太に手綱を引かれて外に出された。

 

「つぎは外で歩いている所を撮影するぞ」

 

 はいはい、分かったよ。練習コース場に連れて行かれて、芝で適当に歩いている所をカメラに撮られた。

 あとは俺は手綱を引いていなくても暴れたりしない大人しい馬だと聞いているから、カメラマンの要望でソロで歩いているシーンも撮りたいと言ってきた。

 

「じゃあ、ここからあそこまで歩いてくれよ。お前なら分かってくれるだろ」

 

 指を差す遼太に念を押された。他の馬は無理でも、歩くだけなら俺には他愛もない。

 そこでふと、悪戯心が鎌首をもたげる。最近は野菜炒めを食えて気分も良い。一人で歩けと言われたら歩こう。

 後ろ脚で立ち上がって一歩一歩ゆっくりドスドス歩き、大体30メートル先の所で前脚を降ろした。

 ふう、これは腰と後ろ脚に結構負担がかかるけど、強化トレーニングには良いかもしれない。これから暇な時に自主トレしよう。

 

「いや、お前歩けとは言ったけど、誰も二本足で歩けとは言ってないからな。あ、今の撮れました?」

 

「え、ええ!バッチリ撮りました!この馬凄いですね。いつもこうなんですか?」

 

「いえ、我々も初めて知りましたよ。アパオシャ、今のはお前の曾爺さんのシンザンの逸話じゃねえか」

 

 へえ、この世界の曾爺さんも同じ事をやってたのか。父親らしいオグリキャップ先輩も、一度も見た事無いからどうでもいいけど。

 野菜炒めを食べられて気分が良かったからサービスしてやったら、撮影スタッフも満足して帰って行った。

 

 その後、オッサンから外で立つのは良いが、馬房の中でやるのはダメだとキツく言われた。

 何でも中で立ち上がって、頭を強打して死んだ馬もいるとかなんとか。

 そこまで不注意はしないと思うが、傍から見たら心臓に悪そうだし、心配させたくないから素直に従った。

 

 さらに数日を経て休息は終わり、いよいよ日本ダービーに向けてトレーニングを再開した。

 今回はオークスに出る、トフィと実戦を想定した2400メートルの併走を繰り返し行い、本番に備えた。

 

 

 後日、トフィがオークスから帰って来た。浮かない顔をしていたから、おそらく負けてしまったんだろう。

 結果は四着入賞と厩務員達の話が聞こえた。G1入賞なら立派と言いたいが、馬にはそんなの関係無いからな。

 

【ニンゲンがかなしそうにしてる。あたい、わるいことした?いちばんはやくはしれないとダメ?】

 

【トフィは頑張ったよ。でも人間はトフィが一番速かったら一番喜ぶから、次は一番になろう】

 

【わかった。つぎをがんばる】

 

 やっぱりトフィがG1勝つのはきついか。でもG3ぐらいをマメに勝てるようになれば、肉にはされまい。これから怪我をせずに何とか頑張ってほしいよ。

 

 





 競馬にあまり関係無いですが昔マイケル・ジャクソンのコンサートで失神者が出たと聞いて不思議に思いましたが、今になって当時の映像を見ると納得します。
 歌って踊れる完成系を間近で見せられたら興奮しすぎて気絶するのはしょうがないと思いました。
 目指せアパオシャ、馬のマイケル・ジャクソン。


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第19話 傾馬の魔女

 

 

 五月の末の東京レース場はどんより雲がかかっている。最近は段々暑くなっているから、日差しが遮られて過ごしやすい。

 今日の調子は良い方だろう。飯もいつも通り食えて、身体に不調は感じられない。

 馬房で粛々とゼッケンと鞍を付けられて準備を進める。

 鞍を装着する和多も、今日ばかりは少し気負い過ぎのように見える。

 

「いよいよ日本ダービーだぞアパオシャ。今日は最高の走りをしよう」

 

【任せてくれ。でも、アンタはもう少し緊張を解いても良いんだぞ】

 

 和多に笑いかけてから、彼の顔に俺の顔を擦りつける。相手も意図が分かったのか苦笑して礼を言う。これなら大丈夫そうか。

 実際に走るのは馬の俺でも、変に緊張して上でゴチャゴチャやられたら邪魔だし、いざという時に頼れないのは困る。

 緊張が解けた和多は待機所に行き、俺は遼太に手綱を引かれてパドックに行く。

 

 パドックの観客席はすし詰め状態の客でごった返している。前世の時にはフクキタさんと一緒に雨乞いして、記録的な豪雨を呼んで客入りが悪かったのを思い出す。

 今回はそんな事も無く、子供を連れた夫婦が手を振っていたり、新聞片手に明らかに殺気立ったオッサンがこちらを食い入るように見ている。

 そっちは俺には関係無い。俺を見ているのは何も人だけじゃないって事だ。

 

【おしりおしり】

 

 後ろを歩く牡馬が俺の尻を食い入るように見つめている。

 前回のヴィクトワールピサの唐突な孕ませ宣言から、大体予感はあったがこいつら畜生はこの時期に発情するらしい。

 他の馬の中にも股間の五本目の脚を大きくしている奴もいる。つまり、俺を孕ませる気満々なのだ。

 さすがにこの場で交尾をしようとしたら、周囲の職員が総出で止めるだろう。だがそんなメンタルでまともにレースが出来るのか疑わしい。

 ――――――これって凄いチャンスだよな。

 

 試しに後ろの馬にわざとらしくフリフリとケツを振って歩いてみた。

 

「わっ!?どうした落ち着けエイシンフラッシュ!!あーくそ馬っけだしやがった!!」

 

 エイシンフラッシュ?後ろにいるのはドイツ留学生のエイシンフラッシュちゃんかよ。しかもこの世界じゃ牡なのか。カフェさんといい、性別滅茶苦茶だな。

 でも元がどうあれレースじゃ敵。前の世界なら基本フェアプレイを尊ぶが、今の俺は負けたら明日の分からない弱い立場だ。多少エグい手も使わせてもらおう。

 

 パドックの周回を終えたら和多が戻って来た。観客に一礼して上に乗る。

 

「よっ、がんばろう」

 

 おう、任せろ。

 地下通路を通ってレース場に出て、歓声に迎えられる。毎回この瞬間は背筋に一本芯が通るようで良い。

 コースを軽く走って準備運動を始める。

 芝は良く乾いて走りやすい。風も弱く、コンディションは良好。

 確認のためにちょっと風上を取って、他の馬達の前を走る。すると、臭いで興奮した馬が暴れて、騎手が慌てて押さえつける。臭い一つでこれかい。

 

 準備走行を終えて、レース場横の屋根のある待機所で歩いていると、ヒシヒシと馬共の熱っぽい視線と吐息を感じる。

 男子中学校に女子学生一人放り込んだらこんな感じなのか。うーん、俺の貞操はレースが終わるまで無事なんだろうか。

 

 ふつふつと貞操の危機を実感しつつ、発走の時間が迫る。

 他の馬達と一緒にゲートの前に移動して、覚悟を決めてやりたくない手を打つ。

 手始めにローズキングダムという馬にピタっと寄り添って、身体を擦りつけた。

 

【君は素敵な身体をしているね】

 

 次に目を付けたルーラーシップの顔には、俺の顔をたっぷり擦りつけてやった。

 

【首筋から良い匂いがするよ】

 

 これだけでも先の二頭は興奮して騎手を振り落としかねない暴れ方をする。

 さらに他の数頭の目の前で、これ見よがしにケツを振って歩いたら、やっぱり気が荒くなって暴れ始めた。

 

「おい、アパオシャ。お前分かっててやってるのか?」

 

 まあね。

 さらに前回のレースで孕ませ宣言した畜生に擦り寄る。次はお前だ、ヴィクトワールピサ。

 

【おーい、俺と子供作りたいんだって】

 

【う、うん。こづくりしたい】

 

【でもさ、他の牡も俺の事を孕ませようとしてるんだ。それでも良いの?】

 

【やだ!あいつらにわからせてやる!】

 

 いきり立ったヴィクトワールピサは他の馬に突撃して威嚇を始めた。

 かと言って興奮した他の馬が怯む筈は無く、立ち上がったり吼えたりと喧嘩を始めて、周囲の作業員達は騒然となった。

 おまけにパドックで俺に発情したエイシンフラッシュは、隙を見て俺のケツの臭いを嗅ぎ始めて股間のアレをムクムクと大きくして臨戦態勢に入っていた。

 流石にそこまでされたらすぐさま逃げるぞ。

 もはやレースどころではなくなった体たらくに作業員達はやむを得ず、予定より少し早く馬をゲートに放り込んでいく。

 俺も端の18番ゲートに入り、未だにガチャガチャ暴れている畜生共を雑音と切り捨ててスタートを待った。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 5月30日日 東京競馬場  天候:曇   芝:良   15:40

 

 

『東京競馬場今日のメインレース第77回G1東京優駿、芝2400メートル。今年も18頭の優駿達が晴れ舞台に集まりました。17万人の観客が今か今かとレースを待ち望んでいます』

 

『――――おおっとこれはどういうことでしょう。ローズキングダムとルーラーシップが立ち上がった。慌てて係員と騎手が落ち着かせます。ペルーサとハンソデバンドも興奮しています』

 

『ヴィクトワールピサは、他の馬に吠えかかって威嚇しているのでしょうか。スタート前から不穏な空気が漂っています』

 

『えー、少し早いもののゲートに奇数番号の馬が収まりました。そして偶数番のゼッケンをつけた馬も次々ゲートに入ります。さあ、いよいよスタートです』

 

『なんとハンソデバンドとトゥザグローリーがゲート内で立ち上がった!これはスタンドからは悲鳴が上がる!8番ローズキングダムと12番のヒルノダムールはどうした、外側に斜行している。7番1番人気ヴィクトワールピサは少し出遅れて中団にいる』

 

『紅一点の18番アパオシャは後方の外側にいる。各馬が第一コーナーをアリゼオが先頭に立って回ります。一馬身離れて2番はシャイン。3番手はコスモファントムが続きます』

 

『第二コーナーのカーブに入り、出遅れた17番トゥザグローリーが遅れを取り戻すように中団まで上がってきている。ローズキングダムとヒルノダムールは中団にいる。4番手にゲシュタルト。リルダヴァルとトーセンアレスはアパオシャと共に後方。エイシンフラッシュは動かない。最後尾に4馬身離れて出遅れたハンソデバンド』

 

『先頭アリゼオが1000メートルを通過しました。ここで後方のアパオシャが加速して、外から馬群を抜いていく。和多は向こう正面から仕掛けるのか。それに追従するようにトーセンアレス、エイシンフラッシュも続く。ベールサ、サンディエゴシチーもだ』

 

『第三コーナーは依然としてアリゼオが先頭で回る。シャインもそれに続いた。3番手にコスモファントム、すぐ後ろの外にはアパオシャが上がってきている』

 

『第四コーナーでアパオシャがぐんぐん加速して先頭に立った!後方集団も一塊になって負けじと付いて行く。1番人気のヴィクトワールピサはメイショウウズシオと共に中団内側から動かない』

 

『さあ最終直線だ!各馬追い上げに入る!!ゲシュタルト、コスモファントムがアパオシャを追いかける!シャインとアリゼオは脚が伸びない!残り300でヴィクトワールピサとローズキングダムがスパートをかけて上がって来た!ゲシュタルト、ルーラーシップも外から来ている!』

 

『先頭は唯一の牝馬アパオシャ!2番手のゲシュタルトとは二馬身の差!隙間からローズキングダムとヴィクトワールピサが抜けて来る!さらに後ろからエイシンフラッシュだ!エイシンフラッシュも追い上げる!四頭が一頭の牝馬に襲い掛かる!』

 

『なんだっ!?これはどうしたアパオシャ!?頭を下げて地に沈み込むような走りだ!もの凄い加速で後続を引き離すぞ!!』

 

『最後の最後で加速したアパオシャが先頭を譲らない!なんと、なんとこのまま行くのか!三年前のウオッカに続いて、牝馬が再びダービーを獲るのか!?―――いったー!!そのまま単独でアパオシャがゴール板を駆け抜けましたー!!見事な差し切り勝ちです!』

 

『鞍上の和多が小さくガッツポーズ!なんという、無敗で牝馬がクラシックの二つ目の冠を掴み取り、2番人気のアパオシャが牡牝3歳馬の頂点に立ちました!!そして騎手和多は初のダービー制覇!何という歴史的快挙!スタンドの観客達は総立ちで歓声を上げています!』

 

『二着は一馬身差で池園騎手のゲシュタルト14番人気です』

 

 

 

 

               枠  馬番  着差

 

 1着  アパオシャ     8  18  

 2着  ゲシュタルト    7  13   1

 3着  エイシンフラッシュ 1   1  ハナ

 4着  ローズキングダム  4   8  ハナ

 5着  ヴィクトワールピサ 4   7 アタマ

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 美景秋隆は嫁と一緒に、関係者席で魂が抜けそうになっていた。

 先月の皐月賞に続いて、自分の牧場で生まれた馬が日本一の栄冠を手に入れた衝撃は、それほど彼の老体を叩きのめした。

 中島大は最後の直線でアパオシャが見せた、沈むように首を下げる走法に、騎手時代のかつての強敵オグリキャップの幻影を見た。

 そして同時に、自分の厩舎から初のダービーホースが生まれた事に感涙さえしていた。

 

「やってくれたなアパオシャ!やりましたよ美景さん!」

 

「へ、ええ。そうですね中島先生。………あいつは、黒子は何なんだろうな」

 

「何でも良いっしょ!勝って次も無事に走ってくれさえすれば」

 

 牛のついでだろうと、曲がりなりにも競走馬を育てて売るからには、ダービーを勝つ夢を見たことはある。

 しかしそんなものは単なる夢でしかないと思っていた。その夢がいざ実現しても、皐月賞以上に実感が得られない。

 負けた馬の関係者達は、表向き勝者の老人を祝福しつつ、腹の底ではのたうち回りたいほどに、牝馬に負けた悔しさを抑えつけていた。

 そして勝利の余韻に浸るのも良いが、まだ口取り式と表彰式が残っている。それらを済ませないうちはレースは終わりではない。

 

「あれ?何でまだ馬達が走ってるんだ?」

 

 近くにいた男がレースが終わったのにコースを走り続けている馬達を不審に思い、何気なく挙げた声に周囲も注目する。

 黒い馬体のアパオシャを先頭に、半数近くの馬達がレース後に体重を測る検量室に行かず、騎手達が必死に抑え込もうとしているにも拘らず、まだ走り続けていた。

 勝利馬のアパオシャのウイニングランならともかく、まだ走っている馬の数があまりにも多い。

 しかもどいつもこいつも股間のアレを、今にもはち切れそうなぐらいパンパンに膨らませて走っている。

 

「えーっと、あの馬達のお目当てはアパオシャみたいですね。若い牡ばかりだからレースの興奮もあって、牝を追っかけているんでしょう」

 

 誰かが冷静に言った。同時にここに居る者達は全員いたたまれない気持ちになった。

 このレースは全国放送だぞ。それも、牝馬ながら皐月賞を勝ったアパオシャが出走するのもあって、ここ十年でもっとも競馬への関心が高まっている。

 そんなレースのフィナーレを飾るのが一頭の勝者の牝を追いかけて交尾を迫る多数の牡馬という、笑って済ませられない醜態である。

 

「史上最低の日本ダービーだよ」

 

 かつてのダービージョッキーの大の搾り出されるような独白に、皆が心の中で同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『父の悲願と夢』アパオシャが無傷で日本ダービー制覇!!

 

 

 第77回東京優駿G1は、これまで五戦五勝無敗の皐月賞牝馬アパオシャが17万人の観客の前で勝利を手にした。

 

 本レースには、2歳最優秀牡馬ローズキングダム、皐月賞を2着と好走したヴィクトワールピサ等、質の高い3歳馬が数多く出走したものの、最後は牝馬ながら皐月賞を勝ち抜いた2番人気のアパオシャが牡馬を蹴散らして、新馬戦から無敗の六勝目を飾った。

 

「弥生賞を勝った時からダービーを走るとは思っていました。皐月賞は運よく勝てた印象がありましたが、今日は走る前から他の牡馬達がアパオシャに入れ込んでいるのを見て、結構イケると確信しました」鞍上の和多騎手の勝利インダビュー。

 

 事実、ゲート前では多くの出走馬達が気を荒くして落ち着かない様子だった。反対にアパオシャは冷静そのもの。メンタルの状態が調子を大きく左右するのは人も馬も同じ。

 

 アパオシャは向こう正面の中間点1200メートルから、持ち前の圧倒的スタミナを活かしてペースを上げて、第四コーナーにさしかかる頃には先頭を奪取。直線で鋭い末脚を利かせるゲシュタルト、エイシンフラッシュ、ローズキングダム達に追い込まれながら脚色は衰えるどころか、残り200メートルで再加速。一馬身離して最初にゴールを駆け抜けた。

 

 最後の直線の伸びについて中島調教師は「あんな(通常に比べて首を下げた低姿勢)走りが出来るとは誰も知らなかった。調教では一度も見せていない。あの首を低く下げる走りは、かつてのオグリキャップを思い起こさせる。勝負の土壇場で誰も教えていない父親の走りをするなんて、血の成せる業なのかもね」

 

 我々は類稀な勝利をもたらした、親から子、あるいはそれ以上に積み重なった血の奇跡を目の当たりにしたのだろうか。

 

 なおクラシック登録制の第1、2回に登録せず、3回目の追加登録制度で出走して東京優駿に勝利したのは、今回のアパオシャが初めて。父の活躍により追加ルールが設けられて、二十年かけて娘が栄冠を手にした形になる。

 かつてアパオシャの父オグリキャップの調教師は「もしクラシックに出られたら、中央競馬クラシック三冠を獲っていただろう」と述べていた。それを娘が代わりに達成するまで、あと一つ。牝馬による無敗のクラシック三冠制覇も決して夢物語ではない。

 

 

 

≪日刊スポーツ号外より≫

 

 

 

 

 余談

 

 もし仮にアパオシャが最後の走りがオグリキャップの走りと言われているのを知ったら、おそらく困った顔をするだろう。

 

「あれはナリタブライアンの走りをイメージしたんだけどなぁ。確かにオグリキャップ先輩も腰の重心を下げて低姿勢で走るから似ているんだけど、俺個人としてはずっと研究し続けたライバルの走りを参考にしたんだが」

 

 



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第20話 家族


 今回も感想数が多くて返信は出来ませんので、この場を借りてお礼申し上げます。
 皐月賞の回以上にダービーの反響が多くてニヤニヤしてしまいました。
 実はダービーだけはプロットの時点で結果を設定していて、副題の『畜生ダービー』もそこから名付けました。

 それでは、今後もよろしくお願いします。




 

 

 吾輩は競走馬である。2010年日本ダービーの勝者になった。

 流石にG1レースを走り終えたら疲れた。

 それだけじゃなく、発情した牡馬共と第二レースをしないといけなかったから、余計に疲れたんだが。

 幸い、スタミナ勝負で俺に勝てる馬は居ないから、牡共のスタミナが枯渇するまで逃げ切って貞操は守られた。

 さらに最後の直線1ハロンで使ったナリタブライアンの走りで、脚に結構疲労が溜まっている。

 あの走りは体に負担がかかるから、出来る限り使いたくなかった。それに完成度の低さも不満がある。

 アイツなら最終直線だけじゃなく、最初から最後まで同じ姿勢で走り続けられた。やっぱりアイツはとんでもない強さのウマ娘だよ。

 それでも北海道の牧場や、年始の休暇を過ごした牧場でこっそり練習して、馬の体でもどうにか短時間なら再現は出来るようになった。

 おかげで勝ててオーナーや〇クザのオッサンは喜んでくれたし、産まれた牧場の爺さまと婆さまも泣くぐらい嬉しがってくれて良かった。

 

 ただ、関係者の集まった表彰式の時、『オグリ』と名乗った爺さんが俺を見て、号泣していたのが気になった。

 オグリキャップ先輩の事を口にしていたから、多分見た事の無い今世の父親の関係者なんだと思う。

 よく知らないがその爺さんの態度を見ると、この世界のオグリキャップ先輩も沢山の人から愛されているのが分かって、何となく嬉しかった。

 

 東京競馬場から美浦トレセンに戻って数日経ち、また車に乗せられた。

 またレースなのかと不満そうな顔を向けたら、厩務員達は笑って違うと言った。

 実際、一時間かそこら乗せられて連れてこられたのは、以前も来た事がある関東圏の牧場だった。

 しばらくここで休んで疲れを取れという事か。

 すぐに宝塚記念を走れなんて言われなくてホッとした。

 前世とレース日程が似通っていれば、次はクラシック三冠の最後になる菊花賞。あるいは9月にあるトライアルレースだろう。

 今が大体6月の初めだろうから、あと三ヵ月ある。その前に調整を始めようと思ったら、トレセンに戻されるのは8月に入ってからか。

 予想では最短でも二ヵ月は休める。それでもずっと食っちゃ寝生活をしたら後で絞るのが辛くなるから、適度に自主トレして体を鍛えておこう。

 

 休暇を貰って七日目ぐらいで疲労が抜けたから、食っちゃ寝生活からおさらばして自主トレを始めた。

 ここは放牧していても、俺達馬がある程度自由に運動出来るようになっている。小高い丘もあって自主的に坂路トレーニングもやりたい放題だ。

 と言ってもこの牧場には他の馬も多くいる。必然的に集団生活で生まれるのはボス争いである。

 幸い馬という種族は草食動物かつ、野生ならともかく飼い慣らされた家畜ゆえに、直接攻撃してボスを決めるより脚の速さが重視される。

 中には例外も多いんだろうが、俺はG1二冠馬だから色々と気を遣われている立場もあって、最初から粗暴な馬の居ない牧場を選んで預けると厩舎で耳にした。あと勝手に交尾されないように牝馬ばかりだし。

 そんなわけで、新入りの俺に偉そうにしてくる牝馬達を前に、坂路競争を提案した。

 

【おまえなんかにまけない】

 

【じゃあ確かめてみようか】

 

 五、六頭で一緒に坂道を走り、次々脱落していくのを尻目に、ボスっぽい牝馬に少しの差をつけて勝った。

 

【おー頑張るねえ。じゃあ、もう一回やろうか】

 

【ぜェぜぇ………まけない】

 

 下に降りてもう一回走ったら、次は結構差がついて走り切れた数も減っていた。

 

【俺はまだ走れるけど、どうする?】

 

【ふぅふぅ………やるっ!】

 

 三回目は俺を含めて三頭しか残っていない。当然俺の勝ち。

 

【さてと、遊びはこれぐらいにしてそろそろ本気でやろう】

 

【……うゅ】

 

 四度目の途中で一頭がへばって逃げ出した。やっぱり俺が先に坂を登り切った。

 

【遅かったな。もう一度だ】

 

【うわーん!!もうやだー】

 

 死にかけで上に登って来たボス馬は泣いて逃げた。

 けっ、根性無しめ。お調子者のジャンだって、あと二回ぐらいは気力で登れたぞ。

 けど、そこそこトレーニングにはなったし良いや。

 

 そんな感じで、大体半月近く太らないように飯食って日中トレーニングに費やした。

 嬉しかったのは、ここでも少量ながら味噌と醤油を飯に出してくれた事だ。やっぱり味を楽しめるなら、色々楽しみたいよ。

 他にも季節の果物として桃が出たり、早生のスイカや梨を食べられたのは良かった。

 後で知った事だが、こうした果物は俺宛に届けられたレースの祝勝の品らしい。

 この前の『オグリ』の爺さんや、俺の母方の祖父に当たる馬の馬主や牧場関係者からの贈り物だと聞かされた。

 

 

 そこまでは良かったが最後まで良いままで終わらないのが世の常だ。

 時々牧場の入り口にテレビ局の車が何台も押し掛けて来ては、牧場のスタッフと押し問答している光景を見かける。

 おまけにどこから入って来たのか知らないが、ワーワー騒ぐ数名がデジカメや電話のカメラでバシャバシャ写真を撮ってて煩い。

 そいつらは警備員がかなり手荒に取り押さえて、やって来た警察に引き渡した。

 あいつらトレセン学園にも時々居た、無許可で敷地に入り込んだ自称ファンという名の犯罪者か。

 まったく、いつの時代もあの手の連中は滅びないな。

 そいつらのせいで他の馬達がすっかり怯えてしまって、いつの間にかリーダーになっていた俺が宥めたりメンタルケアする羽目になった。

 何で休暇で来たのに余計な仕事をしなければならんのだ。

 

 せっかくの休みが台無しになった数日後、急に俺はトラックに乗せられて、また連れて行かれた。

 美浦トレセンに戻るのかと思ったが、トラックは丸一日以上北東に向けて走り、途中船も乗った時点で行先は北海道と気付いた。

 ちょうど暑くなる七月前だから、涼しい函館か札幌でのレースは悪くないと思うけど、碌に調整せずに走らせるのは不味いだろうと思った。

 ただし、予想は良い意味で外れた。

 

 連れて来られてトラックから降りた場所は、今までのように馬だけの牧場じゃない。

 生まれてからたった一年だけ、牛や母たちと共に過ごした美景一家が経営する牧場だった。

 

「よう戻って来たな黒子。短い間じゃがゆっくりしていけ」

 

 おう、日本ダービー以来だな爺さま。婆さまも応援に来てくれてありがとうよ。とっつぁんとお袋さんも元気そうで何よりだ。

 

「おかえり孝行娘。何もねえがせめて疲れを取って、また走りに行くんだぞ」

 

 はて?俺が何かしたのか。娘と言ったらナツちゃんはまだ学校か。

 

「とりあえず、こっち来い黒子。お前の寝床を用意せんといかん」

 

 はいはい。どこにでも連れて行ってくんなしぇ。

 それにしても牛の臭いを嗅ぐと、ここに帰って来たと実感が湧くねえ。

 厩舎に向かう時、外ででかい馬達と走り回っている若い牡馬が目に留まった。

 

「あいつは去年産まれたお前の弟だ。ナツの奴はクーって呼んどる。8月の競りに出す予定だから、それまでは仲良くしてやれ」

 

 ふーん、弟ね。後輩や妹分はそこそこ居て、甥や姪も居たけど弟は居なかったな。

 すぐにお別れになって、もし会ったとしてもレースを走る仲になるだろう。だから肉親なんて実感は無い。でも爺さまの頼みだから程々に仲良くしてやる。

 弟とやらはこちらに気付いて、トコトコ近づく。

 柵越しにハナを突き出して、俺に興味津々だ。

 

【おねえさんここにすむの?】

 

【ちょっとだけな。あとで走るか?】

 

【うん!ぼくはやいよ!】

 

【俺の方がもっと速い。またな】

 

 血族のよしみだ。買われる前に少しでも強くなれるように鍛えてやる。

 弟と一旦別れて、かつて寝起きした厩舎に連れて来られた。

 すると、懐かしい顔が馬房からニョキっと顔を見せた。

 久しいな母よ。ああ、二年以上も会っていないけどちゃんと覚えていてくれたのか。

 馬房越しに顔を擦り合わせた時に、側に居た小さな牝馬に気が付いた。

 そうか、今度は妹も居るのか。

 俺の事を不思議そうに見上げている。ふふ、前世の姪の小さい頃をちょっと思い出す。短い間だけど、よろしくな妹。

 この日は移動疲れもあって早々に休んで馬房で休息を取った。

 

 翌日からは弟のクーと一緒に放牧地を走って、へばるケツを叩いて出来る限り鍛えた。

 それが終われば母や妹とゆったり草を食べて過ごして、リフレッシュに努める。

 仲間と共にトレーニングに明け暮れるのもいいが、こうして肉親とゆったり過ごす時間も懐かしくて悪くない。

 おまけに煩いマスコミも全く来る気配がない。

 少し思い返すと先日まで居た牧場から移動したのは、避暑以外にパパラッチ共に嗅ぎつけられないように退避したのではないか。

 なにせ無敗のクラシック三冠まであと一歩だ。マスコミはどんな小さな情報だって逃がしたくないから無茶無法をする。

 そんなつまらない行為で調子を落とされては堪らない。そこで里帰りも兼ねて美景牧場を選んだ可能性が高い。オーナーや中島のオッサンの配慮かな。

 家族との時間を作ってくれた人達の気遣いはありがたく受け取っておこう。

 

 

 さらに数日を平穏に過ごした心地良い夏の日の夕刻。

 爺さまが血相変えて、弟と走っていた俺の所にやって来た。

 

「はぁはぁ」

 

 どうした爺さま、そんなに息を切らして急いで。

 

「黒子……ええか、落ち着いて聞くべ。―――お前の親父のオグリキャップがさっき死んだと連絡があった」

 

 そこから日が完全に暮れるまで記憶が判然としなかった。

 

 



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第21話 星になった英雄を偲ぶ

 

 

【悲報】オグリキャップ死す【追悼】

 

 

 

1:芦毛スキー ID:BQnoUaNAd

 

 本日7月3日の午後2時過ぎ、オグリキャップ(25)が優駿ファーム内の専用放牧地で事故のため右後肢を骨折し、安楽死の措置が取られた。

 同馬は岐阜県の笠松競馬でデビュー、通算12戦10勝。中央競馬移籍後は20戦12勝。

 G1勝ち鞍は有馬記念(1988、1990) マイルチャンピオンシップ 安田記念

 JRA賞年度代表馬(1990年)   顕彰馬選出(1991年)

 

 今日は酒が不味くてかなわん

 

 

2:芦毛スキー ID:udNHlsY+6

さようならオグリキャップ

 

3:芦毛スキー ID:+tQ+TKJdx

この馬の死が逆にこの馬の成した偉業を証明してしまった

 

4:芦毛スキー ID:lecnT+5g9

ありがとうオグリキャップ 

天国で競馬と娘を見守ってね

 

5:芦毛スキー ID:klj3HzF5M

悲しい最期になってしまいました

 

6:芦毛スキー ID:8r17gftTo

ありがとうオグリ

うぅ

 

7:芦毛スキー ID:VWCpGMs4R

骨折からの安楽死

手は尽くしたうえでダメだったということか

 

8:芦毛スキー ID:yd4u/l4YF

あなたのおかげで競馬と出会うことが出来た。本当にありがとう、オグリキャップ

 

9:芦毛スキー ID:5+hii4CUL

オグリキャップが亡くなるなんて信じられない

ありがとうお前のおかげで日本競馬は変わった

いや、お前が競馬を賭博から愛される娯楽に変えたんだ

 

10:芦毛スキー ID:dqkRadSUL

巨星堕つ…合掌

 

11:芦毛スキー ID:GorJxmUrg

はじめて見た競馬がオグリのラストランでした

永遠に忘れられないスーパーホースよ、どうか安らかに

 

12:芦毛スキー ID:pZG2xTjSs

史上最強馬はディープインパクトでも史上最高の馬はオグリキャップ

これは絶対に譲らない

 

13:芦毛スキー ID:ELjPals6L

この馬の存在で初めて競馬に興味を持った

おかげで大分お金が飛んだけど、ありがとう

 

14:芦毛スキー ID:D8O2/Y+KT

最近デパートに娘のアパオシャとセットでオグリのぬいぐるみが売ってたよ

結構買っていく人が多かった

 

15:芦毛スキー ID:Je0Di+Rbg

また一家に一つ、娘とセットでオグリ人形が置かれるようになるのかな

 

16:芦毛スキー ID:UHEJ+Edyf

競馬人気の火付け役

オグリ以前の競馬は男の鉄火場で女はあんまりいなかったけど

多くの女子供のファンを呼び込んで競馬にはスポーツとしての側面があることを教えてくれた

きっとまだ忘れ去られないと思う

 

17:芦毛スキー ID:g30I6+RC9

ひとつの時代が幕を閉じた

せめてもの救いは最後に生まれた娘がこれからも活躍してくれる事か

 

18:芦毛スキー ID:I9zqozj3z

むしろもう少し長く生きていたら菊花賞を勝って

子が無敗の三冠馬になれた話を聞けたんだぞ

 

19:芦毛スキー ID:8mIG3RlUh

神様はサディスト過ぎる

 

20:芦毛スキー ID:j5UU1eIlL

アパオシャは菊花賞に勝って親父の墓前に菊の花を添えてやってくれ

 

21:芦毛スキー ID:5rSqegECy

なんでこうオグリ周りは何でもかんでもドラマティックなんだよ

 

22:芦毛スキー ID:64RhVbUPd

そういう星の下に生まれたスターだからだよ

 

23:芦毛スキー ID:X9bFmvsSV

地方で名を上げて中央に殴り込み数多くの名レースを勝ち続けて

後年は怪我で調子を落としつつも最後の引退レースで有終の美を飾り

種牡馬としては全く成果を残せなかったと思えば最後の最後で歴史的最高傑作が生まれ

娘の活躍を最後まで見る事無く星になる

 

24:芦毛スキー ID:LXqlVzH+h

創作でさえ無理な完璧な英雄の人生じゃないか

こんな最高の馬は千年経っても出てこねえよ

 

25:芦毛スキー ID:YJb0rA65N

ふと思ったんだが今年の菊花賞成立するのか

アパオシャが出るのは既定だけど勝って当然みたいな空気あるし

それで他の馬が勝ったら歴史上初のクラシック三冠牝馬の誕生阻止どころか

親父の墓前に置く菊の花を横取りしたクソ空気読めない馬扱いになるぞ

 

26:芦毛スキー ID:H/bkp8pFK

うわっそれはきつい

 

27:芦毛スキー ID:+vzJfbaCH

ただでさ牝馬に負ける不名誉ついてる世代で

しかもダービーの時にやらかしてる馬ばかり

そこまでKYになったら引退後の種牡馬は絶望的だぞ

 

28:芦毛スキー ID:T1qyt082r

馬主もミホノブルボンの三冠を阻止したライスシャワー扱いは困るよな

 

29:芦毛スキー ID:xcSOu3gTe

あの時はライスシャワーも人気はそこそこあったからまだ良かった

 

30:芦毛スキー ID:6HZsK4fis

もっとダメだったのが菊花賞を荒らすだけ荒らしてボロ負けしたキョウエイボーガンだったぞ

ブルボンが負けた原因にされて散々に叩かれまくって引退しても種牡馬どころか乗馬用すら話が無かった

 

31:芦毛スキー ID:UNv8XJKhb

あれはファンの主婦の人が身銭切って引き取ったから助かったけど

そうでなかったら速攻で肉扱いだったな

 

32:芦毛スキー ID:DVjFWaLCb

馬が集まらずに競争自体中止はJRAだって避けたいと思うがどうなるか

 

33:芦毛スキー ID:sQ48bh/T8

競走自体が成立する程度の数は出てくる思う

最悪入着賞金目当てで走らせる馬主は多少は居るはず

 

34:芦毛スキー ID:vQCMIxjTS

クラシックG1出られるだけ馬主にもチャンスだから

格下連中がこぞって集まる可能性はあるか

 

35:芦毛スキー ID:yqLqGI2T3

じゃあディープの菊花賞以来のG1単勝倍率1倍の元返しがまた見られるのか

 

36:芦毛スキー ID:MEX6TpfzK

馬券的には全然美味しくないんだけど

 

37:芦毛スキー ID:bwZsRBI/G

もう換金せずに記念馬券で取っておいた方がいいわ

 

38:芦毛スキー ID:i8F3Alo+C

今日はオグリの追悼に飲むか

 

39:芦毛スキー ID:g6309fslz

明日は日曜で仕事は無いけどたぶん二日酔いで死んでるな

 

40:芦毛スキー ID:STBHTTLUD

一つの時代が終わっちゃったよ

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 オグリキャップ逝去の報が日本中を駆け巡った翌日の夜。

 福島県福島市某所の居酒屋の個室で、三人の男が一つのテーブルを囲って酒を飲み交わしていた。

 

「アロマカフェの初重賞勝利を祝って」

 

「「乾杯!」」

 

 男達はそれぞれビールのジョッキに口を付けて喉を潤す。

 

「ふう良い仕事の後の酒は美味い。G3とはいえ、やはり厩舎から重賞馬が出るのは良いもんだな親父」

 

「まあな。大地も今日は最高二着で惜しかったが経験を積んで励め」

 

「分かってるって。これからも頑張るよ」

 

 彼等は今日、福島競馬場で仕事をした中島厩舎所縁の男達。調教師の大とその息子、調教助手の遼太に、同じく息子で騎手をしている大地だ。

 競馬に関わる仕事をしていると、その家族もまた馬に関わる仕事に就くのは競馬界隈ではよく見かける。

 仕事の最中はたとえ親子だろうと上司と部下、騎手と調教師の関係は崩さない。しかしひとたび仕事が片付けば、酒を酌み交わして互いを労う事は許される。

 酒を飲み、つまみを食う。明日の英気を養うのも大事な仕事だ。

 

「今年はうちの厩舎も随分調子が良いよ。アパオシャは無敗でクラシック二冠。アプリコットフィズはG3デイリー杯クイーンCを勝って、今日はアロマカフェがG3のラジオNIKKEI賞を勝った。ここ数年勝てなかったのが嘘みたいだ」

 

「出来過ぎているぐらいだ。こういう時に気を抜くと碌な事にならん」

 

 息子二人は自分達が生まれる前から、博打と馬に関わって来た父の言葉を笑い飛ばす気にはなれなかった。

 

「浮かれたりはしないけど、今日ぐらいはゆっくり酒を飲んでもバチは当たらないよ。オグリキャップを悼む盃と思ってさ」

 

「……オグリキャップか。そうだな、大地。あの馬があんなに呆気なく死ぬとは思わなかった」

 

 大はビールのジョッキを一気に飲み干して、店員を呼んでお代わりの冷酒を頼む。息子の言ったように、時代を築いた英雄の死を惜しむような飲み方だった。

 元騎手だった大にとって、オグリキャップは数こそ少ないが同レースに他の馬に乗って走った時は難敵だった。

 さらにサクラチヨノオーに騎乗していた年のダービーは、オグリキャップがクラシック規定でレースに出られず、世間やマスコミから『本命不在の横並びのダービー』などと言われて憤慨した。

 当時は強くて嫌な馬と思っていても、この年になっていざ死んだと聞かされれば、まるで旧友を失ったような喪失感を抱える。

 

「そのオグリキャップも、最後にうちの厩舎に最高の置き土産をしてくれたよ」

 

 酒が入ったからか、遼太は上機嫌に口を滑らせる。父と弟は何の事か言われずとも分かった。

 娘のアパオシャの活躍ぶりは日本中が注目している。

 レースに勝てば、その分の賞金が厩舎にも幾らか入ってくる。勝てば勝つほど儲かるし、名声もくっ付いてくるから笑いが止まらない。

 

「そのことだが今日のレースが終わってから、JRAから少し話があった。いや、話というより要請に近かった。アパオシャは菊花賞には必ず出てほしいとな」

 

「JRAがわざわざ?無敗のクラシック三冠がかかってるんだから、言われるまでもないだろ。南丸オーナーがアパオシャの菊花賞出走を宣言しているのはJRAも知っている」

 

 そこで大は一旦、息子の言を制して酒のお代わりと追加のつまみを持って来た店員が立ち去るのを確認してから、話を再開する。

 

「釘を刺したのは調教師の俺にだ。あちらさんは注目が集まっている内に、また競馬を盛り上げたいのさ。それにはスター不在の菊花賞じゃ困るんだよ」

 

「ああ、それがアパオシャか。アイドルホース『オグリキャップ』の最後の娘で、牝馬ながら牡馬ばかりのクラシック三冠を無敗で勝ち続ける稀代の名馬。おまけに昨日親父を亡くして傷心の身。それでもレースを走り、ついには最後の三冠に挑む。漫画やゲームだってここまで荒唐無稽な展開は無いよ」

 

 大地が合点と同時に、ちょっと皮肉めいた笑みを浮かべる。彼は漫画やアニメを好むのを公言している。そうした創作と比べても、オグリとアパオシャの親子の生い立ちと成果は、フィクションでさえ早々見つからない存在と常々思っていた。

 数年前JRAは、低迷し始めていた競馬人気をもう一度盛り上げるためにスターを欲した。そこで目を付けたのが現代日本競馬の質を大幅に上げた、大種牡馬サンデーサイレンスの最高傑作と名高いディープインパクト。

 JRAの思惑はかの馬の、圧倒的な強さと打ち立てた偉業によって一定の成功を収めた。メディアも盛んに情報を流して一般にもその名は知られる事となった。

 ただし、名前が一般に認知される程度であり、大成功とは言い難かった。強い馬が一頭いるだけでは、かつて日本経済にも大きな影響を与えたオグリキャップのような社会現象には到底届かない。

 よって多くの日本人から注目を集める、無敗でクラシック三冠を成し遂げたディープインパクト以上のスターをどうしても欲しがった。そこで目を付けたのが牝馬ながら同じ道を歩むアパオシャだった。

 

「出来過ぎているがそこにあれば使うだけだ。レースに絶対は無いと向こうも分かっているから、勝敗の是非は口にしなかったがな」

 

 負ければレースに絶対は無いと、菊花賞で負けた二冠馬ミホノブルボンの先例を出す。あるいは記憶に新しいディープインパクトが有馬記念でハーツクライに負けた話を出せば済む。

 JRAにとって一番困るのは、アパオシャ陣営が三冠が懸かった菊花賞に出走登録すらしない事。

 無敗のクラシック三冠馬を前にして、骨折して菊花賞を断念したトウカイテイオーの二の舞は困る。そういうことだ。

 だからこそ調教師の大に、わざわざ菊花賞への出走登録の念を押した。調教中に故障などしてくれるなと、ある種の圧力をかけたのだろう。

 

「で、JRAは菊花賞のトライアルについては?」

 

「そっちはこちらの都合に任せるそうだ」

 

 大はこれ以上の事は、ここでは話すつもりは無いと目だけで息子達に伝えた。

 厩舎で話すならともかく、こんな誰が聞いているか分からない場所で次のレースの話はしない。

 実際はトライアルレースに出る予定はない。どうせ二冠のアパオシャの獲得賞金額に勝てる馬は居ない。出走優先権が無くとも、予定通り菊花賞に出られる。

 それでも、他の陣営やマスコミに情報が洩れると面倒だ。厩務員達にも口を滑らさないように通達して、上司の自分が破っていたら示しがつかない。

 菊花賞はオーナーが出すと明言しているから、大っぴらに話せるだけだ。

 

「普通ならレース勘が鈍る事を危惧するけど、アパオシャだからな。トライアルがあっても無くてもある程度自分で調整するから、ぶっつけ本番だろうとそこまで心配は無い」

 

 普段から面倒を見ている大と遼太はアパオシャの事を微塵も疑わない。

 今も放牧していても適度に休みつつ自主トレして、コンディション維持を欠かさない確信がある。

 二人はアレを馬と思っていない。もやはベテランのプロアスリートと思って接している。

 

「もしかしたら、今年は牝馬三冠馬が二頭生まれる可能性もあるのか。3歳牡馬はいい所無いなあ」

 

 大地がサクサクの天ぷらを頬張り、弱小世代扱いを受ける3歳の牡馬達に同情する。

 今年のクラシック世代はアパオシャを筆頭に、同じ美浦トレセンの国松厩舎所属のアパパネが桜花賞とオークスの牝馬二冠を達成した。

 しかもオークスでは、史上初のG1レース同着優勝をサンテミリオンと果たし、歴史に名を遺した。

 皐月賞と日本ダービーを無敗で勝った二冠のアパオシャ(Apaošha)、牝馬二冠のアパパネ(Apapane)は共にイニシャルがAPで始まり、そこからAPコンビと呼ばれて、世間を賑わせていた。

 このまま行けば三冠牝馬が同年に二頭生まれる可能性もある。世間ではそんな珍記録に備えて、今から祝いの準備をしているような者もいた。

 おかげで同じ年の馬は割を食った形だ。

 厩舎で預かっているアプリコットフィズも秋華賞に出る予定なのに、やり辛い事この上無い。

 桜花賞とオークス、共に入着はして秋華賞もそれなりに期待出来るのに、変なプレッシャーを掛けられるのは堪った物ではない。

 その前に来月の札幌で走るG3クイーンステークスで結果を出すのが先だろうが。

 

「だから無理に菊花賞を走らせず、ヴィクトワールピサはフランスの凱旋門賞を走る方針に切り替えたんだろう。決してアパオシャから逃げたわけじゃない、より困難な道を選んだって言い訳も立つ」

 

 遼太の言に、二人も已む無しと頷く。

 身体能力に劣る牝馬のアパオシャに、都合四度も負けたヴィクトワールピサの価値は著しく低い。

 断っておくがそのうちダービー以外の、皐月賞を含む三度の重賞は、アパオシャに次いで二着だったから決して弱い馬ではない。

 それでも一度付いてしまった痕を消すには、誰の目にも見える大きな手柄が必要だった。

 だからヴィクトワールピサの陣営は皐月賞が終わった後、早い段階から凱旋門賞への出走登録をしていた。

 世界一のレースと名高い凱旋門賞で、優勝とは言わずとも入賞まで行けば疵は払拭されると信じていた。

 幸い凱旋門賞は3歳馬の斤量が軽く設定されていて、若い馬も勝ちやすいレースではある。

 アパオシャが日本の競馬界に与えた影響は極めて大きい。良くも悪くもだ。

 

 それと、日本ダービーの時に出走していた牡馬達が発情したのは事故だったと、JRAは公式見解を出している。

 唯一、アパオシャが牡馬達を故意に発情させたのに気付いたのは和多だけだったが、彼はそれを黙して語らない。今更世間に公言した所で何も得られる物は無い。

 沈黙は金なりという名言に従った。

 

「そのアパオシャだが、どうも親父の死を聞かされた後は目に見えて落ち込んでいると、預けた牧場から連絡があったぞ」

 

「会った事も無い父親の死を教えられて悲しむって……下手な人間より感情豊かだね。本当に馬?」

 

「馬だぞ。野菜の醤油炒めや味噌が好きで、頭が異様に良いのを除けば」

 

 大地は心の中で、絶対にアパオシャの前世は人だったと確信した。

 とはいえ今世は馬であることに違いないので、引き続きレースは走ってもらうつもりだった。

 それに今まで築き上げた功績を見てしまうと、今更研究所送りして実験動物扱いになるのはあまりにも惜しい。

 競走馬に関わる者にとって、強くて速い馬は何物にも勝る宝だ。頭の良さや奇行など、極論言ってしまえば些末な要素でしかない。

 人の首を喰い千切るような態度を見せるドリームジャーニーでさえ、レースに出て走れるのだ。

 アパオシャ程度の奇行など、笑って済むレベルの話としか思っていない。

 そんな変な馬でも、中島厩舎にとっては久しぶりのG1馬。宝なのだから、大や遼太はアパオシャの事が大好きだ。

 

「時間を見つけて、アパオシャの様子を見に行くか。それにチヨノオー達もまだ生きているから、久しぶりに顔を見たくなった」

 

 ちょうど来週に厩舎の馬が函館で走る。大はレースが終わったら、かつて苦楽を共にした戦友達の様子を見に行く予定を立て始めた。

 

 



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第22話 献花

 

 

 生まれ育った北海道の牧場に里帰りしてから大体一ヵ月ぐらいは経ったか。

 やはり関東の夏とは比べ物にならないぐらい、涼しくて過ごしやすい。

 突然の見た事の無い父親のオグリキャップ先輩の訃報にしばらく食べる飯の量が減って、物思いにふける時間も多かった。

 

 それでも三日もすれば、一応納得していつもと同じように飯の量も戻り、それなりの運動もするようになった。

 あとは父親が違うと思われる弟妹と仲良くなって、一緒に放牧地を走ったり昼寝をして穏やかな時間を過ごせた。

 

 しかしそんな安寧とした時間も長くは続かなかった。ある日の朝に一台のトラックが牧場に来た。

 爺さまが厩舎から弟を連れて来て、トラックに乗っていた男達に引き渡す。

 ああ、そういうことか。前に爺さまから成長した馬がどうなるか聞かされていた。弟は競りに出されて、俺と同じように売られた後にレースをするのか。

 夏休みで家にいるナツちゃん含めた美景一家が総出で弟を見送る。

 

【おねえちゃん、ぼくどうなるの?】

 

【前に教えただろ。お前は俺と同じように、これから速く走るために鍛えに行くんだ】

 

【またあえる?】

 

【一番速く走り続けたらきっと会えるさ】

 

 弟は納得して、作業員に手綱を引かれてトラックに乗せられた。そして最後に嘶き、牧場の皆にも別れを告げた。

 頑張ってレースに勝って、少しでも長く生きろ。

 まったく、前世じゃ気にも留めなかったのに、いざ家畜の身に立たされると腹立たしくて仕方がない。

 生き方を選べないのがこんなに辛いとは思わなかったよ。

 

 

 弟とおそらく今生の別れを済ませた翌日。朝にまた別のトラックが牧場に来た。

 何だよ、今度は妹の方を競りにかけるってのか?

 そう思っていたら、とっつぁんが俺の迎えだと言った。

 なんだ、もうバカンスは終わりか。でも、二ヵ月は休めたんだし十分かな。

 寂しそうに鳴く妹を宥めて、とっとと車に乗った。

 しかし、美景の一家がとっつぁん以外見送りに顔を見せないのが気になる。

 どうなるか分からない弟と違って、レースに勝ち続けている俺なら、どうせ来年もまた会えると思って気にしないのかねえ。

 

 トラックは適度に休憩を挟んで、北海道のだだっ広い道をひた走る。

 相変わらず移動中はやる事が無いから、寝るか飯を食うぐらいしか時間を潰せない。飛行機の席みたいにテレビを付けてくれ。

 トラックの輸送員は俺達に気を遣って走行中はラジオとかを聞かない。俺だけ特別に聞いてくれたっていいんだぞ。

 

 色々考えて時間を潰して、体感的に昼過ぎになったら車は停まった。後部の扉が開けられて駐車場に降ろされた。

 しかし降ろされた場所で何をするのかよく分からない。レース場や牧場じゃない。何かのホールや式場の類かな。

 疑問に思っていると、嗅ぎ慣れた臭いの奴がこっちに来た。

 

「おーい、待ってたぞ。休みの所、引っ張り出してすまんな。元気そうで良かった」

 

 久しぶりに会った厩舎の遼太が俺の首をペチペチ叩く。前に牧場に来たのは親父の方だったから、こいつとは日本ダービーから二ヵ月ぶりか。

 遼太はトラックの作業員に礼を言って、手綱を引いて建物の裏口の、多分資材搬入口に入った。

 しかし謎な施設だ。いや、用途は大体分かるんだけど、俺をここに連れて来る理由が判然としない。通路ですれ違う人達は、俺を見てみんなビックリしている。レース場と違って、ここは馬を入れる建物じゃないのだけは分かる。

 さらに奥へと進み、扉の先は――――コンサートホールかな?今世ではライブ会場並に縁の無い場所なんですが。

 しかも椅子にはズラリと沢山の人達が座っている。俺の姿を見て、騒然としている。あれ、これ俺が居て大丈夫か。場違いじゃないか遼太?

 

「大丈夫だ、落ち着けアパオシャ。お前はちゃんと、JRAと主催者から呼ばれたんだよ」

 

 そもそもここは何の集まりだ?鼻腔に届く濃厚な花の匂いの元を辿ると、そこには白い花が壁のように飾られた祭壇がある。

 壇の中央には馬の写真の大きなパネルが据えられている。まるで著名人の葬式か告別式のような会場に、まさかと思ってさらに周囲を見渡す。

 祭壇の上部には『オグリキャップ号 お別れ会』の幕が掲げられていた。

 ああ、そうだったのか。あの写真の馬がこの世界でのオグリキャップ先輩で、俺の見た事の無い父だったのか。

 

「あの写真に写っているのがお前の親父さんだ。孝行娘にせめてお別れをさせてやりたいから、お前が呼ばれたんだよ」

 

 そうなのか?レースに勝っただけの俺がどう親孝行したかは知らないけど。

 会場を見渡せば、ざっと五~六百人、いやもっと居る。畜生が一頭死んだだけで、こんなにも人が集まるのか。

 おっ、日本ダービーの時にいた『オグリ』の爺さんと俺のオーナーもいる。

 前世の先輩の時とよく似ている。

 あの時も全国から共にレースを走ったウマ娘達、レース関係者、笠松の人々、全く関係無いかつてのファン達が押し寄せて、皆がスターウマ娘オグリキャップの死を悲しみ、別れを告げに来た。

 俺もその時には杖がいるぐらい年を食って、腰の曲がった婆になっていたな。かつてのチームメイトや親友も、何人かは世を去っていた時代だ。

 ウマ娘だった前世を懐かしく思うと同時に、尊敬する先輩へのお別れを二度もしないといけないなんて。神様は酷い事を考える。

 

 手綱を引かれて、馬の方のオグリキャップ先輩の写真の前に連れて来られた。

 

「お別れには、こうやって花を持って献花台に置くんだ。分かるか」

 

 遼太が手本を見せて、白い花の山に一本花を加えた。

 弔問客の見守る中で、俺も口に花を咥えて献花台に捧げた。

 そしてパネルに写ったこの世界での父を見上げる。

 

 父と言われても実感は無い。しかし、前世での貴女への感謝の気持ちは生まれ変わっても忘れていません。

 先輩のおかげで俺は経営の持ち直した笠松でレースを学び、中央トレセンに入り、素晴らしい仲間達とかけがえのない青春時代を送れました。

 社会人となった後も、時々笠松トレセンに呼ばれて一緒に広報やイベントの仕事をしましたね。結婚式にも呼んでもらえました。

 年を取ってから、時々笠松に顔を出した時はよく茶飲み話をする仲になりました。

 楽しかった古い記憶が蘇り、自然と涙が零れてしまう。

 本当にこんな想いをまたしないといけないなんて辛いよ。

 どうしてわざわざ記憶まで持って生まれ変わっちゃったのかなあ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

『オグリキャップ号 お別れ会』が執り行われる

 

 2010年7月30日更新≪馬ニュース≫

 

 

 今月3日に右足骨折により安楽死処置が施されたオグリキャップの「お別れ会」が29日、新冠町のレ・コード館町民ホールで執り行われた。

 お別れ会にはJRA理事長、デビューの地・笠松で騎乗した騎手、元調教師、オグリキャップの名付け親で初代馬主、生産者といった所縁の関係者が参列。会場は全国から駆けつけた一般ファンなど総勢約800名が参列した。

 

 お別れ会は現役時代のレースが映し出されスタート。ラストランとなった有馬記念の、感動のゴールシーンが映し出された時には、会場ですすり泣く声が漏れた。

 

 JRAの全10競馬場から寄せられた8万3786人分の追悼記帳とともに、競走馬としては異例となる感謝状を贈呈した。

 一般参列者の献花ではターフを模した祭壇中央で優しい目を見せる在りし日のオグリキャップに追悼。祭壇に置かれたたてがみを触り、永遠のアイドルホースに最後の言葉を贈っていた。

 さらに会場には同馬の最後年産駒の二頭の内の一頭、現役3歳競争馬の二冠牝馬アパオシャも駆けつけ、まるで人のように花を亡き父の遺影に捧げる様は、多くの参加者を驚かせた。

 父の写真を見上げ、瞳から涙を流すアパオシャの姿には、人と馬には何ら違いが無いと気付かされる日だった。

 

 

 備考:オグリキャップ最後年産駒の一頭『ミンナノアイドル』は今年5月30日東京競馬場、未勝利馬戦(同日に東京優駿開催)に出走。14着で敗退。今月に『右前脚屈腱炎』で引退。

 

 



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第23話 ある牧場一家の未来

 

 

 八月の中旬。夏真っ盛りの日本は、死人が出るほどの酷暑に見舞われているが、北海道の夏は涼しく過ごしやすい。

 馬や牛はあまり暑すぎると体調を崩す。牛は暑さが乳の出にも影響するから、なおさら日本の牧場の多くは涼しい北海道か高原地帯に集中する。

 美景牧場社長の秋隆は畑仕事の合間に、隣家の的場牧場を訪ねた。

 隣と言っても、北海道の酪農家にとっての隣家は歩いて行くには遠く、最低でも自転車が必要になる距離だ。老いた秋隆にとって荷物を持って歩くには遠いから、軽トラを使っていた。

 秋隆は家屋の呼び鈴は鳴らさず、機械音のする裏手に向かう。

 牧場の裏手はトウモロコシ畑になっていて、今は旬を迎えた作物を的場一家三人で収穫していた。

 

「うおーい!スイカ持ってきたから休憩せんかー!」

 

「はーい!一郎、二葉。一息つきましょう」

 

 三人の中で唯一成人している夫人が子供達に休憩を促した。

 収穫機械を止めて一郎は降りて、二葉も収穫したトウモロコシを段ボールに箱詰めする手を止めた。

 

「じいちゃんありがとう!」

 

「助かります爺さま」

 

 二葉は土産のスイカを貰って、トウモロコシの芯を切っていた鉈を使って、大雑把に切り分ける。

 四人はそれぞれスイカを食べる。

 

「今年のトウキビ(トウモロコシ)の出来はどうだべ?」

 

「まあまあですね。明日にでも、初物をおすそ分けします。皆で食ってください」

 

「お馬さんにもトウキビあげていい?」

 

「ええぞ。今月いっぱいは黒子もいるから、美味しい初物を食わせてやってくれ」

 

 秋隆にとって隣家の子供達は生まれた時から知っている仲だ。ある意味孫のように可愛い。

 的場家に一家の大黒柱は居ない。二年前に過労で心筋梗塞を患って倒れて、見つけた時には手遅れだった。

 今は残った嫁が一人で、どうにか牛達の世話をしながらこの牧場を守って、子供二人を育てている。

 ナツの同級生の長男と、九歳の娘を女一人で育てるのは中々厳しい物がある。

 だから隣家のよしみもあって、美景家は的場家を出来る範囲で手助けしていた。

 

「一郎くんは来年高校受験じゃが勉強は進んどるか?うちのナツは最近はちょこっとだけ自分から勉強し始めててな。元が酷いからあんまり変わらんが」

 

「……正直、俺は進学せずに家の牧場を継いで、少しでもお袋の負担を軽くしたいです」

 

「気持ちは儂にもよう分かる。じゃが、今のご時世農家でも中卒じゃいかんぞ」

 

 秋隆は孫のナツから少し一郎の進路の事を聞いていた。今日は収穫の労いはオマケで、本題はそちら。その理由を解消しに来ていた。

 そこで夫人にちょっと視線を送って、口実を作ってもらった。

 

「お母さんは残りのスイカを冷蔵庫に入れてくるから、アンタ達は食べながら休憩してて」

 

「儂も久しぶりに仏壇に手を添えたいから一緒に行くべ」

 

 子供達もこれは大人の話だと気付いて、言う通りにした。

 二人は自宅に上がり、秋隆は仏壇に飾られている故人に頭を下げた。

 

「―――さて、あんまり子供には聞かせられん話じゃからな。奥さん、そろそろ借金の返済がきつくなってきたべ。一郎くんはそれ分かってるから、高校行かずに働く言うんじゃろ?」

 

「はい。あの子は中学を出たら少しでも早く働いて、残った借金を返すつもりです。でも私はせめて高校に行ってほしいと頼んでいるんですが」

 

 秋隆も的場家の経済状況はよく知っている。

 そもそもこの家が借金をした時に保証人になったのが美景家である。

 的場家がこうなったのは事業拡大を考えて、銀行に借金をしたこの一家の主が過労で急死したためだ。そして残ったのは借金と子供二人を抱えた未亡人が一人。

 それでもどうにか女手一つで旦那の残した牛牧場を守って行くつもりだったが、経営は遅々として好転しない。

 その間にも銀行から借りた金の利息は雪だるまのように膨らんでいく。だから息子の一郎は、来年は高校に行かずに牧場で働く事を考えていた。

 

「借金返せなくなったら、ここの牧場は廃業。保証人になったうちにも借金は結構来ちまう。最近はリーマンショックのせいで銀行も渋いからなあ。取り立てを待ってはくれん」

 

「その節は本当に申し訳ありませんでした」

 

「いやあ、責めとるんじゃないんだ。――――で、借金なんだがウチが面倒見るから、一旦銀行から借りた分は全部返さんか?それなら利息分と返済期限に悩まんで済む」

 

「ええっ!?あの、どういうことでしょうか?」

 

「うちの牧場で生まれた黒子の話は知っとるな。世間じゃアパオシャって呼ばれとる」

 

 もちろん知っている。隣の牧場で生まれた牝馬が無敗でG1二勝を挙げたと、地元の農業組合でも大きな話題になっていた。ここ最近は父オグリキャップの告別式に馬ながら出席したとニュースにもなっている。的場家も数年前に何度か美景牧場で見かけたことがある。

 

「競走馬がレースに勝つと、主催者からその馬が生まれた牧場に幾らか手当てが支払われる。『生産牧場賞』と言うんだべ。それと、その勝ち馬の母馬がいる牧場に『繁殖牝馬所有者賞』という賞金が出る。うちにいるウミノマチがそうじゃ」

 

「そうなんですか。うちは馬が居ないので分かりませんが、良い制度だと思います」

 

「で、黒子の奴が今まで勝った六勝分までが、大体1700万円ぐらいある」

 

「せ、1700万円ですか!?そんなに大金を貰えるんですか?」

 

「うん、まあこれは日本ダービーみたいな日本最大のレースだからそれだけの額が貰えるだけで、ばんえい競馬みたいな地方レースじゃこうはいかん。しかし、まだ借金を返し切るには大分足らん」

 

「申し訳ありません!」

 

「謝らんでええ。それと今月に黒子の弟を競りに出してな。二冠牝馬の弟って事で予想以上に高値が付いて、なんと4000万円で売れたんだべ。さっきの1700万円を合わせて税金で引かれても、この家の借金を全額返済出来る額になる。あとは、地道にうちに金を返してくれればええ」

 

 秋隆の話を聞き終わり、自然と涙が出た。これで夫の残した牧場を手放さずに済んだ安堵の涙だ。

 そして恩人に深々と土下座をした。

 

「地道に言うたが、案外早く返せるかもしれんぞ。ナツから聞いたがここの一郎くんは中学の野球部でエースやっとるんじゃろ?もし高校行って、野球で活躍して甲子園行ったら、プロからお声がかかるかもしれん。そうなったら、契約金や年俸であっという間だべ。そうでなくても、あの子ならきっとこの牧場を立て直してくれる」

 

「ありがとうございます!本当にありがとうございます!この御恩は家族三人、一生忘れません!」

 

「礼なら家にいる黒子に言ってやってくれ。あいつは家に住み着いた福の神みたいなもんだべ。神様に貰ったもんは困っている人に渡した方がええ。それで困らなくなったら、うちに返してくれ」

 

「何から何まで申し訳ありません。これであの世で主人に良い話が出来ます」

 

「そりゃ儂の方が先じゃよ。といってもあと二十年ぐらいは先だろうが…ハハハハッ!」

 

 秋隆の朗らかな笑いに連れられて二人は共に笑った。夫人にとっては旦那が死んで以来、本当に久方ぶりに笑えた。

 

 

 翌日、穫れたてのトウモロコシを数箱持って、的場一家が美景牧場に訪ねて来た。

 放牧中のアパオシャの傍に一郎と二葉が来て、トウモロコシを数本差し出した。

 甘くて美味しいトウモロコシを美味そうに食べる馬を見て喜ぶ。

 一郎は食べ終わったアパオシャに対して、その場で土下座した。妹も頭を下げた。

 

「お前と、お前の弟の稼いだ金のおかげで、俺の家は牧場を潰さずに済んだ。この恩は一生忘れねえ!本当にありがとう!」

 

「ありがとう、黒子ちゃん」

 

 目を丸くしたアパオシャにナツが事情を教えると、黒馬は一郎の肩を鼻で突いて、立てと態度で命じた。

 その後、歯を出して笑い、トウモロコシをもっと寄越せと身振りで伝える。

 それからもう二本ばかりトウモロコシを堪能した。

 

 

 後年、プロ野球選手になった的場一郎が公式プロフィールの尊敬する人の欄に、美景秋隆とアパオシャの名を記してこの話が世間に知られる事となる。

 当馬はさして気に留めなかったが、確かに一つの牧場一家を救った。それは紛れもない事実だった。

 

 



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第24話 栄光の頂

 

 

 吾輩は競走馬である。雨にも負けず、風にも負けず、ただ生きるために走り続ける。

 前世での先輩、今世での父親だったオグリキャップ先輩の死は、半月かかって受け入れて飲み下した。

 美景牧場に帰ってから暫くは気分が沈んでいたが、妹の無邪気な姿を見ていたら自然と癒されて、元の調子を取り戻せた。

 さらに隣家のフタバちゃんが毎日のように遊びに来ては、トウモロコシや野菜をくれるから元気が出た。

 辛い時は動物や子供と戯れるのが特効薬だよ。

 よくよく考えたら、この世界の馬の魂が前世のウマ娘に生まれ変わっている可能性だって結構あるんだ。

 父親の方のオグリキャップも、≪あっち≫の世界でスターウマ娘オグリキャップ先輩に宿っていると思えば、因果が逆になっているのに目を瞑れば納得出来るし気が楽になる。

 これから来世で先輩も楽しくやっていると思えば、辛いとは思わなくなった。

 

 そうして涼しい北海道で7~8月を過ごしてから、おなじみの美浦トレセンに戻って来た。9月になっても関東の残暑は厳しく、毎日汗だくでトレーニングを続けている。

 トレセンに戻ってからは、最初は休みで鈍った体を絞るようなメニューを課せられていた。しかし、ほんの一週間もしたらレース用のメニューに戻っていた。

 どうやら休みの間にマメに体を動かして、必要以上に太らなかったからダイエットは十分と判断されたようだ。

 スイーツを食べ過ぎて太り気味になって、泣きながら体重を絞っていた後輩のクイーンちゃんと同じ轍は踏まないぞ。

 最近のトレーニングは登坂走行をメインに、プールトレーニングも加えたスタミナ重視のメニューをこなしている。

 それと、芝のコースを二周近く走らされた。あのコースは一周が大体1マイルだから、およそ3000メートルになる。

 

 つまり次のレースは、いよいよクラシック三冠の最後『菊花賞』というわけだ。

 途中で一回ぐらいレースを走ると思ったが、直行とは思い切った事をする。

 現状、無敗のまま二冠を達成したから、寄り道して負けて無敗が途切れることを嫌ったのかな。

 それか菊花賞以前に3000メートルのレースは無いから、距離が合わずに練習にならんと判断したか。

 どちらにせよ、俺は人から走れと言われたら、走って勝つだけ。レース以外で難しく考えても仕方がない。

 

 隣の房で草をたらふく食っているトフィも毎日トレーニングを頑張っている。次に妹分が出るのは時期的に秋華賞。桜花賞、オークスは、アパパネとサンテミリオンに負けているから今度こそ勝ってほしい。

 あと、どうも俺と一緒に菊花賞を走る馬がこの厩舎にもう一頭居るようだ。

 厩舎の連中からはアロマカフェと呼ばれている。名前で何となくカフェさんの子供か縁者だろうと思う。でも、この世界じゃカフェさんは牡でほぼ無関係で、子供は沢山いる。同じレースを走るライバルに手心なんて一切加えるつもりはない。

 俺は自らの生存権を手放すつもりは微塵も無い。相手が誰であろうとレースに勝って生きるだけだ。

 

 その後、トフィは負けて帰って来た。負けた相手はまたアパパネらしい。前世の記憶を辿ると、アパパネというウマ娘がトリプルティアラを達成した知識はあった。どうやらこの世界でも偉業自体はある程度共通するんだろう。

 しかし俺はどうなるかな。同期だったナリタブライアンやゴルシー達は今のところ居ない。結構年下のエイシンフラッシュちゃんが馬として同期にいる時点で、俺の記憶や知識はいまいちアテにならん。

 結局のところ、人に生殺与奪権を握られた俺は、ひたすらレースを走り続けて相手が誰だろうと勝つしかない。分かっているのはそれだけだ。

 

 

 トフィが帰ってから数日後、俺とアロマカフェは毎度おなじみのトラックに乗せられて、美浦トレセンを出発した。

 菊花賞は阪神レース場だから、去年の暮れ以来だな。いや、俺の菊花賞の時は京都レース場が大規模改修工事中だったから、代地の宝塚でレースをしたか。

 となると、もしかしたら京都レース場を走るかもしれない。何気にあそこは三度目の春天皇賞でしか走った事が無い。あまり経験が無いから気を付けないといかん。

 それにレース場がどちらになっても関西は遠い。移動の疲れを出来るだけ残さないように、少しでも食べて寝ないと。

 

【ねーちゃん、まだつかないの?】

 

【まだだ。結構長いから、今のうちに寝ておけ】

 

【ひまー。ここうるさいし、したがガタガタゆれるからやー】

 

【今更降りられないんだから、水飲んで飯食って寝ろ】

 

 まったく、何で一緒のレースを走る奴の面倒まで俺が見ないといかんのだ。同じ厩舎でトラックを二台用意するのは無駄な経費かもしれんが、今回はG1なんだから少しぐらい馬の待遇を良くしろっての。

 あーあ、トレセン学園から新幹線を使って移動してたのが懐かしいよ。

 

 結局トラックから降ろされたのは夜中だった。そのままレース場の馬房に入れられて、軽くストレッチして疲労を抜いて飯食って寝た。明日はいよいよ最後のクラシックG1だ。

 

 

 翌日。まだ午前中でも、馬房の中にまで観客の熱気が伝わってくる。この前の日本ダービーに劣らないレースになりそうだ。

 出走時間が刻一刻と迫り、小雨が降り始めた頃。そろそろ付き合いの長くなった相棒が顔を見せた。

 

「いよいよだぞアパオシャ。今日勝てば、お前はシンボリルドルフやディープインパクトと並ぶ。いや、もっと凄い馬としてみんなの記憶に残る。ここまで来たんだ、絶対に勝とう」

 

【おう、まかせろ。……そうか、俺がリルさんやディープインパクトと同じ場所に立つのか】

 

 かつて日本ウマ娘で初めて無敗でクラシック三冠を達成したシンボリルドルフさん。それから長らく時を経て現れた、同じく無敗のクラシック三冠ウマ娘、史上最強のディープインパクトが立った場所に足を踏み入れる。何とも奇妙な想いが心から滲み出てくる。

 クラシック三冠に特別な関心は無い。しかし、すぐ傍まで手が届くというならその限りじゃない。

 前世では二つしか獲れなかった。でもナリタブライアンの居ない今なら全てを獲れる。勝つ機があれば迷わず勝つ。

 

「ははっ、いつになく気合が入っているな。俺はお前に会えて良かったよ」

 

 おいおい、こんな時に湿っぽい話は無しだぞ。そういうのはレースが終わってからにしろ。

 俺が鼻で小突いたら、和多は意図を何となく察して謝る。

 

 鞍を装着して小雨の降るパドックを歩き、レース場へと連れて行かれる。

 俺以外のレースに出る牡馬達は日本ダービーの時のように発情していない。あの時は春だったから、そういう時期だったのかな。

 どの道、色仕掛けなんてそう何度も使いたい手じゃないし、今回は俺に有利な距離のレースだから必要無い。雨が降っているのはちょっと余計だけど。

 

 和多を乗せて準備運動の返し馬をして、芝の具合を確かめておく。

 雨こそ降っていても、降り出したばかりで芝はまだ水をそこまで吸っていない。これなら悪くても稍重ぐらいだろう。脚を取られる心配は無い。

 周囲を見渡せば、スタンドには雨が降っていようがお構いなしに何万もの観客が詰めかけている。

 しかもよく見ると幾つもの横断幕には、俺の名がデカデカと書かれていたり『英雄オグリキャップの娘』とか『神馬の再来』などなど謳い文句が書いてある。

 こういう所は前世とあまり変わらないな。逆に負けた時はどうなるか怖さもあるから、あまり歓迎したくない空気だ。

 

 ウォーミングアップが終わったら、いよいよ向こう正面に置かれたスタートゲートの前で開始の時を待つ。

 やはり今日は畜生共の視線は弱い。パドックを周回していた時に、頻繁に冷水をぶっかけて発情を無理矢理抑えていたのが効果的だったか。

 代わりに騎手の方の視線を強く感じる。あの猛とかいう騎手も、時折こちらの様子を窺っている。

 今日はおそらく過去最大のマークを受ける。皐月賞の時みたいに奇襲で『逃げ』をしても、勝ちを捨ててでも俺達を潰しに来る事だって警戒しないといけない。

 一度目のグッドウッドカップの時を思い出す。あれも相当に腹の立つ思いをした。

 あの時は上の奴等がレースを走るウマ娘の自由意思を踏みにじってでも俺を勝たせなかった。今回のように走るのが人に飼われる畜生共なら、上の騎手達か馬主は余計にやりかねないな。

 となると位置取りが勝敗を左右する。―――――よし、方針は決まった。

 

 スタンドからファンファーレの音色がスタート地点のここまで届く。

 いよいよか。一度大きく息を吸い、大きく吐き出す。

 その後、作業員に促されて、9番のゲートに押し込められた。

 順々に押し込められた馬達の苛立ちや興奮が手に取るように分かる。手はもう前脚になっているけど。

 

 轟音と共にゲートが開き、レースが始まる。

 俺はあまり慌てずに他の馬達を前に行かせて、ゆっくりとスタート直後の一回目の坂を登る。

 他の馬達がこちらを気にしつつもどんどん前に行き、先頭が最初のコーナーに差し掛かる。俺は最後尾に追いやられた。

 

「いいのかアパオシャ?」

 

 いいんだよ和多。下手に馬群の中にいたら、囲まれて内ラチに押し込められて動きを封じられている。

 それに3000メートルは長い。あいつらはまだ誰も、この長丁場を経験していない。どう走るか知らないんだ。

 さあ、泣いて喜べ小僧共。前世で世界中の長距離G1を十三勝して、数十年間にわたって世界最強の座を譲らなかったステイヤーが、長距離戦とは如何なるものか、みっちりと教育してやるよ。

 

 ゆっくりと下り坂を降りてコーナーを回り、歓声を上げるスタンド正面を通る。まだ800メートルだ。

 ここで一頭だけ焦れたのか作戦なのか知らないが、後ろを引き離して先頭に立つ馬がいる。いいね、こういう奴がいると焦れる奴が増える。それも二番手に五馬身も離しての先頭なら尚更都合がいい。

 先頭の14番が三つ目のコーナーに差し掛かり、より一層馬達が焦れ始めている。上の騎手達は負けん気を出して競り合おうとする馬達を落ち着かせて、ペースを上げないように苦心している。

 自分で考えて走れるウマ娘と違って、頭と脚が分かれていると苦労するよな。

 今回は3000mの長丁場に加えて騎手が後ろの俺をマークしつつ、出来るだけスタミナ配分に気を遣っているのに、馬の方はそんなことお構いなしに前に行きたがる奴が多い。

 しかも今は前に自由に走っている奴が居て、牝の俺を意識して速く走ろうとしているのに、走らせてもらえないと思えば余計にイラつく。

 苛立ちがどこに向かうかは自ずと分かるよな?

 長距離は焦れて自分のペースを見失った奴から負けていく。ペースを作るのは何も前だけじゃない。後ろに居てもやりようはある。

 

 先頭の14番が第四のコーナーに差し掛かったところで、三番手に居た奴が加速して一気に先頭との距離を詰める。

 これを皮切りに、半数が俺へのマークを外してペースを上げて、馬群に隙間が生まれる。

 現在は大体レースの中間点を過ぎたぐらい。先行する馬のペースと自分の馬のストレスの兼ね合いを考えて、見切るにはやむを得ない頃合いと思ったな。

 

「そうか、お前はこれを狙っていたのか」

 

 馬と騎手が互いを信頼するか、考えが一致していないと無理だ。その点、俺は相当に騎手に恵まれているよ。

 コーナーを回り切り、向こう正面の直線に入った。よし、ここからが本番だぞ。

 

 後方で俺を警戒していた一団の隙を突き、控えていた脚を一気に動かして、壁を作られる前に大外の直線から馬達を纏めて抜いた。

 前半はかなりペースを押さえて走っていたから、スタミナは十分過ぎるほどに余っているぞ。

 そのままスパートを維持したまま二度目の淀の坂を一足飛びに駆け登り、坂で速度が落ちている連中を尻目に、第五コーナー手前でスっと身体をコース内側に滑り込ませた。

 向こう正面を最後尾から、一気に四番手まで順位を上げる。

 『淀の坂はゆっくり上がって、ゆっくり下りる』セオリーガン無視の俺の動きに、スタンドから興奮の声が上がるのが聞こえた。

 セオリーが存在するからこそ、裏をかくのが有効なんだよ。

 

 後は残り800メートルから、下り坂のコーナーを出来るだけ膨らまないように速度を調整して走り、ジリジリと前に詰めていく。あと600メートル。

 少しずつペースを上げて、前にプレッシャーを与える。

 前半ペースを押さえてスタミナが十分残っている俺と違って、先行した前の三頭はそろそろバテ始めている。あれなら残り100メートル地点で捉えられる。

 あとは出し抜かれたと思った後ろが急いで追いかけてくるまで、このペースを維持して走る。

 

 残り400mハロン棒を過ぎる。最終コーナーを過ぎて最後の直線に入り、そろそろ後ろが追い付いてきた。

 ここで残りのスタミナを使って、ダービー同様の頭を低くしたナリタブライアンの走りで、さらに加速する。

 後続は俺がもう限界と思ったところで、思惑が外れて動揺する。

 人間予想を外されると、結構メンタルに来るよな?それも、ただでさえ終盤の一番苦しい時にされると余計に。指揮者がそうなったら、馬も追いつく気が一瞬でも衰える。レース中じゃその一瞬は致命的だ。

 

 後ろの動揺を無視して直線をひた走り、くたばりかけの三頭を抜いて、予測より少し早い残り150メートルで先頭に立った。

 あとは息を乱さず、着実に距離を食らい、最後まで油断せずに天が裂けるほどの大歓声に包まれたゴールを駆け抜けた。

 ゆっくりと脚の力を抜いて、コーナーまで軽めのウイニングランを決める。

 背に乗せた和多は喜びに震えながら俺の首や顔を何度も撫でる。

 

「お前は本当に凄いよ!聞こえているかこの声を!全部お前を称える声だアパオシャ!最強だって、皆が認めたんだ!」

 

 はいはい分かってるって。今回は地の利があったから、日本ダービーに比べたら結構楽だったんだぞ。

 ――――でも三冠か。G1レースを勝った気持ち良さはあっても、思ったほど高揚感は無い。ウマ娘から畜生になって意識が変質したからかな。あるいはナリタブライアンやキュプロクス級のライバルが居ないから、張り合いを感じないのか。アパパネ相手なら、また違ったんだろうが。

 とはいえ、喜んでいる相棒を白けさせても仕方がない。後はきっちり表彰式を済ませてレースを締めようか。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

『まだ伸びるっ!まだ伸びるぞっ!アパオシャが後ろのビッグウィークを引き離す!残り150メートルでコスモラピュタ、ビートブラック、カミダノミを抜き去り、先頭に立つ!≪変幻自在≫の脚色は衰えない!』

 

『アパオシャの独走状態だ!日本競馬始まって以来、クラシック三冠の頂に牝馬が駆け上がる!歴史的偉業がすぐそこまで来ています!』

 

『来た、来たー!!アパオシャが!牝馬が!2007年に生まれた七千頭を超える三歳馬の頂点に立った瞬間です!あの≪皇帝≫シンボリルドルフ、あの≪英雄≫ディープインパクトが成し遂げた偉業に、また一頭が名を連ねました!和多とアパオシャが菊花賞を勝ちました!!無敗の三冠達成ーー!!』

 

『新馬戦から数えて7戦7勝無敗!場内からは先日牝馬三冠を戴いた≪アパパネ≫に続く、もう一頭の≪若き女王≫の誕生を祝して、万雷の拍手と声援が送られます。決着タイムは3分06秒7、平年よりややスローペースでした』

 

『スターホースの父オグリキャップ、母は未勝利馬のウミノマチ。美景牧場で生まれて、輓馬や牛と共に過ごしたアパオシャ。弱冠22歳で皐月賞を始めとしたG1を七勝した和多流次騎手のコンビが、今ゆっくりとウイニングランをこなし、応援してくれたファンに応えています』

 

『着順は一着アパオシャ、五馬身差をつけて二着ビッグウィーク、三着にビートブラック、四着レーヴドリアン、五着はコスモラピュタです』

 

『アパオシャは不運にも今年七月に逝去した、父オグリキャップの墓前に菊の花を添えました』

 

 

 

 

 

 

 ≪京都に神馬の再来が降り立った≫

 

 

 2010年10月24日15時45分、京都競馬場に詰めかけた15万人が≪神≫を見た。

 

 小雨の降る第71回G1菊花賞はスローペースで始まった。ゆっくりと流れる馬群の最後尾には1番人気単勝1.3倍のアパオシャが陣取り、若き女王の貫禄を見せつける。

 レースが動いたのはスタンド正面の直線終わり。17番コスモラピュタが二番手カミダノミを大きく引き離して先頭を駆けたのをきっかけに、焦れた半数の馬達がペースを上げた。

 アパオシャが動いたのはその少し後。向こう正面に入った瞬間大外からスパートをかけて、淀の坂を物ともせず一気に順位を上げる。

 そのまま四番手の好位置を維持したままコーナーを回って、最終直線は父オグリキャップを彷彿とさせる低姿勢で再加速。追い縋る川田騎手のビッグウィークを突き放し、先行する三頭を苦も無く置き去りにして、64年ぶりの牝馬による歴史的勝利を手にした。

 

 クラシック三冠全てのレースを異なる脚質で勝ち続ける、捉えどころのない様は≪変幻自在≫と称するに値する。

 徹頭徹尾、冷徹なまでにレースを支配し続けて勝つべくして勝つ様は、父オグリキャップとは対極的な強さを感じさせる。

 あるいは類稀なる強馬は母方の曽祖父≪神馬≫シンザンの再来を思わせた。

 ともかく、最も強い馬が勝つと言われ続けた菊花賞に、これほど相応しい馬は他に存在しないだろう。

 

 日本の競馬史上7頭目のクラシック三冠馬、無敗のまま達成はシンボリルドルフ、ディープインパクトに続き三頭目。

 牝馬によるクラシック三冠達成は史上初。先日アパパネが牝馬三冠を達成したのと合わせて、同年に二頭の三冠馬が生まれたのも史上初。

 さらに特筆すべき項目がアパオシャにはある。父オグリキャップ、母ウミノマチ、母父ミホシンザンは全て内国産馬。これは三冠馬の中では、牡牝合わせてアパオシャただ一頭。

 アパオシャは日本競馬の歴史そのものの結晶とすら言って良い。

 

 鞍上の和多騎手も勝利後は安堵の笑みを浮かべる。インタビュー時は余裕すらあり、始終上機嫌だった。

 

「調整は完璧。これほどの状態に仕上げてくれた中島先生には感謝しかありません。レース前から、今日もいけると手応えを感じていました。本当にアパオシャは強い馬で、自ら考えて最も勝ちやすいように走っています。僕はただ乗っているだけで、どうしようもなく困った時だけ力を貸すだけです。でもそんなレースは今まで一度しか無かったですが」

 

 気まぐれとも取られる変幻自在の相棒に絶対の信頼を置いて、全てを任せられる騎手は希少である。

 

 そしてファン達の関心は、今年最強コンビが次の目標を何に見定めるか。八冠を目指して新たな歴史を刻む、あるいは世界に飛び出していくのか。

 唯一無二の黒馬がどこを目指すのか、一刻たりとも目が離せない。

 

 



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第25話 夢のつづき



 今回も書いてくださった感想数が多かったため、この場を借りてお礼を申し上げます。
 それと、お気に入り者数3000人超え、評価投票数が200人を超えました。こちらも誠にありがとうございます。




 

 

 北海道の11月は寒さが厳しくなる時期だ。日本の中でも一月は早く雪が降り、12月になれば人の背丈ほども雪が積もる。

 人々は冬支度に余念が無く、リスやヒグマのような一部の動物は冬眠に入る頃だろう。

 そんな寒い日にも牧場の馬達は元気に走り回り、のんびりと草を食べてのびのび過ごしている。

 ここ、北海道日高の一角にある牧場のその一つ。

 牧場には数多くの牡馬達が集められて、厩務員達に世話をされていた。

 彼等は全て種牡馬として繋養されている馬であり、時に数十億円の価値を持つ大事な財産として扱われた。

 よって一般にはこうした種牡馬牧場に、どの馬が居るか基本的に公開されない。

 それでも一部関係者は、特別に許可を得て馬の情報を知る事は可能だった。

 かつて種牡馬が現役だった時代に背に乗って、駆け回った騎手がかつての相棒を懐かしみ会いに行く事は多い。

 

 種牡馬牧場を訪れた和多流次も、許可を得たそんな一人だった。

 和多の心中は複雑そのものだ。かつての無二の相棒テイエムオペラオーが引退して既に八年が経っても、未だに彼の中には消える事の無い存在としてあり続けている。

 楽しい記憶であり、憤りもある。あの頃は栄光と共に苦悩が混ざり合った時代だった。

 当時どころか、長い世界の競馬史の中でもトップクラスの相棒の強さを受け止めるだけの力量は、22歳の己には備わっていなかった。

 自らのミスで勝てるレースを幾つも取りこぼした。自分ではなくもっと優れた先輩騎手なら、さらに勝って不朽の記録を建てられたはず。

 相棒には多くの事を教えられて、引退までに何一つとして返す事が出来なった。ただ貰い続けただけの日々の悔しさを思い出し、心が引き裂かれそうになった夜は一度や二度ではない。

 だから相棒が引退してから一度会いに行った後、次に会う時はG1に勝ってオペラオーに認められる一人前の騎手になる。そう勝手に決めて何年も会わなかった。

 そしてどうにか今年、相棒に良い話が出来ると思えるようになり、こうして足を運んだ。

 

 牧場の事務所で身分証を提示して来訪理由を伝える。数日前に連絡は入れてあるから、あくまで確認だけだ。

 職員に案内してもらい、厩舎を訪れた。

 数多くいる馬の中から、すぐに相棒は見つかった。

 明るい栗毛の馬体。額には小さな白毛の流星がある。とてもかつてG1七勝を挙げて、日本史上最高クラスの競走馬と言われたとは思えないぐらい、ぬぼーとした顔でテイエムオペラオーは和多を出迎えた。

 

「………久しぶりだなオペラオー。まだ俺の事覚えてるか?」

 

 返事の代わりに馬は顔を馬房から突き出して、和多の顔に摺り寄せた。

 

「最近、ようやく踏ん切りが付いてな。お前に会いに来られた」

 

 厩務員がオペラオーを馬房から出して、和多と一緒に彼の背に鞍を付ける。レース前に何度も行った準備も、最後にしたのはもう八年も前になる。

 和多とオペラオーは放牧地まで共に歩き、そこで背に乗る。実に八年ぶりの騎乗だった。

 ただし、昔のように走る事はさせない。相棒はもう10歳をとうに超えている。なるべく負担をかけないように、散歩のようにゆっくりと歩くだけだ。

 

「前に来た時は、お前が乗れって言ったのに乗らなかったから怒ってたよな。―――――最近、ようやくG1に勝てたよ。アパオシャっていう若い牝馬なんだけど、何となくお前みたいな馬だって思った。お前ほど速くないけど、我の強さは一緒ぐらい。そのくせ、レースを知り尽くして連戦連勝。世間じゃ『神馬』なんて言われているんだぞ」

 

 和多は歩きながら、これまで話したかったことを色々と口にする。馬に人の言葉は何となくでしか伝わらないが、それでも話したい事は多い。

 

「なのに日本ダービーの時なんて、一緒に走る牡馬達を手当たり次第色仕掛けで引っ掻き回して勝って、レースが終わったら興奮した牡達に追いかけ回されたんだぞ。危うく十七万人の前で子作りする羽目になったかと思うと、あれは最高に面白かった」

 

 くつくつ笑うと、オペラオーもどこか楽しそうに嘶く。言っている事は理解しなくても、相棒が楽しそうにしているのが伝わって馬も楽しい。

 

「そうそう、聞いた話じゃそのアパオシャは味噌と醤油が好きなんだってよ。味噌付けた野菜や醤油味の野菜炒めが好物とか。お前も味噌食える?」

 

 食えないよなー、と和多が笑うと、馬はよく分からないと首を振った。

 それからも和多はかつての相棒に話しかけながら、ゆっくり散歩を楽しむ。

 

「お互い年を食ったよ。俺にも子供が生まれてさ、お前も沢山子供が走ってるんだ。でも、お前ほど強い馬が居ないのはしょうがないか。お前が最強だからな」

 

 強い馬の子が誰でも親のように強くなることは無い。精々数十頭に一頭の子が重賞に出られたら良い種馬と言われるぐらいだ。

 生物として子孫を増やせる立場にあるのは良い事かもしれないが、産まれた子を一度も見ずに生かされ続けるのは、どこか不憫に思えてしまう。

 

「――――だから、お前のオーナーか俺ぐらいは時々会いに来るよ。その時は今日みたいに背中に乗せてくれるか?」

 

 ポンポンと、優しく首を叩けば、オペラオーは了承したように嘶いた。

 

「有馬記念の時、お前に決してレースを諦めない事を教えられた。これからも俺は勝つことを諦めずに馬に乗り続けるよ」

 

 この日を境に、和多は年に一回はかつての相棒を見舞って、背に乗ったり日がな一日話をして過ごす事になる。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は馬である。第二の生で三冠馬になった。

 菊花賞が終わり、そこそこ日が経っている。しかし強めのトレーニングは課されず、軽い運動以外は食って寝る生活になっていた。

 秋のG1戦線はまだまだ続くから、俺もすぐにエリザベス女王杯かジャパンカップを走ると思っていたのに、どうやら休ませるつもりらしい。

 トフィも秋華賞が終わって今も休んでいるから、おそらく11月のレースは無かろう。怪我で走れないとかじゃないし、大事にされていると思う。

 代わりに同じ厩舎の牝の先輩が毎日気合入れて走っているから、多分そっちがG1かG2クラスを走るんだろう。あまり親しくないけど、出来れば頑張ってほしい。

 

 だからか、空いた時間には必ずと言っていいぐらい、テレビ局とか記者が厩舎に取材しに来るのはいかがなものか。

 お目当ては俺なんだろうが前世みたいにインタビューは無理だからな。

 テレビカメラに向かって愛想振りまいたりしないし歌も歌わない。うまぴょい伝説だって踊ったりしないぞ。

 もっとも向こうもそんなのは最初から期待していないから、話しているのは大抵オッサンか助手の連中だ。

 たまにリポーターが差し出す野菜や切ったリンゴを食っていれば、大抵満足して帰って行く。

 あるいは味噌と醤油なら、さらに喜んで撮影した。犬が味噌汁飯を食ったり、ネコがねこまんま食うのと似たような物だろ。そこまで喜ぶのかねえ?

 まあでも、今世でもこれで味噌や醤油の宣伝になって、発酵調味料の売り上げが上がるかもしれない。

 前世のように味噌の広報モデルの仕事が来たら、是非とも受けたいよ。

 

 

 毎日のようにやって来るテレビ局の取材も来なくなり、やっと落ち着けたと思ったある日。

 今度はオッサンと遼太が一人の眼鏡をかけた老人と共に馬房を訪れた。

 老人は俺の顔を見て何度か頷く。

 

「中島さん、この子がアパオシャですか。確かにあの馬を思い起こす、泰然とした佇まいだ」

 

「はい、長尾さん。アパオシャ、この人はお前の母方の曾爺さんのシンザンを世話していた長尾さんだ」

 

 ほう、俺の曾爺さんに関わりのある人ね。

 後で遼太が話してくれたが、この人は日本で初めて厩務員から調教師になった人で、競馬関係者なら誰もが一目置く人物らしい。

 その長尾さんは俺の顔を優しく撫でる。

 

「君の走りはラジオNIKKEI杯から見ていたよ。私にとっては君はオグリキャップの子ではなく、シンザンの曾孫になるがね」

 

 今世になって、よく血縁者の名を聞く。誰彼の子、誰の血統など、どうもこの世界の競走馬は血統をかなり重視する傾向がある。

 前世のウマ娘の時もメジロ家やシンボリ家のように、多少強い血統は見られたがここまで顕著な話は無かった。

 だからか血筋でほぼ全てが決まってしまうような、異様な主義に見えてしまう。

 他の馬は人の言葉は殆ど分からないから理解出来ないだろうが、もし言葉を理解していたら常に血縁の馬と比較し続けられて、怒りを覚える馬だっているかもしれない。

 姉のメジロラモーヌに複雑な感情を抱えるダン。妹の方がアスリートとして優れていると、劣等感を抱えていた時期もあったと酒の席で話していたビワハヤヒデさん。

 そんな連中が煮詰まった、さぞ息苦しい界隈になっていたと思うと、種族の違いに少しホッとしている。

 そして俺が誰彼の血統とか気にしない、図太い性格で良かったな。下手にコンプレックス抱えて気難しい性格になってたら、レースを走らせるのだって苦労したぞ。

 

「かつてシンザンは多くの子を作り、その子達も何頭かは競馬史に名が残る活躍をした。しかし外国から質の良い種牡馬が多く入って来て、血統は忘れられてしまった。そんな中で牝系とはいえ、またシンザンの名を聞けるようになった君の活躍を嬉しく思う」

 

 ふむ、そういう物なのかな。長尾さんは過去の記憶を遡るかのように遠い目をしている。まるで俺を通して長年の友人を見ているような、そんな目だ。

 昔を懐かしむ年寄りの感覚は、俺自身も前世で90歳まで生きていたから相当経験している。

 だから老い先短い老人に、少しぐらい気を利かせてやりたい共感がある。

 

 だから横のオッサンに視線を向けた後に、身体を横に向けて揺らしたり、膝を折って背に乗るように催促する仕草をした。

 

「……長尾さん、アパオシャが背に乗るよう催促しています」

 

「えっ、この子がですか?そうか、私に気を遣ってくれるのか。ではお言葉に甘えさせてもらいます」

 

 すぐに厩務員達が鞍やヘルメットを用意する。

 馬房から出されて鞍を取り付けられる。歳の割にしっかりした身のこなしの長尾さんがスッと背に乗った。

 厩舎からトレセンの森林馬道へと出て、赤や黄に色づき始めた秋の林をゆったりと歩く。

 

「君はシンザンと違って運動が好きなようだね。あいつは無駄な運動は好まなかった。調教だって可能なら走らず、小さなレースを調教代わりにするような馬だった。だから金にならない走りはしない馬なんて新聞で叩かれたりもした。それでも二年と少しで皐月賞、日本ダービー、菊花賞、宝塚記念、秋の天皇賞、有馬記念の、今でいうG1を六勝したんだ。大した馬だったよ」

 

 またずいぶんと癖の強い奴だな。人も馬もウマ娘だって、基本はトレーニングして体を鍛えないとレースに勝てないのに。それとも後輩のガンちゃんみたいに天才型で、一度でトレーニングの意味が分かってしまって退屈と感じる馬だったのかもしれない。

 

「そんな奴だからこそ、馬の平均年齢を大きく超えて35歳まで生きられたんじゃないかと思う。若い頃に無理をすると、人も馬も年を取ってから一気にガタが来る。特に競走馬は体を酷使するから早死にする子が多い。でも、無理をしないと勝てず簡単に肉にされてしまう。時々私達は君達を弄んでいるだけじゃないかと思ってしまう」

 

 言わんとする事は分かるよ。最初から肉を得るために飼育するわけでもなく、速く走れないなら不要だと言わんばかりに処分するのは、遊びで作って壊しているのとどう違うのか。言い訳のために肉にしていると罵倒されても反論出来まい。

 しかし曾爺さんは35歳まで生きたのか。オグリキャップ先輩は確か25歳で死んだと聞いている。俺も運が良ければ、それなりに長く生きられるかな。

 

「そうそう、夏に君の弟のウミノマチ09を競り市で見た。私も彼を欲しかったが残念ながら予算が足りずに別の人が買ってしまった」

 

 あー弟か。あいつも今はどこかの育成牧場で頑張っているんだろう。会えるかどうかは弟の力量次第か。

 それ以前に、もしかしたら美浦トレセンの厩舎に来れば会う事もあるかもしれない。過度な期待はしないが。

 

 色々話を聞いている内にいつの間にか道の終わりが見えていた。

 後はここから厩舎に帰るだけだ。

 

「年寄りに気を遣ってくれてありがとう。君は優しい子だ。それと老人の戯言と思って聞き流してくれて構わない。――――人は夢を見るのが好きなんだ。勝者に熱狂して、偶像に恋い焦がれる。勝手な押し付けに思えるかもしれないがアパオシャ、君が『夢のつづき』なんだ。だから、これからも走り続けてくれ」

 

 ――――――本当に人ってのは身勝手な連中だな。まあそんなことは前世でとっくに分かっている。

 レース場が癒しと欲求を満たす場なのは、中と外で長年見続けて知っている。とはいえレースそのものがウマ娘にも必要とされたため、持ちつ持たれつの関係だったのは確かだ。俺だってレースに関わって相当な恩恵を受けて、生涯金と職に困った事は無かった。

 この世界のレースでも、多くの人々がウマ娘に相当する馬に関わり職を得て日々の糧を得ている。

 馬側も人に庇護される事で、過酷な自然より生き永らえられる個体も多いだろう。病気になっても治療してもらえて、一定の期間までは大抵育ててもらえる。

 人と畜生にも相互扶助的関係は生まれるか。

 

 厩舎に帰った。鞍を外して馬房に入り、長尾さんは俺や厩舎の面々に礼を言う。

 それから去り際に、俺に向かって祝福とも呪いともつかない言葉を残した。

 

「いつか君が、『シンザンの曾孫』『オグリキャップの娘』でなく『ただのアパオシャ』として語られる事を楽しみに見せてもらう」

 

 ―――――つまり先達を超えろというのか。ふん、誰かに言われるまでもないさ。

 俺は俺。生まれ変わっても脚が動く限り、ただ走り続けるだけだ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 定期的に厩舎に来客があるものの、それなりに穏やかな日々が続く中。

 聞き慣れない足音のする人物が厩舎を訪ねて来て、事務所でオッサン達と何かを話している。

 最近は引っ切り無しに人が出入りしているから、もう慣れてしまった。

 と思ったら、見知らぬ足音の人物とオッサン達が俺の所に来た。

 

「喜べアパオシャ、今日はこちらのJRAの方がお前に良い物を持ってきたぞ」

 

 オッサンが手に持った細い筒が良い物?あの形状だとポスターか。

 そういえばウマ娘の時も、レースの時にURAが色々ポスターを作っていたな。

 

「ヒーロー列伝と言ってな。凄い馬だけが作ってもらえる特別なポスターだ。お前の死んだ親父のオグリキャップ、母方の爺さんと曾爺さんも作ってもらえたんだぞ」

 

 へー。じゃあカフェさんもG1を何勝もして凱旋門賞を走ってるんだから、きっとポスターを作ってもらえたんだ。いつか見てみたいな。チームメイトや友達のポスターもあるかもしれない。

 オッサンは厩務員とポスターの両端を持って、俺の前で豪快に広げる。

 

「どうだっ!これがお前の雄姿だぞ!」

 

 ポスターに載っていたのは多分俺の横顔のアップだった。最近鏡見ていないからちょっと自信無いけど、黒いし鬣が無いから多分そうだろう。

 それと右上に『夢のつづき』と題が打ってある。

 長尾さんが語ったようにオグリキャップ先輩か、シンザンとやらの後に続くように勝てというのか。無敗のクラシック三冠のさらに先を目指せと。

 

「んーあんまり喜んでいないな。お前なら自分の姿だって分かってると思ったが」

 

「ポスターを作ってもらえる馬は本当に少ないんだぞ。今年は三冠達成したお前とアパパネだけだからな」

 

 そうは言っても、俺はもともと自己顕示欲薄い方だからな。正直作ってもらわなくても構わんし、畜生の身でどうせいと。

 ああ、でもこの光景は前世でも経験したな。レースに勝った本人より周りや地元の方が浮かれてお祭り騒ぎをするやつ。

 世の中、そうそう変わらんなあ。

 

「こちらのポスターは御進呈しますので、厩舎にでも貼ってください。それでは私はこれで」

 

 そう言って、背広の人は帰って行った。

 

「何にせよ力が評価されるのはそう悪い事じゃない。それに人気が出た方が次の有馬記念の投票にも有利だからな」

 

 言われてみれば年末の有馬記念は人気投票順で出走枠が決まる。おっと、今の言葉通りなら次のレースは暮れの有馬記念か。こっちのステイヤーズステークスを走りたかったけど仕方が無いか。

 それじゃあ、今年最後のレースを勝って無敗のG1四勝を目指しますか。

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとしたオマケ

 

 

 感想の中でアパオシャの五代血統が知りたいと意見がありました。

 

 一部抜粋すると、父系オグリのラインから三代前に、ノーザンダンサーの母父でもある≪ネイティヴダンサー≫が曽祖父に。五代前には偉大なる気性難大種牡馬≪ナスルーラ≫がいます。

 母のウミノマチ(参考元の実馬)は父がミホシンザンで、シンザン系とは作中初期にも記述がありますが、母の母系を辿るとアパオシャから数えて三代前に、アメリカG1を三勝した≪リヴリア≫がいます(ナリタタイシンの父)。その母は世界各国G1を十勝した世界最強牝馬≪ダリア≫で、実は結構血統は良かったりします。

 あとは五代血統表からは外れますが、母の母系先祖にはイギリスのハイペリオンもいます。

 それでも血統のクロスが全く生じていないのと、現代競馬に多大な影響を与えたノーザンダンサーの血が一滴も入っていません。

 なのに無敗のクラシック三冠馬になり、馬産関係者は理解不能で宇宙猫になっています。

 

 

 余談ですがこのダリアの息子ダハールは、アメリカ遠征したシンボリルドルフに引導を渡しています。

 馬の血を辿ると大抵ドラマがあって凄く面白いです(KONAMI感)

 

 

 



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第26話 年末の総仕上げ

 

 

   2010年 12月26日(日) 中山競馬場  天候:晴  芝:良

 

 

 関東でも雪が降りそうな寒さの今日この頃。畜生として生を受けて、日々トレーニングに余念が無い俺の下に、とうとう出発の時が来た。

 と言っても事前にそれとなく話は耳にしていたし、一週間ぐらい前の厩舎には、大きなレース前の独特の緊張感が漂っていたから驚きもしない。

 厩舎にクリスマスツリーが飾られて、職員が子供達のプレゼントの話をしていれば、厭でも気分が昂った。

 

 同じ厩舎のダートを走るドリルと一緒にトラックの中に入り、数時間後には馴染みの中山競馬場に着いた。

 年末の中山と言ったらメインは日本レースの一年の総決算『有馬記念』である。

 一年の集大成となる大レースともなれば当日移動はせず、前日入りしてしっかりと移動の疲労を抜き、明日に備えて競馬場の馬房でゆっくり飯を食って英気を養った。

 ちょっと離れた馬房にガチャガチャ煩い馬もいるが、この程度は無視して寝よう。

 

 

 

 翌日の調子は良好。飯はいつものように食えて、空は晴れ晴れとしている。絶好のレース日和というやつだ。

 昼過ぎには和多も俺の所に顔を出した。

 

「いよいよ今年の大詰めだぞ。今日も勝って、連勝記録を更新しよう!大丈夫だ、お前だったらきっと勝てる」

 

【いつになく気合が入ってるな。でも気持ちは分かるよ。シニア連中にも俺達の力を見せつけてやろう】

 

 互いに気合を入れて準備を整える。俺達なら誰が相手でも勝てるさ。

 

 いつものようにパドックに連れて行かれれば、今日も観客は隙間も無いぐらいにギュウギュウ詰めだ。

 その中に見慣れた顔を発見。美景牧場の爺さま夫婦とナツちゃんだ。前回の菊花賞の時は、とっつぁんとお袋さんだったから、大体交代で見に来てくれているな。

 ナツちゃんが手を振ってくれているけど、残念ながら俺に手は無いから、顔を向けて笑い返して気付いている事だけは伝えておいた。

 

 さて、そちらはもういい。今回は同年だけでなく、年上とも走らないといけない。勝つために少しでも情報が欲しい。

 ざっと走る馬を一瞥する。何頭かは皐月賞や日本ダービーで見た奴等だ。

 俺の前にはエイシンフラッシュ、菊花賞では見なかったヴィクトワールピサが今日は居る。

 ―――んん?前にいるあの4番、ゼッケンにトーセンジョーダンって書いてあるぞ!

 うおぉマジかよ、センジの奴もこっちに居たのか。うわぁすげえ懐かしいわ。初めて前世の時の親しいウマ娘を見つけられた。

 いやまて、あの股間にぶら下がってるのは………えぇ、お前もオスに生まれ変わったのかよ。なんかショックだ。

 こうなると、ゴルシーやビジンも怪しいな。でも俺だけ牝のままとは限らないし……出来れば俺と同じように前世の記憶があるか確かめたい。

 それと、ゼッケンにブエナビスタと書いてある黄色のお面の馬が気になるなあ。

 あの名前は確か≪スピカ≫のシャル先輩の娘さんの名前だった気がするぞ。直接の面識は無かったが何度かレース場で見た記憶がる。

 

 レース前にダメだと分かっているのに、悶々としたままパドック内を歩き続けて騎手達が戻って来た。

 俺の所にも和多が来て、首を傾げる。

 

「―――大丈夫かアパオシャ?」

 

 あー、まあ大丈夫だよ。いかんな、集中しよう。

 騎手が全員上に乗り、誘導馬の先行で俺達16頭は地下通路を通ってコースに出た。

 観客席を見れば、ヒトヒトまた人。馬が一頭ウォーミングアップに走れば、それに応じて歓声が湧く。

 俺の時には、ひと際大きな歓声が湧いた。流石に無敗のクラシック三冠ともなると人気が高い。けど、レースは人気が全てじゃない事を俺は知っている。

 

 返し馬の最中に、馬の方のセンジに身を寄せた。

 

【やあ、今日はよろしく】

 

【メスでもおれよりまえをはしらせないぞ】

 

 あぁ、これは望み薄かな。前世のセンジと大分雰囲気が違う。でも、もう少し確認したいな。

 

【テストの追試は受かった?】

 

【なんだそれ】

 

 ――――――悲しいなあ。せっかく前世の親友を見つけられたと思ったのに。

 もういいや、こいつに用は無い。さっさと引き上げる。

 

 ウォーミングアップを終えて、外周向こう正面の途中のスタートゲート前に連れて来られた。

 冬の冷たい風が温まった体に心地良い。芝もよく乾いて走りやすい。レースをするには最高の環境というのに、どこか身が入らない。

 思った以上に期待が外れてしまった事がメンタルに効いたらしい。いかんなぁ、これじゃ負けかねない。

 

【―――――――うあああああああああああああああっ!!!!!】

 

 俺の咆哮に全ての馬がビビり、慌てて和多が俺の首を擦って落ち着かせようとした。

 大丈夫だよ、落ち着いている。ちょっと気合を入れ直しただけだ。おかげで気分も少しは持ち直した。

 ただし12番ゼッケンのドリームジャーニーとかいう奴が、俺に吼えてきて騎手や作業員が必死に押さえつけていた。

 ああ、うるさかったか。気に障ってすまんな。

 

 スタンド正面で楽隊のファンファーレがここまで届いた。そろそろ始まりか。

 まずは奇数番号の馬達がゲートに入る。これまではゲートに入るのを嫌がった馬も多かったのに、今日はスムーズに入る。これだけでも場慣れした連中と分かる。

 俺も早々に6番ゲートに押し込められて、スタートを待った。

 

 一斉に開かれたゲートから、他の馬達と共に勢いよく飛び出した。

 ワンテンポ遅れてしまったが仕方がない。今日は2500mの長距離だから十分取り返しは利く。

 後ろには思いっきり出遅れた12番のドリームジャーニーがいる。さっき俺にイラついてたからミスったな。ドンマイ。

 

 気を取り直してコース外周を走り、他の馬に混ざって集団を形成していく。

 俺は大体後方十番手ぐらいの内側に陣取る。すぐ後ろにはブエナビスタという牝馬がいる。

 センジ……いやトーセンジョーダンが先頭を走っているか。やっぱり俺の知っているセンジとは違う。あいつは先行を好んでいたが逃げや先頭を走る事は殆ど無かった。

 ……これ以上はダメだ、レースに集中しよう。

 スタート位置からコーナーに近い都合上、先頭と最後尾の差はそこまで無い。

 馬群を作り、スタンド正面を観客達の声援を受けて、一度目のゴール板を通過した。

 第一コーナーを周回して第二コーナーへと進む。これまで大きな動きは無く、体感的にややスローペースだな。近くの馬が少々焦れている。

 第二コーナーを過ぎて、向こう正面に入った。大体ここで中間点だが、まだ動くには早いか?もうしばらく様子を見るか。

 

 直線を走り続けて、そろそろ1000mのハロン棒が見えて来た。先頭のセンジとは大体五馬身ぐらい。

 そこで徐々に馬群が加速を始めているのに気付いた。前半抑えていた分、展開が早まったか。

 残り800を過ぎている。後方の馬も徐々に距離を詰めている。そろそろ動くべきか?

 その時、ケツに強い痛みが走った。さらに何度も何度も脳を刺激する痛みで、思考が上の和多に向いた。

 

「しっかりしろアパオシャ!!いつもの動きはどうした!?」

 

 和多の声でハッとなった。さらにバシバシ尻を叩かれて、痛みで思考が一気にクリアになる。

 しまった。センジの事でかなり思考が鈍っていた。いつもならとっくに仕掛けているのに。

 もう残りは700mしかない。急いで加速しようにも前にいる馬のせいで加速が出来ん。

 仕方が無いから第三コーナーに入った時に、敢えて必要以上に加速して外に膨らむようなラインを取って進路を確保した。

 そこからガンガン脚のピッチ回転を上げて、外側から一気に順位を上げていく。

 前にはヴィクトワールピサとトーセンジョーダンが先頭争いに興じている。そこに俺も加わって最終コーナーを回る。

 最終直線に入って、先頭はまだヴィクトワールピサ。その隣で必死に喰らいつき、これまで何度も戦ってきた牡馬と目が合う。

 この時ばかりは俺を孕ませようなどと一切思わず、ただ最も速く走る事だけを考えて駆け続ける目だ。

 ああ、悪かったよ。今日の俺は恥ずかしい。お前達だって必死に走ってる。なのに隣で腑抜けた走りは侮辱だった。

 だから最後だけでも全身全霊で走らせてもらう。

 

 中山名物の坂を全力で駆け上がり、一歩前に出る。

 そのまま先頭を保ったまま一気に坂を登り切った。

 残り70m。そこから最後の切り札、首を一気に下げて前傾姿勢を取り、より加速して同期に差をつける。

 

 だというのに残り少しの所で差し返された。まだだ、まだやれる!

 そこからは互いに、ただひたすら相手より数cm先を走る事しか考えず、全身の筋肉が悲鳴を上げるのを無視して駆け続ける。

 後ろから猛然と差を詰める足音が来ても、そんなのは意識の外に追いやった。

 ただひたすら、この一年勝ち続けた同期に最後の最後で負けたくない一心でゴール板を駆け抜けた。

 

 全てが終わった虚脱感が脚に伝わり、徐々に速度が落ちていく。

 ゆっくりとした足取りのまま、大きく何度も息を吸っては吐き、久々に無理をさせた肉体を労わる。

 脳に酸素が行き渡った事で思考が元に戻る。

 これはちょっと勝ち負け分からねえ。外側から差してきた推定ブエナビスタも相当近かったし、写真判定にもつれ込んでしまうか。

 

「色々言いたい事はあるが、ひとまずお疲れアパオシャ」

 

【すまん和多。今回は俺の完全なミスだ】

 

 レースに集中せずに負けるなんてアスリートとして最悪だ。

 今日はおそらく勝てたレースだった。持ち直して最低でも3着だ―――なんて欠片も喜べない。

 

 力無くトボトボと地下通路を通って、いつもの検量所に行き、オーナーやオッサンに出迎えられた。それにパドックで見た美景の家の三人もいる。

 まだレースの結果が出ていないのか、他の馬主や騎手達がソワソワしている。カメラを持った連中も、掲示板を食い入るように見ている。

 ヴィクトワールピサから騎手が降りる。横顔が日本人じゃなかったな。あの顔はラテン系か。

 と思ったらブエナビスタの騎手もヨーロッパ系だった。今日のレースは外国人騎手が多いな。

 

 部屋にいる全員が祈るような気持ちで電光掲示板を見て、映し出された1の数字にラテン系の兄ちゃんが雄叫びを上げて大喜びだった。

 あー今日の勝ちはヴィクトワールピサだったか。

 二番目には俺の6の番号、三着の7番はたぶんブエナビスタの番号だろう。

 そして横にはハナ、ハナ、クビの文字が出ている。四着まで殆ど差が無かったんだな。

 デニーロと呼ばれた勝者は、オーナーや調教師と抱き合って喜びを分かち合っていた。

 対して、僅差で負けた陣営は大体項垂れている。和多もオーナーやオッサンに頭を下げていた。

 負けたのは俺のせいなんだから、和多は悪くないって言葉で伝えられないのが辛い。

 

 その後、負け犬ならぬ負け馬の俺達は一旦馬房に連れて行かれて、トラックに乗るまで休息を貰った。

 しばらくして、厩務員が手綱を引いて馬房から連れ出す。

 

「――――――アパオシャ。馬運車が来たから出発するぞ。元気出せ、レースはずっと勝ち続けられるものじゃない。いつかは負ける」

 

 それは分かっているよ。でも、今日は勝てるレースだった。それをみすみす捨てた自分の情けなさが許せないだけだ。

 力無くトボトボ歩いて他の馬房を通った時、声をかけられた。

 

【きょうはボクのかちだよ。さあこづくりして】

 

【――――たった一度勝っただけでいい気になるな】

 

 興奮したヴィクトワールピサが馬房から顔を乗り出して交尾を迫る。

 こいつら畜生は単純で、本気で羨ましいよ。

 俺に素っ気なく断られても、まったく懲りずに子作りを連呼する頭発情期を無視して、その場を離れた。

 アイツにまた負けたら交尾しろと煩いから、もう二度と負けてはやらん。

 今日の負けは次に活かす。来年頑張ろう。

 

 

 

 

 中山  10R  有馬記念  右・芝2500m

 

 着順  馬番               騎手    着差

 

 1着   1  ヴィクトワールピサ  デニーロ     

 2着   6      アパオシャ    和多    ハナ

 3着   7     ブエナビスタ  スミロン    ハナ

 4着  11   トゥザグローリー   ウィル    クビ

 5着  14       ペルーサ    安堂     1/2

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャが馬運車に揺られている同時刻。

 中山競馬場近くの喫茶店で、アパオシャの調教師の大と主戦騎手の和多がコーヒーを飲んでいた。

 今日の仕事の後の一杯はやけに苦く感じる。コーヒーが苦ければ砂糖を入れれば良いという意味ではない。

 負けた時に飲む物は酒であれコーヒーであれ、あまり美味しいとは感じない。

 

「今日はよくやってくれた。3歳牝馬が有馬記念でハナ差の二着。あいつにとっての初めての敗北でも上出来だよ。南丸オーナーも喜んでいた」

 

「いえ、申し訳ありません。今日は僕がもう少し早くアパオシャの調子に気付いていれば勝てたレースです」

 

 大の称賛を和多は頭を下げて固辞した。

 これまでずっとアパオシャの好きに走らせて勝ち続けていた。

 だから今日も何か考えがあると思って何もしなかったが、単にレースに集中出来ていなかったと、もっと早く気付いて手を打っていたら今日は勝てた。

 つまり騎手としての仕事を怠けていた己の責任。和多は自らの失態を恥じた。

 

「あいつ、調子が悪かったのか?今日の昼に馬房で見た時はいつも通りだったぞ」

 

「ええ、鞍を着けた時は僕もそう思っていました。ただ、計量終えてパドックで見た時に、ちょっとぼんやりしていたのが気になってました」

 

「そこで何かあったか。大舞台で緊張するような気性には思えんが」

 

「もう一つ、返し馬でトーセンジョーダンと並んで走った時、明らかに動揺していました。今思えばあそこで精彩を欠いたのを何とかするべきでした」

 

「トーセンジョーダンとは今日初めて走るんだぞ。前から変な馬だと思ってたが、予想もしない所でこちらの思惑を外してくる」

 

 二人は共に頭痛を覚える。騎手経験のある二人にとって癖馬、気性難は珍しい物ではない。

 しかし今回のように、全く予測のつかない原因とすら呼べるか分からない事で調子を崩す馬は早々お目にかかった事が無い。

 

「………いや、それでもアパオシャを二着まで届かせてくれたんだ。お前には感謝しかない」

 

「僕はまだアイツの背に乗っても良いですか?」

 

「勿論だ。オーナーもお前を鞍から降ろそうなんて事は言っていない。むしろ強豪古馬のひしめく有馬記念で、二着は立派だと褒めていた」

 

 おそらく、心の中で無敗の記録が途切れてしまった事への落胆はあっただろう。

 それでもクラシック三冠無敗の栄誉を勝ち取った騎手への感謝と敬意は少しも損なわれていない。

 

「ともかく、今年はよく働いてくれた。来年の予定はまだ決まっていないがよろしく頼む」

 

「わかりました。これからも全力を尽くします」

 

 こうして和多とアパオシャが走り続けた2010年は締めくくられた。

 

 

 

 

 アパオシャ 3歳成績

 

 5戦4勝  二着一回   

 勝ち鞍  弥生賞、皐月賞、東京優駿、菊花賞

 

 



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閑話・2010年の競馬を振り返る+前世のあだ名対応表

 

 

 【祝賀】2010年の競馬を振り返るスレpart8【新年】

 

 

 

 

354:名無しの競馬民

 

さっきJRAから公開された去年の表彰馬の一覧貼るぞ

 

 

 

年度代表馬:アパオシャ               クラシック三冠

 

最優秀2歳牡馬:グランプリボス       京王杯2歳S、朝日杯FS

 

最優秀2歳牝馬:レーヴディソール デイリー杯2歳S、阪神ジュベナイルF

 

最優秀3歳牡馬:ヴィクトワールピサ            有馬記念

 

最優秀3歳牝馬:アパオシャ             クラシック三冠

 

最優秀4歳以上牡馬:ナカヤマフェスタ    宝塚記念、凱旋門賞(2着)

 

最優秀4歳以上牝馬:ブエナビスタ   ヴィクトリアマイル、秋天皇賞

 

最優秀短距離馬:キンシャサノキセキ  阪神カップ(G2)、高松宮記念

 

最優秀ダートホース:エスポワールシチー フェブラリーS、かしわ記念

 

最優秀障害馬:バシケーン                中山大障害

 

特別賞:アパパネ                   3歳牝馬三冠

 

 

ほい

 

 

 

355:名無しの競馬民

ありがとう

 

356:名無しの競馬民

しかし去年は色々おかしい

 

357:名無しの競馬民

ほんとにおかしいな

 

358:名無しの競馬民

リアルタイムで経過を追っていなかったら嘘乙と言ってた

 

359:名無しの競馬民

なんで牝馬の三冠馬が同年二頭出てるんですかねえ

 

360:名無しの競馬民

 

アパオシャ(Apaošha):無敗のクラシック三冠3歳牝馬

アパパネ(Apapane):牝馬三冠3歳牝馬

 

何もおかしくない

ちなみに美浦トレセンからクラシック三冠が出たのはシンボリルドルフ以来だ

 

361:名無しの競馬民

何もかもがおかしいわ

 

362:名無しの競馬民

七年ぶりの三頭目の牝馬三冠が最優秀3歳牝馬に選ばれていないのがおかしすぎる

 

363:名無しの競馬民

去年の3歳馬はアパオシャとアパパネの美浦APコンビに蹂躙された酷い年だった

トレセンの西高東低が今年はひっくり返ったぞ

 

364:名無しの競馬民

去年の3歳牡馬が弱すぎなんだよ

なんで牝馬にケチョンケチョンに負けてんだ

 

365:名無しの競馬民

アパオシャは本当に牝馬か?ちゃんと検査してる?

例え牡馬でも無敗のクラシック三冠は大概おかしいけど

 

366:名無しの競馬民

アパパネを3歳牝馬、アパオシャを3歳牡馬に放り込んどけ

ヒーロー列伝のポスターを同日に作ってもらったAPコンビって事で特例で

ほんとさあマジでアパパネが可哀そうだからJRAが特別賞あげてるもん

 

367:名無しの競馬民

いや3歳牡馬だってそこまで弱くねえよ

ヴィクトワールピサが有馬記念勝ってるんだし

 

368:名無しの競馬民

ジャパンカップも3歳牡馬のローズキングダムがブエナビスタに勝ったから一応強い馬はいるんだよ

日本ダービー2着だったゲシュタルトもJCは3着で健闘したし

 

369:名無しの競馬民

菊花賞回避してジャパンカップに専念したのが功を奏したな

 

370:名無しの競馬民

ローズキングダムがJCでブエナビスタを下しているから最優秀3歳牡馬と思ったが

有馬記念出てない分だけ評価下がったか

 

371:名無しの競馬民

ピサの方が真っ向勝負でアパオシャにリベンジ果たしてるから強いってことだろ

有馬記念でもブエナビスタに勝っているのが評価が高い理由

 

372:名無しの競馬民

っても2歳から四敗して有馬でようやく一つ負けを取り返しただけだぞ

 

373:名無しの競馬民

凱旋門賞5着入賞だし、ピサがかなり強いのは認めろよ

 

374:名無しの競馬民

フランス修行は無駄じゃなかった

漢を見せたピサは嫌いじゃないぞ

 

375:名無しの競馬民

ナカヤマフェスタは2着で惜しかったな

凱旋門賞勝利まであともうちょっとだった

 

376:名無しの競馬民

いつになったら凱旋門賞の呪いは解けるのか

 

377:名無しの競馬民

ディープインパクトでも勝てなかったし当分無理かな

 

378:名無しの競馬民

今年アパオシャが凱旋門賞走らないかな

牝馬版ディープならもしかしたら

 

379:名無しの競馬民

オグリの娘が凱旋門賞勝ったら日本でショック死する奴

何人出ると思うよ?

 

380:名無しの競馬民

皐月賞で失神者10人

日本ダービーは30人

菊花賞も50人超えてたから千人は出るんじゃねえの

それと菊花賞の日は急性アル中でひっくり返って救急搬送された奴が多かったらしい

 

381:名無しの競馬民

千人なら許容範囲か

 

382:名無しの競馬民

やめろよ縁起でもねえ

 

383:名無しの競馬民

アイドルホースの娘に人〇しさせるな

 

384:名無しの競馬民

世間じゃオグリ親子のブーム来てるんだから水を差すな

 

385:名無しの競馬民

去年の夏にオグリキャップが死んだのがまだ信じられん

 

386:名無しの競馬民

せめて今頃まで生きていたら娘の三冠シーンを見られたのに

 

387:名無しの競馬民

スターホースのラストクロップの娘が父親の無念を果たす半ばで、父は不慮の事故で世を去り

死後、墓前に最後の菊の花を添える

漫画でもこんなシナリオ出来過ぎだって採用しない

 

388:名無しの競馬民

百年したら創作扱い受ける伝説やで

 

389:名無しの競馬民

この前の有馬記念勝ってたら親子二代クラシックの有馬記念制覇だったのに惜しい事をした

去年の有馬記念の最高視聴率33.4%だってよ

 

390:名無しの競馬民

紅白歌合戦並の人気だったのか

そら一年間無敗のクラシック三冠馬誕生は死ぬまでに一度は見たかったけどさ

 

391:名無しの競馬民

な阪関

クラシック無敗はディープとルドルフでさえ無理だったんだ

そこまでは期待し過ぎだ

 

392:名無しの競馬民

一年無敗のG1複数勝利なんてオペラオーぐらいしか無理

ディープも有馬でハーツクライに負けてた

でもあの時からたった五年で無敗の三冠馬をまた見るとは思わなんだ

 

393:名無しの競馬民

オグリは種馬としては鳴かず飛ばずだったのに何でラストクロップで

急にあんな化物みたいな娘が出て来るのか誰か分かる奴いる?

 

394:名無しの競馬民

知らん

一流のホースマンですら匙投げる恐怖生物だぞ

そして有馬の視聴率はネタ過ぎて腹がいてぇw

 

395:名無しの競馬民

一応オグリの爺さんのネイティヴダンサーか母方は昭和の神馬シンザンの系譜だから

超低確率で良馬の血が発現した可能性はある

あとは母方の母の先祖にあの名牝馬ダリアもいる

 

396:名無しの競馬民

でもそういうのはインブリードして血を濃くする必要あるんだろ

 

397:名無しの競馬民

血を濃くしなくても理論上は出るんだよ

だからアパオシャみたいな規格外が生まれても一応筋は通る

ステイヤーだから母方の曾爺さんのシンザンに似たと思う

 

398:名無しの競馬民

小数点以下の確率で成功するって黒本で書いてあるアレな

 

399:名無しの競馬民

フ〇ミ通は絶対許さん

 

400:名無しの競馬民

それゲームの仕様上絶対成功しないネタだろ

 

401:名無しの競馬民

十年以上経っても未だに擦られるネタは笑うわ

 

402:名無しの競馬民

現実の生産牧場では小数点以下の確率を追い求めて毎年七千頭の馬を繁殖させてるんだから

リセットボタンの無い現実の方が遥かに業が深いと思うぞ

なのに意図せずアパオシャみたいなやべえのが唐突に生まれるんだから血統主義者は発狂もんや

 

403:名無しの競馬民

でも突然変異だろうと合体事故でもオグリの血が繋がれば何でもいいや

 

404:名無しの競馬民

幸い牡馬にはモテモテで実績も積み上がってるから種牡馬には困らん

 

405:名無しの競馬民

父系としてはオグリの血統が絶えてしまうのが残念だ

 

406:名無しの競馬民

アパオシャが牡だったら確実に種牡馬入りして父系オグリが存続させられたのに

牝じゃ産めて良い所十頭だから明確にファミリーラインが残るかなあ

馬産関係者は何で牡馬で生まれてこなかったと神様を呪ってる

 

407:名無しの競馬民

血と言えばアパオシャ以外にオグリのラストクロップはもう一頭居るの知ってるか?

 

408:名無しの競馬民

マジか

まだ居たんだ

 

409:名無しの競馬民

知ってる

ミンナノアイドルって名前で日本ダービーの日に東京競馬場の未勝利戦でデビューしてた

競走馬の定義では厳密に違うがアパオシャの異母妹がニアミスしてるんだよ

 

410:名無しの競馬民

あの馬は残念だったな

 

411:名無しの競馬民

なにかあったのか

 

412:名無しの競馬民

デビュー戦を走って少し後に屈腱炎発症して引退繁殖牝馬入り

 

413:名無しの競馬民

ぐわー

本当にアパオシャが最後の希望になってる

 

414:名無しの競馬民

これからも長く走ってオグリの夢を続けてほしい反面

出来るだけ早く繁殖牝馬になって血を繋げてほしいジレンマ

 

415:名無しの競馬民

今年はアパオシャはどのレースを走ると思う?

 

416:名無しの競馬民

ステイヤーだから阪神大賞典と春の天皇賞辺りが濃厚

 

417:名無しの競馬民

ダイヤモンドステークスは?

 

418:名無しの競馬民

G3のダイヤモンドは牝でも三冠馬は斤量ハンデきつ過ぎて

走るの嫌がるんじゃないのか

 

419:名無しの競馬民

今年はアパパネと三冠牝馬対決してほしい

 

420:名無しの競馬民

同年の三冠牝馬で直接戦わないのは惜しいよな

 

421:名無しの競馬民

アパパネの方はどちらかというとマイラーだぞ

走っても2000ぐらいだからかち合うかなあ

 

422:名無しの競馬民

せいぜい宝塚記念とエリザベス女王杯だな

 

423:名無しの競馬民

出来れば同時代の最強の牝馬の直接対決を見たい

 

424:名無しの競馬民

で、どっちが勝つと思うよ?

 

425:名無しの競馬民

そこで面倒な燃料投下するんじゃねえよ

 

426:名無しの競馬民

適性距離が微妙に噛み合わんから結論が出ねえって

 

427:名無しの競馬民

マイルか2000mくらいならアパパネの方が有利か?

 

428:名無しの競馬民

2000mならアパオシャも弥生賞と皐月賞勝ってるから

苦手とまではいかないぞ

 

429:名無しの競馬民

アパパネは真っ当に差しか先行で分かりやすいけど

アパオシャは展開が全然読めねえから分からん

 

430:名無しの競馬民

皐月賞:逃げ

日本ダービー:差し

菊花賞:追込み

それ以外:まくり

脚質適性はどこ行った

 

431:名無しの競馬民

マヤノトップガンみたいな意味分からん走りするなよ

つーか菊花賞は淀の坂をガンガン登ってセオリーと常識ガン無視で現地で見てて清々しかったわ

ミスターシービーかてめーって思ったぞ

 

432:名無しの競馬民

リュージは何考えてこんな無茶苦茶な走らせ方してるんだよ

アパオシャはオペラオーじゃねえぞ

 

433:名無しの競馬民

知らなかったのか?リュージはリュックサック定期

馬に好き勝手走らせた結果がこの変幻自在脚だ

 

434:名無しの競馬民

リュージ「馬の邪魔しないように大人しくしてます」

 

435:名無しの競馬民

こんな予測不可能な訳の分からん動きをする馬に付き合える時点でリュージは凄えよ

 

436:名無しの競馬民

オフロードバイクが自己判断でコーナー攻めたり加減速したら下手な乗り手は簡単に振り落とされるだろ?

アパオシャに乗ってレースをするのはそういう事だ

 

437:名無しの競馬民

他に同じ事できる騎手ってレジェンド競馬星人クラスじゃねえかな

それかJRA永久追放のTかユーイチの親父さん

少なくとも中島調教師は騎手現役だったら乗りたくないらしい

 

438:名無しの競馬民

もし有馬記念の負けを理由にリュージが鞍上降ろされたら?

レジェンドが乗る可能性もあるかも

 

439:名無しの競馬民

そういう話は出てないぞ

惨敗したならともかくG1ハナ差2着で鞍上解任はやり過ぎだ

 

440:名無しの競馬民

リュージは気に入られてるみたいだから継続だろう

 

441:名無しの競馬民

>>440

アパオシャ、オーナー、調教師のどれ?

 

442:名無しの競馬民

アパオシャかねえ

雑誌に載ってた話で気に入らん奴は鞍から振り落とすらしいぞ

 

443:名無しの競馬民

あー厩舎のブログにも書いてあった

下手な奴が乗るとちょっと走った後で怒って振り落とすとかなんとか

新人の調教助手がよく振り落とされるらしい

 

444:名無しの競馬民

大人しい印象強いけど意外と気性難だな

いやそもそも騎手の制御を離れて独自判断でレースしてる時点でヤベエ馬か

 

445:名無しの競馬民

それ以外は厩舎が困る事は少ないどころか新人教育に重宝するとか書いてあるがな

厩務員が背に乗っても一回も振り落とされないから相手の職を選んでるらしい

厩舎の若い馬達のまとめ役で慕われるボス格なんだと

 

446:名無しの競馬民

あと好きな物は味噌付けた野菜と醤油味の野菜炒めだって

 

447:名無しの競馬民

チョイスがまるっきり定食屋のオッサンだよ

牝馬だからこの場合はオバハンか

 

448:名無しの競馬民

親父のオグリキャップも味噌好きだったから遺伝じゃないかって言われてる

 

449:名無しの競馬民

別にそれ以外がダメってわけじゃないから野菜や果物も大好きだぞ

ただし味噌食ったらご機嫌になって醤油が泣くぐらい好きなだけ

 

450:名無しの競馬民

UMAかな?

 

451:名無しの競馬民

知能高すぎて馬ではない

 

452:名無しの競馬民

オグリキャップのお別れ式で献花して

親父の遺影見て泣くぐらいだから人間並みの知能あると思われる

 

453:名無しの競馬民

競馬を知り尽くしているから前世は騎手かレーサーだったのか

 

454:名無しの競馬民

前世はともかく引退したら研究所送りは無いよな?

 

455:名無しの競馬民

無敗の三冠牝馬を買い取れるだけの代金を研究所が用意できるならそうなるか

 

456:名無しの競馬民

何億ぐらい?

 

457:名無しの競馬民

父オグリのネームバリューも考えて

引退後は十頭前後の産駒を産むとして最低十億積まないと無理

 

458:名無しの競馬民

貧乏な国営の研究機関は無理だな

それ以前にスターホースを実験動物扱いしたら毎日研究員に脅迫状が届いて襲撃される

 

459:名無しの競馬民

引退後は当然繁殖入りするがどの牧場行きかな

 

460:名無しの競馬民

一番は社大グループ

それか日高のどっかの牧場だろう

 

461:名無しの競馬民

種牡馬じゃないし売却せずに≪世界一ソフト≫の社長の個人所有で委託繁殖牝馬も無くはない

 

462:名無しの競馬民

初めて買った馬で無敗のクラシック三冠なら金に換えようなんて絶対思わんだろ

よほど金に困りでもしないかぎり

 

463:名無しの競馬民

一応あの会社はそこそこヒット作出してるから当分傾く事は無いな

 

464:名無しの競馬民

親父のオグリの方は二代目馬主の金関連で振り回されたし

娘はなるべくレースだけに専念してほしい

 

465:名無しの競馬民

そういえばアパオシャの弟が去年の夏に競りに出されて売れたから

今年か遅くても来年デビューするぞ

ちなみにシルバーチャーム産駒

 

466:名無しの競馬民

これまた非主流の馬を種付けしたな

オグリを種付けしたのといい、あの牧場の爺さんは芦毛好きでノーザンダンサー嫌いなのか

 

467:名無しの競馬民

牧場の爺さんの趣味はともかく

まだ妹もいるからちょっと注意して見てた方がいいかも

 

468:名無しの競馬民

半兄貴は地方で走ってそこそこ勝ってる程度だから

アパオシャが特別なだけと思うがそれでも何となく期待しちゃうよ

 

469:名無しの競馬民

アパオシャの事ばかり書き込むのも食傷気味だから

そろそろ別の話題に変えよう

 

470:名無しの競馬民

じゃあディープインパクトの初産駒の話するか

結構勝ってる馬が多いぞ

 

471:名無しの競馬民

リアルインパクトとかいう親父に似て速い奴がいるな

 

472:名無しの競馬民

朝日杯で2着の馬か

バクシンオー産駒のグランプリボスには負けたが

 

473:名無しの競馬民

初産駒で2歳G1を2着は当たりだろ

 

474:名無しの競馬民

種馬としても早速実績上げるとかサンデー血統は強すぎる

 

475:名無しの競馬民

下手したらディープ産駒で無敗のクラシック三冠が出るかもしれないぞ

 

476:名無しの競馬民

親子二代で無敗のクラシック三冠とか

オグリとアパオシャ以上にリアリティ無えよ

 

477:名無しの競馬民

リアリティ君はとっくにリアル先輩にボコボコにされて瀕死だぞ

 

478:名無しの競馬民

他に面白そうな馬はオルフェーヴルだな

ドリームジャーニーの全弟

 

479:名無しの競馬民

アレは面白いというかなんというか

 

480:名無しの競馬民

兄貴よりはかなり大人しいから大丈夫だよ

 

481:名無しの競馬民

池園「デビュー戦で振り落とされてターフに取り残されたんですけど」

 

482:名無しの競馬民

勝った後だから善し!

 

483:名無しの競馬民

まだ人を食い殺しに行かないから良いな

 

484:名無しの競馬民

お前は癖馬担当だから文句言わずに乗れikez

 

485:名無しの競馬民

もうすぐシンザン記念を走るみたいだから馬券買ってやるか

 

486:名無しの競馬民

去年はオグリとクリークが死んじまったし

今年は楽しい話題がもっと欲しいよ

 

487:名無しの競馬民

ウオッカも引退して寂しい

 

488:名無しの競馬民

ウオッカはこれから沢山子供が走るのを見られるさ

 

489:名無しの競馬民

いずれライバルのダイワスカーレットの子供と対決する楽しみがある

 

490:名無しの競馬民

いいなそれ

二頭の子供同士がレースを走ったり子供作ったら最高

 

491:名無しの競馬民

アパオシャはどの血統と子供作るかな

 

492:名無しの競馬民

日本競走馬の結晶みたいな部分があるから安易に外国産馬とは作ってほしくない

 

493:名無しの競馬民

インブリードの関係もあるから今の日本の主流のサンデー血統は避けたい

 

494:名無しの競馬民

オグリとミホシンザンは血統としては終わってるから

余程近しい肉親でもなければ大抵の馬と交配可能なのが強い

 

495:名無しの競馬民

サンデーどころかノーザンダンサーの血すら一滴も無い超希少馬

ほんとに牡馬だったらどんだけ良かったか

 

496:名無しの競馬民

そういえばアパオシャは牡馬にモテモテなんだって

ヴィクトワールピサがアパオシャ見るたびに発情しているのは有名だし

 

497:名無しの競馬民

日本ダービーは酷かった

あんな歴史的レースの締めがテレビ放送されるとかさあ

 

498:名無しの競馬民

まさに歴史的チン事だよ

 

499:名無しの競馬民

レースが終わってオフパコ大乱交大会は不味いですよ

 

500:名無しの競馬民

レース前から馬っけ出してる牡馬多すぎ問題

ピサがガチ惚れなのはちょっと面白いけど

 

501:名無しの競馬民

パドックからエイシンフラッシュが股間のアレ大きくしてたの

放送されてうわって思った

 

502:名無しの競馬民

レース以外に牝馬対策しないといけなかった

去年のクラシック世代はほんと不運だった

 

503:名無しの競馬民

いやーでもウオッカの時のダービーは平気だったし

単にアパオシャが魔性の牝馬だったんだろ

 

504:名無しの競馬民

有馬記念の時のドリジャがレース前にアパオシャに襲い掛かろうとしてたな

 

505:名無しの競馬民

あれでスタートが致命的に遅れて馬券投げ捨てたの思い出した

クソッまじクッソ

 

506:名無しの競馬民

ドンマイwww

 

507:名無しの競馬民

今後は弟が活躍するのを期待しろww

 

497:名無しの競馬民

>>チン事だよ

ウマい事言ったつもりかよ

馬だけに

 

506:名無しの競馬民

黙れ

 

 

 

 

 

 おまけの話

 

 

 アパオシャの弟クー(09)の父がシルバーチャームなのは、単に2008年の種付け料が70万円とそこそこ安かったからです。零細牧場の美景家は台所事情が厳しいのです。

 ちなみにオグリキャップの最後年の種付け料は10万円設定です。非ノーザンダンサー、非サンデーサイレンスで、種付け料10万円のオグリ産駒が無敗のクラシック三冠馬になったと知った生産牧場経営者の心象は想像出来ません。

 妹の10(幼名未定)の父親はいずれ本編に名前が出てくると思います。

 

 

 

 

 

 あだ名対応表

 

 

 

 感想にアパオシャのあだ名が分かりにくいと書いてあったので、現在出ている名前を軽く書いておきます。

 あとで追加する可能性もあります。

 

 

 原作 馬名      アパオシャ側の呼び名

 

 

 マンハッタンカフェ     カフェさん

 

 アグネスタキオン      オンさん

 

 マチカネフクキタル     フクキタさん

 

 サクラバクシンオー     バクシさん

 

 メジロアルダン       ダン

 

 メジロマックイーン     クイーンちゃん

 

 マヤノトップガン      ガンちゃん

 

 アドマイヤジャパン     ジャン

 

 ゴールドシチー       ゴルシー

 

 ユキノビジン        ビジン

 

 トーセンジョーダン     センジ

 

 シンボリルドルフ      リルさん

 

 セイウンスカイ       ウンスカ先輩

 

 スペシャルウィーク     シャル先輩

 

 

 

 

 今世の馬名         呼び名

 

 アプリコットフィズ     トフィ

 

 

 





 前話の投下から増えた評価を見てると、賛否の否の方が大きいような気がします。とはいえ、レースの負けは出走表のトーセンジョーダンの名を見た瞬間から、プロットで決めていた事なので納得はしています。
 どんな強者でもメンタルが不調なら実力を発揮出来ないと知っているから、日本ダービーは盤外戦術を駆使して勝ち、今度は有馬記念でアパオシャ自身が証明してしまった。
 アパオシャは精神の超人ではありません。繊細な馬に比べたら相当メンタルがタフでも、悩みはあるし摩耗もする。何年生きても畜生として扱われて平気なわけがない。
 馬がウマ娘の知性を持つメリットは散々書いていましたが、デメリットが無いのはあり得ません。勝ち続けている間は問題が表面化していなかっただけ、前話は悪い面が強く出た、それだけの事です。
 それでも彼女は生まれついてのアスリートで、レースと勝利を愛しているからどうにか立ち直って、負けはしても2着になった。本人(馬)は舐めた真似をして負けた事を本気で悔やんでいるようですが。
 この負けを糧にしたアパオシャが古馬街道をどのように走るかは、次話投稿をお待ちください。




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第27話 大いなる試練の年

 

 

 吾輩は無敗のクラシック三冠馬である。そこそこ有名な馬になった。

 畜生に生まれ変わってから既に四度目、美浦トレセンに来てから二度目の正月を迎えた。

 去年の暮れは身体に結構負担をかけたから、正月が終わるまでは食って寝て英気を養う。

 俺を含めて大半の馬はトレーニングをしていない。しかし一部の馬はレースが近いのか調整に余念が無い。

 ミステリアスライトという古参の牡馬が特に厳しく走らされていた。

 あの様子だと年始のレースにすぐに出されるかな。多分中山金杯か京都金杯あたりだろう。

 生き物を扱う仕事は盆暮れなんて関係無いから、世話をしてくれるここの職員には頭が下がるよ。

 

 それはさておき、今回の正月は特別な食事を出してくれたから、テンションが上がる。

 なんと餅である。

 正確には餅を油で揚げたおかきだった。万が一餅そのものを食わせて喉に詰まらせたら、現役三冠馬が餅を喉に詰まらせて死亡などと日本中に知れ渡ってしまう。

 おそらく馬の中で最も恥ずかしい死に方No.1として未来永劫記録されてしまうのを避けるために、伸びないようにおかきにしたのだろう。

 それでも、こうしてまた餅だった物を食えるとは思わなかった。おまけに醤油で味付けして、ゴマ油の風味が心地良い。

 懐かしい物を食べられて、嬉しさのあまりボロボロ涙を流したら、オッサンや厩務員達がかなり動揺してた。

 他の馬達にも与えられているが見慣れない食べ物だから俺以外は手を付けていない。

 けど、そんなの関係無いとばかりに感極まって咆哮まで上げたら、同じ厩舎どころか近隣の厩舎の馬まで騒ぎ始めてしまった。

 今はただ、旨い物に酔い痴れて、感情の赴くままに貪り食うのみ。

 

 この時の俺の喜びで、どうもトフィやアロマカフェ達がおかきに興味を持って、ボツボツ食べ始める馬が増えた。

 前世でこういう現象は聞いた事がある。群れの中で好奇心の強い個体が見慣れない食べ物を食べると、安全という情報が共有されて他の個体も順々に食べ始めるというやつか。

 俺は一応この厩舎の中の若手のまとめ役だから、大丈夫だと判断すれば他の連中も安心して食べ始める。

 

【うまうま】

 

【へんだけどおいしい】

 

【これすき】

 

【一番速く走ればまた食べられるから、これからみんなも頑張るんだぞ】

 

【【【はーい】】】

 

 無駄な行為かもしれないがこいつらには少しでもやる気を出させて、レースに勝ってもらいたい。

 ここに来てそろそろ一年と半分が経つ。ずっと見ている顔も居れば、顔を見なくなった馬も沢山いる。

 馬が居なくなる時は、大抵ここの職員の誰かが暗い顔をして送り出すから、その馬がどうなるか知るのが辛い。

 その上、居なくなった馬の馬房にすぐに新しい馬が来るのを見ていると、つくづく俺達は人間の都合で去就を左右される儚い存在でしかないと思い知らされる。

 前世で現役からURAに入り定年退職するまで、希望を持ってトレセン学園に来ては、夢破れて去って行くウマ娘達をずっと見続けていた。

 彼女達は仮にアスリートとして結果を出せなくても、命を奪われる事は無かった。望む望まない違いはあれど、次の道を選ぶ権利ぐらいはあった。

 けど、ここの馬達は勝てなければ肉にされる。隣のトフィだって、それなりにレースで勝っているからまだ生かされている。

 明日も知れない身に腹を立てつつも、俺達はただ速く走り、ゴールを駆け抜ける事しか出来ない。

 ままならない身分ではあるが、出来る事はやっておきたいよ。

 あーしかし、久しぶりのおかきは美味しいなあ。

 

 

 正月は良い物を食って寝正月で過ごしたら、厩舎全体でトレーニング再開だ。

 今回は慣らし運転として、毎日トフィやアロマカフェの併走に付き合ってマイルを走った。

 どうもこの二頭の次のレースはマイルと思われる。

 トフィの奴は基本マイルから中距離が適性だから分かる。

 けどアロマカフェの方は俺と一緒に菊花賞を走ったのに、今更マイルを走るのかよ。こいつ、ゴルシーみたいに幅広い適性持ちなのか?それか菊花賞はとりあえず出られるから出してみただけで、本来の適性はマイル程度なのかもしれん。

 それと同じ厩舎の若い馬達に混ざって併走する時間が増えた。どいつもこいつもメイクデビューを果たしたばかりで、まだまだ走りが拙い。それに初戦で勝てた馬はかなり少ない。

 背の上の遼太から若手を鍛えてやれと言われた。OK、鬼軍曹モードだな。

 とにかく鍛えて勝てるようにしてやるのが俺達先輩の役割と思って、ガンガン後ろから追い立てて過負荷を掛けたり、時には先を走って追いついてみせろと発破をかけて、出来る限りヒヨッコ達を鍛え続けた。

 

 

 そんなこんなで一ヵ月ばかりトフィ達と併走しつつ、坂路を毎日十往復したり、後輩達をしごき続けた。

 途中トフィがレースに出かけて、数日したら戻って来た。厩舎の連中やトフィが沈んでいるから結果は聞かなくても分かるか。

 後で小耳に挟んだら、京都のG3を8着で凡走。まあ、こういう時もある。

 休んでいる妹分をほどほどに励ましつつ、今度は俺だけ長距離トレーニングに変わった。

 脚の沈むウッドチップコースを何度も走ったり、芝の1マイルコースを大体二周する前に切り上げるから、大体3000メートルを想定しての調整だな。

 大体予想通り、今度のレースは芝3000メートルの阪神大賞典か。

 そういえばあのレースは一度も勝ってなかったのを思い出した。

 シニア一年目はナリタブライアンに負けている。

 二年目はクイーンちゃんに譲って日経賞を走った。

 最後の年はドバイに出かけて、ドバイゴールドカップを走ってたから不参加だった。そしてレースには勝った。

 俺が三年目のレースはナリタブライアンとガンちゃんが限界まで競り合って、僅差でナリタブライアンが勝った。

 その勝てなかった長距離レースに、生まれ変わって二度目のチャレンジが出来るとは嬉しいねえ。

 俄然やる気を漲らせて、助手達が止めに入るまで毎日ひたすら体を動かし、飯をたらふく食って寝てを繰り返した。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 厳しい冬も終わり、咲き誇る梅の花で花見を楽しむようになった三月。

 厩舎の連中の雰囲気がパリッとしてきたのを察して、いよいよ今年最初のレースが近いと感じる。

 今日も遼太を背に乗せて、コースでタイムアタックに精を出していた昼下がり。それは唐突に訪れた。

 大地が大きく揺れ動き、他の馬達が恐慌状態に陥り、中には乗せていた人を振り落とす程に暴れる馬もいる。

 離れたトレセンの建物からガラスや陶器が次々割れる音も聞こえて、あちこちから人の悲鳴が上がる。

 

「うわっ!?なんだ地震かっ!?」

 

 走っている俺の背の上ですら揺れを感じ取った遼太が驚き、慌てて走るのを止めさせる命令を出す。

 この瞬間、脳裏に文字通り日本を揺るがした、あの未曾有の大災害の事を今の今まで忘れていた事を思い出して血の気が引いた。

 

【お前ら、落ち着けっ!!揺れはここでじっとしていれば安全だ!!】

 

 まずはコースで右往左往する馬達を大きな声と強い口調で落ち着ける。

 

【変に走ったりするんじゃないぞ!!怖かったら傍の人か仲間と一緒にコースの上でじっとしていろ!!】

 

 一度こちらの声に耳を傾ければ、後はある程度俺の言う事に従ってくれる。

 

【ほんとうにだいじょうぶ?】

 

【へんなのにたべられたりしない?】

 

【ああ、大丈夫だ!!これは少しの間だけ地面が揺れるだけだから、揺れが収まったら人の言う事を聞いていれば、お前達は助かる!!いいか、怖くても大人しくしているんだぞ】

 

 馬達が落ち着きを見せて、言われた通りコースの一ヵ所に集まる。調教師達もワンテンポ遅れて事態の収拾に務めた。

 とりあえずこの場が収まったのを確認してから、背に遼太を乗せたまま急いで厩舎に戻った。

 厩舎に近づくにつれて、多くの馬の悲鳴と職員達の慌てつつ事態を収拾しようとする怒号が飛び交い、相当に混沌とした状況が続いていた。

 幸い中島厩舎は棚から物が落ちて散乱した程度で、窓ガラス等が割れるような目立った損傷は無い。遼太を降ろしてから、一番近い馬房で震えているアロマカフェに声をかける。

 

【あ、ねえちゃん】

 

【大丈夫だぞ。揺れは収まったから、もう怖くない】

 

【ほんとう?】

 

【ああ、俺は嘘はつかないぞ】

 

 柵から出した弟分の顔を擦って落ち着けた。

 それから厩舎の馬一頭一頭に声をかけて、あるいは顔を擦り合わせて恐怖を少しでも取り除いて安心させた。

 厩舎の職員達も馬を安心させようと声をかけているが、いかんせん人の言葉の分かる馬は少ない。

 それ以前に、人だって数十年ぶりの大地震で不安に駆られている。馬はそうした人の感情を敏感に読み取ってしまうから、どうしても効果が薄い。

 だから二度目の経験をして、耐性がある程度付いている俺が代わりに馬達のメンタルケアをするのが一番効果があった。

 

 翌日になっても余震は続き、そのたびに馬が怯えたから、地道に声をかけて安心だと根気に落ち着かせた。

 周囲の厩舎でも馬達が騒ぐから、やむを得ず馬房の柵を開けて直接乗り込んで声をかけて不安を和らげた。

 さすがに馬が勝手に他の厩舎に来るのは色々と問題になるんだが、俺が来ると馬達が落ち着きを取り戻すと分かって、他の厩舎の職員達も見て見ぬふりをしている。

 

 結局、阪神大賞典の始まる二日前までトレセンの馬達のメンタルケアを続けてしまい、ちょっと疲れが出て調整が甘くなってしまった。

 これでレースに負けたら謝るしかない。でも緊急事態だったから仕方が無いと言ったら、みんな分かってくれるかな。

 

 

 

 

 

 

 ≪回顧録・311の記憶≫

 

 

「あの頃は酷いありさまだと思いました。でも、テレビから伝わる被災した方々の惨事に比べたら、我々の被害なんて大した事無いとすぐ後に思い直しましたよ」

 

「人間はある程度情報が集まれば多少なりとも落ち着きを取り戻せますが、元々臆病で繊細な馬達はそうはいかない。それに我々だってこれから日本がどうなるか分からない未来の不安を抱えていたから、馬達もそれが分かってしまったんでしょう」

 

「でもあのアパオシャはそういう不安が全然無かった。むしろ、地震に怯える馬達を的確に安心させて落ち着かせていました。多くは近くで声をかけて、それでも駄目なら直接肌に触れて、震える厩舎の馬達を勇気づけました」

 

「当時はまるで泰然とそびえる樹齢千年の大樹のような精神だと思いました。はっきり言って馬とは思えませんでした。人間だってあれほど頑強な精神を持つ奴はそうはいません。一体どういう育ちをしたら彼女のような馬が育つのか、今も不思議でかないません」

 

「あの日はそれでどうにか混乱も治まり、一息吐けたと思ったら連日の余震続きです。でもそのたびにアパオシャは厩舎の馬達を落ち着かせて元気付けていました。それだけでなく、唐突に馬房の柵を内側から開けて出て行って、隣の厩舎の馬まで安心させたのは信じられませんでしたね」

 

「さすがに馬房から脱走は問題になったんですけど、やってる事が馬の為になるって事でみんな見て見ぬふりを始めました。その日から昼も夜も、馬が怯えていると知ったらあちこちの厩舎に顔を出しては馬を落ち着かせて去って行くアパオシャの行動が日課になっていました。本当はダメですけど、その頃はあいつの邪魔をしないように馬房の柵を開けっ放しでしたよ」

 

「そうなると馬達は自然とアパオシャをリーダーと認めるようになりました。どんな気性難や暴れてボスを気取る牡馬でさえ、あいつの前では聞き分けの良い子犬のように大人しくなるんです。一番辛い時に寄り添って助けてくれる相手を信頼するのは人も馬も同じです」

 

「―――ええ、中島厩舎だけじゃない。あの大震災を境にアパオシャは、美浦トレセン全体の、二千頭の馬全てのリーダーになってました」

 

「あの時のあいつは怯えて泣く子を分け隔て無く助けようとする≪慈母≫だったんですよ。世間でアパオシャを勝手に持ち上げて利用して女性解放とか男女平等とか叫んでいる、力を笠に偉そうにしたいとか他人に命令したいだけの身勝手で私利私欲に走る連中に、このことを聞かせてやりたいですね」

 

「――――普段のアパオシャですか?何もしませんよ。たまに喧嘩している馬がいたら諫めて落ち着かせたり、気の弱い馬に寄り添うだけ。中にはオラついて噛み付こうとする若馬も居ますが、大抵コースを三~四周したり、坂道併走すると自信をボッキボキにへし折られて大人しくなります」

 

「たぶん、あんまりボスとかリーダーに興味無いんですよ。レースや併走を楽しんでいるのに比べたら、面倒くさいけど仕事だからやってる雰囲気がヒシヒシと伝わります」

 

「だから偉そうにしないし、威圧的でもない。そういう性格だから沢山の馬達に慕われるんです。まあ、調教の時は鬼軍曹みたいに若い馬を追いかけて、かなり怖がられてました。おかげでうちの厩舎の馬は、早く競馬を覚えてくれて助かりましたよ」

 

「世間で『神馬の再来』なんて言われるのも納得です。きっと日本が大変な時に神様が憐れんで、馬として助けに来てくれたんですよ」

 

「――――最後にアパオシャへの言葉ですか?……『ありがとう』ですかね」

 

 

 

 中島厩舎の厩務員のインタビューから一部抜粋

 

 






 日本にとってのラスボス登場です。父オグリキャップのラストクロップから父の事故死を経て、日本史上最大の苦難の年が現役真っ盛りの世代馬。
 アパオシャのクラシック期にライバルがほぼ居なかったのも、真の敵が大災害だったからです。
 これからアパオシャが馬として、災厄にどう向き合っていくのかお楽しみください。



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第28話 せめて一時の楽しさを

 

 

 2011年3月20日 日曜 阪神競馬場  天候:雲   芝 : 良

 

 

 未曾有の大震災から十日後。被災地から少し離れた宝塚に俺はいる。

 日本の半分を壊滅に追いやった天災があっても、この世界でもレースは続けるようだ。

 前世の日本でも東日本大震災はあった。当時はまだ幼稚園に通っていた年で、何があったのかおぼろげでしか覚えていなかったが、テレビや大人達が大騒ぎをしていたのは覚えている。

 そんな時でも、ウマ娘のレースやライブは継続して行われていた記憶はある。

 名目上は被災して亡くなられた方々への鎮魂の意を含めたライブと、トレセン学園の授業で知った。

 ウマ娘のライブの祖は『駿大祭』と呼ばれるウマ娘のための神事。その祭典の中の『神メ駆』と呼ばれる儀式とレース文化が結びついて、俺の知るレースの形になった。

 儀式にはウマ娘の幸運を祈願し祈り、過去から未来へと繋がる願いと想いが込められている。

 大震災により、多くのウマ娘達が命を落とした。いや、ウマ娘以外の人々もまた等しく辛い想いを背負う事になった。

 中には自粛を求める意見も大きかったが、神事を発端とする歴史と文化、そうした被災者と犠牲者への追悼や鎮魂を目的としてレースは行われた。

 被災者も暗く辛い話ばかりで、明るく楽しい話題に餓えていたのもある。少しでもそれが和らぐならと、世間はレースを概ね好意的に受け止めた。

 URAに就職してから裏事情も知ることになり、色々と生臭い話も絡んでいたのも聞かされた。

 それでもウマ娘達の懸命に走る姿や、ライブの歌声が荒んだ心を一時でも癒したのは紛れもない事実だ。

 

 この世界ではライブこそ行われてはいないが、レースで馬の走る姿に何かしらの感情を震わせる人も多いのだろう。だから今日もパドックには多くの人達が詰めかけて、俺達を見続けている。

 畜生の身になったとはいえ、俺もかつてはウマ娘。レースを見る人々が少しでも暗く辛い気持ちを紛らわせられるなら、走る事を厭いはしない。

 

 パドックを回る馬達を観察する。何頭かは落ち着きを欠いている様子だ。興奮というより不安が強い。

 震災があったばかりなのと、世話をする人々も不安が抜けていないのを察してストレスを感じているんだろう。

 今日は俺を含めて14頭で走る。相変わらず牝は俺一頭だけ。

 ダービーで後ろにいたゲシュタルトとかいう馬もいる。他に見知った馬は美浦トレセンにいた二頭か。名前はコスモメドウとコスモラピュタというのか。

 でも見知った顔が居ても手加減はしないぞ。

 

 時間まで歩き続けたら和多が来た。

 

「震災でみんなが辛い想いをしている。今日は勝って、見ている人を喜ばせてあげよう」

 

【ああ、俺に出来るのはそれぐらいだから、そうしよう】

 

 返答に満足した和多は首を軽く叩いて背に乗る。

 誘導馬の後に続き、コースに出れば数万人の観衆が拍手と声援で出迎えてくれた。色々と大変だけど、わざわざ見に来てくれた事に感謝する。

 ウォーミングアップを済ませて11番のスタートゲートに入る。今日は芝もよく乾いて走りやすい。3000メートルの長丁場だし、あまり小細工は必要ないだろう。

 

 開け放たれたゲートからの一歩目はまずまずの出来だ。焦らず、向こう正面の直線を駆け、右側の内ラチに沿って馬群を形成する。

 後方10番程度で様子を見ながら最初のコーナーを通過した。

 体感的に展開は早過ぎもせず、遅くもない。阪神大賞典は3000メートルの間に六度コーナーを回る都合上、小回り重視で序盤はあまり急がなくてもいい。

 第二コーナーも目立った動きは見せず、後方のまま一度目のスタンド正面を通過する。

 スタンド席からの観客の声援を最初にコスモラピュタが受け、それに俺達が続いた。

 馬群に動きはほとんど見られない。どの馬も自分のペースを守り、無駄にスタミナを減らさないように機会を待ち続けている。

 さすがにウマ娘でのシニア相当となると、落ち着きのある連中ばかりで走りやすくもあり、揺さぶり難い。

 第三コーナー、第四コーナーを回り、向こう正面のスタートに戻って来た。これであと半分だ。

 

【じゃあ、そろそろ行ってみようか】

 

「おっ、ここから動くか。有馬の時みたいな心配はしなくて良かったな」

 

 それは言わないでくれよ和多。若さゆえの過ちってヤツは、忘れなくていいから口に出すな。

 前と左側を注視しつつ、直線で馬群のスピードにムラが出るのを待つ。

 200メートルほど待ち続けて、外側の蓋をしていた12番ゼッケンのオウケンとかいう馬がペースを上げたのに追従して外に出た。

 そこから第五コーナー手前まで一気に加速して、大外から馬群を抜き、4番手まで順位を上げた。残りはあと800メートル。

 前には美浦のコスモの二頭ともう一頭。このペースなら最後までスタミナは持っても、強烈な末脚は残っていないな。

 

【なら最終直線の残り300からが勝負だ】

 

 コーナーを回る際に外から内にラインをずらしつつ好位置を堅持して、最終コーナーに入った。

 後方も俄かに動き始めているがちょっと鈍い。機を見計らっているかと思ったが、結構息が上がっている馬も多い。スタミナが持たなかったのか?

 ついて来られないならそれでもいい。どうせ最後の勝ちを譲る気は無い。

 最終コーナーを回り切り、最後の直線に入る。

 スタンドからは最後の瞬間を見逃すものかと、観客が馬達とゴール板を食い入るように見続ける。

 最初から先頭を走っていたコスモラピュタの脚が衰えて先頭を奪われた。

 ならそろそろ仕上げに入ろうか。

 残り300メートルでこれまで溜めていたスタミナを使い、今回は首を下げずに姿勢はそのまま、脚のピッチ回転を上げて加速する。

 それだけでもどんどん前との差は縮まって、先頭の3番と並んだ。

 隣はかなり息が上がっていて苦しそうだ。反対に俺はそこそこ余裕という顔を崩さずにジリジリと前へ行き、着実に差を広げたまま走り続けた。

 そのまま一馬身程度離してゴール板を先に駆けて、今年の初勝利を手にした。

 

「よし、良い走りだったぞアパオシャ」

 

 和多の賛辞を受けつつ、勝利を祝福してくれる観客達のために、今回は少し長めにウイニングランをしてレースは終わった。

 G2程度ならこんなものかな。次はおそらく春天皇賞になる。油断せずに行こう。

 

 

                馬番   着差

 

 1着  アパオシャ      11  

 2着  ナムラクレセント    3  1.1/2

 3着  コスモメドウ      2  3.1/2

 4着  モンテクリスエス   10   3/4

 5着  コスモラピュタ     1   クビ

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

  『阪神大賞典を制したのは新たなステイヤー女王アパオシャ!』

 

 

 東北大震災の混乱が続く3月20日。阪神競馬場で第59回G2阪神大賞典(芝3000m)が予定通り開かれた。

 勝利したのは和多流次騎手が操る、1番人気単勝2.3倍の無敗のクラシック三冠牝馬アパオシャ(牝4歳 美浦・中島厩舎)。勝ちタイムは3分3秒4。

 

 斤量は牝馬ながら56kgと牡馬並みに重かったが、女王には如何ほどのハンデにもならない強さを観客に見せつけた。牝馬が本レースを制するのは59回目にして初。

 

 レースは開始から5番コスモラピュタ、3番ナムラクレセント、2番コスモメドウの三頭が先行してレースを作る。

 アパオシャが動いたのは向こう正面の残り1300m地点から。一気に加速して順位を上げた後、最終直線で先頭を奪取。そのままジリジリと差を広げて余裕のゴール。二着のナムラクレセントと一馬身半差だった。

 

 中島調教師は「有馬記念から三ヵ月空いても調子は維持したままです。むしろ馬体の完成が近づきつつあり、去年以上に強くなりますよ。トレセンは余震続きでゴタゴタしていても、アパオシャはメンタルが頑強なおかげで崩れないのがありがたいです。春の盾も期待しています」

 

「今日は有馬記念より落ち着いています。位置取り、仕掛けのタイミング、スタミナ、全てが申し分ありません。今年もアパオシャと一緒に駆け抜けます」

 

 女王と確かな信頼で結ばれた和多騎手は、まるでお伽噺の騎士のようだった。

 

 

 

 

  ≪大阪スポーツWEBニュースから≫

 

 

 



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第29話 夢を魅せる

 

 

 阪神大賞典が無事に終わったその日の夜。

 アパオシャ陣営は宝塚市内のホテルに泊まり、レースの疲れを労った。

 本来ならG2レースに勝ったのだから、ささやかでもお祝いしたいところでも、世間は大震災の影響で祝い事を忌避するムードが蔓延している。

 そんな中で酒飲んでバカ騒ぎなどしたら、大顰蹙を買って競馬界全体にも悪影響が出るとあっては控えざるを得ない。

 スターホースを抱える以上は、メディアや国民の目もあるので祝勝会の自粛もやむを得ない。

 精々近くの店で酒を買って、部屋で個人か少数で集まって酒盛りする程度で抑えていた。

 レースに勝ち、晴れやかな気分でもどこか鬱々とした夜。

 アパオシャを所有するオーナーの南丸と調教師の中島は、ホテルの一室の窓際で向かい合ってビールの注がれたグラスを傾けている。

 

「せっかく今年最初のレースに勝ったのに、寂しい物ですね」

 

「我々は見られる側の人間ですから、身辺に気を配るのはやむを得ません。今も被災地で苦しんでいる方々の事を思えば納得します」

 

 二人はガラス越しに宝塚の街並みを見下ろす。ホテルは繁華街にほど近いというのに、照明は最小限しか灯っておらず薄暗い。

 震災後、真っ先に自粛のやり玉に挙げられたのが酒を提供する居酒屋や繁華街の娯楽施設だ。

 被災地で困っている人たちの事を思い、派手な催しは控えるという主張は納得もするし共感もする。しかし、それでは生活が成り立たない人もいる事を忘れてはいけない。中々難しい、答えの出ない問題だ。

 

「オーナーの所は地震の被害はありましたか?」

 

「幸い岐阜県は震源地とはかなり離れていたので、揺れを感じた程度で特にありません。会社の方は、うちはそこまで影響は無いと思いますが、いくつかの他会社ではソフトの発売延期や、生産工場の被災でゲーム本体の部品供給が滞る懸念が囁かれています」

 

「日本の半分が被害を被った以上はどの業界にも影響はありますか」

 

「ソフトの中には大災害や地震で被災して荒廃した街を舞台にしたゲームもあって、無期限販売延期を決定した会社もあると耳にしました。こういう時だからこそ何か楽しい娯楽を提供して気を紛らわせたいと思っていますが、世論の反応は芳しくありません」

 

 大と南丸はビールを苦々しい顔で口にする。

 業種こそ違えど競馬とテレビゲームは共に娯楽産業であり、シェアを食い合う事もあるがそれなりに共感する部分もある。

 

「こればかりは時が経ち、世論が変化するのを見守りましょう。それで今夜の話とはアパオシャの今後のレースでしょうか?」

 

「そうです。予定した通り、次は春の天皇賞として調教と準備を進めてもらって構いません。私はその後の事をどうすべきか考えています」

 

 大は南丸の瞳をじっと見つめる。その瞳の奥には迷いなどはあまり見えない。ある程度方針が固まっていて、いくつかの選択肢からどれが実行可能か現場に確認するような段階で意見を聞きたいのだろうと察した。

 

「春天皇賞に勝っても負けても、アパオシャにはまだまだ走ってもらいます。問題はそれ以降はどのレースを走るかです」

 

「確かにアパオシャには難しい問題です。彼女は中距離もある程度走れるとはいえ、生粋のステイヤーですから古馬の強豪が集う、例えば宝塚記念には苦戦を強いられるでしょう」

 

 アパオシャは近年の高速馬場化した日本競馬に適したスピードの資質は持っていない。

 おまけに世界的にも競馬はマイル中距離が主体で、長距離路線はマイナー化が進んでいる。

 走れるレースそのものが減った中で、どのレースに出るかは難題だった。

 

「ところで日本の馬がドバイに遠征していると耳にしました。昨年の有馬記念でアパオシャを下したヴィクトワールピサや、ブエナビスタも出走するとか。あとはダートの強豪トランセンドもいます」

 

「確かに日本から五頭が来週のドバイレースに出走する予定です。もしや――――」

 

 大も言わんとする事におおよそ見当がついた。

 南丸は鞄から一冊のファイルを取り出してテーブルに置く。表紙には海外レースとシールが貼ってある。

 

「震災の日から出来るだけ時間を見つけて、世界のレースの情報を集めてみました。春の天皇賞以降、海外に挑戦してみませんか中島先生」

 

「随分と急な話ですね」

 

 大の言葉に南丸は暗い夜空を見上げ、その後に灯の少なくなった街を見下ろす。

 

「日本の惨状を見ると、我々に何が出来るかを考えるようになりました。私は一人の日本人として、暗い世に明るい話題を一つでも添えたいんですよ」

 

 言わんとする事は大にも分かる。レースを走る馬が人々に希望や感動を与える事は過去にも数多くあった。そのレースが困難であればあるほどに、人々に与える感動は大きくなる。

 例えば三度の骨折を乗り越えて、実に一年もの休養を経て有馬記念に挑み、優勝を果たして勇退したトウカイテイオー。

 アパオシャの父であるオグリキャップも、怪我や多くの困難に苦しめられながら走り続けた姿には、日本中のファンが感動の涙を流した。南丸自身も感銘を受けた一人だった。

 懸命に走る馬の姿には、不思議な力が宿ると長年馬に関わってきた大も認めている。

 アパオシャもまた、稀に見る難業に立ち向かい、見事に偉業を成し遂げた。そうした彼女には全国から山のようなファンレターが厩舎に届けられた。

 中には多くの不幸に見舞われて、生を諦めるような境遇の者が考えを改めて、再び前を向いて歩き出すきっかけになったと綴られた手紙も幾つかあった。

 

「日本でアパオシャが走り続ける姿を見せるのも一つの手段です。ですがより困難に立ち向かう姿を見せる事で、未曾有の大災害に遭い膝を折ってしまった人達が再び立ち上がって、前を歩いてくれる力になるのではないか。私はそう思います」

 

「オーナーの言わんとする事は私も理解します。では、アパオシャを海外のレースに出すと」

 

「はい。そのために先生の意見をお聞きしたい。何分私は馬の事は素人です。困難でもあの子が勝てる可能性のあるレースを選んでほしいんです」

 

 大は無茶振りされてると思いつつ、向かいに座す馬主には一定の理解と共感を持っている。日本人として国の苦難を少しでも和らげる力になりたいと思う気持ちもある。だからこの提案に否とは言わない。

 

「分かりました。ではまず現状を理解するために、アパオシャの競走馬としての特徴をおさらいしましょう」

 

 一、現在の日本競走馬の中でトップと言って差し支えないスタミナと強靭な心肺機能。

 二、牝馬の中でトップクラス、牡馬と比べても平均以上のパワーに支えられた高い登坂能力。

 三、極めて高い知能により勝負所を見極められる思考。

 四、重馬場を苦にしない対応力。脚質を選ばない柔軟性。練習でならダートもそれなりに走れる。

 五、長距離の運搬でも食欲が落ちない。環境変化のストレスも軽微で、長距離輸送への高い耐性がある。

 六、現在の日本の高速競馬にやや対応しきれていない最高速度。末脚はキレがあるが疲れるのかあまり使いたがらない。

 七、主戦騎手以外が鞍上になった場合、折り合いがつけられるか不明。

 

「この時点でアメリカは除外でしょう。あの国は長距離レースが乏しく、日本と同様に高速馬場が盛んです。ドバイも似た理由で除外です」

 

「ドバイワールドカップはもう間に合わず、招待もされていませんからね。オーストラリアはどうですか?」

 

「長距離なら四月にシドニーカップ、十一月にメルボルンカップがあります。ただハンデ戦で、アパオシャの獲得賞金ではかなりの斤量を背負う事になります。それに、オーストラリアは畜獣の持ち込みの検疫が厳しく、過去にトラブルもあってあまりお勧めは出来ません」

 

「となるとやはりヨーロッパですか」

 

 大は少し考えた後、頷いた。

 南丸も短い時間でかき集めたデータを大雑把に調べて、おそらくここしかないと見当はついていた。

 問題はどの国の、どの時期にあるレースを走るか。そうした詳細な情報はその道のプロに聞くしかない。

 

「個人的な要望も含めて言わせてもらえば、私はアパオシャにパリ・ロンシャンの凱旋門賞を走ってもらいたいと思っています」

 

 南丸は大の言葉に驚きはしなかった。日本の競馬関係者で凱旋門勝利を意識しない者は皆無だ。馬主、調教師、騎手、JRA関係者、生産牧場関係者のほぼ全てが日本ダービーと並べて、世界一のレースに勝つ事を夢見ている。

 

「私もオグリキャップの子を、いえアパオシャを凱旋門賞に挑戦させたいと思った事は何度もあります。ただ、あの子の実力は、過去の日本馬が悉く弾き返された世界一のレースに通用すると思いますか?」

 

 大はしばし無言の後、可能性はあると答えた。

 

「私はかつてマンハッタンカフェを凱旋門賞に送り込みました。結果は凄惨たる有様で、あの子の引退レースにさせてしまった事への後悔が心にまだ燻っています。ですがアパオシャはマンハッタンカフェと違う。ヨーロッパ競馬に適した多くの利点を持っています」

 

 まずアパオシャは長距離輸送に強く、環境変化に耐えられるタフネスさを持つ。マンハッタンカフェはこの点が弱く、体重を大きく落とす事が多かった。

 次に高低差の大きい起伏に富んだヨーロッパのレース場は、むしろアパオシャのようなスタミナとパワー重視の馬の方が向いている。

 平坦な高速馬場に特化しつつある日本の馬が、ヨーロッパで良い成績を残せない理由がこれだ。

 スピードが遅いのは大きな問題だが、実はヨーロッパのレースの決着タイムは日本の同距離と比べて数秒は遅い。これはヨーロッパ競馬が日本やアメリカほど高速決着に傾倒していないが故の違いだ。

 さらにヨーロッパの芝は日本よりソフトで深く沈む。この特性は日本の芝の不良馬場に近いと言われている。アパオシャは弥生賞の時に重馬場を苦にしなかった。十分対応可能と見てよい。

 ざっと挙げただけでも、これだけの利点がある。

 

「実際に現地で走らせて見なければ確証は得られません。ですがかつて凱旋門賞に挑んだ経験から言わせてもらえば、アパオシャはある意味日本競馬より、ヨーロッパ競馬に向いた資質が高いように思えるんですよ」

 

「――――――分かりました、中島先生。凱旋門賞に挑みましょう。ですが当のレースは十月です。それまでずっと日本で調教を続けるというのも時間が惜しい気がします。もっと前から遠征して修行してはどうでしょう?」

 

 南丸の言い分も分かる。今年の春天皇賞は五月の初日。そこから凱旋門賞までは約五ヵ月空いている。その間に幾つかフランス、またはヨーロッパの他の国のレースに出て経験を積み、環境に慣れておいた方がより確実性が増す。

 1999年にエルコンドルパサーがフランスに長期遠征して、本番の凱旋門賞前にフランスで三度レースを重ねて、二勝を挙げている。先人に倣うのも悪くない。

 となるとやはりフランス、ロンシャン競馬場でのレースが最適だろうか。

 

「―――――あっ」

 

「どうしました中島先生」

 

「ああ、いえ。海外遠征でちょっと思い出しまして。七年ぐらい前に美浦トレセンの厩舎から、イギリスのロイヤルアスコットを走った馬がいるのを思い出して」

 

「ロイヤル……あのイギリス王室主催のレースの祭典ですね」

 

 ロイヤルアスコットとは、六月にイギリスのアスコット競馬場でイギリス王室が主催する競馬開催の事である。

 イギリス国内だけでなく世界中の競馬界と社交界の大イベントとされて、各界から要人が一堂に集まるヨーロッパでもっとも格式高く華やかな祭典だ。

 その祭典に参加するだけでも大変な名誉とされる。日本の馬も過去に数頭参加したことがあった。

 

「それだけ華やかな祭典を走れたら、馬もさぞ気持ちがいいでしょうね。その上、勝てばきっと日本人も元気が出る」

 

「……行きますかオーナー」

 

「行きましょう!それで、どのレースにアパオシャを出しましょうか」

 

 こういう時は勢いが大事である。例え昼間のレースに勝ち、酒が入って多少テンションが上がっていようが決断する事は重要だった。

 アパオシャの走りを二年近く間近で見続けて、かなり脳みそをかき回されてロマンに生き始めているとも言える。

 せっかく用意したレースの資料を使わなければ損だ。いいオッサンが二人並んでファイルのイギリスレースをパラパラと眺めて、大が一つのレースに目を留めた。

 

「これはあいつに合うレースかもしれません。G1ゴールドカップ、約4000メートルの超長距離レース」

 

 ゴールドカップはヨーロッパレース界で最も長い歴史と長い距離のG1レースだ。フランスのカドラン賞芝4000メートルと同等の、約4000メートルの超長距離レースとして、アパオシャが次に走る春天皇賞のモデルにもなっている。その格式は世界随一と言われている。

 レースにはイギリスだけでなく、アイルランドやドイツといったヨーロッパ中から一流のステイヤーが集まり、ヨーロッパの最強ステイヤーを決める祭典に等しい。

 

「ほう、かなりの長いレースですね。先生が先程仰ったのは、このイングランディーレ。この時は着外か」

 

「大丈夫です。アパオシャのスタミナは日本の馬の中でトップです。あいつなら良い結果を出せます」

 

 日本ではお目にかかれない距離のレースでも、アパオシャならきっと走り切ってくれるだろう。

 ちょっと酒が入って思考力が低下しているけど、それに二人は気付いていない。

 

「鞍上は引き続き和多君に任せて良いでしょうか。彼は海外に行ってくれますかね?」

 

「うーん、多分大丈夫でしょう。下手に鞍上替えたらアパオシャにどう影響が出るか読めませんし、どうしても嫌だと言ったら、二度と乗せないと言えば首を縦に振りますよ」

 

「そこまで言うのは可哀そうですから、明日私が直接家に行って説得しましょう」

 

「お手数おかけします。あとは現地の厩舎ですね。フランスは前回の凱旋門賞の時の厩舎で事足ります。イギリスはイングランディーレの志水調教師は知った仲ですから、そちらの伝を頼ってみます。あとは滞在費をどうするかです。ヨーロッパのレースは凱旋門賞を除いてG1でもかなり安いので、勝っても基本足が出てしまいます」

 

「それは今日のレース賞金を使いましょう。馬主の私の取り分が5000万円はあります。足りなかったら昨年の分も使えば心配ありません」

 

 本当は今日の賞金は被災者への義援金にいくらか寄付するつもりだったが、こういう使い方なら納得してくれるだろう。

 それから現地で勝った時の賞金を寄付するとでも言えば、ケチなどと誹られる事は無い筈だ。

 

「では大切に使わせて頂きます。ゴールドカップが終わったらどうしましょうか。フランスに行くか、イギリスに残ってもう一度ぐらいレースをするか、あるいは別の国に行くのもいいかもしれません」

 

「他国に行ったら厩舎探しもしないといけませんし、もう一度ぐらいイギリスで走りましょう。――――――――ふむ、これはどうでしょう」

 

 南丸の開いたファイルのページには、アスコット競馬場で七月開催のキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスと記載してある。

 このレースはイギリスレースの中では比較的最近設立した約2400メートルのG1レースだが、その実態はフランス凱旋門賞に比肩するヨーロッパ最高の中距離レースである。

 距離こそ中距離に収まっているが、コースの過酷さを加味すれば長距離クラスのスタミナを要求される。アパオシャに向いたレースだろう。

 このレースで好成績を収められれば、同距離の凱旋門賞への弾みが付く。

 こちらもゴールドカップ同様、過去に日本の馬が走った事もある。五年前にハーツクライが善戦して3着に入ったのが日本馬の最高の成績だった。

 ハーツクライは日本馬で唯一、最強馬ディープインパクトに土を付けている。

 ≪英雄≫に敗北の疵を刻み付けた強馬の記録を超える事が出来るのか。否、アパオシャなら出来ると二人は信じている。

 あまり関係無い話になるが、昨年2010年のレースではイギリス産のハービンジャーが11馬身差の圧勝だった。

 その後、ハービンジャーは骨折により引退。種牡馬として社大グループが買い取り、今は日本にいる。

 彼の馬房はあのディープインパクトの隣である。意外な所で日本とつながりのある数奇な馬だ。

 

 それはさておき、大方の方針は決まった。航空輸送や現地の受け入れ、マスコミへの対応等、もろもろの手配は明日以降になる。

 ただでさえ震災で普段と異なる業務が増えて心労が溜まる中で、かつ不謹慎と言われるかもしれないが二人は今の状況をどこか楽しんでいる。

 まるで祭りの準備をしているようなものだ。どうなるか分からないからこそ、あれこれ未来への想像を掻き立てられる。

 

 

 翌月の四月二日。アパオシャが六月以降に海外遠征する旨が関係各社に伝えられた。

 つい先日、三月二十六日にヴィクトワールピサがドバイワールドカップを制覇して、日本に明るいニュースを届けたばかり。

 その勢いも合わさって、一時でも震災被害で苦しむ人々に立ち上がる気力を呼び起こした。

 

 彼女の生家、美景牧場にもこの報は前もって伝えられており、その時は家族全員が飛び上がって驚いた。

 特に社長を務める秋隆は、自分の牧場で生まれた馬が無敗のクラシック三冠馬どころか、ヨーロッパ最高峰のレースを走ると知り、後年に心臓が止まるかと思ったと語る。

 そして南丸から是非とも生産牧場代表として一緒にイギリスに渡って欲しいと頼まれた。

 しかし老齢を理由に、この機に息子の晴彦に社長業を譲り、新社長の息子夫婦が同行する事で話が纏まった。

 一人娘のナツは高校入学を控えており、大震災もあって激動の年を予感させる春と言えた。

 

 

 



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第30話 意外な経済効果

 

 

 桜は良い。この時期になるといつもそう思う。

 プールトレーニングの帰り道。美浦トレセンの満開の桜道を歩けば、ハラハラと落ちて身体に当たる桜の花びらの感触が心地良い。

 

 トレセンに来た時は坂路十往復までしかさせてもらえなかったが、最近は制限が緩和されて倍の二十往復まで許可されている。

 その後のプールトレーニングもいつもより時間延長して、よりスタミナをつける訓練に重点を置かれるようになった。

 さらに雨の日に、ベチャベチャのダートを何度も走らされるのはちょっと首を捻ったが、おそらくパワートレーニングと思って黙って鍛錬を積んだ。

 これらは全て春天皇賞に向けてのトレーニングだろう。先月の阪神大賞典3000メートルより長い3200メートルのレースとなれば、スタミナは多ければ多いほど良い。

 前世ではシニア最後の三連覇のかかった京都レース場でのレースで、クイーンちゃんにしてやられて負けてしまった。

 阪神レース場での春天皇賞は二連覇したのに比べて、どうも俺は直線距離の長い京都レース場と相性が悪い。そこを突かれて負けた悔しさは覚えている。

 二度も負けて悔しい想いをするのは御免だ。

 

 ただ、レースが近くなかったら、このまま花見と洒落込みたいと思うぐらい桜が綺麗だ。

 前世ではよく花見をした。面子は毎年違って、両親や兄の家族とする事もあれば、トレセン時代のチームメイトや友人のゴルシー達と集まってする事もあった。URAの職場で行事として行った事もあるし、外国からの留学生に日本式の花見を教えた事もあった。

 ティシュトリヤも日本の桜を初めて見た時は大はしゃぎしていた。彼女の過ごしたイランの草原では、草原に咲く花こそ数多くあっても、樹木に咲く花は珍しかった。桜以外にも桃や紫陽花を見ては、目を輝かせていたのを思い出す。

 どれも楽しく大切な思い出だ。

 

「お前は人間より風情があるな。厩舎の仕事が暇ならお前も混ぜて、みんなで花見も良いけど、今年はかなり忙しくてな。花見も出来そうにない」

 

 手綱を引く遼太が申し訳なさそうに口にした。

 震災があったばかりで自粛ムードが強いからな。祝い事も静かにやらないといけないのは分かるから、そう気に病むな。

 今はこうして桜並木を歩くだけでも十分気晴らしになるさ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャが美浦トレーニングセンターでトレーニングに励んでいる頃。

 遠く離れた岐阜県某所のオフィスビル内を、アパオシャのオーナーの南丸はフラフラ歩いている。

 こうしてのほほんとした姿を見ると、現在日本で最も有名な馬の所有者とは思えない。

 楽観的で時々深く考えずに勢いで物事を決めてしまう、向こう見ずな所があるのは自他共に認めている。

 若い頃は勢いで企画を通してヘンテコなゲーム作品を作って、微妙な評価と売り上げになった事もある。そうした失敗を今でも時々やらかしていた。

 

 先日もアパオシャの海外遠征を決めたまでは良かったが、日本の輸出入の家畜伝染病予防法をうっかり忘れていたのを、翌日に酔いの醒めた大に指摘された。

 競走馬が海外遠征した場合、行き帰りで検疫を受けて、さらに一定期間隔離して検査しなければならない。

 しかも法律上の規定では60日を超えて海外渡航をした場合、五日間の輸入検疫後、三ヵ月間は他の馬と隔離する着地検査義務があった。

 阪神大賞典の夜、酒を飲みながら6月からの海外遠征を決めたが、凱旋門賞が終わって帰って来ても三ヵ月の隔離で年末の有馬記念に出られない。

 一応6月のゴールドカップが終わってから、KG6&QESまでに一ヵ月以上間隔があるので、レースの都度日本に帰って検疫を受ければギリギリ短期間の隔離で済み、有馬記念も出られる。

 ただし、その場合はかなりタイトな移動スケジュールになり、隔離中も満足な調教は出来ないと言われた。

 さすがにそれは今回の本命レースの凱旋門賞に不利ということもあって、十分に時間的余裕のある現地での長期滞在を選んだ。

 

 

 後の問題は検疫期間である。こちらは調教師として法令関係の専門知識のある大が何とかなるかもしれないと語った。

 実は過去に検疫期間を法に抵触しない特例で短縮した前例が幾つかある。

 

 例えばフランスに長期遠征して、凱旋門賞に挑んだエルコンドルパサー。この馬はジャパンカップに出走する外国馬と同じ扱いにする『検疫対象馬の国内出走に対する特例』を適用して、東京競馬場で検疫を受けて本来3ヵ月の隔離検査を3週間に短縮した。

 そしてジャパンカップへの出走を熱望されたが、残念ながら凱旋門賞が彼の引退レースとなり、同期のライバル達より一足早く種牡馬として血を残す事になる。

 

 他にも着地検査期間中にレースをした例もある。シンガポール航空国際Cを優勝したコスモバルクが京都競馬場に入厩して宝塚記念に出走した例、エイシンプレストンが香港GIクイーンエリザベスII世Cを勝って安田記念出走のため東京競馬場に入厩した例など、挙げれば過去に多少の特殊な例はあった。

 早い話、遠征から帰って検疫と着地検査を受ける場所をJRAの関係施設や競馬場にすれば調整やレース出走は許可される。JRA施設以外に移動する事が出来ない等の幾つか制限はあるが、一応検疫期間の中でも出走は可能だ。

 美浦トレセンに戻るには、規定通り3ヵ月を経なければ無理だろうが検疫の問題は一応解決した。

 あとの有馬記念への出走の判断は、前レースの疲労によっては回避する事もあるという調教師の大の条件で、仮の出走予定とした。

 

 

 このように馬主としての責務を果たしたわけだが、本業も疎かにはしていない。

 彼は≪株式会社世界一ソフト≫社長という立場で、自分の会社内をよく見回って社員からの要望などを聞いている。

 狭い界隈とはいえ、全国に知られる企業の社長という立場にしては些かフットワークが軽いと思われるが、自分一代で築き上げた会社ゆえに社員との距離が一般企業よりもかなり近い。

 元よりテレビゲーム業界は生まれてから、まだ30年程度しか経っていない若い業界である。そのため風通しの良さというか、良い意味で気安さがあった。

 

 南丸は幾つかの部署を渡り社員達の要望を聞き、時にプライベートな話もする。大抵は家族の事とか、買った家や車の事など。あるいは趣味の事を一言、二言話して一人一人を気にかけている態度を示す。

 逆に社員からも南丸に話題を振る事は多い。話の内容の多くはやはり持ち馬のアパオシャの事。

 ≪世界一ソフト≫社員全員が自分の会社の社長の買った馬が、とてつもない強さで次々と日本競馬の記録を塗り替えているのを知っている。

 馬の名前をみんなで考えたり、レースに勝った時は社長から社員全員に祝いの品として、毎回菓子や金券が配られた。

 だから社員の多くはレースがあるたびにテレビでレースを見たり、ネットで結果を調べたりと競馬への関心が高まっている。

 重役の中には、自分も馬を買おうか検討している者もいる。社長へのゴマすりも多少あるかもしれないが、自分の馬が日本中に知られる快感を味わいたいという欲求もあった。

 それにニュースやテレビでアパオシャが取り上げられるたびに、この馬は自分達で名前を考えたとか、会社の社長の馬だと家族に自慢するのが楽しいのだ。

 気分以外にも宣伝としてかなり効果があり、ここ数年のホームページのアクセス件数は桁が跳ね上がり、何となく販売するゲームの売れ行きも年々上がっている気がする。

 今年は震災の影響もあって先が危ぶまれている雰囲気はあるものの、社内には明るい話題がそれなりにあった。

 

 社内を見回った南丸が最後に訪れたのは営業部だった。

 

「社長、お疲れさまです」

 

「やあ、新作の売れ行きはどうだい藤山君」

 

「メルムーン4なら順調に売れています。発売した後にあの大震災でどうなるかと心配しましたが、やはり初回限定の効果が大きいですね」

 

「それは良かった。これもアパオシャのおかげかな。もちろん、うちの社員の頑張りもあってこそだが」

 

 営業の藤山はパソコン画面に表示される、新発売の自社製品の売上本数を見せる。確かに発売一ヵ月の初動は前作の数割増しの数字を示している。

 藤山の言うメルムーン4とは、≪世界一ソフト≫の主力ロングセラーシリーズ≪天空戦記メルムーン≫というシミュレーションゲームの第四弾のこと。

 一度ゲームをクリアしても、主人公を極限まで強化したり、隠しアイテムを求めて何度も繰り返しプレイする、いわゆる『やり込み要素』が強く、根強いファンの多い作品で、現在も続編や外伝作品が作られる息の長いシリーズだ。

 老舗ゲームメーカーに比べれば売り上げ数は少ないものの、堅実に売り上げを伸ばし、海外にもゲームを供給して評価を受けている。

 

「初回版限定の味方ユニット『オシャ』ちゃん。出撃メンバーにいるだけで、ターン毎にアイテムと資金がランダムで入ってくるユニークユニットだから、初期から大抵のユーザーは入れているようです」

 

 今度はゲームの攻略掲示板や作品の感想スレッドのユーザーの書き込みの抜粋例を社長に見せる。

 大体は好意的な意見で、これを見た利用者が作品に興味を持っている書き込みも見られる。

 他にも動画サイトで実際のプレイ動画も紹介されていて、そこからゲームを手に取る者も多い。

 新作に連動して、過去作も徐々に売り上げが伸びている。

 一本のゲームで良い流れが出来るのは、この業界では時折見かける。不景気と災禍の続く今の日本の中では景気の良い話だ。

 

「アパオシャをゲームに使用する件を、JRAと交渉した甲斐があったよ。一応競走馬の著作権は馬主にあるが、断りぐらいは入れておかないと後々問題になったら困る」

 

 JRAは競走馬のグッズ販売の利権を持っている。ここに前もって話もせずに割り込むような事をしたら、著作権を持つ馬主とて色々と揉めるし、関係が拗れる可能性がある。

 幸い今回は馬をモデルにしたゲーム内の限定キャラクターと言う事で、すんなり話は纏まった。

 ここからキャラクターグッズ販売になると、もう少し踏み込んだ交渉が必要になるだろう。そちらも会社を通じて交渉は続いている。

 何しろ昨年の皐月賞優勝から、アパオシャはJRAのグッズ販売のトップにいる。大事な稼ぎ頭とあって、お互いに余計な諍いは可能な限り避けたいと思っている。

 

 かつてアパオシャの父オグリキャップは、ただ一頭で100億円のグッズ売り上げを叩き出し、獲得賞金ではなく経済効果で金額を語られる伝説を築いた。

 バブル景気で華やかだった時代もあって、オグリキャップの活躍した三年間は、JRAの売り上げが1兆円は増えたとさえ言われている。

 特にぬいぐるみの売り上げは凄まじく、日本の家庭に必ず一つはあったと言われるほど売れに売れた。

 さすがに無敗のクラシック三冠を持つ娘のアパオシャでも、時代が異なるから父に並ぶほどの経済効果は望めないが巨額の金が絡むので、南丸は商売絡みは慎重になるぐらいが丁度良いと思って動いている。

 ゲームの売り上げの一部を、震災義援金として寄付する旨を広報で告知しているのもその一環だ。

 商売は金儲けが第一でも、あの会社は多くの日本人が困っているのに、スターホースを使って金儲けに余念が無いなどと、言いがかりを付けられたら商売がし辛くなる。

 表向きの理由で寄付はしているが、それはそれとして同じ日本人として困っている者を助けたいと思う義心もある。

 人助けも良いが今は商売の方が重要だ。

 

「幾つかのゲームショップ企業から追加注文も来てます。アパオシャがヨーロッパ遠征すれば、さらに宣伝になって売れるでしょう」

 

「3まではヨーロッパでも販売していたな。凱旋門賞の前にフランスでも遊べるように、4のヨーロッパ版の発売を前倒しするか」

 

「イギリス遠征の前に、1作目のヨーロッパ版のダウンロード半額セールでもやっちゃいますか」

 

「採用。それと前世紀の古いソフトも、格安でダウンロード出来るようにしよう。こっちは日本とアメリカも対象で」

 

 儲けはさして期待出来ないが、宣伝料がかからないと思えばやる価値はあった。

 こういう下が意見を出して上が即座に採用する、決断の早さが中小企業の強みだ。

 

 翌日、さっそく南丸は幹部会議を開いて自社ソフトのセールを命じて、期日までに適正価格を決めてホームページにも『アパオシャのヨーロッパ遠征記念セール』と銘打って、掲載するように通達した。

 この目論見はそれなりに当たり、売り上げも伸び調子になって年末ボーナスも上乗せされた。

 こうして社員達は、よりアパオシャのファンになって応援にも熱が入った。

 

 

 

 





 先日感想で、長期の海外遠征での検疫期間についてご指摘がありました。短期遠征の検疫は前から一応調べたんですが、60日以上の遠征は別枠になるのは知りませんでした。
 今回色々調べ直して、多少修正すればプロットは変えずに済むと安心しました。
 遠征から帰って競馬場で検疫を受ければ、着地検査の隔離期間中でも外国馬同様にレースには出られるとか、ウマ娘から競馬に入ったから全然知らない事例が出てきました。
 ただ、これで大丈夫なのか半信半疑で書いているので、間違っていたらどうぞ遠慮なく感想欄でご指摘ください。



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第31話 賭け事は自己責任で

 

 

 桜は散り、世間は既にゴールデンウィークを迎えている。

 競馬界では震災の混乱が多々見られつつも、3歳馬のクラシックG1の第一戦が既に終わり、桜花賞は2番人気マルセリーナが勝利。皐月賞は昨年のように牝馬が勝つ大波乱は起きず、震災により設備が一部破損した中山の代地の東京競馬場で、オルフェーヴルが冠の一つを戴いた。

 

 世論は被災者への配慮として、多くのイベントを自粛か縮小している。しかしそれではいつまでも日本が暗いままという意見もあり、各地の祭りやイベントは内容を幾らか変更しながら開催していた。

 

 このように日本は少しずつ日常に戻りつつある世の中で、大型連休を楽しむ事の出来ない者達もそれなりに居た。

 今年四月に北海道の農業学校『広蝦夷農業高校』に進学した美景ナツはそうした一人だ。

 農業学校は実習用に数多くの家畜を飼っていて、それらの動物の世話をしなければならない。世話をする人手は学校の教職員だけでは到底足りないので、休みだろうが実家等の農作業の無い一部の生徒達は駆り出されて、家畜のために働くのが伝統だった。

 校訓からして≪理不尽≫を掲げている学校もあって、学生は『家畜の奴隷』と揶揄されて、校内でもっとも低い立場に置かれていた。

 さらにナツは学校の馬術部に入っていて、部の馬達の世話もある。部員の多くは実家の手伝い等で学校に居ないから、残ったもう一人のクラスメイトと顧問とで手分けして面倒を見ていた。

 世話自体は苦にならない。元より家でもずっと世話をしていたし、何よりも馬が大好きだから側に居られるだけで楽しい。

 馬を外に出している間に、馬房の馬糞や寝藁を全て出して新しい藁に取り替える。

 終わったら、馬糞は所定の場所に持って行く。

 

「八剣(やつるぎ)君、寝藁の取り替え終わったから運ぶの手伝うね」

 

「わかった」

 

 ナツは同じ畜産科のクラスメイトの少年と一緒に、一輪車に馬糞を乗せて外のゴミ捨て場に持って行く。

 

「あー臭いなもう。有機肥料なのは分かるけど、この臭いは何とかならないのか」

 

「慣れるとどうって事無いんだけどね。八剣君はここの学校に通うまで全然家畜に触れてないから仕方ないのかな」

 

 工業科や土木科はともかく、農業高校の畜産科は基本的に農家や畜産家の子供が来るから、今まで全く動物に触れた事も無い出身の子が入って来るのは珍しい。

 ナツはなぜこのクラスメイトの男の娘がわざわざ進学校を蹴ってまで、この学校を選んだのか少し気になる。

 

「しかしみんなは連休中も家に帰って遊ぶわけでもなく、家の手伝いか。美景の家は牛と馬を飼ってるんだって?」

 

「うん。でも牛の数が少ないから、家族だけでも何とかなるから。今回ぐらいの連休なら、帰って来なくても良いって言われてるの。それに、部の子達の世話もあるし」

 

「そうだよなあ。家畜を放って遊びに行くわけにもいかないよな」

 

「でも、今日は午後からどうしても外せない用があるから。そうだ!八剣君も一緒にどう?」

 

「えっ?なんだよ、どこか行くの?」

 

 同じ年の異性に誘われた少年は内心、ドキドキだった。場所が馬糞臭くて、ムードの欠片も無いのが大きなマイナス点でも、それを加味しても期待が膨らむ。

 

 

 

 2011年5月1日  日曜日  15:00  天候:曇

 

 

 そんな少年の甘い期待は脆くも崩れ去った。

 八剣がナツに連れて来られたのは、学校の視聴覚室。しかも二人っきりではなく、そこそこの人数が集まっていた。

 部屋に居るのは主に家畜の世話の当番をしている教師達。他に部活の練習で残った生徒が少し。

 

「えっと、これ何の集まりなの?」

 

「なんだ八剣。知らずにナツに連れて来られたのか?」

 

「なら的場は知ってるのかよ」

 

 八剣はクラスメイトで野球部員の的場一郎が居る事にちょっと驚く。一郎が口を開く前に教師の一人が機材を操作して、プロジェクターに映像を映し出す。

 

「テレビ番組?これって競馬中継だよな」

 

「うん、競馬。今日は大きなレースがあるから先生達に頼んで見せてもらったの」

 

 馬が好きで馬術部員だから馬に関する番組が見たかったのかと、ちょっとガッカリしつつ一応納得した。

 番組内で解説者やコメンテーターがつらつらと今日のレースについて話をしている。

 京都競馬場から中継が伝わっていて、スタンドには寿司詰めの観客の姿が見える。

 

「あんなにレースを見に来ているのかよ」

 

「今日は春の天皇賞だからね。連休もあってやっぱりすごい人の数だなあ」

 

 競馬の知識が全く無い八剣も、天皇賞の名前ぐらいはニュースで聞いた事はある。と言ってもどんな馬が走るかとか内容は全く知らない。

 よく分からない競馬知識を喋る解説者と、勝つ馬の予想をする芸能人の絡みをしばらく聞き流していると、場面が変わって馬の歩く姿が映った。

 ゼッケンに番号と名前が書いてあり、アナウンサーが人気や馬券の倍率を読み上げる。他に前のレースから何kg減ったか表示されている。

 八剣も馬術部として一ヵ月ほど馬に関わってきたが、次々映される馬を見ても普段見る馬とどう違うのかよく分からない。

 そして15番のゼッケンの鬣と尾毛を持たない真っ黒な馬が映った時にナツが感嘆の声を上げたのに驚く。

 

「あの15番の子が家の牧場で生まれた馬のアパオシャ!うわー今日も1番人気かぁ」

 

「えっ、あの馬が美景の家の馬だったの?それにアパオシャってニュースで聞いた名前だな。なんか三冠獲った馬とか」

 

「そりゃそうだべ。たぶん今の日本で一番強くて有名だぞ。親父も含めて」

 

 横に座る一郎の顔を見た八剣はかなり驚いた。このクラスメイトは大抵仏頂面で、笑顔を見せるのは美味い飯を食っている時ぐらいだ。そんな奴があのアパオシャという馬を見る時は、分かりやすいぐらいに笑顔だった。

 

「アパオシャは単勝2.2倍か~。固いのは良いけど、当てても旨味が無いなあ」

 

「二着はかなり混戦だから、馬連なら当たればでかいでしょう」

 

「私はアパオシャを軸に馬単で幾つか買いましたよ」

 

「天気は良いが芝は稍重か。今回はちょっとスローペースになるべ」

 

 教師たちが生徒の前で馬券の話を始めたのは良いのかと思ったが、教師がギャンブルやったらダメという規則は無い。八剣は馬術部顧問の大鳥が馬券新聞片手に、明らかに目つきが変わっているのを見ないフリをした。

 馬券談話の中で、今日のレースは3200mの長距離レースと聞こえて、そんな距離のレースもあるのかと少し興味は出る。

 

「美景、うちの部の馬達も今日みたいな長いレースは走れるの?」

 

「うーん、どうかなー。馬にもスタミナ重視とかスピード特化みたいな個性があるから。それにジャンプ競技と平地のレースは、求められる資質が全然違うの」

 

「へえー、性格以外にも馬の個性で向き不向きがあるんだな」

 

「黒子…アパオシャはスタミナ特化で、スピードはあんまり出ないって調教師さんが話してたけど、今日みたいな長距離は得意だよ。去年もこの京都競馬場の3000mレースを勝ってて、実績があるから人気が高いの」

 

「なるほど、実績持ちだから信用されるのか」

 

 同じような状況で過去に勝っているなら、今回も期待されるのは道理だろう。

 テレビから歓声が聞こえて教師達からも声援が上がる。馬達がレース場に姿を現して、軽快な走りを見せる。

 騎手達が操る馬はどれも見栄えが良く、八剣は自分のような乗馬の初心者とは比べ物にならないぐらい技量が洗練されていると一目で分かった。

 

 それからCMを挟んで、馬達が向こう正面のスタートゲートの前でレースが始まるのを待つ。

 馬達は気が立っているのか、首を激しく動かしたり他の馬を威嚇するような態度を見せる。

 

「レース前の馬ってあんなに気が荒いのか」

 

「サラブレッドは馬の中でも、特に神経質で繊細だからしょうがないよ。部にいるロマン号も元は競走馬だったけど、大人しい馬だから高校の馬術部に再就職出来たの」

 

 八剣は人の言う事を聞かず、こちらを舐めて扱いにくい馬の事を思い出して、あれでもマシな方と知って驚く。

 

「なら美景の家の馬は?」

 

「かなり大人しくて、人の言う事をよく聞く良い子かな。ただ、競走馬としては物凄く扱い難くて騎手には嫌われるって、いつも乗ってる騎手の和多さんが言ってた」

 

 同級生の評価に首を捻る。大人しくて人の言う事を聞くのに扱い難くて嫌われる。なにか性格に難があるのか。

 考えている間にファンファーレが響き、馬達がゲート内に押し込まれた。

 視聴覚室の空気が一気に張り詰めて、無言でスタートを見守る息遣いだけが聞こえた。

 

 ゲートが開かれて馬達が一斉に飛び出す。教師たちは賭けた馬達の名を力強く連呼して応援する。

 先頭に立ったのは黒服に赤い水玉柄の服の騎手が跨る黒い馬。美景牧場のアパオシャだ。

 

「今日は『逃げ』で行くんだ」

 

「今日?いつもは違うの?」

 

「うん。いつもは後方に居て、後半から仕掛けていく馬なの。でも去年の皐月賞もこうだったから、大丈夫だと思う」

 

 プロジェクターに映る15番の黒馬は、どんどん後続の馬と差を広げていく。

 中には負けじと加速して、スタンド正面のストレートで12番コスモヘレノスと11番ゲシュタルトが徐々に差を詰めてくる。

 序盤から熾烈な先頭争いが勃発している。

 レース解説者は牝馬のアパオシャが先頭を走っているのに、二頭が耐えられなかったのではないかと推測を口にする。

 

「1000mで63秒?3200の稍重馬場で、このタイムはかなりペースが早いぞ」

 

 教師の一人が時計を見て驚きの声を上げる。番組の出演者からも、ざわつく声が出た。

 しかし観戦者の困惑の声など関係無いとばかりに、長い直線を過ぎてコーナーに入った時には、また別の馬トゥザグローリーが先頭に立った。

 

「美景の家の馬、四番になったけど良いのかよ!?」

 

「心配するんじゃねえ、まだレースは半分を過ぎただけだべ。長丁場のレースは駆け引きも重要だ」

 

「イッちゃんの言う通りだよ。黒子は頭が桁違いに良いから、こういう長いレースの駆け引きをさせたら、どんな馬もあの子に勝てないっしょ!」

 

 クラスメイトの自信に満ちた言葉に、ちょっとときめきを感じた八剣は、言われるまま食い入るように画面を見つめる。

 馬達はコーナーを過ぎて向こう正面に戻った。ここで四番だったアパオシャが再度先頭を奪還。そこから負けじと何頭もの馬が彼女を抜こうと加速する。

 最初のスタート地点に戻ってきて、2000m経過時の時計の針は2分5秒を指していた。先頭は3番ゼッケンのナムラクレセント。アパオシャは2番手。

 二周目に突入したレースはいよいよ盛り上がりを見せる。

 名物『淀の坂』を馬群が激しく競り合いながら登り、しかし先を走る数頭が勢いを失って、段々と後続に抜かれていく。

 

「あーやっぱりこうなったか。牝馬がいると気合入れ過ぎる馬も居るからな」

 

「ハイペースのアパオシャに付き合って、スタミナをすり潰されましたね」

 

「まさかメジロマックイーンみたいなストロングスタイルの走りを、春の天皇賞でまた見るとは思わなかった。それも牝馬で」

 

 教師の一部が脱落する馬達の失点を挙げる。

 馬に限らず動物の雄は雌が近くに居ると本能的に自らをアピールしてしまう。今回はそれが必要以上に早く走る形で出てしまい、スタミナを使い過ぎてしまったという所か。悲しきオスのサガである。

 レースは最終コーナー手前、残り600m。先頭は再度アパオシャが奪い返し、どんどん後続を引き離していく。

 

「あの和多って騎手は、今の状況を予想してて先頭争いをしてたって事?」

 

「正確には馬の方だよ。和多さんは普段から黒子を好きに走らせて、手を出してないから」

 

「えぇ!?競馬って騎手が馬を自由に操ってゴールを目指すんじゃないの?」

 

「違うよ。馬は車みたいに全部人が動かす乗り物じゃないの。馬には馬の気持ちがあって――――」

 

「いけー!ジェントゥー!!お前に今月の小遣いの半分を突っ込んだんだー!!負けてフランスに帰るんじゃねー!!」

 

 聞き覚えのある顧問の絶叫に会話は途切れた。

 画面は今まさに、コーナーから最後の直線に入った先頭のアパオシャの姿を映していた。

 

「いけいけー!このまま突っ切れー!アパオシャーー!賭け金倍にして返してくれー!」

 

「負けんなエイシンフラッシュ!!お前が勝てば今夜は良い酒が飲めるんだっ!」

 

 欲望のままに叫ぶ教師の汚さに辟易しつつ、生徒達は3分間の激闘の結末を食い入るように見続ける。

 

『――――さあ残り100メートル!アパオシャが大きくリードを保ったまま駆け続ける!後ろにはヒルノダムール、エイシンフラッシュ!!ナムラクレセントも追いついてきた!』

 

『これは決まったか!?牝馬のアパオシャがまた一つ歴史を塗り替えるのかっ!!いくのか、いくのかアパオシャ!?―――ステイヤー女王が逃げ切ったー!!』

 

『春の天皇賞の勝者は無敗のクラシック三冠馬のアパオシャ!!1953年のレダ以来、58年ぶりに牝馬が春の盾を手中に収めましたっ!!また一つ女王アパオシャが快挙を成し遂げて、これでG1は4勝目!!和多流次は2001年のテイエムオペラオー以来、3度目の春天皇賞勝利です!』

 

「「「うおおおっ!!」」」

 

『2着はヒルノダムール!3着エイシンフラッシュ。決着タイムは3分17秒8。稍重の中の高速決着でした』

 

「いやったー!黒子がまた勝ったー!!」

 

「おめでとうナツ。相変わらず、あいつはすげえなぁ」

 

「58年ぶりって、そんなに牝は勝てなかったのかよ」

 

「牝馬は牡より身体能力で劣るし、特に繊細な性格が多いから我慢の長い長距離は苦手なの。あの子はそういう馬の常識が全然通じないから、アテにならないけどね」

 

 大喜びのナツに連なるように、馬券を当てた教師達はアパオシャを褒め讃え、逆に外した連中はガッカリした。馬術部顧問の大鳥も膝から崩れ落ちて泣く。

 博打は自己責任故に、結果がどうあれ全ては己に返ってくる。

 

 大歓声の中でウイニングランをするアパオシャの堂々とした姿に、八剣は心臓が激しく脈打つのを感じた。

 八剣の両親や親族はギャンブルの類を全くしなかった。だから新聞に三冠馬誕生とか載っていても、全く関わる事の無い遠い話だった。

 馬術部に入ってからは多少馬に興味を持ち、数回跨った時に見た普段と異なる景色には心惹かれる物を感じた。

 さらに今日、生まれて初めてじっくりとレースを見た。ただ馬が走る、それだけの短い時間だったのに引き込まれ、心の奥底から湧き上がる得体のしれない熱さがあるのに気付いた。

 

「馬ってすげえ!俺もこのまま頑張って技術覚えたら、あんなふうに馬に乗れるの!?」

 

「レースと馬術競技は結構違うけど、八剣君が馬を信頼して、馬に信頼してもらえればきっと乗れるっしょ」

 

 技術的な事を聞いて、馬との信頼と答えが返ってくる。この認識の違いに八剣が気付くのはもう少し先の話である。

 ともかくこれでレースは終わった。勝利騎手の和多流次のインタビューを聞いて解散になった。

 

 

                馬番  着差

 

 1着  アパオシャ      15  

 2着  ヒルノダムール     2   5

 3着  エイシンフラッシュ  16   1/2

 4着  ナムラクレセント    3 1.1/2

 5着  地方マカニビスティー  7 1.1/2

 

 勝ちタイム  3分17秒8

 

 

 用が済んだ者達が視聴覚室から引き揚げる時、八剣はさっき気になった事をクラスメイトに何となく聞いてみた。

 

「なあ、的場にとってあのアパオシャって馬は何なんだ?お前の家が美景の隣だから、あの馬と関わりあるのは何となく分かるけど」

 

「…………俺、いや、俺の家はあの黒子とその弟、それにナツの爺さまに返し切れないでけえ恩があるんだべ。お前に話せるのはそこまでだ。これ以上は詮索するんじゃねえぞ。ナツにもだ」

 

「う、分かったよ」

 

 それから一郎は、軽く野球の練習をすると言って、一人でグラウンドに向かった。

 

 八剣とナツは夕方に、馬術部の馬に餌をやって厩舎の戸締りをした。

 その後、学生寮の帰り道にナツが口を開く。

 

「八剣くんは競馬に興味が出た?」

 

「ああ、馬術とは違うけど、なんか凄かった」

 

「じゃあ、連休中に実際に競馬場に見に行かない?今度またうちの馬がレースに出るから応援したいんだ」

 

「えっ、おおう!いいねっ!」

 

 期せずして気になる女の子からお誘いを受けた八剣は、内心小躍りしたくなったのを必死で隠し通した。

 競馬場というちょっとディープな場所でも、相手が一緒に行きたいという場所ならどこだって構わない。

 

 翌日、約束通り部活の馬の世話を終えた二人は、学校の近くの帯広競馬場を訪れて競馬を見た。

 八剣は予想していた競馬と全然違う、ソリを曳くばんえい競馬を見せられて、最初は度肝を抜かれたがこれはこれでド迫力があってアリだと思った。

 ただ、出走していた美景牧場の馬は、アパオシャと違って入着止まりだった。

 八剣は惜しいと思ったが、レースは何頭もの馬が全力で走るんだから、簡単に勝てるものじゃないとナツに諭された。

 一般的な高校生が過ごす休日とは多少離れていても、それなりにいい思い出になった日だ。

 なお、二人は部活の顧問の大鳥が昨日の今日で、競馬場で目を血走らせてソリを曳く馬に檄を飛ばしている光景を見て、教師や部活顧問としてはともかく、プライベートではダメ人間認定した。

 

 

 






 史実では今回のレースに出走していたコスモメドウはレース中に両前脚の繋靭帯を断裂して、予後不良と診断されて安楽死処分になっています。
 その事を知らずに書いて、後で知ったため書き直すのが手間だったから、色々迷った末に怪我自体無かったことにして、彼は着外ですが生き残りました。
 ちょっとメタな理由での史実改変でした。



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第32話 ヨーロッパ遠征の準備


 えー最初に謝罪しておきます。前話の八剣くんを男の娘と描写したのは、ただの誤字です。読者の皆さんの感想や指摘で気付いて、どうしようか頭を抱えました。
 訂正しても良いんですが、モデルにした『〇の匙』と差別化を図るために男の娘でも良くないかと思い始めています。
 どうせ文章だけでイラストがあるわけでもないですから、高校生ならギリ男の娘でもアリじゃないかと開き直っていいかなと思い始めました。
 というわけで八剣くんをどうするかは今話と次話でアンケートを取ります。




 

 

 吾輩は畜生である。現在はG1四冠馬として、据え膳上げ膳の生活をしている。

 今回は春天皇賞3200mを走った後とあって、結構疲労が蓄積している。しばらくは休養に充てて体力を回復させないといけない。厩舎内が慌ただしいのを尻目に飯を食う。

 前世のウマ娘の知識と照らし合わせれば、週末は大抵日本のどこかでレースをやっているから、それに出走する馬の調整や輸送の手配で忙しいのは分かる。

 トフィはG1ヴィクトリアマイル、アロマカフェはG3新潟大賞典のために、最近トレーニングが厳しい。特にトフィは久しぶりのG1だから頑張ってほしい。

 疲れた疲れたと騒ぐ妹分達を宥めたり励ます横で、ここ数日俺もちょっと面倒な事をしている。

 

「はーい、大人しくしててね」

 

 俺は白衣を着たオッサンのぶっといモノを、尻の穴に挿入されて気分が最悪だった。

 何を入れられているかって?体温計だよ。

 馬というか動物は人間みたいに体温計を口に含めないし、腋に挟むことだって出来ないから、直腸にぶっ刺して熱を計るのが一般的だ。

 さらにこの後は――――――いや、よそう。アレを口にするのと思い出すのは可能な限りしたくない。

 

「いやーこの子は検査の時も大人しくて仕事が楽で良い」

 

 他にも腹に聴診器を当てたり、超音波検査器具で脚を丹念に調べている。

 レース後の異常を調べる検査は競走馬の日常なんだが、大抵一日で終わるのに今回に限っては、連日獣医が来てかなりの時間をかけて検査している。

 さらに採血以外に何本もの注射をして、何か薬を処方しているのが気になる。

 今のところ肉体に不調は感じられない。しかし医者の目から見たら何か問題があるのかな。

 自分の身体にも不安を感じつつ、専門家に任せるしかないのがもどかしい。

 

 

 数日健康診断が続き、飯を食ってまったりした昼下がり。

 厩舎にドタドタと足音を立ててテレビカメラや機材を用意している連中が入って来る。

 ああ、またテレビ取材かよ。

 傍に居た〇クザのオッサンに視線を向けると「スマンな」と申し訳なさそうに謝る。

 はいはい、分かったよ。テレビ局やメディアは好きじゃないが、仕事と割り切って取材に付き合ってやることにした。

 

 それと最近は余震が多いから、屋内で何かあると困るから厩舎の外での取材になった。

 女性レポーターがカメラ位置を確認して撮影が始まった。

 

「はい、こちらは美浦トレーニングセンターの中島厩舎前です。今日は昨年牝馬ながら数々の強豪牡馬を打倒して、無敗でクラシック三冠馬に輝いた、あのアパオシャを取材したいと思います」

 

 レポーターとオッサンにカメラが向く。

 その後、横から遼太に手綱を引かれた俺が登場した。

 

「現在アパオシャは4歳になり、先日は春の天皇賞を牝馬として58年ぶりに快勝しています。中島先生、この子の調子はどうでしょうか?」

 

「まずまずです。前のレースの疲れも粗方取れて、あと数日もあればトレーニングを始められます。アパオシャは頑強で病気知らずだから、体調管理が楽で助かります」

 

「なるほど、では次のレースのトロフィーも手が届く範囲にあるわけですね」

 

「レースに絶対は無いと言いますから、確実に勝てるとは言いません。ですが、ファンの方々は期待してください」

 

 こういう時のオッサンは前世のトレーナーを彷彿とさせる。絶対に勝てるとは言わないけど、ネガティブな意見でもない。絶妙に玉虫色の発言は年季を感じさせる。

 でも最近、オッサンの元気がちょっと無いのが気になる。なんかカラ元気というか、気丈に振舞っているようなところがある。身内か知り合いに悪い事でも起きたのかな。馬が心配してもどうにもならんだろうが。

 それはさておき、俺の次のレースってなんだろう?今は5月の初旬だから、トレーニングの間隔では6~7月のレースだろう。―――宝塚記念かな。

 中距離は長距離ほど得意じゃないんだが、他のG1はマイルだからそっちよりはまだマシと思うしかないか。

 

「中島先生はこのように仰っています。ファンの皆さんはぜひ、力いっぱいイギリスで走るアパオシャを応援してあげてください」

 

【ファッ!!イギリス!?】

 

「わわっ!どうしたんですかっ!?」

 

「おおう、落ち着け落ち着け。どうした、今度のレースが気になるのか?」

 

 驚きをすぐに鎮めて頷く。そこのアナウンサーはイギリスと言ったな。

 

「お前の次のレースはイギリスという遠い場所だ。そこでこの前のレースより、もっと長い距離を走る。だから今のうちに身体を万全にしないとダメだぞ」

 

 春天皇賞より長いレース。ということは恐らく芝4000mのゴールドカップか。日本には長距離レースが乏しいから、海外遠征は妥当な選択かな。

 道理でいつもより健診が多いと思った。初めての土地への対策を万全にしておかないと、病気になったらレースどころじゃない。

 だが次のレースはイギリスか。またあの国で走れるとは思わなかった。

 ゴールドカップを走るのは分かったけど、グッドウッドカップはどうなるか。開催日が近いから、そっちも走るのかな。

 ああでも、トレセンの馬達の面倒はどうしようかな。前世の記憶だと、まだ結構な期間余震が続くから、あいつら不安になるな。

 何とかイギリスに行くまでに年上の馬の性根をもう少し鍛えて、若い馬を安心させられるようにしないとダメだな。

 

「落ち着いたな。お前も特別なレースと感じ取ったんだな。楽なレースにはならんが、きっとお前なら良い結果を出せる。その後は凱旋門賞に胸を張って挑もう」

 

 おい、ちょっと待て。俺が凱旋門賞を走るのかよ。

 確かにアスコットとロンシャンは日本のコースより数段タフなコースだから、俺みたいにスタミナ特化の方が向いているんだろうが。

 出来れば同じ凱旋門賞ウィークのカドラン賞か、その後のロワイヤルオーク賞の方が良かったんだが。

 残念ながら畜生の身では考えを伝える事は出来ない。

 オッサンやオーナーが決めた事は俺じゃ覆せない。でも、前世でカフェさんが勝てなかったレースを代わりに走って勝つのも悪くない。

 言われるまま走るのは気乗りしない所もあるが――――――また地震か。

 

「歴史上牝馬唯一のクラシック三冠馬のアパオシャには是非とも日本初の―――――きゃっ!!また地震!?」

 

 俺に遅れて、大きめの地震にレポーターが悲鳴を上げる。テレビスタッフも撮影を中断して、身を屈めたり機材を一旦地面に置いた。

 しばらく屈んで揺れが収まるのを待った。

 厩舎からは地震を恐れて馬達の悲鳴が上がる。特に最近はデビュー前の若い馬が多いから、そいつらが怖がってパニックになっている。

 やれやれ、また仕事だよ。

 手綱を握っていた遼太に目を向けて、手綱を離してもらった。そこからまず、近い厩舎に足を運ぶ。

 馬房でグルグルその場を回っている若い牝に声をかける。

 

【おーい、大丈夫だから落ち着け】

 

【だってだってこわいもん!】

 

【そうだな。地面が揺れるのは怖いな。でも揺れているだけだから、お前を食べたりはしないし、虐めたりはしないぞ】

 

【ほんと?】

 

【ああ、本当だ。落ち着いて他の馬や人を見てみろ。みんな逃げようとしていないぞ】

 

 牝は言葉を聞き入れて、回るのを止めた。

 

【本当に危ない揺れだったら、人がお前を助けてくれる。だから、そう心配するな】

 

【うん】

 

 大人しくなった牝の顔と顔を擦り合わせて、今度は厩舎に居る年上の馬達を窘める。

 

【お前達、若い子が怖がっているんだから安心させてやれ。それが年上の役目だろうが】

 

【だっておれたちもこわい】

 

【情けないこと言うんじゃねえ!そのブラブラ下げているモノは飾りか!蹴り潰すぞっ!!】

 

【ひ、ひえ~。ごめんよあねさん!】

 

 まったく、でかいだけで使い物にならん。

 あー、いかんいかん。こんな事している暇があったら、次の厩舎に行かないと。

 

 その後はいつも通り、行ける範囲の厩舎を覗いて地震に怯える馬達を励ます。

 さらにあまり動じない精神が図太い馬に、俺が居ない時は若い子の面倒を見るように頼んで回った。

 粗方厩舎を見回ってから元の撮影場所に戻ったら、なんかテレビスタッフが超いい笑顔で待っていた。勝手にどっか行って、随分待たせたのに怒っていないのが不思議だ。

 それから仕切り直しで、海外レースへのインタビューを一から撮り直して、今度は地震に中断されず無事に撮影は終わった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

  某テレビ局内

 

 

「おう、アパオシャの撮影ご苦労さん。良いインタビューは撮れたか?」

 

「お疲れさまですプロデューサー。予想以上に良い画が撮れましたよ。今から確認してください」

 

「へえ、そこまで言うのか」

 

 ~VTR確認中~

 

「こらぁ、すげえお宝だな。チラッと美浦トレセンの噂は聞いてたが、実際に現場を撮ったのはウチが初めてじゃないのか」

 

「あんまり近くで撮ると調教師が煩いから離れて撮ってましたが、音も入ってて良いでしょう?」

 

「地震に怯える仲間を必死で励まして勇気付ける、美浦トレセンの若きボス『アパオシャ』。これは半端に出すより、きっちり編集してヨーロッパ遠征前の特集番組の中で流そう。それとJRAにも伺いぐらいは立てておくか」

 

「あそこ、すんなり許可出してくれますかね」

 

「心配いらん。JRAもアパオシャを使って競馬界を盛り上げたいんだ。こういうイメージアップの映像なら、喜んで許可を出すさ」

 

「なるほど。じゃあ、こいつは特番用に編集しておきます」

 

「ああ、なるべく早くな。―――――毎回こういう誰からも誹られない良い仕事したいんだけどな」

 

 テレビプロデューサーのぼやきに、仕事をしていた他の社員達は頷くか、小さく同意した。

 

 



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第33話 準備は万全

 

 

 2011年5月25日

 

 

 吾輩は四冠馬である。次はいよいよ、世界の舞台に飛び立つ。

 数日前からトレセンの別の厩舎で、他の馬から隔離されて過ごし、夜明け前にはトラックに乗せられて連れて行かれた。

 一緒に来ているのは責任者の遼太と、数人の厩務員。普段世話になっている松井が居ないのは、英語がある程度話せる人選だかららしい。中島のオッサンは厩舎全体の管理があるから一緒には行かない。

 

 次に降ろされたのは飛行場だった。

 遠目には無数の飛行機がせわしなく離着陸を繰り返している。飛行機を見るのも久しぶりだな。

 

「相変わらず動じない奴だな。頼もしいよ」

 

 遼太が苦笑しながら俺の耳に防音用のカバーを被せる。その後は顔が出せる程度の箱に乗せ替えられて、何本もの鎖で固定されて身動きが取れないようにされてしまった。

 なるほど、これは家畜が飛行機の中で暴れたら危険だから、動けないようにする処置か。

 ではいよいよ飛行機に乗ると思ったら動きが無い。首を傾げると遼太が苦笑した。

 

「今回はお前ともう一頭、一緒に行くからそいつを待つ。食い物と水はあるから、ちょっと我慢しててくれ」

 

 仕方あるまい。ならそのもう一頭が来るまで飛行機を眺めていよう。

 

 二十分ぐらい経った頃、飛行場に俺が乗せられたトラックと同型がやって来た。やれやれ、ようやく御着きか。

 トラックから降ろされた若い牡馬は怯えながらこちらに連れて来られる。

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

「いえいえ、先は長いですからこの程度は構いません。こちらがセントジェームズパレスSに出るグランプリボスですか?」

 

「ええ、それであちらがアパオシャですね。噂に聞いた通り、この場でも全く動じませんね」

 

「我々より胆力がありますから。こういう遠征には安心して連れて行けます」

 

 挨拶そこそこに牡馬は俺の隣の空いている箱に入れられた。そこでもグランプリボスという名前にしては暴れていたから、俺が落ち着かせた。

 

【大丈夫だから落ち着け。暴れている方が危ない。人の言う事をよく聞いていればここは安全だ】

 

【……そうなの?】

 

【ああ、そうだぞ。俺も結構前からここに居るけど平気だ】

 

【わかった。ねえちゃんをしんじる】

 

 スッと大人しくなり、係員の仕事が楽になった。

 

「はー、これが女王の威厳ですか。うちの馬が一気に大人しくなった」

 

「アパオシャ自身は面倒くさそうに思ってますけどね」

 

 実際面倒だしな。やりたくないけど出来る奴が居ないからやってるだけだ。

 隣の馬を完全に固定したら、いよいよ車で移動して飛行機の中に搬入された。こうして見ると俺達って完全に荷物だな。

 機内はかなり狭いが水と食糧は完備してある。空調も死なせないように万全だ。世話をする人間もすぐ近くに待機中。

 

 しばらく待っていると扉が閉まり、いよいよ出発となる。貨物室内にエンジンの轟音が響き、隣のグランプリボスが騒ぎ始める。名前が長いし、偉そうだな。面倒だからお前はランプだ。

 

【ちょっと煩いが我慢するんだぞ】

 

【いやだあああー!!こわいよぉーだしてぇー!!】

 

 あーやっぱりこうなるか。防音用の耳当てをしていても、俺ですらクソうるせえと思うんだ。この爆音を普通の畜生が聞いたらトラック以上にメンタルをやられるのは仕方ない。

 でも、もうどうにもならないから諦めろ。

 お隣のランプの奴の絶叫も、機内に響くジェットエンジンの轟音にかき消されて、俺達は空へと舞い上がった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 体感的に丸々半日以上押し込められて、ようやく目的の場所に着いたらしい。着陸時に結構な衝撃を感じたのは、貨物室だからかな。

 ともかく箱ごと飛行機から降ろされて、倉庫内で鎖を解かれてようやく自由の身になれた。

 体をほぐすために軽い屈伸運動をする傍らで、ランプの奴は死んだ目で厩務員に従っている。

 

 しかし生まれ変わっても、またイギリスに来るとは思わなかった。倉庫内には日本語が一切見当たらず、全て英語表記。作業員も日本人は一緒に来た連中以外に誰も居ない。

 これからまた、イギリスの地を走ると思うと心が躍る。

 

「お前元気だなー。でも、レースはまだまだ先だから、気合入れ過ぎて気疲れするなよ」

 

 遼太にペシペシ首筋を叩かれる。確かに倉庫の壁に貼られているカレンダーはまだ5月。6月中旬のアスコットミーティングには結構時間がある。

 それまでに環境に馴染ませて、芝に慣れるのが先だろう。

 それから俺とランプはトラックに乗せられて、数時間走った後に厩舎に放り込まれた。

 ようやく落ち着ける場所に来て、隣の馬房のランプと一緒にぐっすり寝た。

 

 

 新しい厩舎に来て、数日間はほぼ缶詰にされて検査の嵐だった。

 毎日血液を採集されて、体温計を尻に挿されて体に異常が無いか、獣医に触れられていない場所は何処も無いと言わんばかりに調べ尽くされた後、ようやく解放されて運動も許可された。

 共に日本から来たランプは空輸の疲れでくたばっていたが、検査期間中には徐々に体調も回復して食欲も元に戻っている。

 おそらくは今夢中になって舐めている至高の液体のおかげだろう。

 

【うまうま】

 

 醤油である。

 俺用に持ち込んだ醤油にランプも興味を示して、試しにランプの厩務員が与えてみたら気に入った。

 あいにく味噌の方は美味しくないと言って突っ返してしまったが、俺も発酵調味料仲間が出来て結構嬉しい。

 イギリスの獣医や厩務員は調味料を食う日本馬に怪訝な顔を向けつつ、サプリメントの一種と自分を納得させていた。

 

 

 体調が戻れば、いよいよ異国の地での練習が始まる。

 ランプと一緒に広大で、自然なままの練習場を走り回る。

 日本のように整備されておらず、草も伸びっぱなしで脚が取られる凸凹の道を工夫しながら走る。

 なるほど、四つ脚ではこういう感覚になるか。しかし、前世の経験と擦り合わせながら調整すればすぐに馴染む。

 一方、ランプの方は普段と異なる道に戸惑い、四苦八苦しながら走っている。

 

【もっと脚の先に力を入れて走れ!】

 

【うん!】

 

 先達として後輩に異国の地での走りを教える。うーん、これは結構かかりそうだ。

 医者たちが書き込んでいたカルテの日付から、今は6月の初週と分かっている。アスコットミーティングまで大体十日ぐらいしかない。

 確かこいつはセントジェームズパレスSに出走と聞いている。初日の約1600mレースだったな。

 走りを傍から見ればパワーとスピードはなかなかのものだけど、調整が間に合わない可能性もある。

 海外遠征の肝は、慣れない土地に素早く順応出来るかどうかだ。どれだけ強くても100%力を発揮出来なかったら意味が無い。

 まして前世と似通ったイギリスなら、ヨーロッパ中の強豪が集まる。そいつらとアウェーで戦う辛さは、日本のレースの比ではない。

 こいつとは会って数日の仲でも、同じ日本の馬のよしみで良い成績を残してもらいたい。

 そして俺もゴールドカップを走る。あの劣悪なアスコットレース場の高低差22メートルのコースを走り切るということ。

 毎日のように日本の坂路トレーニングを走り続けた経験は、決して無駄でなかったと示さねばならない。

 

 

 イギリスに来て、幾日か経った。正確な日数は覚えていないが周囲の人達の緊張感のある顔と雰囲気から、そろそろ本番が近いと察せられる。

 今日も坂路トレーニングを終えて、馬房でストレッチをして適度に疲労を抜いていると、聞き覚えのある足音に訝しんだ。それも複数だ。

 足音の方に目を向けると、数名の男女が厩舎の職員の先導で馬房に入って来た。

 

「ようアパオシャ。元気にしてたか?」

 

【やっと来たか和多。それにオーナー、とっつぁんとお袋さんも久しぶり】

 

 久しぶりに顔見知りに会えて嬉しいぞ。

 歯を見せて笑みを向ければ、四人もこちらの顔や首を撫でる。

 ランプに去年の有馬記念で見たラテン系の騎手が来ていたから、和多とオーナーは来ると思っていた。

 しかしわざわざイギリスまで、美景牧場のとっつぁんとお袋さんが応援に来るとはな。

 

「まさかうちみたいな小さな牧場で生まれた馬が、レースの本場イギリスの大舞台を走るとは思わなかったぞ」

 

「アンタはいっつも私達の思いもしない事をする子だよ。でもおかげで人生初の海外旅行が出来たから、ありがとうね」

 

 来てくれただけでも嬉しいから気にしないでくれ。

 さてと、こっちは良いが、来るのがちょっと遅いんじゃないのか。ランプの方の騎手は結構前から来て、練習で乗っているんだぞ。

 そういう意味を込めて、和多の肩を鼻で小突く。

 

「なんだ、来るのが遅いって?これでも自分の信条を曲げてでも、お前と走りに来たんだぞ。そこは認めてくれ」

 

「そうだぞアパオシャ。和多君は出来る限り多くの馬に乗って勝たせるのを信条にしている。しかしお前に乗る為だけにイギリスまで来た。多くの馬よりお前だけを選んだ。そこは分かってあげなさい」

 

 そうかい。アンタにもそういう矜持ってのがあって、なのに俺を優先したのか。

 なら、それに見合うだけの成果を一緒に出そう。

 

 翌日から遼太に代わって背中には和多が乗り、練習には一段と身が入った。

 遼太の事を悪く言うつもりはないし不満も無いが、それでも和多の乗り方の方が上手いと感じる。

 オーナーやとっつぁん達も、日に一回は顔を見せに来た。

 やはりというか、イギリスの飯に色々と不満があるみたいで、俺にポロっと食事が合わないと漏らしていた。それにまだ時差ボケもあるようで、眠そうにしている。

 和多は大丈夫かな。他の日本人は最悪体調を崩してもレースに直接関係無いけど、相棒だけは万全でいてもらわないと俺も困る。

 辛かったら俺の味噌や醤油を口にしても良いんだぞと、食事の時に味噌付きのカボチャを口に咥えて和多に差し出す。

 

「気遣ってくれるのか?俺なら大丈夫だよ」

 

 そう?確かに鞍上での動きはあまり悪くはないのは確認しているから、本人の言う通り多分大丈夫だろう。

 

 和多と本格的な調整を始めて数日後、今度はランプの迎えが来た。

 いよいよ栄えあるアスコットミーティングの開催というわけだ。

 馬房から出されたランプに激励を贈る。

 

【ここの馬は強いが励め。お前が一番速いとみんなに見せてやれ】

 

【うん!】

 

 気合十分、足取りも軽い。これは案外いけるかもしれないな。

 意気揚々とトラックに乗るランプを見送った。

 

 

 夜になり、ランプの陣営が厩舎に帰ってきた。

 彼等の顔は一様に暗く、ランプも酷く疲れて落ち込んでいる。あぁ、これはダメだったか。

 

【お疲れさん。今日はもう休め】

 

【……あいつにぜんぜんおいつけなかった】

 

 それだけ言うと、隣の馬房に入って寝てしまった。

 外では遼太達があっちの陣営から話を聞いている。

 こちらまで聞こえる話から、辛うじて5着入賞はしたから日本代表の面目は立ったようだが、フランケルという馬の足元にも及ばなかったと、屈辱感に苛まれていた。

 フランケル、フランケル………思い出した。確か俺より世代が上の、G1を十勝して無敗のまま引退した、イギリス歴代最強クラスのウマ娘の名前だ。

 そんな奴相手なら負けても恥じゃない。

 とはいえ連れが負けても、俺まで負けるつもりは無い。必ずもう一度、英国王からのトロフィーを相棒に渡してやろう。

 二日後のゴールドカップに備えて、明日からの調整も頑張ろう。

 

 



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第34話 名誉と旱魃

 

 

 2011年6月16日 15:50   アスコット競馬場(イギリス)

 

 

 美景春彦は自らを一介の酪農家の男以上に思った事は無い。牛を飼って乳を搾り、野良仕事に精を出して、一生を終えることが己の分と思って生きている。

 馬も昔は儲かったから父が手を出した程度で、本業の乳牛に比べればオマケぐらいにしか思っていなかった。

 まして競馬の本場、イギリスに行くなど、去年まで考えもしなかった。

 今も新調したオーダーメイドのスーツを着て、ヨーロッパの富豪や貴族に囲まれて座っているのが夢で、ふと起きたらいつものように早朝の牛の乳しぼりが始まるんじゃないかと自らの頬を引っ張る。

 痛い。

 

「やっぱり夢じゃないな」

 

「そりゃそうよ。私達だって何度もお互いに夢じゃないかって言い合ったっしょ」

 

 隣に座る嫁に呆れられても、どうにも現実感が無い。反対席の南丸オーナーも似たり寄ったりなものだが、あちらはまだ目がしっかりしている。

 中島厩舎の方々はそれなりに平静を保っている。彼等は過去に海外遠征もしているから多少は慣れている。おかげで少し心強い。

 周囲から聞こえる異国の言葉は、何十年も前に高校で習った程度の英語力では、一割ぐらいしか理解出来ない。

 もう少し真面目に勉強しておけと、学生時代の自分に言って聞かせてやりたかった。

 

「黒子は大丈夫かねえ」

 

「ここまで来たら、無事に走ってくれれば十分よ。帰って義父さん達に土産話をしてあげれば喜んでくれるっしょ」

 

 嫁は黒子が勝つとは言わない。

 確かに黒子は牝馬ながらクラシック三冠を勝った稀有な存在なのは認める。春天皇賞も勝った。

 しかしそれでも、もうここまでと心のどこかで思ってしまう。

 

「大丈夫ですよ美景社長、アパオシャはきっと勝ちます。あの子はオグリキャップの子です。どんな逆境にだって負けません!」

 

 南丸オーナーの、心から黒子を信じる意志の強さが羨ましい。

 そうだな。ここまで来たらあとは馬と騎手を信じるしかない。

 

「頑張れ、孝行娘」

 

 聞こえないだろうが、ターフに姿を見せた黒馬にせめて声援を送った。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 前世も含めて、ざっと七十年ぶりに立つ、アスコットレース場のターフは濡れている。

 今も霧のような雨が降っていて、脚の先が沈み水を吸った芝が蹄を濡らす。

 これから走る環境としては決して良いとは言えないものの、劣悪と言うほどでもない。芝は稍重ぐらいだろう。

 相変わらずこの国の芝の重さには苦労させられるが、どこか嫌いにはなれない愛着を持っている。

 

「いよいよか。お前の背に乗ってから、随分と遠くに来たもんだ」

 

 鞍の上の和多が俺の首筋を撫でる。

 アンタにとって初の海外レースがイギリス王室が観戦する一大レースだから、緊張しているかと思ったがそうでもないか。

 よくよく思えば日本のG1だって、うちの国の一番権威のある一族や、時の首相も時々見ていると考えたら、実質同じと言えば同じか。

 空気に呑まれず、変に固まっていないのは良い事だ。

 

 ウォーミングアップにスタンド前を走ると、観客から声援が飛ぶ。

 その中には明らかに日本語の発音で俺と和多の名を呼ぶ声があった。それも複数。

 俺やランプの関係者以外の、日本から応援に来たファンが結構居るみたいだ。前世の時にもそれなりに居た、なかなか気合の入ったファンだよ。

 

【わざわざ日本から来て、負けて帰るのは御免だ。勝つぞ和多】

 

「気合入っているな。頼もしいよアパオシャ」

 

 スタンドから離れて、上空から見たら三角おにぎり型コースの右角部に繋がった直線コースへ向かう。

 馬の視点から、一緒に走るライバルの力量は多少把握しておく。

 大体の馬は見た感じ、日本にいるそれなりに強い馬ぐらいの雰囲気だ。

 反対に俺は他の騎手からマークの視線をあまり感じなかった。

 ウマ娘の時もそうだった。日本で何度G1を勝っても、今回がヨーロッパ初のレースとなると警戒も薄い。

 過去のデータから日本の馬はヨーロッパの環境に合わないと、この国の連中はみんな知っている。

 おかげで油断してくれて助かるよ。

 後ろを走る馬達もそこまで強い印象は無い。気を付けないといけない馬は精々2~3頭か。

 強いて言えば5番ゼッケンを着けた牡馬は警戒した方が良いかも。

 

「5番のフェームアンドグローリーが気になるのか?あいつはアイルランドダービー馬で、G1を四勝している。去年の凱旋門賞では、5着のヴィクトワールピサに次いで6着」

 

 名声(fame)と栄誉(glory)ね。随分洒落た名前だな。それに恥じない実績もある、と。

 それにあまり聞きたくない名前が出たな。余計に負けたくない相手になったぞ。

 

「ただ、過去データじゃ3000m以上を走った経験が無いから、お前の方が一枚上手だよ」

 

 なるほどなー。G1勝利数なら同格でも、ステイヤーとして是が非でも負けるわけにはいかんな。

 

 そろそろスタートの時間だ。俺も9番ゲートに入る。そして14頭の馬がスタートを待つ。

 

 ―――ゲートが開き、全頭が駆け出す。

 出遅れた馬はいないがスタートダッシュをかける馬も居ない。俺も今日はゆっくりと出た。

 ゴールドカップは日本で例の無い約4000mの長丁場。それにスタートから一度目のゴールを抜けて、第一コーナーを過ぎるまでの1200mは登り坂が続く。

 どの騎手も馬が序盤でスタミナを減らさないように、スローペースで走らせている。

 今回は最後尾で前の馬から一馬身離れた斜め後ろに陣取った。あまり前に居るとポジション争いで余計にスタミナを使うし、前の馬が蹴り上げる泥混じりの芝を被りたくない。仕掛けるのは後半からでも十分間に合う。

 レースは腹の探り合いから始まり、スタンドの観客達の声援を受けて一度目のゴール板を通過した。

 さらに第一コーナーを回り、これから1000メートル近い長い下り坂へと突入する。

 先頭と最後尾の俺とは大体七馬身は離れている。5番のフェームアンドグローリーという馬は中団の内側にいる。

 まだまだ馬群に動きは無く、下り坂の加速も程々に単調な、まさにステイヤー(耐える者)らしい展開が続く。

 

「まだ仕掛けなくていいのかアパオシャ?」

 

 大丈夫だよ和多。他の連中の走りを後ろから観察していたが、前世でのストレイトヴァイスさんやキュプロクスのような突出したステイヤーは居ない。

 普通に走り、普通に勝てる。アクシデントが無ければ、今日はそういうレースになる。

 重く沈む芝を蹴り続けて、前の馬との距離を一定に保ちつつ下り坂の終着点、第二コーナーへと差し掛かった。

 さて、ここからが本番だぞ。

 第二コーナーを過ぎれば、あとはゴールまでひたすら登り坂が続く。その距離、実に1600m。高低差は最大で22mにもなる。

 日本のレース場では考えられない環境のコースは、走り切っただけでも賞賛を受けるとさえ言われた。

 前世でキュプロクスを相手に二度も優勝するのは相当辛かった。俺の引退後に遠征したブラックちゃんも、よくここのゴールドカップを勝てたよ。

 じゃあ、三度目の優勝を掴み取るとしようか。

 

 登り坂に入り、前の馬達も動き始める。集団からバラけて、外側にラインを広げてペースを上げる馬が数頭いる。

 俺はそいつらのさらに外に出て、芝の荒れていない真ん中あたりを走り、ジリジリと順位を上げていく。

 隣の過ぎ去る騎手達はこちらを見て、さらに鞭を入れてペースを上げるが馬達の反応は鈍い。

 徐々に、だが確実にペースを上げて、残り1000m付近で先頭を奪い取った。

 そのまま確実に差を広げて、最終コーナー手前の地点で後続に二馬身差を付けつつ、最終直線に入った。残りはあと500m。

 

 この時点で、既に半分の馬はスタミナ切れを起こして息も絶え絶え。

 俺もそこまで余裕は無いから油断は出来ないものの、他の馬よりは余裕がある。

 2番手にはフェームアンドグローリーがいる。やはりこいつがこの中で一番強い。だが強過ぎはしない。

 末脚を利かせてこちらに追従するが、差を縮めるほどの鋭さは持っていない。

 力は抜かず、さりとて追いつかせない、絶妙な力加減のまま二馬身差を維持しつつ、確実にゴールまでの距離が短くなっていく。

 残り200mのハロン棒が見える。後ろから騎手が必死に鞭を叩いて馬を走らせる音が聞こえる。

 ああ、向こうからしたら和多は鞭すら叩いていないのに、全く差が縮まっていないのが腹立たしくて仕方ないのか。

 舐められていると思えば、騎手の苛立ちは想像を絶する。日本なら俺はこういう馬だと知れ渡っているから、勝ち負けはともかく憤慨しないだろう。しかし初めて走る国ではそうはいかない。

 ホームでお客さんに手加減されて負けるなんて、プライドの高い英国人は絶対に受け入れられない。だから不甲斐無い馬に鞭を入れているんだろうが、叩けば速くなるとは限らないんだから効果的とは言えない。

 

 結局残り100mで全く追いつけないと分かって、後ろの騎手は鞭を緩めた。

 そのまま俺は独走状態のままゴールを駆け抜け、イギリスの紳士淑女からの歓声を受けて都合三度目の勝利を手にした。

 

 

 

 

 ゴールドカップ(G1) 芝・右 4000m 天候:霧雨  芝:稍重

 

 

 着順  馬番           馬名  着差

 

 1着   9        アパオシャ    

 2着   5 フェームアンドグローリー   2

 3着   1     オピニオンポール   3

 4着  13      ブリガンティン   4.5

 5着   8         マニガー   0.5

 

 

 決着タイム  4分36秒8

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

 ≪ゴールドカップ発走直前の日本の某所 長尾宅≫

 

 

 ある老人が自宅の居間で、テレビを前に落ち着かない様子で茶を一口啜る。

 彼の名は長尾謙一郎。かつて厩務員として馬に携わり、そこから調教師の道に進んだ。現在は調教師を引退して、地方競馬の馬主をしている。

 いつもならとうに寝ている時間でも、今日は珍しく日付の変わる時間帯でも起きていた。

 テレビでは霧雨の降る現地で、レポーターが興奮した様子でレースに出走する馬やコースの説明をしている。

 日本では障害レース以外に例の無い、4000mの超長距離レースに不安と期待が大きくなる。

 

「誰かと思ったら爺ちゃんか」

 

「ん?ああ、ちょっとテレビを見たくてね」

 

 パジャマ姿の女性が欠伸をしながらキッチンに行き、冷蔵庫から牛乳を出してマグカップに注ぐ。

 カップを持ち、居間のソファに座る。

 

「競馬だよね?イギリスって事はアパオシャって凄く強い馬が走るやつ?」

 

「知ってるのか?」

 

「ニュースで流れているのと、大学の友達がちょっと話してたのを聞いたぐらいだけどね」

 

「そうか。あと五分ぐらいで始まるよ。お爺ちゃんにとっては友達の曾孫が走るみたいな物さ」

 

 かつて世話をしたシンザンというかけがえのない友は日本国内で敵無しと言われ、一部では海外遠征の声もあった。

 しかし未だ海外への遠征は環境が整わず、時期尚早と言われてその話は流れた。

 それから数百頭ものシンザンの子が生まれては消え、その数倍の血を引く孫や曾孫の馬が生まれた。

 その馬達も競走馬としては殆ど大成せず、ひっそりとシンザンの名も血統表から消えていくと思われた時、ようやく友の名を見つけた。

 そして今日、初めて友の血を引く馬が海外の大舞台を走る。四十年以上待った待望の瞬間を前に、どうして寝ているなど出来ようか。

 孫にそうした想いを話しても、いまいち理解は得られない。孫は馬にはさして興味が無い。だがそれでも良かった。

 

「爺ちゃんの馬じゃなくて残念?」

 

「うん?うーむ、そう言われたら残念かもしれないが、レースを走ってくれるだけで十分だよ」

 

「そっか。―――――へえ、イギリスの女王様も見るレースなんだ」

 

 カメラがスーツ姿の老婆を映す。自分より年上の、しかしまだまだ現役と言わんばかりに生気に満ちた偉人は、大の競馬好きと聞いている。

 あの女王陛下の前で、自分の所有馬を走らせたらどれほど誇らしいか、ホースマンの端くれの長尾は変な想像をしてしまった。

 愚にもつかない想像をよそに、現地では馬達をゲートに入れて、レースはまもなくスタートしようとしていた。

 

 

 

 レースは終わった。長尾は全身を突き抜けた高揚感と幸福の中に沈んでいた。

 結果はアパオシャの二馬身差の文句無しの勝利。現地レポーターの興奮する声が遠くに聞こえる。

 二着はフェームアンドグローリー。凱旋門賞馬モンジューの産駒だったか。

 イギリスゴールドカップ、そしてロイヤルアスコットのG1レースを日本馬が初勝利。

 また一つ、アパオシャが類稀な栄光を得た。

 

「シンザンが引退して四十五年間、待ち続けた甲斐があった」

 

 声が震え、涙が溢れて止まらない。そうだ、この瞬間をずっと見たかった。

 親友の血は外国馬に決して負けていない。シンザンはたとえ海外レースでも勝てた。その事実を曾孫の代で証明してくれた。

 それも親友の父の祖国での勝利は、何物にも勝る栄誉だ。

 

「ふーん、あのアパオシャって馬は牝なんだ。――――ねえ爺ちゃん、私も馬が走る所を見てみたいな」

 

「じゃあ、次の休みにお爺ちゃんの馬を見に行くかい?それか競馬場に行っても馬は沢山見られる」

 

「うん、良いよ。それじゃあ私はもう寝るね」

 

 孫娘は祖父の涙には触れず、部屋に戻る。

 長尾も暫くして寝床に入り、夢の中でかつての親友と再会した。

 詳細は起きた時には忘れてしまったが、幸福な時間だったのは覚えていた。

 

 






 アパオシャは前世の経験から、スキル≪アスコットレース場◎≫と≪登山家≫がデフォでセットされているようなものです。



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第35話 勝てども油断はせず



 多くの感想ありがとうございます。例によって頂いた感想が多いので、今回も返信のお礼はこの場でさせていただきます。

 それと感想の中に鞭の使用回数の制限について指摘がありましたが、ウマ娘のルールでレースしてるアパオシャは競馬のルールは(騎手を振り落としたらおそらく失格ぐらいしか)知らんので、残り100mで追いつけずに諦めたと思ったと解釈してください。




 

 

 『黒い神馬が英国を制す!!』

 

 

 イギリス現地時間6月16日16:00(日本時間17日午前0時)、アスコット競馬場で開催の第201回目ゴールドカップ・英G1芝19ハロン210ヤード(約4010m)を、昨年のJRA年度代表馬アパオシャ(牝4歳・美浦トレセン中島厩舎)が日本馬として初優勝した。騎手は和多流次氏。牝馬の勝利は、1991年のインディアンクイーンから20年ぶり。

 英国G1レース制覇は2000年のジュライカップを制したアグネスワールド以来、十一年空いて二頭目となる。

 

 エリザベス女王陛下も臨席するロイヤルアスコット三日目は生憎の雨。第4レースとなるゴールドカップの芝は稍重。

 レースはゆったりとしたスタートで始まり、アパオシャの鞍上の和多氏は最後尾から展開を窺う。

 和多騎手が仕掛けたのは第二コーナーを過ぎて後半に入ってから。登坂でグングン加速して最終コーナーまでに先頭を奪取。そのまま最終直線を先頭で走り続けて、後続に二馬身差をつけて最初にゴール板を駆けた。

 現在のヨーロッパで、最も歴史あるレースを制覇した栄誉は計り知れない。

 

「アパオシャは初めて走る国と競馬場と思えないぐらい落ち着いていました。まるで僕に、どう走ってどこから仕掛ければ勝てるか教えるように、当たり前のようにレースを走っています。ここ(イギリス)ではアパオシャ先生って呼ばないとダメですね」ジョーク交じりに楽しそうにインタビューを受ける和多騎手。

 

 同馬は父オグリキャップ、母ウミノマチ、母父ミホシンザンの血統。昨年には牝馬ながら歴代三頭目となる無敗クラシック三冠を達成。今年は春の天皇賞を勝利して、今回のゴールドカップでG1は5勝目。通算成績は11戦10勝。

 

 

 

 

  ≪日報スポーツ一面記事より抜粋≫

 

 

 

 

 

 ロイヤルアスコットを見守るスレpart9

 

 

 

52:名も無き競馬ファン ID:GsTNP+Or0

今起きてテレビつけたらどこの局もアパオシャ一色

 

53:名も無き競馬ファン ID:lVaKFvMU2

朝の駅前で号外出てるし、コンビニからスポーツ新聞が消えてるぞ

 

54:名も無き競馬ファン ID:FqGQrdZmf

駅の売店もほぼ完売済だった

 

55:名も無き競馬ファン ID:/mbebMouM

俺新聞関係の仕事してて時間に間に合わせるように朝刊を印刷してた

ようやく後片付け終わって帰って寝られる

 

56:名も無き競馬ファン ID:3d+NGP8cl

今日は休みの俺勝ち組だ

 

57:名も無き競馬ファン ID:K6nZdVIbU

>>55

お疲れ

 

58:名も無き競馬ファン ID:YtTjhjqj6

しかしすげえ馬だな

あのイギリスのG1を初挑戦で勝っちまうなんて

 

59:名も無き競馬ファン ID:YWKcjKIvd

今年は大地震があって辛いけどヴィクトワールピサのドバイWC勝利もあって

少しは日本も明るくなったかな

 

60:名も無き競馬ファン ID:jCeiSk0sj

俺は東北に住んでるけど少し元気出たよ

 

61:名も無き競馬ファン ID:Gn8wBlbL/

俺も仕事は辛いけど馬が頑張ってるんだからちょっとは頑張ろうって気になった

 

62:名も無き競馬ファン ID:qvsH3F428

馬だけじゃなくリュージも頑張ったし周りの人間もよくやったよ

 

63:名も無き競馬ファン ID:mI+nIhsvM

まあ相変わらずノーステッキで乗ってるだけだったけどな

 

64:名も無き競馬ファン ID:hqH2qckY+

アパオシャの後ろの騎手が必死で後を追ってるのに全然差が縮まらないのは変な笑いが出た

二着のフェームアンドグローリーも四冠馬なのによ

 

65:名も無き競馬ファン ID:Z1WuI7vQI

日本の騎手はみんな知ってるけど初めての海外じゃ舐めプレイしてるように見えて

でも全然追いつけなくて絶望しただろ

 

66:名も無き競馬ファン ID:Kurz9EhXr

競馬発祥の地の英国で、しかも女王陛下の前で手加減された(実際は違うけど)

あげくに負けた向こうのホースマンのプライドズタボロだよ

 

67:名も無き競馬ファン ID:Gnx2+gK/y

でも最後の直線で親父譲りの末脚見せてないからやっぱり手加減してたかも

 

68:名も無き競馬ファン ID:4MEHfs57W

手加減の有無はともかく雨降った洋芝を苦にしない適性はすげえな

下手したら日本よりヨーロッパの方が適性高いのか?

 

69:名も無き競馬ファン ID:VYsuDpJ+u

アパオシャは元々スピード重視の馬じゃないから案外>>68の言う通りかも

 

70:名も無き競馬ファン ID:Mr1knqIJC

いや待て待てそれで無敗のクラシック三冠とか意味分からん

 

71:名も無き競馬ファン ID:RBW1x82Zj

アパオシャについては深く考えたらダメだぞ

アレは神話生物だから理解したらSAN値が減る

 

72:名も無き競馬ファン ID:hzUqOA20M

普通はグランプリボスみたいに芝に慣れずに5着入賞が限界

あーでもこれは凱旋門賞を期待してしまう

 

73:名も無き競馬ファン ID:x8o9mZAio

その前にKG6&QEステークスが先だぞ

こっちもハーツクライの3着を超えてほしい

 

74:名も無き競馬ファン ID:7UAub/XSk

こういう期待感があるから酷い目に遭っても明日を望めるようになるのか

 

75:名も無き競馬ファン ID:AMvzd7SUg

アパオシャは震災で苦しんでいる今の日本の希望だよ

 

76:名も無き競馬ファン ID:9CS0nZArP

オグリキャップと親子二代で馬の枠を超えて日本を動かしているな

 

77:名も無き競馬ファン ID:PXoYNKzU6

アパオシャの馬主の南丸社長は今年のレース賞金の取り分を経費と税金以外は

全額被災者に寄付するってブログや雑誌のインタビューで発表してた

 

78:名も無き競馬ファン ID:dPW93y9PQ

もうアパオシャと世界一ソフトの社長に足向けて寝られねえ

 

79:名も無き競馬ファン ID:eD2HzIZLF

誇張抜きでどっちも神様だよ

 

80:名も無き競馬ファン ID:hya9FWcvp

東北民の俺涙が止まらねえわ

 

81:名も無き競馬ファン ID:ZCcdiMIVt

>>80

これからも辛いけど助けてくれる奴は居るから頑張れ

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 ゴールドカップから一夜が明けたイギリスのホテル。

 ホテル内のレストランにて、アパオシャのオーナー南丸と美景夫妻がテーブルに就いて、食事を取っていた。

 イギリスに来てから米の食事は御無沙汰でも、最近は三人とも慣れ始めている。

 離れたテーブルには中島厩舎の連中もいる。主役の和多の姿は無い。彼は既に朝食を終えて、軽いトレーニングをしている。

 

「お二人は昨日はよく眠れましたか?」

 

「いやー興奮してあまり寝ていません」

 

 話を振った南丸も、実はいつもの数分の一ぐらいしか寝ていないと言えば、三人は共に苦笑する。

 レストランにいる日本人の気持ちは、みな同じだ。

 自分達の馬が異国の地で偉業を成した。その高揚感を持て余して、飲み下せなかった。

 それに今日は昼から、昨日のレースの表彰式がある。式ではイギリス女王陛下自らが関係者にトロフィーを手渡すとなれば、緊張しない方がおかしい。

 

「寝てなくても食事だけはしっかりと摂っておきましょう。今日の会場では、また関係者が群がってきますよ」

 

 南丸の言葉に、晴彦はゲンナリした顔になる。

 昨日もアパオシャがレースに勝った後、開催地のイギリスだけでなく、フランスやオーストラリアの馬関係者が南丸たちに群がってきた。

 目的はアパオシャの血縁の馬の譲渡の交渉。さらに現役のアパオシャを譲れとは向こうも無理だと分かっているから、引退した場合の繁殖牝馬として買い取りたいとまで言ってきた。

 さすがに半分ぐらいはリップサービスだろうが、機会があれば欲しいという雰囲気はあったと思う。

 

 ロイヤルアスコットが終わってもそうした連中との付き合いは終わらない。

 後日、イギリス女王主催のお茶会が催される。お茶会と言っても女王自らと少人数がテーブルを共にしてお茶を飲むというより、日本の皇族が主催する園遊会のような数千人規模のパーティーの方が近い。

 茶会にはゴールドカップ勝利者のアパオシャの関係者も呼ばれると、王室関係者から聞いている。

 全員ではないだろうが、馬主の南丸、生産牧場の晴彦社長夫婦、調教師代理の遼太は招待状が届く可能性が高かった。

 そんな場所に行けば必ず馬の取引の話は出てくる。仕事柄、色々なパーティーに出席している南丸はまだいい。

 面倒な話を慣れない英語で聞かねばならない苦労を強いられる晴彦夫婦は、両親のように実家で牛を相手にしていた方が余程楽だったと、内心疲れていた。

 

「日本でも最近は、うちの牧場にマチの子を売ってほしいと電話が毎日かかって来て、乳搾りだっておちおち出来ませんよ」

 

 嫁の愚痴に晴彦も同意した。元々美景牧場の本業は牛の生乳の卸し売り。馬の生産家業は父の代から始めた副業でしかない。

 それが今や本業の収入を簡単に超えてしまった。儲かるのは嬉しいが正直言って、あぶく銭を手にしたようで落ち着かない。

 怪しい投資話を持ち掛けるような胡散臭い輩も近寄って来て、金がある疎ましさすら感じていた。

 しかし危うく借金を返せずに、廃業に追い込まれかけた隣の的場家を見ると、贅沢な悩みとも思えた。

 

「確かサラブレッドは、生まれたばかりの牡の幼駒が一頭居るだけでしたね」

 

「ええ、マヤノトップガン産駒のウミノマチ11です。今年に南丸社長に譲った詩子は、今月末に育成牧場に送ります」

 

「その節は二頭目の馬をお買い上げいただき、ありがとうございました」

 

「いえいえ、こちらこそ安値で譲っていただいて、本当に感謝しています」

 

 三人は互いに頭を下げて感謝の意を示す。同じレストランにいるヨーロッパ人には奇妙な仕草に見られていた。

 アパオシャの母、ウミノマチが産んだ馬はこれまで六頭居る。

 最初の一頭は美景牧場に来る前に産んだ牝。その後、マチは足を滑らせて骨折して肉にされる寸前の所を、秋隆が捨て値で買い取って美景牧場に来た。

 

 その後に美景牧場で一頭牡馬を産み、その馬は地方で今も走っている。

 次に2007年に生まれたのが現在イギリスに居るオグリキャップ産駒のアパオシャだ。

 2008年は不受胎で出産をせず、09年にはシルバーチャーム産駒の牡馬のクーを産んだ。こちらが昨年競りで4000万円で売れて、現在はアウトシルバーの名で中央に登録されて、メイクデビューに向けて調教を受けている。

 そして晴彦が詩子と呼ぶ幼駒が昨年2010年に生まれたアパオシャの妹で、南丸が気に入って庭先取引で買い取った。

 最後に今年の4月に生まれたばかりのマヤノトップガン産駒の牡馬が牧場にいる。

 

「オペラハウス産駒のウミノマチ10。馬の世界では厳密には違いますが、あのテイエムオペラオーの異母妹。私は是非和多君に乗ってもらいたいです」

 

「うちの黒子とテイエムオペラオー。互いに和多騎手に縁の深い馬の妹になります。親父と一緒に種付けを決めた時は、こんな未来になるとは思ってもいませんでした」

 

 あの時は南丸がアパオシャを良い値で買ってくれて、牧場の経営に少し余裕が出来たから、多少種付け料が高い馬を見繕った程度の気持ちでオペラハウスを選んだだけだった。

 しかし、その血が南丸の琴線に触れて、是非とも買い取りたいと商談を受けた。

 それでこれまでの付き合いもあり、昨年末に6000万円で売買が成立した。

 南丸はもう少し高くても良いと言っていたが、前社長の秋隆はG1レースの時には毎回飛行機のチケットやホテルの手配と支払いなど、色々と世話になった礼も含めて、この値段で良いと契約を済ませた。

 実際、他の馬主から1億円出しても良いという商談を持ち掛けられたこともあった。

 競りに出した場合、無敗のクラシック三冠牝馬の妹なら、さらに高値が付いた可能性もあった。

 それでも目先の金より、南丸との所縁を優先した。たとえ取引額が安くなっても、目の前の人物との縁は切ってはいけない。父親の選択を新社長の晴彦も間違っていないと支持している。

 南丸も美景家の気遣いを知っているから、今回の海外遠征に同行した晴彦夫妻の旅費を全て請け負っている。

 こうした点から、互いに持ちつ持たれつの関係を長く保ちたいと思っていた。

 

「さて、一年後の話もいいですが、今は今日の昼に備えて食事を摂りましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」

 

 言われて気付いて、晴彦夫妻も出来立てのイングリッシュブレックファストを腹に納めた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は馬である。今世での初海外レースを勝利して、イギリスに名を響かせた。

 現在時刻は昼。昨日のレースの疲れもあって、食事をしながらのんびりと過ごしている。

 現地の厩務員は、よく声をかけて顔や首を撫でた。

 

『お前凄い馬だな。引退したらこの国で余生を過ごさないか』

 

【夏は過ごしやすいんだろうけど、こっちの野菜は美味しくないから結構だ】

 

 豆や飼葉の味は悪くないんだが飯に出るイギリスの野菜は、日本の品種改良を受けた野菜より味が良くない。それに味噌や醤油が無いと辛いから遠慮する。

 何となく否定的な感情を読み取った厩務員は苦笑して冗談だと言って、また自分の仕事に戻った。

 それから疲労を回復させるためにモシャモシャと食べて、軽くストレッチをして昼寝をして、また飯を食うの繰り返しだ。

 一緒に日本から来たランプの奴は数日前に別の房に移された。そちらで時々ワンワン泣いているから、おそらく帰り支度をするため、検疫用の注射やらなんやらしていると思われる。

 俺はまだそういう動きが無いから、もう一戦ぐらいイギリスでやると思われる。となると長距離のグッドウッドカップが有力かな。

 もしくはフランスに移動して、エルコンドルパサー先輩みたいに現地のレースで慣らして、凱旋門賞に備えるかだ。名前は憶えていないが幾つかのG2レースに出るかもしれない。

 どちらにせよ、今は休息の期間だから教えてもらえるまでは大人しくしておこう。

 

 翌日はオーナーや美景のとっつぁん達が様子を見に来た。彼等はランプの陣営に一足早い別れの挨拶をしている。

 

「うちのグランプリボスは残念でしたが、アパオシャならきっと次のレース、さらに凱旋門賞も勝てると思います。我々はそれを日本で楽しみにしています」

 

「ありがとうございます。アパオシャならゴールドカップのように、次のキングジョージ6&クイーンエリザベスSも勝ってくれます。期待していてください」

 

 あー、次のレースはグッドウッドじゃなくてそっちを走るか。

 よくよく考えたら遠征の本番は凱旋門賞だから、それに比肩する同距離のレースを走って経験を積むのは道理だな。

 先日のゴールドカップは得意な長距離で海外に慣らすためで、これ以上の長距離レースは無用というわけか。

 残念と言えばそうだが、レースプラン自体は正しいから納得がいく。

 

「ゴールドカップに続き、次のKG6&QEステークスもハーツクライの3着を超えて、日本馬初の勝利を手にしてください」

 

 あれ?KG6&QEステークスは、ナリタブライアンが日本初勝利を飾ったんじゃないの?もしかして、まだアイツ生まれていないのか。

 なら俺が凱旋門賞と合わせて先に勝っても、文句言われる筋合いは無いな。

 

 

 さらに数日が経ち、そろそろ疲労も抜けたから軽いトレーニングを再開した。

 一旦帰国した和多に代わって遼太が背に乗って、練習コースをひた走る。

 うーん、やっぱり和多の方がお互いに癖が分かっているから走りやすかったな。

 

「あれだけ走ってもう調子が戻ってるんだから、お前はタフネスだな」

 

【まあね。頑丈で怪我をしないのが俺の強みだから】

 

「次のレースは大半の馬がG1を勝った強敵ばかりだ。万全で挑もう」

 

 馬房で厩務員達が話しているのを聞いている。KG6&QEステークスに出走登録しているのは、去年の英ダービーと凱旋門賞勝利馬、コロネーションC勝利馬、ドバイシーマとプリンスオブウェールズS勝利馬、など強豪揃い。

 しかし、相手が何であれ負けて良い理由にはならない。

 

 さあ、次に備えて勝つぞ。

 

 



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第36話 濡れた王冠

 

 

 7月23日土曜日のアスコット競馬場は、多くの観衆が詰めかけて熱気が渦巻いている。

 高緯度のイギリスの7月は最高気温が25℃を超える事も稀だ。

 しかも前日に雨が降り、今も曇り空が広がる中では肌寒ささえ感じるというのに、観客は熱気から半袖で過ごしている者も多い。

 競馬場に集まった者達はみな、今日のメインレースを前に興奮を隠そうともしない。

 キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。フランスの凱旋門賞に比肩する、イギリス国内に留まらない、ヨーロッパ最高峰の中距離レースがもうすぐ始まろうとしている。

 二時間前には、2歳牝馬によるG3プリンセス・マーガレット・ステークス(芝1200m)もあり、華やかな雰囲気と共に場も盛り上がっていた。

 観客達はレースの出走表を見比べて、6頭の中のどの馬が勝つかを熱心に語る。

 

 

 

 ≪キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス≫  右回り・約2400m  天候:曇  芝:稍重

 

 現地時間 16時25分(日本時間 0時25分)第6レース発走5分前

 

 

 

 1番 アパオシャ   牝4歳  斤量59kg   2番人気

 

 日本から来た五冠の挑戦者。牝馬ながらG1ゴールドカップ(芝4000m)を優勝したため、ヨーロッパ女性からの人気が絶大のタフなレディ。

 

 

 2番 デビュッシー  牡5歳  斤量60.5kg  6番人気

 

 昨年のG1アーリントンミリオン(芝2000m)優勝馬。今年に入ってから勝ち星は無く、先月のプリンスオブウェールズS(芝2000m)は7着だった。人気薄し。

 

 

 3番 リワイルディング 牡4歳 斤量60.5kg  3番人気

 

 今年のドバイシーマクラシック、先月のロイヤルアスコットG1プリンスオブウェールズS優勝の二冠馬。現在調子を上げている。

 

 

 4番 セントニコラスアビー 牡4歳 斤量60.5kg 4番人気

 

 アイルランドから来たモンジュー産駒。今年6月にG1コロネーションC(芝2400m)を勝利したG1二冠馬。

 

 

 5番 ワークフォース 牡4歳 斤量60.5kg   1番人気

 

 昨年に英国ダービーとパリ凱旋門賞を戴いたトップホース。今月のエクリプスSでは惜しくも2着だったが、本レース最有力馬。

 

 

 6番 ナサニエル  牡3歳  斤量55kg    5番人気

 

 本レース唯一の3歳馬で、G1勝利未経験。先月のロイヤルアスコットG2キングエドワード七世Sを5馬身差で勝っている。斤量差もあり侮れない。

 

 

 

 出走する6頭の中でも、特にファン達が目を付けたのは1番人気のワークフォースと2番人気のアパオシャ。

 この二頭は国が違う、性別も異なるが、共に昨年のダービー馬である。

 英国人にとってもダービーは特別なレース。

 ある英国の偉人が『ダービー馬のオーナーになることは、一国の宰相になることより難しい』と言葉を残すほど、競走馬に関わる者にとってダービーは重要視された。

 その二頭のダービー馬が同じレースで激突する。ゆえに今日のアスコット競馬場はいつも以上に熱を帯びていた。

 

 観客達は一頭、また一頭とターフに姿を見せる馬と騎手に大きな声援を送る。ヨーロッパ人にとって馬はただの家畜にあらず。友のように大切な存在だ。

 イギリス人は特にそれが顕著であり、馬が日常に溶け込んでいるとまで言われている。

 簡単な例を挙げると、郊外でもないロンドン市内に騎馬警官という馬に乗った警官が普通に居る。

 町の至る所に馬の形の看板を掲げた店がある。馬の皮を使った革製品の店も多い。

 そんなイギリス人が最も熱狂するのが競馬である。正確には一番盛り上がるのは障害競技だが、平地レースもG1ともなると早々負けていない。

 彼等は馬を愛している。馬が走る姿に惚れ込み、酔い痴れるのだ。

 だから遠く日本からやって来た、異形の黒馬にも惜しみない声援を送り、今日走る他の5頭の馬と変わらぬ敬意を持った。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は馬である。今日はいよいよ、前世では一度も走る事の無かった海外の中距離G1レースを走る事になった。

 生憎と芝の状態は荒れ模様である。軽く走るだけで、雨を吸った芝が蹄に絡み付く。今日は稍重から重バ場ぐらいかなぁ。

 どうも前回のゴールドカップの時といい、今年は天気の神様に嫌われている節がある。

 しかも前のレースで散々に芝が痛めつけられて、ただでさえ整備されていない自然の草原に近い地面がデコボコして走りにくい。

 穴に脚が嵌まらないように、ゆっくりとした足取りでスタンド前を走る。

 

「走り難そうだな。脚を滑らせないように気を付けて走るんだぞ」

 

【ああ、分かっているよ。今日はいつも以上にヘビーなレースになりそうだ。ところで和多、太った?】

 

 何か相棒がいつもより重い(ヘビー)のが気になる。日本食よりイギリス飯の方が美味く感じて食べ過ぎたの?

 相棒の食生活も気になったが、今更軽くなるのは無理だから考えるのは後回しだ。

 いつもと違う違和感を無視して、荒れていない芝を蛇行しながら探しておく。

 やはりゴール付近の内ラチは特に荒れて、デコボコが酷い。これは多少のロスを覚悟しても、内に寄せずにコースの中央を走った方が良いか。

 ターフの状況を把握して、第一コーナーを曲がってすぐに設けられたスタートゲートにそのまま入る。

 日本は開始前に馬がゲートの前で待っているけど、イギリスはそのまま中に入って待つ。

 他の5頭も順々に入り、準備が整った。

 

 

 ゲートが開いた瞬間、水を吸ってベチャっとした芝を蹴り上げて、一気にターフに駆け出す。

 そのまま後ろを気にせず、下り坂を使って加速して、決して先頭を譲らない。

 今日はいつもよりずっと短いレースだから、最初からスタミナを惜しまない。ハイペースのまま走り続ける。

 位置取りは荒れている内ラチ側を避けて、やや中央に身を寄せる。

 他の馬は俺に倣わず、5頭とも内ラチの方でポジション争いをしつつ、こちらを抜かそうとしていた。

 並ばれたら加速して引き離し、追いつかれたらまた加速。とにかく今回は最後の直線の末脚勝負になる前に、可能な限り相手のスタミナを削り切っておきたい。

 幸い、こいつらは全部牡だから、牝馬の俺に負けたくない本能がある。前を走ってその本能を刺激してやれば、ある程度思い通りに動いてくれるだろう。

 第二コーナーを回り、一度追い抜かれた。外側を走っている以上、余計に距離を走るからこの程度のロスは織り込み済み。ロスを受け入れてでも、荒れたラインとポジション争いでのスタミナ浪費は避けたい。

 コーナーを回ればいよいよ、1マイル続く高低差22mの地獄坂に突入した。さあ、地獄へのマラソンはここからが本番だぞ。

 

 登坂と水を吸ったクソ芝に脚を取られて速度が出せない馬の前に出る。

 

【ホラホラ、どうしたっ!?ノロマばかりでこっちは眠くてたまらないぞ】

 

【なんだとー!?】

 

【メスがなまいきいうなー!】

 

【おまえあとではらませてやるっ!】

 

 挑発に乗った馬達は、力んでさらに加速する。

 

【はんっ!追いつけるものなら追いついてみせなっ!!】

 

 こちらも脚のピッチ回転数をガンガン上げて、後先考えない牡馬達にも決して先頭は譲らない。

 体感的にかなりのハイペースに引きずり込み、第二コーナーと最終コーナーの中間点まで来た。この辺りが今日のレースの中間点ぐらいか。

 この時点で既に一頭はバテて、脚に力が無くなっている。まずは2番ゼッケンの馬が脱落。

 しかし安心はせず、とにかく脚を動かして地獄の登り坂を駆け上がって行く。同時に常に足元に気を配り、穴に脚を取られてもすぐに体勢を立て直せるように注意し続けた。

 正直いつもより早いペースで走り続けるのは辛いんだが、俺でも辛いなら当然隣の馬達も同じかそれ以上に辛い。

 事実、横目で残りの4頭を見ると、かなり息が上がっている。さらに4番ゼッケンがズルズルと後ろに置いて行かれた。

 あとは最終コーナーを回ってからの根性勝負だ。

 元々アスコットレース場は、スタミナと気力をひたすら削り続けながらでも走り切った奴が勝つ、泥臭さの極みのド根性レース場。意地でも負けてやらんぞ。

 最終コーナーを回り、スタンド前に戻って来た。あとは最終直線の登り500メートルを走り切るのみ。

 

 残りの距離とスタミナを瞬時に計算して、この登り坂ならラストスパートは残り1ハロンからだ。

 まだだ、まだ焦るな。この荒バ場で超ハイペースに引きずり込んだんだ。他の奴等は俺以上に息が上がっている。スタミナ勝負なら絶対に勝てる。

 荒れた内の芝を避けて、コース中央に寄せながら、力任せに芝を引き千切って脚を動かす。

 途中、後ろから何か落ちる音と、グチャっと嫌な音がして、観客席から多数の悲鳴が上がったが振り返っている暇なんて無い。

 残り200メートルで1頭に並ばれた。

 ここからだ!首を下げて前傾姿勢を取り、一気に加速力を得た。

 悲鳴を上げる心臓を無視して、かつてナリタブライアンがこのレースで勝利を手にしたように、低重心のスパートで6番ゼッケンを突き放す。

 もう隣も見ている余裕も無い。ただ、ひたすら前にあるゴール板だけを見て、一瞬でも良いから最初に走り抜けることだけを考えて走り続けた。

 

 それから無限とも思えるような苦痛の時が過ぎ、相棒の声が耳に届いた。

 

「もういいんだっ!脚を止めろアパオシャ!!お前が勝ったんだよっ!!レースは終わったぞ!」

 

 その言葉と手綱を無理矢理絞られて我に返り、少しずつ脚の力を抜いて減速する。

 大きく息を吸って、脈打つ心臓に酸素を大量に送る。そうして気を落ち着けてから、ゆっくりと脚を止めた。

 見渡せばとっくにゴール板を過ぎて、第一コーナーの真ん中までいた。

 おぇっ……走り過ぎて気持ち悪いし、脚が痛い。これは三日ぐらい疲労が取れないな。

 

「さすがのお前でも、今日は接戦だったな。でもやったぞ!お前がこの国で一番の馬になったんだ!スタンドからお前に向けた声を聞いてみろ」

 

 言われた通り、その場で振り返ってスタンドに目を向ければ、日本語と微妙に違う発音で俺や和多の名を呼ぶ歓声が届く。

 あー、何とか今日も勝てたか。でもこの距離を走るのはしんどいよ。

 他の四頭の馬も満身創痍でフラフラになりながら歩いている。まともにスタミナが残っている奴は誰も居ない。

 待て四頭?俺を含めて今日は六頭だったはず。まさかさっきの音は――――――

 観客の一部が指差す先、最終コーナーの先で倒れていた馬と、それを囲む数名の医療行為が視界に入り、最悪の想像が頭をよぎる。

 

「その……お前が気にする事じゃないぞ。レースに事故は付き物だ」

 

 …そうだな。ウマ娘の時もレース中の負傷や転倒事故はそれなりに見ている。

 けど、今回はそうはならない。獣医の顔はとてもじゃないが命を救うための必死さが無い。まるで、手の施しようが無い患者を診る諦観があった。

 そうか、あいつはもうダメなのか。

 俺達馬はウマ娘と同様に時速60~70kmは出して疾走する。そんな速度で転倒したら、打ち所が悪ければ即死することだってある。

 あいつは運が悪かった。人に飼われる家畜に生まれて、ただ走る事だけを教え込まれ、そのまま死んでいく。それだけの生涯。

 

【救われないな】

 

 今日走った馬とは、ほんの十分前に顔を突き合わせただけ。同じ厩舎のトフィやアロマカフェみたいに、同じ場所で寝起きして飯を食ったり走る仲じゃない。けれど、共に命懸けでレースを走った仲でもある。

 生き残った勝者として、死にゆく者にしてやれることが一つだけある。

 勝者への歓声と、倒れた者への悲痛な声に包まれたスタンド前を通り過ぎる。

 和多は俺がどこに向かっているか気付いていたみたいだけど、歩みを止めさせなかった。

 向かった先にはターフに横たわり、痙攣をする3番ゼッケンの馬。その左前脚は中から骨が飛び出て、芝を血で濡らしていた。

 チームの先輩のフクキタさんが勝った、秋の天皇賞の時のサイレンススズカさんがこんな酷い怪我だった。

 そうか、人やウマ娘なら助かる見込みがあるけど、馬では助からない傷なのか。

 まだ息はあり、目だけでこちらを追っている。

 側に居た獣医や調教師らしき背広の男は、俺達に困惑してどうすべきか迷っていた。

 しかし俺は構わず、重傷の3番に顔を寄せる。

 

【なにか聞きたいか】

 

【……ともだち……ぶじ?】

 

【お前の上に乗ってた奴なら、さっき運ばれていった。怪我はしてたが死んではいない】

 

 騎手は救護員に肩を借りていたが、足に力はあったから軽傷だと思う。頭の中はどうだろう?詳しく検査しないと分からない。

 

【おまえつよい。また……はしりたい】

 

 一度顔を上げて、こいつの血塗れの脚と周りの人間の顔を見渡す。

 ――――無理だろうな。走るどころか、どう苦しませずに死なせるか考えている目だ。

 しかしそれを死にかけた奴に正直に言うのは酷だ。

 だから、少しだけ希望を抱いて逝け。

 

【次に目を覚ませば脚は治っているよ。お前の周りに少し姿の違う父と母が居て、温かく見守っている。そしてまた、自分の脚で走れるようになる】

 

【………ほんとう?】

 

【俺もそうだったよ。だから、今は眠れ。そして起きたらまた、このレース場で走ろう。次も俺が勝つけどな】

 

 3番の馬は安心したように目を閉じて、呼吸も少し穏やかになった。

 あとは周りの人間達の仕事だ。顔を上げて、この場を立ち去る。

 

【ありがとう……】

 

 かすかな声で礼を言われたが、これから死ぬ奴には、この程度しか出来ないよ。

 せめて違う世界で、姿形を変えて思う存分走れ。じゃあな、名も知らないライバル。

 それから観客の、今日の曇り空のような湿った拍手と歓声の中を歩いて通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 着順  馬番          馬名    着差

 

 1着   1       アパオシャ    

 2着   6       ナサニエル     1/3

 3着   5     ワークフォース     2

 4着   4  セントニコラスアビー    1.1/5

 5着   2      デビュッシー    30

 6着   3    リワイルディング  競争中止

 

 

 決着タイム  2:30.8

 

 

 備考:競争中止したリワイルディングは左前脚開放骨折により、予後不良と診断。その場で安楽死処置が施された。騎手のⅬ・ラットリーは軽傷。

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 7月23日土曜日の夜。アスコット競馬場から少し離れたウィンザー城の一室にて、この城の主の老婆が安楽椅子に腰かけながら側近を侍らせていた。

 在位50年を超え、御年80歳を迎えてもなお、君主としての務めを精力的に果たし、イギリスに留まらず世界に絶大な影響力を持つ偉人。

 そんな偉大な女性も今だけは、決して民衆には見せる事の無い、栄光に似合わない陰鬱な感情を皺だらけの顔に張り付かせていた。

 

『―――――では私の名でリワイルディングの関係者に、弔辞の手紙を出しておいて』

 

『御意』

 

 通常、一国家の君主がただの馬に弔いの手紙を出す事は無い。しかし、この女王は大の競馬好きと知られて、今日のアスコットのレースも臨席していた。

 文字通り命をかけて走り、悲劇的な最期を遂げた馬に声一つかけない酷薄な人物と思われては、長年に渡って女王が築き上げてきた名声と体面が損なわれる。

 そして一個人としても、目の前で命を散らした馬への深い悲しみがある。ゆえに側近は君主の行為に賛同する。

 

『それと、勝者の日本から来たパワフルなお嬢さんは、次はどのレースに出るのかしら?』

 

『次はフランスの凱旋門賞に挑戦すると聞いています』

 

『ああ、そうね。日本人なら必ずそこを選ぶ。あのお嬢さんは勝てるかしらね』

 

『さて、それは何とも。ですが、我が国の名馬を牝馬ながら次々と薙ぎ倒す強さなら、あるいは――――』

 

 側近もレースに絶対は無い事は知っている。だから主の質問に明言は避けた。

 女王もそれは承知で聞いているから、濁した返答を咎めたりはしない。

 代わりに近くのテーブルに置いた、紙の束をパラパラとめくる。中身は今日のアスコット競馬場で行われたレースに参加した馬や陣営の簡単なプロフィール覧。

 

『アパオシャ……ペルシャの悪魔の名を持つ不思議な馬。あの国ではサンデーサイレンスというアメリカの馬の血統が幅を利かせているのに、この子には一切その血が流れていない。それどころか、うちの国にも広まったノーザンダンサーとも全く関わりが無い血統』

 

『母方の父系には我が国から仕入れて繁栄したヒンドスタンが居ます。母の母を遡れば、四十年前に牝馬ながら本日のKG6&QESを二連覇したダリア、さらに源流はダービー伯爵のハイペリオンにも行き着きます』

 

『懐かしい名前ね。既に薄っすらとした記憶しか無いのに、こうして血を継ぐ子が異国からひょっこり帰って来て、最高の栄誉を二つも掴んだ』

 

 女王の目に不甲斐ない自国の馬を糾弾する色は無い。むしろ、外国に婿養子に出した孫が里帰りに連れて来た、出来の良い元気な曾孫の活躍を楽しむような喜びがあった。

 

『ところで、今日のレースが終わってから、あの馬がリワイルディングの傍にいたのはどういうことかしら?』

 

『断定は出来ませんがアパオシャの騎手や厩舎の関係者は、倒れた馬をせめて看取るために傍にいたのではないかと言っていました。あの馬はとても優しく仲間想いなので、同族の最期に立ち合い忘れないようにするためだと』

 

『興味が湧きますね。あの馬のレース以外のプライベートな映像や記事は無いのかしら』

 

『少々お待ちください』

 

 しばらくして、日本語の通訳と共に幾つかの記録媒体や、翻訳して印刷した記事の一部が届けられた。

 二人は資料に目を通し、海外遠征前にテレビ放送されたアパオシャの特集番組を見る。

 全てを見終わった後、あの馬の特異性にしばらく無言だった。

 

『―――――フランスにはいつ頃、発つのかしら』

 

『明日の朝に問い合わせます』

 

『それと、私の政務で空けられそうな時間も探しておいて。今日はご苦労様』

 

『畏まりました』

 

 側近は主君の部屋を退出して、難しい仕事に頭を悩ませた。

 

 

 翌朝、アパオシャの陣営が滞在するホテルに英国王室の事務官から電話があり、大騒動が起きるのは少し先の話である。

 

 



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第37話 異国の友


 今更ですがあらすじの所にアパオシャの五代血統表と、馬主の南丸社長の登録した勝負服の画像を貼っておきました。



 

 

 突然だが競馬好きのイギリス人にとって、日本から来たアパオシャはどのように見えているのだろうか?

 実は余程深く調べた者でなければ、鬣と尾毛を持たない真っ黒な肌の特異な外見を持ち、日本でG1を四勝した現役最高クラスの牝馬ぐらいの認識だ。

 ある程度詳しくレースを調べた者は、二度祖国の格式高いG1を制したように、ほぼ全てのレースで多くの牡を捩じ伏せた怪物的牝馬と知って目を丸くした。

 さらに競馬関係者となると、ほぼ外国産の血が入っていない純日本産に近い馬が、競馬発祥の地のイギリスG1を勝った事に皮肉を交えつつも褒め称える。

 さしずめ、幕末期に日本に競馬文化を導入した事を例に挙げて、出来の悪い生徒が百五十年かかって、ようやく教師である自分達の背中に触れる事が出来たと褒める。

 もっと言い方を悪くすれば、後方腕組み師匠面して「教師として鼻が高い」などと言うようなものだ。

 

 中にはKG6&QEステークスを共に走ったリワイルディングが事故死して、デビュッシーがレース後に屈腱炎を発症して引退する羽目になったので、名前通りの悪魔と嫌う者も少数ながらいる。

 リワイルディングの事故は、荒れた馬場の窪みに脚が嵌まって転倒したと映像で確認されているので、アパオシャに責任は無い。

 ただ、デビュッシーの方はアパオシャに引き摺られて高速展開に付き合った結果、無理をし過ぎたのが発症の原因と一部では言われている。

 実際は因果関係は憶測でしか無いし、アスコット競馬場のレースが過酷なのは誰でも知っている。

 それでも勝者が謂れの無い批難を受けるのは、歴史ある競馬大国でも同じなのかもしれない。

 

 幸い、そうしたごく少数の批判的な意見は賛同を得られずに、すぐに霧散した。

 批判の元になっていた、事故死したリワイルディングにアパオシャが寄り添い、彼の最期を看取るような態度を示した事が多くの人々の胸を打った。

 アパオシャの陣営も、インタビューは自分達が勝った事より、レースで命を落とした馬への冥福を祈る言葉が多かった。

 こうした事実が報道されると、馬を愛するイギリス人は競馬後進国の日本人も自分達と変わらず馬を愛しているのを知り、大いに共感して好意的になった。

 おかげでイギリスに来た時の、未熟者を見るような侮りの目は無くなり、かなり居心地が良くなったが別の問題も持ち上がった。

 

 次の大本命のレース、パリの凱旋門賞までは丸二ヵ月ある。

 フランスへの移動は八月の末を予定しているので、イギリスでの滞在はあと一ヵ月。

 よって、地元テレビ局や新聞屋はこぞってアパオシャの取材を申し込み、馬主の南丸や生産者の美景夫妻にも突撃した。

 騎手の和多は日本でのレースが控えているので、KG6&QEステークスの翌日に席を予約していた日本行きの飛行機に乗っていて難を逃れた。

 しかし日本に着いたら着いたで、日本の報道関係者に囲まれて同じ目に遭っていた。

 中長距離のイギリスG1を、日本馬で初めて二つも勝った名騎手をメディアが放っておくはずなかった。

 さすがに厩舎の方は出来る限り馬への配慮として取材は控えられた。イギリス人は、人よりも馬に気を遣う人種らしい。

 アパオシャは南丸達の尊い犠牲により、取材地獄に堕とされる事無くのんびりと休んで体調を整えられた。

 

 

 空気が変わったのはKG6&QEステークスから七日後の七月末。

 この日だけは、アパオシャが寝起きする厩舎の空気が朝から物々しかった。

 数十人の銃を持ったSPが厩舎一帯に立ち、その十倍の数の警官が周囲を巡回して不審者や不審物が無いか気を張り詰めている。

 背広を着た王室関係者が秒単位で集まる情報を精査しては、部下に指示を出す。

 さらに厳しい身体検査を受けて許可を得た、イギリス中のメディア関係者が目敏く、記事になりそうな情報を探ってカメラを向けている。

 

 なぜこのような事態になったのか、アパオシャのオーナー南丸は自問自答した。

 発端はレース翌日の一本の電話。

 最初はイギリス王室からの連絡に、レース関係の表彰等の通達か何かかと思っていたが、さる人物からアパオシャを近くで見たいと『お願い』を受けた。

 その人物は、十名の背広を着た男達と一人の女性に囲まれて守られるように、ゆっくりと南丸や美景夫妻のそばに寄る。

 齢80歳を超えても杖を使わず力強く歩く、護衛対象の品のある老婆は南丸達に、にこやかに挨拶をした。

 

『またお会いしましたね、ミスターミナミマル。今日は年寄りのお願いを聞いて頂いて感謝します』

 

『い、いえこちらこそ、女王陛下にわざわざ、お、お越しいただき光栄です』

 

 ガチガチに固まった南丸は、ぎこちない英語と震える手でイギリスの唯一の君主である女王と握手を交わす。

 次に美景夫妻が、ただ嵐が過ぎ去るのを待つが如く握手を交わした。

 二人は英語が碌に話せないので、南丸の会社の部下が通訳して会話を成立させた。

 

 三人はしばらく女王とイギリスでの滞在中の事や馬の事を話してから、いよいよ主役が姿を見せた。

 調教助手の遼太に連れて来られた、六つの冠を戴いた異形の黒馬アパオシャに、カメラが一斉に向けられた。

 周囲のざわめきや大量の見知らぬ人間にも、さして意に介さない。繊細で神経質な競走馬とは思えないぐらい落ち着いた雰囲気に、イギリス人は自分達の持つ常識との差異に首を傾げた。

 女王はアパオシャの前に立ち、優しく微笑む。

 

『こんにちは、日本のお嬢さん。貴女のレースは見ていましたよ。そしておかえりなさい、ヒンドスタンの末裔』

 

【………あぁ、貴女はもしかしてこの国の女王陛下ですか。こんな姿でお目にかかるとは思いませんでした】

 

 アパオシャは日本人が挨拶をするように頭を下げる。

 これには南丸達日本人と、厩舎で世話をしていたイギリスの厩務員以外が驚いた。

 日本人が挨拶をする時に頭を下げる事はよく知られていても、まさか馬までするとは誰も思っていなかった。

 

『こちらのお嬢さんはいつもこうなのかしら?』

 

 女王の落ち着いた質問に、普段世話をしている遼太が片言の英語で話す。

 

『人や馬をよく見て、真似をする馬です。人と人が会う時は頭を下げると知っています』

 

『まあまあ!とても賢くて、礼儀正しい子なんですね』

 

 喜びを露にして老婆は毛の無い馬のスベスべした顔を優しく撫でる。女王は自国の最高のレースの二つを勝った牝馬の、溢れんばかりの生命力を感じ取った。

 その間も競争馬と思えないほど大人しいアパオシャはジッとして、世界でも指折りの権威ある君主の顔を見続けている。

 女王はずっと自分を見続ける馬の瞳に宿る感情に、少し困惑した。

 

(なぜこの子は私を見て、悲しみを感じているのかしら。それに憐憫に近い感情を持っているの?)

 

 生まれた時から様々な国の人物と接し続けて、顔と雰囲気だけで相手の感情を読み取る術を身に付けた女王も、なぜ馬に悲しみや憐れみの感情を向けられたのかまでは理解出来なかった。

 さらにアパオシャは女王の前で横を向き、膝を折って屈んだ。まるで自分の背に乗りなさいと催促するような仕草に、その場にいた全ての人間が困惑した。

 

『私が貴女に乗っても良いのかしら?』

 

【貴女もたまには気分転換が必要ですよ】

 

 嘶きと首を縦に振る動きで、一部の人間は日本の馬が英語を理解していると気付いた。

 ちなみに現地のイギリスの厩務員は結構前から気付いていた。さらに面白半分でフランス語を話しても、理解したのには悲鳴を上げるほど驚いた。

 とはいえ一国の女王が事前連絡も無しに現役競走馬に跨るのは、安全面や警備面からハードルが高い。

 それでも主君が文字通り乗り気になってしまったのもあって、御付の職員達は乗馬服に着替えている間に安全対策を練って短時間で準備を整えた。

 

 スカートのスーツから颯爽と乗馬服に着替えた女王は、しっかりとした動きでアパオシャに跨る。

 イギリス王族は乗馬が嗜みというのは有名だが、85歳の老婆と思えない機敏な動きに、晴彦は『親父より上手い』と心の中で戦慄した。

 女王の跨ったアパオシャは手綱を遼太に引かれて、厩舎に併設した練習コースに出る。

 

『この子の背は力強いわ。ハイペリオンやヒンドスタンは良い血を残したのね』

 

【貴女の事はニュースでしか存じませんが、ご子息で次代の国王とその子供達により、英国王室はこれからも百年続くのは保証します】

 

 それから今だけの間、女王の愛馬となったアパオシャは、人が早歩きする程度の速さでコースを一周して何事も無く戻って来た。

 関係者はその間は、女王に何かあったらと気が気ではなかったが、どうにか無事に終わってホッと胸を撫で下ろした。

 練習コースから元の場所に戻り、馬から降りた。

 

『日本の馬に関わる人々の血の滲む様な努力の結晶がアパオシャなのですね。既に日本の馬は、私達の馬と肩を並べるほどに育っています』

 

 世界で最も歴史ある競馬大国の君主が日本の馬を自らと対等と認めた。この事実は凄まじい衝撃でイギリス人のプライドを揺さぶった。

 

『皆さん、今日は有意義な時間をありがとう。アパオシャ、これからも元気に走ってね。友である貴女の活躍を心から願っています』

 

【公私共に問題は無数にありますが、俺も陛下がこれからも健やかである事を願っています】

 

 ほんの数分だけ会っただけの、種族すら異なる女王とアパオシャ。しかし不思議と、何十年も付き合いのある友人のような関係が生まれていた。

 アパオシャは最期まで苦難の人生を歩み続けた偉人への敬意と憐憫。女王は馬ながら自分を気遣ってくれる優しさと、自ら生き方を選べない不自由さへの共感があった。

 

 アクシデントはあったものの、どうにか女王陛下の思い付きの外出は無事に終わった。

 王室関係者や警察が引き上げた後、南丸達は厩舎の連中と酒盛りを始めた。一年分は仕事をしたような疲れから、猛烈に飲みたい気分だった。

 翌日、オーナーの南丸と美景夫妻はイギリスにアパオシャと厩務員達を残して、一旦日本に戻った。ただし、二日酔いのまま飛行機に乗ったので、死ぬほど辛かったとこの時を振り返った。

 

 

 

 当然だがこの一件はその日のうちに、テレビ、ネット、新聞、あらゆるメディアでイギリス全土を駆け巡った。

 さらに翌日の朝刊の一面には『これはイギリス競馬の敗北である!!』と挑発的な見出しで、アパオシャに跨ってターフを駆ける女王の楽しそうな姿が、これでもかと強調されて掲載された。おまけに敬愛する女王自らのコメントも、一字一句間違いなく記されていた。

 これには競馬関係者は新聞を引き裂いたり、声にならない絶叫を上げて怒り狂った。

 何しろ自国の女王陛下が忙しい公務の中でわざわざ時間を作って一頭の馬を訪ねて、自分達が指導してたった百五十年しか経っていない、競馬の新参国を同列と認めた。

 その上、現役競走馬で乗馬を楽しみ、友と呼んだのだ。馬産に命を懸ける関係者の屈辱感は筆舌に尽くし難い。

 彼等の怒りはともかく、既にゴールドカップ、KG6&QEステークスという自国の最高峰中長距離レースで負けている事実は覆せず、怨嗟の念を抱きながらも日本馬の実力を認めねばならなかった。

 

 敗北者と扱われた競馬関係者の心象は酷いものだったが、一般イギリス国民はと言うと少々異なる。

 一般に自国の君主が他国の馬を絶賛したら、ちょっと面白くないのは確かでも、同時に絶賛を受けた馬に興味を持つ。

 そこから日本の馬がとても賢く、レース中に転倒して予後不良と診断されたリワイルディングに駆け寄るほど、心優しい馬と知るうちにファンになる者も多かった。

 さらにテレビ局が面白がって、日本から取り寄せたアパオシャのレース映像や、美浦トレセン内でのこれまでの奇行、地震に怯える馬を勇気付ける姿で、一気にファンの数が増加した。

 アパオシャにとって幸運だったのは、次のレースがフランスの凱旋門賞だった事だろう。

 イギリスとフランスは仲が悪い。本当に仲が悪い。隣国同士が仲が良かったら、一つの国になっているから当然だろうが両国は仲が悪かった。

 となるとイギリス人はフランスも負ければいいと思った。そうした健全とは言い難い感情が時には味方となって、アパオシャを応援する者が増えた。

 

 イギリス国内でアパオシャの人気が高まる様子を静かに見守っていた女王は、しばらく経ってから一つの声明を発表した。

 

『日本は現在大震災により、多くの人々が苦難に見舞われています。私は友アパオシャの祖国の人々と馬達が少しでも早く、災害から復興する手助けをしたいと思います』

 

 要約すると短い文だがその中で、女王個人がポケットマネーから300万ポンド≒3億7500万円を日本の被災地に寄付すると発表した。

 上流階級が苦難に喘ぐ人々に慈善行為をするのはヨーロッパでは義務とされるため、日本の被災者への寄付は国民からも支持された。

 同時に敬愛する女王陛下自らの行為とあらば、周りも傍観するわけにはいかず、多くのイギリス貴族や富豪も、額はともかく同じように寄付する流れが生まれた。

 さらにアパオシャの名を出す事で、彼女に関心を持った一般市民達も少額ながら進んで寄付を始めて、一月もしないうちにかなりの金額が集まり、纏めて日本の被災地に送られた。

 後の東北の自治体の公式発表では、この時のイギリスの義援金は約50億円程度集まっており、一頭の馬がレースを走らず数ヵ月で動かした額として破格の大きさだったと言われている。

 慌てたのはむしろ日本の方で、一頭の馬がイギリス女王を始め、一つの国を丸ごと動かした成果にどう報いるかで、この時の政権を担っていた連中は揉めに揉めた。

 折悪く、この時の首相と前首相は極めて評判が悪く、大震災後の初期段階での支援や対応の遅さと諸外国との関係の変化もあり、国民の中には『馬の方がよほど日本のために働いている』『首相をアパオシャにした方が日本は幸せだ』などと首脳陣を批判する意見が増加するようになった。

 

 こうして日本が地震以外で、色々と揺れているとは全く知らないアパオシャは8月いっぱいをレースの疲れを癒すのに専念して、次のレースの地フランスへと旅立った。

 そしてこの時期を境に、イギリスでは女王陛下が友と呼ぶアパオシャの事を『偉大なる女王陛下の友たる黒い女王』あるいはただ『黒い女王(BLACK QUEEN)』と呼ぶようになった。

 余談だがアパオシャの鞍上を務めた和多は、二度のレースで一度も鞭を振るわず勝った事から、現地の騎手から『君は魔法が使えるの?』と割と本気で聞かれて『マジシャン』扱いを受けていた。

 

 

 






 オマケの話


 今まで黙っていましたがアパオシャの血にノーザンダンサーが全く入っていないのはただの偶然です。
 プロット段階でオグリキャップのラストクロップを選び、母馬をどうするか考えた時に、昭和期の最強馬≪シンザン≫を母方の血統にしようと思って、じゃあ一番優秀だった息子のミホシンザンのラインにしました。そこから作中の年代に、ちょうどいい年の成績の悪い娘のウミノマチ(実馬元あり)を見繕っただけでした。
 その後、日本ダービーぐらいまで書いてから、ふと血統を見ていたら『あれ?アパオシャの五代血統表にノーザンダンサーが居ない(汗)』と気付いて慌てました。
 だから菊花賞ぐらいまでオグリやシンザンの血統の話はあっても、非ノーザンダンサーの話が出なかったんです。
 21世紀生まれの日本馬で、サンデーサイレンス血統はともかく、ノーザンダンサーの系譜にすらかすりもしない血統の内国産競争馬なんて(ウマ娘化した馬の中でウオッカ以外には)普通居ないだろって思ってました。
 居たんですけどね。
 でもその希少性は絶対に作中の話に絡ませられると思って、色々書き足しました。 
 以上、制作面での暴露話終わり。



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第38話 普通の馬の半生


 お気に入り登録者4000人、評価投票者300人を超えました。これからも沢山の方々に読んでもらえるように、拙作ですが誠心誠意励んでいこうと思います。




 

 

 アパオシャがイギリス女王陛下の友になって数日後の日本。

 高緯度で涼しいイギリスから次々と送られてくるホットニュースに、ただでさえ暑い日本はさらに熱く盛り上がっていた。

 自信をもって送り出したスターは、まずは肩慣らしとばかりに、ともにG1四冠のフェームアンドグローリーを相手取り、6月のG1ゴールドカップを快勝。

 震災のあった一週間後にドバイワールドカップを勝利したヴィクトワールピサに続き、2011年の海外G1二勝目の報を日本に届けた。

 世間では流石アパオシャと、重く停滞していた暗い空気を一時的に払拭して、久しぶりに自粛の空気が解かれて、お祝いムード一色になった。

 競馬関係者はお祝いこそすれ、日本馬が苦戦するヨーロッパの芝に軽々と対応した事に理解が追い付かず首を捻るか、アパオシャの血統を洗い直して、その強さの源泉を解き明かすのに躍起になった。

 共にイギリスに渡ったグランプリボスは、G1セントジェームズパレスSを5着入賞。健闘したと一定の評価は受けたものの、やはり勝利馬のアパオシャに比べると反響は弱かった。

 しかし、この時の優勝馬フランケルの後の偉業を前に、むしろよくやったと数年後に再評価が進んだのは少々皮肉と言える。

 

 さらに時は進み7月。今度はキングジョージ6世&クイーンエリザベスSの出走も、日本では大きく報じられて、リアルタイムのテレビ中継もされている。

 今回は約2400mと不得手な距離に加えて、ナサニエルを除いて出走する馬が全てG1馬だったので、下馬評はやや不利と分析されていた。

 にもかかわらず、終わってみれば昨年英国ダービーと凱旋門賞勝利馬のワークフォースを下しての、アパオシャのイギリス二勝目。平日の深夜でも、日本各地は祭りのように熱狂した。

 レース中に事故死したリワイルディングの事は残念だったが、こればかりはアパオシャに責任は無い。亡くなった馬に哀悼の意を示しつつ、翌日は新聞の一面を勝利で埋め尽くした。

 なお、この時のレース中継番組の視聴率は深夜放送にもかかわらず、25%超えと驚異的な数字を叩き出して、放送していたテレビ局を狂喜乱舞させていた。

 おそらくレコーダーに録画して後日視聴した日本人はもっと多いと思われた。

 

 格式あるイギリスG1を二連勝して、いよいよ次は日本の競馬関係者全員の夢、フランス・ロンシャンの凱旋門賞と世間の期待は日に日に高まった。

 JRAもこの雰囲気を大いに盛り上げるために、クラシック三冠を得た中山、東京、京都競馬場にアパオシャの特設展示ブースなどを用意、百貨店などと提携してグッズ販売の拡大を企画した。

 この扱いには同じように今年の凱旋門賞に出走する、ナカヤマフェスタと、ヒルノダムールの陣営は面白くなかった。

 特にナカヤマフェスタ陣営は、海外レース勝利で先を越されてG1勝利数でも負けていても、宝塚記念勝利と昨年凱旋門賞2着のプライドがある。是非とも自分達が日本初の凱旋門賞勝利を手にしたいと気炎を上げた。

 

 イギリスG1の二連勝に気を良くする日本。しかしこれだけで終わらないのがアパオシャの予測不能な動きだった。

 7月末日、アパオシャの情報を日本に送り続けていた日本のテレビ局の派遣員が、現地の報道の一部を伝えた事で大混乱に陥った。

 世界で並ぶ者の少ない偉人の当代イギリス女王がプライベートでアパオシャを訪ねて、しかも背に乗って悠々と乗馬を楽しんだというのだ。

 日本で言えば、天皇陛下が現役最強の競走馬の背に乗ったようなもの。

 とてつもない名誉と珍事に、ほぼ全ての新聞社が一面記事で取り上げ、テレビも連日のように現地テレビ局から入手した映像をワイドショーで放送した。

 さすがに調教師としてアパオシャの管理を任されていた中島は苦言を呈したかったが――――女王の訪問までは、すぐに現地責任者の遼太から連絡は受けていた――――現場でオーナーの南丸が立ち会っていて、かつイギリス王室に物申せるはずもない。

 実はこの騒動で一番大きく反応があったのが、これまで主戦騎手で乗り続けた和多流次である。

 彼はイギリス女王が自分のお手馬に乗った事に、苦笑いをしてコメントを残した。

 

「そこは僕の特等席ですから、次の凱旋門賞までにはちゃんと返してください。たとえ女王陛下でも、アパオシャの背は譲りませんよ」

 

 冗談の混じったコメントでも、一国の女王相手に啖呵を切る和多の姿は結構な反響を生んだ。

 元々社交性の高いイケメン騎手として認知されているのもあり、この時からメディア露出が増えて、騎手個人のグッズの売り上げも伸びた。

 

 日本人の多くは偉大なイギリス女王が自分達が送り出したスターホースを気に入り、高い評価を付けたのを誇らしいと感じて好意的に受け取った。

 逆にこの記事を快く思わない日本人もいる。

 アパオシャが引退した時、繁殖牝馬として引き取る事を考えている生産牧場や、彼女の産駒を欲している馬主である。

 もしイギリス女王その人がアパオシャを大いに気に入り、買い取る意思を示した場合、どうあっても阻止出来ない。

 日本の宝が外国に連れて行かれてしまうのを、歯噛みしながら見ているしかない。

 馬主の多くは資産家であり、日本社会に影響を持つ者も多い。多少の無理は積み上げた札束で解決出来たが、そんな馬主でも一国を背負う女王を前では象を前にした鼠である。最初から勝ち目など無い。

 彼等はただ、大の競馬好きの女王陛下が欲張りでない事を祈るしか無かった。

 

 

     □□□□□□□□□□

 

 

 一頭の馬の生んだ衝撃に揺れる日本。その一頭の影響で、大きく運命が変わった馬が西日本の栗東トレーニングセンターにいた。

 夏の夜明け前の薄暗い時間。暗褐色の毛並みに小さな白い斑点が幾らかある芦毛の馬が汗だくでターフを駆ける。

 まだ若い2歳の牡馬は、騎手の鞭に応えて速度を上げながら簡易のゴール板を通り過ぎた。

 馬上の調教助手は手綱を操り馬の脚を止め、走りの手応えを感じて馬を褒めた。

 

「よーし、良いぞ。今のは良い末脚だったシルバ」

 

 助手はハナにシャドーロールを付けた担当馬の顔を撫でて褒める。シルバと呼ばれた馬も、褒められたのに気を良くして嘶く。

 

「じゃあ次も良いタイムを出せるように頑張るぞ。もう一回だ」

 

 スタートラインに戻り、もう一度本番のレースさながらの走りを繰り返した。

 2歳の夏ともなると、既にデビューをしている馬も多い。

 栗東トレセンで調教を受けているシルバも、来月には晴れてメイクデビューを果たす予定だ。そのため調教にも一層力が入る。

 この馬は真面目で調教を嫌がらずに頑張る馬だから、自然と調教師にも気に入られるし、血縁の馬の事もあるから勝ってほしいと願われる。

 

「いくぞ、ハイヨーシルバー!」

 

 とある映画の有名なフレーズを合図に、銀の名を与えられた若馬は夜明けの暗闇を切り裂くように疾走した。

 

 

 日が昇り暑くなる前に調教を切り上げて馬房に戻ったシルバは、厩務員に与えられた餌を喜んで食べる。

 

「よーしよし、いっぱい食って力をつけるんだぞ。お前の姉ちゃんみたいに強くなって無敗の三冠馬を目指せ」

 

「そいつは高望みし過ぎだろ。姉がG1六勝のアパオシャだって、弟までバケモノなんて都合よく行くかよ」

 

 滅茶苦茶高望みをするシルバ担当の厩務員は、隣の馬を世話していた同僚に呆れられた。

 シルバーチャーム産駒アウトシルバー、厩舎での通称シルバはあのアパオシャの半弟である。

 この馬も姉と同様に非サンデーサイレンス、非ノーザンダンサーの血統で、何かがあると噂が絶えなかった。そのため、厩舎に来た時は皆かなり緊張していた。

 実際に蓋を開けてみたら、姉に比べて普通の馬だったから肩の力が抜けたものの、真面目な性格で気性も穏やかだったこともあり、好かれる馬だった。

 父親はアメリカケンタッキーダービー、ドバイワールドカップ等を勝ったG1三勝馬。しかし種牡馬としては悪くないがパッとせず、産駒は重賞止まり。

 非主流派の血統ということもあって、シルバも引退までにOP戦に勝てれば上等と厩舎の面々は見ている。

 唯一、この馬を任された厩務員だけは、こいつはきっと凄い馬だと反論するのが日常風景と化していた。

 

「んなこたぁねえって!オグリキャップだって、最後の最後でアパオシャが出たんだ。シルバだってG1を沢山勝つさ!」

 

「俺達だってこいつら皆に活躍してほしいと思ってるよ」

 

 思っているだけで勝てたら苦労しない。

 競走馬として生まれた馬がデビューして、引退までに勝ち上がるのは三頭に一頭と言われている。一度も勝てずに引退する馬の方が多数派だ。

 そこからさらにOPクラス、重賞勝利、G1馬と一気に数が減り、クラシック三冠ともなると、五年~十年に一頭の割合しか生まれない。

 自分が担当した馬が三冠馬になる夢を見るのは、厩務員にとってよくある事でも実際に叶った者はほんの僅か。

 期待し過ぎるのも辛いから、大抵はせめて引退までに一勝する事を望むようになる。

 だからシルバを担当している厩務員の方が夢見がちなのだが、夢を見ている奴に正論や現実的意見は通じない。

 

「こいつは酷い奴だよ。お前は凄い馬だって、デビューしたら見返してやろう!」

 

 もしゃもしゃ飼葉を食べるシルバの首を軽く叩いて激励する同僚を、隣の厩務員が呆れた目で見つめた。

 

 

 九月になり、アウトシルバーはアパオシャの弟と言う事で、デビュー戦を1番人気に推されたものの、結果は3着と振るわなかった。

 結局、初勝利は12月のダート戦で、三戦目での勝利とあってそれなりの馬程度の評価で落ち着いた。

 実際、走れば入着は多いが今一つ勝ちに恵まれず、華やかなクラシック路線とは無縁の裏街道。偉大な姉の影に隠れる目立たない弟との評価が大半を占めた。

 一方でどんなレースでも粘り強く走り、年を重ねるごとに勝ちも増えて、古馬からはダートのOP戦やG3を勝つ、遅咲きのダート馬になっていた。

 残念ながらG1は一度も勝てず掲示板に入る事はなくとも、目立った故障は無かった。そして長く現役に留まり続けて、マメに馬券に絡んでよく賞金を稼いだ。

 そんな馬だから馬主には孝行馬と有難がられて、長年見続けたファンからは名前と芦毛にちなんで『いぶし銀』と愛された。

 

 なぜそのような性格の馬になったか。それは彼が幼少期に、ほんの少しの間だけ一緒に過ごした姉から「一番速く走り続けろ」と言われた事を、愚直に守り続けた結果である。

 既に姉の事は忘却の彼方へと過ぎ去ってしまったが、教えだけは決して忘れず、姉や妹が現役を引退した後も、彼は今日もひたむきに走り続ける。

 それがアウトシルバーと名付けられた、アパオシャの弟クーの半生であった。

 

 

 

 



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第39話 凱旋門賞に備える男達


 えー、まず初めに5月28日の日本ダービー後に、心不全で亡くなったスキルヴィングの冥福を祈らせていただきます。
 勝利したタスティエーラとレーン騎手には祝福を贈りました。でも当人は喜ぶべきか悲しむべきか迷うような、複雑な顔をしていた事が残念でなりません。
 前話で少し触れたアパオシャの弟アウトシルバーは目立った怪我も無く、長いレース生活を引退しました。経済動物である以上は、お金を稼ぐのが重要でしょう。ですがリワイルディングや先日のスキルヴィングと比べて、彼は幸運だったと思わずにはいられません。
 やはりどんなレースも命あっての物種。『無事之名馬』とは至言です。

 そして天寿を全うしたナイスネイチャはお疲れ様でした。


 

 

 まだまだ暑さの厳しい9月初週の日本。

 二千頭を超える競走馬を預かる美浦トレーニングセンターの一角。中島厩舎の事務所で主の中島大はパソコンに向かい合っていた。

 元騎手で、まるで極道のような生き方をしていた大も、事務仕事の一つも出来なければ一つの厩舎を運営する、社長と同義の調教師は務まらない。

 と言っても今回は書類仕事ではなく、パソコンとインターネット回線を用いたウェブカメラによる事務報告だった。

 液晶画面に映る、息子で部下でもある遼太の定時報告を聞くのが、ここ数ヵ月で増えた大の仕事である。

 

「アパオシャのフランスでの調子はどうだ?」

 

「結構良いよ。前のレースの疲労も完全に抜けて、こっちの芝に慣れる所から始めている。ここ二日ぐらい見てると、完全に慣れるのもそこまで時間は掛からないと思う」

 

 年々、通信機器の性能が向上するおかげで、遠いヨーロッパに居ても簡単に連絡が取れるようになって助かる。

 

「そいつは良かった。飯はちゃんと食っているか?」

 

「食事量はむしろイギリスの時より増えている。どうもあっちの野菜はイマイチだったから、味噌や醤油を消費する量が多かったけど、フランスに来たら半分ぐらいに減った」

 

 さらに遼太は、こっちはワインが美味いと父に冗談を言う。大も少し笑みがこぼれた。

 マンハッタンカフェの時の凱旋門賞挑戦は、走る以前に馬の体調を整えられなかったため惨敗した。今度はそちらの心配はせずに良さそうだったので、厩舎の面々は全員胸を撫で下ろしていた。

 

「今は合流したナカヤマフェスタとナカヤマナイト、ヒルノダムールと併せ馬をやっている。うちは慣らしだから、ボチボチかな」

 

「ああ、来週G2のフォア賞とニエール賞だったな。四頭いれば結構身の入った調教になるんじゃないのか」

 

「馬の仲もそんなに悪くないから調教も順調だよ。特にナカヤマの二頭の方は」

 

 大はふむ、と息子の言葉を思考する。

 ナカヤマフェスタは同じ美浦トレセンの二ノ寺厩舎所属の馬で、アパオシャより一歳年上。同じレースを走った事は無いが、トレセン内でそれなりに顔を合わせた事もあるから、馬同士知らない仲ではない。

 遼太の話では、調教に行く時にナカヤマフェスタが機嫌を損ねていてもアパオシャがそばに居て、しばらくすると凄く嫌そうにしながら一緒に調教に行くようになるらしい。

 機嫌が悪い時は絶対に人の言う事を聞かず、調教も大嫌いな馬でも言う事を聞かせられたのは、大も驚きを隠せない。

 

「あの気性難で頑固者のナカヤマフェスタでも、アパオシャを無碍にしないのか」

 

「おかげであっちの陣営から物凄く感謝されてる。三月の大地震から、美浦の馬はアパオシャを完全にボスと認めているらしい。ナカヤマナイトも同じく」

 

「凱旋門賞じゃライバルでも、同じ日本馬が助け合うのは悪い事じゃない。で、ヒルノダムールの方は?」

 

「そっちはなー」

 

 遼太が額に手を当てて、いかにも困っているという仕草をする。

 

「なんだ?」

 

「うちのアパオシャを見ると馬っ気出すから困ってる」

 

「またか。で、手を出された事は?」

 

「無い。発情はしても上下関係は出来てるみたいだから、心配無いと思う。でも万が一があるから、併走以外は距離を取っている」

 

「ああ、そうしてくれ。うちの女王様にも困ったもんだ。アパオシャ自身には責任は無いんだろうが」

 

 牝馬がそばにいると発情する牡馬はそこそこいる。それは牡の本能だから仕方ないのだが、アパオシャの場合は輪をかけて牡馬が発情しやすい馬らしい。

 ヒルノダムールは2歳からずっとレースで負けまくって、上下関係が出来ていてなお発情している。強い牝馬に惹かれる性癖なのかもしれない。

 

「というわけで、こっちは目立った問題は無い。そっちは何かある?」

 

「相変わらず地震が多くて、美浦も時々揺れるから若い馬が騒いでいる。精神的な柱だったアパオシャが遠征してから、神経質になっている馬も多い。うちの馬も寂しそうだ。特にアプリコットフィズがな」

 

「あいつらは姉妹みたいに仲が良かったからしょうがないか。姉の方は特に気にしてないのに」

 

「女王にとっては多少目をかけていても、数いるうちの面倒を見ている馬なのかもな」

 

 厳しいようだが競走馬のレースは仲良しクラブじゃない。時に同じレースを走って勝ち負けを競う間柄だ。大はこれを機に、どの馬も少しは精神的に強くなって欲しいと思う。

 そして少しでもレースに勝ったり、掲示板入りして厩舎の実績を上げて自分達の懐を温めてほしい。

 

「日本からいなくなってつくづく思う。うちの厩舎の馬は、あいつ以外は重賞もなかなか勝てん。次の休日はラフレーズカフェの初重賞、その次はアプリコットフィズ。どちらも勝ってもらいたいが」

 

 厩舎にとって重賞勝利馬が多く所属しているのはレース賞金の収入の面以外にも、馬主にこの厩舎に馬を預ければ勝てると思わせる宣伝効果がある。

 そうして良い馬を預けてもらい、レースに勝って、また良い馬を任される。この好循環こそが最も大事である。

 そういう意味では、現役どころか日本競馬史を見渡しても最強クラスのアパオシャがいるうちに、何とかして有力な馬を確保して、次のG1馬を育てなけれならない。

 

「凱旋門賞に勝つとは言わないけど、全力を尽くすよ。だから日本も頑張ってくれ」

 

「ああ、頼んだぞ遼太」

 

 必要な連絡が終わり、大はパソコンを操作して、フランスとの回線を切った。

 息子からそれなりに良い話が聞けて、気分転換にもなった大は別の仕事にとりかかった。

 

 

 一週間後、アパオシャと別口でフランスに渡った三頭の日本馬がロンシャンのレースに出走した。

 G2フォア賞にはナカヤマフェスタとヒルノダムール。G2ニエル賞にはナカヤマナイトが奮戦した。

 ナカヤマナイトは5着で特に注目を集めなかったものの、フォア賞はヒルノダムールの優勝。2着もナカヤマフェスタで、G2とはいえ凱旋門賞の前哨戦を日本馬のワンツーは、フランスの競馬ファンから驚きの声が上がった。

 ここにイギリスG1二連勝の『女王』アパオシャが加わればかなりの脅威と、凱旋門賞に参加する陣営は日本への警戒をより一層強くした。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 フランスのパリが一年で最も華やかになる凱旋門賞ウィークまで残り一ヵ月を切った、ある日の夜。

 パリ市内のモンマントルの丘の麓。暗い夜を煌々と照らす、花の都の中で最も華やかで甘美な一角。

 キャバレー≪ムーランルージュ≫等、大人の欲望を満たす歓楽街にある、一軒の年季の入ったバーに背広姿の男達が集まっていた。

 

「遅いぞ、もう二杯も空にしちまった」

 

「悪かったよ、貧乏暇無しって奴だ」

 

 遅れて来た男はウェイターにワインを注文して、空いている席に着いた。

 

「全員集まったから、本題に入るぞ。今年の凱旋門賞ウィークのレースだ」

 

 バーの男達は一斉に喝采を挙げる。この時期はどこの飲み屋でもこうした男達が夜な夜な集まって、来月の一大イベントに想いを馳せる。

 そして十数名の男達はそれぞれ、レースの出走表と財布から札を何枚も出した。

 

「賭け金はいつものように、1レースに一頭10ユーロ。当たりは1着の馬だけ。凱旋門賞だけは50ユーロ賭け。当たり無しだった時は、そのレースの金は教会に寄付」

 

「いつものルールと一緒だな。じゃあ、一日目の第一レースからいくぞ」

 

 男達はそれぞれ自分が勝つと思う馬の名を挙げつつ、記録を取る胴元役の男に10ユーロ札を渡していく。

 フランスやイギリスの競馬は、日本のように国が胴元を担う国営ギャンブルではない。それぞれ民間企業が胴元を担当して賭けを行う。

 ここでの行為はあくまで身内での賭け合いで厳密には違うだろうが、日本と違って割と大っぴらに賭博をしても取り締まられないのはお国柄と言う奴だろう。

 次々に札が集まっていくものの、賭け金が一回10ユーロなら、ウィーク中の全レースに賭けても一人の総額は200ユーロを超えない。あくまで節度ある大人の楽しみの範疇に収まった。

 一日目のレースが全て終わり、続いて二日目に入る。

 マルセルブラック賞、ラガルデール賞、アラビアンWC、そしてメインレースの凱旋門賞になると、男達の酒の入った顔が一層血の気で赤くなる。

 

「俺はサラフィナだ」

 

「儂はスノーフェアリー」

 

「ガリコヴァに入れるぞ」

 

 男達は自らが信じる馬に50ユーロを賭けて、当たった時の額を思い浮かべてニヤついた。

 

「俺はアパオシャにする」

 

「何言ってんだ、斤量の軽いデインドリームだよ」

 

「んだとぉ!?」

 

「カッカすんなよ。どの馬が勝つかはレースが終わってからのお楽しみってな。私はソーユーシンクに賭けよう」

 

 取っ組み合いしそうな酔っぱらいを周りが引き離して、別の男が札を一枚胴元に渡す。

 最後のフォレ賞を賭け終わり、胴元は集めた金と賭け表を封筒に入れて封蝋で固める。後はこの金をバーの店主に渡して、それを店の金庫に入れた。

 胴元は毎年変えて、集めた金は集会場の店に預ける。こうする事で金のトラブルを出来るだけ避けて何年も行事を続けていた。

 店側も十数名の常連客を失った対価に2000ユーロぽっち手にするのは馬鹿馬鹿しく、今のところ金を紛失した話は無かった。

 酒と博打はお互いの信用によって成り立つ。大人の遊びは何年経っても楽しいものだ。

 

 一仕事終わった男達はさらに酒を頼み、話が弾む。職場の話、女の話、一番は馬の話だった。

 

「この前のヴェルメイユ賞は面白かった。ガリコヴァは良い走りだった」

 

「ムーランドロンシャン賞も良かったぞ。ラジサマンは惜しかったが、次のダニエルウィルデンシュタイン賞に期待出来る」

 

「フォア賞は意外だったな。日本馬のワンツーとは」

 

「G2ならそういうこともある」

 

「今年も日本は凱旋門賞に3頭挑戦か。しかも1頭はあのダリアの血脈とは驚いた」

 

 客の中でも一番年配の老人がパイプをふかして昔を思い出すように遠い目をする。

 

「あーあの黒い馬か。イギリスを暴れ回ったのは痛快だったよ」

 

 老人の口にするダリアとは、フランスが誇る1970年代の名牝馬の事だ。フランスだけでなく、イギリス、アメリカと遠征を繰り返して、牝馬ながらG1を十勝した名馬の中の名馬と謳われた。

 勝利したレースの中にはイギリスのKG6&QEステークスも入っている。それも連覇を成し遂げていた。

 そのダリアの血を受け継いだのが日本馬のアパオシャだった。

 古い競馬ファンの中には当時を懐かしみ、同じ牝馬でKG6&QEステークスを勝利した血族のアパオシャを、≪ダリアの再来≫と呼んで応援する者もいる。

 さらに、もう一つ血に依る人気が高い理由がある。

 アパオシャには現在のヨーロッパの有力競走馬にほぼ入っているノーザンダンサーの血が一滴も入っていない。

 同じ日本から来たナカヤマフェスタとヒルノダムールの父系にあたる、主流血統のサンデーサイレンスの血も持たない。非常に特異な血とマイノリティー性を愉快と感じる者は一定数居る。

 今年の凱旋門賞ウィークの各レースに出走する馬も、ノーザンダンサーの血が入っている馬ばかり。おそらく血の入っていない馬は片手で数えられる程度だろう。

 強い馬、勝てる馬を作るために強い馬の血を入れるのは分かる。しかしそんな飽和した血の現状に飽きている者も多い。

 だからこそ主流から外れた希少性に、価値を見出す者はいるわけだ。それが自分達に関わりの深い馬の子孫となれば、余計に親近感を抱くのだろう。

 

「しかもあちらの女王が大のお気に入りだから、エセ紳士共の面目は丸つぶれだ」

 

 酒の入った男達は上機嫌に、仲の悪い隣国の四枚舌の詐欺師が歯噛みする姿を想像して笑う。

 一ヵ月前のイギリス女王が日本の馬を友扱いした話はヨーロッパ中に知れ渡っている。おかげでフランスでのアパオシャの人気は意外と高い。

 しかもアパオシャの馬主南丸は今年得たレース賞金の多くを、祖国の大地震で不幸に遭った人々に寄付する旨を公言している。

 通信技術が発達した現代では、あの大災害の凄惨な光景を世界中の人間が目にするようになった。

 せっかく得た富を躊躇せず苦しむ者に分け与える奉仕精神は、キリスト教が根差すヨーロッパ社会では高く評価される。

 そうした経緯から、フランス国民はアパオシャに好意的な目を向けて応援している者も多い。

 それはそれとして、自分が賭けた馬や、お気に入りの馬を応援するのがフランス人の大多数だろう。勝てば祝福ぐらいはするが。

 

 どちらにせよレースは一番速くて強い馬が勝つ。それを見て予想するのが楽しいから、男達は競馬に魅入られている。

 酒を飲み、どの馬が勝つかを熱く語るのは世界共通の楽しみだった。

 

 運命の凱旋門賞まであと一ヵ月。

 

 



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第40話 世界に挑む

 

 

 日本のホースマンにとって凱旋門賞とは、憧れであると同時に呪いとも言える。

 日本調教馬が初めて凱旋門賞に挑戦したのは1969年。天皇賞馬スピードシンボリが出走した事が凱旋門賞への挑戦の始まりだった。

 それからメジロムサシ、シリウスシンボリが挑戦したものの着外に終わり、世界の壁の高さを味わった。

 1999年には満を持してエルコンドルパサーが長期遠征の末、初の2着入賞を果たした。

 負けはしたが一定の成果を挙げた事で、日本競馬界は自らのレベルが世界に通用すると判断して、再び凱旋門賞を目指す事になった。

 それから昨年2010年まで、6頭の日本馬をフランスへと送り、そのまま堅牢な門に弾き飛ばされた。

 遠征した中には史上最強とまで言われた、無敗のクラシック三冠馬ディープインパクトも居た事で、一層ホースマン達の呪いが強まったと言える。

 

 しかしなぜ、日本馬の海外遠征でフランス凱旋門賞だけがこうまで特別視されるのだろうか。

 競馬発祥の地、イギリス。馬の一大産地でダートの本場、アメリカ。ドイツ、イタリア、アイルランド、香港。海外の著名なレース開催国はそれなりに多い中で、なぜフランスか?

 日本馬の海外遠征の意義自体は理解出来る。

 

『世界の檜舞台で、日本産馬の真価を問わん』

 

『国際競走に対する日本競馬社会の認識をいっそう深める役割』

 

 要するに時代が国際化していく中で、世界の富豪―――特に欧州やアメリカの―――ステータスたる競馬も、日本が国際社会に出て行くのなら相応のレベルが求められた。

 海外挑戦は日本の馬が「我が国の馬は貴方達の所有する馬にも引けを取りません」そう主張する場なのだ。

 ここまでは多くの人間が納得のいく理由だ。相手の土俵で日本馬が勝つ、あるいは良い成績を残せば、自然と日本競馬の評価は上がる。

 

 凱旋門賞はヨーロッパでの競馬シーズンの終盤に開催され、その年のヨーロッパ各地の活躍馬が一堂に会する中長距離のヨーロッパチャンピオン決定戦に位置付けられている。

 幾つか理由はあるが、開催時期が十月と年末に近い事、極めて高い優勝賞金を出す事で有力馬を引き寄せて、権威を高めていると思われる。

 いささか品の無い理由ではあるが、ヨーロッパのレース賞金の平均の低さを思えば、致し方ない部分がある。

 理由はどうあれ一流馬が集まった以上は一流のレースとなり、勝利馬には大金と名誉が贈られた。

 これが面白くなかったのが競馬発祥の地イギリスである。欧州一のレースをフランスに取られたままを良しとせず、キングジョージ6世ステークスとクイーンエリザベスステークスを統合新設して、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを開催した。

 さらにアメリカもワシントンDCインターナショナルレースを創設して対抗した。

 こうした流れの発端となった凱旋門賞に、日本競馬界は大きな価値を見出した。

 

『世界で最も苛酷な馬齢重量によるレースであることも凱旋門賞の価値を高めており、自分の馬がこの一流レースに勝つかあるいは入着するだけでも、オーナーは計り知れないほどの誇りを感じるだろう』

 

 日本の競馬に関する本で、凱旋門賞はこのように紹介されている。

 

 一度定着したイメージは中々払拭出来るものでもなく、以来日本では海外遠征といえばフランスの凱旋門賞が代名詞になっていた。

 このイメージを変えるとなれば、やはり一度はレースに勝って呪いを解かねばならないのかもしれない。

 

 

 

 

 2011年10月2日 日曜日  快晴   フランス・パリロンシャン競馬場

 

 

 パリロンシャン競馬場。セーヌ川沿いに建つ、世界で1番美しいと言われる競馬場である。

 競馬場の周囲は、前日から大賑わい。フランス市民が全て集まったようなお祭り騒ぎになっている。

 紳士淑女は色とりどりの瀟洒なスーツやドレスを着こなし、ファッションショーのような華やかさがある。

 イギリスの観客は品を感じさせる集団だが、パリの住民はより芸術的センスを重視した装いに見える。

 それゆえに外国から来たファンは野暮ったさで溶け込めない。特にヨーロッパ人ではない、日本から応援に来た集団は人種の違いもあって明らかに浮いていた。

 それでもイギリスのような富裕層の社交場に比べれば、フランスの競馬は庶民の娯楽として定着している部分もあり、幾らかは日本人にも親しみやすい。

 さすがに日本の競馬場に居るような耳に赤鉛筆を乗せたサンダル履きや、ハチマキ法被の応援団は恥ずかしいので、最低でも背広とレディスーツぐらいは着ていた。

 

 凱旋門賞を見に来る日本人は毎年それなりに多い。ヨーロッパ在住以外にも、日本の旅行会社がツアーを組んで観光も兼ねて来たり、個人で来る者もいる。

 おそらく今年は例年の数倍の日本人が来ている。

 昨年の凱旋門賞2着のナカヤマフェスタのファンもいるが、今年既にイギリスG1を二勝して、歴代日本馬で最も凱旋門賞優勝に近いと思われているアパオシャのファンが大半だった。

 ファンの多くは中年以上と、還暦を過ぎた老人が大半だ。経済的に裕福なのもあるだろうが、父オグリキャップからのファンという理由もあった。

 スターホースの二代目が凱旋門賞を勝利する光景を見たいが為に彼等は海を渡った。

 

 

 そして直接パリまで行けなくとも、テレビの前で応援する日本人はその何倍も多い。

 同時刻の夜の日本では、競馬番組の枠組みから抜け出したスポーツ番組が特番で中継をしていた。

 通年では考えられない、凱旋門賞ウィーク中の全てのレースを放映する地上波放送でも、番組の平均視聴率はかなり高く、アパオシャの存在がより競馬を身近にしている証拠だった。

 競馬ファンだけでなく馬をよく知らない一般人も、ワールドカップ決勝まで勝ち上がったサッカー日本代表が出ているような感覚で見てしまう。

 特に今年は7月にFIFA女子ワールドカップで日本代表が初の優勝を飾り、大震災の苦境も相まって世界で活躍する日本人や馬のスポーツ人気が高まっていた。

 

 そんな彼等以上にテレビの前に噛り付くように見ているのが大震災で苦しい避難生活を強いられている東北の人々だった。

 被災者達は避難所の学校の体育館や公民館で、テレビを前に祈るように日本馬の勝利を願っている。

 たとえ辛く苦しく災害の理不尽に負けそうになっても、世界を舞台に懸命に走り続ける馬の姿は大きく心を揺さぶった。

 それに下世話な話だが、アパオシャが勝てばそれだけ馬主が賞金から寄付を約束して、自分達への義援金が増える。自分達のために命を削って走ってくれる馬を粗雑には扱えない。声は届かなくても、せめて応援したいと思う被災者は沢山いる。

 被災した子供達はメインレース開始の時間までは起きられなかったが、代わりに廃紙の折り紙で作った馬や、有り合わせの材料でアパオシャに似せた手製のぬいぐるみを、今日までに沢山作った。

 娯楽に乏しい避難所ではこうした遊びが荒んだ精神を癒してストレスを軽減していた。

 

 

 テレビでは特番に呼ばれた競馬解説者がフリップボードを使い、ロンシャン競馬場の形状を説明する。

 凱旋門賞は2400メートルの右回りコース。スタート位置からゴールまで約10メートルの高低差のある、日本と比べて非常に走り辛いコースである。

 勾配の急な坂はパワーの無い馬ほど、より多くのスタミナを消費する。スピードだけでなくパワーとスタミナに優れた、名馬の中の名馬しか勝つ事を許されない、まさしく世界一の馬を決めるレースと断言した。

 

「既にナカヤマナイトは、前日のG2ドラール賞を敗退しました。ですがアパオシャだけでなく、ナカヤマフェスタとヒルノダムールには、是非ともこのレースに勝ち、日本に優勝トロフィーを持ち帰ってもらいたいですね」

 

 画面にはパドックを歩く世界の名馬17頭が順番に映り、日本の馬が出るたびに歓声と声援が向けられた。

 

 

 

≪凱旋門賞≫  右回り・2400m  天候:晴  芝:良  発走時間16:15(日本時間23:15)

 

 

 4番 ヒルノダムール   牡4歳  斤量59.5kg   富士田

 

 5番 ナカヤマフェスタ  牡5歳  斤量59.5kg    蝦那

 

 8番 アパオシャ     牝4歳  斤量58.0kg    和多

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 歓声の中のロンシャン競馬場をゆっくりと歩く。

 イギリスのレースから約二ヵ月。いよいよ、前世では走る事の無かった凱旋門賞に挑戦する。

 俺の知る限り、幾多のウマ娘が挑んでは破れて帰って来た世界一のレース。

 先輩のカフェさんの実質的な引退レースになったのを思い出す。

 しかも厩舎の連中の話が事実なら、未だこのレースは日本の馬が一度も勝てていない。

 前世はウマ娘のナリタブライアンが初めて勝ったと憶えている。なら、あいつはまだ生まれていないのか。あるいは俺より年下で、来年以降挑むかもしれない。

 ふふ、あいつに先輩面出来るのはちょっと面白い。

 

「なんだ、笑っているのか?世界最高の舞台を前に笑えるなんて、やっぱりお前は凄い馬だよ」

 

【んー、凱旋門賞は初めてだけど、カドラン賞やロワイヤルオーク賞は勝った事あるから】

 

 距離は違えど、同じレース場のG1を走っていれば、そこまで緊張はしないさ。

 反対に和多の方はちょっと緊張があるのか、手綱の感触が固い気がする。イギリスの二戦で慣れたと思ったがまだ足りなかったか。

 でも、こいつもプロだ。ゲートに入るまでには準備は済んでいるだろう。

 今のうちに軽い走りで芝の状態を確認しておく。

 ―――ここしばらく雨が降っていなかったせいか、芝がかなり固いな。前世の記憶を引っ張り出しても、これだけ地面がカチカチなのは初めてだ。

 実際、走っていても芝があまり足に絡まない。これはヨーロッパの芝でも相当な高速状態になるか。

 

 コーナーを回り、スタンドから離れた向こう正面に置かれたスタートゲートに立つ。既に半数の馬がゲートに入っている。日本から一緒に来た2頭の馬もいる。

 さっきパドックを周回していた馬は俺を含めて17頭。

 日本のフルゲートに近い数の馬が一斉に走るとなれば、相当きついポジションの取り合いが待っている。

 さらに今世のヨーロッパにも専門の妨害屋が恐らく居る。そいつらの標的の中には、イギリスG1を二連勝した俺も入っているはず。

 下手したらスタート直後から数頭に囲まれて、何もさせてもらえずに沈められる可能性が高い。そいつらに対処しつつ勝つのは、なかなか骨が折れる。

 

「……見られているな。未熟な日本の馬と騎手扱いをされていた方がまだ走りやすかったかな?」

 

【今更言ってもしょうがないさ。ここまで来たんだから、後はただ走って勝とう。ヨーロッパの馬にも、日本の馬もだ。そして世界一になろう】

 

 想いはきっと和多に伝わった。相棒が軽く頷いた後、改めてゲートに入り、静かに一世一代の大勝負を待つ。

 

 

 弓道に縁は無かったが、引き絞られた弓から放たれる矢という表現が似合う、呼吸の合う良好なスタートを切れた。

 和多も背の上で短く「よしっ!」と口から洩れた。

 スタートからまずは平坦な直線が始まる。他の馬達は出方を窺うようにゆっくりと加速を始める。

 イギリスもだが今世でもヨーロッパのレースはスロースタートが主流だな。

 ならばこそセオリー外の動きは有効になる。

 

 徐々に外側スタートの馬達が内側に寄り集団を形成する前に、俺は脚に力を入れて加速。包まれる前に一気に先頭に出た。

 他の馬数頭が慌てて加速を始めて俺に追従してくる。なるほど、今日のレースの妨害役はお前達か。

 だが、そいつらに構っている暇は無い。登坂に入る前に、内ラチに寄せて最短ラインをガンガン加速して差を広げる。

 

 前世の時もヨーロッパ勢で『大逃げ』をしたウマ娘は殆ど居なかった。今世のイギリスの二度のレースでも無かった。

 仮説の域を出ないだろうが、ヨーロッパ騎手はそんな馬に対処した経験は少ないと思う。

 己の勝ちを捨ててでも一頭の馬を封じ込めるなら、妨害役を追いつかせなければ良い。

 よしんば追いついて妨害しようものなら、俺とスタミナの削り合いをする羽目になって早々に脱落するだろう。

 

 それに最初から先頭を走り、最後まで先頭のままなら、それでレースは勝ちだ。

 それが出来れば苦労は無い。そういう意見もあるだろう。

 とても頭の悪い回答かもしれない。現実的に困難なのは分かっている。

 しかし案外、満点回答ではないが合格点やもしれんぞ。バクシさんなら花丸をくれる回答だ。

 少なくとも前世のカドラン賞で、最初からスパートかけっぱなしでもスタミナを持たせた経験がある。

 距離と状況が違うから一概に同じと言わんが、出来ないとも言わない。

 ―――――さあ、16頭の世界最高の馬達よ。

 

【勝負しようかぁ!!】

 

 

 



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第41話 太陽の馬

 

 

 

『第90回目の凱旋門賞を制する馬と騎手は誰だ。各馬一斉にスタートを切りました。バラつきはありますが出遅れた馬はいません』

 

『頭一つ飛び出たのは、黒地に赤い玉霰の勝負服の和多が乗る8番のアパオシャです。そこからさらに前に出て、後続との差を三馬身に広げる。後を追うのは15番のテストステロンと3番シルヴァーポンド。それと10番のトレジャービーチが続く』

 

『4番ヒルノダムールは14番シャレータの隣で前目の内側を走る。5番ナカヤマフェスタは後方二番手で様子を見る』

 

『先頭アパオシャが後続の三頭を引き連れて、長い登坂に入る。五番手のヒルノダムールとは、およそ八馬身を離した先頭集団。時計は平年より早いか』

 

『スタートから700mを通過。先頭は相変わらず日本のアパオシャ。最初の第三コーナーに入り、坂の頂上からどうレースが動くのか』

 

『マスクドマーベルとスノーフェアリーは後方に居る。コーナーを回り、下り坂に入るアパオシャの脚は衰えない。依然としてテストステロン、シルヴァーポンド、トレジャービーチがすぐ後ろに詰めている。そこから五番手のシャレータとは、既に十馬身差がある』

 

『下り坂で加速したテストステロンが外側から先頭に立った。トレジャービーチも前に行き、アパオシャは三番手に下がる』

 

『下り坂が終わり、ヒルノダムールは六番手、すぐ後ろにデインドリーム。続いてフォルスストレート!フォルスストレートが待っている。残りは900m!』

 

『先頭のテストステロンが下がって行くぞ!トレジャービーチもだ!騎手が鞭を叩いても反応が鈍い。再びアパオシャが先頭を握り、フォルスストレートを加速する』

 

『三番手シャレータ、四番手ヒルノダムールが前二頭を追いかけるが、その差はまだ十馬身は離れている。セントニコラスアビー、ソーユーシンクも中団から動き出している。ナカヤマフェスタは後ろ二番目から動かない』

 

『フォルスストレートが終わり、アパオシャが最終コーナーに入った!シルヴァーポンドも力尽きてズルズルと下がっていく!』

 

『最後の直線はアパオシャの独走状態だ!しかし二番手シャレータがジリジリと差を縮めている。残りは500mを切ったぞ!』

 

『ここから後方の馬達が一斉に仕掛けていく!外からはミヤンドルとワークフォース!大外からナカヤマフェスタも来た!!インコースからはヒルノダムールだ!さらに内からデインドリームが攻める!』

 

『デインドリームがアパオシャに喰らい付く!しかし後続の追撃を、首を低く下げた独特の低重心走法で再び突き放す!残り300!残りは300mだ!!』

 

『デインドリームが追う!!二番手のデインドリームが日本の最強馬を猛追する!!しかし、その差は中々縮まらない!!』

 

『スノーフェアリー、シャレータも最後のスパートを見せるが追いつけない!!ヒルノダムールはまだ粘る!』

 

『ゴールまであと100m!アパオシャの独走状態!!二番手のデインドリームとはまだ三馬身の差がある!!これは決まったか!?決まったのか!!あの凱旋門賞を日本の牝馬が制覇するのか!!』

 

『決まったーーーー!!圧倒的な強さでゴールを駆け抜けたーー!!アパオシャが勝ちました!!二着はデインドリーム!離れて三着はシャレータです。ヒルノダムールは四着に入りました。五着はスノーフェアリー』

 

『なんと一着から五着まで、四着のヒルノダムールを除いて全て牝馬です。今年の凱旋門賞は牝馬が強かった』

 

『逃げ切ったアパオシャの背の上で、和多騎手が立ち上がって両手を高く突き上げる!34歳にして和多流次が世界の頂点に立ちました!』

 

『1969年に日本馬スピードシンボリが凱旋門賞に初挑戦してから実に42年。日本のホースマンの執念が最強の黒馬アパオシャを生み出し、今日まさに凱旋門を開け放ち、世界を制覇しました』

 

『ああっと!これは驚きました!レコードの文字が点灯しています!勝利タイムは2:24.05!2:24.05です!1997年のレコード、2:24.60から0.5秒近く更新しました』

 

『もはや彼女はオグリキャップの娘ではありません。シンザンの末裔でもない。彼女はただの、アパオシャ。旱魃の神の名前の由来通り、世界最強馬≪太陽の女帝≫アパオシャと言うべきです』

 

『おめでとうアパオシャ。おめでとう和多流次。日本史上最高のコンビよ、貴方達以上に人馬一体と呼ぶにふさわしい者達は居ない』

 

 

 

 

 着順  馬番        馬名    馬齢   着差

 

 1着   8     アパオシャ   牝4歳    

 2着  16   デインドリーム   牝3歳    2

 3着  14     シャレータ   牝3歳    5

 4着   4   ヒルノダムール   牡4歳    1/2

 5着   9  スノーフェアリー   牝4歳   クビ

 

 

 

 決着タイム  2:24.05

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 日本でテレビを見ていた人達は例外無く、絶叫、喝采、拍手、号泣と感情の波に圧し潰されていた。

 深夜でもそこかしこで喧騒が起きていて、寝ているのに叩き起こされた人は災難だろう。

 しかし歴史的瞬間に立ち会った日本人が感情を抑える事は難しかった。

 

 日本の美浦トレーニングセンターでも、大ホールを使って多くの厩舎の職員がフランス中継を観戦していた。

 調教師達の中心に居たアパオシャの調教師中島大も、周りの同業者達から祝福とやっかみ交じりの称賛を受けて、涙で顔をグシャグシャに歪めていた。

 

「おおぅおおおおおおっ!!!」

 

「何言ってんのか分からんぞ中島」

 

「おらっ!世界一の調教師様を胴上げしてやれ!!」

 

 大は調教師仲間から荒っぽく胴上げをされて祝福を受けた。

 騎手を引退して調教師を始めてから二十数年。凱旋門賞に挑む前に、フランスから帰らなければならなかったサクラローレルの手痛い失敗。屈腱炎により引退レースにさせてしまったマンハッタンカフェへの後悔。

 それらを乗り越え、ようやく辿り着いた境地。今この場で死んでも良いと思うぐらい、幸福の絶頂にいた。

 

 

 

 日本でアパオシャの関係者が歓喜に包まれる中、現地フランスでも会場は大興奮の渦の中にあった。

 多くは勝利した馬を称える声で、一部は落胆とおそらく罵声も混じっている。それは仕方あるまい。金を賭けていた者や、自分の馬が負けたとあっては平静ではいられない。

 同時に、たとえヨーロッパではない日本の馬が勝っても、現地のフランス人の多くは感嘆して祝福する。

 その身にフランスの名馬ダリアの血が流れているのも理由の一つ。

 そしてそれ以上に、勝者が好きだから。

 ヨーロッパ人は強い馬を愛している。どこの生まれだろうが関係無かった。

 

 ウイニングランと検量を終えたアパオシャが拍手の中を歩く。その背には勝者の証たる、ワインレッドのブランケットが着せられていた。

 ウィナーズサークルには、調教師代理の遼太、厩務員達、馬主の南丸、生産牧場主の美景晴彦夫妻ら関係者達が待っている。

 日本の国歌をバックに、彼等に迎え入れられた世界最高の人馬。

 

 相棒の背から降りた和多は無言で南丸と抱き合った後、晴彦達と固く握手を交わす。

 厩舎の面々もそれぞれアパオシャに抱き着いたり、顔を撫でて最高の馬と褒め称えた。

 何十台ものテレビカメラが彼女を捉え、カメラのシャッターボタンが押される。

 

「和多騎手!今のお気持ちを日本で見ている人達に伝えてください!!」

 

 日本のテレビ局のアナウンサーが和多にマイクを差し出す。

 

「えっと、これ以上無いってぐらい最高です!それも全てアパオシャのおかげです!それだけでなく、日本から来て世話をした人達やそれ以外にも沢山の関わった人に感謝します!本当にありがとうございました。今日の勝利は皆の物です!!」

 

 深々と頭を下げた和多に拍手が贈られた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 日が落ちて電灯に照らされた馬房の中で、黙々と草を食べる。今は少しでも失った体力を回復するために食べ物が欲しい。

 さすがに凱旋門賞を走った後は疲労が凄い。酷使した筋肉や関節が今も悲鳴を上げている。

 これは数日は食って寝て過ごさないと軽い運動すら無理だ。

 傍目から見れば余裕の勝利に見えても、実際は殆ど余裕は無かった。

 俺が勝てたのは天候に恵まれて芝が乾いていた事、前世で何度もレースをしてロンシャンの地形を熟知していた事、全てを任せてくれる騎手に巡り逢えた事、あと俺自身の実力。

 大雑把に四つ全てが備わっていたから何とか勝てた。世界最強を決めるに等しいのだから、決して楽勝なレースじゃなかった。

 そして出来れば、もう少し長い距離を走れれば余裕があったんだが。2400メートルはスピードも相応に重視されるから、適性距離が3000~4000mの俺にはやっぱり辛い。

 最初から全力に近い速度を維持しつつ、スタミナの続く限り走り続ける『大逃げ』。

 言うだけなら簡単でも、途中でスタミナが枯渇したら無様に負ける。かなりリスクの高い走り方を選ばなければ勝てなかった。

 ヨーロッパは坂が多くて勾配が強烈だから、多少脚が遅くても誤魔化しが利くけど、それでも最高速度を引っ張り出し続けるのは疲労が酷い。

 それに前世の一度目のカドラン賞の時は、同じ走り方をして靭帯を損傷した。今回は四つ足だったから負担が分散したのか、単純に距離が短かったからか脚が壊れる前にケリがついた。両方かもしれないが、どちらにせよ何度も同じ手は使いたくない。

 脚をへし折ったらKG6&QESの3番みたいに、その場で介錯を受けることになるかもしれない。走らせるだけ走らせて、たった数年で命を奪われるのはゴメンだ。

 

【――――でもやり切った。これで安心して日本に帰れる】

 

 確か5月末に飛行機に乗ったから、もう丸々四ヵ月が経っている。

 レース目的でここまで日本を離れたのは前世でも無い。トフィ達は元気でいるのか。仮に無事でも、余震でストレス溜めていないと良いけど。

 次のレースは何かなぁ。後は日本に帰るだけで、今月はもう走らないだろうから、来月のジャパンカップか去年と同じように年末の有馬記念かな。

 特に有馬記念は去年大ポカをやらかしたから、今年は是非とも汚名を雪ぎたい。

 今年の残り三ヵ月で走るレースをあれこれ考えていると、変な足音が耳に入る。さらに漂う鼻腔を刺激する酒臭さに疑問ばかりが頭に浮かぶ。

 厩舎に入って来たのは、酒瓶を手に千鳥足の和多だった。

 

「うぉーい、いるかー?」

 

【凱旋門賞に勝てて嬉しいのは分かるけど、いい年なんだから控えろよ】

 

 当然馬の声は分からないし、仮に人が言っても酔っぱらいが理解出来るはずがない。

 和多は始終口元が緩んだ笑みを浮かべて、俺の馬房の扉の横に座り込む。

 

「今日はお疲れだったな。ほんとうにお前は凄いよ。俺みたいな二流止まりの騎手がさ、無敗のクラシック三冠達成して、海外G1を三回も勝てたのは全部お前のおかげだ」

 

【そうか?俺はあんたを一流だって思ってるぞ。柴畑はともかく、蝦那とか富士田はちょっとやりづらいし】

 

 一緒にフランスに来た騎手が全員試しに俺に乗ったが、どうもあんたほどしっくり来ないんだよ。技量は上かもしれないが、性格というか馬を扱う方針が合わないんだろう。

 ああでも、イギリスに居た時にランプの奴に乗ってた、マルコ・デニーロとかいうラテン系の騎手は上手かった。

 

「俺はさ、今までずっと一番強かったのはオペラオーだって思ってた。未熟だった20そこらの俺を乗せても、G1を七回も勝ったんだぞ。もっと上手い猛さんとかだったら、あと三つは勝てた」

 

 マジか。あんたがテイエムオペラオーちゃんの騎手だったのかよ。今までそういうの全然話さないし、言葉に後悔みたいな感情が込められているから、よっぽど口にしたくなかったのか。

 そういえば今日勝ったから、俺も七冠になった。これからまだまだ走るから、今世はどれだけ冠が増えるかな。

 

「お前はそのオペラオーと同じぐらい強い。やることなすこと滅茶苦茶で、乗ってる時はすげえ大変で疲れるけど、でもお前と一緒に走れてすごい嬉しいんだ」

 

【俺も和多の事は嫌いじゃないぞ。今更他の奴と組むのも面倒くさい】

 

「おっ、そうかーお前も嬉しいか。へへへ、これからも頼むぞ―――――」

 

 それだけ言って、和多は酒瓶を枕に寝てしまった。やれやれ、酔っぱらいは困ったもんだ。

 こんな時間じゃ厩務員も様子を見に来ないから、朝までに相棒が凍死してしまう。

 前世の時にも髭トレーナーが、秋にヨーロッパの道端でテント張って野宿したら、あまりの寒さに仲間が凍死しかけたと言ってたしな。

 

 放っておけないから、馬房の扉の閂を内側から口を使って動かして、扉を開ける。その後は和多の服を咥えて馬房の中に引き摺り込んで、寝藁の上に寝かせた。

 藁は断熱材だから固くて冷えるコンクリートよりはずっといい。

 さらに俺も足を畳んで隣に座った。人肌ならぬ馬肌があれば少しは温かいはずだ。

 たまにはこうして相棒と夜を明かすのも悪くない。

 

 

 翌朝。俺達日本馬の世話に来た厩務員が、馬房で寝ている和多を見つけて大声を上げた。

 この話がフランスに来ていた日本のスタッフ全員の耳に入り、しばらく和多はこの話をネタにされた。馬と添い寝した騎手とか、浮気相手が馬とか色々言われたらしい。

 これに懲りたら酒は程々にするか、ちゃんと部屋のベッドで寝ろ。

 

 





 イギリスの時にアパオシャはアスコットレース場◎と登山家のスキル持ってると書きましたが、ロンシャンレース場も◎持ってます。



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第42話 選択権


 今回も感想数が多くて返信は出来ませんので、この場を借りてお礼申し上げます。
 やはり凱旋門賞は反応が大きいですね。
 日本ダービーに続いて二つ目の山場を越えた感があります。
 ですが本作はまだまだ続きます。読者の皆様はもうしばらくお付き合いください。




 

 

 美景ナツは農業高校に通う学生である。

 部活は馬術部に所属していて、毎日部の馬の世話のために朝は五時に起きている。

 学校の敷地内での寮生活のため、通学時間がほぼ無いのが救いだと思う。

 

「ふあー。昨日はあんまり寝れなかったなぁ」

 

 いつもはもっと早く寝ているが、昨日はどうしても気になる事があって寝付けなかった。

 寝不足は作業のミスが増えるから出来るだけ寝ろと、家族から教えられているのに失敗した。

 特に今は学園祭の準備があるから、疲れを残すのは良くない。

 ナツが考え事をしながら歩いていると、別方向から名を呼ばれた。

 

「おはよう、美景。昨日はお疲れー」

 

「うん、おはよう八剣君。昨日の新人戦はお互い頑張ったね」

 

 クラスメイトで同じ馬術部の八剣は、早朝の寒さに震えながらナツに挨拶する。

 昨日の日曜は高校馬術の大会があり、二人も日頃の練習成果を見せる舞台に立った。

 結果は二人とも入賞を果たした。優勝こそ出来なかったが、まずまずの結果を残したと言える。まして八剣は高校から家畜に接点を持ち、馬に乗ったのは今年の四月から。それで入賞まで行けたのは、本人の努力が大きかった。

 

「馬術部の新人戦も終わったし、後は学園祭が終われば一息吐けるよ」

 

「そうだね。後は学園祭だけ。それが終わったら……あっ、そういえばイッちゃんは今週に野球部の秋県大会だった」

 

「夏大会は惜しかったよな。次は頑張って優勝してほしいよ」

 

 二人は簡単な話題を膨らませながら馬術部の厩舎に向かった。

 

 馬術部には他の部員も段々と集まり、協力して馬糞集めや餌やりをする。

 今日は馬達も昨日の大会で疲れているから練習は休み。代わりに学園祭の出し物の準備に追われた。

 

 寮の朝食の30分前に、部の顧問の大鳥に言われて作業を中断した。

 

「ではまた放課後に作業を再開しましょう」

 

「「「お疲れさまでした」」」

 

「あーそうそう、美景さんに渡しておくものがあります。おそらく、今最も欲しいものだと思います」

 

「えっ?あ、ありがとうございます」

 

 ニコニコしている顧問に、一枚の紙切れを手渡されたナツは戸惑いながら紙を覗き込み、目を見開いて喜びの絶叫を挙げた。

 

「いやったーーーーー!!!やったよっ!!黒子がっ!!八剣君、黒子が勝ったよーー!!」

 

「ええーー!?」

 

 隣に居た八剣は突然抱き着いて来たナツに驚き、思考が停止した。

 

「ちょ、ちょっとナツ!?落ち着きなって」

 

「うわっ、お前らそういう仲だったのかよ」

 

「これはこれでアリか」

 

 他の部員の様々な反応の中、ナツはたっぷり20秒は友人の男の娘に抱き着いてから我に返って、顔を真っ赤にした。抱き着かれた八剣は、しばらく川岸で見知らぬ老人と世間話に興じていた。

 落ち着いたナツは部員から、なぜそんなにハジけたのか問われて、顧問に貰った紙をみんなに見せる。

 

「『第90回凱旋門賞優勝は≪太陽の神馬≫アパオシャ!!』――――これって美景の家の馬か」

 

 馬術部でも関心のあったレースの結末に、部員達は一様に驚きの声を上げた。

 

 

 

 

  ≪神馬≫アパオシャが凱旋門賞を日本馬で初優勝!!

 

 

 10月2日16:15にフランス、パリロンシャン競馬場で行われた記念すべき第90回凱旋門賞は、日本のアパオシャ(牝4)が二着デインドリーム(牝3)に二馬身差をつけて優勝した。勝ち時計は2:24.05のレコード。欧州馬以外での凱旋門賞勝利は創設以来初。

 今年は5戦5勝で無敗。G1勝利は通算7勝と、シンボリルドルフ等の日本記録タイ。

 騎手の和多流次氏は「騎手を続けてこんなに嬉しい事は無い。アパオシャは完璧な走りを見せてくれました。この馬の背で走れる僕は世界一幸せな騎手です」号泣したままコメント。

「全ては馬のおかげです。中島厩舎にとって、いえ日本にとってもこの子(アパオシャ)は神様みたいな馬です。胸を張って親父(中島調教師)に勝利を報告出来ます」調教師代理の中島遼太調教助手。

 

 レースは序盤からアパオシャが仕掛けて、後続集団を大きく引き離して先頭を走る。途中15番のテストステロンと10番のトレジャービーチに先頭を奪われたが、終盤で二頭が力尽きた後に再び先頭に立つ。

 最終直線で後続がスパートをかけて差を縮めても、先頭のまま着実にゴールを目指して二馬身離して逃げ切った。

 

 六月から海外遠征してゴールドカップ(英)、KG6&QEステークス(英)、凱旋門賞(仏)と海外G1三連勝。

 KG6&QEステークスと凱旋門賞同年勝利はリボー、ミルリーフ(ミホノブルボン、イナリワンの父父)、ダンシングブレーヴ、ラムタラに次いで五頭目。牝馬では初。

 関係者筋の話と過去の受賞馬の成績との比較から、日本のJRA賞に相当する11月発表のヨーロッパ・カルティエ賞の受賞はほぼ確実と言われている。

 

 同レースに出走した日本馬、ヒルノダムールは4着、ナカヤマフェスタは7着だった。

 

 

 

 ≪競馬フリークWEB≫

 

 

 

 

 ゴール板をバックに気迫の籠った走りを見せるアパオシャの、画像付き速報ニュースを読み終えた馬術部員は沸き上がった。

 彼等も末席ながら馬に関わる者として、日本を代表して世界最高のレースに挑んだ馬の勝利は誇らしい。それが同じ部の子の家から出た馬となれば、一層の喜びになった。

 大鳥は喜ぶ教え子達を菩薩のような穏やかな笑みで見守る。

 

「いやはや、まさか凱旋門賞を勝つ馬が教え子の牧場から出るとは思いませんでした。私も昨夜は年甲斐もなく身が震えました」

 

「先生はリアルタイムで見てたんですか。いいなー」

 

「よければ録画したレースを昼休みにでも視聴覚室で見ますか?」

 

 未だ三途の川の岸に居る八剣以外の部員達は一斉に手を挙げた。

 

 

 その日は朝からナツは上機嫌だった。クラスメイトから理由を聞かれて、凱旋門賞の事を話せば大抵は納得した。

 家が隣で幼馴染の的場一郎も話を聞いて、普段の仏頂面を完全に崩して両の拳を高く上げた。彼にとってもそれほどにアパオシャの勝利が嬉しかった。

 そしてクラスメイトの誰かが羨んだ。

 

「すげーなー美景の家。外国のレースは勝ったら賞金たんまり出るんだろ?」

 

「うちには全然入ってこないよ。生まれた馬がレースで勝っても、賞金は馬主さんや騎手さんの物だから。国内レースを勝ったら、JRAが少しお金出してくれるけどね」

 

「なんだぁ。世の中そんなに上手くいかないのか」

 

「でもそのアパオシャの兄弟が居たら、凄く高値で買われるんでしょ?」

 

「多分そうだと思う。弟と妹は高く売れたから爺ちゃん達も喜んでた」

 

「羨ましいなー。うちもそんな高く売れる馬が居たら借金一気に返せるのに」

 

 クラスメイトの一人が自分の家の資産と比較して嘆いた。

 それを期に、クラスの三割ぐらいの生徒が同じような悩みを口々に吐き出す。

 事業というのは拡大しようとすると資金が必要になる。ならば金のある所から借りるわけだが、すぐに返せるはずがない。こと農業や畜産業は何年もかけて、商品を育てなければならない。その間に計画通り利益が出せず利息が膨らんだり、買った家畜が病気などで一気に死んだら、その時点で破産を考えるぐらい先を読むのが難しい。

 下手をしなくても数十年かけて数世代を跨いで、少しずつ返済するような気の長く、頭の痛い話である。

 だからこそ、ナツのように一気に金が入ってくる話が羨ましくて仕方がない。

 

「なあ、馬ってそんなに高く売れるの?」

 

 何気なく疑問を口にした八剣に、馬に詳しいクラスメイトが軽く教える。

 

「ピンキリで安けりゃ一頭百万円。凱旋門賞馬の兄弟なら幼駒でも、1億を超える事もザラだぞ」

 

「はぁ!?1億って――――じゃあ、美景の家にいた仔馬のネコ太郎もそれぐらいするのかよ!?」

 

 今年の夏休みに美景牧場に住み込みのバイトをした八剣は、産まれて数ヵ月の人懐っこい小さな馬――――マヤノトップガン産駒ウミノマチ11幼名ネコ太郎――――が札束の塊と知って驚愕する。

 

「多分するんじゃないかなー。黒子の弟でネコ太郎の兄のクーは去年競りに出したら、二冠馬の弟って評価で4000万円だったから」

 

「あー俺もここ卒業したら、実家継いで馬に手を出すかなー」

 

「やめとけやめとけ。食肉用ならともかく、競走馬はリスク滅茶苦茶高いんだぞ。一攫千金狙って散財しまくって、倒産する有力牧場だって結構多いからな」

 

「有力な牝馬を沢山仕入れて高い種牡馬を種付けなんてやってたら、10億円やそこらあっという間に融ける業界よ。儲けようなんて思って手を出さない方が良いわ」

 

 楽観的に馬生産に手を出そうとした同級生を、比較的業界に詳しい別のクラスメイトが止める。

 零細の美景牧場から、凱旋門賞勝利のG1七冠馬が出たのは完全に運の領域だ。安易に真似など出来る筈がない。

 競走馬の生産とは、実質数千万円払って一等賞金10億円の宝くじを買うようなものだ。当たれば数十倍の売り上げが見込めるが、当たる率はかなり低い。正直割に合わない事業である。

 

「1億円は大金には違いないけど、事業拡大で新型のハーヴェスターを買ったり牛舎を新築でもしたら、あっという間に無くなる額よね。ナツはどうするの?」

 

「どうするもなにも、お金は爺ちゃんや父さんが使い道を考えるから、私は分からないよ」

 

「貴女は一人娘で、将来は家の牧場を継がなきゃいけない立場でしょ。いずれ経営者になるんだから、たとえ想像でも大金が入ったらどう使うかを常に考えないとダメよ」

 

 同じ畜産農家のクラスメイトに厳しい事を言われてナツは押し黙る。

 元ある家の資産を引き継いだ後、どのように運営して金を稼ぐか。この手の話はどの畜産家や農家の跡取りに付いて回る。

 クラスの生徒の数割はまず家の借金返済に充てたいと言い、またある者は設備投資して性能の良い農業機械を買う。別の生徒は家で生産した作物を加工して利益率を上げるための工房や加工業務を新規立ち上げしたいと、それぞれ目的を語る。

 そんなクラスメイトを見て、八剣はどこか疎外感を覚えた。

 彼は農家や畜産業出身の家ではない。札幌市内のサラリーマン家庭で育ち、諸事情で全く興味を抱かなかった農業高校を進路に選んだ。

 だから多くのクラスメイトのように実家を継いだり、それに類する進路を持っていない。

 同じような一般家庭出身のクラスメイトも居るが、例えば獣医や将来的に畜産に携わりたいと明確な将来を考えている。

 クラスメイトと比較して、まだ目的を模索している最中という出遅れ感を持っているから、八剣は色々と焦りがあった。

 言い換えれば、どんな選択も出来る自由があるとも言えた。ある意味、もっとも将来性に富んだ存在だろう。

 

 それにクラスメイトも目標や将来の夢があっても、これまでの話のように経済的な悩みや焦りは必ずある。

 質や方向性の違いはあっても、先の事で悩む同じ年の高校生だと気付くのはもう少し先の事だった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャが日本馬による初の凱旋門勝利を飾ってから、約半月が経った。

 この間、日本ではこれまで震災により自粛ムードが蔓延していたのが嘘のように連日お祭り騒ぎになり、陰鬱な雰囲気を完全に吹き飛ばした。

 競馬関係者はもとより、日本各地の馬を祭る神社ではアパオシャ勝利の奉納祭が行われた。

 今やアパオシャは父オグリキャップに並ぶ、日本で誰もが知る馬となった。

 

 となれば、人々の関心はアパオシャだけでなく、競馬にも再び向けられた。

 休日には日本各地にある競馬場に人が溢れて、経営の厳しい地方競馬の関係者は嬉しい悲鳴と共に、アパオシャに最大級の感謝をした。

 中でも最も恩恵を受けた地方競馬は笠松競馬場だった。

 元から父オグリキャップを世に送り出した聖地として、競馬ファンにはそれなりに認知されていたものの、時が経つにつれ忘れ去られていた。

 それが昨年のオグリキャップの事故死から、末娘アパオシャの獅子奮迅の活躍により、再び聖地として注目を受けて活気溢れる競馬場に戻りつつあった。

 

 実は笠松競馬場には、地方馬から大出世したオグリキャップの銅像がある。この銅像の隣にアパオシャの像を添える意見が、クラシック三冠馬になった時に持ち上がった。

 幸い、馬主の南丸は岐阜県在住で理解があり、JRAも功労者を称える像ならと、両者は快く設置の許可を出した。

 こうして話は上手く纏まり、大震災の影響で制作の延期を挟みながらも、どうにか銅像は完成して2011年中にお披露目の目途が立った。

 近日中には式典が行われ、日本競馬史に消えない名を刻んだ父娘の銅像は、これから笠松競馬場の新たな名物になり、来場者の目に留まるだろう。

 

 

 そして競馬関係者以外で最もアパオシャの恩恵を受けた者が岐阜県に居る。

 彼はアパオシャのオーナー南丸浩二。ゲームソフト制作会社≪世界一ソフト≫の社長である。

 アパオシャの勝利のたびにメディアに顔を出しているのと、自身の公開プロフィールにも馬主と記載している事から、全国規模で顔と名が売れている。下手をしたら、今のゲーム業界人で最も一般に認知された人間かもしれない。

 南丸に馬を見る目は無い。アパオシャを買ったのも、単に企業人として馬主コミュニティの利用価値を重視した点と、若い頃に憧れたオグリキャップの子というだけ。レースに勝てる馬と思って購入を決めたわけではない。

 よしんば全く勝てなくても、出来る限り面倒を見る覚悟を持って買った。

 それが良い意味で予想を大幅に外してアパオシャは勝ち続け、あれよあれよという間に牝馬初の無敗のクラシック三冠馬どころか、凱旋門賞すら勝利してのけた。

 おかげでどの競馬場に行っても馬主から関係を結びたいと接触してくる。

 本業のゲーム販売も会社の名が売れたおかげで、震災で売り上げが落ちると思われたのに、逆に今年はヨーロッパを中心に売り上げが数倍に跳ね上がったと、営業部が狂喜乱舞している。

 さらに南丸が一番嬉しかったのが、ゲーム業界でも五指に入る老舗メーカーの≪栄光≫が業務提携を提案した事だろう。

 この≪栄光≫はゲーム業界黎明期から居続ける大先輩。一大歴史シミュレーションシリーズ≪家康の野望≫や競馬シミュレーション≪ウィナーホース≫などを手掛けている。

 自らの会社が業界の重鎮に認められた。その事実が殊の外喜びだった。

 このように我が世の春とばかりに上向きの南丸は忙しくも充実した日々を過ごしていた。

 

 ある日の午後。スポーツ誌のインタビューを終えた南丸は、会社の社長室でパソコンを操作してソフトを起動する。

 その間、記者との話でカラカラに乾いた喉をお茶で潤した。ここ最近はずっと喋りっぱなしで喉が痛い。

 

「――――――お待たせしました南丸オーナー。今日は忙しい中で時間を割いて頂きありがとうございます」

 

 パソコンの画面に映し出されたのは美浦トレセンに居る調教師の大だった。

 

「こんにちは、中島先生。忙しいのは先生の方でしょう?本来なら直接顔を出さねばなりませんが、画面越しで申し訳ありません」

 

 互いに頭を下げる。アパオシャに関わる二人は、共に通常の業務に加えてメディアの取材や、あらゆる人間からの問い合わせで多忙を極めている。

 そんな中では直接顔を合わせるのは難しい。それでもアパオシャの事で話す事は多いので、大は南丸に今回のようにウェブカメラの会話を提案した。

 

「それで先生、アパオシャは今どうしていますか?」

 

「今は中山競馬場の厩舎で過ごしています。あれだけのレースをして空輸をしても、調子を落としていません。相変わらず強い子ですよ」

 

「それは良かった。レースに勝ってくれるのも嬉しいですが、元気でいてくれるのが一番です」

 

「全くです。どんな強い馬でも病気や怪我に悩まされる姿は、我々も見ていて辛いです。―――――さて、本題に入らせてもらいます。今日はアパオシャの今後についてお話ししたかった」

 

 南丸はある程度予想していた案件だったので、驚かずに姿勢を正す。

 海外遠征という一大イベントを終えても、それでアパオシャの競走馬生活が終わったわけではない。その次の目標を決めねばならなかった。

 

「まず最初にお伺いしたい。オーナーはアパオシャを今年で引退させず、来年も走らせますか?」

 

 大の切り出した話は、これまで南丸も幾度となく画面越しの調教師以外から聞かされた。

 ヨーロッパの生産牧場関係者や馬主からは、今年限りで引退するのを前提でアパオシャや、その子供を売って欲しいと言われた。

 日本に帰って来てからも、凱旋門勝利の祝いの言葉の中にそれとなく、馬を売って欲しいと匂わせる言葉があった。

 メディアの取材では露骨に来年の予定を聞いてきて、引退の情報を聞き出そうとしていた。

 そうした者達の思惑は分かる。

 どんな馬も永遠に走れるわけではない。有力な馬なら早々に引退して、その優れた血を早く次代に繋げる事が求められる。

 しかもアパオシャはスターホース≪オグリキャップ≫の唯一の重賞産駒。確実に血を残すには、一年でも早く繁殖牝馬入りさせてほしいと、日本の競馬関係者は願っている。

 同時に周囲から―――例えば自社の社員や近所の人からは、まだまだアパオシャが走るのを見たいとよく言われる。

 日本最多G1勝利記録に並ぶ今、これからどれだけ勝利記録を伸ばせるのか、世間は大きな期待をしている。

 レースを見る者にとっては、馬とは走っている姿が全てだ。その馬の子や孫の活躍を期待する声もあるが、やはり馬自身が見たい声の方が圧倒的に強い。

 だからこそ馬主は大いに悩む。元気なうちに引退させて多くの子を産ませるか、長く活躍させて人々を喜ばせるか。必ずどちらかを選ばなければならなかった。

 その選択は他ならぬ、決定権を持つ馬主の己にしか出来ない仕事だ。

 

「その問いには先生の意見も反映させなければなりません。調教師の目から見て、アパオシャはこれからもレースを走り、そして勝てますか?」

 

「アパオシャは怪我一つ無く、健康そのものです。骨格などに疲労の蓄積も見当たりません。そしてレースに絶対は無いですが、おそらくはこれからも多くのレースを勝つでしょう。むしろアパオシャは、これからがピークです。私はそう見ています」

 

「これからがピークですか?」

 

「はい。人もですが、馬にはそれぞれ個別に肉体の成熟する年があります。早ければ2歳の後半から3歳の半ばで来る馬も居れば、6~7歳のように晩成の馬も居ます。アパオシャの場合は、競走馬の中の平均よりやや遅く、4歳後半~6歳頃までが全盛期ではないかと思います」

 

 大は手近にあるノートにグラフ曲線を描いて、簡単に説明する。

 南丸はその意見に口を挟まない。相手は馬のプロだ。自分より遥かに馬の事を知っている。

 重要なのはそのプロの意見を取り入れて、最終決定権のある自分がどう決断するかだ。

 

「………先生にもう一度お聞きします。アパオシャの体は健康でレースに問題が無いどころか、来年一杯までが最も強い可能性が高いと仰るんですね?」

 

「確実とは言えません。ですが長年馬を見てきた私の目は、そう判断します」

 

 実に悩ましい。一年現役を伸ばす事は、一頭のオグリの孫が減るのに等しく、同時にオグリの娘の立てる偉業がまだまだ積み上がる事を意味する。

 そして南丸を悩ませるのは、東日本大震災。あの忌まわしい大災害さえなければ、天秤はアパオシャの引退に大きく傾いていたと思う。

 もう少しだけアパオシャの走りで、日本の人々に希望の灯を魅せ続けたい。そういう想いが南丸にはあり、未だ心の天秤を揺らしている。

 

 およそ一分間の沈黙の後、大きく息を吐いた南丸は決断を下した。

 

「中島先生、引退は来年末にします。これからもアパオシャをよろしくお願いします」

 

「分かりました。ではまず、有馬記念を勝ちにいきましょう。そして今度こそ無敗で年間を走り抜きましょう」

 

 南丸は回線を切った。

 静かになり、部屋の主は一人天井を見上げて高揚感を隠し切れない。

 

「まだ、あの子の走る姿を見たいんだよ」

 

 か細くなったオグリキャップの血を繋げるのは大事だ。しかし憧れの馬の実子が走り、勝つ姿を見たいという欲求は、それを遥かに勝っていた。

 既に七冠を達成して、おそらく次の有馬記念も勝ち、日本馬として未踏の八冠を戴くだろう。

 それでもなお走る姿が見たい。欲が深いと思うが、この想いだけは我慢したくなかった。

 

 



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第43話 秋三冠レースへの期待

 

 

   2011年の競馬スレpart666

 

 

244:良識的競馬民

なんか祭りの後の熱が抜けたような気怠さがある

 

245:良識的競馬民

クラシック三冠が終わったからな

 

246:良識的競馬民

まさか二年連続でクラシック三冠馬が出て来るとは思わなかった

 

247:良識的競馬民

ミスターシービーとシンボリルドルフから25~6年空いたからな

当時を知ってる競馬民は若くても40歳超えてる

そしてシンボリルドルフは死んじまった

 

248:良識的競馬民

ルドルフは後継者みたいな奴等が生まれて満足して逝けたよ

 

249:良識的競馬民

片や牝馬なのに無敗のクラシック三冠獲った脚質自在で超奔放な魔性の牝馬

もう一方はレース後とはいえ二度も騎手を振り落とす超癖馬の暴れん坊将軍

こいつらが皇帝の後継者?どっちの馬も非常識で国が滅びるわ

 

250:良識的競馬民

見ている分には面白い馬達だから善し!

アパオシャはルドルフより菊花賞の勝ち方もあってシービーっぽいが

 

251:良識的競馬民

こんな暗い世の中だし、こういう馬の方が見てて楽しいから良いよ

 

252:良識的競馬民

乗ってる騎手は大変みたいだけどな

 

253:良識的競馬民

大変なだけで三冠獲ったんだから安い対価だろ

 

254:良識的競馬民

アパオシャはそうかもしれんがオルフェーヴルはあぶねえよ

池園は新馬戦で踏まれて手を怪我して三日前の菊花賞はラチに脇腹ぶつけてるし

 

255:良識的競馬民

なんというかこいつやっぱりドリジャの弟だなって思った

この前死んだサッカーボーイみたいだって言ってる奴もいるし

 

256:良識的競馬民

解説「こんな三冠馬は初めてです!」

テレビで見てせやなと思った

 

257:良識的競馬民

三冠馬自体まだ八頭しかいない件

牝馬三冠含めてもようやく11頭だぞ

 

258:良識的競馬民

オルフェは秋の三冠は有馬記念直行だったな

 

259:良識的競馬民

四日後の秋天皇賞はやっぱりブエナビスタか?

 

260:良識的競馬民

それかローズキングダム

 

261:良識的競馬民

ダークシャドウも調子いいから俺はこっちを買う

 

262:良識的競馬民

ヴィクトワールピサは秋天出ずにジャパンカップだし

まあ順当行けばブエナビスタかな

 

263:良識的競馬民

秋古馬三冠は混戦だからそう上手くはいかんだろ

 

264:良識的競馬民

最強の女帝が不在だからな

 

265:良識的競馬民

一応有馬記念は中山で隔離されて外国馬と同等の扱いをして出走可能らしいが

 

266:良識的競馬民

長期の海外遠征で検疫の隔離期間が長いのはどうにかならんのか

 

267:良識的競馬民

家畜の検疫は国の法律の領分だから変えるには結構手間だぞ

 

268:良識的競馬民

短期遠征じゃ海外レースに勝てないのはある意味アパオシャが証明したから

隔離期間の日数緩和か遠征日数を延長する良い機会かも

 

269:良識的競馬民

まあすぐには無理だろうが数年先にもしかしたら可能かもしれん

 

270:良識的競馬民

今思ったけどこれってクラシック登録規定の追加登録制度を導入した

オグリキャップの活躍と同じじゃねえか

 

271:良識的競馬民

ああ、そういえば状況は似ているな

 

272:良識的競馬民

こんなところまで親父そっくりかい

なんだよこの父と娘は

 

273:良識的競馬民

オグリも常識の外にいた馬だったがアパオシャに関しては持ってる常識を全部捨てろ

あの神話生物は俺らが考える遥か上を行く

 

274:良識的競馬民

今年は5戦してG1四勝の凱旋門賞馬

春天皇賞勝ったからエルコンドルパサーみたいに揉めずにJRA年度代表も決まったような物だろ

そして今年も三冠達成してなお年度代表馬に選ばれない馬誕生

 

275:良識的競馬民

他陣営からしたらアパオシャは旱魃どころか死神みたいな馬だな

それでもオルフェは最優秀3歳牡馬には選ばれそうだし、アパパネみたいに最優秀3歳牝馬にもなれないよりマシ

 

276:良識的競馬民

カルティエ賞は3歳のフランケルがG1を四勝してるから欧州年度代表は分からんな

最優秀古馬は確実に受賞しそうだけど

 

277:良識的競馬民

有馬記念勝ったら今年G1五連勝の一年間無敗でオペラオーの記録と並ぶな

しかも八冠で日本記録更新

 

278:良識的競馬民

遂にルドルフを超えるか

皇帝を超えるのが女帝なのが現実感無い

 

279:良識的競馬民

オルフェーヴルに勝てるか?

あの暴れん坊は歴代でもトップクラスの三冠馬だぞ

 

280:良識的競馬民

アパオシャだって三冠馬だぞ

つーか新旧三冠馬対決とか去年の有馬記念より燃えるわ

 

281:良識的競馬民

確か中山競馬場の最大観客数はオグリキャップの引退レースだったな

 

282:良識的競馬民

その時は17万人を超えているぞ

記録更新あるか?

 

283:良識的競馬民

さすがに安全面から入場制限はかけると思う

あの時はギュウギュウ詰めで事故が起きる可能性かなり高かったんだよ

 

284:良識的競馬民

10年前の花火の時の歩道橋事故があるから制限はしないとまずい

 

285:良識的競馬民

観客はともかく話を戻して凱旋門賞馬と新三冠馬のどっちが勝つか

 

286:良識的競馬民

単純な身体能力なら規格外のオルフェの方が上なんだけど

経験値の膨大さと知能面はぶっちぎりでアパオシャだからな

 

287:良識的競馬民

スピードはオルフェ、スタミナはアパオシャ

騎手はどっちが優位だろう?

 

288:良識的競馬民

馬の邪魔をしないようにリュックに徹する和多と

毎回ご機嫌取って宥めて走らせる池園か

そしてどっちも鞭を使わない馬が主役の有馬記念は二度と無いわ

 

289:良識的競馬民

予測がつかないレースになるから楽しみではあるよ

馬券だって割れそうだし

 

290:良識的競馬民

俺は有馬よりまたスノーフェアリーが走る今年のエリザベス女王杯の方が楽しみだ

 

291:良識的競馬民

そっちも出る馬がかなりの強豪ばかりだし分かる

 

292:良識的競馬民

 

スノーフェアリー・昨年エリザベス女王杯優勝のG1四冠海外馬

 

アパパネ・昨年牝馬三冠・今年ヴィクトリアマイル勝利馬

 

ダンシングレイン・英独オークス勝利海外馬

 

ホエールキャプチャ・牝馬三冠含めた全レース三着以内

 

エリンコート・今年オークス馬

 

アヴェンチュラ・今年秋華賞馬

 

イタリアンレッド・前レースから重賞三連勝

 

レーヴディソール・阪神JF優勝馬で現在まで無敗

 

現在出馬投票している馬で有力なのはこれぐらいかな

 

 

293:良識的競馬民

ところでアパオシャと同じ厩舎のアプリコットフィズは出ないの?

最近京成杯と富士SのG3を二連勝してるのに

 

294:良識的競馬民

調子は良いんだろうがあの馬の実力だとG1は勝てないから出なかったんだろ

 

295:良識的競馬民

3歳牝馬三冠は全部入賞しているから弱いわけじゃないんだが

 

296:良識的競馬民

そうは言ってもヴィクトリアマイルは惨敗だったし

この面子相手だと力が二枚は落ちるから重賞程度でそこそこ勝たせた方が賞金も美味しい

 

297:良識的競馬民

G3でも四勝してればG1入賞三回合わせて生涯で2億は余裕で稼げるんだから結構凄い馬だぞ

 

298:良識的競馬民

牝馬だし子供にも期待出来るんだから無理はさせない方が良いよ

 

299:良識的競馬民

どの馬もアパオシャやアパパネみたいに勝てんさ

 

300:良識的競馬民

せやな

 

301:良識的競馬民

ところで2歳にゴールドシップっていう牡馬が居るの知ってるか?

 

302:良識的競馬民

いや知らん

 

303:良識的競馬民

母父がメジロマックイーンのステゴ産駒の馬だろ

この前OP戦勝って札幌2歳Sは二着だったけど良い走りしてた

 

304:良識的競馬民

ステマ配合は相性良いよな

末脚がすげえのと血統でちょっとオルフェーヴルっぽいと思った

 

305:良識的競馬民

ステイゴールドとマックイーン産駒の配合はニックスっぽいけどそいつは癖馬?

 

306:良識的競馬民

ゲート難みたいだけどドリジャやオルフェに比べると大人しいか?

あとなんかこのゴールドシップはマックイーンに似てるんだよ

 

307:良識的競馬民

結構強いみたいだしクラシックは結構期待出来そうだった

ただゲート内のクビ振りの癖がちょっと気になるんだよ

 

308:良識的競馬民

まさかと思うが三年連続でクラシック三冠馬が出る事は無いよな

 

309:良識的競馬民

さすがにそれは無理だろ

 

310:良識的競馬民

アグネスタキオン産駒のグランデッツァとディープ産駒のディープブリランテがいるから

難しいんじゃないのか

 

311:良識的競馬民

芦毛の三冠馬を期待してるんだけどな

 

312:良識的競馬民

爺さんのメジロマックイーンぐらい強かったら菊花賞は勝てるかもしれない

ほどほどに期待して応援しようや

 

313:良識的競馬民

メジロ牧場は馬産を畳んじまったし寂しいもんだ

 

314:良識的競馬民

長距離晩成型に偏った血統ばかりで時代に合ってなかったのは読み違えだけど

有珠山噴火と大地震は不運だった

 

315:良識的競馬民

借金作る前に事業撤退したのは英断だよ

母父でもメジロの名がこれからも見られるだけマシ

 

316:良識的競馬民

一応まだマックイーンとライアンの産駒はまだ現役で走ってるから希望はある

 

317:良識的競馬民

母父としても名前が聞けるのは嬉しい

 

318:良識的競馬民

牧場は終わったけどメジロの血はまだ頑張ってほしいね

 

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は競走馬である。凱旋門賞に勝ったが缶詰にされている。

 あっ、缶詰と言っても、お肉にされるとかそういう直接的な意味じゃないぞ。

 フランスでレースに勝った後は、一緒に走った馬達と一緒に荷物のように飛行機に載せられて、日本に帰って来た。

 その後は俺だけ別口でトラックに乗せられて、連れて来られたのはなぜか中山レース場。

 美浦トレセンに帰るわけでもなく、行き帰りに検査を受けた検疫施設でもない。

 レース場だから凱旋門賞からすぐにまたレースかと思ったら、そのまま血液検査や健康診断を受けて、ポツンと隔離を受けた。

 厩舎の連中と違って、検査している獣医は碌にこちらに話しかけないから、成すがままにされて何日も経った。

 

 検査漬けを数日経てから、ようやくオッサンや松井が会いに来た。

 まず最初に、慣れない土地で頑張った事を褒められ労われた。

 今世でカフェさんのリベンジを果たせたのと、ナリタブライアンに先駆けて凱旋門賞勝ったのは良かったよ。でも俺は中距離が得意じゃないんだから、あんまり無茶振りしてくれるな。

 

【で、なんで俺はここにいるの?】

 

「ん?トレセンに帰りたいのか?すまんな、それは無理だ。外国に行くとお前達は向こうの病気を持っていないか、みんなと離れて検査しないといけない。しばらくはここにいてくれ」

 

 マジかよ。こういうのはウマ娘とかなり違うから困る。トレーナーと一緒に飛行機乗って、ちょいちょいっと走る気軽さが懐かしい。

 いつまでここに居るかは知らないが、あんまり長すぎるとトフィ達が俺の事を忘れないか心配だな。というかまだ地震は続くんだから、あいつら大丈夫か。

 

「そういう規則だからな。外には出られないけど、ここで調教は出来るから体が鈍る心配はいらないぞ。お前一頭だけで中山競馬場を丸ごと調教場に使えるんだからVIP待遇だ」

 

 ものは言いようだぞ松井。しかし隔離の規定がよく分からんな。知った所で畜生の身じゃどうにもならんが。

 多分法律が絡む規定だから、二人にもどうにもならんのだろう。

 色々と不満はあるが運動出来るなら我慢するよ。あと、味噌と醤油くれ。

 

「その顔はアレが欲しいんだな?大丈夫だ。ここの職員には食べられるように許可を貰っておいたから、今日の昼を楽しみにしてろ」

 

【おお!気が利くじゃないか。運動して発酵食品食えるなら、少しの我慢はするよ】

 

 ここにはマスコミも来ないし、別荘に居るつもりでバカンスを楽しむか。

 

 

 

 この日からアパオシャは隔離検疫から着地検査期間に移り、厩舎の面々との接触と運動などを許可された。

 世話は厩務員の松井と調教助手の遼太がトレセンから来て担当した。

 調教も競馬場でレースの無い日に、貸し切り状態でコースを使えた。

 主戦騎手の和多も、たまに東京か中山でレースのある時は顔を出して調教を手伝ってくれたので、アパオシャも存外居心地が良く、大きな不満は無かった。

 普通、馬は群れから離れて一頭のまま過ごすと不安やストレスを感じて、体調を崩したり食欲が落ちる。

 それなのにアパオシャは特に気にせず、いつも通り過ごしている様子を見た競馬場のスタッフは、さすがG1七勝の凱旋門賞馬は規格外と勝手に感心した。

 

 遼太や松井も暇だと辛いだろうと気を利かせて、美景牧場の人達から競馬中継が好きと聞いてラジオを用意した。

 さらに悪乗りした二人はテレビを持ち込んで見せると、こちらも気に入って暇な時はテレビを見て時間を潰し始めた。

 お気に入りは料理番組やスポーツ中継だった。

 ここまですると競馬場スタッフもおかしいと気付いたが、暴れるような事はしないので実害は無いと割り切って放置し始めた。

 意外と別荘生活を満喫するアパオシャだった。

 

 



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第44話 それぞれの馬のドラマ



 毎度たくさんの感想をありがとうございます。今回も頂いた感想の数が多いので、この場でまとめてお礼を申し上げます。


 それと、感想欄でアパオシャがテレビのリモコンを使えるのか疑問が多かったでお答えします。
 流石に蹄でリモコンの小さなボタンは押せないから、厩務員の松井が適当に選局してアパオシャが仕草で伝えて気に入った番組を見ています。
 途中から好みが分かったので、あとはスポーツや料理番組を予約設定してオートで流しています。
 隔離中はちょうど野球の日本シリーズがあったので、特定の球団を贔屓しませんが好んで見ていました。
 それ以外にも競馬、サッカー、バスケット、テニス、陸上競技、相撲などなど、割とスポーツなら何でも見ます。




 

 

 凱旋門賞を勝利して、世界最強馬の称号を掲げて帰国したアパオシャ。彼女が中山競馬場で検疫隔離という名の別荘生活を満喫している間も、日本の競馬界は大きく盛り上がっていた。

 菊花賞を制して、去年に続いてクラシック三冠馬の栄誉を手にした癖馬≪暴れん坊将軍≫オルフェーヴル。

 東京競馬場で開かれた秋の天皇賞の盾を手にしたのはこれまでG1未勝利、単勝7番人気のトーセンジョーダンだった。しかも、勝ちタイムは1分56秒1。2008年にウオッカがマークした時計を1秒以上も短縮する、驚異的な日本レコードを叩き出しての勝利だった。

 さらにエリザベス女王杯は、昨年同様に外国牝馬が強かった。昨年女王のスノーフェアリーが自慢の豪脚を用いた見事な差し切りで、日本史上初の『外国馬による平地GI連覇』を成し遂げた。スノーフェアリーは最強馬アパオシャと凱旋門賞で激突した仲でもあり、未だ『世界の強さ侮りがたし』と見せつける結果となった。

 そして世界の強豪が轡を並べるジャパンカップの栄冠を戴いたのが惜敗続きのブエナビスタ。昨年JCと有馬記念の敗北からドバイWC、ヴィクトリアマイル、宝塚記念、秋天皇賞と勝てない中で、ようやく掴んだG1六勝目。しかも昨年勝者ローズキングダム、今年の凱旋門賞2着のデインドリーム、ドバイ王者ヴィクトワールピサ、その他強豪馬全てを下しての勝利の価値は計り知れない。

 

 こうしたG1馬の活躍以外にも、それぞれの馬にドラマがあり、懸命に走る姿は大震災より半年が経つ日本に、僅かばかりの希望と活力を与えた。

 日本競馬界を支配するJRAも、オグリキャップの末娘アパオシャが契機となった競馬への関心を座して見る事はせず、盛んにメディアを使って再び競馬ブームを巻き起こそうと躍起になっていた。

 今回はディープインパクトのみを喧伝するような下手は打たなかった。多少偏りはあっても多くの馬達の来歴にスポットを当てて、競馬とは娯楽であり野球やサッカーと同じスポーツと、賭博以外のクリーンなイメージと馬のアイドル性をアピールした。

 おかげで震災以来自粛の嵐で娯楽に餓えていた国民は、健全な動物が主役のスポーツに飛びついた。

 大小さまざまな競馬関係者の活動により、日本は再び競馬への熱気を滾らせるようになっていた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 そして日本は本格的な冬の12月を迎えた。

 北海道の内陸にある帯広も雪がちらつき、アパオシャの生家の美景牧場も静かに雪の白に染まっている。

 社長業を息子に譲った秋隆は、今日も牛と馬の世話に追われている。

 アパオシャが勝ち続ける事でJRAから交付金が支払われ、弟妹達も高く売れているから経済的な余裕はそれなりに出来た。

 こうなると事業拡大に資金投資をするのが定番で、厩舎にある程度余裕を持たせつつ、乳牛を増やして生乳の卸し量を増やした。

 さらに従業員を一人雇って世話を任せている。

 実は乳牛を増やしたのはオマケであり、アパオシャのレースのたびに誰かが牧場を空けなければならない。人手不足の負担軽減のために、従業員を増やしたかったのが本来の目的だった。

 今も新社長の晴彦は、母屋の応接室で来客の対応中だ。最近はこんなことが多くて、家畜の世話に集中出来ない。

 家族だけで経営していた時より経費は掛かって儲けもあまり変わらないが、負担は軽くなったので悪くない。少なくとも間違った判断ではないと秋隆は思う。

 これからは若い世代に任せて、いずれ孫娘が婿を取って牧場を継いでくれるのをゆっくり待つ。

 今の秋隆の楽しみは、そんな未来を想像しながら家畜の世話をする事だった。

 

 父親が気楽に仕事をしているのとは反対に、晴彦は自宅に居てもわざわざスーツを着て来客の対応をしなければならず、辟易していた。

 ここ二年近く来客が増えた。大抵は黒子=アパオシャがレースに勝つたびに母馬のマチやその子らを見に来る競馬関係者と取材に来るマスコミ。それと胡散臭い投資話を持ち掛けて来る連中。

 正直言って、どれも本業の邪魔だから来てほしくない手合いだった。

 ただ、今回の客はそれらと多少毛色が違ったので、面倒に感じつつも普通に応対している。

 

「ミスターミカゲ。忙しい中、時間を作って頂きありがとうございます」

 

「いえ、遠方からの客人を追い払うような真似はしませんよ。それに貴方達にはイギリスで世話になっています」

 

 晴彦は牧場の入り口で数名の外国人を出迎える。

 客人の中で唯一日本語が通じるのが英国王室所属の事務官。日本語が堪能で、ロイヤルアスコットの時にアパオシャ陣営への連絡などを担当していた。KG6&QEステークスの後の女王からの無茶振りにも一緒に苦労した仲だった。

 他の二人は調教師と助手で、一度この牧場にも来た事がある。だから馬に携わる者として、互いにどことなく気安さを感じている。

 

「それで今日はうちに居る馬を見たいと電話で話していましたが」

 

「ええ、ウミノマチ11の成長の状態を見に来ました」

 

「ネコ太郎は元気ですよ。雪の中でも放牧して走り回ってます。案内します」

 

 三人は晴彦の後を付いていき、雪が降るのも気にしない。

 放牧地で雪にはしゃぐ大小二頭の幼駒。その内の小さい方の栗毛を晴彦は連れて来て、柵の外に出した。

 栗毛のネコ太郎は助手の顔をペロペロ舐める。彼は英語で落ち着けと言っているが、通じてないので成すがままにされた。

 調教師の方は助手を放っておいて、馬の体をじっくり観察している。

 観察が終われば、何度か頷いて事務官に英語で話している。

 

「健康的に育っていて、調子も良さそうと言っています。ただ、姉のように走れるかは調教次第だと」

 

「では問題は無さそうですね。このまま家のやり方で育てます」

 

 本場イギリスの調教師から、一先ずの及第点を貰った晴彦は内心ホッとした。

 後は馬を再び放牧地に戻して、四人は温かいものを飲むために母屋に入った。

 

 四人は防寒具を脱ぎ、自宅の小さな応接室で温かい緑茶を啜る。

 最初に来た時は外国人だからコーヒーか紅茶を勧めたが、三人とも緑茶も美味いから良いと好んだ。

 

『まさか日本の馬がカルティエ賞の年度代表馬と最優秀古馬に選ばれるとは思わなかった』

 

『私も今年はフランケルだと思ってましたが、やはりレーティング以外にも記者達の心を掴んだのが大きかった』

 

『以前ミスターミカゲは、アパオシャは意図せず偶然産まれた馬だと言ったが、なればこそ神に愛されているとしか我々は思えない』

 

 調教師の師弟が驚きの視線を晴彦に向ける。

 彼等は日本馬がまだまだ自分達に及ばないと思っていた所に、自国のG1を二勝、フランス凱旋門賞を勝ち、ヨーロッパ競馬最高の栄誉を奪われた事で考えを改めなければならなかった。

 事務官が二人の英語を通訳して晴彦に伝えても、彼自身は曖昧な笑みを浮かべるしかない。

 先月イギリスで、その年のヨーロッパ最高の競走馬を決めるカルティエ賞の発表があった。世界の競馬関係者を驚かせたのは、年度代表馬に日本馬アパオシャが選ばれた事だ。

 対抗馬だったイギリス馬フランケルも昨年デビューしてから9戦全勝。今年はマイルG1を四勝、G3一勝と桁違いの強さを見せていたからこそ、選ばれなかった事へのファンと関係者の落胆は大きかった。

 一応納得出来る理由はある。

 まずアパオシャが勝利した凱旋門賞とKG6&QESは、共に世界で五指に入る最高峰レース。このレースに勝った事で131ポンドと、世界第3位の高いレーティングを獲得した。レーティング自体はフランケルの136ポンドが上だが、それだけではカルティエ賞は判断されない。

 

 補足するとレーティングとは、その馬の評価をポンドで算出する方法である。

 算出方法は大雑把に言えば、強い馬に勝ちつつ着差を広げればポイントが高くなる。

 さらにレース距離が短ければ短い程、着差が広がった時の加点は大きくなる。つまり短距離やマイルの方が評価が高くなりやすい。

 アパオシャの場合は世界最高峰のレースで、前年凱旋門賞馬のワークフォースや今年度のプリンスオブウェールズSを勝利したリワイルディングに勝った事で高評価を得たものの、着差があまり開いていないため、マイルG1レースで他を圧倒したフランケルに一歩譲る結果になった。

 それと今年の世界2位は、オーストラリアのブラックキャビアというスプリンター馬だった。レーティングは132ポンド。

 

 アパオシャはレーティングでこそ前述の二頭に劣るものの、カルティエ賞はJRA賞同様に記者や新聞社の投票で代表馬が決まるシステム。より記事になる馬が優位に立てる。

 この点アパオシャは話題性抜群で、特に今年は日本で大震災があり、馬主の南丸がレース賞金の大半を被災者に寄付する旨を明言しているため、世論は大きくアパオシャに味方している。

 よってレースの評価は負けていても、記者と新聞社の投票の面でアパオシャが上と判断されて受賞となった。

 

「これほどの名馬の弟です。我が国の女王陛下もウミノマチ11には大きな期待を寄せています」

 

「あまり期待し過ぎんでください。馬は人が期待しても素直に走ってはくれません」

 

 晴彦は偉人の期待に応えられる馬かどうかは分からないと、素直に伝える。

 公的にはネコ太郎は今も美景牧場の馬だ。無論、世界最強馬になったアパオシャの弟という事で、毎日買取の連絡があり、交渉人が訪ねて来る。

 日本中の馬主だけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、香港等、各国入り乱れた馬主が札束を見せて交渉を持ち掛けていた。

 そうした交渉にいい加減うんざりしていた美景家は彼等に、一律に2012年夏の競りに出すから後は好きにしてくれと半ば投げやりに放言していた。

 そこにアパオシャを大いに気に入ったイギリス女王も名乗り出た。むろん本人ではなく御付きの事務官を通しての事だが。

 女王は競りで幾らになっても、ウミノマチ11を必ず落札すると晴彦に確約した。

 さらに数ヵ月に一度は、入厩予定先の調教師に養育状況を直接確認させている。女王の本気が窺える。

 ここまでするなら、いっそ庭先取引で購入してイギリスに連れて行った方が良いと思うかもしれない。

 しかしそれをしてしまうと、美景牧場が金で転んだと言われ、女王も金と権力にモノを言わせて後から奪ったと、日本人からの評判が悪くなる。

 両者の思惑により、宣言通り誰にでも権利のある公正な競り市の形を取りつつ、穏便に売却する取り決めになった。

 幸い相手がどんな金持ちでも、世界最高の資産を持つ英国女王に勝てるはずなど無い。売買契約はほぼ決まったようなものだ。

 実際はキリスト教圏の人間は書面での契約を重んじるから、契約書を交わしたわけでもない口頭のやり取りなら反故にしても問題と思われない。日本人の信義誠実を重んじる文化性に、女王が配慮を示したという程度だ。

 

『ですがあの馬は父母の血統にVaguely Noble(ヴェイグリーノーブル)が居ます。血統のクロスが10%程度生じているなら、走ると思います』

 

 ヴェイグリーノーブルとは1960年代に、イギリスとフランスで活躍した凱旋門賞馬だ。

 調教師が血統を調べた時に、内心こんな極東の小さな牛牧場の馬にも名馬の血が流れているのに驚いた。

 おまけに姉同様にノーザンダンサーの血が全く入っていないから、色々と期待したくなる。

 とはいえ血統だけで馬の全てが決まるとは四人は思っていない。だからこそ競馬は面白いとも言えた。

 

 

 

 月日は経ち、翌年の夏の競り市に1歳になったネコ太郎が出された。約束通り落札したのは英国王室。

 代理人を挟んだとはいえ、日本馬の競り市に英国女王が名乗りを挙げる異例の事態は、世界のメディアに大きく取り上げられた。

 その後、単身イギリスに渡ったネコ太郎は、幼名と後脚の長い白斑にちなんで『カラバ』と名付けられた。この名はヨーロッパの民話『長靴をはいた猫』の主人公の名である。

 競走馬になったカラバは4歳まではあまり勝ちに恵まれなかったが、姉に似た晩成型のステイヤー気質で5歳から急激に力を付けて、それ以降はヨーロッパの長距離重賞を幾つか勝つようになった。

 年を経るごとに強さは成熟していき、後にイギリス史上最強のステイヤー王と呼ばれるようになるストラディバリウスと、何度もトロフィーを賭けてG1レースを走る未来が待っていた。

 

 





感想欄でネコ太郎は『カバラ』ではなく『カラバ』では?というご指摘がありまして間違えていたので名前を訂正しました。



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第45話 暴馬VS神馬


 多くの感想を送って頂き、誠にありがとうございます。さらにこの度、総合評価ポイントが一万を超えました。これもたくさんの読者の皆様のおかげです。
 拙作ながらこれからも励んでいくつもりですので、どうか温かく見守ってください。




 

 

 激動の年の終わりが見え始めた2011年12月25日。日本の歴史に決して消せない大きな傷痕を残した年も、もうすぐ終わりを迎える。

 無論、新年を迎えた所で山積みとなった諸々の問題が解決するわけではない。被災した地域の復興は遅々として進まず、近しい人を亡くした人々の心の傷は癒えず、未だ行方不明のままの人達の捜索も続いている。

 しかしそれでも人は立ち上がって歩かねばならず、そのためには喜びと楽しさが求められた。

 この日は世間ではクリスマス。街はクリスマスツリーとイルミネーションに彩られて、一年の中でも指折りの華やかさが道行く人々の心を躍らせる。

 多くの家庭でもケーキやご馳走がテーブルに並び、子供のいる家庭ではサンタクロースからプレゼントが贈られる。そんな楽しい日。

 

 同時にこの日は、特定の業界人にとっても心躍る日でもあった。

 中山競馬場の第10レース、G1有馬記念・右回り芝2500m。競馬関係者と競馬ファンにとっては一年を締めくくる、日本最大級のレースだ。

 優勝賞金は一着に2億円と、日本ではジャパンカップに次いで高額。

 出走条件は主にファン投票から上位十頭が選ばれて、残り枠はこれまで獲得した賞金額等で選出される。

 今年は震災もあり特に辛く苦しい一年だった。それでもレースを戦い抜いた、素晴らしい14頭が名乗りを挙げた。

 

 

 

 

 馬番  馬名       性齢 主な勝ち鞍と戦績  ()内は年度

 

 1番 ブエナビスタ    牝5 G1六冠

 

 2番 ヴィクトワールピサ 牡4 G1有馬記念(10) G1ドバイWC(11)

 

 3番 ヒルノダムール   牡4 G2産経大阪杯(11) 凱旋門賞4着(11)

 

 4番 アパオシャ     牝4 G1七冠

 

 5番 エイシンフラッシュ 牡4 G3京成杯(10) 天皇賞春3着(11) 宝塚記念3着(11)

 

 6番 キングトップガン  牡8 G2目黒記念(11) G3函館記念(11)

 

 7番 トゥザグローリー  牡4 G2京都記念(11) G2日経賞(11)

 

 8番 ローズキングダム  牡4 G1朝日杯FS(09) G1ジャパンC(10)

 

 9番 オルフェーヴル   牡3 本年度クラシック三冠

 

 10番 トーセンジョーダン 牡5 G1天皇賞秋(11)

 

 11番 ジャガーメイル   牡7 G1天皇賞春(10)

 

 12番 アーネストリー   牡6 G1宝塚記念(11)

 

 13番 レッドデイヴィス  騙3 G3シンザン記念(11) G3毎日杯(11)

 

 14番 ルーラーシップ   牡4 G2日経新春杯(11) G2金鯱賞(11)

 

 

 

 

 以上14頭の、いずれも劣らぬ優駿達が師走の中山に集結した。

 批評家は例年に比べても、かなりの高レベルの馬達が揃ったと太鼓判を押す。

 中でも注目の馬は4頭。

 昨年有馬記念王者にして、今年のドバイWCを制した≪世界王者≫ヴィクトワールピサ。

 天皇賞春秋連覇馬・父スペシャルウィークを超えた≪女王≫ブエナビスタ。

 今年度クラシック三冠を達成した≪激情の暴れ馬≫オルフェーヴル。

 そして牝馬ながら昨年度クラシック三冠馬にして、日本馬で初めて凱旋門賞を勝利した≪太陽の神馬≫アパオシャ。

 

 特に新旧の三冠馬対決は1984年のミスターシービーとシンボリルドルフの対決以来。実に27年ぶりの一大イベントとして、日本全国に大々的に放映される。

 しかも今回は同日開催している阪神と小倉競馬場のターフビジョンにも、中継を繋げてレースを見られるようにしてある。

 ひとえに世界最強馬アパオシャあっての処置である。

 アパオシャの人気を分かりやすく示すのがファン投票の票数だろう。

 今年の投票一位は彼女と、ファンやJRAはおおよそ予想はしていた。ただ、票数第二位のブエナビスタを大幅に突き放して、30万票超を獲得したのは予想外に違いない。

 断っておくが他の馬が不人気だったわけではない。二位のブエナビスタも約11万票と、例年なら人気一位でもおかしくない。三位のオルフェーヴルとて10万票近く集めている。

 当然だが歴代一位を更新した投票数であり、昨年までの歴代最高投票数は1989年に約197000票を集めたオグリキャップである。

 ファンや競馬関係者は父娘揃って非常識な馬と苦笑するしか無かった。

 投票結果を受けてJRAは事前に入場制限をかけて、有馬記念当日は当日入場券を販売中止。混乱と事故を避けるために来場者も15万人までとした。

 さらに知らずに競馬場に来るファンの事も考慮して、外に特設ヴィジョンを幾つか用意してレース中継をするなど、JRAは可能な限り対応に力を入れていた。

 全てはアパオシャが起点になった三度目の競馬ブームを絶対に逃さないという、JRAの貪欲さの顕れである。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 2011年12月25日 中山競馬場  天候:晴  芝:良

 

 

 吾輩は馬である。中山レース場に缶詰めにされてから、久しぶりのレースに出られて機嫌が良い。

 年末の中山レース場は今日も超満員。パドックにも沢山の客が押し寄せてごった返している。

 クリスマスなのに、ウマ娘のレースとウイニングライブならともかく、こんな畜生を見に来ていていいの?

 しかも今回はやけに子供が多いんだが。ドッグランみたいなものなら博打だろ。未成年に見せて良い物なのか。今世の娯楽は結構謎である。

 客への関心は程々にして、今はレースに集中しよう。

 いつも通りパドックをぐるぐる回ってお披露目をしつつ、一緒に走る馬に注意を向ける。

 半分以上が過去に走った事のある馬だな。二つ前を歩くヴィクトワールピサの奴がしきりに俺を気にしている。そして間に挟まれたヒルノダムールが威嚇してブロックしている。

 どうも一緒にフランスで過ごしてから勝手に舎弟と言うか、取り巻きみたいなポジに収まっている。実害は無いから放置していた。

 後ろのエイシンフラッシュも股間のアレを大きくしているから、客がちょっと騒いでいる。だから対策に職員が真冬だろうが冷水をぶっかけて、無理矢理発情を抑えていた。牡馬は大変だな。

 

 時間になり、計量を終えた騎手達がそれぞれの相棒に乗る。俺も和多が背に跨った。

 

「さあ、一年の総仕上げだ。去年の負けを取り戻そう。そして八つ目の冠を手にして、皇帝を超えよう!」

 

【ああ、前のような失態は犯さないよ。俺とアンタが世界最強だって、今日ここで見せつけてやる】

 

 凱旋門賞の時も気合は入っていたが、自らのミスで負けてしまったレースの雪辱を果たすとなると、煮え滾る闘争心を抑えるのに苦労する。

 ―――――よし、行こうか相棒。

 

 

 よく晴れて乾いた芝を踏み締めて、外周コース向こう正面の途中に設置したスタートゲートの前を回り続ける。

 スタンド正面から楽団の演奏するファンファーレと、客の歓声が届く。レース開始まであと数分。

 全身を駆け巡る沸騰するような血の熱さを、冬の冷風が程よく抑えてくれる。

 同時に涼風に乗る騎手達の視線を感じる。勝ち続ける者を意識するのは分かるが、プロなんだからもう少し気を隠す事も覚えないと狙いを読まれてしまうぞ。

 

 十四人の騎手が視線を向ける対象は二頭いる。凱旋門賞馬の俺と9番の馬。――――フェブちゃん、いや今世ではただのオルフェーヴルか。

 前世の記憶ではクイーンちゃんの孫の一人だった子。普段は大人しい性格だったが、いざレースとなると理不尽と言われるほどの身体能力で相手を蹂躙する『暴君』と化す。

 あまりにも身体能力が隔絶していて同期に並ぶウマ娘が居なかったゆえに、レースでは常に集中力が散漫で、たびたび勝てるレースに負けていた。

 それでもクラシック三冠ウマ娘に輝き、ムラッ気の強さもまた多くのファンに愛されていた。

 フランスから帰って缶詰にされていた時に、テレビで仕入れた情報と大体似通っている。前情報だけで判断するのは危険だが、全くの無価値と切り捨てる事も出来ない。

 現に騎手達から、強く警戒する対象に見られている。無論、背の上の相棒も注意している。

 と言う事は、今日は俺とオルフェーヴルが中心のレースになると言っていい。

 ただ、こいつだけ警戒して他を切り捨てるなんて事は出来ない。

 

【立ち回りを工夫しないといけないか】

 

 どうなるかは始まってみないと分からないが、作業員が奇数番の馬をゲートに押し込んでいる間に幾つかのプランを捻出しておく。

 全ての馬がゲートに入り、後は息を整えて始まりを待つ。

 

 ―――――――来た!ゲートが開いたタイミングを逃さず、力を込めた一歩を踏み出す。

 両の目でライバル達の様子をざっと捉える。出遅れは居ない。

 最初は前に行かず、わざと他の馬に抜かせる形で最後尾に陣取る。さて、他の馬というか騎手達はどう出るかな。

 外周から次々と馬達が一つ目のコーナーへ入る。『大逃げ』をするような大胆な人馬は居ない。ほぼ固まった一団のままゆっくりと駆ける。

 そのまま500メートル近くをスローペースで一丸となって走り、歓声に包まれる正面スタンド前へ突入する。

 最後尾の俺と先頭までは大体五馬身ぐらいしか離れていない。オルフェーヴルは俺の二つ前ぐらい。

 警戒対象が二頭共に後方に居るから、大きく離れないようにペースを抑えているか。

 おあつらえ向きに、すぐ先に名物の坂がある。ちょっと仕掛けてみよう。

 脚のピッチ回転を上げて、ノロノロ走っている馬達を一気に坂で抜き去り、先頭に立って一度目のゴール板を通り過ぎる。

 

【お前ら、俺の勝ちだぞー】

 

【えーもうおわり?】

 

【やったーごはんごはん】

 

 俺の勝利宣言とゴール板を通り過ぎたため、半分ぐらいの馬達はもうレースは終わったと勝手に思って脚を緩める。

 畜生に生まれて分かったのは、馬という種族はそれなりに記憶力と理解力が高い。ゴール板の意味を分かっていて、そこを一番最初に走れば人間に褒めてもらえたり、自分が一番強いと認識する指標に使っている馬は、全部ではないがそこそこ多い。

 ただし、二回通り過ぎないと終わらないレースがあるとかまでは、殆どの馬は理解していない。

 だからすぐに気づいた騎手が気を緩めた馬に鞭を打って、まだレースが終わっていないと教える。

 それは別にいい。元からこの程度のブラフで勝とうなんて思っていない。

 

【なんだとー!オレはまけてねえっ!!】

 

 今回の狙いはこっちなんだよ。

 読み通りオルフェーヴルは怒って、後方から一気に加速して俺に並ぶ。複数経路の事前情報とレース前のかなり神経質そうな振る舞いから、煽られたら七割ぐらいでこうなると予測済みだ。

 目を血走らせた暴走状態のオルフェーヴルを、騎手が必死に手綱を引いて言うことを聞かせようとしているが効果が無い。

 そのまま先頭で競り合いながら第一コーナーを回れば、後続達は置いて行かれまいと、序盤と打って変わってのハイペースに切り替えた。

 

【うおおおおーーー!!!】

 

「落ち着けオルフェーヴル!まだ半分も走っていないんだぞ!」

 

 騎手の必死の制止も効果が無く、オルフェーヴルは第二コーナーで俺をあっという間に抜いて先頭を走り続ける。

 うーん、こっちでもあの子の身体能力は桁外れだな。気性難さえなかったら、余裕で世界の中長距離レースを総取り出来たとクイーンちゃんが嘆いたのが分かる。

 敢えて抜かせるため僅かにペースを落としたのもあり、先頭の猪坊やに五馬身差ぐらい離されて、二番手で向こう正面のストレートに入る。

 後続も順次追いついて、トーセンジョーダンやヴィクトワールピサもすぐ後ろにいる。ここからが後半戦だ。

 二番手を維持しつつ、やや遅いペースで直線を走り続けていると、オルフェーヴルが内ラチから離れて段々左に逸れて、脚色も緩めてしまった。

 完全にレースが終わったと勘違いしたな。騎手が必死で走るように叱咤して、ようやく勘違いに気付いて再加速する。

 

「池園は大変だな」

 

 蹄の轟音で聞こえてはいないだろうが和多の呟きに同調するように、他の騎手達からも呆れや同情の声が上がる。そしてアイツは終わったと全ての騎手が意識から外す。

 さて残りは大体800メートル。ここからが本番だぞ。

 残りの直線で一気にスパートをかけて、後ろを引き離して第三コーナーに入る。大半は追うべきか迷っているが、何頭かはこちらに続いて加速する。

 これまでスロー、ハイ、スローと散々にペースを引っ掻き回して、騎手達はタイムと馬のスタミナを全く把握出来ていない。

 混沌とした状況で残り600メートルもあるのに、軽率に動くのは危険と、動かない判断を出すは間違いではない。さりとて俺を放置も出来ないと、追従する選択も間違いとは言えない。

 どっちつかずのまま、ただただ距離を浪費してゴールが近づくにつれて、焦りが募れば雑に動く連中も出る。

 俺はそうした後ろの混迷には目もくれず、トータルで言えば抑え気味だったので、ひたすらスタミナの続くままスパートを掛け続けて先頭をひた走る。

 最終コーナーを先頭で走り切り、残りは直線400メートル。後ろには相変わらず尻に引っ付いたままのヴィクトワールピサ。おまえはどんだけ俺の尻が好きなんだよ。

 畜生の性癖に辟易しつつ、最後の切り札を出す。首を地面に着くぐらい低く下げて重心を下げ、全身の筋肉から限界まで力を搾り取るつもりで駆ける。

 フォームを変えて一気に加速力を倍増させて、ケツに張り付いたままの変態を引き離した。

 そのまま差を広げながら二度目の中山の坂に入り、力任せに坂を上り続ける。背の和多が苦悶の声を漏らそうとも止まるつもりは無い。残りあと100メートル。

 油断はしない。さりとてここから抜かれるとは思ってはいない。

 ―――――と思っていたがちょっと甘かった。

 後ろからひと際強烈な蹄の音を響かせて、ガンガン迫ってくる奴がいる。

 何となく予想はしていたから動揺はしない。抜かせるつもりも無い。

 後ろに意識を一切向けず、ただひたすら四肢を動かして坂を上り切っても息をつかず、残り70メートルを走り抜いて、拍手と絶叫に出迎えられてゴール板を駆け抜けた。

 

「―――っし!!勝ったぞ!お前はこの一年、誰にも負けなかった!お前が最強だっ!!………えっ?池園?なんで??」

 

 相棒は喜びのガッツポーズの後に、後ろを通り抜けた馬に気付いて困惑する。気持ちは分かる。俺も肝が冷えた。

 

【うおおおーー!!オレはまけねーー!!】

 

 ゴール板を通り過ぎても暴走を止めないオルフェーヴルを、池園騎手が落ち着かせようと四苦八苦している。

 あの暴走癖が無かったら、圧倒的な身体能力の差でこっちが圧し潰されていた。まだまだ精神が幼くて助かった。

 とはいえ今日のレースはお前の負けだぞ。冷静になれない自分の未熟を恥じろヒヨっ子。

 

 コーナーでゆっくり反転して、スタンド正面に戻る。

 応援してくれた観客の前でウイニングランをして、声援への返礼とした。

 

 

 

 

 2011年戦績  6戦6勝   内G1五勝(春天皇賞、英ゴールドカップ、英KG6&QES、仏凱旋門賞、有馬記念)

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

『アパオシャだっ!!アパオシャが中山の坂を駆け上がるっ!!世界の女帝が圧倒的なパワーを見せつける!!』

 

『ヴィクトワールピサ、エイシンフラッシュ、トーセンジョーダンが必死に食い下がるが追いつけない!!』

 

『このまま女帝が勝つのか!?――――ここからオルフェーヴルが来た!!大外から≪暴れん坊≫が戻って来た!信じられない!!』

 

『勝つのは≪太陽の神馬≫か≪金色の暴れん坊≫か!?坂を駆け上がり、残りあと50メートルだ!!』

 

『先頭は未だアパオシャ!それでもオルフェーヴルは喰らい付く!!どうなるゴールはあとわずかだっ!?』

 

『アパオシャか!?世界最強の女帝がクラシック最強の若馬を捩じ伏せるのか!?―――――き、決まったーーー!!!今年の有馬記念を制したのは世界最強の≪太陽の神馬≫アパオシャだーー!!』

 

『今年亡くなった皇帝シンボリルドルフの七冠を超えて、八つ目の冠を堂々と戴いた!!やはり凱旋門賞を征服した最強馬にこそ、新たな歴史を紡ぐに相応しい!!』

 

『鞍上の和多流次騎手は渾身のガッツポーズの後に…どうした?横のオルフェーヴルを見て驚いている。いえ、これは気持ちは分かります。まさか向こう正面外への逸走から戻っての、常識外の追走で堂々の2着。負けてなお強しとはこの事でしょう』

 

『えー掲示板に出ました。勝ちタイムは2分34秒7。3着はエイシンフラッシュ、4着にヴィクトワールピサ、5着はトゥザグローリーで確定です』

 

『場内はアパオシャコールが止みません。大震災で傷付いた人々の心を沸かせました。さすが女帝。さすが神馬です』

 

 

 

 中山  10R  有馬記念  右・芝2500m

 

 

 

 着順  馬番              騎手   着差

 

 

 1着  4番     アパオシャ    和多  

 

 2着  9番   オルフェーヴル    池園  アタマ

 

 3着  5番 エイシンフラッシュ  ルノール    1

 

 4着  2番 ヴィクトワールピサ  デニーロ   クビ

 

 5着  7番  トゥザグローリー    福水    1/2

 

 

 勝ちタイム  2:34.7

 

 

 

 

 

 

   皇帝を超えし≪太陽の神馬≫!堂々年間無敗の八冠達成!!

 

 

 大震災に揺れた2011年を締めくくるG1有馬記念は大いに荒れた。

 1番人気単勝2.5倍、凱旋門賞を常識外の『大逃げ』で制したアパオシャが今度は最後尾からレースを始める。例年に無いスローペースは、多くの人馬が後方のアパオシャと今年の三冠馬オルフェーヴルを意識した顕れだろう。しかし世界最強七冠の神馬に跨る和多流次騎手には微塵の焦りも無い。

 

 先頭は宝塚記念覇者アーネストリー、後ろにはドバイ王者ヴィクトワールピサ、天皇賞馬トーセンジョーダン、有終の美を望み七冠目を追う女王ブエナビスタ達が油断無くレースを進める。

 昨年の菊花賞のように向こう正面から動くのではないかと思ったファンの予想は容易く崩れた。序盤のスタンド正面、中山の坂を外から一気に駆け上がる女帝に場内は騒然となり、共に走る馬達も呆気に取られた。

 その走りに最も反応したのは≪暴れ馬≫オルフェーヴル。鞍上の池園賢一騎手の制御を受け付けず、女帝を追走。新旧三冠馬のあまりにも早い直接対決が繰り広げられた。

 激突する両馬の対決はしかし、あっけなくオルフェーヴルの逸走という形で終わった。向こう正面の外に大きく流れていく≪暴れん坊≫をよそに、先頭に立ったアパオシャが残り800メートル第3コーナー前からロングスパートをかけていく。

 そのまま最終コーナーを回り、ヴィクトワールピサ、エイシンフラッシュら強豪牡馬を従えてスタンド正面、二度目の登坂を疾走する。

 数多くのG1牡馬を捩じ伏せて、もはや勝ちは揺るがないと思った瞬間、レースを見る全ての者が唖然とした。終わったと思われたオルフェーヴルがいつの間にか大外から吶喊。二番手でアパオシャに喰らい付く。

 しかし≪金色の怪物≫の快進撃もここまでだった。猛追撃も及ばず、最後はアタマ差で七冠の女帝が押し切り、年末最後の大接戦は幕を閉じた。

 

「最後は唖然としましたが、誰よりもレースが上手く強かったのはアパオシャです。彼女と共にずっと走れたのは僕の生涯の誇りです」和多騎手はインタビューで涙を流しながら語る。

 

「常識外の暴れ馬を常識外の技量と戦略で封じ込めて勝った、というところかな。未だにアパオシャが何を考えて、何を見て走っているのか我々にだって分からない。多分本当に馬の神様なんじゃないかな」中島調教師は苦笑しながら話す。

 

 2011年はG1五勝を含めた六連勝。オーナーの南丸氏はアパオシャを2012年末を目途に、引退させて繁殖牝馬への用途変更を表明。

 見る者を魅了し続ける神馬の最後の一年は、一体どのような年になるのか目が離せない。

 

 

 

 

  ≪競馬ジャーナルWEB≫

 

 

 

 





 前話でネコ太郎=カラバがステイヤー王のストラディバリウスと、トロフィーを賭けてレースをしたと書きましたが勝ったとは書いていません。つまりカラバはストラディバリウスに勝てなかったシルバーコレクターです。
 それでも日本産の馬が本場ヨーロッパの長距離重賞を勝ったのは、かなりの快挙でしょう。



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閑話・2011年有馬記念と一年を振り返るスレ


 今回も頂いた感想が多かったのでこの場でお礼を申し上げます。
 



 

 

 

 【今年も】2011年有馬記念スレpart5【大荒れ?】

 

 

 

 

103:名無しの競馬ファン ID:gNsvPipdd

いよいよ今年を締めくくるメンバーが揃った

 

104:名無しの競馬ファン ID:CbOSqUT9a

ブエナビスタにどうか有終の美を

 

105:名無しの競馬ファン ID:194M5HnH+

ヴィクトワールピサも今年で引退する噂あるんだから譲れんな

 

106:名無しの競馬ファン ID:VA0Spky6E

エイシンフラッシュをワイド馬券で買った

せめて3着までに入ってくれ

 

107:名無しの競馬ファン ID:w4m2bkqUA

トゥザグローリーは12kg増しの536kg?ふっといな

 

108:名無しの競馬ファン ID:nba/zJFPr

今年はオルフェだよ

あの暴れん坊三冠が全部ぶっ倒して4冠貰うぞ

 

109:名無しの競馬ファン ID:MfVbIUSFE

俺は凱旋門賞4着のヒルノダムールに冬のボーナスの一部を賭けた

 

110:名無しの競馬ファン ID:SERm4VbJX

はぁん?そこは天皇賞馬のトーセンジョーダンだろ

 

111:名無しの競馬ファン ID:AX9NRNx28

猛よレッドデイヴィスを勝たせてくれ

 

112:名無しの競馬ファン ID:aNObmysXf

おいおい伝説の七冠馬のアパオシャを忘れんなよ

いけ死んだ皇帝の後を継げるのはお前しかいないんだ

 

113:名無しの競馬ファン ID:f0/8YWvRW

オグリと共に有馬記念親子制覇してくれ

 

114:名無しの競馬ファン ID:ywudoKbT9

親子ならアーネストリーもだろ

グラスワンダーと親子で三度目の勝利を飾るんだよ!

 

139:名無しの競馬ファン ID:bNMYMkNbr

はぁん?親子ならキングトップガンだろJK

 

 

 

 

 贔屓の馬を推す醜い罵り合いの応酬により割愛

 

 

 

138:名無しの競馬ファン ID:GWGt62NQG

おう、落ち着いたか

 

139:名無しの競馬ファン ID:bNMYMkNbr

落ち着かせるのにグロ画像貼るのはよせ

 

140:名無しの競馬ファン ID:MxitS4XQy

今日は馬の去勢画像はシャレにならんからさあ

 

141:名無しの競馬ファン ID:B76tMoyAH

今もタマがヒュンってなってる

 

142:名無しの競馬ファン ID:GWGt62NQG

もうファンファーレが鳴ってるんだから静かに見守ろうぜ

 

143:名無しの競馬ファン ID:Lfe8Bbmz7

はーい

 

144:名無しの競馬ファン ID:dojwkMoe8

うーんオルフェーヴルは興奮してるな

去年のドリジャ兄貴みたいにアパオシャに襲い掛からないと良いが

 

145:名無しの競馬ファン ID:oqtPEVreB

いやでもスムーズにゲート入りしてるから大丈夫だろ

 

146:名無しの競馬ファン ID:RccPkc3dx

ドキドキする

 

147:名無しの競馬ファン ID:xxu4ILu2V

ワクワクする

 

148:名無しの競馬ファン ID:e1ZKJueRS

よし出遅れた馬はいない

 

149:名無しの競馬ファン ID:ddUCcFuU8

頼むぞローズキングダム

お前が勝てば単勝で5万入るんだ

 

150:名無しの競馬ファン ID:JbIMeppWp

先頭はアーネストリーで最後尾はアパオシャか

 

151:名無しの競馬ファン ID:re7ks77Y6

オルフェーヴルは後方でピサは前目

池園はこれからどうするのか

 

152:名無しの競馬ファン ID:ddG8QHb2B

うーん?なんかえらく遅いな

 

153:名無しの競馬ファン ID:lKvFMJ+K0

誰も前に行かずにトロトロ走ってるというか後ろを気にし過ぎてる

 

154:名無しの競馬ファン ID:5Op1US/zs

新旧三冠馬が後ろだから警戒してペースが上がらんのか

 

155:名無しの競馬ファン ID:4oR9Cyrk/

じれったいレースしてるな

 

156:名無しの競馬ファン ID:KydU/KeUk

誰か仕掛けろよ

 

157:名無しの競馬ファン ID:VRdWXL+H5

あっアパオシャが後ろから仕掛けやがった!

 

158:名無しの競馬ファン ID:JFLBLxiJs

よりにもよってお前かよ!?

 

159:名無しの競馬ファン ID:70A04T31u

ぎゃあああ!!またこいつに衆道権握られるーーー!!

 

160:名無しの競馬ファン ID:CRIChw2MV

やめろーやめろー!

 

161:名無しの競馬ファン ID:R64hhmMoQ

おいおいまだ一週目の坂で何してんだよ

 

162:名無しの競馬ファン ID:Sd7NhhtZz

ん?なんか他の馬が変だぞ

走る速度落ちてないか?

 

163:名無しの競馬ファン ID:B6wIhsbwF

ゴール板過ぎた馬が軒並み速度落してる?あっ騎手がバシバシ鞭入れてる

 

164:名無しの競馬ファン ID:mgGCezxSA

はぁ?もしかしてアパオシャがなにかして馬がレース終わったと勘違いした?

 

165:名無しの競馬ファン ID:Cl6Nnm1b2

なにしてくれんのあのUMA

 

166:名無しの競馬ファン ID:jlJDO7H0v

でもオルフェだけなんか猛烈なスピードで追い抜いていくぞ

 

167:名無しの競馬ファン ID:0L5ecY64K

ここで掛かったの?

 

168:名無しの競馬ファン ID:ab0ZK5IeW

アパオシャとオルフェで先頭争いしながらレース続行してるぞ

 

169:名無しの競馬ファン ID:pdL7bIgm5

>>159おいその変換はおかしいぞ

 

170:名無しの競馬ファン ID:q1bW9W0Ll

一気にペース早まったな

 

171:名無しの競馬ファン ID:sJ045xiFD

うわっオルフェはや!スタミナ持つのか?

 

172:名無しの競馬ファン ID:IUZIiEpww

いけいけ!菊花賞勝ったスタミナ見せろ

 

173:名無しの競馬ファン ID:yramtvBrF

おいオルフェが外に行き過ぎじゃ

 

174:名無しの競馬ファン ID:oYGGsRVyn

ikezが必死で手綱操ってるのは

 

175:名無しの競馬ファン ID:s0B9pvJ9c

オルフェ走るの止めてないか

 

176:名無しの競馬ファン ID:jD2+7EvIg

ぎゃあーーーー!!何してんだよこのアホ馬ーーー!!!

 

177:名無しの競馬ファン ID:Fh3qE2X22

レース終わったと勘違いしてるのかよ

 

178:名無しの競馬ファン ID:G/rSr7oIq

ikez戻せ戻せ!!いまからでもおそくねえ

 

179:名無しの競馬ファン ID:ZfPF8GMf/

ああ終わった

 

180:名無しの競馬ファン ID:sSGTrW5EP

よっしゃー!!アホ馬が減ったぞ

 

181:名無しの競馬ファン ID:bf8hZ7/xF

先頭はアパオシャでピサとジョーダンが2~3か

 

182:名無しの競馬ファン ID:jfUN6wJtP

ああもう滅茶苦茶だよ

 

183:名無しの競馬ファン ID:iQtp4PijK

ペースグチャグチャでどの馬が正しいのか分かんねえ

 

184:名無しの競馬ファン ID:VAHvia2IV

一気に疲れた

 

185:名無しの競馬ファン ID:PrqOmbQ3O

あー最終コーナーにアパオシャとピサがいる

 

186:名無しの競馬ファン ID:svMUj5xQR

ブエナビスタは真ん中ぐらいか

 

187:名無しの競馬ファン ID:bNMYMkNbr

いけーキングトップガン!

 

188:名無しの競馬ファン ID:g8zk6vRAB

残りは直線だけだぞアパオシャ!

 

189:名無しの競馬ファン ID:oQ/ghv8Wt

くっそあれだけ滅茶苦茶やってまだスタミナあるのかよ

 

190:名無しの競馬ファン ID:XjL62HjwX

登れ登れピサ!惚れた牝相手だからってこれ以上負けるんじゃねえ!

 

191:名無しの競馬ファン ID:9cA0PSBgE

こいこいエイシンフラッシュ!初のG1制覇しろ

 

192:名無しの競馬ファン ID:78ZiOcEyi

遅れんなよルーラーシップ

 

193:名無しの競馬ファン ID:r8p8XRsib

ぎゃあーー何で坂でスピード落ちねえんだ

 

194:名無しの競馬ファン ID:LYJSkO1/6

よしゃー!見てるか天国のオグリ!

 

195:名無しの競馬ファン ID:6cr6LPGJE

えっここでオルフェ!?

 

196:名無しの競馬ファン ID:BvuhMXnEs

はぁ?なにこいつ

 

197:名無しの競馬ファン ID:+k0L/+Nui

おまえなんでここにいんの?

 

198:名無しの競馬ファン ID:8HIggce+o

うそだろ

 

199:名無しの競馬ファン ID:iIbCIvU2k

いみわかんねえ

 

200:名無しの競馬ファン ID:hZ3Yp/gwM

やったーー!

 

201:名無しの競馬ファン ID:VE4RESO1p

祝八冠馬誕生!!

 

202:名無しの競馬ファン ID:/auQpskJl

あぶねえ

勝ったけど心臓に悪いわ

 

203:名無しの競馬ファン ID:ujk58z44T

1、2着は人気通りの順位でも内容荒れまくってるわ

なんだこの劇場型チャンピオンホースは

 

204:名無しの競馬ファン ID:BxFCPD1tU

駄目だ膝に力が入らん

 

205:名無しの競馬ファン ID:lDVass82S

歴史に残る珍レースだぞなんだよこれ

 

206:名無しの競馬ファン ID:IpJJbtJw8

ブエナは8着か

お疲れ、これからは沢山子供を産んでくれ

 

207:名無しの競馬ファン ID:GxSPDj2mc

ジョーダンも着外か

秋天とJCの疲れが残ってたか

 

208:名無しの競馬ファン ID:gzJS89MF2

エイシンフラッシュはまたしても3着かよ

アパオシャと走るとなんか3着率高いな

 

209:名無しの競馬ファン ID:WpWYRqrjZ

ワイドで当たったしエイシンフラッシュは頑張ったよ

 

210:名無しの競馬ファン ID:aqHY2eB2W

オルフェはよぉ真面目に走ったら勝ってただろう

ikezはもうちょっと頑張れ

 

211:名無しの競馬ファン ID:1mw+NRCzr

馬連が当たったけどこんなに見てて疲れた鉄板レースは初めてだ

 

212:名無しの競馬ファン ID:SjUCHd/mF

リプレイで見たらゴール後にリュージが横のオルフェ見てビビってた

 

213:名無しの競馬ファン ID:nOs+EV1xP

そら(終わったと思った馬が2着で横に居たら)そうよ

 

214:名無しの競馬ファン ID:pGBFTBXj0

アパオシャとリュージはピサに去年の借りを返せてよかった

 

215:名無しの競馬ファン ID:AR5gluMNa

オグリと親子で有馬制覇おめでとう!

 

216:名無しの競馬ファン ID:cBHCIL7hO

これでG1連勝を5に伸ばして年間G1勝利数と無敗でオペラオーと並んだ

というか8勝して最多G1勝利記録更新

 

217:名無しの競馬ファン ID:pzOlwpYvm

やべえなんだこの馬

つーかリュージは二頭の馬でG1勝利数15も稼ぐとか意味分からん

 

218:名無しの競馬ファン ID:vdj23D0cb

口取り式はいつもの世界一の社長と

今回は牧場の爺さん夫婦と孫娘ちゃんがいる

 

219:名無しの競馬ファン ID:zWcLZkeW+

相変わらず制服だけど去年と違う

ああ中学から高校に進学したからか

 

220:名無しの競馬ファン ID:3DXYLOoME

そして今回もアパオシャは真っ先に孫ちゃんに寄って行く

 

221:名無しの競馬ファン ID:2WuN2K1eu

口取り式を見ると今年もレースが終わったと寂しさを感じる

 

222:名無しの競馬ファン ID:8coVjXBtp

しょうがねえよ

あーあ今年も馬券はマイナスか

 

223:名無しの競馬ファン ID:hNiY7fOEJ

博打で儲けようなんて甘え

 

224:名無しの競馬ファン ID:OjbELnOcB

俺は儲けた金の半分は被災地に募金したよ

 

225:名無しの競馬ファン ID:H5ruL/dsX

あぶく銭ならそういう使い方のほうが善良かな

 

226:名無しの競馬ファン ID:ZSlLQSS0B

なら俺も今日当てた連単の馬券の三割ぐらいは寄付するか

 

227:名無しの競馬ファン ID:DFdVTLdbM

お前ら良いやつ過ぎるよ

 

228:名無しの競馬ファン ID:tLoBxJ5zk

俺の大学の時のダチが東北で困ってるみたいだし

こういう時はケチらずに金を出すか

 

229:名無しの競馬ファン ID:rR+qnqLVC

今年の漢字に選ばれた『絆』はこういう事かねえ

 

 

 

 

 

 

 

   【新春】2012年の競馬スレpart3【躍進】

 

 

 

1:紳士的競馬民

ここは紳士の集う競馬スレです

荒らし、誹謗中傷、煽り等の紳士の社交場に相応しくない行為は全面禁止です

自らの名と魂に恥じない書き込みを切に願います

 

2:紳士的競馬民

立て乙

 

3:紳士的競馬民

2011年の主な競馬関連ニュース

 

東日本大震災が発生して福島競馬場他レースの代地開催多発

5月20日を目処にメジロ牧場を閉鎖

ウオッカを顕彰馬に選出

アパオシャが欧州馬以外で凱旋門賞を初制覇&カルティエ賞の年度代表馬受賞

オルフェーヴルが史上8頭目となる日本競馬クラシック三冠達成

スノーフェアリーがエリザベス女王杯を外国馬として初の同一平地GI競走の連覇

133勝を挙げた福水優一(栗東)が最多勝利騎手になりJRA史上初の≪親子リーディングジョッキー獲得≫

アパオシャが有馬記念を勝利してG1八勝、シンボリルドルフ他G1七勝の最多記録を更新して最多G1勝利単独首位

 

 

4:紳士的競馬民

2011年の主な引退G1馬

 

ダノンシャンティ

ドリームジャーニー

ナカヤマフェスタ

レッドディザイア

 

引退予定

ブエナビスタ

ヴィクトワールピサ

 

 

5:紳士的競馬民

2011年に死亡した著名な馬

 

サニーブライアン

サクラバクシンオー

セイウンスカイ

オフサイドトラップ

シンボリルドルフ

サッカーボーイ

 

ここまでテンプレ

 

 

6:紳士的競馬民

乙です

 

7:紳士的競馬民

去年も激動の年だったな

 

8:紳士的競馬民

昨年度のJRA賞の発表は今日だったか

 

9:紳士的競馬民

昼以降だけど年度代表馬は一択かな

 

10:紳士的競馬民

満場一致か、まともにレース見てない逆張りが出るかの違いだろ

 

11:紳士的競馬民

あれだけ実績上げたら異論は出ねえ

 

 

 

 

 以下雑談でレス消費

 

 

 

82:紳士的競馬民 ID:57AHZf8Bx

JRAから発表あったぞ

 

83:紳士的競馬民 ID:XYBproxUr

馬の表彰だけ貼っておく

 

年度代表馬・アパオシャ(牝4歳・美浦)

最優秀2歳牡馬:アルフレード(美浦)

最優秀2歳牝馬:ジョワドヴィーヴル(栗東)

最優秀3歳牡馬:オルフェーヴル(栗東)

最優秀3歳牝馬:アヴェンチュラ(栗東)

最優秀4歳以上牡馬:ヴィクトワールピサ(牡4歳・栗東)

最優秀4歳以上牝馬:アパオシャ(牝4歳・美浦)

最優秀短距離馬:カレンチャン(牝4歳・栗東)

最優秀ダートホース:トランセンド(牡5歳・栗東)

最優秀障害馬:マジェスティバイオ(牡4歳・美浦)

 

こんな感じ

 

 

84:紳士的競馬民 ID:dQUYAfOaw

ありがとう

 

85:紳士的競馬民 ID:H5ypn6qbl

感謝

 

86:紳士的競馬民 ID:Gk5ZRnJ8V

大筋は異論の無い選出だな

 

87:紳士的競馬民 ID:cvp7pkxCv

二年連続でアパオシャが年度代表馬か

クラシック三冠のオルフェでも勝てんから納得するけど

 

88:紳士的競馬民 ID:y9wCywfw+

2008年のウオッカから四年連続で牝馬が年度代表馬は驚く

 

89:紳士的競馬民 ID:XYBproxUr

ちなみに今回の年度代表は満場一致での選出だ

2000年のテイエムオペラオーから11年ぶりだぞ

 

90:紳士的競馬民 ID:iu+ywoQjb

一票の逆張りすら許さん桁違いの戦績だからな

 

91:紳士的競馬民 ID:8HWasSGiG

去年は有馬記念でヴィクトワールピサに負けて無敗じゃなかったから

多少票が割れたと聞いた

 

92:紳士的競馬民 ID:a/IvrZnTH

G2阪神大賞典

G1春天皇賞、英ゴールドカップ、英KG6&QES、仏凱旋門賞、有馬記念

6戦全勝および凱旋門賞レコード勝ち

この戦績に勝てる馬居る?

 

93:紳士的競馬民 ID:sITXvxDPJ

いるわけねえだろ

年間無敗のG1五勝グランドスラムをしたテイエムオペラオーだって厳しい

 

94:紳士的競馬民 ID:ZRsUoY1fj

さらに同年のカルティエ賞の欧州年度代表馬と最優秀古馬にも選出されたを追加で

 

95:紳士的競馬民 ID:O1BktHFq1

リアル先輩はもう少し手加減をしてあげて

 

96:紳士的競馬民 ID:ucJG7yeDj

この偉業を超えるにはレーティング1位とエクリプス賞を獲らないと無理かな

 

97:紳士的競馬民 ID:OFHg2YcSQ

レーティングトップはともかく、エクリプスはアメリカのダートに勝たないと無理なんで

アパオシャでも無理……無理だよな?

 

98:紳士的競馬民 ID:z9CYccUpx

ここに来てダートまで走れるかよ

 

99:紳士的競馬民 ID:vDig7LWxc

仮にダート走れてもブリーダーズカップは地元馬が強すぎてどうにもならん

3000m超の長距離ダートがあったらワンチャンぐらい

 

100:紳士的競馬民 ID:Gm3wLL3ds

短距離が弱いのがネックだな

どうしても世界の流行と逆行しているステイヤーの資質が気になる

 

101:紳士的競馬民 ID:urddVOzco

そうは言うが大佐、現に皐月賞や日本ダービーは勝ってるんだから

中距離が弱いわけじゃないぞ

 

102:紳士的競馬民 ID:79MDENe1g

スピード足りなくても凱旋門賞の時みたいに圧倒的なスタミナまかせに大逃げかませば

マイルでもG1ギリ勝てそうなんだよな

 

103:紳士的競馬民 ID:hevgE6vM8

サクラバクシンオーみたいに最初からトップスピードに乗せて逃げ続けるか

調教師は中島大だしそういうIFもあったかもしれん

 

104:紳士的競馬民 ID:zNuVrxvVN

さすがにマイルは勝てるか分からんし、まだ中距離の宝塚記念やジャパンカップを走らせるだろ

カレンチャン、リアルインパクト、グランプリボスとか短距離勢に勝つのは難しいぞ

 

105:紳士的競馬民 ID:PdriRMsxW

もう少し日本に長距離G1レースが多かったら海外まで行かなくてもいいのに

 

106:紳士的競馬民 ID:62SZMoBht

そうなっても長距離はアパオシャの独壇場で勝ち確定だからわざわざ現地で見る必要性が無い

馬券も元返ししたら何やってるのか分からん

 

107:紳士的競馬民 ID:1p6dJZ5wZ

俺はアパオシャはどんな走りをするか全然予想がつかないレースばかりだから

勝ち確定でも見てて楽しいぞ

 

108:紳士的競馬民 ID:L4R1SsaVj

オペラオーやディープは大体同じ勝ち方だから飽きやすいけど

アパオシャは毎回脚質とレース運びが全然違うから面白過ぎるのはそう

 

109:紳士的競馬民 ID:Tk4lQ7EIM

リュージはノーステッキで好きに走らせているのに

あれでマヤノトップガンみたいな気分屋でもないのがよく分からん

 

110:紳士的競馬民 ID:UQ5gglCEY

かと言ってオルフェーヴルみたいに繊細過ぎて

ご機嫌取らないと暴走するわけでもないからな

 

111:紳士的競馬民 ID:F++EHfXz6

基本は後半に入ってから早仕掛けの「まくり」なんだが

この前の有馬記念は最後尾にいても序盤から仕掛けてくる訳の分からなさ

他の陣営は対策全く取れなくてキレ散らかすわ

 

112:紳士的競馬民 ID:sgwwmS0fV

 

ゴールドカップの時のリュージのインタビューがこちら

 

「アパオシャは初めて走る国と競馬場と思えないぐらい落ち着いていました。

まるで僕に、どう走ってどこから仕掛ければ勝てるか教えるように、当たり前のようにレースを走っています。

ここ(イギリス)ではアパオシャ先生って呼ばないとダメですね」

 

 

113:紳士的競馬民 ID:lEkuWQNmr

シンボリルドルフかな

 

114:紳士的競馬民 ID:8Cxm3vNi3

オペラオーだよ

 

115:紳士的競馬民 ID:XfR3W978Y

鞍上がリュージだからオペラオーの方が似合う

 

116:紳士的競馬民 ID:mvrnhnKdl

オペ「ボクのやり方に手を出すな!」

アパ「あなたの指示は理解出来ます。ですがこの展開なら多分こうした方が勝ちやすいですよ」

これぐらい違うらしい

アパオシャのソースは去年の海外遠征組の騎手達が試し乗りした感想を掲載した競馬新聞コラムから

 

117:紳士的競馬民 ID:3DJ1iMtOP

マジ?そんな情報あったのか

 

118:紳士的競馬民 ID:mvrnhnKdl

英仏遠征した時に柴畑、蝦那、富士田、デニーロが調教時にちょっと乗ったらしい

(騎手の)指示には従ってくれたけどデニーロ以外は色々乗り難かったとコメントしてる

アパオシャも走り終えた時は微妙な顔だったとか

 

119:紳士的競馬民 ID:HGbwU9fdl

なまじ頭が良すぎて自分の走りが出来ないのがストレスに感じるのか

実際に勝ってるから騎手も馬に遠慮しちまうし

 

120:紳士的競馬民 ID:pdKqMlY7o

やっぱり邪魔せず好きにさせてくれる和多がベストパートナーだったか

 

121:紳士的競馬民 ID:aReDx5Fx0

俺はたまには猛に乗って欲しいとおもう

特に2010年の怪我の影響で調子悪くて去年はG1勝てなかったし

 

122:紳士的競馬民 ID:gEZ5QPoQz

一応スマートファルコンに乗って地方のjpn1は勝ってるんだが物足りないね

アパオシャに乗ってスランプ脱出はアリかも

 

123:紳士的競馬民 ID:FszygxoVl

ここまで来たら最後までリュージが乗り続けてほしいわ

ただ一人、世界最強の女帝の背に乗るのを許された騎手って称号はG1の一勝より価値あるぞ

 

124:紳士的競馬民 ID:Vff9MxmL/

わかる

 

125:紳士的競馬民 ID:pXJ6LRa42

イギリス女王も許されていると突っ込んではいけない?

 

126:紳士的競馬民 ID:YmfdZp0ZK

偉大な女王陛下は友人枠だから別ね

 

127:紳士的競馬民 ID:TZKvDNTK8

アパオシャも美浦トレセンの大ボスだから女王になにか感じ取ったのかな

 

128:紳士的競馬民 ID:L7uYGmWqF

馬って人の表情とか敏感に感じ取れるらしいから偉人のオーラや人間同士の格付けを察してたのかも

 

129:紳士的競馬民 ID:1CSxx8dA5

気遣い出来る優しい性格だから色々肌で感じ取った可能性はある

 

130:紳士的競馬民 ID:Ah+UjUv3D

ところでアパオシャの妹が今年デビューするぞ

姉と同じクラシック三冠馬になれると思うか?

 

131:紳士的競馬民 ID:Pen17xfMY

無茶言うな

普通の馬が性別超えて三冠勝てるかよ

 

132:紳士的競馬民 ID:D0mezqc07

名前はもう登録されてるの?

 

133:紳士的競馬民 ID:jkzxdnsBH

>>132

いやまだだな

 

134:紳士的競馬民 ID:D+Jd39NXn

オーナーの≪世界一ソフト≫の社長が年末にまた社内公募やってたから

そろそろ選出して決まると思うぞ

 

135:紳士的競馬民 ID:WLlBQEbgy

オペラハウス産駒だからやっぱりオペラが付くのかな

 

136:紳士的競馬民 ID:YlyyUpIkS

アパオシャみたいにペルシャ系の神様になるかも

 

137:紳士的競馬民 ID:7fCW9yI1J

ゲーム会社は神話関係の資料は豊富だからありうる

 

138:紳士的競馬民 ID:hhXIy3K0g

クラシック三冠は無いにしても妹もG1馬になったら面白そうだ

 

139:紳士的競馬民 ID:D+rLajiOU

何気に09年生まれのアウトシルバーも去年は未勝利戦を勝ってるから

母馬のウミノマチは繁殖馬として優秀だな

 

140:紳士的競馬民 ID:lxvFbCMk2

未勝利でもミホシンザン産駒だから血そのものは良いのか

 

141:紳士的競馬民 ID:TTqO27FMg

八冠馬の母ってだけで十分過ぎる

 

142:紳士的競馬民 ID:dKdk3htLp

弟妹も良いがアパオシャ本馬がどのレースを走るかの方が気になる

もう着地検査期間終わったから美浦トレセンに帰ったんだろ

 

143:紳士的競馬民 ID:WZBAopvNU

しばらくは休養挟むけどそのうち調教再開すると思う

 

144:紳士的競馬民 ID:C8K7Mpb2y

また海外レースに行くのかな?今年で引退表明出ているし、悔いの無い現役生活になって欲しい

 

145:紳士的競馬民 ID:M/EYWjW02

どうかな?去年は大震災だったから夢を魅せる目的で海外に挑戦したけど

一息ついたから絶対にしないといけない理由は無いからな

 

146:紳士的競馬民 ID:TFFllOXQQ

馬主的に海外レースは賞金少ないくせに遠征費用滅茶苦茶掛かるから

ドバイや一部の超高額賞金レース以外は基本勝っても儲からんしやらんだろ

 

147:紳士的競馬民 ID:6zKAbJzQP

英ゴールドカップはG1なのに優勝しても日本円で2000万円以下の賞金で唖然としたわ

KG6&QESでも8000万円切るんだから勝った名誉以外ほぼ無い

 

148:紳士的競馬民 ID:PeqyYhz9R

凱旋門賞が3億3000万ぐらいでドバイWCが今の為替で約5億5000万

アメリカのブリーダーズカップ

それかオーストラリアのメルボルンカップあたりしか日本より賞金が上のレースは無い

 

149:紳士的競馬民 ID:Yw+ovKh7V

もう世界最強の名誉は手に入ったし精々G1勝利数増やす以外に

ヨーロッパを走る意義が無い

 

150:紳士的競馬民 ID:J/FZ6lNM3

参考までにアパオシャが2011年に稼いだ賞金がこちら

1ポンド=125円  1ユーロ=147円で計算

 

阪神大賞典  1着6500万円

春天皇賞   1着13200万円

ゴールドカップ1着154698ポンド(1930万円)

KG6&QES   1着603962ポンド(7550万円)

凱旋門賞   1着2285600ユーロ(33600万円)

有馬記念   1着20000万円

 

合計で約8億2780万円だ

 

 

151:紳士的競馬民 ID:AW5723zWW

滅茶苦茶稼いだな

 

152:紳士的競馬民 ID:iFM+rYOJe

これでも2011年だけだから2~3歳の分も含めたら余裕で生涯獲得賞金トップだろ

そしてゴールドカップの賞金の安さに泣けてくる

 

153:紳士的競馬民 ID:wC/10QwbN

確か南丸オーナーは去年獲得した賞金の自分の取り分は税金と費用以外全部

被災地に寄付するって言ってたよな

 

154:紳士的競馬民 ID:D9UqNTGUo

馬主の取り分は賞金の八割だから6億6000万円ぐらいか

ざっと海外渡航費用1億かかったとして5億以上寄付するって事かよ

 

155:紳士的競馬民 ID:D7/N1/2EX

やべえあの社長聖人かよ

 

156:紳士的競馬民 ID:bhg31WEMr

寄付金の税金控除がどれだけかしらんけど一個人で億単位の寄付とか凄すぎる

 

157:紳士的競馬民 ID:bYz50R3Qq

英国女王や英国市民を動かして数十億の義援金引っ張ってきたり

東北はアパオシャを神として祀るレベルだぞ

 

158:紳士的競馬民 ID:ls9TzHmMJ

実際被災地の町規模でそういう話は出ているぞ

凱旋門賞の時は東北の複数の神社で必勝祈願やってたらしいし

 

159:紳士的競馬民 ID:9unHHOW0f

ガチの神馬だな

 

160:紳士的競馬民 ID:QEoYmbwuN

親父のオグリキャップと同様に経済効果で語った方が適切だよ

 

161:紳士的競馬民 ID:jbfmnTzv+

これだけ凄い馬なら

 

162:紳士的競馬民 ID:jbfmnTzv+

>>161の続き

ドバイからの招待状は送られているのかな

 

163:紳士的競馬民 ID:hJzIpRSXR

ドバイシーマなら芝2410だから走れない事も無いけど

検疫期間を考えたら春天出走きついから片方しか走れないぞ

 

164:紳士的競馬民 ID:4OZYG3ogf

得意の長距離蹴ってまで走る意義が無いか

 

165:紳士的競馬民 ID:2tMOWpUkY

海外行かなかったら春天の後は宝塚で秋はジャパンカップ

年末に有馬記念で引退か

 

166:紳士的競馬民 ID:efcGevjt/

エリザベス女王杯はどうだろう?

牝馬なのに牝馬限定レース一回も走っていないのは惜しいぞ

 

167:紳士的競馬民 ID:37WAqZaIM

おかしい

なにかがおかしい

 

168:紳士的競馬民 ID:rph4JXo4c

アパオシャを語る時は持ってる常識を全部捨てるんだ

 

169:紳士的競馬民 ID:5CMHOGgNL

せめて去年のエリザベス女王杯を走って欲しかったな

同期の三冠牝馬アパパネと直接対決したり、もしかしたらスノーフェアリーの連覇阻止もあった

 

170:紳士的競馬民 ID:ESQotKjvc

アパパネもまだ走るけど去年末の香港マイル見てるとピーク過ぎた感があるのがなあ

 

171:紳士的競馬民 ID:PejVJ7c9n

スノーフェアリー側も凱旋門賞のリベンジマッチ出来たら燃えただろうし惜しかった

 

172:紳士的競馬民 ID:zqQRwpgSh

検疫の隔離期間の長さが面倒臭すぎる

科学的に疾患の発見精度が上がってるんだからそろそろ法改正しろよ

 

173:紳士的競馬民 ID:J5UYFJczE

日本も競馬の格付け国パート1になったから海外に合わせるように

法改正の話は多分あるだろうが動きの鈍さが困る

 

174:紳士的競馬民 ID:fTgRlZH0O

三冠馬のオルフェーヴルはどうするのか

 

175:紳士的競馬民 ID:6tFVTe3/X

凱旋門賞はもう勝ってるから挑戦する必要が薄くなったし国内残留して

距離の被っているアパオシャと競り合うか

 

176:紳士的競馬民 ID:+YsZ85Mvv

最初の勝利が無いだけで無価値になったわけじゃないからこれからも挑戦する馬主はいると思うぞ

オルフェならドバイやアメリカ挑戦だってあるかもしれない

 

177:紳士的競馬民 ID:bf9p/Ff0v

牝馬に負けるなの精神で挑戦自体はこれからも続くよ

 

178:紳士的競馬民 ID:Tl1GWoOsy

今年も退屈しない一年になりそうだ

 

 

 





 これにて2011年の話は終わりです。

 それと申し訳ありませんが書き溜めた話のストックが尽きたので、しばらく投稿は控えさせていただきます。
 おそらく来月の7月中には現役最後の年を投稿できると思うので、少しお待ちください。



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第46話 それぞれの正月明け


 投稿再開は明日と言ったな。あれは嘘だ。
 というわけで本日からアパオシャの現役最後の年を投稿します。



 

 

 2012年1月某日。新年を祝う正月も一通り過ぎて、日本はまた日常に戻っていく。

 昨年、日本中を沸かせて競馬界の顔になりつつある和多流次も、新年の仕事として東京のテレビ局を訪れていた。

 ここ数年は競馬が再び世間から注目されている。

 さらに馬だけでなく騎手にもスポットが浴び始めており、お手馬のアパオシャが勝つたびにテレビ画面に映り、新聞のスポーツ欄を大きく飾る和多は、全国クラスの知名度があった。

 話題性が高まれば自然とテレビ出演の依頼が来る。しかも和多は顔が端整で話も上手いので、テレビ番組に向いている。本人も競馬界を盛り上げるつもりで、スポーツ番組の出演を承諾した。

 

 

 

 

「テレビの前の皆さんこんばんは。スマスポの時間がやってまいりました。新年第一回目となる今日のテーマは、現在話題沸騰中の競馬です」

 

 テレビカメラが司会の女性を映す。そこから一歩引いて、カメラが横に向く。司会の代わりにカメラのフレームに収まったのは二人の若い男。

 

「本日のゲストはこちらのお二人です。昨年末に日本競馬史上初のG1八冠を達成したアパオシャを乗りこなす和多流次騎手。もう一人は、昨年日本で8頭目のクラシック三冠馬に輝いたオルフェーヴルの鞍上を務める池園賢一騎手を、スタジオにお迎えしています」

 

 スタジオのギャラリーから拍手が飛び、紹介された二人の騎手は会釈をした。

 

「和多騎手は現在34歳、池園騎手は32歳。共に競馬界を引っ張る主力のお二人から、お話を聞いていこうと思います。それでは和多騎手から、昨年2011年はいかがでしたか」

 

「いやー思い返すと物凄い濃い一年でした。人生初の海外レースを三度も経験して、フランスの凱旋門賞に勝った時は、たくさんの騎手からシャンパンを頭からかけられました」

 

「確か和多先輩は酔っぱらって、夜にアパオシャの所に行ってそのまま馬房で一夜を過ごしたんですよね」

 

「ええー!?和多騎手はフランスでそんなことしてたんですか?」

 

「ええっと……その時は酔い潰れてあんまり記憶ないんですけど、朝起きたら藁の中で、横にアパオシャが居ました。相棒が物凄く呆れた顔だったのを覚えています」

 

「あれで先輩、しばらく宴会でも禁酒して、栗東トレセンの忘年会でも飲んでませんね」

 

「下手したら風邪じゃ済まなかったからね。嫁にも怒られたから今も酒は控えてる」

 

 スタジオの観客から、そこかしこで笑いが零れる。司会は半笑いで池園の方にも話題を振る。

 

「うーん、去年は色々と楽しくもあり大変な年だったなと。騎手になって初のクラシックG1勝利は嬉しかったんですが、あの暴れん坊にとにかく手を焼く日々でした」

 

「でも念願の日本ダービーにも勝てたから良かったじゃないか」

 

「それはそうですけど、僕さんざんな目に遭ってますよ。オルフェーヴルの初戦で振り落とされて、手を踏まれて医務室直行。菊花賞の時は振り落とされた時にラチに脇腹ぶつけられて、しばらく息も出来なかったんですから」

 

「その後に歩いてウイニングランしたのはドンマイって思ったよ」

 

「先輩はいいですねえ。アパオシャは人にも馬にも優しくて、世界で一番強いんだから」

 

「先の動きが読めないって意味で、癖の強さはオルフェーヴルにも負けてないから。乗るのかなり大変だよ」

 

 ここで幾つかのレースのVTRが流れて、和多達は過去のレースを鑑賞する。

 昨年菊花賞のオルフェーヴルの雄姿と、その後の池園の落馬までが映されて、司会の女性が堪らず吹き出す。

 次は凱旋門賞でのアパオシャの『大逃げ』からの、堂々の逃げ切り勝利。

 さらに去年の有馬記念の映像には、中山の一度目の坂からアパオシャの突然の加速で必死にしがみ付く和多の姿、向こう正面で外側に走りながら勝手に減速するオルフェーヴルを必死で走らせようとする池園の姿に、本人達も笑うしか無かった。

 最後はゴール手前で追いついたオルフェーヴルを押し切るアパオシャのゴールで映像を締めくくった。

 

「いやーどのレースも大変おもし……見応えがありました」

 

 司会が慌てて言い直すが、その前に思いっきり笑って吹き出しているから今更である。

 それを放置するのは可哀そうだから、和多は間髪入れずに真面目な口調でレース映像に言及する。

 

「やっぱり去年の有馬記念はオルフェーヴルが外に逸走してなかったら、僕とアパオシャは負けてたかな」

 

「多分そうだったと思います。僕がオルフェをしっかり制御出来ていたら勝てました」

 

 池園は悔しそうに自分の騎乗ミスを認めた。どんな気性難、荒ぶる気質でも的確に制御してレースに勝つ事が騎手の義務。レースに出した以上は馬の気性は言い訳にはならない。

 自分の技量がもっと優れていれば、世界トップレベルの身体能力を持つ暴れん坊を完璧に導いて勝利していた。己の不足が敗因だったと認めた。

 

「それでは和多選手はどのようにアパオシャを乗りこなしているのでしょうか?」

 

「何もせずに、全部馬に任せて好きに走らせる事ですね。稀にこちらが助けないといけない時はあっても、アパオシャは本当に頭が良いから、どう走れば勝てるか分かってる子なんです。なんて言いますか、アパオシャはプロフェッショナルなんですよ。その日の馬達やコースを見て仕掛け所を理解して、一番勝ちやすい走りをして実際にレースに勝つ。だから騎手がする事なんて基本は無いです」

 

「オルフェみたいに負けん気が強くて、熱くなって前に行きたがる性格じゃないですね」

 

「走る事と勝つ事は好きだけど必要以上に熱くならない、結構淡々としてる性格かな。あと、たぶんだけど相手を煽ってレースをコントロールするのが抜群に上手い。その辺りは美浦トレセンの馬達のリーダーやってる経験が活きたんじゃないかな」

 

「有馬記念のオルフェはまんまと乗せられたわけですか」

 

「それぞれの馬を事前に研究してもいないのに、パドック周回や返し馬で性格とかを把握してレース展開を決めているんだと思う。レースのVTRを見直して、『ここで仕掛けた意味はこうだったのか』って答え合わせして気付く事も多いんだ」

 

 実際に乗った本人の口から改めて聞かされると、馬の常識を超えたアパオシャの知性には驚かされる。

 

 

 この後は一旦、二頭の馬から離れて、騎手二人の2011年の競争成績の紹介に移る。

 和多はアパオシャの騎乗を除くと、地方と中央での幾つかの重賞勝利はしていても、G1勝利には恵まれていない。

 一方、池園はスプリンターズステークスをカレンチャンが制し、エイシンアポロンがマイルチャンピオンシップを勝利して、G1二勝を得ていた。

 和多はG1勝利数15勝に対して、池園は2歳年下でも16勝を挙げている。

 どちらがより騎手として評価が高いかと言われると、一般的には池園を推す声が多いと思われる。

 

「やっぱり池園君は凄いね。あんな癖馬軍団を御してG1を何度も勝ってるんだから」

 

「僕の乗る馬は全部が全部癖馬じゃないですよ。カレンチャンは凄い素直で人懐こくて、彼女にしたいぐらいです。和多先輩のアパオシャはどうなんですか、嫁にしたいですか?」

 

「アパオシャが嫁になったら、思いっきり尻に敷かれそうで嫌かな。僕の事は信頼してくれて気遣ってくれるけど、多分人間のあいつは物凄いストイックな性格。それもプロ野球選手の〇チロー選手ぐらい禁欲的でプロ意識が高い。仲間を大事にして、面倒見が良いから交友関係は広いけど、隣に居たらプライベートでも一秒も気が休まらないのが辛い」

 

「フランスで一緒に寝たのに?」

 

「ぶっふふ!!―――す、すみません」

 

 司会の女性が堪え切れずに笑ってしまう。

 

 これ以降も二人の競馬トークは数十分続き、番組の収録は無事に終わった。

 後日、ゴールデンタイムに放送された番組は、イケメン騎手同士の軽快なトークが人気になり高評価を得た。

 その後も番組には度々騎手がゲストに呼ばれて、お茶の間に競馬が進出していくようになった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は競走馬である。有馬記念を勝利して数日。正月も終わってから、ようやくトラックに乗せられて懐かしの美浦トレセンに戻ってこられた。

 去年の5月末に日本を出発してから、半年以上が経っていた。

 

 迎えには厩務員の松井が来た。よう、随分久しぶりだな。

 

「おーい、迎えに来たぞ女帝~」

 

 誰だよ女帝って。俺はエアグルーヴさんじゃないぞ。

 怪訝な顔を松井に向けると『すまんすまん』と笑って、本来の名前を呼んだ。

 

「お前は世界一の馬だからな。そうやって呼ぶ奴も多い」

 

 そりゃ異名なんて他人が勝手に呼ぶだけで、自分から名付けて他人に呼ばせるなんて普通はやらん。

 前世の時も大体この手の異名はURAが勝手に付けて広めていた。正直恥ずかしいと思ったぞ。

 どこの誰でも勝ち続けると、色々と余計な事を考えるものだ。

 今は畜生の身だし、抗議も出来ない。たとえ凱旋門賞に勝っても、家畜とは実に不自由なものだ。

 

 

 半年以上留守にしていても、全く変わらないトレセン内を歩く。

 途中、何頭かの馬ともすれ違った。

 

【あっ、おねえちゃんだ!】

 

【おー、久しぶりだな。元気だったか】

 

 結構久しぶりだけど、まだ覚えていてくれたか。軽い挨拶だったり、顔を擦り合わせて若い馬達と触れ合う。

 

【あねさ~ん!あいたかった~】

 

 年上の馬にも挨拶して、留守中にちゃんと若い馬の面倒を見てやったか聞く。

 地震で色々不安だったけど、何とか頑張ったと言っているから、褒めて礼を言っておいた。

 気遣い一つで馬達は大喜びするんだから、手土産や贈り物のいる人間よりはずっと楽だ。

 

 道中、木製の掲示板を通り過ぎた時、視界に見過ごせないモノが目に入って立ち止まった。

 

「どうした?…あぁ、それに気づいたのか」

 

 松井が指差す先には、一枚のポスターがある。被写体はレースで俺がゴールする瞬間だった。前のヒーロー列伝とかいうポスターと違うな。

 ゴール板には英語でアスコットと書いてあるから、イギリスの時の写真か。

 

「お前が外国で走っている間にJRAが作ったんだよ。東日本大震災の災害復興PRに、お前の走る姿が使われたんだ。『諦めずに走り続けよう』って書いてあるんだぞ」

 

 そういえば前世の震災後も、その年にレースで活躍していたウマ娘が被写体になったポスターを見た記憶がある。

 これを見て、本当に被災者が元気になってくれるかは分からないけど、気休めでも良いからもう一回立ち上がって、自分の足で歩いてくれたらいいな。

 

 海外にいる間にプチ浦島太郎を味わったが、何事も無く一番見慣れた中島厩舎に戻って来た。

 

【ねえちゃんおかえりー!】

 

【わーい、ねーちゃんだー】

 

【どこいってたのー?】

 

 厩舎の後輩達が一斉に嘶いた。こいつらも余震続きで心配だったが元気で良かった。

 

【ちょっと遠い所で走ってた。もちろん、俺が一番速かったぞ】

 

【【【わー、すごーい!】】】

 

 松井が気を利かせてくれて、厩舎の全部の馬に顔を見せてから、元居た馬房の前に連れて来られる。

 隣にはよく見た顔の妹分が嬉しそうに顔を馬房の外に突き出す。

 

【ねーちゃん!ねーちゃん!あたいねーちゃんがいないときに、いちばんはやくはしったよ!!】

 

【おー、頑張ったなトフィ。よしよし、お前は強い子だぞ】

 

 顔と顔を擦り合わせて褒めれば妹分はご満悦だ。俺が居ない時は大丈夫かなーと思ったけど、こいつもとっくに一端の競走者だったな。

 妹分の成長を見れたのは良かった。

 

 隔離中に厩舎の連中が暇潰しにテレビやラジオを用意してくれたのは助かったが、流れてくる情報も良いものばかりじゃなかった。

 まさかナリタブライアンが二十年も前に産まれていて、さらにとっくに死んでいたとは思わなかった。

 あいつだけじゃない。クイーンちゃん、オンさん、オグリキャップ先輩、バクシさん、リルさん――――ざっとテレビで知った中でも、これだけ前世で友好を結んだ人達が死んでいた。

 俺が走った凱旋門賞の数日後に死んだリルさんは、馬の中ではかなり高齢だったと聞いて納得はする。

 だがウマ娘の連中は大抵長生きしていたから、ナリタブライアンやオンさんのような早死は少し残念に思う。

 こっちのセンジみたいに前世の記憶は持ってないと知って、名前が同じだけの別の生き物と理解していても、多少思う所がある。

 それに来世ではトフィ達も、もしかしたらウマ娘になっているかもしれない。

 だからか、生きて顔を合わせている間は、出来るだけ面倒を見てやりたいと思うようになった。

 

 

 それから数日後、レースが近い馬達の調整の併走に付き合う事になった。

 OPクラス未満や未勝利戦を走る連中ばかりだから、レース明けの慣らし運転にはちょうどいい。

 助手が上に乗っていない分、俺は負担が軽いから気兼ねなく、前後から自由に馬達を煽って走らせた。

 実力で言えば一勝するだけでも大変な連中だけど、同じ厩舎所属として勝ってほしい。

 ただ、一頭調子の良さそうな馬が居る。まだ若い牝馬で昔のトフィより一枚落ちるぐらいだが、頑張ればOP戦ぐらいは勝てそうな力がある。

 

「よしよし、いいぞミッドサマーフェア。アパオシャも良い追走だったな」

 

 体を鈍らせない良い運動になるからいいさ。

 中山レース場を貸し切って、広々としたコースを走るのも解放感があって良かったが、誰かと一緒に走るのも良いもんだ。

 

 





 そろそろアパオシャの繁殖相手を考えないといけません。どんな種でも付けられるというのは選択肢があり過ぎて逆に困ります。どうしましょう。


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第47話 人気者はつらいよ

 

 

 南丸浩二は時々思う。数度訪れたが、美浦トレーニングセンターは遠い。

 朝に岐阜を出発して、新幹線を使っても最寄りの駅に着いたのは昼過ぎだ。そこからタクシーを拾って、トレセンに向かっている。

 まだまだ還暦には十年近くあっても、1月末日の寒さと合わさって段々と辛さが骨身に染み始めている。

 

「――――栗東の方が良かったかも」

 

「ははは、お客さんは関西の馬主さんですか」

 

 移動の疲れからポツリと出たぼやきを、タクシーの運転手に聞かれてしまい笑われる。

 

「岐阜から来たんですよ。滋賀県の栗東トレセンなら、高速使えば半分以下の時間で着きますから」

 

「なるほど、確かに。私も長年この辺りでタクシー転がしてるから、毎日色んな県から来る馬主さんを送迎しているんですよ」

 

「でも、最初の馬を美浦の厩舎で預かってもらって、色々としがらみが出来て、今年も二頭目を預けます」

 

「それは景気の良い話だ。震災があってどこもかしこも自粛自粛じゃあ、辛気臭くて困る。お客さんみたいな馬主も沢山いるから、儂等も儲かる。良い馬かどうかは知りませんがこれからも頑張ってくださいね」

 

「ええ、ボチボチやりますよ」

 

 さすがに馬をよく知る運転手も馬主の顔までは把握していないのだろう。あるいは知ってても知らないフリをしているのか。

 

 

 ほどなくタクシーはトレセンに着き、南丸は入り口で馬主資格証を見せて敷地に入る。

 数多くある厩舎の中の一つ、中島厩舎を訪れた。

 前もって連絡してあったのですぐに事務所に通してもらえた。

 

「こんにちは中島先生。今日は時間を頂きありがとうございます」

 

「いえいえ、遠い所からようこそ。電話で込み入った話があると聞きましたが」

 

 中島は上客に椅子を勧めて自身も座る。事務員が温かいコーヒーを出して、まずは一服。

 

「ところでアパオシャはどうしていますか?後で顔ぐらいは見るつもりですが」

 

「相変わらず元気ですよ。美浦に帰って来ても女帝として馬達をよく見ています。うちの厩舎の馬の調整にも付き合ってくれて、あと一年でお別れなのが惜しいです」

 

「そう言って頂けると馬主として嬉しく思います」

 

 今の言葉に世辞は全く含まれていない。アパオシャは世界最強の馬として職員に大金を運んでくれる上に、そこそこ程度だった中島厩舎の評価を大幅に上げてくれた福の神だ。可能なら来年、再来年も走って欲しいと本気で思っている。

 現実はそこまで都合よくいかず、繁殖牝馬としての第二の役目を担ってもらうために引退しなければならない。つくづく惜しいがレース引退は競走馬の宿命だ。

 

「それで、今日はアパオシャの次のレースの相談でしょうか?」

 

「本題はそちらになりますが、その前に一つお伝えしておくことがあります。今年こちらに入厩するアパオシャの妹の、ウミノマチ10の名前が決まりました」

 

「それは良かった。それでどんな名前になりましたか?」

 

「社内公募で決めた、ヴィンティン(VINTIN)と名付けます」

 

 中島は内心、呼び難いと思いつつも、馬主の手前何も言わなかった。

 名前の由来は七福神の弁天で、それを少し崩した名と南丸は説明した。

 

「縁起の良い名前ですね。レースに勝つには実力もですが幸運なのが一番です」

 

 昨年の秋に、二人で北海道の育成牧場に見に行った時はヤンチャな娘という感じだった。ただ、人の言う事を聞く従順性はそれなりに高いのでデビューは出来る。

 あとは競走馬としてどれほどかは、実際に調教してレースに出してみないと何とも言えない。

 姉ほどの歴史に残る活躍を期待しないまでも、それなりに勝ってくれるのを期待してしまう。

 

「妹のことはまだ先ですから、そろそろ姉の方の本題に入りますね。今年のアパオシャのレースでご相談があります」

 

 南丸は鞄から一通の手紙を出す。達筆な英語で書かれた切手の貼られていないエアーメールだった。

 中島は封筒に印刷されたイラストが目に入り、幾らか合点がいく。王冠を被ったライオンがユニコーンと共に赤青二色の盾を支えたデザインだった。

 去年はイギリス遠征した関係で、このデザインの書類が厩舎にも沢山来たから、漠然と内容が思い浮かぶ。

 

「これはイギリス王室の競馬担当から、何かの連絡ですか」

 

「英国女王直筆の手紙です」

 

「は?何ですって!?」

 

 一国の君主から日本の一個人に手紙が送られるなど、信じられないが南丸の顔を見れば冗談の類でないのはすぐ分かる。

 

「手紙は一旦、日本の外務省に送られた後、外務省と農林水産省の職員が直接家にまで持ってきました」

 

「それで内容は?」

 

「要約すると『去年はとても楽しかった。今年でアパオシャは引退と聞いたから、もし機会があれば何時でもいいから、もう一度イギリスに来てレースを走らないか』というレースへのお誘いです」

 

 中島は南丸がわざわざ岐阜から茨城まで足を運ぶ理由が分かった。この件はとてもじゃないが電話で話していい軽い内容じゃない。

 そしてなぜ外務省と農林水産省も関わっているかも理解した。

 農林水産省はアパオシャを外国に出す時に、検疫を担当するから必ず関わる。それにJRAは実質的に農林水産省の管轄になる。

 さらに去年は日本全体が女王だけでなく、イギリス国民にも大震災復興義援金という形で大きな助けを受けている。こちらは外務省の分野だ。

 既に馬主の南丸一個人だけでなく、日本全体が関わってくる話になっていた。

 

「ある意味、アパオシャは日本代表ですか。そちらの話も困ったものです」

 

「そちらの話?」

 

「あっ、ええ。ちょっとアパオシャに関係のある話ですが、優先順位はこちらの方が下ですから、まずはイギリスの方を決めてからお話しします」

 

「ふむ、分かりました。話を戻します。それで外務省の職員は私に判断を委ねると口で言っていましたが、とにかく出てくれと懇願するような目をしていました。一応農林水産省の職員は馬の体調もあるから、強制はしないと保証してくれましたが」

 

 裏を返せば、不慮の事態を招かないように出るレースのスケジュール調整を万全にして、可能な限り出ろと命令しているに等しい。

 普通なら馬主の権利を侵害しているに等しいが、相手が英国女王では日本の役人程度に文句を言ってもどうにもならない。

 そして南丸には女王のお誘いを断れる胆力は無い。中島も既に諦めの境地に達している。

 

「イギリスには女王陛下をはじめイギリス国民から、数十億の義援金を出してもらっています。断るわけにはいきません」

 

「分りました、ではどのレースに出るかを決めましょう。さすがに凱旋門賞馬がG2程度でお茶を濁すのは無理なので、G1かつアパオシャの適性に合うレースを選びましょう」

 

 中島は書棚からイギリスのG1レースの資料を出して、テーブルの上に広げる。

 

「アパオシャの距離適性なら最低でも2400mは欲しいです。やはり一番の候補は昨年も勝利したゴールドカップかKG6&QESでしょうか」

 

「確かに実績のあるレースを連覇するのが無難です」

 

 悩ましい所ではある。一度勝利経験のあるレースなら勝つ確率も高い。しかし昨年と違い、レースに勝って被災した日本に希望を届ける意義は少々薄まっている。

 南丸は少し冒険してもいいのではないかと、チャレンジ精神が強くなっていた。資料を見てこれはと思うレースに目を留める。

 

「―――――例えばこれはどうでしょう、ヨーク競馬場で8月下旬に開かれる、3歳以上牝馬の約2400mヨークシャーオークス」

 

「そういえばアパオシャはまだ一度も牝馬限定レースには出た事がありませんね。そちらも良いですが、こちらも悪くないです。6月初旬にある4歳以上2420mのコロネーションカップ。場所は競馬の聖地エプソムダウンズ競馬場」

 

「うーむ、そちらも素晴らしいレースですね」

 

 中島の見せた資料のレースにも心惹かれる。どちらも栄誉あるレースだけに即決とはいかない。

 

「私見ですが、アパオシャには起伏に乏しい地形のヨーク競馬場よりは、勾配40mの坂のある過酷な地形のエプソムダウンズ競馬場のほうが合っていると思います。無論、昨年経験のあるアスコットレース競馬場かつ、超長距離のゴールドカップが最良かもしれませんが」

 

 調教師の中島は選択をある程度絞り込み、レースの情報を分かりやすく教えるまでが仕事。どのレースを選ぶかは馬主の権利だ。

 南丸は熟考して少し冷めてしまったコーヒーを飲み干して、一息吐いて決断を下した。

 

「今年は競馬の聖地エプソムで、コロネーションカップに出しましょう!」

 

 色々迷ったが南丸はコロネーションCを走る事にした。決め手は日本馬として初めて聖地エプソムの地を走る栄誉がある事。さらに同競馬場で翌日に行われる伝統ある英国ダービーと、馬齢以外は同条件のレースだから。実質この聖地の2400mレースを勝てれば、アパオシャは英国ダービーにも勝てたと言ってもいいじゃないか。そう思ったからだ。

 

「分かりました、調整に全力を注ぎます」

 

「英国にはこちらから連絡しておきます。――――それで、先生の方の困った話とは?」

 

「実は今年海外遠征する馬がいるから、アパオシャも一緒に走りに行かないかと、ある馬主からそれとなく話がありまして」

 

「その馬主というのは?」

 

「≪サンダーレースホース≫の古田代表です」

 

「それは随分な方からのお声ですね」

 

 サンダーレースホースは日本の馬産関係の一大グループ『社大グループ』に属するレースクラブ。ブエナビスタやオルフェーヴルのように、数多くの重賞馬やG1馬がここの所属である。

 南丸も競馬場の馬主席で、代表の古田とは何度か会っている。正直言って、たった二頭しか馬を所有していない木っ端馬主の自分とは釣り合わない。

 

「それでどの国に、どの馬と一緒に行くと」

 

「まだ正式に決まっていませんから内密ですが、凱旋門賞に挑戦するオルフェーヴルに同行してほしいと」

 

 二人は遠征する馬に異論は持たなかった。あの金色の暴れん坊は日本の競馬史の中でも最高クラスのポテンシャルを持つ名馬。世界最高のレースに名乗りを挙げるのに何ら不足は無い。

 ただ、なぜオルフェーヴルが遠征する時に自分達にわざわざ声をかけるのか、南丸は相手の真意が分からない。

 去年のように複数の馬が同じレースのために海外遠征する事はあっても、あくまで独自に出走を決めるのであって、他の馬の陣営を誘う話は耳にしない。

 

「その古田氏はなぜそんな事を切り出したのでしょうか?」

 

「推測になりますがよろしいですか?」

 

「ええ、どうぞ先生」

 

「可能性としてはオルフェーヴルの帯同馬として、アパオシャを使いたいと思っているかもしれません」

 

 帯同馬とは、海外遠征などを行う競走馬に同行する競走馬のことである。

 馬は繊細な性質を持っていて、慣れない土地に行くと寂しがる習性を持っている。そこで帯同馬と共に遠征することでストレスを軽減したり、現地での調教相手も務める事がある。

 凱旋門賞に挑戦したエルコンドルパサーやマンハッタンカフェのフランス遠征にも、こうした帯同馬はいた。

 さらに年を遡れば、無敗のクラシック三冠馬シンボリルドルフもヨーロッパ遠征時には、シリウスシンボリが帯同馬を務める筈だった。しかし本命のシンボリルドルフが故障して日本に残ったため、単身二年にわたってヨーロッパを転戦する羽目になった。

 残念ながら勝利は掴めなかったものの、慣れない異国の地で単身レースに挑み続けた精神は偉大と言ってよい。

 

「去年海外遠征した時に、一緒に来ていた馬の調子が良かった話が業界に広まっています。その古田氏以外にも探りを入れている者はいました」

 

「私は競馬界の事情には疎いですが、通常は他の厩舎の馬に帯同馬を頼むものなのですか」

 

「いえ、通常は同じ馬主の所有馬か同じ厩舎の馬を連れて行くだけです。私も長年競馬に関わっていますが、他の厩舎の馬を使おうとは普通考えません。それだけアパオシャのメンタルケア能力が優れているという証拠なんでしょう」

 

 南丸は昨年末の有馬記念で、オルフェーヴルが途中でレースを止めて失速したのを思い出して納得した。

 同時にそこから巻き返してアタマ差2着になった、常識外の身体能力に驚愕している。

 

「あの気性ではどれだけ実力があっても、大事なレースに挑ませるには不安が残るから、アパオシャを使うと」

 

「凱旋門賞に勝つために、万全を期したいということでしょう」

 

 自分の馬が褒められるのは良い事かもしれないが、気軽に海外遠征をする事は難しい。

 そして良いように使われているような気がしないでもないが、向こうから話を持ち掛けて来た以上、色々と譲歩を引き出せそうな相手でもある。

 これから馬主として競馬に関わって行く以上は、今のうちに頼み事を聞いてやって恩を売っておく事も必要かもしれない。

 ましてそれが社大グループの構成クラブなら、色々と繋がりが持てる。

 

「………もう一度フランスに遠征するのは構いません。次は凱旋門賞ではなくカドラン賞でどうでしょうか」

 

「芝の4000mならアパオシャの独壇場です。反対する理由はありません」

 

 一度走ったロンシャン競馬場の4000mのレース。アパオシャが負ける要素は百に一つも無い。

 イギリスのコロネーションCとフランスのカドラン賞。この二つのレースを基準に、二人はアパオシャの今年のレースの予定を決める。

 

 

 3月24日 G2日経賞(中山・2500m)

 

 4月29日 G1春天皇賞(京都・3200m)

 

 6月02日 G1コロネーションC(エプソム・2420m)

 

10月07日 G1カドラン賞(ロンシャン・4000m)

 

11月11日 G1エリザベス女王杯(京都・2200m)

 

12月23日 G1有馬記念(中山・2500m)

 

 

「調教師としては、アパオシャなら最低一ヵ月のインターバルがあれば問題無いと思います。勿論何か不調があったらレースを見合わせますが」

 

「分かりました。何事も無ければこの予定でいきましょう」

 

 今回の海外遠征は短期滞在なので、昨年のように三ヵ月の隔離期間は無い。

 一つだけ二人の間で意見が割れたのが11月のエリザベス女王杯だ。

 南丸は出来れば10月28日にフランスで行われる、芝3100mのG1ロワイヤルオーク賞を走らせたかったが、カドラン賞から20日程度の間隔はさすがにアパオシャでも辛いだろうと反対した。

 中島は代案として、G1エリザベス女王杯を提示した。

 アパオシャは短い距離はあまり得意ではないが、京都競馬場は名物の坂がある。牡馬だろうが捩じ伏せる坂道の申し子のアパオシャなら、レース展開次第で何とかなる。

 もう一つの選択としてジャパンカップもあったが、たとえ距離が200m延びてもオルフェーヴルが出てきた場合、かなり苦戦を強いられると思われる。よって牡馬が絶対に出走出来ない牝馬限定レースを選択した。

 こうして理詰めで説いて、南丸を納得させた。

 実は中島は内心、賞金が安いヨーロッパのレースより、自分や厩舎の連中の取り分が増える日本のG1の方を走らせたかった。無論、そんな事は馬鹿正直に口にしたりはしない。

 一仕事終えた二人は何杯目かのコーヒーで一服する。

 

「実を言うと今年はイギリスに行かないだろうと思って、宝塚記念を想定していたんですよ」

 

「ははは、それは申し訳ない事をしました」

 

「いえいえ、英国女王のお招きとあればやむを得ません。今回は短期遠征ですから、留守を息子に任せて私が行きましょうか」

 

 調教師が厩舎を長期間留守にするのは好ましくないが、近年は通信機器が発達して大抵の国でも連絡が付く。一ヵ月ぐらいなら残った息子や助手達が何とか切り盛りしてくれるだろう。

 中島は敢えて言わなかったが、年始にかつてのお手馬≪サクラチヨノオー≫を老衰で亡くしたのがまだ少し堪えていた。

 去年にも同じく主戦騎手を務めたサクラバクシンオーが逝った。

 立て続けにかつての相棒達に先立たれて、少々気が滅入っている。

 だからこそ、時には厩舎の経営者という立場を忘れて、一人の競馬関係者として競馬の聖地に行きたい欲求が止められない。

 

「競馬というのはロマンですね。私も馬主5年目で少し分かってきました」

 

「私は調教師の定年まであと6年ですが、もう一生、馬からは離れられませんよ」

 

 中島の自嘲染みた笑みも、今の南丸なら少しは共感する。一生付き合っても構わないぐらいに魅力的な存在なのが馬だと、最近分かってきた。

 

 

 大雑把だが今年一年のアパオシャの予定を決めて区切りがついた南丸は、本物のアパオシャに会いに行った。

 レース以外ではあまり会う事の無いオーナーの顔に、アパオシャはちょっと驚いたが特に厭な顔はせず、果物やニンジンを貰って相手が満足するまで撫でさせてやった。

 さらに、もうすぐ妹が厩舎に来ると伝えられると、今度はかなり驚きつつ上機嫌になった。

 また一つ楽しみが増えたアパオシャは、しばらくウキウキしながら中島厩舎の馬達をシゴキまくって恐れられた。

 

 



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第48話 教育は難しい



 えー前話の感想覧が愉快なことになっています。牝馬が牝馬限定レースに出るのは普通ですし、エリザベス女王杯だって立派なG1なのに虐殺扱いは酷いですよ(笑)
 冗談はさておき(出走する面子に目を瞑りさえすれば)中距離が専門外のアパオシャなら、仮にもG1出走する上澄み馬なら良い勝負が出来ると思います。アクシデントが起こらない保証も無いですから、少なくとも来た、見た、買った、の退屈で一方的なレースにはしないと保証します。




 

 

 冬の厳しさも過ぎ、草花が春の到来を告げる3月の下旬。

 期待に胸を膨らませたファン達で混雑する中山競馬場でも、馬主席はゆったりとした時間が流れていた。

 現在は昼も過ぎて、メインレースのG2日経賞が近づくにつれて馬主や同伴者が増えているものの、馬主席自体がかなり空間に余裕をもたせて造ってあり、席取りや混雑などとは無縁の場所だった。

 アパオシャの馬主の南丸は今回も観戦している。共に来た家族も馬の事は素人でも、自分の家の馬が勝てば嬉しいからイベントとして緩く競馬を楽しんでいる。

 当の南丸は家族から離れた場所で一人の男と向かい合っていた。

 

「南丸さん、この度は無理難題を聞いて頂いて感謝します」

 

「いえいえ、私達にとってはそこまで無理ではありませんよ、古田さん」

 

 南丸の対面に座るスーツ姿の中年男性が深々と頭を下げる。

 彼は古田駿輔。競走馬の出走を手掛けるクラブ法人の≪サンダーレースホース≫の代表を務めている。

 競馬におけるクラブ法人とは、馬主登録されていない者が競走馬に小口に分割された持分を通じて投資することで、間接的に馬主になれるシステムである。

 このシステムのおかげで、主に経済的に馬主資格が得られない、馬一頭の維持費を払えない者でも、寄り集まる事で馬主の気分を味わえる。

 駿輔は40歳前と若いながらクラブの代表を務める才人であり、日本最大の馬産集団である社大グループの一員でもある。

 

「世界最強馬のアパオシャをフランスへの帯同馬に使おうなどと、ふざけるなと罵倒されないか内心ヒヤヒヤしていましたが、南丸さんの寛大さには頭が下がります」

 

「旅は道連れと言いますし、昨年の三冠馬オルフェーヴルとならアパオシャにも良い刺激があると思っただけです。私の方こそ来年は社大さんにお世話になるかもしれません。その時はよろしくお願いします」

 

 お互いに礼を述べた後に苦笑する。1月末に中島調教師から話を聞いた南丸は、すぐに≪サンダーレースホース≫に連絡を入れて、アパオシャのフランス遠征を伝えて帯同馬の件も了承した。

 駿輔の方も狙いを看破されていた事に動じず、話はトントン拍子に纏まった。まるで相手が思惑に気付いていようがいまいが構わないという腹積もりだったように。

 

「うちのオルフェーヴルはとにかく落ち着きが無いので、秋の遠征を機に少しは精神的に成長してくれれば良いのですが」

 

「あの馬はまだまだ先があります。出来れば勝って日本馬の凱旋門賞連覇になってほしいです」

 

 馬を見る目が無い南丸でも、あの暴れん坊がもう少し落ち着きのある気性なら、世界のどんなレースでも勝てると厭でも実感する。日本の馬が世界を相手に引けを取らない、アパオシャと共に去年がまぐれ勝ちではないと知らしめる良い機会だろう。

 

「今年限りでアパオシャは引退。そして繁殖が始まります。種付けの事は全く分かりませんから、ご教授お願い致します」

 

「お任せください。世界最強馬の繁殖に意見を出せるのは、ホースマン冥利に尽きます」

 

 アパオシャは今年で現役を引退して、その後は繁殖牝馬となる。そこまではどんな馬も通る道だ。

 問題はどの牡馬の種を付ければいいのか、素人の南丸はよく分からない事だ。懇意にしている美景家も一応競走馬の基本的な知識は持っているが、彼等はあくまで輓馬がメインであって、サラブレッドはオマケに近い。引退後の預託繋養は請け負えても、世界最強馬の繁殖への意見は責任が取れないと断られた。

 自ら繁殖のマネージメントを買って出る輩も居るには居たが、その手の連中は胡散臭さが鼻に付く。一応後日連絡を入れると煙に巻いて誤魔化していた。

 しかし他に当ても無く、どうしたものかと考えていた時、オルフェーヴルの遠征の話が舞い込んだ。

 南丸はこれはチャンスだと思った。直接的ではないものの向こうから頼み事をしてきた。頼み事の見返りに社大グループにアパオシャの種付けのアドバイザーになってもらうよう頼んだ。あわよくば、社大の種牡馬を優先的に回してもらう事も可能だろう。

 駿輔は南丸の対価を快く引き受けて、話はすんなり纏まった。その上、遠征に付き合わせる形になるアパオシャのフランス遠征費用を肩代わりすると申し出た。

 随分と気前のいい話に聞こえるかもしれないが、オルフェーヴルが凱旋門賞勝利馬になれば高額の優勝賞金が入り、さらには凱旋門賞馬の肩書が付いて、種付け料の額が跳ね上がる。

 もしそうなれば馬一頭の遠征費用など、数回分の種付けで賄えてしまう。見返りの大きな必要経費と割り切れた。

 それに金銭で解決出来る事は金銭で解決した方が良いに決まっている。世の中往々にして「タダより高いものはない」のだ。

 

 話が予想以上に上手く纏まった後、ふと南丸は駿輔に乗せられたと気付いた。

 自分が馬の素人でアパオシャの引退を表明しても、どの馬の種を付けるか具体的な話が進んでいないのを知り、それとなく調教師経由で遠征話を持ち掛けた。

 おそらく遠征の帯同の見返りに、種付けのアドバイスを求めてくるのを見越していた。

 無論オルフェーヴルが無事に凱旋門賞に勝利して、種牡馬としての価値が高まれば最上。しかしフランス遠征が失敗しても、自分が世界最強馬の繁殖について社大グループに意見を求めた時点で、最低限の利は得たも同然。

 社大グループが所有する種牡馬との産駒が活躍すればその馬の価値は上がる。仮にグループ以外の種牡馬を勧めても、身贔屓しない誠意を見せて業界からの評価も上がる。

 帯同馬の話に怒って連絡すらしないという選択は、自分の普段の振る舞いと性格から除外されていたのだろう。

 上手く乗せられた感はあるにしても、少なくとも損は無い。社大グループとの本格的な繋がりも出来た。お互いに利がある以上は商人として納得せざるを得ない。

 

「―――オルフェーヴルは調子が良さそうですね。先週の阪神大賞典は見事な走りでした」

 

「池園君あってのオルフェーヴルです。その点、アパオシャは常に最高の走りが出来て羨ましいですよ」

 

「こちらも中島先生や和多君の尽力の賜物ですよ。今日は古田さんの所のルーラーシップやユニバーサルバンクとのレースを楽しみにしています」

 

「まさかアパオシャが阪神大賞典の連覇を狙わずに、今日の日経賞を選ぶとは思いませんでした」

 

 駿輔はいかにも当てが外れて困ったという顔をする。元々彼は先週開催した阪神大賞典にアパオシャが出ると思って、対抗するためにオルフェーヴルの出走登録をしていた。

 それが蓋を開けてみたら今日の日経賞だ。ただでさえ今日はクラブから二頭馬を出しているのに、八冠馬相手では苦しい戦いを強いられる。

 自分の思うようにいかないのが競馬でも、走る前から予想を外していては間抜けが過ぎる。

 こうなったら後は馬と騎手を信じてレースを見守るしかない。

 

 

 数時間後。今日のメインレース、G2日経賞の幕が上がった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

  『国内に敵無し!アパオシャが日経賞を完勝!』

 

 

 2012年3月24日(土)。中山競馬場、第11レースで行われたG2日経賞(右・芝2500m)の勝者は八冠神馬アパオシャ。

 

 先日の雨で重馬場となった24日の日経賞は、オークス馬サンテミリオン、八冠馬アパオシャの牝馬二頭が加わった15頭立てで行われた。

 レースの序盤は重馬場に相応しい波乱の展開だった。13番人気9番のネコパンチの鞍上の江田島が思い切って大逃げを敢行して、大胆にペースを作りに行く。

 一番人気単勝1.0倍で圧倒的人気に推された3番アパオシャは安易には動かず、前半は後方十番手で様子を窺う。

 一頭で大きく先行するネコパンチがこのまま逃げ切るかと思われたが、この程度の奇策では最強の女帝は揺るがない。

 向こう正面、残り1100mでアパオシャは動いた。馬群から抜け出て、温存した脚を使った超ロングスパート。ジリジリと先頭のネコパンチのリードを喰らいながら順位を上げていく。

 最後は名物≪中山の坂≫で捉えられて、アパオシャに半馬身差を付けられてレースは終わった。重馬場を利用した奇襲で足並みを乱す作戦は他の馬には効果を示しても、女帝にだけは通じなかった。勝ち時計は2分36秒8。一番人気単勝1.0倍での重賞勝利は2005年菊花賞のディープインパクト以来。

 

 鞍上の和多騎手は「普通に走って普通に勝つ、アパオシャは今が一番充実した全盛期です。今年一年こういうレースが出来ると良いですね」

 息一つ乱れていない和多氏のインタビューは頼もしさ以上に畏怖すら感じてしまう。

 

 

 

 

 着順   馬番       馬名   馬齢   着差

 

 1着    3     アパオシャ  牝5

 2着    9     ネコパンチ  牡6    1/2

 3着    8 ウインバリアシオン  牡4    3

 4着   14   ルーラーシップ  牡5   クビ

 5着   13    コスモロビン  牡4  2.1/2

 

 

 勝利タイム  2分36秒8

 

 

 

  ≪駿英4月号から≫

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は馬である。今年に入ってから最初の、中山のレースはまずまずの出来だった。

 何気に美浦トレセン同期のサンテミリオンとは初めて公式戦で走った。結果は俺の勝ち。そのうちアパパネとも、一度ぐらいは走りたいね。

 今は桜の時期だから大体4月。春天皇賞に出てこないかな。―――無理だろうな。今まで長距離レースで俺以外の牝は、有馬記念でブエナビスタぐらいしか見ていない。精々オークスと同条件のジャパンカップに出てくるぐらいか。

 トフィもマイルがメインみたいだし、トレーニングでしか一緒に走れないのは結構寂しいもんだ。去年は重賞をそこそこ勝ってたみたいだから、肉にされる心配が無いのは良いが。

 ………肉かぁ。

 この時期になると厩舎の馬の入れ替えがあって、結構慌ただしい。

 今年は十頭程度が入れ替わりで、ここの厩舎に入って来た。元居た馬達の大体三割が入れ替わった数になる。

 美浦トレセン自体でも同じぐらい入れ替わりがあっただろう。そいつらはどうしているかな。

 たまにここの人間の話を聞くと、何頭かは地方に移籍して今も走っているらしい。牝なら馬主の意向で子供を作るために牧場に送られる。

 それ以外はレースから離れて、スポーツクラブの乗馬用に回されたり、気性と見栄えが良ければアニマルセラピー役として再就職させてもらえると聞いた。

 どうやら成績が悪くても、いきなり肉にされる事は少ないらしい。それを聞いて少しだけ気持ちが楽になった。

 

 俺も前世のウマ娘の時と同様に、いつまでも走れるわけじゃない。成績が悪くなったら、いずれ引退する。

 引退した後は肉にはならないと思うが、やっぱり美景家にいた母のように子供作るのかなあ。前世は結婚もしなければ子供も作らなかった。

 色々あって、世界中でスカウトしたウマ娘の母親役みたいなことはした事はある。養育なら経験はあるが出産はなぁ。その前に、俺も畜生と子供作るのかよ。

 度々レースやトレーニング中に股間のアレを大きくした牡を見ているけど、アレを色々して―――――――ダメだ。これは今から考えたら調子が悪くなる。まだ数年先なんだから現役中はレースの事だけ考えよう。

 

 微妙に鬱な気分のまま飯を食っていたら、厩舎の馬房から馬達が出された。

 これから新入り達のトレーニングが始まる。

 まだまだここに来たばかりで、浮ついている奴が多い。特にこいつかな。

 俺の馬房の前で止まって、新入りの牝馬が顔を摺り寄せる。

 

【おねーちゃん!いっしょにはしろう!!】

 

【もう何日か経ったら走るから、また今度な】

 

【ぶーぶー!】

 

 こいつはヴィンティン。俺の妹。以前日本ダービーの後に美景牧場に戻った時、二ヵ月程度一緒に過ごした事もある。

 厩舎の新入りの中に妹が居たのはちょっと驚いた。妹の方も俺の事を多少覚えていて、再会してからよく構えと要求してくる。

 

「ほらヴィンティンいくぞ。アパオシャも悪いな」

 

【いいさ。ティン、あんまり人間を困らせちゃダメだぞ。言う事聞かなかったら一緒に走ってやらない】

 

【えー!やだやだっ!もうっ!】

 

 妹は調教助手の吉川に渋々連れられてトレーニングに向かった。

 妹と再会出来たのは嬉しいけど、情緒はまだまだ幼い。妹だからって甘やかしはしないが、せめてレースの大変さを教えて勝たせてやらんとな。

 

 

 それから数日経って、日経賞の疲労が抜けたからトレーニングを再開した。

 次は順当に春天皇賞だから、スタミナ重視の坂路トレーニングを十往復ばかり消化して、ストップがかかった。

 レース明けだから軽めで済ませるのかと思ったら、今度は新入り達と一緒に走れと言われた。

 はいはい、いつも通りの洗礼ね。オラついてる新入りの鼻っ柱をへし折り、レースをよく分かっていない子にルールを教えようか。

 距離適性はまだ分からないが、とりあえず助手達はコース一周の1600mを設定した。

 

【よーし、お前達。これから皆で走るぞ。ここにある板を一番早く通り過ぎるんだ】

 

【はーい!】

 

【えーつかれそう】

 

【わーい、おねえちゃんとはしるー!】

 

 十頭も居たら言う事聞く子ばかりじゃないが、そこらも含めて教育するのが調教師や俺達先輩の役目かな。

 こういう時は、自分の意志でトレセン学園に来たウマ娘達の方が扱いやすかった。

 

【ほらほら、文句言っていないで並べ】

 

 知能で言ったら幼稚園児ぐらいだから、こいつらをスタート位置に並ばせるだけでも大変だよ。

 

 

 都合1マイルのコースを三周して、へばった馬ばかりになった所で助手達が教育を切り上げた。

 現段階では1勝出来れば上等って子の方が多いな。

 そもそも気性がレースに向いていない子、素の身体能力が凡庸で活躍が見込めない子の方が多い。

 成長すれば伸びる晩成型の子も居るんだろうが、それでもあまり期待は出来そうもない。

 パッと見てこれはと思う子は、ダービーフィズと呼ばれている牡か。どうもトフィの弟らしい。今の時点でも姉に似て活躍しそうな予感がある。

 あとは妹のティンもか。身内贔屓はしないつもりだが、こいつも意外と光る物がある。

 俺に似て脚が少し遅い気がするがスタミナが豊富で、新入りの中では唯一最後までヘバらずに走り切れた。

 

【やるじゃないかティン。お前の年で俺について来られる奴はそうは居ないぞ】

 

【はーはー……あたしすごい?】

 

【ああ、自慢の妹だ】

 

【ふへへ…やったー】

 

 妹は褒められて気を良くした。こういう成功体験があると人も馬も頑張れるから、基本は褒めて伸ばした方が効率が良い。

 

【お前達も勝ちたいと思って走るんだ。負け続けたらいずれ肉にされて食べられる。それが嫌なら一番速く走れ】

 

 食われると聞いた馬達は一斉に拒否を示した。これで少しはトレーニングに身が入るだろう。

 

「お疲れアパオシャ。お前が一緒に走ってくれると、こいつらもやる気が出て仕事がしやすいよ」

 

 背の上の吉川が礼を言った。こいつも昔よりは乗り方が上手くなったから、ちょっと偉そうになった。

 まだ新人助手だった頃は俺が何度も振り落とすから、必死になって騎乗技術磨いて上達した。

 本当ならどこが悪いか口頭で指摘したかったけど、生憎喋れないから行動で示すしか無かったのは悪いと思っているぞ。

 でも、その甲斐あって一端の乗り手になったんだから結果オーライだろ?

 

 

 こうして4月はトレーニングと並行して新入りの教育に追われる日々だった。

 とりあえず新入りはゴール板を理解して、レースの勝ち負けは覚えてくれた。あとは厩舎の連中が個々の距離適性や脚質適性に合わせて調整するだろう。

 妹のティンの奴は遅いがスタミナはある。そしてどちらかというと加減があまり利かない。常に前を走りたがる気質だから、『先行』か『逃げ』に向いていると思う。

 我慢が出来ないから俺みたいに長距離は無理だろう。代わりに豊富なスタミナを使って、常時ハイペースで走り続ければ遅い脚を補える。

 適性距離は1600~2000ぐらいで、騎手が上手く制御して型に嵌まれば強い印象だな。何となくバクシさんとブラックちゃん師弟に近い気がする。

 一緒に走る機会があればマメに指導してやれるが、後は妹のやる気と相手に恵まれる運次第か。

 同世代にアパパネやオルフェーヴル級が居ない事を祈ろう。

 

 



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第49話 女帝の戦い方

 

 

 2012年4月29日。日本はゴールデンウィークに入り、国民は連休を楽しんでいた。

 去年は東日本大震災により自粛ムード一辺倒だったため、各種イベントも盛り上がりに欠けていた。

 それから一年が経ち、今年は自粛も解除され、ほぼ例年通りに行楽やイベントも充実している。

 競馬界も昨年は福島競馬場をはじめ、各地の施設や牧場に被害があったものの、現在は平常通りの開催をしている。

 今月に入り、3歳馬の祭典であるクラシックG1も予定通り行われた。

 桜花賞は、あの最強馬ディープインパクトを父に持ち、貴婦人の名を与えられたジェンティルドンナが豪快な末脚を見せて、見事G1馬に輝いた。

 皐月賞は荒れたレースとなった。勝利者の名はゴールドシップ。父ステイゴールドから血と黄金の名を継いだ芦毛の若馬。

 今年の皐月賞は前日の雨で内側の芝が荒れていて、全馬が内側を避けて遠回りを選んだ。しかしゴールドシップは敢えて荒れた内側を選んで突っ込み、最後方から追い上げた末に優勝。観戦していたファンは「ゴールドシップがワープした!」と驚愕した。

 牡牝共に去年のオルフェーヴルに匹敵する実力と癖の強さのクラシックG1馬達は、競馬人気が加速し続ける日本で話題性もあって持て囃された。

 

 そして人気の震源地である、日本史上最強馬とまで謳われたアパオシャの走るG1レースとなれば、連休を利用して日本中からファンが集結した。

 鉄道やバスも春の天皇賞に合わせて、当日に競馬場に停車する車両の数を増やし、各馬をラッピングした車を走らせて盛んにレースを宣伝した。

 注目しているのは日本人だけではない。昨年アパオシャが遠征したイギリスでも、春天皇賞はリアルタイムで放送していた。時差があり、イギリス現地では早朝の放送だったが女王陛下自らも視聴するという噂もあって、この日に限っては多くのイギリス国民が朝からテレビに張り付いた。

 さらに同日の香港で開催される、G1クイーンエリザベス2世カップに日本のルーラーシップが出走する。イギリス国民は敬愛する女王陛下の名を冠したレースにも関心を寄せていた。

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は馬である。草食動物っぽいが、時々肉や魚の料理を懐かしいと感じる。

 いやねえ、毎回レース場に来ると思うわけよ。観客が食べている料理の匂いがパドックにまで漂ってくるから、脳みそに刻まれた前世の記憶が呼び覚まされて辛い。

 焼きそばの焦げたソースの香ばしい匂い。フライドポテトの油の重厚な香り。生クリームたっぷりのクレープのバターの香り。カレーのスパイスの刺激臭。どて煮のみりん入り味噌の匂いなんてたまんねえ。

 やっぱり肉や魚も食べたいねえ。それに今まで野菜は沢山食べても、ジャガイモやサツマイモは一度も食べていない。馬に食べさせると困る食材なんだろう。ナスやトマトだって見ていない。アレかな、犬猫にタマネギやチョコレートを食べさせるのを禁止しているのと同じなのかな。

 食べ物の制約が多いのは困るよ。

 それでも厩舎の連中は色々と気を遣って俺の飯を作ってくれるからありがたい。

 よく食べている野菜炒め以外にも、豆腐や油揚げのような大豆食品も出るようになった。それを野菜やきりたんぽと一緒に煮た鍋物を冬場に出してくれた時はテンション爆上がりだったな。

 今年の正月は甘いあんこたっぷりの大きな饅頭が出たし、3月のひな祭りの時には雛あられと菱餅を食べられた。

 もうすぐこどもの日だから、季節物の柏餅とか端午の節句のちまきも食べたい。

 あそこの子供が食べている御座候が美味しそう。あれも皆で食べられればいいのに。

 はぁ、次はどんな料理が出るかなぁ。肉類は無理そうだから、味噌煮込みうどんや蕎麦を食いたいねえ。それかパン。ライ麦を使ったどっしりとしたドイツパンをまた食べたい。

 しかしパドックにいる馬も七割ぐらいは見た顔だな。

 ウマ娘もそうだったが長距離は他の距離に比べて生まれの適性の比率が大きいのと、レースの数が少ないからどうしても見知った顔が集まりやすい。

 同期のローズキングダムやヒルノダムール以外に、トーセンジョーダンやオルフェーヴル。日経賞を走った馬も何頭かいる。

 前世みたいにレースが終わったら、ウマ娘のこいつらと一緒にケーキ食べたり、焼き肉や鍋を囲んでワイワイやれたかもしれない。休みの日にはバーベキューをしたら楽しいんだろうなぁ。

 そういえば騎手はレース終わったらどうしているんだろう。同業他社みたいに基本仲が悪いのか、スポーツ選手のようにプライベートなら気の良い相手と一緒に飲みに行ったりするのかな。

 

「――――アパオシャ。アパオシャ!」

 

 あ?ああ、和多か。すまん、ちょっとボケっとしてた。

 

「大丈夫か?前の有馬記念の時みたいなことは困るぞ」

 

【平気だよ。さて、IFなんて脇に置いてレースをしよう】

 

 気合を入れ直して顔つきを変えたら、相方も安心してくれた。

 よしっ!今日も頑張って勝ちに行くか。

 

 

 コースに出れば春の涼しい風とポカポカ陽気が気持ち良い。こんな時は乾いた芝の上で昼寝でもしていたい気になるが、残念ながら今日は≪天皇賞・春≫があるから無理だ。

 ゆっくりターフを走ると、横から一頭が傍に寄る。

 確かこいつはこの前の日経賞に居た奴だ。背の上には前のレースと同様に猛って騎手が乗っている。

 

「和多、このレースは勝たせてもらうぞ」

 

 たった一言だけ、搾り出すように宣戦布告をして行ってしまった。

 張り詰めた気が彼の本気を窺える。

 

「猛さん……いや、勝つのは俺ですよ」

 

 うんうん、和多も負けていない。気圧されていたら、次からは背に乗せなかったぞ。

 鬼気迫る姿勢と言えば聞こえはいい。でも、少しの余裕すらない精神は容易く揺れて、些細な事でミスを生む事だってある。

 あの騎手が何であそこまで思い詰めているかは知らないが、レースは気持ちだけで勝てるほど楽じゃない。

 こちらは程々に注意しつつ、自分の走りをしようか。

 

 

 

 G1天皇賞・春   京都競馬場(右回り・芝3200m) 天候:晴  芝:良   現在時間 15:40

 

 

 

 発走時間になり、作業員に13番ゲートに押し込められた。左隣14番ゲートのローズキングダムが興奮して煩い。俺の臭いを嗅ごうとするな。

 畜生は放っておいて、今日はどんなレースになるのかな。

 ――――――よし。開いたゲートに遅れず、スタートを切った。左右を見渡せば出遅れた馬は居ない。

 大外18番のオルフェーヴルは今日もゆっくり出たか。

 右側には11番ゼッケンの馬に乗る猛がこちらに視線を向けている。今日は徹底的にマークするつもりか。

 まずは向こう正面をゆっくりと走る。坂を登りつつ出方を窺う中から、三頭が集団から飛び出て先頭争いをする。今日はあいつらがペースを作るか。

 淀の坂を登り切って最初のコーナーに入る。俺は現在12~13番手ぐらい。すぐ横には猛の乗る馬がピッタリと引っ付いている。オルフェーヴルはもう少し後ろで、さらに尻にはヒルノダムールの鼻息が当たって気持ち悪い。

 今すぐ前に行きたいが、まだ様子見する状況だから我慢するしかない。後で覚えていろよ。

 一度目の最終コーナーを回る時、隣の11番が外側に膨らんで俺をさらに外に弾き飛ばしやがった。身体が大きく横によれてコースを外れる。

 

「えっ!?猛さん………」

 

 和多が信じられないような困惑の声を漏らす。進路を大きく乱した俺は最後尾に追いやられて、馬群はどんどん進んでいく。

 やってくれたよ。直線で斜行したら後続の進路を妨げたとして反則になる。だが今の状況ならコーナーで膨らんで、たまたま隣の俺にぶつかってしまったと言い訳がきく。ラフプレーというほどでもない、なかなか厭らしい事をする。

 ポジション争いはレースで日常茶飯事。時に囲まれて動けず、前に壁を作られて進路を塞がれる事だってある。だからこの程度は卑怯とは言わんよ。

 ただ、ここまであからさまにやられたのは久しぶりだぞ。

 おそらくこの一回で終わりはしない。体格は向こうの方が一回りは大きいから、もう何回かやってこちらを委縮させるつもりだ。

 そちらがその気なら、こっちは流儀をちょっと変えようか。

 スタンド正面の直線でルートを修正つつ、最後尾を走る二頭に目を付けて横に並ぶ。一頭はローズキングダム。もう一方は美浦トレセンのコスモロビン。まずは仕込みだ。

 

【おーい、一緒に走ろうか】

 

【やったー!】

 

【いいよおねえちゃん】

 

 もう少し前に行き、次の獲物に並んだ。

 

【よう、オルフェーヴル。まだこんなところでチンタラ走ってるのか】

 

【なんだうるさい】

 

【こんなタラタラ走ってたらまた俺に負けちまうぞ。いやー、それどころか前を走ってる奴等に遅いって笑われるぞ。いいのかー?本当に?】

 

【むかっ!!オレはおそくねえ!!】

 

 オルフェーヴル(アホ)は騎手の制止を振り切って怒りのまま加速していく。オマケに前を走っていた11番が驚いて、ちょっと走りが乱れた。

 さて次だ次。もう一頭前に居たヒルノダムールの隣に寄せる。

 

【ヒルノダムール、ちょっと前に行こう】

 

【いいよーあねさん】

 

 これで三頭を自由に使える。直線が終わり第一コーナーに入ったら、声をかけた三頭と一緒にさっきの11番の奴を囲んだ。

 圧力をかけられた11番は騎手の指示で隣の俺を弾き飛ばそうとしたが、その前にヒルノダムールを身代わりにした。二頭は体格的に拮抗しているため、俺のようにはいかない。

 そして怒ったヒルノダムールがやり返して、騎手達の制止を無視してガシガシ体をぶつけ合っている。

 

【みんなー、こいつとちょっと遊んであげて。飽きたら上の奴の言う事聞いて先に行きなよ】

 

【【【はーい】】】

 

 念のためにローズキングダムとコスモロビンも置いておく。そのうち騎手が無理にでも止めさせるだろうが、俺が前に行く程度の時間は稼げる。

 この隙に加速して、第二コーナーを過ぎたあたりで中団まで順位を上げる。

 向こう正面に入った頃には、先頭の二頭と大体十馬身差ぐらいはある。オルフェーヴルの奴は四番手ぐらい。騎手が必死に手綱を絞って暴走を抑えつけている。

 あのペースでは並の馬ならスタミナが持たずに最後は失速しても、菊花賞も勝ったあの規格外の怪物なら持つかもしれない。

 ゴールまでは残り1200~1300mぐらいか。ペースも予想より結構早い。そろそろ動かないと追いつけないか。

 じゃあ久しぶりにセオリー無視しますか。登り坂に入った瞬間にガシガシ加速して、外から馬達を抜いていく。

 坂を登り切って第三コーナーに入る時に僅かに速度を落としつつ、体重移動と小刻みなステップで加速の膨らみを最小限に抑えて曲がる。

 

「くぅ!」

 

 すまんな和多。毎度変則的な動きに、遅れず対応してくれるから助かるよ。残り700mで8番手。前にはトーセンジョーダンも居る。

 下り坂を抑え気味に走るセンジの横を再加速して抜き去り、さらに一頭、また一頭抜いて5番手まで順位を上げた。

 四馬身先で先頭争いをしている6番ゼッケンの奴はほぼ限界に近い。あいつは問題にならん。もう一頭の1番ゼッケンはちょっと怪しいな。このハイペースでも息が残る可能性がある。そしてオルフェーヴルもかなり息が上がっているが油断は出来ん。

 下り坂が終って最終コーナーに入る。外に膨らむ7番ゼッケンを内側から抜いて、4番手で最終直線400mに突入した。

 京都競馬場はここからがきつい。長く平坦の直線は、一番苦手なスピード重視の環境だ。

 だが勝つには泣き言は言っていられない。それに何気にこの状況は嬉しいぞ。姿形は違えどクイーンちゃんの孫と、現役で栄光の春の盾を奪い合える今この瞬間は、アスリートとしての血が滾る。

 前世の三度目の春天皇賞は、ここの最後の直線勝負でクイーンちゃんに押し切られて3cm差で負けた。代地の阪神レース場に比べて直線が長く平坦だった為、スピードがあって中距離も強い後輩にしてやられて三連覇を阻まれた。

 あの時とはだいぶ状況は違うが一つのリベンジマッチとして付き合ってもらうぞ。

 二馬身離れた先頭の1番、二番手の6番ゼッケンはスタミナが残っていないから無視していい。それと三番手のオルフェーヴル。

 

【俺が全部抜いて勝つ!】

 

 首を地に着けるつもりで下げて身体の重心を低くする。残ったスタミナを注ぎ込んで脚のピッチ回転をさらに上げて、二段飛ばしでスピードを上げた。

 グンッと急激に加速しても、微かな挙動を読み取って姿勢を変えた和多はしっかりしがみ付いてくれる。

 騎手を振り落とす心配をせず、全力疾走でオルフェーヴルに並ぶ。

 

【……ゼェゼェ………まだだっ!】

 

 スタミナが枯渇しているのに勝負根性だけでこちらに食い下がってくる。

 こいつは本当に気性の悪ささえ克服して、騎手の指示通りに走れば無敗の最強馬になれたのに。つくづく惜しいが長距離で負ける気は無いんでね。

 若造を抜いて、ついでに死に体の6番も抜いて、ようやく先頭のケツに肉薄する。いい加減そこを譲ってもらうぞ。

 序盤から先行し続けて逃げ切るだけの末脚が残っていない1番ゼッケンを、残り200メートルハロン棒付近の外側から難無く抜いて先頭を奪う。

 だがここで慢心はしない。後ろから次々とスパートを掛けてくる鋭い足音が幾つも聞こえる。

 決して力を抜かず駆け続けて、後続には絶対に追いつけない壁として立ち塞って闘争心を挫く。

 そのまま最後まで先頭を譲らず、今世二度目のレースを走り切った。

 

 ファンの大歓声のアーチをくぐり抜け、悠々とウイニングランを果たした。相棒もガッツポーズで声援に返す。

 なんかいつもより騒がしいと思って、電光掲示板を見たらレコードの表示が出ていた。おー珍しい。

 そして後続の何頭かがこちらに来る。

 

「負けましたよ和多さん。今日はオルフェの奴もそこまで悪くなかったんですが」

 

「長距離はアパオシャの距離だからね。オルフェーヴルだろうが簡単に負けてはやらないよ。そうだろ?」

 

【まあね。――――また俺の勝ちだ。お前も何で負けたか次のレースまでに考えておくんだぞ】

 

【メスがえらそうにするなっ!!】

 

【その牝に負けたお前よりは偉い。悔しかったら次は勝ってみせろ】

 

【ぐぬぬ!!】

 

 やれやれ、まだまだ若いねえ。まあ、前世も含めて百歳近いババアと比べたら酷かな。

 本音を言ったら、前世の事もあるからお前に期待しているんだぞ。今は同じレースを走るライバルだから塩を送ったりしないけど。

 言いくるめられて不快に思ったオルフェーヴルは、騎手を乱暴に揺らしてこちらから離れた。

 さらに序盤に俺を弾き飛ばした馬の上の猛は項垂れてコースから去った。あの様子ではなまじ負けた悔しさ以外に色々と抱えていそうだな。

 俺には関係無いからどうでもいいか。

 

 

 

 着順            馬番  着差

 

 

 

 1着 アパオシャ      13

 

 2着 ビートブラック     1   2

 

 3着 トーセンジョーダン  16   4

 

 4着 オルフェーヴル    18   1

 

 5着 ウインバリアシオン  11  クビ

 

 

 勝ちタイム  3分13秒2 レコード更新

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

   ≪女帝の威厳は健在!牝馬初の天皇賞・春連覇!!≫

 

 

 やはり世界最強の女帝は強かった。昨年勝者で八冠牝馬の1番人気(単勝3.1倍)アパオシャが4月29日の『近代競馬150周年記念』第145回 天皇賞・春G1を連覇した。春の天皇賞の連覇はメジロマックイーン、テイエムオペラオーに続いて三頭目。牝馬では初。

 

 レースは白熱した先頭争いから始まった。6番ゴールデンハインドと1番ビートブラックが後続を大きく引き離して逃げてハイペースを作る。

 13番アパオシャの鞍上・和多流次騎手は後方から様子を窺う。一度目の第四コーナーで11番のウインバリアシオンとポジション争いに負けて、最後尾まで追いやられるが慌てず立て直して、向こう正面からの超ロングスパートで着実に先頭との差を縮める。

 最終直線に入る頃には4番手まで順位を上げ、前哨戦の阪神大賞典を勝利した2番人気(単勝3.8倍)の三冠馬オルフェーヴルを物ともせずに抜き去って、先頭のビートブラックも豪脚で差し切り、昨年同様に最初にゴール板を駆けた。

 

 2006年にディープインパクトが記録したレコードの更新に和多騎手は「アパオシャはスピードに秀でた馬じゃないですが、凱旋門賞の事もあって芝が乾いてて長距離ならこれぐらいは出来ると思ってました」

 近年の天皇賞・春はスタミナだけでなくスピードも要求される『高速馬場』。牝馬には苦しいレースと思われるが女帝には如何ほどの不利も無い。

 

 九つ目の冠を戴いた女帝の堂々とした姿に京都競馬場のファン達は惜しみない拍手を送った。

 

 

 

 ≪西スポ.net版から≫

 

 



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第50話 畜生は理不尽だ

 

 

 吾輩は競走馬である。決して荷物ではない。

 数日前に春の天皇賞を連覇して、次のレースのために身体を休めていたら、去年と同じように他の馬と隔離された。

 隔離期間の長さと、その後に飛行場に連れて行かれて箱詰めされたので、また海外遠征かと予想がついた。

 そのまま他の馬を待たずに飛行機に運ばれて、箱の中で離陸を待つ。

 今は5月10日前後。去年に比べて半月は移動時期が早いのは気になるが、その分だけ現地でトレーニングが積めると思えば悪くない。

 次もきっと走るのはイギリスのアスコットだろう。また女王陛下の前で走るのを楽しみにしている。

 

「話に聞いていた通り本当に落ち着いているどころか、飛行機に乗るのが楽しいのか。全く変わった馬だよ、お前は」

 

 呆れの込められた視線を向けて、中島のオッサンが俺の顔を撫でる。

 飛行機が楽しみじゃないぞ。むしろこの狭い場所で丸一日以上動けないのは嫌なぐらいだ。

 しかし今年はアンタが同行するとはな。去年は息子の方だったのに厩舎の責任者が良いのかよ。

 それと去年は来なかった厩務員の松井も、今年はイギリスに同行する。一年かけて英語を勉強したらしい。

 

「確かカレンチャンが去年の香港遠征の時に、一日機内待機で缶詰にされても平気だったと聞いた。お前も大丈夫かもな」

 

 それは俺も嫌だぞ。動けないのを我慢しているだけで本当は動きたいの。

 箱詰めされて金属製の鎖に繋がれて荷物みたいに扱われるのは結構腹立つんだぜ。

 俺の非難の感情の込められた視線に気づいたオッサンは、武骨な手で宥めるように頬を撫でる。ふん、そんな程度で騙されんぞ。オッサンに当たっても仕方が無いから、大人しくしているけど。

 フライト時間は一日近い。それまでは暇だから飯食って水飲んで寝ているよ。

 

 

 機内で身動きが取れずに箱入り娘の気分を味わい、丸一日経ってようやく地面に降ろしてもらえた。

 去年と同じ空港の倉庫で降ろされて、箱と鎖から解放される。固まった体を伸ばしたり曲げて筋肉をほぐす。

 

「お疲れさん。お前は機内で暴れないし、餌もちゃんと食ってくれるから助かるよ」

 

 松井は俺の様子をこまめに見ていたから気が休まらなかっただろ?今日はホテルでゆっくり休めよ。

 さて、次は移動のためのトラック待ちと思ったら、倉庫で背広姿の数人が待ち構えていた。

 

「遠路はるばる御足労いただき感謝します。イングランドにようこそ、ミスター中島」

 

「女王陛下のお招きとあれば断るわけにはまいりません。これからしばらくお世話になります」

 

 背広の一人とオッサンが握手を交わす。ほー、今回は女王様からのお呼ばれのレースだったか。去年はこの国のG1レース二度勝って、一応世界一の馬になったからご招待を受けたって事ね。

 背広姿の王室事務官は無線でどこかに連絡を入れて、暫くするとトレーラーと数台のセダンが倉庫前に集結した。

 トレーラーは去年よりかなり豪華になっている。中には白衣姿の獣医が既に待機していた。ははぁ、VIP待遇ってことか。

 扱いが悪いよりずっといいから文句は無い。オッサンも車に乗り込み、寝床へと運ばれてた。

 

 

 イギリスに来てから大体10日は経った。厩舎で隔離期間を過ごしてから予定通りトレーニングを始めた。

 厩舎は去年より明らかにグレードアップしていて、馬房の広さが倍はある。寝藁は普段使っている物よりフカフカで寝心地も良い。

 現地の厩務員は24時間体制でこちらの面倒を見てくれる。

 飯の飼葉は去年より味が良く、壁に吊るされた岩塩も質が良い。ただし、相変わらずイギリスの野菜はいまいちだから、ここだけは日本から持ち込んだ味噌と醤油の出番だった。

 飯を食った後は広大な練習コースを黙々と走る。背にはいつも乗せていた寮太ではなく、父親のオッサンが騎手を務めた。

 

「よーし、いいぞアパオシャ!もっと攻めて走るんだ!」

 

 デスクワークで錆び付いていると思ったら、現役の和多と大きな差が無い。こちらの動きを瞬時に読み取って巧みに体重移動をする様は、元騎手の面目躍如というところか。

 現役時代に馬のバクシさんやクラチヨさんと共に、G1を勝ち抜いたのは伊達じゃないな。

 きっちり仕事してくれるなら、こちらが言うべき事は無い。

 ただ、ちょっと気になるのがトレーニング内容だ。

 登坂の往復を繰り返すのは分かる。イギリスのレース場は日本より遥かに坂が多いタフなコースだから、登坂トレーニングを重視するのは納得する。

 問題は平地の方で、ここ数日は常に左回りのコーナーを走らされている。

 しかもトレーニング内容が明らかに中距離を想定した長さだぞ。まさか左回りの中距離レースを走らせるつもりかよ。

 アスコットレース場は右回りのレースだから除外。前世で走った事のあるグッドウッドは左右両方を一つのレースで同時に走らせる変則八の字コースで、左に偏らせたトレーニングは不適切。

 あとはイギリス国内で左回りの中距離G1レースを開催しているのは、ヨークレース場とエプソムダウンズレース場ぐらいか。

 知識である程度知っているが、どちらも前世では走った事の無いレース場。

 確かヨークの方はイギリスのレース場の中では珍しく平坦なレース場だったな。

 となるとエプソムダウンズの方が可能性が高いか。あそこはスタートから高低差40m近い丘を駆け上がり、後半は一気に20m以上の下り坂を駆け降りる超タフなコースだった。もし走るなら坂道トレーニングは必須になる。

 というか、もうそろそろあの英国ダービーとオークスの時期だな。

 俺は歳が違うから候補から除外して――――――もしかしてコロネーションカップの方に出るのか?

 やれやれ、また2400mの中距離かい。何でステイヤーに中距離を走らせるのかねえ。去年と一緒のゴールドカップで良いじゃないか。

 不幸中の幸いは、登りと下りの極端な坂のあるタフなコースを走る事か。そこは俺の資質を見極めてレース場を選択したのかな。

 それでも不利な状況下で勝つ事を目指しているわけじゃないし、楽しいとは思わないぞ。

 あくまで自分が最高の力を発揮出来る環境で、手ごわい相手と真っ向から戦って勝つのが好きなの。わざわざハンディキャップマッチなんて嫌だぞ。

 いい加減抗議したいんだけど、畜生の身じゃ言葉が伝わらない。

 かと言って気に食わないから無気力レースなんて、アスリートとして絶対に容認しない。

 結局はオッサンやオーナー達に言われるままに走るしかないわけだ。

 人の気も知らないで、上で年甲斐もなくはしゃいでいるオッサンを振り落としてやりたいよ。

 あぁ、俺もう人じゃなかった。悲しいなぁ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャがイギリスで黙々とトレーニングに励んでいる同時刻の日本。

 北海道にある美景牧場の馬用の厩舎で、前社長の秋隆がじっと馬達の検査を見守っている。

 獣医師がビニール製の長手袋をはめて、機材を手に牝馬の直腸に腕を肩口まで突っ込む。

 助手がパソコンを操作して、記録を取りつつ胎内の様子を確認した。牧場には3頭の牝馬がいるので、これを全頭行った。

 これはエコー診断。腸壁越しに音波で馬が受胎しているか確かめる検査だ。種付けした馬は必ずこうして受胎しているかを確認している。

 今日は検査の二回目だった。

 

 検査を終えた医師が記録を確認して、何度か頷いた。

 

「今年はどうですかな?」

 

「ええ、良い調子ですよ。美景さんの所は3頭全て受胎を再確認しました。これで何事も無く育てば、春には出産しますよ」

 

 良い検査結果を聞いて、秋隆はホッとした。毎回種付けからこの検査結果を聞くまで、夜はなかなか寝付けない。

 今年はその心配が当面無くなり、秋隆は馬達をそれぞれ褒めた。

 

「いやぁ、去年はマチが不受胎だったから心配してましたが一安心だべ」

 

「ただ、この子は今年15歳です。受胎率も落ちてくる頃ですから、そろそろ繁殖牝馬の引退も考えないといけませんよ」

 

「多分今回でお役御免でしょう。今までよく頑張ってくれたなマチ。先生、こいつの脚を治してくれて本当に感謝してます」

 

「救える命があれば私達医者は救いますよ。まさか牛が本業の私がG1馬の母を診る事になるとは思いませんでしたが」

 

 獣医は笑って後始末をして、正式な診断書は後日郵送すると言って帰った。

 

 

 一日の仕事を終えた美景一家はいつも通り夕食を共に囲む。

 

「親父、馬達の受胎はどうだった?特にマチは?」

 

「全頭問題無しだべ。これで少しは肩の荷が下りた」

 

 秋隆が自分の肩をポンポン叩いてほぐし、家族全員がほっと一息吐いた。

 受胎しなければ種付け料は全額返金される事も多いが、別の都合の良い牡馬が見つからない事もあったら、その時は一年丸ごと空胎で無駄飯食らいになる。子供も生まれないとなれば、単なる浪費でしかない。特に最も高値が付くウミノマチが二年続けて空胎になり、子が生まれないのは損失が大きい。

 今後流産する可能性もあるにはあるが、ひとまず心配せずに過ごせると分かって食卓に安堵の空気が生まれた。

 

「来年はどんな子が産まれるかねぇ。今までの子みたいにレースに勝ってくれたらいいっしょ」

 

「マチの次の子はどの馬の種だったかしら?」

 

「キングヘイローだ。G1馬も出している割には種付け料が安かった」

 

 晴彦の言う通り、キングヘイローは本馬もG1馬かつ、牝馬G1二勝を挙げたカワカミプリンセスを始めとして、何頭もの重賞馬を産駒に持つ優秀な種牡馬だった。

 それでも良血統の割に今年の種付け料が150万円と、比較的割安だったのがウミノマチの交配相手に選んだ理由だ。

 マチの子が高値で売れて経済的に余裕があっても、未だ経済感覚が追いついておらず、サンデーサイレンス系の高額の種付け料には及び腰になってしまう。

 とはいえ明らかに終わった化石血統のオグリキャップからアパオシャのような怪物が生まれるのだから、一概に高い種を付ければ良い馬が産まれる保証も無い。

 そんなわけで今回も、この辺りのお得な種を選んでしまう。

 最近は従業員も雇って徐々に事業を拡大しているから、少し冒険をしても良いと思っても、経済感覚を変えるのは中々難しい。

 現在従業員は二人雇っていて、一人は娘の高校の部活の先輩。彼は高校卒業を控えていても就職先が決まらず困っていた。

 そこに同じく牛を増やして従業員を増やそうと思っていた美景牧場が試しに雇ってみた。

 今のところ働きは真面目で器用、家畜の世話にも慣れているから即戦力で重宝している。これなら正規雇用でも問題無いと判断していた。

 

「他の子も無事に産まれて育ってほしいねえ。ナツも大学行きたいって言ってるから、お金はあった方がいいっしょ」

 

「あいつも将来は家を継いで、馬をもう少し増やしたいと言っている。俺達がもう少し頑張って馬の厩舎も拡張ぐらいはしておきたい」

 

 今年の夏のセレクトセールに出すネコ太郎が予定通りイギリス王室に買われたら、結構な額が自分達の懐に入って来るだろう。

 そうなればもっと牧場の設備投資に回せるし、さらに従業員も増やして負担を減らせる。

 さらに来年は黒子=アパオシャが帰ってくるから、警備を強化する必要がある。今飼っている番犬だけでなく、いずれ警備員なども雇わねばならないだろう。

 

「珍しくナツが自分の要望を強く言ったしなぁ。八剣くんのおかげか?」

 

「あの子がナツの婿に来てくれるなら、あたしは応援するっしょ」

 

「私もあの子は真面目で働き者だから歓迎するわ」

 

 女衆が口々に、時々家に連れてくる高校の同級生の少年を、娘のナツの婿に推す。父の秋隆も好意的に見ているから、晴彦は面白くない。

 たとえ成績の悪いナツに勉強を教えて、大学受験を必死にサポートしてくれる恩を感じていてもだ。

 こればっかりは一人娘を持つ男親のエゴだから理屈ではない。

 実際はナツはまだ高校二年。大学卒業までに、どうなるか分かった物ではない。

 ………本気でうちの娘に惚れて結婚を考えているなら、自分を倒した暁には少しは認めてやっても良いかもしれない。

 今年も夏休みはうちで住み込みのアルバイトをしながら娘に勉強を教えると連絡があった。その時にはたっぷりと絞って酪農家として鍛えてやろう。

 

 



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第51話 エプソムの戦い

 

 

 現代で競走馬のレースの代名詞となったダービーが英国発祥なのは周知の事実である。

 18世紀に英国のダービー伯爵が、先に創設したオークスステークスの牡馬版として創設したのが始まりだった。

 実はダービーの名を冠したのは、伯爵当人にとって不本意だったのは意外と知られていない。

 ダービー伯爵は当時、イギリスジョッキークラブの会長を務めていたバンベリー準男爵とレースを創設した折、片田舎のレースに自分の名を冠されることを嫌い、互いに名を譲り合った。

 結局命名権をコイントスで決めることになり、レースはダービーと名付けられて、1780年にエプソム競馬場で開催された。

 ロンドン郊外の田舎で始まったレースは、長い時を経て3歳馬のナンバーワンを競う、イギリス競馬界最高の栄誉ある伝統的レースになった。

 以降は競馬が世界中に広まり、それぞれの国でダービーに倣い、同じ名が冠されるレースが開催される。アメリカ合衆国のケンタッキーダービーや日本の東京優駿(日本ダービー)などが各国内最大級の競走で知られる。

 

 6月に入り、初週の金曜日から例年通り二日間にわたって、ダービーデーがイギリスのエプソムダウンズ競馬場で開催される。

 二日目のダービー当日は有力馬主でもある英国女王が臨席するのが慣例で、ダービー以外のレースに出走する馬や馬主にとって名誉であった。

 無論初日に行われる3歳牝馬限定のオークス、4歳以上の古馬が入り乱れるコロネーションカップも人気が高い。

 特に今年は女王が特別に連日の臨席を予定しているため、多くの英国ホースマンが勝利を手にしようと躍起になっていた。

 たとえ女王がわざわざ招待した日本馬のアパオシャの走る姿を直接見たいという理由で臨席しても、英国紳士は手心を加えるつもりは無かった。

 否、偉大なる女王陛下のお気に入りの馬だからこそ、己の誇りと矜持を賭けて、自らが所有する馬こそ英国最強と誇示するために、所有する馬をコロネーションカップに出走させて女王アパオシャに挑む馬主は多かった。

 

 

 

 ≪コロネーションカップ(G1)≫   左回り・約2410m  天候:晴  芝:良  斤量57.2kg(牝55.8kg)

 

  発走予定時間 6月2日  14:40(日本時間22:40)

 

 

 馬番       馬名    性齢      主な重賞勝ち鞍

 

 1番 ビートゥンアップ    騸4  セントサイモンS(G3)

 

 2番 マスクドマーヴェル   牡4  英セントレジャー

 

 3番 ナサニエル       牡4  キングエドワードⅦS(G2)

 

 4番 セントニコラスアビー  牡5  レーシングポストT コロネーションC ブリーダーズCターフ

 

 5番 レッドカドー      騸6  カラーC(G3) ヨークシャーC(G2)

 

 6番 ダンシングレイン    牝4  英オークス 独オークス

 

 7番 アパオシャ       牝5  ゴールドC KG6&QES 凱旋門賞 他日本G1六冠

 

 8番 トワイスオーヴァー   牡7  英国チャンピオンS連覇 エクリプスS 英国際S

 

 9番 ロビンフッド      騸4  無し

 

 10番 クエストフォーピース  牡4  カンバーランドロッジS(G3)

 

 

 

 以上10頭の選りすぐりの名馬が栄光を背負い、覇を競う。

 一番人気はやはり、昨年KG6&QESと凱旋門賞を勝利したアパオシャだろう。日本の牝馬ながら英国においても知名度と人気はトップレベル。

 二番人気には昨年のコロネーションカップを勝利したセントニコラスアビー。KG6&QES、凱旋門賞と立て続けに敗北を喫した、強敵アパオシャを退けて連覇を狙う。

 上記の二頭以外にもG1馬および重賞馬ばかりの、手に汗握るレースが予想された。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 抜けるような青い空の下のエプソムダウンズレース場は、初夏の涼しい風が心地良い。

 ターフの具合を確かめつつ、軽めの足取りでスタートゲートを目指す。今日も芝が良く乾いていて走りやすい。

 ゲートのある向こう正面の観客席から英語で俺達に声援を送ったり、別の馬にエールを送る熱烈なファン達が視界に入った。

 背の上の和多は、去年の凱旋門賞の時より緊張していない。さすがに海外G1も三回、四回ともなれば慣れてきたか。今の俺とは逆か。

 

「……アパオシャ、もしかして緊張しているのか?」

 

【ちょっとね。ここは初めてなんだよ】

 

 前世では留学を世話した日本のトレセン学園生が英国ダービーに出走した時に観戦した事があったから、ここに来る事は初めてじゃない。

 けど、レースを走るのは今日が初めてだ。シニアになってからの五年間、毎年のようにイギリス遠征はしていたがエプソムは走った事は無い。

 理由は単純。ここのコースのレースは最長距離が約2400mまでしかないから。

 

 通常のレース場のような楕円形のトラックコースではなく、蹄鉄型の片道左回りのレースは日本では他に例が無い。

 さらにスタート直後から1200m続く高低差40m近い坂を登り続ける。

 登坂を登り切った後は、残り1200m高低差30m近い下り坂を駆け降りて、最後の100mからまた登り坂で走る者を苛め抜く。

 アスコットレース場も相当にタフなレース場だったが、ここはそれに輪をかけて過酷なレース場だ。

 中山レース場のゴール前の登坂は平均勾配2%、ここのスタートからの登坂の平均勾配は4%もある。坂の距離の長さは約10倍。

 この数値の比較を見れば、日本のレース場の常識が全く通じないと嫌でも叩きつけてくる。

 毎年こんなレース場で行われる英国ダービーやオークスの勝利者が賞賛されるのがよく分かる。

 俺にとってコロネーションカップの2400mはやや短い距離だが、極端な坂の分だけ実質的な距離は数百メートル延長したようなものだ。

 仕掛け時を工夫しさえすれば、中山の有馬記念より走りやすいかもしれない。

 当然だが油断はしないが。

 今日のレースは10頭が走る。その中に去年のKG6&QESと凱旋門賞で見た馬が何頭かいる。

 初めて走るコースでそいつらを相手取るとなると、ある意味凱旋門賞より厳しいレースになるだろう。

 和多は俺の緊張をほぐそうと首筋を撫でる。筋肉に覆われた馬の首にとっては風に撫でられる程度の感触でも、気遣ってくれる相棒の心は素直にありがたい。

 

「何かあったら俺が助けるから、安心していつものように走ればいい」

 

【ああ、その時は任せるよ】

 

 いざという時は頼りになる相棒が居てくれて助かるよ。

 

 作業員に誘導されてゲートに入る。正面に見える壁のような登り坂には笑うしかない。英国のダービーやオークスは走るのではなく、壁をよじ登るのか。

 まあ、何とかなるだろう。日本のトレセンで毎日坂道トレーニングを往復二十回続けたのは無駄じゃない。

 

 ――――――全ての馬が一斉にゲートから解き放たれる。

 俺も周りに遅れずまずまずのスタートを切って、他の馬から一歩前に出る。

 ここは坂だけでなく、内ラチから外ラチに流れる傾斜が付いていて、かなり走りにくいが今は我慢だ。

 

 勾配のキツい坂を登り始めて約200mほど経つと、後ろの馬とは二馬身は離れた。

 今のところは予想通りの展開だ。今回は意識的に『逃げ』を選んで走っているわけじゃないが、俺のペースが早いから結果として先頭を走る形になっていた。

 エプソムダウンズはスタートから登坂になる構造上、基本的にスロースタートで始まる。ペースが早過ぎれば途中でスタミナを使い切って、後半まともに走れない。

 前半の登坂はゆっくり登ってスタミナを温存、最終直線の下り坂で一気にトップスピードに乗ってゴールまで駆け降りる。それがこのレース場のセオリーだ。

 

【だから引っ掻き回してやるよ】

 

 さらに登道を加速して、どんどん引き離しにかかる。

 すると、明らかに後ろの9頭の騎手達は焦って浮足立った。

 普通こんな序盤でペースを上げたら、とてもじゃないが最後までスタミナが持たない。

 にもかかわらず、最も警戒する対象がセオリーを完全に無視した走りをする。これまでの戦績から、決して掛かったわけではないと分かっているからこそ、俺の動きにどう対処するか迷いが生じる。

 

「おいおい、大丈夫か?お前を信じて良いんだな?」

 

【任せてくれ相棒】

 

 口では何のかんの言っても、信じてくれる相棒に恵まれた俺は運が良い。

 てなわけでガンガン登坂を攻めて後続を引き離せば、騎手達の一部が泡を食って自分の馬を加速させた。

 釣れた馬は3~4頭か。あとは様子見みたいだが、別段どちらの選択をしても構うまい。

 そのままのペースで登坂を続けて、スタートから約1000mの頂上地点で最初のコーナーに突入する。

 

 角度のキツいコーナーを利用して後ろを確認。釣られて付いて来た四頭はハイペースでかなり息が上がっている。

 後方の引っかからなかった半分の集団との差は大体十二馬身ぐらい。これぐらいの差が開いていれば十分か。

 平らになった第一コーナーを淡々と走り、バテた後ろの連中と差を広げる。中間点の1200m地点でこのザマなら、こいつらは問題にならん。

 ズルズルと後ろに追いやられる馬を尻目に、徐々に下りになっていくコースに気を引き締める。

 さあ、ここからが苦しくなるぞ。

 

 最終コーナーに突入した時点で、登坂はペースを抑えていた後続集団が、鬱憤を晴らすかの如く速度を上げていく。

 予想通りだから焦りはない。こういう展開になる可能性が高いのは前例から知っている。

 だから構わず下り坂の最終コーナー、通称『タッテナムコーナー』を、出来る限り膨らまないように速度を調整しながら走り、高低差20m以上の最終直線700mに入った。

 下り坂の直線で一気に加速力が付いても、後ろから俺以上の速度で猛追する後続集団の脚音が轟く。

 

「ちっ!やっぱりこのまますんなり勝たせてはくれないか」

 

 落ち着け和多。こうなる事は想定済だ。

 元より俺は他の馬に比べてトップスピードに劣る。下り坂の最終直線から、よーいドンの末脚勝負は分が悪いからこそ、セオリーを無視してでも前半のうちに大幅なセーフティリードを作っておいたんだ。

 それも前世で知っていた前例を下敷きにしたレースプランがあってこそだが。

 かつてこのエプソムダウンズレース場で、ヨーロッパレースの常識外の『大逃げ』を打って、英国ダービーの栄光を手にしたウマ娘が居た。

 彼女の名は≪サーペントタイタン≫。ダービーウマ娘に輝いた後は海外移住して、オーストラリア所属のウマ娘になった。

 その後はゴールドカップや豪州メルボルンカップを共に走り、サーペントタイタン(ペント)とは長年の友人になった。

 彼女の勝利した波乱の英国ダービーを研究したのがここで役立つとは、先のことは分からないものだ。

 

 今もジリジリと差を詰められる焦燥感はあれど、敗北のビジョンは脳裏を過ぎない。

 残り300m。後ろの脚音がかなり大きくなったが問題無い。ここからナリタブライアンを模倣した低重心スパートを入れる。

 グンッと加速力が増し、下り坂も合わせてトップスピードの限界を更新した。

 それでも後ろを引き離すには至らない。むしろ、これでも少しずつ差が縮まっていく。

 だが問題無い。このまま逃げ切れる。

 

 残り100m付近で下り坂が終わり、唐突に登り坂が現れた。登り下りと来て、最後の登り坂を越さねば勝利の栄光は得られない。

 肉薄するライバル達と共にエプソムの最後の難関に挑む。

 下り坂で付いた勢いが登坂で殺されて速度が落ちる。しかし後ろの連中もそれは同じ。

 ならば、先行している俺との差が縮まる事は無い。

 脚を止めてしまいそうな苦しさの中でも、走るのをやめるつもりは無い。この苦しさに見合うだけの勝利が欲しい。

 

 50m……30m……10…5…0だ。最初にゴール板を通り過ぎた。

 荒い息を整えて、ゆっくりと歓声の中を走る。

 今回もなかなかヘビーなレースだったが何とか勝てた。――――ああ、女王陛下も見ていたのか。

 不得手な距離だったが、貴女に無様な姿を見せなくて良かったよ。

 観客席でSPに囲まれたスーツ姿の老婆を見つけて、立ち止まってから頭を下げて会釈をした。一緒に和多もヘルメットを脱いで背の上で深く一礼した。

 スタンドの観客は大歓声で返礼した。

 

 

 

 

  ≪コロネーションカップ(G1)≫  左回り・約2410m  天候:晴  芝:良

 

 

  着順   馬番         馬名    馬齢   着差

 

 

  1着   7番      アパオシャ    牝5

 

  2着   4番 セントニコラスアビー    牡5    1/2

 

  3着   3番      ナサニエル    牡4    3

 

  4着   5番     レッドカドー    騸6    2

 

  5着   2番  マスクドマーヴェル    牡4    3

 

 

  勝ちタイム   2分34秒35

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 女王に向かって頭を下げた人馬の姿を、調教師の中島大は感慨深く見つめていた。

 これまで幾度となくアパオシャのG1レースの勝利は見ていたが海外の、それも本場英国レースでの勝利の喜びは一段上に感じる。

 

「やりましたよ中島先生!また一つアパオシャが冠を増やしました!」

 

「ええ、これで都合十個目、イギリスG1は三つ目になります。まったく、大した馬ですよ」

 

 大は南丸と固く握手を交わす。隣席の美景晴彦夫妻もアパオシャの勝利に、席を立って歓声を上げた。

 これでアパオシャは昨年逝去したシンボリルドルフが刻んだG1七勝を大きく超えて、二桁勝利に乗った。

 世界にはまだまだG1勝利数を上回る名馬は多いものの、競馬史でも指折りの高評価を得ているのには変わらない。

 そんな当代最高の名馬を任せてくれた南丸オーナーには感謝しかない。

 まして出走するレースを考え、こうしてレースのたびに共に観戦して、莫大な遠征費用も気前よく払ってくれる顧客は珍しい。

 いつしか大は共に夢を見続ける南丸を、終生の友のように感じる時があった。

 もっとも内心そう思っているだけで、客に対してそんな馴れ馴れしい事を正面から言うつもりは無い。

 案外向こうは気付いているかもしれないが、立場の線引きはきっちりしないと揉める原因になる。

 

 調教師と馬主の適切な関係はともかく、今は共に世界最強の馬が勝った事を喜ぶべきか。

 

「またアパオシャの産駒を売ってほしいと、イギリスの馬主や馬産関係者から催促が増えますね」

 

「まだ種付けの相手すら決まっていないんですよ。嬉しいやら困るやら」

 

 南丸は汗を拭って、周囲の関係者の様子を窺う。今日のレースの前から、それとなく産駒の購入を示唆する者、産まれた子を是非買い取らせてほしいと交渉を持ち掛ける者、酷いと白紙の小切手を渡してアパオシャ自身を買い取ろうとする某国の王族などなど。応対するだけで神経をすり減らしてしまった。

 やはり凱旋門賞馬を放っておいてはくれないという事か。

 さらに弟のウミノマチ11を英国女王が購入予定とあれば、他の血族にも興味を示す者が多い。

 案の定、共に来ている美景夫妻も、アパオシャの母ウミノマチに関心を寄せる馬産関係者に、あと何頭産めるとか、産駒の事を事細かに聞かれた。

 ここにいる南丸達は知らなかったが、どうもアパオシャ以前のウミノマチの仔の産駒にも、ヨーロッパのホースマンが食指を伸ばしていると後になってから耳にした。

 アパオシャの半姉は気性が穏やか過ぎて、競走馬としての闘争心に欠けると判断されて、生まれた牧場で繁殖牝馬になっている。

 そんなデビューすらしていない馬の産駒でさえ、昨年の凱旋門賞の前後から産駒を手に入れようと動いているらしい。

 

 欧米のホースマンにとって≪良い馬≫とは、気性が穏やかで賢く、人の言う事をよく聞く馬を指す。

 ヨーロッパ人にとって人に従順で、かつ自らレース展開を構築して数多のG1を勝ち続けるアパオシャこそ、≪良い馬≫を体現する馬と最大限に評価されている。

 しかも母馬から兄弟も、そうした穏やかな気性の傾向が強いと聞けば、第二のアパオシャの可能性もあると熱い視線を向けるのも無理はないのかもしれない。

 

 アパオシャの現役生活はあと半年だが、今後もその血を巡って人間達の大きな争いが続いていく。

 そんな未来を予感させる初夏の英国のレースだった。

 

 



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第52話 夏の大祭

 

 

 イギリスのG1コロネーションカップを走ってから、約一ヵ月が経った。

 あまり得意と言えない中距離レースも何とか勝って、英国女王にまた会って色々と褒められて、次はゴールドカップとKG6&QESの連覇に挑むと思ったら日本に帰国した。

 わざわざ一度走るためだけにイギリスにまで飛んだのは非効率過ぎないかと思ったが、畜生の身ではオーナーや中島のオッサンの方針に口を出せない。まったく、煩わしい事この上無い。

 その後はまた何ヵ月も隔離されるのかと思ったら、今回は一ヵ月足らずでトレセンの厩舎に戻って来られた。どうも短期の海外遠征なら隔離期間は短くて済むらしい。

 おかげで暑い夏を日本で過ごすと思うと、涼しいイギリスが恋しくなってきた。

 日本の暑さには参るが、トレセンで妹のティンを直接鍛えられるから都合が良いとも言える。

 トフィは夏休みで居なくても、今年のオークスに出ていたミッドサマーフェア、それに最近勝ちに恵まれていない、アロマカフェやラフレーズカフェ達も鍛えて勝たせてやりたい。

 隔離期間が終わり七月に入ってから、余震に怯える美浦トレセンの馬達を励ましつつ、厩舎の連中のケツを蹴り飛ばす毎日だった。

 

 

 八月に入り、いよいよ夏の暑さも本格化した時期。

 確か今年はロンドンオリンピックが開催される年で、ちょうど今が盛り上がっている時期だった。

 この世界はウマ娘が居ないから、オリンピックもウマ娘専用競技は無いだろうな。

 代わりに常人が命を賭けて百分の一秒や1cmの差を競う、緻密なレベルの攻防が繰り返されているに違いない。

 あーあ、出来ればテレビで良いから観戦して、皆と盛り上がりたいねえ。

 おっと、馬のこいつらじゃ、何をやっているのかよく分からないか。精々100m走のような競走を見せて、人も同じように速さを競うと理解するのが関の山かな。

 去年の中山で隔離されていた時みたいに、ラジオやテレビを用意してくれれば楽しめるんだが。

 レースを控えている他の馬に悪影響があるから、多分ここでは使わせてもらえないよな。

 いっそ今年も現地のイギリスに居続けられたら、もしかしたら直接観戦もさせてもらえたかもしれない。なんというか巡り合わせが悪い。

 ……いや、畜生に生まれた時点で、前世から運はかなり悪くなっているか。まったく、厭になるねえ。

 

 ウダウダ世の中の理不尽さに腹が立っていたら腹が減った。

 そして夜明け前の薄暗い時間に、厩舎が慌ただしくなった。いつものように練習前の食事の時間か。

 と思ったら俺だけ馬房から出されて、待機していたトラックに乗せられた。

 あれ、この時期に俺が出られそうなレースなんてあったか?また海外じゃないだろうし、どこに行くんだろう。

 

「今日はレースじゃないから気を抜いていていいぞ」

 

 松井が気楽に言うから、レースは無いんだろう。となると何のための移動かな。

 ――――あぁ、イギリスで勝ったご褒美に、夏休みを満喫して来いって事か。高校は夏休みだから、久しぶりに北海道でナツちゃんにもまた会える。

 うんうん、ちょっとテンション上がって来たぞ。

 ウキウキして中で待っていると、トラックが動き出して美浦トレセンを後にした。

 

 北上するトラックの中から外を眺める。

 今は2012年の8月。あの忌まわしい大震災から、もう一年以上が経っている。

 今世でも、徐々にでもいいから被災地の復興は進んでいるのか。

 陸路を使って移動するから道路は使えるだろうが、あくまで瓦礫の山を撤去しただけで、街並みが元に戻る事は無い。失った人命と日常も還っては来ない。

 前世のようにウマ娘が居れば、レース後のライブやチャリティーイベントで被災地域を巡って、復興の力の一助にもなったんだろう。

 もっとも今世では、アーティストやスポーツ選手が代わりを担っているから、そこまで悲観する事は無いか。辛い時に誰かが手を差し伸べてくれるなら、ウマ娘じゃなくても構わない。

 それに畜生の俺は、復興だのチャリティーには関わらない。精々レースを走って見る人間を楽しませてやるぐらいだ。

 

 

 しばらく車に揺られて、車は福島県に入った。

 特に津波被害の酷かった沿岸の街道を離れて、内陸に進んだらトラックが停車した。

 また休憩かと思ったら、そのまま車から降ろされた。

 さらに降ろされた場所を見て、首を傾げる。

 

【どう見てもレース場なんだが】

 

 松井は今日はレースは無いと言っていたし、最近レース仕様のトレーニングはしていない。にもかかわらず、連れて来られたのがレース場なのは腑に落ちない。

 しかも駐車場には、何台もの同じような運搬用トラックが並んでいる。

 よく見るレースの日の朝じゃないのかと思ったが、一緒に運搬車に乗っていた松井は何も言わずに手綱を引いて俺を連れて行く。

 

 しかも連れて行かれたのは馬房ではなく、いきなりコースである。

 もう走るのかと身構えたが、いつもと何か雰囲気が違う。コースの内側を見れば、テントが幾つも張られて機材を用意する人達がいる。キッチンカーも何台か来ていた。

 レース場に漂うカレーのスパイシーな香りや焼けて滴る肉の脂の匂いに、思わず腹の音が鳴ってしまう。

 ベビーカステラの砂糖の香り、とうもろこしの焦がし醤油、揮発する焼きそばソースの匂いもたまらん!

 

 他にも簡易の杭とロープの簡単な柵で囲われたスペースが作られている。さらに結構な数の馬が綱で繋がれて、日陰に立たされている。

 ――――これは何かの祭りかイベント会場なのか。

 ターフビジョンには時折『復興応援フェスタにようこそ』、『がんばろう東北』などの文字が流れている。

 ああ、そういえばここは福島だったな。大震災から一年が経ったから、復興を祝ってお祭りをするからイベント要員に呼ばれたのか。

 答えが分かったから、柵で囲ったスペースの意図が分かる。あの中に俺達馬を入れて移動式の動物園にして、来場者が触れるようにしてある。

 道理でここにいる馬達はトレセンの馬達に比べて、全部年寄りで大人しくて暴れない。おそらく子供が触れたり乗っても平気な馬を厳選したんだろう。

 トレセンやレース場には若い馬しか居ないから、こういう年寄り馬が沢山居るのは結構新鮮だ。

 やれやれ、夏休みと思ったらお仕事か。でも、まだまだ被災者は苦しい想いをしているから、今日ぐらいは付き合って楽しんでもらうか。

 ふと、一頭の老馬のスペースに設置した看板に目をやると、思わず驚きの声が漏れた。

 

【メジロライアン!?えっ?ライアンちゃんなの!?】

 

【ワシのことよんだ?】

 

 眠そうにしていた老馬は名前を呼ばれてこちらに話しかける。

 さらに看板の生年の欄に1987年と書かれていたのを見て再度驚いた。こっちじゃ俺より20歳も年上だったのか。

 

【あ、ああ。初めまして、今日はよろしく】

 

【よろしくな、きれいなおじょうちゃん】

 

 いや~、後輩だった子が年寄りになっていたなんて、竜宮城から帰って来た浦島太郎の気分だよ。

 一応ウマ娘と馬の年齢は全く一致しないのはこれまでの経験で知ってはいても、実際に会ってみると戸惑いがある。

 ここにいる馬も、もしかして前世の知り合いがいるのか。

 周囲を見渡すと、同じように看板には見知ったウマ娘の名前が書かれている。

 ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナイスネイチャ、ユキノビジン、マチカネフクキタルなどなど。かつての先輩や同期の友人だったウマ娘の名前がゴロゴロある。しかも俺より大抵10歳以上は年上だった。

 オグリキャップ先輩が20歳以上離れた親父だったから、何となくこういう事もあると予想していて歳の差はすんなり受け入れられた。

 それに馬とはいえ、親友のビジンの元気な姿が見られて良かった。しかもビジンは俺と同じく牝だった。あとはゴルシーの性別がどうなっているのか凄い気になる。

 

 

 数時間後。かつて共にレースで競った仲の馬達と共に、綱に繋がれて来場者に愛想を振りまくお仕事をした。

 この手の動物とのふれあいイベントは子供がメインになると思ったが、来る客の半分以上がオッサンばかりだった。

 よくよく考えたらレース場にいる観客の半分ぐらいはオッサンだったな。若い頃に応援していた馬と触れ合えるからワラワラと集まってくるのか。

 ただ、中年以上のオバハンは、ライアンちゃんやビワハヤヒデさんに集まってキャーキャー言ってる。

 どうやら男女の馬の好みは分かれるらしい。

 隣のフクキタさんを見ると、拝んだり手でスリスリと擦る年配の人が多い。

 あの人はどちらかと言うと拝む方だった気がするんだが。馬になったら因果が逆転でもしたのか。

 隣に置いてある募金箱にお金を入れていく人も多い。

 そして拝む人が多いのは俺もだ。歳を食ってる人ほど、俺を見たら触れるより拝んでいる。まるで神社に祀られている御神体にされた気分である。

 この世界では強い馬は御神体として祀られる習慣でもあるんだろうか。

 子供の方はワイワイ騒ぎながらペチペチ触って、ニンジンを差し出すからその都度食べたら喜んでくれた。

 ただ、大抵の子供にお礼を言われるのがよく分からない。震災復興PRのポスターに使われたぐらいで、直接この子達に何かした覚えはないんだが。

 

 

 来場者に適当に愛想を振りまいて、子供が差し出したニンジンやリンゴをパクパクした後は休憩を貰った。

 暇になったから周囲を見渡すと、俺達より小さな馬が子供を乗せて歩いている。

 へぇ、あんなに小さな馬も居るのか。思い出したが美景牧場に大きな馬も居たから、馬という種は犬みたいにある程度大きさに幅のある種族なのか。

 

【うおーい、となりのべっぴんさん】

 

【なんですフクキタさん?】

 

 隣の馬の方のフクキタさんに呼ばれて、柵越しに鼻と鼻を突き合わせる。

 

【うーん、やっぱりあんたとはどこかであったきがするわい。ワシとこづくりしたことあるかの?】

 

【……俺はこういう場所で走っただけで、子供を作った事は無いぞ】

 

【そうかい。ワシがもっとげんきなら、いますぐこづくりしとったのにおしいわい】

 

 馬のフクキタさんはそう言って首を曲げて自分の股間を覗き見る。

 子作りは脇に置いておいて、今の発言を考える。

 センジは覚えていなかったみたいだが、フクキタさんの発言から前世の事を薄っすらでも覚えている馬もいる可能性が生まれた。

 もっとも、単にメスの気を引かせようと思わせぶりな発言をしているナンパ爺なだけかもしれないが。

 後でビジンやナ ス(ナイスネイチャ)にも軽く探りを入れてみるか。

 

 

 休憩を挟んで触れ合いの仕事を再開した。

 相変わらず人はたくさん来て、美味しい物を食べて笑い合ったり、恐る恐る馬に触れて喜ぶ子供達を見て、こちらも気分がほっこりする。

 被災した地元民以外にも色々と方言が入り混じっているから、夏休みもあって往年の競走馬のファンが孫を連れて全国から来ているんだろう。

 引退したウマ娘が一堂に再集結とあれば往年のファンは集まってくるから、今日の盛り上がりもある程度は分かる。

 それに意外と若い女の子も多い。動物とタダで触れ合えるイベントなら、好きな子は友達連れてくるか。

 ――――――あれ?あそこにいるのはもしかしてナツちゃんか。友達っぽい眼鏡をかけた女の子と一緒にいる。夏休みだから北海道から会いに来てくれたのか。

 

「やっほー黒子!去年の有馬記念以来だね。この前のイギリスのレースも頑張ったね」

 

【久しぶりナツちゃん。レース以外で会うのは結構珍しいな。友達も……??あれ?隣の子はもしかして―――――】

 

 隣に並んだナツちゃんより、背が高くて骨格がガッシリしている女の子だなぁと思ったら、明らかに臭いが違う。

 

「へぇ、この子がアパオシャか。やっぱり世界最強だと、うちの部の馬達より迫力あるな。あれ?なんか申し訳なさそうにしてるけど」

 

 ………すまん、ナツちゃんの友達。君のことは女の子だと思ってた。

 そっかー。ナツちゃんも高校生になって、男の子と他県にまで遊びに行くような歳になったのか。

 小さかった姪っ子がいつの間にか彼氏とデートしてるのを見たような気分だよ。時が経つのは早い。

 

「気にしないで八剣くん。黒子は頭が良くて余計な事を考える子だから」

 

「おぉう。えっと、さっきそこで買った餌のニンジン食べるか?」

 

 差し出された切ったニンジンを無言で貰う。

 その時に手のタコに気付いた。あれは牧場で働く人の手に近い。

 ふーん、体つきといい、結構鍛えられているな。それもスポーツじゃなく肉体労働をしている身体だ。こういう奴はタフだから、悪くないんじゃないのか。

 

「本当はイッチャンも来たかったみたいだけど、今年は甲子園行くから代わりによろしくって言ってたよ」

 

【えっ?隣の一郎くん、甲子園出られるのか。すげえ】

 

 日本で上から数えた方が早い高校野球児じゃないか。クイーンちゃんなら、未来のプロ野球選手だって飛び上がるぞ。

 しばらく牧場に帰っていないから顔を見ていないが、色々頑張っているんだな。またトウモロコシをご馳走になりたいねえ。

 

 もう少し話したかったが他の来場者が順番を待っているから、名残惜しいが二人は他の馬を見たり、出店で色々食べてお祭りを楽しんでいた。

 よく知る子が楽しんでいるなら、俺がどうこう言う事は何も無い。

 二人とも二度と来ない短い青春を謳歌しなよ。

 

 

 さらにその後は、他の馬達と一緒に何度かパドックを歩いてファン達から拍手と喝采を贈られた。

 タイミングを見つけて、かつての知己にそれとなく過去の話題を振ってみた。残念ながらビジンは首を傾げて、俺を自分の子供と勘違いした程度だった。それ以外はみんな普通の馬と変わらなかった。

 フクキタさんも覚えているとは言えない、朧気な感覚しか持っていなかった。

 やっぱり俺だけ特異なケースなんだろう。覚えていないのはしょうがないか。

 

 でも、レースを走れなくなって繁殖も出来ないような年齢になっても、今日みたいな仕事をして肉にされない老いた馬が居ると分かったのは朗報だ。

 俺も出来ればレースを引退したら、アニマルセラピー役か、こういう仕事をしてのんびりしたいねえ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャや引退した競走馬が福島競馬場でフェスタに駆り出されている日から、半月以上遡った7月某日。

 北海道苫小牧市のある地は、異様な熱気と興奮の波に晒されていた。

 この日は毎年開催されるデビュー前の日本サラブレッドの競り市『セレクトセール』が開かれる。

 市では億を超える大金が飛び交い、未来のG1馬を所有するかもしれない権利書が高額商品として譲られる。何とも夢のある話である。

 近年の日本馬は世界に通用するだけのレベルに達したため、海外の馬主や競馬関係者もわざわざ参加するほどだ。

 『セレクトセール』は例年通り、初日は1歳馬の競り、二~三日目は産まれて数ヶ月の当歳馬の競りに分けられている。

 通年のセールのメインは当歳馬で、1歳馬の競りは前座だったが、今年はむしろ初日の1歳馬の競りの方が異様に盛り上がっていた。

 

 競りの会場は客のざわめきがそこかしこに聞こえる。

 進行役を務める競売人(オークショニア)が良く通る声で、現在価格を連呼している。

 会場の客は三通りに分かれている。一つは他がもう手が出ないと己の勝ちを誇る者、一つは現在の競り値以上に金を出せずに諦めた者、最後の一つは無関係とばかりに最高のショーを楽しむ者。

 

「4億1000万~、4億1000万、ございませんか?ハンマーを落としても宜しいですか?――――ありませんね。4億円です」

 

 ハンマーが落とされて、客の前でうたた寝をしていた栗毛の馬が音で起きる。司会の競売人の頭上のディスプレイにはウミノマチ2011、4億円の価格が表示された。

 その瞬間、会場から拍手と喝采が上がった。

 1歳馬に4億円の高額な競り値が付いたのは珍しいが、過去には6億円の値が付いた事や、去年は3億6000万円の高額まで競った馬もいた。

 問題は買った客の素性である。競馬の本場、イギリス王室の代理人がわざわざ日本の馬をセールの歴代三位に入る額で買った。

 しかも某中東の王族が代表を務める世界最大の競走馬生産牧場グループと、散々に競り合っての落札である。

 そこに日本人が入り込む余地は無い。正確には入り込んでも良いが、ウミノマチ2011=ネコ太郎が英国女王の『お目当ての馬』という前情報が流れていたために、全ての日本人客が自主的に見守る選択をした。

 昨年に大震災の義援金として、少なくない額を被災地に寄付してくれた女王への恩義を感じての行動だった。

 そうした機微とは無関係の、同じく外国の王族が運営する牧場グループと一騎打ちにより競り値は跳ね上がったものの、晴れてウミノマチ2011=ネコ太郎は英国女王に競り落とされた。

 

 

 一連の競りの結末は当事者の日本と英国だけでなく、ヨーロッパやアメリカのニュースでも、それなりに取り上げられた。

 歴代最高額ではないが相当な額で買われた一頭の幼駒は世界から注目を受け、偉大な姉のように活躍する事を望まれた。

 

 その後は≪カラバ≫の名を与えられて、デビューしてもレースに負け続ける日々から、陰で無駄な買い物と嘲りを受ける事も多かった。

 しかし管理を任された調教師や馬主の女王は根気よく待ち続け、成熟を経た歳には、かのステイヤー絶対王者と鎬を削る名馬にまでなっていた。

 結局、王者の牙城は一度も崩せなかったが、現役引退後は種牡馬として大切に扱われて、アパオシャの弟≪カラバ≫は遠くイギリスで穏やかな余生を過ごした。

 

 



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第53話 飴と鞭


 お気に入り登録数が5000件を超えました。随分遠くまで来たような気がします。
 本作もあと十数話となりましたが、読者の皆様には変わらずお付き合いをお願いします。


 

 

  今年の凱旋門賞ウィークを見守るスレpart13

 

 

 

 

225:名無しの競馬民 ID:weXUaNYbM

いまごろ機内のアパオシャとオルフェーヴルはどうしているかな

 

226:名無しの競馬民 ID:TypK3rgEL

アパオシャは飛行機に慣れているけどオルフェは心配だ

 

227:名無しの競馬民 ID:+hAzlh86p

暴れん坊の印象が強くても本質はビビリで繊細だからなあ

飛行機の轟音で調子を崩さないと良いけど

 

228:名無しの競馬民 ID:6Lw97eY08

そこら辺は帯同するアヴェンティーノとアパオシャが何とかするでしょ

 

229:名無しの競馬民 ID:43tqSEc6i

大地震に遭っても動じるどころか他の馬のメンタルケアをし続けている女帝がそばに居れば大丈夫

 

230:名無しの競馬民 ID:yFXeqY6BK

昨年の凱旋門賞馬を帯同馬にするなんて豪華だな

さすが天下の社大グループのサンダーレースホース

 

231:名無しの競馬民 ID:Be9uZGZhq

遠征費用は三頭全部サンダーレースホースが持つらしいから実質フランス旅行だろ

どうせカドラン賞は圧勝だし

 

232:名無しの競馬民 ID:2cq7TH++f

それだけオルフェを凱旋門賞で勝たせるために必死なんだろ

 

233:名無しの競馬民 ID:UsBWNUVuN

あの暴れん坊は気性難さえ何とかなれば世界最強クラスの馬だって証明したいわな

クラシック三冠+今年の宝塚記念の四冠は立派

 

234:名無しの競馬民 ID:5BDe5GBO0

そのためのメンタルケア要員の二頭か

 

235:名無しの競馬民 ID:y4D4Ni4tx

アヴェンティーノは寂しくないように一緒にいる本当の意味での帯同馬でも

アパオシャはオルフェの指導役なんだって?

 

236:名無しの競馬民 ID:bDYwj+gnJ

先輩馬がデビュー前の馬にレースを教えるのはよく聞く話だが

フランスでの走りを三冠馬が後輩三冠馬に教えるのはフィクションだろって思うが女帝だしなぁ

 

237:名無しの競馬民 ID:6viHAGCic

社大の公式発表はアパオシャもメンタルケア要員だぞ

指導云々は和多と池園の雑誌での対談から出た話だから不確定

 

238:名無しの競馬民 ID:BlcBm5bTz

そうなの?

 

239:名無しの競馬民 ID:YT8yCguvA

ikezがフランスでのオルフェの鞍上から降ろされそうになったのを

和多が庇って思い留まらせた話か

 

240:名無しの競馬民 ID:j6uWkH0C2

どんな話?

 

241:名無しの競馬民 ID:d7OrES3u+

>>238>>240

今月発売のスポーツ雑誌に書いてあった記事から抜粋すると

 

馬主クラブオーナーの古田代表がフランスでのオルフェの騎手はロンシャンの経験の多いスミロンにするつもりだったが

和多が待ったをかけて、騎手は乗り替わりよりオルフェの事を一番よく知っている池園にするべきと薦めた

 

その時にもし経験が足りないと言うなら、アパオシャがオルフェに、自分が池園にロンシャンの走り方を指導するから

と言ったのが>>239の言ってる和多が庇った話だな

 

242:名無しの競馬民 ID:hnusV5oeB

はえーリュージすげえな

 

243:名無しの競馬民 ID:teqonzShx

和多は聖人かよ

 

244:名無しの競馬民 ID:A0asD/43g

雇われる方の一騎手が馬主に物申すのは色々不味い気もするけど

言った相手が日本唯一の凱旋門賞勝利騎手だから結局古田代表が折れた形でikezが続行する話になったんだよ

 

245:名無しの競馬民 ID:6pm6AXMEy

なんだそのイケメン(キュン)

 

246:名無しの競馬民 ID:J3gROdBKq

男が男にときめくなよ

 

247:名無しの競馬民 ID:hMWGGz1aI

池園は間違いなく和多にキュンと来たぞ

 

248:名無しの競馬民 ID:RyyRTVswk

ここは〇〇の多いインターネッツですね

 

249:名無しの競馬民 ID:fwkc5Kxg9

いやでも同業者にそこまでしてくれる騎手はそうそう居ないぞ

 

250:名無しの競馬民 ID:TsJOMxi+n

名前を言ってはいけないTが新人のユーイチに騎乗指導したケースもあるが

基本はライバルだから新人だろうが蹴落とし合い上等なのが騎手なのに

 

251:名無しの競馬民 ID:Z64yP9aZg

そういえばユーイチがTに教えを乞う時にリュージも心配だから一緒に居たって話を聞いたな

 

252:名無しの競馬民 ID:93mbdyvpF

結論リュージは聖人でイケメン

 

253:名無しの競馬民 ID:aGNl1E2ZZ

異議無し!

 

254:名無しの競馬民 ID:KEEMhE+O8

アパオシャも慈母みたいな気性だから馬と騎手は煮るのかな

 

255:名無しの競馬民 ID:Yy0xoGjWE

〇タンド使い同士は引かれ合うみたいに似た気性だと相性良いのかも

 

256:名無しの競馬民 ID:QvYC8QTtg

それ言ったらikezもオルフェと似た者同士に

 

257:名無しの競馬民 ID:DvhwYT+Mo

あれでikezは性格畜生らしいから癖馬の駆け込み寺になったのは

本人が畜生で癖馬共の扱い方を分かってたからだと思う

 

258:名無しの競馬民 ID:KqCfCAmME

>>254人馬を煮るな

 

259:名無しの競馬民 ID:a55cQJcJW

相性って意味でアパオシャとリュージが最高なのはその通りだ

 

260:名無しの競馬民 ID:Vkcqxbcvo

あの人馬が最初から一緒に走ってるのは競馬の神様が用意した運命だよ

 

261:名無しの競馬民 ID:/hdbaCM/h

というかアパオシャがオルフェにロンシャンの走り方を指導するのは誰も疑問に思わんのか

 

262:名無しの競馬民 ID:IEKcySO1/

>>261だってアパオシャだぞ

 

263:名無しの競馬民 ID:RAkuQ4PIg

UMAだし

 

264:名無しの競馬民 ID:MXh3rp/TL

やきうのお馬さんでもある

 

265:名無しの競馬民 ID:eWnWVTtsE

バスケットとテニス、英語とフランス語を理解している馬なんだからレースを教えるぐらい軽いだろ

 

266:名無しの競馬民 ID:BClytun0e

そろそろ研究所の学者連中が乗り込んで色々調査しそうだな

 

267:名無しの競馬民 ID:BxVwmp/T7

現役中はJRAが絶対にさせないから安心しろ

来年はどうなるんか知らんが

 

268:名無しの競馬民 ID:73SPOnuF6

で、オルフェに指導しつつ本馬はカドラン賞も走ると

4000mなら波乱は起きそうにないな

 

269:名無しの競馬民 ID:XFE6xloIr

去年の同距離のゴールドカップは舐めプレイして勝ってるから

よっぽど何かないとアパオシャの勝ちは揺るがない

 

270:名無しの競馬民 ID:O2etuS2ly

その前の前哨戦を走る予定あった?

 

271:名無しの競馬民 ID:uqoQjJaT+

オルフェとアヴェンティーノは9月16日にG2フォア賞を走る

アパオシャは直行だぞ

 

272:名無しの競馬民 ID:psZ5prsuo

6月のコロネーションカップから結構間が空くけど大丈夫か?

 

273:名無しの競馬民 ID:YUfkymooe

女帝はレースの時期を教えればセルフで調整するから問題無いってよ

 

274:名無しの競馬民 ID:eiF9q6sfw

もう突っ込むのも疲れたよ

 

275:名無しの競馬民 ID:sjlUvgRgC

一応長距離ならフォア賞の同日にG3のグラディアトゥール賞はあるから走れるけど

3100mで900mも短いし、1着賞金が4万ユーロ(約600万円)だから出る意義がほぼ無い

 

276:名無しの競馬民 ID:T5A3Dofet

重賞レースの賞金だよな?日本の新馬戦並の賞金かい

 

277:名無しの競馬民 ID:oG2wkx2Ra

遠征費用の足しにもならんし今更十冠の女帝が走る意味無いな

 

278:名無しの競馬民 ID:27CqxNKhd

オルフェなら初の海外レースもG2なら余裕だろ

ところで帯同馬のアヴェンティーノって戦績全然知らんが強いの?

 

279:名無しの競馬民 ID:F5C02mpBM

OPクラス以下で8歳でも重賞走るのすら今回が初めてだから知らんのもしょうがない

 

280:名無しの競馬民 ID:0Oq3Q2xAn

本当にケア要員で言って悪いが記念受験みたいな扱い

 

281:名無しの競馬民 ID:27sjlUvgRgC

ペースメーカーどころか妨害役も無理な実力

 

282:名無しの競馬民 ID:27CqxNKhd

そっかー暴れん坊将軍のお世話係の仕事したら怪我せず帰ってきてほしいね

 

283:名無しの競馬民 ID:X4u+YNZCx

引退前の最後のご奉公みたいなもんだよ

 

284:名無しの競馬民 ID:gLLoZ0BdA

ある意味一世一代の晴れ舞台に立てるんだから結果が振るわなくても本望だろ

 

285:名無しの競馬民 ID:7Z8gTteay

普通なら一生に一度でもG1の舞台に立つのも大変なのに

世界一の凱旋門賞にオマケだろうと出られるのは並の馬の幸運じゃないぞ

 

286:名無しの競馬民 ID:S9Zhw4oLL

オルフェーヴルもここまでしてもらったんだから本番で勝てればいいな

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 今日も碌に手入れされていないフランスの芝を走る。ソリッドな日本の芝に比べて走り難さはあるが、スピードが出ない分だけ俺の脚には合う。

 海外遠征も三度目になる。今回は現地で合流ではなく、最初から一緒の飛行機に乗って、あと二頭と来ていた。

 検疫の隔離期間も終わり、現在はレースに向けて調整に余念が無い。

 特に一緒に来た二頭は十日後にフォア賞があるから、可能な限り早くフランスの芝に慣らさないと無様を晒す。

 

【ほらほら走りが乱れているぞっ!ここの芝は沈むんだ、もっと爪先に力を入れて蹴り上げろ!】

 

【うっせえ!オレにアレコレいうなっ!】

 

【下手な走り方しているから言われるんだ!悔しかったら、もっと上手く走ってみせろ!】

 

 隣を併走しながら吠えかかるフェブの脚運びを注意深く観察しつつ、改善点を示す。

 一応こちらの助言を聞いて、動きを調整するんだから素直な方だろう。まだまだ合格点はやれないがな。

 調整に入ってから既に三日目。こっちの芝に徐々に慣れてはいるが、まだちょっと日数がかかるかなぁ。

 こいつはパワーが桁違いにあるから、環境に慣れさえすれば凱旋門賞だろうが勝てるのが幸いか。

 

【俺の言う走りを身に付けなかったら、お前はまた負けるぞ!ここには俺と同じぐらい強い牝も多い。それでもいいのか!?】

 

【クソッ!わかってるよ!】

 

 悪態吐きながらも、四苦八苦して走りを覚えようとするのは褒めてやる。負けん気が強いから煽れば扱いは楽な部類だよ。

 

 

 この日は夕方まで走り続けて、フォーム調整に費やして馬房に戻る。

 

【ふぃー、つかれたつかれた。≪ぼう≫と≪じょう≫はげんきだなぁ】

 

【おっさんはもうちょっとがんばれ】

 

【そげなこといっても、ワシはおまえさんたちにはかてん】

 

 俺とフェブに挟まれた馬房のヴェンテが水をガブガブ飲んで一息つく。

 一緒にフランスに来た年上牡馬のアヴェンティーノは、俺達に付き合って調整で走るだけでも息が上がってしまう。正直言って実力は格下だ。

 別にそれは良いと思う。こいつの仕事はレースを走るより、フェブの話し相手や世話係に近い。一緒に遠征している遼太もそう漏らしていた。

 馬一頭を余分に飛行機に載せるのだってタダじゃない。わざわざそんな馬を海外にまで連れて来る、フェブ側のオーナーや調教師の本気は理解した。

 

【けっ!なさけねえ】

 

【箱(飛行機)の中でビビって一番震えていたお前が言うな】

 

【ふ、ふるえてねーし!!うそつくな!】

 

 ヒヨッ子が騒ぎ立てるが狼狽えているせいで丸わかりだ。まあ、普通の馬はトラックすら嫌がって食欲不振に陥ったり発熱するから、飛行機なら尚更怖くて仕方ないだろう。

 実際、去年遠征を共にしたランプやナカヤマ達もストレスを感じて調子を崩していたから、フェブだけ特別臆病ってわけじゃない。

 

【ほーん。それだけ元気があれば、明日はもっとキツめに走っても良さそうだな】

 

【げっ!】

 

 最初だから軽めに済ませていたが、トレーニングが終わってもまだ余力があるなら加減は無しだ。

 今年はこいつが凱旋門賞、俺がカドラン賞を走るから、同じレースで競い合う関係にはならない。だから気兼ねなくしごけるのは助かる。

 そしてナリタブライアン以上のフィジカルモンスターとなれば、俺にとってもこれ以上の調整相手は見つからないだろう。

 あとはこのイノシシ小僧に騎手の言うことを聞いて、冷静に走るように徹底させるか。

 それさえ毎回出来たら世界最強を名乗ってもいいのに、つくづく惜しい奴め。

 

 

 翌日も元気にレースに向けて調整を続けた。鞭役に俺、飴役にヴェンテを据えてフェブを可能な限りしごいて、まずは凱旋門賞の前哨戦になるフォア賞に挑んだ。

 結果はヒヨッ子の優勝。G2とはいえ、昨年のヒルノダムールに続いて日本馬の連覇に厩舎の連中は沸き立った。ヴェンテはビリだったが仕方ない。

 とはいえ祝勝会にはまだ早い。本番の凱旋門賞ウィークまで出来る限り面倒を見てやるか。

 

 



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第54話 ステイヤー

 

 

 2012年10月7日 日曜日  晴   フランス・パリロンシャン競馬場

 

 

 前日の雨も上がり、競馬場付近は年に一度の大イベントを一目見ようと集まった、世界各国の競馬ファン達でごった返している。

 ファン達はそれぞれ贔屓の馬の話題で盛り上がり、同時にライバルとなる馬を応援する別のファン集団との諍いも起きている。

 今年は4000mのカドラン賞を走るアパオシャも、『大逃げ』による去年の劇的な凱旋門賞勝利の記憶が真新しく、フランスに固定のファンが出来ていた。

 そうしたヨーロッパのファン連中を尻目に、ツアーを組んでやって来た日本人のファン達は、お行儀よく集団行動をしてロンシャン競馬場に入っていく。

 

 昨年にも増して、今年は日本人客が多い。

 スターホースのアパオシャを目当てに、はるばる日本から来た者も多いが、実は凱旋門賞に挑戦するオルフェーヴルも中々の人気者だ。

 2011年のクラシック三冠馬であり、その破天荒な気性は見る者を退屈させない。

 同じクラシック三冠のアパオシャに比べて負けは多くとも、その負けもまた愛嬌として受け入れられている。

 それに彼もアパオシャ同様に、日本競馬界が長年かけて磨き続けた内国産の血を受け継ぐ馬である。

 父は善戦マンと評されたG1香港ヴァース優勝馬ステイゴールド。さらにその父は言わずと知れた、あの大種牡馬サンデーサイレンス。

 そこまでは現在の日本競馬界では、さして珍しい血統ではない。重要なのは母系の血脈である。

 オルフェーヴルの母には≪最強のステイヤー≫と称された四冠馬メジロマックイーンの血が流れている。

 日本から来たファンの中には、惜しまれながら競馬界を去った、かつてメジロ牧場で働いていた馬産関係者も何人かいる。

 長い歴史に幕を引いたメジロの系譜が、ヨーロッパ最高のレースを走るのを一目見たい。その一心で彼等はここに居る。

 ≪神馬≫シンザンの血を持つアパオシャと同様、オルフェーヴルも日本競馬屈指のオーナーブリーダーのメジロの血を引き継いだ、紛れもなく日本を代表する馬と言える。

 

 実は日本馬のオルフェーヴルも、現地フランスでそれなりに人気がある。彼の父系にはフランスG1のジャック・ル・マロワ賞を勝利して、日本に種牡馬として迎えられたディクタスがいる。

 さらに母系には、1974年に創設したばかりの重賞オペラ賞で初勝利を飾った牝馬シェリルがいる。

 このフランス馬シェリルもまた日本に渡り、天皇賞馬メジロアサマとの子≪天皇賞馬≫メジロティターンを産み、さらにその産駒は≪春・天皇賞連覇≫を成したメジロマックイーン。メジロだけでなく日本競馬史にとっても、シェリルは重要な価値を持つ馬であった。

 どちらも故郷フランスでは人気のある馬とは言えなかったが、遠い異国から子孫が帰って来たとなれば、往年のファンの喜びは大きい。

 オルフェーヴル自身も先月のG2フォア賞でG1馬等を退けて勝利しているため、凱旋門賞の優勝候補として人気が高かった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は競走馬である。これから世界最高のレース(前座だが)に乗り込む。と言っても晴れ舞台には、まだ少し時間がある。

 前世ではカドラン賞は土曜日、凱旋門賞は日曜日に予定されていたが、この時代は同日開催だった。そういうわけで、フェブとヴェンテも一緒に居る。

 二頭は今のところ落ち着いている。前日までは出来るだけの事はした。後はこいつらのやる気次第だな。

 

 近くの馬房から引っ切り無しに馬が連れて行かれては、疲れた様子で帰ってくる。

 帰って来た馬達はピカピカになっているから、レース後に体を洗ったのだろう。という事は予想通り昨日の雨で芝が相当濡れて、剥がれて泥だらけのコンディションと思った方が良い。

 これは難しいレースになるかもしれないな。

 

 しばらくすると、フェブとヴェンテが先に馬房から出された。アイツ等の方が先だったか。

 俺は馬房から顔を突き出してフェブに話しかける。

 

【朝に俺が言った事は覚えているか?】

 

【………あめでぬれているからいつもよりつかれる。すべりやすいからきをつける】

 

【もう一つは?】

 

【――――――――】

 

 坊やは不機嫌そうにそっぽ向いてしまったが、視線だけはこちらをチラチラ窺っている。まったく、この小僧は。

 

【ほら、忘れていないだろう。一番大事な事だぞ】

 

【―――ちっ、うえにのってるやつのいうことをきく。これでいいだろ】

 

【よし、それでいい。お前の相棒を心から信じろ。教えた事をちゃんと守れば、お前より速い奴は居ない。俺もお前に勝てない】

 

【けっ、うるさいメスめ】

 

【勝って戻ってこい。それと、転ぶなよ】

 

【――――――おう】

 

 フェブはこちらを見ずに、返事だけして連れて行かれる。ヴェンテにも一声かけて送り出した。

 

 

 二頭を送り出してから無言で待ち続ける。

 しばし経ってから、馬房にまでスタンドの大歓声が届いた。その中には日本人と発音の異なるオルフェーヴルの名を讃える声が含まれている。

 ふう、上手くいったか。あれだけ面倒見たんだから、無様に負けてたら仕置きぐらいは考えていたが無駄だったな。

 これで日本の馬が凱旋門賞二連覇か。結構な快挙じゃないの。

 

 馬房に戻って来た二頭は洗われてピカピカになっていた。

 フェブは俺の馬房の前で立ち止まって、上機嫌で偉そうに馬房に顔を突っ込んだ。

 

【オレがいちばんはやかった!】

 

【知ってる。お前は大した奴だよ。ヴェンテもお疲れさん】

 

【はー、きょうはつかれた】

 

 騒ぎ立てる小僧と疲れ果てたロートル、結果は二極化しているがどちらも役目は果たせたと言っていい。

 次は俺の番か。

 

 30分後に迎えが来た。外に出された俺に、坊やが偉そうに言う。

 

【まけたらわらってやる!】

 

【なんだ、心配してくれるのか】

 

【ち、ちげーし!】

 

 はいはい。なら、ご期待に沿えるように頑張ってくるよ。

 

 2番ゼッケンを着けられて、パドックに連れて来られて数回グルグル歩いた後はすぐにコースに出た。

 夕刻の薄暗くなり始めたターフを踏みしめると、それだけで蹄が濡れるどころかスポンジの中に沈むような感触だ。芝が柔らかいと言うよりは、予想通り芝そのものが剥がれて泥が露出している箇所が多い。これは不良判定か。

 昨日の雨で緩くなったところに、二日続けて散々にレースで掘り返されたらこうもなる。

 

「これは酷いな。沼か田んぼを走るようなものじゃないか」

 

 背の上の和多が呻く。相棒は俺以外で海外レースを走った事無いから、ヨーロッパ芝の不良状態は経験が無かったな。

 去年のイギリスで稍重判定までは経験しても、最悪のコンディションでのレースは初めてか。

 

【むしろ最悪の中で俺に乗れたんだから喜べよ。貴重な経験をしつつ、勝てるんだぞ】

 

 どれだけ条件が悪くたって、長距離なら俺は負けん。

 意図が伝わり、和多は小さく笑って同意の相槌を打つ。

 滑らないように気を付けながら、ゆっくりと今日のスタート地点に向かう。

 4000メートル用のスタートは、正面スタンドからもっとも離れた外側コースの一番奥まった場所にある。

 正面スタンドからは1km近く離れているから、肉眼では殆ど見えない。大抵は中継カメラからのターフビジョンで見られるから問題は無いだろう。

 

 蛇行気味に走って芝の具合を確かめておく。

 やはり内側ほど荒れていて、外に行くほど荒れは少ない。尤も程度の差であり、中央付近でもそれなりに荒れている。

 最悪外ラチに沿って走った方が疲労面でのロスは避けられるかもしれない。

 泥の中を走るのは好きではないが、仕掛け処が増えてスタミナ勝負になるのは歓迎しよう。

 

 泥の中を走り、ようやくスタートゲートまで辿り着けた。

 作業員に誘導されてゲートに納まり、他の馬達が来るのを待ち続ける。

 順々に納まっていく馬達に、少し新鮮さを覚える。

 今日のレースは全部で十頭で走る。その半数の俺を含めた五頭は牝馬だ。

 練習を除けば今まで牡馬ばかりに囲まれて走っていたから、半数とはいえ同性と走れるのは結構嬉しい。

 

 全頭がゲートに押し込まれて、すぐにスタートだ。さて、今回はどんなレースになるか。

 ゲートが開き、いつもよりゆっくりと馬達が飛び出た。

 今回は4000mの長丁場に加えて、芝の泥濘が酷いからスピード勝負にはならない。

 その証拠に、左側の大外の馬が後ろで思いっきり右に斜行して内ラチに移動している。スタートから横移動するぐらいには、今日は時間的余裕がある。

 俺もゆっくり出て、他のライバル達の出方を窺う。

 

 レースは場の悪さもあってスロースタートで始まり、最初の下り坂に入っても先頭と最後尾とは5馬身も離れていない。

 全体的にスローペース。まだ仕掛け時ではないと全部の騎手達が思っている。

 ――――むっ!囲まれないように少し外側に居たのに、さらに外に一頭が並んだか。

 ちょっと待て、何でここで先頭の馬が脚を緩めて、すぐ目の前にいる。これでは蓋をされてしまうぞ!

 急いでペースを落として後ろに逃れようとしても、既に後ろも壁を作られた。

 

「くそっ!囲まれた!」

 

 警戒されていたのは分かっていた。何頭かは妨害してくるのは予想していたが、まさか俺以外の9頭中6頭がこんな序盤から囲むなんて予測出来るか。

 半数以上の馬を策で使い捨ててでも俺を勝たせない、か。しかもほぼ同時に動いた様子から、最初から計画していたな。

 それだけ評価されているとも言えるが身動きが取れないのはどうしたものか。

 とりあえずレースはまだ始まったばかりだ。付け入る隙を探るか作る時間はまだある。ステイヤーとして耐えてみせよう。

 和多も今は我慢してくれ。

 

 



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第55話 泥と流血


 いただいた前話への感想が多いため、この場を借りてお礼申し上げます。感想の中に多かったカドラン賞の結末をお楽しみください。



 

 

 スタート開始から囲まれてしまった。失敗とは言わないがちょっと不利な位置に追いやられている。

 最初の下り坂が終わり、フォルスストレート(偽りの直線)に入る。

 和多はしきりに左右を見渡して、少しでも抜け出せそうな隙間を探っている。焦るなよ、まだレースは三割も過ぎていないんだ。

 フォルスストレートからスタンド前に来ても状況は動かない。

 相変わらず俺を中心の囲いは崩れず、先行の3頭と少々差が大きくなっている。

 メインレースの凱旋門賞が終わって、客の減ったスタンドからの声援と罵声が耳に障る。

 そろそろ一度目のゴールが見える。ここでちょっと仕掛けてみるか。

 

【おーい、レースはもう終わったよー】

 

 ゴール板を過ぎた後にフランス語で偽情報を流したら、何頭かの馬が力を抜いて減速しようとしたものの、すぐに騎手が気付いて鞭を入れて立ち直った。

 くそっ、日本と違って対応が早いし、馬も従順で引っかからないか。

 直線が終わり、第一コーナーに入った。

 コーナーを走れば遠心力で左側にある程度膨らむから、少しは隙間が生まれるはずだ。

 注意深く左側を観察して、抜け出す機会を探る。

 予想通り左の馬が少し膨らんで隙間が大きくなった。

 ――――ちっ、行けると思ったが左後ろの奴が割り込んで隙間を塞いでしまった。

 ウマ娘と違って図体がでかい分、抜け出すのに苦労する。

 あるいは俺の体格がもっと大きかったら、力ずくで抉じ開けられるんだが。残念ながら並程度の体格と重さでは難しい。

 

「焦るなよアパオシャ。まだゴールは先だ。きっと、チャンスはある」

 

 分かってるよ。焦ればそれだけ呼吸が乱れてスタミナ消費が増える。落ち着いていこう。

 偽情報は不発。あまりやりたくないが色仕掛けで包囲を乱す事も考えたが、今日のレースは半数が牝馬だから効果も半減する。

 しかも牡馬の半分は牝っぽい臭いのする牡だ。去年のゴールドカップにも似たような奴等が居た。

 あいつら多分、不妊手術された猫や、肉を柔らかくするために去勢された牛や豚の類似品だな。

 日本のレースでは見かけなかったが、タマ無しじゃ色仕掛けも無駄だろう。

 となると今の限られた状況では、正攻法で抜け出す機会を見つけるしかない。

 幸い長距離は後半になればスタミナを消費して、動きが乱れる事が多くなる。

 さらにロンシャンレース場は、第二コーナー後に直線と外側コースの合流点で走るラインが一瞬、内ラチから外れる。その後には登坂と下りのコーナーもある。

 グッドウッドほどではないが、走るラインが乱れるタイミングの多いテクニカルなコースだ。

 俺はステイヤー(耐える者)だ。チャンスが来るまでじっくり待つよ。

 

 第一コーナーが終わり、第二コーナーへと入る。現在も俺は大体7番手ぐらいで囲まれている。

 そろそろ直線コースを塞ぐ仮柵も見えてきた。あそこで一時的にコースの内側から中央に寄せて、走るラインを修正しなければならない。

 和多も仕掛けるならそこだと気付いて、握る手綱に力が入る。

 

 第二コーナーを過ぎて、短い直線に入る。

 先行している3頭は徐々に内ラチ寄りから中央に進路を寄せて、外側コースへ入っている。

 俺を囲む馬達も騎手の手綱で左に動く。加えて泥濘に脚を取られて蹄が滑った。

 よしっ!隙間が大きくなった。

 ここで脚を早めて、大きく外に出られれば――――――

 

【痛てぇっ!!】

 

「なんだと!?」

 

 鼻先に鋭い痛みが走り、脚が乱れた。お前っ!ふざけるなよ!!

 左前に居た馬の騎手がどさくさで、俺の鼻を鞭で叩きやがった。

 痛みで思考が怒りに染まりかけたが、歯を食いしばって思い留まる。ここで怒りを爆発させても、レースに勝てないどころか連中の思うツボだ。

 冷静になれ。仕掛けるチャンスが一つ潰れただけで、まだレースは終わっていない。

 ――――ふぅ、一先ず落ち着いた。同時に鼻先から滴り落ちる液体の感触と鉄臭を不快に感じる。

 

「おまえ―――どうする?」

 

 鼻の流血に気付いた和多が問いかける。リタイアしても良いってか?

 アンタだってここまでやった連中に負けを認めて、情けない終わりなんて嫌だろうが。

 なら、やる事は一つだろう?勝つんだよ。

 俺の意志を肌で感じた相棒は、ただ一言「ああ」とだけ呟いた。

 覚悟を決めた和多に気を良くして、再び脚に力が入る。

 直線から後半の登坂へと突入して、スローペースがさらに落ちる。長丁場のレースに加えて、急な登坂で他の馬達も段々と疲れが見える。

 この登坂を登り切った後はコーナーがある。先行している馬達に追いつくには、この辺りで囲いを脱しないと手遅れになる。

 ここから先は一瞬たりとも周囲から目を離せないぞ。瞬きだってご法度だ。分かっているな相棒。

 前の馬が蹴り上げる泥が鼻の傷にへばり付いて、痛みが増すが今は無視だ。

 相棒の目の動きさえ伝わるような鋭敏な感覚と共に、顔の両サイドに付いた目を見開いて、僅かな隙すら見逃すつもりは無い。

 一歩進むごとに己の心臓の鼓動が大きく聞こえる。焦るな、勝機はまだ来ない。

 まだだ、まだまだ。

 高低差10mの登坂を走り切り、他の馬達から一息吐けた安堵を感じる。馬は気を抜いたが、まだ隙間は見当たらない。

 だが目の前には第三コーナーがすぐ控えている。

 溜まった疲労とカーブ、滑る泥で恐らく僅かな隙が生まれる。

 どっちだ。右でも左でも良いから、斜行しろ。

 

「―――――!!ここだっ!!」

 

 和多の言葉に刹那の遅れも無く反応して、脚のピッチを上げて真っすぐ突っ込んだ。

 疲労と右側に沿うコーナーで、左に居た馬の進路が膨らみ、一瞬だけ出来た包囲の隙間に突っ込み、無理矢理に加速した身体を捻じ込む。

 またしても鼻先に鞭が飛んだが、和多が鞭で払い除けてくれたので二度目は食らわずに済んだ。

 そこから外に逃げるように包囲を脱して、ようやく自由の味を噛み締めた。

 しかしレースが終わったわけじゃない。ゴールはまだ1000m以上先にある。ここからが本番だぞ。

 第三コーナーを大きく膨らみつつも、決して内ラチには近づくことなくコース中央を走る。

 距離的ロスは大きいが内ラチほど芝が荒れていないのと、自分から再び包囲に入る愚を絶対に犯さない。

 他の馬達も諦めたのか無理にこちらに近づこうとはせず、時折俺達の位置を確認しながらレースを進める。

 滑りやすい下り坂のコーナーを注意して駆け降りて、二度目のフォルスストレート(偽りの直線)に突入した。

 

 ここからさらに脚のピッチ回転を上げて加速して、七馬身ほど先を行く先団を追う。残りはあと800m程度。

 先団はペースが早いから末脚を利かせるスタミナに乏しい。こちらは今の今までセーブしていた。焦らず100mで一馬身を縮めるペースで走れば勝てる。

 焦らすように前の馬達との差を縮めて、前を走る騎手達の焦燥を誘発させる。

 後ろも徐々に加速を始めているが、この不良場では鋭い末脚は発揮出来まい。つまり仕掛けが遅いぞ。

 ジリジリ差を詰め、残りは最終直線500mだけ。

 観客の声援が上がるスタンド前を走りつつ、前後の馬の相対距離を把握する。

 おそらくこれなら低重心のスパートは必要無いだろうが、いつでも使えるように備えだけはしておく。

 残り400、300mとゴール板が近づくにつれて、前との差は縮まる。そして予想より早く、残り150m地点で先頭を奪った。

 あとは後ろからの差し脚を警戒しつつ、脚を緩めず、ただ真っすぐゴール板を駆け抜けた。

 

 勝ったと自覚して気が抜けたのか、途端に鼻の裂傷の痛みが強く襲って来た。

 

「ふう、今日は酷い泥のレースだったな。でも、よくやった」

 

【やっぱりアンタが乗ってくれて良かった】

 

 首筋を何度も叩く。いつもと違って全身が泥塗れだから、ベチャベチャする音が不快だな。

 こんな時は熱い風呂に入って、汚れを落として疲れを癒したいね。

 あと、ご褒美にまた肉抜きの青椒肉絲か回鍋肉を作ってもらいたいよ。

 

「あとで獣医に鼻の傷を診てもらうように言っておくよ。ついでに運営にも抗議してやる」

 

 おう、泣き寝入りなんて御免だから、そうしてくれ。

 まったく。包囲だけなら策の一つとして納得するが、わざわざ怪我まで負わせやがって。そのくせ負けているんだから、恥の上塗りだ。みっともない野郎め。

 それでも勝ったからフェブの奴に負けたのを煽られずに済む。気持ちよく日本に帰れるわけだ。

 次はどのレースかな。ジャパンカップか、有馬記念かなぁ。ステイヤーズステークスも走りたいけど、G1レースを11勝した後で、今更G2を走らせては貰えないか。

 それでも次のレースは楽しみだよ。

 

 

 

 

 

 

 ≪カドラン賞(G1)≫ ロンシャン競馬場  右回り・4000m  天候:晴  芝:不良  斤量58kg(牝56.5kg)

 

 

  2012年10月7日 第9競走  発走時間18:25

 

 

 

 着順          馬番   馬齢   着差

 

 

 1着 アパオシャ     2   牝5

 2着 モリーマーロン   9   牝4    1

 3着 ハイジンクス    7   牡4    2

 4着 カラーヴィジョン  6   騸4    1/2

 5着 サドラーズロック  4   牡4  1.1/2

 

 

 勝ちタイム   4分42秒70

 

 

 

 

 

 

  ≪太陽の女帝≫アパオシャが泥のG1カドラン賞を征する!

 

 

 

 10月7日の凱旋門賞ウィーク二日目第9レース、カドラン賞をG1十冠のアパオシャが勝利して、日本馬の最多G1勝利数を11に更新。

 始まりからアパオシャは苦境に立たされていた。スタート直後から多数の馬に包囲を受けた女帝は、不良馬場もあって思うように走れず苦戦を強いられる。

 なんとか囲いを脱しようとチャンスを窺うものの、女帝を警戒するヨーロッパの騎手達は決して隙を見せない。

 おまけにレース中盤には、別の騎手の鞭がアパオシャの鼻を打ち、出血を伴う裂傷を負ってしまう。

 それでも和多と女帝は決して焦らず、包囲を脱出するチャンスを待ち、第三コーナーで一瞬の隙を突いて外へと逃れた。

 あとは自慢の無尽蔵のスタミナを用いて、ペースを上げて外からジリジリと先団との差を縮めるだけで事足りた。

 最終直線で先頭に立ち、そのまま追い縋るモリーマーロン(牝4)を押し切る形で、ファンの声援の中、最初にゴール板を通過した。

 今年の英国ゴールドカップ優勝馬のカラーヴィジョンは四着、昨年春天皇賞にも出走した長距離G1二冠のジェントゥーは最下位に沈んだ。

 

 勝ち時計は4分42秒70。不良馬場のため、昨年より12秒遅いタイムだった。

 

 和多流次騎手はインタビューで「いつも以上に苦しいレースだった。包囲を受けたのは厳しいと感じつつ、気にしていない。しかし馬の鼻を鞭で叩くような行為は、騎手として恥以外の何物でもない」と怒りを露にする。

 調教師代理の中島遼太氏も「正式に主催者に抗議して、騎手に処分を下してもらいます。レース中の包囲も組織的な行動を疑っているので、そちらも調査してもらいます。そして苦しい中で勝ってくれたアパオシャを最大限褒めてやりたいです」

 

 怪我をしたアパオシャは治療を受けて安静にしている。幸い軽傷で、全治一週間との事。日本の関係者は胸を撫で下ろした。

 

 同競馬場の第6レース、G1凱旋門賞を征覇したオルフェーヴルと共に、日本馬が堂々と二つ目の勝利を飾り、最高の形で2012年の凱旋門賞ウィークエンドに幕を引いた。

 

 

 

 ≪競馬フリークWEB≫

 

 



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第56話 記憶に残る馬達


 多くの感想ありがとうございます。カドラン賞を見たファン達の反応等は過激になりそうなので、省略させていただきます。この作品は事実を幾らか含んではいますが、あくまでフィクションとして誇張している部分も多いのを忘れないでください。
 正直申すとこうした反則行為のペナルティの軽重が詳しく分からないので(まして外国レースの処分ですから)、鞭を当てた騎手と囲った馬の騎手達が処分を受けたとだけお伝えします。処分を受けた騎手を雇った馬主にはフランス人だけでなくアイルランドやドイツ国籍もいました。理由は黙して語らず。
 そして日本人は元より女王陛下を筆頭としたイギリス人、地元フランスのダリアのオールドファンからも総スカンを食らったと記しておきます。イタリア系関西人騎手と共に、あるフランス人騎手の日本騎手免許取得時期が早まったかもしれません。




 

 

 10月21日の東京競馬場は、朝から多くの来場者が訪れている。

 今日はここでは重賞レースは行われず、OPクラスのブラジルカップがメインを務める、緩やかな日曜日だった。

 

 客の年齢層は様々。若い男女、小さな子供を連れたファミリー、中年以上の男性集団、老夫婦もそれなりに見かける。

 ここが休日のショッピングモールと言われても、案外信じてしまう客層だった。

 元来競馬とは賭博である。特に日本の競馬は上流階級の社交場の側面のあったイギリスに比べて、一攫千金を求めた男達がワラワラ集まり、血走った目で金を賭けた馬の名を張り上げる品の無い鉄火場で、女子供の来るような場所ではなかったと言われている。

 

 

 そうした賭博からの最初の転換期は≪幻の馬≫トキノミノルのダービーだった。

 戦後間もない日本競馬で、デビューしてから連戦連勝。ついには無敗のまま皐月賞と日本ダービーを制した。

 このまま菊花賞を勝ち、1941年のセントライト以来の三冠馬かと思われた矢先、彼は病に倒れてダービーの半月後に世を去った。

 デビュー以降10戦10勝、名馬トキノミノルの死は著名人に大きな影響を与え、新聞には追悼文が掲載された。

 その圧倒的な強さと、あまりにも早い悲劇的な最期が競馬を知らない大衆の心に強く焼き付き、以後≪幻の馬≫として長く人々の記憶に残った。

 

 ≪幻の馬≫トキノミノルの死から約20年後、地方競馬からある馬が中央に移籍した事で、後に第一次競馬ブームと呼ばれる日本競馬隆盛の時期が到来した。

 ブームの立役者となった馬の名は≪ハイセイコー≫。大井競馬場から移籍後は、弥生賞を始めとした中央レースを連勝。さらに現在のクラシックG1皐月賞を勝利した事で、競馬に興味のない人々からも絶大な人気を獲得した、日本で最初のアイドルホースである。

 日本ダービー以降は惜敗も多かったが、負けてもなお人気は衰えず、白い目で見られていた賭博の競馬を娯楽へ変えた功労馬として、競馬の殿堂の顕彰馬にも選定された。

 競走馬を引退しても、人々から忘れられる事は無かった。種牡馬に会いに行くという、観光スタイルが成立したのもハイセイコーの功績である。

 多くの人が『時代を象徴する存在』としてハイセイコーの事を語る『記録より記憶を残した馬』だった。

 

 さらに時代は進み、三冠馬メジロラモーヌ、ミスターシービー、シンボリルドルフ等名馬が活躍した時代を経て、いよいよ第二次競馬ブームが到来する。

 1980年代から90年までは、華やかなバブルの時代に合わせて活気があり、ギャンブルにもそれなりに大らかな時代だった。

 そこに二代目アイドルホースと称された地方出身のオグリキャップを中心とした、数々の名馬の活躍と名勝負により、競馬は単なるギャンブル、良くて娯楽、ではなく大衆のスポーツという認識が生まれ、漫画やゲームを媒体にして女性や幼年層にも競馬が浸透した。

 

 競馬がギャンブルから大衆スポーツに転換した顕著な例は1990年の日本ダービーかもしれない。

 当時のダービー勝利馬はアイネスフウジン。騎手は当時37歳の公私ともに絶不調の中にあった男だった。

 彼は私生活では飲酒運転の事故、騎手としては肉体的に衰えが見える歳。

 おまけにスーパークリークに騎乗して、JRA史上最年少クラシック制覇を成した新鋭の天才騎手として猛裕が持て囃されていた時代。

 そんな苦境に立たされていた中での、人生初のダービー制覇はスタンドの観客達に凄まじい衝撃を与えた。

 馬ではなく、騎手を讃えて名をコールする19万人の観衆。馬券を当てた者、外した者、初心者もベテランも、男も女も、東京競馬場に集った全ての観客が勝利した騎手の名を叫んでいた。

 今なお語り継がれる伝説のコールこそが、時代を彩る当時の競馬ブームの象徴だった。

 

 1990年の日本ダービーから半ば伝統と化した勝利騎手の名をコールする習慣で、ひとつ面白いエピソードがある。

 マルコ・デニーロという、今も日本で活躍するイタリア人騎手がいる。

 彼は2003年の皐月賞をネオユニヴァースで制して日本G1を初勝利した。続いて6月の日本ダービーも同馬に騎乗して、外国人騎手として初めて日本ダービーを制覇した。

 この時、東京競馬場の観客から惜しみない『マルコ』コールを贈られた。

 ともすればブーイングすら覚悟していた中で、勝利者を国籍と人種で差別しない日本人からの称賛に、彼は歓喜の涙を流した。

 それ以降もデニーロは毎年日本で騎手を続け、昨年は東日本大震災直後のドバイワールドカップでヴィクトワールピサに騎乗して、見事優勝を果たした。

 なお、この時騎乗したヴィクトワールピサは、彼が騎乗したネオユニヴァースの息子である。

 

 こうして競馬は鉄火場の賭博からスポーツへと変遷が進み、ブームの中心役だったオグリキャップの1990年有馬記念ラストランで、一つの区切りとなった。

 その後も、名優メジロマックイーン、皇帝シンボリルドルフの子トウカイテイオー、三冠馬ナリタブライアンなどが競馬を盛り上げた後は、仏サンクルー大賞馬エルコンドルパサーを最後に、ブームも一旦収束した。

 21世紀に入ってからは競馬界は停滞期を迎え、高知競馬場のハルウララ、近代日本競馬の結晶とまで呼ばれたディープインパクト等、世間的に有名な馬を核とした小規模なブームが何度か到来しては、落ち着きを見せた。

 

 ここから停滞していた競馬界に、大きな流れが生まれたのが2010年。

 きっかけは第二次ブームを牽引したスターホース、オグリキャップ最後の子であるアパオシャの登場だろう。

 牝馬ながら数多くの有力牡馬を下し、日本競馬初のクラシック三冠馬の頂に牝馬が駆け上がった。

 同期の牝馬三冠アパパネと共に、同年に牝馬の三冠馬が二頭も誕生するなど、日本競馬史に二つと無い世代だった。

 折しも翌年の2011年は東日本大震災により、日本そのものが大いに沈んだ年だった。その日本を少しでも勇気付けるため、日本の馬達は世界に飛び出て、数々の栄誉を持ち帰った。

 ヴィクトワールピサ、アパオシャ、ヒルノダムール。2012年にはルーラーシップとオルフェーヴルも加わった。

 世界を舞台に活躍した彼等の走りで、日本と日本競馬界は活力を得て、再び競馬場には馬達のレースを楽しみにするファン達が溢れるようになった。

 アパオシャのファンとして、女性が競馬を好むようになったのも、競馬場への来場者が増えた大きな要因だろう。

 このまま数年後も流行が続けば、数十年後には第三次競馬ブームと呼ばれる時代となるに違いない。

 

 

 

 

 こうしたブームの中にある東京競馬場の、とある小さなレースが注目を集めていた。

 第2レースの2歳未勝利戦。芝・左回り1800メートル。

 単なる前座の、それも重賞を開催しない日のレースにしては観客の注目度が高い。

 

 勝利を欲する10頭の若馬たちがターフに集い、所定の時間になれば第二コーナー付近のスタートゲートに押し込まれた。

 ゲートが開き、馬達がターフに駆け出す。

 まだ拙い走りの馬達の中から、4番ゼッケンを着けた一頭の牝馬が元気よく先頭に躍り出た。

 そのまま第二コーナーを回り、周りの馬など知らないとばかりに、向こう正面を我が物顔で走り続ける。

 傍から見れば単なる大暴走と思うだろう。

 しかし黒地に赤の玉霰の勝負服を着た騎手はきちんと手綱を握り、ほんの少しだけ馬の走りを抑制している。

 長い直線も終わり、第三コーナー、第四コーナーと相変わらずペースは落ちない。

 そして最終直線に一番乗り。この頃にはスタミナがすり減って脚色が衰え始めていた。

 後続も次々とコーナーを回り、我慢し続けた末脚を利かせて直線を駆ける。

 先頭を奪取せんと迫る9頭に対して、4番の牝馬の脚は既にフラフラ。走っているのか歩いているのか見分けがつかない。

 それでも馬は走るのを止めない。スタンドから必死で声援を送る観客に応えたかのように、彼女は残りカスのスタミナを総動員して、50m先のゴール板にヨタヨタながらその身を一番最初に届かせた。

 

 後ろから次々と追い抜いていく馬達の元気な姿を見たら、どっちが勝者か分かったものではない。

 しかし彼女の背に乗る騎手は苦笑しつつも、彼女を褒めて首筋を荒く撫でる。

 はっきり言えば無様なレースだ。まだまだ粗削り、稚拙でレースをまるで分っていない。

 スタミナが枯渇してレースで歩くなど、競走馬のする事じゃないと批評家は言うだろう。

 今回勝てたのはたまたま後続がペースを乱さないように、いつもよりスローペースにし過ぎて追いつけなかっただけ。運が良かったから勝った。

 無駄な走りをせずに勝つべくして勝つ、≪世紀末覇王≫と評された兄。あらゆる勝ち方を知る≪太陽の女帝≫と畏れられる姉に比べて、何とも幼い馬だ。

 だがそれがどこか楽しい。自分がこの子にレースを教えて、一端の馬に育てる喜びを味わえる。

 

「先は長いがこれからも頼むぞ、ヴィンティン」

 

 騎手の和多流次は、二度目のレースで初勝利を飾ったヤンチャ娘を労った。

 

 

 

 

 

 2012年10月21日 第2競走  2歳未勝利戦   東京競馬場  左回り・1800m  天候:晴  芝:良 

 

 

 

着順          馬番   着差

 

 

1着 ヴィンティン    4  

2着 テンシンランマン  2   クビ

3着 フェートグラント  5    1/2

4着 マイネルジェイド  9    2

5着 ダイワブレディ  10  1.1/2

 

 

 

 勝ちタイム1分50秒2

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

 2012年のクラシック世代を見守るスレpart154

 

 

 

 

195:名無しの競馬民

いやー今年のクラシックも見ごたえある世代だったわ

 

196:名無しの競馬民

ゴールドシップの勝ち方には痺れたね

あれこそ横綱相撲だ

 

197:名無しの競馬民

京都競馬場の淀の坂をしんがりから捲る

またもミスターシービーの後継が出るとは

 

198:名無しの競馬民

二年前のアパオシャといい最近は捲り馬が強い

 

199:名無しの競馬民

直線で舌出しながら走っててかわいかったwww

 

200:名無しの競馬民

輪乗りでも舌出してたから癖だろうがG1でやんなよ

 

201:名無しの競馬民

馬体と毛並みといい爺さんのメジロマックイーンにそっくりだわ

 

202:名無しの競馬民

家田がグイグイ押しても全然前に行かないズブズブの馬でこれだけ強いとかさあ

 

203:名無しの競馬民

日本ダービーは負けて二冠は惜しかったが

これで凱旋門賞馬オルフェーヴルとゴールドシップのジャパンカップ黄金対決が熱くなる

それかアパオシャとゴールドシップの有馬記念だな

 

204:名無しの競馬民

さすがに三年連続で三冠馬が出る事は無くても強くて面白い馬が出て盛り上がるね

凱旋門賞を勝った後にikezを振り落としたオルフェには笑わせてもらったよ

 

205:名無しの競馬民

おいおい牝馬三冠のジェンティルドンナを忘れんなよ

父ディープと娘の親子二代三冠馬なんてフィクションみたいなことやってるんだぞ

 

206:名無しの競馬民

貴婦人はエリザベス女王杯で古馬と初対決か

今年の最強牝馬は先輩達の洗礼を跳ね除けられるかな

 

207:名無しの競馬民

今年度牝馬三冠と世界最強の女帝の激突は萌えるわ

 

208:名無しの競馬民

まさかアパオシャがエリ女を走るとは思わなかった

>>204フランスの実況者も爆笑してたからな

 

209:名無しの競馬民

あんまり得意じゃない日本の中距離でどこまで走れるか分かんねえけど一応アパオシャも牝馬だし

鼻の傷はもう治っているから一安心だ

 

210:名無しの競馬民

牝馬の11冠が牝馬限定G1に初挑戦!

クラシック三冠馬と牝馬三冠馬がエリザベス女王杯で激突!!

 

211:名無しの競馬民

>>210

字面にすると何言ってんのか全然分からん

 

212:名無しの競馬民

牡馬ばかりと走ってたから初の同性だけのレースが不安になる

 

213:名無しの競馬民

ヴィルシーナはとことん運が無え

天敵ジェンティルドンナだけでなくもっとヤバい馬と戦わないといけないなんて

 

214:名無しの競馬民

牝馬3歳G1全部2着に、エリ女も3着なら善戦ガールになってしまうな

 

215:名無しの競馬民

馬主の大魔神さんが怒りで本物の大魔神に!?

 

216:名無しの競馬民

もしかしたらアパオシャが遠征疲れで不調かもしれないし(汗)

 

217:名無しの競馬民

ヴィクトリアマイル馬のホエールキャプチャもいるからヴィルシーナには厳しい

 

218:名無しの競馬民

逆に言えばそれ以外の参戦馬の半分は下位クラスだから

今名前の出た四頭以外はお呼びじゃない

 

219:名無しの競馬民

スノーフェアリーが三連覇を狙いに来てないからまだマシ

 

220:名無しの競馬民

オークス馬のエリンコートを忘れてるが最近全然だから賑やかし要員か

 

221:名無しの競馬民

ジャパンカップは混戦模様

エリザベス女王杯はアパオシャ、ドンナ、ヴィルシーナのワイド馬券が鉄板だな

 

222:名無しの競馬民

今年のエリ女は銀行ですね

美味しくいただきます

 

223:名無しの競馬民

そういえばジェンティルドンナの陣営はギリギリまで

エリ女かジャパンCのどちらにするか迷ったらしい

 

224:名無しの競馬民

そりゃなーJC出たら凱旋門賞馬のオルフェ筆頭に日本の有力古馬と海外の強豪

ドンナも並じゃないが3歳牝馬にはつらい

 

225:名無しの競馬民

かと言ってエリ女は正真正銘の世界の女帝だし究極の二択

 

226:名無しの競馬民

だからドンナ陣営は強敵ばかりのJCより

下位メンバーばかりで女帝とサシでやり合えるエリ女を選んだってわけね

女帝も短い距離は得意とは言えないから勝つ目はそこそこある

 

227:名無しの競馬民

最強古馬との初対決はファンの俺らも嬉しいぜよ

 

228:名無しの競馬民

京都が女傑同士のタイマン勝負で炎上するぜ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

250:名無しの競馬民

うーす、みんな菊花賞は現地で見た~?

今日は関西まで行けないから東京競馬場で競馬飯を満喫してきたぞ

 

251:名無しの競馬民

おーす、勝ったとは言わないのか

 

252:名無しの競馬民

負けてやけ食いでもしたんだろww

 

253:名無しの競馬民

今日の府中は重賞やってないからあんまり面白くなかっただろ

 

254:名無しの競馬民

>>251-252少しプラスで終わって昼飯代ぐらいは出たよ

>>253

ところがそうでもなくて良さそうな馬がちょっと居た

 

255:名無しの競馬民

ほう>>254は続けてくれ

 

256:名無しの競馬民

一番おおっ!と思ったのが未勝利戦のヴィンティンだった

あの血筋でツインターボは笑うわ

 

257:名無しの競馬民

どの馬か全然分からんが大逃げ馬なのは分かった

 

258:名無しの競馬民

ツインターボだと勝ったのか負けたのかすら分からんぞ

 

259:名無しの競馬民

ヴィンティンって2歳牝の?勝った?

 

260:名無しの競馬民

勝ったぞ

残り100mで逆噴射しても辛うじて逃げ切った

 

261:名無しの競馬民

知ってるのか>>259

 

262:名無しの競馬民

アパオシャの半妹だよ

オペラハウス産駒でオペラオーの妹でもある

 

263:名無しの競馬民

ふぁーー!!マジで勝ち上がったのか

 

264:名無しの競馬民

デビュー戦は負けたのは知ってたけど、2戦目で勝ち?

 

265:名無しの競馬民

そうだぞ

今日は牡牝混合の1800芝だった

 

266:名無しの競馬民

兄のアウトシルバーも中央ダート2勝してるからあの一家は超強いわ

 

267:名無しの競馬民

変幻自在脚の姉とバカ逃げの妹とか話題に事欠かんな

 

268:名無しの競馬民

1800mの大逃げでスタミナ持たないなら姉と違って短距離~マイルが適性かな

 

269:名無しの競馬民

母父ミホシンザンと父オペラハウスの配合ならスタミナ型と思うがまだ分からないか

 

270:名無しの競馬民

姉は今年引退だから次の主役として頑張って欲しいよ

 

271:名無しの競馬民

めざせ阪神ジュベナイルフィリーズ勝利

 

 

 



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第57話 乙女たちの祭典

 

 

 季節は11月。今年の秋の古馬G1戦線も、いよいよ本格化を見せている。

 10月末週には7年ぶりの天覧試合となったG1天皇賞・秋が東京競馬場で開催された。

 特別なレースを制したのはイタリア出身のM・デニーロ騎手。昨年ドバイワールドカップをヴィクトワールピサで勝ち、震災に苦しむ日本に勇気を届けた名騎手である。

 その名騎手と共に、駆け抜けるは善戦馬エイシンフラッシュ。2010年1月のG3京成杯以来、実に2年9ヵ月ぶりの大金星を挙げた。

 G1レースでも度々入着を繰り返しながらも、一度もG1勝利を達成出来なかった良馬がようやく掴んだ栄光に、スタンドからは天にも届く拍手が贈られた。

 素晴らしい勝利と共に、ゴール後には感動的な光景が待っていた。スタンド前へ戻ったエイシンフラッシュからデニーロ騎手がヘルメットを脱ぎ、下馬して、天皇皇后両陛下に対して膝を折り、深々と敬礼した。記録だけでなく、そのシーンは見る者の心に、強烈な閃光の如く勝利を刻み付けた。

 

 

 天皇賞・秋に続いて11月11日に行われるのが牝馬限定G1のエリザベス女王杯である。

 4月の天皇賞・春と同様に、イギリスでもレースをリアルタイムで放映する予定だ。

 エリザベス女王杯は1975年にエリザベス2世が来日したことを記念して創設したレース。

 特に今年は英国女王在位60年の節目とあって、縁の深いレースであることから、一般的にイギリス連邦以外では許可されない『エリザベス女王即位60年記念』の副題も特別に許可されていた。

 さらに、わざわざイギリスから女王の名代として王族が来日して、レースに臨席する力の入れよう。

 無論、名代はただレースを見るためだけに日本にまで来たわけではない。

 昨年2011年の3月11日から、1年と8ヶ月の歳月が経った日本がどれだけ復興したのかを見極める意図もある。

 レース当日はあいにくの雨模様となったが、観客の数は8万人と中々の数に上る。

 同時に主役の強く秀麗な牝馬13頭が古都の地に集った。

 

 

 

 

 馬番        馬名   性齢  斤量          主な勝ち鞍

 

 

  1   マイネイサベル   牝4  56        府中牝馬S(G2)

 

  2 ジェンティルドンナ   牝3  54        今年度牝馬三冠

 

  3 スマートシルエット   牝5  56        NST賞(OP)

 

  4     アパオシャ   牝5  56         G1・11冠

 

  5 ピクシープリンセス   牝4  56

 

  6  フミノイマージン   牝6  56         札幌記念(G2)

 

  7 オールザットジャズ   牝4  56 福島牝馬S(G3) 福島牝馬S(G3)

 

  8 ホエールキャプチャ   牝4  56    ヴィクトリアマイル(G1)

 

  9    ヴィルシーナ   牝3  54    デイリー杯クイーンC(G3)

 

  10    エリンコート   牝4  56         優駿牝馬(G1)

 

  11 マイネオーチャード   牝4  56

 

  12  レインボーダリア   牝5  56       五稜郭S(1600万)

 

  13  ラシンティランテ   牝3  54

 

 

 

 注目すべきは今年度牝馬三冠馬2番ジェンティルドンナと、三冠レース全てが2着の9番ヴィルシーナ。ヴィクトリアマイル馬8番ホエールキャプチャ、牡牝混合のG2札幌記念を勝利した6番フミノイマージン。

 そして先月仏G1カドラン賞を勝利して、G1勝利数を11に更新したアパオシャ。

 彼女達4頭を筆頭に、残る8頭が≪太陽の女帝≫という果てしなく高い城壁を超えられるか、それとも女帝の冠がまた一つ増えるのか、日本中の競馬ファンの注目が集まっている。

 さらに牝馬の三冠馬対決は史上初となり、非常に注目度の高いレースだった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は競走馬である。毎度無茶振りをされる側である。

 降りしきる雨の中、軽やかにターフを走る。

 

 フランスのカドラン賞を勝利して、日本に帰国した後は一緒にフランスで走ったフェブやヴェンテと共に、恒例の隔離生活に入った。

 隔離中は暇だったが運動は許可されていたので、フランスに居た時と同様フェブとトレーニングを繰り返す日々を送った。

 隔離期間を過ぎれば、いつものように美浦トレセンに帰されて、トフィやティン達から温かく出迎えてもらえた。

 しかも帰ってきた日の最初の食事には、おにぎりと味噌汁を出してもらえた。

 これだよこれ。厩舎の皆は分かってるね。しかも梅おにぎり以外に醤油味の焼きおにぎりがある。梅が酸っぱうめえ。

 久しぶりの和食に舌鼓を打ち、遠征の疲れを癒せた。

 

 それからしばらくトレーニングに励んでいたら、アロマカフェと一緒にトラックに乗せられて、連れて来られたのは京都レース場。

 現在は11月。この時期に京都で開かれるG1レースとなると二つしかない。

 2200mのエリザベス女王杯、1600mのマイルチャンピオンシップのどちらかを走れということだ。

 そろそろ抗議のストライキに入っていいかな?

 仮に有馬記念の間に走るとしたら、2400mのジャパンカップだと思ったぞ。2400mの凱旋門賞やコロネーションカップから、さらに短くなってるじゃないか。

 だんだん自分の適性距離が迷子になり始めているんですけど。

 さすがにいきなりマイルを走らせるとは思えないから、九割がた中距離のエリザベス女王杯だと思うが、何でわざわざ短いレースを走らせるんだか。

 どうしようか。勝てるかちょっと自信無いぞ。

 

 

 移動の翌日は朝から雨が降り、時が経つごとに雨脚はどんどん強くなっている。

 俺の走る午後には良くて稍重、悪ければ不良だろう。距離の不利は変わらなくても、これなら意外と何とかなるかもしれない。

 背に乗った和多と共に、冷たい雨の降りそそぐターフに出た。

 予想通りの濡れた芝を踏みしめて、ロンシャンと比べてかなり走りやすいと思いつつ、スタンド前に設置したゲートに向かう。

 ゲート前で十二頭の牝馬とレースを待つ。しかし、見事に牝馬ばかりだ。

 どうやら今世のエリザベス女王杯は牝馬だけのレースらしい。今日だけはウマ娘だった頃に戻ったみたいでテンションが上がる。

 ファンファーレが終わり、いよいよ開始の時間だ。

 軽やかなステップで4番ゲートに入り、スタートを待つ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

『エリザベス女王即位60周年記念、第37回エリザベス女王杯G1芝右回り2200メートル。今年は強き女傑13頭が覇を競います』

 

『午前中から降り出した雨のため、現在京都競馬場の芝は重馬場となっています。―――係員がゲートから離れました。いよいよスタートです』

 

『各馬一斉にスタートしました!出遅れはありません。前に出たのは7番オールザットジャズ。続いて3歳ヴィルシーナとジェンティルドンナが前目に付く。3番人気のホエールキャプチャは外よりにいる。スマートシルエットも前につけた。1番人気単勝1.3倍のアパオシャは最後尾に陣取った』

 

『さあ先頭のオールザットジャズが第一コーナーを回る。レインボーダリアとエリンコートはアパオシャのすぐ前に居る。11番ゼッケンのマイネオーチャード、6番フミノイマージンは中団で様子を窺う。重馬場の芝をかき分けて、先頭のオールザットジャズが第2コーナーを回る。リードは1馬身です』

 

『第2コーナーが終わって向こう正面に入ります。ここで4番ゼッケンのアパオシャが外からペースを上げます。和多は仕掛けが早い。最後方はピクシープリンセスになりました』

 

『現在は向こう正面の半ば。そろそろレースも中盤に差し掛かります。1000メートルの通過タイムは1分2秒です。エリンコートもペースが上がっている。ここから徐々に坂を登っていきます』

 

『先頭は相変わらずオールザットジャズ。2番手は9番ヴィルシーナ。最後尾に居た≪女帝≫アパオシャは現在中団6番手まで順位を上げています。現在の最後尾はピクシープリンセスとフミノイマージン』

 

『さあ、先頭が3コーナーの坂の頂上に差し掛かります。残りは800メートル、坂の下りに入りました。ここで10番ゼッケンのエリンコートが外から動いたぞ。一気に下り坂で順位を上げている。アパオシャもだ』

 

『いよいよレースが動きます。残り600メートルで先頭を走るのはエリンコート。4番アパオシャはすぐ後ろにいる。ヴィルシーナ、オールザットジャズ、ジェンティルドンナが続く。レインボーダリア、マイネオーチャードも動き出した』

 

『最終コーナーを最初に回ったのはエリンコートだ!アパオシャは2番手で外側に居る。残りは直線400メートル!後方の各馬が一斉に動いた』

 

『ここでエリンコートが力尽きた!トップに立ったのはやはりアパオシャ!アパオシャが首を一気に下げて前傾姿勢を取って加速した!後ろを引き離す。内からはジェンティルドンナ!外からはヴィルシーナとレインボーダリアが追い込む!!レースを引っ張ったオールザットジャズは厳しいか!ピクシープリンセスは凄い脚だ!一気に追い上げる!』

 

『アパオシャとの差が徐々に縮まる!残り200メートルでジェンティルドンナが食い下がる!あと半馬身で追い抜ける!!ここが勝負根性の見せ所だっ!!』

 

『残り100!残り100メートルで先頭はアパオシャ!すぐ後ろで牝馬三冠のジェンティルドンナがまだ粘るが差は縮まらない!!なんというパワー!≪女帝≫に重馬場など関係無いのか!』

 

『あと少しの差が果てしなく遠い。ジェンティルドンナは競り勝てるのか!?ゴールまであとわずかだっ!!―――――そのままアパオシャが先頭のままゴールイン!!』

 

『ジェンティルドンナはアタマ差の2着。そこからレインボーダリア、ヴィルシーナと3着、4着になりました』

 

『やはり強いアパオシャ!アパオシャが雨の京都、エリザベス女王杯を制しました。曾祖父シンザンは≪ナタの切れ味≫と評されましたが、アパオシャはさしずめ≪マサカリの切れ味≫でしょう』

 

 

 

 

 

 ≪エリザベス女王杯(G1)≫  京都競馬場  芝右回り・2200m   天候:雨  芝:重  

 

 2012年11月11日 第11走  発走時間15:40

 

 

 

 

 着順        馬名  馬番   馬齢    騎手   着差

 

 

 1着     アパオシャ   4   牝5    和多

 2着 ジェンティルドンナ   2   牝3    茨田  アタマ

 3着  レインボーダリア  12   牝5    柴畑  1.1/2

 4着    ヴィルシーナ   9   牝3    家田   クビ

 5着 ピクシープリンセス   5   牝4  デニーロ  アタマ

 

 

 

  勝ちタイム 2分15秒00

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 ふー、今日も結構際どい勝利だった。

 今回は距離が短かったからどうなるか心配だったが、濡れた重い芝のおかげで他の馬は思うようにスピードが出なかった。

 こっちはヨーロッパのクソ重い芝に散々慣れてたから、ターフの条件が悪いほどパワー勝負に持ち込んで相対的に優位に立てる強みが出せた。

 隣に2番ゼッケンの子が並ぶ。いやぁ、この子強いわ。フェブまではいかないが、アパパネより強かった。今日晴れていたか、2000mだったら勝てなかったよ。

 

【おねえさんつよいね。あたしがいちばんだとおもってた】

 

 負けた悔しさはあるみたいだが、それ以上に負けん気の強さで俺を睨みつける。

 

【お嬢ちゃんも強かったよ。でも今日は俺の勝ちだ】

 

【そっか。じゃああたしはもっとつよくなって、つぎはかつから】

 

 負けてすぐにそんなセリフを吐けるなら、この子はもっと強くなれる。

 年末の有馬記念か、来年のどこかのレースで一緒に走れるなら、その時はまた全力で相手をしてやろう。

 

【じゃあ、またな】

 

【うん、またね】

 

 騎手の命令で2番の子は先に引き上げた。

 さて、俺は勝利者の特権を味わうとしよう。

 

 

 翌日。久しぶりにOP戦を勝ったアロマカフェと一緒に美浦トレセンに戻った。

 すれ違う馬達と挨拶を交わして、見慣れた厩舎に帰って来た。

 アロマカフェはさっさと自分の馬房に入ったが、俺はその前に一通り馬には顔を見せておく。

 

【おねえちゃん!おかえり~】

 

【ただいま】

 

 妹のティンが馬房から顔を出すから、顔を擦り合わせてスキンシップをする。

 

【ねえねえ、いっぱいはしった?】

 

【ああ、強い馬がいたよ。そのうちティンも一緒に走るかもな】

 

【へへん!あたしのほうがはやいよー】

 

 まだ一回勝っただけの奴がぬかしよる。けど、これぐらいの勝気の方が勝負するには向いているか。

 妹と軽く話してから、自分の馬房に戻った。

 隣の妹分に労ってもらい、レースと移動で疲れた体を労わる事にした。

 次は有馬記念かな。またフェブと走るかもしれないから、体調管理と調整は万全にしよう。

 

 



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第58話 非情な宣告

 

 

 そろそろ冬支度が始まる11月の終盤。

 日本の競馬界もいよいよ秋の一大イベント当日とあって、どこか浮足立っている。

 今日は東京レース場で、G1ジャパンカップが開催していた。

 日本の競走馬達が世界各国から名乗りを挙げた名馬と、全身全霊を以って競い合う日本最大級の競馬の祭典である。

 日本総大将に抜擢されたのは、昨年クラシック三冠馬にして凱旋門勝利馬≪金色の暴れん坊≫オルフェーヴル。

 副将を香港G1クイーンエリザベスカップを制したルーラーシップが務める。

 関東の美浦トレーニングセンターからも、数頭の馬が出走する。

 残念ながら中島厩舎所属の馬達はジャパンカップには出走しないが、昨日今日と続けて10頭近くの馬を東京競馬場のレースに出走させている。

 そのためジャパンカップ当日は調教師の中島大をはじめ、厩舎の職員の半数が東京に同行している。よって、人手不足もあって調教は休み。馬の世話をする厩務員が最低限居るだけだった。

 

 厩舎に所属しているアパオシャも、今日は調教は休みだったが扉は施錠しておらず外出は可能だった。無論、本来は馬が勝手に馬房から抜け出すのは大問題でも、度重なる地震で怯える美浦の馬達の慰撫という、厩舎を超えた仕事をするために脱走が黙認されている。

 その特権を悪用すれば何時如何なる時だろうと、アパオシャの脱走を咎められない。

 しかし、アパオシャ自身は地震があった時以外に、勝手に馬房を抜け出す事は無い。まして自由に外に出られるからと言って、勝手にコースに出て自主トレもしない。

 やろうと思えば好き勝手出来る立場にあっても、アパオシャは仕事以外で勝手に外には出ない。

 あくまで美浦トレセンの馬を宥めて面倒を見る『利』を提示しているからこそ、見逃されている違反行為と知っているから。

 人に飼われる畜生が囲いから勝手に抜け出すのは、働く者に多大な精神的負担になるのを美景牧場で知り、余程の理由が無ければ行うのは避けるべきと考えている。

 そして利己的な理由で特権を悪用する行為を、アパオシャは好まず望まない。

 よって退屈だろうと馬房から出ず、粛々とストレッチをしたり筋トレをしている。

 筋トレと言っても馬は人間やウマ娘と違って関節の可動域が狭いので、出来る事は限られているがやれることはある。

 以前調教師の大に、馬房の中で後ろ脚で立ち上がるのは禁止されているからやらない。

 代わりに前脚だけで立ち上がったり、立つまでもなく僅かに前脚を浮かせて、後ろ脚を曲げるスクワットに近い行為をして筋肉強化は行っている。

 出来れば背筋や首筋も鍛えたいが、馬の肉体的構造上どうしても狭い馬房では無理だと諦めている。

 筋トレが終われば寝る。起きたらまた筋トレ。間に食事を挟み、寝るか筋トレ。娯楽の少ない馬房では、それぐらいしかする事が無い。

 

 時間を潰してだらけていると、レースを終えた馬達が順々にトレセンに帰って来た。

 中島厩舎の疲れた馬達と、同行した厩務員や調教師の厳しい顔を見て、アパオシャはダメだったかと察した。

 お察しの通り、妹のヴィンティンは1勝クラスを最下位、妹分のアプリコットフィズはOP戦着外に沈んだ。他の馬達も掲示板入り出来なかった。

 それでもメインレースのジャパンカップはオルフェーヴルが圧勝して、開催国の面目を保った。

 アパオシャは馬達を叱咤しない。不甲斐無いとなじる事もしない。ただ、次に励むように諭すのみ。

 

 

 翌日からは、いつも通り調教が始まった。来月には何頭かが重賞にも出走する。まして厩舎どころか日本競馬史最高の馬のアパオシャが、現役最期のG1レース≪有馬記念≫を控えている。絶対に悔いを残したくない面々の気合の入り様は、他の厩舎から『鬼がいる』とまで言われるほどだった。

 

 

 何日も何日も調教は続き、いつしか12月も半ばを過ぎていた。

 毎日汗が雫として滴り落ちるほど心身を苛め抜いても、アパオシャは気にせず調教助手の遼太に従っていた。

 芝の練習コースでの調教が終わった、冬の夕暮れ時。程良い疲れに身を委ねた遼太がアパオシャを労う。

 

「今日もお疲れさん。いよいよ次の日曜日が有馬記念だ。最後を勝利で飾ろうか」

 

【そうだな。一年の締めを勝って、来年に気持ちよく繋げたい。年末年始はまた餅とか饅頭よろしく。今年はフルーツケーキでもいいぞ】

 

「お前とも結構長い付き合いになった。――――今まで怪我もせず、勝ち続けてくれて本当にありがとう」

 

 遼太は汗で濡れるのも構わずアパオシャの首に抱き着いて、回した手を荒く擦る。

 アパオシャは不審に思った。まるでこれはお別れを告げられたようだと。

 

【もしかして転職とかするのか?それか今の厩舎から独立して、自分の厩舎を持つのかよ】

 

 それは名残惜しく残念だ。しかし一緒に苦楽を共にした仲間が別の場所で頑張るのなら、門出を祝うのも仲間の責務と納得した。

 同時に次に遼太から聞かされた言葉に、アパオシャは自分の耳を疑った。

 

「次のレースでお前は引退だ。絶対に勝って有終の美を飾ってくれよ」

 

【おい、ちょっと待て!?何で俺が引退なんだっ!!】

 

「うわっ!?ちょっと、落ち着けアパオシャ!」

 

【煩いっ!!これが落ち着いていられるか!!俺はまだまだ走れるんだよ!】

 

 遼太は暴れるアパオシャから、力づくで引き剥がされてターフを転がった。

 仰向けになった遼太をアパオシャは怒りのまま見据える。彼女にとって寝耳の水の引退宣言は、それほど怒りを買っていた。

 アパオシャ自身は己の全盛期は今だと確信している。これからももっとレースを走り、あと一年は楽しんで勝つ事を望んでいた。

 これが衰えが見えて、負け続けての引退なら納得しよう。そういうウマ娘を前世で山のように見てきたし、最後は自分も衰えを感じて引退を決意した。

 だが、全盛期に引退しろなどと到底受け入れられるはずもない。

 

「いつつ……お前の引退はオーナーの決定だ。本当はもっと前に引退する話もあったんだが、もう少しお前の走る姿を見たいから、一年だけ期限を延ばしたんだ。だからもうこれ以上の延長は無理だ」

 

【うわああああああああっ!!!!】

 

 無慈悲な言葉にアパオシャは天に向かって絶叫した。近くに居た馬や調教師達はアパオシャの慟哭と激情に驚き、呆気に取られた。

 憤怒を抑えきれないアパオシャは反転してターフを駆ける。まるで自分はまだまだ走れる、引退などまっぴらだと言わんばかりに。

 

 異変を感じて駆け付けた他の厩舎の連中も、アパオシャを止めようとしたがスルスルとすり抜けて捕まらない。

 十人が壁を作れば内ラチを飛び越えて追っ手を躱し、馬に乗った助手達が挟み込んで止めようとすれば、一瞬減速して横にすり抜ける。

 時に反転して逆方向に逃げ、逃げられないと思えば職員達の頭上を容易く飛び越える。まるで馬術の専門馬のような動きに手が付けられなかった。

 結局その後も三時間近く走り続けて、夜中になってようやく疲れからアパオシャは止まり、練習コースに寝転がって不貞寝を決め込んだ。

 

 外に脱走こそしなかったが散々に騒がせたため、中島厩舎はトレセンから厳重注意を受けて、後日始末書を提出する羽目になった。

 これだけ騒ぎを起こしてその程度で済んだのは、コース内で収まったのと人や馬に負傷者が出なかったためだろう。

 

 翌日もアパオシャの機嫌は底辺を彷徨っていたものの、暴走行為はせず凄まじく不機嫌なまま調教を続けた。

 いつも構ってもらいたいヤンチャな妹のヴィンティンすら、この時ばかりは大人しかった。

 連絡を受けて、わざわざ美浦トレセンまで足を運んだオーナーの南丸も、自らアパオシャに頭を下げて何時間もかけて滾々と説き続けた。

 その甲斐あったのか、僅かに態度が軟化した。

 それでもアパオシャの機嫌がある程度元に戻ったのは有馬記念の二日前だった。

 その間、中島厩舎内は常にピリピリしていて、美浦トレセンの馬達も群れのリーダーに近づけず、遠巻きに見るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ≪永遠の女帝 ~アパオシャの足跡~ ≫

 

 

 

 

「アパオシャは誰よりも走るのが好きな馬でした。なのにいきなりレースを取り上げられたと知ったら、怒るのは仕方が無いと思いました。でもずっと現役ではいられません。誰かがいつかは告げなければならなかった」

 

「こういう時に人間並みに頭が良いのが仇になりました。普通の馬なら我々の言う事をそこまで理解出来ません」

 

「その後は大暴走です。あの時は止めるのに、それこそ数人重傷者を出す事を覚悟しましたね。それでも終わってみれば誰も怪我をしていない」

 

「十中八九アパオシャが怪我をさせたくなかったから暴力に訴えなかったんですよ。トレセンどころか練習用のコースからも出ていないのは、怒りはあってもちゃんと冷静さを失っていないから」

 

「激情を絶対に人や馬にぶつけない。人間だって難しいのに、あいつは常に荒ぶる感情を制御し続けた。まったく、本当に馬の神様ですよ」

 

「知性と闘争心は凄まじい。でも、あいつの本質は優しさなんだって思います。ずっと乗り続けた和多も、おかげでフランスで凍死せずに済んだのがその証拠です(笑声)」

 

「あいつのおかげでうちの厩舎は世界一になれたんですから、始末書の一回ぐらいは気にしませんよ。後日、手伝ってもらった他の厩舎の連中に詫びと酒を奢った方が懐には痛かったですが」

 

「その後は御存じの通り、何事も無く有馬記念に出走しました。年が明けて、引退式も済ませて、正式に繁殖に入って穏やかに過ごしていますね」

 

「当時ですか?―――――あの頃を思い返せば、まるで夢みたいな時間でした。あんな馬、二度と会えませんよ。中島厩舎は全員一生分の運を使い果たしたと思います」

 

「いや一生分の運でアパオシャの世話をしたのなら本望か。地獄でも自慢していい幸運です。ははは」

 

 

 

 

 

 調教師・中島遼太氏のインタビューから抜粋

 

 



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第59話 すべての始まりにして終わりの地

 

 

 有馬記念とは、日本中央競馬の一年を締めくくる大レースである。

 昨年の新旧クラシック三冠馬対決にも見劣りしない期待感から、今年も各地の競馬場のターフビジョンでのリアルタイム放映や、混雑を予想して入場は前売り券のみ、当日入場券中止の処置が取られている。

 有馬記念を一年の最終目標にする馬の陣営も多く、スターホースが有馬記念を区切りとして、競走馬生活にピリオドを打つ引退レースに選ぶ事も珍しくない。

 これまでもたくさんの名馬が有馬記念で、数々のドラマを描いてきた。

 有名な馬ではトウカイテイオーだろう。皇帝シンボリルドルフの子として皐月賞、日本ダービーを鮮やかに勝ち、父シンボリルドルフにつづく無敗の三冠制覇は確実と思われたが、骨折のため長期休養を余儀なくされる。

 その後もG1ジャパンカップを勝つなど活躍を見せていたが、二度の骨折で引退まで囁かれるようになった。

 それでもトウカイテイオーはレースに出て、前回の有馬記念から実に一年ぶりに、翌年の有馬記念に出走した。

 1年ぶりの実戦でダービー馬ウイニングチケット、菊花賞馬ビワハヤヒデ、ジャパンカップを勝ったレガシーワールドといった強豪相手では、如何にG1三冠の名馬といえど苦しいと見られた。

 しかしその予想を覆し、トウカイテイオーは有馬記念に勝利した。二十年近く経った、今でも語り継がれる名レースである。

 

 こうしたドラマが生まれる有馬記念をラストランに定めて、有終の美を飾ろうとした馬は数多い。

 近年では≪スターホース≫オグリキャップ、≪漆黒の帝王≫シンボリクリスエス、≪日本最強≫ディープインパクトなどの名馬が偉業を成している。

 

 とはいえ実際は敗北して引退するケースの方が圧倒的に多かった。昨年のブエナビスタやヴィクトワールピサがそうした名馬の例だろう。

 過去には≪世紀末覇王≫とまで呼ばれた、G1七冠のテイエムオペラオーも5歳の有馬記念を最後のレースに定めていた。

 テイエムオペラオーもまた、3歳の新鋭マンハッタンカフェに敗れて、失意のまま引退した。

 中には有馬記念勝利以降も現役続行する予定でも、故障を理由に結果的に引退レースとなったダイワスカーレットは稀な例である。

 そうした名馬達が数々のドラマを作り夢を終わらせた、印象的かつ競馬史において特別な意味を持つ大レースを引退レースに定めた馬が今年も数多く出走する。

 菊花賞馬オウケンブルースリ、宝塚記念馬アーネストリー、香港クイーンエリザベスカップ馬ルーラーシップ。

 そしてクラシック三冠、フランス凱旋門賞等、数多くのG1レースを勝利したアパオシャも陣営が引退を表明した。

 ファン投票二年連続1位に選ばれた≪女帝≫は、父オグリキャップに倣い有終の美を求める。

 なお今年の凱旋門賞馬オルフェーヴルは僅差で投票2位になったものの、ジャパンカップを優先して有馬記念を回避した。

 1位と2位は共に20万票を超えて、3位ルーラーシップ以下を大きく引き離している。

 

 引退を表明した古馬達が最後の栄誉を得ようとする一方で、台頭する新鋭もまた虎視眈々と勝利を狙っていた。

 今回ただ一頭の3歳世代、クラシック二冠馬ゴールドシップ陣営も古馬を相手に三冠目を目論む。

 

 

 

 

 2012年12月23日  有馬記念(G1)  中山競馬場 右回り・芝2500m 

 

 

 

 馬番  馬名       性齢 主な勝ち鞍と戦績  ()内は年度

 

 

 1番 ローズキングダム  牡5 G1朝日杯F(09) G1ジャパンカップ(10) 

 

 2番 エイシンフラッシュ 牡5 G1天皇賞・秋(12)

 

 3番 アパオシャ     牝5 G1十二冠

 

 4番 アーネストリー   牡7 G1宝塚記念(11)

 

 5番 ネヴァブション   牡9 G2日経賞(07)、アメリカンJC(09、10)

 

 6番 オーシャンブルー  牡4 G2金鯱賞(12)

 

 7番 ダイワファルコン  牡5 G3福島記念(12)

 

 8番 トレイルブレイザー 牡5 G2アルゼンチン共和国杯(11)、京都記念(12)

 

 9番 ルーラーシップ   牡5 G1クイーンエリザベスC(12)

 

 10番 ダークシャドウ   牡5 G3エプソムC(11) G2毎日王冠(11)

 

 11番 トゥザグローリー  牡5 G2京都記念、日経賞(11)、日経新春杯(12)

 

 12番 オウケンブルースリ 牡7 G1菊花賞(08)

 

 13番 ゴールドシップ   牡3 G1皐月賞、菊花賞(12)

 

 14番 ビートブラック   牡5 OP大阪ーハンブルクC(11)

 

 15番 ナカヤマナイト   牡4 G3共同通信杯(11) G2オールカマー(12)

 

 16番 ルルーシュ     牡4 G2アルゼンチン共和国杯(12)

 

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 当日券は無くとも15万人分の前売りの入場券が売れているため、中山競馬場は朝から大混雑している。

 往年の競馬ファンは贔屓の馬や騎手の名の書かれた横断幕や幟を手に。

 競馬に興味を持って日の浅い子連れの家族も笑顔で。

 大地震により親しい人々を失い、今もなお辛い日々を送る人達もいる。

 競馬場に集まった人の来歴はそれぞれ違う。しかし誰もが馬が命を賭けて全力で走るのを見たい、それがこの場に集った全員の共通の想いだった。

 

 昼過ぎともなると飲食店は行列ばかりで、店員は戦争もかくやとばかりの対応に追われている。

 意外かもしれないが競馬場というのは飲食が充実している。それこそ下手なショッピングモールよりも美味しい料理を提供してくれる店もある。

 チェーン店のラーメンから本格的なイタリアンや寿司が食べられる店舗、串焼きやドーナツをテイクアウトする軽食屋も充実している。

 酒類も置いてあるため、大人から子供まで幅広い要望に応えられる。

 競馬場内でグルメグランプリを開催するほど力を入れているため、中には馬を見に来るのではなく、料理を食べに全国各地の競馬場を訪れるB級グルメファンも居るほどだ。

 

 そうした一般入場者を相手にする戦争状態の飲食店とは別に、馬主席専用のレストランは―――中山競馬場で最も忙しい日ではあるが―――比較的平穏なまま業務を続けている。

 レストランの一つのテーブルで、三人の男達が食後のコーヒーを楽しむ。

 二人は既に80歳前後の老人、もう一人は彼等より若く50歳を過ぎた中年。

 若い男はアパオシャの馬主の南丸浩二、老人の一人はかつて≪神馬≫シンザンの厩務員を務めた長尾謙一郎。さらにもう一人は―――

 

「あと数時間ですか。こうしていると1990年のこの日を思い出します」

 

「かつて貴方が所有していた、オグリキャップ号の引退レースだった日ですね御栗さん」

 

 長尾の言葉に、御栗と呼ばれた老人が頷いた。

 老人の名は御栗幸一。かつて日本一有名な≪スターホース≫オグリキャップを所有していた男である。

 今日は南丸が二人を関係者として同行を求めた。

 

「私もあの時のレースは覚えています。そしてアパオシャもこれが最後のレースと思うと悲しくなります」

 

 勝っても負けても今日のレースがアパオシャにとってラストラン。

 生まれて初めて買った馬が走り勝つ姿を、もう二度と見られないと思うと夜も眠れないほどに辛い。

 たとえ自らが決断した事でも、心の底ではまだまだ見続けていたかった心残りがある。

 

「馬主はみな同じ思いをします。いえ、馬主だけではない。調教師や厩務員、ファンもみな同じです。沢山の馬に関わる者がそれぞれ引退を惜しみ悲しむ。私もシンザンが引退した時は寂しかった」

 

 厩務員、調教師、馬主と、役割を替え続けても生涯馬に関わり続ける老人の言葉を、南丸は重く受け止める。

 

「これでオグリキャップの産駒は全て現役を引退。南丸さんにはこの数年、良い夢を見せていただきました。最後の最後でキャップの子供の素晴らしい姿を見られて本当に良かった」

 

「何を仰います、それは私の言葉ですよ御栗さん。オグリキャップが―――いえシンザンもですが、二頭が居なければアパオシャも存在していないんです」

 

「キャップを狭い笠松に留め置くつもりだった、あの頃の私自身を今でも恥じていますよ」

 

 御栗は自嘲気味に、コーヒーで満たされたカップを見つめる。

 アパオシャの父オグリキャップは、最初は地方の笠松競馬場の馬だった。そこで連戦連勝を挙げ、中央競馬への進出を周りから勧められた。

 しかし御栗の意向はあくまでも笠松競馬での活躍であり、当初は中央競馬に進出する事も頑なに断っていた。

 それでもある馬主から『このまま笠松のオグリキャップで終わらせていいのか』『馬のためを思うなら中央競馬へ入れて走らせるべき』という言葉に最後は折れて、中央競馬の馬主資格を持つ知り合いにオグリキャップを譲った。

 それから先は秋の天皇賞でタマモクロスに負けるまで、中央の名馬を圧倒して連戦連勝の快進撃。決して井の中の蛙ではない『本物の怪物』という評価を得た。

 あの時、意固地になって周りの意見に耳を貸さず、最後まで一地方競馬場に留まっていたら、オグリキャップは日本の人々の記憶に残り続ける『夢』には絶対になれなかった。

 まして、二十数年前の有馬記念を走る事も無く、とうに血と名は忘れられていた。

 

 当然娘のアパオシャだって存在すらしていない。南丸もオグリキャップに魅せられずに競馬に興味を示さず、三人がテーブルを囲む事も無かった。

 騎手や馬主の中には、オグリキャップの走る姿を見て、馬に関わる人生を歩んだと公言している者も多い。

 全てとは言わないが、今の日本競馬の数割はオグリキャップが形作ったと言って良かった。

 だからこそ南丸は日本ダービーの時から、時々御栗を自分の関係者としてレースに招き、栄光を共に見続けた。その中には凱旋門賞もあった。

 そして母系の祖のシンザンの関係者だった長尾とも縁が出来て、今日こうして『夢の終着点』を一緒に見届けてもらうように頼んだ。

 無論、長尾達だけでなく、母父ミホシンザンの関係者、アパオシャの生まれ故郷の美景牧場の家族ほぼ全員も、関係者として見届けるために来ている。

 

 一頭の馬が現役を引退する。ただその瞬間を見るためだけに、何十人の関係者と、その何百倍ものファンが集まった。

 全て、オグリキャップやシンザンのような過去の馬達が居なければ今この瞬間は無かった。

 南丸は御栗にそう諭して、決して己を卑下しないで欲しいと頼む。

 

「そう言っていただけると救われます。冥土の土産が増えました」

 

 冗談めかして言うが、御年80歳を超えた老人が言うと洒落では済まない。南丸は返答に困った。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は競走馬である。―――――――――ただ、レースを走る一個の生命である。

 速さを競い、強さを証明する。ただ、そのために人に飼われて生かされている。

 背に人を乗せて、最初にゴール板を駆け抜ければ拍手喝采。時には騎手と共に名前のコールも起きる。

 その後は大抵果物や美味しい料理が振舞われるから、それなりに頑張ろうとやる気が湧く。

 改めて思えば自由意思の無い、反吐が出るような境遇だよ。

 

 パドックから地下通路を通ってダートコースに出れば、ざっと十万は超える観客から声援が贈られた。

 

「―――いよいよだな。思えばお前と最初にレースを走ったのも中山競馬場だった。あれから、もう3年も経ったのか」

 

【昔話をすると老けるぞ和多。今はレースにだけ集中しろ】

 

 抗議を込めた軽い嘶きで和多は「すまん」と短く謝る。

 ………ここまでずっとアンタと一緒に走れて楽しかった。

 忌々しい身の上でも、レースの時だけは俺は何物にも縛られずに自由でいられた。それもアンタが俺を自由に走らせてくれたおかげだ。

 ありがとう相棒。アンタ以上に良い騎手を俺は知らない。

 

 ダートを横切って芝のコースに出る。今日はそこから走らず、ゆっくり一歩一歩、乾いたターフを踏みしめながら歩く。

 いつもは牡馬達が俺を気にして走る事が多いが、今日だけはどの馬もまともに近づく事すらせず、そそくさとゲートに向かう。畜生だけに言葉でなく肌で『気』を感じ取っているんだろう。

 ―――前言撤回。一頭だけ空気を読まずに傍に来る大柄の馬が居た。ゼッケンにはゴールドシップと記されている。

 

【ようよう、きれいなねーちゃん!きょうはオレとたのしいことしようぜ!】

 

【…………】

 

【おいおい、だんまりとはひどいぜ!あっ、オレのかっこよさにほれたな?】

 

 そうか、ここでの貴女はそういう性格かゴールドシップ。

 年上だった人が年下になっているのは妙な気分だ。

 

【――――お前は強いのか?】

 

【へへっ、きになる~?オレはいちばんつよいぜ!】

 

【ほう、面白い事を言う。なら、今日のレースはお前が一番目立つわけだ】

 

【あったりめぇよ!ここにいるやつらなんてあいてにならねえって】

 

【それは俺も含めてか?】

 

【まーね】

 

 自信満々に放言する。今年一番の馬を決める有馬記念に出るからには、大口を叩くだけの資格はあるだろう。けどなあ、寝言をほざくにはまだ早いぞクソガキ。

 

【ならば魅せろ新鋭――――主役を気取りたいのなら、俺に勝ってみせろ】

 

【――――へぇ】

 

 一瞬で俺から感じ取ったモノで、おちゃらけた顔から精悍な顔つきに切り替わる。頭は口ほど緩くないらしい。

 

【最強が誰なのか、俺が教えてやるから掛かって来い】

 

【いいぜぇ!やっぱりアンタすっげーきれいだっ!オレがかったら、ぜったいにこづくりしてもらうぜ!】

 

 ヒヨッ子はスキップしながらターフを走る。―――――ちっ、これだから畜生は。

 

「嬉しそうだなアパオシャ。あのゴールドシップの事を気に入ったのか?」

 

【愚にもつかない事言うなよ。―――クソガキが負けて悔しがる顔が見たいだけだ】

 

 ――――あの≪六冠ウマ娘≫ゴールドシップと魂が同じなら、最期の相手として不足は無い。そう思っただけだよ。

 

 一番最後に外周コース向こう正面の途中に設置したゲート前に着き、他の馬達が歩いているのを遠目から見ながら佇む。

 作業員が輪の内に入れようとしても、拒否してその場でただ、時が過ぎ去るまで待ち続けた。

 ファンファーレが聞こえたのを合図に動き、ゲートに入る。

 全ての人間、馬達よ。今日この日を決して忘れるな。俺という馬が居た事を記憶し続けろ。

 我が名はアパオシャ。オグリキャップの子にして、世界最強の馬なり。

 

【いざ尋常に………勝負しようかぁッ!!】

 

 



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第60話 夢路の終着点、遥かな高みへ

 

 

『いよいよ2012年を締めくくる有馬記念が始まろうとしています。各馬達がゲート前の輪乗りをする中、1番人気単勝1.5倍のアパオシャだけが離れて佇んでいます。いつもと全く雰囲気が異なる最強の女帝は一体どうしたのでしょうか』

 

『――――テレビの前の皆様、それでは有馬記念のファンファーレです』

 

『それぞれの馬がゲートに入ります。離れていた3番アパオシャもスムーズに入りました。13番ゴールドシップも続きます。―――――最外の16番ルルーシュがようやく入りました』

 

『いよいよ第57回有馬記念スタートしました。―――――ああっと!?9番のルーラーシップが立ち上がったー!!大きく出遅れたー!!そしてゴールドシップは今回も後ろからのスタートです。場内は悲鳴とどよめきが広がります』

 

『さあ気を取り直して、先頭はゼッケン4番のアーネストリー。すぐ外側後ろには14番のビートブラック、3番手にはルルーシュが、内側にはゼッケン1番のローズキングダムがいる』

 

『最初のコーナーを回ってスタンド正面に来た。ダイワファルコンは先団にいる。アパオシャは11番手で様子を見る。2番人気の3歳二冠馬ゴールドシップは後方の2番手。出遅れた最後尾のルーラーシップはどう巻き返すのか』

 

『スタンドの拍手と応援中を各馬が進みます。最初のゴール板をエイシンフラッシュ2番が通り過ぎます。第一コーナーに入りました。ルーラーシップは遅れを取り戻すように少しずつ順位を上げていく。この判断が最後どうなるのか』

 

『これまでのペースは平年通りです。先頭のアーネストリーと最後尾のゴールドシップとの差はあまりありません。1000メートル通過地点でのタイムはほぼ60秒です』

 

『第二コーナーを回って、残り1300メートル付近で中団のアパオシャが動いた!相変わらず早い動きだ和多流次。向こう正面でアパオシャがどんどん前に行く』

 

『先頭は相変わらずアーネストリー、ビートブラック、ルルーシュの三頭。ローズキングダムが差を詰める。ダイワファルコン、エイシンフラッシュ、ダークシャドウの外をアパオシャが捲っていく。ここからペースが少し早くなったか』

 

『既に1500メートルを超えて、向こう正面の半ばを超えた。オウケンブルースリ、トゥザグローリー、オーシャンブルー、ナカヤマナイトはまだ動かない。トレイルブレイザーの猛裕はどうした』

 

『既にアパオシャは順位を2番手にまで上げて、第三コーナーに入った。ここでゴールドシップの家田の手が動いたぞ!最後尾のゴールドシップが第三コーナー途中から上がっていく。先頭に立った≪女帝≫アパオシャに、ここから最年少の二冠馬が挑むのか!』

 

『スタンドからは歓声が上がる。600m棒を通過して、外からジリジリと抜いていく。先頭のアパオシャは特徴的な低重心姿勢のスパートを見せて、既に2番手と三馬身近く離れている!』

 

『さあ、今年のグランプリはどんな結末を迎えるのか。最終コーナーを回って最初にファンに出迎えられたのは3番ゼッケンのアパオシャ!』

 

『二冠馬ゴールドシップも来ているが先頭は遠い!アパオシャは残り200メートル!既に名物の坂に入った!内からはエイシンフラッシュ、オーシャンブルーも追従しているが苦しい!外からはゴールドシップ!!』

 

『速い速い!!信じられない速さで心臓破りの坂を駆け上がる!誰も最強の女帝には付いて来られないのか!!アパオシャ!アパオシャ!これが世界を席巻した十二冠馬の本気なのか!』

 

『アパオシャ!アパオシャだっ!後続を遥か後方に置き去りにして、アパオシャが孤高のままゴールイン!!あまりの強さにスタンドが静まり返ります!有馬記念二連覇ッ!!父オグリキャップと同様に、引退レースで有終の美を飾りましたが、内容はかけ離れたものになりました』

 

『二着は大きく離れて13番ゴールドシップ、三着には6番オーシャンブルー、四着9番ルーラーシップに、2番エイシンフラッシュと続きます』

 

 

 

 

 着順  馬番       馬名   馬齢    騎手    着差  

 

 

 1着  3番 アパオシャ      牝5    和多

 

 2着 13番 ゴールドシップ    牡3    家田     8

 

 3着  6番 オーシャンブルー   牡4  ルノール     1

 

 4着  9番 ルーラーシップ    牡5   ウィル    クビ

 

 5着  2番 エイシンフラッシュ  牡5    三浜     2

 

 

 

 勝ちタイム   2分30秒2

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 ――――――終わった。終わってしまった。これで俺はレースを取り上げられてしまう。

 なんて虚しい勝ちなんだ。レースの後にこれほど空虚になったのは初めてだ。負けた時すら悔しい、次は勝つと闘志が湧いたのに、今日はなんてつまらない勝利だ。

 

「いままでありがとうアパオシャ。お前と一緒に走った3年間は絶対に忘れない」

 

【そうかよ、俺はアンタともっとレースをしたかったよ。………クソがっ】

 

 もう走る気にもなれない。ウイニングランをせず、歩いて引き返すつもりで振り向いたら、すぐ傍にゴールドシップが居た。

 

【――――口と図体だけは立派だったな、坊や】

 

【!!んだとぉてめぇ!!つぎはぜったいにオレがかつからなっ!!ぜったいだ!!ぜったいにオレがかつから、オレをわすれるなっ!!】

 

 吼えるクソガキの言葉が、とてつもなく煩わしくなった。

 そうだよな、お前には俺と違って、まだまだ次のレースがある。なんて羨ましい奴だ。

 

【次なんて無い。俺は今日でおしまいだ】

 

【………なん………だと…………】

 

【もう走る必要が無いんだよ。人から今日でレースは終わりだと言われた。だからお前と走る事はこれっきりだ】

 

 俺の投げやりな言葉に、怒り心頭になったゴールドシップは天に吼える。

 

【ふざけんなっ!!かってににげるなっ!!オレとはしれ!!はしれよっ!!かちにげなんてゆるさねぇ!!クソクソクソっ!!!】

 

 必死に宥めようとする騎手を振り落としかねない暴れぶりのヒヨッ子を無視して、スタンド正面に戻ってくる。

 いつもなら勝った時は歓声やコールで迎えてくれるが、今日だけは客も静かなものだ。

 中には泣いている奴等もいる。沢山の横断幕にはオウケンブルースリ、アーネストリー、ルーラーシップの名前と共に、別れの言葉が記されている。

 出来れば見たくなかったが、その中でも一番多かったのが俺の名前だ。

 そこに『いままでありがとう』『さようなら』『大好き』『世界最強の女帝』など、色々好き勝手に書いてある。

 こいつらをこの場所から見るのも、今日でおしまいか。

 

「ありがとうアパオシャー!!」

 

「もう一度走ってー」

 

「これでお別れなんて寂しいよー!」

 

 子供の張り上げた声をきっかけに、スタンドのそこかしこから俺の名と共に、今までの感謝の声が上がる。

 

「お前なら分かっているな。これがお前が走り続けた3年間を、ずっと見ていてくれた人達の感謝の声だ。お前はこんなにたくさんの人達から愛されていたんだよ。俺もその一人だ」

 

【うわあああああああああっ!!!!】

 

 悲しみなのか、怒りなのか、寂しさなのか分からない。グチャグチャの感情の奔流を処理できずに、空へ向かって何度も、何度も、何度も咆哮を放つ。

 時が止まればいいと思った。

 終わりなんて来てほしくなった。

 死ぬまでレースを走り続けたかった。

 走る事が俺にとっては日常だった。

 いつか終わると分かっていても………ただ、走りたかったなぁ。

 

 

 その後の事はあまり覚えていない。ウィナーズサークルで厩舎の連中、美景牧場の人達、オーナーや『オグリ』の爺さん、『曾爺さん』の知り合いの長尾さんやら、知らない顔もたくさん集まって写真撮影をした。学校の卒業写真とか、こんな感じだったか。

 

 レースの翌日は、すぐに同じ中島厩舎のアロマカフェにリーダーの引継ぎをした。レースの実力は今一つでも厩舎では古株だったのと、年下の面倒をよく見る責任感のある性格なのが決め手だった。

 もうすぐお別れだと告げたら、厩舎の仲間達は全員泣いた。特にトフィとティンがこちらの言う事を全く聞かないぐらい泣いて喚いて、非常に困った。

 他の厩舎にも挨拶に行けば、やはり泣かれたり引き留められたがどうしようもない。ただ、各厩舎のリーダーに激励をして帰った。

 いつの時代もお別れは嫌なものだ。

 

 

 

 2012年戦績  6戦6勝  内G1は5勝(天皇賞・春、英コロネーションカップ、仏カドラン賞、エリザベス女王杯、有馬記念)

 

 2012年12月28日 アパオシャのJRAの競走馬登録を抹消

 

 2013年1月某日  2012年度代表馬受賞  最優秀4歳以上牝馬受賞 

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

 

   『さようなら、永遠の女帝アパオシャ。ラストランは圧倒的8馬身差』

 

 

 

 

 12月23日のG1有馬記念は出だしから不穏な空気が漂っていた。≪最強の女帝≫1番人気単勝1.5倍アパオシャがゲート前の輪乗りに加わらず、ゲート入りまで遠巻きに見つめる奇妙な態度を見せる。

 スタートは3番人気のルーラーシップが立ち上がり、2番人気の二冠ゴールドシップもいつものように遅い出足。人気馬2頭が出遅れてスタンドは悲鳴に包まれた。

 先頭に立ったアーネストリーの主導でレースは流れ、ビートブラック、ルルーシュ、ローズキングダムが後に続いた。

 去年のスローペースと違う、平年通りのペースに変化が訪れたのはレースの中間地点の向こう正面。10番手付近にいたアパオシャがいつも以上の早仕掛けで、外からグイグイと位置を上げていく。周囲はペースを上げるべきか迷いがあった。

 第三コーナー手前から最後方にいたゴールドシップも動いた。アパオシャと同様の捲り戦法を繰り出す。出遅れたルーラーシップも動きを見せている。2頭の人気馬が女帝を追う。

 しかし既に機を逸していたのかもしれない。600m棒を過ぎた時点で女帝は既に先頭に立ち、後続を引き離し始めていた。

 最終コーナーを回り、スタンド前に戻って来た時にはアパオシャは独走状態。相変わらず鞍上の和多騎手は鞭を持ったままで何も指示しない。

 

「今日、僕がアパオシャにしてあげられる事は、同じ景色を見続ける事だけでした」和多騎手はインタビューで号泣しながら心境を振り返る。

 

 末脚を利かせるゴールドシップ、オーシャンブルー、エイシンフラッシュ、ルーラーシップの名だたる強豪を置き去りにしたまま、女帝は圧倒的な独走劇を名物の坂で演じた。

 何もかも置き去りにしたまま、新鋭の二冠馬ゴールドシップに8馬身差をつけてラストランを締めくくった。

 歓声の無い静まり返ったスタンドに興味を持たなかったのか、世界最強のまま引退する唯一無二の牝馬はウイニングランを拒否。代わりに2着ゴールドシップと一触即発の睨み合いの末、新鋭の3歳馬は悔しさのあまり天に吼えた。

 

 振り返ってみれば中山競馬場にアパオシャが姿を見せてから3年3ヵ月。牡馬達を相手にクラシック三冠を勝ち抜き、大震災で揺れた日本から世界に飛び出して、常に最強を証明し続けた日々。そのすべてが二つと無いドラマだった。

 ゆえに我々は偉業と呼べる多くのレースと共に、≪太陽の女帝≫アパオシャの栄光を永遠に語り継ごう。

 

 

 

 

  ≪月刊・駿英のコラムより≫

 

 

 





 これにてアパオシャの現役生活は幕を下ろしました。
 最後の有馬記念はド畜生の日本ダービーと共にプロットの一番最初に決めていました。
 実力のあるお調子者が圧倒的強者にコテンパンに負けて、絶対に消えない呪いの傷を刻み付けられた上で、リベンジすらさせてもらえない。
 古馬の洗礼を受けたゴールドシップが今後どうなるかは非常に気になりますが、引退するアパオシャには関係の無い事ですから詳しく書く事は無いでしょう。
 ウマ娘になった時にウマソウルの影響で、不倶戴天の敵と見なすか、友人になれるかも分かりません。
 ただ一つ言えることは、ゴルシは決して無関心ではいられない。これは確定しました。
 それとオルフェーヴルが有馬記念に居ないのは、単純にジャパンカップとの間隔が1ヵ月未満で馬への負担が大きいからです。特にアパオシャ陣営に配慮したという理由ではありません。



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第61話 涙

 

 

 年の明けた2013年の1月26日の土曜日。

 薄暗い夕暮れの東京競馬場は、先程本日すべてのレースプログラムを終えた。

 出走した馬達が全て競馬場から引き揚げても観客は誰一人として帰らず、寒空のスタンドに居座り続けた。

 今日はどの競馬場でも重賞ないしG1のレースは組まれていない。にもかかわらず、ここ東京競馬場には十万人を超える人々が集まった。

 むしろ全てのレースが終わってからメインイベントが始まろうとしていた。

 

 群衆は白い息を吐きつつ主役が登場するのを待ち続ける。

 そしていよいよその時が訪れた。スタンド中に流れる、イギリスにおいて一般に国歌として広く認知されている『女王陛下万歳』をバックに、手綱を引かれた二頭の鞍の無い誘導馬に付き添われた、一頭の牝馬が夕闇のターフに姿を見せる。

 

「ただいまから、G1を十三勝したアパオシャ号の引退式を始めさせていただきます。スタンドの皆様は、本馬場へと姿を現した昨年末の有馬記念以来のアパオシャの姿をご覧ください」

 

 アナウンサーの言葉に、観客達は一斉に三頭の馬に視線を向ける。

 まずそこで観客が困惑したのが、先導する二頭の芦毛の馬の身に付けた馬服である。一頭はワインレッドの見るからに上等な品、もう一頭のはそれ以上に品の良い紫の地に菊の刺繍を施された馬服だった。赤い方にはフランス語で『2011年凱旋門賞』、紫の方は『第145回天皇賞2012年』の文字がある。

 そして主役のアパオシャは、白地に黒色の王冠と『2011年Gold Cup』の刺繍が施された馬服を纏っていた。

 これらは全て勝者のアパオシャに贈られた品である。諸事情により、誘導馬にも着せての入場となった。

 

「アパオシャの手綱を引くお二人は、所属する中島厩舎の松井秀行厩務員と中島遼太調教助手です。お二人はアパオシャと最も長く時を過ごしました」

 

「皆様はどうか競馬場でのアパオシャの最後の姿を、目に、そしてファインダーに焼き付けてください」

 

 アナウンサーに促されるまま、スタンドのファンだけでなく、ターフの内ラチ側で無数のカメラマンがカメラを構えて、今日を最後に二度とターフに姿を見せる事の無い『神馬』の雄姿を残そうと、無心にシャッターを押す。

 スタンドの客達に少しでも長く歩く姿を見せるために、アパオシャと二頭の誘導馬は長い直線をゆっくりと歩き続けた。

 

 折り返し地点の第一コーナーまで進んだ三頭と手綱を引く者達は、今度は反転して歩き続けてお立ち台の設置されたゴール板の前を通過した。

 ここで二頭の誘導馬はお役御免。アパオシャはその場に残り、関係者の整列するお立ち台の横に座り込む。

 本来アパオシャは離れた場所で待機する予定だったが、特に暴れる様子もないため、式はそのまま続行した。

 

「えー、では関係者のご紹介をいたします」

 

 司会に名を呼ばれて、アパオシャに関わった人々の代表者が台に登る。

 

 馬主・南丸浩二  調教師・中島大  騎手・和多流次  調教助手・中島遼太  厩務員・松井秀行  生産者・美景晴彦

 以上六人が台に登り、東京競馬場の職員からそれぞれ花束を贈られた。

 

「それではここで、アパオシャ号の輝かしい軌跡を皆様と共に、映像で振り返りたいと思います」

 

 ここでターフビジョンに、ナレーションと共にこれまでのアパオシャの戦いの歴史が映し出された。

 出席した関係者、スタンドの観客、当馬もターフビジョンを見つめる。

 

『史上初の牝馬による無敗のクラシック三冠制覇。2010、2011、2012年、史上初の三年連続JRA年度代表馬受賞。天皇賞・春、有馬記念連覇。イギリスG1三勝、フランスG1二勝。日本馬初の凱旋門賞制覇。日本馬による初のカルティエ賞欧州年度代表馬受賞、最優秀古馬受賞。国際G1十三勝、数多の死闘を勝ち抜いた≪太陽の女帝≫アパオシャ』

 

『アパオシャは2007年3月に北海道の美景牧場で、父オグリキャップ母ウミノマチの子として誕生した。≪スターホース≫オグリキャップ最後の娘の一頭として、馬主南丸氏から大きな期待をかけられて、美浦トレーニングセンター中島厩舎に入厩した』

 

 大げさなナレーションに南丸は苦笑した。確かにアパオシャには期待していたが、それはあくまで若い頃に憧れたオグリキャップの血に対してだった。活躍は度外視していて、まして今日このような引退式をしてもらえるような大名馬になるとは、毛筋程も思っていなかった。

 

『デビューは2009年9月の中山競馬場。並み居るライバル馬達を騎手和多流次と共に蹴散らして鮮やかに勝利。これがアパオシャの栄光の第一歩だった』

 

『二戦目の百日草特別も快調に勝利を挙げ、確かな実力を持つ名馬の片鱗を世に知らしめた。続く三戦目は初の重賞G3ラジオNIKKEI杯、彼女は幾度となく鎬を削る同期のライバル達と最初の苦闘を体験する』

 

 ターフビジョンに当時のレースが映し出される。そこには、ライバルの一頭≪ドバイ王者≫ヴィクトワールピサに先んじてゴールするアパオシャの姿がある。

 

『牡馬相手に初の重賞制覇。この勝利で調教師中島大は一つの大きな野望を抱く。日本競馬で未だ成し遂げられていない≪牝馬によるクラシック三冠制覇≫。夢のような目標だった』

 

『しかしそれはただの夢ではなかった。年が明けて3月の春雨が降る中山競馬場で、またしても劇的な勝利を飾る。弥生賞創設以来、四十七回目にして初の牝馬勝利だった』

 

『そしていよいよ、父オグリキャップが制度によって出走の叶わなかったクラシック三冠の第一戦≪皐月賞≫に挑む』

 

 当時の興奮した実況をそのまま流し、当時はいかに衝撃的なレースだったのかを観客達に伝える。

 

『アパオシャだ!!アパオシャが逃げ切ったー!!会場は大歓声に包まれています!!記念すべき第七十回皐月賞の勝者は和多流次のアパオシャだっ!!1948年の優勝馬≪ヒデヒカリ≫から実に、実に62年ぶりに牝馬が皐月賞を制しましたっ!!父オグリキャップが制度によって阻まれて走れなかった、クラシック三冠の一角を娘が掴み取りました!!』

 

 さらにクラシック三冠の第二戦。ここ東京競馬場で、2007年に生まれた七千頭のサラブレッドの頂点を決める最高の舞台≪日本ダービー≫のゴールが映し出された。

 関係者は『あの史上最低』ダービーの顛末が流れるのか戦々恐々していたが、編集で上手く恥部をカットしてあったため、アパオシャの勝利以外の情報は洩れず、出走した馬達の名誉は守られた。

 ―――――本当に守られたのだろうか?

 

『順風満帆。恐れる事など何も無いと思われたクラシックG1二冠馬アパオシャに、しかし突然の凶報が7月に伝えられた。父オグリキャップの事故死である』

 

 ここで雰囲気が一転する。第二次競馬ブームを牽引した≪スターホース≫オグリキャップのお別れ式の映像が流れ、そこに現れたアパオシャが父の遺影に献花する場面と、涙を流す悲壮的な姿が映し出された。

 

『父の死という悲劇。それでもアパオシャは前を向いて走る。クラシック三冠の最後の一つの菊花賞に挑み、圧倒的な強さで強豪牡馬を捩じ伏せて、≪最強≫ディープインパクト以来の≪無敗のクラシック三冠制覇≫。そして史上初の≪牝馬によるクラシック三冠≫を達成。菊の花を父の墓前に添えた』

 

『年末の有馬記念はライバル・ヴィクトワールピサとの激闘の末、惜しくもハナ差で2着。初めてアパオシャが敗北した。それでも2010年の最高の馬として、3歳牝馬初のJRA年度代表馬に輝いた』

 

『年が明けた3月。始動のレースにはG2阪神大賞典が選ばれた。しかしここで日本に文字通りの激震が走る』

 

 映像はこれまでと趣が代わり、津波で押し流される建物や逃げ惑う人々の悲壮な姿が映し出された。

 日本に住む者なら誰もが知る2011年3月11日。東日本大震災の日である。

 観客の中には実際に東北で死の恐怖を味わった者達もいる。

 

『この大震災を前に、アパオシャは決して折れる事は無かった。苦難に喘ぐ日本の人々に勇気と希望の火を灯すため、母父ミホシンザンも勝利した天皇賞・春を制した後、若き女王は世界に挑戦する』

 

 競馬発祥の地イギリスでのゴールドカップ、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスでの激闘と勝利。倒れ伏すリワイルディングを看取る悲しいシーンが流れれば、そこかしこから悲鳴とすすり泣く声が聞こえる。

 おまけでプライベートの時間にアパオシャに乗るお茶目なイギリス女王の姿が出れば、スタンドから拍手が巻き起こる。

 

「皆様にお知らせいたします。本日の引退式にはイギリス女王陛下がご臨席する意向がありましたが、スケジュールの都合で断念いたしました。ですが名代として女王陛下の孫であり、ロンドンオリンピック総合馬術競技銀メダリストのミラ女史がご出席なされています」

 

 アナウンサーから衝撃的な事実を知らされた観客は大きくどよめいた。

 今回アパオシャが数あるG1勝者に贈られる馬服の中から、ゴールドカップの服を着ている理由である。

 レースの格で言えば凱旋門賞、日本馬として最高の栄誉を誇るなら『近代競馬150周年記念』の天皇賞の馬服が望ましい。

 しかし、はるばる英国から女王の名代として王族が出席するならば、賓客に対して最大限の配慮が求められた。

 よって英国王室が主催するロイヤルアスコットのメインレースたるゴールドカップの馬服こそが最も望ましいと、日本の外務省、JRA、馬主の南丸の間で、すったもんだの末に決定した。

 そして引退式はメイクデビューと引退レースを行った中山競馬場が筋でも、英国王族に相応しい宿泊施設が近隣に無いという理由で、ここ東京競馬場が選ばれた。

 馬主の南丸は余所の都合で振り回されるのにいい気はしないが、相手は被災地にポケットマネーで数億円を寄付した相手とあって、不満を飲み込んだ。

 

『イギリスでG1を連勝した勢いのまま挑むは世界最高のレース、フランスのロンシャン凱旋門賞』

 

『ゴールまであと100m!アパオシャの独走状態!!二番手のデインドリームとはまだ三馬身の差がある!!これは決まったか!?決まったのか!!あの凱旋門賞を日本の牝馬が制覇するのか!!決まったーーーー!!圧倒的な強さでゴールを駆け抜けたーー!!アパオシャが勝ちました!!逃げ切ったアパオシャの背の上で、和多騎手が立ち上がって両手を高く突き上げる!34歳にして和多流次が世界の頂点に立ちました!』

 

『もはや彼女はオグリキャップの娘ではありません。シンザンの末裔でもない。彼女はただの、アパオシャ。旱魃の神の名前の由来通り、世界最強馬≪太陽の女帝≫アパオシャと言うべきです。おめでとうアパオシャ。おめでとう和多流次。日本史上最高のコンビよ、貴方達こそ人馬一体と呼ぶにふさわしい者達は居ない』

 

『ヨーロッパ競馬では稀有な≪大逃げ≫での勝利。世界の名馬を力ずくで捩じ伏せた奇跡の瞬間』

 

『海外G1三連勝の勲章を胸に、2011年最後のレース有馬記念に挑む。世界最強の女帝と相対するのは≪ドバイ王者≫ヴィクトワールピサを筆頭に同期の選りすぐりの牡馬達。さらに2011年クラシック三冠を制した≪金色の暴れん坊≫オルフェーヴル。苦しい戦いの末、それでも女帝は勝利を掴み、日本馬のG1勝利数を八に伸ばしてシンボリルドルフ以来の単独首位を更新した。さらには父オグリキャップと親子での有馬記念制覇を成し遂げた』

 

『年間無敗のG1五連勝。2011年JRA年度代表馬受賞、最優秀4歳以上牝馬受賞、さらにその強さは海外からも絶賛された』

 

『≪欧州最強マイラー≫フランケル、≪オーストラリア最強スプリンター≫ブラックキャビアに次ぐ、≪日欧最強ステイヤー≫として世界三位のレーティング131ポンドを獲得。牝馬初の英KG6&QESと仏凱旋門賞同年制覇など、総合評価により日本馬で初の、カルティエ賞欧州最優秀古馬、欧州年度代表馬を受賞。世界が認める名馬になった』

 

『そして現役最後の年の幕が上がる』

 

『昨年に引き続き天皇賞・春を制覇。メジロマックイーン、テイエムオペラオーに続き、史上三頭目の天皇賞・春連覇を成す。再び英国の地で今度はG1コロネーションカップ、仏G1カドラン賞を勝利。G1勝利数を11に増やす』

 

『日本に帰ってからも強敵とのレースは続く。雨の降る京都競馬場で、2012年牝馬三冠≪強き貴婦人≫ジェンティルドンナと英国女王在位60年の節目に対決。貴婦人を下し、友たる英国エリザベス女王の杯を手にした』

 

『いよいよ最強の女帝のラストラン。2012年12月23日有馬記念』

 

『二冠馬ゴールドシップも来ているが先頭は遠い!アパオシャは残り200メートル!既に名物の坂に入った!内からはエイシンフラッシュ、オーシャンブルーも追従しているが苦しい!外からはゴールドシップ!!速い速い!!信じられない速さで心臓破りの坂を駆け上がる!誰も最強の女帝には付いて来られないのか!!これが世界を席巻した十二冠馬の本気なのか!後続を遥か後方に置き去りにして、孤高のままゴールイン!!あまりの強さにスタンドが静まり返ります!』

 

 ダイジェスト映像が終わり、アパオシャの軌跡が流れる。

 

 

『アパオシャ(Apaošha)』

 

『2007年3月誕生』

 

『父オグリキャップ 母ウミノマチ 母父ミホシンザン』

 

『通算成績 20戦19勝2着1回 連対率100%』

 

『重賞17勝(G1 国内8勝 海外5勝)』

 

 

『主な勝ち鞍』

 

『2009年 ラジオNIKKEI杯』

『2010年 弥生賞 皐月賞 東京優駿 菊花賞』

 

『2011年 阪神大賞典 天皇賞・春 英ゴールドカップ 英KG6&QES 仏凱旋門賞 有馬記念』

 

『2012年 日経賞 天皇賞・春 英コロネーションカップ 仏カドラン賞 エリザベス女王杯 有馬記念』

 

 

『受賞歴』

 

『2010、2011、2012年JRA年度代表馬』

 

『2010年最優秀3歳牝馬』

 

『2011、2012年最優秀4歳以上牝馬』

 

『2011年カルティエ賞 欧州年度代表馬、最優秀古馬』

 

 

 最後に映像にはこんな一文が載せられていた。

 

『今まで父オグリキャップから託された夢のつづきを魅せてくれてありがとう。君の夢は次の世代に託された。ありがとうアパオシャ』

 

 映像が終わり、スタンドは拍手に包まれた。

 それから関係者へのインタビューが行われた。

 

 

 馬主・南丸浩二

 

「皆さん、これまでアパオシャを応援していただき、本当にありがとうございました。特に英国からもこの場に足を運んでいただき、感謝に堪えません。

 最初に美景牧場であの子を見た時は、今日のような引退式をするとは全く思っていませんでした。デビューしてからは常に期待を良い意味で覆してくれる素晴らしい馬でした。父オグリキャップが出来なかった事をほぼ全てやり切った、夢の馬です。今までよく頑張ったと褒めてあげてください」

 

 

 調教師・中島大

 

「私が知る中で最強の馬でした。かつて育てたサクラローレル、マンハッタンカフェが果たせなかった凱旋門賞勝利に我々を導いてくれてありがとう。お前はオグリキャップだけじゃない、沢山の馬や我々日本のホースマンの夢を叶えてくれた神様のような馬だ。もうお前が走る姿を見られないのはとても寂しいが、これからも元気でいて欲しい」

 

 

 騎手・和多流次

 

「アパオシャ、お前には沢山の物を貰ったよ。俺はただ乗っているだけのお荷物じゃないとは思うけど、お前に何かしてあげられたかな?お前が教えてくれたことを、今度は他の馬にも教えられるように頑張るよ。遠くからずっと見守っていてくれ」

 

 

 調教助手・中島遼太

 

「今だから白状しますが最初は脚が遅くて勝てるか不安でした。それが負け知らずで、いつの間にか世界最強の女帝です。

 アパオシャも自分の足が他の馬より遅い事を知っていた。だから勝てる走り方を自力で編み出した。体調管理も自前でするから、常にレースで最高のパフォーマンスを発揮する。誰よりもプロフェッショナルの思考で動く唯一無二の馬でした。イギリスとフランスでは、お前のその無駄を極限まで削ぎ落したようなストイックさと鋼鉄のようなタフネスさに随分助けられた。ありがとう、お前は最高のサラブレッドだ」

 

 

 厩務員・松井秀行

 

「アパオシャは人間のように考え、料理を楽しむ変な馬ですが、厩舎でも若い馬達をよく見て、何かと世話を焼く優しい馬です。

 2011年の大震災からずっと美浦トレセンは余震続きで、常に馬達は怯えていた。その馬達を昼も夜も懸命に励まして寄り添ったおかげでみんなが救われた。勿論我々厩舎側の人間も随分助けてもらった。

 レースの強さだけがアパオシャの全てじゃない。本当はこの場の皆さんにも沢山語りたいですが、時間が足りないので残念ですがこれまでにします。あと最後に、一緒に居られて楽しかった。ありがとう」

 

 

 生産者・美景晴彦

 

「黒子、いえアパオシャは私どもの牧場にとって福の神です。あの子のおかげで沢山の人が救われ、幸せになれました。

 私は牛の事ばかりで馬は詳しくない。ですが競走馬の生涯が過酷なのを知っています。それでも怪我や病気も無く、健康なまま走り切って現役生活を終えられたのは、アパオシャ自身が幸運な馬だからです。

 きっと黒子は傍にいる者、見ている者に幸福を分け与える存在なんだと思います。これからは皆さんがアパオシャの幸福な余生を願ってあげてください」

 

 

 登壇した全員がスピーチを終えたのを見たアパオシャは、唐突に立ち上がって自らマイクを持つ女性に近づいた。

 驚く女性はどうしていいか分からなかったが、付き合いの長い厩務員の松井が大体察して、マイクを掴んでアパオシャの口元に近づけてやった。

 

 

 競走馬・アパオシャ

 

【何を言っているか分からないだろうが言わせてくれ。俺はまだ走り足りない。でも畜生だから走るなと言われたら走らない。納得はしていないが理解に努めよう。―――――厩舎の皆、オーナー、和多。今までありがとう。アンタらの事は大好きだったぞ】

 

 

 馬が何を言っているかは分からない。しかし、確かに想いは伝わった。

 付き合いの長かった松井や遼太は堪らず嗚咽交じりの涙を流し、何度も何度もアパオシャの身体を撫でる。

 

 スピーチが終わり、最後は関係者一同との写真撮影で締めくくられる。

 アパオシャは東北の被災地より贈られた、リボンと造花の花輪飾りを首と頭に掛けられる。

 中島厩舎の面々、南丸オーナー家族と世界一ソフトの一部の社員、美景牧場の家族、長尾謙一郎、御栗幸一、母父ミホシンザンの関係者、獣医、装蹄師、英国女王の名代として来た王女とその旦那、そしてずっと背を預けた和多流次。

 沢山の人達がアパオシャの傍に集まり、ターフで最後の記念撮影をした。

 

 撮影が終わり引退式は終わったと思われたが、最後にアパオシャが和多の勝負服の襟を噛んだ。

 

「お前、乗れって言うのか?」

 

【最後なんだからつべこべ言わずに乗れ】

 

 手綱以外の馬具を何もつけていない裸馬に乗るのは危険が伴うが、和多は黙って屈んで乗りやすくしたアパオシャに跨る。

 鞍も鐙も無い酷く不安定な裸馬の状態で、アパオシャはゴール板からゆっくりと走り出す。

 会場は騒然としているが人馬はそんなのは知らないとばかりに、殆ど照明の無い第四コーナーで反転して、正真正銘最後のゴール板を通った。

 

【………ゴールか】

 

「ああ、これで最期だ」

 

 この瞬間に堰を切ったようにアパオシャの瞳から大粒の涙が零れて止まらない。

 もう二度とレース場を走れない辛さだけではない。苦楽を共にした仲間達と二度と会えない悲しみに耐えられなかった。

 和多も涙を堪え切れずに、テイエムオペラオー以来の第二の相棒の首に抱き着いて、人目も憚る事無く泣いた。

 

 

 ≪オグリキャップの娘≫

 

 ≪魔性の牝馬≫

 

 ≪神馬の再来≫

 

 ≪偉大なる女王陛下の友たる黒き女王≫

 

 ≪太陽の女帝≫

 

 ≪太陽の神馬≫

 

 

 数々の異名と称号を持つ最強馬だろうと、精神までは他の馬や人と大きな違いは無かった。

 しかしこの涙こそ、人と馬の確かな絆の象徴なのかもしれない。

 

 





 競走馬アパオシャの物語はこれでおしまいです。
 引退式はyoutubeにあったオルフェーヴルとジェンティルドンナの式を参考にしました。
 次はエピローグです。アパオシャの最初の交配相手の名が出ます。


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エピローグ 帰郷と婿取り


 今回がいよいよ最終話となります


 

 

 『さようなら。ありがとう、アパオシャ』

 

 

 昨年、有馬記念を8馬身の圧勝で有終の美を飾った、アパオシャ(牝6歳、元美浦・中島厩舎所属)の引退式が、2013年1月26日(土)18:00より東京競馬場で執り行われた。

 通算成績20戦19勝2着1回、うちG1を13勝。既に競走馬登録は抹消済。今後は北海道の生産牧場で繁殖牝馬となる。場所は非公開。

 レースの終わった東京競馬場に集う10万人が見守る寒空の夕闇の中、無二の名牝馬アパオシャの引退式が始まった。

 かつてアパオシャ自身に勝利の証として贈られた、凱旋門賞と天皇賞・春の馬服を纏う二頭の誘導馬の後ろを、英国ゴールドカップ勝利の馬服を纏うアパオシャが悠然と歩く。

 唯一無二の名馬の姿を記憶と映像に残すファン達。スタンド前のターフヴィジョンには、これまでのアパオシャとライバル達との数々の名勝負がダイジェストで流れる。

 馬主の南丸氏をはじめ、関係者のスピーチ内容は様々ながら、各人のアパオシャへの想いはいずれも劣らない。スピーチの最後には、アパオシャ自身も何か伝えようとマイクで語り掛けるハプニングも見られた。

 アパオシャとの最期の写真撮影には、これまで彼女に関わった50人を超える関係者が一堂に集まり、別れを惜しんだ。その中には英国女王の名代として、オリンピック銀メダリストのイギリス王族夫妻も参列した。

 式が無事に終わった後、唐突にアパオシャがデビューより背を任せた和多騎手の襟を噛み、彼に騎乗するように催促した。

 照明に照らされる中、共に戦ってきた人馬の正真正銘のラストランが始まった。

 鞍も鐙も無い裸馬のまま、手綱だけを握る危険な夜の走行。周囲は危ぶんだものの、誰も彼等を止められない。

 人馬が短い時間の中で、何を考えていたのか余人の知る所ではない。共に命を預け合う馬と騎手の間には何者も入る事は許されない。

 再びゴールに戻って来た一人と馬は、とうとう堪え切れずに涙を流した。もう二度と共に駆ける事は無い。どちらもそれを分かっていたこそ、悲しみの涙を流したのだろう。

 今年から繁殖牝馬となるアパオシャの初年度の交配相手は未だ情報が無い。しかし競馬界は最強牝馬の初仔に大きな期待を寄せている。

 

 

 

 ≪週刊ダービー特別号より≫

 

 

 

 

 

 2013年の競馬を見守るスレpart8

 

 

 

747:名無しの競馬民 ID:mcTgks89M

ああやっぱり夢じゃなかったか

 

748:名無しの競馬民 ID:z4vPB8qlL

なんの話だよ

 

749:名無しの競馬民 ID:KXWNJoutG

昨日のアパオシャの引退式だろ

 

750:名無しの競馬民 ID:mcTgks89M

正解

昨日東京競馬場に一日居続けて最後の姿を見て来たよ

今テレビのニュースで取り上げられているのを見ている

 

751:名無しの競馬民 ID:gJue+Xaz7

よう同朋

 

752:名無しの競馬民 ID:9fIXGl1nx

公式発表で10万人集まったらしいな

 

753:名無しの競馬民 ID:9xDWjM+98

重賞も無い土曜日に並のG1より人居たのかよ

 

754:名無しの競馬民 ID:gJue+Xaz7

二度と現れない神馬を生で見られる最期の機会を逃せるかよ

 

755:名無しの競馬民 ID:k9Xwm7Llk

牝馬の無敗クラシック三冠で海外G1五勝を含むG1を十三勝

20戦して連対率は100%

これ地味?にシンザンの19戦連対率100%の記録を更新してるんだよ

 

756:名無しの競馬民 ID:a+yGRlf4X

曾孫がガチで『シンザンを超えろ』を実行した模様

 

757:名無しの競馬民 ID:ugXQjPuA0

今まで夢を見ててそこから覚めたような気分だ

なんというかオグリキャップから続く夢の続きだったのかなって思う

 

758:名無しの競馬民 ID:Y628P7Ck7

>>757 言わんとする事は分かる

夢つーかディープインパクト以上に冗談みたいな存在だった

 

759:名無しの競馬民 ID:34Z0mpxK8

最初はオグリの娘だからちょっと応援していた程度でも

段々とどこまで行けるか楽しみになってたな

 

760:名無しの競馬民 ID:AhBvtIoiX

俺はクラシック三冠出るって知って無謀だろって思った

それが蓋を開けたら無敗の三冠だろ?

アパオシャの強さ云々より、どんだけ同期の牡馬は不甲斐無いんだって呆れたぞ

 

761:名無しの競馬民 ID:NBzImrp8z

2010年は完全にアパオシャとアパパネのAPコンビの年だった

結局この同年三冠牝馬の二頭が最後まで対決しなかったのは残念でならない

 

762:名無しの競馬民 ID:DpNxPh4BR

アパオシャが牡馬路線ばかり走るからしょうがねえよ

距離適性もアパパネはマイラーでイマイチ被らないし

 

763:名無しの競馬民 ID:y8ZcpuU9O

アパオシャは適性距離2000~4000mとかアホみたいに範囲広いくせに

デビューと二戦目以降は2000m以下を絶対に走らなかったからな

もう神様が二頭を対決させる気が無かったと諦めた

 

764:名無しの競馬民 ID:yl++0cE3F

今更だが2007年生まれの牡馬はただただ運が悪かったとしか言えない

ここ数年のG1成績見るとむしろ牡馬達強いよ

 

ヴィクトワールピサ:ドバイワールドカップ

ローズキングダム:3歳でジャパンカップ

ヒルノダムール:仏フォア賞 凱旋門賞4着

ルーラーシップ:香港クイーンエリザベス2世C

エイシンフラッシュ:馬体詐欺

 

牝馬のカレンチャン:スプリンターズS 高松宮記念

 

 

765:名無しの競馬民 ID:22B/BFKs7

アパオシャと同じように海外レースに強い世代だったのかねえ

 

766:名無しの競馬民 ID:Ua/x4i3u2

エイシンフラッシュの馬体詐欺はよぉ

おかげで何度単勝吹っ飛ばした事か

 

767:名無しの競馬民 ID:e4ZddnPS7

ふっ(笑)エイシンフラッシュはナイスネイチャの後継者

ド本命と組み合わせてワイドで買っておくのが正しい馬券の買い方だぞ

 

768:名無しの競馬民 ID:mYLYAXWF5

唯一アパオシャに敗北を刻んだピサの評価がめっちゃ高いのが複雑

直接対決の戦績1勝5敗なのに

 

769:名無しの競馬民 ID:n6kljvZwr

日本初のドバイ王者でも牝馬に負けまくって12年の初年度種付け料500万は結構強気の設定

 

770:名無しの競馬民 ID:ieGtMysqm

2007年生まれもボチボチ引退した牡馬も多くなったし

今年はオルフェーヴルの年かな

 

771:名無しの競馬民 ID:0yOei+Uyi

そのオルフェーヴルはもうすぐフェブラリーステークスか

いきなりダート走らせるなんて陣営は血迷ったのかと思ったぞ

 

772:名無しの競馬民 ID:IxjUYL06d

ダート世界一決定戦のアメリカBCクラシック挑戦したいから

トライアルのフェブラリーステークス出るのは筋だが無謀だろ

 

773:名無しの競馬民 ID:n93n18jPk

凱旋門賞勝ったから調子に乗ってる……のかなあ?

いやまあ世界一のレース勝ったんだから調子乗っても良いけどikezは振り落とすなよ

 

774:名無しの競馬民 ID:WooloAJ8r

重馬場のロンシャンで優勝するんだからダートも勝てるって理屈は分かるし

実際先週のG2東海ステークス勝ったからダートも走れるのは証明したが

正直芝のBCターフの方がまだ実績ある分だけ勝つ見込みが高いよ

 

775:名無しの競馬民 ID:PrdfMON5Z

アパオシャの後追いを嫌ったのかねえ

直接対決はもう無理だから世界最強を名乗るにはアメリカの本場ダートで地元勢を蹴散らすのが分かりやすい

 

776:名無しの競馬民 ID:KhkMfQ+/D

>>773凱旋門賞勝ったら速攻でikezを振り落としにかかったからな

あれはもう芸の一つだ

 

777:名無しの競馬民 ID:fD2LvSf39

オルフェは3歳三冠、宝塚記念、凱旋門賞、ジャパンカップの六冠

あと国内で一つ二つ勝てば十分だと思うが

 

778:名無しの競馬民 ID:ulhFmzDWx

アパオシャの十三冠の壁が高すぎて価値が低く見えるのが悪い

 

779:名無しの競馬民 ID:5PHfSuHEt

>>778の言う通り、数を増やすか3個分ぐらい賄うデカイ勲章がいるわ

 

780:名無しの競馬民 ID:6J72JKMW0

傍から見ている分には面白いからもっとやれと応援しよう

 

781:名無しの競馬民 ID:NQd8wK5Rz

確かに競馬はこじんまりと勝ちを稼ぐより夢を追っかけた方がファンは盛り上がる

 

782:名無しの競馬民 ID:exGE+rZeX

現実はクソな事が多いしレースの時ぐらいは夢を見たい

 

783:名無しの競馬民 ID:jrq/2CC2n

今年の競馬はどうなるかな~

 

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は馬である。もう誰とも競走をしない、一頭の畜生である。

 引退式を終えて暫く経ってから、四年近く過ごした中島厩舎を離れた。

 生まれてから一番長く過ごした土地を離れるのを寂しいと感じる。

 トレセンの馬達とも、涙のお別れをした。余震も年々減り続けている。おそらくそれなりに慣れた馬達なら、もう俺が面倒を見る必要は無いだろう。

 妹分のトフィも俺と同様、近いうちに引退と聞いた。

 実妹のティンはまだこれからが本番。色々と危なっかしい奴だが和多が背に乗ってくれるなら、きっとクラシック~シニアも頑張って走り続けてくれると思う。

 厩舎のリーダーの後任はアロマカフェに任せた。後はボチボチ時間をかけて頑張ってもらうしかない。いつまでも俺頼みは情けないしな。

 中島厩舎の同じ飯を食った馬達も、最後は納得して見送ってくれた。あまり頼りになり過ぎるリーダーだと、馬達の自立心が育たないのが今回の失敗かも。

 あまり構い過ぎるのも失敗の元。時には突き放して自立させるのも必要だ。そのさじ加減を前もって知っておけたのは、レース以外での収穫だろう。

 これからの仕事が頭をよぎり、北に走り続けるトラックの中で悶々と過ごした。

 

 

 約一日の移動で身体が鈍ってしまった。外は相変わらずの雪景色。冬だからしょうがないが、2月の北海道を長距離運転するのは大変だ。

 それでもようやく見慣れた景色が目に入り、少しホッとしている。

 トラックが止まった場所は懐かしの我が家……か?ちょっと雰囲気が違う。

 荷台から降りて、牧場を見渡して違和感の正体に気付いた。日本ダービーが終わって一時帰郷した時と違い、厩舎が大きくなっていた。

 それにあちらこちらに監視カメラや警報器が設置されている。さらに警備員っぽい人がトラックの運転手に身分証を求めて聞き取りをしている。

 2年以上離れている間にやけに物々しい雰囲気になっている。しかし母屋は変わっておらず、玄関には見慣れた人達が寒い中で出迎えてくれた。

 

「よう戻った黒子。長い間、本当に頑張ったのう」

 

 秋隆の爺様を始め、婆様、とっつぁんにお袋さんも俺を温かく迎えてくれた。

 

「しばらくはゆっくり過ごすっしょ。今は体を休めて、それからお婿さんに会いに行かんとね」

 

 もう逃げられそうにないか。俺も母のようにバンバン子を作る時が来てしまった。

 畜生として生を受けながら、今まで自由に生き過ぎたのかもしれない。これからが畜生道の本番になりそうだ。

 爺様ととっつぁんに連れて行かれた新築の厩舎は、中島厩舎より過ごしやすそうに見える。

 既に居る大きな住民達に挨拶して、懐かしい顔を見つけた。

 

【また世話になるよ、母よ】

 

 俺をこの世に産み落とした母に顔を擦り合わせる。そして母のパンパンに大きくなった腹に目を落とす。

 そうか、腹にまた弟か妹がいるのか。春には賑やかになるね。――――俺も来年こうなると思うと鬱になるぞ。

 ところで俺の繁殖相手はどんな奴だろう。ヴィクトワールピサはなんか嫌だ。

 

「そうそう、お前は春にまたイギリスに行くそうだ。あっちにお前の相手がいると南丸社長が言っていた」

 

「イギリスにはお前が会った事の無い弟のネコ太郎が居る。もしかしたら向こうで会えるかもしれん」

 

 ふーん弟がイギリスに?まあ、どこでもいいさ。

 

「お前の繁殖相手はフランケルというイギリスの馬だべ」

 

「最初は日本の馬と子を作る予定だったが、ヨーロッパ最強馬と日欧最強馬の子を見たいと、イギリスの女王様が色々勧めて話が纏まったと聞いている。種馬の馬主をしている中東の王族と女王が直接交渉したとか言ってたな」

 

 相変わらずあの女王様はアクティブな人だ。むしろお見合いおばさんと化している?お気に入りの孫に良い相手を紹介したいとか思ってハッスルしたのかな。

 察するに俺のオーナーや日本の関係者は、相当胃の痛い思いをしたに違いない。

 しかしその女王様も前半生は戦争と先祖の負の遺産に、後半生は身内の不祥事に振り回されっぱなし。

 

【結局、人も家畜も自分以外の誰かに振り回される哀れな存在なのかねえ】

 

 そう思えば存外、畜生道も過ごしやすいように思えてきた。

 尤もそれは『同病相憐れみ、同憂相救う』の精神なだけなのかもしれないが。

 

「おっと立ち話も終いにするべ。今日は御馳走用意したから、晩飯を楽しみにしとけ」

 

 いいねえ、じゃあ頼むよ。

 新しい寝床を用意してもらって、今は旅の疲れを癒すとしよう。

 

【明日は明日の風が吹くってか。ボチボチ慣れていこう】

 

 

 

   ~~~完~~~

 

 





 読者の皆様。これまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。今話で本当に馬としてのアパオシャの物語はおしまいです。あとはwiki風の話、人物と馬の紹介および、アパオシャをどう思っているのか、一言添えるおまけ話を書こうと思います。wiki話にはアパオシャの子供たちの父親と簡単な勝ち鞍を載せておきます。
 その後はいよいよ、馬生を経たアパオシャをウマ娘化した再構築話を短いですが書こうかなと思います。それではこれからも気長にお付き合いください。


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データ集
Wikipedia風のアパオシャ



 wiki風のアパオシャの総評です。競走成績、繁殖成績、血統のイラストを掲載しました。



 

 

 アパオシャ(欧字名:Apaošha、2007年3月)は日本の競走馬、繁殖牝馬。名前の由来はペルシャ神話に登場する黒馬の姿をした旱魃の悪神(悪魔)アパオシャから。

 史上初のクラシック三冠牝馬である。≪魔性の牝馬≫≪神馬の再来≫≪太陽の女帝≫など数多くの異名を持ち、国内外G1通算13勝を挙げた。

 2010年、2011年、2012年JRA賞年度代表馬。3年連続の年度代表馬選出は史上初。2014年に顕彰馬に選出。

 2011年には日本調教馬として初めてKG6&QES及び凱旋門賞を勝利。同年、日本馬として初めて欧州年度代表馬を受賞した。

 母系の曽祖父≪神馬≫シンザンの「ナタの切れ味」と形容される走りになぞらえて、力強い走りは「マサカリの切れ味」と呼ばれた。

 

 

 登録日2009年5月5日――抹消日2012年12月28日

 品種  サラブレッド

 性別  牝

 毛色  青鹿毛

 父   オグリキャップ

 母   ウミノマチ

 母父  ミホシンザン

 生国  日本(北海道帯広)

 生産者 美景牧場

 馬主   南丸浩二

 調教師  中島大

 調教助手 中島遼太

 厩務員  松井秀行

 

 

  ≪競争成績≫

 

  タイトル

 

 JRA賞年度代表馬 (2010年・2011年・2012年)

 最優秀3歳牝馬   (2010年)

 最優秀4歳以上牝馬 (2011年・2012年)

 カルティエ賞欧州年度代表馬 (2011年)

 カルティエ賞欧州最優秀古馬 (2011年)

 顕彰馬(2014年選出)

 

 

  生涯成績 20戦19勝

 

 (中央競馬) 15戦14勝

 (イギリス) 3戦3勝

 (フランス) 2戦2勝

 

 

  獲得賞金 18億9380万円(日本円換算)

 

 (中央競馬) 14億1500万円

 (イギリス) 928790ポンド

 (フランス) 2457020ユーロ

 

 WBRR L131/2011年

 

 

  勝ち鞍

 

 G1  皐月賞      2010年

 G1  東京優駿     2010年

 G1  菊花賞      2010年

 G1  天皇賞・春   2011・2012年

 G1  ゴールドカップ  2011年

 G1  KG6&QES     2011年

 G1  凱旋門賞     2011年

 G1  有馬記念    2011・2012年

 G1  コロネーションC 2012年

 G1  カドラン賞    2012年

 G1  エリザベス女王杯 2012年

 G2  報知杯弥生賞   2010年

 G2  阪神大賞典    2011年

 G2  日経賞      2012年

 Jpn3  ラジオNIKKEI杯  2009年

 

 

  ≪来歴≫

 

  誕生~幼駒時代

 

 2007年3月に北海道帯広の美景牧場で、父オグリキャップのラストクロップ(最終産駒)の二頭の内の一頭として誕生。母はミホシンザン産駒、中央未勝利馬ウミノマチ。3番目の産駒だった。

 先天性無毛症を抱えて、鬣や尾毛を全く持たない特異な外見で生まれたが、生涯一度も疾病を患った事が無いと言われるほど健康体だった。

 美景牧場での幼名は「黒子」。肌が墨で塗ったように黒かったのが由来。

 当歳から知能面で突出したエピソードが多く、生まれて半年程度の頃に放牧地の扉の閂を内側から口を使って引き抜いて脱走した事がある。その時、わざわざ抜いた閂を戻して扉を閉めた行為に知能の高さが窺える。

 自立心が高く、離乳時に母馬と引き離されても声一つ上げずに平然としていた。群れるのが嫌いかと思えば、他の輓馬の幼駒とはそれなりに仲が良かったため、美景秋隆社長は首を傾げる事が多かった。

 

 順調に育った2008年の4月。オグリキャップのラストクロップの一頭が居ると聞きつけて訪れた南丸浩二氏(世界一ソフト代表取締役社長)が一目で惚れ込み、その場で購入。取引金額は400万円だった。

 

 同年の夏には馴致のために日高町の育成牧場に送られて、翌年4月まで競走馬としての訓練を受けた。育成スタッフからは大人しく頑健で手が掛からない、気弱な馬達の群れのリーダーを務めて、よく面倒を見る優しい馬と思われていた。一方で、調教時の鞍上には一定水準の技量を求める気難しい性格も持ち合わせていた評価もある。

 

 育成牧場の訓練を終えて、美浦トレーニングセンターの中島厩舎に入厩。担当は中島遼太調教助手、松井秀行厩務員。両者からはそれなりに期待されていて、調教初期から桁外れの心肺能力と高い登坂能力を発揮して周囲を驚かせた。一部からは「今からでも古馬に混じってステイヤーズステークスに勝てる」と言わしめるほどだった。

 デビュー戦の鞍上には和多流次騎手を起用。デビュー前から度々騎乗して、引退式まで長く付き合う。

 

 

  2歳(2009年)

 

 デビュー戦は9月27日の中山競馬場の芝1800m。人気は11頭中8番人気単勝50倍。父オグリキャップの産駒成績と未勝利馬の母とあって、評価はかなり低かった。しかし低人気などお構いなしとばかりにレース中盤の向こう正面からスパートを掛けて、残り100mで先頭に立ちそのままゴール。鞍上の和多は鞭を一度も叩かなかった。スタンドからは新馬戦とは思えない規模の歓声が上がる。

 11月7日の東京競馬場の百日草特別(500万以下)、芝1800mの2戦目が行われる。今回は初戦の勝利から牡馬6頭を押し除けて、7頭中1番人気に推された。ここでも和多は残り1000m、第3コーナー付近からロングスパートをかけて「捲る」走りで一馬身半の押し切り勝利。

 続く第3戦は年末の阪神競馬場。初の重賞Jpn3芝2000m、ラジオNIKKEI杯。ここから同世代の強豪牡馬との本格的な対決が始まる。スタートから苦しいレースが始まった。アパオシャをマークするのは猛裕騎乗のヴィクトワールピサ。徹底マークにより馬群に押し込められたが、隙を突いて外に脱出。やはり第3コーナーからスパートをかけて、最後はアタマ差で押し切って勝つ。オグリキャップにとって初の重賞産駒となった。3戦3勝無敗。最高の形で2歳を終えた。

 

 

  3歳(2010年)

 

 ラジオNIKKEI杯の後は1ヵ月の放牧を挟み、調教を再開。3歳の初戦はクラシック三冠皐月賞のトライアルレースG2報知杯弥生賞。牝馬三冠初戦の桜花賞トライアルでもない混合戦の重賞への出走には、他陣営も困惑していた。レース当日3月7日の中山競馬場は雨の降る重馬場。雨で重い芝を掻き分け、向こう正面からの力強いスパートで後方から徐々に差を詰める。最終直線で先頭に立ち、そのまま有力牡馬達を寄せ付けない半馬身差でゴール。弥生賞創設以来、第47回目で初の牝馬勝利となる。

 

 クラシック三冠への挑戦

 

 4月になり、中島調教師から衝撃的事実が知らされる。アパオシャはクラシック登録をしていた牝馬G1桜花賞、オークスには出走せず、牡牝混合の皐月賞、日本ダービー、菊花賞への出走を表明。これまでの混合重賞レースでも牡馬を寄せ付けない強さを見せつけていたものの、最初からクラシック登録していた菊花賞を除いて、挑戦には賛否両論を巻き起こした。

 中島調教師は「美浦トレセンで他の厩舎の同期牝馬と併せ馬をしたが、スピードに劣るアパオシャがマイルでアパパネに勝てる自信が無かった。皐月賞と日本ダービーへの出走は去年末から考えて、オーナーに許可を貰った。せっかくアパオシャの父のオグリキャップが残してくれた追加登録制度があるんだから、有効利用したかった」と後の回顧録で記している。

 

 皐月賞

 

 4月18日、通常の数倍の登録料を支払って追加登録をした皐月賞(芝2000m)に出走。弥生賞の勝利もあり、牝馬ながらヴィクトワールピサ、ローズキングダムに次いで3番人気に推される。

 これまでの後方待機からの押し切り戦法から、スタートから先頭を取る方針転換にスタンドからは困惑と落胆の声が上がる。しかしそのまま先頭を譲らず、逃げ切り勝ち。半馬身差をつけて、1948年のヒデヒカリから62年ぶりに牝馬が皐月賞を制した。

 地方競馬出身ゆえクラシック登録をせず、クラシック三冠レースを走れなかった父オグリキャップの代わりに、娘が三冠の一つを手に入れた。

 騎手を務めた和多は、テイエムオペラオーの2001年天皇賞・春以来の9年ぶりのG1勝利に涙を流した。

 

 東京優駿

 

 17万人の観客が集う、5月30日の東京競馬場。クラシック2戦目の日本ダービーはパドック周回からトラブルが続いた。エイシンフラッシュは興奮して発情する。ゲート前の輪乗りではローズキングダムとルーラーシップが立ち上がる。ヴィクトワールピサも興奮して他の馬に吠えかかる等、多くの馬が冷静さを欠いた。

 スタート直後にゲート内で立ち上がったハンソデバンドとトゥザグローリー、ローズキングダムとヒルノダムールは外側に斜行。

 18番の最外枠を割り当てられたアパオシャは皐月賞勝利を評価されて2番人気。序盤は後方で様子を窺い、中盤の向こう正面から徐々にペースを上げていく。第4コーナーから先頭に立ったアパオシャが後方集団と直線で競り合い、父オグリキャップに似た首を下げる低重心の走法を見せつけて勝利。クラシック二冠目を戴いた。

 騎手和多は初の東京優駿勝利でダービージョッキーとなる。中島大も調教師になって初の(騎手時代には2度勝利)東京優駿勝利に涙を流したという。クラシック追加登録制度導入後、制度を用いて東京優駿を勝利したのはアパオシャが初。

 しかしレース後、興奮した約半数の牡馬が騎手の制御を振り切って、勝利した牝馬のアパオシャに交尾を迫って暴走。競馬場は騒然となった。後日、暴走した馬は平地調教再審査の制裁を受ける前代未聞の処分になった。

 

 夏場―――父の死

 

 東京優駿以降の夏場は関東圏の牧場に放牧したが牧場への不法侵入が相次ぎ、生産牧場の美景牧場での休養に変更した。

 休養中の7月3日、事故により予後不良と判断されたオグリキャップが安楽死処置を受ける。産駒アパオシャにも父の死は伝わり、どこか元気が無かったと美景牧場の関係者は当時を語る。7月29日、新冠町のレ・コード館町民ホールでオグリキャップの「お別れ会」が執り行われた。当日にアパオシャも駆けつけ、亡き父の遺影に花を捧げる。さらに父の写真を見上げ、瞳から涙を流すアパオシャの姿は参加者を大いに驚かせた。

 

 最後の冠――菊花賞

 

 放牧を終えて9月に美浦トレセンに戻り、調整を受ける。秋はステップレースを経ずに、直接菊花賞に乗り込む。

 小雨の降る10月24日の京都競馬場。詰めかけた15万人の大観衆の目当ては無敗のままクラシック二冠を戴くアパオシャ。単勝オッズは1.3倍の圧倒的1番人気。鞍上の和多が「調整は完璧」と太鼓判を押すほどの仕上がりを見せていた。

 レースはかなりのスローペースで推移する。アパオシャは最後尾で待機。動いたのは向こう正面に入ってから。大外からスパートをかけて、淀の坂を物ともせず一気に順位を上げる。そのまま四番手の好位置を維持したままコーナーを回って、最終直線は父オグリキャップを彷彿とさせる低姿勢で再加速。追い縋る川田騎手のビッグウィークを突き放し、先行する三頭を苦も無く置き去りにして、64年ぶりの牝馬による歴史的勝利を手にした。

 日本の競馬史上7頭目のクラシック三冠馬、無敗のまま達成はシンボリルドルフ、ディープインパクトに続き三頭目。牝馬によるクラシック三冠達成は史上初。先日アパパネが牝馬三冠を達成したのと合わせて、同年に二頭の三冠馬が生まれたのも史上初。父オグリキャップ、母ウミノマチ、母父ミホシンザンは全て内国産馬。これは三冠馬の中では、牡牝合わせてアパオシャただ一頭。近代日本競馬の歴史そのものの結晶とすら言って良い、特筆すべき項目である。

 

 有馬記念

 

 三冠達成後はそのまま中島厩舎で調教を続けた。次の目標は年末の総決算、12月26日の有馬記念。ファン投票は五冠馬ブエナビスタに一歩譲り2位だったものの、馬券人気は1番単勝オッズ2.3倍だった。レース前半は後方に陣取り、第三コーナーから外に抜け出して追い上げる。直線で先団のヴィクトワールピサと並び同期の壮絶な競り合い、後方からブエナビスタが驚異的な末脚で迫り、三頭並んでのゴール。決着は写真判定に持ち越された。

 検量室前で待機する一同。判定には6分を要して、勝利はハナ差でヴィクトワールピサに齎された。アパオシャは2着、ブエナビスタもハナ差3着だった。デビューから8戦、初の敗北にはアパオシャも落ち込み、和多騎手に慰められる。

 当年成績は5戦4勝2着1回。牝馬ながら無敗のクラシック三冠を達成した好成績から、JRA賞年度代表馬および最優秀3歳牝馬に選出された。なお同期で牝馬三冠を達成したアパパネはJRA賞特別賞を受賞した。

 

 

  4歳(2011年)

 

 3月20日、明け4歳の初戦は第59回阪神大賞典を選択。牝馬ながら56kgと牡馬並みの斤量だったが1番人気単勝2.3倍に推される。前半は後方待機、動いたのは残り1300mの向こう正面。一気に加速して順位を上げた後、最終直線で先頭を奪取。そのままジリジリと差を広げて、二着のナムラクレセントに一馬身半差のゴール。最後はかなり余裕を残しての勝利だった。牝馬の阪神大賞典勝利は創設以来初。

 阪神大賞典勝利の数日後、陣営から海外遠征プランが発表された。遠征第1戦は6月16日、イギリスロイヤルアスコット3日目のG1ゴールドカップ(芝約4000m)。2戦目は同国アスコット競馬場7月23日開催のKG6&QES。さらにフランスに渡り、10月の凱旋門賞挑戦という長期遠征計画だった。鞍上は引き続き和多流次騎手が務める。

 5月1日の天皇賞・春は外枠15番での発走。1番人気単勝オッズは2.2倍だった。スタート直後から先頭に立ちレースを牽引する。途中、何度か先頭を奪われるもペース自体は落ちずに常にハイペースなままレースは続く。最終コーナー手前、残り600mで再度アパオシャが先頭を奪い返して、そのまま逃げ切った。1953年のレダ以来、58年ぶりに牝馬が天皇賞・春を勝利。和多は3度目の優勝を飾った。

 

 海外遠征――英国

 

 5月25日、アパオシャはロイヤルアスコット・セントジェームズパレスSに出走する3歳牡のグランプリボスと共に成田国際空港から出発。英国ロンドン・ヒースロー空港に到着して、現地の厩舎に入厩した。空輸による不調は無く、調教も順調に進み、陣営は確かな感触を得られた。

 6月16日は生憎の雨。芝は稍重の発表。アパオシャは海外初挑戦の牝馬とあって14頭立ての9番人気。日本の最長平地レース3600mよりもさらに長い、約4000mのレースはゆったりとしたスタートで始まり、アパオシャの鞍上の和多氏は最後尾から展開を窺う。和多騎手が仕掛けたのは第二コーナーを過ぎて後半に入ってから。登坂でグングン加速して最終コーナーまでに先頭を奪取。そのまま最終直線を先頭で走り続けて、後続に二馬身差をつけて最初にゴール板を駆けた。第201回目ゴールドカップを日本馬が初勝利。牝馬の勝利は、1991年のインディアンクイーンから20年ぶり。英国G1レース制覇は2000年のジュライカップを制したアグネスワールド以来、十一年空いて二頭目となる。

 7月23日は前日の雨でアスコット競馬場の芝は稍重。KG6&QESは6頭立ての少数レースだったが3歳牡のナサニエルを除いて、5頭がG1勝利馬とハイレベルなレースが予想された。1番人気には昨年の英国ダービーと凱旋門賞を勝利したワークフォースが推される。アパオシャは前走の評価から2番人気だった。スタートからアパオシャが先頭に立ってレースを引っ張る。荒れた内側を避けてやや外側を走り、稍重の洋芝とは思えないほどハイペースで進んでいく。途中、デビュッシーが不調で脚が止まり、最終直線でリワイルディングは転倒するアクシデントはあったもののアパオシャが逃げ切り、二つ目のイギリスG1勝利を飾った。

 7月末日。入厩していた厩舎に当代英国女王が訪れて、アパオシャに面会している。その折、自ら女王に背に乗るように催促して、女王はつかの間の乗馬を楽しんだ。

 

 フランス――凱旋門賞

 

 KG6&QES勝利後も1ヵ月イギリスに留まり、9月になってからフランスに移動。同様に凱旋門賞に出走する日本馬と合流する。

 10月02日、ロンシャン競馬場は連日晴天に恵まれて稀に見る良馬場。17頭立ての中には日本のナカヤマフェスタ、ヒルノダムール。ほぼ全頭がG1勝利馬の、例年でも特にレベルの高い年となった。横一線のスタートからアパオシャが一気に加速して先頭に立てば、後続を置き去りにする大幅なリードを作る。テストステロン、シルヴァーポンド、トレジャービーチが後を追う。レースは中盤になっても全体のペースは衰えない。超高速展開のままアパオシャは先頭争いを続けて、フォルスストレートに入った時には他3頭はスタミナが枯渇して脱落していた。そのまま独走状態は続き、デインドリームを二馬身引き離したまま優勝。前年までのレコードを0.5秒近く更新した2分24秒05を記録。日本競馬界の悲願を達成した。本レースのレーティングは131ポンド。今年度の世界第3位である。

 日本馬4頭は三日後に成田国際空港に着き、帰国した。

 アパオシャは家畜の検疫規定により、3ヵ月間の着地検査が義務付けられたため、秋のG1レースへの参加は制限があったものの、帰国後に直接中山競馬場の厩舎に入厩して着地検査を受ける事で有馬記念への出走は可能になった。

 隔離期間中に欧州G13勝が評価されて、当年カルティエ賞欧州年度代表馬、最優秀古馬を受賞した。日本馬が同賞を受賞するのは史上初めてである。

 

 二度目の有馬記念

 

 12月25日、6年ぶりのクリスマス・グランプリとなった有馬記念に8個目の冠を求めて出走した。海外G1レース3連勝の快挙からファン投票は2位以下を大きく引き離した30万票超を獲得。1989年に約197000票を集めたオグリキャップの、昨年までの歴代最高投票数を大幅に更新した。それでも1番人気単勝2.5倍だったのは、今年度クラシック三冠馬のオルフェーヴルの存在が大きい。それに加えて同期のライバル、ドバイワールドカップ王者のヴィクトワールピサの参戦、六冠牝馬ブエナビスタ等、G1馬総数8頭の本レースはどの馬が勝ってもおかしくはなかった。場内の混乱が予想されたため、JRAは当日入場券の購入を休止して前売り券15万人分のみを販売する入場規制を設けた。当日規制を知らずに来た入場者にも配慮して、場外に特設ビジョンを複数用意する対策も取られた。

 レースはスローペースで始まった。アパオシャとオルフェーヴルが後方に居るため騎手は意識して馬をゆっくり走らせた。スタンド正面から和多の操るアパオシャが一気に仕掛けて展開が動き、最後尾のオルフェーヴルが掛かってアパオシャと先頭争いを始めた。向こう正面で先頭に立ったオルフェーヴルが勝ったと勘違いして競馬を止めようとして、外ラチギリギリの所まで逸走し始める。離脱するオルフェーヴルを余所に、先頭に立ったアパオシャが残り800メートル第3コーナー前からロングスパートをかけていく。そのまま最終コーナーを回り、ヴィクトワールピサ、エイシンフラッシュら強豪牡馬を従えてスタンド正面、二度目の登坂を疾走する。もはや勝ちは揺るがないと思った瞬間、レースを見る全ての者が唖然とした。終わったと思われたオルフェーヴルがいつの間にか大外から猛追。アタマ差まで追い詰めたがアパオシャがギリギリで押し切り、年末最後の大接戦は幕を閉じた。

 国際G1競走8勝目となり、中でも芝G1競走8勝はこれまでの最多記録7勝のシンボリルドルフ、テイエムオペラオー、ディープインパクト、ウオッカを上回り、日本競馬史上最多勝利記録を更新した。

 当年成績6戦6勝(G1は5勝)。年間G15勝はテイエムオペラオーの年間最多記録に並ぶ。海外G13戦は全て日本馬初勝利かつ、凱旋門賞初優勝の高評価から満票での最優秀4歳以上牝馬と二年連続JRA年度代表馬に選出された。年度代表馬の満票選出はテンポイント(1977年)、シンボリルドルフ(1985年)、テイエムオペラオー(2000年)に続く、史上4頭目の事例。牝馬の二年連続年度代表馬選出はウオッカに続いて2頭目。牡馬を含めても史上7頭目である。

 

 

  5歳(2012年)

 

 明けて1月の初旬。中山競馬場での着地検査期間を終えて、昨年5月から約7ヵ月ぶりに美浦トレーニングセンターに帰厩した。

 5歳初戦は3月24日のG2日経賞(芝2500m)。同期のオークス馬サンテミリオンも出走する重馬場の15頭立て。レースの序盤は9番ネコパンチが大逃げを敢行。アパオシャは安易には動かず、前半は後方10番手で様子を窺う。後半に入ってから動き出し、温存した脚を使った超ロングスパートで着実に順位を上げていく。最後は大きく先行していたネコパンチを捉えて重馬場の中山を制した。1番人気単勝1.0倍での重賞勝利は2005年菊花賞のディープインパクト以来。

 次のレースは天皇賞・春。迎えた4月29日、1番人気単勝3.1倍に推されたアパオシャと、阪神大賞典を勝利して2番人気単勝3.8倍のオルフェーヴルのマッチレースが予想された。レースはゴールデンハインドとビートブラックが後続を大きく引き離してハイペースを作る。アパオシャは後方から始める。一度目の第4コーナーでウインバリアシオンとポジション争いに負けて最後尾まで追いやられるが慌てず立て直して、向こう正面からの超ロングスパートで着実に先頭との差を縮める。最終直線に入る頃には4番手まで順位を上げ、オルフェーヴルを抜き去って先頭のビートブラックも豪脚で差し切り、昨年同様に最初にゴール板を駆けた。2006年にディープインパクトが記録したレコードを更新。牝馬による天皇賞の連覇は史上初。

 

 二度目の海外遠征

 

 天皇賞連覇から約10日後の5月10日。アパオシャは二度目のイギリス遠征のために成田国際空港に出発。無事にロンドンヒースロー空港に到着して、その日のうちに現地の厩舎に入厩した。同月15日にはG1コロネーションカップに向けて調教を開始した。

 6月2日、アパオシャが日本調教馬として初めて競馬の聖地エプソムダウンズ競馬場を走る。全10頭の内、半数の5頭がG1馬の厳しいレースとなると思われたが、スタート直後に大幅リードを取って先頭を走るアパオシャには関係無かった。スタート直後から1200m続く高低差40m近い坂を登り続けるため、最初はどの馬もゆっくり走るのがエプソム競馬場の定石。それを無視した無謀な展開に他の馬はペースを乱される。数頭がアパオシャに追従して、中間点の頂上付近では先頭集団と後方集団の差は10馬身を超えていた。先頭のアパオシャは下り坂の最終コーナー、通称『タッテナムコーナー』に突入。前半登坂はペースを押さえていた後続集団が一気に加速して距離を詰めて来る。逃げるアパオシャは残り300mで再加速して、最後の100mからの登坂で追い縋る後続を僅かに引き離してゴール。昨年王者セントニコラスアビーを半馬身差で下してG1は10勝。日本馬のG1連勝記録を7勝に更新した。

 コロネーションカップを終えて一度帰国をしたアパオシャは、夏を調整に専念して秋のフランス遠征に備える。

 8月初旬にはJRAの要請で、福島競馬場で開催した『復興応援フェスタ』に現役競走馬ながら参加。ふれあいホースの一頭としてイベントを盛り上げた。

 8月25日、凱旋門賞に挑戦するオルフェーヴル、アヴェンティーノと共に日本を出発。現地の厩舎で調整に入る。10月7日、いよいよ二度目のフランスG1カドラン賞(4000m10頭立て)を走る。昨日の雨は上がったものの、二日間のレースで馬場はかなり荒れて不良馬場判定を受けていた。スタート直後からアパオシャは周りの馬に前後左右を囲まれて動きを封じられた。さらにレース中盤の向こう正面、他の騎手の鞭がアパオシャの鼻を直撃して出血した。和多はこの時点でレース中止を考えたがアパオシャ自身が闘志を失っていないと判断、レースを続行した。ともかく包囲から抜け出す事を第一に考えて一瞬の隙を探り始める。第3コーナーで一瞬膨らんだ囲いの隙間に身体を捻じ込んで外側に脱出。後はペースを上げて着実に前へ行き、残り150mから先頭に立ってゴールを駆け抜けた。和多はインタビューで「苦しい戦いだった。包囲は気にしていないが鞭で馬の鼻を叩くのは恥」と怒りを露にする。陣営は抗議して、怪我を負わせた騎手は2週間の騎乗停止処分を受けた。アパオシャの鼻は全治1週間の軽傷だった。

 

 牝馬の三冠対決とラストラン

 

 帰国後は着地検査期間を経て、G1エリザベス女王杯への出走を表明。この競走には当年に牝馬三冠を達成したジェンティルドンナも出走を表明しており、史上初の牝馬の三冠馬対決が実現した。

 副題に『エリザベス女王即位60年記念』を冠した、16頭の麗しい牝馬達の祭典、エリザベス女王杯。アパオシャにとっては初の牝馬限定レース、そして少々短い2200m。しかし当日は朝から雨の重馬場。ヨーロッパの不良馬場すら苦にしない、牡馬顔負けのパワーを誇るアパオシャなら不利は無いと見て1番人気単勝1.3倍に推されてた。

 11月11日、レースは序盤、互いにけん制し合うライバル達に関わらず最後尾に陣取った。中盤、向こう正面に入ってからアパオシャはペースを上げて、他の馬がゆっくり坂を登るのを気にせず外から抜いていく。残り800mでエリンコートが先頭に立つ勢いを見せて、アパオシャは2番手で最終直線に入った。先に力尽きたエリンコートに代わりアパオシャが先頭を走る。後ろからはジェンティルドンナ、ヴィルシーナ、レインボーダリア、ピクシープリンセスが追い上げる。徐々に差を縮められても先頭を譲らず、三冠の牝馬対決はアタマ差でアパオシャに軍配が上がる。今回の勝利でG1勝利数は12となる。

 次の有馬記念をラストランに定めたアパオシャ陣営。ファン投票で1位に選出され出走、鞍上はデビューからずっと乗り続けた和多が最後まで務める。今回の有馬記念はG1馬が7頭と、三冠馬対決のあった去年に比べて少々見劣りすると言われているが、クイーンエリザベスC優勝馬のルーラーシップ、今年度クラシック二冠馬のゴールドシップが出走しているため、入場者の減少は無かった。昨年に引き続き、異例の入場者制限と各競馬場でのターフビジョンによる同レースの中継が行われた。

 12月23日天皇誕生日。レースはルーラーシップが大きく出遅れて、ゴールドシップも後方スタート。ルルーシュ、アーネストリー、ビートブラックの3頭が引っ張る。アパオシャは11番手の後方から様子を見る。1000メートル通過地点でのタイムはほぼ60秒、第2コーナーを回って、残り1300メートル付近で中団のアパオシャが動く。第三コーナーに入った頃には2番手まで順位を上げるハイペース。残り200m、エイシンフラッシュ、オーシャンブルー、ゴールドシップが末脚を響かせるが既にアパオシャは遥か前を行き、誰も追いつく事が出来ずに孤高のままラストランを終えた。2着ゴールドシップとは8馬身差の圧勝。これ以上無い有終の美を飾っての引退レースだった。二年間無敗、国際G113勝。

 

 当年成績6戦6勝(G1は5勝)、海外G12戦ともに日本馬初優勝、年間無敗で、二年連続最優秀4歳牝馬、史上初の三年連続JRA年度代表馬を受賞したが去年と異なり満票での選出ではなかった。宝塚記念、凱旋門賞、ジャパンカップを制したオルフェーヴル。三冠牝馬のジェンティルドンナに票が流れたためである。

 

 2012年12月28日、アパオシャのJRA競走馬登録を抹消。2013年の1月26日(土)、最終競走終了後の東京競馬場に10万人が集まる中で引退式が執り行われた。2011年英国ゴールドカップの馬着を着用して、誘導馬2頭にはそれぞれ2011年凱旋門賞、2012年天皇賞の馬着を着せた。関係者一同はアパオシャと共に涙を流した。

 前年選出されたエルコンドルパサーに続き、2014年に顕彰馬に選出された。

 

 通算成績20戦19勝2着1回。デビューから連対(2着以内)し続ける『生涯連対』を達成。母系の曾祖父シンザンの19戦15勝2着4回を更新する新記録を達成。シンザン引退後の競馬界のスローガン『シンザンを超えろ』を曾孫が達成した。

 連勝記録は12連勝(海外含む重賞)。これはクリフジ他の持つ11連勝、タイキシャトルとテイエムオペラオーの持つ重賞8連勝の記録を更新した。

 最多重賞は父オグリキャップ他の12勝を大きく更新して17勝。最多連対重賞はスピードシンボリの17勝を更新して18勝。最多G1競走13勝は日本史上最多記録。

 通算成績の20戦19勝2着1回G113勝はアメリカ合衆国競走馬ゼニヤッタと全く同じ成績。引退後はアメリカのホースマンから『日本のゼニヤッタ』『芝のゼニヤッタ』とも言われるようになった。

 生涯総獲得賞金は日本円で18億9380万円。(中央競馬)14億1500万円、(イギリス)928790ポンド、(フランス)2457020ユーロ。

 

 

  ≪競走成績≫

 

 

 

 

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  繁殖牝馬時代

 

 引退式を終えた2013年に故郷の美景牧場に戻り、繁殖牝馬として過ごす。所有権はオーナーの南丸氏と美景牧場の共同所有と言われている。種付けの権利を南丸氏が保有している以外の詳細は非公開。初年度の交配相手はイギリスG110勝を挙げたフランケルだった。イギリスに渡り、受胎した後、日本に戻って翌年2014年3月に初仔の牡馬を出産。父母合わせて23冠産駒は世界的に有名になった。それ以降も毎年交配相手の仔を産み、繁殖牝馬を引退した2024年まで11頭を出産。産駒はキタサンブラックの22年産駒を除いて、競りには出さずに全て馬主の南丸氏が所有した。22年産駒はプロ野球選手の的場一郎選手の強い願いから譲渡されたとある。

 全頭中央で勝ち上がり、中央重賞馬は7頭(うち4頭がG1勝利馬)。全て中島大調教師と、定年後に厩舎を引き継いた息子の遼太調教師が管理を任された。

 産駒の傾向は長距離に秀でて頑強、穏やかな気性と良好な操作性を持つ産駒が多い。14年、16年、20年、22年、23年産駒が種牡馬入りして、各種牡馬繋養牧場に売却された。牝馬は全て美景牧場に繁殖牝馬入りを果たしている。

 2024年4月、ストラディバリウスとの産駒を最後に繁殖牝馬を引退。以降も生まれた美景牧場で功労馬生活を送る。同牧場内でリードホース(幼駒の保育士役)を8年間務めて、晩年は穏やかな日々の中で過ごした。2037年、老衰により30歳で死亡。

 

 

  ≪繁殖成績≫

 

 

 

 

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  ≪特徴≫

 

 身体面

 

 先天性無毛症を抱えて産毛程度しか生えていなかったが極めて健康的で、生涯怪我や病気にかかったことが無いと言われるほど頑強な肉体を持っていた。疲労回復能力も非常に高く、全身を酷使するG1レースに出走しても早ければ三日、遅くても一週間で疲労が抜けて調教が出来たと言われる。競走馬の登録を抹消して繁殖に備えて精密検査をしても、どこにも異常が見つからなかったと美浦トレーニングセンターの獣医師の記録が残っている。

 現役時の出走体重は455~465kg。平均的な牝馬の体格だったが骨格と筋肉がガッシリしていた。脚も並のサラブレッドより太く登坂能力に優れていた反面、脚が短かったため大きなストライドが取れずトップスピードに劣る面があった。それを補うようにピッチ回転の早い走法で加速性に優れていた。加えて短い脚を逆手にとった小刻みのステップでコーナーを無駄なく走る『コーナー巧者』でもある。主戦騎手を務めた和多騎手が初めて騎乗した時に「普通のサラブレッドが速さ重視のレーシングカーなら、アパオシャはオフロード用のラリー車のような力強さがあった」と後に述べている。力強い走法は他の馬が苦戦するような道悪状態でも大きな悪影響を受けず、より荒れた馬場の方が相対的に強さが目立った。軽芝に慣れた日本馬に比べて重いヨーロッパの芝に適応しやすい性質が海外G15勝を上げる要因だったと思われる。

 もう一つ大きな身体的特徴に心肺機能の桁外れの高さがある。中島厩舎(美浦)に入厩して間もない頃から片道1200mの坂路調教を繰り返していた。通常の馬なら3回往復すれば疲れてしまうが、アパオシャは7往復しても余裕を見せていた。4歳時には毎日最大20往復した後でプール調教も行う、非常識なスタミナの持ち主だった。

 これらのスタミナと登坂能力のおかげで起伏の激しいヨーロッパのG1レースを勝ち抜けたと、中島遼太調教師は自著の中で記した。

 

 精神面

 

「まるで人間のように考えて振る舞う馬だった。それだけでなく、他の馬の長所を見極めて自分に取り込む上手さがあった」と中島大調教師は語る。松井厩務員も「人間の言葉を理解して従い、行動を逐一観察しつつ、模範する知性と器用さがあった」と周囲に頻繁に語っていた。馬房の扉の鍵を内側から自力で開けるほど、器用で賢かったとも言われている。

 新馬戦から引退まで鞍上を務めた和多騎手も、レースの距離さえ教えれば騎手が何もしなくても自分でレースをプランニングして勝つ知性、仕掛け時を間違えないスタミナの管理能力が傑出していたと分析する。事実、和多騎手がアパオシャに対して鞭を使ったのは20戦中、たったの2度である。(注)そのうちNIKKEI杯はマークしていた他の騎手へのブラフに用いただけ。

 さらに極めて強い闘争心も有しており、周囲から勝つことを求められていたのを理解して、自身もレースに勝つことへの喜びを持っていたと言われている。唯一負けた2010年の有馬記念では、自らのミスで負けた(レース中盤まで集中出来ずにいた)事には周囲に申し訳なさそうな態度だったと、松井厩務員が後年に語った。主戦の和多騎手も「勝つ事が義務と捉えるほどプロフェッショナル精神が高い。変幻自在の脚質も気分ではなく、その場で最適解のレース展開をアパオシャ自身が選んでいるだけです」と度々言及している。

 この闘争心と勝利への渇望を上手くコントロールしつつ、最終的な勝利まで冷静に走り続ける知性と精神性こそが世界最強馬の強さの源泉なのだろう。

 

 一方で性格は極めて温厚で、優しく面倒見のいい性格をしている。多少不機嫌な時もあるが人間や馬に当たり散らす事は一度もなかった。馬にもよく頼られて、厩舎の馬のリーダーを務めていた。4歳の3月に東日本大震災が起きて、その後も余震がたびたび起きた時は厩舎の垣根を越えて昼夜を問わず、怯える馬達を宥めて励ます姿が美浦トレセンでの日常風景になっていた。そうした献身的な行動から馬からの絶大な信頼を勝ち取り、中島厩舎だけでなく美浦トレセン全体のボスに押し上げられた。

 暴力や威圧ではなく、慈愛と献身によって2千頭の美浦トレセンの馬を束ねる過去に例の無いボスであるが、時に従わない若馬には走力を見せる事で相手の性根をへし折るような厳格さも持ち合わせていた。硬軟合わせたクレバーさも、この馬の魅力なのだろう。

 

 人気

 

 夏冬のグランプリ競走のファン投票では、対象になった3歳の夏冬は4歳のブエナビスタに次ぐ得票数2位だった。4歳夏から引退する5歳冬までは常にファン得票数1位を保持し続けた。また凱旋門賞を勝利した4歳の有馬記念の投票は、1990年に父オグリキャップが集めた約19万7700票を大きく上回る30万票超の新記録。未だこの得票数の記録は更新されていない。

【スターホース】オグリキャップのラストクロップ(最終年産駒)ということもあり初期は往年の競馬ファンから人気を得ていたが、牝馬ながらクラシック三冠に参戦した時期から急激に女性人気が高まったと、当時の競馬場を取材した記者は語る。上世代の7冠牝馬ウオッカや6冠牝馬ブエナビスタの人気も後押ししていたのではないかと分析する批評家もいる。遠征地のイギリスでも、多くの牡馬を相手に超長距離のG1ゴールドカップを勝利するパワフルな走りから、女性からの人気が高い。競馬好きで有名な当時の英国女王もアパオシャに大きな関心を寄せており、わざわざプライベートの時間を作って会いに行くほどお気に入りだった。

 東日本大震災被災地の東北地方には、アパオシャを模した馬の像を祀る神社が幾つかある。これは馬主の南丸氏が4歳時のレース獲得賞金のうち、経費と所得税を除いた馬主の取り分を全て被災地に寄付する旨を公表したためである。加えてイギリス女王とイギリス国民からも復興義援金として約60億円が被災地に送られている。この義援金もアパオシャの活躍に心を動かされた人々からの慈善行為と、イギリス政府が公的に発言している。後の日英外交に少なくない影響を与えたと言われ、父オグリキャップが日本経済に影響を与えた馬なら、アパオシャはヨーロッパとの外交に影響を及ぼした馬と言われている。

 2016年の家畜伝染病予防法の改正は、2011年の海外遠征後の輸入検疫と着地検査の隔離期間の長さが一つの契機と言われている。2011年以前にも日本から海外遠征した競走馬への、帰国後の着地検査期間が現在の国際基準よりも長い事が問題視されていた。アパオシャが長期の海外遠征から帰国して、三ヶ月間の隔離生活でレース出走に制限があった事で関係各所から意見書が提出され、本格的に法改正に向けての議論が進んだ。5年後の2016年に『国際交流競走出走馬の家畜衛生条件』所謂『60日ルール』が緩和延長されて、日本馬の海外遠征が活発化した。

 アパオシャの人気と活躍から二体の銅像が日本の競馬場に設置されている。1体目は父オグリキャップがデビューした岐阜県笠松競馬場に、同馬の銅像が父と隣り合う形で競馬場の入り口に設置されている。もう1体は引退後に、デビューと引退レースの場となった中山競馬場のパドックと正門の間、名馬ハイセイコー像の近くに設置された。

 

 

 血統

 

 

 

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 血統的背景

 

 父オグリキャップから続く、現在では希少になったネイティヴダンサーの直系血統。中央未勝利馬の母ウミノマチはスタミナに秀でたボワルセル系。どちらも現在の主流血統から外れた枯れた血統と見做されている。ゆえに血統研究者の多くはアパオシャが何故これほど強いのか答えが出せない。一部の研究者にはネイティヴダンサー系の種牡馬は「一発当たる」系譜であり「オグリキャップという金鉱脈を掘り当てたダンシングキャップ」と同様に、オグリキャップもまた最後の最後で「アパオシャという最大のダイヤモンド鉱脈を掘り当てた馬」と見る者もいる。

 むしろ母ウミノマチこそ「ダイヤモンド鉱脈」だったと考える研究者もいる。ウミノマチの産駒は全部で7頭。うち、競走馬登録をしていない初仔のウミノマチ04を除いて、6頭が勝ち上がっている。しかもアパオシャ以外に2010年産ヴィンティンもG1勝利馬、他3頭も重賞勝利馬の優れた繁殖牝馬の評価に値する。

 母系の父を辿れば昭和の名馬シンザン、母系の母にはフランスの名牝ダリアが見つかる。

 

 

 





 ここまでは比較的真面目なまとめです。あとは人物紹介と馬紹介の後にネタにまみれた解説話でも作ろうかと思います。


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人物録


 多くの感想を送っていただき、ありがとうございます。数が多いのでこの場でお礼を申し上げます。
 感想内で反響の多かった産駒はかなり盛った成績にしたのでリアリティが無いと思いつつ、創作だから良いやと思って開き直りました。
 それとディープインパクトと交配していないのは、出来るだけサンデーサイレンスの血統を避けて非主流血統の種牡馬が一頭でも増える事を種付けアドバイザーの社大グループが望んだからです。同期連中やマンハッタンカフェと種付けしていないのはそれが理由です。エイシンフラッシュだけは非SS血統ですが単純に巡り合わせが悪かった。
 それでも初年度からフランケル産駒の大型種牡馬が誕生したのは予想外の成果でしょうが。日本競馬界はお祭り騒ぎだったと思います。



 

 

 【人間編】 「」内はアパオシャへの一言

 

 

 美景秋隆

 北海道帯広にある小さな牛牧場を営む老人。本来の生業は乳牛から乳を搾って業者に卸す酪農家。馬産業は第二次競馬ブーム前後から、儲かると知って地元ばんえい競馬場に使う輓馬を生産した程度の副業だった。2004年に知り合いの牧場で脚を骨折して肉になる寸前の繁殖牝馬ウミノマチを捨て値で買い取って、治療を施して自分の牧場で繋養した。2006年にウミノマチの3番目の仔(美景牧場にとっては2頭目)に、今年で種牡馬を引退するオグリキャップの種を付けた。選んだ理由は単に最終年で種付け料が10万円と、ほぼ捨て値に近かったから。値段で選んだだけで血統自体はどうでも良かったらしい。そんな適当に産ませたウミノマチ07が、あれよあれよという間に世界最強馬になった事で寿命が10年縮まったと亡くなる数ヵ月前に語った。なお享年は90歳である。

 アパオシャが4歳の時に海外遠征の話が持ち上がり、それを機に長男の春彦に社長業を譲って後は野菜作りと家畜の世話に専念する。孫娘のナツが婿を貰った年になっても馬とひ孫の世話だけはマメにしている元気な老人として老後を楽しんだ。

 儲かるから馬産に手を出したというが金にがめつい面は皆無。隣家の的場家が銀行に融資を頼んだ時は保証人になったり、的場家が倒産の危機に陥った時はアパオシャがレースで稼いだ金と第4仔アウトシルバーを売った金で借金を立て替えた。その後もウミノマチの仔が高値で売れても無理な投資はせず、全て経営を譲った息子に判断を委ねた。

 

「お前のことは福の神だと思ってるべ。しかし感謝はしとるが馬の癖に舌が肥えすぎとりゃせんか?」

 

 

 美景春彦

 美景秋隆の長男で、のちの美景牧場の社長。いかつい見た目で多少ぶっきらぼうなところもあるが、根は素朴で善良な酪農家。父親から社長業を継いだ後は、金回りが良くなっても新事業開拓や無理な投資はせずに、これまで通り自ら牛馬の世話をしつつ、徐々に規模を大きくする程度に留まっている。

 アパオシャが世界を股にかけて活躍し続けているおかげ(せい)で何かと苦労をする羽目になった人。生産牧場代表として日本各地の競馬場どころかイギリス、フランス、果てはアパオシャの産駒があちこちに遠征するから、日常会話程度でも話せるように英語を再勉強する羽目になったが、本場イギリスやアメリカの牧場を見学させてもらえて色々と楽しいと感じている。

 それでも北海道によくいる零細牛農家が英国王室と接点があり、毎度世界中から来る客の相手をしていたら愚痴の一つも言いたくなる。それを助けているのが一人娘の婿に来た義理の息子なのがイマイチ面白くない。

 

「孝行娘に振り回された人生だったがそれなりに楽しかった」

 

 

 美景ナツ

 美景牧場の跡取り娘。勉強より家畜の世話が好き。もっと言うと家業の牛より馬の方が好き。アパオシャのことは生まれた時から変な馬だと思っていたが相応に可愛がっていた。元々馬に魅せられた少女だったが自分の家から出た馬が中央競馬のG1レースを勝った瞬間を見て、生涯馬から離れられないと完全に脳を焼き尽くされた。本来は厩務員のような厩舎の職員になりたかったが跡取りが自分しかいないから無理だと思いつつ経営が上向く実家を見て、自分の代になったら馬産を拡大出来ると気付いて前向きに考えられるようになった。高校は馬術部に所属してそれなりの成績を残した。高校卒業後は地元農業大学に進学して家畜研究を専攻した。

 大学卒業後は高校時代の同級生で恋人だった青年と結婚して、共に家で仕事を学びつつ日々忙しく働いている。

 

「大好きだけど、家族から私より頭が良いと言われるのだけは腹が立ったっしょ」

 

 

 南丸浩二

 20代のころにオグリキャップが走る姿を見て奮起した、当時よく居た男性。その後、テレビゲーム開発会社≪世界一ソフト≫を設立して、無我夢中で働き続けて会社を大きくした。経営に余裕が出来た頃、取引先の重役から馬主コミュニティは便利と勧められて馬主資格を取り、オグリキャップのラストクロップ、ウミノマチ07を即決で購入した。一番最初に買った馬が世界最強になり本業のゲームソフトも売れに売れて、世間からは一目置かれる人物と見なされている。しかし馬を見る目は無いと自認している。のちにアパオシャをモデルにしたゲームキャラの『オシャちゃん』が会社の2代目マスコットキャラに正式決定した。

 アパオシャの仔が活躍して、その孫達の数が増えて管理し切れなくなった頃から、競走馬の管理会社を設立した。地元岐阜県の笠松競馬場で、毎月幾つか協賛競走(命名権を購入したレース)も開催している。

 基本的にアパオシャの産駒は自ら所有して、牝馬なら引退後も全て所有し続ける。種牡馬の需要が無い成績不振の産駒にも再就職先は用意していた。

 英国王室や中東王族からアパオシャの産駒の購買を打診されたが決して売らず、現役引退後に牡馬は全て種牡馬として放出する、さらに機会があればイギリスとドバイ遠征を行う事を確約して、産駒を手元で走らせた。

 

「言うべき言葉は無限にある。しかしただ一言だけ言わせてほしい。ありがとう」

 

 

 中島大

 美浦トレーニングセンター所属、中島厩舎を経営する調教師。元騎手であり現役時は『サクラ』冠の一流馬に乗り、日本ダービーをはじめとした数多くのG1レースを勝ち抜いた一流騎手である。調教師としてもマンハッタンカフェ等G1馬を育てた仕事人。かつては最強の馬は主戦を務めたサクラロータリーと公言していたが、凱旋門賞勝利後は中堅程度だった厩舎を世界一に押し上げたアパオシャを最高の馬と言って憚らない。

 息子たちが厩舎で働いているが、自分が定年になったら厩舎を畳まないといけない事を危惧して、調教助手の次男遼太に無理にでも調教師免許を取らせて厩舎を引き継がせた。自分を信じて最高の馬達を預けてくれた南丸達馬主への誠意だった

 

「自分の乗った馬ではない、強敵オグリキャップの娘でも断言しよう。お前が最強だ」

 

 

 中島遼太

 美浦トレーニングセンター所属、中島厩舎の調教助手。アパオシャの調教を担当していた。当初からアパオシャの突出した資質には気づいていたが、近年のスピード偏重の日本競馬に対応出来るか不安視していた。いざデビューしてみれば、そんな小さな不安を吹き飛ばす担当馬の強さに驚きしかなかった。

 馬が大好きで経営者の調教師になるつもりはなかったが上司兼父親の大に頭を下げられて、已む無く調教師免許を取得して2018年に厩舎経営を引き継いだ。調教師になってからは現場を懐かしみながら、毎年入厩するアパオシャの産駒を管理して、押しも押されぬ美浦トレセン一の厩舎経営に毎日頭を悩ませている。

 

「引退間際にお前が怒った気持ちがよく分かる。誰だってずっと好きな事をしていたいよ」

 

 

 松井秀行

 美浦トレーニングセンター、中島厩舎所属の若手厩務員。アパオシャの日々の世話を担当していた。明らかに普通の馬と違うアパオシャをどう扱うか悩んだものの、むしろ手間がかからないのにレースに勝ちまくってボーナスでウハウハだった。しかしアパオシャ用の料理を定期的に作るために料理の腕を上げなければならなくなって、プロの料理人に教えを乞うなど、時々自分の仕事は本当に厩務員なのか自問自答する日々も多かった。

 アパオシャが引退後も毎年産駒が入厩するので、毎日楽しく世話をしつつお手製料理を食べさせている。のちに馬用の料理本を出版する謎行動に出たが、アパオシャのネームバリューでそこそこ売れた。

 

「お前の子供達にお前の若い頃の話をしたり、料理を食べさせてるよ。今も元気にしているみたいで良かった」

 

 

 和多流次

 元石本厩舎所属の栗東トレセンの騎手。かつて20数歳で≪覇王≫テイエムオペラオーの背に乗り7つの冠を戴き、栄光と歓喜、挫折と苦悩を味わった騎手。ある種の運命的な出会いでアパオシャのデビュー戦を任されて、引退するまで彼女の背を任された。日本競馬史の中でも最高クラスのテイエムオペラオーを若輩で任された嫉妬や、後のG1レースを勝てない日々から能力を疑問視されていたが、幾つか重賞を勝ち続けているので決して能力に劣るわけではない。中小馬主の弱小馬でも選り好みせずに依頼を受けて乗る姿勢と、そんな馬でも度々掲示板に入着させる手腕の評価は高い。

 自ら考えてレースプランニングをするアパオシャをどう扱うか迷った末に、一切邪魔をせず好きに走らせる事を選んだ。そうなると全く鞭を使わないため、観客からは乗ってるだけのリュックサックと揶揄されて良い評価はされなかったが、決して邪魔をしない騎乗姿勢に徹した。ただ、いつでも不測の事態に備えて気を配る事を忘れず、おかげでアパオシャは勝ちを拾うレースが幾つかあった。さしずめハンドルを握らずペダルも踏まない、しかしドライバーが困った時には助手席から指示を出すナビゲーターだろう。

 最強の女帝と共に走り続けた後、彼女の引退後は成績不振を危惧されたものの、かつての相棒2頭の妹ヴィンティンの主戦騎手を務め、見事G1を2勝して杞憂とした。その後もアパオシャの産駒の数頭を任されて重賞を勝ち、トップではないが一流騎手の評価を確かなものにした。

 海外のG1を勝利した折、鞭を用いない特異な操縦術を見た現地騎手やメディアから『マジシャン』と畏怖された。

 50歳手前に騎手を引退して、以降は競馬に関する記事を書くライターの仕事をしている。騎手時代を綴った『王達の見る景色』は競馬書籍としては異例のベストセラーになった。

 騎手以外の仕事で引退馬達に会いに行くことがあり、かつてオペラオーのライバルと言われたメイショウドトウから凄く嫌われて苦笑いする。

 

「お前の背の上に乗って一緒に戦ったことは生涯の誇りだ。また会いに行くよ」

 

 

 騎手の方々の評価

 

猛裕「あの馬に乗っていたら、もう少し早くスランプから脱出できたかもしれない。和多君がうらやましい」

 

福水「うちの親父みたいな馬だった。それにセオリーを無視しているように見えて、彼女自身にはちゃんとしたルールがあったんじゃないかな」

 

富士田、蝦那「良い馬なのは保証するが、予測不能な動きが怖すぎて乗りたくない。こちらが命じれば従ってくれても、いずれ喧嘩になっただろう。お互い関わらない方が良い」

 

柴畑「他の馬に比べて遥かに頑丈。だから乗り続けたら基準がおかしくなって、他の馬に乗ったら無理をさせすぎて故障させてしまうのが怖い。あれは和多君専用だよ」

 

デニーロ「アパオシャって面白い馬だね。当時、僕が日本の騎手免許持ってたら和多君に代わってたくさんレースに出たかった」

 

池園「オルフェを御せる唯一の馬。彼らの子供に乗って世界のレースを走った僕は日本一幸せな騎手です」

 

その他レースで走った騎手達「憧れはある。だがそれ以上に強すぎてどう走っても勝てなかったから、正直当時は憎かった」

 

皇帝の元騎手「認めたくはないが精神の成熟性と長距離ならルドルフに勝る馬だよ。オグリキャップは最後の最後に良い後継者を授かった」

 

 

 JRA関係者

 アパオシャを起爆剤に、各馬達のエピソードや血統を背景にした物語を発信していくことで、競馬をよりドラマ性のあるスポーツに据えて第三次競馬ブームを定着させた。

 ブーム発端の国際競馬に通用する実力を見せつけた個性溢れる2007年産世代、歴代最強でありながら稀代の癖馬オルフェーヴルとスプリンター王ロードカナロアを擁する2008年産世代、2007年生まれに匹敵する実力とタレント性を備えた歴代最強クラスの2009年産世代と、立て続けにブームを維持し続けられた幸運に支えられた。

 いつか競馬が野球に並ぶ、日本のトップスポーツになる日も近いかもしれない。

 

「神様、仏様、アパオシャ様、そろそろ第四次ブームをお願いします」

 

 

 馬産関係者

 なぜこの血統でこれほど強いのか誰も分からずノイローゼになる者が続出した。同時に今となっては極めて希少な非サンデーサイレンス、非ノーザンダンサー血統の内国産馬が何故牡馬として生まれてこなかったのか競馬の神を呪った。お願いだから産駒からいい感じの牡馬が出てこないか祈っていた所で、初仔から日英米ドバイを股にかける7冠牡馬を輩出した事で狂喜乱舞した。

 

「どちらかと言えば悪夢よりだったが夢のような凄い馬だった」

 

 

 英国女王

 おそらく作中で最もイイ空気を吸った世界有数の偉人。お気に入りのアパオシャをイギリスに招待したり、交配相手を南丸に勧めたり割と趣味の方は好き勝手やってる。持ち馬ではなかったが自分のお気に入りの馬の初仔(種牡馬は勧めた)フォアランナが英国ダービーを勝利した時は、興奮しすぎて旦那や一族から相当白い目で見られていた。その後も英国に種を貰いに来たアパオシャとこっそり会ったり、忙しい公務の中でも友と呼んだ馬への親愛の情は絶対に忘れなかった。

 

「天国でまた私を乗せてくれるかしら?」

 

 

 英国女王の孫

 祖母である女王の名代として日本に何度か来ているイギリス王族の女性。爵位は持っていないので王女とは呼ばれない。卓越した馬術の持ち主で、2012年ロンドンオリンピックの馬術競技銀メダリスト。おそらく一族の中で女王の次に馬ガチ勢。頭がよく感情豊かなアパオシャのことはかなり気に入っている。将来はカラバの産駒に乗って馬術競技をするのを楽しみにしている。

 

「貴女がイギリスに生まれなかったのは私達にとっての不運です」

 

 

 長尾謙一郎

 アパオシャの母方の曾祖父シンザンの厩務員を務めていた老人。調教師でもありG1馬を育てて、競馬界では一目置かれている。

 アパオシャのことは2歳頃から見ている。その後もたびたび競馬場まで足を運んでレースを観戦していた。近年の競馬ブームで関心の無かった孫達が馬に興味を示してくれるのが嬉しい。休日はよく孫達と競馬場に行く満ち足りた老後を過ごしている。

 

「あの世でシンザンに良い報告が出来る。君は本当に素晴らしい馬だった」

 

 

 御栗幸一

 第二次競馬ブームの中核を成したオグリキャップの初代馬主。後輩馬主の南丸に誘われて、時々関係者としてウイナーズサークルにも顔を出していた。アパオシャのおかげで日本の人々がオグリキャップを思い出してくれたのが何よりも嬉しかった。

 アパオシャが引退して子供を何頭か産んだのを見届けるように逝去した。

 

「素晴らしい夢のつづきを見せてくれてありがとう」

 

 

 的場一郎

 美景牧場の隣の牧場の長男でナツの同級生。野球部のエースで高校も野球部に所属している。中学生の時に父親を心筋梗塞で亡くしており、父の代わりに家の借金を返すつもりで中学を出たら働くつもりだった。しかし保証人になっていた美景一家が借金を全て立て替えたおかげで猶予が出来たため、無事に高校進学した。

 憂いが無くなり高校でもメキメキ投手として実力を付けて、2年生の夏と3年の春に念願の甲子園出場を果たし、勝利投手にもなったことでプロへの道が開けた。卒業後はドラフト下位に指名した虎縞球団に入団。それなりに2軍生活も経験した後は晴れて1軍に上がり、主力投手の一人として日本で長く活躍した。美景家への借金を契約金と年俸数年分で返済し切った後は、とある元メジャー投手の勧めで馬主資格を取得。長年の願いだった恩のあるアウトシルバーの産駒を購入した。その後も毎年一頭はアウトシルバー産駒を買い続けたが、アパオシャの産駒は馬主南丸浩二が絶対に手放さなかった。それでも頼み込んで一頭だけ譲ってもらった。

 プロ引退後は実家の牧場を継いで、経営者として毎日頑張っている。

 

「お前とお前の弟は家の救い主だ。本当にありがとう」

 

 

 八剣優人

 美景ナツと的場一郎の高校の同級生。色々あってそれまで無縁だった農業高校に進学して、学校生活で家畜の面白さを知る。ナツと同じ馬術部に所属して馬に触れた事とG1レースの熱狂に当てられて馬好きになった。

 高校卒業後はナツと同じ農業大学に進学して経営学を学んだ。大学卒業後は恋人のナツと結婚して美景家の婿養子になり、さっそく経理を任される。色々あって共同所有になったアパオシャの産駒の血統を広める事に成功。美景牧場拡大の一助を担う功労者になった。

 一見して少女と見紛う外見を持っているが男である。成長期には体格も立派になり、間違われる事も無くなった。

 

「馬ってすげえ(戦慄)」

 

 

 





 次話は馬の紹介です。同期の馬やアパオシャの血族も掲載します


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馬録


 こちらは作中に出ていた馬とアパオシャの血族の一部です。
 アパオシャの産駒の一部は次回掲載する予定です。



 

 

 アパオシャ

 ご存じ本編主人公。90歳頃にベッドで過ごしていたら、いつの間にか畜生道に堕ちていた。不幸中の幸いというべきか、最期まで肉にされる事なく天寿を全うした悪運の強い女。幼名黒子。400万円で南丸に買われる。

 美浦トレセン中島厩舎に所属して、2009年に競走馬としてデビュー。その後もトップスピード以外は全て揃っていたと言われる身体能力を用いて数々のレースを勝ち抜いて、日本だけでなく世界に名を轟かせた。2012年、全盛期の中で競走馬生活に終止符を打った。

 繁殖牝馬になってからは、毎年死んだような目で牡馬と交配して仔を産む。それでも産んだ仔はしっかり育てて競走馬として活躍させる強い義務感があった。四度目の交配時、かつて面倒を見ていたオルフェーヴルだけは、交配してもそれほど嫌そうな目はしていなかった。

 2024年(17歳)を最後に繁殖牝馬を引退。以降は功労馬として生まれた美景牧場で過ごす。暇だったから同牧場の幼駒(主に孫)のリードホース(育成役)を8年間務めて、競走馬の何たるかを叩き込んだおかげで勝ち上がる馬が多かった。2037年に老衰のため30歳で死亡。亡骸は牧場外の一画に埋葬された。花を愛でるのが好きだった墓所の主のために、沢山の花の種をまいて毎年彩り豊かな地にした。死後もかつてのレースを懐かしんで弔問客がたびたび訪れる観光スポット化した。

 死後、迎えに来た今世の己によく似た前世の同居者が「面白い見世物だった」と漏らした一言で全てを悟って、顔面に蹴りを叩き込んだ。

 最強馬論争に大抵出てくる馬だが、日本の中距離G1をあまり走っていないため、スピードが求められる日本の中距離はそこまで強くない印象を持たれている。その分、長距離は歴代最強でほぼ満場一致している。稀にメジロマックイーンかディープインパクトなら勝てるという意見もあるが、最強格を対抗馬にしないといけないぐらいには傑出していた。

 2014年に顕彰馬に選出。

 

 

 アプリコットフィズ(トフィ)

 アパオシャの隣の馬房にいた中島厩舎所属の2007年産牝馬。同期だったアパオシャを実の姉のように慕っていた。マンハッタンカフェの全妹の仔で姪にあたる。競走馬としての実力はかなり上層。G1レースこそ掲示板入りが限界だったものの、G3クラスを4度(2010年クイーンC、クイーンS。2011年京成杯、富士S)勝利している。アパオシャに続くように、2013年3月に競走馬を引退して繁殖牝馬になる。アパオシャもトフィの愛称で呼ぶぐらい可愛がっていた。

 

 

 アロマカフェ

 アパオシャと同じ中島厩舎所属の2007年産牡馬。アパオシャにとっては弟分になる。重賞勝利馬で2010年菊花賞にも出走している。年下馬の面倒をよく見る馬だったのと、中島厩舎で古参だったから、アパオシャから後任リーダーに選ばれた。かなり長く競走馬生活を過ごして2016年末に引退。その後は種牡馬となり2019年に死亡した。重賞勝利はG3ラジオNIKKEI賞一つだがOP戦は4度ほど勝っていた良馬だったため、早すぎる死に周囲は嘆いた。

 

 

 アパパネ

 アパオシャと同期の阪神JF、3歳牝馬三冠、ヴィクトリアⅯの牝馬五冠。調教より昼寝の方が好きなポヤっとした子。同じ美浦トレセン所属だったのでアパオシャ他同期牝馬とはよく併せ馬で走っていた。公式には同期三冠牝馬が一度も対戦経験が無いのをファン達はとても惜しんだ。2012年途中で屈腱炎を発症して引退。以後は繁殖牝馬として繋養する。多くの交配相手は七冠ディープインパクト。初仔が12冠ベビーと話題になったが、同年一ヵ月後に生まれたアパオシャのフランケル産駒が23冠ベビーだったので、一気に消し飛んだ。歴史的名牝馬なのに同期の神馬の陰に隠れてしまった不憫枠として、現在でもコアな人気がある。

 

 

 ヴィクトワールピサ

 2007年産牡馬筆頭のドバイ王者。アパオシャのせいで半数の勝ち鞍を奪われた不憫枠だが、現役生活は割とイイ空気を吸ってた(アパオシャの臭いとか)。2012年(5歳)から種牡馬入りした勝ち組だったものの、いつまで経ってもスケベな尻の初恋相手と交尾出来ずに絶望した。

 

 

 エイシンフラッシュ

 2007年産の天皇賞牡馬。本来日本ダービーを勝つはずだったのにド畜生の策略で勝利を逃して、以後はアパオシャと会うたびに馬っ気を出しつつ健闘するから、善戦馬として意外と人気者になった。パドック周回は大体テレビに出してもらえない。こいつもヴィクトワールピサ同様にアパオシャとの交配を期待していたが、種牡馬になっても全く音沙汰が無い事に気付いて一時期荒れた。

 

 

 ヒルノダムール

 2007年産の被害者馬。実はヴィクトワールピサ以上にアパオシャに惚れ込んで、一時期舎弟みたいな位置にいた。おまけに2011年にフランスで共に過ごしたため、実力以上の力を発揮してG2フォア賞を勝ち、本番凱旋門賞も4着に入る大健闘。

 種牡馬になった後はいつか憧れの相手と交配するのを夢見ている。

 

 

 ローズキングダム

 2007年産の牡馬。アパオシャとそれなりの頻度で同じレースを走るがそこまで惚れてはいない。しかし臭いは嗅ぐ。

 

 

 ルーラーシップ

 2007年産の笑わせ担当牡馬。日本ダービーでアパオシャの臭いに興奮してゲート前で立ち上がったり、以降も出遅れまくるネタをファンに提供する。それでも海外遠征組の一頭として優れた結果を残した名馬である。

 

 

 ドリームジャーニー

 2004年産、ステイゴールドのやばい息子。人を食い殺しかねない気性難で有名だったのに加えて、2010年有馬記念でアパオシャの気合を入れなおす咆哮が気に障り、襲おうとしたのを性的に襲おうとしたと勘違いされた。おまけに出遅れて惨敗した不遇枠。

 

 

 グランプリボス(ランプ)

 2008年産のサクラバクシンオー産駒。アパオシャと2011年のロイヤルアスコットに出走するため、共にイギリスに渡った。行きの飛行機の中と現地で結構面倒を見てもらい、洋芝の走り方を教わってセントジェームズパレスSを5着で健闘。アパオシャのことは姉貴分と慕う。

 

 

 リワイルディング

 中東王族が馬主のイギリス馬。アパオシャとはKG6&QESで最初で最後の対戦をした。レース終盤で窪みに脚を取られて転倒。脚を骨折して予後不良と診断されて安楽死処分を受けた。最期をアパオシャに看取られて、僅かな安堵の中で短い生涯を終えた。

 来世では日本が好きで顔を知らない文通相手もいる。黒髪のウマ娘を目で追いがちなウマ娘としてヨーロッパのレースで活躍する。

 

 

 オルフェーヴル(フェブ)

 日本競馬史に最強の二文字を刻んだ2008年産クラシック三冠牡馬。最終的に9冠を戴く。かなり性格に難のある馬だが世界最高レベルのポテンシャルを持つ名馬中の名馬。アパオシャとは生涯2度対戦経験があるが、どちらも負けている。さらに2012年のフランス遠征で色々と口煩いところがあるからアパオシャに苦手意識がある。でも嫌いになれない。

 フランス遠征後はジャパンカップを勝ち、名実ともに日本代表馬となり、現役最後の年となる2013年に何故かダートに転向して、アメリカダート最高レースBCクラシックを日本馬で初めて優勝した。帰国後は有馬記念をラストランに据えて、これも難なく優勝。昨年のアパオシャ同様、最強のままターフを去った。

 クラシック三冠、宝塚記念、凱旋門賞、ジャパンカップ、フェブラリーS、BCクラシック、有馬記念の9冠。

 引退後は種牡馬となり、毎年忙しい種付けライフを送っている。2016年には苦手だった年上馬のアパオシャと交配する羽目になって、双方気まずい中で種付けした。産駒は世界の競馬史に名を遺す名牝馬となる。

 2015年、JRA顕彰馬に選出。

 

 

 ゴールドシップ

 2009年産の芦毛馬。3歳頃まではなりを潜めていたが、2012年の有馬記念でアパオシャに完膚なきまでに叩きのめされたのを境に気性難が本格化する。リベンジを果たす機会すら貰えず、レースを走る強い牝馬が大嫌いになった。

 気性難ではあったがレースに牝馬が出走したら凄まじい闘争心を出して走る。もっとも有名なのが2014年凱旋門賞。名牝馬トレヴと叩き合いの末に優勝を果たして、日本馬で三頭目の凱旋門賞勝利馬に輝いた。さらに宝塚記念を史上初の三連覇して、日本競走馬の中で唯一、同一芝G1三連覇の記録を持っている。

 同期のジェンティルドンナとは犬猿の仲。

 種牡馬入りする時は牝馬嫌いを危ぶまれたが、レースに関わらない牝馬は大好きなので、喜んで種付けするため周囲は胸を撫で下ろした。

 

 

 

  【ここからアパオシャの縁者】

 

 

 ウミノマチ

 1997年産の繁殖牝馬。G1馬ミホシンザン産駒の元中央競走馬だったが未勝利のまま繁殖牝馬入り。一頭目を産んでからしばらくして転倒して足を骨折。大して強くない馬だったので胎の中の第2仔ごと肉にされる所を、牧場主の知り合いだった美景秋隆が格安で所有権を買い取って、完治後に自分の牧場に連れてきた。

 2005年から美景牧場で産駒を産み、第2仔は地方でそこそこ勝てたので、美景家から悪くない馬だと思われていた。

 事態が一変したのが第3仔アパオシャから。娘が中央レースを連戦連勝して一気に繁殖牝馬としての価値が上がり、以降の仔も全頭が重賞を勝つ素晴らしい産駒成績を残した。2013年(16歳)の7頭目の仔を最後に、娘のアパオシャと入れ替わるように繁殖牝馬を引退。そのまま美景牧場で静かな余生を送った。享年28歳。

 血統上のモデルにしたのはミホシンザン産駒未勝利馬オセアニアシチー。オセアニア→海(ウミ)+シチー→町(マチ)=ウミノマチ

 

 ウミノマチ04牝 

 初仔。穏やか過ぎる気性面から競走馬登録せず生まれた牧場で繁殖牝馬入り。2011年ごろからアパオシャの姉という事で、世界中のホースマンから産駒に熱い視線を向けられる。

 

 ウミノマチ05牡 

 地方競馬で勝ち上がって、そこそこの成績を残す。引退後は去勢されて学校の馬術部の馬になる。

 

 

 アウトシルバー(ウミノマチ09)

 アメリカの名ダート馬シルバーチャーム産駒で種付け料は70万円だった。1歳の夏に競りに出されて4000万円で売れた。その後は栗東トレセンの厩舎に入厩して、ダート馬として調教を受ける。2歳末の3戦目で勝利して、3歳期は1勝を挙げる。その後も真面目に走り、勝てなくてもマメに馬券に絡んだり掲示板に入ってコツコツ賞金を稼ぐ馬主孝行の馬になった。5歳頃には馬体も整い、OP戦に勝って重賞にも出走するようになる。そして6歳でとうとう2015年の根岸Sを勝ち、重賞馬になった。以降は度々G1にも出走したが一度も掲示板入りする事はなかった。芦毛の馬体と粘り強く走る姿から≪いぶし銀≫の愛称でファンから愛された。

 2017年、大きな故障も経験せず8歳で現役を引退。晴れて種牡馬入りを果たし、頑強性と希少な非ノーザンダンサー、非サンデーサイレンスの血統を求められて毎年一定数の種付けを行った。姉のアパオシャとは二度と会うことはなかった。

 

 

 ヴィンティン(ウミノマチ10)

 オペラハウス産駒、種付け料100万円。幼名詩子。7冠馬テイエムオペラオーとアパオシャの妹にあたる。庭先取引で南丸に7000万円で売却される。姉と同様に美浦トレセンの中島厩舎に入厩して、幼少期に会った姉と再会。非常に懐く。姉からはティンと呼ばれる。名前の由来は七福神の弁天。

 スタミナに優れたサドラーズウェルズ系とシンザンの血が色濃く出たが、堪え性の無い性格のせいで姉のように長距離は走れない。主に短距離~マイルで運用された。主戦騎手は和多流次が務めた。

 そして毎回『大逃げ』ばかりして、殆どのレースで勝つかボロ負けの二択だったので、見た目の派手さから非常に人気があった。上位人気にいればボロカス負け、低人気なら勝つ不安定さに加えて、出走するレースを毎回引っ掻き回して1番人気を勝たせない事から、付いたあだ名が≪馬券飛ばしの鬼女≫≪妖怪紙吹雪≫。馬券購買層からは蛇蝎のごとく嫌われた。

 それでも2013年ローズSは、1番人気のデニムアンドルビーを15番人気から下して重賞初勝利を果たす。なお次レースの秋華賞はドベ2だった。翌14年には不良馬場のG1高松宮記念を最低に近い人気から勝ち、スタンドからは悲喜の混じった声と共に馬券が宙を舞った。なんともドラマチックで評価に困るG1馬の誕生である。いくつかのボロ負けを経て挑んだG1ヴィクトリアマイルは、2012年エリザベス女王杯に姉と対戦した多くの牝馬と対戦。こちらも前レースは逆噴射で沈んだ影響で二桁人気でも、強豪を押しのけてG1二冠馬に輝いた。引退を控えた2015年は10月のG2府中牝馬ステークスを勝利した以外、全て最下位付近のボロ負けで引退した。

 とにかく人の思い通りにならない成績は、騎手時代の中島大の「3着取るぐらいなら1着を取りに行って派手に負ける」を体現した馬と言われて、調教師の中島自身は勝っても負けても苦笑するしかなかった。

 しかし騎手の和多にとってはG1を二度も勝たせてくれた、手はかかるが可愛い馬と思われている。2015年現役引退後は、生まれた美景牧場で繁殖牝馬入りする。

 

 

 カラバ(ウミノマチ11)

 マヤノトップガン産駒、種付け料150万円。幼名はネコ太郎。非常に人懐っこい性格。日欧を荒らしまわっていたアパオシャの弟として、英国女王に目を付けられていた。買い手がまだ居なかったため、英国王室が必ず競りで落とすと買い取り内定を守り、4億円の超高額値で競り落とした。血統の割にここまで高価になったのは、とある中東王族が運営する競走馬管理団体と散々に競り合った結果だった。

 無事に英国王室に渡ったネコ太郎は、カラバの名を与えられてヨーロッパで走ることになる。晩成型の馬だったので4歳まではあまり勝てず、女王陛下の無駄な買い物と叩かれたが5歳から成熟した強さを得て、以降はヨーロッパ各地の重賞レースで勝利して、女王の得意げな顔が新聞を飾った。

 長く走り続けたがG1レースは思うように勝てず、結局現役最後までG1馬にはなれなかった。大体オーダーオブセントジョージとストラディバリウスが強いから。

 2020年まで走り続けた後は種牡馬として大切にされた。産駒の多くは障害競走や馬術用の馬に用いられて、それなりの成績を収めた。馬主一家の馬術用馬にもカラバ産駒がいる。

 時々イギリスまで交配に来る姉と会っている。

 

 

 シーレグルス(ウミノマチ13)

 キングヘイロー産駒でウミノマチの最後の仔。種付け料150万円。幼名はオージ。上の兄姉達に負けず劣らず癖の強い馬だった。

 1歳夏に競りに出されて、1億5000万円で落札された。馬主は2年前に英国王室とカラバを競り合った某中東王族の競走馬管理会社。

 デビューは日本の中央。2歳からOP戦を勝つなど姉のように将来を期待されていたが、3歳は1つ重賞を勝ったがクラシックG1は惜敗が続いた。管理していた栗東の調教師も実力があるのは認めつつ、イマイチ馬の適正距離や脚質を把握出来なかった。4歳になってから、調教師は思い切って短距離から長距離まで総当たりで走らせる暴挙に出た。結果分かった事は適正距離1000~3000m、芝ダート両用可能なとんでもない汎用性の高い馬だった。ならばいっそG1に絞って走らせるより、手あたり次第走らせて勝つ運用法に切り換えて、5~6歳は中央だろうが地方だろうがドサ周りで荒らし続けた。そうして2年で中央、交流重賞7勝とOPクラス5勝という割とシャレにならない数の勝利を積み上げた。競走馬引退までに稼いだ総獲得賞金は5億円を超えて、G1未勝利馬では破格の稼ぎ。ウミノマチ産駒の中では姉アパオシャに次ぐ稼ぎ頭だった。

 反面、他の馬主からは「G1に行け」と滅茶苦茶邪険にされていたが、馬主は世界的金持ちの王族だったので何も言えなかった。

 引退後は適性の不明さと現役時代の評判の悪さから、日本では種付け依頼が無いと思われて、毎年海外を渡り歩く種牡馬生活を送った。産駒はどこの国でも重賞を勝つ祖父から続く汎用性を見せる。

 

 



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【アパオシャ産駒から一部紹介】その1


 アパオシャの産駒その1です。本来は一纏めにする予定でしたが予想以上に筆が乗って量が増えたので個別掲載に変更しました。




 

 

 フォアランナ(アパオシャ14牡)

 

 アパオシャの待望の初仔。父はイギリス最強マイラー10冠のフランケル。世間では23冠ベビーと話題になったが至って普通の幼少期を過ごした。

 2歳になってからフォアランナ(先駆者)の名を与えられて、美浦トレセンの中島厩舎に入厩。騎手は当時23~4歳の若手が選ばれた。

 新馬戦から勝利を挙げて未来の三冠馬と期待された。2戦目の条件戦を難なく勝利したものの、初のG1朝日F杯は3着に終わった。

 

 3歳初戦はG3きさらぎ賞。こちらは順当に勝ち、続くクラシックG1の1戦目皐月賞も勝利。日本で初の皐月賞母子連覇を果たす。世間は初の母子クラシック三冠馬誕生を期待した。

 馬主の南丸は次のレースはダービーと答えたが、後日ダービーはダービーでも英国ダービーを走ると宣言。6月3日、日本調教馬として初めて英国ダービーを走ったフォアランナは、見事勝利を手にした。次は7月のエクリプスS。こちらも快勝してイギリスG1を2勝。イギリスのホースマンは苦々しく顔を歪めた。一方で英国女王は終始笑顔で勝利したフォアランナを褒めちぎった。

 意気揚々と日本に帰国後、次は菊花賞か天皇賞・秋と思われたが、次は何とアメリカ最大の競馬の祭典ブリーダーズカップ。芝1600mのBCマイルに挑戦する。

 11月の本番に向けて9月に現地入りして重賞レースに出走。調整不足だったのか惜しくも2着だったが手応えは掴めた。そしていよいよ本番のブリーダーズカップ。結果はクビ差の1着。2013年のオルフェーヴル以来、日本馬がブリーダーズカップの一つを攻略した。G1勝利数は4に増えた。年末にはドバイへの遠征を発表していた。

 JRAからは最優秀3歳牡馬賞を、イギリスからはカルティエ賞最優秀3歳牡馬部門を贈られた。

 

 明けて2018年。最初のレースはアメリカJCC。こちらも余裕の勝利。3月に入り、多くの日本馬達とドバイへ向かった。同月末日、ドバイシーマクラシック芝2410mに出走。フォアランナ以外に日本馬3頭も出走していた。注目すべき馬がもう一頭いる。同じエクリプスS馬ホークビルである。10頭が鎬を削った末に、それでも勝ったのはフォアランナ。日本、イギリス、アメリカ、UAE四ヵ国を跨いだ5つ目のG1勝利だった。日本馬ではサンデーサイレンス系以外での初勝利になる。先月引退した中島大調教師への粋なプレゼントだった。

 帰国後も2ヵ月後のレースG1安田記念に向けて調整を急ぐ。安田記念当日は早いレース展開に終始して、他の馬に差される前に押し切って勝利を得た。これで通算G16勝目。

 夏の放牧を挟み、ジャパンカップの調整に京都大賞典に出走。馬体を搾り切れずにサトノダイヤモンドに負けて3着。負けはしても実のあるレースと新人調教師の中島遼太は語る。

 翌月のジャパンカップ開催場所の東京競馬場は晩秋ながら異様な熱気が渦巻いていた。1番人気は世界の最先端を走り続けるフォアランナだが、同等の人気を持つ馬が居た。ジェンティルドンナ以来の三冠牝馬アーモンドアイである。 

 新たな世界王者と若き3歳女王の対決は異常な結末を迎えた。勝ったのはハナ差でアーモンドアイ。しかしその勝利タイムは前年までの記録を1.5秒更新。2400mの世界記録を1秒以上更新しての同タイム決着だった。僅差とはいえ、それでも負けは負け。事実を受け止めて、ラストラン有馬記念へ向けて調整を進めた。

 年末の中山競馬場。引退表明を出していた世界王者の最後の走りを見ようと群衆は詰めかけた。

 暮れの大一番を制したのは先駆者の名を与えられたフォアランナ。見事引退レースを有終の美で飾った。祖父オグリキャップ、母アパオシャに続く三世代による史上初の有馬記念制覇。そして安田記念と有馬記念を同一馬で勝利したのはオグリキャップ以来だった。

 

 数々の栄光を背に、王者は静かにターフを去った。彼には血を残すという競走馬にとって、走ることと同じぐらい大事な使命があった。

 引退後、JRAより栄光の7冠王者に最優秀4歳以上牡馬賞が贈られた。彼は名のごとく先頭を駆け抜けて行った。

 

 引退後は社大グループの種牡馬となった。世界から注目を集める王者の血を欲するホースマンは世界中にいる。社大グループは一年ごとに日本、アメリカ、イギリスの三ヵ国の持ち回りでの種付けを提案。初年度を日本、2年目はアメリカ、3年目がイギリスで決着が付いた。種付頭数は年間100頭。初年度の種付け料は強気の1500万円だったが、あっという間に枠は埋まった。サンデーサイレンス血統が飽和する日本の中で、待望の非SSの血とあらば大枚を叩いてでも生産者は欲しがった。

 翌年のアメリカでもフォアランナの種付け枠は完売。アメリカ競馬でサドラーズウェルズ系は非主流派だったが、BCマイルの勝利を見て十分アメリカでも通用すると思われての人気だった。

 3年目のイギリスはやや人気が落ちていた。元々父フランケルはイギリス馬。本場でまだまだ現役の父親が居れば、わざわざ未知数の息子の種を付ける必要性は薄い。産駒の優秀性を他ならぬフォアランナ自身が証明してしまったわけだ。それでもアイルランドやドイツからも応募は集まり、予定分は確保されて無事に種付けは終わった。

 以降も国を跨いだ種付け生活は続き、初産駒がなかなかの活躍を見せるたびに種牡馬としての評価も上がった。年を重ねるごとにサンデーサイレンス系統の対抗者として、産駒からも種牡馬になる馬が出始めて、日本競馬におけるサドラーズウェルズ系繁栄の功労者として認知されるようになった。

 

 フォアランナ自身の特徴を一言で表すなら器用万能だろう。スピード、パワー、スタミナ、操作性、頑健性、勝負根性、知性、距離適性、輸送適性、世界各国の芝への適性。突出した面が少ない代わりに、非常に高水準で纏まっている真の意味で万能性を持っている。四ヵ国を空輸で移動、その国の芝へ適応したのはレース結果を見れば一目瞭然。頑健性も保障出来る。レースで勝利したのは1600~2500mだが、英国エプソムダウンズ競馬場の非常にタフな2400mコースのダービーを勝利した点を考慮して、おそらく1600~3000mまでなら対応可能だったのではないかと思われる。騎手や調教師の言う事をよく聞く性格、レースでは掛かりも少なかった。とにかく欠点らしい欠点が無かった馬と言われる。両親の優れた特徴から尖った部分を若干削って、必要分だけ上手く埋め合わせた円型に広がる八角形(レーダーチャート)をイメージすれば分かりやすいかもしれない。裏を返せば超特化型には分が悪かったとも言える。それでも世界のG1を七勝したのは各能力の高さ故だろう。

 

 強いて挙げる欠点は頭が良いために本番と前哨レースで露骨にやる気に差が出た事だろう。BCマイル、ジャパンカップ前の叩きのレースに負けたのは、周囲の緊張感が無かったのを察して、重要なレースではないと理解していた可能性がある。事実G1以外のレースで負けてもあまり気にせず、アーモンドアイに負けたジャパンカップ後は、はっきりと落ち込んでいたと中島調教師は指摘している。どことなく母方の高祖父『シンザン』を思わせるエピソードだ。

 2021年にJRA顕彰馬に選出される。祖父オグリキャップ、母アパオシャに続く、三代続けての顕彰馬選出は史上初。

 

 主な勝ち鞍(G1):皐月賞、英国ダービー、エクリプスS、BCマイル、ドバイシーマクラシック、安田記念、有馬記念

 通算成績15戦11勝2着2回

 受賞:JRA最優秀3歳牡馬賞、カルティエ賞最優秀3歳牡馬部門、JRA最優秀4歳以上牡馬賞、JRA顕彰馬

 ヒーロー列伝のキャッチコピーは≪光と共に世界を駆ける≫

 

 



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【アパオシャ産駒から一部紹介】その2

 

 

 ジエンプレス(アパオシャ17牝)

 

 アパオシャの第4仔で初の牝馬。父は≪金色の暴れ馬≫9冠馬オルフェーヴル。偉大な母のようになってほしいと願いを込めて、ジエンプレス(The Empress)の名を贈られた。

 父親に似たのか幼少期から落ち着かない様子で、母アパオシャも育児には手を焼いていた。気性難から馴致も遅れ気味で、育成牧場のゲート試験も合格するのにかなり梃子摺っていた。それでもどうにか競走馬としてデビュー出来る目途が立ち、2019年に母や兄達と同様、美浦トレセンの中島厩舎に入厩。職員からは大きな期待を寄せられていた。

 当初から気性難はトレセン内でも有名だった。気が向かないと調教に行かずに馬房から出ない。調教をしていても、ちょっと助手が叱ると上から振り落としてその場で寝転がる。鞭を入れた瞬間に走るのを止める。そのくせ負けん気だけは強くて併せ馬は絶対に途中で止めない。扱いづらい馬でも血統は素晴らしく兄フォアランナの事もあり、ともかく調教は続けられた。こうした気性難を考慮して、父オルフェーヴルに最後まで付き合った池園賢一騎手が鞍上を務めることになった。音に敏感なため白いメンコを被せられて引退までのトレードマークになった。

 

 馬体の充実を待って、デビューは3歳になった2020年1月中山競馬場の新馬戦、芝1600m。同時代の最強馬の娘として1番人気に推されたものの、スタート直後に池園騎手を放り投げて放馬。初陣は競走中止と散々な結果に終わる。続く2戦目の未勝利戦は東京競馬場の牝馬限定芝1800m。こちらは何事もなくレースが進み、父親譲りの末脚の鋭さをもって2着に1馬身差をつけて無事に勝利した。と思えば、ゴール後に池園騎手を振り落として、ファンからは「間違いなくオルフェーヴルの仔」と最初のファン獲得のきっかけになった。

 とりあえず未勝利馬を脱したが、どうにか牝馬三冠に間に合わせたかった陣営は中二週で1勝戦に挑む。中山の牝馬限定芝1800mは4着。道中騎手と折り合いが付けられなかった。これでは桜花賞には間に合わないと判断。南丸オーナーはじっくり腰を据えて、5月のオークスに間に合わせるようにスケジュールを修正した。

 予定を変更したはいいが気性難のせいで調教は一向に進まない。レースに出れば掲示板入りはしても勝ちには届かない。そうして3歳は2勝しただけで、華やかなG1とは無縁なまま燻ぶり続けた。

 

 それでもオーナーや陣営は辛抱強く待ち続けた。血統もあるが名馬の片鱗は見せている。長男は早くに頭角を現していても、アパオシャの産駒は総じて晩成型と予想していた。いずれ馬体が完成すれば勝てると信じていた。それに2020年の終盤には徐々に気性難も収まりつつあり、どうにか騎手との折り合いも付けられつつあった。

 明けて2021年(4歳)は思い切ってダートを走らせてみようと、初戦は1月中旬の中京競馬場のダート1800mを選ぶ。調教で芝とダートのタイムはさして変わらなかったが、何となく父親の戦績からダートも実際に走らせてみた。OP戦すら走れないんだから、当時は殆どヤケクソに近い感覚だった。

 すると今までの苦労は何だったのか、あっさりと勝ってしまった。これはいけると思った中島調教師は同月の東京でも条件戦のダート1400mを走らせたら、やはり難なく勝って一気にOPクラスまで昇格してしまった。どうやら今まで勝てなかったのは気性難+晩成型+適性がダートだったと、陣営は真相にたどり着いた。

 それからはリステッド戦、OPと立て続けに勝利。年始から4月まで4連勝を挙げて、次はいよいよ重賞に挑む。挑戦するのは6月の浦和競馬場G2さきたま杯。地方とはいえ一つレベルが違うレース。ジエンプレスは果敢に走り、初重賞を優勝。確かな手応えを感じた。

 ようやく道が開けたと確信した陣営が選んだ次のレースは8月の札幌で行われるG3エルムS。じっくりと調整した甲斐あって快勝。4歳でようやく中央初重賞を飾った。

 勢い付いたジエンプレスはJpn1マイルCシップ南部杯、JBCレディースクラシック共に2着。負けはしたが一流ダート馬として世間から評価されつつあった。

 2021年も終わりに近づき、残るダート重賞も少なくなった。ここで中島調教師と南丸は勝負に出た。12月に開催される二つのダートG1、チャンピオンズカップおよび東京大賞典両方に出走。どちらも勝つつもりだった。

 まずチャンピオンズカップは最後尾からスタートを切り、中盤まで抑え気味に走る。後半に入ってから徐々にペースを上げて、最終コーナー付近から一気にスパートをかけて後方集団をごぼう抜き。直線で先行していたインティ、アナザートゥルースを抜き去り、最後はテーオーケインズと叩き合いの末にクビ差で勝った。長く苦しい日々の末、4歳末にして晴れてG1ホースを名乗った。

 そのままの勢いで年末の大井競馬場に乗り込み、オメガパフュームのG1東京大賞典四連覇を阻止してジエンプレスが勝利。一気にG12勝を挙げて年間8勝。2021年のJRA最優秀ダートホースを受賞した。

 一つの山場を越えたと感じた陣営は次は世界に目を向ける。目指すはダートの頂、アメリカBCクラシックとドバイワールドカップ。既にチャンピオンズカップ優勝の折、ドバイから招待を受けている。あとはドバイ前の前哨戦とBCへの挑戦権をかけて2022年2月のG1フェブラリーS勝利を目標にした。

 強豪揃いのレースも5歳になって脂の乗った新たな女帝には敵わず、かつて負けた相手へのリベンジも果たしてフェブラリーSを制した。そしてジエンプレス陣営は兄フォアランナ以来のドバイに飛んだ。輸送でやや調子を崩したのを危ぶまれたが本番までにどうにか仕上げて、挑んだ世界最高峰ドバイワールドカップ。ここでも尽きない負けん気を遺憾無く発揮した砂の女帝は、4馬身差の圧倒的勝利で世界の喝采を浴びた。

 4月、帰国後は静養のため放牧された。オーナー南丸はジエンプレスを今年限りで引退させて繁殖牝馬入りを発表。結果にかかわらずBCクラシックを引退レースに選ぶ。そのために万全を期して、一足早く7月からアメリカ入りして現地のレースで経験を積ませた。3度の重賞レースを走り、負けもあったが概ね満足出来る結果で本番11月を迎える。

 ダート本場アメリカでも女帝は人気があった。欧米馬以外で唯一のBCクラシック優勝馬オルフェーヴルと、ネイティヴダンサー直系仔で≪日本のゼニヤッタ≫と呼ばれるアパオシャとの娘。ゼニヤッタ以来の牝馬優勝および初の父娘連覇がなるか、現地の人々も大きな関心を寄せていた。それにこの年のアメリカには≪セクレタリアトの再来≫とまで呼ばれた怪物馬フライトラインがダートの頂点を狙って、BCクラシックに出走を決めている。最強の牡牝が真の最強を決めるレースとあって、ブリーダーズカップは過去最高の盛り上がりを見せた。スタートから1番人気のG13勝馬フライトラインをぴったりマーク。他の馬があまりの速さに全く追いつけない中、2頭は最終直線で激しく競り合った末にフライトラインが4cm差勝利。歴史的名勝負は幕を閉じた。最後のレースは負けたとはいえ、アメリカ史上五指に入る当代最強馬と唯一互角に渡り合った牝馬に、アメリカの競馬ファンは掛け値無しの称賛の拍手を送った。決して順調とは言えない競走馬生活も、最後は華々しく迎えられた。

 2022年のエクリプス賞、最優秀古牝馬部門受賞。ワールド・ベスト・レースホース・ランキング2位。レーティングは136ポンド。

 2022年JRA賞年度代表馬受賞、最優秀ダートホースは2年連続受賞。日本に戻り、繁殖牝馬として生まれた美景牧場に迎えられた。

 

 気性の悪さと晩成型故の馬体の未完成から、現役時の前半は両親の偉大さと相まった低評価と負け続きの生活に苦しめられたが、大器晩成という評価がよく似合う馬であった。引退後は同牧場に居た母、祖母とは最初は衝突したものの、初仔を出産後は程よい関係に落ち着いた。ファンからは≪太陽の女帝≫の母に倣い、炎のような気性と合わせて≪炎砂の女帝≫と親しまれた。

 

 

 主な勝ち鞍(G1):チャンピオンズC、東京大賞典、フェブラリーS、ドバイWC、

 通算成績:26戦13勝2着4回

 受賞:JRA賞年度代表馬、最優秀ダートホース2回、エクリプス賞最優秀古牝馬部門

 ヒーロー列伝のキャッチコピーは≪熱砂の月下美人≫

 

 



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【アパオシャ産駒から一部紹介】その3


 アパオシャの産駒紹介はここまでです
 アイデアが出たら追加するかもしれません



 

 ランディゴッド(アパオシャ22牡)

 

 アパオシャの第9仔。父は7冠馬キタサンブラック。馬主はアパオシャ産駒の中で唯一南丸オーナーではなく、プロ野球選手の的場一郎。

 引退時こそ父キタサンブラックに似た黒鹿毛の立派な馬体だが、生まれてから病気がちで一時はデビューすら危ぶまれる貧弱な体躯だった。

 そこに隣の牧場に帰郷していた的場が「こいつはきっと逆境にだって負けない馬になる。1億までなら出せる。もしデビュー出来なくても、自分が死ぬまで面倒を見るから譲ってほしい」と頭を下げた。南丸は自分より仔馬を評価した青年の方がオーナーに相応しいと、アパオシャ22を快く譲渡した。金額は言葉通り1億円だった。プロ8年目、二桁勝利投手になりたての頃でも、1億円は決して安い値ではない。ましてデビューすら危ういと思われる幼駒に払うには大金だろう。それでも的場は大恩ある馬の仔を欲した。

 的場にとっては美景牧場、アパオシャとアウトシルバーは自分の家の借金を立て替えてくれて、倒産の危機を救ってくれた救い主。今自分が野球を続けていられるのも全て彼らが居てこそ。その仔らを所有してレースを走らせるのが夢だった。プロに入団してそれなりに金を稼げるようになり、家の借金は全て返済した。ならば次は自分のために金を使う。手始めに馬主になり、比較的安価で手に入るアウトシルバー産駒を数頭所有しているが、アパオシャの産駒は種牡馬になった馬以外はオーナーの南丸が頑として手放さない。ほぼ唯一のチャンスとあらば、出せるだけの金を提示して頭を下げる事を躊躇わなかった。

 

 オーナーが変わってもアパオシャ22が病気がちで矮躯なのは変わらない。それでも美景牧場の人々は出来る限りの手を尽くして成長を見守った。周囲の人々の尽力もあり、2歳を過ぎる頃にはどうにか病弱でも並程度の体格を得られた。

 所属は例に漏れず美浦トレセンの中島厩舎。登録名はランディゴッド。かつて弱小プロ野球団を日本一に導いた助っ人外国人の名を的場オーナーから贈られた。

 

 入厩してもこれまでの兄姉と違ってよく体調を崩していた。そのたびに厩務員は看病に追われたが、厩務員たちは苦にしなかった。

 体調の兼ね合いで調教はゆっくり進めて、デビューは2歳の12月。東京競馬場の芝2000m。人気は6番人気と血統の割に低かった。体高の割に体重が軽く、細い馬体が嫌われたためだった。とはいえレースの出来自体は悪くなく、有力馬のいない事もあって初勝利を飾れた。これで順調に滑り出せたかと言えばそんな事も無く、レース後に発熱してしばらく休養を取らなければならなかった。療養と調整を終えた後、2戦目の条件戦は2月の中山、芝2000m。こちらも初戦と同様に先頭を取って逃げが功を奏して2勝目を挙げる。これなら皐月賞に間に合うと喜んだつかの間、今度は疝痛(腹痛)でダウン。2ヶ月間療養で初のクラシックG1の期を逃した。

 ここで厩舎とオーナーの間で今後のスケジュールをどうするか話し合いが持たれて、議論の末に日本ダービーは回避。これから秋まで主に体力トレーニングを行い、馬体重の増加と病気への抵抗力を付ける生活に入ることになった。その後予定通り体重が増えて、心身健康なら改めてクラシック三冠最後の菊花賞に挑む。関係者は全力を尽くすことになった。

 周囲の人々の努力の甲斐あって、体重も大幅に増えて健康を取り戻したランディゴッドは9月初週の条件戦、芝2000mに出走。圧倒的な強さで勝利した。条件は整ったと判断した陣営は菊花賞の優先出走枠を手にするため、初の重賞G2神戸新聞杯を次のレースに選ぶ。初の重賞とあって苦戦を強いられて2着で敗北したが優先枠は得られた。

 

 迎えた本番、最後のクラシックG1菊花賞。ランディゴッドは逃げを選び、ひたすら逃げ続けて最後まで先頭を渡す事なくゴール。病気に泣かされ続け、それでも周囲の期待に応えての見事な勝利だった。菊花賞はアパオシャの産駒では初勝利。しかも父キタサンブラックも菊花賞馬。父母と子の三頭が同一G1を勝利するのは日本競馬史上初めての珍事だった。ここで運命の神はまたしても気まぐれを起こした。翌日、歩行のおかしかったランディゴッドの左前脚を検査した結果、骨折が発覚。全治3ヶ月と診断されて2026年のレースはここまでとした。

 

 2027年2月。骨折の完治したランディゴッドは久しぶりの調教に入る。次のレースは3月の阪神大賞典。そこで様子を見て、春の天皇賞に繋げる予定だ。怪我明けの前哨戦は惜しくも3着。とりあえず結果は出せて、体調も崩さなかったので厩舎には安堵の息がもれた。それから休息を挟み、調教は順調に進んだ。と思ったらまたしても発熱してダウン。しかも発覚したのが天皇賞・春の二週間前。幸い発熱自体は三日で治まったものの調整に不安が残った。5月、初の古馬G1は10番人気。前レースの出来と馬体から調整不足が見えたため避けられた。しかしレースが始まってみれば、快調な走りで先頭をとったまま主導権を握り続けて、緩急自在のペースで他の馬の息を乱してそのまま逃げ切り勝ち。長距離の申し子として菊花賞同様に父母子の家族同一G1二冠馬となる。これはいよいよ有馬記念も勝って三つのG1を家族同一制覇とマスコミやファン達が期待したところで、またしても神は気まぐれを起こす。

 今度は右脚の繋靭帯炎を発症。的場オーナーは苦渋の決断の末、ランディゴッドの現役引退を決定。完治すればまたレースを走れるという意見もあったが、以前にも骨折をして病気がちな点も考慮して、心身を酷使する競走馬生活をこれ以上させたくない。もう十分夢を見せてもらえたと涙ながらに記者会見で語った。

 

 頑健性が特徴のアパオシャ産駒で4歳半ばの引退は早すぎると惜しまれたが、こればかりは覆せない不条理だった。

 

 引退後、炎症が完治してから北海道日高の種牡馬組合に迎えられて、毎年それなりの数の牝馬に種付けした。種牡馬引退後はオーナーの的場一郎氏の牧場で平穏な暮らしを手に入れた。26歳の時、疝痛の悪化で安楽死処置を受け死亡。

 優れた資質を両親から受け継ぎながら虚弱体質に泣かされ続け、それでもG12勝の名馬になった彼のファンは多い。特に病気で日々の生活もままならない人々の希望として、現役中は沢山のファンレターが届いた。ランディゴッドも母と同じ『人々の夢』としてレースを駆け抜けた。

 

 

 主な勝ち鞍(G1):菊花賞 天皇賞・春

 通算成績:7戦5勝2着1回

 

 





 次のネタ集で今度こそ競走馬アパオシャの話はおしまいです
 その後は再ウマ娘化したアパオシャの話になりますが、まだ数話しか書き上がっていないので掲載には間が空くと思われます


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番外編 エピソード諸々


 この話をもちまして≪オグリの娘≫は一旦完結とさせていただきます。それ以降は競走馬アパオシャをウマ娘化した話を後日投稿します。
 再ウマ娘化と言っても、この世界の競走馬アパオシャをウマ娘プリティーダービー≪アプリ版≫に実装したらという仮定で書くので、かつての性格や容姿と似ても似つかないキャラに仕上がっていると思われます。
 それでも構わない方は以後もご精読と応援をよろしくお願いしたします。



 

 

 wiki風話と内容はあまり変わらない、主観が入りまくり、ネタ混じりなのでノリが苦手な方は今すぐお引き取りください。

 

 

  アパオシャ(競走馬)

 

 

 

   ≪夢のつづき≫

 

 

          ヒーロー列伝No.〇〇

 

 

 アパオシャとは日本の元競走馬。

 日本競馬史上初めて牝馬でありながらクラシック三冠を得て、第三次競馬ブームの中核を成した『夢』のごとき馬である。

 名前の由来は、ペルシャ神話に登場する体毛を持たない黒い馬のような姿をした旱魃を引き起こす悪神(悪魔)アパオシャを引用。

 

 

 【誕生】

 

 2007年3月。北海道帯広の小さな牛牧場に、一頭の風変わりな見た目をした牝馬が誕生した。

 牧場主の孫娘は鬣と尾毛を持たず、墨で塗ったような肌色をしたウミノマチ07に『黒子』と名付けた。

 

 父オグリキャップ  母ウミノマチ(母父ミホシンザン)

 

 

 【血統の背景】

 

 父オグリキャップは日本では言わずと知れたG1四勝のスターホース。母は中央競馬未勝利ながらクラシック二冠、天皇賞・春勝利馬のミホシンザンを父に持つ。

 これだけ見れば優良血統と思われがちだが現実は違った。生まれた年は2007年。サンデーサイレンス系統が日本を覆い尽くし、重賞レースを見渡せばどこにでもサンデーサイレンスの孫が溢れるサンデー王国と化していた。

 そんな時代にサンデーサイレンスはおろか、ノーザンダンサーの血すら持たない本馬は生まれた牧場の家族すら走らないと思っていた。一応前述二頭の血を持たずとも21世紀にG1馬になったウオッカという女傑はいるが、彼女は例外中の例外である。

 ではなぜそのような血統を種付けしたのか。答えは種付け料が安かったから。非常に世知辛くも納得出来る理由である。そもそも生まれた美景牧場は生乳を業者に卸している牛牧場である。牧場主が競馬は儲かると知って、副業で小規模に営んでいたにすぎない。さらに主は地元のばんえい競馬に用いる輓馬である。牧場にはサラブレッドがウミノマチ一頭しかいなかった。殆ど趣味と惰性で馬産をやっていたようなものと関係者は言う。

 趣味の域を出ない馬産では、当時リーディングサイアーに選ばれるサンデーサイレンスやブライアンズタイムのような、高価な外国産の種は付けられない。そんなわけで産駒成績も悪く、2006年に種牡馬を引退するオグリキャップが選ばれた。なお種付けが最後という事もあり、種付け料は驚きの10万円。それでも2006年は牝馬が2頭しか集まらなかったのだから、血統上は全く期待されていなかった。

 母も未勝利馬で期待されていないどころか、一時期は肉として処分する寸前の馬だった。ウミノマチは繁殖牝馬になった後、初仔の牝馬を産み二頭目の種付けを終えた数ヶ月後に転んで骨折した。当時繋養していた牧場長は治療代を渋って胎の子ごと肉として処分する事を考えたが、知り合いの美景秋隆氏が殺すぐらいなら自分が引き取ると言って捨て値で引き取り治療を施した後、自らの牧場に連れてきた。処分しても惜しくない、捨て値で買える程度の馬だった事実から、生まれてくる産駒は全く期待されていなかった。

 実際、牧場家族も1勝出来れば御の字。オグリキャップのラストクロップのネームバリューで繁殖牝馬入り、最悪見世物用の馬として長生きしてくれれば良いぐらいに思われていた。

 

 

 【身体面の特徴】

 

 先天的無毛症と診断されたものの、至って健康。風邪一つひかない頑健性。通常のサラブレッドより脚が太く、見るからに頑丈でパワーのある馬に見られていた。反面、脚が短いから早い段階でスピードに難があると見抜かれていた。管理を任された中島厩舎の面々も、初期はどう運用すればレースに勝てるか頭を悩ませた。

 入厩したてで2歳馬どころか牡古馬以上のスタミナと心肺機能を有している。普通の馬なら坂路調教は3往復もすればバテる調教を、7往復しても息が乱れなかった。最終的に坂路往復が20往復に増えた。その後に疲労の激しいプール調教も平気で消化する。あと勝手に潜水訓練まで始めて、担当の中島遼太調教助手は溺れていると焦ったが、毎度毎度潜水しているからとっくに諦めた。登坂能力にも優れていたため、長距離で起伏の激しいコースこそ最も真価を発揮する。

 体格は牝馬の平均程度。馬体重は現役時455~465kg。公的には適性距離は2000~4000mと極端に幅広いと思われている。実際は3000~4000mが本来の適性距離。

 外見はガチムチ。筋肉モリモリマッチョマンの変態と呼ぶにふさわしい、筋肉の塊だった。どう見ても短距離馬の体つきをしているのに生粋のステイヤーなので、関係者はチグハグさに首を捻った。

 サンデーサイレンス系のような鋭い末脚を持たない一方、巡航速度がかなり早く、スパートをかけられる距離が非常識な長さのため、レースの距離が延びるほどタイムは早くなる。本来メジロマックイーンのような、スタミナを生かした逃げか先行が適した脚質と思われるが、基本は『捲り』で走る。ただし必要と思ったら逃げも出来る変幻自在の脚質が特徴。傾向としては距離が短いレースほど『逃げ』の割合が多い。コーナリング性能が高く、中山競馬場のようなコーナーが多くゴール前に勾配のきつい坂がある小回りの利くコースにはかなり強い。むしろヨーロッパによくある自然の地形をそのまま利用した、高低差数十メートルのタフなコースこそ本領だろう。反面、起伏に乏しく直線距離が長い東京競馬場は苦手ではないかと関係者は見ている。全く以て日本の環境に適さない馬である。

 レース間隔を一ヵ月空けられれば万全の状態で出走する、回復力の高さも知られている。そのため引退時には現役時代の酷使で何かしら障害を抱える競走馬の中でも、珍しく一切の異常が無かったと、美浦トレセンのカルテに記載されていた。

 

 

 【精神面の特徴】

 

 生まれた時から手のかからない利発さを持っていた。むしろ生まれて数ヶ月で牧場の閂を開けて放牧地から脱走する事もあったらしい。幼駒の時からラジオから流れるレース実況を好んでいたエピソードが知られている。本当に馬か?

 デビュー前から頭の良さは入厩した中島厩舎の面々に知られていて、何も言われなくてもゴール板の意味を理解していた。調教助手が距離を教えれば言われた距離だけを理解して走るなど、規格外の知性を有していたとされる。つまり人間の言葉を十全に理解していて、のちに発覚するが英語とフランス語も理解していた。どういうことか説明してほしい。

 海外遠征後に検疫のため隔離されていた時は厩務員が面白半分にテレビを用意して見せたら、スポーツ中継と料理番組がお気に入りだった。スポーツは野球のホームラン、テニスのラインスレスレの攻防、ラグビーのトライに興奮していたらしい。中に人が入っているの?

 こうした知能面はレースで遺憾無く発揮されて、掛かり(騎手の制御を離れた暴走)は一度も無い。それどころか騎手に命じられずとも、どの場面で仕掛ければ勝てるか理解して、実際にほぼ全てのレースを勝っている。時にマークが厳しいと思えば先頭に立って逃げ、時にわざとスローペースに誘導して相手の馬を焦らす等、あらゆるレースの勝ち方を知る馬と現役時には他陣営から恐れられた。

 性格は至って温厚。人や馬に悪さをする事は一度も無く、率先して同期や年下の馬の面倒を見る優しい馬だったと誰もが語る。アパオシャ自身は求めていないのに自然と馬が集まってくるので、やむを得ずリーダーをしていたと思われる。

 2011年の東日本大震災時、震源地に近かった美浦トレーニングセンターの馬達は、驚天動地にレースどころではなかった。しかも連日の昼夜を問わない余震で、馬達は心身ともに大いに疲弊した。そんな非常時にアパオシャは非常識な行動を取っていた。地震に怯えるトレセン内の馬達を直接見舞って激励、慰撫し続けていた。もう一度書こう。トレセン内の馬達を見舞ったのだ。同じ厩舎以外にも地震が起きて騒ぐ馬が居たら、昼夜を問わず馬房から脱走して励まし、勇気づけて怯える馬を面倒を見続けた。当時の美浦トレセンには約2000頭の競走馬が在籍していたと記録にある。それら全ての馬の面倒を見ていたのか定かではないが、少なくとも寝る暇を惜しんで駆け付けたのは事実らしい。怯える泣き叫ぶ仲間を放ってはおけなかったのだろう。この時期を境にアパオシャが美浦トレセンの馬達から絶大な信頼を勝ち取り、力や威圧ではない慈愛の心で2000頭の馬達のリーダーに君臨するようになった。

 慈愛は美浦トレセンの馬以外にも向けられている。2011年のイギリスG1のKG6&QESの最終直線、リワイルディングが窪みに脚を取られて転倒。アパオシャは左前脚開放骨折により、予後不良と診断された馬の最期を看取るような行動をした。こうした慈悲にイギリス国民は感銘を受けて海を隔てた多くのファンが生まれた。

 

 

 【レース展開】

 

 競走馬には脚質という馬ごとに走るペースがある。大抵その馬の性格と肉体的資質からレース展開を決める。基本は四つ、『逃げ』『先行』『差し』『追込』。狭義では『大逃げ』『捲り』などもある。通常の馬は、このどれか一つか二つ程度の走法で固定される。

 アパオシャの場合、基本的に向こう正面から3コーナー付近からペースを上げて、最終直線までに先頭に立ってそのまま押し切る『捲り』を用いる。基本と記したのはそれ以外の脚質も用いて、レースごとに全く異なる展開で走る自在性を有しているから。そうした馬は過去にも何頭も居て、騎手の指示に即座に応えられる素直な性格、どの位置からでも力を発揮できる優れた能力を持つ馬なら可能だった。

 問題はアパオシャが騎手の指示を受けずに、独自判断でレース毎に脚質を決定している点だろう。具体例を出すと皐月賞は『逃げ』、日本ダービーは『差し』、菊花賞は『追込』、凱旋門賞は『大逃げ』ラストラン有馬記念は『捲り』だった。

 過去にマヤノトップガンというG1を4勝した名馬がいた。彼は4度のG1レースを全て異なる脚質で勝利している。これは彼が極度の気分屋の気性難から、主戦騎手がゲート出走後の馬の気分に合わせて走り方を決めていたからだという。では、アパオシャも同様に気分屋だったかと言われるとNOだ。彼女は確かな理論に基づいてレースを走っていたと、主戦騎手の和多氏は語る。馬に直接聞いたわけではないので信ぴょう性に乏しいものの、誰よりも傍で見続けてきた騎手の言葉は外野の分析よりは信用に値するのかもしれない。

 主戦騎手以外にも何人かの騎手が似たようなコメントを残している。元騎手の福水優一調教師は「一見奔放に見えてアパオシャなりのセオリーがある」と述べている。他にもシンボリルドルフの鞍上を務めた元騎手の丘部由紀夫氏が「非常に頭のいい馬、自らの末脚の鈍さを理解しつつ勝つ方法を模索した形跡がある。それと一辺倒の走法では対策を取られるから、出来る限り相手を撹乱する思惑もあると思うよ」

 野球のピッチングに例えると何球目にどの変化球がどこに来るか分かっていれば、かなり打ちやすい。だから何十もの配球パターンを作って打者を惑わす。アパオシャは騎手ではなく自ら考えて同様の事をしていると、一部の騎手は主張しているのだ。

 アパオシャとは常人には信じ難い知性と発想力を有した馬なのだろう。

 

 

 【現役引退後】

 

 2013年に故郷の美景牧場に戻り、繁殖牝馬として第二の生涯をスタートする。初年度のフランケル産駒をはじめ、毎年受胎出産を繰り返して2024年に繁殖生活を終えるまで11頭を出産した。元々13冠馬として産駒は世界中から期待されていたが、オーナーの南丸氏は2022年産のキタサンブラック産駒以外を放出せずに手元で走らせた。一説には世界中のホースマンから脅迫紛いの交渉もあったと囁かれたが全て突っぱねつつ、牡馬は引退後に全て放出すると明言してあったためトラブルには発展しなかった。

 毎年の交尾はオルフェーヴルを除いて毎回死んだような目で済ませていたものの、産んだ産駒は等しく育児に務めた。ただしどの産駒とも普通の母子の関係よりは、暇さえあれば共に放牧地を併走する師弟のような距離感だったと、美景牧場の人達は目撃している。それでも子への愛情はそれなりにあったと思われる。乳離れが終わり、育児の無い期間は現役時代を彷彿とさせる自主トレを日課として、妊娠中の繁殖牝馬とは思えない馬体を維持し続けていた。繁殖相手のテイエムオペラオーやトーセンジョーダンの名を聞くとすぐに反応がある事から、オルフェーヴルの例もあり、相手の名前を記憶して認識していた可能性もあるが真相は不明である。

 2024年に最後の産駒を送り出した後は、繁殖牝馬を引退して同牧場で功労馬として過ごす。とはいえアパオシャの仕事は無くならない。戻ってきた妹のヴィンティン、娘のジエンプレス等の仔のリードホースを務めてよく鍛えた。そのおかげか美景牧場出身の馬は勝ち上がる馬が多く、質が良いと馬主の中でも評価が高かった。

 さらに数年後にウミノマチが亡くなると、アパオシャが牧場の血族の牝馬達のボスを引き継ぎ、これをよく統率した。肉体的に衰えた25歳頃にリードホースと群れのボスも引退して、以降は穏やかに過ごしつつ、死亡する一月前まで走る事はやめなかった。享年30歳。墓は牧場外の一画に設えた。

 死亡後は葬儀以外にお別れ会も行われて、競馬関係者だけでなくイギリス王室からも弔問客が訪れる異例の事態に。日本の外務省が大慌てで対応したのが察せられる。

 交配相手に日本の主流血統のサンデーサイレンス系が少ないのは、なるべくサンデーサイレンスの血が入っていない牡馬が増える事を望んだ、種付けアドバイザーの社大グループの思惑が関与していると言われている。

 

 

 【エピソード】

 

 父オグリキャップに似て味噌が好物。醤油も好きで初めて舐めた時は涙を流すほど感激した。それ以降、醤油味の野菜炒め、肉抜き回鍋肉や青椒肉絲、きりたんぽ鍋、梅おにぎりとみそ汁のセット、雛あられ、饅頭、柏餅などを好んで食べた。人間よりグルメである。イギリスの野菜は不味いと分かって、調理しないと食べなかった。

 

 毎年トレセン内に桜や桃の花が咲くと立ち止まってじっと眺めていた。明らかに花を愛でる感性があった。

 

 閂程度の簡易な鍵なら余裕で解錠する。2011年の震災後にたびたび余震があった時は内側から馬房の扉の鍵を開けて脱走していた。一応他の馬にも鍵を自力で開けて脱走した事例はあるらしいが、よっぽど知能が高く鍵の概念を理解していないと不可能だろう。当然だが馬の脱走はトレセンにとっても大問題である。下手をしたら重大事故が起きるし、人にも害が及ぶ危険性がある。しかし当時のJRAからは中島厩舎の処分の話が出てこない。この話を公式に認めたのはアパオシャの競走馬引退後だった。当時から中島厩舎に勤めていた松井厩務員のインタビューから抜粋すると、アパオシャが居ると地震に怯える馬が落ち着いて非常に助かったため、他の厩舎の職員は問題にするのを厭ったとある。美浦トレセン全ての厩舎が馬のための行為からアパオシャを見逃す姿勢を見せたため、事態を把握していたトレセン勤務のJRA職員も黙認せざるを得なかった。

 

 海外遠征中に自分から英国女王を背に乗せてコースを一周してきた。クラシック三冠達成後に訪ねてきたシンザンの元厩務員の長尾氏も背に乗せて軽い乗馬もした。と思えば技量の低い調教助手は容赦なく振り落とすので、相手の役職等を選んでやっているように思われる。

 

 トラックや飛行機に長時間乗っても体調を崩さない。食事量の変化も無く、若干暇そうにしているだけで日常と変化が無い。

 

 経験の浅い馬への指導役として厩舎で頼りにされていた。海外遠征に帯同した馬も一緒に調教すると走りが良くなると知られて、オルフェーヴルの馬主からぜひ帯同してほしいと乞われた。

 

 同じ厩舎や美浦トレセンの馬には仲間意識を持っていたが、それ以外の馬には基本的にドライだった。むしろ同期の牡馬から交尾を迫られたから嫌っている節もある。

 

 人間にも仲間意識はあったようだが、どちらかというと対等な仕事仲間への振る舞いに近く、明確な上下関係は無かったと思われる。基本的に競走馬は世話をしてくれる厩務員に懐く傾向があるが、アパオシャは担当の松井厩務員にはほどほどの距離感を保っていた。むしろ鞭で叩くから馬から嫌われやすい騎手の和多氏に強い信頼を寄せていた。

 

 凱旋門賞勝利後の夜に鞍上の和多氏が酔っ払って厩舎に来て、そのまま寝てしまった時は馬房の扉を開けて和多氏を馬房内に引きずり込んで、寝藁を被せて風邪をひかないように気を遣った映像が残っている。後日、和多氏は周囲から愛馬と添い寝した騎手、牝馬が浮気相手と揶揄されて有名になった。

 

 記憶力が良く、幼少期に過ごした美景牧場の人々の顔をしっかり覚えていた。

 

 現役時にイベントでふれあいホースを担当した時は子供がベタベタ触れても黙って好きにさせていた。

 

 日本語だけでなく英語とフランス語が分かる。

 

 育成牧場時代にゲート試験を練習もせず、一発合格して指導員を滅茶苦茶驚かせた。どうやら先に練習していた馬の姿を見て覚えたらしい。

 

 父オグリキャップが死んでお別れ会に出席。口に花を咥えて献花台に置く。その後、初めて見る父の遺影に涙を流した。遺影に写る馬を自分の父親と認識して、その馬の死を理解していた。

 

 皐月賞の後にポスター制作のためにカメラマンの要望で「人を写さず馬単体が歩く写真を撮りたい」と言われて、後ろ脚だけで立って数十mを歩いた。中島調教助手が歩けと言ったが誰も二本脚で歩けとは言っていないと、曾祖父のシンザンを彷彿とさせる話があった。さすがに人を乗せて立ち上がった曾祖父と違い空馬だったが。

 

 引退話を切り出された時は怒り狂って、練習コースを数時間逃げ続けた。途中、止めようと前に立った数名の頭を飛び越えた。助走付きの空馬だったがおそらく2mほど宙を跳んだと思われる。

 

 レースへの情熱はどの馬より強い。同時に周囲から勝つ事を求められていることを知っており、和多騎手から「アパオシャはストイックでプロフェッショナル」と称賛されるほどプロ精神を持っている。だからこそ前述のようにレースを取り上げられた事に強い怒りを示した。

 

 ファンからは『誰が乗っても勝てる強い馬』と思われがちでも、ごく一部を除いて騎手からは人気が無かった。理由は馬自身が自らレースを作るから仕事をさせてもらえない、自己判断で唐突に加減速するからとても危険、技量が未熟だと乗るのを認めてくれない等、癖馬の類と思われていた。

 

 同時代にいた馬のファンや陣営から≪死神≫扱いを受けていた。同期のアパパネ、1歳下のオルフェーヴル、2歳下のジェンティルドンナがそれぞれ三冠馬になったのに、JRA年度代表馬に選出されなかった事への恨みから妬まれ憎まれた。絶対王者として恨まれるのは強者の名誉とも言える。

 

 馬主の南丸氏の所有するゲーム会社≪世界一ソフト≫のゲームソフトに≪オシャちゃん≫というデフォルメキャラとして出演している。のちに看板キャラクターの一人になった。

 

 アパオシャの名は馬主のゲーム会社の社員公募から選考して決まった。同オーナーが所有する半妹のヴィンティンも社内公募から登録名を決めた。

 

 2010年にJRAが発表した競馬プロモーション映像『JAPAN GLOBAL TROPHY』に登場する架空馬『ブラックセクシャル』のモデルはアパオシャではないかとファンから指摘があったものの、JRAは明言を避けて現在も沈黙を保っている。

 

 競走馬引退後は毎回死んだような目をして種付けされている。しかしオルフェーヴルの時だけは気まずいような顔をして交尾していたので、オルフェーヴルにだけは何かしら特別な感情を持っていたのではないかと言われている。

 

 アパオシャ引退後の美浦トレセンは絶対的なボスが生まれず、幾つかの派閥が出来た。有力なボスは2009年産のフェノーメノだったが、威圧的だったので馬同士の衝突が多かった。

 

 主戦騎手を務めた和多流次元騎手が騎手引退後に執筆、出版した『王達の景色』はテイエムオペラオーとアパオシャの二頭を主軸に、当時の競馬全体をテーマにした書籍。二頭の妹にあたるヴィンティンも10ページ程度触れられている。一部内容の、二頭のお手馬への強烈な想念には読者が言葉を失うほどだったが、内容自体は概ね真面目で文体もしっかりしており、読み物としての面白さも満足がいく。

 

 

 

 【異名の由来】

 

 世界最高峰の13冠馬という事で様々な異名がある。その名の由来を一部解説しておく。

 

 

 ≪オグリキャップの娘≫

 アパオシャの最初のあだ名。お分かりいただけるように、≪スターホース≫オグリキャップの娘として競馬誌などで紹介されていた。

 

 ≪魔性の牝馬≫

 日本ダービー前後に、数々の同期の牡馬を発情させたエピソードから。ダービー以降も特にヴィクトワールピサとエイシンフラッシュは、アパオシャを見るたびに発情していた。ドリームジャーニーも有馬記念で交尾を迫ろうとしていた情報がある。

 

 ≪神馬の再来≫

 無敗のまま牝馬によるクラシック三冠を達成した時に付けられた異名。母方の曾祖父シンザンの≪神馬≫という異名から、その再来と称された。

 

 ≪アパオシャ先生≫

 4歳の時に海外遠征をした鞍上の和多騎手のインタビューから。人馬共に初の海外遠征だったにも拘らず、まるで最初からコース特性を知っているかのように、我が物顔でアスコット競馬場を走るアパオシャに乗った和多騎手が教師のように感じたという。実際、日本のどの競馬場、フランスロンシャンでも最初から分かっているように走っているので、専門家も長年理由と答えが出せていない。

 

 ≪偉大なる女王陛下の友たる黒き女王≫

 英国遠征中に英国女王がアパオシャの背に乗って乗馬を楽しんだ後、アパオシャを友と呼んだ事から地元メディアが煽るように紙面に載せた。短くして単に≪黒き女王≫と呼ぶ事も多い。

 

 ≪太陽の女帝≫

 名の由来の旱魃の神から太陽、日本馬で初めて凱旋門賞を勝利したので女帝。この二つを組み合わせて≪太陽の女帝≫と呼ばれるようになった。≪神≫は欧米で取り扱いの難しい単語のため、主にアパオシャを示す異名として定着し続けた。

 

 ≪太陽の神馬≫

 こちらも上述の異名とほぼ同時期に使われているが、主に日本の書籍に出てくることが多い。もしくは東日本大震災後の東北や、アパオシャを祀る馬関係の神社がよく用いる尊称。

 

 ≪日本のゼニヤッタ≫

 アメリカでアパオシャを紹介する時によく使われる異名。2004年アメリカ産の牝馬。生涯成績20戦19勝2着1回G113勝。芝ダートと連勝記録の違いはあるがアパオシャと成績が全く同じだったため、アメリカ人からはこのように言われている。ちなみにこのゼニヤッタは540kgの巨体であり、アパオシャとは約80kgの差がある。

 

 ≪坂道の申し子≫

 主に競馬新聞や雑誌のレース解説で使われた異名。起伏の激しい坂道のある競馬場で無類の強さを発揮したため。特にイギリスの高低差20mが1600m続くアスコット競馬場、スタートから高低差40mの坂を駆け上がるエプソム競馬場、日本でも坂が名物の中山競馬場で6勝、京都競馬場で4勝を挙げていることから名付けられた。

 

 



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