ストライク・ザ・ブラッド~不死王の物語~ (ノスフェラトゥ)
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profile:No Life King

この項目は新しい眷獣や過去が判明する度に随時更新します


縫月 蓮夜(ほうづき れんや)

本名:?????

 

古城の友人であり、吸血鬼の少年。古城が第四真祖である事を知っている。

その正体は"真祖と同等の力を持つ吸血鬼であり、もはや"四人目の真祖"と言っても差し支えない("焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)"より前に存在していたため、此処では四人目と記述した)。

 

他の真祖からは"不死王(ノーライフキング)"と呼ばれ、魔族からは"悪霊王(ヴァルコラキ)"と呼ばれている。他の真祖とは旧知に仲であるが、過去に何かイザコザがあったらしく、「会ったら取り敢えず眷獣で攻撃する」とイイ笑顔で語っている。

 

蓮夜も、他の真祖のように闇の軍勢を率いているが、その中に生者は全く居らず、軍勢の殆どは死者である。

蓮夜は特異能力として「死者を集め、従える能力」がある。それ故、「死者の軍勢を率いる不死の王」とも言われていて、死者は全員"万魔の王都(ニヴルヘイム)"の中にいる。

 

那月とは、彼女がまだ幼少の頃にとある地にて邂逅を果たした。

それ以降、彼女とは行動を共にしている。そして、時折今の天上天下唯我独尊な那月を見て、幼少期の純粋な那月を思い出しては「どこで育て方を間違えたんだろうか……」と落ち込んでいる。

 

眷獣は、北欧神話を基にされている。

 

万魔の王都(ニヴルヘイム)

死と霧の世界を体現する眷獣。

形は存在せず、蓮夜自身が"万魔の王都(ニヴルヘイム)"と言っても間違いではない。

身体を霧化した霧に触れた対象物を消滅・封印させたりする事が可能。また霧から取り出したりすることも出来る。

この眷獣は他の眷獣とは違い、主である蓮夜自身の作用する眷獣であり、常時展開型の眷獣。蓮夜に傷を負わせたいのなら、雪菜の"雪霞狼(せっかろう)"か、紗矢華の"煌華麟(こうかりん)"、古城の眷獣"龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)"のような無効化系か次元・空間作用系の能力が有効。

 

無限煉獄(ムスペルヘイム)

灼熱の世界を体現した眷獣。

万象一切を灰燼と化すほどの焔であり、その威力・規模は眷獣の中でも上位に入るほど。

ただの超高熱の焔を生み出して操るだけの能力だが、更に上の真価がある。

 

龍殺しの魔剣(グラム)

意思を持つ武器。龍殺しの特性が付与されており、故に蛇に関する眷獣・獣人なら絶大な効果を発揮する。

それ以外にも、魔力を食わせればそれに応じた規模の魔術を切り裂く事も可能。だが、かなり強力な魔術には効果が無い。

昔、ヴァトラーと死闘を繰り広げた際、ヴァトラーの殆どの眷獣は"龍殺しの魔剣(グラム)"により倒されている。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

・黄昏

蓮夜と密接に関わるある物事を指す言葉。

聖殲と同程度―――それ以上に謎に包まれていており、文献や何もかも載っていない。大規模な戦争だと推察できるが、それが有史以前なのかも全く分かっていない。ヴァトラーが何故知っているのかは、未だ不明。

 



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~第一章 聖者の右腕~ 
episode:1


 

「第四真祖、ですか?」

 

深い森の中にある神社の拝殿に中学生くらいの少女に、御簾に遮られて姿が見えない三人の計四人がいた。

 

「一切の血族同胞を持たない、孤高にして最強の吸血鬼と言われています」

 

「聞いたことはありますか?姫柊雪菜」

 

「……噂は」

 

二人の問いに姫柊は神妙に頷く。

第四真祖"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"―――

十二の眷獣を従える孤高の吸血鬼であり、世界最強の吸血鬼の肩書きを持つ者。

それは噂程度で実在しているわけじゃないと思う人が大多数である。

 

「魔族と混同するこの世界で、人類の最大の敵である吸血鬼が仮初めでも我ら人間と共存出来ているのは何故か?」

 

「聖域条約が締結された為です」

 

「そうだ。そしてその条約は欧州の支配者"忘却の戦王(ロストウォーロード)"、西アジアの盟主"滅びの瞳(フォーゲイザー)"、南北アメリカ大陸を統べる者"混沌の皇女(ケイオスブライド)"。三名の真祖が互いをけん制し合うが故の三すくみの賜物でもある」

 

「ですが、第四真祖が存在するとなればその均衡が崩れ、人類を巻き込んでの戦争になるかもしれません」

 

「これを受け取りなさい」

 

女性の声が響くと同時に蝶のように折られた紙が姫柊に向かってくる。目の前まで来たら淡く発光して一枚の写真が手元に来た。写真には三人の男性が写っており、その中心には髪の色素がやや薄いフードのパーカーを制服の上に着ている。

 

「暁古城。問題の第四真祖と目されている人物です」

 

「例のものを此方に」

 

側に控えていた男性が姫柊の前に銀色のケースが置かれた。ケースの封印を解いたら、中には一振りの銀の槍。

 

「"七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)"です。銘は"雪霞狼(せっかろう)"。貴方のせめてもの餞です」

 

「姫柊雪菜。獅子王機関三聖の名において命じます。全力を以って第四真祖、暁古城に接近し、その行動を監視すること。そしてもし彼の存在を危険だと判断した場合――――此れを抹殺すること」

 

「……抹殺」

 

姫柊は顔には出ていなかったが心の中では結構動揺している。無理もない事だ。相手は最強の吸血鬼。そう易々と殺されるような弱者ではないからだ。下手をすれば自分が殺されてしまう。

 

「そしてもう一つ伝えなければなりません」

 

先ほどの声よりかさらに低く聞こえるのを感じた雪菜は同様を抑えて聞く姿勢をとる。

 

「この第四真祖がいる地―――絃神島には災厄の吸血鬼、真祖と同等の力を持つ吸血鬼、"不死王(ノーライフキング)"がいる可能性があります」

 

「"不死王(ノーライフキング)"……っ!」

 

雪菜は同様を抑え切れずに声に漏らしてしまうが、それを注意しない。"不死王(ノーライフキング)"と言えば、数多の聖殲を潜り抜けた『真祖ではないが真祖である』とまで言われているからだ。何より、"不死王(ノーライフキング)"を傷付けることが可能なのは真祖だけっていう噂もある。

 

「剣巫としての役目見事に果たす事、期待しています」

 

「……はい」

 

姫柊はその言葉の重みを自覚し、承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

「熱い……焼ける。焦げる。灰になる……」

 

「……確かにこの天気はきついな」

 

午後のファミレスの窓際のテーブルにぐったりと突っ伏している第四真祖である暁古城とドリンクバーで汲んできたジュースを飲んでいる縫月蓮夜がいた。

片方は白いパーカーを着ている。それなりに顔の造りもいしが、ただ今ふて腐れている。

もう片方は漆黒を思わせる様な黒い長髪に蒼い双眸。髪は肩にかかるくらいに伸びている。容姿がかなり整っているから服装次第では女にも見えそうな……。

 

「今、何時だ?」

 

古城が呟いたのを聞き取ったのは真正面にいる蓮夜以外の友人だった。

 

「もうすぐ四時よ。後三分二十二秒」

 

「……なんで俺はこんな大量に追試受けなきゃならねーんだろうな」

 

古城の机の上には山積みになっている教科書の数々。古城が追試を命じされたのは、英語と数学二科目ずつを含む合計九科目。プラス、体育実技のハーフマラソン。夏休み最後の三日間で処理するという羽目にあっている。

 

「――――ってか、この追試の出題範囲ってこれ、広すぎだろ。こんなのまだ授業でやってねーぞ。うちの教師たちは俺に恨みでもあるんか!!」

 

蓮夜と古城の友人である男子一名と女子一名は呆れている。

 

「いや……そりゃ、あるわな。恨み」

 

そう答えたのは短髪をツンツンに逆立てて、ヘッドフォンを首に掛けた男子生徒だった。矢瀬基樹という。

 

「あんだけ毎日毎日、平然とサボられたらねェ。舐められているって思うわよね。フツー……おまけに夏休み前のテストも無断欠席だしィ?」

 

もう一人の女性である藍羽浅葱が笑っていってくる。

 

「……だから、あれは不可抗力なんだって。いろいろ事情があったんだよ。だいたい今の俺の体質に朝一はつらいって、あれほど言ってんのにあの担任は……」

 

「俺は必要最低限の出席日数は取ってるし、成績もいいから問題ないな」

 

「だとしても、授業中に寝るのは止めた方がいいわよ。一部の教師は蓮夜のこと敵視しているし」

 

蓮紅夜も古城と同じくサボリ気味だが、最低限の出席日数は取ってあるし、テストも学年で10位内に入っているので、追試が無い。しかも授業の大半を寝て、しかも点数がいいから文句は言えない。故に蓮夜は一部の教師から敵視されている。

 

「……理不尽だ。俺は朝は起きれないっていう体質だって言ったのに……」

 

「朝起きれないとか……随分自堕落した生活だな」

 

古城は蓮夜を睨むが、本人はスルーして飲み物を飲んでいる。

 

「体質ってなによ?古城って花粉症かなんかだっけ?」

 

浅葱が不思議そうに訊いてくる。古城が唇を歪める。

 

「つまり夜型っているか、朝起きるのが苦手っつうか」

 

「それって体質の問題?吸血鬼でもあるまいし」

 

「だよな……はは」

 

実を言うと蓮夜と古城は自身が吸血鬼ってのを隠しているから安易に言えるものじゃない。蓮夜は古城が第四真祖だと知っているが、古城は蓮夜の事は吸血鬼であるって事しか知らない。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

絃神島は、太平洋のど真ん中、東京の南方海上三百三十キロ付近に浮かぶ人工島だった。ギガフロートと呼ばれる超大型浮体構造物を連結して造られた、完全な人工の都市である。総面積は約八十平方キロメートル。総人口は約五十六万人。

暖流の影響を受けた気候は穏やかで、冬でも平均二十度を超える熱帯に位置する、いわゆる常夏の島。

学究都市である絃神市は、製薬、精密機械、ハイテク素材産業などの、大企業や有名大学の研究機関がこの島でひしめき合っている。

この島は、少々特殊なところもある。

 

魔族特区。

 

それがこの絃神市に与えられたのもう一つの名前である。

獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体、そして吸血鬼――この島では、自然破壊の影響や人類との戦いによって数を減らし、絶滅の危機に瀕していた魔族たちの存在が公認され、保護されている。

――絃神島はその為に造られた人工都市である。

 

「暑い……完全に克服しているわけじゃないから、少しだるいな」

 

蓮夜は古城と別れ、ゲーセンに向かって歩いていると、ポケットに入れてたスマホに着信が来る。

覗き込むとそこには―――南宮那月と表示されていた。

 

「もしもし、何か用?那月ちゃん」

 

『教師をちゃん付けで呼ぶな……はぁ、まぁいい。それより蓮夜、今どこにいる?』

 

「今?ゲーセンの前にいるけど」

 

『都合かいいな。その近くで"登録魔族(フリークス)"が暴れているらしくてな。私の名前を使って引き摺って来い』

 

傍若無人な物言いに蓮夜は軽く苦笑する。あの時のような可愛さが今は全く無くなっているなぁと思いながら電話越しで話す。

 

「はいはい。手荒な真似をしていいか?」

 

『構わん。だがやり過ぎるなよ。……ああ、ちなみに相手はD種だ。全く、面倒事を増やしてくれる』

 

那月の声色には本当にメンドクサイ、と感じる。その時、蓮夜は近くの場所で魔力が高まっていくのを感じる。

 

「ああ、確かに魔力を感じるな。アイツの血族か……んじゃあ行ってくるか」

 

那月からの命令が出たので、早速現場に向かって行く。向かっている時に爆発音と火柱が見えた。

眷獣を使っているらしく、速く行くべきだと、蓮夜は判断した。

こうりは急いで現場に向かい着いた時に、炎の馬の眷獣が銀の槍を持った少女と相対していた。

 

(あの銀の槍は――――)

 

「――灼蹄(しゃくてい)!その女をやっちまえ!」

 

蓮夜は少女の実力を見てみたかったが、那月からの命令が来ているから止めることにした。

 

「ふっ!」

 

蓮夜は少女と眷獣の間に割り込むと、魔力を乗せた蹴りで眷獣を吹き飛ばす。

 

「……え?」

 

「しゃ、灼蹄!?」

 

槍を持った少女とD種の吸血鬼が目の前で起こった現象に唖然とした。急に割り込んで来た少年が蹴りで眷獣を吹き飛ばしたからだ。

 

「とある攻魔官の補佐だ。聖域条約違反で捕まってもらおうか」

 

攻魔官補佐と聞きホスト風の男は顔色を変え、必死に言い訳を始めた。

 

「なっ! 待ってくれ正当防衛だ! 先に仕掛けたのはそのガキだっ!!」

 

「なっ!?」

 

吸血鬼は少女に指を差し、少女は自分に罪を擦り付けるような発言に目を見開く。

 

「だとしても眷獣まで出されると言い訳は効かない。それに中学生相手に眷獣を使うのは過剰防衛だ」

 

それでもいい訳をしようとするから、蓮夜は手刀を入れ、気絶させた。

 

「さて、そこの中学生。矛を収めろ。吸血鬼にそれは明らかに過剰防衛だ」

 

「うっ……す、すみません」

 

槍を持っている少女は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「気にするな。それとそこの馬鹿、来い」

 

「馬鹿とはひでぇな」

 

蓮夜の掛け声と共に、側に隠れていたいた古城がこっちに向かって歩いてきた。古城を見て顔を強張らせている。古城の顔を見て顔を強張らせているのか疑問が起こったが、さっきの槍を持っているのなら獅子王機関の連中が古城の存在に気付いたのだと分かり、納得した。

 

「俺はこいつらを持って行くから。そっちの少女は任した」

 

「任されたくないが、分かった」

 

古城の返事を聞き、蓮夜は気絶している二人を担いでその場を去った。



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episode:2

当分は原作通りに進みますので、戦闘シーンが殆ど無いです。
その辺はご了承を。


蓮夜はアナログ式の目覚まし時計の鳴り響く音で目を覚ます。

カーテンを開け、忌々しい太陽を軽く睨みつける。

 

「くそ……吸血鬼に朝はきついな。つーかその前に、俺が学生をやっていること自体おかしいだろ」

 

あいつらに今の俺を見られたなら絶対に唖然しかねない、と思いながらキッチンに立って朝食を作り始めた。今回の朝食は超和風に塩鮭に味噌汁とご飯だ。もちろん簡易のレトルトではなく味噌を溶かすところからやるという徹底振りだ。

もはや吸血鬼なのに一応悪名轟く吸血鬼である自分の趣味が料理になってしまったことに呆れながら作っていると、リビングのドアが開いた。

入ってきたのはフリルまみれのドレスを着ている幼女だ。

 

「おはよう、蓮夜。相変わらず料理は徹底しているな」

 

「おはよう、那月。それに関しては昔からだ」

 

「まあ、そのおかげで私は楽になっているからな」

 

そう言って那月そのまま新聞を持って椅子に座り、朝食を待つ。

こう見えて彼女、南宮那月は一応26歳である。だが、見た目は完全に中学生か小学生に見えるから、何も知らない人たちが蓮夜と並んで歩いていると、同じ黒髪に蒼い双眸と相まって兄妹か下手をすれば親子に見えるという始末だ。兄妹と言われた時は怒っていたが、親子と言われた時の怒りは凄まじかった。

那月は、蓮夜や古城が通う彩海学園の教師でもあり国家攻魔官の資格を持っている。

彼女のおかげで、蓮夜は学校に通ったり、この地に留まっていることが出来ているので、その見返りとして攻魔官の手伝いをしている。

朝食が出来上がり、机の上に並べる。

 

「「いただきます」」

 

二人は対面に座りながら食べ始める。そこで蓮夜が口を開く。

 

「そういえば昨日の捕まえた連中についてなんだけど」

 

「ん?ああ、あのD種の吸血鬼のことか?」

 

「そう。どうやらその件に古城が巻き込まれたらしい。しかも、側に剣巫がいた」

 

「なに?剣巫だと?」

 

那月は顔を上げ、こちらを見る。

 

「ああ、どうやら獅子王機関に古城の存在がバレたらしい。ご丁寧に"秘奥武装"を持っていた」

 

「……獅子王機関の連中め」

 

那月は顔を顰めながら忌々しげに呟く。

秘奥武装とは獅子王機関が作り出した武器であり、高度な金属精錬技術などが必要な為、数が少ない。あの処女が持っていたのは、魔力を無効化する術式である"神格振動波駆動術式(DOE)"だ。これは吸血鬼を含む魔族に真価を発揮する。

そして攻魔官と獅子王機関は商売敵のような関係だから那月はそこまで好きじゃない。

 

「……お前が言っても無駄なのは知っているが、あまり無茶な真似や一般人にバレるなよ。とは言っても真祖の連中には気付かれているようだがな」

 

「確かにこの地にいるのはバレているとは思うが、今の所問題を起こしていないから見過ごされているのかも知れない。今の俺も全快じゃないし」

 

蓮夜は特殊な吸血鬼であり、その存在は公にされていない。そして随分前に力をかなり削がれているので本調子ではない。おかげで強力な眷獣が一体使えない。

 

「それにしても……これから古城と一緒にいると、波乱万丈な日々が待ち受けていて俺にも良い刺激を与えてくれそうな予感がするなぁ」

 

「止めてくれ。お前が言うと本当になりかねない」

 

そんな呟きに那月はこめかみを押さえ疲れたような顔をする。実例があるだけに本当に当たるかもしれないのだ。

蓮夜も吸血鬼の中では比較的平和を望んでいるが、やはり面白い事には首を突っ込むという好奇心がある。

食べ終わったら先に那月は学園へと向かい、蓮夜は古城と一緒に通学する為、暫くしたら家を出た。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

「……まだ頭が痛い」

 

「どんまいだな、古城」

 

古城と蓮夜は今中等部の校舎に向かって歩いている。

先ほど古城の追試の試験が終わり、どうやら獅子王機関の剣巫が落としたサイフを届ける為に歩いている。何故古城が額を押さえているのかと言うと、先ほど那月を「那月ちゃん」と呼んでしまって、「教師をちゃん付けで呼ぶな!」と言われて黒レースの扇子を一閃されたからだ。

 

「見つからないねえ……」

 

「せめて連絡先が分かるものでも入っていれば……」

 

そんなことを呟きながら古城はサイフを開いて見ている。

 

「う……」

 

古城は呻いて自分の口元を覆った。そんな古城に気付いた蓮夜は呆れながら言う。

 

「おいおい、なんでこんな所で吸血衝動が起きるんだ?」

 

「仕方ないだろ。上手く制御出来ないんだから」

 

古城は暫くそうしていたらやっと落ち着いたらしく、ため息を吐いた。

 

「女子のお財布の匂いを嗅いで興奮するなんて、あなたはやはり危険な人ですね」

 

いつの間には近くに来ていた少女に古城は驚いた。

 

「姫柊……雪菜?」

 

「はい。なんですか?」

 

姫柊と呼ばれた少女は返事をしながらも蔑むような視線に冷ややかな口調とダブルコンボを食らって、古城は気まずそうにしている。

 

「どうしてここに?」

 

「それはこちらの台詞だと思いますけど、暁先輩?ここは中等部の校舎ですよね?」

 

「う……」

 

雪菜の冷静な指摘に何も言い返せない古城に、はあ、と呆れたようにため息をつく。

 

「それって、わたしのお財布ですね」

 

「あ、ああ。そう、これを届けに来たんだった。けど今日は笹崎先生が休みだって言われて」

 

雪菜が差し出したポケットティッシュを古城は受け取り頷く。

 

「それで匂いを嗅いで、鼻血を出すほど興奮してたんですか?」

 

「事実そうだったしな。発情しやがって……ロリコンが」

 

「誤解をまねくようなこと言うんじゃねぇよ、蓮夜!後ロリコンでもねぇよ!」

 

蓮夜の言葉に雪菜が古城を見る目が一気に冷たくなる。実際蓮夜は古城で遊んでいるのだが、古城は気付いていない。

 

「俺はただ昨日の姫柊を思い出して――」

 

すると一瞬、雪菜が硬直したと思うと制服のスカートを抑えて後ずさる。かなりの赤面だ。蓮夜はそんな反応をさせる出来事を詳しく知りたくなった。後で根掘り葉掘り訊くことにする。

 

「き、昨日のことは忘れてください」

 

「いや、忘れろと言われても……」

 

「忘れてください」

 

「…………」

 

雪菜に睨まれた古城は、黙って肩をすくめた。

 

「お財布も返してください。そのつもりでここに来たんですよね」

 

静かな口調で告げる雪菜。しかし古城は、その要求に応じないで財布を高く掲げ姫柊が届かないようにする。

雪菜と古城は身長差があり、跳んでも届かない。

 

「その前に話を聞かせてもらいたいな。おまえいったい何者だ?なんで俺を調べてた?」

 

「……わかりました。それは、力ずくでお財布を取り返せという意味でいいんですね」

 

そう言って雪菜がギターケースに手を伸ばす。その瞬間、グルグルグル……という低い音で動きが止まる。

古城は無言で眉を寄せ、傍観していた蓮夜は苦笑していた。

彼女の頬か羞恥で真っ赤に染まっていく。

 

「えーと……もしかして、姫柊、腹減ってるの?」

 

硬直したままの雪菜に古城が訊く。

 

「お前には、デリカリーってものがないのか……古城よ」

 

「だ、だったらなんだっていうんですか?」

 

古城の監視に来た雪菜は、この時期に転校してきたのであろう彼女に金を貸してくれるような友人はまだいないであろう。

だから昨日からおそらくなにも食べてないなと蓮夜は推測した。

 

古城は、財布を雪菜の前に差し出す。

 

「な、なんですか」と動揺しながらも、警戒の表情を崩さない雪菜。

 

「昼飯、おごってくれ。財布の拾い主には、それくらいの謝礼を要求する権利があるだろ」

 

「……後輩に飯を奢らせるとは、最悪だな。一回死ねば?」

 

「うるせぇよ。後、死ねは言い過ぎだ!」と古城はそっぽを向きながら言い、蓮夜はため息を吐いて二人について行く。



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episode:3

蓮夜たち三人はハンバーガーショップに居た。帰ろうかと思ったが古城に止められ、雪菜も蓮夜になにか聞きたそうにしていたから一緒に行くことになった。ついでにここに来る際に自己紹介を済ませた。

 

「へぇ、、姫柊もハンバーガーとかを食べるんだな。あまりそういうイメージが無いな」

 

「高神の杜がある街は都会じゃないですけど、ハンバーガーくらいは売ってますよ。よく食べには行きませんけど、偶に同僚と行きます」

 

蓮夜の素朴な問いに若干拗ねながら反論する。

 

「……高神の杜?姫柊が前に居た学校か?」

 

「はい。表向きは神道系の女子高ということになっています」

 

「表向きってことは裏もあるのか?」

 

「……獅子王機関の養成所です。獅子王機関のことは知ってますよね?」

 

「いや知らんが」

 

古城の言葉に蓮夜は呆れて、雪菜も知らないことに驚いていた。

 

「はあ……獅子王機関というのは国家公安委員会で設置されている特務機関だ。情報収集や謀略工作を行う機関ということ」

 

蓮夜は簡単に古城に教えた。

 

「縫月先輩の言う通りの組織です。もともとは平安時代に宮中を怨霊や妖の類から護っていた滝口武者がルーツなので、今の日本政府より古い組織なんです」

 

「要するに公安警察みたいなものか」

 

「そういう認識で構わないだろ」

 

古城は一応理解したようだ。すると古城は何気なく雪菜に聞いた。

 

「だったら姫柊が俺を尾けてたのはどうしてだ?魔導災害やテロの対策なら俺とは関係ないだろ?」

 

「あの、暁……先輩? ひょっとしてご存じないんですか?」

 

「なにをだ?」

 

そこで、蓮夜が思い出したかのように古城に教える。

 

「そういや、言ってなかったな。真祖の力は一国の軍隊と同格だから個人だけでテロや災害に近い対応がされるんだよ」

 

「人間扱いどころか生物扱いすらしてもらえないって……っていうかもう少し早く言ってくれよ」

 

「済まんな。完全に忘れてた」

 

古城には心の籠もってない謝罪をし、恨めしそうに見ているが無視を決め込む。

 

(それ以前に俺の存在は真祖以上に危険かもしれないな。今真祖と戦ったら絶対に死ぬ)

 

蓮夜は今真祖の奴らと出会ったら、勝てる可能性がゼロに等しいことが分かっている為、大人しくすることにした。全快になっても騒ぎは起こさないように心がけるが。

古城はため息を吐いて、雪菜に言う。

 

「他の真祖はともかく、俺は何もしてねえぞ。するつもりもねーし、支配するような帝国なんてどこにもねーし」

 

「そうですね、わたしもそれを訊きたいと思ってました。先輩はここで何をするつもりですか?」

 

「何をする……って、なんだ?」

 

「正体を隠して魔族特区に潜伏しているのは目的があるんじゃないですか?絃神島を影から支配して登録魔族を自分たちの軍隊に加えようとしているとか。あるいは自分の快楽のために彼らを虐殺しようとしているとか……なんて恐ろしい!」

 

どこか暴走しているような雪菜がヘンなことを口走っている。古城はため息を吐いて蓮夜は暴走の仕方が面白くて笑っている。

 

「いや、だから待ってくれ。姫柊はなにか誤解してないか?」

 

「誤解?」

 

「潜伏するもなにも、俺は吸血鬼になる前からこの街に住んでいるわけなんだが」

 

「……吸血鬼になる前から……ですか?」

 

姫柊は信じられないような顔をで古城を見る。

 

「そんなはずはありません。第四真祖が人間だったなんて」

 

「え?いや、そんなこと言われても実際そうなんだし」

 

「普通の人間が、途中で吸血鬼に変わることなどあり得ません。例え吸血鬼に血を吸われて感染したとしても、それは単なる"血の従者"―――擬似吸血鬼です」

 

「いや、こいつは正真正銘の第四真祖だぞ?」

 

「本当なんですか?」と蓮夜の言葉に雪菜は反応する。

 

「本当なんだが……悪いけど詳しいことは俺にも説明出来ないんだ。俺はただこの厄介な体質をあの馬鹿に押し付けられただけだからさ」

 

「押し付けられた?……それにあの馬鹿というのは誰ですか?」

 

「第四真祖だよ。先代の」

 

「先代の第四真祖……!?」

 

雪菜が愕然として息を飲む。

 

「まさか、本物の"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"のことですか!? どうして第四真祖が暁先輩を候補者に選ぶんですか?そもそもなぜあの"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"に遭遇したりしたんです?」

 

「いや、それは……」

 

「まずいっ、古城思い出そうとするな!」

 

古城がなにかを思い出そうとすると急に顔を顰め、激しい頭痛によりテーブルに顔を伏せている。

 

「せ、先輩?……縫月先輩、これはどういう?」

 

突然苦しみ出す古城を見て雪菜は狼狽える。蓮夜はそんな古城を見ながら答えた。

 

「古城はあいつから引き継いだ時の記憶が無いんだよ。無理に思い出そうとすればこうなる」

 

「……縫月先輩は何か知っているんですか?」

 

雪菜の問いは古城にも聞かれたことがある問いだ。だから雪菜にもかつて古城に言ったときと同じ言葉を言う。

 

「知っているが言う事は出来ない。これは古城の問題だからな」

 

蓮夜はそう言って肩をすくめた。雪菜は何か言いたそうにしていたが結局なにも言わなかった。それからしばらくして、古城が落ち着いてから話を始めた。

 

「私、獅子王機関から先輩のことを監視するように命令されてたんですけど……それから、先輩がもし危険な存在なら抹殺するようにとも」

 

「ま……抹殺?」

 

「あー……なるほど、ね。姫柊から見た古城はどう見える?」

 

「そうですね。先輩は真祖という自覚が足りません。とても危うい感じがします」

 

数ヶ月前に真祖になったばかりだからそれも仕方がない。本来、真祖になるなんてあり得ない。だから自分の特別性が分からないのは無理も無い。

 

「ですから、今日から先輩のことは私が監視しますから、くれぐれも変なことはしないでくださいね。まだ先輩のことを全面的に信用したわけじゃないですから」

 

古城は監視という言葉に困ったが、別に監視され困る事はないからいいか。という結論付けた。

それから今度は蓮夜の方を見て言う。

 

「あと、縫月先輩も何者なんですか?昨日の眷獣を吹き飛ばした蹴力は人間じゃないと思います。魔力を纏っていましたし」

 

「そうか、古城しか知らなかったな。俺は吸血鬼だ。"登録魔族(フリークス)"ではないが、南宮那月と個人的な契約をしているから、殆どの奴が俺が吸血鬼ってのを知らない」

 

蓮夜はその契約内容は言わないが、雪菜はその契約相手に驚く。

 

「南宮那月……そうですか。あの人が側にいるのですか。ですが、縫月先輩もただの吸血鬼ではなさそうなので変なことはしないでくださいね」

 

どうやらD種の眷獣を蹴り飛ばしてから、古城と同じく一応学校では監視するらしい。優先順位は古城が上らしいが。

 

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

 

「は?襲撃?昨夜に吸血鬼と獣人が?」

 

「そうだ。昨夜L種の獣人とD種の吸血鬼が重傷を負って見つかったらしい」

 

翌日の朝。

蓮夜と那月は朝食を食べながら、事件についての話をしている。食事中にする話しではない。

どうやら、アイランド・ウェストにある海を見下ろせる展望通路付近で戦闘があったらしい。

 

「しかも"古き世代"が重傷を負ったんだ。犯人はかなりの使い手を見ても良いだろうな」

 

「"古き世代"をね……俺の助けは必要か?」

 

那月には要らない提案だが、取り敢えず蓮夜は訊いておくことにする。

 

「要らん。が、もしかすると必要になるかもしれん。ここ二ヶ月ばかりで七件もの被害が出ている。これ以上酷くなれば私から頼む」

 

那月は食後の紅茶を飲みながら言う。黒いゴスロリ服を着た幼女が偉そうに紅茶を飲む絵柄は、なんとも言えない光景だ。

 

「じゃあ俺はいつも通りに日常を満喫すればいいのか?」

 

「そうだ。だが、この無差別の魔族狩りでお前に狙われるかもしれないから、警戒をしておけ―――必要ないと思うが」

 

最後に那月はそう付け足した。事実、そこら辺の奴らじゃ蓮夜には太刀打ちはおろか、触れることすら敵わないからだ。

蓮夜自身、警戒するに値しないと結論付け、いつも通りの生活を送ることにした。



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episode:4

その日の夜。

蓮夜と那月は夜の街を歩いていた。家で本を読んでいると那月が見回りに行くからいってらー、と言ったら「お前もついて来い。なんか一人だけ家で寛いでいるのは腹が立つ」という理由で連れ出された。

見回りをしていたら不良生徒がどんどん見つかり、説教されている。深夜に見た目が幼女に説教されるって精神的にきつい、と思っていたら目前に日傘の先端が迫ってきたので慌てて避ける。

 

「ちょ、それは洒落にならないから日傘で顔を突き刺そうとするなよ!?」

 

「お前が余計な事を考えているからだ!それにこの程度じゃ傷もつかんだろ!」

 

フン!顔を背け、どんどん歩いていく。蓮夜はそんな仕草が子供っぽいな、と思いながら追って横に立つ。

蓮夜たちは暫く歩いていると、ゲーセンのクレーンゲームの所に見たことあるパーカーの少年とギターケースを背負っている少女を見つけた。この後ろ姿は古城と姫柊しかいない。

横を見てみると、那月も分かったのか、ニヤリと面白そうに見ている。完全に意地の悪い魔女だ。

 

「―――そこの二人。彩海学園の生徒だな。こんな時間まで何をしている?」

 

那月の言葉により、二人は硬直した。そんな古城たちを面白そうに見る那月とやや呆れ気味の蓮夜。

 

「そこの男。どっかで見たことあるような後ろ姿だが、フードを脱いでこっちを向いてもらおうか」

 

二人とっては公開処刑に等しい事態に黙っている。ガラスケース越しに古城と目が合うが、蓮夜は軽くウィンクをした。しかも容姿が良いからその仕草も似合っている。

 

「どうしたんだ?意地でも振り向かないというのなら、私にも考えがあるぞ―――蓮夜」

 

「りょーかい。許せよ、那月ちゃんには逆らえないから」

 

蓮夜は軽い口調で返事をして二人に近付いて振り向かせようとすると―――、

 

ズン、と鈍い震動が人工島全体を揺るがした。一瞬遅れて爆発音が続く。

 

「なんだ―――!?」

 

那月と蓮夜が爆発現場から強烈な魔力の波動を感じ取って、そちらに気を引きつけられた時、

 

「姫柊、走れ!」

 

「え、あ……はい!」

 

古城と雪菜が常人とは比べ物にならない速さで走っていく。

 

「あ、待て、おまえら!」

 

那月の制止の声を無視して爆発音は今も尚、響いている現場に走り去っていく。

 

「厄介な事に……那月!俺はあいつ等を追いかける」

 

「分かった。気を付けろよ!」

 

那月の許可をもらうと同時に蓮夜の体が霧となり、古城たちを追いに行く。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

爆発音が響く倉庫街に雪菜は走っていた。

戦闘する眷獣。巨大な漆黒の妖鳥の姿が浮かび上がる。

それを操っているであろう長身の吸血鬼がビルの屋上で操っている。

 

「あれは……」

 

闇を裂いて、伸びた閃光に気付いた雪菜は困惑の声を出す。

虹のような色に輝く、半透明の巨大な腕が鳥の翼を根元からひきちぎる。

実体を保てなくなった鳥の魔力の塊を虹色の腕はさらに攻撃する。

 

「魔力を……喰ってる!?」

 

その異様な光景に雪菜は戦慄した。倒した眷獣の魔力を喰らう――雪菜が知る限り、そんな眷獣は聞いたことがない。そしてその宿主を見てさらに驚愕した。

虹色の腕の宿主は、雪菜よりも小柄な少女。素肌にケープコートを纏った藍色の髪の娘である。

 

「吸血鬼……じゃない!? そんな……どうして、人工生命体(ホムンクルス)が眷獣を!?」

 

呆然と立ち尽くす雪菜の背後で、ドッ、と重いなにかが投げ落ちる音がする。

驚いて後ろを見るとそこには、重傷を負って倒れた長身の吸血鬼の姿だった。肩口から深々と切り裂かれ、吸血鬼でなければ即死のような傷を負っている。

 

「――ふむ。目撃者ですか。想定外でしたね」

 

聞こえた男の低い声に、雪菜がハッと顔を上げた。

燃えさかる炎を背に立っていたのは、身長百九十センチを超える巨躯の男だった。

右手に掲げた半月斧(バルディッシュ)の刃と、装甲強化服の上にまとった法衣が、鮮血で紅く濡れている。

 

「戦闘をやめてください」

 

雪菜が、法衣の男を睨んで警告する。

男は、そんな雪菜蔑むように眺め、

 

「若いですね。この国の攻魔師ですか……見たところ魔族の仲間ではないようですが」

 

値踏みするような表情で淡々と言う。

男の身体から滲み出る殺意を感じ、重心を低くした。

 

「行動不能の魔族に対する虐殺行為は、攻魔特別措置法違反です」

 

「魔族におもねる背教者たちが定めた法に、この私が従う道理があるとでも?」

 

男は巨大な斧を振り上げる。

 

「くっ、雪霞狼(せっかろう)――!」

 

槍を構えて、雪菜が疾走った。負傷する吸血鬼めがけて振り下ろされる戦斧をギリギリ受け止める。

 

「ほう……!」

 

戦斧を弾き飛ばされた男は、巨体からは想像できない敏捷さで後方に飛び退き、雪菜に向き直る。

 

「なんと、その槍、七式突撃降魔械槍(シュネーヴァルツァー)ですか!? "神格振動波駆動術式(DOE)"を刻印した、獅子王機関の秘密兵器! よもやこのような場で目にする機会があろうとは!」

 

男の口元に、歓喜の笑みを浮かべ、眼帯のような片眼鏡が、紅く発行を繰り返す。

 

「いいでしょう、獅子王機関の剣巫ならば相手にとって不足なし。娘よ、ロタリンギア殲教師、ルードルフ・オイスタッハが手合わせを願います。この魔族の命、見事救ってみなさい!」

 

「ロタリンギアの殲教師!? なぜ西欧教会の祓魔師が、吸血鬼狩りを――!?」

 

「我に答える義務なし!」

 

男の巨体が、大地を蹴り猛然と加速した。振り下ろされる戦斧が、雪菜を襲う。それを完全に見切って紙一重ですり抜けた。そして反撃。旋回した雪菜の槍が、オイスタッハの右腕へと伸びる。

オイスタッハは回避不可能と悟り、鎧で覆われた左腕で受け止めた。

魔力を帯びた武器と鎧の激突が、青白い閃光が撒き散らされる。

 

「ぬううん!」

 

左腕の装甲が砕け散り、その隙に雪菜が距離を稼いだ。

 

「我が聖別装甲の防護結界を一撃で打ち破りますか!さすがは"七式突撃降魔械槍(シュネーヴァルツァー)"――実に興味深い術式です。素晴らしい!」

 

破壊された左腕でを眺めながら、オイスタッハが満足そうに舌なめずりをする。

彼はここで倒さなければならない、と剣巫の直感が告げる。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る。破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威を持ちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

「む……これは……」

 

雪菜の体内に練り上げられる呪力を、七式突撃降魔械槍(シュネーヴァルツァー)で増幅する。

直後、雪菜はオイスタッハに猛然と攻撃を仕掛けた。

 

「ぬお……!」

 

閃光のように放たれた銀の槍を、殲教師の戦斧が受け止める。だが、その威力に数メートル近く後退。過負荷によって各部の関節が火花を散らす。

しかも雪菜の攻撃は終わらない。至近距離からの嵐のような連撃にオイスタッハは防戦一方。

 

単純な速さではない。人間である雪菜は、霊視によって一瞬先の未来を視ることで、誰よりも早く動くことができる。

 

「ふむ、なんというパワー……それにこの速度!これが獅子王機関の剣巫ですか!」

 

雪霞狼の攻撃を受け止めきれずに、半月斧がひび割れ、音を立てて砕け散る。

その瞬間、人間であるオイスタッハに攻撃を加えることを躊躇する。それをオイスタッハは見逃さない。

 

「いいでしょう、獅子王機関の秘呪、確かに見せてもらいました――やりなさい、アスタルテ!」

 

強化鎧の筋力を前回にして、殲教師が背後へと跳躍。代わりに雪菜の前に飛び出してきたのは、ケープコートを羽織った藍色の髪の少女だ。

 

命令受託(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)、"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"」

 

少女のコートを突き破って現れたのは、巨大な腕。それは虹色の輝きを放ちながら雪菜を襲う。雪菜は雪霞狼でこれを迎撃する。

 

「ぐっ!」

 

「ああ……っ!」

 

かろうじて雪菜が激突に勝つ。"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"と呼ばれる眷獣を、銀の槍が引き裂く。眷獣のダメージを受けたアスタルテと呼ばれる少女が弱々しく苦悶に息を吐く。

 

「あああああああああ――っ!」

 

少女の絶叫と同時に背中を引き裂くもう一本の腕が現れる。

眷獣が二体、というわけではない。もとより左右一対ひとつの眷獣なのだろう。しかしそれは、独立した別の生き物のように頭上に襲う。

 

「しまっ――」

 

雪霞狼の穂先は、眷獣の右腕に突き刺さったままだった。もし一瞬でも雪菜が力を抜けば、手負いの右腕に雪菜は潰される。そしてこの状況では雪菜は、左腕をよけられない――!

 

死を覚悟する。

ただ最後に一瞬だけ、見知った少年の姿が脳裏によぎる。ほんの数日出会ったばかりの気怠そうな顔をした少年の面影が。

自分が死ねば、きっと彼は悲しむだろう。

だから死にたくない、と雪菜は思った。そう思った自分自身に雪菜はひどく驚き、そして、

 

「姫柊ィーーーーーーー!」

 

思いがけないほど近い距離から、その少年の声が聞こえてきた。

 

第四真祖、暁古城の声が。



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episode:5

「おおおおおおおおおォ!」

 

古城は単純に握りしめた拳で、巨大な腕の形の眷獣を殴りつける。

虹色に輝く眷獣の左腕が、勢いよく吹き飛んだ。そして眷獣の宿主である少女もその衝撃に転倒し、雪菜と戦ってた右腕が消滅する。

 

「なっ……」

 

雪菜は呆然とでたらめな光景を眺める。

 

「なにをやってるんですか、先輩!? こんなところで――!?」

 

どうにか気を取り直して、雪菜は訊く。古城は怒りを隠そうともせずに怒鳴る。

 

「それはこっちの台詞だ、姫柊! このバカ!」

 

「バ、バカ!?」

 

「様子を見に行くだけじゃなかったのかよ。なんでお前が戦ってんだ!」

 

「そ、それは―――」

 

うー、雪菜が物言いたげに口ごもる。古城は詳しくは理解せずともいろいろとあったことはわかる。

古城は空を飛べないし、空間転移魔法などももちろん使えない。二基の人工島を連結する長さ十六キロの連絡橋を、全力疾走は流石にきつかったらしい。

そして古城がたどり着いた時には、眷獣はすでに倒れ、雪菜は謎の法衣の男と戦闘の真っ最中だった。

 

「で……結局、こいつらはなんなんだ?」

 

「わかりません。あの男は、ロタリンギアの殲教師だそうですが……」

 

武器を失った法衣の男を睨んで、雪菜が答える。

 

「ロタリンギア? なんでヨーロッパからわざわざやってきて暴れてるんだ、あいつは?」

 

「先輩、気をつけてください。彼らは、まだ……」

 

雪菜の警告の前にケープコートの少女だ立ち上がる。その背後には虹色の眷獣が実体化したまま。

 

「先ほどの魔力……貴方はただの吸血鬼ではありませんね。貴族(ノーブルズ)と同等かそれ以上……もしや第四真祖の噂は真実ですか?……それならあの噂も真実の可能性が……」

 

破壊された戦斧を投げ捨て、オイスタッハは呟く。

そのオイスタッハを庇うように、前に藍色の髪の少女がいる。

 

再起動(リスタート)完了(レディ)命令を続行せよ(エクスキュート)、"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"―――」

 

「やめろ、俺はべつにあんたたちと戦うつもりは―――」

 

「待ちなさい、アスタルテ。今はまだ、真祖と戦う時期ではありません!」

 

古城とオイスタッハが、同時に叫ぶ。

だが、すでに宿主の命令を受け止めた眷獣は止まらない。虹色の鉤爪を鈍く煌めかせ、猛禽のように古城を狙って降下する。

 

「先輩、下がってください!」

 

槍を構えた雪菜が、古城を突き飛ばし、飛び出す。

だが、その動きを予知していたようにもう一本の腕が少女の足元から、放たれた。地面をえぐるように飛来した右腕に反応が遅れる。

 

「姫柊!」

 

古城が咄嗟に雪菜を突き飛ばす。雪菜は為す術もない吹き飛ぶ。目標を見失った右腕が眼下から、そして左腕が頭上から古城を襲う。

 

「せ、先輩っ!? なんてことを―――!」

 

受け身をとった雪菜が、体勢を立て直す。

 

その時、人工生命(ホムンクルス)の少女は何か気付いたかのように後退する。

ザアァ、と古城と少女の間に白い濃密な霧が遮る。

その出来事に雪菜や古城はもちろん、オイスタッハとアスタルテも驚いていた。

 

「なに!?いったい―――」

 

「全く、面倒ごとに巻き込まれているな。古城」

 

霧の中から―――いや、霧が人型に形成され、古城たちの良く知る人物になる。

黒い髪に蒼い瞳―――のはずだが、今は紅く輝き、不敵な笑み浮かべている蓮夜が立っていた。

 

「れ、蓮夜!?どうしてここに……」

 

古城が当然の疑問を言うが、蓮夜は答えない。

周囲の霧を身体に取り込み、蓮夜はロタリンギアの殲教師を見据える。

 

「……あなたは何者ですか?見たところ吸血鬼のようですが、ただの吸血鬼ではありませんね?」

 

「そこに居る奴らの友人だ」

 

「ふざけているのなら後悔するがいい。アスタルテ!やってしまいなさい!」

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)、"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"」

 

「へぇ……眷獣持ちの人工生命体(ホムンクルス)か。面白い―――顕現しろ、"龍殺しの魔剣(グラム)"!」

 

アスタルテは虹色の両腕を振り下ろし、蓮夜は左手に刀身が150cmはありそうな禍々しい大剣を出現させた。

蓮夜は迫ってきた"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"を一閃して斬り落とした。吸血鬼の身体能力も相まって不可視の斬撃となり、反応すら許さない。

 

「あああああああ――っ!」

 

アスタルテの悲鳴により、全員が気付いた。何時の間にか切断されたことに。

 

「え?」

 

「なにっ!?」

 

雪菜とオイスタッハが驚きの声を上げた。

蓮夜はそんな疑問の声を無視して、再び構える。

 

「……あなたは、一体」

 

オイスタッハは蓮夜を取るに足らない魔族と思っていたが、それは大きな勘違いである。一連の行動にオイスタッハは蓮夜の存在に軽い畏怖を感じていた。

そして気付いた。目の前の吸血鬼がどんな存在なのかを。

 

「まさか、あなたは……っ!!くっ、ここは引きますよ。アスタルテ!」

 

命令受諾(アクセプト)

 

アスタルテは残った腕で地面を砕き、粉塵に紛れて逃げていった。

 

「……逃げたか」

 

蓮夜は"龍殺しの魔剣(グラム)"を消し、姫柊と古城に向き直る。

 

「全く、勘弁してくれ。進んで厄介事に頭を突っ込むとか……いつか死ぬぞ」

 

「うっ……済まん」

 

「ご、ごめんなさい」

 

蓮夜の言葉に古城と雪菜は、さっき蓮夜が助けなければ、大怪我を負ってたかもしれなかったから文句は言えなかった。

それと同時に雪菜は蓮夜に対する疑問を持つようになってしまった。先ほどの眷獣といい、身体能力といい絶対にただの吸血鬼ではないと感じた。

 

「はぁ……さっさとここから離れろよ。那月ちゃんには今回の事は誤魔化しておくから」

 

「悪いな……今度なにか奢る」

 

「期待せずに待ってるよ」

 

蓮夜は古城と雪菜に手を振り、そのまま雪菜と古城の前から去った。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

翌朝には倉庫街の火災について取り上げられていたのをテレビで見て、那月に軽い尋問を食らったが、このことについては古城たちも混じって話をするらしい。

蓮夜は電車に揺られながら学校に向かっている。ちなみに那月は偶に急ぎの用がある場合空間転移で移動している為、遅刻と言う言葉が無い。ずるい!と言ったら「忙しいから私はいいんだ」と傍若無人な物言いに呆れた。

吸血鬼の力で短時間学校に辿り着くことは出来るが、蓮夜自身が吸血鬼なのは伏せられている為、電車で通学するしかない。

 

「おはよう古城、浅葱」

 

「ああ、蓮夜か。おはよう」

 

「おはよ、蓮夜。あんたも古城と同じく眠そうな顔をしてるわねー」

 

それぞれあいさつをして席に着いた。

三人で昨日の夜に起こった火災やら爆発の話をしていた。古城の顔色があまり良くなかったが。

その時、教室の隅っこで男子が数人、携帯電話を囲んで盛り上がっている。

 

「うん?一体なにを騒いでいるんだ?」

 

不思議そうな顔で蓮夜は興奮状態のクラスメイトを見ている。

浅葱が通りかかった友人である築島倫を呼び止める。

 

「ね、お倫。あれなに?男子共はなんで盛り上がってるわけ」

 

「ああ、あれ?なんかね、中等部に女の子の転校生が来たらしいよ」

 

「中等部の転校生……?」

 

倫の答えに古城が呻いた。蓮夜はその転校生が誰か知っている。古城は若干顔色が悪い。

 

「凄く可愛い子だって噂になってて、部活の後輩に命令して写真を送らせたんですって」

 

「……おい古城。それって姫柊じゃね?」

 

「ああ、たぶんな」

 

蓮夜は周りに聞こえないように古城に聞くと苦い表情で頷いた。

 

「暁くんと縫月くんは見に行かなくてもいいの?」

 

「いや、俺はべつに」

 

「俺も見なくてもいいや」

 

蓮夜と古城の投げやりな言葉に倫は満足そうに頷いた。

 

「そうね。暁くんには浅葱がいるものね」

 

「へ?」

 

古城は驚いて顔を上げた。近くの浅葱は頬を赤らめている。

 

「ふふ、それに……」

 

そう言って今度はこっちの見る……嫌な予感がする蓮夜。

 

「縫月くんは那月ちゃんと禁断の恋をしているんでしょ」

 

「……は?」

 

予想外の答えに蓮夜はアホみたいに口を開けた。

 

「あ、それあたしも聞いたことがあるよ。一緒に暮らしている二人は愛を育んでいるとか」

 

「それなら俺も聞いた事があるぞ。後、那月ちゃんはやけに蓮夜には優しいから気があるとか」

 

浅葱と古城は聞いた事があるらしく蓮夜は「マジ?」と聞いたら三人ともうなずいた。

 

「つーかこれって結構有名な話なんだが……本当に聞いた事が無いのか?」

 

矢瀬が蓮夜にそう訊いてくる。だが、本当に蓮夜はそういう噂話を耳に入れた事は無い。後、蓮夜と那月は付き合っていない。むしろ蓮夜にとって那月は妹か娘のような感覚だ。

 

「……いや、俺は付き合ってないぞ。那月ちゃんもそんな暇ないし」

 

その返事に倫は一応それで納得しておくね、と言われた。含みのある言い方だが蓮夜は追求しない。

あと、古城はどうやら世界史のレポートをやっていないらしく、浅葱に見せてもらうようにお願いしていた。その時、今朝家から出るときに那月に言われた事を思い出した。

 

「あ、古城。一つ言っておくことがあった」

 

「ん?どうした蓮夜?」

 

「そういや那月ちゃんが古城に言うように伝言を頼まれていたんだよ」

 

古城が自分に指を差し、蓮夜は頷いた。

 

「なに、古城。あんたまた宿題を忘れたとか?」

 

浅葱の言葉に蓮夜は首を振った。

 

「『昼休みに生徒指導室に来い。それから中等部の転校生も一緒に連れて来い』ってな」

 

「え?姫柊を……なんで?」

 

古城の言葉にクラスメイトの数人が聞き取って、話題の転校生の名前を出したことで動揺が広がった。

 

「昨夜の件、と言ったら分かるか?」

 

「い、いや……それは……」

 

「とぼけても無駄だぞ。深夜のゲーセンから逃げ出した後、お前ら二人は朝まで何をしていたのか、那月ちゃんと俺に話してもらうぞ」

 

「はっ?い、いや、ちょっと待て!あの時、お前が―――」

 

蓮夜が言い終わったら古城は脂汗を掻きながら反論しようとする。蓮夜は、昨夜起こった事件に居合わせているため、事情を知っているがこっちの方が面白そうという理由でワザとクラスメイトに聞こえるくらいの声量で言う。

案の定、深夜のゲーセンと朝まで一緒に居たという言葉に反応して男子生徒諸君は古城に殺気混じりの視線を送る。そして、

 

「暁くん……今の蓮夜くんの話、どういうことかな?詳しく話してくれる?」

 

長身である倫がにこやかに見下ろし、古城に聞いている。

 

「つ、築島……あれ、浅葱は?」

 

古城は恐らく浅葱に助けとを求めたが、その場には居ない。

 

「浅葱ならあっちだよ」

 

倫が指差す先にはゴミ箱の隣に立ち、紙束をビリビリと無心に破り続けている浅葱がいた。

 

「ま、待て。それって、もしかして俺が頼んだレポート……」

 

慌てて立ち上がるが、浅葱は怒気を孕んだ半眼で古城を睨みつける。

 

「ふん」

 

荒っぽく鼻を慣らして破ったレポートを纏めてゴミ箱に投げつけた。




眷獣紹介↓
龍殺しの魔剣(グラム)
意思を持つ武器。龍殺しの特性が付与されており、故に蛇に関する眷獣・獣人なら絶大な効果を発揮する。
それ以外にも、魔力を食わせればそれに応じた規模の魔術を切り裂く事も可能。
とある蛇遣いには天敵のような眷獣。


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episode:6

あらすじ、タグを一部変更しました。
ヒロインを那月と決まっていましたが、那月以外にも数人ヒロインを加えることにしました(恐らく)。



「―――暑い。早く冬にならないかなぁ」

 

「昼間からだらけるな。それにお前はある程度克服しているから問題なかろう」

 

昼休みになり、蓮夜は生徒指導室で那月とともに古城と雪菜が来るのを待っている。

暑いのが苦手な蓮夜は隅に置いている机でだらけていた。

 

「くそっ、あの時の自由が今は懐かしい」

 

「なんだ、今になって私との約束が嫌になったか?」

 

蓮夜は紅茶を飲みながら愚痴り、那月が蓮夜の愚痴に反応した。那月は俺の愚痴を聞き少し落ち込んでいるように見える。

 

「そうでもない。こういう生活も悪くは無いと最近になり実感してきたところだ。那月と出会っていなかったら今の尚何処かを彷徨っていただろうな……嫌になるわけない。むしろ礼を言いたい」

 

「……ふん」

 

蓮夜は机に紅茶を置き笑って答えるが、那月はそっぽを向いてしまった。心なしか顔を赤く染めていた。

その時、ドアがノックされ古城と雪菜が入ってくる。ドアがノックされる頃には既にいつも通りの那月になっていた。

 

「来たか、暁に転校生」

 

那月が古城たちを呼んだのは最近魔族狩りをする人物がいて、被害人数も相当な数になっているから、吸血鬼である古城に注意を促した。

恐らくその人物とは、昨晩のロタリンギアの殲教師だろう。

 

「という訳で、この事件が片付くまでは、暫く昨日のような夜遊びは控えるんだな」

 

「い、いや、夜遊びとは言われても、なんのことだが」

 

ようやく事件の話しが終わり、那月が昨夜の夜遊びを注意していた。

 

「……ふん、まあいい。とにかく警告はしたからな。……ああ、そうだ。ちょっと待て、そこの中学生」

 

雪菜を呼び止め、何かを投げて渡した。雪菜は反射的に受け止め、それを見た。小さなマスコット人形であった。

 

「……ネコマたん……」

 

「忘れ物だ。そいつはお前のだろう?」

 

受け取った雪菜と那月は意味不明な緊張感の中で睨みあう。蓮夜は呆れたような顔で眺める。やがて雪菜が会釈し、古城と共に出て行った。

 

「さて……蓮夜。お前、なにか知っているだろ?昨夜のことで報告していないことを教えろ」

 

「……分かったよ」

 

那月の指摘に蓮夜は肩をすくめて答える。蓮夜は知っている情報を言う事にした。

 

「俺が知っているのは人工生命体(ホムンクルス)の眷獣持ちがいるってだけだ」

 

「なに?眷獣持ちの人工生命体だと」

 

那月は蓮夜の言葉に驚く。

本来眷獣というのは、不老不死である吸血鬼にしか宿すことが出来ない。それは前提条件でもある。ただの人間や獣人が宿せば、それは命を捨てているようなものだ。

 

「ああ。それにこの事に関わるなと古城に言ったがあいつの性格上、絶対にこの事件に介入してくるぞ」

 

蓮夜の言葉に那月は大きくため息を吐き、黒いレースの付いた扇子で机を軽く叩いた。

 

「全く、面倒な……お前は暁古城と姫柊雪菜を監視しろ。だが、なるべく手を出すなよ。あくまで監視だからな」

 

「はいはい、分かったよ。じゃあ早速行きますか」

 

蓮夜は生徒指導室から出て行き窓を開けてから霧化して、音も無く去った。

 

 

 

 

 

「さて、何処にいるのやら」

 

蓮夜はとあるビルの屋上の手すりの上に立ってどうやって見つけようかと模索している。

その時、手っ取り早い方法を思いつき、早速ある人物に電話した。

 

『もしもし、蓮夜?あんた学校サボってなにやってんのよ』

 

蓮夜が連絡したのは、同じクラスの浅葱だった。蓮夜の予想では浅葱に何か聞いていそうだからだ。

 

「那月ちゃんの手伝いだ。それより古城はいるか?」

 

『古城?あんな奴知らないわよ!あたしにロタリンギアの運営している会社を調べさせてどっか行ったわよ』

 

どうやらビンゴのようだ。

 

「ロタリンギア?詳細を教えてくれないか?」

 

『いいわよ。確か、スヘルデ製薬の研究所。主な研究内容は人工生命体利用した新薬実験。もう撤退済み、という事を教えたら教室を飛び出して行ったわ』

 

人工生命体を利用した新薬実験。あのアスタルテという少女の調整に持ってこいの場所だ。

 

「サンキュー。あの馬鹿がなにやってるか見に行こうか」

 

蓮夜は浅葱にありがとう、と感謝の言葉を述べ、スヘルデ製薬の研究所に向かう。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

「さらばだ、娘。獅子王機関の憐れな傀儡よ――せめて魔族ではなく、人である我が手にかかって死になさい」

 

「……っ!」

 

姫柊と古城はスヘルデ製薬の研究所まで来て、オイスタッハとアスタルテと戦っていたが、アスタルテの眷獣である"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"に獅子王の秘呪である"神格振動波駆動術式(EOD)"を先日の姫柊との戦闘データを参考に完成してしまっていた。それにより雪菜はオイスタッハが望んだ術式を完成させたのも、古城が傷つき倒れているのも全て自分の所為だと思い込み、戦意を消失してしまった。

今、その雪菜に戦斧の刃が振り下ろされる。

生温かい血が雪菜の全身を赤く染めるが斬られた痛みが来ない。代わりに感じたのが、全身を包み込むような温もりと柔らかな重さだった。

その温もりは―――雪菜に覆い被さって身を挺した古城だった。

 

「かはっ……!」

 

雪菜の耳元で、古城が小さく咳き込んだ。その唇から大量の鮮血が溢れる。

アスタルテとの戦闘で重傷を負っていた古城が、雪菜を庇って彼女を突き飛ばし、代わりにオイスタッハの戦斧を受けたのだ。

 

「せ……先輩……!?」

 

倒れこむ古城を支えて、雪菜が声を震わせる。

古城の身体が異様に軽い。必死に抱きとめようとする雪菜の腕から、ちぎれた胴体が滑り落ちていく。分厚い戦斧の一撃は、古城の背骨と肋骨を砕き、胴体を細かく肉片に変えられ、床に零れる。

吸血鬼は不老不死。だが、殱教師の一撃によって、その能力の根源である心臓は潰され、魔力の拠り所たる血は虚しく流れ落ちるだけ――――

 

「先輩……どうして……そんな……いや……ああああああああっ……!」

 

オイスタッハは雪菜に戦闘の続行は不可能と判断し、神格振動波駆動術式が完成した今となってはオイスタッハは雪菜と戦う理由が無い。

 

「行きますよ、アスタルテ……我らが至宝を奪還するのです」

 

「――命令受諾(アクセプト)

 

人型の眷獣に包み込まれたアスタルテとオイスタッハは研究所の外壁を破壊し、奥に進んでいく。

その場には古城の頭を抱えている雪菜がいた。

 

「やれやれ、まさかこんな事になるとは……」

 

「……っ!」

 

雪菜は急いで声をする方向に顔を向けると、蓮夜が困ったような表情でバラバラになった古城を見ている。

 

「縫月先輩!?……暁先輩が!暁先輩が私を庇って……!」

 

「分かったから落ち着け、古城はそんな簡単に死なないぞ」

 

「え?それはどういう――――」

 

姫柊が何か言う前に古城に変化が起きた。

雪菜は驚きで頭を落としたらどんどん傷が修復されていき、飛び散った血も時間が巻き戻したように体の中に入っていく。

 

その異常な光景に雪菜は驚いて声が出ない。

 

「古城――第四真祖は他の真祖とは違う。規格外なんだよ」

 

蓮夜はため息を吐いて、オイスタッハが作った道に向かって歩き出す。

 

「縫月先輩は何処にいくんですか?」

 

「ん?足止めだよ。姫柊も古城が起きたら来てくれ」

 

そう言って蓮夜は歩き出す。自分はあまり手を出したくないが、足止めくらいはいいだろ、と思いながら。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

その場所は、光すら届かぬ海中深くに造られた、永遠の牢獄のようにも思われた。

キーストンゲート最下層があるのは海の中。海面下二百メートルである。

高い水圧に耐えるために円錐形の外壁は、神話のバベルの塔にも少し雰囲気が似ている。

この階層の役割は、四基の人工島ギガフロートから伸びる連結用のワイヤーを調律することで、島全体の振動制御を行っている。

ゲートの壁を経由して届いたワイヤーケーブルは、この最下層にまで巻きつけられている。

圧倒的な鋼の質量と、爆発的な力を秘めた駆動機関の威圧感。そして建物を包み込む強烈な水圧。

その最下層の暑さ七十センチの気密隔壁が、悲鳴のような軋み音を上げて、虹色に輝く人型の眷獣がこじ開ける。

眷獣の胸の中心には、藍色の長髪、薄水色の瞳を持つ、人工生命体(ホムンクルス)アスタルテだ。

彼女の背後から姿を現したのは、法衣をまとった屈強な体つきの男――ロタリンギア殲教師ルードルフ・オイスタッハは、感慨深げに最下層をゆっくりと見渡していた。

 

命令完了(コンプリート)。目標を目視にて確認しました」

 

自らの眷獣に取り込まれたままの姿で、アスタルテが告げる。

宿主の寿命を喰らう眷獣の力を使いすぎたアスタルテは完全に感情を失っている。

 

しかしオイスタッハは、そんなアスタルテには一瞥もくれずに、最下層の中央、四基のギガフロートから伸びる、四本のワイヤーケーブルの終端。全てを固定するアンカーの小さな逆ピラミッドの形の金属の土台に近づく。

そのアンカーの中央。一本の柱が杭のように貫いている。

直径は僅か一メートル足らず。

それが絃神島を連結させる黒曜石に似た質感の半透明の石柱――要石(キーストーン)である。

 

「お……おお……」

 

オイスタッハの口から、悲漢と歓喜の声が同時に漏れる。

 

「ロタリンギアの聖堂より簒奪されし不朽体……我ら信徒の手に取り戻す日を待ちわびたぞ!アスタルテ!もはや我らの行く手を阻むものはなし。あの忌まわしき楔を引き抜き、退廃の島に裁きを下しなさい!」

 

高らかな笑い声を上げながら、オイスタッハが従者たる人工生命体アスタルテに命じる。

しかしアスタルテは動かない。実体化した眷獣の鎧に包まれたまま、無表情に告げる。

 

命令認識(リシーブド)。ただし前提条件に誤謬があります。ゆえに命令の再選択を要求します」

 

「なに?」

 

巨大な戦斧を握りしめて、オイスタッハは立ち上がった。アスタルテの命令拒否にの理由にもう気付いていた。要石によって固定されたアンカーの上に、誰かがいる。

 

「ルードルフ・オイスタッハ。悪いがこれ以上お前の好きにさせるワケにはいかない。済まないがしばらくの間、俺の相手になってもらおうか」

 

正体不明の吸血鬼―――縫月蓮夜が不適な笑みを浮かべていた。



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episode:7

「……なるほど、それが西欧教会の"神"に仕えた聖人の遺体か」

 

キーストーンの半透明な石の中には、ミイラのように乾涸びた誰かの"腕"が浮かんでいる。

 

「まあ、いい。この島の危機だ。俺も手を出すとしよう」

 

蓮夜は聖人の腕を一瞥し、降り立ってオイスタッハたちと対面した。

 

「……あなた程の吸血鬼が道を阻もうとも、我らの悲願の達成まで後少し。邪魔立てをするのならば排除するまで―――アスタルテ!」

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)、"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"―――」

 

アスタルテが悲しみをたたえた声で答えた。眷属が虹色に輝き出し、魔力が勢いを増す。蓮夜は一度目を閉じ、深呼吸する。

 

「……今はまだ万全じゃないが―――真祖と並んでいた、この俺を舐めるなよ」

 

蓮夜の双眸が蒼から真紅になり、犬歯も吸血鬼のように鋭くなる。

無防備となっている蓮夜に虹色の巨人に一撃が繰り出されるが、巨人の腕が触れた箇所から霧となり、一切のダメージを負っていない。

 

「無駄だ。俺には物理攻撃は効かないぞ!」

 

蓮夜の腕が霧となり、ストレートを放つように前に突き出す。霧は一直線にアスタルテの方に襲い掛かるが、その霧をギリギリで避ける。

避けた先にある壁に直撃し、呑み込まれる。が、霧に触れていた箇所の壁が綺麗に無くなっていた―――いや、()()した。

その事実に驚くオイスタッハだが、やっと謎が解けたという顔をしていた。

 

「……やはりそうですか。その魔力、そしてあらゆる攻撃が通用しない霧の身体。真祖に最も近い吸血鬼であり、真祖から恐れられた者。御身がまさかこのような地にいらっしゃるとは―――"不死王(ノーライフキング)"よ!」

 

「……あぁ、やっぱり知ってたか」

 

「あなたは私たち裏の者たちにとっては有名人ですよ。"不死王(ノーライフキング)"とも謳われている御身は、かの真祖と肩を並べるほどの吸血鬼ですから。まさか噂通りにこの地にいらっしゃるとは……」

 

どうやら蓮夜がこの地にいることは既に噂になっていたようだ。攻魔官の補佐をすれば当たり前。バレない方がおかしい。

そして、久しく聞いていなかった呼び名を聞いて、蓮夜は少し笑みを浮かべた。

 

「俺はただの気紛れでここにいるだけだ―――極力手加減をするからかかって来いよ」

 

そう言って、蓮夜の身体から霧が噴き出し、周囲に展開する。だが、ある気配に気付いた蓮夜は一度目を閉じ、戦闘態勢を解いた。

 

「本来ならここでお前らを倒してもいいが、それは俺の役目ではない」

 

「それはどういう―――」

 

聞き返そうとした矢先。要石によって固定されたアンカーの上に誰かがいることに気付く。蓮夜は笑みを浮かべ、そっちへと振り返る。

 

「そういうことだ、オッサン」

 

そこには銀色の槍を持った雪菜と気怠げな表情で笑っている古城がいた。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

オイスタッハが語るのはこの絃神島の創設時の事。

東洋で言う龍脈が通る海洋上に、人工島を建設しようとしていた。だが、海洋を流れる龍脈の力は人々の予想を遥かに超えていた。

都市の設計者、絃神千羅は東西南北―――四つに分けた人工島で四神見立て、龍脈を制御しようとした。そこで問題が発生する。

そう―――要石の強度だ。

当時の技術では、その力に耐えられる強度の要石が作れなかった。そして絃神千羅は忌々しい邪法に手を染めた。

 

――――供犠建材。

 

人柱。当時作ることが出来なかった強度の要石を作る為に生きた人間を贄として捧げる邪法。龍脈の力は強力え生半可な呪術じゃ耐えられない。

 

「だが、彼が都市を支える贄として選んだのは、我らが聖堂より簒奪した聖人の遺体。魔族どもが跳梁する島の土台として、我らの信仰を踏みにじる所業―――決して許せるものではありません」

 

静かに響く声で宣言し、オイスタッハは戦斧を構えた。その佇まいからは確かな意思を感じる。

 

「ゆえに私は、実力を持って聖遺物を奪還します。立ち去るがいい、第四真祖よ。これは我らと、この都市との聖戦なのです。貴方と云えども邪魔は許さぬ―――」

 

「気持ちは解るぜ。オッサン。絃神千羅って男がやったことは確かに最低だ」

 

それでも古城は要石を守って司教の前に立つ。そして蓮夜は静かに後ろに下がり、古城の行く末を見守ろうとする。

 

「だからって、なにも知らずにこの島に暮らす五十六万人がその復讐の為に殺されて良いのかよ?無関係な人間を巻き込むんじゃねーよ!」

 

「この街が購うべき罪の対価を思えば、その程度の犠牲、一顧だにする価値もなし」

 

古城の言葉にオイスタッハが冷酷に返答する。全く微動だにしない揺るがない信仰心と決断。止まることなどあり得ないと断言している。

 

「もはや言葉は無益のようです。これより我らは聖遺物を奪還する。邪魔立てをするというならば実力を以って排除するまで!」

 

「……俺はあんたに胴体をぶった斬られた借りがあるんだぜ。その決着をつけようか」

 

古城がそう言うと、全身が稲妻が包む。暴走ではなく、自身の意思で制御している。

 

「貴様……その能力は……」

 

「へぇ……ついに覚醒したか」

 

オイスタッハは表情を歪め、蓮夜は楽しそうに笑っている。同時に蓮夜の瞳には懐かしさが見て取れる。

 

「さあ、始めようか、オッサン……ここからは第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ」

 

古城の隣で銀の槍を構えて、雪菜が悪戯っぽく微笑んだ。

 

「いいえ、先輩。わたしたちの聖戦(ケンカ)、です―――!」

 

 

 

 

 

最初に仕掛けたのは、雪菜だった。

閃光のような速度でアスタルテに向かった。アスタルテもそれの迎撃する。

雪菜はその攻撃を受け流し、雪霞狼に刻印された神格振動波駆動術式を纏い攻撃をするが、眷獣も同じ術式を纏い、相殺する。

 

「おおおおおッ―――!」

 

雪菜とアスタルテが硬直状態になっている時に古城はオイスタッハに殴りかかる。

 

古城の素人当然の動きに、オイスタッハは避け続けるが、古城はブランクはあるがバスケで鍛えられたフットワークで動きながら雷球を作り出し、投げつけている。

 

「ロタリンギアの技術によって造られし聖戦装備"要塞の衣(アルカサバ)"―――この光をもちて我が障害を排除する!」

 

コートを脱ぎ、その下には装甲強化服が黄金の光を放っている。装甲鎧の恩恵により、数倍に跳ね上がった筋力でオイスタッハは古城を攻める。

 

「オッサンがその気なら、こちらも遠慮なく使わせてもらうぜ。"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を放つ―――!」

 

古城の右腕が鮮血を噴いて、その鮮血が輝く雷光へと変わる。

 

疾く在れ(きやがれ)、五番目の眷獣、"獅子の黄金(レグルスアウルム)"―――!」

 

雷光の獅子が出現した―――。

 

「……へぇ。最初に目覚めた眷獣はソイツか」

 

蓮夜はその眷獣を見て感嘆の声を上げた。だが、目覚めたばっかで上手く制御できないだろうと思い、蓮夜は魔力を張り巡らせて外壁を分厚い氷で覆う。

オイスタッハはアスタルテを呼び、神格振動波の防御結界で雷撃があちこちに弾かれていく。その時気付いたが、雪霞狼がひび割れていて、今にも壊れそうだった。恐らくアスタルテとの戦闘の所為だろう。

 

「うおおっ!?」

 

「きゃああああっ!」

 

「……こっちまで来たよ」

 

古城と雪菜は必死に避け、蓮夜は直撃しまくっているが、先ほどと同じように霧となり、後ろに攻撃が流れていく。蓮夜は目覚めたばっかの古城が本当に眷獣を上手く制御出来ていないのが分かり、少し手伝う事にした。

 

「蓮夜……!?」

 

古城は突然、自分の隣に降り立った蓮夜に驚いて声を上げてしまう。蓮夜は特に気にしていないようだ。

 

「古城、姫柊。俺は眷獣持ちの人工生命体(ホムンクルス)の方をやるからオイスタッハは頼んだ」

 

「ああ、分かった!」

 

「はい!縫月先輩も気を付けて!」

 

二人の声援をもらってから、蓮夜はアスタルテに向かって走る。

 

「全てを斬る為に―――顕現せよ"龍殺しの魔剣(グラム)"」

 

蓮夜は漆黒の大剣を出現させ、"龍殺しの魔剣(グラム)"に魔力を食わせた。

"龍殺しの魔剣(グラム)"は魔力を食わせると、その量に応じて強力な魔術や術式などを切り裂く事が出来る。

 

「切り裂け―――ッ!」

 

蓮夜は"薔薇の指先(ロドダクテュロス)"の攻撃を避けて、側まで来ると一閃させ、神格振動波の術式ごと眷獣を切り裂いた。

すると、眷獣を虚空へと消え去り藍色の長い髪の少女が落ちてきたから蓮夜は優しく受け止めた。

 

「アスタルテ……ッ!」

 

アスタルテが破れた事により、オイスタッハは動揺してしまった。その一瞬の隙を突いて、雪菜は懐に潜り込んだ。

 

(ゆらぎ)よ―――!」

 

雪菜の掌打により、ぐほ、という苦悶の呻きと共に体制を崩す。さらに、

 

「―――終わりだ、オッサン!」

 

追い討ちで古城の拳がオイスタッハの顔面に突き刺さり、ついに力尽きて倒れる。

 

 

 

 

 

キーストーンゲート最下層には、恐ろしいくらいの静寂が訪れていた。

まるで先ほどまでの戦いがなかったかのように静寂だった。

ゲート最下層は蓮夜のおかげで無事だ。戦闘が終わったと同時に壁に展開されていた氷が砕け散る。

蓮夜はアスタルテを見る。彼女は吸血鬼ではないから寿命を削り、眷獣を使役していた。このままだと彼女は一ヶ月と保たない。

 

「……ここで見捨てるのも後味が悪いな」

 

蓮夜はアスタルテを抱き、吸血衝動を起こす。蓮夜みたいなかなりの年月を過ごした吸血鬼は、別に性的興奮でなくとも自分の意思で出来るようになる。とある"旧き世代"は戦闘狂であるため、戦闘になると血が高ぶるものもいる。

アスタルテの剥き出しの首筋に牙を突き立てた。そして彼女の体液を吸い上げ、唇を離した。

 

「縫月先輩……いったい、なにをやっているんですか?」

 

一通り見ていた雪菜が冷たい口調で蓮夜に聞く。一際低い声色に疑問を持ったが、取り敢えず教える事にする。

 

「あー……簡単に言えば、この子の眷獣をオレの支配下に置いて、眷獣が俺の生命力を喰えばこの子の寿命も延びるだろうと思ってな。初めてやったが、上手くいったようだ」

 

「つまり彼女を救うために、血を吸った、ということですか」

 

雪菜の言葉には冷たい軽蔑がこもっている。なぜ雪菜がそのようになっているのか判らず古城を見るが、古城は蓮夜を哀れむように見ている。同情の眼差し?

 

「そうですか。気絶している年下の少女に興奮したというわけですね。そうですか……先輩はロリコンなんですね」

 

「はっ?―――いや、待て!それは違うぞ!?俺は自由に吸血衝動になることが可能だから別に興奮してない!古城と違って俺は吸血鬼の力をコントロールしてるんだからな!」

 

その後、約一時間で何とか説得を成功させることが出来た。

蓮夜の実年齢を考えると、実際殆どの奴らが年下だが。ということは決して言わない。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

「熱い……焼ける。焦げる。灰になる……つか、追々試ってなんだ。あのチビッ子担任、絶対俺のことをいたぶって遊んでやがるだろ」

 

「確かに遊んでいるのも入っていると思うが、俺的にはお前と姫柊が関わるなと言ったのにそれを無視して行動したからじゃないか?」

 

実際、蓮夜に古城の監視のような命令をしたのは那月だ。蓮夜の助言があっても、古城が勝手に行動するのは判っていた筈。恐らく腹いせなんだろう、と蓮夜は予測した。古城には決して言わないが。

今、蓮夜と古城は学生食堂の陽当たりがいいテラス席に座っている。古城は机に突っ伏し、蓮夜は席に座って那月の言われた通り古城がしっかりやっているか監視している。

古城は蓮夜の言い分にうっ、とうめき声を出し、机に置かれている問題集を見た。

 

「それに浅葱が教えてくれるんだからしっかりやれ。あいつは成績は優秀なんだから」

 

「浅葱は成績はいいが天才肌なのかどうか知らないが、教え方がな……。つーか姫柊の方が教え方は上手かったな」

 

「お前中等部の女子の教わるとか……高等部の威厳をどうしてくれる」

 

蓮夜は古城に冷ややかな視線を送る。

「ならお前が教えてくれよ」と古城に言われるが、既に那月に「暁に教えるなよ」と釘を刺されており、教える事は出来ない。

 

「はぁ……教わってもいいが追々試合格してくれよ」

 

そう言って蓮夜は那月と同じ仕草で優雅に紅茶を飲む。そもそも那月に紅茶の飲み方を教えたのは他でもない蓮夜自身だ。蓮夜はストレートで、那月はブランデーを入れるかの違いだ。かつて那月が蓮夜の飲み方が格好良いというので教えた、という過去を持つ。

 

「試験勉強ですか、暁先輩……?そこの公式間違っていますよ」

 

古城がその声に反応して顔を上げると、そこには雪菜が中等部の制服を着て立っていた。ついでにギターケースを背負っていた。どうやら先日の戦闘で折れ欠けた雪霞狼(せっかろう)が帰ってきたのだろう。

 

「姫柊、ギターケースを背負っているということは雪霞狼が修理されたのか?」

 

「その通りです。昨日、戻ってきました。てっきり、暁先輩からの護衛から外れると思っていたのですけど……」

 

雪菜の言葉を聞いて蓮夜は全てのピースが当て嵌まった。

 

「くくく、なるほどなるほど……そういうことか、獅子王機関」

 

古城の監視役に雪菜が選ばれた理由が、古城の監視だけではない。最も重要なのが雪菜を古城の側に置き、第四真祖を制御することだ。おそらく雪菜は古城の伴侶か贄となる為に送られた可能性が大。

そして当然、古城の真の監視役は別にいる。それが誰なのか分からないが、案外近くに居そうだ。

 

「どうしたんですか、縫月先輩?」

 

「ん?いや、気にするな。考え事だ」

 

そう言ってこっちを見てくる雪菜に返した。蓮夜は偶然、植え込みの方に目を向けると―――面白い人物が居た。

蓮夜はこの場が混沌と化すのを承知で雪菜にあることを訊く。

 

「そういや、姫柊。検査キットを使って体の方の異常はどうだった?」

 

「はい、検査キットで調べましたけど、陰性でした。月齢を計算して、比較的安全な日だって分かっていましたし」

 

蓮夜の問いに恥かしそうに言う。そんな雪菜を見て古城は安堵の息を吐く。

 

「そうか……悪いな。姫柊にも痛い思いをさせて」

 

「だ、大丈夫です。あの時は、私の方からしてほしいと誘ったわけですし……少し血が出ただけで、先輩に吸われた痕も、もう消えかけているし」

 

古城と姫柊が会話しているとき、蓮夜は笑っている。その表情はあくどい顔であり、なにか企んでいる表情だ。唐突に蓮夜は声を上げた。

 

「久しぶりだな、凪沙」

 

「え……」

 

蓮夜が挨拶したところからゾンビのように立ち上がり、こっちに歩いてくる。雪菜と同じ中等部の制服に長い黒髪を結い上げた、活発そうな雰囲気の少女。

―――暁 凪沙。

古城の妹である彼女がそこにいた。

 

「久しぶり、蓮夜くん。久しぶりに色々話したいけど……その前に―――」

 

そう言って古城の方を見る。

 

「……古城くんが、雪菜ちゃんのなにを吸ったって?」

 

低く怒りを圧し殺したような声で、凪沙がたずねる。

 

「さっき購買部で浅葱ちゃんに会って、古城君が試験勉強して、その付き添いに蓮夜くんがいるっていうから、励ましてあげようと思ってきたんだけど。そしたら二人が、聞き捨てならない話をしてるみたいだったし。その話、もう少し詳しく聞かせて欲しいなあ、なんて」

 

暁凪沙が、攻撃的な笑顔を兄である古城に向けている。唇の端が痙攣している。どうやら彼女は怒りが頂点に達しているようだ。

 

「ま、待て、凪沙。おまえは多分なにか誤解をしていると思う。なあ、姫柊」

 

古城が必死に妹を制止しようとする。その隣で雪菜も首を縦に振る。

 

「ふーん、誤解? どこが誤解なのかな? 古城君が雪菜ちゃんの初めてを奪って痛い思いをさせておまけに体調を気遣っちゃったりしてるはなしのどこにどう誤解する要因が……?」

 

「だから、そのおまえの想像がもうなにもかも全部誤解なんだが……」

 

古城が途方に暮れたような表情をしていたが、蓮夜がさらなる追撃を出す。

 

「事実だろ。古城は姫柊の初めて(の吸血行動)を後先考えないで奪ったんだろ?それで安全か調べたんだからな」

 

「ちょ、蓮夜!?」

 

「……そう、やっぱり!」

 

蓮夜の言っている事は事実だが一部抜けていて誤解を招く羽目になっている。そんな蓮夜を二人は睨むが蓮夜は笑みを浮かべている。まるで那月が古城を苛めているときと同じ表情だ。

 

「そ、それよりも、浅葱に会ったんだろ。あいつは、どこに行ったんだ?」

 

古城は慌てて話題を変えるが、今回はそれの悪手だった。

 

「浅葱ちゃんなら、さっきからずっとあたしと一緒に古城くんの話を聞いていたけど?」

 

「え?」

 

凪沙居た植え込みから浅葱が出てきた。ただ、雰囲気が復讐の女神を思わせるような冷たい怒りの炎が灯っていた。蓮夜はその場から気配を消しつつ離れていく。

さっき居た場所は、読み通り混沌と化していた。

 

「本当に……面白いな」

 

そう言ってカップを口元に運び、中の紅茶を飲み干す。

ああ、やっぱりこういう生活も悪くは無い。




これにて第一章・聖者の右腕終了です。
次は第二章・戦王の使者です。


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~第二章 戦王の使者~
episode:1


「糞っ、糞っ、糞っ、糞っ……やってくれたな!」

 

豹頭の男はある人物から逃げるために深夜の街を疾走する。男の体は鋭い刃物で斬られている痕や所々凍っていたりしている。

 

「はぁ……はぁ……ここまで来れば……」

 

そう言って同志たちが殺られた現場から遠く離れた場所で安堵した。だが、それはすぐに恐怖へと変わった。

 

「やっと見つけた。あまりどっかに行かないでくれるか?メンドクサイから」

 

目の前に黒髪の少年が上から降りてきた。夜なのに真紅の輝く双眸で豹頭の男を見つめる。男は全力疾走でここまで来た。決して手を抜いたわけじゃないのに、息切れ一つしないで追いついてきた。

そして気付く。少年から発せられる濃密なまでの血の臭い。そしてただの吸血鬼では有り得ない莫大な魔力。

 

「まさか……まさか、貴様が"不死王(ノーライフキング)"か!!?」

 

男が悲鳴のような声を上げる。

"不死王(ノーライフキング)"と呼ばれた少年―――縫月蓮夜は笑った。

"不死王(ノーライフキング)"と言えば魔族の中でも有名だ。真祖と同等の力を持つ吸血鬼。その気になれば真祖と呼ばれていたかもしれない人物。人間の間では"悪霊王(ヴァルコラキ)"等とも呼ばれている。

 

「そういう事だ。さて、大人しく捕まってもらおうか」

 

蓮夜の身体が霧となり、どんどん周囲に満ちて男を囲むように展開する。男の逃げ道を塞ぎ、完全に退路を絶たれた状態だ。

もう逃げられないと悟ったのか、男は懐に手を突っ込み何かスイッチのような物を取り出した。

 

「まだだ!必ず貴様らを後悔させてやる!」

 

そう言って男は持っていたリモコンを持ち直した。最初に爆発で敵の仲間を引き寄せ、第二の爆弾で殲滅する。よく戦場で使われる手口である。

そんな男を蓮夜は呆れたように見る。男は蓮夜の表情の気付いていない。

 

「同志の仇だ。思い知れ―――!」

 

男がリモコンのスイッチを押そうとした瞬間、蓮夜は一瞬で男の懐に潜り込みんで掌低を打ち込んだ。

 

「ごはぁ!!?」

 

スィッチを押す間も無く、蓮夜の吹き飛ばされた男は後ろにあったコンテナに激突した。

続けて男にめがけて凍りの槍が飛んできて四肢を貫通して、後ろの建物に縫い付ける。蓮夜が魔力を氷の槍に変換して殺さないように注意を払った結果だ。

 

「ぐ、があぁぁぁぁぁっ!!」

 

貫いた箇所からどんどん凍っていき、出血はしてないが激痛がくる。そんな男を無感情で見る蓮夜。その時、蓮夜の側に空間に波紋を残しながら、一人の少女が転移してきた。

 

「どうやら捕まえたらしいな……生きているが、やり過ぎだ」

 

急に現れた人物は、幼女と見まがうばかりの小柄な少女であり、フリルにまみれたドレスに真夜中なのに日傘を差している。

 

「別にいいじゃないか、喋れるんだし。で、もうそっちはいいのか―――那月」

 

「ああ、全ての爆弾は除去し終わったぞ」

 

蓮夜が呟いた名前に男は低く呻いた。

 

「お前、南宮那月か!?何故"空隙の魔女"がここにいる!?」

 

「やれやれ……野良猫がよく喋る」

 

那月は冷ややかに告げたが、それよりも驚きの事態がある。

 

「いや、それよりも"不死王(ノーライフキング)"が人間と―――攻魔師と共にいるだと!?あり得ん!どうなっている!?」

 

「それは教えられないな……。那月、クリストフ・ガルドシュについての情報は特区警備隊(アイランド・ガード)に任せるのか?」

 

「ああ、取り敢えずだが。明日の英語の授業の支度があるしな。蓮夜、お前は授業をサボるなよ」

 

場違いな言葉に男は呆然とする。普通はそうだ。屈指の実力を持つ"空隙の魔女"が教師をやっていて、災厄の吸血鬼が生徒をやっているからだ。

那月と蓮夜は空間に波紋を残して虚空に消えた。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

九月半ばの水曜日。モノレールの中には蓮夜と古城、雪菜と凪沙が一緒に乗っていた。

 

「くくく、はははははっ!ま、まさかそんな展開になっていたとは。古城……お前ってラッキースケベだな」

 

「そんなの嬉しくねーよ!まさか姫柊がいると思わなかったんだよ!」

 

何故蓮夜が笑っているのかと言うと、今朝暁家で起きた事故についてだ。

古城が早く起きて、凪沙の部屋のノック無しで開け、中にいた姫柊の着替えているシーンを見てしまったという漫画みたいな展開があったらしい。

この事が学校に知れ渡ったら、絶対に古城は嫉妬と殺意の視線を浴びる羽目になる。面白そうだが古城が可哀相なので心の中に仕舞うことにした。

 

「悪かったな、姫柊。覗くつもりはなかったんだけど」

 

「その事については怒っていませんから。……先輩がいやらしいのは最初から分かっていたことですし、警戒を怠った私の責任です」

 

「……古城。お前さ、普段なにしていたらこんなに評価が下がるんだ?」

 

「い、いや俺も分からない。つーか俺が覗きをするのが当然みたいな扱いになっているんだが……」

 

蓮夜は半眼で古城を睨むが、本人が原因が分かっていないらしい。とは言っても原因が全て古城にある、と蓮夜は踏んでいる。

 

「ダメだよ、雪菜ちゃん。この変態くんをそんなに簡単に許したりしたら!」

 

凪沙が古城を非難するような視線を送っている。つーか、妹に変態扱いとは……思わず古城に同情してしまう。

 

「つーか、普通はノックぐらいするだろ。年頃の女の子なんだぞ」

 

「そうだよ!昨日の夜にもノックしてって言ったじゃん!」

 

凪沙はそう言うが、肝心の古城は完全に忘れているのか、聞いていなかったのか首を傾げている。

 

「凪沙。こんな鈍感な兄を持つと苦労するな」

 

「うぅ。分かってくれるのは蓮夜くんだけだよー」

 

蓮夜の慰めに凪沙は分かってくれる人がいた、といった表情になっている。

実際は蓮夜自身も古城ほどとは言わないが、十分に恋愛ごとに関しては鈍感だ。まぁ、経歴がアレだから仕方ないと言えば仕方ない。

 

「そういや蓮夜は那月ちゃんの部屋に入る時はノックをするのか?」

 

「うん?そうだな……那月ちゃんは時間の管理をしっかりしているから、寝坊することはあまり無いかな。つーか、稀に俺の布団に入ってくるし」

 

「……はい?」

 

蓮夜の爆弾発言に姫柊と凪沙は思考が停止し、古城は驚きのあまり一言しか喋れなかった。

 

「寝ぼけて俺の布団に入ってきたりしている、と言ったんだ。頻繁に侵入してくるワケじゃないが」

 

那月とは本当に小さい頃からの知り合いであり、よく眠れないと言われた時に一緒に寝ていたりしていた。

その所為なのか、時折寝ぼけて蓮夜の布団に入り込み、すやすやと寝ている。

妹、下手をすれば娘のような那月が成長するのはいいがあんな我が強くなってしまい、「何処で教育間違えたんだろう」と時折落ち込んでいる。

よく布団に入ってくるのを蓮夜は軽く笑って流しているが、古城と雪菜と凪沙はあの天上天下唯我独尊を貫く那月からじゃ想像出来なかった。

 

「あ、南宮先生……結構大胆だね……」

 

凪沙は想像もしたこともない、那月の一面を知って少し顔を赤くしている。顔を赤くしているってことは、なにを想像しているのやら。

 

「お前らが隣同士なのは知っているが、なんで姫柊が凪沙の部屋で着替えていたんだ?」

 

「それはね、球技大会で使う衣装の採寸と仮縫いをやってたんだよ」

 

「……球技大会の衣装ってなんだ?普通に体操服かジャージだろ?」

 

古城が凪沙のそう言ったが、首を振って古城が間違っていることを示唆する。蓮夜も判らなかった。

 

「違うよ。試合じゃなくて応援のときに着るチアの衣装だよ。なんかクラスの男子全員が土下座して雪菜ちゃんに頼んだの。姫がチアの衣装で応援してくれるなら家臣一同なんでもする、死に物狂いで優勝目指して頑張るって」

 

「クラス全員土下座って……男子は馬鹿か?」

 

蓮夜は雪菜のクラスの男子に呆れて言う。確かに雪菜は可愛いのは分かるが、そこまでしてチアの衣装を着て欲しいと言う男子たちを蓮夜は同じ男として恥かしい。

一瞬チアの衣装を着た那月が頭を過ぎってしまった。そんな想像をしてしまい、あれ?俺って変態なのか!?と心の中で落ち込む蓮夜。

 

(いや、そんなはずはない!これはきっと……成長した妹?娘?の成長した姿を見たい衝動のはず!……多分)

 

そんな風に蓮夜は自己完結しようと躍起になっている。蓮夜自身、こんな想像をしたことが無かった為、結構動揺している。凪沙に「どうしたの?」と訊かれたが、首を横に振ることしか出来なかった。

 

「雪菜ちゃん、転校してきて一躍有名人になったもんね」

 

「……別に嬉しくないんですけど」

 

凪沙の言葉に雪菜は男子全員の土下座を思い出したのか、若干気疲れのようなものが見える。

そんな会話をしている時、モノレールの窓から海上に浮いている豪華客船が目に入る。

 

ひと騒動起こりそうな感じが、蓮夜の頭を過ぎった。



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episode:2

校門をくぐって、古城と蓮夜は雪菜と凪沙と別れた。中等部と高等部の校舎は離れているからだ。

 

「おはよ、古城に蓮夜。それに珍しいわね、古城が遅刻しないで来るなんて」

 

靴箱の前で浅葱が居た。なんか大きなスポーツバッグが側にある。

 

「浅葱?なんだ、その荷物?」

 

「随分と大きなバッグだな」

 

古城は何気なく訊いてみた。蓮夜も疑問に思い、古城と一緒に聞く。

浅葱はニヤリと笑い、

 

「ちょうどいいところに来てもらっちゃって、悪いわね。意外に重くて面倒だったのよ」

 

古城にバッグを渡し、靴を履き替える。古城がなにか言う前に浅葱が言葉を被せる。

 

「やー、ホント助かるわ。ロッカーの前に置いといてくれたらいいからさ」

 

一方的に指示を出した。浅葱に向かっての反抗は無理だと悟り、今度は蓮夜に矛先が向いた。

 

「蓮夜、お前も手伝ってくれ」

 

「いやいや、頼まれたのは古城だろ?俺は持たないぞ」

 

「そうよ、あんたが一人で教室まで運ぶの。蓮夜に手伝ってもらおうとしない」

 

蓮夜は断り、浅葱の言葉で撃沈した。蓮夜はそんな喜怒哀楽が激しい古城の顔を見て笑っている。

結局、古城一人で荷物を持ち、教室に向かって歩く。

 

「それでアンタ達は球技大会何に出んの?」

 

「さあな、築島にはなるべく楽な競技にしてくれって頼んである」

 

「俺はどうせサボるから不戦敗でいいものって言ってあるな」

 

「アンタら本当にやる気無いわね。古城みたいな体育会系はこういう時にしか存在価値無いのに、それに蓮夜なんてスポーツ万能だからなんでも出来るじゃない。前だって運動部からの勧誘が凄かったし」

 

「別に運動が好きってわけじゃないんだよなぁ……」

 

浅葱の言葉に蓮夜は反論する。

蓮夜は吸血鬼だから他の人間とは身体能力が違いすぎる。だからどうしても差が生まれてしまう。それに登録魔族(フリークス)ではないからバレたら那月にまで被害が及ぶ。

教室に入ると矢瀬と築島がこっちを見て微笑んでいる―――主に古城と浅葱を見て。

 

「このタイミングで一緒に登校とはやっぱり運命だったな」

 

「……なに言ってんの、あんた?年上の彼女に振られて錯乱した?」

 

「錯乱してねぇし、振られてもねぇよ、縁起でもねぇ!あれだ、あれ!」

 

そんな事を言っている矢瀬。黒板を見ると理由がわかった。そう思っていると浅葱が前に歩き出した。

 

「なんで私が古城と組まなきゃならないのよ?」

 

「今年からそういう規制になったの。シングルが廃止で、ミックスダブルスの選手ペアを増やすように。あ、現役のバド部の子は出場禁止ね」

 

「だからなんで私と古城のペア!?」

 

「浅葱、前から好きだって言ってたじゃない」

 

「は、はい!?あ、あ、あたしがいつそんなこと……!?」

 

「バドミントンの話よ」

 

「へ?」

 

「古城君も別にいいわよね?」

 

「まあ楽そうっちゃ楽そうな競技だしな」

 

古城が浅葱とペアを組んで出場することになった。

 

「俺は……バスケか。メンドイな」

 

「いいじゃねぇか。蓮夜はスポーツ万能だしよ」

 

蓮夜の呟きに矢瀬が反応する。確かに矢瀬の言う通りだが、基本人前で運動するのは好きじゃない。基本、戦闘しかやってこなかったためか、思考回路が時々おかしな方向に飛んでしまうから運動は控えている。

 

「まぁ、やれるだけ頑張るか」

 

内心ではサボる気満々だが、一応やる気があるように口には出しておく。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

「……メンドクサイな」

 

蓮夜の球技はバスケだ。結局やる気は無し。吸血鬼でも真祖に近い蓮夜の身体能力は、異常だからこの程度は遊びにしか見えない。一応ベンチに入っているが、サボる気は満々だ。

そんな時、呪力を感知した。

 

「……誰だ?こんな真昼間に学園内で呪力を使う輩は」

 

蓮夜は若干不機嫌になりながらも呪力を感知した場所に向かう。そこには数体の鋼鉄のライオンが古城を囲んでいた。

 

「古城、ピンチっぽいな」

 

蓮夜も一応駆け足で古城に向かう。

 

「―――先輩!伏せて!」

 

聞いた事ある少女の声が聞こえたと思ったら、一体のライオンが銀の槍により、貫かれる。

槍を投げて古城を救ったのは、いつもの中等部の制服ではなく、白地に青のラインが入ったチアの衣装を着た雪菜だ。

もう一体いたがそれは駆け寄ってきた蓮夜の魔力を纏った蹴りにより粉砕された。

 

「姫柊!?それに蓮夜まで!」

 

「無事ですか、先輩?」

 

「悪い、助かった。けど、姫柊に蓮夜はどうしてここに?」

 

古城は立ち上がって、訊いてくる。

 

「俺はこっちから呪力が感知されたから向かって来ただけ」

 

蓮夜は簡単に説明する。実際そうだったし、こことバスケ場までは近かったから案外早く辿り着いた。

 

「先輩を監視していた私の式神が、攻撃的な呪力の存在を知らせて来たので、気になって来てみたのですが……」

 

「は?監視?式神ってなんだそれ?」

 

古城から視線を逸らし、雪菜がぎく、ぎく、と肩を震わせていた。

俯く彼女の横顔を古城が無言でじっと見つめると、わざと咳払いをし、開き直ったように胸を張る。

 

「―――任務ですから!」

 

「ちょっと待てェ!監視ってなんだ監視って!?」

 

古城は今までもずっと監視されていた事実に頭をかきむしりながら怒鳴る。蓮夜はただ苦笑するだけ。

 

「先輩を襲った式神は先輩を狙っていたというよりも……」

 

雪菜は呟きながらさっき撃退した式神の欠片を拾い、古城と蓮夜の前まで持ってくる。

 

「アルミ箔か。さっきの式神の正体というわけか」

 

蓮夜の言葉に雪菜が頷いた。

 

「この式神は本来、遠方にいる相手に書状などを送り届けるためのもので、こんなに攻撃的な術では無いはずですが……」

 

「そうか」

 

古城はどうやら詳しい理屈は分からなかったらしく、投げやりに頷いた。その時、下校中とおぼしき女子生徒がこっちを見ている。

 

「すみません、先輩。雪霞狼(せっかろう)を見られました。すぐに捕まえて記憶消去の処置を―――」

 

「いやいや、そんなことをしなくても大丈夫だから!心配要らないって!」

 

「どうしてそんなことが言い切れるんです!?」

 

雪菜は余裕の無い表情で言う。どうやら相当取り乱しているようだから蓮夜が口を挟む。

 

「古城の言う通りだ。今の姫柊はチアの服でそんな槍を振り回していたら、ただの痛いコスプレ趣味の女子だと思われているだけだ」

 

「う……ぐ……」

 

雪菜は自分の服装を見て、反論出来ずに呻いている。

 

「なあ。姫柊の衣装ってもしかして―――」

 

「衣装合わせの途中で抜けてきたんです。あんまりじろじろ見ないでください」

 

プリーツスカートの裾を押さえながら雪菜は、上目遣いで古城を睨む。

 

「いやでもスパッツ穿いてんじゃん」

 

「それでも先輩は見ては駄目です。目つきがいやらしいです」

 

「失礼だな、おい」

 

「なに馬鹿なことをやっている……」

 

蓮夜が古城と雪菜のやり取りに呆れて言う。

その時、古城がなんか見つけたようで、破壊されたベンチの残骸から拾い上げた。

 

「さっきの式神が手紙を届ける術なら、こいつは俺宛ってことでいいのかな」

 

古城が拾ったのは一通の手紙だった。金色の箔押しが施された豪華な封筒を、銀色の封蝋が閉じている。

そこに刻まれたスタンプを見て、雪菜が表情を強張らせ、蓮夜は凝視していた。

 

「この刻印……まさか……」

 

「姫柊?」

 

動揺している雪菜とその刻印を見て額に手を当てている蓮夜が居た。

蓮夜はこの刻印を知っている。出来れば関わりたくはないが、古城の事を知っているってことは恐らく自分の居場所も知っているだろう、と思った。

 

「―――古城?」

 

その時、誰かの声が蓮夜たちの後ろで聞こえた。

 

「こんなところでなに騒いでんのよ。あんたが何時までも練習に来ないから、捜しに来てやったのよまったくあたしをあんなカップル時空に置き去りにするとはいい度胸……」

 

「あ、浅葱?」

 

浅葱がバドミントンのユニフォームを着て無表情のまま、立ち尽くして古城とyyキナを眺めている。

 

「……その手紙、なに?」

 

「え?」

 

彼女に訊かれて蓮夜この状況に気付いた。

放課後の体育館裏に男子二人に女子一人。古城の手に手紙があり、正面には雪菜。蓮夜はその光景を少し離れた所で立っている。

丸で雪菜が古城にラブレターを渡す為に、蓮夜がこの場をセッティングしたように見える。

 

―――明らかに告白の場面だ。

 

「もしかして、邪魔しちゃった?」

 

浅葱はぎこちない笑みを浮かべ訊く。蓮夜は浅葱が古城に気があるのが知っているからこの場面は衝撃だろうな、と軽く現実逃避していた。

 

「いや、違う。俺が姫柊とここで会ったのは予期せぬ事故というか緊急事態というか、決してこの手紙を俺たちが渡したり受け取ったりしてたわけじゃなくて―――」

 

古城と姫柊が一生懸命説得しようとするが、逆にあの二人の息が合い過ぎて説得力が皆無で、言い訳をしているように見えた。っていうか何故口合わせもしていないのに、ああも見事に息が合うんだろうか。

 

「別になんでもいいわよ。あたしには関係ないことだしさ」

 

そう言って古城ににこやかに笑ったが、浅葱らしくない笑みだった。恐らく古城も分かっているだろうが、明らかにショックを受けていた。

浅葱はそのまま背中を向けた。

 

「あたし、帰る」

 

「あ、おい、浅葱……」

 

古城の制止の言葉をかけるが、浅葱はそのままこの場を去った。

 

「はぁ……やってしまったな」

 

蓮夜は天を仰ぎ、そう呟いた。



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episode:3

「―――"ナラクヴェーラ"。神々の古代兵器ね」

 

蓮夜は那月から連絡がきて、教えられた。

黒死皇派の賛同者がカノウ・アルケミカル・インダストリー社開発部にいたらしく、古代遺跡から出土した石版の文字を解読していたらしい。

ほとんどが解読不可能だったが、僅かな単語は解読に成功していたらしく、その単語に"ナラクヴェーラ"の文字があったらしい。

 

「まさか、あんな物を持ち出してくるとはな。……絃神島大丈夫か?」

 

そんなことを考えながらマンションに帰ってくると蓮夜たちが住んでいる部屋のドアに一通の封筒が挟まっていた。古城と同じ封筒が。

 

「……やっぱり俺の所にもきていたか」

 

蓮夜は鍵を開け、自室に荷物を置き、差出人の名前を見ると、アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーと書かれていて、宛名に縫月蓮夜と書かれていた。

 

「ヴァトラー、か。まさか、住んでいる場所まで知っているとは……あの戦闘狂め」

 

蓮夜はため息を吐いて封筒を開け、中を読む。

簡単に言えば、豪華客船のパーティーの招待状だ。あと女性同伴と書かれている。

 

「女性同伴って……どうしようか。那月は仕事で忙しいし最近後見人として保護したアスタルテも今は那月と一緒で……あれ?いなくね?」

 

無理を行けば凪沙ともう一人の中等部の女子生徒が該当するが、いくら何でも此方の事情に巻き込むのは気が引ける。

前提条件から行くことが無理だと思った矢先に、備え付き電話が鳴り出した。

 

「……もしもし、縫月です」

 

『縫月蓮夜様ですか?私はアルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーの代理の者であります』

 

「そうか。用があるなら手短に言ってくれ」

 

『では、本日の夜にパーティーがあるのですが、女性の同伴を代役で私めが務めさせてもらいますがよろしいですか?』

 

「ああ、お願いしたい。あいつにも訊きたい事があるからな」

 

蓮夜はそう言うと電話越しの女性は21:00頃こちらに迎えに行くと言われたので久しぶりにスーツに着替えるか、と呟いてクローゼットからスーツを取り出した。

 

 

 

 

 

蓮夜は時間通りにマンションの前で待っていると、黒塗りのベンツが来て、目の前で止まった。

その ベンツに近付いていくと、ドアが開き、チャイナドレス風の衣装を着たポニテールの女性が出てきた。

 

「初めまして。アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーの監視役である獅子王機関"舞威媛"煌坂紗矢華と申します」

 

「知っているとは思うが、俺は縫月蓮夜だ」

 

「分かりました。では縫月様、どうぞこちらに」

 

そう言って紗矢華に促されたので蓮夜は車の中に入り、紗矢華も入ると発進した。

 

「はぁ……あの野郎。まさか俺の居場所がバレるとは……」

 

蓮夜の愚痴を隣で聞いていた紗矢華はヴァトラーとはそういう縁なのか訊くことにした。

 

「あの……アルデアル公とはどんな関係で?」

 

「簡単なことだ。ただ殺し合った仲というだけだよ」

 

「……は?」

 

紗矢華はあっけらかんとして言う蓮夜の言葉を疑った。そしてさらに疑う言葉が出てくることになる。

 

「200年くらい前に殺し合ってから随分と経つな」

 

「え?200年!?」

 

紗矢華はまたもや驚いて疑問に思う。彼はいったい何者なんだろう、と。蓮夜は喋り過ぎたかな?と思い話題を変えることにした。

 

「獅子王機関と言えば、学校の後輩に姫柊っていう剣巫がいるんだが―――」

 

「雪菜のことを知っているんですか!?」

 

「あ、ああ。一応後輩だし。姫柊とはどんな関係なんだ?」

 

あまり食い付きっぷりに蓮夜は若干引きながら訊いてみた。

 

「雪菜とは高神の杜ではルームメイトだったんです。性格はいいし、何よりあの素直さが可愛いんです。それに―――」

 

どうやらある意味の地雷だったようで、目的地に着くまで紗矢華から雪菜のいい所やら様々なことを教えてもらう羽目になった。匂いについても語られ、変態の領域に足を踏み入れている紗矢華に戦慄した蓮夜であった。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

洋上の墓場(オシアナス・グレイヴ)か。なんつー名前を付けているんだ」

 

「それについては激しく同意するわ。沈まなければいいけど……」

 

豪華客船の前まで来て。二人は話している。雪菜について語る紗矢華とはお互いに敬語は無しになった。紗矢華は男と話すのは嫌悪感を与えるが、何故か蓮夜は平気という紗矢華本人も首を傾げていた。

 

「そういや、もう古城だちは来ているのか?」

 

「……ええ、来ているわよ」

 

古城の名前を出した途端、苦虫を噛んだような顔になった。どうやら相当嫌われているらしい。まぁ、あそこまでの男嫌いなら判らなくもないが……。

 

「アルデアル公の場所まで案内するからついて来て」

 

紗矢華を先頭にオシアナス・グレイヴの中に入って行く。

流石は"旧き世代"の吸血鬼が来日した為か、この場にいる奴らは皆ニュースなどで見たことがある人物だ。大物政治家や経済界の重鎮、政府や絃神市の要人たちなどが居る。

 

「アイツは……アッパーデッキか」

 

「分かるの?そういうこと」

 

「一応俺は結構前の時期から生きている。魔力感知など造作も無い」

 

蓮夜たちはアッパーデッキに向かって歩き、目の前に古城と雪菜がいた。丁度二人は手を繋ごうとしている瞬間だ。

それを見た紗矢華は、テーブルにある銀色のフォークを殺気を放ちながら古城に向かって投げる。

 

「―――せいっ!」

 

「うおっ!?」

 

古城の頭があった場所をフォークが通過していく。その行動に呆れて見ている蓮夜。マジで殺そうとしている紗矢華は、別に何でもないように振舞っている。

 

「失礼。つい、手が滑ってしまったわ」

 

「どう手が滑ったら、フォークを他人に向かって投げつけるのか、ぜひ教えて欲しいんだが……てか、なんか今、掛け声っぽいものも叫んでいたよな!?」

 

「あなたが、下劣な性欲を剥き出しにした手で雪菜に触れようとするからよ、暁古城」

 

風向きが怪しくなってきたから蓮夜は紗矢華の後ろまで行き、頭をチョップした。

 

「あたっ!?」

 

「なにをやっている。相手は一応招待者だぞ」

 

魔力を乗せていたので、痛かったのだろう。紗矢華は涙目で蓮夜を睨む。涙目で睨まれても全然怖くは無い。寧ろそこら辺の変態なら、美少女、涙目、上目遣いはご褒美と感じるだろう。

 

「蓮夜!?お前も来ていたのか?」

 

「ああ、俺も招待されたよ……メンドクサイ」

 

本当に面倒だったのか、ため息を吐く。そんな蓮夜に古城は苦笑し、紗矢華は未だに古城を睨んでいる。カオスだ。

 

「―――紗矢華さん!?」

 

「雪菜!」

 

雪菜は呆然としながら紗矢華の名前を発し、紗矢華は満面の笑みで雪菜に抱きついた。本当に仲が良いんだなぁ、と思いながら蓮夜は二人を見る。

古城は二人が知り合いな事に驚いている。

 

「久しぶりね、雪菜。元気だった!?」

 

「は、はい」

 

突然の再開に雪菜が戸惑っていたが、そんなの関係無しに紗矢華は首筋にぐりぐり押し付け、若干危ない言葉を口走っていたから再び脳天にチョップをかました。

 

「あいたっ!?」

 

「少しは落ち着け、アホ。話が進まん」

 

「うぅ、縫月!もう少し優しくしてよ!それ以前に魔力を籠めた一撃痛いんだからね!」

 

古城は紗矢華が誰か雪菜に訊き、紗矢華が古城を罵倒する、そして古城もむきになる、という中々話が進まない展開になっている。紗矢華は雪菜が絡むと面倒になるのが分かった。

 

「もういいや。だったらさっさと案内しろよ」

 

「言われなくても連れて行ってあげるわよ。だからさっさと死んでちょうだい」

 

「死ぬかっ!」

 

「ああ、確かに第四真祖はほぼ死なないな」

 

「縫月先輩。そこは真面目に返さなくても……」

 

紗矢華と古城の口喧嘩を聞き、蓮夜は稀に起こる天然を発揮してしまった。横で雪菜が蓮夜に苦笑していたが。

そんな中、蓮夜は紗矢華に古城が雪菜の血を吸ったと伝えればどんなことになるのか知りたかった。絶対に紗矢華は古城を殺しに行きそうだな、と古城が聞いたら怒りそうなことを考えていた。

四人は上甲板に出る。広大なデッキに上には純白のコートを纏った金髪碧眼の青年が居た。青年は口角を上げると、同時に蓮夜と古城に向けて炎の蛇と冷気を纏った蛇、二体の眷獣を放つ。

 

「はぁ―――"龍殺しの魔剣(グラム)"」

 

「ぐお……っ……!」

 

蓮夜は自身に迫ってきた青い蛇を"龍殺しの魔剣(グラム)"で一刀両断し、古城に向かった炎の蛇は、どうやら血が勝手に反応したらしくて古城の全身から雷光が放たれ、蛇を迎え撃った。

 

「あっ……ぶねぇ!なんだこれっ!?」

 

「全く……手洗い歓迎だ」

 

主に古城の所為で焼け焦げた看板と青年を見ながら、蓮夜は眷獣を戻した。青年は蓮夜たちに防がれたことを喜んでいる。

 

「いやいや、お見事。この程度では傷つけることすら叶わないねェ」

 

青年は古城の目の前にきて片膝を付き、恭しい貴族の礼をとった。

 

「御身の武威を検するがごとき非礼な振る舞い、衷心よりお詫び申し奉る。我が名はディミトリエ・ヴァトラー、我らが真祖"忘却の戦王(ロストウォーロード)"よりアルデアル公位を賜りし者。今宵は御身の尊来を頂光栄の極み―――」

 

「あんたが、ディミトリエ・ヴァトラー……?俺を呼びつけた張本人?」

 

古城はヴァトラーにそう尋ねた。

 

「初めまして、と言っておこうか、暁古城。いや、"焔光の夜伯(カレイドブラッド)"―――我が愛しの第四真祖よ!」

 

「…………はぁ」

 

ヴァトラーは愛しげに見つめ、迎え入れんとするかのように両手を広げる。その行為に紗矢華は首を振り、雪菜は唖然とする。

蓮夜は、今日何度目か判らないため息を吐いている。蓮夜にとって苦労の耐えない日らしい。

 

「……はい?」

 

古城も雪菜と同様、唖然とする。

 

「ヴァトラー……古城の処理能力が追いついていない」

 

「ふふ、それもそうだネ」

 

ヴァトラーは今度はこちらに向かって古城の時と同様に片膝を付ける。

 

「先ほどの非礼をお詫び申し奉る。再びお目に掛かることが出来、光栄の極み―――"不死王(ノーライフキング)"よ」

 

ヴァトラーの言葉、"不死王(ノーライフキング)"という単語に雪菜と紗矢華が驚愕し、目を見開いた。良く知らない古城だけは頭に疑問符を浮かべている。

蓮夜は自分御正体をあっさりとバラされ、頭を抱える。

 



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episode:4

「アスタルテ、皿を用意してくれるか?」

 

命令受諾(アクセプト)

 

蓮夜はいつも通り家で朝食を作っているが、何故かアスタルテがいる。

理由としては、オイスタッハが居なくなりアスタルテは保護され、那月が引き取ったという感じだ。まだ保護観察だが。

 

「で、まだ那月ちゃんは起きないのか?」

 

「はい、今マスターのベッドの上で暴れています」

 

何故那月が蓮夜のベッドで暴れているのかと言うと、昨日ヴァトラーのオシアナス・グレイヴから帰ってきたら、那月が玄関前で倒れていたのだ。

アスタルテに訊いた所、那月は彩海学園中等部の女性教師である笹崎 岬と飲みにいったらしく、酔って帰って来て玄関前で限界が来て寝ていたらしい。

しかも、酔うと幼児後退する為、相手にするのがメンドクサイ。

丁度蓮夜が帰って来て時に目が覚め、抱きついてきて「一緒に寝ないとヤダ~!」とか駄々捏ねるから仕方なく一緒に寝た。

確かにメンドクサイが、この時の那月は昔の那月を彷彿させるため、つい微笑ましく思って悪くはないと思ってしまう。その度に「なんであんな狡猾な女になってしまったんだろう……」と寂しいような悲しいような気分になってしまう。

一応、那月は一応酔っている時の記憶もあるので、一緒に寝たという羞恥心の為か今蓮夜のベッドで悶えている、という状況。

 

ちなみに何故アスタルテは蓮夜のことをマスターと呼ぶのかと言うと、アスタルテの眷獣を支配下に置いたのとアスタルテ自身が蓮夜の所有物になるのを希望したからだ。

その時にアスタルテから「私の身体はマスターの物です。好きなように使ってください」と言われた際に那月からの殺気がやばかった。シャレにならないくらいに。

 

「全く、何で紅茶にブランデーを入れても大丈夫なのに、こうもアルコールに弱いのやら」

 

「マスター。教官を起こした方がいいですか?」

 

「大丈夫だろ。教師だし遅刻はしないぞ、アイツは。遅刻しそうでも空間転移で飛んでいくし」

 

蓮夜が那月のアルコールの弱さに呆れていると、皿を用意したのかアスタルテは蓮夜の側で待機していた。

今のアスタルテは俗に言うメイド服という奴だ。しかも露出が以外にも高いという。

容姿は整っており、藍色の髪と無表情さ、メイド服という以外にもマッチしてしまった為、定着した。最初は驚いた。まさかこんなに似合うとは思わなかったからだ。

ガチャ、とドアが開く音がしたので振り返ってみると、那月が黒いドレスを着た那月が現れた。顔がまだ赤い。

 

「おはよう、那月」

 

「おはようございます、教官」

 

「ああ、おはよう。アスタルテ……蓮夜」

 

蓮夜の名前を呼ぶ時、間が空いていたがそこはスルーしておく。

三人は席に着き、朝食を食べ始める。この朝と夜はアスタルテはメイドではなく蓮夜たちと一緒に摂ることになっている。

未だに蓮夜のことをチラチラ見ている那月。そんな那月をからかう事にした。

 

「寝ている時の那月、中々可愛かったぞ」

 

「~~~っ!~~っ!」

 

那月は顔を最高潮に赤くして俯く。

そんな那月を微笑ましそうに見る蓮夜。アスタルテは黙々と食べている。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

彩海学園高等部の職員室棟校舎―――

何故か学園著室よりも偉そうな見晴らしのいい最上階に、那月の執務室はあった。

分厚い絨毯やら年代物のアンティークの家具。天蓋付きのベッドなどがある。那月は事務の机に座り、蓮夜は高級なソファーに腰を下ろしている。

 

「那月ちゃん。悪い、ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけど―――」

 

古城が分厚い扉を開けて、部屋に入り込む。そして次の瞬間、

 

「ぐおっ!?」

 

「先輩!?」

 

那月が古城に向かって分厚い本を投げ、見事に頭蓋骨に直撃した。その後ろを歩いていた雪菜は慌てている。

 

「……見事クリーンヒットしたな」

 

那月の執務室のソファーに腰を掛けていた蓮夜は、入っていて瞬間に直撃させる技能に舌を巻いた。

 

「私のことを那月ちゃんと呼ぶなと言っているだろう。いい加減学習しろ、暁古城」

 

蓮夜は?と思うが、蓮夜は那月をちゃん付けで呼ぶのは学校の中や公衆の面前だけだ。教師を呼び捨てにする生徒を見れば変な勘括りをされる。ただでさえ、親密な関係を築いているなどど言われているし。

ただ、そんな事情を知らない生徒から見れば「唯一ちゃん付けで呼んでも怒られていない生徒」と認識されている。そのおかげで噂に拍車を掛けていることは蓮夜は知らない。

 

「なんだお前もいたのか、中等部の転校生。それで質問というのはなんだ?子供の作り方でも訊きにきたのか?」

 

「は、はい?」

 

「子供の作り方、ねぇ。懐かしいなぁ……随分昔に那月から子作―――うおぉ!?」

 

ふざけて二十年前の事を口に出そうとしたら、蓮夜に向かって高速で飛来してきた本を間一髪で避けた。

 

「あ、あれは昔の話だっ!忘れろっ!!」

 

顔を赤くしながら怒る那月。蓮夜は「すまん、もう言わないから」と謝罪してから古城たちを見る。そこには蓮夜と那月のやり取りを唖然としながら見ていた古城と雪菜がいる。

那月は自分の取り乱し様を見られて顔を赤くするが、気を紛らわすように咳払いをし、古城に向き直った。

 

「で、子作りじゃなければ一体何の用だ?」

 

「あ、ああ……クリストフ・ガルドシュって男を捜してるんだ。なにか手がかりがあったら教えて欲しい」

 

古城がガルドシュの名前を出した途端、那月の雰囲気が一変した。その圧迫感に古城と雪菜は息苦しさを感じる。

 

「お前たち、どこでその名前を聞いた?」

 

「ディミトリエ・ヴァトラー。戦王領域の蛇遣いだ。昨日の夜、俺らが招待されたクルーズ船の持ち主だ」

 

「あの軽薄男か。お前を呼び出す可能性を予想しておくべきだったか」

 

那月は蓮夜の書き置きにヴァトラーに会うようなことを書いていたため、知っていた。

 

「暁、ガルドシュの居場所を聞いてどうする?」

 

「捕まえます。彼がアルデアル公と接触する前に」

 

那月の質問に雪菜が即答する。ヴァトラーは戦闘狂だから絃神島の事など考えずに眷獣を開放するだろう。雪菜はその前に止める、といった感じだ。

 

「無駄だ。止めておけ。ああ、アスタルテ―――そいつらに茶なんか出してやる必要はないぞ。もったいない。それよりも私に新しい紅茶を頼む」

 

「ついでに俺の分の紅茶も頼む」

 

「―――命令受諾(アクセプト)

 

古城たちに麦茶を運んできた藍色の髪のメイド服の少女に、那月がぞんざいに命令する。その少女を見て古城経ちは驚いた。

左右対称の人工的な顔立ちに、感受斧ない淡い水色の瞳。ほっそりとした未成熟な身体を、露出度高めのエプロンドレスに包んでいる

 

「お前、オイスタッハのオッサンが連れていた眷獣憑きの―――!」

 

「アスタルテ……さん!?」

 

「ああ、そういえば、お前たちは顔見知りなんだったな」

 

那月は特に驚かずに淡々と言う。そして、古城はアスタルテがここに居ることと着ている服に指を差す。

 

「なんでこの子が学校にいるんだよ。いやそれよりもあの服はなんだ!?」

 

「アイツは今三年間の保護観察処分中だ。丁度忠実なメイドも欲しかったしな。ちなみに服を選んだのは私の趣味だ」

 

その言葉に一度アスタルテを見て、那月に向き直り何か言いたそうにしていたが、結局何も言わなかった。

 

「―――南宮先生。ガルドシュを捕まえても無駄だというのは、どういうことですか?」

 

「捕まえても無駄だとは言ってない。お前たちがそんなことをする必要はないと言ってるんだ」

 

「え?」

 

「黒死皇派どもはどうせなにもできん。少なくともヴァトラーが相手ではな。奴はあれでも"真祖に最も近い存在"と言われている怪物だ。まぁ、あと一人いるがな」

 

「縫月先輩の事ですか?確かに縫月先輩は"不死王(ノーライフキング)"と呼ばれている災厄の吸血鬼と呼ばれていますからね」

 

「……おい、蓮夜。どういうことだ?」

 

那月は何故雪菜が正体を知っているのか?と言いたげな視線を蓮夜に送る。

 

「ヴァトラーの所為だ。コイツらがいる前で堂々とバラしやがったよ……」

 

「ちっ、本当に余計な事を……」

 

蓮夜はため息を吐きながらそう吐き捨てた。那月はあっさりと蓮夜の正体をばらすヴァトラーに苛立ちを感じている。

雪菜との関係に関しては古城と同じく、監視対象に入ってしまった。どうやら獅子王機関にも十分注意しろ、と言われていたらしい。あと、敵対するなとも言われているようだ。

流石に今まで築いてきた関係が失うと思っていたが、そうでもなかった。むしろ納得したような表情だった。

 

「黒死皇派の悲願は、第一真祖の抹殺だと聞いています。彼らはそれを実現する手段を求めて絃神島に来たのではないのですか?」

 

那月は退屈そうに首を振った。

 

「そうだな。だから無駄なのさ。ガルドシュの目的はナラクヴェーラだ」

 

「ナラクヴェーラ……?」

 

聞き慣れ言葉に、雪菜が眉を寄せる。

 

「南アジア、第九メヘルガル遺跡から発掘された先史文明の遺産だな。かつて存在した無数の都市や文明を滅ぼした神々の兵器の事だ。覚えておく意味もないから知らないのも無理は無い」

 

雪菜の疑問に蓮夜が答えた。

 

「神々の兵器……って、なんだそのヤバそうな代物は? まさか、そいつが絃神島にあるって言い出すんじゃないだろうな」

 

「表向きには、もちろんあるはずのないものだが、実はカノウ・アルケミカルという会社が、遺跡から出土したサンプルの一体を非合法に輸入していたらしい。もっともそいつは少し前にテロリストどもに強奪されてるんだがな」

 

「あんのかよ!? しかも盗み出されたあとなのかよ!?」

 

「九千年も前に造られた兵器だ。別段焦ることは無いだろ?」

 

「それは……どうだが……」

 

慌てふためく古城に蓮夜は落ち着けという意味を籠めて言う。それに蓮夜なら、その程度の古代兵器は玩具のような感覚だ。その程度じゃ"不死王(ノーライフキング)を傷つけることは不可能。ただ学習(・・)されたら厄介だが。

 

「奪われたのは遺跡からの出土品だと言っただろう。とっくに干からびたガラクタだぞ。仮にまだ動いたとしても、それをどうやって制御する気だ?」

 

「……制御する方法に心当たりがあったから、黒死皇派は、その古代兵器に目をつけたのではありませんか?」

 

雪菜が冷静に指摘した。那月は愉快そうに口角を上げ、

 

「ふん、さすがにいいカンをしているな、転校生。たしかにナラクヴェーラを制御するための呪文だか術式だかを刻んだ石板が、最近になって発見されたらしい」

 

「だったらやっぱりその兵器が使われる可能性があるってことなんじゃねーかよ」

 

「世界中の言語学者や魔術機関が寄ってたかって研究しても、解読の糸口すらつかめていない難解なブツだぞ。テロリストごときが、ない知恵を絞ったところでどうにもならんよ」

 

那月はやる気の無い声で突き放す。

 

「とにかく、あの蛇遣いがなにかを言ったところで、おまえたちの出る幕はない。強いて言えば追い詰められた獣人どもの自爆テロに気をつけることくらいだな」

 

「自爆テロ……!」

 

思いがけない言葉に古城は顔色を変える。

 

「それからもうひとつ忠告しといてやる。暁古城。ディミトリエ・ヴァトラーには気をつけろ」

 

運ばれてきた紅茶をすすりながら、那月がぼそりと呟いた。

 

「やつは自分よりも格上の"長老"―――真祖に次ぐ第二世代の吸血鬼を、これまでに二人も喰っている」

 

「―――同族の吸血鬼を……喰った?あいつが!?」

 

さすがに古城、雪菜は驚愕の色を隠せない。

ソファーに座っている蓮夜は、その事を聞いて自分も喰った事は言わない方がいいかなぁ、と思って口を開かなかった。

 

「奴が"真祖にもっとも近い存在"といわれる所以だよ。せいぜいおまえたちも喰われないようにするんだな」



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episode:5

蓮夜は古城たちが出た後、紅茶を一杯飲んだら那月の執務室から出て行った。廊下を歩き、教室に向かっている時、魔力の反応を感知した。

 

「うん?……何が起こっている?」

 

突如、屋上の方から魔力が膨れ上がったのを感知した。この魔力は明らかに古城だ。だが、どんどん膨れ上がっていくのを感じる。この場でこの時間で魔力を使う理由など存在しない。

 

「……まさか、暴走か!?」

 

第四真祖になってから日が浅く、しかも眷獣をやっと一体従えたのはつい先日だ。しかも他の眷獣はまだ、古城に従っていない。だから敵対意思を持ち、古城を傷つければすぐに暴走してしまうのだ。

蓮夜はこりゃヤバイと思い、一部を霧にして外から屋上にへと急いだ。

 

「って、本当に危機一髪だな!?」

 

屋上では古城が眷獣を暴走させ紗矢華が古城の近くに居て、しかも浅葱が気絶している。

状況が全く分からな―――くもないこの状況にため息を吐きながらも屋上に降り立つ。

降り立ったのと同時に、左手を霧化させ、側で気絶している浅葱を霧の結界で包み込み、この衝撃波と瓦礫から身を守らせる。

 

「蓮夜!?」

 

「ああ、そうだよ!つーか、何でこんな所で眷獣を暴走させているんだよ!……まあ、大体分かるけど」

 

どうせ、紗矢華が雪菜の血を吸った古城が許せなくなり、あの銀の剣で殺そうとした時、眷獣が暴走した。その時に浅葱も巻き込まれたのだろう。紗矢華の雪菜に対するあまりの溺愛っぷりに蓮夜は額に手を当て、呆れている。

 

「そ、それは―――」

 

その刹那、キンッ、と金属が擦れ合うような甲高い音が鳴り響き、小柄な人影が古城の真上から舞い降りた。

 

「―――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る!」

 

屋上に舞い降りたのは、雪霞狼を持った雪菜であった。彼女は槍を振りかぶると、崩壊する屋上へと穂先を突き立てた。

 

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもって楯と成し、兇変災禍を祓い給え!」

 

ありとあらゆる結界を切り裂き。真祖の魔力をも無効化する獅子王機関の兵器、雪霞狼の輝きである。

それにより、古城の魔力の放出も収まり、覚醒間際の眷獣が引き起こした衝撃波や大気のうねりも消えた。

 

「二人共、こんなところで何をやっているんです?」

 

一際低い声で雪菜は古城と紗矢華の眼前に"雪霞狼(せっかろう)"を突き立てる。

 

「何があったのか、大体の事情は想像出来ますけど―――紗矢華さん」

 

「は、はい」

 

「第四真祖の監視は、私の任務です。それを妨害する事が紗矢華さんの望みですか?そんなにわたしが信用出来ませんか?」

 

紗矢華は怯えた小猫のように背中を震わせている。果たしてその震えは雪菜に嫌われるかもしれない恐怖からなのか、単純に雪菜が怖いだけなのか分からない。

 

「それと―――蓮夜さん、どうもありがとうございます。藍羽先輩を守ってくださって」

 

「当たり前のことだ。コイツは俺の友人だからほっとけるわけがない」

 

蓮夜は肩を竦めて言う。実際蓮夜が来ていなかったら浅葱は大変な目に合っていた可能性がある。

 

「雪菜ちゃん!なんか凄い勢いで飛び出していったけど大丈夫?」

 

聞き慣れた凪沙の声が屋上の扉から聞こえる。どうやら魔力を感知した雪菜を追ってきたようだ。

 

「なにがあったの。わっ、なにこれ。なんで屋上が壊れているの!?って浅葱ちゃん!?怪我してる!?どうしよう!?」

 

わたわたしている凪沙に蓮夜はため息を吐く。

 

「落ち着け、凪沙。深呼吸だ」

 

「う、うん。すぅー……はぁー……すぅー……はぁー、よし!」

 

蓮夜に促され、落ち着かせるように凪沙は深呼吸をした。

蓮夜や古城が浅葱を手当てするわけにはいかないから、凪沙と雪菜が連れていくことになった。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

古城と紗矢華は雪菜に反省するように言い渡され、屋上で座っている。蓮夜は、特にすることも無かったので、このまま教室に向かおうとするが、止めて校舎を歩き回る。サボリのような気もするが、先ほどの眷獣暴走の際に校舎が壊れ、授業は一時的に中止となっている。

あの二人は険悪の仲だが、流石にさっきのような事態には発展しないと思っている。次暴走したら、絶対に校舎が壊れると予想し、校舎が壊れた時の那月の怒りが頂点に達しそうだ。

その時、窓から一瞬強烈な閃光が輝いた。

 

「なんだ!?」

 

閃光の方角を見ると、まさにヘリが黒煙を上げて墜落している最中だ。ヘリが落ちる日常など、この島には存在しない。

 

「まさか……黒死皇派か!面倒な!」

 

ヘリの墜落を見ていたら、血の臭いが校舎に漂って蓮夜の所まできた。

 

「これは血の臭い……この臭いは、アスタルテか!?」

 

面倒事などんどん舞い降りてくるのに嫌気を差しながら、蓮夜は急いで階段を駆け降り保健室のドアを開けた。

そこには、エプロンドレスを鮮血で濡らして横たわっているアスタルテが居た。

 

「アスタルテ!大丈夫か!?」

 

蓮夜はアスタルテを抱き起こす。身体には銃痕が残っており、凄惨な傷跡だった。そこで、異常を察知したのか紗矢華と古城も保健室にやってきた。

紗矢華は蓮夜が抱いているアスタルテの所まで寄ってきた。

 

「この傷……銃創!?一体何があったの!?」

 

「知らん。俺が来たときには既にこの状況だった」

 

アスタルテは、かろうじて意識があったらしく、弱々しく口を開いた。

 

「―――報告します、マスター。現在時刻から二十五分十三秒前、クリストフ・ガルドシュと名乗る人物が本校内に出現。藍羽浅葱、暁凪沙、姫柊雪菜の三名を連れ去りました」

 

「な……!?」

 

アスタルテの報告に古城は絶句し、蓮夜は眉を顰める。

 

「彼らの行き先は不明。謝罪します……私は彼女たちを守れなか……った……」

 

その言葉を最後に、彼女の喉から、ごぼ、と大量の血塊がこぼれ、気を失った。

 

「煌坂、アスタルテの止血をお願いできるか?」

 

「ええ、任せておきなさい」

 

蓮夜はアスタルテを無事なベッドの上に寝かせて紗矢華が止血を始めた。

その間に何故浅葱たちを連れていったのか思考を巡らせる。凪沙は接点が完全に無いから除外。雪菜に関しても凪沙と同じく接点が無い。なら標的は自然と浅葱となる。

 

「古城、浅葱は"ナラクヴェーラ"、"黒死皇派"、"クリストフ・ガルドシュ"のどれかを知っていたか?」

 

「浅葱が、そんなはず―――いや、確か"ナラクヴェーラ"という単語に反応していたような」

 

「……なるほどな」

 

浅葱は蓮夜も良く知っている。ハッキングやソフト関係では天才だ。そして、彼女の暗号破り(パスワード・クラック)は古城もその実力を知っている。もし、その能力を使って石版を解読してナラクヴェーラを起動させるとしたら―――

 

「……最悪だな」

 

ナラクヴェーラが起動して、絃神島が沈むイメージをしてしまい、蓮夜は出来る限りの事をしようと決心した。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

絃神島を構成している東西南北、四基の超大型浮体式構造物(ギガフロート)だが、島の周囲にはその他にも細々とした拡張ユニットが多く存在している。そして今、蓮夜たちは絃神島十三号増設人工島(サブフロート)に訪れてきた。

アスタルテの治療が終わり、その途中でも一時的に意識が戻り、浅葱がちが居るであろう場所のヒントを教えてくれた。

近くに寄れば、断続的に爆発音が聞こえ、銃撃戦も続いている。

 

「で、どうやって行くんだ古城。此処まできたのはいいが、正面は普通に特区警備隊(アイランド・ガード)が居て行けないぞ」

 

「じゃあ、あそこからはどうだ」

 

古城が指を差した先にあるのは、絃神島と増設施設との間―――目測で約八メートルほど―――を差していた。どうやら飛び越えるようだ。

 

「はぁ!?あんなところ無理よ!真祖ならもっとマシな方法は無いの!?」

 

「俺は真祖になったばっかだし……」

 

「俺の眷獣は殆どが破壊に適している、とだけ言っておく」

 

霧の異空間に入り込み、蓮夜が渡った時に開放すれば問題ないが蓮夜はやりたくないので却下。

 

「なによ……それ」

 

紗矢華は呆れて落ち込んでいる。別にない訳ではないが、大きいから的になってしまう。

古城は蓮夜に目配せをし、蓮夜もそれに頷く。

 

「悪いな、ちょっと動くなよ」

 

「え、ちょっと……ひゃっ!?」

 

古城にお姫さま抱っこされた紗矢華は可愛らしい悲鳴を上げ、全身を硬直させた。

蓮夜は吸血鬼の力を解放し、跳び乗る。古城も同じく跳んで来たが紗矢華が抱えている為かなりギリギリになってしまった。

 

「な、な、な……なんてことしてくれるのよ!」

 

見事渡った事にほっ、とした古城だが、突然古城の中で紗矢華が暴れ出した。

 

「渡れたんなら文句ねーだろ」

 

「ノーカウント!こんなのノーカウントだからね!?」

 

訳の分からないことを口走りながら古城を殴る。しまいには剣を振り回して危なっかしいことこの上ない。

蓮夜一人ならこんな風にこっそりと侵入するのではなく、正面から堂々と侵入し、歯向かってくる者は殺し、自分の"軍勢(レギオン)"に加える。そんな非情なことをやろうとしたが、二人がいるので自重した。

別に今血を吸わなくてもいいが、未だに本調子ではないから手っ取り早く全快にしたかった。蓮夜が未だに手負いだっていうのはどうやら獅子王機関にも真祖たちにも気付かれてはいないようだ。

 

―――その後、古城のバランスが崩れ、紗矢華を押し倒すような格好になった。しかも若干涙目になっている紗矢華の両腕を押さえつけているから、どこからどう見ても犯罪者にしか見えない。

そんな友人に蓮夜はゴミを見るような視線を送る。

 

……前途多難だ。



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episode:6

古城と紗矢華がイチャイチャしているのを蓮夜が軽蔑の眼差しで見ている時、

 

「……何をやっているんだ、お前たちは」

 

空間転移で現れた那月が古城の近くにいた。

 

「那月ちゃん?テロリストの相手をしていたんじゃなかったのか?」

 

「偶には特区警備隊(アイランド・ガード)の連中にも花を持たせてやらなければな。突入部隊が黒死皇派を圧倒しているから私の出番はないだろう」

 

どうやら蓮夜たちが思っていた通り、ここに黒死皇派が立てこもっているらしい。

 

「それで、私のことを那月ちゃんと呼ぶのはこの口か?」

 

「痛て痛て痛て、やめて……」

 

古城の頬を、那月が黒い日傘でぐりぐりと捩じ上げる、しかも古城は両手で紗矢華を押さえているため、成されるがままである。

古城が那月に何か言おうとしていたが、蓮夜は激しかった銃撃戦が急に途絶えた事に疑問に思っていた。どうやら古城たちも気付いたようだ。

 

ゴオオオオォォォォォン―――

 

爆撃にも似た轟音が、鳴り響いてこの増設人工島(サブフロート)が地震のように揺れた。

その時、蓮夜は巨大な魔力を感知した。

 

「なに……この気配……!?」

 

どうやら紗矢華も気付いたようだ。爆発して倒壊した監視塔かた大量の瓦礫を押しのけて何かが地上に出てこようとしている。

蓮夜はこの気配を知っている。禍々しく何処か人工的な異様な気配だ。

 

「ふゥん、よく分からないけどサ、まずいんじゃないかなァ。これは」

 

声がした方向を見ると、其処にはディミトリエ・ヴァトラーがいた。

 

「ヴァトラー!?なんでお前まで!?」

 

「どうして貴方がここに!?」

 

ヴァトラーの出現に古城と紗矢華が同時に呻いた。那月も不機嫌そうに眉を顰める。

 

「何の用だ、蛇遣い?」

 

「まぁまぁ。積もる話はあとにして、君たちの部隊を撤退させた方がいいんじゃないかなァ。どうせここに残っている連中は、ただの囮サ」

 

ヴァトラーは悪戯っぽく笑った。

 

「囮だと? こんなところに特区警備隊を集めてなんの得がある?」

 

「それはもちろん標的が必要だからだよ。新しく手に入れた兵器のテストにはサ。君たちも、黒死皇派がこの島になにを運び込んだのか、忘れたわけじゃないンだろ」

 

「ヴァトラー、まさかとは思うが……起動したのか?」

 

「フフフ、流石は不死王(ノーライフキング)。やっぱり分かってしまうかァ」

 

蓮夜とのやり取りに古城は首を傾げていたが、それとは反対に那月の表情は凍りつく。

そう、黒死皇派の目的が、特区警備隊の機動隊員を集めて殲滅させるようなことだったとしたら。

そして、この増設施設の地下に隠されているのは―――

 

「まさか……ナラクヴェーラか!?」

 

古城の叫びに呼応するように、瓦礫を撒き散らして巨大な影が出現する。

その影は真紅の閃光を放ち、地上を薙ぎ払う。

 

「あれがナラクヴェーラの"火を噴く槍"か。まあまあ、良い感じの威力じゃないか」

 

「っていうか、ヴァトラー。お前、あの船はどうした?」

 

「ああ。実は"オシアナス・グレイヴ"を乗っ取られてしまってねェ」

 

絶対にウソだ、と蓮夜と古城は思った。ヴァトラーはテロリスト程度なら瞬殺で終わらせる事が出来る。それは以前戦った蓮夜だから分かる。

同じ真祖に近い吸血鬼だから考えている事も分かる。娯楽が欲しかったんだろう。だから黒死皇派の船を嬉々として譲ったのだ。

 

「いやァ、ホント。驚いたよ。まさかボクの船の船員にテロリストが紛れ込んでいたなんて」

 

「白々しいな。だが、お前はそういう奴だったな」

 

蓮夜は呆れながらため息を吐き、ヴァトラーは「すまないネ」と微笑して、何か思い出したかのような仕草をする。

 

「ああ、そう言えば逃げてくる途中でこんなのを拾ったのだが」

 

足元に転がっていた人をひょい、と前に放った。

 

ぐしゅ、と湿った音を立てながら転がったのは、高校の制服を着た男子生徒。

ツンツンに逆立てた短い髪と、首にぶら下がっているヘッドフォンに見覚えがあった。

 

「矢瀬!?」

 

「あれ、もしかして知り合いだった?」

 

ぎょっとする古城の反応を眺めて、ヴァトラーは愉快そうに笑う。

古城は知らないようだが、蓮夜は何故矢瀬がこんなことになっているのか分かったため、ため息を吐く。友人がやられたのに落ち着いている自分を若干嫌悪した。

 

「取り敢えず、ナラクヴェーラをどうにかするか。―――全て焼き尽くしてやる」

 

蓮夜は幾つもあるコンテナの内一つに飛び乗り、眷獣を解き放つ為に魔力を放出させる。

 

「ナラクヴェーラはボクが責任を持って破壊するから、不死王(ノーライフキング)であるあなたが手を出すまでもないよ」

 

蓮夜の隣にまで来たヴァトラーが手で制する。蓮夜はそんなヴァトラーを見て舌打ちをする。ヴァトラーの意図が分かったからだ。

 

「……やはりか。最初からコイツと戦うのが目的か。真祖を殺すことが出来るかもしれないこの兵器を戦うのが」

 

フフフ、と微笑を浮かべて何も答えない。蓮夜は何度目か分からないため息を吐く。

 

「本当はあなたと戦ってもいいけど、第一真祖(爺さん)と肩を並べてるンだから、今のボクじゃまだ勝てない。リベンジは当分先サ」

 

今の(・・)……ね。前は勝てないと知っていたのに挑んでくる意気は良かったが、まだ俺に挑むのか?」

 

200年前。蓮夜がまだ力を回復させている時、蓮夜が吸血鬼であることがバレて殺し合いに発展した。その際に圧倒的な差を見せたが、未だに諦めていないらしい。

 

「まぁいい。ここので暴れられて絃神島に影響が出ても困る。早々に破壊しようか」

 

ゴォ!と蓮夜を中心に熱気を発せられ、ヴァトラーを無視して眷獣を顕現させようとするが、古城が前に出てきた。

古城の顔を見てどうやら何か策がありそうなので、第四真祖である古城の戦いを見ようと思い、しばらく傍観することにした。

 

「他人の得物を横取りするのは、礼儀としてはどうかと思うな、暁古城」

 

格上である蓮夜のことは何も言わずに、ヴァトラーは古城の介入をやんわりと抗議する。しかし古城はそれに取り合わず、

 

「それを言うなら、他人の縄張りに入り込んで好き勝手しているあんたの方が礼儀知らずだろ。俺がくだばるなでは引っ込んでろ、ディミトリエ・ヴァトラー」

 

「ふゥむ、そう言われると返す言葉もないな」

 

ヴァトラーは意外にもあっさりと引き下がった。蓮夜にとっては疑問に思うが、これで一応絃神島は沈まずに済む。

 

「それでは領主たる君に敬意を表して、手土産の一つ献上しよう―――"摩那斯(マナシ)!、"優針羅(ウハツラ)!」

 

「なっ!?」

 

ヴァトラーが解き放つ膨大な魔力の波動に、古城は言葉を失っているようだ。

全長数十メートルにも達する二匹の蛇―――眷獣だ。荒ぶる海のような黒蛇と凍りついた水面のような蒼い蛇。蛇遣いの異名に相応しい眷獣だ。しかも二体の眷獣は空中で絡み合い、一体の巨大な龍の姿へと変わる。

 

「眷獣の融合か……相変わらず出鱈目な特殊能力だ」

 

「あなたに言われたくはないね。この眷獣を一刀両断されたんだから」

 

そう、蓮夜の持つ眷獣"龍殺しの魔剣(グラム)"は文字通り、龍殺しの特性が付与されている。故に"龍殺しの魔剣(グラム)とヴァトラーの相性は、ヴァトラーにとって最悪に近い。天敵とも言える。

そして、合成した眷獣でヴァトラーはこの十三号増設人工島(サブフロート)と、絃神島本体を連結するアンカーを破壊し、切り離した。

 

「これで市街地への被害を気にせず、思うさま力が使えるだろう。せいぜいボクを愉しませてくれたまえ」

 

「あ、ああ……」

 

古城は生返事をした直後、紗矢華が古城に向かって叫んだ。

 

「ナラクヴェーラが動き出したわ、暁古城!」

 

紗矢華の向いている方向を見ればそこにはおよそ七、八メートルほどの大きさに、六本の脚を持った戦車である。見た目は蜘蛛に近い。

蓮夜が眷獣を解き放ち、破壊してもいいが、その時は絶対にヴァトラーに邪魔される。それに第四真祖である古城には経験を積んで欲しいから此処は任せる事にする。

本当は古城の戦いを見ていたかったが、どうにも"オシアナス・グレイヴ"にいる雪菜たちが気になってしまう。

 

「おい、古城」

 

「どうした、蓮夜?」

 

いつの間にか隣にいた蓮夜に古城は驚きつつも、口を開けた。

 

「いやなに。暇だから俺は凪沙たちを助け出す事にする」

 

「……頼んで良いか?」

 

古城の言葉に蓮夜は口角を上げて答えた。

 

「愚問だな。この程度相手に救出するのは簡単だ」

 

蓮夜は真祖と張り合うほどの実力者。この場で蓮夜を止めるたいのなら真祖に近い吸血鬼をぶつけるしかない。テロリストの獣人相手に遅れを取る事は決してない。

古城は、その答えに満足したのか笑みを浮かべている。古城は蓮夜のことを信頼しているようだ。

 

「そっちはお前に任せるとする。まぁ、死なないように頑張れ」

 

「縁起でもねぇことを言うな!だが、まぁ……こっちは任せろ。その代わり姫柊たちを頼む」

 

「りょーかいっと」

 

蓮夜は古城の心配性に苦笑しつつも、そのまま、"オシアナス・グレイヴ"へと駆けて行く。



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episode:7

「さて、どうしようか……」

 

蓮夜はどうやって一キロほどの海上に浮いている豪華客船に乗り込もうかと現在考え中。

 

「いっそ、眷獣を出して行くか……いや、こんなところであまり出したくは無いな……なら霧化していくか」

 

霧化しても全く問題はないが、唯一の心配事が浅葱に見つかるかもしれないという不安だ。

今まで普通の人間のフリをして学校に通っているが、実は吸血鬼だったと知った反応がある意味怖いのだ。

浅葱なら「何で今まで黙っていたのよ」って怒られてお終い、という可能性があるがそこから"不死王(ノーライフキング)"だとばれたくはないというのが本音だ。

 

「しかし秘密というのは、ふとした拍子でバレるようなもの。……腹を括るか?」

 

蓮夜はため息を吐きながら、一部を霧化して"オシアナス・グレイヴ"向かう。

"オシアナス・グレイヴ"に向かっている最中、船の周囲に結界が張られているのに蓮夜は気付いた。

 

「ちっ、力尽くで破壊するか」

 

船の上空で全身を実体化させ、足に魔力を集約させる。

 

「ぶっ壊れろッ!」

 

踵落としの要領で結界を紙のように破壊し、甲板に見事着地した。―――丁度甲板にいた雪菜と獣人の間に。

その登場に二人は呆気に取られ、蓮夜と認識した雪菜が慌てながら声を荒げる。

 

「ほ、縫月先輩!?ど、どうしてここに……」

 

「心配性たる古城に変わって、様子を見に来たんだよ。―――まぁ、タイミング的に要らなかったかも知れないな」

 

その言葉に雪菜が頭上に疑問符を浮かべている時、突風が蓮夜たちを襲った。

台風のような暴風が吹き荒れている中、獣人と雪菜はなんとか踏みとどまっており、蓮夜は普通に立っている。そして、暴風と共に銀色の槍がこっちに飛んでくる。

 

「あれは……"雪霞狼(せっかろう)"!?」

 

どうやら雪菜にも判ったらしく、驚きの声を上げるが風に乗ってきた銀色の槍を空中で掴むと同時に風が止んでいく。

"雪霞狼"が飛んできた方角を蓮夜は、魔力を使いながら目を凝らして見ると、こちらに何かを投げたような体制でいる矢瀬がいた。

 

(へぇ……矢瀬か。成る程ねぇ……まぁ、害はなさそうだから別に手を加えなくていいだろうな)

 

「気流使いか……流石は極東の魔族特区。奇怪な技を使う者が多いな。だが―――」

 

獣人は蓮夜を見ながら口を開く。どうやら結界を紙切れのように破壊して現れた蓮夜に興味があるようだ。

 

「結界をいとも簡単に破壊し、侵入してくるきみは何者なんだ?」

 

「俺か?俺はここにいる剣巫の先輩であり、ワケありの吸血鬼さ!」

 

吸血鬼としての身体能力を駆使して一瞬で獣人に近付く。

蓮夜は上段蹴りを放つが、それに反応した獣人はしゃがむことで回避し、手にあるナイフで蓮夜を突き刺そうとするが、その部分が霧となり空しく通過する。

 

「なにっ!?」

 

「隙だらけだ!」

 

呆気に取られている獣人に蓮夜は魔力を纏った手刀を繰り出す。

なんとか反応した獣人だが、避けきれずにナイフを持っている右腕を肘あたりから切断された。

 

「ぐうぅ!」

 

激痛が走っているのにも関わらず、すぐに行動を開始して蓮夜と距離を取る。

鮮血が噴出している箇所を左手で押さえる。

 

「なるほど、君の正体が分かったぞ。まさか、"悪霊王(ヴァルコラキ)"がここにいるとは……」

 

「ふむ、そういうお前はクリストフ・ガルドシュか?」

 

蓮夜は獣人の頬にある大きな古傷を見て、相手がどんな奴なのかやっと分かった。

 

「敵としては最悪の相手だ……だが、この戦争は私の勝ちだ」

 

傷口から手を放し、懐から拳銃を取り出したかと思ったら、蓮夜に全弾発砲する。

蓮夜の持つ眷獣の特殊能力により、当たった箇所から霧となり全て効かなかったが、ガルドシュはその隙に斬られた右腕を拾い上げ、アッパーデッキの方へ跳躍する。

そこにはガルドシュの部下が二人いて、それぞれ浅葱と凪沙を抱えている。

 

「藍羽先輩!?凪沙ちゃん!?」

 

「ちっ、面倒な」

 

二人を見て短い悲鳴を上げる雪菜と、隣で蓮夜がガルドシュを睨み付けている。

雪菜は"雪霞狼"を構え、蓮夜も足に魔力を集約させ敵を薙ぎ払おうとした瞬間、二人の眼前に真紅の閃光が薙いだ。

 

「これは……」

 

「ナラクヴェーラ!?まさか……!?」

 

海面を突き破るように浮上してきた古代兵器は、"オシアナス・グレイヴ"に船体に張り付いているが、増設人工島(サブフロート)のナラクヴェーラのように手当たり次第に破壊活動を行わず、じっとしている。

その様子に蓮夜は首を傾げているが、雪菜は思い当たる節があるようだ。

 

「石板の解読は?」

 

「終わったようです。内容の正確性については、グレゴーレがすでに確認してます。あのように」

 

そうか、と満足そうにガルドシュがうなずいた。

 

「―――ということだ。投降したまえ、獅子王機関の剣巫、そして"悪霊王(ヴァルコラキ)"よ。私もヴァトラーをずいぶん待たせてしまった。きみたちの相手をしている暇はもうないのだ」

 

その勧告に雪菜は唇を噛んで悔しそうしている中、蓮夜は軽く笑い声を上げている。

 

「……何がおかしい?」

 

「いやいや、おかしくはないさ。ただ―――あまり第四真祖を舐めない方がいいぞ?」

 

その直後―――

蓮夜たちの耳をつんざく、絶叫にも似た獣の遠吠えが空に鳴り響いた。

そして爆発が喰らったのかのように、無数の破片を撒き散らして、増設人工島(サブフロート)が激しく揺れた。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

「くそ……やっぱダメだったか」

 

矢瀬荒い息を吐きながら言う。

先ほどは気流を制御して"雪霞狼"を"オシアナス・グレイヴ"まで吹き飛ばすという荒業を使った。

上手くいったのに、矢瀬の表情は険しいままだ。

 

「いくら姫柊っちでも、あの古代兵器が相手じゃどうにもならねーよな。こっちは懲罰もののリスクを冒してまで手助けしてるってのに。浅葱のやつ、頑張りすぎなんだよ―――」

 

あそこには一応蓮夜がいることは矢瀬も知っている。だが、矢瀬は蓮夜に期待なんてしていない。

確かに蓮夜は古城を助けたりと積極的に動いているが、実は違う。

矢瀬には蓮夜の考えが全く判らない。だが、彼女には「蓮夜が助けてくれると期待するな」と言われている。

まぁ、蓮夜が本当にこの事件を終わらせて行動しているのなら、すでに終わっている。

そんな矢瀬を面白そうに眺めながら、派手な三揃えを着たヴァトラーが言う。

 

「なるほど。監視者であるきみが直接、戦闘に介入するのは禁忌というわけか。きみも意外に苦労してるんだねェ」

 

丁度十三号増設人工島(サブフロート)に接岸した"オシアナス・グレイヴ"から、五機のナラクヴェーラが運び出されたところである。

一機でも相当な破壊力のナラクヴェーラが合計六機。ヴァトラーにとっては興味深い戦いになるだろう。

 

「さて、ガルドシュのほうの準備も済んだみたいだし、そろそろボクの出番かな」

 

久々な死闘の予感に、ヴァトラーは浮き浮きとしながら歩き出す。

その背中に、矢瀬は皮肉っぽく笑いかけた。

 

「そいつはどうかね。第四真祖の親友として言わせてもらえば、古城(アイツ)が計算どおりに動いてくれるなんて期待しない方がいいぜ」

 

その言葉を肯定するかのように、キィン、という耳障りな高周波が、ヴァトラーたちの周囲を覆った。

 

「……へぇ」

 

ヴァトラーは関心したように呟いた。地下から凄まじい魔力の塊が出現し、その禍々しい波動を無差別に撒き散らしている。

 

「来たか、古城」

 

矢瀬は満足そうに呟いて、力尽きたように目を閉じる。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

「流石は俺の親友。期待を裏切らないなぁ……」

 

"オシアナス・グレイヴ"の甲板から蓮夜は人工増設島から感じ取れる魔力の塊に笑みを浮かべる。

 

「第四真祖の眷獣か!グリゴーレ!わたしが女王(マレカ)で出る。それまでやつの相手をしろ」

 

『了解です、少佐』

 

ガルドシュは無線機で部下と連絡を取り合い、すぐに船倉の方へと走り出す。

 

「待ちなさい、クリストフ・ガルドシュ!」

 

雪菜は銀色の槍を翻して、彼らの後を追おうとする。そんな雪菜を一瞥して、ガルドシュの部下が何かを放った。ジュース缶ほどの大きさの金属の筒。

それは手榴弾だと気付き、愕然とする。

上甲板には、浅葱たちが放置されたままである。手榴弾なんてものを喰らえば、死ぬのはほぼ確実と言っていいだろう。

雪菜はガルドシュの追跡を諦めて、倒れている浅葱たちへと覆いかぶさろうとする。

 

「―――こんなものを放り投げるなよ」

 

蓮夜はそう呟き、白い霧を放つ。手榴弾を覆うように呑み込むと、霧に触れた箇所まで丁寧に抉れていた。

 

「……え?」

 

雪菜は、目の前で起きた手榴弾が消失する現象に目を丸くする。

吸血鬼は確かに身体を霧にすることが可能だが、霧を使って物質を消すなんて芸当は絶対に出来ないからだ。

雪菜は何をしたのか分からなかった。蓮夜に視界を向けようとすると、

 

「―――取り合えず、全員無事のようだな」

 

雪菜の眼前に空間の波紋を揺らしながら、黒いフリルの日傘をさした豪華なドレスの幼jy―――女性が現れた。

 

「そこにいる、規格外の吸血鬼が結界を破壊したおかげでようやく転移出来た。うちの生徒を庇ってくれたことには、一応礼を言っておこう、姫柊雪菜」

 

「雨宮先生!?」

 

「規格外とは酷い……事実だからしょうがないか」

 

雪菜は突然現れた那月の驚き、蓮夜は規格外呼ばわりしたのを心外だ、というが事実だから肯定してしまった。

雪菜は那月が空間転移がこんな簡単に使えることが知らなかったようだ。一応"空隙の魔女"の二つ名は知っていたみたいだが。

 

「私はこいつらを安全な場所まで連れて行く。お前はどうする、転校生?」

 

「私は暁先輩と合流します。監視役ですから」

 

「ふん、仕事熱心なことだ」

 

那月は蓮夜の方を向いて口を開く。

 

「お前はどうするんだ、蓮夜」

 

「俺か?そうだな……ふむ、手助けくらいはしようかな?」

 

蓮夜は今まで雪菜が見たことが無い好戦的な笑みを浮かべて人工増設島の方を見ると―――突如上空に浮かんできた、緋色の鬣を持つ双角獣(バイコーン)が現れた。



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episode:8

古城と紗矢華は、増設人工島(サブフロート)表面を覆っていた鋼板地の大地濡れた身体で立っていた。

濡れている理由が、"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"でナラクヴェーラを攻撃した際、地面が壊れて地下に落ちてしまった。その時、海水が浸水してきてしまい、濡れたというワケだ。

 

「……あなたは本当に無茶苦茶ね」

 

後ろに出来たクレーターを見て呆れた表情で紗矢華が嘆息する。

 

「俺じゃなく眷獣(アイツ)に言ってくれ。俺は通路を塞いでいる瓦礫をどうにかしてもらえればそれで良かったんだよ」

 

紗矢華の血を霊媒として覚醒した新たな眷獣、第四真祖の九番目の眷獣"双角の真緋(アルナスル・ミニウム)"。高周波振動を撒き散らす双角獣(バイコーン)

古城はナラクヴェーラに"双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"を叩きつけ、あまりの威力に操縦者は死んだかと思ったが、紗矢華がそれを「獣人の生命力ならあの程度なら死なないわ」と古城に言う。

そして、操縦者が乗っていないナラクヴェーラを緋色の双角獣が襲おうとするが、横から来た戦輪(チャクラム)のような物に攻撃され、動きを止めた。

 

「―――なんだ!?」

 

古城が声を上げ、"オシアナス・クレイヴ"の後部甲板を睨む。そこから巨大ななにかが出現する。

ナラクヴェーラと同じ装甲まとっているが、桁違いに大きい。八本の脚と、三つの頭。女王アリのように膨らんだ胴体。

そして、双角獣に向かって、無数の戦輪が一斉に撃ち放たれた。被害は増設人工島だけではなく、絃神島本体へと落下していき、市街地がら黒煙が上がる。

 

「ふゥん……これが本来のナラクヴェーラの力か。やってくれるじゃないか、ガルドシュ。こんな切り札を残していたとはね。どうする、古城?ボクが代わろうか?」

 

ヴァトラーは古城の近くまで歩み寄り、挑発的な笑みを浮かべる。

古城は苦々しげに舌打ちをし、攻撃的な顔で睨む。

 

「引っ込んでろって言ったはずだぜ、ヴァトラー……。どいつもこいつも好き勝手にしやがって、いい加減こっちも頭に来ているんだよ!」

 

古城の怒りが眠っていた闘争心に火がつき、真祖としての"血"を滾らせる。

 

「相手は戦王領域(おまえら)のテロリストだろうが、古代兵器だろうが関係ねぇ。ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

古城が纏っている覇気を、ヴァトラーが満足げに眺めて笑った。

なにも言わずに立ち上がった紗矢華が、剣を構えて隣に立つ。

そして古城の右隣には、小柄な影が歩み出た。

 

「―――いいえ、先輩。わたしたちの、です」

 

銀の槍を構えた制服の少女―――姫柊雪菜が、何故か拗ねたような瞳で古城を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

「ひ……姫柊?」

 

古城は驚いて彼女の名を呼んだ。雪菜は無感情な冷たい瞳のまま、小首を傾げた。

 

「はい。なんですか?」

 

「え、と……どうしてここに?」

 

「監視役ですから。私が、先輩の」

 

雪菜はそのまま"雪霞狼(せっかろう)"の矛先を古城に向ける。向ける相手が違うッ!と叫びたかった古城だが、今の雪菜には逆らえない。

そして、古城の新しい眷獣、"双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"と紗矢華を見比べる雪菜。

 

「新しい眷獣を掌握したんですね、先輩」

 

抑揚のない冷たい声で雪菜が古城に訊く。古城も雪菜のただならぬ雰囲気に唾を飲む。

 

「あ、ああ。何故か、色々あってこんなことに」

 

「そ、そう。不慮の事故というか、不可抗力的な何かがあって」

 

紗矢華が目を伏せて、着ている古城のパーカーの襟を引っ張った。

 

「そうですか」

 

雪菜は何か言いたげだったが、深いため息をつく。そして、銀の槍をナラクヴェーラに向けて構えなおす。

 

「では、その話はまた後で。ますは彼らを片付けましょう」

 

「あ、ああ」

 

雪菜は、もう一度短く息を吐き、地上に出てきた巨大な古代兵器を睨んで言った。

 

「先輩、クリストフ・ガルドシュはあの女王ナラクヴェーラの中です」

 

「女王……指揮官機ってことか?」

 

古城の言葉が終わる前に、女王が再び、戦輪の一斉砲撃を放った。双角獣の咆吼がそれを撃ち落とす。再び、爆炎に包まれる。

続けて四機の小型ナラクヴェーラが、真紅の閃光を乱射した。

灼熱の光線を紗矢華が必死に撃ち落す。

 

「ああくそ、どいつもこいつも無茶苦茶しやがって……!」

 

絶え間ない攻撃に古城が切れる。

 

「―――疾く在れ(きやがれ)、"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"!」

 

雷光の獅子が、稲妻を撒き散らしながら敵陣へと踊りかかり、数体のナラクヴェーラを蹴散らす。

残りのナラクヴェーラを蹴散らそうとした刹那、

 

「―――顕現せよ、"無限煉獄(ムスペルヘイム)"」

 

超膨大な熱量を含んだ灼熱の焔が一体のナラクヴェーラを呑み込み、溶解させた。

あまりの規格外の攻撃に、古城だけではなくクリストフ・ガルドシュまでもが動きを止める。

 

「一体目。後は……女王も入れて五体か」

 

声がする方向を見るとそこには黒髪の少年、縫月蓮夜が立っていて右手を前に突き出している。その周囲には、先ほどの紅蓮の焔が渦巻いている。

 

「……今の蓮夜の、か?」

 

古城は、冷や汗を垂らしながら蓮夜に訊く。

 

「ああ、さっきの焔なら俺の眷獣だ。だから気にするな、女たらし(古城)

 

「……今、不穏な発言を聞いたような気がするんだが……」

 

「さあ?俺に訊かれても」

 

古城は蓮夜を睨むが、どこか吹く風のように受け流す。

それにより、紗矢華と雪菜の緊張が解れ、ガルドシュもようやく正気に戻ったようで部下に命令を飛ばす。

 

「流石に古城たちでは、ナラクヴェーラを六体同時は無理があるだろうな。だから、二体ほど葬るから」

 

「どうせやってくれるなら、全部にして欲しいんだけど」

 

紗矢華が蓮夜にそう愚痴り、隣では雪菜も頷いている。その二人を呆れながら見て、蓮夜は口を開く。

 

「お前ら、俺がどういう存在か完全に忘れているだろうな?」

 

「「―――あ」」

 

雪菜と紗矢華は同時に声を漏らした。

そう、蓮夜は世間では存在しない者。そして、その力は真祖と同等と言われている吸血鬼。あまり表に出てはダメな存在なのだ(実際は、結構知れ渡っているか、今回のようなテロリストや真祖、"旧き世代"くらい)。

蓮夜の存在が知られれば那月にも迷惑が掛かるし、下手をすれば世界規模で人が動くとこになりかねない。

古城は未だに首を傾げているが、二人は理解できたようで渋々といった感じで引き下がった。

 

「ったく只でさえ手を出したくないのに……ということで三人共頑張れよ。俺はナラクヴェーラを破壊したら、高みの見物を決め込むから」

 

蓮夜は軽い調子でそう言い、未だに動いている一体に向かって突貫した。走りながら手元に"龍殺しの魔剣(グラム)"を顕現させる。

 

「よっ!と」

 

軽い調子でナラクヴェーラの足を二本斬り裂き、体勢を崩した。その隙を突いてナラクヴェーラを真っ二つにしようと跳んでから振り下ろすが、ナラクヴェーラの当たる寸前に見えないなにかに弾かれる。

それに驚いた蓮夜だが弾かれた瞬間、青白い火花のようなものを見た。

 

「う~ん……斥力フィールドか?触れたら斬れるから、触れさせないか。……機械の癖に学習能力は健在だなぁ」

 

そんな軽口を叩いている間に、"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"で破壊されたはずのナラクヴェーラは既に自己修復を終えている。しかも素材が変化して耐性が増しているようだ。

その間にも蓮夜が相手しているナラクヴェーラも自己修復を終えている。

 

「はぁ、メンドクサイな……古城たちに言った手前、片付けないとな」

 

蓮夜は"龍殺しの魔剣(グラム)"を消した。

蓮夜の"意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)"である"龍殺しの魔剣(グラム)"は、魔術的なものを斬ることは可能。だが、斥力など自然現象を斬ることは不可能。斥力フィールドを展開しているのなら、蓮夜の"龍殺しの魔剣(グラム)"は意味が無い。

ナラクヴェーラは丸腰になった蓮夜に"火を噴く槍"であるレーザーを放ち頭に直撃するが、またもや霧となってダメージなど負わなかった。吹き飛ばされた霧は頭部に収束され、蓮夜の頭に形成された。見事な規格外っぷりである。

 

「そうだ!倒せないのなら異空間に封印すればいいか」

 

名案だ、と言わんばかりにポン、と手を叩き早速実行に移すことにした。

 

「悪く思うなよ、中にいる獣人。―――"万魔の王都(ニヴルヘム)"」

 

ドァ!と蓮夜の下半身を中心に一気に霧となり、ナラクヴェーラの退路を断つようにして霧を展開し、その巨体を呑み込む。そして、霧が蓮夜に戻った時にはナラクヴェーラの姿は何処にも無かった。

これが蓮夜の持つ眷獣、"万魔の王都(ニヴルヘイム)"であり、蓮夜が"不死王(ノーライフキング)"たらしめている眷獣。縫月蓮夜の代名詞との言われている眷獣。

身体を霧化して攻撃を回避することも可能。霧に触れた対象物を、蓮夜の意思により消滅させたりすることも、全て"万魔の王都(ニヴルヘイム)"の能力だ。眷獣の中でも唯一、常時展開型の眷獣である。

現在、ナラクヴェーラは霧化した蓮夜の体内に展開した異空間に取り込まれ、封印されている。自力での脱出は不可能に等しい。

 

「さて、こっちは終わり。古城たちは―――」

 

「―――妖霊冥鬼を射貫く者なり―――!」

 

紗矢華の持つ武器、"六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)"である"煌華麟(こうかりん)"が剣から弓に変わっており、銀の矢を上空に放っていた。

上空に巨大な魔法陣が展開され、生み出された膨大な"瘴気"が古代兵器に降り注がれる。それにより、ナラクヴェーラの機能を阻害する。

 

「もう終りが近いか……」

 

もう、その先の結末が見えてきたので傍観することにした。

機能を阻害されている"女王(マレカ)"に"獅子の黄金(レグルス・アウルム)と"双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"の同時攻撃を行う。

"女王"から出てきたガルドシュが笑いながら左手でナイフを引き抜いた。

ナイフを雪菜に向かって振るうが、槍を構えずに身体をずらして避けるだけだ。そこで、飛来してきた矢がガルドシュの左肩を貫き、ナイフを落としてしまった。

放ったのは、遠方にいる紗矢華だ。それだけで彼女の弓の腕が分かる。そして、

 

「―――終わりだ、オッサン!」

 

先日戦った殲教師を倒した時と同じ言葉を言い放ち、ガルドシュの顎に目掛けて渾身のアッパー食らわせた。

完全に力尽きたガルドシュを放って、雪菜は"女王"の操縦席に乗り込み携帯を操作して音声ファイルを再生した。すると、"女王"含めた全てのナラクヴェーラは朽ち木のように地面に転がり、石化して崩れ去る。

神々の古代兵器の最後しては呆気ない幕引きだ。

 

「これで終わりか……これでしばらくはゆっくり出来る。だからあまり厄介事を持ち込まないで欲しい―――ヴァトラー」

 

「さァ、それは分からないヨ?」

 

蓮夜の隣に来たヴァトラーは古城たちを見て満足気に笑っている。

 

「退屈凌ぎには、なったらしいな」

 

「ああ、もちろんですとも。堪能させてもらったヨ。それに、久し振りに"不死王(ノーライフキング)"であるあなたの眷獣を見させてもらったしね」

 

ヴァトラーたちの前で"無限煉獄(ムスペルヘイム)"を見せてしまった。相変わらずの規格外の眷獣を目の当たりにしても、どうやらヴァトラーは蓮夜のことを諦めていないようだ。

 

「それと、これからも(・・・・・)よろしくお願いするよ」

 

「は……?いや、ちょっと待て―――」

 

何か不穏な言葉を言葉を残して、この場を去ったヴァトラーに頭を抱えた。

 

―――あれ?これって厄介事に巻き込まれていないか?

 

意外にも苦労が絶えない、災厄の吸血鬼"不死王(ノーライフキング)"であった。



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~第三章 天使炎上~
episode:1


「まだ完全には元に戻らない、か……」

 

蓮夜は上半身だけベッドから起き上がらせ、自分の手を開いたり握ったりしていた。別に運動能力が低下したとかではなく、吸血鬼が持つ負の魔力についてだ。

あれから何百年と経ったが、一向に回復の兆しが見えない。ある程度回復しているので普段戦うのは問題ないが、真祖レベルと戦り合うのは現状不可能だ。

 

「……やはりあの杭が原因、なのか?」

 

かなり昔、蓮夜に傷を負わせた"真祖殺しの聖槍"思い出しながら、穿った左胸に触れながら眉を顰める。だが、それは考えにくい。既に効力を失っているからだ。

原因は分からないが、真祖と"アイツ"相手に戦わなければ大丈夫だ。と自分に言い聞かせる。

 

「さて、起きるか」

 

時計を見ていつもより早く起きてしまったことを確認してから、ベッドから出ようと思い片手をついたら何か温かいものを掴む。

おかしい、と蓮夜は思った。この部屋には自分一人。故に蓮夜以外誰も居ないのは当たり前なのだ。だが、右手から感じる温もりは間違いなく人肌の体温。

時々間違えて蓮夜のベッドで眠る那月は、確か最近起こっている事件のため家に居ない。

蓮夜はチラリ、と右手に感じる温もりの正体を見てみると、

 

「……すぅ……すぅ」

 

「あ……アスタルテ?」

 

蓮夜の隣で規則正しい寝息を立てているのは、藍色の髪の少女だった。

人工的な顔立ちに、ほっそりとした未成熟な身体。人工生命体(ホムンクルス)であるアスタルテだった。

 

―――しかもYシャツのみという扇情的な格好で。

 

彼女は動揺している蓮夜に気付いたのか、ゆっくりと瞼を開ける。そして水色の感情をあまり感じさせない瞳で蓮夜を捉えると、上半身を起こした。

 

「おはようございます、マスター。今回の起床は四十分ほど早いです」

 

抑揚の無い声で淡々と言葉を発しているが、これはいつもと変わらないので蓮夜自身特に気にしていない。

 

「……お前に幾つか訊きたいことがある。正直に言えよ?」

 

命令受諾(アクセプト)

 

「じゃあ訊こう。何故俺のベッドにで寝ている?」

 

まず最初に疑問に思ったことをアスタルテに訊く。アスタルテの中ではマスターが蓮夜、次が那月と命令優先権が存在する。故に蓮夜の言葉には逆らえない。

 

「教官がマスターを寝ていた日は、執務室で上機嫌でしたので私的理由により今回一緒に寝てみました」

 

どうやら間接的な原因は那月のようだ。そして自分と寝た日はそんなに上機嫌だったことを知った蓮夜であった。

 

「あともう一つ。何故俺のYシャツを着ている?しかも下着を着ていない理由は?」

 

アスタルテと蓮夜の身長は結構違うので、自然的に裾が長く完全に手が隠れており上ボタンを閉めていないため、白い肌の鎖骨やら胸元が見えている(下の方のボタンである第五ボタン?だけが閉められている)。

何故服を着ているのに、裸以上に扇情的に映るんだろうか?

そんな蓮夜の疑問を他所に、アスタルテは淡々と答える。

 

「先日、保健室に来た生徒からのアドバイスです。これで男性と一緒に寝れば、男性の方は嬉しいと。マスター、私と一緒に寝れて嬉しかったですか?」

 

アスタルテの言葉を聞き、蓮夜の頬は若干引き攣っている。そういう知識が全く無いアスタルテはそのまま鵜呑みにして遂行したのだろう。

アスタルテは医療用の人工生命体として作られているため、医師免許保有者と同等の知識を持っている。だから那月が授業で居ない時などは保健室にいる。学園でエプロンドレスを着ている少女はアスタルテしか居ないため、周知の事実だったりしている。

そして、那月と一緒に住んでいるということは必然的に蓮夜とも一緒に住んでいるという意味になる。その事を知っている女子学生が面白半分でアスタルテに教えたのだろう。医療系以外の知識はほぼ皆無に等しいから。

 

「……まぁ、必然的にこうなるか」

 

「マスター、どこかおかしかったですか?」

 

いつものように無表情で訊いて来るが、不安が見て取れた。

それだけなら、まだ下僕として可愛げがあったが、那月が選んだとされる黒い大人の下着を付けているアスタルテは、色んな意味で危ない。下着とのミスマッチ具合、Yシャツ一枚、容姿などが相まってロリコンじゃなくても軽い性的興奮を覚えてしまう。

 

「いや、どこもおかしくは無い。ただ驚いただけだ」

 

性的興奮を誤魔化すようにアスタルテの頭を撫でる。アスタルテは蓮夜になされるがままになっていて、撫でられている本人は気持ちいのか目を細めて笑みを浮かべている。

いつも無表情だからそのギャップに蓮夜は「あ、コレ失敗だわ」と完全にアスタルテに性的興奮を覚えてしまった。だが、そこは真祖と並ぶ吸血鬼。吸血衝動くらいは完全に制御出来るので問題ない。

 

「あ、これ那月に見られたら終わりじゃね?色んな意味で」

 

今この状況がバレた時の那月の反応を思い浮かべて冷や汗を流すが、幸いにして今回は家に帰って来ていない。

いつまでもこうしているわけには行かないので、早々に着替える。

 

 

 

 

 

 

「アスタルテ、準備は終わったか?」

 

「はい、いつでも行動可能です」

 

吸血してから、二人共着替えて、朝食を食べたらいつもよりか早い時間だったが別に構わないということで学園に行こうということになった。

蓮夜が他の吸血鬼とは違う。だから吸血する意味までの違ってくる。

蓮夜の吸血する理由は、主に未だ眠っている眷獣への供給のためだ。蓮夜が持っている眷獣の中でも特に強力なので、暴走させないように血を飲み、魔力を高めたものを供給している。

 

「……その服で行くのか?」

 

「はい。身体機能を特に阻害される事なく行動可能ですので、衣服を変える必要はないかと進言します」

 

「……そうか」

 

何故蓮夜がそんなことを訊くのかと言うと、アスタルテの格好がいつものエプロンドレスだからだ。

普段那月はそうやってアスタルテを学園まで連れて行っているのか分からないが、一介の高校生には共に行動する気にならない(吸血鬼のことは差し置いて)。

本人が良いと言っているので、蓮夜は結局アスタルテと一緒に学園へ行く羽目になった。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

その日の放課後。

蓮夜は那月に呼び出されたため、那月専用の執務室まで赴いていた。何故那月の部屋が理事長室よりか豪勢&高い位置にあるのか疑問に思う。その時は蓮夜が側に居ず、いつの間にかこんなことになっていた。

一瞬、結界についてだと思ったがそれも遠からず、といった感じだ。

 

「仮面憑き、ねぇ……まだ事件か」

 

「私だって平和が一番なのだがな。仕方なかろう、これも私たち攻魔官の仕事だ」

 

那月はため息を吐きながら、アスタルテが淹れてくれた紅茶を飲む。蓮夜もソファーに腰深く座り、天井にあるシャンデリアを見上げる。

今二人が話している内容は、最近多発してきた事件についてだ。那月もこの事件を追っているらしく、写真やら長所などが机の上に無造作に置かれている。

 

「ヘンな仮面を付けてお互いに殺し合い、勝った方は何処かに飛んで行ってしまう。先日その死体を回収してな、近い内見に行くつもりだ。その際にお前もついて来い」

 

「別にいいが……何故俺?」

 

「お前は膨大な時間を生きているからな。それこそ真祖に匹敵するほどの時間を、な。だからもしかすると、お前なら何か気付くかもしれないと思って連れて行くワケだ」

 

どうやら那月は蓮夜の意見を聞きたいようだ。蓮夜は何百年もの間生きているからそれなりに詳しい。那月が気付かない所も蓮夜なら気付くと思っているのだろう。

 

「なるほど、ね。まぁ、期待はするなよ。俺にも判らないことがあるんだから」

 

「それぐらいは百も承知さ。取り敢えずついて来るだけでいい」

 

了解、と返事をして蓮夜は那月の執務室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

「あ、蓮夜くん。どうしたの?こんな所で」

 

「うん?……ああ、凪沙か。部活は休みなのか?」

 

学園の中庭のベンチに座っていたら、古城の妹である凪沙が蓮夜のことに気付き、小走りで目の前に来た。

大きな瞳が印象的な表情豊かであり、一緒に居ても飽きない子である。顔立ちなどが幼い印象があるから小動物に感じる。

 

「うん、そうだよ。今日は先輩たちが抜けれない事情があるからって言う理由で今日は休みだよ。ところで、なんで中庭のベンチに座っているの?いつもは古城くんと一緒に居るのに今日は別々なんだね。あ、もしかして誰かと待ち合わせをしているの?ダメだよ、あまりブラブラしちゃ南宮先生が心配しちゃうよ。それに最近事件が頻繁に起きているんだから気を付けなきゃ―――」

 

「あー、分かった。分かったから落ち着け。誰とも待ち合わせしていないし古城なら浅葱の美術の手伝いだ。俺が此処に居る理由はただ落ち着きたかったからだ」

 

凪沙の相変わらずのマシンガントークを聞き、呆れる。でも、しっかりと聞かれた事を返しているのは蓮夜の優しさ?だ。

蓮夜が待ち合わせじゃなくただ座っていると知った凪沙は蓮夜の隣に腰を掛けた。

 

「あたしも用事が無いから、蓮夜くんと一緒に居るよ。最近こうやってゆっくり話してないし」

 

凪沙の言う通りである。最近の蓮夜は事件に巻き込まれまくっているので、最近古城の家に遊びに行っていない。

 

「そうだな……今度そっちに遊びに行こうかな」

 

「え、ホント!?遊びに来てくれるの!?」

 

蓮夜がぼそり、と呟いた言葉を聞いたようで腕に抱きつき、上目遣いで見上げてくる。その瞳には期待の二文字が見て取れる。

あまりに嬉しそうな凪沙に苦笑いしながら頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細め、催促してくる。

 

(なにこの小動物、めっちゃ可愛いんだけど。そう言えば凪沙はモテるって聞いたことがあるな)

 

築島から聞いた限りじゃ、可愛いやら話しかけやすいなどの理由から二桁ほどの告白をされたことがあるらしい。全員玉砕したらしいが。

だが、かなりのお喋りな事を除けば、『家事も出来て料理は美味しい、いつも明るい可愛い子』といった至り尽くせりの子になる。モテる理由は沢山ある。

 

「ん?蓮夜くん、その包みって何?」

 

凪沙が指差す先にあるのは、蓮夜のバッグから見えるクッキーが入っている袋だ。心なしか声のトーンが少しばかり下がっているような……。

 

「ああ、これか?このクッキーはお返しのようなものだ」

 

「お返し?」

 

「この前、高等部一年の女子の悩み相談を受けてな、そのお返しだ」

 

そういって袋をバッグから取って見せようと思ったら、袋の口を止めているリボンに引っかかったのか、一枚の白い手紙が下に落ちる。

 

「あ、手紙が落ちちゃったよ蓮夜くん」

 

「は?いや、ちょっと待て。それは―――」

 

凪沙は手紙を拾い、好奇心で誰からなのか見た瞬間ピシリ、とまるで石化したように動きを止めてしまった。表情も全く動いていないため、かなり怖い。

 

「……ねぇ、蓮夜くん」

 

「は、はい。何でしょうか、凪沙さん」

 

ただならぬ雰囲気に呑まれ、年下でもある凪沙に敬語を使用した。凪沙の身体から黒いオーラが漂っているのは目の錯覚だろうか。

 

「これ、何?」

 

蓮夜の目の前に突き出したのは、さっきの手紙の裏側。

そこには赤いハートのシールで手紙の口を閉じており、下には女子生徒であろう人の名前が書かれている(もちろん前には蓮夜の名前が書かれている)。

 

「えーっと……手紙?」

 

「そう、手紙だよね。蓮夜くんの名前が書かれているのは分かるよ、うん分かる。けど、後ろのハートのシールと女の子の名前は何かな?しかもこの子、あたしのクラスメイトなんだよね。ねぇ蓮夜くん、これはラブレターなんじゃないのかな?」

 

確かにいつも通りの笑顔なのだが、蓮夜にとってこれは恐怖でしかない。目が完全に笑っていない。側の木で止まっていた鳥たちが一斉に何処かに羽ばたいて行った。口元が僅かに痙攣していることから怒りが頂点に達していることが分かった。

蓮夜は話題を逸らそうとするが、いい話題が思いつがず冷や汗が流れていく。しかも話題を逸らせる自信が無い。そして改めて認識した。

 

―――女の子って怖い。

 

 

真祖に近い災厄の吸血鬼でも、女には勝てないことが証明された瞬間である。

 

 

蓮夜は凪沙が今抱いている感情を理解できるようになるのは、一体いつになるのか……。



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episode:2

「何か弁明はあるか?蓮夜」

 

「落ち着け、那月。俺の話を聞いて欲しい」

 

翌日の朝。

那月はいつも通りにフリルの付いた黒いドレスを着ているが、仁王立ちで蓮夜の前に立っている。背後に黄金の騎士が見えるのは気のせいだろうか。あれ?なんか以前もこんな事があったような……?

 

「ほぉ……では何故―――Yシャツ一枚のアスタルテと一緒に寝ている?」

 

那月が怒っているのは、蓮夜が先日と同じようにYシャツ一枚のアスタルテと一緒に寝ていたからだ。

昨日の凪沙のせいで精神的疲労により、いつもよりか寝てしまっていた。那月は蓮夜を起こしに来たが、そこで二人は仲良く寝ていたのを目撃した那月が、嫉妬のあまり怒りをぶつけていた。

 

「これは……何でだ、アスタルテ?」

 

今思えば自分も詳しい理由を知らないことに気付いた蓮夜は、隣でベッドに座っているアスタルテに訊いてみる。

 

「先日、マスターと夜を共にしました。その時、表現し辛い感情が表に出てきましたが、不思議と安らぐことが出来たので今日もマスターと一緒に寝ました」

 

簡単に言えば、アスタルテは蓮夜と一緒に寝ると心が安らぎ、癖になってしまった、と考えていいだろう。

前半の言葉が少しアウトな気がした。なのでアスタルテを注意しようと、

 

「よ、夜を共にした!?ど、どういうことだ蓮夜っ、詳しく教えろ!アスタルテに何をやったのかッ!!」

 

顔を真っ赤にしながら那月はベッドにいる蓮夜の両肩を掴み、ブンブンを振りまくる。

 

「ちょ、ちょっと待て!目が、目が回るから!」

 

何とか落ち着かせた那月に説明をするが、その際に那月がアスタルテを睨み、アスタルテは蓮夜の腕にくっついてきた。その時の那月の殺気が尋常じゃなかったが、「那月も一緒に寝るか?」と訊くと殺気が霧散して慌て出した。

その反応が面白くて、ついからかい過ぎしまったようで羞恥心などが最高潮に達した時、「蓮夜のバカーーーー!!」と叫び、去っていった。

 

―――意外と純情で弄りやすい那月だった。

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

「あれ?蓮夜くん?」

 

「うん?……凪沙か」

 

登校するためにいつものモノレールに乗ろうとした時、後ろから名前を呼ばれたので振り返ったら凪沙が一人でいた。ちなみに先日のラブレターの件はすでに解消されており、気まずい雰囲気は一切無い。

 

「古城と姫柊はどうした?」

 

「古城くんと雪菜ちゃんなら後で来るって。何でだろ?」

 

同じ部屋に住んでいる凪沙と古城は一緒に登校することが多い。兄弟仲が良く、凪沙の様子を見るからに別に喧嘩をしているワケじゃなさそうだ。

 

「そういう蓮夜くんこそ、今日は古城くんと一緒に登校しないんだね。古城くんとは喧嘩していなさそうだし……もしかして雪菜ちゃんと何かあったの?」

 

「安心しろ、古城とも姫柊とも問題は起こしていない。ただ気分だで今日は一人で登校しようとしていたんだよ」

 

とは言っても、この時間は普段よりか早い。蓮夜が那月をからかい過ぎ、そのままアスタルテと共に空間転移で学校に行ってしまった。何時もよりか早い時間に起きてしまったため、今回は早めの登校となっている。

 

「……後で謝った方がいいのか?」

 

「何が謝った方がいいの?」

 

「……今日の朝、ちょっと家である騒動が起きたんだ。その際に那月ちゃんをからかい過ぎてな……」

 

「南宮先生が可哀相だよ、それは。蓮夜くんは一番年上なんだから」

 

そして驚いた事に凪沙は蓮夜が吸血鬼だってことを知っている。

凪沙は昔の事故で魔族が起こした事件で重傷を負った為、魔族に対しての恐怖は人一倍強く残っている。良くは分からないが、蓮夜は平気だということだ。

流石に真祖と肩を並べるほどの吸血鬼とは教えていないが、"古き世代"に相当する吸血鬼だって教えている。バレるのも時間の問題だと思うが。

一応蓮夜の中では何故、自分が平気なのかは推測している。アヴローラが関係している……と思う。

 

「俺の肉体年齢は十八歳で留めているから精神もそれに引っ張られるんだよ。だからあまり年長者だからっていうのは意味ないと、俺は思う」

 

「む~、だとしてもだよ!蓮夜くんが長生きしてたのは間違いないんだから」

 

一歩も引かない凪沙に蓮夜は内心ため息を吐きたくなるが、それが彼女の持ち味だから否定も出来ない。というか精神的にも成長し過ぎているよう気が……。

 

「わっ!?」

 

「―――っと」

 

少し早い時間に乗ってもやはり混み具合は凄いため、小柄な凪沙は後ろのサラリーマンに押されて蓮夜に密着するような体制になった。

 

「大丈夫か?ふむ……少し早い時間に乗ってみたが、やはり混み具合は変わらないか」

 

「う、うん。そうだね……」

 

凪沙は顔を赤くし、どもってしまう。今の蓮夜と凪沙の体勢は、抱き合っているようにしか見えない。

蓮夜は凪沙が人混みに流されないようにつり革を掴んでいる反対の手で凪沙の身体を引き寄せている。蓮夜は一応善意でやっているのだが、他者から見れば蓮夜が凪沙を抱いているようにしか見えない。

 

「あ、あの蓮夜くん。もう大丈夫だから……離しても大丈夫だよ?」

 

「ダメだ。また体勢を崩したら今度こそ転ぶぞ」

 

凪沙はもう大丈夫と言うが、蓮夜は目の前で何時転ぶのかと冷や冷やしながら話すのは嫌だ。

 

「蓮夜くん、ちょっと大胆……だね」

 

「……他意は無いぞ。これはお前が心配だからだ」

 

凪沙がどう思っているのか理解した蓮夜は、釘を刺しておく。決して邪な感情があったワケじゃない。

 

 

 

 

余談だが、この二人を見ていた彩海学園の生徒は学校で凪沙と蓮夜がつき合っているという噂が流れた。

電車の中で抱き合っていたという話も流れ、その噂を耳にした古城(シスコン)が蓮夜を追いかけている光景とドス黒いオーラを纏った那月が噂の真相を聞こうと蓮夜を探している光景を見たとか。その時の那月の背後に黄金の騎士が見えたとか見えてないとか。

 

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

放課後。先ほどアスタルテがやってきて那月が自分を呼んでいる、と教えてくれたので、ただ今那月専用の執務室に向かっている時、馴染みのある顔を見つけた。

 

「うん……?」

 

「あ……先輩。お久し振りです」

 

教務棟で中等部の後輩の女子生徒を邂逅した。

雪原を思わせる白銀の髪の少女が、氷河の輝きにも似た淡い碧眼で見つめてくる。

 

「夏音か……今日も猫と戯れるのか?」

 

「はい。ですが、今日は猫を引き取る予定です」

 

彼女と会ったのは去年の初夏だ。

丁度森の奥に行くと、廃墟となった教会があり偶々足を運んだ時に多数のの猫と戯れている夏音を見た。

それをきっかけに時々あそこに行っては猫と戯れていたりしている。勿論猫缶を装備して。

 

「ほれ、今日は那月ちゃんから呼ばれていてな……そっちに行けそうに無い」

 

蓮夜は猫用のキャットフードなどの入ったトートバッグを渡す。その量は猫一匹や二匹じゃないほどの量だ。

 

「ありがとうございます、でした」

 

「気にするな。俺が勝手にやっている事だし」

 

「はい。もしよろしければ、また来て下さい」

 

夏音は流れる動作で蓮夜に頭を下げた。雰囲気的に聖職者の感じがして、その動作が合っている。

 

「お前もあまり無茶をするなよ。学内でも有名なんだからな」

 

蓮夜は夏音の頭を軽く撫でる。ただ、夏音は自分が学内でも有名だというのは知らないらしく、可愛らしく小首を傾げている。

夏音は雰囲気と容姿が相まって"中等部の聖女"と呼ばれている。今もここは教務棟の中で中等部の生徒もチラホラ居ており、男子からは嫉妬の視線を送られる。

 

「じゃあな。また今度」

 

「はい、また今度お願いします」

 

蓮夜の唯一(凪沙は古城の妹であるため古城繋がりで知り合い、雪菜は獅子王機関の人間であるため)まともな後輩を背に最上階へと向かう。

那月の執務室に足を踏み入れるが、相変わらず高価な部屋だ。一体何処の皇室の中だろうか。

 

「む、来たか。まあ時間通りといった所か……」

 

蓮夜が入ってきたのが分かった那月は顔を上げて書類整理を辞める(一応昼休みの間に謝り、仲を直りした)。アスタルテは那月の後ろで立って待機している。

 

「俺を呼んだのは構わないが、一体何の用?攻魔官の仕事?」

 

「まあ、一応攻魔官の仕事なんだが……お前なら何か分かると思って連れて行くのだ」

 

「俺が……?対して急ぎの用があるワケじゃないから別に構わない」

 

那月は普段からきっちり言いたい事は言ったりするからあまり言葉を濁らす事は無い。一体なんの仕事だろうか、と思案する。

 

「取り敢えずついて来い。安心しろ、戦闘はしないぞ」

 

 

 

 

 

 

蓮夜は任意承諾という名の強制連行により那月と一緒に絃神島の中枢、キーストンゲート内にある地下十六階までエレベーターで降りてきた。

 

「此処まで来るのは初めてかもしれないな……」

 

「お前はいつも理由を付けては来ないから当たり前だろう」

 

結構灯りが抑えられていて、薄暗い通路を歩きながら那月と蓮夜は話す。那月はいつもながらのフリルまみれのゴスロリ服を着ている。寝巻きもフリルまみれだから普通の服を着て欲しい、と願う。そう願ってはいるが、そんな日が来たら翌日は槍が降ってきそうだ。

 

「ヘーイ、那月ちゃん、蓮夜、こっちこっち!」

 

妙に馴れ馴れしい口調で話しかけてくる矢瀬。那月は舌打ちして担任教師をちゃん付けで呼ぶな、と愚痴る。

 

「矢瀬か……。年上の彼女に浮気されて破局になったのか?おいおい、いくら自暴自棄になったからといってもこんな奥まで関わるなよ」

 

「縁起でもねぇ事言ってんじゃねぇ!俺の彼女は浮気なんてしないし、俺も彼女も相思相愛だ!ったく浅葱といい、どうしてそんな事を言うんだ!?」

 

蓮夜の不穏な発言にツッコム矢瀬。蓮夜は冗談だ本気にするな、と笑いながら言う。

 

「はぁ、お前らは……まぁいい。それにしても公社直々の呼び出しだから来たが、お前だったとはな矢瀬」

 

「いや~、理事会(ウチ)も人材不足なもんで」

 

その後、矢瀬は蓮夜と那月を部屋の中へと案内した。

病院の手術室に似ている部屋に案内され、中では高価な医療機器に囲まれたベッドの上に、まだ十代と思しき少女が包帯まみれて死んだように眠っている。どうやら重傷を負って此処に運ばれたようだ。

不思議な事に、そんな重傷の彼女の両手足には分厚い金属製の器具で、ベッドに固定されている。

 

「成る程……こいつが五人目か。昨夜は随分派手にやらかしてくれたみたいだな」

 

「ああ、こいつがそうなのか。この島にどんな被害を齎したんだ?それに……女なのか?」

 

「破壊したビルが二棟。延焼が七棟。停電や断水、ガラスの破損などの被害報告は集計中……今回はまだマシな方だよ。後、那月ちゃんが怖いからどうにかしてくれ、蓮夜」

 

蓮夜はベッドに拘束されている少女をずっと見て感心しているのは傷を負っている場所について何だが、那月が勘違いをしているらしく、かなり不機嫌になっている。那月視点では、包帯だけ巻かれている素肌に意外と容姿が整っている少女に、軽い欲情を覚えたと勘違いしているのだ。

蓮夜の横では顔を青くしている矢瀬が那月をどうにかいしてくれ、と懇願している。

 

「安心しろ、那月。俺はこの女には興味ないから。だからそう拗ねるな」

 

「なっ!?だ、誰が拗ねているか!私はお前の事など、何とも!思ってないならな!」

 

「くはっ、照れるなよ。まぁ、意地を張っている那月も昔を思い出して可愛いねぇ……」

 

「う、うるさーーーーーいッッ!!」

 

意地の悪そうな表情で那月をからかうような発言をし、那月が顔を赤くしながらフリルの付いている黒い日傘で攻撃する。が、そんな攻撃が当たるはずも無く悉く避けられている。

 

「おーい、蓮夜に那月ちゃーん。此処は痴話喧嘩をする所じゃないぞー」

 

「誰が痴話喧嘩だ、矢瀬基樹!」

 

「うおおぉ!?こっちまで矛先が向いた!?」

 

ヘンな横槍を入れた矢瀬も蓮夜と共に追いかけられる羽目になってしまった。完全な真面目な空気が見事に破壊され、二対一の鬼ごっこ?が始まった。そんなに長くは続かず、五分くらいで鬼ごっこは終わった。矢瀬が肩で息をしており、蓮夜は笑っている。先ほどのやり取りが面白かったらしい。

 

「それにしても……軽い概要しか聞いていないが、魔族じゃないな。それに魔獣行使による肉体改造の痕跡もあるな」

 

矢瀬たちから視線を外して、蓮夜は再びベッドに拘束された少女を見る。

 

「何?魔術による肉体改造?魔族じゃないなら過適応能力者(ハイパーアダプター)でもないのか?」

 

「そ、そうっすよ。蓮夜の言う通り魔族でもなければ過適応能力者でもない。若干の魔術的肉体改造の痕跡があるだけで、ほぼ通常の人間と考えて問題ない、っているのが公社の見解なんすわ」

 

どうやら蓮夜の言う通りただの肉体改造が施された人間らしい。その事を聞いた那月の表情が険しくなる。

 

「ただの人間が魔族特区の上空を飛び回り、ビルを薙ぎ倒したというか、笑えるな」

 

「まあ、まともな相手じゃないのは間違いないっすよ。笑えねェけど」

 

「魔術による肉体改造だけで建物を破壊する力ね……この女に施された魔術はそんなに高度には見えないのだが、問題は……」

 

蓮夜はチラリ、と一番傷の損傷具合が酷い場所を見る。那月も釣られて蓮夜と同じ箇所―――脇腹辺りを見る。

 

「矢瀬、この小娘の負傷具合は?」

 

「取り敢えず命の別状はないって話っす。内臓の欠損は体細胞からクローン再生するんで」

 

「……内臓の欠損?」

 

「今蓮夜が見ている所―――横隔膜と腎臓の周辺……いわゆる腹腔神経叢(マニプラー・チャクラ)のあたりっすね」

 

「……喰われたりでもしたのか?」

 

そんな時、蓮夜たちとは逆の通路から無邪気な声が聞こえてくる。美麗だが、皮肉っぽく響く男の声だ。

 

「―――フム、なるほど。奪われたのは内臓そのものではなく、彼女の霊的中枢……いや、霊体そのものというわけか……なかなか興味深いねェ」

 

「……何故お前が此処に居るんだ?ヴァトラー」

 

「全くだ。余所者の吸血鬼(コウモリ)が此処に居る?」

 

蓮夜と那月は少し離れた所に立っている金髪碧眼の男性を睨む。

彼は戦王領域の貴族でり、ナラクヴェーラの際に現れた"旧き世代"の吸血鬼、ディミトリエ・ヴァトラー。

 

「つれないなァ、"不死王(ノーライフキング)"、"空隙の魔女"。ボクは君たちの国の組織に頼まれて、態々見舞いに来たのに」

 

「それはまたご苦労なことだな、蛇遣い。何時から獅子王機関の雌狐に飼い馴らされた?」

 

挑発的な口調で那月は言う。そんな二人の険悪な雰囲気に、矢瀬は頭を抱えている。

 

「ノーコメントと言っておこうか何しろ外交機密だからね」

 

「戦王領域の貴族が外交機密だと?この事件、貴様らの真祖がらみか。それは面白いな」

 

「どうかな。あるいは、あの御方(・・・・)とも無関係じゃないかもしれないねェ」

 

「なに……?」

 

冗談めかしたヴァトラーの物言いに那月は絶句し、横に居る蓮夜は身体から蒼い魔力を迸らせながらヴァトラーを睨む。

 

「ヴァトラー……それは本当か?」

 

「さァ、どうだろうね」

 

「そうか……ならば無理矢理にでも聞き出そう」

 

蓮夜が手を掲げ、そこに膨大な魔力が集まって行く。そこで那月は蓮夜を手で制する。

 

「ここで暴れるな、蓮夜。お前がその気になればこの島を消し飛ばすことも出来るのだからな」

 

その言葉に蓮夜は一度瞑目し、魔力を霧散させ手を下ろす。

 

「……いいだろう。俺もそれは本意ではない」

 

「残念、ここで貴方と戦っても良かったんだけどねェ。まぁ、そうすると、第一真祖(じいさん)たちが出て来るね。ボクとしてもこんな所で"黄昏(・・)"を始めるのは本位じゃない。それは貴方にとっても良くないはずだろう?」

 

―――黄昏。

その言葉がヴァトラーの口から発せられた瞬間、凄まじい殺意の奔流がヴァトラー、那月、矢瀬に襲い掛かってきた。その殺気の出所は他の誰でもない―――蓮夜だ。

流石のヴァトラーも目を見開いて驚き、こんな殺気を今まで触れた事が無い矢瀬と那月は顔を蒼くし、息が断続的に切れている。

殺気を放っている蓮夜は、視線だけで相手を殺すように睨んでいる。

 

「お前……俺を挑発するか」

 

雰囲気が完全に変わった蓮夜を見て、ヴァトラーは益々笑みを深めるばかりである。

 

「フフフ……あァ、今の貴方と戦いたい……。けど、今のボクはそう簡単に戦えない立場であってね、ここでボクと戦えば"空隙の魔女"にも被害が出るよ?それにさっき止められたばっかだろう?」

 

「……本当に、憎たらしい」

 

蓮夜は忌々しげに舌打ちをして、通路の壁に背中を預け目を瞑る。

そこでバトラーは蓮夜から視線を外し、那月に向ける。

 

「"ランヴァルド と言う名前に聞き覚えはあるかい、空隙の魔女?」

 

「あ、ああ……北欧アルディギアの装甲飛行船か。聖環騎士団の旗艦だな」

 

殺気が霧散し、那月は先ほどの出来事に戸惑いながらも、ヴァトラーの言葉に応対した。

 

「まだ公式には発表されていないが、昨夜から消息を絶っているそうだよ。位置情報が途絶えたのは、絃神島の西、百六十キロの地点だそうだ」

 

一見すると無関係にも思えるヴァトラーの情報に、那月は表情を険しくした。

 

「アルディギア王家が、この事件に噛んでいるという事か」

 

「証拠は何もないけどね。タイミングが良過ぎると思わないか?まあ、いずれにせよ、ボクは暫く傍観させてもらうよ。今の所手を出す気はないから安心してくれ」

 

「戦闘狂の貴様が、どういう風の吹き回しだ?」

 

全く信用できない目つきで、那月がヴァトラーを睨みつける。

 

「彼女たちは、キミたちの敵じゃない、このまま放置しておいた方が、案外、面白いものが見れるかもしれないぜ」

 

「……この私に、貴様の言う事を信じろというのか?」

 

「一応は忠告はしたサ。信用するかどうかは、キミの勝手だ。情報の見返りと言う訳じゃないが、キミに一つ頼みがある」

 

「話を聞くだけは聞いてやる。なんだ?」

 

那月が素っ気無く訊きかえすと、ヴァトラーの碧眼が一瞬だけ、本物の殺意で紅く染まった。

 

「―――ヴァトラー」

 

先ほどまで目を瞑っていた蓮夜の眼が紅く染っており、ヴァトラーを見ていた。いつでも殺せるように、すぐに眷獣を顕現出来るように。

二人の魔力がぶつかり合い、堅牢なキーストーンゲートの建物だけに収まらず、絃神島全体を揺らす程だ。だが、ヴァトラーはすぐに魔力を顰め、傷付ける意思はない、といった感じで両手を上げる。そこで、蓮夜も魔力を霧散させる。

 

「ボクの頼みは、この事件に第四真祖を巻き込むな、ということサ」

 

「……暁古城を?なぜだ?」

 

那月は意外そうに眉を寄せた。ヴァトラーは忌々しげに肩を竦める。

 

「古城では彼女には勝てないからさ。我が最愛の第四真祖には、まだ死なれては困るんだ」

 

 

 

          ―○●―

 

 

 

ヴァトラーと矢瀬の二人と別れた蓮夜と那月は、キーストンゲートを離れ、家に帰っている途中だ。

 

「…………」

 

「蓮夜……」

 

那月は不安そうな表情で蓮夜を見る。普段の蓮夜からじゃ想像がつかないほど不機嫌だ。

"黄昏"―――その言葉が出た瞬間、態度がおかしくなった。恐らく黄昏と言う言葉は那月が生まれる前の蓮夜に深く結びつける言葉なのは容易に想像出来る。

今思えば、那月は蓮夜に関する事はあまり知らない。

どのような眷獣を持っているのかは本人から教えて貰ったから一応知っている。本当の名前も知っている。だが、那月と出会う前は何をやっていたのか、真祖たちと何があったのか全く知らない。そして、何故本調子ではないのかも分からない。唯一知っているのは本当の名前と眷獣、そして他の真祖との関係。

ああ、本当に何も知らないのだな、と改めて実感された。それと同時に、自分よりかあの蛇遣いの方が蓮夜の事を知っていると分かると、どうしても悔しくなる。

こんな気持ちになるのは、蓮夜について以外では無い。自分に隠し事をしている時に気づいた時、悲しくなるのと同時に胸が締め付けられるように痛くなった。

まだ何も知らなかった前とは違い、色々な知識を得た今、この気持ちがどんなものかを知っている。

そのおかげで恥かしくなり、蓮夜には度々隠すように努力している(実際の所、バレてると分かって居ないのは本人だけ)。

でもやっぱり素直には成れず、今までのような関係になっている。

 

やっぱり先ほどの蛇遣いが言った"黄昏"と言う単語がどうしても気になってしまう。そしてその言葉を聞いたときの蓮夜の反応も。

蓮夜に聞こうとしても、はぐらかされるのがオチだ。それに、この事に関しては何か聞いてはいけなさそうに感じる。

 

「……スマンな、那月」

 

那月が色々考えている時、蓮夜が急に口を開き謝ってきた。一体何に謝っているのか那月には分からない。

 

「知りたいのだろ?俺の事を―――黄昏の事を」

 

「―――っ!!」

 

やはりバレていた。

蓮夜はいつも自分の悩みを言い当てる。昔もそうだ。何も言っていないのに、まるで心を読んでいるかのように的確に当てるのだ。それは今も昔も変わらない。

 

―――いつも私の側に居てくれる。

 

悲しい時も辛い時も、ずっと側に居てくれた。

この身体は偽りなのに、本物のように扱ってくれる。

監獄結界の番人になった時も、私を手伝うように眷獣の一部を永久展開してくれた。

色々な事を教えてくれるが、"聖殲"、"彼の者"などの事は一切教えてくれない。それを聞こうとすれば、怒り、憎しみ、悲しみなどが含まれた笑みを浮かべる。

そんな顔をすればこっちが聞けなくなるのを知っていて浮かべるのなら悪魔だ。だが、蓮夜にその意思が無いのは何となく分かる。

そして今回もそうなんだろう。昔のように―――

 

「済まないな、那月。それに関しては来るべき日まで待ってくれ」

 

怒りや悲しみが入り混じった笑みで私の頭を撫でてくる。そんな顔をされてはまた、訊けなくなるではないか。

蓮夜にそんな顔をして欲しくは無い、と願う那月はやはり昔と同じく口を閉じてしまう。

何故そんな顔をさせたくはないかって?当たり前だ、だって私は―――

 

「……ふん、いいだろう。なら、その日が来るまでずっと待ってやる」

 

―――私は、ずっと昔から蓮夜の事が好きなのだから。



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episode:3

翌日。金曜の放課後、蓮夜は古城たちと一緒に行動していた。

昨日ヴァトラーとの邂逅があり、ガラにも無く取り乱したのを深く後悔していた。

そのおかげで那月には心配されたし、アスタルテには無言で頭を撫でられた。どうやら喧嘩したと思われたらしい。

 

「凪沙と後輩の愛の告白かと思って割り込んだら、猫の引取りの旨だった、と?」

 

「ええ、そうです。暁先輩が思った以上にシス―――妹思いでしたので……勘違いでの暴走です」

 

昨日、蓮夜が那月とキーストンゲートに赴いていた時にそんな事があったらしい。

男子が凪沙に手紙を渡すシーンを見た古城が勝手に勘違いして暴走し、屋上にいた二人に突撃した、と雪菜は呆れながら説明してくれた。

 

「古城……」

 

「うっ……そんな目で見るな!大体妹を大切にしない兄なんて居ないぞ!」

 

「なに開き直っているんですか、先輩。そのおかげで凪沙ちゃんにも迷惑をかけたんですから」

 

雪菜の正論に古城は呻くしかない。昔からシスコン気味だったが、今ではついに後輩公認のシスコンとなった古城。全くおめでたくない。

その後、引取りに来た同じクラスの内田遼が引き取りに来て、一緒に来た棚原夕歩と共に帰っていった。その後、校庭樹の陰で待っていた夏音と合流した。

 

「夏音、お前は相変わらずなのか……」

 

蓮夜は夏音の腕に居る猫を見てため息を吐く。

 

「どうもです、先輩。昨日はありがとうございました」

 

雪菜と古城は、蓮夜と夏音が知り合いとは知らなかったので、目を見開いて驚いている。

 

「縫月先輩は夏音ちゃんと知り合いだったのですね……」

 

「まーね。今でも教会の跡地に赴いて猫たちと戯れたりしているぞ」

 

夏音の腕に居る猫を撫でながら、雪菜の問いに答える。

こうしてかなりの頻度で猫を拾ってくる夏音に呆れながらも、蓮夜はその手伝いを偶にしている。そういっても食料や毛布などの提供や与えるくらいだから夏音の負担ほどではない。

蓮夜は夏音の強い意志に魅入られてこうして手伝っているのだ。ここまでの純粋な強い意志を持つ人間はそうそう居ない。

 

「―――ほう、美味そうな子猫だな」

 

日傘を差している那月が横から現れた。しかも不穏な一声とともに。

 

「那月ちゃん?」

 

「担任をちゃん付けで呼ぶな」

 

ドンッ!と何か凄い効果音とともに繰り出された肘打ちは古城の脇腹に吸い込まれるように直撃した。ゴハァ!という声をともに崩れ落ちる古城。

 

「知っていたか、暁古城。学校内への生き物の持ち込みは禁止だ。というわけで、その子猫は私が没収する。丁度、今夜は鍋の予定だしな」

 

「いや、確かに鍋の予定だが……猫はちょっと」

 

そう呟きながら夏音の抱いている子猫を見る。そんな蓮夜の呟きは誰にも聞こえる事無く虚空へと解けて行く。

那月から淡々と告げられる子猫の死刑宣告の言葉に、夏音はひぅっ、と息を呑んだ。

 

「―――すみませんでした、お兄さん、先輩。私は逃げます」

 

「お、おう」

 

「……懸命な判断だ」

 

駆け出して行く夏音を、古城は安堵のため息を吐きながら見送った。

 

「ふん、冗談の通じない奴だ。何も本気で逃げなくてもいいだろうに」

 

那月は心なしか傷付いたように口を尖らせながら言う。

 

「そんな簡単に落ち込まない。教師だろ?」

 

「それは―――って、ええい!気安く頭を撫でるな!蓮夜、お前は知っててやっているだろ!?」

 

「何のことだ?俺は落ち込んでいる那月を慰めているだけだか?」

 

「くっ……このっ!」

 

頭を撫でる蓮夜の手を振り払い、攻撃しようとうするがそれは叶わず、ずっと頭を撫でられることになった。

魔術を使えばなんて事はないが、ここら辺には生徒の目があるため行使できない。蓮夜は那月の考えていることを読んでいるのか悪戯の笑みを浮かべている。

最近では那月で遊んでいる蓮夜を見るのに慣れてきた古城と雪菜は、ああまたか、と言った表情をしている。

 

「ちっ、やはり無理だったか―――おい、暁古城。お前、今夜私の副業を手伝え」

 

「副業?……もしかして攻魔官の?」

 

「そうだ。二、三日前に、西地区の市街地で戦闘があったことは知っているな?」

 

「……ああ。なんか、未登録魔族が暴れたって話は、クラスの奴らに聞いたけど……」

 

古城は曖昧に頷いていた。蓮夜もその話は聞いていた。浅葱辺りが蓮夜と基樹を巻き込んで話に混ざったのを記憶している。

 

「暴れていたのは未登録魔族じゃない」

 

「未登録魔族じゃない……じゃあ、いったい誰が?」

 

「知らん。容疑者の片割れは確保したが、ソイツの正体はまだ不明だ。

 

那月が乱暴な口調で言った。古城はひどく嫌な予感にを覚えたらしく、適当に話を終わらせて退散しようとするが―――

 

「逃がさん、古城」

 

後ろに居た蓮夜により肩を掴まれてしまう。しかも、かなり力が入っていてるのでミシミシと骨が軋んでいる。常人なら絶対に折れている。

 

「わ、分かったからその手を放せ!すげぇ痛てぇんだよ!」

 

「……仕方がない。今度逃げ出すような素振りを見せれば調きょ―――もといお仕置きしてやる」

 

「いや待て、蓮夜。今もの凄い聞いてはいけない単語が聞こえてきたのだが?」

 

「気のせいだ。きっと疲れてるんだろ」

 

完全にはぐらかす蓮夜。前門の那月に後門の蓮夜。第四真祖の力を以ってしても逃げ出す事が不可能になった古城は諦めて那月の言葉を聞くことにした。

 

「―――というわけだ。暁古城、お前には私の助手として犯人確保に協力してもらおう。いくら私でも複数人の犯人を捕らえるのは難儀だからな」

 

「いやいやいやいや……なんで俺が那月ちゃんの助手に?すでに蓮夜が居るからいいんじゃないのか?」

 

「私も、それが一番ベストだったのだかな」

 

那月は悔しげな表情をする。そんな表情をする理由が思いつかない古城は首を捻っていた。

 

「古城……忘れているとは思うが、俺は"不死王(ノーライフキング)"だ。世間にバレるのがヤバイ最大級の危険人物という認識を受けている。真祖やら獅子王機関の連中は知っているとは思うが、一般人に知られるわけにはいかない」

 

「そう言えば……そうだったな」

 

今まで不干渉などと言ってきた蓮夜だが、なんやかんやで古城たちを助けている。聖者の右腕の件もナラクヴェーラの件も戦っているので古城は完全に忘れていたようだ。それ以前に古城は、今の蓮夜しか知らないため何故危険人物と認定されているのかも分かっていない。

 

「というわけだ。アスタルテも先日の怪我で療養中だから、お前の白羽の矢が立ったのだ。それに、ディミトリエ・ヴァトラーにお前を今回の事件に巻き込むな、と忠告されているのだ」

 

「は?なんだよそれ!?あいつの忠告完全にスルーかよ!?」

 

「当たり前だ。あの男が嫌がるようなことを、私がしないはずないだろう」

 

那月は堂々と胸を張って言うが、子供の仕返しのようで情けない事この上ない。蓮夜も、しょうもない事に額に手を当てて呆れている。

 

「はぁ、那月は……まあいい。古城、もう諦めろ。俺は実質"万魔の王都(ニヴルヘイム)"しか使えないから、お前頼りなんだよ。この島で最も俺に近いのはお前なんだし」

 

"無限煉獄(ムスペルヘイム)"と"龍殺しの魔剣(グラム)"の二つの眷獣も顕現は出来るが、片方はド派手でもう片方は攻撃範囲は小さい。相手が飛び回ることから剣は論外、焔は一般人に見られることから使えない。詰まる所、今回の任務は蓮夜は戦力外通告のようなものだ。

 

「……勘弁してくれ」

 

古城はまた厄介事に巻き込まれるせいで、意気消沈している声で呟く。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「遅いぞ、蓮夜。私を待たせるとはいい度胸だな」

 

「黙らっしゃい。急に呼びつけておいて何言ってるんだ、この幼女は」

 

午後七時頃、急に祭を開催しているテティスモールに来いと連絡があり急いできたのだが、指定された時間まであと十分しか残されていなかった。理不尽にもほどがあるが、三分オーバーで辿り着いた自分を褒めて欲しいものだ。此処までは、誰にも気付かれずに屋根を移動して来たのだが。

 

「で、何だその格好?もしかして祭でも堪能するのか?」

 

蓮夜の疑問も最もだ。目の前にいる那月とアスタルテの服装は、いつものゴスロリ服とエプロンドレスではなく、二人共浴衣なのだから。

 

「ふふん、どうだ似合うだろ?二時間も掛けて厳選した浴衣だ」

 

自慢気に胸を張る那月は、見た目相応で微笑ましいのだが、それを本人に言えば"戒めの鎖(レージング)"が飛んでくるから絶対に言わない。

那月の浴衣はやはりというべきか黒を基調とした色合いなのだが、帯にまでフリルが付いているのは何故なのだろうか。

対してアスタルテは淡い水色のシンプルな浴衣だが、色合い的にも本人とマッチしていて中々良い。エプロンドレスやブーケなどしか着ていないアスタルテが他の服を着ているのは新鮮で悪くは無い。

 

「ふむ……二人共中々似合っているぞ。悪くない」

 

「そ、そうか……れ、礼を言う」

 

「ありがとうございます、マスター」

 

素直に褒められた那月は頬を染めてそっぽを向き、アスタルテは丁寧なお辞儀をしていた。

 

「まあいい。古城たちとの待ち合わせの時間まではまだ時間あるしな」

 

「そういう事だ。私たちで時間まで遊び倒すぞ。幸いなことにアスタルテがこの手のイベントに参加したことが無かったからな」

 

「参加した事が無い……?それ、本当なのか、アスタルテ」

 

「肯定。私は今まで眷獣の制御に時間を費やしていました」

 

「ああ……なるほど」

 

忘れていたが、アスタルテは数ヶ月前までは敵対していた存在だ。眷獣を従える人工生命体(ホムンクルス)として創られ、自由な時間がほぼ無かったと言っても等しい。人工生命体にも人間らしい感情はあるが、そこまで豊かではない。従順過ぎるという言葉が合う。

那月が保護してから、こういうイベントが無かった。だから初めてなんだろう。

 

「それなら、今回は沢山遊んでいけ。那月もこういうの結構好きだしな」

 

「なっ!?だ、誰がこんな……祭が好きなものかっ!」

 

「合致しました。今日浴衣を着る際、気分が高揚していたのはそういう理由なのですか」

 

「アスタルテも蓮夜の言う事を真に受けるな!」

 

那月は顔を赤くして怒鳴り散らしている。だが、蓮夜とアスタルテは完全にスルーしている。那月が恥かしくて素直になれないのは、今に始まった事ではない。長年の付き合いとなる蓮夜は那月については熟知していると言っても過言ではない。ただし、ストーカーでもロリコンでもない。決して違う。断じて否。

 

(そう言えば、こうして那月と共に祭りに行くのは何年振りだっけか……)

 

那月があの結界の看守になってから一度もこういうイベントには来ていない。というよりか行く意味というのが見出せなくなった、という方が正しい。

 

(いや……今は祭を楽しむんだ。そんな事を考えるな)

 

蓮夜は半ば強制的に思考を放棄した。そうでもしなければ、ネガティブになり那月たちに心配させてしまう。

蓮夜はすぐに気持ちを切り替えて、那月とアスタルテの頭に手を乗せる。慎重的に丁度良い―――那月の方が。

 

「な、なにをしているんだ!?」

 

「……?」

 

慌てている那月に、落ち着いているアスタルテ。アスタルテに関しては首を傾げて、頭に手を乗せている意味が分からないといった感じだ。

 

「気にするな」

 

ああそうだ、気にするな。お前らはこの一時の安らぎを味わえばいいんだ。だから精一杯楽しめ。

 

蓮夜の久し振りに見る優しい笑みに、那月もアスタルテも最初は驚いていたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「む……何故だ、何故一匹も捕れない!」

 

那月の右手にはポイが。左手には水が入ったプラスチック製の碗を持って呻いている。

 

「よっと……これで三匹目だな」

 

「私もマスターと同じ三匹目です」

 

蓮夜とアスタルテも那月と同じ装備をしている。この三人は今金魚掬いをやっているのだ。「こんなの子供がやるものだ」と那月が一蹴したのだが、アスタルテがやった事が無いため、渋々といった感じの那月を含め三人でやることになった。

途中結果としては無残なものだ。那月は未だ一匹も捕れず、蓮夜とアスタルテが三匹捕っているのだ。プライドが高い那月は、それが許せずに一生懸命捕ろうとするが、すぐに金魚が逃げてしまう。

 

「くっ……まだだ!」

 

悔しげに叫びながら、再びポイを水中に沈めている。

本人はそんな気はないと思うのだが、その容姿とムキになっている那月は子供にしか見えない。

 

「ったく、下らないと言っておきながらムキになってるし……」

 

蓮夜はそんな那月を見て呆れているが、何処か嬉しそうに頬を緩めている。

 

「うるさいっ!一匹も捕れないなど恥だ!」

 

那月は一生懸命隅に追いやり、掬おうとする。「やった!」と嬉しそうにした瞬間、なんと他の金魚が那月のポイに突進を繰り出してきたのだ。その所為でポイは半分ほど紙が破けてしまった。

 

「あ……」

 

那月はこの世の終わりとても言いだけな表情で硬直してしまった。

 

「うん?破けてしまったか……コレで終りかな」

 

那月のポイが破けたのに気付いた蓮夜は、金魚を掬う手を止めた。アスタルテも気付いたようで、その手を止めている。意外にもアスタルテは金魚を九匹も捕らえていた。どうやらかなり得意なようだ。

 

「……だ」

 

「どうした、那月?」

 

俯いた那月が何かを呟いている。そして、顔を上げた瞬間、その瞳には殺気を込めながら金魚を睨み付けている那月がいた。

 

「私にはまだ魔術が―――空間魔術がある!舐めるなよ、金魚風情がッ!」

 

「いや、ダメだろそれは―――って本当にやろうとするなよ!?」

 

魔術を行使しようとする那月を止めようと抑え付け

その間にアスタルテが金魚たちを水槽に戻した。別に家出飼っても良いのだが、飼育が大変なためキャッチ&リリースとした。

 



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