TS転生魔法少女だけど属性が情報災害でした。 (忍法ウミウシの舞)
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序:宇加部 由良という魔法少女
プロローグ(序)


 ハロー。TS転生おじさんです。

 神様とか白い空間とかそういうのは全く無く転生してしまったので、チートとかも特にありません。悲しいね。そもそも死んだかどうかもあやふやだから、転生か転移か憑依かもよくわからないんだけどね。「転生した」って気が付いたのはだいたい4歳ぐらいの頃で、それからはずっと女の子をやらせてもらっています。

 

 とにかく転生したのは現代日本、だけど異世界。というのも、文字とか都道府県名とか年号とかに知らないものが多くあったから多分パラレルワールド的なアレなんじゃないかな。ネット掲示板で流行ってた異世界系都市伝説みたいだなあって最初は思ったよ。

 そういうわけで、国語や社会にはちょっと苦戦しつつも子供の学習力と生前の知識で小学校は無双できた。さすがに小学校は楽勝ですよ。大人を舐めるな。今の中学もとりあえずは大丈夫。高校は全然自信ないけど。

 

 異世界とはいえだいぶ近い世界らしく、文明レベルや大まかな歴史に違いはない。若者はスマホっぽい情報端末で動画サイトやSNSにかぶりつくし、世界大戦は2回起こって日本は負けた。下手に似てるせいでよく学校のテストでは前の世界の歴史と混同したりはしたけども、まあ全然違うよりかは順応しやすかったと思う。

 この世界と生前の世界が違うのは2つ。1つはさっきも言った通り、文字や固有名詞などでいろいろ細かい違いがあるところ。日本で一番高い山は神峰山(かみねやま)だし、世界で一番高い山はKan Khanla(カン=キャンラ)という。どっちも富士山やエベレストがあった場所にあるし、大陸の形などの自然に関してはほぼ同じだけど人間の営みに関してはこういう微妙な違いがある。ちなみに、世界で二番目に高い山は何故か変わらずK2である。

 そしてもう1つは……本当に、本当に意味が分からないんだけど。

 

 この世界には魔法少女がいる。そして自分の悩みも、それに関わるものだった。

 

 

 悲鳴、そして逃げ惑う人々。残念ながらこの異世界日本において、このような光景はさほど珍しくもない。どこにでもあるものであった。

 日本の首都である京代都、その某区。そこでは、長い()に全身を包んだ5mほどの巨人が破壊活動に勤しんでいた。

 

「我はトイレットペーパー怪人! 貴重な紙資源を無為に消費する貴様ら人類に、鉄槌を下しに来た!」

 

 "怪人"と呼ばれる存在。それは、自分がこの世界にちょうど転生するかしないかというタイミングでこの世界に現れたらしい。

 最初にこの世界に現れたのは"鐘の怪人"と呼ばれている。彼は日本の見羽県(位置的に山梨県)の都市に急に出現し、「これから世界各地に怪人が出現する」という旨の宣言をした後にすぐに消滅。これを機に、宣言通り様々な場所で異様な出で立ちをした巨大な人型が暴れ始めたのだ。

 この"怪人"に対して世界各国はすぐさま軍事的な対応を始めた。しかし、その結果は芳しいものではなかった。銃器・火薬の類が一切効かなかったためである。それだけでなく、軍隊が使うような兵器から単なる打撃に至るまで、一般的に攻撃たりうるほとんどの手段が意味をなさなかった。

 唯一効果があったのは、「怪人に物理攻撃は効かないが物理的な干渉は効く」という性質を生かしたいわゆる"封じ込め"であった。つまり、大量のセメントを怪人の上に落とし、固め、埋めたのだ。これは非常に有効な対策であったが、都市部では使いづらいなど大きい制約もあり気軽に使えるものではなかった。それが使えない場合は、重機などを使って怪人を無理やり人類の生活圏から追い出すなどの次善策がとられた。

 

「どうした人間よ! このまま無抵抗を貫くというのなら、一帯を更地にし植林をしてくれよう!」

『急いでください、由良。周囲に魔法少女はあなたしかいません。このままでは民間人も危ない』

「ああもう、わかってるから。インドア派には、長距離走はきついんだって……」

 

 しかし、追い出すだけでは無力化には至らない。人類が悩んでいる間にも怪人は破壊を続ける。時には、民間人が巻き込まれ死者が出る場合もあった。そして怪人が暴れてしばらくしてから現れたのが、"妖精"、そして"魔法少女"だった。

 "妖精"はさまざまな姿を取る。あるものは宝石があしらわれたステッキ、またあるものは自由に動くクマのぬいぐるみ。それらの目的は、適性の高い少女を魔法少女にして怪人と戦わせること。

 曰く、怪人には魔法でしか対抗できない。

 曰く、魔法を扱えるのは適性の高い少女のみ。

 曰く、人類の応援や希望が少女に魔法をくれる。

 もちろん、最初はさまざまな議論が噴き上がったそうだ。何故少女だけなのか? 責任能力すら無い人間を死地に向かわせるべきではないのではないか? 自衛軍は、軍隊は何をしているのか?

 しかし、それら疑問や反感を一掃するぐらいに彼女ら、魔法少女は圧倒的だった。

 

 本当に一瞬であった。最初の魔法少女、《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》は文字通り怪人を次々と蜂の巣にしていったのだ。世界で初めて、怪人を完全に消滅させた成功例であった。

 しかし、《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》だけでは各地で次々と湧き出る怪人には対応しきれない。こうして国連に加盟するすべての国は「魔法少女条約」を締結し、魔法少女を保護し積極的に運用するようになった。

 

 そして、かくいう自分もその魔法少女の1人である。

 

「はぁ……はぁ……げっほ! ようやく……おぇ……たどり着いた」

『やはり運動は常日頃からした方が良いと思いますよ、由良』

「せめて自力で移動してくれない?」

『申し訳ありませんが、本ですので。自力では移動できません』

 

 逃げる人々をかき分け、流れに逆らい逆らって長い紙……いや、トイレットペーパーを纏う怪人と対峙する。魔法少女でも、怖いものは怖い。《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》は規格外の魔法少女で、普通はあそこまでの戦闘能力を持たないからだ。今まで魔法少女の死亡例は無いが、怪人による怪我やそれを原因とした引退は普通にある。

 自分も例にもれず、そこまで強くはない。

 

「ようやく魔法少女が来たかと思えば……随分とひ弱そうだ。我も随分甘く見られたものだな」

「うるさい。ちゃっちゃと変身するぞ、(ホーム)

『仰せのままに、魔法少女(マイマスター)

 

 怪人は病的なまでに真っ白な巨人であり、頭の代わりに巨大なトイレットペーパーが首に嵌まっていた。トイレットペーパー怪人などとふざけたネーミングと見た目をしているが、怪人に弱い奴など1人もいない。油断すれば、こちらがやられる。

 なぜか魔法少女は怪人の周囲でしか変身できない。怪人も変身途中の魔法少女を攻撃しない。どうして攻撃しないのか、それともできないのかわからないため、自分は変身中は常に内心ビビっている。

 だが、やるしかない。魔法少女(コレ)はこの世界に異物として生まれた自分の、数少ない役割の一つなのだから。意識を落ち着け、魔力を体に巡らせて詠唱を開始する。

 

「風の音が響き渡る文字の禍いが降りかかる」

 

 自分の妖精、(ホーム)が開いてその中の文字だけがするすると外の世界に流れ出す。その文字の羅列は自分を取り巻くインクの鎧と化す。

 

「鳥の囀りが身に染みる幻の音が眼を隠す」

 

 五線譜を思い起こさせるモノクロ・ストライプが斜めにかかっている奇妙なドレスが服の上から生成されゆく。

 

「この力は人々を護るためこの力は敵を狂わすため」

 

最後に、名状しがたい怪物の装飾があしらわれた片眼鏡(モノクル)と、非常に歪な漆黒のハットが装着される。

 

「戦う私は衣装型(フォーム):── 情報災害(インフォハザード)》」

 

 そう、私の悩みとは……どうして魔法少女なのに、こんな陰鬱とした魔法を授かってしまったのだろうということだ。



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推しの魔法少女を語るスレ

1:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:31:14

推しの魔法少女の魅力を伝えるスレです どんどん布教しましょう

[リンク:魔法少女公式サイト]

・喧嘩はしない、特に他の魔法少女を下げないようにしましょう

・魔法少女のプライバシーに関する話題はお控えください

 

私はやっぱり炎弾(バレット)ちゃんですね!

怪人撃墜数No1でありながらそれに驕らずストイックに鍛錬を続けているので自分も頑張らなきゃと思ってしまいます

 

2:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:34:53

良いスレだ

 

3:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:38:32

雷踏(スタンプ)ちゃんに踏まれたいだけの人生だった

 

4:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:41:53

最近は交通3姉妹箱推ししてるわ

街中で通行人を守りながら戦うの惚れ惚れする

動画でもみんないい子だってのが伝わってくるし

 

5:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:45:32

怪人と戦ってくれるだけでも十分だけども、アイドルみたいなこともしてくれるのマジですごい 尊敬する

 

6:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:48:45

学校とかで忙しいだろうに

 

7:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:51:25

そういや確か怪人の周囲じゃないと変身できないんじゃなかった?

どうやって動画撮ってんの?

 

8:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:54:53

最近は撃墜数ランキングを下から眺めるのが楽しみ

上の方はファンも多いだろうしみんな応援したくなる

 

9:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:57:31

>>7

他にも条件があって、そういう動画撮影はOKらしい

 

10:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:00:54

僕は霊乙女(ゴースト)ちゃん!

 

11:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:04:39

おーん

 

12:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:08:23

ゴーストちゃんのジト目いいよね

 

13:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:11:05

冷たい目で見られたい

 

14:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:14:01

>>7 動画配信はオッケーらしいってどっかの妖精が言ってた

 

15:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:16:53

喰咬鮫(シャーク)ちゃんのきわどい衣装に俺は狂わされた

 

16:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:19:23

なんで動画はいいんだ 妖精の趣味か?

 

17:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:22:18

最近出てきたのだと雪景色(スノウドロップ)好き 地元だし頑張ってほしい

 

18:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:25:02

趣味説は動画出たころからずっと言われてるが

 

19:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:28:28

妖精ロリコンキモオタク説は1000年ぐらい提唱されてるだろ

 

20:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:31:22

>>15

シャークちゃん好きやわ 性的に食われたい

 

21:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:34:21

変身してるときに近寄ったら普通の意味で食われそう

 

22:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:38:07

妖精はさっさと逮捕されてほしいが、それはそれとして怪人はどうにかしてほしい

 

23:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:41:10

神眼(トゥルース)ちゃん好き

すべてを見透かされたい

 

24:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:44:54

>>4 交通同志だ

道路で戦ってくる怪人を前にして交通整理しながら勝っちゃうのまじやべえって思ったわ

 

25:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:48:36

上位勢はもう固定ファンが多すぎて他の子が全然追いつけないのはちょっとかわいそう

 

26:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:52:22

この動画好き わちゃわちゃしててかわいい

[リンク:魔法少女ユニットのダンス動画]

 

27:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:55:47

すっすっすたんぷ~

 

28:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:58:42

そういえば年齢で引退とかはするんだろうか

 

29:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:01:17

衣装型(フォーム)精霊王(フェアリー)

 

・精霊の力を借りる魔法少女。

・一人で多種多様な攻撃ができるのが強み。

・いろんなことができます!よろしくお願いします!(本人コメント)

 

30:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:04:43

公式サイトから引用するな

 

31:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:08:26

>>28 今んとこいないけど、どうなんだろうね

 

32:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:11:44

魔法少女(30)……ありだな

 

33:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:14:25

いやむしろ逆にアリ

 

34:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:18:01

公式サイトの説明文って簡素すぎるし戦闘に寄ってるよな

 

35:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:20:50

何がどう逆なんだよ

 

36:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:24:30

衣装型(フォーム)精霊王(フェアリー)

誕生日8月5日(水車座)
身長162cm
好きな食べ物パイナップル
嫌いな食べ物わさび
趣味ダンス
座右の銘千里の道も一歩から

 

37:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:28:00

誰が非公式サイトから引用しろっつったよ

 

38:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:30:38

普段は喰咬鮫(シャーク)ちゃん推してるけど他にお勧めいない?

 

39:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:33:42

>>36 こいつなに

 

40:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:36:22

>>38 快活なのが好きなら爆弾(ボンバー)ちゃんとか?

 

41:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:39:25

落涙(ティア)ちゃんおすすめ 名前に反してめっちゃ明るい

 

42:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:43:02

これ見て好きなの探せよ

[リンク:十数人の魔法少女が集まってクイズ番組を模した企画に挑戦する動画]

 

43:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:46:03

今日も怪人来たのか

物騒だな

 

44:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:48:46

ない

 

45:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:51:37

逆に妖精を推すという選択肢

 

46:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:54:26

魔法少女のファンは全員ロリコンだから

 

47:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:58:11

濁流(ポロロッカ)ちゃんの戦闘めっちゃ安定してて安心して見れるから好きだな~

 

48:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:01:26

>>45 妖精とか魔法少女に戦わせてるカスだろ

 

49:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:04:57

なんか今日怪人出たらしいな

八島区にトイレットペーパー怪人だっけ?

 

50:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:08:41

わからない

 

51:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:11:44

毎度のことながらふざけたネーミングだよな

 

52:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:14:45

ニュースで見たなそれ

 

53:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:17:50

そのくせ被害はしっかり出すとかいう

 

54:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:20:58

いない

 

55:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:24:25

>>44 どうした?

 

56:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:27:25

結局アレ倒したの誰なん? 無力化はされてるし、そうしたら倒した魔法少女出るはずだよな?

 

57:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:30:11

わからない

 

58:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:33:06

>>56 匿名の魔法少女は少ないけどいなくはない

そういうときは伏せられる

 

59:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:36:57

>>42 こういうのやってたんだね、知らなかった

いろいろ探してみる

 

60:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:40:34

匿名なら匿名希望って出るはず

調べたけどそもそもわかってないらしい

 

61:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:44:07

わからない

 

62:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:47:08

なんかさっきから荒らし湧いてない? 怖いんだけど

 

63:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:50:42

わからない

 

64:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:53:36

わからない

 

65:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:57:08

わからない

 

66:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:00:19

わからない

 

67:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:03:49

いない

 

68:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:06:51

いるべきでない

 

69:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:10:04

いるべきでない

 

70:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:13:29

存在しない

 

71:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:16:35

存在しない

 

72:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:19:20

存在しない

 

73:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:22:43

存在しない

 

74:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:25:58

存在しない

 

75:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:29:31

存在しない

 

76:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:32:53

存在しない

 

77:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:36:37

存在しない

 

78:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:39:44

存在しない

 

79:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:43:22

存在しない

 

80:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:47:01

存在しない

 

 

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「いない」魔法少女 その1

 トイレットペーパー怪人を倒した、その翌日。ちょうど学校が休みということもあって、私は悠々と近所の有名カフェチェーン店に顔を出していた。

 

「さくら風味のパフェ、復刻でやってて助かった~」

『由良さん、あるときはいつもそれ頼んでますね』

「だって好きなんだもの」

 

 私の妖精である(ホーム)が鞄の内から話しかけてくる。妖精の声は他人には聞こえない。正確には、魔法少女が変身しているときしかその妖精は他人には認識されない。(ホーム)は「人皮を使った」と噂されてもおかしくないほど歪な皮革を施され、かなり趣味の悪い造形をしている。だが、今は他人には普通の本にしか見えないだろう。

 まあ、私は気を付けないと「独り言やばいやつ」って思われるんだけど。

 

「これ食べるために生きてるまであるね、間違いない」

『……糖分過多です。あまり食べると健康に悪いですよ。運動もしてませんし』

 

 お母さんか。いや今世にも両親はいるけども、私が上手くネコを被ったおかげで関係は良好である。

 

「わかってないなあ、(ホーム)は。若いうちに食べておけば被害を最小限に抑えられるんだよ。血圧、血糖値、脂肪……今なら検査に怯えなくて済むんだって」

『表に出ないだけで、生活習慣病は若いうちから始まってますよ』

「う゛」

 

 わかってるよそんなことは。(ホーム)の忠告は無視して、スプーンでパフェのクリーム部分をすくいあげる。

 実は、妖精には基本的に魔法少女の情報は筒抜けである。私も、(ホーム)と契約をした次の瞬間にはTS転生おじさんということがばれてしまった。が、それがほかに露見したことはない。なので「あくまで戦闘支援のためであり、他の人間はおろか魔法少女や妖精にも漏らさない」とかいう言い訳を今は信用しているのだ。というかこれ、地味に魔法少女を人外扱いしてない?

 

 まあいいか。やっぱりおいしいなあ、これ。死んでから初めて気が付くスイーツのうまさよ。おじさんだとちょっと気後れしちゃうような場所でも、ずんずん入っていけるのがJC(←死語)の強みだよね。

 

『ご友人と一緒に来ればいいでしょうに』

「いないのわかってて言ってるでしょ、君。最近の若者とは話が合わんのよ」

 

 言いながらスマホを取り出し、今日のネットニュースをチェックする。

 

「あ、Loosersの新作CDようやく出たんだ。あとでショップ寄って買っとこうかな」

『……どっぷりと若者世界に浸かってるんですから、話が合う方などいくらでもいるでしょうに』

「というか、君こそいないんか。友達」

『妖精にそのような概念はありません。他の妖精は……人間にとっては"同僚"というのが近いでしょうか。馴れ合うことはありません』

 

 ふーん。スマホを弄りながら、パフェをほおばる。時折、(ホーム)と毒にも薬にもならない会話をする。私はこれだけ。これだけで十分に幸せなのだ。

 本当に?

『魔法少女棟にでも寄ってみたらどうですか。施設も充実してますし、同じ魔法少女ならいくらか話も合うでしょう』

 そんなわけない。私は……

「今のところはいいかな」

 

 魔法少女棟、ねえ。魔法少女棟というのは、今(ホーム)が言ったように魔法少女の溜まり場であり、憩いの場である。魔法少女なら無料、あるいは格安で利用できる施設が豊富にあり、まあ、基本的には彼女ら貸し切りの建物なのだ。

 どうしてそんなものがあるかを説明するには、《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》が出現して以降の魔法少女と政府の動きについて見ていかないといけない。前も言ったと思うけども、魔法少女が出現して以降は(今もだが)いわゆる「魔法少女反対派」による意見表明やデモがそれこそひっきりなしに起こっていた。そらそうだ。魔法少女って存在自体が性差別だの児童労働だのにクリティカル・ヒットしてるんだから。道徳的にはどう考えてもアウトである。

 これに対して政府、というか国連がやったのは愚直なまでの"説得"であった。「魔法少女条約」にはそれはもう魔法少女への手厚い保護・サポートをこれでもかと盛りに盛って幼い少女への健康面・教育面・金銭面あらゆる面での全力補助を明記。さらにどうして魔法少女が必要なのかという理由を丁寧に、そして簡潔に説明したプレゼンテーションを全世界に向けて行った後、怪人を徹底的に調べ上げ魔法少女に頼らない対怪人システム構築の研究レポートを定期的に発表することを宣言。今もニュースで大体2か月おきにはその進捗が報告されており、その度に専門家と魔法少女による解説が行われている。

 怪人は魔法少女でないと今のところはどうしようもない、というのが国連の結論であり、それを全世界の人間に理解してもらうにはそれしかなかった。「魔法少女反対派」の多くの人間もそれはわかっており、「でも少女を戦争に出すのはおかしい」という倫理道徳によって反感を持っているのだからこれに関してはもうお互い譲歩するしかなかった。もちろん納得できない人はいる。だけど、少なくとも国連はこのパワーゲームにおいて多くの人間の同意を得て、一定の勝利を収めたと言ってもいい。

 

 また、魔法少女側も動いた。特に最初の魔法少女である《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》が精力的に活動していたはずだ。とにかく彼女らは「力は無いよりもあった方がいい」「連携すれば安全に怪人と対峙できる」という点を中心にプロパガンダを行い、多くの少女を魔法少女道に引きずり込むことに成功した。

 要するに、

「娘さんを魔法少女にすれば、もし怪人が現れても死ぬ確率は大きく下がりますよ!」

「でも魔法少女になれば多くの怪人と戦闘することになる。本末転倒では?」

「複数人で対応できれば怪我率は大きく下がりますし、単独で無理やり対応させることはしません!」

 みたいな説得をしたらしい。最初はあまり効果が無かったらしいけども、《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》などの活躍にあこがれた少女が魔法少女になっていき徐々にその安全性が保障されていった。以降は、魔法少女の補償の手厚さもあって順調に契約者を増やしているらしい。

 実際、魔法少女が増えることによって各地域の犠牲者も大きく減り、また複数の魔法少女がチームを組むことで怪人戦での怪我率は著しく下がった。いいことだと思う。別に私だって戦うのは怖いけど、だからといって子供を代わりに戦わせていいわけがない。ある意味、私が魔法少女として戦えるのは幸福なのだ。

 

 気づけば、パフェがあったはずのプラスチックの容器は空になっていた。いつの間にか夕日が窓に差し込んでいる。名残惜しいけど、さすがにもう残る理由はない。帰るついでにショップに寄ろうと思いだして席を立ったその瞬間、それは、起きた。

 

 轟音。続いて、風圧。カフェの中央、その天井から、巨大な腕が拳を振り下ろしていた。赤黒くて筋肉質な、まさに鬼のような腕だった。

 幸いにも直接潰された人間はいなかったようだが、その衝撃で転んでしまった人は多かった。

 

「何……!?」

『怪人です! まず距離を取ってください!』

 

 (ホーム)の声を聴く前に、本能的に足は動いていた。密室の中にいるのは危険だが、中央に寄らずに脱出しないといけない。鞄から(ホーム)を取り出して窓ガラスに叩きつけると、ガラスは大きな音を立てて割れた。こいつはこれぐらい頑丈だし、緊急事態にこういうことをしても文句を言わない程度には話が分かる。ちなみに痛覚は無いらしい。

 とにかく、これでいったん退避は成功した。カフェの上の方を見れば、怪人の全貌がわかった。赤黒い肌を持つ、3つ目の巨人。トイレットペーパー怪人よりはるかに大きく、カフェの屋根が怪人の腿あたりにしかさしかかってない。頭部からは真っ黒い角が無造作に、いくつも生えている。

 その姿は、まるで異形の鬼といった様子だった。

 

「ああああああ苦い! 苦い! 口の中が苦くて仕方がないよおおおおおおお」

 

 わけのわからんことを叫びながら怪人は文字通りカフェの中を"漁る"。がりがりと腕を力任せに振るって漁れば、当然カフェの構造物が根こそぎ剥がれ、崩れ、壊れてしまう。しかし、この怪人の狙いはそんなところにはないらしい。

 そもそも、昨日近所でトイレットペーパー怪人が出たはずだろ!? いくら怪人の出現が不定期だからといって、ここまで連続して同じ地点に現れることなんて今までなかったはずだ!

 

「甘いものがほしいいいいいい! かふぇに、かふぇになら甘いものがあるって僕は知ってるんだああああ」

「なんだこいつ……早く死ねよ」

 

 いや、罵倒している場合じゃない。"漁り"まで結構時間があったから人は逃げれている……はずだが、さすがに早く倒さないとヤバイ!

 

(ホーム)、変身するぞ!」

『待ってください。由良』

「待たん! 文字の禍いが──

 

 詠唱しかけて、気が付いた。逃げる人々とは逆に、こちらに向かってくる複数人の足音に。複数とはいえ多数ではない。つまり警官や自衛軍ではない。つまり……。

 

「やあやあお待ちなさい! その狼藉、見過ごすことはできません! 我ら交通三姉妹が、怪人を屠って差し上げましょう!」

 

 魔法少女だった。それも、だいぶアクの強いチームだ。

 どうしよう。確かにおじさんとして、怪人戦を魔法少女に任せたくないとは言った。言ったけど、共闘できるかというと話が別なのよ。知らないふりして、逃げていいかなこれ?




コーヒー鬼怪人


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「いない」魔法少女 その2

感想全部読んでます。超嬉しいです。


 マ、マジでどうしよう。目の前には怪人と、3人チームの魔法少女。当然倫理的にも魔法少女の義務的にも加勢すべきだ。加勢すべきなんだけど……。

 ちょっと私の魔法、範囲が気色悪いというか、あまりうまく制御できないというか……。とにかく、迂闊に戦うと彼女らにも被害を出してしまいかねないのだ。

 

『由良、私はあなたの選択を尊重します』

 

 そう言ってくれるのはうれしいけどね(ホーム)君。

 うーん。一旦、いったん様子を見よう。ダメそうなら加勢する、これでいこう。

 

 交通三姉妹、だっけ。私が聞いたことあるぐらいだから結構有名なんだろう。3人チームの魔法少女はビビッドなカラーリングで色分けされており、左から緑、黄色、赤を基調とした衣装を着ている。変身前だから自前で用意してると思うんだけど、こういうことする人ってだいたい魔法少女として配信とかもやってるんだよなあ。「三姉妹」と自称していたが正直そんなに似てないし芸名みたいなものだろう。

 真ん中の黄色の人が声を張り上げる。最初に名乗りを上げた時もこの人だったな。

 

「さあ、いきましょうお姉様達!」

 

 ああ君が末っ子担当なのね。

 

「光を宿し  彩を祀る

 陽光模して 境界司る

 この力は人々を導くため

 私は戦う──《衣装型(フォーム)黄信号(アンバー)》」

「光を宿し  彩を祀る

 劫火を模して 停滞司る

 この力は人々を導くため

 私は戦う──《衣装型(フォーム)赤信号(レッド)》」

「光を宿し  彩を祀る

 新緑模して 循環司る

 この力は人々を導くため

 私は戦う──《衣装型(フォーム)青信号(グリーン)》」

 

 3人の変身が完璧に同調(シンクロ)している。ここまで一糸乱れぬものだとは思わず、感嘆の息が漏れる。やはり、変身前の衣装は変身後のそれを意識したものだったのだろう。大まかなテーマは変えず、より豪華に、よりパワーアップした印象を受けるドレスになっている。

 しかし、そんなことは怪人には関係ない。変身を見てようやく敵と認識したのか、こちらの方を見て叫び出した。

 

「魔法、少女……? 僕の口は苦いんだ! 邪魔を、するなあああああ」

「「「【武具召喚(サモン)標識(シンボル)】!」」」

 

 詠唱ハモったな今。そんなどうでもいい感想が思い浮かんだ次の瞬間には、彼女らはそれぞれバカでかい標識柱を手に持っていた。そして、駆け出す──いや待て、ゴリゴリの肉体派なのか!? 確かに魔力が籠もった魔法少女の肉体なら物理攻撃でもダメージを与えられるが……!

 

「邪魔者は、こうだ!」

「見た目通りすっとろいんじゃ世話ありませんわ、ね!」

 

 交通三姉妹のうち、黄色い人は怪人の拳をひらりとかわすと標識で思いっきりカウンターを叩き込み、緑の人の方を見やる。

 

「お姉様!」

「ああ! 【進め】!」

 

 緑の人が手を振りかざしてそう言うと、標識を叩き込まれた怪人の拳がその勢いのまま自身の顔面に飛びかかり……フルスピードで殴りつけた。

 

「ああああ痛゛いいいいい」

青信号(わたし)の進行魔法にかかれば! どんな物体も驀進する! それが例え、怪人自身の腕であろうともな!」

「皆様は今のうちにお逃げくださいまし!」

 

 湧き出る歓声と、高らかなる宣言。まあ、怪人は基本的に魔法への耐性を持たないから知ったところでどうにもできないことが多い。魔法1つの情報をバラすデメリットと、民衆に安心感を与えスムーズな避難を促すメリットを天秤にかけた結果なのだろう。

 

青信号(グリーン)。毎回言ってるが、怪人に魔法をバラすのをやめろ。貴重な情報だ」

「……はい、赤信号(あねうえ)

 

 違った。ただ単に高揚しているだけだったわ。普通に赤い人にたしなめられている。

 それはどうでもいいが……まずいな。一般人の避難が進めば進むほど私が目立ってしまう。今は街路樹の陰に隠れているが、見つかりそうになる前に変身することも視野に入れておかないといけない。

 

「ぐううう……痛い、苦い、痛い、苦い……!」

「来ないならこちらから行くぞ、怪人」

 

 苦しむ鬼のような怪人に向かって、再び魔法少女たちが走り出す。怪人の攻撃は既に見切ったと言わんばかりに彼女らは軽快に回避し、肉薄し、そして標識を思い思いに叩きつける。

 すごい。さすが怪人撃墜数上位勢(ランカー)としか言いようがない。怪人の攻撃をうまくひきつけ、一般人の避難方向に行かないように誘導している。遠距離から魔法でどうにかするのが魔法少女の定石といわれる中、近接戦を中心にこれほどのチームワークを組み上げたのはひとえに彼女らの絆と努力の賜物だろう。

 ……が、高さが足りない。怪人は非常に巨大で、脚部より上には標識が届かない。ダメージにはなるだろうが、致命傷に至るとはどうしても思えなかった。

 怪人もそれに気が付いたようで、今では魔法少女の標識攻撃を回避することに専念していた。恐らく、緑の人の「進行魔法」を気にしているのだろう。自ら攻撃を仕掛けることは避け、彼女らの体力切れを狙っているように見える。

 

赤信号(あねうえ)! 進行魔法は!」

「転び方が悪ければ周辺の建造物に被害が出る。機を待て」

 

 最近は怪人の攻撃に備え道路を広く取る改修工事が全国で進められているが、ここは不幸にもそういった準備が進んでいない地域だった。

 そろそろ、加勢すべきか。そう思ったが、3人の表情はまだ明るい。

 

「5分、経った……! 『青信号(わたし)』は、『黄信号(いもうと)』に切り替わる!」

「怪人よ、【止まれ】!」

 

 黄色い人がそう宣言すると、怪人の動きが不自然にもピタリと止まった。こちらは「停止魔法」といったところか。確かに黄信号の本来の意味は「止まれ」ではある。だがそうなると、赤信号は?

 疑問に思う間もなく、怪人が動き始める。かなり動きはぎこちなく、停止魔法を無視して力押しで動こうとしているようだ。

 

「こんな魔法じゃあ、僕は止められない……! 甘いもの、甘いものぉぉぉ!」

「いや、終わりだよお前は」

 

 無理に動こうとする怪人と、それを冷ややかな目で見る赤い魔法少女。

 

「『黄信号』は既に『赤信号』に切り替わっている。動いたお前は……【交通違反】だ」

 

 瞬間、とてつもない衝撃音が怪人の身から発せられる。怪人は何が起こったのか何もわからないまま、声もたてずにその胴体を完全にひしゃげさせた。

 恐らく、怪人の体躯にふさわしいほどの巨大な不可視の車。それが怪人に突撃したんじゃないかと思わせられるような光景だった。つまり、これが【交通違反】に対するペナルティであると。

 

「【止まれ】!」

 

 倒れこんだ怪人が道路や建物を破壊するのを恐れたのだろう、黄色い人が再び停止魔法を使用する。すると怪人は重力さえも無視したかのように異常な体勢で停止してしまった。あそこまで胴体が潰れては、いくら怪人といえど再起不能だろう。ここまで無力化できたのなら後始末は自衛軍の仕事だ。

 ……本当に大した労苦もなく怪人を倒してしまった。近接戦闘には様々なリスクがあるが、それを感じさせないだけの安定した戦闘。上位勢(ランカー)の戦闘はいくらか動画などで見たことがあるが、生で目撃するとやはり違うことがわかる。

 

 いや、何感心してんだ私は。彼女らに戦わせないために魔法少女やってんのに、加勢すらせず出歯亀に終わるなんて。いや、でも、魔法が……。

 

『由良、怪人の様子がおかしいです。警戒してください』

「文字の禍いが降りかかる──」

 

 (ホーム)の警告。怪人を見やると、確かに何かがおかしい。ひしゃげた胴体の部分。そこのもとより赤黒い肌が、さらに黒ずんでいる。どんどん膨らみ、膨らみ……ついに破けた。内側から這い出るは、漆黒の怪人。ずるずる、ずるると腹をかき分け終わった漆黒の怪人がその場に立つと、元の鬼のような怪人は内部が抜けて皮だけのぺしゃんこな状態になってしまった。

 漆黒の怪人。前の鬼怪人とほぼ同じ大きさであり、しかし先ほどとは打って変わって光沢を放つ肌に生物らしさはない。眼も頭部に大量に発生しており、全く別の怪人といってもいいほどだ。

 なんだこいつは。第2形態とか、そんなことをやる怪人など前例がない。

 

「苦イノ、好キ。魔法少女、嫌イイイイイ」

「【止まれ】!」

 

 すぐさま拳を振り上げる怪人に対して停止魔法を使用する黄色い人だったが、しかしなぜか拳は速度を落とさない。

 いや違う。さっきの停止魔法も無敵ではなかった。漆黒の怪人は、停止魔法の影響を意に介さないほどパワーアップしているんだ。

 

「【止まれ】! 【止まれ】!」

「……【交通違反】!」

 

 黄色い人と共に、赤い人も先ほど見た魔法を放つ。しかし、怪人の体が何度か液状に揺れるだけでダメージが無いように見えた。漆黒の怪人がそれほどに強くなったのか、先の魔法に何か秘密があったのか、あるいはその両方か。

 

「コーヒーハ全テヲ飲ミコム。車ガ来テモヘッチャラアアアアア」

「あ……」

黄信号(アンバー)!」

 

 彼女らもさすがにこれは想定外だったのか、しばし放心してしまったのか。一番年若そうな黄色い人への攻撃を誰もが止められない。

 黄色い人はそのまま怪人の拳をモロに受け──

 

「さ、せ、る、かああああああ! 【武具召喚(サモン)目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】!」

 

 ──る前に召喚されたバカでかい鐘がひとりでに鳴り始める! そのあまりにも身勝手な音色に、怪人も、魔法少女もあらゆる作業を中断してこちらに振り向かざるを得ない!

 《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》は無差別型の魔法少女。その魔法は五感に訴えかけるために方向を制御することは全くできない、できないが……!

 

「死にそうな女の子を見捨てるほど、人間落ちぶれちゃいないっての!」

 

 魔法少女、宇加部 由良。魔法少女との共闘は死ぬほど向いてないが、やるしかない……!




複合魔法:複数の魔法少女が合同で放つ特殊な魔法。通常の魔法よりも効果が高い傾向にある。

【信号違反】:交通三姉妹の複合魔法。《衣装型(フォーム)青信号(グリーン)》の【進め】、《衣装型(フォーム)黄信号(アンバー)》の【止まれ】を段階的にかけた後、魔法を無視して動いた怪人に《衣装型(フォーム)赤信号(レッド)》が【交通違反】をかけることで発動する即死魔法。


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「いない」魔法少女 その3

「加勢遅れて本当に申し訳ございません先輩方!」

「え、ええ……助かりますわ」

 

 第二形態と化した漆黒の怪人のパンチから黄色い魔法少女を助けたのはいい。が、誰もいない街路樹から飛び出したせいでめちゃめちゃ怪しまれてる!

 特に赤い人はその鋭い目でこちらを見つめてきてる。しかし、彼女らは私を怪しむことも、責めることもしなかった。

 

「君のことは私たちが命を賭けても守る。我々が陣形を組み直す間、衣装型と主な戦法を教えてくれ」

「衣装型は情報災害(インフォハザード)。視覚や聴覚などから相手を幻覚にハメる魔法を使うため、先輩方にもかかってしまいます」

「なるほどな……」

 

 かなり簡潔に説明したつもりだったが、その間にも彼女らはフォーメーションを立て直してしまった。見たところ、赤い人が長姉役であり司令塔なのだろうか。

 

「既に増援は呼んでいるが、魔法少女棟との距離的に5分はもたせないといけないだろう。君には補助を頼みたい。私が合図をしたらさっきの"鐘"で怪人の注意を引いてくれ」

「わかりました」

 

 【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】の効果は既に切れて、怪人は既にこちらに向かって進行を続けている。

 細かい打ち合わせをしている時間はないと判断したのだろう。私の魔法の中で唯一判明している【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】のみを使って作戦を立ててくれているのだ。本当に、本当に頭が上がらない。

 

「心配なされなくても大丈夫ですわ、もう油断はしませんもの。【武具変換(チェンジ)標識(シンボル)】──【円形交差点(ロータリー)】!」

「【武具変換(チェンジ)標識(シンボル)】──【一方通行】!」

 

 赤い人が説明している間に他の黄色い人、緑の人は何やら彼女らが持つ標識記号を変化させていた。恐らく記号にまつわる魔法効果があるのだろうが、この標識は……?

 

「1人増エテモ関係ナイヨオオオオ」

「さあさあさあ怪人よ! あなたは『ここにあるはずの円形交差点(ロータリー)を歩く』のです!」

「そして『一方通行』! お前は止まることも、引き返すことも許されない!」

「何ダ、足ガ勝手ニ……!」

 

 指定された領域を、ぐるぐると歩き回りはじめる怪人。怪人のパワーが抑えられないから方向だけでも制御しようとしているのか。だが、怪人はさっき「停止魔法」を完全に突破している。それに怪人が気付けば、もう抑える手段はない。現に、怪人は指定された【円形交差点(ロータリー)】を徐々に無視し始め、足を無理やりこちらの方に向けてきている。

 スピードが、違い過ぎる。最初の鬼のような形態の怪人のときとは比べ物にならない。あれでは殴るどころか、近づくことすら不可能だ。うかつに【進め】のような魔法を使ったらそのパワーがどこに行くかなど予想できようもない。

 

「魔法少女、殺ス! ダッテコーヒー好キダカラアアアアア」

「今だ後輩! 鐘を!」

「【武具召喚(サモン)目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】!」

 

 あわや怪人が突進しかけた瞬間の合図で、再び鐘が鳴り始める。例え効果を知っていても、経験があろうとも必ず最初は見てしまう、魔性の鐘の音が辺りに響き渡る。当然これは3人の魔法少女先輩にも効果が及ぶが、来るとわかっていた彼女らと心の用意ができてなかった怪人とでは、効き目の差は歴然だった。現に彼女らは一瞬だけこちらを見たがすぐに怪人の方に向き直っている。対して、怪人は鐘に目を向けて完全に停止してしまう。そこに、赤い人の魔法が襲いかかる──!

 

「【武具変換(チェンジ)標識(シンボル)】──【現在工事中(アンダーコンストラクション)】。貴様が立っている場所は、『工事中』になる」

「アアアア!? 地面ガアアアア!」

「そして貴様……『円形交差点(ロータリー)』も『一方通行』も無視したな。当然、【交通違反】だ」

 

 突然、怪人の地面が急激に液状化しバランスを崩していく。それでも怪人はもがき、何とか脱出しようとするがしかし謎の力が加わったかのように不自然に沈んでいく。

 

「半液状の貴様に【交通違反】で打撃を加えても仕方がない。だが、上から抑えるだけなら簡単だろう?」

「オノレ……魔法少女オオオオオオ」

「私たちの魔法ではお前を殺し切れんから、増援の魔法少女に頼むことにする。……代わりに、地形に被害を与えることになってしまったのが残念だがな」

 

 既に、怪人は首より下を完全に道路の下に埋めてしまっている。未だ「工事中」は効いているため、怪人の埋まっている周囲の地面だけ液状化しており脱出は容易ではないだろう。まさに完封といった様子だが、しかしこちらからも手出しはできないらしい。

 

「あの……倒せないんですか?」

「私たちの魔法では『動かないことに対する【交通違反】』は作れない。なぜなら、車両や人間は止まっているときが一番安全だからだ」

「鬼のような怪人のときの魔法は、少し条件がいるんですの。具体的には青信号(おねえさま)の魔法が必要なのですけれど、この状況で進ませることはできないので難しいですわ」

「増援の方は、果たしてこの怪人を倒せますかね」

「わからんな。状況が状況だし、性質的に単純な打撃ではあまり効かないだろう。うまいこと相性がいい魔法少女が来てくれることを祈るしかないな」

 

 あと数分で増援の魔法少女が来るはずだ。しかし、その子で決着がつくかはわからない。言い方的にも、あの怪人が第二形態になる前に呼んだっぽいし。

 対して、あの怪人は今度は不気味に沈黙を保っている。第三形態があるのかはわからないが、とにかく不穏だ。

 

 なら、私がやるしかない。加勢が遅れたせめてもの罪滅ぼしに、彼女らが安全に帰れるように。私が、あの怪人を完全に殺す。

 

「私がトドメをさします。危ないので先輩方は少し……いや、かなり離れて、目を閉じていてください」

「無茶だ」

 

 赤い人が制してくる。

 

「君の魔力は少ないし、そもそも衣装型的に向いているとは思えない。それよりも怪人を迂闊に刺激するリスクの方が高い。頼むから、増援を待ってくれ」

 

 ああ、彼女の言うことは正しい。冷静に説得してくれている。

 見たところ、彼女はまだ高校生だ。まだ青春を謳歌するべき少女なのに。命のかかった戦場で適切にメリットとデメリットを計算して忠告してくれるのだ。

 だから私は許せない。怪人と、この状況を看過する自分を。彼女らを戦地に駆り立てる怪人を、滅さねばと思うのだ。

 

「そう、ですね」

「わかってくれたか。今回の怪人を安全に討伐できたのは君のおかげだ。無理せずに君ができることをやってくれれば、それで十分──」

「だから、少し眠っていてください。【武具召喚(サモン)陶酔的な白檀(ザ・サンダルウッド)】」

「な……」

 

 【陶酔的な白檀(ザ・サンダルウッド)】は香りに訴える情報災害(インフォハザード)。この香りをかいだ者は失神と数分の記憶混濁を引き起こす。魔法少女も例外でなく、突然の裏切りに彼女ら交通三姉妹は全く抵抗できず静かな眠りにつく。

 この魔法の問題点は人間のような軽い・小さい相手にしか効かないことだ。つまり怪人と戦うときには全くもって無用の長物なのである。人間と戦うために変身できるわけではないし、つくづく意味不明な魔法である。

 でも、こういう時には役に立つ。私の魔法は制御が効かないが、しかし気絶している人間には効果が無い。だから、あらかじめこの比較的無害な方法で味方を守ることができる。

 

 足早に怪人に近づく。その様子を、怪人は怪訝な目で見つめていた。

 魔法は、魔法少女が気絶してもしばらくはもつ。赤い人の【現在工事中】が効いている間になんとかしなくてはならない。

 

「……助ケテ、魔法少女。助ケテクレレバ他ノ怪人ノコト、教エル」

 

 怪人の言うことは無視して(ホーム)を懐から取り出す。怪人の言葉に意味はない。昨日倒したトイレットペーパー怪人も「更地にして植林する」みたいなことをほざいていたが、実際には更地にするのみで終わっていただろう。こいつらと会話すること、交渉することは絶対的に不可能だ。

 これからするべきことを考えたら、怪人が首まで埋まっているのは好都合だったな。普段だったら様々な魔法を駆使してお膳立てしなければならないところを、一瞬で終わらせられる。

 

 怪人を殺すのは簡単だ。私と一緒に(ホーム)を読む。それだけで、怪人は簡単に死ぬ。いや、怪人でなくともすべての生物は死ぬだろう。だからこそ周囲にちゃんと意識のある人がいないかは確認しないといけないのだ。

 だって(ホーム)を読めばいいのか、それとも内容を知るだけでアウトなのか、私にはわからないのだから。試すわけにも、いかないだろう?

 

 ……うむ、問題ないな。魔法少女は失神してるし、一般人は全員避難している。周囲の安全を確認した私は、(ホーム)を広げ怪人の前に見せる。

 

「……」

「私はさ、この本読めないんだよ。ぜ~んぶ白紙。だから、一緒に読んでほしいんだ。何て書いてある?」

「……『私には』、『わからない』」

 

 怪人は見てしまう。そして、どうしようもなく読み上げてしまう。

 怪人の、全ての目の色が変わった。もうこの怪人は終わりだ。あとは粛々と、(ホーム)を読んで命を燃やすだけの存在になり果てた。

 これに抵抗する手段は、ない。

 

「続きは?」

「『私はいない』」

 

 怪人の表情に苦しみが混じる。

 

「『私はいるべきでない』」

 

 怪人の口は裂け、肉は割れる。歯が抜け落ちる。

 だが、怪人は話すのをやめない。やめさせてもらえない。

 

「『私は存在しない』」

 

 怪人の漆黒の肌がどんどん濁っていく。存在しない色に染まっていく。

 そうしていく間にも怪人の体はボロボロと崩れていき、破片が空に舞って炭のように消える。

 

「『私の名は』」

 

「名は?」

 

「『私の名は』……ア、ア」

 

 声が止まる。歯が抜けてもなぜか発声できていたのに、ここにきて声が詰まる。

 

「名は?」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「名は?」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「名は?」

「ア、ア、ァ……」

「名は?」

「名は?」

「名は?」

 

 声にならない絶叫を上げ、上げ、上げ続けて……そして怪人は、消えた。一瞬だった。まるでそこには初めから何もなかったように。肉片の一片も残らず消えた。

 これで、被害も全部消えてくれたらいいのに。そんな私のささやかな願いは叶ったためしがなく、お気に入りのカフェは破壊されたままであった。

 

 これでまあ、最低限の義務は果たせたかな。一応交通三姉妹の方々を安全そうな歩道の方に移動させて退散することにする。

 

「お先に失礼しますね。【さようなら】、先輩方」

 

 誰も聞いてない挨拶を先輩にして、私は足早に立ち去る。増援の魔法少女が来る前に逃げないといけない。だって、魔法少女は苦手なのだ。

 

 

「交通先輩ー! 大丈夫ですかー! 起きてください!」

赤信号(レッド)先輩、青信号(グリーン)先輩、黄信号(アンバー)先輩!」

「ん、ああ……雪景色(スノウドロップ)紫陽花(ハイドレンジア)か」

「救援信号があったから急いで駆け付けましたけど、もう倒されたんですか!?」

「いえ、私たちは封印をしただけで……あれ? 怪人はどこですの?」

「逃げた痕跡もありませんし、ここで先輩方が倒し切ったんじゃないんですか?」

「半液状だったし、内側にセメントが入り込んで機能停止したのかもしれん。だが、捜索は依頼しておくべきだろうな」

 

「あれ、おかしいな……もう1人、魔法少女がいたはずなんだが。いや、いたか……?」

赤信号(あねうえ)の記憶違いでは」

赤信号(おねえさま)、大丈夫ですか? 最初から、ここにはわたくし達しかいなかったではありませんか」



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魔法少女による怪人対策会議

 日本の中心、京代都。その某区にあるとある魔法少女棟。

 図書、食事、療養、カウンセリング……ここではあらゆるサービスが魔法少女のためだけに展開される。公共建造物という名目のために、そのごく一部は一般にも開放されている。しかし、ほとんどの施設は魔法少女専用のものである。

 思春期の難しい年頃で、自らの身体を戦地に投じるのだ。多くの魔法少女は、同じ立場の少女らとその苦難を分かち合う必要があった。

 

 だが、それだけではない。魔法少女棟では、日夜怪人への研究と対策が彼女ら自身の手によって独自に行われていた。魔法のことを人間の中で一番よくわかっているのは、魔法少女ら自身である。どういう怪人がいたか、どういう能力を持っていてどういう魔法が有効だったか……そういった現地の情報は彼女らにとって欠かせないものだった。

 そういった会議や議論にはもちろん全員が参加できる。しかしそれとは別に、一部の上位勢(ランカー)のみによる会議もまた存在していた。集まった情報をまとめて他の地区の魔法少女に共有したり、政府への報告書を作成したり。そういった特殊な会議はメンバーが厳選される傾向にあり、一部の魔法少女はそのような会議に参加できるような立場を目指していた。

 

 《衣装型(フォーム)雪景色(スノウドロップ)》もその一人である。彼女は比較的新参者ながらも丁寧に、慎重に訓練と実績を積み上げていった。そして今回、晴れて上位会議の人員として招かれたのであった。

 もう、会議室は目と鼻の先だ。魔法少女《衣装型(フォーム)雪景色(スノウドロップ)》は緊張しながらも臆せずにその戸をたたいた。

 

「どうぞ」

「は、はい! 失礼します!」

 

 明瞭なる声が許可を示し、それに従い彼女はドアを開ける。

 壮観だった。ランキングで見たことがあるような上位の魔法少女が多く見受けられた。全国レベル……はさすがに少ないが、地区レベルで非常に有名な魔法少女はほとんど知っている。なんどもテレビに出ているタレント的魔法少女や、動画サイトで一定の人気を博している配信者的魔法少女もいた。常日頃から親しくしておりつい先日も救援に向かった交通三姉妹の姿も見えて、雪景色(スノウドロップ)は少し安心した。

 

 そして中央、その最奥に座っているのは怪人撃墜数、第10位。《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》であった。魔法少女の中でもトップクラス。憧れ中の憧れ。そのような存在が目の前にいた。

 《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》は最古参の魔法少女の1人で、単体の戦闘能力は低いが怪人の特性や弱点を見抜くことに優れている。他にも支援系の魔法に長けており、魔法少女界隈の中では大黒柱の1人として注目を集めていた。

 神眼(トゥルース)は写真や映像で見るよりも神々しく、後光がさしているように見えた。いや、そんなことよりも酷い失態に雪景色(スノウドロップ)は気が付いた。

 

 多くの魔法少女がいるということは、新人にもかかわらず遅刻をしてしまったのではないか……そのような不安は、他ならぬ神眼(トゥルース)が払拭してくれた。

 

「あまりにも多くて驚いたかい? それはね、君がこの会議に招待されたと聞いて、皆が祝おうと早く集まってくれたからさ。心配せずとも、君は遅刻なんてしてないよ」

「おめでとー!」

「おめでとうございます、雪景色(スノウドロップ)さん」

「いやー私はさ! もうそろそろだって前から言ってたんだって!」

「君の活躍は知っている。招かれるのは、時間の問題でしかなかった」

 

 驚いた。会議はもっと、厳格に冷酷に進行するものだと思い込んでいたからだ。いや普段の会議はそんなことはないが、「上位勢の会議」と聞いてなんとなく雪景色(スノウドロップ)は悪の組織がやるような、フードで顔を隠しながら肘をついてやる会議を思い描いていた。

 雪景色(スノウドロップ)の漫画的偏見はともかく、実際は他の会議と同じく温かなものだった。

 

「君の席は……そうだな、月光(ルナ)の隣に座りたまえ」

「ここですよ、雪景色(スノウドロップ)さん」

 

 長身の穏やかそうな女性が手を振ってくる。当然ながら魔法少女らは変身はしてないのだが、魔法を扱う同志としてなんとなく衣装型(フォーム)と本人は結び付けられた。あからさまにそれっぽいアクセサリーをつけてくる少女もいた。

 雪景色(スノウドロップ)がおずおずと、お辞儀をしながら月光(ルナ)の隣の席に座ったのを見て神眼(トゥルース)は再び口を開いた。

 

「では、全員集まったことだし早めに始めよう。第52回、都東部代表会議を始める。主宰兼司会はこの私、神眼(トゥルース)が務めさせていただく。書記は砂塵嵐(サンドストーム)だ」

「よろしくお願いします」

 

 神眼(トゥルース)の隣にいるギラギラしたファッションの女の子が軽く頭を下げる。明らかに会議に向いた格好には思えないが、しかし誰も咎めないあたり、会議を妨害しないならその他の要素は問わないのだろう。実際、書記に任命されているあたり信頼されていることがうかがえる。

 

「最初の報告は神眼(わたし)からだ。内容が内容だしサクッと済ませるが……ああ、議題提示や報告は初参加の雪景色(スノウドロップ)にもわかるように説明すること」

 

 神眼(トゥルース)の発言によって一瞬だけ他の魔法少女の意識がこちらに向いた、と雪景色(スノウドロップ)は感じた。そうだ。彼女らは真剣にこの会議に参加している。押しつぶされないようにしないといけない。

 

「続けるぞ? 最初の報告は匿名の魔法少女についてだ」

「匿名……?」

 

 小さく疑問の声を上げたのは雪景色(スノウドロップ)の隣にいた月光(ルナ)だった。内容は細かく聞かないといけないが、別に匿名の魔法少女は多くいる。政府に隠すわけにはいかないが、匿名を希望した場合は一切のメディア露出を避けるシステムはきちんと機能していた。匿名の度合いはさまざまで、「テレビなどの顔出しだけNG」という子もいれば「他の魔法少女にも知られたくない」といった子もいる。前者はともかく後者の子は情報や協力の観点からなるべく交流を持つように言われたりするが、しかし本人の意思を動かすのは難しい。最悪の場合、安全性から引退を勧められることもある。

 

 別に魔法少女は生涯現役、死ぬまで拘束されるシステムではない。本人の希望によっていつでも辞められるシステムだ。合わないと思ったら辞めるのが本人のためであり、社会のためである。冷たいことを言えば、無理に続けて死亡事故が起こった方が大きな問題になるのだから。

 

 閑話休題。そういった匿名の魔法少女に関する報告とは何だろう、と雪景色(スノウドロップ)も思った。匿名の魔法少女全般に関するものであろうか。それとも、「魔法少女にすら関わりたくない」といった孤独な存在についてのものなのか。月光(ルナ)の呟くような疑問を受けて、神眼(トゥルース)は説明を続ける。

 

「そう、匿名の魔法少女だ。ここ最近、八島区周辺では不明な『怪人討伐事件』が相次いでいてね。誰も、名乗りを上げないのだよ」

 

 神眼(トゥルース)はそこでいったん話を切って、ちらりと雪景色(スノウドロップ)の方を見やった。

 

「君たちも知っての通り、我々魔法少女には妖精……正確には『魔法契約主体』がついており、我々の怪人討伐業務を全面的にサポートしてくれている。もし怪人が討伐された場合、誰が倒したか、いつ倒したかなどの状況が妖精内で共有されるはずなんだ」

 

 そこで雪景色(スノウドロップ)神眼(トゥルース)の意図を察する。私のために、おさらいがてら基本事項を説明し直してくれたのか。

 

「でも、八島区周辺の怪人の一部についてはそのような情報すら上がってこない。匿名希望じゃない、本当に匿名……いや、不明な魔法少女がいる」

「質問がある」

 

 手を上げたのは《衣装型(フォーム)赤信号(レッド)》の少女だった。

 

赤信号(レッド)の質問を許可する」

「魔法少女以外の要因による無力化の可能性が残っている。例えば……自滅」

 

 確かに、魔法少女が倒すから共有されるのであって、それ以外の原因で怪人が討伐されたら記録には残らないのではないか。そもそも、怪人が無力化されたら何らかの方法でその情報は拡散されるのではないか。赤信号(レッド)の考えは的を射ているように思えた。

 

「他にも、異常な怪人の場合も考えられる。怪人が何を目的としているか、未だによくわかっていない。仲間割れをしたり、『怪人を滅する怪人』がいても否定はできない。……そのような可能性は?」

「無い」

 

 違和感のようなものを雪景色(スノウドロップ)は覚えた。しかし、それが具体的に何かは言語化できなかった。

 

「八島区周辺の怪人討伐事件。あれは、魔法少女によるものだ」

「それは……そうだな。魔法少女のはずだ。申し訳ない、混乱していたようだ」

「構わないよ、赤信号(レッド)。質問や意見は忌憚なくしてくれないと会議の意味がない。他に質問は?」

 

 何か、何か気持ち悪いはずなのに、それがなんだろうと探ろうとすると思考が霧散する。妙な感覚だった。なんだろう、なんだろう。それを求めて思索をめぐらすうちに、とうとう雪景色(スノウドロップ)は違和感の存在すら忘れてしまった。

 

「では説明を続ける。この奇妙な事件について、私は自らの妖精……望遠鏡(スコープ)と交渉し、この事件の調査についてのみ変身して魔法を使用する権限を得た」

 

 パチン、と神眼(トゥルース)が指を鳴らすとまるで瞬間移動したかのように机の上に望遠鏡が出現した。

 

『例外的な事項ですが、不明な魔法少女、ひいては妖精が隠れているのは我々にとっても不利益です。神眼(トゥルース)の魔法が捜査に適しているのもあり、我々は調査のための魔法使用を許可しました』

 

 不思議な声色だった。ほとんどの場合、妖精は自身の魔法少女としか話さない。他の妖精の声を聴くのはどこか新鮮だった。だが、雪景色(スノウドロップ)はどこか不穏な雰囲気を感じてもいた。

 

 そして、それは的中する。

 

「調査の結果、私たちはこの『怪人討伐事件』について調()()()()()()()()()()()()を決定した」

 

 室内に少しのどよめきが現れる。

 

「はい!」

影絵(ブラック)の発言を許可する」

「なんでですか!」

 

 明朗快活な発言は中学生くらいの少女によるものだった。そして彼女は、この場にいるほぼすべての魔法少女の意見を代弁してくれた。少々、おおざっぱだが。

 

「それは言えない。が、調査を続けて正体を暴く方がリスクが高いと判断した。再三言うが、それがなぜかは説明できない」

「そのリスクとやらに抵触するからですか!?」

「それも言えない。君たちも、この事件について触れまわったり、独自に調査するなんてことはしないでくれ。危険だ」

 

 まあ、それは無いと思うがね。という呟きを影絵(ブラック)の少女は聞き逃さなかった。

 

「もちろんここまで言われたからには誰も迂闊な真似はしないと思います! でも、今の神眼(トゥルース)ちゃんの言葉はなんか含みがありました!」

「ああ……そうだな。すまない、あまり良くない言い方をした」

 

 ちゃんづけって……と雪景色(スノウドロップ)は思った。しかし言ってることは正しいし、思ったことをズバズバ言うあたりは会議の姿勢としては正しいと思えた。彼女もまた、会議に選ばれた数少ない代表者だ。

 そんな影絵(ブラック)の歯に衣着せぬ物言いにも、神眼(トゥルース)は動じなかった。動じずに、今日の会議で最も恐ろしい言葉を吐いた。

 

「この報告を会議でしたのは、今日で3回目だ。しかし皆、この事件については綺麗さっぱり忘れていた。政府にも2回報告をしたが……この件についてのみ、未だ返事が無い」

 

 意味が分からなかった。自分は初参加だからいいとしても、周りを、周りを見ても誰も何もわかっていない様子だった。

 しかし、神眼(トゥルース)は淡々と報告を続ける。

 

「議事録にも残らなかった。砂塵嵐(サンドストーム)が書き留めていたのは、この私も目で確認したはずなんだがね。事件の性質から鑑みて、これ以上情報を共有することすら危険な可能性がある。それで、決を採りたいのだが……」

 

 誰も、何も言えなかった。誰かが生唾を飲む音すら聞こえる。神眼(トゥルース)がこの重要な会議で、このような冗談をいう性格ではないことは誰もが重々承知していた。

影絵(ブラック)すら、いや理解力の高い彼女だからこそ神眼(トゥルース)のことをおそろしげに見ていた。

 

「多数決だ。次の会議でも、私はこの情報を共有すべきか? 『共有すべき』と思った者は手を挙げてくれ」

 

 満場一致で、神眼(トゥルース)の案は否決された。この会議を最後に「不明な魔法少女」が議題に上ることはなかった。そして、そのことを気に留める者も……じきに、居なくなった。

 

「決まりだな。次の議題は──」



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紫陽花の魔法少女 その1

こんなの書いてる時点でバレバレなんですけど、SCPは大好きです。

追記:第5話の「「いない」魔法少女 その3」において、「ロータリーは円形交差点で、環状交差点はラウンドアバウトです」というご指摘をいただきました。本当にありがとうございます。該当する話においては、円形交差点(ロータリー)で統一させていただきます。
どちらを選んでも本筋に影響するわけではありません。しかしこういった違和感をないがしろにすると作品の雰囲気が損なわれてしまうことがあるので、こういった指摘には本当に感謝しております。


 人には様々な顔がある。家族に対して、友人に対して、先輩に対して、後輩に対して。先生に対して、上司に対して、部下に対して、恋人に対して。場面に応じた口調や振る舞いを使い分ける。

 「取り繕う」などという言葉があるけども、その取り繕った自分さえも"本当の自分"だと私は思っている。なぜなら、内心は人には見えないから。行動こそが他人から見える自分を形作っていく。そこに仮面などなく、ただ自分の素顔だけがある。

 

 まあ、要するに、何が言いたいかというと。TS転生魔法少女おじさんであるこの私 宇加部 由良も、いつもはごく普通の女子中学生をやっているということだ。

 

「これお願いします」

「はい、はい。3点ですね。来週までに返してくださーい」

 

 八島区立十和坂(とわさか)中学校、というのが私の通っている中学校である。名前の通り普通の公立の共学校である。校風? 知らん。適当に通ってるだけだし。

 んで、今は昼休み。私はいつも通り、図書委員の仕事である貸出業務に勤しんでるというわけである。

 

 別に本は嫌いではないし、委員会には必ず入らないといけない。入ってもいいかな、と思えるのが図書委員ぐらいしかなかったというだけの話である。放課後特にやることもないのでこの業務も大して苦痛ではない。人生2週目なおじさんはのんびり気楽にいきたいのだ。

 さっき校風は知らないと言ったが、ひとつだけ知っていることがあった。この学校の図書館は、けっこう居心地がいい。そもそも、図書「室」でなく「館」な時点でお金をかけていることが分かる。公立でこれ、ってこの世界的にはどうなんですかね。前世の中学は確か図書室だったからなかなかどうしてワクワクするものだ。

 

 ま、中学で図書館に来るような生徒など大して多くはない。めちゃめちゃ本が好きな生徒が日常的に来る以外は、課題やらなんやらで必要な時にしか来ない生徒が大半だ。だから、このぼーっと過ごせる時間を私は割と気に入っている。気に入っているんだけど。

 なんか、いるんだよな。図書館の入口で、こっちをずーーーーーっと見ている女の子が。ぱっと見1年……だと思う。私は2年だし、帰宅部なのでこれといった面識はない。そもそもぼっちだし。

 本当になんだろうね。私と彼女の間に誰かいる訳でもないし、後ろを見ても壁が広がってるだけだし。

 

 実を言うと、今日が初めてのことではない。たまになんとなーく視線を感じることはあり、それが徐々に確信に変わっていった。ああ、この子が見てるんだな、と。用事があるなら向こうから切り出すはずであり、しかし一向に来ないのでもうそういうもんかなと思っていた。

 たださすがに今日は露骨すぎる。しかも、そこに立たれると図書館に入るとき邪魔すぎるし。

 しょうがない。私は彼女に向かって軽く手招きをして呼び寄せる。

 

「気づいてたんですか」

「バレバレだよ。あそこ、邪魔だからあんまり立たないようにね」

「あ……すみません」

 

 そう言うと彼女は少し頭を下げる。すごい良い子じゃん。ちょっと強めの口調で注意したのを早くも後悔していた。私のメンタルは無駄に長く生きてきたくせに繊細です。

 

「それで、どうしたの」

「あの、えっと……お茶しませんか!?」

「……いいけど、委員会(コレ)終わったらね」

 

 どうしよう。ナンパなんて生まれてこの方初めてであった。

 

 私がナンパされたという奇妙な事実は噂となって図書委員中に広まり、見知らぬ図書委員が仕事を代わってくれた。意味がよくわからないが、まあ彼女を待たせなくできたのでよしとしよう。

 1年の女の子はその間ずっと図書館で本を読みながら待ってくれていた。なんなんだろう。ここまでされる何かがあったかな?

 図書館を出て、何故か歩かされることしばし。聞いても「ちょっと学校の中はまずいので!」としか言ってくれない。どうしよう……なんか悪いことの片棒担がされたりなんて、しないよね? 路地裏に連れ込まれたりとかしないよね?

 

 が、もちろんそんな不安は杞憂で。いったん近くの公園のベンチで話すことになった。

 

「初めまして! 私、1年A組の柴野江(しばのえ) あやめといいます!」

「あー……2年C組の宇加部(うかべ) 由良(ゆら)です」

 

 互いにそう挨拶すると彼女は私に微笑んだ。おお……光の笑顔……。

 癖っ毛なのかウェーブがかった髪がかわいらしい。アニメが好きなのか、鞄には最近人気なキャラクターを模したキーホルダーがさがっている。

 別にアニメ好きを公言したことは無いし、そもそもアニメはそんなに見ないし……本当になんだろう。

 

「それで、私に何の用があってわざわざ?」

「単刀直入に言います。先輩、魔法少女ですよね?」

 

 ……。

 

 …………………………………………………………。

 

「えぇ!?」

「うわぁ!」

 

 しまった。あまりにもびっくりしすぎて大声を出してしまった。

 

「え、え、え、え、え、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで」

「やっぱりそうだったんですね……いや、そんなビビらなくてもバラしたりしませんよ」

 

 あまりにも私の表情が真に迫っていたのか、ガチトーンでフォローされてしまう。先輩の威厳は既に地に落ちていた。

 

「まあ、殊更に公言してないだけで隠しても無いからいいけど。周りに魔法少女いたことないからびっくりしちゃった」

嘘。ほんとは知られたくない。だって私はいないから。

「あはは、そうだったんですね。私も同じです。なかなか話せる相手がいなくて、つい」

いない、いない。いるべきでない。罪滅ぼしの、魔法少女。

 額に流れた冷や汗を拭う。

 

「てことは、もしかして」

「はい! 私も魔法少女……《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》です!」

 

 そう彼女は宣言して立ち上がった。「しゃきーん」と口に出してポーズまで構えてくれる。かわいいなあ。

 どうやら、同じ話題を持つ仲間が学校にいなくて寂しかっただけのようだ。最初はナンパされてびっくりしたけど、なんてことはない。私が魔法少女を苦手なのは共闘とか共闘とか中身おじさんが恥ずかしげもなく変身するとか共闘とかそういうところであって、別にこういう場面で話すぐらいなら全然問題ない。あんまり多いと嫌だけどね。

 

「じゃあ、今日からお友達だね。あやめちゃん」

「……あっ、ありがとうございます先輩!」

「先輩も敬語もいらないよ~」

 

 感極まったように肩を掴まれる。そんなに寂しかったのだろうか。それとも元気が有り余っているのだろうか。どちらかは知らないが、もう少し早く話しかければよかったなと思った。

 

「じゃあお茶しましょうお茶! 私、おすすめの場所あるんです!」

「あ……今200円しかないや」

「え」

 

 

 正確な残金は217円であった。

 

「いや、そうじゃなくて! そんなにお小遣いもらえてないんですか!?」

「敬語いらんて。別にもらえてないんじゃなくて、私が散財するだけ」

 

 まあそんなんじゃ良くてドリンクしか頼めねえよということで、向かった先が魔法少女棟であった。魔法少女がワラワラいそうであんまり近寄りたくないけど、背に腹は代えられぬ。

 ここならほとんど無料で使える食堂があるので、そこで適当に安っぽいデザートを頼むことにした。

 

 魔法少女棟。最近建てられた建物であることと、そして超重要な存在である魔法少女を支援する建物なだけあってかなり清潔かつ手入れがされているのを感じる。これは魔法少女の溜まり場になるのも納得である。

 1階のごく狭いフロアは一般開放されているが、そこ以外は魔法少女の認証が必要である。偽証の防止のため、そして契約したばかりで国から認知されてない魔法少女でも利用できるようにここでは独特な認証の仕方が採用されている。

 

 それ即ち、魔力探知。正確には「魔力によって歪められた生体電磁波」らしいのだが。魔法少女なら体から必ず発せられるそれを、専用の精密機械で探知しているらしい。妖精も似た理屈で判別しているのだが、電磁波の形が違うのでそれぞれ違うボックスに入れられて探査される。検査自体は一瞬だから、

 

妖精を預けて歩く→ボックス内で立ち止まる→ドアが閉まる→検査される(1秒ぐらい?)→奥のドアが開く→そのまま進む→妖精を返してもらう

 

で良い。まあ見たらSAN値チェック*1不可避なうちの(ホーム)をあやめちゃんになるべく見せないようにするのは大変だったが。魔法少女には妖精の姿は(たとえ非変身時でも)見えてしまうのだ。

 

 頼んだチョコレートケーキを頬張りながら雑談に興じようとしたのだが、あやめちゃんの反応はあんまり良くなかった。

 

「散財って……何に?」

「えーっと、大体パフェとかCDに消えるかな。あとサブスク。8割ぐらいパフェだけど」

「パ、パフェ魔人」

「なんだその目は」

 

 失礼な。とりあえず暇なときはカフェに寄るだけである。まあそれで金欠になるんだけど。

 

 ちなみに魔法少女は儲からない。怪人を倒しても討伐報酬みたいなのは出ないためだ。一応月給みたいなのは出るけど、当然のごとくうちは両親に管理されてる。

 理由はいくつかある。1つは、予算のうち大半をこの魔法少女棟のような支援事業に費やしていること。もう1つは、思春期の少女に急に大金を持たせたらどうなるかわかりきってること。そして最後に、「より多く怪人を倒している魔法少女の方が偉い」といった価値観を作らないためだ。金に目がくらんであわや大怪我、なんてことは誰も望んでいない。直接的な給付は多くないが、代わりに年金や奨学金の免除といった制度で間接的な恩恵を受けている。

 「共産的すぎる」「魔法少女に適切な報酬を」みたいな批判はあるにはあるが、さすがに私も現状の方がいいと思う。お金はもっと欲しいけどね。1000億円非課税で寄こせ。

 

 本当にお金が欲しいなら配信業とかもやる必要がある。あれなら妖精の監査が入る代わりにちゃんと広告収入がダイレクトに貰えるからだ。もちろんあっちはあっちで厳しい世界だから、生半可なコンテンツでは登録者数は増えないだろう。明らかにめんどくさそうだから私はやりたくない。早く1兆円非課税で寄こせ。

 

「じゃあ来月! 来月私と一緒にパフェ食べよ!」

「いいよー」

 

 ぱあ、とあやめちゃんの顔が明るくなる。さっきから表情がコロコロ変わるので見ていて面白い。……あ、このチョコレートケーキ意外とうまいな。今度から魔法少女棟にも寄ってみるか。金かからんし。

 

 いや、そうではなく。あやめちゃんには聞きたいことがあるんだった。

 

「ねえ、どうして私が魔法少女だってわかったの?」

「だって由良ちゃんの魔力だだ漏れだもん」

「だだ漏れ……」

 

 あまりに嫌な響きだ。

 

「怪人にバレるわけじゃないから気にしてない子も多いけど、魔法少女で気づく子はそこそこいるよ」

「へぇー……」

 

 その後も、いろいろな話をした。憧れの魔法少女の話。厄介だった怪人の話。報告や後始末が大変だった話。つい最近やった体育祭の話。

 あぁ、友達とはこういう感じだったなあ。私も久しぶりに、誰かと交流して楽しいと思えた。

 

「そう、だから次こそはあのクレーンゲームにリベンジしたいの!」

「ふふふ、なるほどね……そろそろ日も沈むし、帰ろうか。確か家は反対だったからここでお別れかな」

「あ、あの!」

 

 食堂の席を立つと、あやめちゃんが呼び止めてくる。

 

「どしたの?」

「今日は、ありがとう。その……由良ちゃんってなんかミステリアスっていうか、孤高って感じでなかなか話しかけられなかったけど……」

 

 それぼっちなだけやで。

 

「でも、今日話せてよかった! またね、由良ちゃん!」

「うん。【さようなら】、あやめちゃん」

 

 かくして、魔法少女棟を出る。今日は楽しかったな。また明日、会えるかなとのんきに考えていたのだ。

 言い訳をさせてもらうなら、この時の私はまだ知らなかった。

 

 私が変身しなくても魔法を使えること。そして、無意識に魔法を使っていたことを。

*1
正気度判定。特定のTRPG用語だが、それが転じて「常人なら発狂しかねないイベントの遭遇」の意味を持つ



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紫陽花の魔法少女 その2

「あやめちゃん、来ないなあ」

『来ませんねえ』

「学校内で喋らないで、(ホーム)

 

 あやめちゃんと友達になって早数日。その友情に、自然消滅という名の危機が迫っていた。

 

「返却ですねー。はい、はい、OKでーす」

 

 差し出された本のバーコードをピッ、ピッとスキャンして返却用の棚に置く。いつも通りの図書委員の業務風景だ。

 そう、そうなのだ。あれからずっと、あやめちゃんに会えてない。いや何回か1年A組に顔は出したんだけど、なんか部活やらなんやらで運悪く会えなかったのだ。

 

「いつ空いてるか聞いとけばよかった」

 

 完全にぼっちの弊害が出ている。仲良くなったらまた会えるやろーって楽観視していた前の自分を殴りたい。

 うーん。でもあんまりこっちから押しつけがましいのもなあ。思ったよりも忙しそうだし。こっちから会いに行って「いや私はそんなに友達と思ってなかったけど……」といわれるのが一番キツイのだ。(ホーム)から『だからずっとぼっちなのでは?』とでも言いたげな視線を感じるが、完全に無視する。そうだよ、私はナイーブで繊細な性格をしているんだ。

 あれから特に変化はない。あやめちゃんには会えてないし、私は普通に中学生活を過ごしている。月のこの期間は図書ポスターや図書便りの製作に駆り出されることもある。うまいこと顔を出せなかったのはそういう理由もあった。

 怪人もここ一週間は出て来てない。怪人に関しては最近が異常だっただけで、一か月に一度でも戦えば比較的多い方なのだ。魔法少女も数が増えてるとはいえ、同じ地域にぼこぼこ湧いて出てこられたら体が保たない。

 

 いや……一つだけあったな。変化。

 魔法少女としての変化、いや成長か。私は、魔力を抑えられるようになった。

 

 

『では、おさらいもかねて魔力と魔法について説明しましょう』

「お願いしまーす」

 

 ここ数日は、自宅の私室で(ホーム)による魔法少女講義が開催されていた。理由はもちろん、魔力を抑えるため。あやめちゃんに「魔力ダダ漏れでバレバレ」と言われた以上、なんとかして抑えないと私はTS転生魔法少女おじさんからTS転生おもらし魔法少女おじさんにクラスダウンしてしまうのである。

 ……真面目なことを言えば、できる限り私が魔法少女であることは隠しておきたい。そのためにも、魔力を抑えるのは必須事項であった。

 

『全ての人間が魔法を扱えるわけではありません。なぜなら、魔力への適性が必要だからです』

「ふんふん」

 

 (ホーム)曰く、魔力は文字通り理外の力。妖精の住む異界からもたらされた力なのだ。それを扱える人間は限られている。

 

『妖精と契約した魔法少女は、まず妖精から魔力を受け取ります。それを体内で練り上げ、育てていくことでより強く、多彩な魔法を使えるようになっていくのです』

 

 最初は弱くてカスみたいな魔力でも、怪人と戦って経験を積んでいくうちに強くなっていくらしい。それを「魔力が強い」とか、「魔力量が多い」とか呼ぶのだ。交通三姉妹が私のことを後輩と決めつけたのは、私が彼女らを先輩と呼んだこと以上に私の魔力量が関係しているのだろう。

 ちなみに、妖精に魔法少女の情報が筒抜けになるのは契約時に魔力が移動するからである。魔力を渡すその反作用のようななにかで、魔法少女の情報が妖精に渡ってしまうらしい。

 

「で、私それなりに怪人と戦ってるけど。何で魔力量少ないって言われるの」

『それはですね……わかりません』

 

 おい教師(ホーム)。君がわからなかったらこの場の誰もわからないじゃないか。

 

『確かに怪人と戦うにつれ練り上げられてはいるんです、いるんですが……何故か由良の強化につながらないのです。強化されたとしても、割に合わないほど微弱です』

「えぇ……コスパ悪すぎるでしょ」

『ただ、扱う魔法自体は順当に強化されています。あなたは魔力量のみが少ない、極めて異常な魔法少女です』

 

 そういうの早く言えよ。

 

「の割に別に息切れとかしないけどね、魔法」

『魔力はゲーム的な"MP"ではないからです。理外ゆえに、それは物量ではない。そしてそんな魔力にはもう一つの姿があります』

「もう一つ?」

『我々妖精の魔力です』

 

 魔法少女が育て上げた魔力と、妖精がもともと持つ魔力。これらを組み合わせることで変身、ひいては魔法使用が可能になると(ホーム)は説明した。だから、変身には妖精の許可が必要なのだ。

 

『怪人の周辺でしか変身できないのは、危険だからです。怪人を殺しうるということは人間はもっと簡単に殺すことができる。そんな力を許可なく振り回させるわけにはいかないからです』

「ふーん。……動画撮影は?」

『特例ですね。魔法少女の価値を社会にPRすることの意義は十分認められています。戦闘中に"動画映え"を意識されては支障が出ますし、そういう場合のみ特別に変身を認めているのです』

 

 なんか違和感というか、言い訳じみたようなものを感じたけど、それがなんなのか説明できないな。一応それっぽいし、言語化できない以上追及できない。

 

『我々妖精の魔力は魔法少女はおろか他の妖精にも感知できませんが……しかし、人間用に調整されたものなら感知ができます。それこそ、魔法少女にも』

 

 あんまり実感できる話ではないのだが。理外の力である魔力が、人間のためにすこし"理"……こちらの世界に寄ることで常識的な感知が可能になるらしかった。

 

『魔法少女に変身が必要なのは、『異界の力を身に纏っている』という自覚を促すためです。もちろん、主には怪人の攻撃から身を守る魔力鎧としての意味合いが強いですが……』

「この世界に近づいた魔力なら、ギリギリ魔法少女(わたしたち)が制御して抑えることができる、ということ?」

『正しいです』

 

 まあ、理屈はわかった。あとは方法を知って実践するだけだが……。

 

「実際、どうやって魔力を抑えるのか知ってる?」

『気合です』

「気合」

『そうとしかいいようがありません。そもそも、怪人にバレるわけでもないので基本的には不要な技術ですし。また調整されたとはいえ、あなたたちにとってはまだまだ未知の力。理屈ではなく、感覚で制御するしかないのです』

 

 教師(ホーム)がいる意味~~~~~!!!!!

 

『変身した方が感覚は掴みやすいはずです。いったんなってみてください』

「いいの?」

『特例です』

 

 安いな、特例。

 

「風の音が響き渡る文字の禍いが降りかかる

 鳥の囀りが身に染みる幻の音が眼を隠す

 この力は人々を護るためこの力は敵を狂わすため

 戦う私は衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》」

 

 いつも通りの詠唱を行い、特に問題なく変身が行われる。

 

「これでいいかな」

『ばっちりです。何か感じますか?』

「むむむ……」

 

 むむむむむ。あるような、ないような……。魔法を使ったらもう少しわかりやすいかもしれないが、さすがに怪人もいないのに使うのは躊躇われた。暴発したら危険だし。

 ここから、私の魔力を抑える地獄の特訓が始まったのだ。

 

 

「魔力制御、思ったよりいけたわ」

『いけましたねえ』

「シャラップ!」

 

 別に毎日数十分、それを数日で全然制御できるようになった。地獄ってのも嘘です。もしかしたら魔力が少なくて制御しやすかったのかもしれない。途中で母が部屋に入りそうになるアクシデントとかもあったが、なんとかやり通せた。

 変化といえば本当にそれくらいなのだ。せっかくあやめちゃんと友達になれたと思ったのになあ。友達になったからにはカフェに行ったり、くだらない話をしたり、夜遅くまで通話をしたり……。

 通話、通話……?

 

 あーーーーーーー! 連絡先! 確かチャットアプリのアカウントを教えあったはず!

 チャット使う相手なんて家族しかいなかったから全然意識してなかった!

 

 立ち上がりたい衝動を抑え、辺りを見回して受付に用事がある人がいないことを確認。こっそりスマホを取り出してチャットアプリを起動する。

 

「『図書委員の仕事してます。良かったら来てね』……と」

 

 打ち終わったらサッとスマホをポケットに隠す。一応仕事中だからね。最低限にしないと。

 これで少なくともいつかは返事が来るはずである。既読無視されたらどうしよう。さめざめと泣くしかない。そしてその涙がいつしかは大きな海となり、私は全ての生命の母となるのだ……。

 

 脳内でくだらない詩を作っていたら、ふと入口の自動ドアが開いた。入ってきたのは、ウェーブがかった癖っ毛の……。

 

「あやめちゃん……!」

「え……え!?」

 

 来た、来た! ほんとに来た! 私があやめちゃんに向かって手を振ると、どこか不思議そうな表情をしながらこちらに近寄ってきた。

 でも変だな。どこか表情に陰があるというか、困惑の色が強いというか……。

 

「え、えと……もしかして、あなたですか? あのチャットの人って」

 

 も、もしかして私……忘れられてるの?




追記:怪人は魔力感知できないのに第1話でトイレットペーパー怪人が由良の魔力の少なさを弄ってたので当該発言を別のものにこっそり差し替えました。


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紫陽花の魔法少女 その3

「え、え……? どうして……?」

 

 どうして、というのはこちらのセリフなんだけどなあ。私が友達になったと思い込んでいたあやめちゃんは、数日のうちに私のことをすっかり忘却していたようだった。その視線と表情には、怪訝なものが混じっていた。

 え、マジ? 泣いていいかこれ?

 

「本当に覚えてないの? ここの入り口で、あやめちゃんがずーっと待ってたの」

「えと……あ、それは覚えてます」

「そのあと公園に行ったり、連絡先交換したり、話したり……したんだけど」

 

 そうやって思い出させようとしても、あやめちゃんの反応は芳しくない。

 あれだけ丁寧語はいいって言ったのに、戻ってしまっていることが私と彼女の距離を感じさせられているようで嫌だった。

 

「すみません、それは……わかりません」

「そっか……」

 

 微妙に覚えているのと表情からして、ドッキリや悪戯だとはさすがに思えなかった。

 となるとガチ忘れとなるわけで……。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 あまりの気まずさに耐えきれなかったのか、とうとうあやめちゃんは逃げるように駆けだしてしまった。

 急な出来事に思わず立ち上がってしまう。

 

 

「ま、待って!」

「宇加部さん? まだ終わりじゃないですよ」

 

 つい追いかけようとしてしまったところで、後ろから声がかけられる。図書館の管理をしている司書の新田さんだった。別に厳しい人というわけではないが、どう考えても今のは私が悪かった。ていうかさっきスマホ使っちゃったし。

 

「す、すみません」

「ごめんね~。もうちょっとしたら受付も私がやるから、それまで我慢してくれる?」

 

 本当は今すぐにでも追いかけたかったのだが、さすがにそれは憚られた。

 うう、大人の理性と社会性が今だけは憎い。

 

 

「あやめちゃんってどこか知ってる!?」

「今日は部活休みですよ。もう帰っちゃったと思いますけど」

「ありがとー!」

 

 1-Aで情報を得て、廊下を走らない範囲の早足で昇降口に向かう。

 どこだ、どこだ、どこだ……!

 

『由良』

「何!」

『彼女が由良のことを忘れていた件ですけど』

「うん、わかってる」

 

 校門を出たあたりで(ホーム)が鞄の中から話しかけてくる。

 さすがにあそこまで一緒にいて彼女が私のことを忘れたとは考えにくい。もし何かの理由で興味を失ったり、嫌いになったならばわざわざ今日図書館に来たりはしないはずだ。既読ついてたし。

 つまり疑うべきは、異常現象。この世界の異常現象といえば2つしかない。

 魔法少女と──怪人だ!

 

「あやめちゃんは既に怪人の魔の手にかかっているおそれがある! 破壊活動をせず潜伏する怪人なんて聞いたことないけど、それしかありえない!」

『いや、あの、由良。その魔法は、あなたの……』

 

 前の怪人は第2形態なんて持っていたし、最近急に謎の特性を持った怪人が増え過ぎている気がする。そもそもここまで集中して出現するのもおかしいし、何か良からぬことが起こっているようにしか考えられない。

 

「早くしないと……あやめちゃんが危ない!」

『え、えっと……』

 

 危機感を募らせた私の発言を前に、しかし(ホーム)に緊張感はあまりないように思えた。この緊張感を共有できないことが少しもどかしく、声に感情が出てしまう。

 

(ホーム)もなんかない!? あやめちゃんが行きそうな場所とか!」

『いや、あー……そうですね。普通なら、自宅なんじゃないでしょうか』

「そこ以外で!」

 

 自宅なら住所を知らない以上、お手上げである。だからそれ以外の場所でないといけない。

 脳みそをフルで回転させる。先日の会話を思い出せ。何が好きだった? 何が趣味だった? 外出は?

 あ……。

 

「ゲーセン!」

『確か、クレーンゲームについて言及していましたね』

 

 学校の近くにあるゲーセンは2つ。スーパーに付属しているのと、純粋にゲーム筐体だけで運営している子供向けの建物。

 どっちかにいるのを祈るしかない……!

 

 そして、走り出して10分少々。

 

「かひゅー、かひゅー……もう、無理……」

『……由良は冗談じゃなく運動をした方が良いですね』

 

 多分、今は酷い顔をしてるんだと思う。息も絶え絶えに、一歩、一歩足を進める。より近いのがスーパーの方だったんだけど、そっちは残念ながら外れだった。だから最後の力を振り絞って少し距離のある本格ゲーセンの方にラストスパートかけたんだけど、これがいけなかった。

 私の運動不足歴を舐めちゃいけない。ちょっと走っただけで汗だくだく、5分程度の休憩が必要になるのにこんなに長い距離(当社比)を走ったらどうなるのか、火を見るより明らかだった。あとめちゃめちゃ脇腹が痛い。痛すぎてもう走ってるんだか早歩きなんだかわからなくなってきた。

 

「おぇ……しかも、クレーンゲーム1階じゃないし」

『はい、がんばって階段上ってください』

「どお゛じでエスカレーターじゃない゛のお゛お゛お゛お゛」

 

 文句を言ってもしょうがないのだが、しかし言わずにはいられなかった。無限に思える階段を全て登り切った時、クレーンゲームの筐体の周辺にようやく見覚えのある姿が目に入ってきた。

 

「いた……あやめちゃん……げっほ! ごっほ!」

「え、誰って……ぎゃあ! 大丈夫ですか!」

 

 もうマジで一歩も歩けない。そのまま倒れこむと、心配そうにあやめちゃんが駆け寄ってくる。ほ、本当に優しい子。

 床が冷たい。気持ちいい……。

 

「顔色悪いですよ! どうしたんですか!?」

「大丈夫……走り疲れただけ……」

「とてもそうには見えませんけど」

「ほ、ほら……覚えてないかもだけど……前クレーンゲーム好きだって言ってたじゃん? 私もクレーンゲーム興味あったからさ……やりたいなって……」

 

 おえー。吐き気をこらえつつ財布を取り出して覗いてみる。

 

「あ……87円しかないや……」

「そうじゃなくて! 私……覚えてないのに……」

「いいの? 私……勝手に連絡先入れたストーカーかもしれないんだよ」

「ストーカーはこんな目立つ場所でぶっ倒れたりしませんよ!?」

 

 それもそうか。あー、横になったらちょっと落ち着いてきたかも。起き上がって近くの壁を背もたれに座りこむことにする。

 

「2年、C組の宇加部 由良って言います……」

「え?」

「覚えて、なくても、さ……。私はあやめちゃんと話せて楽しかったんだよ。だから、もう一度」

 

 お友達に、なってくれませんか。

 ぜいぜいと呼吸をしながら絞り出したその言葉に、しかし彼女は笑い出した。

 

「あっ、あはっ、あははははは!」

「どしたの……」

 

 なまじストーカーの自覚があるだけにちょっと怖いかもしれん。だが、彼女の口調はあくまで軽いものであった。

 

「い、いや、だってこんな死にそうな顔になって言うのが『友達になってくれませんか』って! 由良先輩、ちょっと面白すぎでしょ!」

 

 そうか? そうかもしれない。ちょっと今、体力の回復に専念してるからいまいち言葉の理解にリソースを割けないのだ。

 とりあえず、あやめちゃんは無事そうで良かった。ゲーセンを見渡してみるが、周囲に怪人の気配はない。油断はできないが、とりあえず大丈夫そうだ。

 

 ならば、今は再会を楽しもう。

 

 

 疲れた喉に自販機の水がよく沁みる。体が生き返った気分だった。もちろん、後輩に金を借りるという初手最悪ムーブにより心は沈んだが。

 

「ありがとう、水。お金は来月返すね……」

「あ、はい」

「それで、確かどうしても取りたい景品があるんだっけ」

 

 クレーンゲームの筐体を見やる。中には、最近人気なアニメのぬいぐるみから家庭用ゲーム機まで様々な景品が並んでいる。この世界のゲーセンにはほとんど入ったことはないが……前世のとだいたい同じなら、まあ一筋縄ではいかないだろう。

 あやめちゃんはその中の一つ、アニメキャラのぬいぐるみを指さしている。

 

「そうなんです! 『完全犯罪は禁断の恋と共に』……『はのとに』で一番の推しなんです!」

 

 「はのとに」……ああ、タイトルの助詞だけを抜き出した略称なのか? なんでそんな面妖な略し方をするんだ。

 

「『はのとに』観てください! すごい面白いので!」

「そう?」

「そ~なんですよ! 犯罪小説好きの美術部員が元殺し屋の顧問の先生に恋をして、追っ手の犯罪者からなんとかして逃げたり隠れたりしながらも愛を育んでいくんですけど、もう本当に2人の絡みが甘々なんですよ!かと思えば追手から先生を隠すシーンはものすごい緊迫感があって! 恋する相手を隠し切りたい主人公とそれをなんとかして暴こうとする追手の頭脳バトルは手に汗握るというか!」

 

 あ、やばい。これやばいオタクだ。思ったより熱量が高いタイプの。

 

「一口で二度楽しめるアニメなんだね」

「わかってくれますか!」

「うん」

「それで、この(ぬいぐるみ)は最初の追手なんです! も~めっちゃ顔が好みなんですけど、この子も実は先生に恋をしてて! 普段は先生を奪おうとしてくるんですけど、主人公と先生がピンチになった時には颯爽と助けてくれたりして! それが! こんなかわいいぬいぐるみに!」

「取れるといいねえ」

「はい! がんばります!」

 

 そう言うと彼女は今日の中で一番いい笑顔を見せた後、クレーンゲームの筐体に走り向かっていった。

 「はのとに」ねえ。今度、観てみようかな。




「はのとに」、私も気になってきたな


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紫陽花の魔法少女 その4

 2cm。それはこのクレーンゲームにおける、「揺らぎ」の数値であった。

 緊張しながら柴野江 あやめは筐体の前に立つ。相対するは人気アニメ「はのとに」に出てくるサブキャラクター……"斑鳩 紫水"がデフォルメされたぬいぐるみ。これを取ることが彼女の目標であった。以前に失敗して以来、なかなか部活などで行けなかったがとうとう今日チャレンジできた。

 

 事前に決めたチャンスはもう残り1回、3プレイ分しかない。これはゲーセンの限定品だが、しかしこのグッズのみに集中するわけにもいかない。他にも欲しいグッズや作品は山ほどあるのだ。

 

「がんばれ~」

 

 背後からの気が抜けたような応援は謎の先輩、宇加部 由良によるものであった。小中学生における"1年先輩"は精神的にも肉体的にもかなり違いが出てくるというが、しかしそれを考慮してなお彼女からはどこか大人びたような、達観したような雰囲気が感じられた。だが、先ほどのちょっとした騒動はさすがに驚いた。床に倒れこんだせいか制服には少し汚れが見受けられる。"あの"先輩もそんなことをするんだなあ、とさえ思った。

 そんな彼女とはつい先日にたいそう仲良くなったらしいのだが、しかしあやめにその記憶は一切ない。

 由良先輩のことは確かに以前から気になっていた。どこか丁寧な物腰で、誰とでも気さくに話すのに孤高の存在のようなオーラが感じられたのだ。他にも惹かれた理由があったような気がするが、あやめにはどうしても思い出せなかった。しかし、いくら気になっていたからといって交流の無い彼女のアカウントがいつの間にかチャットアプリに登録されていて、「図書館で待ってる」と来た時は寒気すら感じたものだ。

 

 だから図書館に来る前にちゃんと開いているかと、内部に他の人がいるかはきちんと確認した。さすがに怪しい先輩と二人きりで会うわけにはいかないからだ。

 そうやって怪しんでいたし、実際知らないエピソードをぶつけられて怖くなり逃げ出してしまったのは確かだった。だが、そんな感情もゲーセンのど真ん中でぶっ倒れる先輩を見た時に吹き飛んでしまった。

 

 いったいどこの世界に、追っかけて体力を使い果たすストーカーがいるというのか。あやめはばかばかしくなったのだ。そもそも、先輩だって中2の女の子だ。自分に至ってはまだ入学したてだし、交流が無かった以上そこまで過激な行動にでられるとも思えない。

 それが適切かどうかはともかく、彼女はそういう結論を下した。自分の記憶がぶっ飛んでるのか、それとも彼女がエピソードを捏造したのかはわからないが、もう少しこのおかしな先輩と一緒にいたいと思ったのだ。

 

 あらためて、クレーンゲームに向き直る。

 

「ここで止めて、ボタン。ここで止めて、ボタン……」

 

 指さし確認をしながら何度も脳内でシミュレーションをする。以前の経験と、ネットで調べた知識を総動員して戦略を組み立てた。

 2cmというのは、クレーンが滑る距離だ。停止ボタンを押してもすぐに止まってくれるわけではない。雨降る道路で車がブレーキをかけるように、時間が経ってから停止するのだ。その距離が……2cm。

 

 カチ、と頭の中の歯車が嚙み合ったような気がした。コインを筐体に投入し、食い気味にスタートボタンを押す。

 

『アト3回遊ベルヨ!  スタートボタンヲ……ゲーム、スタート!』

 

 陽気な機械音声が響き、クレーンが動き出す。

 

「2cm、2cm、2cm……ここ!」

 

 停止距離をも考慮した完全なタイミングでボタンを押す。クレーンが止まったのは……ちょうどぬいぐるみの真上だった。クレーンが下降し、アームがぬいぐるみを掴む。

 

「すご……1回目でいけるんじゃない?」

 

 由良が感嘆の声を漏らす。クレーンゲームのことは何も知らない彼女だったが、この調子ならそのまま穴の上へと運んでくれそうな雰囲気であった。

 しかし、クレーンは無情に揺れる。

 

「え、なにこれ」

「……やっぱり……!」

 

 緩やかに止まる横移動の場合と異なり、上下移動するクレーンは一定の高度に達すると急停止する。そのせいでアームとぬいぐるみの緻密なバランスが崩れ、今にも落ちそうになってしまっているのだ。

 もちろん、下調べをしていたあやめはこの現象についても熟知していた。あとは──祈るしかない。

 

『アト2回遊ベルヨ! スタートボタンヲ押シテネ!』

「お、惜しい!」

 

 しかし、アームは耐えられなかった。なかなかの距離は移動できたものの、しかし穴には届かない。無感情にクレーンが初期位置に戻っていってしまう。

 大丈夫、あと2回もチャンスはある。この調子でいけば取れるはずだとあやめは自身を鼓舞した。

 

『ゲームスタート!』

 

 再びクレーンが動き出す。スピード、距離、自身の反応時間。それらを見極めて……ボタンを押す!

 完全にぴったりとはいかなかったが、問題なくクレーンはぬいぐるみの上部で停止。掴もうと下降を始める。

 

「あやめちゃん、クレーンゲーム得意なの?」

「いえ! ですけど、推しのためなら……!」

 

 だがしかし、クレーンはあやめの熱意に応えない。位置がずれていたのか悪かったのか、はたまた別の要因か。アームはぬいぐるみを持ち上げることにこそ成功したものの、上昇して停止する際に完全にバランスを崩してぬいぐるみを落としてしまった。

 

「う、嘘」

 

 さっきと同じペースなら、この2回目で穴に落とせたはずだった。しかし、1回目より明らかに距離が足りない。近づいてはいるが、しかし際どい距離だ。

 3回目がダメなら、もう1回コインを……。いや、由良先輩が来る前にも相当やっているのだ。それを破ったら、このままずるずると何回もやってしまいそうで怖かった。

 

『アト1回遊ベルヨ! スタートボタンヲ押シテネ!』

 

 だから、これで最後。落ち着いて、落ち着いてスタートボタンを押す。

 

『ゲームスタート!』

 

 大丈夫、できる。私なら獲れる。そう自身に言い聞かせて、じっとクレーンを見つめる。

 だが、それが良くなかった。

 言い聞かせていたことか。2cmのズレを考慮するのを忘れたのか。それとも、何かの要因で集中が切れたのか。ともかく、あやめは一瞬だけ意識を他の何かに向けてしまった。

 

「あっ……」

 

 手の、下に、ボタンが。汗がどっとふき出る。この感触は、どう考えても押していた。

 恐る恐るクレーンを見上げると、それは明らかにずれた位置で静止していた。

 もう駄目だと思った。やり直させて、とも思った。だが、クレーンは応えない。これが終わったら1回3プレイのルールを忠実に守り、また所定の位置に戻るのだろう。

 

 落ちる、クレーンが。

 クレーンが下がり切り、ぬいぐるみに接触する。しかしそこは見当はずれの場所。何もない空間を掴むようにアームが動き、そして……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 がこん、と筐体下部で音が鳴る。聞き間違いかと思いガラス内部を見ると、あったはずのぬいぐるみが無い。ということは……。

 恐る恐る筐体の景品出口の扉を開けると、そこには──

 

「あ、あ……」

「良かったね、あやめちゃん!」

「や……やったーー!」

 

 とうとう、とうとう獲れたという喜色であやめの心はいっぱいだった。

 クレーンがずれた時は本当にどうしようと思ったが、しかし全ては良い方向に転がってくれた。

 

「おめでとうございます! 袋に入れてお持ち帰りください」

「ありがとうございます」

 

 いつのまにか近くにいた店員がぬいぐるみをすっぽり入れられる大きさの袋を渡してくれた。最初にはいなかったはずだから、途中から見ていたのか。ふと気になり辺りを見回すと、数人ほどの観客が軽く手をたたいて我が事のように喜んでいる姿が見えた。

 さすがにそれは少し気恥ずかしかったが、しかし狙っていた景品を取れた喜びの方が勝る。

 由良先輩が駆け寄ってくる。今は少し、この余韻に浸っていたかった。

 

 

「ここって思ったより広いんだねえ」

「格闘ゲーム、音楽ゲーム、シューティングゲーム、レースゲーム……いろいろありますよ」

 

 聞けば、由良先輩はこのゲームセンターに入ったことがほとんどないという。せっかくなので、経験者であるあやめがここを案内することになった。まあ、あやめは今日の予算が尽きたし先輩に至っては87円しかない。

 

「これ何?」

「川物語ですね」

「海じゃないんだ……パチンコでもないんだ……」

 

 先輩はときおり変な反応をするが、しかし概ねよくあやめの案内を聞いていた。そして2階のゲームを見終わり1階に降りた時、ある筐体が目に入った。

 

「先輩、せっかくだしプリクラやりましょうよプリクラ!」

「いや私お金ないって……さすがに後輩に払わせるのは……」

「ゲーセンに来たからにはひとつぐらい、ねっ?」

 

 予算がオーバーしてるとはいえ、プリクラ1回分の料金ぐらいなら許容範囲内だった。それに、この機会を逃してはいけないように思えてしまったのだ。

 先輩の「忘れてしまった」という言葉もある。たとえ忘れてもいいように、確かな形が欲しかった。

 

「うーん、まあ1回ぐらいなら」

「なら決まりですね! あそこにしましょう!」

「ちょっ、ちょっ、力つよっ!?」

 

 善は急げとばかりに先輩を筐体内部に連れていく。プリクラなど何回も経験している。慣れた手つきで硬貨を投入する。

 

「先輩はどういう感じにしたいですか?」

「え? あんまこういうのやったことないし、あやめちゃんの好きなようにしていいよ」

 

 先輩に確認を取るも、なぜか目をそらされる。不思議に思ったが、図書委員だったしインドア派であんまり外出しないのかなと思いそれ以上は詮索しなかった。

 背景などを決め、撮影フェーズに移る。

 

「これで数秒後に撮影されるんで、好きなポーズきめてください」

「わかった」

 

 2人で並んで座り、その時を待つ。機械音声が撮影タイミングを読み上げる。

 

『ソレジャア撮ルヨ! ハイ、チー……』

 

 『ズ!』と続くはずの陽気な音声は、しかし途轍もない轟音にかき消された。

 尋常の音ではない。何かが破壊、もしくは粉砕された音。

 

 魔法少女である柴野江 あやめには、大きな心当たりがあった。そして、その後どうすればいいかも。

 

「あやめちゃ……」

「先輩は逃げてください!」

 

 先輩を制止し、自らは外に飛び出す。漂う土煙のようなものに思わず顔をしかめ、口を袖で塞ぐ。

 出口に向かって逃げる一般市民をかき分けながら奥へ奥へと進んでいく。

 

 ──怪人。ある日突如出現した化け物。魔法少女によって倒されるまで延々と破壊活動を続ける凶悪なモンスターがそこにはいた。

 ゲームの筐体が乱雑に投げ飛ばされ、あるいは破壊されており、見るも無残な光景が広がっている。

 

『非常事態です! 怪人が出現しました! お近くの係員の指示に従って避難してください! 繰り返します──』

「日本ノゲームハ最高デスネェ! アナタ方モソウハ思イマセンカァ!?」

 

 怪人は奇妙な出で立ちをしているが、この怪人もその例に漏れない。身長は怪人としてはそこまで高くない2.5mほどか。もちろん、一般的な人間と比べればかなり大きい方ではあるが。

 何より奇妙なのは、怪人の全身が液晶のようなもので包まれていることだった。非常に滑らかなそれはそれこそゲームのモニターのようにピカピカと光ったり、虹色に輝いたりしている。本来頭部があるべき場所にそれは無く、代わりに巨大なヘッドホンのみが首の上に掛かっているだけである。

 

 生理的嫌悪感があるわけではないが、嫌な不気味さがあるデザインの怪人であった。

 

「あやめちゃん!」

 

 少し遅れて先輩が駆け寄ってくる。魔法少女以外の人類は、戦力にならない。怪人に出くわしたときは一目散に逃げるのがルールであり、義務だ。先輩が心配してくれるのはうれしいが、しかし今は邪魔にしかならない。

 そう思って振り返れば、先輩も自分や他の魔法少女と同じ「戦うもの」の目をしていた。

 

「まさか、先輩も……!」

「そのまさかだよ。……かわいい後輩だけを! 独りで戦わせられるかーーッ! (ホーム)!」

『はい』

蝸牛(シェル)!」

『おうよ!』

 

 互いに妖精に呼びかけ、怪人に向き直る。(ホーム)と呼ばれた奇妙な本は由良先輩に取り出され、自身の妖精である蝸牛(シェル)は自分の肩に乗る。

 

「ホウホウホウ、魔法少女ガ2人! 相手ニトッテ不足ナシ! 変身シテミナサイ、サア!」

 

「五月雨あつめ 穿てよ悪を!

 悲しみ、怒り 全てを流せ!

 この力は人々の笑顔を咲かせるため!

 戦う私は──《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》!」

「風の音が響き渡る文字の禍いが降りかかる

 鳥の囀りが身に染みる幻の音が眼を隠す

 この力は人々を護るためこの力は敵を狂わすため

 戦う私は衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》!」

 

 変身が完了し、改めて怪人と対峙する。既に何度か怪人と戦ったことのあるあやめ……もとい《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》であったが、彼女は必勝の戦略を知っていた。

 

蝸牛(シェル)、連絡は?」

『勿論したさ。増援が来るまで10数分ほどだから、それまで耐えろ。もしくは……』

 

 あやめは魔力を練り上げ、紫陽花による2つの花束を召喚した。【武具召喚(サモン)あなたに捧ぐ花束(ブーケ)】……空中浮遊する花束を召喚する魔法であった。

 必勝の戦略。それは、初手から極大な威力の魔法をぶつけて破壊する恐ろしく前のめりな戦略だった。

 

『先手必勝だ! 殺せ、あやめ!』

「【ア・ジ・サ・イ……ビーーーーーーーーム】!!!!!!!!」



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紫陽花の魔法少女 その5

 ジューンブライド、確かそんな言葉があったなあ。おじさんにはとんと無縁だったけど。

 魔法少女柴野江 あやめ、《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》。恐らく彼女の衣装のモチーフは「紫陽花」「梅雨」「ジューンブライド」なのだろう。紫陽花の花飾り、雲型のイヤリング、そして何より目立つのは薄青のウェディングドレスに似た衣服だ。本物のウェディングドレスほど動きにくそうではないが、しかし、なんか、こう、ね。JCにそれ着せるのはなんかすごい背徳感あるね。

 

「【ア・ジ・サ・イ……」

 

 あやめちゃんがそう唱えると直前に召喚した紫陽花の花束(ブーケ)が徐々に光を蓄え始める。私はまず様子見に徹しようとしていただけに、彼女の行動には少し驚くものがあった。

 そもそも、私の魔法があまり戦闘に向いてないのだ。だけど他の魔法少女なら、そこまでは苦戦しないのかもしれない。

 

「ビーーーーーーーーム】!!!!!」

 

 瞬間、花束(ブーケ)から極太のレーザーが合計2条放たれる。そのレーザーはあっという間に怪人を狙い撃ち、光で埋め尽くした。

 レーザーは恐ろしい熱量の塊らしく、少し離れた自分にもその熱が伝わってくる。

 

 これが、魔法少女の力。

 

 交通三姉妹の魔法も強力ではあったが、半液状の怪人と相性が悪いのもあって圧勝とはいかなかった。どちらかといえば彼女らの真価は戦闘よりも避難誘導。【止まれ】や【進め】を避難者や通行車両にかけて危険から逃がしつつ、怪人には【交通違反】を浴びせかける攻防一体の戦術が得意なのだろう。それであそこまで巨大だった鬼怪人を即死させたのはさすがベテラン上位勢(ランカー)というべきか。

 

 対して、あやめちゃんの《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》は純然たる戦闘タイプのように感じた。妖精から得て、怪人を倒して練り上げられる魔力。それらを戦闘に特化させるとここまでの出力が得られるものなのか。

 

 それはそれとして、疑問もあった。

 

「ところで、アジサイビームって何?」

『……由良』

 

 (ホーム)の口調はなぜか諭すようなものだった。

 

『魔法少女が扱う魔法はその衣装型と妖精の気質、そして特に……魔法少女自身の想像力や知識に大きく影響を受けます』

「だいたい理解したわ」

 

 よし! 何も触れないでおこう!

 

 エネルギーが尽きたのか、花束から放出される熱線の輝きが徐々に弱まっていき、そして消えた。

 熱線による煙のせいでよくは見えないが、怪人に動きは無い。

 

「ていうか、外の人間が焼かれてたりしない? これ」

『心配すんなお嬢ちゃん。このレーザーは怪人に当たった時点で消えるエコ仕様。そもそも一般人には害はねえよ』

 

 蝸牛(シェル)、といったか。デフォルメされたカタツムリのような妖精が説明してくれた。

 土煙が晴れ、奥の全貌が顕わになってくる……が、熱線をまともに受けたはずの怪人は全くの無傷で立っていた。

 

「多分ニ情熱的デ結構、結構! ダケドチョ~ットダケ、セッカチサンデスネェ!」

「あぁ……?」

「マダ()()()ハ始マッテスライマセン! ルールニ即シタ攻撃ジャナイト、私ニハ傷ヒトツツケラレマセンヨォ!」

「何それ! ズルでしょ、ズル!」

 

 あやめちゃんの言い分ももっともだった……が、私はこの現象に心当たりがあった。

 "ルール型怪人"。通常の怪人と異なり、特殊な弱点を突かないと倒せないタイプの怪人の総称だ。その中には、専用の倒し方でないと傷ひとつつかないものもいる。

 非常に数は少ないが、しかし出現例はいくつかあった。場合によっては《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》や《衣装型(フォーム)名探偵(ディテクティブ)》といった解析系の魔法少女の助力を必要とする厄介な怪人だ。場合によっては、"ルール"を利用した回避不能の攻撃を仕掛けてくることもある。(ホーム)を読ませる攻撃ならルールによる防御を貫通できるかもしれないが、失敗した時のリスクが高過ぎる。試すわけにはいかなかった。

 

 こいつの言うルールとは恐らく、ゲームなのだろう。

 ゲームのクリア、もしくは対戦ゲームで怪人に勝利。そのあたりが妥当だろうか。

 

「せ、先輩……」

「ゲームをやれば、殺せるんだろう? いいよ、やってやろうじゃないの」

「ヤル気十分、イイデスネェ! 早速セットアップシマショウ! ブラザー、Come on!」

『ヘイ、ブラザー! 参上参上!』

 

 怪人が宣言したとたん、どこからともかく不気味な人工音声が響き渡る。そしてこれまたどこから来たのかもわからない真っ黒い近未来的な円盤が6枚、不規則な軌道を描いて飛来してきた。

 円盤は怪人とこちらの方に3枚ずつ、別れて飛来すると縦に傾いてゆるやかに揺れながら高度を変えずに浮遊する。それはまるで、円盤がこちらを守るかのようだった。

 

「ルールは?」

「えっ、ちょっ、先輩!?」

「トッテモ単純! 私ハアナタノ、アナタハ私ノ"シールド"ヲ壊ス! 全部壊レタ方ノ負ケ!」

「ふむ……」

「アナタ方ハ2人! ダカラドッチカガ私ノシールドヲ壊シ、ドッチカガシールドヲ動カス! 攻撃受ケタラペナルティ! 動カス方ガペナルティ受ケル!」

「わかった。シールドとやらの動かし方は?」

「ヤレバワカル! 大丈夫、ゲームハ公平! 直感的ニ動カセルヨ!」

 

 この怪人の厄介な点は2つある。まずは、そもそも今のルール説明を信用できない点。さっきも「日本のゲーム大好き」とのたまっておきながらゲーム筐体をぶっ壊していた通り、怪人の発言は信用に値しない。

 そして、ルールに守られている以上手出しができない点だ。怪人の発言は信用できないが、【アジサイビーム】を完全に防いだ防御力に関しては本物だというほかない。ゲームの誘いを断ったとしたら、私たちを無視して街に繰り出し破壊活動を行う可能性、そして最悪の場合はあやめちゃん自身を襲う可能性すらある。

 

 私はどうなってもいい。だが、あやめちゃんが傷つく事態だけは避けたい。

 このゲーム、受けるしかない。

 

「ゲームを、受ける。シールドを操作するのは私だ」

「なに勝手に決めてるんですか!」

 

 あやめちゃんに肩を掴まれる。

 

「別にゲームを受けずに増援が来るまで膠着状態を続けてればいいんですよ! 私の魔法ならそれが可能です!」

『あやめの言う通りだぜ、お嬢ちゃん。あいつの言うことを真に受けちゃいけない』

 

 カタツムリの妖精にまで説得されるとは思わなかった。これらの言葉には一理あるが……しかし私に共闘はほとんどできない。1人の怪人に複数の魔法少女が対応するのは前提で、その後に魔法の相性だとか戦略だとかチームワークだとかがあるのだ。

 

 あやめちゃんを守りたい私と、怪人による被害を防ぎたいあやめちゃんでは微妙にゴールが異なるのだ。どうしたものかと頭を悩ませていると、思わぬところから状況を動かす一手が入った。

 ただし。怪人の手によって、悪い方にだが。

 

「ゲームシナイ? シナイナラ不戦敗! ペナルティーデスヨォ!」

「ペナルティー? 具体的には何なの」

「ソレハシークレット! デモデモ不戦敗のペナルティハ、ゲームヲプレイシテ負ケタトキノト一緒!」

「こいつ……!」

「不戦敗デモ、負ケデモゲームハ終ワリ! 私ハ別ノフィールドデ新タナチャレンジャーヲ探シマスヨ!」

 

 だめだ。最悪の言葉だ。これでもう私はゲームを受けるしかなくなった。だってこいつはルールによって他者を脅かせる可能性を提示してしまった。そして逃げればペナルティは確定。それが終わればこいつは別の場所で魔法少女をゲームに誘うのだろう。

 

 怪人は嘘をつくことはあるが、それが人類にとって良い方に作用することはない。怪人が「植林する」と言ったら植林しないが、「壊す」と言った怪人が壊さなくなることはなかった。

 信用できない怪人の言葉を、今は信用するしかない。

 

「あやめちゃん、これは受けるしかない。私の魔法は攻撃に向いてないから、あやめちゃんは怪人のシールドを壊すことに専念してほしい」

「で、でも……!」

『ペナルティを提示された時点で俺たちゃ受けるしかない。最悪なのは再起不能レベルのペナルティを2人とも受けて、それでこいつに逃げられることだからな。つくづくクソみたいな怪人だぜ』

 

 なおも食い下がるあやめちゃんを彼女の妖精が引き留める。あやめちゃんは感情では納得していなさそうながらも理屈は理解してくれたようで、渋々ながらも了承してくれた。

 

「大丈夫大丈夫。私、ゲームは得意な方だったから。ノーミスで回避しまくるよ」

「先輩……」

 

 これでいい。これなら負けたとしてもペナルティは自分が受けるだけで済む。もちろん、怪人の話を信用するならだが。

 

「話ハ終ワリマシタカネ! 受ケルノカ、受ケナイノカ!」

「受ける。操作は私、攻撃は彼女だ」

「ソウコナクッチャア!」

 

 文面としては嬉しそうだが、全く無感情な怪人の声色が不気味だった。

 

「サア始メヨウ! 3枚ノシールドヲ壊シキッタ方ノ勝チ!」

 

 怪人がそう言った瞬間、私と何かが繋がったような妙な感覚を覚えた。これは……シールド!?

 わかる。わかってしまう。私は今、シールドを自由自在に扱えると。試しに頭の中で軌道を描いてみると、3枚のシールドは全くその通りに動き始めた。

 クソ怪人、何が「操作は直感的」だ。直感的にも限度があるわ。

 

「ゲーム……スタート!」

「【武具召喚(サモン)あなたに捧ぐ花束(ブーケ)】」

 

 開始の宣言と共に、両者は攻撃の準備を始めた。怪人の背後からは無数のミサイルがこちらを向いて出現し、あやめちゃんは追加で十数個の花束を召喚する。

 

 ……どうしよう。ほんとに回避できるか不安になってきた。



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紫陽花の魔法少女 その6

 "ルール型"に分類される奇妙な怪人が提示してきたのは、謎のゲームだ。魔法少女側と怪人側、それぞれに支給された3枚のシールドを壊しあうゲーム。

 ゲームの仕様は以下の通りだ。

・3枚のシールドが壊れた方の負けで、壊しきった方の勝ち

・魔法少女側のシールドは私が操作し、あやめちゃんが怪人のシールドを破壊する

・シールドは想像通りに、自由自在に動かせる

・負けたらペナルティだが、内容は不明

 

「ゲーム……スタート!」

「【アジサイビーム】!」

 

 開始の宣言と同時に、怪人とあやめちゃんが互いに攻撃を実施する。

 怪人は過剰に戯画化されたミサイルを背後から飛来させ、あやめちゃんは数多の花束(ブーケ)から熱線を放出する。

 

 てかミサイル多くない!? 10はあるよね!? 恐ろしく速いわけではないが、ノロマでもない絶妙な速度で追い立てられる。

 シールドが3枚もあるのが厄介だ。脳で直接動かせるとはいえ、3つのものを同時に動かすのは事前に想像していたよりも高い技術を要する。

 

「うおおおおおお……おっ!?」

 

 シールドを気合で動かして避けまくると。幸いなことに、ミサイルはこっちに向かって突っ込んでくるだけだ。曲がりくねった軌道を描くことはあっても、とどまったり引き返したりはしてこない。一度過ぎたミサイルは考えなくていいらしいのはありがたかった。

 また、シールドは比較的自由に動かせるが怪人側の方には行かせられない。シールドの見た目は完全に同じだし、混同を避けるためだろうか。

 

「怪人! 本体(こっち)狙うとかすんじゃねえぞ!」

「安心シテクダサイ! コレハゲーム! ペナルティ以外デ傷ツクコトハアリマセン!」

「本当だろうな……!」

 

 だからといってミサイルに当たろうとは思わないけどね!

 だが、まあ、そうだな。今のところルールに虚偽は無いし、思ったよりは真摯な怪人かもしれない。

 

『嬢ちゃん、意外と口悪ぃな……』

「それ蝸牛(シェル)が言うの……? いやいや、そんなこと言ってる場合じゃなくて!」

 

 あやめちゃんがそう言ってビームを飛ばし続けるが、怪人側のシールドは華麗に避け続ける。

 

「コノ道一筋20年! 簡単ニ崩セルトハ思ワナイコトデスネェ!」

「初心者狩りかよ」

「次弾装填! 発射発射ァ!」

 

 怪人はこちらの軽口には応えず、ミサイルの数を増やしてこっちのシールド目掛けて突っ込ませてくる。それらに合わせて、私はミサイルの軌道を予測。上下左右奥手前にシールドを動かし、ひたすら躱す躱す躱す。

 最初ので分かったが、ミサイルは一番近いシールドに向かうように少しずつ方向を変える傾向にある。微弱な追跡(ホーミング)機能とでもいうべきか。微弱なせいでミサイルの位置がばらつくのがかなり嫌だが。

 だから、あまりにも多いミサイルが1つのシールドに向かっている場合はあえて他のシールドを近づけることでミサイルを分散させることができる。

 

 それはそれとして、きついものはきつい! さっきも余裕なくてこっちに来たミサイルが私の体をすり抜けちゃったんだけど、本当に安全なんだね! 不本意ながら自分の体で実験しちゃったよ!

 あやめちゃん早く当ててくれえ!

 

「【アジサイビーム】! 【ビーム】!」

 

 花束(ブーケ)からは何回も熱線が放たれるが、しかしこれらがシールドに当たることは決してない。たまに惜しくも掠る場合があるが、怪人からは全く表情が見えず、焦っているかどうかもわからない。

 

「どうして当たらないの……!」

「イクラ速クテモ視線カラ方向ガマルワカリデスヨォ!」

 

 魔法に息切れという概念はないため、あやめちゃんのビームが尽きることはないだろう。むしろ問題はこっちの方で、私の集中が切れた時が一番まずい。

 

 三回目のミサイル。数は増えてないが……まだあやめちゃんが壊せていない以上、こっちもミスはしたくない。互いへの信頼が必要な、底意地の悪いゲームだ。

 だが、私はただの魔法少女じゃない。年齢だけ無駄に積み重ねたTS転生魔法少女おじさんである。緊張の扱い方は、少女よりは心得ているつもりだ。

 

 3枚のシールドを仮にA、B、Cと呼称する。Aを狙うミサイルは3発、Bは6発、Cは4発。

 まずはAを大きく左に、Cを右に動かしミサイルを引き寄せ予想外の挙動を減らす。つづいてBを最大限まで怪人側に寄せた後、少しずつ後退させることでBを狙うミサイルを1か所に固まらせる。AとCについても同じようなことをして避けやすくする。

 そうしてミサイルをそれぞれ固めた後にシールドを大きく動かして余裕をもって避ける。なんだ、攻略法がわかれば簡単じゃないか。

 

 振り向かずに呼びかける。彼女に、シールドを破壊してもらうために。

 

「あやめちゃん!」

「いくよ、蝸牛(シェル)! 【アジサイ……」

『ビーム】だァ!』

 

 十数個もの花束(ブーケ)から放たれた光線に対し、怪人は無感情にシールドを動かす。視線を完全に把握しているのか、その動きに焦りは見られない。照準を見極めたと言わんばかりに最低限のみの移動をして……。

 

 そして、1枚のシールドはこれまでより数倍太い熱線に焼かれて消えた。

 

「ハ……?」

「やったぁ!」

 

 あやめちゃんはあえて照準を絞らず、広範囲を熱線が埋め尽くすように花束(ブーケ)の向きを調整していたのだ。それが怪人の舐めプにぶっ刺さったようだ。

 怪人も理由を理解したようで、全身の液晶を輝かせながら笑うようなしぐさを取る。

 

「ナルホド、機転ハ利クヨウデスネ。デスガ1枚割レタダケ。ゲームハマダマダ続キマスヨォ!」

「いや、もう1枚割れたけど」

「エ?」

「だからほら、見えないの? もうあと1枚しかないよ」

 

 怪人に頭は無いが、しかし首に掛かっているヘッドホンでなんとなく首の向きは察することができる。おそるおそる辺りを見回したようで、しかしシールドが残り1枚しかないことに気付いたらしい。

 本当にあと1枚しかない。どうやってシールドを割ったというのか。

 

「ハ、ハアアアアアア!!?? 視線ハ見切ッタハズ!」

「へぇ。私の視線はわかっても、蝸牛(シェル)の視線はわからなかったみたいね」

 

 振り向くと、あやめちゃんの肩の上の蝸牛(シェル)がこっちに向かってウィンクしていた。これに対して声を上げたのは意外や意外、我らが妖精の(ホーム)であった。

 

『まさか、魔法を共有できるのですか……?』

『おうよ。真の絆を育んだ妖精と魔法少女にしかできない技術だぜ!』

 

 つまり。花束(ブーケ)のうち一部はあやめちゃんではなく蝸牛(シェル)が操作し、ビームを撃っていたらしかった。それに気づかず怪人はもう1枚割ってしまった、と。

 次の瞬間、怪人は奇怪な悲鳴をあげながらうずくまった。

 

「グアアアアアアアア!」

 

 え、何怖い。よく見ると煙のようなものが怪人の肩あたりから出てるし。

 

「マサカ妖精ガ協力シテ魔法ヲ使ウトハ……!」

 

 『隙あり』と言って蝸牛(シェル)がビームを放つが、何故かそれは弾かれてしまう。ペナルティを受ける時間であって、攻撃は受け付けないのか。本当にゲームみたいだ。

 怪人はひとしきり苦しむと、すっと立ち上がりこちらに向き直る。明らかにさっきまでとは雰囲気が異なるその様相に、私もあやめちゃんも少し後ずさりをしてしまった。

 

『ブラザー、ピンチピンチ! そろそろ本気出すぜ俺たちも!』

 

 怪人の最後のシールドがピカピカ輝きながらそう叫ぶと、怪人の背後から再びミサイルが出現し始めた。以前の量が出尽くしても出現は止まらず、増え続け……奥の壁面全てを埋め尽くすほどのミサイルが出揃う。

 

「いや、これ、多すぎ……」

「モウ油断シマセン! 圧倒的物量ニ散レ!」

 

 10? 100? いや……300はある。文字通り、ミサイルが私のシールドに()()した。




書き溜め尽きたのでここから不定期投稿です。


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紫陽花の魔法少女 その7

「のわああああああああ!!」

 

 眼前を埋め尽くすミサイル、ミサイル、ミサイル。多少引き付けただけではどうしようもないほどの物量が、私にペナルティを負わせんと迫っていた。

 これにいち早く反応したのはもちろん私だ。シールドをバラバラにさせては同時に壊されるリスクがあると判断。あえて1つに重ねることで操作難度を劇的に低下させる。

 そして二番目に早く反応したのは……あやめちゃんだ。

 

「【アジサイ……ガード】!」

 

 そう唱えると先ほどまではビームを出していたいくつかの花束(ブーケ)が、ハニカム模様のホログラムを出現させながら猛スピードでシールドの前方に向かう。もちろん、他の花束(ブーケ)は変わらずビームを放射しているが、残り一枚になって操作しやすくなったのか先ほどよりも軽快に躱している。

 名前から察するに【アジサイガード】は花束(ブーケ)に防御能力を付加する魔法のように思えるが……しかしあやめちゃんの思惑は外れる。

 

「ダメデス、ダメデス! ソンナズルハ認メラレマセンヨ!」

 

 ミサイルが花束(ブーケ)をすり抜けるのだ。私の体をすり抜けたのと同じように。

 「攻撃役(ミサイル)はシールドを壊し、シールドは攻撃役(ミサイル)を避ける」というルールが最優先されるようだった。この二つに外部から干渉は──できない。

 だから私が何とかするしかない。今この場で考えられた作戦は一つのみ。

 

 今はシールドを三枚すべて重ねているからそこに向かってミサイルが集まっている状況だ。その重ねたシールドから一枚だけ切り離し、それをミサイルの囮にする。そして残りの二枚を全力で避難させる!

 できれば囮の方のシールドも逃がし切りたいが、それは叶わなかった。私の操作が不適だったか、それともどうしようもない事故だったか。あえなくミサイルのうち一つが着弾し、シールドはいともたやすく壊れゆく。

 

 衝撃が迸る。

 

「うおおおおおおお……がっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「先輩!」

 

 何も聞こえない。今完全に時間が静止したのかと思うぐらい、途轍もない衝撃が全身を駆け巡る。生理の時の不快感を10倍にしたものが一気に来る感じが近いだろうか。ゲーセンへ走ってグロッキー状態になったのなんか目じゃない。立ってもいられず、思わず膝をつく。

 

「ヨウヤク一枚! ドウデスカ、ペナルティノ味ハァ!」

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……」

「大丈夫ですか、先輩! 先輩!?」

 

 手が震える。心臓の拍動が聞こえる。冗談じゃない、こんなの何度も受けてたら死ぬに決まってる。

 魔法少女の変身衣装の防御力は絶大で、それは未だに死亡した魔法少女がいないことからもわかるだろう。それすら貫通して苦痛だけを与えるというのが"ペナルティ"の本質か。

 

 うずくまりながらもあやめちゃんに向かって話しかける。

 

「だ、大丈夫。ほんとは大丈夫じゃないけど。……できれば、次で決めたい。いい?」

「わかりました。でも、さっきの【アジサイビーム】は蝸牛(シェル)の分も見切られてました。通用するかどうか……」

 

 怪人は律儀に待っている。さっき怪人の時にもやってた、ペナルティを受けるための無敵時間だろうか。ならそれが終わるまでに作戦会議は済ませたく、悠長に話している暇はない。

 

「相手の視線を、誘導する魔法がある。それで気を逸らす。あとは……あなたを信じる」

「先輩……」

「できる?」

 

 まあ体のいい丸投げなんだけどさ。しょうがない。思いつかない以上、個々人がベストを尽くすしかないのだ。

 私が聞けば、あやめちゃんは真剣な面持ちで頷いてくれた。

 

「わかりました。あんなペナルティ、これ以上先輩に受けさせるわけにはいきません。次で壊しましょう」

 

 ごめんね。無力な私を許してね。

 

「相談ハ終ワリマシタカ?」

「ああ」

 

 怪人の問いに立ち上がって答えると、怪人は全身の液晶を虹色に輝かせながら歓喜するような身振りを見せた。

 

「結構、結構。ソレジャア……潰レロ!」

 

 吠えると同時に、再び壁面をミサイルが埋め尽くす。そして、発射される。

 それを見た私は、さっきと同じようにシールド二枚を重ね、そして左上の隅に全力で動かした。

 作戦は間違っていなかったように思う。ただ、最初に面食らって動きが遅れていただけだ。もう少し最適化されれば完全に避けられる……はず。

 

『由良。【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】はあやめさんの視線も誘導してしまいます』

「うん。だから、使うのは()()()()()()()()

 

 最大限までミサイルを引き寄せた後、今度はシールドを離さずに最高速度で避難させる。大きくうねりながら到来するミサイル群との距離は縮まらず、これなら着弾はあり得ない。

 そしてそれと同時に、片腕をあげながら私はある魔法を発動させる。

 

「【あっちむいて──ホイ】!」

 

 指さす先は……怪人。いや正しくは、怪人の奥の壁か。

 【あっちむいてホイ】は私の魔法にしては珍しく単体を対象としており、対象にはそちらに向く強制力が働く。

 【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】は方向に融通が利かない、そして無差別な代わりに確実に鐘に向かせることができて、生じさせる隙が大きい。【あっちむいてホイ】は強制力はそこまで大きくない代わりに方向に自由度があり、そして無差別でない。一長一短であり、使いようだった。

 

 もし運が良ければミサイルも誘導できるかと思ったが、やはり軌道は変わらなかった。恐らく怪人が調整できるのは数とか発射タイミングのみで、追尾自体は機械的に行われているのだろう。

 

 だが私の魔法を受けた怪人は目論見通り──()()怪人が人間と同じような視界を持ってるかどうかは賭けだったが──真後ろの方を向こうとしており、それに逆らおうともしている。そして明らかに、シールドの動きに歪みが生じている。

 

 その隙を見逃すあやめちゃんではない。

 

「【アジサイ!」

『ビーム】ッ!』

 

 魔法少女と妖精、その二つの叫びが響いたかと思うと全ての花束(ブーケ)から一斉にレーザーが照射される。怪人のたった一枚のシールドを包囲しつくすかのような熱線の群れ。

 これでシールドは逃げられず、あえなく破壊されて終わり。そう思われた。

 

 が、怪人はまだ諦めてはいなかった。

 

「イイエ! マダデスッ!」

 

 シールドの動きが歪んでいたということは、今まで以上に軌道が予測不可能になるという意味もはらんでいた。そのせいで【アジサイビーム】において予測していた目標位置と、シールドが実際に到達するはずの場所に微妙なズレが生じていた。

 本来なら、怪人はシールドをどのように動かしても【アジサイビーム】を避けられない。そのようにあやめちゃんと蝸牛(シェル)は【アジサイビーム】の照射範囲を調整したはずだ。しかしこのズレのせいで、怪人のシールドが全力で特定の方向へ逃げればギリギリその照射範囲から外れることができる──そういう余地が生まれてしまったのだ。

 怪人はそのズレを誰よりも理解していた。シールドを急発進させることで本来避けようのなかった【アジサイビーム】を避けることに成功していた。

 

 この怪人は学習が早い。私の【あっちむいてホイ】などすぐに対応してくるだろう。いくらこちらがミサイルを避け切れても、向こうのシールドにもビームが当たらなければ千日手だ。かくなるうえは、(ホーム)を……。

 いや。あやめちゃんの目もまた、諦めてはいなかった。

 

「あのクレーンゲーム。実は、『アームで押し出す』という技法自体は調べて知っていたんです」

「でも、焦っていて忘れていた。あの時はたまたまできただけで、全力を発揮できてはいなかったんです」

「今は違います。私は……後悔したくない。全力で、今ある力を出し切って、怪人を倒す! 先輩(あなた)を守る!」

 

「【反射せよ(リフレクト)】!」

 

 あやめちゃんがそう叫んだ瞬間、シールドを過ぎ去ったはずのビームが、急速に折り返してシールドのもとに殺到した。

 確かにミサイルにはゲーム上の制約がいろいろあったのかもしれない。シールド以外はすり抜けるとか、一定の角度以上には曲がれないとか。でも、魔法にはそんなこと関係ない。

 

「バッ、バッ……バカナアアアアアア!!」

 

 これ以上は避けられない。起死回生の、全くの不意打ちだったこともあって、怪人のシールドは全ての【アジサイビーム】を一身に受け……破壊された。

 

 終わった……終わった。怪人は体中から煙を出し、液晶も割れ始めていた。とりあえずはゲームに勝ったとみていいだろう。

 先日の第二形態怪人を思い返し、しばし警戒を続けていると怪人はその場に倒れ伏して話し出す。

 

「コノ屈辱ハ忘レマセンヨ、魔法少女……。未ダコンティニューノ機会ハ残サレテイル」

「あ、そう」

「ソレデハ、再戦(リベンジ)ノソノ時マデ、クレグレモ他ノ怪人ニ倒サレルコトノナイヨウニ」

「早く死ねよ」

 

 あ、つい本音が。

 

「ククク……怪人ニ、死ハアリマセンヨ。ソレデハ次回ノ対戦マデ、ゴ機嫌ヨウ!」

 

 そうやって怪人は言いたいことだけ言うと、すさまじい光を放ち……。

 

『You win! You win! Victory!』

 

 機械音声じみた祝福の声を上げ、そして消滅した。



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エピローグ(序)

 私とあやめちゃんは"ゲーム"に勝利し、そして怪人は消えた。

 大丈夫か? このあと上から第二形態が降ってきたりしない?

 

『まあ、少なくとも当分は出てこねえだろ。さすがに』

「……」

『な、なんだよ嬢ちゃん。俺の顔になんかついてるか?』

 

 あやめちゃんの妖精、蝸牛(シェル)は先の怪人を知っているのだろうか。さすがに消滅したからには復活の目は無いと見ていいか。

 しかし、気になることは言っていた。「怪人に死は無い」とはどういうことだろうか。私がせっせと消して回っていたあの怪人たちも、実は生きていて復活の時を待っているのだとしたら。

 

 ぞくり、と背中を悪寒が走る。もしそうならば、今度こそ殺しつくさなければならない。願わくば全ての怪人を葬り去る。

魔法少女なんかやりたくなかった。でも、やらねばならなかった。

 それが、この世界に生きる私の唯一の願いだった。

 

「先輩! こっちです! こっちー!」

 

 ふとあやめちゃんの声が聞こえるから何かと思えば、その声はプリクラの筐体の中から聞こえていた。怪人の出現位置からは遠かったことと"ゲーム"中は破壊活動がされなかったこともあり、思ったより多くのゲーム筐体が生き残っていた。

 そういえば。写真を撮るか撮らないかのところで怪人が出現したっけ。あんまりこっちの世界のプリクラは知らないけど、前世のと同じならこっからさらに落書きとかいろいろするのか。

 

 ……え? もしかして続きをやる気? さっきまで怪人と戦ってたのに元気だね、あやめちゃん……。

 

「ほら、先輩も描いてみてくださいよ!」

 

 恐る恐る中を覗いてみれば、楽し気にタッチペンでモニター内の写真に落書きをしているあやめちゃんがいた。タッチペンが触れた先から虹色の線が描かれ、それが文字を成していく。なんか勝手に私の頭に猫耳が追加されている。

 

「時間切れとかないんだ、それ」

「長時間操作されないとスリープモードになるんですよ。その時にお金入れられると撮影モードになっちゃいますけど、そうじゃなければ続きからできるんですよ!」

 

 ふーん。写真の中には「由良センパイと♡」の文字が。先輩の字は難しいし、こういうのだと潰れるもんね。

 しかし、なんか描けと。いざ言われるとなると思いつかないけど……あ。

 

「これとかどう?」

「……! 妖精さんですか!」

 

 当然、その写真には(ホーム)蝸牛(シェル)も映っていない。折角だから描き足そうと思い、私の隣に開かれた本の絵を描いたところあやめちゃんのお気に召したようであった。

 何回か描いたことがあるのだろう、あやめちゃんは慣れた手つきでかわいくデフォルメされたカタツムリの絵を描いていった。

 

「じゃあ、これでプリントしますね!」

「お願い」

 

 承諾すればあやめちゃんがその指先でモニターのボタンを押し、印刷中を意味する機械音声が流れる。筐体側面の凹みを確認すれば、そこから2枚の写真が出てくるのがわかった。

 写真の中ではあやめちゃんが楽しそうに笑っている。私はあんまりうまく表情を作れていないが、ぎこちないながらもピースを作っている。

 なんかおかしくなってきた。思わず笑いが漏れてしまう。

 

雪景色(スノウドロップ)、現場に到着しました! 今すぐ救援します!……って、大丈夫!?」

「あ、雪景色(スノウドロップ)! もう怪人は倒したよ!」

「え!? たった2人で!?」

 

 何か聞こえる。蝸牛(シェル)が呼んだという救援が今到着したのか。だいぶ早い気がするが、しかし怪人は既に討伐している。

 

「……にしてはいなくない? 怪人が」

「なんか消えちゃってさー。そのあたりも含めて報告するね!」

 

 雪景色(スノウドロップ)と呼ばれたのは、私よりも背の高い女の子だ。なんかすこしぽわぽわしている。あやめちゃんがタメ口なあたり、同学年かそれとも魔法少女としての同期なのだろうか。

 いや、それよりも気になる言葉がある。

 

「報告……?」

「あれ? 先輩、もしかして怪人を倒すのは初めてですか?」

「いやー、ま、まあ……」

「被害状況とかは後から調べられますけど、怪人の性質とか戦い方とか、あと弱点とかは魔法少女にしかわかりませんからね! しっかりと報告しないと」

 

 確かに。ぐうの音も出ない正論だった。いつも一人で戦って(ホーム)で消し去ってたから知らんかった。

 次からはちゃんと報告するか……。

 

「じゃあまず見た目からね、ヘッドホンがついた画面みたいな怪人で……」

 

 

「これで送信、と。……報告完了です!」

雪景色(スノウドロップ)ちゃんもお疲れー!」

 

 最近はすごいねえ。スマホ1台で政府に報告できるなんて。まあ、年齢層に幅のある魔法少女に合わせてのことなのだろう。さすがに魔法少女棟あたりでちゃんとした報告書が作られてるはずだ。

 

「えぇと……情報災害(インフォハザード)さん、ですよね」

「はい、雪景色(スノウドロップ)さん」

 

 じっと見つめられる。なんだろう、全てを見透かされそうで怖い。

 

「初めての怪人討伐……ですよね。困ったことがあったら何でも相談してくださいね。先輩として、力になります」

「あ、ありがとうございます」

 

 ああ~~~耳が痛いよ~~~。魔法少女みんないい子過ぎる~~。

 ごめん……本当は何体も怪人倒してるのに新人って嘘ついてごめん……。

 

 やるべきことが終わったからなのか、雪景色(スノウドロップ)なる魔法少女はゲーセンの出口の方に向かって歩き出した。

 

「じゃあ、私はそろそろ行きますね。情報災害(インフォハザード)さん、困ったときは魔法少女棟にぜひ来てくださいね!」

「またねー! 雪景色(スノウドロップ)!」

紫陽花(ハイドレンジア)もね」

 

 気まずさに耐えつつ、なんとか雪景色(スノウドロップ)を見送る。

 気が付けば、もうこんな時間か。いや怪人と戦うのはそんなに時間喰わなかったけど、もともと図書委員とかでだいぶ時間を使ってしまっていた。

 

 そろそろ帰らないとさすがに親に心配されるな。まだまだ中学2年生だし。

 

「あー! 今思い出しましたけど先輩、"ペナルティ"は大丈夫ですか!?」

 

 ……そんなのもあったな。

 

「大丈夫だよあやめちゃん。怪人を倒したときに全部治っちゃったみたいだから、心配しないで」

「本当ですか……?」

「まあ一応、明日病院には行こうかな」

 

 こればっかりは信じてもらうしかない。噓みたいに消え去ったのだ。

 恐らくゲーム内のペナルティであってゲーム終了後は全て完治する、という理屈だと推測しているが、一方で「不戦敗時にもペナルティ」と言っていたあたりゲーム外にも影響が及ぶのだろうか。

 考えたら怖くなってきた。ちゃんと診てもらお……。

 

 ともあれ、ここでお別れだ。確か彼女とは家の方向が逆のはずだった。

 

「今日はありがとうね。ゲーセンも楽しかったし……怪人も、あやめちゃんがいなかったら倒せなかったと思う。最後の魔法は私もびっくりしたよ」

「ああ……あれは実は咄嗟にできただけなんです」

 

 ……マジ?

 

『大マジだぜお嬢ちゃん。俺はあんな魔法知らねぇ。正真正銘、あの時にあやめが生み出した魔法だ』

「ビームも花束(ブーケ)と同じように操れるかもって思って……もううまくできる自信はありませんけど」

 

 すごいな。少なくとも私はそんな経験ないぞ。戦いの中で成長する主人公みたいだ。相変わらず、アジサイとビームの関連性はつかめないけど。

 

「じゃあ、【さよう──】」

「待ってください!」

 

 止められた。腕を掴んでまで止められたが、それが少し震えていることがわかる。

 

「なんか、ダメな気がするんです。このまま先輩を行かせるのは……嫌です」

「どういう?」

「ほら、言ってたじゃないですか! 私が前に先輩と会ったこと忘れてたって!」

「あー……」

 

 そうだね。それで追いかけてはるばるこのゲーセンに来たわけだけど。

 

「あれは怪人のせいでしょ? 倒した今なら大丈夫だよ、きっと」

「違う怪人かもしれないじゃないですか! それに……」

「それに?」

 

 俯いて黙り込んでしまう。多分、彼女も何が言いたいかよくわかってないのだろう。

 

「私はもっと先輩と話したいんです。忘れたくなんか、ありません」

 

 何か、胸を打つものがあった。

 ……まあ、かわいい後輩の言うことなどいくらでも聞いてやろうではないか。

 

「じゃあ、私はどうすればいいかな?」

「『さようなら』は……いけない気がします。また、忘れ去ってしまいそうな。なかったことになりそうな。だから……『またね』って、言ってくれませんか」

「わかった。その代わり、先輩づけも丁寧語もなしね」

「え!」

「だって魔法少女としては後輩だし。それに──」

 

 友達でしょ。そう言うと、彼女は顔を輝かせた。

 そもそも、私は先輩などというガラではないのだ。もう少し気安い関係の方がいい。

 

「は……う、うん。ゆ、由良……さん?」

「えー?」

「由良ちゃん!」

「そう、そう!」

 

 顔を赤くしながらも、ちゃんづけにしてくれた。いや、改めてちゃんづけされるとちょっと恥ずかしいな。

 だけど、まあ。少々強引だけど、これでむずがゆかった呼び方もいい感じになった。

 

「じゃあ【またね】、あやめちゃん」

「またね! 由良ちゃん!」

 

 ここで一つ、無意識に魔法が生み出される。

 【さようなら】は私の、魔法少女としての情報を消す魔法。正確には違うけれども、おおまかにはそう。

 そして、【またね】は──

 

 

 そろそろ本格的に暑くなる頃にさしかかっている、初夏の昼。

 十和坂(とわさか)中学校の校舎に、正午を告げる鐘が響いた。

 

「もうこんな時間か。では明日までに問題集の78Pを──」

 

 すぐに教室を出る。問題集のそのゾーンなんて4月に配られたときに全部やってあるわ。それよりも、そんなことよりも大事なことがある。

 

『別に昼じゃなくても1時限目の終わりとか、それこそ朝でも良くなかったですか?』

「シャラアアアップ!」

 

 (ホーム)にかまっている暇などない。廊下を走らない範囲で、少し滑稽かもしれない程度の早足で私は歩く。

 目的地なんて……決まってる。

 

 確か、ここだ、1-Aは。おそるおそる戸を開けて中を覗く。同様に授業が終わったのだろう、昼食の準備をしようとする生徒たちでいっぱいだった。

 

「ねえ」

 

 探す、探す。どこだ……。

 

「ちょっと」

 

 人が多くて意外と探しづらい。ちゃんと1-Aのはずなんだけどな。

 

「由良ちゃん!」

「うわあ!」

 

 背後から急に声をかけられる。振り返ってみれば……いた。 

 見間違えるはずもない。

 

「あ、あやめちゃん……」

「ね。今度は、ちゃんと覚えてるでしょ? ほら見て、昨日のプリクラ」

 

 彼女が差し出した小さな写真には、謎の猫耳や、妖精が手書きで描かれていた。

 間違いなく、覚えていた。覚えていてくれた!

 

「これから一緒に、たくさん話そうね。由良ちゃん」

 

 そう言ってあやめちゃんが笑いかけると、ほっと力が抜けた。

 

「ちょっと! 由良ちゃん!? 立って!?」

 

 私の名前は宇加部 由良。魔法少女、《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》で──柴野江 あやめの、友達だ。




というわけでエピローグでした。
皆さん、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。

……まあ、これは序章のエピローグなのでお話自体はもうちょっと続きます。
1話分だけ登場人物紹介を挟んで次章に移りますので、お付き合いくださる方はもう少々お待ちください。

また、もしよろしければ評価や感想投稿もよろしくお願いいたします。
めちゃめちゃ嬉しいので。


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登場人物紹介(序)

ただし、インタビュー形式。
本当にインタビュー形式かこれ?

インタビュイー:取材を受ける人のこと。
インタビュアー:取材する人のこと。


・宇加部 由良

インタビュイー:2-Cクラスメイト

インタビュアー:柴野江 あやめ

「由良さん? いい人だよー」

「勉強も教えてくれるしね」

「ねー」

「カラオケとかも誘ったら来るし」

「いつもは委員会であんまり予定合わないこと多いけど……なんの委員だっけ」

「図書委員、図書委員」

「あーそうそう。だけど、特に仲いい人はこのクラスにはいないっぽいかな」

「そういえばそうだねー。不思議だね」

「なんか物腰が丁寧だよね、もしかしてお嬢様かも」

 

インタビュイー:柴野江 あやめ

インタビュアー:(ホーム)

「どうして最初ついてきてたのか……ですか?」

「なんか、気になったんですよ。不思議なオーラというか、ほっとけないというか……」

「それで、魔法少女だとわかったのは後からですね。魔力が少ないし、制御されてないので新人だとは思いましたけど」

「あ、はい。そうです。思い出してきたんですよ、あの日のこと」

「今思えばどうして忘れてたんだろうって感じなんですけどね」

「……他にもあるんです、気になった理由」

「何かが、何かが私と同じというか。うまく説明できないんですけど」

「きっと私と由良ちゃんは、会うべくして会ったというか、そんな感じがします」

 

・柴野江 あやめ

インタビュイー:1-Aクラスメイト

インタビュアー:宇加部 由良

「元気だよー」

「元気だねー」

「バレー部もやるし魔法少女もやるってすごいよねー」

「確か紫陽花だよね! すごいかわいいドレス!」

「本人はちょっと恥ずかしいみたいだけど……」

「でもあんまり魔法少女の話はしたがらないよね」

「怪人と戦うのは平気みたいだけど、なんでだろうね」

 

インタビュイー:柴野江 あやめ

インタビュアー:宇加部 由良

「魔法について? いや、だって魔法少女といったらビームじゃん」

「どういうことって……ミラシン*1第2部の主人公ミラクルの必殺技だよ! いやガードもだよガードも! なんでシンプルかって言うと、最初魔力を全然持たなかったミラクルが修行の果てにやっと習得した技がこのビームだからってちょっとちょっとまだ話し終わってないから由良ちゃんも絶対話聞いたら好きになって観たくなるっていや観るなら断然最初の第1部から見るのがおすすめなんだけど私個人的にはミラクルちゃんが一番好きで」

「あ、時間だからごめん! 先生に怒られちゃうから教室帰るね!」

 

・交通三姉妹

インタビュイー:交通三姉妹

インタビュアー:雪景色(スノウドロップ)

「わたくし達にインタビュー? なぜですの? ……まあ構いませんけれども」

「私たちの主な役目は避難誘導だな。黄信号(アンバー)青信号(グリーン)の魔法を使って交通の混乱を解消しながら避難を促すことができる」

「……『魔法を車両などにかけては危ないだろう』って? わかってて聞くなよな! 青信号(わたし)達の交通魔法は、破る者には赤信号(あねうえ)の【交通違反】が炸裂するが逆に従うものには保護の効果が働くのだ!」

「そしていざとなれば複合魔法の【信号違反】で怪人を倒すことも可能だ。少々手間はかかるがな」

「さすがに攻撃力では他の上位勢(ランカー)の方々にはかないませんの」

「他に質問は? ああ、止まっている怪人に【交通違反】をかけられない理由か」

「確かに、『最低速度標識』というのはある。高速道路に設置されていることが多いな。それを使って怪人が止まっていても進んでいても【交通違反】をかけられれば良い……その通りだ」

「理由は2つありますわ。まず、『最低速度標識』は渋滞時や一時停止などやむを得ない場合の停止を妨げるものではございません。これは当たり前ですわね。ですが、それをわたくし達が認識している以上怪人の停止を【交通違反】として取り締まることは難しいのです」

「あと、これは完全に私個人の感覚でしかないのだが……なんというか、ズルじゃないか?」

「わかってはいるんだ。怪人との戦いに卑怯も何もないことは。だが……車両という便利だが危険な道具を前に人類が必死に考案・構築したのが道路であり標識であり信号であり交通ルールだろう。そこには一定の敬意が払われるべきで、怪人を殺すためだけに悪用をしたくないのだ」

赤信号(あねうえ)は真面目だからな! 交通ルールは誰に対しても平等でないと、とつい考えてしまうのだ!」

「まあ、怪人にも真摯になってしまう赤信号(おねえさま)が好きなんですけどね、わたくし達は」

「つくづく良い妹たちを持ったものだと思うよ。ああ、最後にこれだけは言わせてくれ。魔法少女の力の源は人々の希望だが、魔法のあり方はその魔法少女に強く影響される。たとえ魔力が強くとも、本人が自分を抑圧していたり、後ろめたく感じているとどこか魔法にセーブがかかってしまう。強く自分を持ちたまえよ、雪景色(スノウドロップ)

 

雪景色(スノウドロップ)

インタビュイー:柴野江 あやめ

インタビュアー:宇加部 由良

雪景色(スノウドロップ)ちゃんは同期だよ。大体同じ時期に魔法少女になったの」

「近くに九杉(くすぎ)高校ってあるでしょ? あそこの生徒さんだよ」

「ちょっと変な子だけど優しいよー。でも、怪人と戦うときはすごい強いけどね」

「もうね、問答無用で即座に凍らせちゃうの! それで凍ったところからバキンバキンって!」

「ただ、寒いのはそんな好きじゃないんだって。好きなのは雪だけって言ってた」

「あと他に? うーん……神眼(トゥルース)さんって魔法少女、知ってる? さすがに知ってるよね。日本人ではトップの上位勢(ランカー)だし。雪景色(スノウドロップ)ちゃん、あの人のことがすごい好きなんだって」

「いや本当に。由良ちゃんも、あの子の前では迂闊に話を振らないでね。止まんないから」

 

神眼(トゥルース)

インタビュイー:IAEM(国際怪人対策機関)日本支部調査部門長補佐

インタビュアー:とある職員

「まあ、座りたまえよ。どうぞ楽にしてくれ」

「それで、神眼(トゥルース)のことだったな。本当に彼女には何度救われたかわからない」

「ああ、ああそうだな。確かに彼女は怪人撃墜数ランキングの第10位だし、強力な魔法を用いて怪人を屠ったことは多数ある」

「だが君も知っての通り、彼女の真価はそこにはない」

「魔法を用いた圧倒的な調査能力。怪人の特殊能力や弱点を即座に見抜く。条件がそろえば次に怪人が出現しやすい地点の候補をリストアップする。その働きは魔法少女100人分にも相当すると言っても過言ではないかもしれんな」

「うむ。最近出現し始めた特殊防護型怪人……通称"ルール型怪人"にも彼女の魔法は有効だ。何しろ、どのようなルールでどうすれば攻撃を通せるのかをあっという間に調べ上げてくれるからな。彼女には感謝してもしきれない」

「そんな彼女が、少し精神的に不安定になっているだと?」

「表面上は明るく振る舞っているが、他の魔法少女との連携がうまくいかないことが多くなった、そして報告書にも謎の不備が見られることがあると」

「……やはり、彼女には負担をかけすぎてしまっているのかもしれんな。わかった。留意して、彼女を呼び出す案件を減らすようにかけあってみよう。彼女の魔法の希少性ゆえとれる対策は多くは無いが、引き続き魔法少女への全面バックアップは惜しまないつもりだ」

 

情報災害(インフォハザード)

インタビュイー:(ホーム)

インタビュアー:(ホーム)

『彼女は……苦しんでいます』

『私は知っています』

『彼女の罪を』

『それが余りにも虚しいことを』

『ですが、彼女は私を救ってくれた』

『救ってくれたのが、彼女なのです』

『ですから、私だけは彼女の味方です』

『──たとえ、世界が忘れ去っても』

『彼女は今、彼女自身から目を背けています』

『私には救えません。私にはできないことです』

『でも、もしかしたら……あの子なら』

『彼女を救うことが、できるかもしれない』

*1
女児向けアニメ「ミラクル・シンフォニアス」の略。現在は第12部が京代テレビ日曜朝9:00~9:30に絶賛放送中。



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破:浸食
プロローグ(破)


予約投稿日時ずれてました……


 どこでもない場所、とでも言えばいいのだろうか。地球ではないし、ある魔法少女がかつていたというよく似た星でもない。

 異次元。異界。宇宙の外側。そのように表現する者がいるかもしれない。

 

 ともかく、言葉では説明しづらい奇特な場所にそれはいた。

 概ねはヒトのように見える。ヒトのような体躯。ヒトのような大きさ。スーツを着ているのにもかかわらず胡坐をかいて座っているのはどこか奇妙に映るだろう。

 まるで、衣服やマナーなどの人間の文明に対して挑発しているような。そんな印象を受ける。

 だが、そんなことよりも明らかに異常な点が1つ。その"ヒト"には本来あるべき頭部が無く、代わりに大きな鐘が嵌まっている。

 

 それは、人間社会では「鐘の怪人」と呼ばれていた。

 

「ええ、ええ。順調です。収益も上がっておりますし、話題にされる回数も増えてきております。半ば社会現象にまでなったと言っても過言ではないでしょう」

 

 独り言ではない。その場には鐘の怪人しかいないはずだったが、内容は明らかに目上の存在と連絡を取っているものだった。

 

「はい。報告が1つ……あの"落ちこぼれ"が発見されました。刑法第2条の違反が確認されたため、該当地区への怪人出向を増やし、回収を目指します」

「もちろん()()()()()()()()()()()よ。落ちこぼれ、いや裏切り者の捕り物ショーという一大チャンスを逃すわけにはいきませんので」

「ええ、ええ、それでは」

 

 用件が終わったのか、鐘の怪人は先ほどのお喋りな様子とは打って変わって不気味に沈黙する。眼も顔もないその頭部の鐘からでは、彼の感情を推しはかることはできなかった。

 

 

 最寄りの街時雨駅から徒歩12分。もしくは、自宅から車で20分ほどで着く。今年で中学生になった伊空(いそら) 芽衣には詳しくはわからないが、そこはとある寺の墓地であった。

 

 伊空家の墓も、そこにあった。

 

 今日は母の月命日なので、お供え物の花を携えて父と共に墓参りにやってきたのであった。父が運転した車から降り、後部座席からもろもろの用具を取り出す。墓地のロッカーから桶を取り出し、近くの蛇口から水をたっぷり入れる。墓石の掃除のために必要なことだ。

 

 伊空(いそら) 芽衣にはわからなかった。なぜ、母が死なねばならなかったのか。

 たまたま買い出しに行く日がその日だったから?

 買い物のためにたまたまその道を選んだから?

 行きに迷子の男の子を助けていたせいで到着時刻がずれたから?

 

 違う。そういうことではない。芽衣が知りたいのは、なぜ悲劇の演者として母が選ばれなければならなかったのか、ということだ。

 他の誰でもよかったではないか。それが母でさえなければ、今頃私は「ああ、そんな悲しい事件もあったね」と聞き流していただろう。そうして、他の数々の悲劇と共に記憶の床から掃き捨てていたはずなのだ。

 それなのに、たまたま母が選ばれてしまったせいで。

 私は未だ悲劇の中にいるのだ。

 

 墓石の前に立つ。そこに母の遺骨はあるが、しかし母はいない。「伊空家之墓」という文字が、ただただ無機質に刻まれているだけだ。

 袋から布を取り出す。墓石を磨いたところで母は帰ってこない。これをやるたびに芽衣は酷く虚しい気持ちに襲われる。

 

「あ、生け花……換えられてる」

 

 花瓶を掃除しようとした父の声だった。葉や花の艶からして、だいぶ新しいものだった。花瓶もすでに掃除されたかのようである。

 これまでも何度か似たようなことはあった。()()はけして顔を合わせようとしない。花が換えられてないときは恐らく、自分たちが来た後に来たのだろう。それは後ろめたさなのか。

 

「別に、気にしないでいいのに」

 

 ふと漏れた呟きが父に聞かれて、しばし目が合う。

 

「そうだな。あの子のせいじゃない。本当はあんな子達に負わせるべきでないことを、父さん達大人が無理やりやらせてるんだ」

「……あやめちゃん」

 

 芽衣の母、伊空 香澄の死因は──怪人だった。その時に居合わせたのが当時新人だった《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》。同じ小学の親友だった。今ではもう中学が違うが……彼女の健闘虚しく出てしまった被害。そのうちの1人が伊空 香澄であった。

 

 別に、彼女が守り切れなかったとは微塵も思っていない。彼女は全力を尽くしたし、そのまま怪人を討伐するなどむしろ新人としては大快挙のはずだ。

 だが、なぜだろう。戦う彼女のことを思うと、もう疎遠になった彼女のことを思うと、胸の痛みが止まらないのだ。

 

 

 八島区の魔法少女棟。その長い廊下を、早足で歩く少女がいた。

 怪人撃墜数第10位、神眼(トゥルース)である。しかし、今の彼女にいつものような落ち着きは感じられなかった。

 

「おかしい、おかしい、おかしい! 何かがおかしいはずなんだ……!」

 

 神眼(トゥルース)の魔法の真価は、調査力だ。【遍く全て見通す目(オールクリア)】をはじめとする強力無比な魔法は、どのような隠された真実も白日の下に晒すことができる。その性質故に各国から大きく注目されており、魔法少女条約による保護が無ければとっくのとうにくたばっているか拉致されているか。いずれにせよ、ろくな人生にならなかっただろう。

 とはいえ、別に神眼(トゥルース)自身も好き勝手に使えはしない。魔法を使うには変身する必要があり、そして変身するためには妖精の望遠鏡(スコープ)の許可が必要だ。そして妖精は……基本的には怪人絡みの案件でしか変身を許可しない。例外は配信活動ぐらいか。

 

 《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》の恐ろしさは彼女自身がよくわかっている。隠し事をむやみに公にすることの無意味さも。だから、この力は怪人だけに向ける。

 問題なのは……その力を使った形跡だけがある、ということだ。

 

望遠鏡(スコープ)! 本当の本当に本当なんだな!?」

『何度も言っていますが、確かにあなたの魔法が使用された痕跡があります。直近では数週間前。それぞれおおよそ1~2か月の期間を空けて、それが計5回ほど』

 

 最初の痕跡はおよそ7か月前だという。身に覚えのない、神眼(トゥルース)自身による魔法の使用。問題はそれで何が判明したのかも、そしてそもそもなぜそれを覚えていないのかもわからないことだった。

 

「怪人による催眠・洗脳能力で操られた可能性」

『そのような痕跡はありません』

「違法な薬物などの、非異常の手段の可能性」

『私が魔法を許可しません』

望遠鏡(スコープ)自身が操られた可能性」

『もっとありません。妖精には怪人の能力は効きません』

 

 様々な可能性を挙げていくが、その度に切り捨てられる。

 

「では、他の魔法少女による可能性」

『……』

 

 初めての沈黙だった。

 

『確かに、妖精には魔法耐性がありますが効かないわけではありません。しかし……妖精が魔法使用を許可しないでしょう』

「だが、可能性はあるんだな?」

『極々僅かです。しかし、否定できないのも確かです』

 

 神眼(トゥルース)は歩きながらもしばし思案する。自分の能力が悪用されたとみて間違いないだろう。だが、私は何を調べさせられたのか。危険を冒してでも知りたい情報と、それを得て利益がある存在とは何か。

 

 昨日までは、そう思索していた。ここまでは先日に望遠鏡(スコープ)と議論した通りだ。そして長い説得の末、魔法使用の許可を得た。

 調査内容は「神眼(わたし)は魔法で操られていたか」。犯人の情報を直接取得したいのはやまやまだが、それをすると政治的にまずい領域に踏み込む可能性がある。そもそもが年頃の少女だ、十分に安全を期すのは当然の話だった。

 しかし、結果は意外なものだった。

 

「いいえ」

 

神眼(わたし)は非異常な手段で操られていたか」

 

「いいえ」

 

神眼(わたし)は誰かの言いなりで魔法を使用したか」

 

「いいえ」

 

神眼(わたし)は自主的に魔法を使用したか」

 

「はい」

 

 信じられなかった。自分の意志で魔法を使用した? わざわざ望遠鏡(スコープ)を説得してまで? そしてその後、なぜ記憶を消した?

 わからないことだらけだった。手に汗が染みる。

 

神眼(わたし)は自分で自分の記憶を消したか」

 

「いいえ」

 

「では、何によってか」

 

「記憶は消えていない。『幕がかかっている』だけ」

 

「では、どうすれば幕を取り払えるか」

 

「魔法」

 

「そもそも、なぜ幕がかかったのか」

 

「魔法」

 

 どっと汗が噴き出ていた。正体不明の魔法少女が敵対しているなど、悪夢にもほどがある。

 次で最後の質問にしようと思った。これ以上は精神がもたない。

 

「では、どんな魔法か」

 

「███████████」

 

「え?」

 

「深刻な不具合が発生。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が……」

 

 こんな事態は初めてだった。【遍く全て見通す目(オールクリア)】が使えないことなどなかったはずだ。ましては、このような不具合を吐くことなど。

 結局、その日に再び魔法を使うことはかなわなかった。数日空けたら使えるようになったが、しかし同じ質問を試す気にはなれなかった。

 

「つまり、情報を取得できなかったのではない。【遍く全て見通す目(オールクリア)】で情報を取得することが危険だと認識すべきなんだ」

『なるほど』

 

 あの日のことを思い出しながら、神眼(トゥルース)は話す。

 

「【遍く全て見通す目(オールクリア)】と極めて相性が悪い知識というべきだろう。どんな質問がアウトかはわからない。質問内容によっては、最悪の場合私にも危害が及ぶ可能性がある」

 

 この魔法には様々な制約がある。その一つとして、「【遍く全て見通す目(オールクリア)】自身に関する質問には答えられない」というものがある。「この質問をするとどうなるか?」という質問はできないのだ。

 

『では、諦めるのですか?』

「いや」

 

 望遠鏡(スコープ)の質問に、しかし神眼(トゥルース)は否定で返す。危険な魔法少女が暗躍しているなど、それこそ看過できない事態だった。その目的によっては怪人よりも脅威度が高い可能性がある。

 そもそも彼女は、最初からどこへ向かっていたのか。

 目的の戸を、開ける。そこには多くの受話器やモニターがずらりと並んでいた。

 

「外線だ」

『確かに、ここは各地の魔法少女棟と連絡を取れる部屋ですが……』

 

 慣れた手で暗証番号と連絡番号を入力する。

 

「私の魔法で直接情報を取得するのはまずい。だが外堀から埋めていけば、あるいは」

 

 線が繋がったのを確認した。ここに伝言を入れれば、彼女は必ず確認してくれる。

 

名探偵(ディテクティブ)、仕事の時間だ。正体不明の魔法少女に興味はないか?」

 

 彼女が頼ったのは《衣装型(フォーム)名探偵(ディテクティブ)》。神眼(トゥルース)とはまた違ったタイプの、情報収集型魔法少女だった。

 

 

「羽化するな! 羽化するな! 全ての芋虫は羽化するなあああああ」

「叫びたいのはこっちじゃああああああ! 期末も終わったってのに出てきやがってええええ!」

『由良、由良、周りも見てますから……』

「あやめちゃんもいないから(ホーム)で消し飛ばすしかないし! 文字の禍いが降りかかる──」

 

 長い夏休みが、始まる。



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魔法少女総合雑談スレpart257

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魔法少女総合雑談スレpar257

 

 

156:名無しのカニたん 2011/6/25 21:15:08

最新の怪人の情報出た

エレベーター怪人だって

[リンク:公式ニュースサイト]

 

157:名無しのカニたん 2011/6/25 21:16:11

 

158:名無しのカニたん 2011/6/25 21:16:59

無いのか死体

 

159:名無しのカニたん 2011/6/25 21:17:59

3mもないって結構小さいな?

 

160:名無しのカニたん 2011/6/25 21:18:48

>>156 おつ

 

161:名無しのカニたん 2011/6/25 21:19:52

なんだこいつ

全身エレベーターで草

 

162:名無しのカニたん 2011/6/25 21:20:41

雷踏(スタンプ)ちゃんなら一瞬だろこんな奴

 

163:名無しのカニたん 2011/6/25 21:21:27

最近八島区に怪人めっちゃ出るな

と思ったらちげーじゃん!

 

164:名無しのカニたん 2011/6/25 21:22:21

いったい八島区が何したっていうんですか

 

165:名無しのカニたん 2011/6/25 21:23:11

うわルール型かよ

 

166:名無しのカニたん 2011/6/25 21:24:04

>>164 このパターンでマジで何もしてないことってあるんだ

 

167:名無しのカニたん 2011/6/25 21:25:08

出たのは栖目市か

どのあたりだっけ

 

168:名無しのカニたん 2011/6/25 21:25:59

カス能力もってて草

 

169:名無しのカニたん 2011/6/25 21:26:52

地獄

 

170:名無しのカニたん 2011/6/25 21:27:46

は? マジ?

 

171:名無しのカニたん 2011/6/25 21:28:39

>>167 西端かな

佐前(さしまえ)県の中では田舎の方

 

172:名無しのカニたん 2011/6/25 21:29:33

> 周囲2km以内の全エレベーターのうち約7割の31機が制御を失い高速で乱高下し、魔法少女によって討伐されるまで15名の怪我人が出た

やばすぎる

 

173:名無しのカニたん 2011/6/25 21:30:27

逆によくこれだけの被害で済んだな

 

174:名無しのカニたん 2011/6/25 21:31:16

そこはほら、田舎だし……

 

175:名無しのカニたん 2011/6/25 21:32:01

やっぱ怪人って死すべきなんやな

 

176:名無しのカニたん 2011/6/25 21:32:55

10分で討伐されたのはさすがというべきか

 

177:名無しのカニたん 2011/6/25 21:33:41

最近討伐されたルール型怪人まとめ

 

・エレベーター怪人

2011/6/24に佐前(さしまえ)県栖目市に出現。周囲2kmのエレベーターのうち一部を乱高下させる能力がある。

「全身に装備しているエレベーターに表示されている階数がそろっていないと攻撃を受けない」というルールがあったが、《衣装型(フォーム)数学家(ナンバー)》によって無理やり数字を書き換えられた後にいつもの【立体数字群】を浴びせられ討伐される。

 

・ゲーム怪人

2011/6/5に京代都八島区に出現。魔法少女複数名を"ゲーム"と呼ばれる独自のルールで拘束する能力がある。ゲーム中は怪人は魔法少女にしか攻撃できないが、攻撃に成功した場合は魔法少女の変身衣装を貫通して大きな精神ダメージを与えることが確認されている。"ゲーム"は正攻法で攻略され、それによって怪人は自動で消滅。

 

・マネー怪人

2011/4/13にマネマ諸島の銀行金庫内に出現。「食べた通貨の金額合計に応じて強くなる」能力を持っており、その強力さのためIAEM(国際怪人対策機関)から正式に"ルール型怪人"と認定された。出現が発覚した時にはすでに約8020万シパを食していたと推定され、マネマ諸島の魔法少女の手に負えないほどに巨大化・成長していた。サイズは最大時点で体高80mほど。

急遽日本から出張した《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》によって対策手段を提示され、討伐済み。

 

 

178:名無しのカニたん 2011/6/25 21:34:40

まとめ乙

 

179:名無しのカニたん 2011/6/25 21:35:40

ゴミしかいない

 

180:名無しのカニたん 2011/6/25 21:36:33

・周囲にめっちゃ被害出します

・魔法少女に貫通ダメージ出します

・隠れて金食べます、めっちゃ強くなります

 

ひどすぎる

 

181:名無しのカニたん 2011/6/25 21:37:33

神眼(トゥルース)の出した提案もひどすぎて笑っちゃうんだよな

それを実行したマネマもマネマなんだけど

 

182:名無しのカニたん 2011/6/25 21:38:35

バレットなら全員余裕でいけるだろ

上位勢ならルールも貫通できるんだよな?

 

183:名無しのカニたん 2011/6/25 21:39:32

>>182

確かに行けるけどそもそも上位勢が少ないんで……

 

184:名無しのカニたん 2011/6/25 21:40:22

上位勢多かったらもう上位勢じゃないだろ

 

185:名無しのカニたん 2011/6/25 21:41:24

>>181

一瞬だけシパを完全に無価値にして架空の通貨に移行、マネー怪人を討伐した瞬間に通貨をシパに戻すってなんなんだよ

確かに食べた金を無価値にしたらマネー怪人も弱体化するのは理にかなってるけどさあ!

 

186:名無しのカニたん 2011/6/25 21:42:20

余りにも力技すぎる

 

187:名無しのカニたん 2011/6/25 21:43:15

神眼「一瞬だけ! 一瞬だけだから!」

 

188:名無しのカニたん 2011/6/25 21:44:17

魔法少女条約の特権ってここまでできるんだね……

 

189:名無しのカニたん 2011/6/25 21:45:05

急すぎるし誰もマジでやるとは思わなかったから混乱する間もなく終わったの草生えた

 

190:名無しのカニたん 2011/6/25 21:46:01

>>188 さすがにここまでの大仕事はマネマ側の全面協力ないと無理だけどな

よくここまで動いてくれたわ

 

191:名無しのカニたん 2011/6/25 21:46:54

それだけ緊急事態だからだろ

 

192:名無しのカニたん 2011/6/25 21:47:55

確か無価値にして20秒で討伐されてすぐ戻したんだっけ

神速の業

 

193:名無しのカニたん 2011/6/25 21:48:40

世界の本気を見た

 

194:名無しのカニたん 2011/6/25 21:49:44

だいぶ暑くなってきたな

 

195:名無しのカニたん 2011/6/25 21:50:36

神眼過労気味じゃね?

女の子だし政府はもうちょっとちゃんと扱えよ

 

196:名無しのカニたん 2011/6/25 21:51:38

絶対シパを無価値にするよりいいやり方あっただろと思わなくもない

 

197:名無しのカニたん 2011/6/25 21:52:31

夏だーーーーーー

 

198:名無しのカニたん 2011/6/25 21:53:22

俺たちに休みはないけどな

 

199:名無しのカニたん 2011/6/25 21:54:18

海だーーーーーー

 

200:名無しのカニたん 2011/6/25 21:55:05

でも魔法少女にはあるじゃん

休みだからって配信活動とかしだす子は多いよ

 

201:名無しのカニたん 2011/6/25 21:55:52

>>199 すぐやめる子も多いけどな

 

202:名無しのカニたん 2011/6/25 21:56:49

魔法少女の配信好んでみるやつなんざロリコンに決まってるだろ

言い訳もできねえ

 

203:名無しのカニたん 2011/6/25 21:57:50

そもそもこのスレに常駐してる時点で……

 

204:名無しのカニたん 2011/6/25 21:58:50

いろいろ公式サイトからイベント告知出てるね

 

205:名無しのカニたん 2011/6/25 21:59:43

機材なくても魔法少女棟が貸してくれるの羨ましすぎる

俺にも貸してくれ

 

206:名無しのカニたん 2011/6/25 22:00:43

八島区棟で研修?

そんなのもあるんだ

 

207:名無しのカニたん 2011/6/25 22:01:40

>>205 じゃあまず妖精と契約して魔法少女になってもろて

 

208:名無しのカニたん 2011/6/25 22:02:27

おっさんが魔法少女になれないのはまあいい

男の娘の魔法少女がいないのは許せない

 

209:名無しのカニたん 2011/6/25 22:03:12

実際どういう理屈なんだろうな

 

210:名無しのカニたん 2011/6/25 22:03:58

どうかんがえても少女しか魔法を使えないせいで初動の法整備グダっただろ

ロリコン妖精は反省しろ

 

211:名無しのカニたん 2011/6/25 22:04:48

研修の主催は神眼!?

すげえな上位勢じきじきとか

 

212:名無しのカニたん 2011/6/25 22:05:42

普通に休んでほしいが……

 

213:名無しのカニたん 2011/6/25 22:06:27

まあ魔法少女の研修なんて魔法少女にしかできんだろうからな

 

214:名無しのカニたん 2011/6/25 22:07:16

八島区マジで狙われてる

俺たちが知らないだけで埋蔵金とかある

 

215:名無しのカニたん 2011/6/25 22:08:11

他の京代の地区と比べて1.3倍ぐらいだっけ?

シャレになんねえ

 

216:名無しのカニたん 2011/6/25 22:09:15

八島に限らず都内は特に建物壊されるから建築系の需要が増したの笑う

笑えない

 

217:名無しのカニたん 2011/6/25 22:10:09

やべえ破壊力と能力もってる割に人的被害が出てないのは不幸中の幸いか

 

218:名無しのカニたん 2011/6/25 22:11:01

そう考えるとエレベーター怖いな

 

219:名無しのカニたん 2011/6/25 22:11:56

もうエレベーター乗れないが……

 

220:名無しのカニたん 2011/6/25 22:12:41

>>217

実際いつかの定例報告会で言及されてたよな 別の狙いがあるかもってやつ

 

221:名無しのカニたん 2011/6/25 22:13:46

エレベーター避けてたら今度は階段怪人でてくるぞ

 

222:名無しのカニたん 2011/6/25 22:14:41

特撮怪獣とかゲームに出てくる謎の侵略種族とかよりかはマシだけどさあ!

 

223:名無しのカニたん 2011/6/25 22:15:43

コンプラ的にしょうがないとはいえ怪人のせいでゲームとかでこれ系の侵略者出しづらくなってんのマジで許せねえ

 

224:名無しのカニたん 2011/6/25 22:16:31

そういえばゲーム怪人のゲームをクリアして倒したのは複数なんでしょ?

1人は紫陽花って出てるけどもう1人は誰?

 

225:名無しのカニたん 2011/6/25 22:17:33

>>224 よく見ろよ

匿名希望って出てる

 

226:名無しのカニたん 2011/6/25 22:18:36

あほんとだ

 

227:名無しのカニたん 2011/6/25 22:19:31

魔法少女棟は一般開放されてるとはいえ盗撮とか盗聴にはマジで気を張ってくれてるし

ちゃんとプライバシー守ってるのは偉いと思う

 

228:名無しのカニたん 2011/6/25 22:20:33

言い方は悪いが国の資源だからな

機嫌損ねられたら終わる

 

229:名無しのカニたん 2011/6/25 22:21:37

魔法少女のストーカーなんてやったら魔法少女アンチからも死ぬまで殴られるからやめとけ

 

230:名無しのカニたん 2011/6/25 22:22:23

アンチの理由って国が児童労働させてるの許せないからだしさもありなん

 

231:名無しのカニたん 2011/6/25 22:23:15

俺たちはそっと草葉の陰から見守るだけでいいのだ……

 

232:名無しのカニたん 2011/6/25 22:24:16

それ結局死んでるじゃん!

 




今回はちゃんと匿名希望で報告したのでセーフでした。良かったね。
ところで、彼女は「多くの魔法少女の中の1人」という扱いを受ける分には情報消去が発動しません。なので魔法少女の1人として登録はされてますし、行政から機械的に支援を受け取る分には問題ありません。


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海へ行こう! その1

「海行きたい」

「海」

 

 夏休みに入って、私も魔法少女棟に足を運ぶようになっていた。魔法少女が多いため敬遠していたが、最近の怪人の情報や魔法の扱いに関する指南書など、なかなか有用なコンテンツがある。交流さえ避ければそれほど悪いものでもなかった。

 で、今はあやめちゃんと昼食をとっている。あやめちゃんはあやめちゃんで部活やったり魔法少女棟内で別行動だったりするが、魔法少女棟にいる場合にはとりあえず昼食だけは一緒にとるようになっていた。

 

「せっかく夏休みなんだし、夏っぽいことをしたい!」

 

 それで、ある日の昼食に話題を出されたわけだ。

 海。海かあ。確かに前世地球と比べこの世界は治安も環境も比較的良い。怪人がいても何とかなってるのはその全体的なパフォーマンスの良さも関係しているとは思うのだが……やはり怪人さえいなければなあ。

 話が逸れた。つまり一番近い京代湾もそれなりに綺麗だから海水浴はできるし、女子中学生だけで行ってもまあギリギリ許されるのだ。

 

 昼食のドリアをスプーンで掬う。魔法少女棟のカフェテリア、値段の割においしいのでかなりおすすめである。

 

「それで、誰と行くの」

 

 とはいえ心配である。可能なら保護者が欲しいところだ。友達(おじさん)としてそのあたりはちゃんと確認したいわけである。

 が、あやめちゃんの返答は意外なものだった。

 

「いや、由良ちゃんとだけど……」

「え゛」

 

 私と?

 

「図書委員もしばらくは用事ないでしょ。なら行こうよ、海」

「え、え、うーん……」

 

 想像する。ギラギラと照り付ける陽光。灼熱の砂浜。あとシンプルに泳げない。泳げないったら泳げない。前世では最低限はいけたんだけど、今世は全くそういうことをしてないから本当に泳げないのである。転生して弱体化する謎のおじさんがここにはいた。

 

「他のメンバーは? ほら、あやめちゃんのクラスメイトとかさ、バレー部の人とか」

「誘ってないよ」

「なんで……?」

「だって、由良ちゃんなんか逃げそうじゃん」

 

 うっ。

 

「クラスの人に聞いたよ~、『なんか壁を感じる』って。あれって人見知りなだけでしょ」

 

 ぐさぐさり。あやめちゃんによる鋭い言葉の刃物が心臓に突き刺さる。

 大ダメージ。私は死んだ。おどけてテーブルに突っ伏すも効果はない。あっ蝸牛(シェル)が変な目で私を見てる。

 

「それに、なんか誘わないと由良ちゃんずーっとこの周辺にいるでしょ」

「そうだね」

 

 それは本当にそう。よく私のことを観察してるなあと思った。

 

「だから行こうよ。それとも私と行くのは嫌?」

「嫌じゃないけども……」

 

 そういわれると弱いんだよなあ。しかし、海なんて何年ぶりだ? 前世で最後に行ったのは……。

 いや普通に今世の幼稚園の時とか小学生の時とかに行ったわ。全然最近だった。

 

 でも、そうだな。保護者とか関係なく、自分たちだけで行くのは初めてかもしれない。

 

「よし! 決まりね! この日空いてる!?」

「空いてる」

「じゃあその日に京代湾行こう! 細かい予定は後で詰めるね! じゃ!」

 

 そう言うや否やあやめちゃんは完食した食器を持って立ち上がる。

 

「どうしたの?」

「ごめんちょっと予定入ってて! 海絶対行こうねー!」

 

 嵐のように去っていった。

 たまにこういうときがある。魔法少女棟でかたくなに別行動を主張したりするのだ。まあ私と違って魔法少女の付き合いとかはあるのだとは思うが……。

 

「思春期の女の子は難しいねえ」

『そういう感じなんですか、アレ?』

「さあ?」

『えぇ……』

 

 何しろここにはおじさんと異界の生命体しかいない。この場の誰にも乙女心はわからないのであった。

 

 

「えーっと、308会議室、308会議室……」

 

 柴野江あやめは考える。

 衣装型というのは扱う魔法に大きく影響を与える。確かに自分がよく使うのは【アジサイビーム】や【アジサイガード】などあまり紫陽花とは関係のない代物だが、一応拙いなりに【舞い散る花弁刃(アジサイカッター)】や【驟雨となりて(レイニーデイ)】といった"それっぽい"魔法は使える。

 翻って、《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》はどうか。由良が見せてくれた【あっちむいてホイ】が"災害"だとはどうしても思えない。あやめが「情報災害」なる単語で検索しても、思うようなヒットはしなかった。災害情報に関するサイトばっかり出た。

 

 だが、ある程度推測はできる。

 生物災害(バイオハザード)は寄生虫などの生物による災害。

 化学災害(ケミカルハザード)は薬物などの化学物質による災害。

 ならば、情報災害(インフォハザード)では情報が人間に対して悪さをするのではないか?

 

 あやめにはこれ以上の推測はできなかった。「情報が悪さをする」といってもピンとこない。そりゃアニメとか漫画では「お前は知り過ぎた。死んでもらう」的な場面は山ほどあるが、どうも違うように思えた。そもそもそういうのは知られて困る情報を持っている悪の組織が悪いのであって、情報そのものの危険性ではないはずだ。

 心当たりはあった。ゲーム怪人に遭う直前、つまり由良と初めて対面した時。あやめはその時の記憶をすっかり忘却していた。怪人を倒した後に徐々に思い出すようになっていったが、思い出したからこそあの忘却は異常なものだとわかった。

 あんな出来事を忘れるのも、そして急に思い出すのもおかしいのだ。

 

 由良はこの現象をざっくりと「怪人のせい」と捉えてあやめを探していたようだが、ゲーム怪人にそんな能力があるとは思えない。そもそも忘却はゲーム怪人が出てくる前に起こったものであった。金庫内に潜伏していたマネー怪人の方が例外なのだ。その怪人もすぐに姿を現したし、基本的に怪人は「表に出て破壊活動をする」以外の行動バリエーションが無い。

 

 どちらかといえば、あの能力は情報災害(インフォハザード)によるものだとした方がまだ納得感はあった。ただ、この場合でも疑問は残る。

 一つ、何故この現象に由良は無自覚的なのか。

 一つ、由良が変身していないときに何故魔法が発動したのか。

 

 怪人だとしても魔法だとしても変なのだ。この時点であやめの頭はパンクした。パンクしたなりに過去の怪人や魔法について調べたりしたが未だ進展はない。由良に相談することも考えたが……さすがに「私が由良ちゃんのこと忘れたのって由良ちゃんのせいじゃない?」とは聞けなかった。

 

 魔法少女の先輩も、友達もいる。だけれども、記憶を失った自分をわざわざ追いかけてくれたのも、怪人と戦う時即座に盾役を引き受けてくれたのも彼女だ。

 あやめはまだ、由良の恩に報えていない気がした。だからもし何か異常なことが彼女の身の回りで起こっているのであれば1人の後輩として、あるいは1人の友人としてなんとかしてやりたかった。

 

「あった。ここが、308会議室……」

 

 次善の策が、これである。わからないものは、他の魔法少女に相談してしまえばいい。

 そうしてスタッフに取り次いでもらい、予約を取ってもらったのがこの部屋であった。

 

 扉を開けると、そこには一人の少女がいた。

 茶色いチェックのロングコードに、同色のキャップを深くかぶっている。片手にはルーペと、まさしく"探偵"のような恰好をした少女だった。

 サイズがあってないらしく、明らかにぶかぶかだったが。

 

「Hello, Ms.Hydrangea! I am Detective, nice to meet you!」

 

 入った途端彼女はあやめにむかってワッと飛び出してきた。黒髪黒目だが顔つきは欧風のそれだ。

 魔法少女《衣装型(フォーム)名探偵(ディテクティブ)》は、アメリカ人。日系のハーフであった。あやめでも顔を知っているような上位勢(ランカー)の魔法少女だ。そんな彼女が、なぜここに……。

 

「ナ、ナイストゥーミーチュー……」

「心配しなくても大丈夫デス! 私、日本語も話せますカラ!」

 

 そう言って手を握られて振り回される。

 

「相談事があるそうデスネ! だから私、アメリカからはるばる日本まで来まシタ!」

「わざわざ……?」

 

 確かに相談にあたって特に指名はしていないのだが、それにしたって海外の魔法少女が来るのは不自然すぎる。

 そのような怪訝な表情を見て、名探偵(ディテクティブ)は笑みを深めた。

 

「私の魔法をご存知デスカ? ピーンと来たのデス! 【名推理】デネ!」

 

 バッと指で天をさす名探偵(ディテクティブ)

 魔法【名推理】──詳細はあやめにはわからないが、その力で数々の怪人の弱点を看破してきたとは聞く。それによってここでの相談事と、自分へのメリットを感知してやってきたとのことだった。

 

「【名推理】は手段を提示シマス! あなたの相談ごとに乗ることが一番の近道なのデスヨ!」

「そ、そうなんですか……」

 

 普段は由良に対してぐいぐいいくタイプのあやめだが、名探偵(ディテクティブ)のテンションに押されてしまう。

 

「それで、先輩魔法少女としてなんでも答えマスヨ!」

「実は──」

 

 あやめは話した。謎の忘却現象のこと。そして《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》の謎について。

 一通り話を聞き終えた名探偵(ディテクティブ)は、先ほどまでとは打って変わって真剣な表情で返答を始めた。

 

「まず、英語で言う情報災害……"infohazard"にはいくつかの意味がありマス。実は、あやめさんの言う『知り過ぎたから死んでもらう』もinfohazardの一種なのデスヨ」

「あ、そうなんですか」

「他には、『危険な技術』や『危険なアイデア』がinfohazardになりマス。兵器の設計図や、『この科学現象で人間を効率的に殺せる』といったものが相当シマスネ」

「なるほど……?」

「ただ、《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》の魔法とは関わりがなさそうデス」

 

 これまでにあやめは【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】や【陶酔的な白檀(ザ・サンダルウッド)】などの魔法を由良に聞いており、それを名探偵(ディテクティブ)に伝えていた。

 

「《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》は恐らく……音や匂いといった五感情報に特殊な効果を乗せているのデショウ。情報が直接影響を与える、そういう意味での情報災害(インフォハザード)なのかと」

「じゃあ、忘却効果は……」

「どうなんデショウネ。状況的には《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》はクロですが、しかしこれら魔法とも振る舞いが異なりマス」

 

 そう言いながら名探偵(ディテクティブ)はさらさらと何かを手帳に書き込んでいく。

 

「変身せずに魔法は使えませんし、変身には妖精の許可が必要デス。変身後もしばらくは魔法が残るとはいえ……数日は効きすぎデスネ」

「そうなんですよ」

 

 そこがネックだった。

 

「私の方でも調べてみますが……お力になれず、すみまセン。情報を探すなら、ここで開催される研修に顔を出すのがいいデショウ」

「あ、いえいえ」

 

 あやめはそう返したものの、しかし落胆はぬぐえなかった。結局、上位勢(ランカー)も魔法が使えなければただの少女である。そう簡単に画期的な答えは出ない、と暗に示されているようであった。

 

「ちなみに、名探偵(ディテクティブ)さんの魔法は……」

『緊急性が無い』

「わ……」

 

 にゅ、と名探偵(ディテクティブ)の肩から小さな毛玉が這い出てきた。十中八九名探偵(ディテクティブ)の妖精なのだが、正直大きなゴミにしか見えない。

 

「私の妖精の手掛かり(クルー)デース。再三言ってますが、肩に乗るのはやめてほしいデース」

『現状、貴様の記憶が少し消えただけでそれ以外に被害はない。今回【名推理】を使って日本に向かったのは完全な別件だ。したがって、貴様のために魔法使用を許可することはできない』

 

 通常、怪人以外で魔法を許可することはない。この妖精の対応は当然のように思えた。

 

「いや、さすがにそれは節穴デショ」

『明確な関連性が無い以上、許可はできない。神眼(トゥルース)の報告で何かあれば変わるかもしれないがな』

「妖精は頭が固いデスネー」

『なんとでも言え』

 

 名探偵(ディテクティブ)手掛かり(クルー)の仲はお世辞にも良いとは言えなさそうでった。何について話しているのかは、わからなかったが。

 

「ま、そうデスネ。私から言えることは……その子から目を離さないことデス。仮に忘却現象が彼女の魔法だっとして、あなたは思い出せてイル。もし仮に忘却効果が他に及んでも、あなただけは覚えてられるかもシレナイ」

「私が……」

「その子が本当に全てから忘れ去られたとき、あなただけが彼女を見つけられるんデスヨ」

 

 私、だけが。その言葉はずしりとあやめの心に沈み込んだ。大人びているけども、どこか危ういところのある由良。彼女を見つけられるのは、私だけ……。

 もうこれ以上は何も出てこなさそうということで相談会はお開きになった。忘却についてはよくわからないが、情報災害(インフォハザード)の魔法の解釈については聞けた。

 名探偵(ディテクティブ)にお礼を言って解散しようとしたとき、ふと彼女は気になることを言った。

 

「あ、言い忘れましたが本人に詰めるのは最終手段デスヨー! 本人が自覚するのをトリガーに、もっと悪いことが起こるかもしれませんカラ!」

 

 

「いい話を聞けマシタ! 神眼(トゥルース)への土産にできマスネ」

『それで、どうなのだ? 無意味なメモを何個もしていたが……』

「まだ様子見デスネ。『石橋をたたいて渡る』という故事成語が日本にありマスネ? そのようなものデス」

 

神眼(トゥルース)の言う『正体不明の魔法少女』……十中八九彼女デス。さて、どうやって接触しまショウカ」

 

 

 朝9時に大東塔駅で由良と合流し、来京線に揺られること15分。そこから徒歩5分の所に海水浴場がある。

 名探偵(ディテクティブ)の言うことは気になるが、まあやることは当初の予定と変わらない。この奇妙な先輩を、定期的に遊びに連れまわせばいいわけだ。

 

 それはそれとして、今は海を楽しもう。着くや否や更衣室に入り、水着に着替える。実は、あやめは由良の水着を密かに楽しみにしていた。

 由良はファッションなどには無頓着らしく、制服姿しか見たことがない。おそらく私服にバリエーションは無いのだろう。だからあえて2人一緒には水着を買わず、各々で用意することにした。ファッションに興味のなさそうな彼女が、どんな水着を選ぶか気になったから。

 ただ、由良は同性から見ても結構かわいいとあやめは思う。その顔と体型なら多少変な水着でも映えるというものだ。何故パフェばっかり食べてて太らないのかは謎だったが。

 

 ちょっとからかってやろうと思ったのだ。それで写真を撮ってみたりするのも良い。

 しかし、彼女は由良のことを過大評価していた。というか、由良があやめの予想の遥か斜め下を行った。

 

「ス……スク水!?」




評価と感想のほどよろしくお願いします。


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海へ行こう! その2

Q.名探偵、別に推理とかしてなくね?
A.だって……変身してない時はただの女の子だから……!

Q.情報災害に対しての推測が飛躍しているのでは?
A.【目立ちたがりの鐘】や【陶酔的な白檀】についての情報をあやめは話しています(後日追記)。これらはあやめに対して由良が喋りました。これらの共通点は五感に訴えて特殊な効果を発現させることで、【あっちむいてホイ】も指先の視覚情報を利用したものだとあやめと名探偵は解釈しています。そうすれば現出している全ての魔法を「情報に特殊な効果を持たせるもの」として説明できます。情報災害というネーミングから「情報でなんかするんだろう」と推測すればだいたいこんな結論になるんじゃないかなと思います。

そういう感じです。もうちょっといい感じの推論があれば修正するかもしれません。
感想はめっちゃ読んでます。本当にいつもありがとうございます。めっちゃ励みになります。


 TSと聞いて思い浮かべることはいろいろある。戸籍はどうするのか、家族からの扱いはどう変わるのか。服は? 生理は? 異性の人間関係は? 一部はTS転生した私には関係ないが。

 その問題のうち一つが……着替えである。

 

 いやさあ! 体育の着替えとかなら不特定多数の生徒の一人として縮こまってやればいいんだけどさあ!

 

「ねえ、由良ちゃんはどんな水着持ってきたの?」

 

 こういうのは聞いてないんだよねえ!

 

 他にも性欲はどうだの性的対象はどうだのって話があるのだが、ここで私は一つの疑問を投げかけたい。

 あなたの心の性別はなんですか、と。

 

 統計的には多くの人が「体は男(女)性、心も男(女)性、恋愛対象は女(男)性」となるだろう。もちろん他にもいろいろなパターンはあるけども、統計的にね。

 さてこのマジョリティの皆さんにお聞きしたいのだが、どうしてあなたの心が男(女)性だと断言できるのか?

 

 だって、内心のことなんか誰とも比較できない。あなたが「男性の心」と思っているそれは、どちらかといえば女性に近いものかもしれない。でもそれは確認することはできない。なぜなら、内なる心のことだから。

 そもそも、心の性別とは何ぞや? ということである。体の性別は骨格や性器の付き方でわかるけれども、心の性別なんてどうやって判断すればいいのか。

 

 私にはわからない。生前は体が男性の異性愛者であった私には、「自分の心は男性であった」と断言することはできない。せいぜい「心と体の性に違和感を抱かず生きておりました」としか言えない。

 

 まあ、つまり。TSはしたけども精神は特に変わらず、しかし女の体に順応してしまったがために。私は今の「心の性別」については全くわからないのである。

 

 性的対象も……正直、よくわからない。特段男性が好きになったわけでもないのだが。こういう着替えとかでいろんな女性の下着姿とかは見てしまっているがもう慣れている。「そういう時になってみないとわからない」というのがある日の結論であった。

 

 だから、そう。話はだいぶ逸れたので戻すと、年頃の女の子に着替えを見られるのはめちゃめちゃ恥ずかしいのです。

 バーっと手早く済ませようと鞄から水着を取り出すと、そこで変な空気が流れた。具体的には、あやめちゃんが固まった。

 

「ゆ、由良ちゃん。それ……何?」

「水着だけど」

「学校の水着じゃん!」

「そうだけど」

 

 別に前世日本のとそう変わりはない、ワンピースタイプのやつである。

 え、なに。ダメだったん?

 

「いや、いやいや。いやいやいや! 私、言ったよね! 『水着は各自で用意してくること』って!」

「うん。これしかなかったし、ちょうどいいなって思って」

「ちっ……がーーーーーう!」

 

 あやめちゃんが爆発した。よくわからないが、違ったらしい。

 一通り爆発し終わると、あやめちゃんは手をぶらんとたれ下げたあとにこちらの肩を掴んできた。眼が怖い。

 

「……わかった。わかったよ。由良ちゃんにはおしゃれの"お"の字もないってことを。今日も制服だったしね」

「まあ、そうだねえ」

「近日中に、服を買いに行きます」

「え」

「連れまわします。死ぬほど試着させます。拒否権はありません」

「ええ~……」

 

 あやめちゃんと行くならまあいいが、とりあえず着せ替え人形にされまくるのは確定のようであった。

 

「大丈夫大丈夫! 由良ちゃんなら何でも似合うって!」

 

 何の根拠もなくそう言われると少し怖いが、楽しみにしておこう。今は海だ。

 着替え? 羞恥に耐えながら、なんとか……。

 

 

「海だーーーーーー!」

「海だねえ」

 

 照り付ける太陽。陽光を反射し輝く砂浜と海面。泡立つ波音。つんとくる潮の匂い。

 まぎれもない海だった。

 え……あやめちゃんの水着? なんかフリル?……のついたかわいらしいビキニだったよ。紫や青が基調なのは紫陽花になぞらえているのだろうか。最近の中学生って結構派手なんだねえ。

 

 しかし、もう少し混んでるかと思ったが意外と空いているな。平日なのが良かったのかもしれない。

 海の家もそこまで乱立はしておらず、圧迫感はない。確かにここなら思う存分遊べそうだ。

 

 あやめちゃんが。

 

 レンタルしてきたパラソルを立て、チェアを掛ける。座ろうとしたところで手を引かれた。

 

「いや、由良ちゃんも来るんだよ」

「えっ」

「『えっ』じゃなくない!?」

 

 いやこのレベルの日差しはおじさんにはきついんだって。肉体はおじさんでなくとも、精神的ダメージは変わらず喰らうのだ。日焼け止めは塗ったけども。

 そういう私の抵抗などお構いなしにぐいぐい引っ張られる。あっこの子普通に力強い。勝てない。

 

 サンダル越しでも熱がわかる砂浜ゾーンを何とか走って渡り、波打ち際にまで至る。

 

「せっかくの海水浴なんだから、文字通り海水ぐらいは触らなきゃ!」

「メチャクチャだ……ぎょえっ」

 

 べしゃりと冷たい何かがかけられる。海水だ。あやめちゃんが海面から掬ってかけたのだ。

 

「ぎょえって……なんか由良ちゃんって、たまにおじさんくさくならない?」

 

 マジの禁句を言ったぞこいつ! 生かしちゃおけねえ!

 

「仕返しじゃあ!」

「あはっ!」

 

 海水をかけあうだけの謎の遊びが、子供特有の謎テンションでしばらく続いた。

 

「疲れた」

「由良ちゃんほんとに体力尽きるの早いねー」

 

 うるさいこちとらインドア派じゃい。チェアに掛けてブルーハワイとかいう謎の味の清涼飲料を喉に通す。

 これ本当に何の味なんだろうね。甘いということしかわからん。

 

「昼ごはん……にはまだ早いか」

「結構早く来たからまだまだ遊べるよ!」

 

 私は体力不足で死ぬけど。

 まあ、体力を使わない遊びなら何個か考えてきている。鞄の中に道具があったはずだ。

 今回の鞄はいつものではなく防潮のちゃんとしたやつである。(ホーム)も中にいるのでそういう機能は必須であった。ちなみに蝸牛(シェル)はずっとあやめちゃんの肩に引っ付いてるが、他の人には髪飾りだのイヤリングだのに見えるので問題はない。

 鞄を漁って取り出したのはバケツと小さいスコップ。

 

「作るぞ……砂城……!」

「えぇ……」

 

 海といえばなんぞや、と考えて思い至ったのがこれぐらいであった。砂遊びはしたことあるが、海辺で巨大造形物を作ったためしはない。

 せっかくここには無尽蔵ともいえる砂とスペースがある。いくらでもでかいのを作れるはずだ。

 

「ちょっとちょっと! 私たちもう中学生だよ! さすがに恥ずかしいって」

「そんなに人いないでしょ」

「いやでもほら、なんか見られてるって!」

 

 中学生なんて小学生とそんなに変わらないんだから好きに遊べばいいのだ。

 

「それに砂って崩れちゃうからそんなに大きいの作れないんじゃない?」

「まあまあ、見てなって」

 

 砂場ではそうだろうな。だがここには海水がある。

 ちょっとしたコツは調べてきたのだ。スコップで砂を掘り出し、バケツの中に入れる。そしてその上から海水を汲み、よく混ぜ合わせる。

 こうすることで崩れにくい砂ができあがるのだ。半分くらい泥だが。

 

「そして、これを地上に移してうまく削れば……」

『おぉ、俺じゃねえか!』

 

 多少歪ではあるが、蝸牛(シェル)の姿を彫ることができた。カタツムリの形状は結構難しいが、公園で練習した甲斐があったな。あのときは幼稚園児とその親御さんに滅茶苦茶見られたけども、完成さえすれば一躍ヒーローであった。

 

「どう? 思ったよりやれるでしょ」

「た、確かに」

 

 はい、とあやめちゃんにもう一つのバケツとスコップを手渡す。

 

「周りなんか別にいいでしょ、学校の同級生がいるわけでもないし。それより、私と一緒に城を作るのは嫌?」

「それはちょっとずるいなぁ……いいよ、どでかいの作ろう」

 

 勝った。これでしばらくは体力の温存に努めることができる。あやめちゃんの希望を通したくないわけではないんだが、それをやると私の肉体が保たないんだ。

 だから適宜私の希望を通させて肉体の休憩を図る。完璧な作戦であった。

 

 完璧なはずだった。

 外部からの干渉さえ、考慮しなければ。

 

「え、すごいすごい! このカタツムリって君が作ったの!?」

「なになに……ほんとだ、殻までちゃんとしてる」

 

 背後から黄色い声が聞こえる。後ろをおそるおそる振り向けば、そこには私達より年上の──大体高校生ぐらいか──女の子4人が話しかけて来ていた。

 逆ナンなのか……? いや、それよりも異常なのは。

 

 この4人のうち、一番前に立っている人の頭が思いっきりサメに食われていることだ。

 

「ねえ、せっかくだしさ! お姉さんたちとビーチバレーでもしない?」

 

 絶対に。絶対に、そんなことを話してる場合ではないだろ。



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