【完結】TS転生魔法少女だけど属性が情報災害でした。 (忍法ウミウシの舞)
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序:魔法少女
プロローグ(序)


 ハロー。TS転生おじさんです。

 神様とか白い空間とかそういうのは全く無く転生してしまったので、チートとかも特にありません。悲しいね。そもそも死んだかどうかもあやふやだから、転生か憑依かもよくわからないんだけどね。とりあえず転生ってことにして話を進めるけども、転生した事実に気が付いたのはだいたい4歳ぐらいの頃。それからはずっと女の子をやらせてもらっています。

 

 転生したのは現代日本、だけど異世界。というのも、文字とか都道府県名とか年号とかに知らないものが多くあったから多分パラレルワールド的なアレなんじゃないかな。ネット掲示板で流行ってた異世界系都市伝説みたいだなあって最初は思ったよ。

 そういうわけで、国語や社会にはちょっと苦戦しつつも子供の学習力と生前の知識で小学校は無双できた。さすがに小学校は楽勝ですよ。大人を舐めるな。今の中学もとりあえずは大丈夫。高校は全然自信ないけど。

 

 異世界とはいえだいぶ近い世界らしく、文明レベルや大まかな歴史に違いはない。若者はスマホっぽい情報端末で動画サイトやSNSにかぶりつくし、世界大戦は2回起こって日本は負けた。下手に似てるせいでよく学校のテストでは前の世界の歴史と混同したりはしたけども、まあ全然違うよりかは順応しやすかったと思う。

 この世界と生前の世界が違うのは2つ。1つはさっきも言った通り、文字や固有名詞などでいろいろ細かい違いがあるところ。日本で一番高い山は神峰山(かみねやま)だし、世界で一番高い山はKan Khanla(カン=キャンラ)という。どっちも富士山やエベレストがあった場所にあるし、大陸の形などの自然に関してはほぼ同じだけど人間の営みに関してはこういう微妙な違いがある。ちなみに、世界で二番目に高い山は何故か変わらずK2である。

 そしてもう1つは……本当に、本当に意味が分からないんだけど。

 

 この世界には魔法少女がいる。そして自分の悩みも、それに関わるものだった。

 

 

 悲鳴、そして逃げ惑う人々。残念ながらこの異世界日本において、このような光景はさほど珍しくもない。どこにでもあるものであった。

 日本の首都である京代都、その某区。そこでは、長い()に全身を包んだ5mほどの巨人が破壊活動に勤しんでいた。

 

「我はトイレットペーパー怪人! 貴重な紙資源を無為に消費する貴様ら人類に、鉄槌を下しに来た!」

 

 "怪人"と呼ばれる存在。それは、自分がこの世界にちょうど転生するかしないかというタイミングでこの世界に現れたらしい。

 最初にこの世界に現れたのは"鐘の怪人"と呼ばれている。彼は日本の見羽県(位置的に山梨県)の都市に急に出現し、「これから世界各地に怪人が出現する」という旨の宣言をした後にすぐに消滅。これを機に、宣言通り様々な場所で異様な出で立ちをした巨大な人型が暴れ始めたのだ。

 この"怪人"に対して世界各国はすぐさま軍事的な対応を始めた。しかし、その結果は芳しいものではなかった。銃器・火薬の類が一切効かなかったためである。それだけでなく、軍隊が使うような兵器から単なる打撃に至るまで、一般的に攻撃たりうるほとんどの手段が意味をなさなかった。

 唯一効果があったのは、「怪人に物理攻撃は効かないが物理的な干渉は効く」という性質を生かしたいわゆる"封じ込め"であった。つまり、大量のセメントを怪人の上に落とし、固め、埋めたのだ。これは非常に有効な対策であったが、都市部では使いづらいなど大きい制約もあり気軽に使えるものではなかった。それが使えない場合は、重機などを使って怪人を無理やり人類の生活圏から追い出すなどの次善策がとられた。

 

「どうした人間よ! このまま無抵抗を貫くというのなら、一帯を更地にし植林をしてくれよう!」

『急いでください、由良。周囲に魔法少女はあなたしかいません。このままでは民間人も危ない』

「ああもう、わかってるから。インドア派には、長距離走はきついんだって……」

 

 しかし、追い出すだけでは無力化には至らない。人類が悩んでいる間にも怪人は破壊を続ける。時には、民間人が巻き込まれ死者が出る場合もあった。そして怪人が暴れてしばらくしてから現れたのが、"妖精"、そして"魔法少女"だった。

 "妖精"はさまざまな姿を取る。あるものは宝石があしらわれたステッキ、またあるものは自由に動くクマのぬいぐるみ。それらの目的は、適性の高い少女を魔法少女にして怪人と戦わせること。

 曰く、怪人には魔法でしか対抗できない。

 曰く、魔法を扱えるのは適性の高い少女のみ。

 曰く、人類の応援や希望が少女に魔法をくれる。

 もちろん、最初はさまざまな議論が噴き上がったそうだ。何故少女だけなのか? 責任能力すら無い人間を死地に向かわせるべきではないのではないか? 自衛軍は、軍隊は何をしているのか?

 しかし、それら疑問や反感を一掃するぐらいに彼女ら、魔法少女は圧倒的だった。

 

 本当に一瞬であった。最初の魔法少女、《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》は文字通り怪人を次々と蜂の巣にしていったのだ。世界で初めて、怪人を完全に消滅させた成功例であった。

 しかし、《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》だけでは各地で次々と湧き出る怪人には対応しきれない。こうして国連に加盟するすべての国は「魔法少女条約」を締結し、魔法少女を保護し積極的に運用するようになった。

 

 そして、かくいう自分もその魔法少女の1人である。

 

「はぁ……はぁ……げっほ! ようやく……おぇ……たどり着いた」

『やはり運動は常日頃からした方が良いと思いますよ、由良』

「せめて自力で移動してくれない?」

『申し訳ありませんが、本ですので。自力では移動できません』

 

 逃げる人々をかき分け、流れに逆らい逆らって長い紙……いや、トイレットペーパーを纏う怪人と対峙する。魔法少女でも、怖いものは怖い。《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》は規格外の魔法少女で、普通はあそこまでの戦闘能力を持たないからだ。今まで魔法少女の死亡例は無いが、怪人による怪我やそれを原因とした引退は普通にある。

 自分も例にもれず、そこまで強くはない。

 

「ようやく魔法少女が来たかと思えば……随分とひ弱そうだ。我も随分甘く見られたものだな」

「うるさい。ちゃっちゃと変身するぞ、(ホーム)

『仰せのままに、魔法少女(マイマスター)

 

 怪人は病的なまでに真っ白な巨人であり、頭の代わりに巨大なトイレットペーパーが首に嵌まっていた。トイレットペーパー怪人などとふざけたネーミングと見た目をしているが、怪人に弱い奴など1人もいない。油断すれば、こちらがやられる。

 なぜか魔法少女は怪人の周囲でしか変身できない。怪人も変身途中の魔法少女を攻撃しない。どうして攻撃しないのか、それともできないのかわからないため、自分は変身中は常に内心ビビっている。

 だが、やるしかない。魔法少女(コレ)はこの世界に異物として生まれた自分の、数少ない役割の一つなのだから。意識を落ち着け、魔力を体に巡らせて詠唱を開始する。

 

「風の音が響き渡る文字の禍いが降りかかる」

 

 自分の妖精、(ホーム)が開いてその中の文字だけがするすると外の世界に流れ出す。その文字の羅列は自分を取り巻くインクの鎧と化す。

 

「鳥の囀りが身に染みる幻の音が眼を隠す」

 

 五線譜を思い起こさせるモノクロ・ストライプが斜めにかかっている奇妙なドレスが服の上から生成されゆく。

 

「この力は人々を護るためこの力は敵を狂わすため」

 

最後に、名状しがたい怪物の装飾があしらわれた片眼鏡(モノクル)と、非常に歪な漆黒のハットが装着される。

 

「戦う私は衣装型(フォーム):── 情報災害(インフォハザード)》」

 

 そう、私の悩みとは……どうして魔法少女なのに、こんな陰鬱とした魔法を授かってしまったのだろうということだ。



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推しの魔法少女を語るスレ

1:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:31:14

推しの魔法少女の魅力を伝えるスレです どんどん布教しましょう

[リンク:魔法少女公式サイト]

・喧嘩はしない、特に他の魔法少女を下げないようにしましょう

・魔法少女のプライバシーに関する話題はお控えください

 

私はやっぱり炎弾(バレット)ちゃんですね!

怪人撃墜数No1でありながらそれに驕らずストイックに鍛錬を続けているので自分も頑張らなきゃと思ってしまいます

 

2:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:34:53

良いスレだ

 

3:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:38:32

雷踏(スタンプ)ちゃんに踏まれたいだけの人生だった

 

4:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:41:53

最近は交通3姉妹箱推ししてるわ

街中で通行人を守りながら戦うの惚れ惚れする

動画でもみんないい子だってのが伝わってくるし

 

5:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:45:32

怪人と戦ってくれるだけでも十分だけども、アイドルみたいなこともしてくれるのマジですごい 尊敬する

 

6:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:48:45

学校とかで忙しいだろうに

 

7:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:51:25

そういや確か怪人の周囲じゃないと変身できないんじゃなかった?

どうやって動画撮ってんの?

 

8:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:54:53

最近は撃墜数ランキングを下から眺めるのが楽しみ

上の方はファンも多いだろうしみんな応援したくなる

 

9:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 21:57:31

>>7

他にも条件があって、そういう動画撮影はOKらしい

 

10:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:00:54

僕は霊乙女(ゴースト)ちゃん!

 

11:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:04:39

おーん

 

12:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:08:23

ゴーストちゃんのジト目いいよね

 

13:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:11:05

冷たい目で見られたい

 

14:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:14:01

>>7 動画配信はオッケーらしいってどっかの妖精が言ってた

 

15:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:16:53

喰咬鮫(シャーク)ちゃんのきわどい衣装に俺は狂わされた

 

16:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:19:23

なんで動画はいいんだ 妖精の趣味か?

 

17:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:22:18

最近出てきたのだと雪景色(スノウドロップ)好き 地元だし頑張ってほしい

 

18:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:25:02

趣味説は動画出たころからずっと言われてるが

 

19:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:28:28

妖精ロリコンキモオタク説は1000年ぐらい提唱されてるだろ

 

20:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:31:22

>>15

シャークちゃん好きやわ 性的に食われたい

 

21:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:34:21

変身してるときに近寄ったら普通の意味で食われそう

 

22:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:38:07

妖精はさっさと逮捕されてほしいが、それはそれとして怪人はどうにかしてほしい

 

23:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:41:10

神眼(トゥルース)ちゃん好き

すべてを見透かされたい

 

24:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:44:54

>>4 交通同志だ

道路で戦ってくる怪人を前にして交通整理しながら勝っちゃうのまじやべえって思ったわ

 

25:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:48:36

上位勢はもう固定ファンが多すぎて他の子が全然追いつけないのはちょっとかわいそう

 

26:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:52:22

この動画好き わちゃわちゃしててかわいい

[リンク:魔法少女ユニットのダンス動画]

 

27:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:55:47

すっすっすたんぷ~

 

28:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 22:58:42

そういえば年齢で引退とかはするんだろうか

 

29:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:01:17

衣装型(フォーム)精霊王(フェアリー)

 

・精霊の力を借りる魔法少女。

・一人で多種多様な攻撃ができるのが強み。

・いろんなことができます!よろしくお願いします!(本人コメント)

 

30:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:04:43

公式サイトから引用するな

 

31:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:08:26

>>28 今んとこいないけど、どうなんだろうね

 

32:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:11:44

魔法少女(30)……ありだな

 

33:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:14:25

いやむしろ逆にアリ

 

34:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:18:01

公式サイトの説明文って簡素すぎるし戦闘に寄ってるよな

 

35:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:20:50

何がどう逆なんだよ

 

36:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:24:30

衣装型(フォーム)精霊王(フェアリー)

誕生日8月5日(水車座)
身長162cm
好きな食べ物パイナップル
嫌いな食べ物わさび
趣味ダンス
座右の銘千里の道も一歩から

 

37:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:28:00

誰が非公式サイトから引用しろっつったよ

 

38:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:30:38

普段は喰咬鮫(シャーク)ちゃん推してるけど他にお勧めいない?

 

39:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:33:42

>>36 こいつなに

 

40:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:36:22

>>38 快活なのが好きなら爆弾(ボンバー)ちゃんとか?

 

41:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:39:25

落涙(ティア)ちゃんおすすめ 名前に反してめっちゃ明るい

 

42:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:43:02

これ見て好きなの探せよ

[リンク:十数人の魔法少女が集まってクイズ番組を模した企画に挑戦する動画]

 

43:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:46:03

今日も怪人来たのか

物騒だな

 

44:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:48:46

ない

 

45:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:51:37

逆に妖精を推すという選択肢

 

46:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:54:26

魔法少女のファンは全員ロリコンだから

 

47:匿名の魔法少女ファン 2011/5/17 23:58:11

濁流(ポロロッカ)ちゃんの戦闘めっちゃ安定してて安心して見れるから好きだな~

 

48:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:01:26

>>45 妖精とか魔法少女に戦わせてるカスだろ

 

49:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:04:57

なんか今日怪人出たらしいな

八島区にトイレットペーパー怪人だっけ?

 

50:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:08:41

わからない

 

51:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:11:44

毎度のことながらふざけたネーミングだよな

 

52:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:14:45

ニュースで見たなそれ

 

53:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:17:50

そのくせ被害はしっかり出すとかいう

 

54:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:20:58

いない

 

55:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:24:25

>>44 どうした?

 

56:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:27:25

結局アレ倒したの誰なん? 無力化はされてるし、そうしたら倒した魔法少女出るはずだよな?

 

57:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:30:11

わからない

 

58:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:33:06

>>56 匿名の魔法少女は少ないけどいなくはない

そういうときは伏せられる

 

59:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:36:57

>>42 こういうのやってたんだね、知らなかった

いろいろ探してみる

 

60:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:40:34

匿名なら匿名希望って出るはず

調べたけどそもそもわかってないらしい

 

61:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:44:07

わからない

 

62:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:47:08

なんかさっきから荒らし湧いてない? 怖いんだけど

 

63:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:50:42

わからない

 

64:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:53:36

わからない

 

65:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 0:57:08

わからない

 

66:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:00:19

わからない

 

67:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:03:49

いない

 

68:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:06:51

いるべきでない

 

69:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:10:04

いるべきでない

 

70:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:13:29

存在しない

 

71:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:16:35

存在しない

 

72:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:19:20

存在しない

 

73:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:22:43

存在しない

 

74:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:25:58

存在しない

 

75:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:29:31

存在しない

 

76:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:32:53

存在しない

 

77:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:36:37

存在しない

 

78:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:39:44

存在しない

 

79:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:43:22

存在しない

 

80:匿名の魔法少女ファン 2011/5/18 1:47:01

存在しない

 

 

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「いない」魔法少女 その1

 トイレットペーパー怪人を倒した、その翌日。ちょうど学校が休みということもあって、私は悠々と近所の有名カフェチェーン店に顔を出していた。

 

「さくら風味のパフェ、復刻でやってて助かった~」

『由良さん、あるときはいつもそれ頼んでますね』

「だって好きなんだもの」

 

 私の妖精である(ホーム)が鞄の内から話しかけてくる。妖精の声は他人には聞こえない。正確には、魔法少女が変身しているときしかその妖精は他人には認識されない。(ホーム)は「人皮を使った」と噂されてもおかしくないほど歪な皮革を施され、かなり趣味の悪い造形をしている。だが、今は他人には普通の本にしか見えないだろう。

 まあ、私は気を付けないと「独り言やばいやつ」って思われるんだけど。

 

「これ食べるために生きてるまであるね、間違いない」

『……糖分過多です。あまり食べると健康に悪いですよ。運動もしてませんし』

 

 お母さんか。いや今世にも両親はいるけども、私が上手くネコを被ったおかげで関係は良好である。

 

「わかってないなあ、(ホーム)は。若いうちに食べておけば被害を最小限に抑えられるんだよ。血圧、血糖値、脂肪……今なら検査に怯えなくて済むんだって」

『表に出ないだけで、生活習慣病は若いうちから始まってますよ』

「う゛」

 

 わかってるよそんなことは。(ホーム)の忠告は無視して、スプーンでパフェのクリーム部分をすくいあげる。

 実は、妖精には基本的に魔法少女の情報は筒抜けである。私も、(ホーム)と契約をした次の瞬間にはTS転生おじさんということがばれてしまった。が、それがほかに露見したことはない。なので「あくまで戦闘支援のためであり、他の人間はおろか魔法少女や妖精にも漏らさない」とかいう言い訳を今は信用しているのだ。というかこれ、地味に魔法少女を人外扱いしてない?

 

 まあいいか。やっぱりおいしいなあ、これ。死んでから初めて気が付くスイーツのうまさよ。おじさんだとちょっと気後れしちゃうような場所でも、ずんずん入っていけるのがJC(←死語)の強みだよね。

 

『ご友人と一緒に来ればいいでしょうに』

「いないのわかってて言ってるでしょ、君。最近の若者とは話が合わんのよ」

 

 言いながらスマホを取り出し、今日のネットニュースをチェックする。

 

「あ、Loosersの新作CDようやく出たんだ。あとでショップ寄って買っとこうかな」

『……どっぷりと若者世界に浸かってるんですから、話が合う方などいくらでもいるでしょうに』

「というか、君こそいないんか。友達」

『妖精にそのような概念はありません。他の妖精は……人間にとっては"同僚"というのが近いでしょうか。馴れ合うことはありません』

 

 ふーん。スマホを弄りながら、パフェをほおばる。時折、(ホーム)と毒にも薬にもならない会話をする。私はこれだけ。これだけで十分に幸せなのだ。

 本当に?

『魔法少女棟にでも寄ってみたらどうですか。施設も充実してますし、同じ魔法少女ならいくらか話も合うでしょう』

 そんなわけない。私は……

「今のところはいいかな」

 

 魔法少女棟、ねえ。魔法少女棟というのは、今(ホーム)が言ったように魔法少女の溜まり場であり、憩いの場である。魔法少女なら無料、あるいは格安で利用できる施設が豊富にあり、まあ、基本的には彼女ら貸し切りの建物なのだ。

 どうしてそんなものがあるかを説明するには、《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》が出現して以降の魔法少女と政府の動きについて見ていかないといけない。前も言ったと思うけども、魔法少女が出現して以降は(今もだが)いわゆる「魔法少女反対派」による意見表明やデモがそれこそひっきりなしに起こっていた。そらそうだ。魔法少女って存在自体が性差別だの児童労働だのにクリティカル・ヒットしてるんだから。道徳的にはどう考えてもアウトである。

 これに対して政府、というか国連がやったのは愚直なまでの"説得"であった。「魔法少女条約」にはそれはもう魔法少女への手厚い保護・サポートをこれでもかと盛りに盛って幼い少女への健康面・教育面・金銭面あらゆる面での全力補助を明記。さらにどうして魔法少女が必要なのかという理由を丁寧に、そして簡潔に説明したプレゼンテーションを全世界に向けて行った後、怪人を徹底的に調べ上げ魔法少女に頼らない対怪人システム構築の研究レポートを定期的に発表することを宣言。今もニュースで大体2か月おきにはその進捗が報告されており、その度に専門家と魔法少女による解説が行われている。

 怪人は魔法少女でないと今のところはどうしようもない、というのが国連の結論であり、それを全世界の人間に理解してもらうにはそれしかなかった。「魔法少女反対派」の多くの人間もそれはわかっており、「でも少女を戦争に出すのはおかしい」という倫理道徳によって反感を持っているのだからこれに関してはもうお互い譲歩するしかなかった。もちろん納得できない人はいる。だけど、少なくとも国連はこのパワーゲームにおいて多くの人間の同意を得て、一定の勝利を収めたと言ってもいい。

 

 また、魔法少女側も動いた。特に最初の魔法少女である《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》が精力的に活動していたはずだ。とにかく彼女らは「力は無いよりもあった方がいい」「連携すれば安全に怪人と対峙できる」という点を中心にプロパガンダを行い、多くの少女を魔法少女道に引きずり込むことに成功した。

 要するに、

「娘さんを魔法少女にすれば、もし怪人が現れても死ぬ確率は大きく下がりますよ!」

「でも魔法少女になれば多くの怪人と戦闘することになる。本末転倒では?」

「複数人で対応できれば怪我率は大きく下がりますし、単独で無理やり対応させることはしません!」

 みたいな説得をしたらしい。最初はあまり効果が無かったらしいけども、《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》などの活躍にあこがれた少女が魔法少女になっていき徐々にその安全性が保障されていった。以降は、魔法少女の補償の手厚さもあって順調に契約者を増やしているらしい。

 実際、魔法少女が増えることによって各地域の犠牲者も大きく減り、また複数の魔法少女がチームを組むことで怪人戦での怪我率は著しく下がった。いいことだと思う。別に私だって戦うのは怖いけど、だからといって子供を代わりに戦わせていいわけがない。ある意味、私が魔法少女として戦えるのは幸福なのだ。

 

 気づけば、パフェがあったはずのプラスチックの容器は空になっていた。いつの間にか夕日が窓に差し込んでいる。名残惜しいけど、さすがにもう残る理由はない。帰るついでにショップに寄ろうと思いだして席を立ったその瞬間、それは、起きた。

 

 轟音。続いて、風圧。カフェの中央、その天井から、巨大な腕が拳を振り下ろしていた。赤黒くて筋肉質な、まさに鬼のような腕だった。

 幸いにも直接潰された人間はいなかったようだが、その衝撃で転んでしまった人は多かった。

 

「何……!?」

『怪人です! まず距離を取ってください!』

 

 (ホーム)の声を聴く前に、本能的に足は動いていた。密室の中にいるのは危険だが、中央に寄らずに脱出しないといけない。鞄から(ホーム)を取り出して窓ガラスに叩きつけると、ガラスは大きな音を立てて割れた。こいつはこれぐらい頑丈だし、緊急事態にこういうことをしても文句を言わない程度には話が分かる。ちなみに痛覚は無いらしい。

 とにかく、これでいったん退避は成功した。カフェの上の方を見れば、怪人の全貌がわかった。赤黒い肌を持つ、3つ目の巨人。トイレットペーパー怪人よりはるかに大きく、カフェの屋根が怪人の腿あたりにしかさしかかってない。頭部からは真っ黒い角が無造作に、いくつも生えている。

 その姿は、まるで異形の鬼といった様子だった。

 

「ああああああ苦い! 苦い! 口の中が苦くて仕方がないよおおおおおおお」

 

 わけのわからんことを叫びながら怪人は文字通りカフェの中を"漁る"。がりがりと腕を力任せに振るって漁れば、当然カフェの構造物が根こそぎ剥がれ、崩れ、壊れてしまう。しかし、この怪人の狙いはそんなところにはないらしい。

 そもそも、昨日近所でトイレットペーパー怪人が出たはずだろ!? いくら怪人の出現が不定期だからといって、ここまで連続して同じ地点に現れることなんて今までなかったはずだ!

 

「甘いものがほしいいいいいい! かふぇに、かふぇになら甘いものがあるって僕は知ってるんだああああ」

「なんだこいつ……早く死ねよ」

 

 いや、罵倒している場合じゃない。"漁り"まで結構時間があったから人は逃げれている……はずだが、さすがに早く倒さないとヤバイ!

 

(ホーム)、変身するぞ!」

『待ってください。由良』

「待たん! 文字の禍いが──

 

 詠唱しかけて、気が付いた。逃げる人々とは逆に、こちらに向かってくる複数人の足音に。複数とはいえ多数ではない。つまり警官や自衛軍ではない。つまり……。

 

「やあやあお待ちなさい! その狼藉、見過ごすことはできません! 我ら交通三姉妹が、怪人を屠って差し上げましょう!」

 

 魔法少女だった。それも、だいぶアクの強いチームだ。

 どうしよう。確かにおじさんとして、怪人戦を魔法少女に任せたくないとは言った。言ったけど、共闘できるかというと話が別なのよ。知らないふりして、逃げていいかなこれ?




コーヒー鬼怪人


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「いない」魔法少女 その2

感想全部読んでます。超嬉しいです。


 マ、マジでどうしよう。目の前には怪人と、3人チームの魔法少女。当然倫理的にも魔法少女の義務的にも加勢すべきだ。加勢すべきなんだけど……。

 ちょっと私の魔法、範囲が気色悪いというか、あまりうまく制御できないというか……。とにかく、迂闊に戦うと彼女らにも被害を出してしまいかねないのだ。

 

『由良、私はあなたの選択を尊重します』

 

 そう言ってくれるのはうれしいけどね(ホーム)君。

 うーん。一旦、いったん様子を見よう。ダメそうなら加勢する、これでいこう。

 

 交通三姉妹、だっけ。私が聞いたことあるぐらいだから結構有名なんだろう。3人チームの魔法少女はビビッドなカラーリングで色分けされており、左から緑、黄色、赤を基調とした衣装を着ている。変身前だから自前で用意してると思うんだけど、こういうことする人ってだいたい魔法少女として配信とかもやってるんだよなあ。「三姉妹」と自称していたが正直そんなに似てないし芸名みたいなものだろう。

 真ん中の黄色の人が声を張り上げる。最初に名乗りを上げた時もこの人だったな。

 

「さあ、いきましょうお姉様達!」

 

 ああ君が末っ子担当なのね。

 

「光を宿し  彩を祀る

 陽光模して 境界司る

 この力は人々を導くため

 私は戦う──《衣装型(フォーム)黄信号(アンバー)》」

「光を宿し  彩を祀る

 劫火を模して 停滞司る

 この力は人々を導くため

 私は戦う──《衣装型(フォーム)赤信号(レッド)》」

「光を宿し  彩を祀る

 新緑模して 循環司る

 この力は人々を導くため

 私は戦う──《衣装型(フォーム)青信号(グリーン)》」

 

 3人の変身が完璧に同調(シンクロ)している。ここまで一糸乱れぬものだとは思わず、感嘆の息が漏れる。やはり、変身前の衣装は変身後のそれを意識したものだったのだろう。大まかなテーマは変えず、より豪華に、よりパワーアップした印象を受けるドレスになっている。

 しかし、そんなことは怪人には関係ない。変身を見てようやく敵と認識したのか、こちらの方を見て叫び出した。

 

「魔法、少女……? 僕の口は苦いんだ! 邪魔を、するなあああああ」

「「「【武具召喚(サモン)標識(シンボル)】!」」」

 

 詠唱ハモったな今。そんなどうでもいい感想が思い浮かんだ次の瞬間には、彼女らはそれぞれバカでかい標識柱を手に持っていた。そして、駆け出す──いや待て、ゴリゴリの肉体派なのか!? 確かに魔力が籠もった魔法少女の肉体なら物理攻撃でもダメージを与えられるが……!

 

「邪魔者は、こうだ!」

「見た目通りすっとろいんじゃ世話ありませんわ、ね!」

 

 交通三姉妹のうち、黄色い人は怪人の拳をひらりとかわすと標識で思いっきりカウンターを叩き込み、緑の人の方を見やる。

 

「お姉様!」

「ああ! 【進め】!」

 

 緑の人が手を振りかざしてそう言うと、標識を叩き込まれた怪人の拳がその勢いのまま自身の顔面に飛びかかり……フルスピードで殴りつけた。

 

「ああああ痛゛いいいいい」

青信号(わたし)の進行魔法にかかれば! どんな物体も驀進する! それが例え、怪人自身の腕であろうともな!」

「皆様は今のうちにお逃げくださいまし!」

 

 湧き出る歓声と、高らかなる宣言。まあ、怪人は基本的に魔法への耐性を持たないから知ったところでどうにもできないことが多い。魔法1つの情報をバラすデメリットと、民衆に安心感を与えスムーズな避難を促すメリットを天秤にかけた結果なのだろう。

 

青信号(グリーン)。毎回言ってるが、怪人に魔法をバラすのをやめろ。貴重な情報だ」

「……はい、赤信号(あねうえ)

 

 違った。ただ単に高揚しているだけだったわ。普通に赤い人にたしなめられている。

 それはどうでもいいが……まずいな。一般人の避難が進めば進むほど私が目立ってしまう。今は街路樹の陰に隠れているが、見つかりそうになる前に変身することも視野に入れておかないといけない。

 

「ぐううう……痛い、苦い、痛い、苦い……!」

「来ないならこちらから行くぞ、怪人」

 

 苦しむ鬼のような怪人に向かって、再び魔法少女たちが走り出す。怪人の攻撃は既に見切ったと言わんばかりに彼女らは軽快に回避し、肉薄し、そして標識を思い思いに叩きつける。

 すごい。さすが怪人撃墜数上位勢(ランカー)としか言いようがない。怪人の攻撃をうまくひきつけ、一般人の避難方向に行かないように誘導している。遠距離から魔法でどうにかするのが魔法少女の定石といわれる中、近接戦を中心にこれほどのチームワークを組み上げたのはひとえに彼女らの絆と努力の賜物だろう。

 ……が、高さが足りない。怪人は非常に巨大で、脚部より上には標識が届かない。ダメージにはなるだろうが、致命傷に至るとはどうしても思えなかった。

 怪人もそれに気が付いたようで、今では魔法少女の標識攻撃を回避することに専念していた。恐らく、緑の人の「進行魔法」を気にしているのだろう。自ら攻撃を仕掛けることは避け、彼女らの体力切れを狙っているように見える。

 

赤信号(あねうえ)! 進行魔法は!」

「転び方が悪ければ周辺の建造物に被害が出る。機を待て」

 

 最近は怪人の攻撃に備え道路を広く取る改修工事が全国で進められているが、ここは不幸にもそういった準備が進んでいない地域だった。

 そろそろ、加勢すべきか。そう思ったが、3人の表情はまだ明るい。

 

「5分、経った……! 『青信号(わたし)』は、『黄信号(いもうと)』に切り替わる!」

「怪人よ、【止まれ】!」

 

 黄色い人がそう宣言すると、怪人の動きが不自然にもピタリと止まった。こちらは「停止魔法」といったところか。確かに黄信号の本来の意味は「止まれ」ではある。だがそうなると、赤信号は?

 疑問に思う間もなく、怪人が動き始める。かなり動きはぎこちなく、停止魔法を無視して力押しで動こうとしているようだ。

 

「こんな魔法じゃあ、僕は止められない……! 甘いもの、甘いものぉぉぉ!」

「いや、終わりだよお前は」

 

 無理に動こうとする怪人と、それを冷ややかな目で見る赤い魔法少女。

 

「『黄信号』は既に『赤信号』に切り替わっている。動いたお前は……【交通違反】だ」

 

 瞬間、とてつもない衝撃音が怪人の身から発せられる。怪人は何が起こったのか何もわからないまま、声もたてずにその胴体を完全にひしゃげさせた。

 恐らく、怪人の体躯にふさわしいほどの巨大な不可視の車。それが怪人に突撃したんじゃないかと思わせられるような光景だった。つまり、これが【交通違反】に対するペナルティであると。

 

「【止まれ】!」

 

 倒れこんだ怪人が道路や建物を破壊するのを恐れたのだろう、黄色い人が再び停止魔法を使用する。すると怪人は重力さえも無視したかのように異常な体勢で停止してしまった。あそこまで胴体が潰れては、いくら怪人といえど再起不能だろう。ここまで無力化できたのなら後始末は自衛軍の仕事だ。

 ……本当に大した労苦もなく怪人を倒してしまった。近接戦闘には様々なリスクがあるが、それを感じさせないだけの安定した戦闘。上位勢(ランカー)の戦闘はいくらか動画などで見たことがあるが、生で目撃するとやはり違うことがわかる。

 

 いや、何感心してんだ私は。彼女らに戦わせないために魔法少女やってんのに、加勢すらせず出歯亀に終わるなんて。いや、でも、魔法が……。

 

『由良、怪人の様子がおかしいです。警戒してください』

「文字の禍いが降りかかる──」

 

 (ホーム)の警告。怪人を見やると、確かに何かがおかしい。ひしゃげた胴体の部分。そこのもとより赤黒い肌が、さらに黒ずんでいる。どんどん膨らみ、膨らみ……ついに破けた。内側から這い出るは、漆黒の怪人。ずるずる、ずるると腹をかき分け終わった漆黒の怪人がその場に立つと、元の鬼のような怪人は内部が抜けて皮だけのぺしゃんこな状態になってしまった。

 漆黒の怪人。前の鬼怪人とほぼ同じ大きさであり、しかし先ほどとは打って変わって光沢を放つ肌に生物らしさはない。眼も頭部に大量に発生しており、全く別の怪人といってもいいほどだ。

 なんだこいつは。第2形態とか、そんなことをやる怪人など前例がない。

 

「苦イノ、好キ。魔法少女、嫌イイイイイ」

「【止まれ】!」

 

 すぐさま拳を振り上げる怪人に対して停止魔法を使用する黄色い人だったが、しかしなぜか拳は速度を落とさない。

 いや違う。さっきの停止魔法も無敵ではなかった。漆黒の怪人は、停止魔法の影響を意に介さないほどパワーアップしているんだ。

 

「【止まれ】! 【止まれ】!」

「……【交通違反】!」

 

 黄色い人と共に、赤い人も先ほど見た魔法を放つ。しかし、怪人の体が何度か液状に揺れるだけでダメージが無いように見えた。漆黒の怪人がそれほどに強くなったのか、先の魔法に何か秘密があったのか、あるいはその両方か。

 

「コーヒーハ全テヲ飲ミコム。車ガ来テモヘッチャラアアアアア」

「あ……」

黄信号(アンバー)!」

 

 彼女らもさすがにこれは想定外だったのか、しばし放心してしまったのか。一番年若そうな黄色い人への攻撃を誰もが止められない。

 黄色い人はそのまま怪人の拳をモロに受け──

 

「さ、せ、る、かああああああ! 【武具召喚(サモン)目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】!」

 

 ──る前に召喚されたバカでかい鐘がひとりでに鳴り始める! そのあまりにも身勝手な音色に、怪人も、魔法少女もあらゆる作業を中断してこちらに振り向かざるを得ない!

 《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》は無差別型の魔法少女。その魔法は五感に訴えかけるために方向を制御することは全くできない、できないが……!

 

「死にそうな女の子を見捨てるほど、人間落ちぶれちゃいないっての!」

 

 魔法少女、宇加部 由良。魔法少女との共闘は死ぬほど向いてないが、やるしかない……!




複合魔法:複数の魔法少女が合同で放つ特殊な魔法。通常の魔法よりも効果が高い傾向にある。

【信号違反】:交通三姉妹の複合魔法。《衣装型(フォーム)青信号(グリーン)》の【進め】、《衣装型(フォーム)黄信号(アンバー)》の【止まれ】を段階的にかけた後、魔法を無視して動いた怪人に《衣装型(フォーム)赤信号(レッド)》が【交通違反】をかけることで発動する即死魔法。


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「いない」魔法少女 その3

「加勢遅れて本当に申し訳ございません先輩方!」

「え、ええ……助かりますわ」

 

 第二形態と化した漆黒の怪人のパンチから黄色い魔法少女を助けたのはいい。が、誰もいない街路樹から飛び出したせいでめちゃめちゃ怪しまれてる!

 特に赤い人はその鋭い目でこちらを見つめてきてる。しかし、彼女らは私を怪しむことも、責めることもしなかった。

 

「君のことは私たちが命を懸けても守る。我々が陣形を組み直す間、衣装型と主な戦法を教えてくれ」

「衣装型は情報災害(インフォハザード)。視覚や聴覚などから相手を幻覚にハメる魔法を使うため、先輩方にもかかってしまいます」

「なるほどな……」

 

 かなり簡潔に説明したつもりだったが、その間にも彼女らはフォーメーションを立て直してしまった。見たところ、赤い人が長姉役であり司令塔なのだろうか。

 

「既に増援は呼んでいるが、魔法少女棟との距離的に5分はもたせないといけないだろう。君には補助を頼みたい。私が合図をしたらさっきの"鐘"で怪人の注意を引いてくれ」

「わかりました」

 

 【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】の効果は既に切れて、怪人は既にこちらに向かって進行を続けている。

 細かい打ち合わせをしている時間はないと判断したのだろう。私の魔法の中で唯一判明している【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】のみを使って作戦を立ててくれているのだ。本当に、本当に頭が上がらない。

 

「心配なされなくても大丈夫ですわ、もう油断はしませんもの。【武具変換(チェンジ)標識(シンボル)】──【円形交差点(ロータリー)】!」

「【武具変換(チェンジ)標識(シンボル)】──【一方通行】!」

 

 赤い人が説明している間に他の黄色い人、緑の人は何やら彼女らが持つ標識記号を変化させていた。恐らく記号にまつわる魔法効果があるのだろうが、この標識は……?

 

「1人増エテモ関係ナイヨオオオオ」

「さあさあさあ怪人よ! あなたは『ここにあるはずの円形交差点(ロータリー)を歩く』のです!」

「そして『一方通行』! お前は止まることも、引き返すことも許されない!」

「何ダ、足ガ勝手ニ……!」

 

 指定された領域を、ぐるぐると歩き回りはじめる怪人。怪人のパワーが抑えられないから方向だけでも制御しようとしているのか。だが、怪人はさっき「停止魔法」を完全に突破している。それに怪人が気付けば、もう抑える手段はない。現に、怪人は指定された【円形交差点(ロータリー)】を徐々に無視し始め、足を無理やりこちらの方に向けてきている。

 スピードが、違い過ぎる。最初の鬼のような形態の怪人のときとは比べ物にならない。あれでは殴るどころか、近づくことすら不可能だ。うかつに【進め】のような魔法を使ったらそのパワーがどこに行くかなど予想できようもない。

 

「魔法少女、殺ス! ダッテコーヒー好キダカラアアアアア」

「今だ後輩! 鐘を!」

「【武具召喚(サモン)目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】!」

 

 あわや怪人が突進しかけた瞬間の合図で、再び鐘が鳴り始める。例え効果を知っていても、経験があろうとも必ず最初は見てしまう、魔性の鐘の音が辺りに響き渡る。当然これは3人の魔法少女先輩にも効果が及ぶが、来るとわかっていた彼女らと心の用意ができてなかった怪人とでは、効き目の差は歴然だった。現に彼女らは一瞬だけこちらを見たがすぐに怪人の方に向き直っている。対して、怪人は鐘に目を向けて完全に停止してしまう。そこに、赤い人の魔法が襲いかかる──!

 

「【武具変換(チェンジ)標識(シンボル)】──【現在工事中(アンダーコンストラクション)】。貴様が立っている場所は、『工事中』になる」

「アアアア!? 地面ガアアアア!」

「そして貴様……『円形交差点(ロータリー)』も『一方通行』も無視したな。当然、【交通違反】だ」

 

 突然、怪人の地面が急激に液状化しバランスを崩していく。それでも怪人はもがき、何とか脱出しようとするがしかし謎の力が加わったかのように不自然に沈んでいく。

 

「半液状の貴様に【交通違反】で打撃を加えても仕方がない。だが、上から抑えるだけなら簡単だろう?」

「オノレ……魔法少女オオオオオオ」

「私たちの魔法ではお前を殺し切れんから、増援の魔法少女に頼むことにする。……代わりに、地形に被害を与えることになってしまったのが残念だがな」

 

 既に、怪人は首より下を完全に道路の下に埋めてしまっている。未だ「工事中」は効いているため、怪人の埋まっている周囲の地面だけ液状化しており脱出は容易ではないだろう。まさに完封といった様子だが、しかしこちらからも手出しはできないらしい。

 

「あの……倒せないんですか?」

「私たちの魔法では『動かないことに対する【交通違反】』は作れない。なぜなら、車両や人間は止まっているときが一番安全だからだ」

「鬼のような怪人のときの魔法は、少し条件がいるんですの。具体的には青信号(おねえさま)の魔法が必要なのですけれど、この状況で進ませることはできないので難しいですわ」

「増援の方は、果たしてこの怪人を倒せますかね」

「わからんな。状況が状況だし、性質的に単純な打撃ではあまり効かないだろう。うまいこと相性がいい魔法少女が来てくれることを祈るしかないな」

 

 あと数分で増援の魔法少女が来るはずだ。しかし、その子で決着がつくかはわからない。言い方的にも、あの怪人が第二形態になる前に呼んだっぽいし。

 対して、あの怪人は今度は不気味に沈黙を保っている。第三形態があるのかはわからないが、とにかく不穏だ。

 

 なら、私がやるしかない。加勢が遅れたせめてもの罪滅ぼしに、彼女らが安全に帰れるように。私が、あの怪人を完全に殺す。

 

「私がトドメをさします。危ないので先輩方は少し……いや、かなり離れて、目を閉じていてください」

「無茶だ」

 

 赤い人が制してくる。

 

「君の魔力は少ないし、そもそも衣装型的に向いているとは思えない。それよりも怪人を迂闊に刺激するリスクの方が高い。頼むから、増援を待ってくれ」

 

 ああ、彼女の言うことは正しい。冷静に説得してくれている。

 見たところ、彼女はまだ高校生だ。まだ青春を謳歌するべき少女なのに。命のかかった戦場で適切にメリットとデメリットを計算して忠告してくれるのだ。

 だから私は許せない。怪人と、この状況を看過する自分を。彼女らを戦地に駆り立てる怪人を、滅さねばと思うのだ。

 

「そう、ですね」

「わかってくれたか。今回の怪人を安全に討伐できたのは君のおかげだ。無理せずに君ができることをやってくれれば、それで十分──」

「だから、少し眠っていてください。【武具召喚(サモン)陶酔的な白檀(ザ・サンダルウッド)】」

「な……」

 

 【陶酔的な白檀(ザ・サンダルウッド)】は香りに訴える情報災害(インフォハザード)。この香りをかいだ者は失神と数分の記憶混濁を引き起こす。魔法少女も例外でなく、突然の裏切りに彼女ら交通三姉妹は全く抵抗できず静かな眠りにつく。

 この魔法の問題点は人間のような軽い・小さい相手にしか効かないことだ。つまり怪人と戦うときには全くもって無用の長物なのである。人間と戦うために変身できるわけではないし、つくづく意味不明な魔法である。

 でも、こういう時には役に立つ。私の魔法は制御が利かないが、しかし気絶している人間には効果が無い。だから、あらかじめこの比較的無害な方法で味方を守ることができる。

 

 足早に怪人に近づく。その様子を、怪人は怪訝な目で見つめていた。

 魔法は、魔法少女が気絶してもしばらくはもつ。赤い人の【現在工事中】が効いている間になんとかしなくてはならない。

 

「……助ケテ、魔法少女。助ケテクレレバ他ノ怪人ノコト、教エル」

 

 怪人の言うことは無視して(ホーム)を懐から取り出す。怪人の言葉に意味はない。昨日倒したトイレットペーパー怪人も「更地にして植林する」みたいなことをほざいていたが、実際には更地にするのみで終わっていただろう。こいつらと会話すること、交渉することは絶対的に不可能だ。

 これからするべきことを考えたら、怪人が首まで埋まっているのは好都合だったな。普段だったら様々な魔法を駆使してお膳立てしなければならないところを、一瞬で終わらせられる。

 

 怪人を殺すのは簡単だ。私と一緒に(ホーム)を読む。それだけで、怪人は簡単に死ぬ。いや、怪人でなくともすべての生物は死ぬだろう。だからこそ周囲にちゃんと意識のある人がいないかは確認しないといけないのだ。

 だって(ホーム)を読めばいいのか、それとも内容を知るだけでアウトなのか、私にはわからないのだから。試すわけにも、いかないだろう?

 

 ……うむ、問題ないな。魔法少女は失神してるし、一般人は全員避難している。周囲の安全を確認した私は、(ホーム)を広げ怪人の前に見せる。

 

「……」

「私はさ、この本読めないんだよ。ぜ~んぶ白紙。だから、一緒に読んでほしいんだ。何て書いてある?」

「……『私には』、『わからない』」

 

 怪人は見てしまう。そして、どうしようもなく読み上げてしまう。

 怪人の、全ての目の色が変わった。もうこの怪人は終わりだ。あとは粛々と、(ホーム)を読んで命を燃やすだけの存在になり果てた。

 これに抵抗する手段は、ない。

 

「続きは?」

「『私はいない』」

 

 怪人の表情に苦しみが混じる。

 

「『私はいるべきでない』」

 

 怪人の口は裂け、肉は割れる。歯が抜け落ちる。

 だが、怪人は話すのをやめない。やめさせてもらえない。

 

「『私は存在しない』」

 

 怪人の漆黒の肌がどんどん濁っていく。存在しない色に染まっていく。

 そうしていく間にも怪人の体はボロボロと崩れていき、破片が空に舞って炭のように消える。

 

「『私の名は』」

 

「名は?」

 

「『私の名は』……ア、ア」

 

 声が止まる。歯が抜けてもなぜか発声できていたのに、ここにきて声が詰まる。

 

「名は?」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「名は?」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「名は?」

「ア、ア、ァ……」

「名は?」

「名は?」

「名は?」

 

 声にならない絶叫を上げ、上げ、上げ続けて……そして怪人は、消えた。一瞬だった。まるでそこには初めから何もなかったように。肉片の一片も残らず消えた。

 これで、被害も全部消えてくれたらいいのに。そんな私のささやかな願いは叶ったためしがなく、お気に入りのカフェは破壊されたままであった。

 

 これでまあ、最低限の義務は果たせたかな。一応交通三姉妹の方々を安全そうな歩道の方に移動させて退散することにする。

 

「お先に失礼しますね。【さようなら】、先輩方」

 

 誰も聞いてない挨拶を先輩にして、私は足早に立ち去る。増援の魔法少女が来る前に逃げないといけない。だって、魔法少女は苦手なのだ。

 

 

「交通先輩ー! 大丈夫ですかー! 起きてください!」

赤信号(レッド)先輩、青信号(グリーン)先輩、黄信号(アンバー)先輩!」

「ん、ああ……雪景色(スノウドロップ)紫陽花(ハイドレンジア)か」

「救援信号があったから急いで駆け付けましたけど、もう倒されたんですか!?」

「いえ、私たちは封印をしただけで……あれ? 怪人はどこですの?」

「逃げた痕跡もありませんし、ここで先輩方が倒し切ったんじゃないんですか?」

「半液状だったし、内側にセメントが入り込んで機能停止したのかもしれん。だが、捜索は依頼しておくべきだろうな」

 

「あれ、おかしいな……もう1人、魔法少女がいたはずなんだが。いや、いたか……?」

赤信号(あねうえ)の記憶違いでは」

赤信号(おねえさま)、大丈夫ですか? 最初から、ここにはわたくし達しかいなかったではありませんか」



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魔法少女による怪人対策会議

 日本の中心、京代都。その某区にあるとある魔法少女棟。

 図書、食事、療養、カウンセリング……ここではあらゆるサービスが魔法少女のためだけに展開される。公共建造物という名目のために、そのごく一部は一般にも開放されている。しかし、ほとんどの施設は魔法少女専用のものである。

 思春期の難しい年頃で、自らの身体を戦地に投じるのだ。多くの魔法少女は、同じ立場の少女らとその苦難を分かち合う必要があった。

 

 だが、それだけではない。魔法少女棟では、日夜怪人への研究と対策が彼女ら自身の手によって独自に行われていた。魔法のことを人間の中で一番よくわかっているのは、魔法少女ら自身である。どういう怪人がいたか、どういう能力を持っていてどういう魔法が有効だったか……そういった現地の情報は彼女らにとって欠かせないものだった。

 そういった会議や議論にはもちろん全員が参加できる。しかしそれとは別に、一部の上位勢(ランカー)のみによる会議もまた存在していた。集まった情報をまとめて他の地区の魔法少女に共有したり、政府への報告書を作成したり。そういった特殊な会議はメンバーが厳選される傾向にあり、一部の魔法少女はそのような会議に参加できるような立場を目指していた。

 

 《衣装型(フォーム)雪景色(スノウドロップ)》もその一人である。彼女は比較的新参者ながらも丁寧に、慎重に訓練と実績を積み上げていった。そして今回、晴れて上位会議の人員として招かれたのであった。

 もう、会議室は目と鼻の先だ。魔法少女《衣装型(フォーム)雪景色(スノウドロップ)》は緊張しながらも臆せずにその戸をたたいた。

 

「どうぞ」

「は、はい! 失礼します!」

 

 明瞭なる声が許可を示し、それに従い彼女はドアを開ける。

 壮観だった。ランキングで見たことがあるような上位の魔法少女が多く見受けられた。全国レベル……はさすがに少ないが、地区レベルで非常に有名な魔法少女はほとんど知っている。なんどもテレビに出ているタレント的魔法少女や、動画サイトで一定の人気を博している配信者的魔法少女もいた。常日頃から親しくしておりつい先日も救援に向かった交通三姉妹の姿も見えて、雪景色(スノウドロップ)は少し安心した。

 

 そして中央、その最奥に座っているのは怪人撃墜数、第10位。《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》であった。魔法少女の中でもトップクラス。憧れ中の憧れ。そのような存在が目の前にいた。

 《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》は最古参の魔法少女の1人で、単体の戦闘能力は低いが怪人の特性や弱点を見抜くことに優れている。他にも支援系の魔法に長けており、魔法少女界隈の中では大黒柱の1人として注目を集めていた。

 神眼(トゥルース)は写真や映像で見るよりも神々しく、後光がさしているように見えた。いや、そんなことよりも酷い失態に雪景色(スノウドロップ)は気が付いた。

 

 多くの魔法少女がいるということは、新人にもかかわらず遅刻をしてしまったのではないか……そのような不安は、他ならぬ神眼(トゥルース)が払拭してくれた。

 

「あまりにも多くて驚いたかい? それはね、君がこの会議に招待されたと聞いて、皆が祝おうと早く集まってくれたからさ。心配せずとも、君は遅刻なんてしてないよ」

「おめでとー!」

「おめでとうございます、雪景色(スノウドロップ)さん」

「いやー私はさ! もうそろそろだって前から言ってたんだって!」

「君の活躍は知っている。招かれるのは、時間の問題でしかなかった」

 

 驚いた。会議はもっと、厳格に冷酷に進行するものだと思い込んでいたからだ。いや普段の会議はそんなことはないが、「上位勢の会議」と聞いてなんとなく雪景色(スノウドロップ)は悪の組織がやるような、フードで顔を隠しながら肘をついてやる会議を思い描いていた。

 雪景色(スノウドロップ)の漫画的偏見はともかく、実際は他の会議と同じく温かなものだった。

 

「君の席は……そうだな、月光(ルナ)の隣に座りたまえ」

「ここですよ、雪景色(スノウドロップ)さん」

 

 長身の穏やかそうな女性が手を振ってくる。当然ながら魔法少女らは変身はしてないのだが、魔法を扱う同志としてなんとなく衣装型(フォーム)と本人は結び付けられた。あからさまにそれっぽいアクセサリーをつけてくる少女もいた。

 雪景色(スノウドロップ)がおずおずと、お辞儀をしながら月光(ルナ)の隣の席に座ったのを見て神眼(トゥルース)は再び口を開いた。

 

「では、全員集まったことだし早めに始めよう。第52回、都東部代表会議を始める。主宰兼司会はこの私、神眼(トゥルース)が務めさせていただく。書記は砂塵嵐(サンドストーム)だ」

「よろしくお願いします」

 

 神眼(トゥルース)の隣にいるギラギラしたファッションの女の子が軽く頭を下げる。明らかに会議に向いた格好には思えないが、しかし誰も咎めないあたり、会議を妨害しないならその他の要素は問わないのだろう。実際、書記に任命されているあたり信頼されていることがうかがえる。

 

「最初の報告は神眼(わたし)からだ。内容が内容だしサクッと済ませるが……ああ、議題提示や報告は初参加の雪景色(スノウドロップ)にもわかるように説明すること」

 

 神眼(トゥルース)の発言によって一瞬だけ他の魔法少女の意識がこちらに向いた、と雪景色(スノウドロップ)は感じた。そうだ。彼女らは真剣にこの会議に参加している。押しつぶされないようにしないといけない。

 

「続けるぞ? 最初の報告は匿名の魔法少女についてだ」

「匿名……?」

 

 小さく疑問の声を上げたのは雪景色(スノウドロップ)の隣にいた月光(ルナ)だった。内容は細かく聞かないといけないが、別に匿名の魔法少女は多くいる。政府に隠すわけにはいかないが、匿名を希望した場合は一切のメディア露出を避けるシステムはきちんと機能していた。匿名の度合いはさまざまで、「テレビなどの顔出しだけNG」という子もいれば「他の魔法少女にも知られたくない」といった子もいる。前者はともかく後者の子は情報や協力の観点からなるべく交流を持つように言われたりするが、しかし本人の意思を動かすのは難しい。最悪の場合、安全性から引退を勧められることもある。

 

 別に魔法少女は生涯現役、死ぬまで拘束されるシステムではない。本人の希望によっていつでも辞められるシステムだ。合わないと思ったら辞めるのが本人のためであり、社会のためである。冷たいことを言えば、無理に続けて死亡事故が起こった方が大きな問題になるのだから。

 

 閑話休題。そういった匿名の魔法少女に関する報告とは何だろう、と雪景色(スノウドロップ)も思った。匿名の魔法少女全般に関するものであろうか。それとも、「魔法少女にすら関わりたくない」といった孤独な存在についてのものなのか。月光(ルナ)の呟くような疑問を受けて、神眼(トゥルース)は説明を続ける。

 

「そう、匿名の魔法少女だ。ここ最近、八島区周辺では不明な『怪人討伐事件』が相次いでいてね。誰も、名乗りを上げないのだよ」

 

 神眼(トゥルース)はそこでいったん話を切って、ちらりと雪景色(スノウドロップ)の方を見やった。

 

「君たちも知っての通り、我々魔法少女には妖精……正確には『魔法契約主体』がついており、我々の怪人討伐業務を全面的にサポートしてくれている。もし怪人が討伐された場合、誰が倒したか、いつ倒したかなどの状況が妖精内で共有されるはずなんだ」

 

 そこで雪景色(スノウドロップ)神眼(トゥルース)の意図を察する。私のために、おさらいがてら基本事項を説明し直してくれたのか。

 

「でも、八島区周辺の怪人の一部についてはそのような情報すら上がってこない。匿名希望じゃない、本当に匿名……いや、不明な魔法少女がいる」

「質問がある」

 

 手を上げたのは《衣装型(フォーム)赤信号(レッド)》の少女だった。

 

赤信号(レッド)の質問を許可する」

「魔法少女以外の要因による無力化の可能性が残っている。例えば……自滅」

 

 確かに、魔法少女が倒すから共有されるのであって、それ以外の原因で怪人が討伐されたら記録には残らないのではないか。そもそも、怪人が無力化されたら何らかの方法でその情報は拡散されるのではないか。赤信号(レッド)の考えは的を射ているように思えた。

 

「他にも、異常な怪人の場合も考えられる。怪人が何を目的としているか、未だによくわかっていない。仲間割れをしたり、『怪人を滅する怪人』がいても否定はできない。……そのような可能性は?」

「無い」

 

 違和感のようなものを雪景色(スノウドロップ)は覚えた。しかし、それが具体的に何かは言語化できなかった。

 

「八島区周辺の怪人討伐事件。あれは、魔法少女によるものだ」

「それは……そうだな。魔法少女のはずだ。申し訳ない、混乱していたようだ」

「構わないよ、赤信号(レッド)。質問や意見は忌憚なくしてくれないと会議の意味がない。他に質問は?」

 

 何か、何か気持ち悪いはずなのに、それがなんだろうと探ろうとすると思考が霧散する。妙な感覚だった。なんだろう、なんだろう。それを求めて思索をめぐらすうちに、とうとう雪景色(スノウドロップ)は違和感の存在すら忘れてしまった。

 

「では説明を続ける。この奇妙な事件について、私は自らの妖精……望遠鏡(スコープ)と交渉し、この事件の調査についてのみ変身して魔法を使用する権限を得た」

 

 パチン、と神眼(トゥルース)が指を鳴らすとまるで瞬間移動したかのように机の上に望遠鏡が出現した。

 

『例外的な事項ですが、不明な魔法少女、ひいては妖精が隠れているのは我々にとっても不利益です。神眼(トゥルース)の魔法が捜査に適しているのもあり、我々は調査のための魔法使用を許可しました』

 

 不思議な声色だった。ほとんどの場合、妖精は自身の魔法少女としか話さない。他の妖精の声を聴くのはどこか新鮮だった。だが、雪景色(スノウドロップ)はどこか不穏な雰囲気を感じてもいた。

 

 そして、それは的中する。

 

「調査の結果、私たちはこの『怪人討伐事件』について調()()()()()()()()()()()()を決定した」

 

 室内に少しのどよめきが現れる。

 

「はい!」

影絵(ブラック)の発言を許可する」

「なんでですか!」

 

 明朗快活な発言は中学生くらいの少女によるものだった。そして彼女は、この場にいるほぼすべての魔法少女の意見を代弁してくれた。少々、おおざっぱだが。

 

「それは言えない。が、調査を続けて正体を暴く方がリスクが高いと判断した。再三言うが、それがなぜかは説明できない」

「そのリスクとやらに抵触するからですか!?」

「それも言えない。君たちも、この事件について触れまわったり、独自に調査するなんてことはしないでくれ。危険だ」

 

 まあ、それは無いと思うがね。という呟きを影絵(ブラック)の少女は聞き逃さなかった。

 

「もちろんここまで言われたからには誰も迂闊な真似はしないと思います! でも、今の神眼(トゥルース)ちゃんの言葉はなんか含みがありました!」

「ああ……そうだな。すまない、あまり良くない言い方をした」

 

 ちゃんづけって……と雪景色(スノウドロップ)は思った。しかし言ってることは正しいし、思ったことをズバズバ言うあたりは会議の姿勢としては正しいと思えた。彼女もまた、会議に選ばれた数少ない代表者だ。

 そんな影絵(ブラック)の歯に衣着せぬ物言いにも、神眼(トゥルース)は動じなかった。動じずに、今日の会議で最も恐ろしい言葉を吐いた。

 

「この報告を会議でしたのは、今日で3回目だ。しかし皆、この事件については綺麗さっぱり忘れていた。政府にも2回報告をしたが……この件についてのみ、未だ返事が無い」

 

 意味が分からなかった。自分は初参加だからいいとしても、周りを、周りを見ても誰も何もわかっていない様子だった。

 しかし、神眼(トゥルース)は淡々と報告を続ける。

 

「議事録にも残らなかった。砂塵嵐(サンドストーム)が書き留めていたのは、この私も目で確認したはずなんだがね。事件の性質から鑑みて、これ以上情報を共有することすら危険な可能性がある。それで、決を採りたいのだが……」

 

 誰も、何も言えなかった。誰かが生唾を飲む音すら聞こえる。神眼(トゥルース)がこの重要な会議で、このような冗談をいう性格ではないことは誰もが重々承知していた。

影絵(ブラック)すら、いや理解力の高い彼女だからこそ神眼(トゥルース)のことをおそろしげに見ていた。

 

「多数決だ。次の会議でも、私はこの情報を共有すべきか? 『共有すべき』と思った者は手を挙げてくれ」

 

 満場一致で、神眼(トゥルース)の案は否決された。この会議を最後に「不明な魔法少女」が議題に上ることはなかった。そして、そのことを気に留める者も……じきに、居なくなった。

 

「決まりだな。次の議題は──」



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紫陽花の魔法少女 その1

こんなの書いてる時点でバレバレなんですけど、SCPは大好きです。

追記:第5話の「「いない」魔法少女 その3」において、「ロータリーは円形交差点で、環状交差点はラウンドアバウトです」というご指摘をいただきました。本当にありがとうございます。該当する話においては、円形交差点(ロータリー)で統一させていただきます。
どちらを選んでも本筋に影響するわけではありません。しかしこういった違和感をないがしろにすると作品の雰囲気が損なわれてしまうことがあるので、こういった指摘には本当に感謝しております。


 人には様々な顔がある。家族に対して、友人に対して、先輩に対して、後輩に対して。先生に対して、上司に対して、部下に対して、恋人に対して。場面に応じた口調や振る舞いを使い分ける。

 「取り繕う」などという言葉があるけども、その取り繕った自分さえも"本当の自分"だと私は思っている。なぜなら、内心は人には見えないから。行動こそが他人から見える自分を形作っていく。そこに仮面などなく、ただ自分の素顔だけがある。

 

 まあ、要するに、何が言いたいかというと。TS転生魔法少女おじさんであるこの私 宇加部 由良も、いつもはごく普通の女子中学生をやっているということだ。

 

「これお願いします」

「はい、はい。3点ですね。来週までに返してくださーい」

 

 八島区立十和坂(とわさか)中学校、というのが私の通っている中学校である。名前の通り普通の公立の共学校である。校風? 知らん。適当に通ってるだけだし。

 んで、今は昼休み。私はいつも通り、図書委員の仕事である貸出業務に勤しんでるというわけである。

 

 別に本は嫌いではないし、委員会には必ず入らないといけない。入ってもいいかな、と思えるのが図書委員ぐらいしかなかったというだけの話である。放課後特にやることもないのでこの業務も大して苦痛ではない。人生2周目なおじさんはのんびり気楽にいきたいのだ。

 さっき校風は知らないと言ったが、ひとつだけ知っていることがあった。この学校の図書館は、けっこう居心地がいい。そもそも、図書「室」でなく「館」な時点でお金をかけていることが分かる。公立でこれ、ってこの世界的にはどうなんですかね。前世の中学は確か図書室だったからなかなかどうしてワクワクするものだ。

 

 ま、中学で図書館に来るような生徒など大して多くはない。めちゃめちゃ本が好きな生徒が日常的に来る以外は、課題やらなんやらで必要な時にしか来ない生徒が大半だ。だから、このぼーっと過ごせる時間を私は割と気に入っている。気に入っているんだけど。

 なんか、いるんだよな。図書館の入口で、こっちをずーーーーーっと見ている女の子が。ぱっと見1年……だと思う。私は2年だし、帰宅部なのでこれといった面識はない。そもそもぼっちだし。

 本当になんだろうね。私と彼女の間に誰かいる訳でもないし、後ろを見ても壁が広がってるだけだし。

 

 実を言うと、今日が初めてのことではない。たまになんとなーく視線を感じることはあり、それが徐々に確信に変わっていった。ああ、この子が見てるんだな、と。用事があるなら向こうから切り出すはずであり、しかし一向に来ないのでもうそういうもんかなと思っていた。

 たださすがに今日は露骨すぎる。しかも、そこに立たれると図書館に入るとき邪魔すぎるし。

 しょうがない。私は彼女に向かって軽く手招きをして呼び寄せる。

 

「気づいてたんですか」

「バレバレだよ。あそこ、邪魔だからあんまり立たないようにね」

「あ……すみません」

 

 そう言うと彼女は少し頭を下げる。すごい良い子じゃん。ちょっと強めの口調で注意したのを早くも後悔していた。私のメンタルは無駄に長く生きてきたくせに繊細です。

 

「それで、どうしたの」

「あの、えっと……お茶しませんか!?」

「……いいけど、委員会(コレ)終わったらね」

 

 どうしよう。ナンパなんて生まれてこの方初めてであった。

 

 私がナンパされたという奇妙な事実は噂となって図書委員中に広まり、見知らぬ図書委員が仕事を代わってくれた。意味がよくわからないが、まあ彼女を待たせなくできたのでよしとしよう。

 1年の女の子はその間ずっと図書館で本を読みながら待ってくれていた。なんなんだろう。ここまでされる何かがあったかな?

 図書館を出て、何故か歩かされることしばし。聞いても「ちょっと学校の中はまずいので!」としか言ってくれない。どうしよう……なんか悪いことの片棒担がされたりなんて、しないよね? 路地裏に連れ込まれたりとかしないよね?

 

 が、もちろんそんな不安は杞憂で。いったん近くの公園のベンチで話すことになった。

 

「初めまして! 私、1年A組の柴野江(しばのえ) あやめといいます!」

「あー……2年C組の宇加部(うかべ) 由良(ゆら)です」

 

 互いにそう挨拶すると彼女は私に微笑んだ。おお……光の笑顔……。

 癖っ毛なのかウェーブがかった髪がかわいらしい。アニメが好きなのか、鞄には最近人気なキャラクターを模したキーホルダーがさがっている。

 別にアニメ好きを公言したことは無いし、そもそもアニメはそんなに見ないし……本当になんだろう。

 

「それで、私に何の用があってわざわざ?」

「単刀直入に言います。先輩、魔法少女ですよね?」

 

 ……。

 

 …………………………………………………………。

 

「えぇ!?」

「うわぁ!」

 

 しまった。あまりにもびっくりしすぎて大声を出してしまった。

 

「え、え、え、え、え、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで」

「やっぱりそうだったんですね……いや、そんなビビらなくてもバラしたりしませんよ」

 

 あまりにも私の表情が真に迫っていたのか、ガチトーンでフォローされてしまう。先輩の威厳は既に地に落ちていた。

 

「まあ、殊更に公言してないだけで隠しても無いからいいけど。周りに魔法少女いたことないからびっくりしちゃった」

嘘。ほんとは知られたくない。だって私はいないから。

「あはは、そうだったんですね。私も同じです。なかなか話せる相手がいなくて、つい」

いない、いない。いるべきでない。罪滅ぼしの、魔法少女。

 額に流れた冷や汗を拭う。

 

「てことは、もしかして」

「はい! 私も魔法少女……《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》です!」

 

 そう彼女は宣言して立ち上がった。「しゃきーん」と口に出してポーズまで構えてくれる。かわいいなあ。

 どうやら、同じ話題を持つ仲間が学校にいなくて寂しかっただけのようだ。最初はナンパされてびっくりしたけど、なんてことはない。私が魔法少女を苦手なのは共闘とか共闘とか中身おじさんが恥ずかしげもなく変身するとか共闘とかそういうところであって、別にこういう場面で話すぐらいなら全然問題ない。あんまり多いと嫌だけどね。

 

「じゃあ、今日からお友達だね。あやめちゃん」

「……あっ、ありがとうございます先輩!」

「先輩も敬語もいらないよ~」

 

 感極まったように肩を掴まれる。そんなに寂しかったのだろうか。それとも元気が有り余っているのだろうか。どちらかは知らないが、もう少し早く話しかければよかったなと思った。

 

「じゃあお茶しましょうお茶! 私、おすすめの場所あるんです!」

「あ……今200円しかないや」

「え」

 

 

 正確な残金は217円であった。

 

「いや、そうじゃなくて! そんなにお小遣いもらえてないんですか!?」

「敬語いらんて。別にもらえてないんじゃなくて、私が散財するだけ」

 

 まあそんなんじゃ良くてドリンクしか頼めねえよということで、向かった先が魔法少女棟であった。魔法少女がワラワラいそうであんまり近寄りたくないけど、背に腹は代えられぬ。

 ここならほとんど無料で使える食堂があるので、そこで適当に安っぽいデザートを頼むことにした。

 

 魔法少女棟。最近建てられた建物であることと、そして超重要な存在である魔法少女を支援する建物なだけあってかなり清潔かつ手入れがされているのを感じる。これは魔法少女の溜まり場になるのも納得である。

 1階のごく狭いフロアは一般開放されているが、そこ以外は魔法少女の認証が必要である。偽証の防止のため、そして契約したばかりで国から認知されてない魔法少女でも利用できるようにここでは独特な認証の仕方が採用されている。

 

 それ即ち、魔力探知。正確には「魔力によって歪められた生体電磁波」らしいのだが。魔法少女なら体から必ず発せられるそれを、専用の精密機械で探知しているらしい。妖精も似た理屈で判別しているのだが、電磁波の形が違うのでそれぞれ違うボックスに入れられて探査される。検査自体は一瞬だから、

 

妖精を預けて歩く→ボックス内で立ち止まる→ドアが閉まる→検査される(1秒ぐらい?)→奥のドアが開く→そのまま進む→妖精を返してもらう

 

で良い。まあ見たらSAN値チェック*1不可避なうちの(ホーム)をあやめちゃんになるべく見せないようにするのは大変だったが。魔法少女には妖精の姿は(たとえ非変身時でも)見えてしまうのだ。

 

 頼んだチョコレートケーキを頬張りながら雑談に興じようとしたのだが、あやめちゃんの反応はあんまり良くなかった。

 

「散財って……何に?」

「えーっと、大体パフェとかCDに消えるかな。あとサブスク。8割ぐらいパフェだけど」

「パ、パフェ魔人」

「なんだその目は」

 

 失礼な。とりあえず暇なときはカフェに寄るだけである。まあそれで金欠になるんだけど。

 

 ちなみに魔法少女は儲からない。怪人を倒しても討伐報酬みたいなのは出ないためだ。一応月給みたいなのは出るけど、当然のごとくうちは両親に管理されてる。

 理由はいくつかある。1つは、予算のうち大半をこの魔法少女棟のような支援事業に費やしていること。もう1つは、思春期の少女に急に大金を持たせたらどうなるかわかりきってること。そして最後に、「より多く怪人を倒している魔法少女の方が偉い」といった価値観を作らないためだ。金に目がくらんであわや大怪我、なんてことは誰も望んでいない。直接的な給付は多くないが、代わりに年金や奨学金返済の免除といった制度で間接的な恩恵を受けている。

 「共産的すぎる」「魔法少女に適切な報酬を」みたいな批判はあるにはあるが、さすがに私も現状の方がいいと思う。お金はもっと欲しいけどね。1000億円非課税で寄こせ。

 

 本当にお金が欲しいなら配信業とかもやる必要がある。あれなら妖精の監査が入る代わりにちゃんと広告収入がダイレクトに貰えるからだ。もちろんあっちはあっちで厳しい世界だから、生半可なコンテンツでは登録者数は増えないだろう。明らかにめんどくさそうだから私はやりたくない。早く1兆円非課税で寄こせ。

 

「じゃあ来月! 来月私と一緒にパフェ食べよ!」

「いいよー」

 

 ぱあ、とあやめちゃんの顔が明るくなる。さっきから表情がコロコロ変わるので見ていて面白い。……あ、このチョコレートケーキ意外とうまいな。今度から魔法少女棟にも寄ってみるか。金かからんし。

 

 いや、そうではなく。あやめちゃんには聞きたいことがあるんだった。

 

「ねえ、どうして私が魔法少女だってわかったの?」

「だって由良ちゃんの魔力だだ漏れだもん」

「だだ漏れ……」

 

 あまりに嫌な響きだ。

 

「怪人にバレるわけじゃないから気にしてない子も多いけど、魔法少女で気づく子はそこそこいるよ」

「へぇー……」

 

 その後も、いろいろな話をした。憧れの魔法少女の話。厄介だった怪人の話。報告や後始末が大変だった話。つい最近やった体育祭の話。

 あぁ、友達とはこういう感じだったなあ。私も久しぶりに、誰かと交流して楽しいと思えた。

 

「そう、だから次こそはあのクレーンゲームにリベンジしたいの!」

「ふふふ、なるほどね……そろそろ日も沈むし、帰ろうか。確か家は反対だったからここでお別れかな」

「あ、あの!」

 

 食堂の席を立つと、あやめちゃんが呼び止めてくる。

 

「どしたの?」

「今日は、ありがとう。その……由良ちゃんってなんかミステリアスっていうか、孤高って感じでなかなか話しかけられなかったけど……」

 

 それぼっちなだけやで。

 

「でも、今日話せてよかった! またね、由良ちゃん!」

「うん。【さようなら】、あやめちゃん」

 

 かくして、魔法少女棟を出る。今日は楽しかったな。また明日、会えるかなとのんきに考えていたのだ。

 言い訳をさせてもらうなら、この時の私はまだ知らなかった。

 

 私が変身しなくても魔法を使えること。そして、無意識に魔法を使っていたことを。

*1
正気度判定。特定のTRPG用語だが、それが転じて「常人なら発狂しかねないイベントの遭遇」の意味を持つ



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紫陽花の魔法少女 その2

「あやめちゃん、来ないなあ」

『来ませんねえ』

「学校内で喋らないで、(ホーム)

 

 あやめちゃんと友達になって早数日。その友情に、自然消滅という名の危機が迫っていた。

 

「返却ですねー。はい、はい、OKでーす」

 

 差し出された本のバーコードをピッ、ピッとスキャンして返却用の棚に置く。いつも通りの図書委員の業務風景だ。

 そう、そうなのだ。あれからずっと、あやめちゃんに会えてない。いや何回か1年A組に顔は出したんだけど、なんか部活やらなんやらで運悪く会えなかったのだ。

 

「いつ空いてるか聞いとけばよかった」

 

 完全にぼっちの弊害が出ている。仲良くなったらまた会えるやろーって楽観視していた前の自分を殴りたい。

 うーん。でもあんまりこっちから押しつけがましいのもなあ。思ったよりも忙しそうだし。こっちから会いに行って「いや私はそんなに友達と思ってなかったけど……」といわれるのが一番キツイのだ。(ホーム)から『だからずっとぼっちなのでは?』とでも言いたげな視線を感じるが、完全に無視する。そうだよ、私はナイーブで繊細な性格をしているんだ。

 あれから特に変化はない。あやめちゃんには会えてないし、私は普通に中学生活を過ごしている。月のこの期間は図書ポスターや図書便りの製作に駆り出されることもある。うまいこと顔を出せなかったのはそういう理由もあった。

 怪人もここ一週間は出て来てない。怪人に関しては最近が異常だっただけで、一か月に一度でも戦えば比較的多い方なのだ。魔法少女も数が増えてるとはいえ、同じ地域にぼこぼこ湧いて出てこられたら体が保たない。

 

 いや……一つだけあったな。変化。

 魔法少女としての変化、いや成長か。私は、魔力を抑えられるようになった。

 

 

『では、おさらいもかねて魔力と魔法について説明しましょう』

「お願いしまーす」

 

 ここ数日は、自宅の私室で(ホーム)による魔法少女講義が開催されていた。理由はもちろん、魔力を抑えるため。あやめちゃんに「魔力ダダ漏れでバレバレ」と言われた以上、なんとかして抑えないと私はTS転生魔法少女おじさんからTS転生おもらし魔法少女おじさんにクラスダウンしてしまうのである。

 ……真面目なことを言えば、できる限り私が魔法少女であることは隠しておきたい。そのためにも、魔力を抑えるのは必須事項であった。

 

『全ての人間が魔法を扱えるわけではありません。なぜなら、魔力への適性が必要だからです』

「ふんふん」

 

 (ホーム)曰く、魔力は文字通り理外の力。妖精の住む異界からもたらされた力なのだ。それを扱える人間は限られている。

 

『妖精と契約した魔法少女は、まず妖精から魔力を受け取ります。それを体内で練り上げ、育てていくことでより強く、多彩な魔法を使えるようになっていくのです』

 

 最初は弱くてカスみたいな魔力でも、怪人と戦って経験を積んでいくうちに強くなっていくらしい。それを「魔力が強い」とか、「魔力量が多い」とか呼ぶのだ。交通三姉妹が私のことを後輩と決めつけたのは、私が彼女らを先輩と呼んだこと以上に私の魔力量が関係しているのだろう。

 ちなみに、妖精に魔法少女の情報が筒抜けになるのは契約時に魔力が移動するからである。魔力を渡すその反作用のようななにかで、魔法少女の情報が妖精に渡ってしまうらしい。

 

「で、私それなりに怪人と戦ってるけど。何で魔力量少ないって言われるの」

『それはですね……わかりません』

 

 おい教師(ホーム)。君がわからなかったらこの場の誰もわからないじゃないか。

 

『確かに怪人と戦うにつれ練り上げられてはいるんです、いるんですが……何故か由良の強化につながらないのです。強化されたとしても、割に合わないほど微弱です』

「えぇ……コスパ悪すぎるでしょ」

『ただ、扱う魔法自体は順当に強化されています。あなたは魔力量のみが少ない、極めて異常な魔法少女です』

 

 そういうの早く言えよ。

 

「の割に別に息切れとかしないけどね、魔法」

『魔力はゲーム的な"MP"ではないからです。理外ゆえに、それは物量ではない。そしてそんな魔力にはもう一つの姿があります』

「もう一つ?」

『我々妖精の魔力です』

 

 魔法少女が育て上げた魔力と、妖精がもともと持つ魔力。これらを組み合わせることで変身、ひいては魔法使用が可能になると(ホーム)は説明した。だから、変身には妖精の許可が必要なのだ。

 

『怪人の周辺でしか変身できないのは、危険だからです。怪人を殺しうるということは人間はもっと簡単に殺すことができる。そんな力を許可なく振り回させるわけにはいかないからです』

「ふーん。……動画撮影は?」

『特例ですね。魔法少女の価値を社会にPRすることの意義は十分認められています。戦闘中に"動画映え"を意識されては支障が出ますし、そういう場合のみ特別に変身を認めているのです』

 

 なんか違和感というか、言い訳じみたようなものを感じたけど、それがなんなのか説明できないな。一応それっぽいし、言語化できない以上追及できない。

 

『我々妖精の魔力は魔法少女はおろか他の妖精にも感知できませんが……しかし、人間用に調整されたものなら感知ができます。それこそ、魔法少女にも』

 

 あんまり実感できる話ではないのだが。理外の力である魔力が、人間のためにすこし"理"……こちらの世界に寄ることで常識的な感知が可能になるらしかった。

 

『魔法少女に変身が必要なのは、『異界の力を身に纏っている』という自覚を促すためです。もちろん、主には怪人の攻撃から身を守る魔力鎧としての意味合いが強いですが……』

「この世界に近づいた魔力なら、ギリギリ魔法少女(わたしたち)が制御して抑えることができる、ということ?」

『正しいです』

 

 まあ、理屈はわかった。あとは方法を知って実践するだけだが……。

 

「実際、どうやって魔力を抑えるのか知ってる?」

『気合です』

「気合」

『そうとしかいいようがありません。そもそも、怪人にバレるわけでもないので基本的には不要な技術ですし。また調整されたとはいえ、あなたたちにとってはまだまだ未知の力。理屈ではなく、感覚で制御するしかないのです』

 

 教師(ホーム)がいる意味~~~~~!!!!!

 

『変身した方が感覚は掴みやすいはずです。いったんなってみてください』

「いいの?」

『特例です』

 

 安いな、特例。

 

「風の音が響き渡る文字の禍いが降りかかる

 鳥の囀りが身に染みる幻の音が眼を隠す

 この力は人々を護るためこの力は敵を狂わすため

 戦う私は衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》」

 

 いつも通りの詠唱を行い、特に問題なく変身が行われる。

 

「これでいいかな」

『ばっちりです。何か感じますか?』

「むむむ……」

 

 むむむむむ。あるような、ないような……。魔法を使ったらもう少しわかりやすいかもしれないが、さすがに怪人もいないのに使うのは躊躇われた。暴発したら危険だし。

 ここから、私の魔力を抑える地獄の特訓が始まったのだ。

 

 

「魔力制御、思ったよりいけたわ」

『いけましたねえ』

「シャラップ!」

 

 別に毎日数十分、それを数日で全然制御できるようになった。地獄ってのも嘘です。もしかしたら魔力が少なくて制御しやすかったのかもしれない。途中で母が部屋に入りそうになるアクシデントとかもあったが、なんとかやり通せた。

 変化といえば本当にそれくらいなのだ。せっかくあやめちゃんと友達になれたと思ったのになあ。友達になったからにはカフェに行ったり、くだらない話をしたり、夜遅くまで通話をしたり……。

 通話、通話……?

 

 あーーーーーーー! 連絡先! 確かチャットアプリのアカウントを教えあったはず!

 チャット使う相手なんて家族しかいなかったから全然意識してなかった!

 

 立ち上がりたい衝動を抑え、辺りを見回して受付に用事がある人がいないことを確認。こっそりスマホを取り出してチャットアプリを起動する。

 

「『図書委員の仕事してます。良かったら来てね』……と」

 

 打ち終わったらサッとスマホをポケットに隠す。一応仕事中だからね。最低限にしないと。

 これで少なくともいつかは返事が来るはずである。既読無視されたらどうしよう。さめざめと泣くしかない。そしてその涙がいつしかは大きな海となり、私は全ての生命の母となるのだ……。

 

 脳内でくだらない詩を作っていたら、ふと入口の自動ドアが開いた。入ってきたのは、ウェーブがかった癖っ毛の……。

 

「あやめちゃん……!」

「え……え!?」

 

 来た、来た! ほんとに来た! 私があやめちゃんに向かって手を振ると、どこか不思議そうな表情をしながらこちらに近寄ってきた。

 でも変だな。どこか表情に陰があるというか、困惑の色が強いというか……。

 

「え、えと……もしかして、あなたですか? あのチャットの人って」

 

 も、もしかして私……忘れられてるの?




追記:怪人は魔力感知できないのに第1話でトイレットペーパー怪人が由良の魔力の少なさを弄ってたので当該発言を別のものにこっそり差し替えました。


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ゲームコーナー その1

「え、え……? どうして……?」

 

 どうして、というのはこちらのセリフなんだけどなあ。私が友達になったと思い込んでいたあやめちゃんは、数日のうちに私のことをすっかり忘却していたようだった。その視線と表情には、怪訝なものが混じっていた。

 え、マジ? 泣いていいかこれ?

 

「本当に覚えてないの? ここの入り口で、あやめちゃんがずーっと待ってたの」

「えと……あ、それは覚えてます」

「そのあと公園に行ったり、連絡先交換したり、話したり……したんだけど」

 

 そうやって思い出させようとしても、あやめちゃんの反応は芳しくない。

 あれだけ丁寧語はいいって言ったのに、戻ってしまっていることが私と彼女の距離を感じさせられているようで嫌だった。

 

「すみません、それは……わかりません」

「そっか……」

 

 微妙に覚えているのと表情からして、ドッキリや悪戯だとはさすがに思えなかった。

 となるとガチ忘れとなるわけで……。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 あまりの気まずさに耐えきれなかったのか、とうとうあやめちゃんは逃げるように駆けだしてしまった。

 急な出来事に思わず立ち上がってしまう。

 

 

「ま、待って!」

「宇加部さん? まだ終わりじゃないですよ」

 

 つい追いかけようとしてしまったところで、後ろから声がかけられる。図書館の管理をしている司書の新田さんだった。別に厳しい人というわけではないが、どう考えても今のは私が悪かった。ていうかさっきスマホ使っちゃったし。

 

「す、すみません」

「ごめんね~。もうちょっとしたら受付も私がやるから、それまで我慢してくれる?」

 

 本当は今すぐにでも追いかけたかったのだが、さすがにそれは憚られた。

 うう、大人の理性と社会性が今だけは憎い。

 

 

「あやめちゃんってどこか知ってる!?」

「今日は部活休みですよ。もう帰っちゃったと思いますけど」

「ありがとー!」

 

 1-Aで情報を得て、廊下を走らない範囲の早足で昇降口に向かう。

 どこだ、どこだ、どこだ……!

 

『由良』

「何!」

『彼女が由良のことを忘れていた件ですけど』

「うん、わかってる」

 

 校門を出たあたりで(ホーム)が鞄の中から話しかけてくる。

 さすがにあそこまで一緒にいて彼女が私のことを忘れたとは考えにくい。もし何かの理由で興味を失ったり、嫌いになったならばわざわざ今日図書館に来たりはしないはずだ。既読ついてたし。

 つまり疑うべきは、異常現象。この世界の異常現象といえば2つしかない。

 魔法少女と──怪人だ!

 

「あやめちゃんは既に怪人の魔の手にかかっているおそれがある! 破壊活動をせず潜伏する怪人なんて聞いたことないけど、それしかありえない!」

『いや、あの、由良。その魔法は、あなたの……』

 

 前の怪人は第2形態なんて持っていたし、最近急に謎の特性を持った怪人が増え過ぎている気がする。そもそもここまで集中して出現するのもおかしいし、何か良からぬことが起こっているようにしか考えられない。

 

「早くしないと……あやめちゃんが危ない!」

『え、えっと……』

 

 危機感を募らせた私の発言を前に、しかし(ホーム)に緊張感はあまりないように思えた。この緊張感を共有できないことが少しもどかしく、声に感情が出てしまう。

 

(ホーム)もなんかない!? あやめちゃんが行きそうな場所とか!」

『いや、あー……そうですね。普通なら、自宅なんじゃないでしょうか』

「そこ以外で!」

 

 自宅なら住所を知らない以上、お手上げである。だからそれ以外の場所でないといけない。

 脳みそをフルで回転させる。先日の会話を思い出せ。何が好きだった? 何が趣味だった? 外出は?

 あ……。

 

「ゲーセン!」

『確か、クレーンゲームについて言及していましたね』

 

 学校の近くにあるゲーセンは2つ。スーパーに付属しているのと、純粋にゲーム筐体だけで運営している子供向けの建物。

 どっちかにいるのを祈るしかない……!

 

 そして、走り出して10分少々。

 

「かひゅー、かひゅー……もう、無理……」

『……由良は冗談じゃなく運動をした方が良いですね』

 

 多分、今は酷い顔をしてるんだと思う。息も絶え絶えに、一歩、一歩足を進める。より近いのがスーパーの方だったんだけど、そっちは残念ながら外れだった。だから最後の力を振り絞って少し距離のある本格ゲーセンの方にラストスパートかけたんだけど、これがいけなかった。

 私の運動不足歴を舐めちゃいけない。ちょっと走っただけで汗だくだく、5分程度の休憩が必要になるのにこんなに長い距離(当社比)を走ったらどうなるのか、火を見るより明らかだった。あとめちゃめちゃ脇腹が痛い。痛すぎてもう走ってるんだか早歩きなんだかわからなくなってきた。

 

「おぇ……しかも、クレーンゲーム1階じゃないし」

『はい、がんばって階段上ってください』

「どお゛じでエスカレーターじゃない゛のお゛お゛お゛お゛」

 

 文句を言ってもしょうがないのだが、しかし言わずにはいられなかった。無限に思える階段を全て登り切った時、クレーンゲームの筐体の周辺にようやく見覚えのある姿が目に入ってきた。

 

「いた……あやめちゃん……げっほ! ごっほ!」

「え、誰って……ぎゃあ! 大丈夫ですか!」

 

 もうマジで一歩も歩けない。そのまま倒れこむと、心配そうにあやめちゃんが駆け寄ってくる。ほ、本当に優しい子。

 床が冷たい。気持ちいい……。

 

「顔色悪いですよ! どうしたんですか!?」

「大丈夫……走り疲れただけ……」

「とてもそうには見えませんけど」

「ほ、ほら……覚えてないかもだけど……前クレーンゲーム好きだって言ってたじゃん? 私もクレーンゲーム興味あったからさ……やりたいなって……」

 

 おえー。吐き気をこらえつつ財布を取り出して覗いてみる。

 

「あ……87円しかないや……」

「そうじゃなくて! 私……覚えてないのに……」

「いいの? 私……勝手に連絡先入れたストーカーかもしれないんだよ」

「ストーカーはこんな目立つ場所でぶっ倒れたりしませんよ!?」

 

 それもそうか。あー、横になったらちょっと落ち着いてきたかも。起き上がって近くの壁を背もたれに座りこむことにする。

 

「2年、C組の宇加部 由良って言います……」

「え?」

「覚えて、なくても、さ……。私はあやめちゃんと話せて楽しかったんだよ。だから、もう一度」

 

 お友達に、なってくれませんか。

 ぜいぜいと呼吸をしながら絞り出したその言葉に、しかし彼女は笑い出した。

 

「あっ、あはっ、あははははは!」

「どしたの……」

 

 なまじストーカーの自覚があるだけにちょっと怖いかもしれん。だが、彼女の口調はあくまで軽いものであった。

 

「い、いや、だってこんな死にそうな顔になって言うのが『友達になってくれませんか』って! 由良先輩、ちょっと面白すぎでしょ!」

 

 そうか? そうかもしれない。ちょっと今、体力の回復に専念してるからいまいち言葉の理解にリソースを割けないのだ。

 とりあえず、あやめちゃんは無事そうで良かった。ゲーセンを見渡してみるが、周囲に怪人の気配はない。油断はできないが、とりあえず大丈夫そうだ。

 

 ならば、今は再会を楽しもう。

 

 

 疲れた喉に自販機の水がよく沁みる。体が生き返った気分だった。もちろん、後輩に金を借りるという初手最悪ムーブにより心は沈んだが。

 

「ありがとう、水。お金は来月返すね……」

「あ、はい」

「それで、確かどうしても取りたい景品があるんだっけ」

 

 クレーンゲームの筐体を見やる。中には、最近人気なアニメのぬいぐるみから家庭用ゲーム機まで様々な景品が並んでいる。この世界のゲーセンにはほとんど入ったことはないが……前世のとだいたい同じなら、まあ一筋縄ではいかないだろう。

 あやめちゃんはその中の一つ、アニメキャラのぬいぐるみを指さしている。

 

「そうなんです! 『完全犯罪は禁断の恋と共に』……『はのとに』で一番の推しなんです!」

 

 「はのとに」……ああ、タイトルの助詞だけを抜き出した略称なのか? なんでそんな面妖な略し方をするんだ。

 

「『はのとに』観てください! すごい面白いので!」

「そう?」

「そ~なんですよ! 犯罪小説好きの美術部員が元殺し屋の顧問の先生に恋をして、追っ手の犯罪者からなんとかして逃げたり隠れたりしながらも愛を育んでいくんですけど、もう本当に2人の絡みが甘々なんですよ!かと思えば追手から先生を隠すシーンはものすごい緊迫感があって! 恋する相手を隠し切りたい主人公とそれをなんとかして暴こうとする追手の頭脳バトルは手に汗握るというか!」

 

 あ、やばい。これやばいオタクだ。思ったより熱量が高いタイプの。

 

「一口で二度楽しめるアニメなんだね」

「わかってくれますか!」

「うん」

「それで、この(ぬいぐるみ)は最初の追手なんです! も~めっちゃ顔が好みなんですけど、この子も実は先生に恋をしてて! 普段は先生を奪おうとしてくるんですけど、主人公と先生がピンチになった時には颯爽と助けてくれたりして! それが! こんなかわいいぬいぐるみに!」

「取れるといいねえ」

「はい! がんばります!」

 

 そう言うと彼女は今日の中で一番いい笑顔を見せた後、クレーンゲームの筐体に走り向かっていった。

 「はのとに」ねえ。今度、観てみようかな。



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ゲームコーナー その2

 2cm。それはこのクレーンゲームにおける、「揺らぎ」の数値であった。

 緊張しながら柴野江 あやめは筐体の前に立つ。相対するは人気アニメ「はのとに」に出てくるサブキャラクター……"斑鳩 紫水"がデフォルメされたぬいぐるみ。これを取ることが彼女の目標であった。以前に失敗して以来、なかなか部活などで行けなかったがとうとう今日チャレンジできた。

 

 事前に決めたチャンスはもう残り1回、3プレイ分しかない。これはゲーセンの限定品だが、しかしこのグッズのみに集中するわけにもいかない。他にも欲しいグッズや作品は山ほどあるのだ。

 

「がんばれ~」

 

 背後からの気が抜けたような応援は謎の先輩、宇加部 由良によるものであった。小中学生における"1年先輩"は精神的にも肉体的にもかなり違いが出てくるというが、しかしそれを考慮してなお彼女からはどこか大人びたような、達観したような雰囲気が感じられた。だが、先ほどのちょっとした騒動はさすがに驚いた。床に倒れこんだせいか制服には少し汚れが見受けられる。"あの"先輩もそんなことをするんだなあ、とさえ思った。

 そんな彼女とはつい先日にたいそう仲良くなったらしいのだが、しかしあやめにその記憶は一切ない。

 由良先輩のことは確かに以前から気になっていた。どこか丁寧な物腰で、誰とでも気さくに話すのに孤高の存在のようなオーラが感じられたのだ。他にも惹かれた理由があったような気がするが、あやめにはどうしても思い出せなかった。しかし、いくら気になっていたからといって交流の無い彼女のアカウントがいつの間にかチャットアプリに登録されていて、「図書館で待ってる」と来た時は寒気すら感じたものだ。

 

 だから図書館に来る前にちゃんと開いているかと、内部に他の人がいるかはきちんと確認した。さすがに怪しい先輩と二人きりで会うわけにはいかないからだ。

 そうやって怪しんでいたし、実際知らないエピソードをぶつけられて怖くなり逃げ出してしまったのは確かだった。だが、そんな感情もゲーセンのど真ん中でぶっ倒れる先輩を見た時に吹き飛んでしまった。

 

 いったいどこの世界に、追っかけて体力を使い果たすストーカーがいるというのか。あやめはばかばかしくなったのだ。そもそも、先輩だって中2の女の子だ。自分に至ってはまだ入学したてだし、交流が無かった以上そこまで過激な行動にでられるとも思えない。

 それが適切かどうかはともかく、彼女はそういう結論を下した。自分の記憶がぶっ飛んでるのか、それとも彼女がエピソードを捏造したのかはわからないが、もう少しこのおかしな先輩と一緒にいたいと思ったのだ。

 

 あらためて、クレーンゲームに向き直る。

 

「ここで止めて、ボタン。ここで止めて、ボタン……」

 

 指さし確認をしながら何度も脳内でシミュレーションをする。以前の経験と、ネットで調べた知識を総動員して戦略を組み立てた。

 2cmというのは、クレーンが滑る距離だ。停止ボタンを押してもすぐに止まってくれるわけではない。雨降る道路で車がブレーキをかけるように、時間が経ってから停止するのだ。その距離が……2cm。

 

 カチ、と頭の中の歯車が嚙み合ったような気がした。コインを筐体に投入し、食い気味にスタートボタンを押す。

 

『アト3回遊ベルヨ!  スタートボタンヲ……ゲーム、スタート!』

 

 陽気な機械音声が響き、クレーンが動き出す。

 

「2cm、2cm、2cm……ここ!」

 

 停止距離をも考慮した完全なタイミングでボタンを押す。クレーンが止まったのは……ちょうどぬいぐるみの真上だった。クレーンが下降し、アームがぬいぐるみを掴む。

 

「すご……1回目でいけるんじゃない?」

 

 由良が感嘆の声を漏らす。クレーンゲームのことは何も知らない彼女だったが、この調子ならそのまま穴の上へと運んでくれそうな雰囲気であった。

 しかし、クレーンは無情に揺れる。

 

「え、なにこれ」

「……やっぱり……!」

 

 緩やかに止まる横移動の場合と異なり、上下移動するクレーンは一定の高度に達すると急停止する。そのせいでアームとぬいぐるみの緻密なバランスが崩れ、今にも落ちそうになってしまっているのだ。

 もちろん、下調べをしていたあやめはこの現象についても熟知していた。あとは──祈るしかない。

 

『アト2回遊ベルヨ! スタートボタンヲ押シテネ!』

「お、惜しい!」

 

 しかし、アームは耐えられなかった。なかなかの距離は移動できたものの、しかし穴には届かない。無感情にクレーンが初期位置に戻っていってしまう。

 大丈夫、あと2回もチャンスはある。この調子でいけば取れるはずだとあやめは自身を鼓舞した。

 

『ゲームスタート!』

 

 再びクレーンが動き出す。スピード、距離、自身の反応時間。それらを見極めて……ボタンを押す!

 完全にぴったりとはいかなかったが、問題なくクレーンはぬいぐるみの上部で停止。掴もうと下降を始める。

 

「あやめちゃん、クレーンゲーム得意なの?」

「いえ! ですけど、推しのためなら……!」

 

 だがしかし、クレーンはあやめの熱意に応えない。位置がずれていたのか悪かったのか、はたまた別の要因か。アームはぬいぐるみを持ち上げることにこそ成功したものの、上昇して停止する際に完全にバランスを崩してぬいぐるみを落としてしまった。

 

「う、嘘」

 

 さっきと同じペースなら、この2回目で穴に落とせたはずだった。しかし、1回目より明らかに距離が足りない。近づいてはいるが、しかし際どい距離だ。

 3回目がダメなら、もう1回コインを……。いや、由良先輩が来る前にも相当やっているのだ。それを破ったら、このままずるずると何回もやってしまいそうで怖かった。

 

『アト1回遊ベルヨ! スタートボタンヲ押シテネ!』

 

 だから、これで最後。落ち着いて、落ち着いてスタートボタンを押す。

 

『ゲームスタート!』

 

 大丈夫、できる。私なら獲れる。そう自身に言い聞かせて、じっとクレーンを見つめる。

 だが、それが良くなかった。

 言い聞かせていたことか。2cmのズレを考慮するのを忘れたのか。それとも、何かの要因で集中が切れたのか。ともかく、あやめは一瞬だけ意識を他の何かに向けてしまった。

 

「あっ……」

 

 手の、下に、ボタンが。汗がどっとふき出る。この感触は、どう考えても押していた。

 恐る恐るクレーンを見上げると、それは明らかにずれた位置で静止していた。

 もう駄目だと思った。やり直させて、とも思った。だが、クレーンは応えない。これが終わったら1回3プレイのルールを忠実に守り、また所定の位置に戻るのだろう。

 

 落ちる、クレーンが。

 クレーンが下がり切り、ぬいぐるみに接触する。しかしそこは見当はずれの場所。何もない空間を掴むようにアームが動き、そして……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 がこん、と筐体下部で音が鳴る。聞き間違いかと思いガラス内部を見ると、あったはずのぬいぐるみが無い。ということは……。

 恐る恐る筐体の景品出口の扉を開けると、そこには──

 

「あ、あ……」

「良かったね、あやめちゃん!」

「や……やったーー!」

 

 とうとう、とうとう獲れたという喜色であやめの心はいっぱいだった。

 クレーンがずれた時は本当にどうしようと思ったが、しかし全ては良い方向に転がってくれた。

 

「おめでとうございます! 袋に入れてお持ち帰りください」

「ありがとうございます」

 

 いつのまにか近くにいた店員がぬいぐるみをすっぽり入れられる大きさの袋を渡してくれた。最初にはいなかったはずだから、途中から見ていたのか。ふと気になり辺りを見回すと、数人ほどの観客が軽く手をたたいて我が事のように喜んでいる姿が見えた。

 さすがにそれは少し気恥ずかしかったが、しかし狙っていた景品を取れた喜びの方が勝る。

 由良先輩が駆け寄ってくる。今は少し、この余韻に浸っていたかった。

 

 

「ここって思ったより広いんだねえ」

「格闘ゲーム、音楽ゲーム、シューティングゲーム、レースゲーム……いろいろありますよ」

 

 聞けば、由良先輩はこのゲームセンターに入ったことがほとんどないという。せっかくなので、経験者であるあやめがここを案内することになった。まあ、あやめは今日の予算が尽きたし先輩に至っては87円しかない。

 

「これ何?」

「川物語ですね」

「海じゃないんだ……パチンコでもないんだ……」

 

 先輩はときおり変な反応をするが、しかし概ねよくあやめの案内を聞いていた。そして2階のゲームを見終わり1階に降りた時、ある筐体が目に入った。

 

「先輩、せっかくだしプリクラやりましょうよプリクラ!」

「いや私お金ないって……さすがに後輩に払わせるのは……」

「ゲーセンに来たからにはひとつぐらい、ねっ?」

 

 予算がオーバーしてるとはいえ、プリクラ1回分の料金ぐらいなら許容範囲内だった。それに、この機会を逃してはいけないように思えてしまったのだ。

 先輩の「忘れてしまった」という言葉もある。たとえ忘れてもいいように、確かな形が欲しかった。

 

「うーん、まあ1回ぐらいなら」

「なら決まりですね! あそこにしましょう!」

「ちょっ、ちょっ、力つよっ!?」

 

 善は急げとばかりに先輩を筐体内部に連れていく。プリクラなど何回も経験している。慣れた手つきで硬貨を投入する。

 

「先輩はどういう感じにしたいですか?」

「え? あんまこういうのやったことないし、あやめちゃんの好きなようにしていいよ」

 

 先輩に確認を取るも、なぜか目をそらされる。不思議に思ったが、図書委員だったしインドア派であんまり外出しないのかなと思いそれ以上は詮索しなかった。

 背景などを決め、撮影フェーズに移る。

 

「これで数秒後に撮影されるんで、好きなポーズきめてください」

「わかった」

 

 2人で並んで座り、その時を待つ。機械音声が撮影タイミングを読み上げる。

 

『ソレジャア撮ルヨ! ハイ、チー……』

 

 『ズ!』と続くはずの陽気な音声は、しかし途轍もない轟音にかき消された。

 尋常の音ではない。何かが破壊、もしくは粉砕された音。

 

 魔法少女である柴野江 あやめには、大きな心当たりがあった。そして、その後どうすればいいかも。

 

「あやめちゃ……」

「先輩は逃げてください!」

 

 先輩を制止し、自らは外に飛び出す。漂う土煙のようなものに思わず顔をしかめ、口を袖で塞ぐ。

 出口に向かって逃げる一般市民をかき分けながら奥へ奥へと進んでいく。

 

 ──怪人。ある日突如出現した化け物。魔法少女によって倒されるまで延々と破壊活動を続ける凶悪なモンスターがそこにはいた。

 ゲームの筐体が乱雑に投げ飛ばされ、あるいは破壊されており、見るも無残な光景が広がっている。

 

『非常事態です! 怪人が出現しました! お近くの係員の指示に従って避難してください! 繰り返します──』

「日本ノゲームハ最高デスネェ! アナタ方モソウハ思イマセンカァ!?」

 

 怪人は奇妙な出で立ちをしているが、この怪人もその例に漏れない。身長は怪人としてはそこまで高くない2.5mほどか。もちろん、一般的な人間と比べればかなり大きい方ではあるが。

 何より奇妙なのは、怪人の全身が液晶のようなもので包まれていることだった。非常に滑らかなそれはそれこそゲームのモニターのようにピカピカと光ったり、虹色に輝いたりしている。本来頭部があるべき場所にそれは無く、代わりに巨大なヘッドホンのみが首の上に掛かっているだけである。

 

 生理的嫌悪感があるわけではないが、嫌な不気味さがあるデザインの怪人であった。

 

「あやめちゃん!」

 

 少し遅れて先輩が駆け寄ってくる。魔法少女以外の人類は、戦力にならない。怪人に出くわしたときは一目散に逃げるのがルールであり、義務だ。先輩が心配してくれるのはうれしいが、しかし今は邪魔にしかならない。

 そう思って振り返れば、先輩も自分や他の魔法少女と同じ「戦うもの」の目をしていた。

 

「まさか、先輩も……!」

「そのまさかだよ。……かわいい後輩だけを! 独りで戦わせられるかーーッ! (ホーム)!」

『はい』

蝸牛(シェル)!」

『おうよ!』

 

 互いに妖精に呼びかけ、怪人に向き直る。(ホーム)と呼ばれた奇妙な本は由良先輩に取り出され、自身の妖精である蝸牛(シェル)は自分の肩に乗る。

 

「ホウホウホウ、魔法少女ガ2人! 相手ニトッテ不足ナシ! 変身シテミナサイ、サア!」

 

「五月雨あつめ 穿てよ悪を!

 悲しみ、怒り 全てを流せ!

 この力は人々の笑顔を咲かせるため!

 戦う私は──《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》!」

「風の音が響き渡る文字の禍いが降りかかる

 鳥の囀りが身に染みる幻の音が眼を隠す

 この力は人々を護るためこの力は敵を狂わすため

 戦う私は衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》!」

 

 変身が完了し、改めて怪人と対峙する。既に何度か怪人と戦ったことのあるあやめ……もとい《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》であったが、彼女は必勝の戦略を知っていた。

 

蝸牛(シェル)、連絡は?」

『勿論したさ。増援が来るまで10数分ほどだから、それまで耐えろ。もしくは……』

 

 あやめは魔力を練り上げ、紫陽花による2つの花束を召喚した。【武具召喚(サモン)あなたに捧ぐ花束(ブーケ)】……空中浮遊する花束を召喚する魔法であった。

 必勝の戦略。それは、初手から極大な威力の魔法をぶつけて破壊する恐ろしく前のめりな戦略だった。

 

『先手必勝だ! 殺せ、あやめ!』

「【ア・ジ・サ・イ……ビーーーーーーーーム】!!!!!!!!」



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ルール型 その1

 ジューンブライド、確かそんな言葉があったなあ。おじさんにはとんと無縁だったけど。

 魔法少女柴野江 あやめ、《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》。恐らく彼女の衣装のモチーフは「紫陽花」「梅雨」「ジューンブライド」なのだろう。紫陽花の花飾り、雲型のイヤリング、そして何より目立つのは薄青のウェディングドレスに似た衣服だ。本物のウェディングドレスほど動きにくそうではないが、しかし、なんか、こう、ね。JCにそれ着せるのはなんかすごい背徳感あるね。

 

「【ア・ジ・サ・イ……」

 

 あやめちゃんがそう唱えると直前に召喚した紫陽花の花束(ブーケ)が徐々に光を蓄え始める。私はまず様子見に徹しようとしていただけに、彼女の行動には少し驚くものがあった。

 そもそも、私の魔法があまり戦闘に向いてないのだ。だけど他の魔法少女なら、そこまでは苦戦しないのかもしれない。

 

「ビーーーーーーーーム】!!!!!」

 

 瞬間、花束(ブーケ)から極太のレーザーが合計2条放たれる。そのレーザーはあっという間に怪人を狙い撃ち、光で埋め尽くした。

 レーザーは恐ろしい熱量の塊らしく、少し離れた自分にもその熱が伝わってくる。

 

 これが、魔法少女の力。

 

 交通三姉妹の魔法も強力ではあったが、半液状の怪人と相性が悪いのもあって圧勝とはいかなかった。どちらかといえば彼女らの真価は戦闘よりも避難誘導。【止まれ】や【進め】を避難者や通行車両にかけて危険から逃がしつつ、怪人には【交通違反】を浴びせかける攻防一体の戦術が得意なのだろう。それであそこまで巨大だった鬼怪人を即死させたのはさすがベテラン上位勢(ランカー)というべきか。

 

 対して、あやめちゃんの《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》は純然たる戦闘タイプのように感じた。妖精から得て、怪人を倒して練り上げられる魔力。それらを戦闘に特化させるとここまでの出力が得られるものなのか。

 

 それはそれとして、疑問もあった。

 

「ところで、アジサイビームって何?」

『……由良』

 

 (ホーム)の口調はなぜか諭すようなものだった。

 

『魔法少女が扱う魔法はその衣装型と妖精の気質、そして特に……魔法少女自身の想像力や知識に大きく影響を受けます』

「だいたい理解したわ」

 

 よし! 何も触れないでおこう!

 

 エネルギーが尽きたのか、花束から放出される熱線の輝きが徐々に弱まっていき、そして消えた。

 熱線による煙のせいでよくは見えないが、怪人に動きは無い。

 

「ていうか、外の人間が焼かれてたりしない? これ」

『心配すんなお嬢ちゃん。このレーザーは怪人に当たった時点で消えるエコ仕様。そもそも一般人には害はねえよ』

 

 蝸牛(シェル)、といったか。デフォルメされたカタツムリのような妖精が説明してくれた。

 土煙が晴れ、奥の全貌が顕わになってくる……が、熱線をまともに受けたはずの怪人は全くの無傷で立っていた。

 

「多分ニ情熱的デ結構、結構! ダケドチョ~ットダケ、セッカチサンデスネェ!」

「あぁ……?」

「マダ()()()ハ始マッテスライマセン! ルールニ即シタ攻撃ジャナイト、私ニハ傷ヒトツツケラレマセンヨォ!」

「何それ! ズルでしょ、ズル!」

 

 あやめちゃんの言い分ももっともだった……が、私はこの現象に心当たりがあった。

 "ルール型怪人"。通常の怪人と異なり、特殊な弱点を突かないと倒せないタイプの怪人の総称だ。その中には、専用の倒し方でないと傷ひとつつかないものもいる。

 非常に数は少ないが、しかし出現例はいくつかあった。場合によっては《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》や《衣装型(フォーム)名探偵(ディテクティブ)》といった解析系の魔法少女の助力を必要とする厄介な怪人だ。場合によっては、"ルール"を利用した回避不能の攻撃を仕掛けてくることもある。(ホーム)を読ませる攻撃ならルールによる防御を貫通できるかもしれないが、失敗した時のリスクが高過ぎる。試すわけにはいかなかった。

 

 こいつの言うルールとは恐らく、ゲームなのだろう。

 ゲームのクリア、もしくは対戦ゲームで怪人に勝利。そのあたりが妥当だろうか。

 

「せ、先輩……」

「ゲームをやれば、殺せるんだろう? いいよ、やってやろうじゃないの」

「ヤル気十分、イイデスネェ! 早速セットアップシマショウ! ブラザー、Come on!」

『ヘイ、ブラザー! 参上参上!』

 

 怪人が宣言したとたん、どこからともかく不気味な人工音声が響き渡る。そしてこれまたどこから来たのかもわからない真っ黒い近未来的な円盤が6枚、不規則な軌道を描いて飛来してきた。

 円盤は怪人とこちらの方に3枚ずつ、別れて飛来すると縦に傾いてゆるやかに揺れながら高度を変えずに浮遊する。それはまるで、円盤がこちらを守るかのようだった。

 

「ルールは?」

「えっ、ちょっ、先輩!?」

「トッテモ単純! 私ハアナタノ、アナタハ私ノ"シールド"ヲ壊ス! 全部壊レタ方ノ負ケ!」

「ふむ……」

「アナタ方ハ2人! ダカラドッチカガ私ノシールドヲ壊シ、ドッチカガシールドヲ動カス! 攻撃受ケタラペナルティ! 動カス方ガペナルティ受ケル!」

「わかった。シールドとやらの動かし方は?」

「ヤレバワカル! 大丈夫、ゲームハ公平! 直感的ニ動カセルヨ!」

 

 この怪人の厄介な点は2つある。まずは、そもそも今のルール説明を信用できない点。さっきも「日本のゲーム大好き」とのたまっておきながらゲーム筐体をぶっ壊していた通り、怪人の発言は信用に値しない。

 そして、ルールに守られている以上手出しができない点だ。怪人の発言は信用できないが、【アジサイビーム】を完全に防いだ防御力に関しては本物だというほかない。ゲームの誘いを断ったとしたら、私たちを無視して街に繰り出し破壊活動を行う可能性、そして最悪の場合はあやめちゃん自身を襲う可能性すらある。

 

 私はどうなってもいい。だが、あやめちゃんが傷つく事態だけは避けたい。

 このゲーム、受けるしかない。

 

「ゲームを、受ける。シールドを操作するのは私だ」

「なに勝手に決めてるんですか!」

 

 あやめちゃんに肩を掴まれる。

 

「別にゲームを受けずに増援が来るまで膠着状態を続けてればいいんですよ! 私の魔法ならそれが可能です!」

『あやめの言う通りだぜ、お嬢ちゃん。あいつの言うことを真に受けちゃいけない』

 

 カタツムリの妖精にまで説得されるとは思わなかった。これらの言葉には一理あるが……しかし私に共闘はほとんどできない。1人の怪人に複数の魔法少女が対応するのは前提で、その後に魔法の相性だとか戦略だとかチームワークだとかがあるのだ。

 

 あやめちゃんを守りたい私と、怪人による被害を防ぎたいあやめちゃんでは微妙にゴールが異なるのだ。どうしたものかと頭を悩ませていると、思わぬところから状況を動かす一手が入った。

 ただし。怪人の手によって、悪い方にだが。

 

「ゲームシナイ? シナイナラ不戦敗! ペナルティーデスヨォ!」

「ペナルティー? 具体的には何なの」

「ソレハシークレット! デモデモ不戦敗のペナルティハ、ゲームヲプレイシテ負ケタトキノト一緒!」

「こいつ……!」

「不戦敗デモ、負ケデモゲームハ終ワリ! 私ハ別ノフィールドデ新タナチャレンジャーヲ探シマスヨ!」

 

 だめだ。最悪の言葉だ。これでもう私はゲームを受けるしかなくなった。だってこいつはルールによって他者を脅かせる可能性を提示してしまった。そして逃げればペナルティは確定。それが終わればこいつは別の場所で魔法少女をゲームに誘うのだろう。

 

 怪人は嘘をつくことはあるが、それが人類にとって良い方に作用することはない。怪人が「植林する」と言ったら植林しないが、「壊す」と言った怪人が壊さなくなることはなかった。

 信用できない怪人の言葉を、今は信用するしかない。

 

「あやめちゃん、これは受けるしかない。私の魔法は攻撃に向いてないから、あやめちゃんは怪人のシールドを壊すことに専念してほしい」

「で、でも……!」

『ペナルティを提示された時点で俺たちゃ受けるしかない。最悪なのは再起不能レベルのペナルティを2人とも受けて、それでこいつに逃げられることだからな。つくづくクソみたいな怪人だぜ』

 

 なおも食い下がるあやめちゃんを彼女の妖精が引き留める。あやめちゃんは感情では納得していなさそうながらも理屈は理解してくれたようで、渋々ながらも了承してくれた。

 

「大丈夫大丈夫。私、ゲームは得意な方だったから。ノーミスで回避しまくるよ」

「先輩……」

 

 これでいい。これなら負けたとしてもペナルティは自分が受けるだけで済む。もちろん、怪人の話を信用するならだが。

 

「話ハ終ワリマシタカネ! 受ケルノカ、受ケナイノカ!」

「受ける。操作は私、攻撃は彼女だ」

「ソウコナクッチャア!」

 

 文面としては嬉しそうだが、全く無感情な怪人の声色が不気味だった。

 

「サア始メヨウ! 3枚ノシールドヲ壊シキッタ方ノ勝チ!」

 

 怪人がそう言った瞬間、私と何かが繋がったような妙な感覚を覚えた。これは……シールド!?

 わかる。わかってしまう。私は今、シールドを自由自在に扱えると。試しに頭の中で軌道を描いてみると、3枚のシールドは全くその通りに動き始めた。

 クソ怪人、何が「操作は直感的」だ。直感的にも限度があるわ。

 

「ゲーム……スタート!」

「【武具召喚(サモン)あなたに捧ぐ花束(ブーケ)】」

 

 開始の宣言と共に、両者は攻撃の準備を始めた。怪人の背後からは無数のミサイルがこちらを向いて出現し、あやめちゃんは追加で十数個の花束を召喚する。

 

 ……どうしよう。ほんとに回避できるか不安になってきた。



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ルール型 その2

 "ルール型"に分類される奇妙な怪人が提示してきたのは、謎のゲームだ。魔法少女側と怪人側、それぞれに支給された3枚のシールドを壊しあうゲーム。

 ゲームの仕様は以下の通りだ。

・3枚のシールドが壊れた方の負けで、壊しきった方の勝ち

・魔法少女側のシールドは私が操作し、あやめちゃんが怪人のシールドを破壊する

・シールドは想像通りに、自由自在に動かせる

・負けたらペナルティだが、内容は不明

 

「ゲーム……スタート!」

「【アジサイビーム】!」

 

 開始の宣言と同時に、怪人とあやめちゃんが互いに攻撃を実施する。

 怪人は過剰に戯画化されたミサイルを背後から飛来させ、あやめちゃんは数多の花束(ブーケ)から熱線を放出する。

 

 てかミサイル多くない!? 10はあるよね!? 恐ろしく速いわけではないが、ノロマでもない絶妙な速度で追い立てられる。

 シールドが3枚もあるのが厄介だ。脳で直接動かせるとはいえ、3つのものを同時に動かすのは事前に想像していたよりも高い技術を要する。

 

「うおおおおおお……おっ!?」

 

 シールドを気合で動かして避けまくると。幸いなことに、ミサイルはこっちに向かって突っ込んでくるだけだ。曲がりくねった軌道を描くことはあっても、とどまったり引き返したりはしてこない。一度過ぎたミサイルは考えなくていいらしいのはありがたかった。

 また、シールドは比較的自由に動かせるが怪人側の方には行かせられない。シールドの見た目は完全に同じだし、混同を避けるためだろうか。

 

「怪人! 本体(こっち)狙うとかすんじゃねえぞ!」

「安心シテクダサイ! コレハゲーム! ペナルティ以外デ傷ツクコトハアリマセン!」

「本当だろうな……!」

 

 だからといってミサイルに当たろうとは思わないけどね!

 だが、まあ、そうだな。今のところルールに虚偽は無いし、思ったよりは真摯な怪人かもしれない。

 

『嬢ちゃん、意外と口悪ぃな……』

「それ蝸牛(シェル)が言うの……? いやいや、そんなこと言ってる場合じゃなくて!」

 

 あやめちゃんがそう言ってビームを飛ばし続けるが、怪人側のシールドは華麗に避け続ける。

 

「コノ道一筋20年! 簡単ニ崩セルトハ思ワナイコトデスネェ!」

「初心者狩りかよ」

「次弾装填! 発射発射ァ!」

 

 怪人はこちらの軽口には応えず、ミサイルの数を増やしてこっちのシールド目掛けて突っ込ませてくる。それらに合わせて、私はミサイルの軌道を予測。上下左右奥手前にシールドを動かし、ひたすら躱す躱す躱す。

 最初ので分かったが、ミサイルは一番近いシールドに向かうように少しずつ方向を変える傾向にある。微弱な追跡(ホーミング)機能とでもいうべきか。微弱なせいでミサイルの位置がばらつくのがかなり嫌だが。

 だから、あまりにも多いミサイルが1つのシールドに向かっている場合はあえて他のシールドを近づけることでミサイルを分散させることができる。

 

 それはそれとして、きついものはきつい! さっきも余裕なくてこっちに来たミサイルが私の体をすり抜けちゃったんだけど、本当に安全なんだね! 不本意ながら自分の体で実験しちゃったよ!

 あやめちゃん早く当ててくれえ!

 

「【アジサイビーム】! 【ビーム】!」

 

 花束(ブーケ)からは何回も熱線が放たれるが、しかしこれらがシールドに当たることは決してない。たまに惜しくも掠る場合があるが、怪人は全く表情を浮かべず、焦っているかどうかもわからない。

 

「どうして当たらないの……!」

「イクラ速クテモ視線カラ方向ガマルワカリデスヨォ!」

 

 魔法に息切れという概念はないため、あやめちゃんのビームが尽きることはないだろう。むしろ問題はこっちの方で、私の集中が切れた時が一番まずい。

 

 三回目のミサイル。数は増えてないが……まだあやめちゃんが壊せていない以上、こっちもミスはしたくない。互いへの信頼が必要な、底意地の悪いゲームだ。

 だが、私はただの魔法少女じゃない。年齢だけ無駄に積み重ねたTS転生魔法少女おじさんである。緊張の扱い方は、少女よりは心得ているつもりだ。

 

 3枚のシールドを仮にA、B、Cと呼称する。Aを狙うミサイルは3発、Bは6発、Cは4発。

 まずはAを大きく左に、Cを右に動かしミサイルを引き寄せ予想外の挙動を減らす。つづいてBを最大限まで怪人側に寄せた後、少しずつ後退させることでBを狙うミサイルを1か所に固まらせる。AとCについても同じようなことをして避けやすくする。

 そうしてミサイルをそれぞれ固めた後にシールドを大きく動かして余裕をもって避ける。なんだ、攻略法がわかれば簡単じゃないか。

 

 振り向かずに呼びかける。彼女に、シールドを破壊してもらうために。

 

「あやめちゃん!」

「いくよ、蝸牛(シェル)! 【アジサイ……」

『ビーム】だァ!』

 

 十数個もの花束(ブーケ)から放たれた光線に対し、怪人は無感情にシールドを動かす。視線を完全に把握しているのか、その動きに焦りは見られない。照準を見極めたと言わんばかりに最低限のみの移動をして……。

 

 そして、1枚のシールドはこれまでより数倍太い熱線に焼かれて消えた。

 

「ハ……?」

「やったぁ!」

 

 あやめちゃんはあえて照準を絞らず、広範囲を熱線が埋め尽くすように花束(ブーケ)の向きを調整していたのだ。それが怪人の舐めプにぶっ刺さったようだ。

 怪人も理由を理解したようで、全身の液晶を輝かせながら笑うようなしぐさを取る。

 

「ナルホド、機転ハ利クヨウデスネ。デスガ1枚割レタダケ。ゲームハマダマダ続キマスヨォ!」

「いや、もう1枚割れたけど」

「エ?」

「だからほら、見えないの? もうあと1枚しかないよ」

 

 怪人に頭は無いが、しかし首に掛かっているヘッドホンでなんとなく首の向きは察することができる。おそるおそる辺りを見回したようで、しかしシールドが残り1枚しかないことに気付いたらしい。

 本当にあと1枚しかない。どうやってシールドを割ったというのか。

 

「ハ、ハアアアアアア!!?? 視線ハ見切ッタハズ!」

「へぇ。私の視線はわかっても、蝸牛(シェル)の視線はわからなかったみたいね」

 

 振り向くと、あやめちゃんの肩の上の蝸牛(シェル)がこっちに向かってウィンクしていた。これに対して声を上げたのは意外や意外、我らが妖精の(ホーム)であった。

 

『まさか、魔法を共有できるのですか……?』

『おうよ。真の絆を育んだ妖精と魔法少女にしかできない技術だぜ!』

 

 つまり。花束(ブーケ)のうち一部はあやめちゃんではなく蝸牛(シェル)が操作し、ビームを撃っていたらしかった。それに気づかず怪人はもう1枚割ってしまった、と。

 次の瞬間、怪人は奇怪な悲鳴をあげながらうずくまった。

 

「グアアアアアアアア!」

 

 え、何怖い。よく見ると煙のようなものが怪人の肩あたりから出てるし。

 

「マサカ妖精ガ協力シテ魔法ヲ使ウトハ……!」

 

 『隙あり』と言って蝸牛(シェル)がビームを放つが、何故かそれは弾かれてしまう。ペナルティを受ける時間であって、攻撃は受け付けないのか。本当にゲームみたいだ。

 怪人はひとしきり苦しむと、すっと立ち上がりこちらに向き直る。明らかにさっきまでとは雰囲気が異なるその様相に、私もあやめちゃんも少し後ずさりをしてしまった。

 

『ブラザー、ピンチピンチ! そろそろ本気出すぜ俺たちも!』

 

 怪人の最後のシールドがピカピカ輝きながらそう叫ぶと、怪人の背後から再びミサイルが出現し始めた。以前の量が出尽くしても出現は止まらず、増え続け……奥の壁面全てを埋め尽くすほどのミサイルが出揃う。

 

「いや、これ、多すぎ……」

「モウ油断シマセン! 圧倒的物量ニ散レ!」

 

 10? 100? いや……300はある。文字通り、ミサイルが私のシールドに()()した。




書き溜め尽きたのでここから不定期投稿です。


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ルール型 その3

「のわああああああああ!!」

 

 眼前を埋め尽くすミサイル、ミサイル、ミサイル。多少引き付けただけではどうしようもないほどの物量が、私にペナルティを負わせんと迫っていた。

 これにいち早く反応したのはもちろん私だ。シールドをバラバラにさせては同時に壊されるリスクがあると判断。あえて1つに重ねることで操作難度を劇的に低下させる。

 そして二番目に早く反応したのは……あやめちゃんだ。

 

「【アジサイ……ガード】!」

 

 そう唱えると先ほどまではビームを出していたいくつかの花束(ブーケ)が、ハニカム模様のホログラムを出現させながら猛スピードでシールドの前方に向かう。もちろん、他の花束(ブーケ)は変わらずビームを放射しているが、残り一枚になって操作しやすくなったのか先ほどよりも軽快に躱している。

 名前から察するに【アジサイガード】は花束(ブーケ)に防御能力を付加する魔法のように思えるが……しかしあやめちゃんの思惑は外れる。

 

「ダメデス、ダメデス! ソンナズルハ認メラレマセンヨ!」

 

 ミサイルが花束(ブーケ)をすり抜けるのだ。私の体をすり抜けたのと同じように。

 「攻撃役(ミサイル)はシールドを壊し、シールドは攻撃役(ミサイル)を避ける」というルールが最優先されるようだった。この二つに外部から干渉は──できない。

 だから私が何とかするしかない。今この場で考えられた作戦は一つのみ。

 

 今はシールドを三枚すべて重ねているからそこに向かってミサイルが集まっている状況だ。その重ねたシールドから一枚だけ切り離し、それをミサイルの囮にする。そして残りの二枚を全力で避難させる!

 できれば囮の方のシールドも逃がし切りたいが、それは叶わなかった。私の操作が不適だったか、それともどうしようもない事故だったか。あえなくミサイルのうち一つが着弾し、シールドはいともたやすく壊れゆく。

 

 衝撃が迸る。

 

「うおおおおおおお……がっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「先輩!」

 

 何も聞こえない。今完全に時間が静止したのかと思うぐらい、途轍もない衝撃が全身を駆け巡る。生理の時の不快感を10倍にしたものが一気に来る感じが近いだろうか。ゲーセンへ走ってグロッキー状態になったのなんか目じゃない。立ってもいられず、思わず膝をつく。

 

「ヨウヤク一枚! ドウデスカ、ペナルティノ味ハァ!」

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……」

「大丈夫ですか、先輩! 先輩!?」

 

 手が震える。心臓の拍動が聞こえる。冗談じゃない、こんなの何度も受けてたら死ぬに決まってる。

 魔法少女の変身衣装の防御力は絶大で、それは未だに死亡した魔法少女がいないことからもわかるだろう。それすら貫通して苦痛だけを与えるというのが"ペナルティ"の本質か。

 

 うずくまりながらもあやめちゃんに向かって話しかける。

 

「だ、大丈夫。ほんとは大丈夫じゃないけど。……できれば、次で決めたい。いい?」

「わかりました。でも、さっきの【アジサイビーム】は蝸牛(シェル)の分も見切られてました。通用するかどうか……」

 

 怪人は律儀に待っている。さっき怪人の時にもやってた、ペナルティを受けるための無敵時間だろうか。ならそれが終わるまでに作戦会議は済ませたく、悠長に話している暇はない。

 

「相手の視線を、誘導する魔法がある。それで気を逸らす。あとは……あなたを信じる」

「先輩……」

「できる?」

 

 まあ体のいい丸投げなんだけどさ。しょうがない。思いつかない以上、個々人がベストを尽くすしかないのだ。

 私が聞けば、あやめちゃんは真剣な面持ちで頷いてくれた。

 

「わかりました。あんなペナルティ、これ以上先輩に受けさせるわけにはいきません。次で壊しましょう」

 

 ごめんね。無力な私を許してね。

 

「相談ハ終ワリマシタカ?」

「ああ」

 

 怪人の問いに立ち上がって答えると、怪人は全身の液晶を虹色に輝かせながら歓喜するような身振りを見せた。

 

「結構、結構。ソレジャア……潰レロ!」

 

 吠えると同時に、再び壁面をミサイルが埋め尽くす。そして、発射される。

 それを見た私は、さっきと同じようにシールド二枚を重ね、そして左上の隅に全力で動かした。

 作戦は間違っていなかったように思う。ただ、最初に面食らって動きが遅れていただけだ。もう少し最適化されれば完全に避けられる……はず。

 

『由良。【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】はあやめさんの視線も誘導してしまいます』

「うん。だから、使うのは()()()()()()()()

 

 最大限までミサイルを引き寄せた後、今度はシールドを離さずに最高速度で避難させる。大きくうねりながら到来するミサイル群との距離は縮まらず、これなら着弾はあり得ない。

 そしてそれと同時に、片腕をあげながら私はある魔法を発動させる。

 

「【あっちむいて──ホイ】!」

 

 指さす先は……怪人。いや正しくは、怪人の奥の壁か。

 【あっちむいてホイ】は私の魔法にしては珍しく単体を対象としており、対象にはそちらに向く強制力が働く。

 【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】は方向に融通が利かない、そして無差別な代わりに確実に鐘に向かせることができて、生じさせる隙が大きい。【あっちむいてホイ】は強制力はそこまで大きくない代わりに方向に自由度があり、そして無差別でない。一長一短であり、使いようだった。

 

 もし運が良ければミサイルも誘導できるかと思ったが、やはり軌道は変わらなかった。恐らく怪人が調整できるのは数とか発射タイミングのみで、追尾自体は機械的に行われているのだろう。

 

 だが私の魔法を受けた怪人は目論見通り──()()怪人が人間と同じような視界を持ってるかどうかは賭けだったが──真後ろの方を向こうとしており、それに逆らおうともしている。そして明らかに、シールドの動きに歪みが生じている。

 

 その隙を見逃すあやめちゃんではない。

 

「【アジサイ!」

『ビーム】ッ!』

 

 魔法少女と妖精、その二つの叫びが響いたかと思うと全ての花束(ブーケ)から一斉にレーザーが照射される。怪人のたった一枚のシールドを包囲しつくすかのような熱線の群れ。

 これでシールドは逃げられず、あえなく破壊されて終わり。そう思われた。

 

 が、怪人はまだ諦めてはいなかった。

 

「イイエ! マダデスッ!」

 

 シールドの動きが歪んでいたということは、今まで以上に軌道が予測不可能になるという意味もはらんでいた。そのせいで【アジサイビーム】において予測していた目標位置と、シールドが実際に到達するはずの場所に微妙なズレが生じていた。

 本来なら、怪人はシールドをどのように動かしても【アジサイビーム】を避けられない。そのようにあやめちゃんと蝸牛(シェル)は【アジサイビーム】の照射範囲を調整したはずだ。しかしこのズレのせいで、怪人のシールドが全力で特定の方向へ逃げればギリギリその照射範囲から外れることができる──そういう余地が生まれてしまったのだ。

 怪人はそのズレを誰よりも理解していた。シールドを急発進させることで本来避けようのなかった【アジサイビーム】を避けることに成功していた。

 

 この怪人は学習が早い。私の【あっちむいてホイ】などすぐに対応してくるだろう。いくらこちらがミサイルを避け切れても、向こうのシールドにもビームが当たらなければ千日手だ。かくなるうえは、(ホーム)を……。

 いや。あやめちゃんの目もまた、諦めてはいなかった。

 

「あのクレーンゲーム。実は、『アームで押し出す』という技法自体は調べて知っていたんです」

「でも、焦っていて忘れていた。あの時はたまたまできただけで、全力を発揮できてはいなかったんです」

「今は違います。私は……後悔したくない。全力で、今ある力を出し切って、怪人を倒す! 先輩(あなた)を守る!」

 

「【反射せよ(リフレクト)】!」

 

 あやめちゃんがそう叫んだ瞬間、シールドを過ぎ去ったはずのビームが、急速に折り返してシールドのもとに殺到した。

 確かにミサイルにはゲーム上の制約がいろいろあったのかもしれない。シールド以外はすり抜けるとか、一定の角度以上には曲がれないとか。でも、魔法にはそんなこと関係ない。

 

「バッ、バッ……バカナアアアアアア!!」

 

 これ以上は避けられない。起死回生の、全くの不意打ちだったこともあって、怪人のシールドは全ての【アジサイビーム】を一身に受け……破壊された。

 

 終わった……終わった。怪人は体中から煙を出し、液晶も割れ始めていた。とりあえずはゲームに勝ったとみていいだろう。

 先日の第二形態怪人を思い返し、しばし警戒を続けていると怪人はその場に倒れ伏して話し出す。

 

「コノ屈辱ハ忘レマセンヨ、魔法少女……。未ダコンティニューノ機会ハ残サレテイル」

「あ、そう」

「ソレデハ、再戦(リベンジ)ノソノ時マデ、クレグレモ他ノ怪人ニ倒サレルコトノナイヨウニ」

「早く死ねよ」

 

 あ、つい本音が。

 

「ククク……怪人ニ、死ハアリマセンヨ。ソレデハ次回ノ対戦マデ、ゴ機嫌ヨウ!」

 

 そうやって怪人は言いたいことだけ言うと、すさまじい光を放ち……。

 

『You win! You win! Victory!』

 

 機械音声じみた祝福の声を上げ、そして消滅した。



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エピローグ(序)

 私とあやめちゃんは"ゲーム"に勝利し、そして怪人は消えた。

 大丈夫か? このあと上から第二形態が降ってきたりしない?

 

『まあ、少なくとも当分は出てこねえだろ。さすがに』

「……」

『な、なんだよ嬢ちゃん。俺の顔になんかついてるか?』

 

 あやめちゃんの妖精、蝸牛(シェル)は先の怪人を知っているのだろうか。さすがに消滅したからには復活の目は無いと見ていいか。

 しかし、気になることは言っていた。「怪人に死は無い」とはどういうことだろうか。私がせっせと消して回っていたあの怪人たちも、実は生きていて復活の時を待っているのだとしたら。

 

 ぞくり、と背中を悪寒が走る。もしそうならば、今度こそ殺しつくさなければならない。願わくば全ての怪人を葬り去る。

魔法少女なんかやりたくなかった。でも、やらねばならなかった。

 それが、この世界に生きる私の唯一の願いだった。

 

「先輩! こっちです! こっちー!」

 

 ふとあやめちゃんの声が聞こえるから何かと思えば、その声はプリクラの筐体の中から聞こえていた。怪人の出現位置からは遠かったことと"ゲーム"中は破壊活動がされなかったこともあり、思ったより多くのゲーム筐体が生き残っていた。

 そういえば。写真を撮るか撮らないかのところで怪人が出現したっけ。あんまりこっちの世界のプリクラは知らないけど、前世のと同じならこっからさらに落書きとかいろいろするのか。

 

 ……え? もしかして続きをやる気? さっきまで怪人と戦ってたのに元気だね、あやめちゃん……。

 

「ほら、先輩も描いてみてくださいよ!」

 

 恐る恐る中を覗いてみれば、楽し気にタッチペンでモニター内の写真に落書きをしているあやめちゃんがいた。タッチペンが触れた先から虹色の線が描かれ、それが文字を成していく。なんか勝手に私の頭に猫耳が追加されている。

 

「時間切れとかないんだ、それ」

「長時間操作されないとスリープモードになるんですよ。その時にお金入れられると撮影モードになっちゃいますけど、そうじゃなければ続きからできるんですよ!」

 

 ふーん。写真の中には「由良センパイと♡」の文字が。先輩の字は難しいし、こういうのだと潰れるもんね。

 しかし、なんか描けと。いざ言われるとなると思いつかないけど……あ。

 

「これとかどう?」

「……! 妖精さんですか!」

 

 当然、その写真には(ホーム)蝸牛(シェル)も映っていない。折角だから描き足そうと思い、私の隣に開かれた本の絵を描いたところあやめちゃんのお気に召したようであった。

 何回か描いたことがあるのだろう、あやめちゃんは慣れた手つきでかわいくデフォルメされたカタツムリの絵を描いていった。

 

「じゃあ、これでプリントしますね!」

「お願い」

 

 承諾すればあやめちゃんがその指先でモニターのボタンを押し、印刷中を意味する機械音声が流れる。筐体側面の凹みを確認すれば、そこから2枚の写真が出てくるのがわかった。

 写真の中ではあやめちゃんが楽しそうに笑っている。私はあんまりうまく表情を作れていないが、ぎこちないながらもピースを作っている。

 なんかおかしくなってきた。思わず笑いが漏れてしまう。

 

雪景色(スノウドロップ)、現場に到着しました! 今すぐ救援します!……って、大丈夫!?」

「あ、雪景色(スノウドロップ)! もう怪人は倒したよ!」

「え!? たった2人で!?」

 

 何か聞こえる。蝸牛(シェル)が呼んだという救援が今到着したのか。だいぶ早い気がするが、しかし怪人は既に討伐している。

 

「……にしてはいなくない? 怪人が」

「なんか消えちゃってさー。そのあたりも含めて報告するね!」

 

 雪景色(スノウドロップ)と呼ばれたのは、私よりも背の高い女の子だ。なんかすこしぽわぽわしている。あやめちゃんがタメ口なあたり、同学年かそれとも魔法少女としての同期なのだろうか。

 いや、それよりも気になる言葉がある。

 

「報告……?」

「あれ? 先輩、もしかして怪人を倒すのは初めてですか?」

「いやー、ま、まあ……」

「被害状況とかは後から調べられますけど、怪人の性質とか戦い方とか、あと弱点とかは魔法少女にしかわかりませんからね! しっかりと報告しないと」

 

 確かに。ぐうの音も出ない正論だった。いつも一人で戦って(ホーム)で消し去ってたから知らんかった。

 次からはちゃんと報告するか……。

 

「じゃあまず見た目からね、ヘッドホンがついた画面みたいな怪人で……」

 

 

「これで送信、と。……報告完了です!」

雪景色(スノウドロップ)ちゃんもお疲れー!」

 

 最近はすごいねえ。スマホ1台で政府に報告できるなんて。まあ、年齢層に幅のある魔法少女に合わせてのことなのだろう。さすがに魔法少女棟あたりでちゃんとした報告書が作られてるはずだ。

 

「えぇと……情報災害(インフォハザード)さん、ですよね」

「はい、雪景色(スノウドロップ)さん」

 

 じっと見つめられる。なんだろう、全てを見透かされそうで怖い。

 

「初めての怪人討伐……ですよね。困ったことがあったら何でも相談してくださいね。先輩として、力になります」

「あ、ありがとうございます」

 

 ああ~~~耳が痛いよ~~~。魔法少女みんないい子過ぎる~~。

 ごめん……本当は何体も怪人倒してるのに新人って嘘ついてごめん……。

 

 やるべきことが終わったからなのか、雪景色(スノウドロップ)なる魔法少女はゲーセンの出口の方に向かって歩き出した。

 

「じゃあ、私はそろそろ行きますね。情報災害(インフォハザード)さん、困ったときは魔法少女棟にぜひ来てくださいね!」

「またねー! 雪景色(スノウドロップ)!」

紫陽花(ハイドレンジア)もね」

 

 気まずさに耐えつつ、なんとか雪景色(スノウドロップ)を見送る。

 気が付けば、もうこんな時間か。いや怪人と戦うのはそんなに時間喰わなかったけど、もともと図書委員とかでだいぶ時間を使ってしまっていた。

 

 そろそろ帰らないとさすがに親に心配されるな。まだまだ中学2年生だし。

 

「あー! 今思い出しましたけど先輩、"ペナルティ"は大丈夫ですか!?」

 

 ……そんなのもあったな。

 

「大丈夫だよあやめちゃん。怪人を倒したときに全部治っちゃったみたいだから、心配しないで」

「本当ですか……?」

「まあ一応、明日病院には行こうかな」

 

 こればっかりは信じてもらうしかない。噓みたいに消え去ったのだ。

 恐らくゲーム内のペナルティであってゲーム終了後は全て完治する、という理屈だと推測しているが、一方で「不戦敗時にもペナルティ」と言っていたあたりゲーム外にも影響が及ぶのだろうか。

 考えたら怖くなってきた。ちゃんと診てもらお……。

 

 ともあれ、ここでお別れだ。確か彼女とは家の方向が逆のはずだった。

 

「今日はありがとうね。ゲーセンも楽しかったし……怪人も、あやめちゃんがいなかったら倒せなかったと思う。最後の魔法は私もびっくりしたよ」

「ああ……あれは実は咄嗟にできただけなんです」

 

 ……マジ?

 

『大マジだぜお嬢ちゃん。俺はあんな魔法知らねぇ。正真正銘、あの時にあやめが生み出した魔法だ』

「ビームも花束(ブーケ)と同じように操れるかもって思って……もううまくできる自信はありませんけど」

 

 すごいな。少なくとも私はそんな経験ないぞ。戦いの中で成長する主人公みたいだ。相変わらず、アジサイとビームの関連性はつかめないけど。

 

「じゃあ、【さよう──】」

「待ってください!」

 

 止められた。腕を掴んでまで止められたが、それが少し震えていることがわかる。

 

「なんか、ダメな気がするんです。このまま先輩を行かせるのは……嫌です」

「どういう?」

「ほら、言ってたじゃないですか! 私が前に先輩と会ったこと忘れてたって!」

「あー……」

 

 そうだね。それで追いかけてはるばるこのゲーセンに来たわけだけど。

 

「あれは怪人のせいでしょ? 倒した今なら大丈夫だよ、きっと」

「違う怪人かもしれないじゃないですか! それに……」

「それに?」

 

 俯いて黙り込んでしまう。多分、彼女も何が言いたいかよくわかってないのだろう。

 

「私はもっと先輩と話したいんです。忘れたくなんか、ありません」

 

 何か、胸を打つものがあった。

 ……まあ、かわいい後輩の言うことなどいくらでも聞いてやろうではないか。

 

「じゃあ、私はどうすればいいかな?」

「『さようなら』は……いけない気がします。また、忘れ去ってしまいそうな。なかったことになりそうな。だから……『またね』って、言ってくれませんか」

「わかった。その代わり、先輩づけも丁寧語もなしね」

「え!」

「だって魔法少女としては後輩だし。それに──」

 

 友達でしょ。そう言うと、彼女は顔を輝かせた。

 そもそも、私は先輩などというガラではないのだ。もう少し気安い関係の方がいい。

 

「は……う、うん。ゆ、由良……さん?」

「えー?」

「由良ちゃん!」

「そう、そう!」

 

 顔を赤くしながらも、ちゃんづけにしてくれた。いや、改めてちゃんづけされるとちょっと恥ずかしいな。

 だけど、まあ。少々強引だけど、これでむずがゆかった呼び方もいい感じになった。

 

「じゃあ【またね】、あやめちゃん」

「またね! 由良ちゃん!」

 

 ここで一つ、無意識に魔法が生み出される。

 【さようなら】は私の、魔法少女としての情報を消す魔法。正確には違うけれども、おおまかにはそう。

 そして、【またね】は──

 

 

 そろそろ本格的に暑くなる頃にさしかかっている、初夏の昼。

 十和坂(とわさか)中学校の校舎に、正午を告げる鐘が響いた。

 

「もうこんな時間か。では明日までに問題集の78Pを──」

 

 すぐに教室を出る。問題集のそのゾーンなんて4月に配られたときに全部やってあるわ。それよりも、そんなことよりも大事なことがある。

 

『別に昼じゃなくても1時限目の終わりとか、それこそ朝でも良くなかったですか?』

「シャラアアアップ!」

 

 (ホーム)にかまっている暇などない。廊下を走らない範囲で、少し滑稽かもしれない程度の早足で私は歩く。

 目的地なんて……決まってる。

 

 確か、ここだ、1-Aは。おそるおそる戸を開けて中を覗く。同様に授業が終わったのだろう、昼食の準備をしようとする生徒たちでいっぱいだった。

 

「ねえ」

 

 探す、探す。どこだ……。

 

「ちょっと」

 

 人が多くて意外と探しづらい。ちゃんと1-Aのはずなんだけどな。

 

「由良ちゃん!」

「うわあ!」

 

 背後から急に声をかけられる。振り返ってみれば……いた。 

 見間違えるはずもない。

 

「あ、あやめちゃん……」

「ね。今度は、ちゃんと覚えてるでしょ? ほら見て、昨日のプリクラ」

 

 彼女が差し出した小さな写真には、謎の猫耳や、妖精が手書きで描かれていた。

 間違いなく、覚えていた。覚えていてくれた!

 

「これから一緒に、たくさん話そうね。由良ちゃん」

 

 そう言ってあやめちゃんが笑いかけると、ほっと力が抜けた。

 

「ちょっと! 由良ちゃん!? 立って!?」

 

 私の名前は宇加部 由良。魔法少女、《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》で──柴野江 あやめの、友達だ。




というわけでエピローグでした。
皆さん、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。

……まあ、これは序章のエピローグなのでお話自体はもうちょっと続きます。
1話分だけ登場人物紹介を挟んで次章に移りますので、お付き合いくださる方はもう少々お待ちください。

また、もしよろしければ評価や感想投稿もよろしくお願いいたします。
めちゃめちゃ嬉しいので。


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登場人物紹介(序)

ただし、インタビュー形式。
本当にインタビュー形式かこれ?

インタビュイー:取材を受ける人のこと。
インタビュアー:取材する人のこと。


・宇加部 由良

インタビュイー:2-Cクラスメイト

インタビュアー:柴野江 あやめ

「由良さん? いい人だよー」

「勉強も教えてくれるしね」

「ねー」

「カラオケとかも誘ったら来るし」

「いつもは委員会であんまり予定合わないこと多いけど……なんの委員だっけ」

「図書委員、図書委員」

「あーそうそう。だけど、特に仲いい人はこのクラスにはいないっぽいかな」

「そういえばそうだねー。不思議だね」

「なんか物腰が丁寧だよね、もしかしてお嬢様かも」

 

インタビュイー:柴野江 あやめ

インタビュアー:(ホーム)

「どうして最初ついてきてたのか……ですか?」

「なんか、気になったんですよ。不思議なオーラというか、ほっとけないというか……」

「それで、魔法少女だとわかったのは後からですね。魔力が少ないし、制御されてないので新人だとは思いましたけど」

「あ、はい。そうです。思い出してきたんですよ、あの日のこと」

「今思えばどうして忘れてたんだろうって感じなんですけどね」

「……他にもあるんです、気になった理由」

「何かが、何かが私と同じというか。うまく説明できないんですけど」

「きっと私と由良ちゃんは、会うべくして会ったというか、そんな感じがします」

 

・柴野江 あやめ

インタビュイー:1-Aクラスメイト

インタビュアー:宇加部 由良

「元気だよー」

「元気だねー」

「バレー部もやるし魔法少女もやるってすごいよねー」

「確か紫陽花だよね! すごいかわいいドレス!」

「本人はちょっと恥ずかしいみたいだけど……」

「でもあんまり魔法少女の話はしたがらないよね」

「怪人と戦うのは平気みたいだけど、なんでだろうね」

 

インタビュイー:柴野江 あやめ

インタビュアー:宇加部 由良

「魔法について? いや、だって魔法少女といったらビームじゃん」

「どういうことって……ミラシン*1第2部の主人公ミラクルの必殺技だよ! いやガードもだよガードも! なんでシンプルかって言うと、最初魔力を全然持たなかったミラクルが修行の果てにやっと習得した技がこのビームだからってちょっとちょっとまだ話し終わってないから由良ちゃんも絶対話聞いたら好きになって観たくなるっていや観るなら断然最初の第1部から見るのがおすすめなんだけど私個人的にはミラクルちゃんが一番好きで」

「あ、時間だからごめん! 先生に怒られちゃうから教室帰るね!」

 

・交通三姉妹

インタビュイー:交通三姉妹

インタビュアー:雪景色(スノウドロップ)

「わたくし達にインタビュー? なぜですの? ……まあ構いませんけれども」

「私たちの主な役目は避難誘導だな。黄信号(アンバー)青信号(グリーン)の魔法を使って交通の混乱を解消しながら避難を促すことができる」

「……『魔法を車両などにかけては危ないだろう』って? わかってて聞くなよな! 青信号(わたし)達の交通魔法は、破る者には赤信号(あねうえ)の【交通違反】が炸裂するが逆に従うものには保護の効果が働くのだ!」

「そしていざとなれば複合魔法の【信号違反】で怪人を倒すことも可能だ。少々手間はかかるがな」

「さすがに攻撃力では他の上位勢(ランカー)の方々にはかないませんの」

「他に質問は? ああ、止まっている怪人に【交通違反】をかけられない理由か」

「確かに、『最低速度標識』というのはある。高速道路に設置されていることが多いな。それを使って怪人が止まっていても進んでいても【交通違反】をかけられれば良い……その通りだ」

「理由は2つありますわ。まず、『最低速度標識』は渋滞時や一時停止などやむを得ない場合の停止を妨げるものではございません。これは当たり前ですわね。ですが、それをわたくし達が認識している以上怪人の停止を【交通違反】として取り締まることは難しいのです」

「あと、これは完全に私個人の感覚でしかないのだが……なんというか、ズルじゃないか?」

「わかってはいるんだ。怪人との戦いに卑怯も何もないことは。だが……車両という便利だが危険な道具を前に人類が必死に考案・構築したのが道路であり標識であり信号であり交通ルールだろう。そこには一定の敬意が払われるべきで、怪人を殺すためだけに悪用をしたくないのだ」

赤信号(あねうえ)は真面目だからな! 交通ルールは誰に対しても平等でないと、とつい考えてしまうのだ!」

「まあ、怪人にも真摯になってしまう赤信号(おねえさま)が好きなんですけどね、わたくし達は」

「つくづく良い妹たちを持ったものだと思うよ。ああ、最後にこれだけは言わせてくれ。魔法少女の力の源は人々の希望だが、魔法のあり方はその魔法少女に強く影響される。たとえ魔力が強くとも、本人が自分を抑圧していたり、後ろめたく感じているとどこか魔法にセーブがかかってしまう。強く自分を持ちたまえよ、雪景色(スノウドロップ)

 

雪景色(スノウドロップ)

インタビュイー:柴野江 あやめ

インタビュアー:宇加部 由良

雪景色(スノウドロップ)ちゃんは同期だよ。大体同じ時期に魔法少女になったの」

「近くに九杉(くすぎ)高校ってあるでしょ? あそこの生徒さんだよ」

「ちょっと変な子だけど優しいよー。でも、怪人と戦うときはすごい強いけどね」

「もうね、問答無用で即座に凍らせちゃうの! それで凍ったところからバキンバキンって!」

「ただ、寒いのはそんな好きじゃないんだって。好きなのは雪だけって言ってた」

「あと他に? うーん……神眼(トゥルース)さんって魔法少女、知ってる? さすがに知ってるよね。日本人ではトップの上位勢(ランカー)だし。雪景色(スノウドロップ)ちゃん、あの人のことがすごい好きなんだって」

「いや本当に。由良ちゃんも、あの子の前では迂闊に話を振らないでね。止まんないから」

 

神眼(トゥルース)

インタビュイー:IAEM(国際怪人対策機関)日本支部調査部門長補佐

インタビュアー:とある職員

「まあ、座りたまえよ。どうぞ楽にしてくれ」

「それで、神眼(トゥルース)のことだったな。本当に彼女には何度救われたかわからない」

「ああ、ああそうだな。確かに彼女は怪人撃墜数ランキングの第10位だし、強力な魔法を用いて怪人を屠ったことは多数ある」

「だが君も知っての通り、彼女の真価はそこにはない」

「魔法を用いた圧倒的な調査能力。怪人の特殊能力や弱点を即座に見抜く。条件がそろえば次に怪人が出現しやすい地点の候補をリストアップする。その働きは魔法少女100人分にも相当すると言っても過言ではないかもしれんな」

「うむ。最近出現し始めた特殊防護型怪人……通称"ルール型怪人"にも彼女の魔法は有効だ。何しろ、どのようなルールでどうすれば攻撃を通せるのかをあっという間に調べ上げてくれるからな。彼女には感謝してもしきれない」

「そんな彼女が、少し精神的に不安定になっているだと?」

「表面上は明るく振る舞っているが、他の魔法少女との連携がうまくいかないことが多くなった、そして報告書にも謎の不備が見られることがあると」

「……やはり、彼女には負担をかけすぎてしまっているのかもしれんな。わかった。留意して、彼女を呼び出す案件を減らすようにかけあってみよう。彼女の魔法の希少性ゆえとれる対策は多くは無いが、引き続き魔法少女への全面バックアップは惜しまないつもりだ」

 

情報災害(インフォハザード)

インタビュイー:(ホーム)

インタビュアー:(ホーム)

『彼女は……苦しんでいます』

『私は知っています』

『彼女の罪を』

『それが余りにも虚しいことを』

『ですが、彼女は私を救ってくれた』

『救ってくれたのが、彼女なのです』

『ですから、私だけは彼女の味方です』

『──たとえ、世界が忘れ去っても』

『彼女は今、彼女自身から目を背けています』

『私には救えません。私にはできないことです』

『でも、もしかしたら……あの子なら』

『彼女を救うことが、できるかもしれない』

*1
女児向けアニメ「ミラクル・シンフォニアス」の略。現在は第12部が京代テレビ日曜朝9:00~9:30に絶賛放送中。



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破:浸食
プロローグ(破)


予約投稿日時ずれてました……


 どこでもない場所、とでも言えばいいのだろうか。地球ではないし、ある魔法少女がかつていたというよく似た星でもない。

 異次元。異界。宇宙の外側。そのように表現する者がいるかもしれない。

 

 ともかく、言葉では説明しづらい奇異な場所にそれはいた。

 概ねはヒトのように見える。ヒトのような体躯。ヒトのような大きさ。スーツを着ているのにもかかわらず胡坐をかいて座っているのはどこか奇妙に映るだろう。

 まるで、衣服やマナーなどの人間の文明に対して挑発しているような。そんな印象を受ける。

 だが、そんなことよりも明らかに異常な点が1つ。その"ヒト"には本来あるべき頭部が無く、代わりに大きな鐘が嵌まっている。

 

 それは、人間社会では「鐘の怪人」と呼ばれていた。

 

「ええ、ええ。順調です。収益も上がっておりますし、話題にされる回数も増えてきております。半ば社会現象にまでなったと言っても過言ではないでしょう」

 

 独り言ではない。その場には鐘の怪人しかいないはずだったが、内容は明らかに目上の存在と連絡を取っているものだった。

 

「はい。報告が1つ……あの"落ちこぼれ"が発見されました。刑法第2条の違反が確認されたため、該当地区への怪人出向を増やし、回収を目指します」

「もちろん()()()()()()()()()()()よ。落ちこぼれ、いや裏切り者の捕り物ショーという一大チャンスを逃すわけにはいきませんので」

「ええ、ええ、それでは」

 

 用件が終わったのか、鐘の怪人は先ほどのお喋りな様子とは打って変わって不気味に沈黙する。眼も顔もないその頭部の鐘からでは、彼の感情を推しはかることはできなかった。

 

 

 最寄りの街時雨駅から徒歩12分。もしくは、自宅から車で20分ほどで着く。今年で中学生になった伊空(いそら) 芽衣には詳しくはわからないが、そこはとある寺の墓地であった。

 

 伊空家の墓も、そこにあった。

 

 今日は母の月命日なので、お供え物の花を携えて父と共に墓参りにやってきたのであった。父が運転した車から降り、後部座席からもろもろの用具を取り出す。墓地のロッカーから桶を取り出し、近くの蛇口から水をたっぷり入れる。墓石の掃除のために必要なことだ。

 

 伊空(いそら) 芽衣にはわからなかった。なぜ、母が死なねばならなかったのか。

 たまたま買い出しに行く日がその日だったから?

 買い物のためにたまたまその道を選んだから?

 行きに迷子の男の子を助けていたせいで到着時刻がずれたから?

 

 違う。そういうことではない。芽衣が知りたいのは、なぜ悲劇の演者として母が選ばれなければならなかったのか、ということだ。

 他の誰でもよかったではないか。それが母でさえなければ、今頃私は「ああ、そんな悲しい事件もあったね」と聞き流していただろう。そうして、他の数々の悲劇と共に記憶の床から掃き捨てていたはずなのだ。

 それなのに、たまたま母が選ばれてしまったせいで。

 私は未だ悲劇の中にいるのだ。

 

 墓石の前に立つ。そこに母の遺骨はあるが、しかし母はいない。「伊空家之墓」という文字が、ただただ無機質に刻まれているだけだ。

 袋から布を取り出す。墓石を磨いたところで母は帰ってこない。これをやるたびに芽衣は酷く虚しい気持ちに襲われる。

 

「あ、生け花……換えられてる」

 

 花瓶を掃除しようとした父の声だった。葉や花の艶からして、だいぶ新しいものだった。花瓶もすでに掃除されたかのようである。

 これまでも何度か似たようなことはあった。()()はけして顔を合わせようとしない。花が換えられてないときは恐らく、自分たちが来た後に来たのだろう。それは後ろめたさなのか。

 

「別に、気にしないでいいのに」

 

 ふと漏れた呟きが父に聞かれて、しばし目が合う。

 

「そうだな。あの子のせいじゃない。本当はあんな子達に負わせるべきでないことを、父さん達大人が無理やりやらせてるんだ」

「……あやめちゃん」

 

 芽衣の母、伊空 香澄の死因は──怪人だった。その時に居合わせたのが当時新人だった《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》。同じ小学の親友だった。今ではもう中学が違うが……彼女の健闘虚しく出てしまった被害。そのうちの1人が伊空 香澄であった。

 

 別に、彼女が守り切れなかったとは微塵も思っていない。彼女は全力を尽くしたし、そのまま怪人を討伐するなどむしろ新人としては大快挙のはずだ。

 だが、なぜだろう。戦う彼女のことを思うと、もう疎遠になった彼女のことを思うと、胸の痛みが止まらないのだ。

 

 

 八島区の魔法少女棟。その長い廊下を、早足で歩く少女がいた。

 怪人撃墜数第10位、神眼(トゥルース)である。しかし、今の彼女にいつものような落ち着きは感じられなかった。

 

「おかしい、おかしい、おかしい! 何かがおかしいはずなんだ……!」

 

 神眼(トゥルース)の魔法の真価は、調査力だ。【遍く全て見通す目(オールクリア)】をはじめとする強力無比な魔法は、どのような隠された真実も白日の下に晒すことができる。その性質故に各国から大きく注目されており、魔法少女条約による保護が無ければとっくのとうにくたばっているか拉致されているか。いずれにせよ、ろくな人生にならなかっただろう。

 とはいえ、別に神眼(トゥルース)自身も好き勝手に使えはしない。魔法を使うには変身する必要があり、そして変身するためには妖精の望遠鏡(スコープ)の許可が必要だ。そして妖精は……基本的には怪人絡みの案件でしか変身を許可しない。例外は配信活動ぐらいか。

 

 《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》の恐ろしさは彼女自身がよくわかっている。隠し事をむやみに公にすることの無意味さも。だから、この力は怪人だけに向ける。

 問題なのは……その力を使った形跡だけがある、ということだ。

 

望遠鏡(スコープ)! 本当の本当に本当なんだな!?」

『何度も言っていますが、確かにあなたの魔法が使用された痕跡があります。直近では数週間前。それぞれおおよそ1~2か月の期間を空けて、それが計5回ほど』

 

 最初の痕跡はおよそ7か月前だという。身に覚えのない、神眼(トゥルース)自身による魔法の使用。問題はそれで何が判明したのかも、そしてそもそもなぜそれを覚えていないのかもわからないことだった。

 

「怪人による催眠・洗脳能力で操られた可能性」

『そのような痕跡はありません』

「違法な薬物などの、非異常の手段の可能性」

『私が魔法を許可しません』

望遠鏡(スコープ)自身が操られた可能性」

『もっとありません。妖精には怪人の能力は効きません』

 

 様々な可能性を挙げていくが、その度に切り捨てられる。

 

「では、他の魔法少女による可能性」

『……』

 

 初めての沈黙だった。

 

『確かに、妖精には魔法耐性がありますが効かないわけではありません。しかし……妖精が魔法使用を許可しないでしょう』

「だが、可能性はあるんだな?」

『極々僅かです。しかし、否定できないのも確かです』

 

 神眼(トゥルース)は歩きながらもしばし思案する。自分の能力が悪用されたとみて間違いないだろう。だが、私は何を調べさせられたのか。危険を冒してでも知りたい情報と、それを得て利益がある存在とは何か。

 

 昨日までは、そう思索していた。ここまでは先日に望遠鏡(スコープ)と議論した通りだ。そして長い説得の末、魔法使用の許可を得た。

 調査内容は「神眼(わたし)は魔法で操られていたか」。犯人の情報を直接取得したいのはやまやまだが、それをすると政治的にまずい領域に踏み込む可能性がある。そもそもが年頃の少女だ、十分に安全を期すのは当然の話だった。

 しかし、結果は意外なものだった。

 

「いいえ」

 

神眼(わたし)は非異常な手段で操られていたか」

 

「いいえ」

 

神眼(わたし)は誰かの言いなりで魔法を使用したか」

 

「いいえ」

 

神眼(わたし)は自主的に魔法を使用したか」

 

「はい」

 

 信じられなかった。自分の意志で魔法を使用した? わざわざ望遠鏡(スコープ)を説得してまで? そしてその後、なぜ記憶を消した?

 わからないことだらけだった。手に汗が滲む。

 

神眼(わたし)は自分で自分の記憶を消したか」

 

「いいえ」

 

「では、何によってか」

 

「記憶は消えていない。『幕がかかっている』だけ」

 

「では、どうすれば幕を取り払えるか」

 

「魔法」

 

「そもそも、なぜ幕がかかったのか」

 

「魔法」

 

 どっと汗が噴き出ていた。正体不明の魔法少女が敵対しているなど、悪夢にもほどがある。

 次で最後の質問にしようと思った。これ以上は精神がもたない。

 

「では、どんな魔法か」

 

「███████████」

 

「え?」

 

「深刻な不具合が発生。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が……」

 

 こんな事態は初めてだった。【遍く全て見通す目(オールクリア)】が使えないことなどなかったはずだ。ましてや、このような不具合を吐くことなど。

 結局、その日に再び魔法を使うことはかなわなかった。数日空けたら使えるようになったが、しかし同じ質問を試す気にはなれなかった。

 

「つまり、情報を取得できなかったのではない。【遍く全て見通す目(オールクリア)】で情報を取得することが危険だと認識すべきなんだ」

『なるほど』

 

 あの日のことを思い出しながら、神眼(トゥルース)は話す。

 

「【遍く全て見通す目(オールクリア)】と極めて相性が悪い知識というべきだろう。どんな質問がアウトかはわからない。質問内容によっては、最悪の場合私にも危害が及ぶ可能性がある」

 

 この魔法には様々な制約がある。その一つとして、「【遍く全て見通す目(オールクリア)】自身に関する質問には答えられない」というものがある。「この質問をするとどうなるか?」という質問はできないのだ。

 

『では、諦めるのですか?』

「いや」

 

 望遠鏡(スコープ)の質問に、しかし神眼(トゥルース)は否定で返す。危険な魔法少女が暗躍しているなど、それこそ看過できない事態だった。その目的によっては怪人よりも脅威度が高い可能性がある。

 そもそも彼女は、最初からどこへ向かっていたのか。

 目的の戸を、開ける。そこには多くの受話器やモニターがずらりと並んでいた。

 

「外線だ」

『確かに、ここは各地の魔法少女棟と連絡を取れる部屋ですが……』

 

 慣れた手で暗証番号と連絡番号を入力する。

 

「私の魔法で直接情報を取得するのはまずい。だが外堀から埋めていけば、あるいは」

 

 線が繋がったのを確認した。ここに伝言を入れれば、彼女は必ず確認してくれる。

 

名探偵(ディテクティブ)、仕事の時間だ。正体不明の魔法少女に興味はないか?」

 

 彼女が頼ったのは《衣装型(フォーム)名探偵(ディテクティブ)》。神眼(トゥルース)とはまた違ったタイプの、情報収集型魔法少女だった。

 

 

「羽化するな! 羽化するな! 全ての芋虫は羽化するなあああああ」

「叫びたいのはこっちじゃああああああ! 期末も終わったってのに出てきやがってええええ!」

『由良、由良、周りも見てますから……』

「あやめちゃんもいないから(ホーム)で消し飛ばすしかないし! 文字の禍いが降りかかる──」

 

 長い夏休みが、始まる。



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魔法少女総合雑談スレpart257

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魔法少女総合雑談スレpar257

 

 

156:名無しのカニたん 2011/6/25 21:15:08

最新の怪人の情報出た

エレベーター怪人だって

[リンク:公式ニュースサイト]

 

157:名無しのカニたん 2011/6/25 21:16:11

 

158:名無しのカニたん 2011/6/25 21:16:59

無いのか死体

 

159:名無しのカニたん 2011/6/25 21:17:59

3mもないって結構小さいな?

 

160:名無しのカニたん 2011/6/25 21:18:48

>>156 おつ

 

161:名無しのカニたん 2011/6/25 21:19:52

なんだこいつ

全身エレベーターで草

 

162:名無しのカニたん 2011/6/25 21:20:41

雷踏(スタンプ)ちゃんなら一瞬だろこんな奴

 

163:名無しのカニたん 2011/6/25 21:21:27

最近八島区に怪人めっちゃ出るな

と思ったらちげーじゃん!

 

164:名無しのカニたん 2011/6/25 21:22:21

いったい八島区が何したっていうんですか

 

165:名無しのカニたん 2011/6/25 21:23:11

うわルール型かよ

 

166:名無しのカニたん 2011/6/25 21:24:04

>>164 このパターンでマジで何もしてないことってあるんだ

 

167:名無しのカニたん 2011/6/25 21:25:08

出たのは栖目市か

どのあたりだっけ

 

168:名無しのカニたん 2011/6/25 21:25:59

カス能力もってて草

 

169:名無しのカニたん 2011/6/25 21:26:52

地獄

 

170:名無しのカニたん 2011/6/25 21:27:46

は? マジ?

 

171:名無しのカニたん 2011/6/25 21:28:39

>>167 西端かな

佐前(さしまえ)県の中では田舎の方

 

172:名無しのカニたん 2011/6/25 21:29:33

> 周囲2km以内の全エレベーターのうち約7割の31機が制御を失い高速で乱高下し、魔法少女によって討伐されるまで15名の怪我人が出た

やばすぎる

 

173:名無しのカニたん 2011/6/25 21:30:27

逆によくこれだけの被害で済んだな

 

174:名無しのカニたん 2011/6/25 21:31:16

そこはほら、田舎だし……

 

175:名無しのカニたん 2011/6/25 21:32:01

やっぱ怪人って死すべきなんやな

 

176:名無しのカニたん 2011/6/25 21:32:55

10分で討伐されたのはさすがというべきか

 

177:名無しのカニたん 2011/6/25 21:33:41

最近討伐されたルール型怪人まとめ

 

・エレベーター怪人

2011/6/24に佐前(さしまえ)県栖目市に出現。周囲2kmのエレベーターのうち一部を乱高下させる能力がある。

「全身に装備しているエレベーターに表示されている階数がそろっていないと攻撃を受けない」というルールがあったが、《衣装型(フォーム)数学家(ナンバー)》によって無理やり数字を書き換えられた後にいつもの【立体数字群】を浴びせられ討伐される。

 

・ゲーム怪人

2011/6/5に京代都八島区に出現。魔法少女複数名を"ゲーム"と呼ばれる独自のルールで拘束する能力がある。ゲーム中は怪人は魔法少女にしか攻撃できないが、攻撃に成功した場合は魔法少女の変身衣装を貫通して大きな精神ダメージを与えることが確認されている。"ゲーム"は正攻法で攻略され、それによって怪人は自動で消滅。

 

・マネー怪人

2011/4/13にマネマ諸島の銀行金庫内に出現。「食べた通貨の金額合計に応じて強くなる」能力を持っており、その強力さのためIAEM(国際怪人対策機関)から正式に"ルール型怪人"と認定された。出現が発覚した時にはすでに約8020万シパを食していたと推定され、マネマ諸島の魔法少女の手に負えないほどに巨大化・成長していた。サイズは最大時点で体高80mほど。

急遽日本から出張した《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》によって対策手段を提示され、討伐済み。

 

 

178:名無しのカニたん 2011/6/25 21:34:40

まとめ乙

 

179:名無しのカニたん 2011/6/25 21:35:40

ゴミしかいない

 

180:名無しのカニたん 2011/6/25 21:36:33

・周囲にめっちゃ被害出します

・魔法少女に貫通ダメージ出します

・隠れて金食べます、めっちゃ強くなります

 

ひどすぎる

 

181:名無しのカニたん 2011/6/25 21:37:33

神眼(トゥルース)の出した提案もひどすぎて笑っちゃうんだよな

それを実行したマネマもマネマなんだけど

 

182:名無しのカニたん 2011/6/25 21:38:35

バレットなら全員余裕でいけるだろ

上位勢ならルールも貫通できるんだよな?

 

183:名無しのカニたん 2011/6/25 21:39:32

>>182

確かに行けるけどそもそも上位勢が少ないんで……

 

184:名無しのカニたん 2011/6/25 21:40:22

上位勢多かったらもう上位勢じゃないだろ

 

185:名無しのカニたん 2011/6/25 21:41:24

>>181

一瞬だけシパを完全に無価値にして架空の通貨に移行、マネー怪人を討伐した瞬間に通貨をシパに戻すってなんなんだよ

確かに食べた金を無価値にしたらマネー怪人も弱体化するのは理にかなってるけどさあ!

 

186:名無しのカニたん 2011/6/25 21:42:20

余りにも力技すぎる

 

187:名無しのカニたん 2011/6/25 21:43:15

神眼「一瞬だけ! 一瞬だけだから!」

 

188:名無しのカニたん 2011/6/25 21:44:17

魔法少女条約の特権ってここまでできるんだね……

 

189:名無しのカニたん 2011/6/25 21:45:05

急すぎるし誰もマジでやるとは思わなかったから混乱する間もなく終わったの草生えた

 

190:名無しのカニたん 2011/6/25 21:46:01

>>188 さすがにここまでの大仕事はマネマ側の全面協力ないと無理だけどな

よくここまで動いてくれたわ

 

191:名無しのカニたん 2011/6/25 21:46:54

それだけ緊急事態だからだろ

 

192:名無しのカニたん 2011/6/25 21:47:55

確か無価値にして20秒で討伐されてすぐ戻したんだっけ

神速の業

 

193:名無しのカニたん 2011/6/25 21:48:40

世界の本気を見た

 

194:名無しのカニたん 2011/6/25 21:49:44

だいぶ暑くなってきたな

 

195:名無しのカニたん 2011/6/25 21:50:36

神眼過労気味じゃね?

女の子だし政府はもうちょっとちゃんと扱えよ

 

196:名無しのカニたん 2011/6/25 21:51:38

絶対シパを無価値にするよりいいやり方あっただろと思わなくもない

 

197:名無しのカニたん 2011/6/25 21:52:31

夏だーーーーーー

 

198:名無しのカニたん 2011/6/25 21:53:22

俺たちに休みはないけどな

 

199:名無しのカニたん 2011/6/25 21:54:18

海だーーーーーー

 

200:名無しのカニたん 2011/6/25 21:55:05

でも魔法少女にはあるじゃん

休みだからって配信活動とかしだす子は多いよ

 

201:名無しのカニたん 2011/6/25 21:55:52

>>200 すぐやめる子も多いけどな

 

202:名無しのカニたん 2011/6/25 21:56:49

魔法少女の配信好んでみるやつなんざロリコンに決まってるだろ

言い訳もできねえ

 

203:名無しのカニたん 2011/6/25 21:57:50

そもそもこのスレに常駐してる時点で……

 

204:名無しのカニたん 2011/6/25 21:58:50

いろいろ公式サイトからイベント告知出てるね

 

205:名無しのカニたん 2011/6/25 21:59:43

機材なくても魔法少女棟が貸してくれるの羨ましすぎる

俺にも貸してくれ

 

206:名無しのカニたん 2011/6/25 22:00:43

八島区棟で研修?

そんなのもあるんだ

 

207:名無しのカニたん 2011/6/25 22:01:40

>>205 じゃあまず妖精と契約して魔法少女になってもろて

 

208:名無しのカニたん 2011/6/25 22:02:27

おっさんが魔法少女になれないのはまあいい

男の娘の魔法少女がいないのは許せない

 

209:名無しのカニたん 2011/6/25 22:03:12

実際どういう理屈なんだろうな

 

210:名無しのカニたん 2011/6/25 22:03:58

どうかんがえても少女しか魔法を使えないせいで初動の法整備グダっただろ

ロリコン妖精は反省しろ

 

211:名無しのカニたん 2011/6/25 22:04:48

研修の主催は神眼!?

すげえな上位勢じきじきとか

 

212:名無しのカニたん 2011/6/25 22:05:42

普通に休んでほしいが……

 

213:名無しのカニたん 2011/6/25 22:06:27

まあ魔法少女の研修なんて魔法少女にしかできんだろうからな

 

214:名無しのカニたん 2011/6/25 22:07:16

八島区マジで狙われてる

俺たちが知らないだけで埋蔵金とかある

 

215:名無しのカニたん 2011/6/25 22:08:11

他の京代の地区と比べて1.3倍ぐらいだっけ?

シャレになんねえ

 

216:名無しのカニたん 2011/6/25 22:09:15

八島に限らず都内は特に建物壊されるから建築系の需要が増したの笑う

笑えない

 

217:名無しのカニたん 2011/6/25 22:10:09

やべえ破壊力と能力もってる割に人的被害が出てないのは不幸中の幸いか

 

218:名無しのカニたん 2011/6/25 22:11:01

そう考えるとエレベーター怖いな

 

219:名無しのカニたん 2011/6/25 22:11:56

もうエレベーター乗れないが……

 

220:名無しのカニたん 2011/6/25 22:12:41

>>217

実際いつかの定例報告会で言及されてたよな 別の狙いがあるかもってやつ

 

221:名無しのカニたん 2011/6/25 22:13:46

エレベーター避けてたら今度は階段怪人でてくるぞ

 

222:名無しのカニたん 2011/6/25 22:14:41

特撮怪獣とかゲームに出てくる謎の侵略種族とかよりかはマシだけどさあ!

 

223:名無しのカニたん 2011/6/25 22:15:43

コンプラ的にしょうがないとはいえ怪人のせいでゲームとかでこれ系の侵略者出しづらくなってんのマジで許せねえ

 

224:名無しのカニたん 2011/6/25 22:16:31

そういえばゲーム怪人のゲームをクリアして倒したのは複数なんでしょ?

1人は紫陽花って出てるけどもう1人は誰?

 

225:名無しのカニたん 2011/6/25 22:17:33

>>224 よく見ろよ

匿名希望って出てる

 

226:名無しのカニたん 2011/6/25 22:18:36

あほんとだ

 

227:名無しのカニたん 2011/6/25 22:19:31

魔法少女棟は一般開放されてるとはいえ盗撮とか盗聴にはマジで気を張ってくれてるし

ちゃんとプライバシー守ってるのは偉いと思う

 

228:名無しのカニたん 2011/6/25 22:20:33

言い方は悪いが国の資源だからな

機嫌損ねられたら終わる

 

229:名無しのカニたん 2011/6/25 22:21:37

魔法少女のストーカーなんてやったら魔法少女アンチからも死ぬまで殴られるからやめとけ

 

230:名無しのカニたん 2011/6/25 22:22:23

アンチの理由って国が児童労働させてるの許せないからだしさもありなん

 

231:名無しのカニたん 2011/6/25 22:23:15

俺たちはそっと草葉の陰から見守るだけでいいのだ……

 

232:名無しのカニたん 2011/6/25 22:24:16

それ結局死んでるじゃん!

 




今回はちゃんと匿名希望で報告したのでセーフでした。良かったね。
ところで、彼女は「多くの魔法少女の中の1人」という扱いを受ける分には情報消去が発動しません。なので魔法少女の1人として登録はされてますし、行政から機械的に支援を受け取る分には問題ありません。


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海へ行こう! その1

「海に行きたい」

「海」

 

 夏休みに入って、私も魔法少女棟に足を運ぶようになっていた。魔法少女が多いため敬遠していたが、最近の怪人の情報や魔法の扱いに関する指南書など、なかなか有用なコンテンツがある。交流さえ避ければそれほど悪いものでもなかった。

 で、今はあやめちゃんと昼食をとっている。あやめちゃんはあやめちゃんで部活やったり魔法少女棟内で別行動だったりするが、魔法少女棟にいる場合にはとりあえず昼食だけは一緒にとるようになっていた。

 

「せっかく夏休みなんだし、夏っぽいことをしたい!」

 

 それで、ある日の昼食に話題を出されたわけだ。

 海。海かあ。確かに前世地球と比べこの世界は治安も環境も比較的良い。怪人がいても何とかなってるのはその全体的なパフォーマンスの良さも関係しているとは思うのだが……やはり怪人さえいなければなあ。

 話が逸れた。つまり一番近い京代湾もそれなりに綺麗だから海水浴はできるし、女子中学生だけで行ってもまあギリギリ許されるのだ。

 

 昼食のドリアをスプーンで掬う。魔法少女棟のカフェテリア、値段の割においしいのでかなりおすすめである。

 

「それで、誰と行くの」

 

 とはいえ心配である。可能なら保護者が欲しいところだ。友達(おじさん)としてそのあたりはちゃんと確認したいわけである。

 が、あやめちゃんの返答は意外なものだった。

 

「いや、由良ちゃんとだけど……」

「え゛」

 

 私と?

 

「図書委員もしばらくは用事ないでしょ。なら行こうよ、海」

「え、え、うーん……」

 

 想像する。ギラギラと照り付ける陽光。灼熱の砂浜。あとシンプルに泳げない。泳げないったら泳げない。前世では最低限はいけたんだけど、今世は全くそういうことをしてないから本当に泳げないのである。転生して弱体化する謎のおじさんがここにはいた。

 

「他のメンバーは? ほら、あやめちゃんのクラスメイトとかさ、バレー部の人とか」

「誘ってないよ」

「なんで……?」

「だって、由良ちゃんなんか逃げそうじゃん」

 

 うっ。

 

「クラスの人に聞いたよ~、『なんか壁を感じる』って。あれって人見知りなだけでしょ」

 

 ぐさぐさり。あやめちゃんによる鋭い言葉の刃物が心臓に突き刺さる。

 大ダメージ。私は死んだ。おどけてテーブルに突っ伏すも効果はない。あっ蝸牛(シェル)が変な目で私を見てる。

 

「それに、なんか誘わないと由良ちゃんずーっとこの周辺にいるでしょ」

「そうだね」

 

 それは本当にそう。よく私のことを観察してるなあと思った。

 

「だから行こうよ。それとも私と行くのは嫌?」

「嫌じゃないけども……」

 

 そういわれると弱いんだよなあ。しかし、海なんて何年ぶりだ? 前世で最後に行ったのは……。

 いや普通に今世の幼稚園の時とか小学生の時とかに行ったわ。全然最近だった。

 

 でも、そうだな。保護者とか関係なく、自分たちだけで行くのは初めてかもしれない。

 

「よし! 決まりね! この日空いてる!?」

「空いてる」

「じゃあその日に京代湾行こう! 細かい予定は後で詰めるね! じゃ!」

 

 そう言うや否やあやめちゃんは完食した食器を持って立ち上がる。

 

「どうしたの?」

「ごめんちょっと予定入ってて! 海絶対行こうねー!」

 

 嵐のように去っていった。

 たまにこういうときがある。魔法少女棟でかたくなに別行動を主張したりするのだ。まあ私と違って魔法少女の付き合いとかはあるのだとは思うが……。

 

「思春期の女の子は難しいねえ」

『そういう感じなんですか、アレ?』

「さあ?」

『えぇ……』

 

 何しろここにはおじさんと異界の生命体しかいない。この場の誰にも乙女心はわからないのであった。

 

 

「えーっと、308会議室、308会議室……」

 

 柴野江あやめは考える。

 衣装型というのは扱う魔法に大きく影響を与える。確かに自分がよく使うのは【アジサイビーム】や【アジサイガード】などあまり紫陽花とは関係のない代物だが、一応拙いなりに【舞い散る花弁刃(アジサイカッター)】や【驟雨となりて(レイニーデイ)】といった"それっぽい"魔法は使える。

 翻って、《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》はどうか。由良が見せてくれた【あっちむいてホイ】が"災害"だとはどうしても思えない。あやめが「情報災害」なる単語で検索しても、思うようなヒットはしなかった。災害情報に関するサイトばっかり出た。

 

 だが、ある程度推測はできる。

 生物災害(バイオハザード)は寄生虫などの生物による災害。

 化学災害(ケミカルハザード)は薬物などの化学物質による災害。

 ならば、情報災害(インフォハザード)では情報が人間に対して悪さをするのではないか?

 

 あやめにはこれ以上の推測はできなかった。「情報が悪さをする」といってもピンとこない。そりゃアニメとか漫画では「お前は知り過ぎた。死んでもらう」的な場面は山ほどあるが、どうも違うように思えた。そもそもそういうのは知られて困る情報を持っている悪の組織が悪いのであって、情報そのものの危険性ではないはずだ。

 心当たりはあった。ゲーム怪人に遭う直前、つまり由良と初めて対面した時。あやめはその時の記憶をすっかり忘却していた。怪人を倒した後に徐々に思い出すようになっていったが、思い出したからこそあの忘却は異常なものだとわかった。

 あんな出来事を忘れるのも、そして急に思い出すのもおかしいのだ。

 

 由良はこの現象をざっくりと「怪人のせい」と捉えてあやめを探していたようだが、ゲーム怪人にそんな能力があるとは思えない。そもそも忘却はゲーム怪人が出てくる前に起こったものであった。金庫内に潜伏していたマネー怪人の方が例外なのだ。その怪人もすぐに姿を現したし、基本的に怪人は「表に出て破壊活動をする」以外の行動バリエーションが無い。

 

 どちらかといえば、あの能力は情報災害(インフォハザード)によるものだとした方がまだ納得感はあった。ただ、この場合でも疑問は残る。

 一つ、何故この現象に由良は無自覚的なのか。

 一つ、由良が変身していないときに何故魔法が発動したのか。

 

 怪人だとしても魔法だとしても変なのだ。この時点であやめの頭はパンクした。パンクしたなりに過去の怪人や魔法について調べたりしたが未だ進展はない。由良に相談することも考えたが……さすがに「私が由良ちゃんのこと忘れたのって由良ちゃんのせいじゃない?」とは聞けなかった。

 

 魔法少女の先輩も、友達もいる。だけれども、記憶を失った自分をわざわざ追いかけてくれたのも、怪人と戦う時即座に盾役を引き受けてくれたのも彼女だ。

 あやめはまだ、由良の恩に報えていない気がした。だからもし何か異常なことが彼女の身の回りで起こっているのであれば一人の後輩として、あるいは一人の友人としてなんとかしてやりたかった。

 

「あった。ここが、308会議室……」

 

 次善の策が、これである。わからないものは、他の魔法少女に相談してしまえばいい。

 そうしてスタッフに取り次いでもらい、予約を取ってもらったのがこの部屋であった。

 

 扉を開けると、そこには一人の少女がいた。

 茶色いチェックのロングコートに、同色のキャップを深くかぶっている。片手にはルーペと、まさしく"探偵"のような恰好をした少女だった。

 サイズがあってないらしく、明らかにぶかぶかだったが。

 

「Hello, Ms.Hydrangea! I am Detective, nice to meet you!」

 

 入った途端彼女はあやめにむかってワッと飛び出してきた。黒髪黒目だが顔つきは欧風のそれだ。

 魔法少女《衣装型(フォーム)名探偵(ディテクティブ)》は、アメリカ人。日系のハーフであった。あやめでも顔を知っているような上位勢(ランカー)の魔法少女だ。そんな彼女が、なぜここに……。

 

「ナ、ナイストゥーミーチュー……」

「心配しなくても大丈夫デス! 私、日本語も話せますカラ!」

 

 そう言って手を握られて振り回される。

 

「相談事があるそうデスネ! だから私、アメリカからはるばる日本まで来まシタ!」

「わざわざ……?」

 

 確かに相談にあたって特に指名はしていないのだが、それにしたって海外の魔法少女が来るのは不自然すぎる。

 そのような怪訝な表情を見て、名探偵(ディテクティブ)は笑みを深めた。

 

「私の魔法をご存知デスカ? ピーンと来たのデス! 【名推理】デネ!」

 

 バッと指で天をさす名探偵(ディテクティブ)

 魔法【名推理】──詳細はあやめにはわからないが、その力で数々の怪人の弱点を看破してきたとは聞く。それによってここでの相談事と、自分へのメリットを感知してやってきたとのことだった。

 

「【名推理】は手段を提示シマス! あなたの相談ごとに乗ることが一番の近道なのデスヨ!」

「そ、そうなんですか……」

 

 普段は由良に対してぐいぐいいくタイプのあやめだが、名探偵(ディテクティブ)のテンションに押されてしまう。

 

「それで、先輩魔法少女としてなんでも答えマスヨ!」

「実は──」

 

 あやめは話した。謎の忘却現象のこと。そして《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》の謎について。

 一通り話を聞き終えた名探偵(ディテクティブ)は、先ほどまでとは打って変わって真剣な表情で返答を始めた。

 

「まず、英語で言う情報災害……"infohazard"にはいくつかの意味がありマス。実は、あやめさんの言う『知り過ぎたから死んでもらう』もinfohazardの一種なのデスヨ」

「あ、そうなんですか」

「他には、『危険な技術』や『危険なアイデア』がinfohazardになりマス。兵器の設計図や、『この科学現象で人間を効率的に殺せる』といったものが相当シマスネ」

「なるほど……?」

「ただ、《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》の魔法とは関わりがなさそうデス」

 

 これまでにあやめは【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】や【陶酔的な白檀(ザ・サンダルウッド)】などの魔法を由良に聞いており、それを名探偵(ディテクティブ)に伝えていた。

 

「《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》は恐らく……音や匂いといった五感情報に特殊な効果を乗せているのデショウ。情報が直接影響を与える、そういう意味での情報災害(インフォハザード)なのかと」

「じゃあ、忘却効果は……」

「どうなんデショウネ。状況的には《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》はクロですが、しかしこれら魔法とも振る舞いが異なりマス」

 

 そう言いながら名探偵(ディテクティブ)はさらさらと何かを手帳に書き込んでいく。

 

「変身せずに魔法は使えませんし、変身には妖精の許可が必要デス。変身後もしばらくは魔法が残るとはいえ……数日は効きすぎデスネ」

「そうなんですよ」

 

 そこがネックだった。

 

「私の方でも調べてみますが……お力になれず、すみまセン。情報を探すなら、ここで開催される研修に顔を出すのがいいデショウ」

「あ、いえいえ」

 

 あやめはそう返したものの、しかし落胆はぬぐえなかった。結局、上位勢(ランカー)も魔法が使えなければただの少女である。そう簡単に画期的な答えは出ない、と暗に示されているようであった。

 

「ちなみに、名探偵(ディテクティブ)さんの魔法は……」

『緊急性が無い』

「わ……」

 

 にゅ、と名探偵(ディテクティブ)の肩から小さな毛玉が這い出てきた。十中八九名探偵(ディテクティブ)の妖精なのだが、正直大きなゴミにしか見えない。

 

「私の妖精の手掛かり(クルー)デース。再三言ってますが、肩に乗るのはやめてほしいデース」

『現状、貴様の記憶が少し消えただけでそれ以外に被害はない。今回【名推理】を使って日本に向かったのは完全な別件だ。したがって、貴様のために魔法使用を許可することはできない』

 

 通常、怪人以外で魔法を許可することはない。この妖精の対応は当然のように思えた。

 

「いや、さすがにそれは節穴デショ」

『明確な関連性が無い以上、許可はできない。神眼(トゥルース)の報告で何かあれば変わるかもしれないがな』

「妖精は頭が固いデスネー」

『なんとでも言え』

 

 名探偵(ディテクティブ)手掛かり(クルー)の仲はお世辞にも良いとは言えなさそうであった。何について話しているのかは、わからなかったが。

 

「ま、そうデスネ。私から言えることは……その子から目を離さないことデス。仮に忘却現象が彼女の魔法だったとして、あなたは思い出せてイル。もし仮に忘却効果が他に及んでも、あなただけは覚えてられるかもシレナイ」

「私が……」

「その子が本当に全てから忘れ去られたとき、あなただけが彼女を見つけられるんデスヨ」

 

 私、だけが。その言葉はずしりとあやめの心に沈み込んだ。大人びているけども、どこか危ういところのある由良。彼女を見つけられるのは、私だけ……。

 もうこれ以上は何も出てこなさそうということで相談会はお開きになった。忘却についてはよくわからないが、情報災害(インフォハザード)の魔法の解釈については聞けた。

 名探偵(ディテクティブ)にお礼を言って解散しようとしたとき、ふと彼女は気になることを言った。

 

「あ、言い忘れましたが本人に詰めるのは最終手段デスヨー! 本人が自覚するのをトリガーに、もっと悪いことが起こるかもしれませんカラ!」

 

 

「いい話を聞けマシタ! 神眼(トゥルース)への土産にできマスネ」

『それで、どうなのだ? 無意味なメモを何個もしていたが……』

「まだ様子見デスネ。『石橋をたたいて渡る』という故事成語が日本にありマスネ? そのようなものデス」

 

神眼(トゥルース)の言う『正体不明の魔法少女』……十中八九彼女デス。さて、どうやって接触しまショウカ」

 

 

 朝9時に大東塔駅で由良と合流し、来京線に揺られること15分。そこから徒歩5分の所に海水浴場がある。

 名探偵(ディテクティブ)の言うことは気になるが、まあやることは当初の予定と変わらない。この奇妙な先輩を、定期的に遊びに連れまわせばいいわけだ。

 

 それはそれとして、今は海を楽しもう。着くや否や更衣室に入り、水着に着替える。実は、あやめは由良の水着を密かに楽しみにしていた。

 由良はファッションなどには無頓着らしく、制服姿しか見たことがない。おそらく私服にバリエーションは無いのだろう。だからあえて2人一緒には水着を買わず、各々で用意することにした。ファッションに興味のなさそうな彼女が、どんな水着を選ぶか気になったから。

 ただ、由良は同性から見ても結構かわいいとあやめは思う。その顔と体型なら多少変な水着でも映えるというものだ。何故パフェばっかり食べてて太らないのかは謎だったが。

 

 ちょっとからかってやろうと思ったのだ。それで写真を撮ってみたりするのも良い。

 しかし、彼女は由良のことを過大評価していた。というか、由良があやめの予想の遥か斜め下を行った。

 

「ス……スク水!?」




評価と感想のほどよろしくお願いします。


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海へ行こう! その2

Q.名探偵、別に推理とかしてなくね?
A.だって……変身してない時はただの女の子だから……!

Q.情報災害に対しての推測が飛躍しているのでは?
A.【目立ちたがりの鐘】や【陶酔的な白檀】についての情報をあやめは話しています(後日追記)。これらはあやめに対して由良が喋りました。これらの共通点は五感に訴えて特殊な効果を発現させることで、【あっちむいてホイ】も指先の視覚情報を利用したものだとあやめと名探偵は解釈しています。そうすれば現出している全ての魔法を「情報に特殊な効果を持たせるもの」として説明できます。情報災害というネーミングから「情報でなんかするんだろう」と推測すればだいたいこんな結論になるんじゃないかなと思います。

そういう感じです。もうちょっといい感じの推論があれば修正するかもしれません。
感想はめっちゃ読んでます。本当にいつもありがとうございます。めっちゃ励みになります。


 TSと聞いて思い浮かべることはいろいろある。戸籍はどうするのか、家族からの扱いはどう変わるのか。服は? 生理は? 異性の人間関係は? 一部はTS転生した私には関係ないが。

 その問題のうち一つが……着替えである。

 

 いやさあ! 体育の着替えとかなら不特定多数の生徒の一人として縮こまってやればいいんだけどさあ!

 

「ねえ、由良ちゃんはどんな水着持ってきたの?」

 

 こういうのは聞いてないんだよねえ!

 

 他にも性欲はどうだの性的対象はどうだのって話があるのだが、ここで私は一つの疑問を投げかけたい。

 あなたの心の性別はなんですか、と。

 

 統計的には多くの人が「体は男(女)性、心も男(女)性、恋愛対象は女(男)性」となるだろう。もちろん他にもいろいろなパターンはあるけども、統計的にね。

 さてこのマジョリティの皆さんにお聞きしたいのだが、どうしてあなたの心が男(女)性だと断言できるのか?

 

 だって、内心のことなんか誰とも比較できない。あなたが「男性の心」と思っているそれは、どちらかといえば女性に近いものかもしれない。でもそれは確認することはできない。なぜなら、内なる心のことだから。

 そもそも、心の性別とは何ぞや? ということである。体の性別は骨格や性器の付き方でわかるけれども、心の性別なんてどうやって判断すればいいのか。

 

 私にはわからない。生前は体が男性の異性愛者であった私には、「自分の心は男性であった」と断言することはできない。せいぜい「心と体の性に違和感を抱かず生きておりました」としか言えない。

 

 まあ、つまり。TSはしたけども精神は特に変わらず、しかし女の体に順応してしまったがために。私は今の「心の性別」については全くわからないのである。

 

 性的対象も……正直、よくわからない。特段男性が好きになったわけでもないのだが。こういう着替えとかでいろんな女性の下着姿とかは見てしまっているがもう慣れている。「そういう時になってみないとわからない」というのがある日の結論であった。

 

 だから、そう。話はだいぶ逸れたので戻すと、年頃の女の子に着替えを見られるのはめちゃめちゃ恥ずかしいのです。

 バーっと手早く済ませようと鞄から水着を取り出すと、そこで変な空気が流れた。具体的には、あやめちゃんが固まった。

 

「ゆ、由良ちゃん。それ……何?」

「水着だけど」

「学校の水着じゃん!」

「そうだけど」

 

 別に前世日本のとそう変わりはない、ワンピースタイプのやつである。

 え、なに。ダメだったん?

 

「いや、いやいや。いやいやいや! 私、言ったよね! 『水着は各自で用意してくること』って!」

「うん。これしかなかったし、ちょうどいいなって思って」

「ちっ……がーーーーーう!」

 

 あやめちゃんが爆発した。よくわからないが、違ったらしい。

 一通り爆発し終わると、あやめちゃんは手をぶらんとたれ下げたあとにこちらの肩を掴んできた。眼が怖い。

 

「……わかった。わかったよ。由良ちゃんにはおしゃれの"お"の字もないってことを。今日も制服だったしね」

「まあ、そうだねえ」

「近日中に、服を買いに行きます」

「え」

「連れまわします。死ぬほど試着させます。拒否権はありません」

「ええ~……」

 

 あやめちゃんと行くならまあいいが、とりあえず着せ替え人形にされまくるのは確定のようであった。

 

「大丈夫大丈夫! 由良ちゃんなら何でも似合うって!」

 

 何の根拠もなくそう言われると少し怖いが、楽しみにしておこう。今は海だ。

 着替え? 羞恥に耐えながら、なんとか……。

 

 

「海だーーーーーー!」

「海だねえ」

 

 照り付ける太陽。陽光を反射し輝く砂浜と海面。泡立つ波音。つんとくる潮の匂い。

 まぎれもない海だった。

 え……あやめちゃんの水着? なんかフリル?……のついたかわいらしいビキニだったよ。紫や青が基調なのは紫陽花になぞらえているのだろうか。最近の中学生って結構派手なんだねえ。

 

 しかし、もう少し混んでるかと思ったが意外と空いているな。平日なのが良かったのかもしれない。

 海の家もそこまで乱立はしておらず、圧迫感はない。確かにここなら思う存分遊べそうだ。

 

 あやめちゃんが。

 

 レンタルしてきたパラソルを立て、チェアを掛ける。座ろうとしたところで手を引かれた。

 

「いや、由良ちゃんも来るんだよ」

「えっ」

「『えっ』じゃなくない!?」

 

 いやこのレベルの日差しはおじさんにはきついんだって。肉体はおじさんでなくとも、精神的ダメージは変わらず喰らうのだ。日焼け止めは塗ったけども。

 そういう私の抵抗などお構いなしにぐいぐい引っ張られる。あっこの子普通に力強い。勝てない。

 

 サンダル越しでも熱がわかる砂浜ゾーンを何とか走って渡り、波打ち際にまで至る。

 

「せっかくの海水浴なんだから、文字通り海水ぐらいは触らなきゃ!」

「メチャクチャだ……ぎょえっ」

 

 べしゃりと冷たい何かがかけられる。海水だ。あやめちゃんが海面から掬ってかけたのだ。

 

「ぎょえって……なんか由良ちゃんって、たまにおじさんくさくならない?」

 

 マジの禁句を言ったぞこいつ! 生かしちゃおけねえ!

 

「仕返しじゃあ!」

「あはっ!」

 

 海水をかけあうだけの謎の遊びが、子供特有の謎テンションでしばらく続いた。

 

「疲れた」

「由良ちゃんほんとに体力尽きるの早いねー」

 

 うるさいこちとらインドア派じゃい。チェアに掛けてブルーハワイとかいう謎の味の清涼飲料を喉に通す。

 これ本当に何の味なんだろうね。甘いということしかわからん。

 

「昼ごはん……にはまだ早いか」

「結構早く来たからまだまだ遊べるよ!」

 

 私は体力不足で死ぬけど。

 まあ、体力を使わない遊びなら何個か考えてきている。鞄の中に道具があったはずだ。

 今回の鞄はいつものではなく防潮のちゃんとしたやつである。(ホーム)も中にいるのでそういう機能は必須であった。ちなみに蝸牛(シェル)はずっとあやめちゃんの肩に引っ付いてるが、他の人には髪飾りだのイヤリングだのに見えるので問題はない。

 鞄を漁って取り出したのはバケツと小さいスコップ。

 

「作るぞ……砂城……!」

「えぇ……」

 

 海といえばなんぞや、と考えて思い至ったのがこれぐらいであった。砂遊びはしたことあるが、海辺で巨大造形物を作ったためしはない。

 せっかくここには無尽蔵ともいえる砂とスペースがある。いくらでもでかいのを作れるはずだ。

 

「ちょっとちょっと! 私たちもう中学生だよ! さすがに恥ずかしいって」

「そんなに人いないでしょ」

「いやでもほら、なんか見られてるって!」

 

 中学生なんて小学生とそんなに変わらないんだから好きに遊べばいいのだ。

 

「それに砂って崩れちゃうからそんなに大きいの作れないんじゃない?」

「まあまあ、見てなって」

 

 砂場ではそうだろうな。だがここには海水がある。

 ちょっとしたコツは調べてきたのだ。スコップで砂を掘り出し、バケツの中に入れる。そしてその上から海水を汲み、よく混ぜ合わせる。

 こうすることで崩れにくい砂ができあがるのだ。半分くらい泥だが。

 

「そして、これを地上に移してうまく削れば……」

『おぉ、俺じゃねえか!』

 

 多少歪ではあるが、蝸牛(シェル)の姿を彫ることができた。カタツムリの形状は結構難しいが、公園で練習した甲斐があったな。あのときは幼稚園児とその親御さんに滅茶苦茶見られたけども、完成さえすれば一躍ヒーローであった。

 

「どう? 思ったよりやれるでしょ」

「た、確かに」

 

 はい、とあやめちゃんにもう一つのバケツとスコップを手渡す。

 

「周りなんか別にいいでしょ、学校の同級生がいるわけでもないし。それより、私と一緒に城を作るのは嫌?」

「それはちょっとずるいなぁ……いいよ、どでかいの作ろう」

 

 勝った。これでしばらくは体力の温存に努めることができる。あやめちゃんの希望を通したくないわけではないんだが、それをやると私の肉体が保たないんだ。

 だから適宜私の希望を通させて肉体の休憩を図る。完璧な作戦であった。

 

 完璧なはずだった。

 外部からの干渉さえ、考慮しなければ。

 

「え、すごいすごい! このカタツムリって君が作ったの!?」

「なになに……ほんとだ、殻までちゃんとしてる」

 

 背後から黄色い声が聞こえる。後ろをおそるおそる振り向けば、そこには私達より年上の──大体高校生ぐらいか──女の子4人が話しかけて来ていた。

 逆ナンなのか……? いや、それよりも異常なのは。

 

 この4人のうち、一番前に立っている人の頭が思いっきりサメに食われていることだ。

 

「ねえ、せっかくだしさ! お姉さんたちとビーチバレーでもしない?」

 

 絶対に。絶対に、そんなことを話してる場合ではないだろ。



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海へ行こう! その3

感想などの話をしようとすると「感想いつも読んでます!」としか言えないんですけど、評価・誤字報告・ブクマ・しおり・ここすき……全部嬉しいです。
本当にありがとうございます。


 私たちに海で逆ナン(?)を仕掛けてきた高校生ぐらいの女の子4人。

 その先頭の子の頭には、巨大なサメがガブリと食らいついていた。いや、ほんとうにどうなってんのこれ。

 

「せっかくだしお姉さんたちと一緒にビーチバレーしてみな~い?」

「さ、さ、サメが……」

 

 ビーチバレーどころではない。しかし、この4人は異常事態にもかかわらず平然としている。それどころか、サメに食われている人は混乱しているあやめちゃんの方を見る──頭の動きから多分、見た気がするが──見ると、両手でサメを持ち上げてそのまま小脇に抱えた。どうやら大きさは可変らしく、抱えられるときは小さくなるようだ。

 

()()()()見えるんだねぇ、この子は私の妖精の(アギト)!」

「て、ことは……」

「そう。魔法少女《衣装型(フォーム)喰咬鮫(シャーク)》とは私のことさ!」

「あ、あの喰咬鮫(シャーク)さん……?」

 

 突然の宣言に少し後ずさる。そうか、魔法少女なのか。

 腰にまでかかるほどの長い髪が映える、モデル体型の美少女。それが彼女だった。

 《衣装型(フォーム)喰咬鮫(シャーク)》といえば、怪人撃墜数ランキングでも結構上の方じゃなかったか? 100位だか1000位以内にはいた気がする。世界内でこれだから、国内ではもっと上のはずだ。

 知ってはいたが、こんな愉快な人間とは聞いてない。

 喰咬鮫(シャーク)は妖精鮫の(アギト)をこちらに向かせるように抱えている。

 

「ほら、(アギト)もちゃんと挨拶して!」

『女……2人……旨そう……』

「……」

 

 彼女はしばし沈黙した後、そのまま(アギト)を砂浜に投げ捨てた。

 

「埋めるよ」

『嘘、嘘! オレサマ、(アギト)! よろしくな魔法少女!』

「ああ、はい……」

「よ、よろしく……」

 

 脅されたとたんにおどけたような動きで場を和ませようとしているが、さすがにもう遅いと思う。

 

「……まあこのクソ妖精はおいといて、その肩のカタツムリちゃんも妖精でしょ? 魔法少女(同業)だと思って声かけたのよ」

「なるほど」

 

 私たちに(アギト)がそのまま見えるように、彼女にも蝸牛(シェル)がそのまま見えたわけか。

 

「と思ったらそっちのスク水の子も見えてるみたいだし、珍しいこともあるもんだねえ」

「ちなみに私たちは魔法少女じゃないから何も見えませーん!」

「いぇーい」

 

 この4人の中では喰咬鮫(シャーク)だけが魔法少女であるらしい。

 

「そういうわけでさ。ビーチバレーって4人でもできるんだけどガヤとか審判も欲しくなっちゃったから一緒にやってくれる人を探してるのよ。やる?」

「やりますやります!」

 

 あやめちゃんによる文字通りの二つ返事だった。

 えー。私(やると体力的に死ぬから)やりたくなーい。

 

「大丈夫だって! 6人だからローテーションになるだろうし、あの喰咬鮫(シャーク)さんと話せるのはなかなかないんだって、ね?」

 

 むむ……。どうやら喰咬鮫(シャーク)に対して何らかの憧れがあるらしい。

 まあ、別に砂遊びは後でもできるし。折角あやめちゃんに希望があるならそれでいいか。

 

 

 結論:当然死んだ。

 

「コヒュー、カヒュー、クヒュー……」

「……君、本当に体力無いんだね」

『オレサマもさすがにこれは予想外』

 

 最初はいけたよ? ローテーションだから休む機会もあったさ。

 でも、それを続けてるとだんだんと体力が癒えなくなってくるんだよ。わかるか? わからないか……。

 それで、私の休憩になぜか喰咬鮫(シャーク)が付き添ってくれていた。あやめちゃんと他のメンバーは今も元気にビーチバレーをやっている。

 

 よく考えたら水着のJKと二人きりだな。別の意味でドキドキしてきた。なんか女子高生にしてはすごい露出の高い水着な気がするんだが、こっちではこういうもんなんだろうか。

 

「でも、最初のころに比べたらだいぶサーブも上手くなったじゃん。教えた甲斐があったよ」

「あー……めっちゃ失敗してすみません」

「いーよいーよ別に。競技じゃないしさ、楽しめるのが一番だって」

 

 バレーのサーブって難しいね。前世の体育以来だったからすっかり忘れてたよ。ただ、あまりの失敗率を目撃した喰咬鮫(シャーク)にやり方やコツを教わってからはそれなりにそれなりなサーブができるようにはなった。

 

 横たわる私を、喰咬鮫(シャーク)がのぞき込む。なんだろう、ガチ恋距離かな。

 

「君も魔法少女でしょ。衣装はなんていうの?」

「……情報災害(インフォハザード)、です」

「へぇー。面白そう。妖精は? 見えないけど」

「本ですね。潮風が苦手なので、今は鞄の中にいますけど」

私は情報災害(インフォハザード)。他の何者でもない。何者であっていいはずもない。

「なんか、私が魔法少女だって言ったとき。ほんのちょっとだけ距離取ったよね?」

「え、そうでしたっけ」

「そうだよ。それに、ビーチバレーの時もそう。私の時だけ距離が少し空いてた。目もあんまり合ってないよね。もしかして、君ってさ。他の魔法少女のこと、避けてるんじゃない?」

 

 そこに冗談の気配はなかった。

 

「ど、どうしてそこまで」

「野生の勘」

「えぇ……」

「私の勘、よく当たるの。『私を』避けてるんじゃない。『魔法少女を』避けている、そうでしょう?」

 

 喰咬鮫(シャーク)の長い髪が、揺れる。

避けてない。避けてない。なぜなら私は正当だから。正当な魔法少女。

「私としてはやっぱり仲良くしてほしいんだ。独りの魔法少女は、もしもなにかあったときに危ないから」

正当だから、そんなこと言われる謂われはない。私は、私は、何を。

「だからさ、もし何か不安なことがあれば相談してほしいんだ。あなたにとって、魔法少女が"安心できる人たち"でありたいの」

私は今、何を言っているんだろう。

「君が良ければ、教えてほしいんだ。どうして魔法少女を避けるのか」

 

 あれ。

 

 私って、どうして魔法少女が苦手なんだっけ。

 

 同年代の女子とは少し人見知りになるぐらいで普通に話せるのに。なんで魔法少女は嫌なんだろう。

 どうしてあやめちゃんに魔法少女ってばれたとき、ひどく狼狽したんだろう。

 

 痒い。汗が頭を伝っている。

 何もわからなかった。何も思い出せなかった。

 

 なのに、口からは奇妙な言葉が飛び出してきた。

 

「ち、違います。私は、私は生きてるんです」

「……?」

「奪ってなんかないんです。私は私であって、私ではない何者かではないんです」

「……どうしたの。ちょっと、落ち着いて」

「殺してない! 取ってない! 追い出してないんです! だから、だから──」

 

 私の無意味な叫びは喰咬鮫(シャーク)を困惑に陥れ、しかし別の巨大な声にかき消された。

 

「落ちこぼれは、どこだああああああああああ!!!」

 

 凄まじい波の音と、振動。それが海の方面から発せられたと知ったのは、私が我に返った後だった。

 だが、喰咬鮫(シャーク)の反応は素早かった。いち早く"それ"の方向を察知し、友人たちへ避難を勧告する。

 

「照たちは逃げて!」

「……絶対に生きて帰ってきてよ、海巳」

「任せなさい!」

 

 今まで何度かあったのだろう、適切な避難であった。私も気力で起き上がり、"それ"と対峙する。

 海に見えるのは巨大な老人の頭。それが海面から顔を出しており、その周囲では歪な触手が何本も渦巻いている。海坊主という妖怪が近いか。

 間違いない──怪人だ。だが、言動が少し変だ。通常、怪人は己の欲望のようなものを叫ぶ。それが本当のことかはさておいて、だいたいは「○○は良い」「○○したい」といった形になる。

 しかしこの怪人の言い方は違和感がある。まるで、"落ちこぼれ"と称される特定の個人がいるような。

 

「今すぐ! すぐさま寄こせええええええ」

 

 だが、そんなことにかまっている場合ではない。あやめちゃんと目で確認しあい、各人の変身呪文を口にする。

 

「文字の禍いが降りかかる──」

「五月雨あつめ 穿てよ悪を──」

「ねえ、ここはちょっと私に任せてくれない?」

 

 呪文が止まる。気づけば、喰咬鮫(シャーク)はいつの間にか私達より前に歩を進めていた。

 

「変身はしていいんだけどさ。危ないし。でもさ、これでも私ってランキング42位だよ。あんな怪人なんかちょちょいのちょいよ。だから君たちは避難誘導を頼みたいの」

 

 ぎらりと目が細まる。その表情は鮫の──食う側の、それだ。

 

「少しは先輩の威厳、見せつけてもいいじゃない? ……(アギト)!」

『いつでもいいぜぇ!』

 

 そう言い終わると(アギト)が砂浜から飛び上がり、喰咬鮫(シャーク)の頭上を越える。

 

「尽くを喰らえ! 《衣装型(フォーム)喰咬鮫(シャーク)》!」

 

 一瞬だった。一瞬で喰咬鮫(シャーク)は魔力を鎧にして身に纏い、変身を……した。したはずだ。

 頭と四肢にサメモチーフの華麗な装飾が施されてる以外、何もされてないが。ていうか水着に至ってはそのままだし、さらに言えば微妙に露出が増えてる気がするし!

 

「なんだ貴様は! すっこんでろおおおお!」

「【生命潮流(ライフサークル)】!」

 

 海坊主怪人の周りを渦が巻く。よく見ると、この渦は海流だけでなく大小さまざまな魚類によっても構成されていることがわかる。

 四方八方、あらゆる方向から種を問わず魚介類が集っている。渦は時間が経つにつれ規模と勢いを増しつつも、その半径を徐々に縮めていく。

 ──まるで、内側にいる怪人を締め付けるように。

 

 そして魚は飛び上がり、怪人の触手や頭部に食らいつき、あるいは肉の一部を嚙み千切る。

 怪人のものであろう、鮮血が舞う。

 周囲の一般人を遠ざけながらも、私とあやめちゃんはそれを見ていた。

 

「あああああああ! 鬱陶しい!」

 

 だが、怪人も負けてはいない。傷つきながらもじりじりと触手で魚の壁を押し返す。

 

「この程度の攻撃で屈するか! さっさと寄こせええええ」

 

 いや、喰咬鮫(シャーク)は避難のための妨害をしていただけだ。下手に高威力の攻撃を行うと手痛い反撃がこちらに向かってくる恐れがある。それを避けるため、拘束力の高い魔法を使ったのだろう。そのおかげで周囲の砂浜から十分に一般人を避難させられた。

 現に、彼女は今凄まじいほどの魔力を練り上げているではないか。

 

 そして、それは放たれる。

 無数のサメが怪人目掛けて……降ってくる。

 

「……【降鮫前線(レイニーシャーク)】」

「なああああああああああ!?」

 

 落下というより雨。雨というより豪雨。豪雨というより、滝。

 

 サメという巨大質量が超高度から降り続けてくることに怪人は耐えられない。にもかかわらずサメの方は落下を気にする様子もなく、重力に潰される気配もなく、追加攻撃を牙によって加える余裕まで見せている。もはや、怪人などサメに完全に埋もれて見えない。

 ここまでして、喰咬鮫(シャーク)はなおも攻撃の手を緩めなかった。

 

「そしてトドメは、【母なる鮫(マザー・シャーク)】」

 

 海が、うねる。2つの波が怪人がいるはずであろう地点を挟むように高く高く昇り、やがてそれらが超巨大なサメの顎を象っていく。高さにしておおよそ20mはある。まるで、怪人を食べようと迫るかのようだった。

 

「……あ? おい、嘘だろ」

「海に、還りなさい」

 

 海の顎が、怪人を間に一つになる。

 ごきゅりと嫌な音が響いたかと思えば、先ほどまでの勢いが嘘だったかのように海の顎が崩れる。波が引いていき、魚類もやがて散り散りになっていく。

 空からあれだけ降っていたはずのサメも消え、そこには怪人だったと思しき黒い汚れだけが漂っていた。

 

 

「まだ昼なんだけど……これからどうする」

「せっかく時間余ったし、ご飯食べたら由良ちゃんの服見に行かない?」

「うっ」

 

 結局、あの海水浴場は被害調査や怪人解析などの都合で行政に追い出されてしまった。

 しょうがない。よくあることだ。私たちはすぐに解放されたが、喰咬鮫(シャーク)はこの怪人関連で何か手続きなどがあるらしく残念そうに魔法少女棟に向かっていった。

 あやめちゃんはもう少し喰咬鮫(シャーク)と話したそうにしていたが、「でも研修にも講師役で出てくれるって言ってたし、そっちで話せばいいから」と言っていた。それは他の魔法少女と競合しそうだが、大丈夫なのだろうか。

 

 そう、研修。そもそも魔法少女は基本的に戦闘以外では変身できないので魔法が使えない。だから戦闘練習とかはできずぶっつけ本番でやるしかないのだが、怪人の情報などの座学系の講習ならこれまでも何度かあった。魔法少女登録時に受けさせられるものと年1でやる定期講習を除けば、概ね任意のものである。

 しかし今回の研修では八島区の魔法少女はほぼ強制。これは初めてのことだった。何回かに分けて行われるが、そのうちのどれかには参加しないとならない。

 理由は「最近増加している八島区への怪人襲撃対策」、か。確かに随分と多くなっている。それで今一度魔法少女側の連携を強化しようという魂胆なのだろう。

 

──もしかして、君ってさ。他の魔法少女のこと、避けてるんじゃない?

 

 喰咬鮫(シャーク)に言われた言葉が頭をよぎる。

 私は、避けているのか。研修のことを考えれば気が重くなる。

 

「ねえ……」

「何?」

「いや、なんでもない。何食べたい?」

「パスタ! ここにいい店があるって聞いたの!」

 

 いったい何をあやめちゃんに言おうとしたのかは、自分でもわからなかった。



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八島区魔法少女による怪人対策研修 その1

 私の目の前に、私がいた。

 前世のものではない。ここ十数年付き合ってきた、今世(わたし)の体だ。

 

 それ以外は何もない真っ黒い空間で、"私"は異常な出で立ちをしていた。

 

 まず挙げられるのは過剰な装飾だろうか。緑色を基調として、鳥の羽をモチーフにしたドレスのようなかわいらしい衣装。ところどころに鈴のデザインのアクセサリーもある。

 まるで、魔法少女のような。私の情報災害(インフォハザード)のものとは、だいぶ様相が異なっていたが。

 

 そして第二に、"私"は泣いていた。

 

「ねえ」

 

 泣いているけれども、その目は確かに私を見据えていた。そこにあるのは悲しみではなく、強い恨みの感情だった。

 

「どうして?」

 

 "私"は歩いていた。こちらに向かって、少しずつ。

 対して私は逃げようとしたが、なぜか足が動かなかった。いや動いてはいたが、しかし距離は離れなかった。

 

「返してよ、私を」

「何を……」

「何を、だと!?」

 

 肩を掴まれる。

 

「アナタさえいなければ! 私は! 普通に生きてこられた!」

やめて。言わないで。

「私は宇加部 由良であって、決して█████なんかではないの。そこにアナタの魂が入る余地など、ありはしない」

 

 "私"の声に力が籠っていく。私は"私"の悲痛な叫びを聞くことしかできない。

 涙が頬を伝う。

 

「異界の、余所者の分際で! 私の人生を奪うな! 奪うなああああ!」

 

 そうして、私の体はどろりと溶け出してこの真っ黒い空間の一部となった。

 

 "私"だけが残った。その顔には、先ほどまでの激しい形相の欠片もない。何の感情も映していない虚ろだった。

 

 

 何か、ひどい悪夢を見た気がする。寝起き早々で最悪な気分になった私とは裏腹に、朝日は優しく降り注いでいる。寝坊は……してないな。

 汗が出ている。じっとりとしていてシャツが気持ち悪い。一旦シャワーを浴びた方がいいだろう。

 

『続いてのニュースです。怪人に有効な損傷を与える合金の製法が怪人対策機関によって公開され、注目を集めています。報告レポートによれば、この金属は……』

 

 母と一緒に朝食のトーストを食べ、シャワーを浴びる旨を伝える。時間にはまだまだ余裕があった。

 

 悪夢の内容は思い出せなかった。ここ最近の夢の中で、一番ひどかった気はするのだが。

 いや、過ぎたことは良くて。今日は研修の日である。とうとう来てしまった。研修自体はいいのだが、魔法少女が多いと考えると気分は重くなる。

 

 全身の汗を洗い流しながら考える。私は確かに転生者だしTSおじさんだがそのことを誰かにカミングアウトしたことはない。初見で情報を抜いてきた(ホーム)は別にして、ね。

 カミングアウトしないのはまあ、する理由が特にないからである。現状、このまま順応できているのにわざわざやって反感を買う理由が無い。受け入れてくれるかもしれないが、受け入れてくれないかもしれないわけで。そのあたりどうなるか予測できない以上、リスクを取る必要が無いのだ。

 

 だから別に、このままでいいと思っていた。

 「魔法少女を避けている」という喰咬鮫(シャーク)の言葉を思い出す。私の衣装型である情報災害(インフォハザード)は、他の魔法少女との共闘が難しい。

 だが、それは平時にも彼女らを避ける理由にはならないのだ。

 

 やはりカミングアウトなのだろうか。それにしては、あのとき口を突いて出てきた言葉は少し意味が違うように思えたが。

 

 私が一体何を望んでいるのか、それは私が一番知りたかった。

 

 

 というわけで、魔法少女棟である。気は進まないが、義務なのでしょうがない。ただ講義をやるだけならいいのだが、実はそうでもないのだ。それについては後で話すが。

 棟内に入って自分と妖精の魔力確認を終えると、「研修はこちら」という無味な看板が目に入る。あーはいここねここね。会議室みたいな場所だ。ホワイトボードとかスクリーンとかがある。

 

 部屋内部にはいくらかの知っている魔法少女もいた。十数人といったところか。全員、この魔法少女棟で見かけた人だ。見かけただけで話したことは、ないが。

 そしてその中には、あやめちゃんもいた。

 

「おはよう」

「やっほー、由良ちゃん。やっぱりいいじゃん、その服。似合ってるよ」

 

 着てきたのはつい先日に海に行ったときにあやめちゃんと一緒に選んだやつだった。

 オーバーサイズTシャツ、というらしいが。やたら大きくてぶかぶかで短パンが隠れてしまうシャツだ。短パンでこれはさすがに恥ずかしいのだが、「こういう機会でもないと由良ちゃんって絶対着なさそうじゃん」とごり押されて試着させられ、やたら好評を受けて買ってしまったのだ。

 

「制服じゃない由良ちゃんって新鮮だな~」

「……やっぱりこれ、恥ずかしいんだけど」

「え~? かわいいじゃん」

 

 本当に純粋にどこが嫌なのか、という表情をしている。うーん……普段は嫌だが、こんなに喜んでくれるなら遊ぶ時ぐらいは着てってもいいかもしれない。

 

「あっ、紫陽花(ハイドレンジア)だ。おはよ~」

雪景色(スノウドロップ)ちゃん!」

 

 そうやって適当に駄弁っていると、時間が過ぎるのはあっという間で。

 

「時間だ。そろそろ研修を始める」

 

 2人の少女が部屋に入ってくる。1人は海で会った喰咬鮫(シャーク)だ。長い髪をなびかせながら勢いよく歩いてくる。うわ……へそ出しルックって本当にあるんだ。

 そしてもう1人はさすがに私でも知っている。怪人撃墜数ランキング第10位、神眼(トゥルース)その人で間違いない。

 確かに都周辺を拠点にしているとは聞いたが、まさかここの研修にも来るとは。

 

「忙しいところ、研修に参加してくれて感謝する。この研修の目的は──」

神眼(トゥルース)様~! こっち向いて~!」

「静かに」

「はい」

 

 独り勢いよく立ち上がった少女がいたが、それはすぐに制された。さっきあやめちゃんと仲良さげに挨拶をしていた……雪景色(スノウドロップ)といったか。随分熱心なファンのようだった。神眼(トゥルース)の対応も慣れており、何回も使われた様式美のようにも感じる。

 

「当研修ではこの私、神眼(トゥルース)喰咬鮫(シャーク)が講師を務める。短い間だが、よろしく頼む」

「はいはーい、喰咬鮫(シャーク)だよ。最近、八島区では結構な数の怪人が現れてるよね。なので、皆さんには気を引き締めてもらうと同時に改めて怪人や魔法について復習してもらおうと思います!」

 

 前から順に資料を渡され、神眼(トゥルース)喰咬鮫(シャーク)による講義が始まる。

 

 その内容についてはまあ、多くは語らない。魔法少女棟で調べものしていれば大体知ってる内容も多かったが、上位勢(ランカー)による避難誘導にかかる時間の推定、地形や状況に合わせた魔法の選出……私にとっても参考になる話だった。

 

 それは良いのだが。恐れていた事態は、講義が終わった後に発生した。

 

「……これで講義は終了とする。午後についてなんだが、魔法を使わずとも連携などの練習はできると思ってな。昼食を取り次第、体操服に着替え、トラックに出るように」

 

 そう。私がこの世でだいたい3番目ぐらいに苦手な、運動である。

 一時解散の旨が伝えられ、まずは各々昼食を取ろうとカフェテリアに移動する。このときに私もあやめちゃんと一緒に移動しようと思ったのだが、彼女は少しとどまって喰咬鮫(シャーク)と話したそうにしていた。

 

「あの、あの喰咬鮫(シャーク)さん! この前の"海坊主怪人"の倒し方について聞きたいことが……!」

「ああ、海の。紫陽花(ハイドレンジア)ちゃん……だったかな?」

「はい、はい!」

 

 怪人の倒し方か。確かに最初に拘束をしてから止めを刺した戦法には慣れが感じられた。実際には、他にも様々なことを考慮していただろう。講義の時よりも深い話があやめちゃんの前で展開された。

 

「ま、だいたいこんなところかな。参考になったかな?」

「はい、すごく!」

 

 どうやら憧れの人であるらしく、随分楽しそうに話している。そういえば、海の時にも話そうとしてたもんね。よかったよかった。

 

「それで、そこの隣の君は。紫陽花(ハイドレンジア)ちゃんの友達かな?」

 

 ……うん?

 

 

 えー。悲しいニュースがあります。あの大先輩ともいえる喰咬鮫(シャーク)に、私だけ忘れ去られていました。

 私ってそんな影薄かったっけ、と益体もないことを考える。

 

 そんな私は今魔法少女棟のトラックの隅で体育座り。……そう、体力切れである。

 最初は良かった。最近はあやめちゃんに連れまわされているせいで体力がついてきた気がするし、以前に喰咬鮫(シャーク)にサーブの仕方を教えてもらったのでバレーの時でも恥をかかずに済んだ。

 

 でも、ここまでだ。私を置いて先に行けという感じだったし、実際みんな先に行ってしまった結果がこれですよ。

 いやー、これはもうちょっと真剣に体力づくりしないといけないかなあ。そう思ってると、ふと隣に誰かが座ってきた。

 

「体調はどうだ? きつくなったらすぐに言いたまえよ」

「あ……ありがとうございます……!?」

 

 背筋がこわばる。体が固まる。異様なプレッシャーだ。

 神眼(トゥルース)のすべてを見透かすような瞳が、私を貫いていた。

 

情報災害(インフォハザード)……だったか。君には少し、話を聞きたいと思っていてね」

 



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八島区魔法少女による怪人対策研修 その2

「実は、昼からこうして参加者の魔法少女にはひとりひとりに聞き取りをしていてね。率直な意見を聞かせてほしくてやっているのだよ」

「は、はあ」

 

 正午過ぎ、気温が一番高くなる時間帯。その日陰。

 トラックの隅、体力切れで半ばズル休みをしている私と、迫る神眼(トゥルース)

 肉体的ダメージを受けた私が、今度は精神的ダメージを受けようとしていた。

 

「そう固くならなくても良い。別に何を言ったところで構わないさ。だって我々は対等な魔法少女なのだから」

「そうですか……」

 

 嘘すぎるだろ。どう考えてもそこら辺の木っ端魔法少女である私と怪人撃墜数上位勢(ランカー)である神眼(トゥルース)とでは天と地ほどの差があるわ。

 

「実際のところ、各種支援は私たちが恩恵を受けなければ意味が無いからね。だから本当に、現場の声は欲しいところなんだよ。私は私で少し業務が違い過ぎるからね」

 

 その声色に嘘や欺瞞は見受けられない。だけどなあ。魔法少女棟を本格的に利用しだしたのは最近だし、特に困ることがあるわけでもないんだよなあ。

 何を言うべきか迷って黙っていると、神眼(トゥルース)は話を切り替えてきた。

 

「まあ、無いなら無いでいいんだ。私に言いづらいなら棟の目安箱に意見を入れてほしい」

「特に無いですね」

「そうか。……さっき、喰咬鮫(シャーク)と話していたな?」

「そうですね」

 

 主にあやめちゃんが、だが。神眼(トゥルース)は既に部屋を出ていたはずだが、遠目にでも見ていたのだろうか。

 

「……ふむ。彼女はああ見えても後輩想いでな。つい先日知り合った魔法少女を忘れるなど考えにくいのだよ」

「そ、そうなんですか」

「随分申し訳なさそうにしていた。彼女も悪気があってやったわけではないんだ」

「いや、別に私も人の顔とかあんまり覚えられませんし。気にしてません」

 

 焦って変なフォローを入れてしまう。それぐらい私は緊張していた。

 神眼(トゥルース)はなにやら大き目のバインダーを取り出し、そこにメモを取るようなそぶりを見せる。素行調査のようなものだろうか。

 

「それで、だ」

 

 何だ。こんなどうでもいい話を通して、この人は何を調べようとしているのか?

 

「何か君の方に、心当たりはないかな?」

 

 神眼(トゥルース)の目が、私を離さない。そう思うだけの謎の抑圧感があった。

 

「心当たりというのは」

「簡単なことだ。喰咬鮫(シャーク)がただ忘れていたのでなければ、それは異常現象だ。そして異常現象といえば……怪人か、魔法少女しかない」

 

「君のその情報災害(インフォハザード)の魔法に、そういうのはないか?」

 

 心臓が鳴る。深呼吸をして自らを落ち着けようとしたが、しかしどうしようもなく思考は空回りする。

 

「あ、ありません」

「本当に、か?」

 

 【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】、【陶酔的な白檀(ザ・サンダルウッド)】、【あっちむいてホイ】、【杞人憂う空(ドゥームズデイ)】、そして(ホーム)を読ませることによる存在の完全消去……。思いつく限りの魔法に、そのような効果はないはずだ。

正確には、あれは存在消去ではない。どこにもいなくなるだけだ。

 無い。無いはずなんだ。

 

「そうか。疑うような真似をしてすまなかったな」

 

 私の決死の祈りが通じたのか、別の思惑があるのか。神眼(トゥルース)は、ここで引いてくれた。

 

「それは、良いのですが……」

「どうかこれからも、いち魔法少女として怪人を撃退するために協力してほしい。よろしく頼む」

 

 そうして彼女は私に一礼をした後、立ち上がって全員に研修の終了を告げた。すぐさま帰ろうとする子もいるしまだ遊ぼうとする子もいたものの、ひとまずはお開きの雰囲気が流れる。

 一方で私は完全に腰が抜けていた。《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》……もう二度と会いたくない。

 

 

 端的に言って、雪景色(スノウドロップ)は浮かれていた。あの憧れの神眼(トゥルース)様にまた会えるなんて夢のようだ。地区上位勢による定例会議に参加させてもらってはいるものの、実際に会えたことはほとんどない。国内トップクラスの魔法少女である神眼(トゥルース)は忙しく、会議を休むことも多いためだ。

 最初に上がり切ったテンションが暴発してしまい、失態を晒したことはしっかり反省した。が、それとこれとはまた別の話なのだ。

 ──まさか、神眼(トゥルース)様から単独で呼び出されるなんて!

 

 実は、研修前に「頼みごとがある」と直々に言われていたのだ。内容は「参加者の名前を憶えていろ」だとか「研修後にも少し付き合ってもらう」だとかよくわからないものだったが、そんなことは関係なかった。完全に二つ返事で引き受けたが、後悔はしていなかった。

 

 いやいや落ち着け、と雪景色(スノウドロップ)は自らを制した。あの時の二の舞を演じるわけにはいかない。あくまでクールに、さりげなく。頼りになる魔法少女を演じるのだ。そうして目をかけてもらい、少しずつ信頼を積み重ねてあわよくば……!

 

「何をしている。早く行くぞ、雪景色(スノウドロップ)

「ひゃ、ひゃいい! 神眼(トゥルース)様!」

「様付けはいらない」

 

 バレーの後に汗を流すため棟のシャワーに行ったのがまずかった。そこでありえない妄想を悶々と繰り広げていた雪景色(スノウドロップ)は、なんとなく脳内もよろしくない色に染まり上がっていた。それが具体的にどういうものかは、彼女の名誉のために伏せるが。

 

 そのよろしくない色を気合でまともなものに塗りつぶし、雪景色(スノウドロップ)は頭を切り替えた。

 

「それで、どこへ向かうのですか?」

「言ってなかったか。まあ、ついてくればわかる」

 

 疑問符を浮かべながらも、彼女には逆らう選択肢はなかった。少し歩いて奥まったところにまで行けば、そこで神眼(トゥルース)の足が止まった。

 

「ここだ」

 

 ドアノブに手をかけたその瞬間、何かの物体が勢いよく飛び出してきた。

 

「Ms.Truth! 待ちくたびれマシタヨー!」

「ぎょぶ!」

 

 いかにも探偵らしい格好をした少女が神眼(トゥルース)を押し倒す。あまりの展開に雪景色(スノウドロップ)はしばし唖然としたが、その少女には見覚えがあった。

 神眼(トゥルース)と双璧を成す、調査型魔法少女。アメリカのトップクラス上位勢(ランカー)

 

「あなたは……名探偵(ディテクティブ)!?」

Thaaaaaat's right(その通~~~~りっ)!」

「お、お前なあ……」

「あー、怒ッタ、怒ッタ! そこのあなた、一緒に逃げマショウ!」

 

 今度は名探偵(ディテクティブ)雪景色(スノウドロップ)を部屋内に引きずり込むアクシデントが起こったが、なんとかして神眼(トゥルース)が事態の鎮静化を図った。

 

 308会議室というのがこの部屋の名前だった。集まった魔法少女は計3人。雪景色(スノウドロップ)はさすがに自分が場違いなような気がしてきた。

 初めに話を切り出したのは神眼(トゥルース)だった。

 

「はあ、落ち着いたか。さっさと始めるぞ」

「あの、結局聞いてないんですが。何についての話し合いなんですか?」

「……『いない』魔法少女。その捜索の、協力を頼みたい」

 

 神眼(トゥルース)がそう言うと、テーブルの上に何枚もの紙をばら撒いた。それぞれの紙には共通したフォーマットがあるように見え、おおよそ魔法少女のプロフィールをまとめたもののように思えた。

 

「さて、雪景色(スノウドロップ)。今日参加した魔法少女は何人だ? ああ、私と喰咬鮫(シャーク)を抜いてな」

「私を入れて14人です」

「では、そのメンバーを言ってみろ。()()()()()()()

「……?」

「いいから」

 

 もしかして、記憶力でも試されているのか。名探偵(ディテクティブ)の方を見てもニコニコしているだけで、そこに他の意志は見受けられない。神眼(トゥルース)の方も、冗談のような雰囲気ではない。

 

雪景色(スノウドロップ)王冠(レガリア)石庭師(ストーンカッター)紫陽花(ハイドレンジア)……」

 

 ひとつ、またひとつと指折り数えていく。

 

猫召喚師(キャッツマスター)甘味職人(パティシエール)……あれ」

 

 一人、足りない。

 

「すみません、もう一度言いますね」

 

 しかし、何度やっても結果は変わらなかった。13人までしか言えない。

 血の気が引いた。あれほどまでに気合を入れて臨んだのに、こんな簡単なことすらこなせないなんて。

 

「それが、私たちの目的デスヨ」

「え……」

「最初の研修で当たってくれるとは、幸運だな」

 

 しかし、名探偵(ディテクティブ)にも神眼(トゥルース)にも表情の変化はない。

 まるで、こうなることを予期していたかのような。

 神眼(トゥルース)は今いちど雪景色(スノウドロップ)に目を向け、説明を始める。

 

「まず始まりは、この八島区を襲撃する怪人が異様に多いという統計からだった」

「は、はあ……」

「それについて疑問を抱いた神眼(わたし)は、妖精と交渉し魔法を使用。本格的な調査を行い、その結果を定例会議に上げた」

「……え?」

 

 話が見えない。確かにここ近辺を襲撃する怪人は他と比べ多いが、そのことについての報告が会議でなされたことなど、ない。

 何かがおかしい。

 

「そしてそれは……黙殺された。誰もが話さなくなったし、忘れたのだ。私を含めて。何度もだ」

 

 本当についていけない。脳が理解を避けているような、そんな感覚。

 この人は何を言っているんだ。私は何を聞いているんだ。

 

「そういう過去。そういうストーリー。そういう筋書きが、()()()()()()()()

「仮定であることこそが重要なのデスヨ、雪景色(スノウドロップ)サン。信じてはいけマセンヨ?」

「わかるか、ついてきているか? 雪景色(スノウドロップ)。仮にそんな現象があったとして、私は調査するたびに記憶を消されているとして。果たしてそれは、怪人と魔法少女、どちらによるものなのか?」

 

 雪景色(スノウドロップ)にはなにも理解できなかったが、しかし自然と口は開いた。

 

「ま……」

「ま?」

「魔法少女、です」

「正解」

 

 なぜ自分はいま「わからない」とではなく「魔法少女」と答えたのか。なぜ魔法少女なのか。そしてそれがなぜ正解なのか。

 ここにはもう、踏み込まない方がいいのではないだろうか。

 

「……だから、仮に本当なら怪人の仕業だと思ったのだがな。実際は本当に、いや、これはあくまで仮定の話だが……魔法少女とした方がいいわけだ」

 

 なんとなく、雪景色(スノウドロップ)にも話が呑み込めてきた。彼女らはどうしても、「かつて本当にあった話」を「仮定の話」として語らねばならないらしい。そしてそれに、記憶の消去が関わっているのか。

 

「そして、だ。雪景色(スノウドロップ)、そんな魔法少女がいて我々の研修を受けた場合に、それはどのように現れると思う?」

 

 確かに話は分かってきたが、別の恐怖が鎌首をもたげてくる。

 

「誰の記憶にも、残らないでしょう。例えば……参加者を1人ずつ読み上げても、ひとりだけ足りなくなるんじゃないでしょうか」

「その通りだ」

 

 いないはずの魔法少女。この魔法少女に、私たちは立ち向かっていいのか?



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【頼む】配信者魔法少女応援スレpart35【引退するな】

破滅が始まる。


kan!tan掲示板                   検索 

 

【頼む】配信者魔法少女応援スレpart35【引退するな】

 

 

452:名無しのカニたん 2011/8/8 21:15:23

どこ……更新どこ……

 

453:名無しのカニたん 2011/8/8 21:16:21

助けてください!

もう推しが1週間も配信をしてないんです……!

 

454:名無しのカニたん 2011/8/8 21:17:08

配信追う為に4窓で見る訓練したわ

 

455:名無しのカニたん 2011/8/8 21:18:03

だから企業系を推せとあれほど

 

456:名無しのカニたん 2011/8/8 21:18:55

俺の推しは1回きりの配信でもう音沙汰無いが?

 

457:名無しのカニたん 2011/8/8 21:19:46

 

458:名無しのカニたん 2011/8/8 21:20:41

>>455 推しをそんな理屈で選定できるとでも?

 

459:名無しのカニたん 2011/8/8 21:21:40

惜しめば惜しむほどプレッシャーになってもっと戻ってこないというジレンマ

 

460:名無しのカニたん 2011/8/8 21:22:26

まあ普通に配信者なんて結構な重労働やし

そもそも魔法少女もただの女の子なんだからそりゃ続ける子は少ないわっていう

 

461:名無しのカニたん 2011/8/8 21:23:14

夏だから増えるんだよね

 

462:名無しのカニたん 2011/8/8 21:24:01

まあ休みは増えるよな

その後も続けるのは本当に一握りだが

 

463:名無しのカニたん 2011/8/8 21:24:53

スケジュールとの兼ね合いもあるしな

 

464:名無しのカニたん 2011/8/8 21:25:39

例えなんかでバズったとしても続くかはまた別の問題やしな

 

465:名無しのカニたん 2011/8/8 21:26:33

最近だと水底姫(オフィーリア)ぐらいか

本格的にタレントになったのって

 

466:名無しのカニたん 2011/8/8 21:27:31

夏と違って冬はあんまり増えないけどな

 

467:名無しのカニたん 2011/8/8 21:28:24

オフィマジですげえと思う

学生と魔法少女とタレントの三足わらじだぜ?

 

468:名無しのカニたん 2011/8/8 21:29:11

テレビで配信始めたきっかけ聞かれて「金貰えるから」って白状した時は笑ったわ

 

469:名無しのカニたん 2011/8/8 21:30:01

ようやるわあんなん

 

470:名無しのカニたん 2011/8/8 21:30:46

怪人が襲ってくると表情切り替えるの好き

 

471:名無しのカニたん 2011/8/8 21:31:39

金稼げる配信者なんてそうはいないんだよなあ……

 

472:名無しのカニたん 2011/8/8 21:32:34

オ~フィオフィオフィオフィオフィ!

今日は視聴者の愚民どもからたんまり金を巻き上げますわよ~!

 

473:名無しのカニたん 2011/8/8 21:33:29

>>472 マジで言ったから困る

 

474:名無しのカニたん 2011/8/8 21:34:19

 

475:名無しのカニたん 2011/8/8 21:35:14

例の読み上げ配信か

 

476:名無しのカニたん 2011/8/8 21:36:00

ノーリアクションで有名ことオフィ

 

477:名無しのカニたん 2011/8/8 21:36:48

急に真顔で叫ぶから何かと思ったわあれ

 

478:名無しのカニたん 2011/8/8 21:37:39

最近ので誰かおすすめいない?

折角だしいろんなの見てみたい

 

479:名無しのカニたん 2011/8/8 21:38:29

オフィに無表情で沈められたい

 

480:名無しのカニたん 2011/8/8 21:39:14

待った方がよくね

今は乱立時代だろ

 

481:名無しのカニたん 2011/8/8 21:40:09

いや推しを見つけるのは早ければ早い方がいい

見つける前に引退することがほとんどだから……

 

482:名無しのカニたん 2011/8/8 21:41:01

衣装とか喋りとか好き!って思っても最終更新が3か月前でもうなんもやってなかったりするからな

 

483:名無しのカニたん 2011/8/8 21:41:53

悲しいね

 

484:名無しのカニたん 2011/8/8 21:42:50

実際個人で配信やるの大変だからな

やっぱ企業のバックアップありきよ

 

485:名無しのカニたん 2011/8/8 21:43:47

>>478 甘味職人(パティシエール)はどうよ

名前通りいろんなお菓子作る動画上げてる ぽわぽわしててかわいい

 

486:名無しのカニたん 2011/8/8 21:44:43

本人になんかモチベとかあると続きやすいんだけどこればっかりは

 

487:名無しのカニたん 2011/8/8 21:45:42

今見てるのは雷踏(スタンプ)かな

魔法少女としてはベテランだけど配信とか動画は最近始めた

 

488:名無しのカニたん 2011/8/8 21:46:35

パティシエちゃんすき

娘が真似してお菓子作ってるわ

 

489:名無しのカニたん 2011/8/8 21:47:25

数学家(ナンバー)の怪人講座見てるわ

 

490:名無しのカニたん 2011/8/8 21:48:21

最近のだと何がいるかな

ちょっと配信やるにはまだ早い時期だしなあ

 

491:名無しのカニたん 2011/8/8 21:49:08

変なの見つけた 最近のやつ

[リンク:ある動画チャンネル]

 

492:名無しのカニたん 2011/8/8 21:50:06

機材自体は魔法少女棟の使えるけど申請とかがごちゃつくんだっけ

 

493:名無しのカニたん 2011/8/8 21:50:52

いいよなあ、レンタル

それで本格的にやるなら買うし、ダメでも費用は安く済むしで

 

494:名無しのカニたん 2011/8/8 21:51:47

配信に対して謎に意欲的なの好き

 

495:名無しのカニたん 2011/8/8 21:52:41

>>491 なにこれ

別に普通の魔法少女のやつやん 紫陽花?は俺も知らんが

 

496:名無しのカニたん 2011/8/8 21:53:40

自己紹介動画凝ってるな

ホラー系なのかシュール系なのかわからん演出あるが

 

497:名無しのカニたん 2011/8/8 21:54:33

>>495

動画見ろ 変やぞ

 

498:名無しのカニたん 2011/8/8 21:55:24

2人なんか1人なんかはっきりしてほしい

 

499:名無しのカニたん 2011/8/8 21:56:13

《衣装型:紫陽花》は八島区の魔法少女だな

純粋な火力に結構振ってるはず

 

500:名無しのカニたん 2011/8/8 21:56:59

自己紹介動画

[リンク:動画]

 

もう一人いる風に紹介してるけどそのパートだけ人いないし無音だし不気味だな

 

501:名無しのカニたん 2011/8/8 21:57:47

これ編集ミス? それとも狙ってんのか?

 

502:名無しのカニたん 2011/8/8 21:58:33

さすがにこのミスはないでしょ……

ホラー系狙ってるんじゃないの

 

503:名無しのカニたん 2011/8/8 21:59:29

新しい作風だな

こういうの新鮮だわ

 

504:名無しのカニたん 2011/8/8 22:00:26

アーカイブも含め一通り見たけど全部そんな感じだな

紫陽花ちゃんだけがいるのにもう一人いるかのように振る舞ってる

 

505:名無しのカニたん 2011/8/8 22:01:24

これ台本も紫陽花ちゃんが作ってんのかな

それともこっそり企業の作家ついてる?

 

506:名無しのカニたん 2011/8/8 22:02:13

演技力すげーな

本当にもう一人いるみたいだ

 

507:名無しのカニたん 2011/8/8 22:03:09

紫陽花ちゃんがもう一人の名前を呼ぶ時だけ無音になるのマジで怖い

 

508:名無しのカニたん 2011/8/8 22:03:58

すげー凝ってんな

ホラー系で売り出すならいいと思う

 

509:名無しのカニたん 2011/8/8 22:04:57

>>491

もうリンク切れてて見えん

 

510:名無しのカニたん 2011/8/8 22:05:51

あっ

 

511:名無しのカニたん 2011/8/8 22:06:46

消えた……

 

512:名無しのカニたん 2011/8/8 22:07:40

幻!?

 

513:名無しのカニたん 2011/8/8 22:08:37

なになになに

 

514:名無しのカニたん 2011/8/8 22:09:25

もうチャンネルも残ってないな

 

515:名無しのカニたん 2011/8/8 22:10:23

どういうことなの……

 

516:名無しのカニたん 2011/8/8 22:11:10

編集ミスが発覚したからチャンネルごと消したってこと?

 

517:名無しのカニたん 2011/8/8 22:11:57

一体何が起こってるんだ

 

518:名無しのカニたん 2011/8/8 22:12:48

こわ~

 

519:名無しのカニたん 2011/8/8 22:13:39

ちょっとまって

聞いてくれ

 

520:名無しのカニたん 2011/8/8 22:14:29

マジで更新したらチャンネルごと消えた……

 

521:名無しのカニたん 2011/8/8 22:15:16

まあ編集ミスだったか、そうじゃないにしても伸びなかったから消したんじゃね

企業がやるにしては見切るの早すぎるから個人かな

 

522:名無しのカニたん 2011/8/8 22:16:06

>>519だけど、紫陽花ちゃんの動画の切り抜き作ろうと思ったんだよ

そしたらチャンネル消えたと同時にこっちの編集データもごっそり消えた……

 

523:名無しのカニたん 2011/8/8 22:17:01

 

524:名無しのカニたん 2011/8/8 22:17:58

どゆこと?

 

525:名無しのカニたん 2011/8/8 22:18:45

切り抜きなあ 個人的には好きじゃないけど切り抜きでバズって人気でる子もいるし複雑やわ

 

526:名無しのカニたん 2011/8/8 22:19:36

編集データが消えたって事故?

バックアップとかもしてないの?

 

527:名無しのカニたん 2011/8/8 22:20:23

>>526

原因不明 少なくとも間違って消去したとかじゃない

バックアップも含めて全部消えた 今専用ソフトでサルベージしてるけど望みは薄そう

 

528:名無しのカニたん 2011/8/8 22:21:17

動画のスクショ撮ってたけど消えてて草

いやほんとになんで消えてるんだこれ

 

529:名無しのカニたん 2011/8/8 22:22:13

えぇ……

 

530:名無しのカニたん 2011/8/8 22:23:09

ほんとに幻になっちゃった

 

531:名無しのカニたん 2011/8/8 22:24:08

そんなことある?

 




感想・評価はマジのマジのマジで明確なモチベーションにつながるので、何卒よろしくお願いします。


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露呈 その1

 私たちの動画チャンネルが消滅するより少し前に、話は遡る。

 

 

 夏真っ盛り。日差しはじりじりと私たちを熱するが、友とでかけるならそこまで気にならないものだ。それに、外の施設は遠慮なく冷房が利いてるから家よりも涼める。

 予定も空いていたことだし、あやめちゃんを誘ってお気に入りのカフェでパフェを食べていた時のことだった。

 

「見て見て、これ」

 

 そう言ってあやめちゃんは私にスマホの画面を見せてきた。

 なになに。見たところ、ギャルっぽい女の子が複数人でかわいく踊っている動画だった。

 

「うぅん、あー……?」

「……華の女子中学生にこれ見せてこんなに反応鈍いこと、ある?」

 

 いや前世にも似たようなアプリとかあったけど、当時それに触れているはずもなく。音楽とかは聴くけども、こういうのには今世も全然触れてこなかった。

 なんか見てると羞恥心というか……自分が踊ってる動画が出回るのを想像すると怖すぎて直視できないというか……。

 

「それでね、私たちもこういうのやってみない?」

「え?」

 

 うむ、あやめちゃんもそういうことを考える年頃なのか……。ここは人生の先輩として、彼女に注意してやらないといけない。

 

「そもそも、ネットに顔を出すのは良くないと思います!」

「いきなりどうしたの、由良ちゃん」

 

 おお、おお、あやめよ。ネットは怖いところなのだ。顔写真など出そうものならすぐに住所や学校を特定され、掲示板に晒され、炎上……。とにかく軽率に個人情報を出してはいけないのだ。

 おお、インターネット。善意少なく悪意多きインターネットよ……。

 

「それいつの話なの。私だって個人情報とかは気を付けるし、よほどのことが無ければ炎上なんてしないって」

 

 だが、あやめちゃんはなおも食い下がる。

 

「そもそも、魔法少女をやってる以上ある程度顔は出てるんだって!」

「あ、あー確かに……」

 

 怪人出た時に変身して避難誘導とかはするしね。確かにこの時点で衣装型と顔は結びつくわ。活躍してる魔法少女ならテレビで紹介されることも多い。

 

「だから私も魔法少女の1人として、配信とか、動画投稿とか! やってみたいって思うの!」

 

 ふむ……。パフェにスプーンをねじ込みながら考える。ちなみに、今やってるのはマンゴーがたっぷりのっているやつだ。普段はあまりマンゴーは食べないんだけれども、こういう機会に食べるとその独特な甘さとみずみずしさが癖になる。

 なるほど、配信か。そっちの方なら見たことある。行政からの月給ぐらいしかまともな収入が無い魔法少女にとっては大きな報酬を見込めるお仕事の一つだ。配信者のバックアップを行う企業の多くも魔法少女に目を付けており、特に大手では魔法少女配信者をグループにして売り出しているところも少なくない。

 ただ、魔法少女も結局は少女。「思いつきで始めてみたけど思ったより人気出ない・大変だ」といった理由ですぐにやめてしまう子も少なくない。そこら辺の事情は多分ふつうの配信者と同じだと思うが、とにかくしっかりと業務レベルにまで配信・動画投稿を昇華させている魔法少女は一握りなのだ。

 

 まあ、あやめちゃんが金欲しさにやろうとしてるとは思えないし。興味本位の趣味レベルでやろうとしてるのだろう。

 ちょっと配信やって、ちょっと反応もらって。別にそれなら、夏のいい思い出にはなるんじゃないだろうか。

 

「いいんじゃない?」

「やった!」

 

 ただの後押しのつもりだが、存外喜ばれたようだった。あやめちゃんは食べていたアイスの皿を隅にのけて、鞄から何やらコピー用紙を何枚か出してくる。

 

「これは?」

「最初の動画の台本! 自己紹介も兼ねた大事なスタートだから、一緒に盛り上げていこうね!」

 

 ふむ、ふむふむ……あれ、私もやるのか、これ?

 

 

 配信や動画投稿には、魔法少女にとって特別な意味がある。それは、怪人との戦闘以外で唯一変身が可能な点である。

 変身や魔法の使用は常に妖精の許可を必要とする。たとえ人命がかかっている場面だろうが、怪人との戦闘でなければ妖精は変身を許可しない。これは魔法少女の批判要素としては割と痛いやつなのでやめてほしいのだが、とにかくそうなってしまう。私はそういう場面に遭遇したことは無いが、魔法少女の数は国内だけでも多い。たまたま事故現場に遭遇した魔法少女が変身を許可されずに妖精と口論している様子が無断でネットにアップされ、それが物議を醸すことはしょっちゅうだ。

 

 そういう重い話でなくとも、変身時はきらびやかな衣装を身に纏う。怪人との戦闘を気にすることなく、特別な自分になれる場所。そういう意味で、配信や動画投稿は特別な場であるのだ。

 

 「妖精は配信や動画撮影においては珍しく変身を許可する」という事実を行政がどう見てるのかはよくわからない。が、なぜか撮影用の機材の貸し出しをしてくれるのだ。

 事前に申請書を提出すればそれだけで専用の部屋を貸してくれる。防音室で、編集で透過するためのグリーンバックのクロマキー・カーテンや比較的ちゃんとしている(らしい)編集アプリが入ったパソコンなども完備。

 中高生が興味本位で始めるだけならここまでの設備は揃えないだろう。もっといい機材で撮りたい、部屋の奪い合いに煩わされたくない……よりのめりこんだ魔法少女が企業のバックアップを受けたり、自分で機材をそろえたりするわけだ。

 

「はじめまして! 魔法少女《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》って言います!」

 

 カメラの奥で変身したあやめちゃんが微笑む。緊張を感じさせない自然な笑顔で、多くの視聴者を魅了するだろうと感じさせる。

 しかしこれは……《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》のドレスが比較的ウェディングっぽいそれに寄っているだけあって少し背徳感があるな。なんか……良くない視聴者層にウケそうだ。

 

「趣味はー、アニメとか漫画でー。最近は『はのとに*1』とか、『ミラシン*2』にハマってます! 配信や動画を通じて、みなさんといろんな交流をしてみたいと思ってます!」

「オッケー。撮影止めるよー」

 

 そう言って録画停止ボタンを押す。最初の自己紹介なんて簡単でいいだろう。仮に本格的にやるにしても、配信で視聴者とのやり取りを通じて徐々に自分のキャラクターやコメントのあしらい方を掴んでいく。前世の配信者も、今世の魔法少女も大体そんな感じだったはずだ。

 

「じゃ、次は由良ちゃんの番ね!」

 

 私も撮られる側に回るとは思わなかったが、あやめちゃんの頼みなら断れない。断れないったら断れない。変身してカメラとカーテンの間に立つ。

 撮影かあ。よく考えたら自分を撮ってもらうなんてことなかなかしない。プリクラはたまにあやめちゃんとやるが、しかしネットに公開されるこの動画とは別である。そう考えると、さすがに緊張してきたな。

 しかし、あやめちゃんは待ってくれない。

 

「じゃあ撮るよ! サン、ニィ、イチ……スタート!」

「えー……《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》です。支援型の魔法少女です。趣味は……スイーツを食べたり音楽鑑賞ですかね。よろしくお願いします」

 

 渾身の笑顔をカメラに向けて、何とか自己紹介を済ませる。

 あやめちゃんがカメラから顔を外し、こちらにグーサインを向ける。

 

「バッチリー!」

「そ、そう? それならよかったけど」

「由良ちゃんのなんかミステリアスな感じが出てた!」

 

 うん、うん。……最初にしては上出来だったんじゃないか?

 

「じゃあこれをパソコンに移して編集するんだよね?」

「そうだね」

 

 カメラのデータをパソコンに移し、内部の編集ソフトでいい感じに仕上げる。そしてそれを自らのアカウントでサイトにアップする形式だ。セキュリティの関係上、「投稿したらログアウトすること」と書かれた付箋がパソコンに貼ってある。

 さて、あとは編集すればいいのだが……私も今世の編集ソフトに触れたことはない。パソコンにはいくつか入っているが、おおよそ形式が決まっているやつでいいだろう。こういうソフトは映像を自由に作ろうとすると物足りない代わりに、素人でも直感的に使いやすいメリットがある。

 

 うーん。まあいくつかのアニメーションを組み合わせてオープニングを作り、いい感じの背景にさっき撮った自己紹介を張り付けて適宜字幕を作ればいいだろう。

 自分の動画を編集するの恥ずかしいな……。

 

「こういう感じでどう?」

「おお、すごいすごい! もう形になってる!」

 

 テンプレートを組み合わせて貼り付けるだけだからね。

 だが……せっかくならもうちょっとちゃんとしたのにしたいな。動画編集は前世で経験があるし、せっかくあやめちゃんのやりたいことなのだから自由度の高いソフトでクオリティを上げたい。

 

「この動画、持ち帰って編集し直していい?」

「じゃあお願い! 私は配信でやる内容考えるね!」

 

 もしかして私も配信に出るのかな。多分出るんだろうな。

 発声練習とかした方が……いいですかね?

 

 

 その後、数日かけてより良い自己紹介動画を完成させた。そこに最初の配信予定のお知らせを入れて投稿したところ、そこそこの反応があった。

 あやめちゃんはあやめちゃんで、配信でやる話題や企画を何個か考えてきたらしい。

 

 そして、今日は初の配信日。

 

「まずは登録者1万人めざそ!」

「目標が高いねえ」

 

 はりきるあやめちゃんのことを微笑ましく思っていたのだ。この後に起こることなど知りもしないで。

 

 《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》は、じきに消え去る。終焉が訪れようとしていた。

*1
「完全犯罪は禁断の恋と共に」。美術部員と顧問の先生との禁断の恋を描いた、恋愛サスペンス小説。コミカライズ・アニメ化もされており、大きな人気を呼んだ。

*2
「ミラクル・シンフォニアス」。女児向け長寿アニメ番組だが、単なる子供向けに終わらない演出とストーリーによって幅広い年齢層に支持されている。




2023/4/3 17:50 冒頭に追記し、前話との時間関係を明確にしました。


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露呈 その2

「えぇと、これで大丈夫だよね……?」

「大丈夫なはず。名前は言わないで、衣装型だけね」

「わかってるって!」

 

 2人の魔法少女によって、配信開始ボタンが押される。

 そう。私とあやめちゃんの、初配信が始まろうとしていた。

 

・こんにちはー

・自己紹介動画見たよー

・変身衣装いいね ウェディングドレスっぽいのとミステリアスな感じ

 

「すごい……もうコメントが来た」

「はーいこんにちはー! 魔法少女の《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》でーす!」

 

 カメラに向かって笑顔で手を振るあやめちゃんをよそに、私は驚いていた。

 同接数……15人!?

 

 ネームバリューも何もない配信者の初配信だ。いつまでたっても誰も来ないことなぞザラにあるだろう。

 無名のアカウントで告知しただけで、この同接数。これが魔法少女パワーというものなのか。

 

「ほら、挨拶して!」

「え、えぇと……初めまして。魔法少女の《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》です。よろしくお願いしま……す」

 

・かわいい

・かわいい

・赤くなってる

 

「ねぇ、ねぇ! かわいいって言われてるよ!」

「ちょ、ちょっとやめて……」

 

 「顔から火が噴き出そう」とはまさにこのことであった。じゅ、15人に見られてるのかこれを……!

 一方、あやめちゃんはさほど気にせずにハキハキと喋っている。見られている実感が無いのか、それともこれぐらいの人数なら特に緊張しないのか。おそらく、後者だろう。

 

「じゃあ改めて自己紹介! 私は《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》で、攻撃が得意な魔法少女です! よく使う魔法は【アジサイビーム】! 好きなのはアニメと漫画! あと園芸も好きです!」

 

・ハイドレンジアってアジサイか

・アジサイビームw

・どんな魔法だよ!

・はのとにで好きなキャラは?

 

「『はのとに』で好きなのはー……紫水です! 魔法はですね……いい?」

『……花束(ブーケ)だけならな』

「【武具召喚(サモン)あなたに捧ぐ花束(ブーケ)】!」

 

 ひょっこりと妖精の蝸牛(シェル)が顔を出して許可すると、あやめちゃんは魔法で紫陽花の花束を出現させる。

 

「こうやって出した花束からビームを出すんです! さすがに実演はできませんが……」

『いいぞ』

「え?」

『【アジサイビーム】は安全仕様。撃っても怪人以外に効果はねえからいくらでも撃て』

「あ、そっか」

 

・妖精?

・カタツムリか マスコットみたい

・インフォハザードちゃんの妖精はいないの?

・カタツムリすげえダンディな声じゃんwww

 

「じゃあいきますよ! ……【アジサイ……ビーム】!

 

 大丈夫かな。確かに壁とかに被害はないけど、光がすげえ漏れてるのバレたらスタッフさん飛んできそうで怖いな。

 

・マジで撃ってる

・これほんとに大丈夫? 壁貫通しそう

・花束からビーム出てんの意味不明で草

 

「こんな感じですね! じゃあ次は情報災害(インフォハザード)ちゃん、できる?」

「え、これやっていいの?」

 

 許可を取ろうとすると、鞄の中から『まあ、【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】くらいなら』と声がする。

 

「……それって視聴者にも効果あるんじゃない?」

『映像越しなら効果はありませんが。……あ、それなら意味無いですね』

「確かに」

 

・鞄の妖精?

・鞄の中かな

・見たい見たーい

 

 コメントを読んだあやめちゃんが私の鞄の中を覗き込むように移動するが、鞄を抱き寄せて妨害しておく。

 

「そういえば、情報災害(インフォハザード)ちゃんは妖精見せたがらないよね。なんで?」

「結構見た目が悍ましいので……見せていいんですかね、これ」

 

・そう言われると逆に見たくなる

・ベル気になる 多分サモン系だと思うから召喚だけとかならいけるんじゃない

 

 ああ、その手があったか。

 

「【武具召喚(サモン)目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】は……こういう風に巨大な鐘を召喚する魔法ですね。この音を聴いた人は絶対に鐘の方を向いちゃうんですよ」

 

 【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】はまあこれでいいとして、問題は(ホーム)の方だが。

 

「じゃあ私が少しずつ引き上げるので、ダメそうなときに『ストップ』ってコメントしてください」

『優しくお願いしますよ』

 

・焦らしていく形式

・そんなアウトなん?

 

「では、上げていきますね……」

 

 (ホーム)をひっつまんで少しずつ引き上げ、カメラの方に見せていく。やっぱりなんか人皮っぽくぶよぶよしてるのがアレなんだよね。アレ。さすがに本人の前では言わないけど。

 すると、すぐさまコメントが着く。

 

・あーストップストップ

・思ったよりエグいなこれ……

・ストップ!

 

「け、結構すごいね(ホーム)って……」

「だから言ったでしょ」

 

 (ホーム)はよく見れば本なのだが、そう気づくのにかなり時間がかかる悪趣味なオブジェのようなのだ。具体的に何を象っているかはわからないが、安直に例えることができない名状しがたさが不気味さに拍車をかけているような気もする。

 何年かいて私は慣れてしまったが、あやめちゃんと視聴者にはショッキングだったろう、うん。

 

・一瞬見えたけどやばいって思ったね、確実に

・あんま見ないタイプの妖精だよな

・だいたいの妖精は道具とか生き物モチーフだからこういう現代アートみたいなのなかなかないね

 

 冷静なコメントが本当に冷静なのか、それとも錯乱しているのを自ら落ち着かせようとしているのか。判別に困るな。まあそれはどうでもいいが、ちょっとこの終わった空気は私の責任だからなんとかせねば。

 

 だが、ここで企画を切り出すか? 確かに家庭用ゲーム機や心理テスト、相性診断系のアプリは用意してあるが今本当にここでやって空気を回復させられるものなのか!?

 

 悩んでいると、不意に隣から声が響く。

 

「じゃ、自己紹介も終わったんでそろそろ次に移りまーす!」

 

 あやめちゃんが何やら巨大な箱を持ってこちらに運んできていた。

 何それ。私知らないけど。え? そんなバラエティ番組みたいなことやるの?

 

「名付けてー……『箱の中身はなんだろな』! この箱の中にあるものを、情報災害(インフォハザード)ちゃんには素手で触って当ててもらいまーす!」

 

・まんまで草

・露骨な話題転換

・インフォちゃん聞いてない風で笑う

 

「え、ほんとにやるの? これ」

「ごめんねー。せっかくだからサプライズしたくて。それに、いつも落ち着いてる情報災害(インフォハザード)ちゃんが慌ててるところ見たくて!」

 

 ……もしかしてこの子、思ったより鬼畜なのでは。

 しょうがない。乗り掛かった舟だ、沈むまでお供してやろうではないか。乗ってるの私だけだけど。

 

 覚悟を決めて箱の中に手を突っ込む。

 

「え!? なんか思ったよりねちょねちょしてる! うわ、硬っ!? なんか硬いところあるんだけどこれ!」

「がんばれー! タイムアップまであと30秒ー!」

「えっちょっ時間制限あるのこれ全然わかんないわかんない」

 

・初配信でパートナーを罠にかける魔法少女がいるらしい

・これはひどい

・初手でそのお題は酷いってw

 

 結局、タイムアップまでには答えられず罰ゲームとして変身の様子も披露させられた。だいぶ恥ずかしかったが、まああやめちゃんも後でやってくれたので良しとしよう。このときほど変身が肌を見せるタイプのアレじゃないことに感謝したことはない。

 

 ちなみに、箱の中にいたのは蝸牛(シェル)だった。『本物のカタツムリではないから汚くはないぜ』と謎の弁明が入ったが、そうじゃないんだよな。

 

 

「ほんとにこれで企画は全部? 隠してたりしない?」

「しないしない! これで全部!」

 

 ほんとかなー。初手でやらかしたからなーこの子。

 とにかく、初配信は無事(?)に終わり、評価も上々。何人かはチャンネル登録までしてくれた。

 今日は魔法少女棟で集まって、次の配信や動画の企画を決める日だった。

 

 次のための企画は前回やり残したアプリやゲームに加え、自分たちに関するクイズをいくつか。また時間が足りなければ、やれなかった企画を次に回すつもりだ。

 まあ、こんなものでいいだろう。これが本当に全部なら、という前提ありきだが。またサプライズは勘弁してもらいたい。

 

「せっかくだし、この前のアーカイブ見てみない?」

「ああ、いいね」

 

 恥ずかしくてまだ見てなかったが、客観的に映された私たちを眺めることで改善点がわかることもあるだろう。せっかくだし、見てみるか。

 

 だから、2人で見ようとしたのだ。同じスマホで。

 仮に、前日に1人で思い立ってみていればどうだったのか。あやめちゃんが先に見ていたらどうなったのか。それはわからない。

 結局、この世界には今しかない。今の選択しかない。私たちはその結果を享受するしかない。

 

「なに、これ」

 

 数秒は何も理解できなかった。だって、意味が分からない。

 決して見間違いなどではない。何度も何度も確認して、シークバーを戻して。それでも事実は変わらない。

 

 自己紹介動画、配信アーカイブ。そのどちらからも、私だけが消えていた。

 まるで、初めから存在しなかったかのように。




明日は投稿できないかもしれません。一応不定期投稿なので、何卒ご容赦を……


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エピローグ(破)

 投稿したはずの自己紹介動画。そして行ったはずの配信のアーカイブ。そのどちらにも、私だけが映っていなかった。

 

 なんだこれは。どういうことなんだ。

 

 何度見ても、私が映っているはずの場面で私だけがいないようになっている。雑に切り抜かれていたのではなく、いなくなった部分には背景が挿入され不自然でないようになっている。本当に最初からいないようだ。

 

 あまりにも異常だった。こんな異常現象は、怪人か魔法少女によるものでしかありえない。

 だからきっと、これは怪人のせいに違いない。

 怪人の……。

 

 本当に、そうなのか? 怪人のせいなのか?

 

「あの、ちょっと由良ちゃん? どうしたの?」

 

 怪人のせいだと思ったが違う事だったということは他になかったか?

 ある。あやめちゃんと会った時、ゲーム怪人が忘却の効果を持っていたとは思えない。

 知るな。

 ゲーム怪人を倒したあたりであやめちゃんの記憶も戻っていたから、「恐らく怪人のせいだったのだろう」と流していたが、どう考えても不自然だ。ルール型怪人が他に能力を持っているなど、聞いたこともない。

 見るな。

『由良。……由良?』

 

 「仲間思いだ」と称された喰咬鮫(シャーク)が、すぐに私を忘れたのは? 仮に忘れたとして、片方のあやめちゃんのみ覚えていて私の方は忘れているなどありえるのか?

 あの海坊主のような怪人にそんな能力はなさそうだった。それに、忘れられていたことは倒した後の研修で発覚したことではないか。

 私じゃない。私は悪くない。

 そもそも。怪人のせいだというのなら、なぜ怪人の周りではなく()()()()()()()()()()

 これは怪人ではなく、私の──情報災害(インフォハザード)のせいなのか?

 

 考えたくもないのに、頭の中で歯車がカチリカチリと回って止まる。否定したいのに、違う考えを出したいのに、歯車を回したいのに。それは決して動かない。結論は、変わらない。

 息が苦しい。画面を見ているはずなのに、それを意味あるものとして認識できない。

 私がいない映像を、直視できない。

 

「し、知らない。こんな編集、してない。私じゃない……私のせいじゃ、ない」

「由良ちゃん!」

「知らない、嫌だ。違う、違うんです! こんなつもりじゃなかった! 私はただ──」

 

 それ以上は言葉にならなかった。頭の中には何もない。体が勝手に動くが、しかしそれは私の希望を如実に反映していた。

 もうここにいたくない。逃げたいという願望に沿って、自然と足が動く。

 

「由良ちゃん! 待って!」

 

 何も聞こえなかった。聞こえないふりをしていた。一番それが簡単であったからだ。何も見ず、何も振り返らず、私は飛び出していた。

 

 

 気が付けば、私は公園のベンチにいた。走っていたのだろうが、その間の記憶は全くない。本当に無我夢中であったようだ。いつもは持っている鞄も無い。

 思い出したように恐ろしいまでの疲労が全身を襲う。全速力だったのかはわからない。が、棟からここまでそこそこあるんだから私の体力ではそりゃきついだろう。横になるほどではないが、立ち上がるほどの元気もない。しばらくここで休むことにしよう。

 

「……何やってるんだろうな、私」

 

 自分でも驚くぐらい、スムーズに独り言が出た。それくらい疲れているのか。肉体的にも、精神的にも。前世では社会人をやってた私が、中学生相手に取り乱すなんて。なんて酷いありさまだ。

 だが実際、これからどうすればいいのだろう。あやめちゃんや喰咬鮫(シャーク)が一度私を忘れたのも、映像から私が抜けているのも情報災害(インフォハザード)のせいだとすればしっくりくる。なにせ"情報災害"なのだから、そういう効果があっても不思議ではない。

 

 しかし疑問は残る。そういった現象が魔法のせいだというのならば、私は変身していなければならない。変身して魔法を使わなければそういったことにはならない。

 だが、変身している間に忘れられたり映像が改ざんされたわけではない。

 

 わからない。考えたくない。「私が悪い」という全ての可能性に目を向けたく、ない。

 やらねばならぬとわかっているのに、しかし頭は動かない。

 

 だめだ。疲れ切っているようだ。落ち着いたらまた魔法少女棟に帰って、一度あやめちゃんに謝ろう。随分強引に振り切った気がする。考えるのはそれからでいい。

 瞑想といえるほど高尚ではないが、目を瞑って深呼吸する。何度も、何度も。

 

 心は落ち着いていないが、体をそうやってなだめれば心も少しはそれに引っ張られてくれる。1分もやればだいぶ落ち着いてきた。

 

 そろそろいいかもしれない。そう思い目を開けると……目の前に、見知らぬ少女がいた。私と同年代か、少し年下だろうか。

 

「あの。こんにちは」

「……はじめまして?」

 

 咄嗟にそう答えてしまったが、まずいと思った。忘れてるだけで初対面じゃないかもしれない。

 だがそんなことがどうでもよくなるぐらい、彼女の返答は意外なものであった。

 

「私は伊空 芽衣といいます。……魔法少女の、情報災害(インフォハザード)さんですよね?」

「え、は、はい」

「私は、あやめの友達……だったんです。配信のアーカイブを見て、いてもたってもいられなくなって。それで来ちゃったんですけど」

「……まあ、とりあえず座ってください」

 

 芽衣と名乗る女の子は隣に座ると手を胸の前で合わせて、こちらを見る。その目は何かを懇願しているかのように見えた。

 

「私はもう友達にはなれない。でも会いたくなっちゃって……それで、今あなたを見つけたんです。どうか、私の代わりに彼女の友達になってくれませんか」

「どうして?」

「お母さんが、怪人に殺されたからです」

 

 彼女は悲壮な顔で告げる。

 

「私のお母さんが怪人に殺されたとき、それと戦っていたのがあやめだったんです。だからずっと、『私がもっと強ければ守れた』って気に病んでるんです」

「それでも、君は友達だと思っていたんだね」

「……はい。あやめは魔法少女になりたてだったし、そもそもお母さんが死んだのは二次災害みたいなもので。あやめのせいだとは思ってません。でも、彼女にとってはそうではないんです」

 

 怪人による死傷者はその能力や行動からは不自然なほど少ない。だが、いないわけではない。この子みたいな境遇の人もたくさんいるはずだ。

 もうそれは、伊空 芽衣という人間がどうにかできることではないのだろう。罪悪感が呪いのように蝕み、いつしか友情をも破壊してしまった。

 

「魔法には多かれ少なかれ魔法少女の気持ちが含まれると聞きます。見ましたよ、彼女の魔法。【アジサイビーム】。怪人以外には効果を及ぼさない、安全な魔法」

「……!」

「私にはわかります。あれはきっと、他者を絶対に傷つけない気持ちの表れなんでしょう。あやめは、それぐらい優しいんです」

 

 伊空 芽衣は続ける。

 

「きっとあやめのことだから、他では気丈に振る舞っているんでしょう」

 

「魔法少女でない私は、友達でいることはできなくなってしまったんです。もし怪人の被害にあったら、死んでしまうかもしれないから。だから、友達になれるのはもう同じ魔法少女のあなたしかいないんです。配信でも、あんなに笑顔でしたよね。もうそれは、あなたにしか守れないものなんです。だから、どうか……」

 

 彼女がここまで胸の内を語ったのは初めてなのだろう。私にこう頼むということは、以前のあやめちゃんに友達と呼べる魔法少女はいなかったということなのだから。

 だが、まあ、なんというか。

 

「はあぁ……」

 

 思わず長いため息が漏れた。私が言えたことではないが、あやめちゃんもなかなか拗らせている。

 本当にもどかしい。

 

「それで、わざわざこっちまで来たというのは……中学に上がってから住居が離れたとか?」

「はい。あやめちゃん、お母さんのお墓参りはしてくれるんですけど。絶対に会ってはくれないんです」

「そう」

 

 さすがにこんな惨状を見て何も感じないわけではない。年長者だからというわけではないけども、私がどうにかしてあげるしかないのだろう。彼女の話に付き合ったことで、体力も十分回復したし。

 立ち上がり、のびをする。心地よい風が頬をなでる。不安げにこちらを見る芽衣と目が合った。

 

「ここまで想ってくれる友達がいるなんて、あやめちゃんは幸せ者だね」

「でも、私、もう……」

「もうも何も、あやめちゃんの話を聞かないと何も始まらないよ。それからでも遅くはない」

 

 逃げた手前もう一度会うのは少し気まずいが、そうも言ってられない。まずはこの子とあやめちゃんの仲を復活させるのが先だ。

 

「会いたいんでしょう? 案内するよ」

「……はい!」

 

 いい返事だ。これなら、きっと彼女らも以前のような友達に戻れるだろうと思った。

 

「あ、落ちこぼれの魔法少女」

 

 ──だが、それを見届けるのは少し先になりそうだ。

 空気が変わる。未だに聴き慣れない、ノイズがかった声が耳に障る。

 

「見つけた、見つけた。連れて帰って、ショーにする」




少し短めですが、破の章はここで終わりといたします。
ここまで読んでくださった方。感想、評価、ここすきなどを入れてくださる方。本当にありがとうございます。ここまで続けてこられたのもひとえに皆様のおかげです。

次話からは急、最終章に突入します。ぜひ、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


……よろしければ感想と評価も引き続きお願いします。


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急:情報災害
プロローグ(急)


 公園にて、ノイズの混じった嫌な声が響く。怪人だ。

 

「早く連れ帰れば、その分ボーナス。さっさと捕まえる」

 

 2m越えと大柄だが怪人としては小さめか。全身緑色の、爛れた皮膚を持つ全裸の怪人だが、その肉体には不自然なほど凹凸は見られない。緑の肉が溶けてドロドロになった後に人型に再形成されたような歪さがある。その肉は今も溶けているようで、上げた腕からはぼたぼたと液状の肉が垂れている。

 

 いうなればゾンビ、か?

 

「おい、なんだあれ?」

「怪人……?」

 

 夏休みの昼間だ。当然、公園にもいくらか人はいるわけで。怪人が神出鬼没なのはいいとして、まずは避難誘導せねばならない。

 

「逃げろ! 怪人だ!」

 

 まずは一喝。怪人蔓延るこの異世界で、すぐに逃走するのは必須技能の一つだ。目論見通り、公園内の人間は意図を察して素早く走り去っていく。当然、芽衣もその一人だ。あやめちゃんのもとに案内できないのは心苦しいが、あとにするしかない。

 問題なのは声が届かない、少し遠くの位置にいる人間だ。あの怪人がどのような能力を持つかわからない以上、できる限り避難させた方がいい。もし仮にゾンビなら、感染する何かを持っている場合もある。

 

 最近は使っていなかったが、【杞人憂う空(ドゥームズデイ)】という魔法がある。これは上空を見た者に恐怖の感情を植え付けるもので、見た場合はおおよそ私のいる場所から遠ざかるように逃げていく。

 これの便利な点は上を向かせる必要が無いところにある。なにせ、わざわざ上を向かずとも空というのは見えるものだから、だいたいの人間はこれで逃げてくれるのだ。

 

 一方、不便な点としてこの魔法には怪人もかかってしまうというのがあるが……それは【あっちむいてホイ】で解決できる。不意打ち気味に怪人だけに下を向かせ、【杞人憂う空(ドゥームズデイ)】で人々を逃げさせる。屋外でよくやるセオリーだった。

 

 だから、いつも通りそれをやればいい。いつも通り、変身して。

 

「文字の禍いが降りかかる──」

「スキだらけ」

 

 何が起きたのか、全くわからなかった。

 一瞬遅れて、凄まじい息苦しさと吐き気がこみあげてくる。鈍い痛み。足が地につかず、体が浮き上がっている。その勢いのまま、地に放り出される。

 

 変身中に、怪人に殴られた?

 

「がっは! げほ!」

 

 生成されていたはずの衣装が塵になっていく。変身ができていないのだから、多大な防御力を持つ衣装も体を守ってくれないわけで。

 

「待ってくれると思った? 残念、今日はトクベツ」

 

 嘘だ、嘘だ。だって、怪人の周囲でしか魔法少女は変身できなくて。怪人が変身中なにもしてこないから成り立ってるわけで。意味不明な不文律だったが、必要不可欠なものだった。

 それが通用しないなら、いつでも破れるものだったとしたら。私はただのか弱い人間でしかない。怪人に、勝てない。

 

 血の気がさあっと引いていくのがわかる。息が整えられない。私が今まで怪人に立ち向かえたのは使命感もあるが、この衣装の防御力によるところも大きい。それが無い状態で怪人の暴虐に耐えられるほど、私は強くない。

 

「あ、あ……」

「じゃ、さっそくごあんなーい」

 

 立ち上がる間もなく、緑の気色悪い腕で拘束される。抵抗しようともがくが、強がり以上の意味はないに等しい。それぐらい、人間と怪人の差は大きいものだった。

 そのまま怪人は飛び上がり……私の意識は、消えた。

 

 

 柴野江 あやめは、蝸牛(シェル)(ホーム)を連れて由良のもとへ歩いていた。

 

「そろそろ落ち着いたかなあ、由良ちゃん」

『そんなに嫌な配信だったようには見えなかったがな?』

 

 あやめにとっては、由良がいきなり錯乱したように見えた。()()()()()()()()()()()()だったはずだ。別に配信時もそこまで嫌がっていたようには見えなかったが、「箱の中身はなんだろな」が良くなかったのだろうか。

 

 由良が走ったところであやめにはすぐに追いつける自信があった。ただあまりに唐突な事態にしばらく体が動かなかったのと、あの錯乱ぶりでは下手に追いかけても逆効果だろうと思ったからだ。幸いなことに、妖精は契約している魔法少女の位置がおおよそわかる。由良が置いていった(ホーム)で探知すればいいのだ。

 

 あやめは抱きかかえている(ホーム)をちらりと見やる。確かにあまり直視したくない見た目をしており、由良が見せたがらない理由もわかる。

 

(ホーム)。あとどれくらいかな?」

『……』

(ホーム)?」

 

 呼びかけるも、返事が無い。しばらくはこんな調子だった。

 

「……(ホーム)!」

『は! すみません、なんでしょうか』

「由良ちゃんのところまであとどれくらい?」

『まっすぐ進めば、じきに着きます』

 

 心ここにあらず、といった様子だった。それなりに蝸牛(シェル)といるあやめだったが、妖精がこういう風になるのを見るのは初めてだった。

 だから、そのあとすぐに(ホーム)が口を開いたのは意外だった。

 

『……あれは、恐らく魔法でしょう』

「え?」

『きっと由良には、あのアーカイブから自分だけが消えていたように見えていたはずです。そういう魔法ですから』

「え、ちょっと待ってよ。魔法って……」

 

 消えていたように見えていた、とは。そして魔法? 変身もしていないのに? あやめには意味が分からなかった。だが、もし(ホーム)の言う通りなら、それは。変身の無い魔法といえば──

 

「あ、あやめちゃん!」

 

 あやめの思考が遮られる。ふと前を見れば、そこには見覚えのある顔があった。懐かしい顔。今まで遠ざけてきた顔。

 

「芽衣……? なんでここに」

 

 言い切る間もなく芽衣は駆け寄り、あやめの肩を掴む。あやめを見つめるその顔は、今にも泣きだしそうなほどに痛々しいものであった。

 

「助けて! い、情報災害(インフォハザード)さんが……怪人と一緒に消えちゃったの!」

「え?」

 

 そもそもなぜここにいるのか。なぜ由良のことを知っているのか。怪人は神出鬼没だからわかるが、どうして一緒に消えることになるのか。(ホーム)の発言といい、あやめは情報の洪水におぼれそうであった。

 

「落ち着いて、説明して」

「配信を見てあやめちゃんに会いたくて来たら、公園で情報災害(インフォハザード)さんに会って。それで一緒にあやめちゃんのところに行くって言ってくれた瞬間に怪人が出て……」

「それで?」

情報災害(インフォハザード)さんは変身しようとしたけど怪人が情報災害(インフォハザード)さんを殴って、それで連れ去ってっちゃったの」

『怪人が消えたっつーと……住処に帰ったか? チッ、なら俺たちには手出しができねえな』

 

 ……変身? (ホーム)はここにいる。妖精の許可が無ければ、魔法少女は変身できない。それで変身できずにいたところを怪人に殴られた?

 早く追いかけていれば、こうはならなかったのか。頭の中の血がぐるぐると回って気持ち悪い。

 倒れそうになったあやめをすんでのところで止めたのは、(ホーム)の言葉だった。

 

『あやめさん。「変身は途中まではできていたのか」、とお尋ねください』

 

 意図はわからないが、そのように芽衣に尋ねると「衣装は出現しかけていたが、怪人に殴られて消えてしまっていた」と返ってきた。

 つまり、妖精はいないのに変身はできていて。しかし変身途中に怪人が殴りかかってきたと。

 

 あやめの頭はいよいよパンクした。

 

『……すべて、説明します。あやめさん、周りに魔法少女がいないところまで行ってくれませんか』

 

 (ホーム)の言葉に対し、あやめはこう思った。すべてを聞いたら、きっと「早く言えよ」と思うんだろうな、と。



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魔法少女・拷問ショー その1

2023/04/07 0:19に間違って一瞬だけ当話を投稿してしまいました。誠に申し訳ありません。


 あれは分厚い雲が空を覆い、雨が降りしきる日だったか。

 当時の私は、まだ普通の女の子であった。

 

 学校の授業が終わり、憂鬱な雨に傘をさして帰ろうとしていたときのこと。

 不意に、それは聞こえた。

 

「はははははぁ! 私はイモリ怪人! この都市をイモリまみれにするのだぁ!」

 

 ノイズがかかったような、複雑に折り重なったような耳障りな声。怪人に遭遇したのは初めてだった。

 イモリの着ぐるみを着込んでいるような、巨大な怪人が暴れまわっているのが遠目に確認できた。人々は我先に離れようと逃げ回っている。

 雨の中だ。幾人かが取り落としたのか、それともあえて投げ捨てたのか傘が転がっており少し危険だ。

 

 このような状況で、不思議と足は動かなかった。恐怖ではない。

 自らが立っている場所のすぐそばに、怪人と同じくらい奇妙なものがいたから。小さいが恐ろしく歪な、真っ黒いオブジェ。

 怪人はすべて巨大な人型である。つまり、これは怪人ではない。

 

 人の流れに逆らい、そのオブジェのもとに足を運ぶ。しゃがむと、"それ"がよく見える。どうやら歪な装丁をされた本のように見えた。雨に打たれてい続けながらも、"それ"は何かを待っているように見えた。

 オブジェを傘の中に入れる。明らかに生きているようには見えない何かは、しかしこちらに意識を向けたように感じた。

 

 ──これはきっと、妖精だ。私の知っているそれよりも、少々おどろおどろしいが。

 

 少しの驚き。妖精が見える条件は主に2つ。契約している魔法少女が変身中であるか、それとも自分に魔法少女の適性があるか。なのに、周りにあの怪人と戦っている魔法少女は見当たらない。

 

 だから、私はこう尋ねるのだ。

 

「私と、契約してくれないか?」

『何……?』

 

 意外そうに"それ"は言うが、しかし私としては意外そうにしていることこそが意外だった。

 

「怪人がいるだろう? そして私に適性がある。ならば答えは1つだ」

『あなたは……私と、契約してくれるのですか』

「今ここで、怪人を止められるのは私しかいない」

 

 私はここで唯一力を持ちうる人間であり、また転生者として他の魔法少女の負担を軽減すべきだという義務感がある。つい語気が強まり、生前の口調が漏れ出てしまう。

 

「だから、私がやるべきだ」

『本当に私で、いいのですか。放逐された私を……』

「逆に聞くが」

 

 何やらごちゃごちゃと言っているが、早く契約しないと被害が大きくなる。

 こうしている間にも、イモリの怪人は暴れまわり周囲の道路を破壊している。

 

「あなたはこの惨状を見て、何も思わないのか?」

『……いえ』

「ならば。今、ここでできることをするだけ。そうだろう?」

 

 まさか契約に応じようとしない妖精がいるとは私も思わなかったが、説得が実を結んだのか"それ"は自らを開いて白紙のページを見せる。

 

『指でいいので、あなたの名前を書いてください。それで契約は完了です』

 

 人差し指が紙に触れる。その悍ましい装丁に反して、中身はいたって普通のノートのようであった。

 

「私の名前は──」

 

 

「ん……ぅ……」

 

 視界がぼやけている。どうやら長い間目を閉じていたようで、慣れるまでにだいぶ時間がかかりそうだ。

 昔の夢を見ていたような気がする。いや、それよりもだ。確か私は、怪人に殴られて……。

 

 体の節々が痛い。また、無理な体勢を強いられている。足と手はそれぞれ金属で出来た錠につながれていて、うまく動かすことができない。

 そして目の前には、これまた異様な人型。人間らしいスーツを身に纏っており、ゾンビの怪人と話しているように見受けられる。しかしそこにはあるべき頭が無い。代わりに、大きな鐘が首に嵌まっていた。

 

 ──"鐘の怪人"。誰もが知っているであろう、始まりの怪人であった。

 

「"落ちこぼれ"がいない? お前はいったい何をしていたんです?」

「い、いえ。確かに私はあれが変身するところを見ました」

「……下がりなさい」

 

 そいつがなんでここにいるのか。視界がクリアになったので見渡してみると、何やら殺風景な部屋のようであった。出入口は見当たらず、ここがどこか類推する材料もない。奇妙なことに、もう1回鐘の怪人の方を見ると確かにいたはずのゾンビ怪人が消え失せていた。出入口もないのに、どこから出入りしたのか。

 

「それは魔力を封じるシャングネスの鉄石。たとえ妖精がいても、変身はできませんよ」

 

 いつの間にか鐘の怪人は私の目の前で腰を下ろしていた。変身か。そういえば、(ホーム)がいない。錯乱して魔法少女棟から出ていったとき、鞄ごと置いていってしまっていた。

 ……ならば、なぜゾンビの怪人の前で私は変身できた? 妨害はされたが、衣装は生成されていたはずだ。

 

 しかし、この怪人は私の疑問の解決を待ってはくれないようであった。怪人は急に立ち上がり、何やら腕を大きく広げる。その頭部は部屋の上部に向けられているようであった。

 

「さぁ始めましょう! 魔法少女・拷問ショー!」

 

 びりびりと胸に響くほどの巨大な音声が怪人から発せられる。耳も塞げない私はただうずくまって耐えるしかない。

 それにしてもなんだ、「拷問ショー」? どう考えても嫌な予感しかしない。

 

「この番組は! 私の愚兄であるあの"落ちこぼれ"とその契約者、魔法少女の秘密に迫ってしまおう! というものです!」

 

「彼女はいったいいつまで耐えられるのか!? そしてすべてが終わったときどんな表情を見せてくれるのか! ぜひお楽しみください!」

 

 ショー。番組。……あまりにも急すぎる展開で正直ついていけないが、私がやるべきことはわかった。

 すなわち、交渉だ。

 鐘の怪人はこちらに向かって歩き、目線を合わせるようにして腰を下ろす。その金属質な頭部に感情は見えないが、少なくとも良い待遇は期待できまい。

 

「では、これより拷問を始めます。あなたに拒否権はありません」

「……私は怪人に拉致され、今こうして拷問の対象として見世物にされている。違うか?」

「正しいですよ。理解が早い人間は好ましい」

 

 お前に好かれてもな。……といいたいところだが、これからするのは交渉。わざとではないにせよ、好感度を上げておくに越したことはない。

 

「実は私は存外繊細でね。拷問などされたらすぐに吐き出してしまう自信がある」

「それで?」

「私にもご褒美をくれよ。拷問に耐えきったら、の条件付きでな」

 

 怪人の動きが止まった気がした。手ごたえを感じる。

 

「私が吐くまで、ただ絶望するまで拷問を続けて、お偉方は楽しいのか? こういうゲームは多少不公平であれども、お互いのプレイヤーに報酬(インセンティブ)があってこそゲームとして成り立つんじゃないか?」

「……ほう」

「くれよ、私が拷問に耐えるための報酬を」

 

 正直、ダメもとの交渉である。言い方から、鐘の怪人より上の身分の者がこのショーを見てるんじゃないかと推察できる。少なくともそういうのが存在はするはずだ。それが人間の富裕層なのか、目上の怪人なのかはわからないが。

 であるならば、鐘の怪人ではなくそいつらの嗜好をちらつかせれば食いついてくれるのではないか、と期待した。"目上の人"がただ単に少女をいじめるのが趣味のクソサド野郎だったり、鐘の怪人が事前に決めた業務を忠実に遂行したいやつだったりしたらこの交渉は即終了する。そういう意味で、恐ろしく勝算のない賭けであった。

 

「余りにも、安い挑発。愚兄でさえこのようなマヌケはしないでしょう」

「……!」

「ですがいいでしょう。そのチンケな小細工ごと、叩き潰してあげましょう」

 

 通った……のか?

 

「えー、ただいま! 件の魔法少女、情報災害(インフォハザード)からルール改定の申請がございました! わたくし"鐘の怪人"はこれを受け入れ、情報災害(インフォハザード)の勝利報酬を設定することといたします!」

 

 立ち上がった鐘の怪人がまたもや響く声でそう宣言する。

 

「勝利報酬は……」

 

 怪人が片腕を挙げると、その背後に真っ黒い円が現れた。よく見ると、円の周囲の空間が歪んでいることがわかる。何らかの異常現象には違いないが、これが報酬に関するもののようだ。

 

「"帰還権"! この妖精界から、彼女の故郷である地球に帰ることができる権利です! 彼女はいつでも、このワームホールに飛び込めば帰ることができます!」

 

 いろいろ言いたいことはあるが、もしかして交渉しなければ地球に帰ることすらできなかったのか。

 

「喜んでください、情報災害(インフォハザード)。先ほど『偽物だと公平でない』との声がありましてね。本物のワームホールですよ」

「それは、ありがたいね」

 

 軽い調子で言う怪人に対して、私の息は自然と荒くなる。このような超常能力を平然と行使する怪人による拷問とは。私はそれに耐えられるか。

 ここまできて、重要なことに気が付く。無限に拷問を続けられたら、勝利報酬どころではない。

 

「おい待て、拷問はいつまで──」

「それではゲームスタート!」

 

 怪人がそう叫んだ瞬間、私を拘束している器具による不快感が消え去る。まさか拘束具を消してくれるなどとは思わなかったため遅れたが、立ち上がって逃走の準備をする。

 

「これから拷問を行います。あなたはその間、いつでも逃げていいのです。良心的でしょう?」

 

 未だにワームホールと思しき黒円は怪人の背後に浮かんでいる。私は怪人をかわしてアレに飛び込めばいいわけだ。

 変身もできない状況で、どれくらいできるかはわからないが。

 

 一瞬の静寂。されど私にとっては永遠のようにも感じられる。正面突破は無理だ。ある程度かく乱したところで、一気に突っ込むしかない。

 ……ここだ。そう思って斜め方向に飛び出した私に対して、鐘の怪人の対応は至極あっさりとしたものだった。耳を塞ぐ間もなく、その音色は放たれた。

 

「【魅惑的な鐘音(チャーミング・チャイム)】」

 

 ズシリと重くて。でもそれがどこか心地よくて。安心してしまうかのような音が響き渡る。体のすべてが優しい暖かさに包まれて、力が抜けていってしまいそうになる。走ることなど不可能だった。

 

 いや、こんなことをしている場合じゃない。落ち着け。目的を思い出せ。何とか自分を取り戻し、ワームホールに向かって走りだそうとする。

 走りだそうと、した。

 

「なんで……ここに」

 

 そこにはもう鐘の怪人はいなくて。代わりに、いるはずのない人物がいて。

 

「ようやく会えたね。探したよ、由良ちゃん」

 

 柴野江 あやめが、部屋の中心に立っていた。

 ワームホールを、背に隠して。



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魔法少女・拷問ショー その2

 魔法少女・拷問ショー。そう題された舞台において、なぜか鐘の怪人は消えて。

 そこには、あやめちゃんのみが立っていた。

 

「どうして、ここに」

「催眠はよ~く効いてるね、由良ちゃん?」

「……?」

 

 何を言われているか、わからない。あやめちゃんが何かを言ったのはわかるが、それを理解できずに言葉はするりと脳から抜けていってしまう。

 

 心地よい音色が過ぎる。ぐにゃりと私の心が歪んだ気がする。が、その違和感はすぐに消え去った。

 

「ふふふ。阿呆みたいに口を開けちゃって、とんだ無様だね」

「あ……あ~~?」

「ま、しかたないけど。私の扱う魔法、【魅惑的な鐘音(チャーミング・チャイム)】を聞いたものは催眠にかかる。私を好きになってしまう」

 

 まただ。また何を言っているのかわからない。

 いや、それよりも。鐘の怪人が消えた今がチャンスだ。あやめちゃんと一緒に逃げなければ。

 あやめちゃんの後ろに浮かぶワームホールへ駆け寄ろうとするも、その腕を掴まれてしまう。

 

「まだ、ダ~メ♡」

 

 こんなに彼女の瞳は艶めかしかっただろうか。柔らかそうな頬が、うなじが、無防備に晒されている。彼女の魅惑的な肢体に、興奮している自分がいた。今までは、こんなことなかったのに。

 嗚呼、私が護らなければ。そう思うのに、力が入らない。彼女に触れていると自覚するだけで、心臓がひっきりなしに鳴りしきり、汗が酷くふき出る。

 

「もう骨抜きだね~? 由良ちゃん♡」

「うん。そうだね?」

「あの愚兄の契約者がこんなにみじめになっちゃって……ああいけない、私情は挟まないようにしないと」

 

 骨抜きといえば、そうなのだろう。もう彼女の一挙一動に目が離せない。ずっと腕を掴まれたままでいたい。帰りたくない。

 なのに、あやめちゃんは私から目を離してしまう。

 

「このように! 現在情報災害(インフォハザード)は私に虜になっております! 彼女の眼には私が友人の魔法少女のように映っていることでしょう!」

 

 どうして。私をずっと見て。私から目を離さないで。

 

「この状態の人間はどのような命令でも従ってしまいます! 誰かリクエストはございますでしょうか!」

「ねぇ、ねぇあやめちゃん!」

「ちょっと待っててね~」

 

 ずい、と手のひらで額を押し退けられてしまう。構われている。それだけのことで頭が幸せで満たされてしまう。もっと、もっとやってほしい。

 

「はい、はい……なるほど! それでは早速やってみましょう! ……ね、由良ちゃん。()()()()()()()()()()?」

「わかった」

 

 あやめちゃんの言うことは絶対だ。迷うことなく自分の首に手をかけ、徐々に力をかける。

 始めは首のみが苦しかったのが、全身に広がっていく。

 

「いい子、いい子」

「か……ふ……」

 

 心臓の鼓動が早くなり、手足にだるさと痺れが出るが我慢する。だって、あやめちゃんが見てくれるから。彼女のためなら、私はいくらでも自分を痛めつけられるし苦しめられる。

 視界が狭まっていき、意識は遠のいていく。それでも力はかけ続ける。ああ、あやめちゃんに見られながら死ねるなんて。私はとても幸せ──

 

「はい、やめ♡」

 

 ──手を離す。肺が酸素を求め横隔膜が動き出す。新鮮な酸素が全身に供給され、少しずつ痺れが収まっていく。足に力が入らず、思わず座り込んでしまう。

 

「はひゅっ、はー……はー……」

「これでわかったでしょう? 彼女は本当にどんな命令でも従ってしまうのです」

 

 頭にもやがかかったようで、うまくものを考えられない。あまりにも長く首を絞め過ぎていたのかもしれない。

 息を整えている間も、視界はあやめちゃんを捉えて離れない。

 

「じゃあ、そろそろ拷問に入ろっか」

「拷問……」

 

 私の目を見て、口を開く。そういえば拷問であったか。それにしても、彼女の命令を聞けばいいだけなのだろう。それの何が拷問なのだろうか?

 

「拷問とは、肉体的なものに限らない。精神的に痛めつけ、辱めるものも拷問に含まれる。聞いてもわからないだろうけども、由良ちゃんのこ~んな姿をみんな楽しんで見てるんだよ」

 

 あやめちゃんの笑顔が理解を鈍化させる。そうか。何を言ってるかわからないが、しかしあやめちゃんが笑っているならどうでもいい。

 

「ねえ」

 

 座り込む私に、肩でもたれかかってくる。波がかった髪が私の頬を撫でる。

 

「アナタたち魔法少女には感謝しているの。妖精界のみんなは、か弱い魔法少女が怪人を倒すのが大好き。地球を生贄にして、あんなクソ手加減した怪人ショーをするだけで大勢が観てくれる。知ってる? 怪人は出撃中でさえ聞いている"スナマ・ルクチャンネル"。妖精界で視聴率100%のメディアに、もうそろそろで手が届きそうなの」

 

 彼女の指が私の顎に触れ、思わず固まってしまう。人に撫でられるのが、いいようにされてしまうのが、こんなに気持ち良いなんて。

 

「──でもなんか、あなたの周りでだけ怪人が消えてるよね?」

 

 時間が止まる。悪いことをしていないはずなのに、何かを責められているような気持ちがある。嫌だ。あやめちゃんにだけは嫌われたくない一心で、弁明を連ねようとする。

 

「それ、それは、違くて」

「何が違うの? 知ってるよ、情報災害(インフォハザード)には忘却効果があるってこと。それで隠してたんだよね」

 

 あれほどまでに魅力的だった瞳が、漆黒の感情をたたえて私を貫く。

 違う。そんな効果は無い。無いはずだ。無いはずなのに、どうしてか否定できない。否定の言葉が出てこない。

 

「おかしいよねえ、怪人は死なないはずなのに。どうしてイモリも、爪切りも、トイレットペーパーも帰ってこないんだろうね」

「う……」

 

 怪人が帰ってこないのは私が消したからだ。(ホーム)を読ませれば消せて、いつもそれをやってきていた。それは人間にとって喜ばしいことのはずなのに。

 どうして彼女の声がこんなにも低いんだろう。私の手を握る力が強いんだろう。

 

「【記憶呼び覚ます鐘】がなかったら私も忘れたままだっただろうけど。最近、ようやく思い出せてきたの。今思えば無駄なことしたなあ。八島区にたくさん怪人を投入しちゃったもの」

 

 あやめちゃんは急に手を突き放し、立ち上がって大仰に歩いて語り始める。

 

「それで興味を持って調べたら、なんとあの"落ちこぼれ"の契約者だと! 魔力操作もろくにできない"落ちこぼれ"がとうとう私たちを裏切って勝手に契約するだなんて、こんな滑稽なことがありましょうか!」

 

 やはり、(ホーム)が"落ちこぼれ"なのか。そもそも妖精が魔法を使うところなど、蝸牛(シェル)があやめちゃんと一緒に放った【アジサイビーム】しか見たことがない。妖精に魔力操作ができなくともいい気がするが、しかし怪人にとってはそうではないらしい。

 ……あれ。なんでここにはあやめちゃんしかいないのに、「怪人」というワードが出てきたのだろうか。

 

「【魅惑的な鐘音(チャーミング・チャイム)】」

「あっ……」

 

 再び心地よい鐘の音が響き渡る。怪人などいない。いるわけない。ここにはあやめちゃんしか、いない。

 座り込んだまま、今度はさらにバランスが崩れて倒れこむ。

 

「うぐ」

「うーん……人間の座り心地ってあんまりよくないね」

 

 そこに、あやめちゃんが腰かけるので息が漏れる。逆光で影になった瞳が私を見下ろしている。

 

「さて、どうやったらそんなあなたを辱めることができるか。私は考えました!」

 

 笑っている。笑っているのに、生きた心地がしなかった。

 

「あなたの前世について。女の子の皮を被っているその男について……教えて?」

「私の……前世?」

「そう」

 

 前世。私がこの世界に生を受ける前の、人生。(ホーム)以外に明かしたことのないそれを、あやめちゃんが暴こうとしていた。

 

「あの"落ちこぼれ"の契約者がどんな人か調べるのは当然だよね? あなたはと~~ってもうまく女の子に化けているようだけど、実際は男だということが分かった。性転換の手術など、したこともないはずなのにね」

「それは、どういう」

「歩き方」

 

 彼女は冷たく告げる。私はこんなにも彼女のことが好きなのに、しかし彼女は私に向ける感情など無いかのように。

 

「人間の男と女では骨盤の形が違う。そのために、歩き方も微妙に異なるの。あなたの歩き方は『本当は男だったのに、女の歩き方に矯正された』風で、わずかに男の面影がある」

「歩き方だけで……」

「他にもあるよー。喋り方、食べ方。座り方、寝方に……脳波。その全てに微妙な男性性がある」

 

 彼女は根拠を羅列するたびに、メトロノームのように指を振る。まるで、私をあざとくからかっているかのように笑うが、目は無感情のままであった。

 

「そして極めつけは、魔法。大変だったよ、なにせ怪人には魔力は感知できないから。だから私は、死んだ怪人そのものを追跡調査したの」

 

 あやめちゃんがどうしてそんなことをできるのかはわからないが、しかし彼女はやったのだという。ならば、必ずそうなのだろう。

 

「怪人は死んだわけでも、消えたわけでもなかった。ただ、どこでもない場所。世界の狭間に飛ばされただけ」

 

「そしてその座標とあなたの住む地球世界を結んだその延長線上に、もう一つの異界があることがわかったの。地球世界によく似た、平行世界(パラレルワールド)とでも呼ぶべき場所」

 

 私の話なのだろうか。私について話されているはずで、彼女の言うことに覚えなんか無いはずなのに。

 何かに、私は納得していた。

 

「あなたたち魔法少女は魔法を理屈づけて使うからね。怪人を消したのは『あの異界に向けて敵を飛ばす魔法』と考えれば……2つは繋がる」

 

 すなわち。地球によく似た異界こそが情報災害(インフォハザード)の故郷であり、私はそこから転生してきた人間だと。

 彼女は、そう言った。

 

「どうしてほんの少しだけ男っぽいのか? どうして異界を観測できない人間が、異界を用いた魔法を使えるのか? ほら、そう考えればしっくりくるじゃない?」

「……恣意的、すぎる」

 

 あやめちゃんの話を聞いて、はっきりと絞り出せたのはそれだけであった。

 

「少し振る舞いが男っぽいだけの女性などいくらでもいるでしょ」

「……そうかもね?」

「それに、異界も同じだよ。別にその異界が選ばれたのは、単なる偶然かもしれないでしょ。そもそも、その2つを結び付けるのがおかしいの」

「うんうん。そうだねぇ」

 

 私の精一杯の反駁は、意に反して力なく現出した。彼女のことを考えることで脳が圧迫されていて、うまく考えることができない。

 そして彼女はそんな私に、容赦なく言い放った。

 

「だから、これからあなたに聞くんだよ。由良ちゃん、前世について教えて?」

「わ……私は……」

「【魅惑的な鐘音(チャーミング・チャイム)】」

「う、ぐ」

 

 美しすぎる音色が脳を支配する。あやめちゃんが、好き。好きでたまらない。

 でも、これだけは。

 

「言ったら、楽になるよ~? 私の前で、気持ちよくなっちゃおうよ♡」

「いや……だ……」

「なかなか強情だねえ。うーん」

 

 言いたい。言いたくない。言いたい。言いたくない。言いたい。言いたくない。

 2つの相反する感情が、私の心をぐちゃぐちゃに切り刻む。

 

「しょうがない。どうせ帰さないし、後遺症残ってもいいでしょ」

「待っ──」

「【暴虐的な福音(ルイナス・ゴスペル)】」

 

 口を開いた瞬間、愛としか呼べないものが私を圧倒した。




これは完結するまで定期的に言いますが、評価や感想ありがとうございます。感想は全て読んでいます。
そして、できることなら評価や感想よろしくお願いします。


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宇加部 由良の生きる前について

「ぎっ……ああぁぁーーーっ!!」

「【暴虐的な福音(ルイナス・ゴスペル)】の音色はどう? もう何も考えられないでしょ」

 

 音そのものはたいして大きくもない、普通のものだ。美しくもない。

 なのに、なぜか意識が音から離れない。恐ろしいまでの量の"愛"が、私の脳内を埋め尽くす。

 

「人間に試したことはないけど、やっぱり随分と効くんだね」

「ぐううぅぅああぁ……!」

「【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】に、【陶酔的な白檀(ザ・サンダルウッド)】……魔法には妖精の意識も反映されるって聞いたことあるけど、やっぱり私を意識しているからそういうネーミングなのかなあ? どう思う?」

 

 あやめちゃんが座ってることすら気にも留められず、床に伏せてもだえてしまう。体を打つ痛みが気にならないほど、心の中を愛が占領していた。

 

「ほら、私を見て。無意識すら解放して、脳の全領域で私を愛して」

 

 目の前の相手(あやめちゃん)を、愛することしか考えられない。

 

 好きだ。

 好きだ、好きだ、好きだ。

 

「もう何でも答えられるよね?」

「うん!」

 

 好きだ。

 

「じゃあ由良ちゃんには~前世がある?」

「ある」

 

 好きだ。

 

「それは……男だった? 女だった?」

「男」

 

 好きだ。

 

「やっぱり、地球と似た世界だった?」

「うん」

 

 好きだ。

 

「死ぬまでは何してたの」

「サラリーマン」

「ふーん、普通だね」

 

 好きだ。

 

「恋人はいたの?」

「いた……けど最後はいなかった」

「あ、そう」

 

 好きだ。

 

「ま、予想通りクソつまんない返答だねえ。由良ちゃんもそう思うでしょ?」

「うん!」

「いい返事だねえ」

 

 好きだ。

 

「だからそろそろ本題に入ろうか。あなたが一番聞かれたくないであろう話」

「うん?」

「あなたはどうして、前世をひた隠すの?」

 

 好き……だ。

 

「それは……別に、意味が無いから」

「ならどうして、そんなに言い淀むの? 私を愛してないの?」

「愛して、る」

 

 好きなはずだ。

 

「じゃあ言えるよね、本当のこと」

「う、うん」

 

 い……言う。あやめちゃんのためなら、なんだって言えるはずだ。

 

「さん、はい」

「……受け入れてくれるはずもないから。私を、生きるべきでない私を」

 

 好きだ。

 

「それは、なんで?」

「宇加部 由良は今世の、この体の名前。前世の、本当の私の名前は███ ██」

「……ごめん、今なんて言ったの。名前だけ聞き取れなかったけど」

 

 好きだ。そう、私が彼女を好きだということは、彼女も私のことが大好きなはずだ。

 ならば、必ず受け入れてくれるはずだ。

 

「私は……本来生きるべきであった宇加部 由良の体を乗っ取って生きている。死んで終わりだったはずの人間が、2回目の人生を()()()()()()()()()()()()

「ちょっと、ねえ、聞いてる?」

「私はそれが許せない。のうのうと生きてる自分を、怖くて自殺もできない自分を消したくて消したくてたまらない」

 

 今まで気づかなかったこと。話せなかったこと。全て、無意識が教えてくれた。催眠されたことにすら先ほどまでの私は気づいていなかったが……彼女には、感謝しないといけない。

 だから、私はない。いない。

 

「聞き取れなかったんだよね、私の名前。教えてあげる」

「いや、やっぱりいい。いいから」

「……【私には、わからない】」

「由良ちゃん、止めて」

「【私はいない】」

「止めて!」

 

 気が付けば、目の前にあやめちゃんがいた。先ほどまでの無感情さは見る影もなく、何かを必死に訴えている。

 

「……何をやってるか自覚してるの。怪人を飛ばした魔法だよね」

「そうだよ?」

「私を愛してないの? 愛してるなら、それをやっちゃいけないことはわかるよね?」

「……」

 

 何を言っているのだろう。愛しているからやるのだ。

 だって、愛しているなら受け入れてくれるはずで。受け入れてくれるなら、消えるはずが無いのだ。

 これは……【不在義務(アブセンス)】は、そういう魔法だ。

 

 不快な音色が響く。それはどうやらあやめちゃんの頭から発せられているようであったが、しかし全てを無視する。

 

「【私はいるべきでない】」

「どうして、【妄執流す清音(フロウィング・ウィスパー)】が効かないの……催眠が、解けない」

 

 何やら奇妙なことを言っているようだが、そんなことは決まっている。

 催眠が解けたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことは許されない。

 

「どうして、あなたがせっかくかけてくれた催眠を解く必要があるの?」

「ひっ……! そもそも、どうして変身してないのに魔法を──」

 

 愛している。彼女も私を愛しているのだから、聞き届ける義務がある。

 聞かないなんておかしいのだ。

 

「【私は存在しない】」

「黙って。お願い、黙って……言うことを、聞いて!」

 

 愛しているよ、あやめちゃん。

 

「【私の名は】」

「い、嫌だ。あそこに行ったら戻れない。消えたくない!」

「【███ ██】」

「あ……」

 

 その瞬間、確かに彼女は私の名前を聞き遂げた。「宇加部 由良」ではない、前世の名前を。

 おかしなことに、彼女の顔は恐怖に歪んでいるのだ。

 

「ぁぁぁぁああああアアアアアア!!!!!

 

 顔が歪み、歪み果て、それが徐々に金属の質感を帯びて鐘を象っていく。しかしそれは一瞬のことで、絶叫の残響も消えぬ間にあやめちゃん、いや鐘の怪人は消え去っていた。

 

 もはや喋る声などどこにも聞こえやしない。私が部屋を歩く……ワームホールに向かう足音のみが響く。

 

 鐘の怪人が消えたことで、自分の視野も広がってこの部屋の広さも認識できるようになった。彼が私にかけた催眠の一部、「鐘の怪人があやめちゃんに見えるようになる」が効力を失ったのだろう。

 だが、私の目論見通り「私があやめちゃんのことを愛するようになる」はまだ力を失っていない。

 

 私が、そのようにさせた。鐘の怪人が無意識を解放してくれたおかげだ。私のすべてを私が自覚した今、情報災害(インフォハザード)のすべての魔法は思いのままだ。

 ワームホールに手をかける。

 

「待っててねあやめちゃん……今、そっちに行くから!」

 

 

『彼女には、異なる人生の記憶があります』

 

 柴野江 あやめに抱えられながら、(ホーム)は語る。あやめが思いついた「確実に魔法少女がいない場所」など、自分の家しかない。現在は芽衣と共にそこへ向かう道中なのであるが、「家でなくとも話せること」を(ホーム)にねだったところであった。芽衣はおそらくあまりついてこれないだろうが、少しでも先に話を聞いて頭を整理させる必要があるとあやめは感じた。

 

「異なる人生……生まれ変わり?」

『正しいです。彼女はこことよく似た世界で一度生まれ、そして死んだ。その後、この世界で再び生を受けた』

『異界? 本当なのか、(ホーム)

『ええ、本当ですよ。()()()とは違いますが、正真正銘の異界です』

 

 蝸牛(シェル)がした問いかけの意味はよくわからないが、あやめには今までの由良の様子に納得した。どこか落ち着いた雰囲気や周りとの距離感を測りかねた様子は、そのような経験が原因だったのだろう。自分がいきなり幼くなって幼稚園児のクラスに放り込まれた世界を想像すれば、なんとなく自分もそんな感じになるであろうことが容易に想像できた。

 

『ご存知ですか? 魔力とは異界の力です』

「それは、まあ」

『それを魔法少女が扱うには、「自分は異なる法則(ルール)の力を扱っている」と自覚する必要があります。その緊張感を出すために必要なのが"変身"なのです』

 

 (ホーム)が語った事実はあやめには初耳だった。蝸牛(シェル)が黙りこくった、その雰囲気からしてもそれが嘘ではないことがわかる。

 

『普通の人間には魔法を使えない。魔法少女に「自分は特別で、だから魔法を使える」と思ってもらうための、言わばハレの衣装です』

「怪人の攻撃から身を護るための鎧だと思ってたんだけれど……」

『その理由もあります。ただ、第一に魔法を使うためという理由があるのです』

 

 常なる変身を許可しないのは特別性を保つ意味もありますね、と(ホーム)は続ける。

 

『そして』

 

 ここからが本題だ、と言わんばかりの、重苦しい口調であった。

 

『宇加部 由良。彼女だけは、違います。長い間を異なる世界で生きてきた彼女には、今のこの世界こそが異界なのです』

「た、たしかに」

『彼女は生まれた時から常に「ここは異界である」という自覚が付きまとっている。ですから、本来必要な変身をしなくとも魔法が使えてしまう』

「あ……!」

 

 それで、か。あやめの中で固まっていた疑問が氷解した。情報災害(インフォハザード)の能力を考える上で常にあった疑問。

 「なぜ、変身せずとも魔法が使えるか?」……その答えが、ここにあった。

 

「じゃあ、じゃあ、やっぱり……!」

『ええ。本当に、言うのが遅れましたが……一連の忘却現象は、全て彼女の仕業です』

『それを早く言ええええぇぇぇぇーーーっ!』

 

 まさしく、蝸牛(シェル)の言う通りであった。家に向かう足だけは止めないながらも、あやめは(ホーム)にじっと抗議の視線を向けた。

 

「本当だよ。もう少し早く言ってくれれば、配信だって考えたのに」

『それは本当に申し訳ありません。ですが、彼女を救う人選は慎重に行いたかったのです。あれほどの危険な力、暴走させてしまえば何が起こるかわかりませんから』

 

 「その暴走が今さっき起こりかけたんだけど」とあやめは感じたが、そう言う前に重要な事項を思い出した。

 

「ねえ、やっぱり由良ちゃんを助けにはいけないの?」

『行先はわかります……が、私達では到達できない場所です。おそらく"あれ"の性格なら、命までは大丈夫でしょう。それよりも、由良の暴走を考えるとまずあやめさんに説明した方がいいかと』

「命までは、って」

 

 それはつまり、怪人が由良の命以外を脅かす可能性を示唆していた。危機感が再び募り、あやめと芽衣は足を速めるが……そこに、立ちはだかる2人の少女がいた。

 

「ようやく見つけたぞ。《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》……いや、柴野江 あやめ」

「久しぶり、紫陽花(ハイドレンジア)ちゃん。その話に、私たちも混ぜてくれないかな」

 

 神眼(トゥルース)、そして雪景色(スノウドロップ)。彼女らは、既に「いない」魔法少女──その手掛かりを、掴んでいた。

 

 



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「いない」魔法少女の追跡

(追記)申し訳ありませんが、4/11の更新はありません。詳しくは活動報告をご覧下さい。


 話は、研修直後──神眼(トゥルース)雪景色(スノウドロップ)名探偵(ディテクティブ)の3人が会議室に集まっている時点にまでさかのぼる。

 

「では早速、このメモを解読しまショウ。『仮に、私達の探す魔法少女が存在する』と仮定シテネ」

「メモ……研修中、神眼(トゥルース)様がとっていたものですか」

「そうだ」

 

 3人は机いっぱいに広げられた用紙をまじまじと見つめる。研修に参加していた魔法少女のプロフィールなどが書かれているのだろう、そう雪景色(スノウドロップ)は予想したのだが、実態は奇妙なものであった。

 

「なんですか、これ。……暗号?」

 

 各用紙の文章はいくつかのブロックに分かれていた。一番上は普通のプロフィールのようなものや、神眼(トゥルース)が感じたであろう印象などが書かれている。が、それ以外は意味不明なひらがなやカタカナの羅列だったり、点字だったり、はたまた関係なさそうな詩のようなものだったりした。

 

「そうだ。一番上は普通の文章だが、その下は()()を一文字ずつずらしたものになっている。小字や記号を除いてな」

「ええと、『ストーンカッター』に対応してるのが『セナーアキッチー』だから……確かにずれてますね」

 

 つまるところ、一番上のブロックを様々な形で暗号化したものを下のブロックに書き写しているシステムであるらしかった。

 

「点字はわかりますが、その下の2つは?」

「下から2番目は私たちが決めたオリジナルの暗号だ。そして1番下は、書いたときに私がなんとなくで変換したものだ」

「なん……え?」

 

 聞き取れてはいたが、しかし予想だにしない言葉であったため雪景色(スノウドロップ)はつい聞き返してしまう。神眼(トゥルース)はそれをいったん無視しつつも1枚の用紙を取り出した。

 

「見たまえ。こいつが……私達の探している魔法少女だ」

 

 彼女が雪景色(スノウドロップ)名探偵(ディテクティブ)に向けて見せたそれには、何も書かれていなかった。一番下、詩のブロックを除いての話だが。

 研修に参加した魔法少女14人のうちの、最後の1人。それについての情報が書かれていたはずなのに、ほとんどが抜け落ちてしまっている。

 

「そのまま書くのはダメ、暗号化した文も消えてしまうようデスネ。唯一残っているのは『なんとなく』で変換したもののみ、ト」

「明瞭な規則に従って変換した文は無条件で消されるようだな。つまり、0と1のみで管理される電子データも消えていると見ていいだろう」

「え、えと、その、つまり……」

 

 神眼(トゥルース)名探偵(ディテクティブ)はわかっているようだが、そもそもこの魔法少女の話自体が初耳な雪景色(スノウドロップ)にはなかなかついていけたものではない。

 だが、それでもなんとか食いついて状況を整理した。

 

「つまり神眼(トゥルース)様が感覚で書いた文を、これから解読しなければならないのですか?」

「そうだ。暗号文も消されるかもしれないと思って用意した、『暗号ですらない文』。私ですら意味を忘れたこの文を再解釈せねばならない」

 

 それは答え合わせのしようがない作業だ。しかし、答えが確定しているような文は記録に残らず消え失せるときた。恐ろしく意地の悪い現象だった。

 

「まあ、他に情報が無いわけでもない」

 

 雪景色(スノウドロップ)が怖気づいたことを察したのか、言いながら神眼(トゥルース)は他の用紙を取り出す。それは、《衣装型(フォーム)紫陽花(ハイドレンジア)》のものだった。

 

「この紫陽花(ハイドレンジア)の用紙に書かれた文章には、不自然に抜けが多いだろう? つまり、紫陽花(ハイドレンジア)は目標と深い関係を持っていることがわかる」

「なるほど。他にそういう魔法少女は……いませんね」

「だからまあ、居場所を探るなら彼女の周辺からアプローチするのが効果的だろうな」

 

 もちろん仮にいるとするならだが、と神眼(トゥルース)は付け加えた。

 

「さて、練習のためにもこの文ぐらいは解読できるようになっておきたいところだが……」

 

 指し示すのは"ほぼ"白紙の一番下、詩の欄だ。月をテーマにしているように見えるが、これを解読できればその魔法少女についての一定の情報が得られるという。

 

「他の例からしておおまかな容姿や性格を描写しているはずだ。月ということは静かな子か……?」

「月は太陽の光を反射しているだけですから、引っ込み思案な性格とも考えられマスネ。もしくは、主役となる太陽のような子がいるのカモ」

 

 議論しながらも、無理があると2人は感じていた。答えの決まらない連想ゲームに、答えを見出すかのごとき所業なのだ。調査用紙に詩の欄を入れたのは最終手段の意味合いが強く、本来は暗号や点字文が残ってくれることを期待していたのだ。なのに結果は無情で、残ったのはあまりにも頼りない非暗号文。こんなの、本当に読み解けるのか。

 

名探偵(ディテクティブ)。本当にこれが最善手なら、なかなか厳しいぞ」

「【名推理】は手段を提示するだけですカラネ。その手段を達成できないことには、無駄に終わってしまいマス」

 

 しかし、雪景色(スノウドロップ)は違った。

 

神眼(トゥルース)様が公式に残された文で『月』を使っているのは……2008年花祭、新鳥戸中学入学式、第56回魔法推進賞授賞式典の4回です。その4回とも、『月』を『普段目立たないが、確かな意志を持つ人』の比喩として使っています」

「……そうなんデスカ?」

 

 確認の意味を込めて名探偵(ディテクティブ)神眼(トゥルース)を見やるが、当の彼女は複雑そうな表情をしていた。

 

「確かにそうだった気はするが……よく覚えているな」

神眼(トゥルース)様の公式資料はすべて覚えているので」

 

 神眼(トゥルース)雪景色(スノウドロップ)をこうやって助手として選んだのにはいくつかの理由がある。まずは、地区上位勢会議に参加できるほどの実力と真面目な態度。次に、その中でも新参者で仮にいなくなっても影響が少ないこと。最後に、それらの条件の中で神眼(トゥルース)の妖精である望遠鏡(スコープ)が選んだ者であること。特に、二つ目の理由で人物を選定しないといけない点に彼女は悩んでいたが、しかし今度は別の不安が彼女を悩ませていた。

 人選としては雪景色(スノウドロップ)は適切であったかもしれないが……少し、怖い。しかし雪景色(スノウドロップ)は止まらない。

 

「過去に『雲』は隠し事や不安を表すときによく使われていたので、ここの『叢雲来る』もそのような意味でしょう。後の『沈まぬ太陽』は欺瞞の表現なので、恐らくその人は何らかの嘘をついていると思われます」

「す……すごいデス! 雪景色(スノウドロップ)さんは天才デスネー!」

「これぐらい、神眼(トゥルース)様を敬愛する身としては当然のことです」

 

 彼女が次々と詩を解読する様子を眺めながら、神眼(トゥルース)の心は頼もしさと恐怖でないまぜになっていた。

 

 

「おじゃまします!」

「ああ、うむ、あがってくれたまえ」

 

 そして後日。そんな彼女を自宅に招くのは甚だ不本意であった。が、彼女は神眼(トゥルース)以上に神眼(トゥルース)のことを理解しており、これほど頼りになる存在が他にいないことも確かであった。ちなみに、名探偵(ディテクティブ)はもういない。「できることはやったので、故郷(アメリカ)に帰りマース」とだけ言って去ってしまっていたが、それが彼女の気まぐれなのか【名推理】による行動の変更なのかは教えてくれなかった。

 雪景色(スノウドロップ)が目的を確認する。

 

「ここでは、隠されたはずの過去のメモを探す……そういうことでしたね」

「ああ」

 

 神眼(トゥルース)は、過去にも「いない」魔法少女について確かに詮索したはずだ。なぜなら奇妙な事件が起こっているのにもかかわらず、それについての記憶が消えているから。だが過去の神眼(トゥルース)が、全く対策をしていないとは思えない。

 

「私なら、他の魔法少女が下手に記録を見て記憶を消されることは避けるはずだ。リスクが管理できないからな。しかし家なら読むのは無関係な家族だけだ。誰かに見つかって記憶が消されても、もとよりそう関係ない魔法少女のことだから被害は最小限で済む。それに、もし家族がそうなれば発覚しやすいしな」

「なるほど」

「だから、残すなら(ここ)しかない」

「あ~いらっしゃい雪景色(スノウドロップ)さん! 話は聞いてますよ、うちの娘に協力をなさってくれるだとか……」

 

 靴を脱ぎ、玄関に上がりながら説明をすると、神眼(トゥルース)の母が出迎えてくれた。普段は威厳のある様を魔法少女に対して通している神眼(トゥルース)だけにそれは少し気恥ずかしいものであったが、止める前に雪景色(スノウドロップ)がずずいと母の前に進みこんだ。

 

「お義母(かあ)さま! 雪景色(スノウドロップ)と申します。この度は……」

 

 彼女が母を呼ぶ時、なんか明らかにおかしいニュアンスが含まれているような気がしたが神眼(トゥルース)は気合で無視した。

 

「……して、よろしければ神眼(トゥルース)様の卒業文集や読書感想文などが残っていれば見せていただきたく……」

「もちろん良いですよ~! さ、ほら上がってくださいな」

 

 無視していたら、思ってもない方向に話が進んでいた。

 

「ど、どうしてそんな話になるんだ!」

「すみません、神眼(トゥルース)様。調査に当たって公式の文書は全ておさらいしたのですが、完璧とはいいがたく」

 

 要するに、神眼(トゥルース)が詩を残していた時のために解読用の資料を増やしておきたいということだった。

 それはわかる。それはわかるが……神眼(トゥルース)は高校生。魔法少女であることを除けば、多感な年頃の普通の女の子だ。自分の書いた私的な文章を他人に読まれるのは、人前で変身することよりも恥ずかしいことだった。

 

「ぐ、ぐうぅ~~……。なるべく、早く済ませるぞ」

「ええ、もちろんです!」

 

 神眼(トゥルース)は大義を優先できる魔法少女だった。が、その代償もまた大きいものだった。

 

 して、その選択は正解だった。

 

「まさか、7冊も見つかるとはな……今まで見つけられなかった自分が恨めしい」

「記憶が無ければこんなところにあるとは思いませんからね」

 

 メモの冊子はあの手この手で隠されていた。過去の神眼(トゥルース)も様々な記録手段を模索していたのか、ところどころ消えている。残っているのは詩のようになっている部分や、「仮にいるとするなら」とわざとらしくつけられた文だけだ。全てのページが埋まっているわけではなかったし文として残されている部分も少なかったが、そのどれもが貴重な情報源だ。ある程度は神眼(トゥルース)も協力できたが、しかし捜索と解読を主導しているのは雪景色(スノウドロップ)だった。

 

「私だけでは絶対にたどり着けなかっただろう。……本当に、ありがとう」

「当然のことをしたまでです」

 

 雪景色(スノウドロップ)はそう言いながらも、凄まじいスピードで解読作業を進めている。自分が読んでもうっすらとしか内容を把握できない曖昧な詩を、なぜこうまで読み進められるのか。

 神眼(トゥルース)は解読結果の方を確認する。「いない」魔法少女についての個人情報や性質の推測が、「仮にいるとするなら」という前置きの下で展開されている。

 

「もしこのような魔法少女がいるとするなら……だが、自身に関する情報を消す。例外もあるようだがその条件は不明。そして関わった怪人の大半が消えている……」

「……そんな衣装型、考えられるんでしょうか」

「わからない。わからない、が」

 

 神眼(トゥルース)は考える。怪人が消えたのではなくただ忘れられたのであれば、「不審な被害」という形でどこかに必ず現れるはずだ。それを過去の自分含めて発見できてないのならば、そうでない可能性が高い。そして、その怪人が消える条件は、恐らく「いない」魔法少女の衣装型と大きく関係があるはずだ。

 

望遠鏡(スコープ)、どうだ? 『怪人が消えた』とは、どういう意味だと思うか?」

『私達とは明らかに異なる魔法。もしかしたらですが……我々の悲願の、最後の1ピースになるかもしれません』

「決まりだな。まず、紫陽花(ハイドレンジア)に会う。そこから接触する方法を探るぞ」

 

 そうして、彼女らは邂逅する。紫陽花(ハイドレンジア)に。そして……情報災害(インフォハザード)に。




作中で説明する気だったけどタイミング逃した小ネタ
名探偵(ディテクティブ)はその気になれば普通のイントネーションで日本語を話せるが、「こう喋ると日本人にちやほやしてもらえる」という理由であえてカタコトにしている。


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明かされる真実 その1

「なるほど。その魔法少女が仮に存在したとして、それは攫われたと」

 

 紫陽花(ハイドレンジア)神眼(トゥルース)雪景色(スノウドロップ)。そして伊空 芽衣に各妖精たち。

 その一同が、路上で会していた。

 あやめは(ホーム)が「周りに魔法少女がいないところで話したい」と言っていたことを思い出し、由良が攫われたと話すのみにとどめた。

 

「その変な前置きはなんなんですか」

「ん、ああ……こうしないと、私たちは忘れてしまうからね」

「忘れるって、何を」

 

 さもなんでもないことのように神眼(トゥルース)は話したが、あやめはスルーできなかった。

 

「君の友達のことをだよ。彼女は自身に関する情報を消してしまう、と推測できる。その時私たちの記憶も消えてしまうのだ」

「……?」

「でも、『仮にこういう存在がいる』と言って空想上のものにしてしまえば忘れないわけだ」

「な、なるほど」

 

 神眼(トゥルース)の眼光があやめを捉えて離さない。何も無いはずなのに、あやめが後ずさりをしたくなるほどの圧力だった。

 これが、これが怪人討伐数第10位か。戦闘に向いていない衣装型であっても、その実力はやはり上位勢のものなのだ。

 

「確かにゆゆしき事態だ。総力挙げて救出する必要があるな。だが、何か隠しているな?」

「……!」

「この神眼(トゥルース)をくれぐれも見くびってくれるな。魔法を使わずともそれぐらいはわかる」

 

 目が細まる。2人の緊張感が高まったところで、介入したのは妖精の望遠鏡(スコープ)であった。ただし、その姿は魔法少女でない芽衣には見えなかったが。

 

『はい、はい、2人とも落ち着いてください。往来ですよ』

「む……」

(ホーム)、久しぶりですね。まさかあなたが仮想の魔法少女の契約相手とは思いもしませんでしたが』

 

 (ホーム)の意識が向けられる。彼もまさか望遠鏡(スコープ)がいるとは思っていなかった。妖精界の数少ない知己と、このような場所で邂逅するとは。

 

望遠鏡(スコープ)……先輩……』

『大丈夫ですか、(ホーム)? 私の志は変わっていませんが、あなたはどうでしょう』

『私は由良と契約している。それが答えですよ』

『……それなら良かったです』

 

 妖精同士で何かを語り合うなど、あやめはほとんど見たことない。だが、これで確かに通じ合えたらしかった。雪景色(スノウドロップ)にとっても同じようで、あやめと似たような表情を浮かべていた。

 

紫陽花(ハイドレンジア)さん。私たちはあなたと敵対したいわけではありません。ただ、あなたたちの話に混ぜてほしいだけなのです』

「え、それは……」

『構いません、彼らは味方です。由良の救助のためにも、巻き込んだ方が良いでしょう』

 

 妖精の主張。話が聞こえず、ついてこれない芽衣。

 

「一刻を争う事態なんです。神眼(トゥルース)さん、『総力を挙げて助ける』と言っていましたね」

「ああ、言ったな」

「お願いします。私の友達を……助けてください」

 

 あやめが絞り出せたのはこの一言だけだったが、神眼(トゥルース)の返答は芳しいものではなかった。

 

「すぐには難しい、というのが答えだ。説明のためにもどこか落ち着いた場所で話がしたい」

 

 

 柴野江 あやめの自宅に全員が移動してから、少し。

 幸運なことに、彼女の自宅には応接室のようなものがあり、全員はそこでテーブルを囲んでいた。

 

「それで」

 

 芽衣は社交的な人物だ。少なくとも、由良よりは。だから友達を何人か自宅に呼んだことはそれなりにあるし、逆に大勢で友達の家に行ったこともある。

 だが、ここまで物々しい雰囲気になったことはなかった。あやめは神眼(トゥルース)と呼ばれていた人をじっと見つめているし、もう一人も何やら難しい顔をしている。カップに口をつける者はだれ一人としていなかった。

 

「変身もしてないのに、怪人にさらわれたのですよ。『すぐに助けるのが難しい』とはどういう意味ですか」

 

 そもそも、自分は明らかに場違いじゃないか。もとよりあやめを探して来ただけなのに、偶然その友達の人と会って。でも、その人が目の前で怪人にさらわれて。それで成り行きでここにいるが、もうあやめちゃんとの再会がどうとか言っている場合ではない。

 芽衣は俯きながらもあやめの方を見やる。大声を上げているわけではないが、これほどまで怒っている彼女は見たことが無い。それだけ、あの人は彼女にとって大事なんだろう。

 

「言った通りだ」

 

 対して、この神眼(トゥルース)と呼ばれている年上の女性もそうだ。日本でトップクラスの魔法少女だ、さすがに芽衣も耳にしたことぐらいはある。だが、こうして間近で見るのは初めてであったし、あやめに詰められても一切動じずに返すその姿には少し恐怖を感じた。

 

「様々な問題点がある。まず第一に、場所がわからないこと。第二に、怪人による抵抗が予想されること。最後に、魔法少女の協力を得る必要があること」

『つまりですよ、あやめさん……』

「私が説明する。ここには魔法少女でない者もいるようだしな。ついでに、妖精たちは席を外せ」

 

 望遠鏡(スコープ)が説明しようとしたところを、神眼(トゥルース)が遮った。芽衣にとってはありがたさよりも、明確に自分をまきこんでいることの方が恐ろしかった。妖精を退けようとしているのも気味が悪い。

 しかし、神眼(トゥルース)はそのような事情を知ってか知らずか、さほど気にした様子も見せなかった。妖精──(ホーム)は動けないため雪景色(スノウドロップ)の妖精、待雪草(ガランサス)に引きずられて──が別室に移動した後、彼女は続けた。

 

「最初の場所だが、そのままだな。どこにさらわれたかわからない以上、まず場所の特定から始める必要がある」

「……神眼(トゥルース)さんの魔法では、ダメなんですか」

「ダメだ。私の魔法は特定の場所には関与できない。仮想の魔法少女がさらわれたのはそこである可能性が高い」

 

 神眼(トゥルース)は、その高い情報収集能力を買われている。先ほど見せたプレッシャーから恐らく戦闘能力も高いことはわかったが、しかしメインは前者のはずだ。その彼女が調べられない場所とは。

 あやめも同じことを気になったらしい。

 

「それは、どこなんですか」

「妖精界」

「……へ?」

「読んで字のごとく、妖精の住む世界だ。そしてそこは……怪人の本拠地でもある。世界と呼ぶにふさわしい広さで、あてずっぽうで突撃しても救出はできんな」

 

 彼女は何を言っているのか。あやめも、芽衣も、そして雪景色(スノウドロップ)にもわからなかった。しかし、神眼(トゥルース)は容赦なく続ける。

 

「これは全ての妖精に言えることだが……妖精界への致命的な反逆行動には制限(ロック)がかかっていてな。妖精の許可が必要な魔法もまた然り、だ。この地球で起こることを調べるぐらいならいいのだが、妖精界を調べることはできん」

「待ってください。それは」

「怪人がわざわざ魔法少女をさらう目的など、本拠地に連れ帰るぐらいしか思いつかない。だから難しいといったのだ」

 

 ここまで一気に説明すると、神眼(トゥルース)は一息ついた。重い空気が場を支配する。

 妖精界が怪人の本拠地でもあるとはどういうことか。行動の制限(ロック)とは。そもそも、妖精と怪人はどういう関係なのか。様々な疑問が浮上する。

 

 だが、この中でもあやめは冷静だった。由良を助けたいという強い目的意識が、逆に彼女の心を落ち着かせたらしい。睨みつけながらも、一つ一つ確実に言葉を紡ぐ。

 

「……二番目と三番目については?」

「二番目は単純に……怪人の本拠地に殴りこむのだから、怪人が多く待ち受けているべきと考えた方がよいからだ。本気になった怪人は手強いだろうな」

 

 どこか含みのある言い方だった。だがそれが何かは、芽衣にはわからなかった。

 

「三番目だが。場所が仮に分かったとして、そこに行けなければ意味がない。そのために移動用魔法を扱う魔法少女の協力が必要なんだが、妖精の説得をする必要がある」

「そもそも怪人の出没とは関係ない上、行動の制限(ロック)にも関わるかもしれないと」

「その通りだ」

 

 本当に全てを説明しきったのか、神眼(トゥルース)は座り直してカップに口を付けた。確かにこれほどまでの困難があるとするならば、落ち着いた対処が必要なのだろう。あやめにも、今すぐに由良を助ける方策は思い浮かばなかった。

 しばらくは自発的には口を開かないつもりだったのだろうが、さっきまで黙っていた雪景色(スノウドロップ)が質問した。

 

「……神眼(トゥルース)様、私も初耳でしたが」

「それは申し訳なく思っている。だが、リスクも考えてギリギリまで先延ばしにせざるを得なかったのだ」

「それは、どういう」

「私たち魔法少女は妖精……正確には、妖精を通して妖精界から監視されている。常にというわけではないが、こういう話は『なるべく妖精のいない場所で』『最小限に』行うべきだ」

「情報が……多いです……!」

 

 あやめは頭を抱えたが、芽衣にいたってはほとんど宇宙だった。

 

「そこに、『仮想の魔法少女』が現れたのだ」

 

 「仮想の魔法少女」は、さっきから望遠鏡(スコープ)神眼(トゥルース)が使い始めた語だ。どうやら、「仮にこういう魔法少女がいるとして~」という前置きを凝縮した表現のようであった。

 

「『仮想の魔法少女』ならば、自身に関わる情報を消すことができる。関わったものはみな忘れてしまう。これをうまく使えば妖精界の監視も、行動の制限(ロック)も何とかできると思ったんだが……まさか、誘拐されているとは」

「じゃあ、あなたたちがあやめ(わたし)たちに接触してきたのって……」

「あの」

 

 声を上げたのは芽衣だった。

 

「私、忘れてませんけど」

 

 一斉に、一同の視線が集まる。最初に話し出したのは神眼(トゥルース)だ。

 

「君を巻き込んだのはそれを聞きたかったためだ。いったいなぜ、仮想の魔法少女を覚えている?」

「いや、芽衣はまだ会って間もないから……私もすぐに忘れたわけじゃないし」

「数日前から知っていました。あやめちゃんが配信してたのを見てたから、友達だってわかってたわけだし」

 

 証拠を出そうと、芽衣は自身のスマホを取り出し動画アプリから配信アーカイブを再生する。

 

「ほら、映ってるじゃないですか」

「いや、それはそうだけど……ほんとに数日前から見てたなら、忘れてないのはおかしいね」

「……すまん、私には映っているようには見えない」

「私もです」

 

 同じ映像を見ているはずだ。それなのに、三者三様の反応だった。宇加部 由良……「仮想の魔法少女」の力が明らかに関わっているが、誰もその現象について説明できなかった。

 そのとき。

 

 ぴん、ぽーん。

 

「……え?」

 

 不意に呼び鈴の音が、鳴り響いた。

 

「……宅配、かな。お母さんが頼んだのかも」

 

 あやめはそう言うも、それを心の底から信じ込めたわけではなかった。うまく説明できないが、何か途轍もなく嫌な予感がした。

 そしてそれは、的中する。

 

『宇加部と申します。あやめちゃんはいらっしゃいますか?』

 



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明かされる真実 その2

『宇加部と申します。あやめちゃんはいらっしゃいますか?』

「由良……?」

 

 インターホン越しに見えたのは、見覚えのある人物だった。

 怪人にさらわれた彼女を助けるための話し合いを今していたところなのに、渦中の人物が家の前にいる。

 喜ばしいことだ。嬉しいと思うべきだ。

 

 なら、どうしてあやめはこんなに胸が騒ぐのか。何かがおかしい。

 怪人が化けている? いや、そんなものではない。何かそれより恐ろしいものが家の前に立っている……ような気がした。

 

「まずいっ!」

 

 声を出したのは神眼(トゥルース)だ。急に立ち上がり、何かに焦っている。

 

「予想しただろう、雪景色(スノウドロップ)! 私たちが曲がりなりにも『仮想の魔法少女』について覚えていられたのは、まだその実在を実感していないからだ!」

「あ……!」

 

 それは、神眼(トゥルース)が過去に残したメモに書かれていたことであった。

 『私は彼女を忘れないために様々な対策を敷いているが、1つだけ懸念がある。それは、魔法を通じて彼女の存在をどうしようもなく実感してしまったことだ。もし私が忘れてしまったのなら──』

 

()()()()()()()()()()()()()()なんだ! 実際にこの目で見てしまったらいよいよマズいぞ!」

「も、もう声聞いちゃったんですけど!」

「セーフと信じるしかない! チィ、あれを使うことになるとは……!」

 

 そう言いながら彼女らはいそいそと鞄から何かを取り出す。あやめはそんな二人を横目に、インターホンに対応した。

 おかしいのはわかる。でも、ここでごまかす方がもっと大変なことになる気がするのだ。

 

 だって、彼女の目がそう物語っているから。いつもの由良ではない、どこか狂気的な感情が見え隠れしている。

 ここからは慎重に言葉を選ぶ必要があるとあやめは感じた。

 

「由良ちゃん、さらわれたって芽衣に聞いて……心配してたんだ。良かった、無事で」

『私は無事だよ。なんとか切り抜けられたんだけど……いてもたってもいられなくなって。つい、会いに来ちゃった』

 

 そもそも、あやめは由良に住所を教えていない。もう少ししたら家に誘ったり、逆に家に行ったり、そういうことをしようと思っていた。その矢先のことだったから、まだ教えていないのだ。

 だが、それを直接聞くのはさすがにまずいことぐらいはわかった。

 

紫陽花(ハイドレンジア)

 

 背後から、神眼(トゥルース)の声が聞こえる。

 

「中に入れていい。覚悟を決める。もし私たちが彼女のことを忘れたら……また、教えてくれ」

「……はい」

「こういう時のために符牒は決めてある。『欺く目を見通せるか?』と聞けば、未来の私は『時が来れば、あるいは』と答えるだろう。それが合図だ」

 

 唾を飲む。自分も、覚悟を決めるしかない。

 

「由良ちゃん、いらっしゃい。いま開けるね」

 

 一応、蝸牛(シェル)を呼んで魔法を使えるようにするが。それが対策にならないことは、あやめもうすうす理解はしていた。

 

 

「……で。確か神眼(トゥルース)さんだよね。研修で会った」

「そうだ」

 

 存外、由良に問題はないように見える。瞳の奥に何かが見える気がするが、入れたとたん暴れたり、奇妙な言動をするといった異常さはない。

 でも、普段の由良とは何かが違うことは感じ取れたため、あやめは警戒していた。

 

「どうしてアイマスクなんかつけてるの?」

「苦肉の策だ……君へのな」

「はぁ」

 

 本当に苦肉の策だった。由良が気の抜けたような声を出すのも無理はない。耳栓をしないのは、聞くだけならギリギリ「そういう音声だ」と自分を納得させられる自信があるのか。それとも、忘れる前に少しでも情報を取ってやろうという意地の表れだろうか。

 

「ああ、【不在義務(アブセンス)】対策か」

 

 しかし、由良はこともなげにこう言った。配信アーカイブを見て取り乱した彼女とは明らかに違う。自分の忘却効果について完全に把握しているように振る舞っている。

 

「そうだね。あやめちゃんは、どうしたい?」

 

 そこで不意に由良から聞かれるものだから、あやめは困惑した。

 真っ黒な瞳がのぞき込む。その深淵に何が残っているのか、あやめにはわからなかった。

 

「どうって……」

「今ならこの二人、かな? 私のことを忘れないようにできるよ」

「でき……るの?」

 

 把握、だけではないのか。この短時間で完全に制御したと言っているに等しい。あやめにはそれが、危ういように見えて仕方がなかった。

 

「もちろん! あやめちゃんのためなら私、なんだってできるよ!」

「じゃあ、お願い」

「【不在義務(アブセンス)例外処理(イクセプション)】」

 

 由良がそう唱えた瞬間、神眼(トゥルース)雪景色(スノウドロップ)の脳内に膨大な記憶がよみがえった。

 「いない」魔法少女。消えた怪人。様々な会議に、残したメモ。全ての情景、感情、記憶が復活する。

 急な情報量に、思わず二人は頭を抱えた。

 

「ぐぅ……!」

「あ、一気に思い出すとさすがに辛いかも」

 

 例えるならそれは、記憶を隠していた幕が一気に取り払われる感覚に近かった。直接情報を流し込まれているわけではないが、しかし急に記憶が明らかになるとそれだけで脳は驚いてしまう。

 

「私は、こんなにも……繰り返していたのか。仮想の魔法少女、いや、情報災害(インフォハザード)

「その件についてはごめんね。でも『表』の私も必死だったからさ」

「『表』……だと」

「今の私は、いうなれば『裏』。鐘の怪人に催眠をかけられて、無意識が表出した状態だからね」

 

 おかしかったのは、そういうことか。今まで隠されてきた由良の一面が見えているから、どこか違和感を覚えるのだ。

 だが、それよりも重大な疑問点が増大していた。

 

『由良……もしかして、全て自覚しているのですか』

「してるよ、全部」

『ピースは埋まりました』

 

 気づけば、別室で話していたすべての妖精がこちらに戻ってきていた。何らかの話し合いが終わったらしく、望遠鏡(スコープ)が口を開く。

 

『必要な情報も、抜かれない(妖精界に抜かれない)範囲で話せました。ここからは監視をシャットダウンさせます』

「そんなことができるんですか?」

『これで万が一にも内容が漏れることはありませんが……シャットダウンさせている事実は残ります。これが終わったら、すぐにでも行動した方がいいでしょう』

 

 助けるはずであった由良はそこにいる。だから、雪景色(スノウドロップ)は聞き返した。

 

「行動、って」

『決まっています。全ての怪人を殺し、この地球に平和を取り戻す……そのための行動です』

 

 明確に、そう宣言した。明らかに冗談ではない。

 あやめはそれを聞き、少し考え、そして言葉を出した。

 

「なら、全部説明して。由良ちゃんのことも、怪人と、妖精についても」

「わかった。『全部』説明するね」

「えっ」

 

 そのとき、少しだけ由良が揺らめいた。そう全員の目には映った。

 そしてその瞬間、文字通り彼女に関する全ての情報が流れ込んできた。

 

「私の魔法なら、情報を圧縮して届けることができる。私の動きそのものに……全ての説明を詰め込んで届けることができる。さあ、理解して。私のすべてを」

 

 

 私には宇加部 由良という名前がある。だけども、それは今世の名前。実は前世の……異界で暮らした記憶があり、私は常に苦しめられていた。だって、この体には本来いるべきであった魂があるはずで、私はそれを押し退けて入っているに過ぎない。私は憑依しているのだ。ずっとそう思っている。

 それでも、体を返す方法なんてわからないし、自殺なんてもってのほかだ。恩を仇で返すことなどできるはずもなく、私には生きる道しかなかった。それで、なんとかやっていたのだ。

 

 魔法少女に、なるまでは。

 

 怪人がいて、暴れまわっていて。でも周りに魔法少女はいなくて。妖精が見えて、自分に適性があることを理解した。

 だから、契約をして戦った。その選択に悔いはない。でも、怪人と初めて戦うときに、変身の呪文が頭に思い浮かんでからこの悩みはさらに酷くなっていった。

 だって情報災害(インフォハザード)なんていう属性、どう考えてもまともじゃない。明らかに私という異物が紛れ込んだせいで、こうなってしまったのだ。今ならわかる。私が現世に持ち込んだ、前世の魂の一部。それが魔力となって私の属性に影響を与えているのを。

 

 夢を見る。私でない"私"、前世などない正常な"私"が、正しい属性の衣装型を纏って私を責める光景を。本当にそんな"私"がいたのか、実在する世界があったのかはわからない。わからないが、たとえ幻想でも自分にとっては現実だった。

 

 だから消すのだ。私の情報を、情報災害(インフォハザード)で。自分が魔法少女であるからこそ私の異常性が浮き彫りになってしまう。責められたくなかった。自覚したくなかった。無自覚に、「魔法少女の私」を消す。

 手段は豊富にある。単に忘れさせるもの、情報そのものを消し飛ばすもの。そしてその最高峰が、私の前世の名を知った者を故郷の異界へ引き寄せるものだ。未だ発展途上なその魔法では出力が足りず、結果として引っ張られたものはこの世界と故郷の異界との狭間に落ちることになる。そこで朽ち果てることさえできず生き続ける羽目になるので、結果として消えたも同然になる。

 

 それが情報災害(インフォハザード)。それが、【不在義務(アブセンス)】だ。

 

 今までは気づかなかったけれども、鐘の怪人が私に気付かせてくれた。私の無意識のこと、そして私の使命。結局彼は【不在義務(アブセンス)】に引っかかって消えてしまったけれども、彼には感謝しているのだ。私はこれから、あやめちゃんを愛するためだけに生きる。

 

 

「頭痛い……」

『き、きつ……』

「ば……馬鹿! さっきより酷いのをやるやつがいるか!」

 

 死屍累々になっている面々はともかく、彼女の動きを読み取って流れ込んできた説明はこのようなものだった。

 

『鐘の怪人があなたをさらって、どこで、何をしたのですか』

「『拷問ショー』と言っていたよ。白くて円形の、出入り口のない部屋に閉じ込められたの。【不在義務(アブセンス)】で、それを見てた怪人も消し飛んだと思うけど」

『そのスタジオは……特定の重鎮向けの映像の撮影所ですね。消し飛んだのはごく一部でしょう。まだまだ妖精界には、罪深き怪人と妖精がいるはずです』

 

 望遠鏡(スコープ)が由良と何かについて話している。不穏な気配を感じつつも、あやめは頭を押さえながら必要なことを言った。

 

「由良ちゃんは今後、テレパシー禁止ね」

「わかった!」

「返事だけはいいな。魔法に自覚的になってくれたのはうれしいが、催眠が厄介だ。精神を治す魔法少女も起用する必要があるな」

「あ、【催眠は忘れて】」

「は……?」

 

 不意に由良が手をかざすと、あやめ以外の全員の記憶から催眠についての事項が消し飛んだ。

 そしてそれがわかるのは、由良を除けばあやめだけである。

 

「ん? さっき何かを話していたような気がするが……」

「ちょっと、由良ちゃん!」

「なに?」

「……(ホーム)! なんで魔法を許可しているの!」

 

 魔法は、妖精による許可制だ。たとえ変身せずに魔法が使えたとて、妖精の許可が出なければ発動できない。しかし、そこで問い詰めた先に出た(ホーム)の返答は思いもよらないものだった。

 

『すみません、私にはどうにもできないのです。私の魔力を制御する能力は、昔の事故で失われてしまいましたから』

「え……」

『膨大な魔力を持ちつつも、契約した相手に魔力を無制限に渡してしまう。ゆえに"落ちこぼれ"と呼ばれ、ついには妖精界から放逐されました。彼女は、由良は……そんな私を救ってくれたのです。それが、こうまでなるとは』

「そんな……」

 

 制止する間もなく、息をつくように魔法を味方に使う由良。催眠のせいで魔法を自覚し、それを使いこなす彼女を止められるのは自分だけだ。

 

「必要な措置だよね。怪人を全員倒すんでしょ、余計なことに気を回させている余裕はないよ」

 

 ……本当に、できるのか。

 

「大丈夫、あやめちゃんの心を操ったりなんかしない。私はただ、あやめちゃんが好きなだけ。怪人を倒したら、二人きりで一緒に暮らそうね……」 




「そもそも、あんなに言う必要まではなかったんじゃないの。多分神眼(トゥルース)さんが知りたがってたの、魔法のところぐらいだと思うよ」
「だって、あやめちゃんが『全部』って言うから……」
「なんで今ナチュラルに私のせいにしたの?」


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反逆の狼煙 その1

『では、今度はこちらの番ですね』

 

 由良が自分の内心を暴露しておいて、都合の悪い部分の記憶を消していた後。

 望遠鏡(スコープ)が口火を切った。

 

『怪人を倒す、という目的は理解してもらえていると思いますが。倒すためにどのようなポイントが重要になるのか、そしてどこが難関かを理解してもらうために妖精界の歴史から説明します』

 

 今度は、テレパシーなしで至極安全に語られた。妖精を感知できない芽衣のために、語りは神眼(トゥルース)が代行した。

 

 

 この世界に人間がいるように、妖精界には2種類の知的種族が繁栄しています。

 それが妖精と怪人です。それらは人間の男と女よりは遠い存在ですが、犬と狼よりは近い存在なのです。同じ親から、妖精と怪人両方が生まれることもあります。

 

 この妖精界の技術は地球のそれとは異なった方向に進化しました。具体的には、「異界を観測する技術」に特化したのです。そして、それのおかげである異界に眠る膨大なエネルギー……「魔力」と呼ばれるものを発見したのです。

 意外でしたか? 魔力とは異界の力。これは、我々妖精と怪人にとってもそうなのです。この魔力によって、妖精界の文明はさらなる発展を遂げました。各々が魔力を手にし、遺伝させ、自らの力として振るうことができるようになったのです。

 

 そうして、栄華を極めた妖精界が目を付けた娯楽……それが、「異界人を見せものにする」というものです。地球の人間、特に少女の見た目は怪人にとって非常に好みのようでして、鐘の怪人が主催したショーに皆釘付けになりました。特に、何も知らない少女が怪人に勝利して喜ぶ姿に、ね。

 

 さて、ここでは割愛しますが、諸々の事情で妖精は怪人よりも地位が低いです。"妖精界"と呼ばれているのに、皮肉なものですが。この立場の違いが、地球における妖精と怪人の役割に関係します。

 よりリアリティのある、臨場感たっぷりなショーを。そう考えた鐘の怪人は、二つの策を講じていました。一つは、希望する怪人の操縦機体(アバター)を地球に送り出させること。ショーの視聴者を参加させることで、より強い欲望を満たさせました。そしてもう一つは、妖精を少女側につかせることで、より白熱した勝負を演じさせること。

 

 妖精は怪人に雇われているのです。今もなお、怪人に監視されているとは知らずにね。とはいえ、すすんで加担している妖精もいますが。

 

 今、鐘の怪人と連絡が取れません。情報災害(インフォハザード)の証言が正しければ、消された影響で今ごろ本部は大混乱でしょう。反撃の可能性は十分にあります。

 ただ、怪人の指揮権が再編成されるまで。そして怪人が通れるほどのワームホールが開くまでは数日の猶予があります。叩くなら、今しかありません。

 

 

「……そんな。全部が全部、あなたたちの自作自演だったの……?」

『はい。今まで騙して、大変申し訳ありません』

 

 あやめも、芽衣も、雪景色(スノウドロップ)も。驚愕の事実を受け入れることができずにいた。

 

「怪人も、妖精も、魔法少女も。全部、全部……」

『そうなります』

「……私の」

 

 芽衣が、声を震わせながらも問う。

 

「私の、お母さんが死んだのも……見せものだったってこと……?」

「……そうか、あなたは遺族だったか」

『なるべく、死傷者は出ないようにしています。関係者の死亡は魔法少女の勝利を損なう要因に──』

「……」

 

 望遠鏡(スコープ)の話を、神眼(トゥルース)はあえて無視した。傷口に塩を塗りこむような真似をするほど、彼女は無情ではない。それを知ってか知らずか、望遠鏡(スコープ)は続ける。

 

『難関はいくつかあります。私は妖精界の滅亡を目標にしていますが、広い世界なので純粋に膨大な制圧火力が必要です。また、下手に攻撃すると反撃として"本気の"怪人が地球を襲う可能性があります。さらにそのとき、行動制限(ロック)によって我々は魔法が使えない恐れがあります』

「滅亡って……同族なんでしょう? ショーをやめさせるとか、そういう方法にはならないんですか」

『地球の人間を悪用する妖精界に、価値がありましょうか』

 

 初めて、望遠鏡(スコープ)の声に感情が乗ったような気がした。

 

『人間は純粋に愛でるものであり、我々が干渉してはいけない存在なのです。それをまあ、やれショーだの参加型でいたぶるだの……反吐が出ます。斯様な妖精界など、一度滅んでしまえばいいのです』

『要するに、望遠鏡(スコープ)は過激派の最先端ってこった。どうやら、うまいことお仲間を見つけたようだがな』

『あなたがそれを言いますか、蝸牛(シェル)? 自分で魔法少女の魔法を使ったあなたが?』

 

 なにやら望遠鏡(スコープ)蝸牛(シェル)がいがみ合っているが、それは芽衣には全く視認できない。明らかに不毛な舌戦を続けさせないため、雪景色(スノウドロップ)が先ほどの発言に言及した。

 

「お仲間というのは、私のことですか?」

『正確にはあなたではなく、あなたの妖精の待雪草(ガランサス)です。彼も蝸牛(シェル)も"過激派"を担う妖精ですが、報告書でおおよそ把握していたからこそ接触できたのですよ。情報災害(インフォハザード)の親友の妖精が過激派だったのは幸運でしたが』

「ふーん……私の蝸牛(シェル)の行動って妖精界基準だとどういう感じなんですか」

『「往来で猫のものまねをする猫好き」でしょうか』

『おい!』

 

 あやめの、蝸牛(シェル)を見る目が変わりそうな一言だった。しかし、彼らは過激派だからこそ地球の人間(こちら)に協力し、怪人を滅そうと動いてくれるのだ。かなり複雑な気分ではあったが。

 

『話を戻しますが。"過激派"の妖精は他にもいます。本来は、その妖精が契約している中でも上位の魔法少女を妖精界に突撃させる予定でしたが、あまりにも不確定要素が多すぎた。行動制限(ロック)を避けるために絶対にバレてはいけないし、そもそも妖精界は広すぎる。リスクの高い長期戦しか思いつかなかった』

 

 望遠鏡(スコープ)に目はないように見えるが、しかしその視線ははっきりと由良に向いていた。

 

『しかし、さきほどの話を聞いて確信しました。さきほど思い出した記憶とも整合している。情報災害(インフォハザード)……あなたの力なら、さほどのリスクもなく妖精界を滅ぼせる。そうですね?』

「そうだね」

 

 望遠鏡(スコープ)神眼(トゥルース)が思い起こしたのは、怪人の不自然な消滅事件だ。怪人が完全に消え去ったとしか説明できないそれは、【不在義務(アブセンス)】の効果を裏付けるに値していた。

 

『護衛はつけますが……ほとんど単身で妖精界に乗り込み、スナマ・ルクチャンネルに【不在義務(アブセンス)】を流すだけでいい。魔法少女業務のために切り離された妖精以外は、文字通り全ての妖精界人が聴いているこのチャンネル。それに、必殺の毒を流せば……』

 

 本当に、妖精界は滅亡する。聞いていた魔法少女の面々が、ことごとく息をのむ。特に、その困難さを実感していた神眼(トゥルース)の反応は顕著だった。

 

『怪人が通れるほどのワームホールを地球と妖精界の間に通せるタイミングは限られています。これなら、妖精界が私たちの計画に感づき、怪人を大量に差し向けたとしても……魔法少女たちを防衛に回して備えることができる』

『そして、各妖精にかけられる行動の制限(ロック)は私が解決できます』

 

 続けたのは(ホーム)だった。別室にいたときに、おおよその話はまとまっていたらしい。

 

『私の魔力なら、全ての魔法少女と追加契約できます。そもそもショーの本部とつながっておらず、魔力制御能力の無い私を抑えることなどどうやってもできません。魔法少女には、私の魔力を使って変身してもらいます』

「それほどまでに魔力があるのか」

(ホーム)は事故に遭うまでは神童として厚遇されていたのですよ。それが反転して、今の扱いを受けるに至りましたが』

『事故で魔力の弁が失われたとき、魔力が未だ内にあることを隠していました。それがバレたら、都合のいい魔力タンクにされることがわかっていたからです。その結果、放逐されましたが……追放先の世界と弟が目を付けた世界が一致しているとは、何たる偶然かと思いました』

 

 今になって、(ホーム)は弟の鐘の怪人を脳裏に思い浮かべる。昔から自分を目の敵にしていたような子だった。随分と努力していたようで、自分が事故に遭った時はもうかなり高い地位にいたようだが。もしかしたら、追放先の世界を選んだのは彼なのかもしれない。

 だが、もう詮無きことだ。鐘の怪人はすでに消え、自分だけが残っている。妖精界に未練はもうない。自分を必要としてくれた由良がいるこの世界こそが、私には必要なのだ。

 

「それで、私に協力しろと?」

『そうです』

 

 だが、その由良が妖精界の破壊に協力してくれるかどうかは別問題であった。

 今の彼女がどんな思いで聞いているのか、それは全くわからない。

 

『このままでは、この地球の人類は永遠に怪人の慰み物です。どうか、どうか協力してくれませんか』

「それを決めるのは私じゃないかな」

 

 由良はそう言うと、隣にいたあやめを無理やり抱き寄せた。

 

「あやめちゃんは、どうしたいの? 私はあやめちゃんの決定に従うよ」

「わ、私は……」

 

 自分で決めずにあくまであやめに委ねる。その主体性の無さこそが、催眠の影響と言えるものだった。

 

「鐘の怪人の記憶を盗ったからわかる。妖精界(あそこ)には、別に地球になんか興味ない怪人だってたくさんいるの。それを全て踏みにじってしまうことが、正義と言えるのかなあ」

情報災害(インフォハザード)! 誑かさないでください!』

「誑かしてるのはそっちでしょ、望遠鏡(スコープ)。私はただ、あやめちゃんにちゃんとした判断材料を届けたいだけ。あなたの歪んだ価値観で物事を伝えないで」

 

 過激派の望遠鏡(スコープ)と、催眠を受けた由良。どう考えても共に歪んでいる両者が互いに攻撃する様は、とても見ていられるものではない。そう思い、あやめは早々に口を開いた。

 

「協力すれば、もう芽衣のお母さんみたいな人は……出なくて済むんですよね」

『そうです』

「なら、もっと穏当な方法にできませんか。例えば、由良ちゃんの魔法で地球のことを思い出せなくするとか」

『……ふむ?』

 

 なにも、全てを消し飛ばす必要はないのではないか。そうあやめは考えた。見たところ、由良の魔法はかなり自由度が高い。今言ったようなこともできるのではないか。望遠鏡(スコープ)の望みとは少しずれるが、進んで大惨事を起こしたいわけではないのだ。

 

「由良ちゃんなら、できるよね」

「……確かにできるね。地球そのものを妖精界の認識から外せば、再発見もできなくなると思う」

「なら!」

「やっぱりダメ」

 

 あやめを手放し、由良は立ち上がる。

 

望遠鏡(スコープ)、協力するよ。妖精界の怪人・妖精を全て消し飛ばしてあげる。ただし、それには条件が1つだけある」

『なんですか、それは』

「妖精界に乗り込むのは……私と、あやめちゃん。あと蝸牛(シェル)かな。それ以外は、一切認めない」



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反逆の狼煙 その2

『……妖精界に乗り込むのは情報災害(インフォハザード)。あなたと、紫陽花(ハイドレンジア)と、蝸牛(シェル)のみですか』

「そう。それなら協力してもいい。(ホーム)は魔力が垂れ流しだから、別に近くなくてもいいのは知っているしね」

 

 由良はなぜかあやめの提案を蹴り、自分のものを提示した。その意図はあやめにはわからない。もとより、催眠がかかった人間の考えることなどわかりようもない。

 それでも、何か腹の内に不穏なものを隠していることは明らかだった。

 

『私達"過激派"は妖精界が滅べば良いです。神眼(トゥルース)などの魔法少女は……基本的には地球に怪人が来なければ良いと思っています。だから私が問えるのは一つだけです』

「確かにそうだが、本当に完全に滅ぼす気だったとはな」

『茶々を入れないでください、神眼(トゥルース)。とにかく怪人の警護をすり抜け、スナマ・ルクチャンネルの放送元に忍び込めるならなんだっていい。それを、上位の魔法少女の援護なくしてできると?』

 

 望遠鏡(スコープ)は由良に頼む側のはずなのだが、長年望んできた願いを目の前にして気が逸っているのか少々高圧的になっていた。

 しかし、それにも由良はひるまない。

 

「できるよ。鐘の怪人の記憶からチャンネルの場所はわかるし、存在の隠蔽なんて楽勝。【不在義務(アブセンス)】の効果をもう少し強くして、即効性を上げれば済む話なんだから。むしろ、人数が増えれば増えるほど大変だと思うな」

『……紫陽花(ハイドレンジア)を巻き込むのは?』

「だって私は支援型だもの。心を操るだけじゃどうにもならないときに、魔法による純粋な戦闘力が必要な時も考えてのことだよ」

『それなら、他の上位の魔法少女で良いはずです』

「嫌だよ。信頼できないし。それなら、私は連携の経験があるあやめちゃんがいいな」

 

 もっともらしい意見だったが、何かあるのは明白だった。由良はあやめに微笑みかける。その笑顔には、どこか、影がある。

 

「ね? ついて来てくれるよね、あやめちゃん」

 

 あやめは考える。何故か軌道修正をされてしまったが、由良がそこからさらに決定を覆すとは考えにくい。だから、妖精界に自分も乗り込む前提でどうするべきなのか、だ。

 由良の催眠を解く方法はわからない。わからないが、由良が催眠にかかっていることを覚えていられる自分がどうにかしないといけない。

 

 わざわざ妖精界で(蝸牛(シェル)を除けば)二人きりになる理由があるはずだ。そこでなら、彼女の本音を聞けるのかもしれない。あやめの選択は、決定した。

 

「……わかった。私も行くよ」

 

 

「次にこの世界と妖精界を行き来できるタイミングは7日後だ。その時に起こること、やるべきことを説明する」

 

 一応のまとまりを見せた会議を、神眼(トゥルース)がおさらいする。

 

「まず、異常に気が付いた本部がこちらに怪人を仕掛けてくるだろう。一見神出鬼没な怪人だが、実は"玄関"と呼ばれる場所を通る必要がある」

 

 そう言うとテーブルに世界地図を広げた。いくつかの地点には目立つ赤色で丸が記されている。

 

「その数……13か所。普段はそこから透明化などの魔法を使って目的地に移動するが、今回は即座に攻撃してくるだろう。この"玄関"に魔法少女を集中させ、防衛にあたる」

『透明になっている怪人も看破して対応しますが……必ず"玄関"は通ります。そこを叩く』

雪景色(スノウドロップ)にも、最寄りの1か所を対応してもらう」

「は……はい!」

「一方、情報災害(インフォハザード)紫陽花(ハイドレンジア)には妖精界に乗り込んでもらう。目的は、【不在義務(アブセンス)】による妖精界の滅亡。紫陽花(ハイドレンジア)はその護衛だ」

「……」

「妖精界の座標は望遠鏡(スコープ)が記憶している。そこに、喰咬鮫(シャーク)の【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】を突撃させワームホールを作って移動させる。乗り込んだ2人は、可能な限り早くスナマ・ルクチャンネルの放送元にたどり着き、【不在義務(アブセンス)】を全ての怪人・妖精に聴かせて消し飛ばす。視聴率が正真正銘100%のスナマ・ルクチャンネルなら、文字通り妖精界を滅亡させることが可能だ」

 

 神眼(トゥルース)はそこまでを説明し、いったんあたりを見渡す。たびたびの望遠鏡(スコープ)の発言は、妖精が見えない芽衣のために適宜神眼(トゥルース)が言い直していた。

 

「難関は2つ。各妖精に行動制限(ロック)がかかる可能性が高いことと、怪人の強さが本質的に未知数であることだ。前者については、(ホーム)に可能な限り追加契約をしてもらうことで対応したい。……(ホーム)、あなたの契約手順は?」

『魔力のタネを渡すのなら私に名前を書いてもらう必要があります。……が、今回は魔力を共有し、魔法を許可するだけの"仮契約"。顔と名前さえ私が覚えれば、それが可能となります』

「わかった。後で優先度順に並び替え(ソート)した全魔法少女のリストを渡す。可能な限り仮契約してくれ」

『わかりました』

 

 情報災害(インフォハザード)を除く全ての魔法少女には妖精が"過激派"かどうか、そして実力と所属地域を加味して優先度がつけられている。怪人撃墜数ランキングとは異なるそれは、いつかくる逆襲の日に備えてのものであった。

 

『後者の、怪人の実力についてですが。怪人や妖精は妖精界から切り離されない限り常にスナマ・ルクチャンネルを聴いています。寝ていようが、操縦機体(アバター)を地球に出撃させていようが、です。これはそれほど怪人らが娯楽に飢えていることの証左ですが、つまり拮抗さえしていればいつか【不在義務(アブセンス)】によって消え去ってくれることを意味しています』

「怪人自体は倒せなくても、防衛さえしていればいいってことですね」

『ええ。もちろん、【不在義務(アブセンス)】の成功が前提になりますが』

「成功させるよ。あやめちゃんのためだからね」

 

 由良が言う。それは確実に成功させる意気込みの表明であったし、自身の方針の宣言でもあった。

 

「芽衣ちゃんから聞いたよ。芽衣ちゃんのお母さんを守れなかったことが、ずっとあやめちゃんを傷つけてるんだよね」

「知って、いたの」

「『仕方のないことだった』、『最善は尽くしていた』、『あなたは悪くない』。……そんな言葉が、あやめちゃんを救えるわけでもないのも知ってる」

 

 さらに、由良は続ける。

 

「過去はどうにもならないけれど。怪人を全て滅ぼせば、もうそんなことは絶対に起こらない。少なくとも、未来を憂うことはなくなるの」

「そ、それは」

「『忘れさせた』だとどうしても不安になっちゃうでしょ? 本当にそうなのか、また思い出すんじゃないか。また犠牲者が出るんじゃないかって。でも、【不在義務(アブセンス)】で消し飛ばせば、そんな心配もない」

「……!」

 

 その発言は、あやめの図星を的確についていた。先ほどの提案の「なにも消さなくても、忘れさせるだけでいいのではないか」というのは真意ではない。ただ、あまりの規模の大きさと現象の恐ろしさで躊躇しただけなのだ。それほどの大きな責任を由良のみに背負わせる罪悪感もある。

 しかし本音を言えば、怪人などできる限り滅ぼしてしまいたかった。自分の罪から目を背けたかった。

 

「私は感謝してるんだよ、あやめちゃん。転生した私、"私"でない私を受け入れて、友達になってくれて。だから今度は私の番」

 

 それを見透かしてるかのように、由良は語る。あやめに語る。 

 

「【不在義務(アブセンス)】で世界の狭間に落ちれば、そこには何もない。座標情報はあるけど、空間が無いからワームホールは作れない。それどころか魔法も展開できないし、当然考えることすらできない。ただそこにあるだけの、正真正銘の空虚(ヴォイド)。それが、【不在義務(アブセンス)】の行き着く先なの。だからあやめちゃんは、何も心配しなくていい」

「……話を戻すが。今言った通り、魔法少女は怪人と拮抗さえしていればいい。やつらは今まで『ショーのため手加減をしている』という認識でいたが、それは我々も同じだ。一部の上位勢(ランカー)には、怪人を倒す以上の修練を今までの研修で要求してきた」

「あ……」

 

 どうやら、雪景色(スノウドロップ)には思い当たるところがあったらしい。彼女は八島区ではレベルの高い魔法少女の1人で、だからこそ会議に呼ばれていた。

 

『そして、怪人と魔法少女の魔力にはその扱い方に決定的な違いがあります。怪人は魔力を完全な未知(ブラックボックス)として扱いますが、人間は自身の理解できる様式で扱います』

「……どういうことですか?」

『怪人は他者の魔力を感知できませんし、しようともしません。完全に理外の力として使っているため、魔力を法則の内側にとどめようとしている魔法少女を下に見る傾向にあります。しかし、怪人と魔法少女はスタンスが異なるのみでその実力は怪人が思っているより乖離はしていない、というのが私の見解です』

「えーと……」

『怪人は魔力を理解しようとしていない。だから魔法少女の実力も本質的には理解できていないのですよ、あやめさん。操縦機体(アバター)を操作するのみで命の危険が無いのも無理解に拍車をかけているのでしょう』

 

 望遠鏡(スコープ)の説明に、(ホーム)が補足した。(ホーム)が自らの魔力を隠し通せたのも、怪人の魔力に対する無理解のおかげであった。

 

「つまり、我々に勝ちの目が十分にあるということだ。何か質問は?」

「契約中の妖精はどうするの?」

 

 質問をしたのは由良だ。

 

「切り離されている妖精はスナマ・ルクチャンネルを聴いてないよね? だから(ホーム)蝸牛(シェル)はもちろん、この世界にいる全ての妖精は【不在義務(アブセンス)】から逃れることになる。でも、"過激派"じゃない妖精が多数派だよね」

「……そうだな」

「仮にすべてがうまくいったとして、あとから気が付いた妖精がさらに反逆する……とかは本当に無いと言い切れる?」

(ホーム)と仮契約すれば、魔法少女は実力を発揮できる。協力は不本意でない妖精も多い。最終的にはなんとかなるはずだ」

「それまでに、どれくらい被害が出ると思う? 私たちの反撃中に妨害される可能性は? ねえ、本当に何も考えてないの?」

「……お前と似たような能力を持つ魔法少女がいる。そいつに協力を頼んでいるのだ」

 

 雪景色(スノウドロップ)紫陽花(ハイドレンジア)とは面識はないだろうが、《衣装型(フォーム)幻惑師(ヒュプノス)》という魔法少女がいる。幻覚を扱う魔法少女で、味方の恐怖を和らげたり怪人を惑わしたりすることを得意とする衣装型だ。彼女の妖精も過激派である、というより過激派の中で精神系を扱う魔法少女がまず少なかったのだが、とにかく彼女の主導で妖精を惑わすつもりでいた。

 そこまで説明して、神眼(トゥルース)は「どうして彼女のことを忘れてしまったのか」と思い至った。作戦を説明する上で重要なポジションにいるのに、なぜ忘れていたのか。

 

「それがどういう魔法かは知らないけど。私なら、もっと万全にできる」

 

 そしてその神眼(トゥルース)の逡巡を無視して、由良が話を展開する。

 

情報災害(インフォハザード)は情報に異なる効果を乗せることができる。さっき私が動きに意味を持たせたようにね。それを利用して、妖精たちの無意識に強く先入観を植え付ける」

「……詳しく話してくれ」

「ほら、魔法少女棟には妖精だけが通る魔力探知機があるでしょ? アレのすべてに同じ文を貼り付けておけばいい。後で私がその文字列そのものに『地球の人類は守るべきものである』という強力な意味を植え付けておけば、彼らは無意識に魔法少女に協力するようになる」

「併用を検討しよう。他に質問は?」

 

 特に、誰からも声が上がらないことを確認した神眼(トゥルース)は立ち上がった。

 

「ならば今日は解散する。雪景色(スノウドロップ)、魔法少女棟に戻って早急に手続きをするが、手伝ってくれるか?」

「はい!」

 

 人類による妖精界への反逆。それが始まろうとしていた。

 



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いざ、反撃の時 その1

「ねえ」

「……どうしたの、あやめちゃん」

 

 神眼(トゥルース)雪景色(スノウドロップ)も出払った後。あやめの家には、あやめと由良と芽衣が残った。

 先ほどまでの慌ただしさはない。だが「妖精界滅亡のための会議」という名目が消え去ったことで、催眠をかけられた由良への純然たる不安が強まっていた。

 

「私が由良ちゃんを最初に忘れたり、次には忘れなかったり。あと、芽衣も私も配信アーカイブは見えるけど神眼(トゥルース)さん達には見えなかったりしたよね」

「そうだねえ」

「あれは、どういう基準だったの?」

「……簡単だよ」

 

 あまり口をつけてこなかったカップを持って言う。

 

「私の属性がおかしいこと。そこから私が転生者であることに感づかれるんじゃないかなって、ずっと思ってたの。まあ、思ったよりこの世界には変な衣装型がたくさんあったけどね」

「……」

「だから、私を第一に『魔法少女だ』と思って接してくる人間は、私のことを忘れるんだ。あやめちゃんも、最初はそうだったでしょう?」

 

 そんなこと、と言いかけて思い出す。最初の最初。一度は情報災害(インフォハザード)によって消された記憶。

 あの時、自分は何と言っていたか。確か……「同じ魔法少女なんて、いなかったから」と。中学に上がって、はじめて魔力を感知したから話しかけたのだ。

 だから、情報災害(インフォハザード)にひっかかった。

 

「あの後、私は魔力の隠蔽を習得したからね。だからあやめちゃんにも魔法少女だとバレなかった。その結果、ゲーセンで仲良くなれた」

「あ……」

「【さようなら】ってあいさつで記憶や情報を一掃してたのを、【またね】に変えてくれたってのもあるんだけどね。本質的にはそっちだよ」

 

 「ね、芽衣ちゃん」と由良が話しかける。芽衣は一瞬何のことかわからなかったが、すぐに配信アーカイブのことだと気が付いた。

 

「そう……ですね。私は由良さんのことを、魔法少女ではなくあやめちゃんの友達だって認識してた気がします」

「そうでしょ? だから基本的に魔法少女だとは知られたくなかったの。『宇加部 由良は魔法少女である』という認識が第一に来ちゃうと、忘れられちゃうからね」

 

 例えば、由良の両親が彼女のことを忘れないのは、彼女を自分の子だと思っているからである。もし「自分の子」という認識より「魔法少女の一人」という認識が強くなれば、彼らは由良のことを忘れただろう。

 

「あとは……私が魔法少女であることに注目されていても、単に統計上のデータみたいなのは消されないかな。それが消されたら単純に困るし、別に私そのものが注目されて責められてるわけじゃないしね」

「なるほど……」

神眼(トゥルース)たちは私のことを『謎の魔法少女』として捜索してたみたいだし、そりゃアーカイブも見れないよ」

 

 アーカイブに自分が映っていないのを見て、あれほど取り乱していたのに。もう以前の由良ではないようだった。いや事実そうなのだろう。由良は鐘の怪人の催眠によってあやめを愛するように変えられており、さらに無理やり無意識を表出させられている。

 そもそも、あのとき配信アーカイブに自分自身を視認できなかった由良は、自分自身を認められていないともとれる。もしかして、生まれてからずっとその歪んだ価値観の中で生きてきたのか。

 

 「あやめを愛している」と公言する由良。妖精界に突入する人選に口を出したのがどうしても気になってしまう。なぜ、あやめと由良だけなのか。あまり考えたくない想像が頭をよぎる。

 

 約束の日まで、あと七日。どうにかして由良の催眠を解く。あやめはそう決意した。

 

 

 全っ然、ダメだった。

 

「どうしたの、あやめちゃん。顔色悪いよ……緊張してる?」

「いや、大丈夫」

「そう?」

 

 現在、あやめと由良は八島区魔法少女棟の一室で待機していた。約束の日はきたが、具体的にいつ妖精界に行けるかはその時になってみないとわからないという。なので妖精界へ突入する実行班として、いつでも行けるよう連絡を待っている。

 両者とも、既に変身している。由良は情報災害(インフォハザード)に、あやめは紫陽花(ハイドレンジア)に。だというのに、あやめは今にも倒れそうだった。主に、精神的な負担で。

 実際。あやめはほとんどテーブルに突っ伏しているのに対し、由良は落ち着いた様子で座っていた。どこか楽しみにしている雰囲気すらある。

 

 そもそもだ。催眠を解く方法なぞ一介の女子中学生が知るか、という話である。それもただの催眠ではなく、怪人がかけた催眠である。状況的に魔法の一種であることは明白だ。人間の催眠術師や精神科医にどうにかなるとは思えない。

 さらにタチの悪いのが、由良がこの状況に自覚的だということだ。普段はあやめに対してベッタリくっついているくせして、催眠を解こうとする気配を感じると一目散に逃げだす。自分の愛情が偽物だと知っていてなおそれを手放そうとしないものだから、厄介なこと極まりなかった。

 

 それに一度催眠を解こうとしているのがバレたせいで、いつの間にか全ての魔法少女たちに「由良は催眠にかかっていない」という認識を植え付けられてしまった。精神系の魔法少女に相談しても、彼女らは「いや、彼女は催眠にはかかってないですよ」の一点張りである。由良を一目見たこともないくせに、必ずそう言うのだ。

 

 最悪の想像が脳裏に描かれる。あれだけは、どうしても阻止しなければならない。

 

 ここにいるのはあやめと由良と、蝸牛(シェル)だけだ。(ホーム)は魔法少女に魔力を渡す要員として、別室で管理されている。彼は、(ホーム)は。別れる間際に、あやめに向かってこう言ったのだ。「由良のことを頼みます」、と。由良は恩人なのだ、思うところぐらいあるだろう。

 ただ、これをなんとかできるとは、あやめにはもう思えなかった。

 

「頑張ろうね、あやめちゃん」

「そうだね……」

 

 そしてとうとう、この日が来てしまった。催眠を解く方策は一向に思いつかない。焦りだけが募る。答えにならない思考が頭を駆け巡る。

 

「来たよ、お二人さん」

 

 気づけば、長身の女性が二人を見下ろしていた。扉は開いており、今入ってきたことがわかる。

 四肢には装飾があしらわれているのに、肝心の胴体は水着姿というアンバランスさも二度目となればもう慣れたものだ。

 

「……来ましたか」

「うん、今つながったと報告が来た。早速で悪いけど、妖精界に行ってもらうよ」

 

 彼女は、魔法少女の《衣装型(フォーム)喰咬鮫(シャーク)》。妖精界への案内役を務める魔法少女である。

 

「【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】!」

 

 彼女がそう叫ぶと突如として空間内にノイズが出現し、それが徐々に集まってサメの形を成した。

 

「約束を守るため私は向かえない。あなたたちだけがこれに乗って、妖精界を目指してもらう。いいね?」

「……はい」

「お安い御用だよ」

 

 その約束をした張本人がそう宣うと、颯爽と奇妙なノイズのサメにまたがる。あやめも慌ててそれに続く。しっかりとサメに乗ったことを確認した喰咬鮫(シャーク)は、勢いよく送り出した。

 

「じゃあね、二人とも。……幸運を祈る!」

 

 

 イラジュナ共和国。よく似たとある世界では「インド」と呼ばれているこの国の都市に、一人の少女が佇んでいた。動きやすい短パンとパーカーでそろえたラフな服装で、なぜかとあるビルの屋上で足を投げ出して座っている。

 

「……結局、ここが最大の"玄関"だったわけか。私の故郷を私が護ることになるとは」

 

 だが、少女というには少し大人びている。実際、彼女は既に19歳であった。今さら「魔法少女」と呼ばれるのにも少し抵抗を感じるが、さすがに責任感というものがある。彼女が投げ出すわけにはいかなかった。

 

「どう思う? 撃鉄(コック)

『僕にそれ言っちゃうの。いいように君に扱われて、挙句の果てに催眠もかけられた僕がさあ』

 

 その魔法少女は、すぐそばに転がっている小さな拳銃に向かって話しかけている。言わずもがな、彼女の妖精であった。悲しいことに由良による情報災害(インフォハザード)の餌食になったようだが、それを自覚しているあたり妖精としては格が高いのかもしれない。もっとも、自覚したところでどうにもならない類のものであったが。

 

「本当は私も、妖精界を一目見てみたかったのだがな」

『……ま、地球を守る妖精代表として言わせてもらえば、もうそろそろ来るよ』

「そうか」

 

 その瞬間、彼女の見下ろす先でつぎつぎに奇妙な形をした巨人が出現し始めた。なりふり構わぬ様子で暴れまわっており、以前のように奇言を発する余裕もない。

 

『ほら来た』

「ならば、行くぞ」

 

 とん、と彼女は手を押し出す。屋上のへりに座っていたせいで、そのまま彼女は重力に従い落ち始める。うろたえる様子はない。恐怖の表情もない。

 その目はただ、怪人を捉えるのみ。

 

「全て撃て──《衣装型(フォーム)炎弾(バレット)》」

 

 銃弾をあしらった鎧が彼女の周囲で形成され、いつの間にか大小さまざまな銃が彼女の背後に出現する。

 

「【全弾発射(オールファイア)】!」

 

 強烈な破裂音が連続して鳴り響く。無数の弾幕が苛烈に、しかし正確に数多の怪人を撃ち抜く。その銃撃は絶対的かつ無慈悲。あらゆる装甲も、ルールも無視して怪人を即座の絶命に導いた。

 

「さあ、どんどん来い! 来る者は殺す、逃げる者も殺す!」

 

 

「にいいんげええええええええん!」

「死ね! 死ね! 死ねえええええええ」

 

 この世界にある十三の"玄関"。文字通り世界の入り口となるそこで、様々な怪人が暴れまわっていた。建築物は容易に破壊され、道路は陥没する。事前に避難は済まされているが、明らかに以前とは異なるスピードで暴れている。今までのそれが単なるショーであり、パフォーマンスであったことがいやでも理解できた。

 だが、それを黙って観ているものはいない。

 

 アメリカで、クルミア(ロシア)で。

 

「全て死ね──《衣装型(フォーム)殺人事件(マーダー)》」

「光よ、踏み躙れ──《衣装型(フォーム)雷踏(スタンプ)》」

 

 ノルウェーで、ライトマ大陸(オーストラリア)で。

 

「全て打ち砕け──《衣装型(フォーム)破界槌(ハンマー)》」

「悲しみよ、敵を洗い流せ──《衣装型(フォーム)落涙(ティア)》」

 

 中華帝国で、英州国で、マルサゥタ(ベラルーシ)で。

 

「拳で道を切り開け──《衣装型(フォーム)鉄拳(アイアン)》」

「古の恐怖を知れ──《衣装型(フォーム)狂竜(ダイナソー)》」

「夢幻の旋律を奏でろ──《衣装型(フォーム)大合奏(オーケストラ)》」

 

 ジラプタ(エジプト)で、南極で、ガーナで、リザルブ(ブラジル)で。

 

「地に臥し跪き、己が無価値を思い知れ──《衣装型(フォーム)宝石(ジュエリー)》」

「遥かなる輝きを捧げよ──《衣装型(フォーム)銀河(ギャラクシア)》」

「我がしもべよ、ただ進軍せよ──《衣装型(フォーム)人形師(マエストラ)》」

「全て刺し殺せ──《衣装型(フォーム)群蜂軍(ビーズ)》」

 

 そして日本、八島区で。

 

「……彼女ラトノ再戦ガカナワナカッタノガ悔ヤマレマスガ、コレモ仕事。サッサト片付ケルトシマショウカ」

「行くぞ、雪景色(スノウドロップ)。最後の戦いだ」

「……はい!」

 

「天網恢恢、全てを見通せ──《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》」

「降りしきる雪が隠し通す

 解け去る雪が抱えて背負う

 この力は敵を凍てつかせるため

 戦う私は──《衣装型(フォーム)雪景色(スノウドロップ)》」

 

 魔法少女は、変身する。最後の決着をつけるために。

 



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いざ、反撃の時 その2

 この世界に十三ある"玄関"。そのうちの一つを、たった一人の魔法少女が死守していた。数多の銃弾で構成されたような簡素な服を着ており、背後には無数の銃がその口を怪人たちに向けている。

 

 その名は炎弾(バレット)。原初にして最強。言わずと知れた、怪人撃墜数ナンバーワンの魔法少女である。

 

 先ほどビルから飛び降りていたようだが、怪我どころか足を痛めた様子もない。変身衣装の防御にせよ、何らかの魔法にせよ、いずれにしても強力な防護がかけられているようであった。

 

「いくら最強の魔法少女と言えど、敵は一人だろうが! このまま物量で押し切れば……」

「【燦燦たる煌々たる炎熱纏う弾幕(ブレイズバレット)】」

 

 既にこの都市の中心部は怪人によって多くが破壊されている。しかし、当の怪人側も壊滅的な被害を受けていた。何かしらを言いかけた怪人は、そのまま炎弾(バレット)の圧倒的弾幕によって死んだ。熱を纏った超高温な銃弾の一斉放射はこの場の全ての怪人を焼き払い、死体すら残さない。怪人が"玄関"から襲来してはや30分ほどだが、既に500体ほどの怪人が死亡していた。ついでに言えば、逃げ出せた怪人の報告もない。

 今もなお、召喚した銃器が常に怪人どもを撃ち殺し続けている。漂う硝煙の匂いにももう慣れたものだ。

 そしてその異常なほどの熱によって光景が歪み、透明な怪人の姿が浮かび上がってきた。こっそりと透明化し、他の都市部で暴れまわる──そんな魂胆が丸見えであった。

 

「そうら、屈折率が狂ってるぞ? 卑怯者」

「なっ……」

 

 それを見逃す炎弾(バレット)ではない。彼女の宣言通り、戦う怪人も逃げる怪人も等しく炎弾(バレット)の前に散る。

 

「テ=ル社の透過技術が、地球人類に見破られるなど……」

「阿呆かお前は」

 

 万一復活しないように、丁寧に死体を焼き払う。たとえ"玄関"から無限に復活されるとしても、想定外が起こる可能性はなるべく減らしておきたかった。

 確かに、操縦機体(アバター)の光学迷彩は完璧だったかもしれない。しかし炎弾(バレット)はあらかじめ、【燦燦たる煌々たる炎熱纏う弾幕(ブレイズバレット)】が発する熱に怪人の魔力を浮かび上がらせる効果を付与していた。

 

「それならそれで、見破る魔法を開発するだけのこと。魔力をブラックボックスとしてしか見ていなかった貴様らと、わからないなりに制御しようとしていた私たちの差だ」

「だとて、ここまでの戦力差を!」

「んー……それは才能の差、かな?」

 

 ある怪人が躍り出た。いくつもの刀身を身に纏っており、刃物をモチーフにした操縦機体(アバター)であることがわかる。それは凄まじい速度で炎弾(バレット)の元へ走り寄るが、いざ斬らんとする段階で怪人の方が先に蜂の巣となった。

 炎弾(バレット)(トラップ)型魔法、【過去に刻む弾丸(リターンバレット)】による攻撃である。彼女を中心とした一定範囲内に侵入した怪人は、無数の弾丸に()()()()ことになる。最強の魔法少女にふさわしい、回避不能の攻撃だった。

 

「馬鹿……な……」

「ま、お披露目は確かに初めてだが。傲慢もここまでくると哀れだな」

 

 そう言いつつも、彼女は【武具召喚(サモン)無限銃類(チルドレン)】を追加詠唱し新たな銃を呼び出す。怪人の実力も知れた。そろそろ"玄関"から湧いたそばから怪人を撃滅する、いわゆるリスキルの態勢を整えようとしていた。

 

「私は一人で十分だが。他が上手くやれていることを祈るしかないな」

 

 

「……雪景色(スノウドロップ)、右腕の関節を狙え。全てが弱点だ」

「【武具召喚(サモン):【軒下の氷柱槍(スノウランス)】!」

 

 日本、京代都。"玄関"の一つである八島区には、日本の有力な魔法少女が一堂に会していた。

 妖精王(フェアリー)が【怒りの日(ディエスイレ)】で、砂塵嵐(サンドストーム)が【殺傷性粉塵(キラーダスト)】で怪人全体にダメージを与え、濁流(ポロロッカ)が【閉鎖水門(マカレオ)】で移動を阻止する。孤立した怪人は爆弾(ボンバー)が【比較的安全なクラスター爆弾(スナイプ・ボム)】でピンポイントに仕留める。

 彼女らは、既に決めていた作戦に従って綿密な連携を取っていた。

 

「座標C-2にて透明化怪人を発見! ベータ班は直ちに急行せよ!」

 

 そして、その音頭をとっていたのが神眼(トゥルース)である。本人に戦闘能力がないわけではないが、現在は怪人の監視と弱点看破に意識を向け、無線機で指示を出すことに集中している。これ以上を求めるには、さすがに人間の脳の処理能力が足りない。

 

『こちらシグマ班! 座標P-5にて、前線突破されました! 負傷者は1名! 死者は無し!』

「ククク……私ノ"ルール"ヲ破レル魔法少女ハ、イナイミタイデスネェ?」

 

 ここに来て、妨害魔法を振り切っていくつかの怪人が前進してきた。幸いにも死者はいないようであったが、それはこのシグマ班が怪人に地力で負けていることを意味していた。

 だというのに、神眼(トゥルース)は焦りの表情を見せない。あくまで落ち着いて次の指示を出す。

 

「無理のない範囲で前線を維持しつつ、規定領域を避けつつ少しずつ後退しろ! 援護する!」

『はい!』

「ちょっ、神眼(トゥルース)様! 私もいっぱいいっぱいで、もう……!」

 

 名目上は神眼(トゥルース)の護衛である雪景色(スノウドロップ)も、普通に戦闘に参加させられている。貴重な戦力を遊ばせておく余裕などどこにもないからだ。それ自体はむしろ雪景色(スノウドロップ)の望むところであったが、しかしそれに加えてシグマ班の援護ができるほどではなかった。

 

 だが、神眼(トゥルース)の示す"援護"とは、全く別のものであった。

 

「今だ!」

『了解、発射(ファイア)!』

 

 神眼(トゥルース)が合図を出すと、無線機越しに野太い男性の返事が上がる。

 座標P-5。魔法少女による防壁を突破し、人類を蹂躙しようという意気込みに満ち溢れていたはずの怪人が……突如、倒れた。さらにその後、悶え始めるほどの苦悶を見せている。

 

「熱イ、熱イィ……! 魔力ガ、灼ケル!」

 

 発言からしてルール型怪人の一種だったのであろうが、ルールによる防御すら無視して巨大な砲弾がその腹部を貫いていた。

 

「怪人が……あまり人類を舐めるなよ。妖精じゃない、魔法じゃない! 科学が、人類の叡智の結晶が! ついに怪人に届いたのだ!」

「ってことは、まさか」

「ああ。怪人に有効な特殊合金を主成分とした特効砲弾……それを自衛隊に装備させた。いや、自衛隊だけでない……"玄関"に配備された軍隊は、全て十分量を所持している」

 

 確かに、雪景色(スノウドロップ)はそれを知っていた。怪人の肉体を損傷させる効果を持つ合金が最近になって開発されたと。それが、ここまで効果のある代物だったとは。

 

「緊急事態とはいえ、そこまで迅速にできるものなんですか!?」

「……今まで何のために、過労になってまでいらん仕事を抱え込んだと思っている」

「え」

「こういう事態になったとき、根回しを素早く済ませるためだ!」

「そうだったんですか!?」

 

 怪人を砲弾が貫いたことより驚きの事実だった。

 

「ま、さすがに私が担当したのは主に日本だけだ。他の魔法少女による協力が無ければ成り立たなかった」

「それでも十分すごいですって……」

 

 自身の【軒下の氷柱槍(スノウランス)】が別の怪人の弱点を破壊したのを見て、雪景色(スノウドロップ)も少し肩の力を抜いた。

 魔法少女による抵抗は堅牢だ。特殊砲弾による援護もある。だが……。

 

「無尽蔵に湧いてきますね。いつまで続くんでしょうか」

「そりゃ、情報災害(インフォハザード)次第というほかないな。我々にできるのは、少しでも被害を抑えることだけだ」

 

 いくら怪人を殺しても、それは本質的な死ではない。それはまるでゲームのようで、少ししたら同一個体が"玄関"に出現していた。

 

 どうか、一刻も早く。そう願うのは、雪景色(スノウドロップ)だけではなかった。

 

 

 一方、そのころ。

 由良とあやめは、妖精界のとある建築物に侵入していた。そこは、妖精や怪人ならだれでも知っているスナマ・ルクチャンネルの放送局であった。

 今、妖精界の心臓は一人の魔法少女に握られていた。




「へくちっ」
『貴様、風邪か? あれほど健康には気を使えといったろうに、余計な仕事まで抱え込みおって』
「必要最低限だったはずなんですケドネ。誰かが私の噂でもしてるのデショウカ。今は仕事に集中しまショウ、手がかり(クルー)
『ああ、そうだな。貴様らの地球を守る……大事な仕事だ』


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最後の変身

 喰咬鮫(シャーク)の【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】にまたがったあやめと由良の二人は、そのまま妖精界へ急行していた。

 【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】はノイズがサメの形を象ったような奇妙な魔法で、今は地球を飛び出し異空間のような領域を飛行していた。

 

「……」

「どうしたの、あやめちゃん。不安なの?」

 

 現在進行形で悩みのタネになっている由良が何か言っていた。彼女は催眠によってあやめを愛するように強制されているし、そしてそれを自覚しているからこそ「あやめを愛している自分」を手放そうとしない。  

 

 あやめは考える。もしこれが終わっても、彼女の催眠が解けなかったら。一生彼女は自分に縛られたままなのだろうか。私が、芽衣のお母さんに縛られていたみたいに。

 自宅での会議が終わった後、少し芽衣とは話をしたのだ。自分の罪について、彼女の母について。

 

「やっぱりまだ、自分を許せないよ。芽衣」

「……そう」

「どうしようもなかったと理性では思っていても、感情が否定するの」

 

 胸の内を語れば、芽衣の表情が陰る。

 まだ、あの頃の情景がフラッシュバックするのだ。幸か不幸か死体を直接見ることはなかったが、それでも幼い少女の心を抉り取るには十分なほどの衝撃だった。

 もう少しだけ、適切な行動がとれていれば。もう少しだけ、強ければ。こんな思いをすることもなかったのに。

 

 でも。芽衣の顔を見て、あやめは言った。

 

「……それで芽衣や芽衣のお父さんを避けるのは、おかしいって気づいたの。逃げていただけ、なのかもね。芽衣に責められるのが怖かったんだと思う」

「そんなこと……するわけない……!」

 

 いつのまにか、芽衣の顔は涙でいっぱいになっていた。感情も涙も、今にもあふれ出しそうだ。そんな彼女を、あやめはやさしく抱き留めることにする。

 今まで離れていた分を取り戻すかのように。自らの過ちを赦すかのように。

 

「うん、わかってるよ。今までごめんね……芽衣」

 

 許せない自分が、過去の罪が変わったわけではない。それでも、「変わろうとする自分」を許せるようになった。

 避けていてばかりでは、事態は悪化も改善もしない。自分は……由良が飛び出し、芽衣と会わなければ今のようにはなれなかっただろう。聞けば由良は怖気づく芽衣を諭して、自分と仲直りするよう勇気づけてくれたという。

 

 ならば今度は、自分の番だ。自分の番のはずだ。

 タイムリミットは直感的に知っていた。目的を達成し、妖精界から地球に帰還する──それまでに、由良の催眠を解かなければならない。

 

 そう決意したところ、不意にサメの勢いが止まる。

 

『着いたぜぇ、お二人さんよ』

「……喋れたんだ、あなた」

『おいおい、そりゃないぜお嬢ちゃん。オレサマは(アギト)の分身みたいなもんだぜ?』

 

 あやめが辺りを見渡せば、そこは「生活感のない街」としか言いようがない光景が広がっていた。どこまでも無機質で、過剰なまでに直線的。ゴミと言わずとも、チリの塊やちょっとした汚れのようなものが普通の道路にはあるはずだが、ここにはそれがない。まるで電子上の3Dデータで作られた街をそのまま再現したかのようだった。

 

 まさしく、異界である。怪人の本拠地であり、妖精の出身地。

 

「ここが……妖精界」

『おうともさ。オレサマは約束によりいったん戻るが、作ったワームホールは残しておく。怪人に逆用されんよう気をつけな』

「言われなくても。もう認識できないようにしてあるよ」

『それならいいんだが。ともかく、このワームホールはきっかり1時間で消滅する。一度接続が切れたら次に繋げられるのはだいたい1週間後だからな。場所を忘れないようにしろよ』

 

 由良の口答えにも丁寧に返答すると、【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】はそのままワームホールの先へ去ってしまった。

 

「あと1時間。スナマ・ルクチャンネルまでそうかからないはずだけど、急ごうか」

「う、うん」

 

 作戦会議時にした「鐘の怪人の記憶を盗った」という発言は真実なのか、由良は迷わずに進んでいく。妖精界の不思議な光景にも全く目を取られず進んでいくものだから、あやめは慌てて追いかける羽目になった。

 

 妖精界は思っていたよりも閑散としていた。怪人のようなものに会うことはあるが、そう頻度は多くない。その少ない機会においても、由良にかけられた認識阻害の影響で安全にすれ違うことができる。車のような交通機関も見当たらないので、敷かれた道を悠々と歩くことができた。

 

「本当にこんなところに、一番のチャンネルがあるの……?」

 

 望遠鏡(スコープ)の言い方からして、たいそう人気な娯楽のはずだ。その放送局は都市部に建てると考えるのが自然だった。

 しかし、由良の返答は想像に反するものだった。

 

「妖精界は都市部ほど人が少ない。ごく限られた人しか住めないんだよ」

「そうなんだ……」

「怪人たちは魔力を本質的には制御できてないからね。雑多な住民の危険な魔力は遠ざけたい、って鐘の怪人は思ってたよ」

 

 納得できるような、できないような。

 いやこんなことはどうでもいいのだ。チャンネルの放送局に着きさえすれば。重要なのは由良の催眠を解くことだ。

 なにか、解決の糸口は喉まで出かかっている気がするのだ。しかし実際には出てこない以上、現状は無いも同然だった。頑張って頭をフル回転させてみるも、どこか空回っている気がした。

 

「ほら、ここだよ。娯楽の究極点、スナマ・ルクチャンネルの放送局」

 

 そして。その努力虚しく、とうとうあやめ達はたどりついた。歩いたのは20分弱程度だったか。

 強いて言うなら宮殿が近い。宮殿と現代アートが複合したような、モノクロの建築物。歪な形をしたそれは、あやめたちを待っていたとばかりに佇んでいる。そんなわけはないのだが、あやめはそんな感想を持った。

 

「あら……開かないや」

 

 押しても引いてもなんともない扉を前に、由良が立ち尽くしていた。取っ手が無いところを見るに自動ドアのように思われたが、現在は認識阻害のせいでうまく機能していないのか。

 一時的にでも認識阻害を解くのはさすがに危険だ。頑張れば情報災害(インフォハザード)でも突破できそうな気がするが、うまい方法が思いつかない。どうしたものか、と由良が考え込んでいると突如として背後からあやめの声が聞こえた。

 

「由良ちゃん、下がって」

 

 あらかじめ召喚しておいた【あなたに捧ぐ花束(ブーケ)】を基点に、魔力を溜める。溜めて、溜めて……必要最低限の量で、発射する。

 

「【アジサイビーム:壊】!」

 

 それは新たに開発した魔法だった。従来の【アジサイビーム】は対怪人専用であり、他の物体へはダメージを与えられない。怪人への攻撃力を落とす代わりに、汎用性を上げたのがこの魔法だった。

 まあ、ふつうは怪人としか戦わない。杞憂のはずのそれを、あえて開発する理由があった。

 

「す……すごい、あやめちゃん! ありがとう!」

 

 由良のきらきらと輝く瞳を、あやめは直視できなかった。

 

 

「ここだ」

 

 奇妙な機材が並ぶ広い、殺風景な一室。由良が言うには、ここで正しいようだった。さすがにナンバーワン放送局だけあって中には多くの怪人や妖精がいたが、由良が一声かけるだけで割れるように道を譲ってくれた。当然、彼らの意識にはかけらも残らない。彼らにとっての災厄が目と鼻の先にいるというのに、全く気にしていない様子は滑稽を通り越して哀れですらあった。

 

 それで今、あやめ達はここにいる。由良は既に室内にあった筒のようなものを握って口に向けている。

 マイク、なのだろうか。それに向かって彼女が言葉を発すれば、もう妖精界は滅亡するのか。

 あやめにその実感はなかった。ただ、焦燥感だけがあった。

 

「ねえ、由良ちゃん」

「……何?」

 

 その一言、その反応が恐ろしい。何かをしなければという想い。何も見つからないという諦め。どちらもあやめの本心だ。だから、言葉を紡ぐしかなかった。時間稼ぎでもいい、なにか、言葉を。

 

「本当に、それでいいの? 滅ぼさない道もあるんじゃないの」

「……やっぱり優しいね、あやめちゃんは。まだ、怪人のことも考えているんだ」

 

 由良は「いまさら?」とは言わなかった。だが、その発言も少しあやめの意図からは外れていた。

 

「私が心配しているのは、由良ちゃん。あなたの方だよ」

「……わたし?」

「今はいいかもしれない。でも、催眠が解けた時……その選択で苦しむことがあるなら、私はその道を選ばせたくはない」

 

 由良は文字通り目を丸くした。全くの予想外、といったようだった。

 

「なるほどね……でも、その心配はいらないよ」

「どうして」

「催眠は解けない。解かせない。……あやめちゃん、君にもね」

 

 そう言うと、由良は返事を待たずにマイクのような筒を起動させた。びりびりと機材が振動する。

 

「妖精界の皆さん! どうか、【チャンネルはそのままで】【お聞きください】!」

「ありがとうございます、怪人よ、妖精よ! あなたたちのおかげで、私は愛する人と永遠を過ごすことができる!」

「それでは私の真名を知り、虚しき奈落に堕ちてください。私の名前は──」

「や、やめ……」

 

 あやめの制止も聞かず、ついにその言葉は放たれる。

 

「【███ ██】」

「あ……」

 

 ギリギリ、あやめは間に合った。両耳をふさぐことができた。蝸牛(シェル)も無事だ。

 しかし、怪人はどうだ。妖精は。情報災害(インフォハザード)で聴くことを強制されていた彼らは、もう。

 

「……ッ~~~~~~~~~~!!!!!!!!」

 

 声にならない悲鳴が、幾重にも積みあがって妖精界を揺らした。わかる、わかってしまう。

 怪人と妖精の悲鳴だ。この妖精界に住む彼らのすべて。世界の狭間に突き落とされる、その断末魔をあげているのだ。

 

 そしてその断末魔も、やがて消えゆく。奈落の深さにかき消されていく。

 

 悲鳴の余韻だけが、大気の振動となって残っていた。

 妖精界に、2人と1匹だけが残された。

 

「……由良ちゃん」

「……あやめちゃん」

 

 声を発したのは、ほぼ同時だった。お互いの魂胆も、もうわかっていた。

 

「別に耳なんか塞がなくても、除外してたから大丈夫だったのに」

「一緒に帰ろう。しつこい催眠もきれいさっぱり落として、またあの頃に戻ろう」

「嫌。帰らない。ここで私はあやめちゃんと永遠を過ごすの」

「……永遠だなんて、地球(むこう)でも過ごせるでしょ」

「だめだよ。誰にも邪魔されない愛の園、そう思ってここを選んだんだから。妖精界(ここ)の座標の記憶は消したから、地球から助けが来ることもない」

 

 最悪の想像が今、形となった。彼女は本当に、あやめをここに閉じこめる気だ。

 

「ここの技術なら、人間の食べ物を作るのも難しくない。時間が足りなければ、いくらでも精神時間を速くできる。文字通りの永遠を、私と過ごすんだよ」

 

 まさしく悪魔の誘いだった。今この発言でなく、こうやって暴走する由良こそが悪魔の誘惑に乗っかってしまったのだ。

 鐘の怪人の催眠のせいで、どこまでも由良は堕ちていくのか。

 

 だが、そんなことはさせない。力づくで──連れて帰る。

 あやめには勝算があった。自分は純粋戦闘型で、由良はどちらかと言えば支援型。強力無比な情報災害(インフォハザード)も、あやめに使う気配はない。

 ならば、いける。催眠がどうしようもないなら、強引にでも気絶させて運ぶしかない。傷つけるのは怖いが、でも今よりはマシだ。

 

「でも、あやめちゃんにそんな気はないんだね」

 

 だから、あやめは花束(ブーケ)を召喚した。戦闘自体には勝利できるはず。その後が肝要だと自分に言い聞かせて。

 

 だが、その予想自体が間違いであった。

 

「じゃあ、これが最後の戦い。最後の変身を、君にだけ見せるね」

 

 あやめには、由良の言っている意味が分からなかった。だってもう、由良も変身している。とっくにやっているのに、これ以上変身を──。

 

「風の音が響き渡る」

 

 彼女の、モノクロのドレスの上から別の衣装が現れる。いや、置き代わっているのか。まるでもう一つの変身が、彼女にはあるかのように。

 

「鳥の囀りが身に染みる」

 

 ところどころに、透明な鈴をあしらっている。さわやかなライムグリーンを基調としたそのドレスは羽毛をモチーフにしているようであった。

 

「この力は愛を勝ち取るため」

 

 どうして気づかなかったのか。由良の衣装型には異界の魂の魔力が影響している。

 ならば、影響される前の衣装型が、確かにあるはずだと。

 

「戦う私は《衣装型(フォーム):── 風鈴(チャイム)》」

 

 ███ ██ではない。正真正銘、「宇加部 由良」の衣装型を身に纏った魔法少女が、そこにいた。

 




申し訳ありませんが、明日投稿できるかは未知数です。ご了承ください。


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決戦 その1

 あやめの前に、一人の魔法少女が立っていた。情報災害(インフォハザード)ではない。鳥の羽と風鈴をモチーフにした、かわいらしいドレスの衣装型。

 それは、本来あるべきだった変身。情報災害(インフォハザード)になり代わられた、由良オリジナルの衣装型であった。

 

「な、なに……それ……」

「今なら、私は自分の魔力を完全に制御できる。私の異界の魂を弾いて、(ホーム)から受け取った魔力だけで構成した衣装型……それが、風鈴(チャイム)

 

 由良は不敵に笑った。

 

「先に言っておくと、風鈴(これ)は純然たる戦闘型。紫陽花(ハイドレンジア)にやすやすと打倒されるような衣装型じゃないよ」

「それでもだよ」

 

 あやめは構える。花束(ブーケ)は十分量を召喚した。魔力も溜まっている。

 一方、由良は自然体であった。それは余裕か、油断を誘っているのか。ゲームコーナーの怪人とでしか由良とは共闘したことのないあやめには、由良が戦闘でどのような行動をするか予測がつかなかった。

 

「私は妖精界(ここ)じゃなくて、地球で由良ちゃんと遊びたい。もう1回海にもいきたいし、今度こそ配信もしたい。由良ちゃんもまだ、来季限定のパフェ食べれてないでしょ?」

「……私には、あやめちゃんさえいればいい」

 

 あやめの投げかけには、噛み合わない応えが返された。どうあっても、衝突は避けられないらしい。

 ならば、本気で当たるだけだ。あやめは気合を入れ直した。

 目と目が合った、気がした。

 

「【アジサイビーム:戒】!」

「【武具召喚(サモン)吹き颪す風鐸(ザ・ベル)】」

 

 魔法が放たれたのは、ほぼ同時。花束(ブーケ)から放出された緑色の光線を、由良の前に現れた巨大な鐘が防ぐ。

 その瞬間、鐘の周囲からツタのようなものが次々と出現しその鐘を絡めとった。

 

「へぇ……そんなものまで」

「本当は、使わずに済むことを願っていたんだけれどね! 誰かさんのせいで! もう!」

 

 最悪のパターンとして「妖精界に閉じ込められる」というのを想定していたあやめは、事前に対策魔法をいくつか考えていた。その一つがこれである。【アジサイビーム:戒】は"(いましめ)"の名の通り、当たったものをツタで縛る魔法であった。

 

「……魔力を縛る効果まであるのか、これ」

「【吹き颪す風鐸(ザ・ベル)】なんて知らないけど、封じてしまえばこっちのもの! さあ──」

「【静かなる風刃(ウィスパーエッジ)】」

 

 【吹き颪す風鐸(ザ・ベル)】を縛っていたツタが一瞬のうちに細切れになる。なんてことはない、由良の風鈴(チャイム)としての魔法だ。曲がりなりにも魔法であったツタをこうまで簡単に切り刻めるものか。

 どうやら、【アジサイビーム:戒】は由良本人に当てなければならないらしい。しばし唖然と見つめていたあやめに対し、由良はあくまで微笑みかける。

 

「今度は、こっちから行くね? ……【静かなる風刃(ウィスパーエッジ)】」

「【舞い散る花弁刃(アジサイカッター)】!」

 

 見えない風の刃と、華やかな花びらの刃。互いの魔法が幾度もぶつかり合い、魔力特有の甲高い音を響かせる。

 その結果はおおよそ一方的に見えた。【静かなる風刃(ウィスパーエッジ)】は見えないが、【舞い散る花弁刃(アジサイカッター)】はそのほとんどが切り刻まれ魔力を失っていたからだ。

 そのまま【静かなる風刃(ウィスパーエッジ)】はあやめの下へ向かい傷つけんとするが、しかしそれは花束(ブーケ)による【アジサイガード】で阻まれる。

 

「どうして場所がバレ……いや、可視化しているのか」

 

 あやめは答えない。だが、概ね正解だった。【舞い散る花弁刃(アジサイカッター)】で相殺できるならよし。できなくとも花びらが切られた場所に【静かなる風刃(ウィスパーエッジ)】はある。そうして位置を判明させ、花束(ブーケ)を送る判断材料にしていただけだ。

 

 これであやめは確信する。由良には戦闘型魔法の才能はあれど、戦闘そのものの経験やセンスに乏しい。

 例えば、喰咬鮫(シャーク)の【生命潮流(ライフサークル)】には攻撃だけでなく、魚類の円で怪人を拘束する意図もあった。一つの魔法に複数の役割を持たせる技術は戦闘型魔法少女としてはおおよそ必須とされているものだったが、由良はそのような使い方をできていない。

 

 魔法の出力では由良が勝り、魔法の運用ではあやめが勝る。この差をうまく活用することが勝利への近道なように見えた。

 だが、それもまた甘い見通しだった。

 

「もうちょっと強くするね」

「【アジサイガード──】」

「【姦しい豪風(ノイジーネード)】」

 

 花束(ブーケ)など、防御の足しにもならなかった。【吹き颪す風鐸(ザ・ベル)】による"面"での制圧が、一瞬にして行われたからである。風の魔法自体は由良にも扱えるが、この風鐸に使わせるとより高い効果が出るのか。凄まじいとしか言いようのない強風にあやめは体全体をすくいとられ、そして背面を壁に強打した。変身衣装の防御があってなお、ここまでの威力を出せるのか。

 

 この異様に高い威力は、ひとえに由良の実績のなせる業であった。怪人を倒せば倒すほど、魔力は練り上げられ魔法は強化されてゆく。だが、怪人はそこまで頻繁に出現するものでもない。あやめの魔法少女歴は3年で、倒した怪人は共闘含めて12体ほどである。

 しかし、由良が魔法少女になって3年。倒した怪人は47体。これは怪人の討伐に忘却効果が乗ってしまい、勘違いした妖精界本部が過剰に出動命令を出したせいである。由良の無意識が注目を恐れて各種ランキングからは削除されてしまったが、討伐数だけで見れば交通三姉妹よりは多かった。

 この討伐数の差が、魔法の威力に大きく影響していた。

 

 その場に座り込み、行動ができないあやめに由良が歩み寄る。

 

「ぅぐ……!」

「ごめんね、あやめちゃん。痛いよね、つらいね」

 

 由良は、今にも泣きそうな表情だった。あやめを傷つけるのは本当に不本意であるかのようであったが、しかしそれが自分のせいであるとは微塵も思っていない様子であった。

 

「私はあやめちゃんの意思を尊重したいの。あやめちゃんに情報災害(インフォハザード)を使わないのも、地球の人類を滅ぼさないのも、それはあやめちゃんがそれを望んでいないから」

「じゃあ……私に攻撃するのも、やめてもらいたいものだけど」

「そう、それも本当はしたくない。でも、私はどうしてもあなたが欲しいから、仕方ないの」

 

 由良はうずくまるあやめを見下ろしている。泣きはらしたような微笑みに、いかなる感情も見えなかった。

 こうして話している間にも、妖精界と地球をつなぐワームホールの消滅タイミングは迫ってきている。そろそろ倒す目途が立たないとまずい。それに今の発言は、あやめが抵抗すればするほど情報災害(インフォハザード)を使うハードルが下がると言っているかのようだった。そうなればあやめに抵抗の術はない。

 

 いいのかもしれない。何も不都合のない世界で、2人きり。芽衣の母親が死んだことを気にも留めず、ただ由良と恋人ごっこを無限に続けるような生活。

 

「……芽衣」

 

 気づけば、口から友の名が出ていた。友、親、クラスメイト、魔法少女。そして……由良。

 あやめは、その全てを切り捨てられなかった。

 

「やっぱり、だめだよ。私はみんながいる方がいいな。由良ちゃん、あなたも含めて」

「……」

「【驟雨となりて(レイニーデイ)】」

 

 あやめがそう呟くと、室内にもかかわらず肌を少しの水滴が打った。はじめは緩やかだったそれも、次第に激しくなっていく。

 傘などという気の利いたものはどちらも持っていない。二人とも、雨に打たれるままに濡れていた。

 

「どうしたの? 防がないの……風で、こんなに怪しい魔法の雨を」

「知ってるくせに」

「……ふふ」

 

 今度は、あやめが不敵に笑った。

 

「空気が動かせない。大気の制御権を、魔力の雨で奪ったみたいだね」

「正解」

 

 雨は今も降り続いている。大気を先にあやめの雨が占領している状態では、由良の魔法が付け入る隙がない。

 

「【驟雨となりて(それ)】って、もともとそういう魔法なの?」

「いや。今、即興でつけたの。魔法が理外の力なら、なんだってできるはずでしょ」

「……やっぱり天才なんだね」

 

 魔法とは、魔力とは異界のエネルギーだ。たまたま怪人が観測した異界にあったエネルギーをどうにか使っているだけ。それに幕をかけて完全不明な力として使ったのが怪人であり、制御できると信じて嘘の理屈をこねてでも解釈しようとしたのが魔法少女、ひいては人間だった。その成果は、怪人特効合金といった形で表れていた。人間の立てた理論が正しいとは限らないが、少なくとも効果的ではあったのだ。これはまさしく努力の成果であった。

 じゃあそんな魔法に、思いつきで効果を付与できるかというとそれはまた別の話で。炎弾(バレット)も、事前に怪人の透明化について聞いていたからこそあらかじめそういう魔法を作れていた。体系化されてない、直感による技術だ。これといったセオリーがあるわけでもない。それを、この一瞬で。

 

 由良が思い浮かべたのはゲームコーナーの怪人戦で、あやめがとっさに【アジサイビーム】を反射させたことだ。あれは明らかに、あのとき閃いたような使い方だった。どちらかというと奇跡のような、偶然に近い産物だと思っていたが、この分だと本当に魔法の天才なのかもしれない。

 風は使えない。本気を出せば大気の制御権を奪えるとは思うが、隙が大きい。風鐸自身を震わせて音は出せるが、あやめの鼓膜を破壊するのは本意ではない。愛の言葉をささやけなくなるからだ。当然、あやめ自身の意志を狂わせる情報災害(インフォハザード)系もアウト。

 

 一見、詰みともいえる状況。しかし別に、由良はそれでも良かった。

 由良の目的はあやめを倒すことではない。あやめと一緒に、この妖精界で暮らすことだ。だから千日手ならそれでいい。ワームホールが消え、泣きはらすあやめを慰めるだけだ。

 風の魔法は使えないが、【吹き颪す風鐸(ザ・ベル)】を盾に使うなどやりようはいくらでもある。それに、あやめの魔力封じにも一応対策は存在した。

 

 時間を稼げば、それだけ由良は勝利に近づく。それはあやめもわかっているはずだった。

 だというのに。

 

「ね、由良ちゃん。お互い決定打もないみたいだし、少しお話しない?」

 

 彼女には何か秘策がある。由良の目には、そう映った。



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決戦 その2

「お話……?」

 

 室内で雨がざあざあと降りしきる。

 あやめの魔法、【驟雨となりて(レイニーデイ)】で由良が風の魔法を使えなくなり、一時的に戦力が低下したころの出来事であった。

 ワームホールが消えるまで、およそ30分。移動の手間を考えれば、猶予はそう無い。

 

「そう。ここ一週間はさ、あんまりできなかったでしょ」

 

 だというのに。この子は状況をわかってるんだろうか、とさえ由良は思った。話ができなかったというのは、あやめが由良の催眠を解こうとやっきになっていたからだ。なるべく一緒に過ごしていたが、何でもない話をしたがった由良と催眠解除の糸口を見つけようとするあやめとでは話が微妙に食い違っていた。

 

「由良ちゃんもほら、座ってさ」

「……まあ、そう言うなら」

 

 この調子なら、どう転んでも勝てるのだ。そう思い、由良は大人しくあやめの隣に座る。雨に濡れているはずの床は、しかし座ってみるとどこか心地よい。【驟雨となりて(レイニーデイ)】の副次効果なのか。

 ワームホールが消えれば、永遠が産声を上げる。それまでの間に、何か言いたいことがあるのだろうか。

 

「由良ちゃんのはじまりについて、聞きたいの」

「うん。なに?」

「由良ちゃんの……その、由良ちゃんが言っている"本来の自分"っていうのは、いるの? そういう、魂みたいなのが」

 

 本来の自分。転生する前の記憶の無い、純粋な女の子の宇加部 由良。それは本当に存在するのか? 持って当然の疑問ではあった。

 

「わからない」

「……」

「わからないよ、そんなの。そもそも魂なんてものがあるかどうかもわからないのに」

「いや、だって、異界の魂って……」

「状況的にまあそうだろうというだけで、完全にそうだと断言はできないよ。わかってるのは、私に他の人生の記憶があって、(ホーム)とは異なる魔力を持っていることだけ」

 

 あとは【不在義務(アブセンス)】の行き着く先が別の異界であることぐらいかな、と由良は付け足した。確定しているのはそれだけで、「由良が異界から転生してきた人間である」などというのは多少確度が高い推論に過ぎない。これらの要素が全く無関係である可能性を否定できる材料もまたないのだ。

 

「あやめちゃんが知りたいところで言えば……私の夢、かな? あれは私が無意識に作り出した虚像だね」

「えっ」

「私が本来あるべき自分を想像して、それに責められてる姿を勝手に妄想してるだけ。本当にそんな魂があるかどうかなんてのは、知らない。魂なんてものの存在は、妖精界でも証明されてないよ」

 

 じゃあずっと、いないものに苦しめられていたの。そうあやめは問おうとして口をつぐんだ。

 「勝手に想像して」なんて言っているけれども、でもそれは情報災害(インフォハザード)、ひいては【不在義務(アブセンス)】を発現させる程度には苦痛だったはずなのだ。その大きさを自分が評価する資格はない、と彼女は感じた。

 実際、自分は今も芽衣の母親を見殺しにしたことを罪深く思っている。芽衣や彼女の父親が許してくれているにもかかわらずだ。

 

 私も彼女も同じなのだ。同じだからこそ、そんな彼女が苦しむ姿は見たくない。横目で由良の黄昏たような表情を見ながら、そう思った。

 やはり絶対に、彼女は地球に連れて帰る。魔力も、魔法も()()()()()。意を決したあやめは、口を開く。

 

「ねぇ。由良ちゃんは私のことが好きなんだよね」

「そうだね」

「それは、全部が全部催眠のせいなの?」

「……元から友達として、親友として。私を受け入れてくれた人として、好きだったよ。鐘の怪人はそこに恋情を入れて、大幅に増幅しただけ」

 

 何でもないことのように言う。それが、そしてそれを自覚して話すのがどれだけ異常なことか。

 でも、そこが付け入る隙だ。

 

「でも今は、それも含めての"好き"なんだよね」

「そうだよ」

「──なら、私の好きなところ1000個言えるよね?」

「へ?」

 

 由良は一瞬、何を言われたのかわからなかった。先ほどまで見せていたような不敵な笑みではない、驚愕の表情。あやめは立ち上がる。

 

「1000個言えたら無抵抗で閉じ込められてあげる!」

「えっえっちょっ待っ」

「さあ! 言ってみて!」

 

 つられて由良も立ち上がるが、しかし肝心の答えの方が思い浮かばない。

 

「え、えーと……優しいところ、私を受け入れてくれるところ」

「他には?」

「遊びに誘ってくれるところ、カフェ巡りに付き合ってくれるところ」

「他には?」

「い、いつも明るくて、嫌な空気を作らないところとか……」

「ねえ、他には? 他にはないの?」

 

 先ほどまでとはうってかわって、由良の顔に焦りが見られた。あと、照れの表情も。逆に、あやめはどこか楽しそうですらある。

 

「ねえ! これ、本当に言わないとダメ!?」

「ダメだよ。私と二人きりでずっと暮らしたいって言うぐらいだもの。それくらい楽勝だよね?」

「そ、それは……」

 

 それを言われると弱かった。1000個とまでは言わずとも、もう少しすらすらと出てもいいはずなのに、出なかった。

 未だに、雨は降っている。

 

「それはね」

 

 言葉を引き継いだのはあやめだった。由良ではない。ゆっくりと歩み寄り、由良を追い詰める。

 

「やっぱり、由良ちゃんが見ているのは私じゃないからだよ」

 

 由良の頬に手を添える。目が合う。表層の催眠で植え付けられた好意ではない、より奥の本心を見る。

 

「催眠で無意識を解放されて自分の本心と過去を自覚した今、正気に戻るのが怖いんだよね。だからそこから目を逸らして、催眠を解かないままにしている」

「は……」

 

 あやめの言うことは事実だった。催眠を消さない理由として「あやめを好きな自分を消させない」というのも確かにあったのだが、それよりも実際は「あるべき人生を異界の魂によって汚した罪悪感を自覚したくない」ということの方が大きかった。思い返せばこの一週間も、由良は一緒にいるばかりで大きなアクションは起こしていない。その様子は今のあやめには「愛に焦がれた人間」というより「何かに怯えている人間」のように感じられた。

 それを、あえてあやめは言う。目を逸らせない。逸らさせない。

 

「私と暮らしたいというのなら! まず私を見ろ──由良!」

 

 轟音。あやめの背後、その壁面を破壊しつつ巨大な木の根が幾重にも積もって生え出してくる。瓦礫の出す土煙がしばし足元の空間に流れ出る。

 それらの巨木はやがて幹を、枝を、葉をつけ……最後には、立派な紫陽花を咲かせた。

 【武具召喚(サモン)あなたに捧ぐ花束(ブーケ)】の強化形態、【武具召喚(サモン)祝福の満開樹(フルブルーム)】であった。

 

「【アジサイビーム:戒】!」

「……っ【二重魔装(デュアルドレス)】!」

 

 そしてそんな満開樹(フルブルーム)から、極緑光の光線が放たれる。【武具召喚(サモン)祝福の満開樹(フルブルーム)】の時点で察したか、由良は既に防御魔法を展開していた。

 【二重魔装(デュアルドレス)】は、いま着用している風鈴(チャイム)の上から情報災害(インフォハザード)の衣装を展開することで防御力を底上げする魔法。情報災害(インフォハザード)の衣装が【アジサイビーム:戒】のツタに絡めとられても、その下から風鈴(チャイム)の魔法を発動する算段だった。

 

 頬に手を添えられていた由良は逃げられない。【アジサイビーム:戒】はあやめごと、二人を貫いた。

 これ自体が由良にとっては驚きの結果であった。【二重魔装(デュアルドレス)】にはそれぞれほぼ同等の防御力がある。怪人を相応数倒してきた由良の衣装の魔法防御力は今のあやめの魔力では抜けないはずだ。

 

 だが、実際にはそうならなかった。

 

 【アジサイビーム:戒】は本家の【アジサイビーム】よろしく、実際の破壊力は持たないタイプの魔法だった。しかし、撃たれた以上はその効果が発現する。あやめはともかく、情報災害(インフォハザード)の上からツタが出現し縛り上げる。

 

 が、その前になんとか由良はあやめの拘束から抜け出し、後退して距離を取る。反射神経も運動能力も上のあやめが追いかけようと飛び出すが、その眼前に由良の指がさし出された。

 衣装と使用可能な魔法に関係はない。すなわち情報災害(インフォハザード)の衣装が縛られようとも、情報災害(インフォハザード)の魔法に制限はない。

 ツタで拘束されかけながらも、由良は魔法を放つ。

 

「【あっちむいて──ホイ】!」

 

 情報災害(インフォハザード)を使うのは不本意だったが、しかし背に腹は代えられない。

 この一瞬でツタを切り、体勢を立て直す。そして返す刀で【姦しい豪風(ノイジーネード)】で雨を吹き飛ばし、再び攻勢に転じる。そういう計画だった。そういう計画の、はずなのに。

 

 あやめは、どこも向かなかった。ただ前を、由良の方だけを見ていた。

 【あっちむいてホイ】は、明らかに効果を成していない。

 

「ど、どうして魔法が……」

「捕まえた」

 

 再び、由良はあやめの手につかまる。それと同時に、ツタが再び生え始めて由良の体を縛り上げていく。魔法が使えない。

 

「嘘、嘘! どうして、下の風鈴(チャイム)まで拘束されて!」

「由良ちゃんの、情報災害(インフォハザード)の魔法についてずっと考えてたんだ」

 

 あやめは語る。由良は暴れようとするが、ツタによって風鈴(チャイム)ごと魔力を縛り上げられ、物理も魔法も封じられた彼女に勝ち目はない。

 

「【目立ちたがりの鐘(ザ・ベル)】、【陶酔的な白檀(ザ・サンダルウッド)】、【あっちむいてホイ】……全部、由良ちゃん自身から目を逸らさせる魔法だよね」

 

 それは、由良自身の罪悪感の表れだった。他者に自分を見させないようにする。認識させないようにする。

 そんな魔法の対処法はただ一つ。まっすぐな意思で、由良だけを見つめること。

 

 あやめは由良をしばし見つめた後、抱きしめた。濡れた服が、肌と肌の距離を近づける。

 もう由良は自分を赦してくれる人の存在を認めるしかなかった。

 

「由良ちゃんに必要なのは隠れ家じゃない。あなたを受け入れてくれる、たくさんの人たちなの。だから、街へ帰ろう」

「あやめちゃん……」

「もう、いいでしょ。そんなに愛してくれているならさ、鐘の怪人じゃなくて私を見てよ」

 

 気づけば、もう雨はやんでいた。【驟雨となりて(レイニーデイ)】の効果が切れたようであった。

 

「……最後に一ついいかな」

「どうしたの?」

「どうやって私の魔法防御を貫いたの。出力勝負では、負ける気はなかったのに」

 

 その由良の問いに、あやめは何でもないような顔をして答えた。

 

「簡単だよ。対由良ちゃん専用の、特効魔法を作ればいいでしょ? それなら強引に突破できる」

「それは……かなわないね。本当に」

 

 二人の少女は笑いあう。

 鐘の怪人の催眠など、とうに消え去っていた。



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エピローグ(急)

 ハロー。TS転生おじさんです。

 鐘の怪人さぁ、マジでさぁ……。催眠解かなかった私も悪いんだけどさぁ……。

 

 記憶がだいたい残ってるんですよ、はい。つまり何をしゃべったかとか、あやめちゃんに何をしたかとかは覚えてるわけで。ああもう本当、穴があったら入りたい。

 

「3点ですね。1週間後までに返してくださーい」

 

 出された書籍のバーコードに読み取り機をかざして貸出希望者に渡す。もう夏休みは終わり、新学期が始まっていた。今やっているのは図書委員の通常業務だ。

 あれから、つまり催眠にかかった私が妖精界を滅ぼしあやめちゃんの手によって正気に戻ってから数週間が経っていた。

 

 端的に言って、妖精界は滅亡した。スナマ・ルクチャンネルを通して流された【不在義務(アブセンス)】は聞くだけで存在を"どこでもない場所"に送られる。これによって妖精界にいた妖精や怪人と、最後の作戦中に地球に出撃していた怪人は全て消滅した。これから逃れられていたのは魔法少女と契約業務をしていた妖精だけだ。彼らはスナマ・ルクチャンネルからも切り離されていたため、【不在義務(アブセンス)】を聞かずに済んだ。

 まあ、地球(こっち)の妖精は私から情報災害(インフォハザード)の催眠を食らってるんだけど。「地球の人類を守護することが妖精の存在意義である」といったことを無意識に植え付けられた彼らは、現在もその処遇をIAEM(国際怪人対策機関)で協議されている。とりあえず今は「扱いを心得ているはず」という理由でもともとの契約対象の魔法少女とともにいる。

 魔法の火はいつか消えても、魔法で焼かれた物体が元に戻ることはない。どうやら私の催眠は後者に近い性質を持っていたようで、魔法が解けた今も催眠自体は継続しているらしいのだ。

 

 はあ。本当にろくなことしないな、私。

 

 怪人が全滅し、役割の大半を失った魔法少女はその力を主に人命救助などの社会活動に投じている。法的な扱いは怪人と戦っていた時の魔法少女条約を流用しているため、今のところ大きな問題は生じていない。

 そもそも、人命救助などをしなかったのは妖精界の「怪人の娯楽とならないような魔法を使わせない」という方針のせいだ。それがなくなった今、魔法という強大な力が正義のために使われない理由はなかった。この扱いが今後どうなるかはわからなかったが、神眼(トゥルース)名探偵(ディテクティブ)など一部の魔法少女は政府内でも高い地位を得ているようであった。彼女らがいればそこまで扱いが悪くなることはないだろう。

 

「や、由良ちゃん」

「……あやめちゃん」

 

 気づけば、あやめちゃんがカウンターの前にいた。妖精界でしたこと、そしてされたことを思い返すとあまり顔を直視できない。それでもこっちのことをまっすぐ見てくるものだから、彼女は本当にすごいと思う。

 

「そろそろ終わりでしょ? 一緒に行こ?」

「ああ、うん。そうだね」

 

 司書の新田さんに挨拶をして図書館を後にする。

 行先は魔法少女棟だった。

 

 実を言うと、私は既に《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》に変身できない。その影響を観察するため、定期的に専門医の診療を受ける必要があるのだ。

 

「あやめちゃん。終わったら、いつものカフェに行かない?」

「いいね、行こ!」

 

 少し嬉しそうに、駆け足になる彼女を追いかける。

 そんな私は彼女の笑顔を見ながら、あの時のことを思い返していた。

 

 

 妖精界であやめちゃんとの決着がつき、しばし休んでいるときにそれは来た。

 

『おい! 救援要請が来たから飛んで来てみれば……どうしたんだ!?』

 

 空間に不自然に浮かんでいるノイズがサメの形を模しており、それが一目散にこちらに向かってきていた。魔法少女の喰咬鮫(シャーク)による魔法、【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】だ。

 ノイズで出来ているため表情はわからないが、その口ぶりは焦っているように聞こえる。

 

『地球に来ていた怪人はもう消滅したぜ! 早く帰らないと一週間は閉じ込められると言っただろうが!』

「な、なんでここに……」

『だからぁ、そこのお嬢ちゃんが妖精経由でこっちに信号を送ってきたんだよ! いいから、オレサマの背中に乗れ!』

 

 あやめちゃんの方を見ると、いつの間にか彼女の肩に乗っていた蝸牛(シェル)がドヤ顔をかましていた。今までの言動から私があやめちゃんを妖精界に閉じ込めかねないことを予測し、あらかじめ妖精間でネットワークをつなげていたのか。

 ただ、【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】の言い方からして猶予は無さそうだ。これ以上の話はあとにして、まずは二人で彼の背中に乗る。

 

『オレサマが来たからにはもう安心だ! かっ飛ばすぜ!』

 

 【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】はそう言うと眼前に十分な大きさのワームホールを作り出し、そこに飛び込んだ。これなら確実に帰れるだろう。そう思い私は口を開いた。

 

「【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】。私の『なんで』は、『座標を忘れたはずのあなたがどうしてここに来れたのか』という意味です」

『ああ、そっちの意味か。神眼(トゥルース)とやらが対策してたんだよ』

「……え?」

 

 ことの顛末は、こうだ。あやめちゃんが私にかかっている催眠を解こうとした時、常に私は逃げ回っていた。その時に彼女は神眼(トゥルース)に相談を持ち掛けたという。

 私はあの頃、神眼(トゥルース)をはじめとした魔法少女らに「情報災害(インフォハザード)は催眠にかかっていない」という誤情報を信じ込ませた。しかしその中ででも、あやめちゃんの相談を聞き入れてくれたらしい。

 

神眼(トゥルース)さんは『情報災害(インフォハザード)がそういうことをするとは思えない。が、能力の性質からそう思わされている可能性もあるな。いずれにせよ備えて損はないだろう』って言ってたよ」

「あの人は……本当に……」

 

 情報災害(インフォハザード)の情報消去効果を乗り越えてあやめちゃんに到達できたことも含めて、優秀過ぎると言わざるをえない。

 

『「座標の情報が消えるのなら、方法だけを覚えればよい」ってなぁ! 俺は決めていた場所から異空間にダイブしただけだぜ。そこがさっき作ったワームホールへ吸い寄せられる場所に()()()()なっていただけだ』

「で、その情報自体も独自に暗号化してくれてたみたいだよ」

 

 随分周到な対策をしてくれていたようだ。いや、私の魔法の性質を考えれば当然のことか。

 

 話している間にも、【異空の鮫(スカイハイ・シャーク)】は時空の狭間をすいすいと泳いでいく。

 そして、ついに光が見え──私たちは、地球に帰ってきた。

 

 

「最近、体や心に不調は?」

「特にありません」

 

 魔法少女棟の保健室に私たちは来ていた。目の前には私の専門医……魔法少女の《衣装型(フォーム)幻惑師(ヒュプノス)》がいる。あまり目に覇気が無い、どちらかと言えば不健康そうな女の子だった。白衣もとりあえずブカブカのそれを変身衣装の上から着ているだけっぽいし、何なら着られている。いちおう医者役なのに。

 

「そう。……じゃ、私の目をよく見て」

「はい」

「【精神鑑定(エヴァリュエイト)】」

 

 とはいえ、医師免許を持っているわけでもない彼女が医者役として私の面倒を見てくれているのは、ひとえに彼女が精神系の魔法少女だからだ。私に、鐘の怪人の催眠が残っていないか。私が私自身に変なことをしていないか。そういうことをチェックしてくれている。

 

「……とりあえず、大丈夫そうだね。情報災害(インフォハザード)には変身できない?」

「はい、できません」

「わかった」

 

 彼女には、私の転生を含めおおよその事情を話している。幻惑師(ヒュプノス)が推測するには「情報災害(インフォハザード)は『この地球』という異界から疎外されたあなたが作り出した属性。あなたが転生した事実を少しでも受け入れられるようになったため、本来の風鈴(チャイム)にしか変身できなくなったのでしょう」とのことだった。実際、私はもう変身しないと魔法を使えない。異界の力を扱う自覚を促すために変身がある以上、それが必須ということは私がこの世界を受け入れたことを表している。

 

「まあこんなところかな。じゃあ次は二週間後だから。その時にまた会いましょう」

「いつもありがとうございます、幻惑師(ヒュプノス)さん」

「いいのいいの。地球を救った大英雄様の診察だし、お金も上からたんまりもらってるしね」

 

 おおよその診察も終わり、礼を言って退出しようとした時。不意に扉が開いた。

 

「元気にしているようだな、情報災害(インフォハザード)。……いや、今は風鈴(チャイム)か」

神眼(トゥルース)、さん」

 

 そこには、私が散々迷惑をかけた魔法少女が立っていた。

 

「まあそう固くなるな、英雄よ。私と君の仲だろう?」

「……それ、どういう嫌味ですか」

「いや、他意はない。君の事情は理解しているし、それに最後は共に戦ってくれたからな」

 

 どうやら【不在義務(アブセンス)】で怪人を消して回っていた時にもその不整合を調査していたらしく、冗談でなく年単位で被害を与えていたらしい。それを彼女の口から知らされたときは思わず本気の土下座が出た。土下座なんて前世でもやったことなかったが、それでも驚くほど自然に出た。

 

「ところで、(ホーム)もいるのか?」

「ええ、(ここ)にいますよ」

『……どうも』

 

 そう言って鞄の口を広げると神眼(トゥルース)が中を覗き込む。そこには相も変わらず奇妙な装丁をされた本のような妖精がいた。

 

「最後の作戦以来だな。全魔法少女と契約するのは、負担ではなかったか?」

『いえ、今はもう仮契約は解除していますし。私の魔力を由良のために使えたのなら、それは喜ばしいことですから』

 

 どうやら、(ホーム)は最初から私の歪みに気づいていたらしい。まあ契約時にこっちの情報は全部流れるし、致し方ない。妖精界を放逐された自分に居場所を与えてくれた私を救いたいとは思っていたが、しかし地球にとっての異物である自分にはできないと直感していたらしかった。それで、情報災害(インフォハザード)を突破したあやめちゃんならどうにかできるかもと、あえて私とあやめちゃんを妖精界に送り出すことを拒まなかったらしかった。

 

「……そういうものか。今はいないが、望遠鏡(スコープ)もあなたと話したがっていた。また会えたら、その時はよろしく頼む」

『ええ、そのつもりです』

 

 神眼(トゥルース)はそこまで話して一息つくと、こちらに向き直った。

 

「今回私が来たのは、君たちを親睦会に招待するためだ」

「親睦会、ですか?」

「そうだ。皆もあらかた落ち着いてきたようだし、この作戦の功労者を中心にした親睦会を開く予定でな。そこに地球を救った張本人がいないのは……不自然だろう?」

 

 そう言いながら彼女は私たちに親睦会のチラシを渡してくる。

 私が妖精界を滅亡させたことは公には伏せられている。情報災害(インフォハザード)の性質やことの経緯を考えれば、安易な公開が市民の不安を招くのは目に見えている。そういうわけで、これは作戦に関わった魔法少女のうちの一部にしか知らされていない。あとは、政府関係者は知っているのかもしれないが。

 が、知っている者は皆一様に私を英雄扱いしてくるのだ。「功」はいいとして「罪」も結構あると思うのだが、それだけにむず痒い。

 

「皆、君の話を聞きたがっている。私も含めてな。なに、私への借りを返すつもりででもいいから来てくれないか?」

「面白そう、行こうよ由良ちゃん! 神眼(トゥルース)さん、私も行っていいですよね?」

「無論だよ、紫陽花(ハイドレンジア)

 

 私は考える。もし、私がもう少しだけ魔法を強く使っていたら。例えば神眼(トゥルース)を私に心酔するレベルにまで洗脳していたら、帰れなかったかもしれない。

 私がそうしなかったのは単にあやめちゃんのためだった。あやめちゃんの心は弄りたくなかったし、なるべく彼女には真実を伝えたかった。そのときに「地球の人間はみな洗脳しました」などといったらあやめちゃんが悲しむのは目に見えている。だからそういうことをしなかった。それだけなのだ。

 

 でも、そのおかげで私たちは帰ることができた。

 

「……『私に必要なのは隠れ家じゃない』、か」

「なに? 由良ちゃん」

「いや、なんでもない」

 

 こっそりと、あやめちゃんが言ってくれたことを復唱する。情報災害(インフォハザード)の、人の目を背けさせる魔法。それはある意味で、誰よりも自分自身が自分から逃げてきたことの証かもしれない。

 ずっと嫌だった。死んだはずにもかかわらず、第二の人生を謳歌している生き汚い自分が。"本来の宇加部 由良"みたいなものは終ぞ見つからなかったけれども、それでも私にとっては確かにいる存在だったのだ。

 

 ごめんね、"宇加部 由良"。私はあなたのことを、ちょっとだけ諦めるよ。

 

 そんなすぐには変われない。変われないけど、あやめちゃんのためにも私はそろそろ自分を、そして周りを見るべきだと思う。

 

 親睦会か。少し怖くもあるけれど、いい機会だと思った。

 

「それで、来てくれるか? 風鈴(チャイム)よ」

「行くよね、由良ちゃん!」

 

 神眼(トゥルース)の、そしてあやめちゃんの誘いに私は答えた。

 

「……ぜひ! 行こうか、あやめちゃん!」

「うん!」

 

 私はこの世界で、宇加部 由良として生きるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、待って。親睦会で語られるのって、もしかして私の黒歴史じゃ……」

 

 TS転生魔法少女だけど属性が情報災害でした。(完)

 




 というわけで、本作はこれで完結です。およそ1か月強の連載となりましたが、ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。読者の皆様には本当に感謝しかありません。

 アクセスだけでなく感想、評価、ブックマーク、誤字修正、しおり、ここすき……読者様のすべてのアクションが、例外なく執筆のモチベーションにつながっておりました。今からでも遅くないので、どんどんしてください。切実に。
 特にブックマークですね。完結したのでさすがに毎日ペースでの投稿は控えますが、番外編などの構想はいくつかあります。いつか形になるかもしれないので、気になる方は気長にお待ちいただけると幸いです。

 繰り返しになりますが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

忍法ウミウシの舞


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外:その後のあれこれ
EX-1:肉体的脆弱性


 魔法少女棟の保健室。そのベッドで、私は寝ていた。

 体が、だるい。肩の下あたりが鈍く引っ張られているような不快感。頭が痛い。

 

「あ、あ゛ぁ……」

 

 声もひどいもので、ガラガラなんていうレベルじゃない。あまりにも鼻が出るのでティッシュを取りに起き上がるが、それすらもおっくうだ。関節も痛む。

 

 えー、カゼをがっつりひきました。

 

 

 "最後の作戦"。それは私とあやめちゃんが妖精界に乗り込んだ、あの作戦のことを指す。政府がちゃんと名付けた堅苦しいものではない、いわば俗称である。

 正式名称は長いし番号がたくさんあってややこしいしで、特に魔法少女は俗称の方を好んで使う傾向にある。そりゃそうだ。

 

 とにかく、地球に帰って"最後の作戦"の終了が宣言されたときはもうてんやわんやだった。被害状況の確認だとか怪人の生き残りがいないかの調査とかもあったが、それ以外にも大きな混乱があった。

 そう、私の【不在義務(アブセンス)】である。

 

 私の属性である《衣装型(フォーム)情報災害(インフォハザード)》のうち、無意識に使っていた魔法をまとめて【不在義務(アブセンス)】と呼んでいる。なので効果は複数あるのだが、そのうち「私に関わる記憶を直接隠蔽し続ける」というのが一斉に解けたために関係者の記憶がえらいことになったのだ。

 その中でも立ち直りが早かった神眼(トゥルース)などが私から能力の概要を聞きつつ、うまいこと情報を整理して各位に連絡を取ってくれた。おかげで大事には至らなかったが、もう本当に彼女らには迷惑をかけっぱなしである。

 

 それで、せめてもの罪滅ぼしにと自分が消した情報を記憶にある限り書き出して、書き出して、書き出して……ぶっ倒れた。

 

 で、目が覚めたらベッドの上だったというわけである。

 

 一回だけ保険医の先生が来てくれたが、「ただのカゼですので、しっかり休んでくださいねー」とだけ言って出て行ってしまった。だいぶ忙しそうだったし、先生も作戦の後処理でいろいろあるのだろうか。

 まあ動けないほどでもないので自分で看病ぐらいはできるのだが。さっきまで戦ったり喋ったり書いたりとハイテンポで作業をしていた分、ここの静けさが際立つ。ここで音が出るとしたら、それこそ私の寝返りや咳の音ぐらいだろう。

 

 ……なんだよ、あやめちゃんを妖精界に閉じ込めるって。そんなことをしても、彼女が喜ぶわけないだろうに。いくら催眠にかかっていたからといって、やることなすこと酷すぎる。

 ぶっ倒れるまでは忙しくてあやめちゃんとあまり話す機会もなかったけども、次会ったらちゃんと謝らないといけない。

 

 そんな折だった。こんこん、とノックの音が聞こえたのは。

 2回ノックはトイレでやるやつじゃないか、と思いつつも「どうぞ」とだけかすれた声で言えばすぐさまドアが開いた。

 ──同時に、部屋中に紫陽花が咲き誇りながら。

 

「【浄化の紫陽花香(フローラルピュリファイ)】」

「え、なに!? なになになに!?」

 

 部屋中を紫陽花が満たすと同時に、優しく甘い香りが仄かに鼻に触れる。それで、少しだけ鼻詰まりが楽になった。

 そしてドアを開け部屋に入ってきたのは、まさしく今考えていた人物であった。

 

「由良ちゃん、看病しに来たよ!」

「……帰って」

「え!?」

 

 ひとまず、絞り出せたのはその一言だった。

 

「先生にも無理言って代わってもらったのに!」

「……まあ、ただのカゼらしいけど。あやめちゃんに移すわけにもいかないでしょ」

 

 ああ、先生が「すぐに代わりの人が来る」みたいなことを言っていた気がしたが。あやめちゃんのことだったのか。とはいえ、これで移したらいよいよ合わせる顔が無い。それで断ろうとしたのだが、しかし彼女には微塵も引く気は無いようであった。

 

「大丈夫! 変身衣装には感染も防ぐ効果があるから!」

「……ほんと?」

『マジだぜ、お嬢ちゃん。変身衣装の防御は要するに「身体を損傷する現象を防ぐ」ところに本質があるからな』

 

 よく見れば、確かに彼女は変身をしていた。肩には蝸牛(シェル)が乗っており、ほぼほぼ妖精界で見たのと同じスタイルである。

 

『細菌やウイルスの侵入も防御の対象になる。だから移ることは心配しなくていいぞ』

「へえー……」

「私自身はこの前にしっかり寝たし、心配しないでいいよ! 【浄化の紫陽花香(フローラルピュリファイ)】で悪性の病原体は全部消えるし!」

 

 私を看病するためにかどうかは知らないが、あまりにも用意周到過ぎる。まああの一大作戦の後だったし、しっかり寝て休養を取ってくれたのはうれしい限りだけど。

 

「そ、も、そ、も! 怪人が消えてからもずーっと作業してた由良ちゃんや神眼(トゥルース)さんがおかしいんだから! ちょっとは休んで!」

 

 それは……確かにそうだ。さすがに神眼(トゥルース)も転生者ということはあるまい。それであれほどの責任感を持って皆を導くなど、並大抵の資質では務まらないだろう。

 

「ま、今は神眼(トゥルース)さんも雪景色(スノウドロップ)砂塵嵐(サンドストーム)さんが強引に休ませてるらしいけど。由良ちゃんもそんなに気を張らなくていいんだよ」

「そっ、か」

「おかゆ、食べる?」

「食べる」

 

 ちょっと力を入れて起き上がり、コップと椀が乗ったトレーをテーブルの上に乗せてもらう。食欲はあまりなかったのだが、おかゆから立ち上る湯気を見ていると少しだけ食べたいと思えるようになってきた。

 

「いただきます」

「……どう?」

「おいしい」

 

 そう言うと、彼女は顔をほころばせた。もしかして、このおかゆはあやめちゃんが作ったのかもしれない。

 

「食欲があるなら、とりあえずは大丈夫そうだね。本当に良かった」

「まあ、そもそもがただのカゼだし」

「それでもだよ。……やっぱり、汗すごいね。何度?」

「7度8分くらいかな」

「……結構あるね」

 

 カゼにしては少し重いかもしれないが、ここまでつきっきりにならなくてもいい程度だとは思う。そう思う私をよそに、あやめちゃんは自分の鞄から白いタオルを取り出した。

 

「じゃあ、汗拭くからさ。自分で脱げる?」

「え」

 

 え。

 

「ジブンデヌゲル?」

「脱げないの? じゃあ脱がしたげるね……」

「やっぱいいです脱ぐ脱ぎます!」

 

 脱ぐのも恥ずかしいが、脱がされるのはもっと嫌だ。はなはだ不本意だが、自分でやるしかなかった。

 なんか視線がすごいんだけど。後ろ向いててもわかる。

 

「……なんで背中向いて、布団被るの」

「と、年頃の女の子に肌を見せるわけには」

「いまさら言う? それ」

 

 しょうがないじゃない。自分でもよくわからんうちに出てきた言い訳だもの。とりあえず拭くのに十分なだけ脱ぐと、不意に後ろから声がかけられる。

 

「拭くから楽にしててねー」

「ひゃう!?」

 

 なんか近くない? 近くないかなあ?

 息が首に当たって、こそばゆい! 変身だとか【浄化の紫陽花香(フローラルピュリファイ)】だとかで感染の心配はないにしても限度がないか!?

 

『諦めろ、お嬢ちゃん。あれだけ危なっかしいことをした後なんだから、少しはあやめの気持ちも汲んでくれ』

「それとこれとは違う気がするんですけど!」

『違わねえよ』

 

 蝸牛(シェル)とのどこか噛み合わない応酬が繰り広げられるも、体はずっとあやめちゃんのされるがままであった。【浄化の紫陽花香(フローラルピュリファイ)】のせいなのか、そのあと体がぐっと楽になったのはありがたいが納得がいかん。

 




ちなみにカゼをひいた直接の原因は【驟雨となりて(レイニーデイ)】による体温の低下です。変身で防御はしていたのですが、解除後に徐々に効いてきた感じです。あやめは頑丈だから無事でした。


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EX-2:精神的脆弱性 その1

 

 時刻は15時。まだ少し、日も差しているころ。私たちは魔法少女棟の駐車場で待ち合わせていた。

 ここにいるのは多くの魔法少女。そして彼女らを取りまとめるのは神眼(トゥルース)だ。威圧感、というほどではないが確かな存在感を放っており、勝手な行動をするような者はいない。

 ついに、この日が来た。来てしまった。

 

「全員いるようだな。では、乗りたまえ」

 

 神眼(トゥルース)の指示に従い、彼女らは事前に決められた送迎車に乗り込んでいく。もちろん、私とあやめちゃんも例外ではない。

 

「楽しみだね、由良ちゃん」

「まあ……そうね」

「そんなに心配しなくても、大丈夫だって。みんな感謝してるんだから」

 

 あやめちゃんはそう言うが、黒歴史には変わりなくてですね。私のメンタルがどこまで持つか。

 ……そう。今日はあの、親睦会の日である。そのためにやたら豪華な場所を貸し切ったということで、移動のために車を使わないといけないのだ。

 

「……よろしくお願いします」

「えぇ、本日はよろしくお願いいたします」

 

 運転手に挨拶をし、席に座ってシートベルトを締める。確か、どこを貸し切ったというのだったか。ええと、白……サギ……?

 

白鷺館(はくろうかん)ですね、情報災害(インフォハザード)サン」

 

 口に出ていたのか、前の席から教えてくれた少女がいた。茶色いチェックのロングコートを羽織った、いかにも探偵のようなコスプレをした小柄な子に見える。

 

「ええと、あなたは……」

「あなたとは初めましてですカネ。アメリカの魔法少女で、名探偵(ディテクティブ)といいマス。以後、ヨシナニ」

「ああ、はい、はじめまして」

 

 振り返ってくれたその顔は確かに欧風だ。だが黒髪黒目であることなど、少しアジア系も入っているように見える。ハーフだろうか。

 しかし、日本語が上手いな。発音が少し変だから母国語にしていたわけではないだろう。相当勉強したと見える。

 

「確かに初対面だったか。名探偵(ディテクティブ)、今はもう彼女は風鈴(チャイム)だ。なるべくそのように呼んでくれ」

紫陽花(ハイドレンジア)ちゃん、元気? 風鈴(チャイム)さんもお久しぶりです」

 

 既に乗っていた彼女と、私。あやめちゃん。それに続いて残り2人も乗ってきた。神眼(トゥルース)と、雪景色(スノウドロップ)神眼(トゥルース)は恐らく高校生だが、雪景色(スノウドロップ)はあやめちゃんと同年代にもかかわらず神眼(トゥルース)と同程度の背丈だ。ただ、つり目で少し厳つそうな神眼(トゥルース)と柔和そうな雪景色(スノウドロップ)では反対の印象を受ける。

 

 この車に乗る魔法少女は、これで全てだ。前の座席には名探偵(ディテクティブ)神眼(トゥルース)、後ろに私とあやめちゃんと雪景色(スノウドロップ)が座る形となっている。ちなみに、助手席にはガタイのいい男性が座っている。

 なんだろう、ボディーガード的な何かかな。つまり、ボディーガード的なのがいてもおかしくない親睦会になってしまうんですかね。

 

 全員が座ったことを確認し、果たして車は出発した。

 

 ……………………気まずすぎる。初対面の名探偵(ディテクティブ)はともかく、神眼(トゥルース)雪景色(スノウドロップ)は私が催眠にかかった時のアレをバリバリ見てるので恐ろしく気恥ずかしい。話しかけるにしても何から話せばいいのやら。ここは超コミュ強、我らがあやめちゃんに託すしかないのか……?

 

「この白鷺館(はくろうかん)というのは、どんな場所なんデスカ?」

 

 そう思っていたら、なんと名探偵(ディテクティブ)が先に口を開いてくれた。しかも外国人だからこそ、しても雰囲気が悪くならないような質問になっている。

 質問に対し、口を開いたのは神眼(トゥルース)であった。

 

「白鷺館は文持(明治)時代に日本近代化を掲げて建てられた館の一つだ」

 

 ああ、そうだったそうだった。つまり、前世で言う鹿鳴館ポジションの建物である。

 

「当時の主な機能が外交の場の提供だった通り、相応に気品のある会場になっている。参加者が参加者だからな、そういう場である必要があった」

「アレ? 魔法少女の親睦会ならここまでのグレードは要りませんヨネ」

「集まるのは魔法少女だけじゃない。防衛省や国土交通省などの、作戦に関わった方々もいらっしゃる。半端な場所ではできない」

 

 ……そうだったっけ。親睦会=黒歴史発表会と認識していたので、そこまでは見ていなかった。横にいるあやめちゃんや雪景色(スノウドロップ)を見ても、大して驚いた様子はない。

 もしかして、みんな知ってるパターンか? これ。

 

「魔法少女とそういう重鎮とで会場は分けてあるが、話すこともあるだろうから気を引き締めたまえよ。そもそも名探偵(ディテクティブ)、特に君にはちゃんと伝えていただろう」

「確認ですよ、カクニン」

「……それならいいんだが」

 

 そのような応酬が繰り広げられているとき、少しだけ名探偵(ディテクティブ)がこちらを向いたように見えた。もしや、私のために確認してくれたのだろうか。それにしてはやけに露骨だったが、私にはありがたかった。

 だが、感謝する間もなく名探偵(ディテクティブ)は次のように話した。

 

「まあ、今回の主役は風鈴(チャイム)さんですカラネー!」

「え゛」

「『え゛』ではないぞ、風鈴(チャイム)。先にも言ったろう、皆が話を聞きたがっていると。魔法少女の方の親睦会はそこまで礼儀を気にする必要はないから、気楽にやるといい」

 

 やはり、やはりそうなのか。カタカタと震えながらもあやめちゃんの方を見やるも、当の彼女はさも「大丈夫だよ」みたいな顔で私の手に手を重ねてきた。

 

「由良ちゃんがやったのって、すっごい偉業なんだよ? だから誇ってよ」

 

 なにも大丈夫ではない。そもそも前世から大してコミュ力に長けてはいなかったのだ。たくさんの女の子と話すだけでキャパオーバーである。

 

「あの、雪景色(スノウドロップ)さん……」

「……」

 

 作戦会議以来の面識はほぼないが、あやめちゃんの友人であり恐らく同年代であろう雪景色(スノウドロップ)に助けを求めるも、その眼は虚ろであった。思えば、彼女は車に乗ってから一言も発していない。

 いや、眼が虚ろなのではなく、じっと神眼(トゥルース)の方を見つめているだけか。そして片手にはスマートフォンを立てており、カメラ起動中を表すライトが点いている。

 ……なに、撮ってるの? 神眼(トゥルース)を? 無音化するアプリまで入れて? 一応友人であるはずのあやめちゃんの方を向くと、意図を察したのか彼女はちらと雪景色(スノウドロップ)の方を見た後こう言った。

 

「まあ、いつものことだし」

 

 いつものことであってはならないだろ。

 

 

「着きましたよ、皆さん」

「待ちくたびれマシター!」

 

 車に揺られること1時間ほど。ようやく、目的地の白鷺館に着いた。運転手の声掛けと同時に車の扉が開き、出るように促される。

 

 名の通りモチーフは白鷺と言われているが、モノクロトーンかつ両翼を展開したような形状は確かに白鷺のようだ。屋根瓦の文様が特徴的で、非常に精密な幾何学模様があしらわれている。遠くからでもわかるほど派手な質感の黒と白による存在感と、執念深さすら感じるほどの緻密な彫刻。教科書やニュースの写真でも何回か見たことのある白鷺館が、そこにあった。

 

「おお、コレガ……」

 

 その圧倒的なたたずまいに、私もあやめちゃんも名探偵(ディテクティブ)もしばし見とれる。神眼(トゥルース)は慣れているのか、そう緊張した様子は見せなかった。雪景色(スノウドロップ)は白鷺館には見向きもせず神眼(トゥルース)の方だけをじっと見ていた。

 

「じゃあ、運転手の案内に従って左翼館に向かってくれ。ドレスの貸し出しやメイクをしてくれる」

 

 神眼(トゥルース)は私たちの方を一瞥すると、それだけ言って左の方へ歩こうとしていた。運転手の人が右側に行こうとしているところを見るに、こっちが左翼だろう。

 

「あの、神眼(トゥルース)さんは?」

「私は先に政府側の人間との話があるからな、ここで失礼させてもらうよ」

「え、服とかは……」

 

 見たところ、彼女は私たちと同じような私服だった。

 それを見かねて言いかけると、神眼(トゥルース)は意味深な笑みを浮かべ、天に手を掲げて口ずさんだ。

 

「天網恢恢、全てを見通せ──《衣装型(フォーム)神眼(トゥルース)》」

 

 赤くて裾の長い、絢爛なドレスが彼女の身を包み始める。それって変身……いや、作戦で地球に帰還した時の衣装はこんな感じではなかったような。とにかく、変身のようなものが完了した彼女は先ほどとは別人のようだった。元が悪いというわけではないしむしろ美人の類だとは思うのだが、変身後は明らかに違う。髪の艶やチーク、リップなど様々な個所がきちんと白鷺館にふさわしいものになっている。

 

「変身衣装、礼装バージョンといったところか。事前に魔法を調整しておいたんだ」

「ズ、ズルじゃないデスカ! 認メマセンヨ!」

「……なんで君に認めてもらう必要があるんだ」

 

 名探偵(ディテクティブ)の抗議もどこ吹く風といった様子で、神眼(トゥルース)はそのまま右翼館へ向かっていってしまった。

 

「それでは諸君、また会おう。親睦会、楽しんでくれたまえ」

 

 楽しめると、いいんだけどなあ。




私の活動報告にちょっとしたアンケートが用意されてあります。番外編の内容の募集についてですね。良ければ覗いてみてください。


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EX-2:精神的脆弱性 その2

 変身を礼装代わりにして旅立っていってしまった神眼(トゥルース)を見送り、私たちは左翼館の方へと向かった。

 

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

 そこには別世界が広がっていた。

 私は私自身の無教養を呪った。ここまで煌びやかな内装を表現する術がないのだ。   

 黄金に輝く装飾が多用されているのに、成金趣味のようないやらしさがない。宗教的な崇高さでもない。他に使われている色は(色かどうかはさておき)黒と白ぐらいなものだが、それらが中和どころか互いを高めあい究極の高級感を醸し出している。

 

 ……いや、究極の高級感ってなんだ。意味わからん。どうやら、雰囲気に圧倒されているようだ。

 

 スタッフの方に案内されるがままにメイクルームらしき場所に入る。こちらの装飾は控えめになってはいるが、先ほどの広間がおかしいだけでこちらも十分豪華だ。

 スタッフの人は例外なくタキシードを着用しており、その立ち居振る舞いから彼らが普段どのような人物の世話をしているかも知れる。

 魔法少女は結局、中学生前後の少女だ。雰囲気に押されて固まる子がいるのも想像に難くない。……が、あやめちゃんや雪景色(スノウドロップ)、そして名探偵(ディテクティブ)はそうでもないようだ。ずいぶんと肝が据わっている。

 

「では、私どもが整えますので。座ってお待ちください」

「あ、はい。お願いします」

 

 そう言うと彼女らは凄まじい手際で私たちのメイクを始めた。なんだろう、凄まじい手際なのはわかるんだが化粧のことなんも知らんから何をしているのかはわからん。ただ、みるみるうちに私の顔が良くなっていくのがわかる。

 

「メイクはこれで終了です。お疲れ様でした」

 

 これが……私……?

 いや本当にすごい。顔は前世基準でもそこまで悪くはなかったとは思うが、メイクによって完全にSNSでバズってる顔がいい人間みたいになっている。そこまで大仰に塗られているわけでもなかったし、最低限の化粧だけで印象をガラッと変えたということなのだろう。メイクスタッフの技術が神がかっていた。

 

「お次は着付けとなりますので、こちらに」

 

 今度は隣の部屋で衣装を見繕ってもらったのだが、これ明らかに変身衣装を意識しているだろ。変身衣装のコピーというわけではないが、カラーリングや全体の印象はかなり似通っている。過剰に派手にならないように、このようなパーティーに合うフォーマルな感じにうまくアレンジされている。

 ちなみに、私の衣装は情報災害(インフォハザード)のモノクロドレスではなく風鈴(チャイム)の緑基調のふわふわドレスだった。情報災害(インフォハザード)はもういないし、政治的にはシークレットだしでこのような選択になったのだろう。

 

 同じタイミングでドレスルームから出たあやめちゃんと目が合う。彼女も紫陽花(ハイドレンジア)の衣装をイメージした、紫基調のウェディング風ドレスだった。そんな彼女は、こちらを見るなり目を輝かせてこちらに迫ってきた。

 

「由良ちゃん! すごいかわいいよ!」

「あ、ありがとう」

 

 面と向かって言われるとなんか気恥ずかしいな。見れば、あやめちゃんの方もどこかそわそわした面持ちだった。何かを言われるのを期待しているような、そんな感じだが。

 

「えっと……あやめちゃんも、かわいいよ?」

「ほんと!?」

「うん。すごく似合ってる」

 

 そう言えば、嬉しそうにしていた。変身衣装をもとにしているから似合うのは当然ではあるのだが、メイクも相まって本当にどこかの御嬢様であるかのような雰囲気が出ている。

 

「なにしてるんデスカ、アレ」

「いつも通りイチャついてるんでしょう。彼女たち、だいたいあんな感じですよ」

「いつもドオリ……?」

 

 

「おお、パーティー会場……」

「どういう感慨なの、それ」

 

 つい変な声が漏れてしまった。こんな気品のある会、前世含めても行ったことが無いから緊張する。いや、それはあやめちゃんも一緒か。

 

「あやめちゃんは緊張しないの?」

「少しはするけど。でも魔法少女だけだし、知ってる人も多いしね」

 

 それもそうか。むしろあやめちゃんに誘われるまで魔法少女棟に行かなかったし、行くようになっても特にコミュニケーションとらなかった私がおかしいんだ。まあ、情報災害(インフォハザード)がある以上は覚えてもらえなかっただろうが。

 

 挨拶と開催の宣言をしたのは防衛省の大臣らしかった。だいぶ配慮をしてくれたらしく、話はシンプルに聞きやすいもので素早く終わり、彼はすぐに右翼館の方へ行ってしまった。政界の方の親睦会に向かったのだろう。

 魔法少女らは思い思いの場所に移動した。一応参加者は事前のリストで把握してはいるのだが、こうして見ると壮観だ。私でも知っているような上位勢や、海外の人らしき魔法少女もちらほらと見える。

 

 なるほどね……………………。あ、おいしそうなワイン、いやさすがにジュースか。あやめちゃんの分も含めてもらいに行こうかね。そう思って歩き出そうとすると、不意に後ろから肩を叩かれた。

 

「あなた、情報災害(インフォハザード)でしょ」

「……はい、そうですけど」

 

 星空のような真っ黒いドレスを纏う、耳の派手なピアスが印象的な魔法少女。確か、砂塵嵐(サンドストーム)だったか。

 

神眼(トゥルース)が前々から会議で話してたわよ。『八島区の怪人を消して回る謎の魔法少女』だって」

「う……」

 

 そこを突かれると弱い。彼女も会議に参加していたが、しかし最近まで情報災害(インフォハザード)の効果で忘却させられていたのだろう。それが情報災害(インフォハザード)の消滅と共に思い出せるようになったと。

 

「記憶が戻った時はさすがにびっくりしたわよ。なにせ、何回も同じ話を聞かされていたんだもの」

「はい……その節は本当にすみません……」

「ああ、ごめんね。責める気は無いのよ」

 

 無いと言われても。ただ、彼女の顔を見る限り本当にそういう気は無いようだった。

 

「だけど、そこまで強力な魔法ってなかなかないでしょう。参考までにちょっと話を聞きたくてね」

 

 いまさら力を求めることもないだろうに。もしかして、最後の作戦の怪人戦で思うところがあったのだろうか。いつもの怪人はショーのために見栄え重視で戦っていた節があったらしく、最後の作戦の時に見せてきた本気の強さにショックを受けた魔法少女も多いとは聞く。

 そこはなんとか私が早くスナマ・ルクチャンネルにたどり着いて【不在義務(アブセンス)】を流し、出撃中の怪人もろとも消し飛ばしたおかげで致命的な被害が出る前にどうにかなったらしいのだが。

 

「ねえ、どうやったらあれだけ広範囲の、しかも本気の怪人を倒せるの? 私に教えてほしいの」

「あー! それ私も知りたい!」

 

 砂塵嵐(サンドストーム)に続き、話を聞いていた他の魔法少女も参戦してくる。いつしか、私の周りには人だかりができていた。

 

「え……ちょっと、その、それは……」

「ふふ、由良ちゃんはすごいからね。私が話そう! 由良ちゃんの武勇伝を!」

「マジでやめて!?」

 

 

 宴もたけなわといった具合の頃。神眼(トゥルース)が、右翼館から戻ってきていた。

 

「やっとこっちへ来れたな。全く、挨拶するだけでも一苦労だ」

「おや、お帰りナサイ。神眼(トゥルース)

名探偵(ディテクティブ)

 

 会場の端で待っていたのは名探偵(ディテクティブ)だ。どうやら一歩引いた目線で会場を見ていたらしい。

 

「いやーすごいデスネ、風鈴(チャイム)サン。大人気デスヨ」

「……せめて私だけと話す時ぐらい、発音をちゃんとしたらどうだ」

 

 そう神眼(トゥルース)に言われた名探偵(ディテクティブ)はしばし目を丸くした後、口元を笑みの形にゆがめた。

 

「それは……なんですか? 嫉妬?」

「意味が分からんな。私の前ではその話し方をわざわざする必要はないだろう、ということだ」

 

 ワイングラスに注がれたジュースを呷る。少々乱暴な動作のように見えたが、ドレスと本人の気品のせいでそれもどこか優雅なものに思えた。

 

「まあ、いいでしょう。とにかく彼女、あまり目立ちたく無さそうでしたけど。これじゃ当分は解放されませんね」

「散々私たちを振り回した罰だ。せいぜい困るがいいさ」

 

 数多の魔法少女にもみくちゃにされる由良を見て、神眼(トゥルース)は楽しそうに笑った。別に本気で困れと思っているわけではないが、思うところがあったのは確かだ。

 それに、彼女には功績が十分にある。もう少しそれが周囲にも認知されても良いのではないか、と思った。

 

「というか、彼女は生前は成人だったのだろう。それにしては……」

「それにしては、なんです?」

「ちょっと幼くないか」

「ああ……」

 

 この声に対しては、名探偵(ディテクティブ)も同意の声を漏らした。なんか紫陽花(ハイドレンジア)に泣きついてないか、あれ。

 確かに、精神年齢は年齢と同義ではない。当たり前だが、子供のころから立場が変わらなければずっとその人は子供でいられるだろう。が、彼女は一応就業経験があるはずだ。本人から聞いたし。それでこれは、どうなのか。

 

「もしかして、退行している?」

「あー、ありえますね」

「まあ、それでもいいか」

 

 昔はともかく、彼女は今は中学生。拒絶だらけだった人生を、今から楽しんでも遅くはないだろう。

 ワイングラスを持ち上げ、名探偵(ディテクティブ)の方に向ける。

 

「乾杯するか、名探偵(ディテクティブ)

「何に?」

「魔法少女の終わり。そして、新たな始まりに」

 

「いいですね。──乾杯」

「乾杯」




追記:ワイングラスだけどジュースです。だから未成年飲酒じゃないぜ!ほんとだぜ!


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EX-3:最後の作戦と英雄 その1

 せっかくの休日ということで、井塚(いつか) 九寧(くね)は友達と一緒にショッピングモールへ来ていた。

 今は正午頃。昼食のためにショッピングモールを出て、いつものレストランへと向かう。ここは時間帯の割に空いていることが多いので、よく利用しているのだ。

 

「あーあ。夏休みも終わっちゃったし、土日しか遊べなくなっちゃったな~」

「まあまあ。その分、学校で会えるじゃん」

「それはそうだけどさぁー」

 

 どうにもならない不平のような冗談を零すのは紀春(きはる)で、それを諭したのは(みお)。どちらも、同じ白丘(しらおか)学園中等部のクラスメイトだ。背丈はどれも中等部一年としては平均的で、まさしく仲良し3人組といったところか。ラフなボブスタイルで茶髪を短く切りそろえている紀春がセミロングの2人より少々幼く見えるかもしれない。

 九寧がチャーハン、紀春がハンバーグ、そして澪がパスタとそれぞれ思い思いのものを頼んでいた。

 

 どこからどう見ても普通の中学生である。が、このうち九寧(くね)にはある秘密があった。

 

「最近さ! 九寧の変身見てないよな!」

「どうしたの、唐突に」

「そうだね。折角かわいいドレスなんだし、また変身すればいいのに」

「……澪まで、もう」

 

 そう、九寧は魔法少女。《衣装型(フォーム)猫召喚師(キャッツマスター)》と呼称される、魔法少女の1人であった。

 

「あれは……ほら、恥ずかしいから。また今度ね」

「どうして? 猫耳のメイドさん、すっごくいいじゃない」

「よくないよ!? それ澪の趣味だからね!?」

 

 本来、変身は怪人との戦闘か配信のためにしかできなかったが、それは妖精界による恣意的な制限であった。妖精界が滅亡した今、変身の許可は個々の妖精が一定の基準に沿いつつも思い思いに下していた。

 

「いい? 魔法(あれ)は人間には過ぎた力。だから魔法少女はしっかりと自制しないといけないの」

「妖精さんの許可制だとしても?」

「だとしても、だよ。それは私が判断を放棄する理由にはならないから」

 

 澪と紀春は顔を見合わせた。どうやら、この小さな魔法少女は思ったよりも結構考えているらしい。

 紀春が身を乗り出す。

 

「でもさ、テレビとかで変身してるのすげー見るよ!」

「そうなんだけどね。でも、やっぱりむやみに変身するのは違うかなって」

「ふーん……」

 

 その感覚はいまいち紀春にはわかりにくいものだった。力は使わなければいいし、なによりかわいいんだから自信を持てばいいのに。

 ただ、心当たりがないわけではなかった。

 

「それってやっぱり、夏休みのアレが関係してるの?」

「うん、そうだね」

 

 アレというのは魔法少女にとっても全ての人類にとっても重大な事件である、"最後の作戦"のことを指していた。澪や紀春のような一般市民には「怪人と大規模交戦を行いついには永久的に退けた」としか伝わっていないが、それでもこの作戦の重大さはわかる。何せ、数年前から人類社会に大きな被害を与えてきた怪人との決着だ。知人が巻き込まれたという話も多く、もう悩まされなくて良いという安心は大きかった。

 

「え、じゃあ……」

「もう1か月もたったし、気持ちも落ち着いたから話してもいいかなって」

「ほんと!?」

 

 そして九寧と紀春が話しているのは、九寧が体験した"最後の作戦"を彼女がなかなか話してくれなかったことについてだ。紀春は聞きたがっていたが九寧は慣れない戦闘で恐怖を感じたこともあり、なかなかそれを言語化できずにいた。

 

「九寧ちゃん、大丈夫なの? 無理してない?」

「んー? まあちょっと怖かったけど、怪我があったわけでもないし。もう大丈夫だよ」

「それなら、いいんだけど」

 

 ことがことだけに心配していた澪だったが、紀春は九寧から無理に聞き出すような子ではないし、九寧も本当に無理ならそう言う。それくらいの信頼はあった。

 紀春がジュースのストローをくわえたとき、澪が再び口を開いた。

 

「そう言えば、確か自衛隊との共同作戦だったんでしょう? 機密とかあるんじゃないの?」

「それは話しても大丈夫だって自衛隊の人が言ってたから!」

「ふーん……?」

 

 それでも一応言い逃れる口実にと澪は助け舟を出したが、しかしそれは九寧自身にすっぱりと断ち切られてしまった。

 実際、自衛隊との共同作戦であったのにもかかわらず九寧が秘密にしなければならないことは何もなかった。対怪人の特効合金が全世界に共有されたものであり、また自衛隊もそのための世界共通規格を用いていたため装備面では何も問題ないことが一つ。また指揮系統は"最後の作戦"に最適化された専用のものを一時的に使っていたのが一つ。

 総じて変身時以外は普通の女の子である魔法少女がトラブルに巻き込まれないようにするための、国際的に施された配慮であった。

 

「でも、紀春がこんなに聞きたがるなんて思わなかったけど」

「友達が世界を救ったんだよ!? そりゃ聞きたいでしょ!」

「そんな、大げさな……」

 

 九寧はそう言って照れるが、澪はあながち間違いでもないと思った。直接的な事故もそうだし、建物や道路が壊されればその分いろいろな不便が出る。確かに、九寧は彼女らにとってヒーローであった。

 期待いっぱいの顔をしている紀春に観念したかのように、九寧は語り出す。あの時、何があったのかを。

 

 

「イプシロン班と連携する、自衛隊E班の曽我です。本日はよろしくお願いいたします」

「は、はい。魔法少女の……猫召喚師(キャッツマスター)です」

 

 握手をした彼の手は大きく、そして力強いものだったことを覚えている。

 

「この命に賭けても、あなた方を守ると誓います。どうか、ご協力いただきたい」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 そのまなざしは真剣そのもので。人を、世界を守ることを生業としている人間が積み重ねてきた歴史がそこにあった。

 幼き少女たちに世界の命運が託されていることを知った彼らの心境はいかほどのものなのか。九寧にそれを知るすべはなかった。

 

「……王冠(レガリア)です。よろしく」

石庭師(ストーンカッター)と申します。よろしくお願いします」

 

 九寧に続いて、他2人の魔法少女も自己紹介をする。3人とも既に変身をしており、モチーフ通りの衣装を身に纏っている。王冠(レガリア)はサイドテールの映える小学5年の小さな女の子だったが、しかしその瞳には確かな決意が見て取れる。石庭師(ストーンカッター)は年上の中学3年生で、年の割に高身長であったが九寧と同じように緊張しているようだった。

 年も学校もバラバラだったが、しかしこうして集まっている。同じ魔法少女だから。同じ、死闘を繰り広げる戦友だから。

 

 それぞれと握手をした後、曽我と名乗る自衛隊員は作戦を説明した。事前に頭に叩き込んでいたため確認の意味合いが強かったが、気持ちを落ち着け覚悟を決める時間でもあった。

 

『今度の怪人は、本気だ。なりふり構わず殺しに来るぞ』

 

 九寧の妖精、猫目(キャッツアイ)は確かにそう言った。意味は分かるが、しかし飲み込めてはいない。本気の殺し合いなど、経験したこともない彼女らにとってそれは大きすぎるものだった。

 

「……猫召喚師(キャッツマスター)、大丈夫だよ。あなたたちには絶対に指一つ触れさせないもの」

王冠(レガリア)ちゃん……」

 

 小学生である王冠(レガリア)も、しっかりと状況を理解している。だのに大口を叩いて皆を安心させようとしてくれているのだ。

 私もしっかりしないと。王冠(レガリア)を、そしてみんなを守るために。

 

「隊長! イラジュナの"玄関"で怪人が大量発生しました!」

「各位、配置につけ!」

「はっ!」

 

 ついに来た。

 イラジュナでは原初の魔法少女が一人で守っているらしいが、それは彼女の強さが規格外だから。この八島区に集まっている自分たちが束になってもかなわないだろう。

 だが、それでもやるしかない。

 

 幸い、自分たちは"玄関"から離れた位置で待機している。透明化した怪人や前線の討ち漏らしを他の班と協力して叩けばいい。

 

 八島区の"玄関"はとある公園の上。遠目でもわかるその空間が、うっすらと歪み始める。

 巨大な腕らしきものが現れ、歪みをこじ開け始める。そして、ついに最初の怪人が姿を現した。紫色の毛が生えた骨格標本のような、気色悪い巨人。

 

「こんにちは、魔法少女。死ね……ッ!?」

「お前が死ね! ──【遍く全て見通す目(オールクリア)】!」

「【大氾濫水渦(ホイールフラッド)】!」

「【殺傷性粉塵(キラーダスト)】!」

「【怒りの日(ディエスイレ)】!」

 

 最前線で待機していた神眼(トゥルース)が、濁流(ポロロッカ)が、砂塵嵐(サンドストーム)が、妖精王(フェアリー)がここぞとばかりに集中砲火を行う。出待ちは想定外だったのか、骨格怪人のみならず未だ歪みの中にいた怪人も共に損傷を受けた。

 

 出だしは上々。九寧には、自分の出番が来ないことを祈るしかなかった。



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EX-3:最後の作戦と英雄 その2

 自分の出番など来なければいい。そう思っていた九寧だったが、現実はそう甘くはなかった。

 

「座標E-4に透明化怪人を2体発見! すべてマーキング済みですが……来ます!」

「用意しろ!」

 

 轟音と土煙が舞う。

 自衛隊員の声と共に指定された場所へ意識を向けると、そこには透明な怪人が2体浮いていた。怪人そのものは透明だが、光る矢が突き刺さっていたり極彩色の液体を被っていたりで位置がまるわかりなのだ。

 それ自体は間抜けな構図と言えなくもなかったが……笑う気にはちっともなれなかった。

 

 なにせ、相手は自分たちを殺そうとしているのだから。

 

撃て(ファイア)!」

 

 自衛官、曽我の合図で怪人特効砲弾が次々と発射されるが、しかし怪人どもはそれらを悠々と躱すことで対処していた。

 

「馬鹿な、見てから避けられるはずが……」

「見せ物の分際で、忌々しい人間どもめ……どうやっても矢が抜けん」

「厄介な兵器に、厄介な魔法を作り出したようだな。そもそも魔法少女がいるのも想定外なのだが。だが、周辺の雑魚さえ蹴散らせば抜け出せる」

 

 そして怪人の意識がこちらに向いた。いつもの怪人戦とはわけが違う、本物の殺意。それを前にして、九寧の足はすくんでしまった。

 もう少しは戦えると、思っていたのに。

 

「"玄関"に戦力を集中してきたのは褒めてやろう。だが裏を返せば、そこさえ抜ければあとは楽勝ということだ」

 

 透明でもマーキングのせいで分かってしまう。怪人の腕が凶悪な刃物に変化していく。あれで、変身衣装ごと切り裂く気だ。

 

「鐘の怪人の弔い合戦だ。退いてもらおう、魔法少女」

「ひ……」

 

 気迫に押され、後ずさりする九寧。当然そんなことなどおかまいなしに、怪人の凶刃が九寧の首に向かっていき……。

 

「【いやだね】」

「む……」

「どうした、聞けないの? ──【王の御言葉(マイオーダー)】が」

 

 そして、途中で止まった。気が付けば眼前には王冠(レガリア)と、曽我が立っている。特に曽我は二人をかばうようであった。怪人はすっかり勢いを失っており、中途半端な位置を維持せざるを得なくなっていた。

 

「れ、王冠(レガリア)ちゃん」

猫召喚師(キャッツマスター)ちゃん、石庭師(ストーンカッター)ちゃん、私も怖いよ。【でも、戦おう。私たちにはそれができる】」

「……うん!」

 

 王冠(レガリア)の【王の御言葉(マイオーダー)】の効果によって、九寧は徐々に恐怖と緊張がほぐれていつもの調子が戻ってきたように感じてきた。恐怖が麻痺しているのではなく、恐怖と同じくらいの勇気を無視できなくなってきたのだ。

 

「──【武具召喚(サモン)王権兵器(ロイヤルウェポン)】」

「【生体召喚(サモン)彷徨える剣闘虎(サーベルタイガー)】!」

「【武具召喚(サモン)石掘削石(ダイアモンド・カット・ダイアモンド)】」

 

 各々が武具を召喚し、従える。王冠(レガリア)は超巨大な浮遊する剣と盾を、九寧は湾曲した剣をくわえる古代の虎を、そして石庭師(ストーンカッター)は高速で回転する金剛石の円盤を。

 それぞれがそれぞれの武器を確認し、ほとんど同時に怪人の元へ突進をさせた。

 

「ちっ……雑魚の魔法など効かないはずだが」

「もいちど試してみる? ──【動くな】」

「ぬおっ」

 

 王冠(レガリア)がそう命令したとたん、怪人どもの動きの精度がガクッと落ちる。動けないわけではないが、それを相殺しようとする不可視の力が常に働くために強引に動くしかないからだ。好機と見て、あらゆる刃物が怪人の元へ向かう。

 

 だが、その強引さがかえって怪人の助けになった。【王権兵器(ロイヤルウェポン)】、【剣闘虎(サーベルタイガー)】、【石掘削石(ダイアモンド・カット・ダイアモンド)】がどれも怪人に打ち返されたのだ。

 現在、各妖精と魔法少女のつながりは妖精界によってシャットアウトされている。(ホーム)が全ての魔法少女と仮契約することでその問題は解消されたが、しかし彼の膨大過ぎる魔力が勢い余って魔法の効果すらも増大させていた。それが本気の怪人に【王の御言葉(マイオーダー)】が効いた理由であった。

 それによって武具の攻撃力も増していた。しかし同じく【王の御言葉(マイオーダー)】によって怪人は常に全力を出さねばならなくなったことで、強化された武具による不意打ち気味の一撃が成立しなくなってしまったのだった。

 

 ただ、【王の御言葉(マイオーダー)】が無ければ攻撃を当てることすらできなかっただろう。そしてそれを見逃す自衛隊ではなかった。

 

「やけに武具が強い! ここはいったん立て直して……」

撃て(ファイア)!」

「ああああああああ!!??」

 

 魔力を灼く特殊な合金でできた弾が、2体の怪人を撃ち貫く。通常ならやすやすと避けられていたそれも、【王の御言葉(マイオーダー)】による制限と強化武具による牽制の前では必殺の一撃と化す。

 動力を魔力に依存している怪人の操縦機体(アバター)にとって、この弾はまさしく天敵であった。

 

「クソ、クソ! 全てがおかしい、どうして妖精どもが……」

「……猫目(キャッツアイ)?」

『分断を誘う戯言だろう。気にすることはない』

「貴様ら! 次は絶対殺してやるからなああああ!!」

 

 そう言って、2体の怪人は機能を停止した。彼らの命には限りがないことを隠そうともしないその口ぶりに、九寧の鳥肌が立った。恐怖と緊張は制御下に置けていたが、それでもなお残る恐怖。

 

「ありがとうございます。皆さんのおかげで2体の怪人を討伐できました」

「……あの、曽我さん」

「なんでしょう」

「これって、いつまで続くんですか」

 

 これが最後の防衛戦になるとは聞いていた。が、いつまで続くかは知らなかった。言い方からして、あの怪人はもう一度来るだろう。今度は一分の油断もなく命を刈り取ってくるだろう。

 

「早ければ、あと数分で全てのかたが付くそうです。もちろん油断は禁物ですが」

「数分……」

「裏では別の作戦が進行しています。怪人を全て無力化する、最後の作戦。私たちの使命はそれが安全に遂行されるよう、地球の安全を守ることなのです」

 

 曽我の手は震えていた。少しそれに目を向けると、曽我は慌てて隠すように握りこむ。今は周囲に怪人はいない。警戒しながらも会話を続ける。

 

「……すみません。本当は戦いにあなた方を巻き込むなどあってはならないことなのですが、しかしそうなってしまった」

「いえ、それは」

「先ほども震えていたでしょう。王冠(レガリア)さんの魔法で何とかしている、今が異常なのです」

 

 そう言われると九寧は言い返せない。恐怖に震えたのは事実だから。

 

「守ってくれたじゃないですか。ね?」

「……石庭師(ストーンカッター)さん」

「私たちの魔法じゃトドメをさせないようですし、頼りにしているんですよ」

 

 曽我はしばらく何も言わなかった。その意味について何か考えているようだったが、少しして言葉を振りしぼった。

 

「そう……ですね。私たちにできることは、最善を尽くすことだけです」

「報告です! こちらの方面に透明化怪人が1体! マーキングは無し!」

「……厄介な」

 

 怪人どもは話す間も与えてくれないようであった。この報告を聞いていたすべての魔法少女が、臨戦態勢に入る。

 自分だって守られるばかりじゃない。九寧のその思いを代弁するかのように、巨大な瘦身のネコ科動物が現れる。

 

「【生体召喚(サモン)反則級の瞬発猫(チーター)】! 嗅ぎ分けて!」

 

 命令を受けたチーターが一瞬だけ中空へ鼻を向けたかと思うと、次の瞬間には消え去っていた。

 そして九寧が振り向いた方向に、それはいた。何かにかみつくような態勢で、抵抗するかのように爪を立てて踏ん張っている。

 

「──そこです!」

「【武具召喚(サモン)石庭の巨像(ヤードゴーレム)】、押さえて」

「【動くな】!」

 

 王冠(レガリア)の、石庭師(ヤードゴーレム)の魔法が追い撃ちのように襲いかかる。透明な怪人の表情は見えなかったが、位置が完全にバレているのは予想外だったか一瞬だけ動きが止まっていた。

 そこに、対怪人特効砲弾が襲いかかる。完全に透明だった怪人は、何か言葉を発する間もなく魔力を灼かれて消滅した。

 

「曽我さん。私()()で戦うんですよ」

「……そうですね。共に地球を守りましょう」

 

 

「か、かっけーーーー! 最強じゃん、九寧!」

「結局、私はあんまり攻撃には貢献できなかったけどね」

「いやいや! 自衛隊と協力して、怪人を逃さずに倒したんでしょ!? 私たちの英雄(ヒーロー)だよ!」

「ねえ、それで、それで? どうなったの?」

 

 紀春も、澪も目を輝かせていた。普段から怪人との戦いを聞いていた彼女らにとって、九寧の勇気の尊さなど語るべくもない。その価値をよく理解していないのは本人だけであった。

 

「私としては、もう必死でてんやわんやしてただけだったんだけどね……。そうそう、その後もしばらくは戦ってたんだけどね。急に作戦は終わっちゃったんだよ」

「……急に? 怪人が来なくなったってこと?」

「いや、全部消えちゃった」

 

 あまり九寧の言うことが呑み込めなかった。

 

「……消えた、って?」

「ほんとほんと、文字通りにね。戦ってた怪人が撃たれてもないのにスーッて消えちゃって。同時に全世界の怪人も消えちゃったみたい」

「な、なにそれ」

「曽我さんに聞いたら、それが"裏の作戦"成功の合図なんだって。もう復活もしないみたいよ」

「それはニュースで聞いたな。まだ様子見はするとも言ってたけど」

 

 確か、専門家が「もう怪人が襲ってくることは無いと見ていい」だとかなんとか話していたのを紀春は思い出した。そんなことは確かめようがないのだが、今のところ怪人の襲撃の知らせは無い。本当か嘘かはこれからわかってくるだろう。

 

「……だから、これはあくまで人を守るための力なんだなって思ったの。また怪人が来たときのためにも、練習しないわけじゃないけどね。あんまり自分の都合で使うのは良くないかなって」

 

 そう言って、九寧は照れくさそうに笑った。紀春と澪が顔を合わせて、次の言葉を言ったのはほぼ同時だった。

 

「お疲れ!」

「お疲れ様、九寧ちゃん」

「……え?」

「私たちを守るために、怪人を倒してずっと頑張ってくれてたんだなって! だからやっぱり、九寧は私たちの英雄(ヒーロー)だって!」

「そうかな?」

「そうだよ、九寧ちゃん」

 

 聞き返す九寧に、澪が応えた。

 

「ありがとう、九寧ちゃん。だから、もう少し誇ってもいいと思うな」

「そっか……私も、守れたんだ」

 

 二人の顔を見てようやく九寧は実感がわいた。自分も確かにあの作戦に貢献し、そして彼女らを守ったのだと。

 気が付けば、コップはもう空だった。

 

「よし! 午後はどこ行く!?」

「相変わらず紀春ちゃんは切り替え早いねえ」

「しかも切り替えるとしたら紀春じゃなくて私じゃない?」

「『はのとに』のさ、コラボグッズが3階の雑貨店にあるって聞いて! 行ってみたくてさ!」

「もう、本当に紀春は……」

 

 そうは言いつつも、九寧はまんざらでもなかった。彼女がこうなのはいつものことだし。紀春や澪の本音を聞けて、魔法少女をやってよかったと心の底から思えた。

 

「そう言えば、これは噂なんだけど。怪人を最後に完全消滅させたのって、実は一人の魔法少女が単独でやったことらしいよ」

「なにそれ」

「私もよくわかんないけどね。だって、範囲も効果も桁違いじゃん。そんな魔法、見当すらつかないよ」

「……さすがにデマなんじゃない? 九寧ちゃんの言う感じだと"裏の作戦"は機密っぽいし、本当のことを隠すブラフとか」

「どうだろね。親睦会行けたら確かめられたかもだけど、もったいないことしちゃったかなー……」

 

 

「へ、へ……へくちっ」

「大丈夫? カゼぶり返した?」

「いや、ぶり返すには間が空きすぎでしょ……寝る時間ちょっと早くするか」

『由良はそれより運動では?』



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