幼馴染の力がヘタれたので回避盾にする(決意) (あらい)
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吟味、できません。
それは日常の合間に起きた出来事だった。
畑を荒らしに来た熊を村の皆で寄ってたかって袋叩きにしていたところ、突如として俺の目の前に謎の物体が現れたのだ。
オウヨ!
なんだろうこれは、いったい。
「どうしたの、ぼーっと突っ立っちゃって」
今夜は熊鍋だー!と、はしゃいでいる大人達を横目に不可思議な現象に戸惑っていれば、顔見知りがやってきた。少し気怠げにしながら、こちらを胡散臭そうに眺めている。いつもの事ではあるが、そうされると割と傷付くというものである。
「解体用のナイフ、あなたの分も持ってきたから早く」
「あ、ああ……」
目の前を遮る様にして大きく広がる看板の様なモノ。その中には規則的な数字の羅列が成されており、まるで何かの成果を謳っている様な感じだった。ここ最近、褒められる様な事をした憶えは全く無いのだが。
「な、なあ。なんか目の前に変なモノ見えないか……?」
「……? 何のこと? 熊の死体の事を言ってるの? それなら見慣れたものじゃない」
違う、そうじゃない。
先程息の根を止めた熊よりも遥かに存在感を示しているソレに対して、どうにか異常性を指摘しようとするも、全く気にしていない様子だった。
「ほら、さっさと皮を剥いで」
半ば押し付けられる様な形でナイフを受け取る。すると、覚束ない手の中にひんやりとした特有の感触が広がっていった。
「ど、どういう事だ……?」
「私達の仕事でしょ。……もう、先にやっちゃうよ?」
要領を得ない返しにうんざりとしたのか、もう一つのナイフを器用に右手へと持ち替えてさっさと熊の元へ行ってしまう。
障害物の様に設置されているソレを。
どういうわけか、何事も無かったかの様にすり抜けて。
「……え? これは、もしかして……」
その事象を認識したら──
思考を脳内でこねくり回す間も無く、目の前が真っ白になっていった。
──ピンピン、オウヨ!
どこか心地よいフレーズと共に、サムライの幻聴がした。
HP、力、魔力、技、その他色々。
とても既視感のあるステータスの上昇画面。
そこには様々な要素が羅列されていて、様々な可能性が眠っていた。
比較的普通なものから、愛されキャラの要素を担う『強さ』を存分に表すものまで。
全てが運という抗えぬ存在に左右されていて。
誰しもが強くなれるし、誰しもが
それは乱数という奇跡が織りなす物語。
俺はひとり思う。
あっ、これFEやんけ! と──
そう分かれば、何か精神が融合する様な気がして……一気に思考がクリアになっていった。
未だ僅かに頭痛が残る頭を、最大限に動かしながら考える。
どうやら俺は『ファイアーエムブレム』の世界に転生したらしい。まだ憶測に過ぎないのだが、何となくそれ以外は有り得ない様に思える。
あの謎の看板がFEの『レベルアップ』画面である事を本能で受け入れてしまったのだろうか。親の顔までとはいかなくても、それ相応には見覚えのある演出だし。多分そうだ。いや、絶対そうだ。久しぶりに見た体格という値に少し戸惑ったが、そうに違いない。
……とりあえず、あの場で経験値を得た事でレベルアップし、能力が上がったとみて間違いないだろう。
いざ上がったと言われても、いまいちピンと来ないが……まあいいか、今は成長を喜んでおこう。
先程の成長結果は、速さと幸運の2ピンだ。
……んん、2ピン?
ちょっと、渋くないですか……?
……ま、まあ速さ伸びたしええか。今は、現状の整理に努めよう……。
まずは、なぜ転生したかだ。
こういうのは大抵、何か生前のしがらみに影響されて生まれ変わるものである。しかし、いつ死んだのか、どうやって死んだのかさえも今の自分は覚えていなかった。
どうしようも無いじゃん……。
という訳で、それは一旦諦めた。ここは別方向から攻めていこう。
この世界がもし『ファイアーエムブレム』の世界であるならば、聞いた事のある地名が浮かんでくるに違いない。これでも一応シリーズは初代から
そう思って、俺は生まれの地を想起して置かれている状況の把握を試みようとした。
しようとした。
「ブロディアってどこだよ……」
そして失敗した。
悩んでいても仕方ないので、次に自身の生まれを整理してみる。
ブロディア王国領という領土内に位置する貧しい村。そこに住むとある家族の一人息子として産まれ、芋の栽培や狩りなどをして村の皆と助け合いながら日々を生き抜いている。
『ラズリ』という名であり、これといった家名は存在しない。この世界の暦がどういう仕組みなのかは分からないが、親によるとまだまだ十にも満たない子供だとか。
以上。多分モブだ。
分からん、どのシリーズなのかさっぱり分からん!
どこか辺境の国の名を冠しているのならゲームの舞台に上がらない裏の要素だと納得できたが、ブロディア王国はかなりデカい国らしく、聞いた事が無いとなれば……それはもう、新作以外の何物でもない。
こりゃ無理だ、諦めました。
マジか、いつの間にか新作出てたのか。これじゃ、既存の知識が役に立たないやん……。
「どうしよう……」
掛けられていた薄布を少しどける様にしながらゴロゴロと現実逃避する。何とも寝心地の悪いゴザみたいな物が床に敷かれていた。その上に仰向けになって寝ている形となっている。
今しがた気が付いたが、どうやら誰かに介抱してもらったみたいである。
場所はどこかの掘立て小屋の中。時間はおそらく、日が沈んだ頃だろうか。窓から差し込んでくる何かの灯りが、どうしてか心をとても落ち着かせてくれる。
「あー、やっと起きた」
そうしていたらいつの間にか小屋の扉が開かれた。同時に、馴染み深い声が聴こえてくる。
「ラピス、か……」
「他に誰がいるって言うの?」
ボブカットにした薄桃色の髪を少し煩わしげに靡かせながら、ソイツは呆れた様にして入ってきた。いつもの癖か、気を紛らわす様に弄っている。
簡易的な割烹着を身に纏っていたので、少し前まで何か料理でも行っていたのだろうか。
「突然倒れてびっくりしたんだから。運んでくるの大変だったわ」
「いやあ、すまん……」
「今は元気そうね。体調不良?」
「あー、多分……。野に狩り出た時、間違えて毒草を摂ったのかもしれん」
「もう……気を付けてよね」
突然前世の情報が脳内に入ってきて、処理できずに倒れてしまいました──なんて言おうものなら変人扱いは免れないので、とりあえず適当に理由をでっち上げてみる。
そうしてみれば一応納得してくれたのか、更に呆れた様な表情に変化した。
「食べられる薬草と食べられない毒草の区別、忘れちゃったの? はぁ……しょうがないわね。今度私が教えてあげるわ」
「……恩に着る。……それはそれとして、その格好どうしたんだ?」
「ああ、これ? 熊汁作ってたの」
「ほんとか?!」
「ええ。村のみんなはもう食べてるわよ」
熊汁。それは名前の通り、熊の肉を使って作る汁料理である。畑で採れた野菜を突っ込んだ後、適当に調味料を入れれば完成するとても簡単な料理だ。しかし当然の事ながら、貧しい地においては貴重な栄養源となっている。他の野生動物も居るには居るが、熊ほどの量の肉を取る事はできないのだ。
それ故に、一度熊を仕留める事ができれば村はお祭り状態になる。村の皆で野の恵みに感謝しながら明けない夜を明かすのだ。
もちろん、その日に肉は食べきる。これといった冷蔵技術がどうやらこの世界には無いみたいなので、取った肉を放っておいても腐る一方である。
熊肉はね、とっても美味しいんだ……!
香ばしい匂いだけでライス一杯は余裕でいけるね。
……なんか、腹が減ってきたな。
「さっそく頂くことにしよう……!」
「早くしないと無くなっちゃうわよ?」
「なんだって?!」
こうはしていられない。争奪戦が始まる前に早く駆けつけなければ。
この世界における生活水準は……いやこの村だけかもしれないが、それはもう低い。低いなんてもんじゃない。娯楽なんてものは存在しないし、そもそも生きる為において必要不可欠な供給源が足りないのが辛い。食料はほぼ作物に頼っているので、不作に見舞われようものなら割と死がすぐ近くに見えるし、田畑を動物に荒らされようものなら本気で殺意が湧く。畑を荒らす奴は絶対に許さんぞ。
見つけたら殺す、必ず殺す。皮を剥いで、身体の隅々まで食い尽くしてやる。おい聞いてるか熊さん、お前の事だぞ。
話は逸れたが……熊のお肉は美味しいという事が俺は言いたいのだ。うん。
「もう……今日できなかった分を合わせて、次からは連続であなたが当番なんだからね?」
「分かってる!」
俺は腹の虫に突き動かされるまま、美味しそうな匂いが漂ってくる村の中央へと走っていった。
熊肉♪ 熊肉~♪
ラピス。
同じ村に住んでいる女の子で、お隣さんである。
畑仕事やら狩りやらで毎日が忙しい習慣にて、顔を合わせない日は存在せず、いわゆる腐れ縁という奴になるのだろう。気付いたらいつの間にかそこに居た、幼馴染とも言える存在である。他に歳の近い子供が村に居ないので、小さい頃はよく一緒になって遊んでいた憶えが有った。
ファイアーエムブレムといえば、やはりそういう要素が有るゲーム。
どこか儚げな雰囲気を纏う彼女は庇護欲をかき立てる様な可憐さを内包していて、端的に言えばとても可愛い容姿をしていた。
自分はそんな可愛い子の幼馴染である。もしかして……と一瞬勘違いしそうになった事は割と有ったが、しかしこれは手強いシミュレーション。いかんせんそう言った事へとうつつを抜かしている暇は無かったのだ。
だって、毎日を生き抜くだけで精一杯なんだもの……!
昨日は確か、その変に生えてる雑草を彼女と食べたのだったか。雑草を澄んだ水でといた後、少量のお酒を入れて茹で、最後に味を付ければ美味しいスープの完成だ。
この村では一般的な食事メニューであり、芋以外では大体いつもこれを食べている。幸いな事にブロディアでは採れる調味料の種類がそこそこ優れているようであり、味に飽きても多分困らない。最高かな。
まあ土台となる食料が結構枯渇しているせいで、いつも困っているのだけれども。スパイスだけで腹が満足に膨らむのなら、誰も苦労はしていない。
……途中から料理の話に脱線してしまったので、ここで戻しておこう。
彼女の特筆すべき点としては、ちょっと……いや、だいぶ力が強い事ぐらいだろうか。本人は少し恥ずかしがっているが、子供の身でありながら既にもう村一番の怪力の持ち主となっている。流石年端も行かぬ少女が大剣を振り回すシミュレーションRPGだ、面構えが違う。
他には料理が得意だったり、手先が器用な事があげられるだろう。まあでも、これは村の皆にも言える事か。サバイバルのノウハウとでも言おうか、村では古くから受け継がれてきた生きる為の様々な技術が教えとして普及されていて、彼女もその一員として手腕を振るっている。
料理共々今の彼女の技術には負けるが、いずれは俺も追い付くつもりだ。
ラピスの事については、だいたいこんな感じだろうか。
ペアエンド捏造します(決意)
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みんな大好きライブの杖
ブロディア王国が擁するこの村には、山賊といったならず者の輩が来たことは一切無い。どうやら国全体が富国強兵の道を歩んでいるらしく、それ故に治安維持も完璧だという事だとか。たまーに王城兵らしき人達がこの村を訪れているのもその証拠と言えるだろう。
平和なのは良いことだ。いつ襲ってくるか分からない恐怖に怯えているよりも、日々の生活を謳歌している方がよっぽど楽しいし、気も楽になるというものである。
しかし平和である事は、同時にとある問題を引き起こす事にもなる。
レベル上げ、できねえ。
ファイアーエムブレムの本質には、やはり敵を攻撃して経験値を得るというシミュレーション要素が含まれている。もちろん、そこに生死の有無は問われていない。
初代である『暗黒竜と光の剣』やそのリメイクである『紋章の謎』でも平和を取り戻す名目としてその辺にいる海賊をぶち殺しているし、人殺しーも普通にする。
強敵であるほど経験値は多く手に入るので、武器を壊して無力化したり、自動回復する拠点の上でターンが続く限り延々と甚振ったりと、それはもう主人公一行がやるとは思えない割と非道な行為だって普通に推奨されている。経験値 is GOD だもん。
だけれども、
これではまともに経験値を稼ぐ方法、杖振るぐらいしか無くないか?
俺が住んでいるこの村にも一応治療目的としてライブの杖は置いているが、ちゃんとした理由が無いと使用の許可が降りる事は無いし、そもそもそう頻繁に怪我を負う事もあまり無い。ライブの杖は体力が削れてないと使えないし。
だいたいは傷薬で済ませるというのも大きいか。その辺に生えてる薬草調合するだけで薬ができるのだ、費用ゼロで使える分元手がかかる杖は使われない。
これはもしかして。
もしかしなくても詰んだか……?
「そろそろ収穫の時期ね」
そんな事を考えていたら後方から声をかけられた。歳の割には少々音域の低い声質が、良い感じに耳を
「最近少し寒くなってきたと思っていたが、もうそんな時期か」
「ええ。じゃがいもはまだまだ先だけど、他の芋はもうすぐ収穫できるわね」
声に釣られてラピスの視線の先に目を向ける。見渡すかぎりの青々とした葉がそこにはあった。
この村では土地のほとんどが田畑で占められている。内容は様々な種類が有るが、芋。全てというまででは無いが、芋がかなり多く育てられているのだ。どういうわけか痩せた土地でもすくすくと育つ芋は、昔からこの村の救世主となる存在である。
なんか、とてもいいなこういうの……。
天塩にかけて育てたものがこうやってカタチに現れてくれるのは、まさに感無量である。雨の日も風の日も、嵐の日でさえも守り抜いてきた甲斐が有ったというモノだ。
作物を育てる事の楽しさは、記憶喪失の小作人や高貴な血を引くのじゃロリを通して分かっていた事だが、実際に体験してみると天と地程にも違うと感じさせられる。
うーん、畑作は最高やな……!
「あっ、熊だわ」
「なにっ」
そうやって何となく陶酔していたら、ラピスによって一気に現実に引き戻された。
えっ、熊ァ?!
「ほら、あそこ!」
指差す先を見てみれば畑の中に熊が入り来んできており、今まさに畑が荒らされる寸前というタイミングだった。な、なんて事を……! つい最近来たと思ったらまたかよ!
畑を……作物を返してください……お願い……なんでもしますから……。
「この害獣が……」
「すぐに村の皆を呼んでくるね!」
「頼む!」
ラピスが村人達を呼びに行けば、すぐにぞろぞろと増援が村より現れた。当然だろう、作物の有無は我々にとって死活問題である。
「ひねり潰してやる……」
「どう調理してやろうか……」
「人の悲しみを知れ……」
皆、殺意マンマンである。そりゃそうだ、この村と熊の歴史は数百年にも渡るほど長いらしいのだ。先祖大体受け継がれてきた宿怨は、その血に深く刻み込まれている。
熊はそんな村人達を、じっと眺めている。その表情から感情を読み取る事はできないが、きっと碌でもないモノに違いない。
全員揃ったな。よし、ブチ殺そう。
「待って! このまま畑の中で熊を攻撃すれば、作物にも被害が及ぶわ!」
村人達が剣やら弓やらを持ち出した所で、ラピスから待ったの声がかかる。
そうだ、いけない。今は大切な作物が付近にある状況。迂闊に攻撃すれば暴れられる可能性は極めて高い。
くぅ……どうすれば……!
「ここは私に任せて! 熊と話をしてみるわ!」
ラピスはそう言うと他の村人達よりも前に出て、ある程度の距離を保ちながら熊と向き合った。熊も何事かと警戒しており、まさに一発即発の状況である。
少しだけ深呼吸した後、ラピスは口を開いた。
あれが来るのか……彼女の得意技が……!
「……こんにちは、熊さん。そこで何をしているの? そんな所で食べていると、危険な目に遭っちゃうわよ? ほら、あっちでお食べ」
ラピスは諭す様にして熊へと語りかける。それはまるで物語の語り部の様な優しさを含んでいた。
人語を解す熊などこの世には存在しないのだが、しかしどうだろう。
「おお、熊が去っていくぞ!」
「やったぜ!」
ラピスの言う事をしっかりと聞いたのか、熊は重い腰を上げて畑を出て行き始めた。
こちらも熊語を解す事はできないので、様子からして『しょうがないな』といった感じだろうか。
のっそり、のっそりと。このまま放っておけば、元居た山へと帰っていくのだろう。
人間から危害を加えられる事は無いだろうと確信しきっているのか、その足取りはとても緩慢なものである。
しばしの間見守っていれば、やがて柵に仕切られた畑の外へと完全に出ていった。
……!
「と……油断させといて……馬鹿め……死ね!!!」
「うおおおおおおおお!!!」
刹那。
ラピスの言葉を皮切りに、村人達が武器を持って熊へと襲いかかる。一斉攻撃だ。
生かして帰さん……ッ!
今から始まるは、村人総動員での討伐戦だ。
皆の的となってしまった熊さんは瞬く間に剣で斬られ、槍で突かれ、斧で切り刻まれの三連コンボを食らってしまう。
いや、それどころではない。近接だけで無く、遠距離からも苛烈な攻撃が続いていた。更に飛び交うは弓の攻撃。狩りで培われた優れた弓の技術を持つ村人が熊の急所である部分を狙い撃っているのだ。いくら皮に守られた巨体といえど、目や鼻を狙われれば堪らない。
「グ グアアアアア!」
ハメられた事に気が付いた熊が憤怒して獣の本能がままに暴れ回ろうとするが、もう遅い。
数の暴力に勝てずズタズタに切り裂かれた後、最後に力無げにピクリと動けば、呆気なくその場に倒れ伏した。
我々の勝利である。
「良かった、勝てたわね」
ラピスはそう言うと、いつの間にか持って来ていた愛用の剣を熊の首根っこへと振り下ろした。
ザシュっと小気味良い音が鳴ったと思えば、熊の首が胴体と乖離していた。
熊という生物は賢く、そしてしぶといので死んだふりをする可能性もある。
なので仕留めた際には必ずしなければいけない事なのだが、中々に容赦が無い。
彼女が類稀な力を持つからこそ出来る芸当である。
「へへ、今夜も熊鍋か……」
「この幸せに慣れすぎない様にしねえとな」
「熊もそろそろ冬眠に入る時期だから、山から降りてきているのだろう。ここから先はあまり無いと思わなければな」
「へいへい」
軽口を交わし合う村人達を横目に自身の状況を確認してみる。
すると、幾許かの経験値の様なモノが身体に入って来ている様な気がした。先程の乱闘では俺も参加していたので、それが割り振られた形となったみたいである。
なるほど、こうやって稼ぐのか。
最初にレベルが上がった時も、熊を袋叩きにした時だった。こうする事はこの時期になれば少なく無い事だったので、その分の経験が蓄積されてきたのだろう。
人の代わりに熊みたいな野生動物を倒して経験値を稼ぐとは、最近のFEは奇抜だな。こうしていれば、武器レベルとかも上がるのだろうか。
ゲーム内では職ごとに使える武器が限られている作品が多かったが、この世界では別にそんな制限は無いように思える。魔法以外の物理武器は、扱おうと思えば誰でも使えるし。得意か不得意か、そこら辺が関係してくるのだろうか。まあ、知らんけど。
「いてて、だいぶ重症を負っちまったぜ」
「大丈夫か?! 薬は有るが、これだけの傷となると治るのに相当時間が掛かりそうだな……」
「すまねえ……」
そんな事を考えていれば、村人の中から重症者が出たようだった。顔見知りのおっさんである。
弓ならばともかく、近接戦となるとそりゃ怪我を負うものも出てくるだろう。だって相手は熊だし。
命に別状は無さそうだが、大怪我の部類には入る。傷薬だけで十分に治せそうには見えない。
ふむ……。
となれば、アレの出番だ。
「村長! アレの出番です!」
「そうかアレか。ラズリ、頼んだぞ」
アレを申し上げれば、村長はどこか頷いた素振りを見せた後、村奥にある倉庫から一振りの杖を持ってきた。
そう、ライブの杖だ。これを使って重症者の治療を行う事にする。
前のレベルアップでは全く成長しなかったとはいえ、そこそこの魔力の初期値が有った俺には適任の仕事だろう。
転生を自覚した後、村長に「もし傷薬でも満足に治せない重症者が出た時は任せてください」と直談判した甲斐があったぜ。奉仕の喜びを感じたいとか適当な事を言ってみれば、少し引いた様子ながらも村長が了承してくれたのだ。言質を取れれば、こういう時に出番が回ってくる。
べ、別に杖振り分の経験値が欲しかったとか、そんなんじゃないんだからね!
あぁ^~経験値堪らねえぜ。後20回ほど振らせてくれや。
「……おお、すまんなラズリ。だいぶ楽になったよ」
「構いませんハイネルさん」
ライブの杖を振ってみれば、おっさんの身体が仄かな光に包まれた。しばしの間待っていれば、やがて光は消え去り、大きく開いた傷口がいつの間にか塞がっていた。
傷口の治療どころか殺菌作用もあるというのだから凄い杖だ。一家に一本、常備しておきたい杖である。
ところでおっさんのHPは……チッ、全回復したか。
足りないようだったら、こっそり追加で振ってやったというのに。命拾いしたな。
「今まで村にはプリーストが居なかったから助かるよ」
「いえいえ」
「これからも重症人が出たらよろしくな」
「はい分かりました」
しめしめ。
といった面持ちを何とか表に出さない様に我慢しながら、俺はそう答えた。
村人達が言った通り、熊が出没する時期は限られている。そうなれば倒して経験値を得るという手段が閉ざされる以上、まともに稼ぐ手段は杖のみとなる。この村のライブの杖は是非使い倒していきたい。
まあ病気とかには効かないから、実際の所効果的な場面はほとんど無いが……。
多分、来年まで倉庫のこやしとなるでしょう。
「ふふ。ラズリはそっち系の才能が有るかもね」
「そうかな?」
「私は魔力とか、からっきしだからなあ……サンダーの本だって、持ってみても何も反応しなかったし」
「それ俺が持ってみても反応しなかったぞ」
「え、そうなの?」
村の倉庫に置かれているサンダーの本。どこかのバカが買ったまま放置しているのだろうが、今の村には使える奴が誰もいない。以前、それを戯れで貸して貰った時も有ったが、他の奴と同じく全く反応しなかった。
我が叫びを聞け! いかずちよ! と声に発しても何も出ないので、虚しくなって諦めた。
多分、村人のままでは魔法は使えないのだろう。
「魔法って難しいわね。私なら剣だけ振ってるほうが楽だわ」
そう言って何を思ったのが素振りをし始めるラピス。とても気合が入っている。
わぁ早い。そして怖い。先程熊の首を斬った剣だからか、まだ血も付いてるよ……。
多分、彼女の将来はソードマスターなんだろうね。なんか力も伸びそうだし、火力のあるソドマスって最強かな? これは行く末が楽しみだ……。
対して俺は……どうなんだろう。
あれから一応自分自身の能力というか、ステータスを確認する事はできた。しかし値は見れても、一番重要な成長率は見る事ができなかった。力と魔力が同値の6なんですが、一体、どっちがよく伸びるんでしょうか……。器用貧乏だけは勘弁してほしい。
マスクデータ、どうにかして見る方法は有りませんかね……?
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毒にも傷薬にもならない話
あれから色々頑張ってはみたが、自身の成長率を見る事は叶わなかった。ファイアーエムブレムの職種は、やはり物理系と魔法系の二つに必ず分かれるもの。成長率が分かれば適した職を目指せるのだが……そうはうまくいかないらしい。
しかし、あれこれ試行錯誤していくうちに大きな進展が有った。
代わりと言っていいのか、なんと他人のステータス及び成長率を覗く事が可能になっていたのである。いつやれるようになったかは正直分からない。もちろん無許可であるし、どういう原理なのかも分からない。分からん事ばっかだなこの世界。
ただ、ぽわ~ん……といった感じで念じれば脳内に浮かび上がって来るのだ。
「どうしたラズリ。村に重症人でも出たか?」
「いえ、特には」
畑の見回りが終わって暇な時間。村に居る適当な人を選んで、その成長率を覗かせてもらっていた。不躾では有るが、どうしても知りたい実験データなのだ。許してくれや……後でバレたら土下座します。
して、現在の相手は村の村長である。古くから村と共に過ごしてきた人なだけあって、かなりのご高齢だ。
ジェイガン並びにファイアーエムブレムの老人キャラはあまり伸びないというジンクスが有るが、果たしてどうだろう。
軽く念じてみれば、すぐに結果が浮かび上がってきた。
左が能力値、右のカッコ内が成長率となっている。パーセンテージ表記が二つ有るが、おそらく左がキャラ固有の成長率、そして右が職種毎の成長率だと思われる。村長がちょくちょく遠出する時に馬を使っていたのは知っていたが、まさかパラディンだったとは。
序盤ならば結構な能力値をしているが、成長率は全体的に見ればそれほど高くはないようだ。やはり、成長率には歳が大きな要素として関わってくるのだろうか。
まあ、まだこの世界の成長率の指標がよく分かってないから適当に言ってるだけではあるが……。
それにしても、やたらと幸運が高いですね……。
もしかしてこの村が今まで平和だったのは、村長の幸運のおかげ……ってコト?!
「ふむふむ。なるほど」
「どうしたんだ、途端にこちらを凝視して……」
「いえ、何でもありません」
「……そうか」
「ではこれで」
「一体何だったんだ……」
やるべき用事は全て終わったので、そそくさと村長の家から退出する。何か変な物を見るかの様な目をされていた気がしたが……まあ、いいだろう。
これで村人達のステータスはあらかた把握する事ができた。
「ふぅ……」
午後の昼下がり。
何となく暇なんで、村の外れにある高台に来た。理由は特に無いが、目に見える形での娯楽が存在しないこの世界では十分な気晴らしとなるだろう。
切り立った場所にあるここは都市部へ続く村の道とは反対側に有るので、薬草を取りに来る村人でもあまり訪れない場所だ。俺だけのお気に入りスポットである。高台から景色を一望できるのがおすすめポイントだ。
何というか、秘密基地感があってイイね。心沸き立つモノがある。
「やっぱこの時期はいいな……」
遠くに見えるブロディア城……その周りを取り囲む様に並立つ秋の兆しが美しい。
この大陸──後でエレオスという名前だと聞いた──ではブロディアの地は北側に位置するらしく、四季の影響なのかは分からないが、毎年秋という季節が色濃く現れる。
特に、このブロディア城周辺の景色がそうだろう。確かちょっと前までは少しくすんだ緑の野原が広がっていた筈なのに、今では雪崩が起こった後かの様に山肌が紅葉色に染まっている。
やっぱこの季節が一番好きだわ……一年の集大成である収穫という時期でもあるし、何かと良い印象が多い。
う~ん、秋は最高ですな。
冬はクソですぞ……。
「あ、みつけた」
「……ん?」
緋色に澄んだ木漏れ日の下、錦の様に彩られた野の山を踏み締める音がひとつ。ソイツはいつも通りの身軽さを重視した服装に、愛用の剣を腰にしっかりと帯刀していた。今すぐにでも抜刀できそうな準備の良さは、日頃の訓練の賜とでも言おうか。
ふむ、剣士と紅葉の組み合わせですか……。こうして見ると、流浪の侍っぽさが出ていてとてもいいな。
「こんな所にいたんだ」
「ああ。畑仕事の当番が終わって暇なんでね」
「ふーん」
「なんだその反応。お前も暇になってこんな所まで来たんじゃないのか? ……あ、もしかして俺の事探してたとか?」
「ふっ。自意識過剰ね」
「言ってくれるな」
「別にどっちでも良いじゃない」
軽口を適当に叩き合っていれば、いつの間にか隣に来ていた。
淡い色の髪が秋風にそよいですらりと靡いている。
「いい景色だろう。自慢の場所なんだ」
「ええ、そうね……」
「ん……」
「……」
会話が途切れる。
普段のコイツはあまり饒舌なタイプでは無い。動物に語りかける時と一人ごとを言う時以外は違うが、大抵はいつもこんな感じだ。必要不可欠な会話以外を省くその性質は無愛想とも取れるが、美少女はそれでも似合っているというのだから何か腹が立つ。
「……ねえ」
「なんだ」
「あれってブロディア城?」
「そうだけど」
「随分と兵隊さんが集まってるわね」
示す先を見てみれば、胡麻粒程度でしか視認できなかったが、確かに城の兵隊達を思われる者が城の門付近に集まっていた。
よく見えるな。日頃から動体視力とか鍛えていれば、こういった部分も洗練されていくのだろうか。
しばらく眺めていれば、兵隊達は門を出て東の方角へと隊を成して進行していった。
「かなりの量……何するんだろう」
「分からん……」
「戦争とか?」
「んー、違うんじゃないか?」
ここからでは雪が被った山々しか見えないが、ブロディアの東には別の国が存在していると聞く。それがどういう国なのかは名前すらも分からないが、気候的に相当厳しい環境に置かれてそうである。
戦争とは、ほとんどに利益を求める軍需産業的な要素が関わってくるものだ。ブロディアより南に位置するフィレネ?という国を襲うならまだしも、あんな痩せた土地に侵攻するメリットは多分無いと思う。
多分、国境の警備か何かだろう。
そんな事を言ってみた。
「そうなんだ」
「まあ、適当に理由を考えてみただけだが」
「適当なのね……でも、
「だろう?」
「はいはい」
ふふんと、胸を張って見れば呆れた様な顔をされた。
可愛く無い奴め……。
「大変そうだね、兵隊さんも」
「そうだな……」
ブロディアの地にならず者が湧き辛いと言えど、やはり痩せた土地故に賊へと身を落とす人間が居ないとは限らない。おそらく、ブロディア城の兵隊達はそんな溢れた者の討伐を一心に行っているのだろう。そこに命の有無は関係していない。
ううむ……。
ファイアーエムブレムの世界に生まれたからには、やはり無双プレイもしてみたかったのだが、現実は中々に厳しそうである。
領民をいつも守ってくれている兵隊さんには感謝しなければなりませんね……。
「……少しいい?」
「ん?」
「あなたは今の生活、どう思ってる?」
そんな事を考えていれば、横から問いを投げかけられた。
今の生活、というと……村での暮らしの事を言っているのだろうか。
「まあ、貧しい暮らしだな」
「そうね……」
「日々を生き抜くだけでも精一杯だし、忙しない。今でもこうなのに、これから冬が来ると思うと今にも身が震えてきそうだ」
「……」
分かっていた事だけど、貧しいってのはやっぱつれぇわ……。
健康で文化的な最低限度の生活を営む権利がおおよそ王族にしか保証されていなさそうなこの世界では、どうしても前世の生活が思い出されてしまう。
あ~こたつに入ってミカン食いてえ……。
カップ○ーメン食いてえ……。
ついでに、アイスも食べてえ……。
寒い冬にコタツに入りながら食べるアイス、最高なんだよな……。
なんか、食べ物に関する思いばっかりだ。
それほどまでに、食料の確保が厳しいという事である。
「私ね、お父ちゃんとお母ちゃんにいつも感謝してるの。育ててくれてありがとう、って」
「……」
「感謝しているのは二人だけじゃないわ、いつも助けてくれる村の人だって同じ」
「そうなのか……」
「もちろん、あなたにもよ」
「……!」
そう、面と向かって言われた。
んん……。
な、なんか恥ずかしいな……。
特に感謝される様な事をやった憶えは無いのだが。
「ふふ、分からないのね。まあ、いいわ。……それでね、みんなにはもっと良い暮らしをして欲しいってずっと思ってたの」
「良い暮らし……? そんな事を言われても、今のままじゃどうやって?」
「出稼ぎって言うのかな。村を出て、良いとこに就くの。それで、村に仕送り」
「うーん、難しそうだが……。どこか有るかな?」
考えてみたが、あまり思い付かなかった。
出稼ぎって……痩せたブロディアの地では儲かる仕事なんてほとんど見つからないぞ。
それこそ、王都にでも行かなきゃどうしようも無さそうだが……。
「例えば、王城兵とかどう?」
「……! 確かに良さそうではあるが……」
「だよね! お給金もそこなら良いだろうって、私も思ってるんだ~」
「凄い事言うな……」
王城兵ってのは大抵、城下町の住人から選定されるものだろう。実力主義な世界とはいえ、割と世襲制が強い場所である。
そんな中に単身乗り込んで行くなんて、相当大変な話なんですが……。
というか、そもそも王城兵募集しているのかどうかも分からない。
「そこは何というか、気合で」
「気合って、お前……」
「でも見当は付いてるよ?」
「どうするんだよ……」
「ブロディアの王都ではね、毎年いつも武術大会をやってるらしいの」
「ほう」
それに出て自身の強さをアピールする事ができれば、確かに王城兵へと採用される可能性は有るな。腕っぷしは重要だし。
しかし、場所は王都。そうなると、強者でひしめき合う事間違いないだろう。
少し勝ち進んだ程度では王城兵にたり得ないと評されるかもしれない。
優勝……最低でも準優勝か。それぐらいしないと難しい話だ。
「そこで私が優勝すれば、王城兵にして貰える。そんな算段よ」
「随分と大きく出たな」
「狩りで鍛えたこの力が有れば余裕だわ」
う~ん……そうかな?
そうかも……。
「でも年齢制限は有るんじゃないか?」
「うん、そうみたい。参加できる様になるのは数年後ね」
そう言って、未来への意気込みを存分に表すは隣に居る幼馴染である。
ふむ……思い付きで言っているのなら囃し立ててやろうと思ったが、どうやら覚悟は本物のようだ。
確かにいけるかもしれないな……。
コイツの怪力は既に村一番とまで言われている。
バッタバタと立ち向かう相手を簡単に粉砕し、難なく優勝まで行ってしてしまうかもしれない。
「そうか……お前ならいけるかもしれないな」
「ふふん、あなたもそう思ってくれるのね!」
「あれ。もう村の奴らに言ったのか?」
「いや、まだだけど」
「うん……?」
どういう事だ……?
よく分からんが、まあいいか。
「これから毎日、武術大会の為に鍛錬するわ!」
「おお、今日からか。中々に気合が入ってるな」
今にも剣を抜いて素振りでもし始めそうな勢いである。
ここではちょっと危ないからやめてください。
……しかし、数年後か。もしも優勝したら本当に王城兵になって村を出ていってしまうんだな。そう考えると、寂しくなってくるというものだ……。
でも、今はその意志を尊重すべき時だろう。
よし、ここは涙を飲んで誠心誠意応援するか。
「できることが有るのならば、助けになろう」
「本当?! ありがとう~!」
鍛錬に関しては少し難しいが、どこをどう伸ばしたら良いのかという感覚には自信が有る。だって人の成長率、何故か分かるもん。
……そういえば、すっかり忘れていたがコイツだけ成長率を覗いていないな。
ふふふ……!
では早速その成長率、存分見せて貰おうかッ!
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お前はまだゴリラを知らない
ファイアーエムブレムのスラングとして『ゴリラ』という物が有る。
何言ってんだこいつと罵られるかもしれないが、本当に有るんだ。
容姿がゴリラのキャラクターに対してそう呼ばれている──という訳では無く、作品の物理攻撃力の参照元である『力』の成長率が極めて高いキャラクターに対して名付けられる事が多い。
最近だと、ディミトリ*1や、エガちゃん*2に用いられる事がほとんどか。
逆に『魔力』が伸びるキャラだと、マジカルゴリラなんて呼ばれてたりする。マジカルってなんだよ。
まあ歴代で見ればどこぞの剣聖やらマムクート達、神の直系を持つ者の方が遥かに伸びるのだが、そのキャラ達はあまりゴリラとは言われない。そこらへんは……ご愛嬌という事で。
色々語ったが、要するに……。
「……? どうしたの、突然じっと見て」
この目の前に居る
村における彼女の普段の性質をまとめてみる。
怪力。
圧倒的なパワー。
力持ち。
「うん、間違いない」
間違いなく、ゴリラだ。
勝ったなこの勝負。
「ん、どういうこと?」
食らえ! ステータス開示攻撃!
俺はラピスのマスクデータを覗く事にした。
ほうほう。
ふむふむ、典型的な高速物理アタッカーという感じですね。恐らく下級職である村人のレベル2時点で力2ケタ! これは良い感じですね~。そして、剣士系でありながらそこそこ伸びる防御能力! 避ける壁に成れそうだとはいえ、被弾する時は被弾するので耐久力は高い方が良い。
う~ん、かなり良い!
良いねぇ、これは強くなりますね(確信)
今は村人という職なので成長率補正が低いが、早期に転職して成長すれば優勝どころか、もっと……いや、その先に……!
……ん?
力、個人成長率……25%……?
んん、おかしいな。見間違いだろうか。
もう一度見てみよう。
目の前に鎮座する無機質な数字は、いくら瞬きすれども変わる事は無かった。
……そうか。
なるほど、そういう事か。
何となく感じていた違和感に収まりが付く。
例えるならば、チグハグだった歯車がある日突然噛み合った時の様な。
「ラピス、お前……」
「どうしたの」
お前……!
「さては、岩ゴボウが好物だな……?!」
「岩ゴボウって何よ……」
◇
「へぇ~、そんな食べ物が有るのね」
「イモ類と同じく、地中の部分が食べられるんだ」
「それって美味しいのかしら」
「いや、薬用が主な目的だから味はそれほど良くないらしい。でも、長時間茹でて置いておくと風味が出て通好みの味になるとか」
あの成長率からして、もしかして力の初期値は本来の物では無くドーピングされた結果ではないかと思い、探りを入れてみたがどうやら違ったようだ。
疑ってすまぬ……。
ずばりこれでしょう! といった感じでまさにこれ以外無いと確信していたのだが、彼女の力は天性のものだったらしい。なんか普通に岩ゴボウとは何だ、という雑談の流れになってしまった。
岩ゴボウはFE風花雪月に登場した『力』が1上がる、いわゆるドーピングアイテムの事を指す。力がどの作品においても超重要ステータスなのは疑いようの無い事実だが、そんな力を上げられるアイテムを風花ではその辺に生えてる草同士の交配で作り出す事ができる。
世は違えど、根本的な仕組みは似ているこの世界。
畑に岩ゴボウが自然発生する可能性は十分有り得るのだ。
ちなみに、食べると筋力が上がる……というのは、伏せさせて貰った。
多分、信じてはもらえ無さそうだったんで……。
「いつか食べてみたいわね~」
「だろう?」
フフフ、食べてみたくなっただろう。
ああ、食え……そうだ、食うんだ。
もし岩ゴボウの自家生産が可能だったら、三食ゴボウ漬けにしてやろう!
いや、まあこの貧しい村で三食きちんと採るってのは中々難しいけれども……。
それでも、だ。
「……で、どうしてそんな話をしたの?」
「え、いやそれは」
しまった、あまりにも脈絡が無さ過ぎたか。
擬音で例えるならば、ギクッっという在り来たりな物が第一に付くだろう、内心冷や汗モノの窮地に陥っているが、無駄に頑張って冷静さを上辺に出してしまう。
一体、この世のどこに遠出の決意を決めた馴染みに対してゴボウの話を振る奴がいるだろうか。
いや、いない(反語)
「ん、別に今更隠すような仲でも無いでしょ」
肩にちょこんと乗ったモミジの葉を少し鬱陶しそうに払うラピスには、若干の威圧感が内包されていた。
わあ、怖い。
……本音を言うと、岩ゴボウをここまで彼女に勧めるのは理由がある。
その理由とは、彼女に『力』のステータスを上げて欲しいからだ。というか、それ以外無い。
ラピスの力の成長率は村人の値を加算しても30%。
果たしてこれが、何を意味するのか。フッ……答えはとても簡単だ。
ヘタれる。
間違い無くヘタれる……!
俺知ってるんだ。30%を引く事がどれだけ難しいか……!
別ゲーで言えば、○ケモンの例えが最適だろうか。つの○リルや、じ○れと言った一撃必殺技はそんな簡単に当たりません。
……話は反れたが、それほどまでに『力』のステータスは重要なのだ。
もしも武術大会にフルアーマーで参加する様なやべー奴が居たらどうするんだ……。
ダメージがほとんど通らないか、最悪NO DAMAGE!まで有り得る。
そうなってしまえば、優勝は絶望的だ。
「や、別に……ただの気まぐれだ。深い意味は無い」
「そうなの?」
「そうだ。お前は昔から食い意地が張ってそうだったからな」
「なにそれ、変なの」
しかしまあ、そんな事を直接言える筈もなく。
なんとか取り繕うと即興で考えた言い訳を放ってみたが──
どういう訳か、それを聞いたラピスは大きくため息をはいた。
「……下手ね、ほんと」
「んん? 何が下手なんだ?」
「癖が出てるのよ。誤魔化す時の癖が」
「──えっ」
「はぁ……何を企んでるのか知らないけど、あなたの最近の奇行、バレてるんだからね……」
「?!」
き、奇行だって?
失敬な。最近やってる事と言えば、ただの……うん。
「何も言わず、ただ無言でジロジロと舐め回す様に村の人を見てるみたいね。しかも、老若男女問わず」
「ご、誤解だ……俺はただ人間観察をしているだけで、特に
「ふうん? でも、その反応は疾しい事をしてる時の反応ね」
「うっ……」
嘘だろう……。
ラピスに言われている疾しい事と言えば、まあ他人のステータスを覗いていた事なのだが……。
決してバレないように細心の注意を払って遂行していたハズ。
なのに、どうして。
「今日の朝から始めてたみたいだけど」
「なぜそれを……」
「ちなみに、もう村中で話題になってるわ」
「は、はやすぎる……!」
呆れを100%配合したジトっとした目で睨んでくるラピスさん。
思わずその視線から逃げたくなったが──しかし、周りには手近な障害物は存在しなかった。
さすが村社会。
ペガサスの足より、情報伝達速度がずっとはやい!!
「まあ、変な事はしないって信じてるけどね」
「その信頼が、逆に辛い……!」
……ううむ。何というか、自分がいかに矮小な存在か感じさせられますね。
言葉で形容するのは難しいがあれだ、信頼を積み上げるのは難しいが崩すのは一瞬──そんな諺じみた謳い文句の逆バージョンみたいな感じである。
城塞都市もびっくりの硬さだ。
「で、疾しい事ほんとにしてたの?」
「はい……」
「そうなんだ。ふ~ん」
自分でも分からない癖を相手に見抜かれていたのならば、もうどうしようも無い。
ここまで来て悪あがきするのも何だ、正直に言う事にした。
やはり、見知った顔に嘘を付くのは難しい。
「……まあ、何をしてたかはその正直さに免じて聞かないであげる。みんなには適当に話しておくわ」
「ほっ」
「露骨に安堵したわね……」
助かった。
もし村の皆にバラされていたら、明日から──いや、今日から変態扱いされる所だった……!
村八分されたら、俺生きていけません。
「でも、何もお咎めなしってのはダメよね」
「うっ……」
「村の掟、忘れたの? 悪い事しちゃいけないって」
「忘れてはいません……」
村の民は全てがお互いを助け合い、支え合う。
その中には決して、他を害するような意思は含まれてはならぬ。
寄り合いと物資の管理は適切に。
畑仕事はより大切に、より丁寧に。畑を荒らす熊は殺せ。
最後に、神竜さまへの祈りを忘れずに。
それが
むらのおきて
「反省してます……」
「ふふ。そうね、少しでもそう思ってるのなら……決めた」
「ん?」
「私のお願い、聞いてくれる?」
そう言って、ラピスはこちらに手を差し出してきた。
とても凛としている。かっこいい。
んん?
「できる範囲の事なら」
「言ったわね。もう取り消せないわよ」
俺はあまり後先考えずにその手を取った。
が、何か猛烈に嫌な予感がしてきた。
これは間違いなく、アレだ。相当な無茶ぶりをされるヤツだ。
あれ、別に何でもするとは言ってないんだけど……。
「よし。じゃ、早速村に帰ろうね」
「ひぃ~!」
抵抗しようと思ったが、しかし成す術無く連れられていく。
そういや俺、現状力負けしてるんだった……。
◇
「ふう。あれ、もう終わり?」
「い、いや……まだいける」
「良かった。じゃあ本気を出させてもらうわね」
「えっ」
およそ今生では聞いた事の無いような、一刀で風を凪ぐ剣閃の音。
極めれば残像さえも生み出せそうな巧みなる技が、確かな質量となって身に降りかかる。
「ぐはあっ……」
精一杯の見栄は、それによって塵が如く吹き飛ばされてしまった。
木彫りの軽い刀がカラカラと音を立てて、他所の方向へと転がっていく。
武器はもう無い。
紛う事無き負けである。
「おーこれで、10連勝か」
「お~いラズ坊。もっとちゃんと力を入れてやれよ~」
「そうだ、そうだ!」
ボロボロにボコられて情けない姿を晒している俺に対して、外野が囃し立ててくる。
いや~きついっす。
相手に背を向けながら再度武器を取りに行く姿は、なんて哀れなのだろうか。
「ん。少しの間休憩しよっか」
「……そうしてくれると助かる」
剣を第三の足代わりにして、地に付いていた膝を何とか空へと浮き上がらせる。
どうしてこんなにも訓練用の剣でラピスにボコられているのか。それは、彼女が言っていたお願いが関係していた。
『暇な時で良いから、鍛錬に付き合ってくれる?』
そんな事を請われた俺は彼女の為だと思い、二つ返事で了承した。
しかし、それがまずかった。
結果はこれである。
「他のみんなが言う通り、あなたはもっと剣を握る手に力を入れた方が良いわね」
「難しい事を言いますね……」
殺傷力の無い模造剣を持って、一対一での打ち合い。
速さは互角。流星の如き連撃は、しかし十分目で捉えられる。
技は彼女の方が剣を長く握っているだけあって上だが、それでも負けていない。
HPや守備と言った持久力もほぼ互角だ。
しかし、『力』で大きな差を付けられていた。
端的に言えば、ダメージレースで負けている。
当然だろう。初期値では結構な差が付けられているのだ、他が似たような数値なら必殺でも引かない限り勝敗を覆す事はできない。なので、必殺出てくれ~と祈りながら剣を振るった。
しかし結果はゼロである。
まあ、必殺値高そうな剣じゃないのは分かりきっていた事だが……。
「ありがとう。鍛錬に付き合ってくれて」
「……どうという事は無い。どうせ畑仕事が終わればいつも暇だからな」
嘘です。
どうという事、めっちゃ有ります。大見得です。
こうもボコられていると、死線が見えてきますね。
「対人戦の経験は初めてだし、とても為になるわ」
「そうなのか?」
「ええ。鍛錬に付き合ってくれる人が他にいなくてね」
んん、経験か。
そういえば身体を休めている最中に気が付いたのだが、先程の地獄の連戦で経験値が入ってるような気がする。
熊を倒した時や杖を振ってた時ほどでは無く、あくまで微量といった感じだが。
ふうむ、なるほど。
こうして打ち合って、ボコられていれば経験値を稼げるというワケですかあ。
ほう、これは中々の苦行ですね。
「鍛錬の相手、これからもよろしく頼むわ」
「えっ」
「毎日お願いね♪」
「?!」
そう言って、ラピスは意味有りげに含み笑いをした。
……ま。マジで言ってるの?
これを、毎日……?
ちょ、ちょっとキツいかな。どれくらいか苦行度の数値で表してみれば、初代そうりょリフのレベル上げくらいにはキツいと思います。
「村長とかどうだ? あの人、実はとても強いぞ」
「ダメよ。村長さんは私達と違って、いつも忙しいんだから」
「そうか」
くっ、確かに……。
役目を他の人に押し付けようとしたが、無駄だった。
このお役目、俺しかいないのか……。
しょうがない。これも世間体を守るため……。
「……分かったよ、分かった。最後まで付き合ってやるよ」
「ホント? やった~!」
「ああ、二言は無い」
「サンドバ──じゃなかった。これからも私のお相手、よろしく頼むわね♪」
コイツ……!
ちゃんと聞こえたぞ、前半……!
「言ったな、お前……。あとで後悔するなよ、必ずいつか一本取ってやるからな」
「ええ、楽しみにしてるわ」
今はまだ、弱いままでいい。
かの豪将だって、かの剣鬼だって。昔話に謳われるあの偉大なるロードだって。最初は皆が、皆弱かったハズなんだ。
幾度と無く負け、壁を知り、そして強くなっていった。大事なのは経験の積み重ねなのである。
もちろん、そこには運の良さだって有るだろう。しかし、それでも根本的な物は必要だ。
経験とは大いなる糧だ。
経験に勝るものは、この世には存在しない。
長くなってしまったが要約すると、こうだ。
成長したら、いつか必ずボコってやるからな。覚悟しておけぇ!
「じゃ、休憩も終わった事だし。もう一度やろっか♪」
「えっ」
そう心の中で意気込んでいたら、絶望のお知らせがやって来た。
剣を帯刀した幼馴染が、逃げ道を阻むようにして仁王立ちしている。
──えっ。
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いつものお姉さん
秘密の店に入れるって
話だぜ
だけど その店が
どこにあるかは だれも
知らねえってよ
時は紅葉が散り、迫る季節を間近に感じさせる程の木枯らしが吹く朝。
影の様に揺らぐ霧を何とかかき分けながら、俺は村外れの道を歩いていた。
目的地は王都ブロディア。
冬の訪れを嫌でも分からされる頃では有るが、村に引き籠もっている訳にはいかないらしい。その理由はもちろん、観光などでは無いが。
この時期になると冬でも育つ芋以外の収穫は終わっているので、一体何の為に遠出しているのか。最初の頃は度々、王都へ歩いて行く村人を見て俺もそう思っていた。
しかし、お役目が回ってくるとそれも理解できるというモノである。
「ふぅ……」
慣れない道をなんとか進む。
村から王都への距離はそこそこ有るものの、配分を考えて歩けば十分日の明るい内に戻ってこれる距離である。
しかしそれを不可能とするのが、この存在であった。
「今年は結構有るな……」
白い袋を背負ったまま、少し休憩の為に息をつく。特訓の成果が出ているのか、あまり疲れてはないが一応だ。
中に入っているのは、村人達が作った沢山の民芸品。
俺が住んでいる村は個々の住民達の繋がりが強い村社会となっているが、外の供給無しで生きていける様な状況ではない。物資の輸出で外貨を獲得する事によって、日々の生活を保っている側面も有った。普段はまあ……というかだいたいいつも輸出するのは芋なのだが、今日だけは違う。
村人が作った民芸品とは、織物や細工品などが含まれる。
その中でも、特に重要なのが織物だ。
冬の時期になると、絹を材料とした織物がよく売れる。
夏は涼しく、冬は温かいという良いとこ取りの様なこの素材。冬の寒さが尋常では無いブロディアでは、無くてはならない必需品レベル──とまではいかないが、それに近いほど需要が存在していた。
普段は芋ばっかり輸出している村……通称芋村という何ともひねりの無い名称である我が村だが、需要を知ってかここ数年前からは織物にも着手し始めた。
おかげで、この時期は色々大変である。生活状況はだいぶ改善されたのは事実なのだが……。
しかし、力を入れて作ってるだけあってそこそこ高値で売れるらしい。
聞くとこによると、知る人ぞ知る名産品だと言われてるとか何とか。ホントか?
「取引相手は決まっているらしいが……はぁ」
渡された地図と睨めっこしながら溜め息をはく。別に道に迷ったという話では無い。
村を出る直前に村長から言われた言葉が今になって浮き上がんできただけだ。
『相場はこの辺だから、頼むぞ』
示されたのは村の民芸品を売った時のだいたいの相場。前年よりも寒くなっているので、高く売れるだろうとの事だ。どれ程で売れるのか分からなければ、安く買い叩かれてしまうのでこれ自体は別に変な話では無い。
問題なのは、少し間を開けて放たれた『頼むぞ』という言葉だ。
村で長く暮らしていれば分かる。
「多分、相場よりも吊り上げてくれという意味だろうなあ……」
民芸品はそれはもう、高く売れたほうがいい。
儲けも増えるし、何より箔が付く。質の良さを買ってくれれば、より良い商売相手と巡り会える可能性だってあるだろう。まさに重要責任である。
それを一人に任せるだなんて。全く、村長も無茶を言う。
「できるだけ、やってみるかあ……」
しかしこれは、村の住民達全員が行っている事である。
毎年一回冬の時期だけというわけで無く、夏の初めにも行われる通例行事。
う~ん、大変だね……。
だけれども、村で生きていくには絶対に必要とされる物なのだろう。ホントは文句を言いたいけど、言ってられん。
交渉相手が最初から決まっているだけマシだと考えよう。
これで並み居る商売人から最高値で買ってくれる人を見つけろとか言われたら、俺はもう泣いていた。
「まま、なるようになるか……」
暗い方向に考えてもアレなので、道中は昼に摂る食事のことだけを思いながら歩く事にした。
ちなみに昼食のほとんどは芋である。
やっぱこれだね。
◇
王都ブロディアへ辿り着く頃には夕方になっていた。城下町を取り仕切る門番に対して通行証を見せると、特に止められる事も無く町への通行が許可された。
場所は確か、初代国王の像が有る広場──その少し遠くにある風変わりな屋台だったか。
そこに行けば、すぐに相手は現れた。
「へぇ~。キミが持ってきてくれたんだ~!」
「はい、そうです……」
「キミの住む村の事はよく知ってるよ! 村のお芋、私も食べてみた事はあったんだけど、とっても甘くて美味しかったわ!」
民芸品の取引相手。それは、とても見覚えが有る人だった。
赤髪のポニーテールが映えていて、物欲しげに人差し指を口に当てるポーズがチャーミングなお姉さん。その身に纏う神出鬼没を体現したトリックスターが如き服は、一目で分かるほど機能美溢れた優れもの。
これは間違いない、あの人だ。名前はまあ、分かりきっているのだが……最初から知っているのも可笑しな話だ。一応、聞いておこう。
「ありがとうございます。芋は村の特産品なんで、そう言って頂けると嬉しいです。それで……ええと、あなたは……」
「私? 私はね、アンナって言うの。秘密の行商人とも呼ばれているわね」
やっぱりそうだった。
彼女はシリーズ恒例、秘密の行商人のアンナさんである。
メンバーカードが有れば彼女が経営する秘密の店に入れる──そんな話が(プレイヤーの中で)有名なあのアンナさんだ。だけどその店がどこにあるかは誰も知らないらしい。よく経営続けられているな。
……しかしまあ、ホントにアンナさんである。
取引相手の外見を伝えられた時はまさかと思っていたが、こういう事も有るんですねえ。
「……」
「どうしたの私の顔ばっかり見て?」
「……! いえ、どこかでお会いしたような気がして」
「そうなの? うーん、でも私はあなたと会ったのは今日で初めてだから……多分、私の姉妹ね!」
よく言われそうな疑問を投げかけてみれば、予想通りの答えが帰ってきた。
アンナさんは、何故か同じ顔の姉妹が世界中にいる謎多き存在である。
ほぼ全てのシリーズに登場し、前述した通りに秘密の店をやっていたり、はたまた普通にプレイアブルキャラとして参加したり。
最初はまさか無性生殖で分裂でもしてるんじゃないかと失礼な事を思っていたが、普通に彼氏が居るアンナさんもいるのでよく分からなくなった。
「それにしても、すぐ私が取引相手だって分かったわね~!」
「予め村の人に外見を教えてもらっていたので……」
「そうなのか~! ねえねえ、村からここまで結構かかったでしょ? もしかして一人で来たの?」
「はい。そうで……」
「すごーい! こんな重い荷物を持って一人で来るなんて! キミってがんばり屋さんなんだね! 偉いぞ~♡」
そう言って頭を撫でてくるアンナさん。それはまるで、年下の子をからかう近所のお姉さんの様な口調である。
や、やめろォ! 俺は頭を撫でられて喜ぶ様な趣味は──
あっ、くぅっ──なんだこれ、なんだこれ! すっごい気持ちいい……!
なんか分からんけど、これ最高だ(確信)
「ほれほれ~」
「ちょ……!」
なんとか抗おうとするが、しかし相手はお姉さん。身長差もあってか、抜け出す事は叶わなかった。
べ、別に気持ちいいから抵抗してないワケじゃ……!
「ふふ、可愛い~♡」
「……ストップ! アンナさん、ストップ!」
「ごめんごめん、つい調子に乗っちゃった~。キミみたいな若い子が来るのはほとんど無くて」
なんとか声をあげれば、名残惜しそうにアンナさんは手を離してくれた。くっ……こっちだって名残惜しいよチクショウ。
……いかんいかん、骨抜きにされてしまうところだった。ノリが良い人なのは何となく察していたが、まさかここまでだなんて。
ifパルレもびっくりのスキンシップだよコレ。
「でも、良かったでしょ? キミだって気持ち良さそうに目を細めてたし」
「くっ……」
否定は出来ん……!
この世界に転生してから気が付いたのだが、何やら精神が少し肉体に同調されかかっている傾向が有る。歳相応の思考に引きずられてるみたいな、そんな感じで……。
要約すると、言いたい事はこうだ。
性癖が捻じ曲がってしまうのでやめてくれぇ……!
「悪かったって! ごめんね~」
「……良いですよ。気持ち良かったのは事実ですし。それで、持ってきた物なんですが」
「そうそう! 頼んでいた村の民芸品だったわね~。ええと、取り敢えず袋から出して見せてくれる?」
ふう、やっと軌道修正したか。
アンナさんに言われる通り、袋を置いて手頃な織物を一つ渡した。
それを手に取ったアンナさんは先程のニコニコした顔から一転、物の真贋を見極める様な鋭い目つきへと変貌した。
あ、こういう時はしっかりするんですね。
「う~む」
「……」
アンナさんと言えば、行商人故にお金に執着する一面も見受けられる事で知られている。
果たして、どれ程の値を提示してくるのか。とても気になります。
適正値を出してくるのか、それとも安く買い叩いて来るのか。
後者だとしたら中々策士である。ああも頭を撫で撫でされた後なら、ちょっとばかし安い値段を提示されてもホイホイ応じてしまいそうなモノである。
しかし、残念だったな。俺には通じないぞ……ッ!
「よし、決めた!」
「……!」
さあ、一体どんな値段で買い取ってくれるのか。
期待と不安が心の中で色々混じり合う中、提示された金額は──
「キミが持ってきた民芸品……○○Gでどう?」
村長に予め言われた相場の額。それよりも遥かに値が上乗せされたものだった。
それもなんと、五割増しという相当な値段である。相場に疎い俺でも分かる、これはかなりお高い評価を民芸品に付けて貰っているな。
い、良いんですかあ……?!
「○○G?!」
「キミ、バレバレだよその表情~。良いんですか、って顔してるね?」
「……あっ」
「ふふ、答えはOKだよ。私は相当な価値が有ると思ってちゃんとこの値段を付けたんだ」
そう言って、アンナさんはニッコリと笑った。
なんと。まさかそんなにも村人達の民芸品に価値が有るなんて。くぅ……俺は、俺はとても嬉しいよ!
村のみんな……! 今までずっと、熊をブチのめしているだけの蛮族だと思ってました。すみません……!
あ、これブーメランだ。
「それで、どうするの? キミはこれを私に売ってくれるの?」
「……お、お願いします」
「~♪ そっか♪ じゃ、交渉成立だね」
アンナさんはそう言うと、民芸品と引き換えにお金を渡してきた。
おお凄い、これだけで半年は何とかなる量だよ。まさかここまで高値で買い取ってくれるとは思わなかった。
交渉って面倒くさそうだから忌避してたけど、こんなにも良い結果で終わるなんてビックリしたぞ。
「キミ。それはね、私からのサービスだよ」
「えっ」
「いつもならもうちょっと安く買い叩いてるんだけど……それは、ここまで頑張ってきたキミへのご褒美! 頑張ってる子を見ると、私応援したくなっちゃうんだ~♡」
アンナさんはそう言うと、再度頭をわちゃわちゃと撫でてきた。
その手付きや、まるで全てを包み込むペガサスの羽の様な優しさ。
継続的に行われるそれは決して強過ぎず、それでいて弱過ぎず、ただ心地よさだけを追求した──まさに至高の逸楽。
あっ
あっあっあっあっあっ
「ここが、天国だったんやなって──」
「ちょ、ちょっとキミ?!」
俺は恍惚の中、気を失った。
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アイスロックの杖を忘れないでねっ
一枚の硝子を覗いた先には、無数の世界が広がっていた。
境目を取り仕切る
それは感覚を真っ二つにしてしまいそうな程に狂暴で、通り過ぎるたびに身体のどこにも無い部分の痛覚がゆらゆらと揺すられた。
誰かが自分を呼んでいるらしい。
しかし応える事はできず、喉からは掠れた声さえも出なかった。
誰かが自分を呼んでいるらしい。
声が聞こえているのに、手を伸ばす事が叶わない。望みは幾度も聞こえてくるのに、望む事は叶わない。
そんな不可思議な世界から、ずっと。
やがて、森閑とした平面から
それは曲がり、くねって、合わせ鏡の様に同じ平行線を辿りながら縮小して。
一つの影法師へと繋がった。
──わたしは そうりょリフ。
たたかいはできませんが治療の杖が使えます。
よろしければごいっしょさせてください
「……はっ?!」
突然浮き上がった謎のつるつる頭。
極めて相関性の感じられない人選に、脳が理解を拒んで稼働しなくなった。
すると、どうだろう。
世界が色を以って動き出した。
「おっ、起きたみたいね」
「んん……」
暖かそうな織物のシーツを少し退かす様にすれば、声をかけられた。声の主は──そう、お馴染みのアンナさん。
しかしアンナさんは、先ほど見ていたトリックスターの様な服ではなく、少し野暮ったい部屋着みたいな服を纏っていた。髪型もいつものポニーテールで結っておらずに、そのまま降ろしたままである。あ、ちょっと寝ぐせが付いてる。
どういう状況なんだこれ……。
「こ、ここは……」
「ここはね、私の家~」
「えっ、アンナさんの家?!」
寝起きで一番に探るのは自身の置かれた状況だろう。
少ない時間軸を探偵の詰問の様に逆へと辿っていくが、しかしよく分からない。
な、なんでアンナさんの家で……。
「──じゃなくって、家兼貸倉庫よ~♪」
「け、兼……?」
キリっとした表情で答えるアンナさん。
「私は旅の行商人だから、貸倉庫を家代わりにしているのよ~。意外と安価で便利なのよ~これが」
「そ、そうなんですか……」
「うんうん。で、キミの話なんだけど……突然倒れちゃったキミをここまで私が連れてきたの。ビックリしたよ~」
「そうだったんですか。それで、介抱して頂いたと……」
点と線が繋がった。
アンナさんに二度頭を撫でられた俺は、至高の心地良さより気絶してしまったと。
それで、驚いたアンナさんに助けられて今ここにいるらしい。
なるほど。
……も、申し訳ねえ。こいついつも倒れてんな。
今日日あったばかりの人に対してどれだけ気を遣わせているんですかね……。
穴が有ったら入りたい……!
「といっても、寝かせてただけだったけどね。暖かかった? それ、君が持ってきた織物だよ」
「あ、えっと……」
「効果のほどは如何ばかり、ってその顔なら聞かずとも分かるか~。ふふ、良かった良かった」
なんと、本来なら商品となる物まで貸して貰っていたとは。
くぅ……あまりの面目無さから、隅っこのどこか暗い所で引き籠っていたい気分である。
「ああ、朝日が眩しい。……ん、朝日?」
「そうそう、キミだいぶ疲れてたんだね~。あれから朝までグッスリだったよ」
「な、なんと……一晩過ぎていただなんて……!」
耳をよく澄ましてみれば、どこか遠くで鳥の鳴き声がした。おそらく、この時期になると東の大地からやってくる渡り鳥のものだろう。よく聞き覚えがある。
「そういや、キミは本来どうするつもりだったの?」
「昨日の話ですか……? それだったら、どこか適当な宿を取るつもりでした」
場所はブロディア王都。山での野宿は慣れたものでは有るが、流石に王都の石畳の上で寝てたら街の衛兵にしょっぴかれかねない。というわけで、一晩分の宿代は村から支給されてはいたのだが……。
「お~、宿代浮いたね!」
「そ、そうみたいですね」
いえ~い! と朗らかな声を出しながらサムズアップするアンナさん。
こ、これ喜んで良いんでしょうか……?
助けて貰った身としては、ここで素直に喜んでしまうと……うーん。
「その顔は申し訳なさ一杯って感じだね。大丈夫だよ、平気平気! 子供なんだから、もっと図々しく行っちゃおう!」
「図々しく、ですか……」
奴隷根性を持つ人間としては、携帯物として染み付いている様な性分。それを発揮しようとしたら、アンナさんの持前の明るさにより止められた。これは多分、外見のおかげでもあるのだろう。子供のアドバンテージ、凄まじい。
まあ、転生してるせいで中身は年相応じゃ無いんですが……。
そこはとりあえず、おいておこう。
「そうそう。私の末っ子姉妹が近くにいるんだけど、歳の割に結構図々しくてね~」
「えっと、同じくらいの歳ですかね? 自分は、今年でやっと11歳になった身なんですが……」
「いや、もっと下よ。まだ5歳なのに、自分の店を持ちたいって言い出して仕方なくて」
は、早いな。
五歳でもう店の経営を目指すようになるとは……。流石、アンナさんの血族と言うべきか。
というか、凄いな年の差。
「でも、その歳で確固たる目標を持っているのって、とてもすごく見えますけど……」
「キミもそう思う? でしょでしょ~? 私達の自慢の妹なのよ~」
そんな事を言ったら、アンナさんは目に見えて分かるほどの嬉しさをその面持ちに出していた。姉妹愛に溢れています。
……う~ん、仲が良い姉妹って良いな。
なんかこう言葉に表すのは難しいんだけれども、お互いを思い合う感情が分かるのがとても良い。
歳の差も関係無くなる程の矢印が飛び合っているというか、確かな親愛をいっぱい感じますね。
「それでそれでね、基礎から学んでこいって言ったら、もうお姉ちゃんから見て学んだから大丈夫、店を一日貸してくれ──だなんて言うのよ~!」
「御姉妹はお互い、仲が良いんですね」
「あらあら! そう言ってくれるの、私とても嬉しいわ~! でね、それでね~!」
そう相槌を打っていれば、更に上機嫌になったアンナさんが現れた。
おっと、この流れは多分アレだ。これから数十分くらい、お話が続くヤツだろう。
マジか、ちょっと腹減ってるから持ってきた芋で腹ごしらえしたいんですが……。
……でもまあいいか、こちらの身としては彼女の姉妹の話はとても興味深いもの。
泊めてくれたの恩も有るのでここで断る理由は無い。
そんなこんなで、俺はアンナさんの家族話をしばしの間楽しむ事にした。
「──それで、最近は力を付ける為に店売りの斧とか持ち出しちゃったから、どうしたものかな~って。……あっ、つい話が長くなっちゃった」
「いえいえ。アンナさんのご家族の話、とても面白かったです」
部屋に入ってくる日の光の傾きに気が付いたのか、アンナさんは動かす口を止めた。
いや~……アンナさん一族の生態について、謎が深まるばかりだった。
まさかその歳にして、あんな事をやっちゃってるなんて──
「ごめんね~。そういえば、朝食食べてないでしょ? お腹減った?」
「そうですね……あ、だいぶ減ってます。持ってきた芋でも食べようかなと思っていた所でした」
「お~、お芋持ってきたんだね。そうかそうか~。ちなみに、どう食べるの?」
「いつもは軽く茹でて食べるんですが、別に生食でも大丈夫なんで生でいこうかと」
流石に調理した方が美味いのだが、一応生でも十分美味しい村の芋。
面倒臭がりな村人の中には、いつもそのまま齧っている奴も居る。
最初はワイルド過ぎるだろと引いていたが、しかし朱に交われば赤くなるというもの。
いちいち水なんか沸かしてられない場所ではむしろ推奨されるまであって、いつの間にか慣れていた。
「そうか~。でも、調理された後のほうが好きでしょ?」
「もちろんです」
「なら私が料理してあげようか?」
「えっ、本当ですか?」
「ええ。こう見えても、行商人の基礎として叩き込まれていてね。本職に匹敵してると思えるくらいには自信有るわよ~!」
そう言って、腕まくりポーズをするアンナさん。
おお~、まさか、そこまでとは。
ラピスも含め、村には料理ができる奴がかなり多い。
特に失敗する事無しに、心から美味しいと言える料理を手堅く作ってくれるのだ。食べ物が美味しいと、日々の活力二倍アップである。
しかし、いつの日か村に訪れた流浪の料理人。名は忘れたが、その者が作る料理だけはどの村人が作る物よりも美味い──つまり、今まで食べた事が無い程の至上の一品だった。いわゆる、プロの料理人。
アンナさんもそれくらいだとしたら──
「め、迷惑でなければ、ぜひお願いします」
「よ~し! じゃ、腕によりをかけて作っちゃうわよ~!」
力が入った声でアンナさんは宣言した。
「おいしい……美味しいです……ッ!」
「本当? そう言ってくれると作ったかいが有るという物ね~」
料理を一つ口にしてみれば、そこには幻想が広がっていた。大地の恵みが連想されるというか、山吹色の世界がすぐ近くにあるように感じられてしまうのだ。
出されたのは芋を素材としたココット。カップの中に牛乳や野菜等を入れてそのまま焼いた物であり、グラタンに近い料理だと言えば分かりやすいか。
銀製のスプーンを張った表面に入れてみれば、何度でも香ばしい匂いが辺りに広がって、もう堪らない。この香りがあれば、何杯だっていけてしまうだろう。
う、美味すぎる……。
「ごちそうさまでした……!」
「良い食べっぷりね~。見てて楽しかったわ~」
気が付いたら、あっという間に食べきっていた。
楽しい時間はすぐに過ぎてしまう──それに近い状況が起こったのは間違いないのだろう、自分でもこんなに食が進むのが早いとは思わなかった。
「食器は後で適当に洗っておくからそのままでいいわよ~」
「すみませんホント、何から何まで色々……」
なんというか、至れり尽くせりな待遇であった。
まさか昨日あったばかりの人間にここまでしてくれるなんて、凄い善性の持ち主である。
まさにおもてなしの精神。それをこうも見せられようものなら、ここで何もせずに帰るは村の恥である。村の掟の中には、恩に報いるという物も有るのだ。
「何かお返しでも……」
「大丈夫大丈夫。困っている人を助けるのが、商人の本分なんだから必要無いわよ」
「それでは収まらないというか、申し訳無いというか」
「……う~ん、そっか。そこまでお返ししたいと思っているなら……」
アンナさんは少し考え込んでそう言った。
「例えば、これから他の姉妹がやってる店を見つけた時に贔屓にするとかどう? キミにいつかその時が来たら、ね?」
これは……いつか、村の遣いという目的無しでお店にやってきた時に恩返しをしてくれとの事だろう。
しかしこれでは意味が無い。
もしお店を見つけたとしても、自分を助けてくれたアンナさんであるとは限らないのだ。というか、そもそも見分けられん。
旅の行商人との事なので、いつまでもブロディアに居座ってるわけではないのだろう。となると、今日を逃したらこのアンナさんに恩を返す事はできなくなってしまうかもしれない。
「それではダメなんです。ここで、返させてください」
「……妹ほどじゃないけど、キミも結構強情なほうだね。分かったよ」
「やった……!」
「でも返すと言っても、私にとっては商売品を買って貰う事ぐらいしか助けにならないけど……高いよ?」
何とか取り付ける事ができて安堵する。が、ここはしっかりとしているアンナさん。
しかし、それも想定の内。構いません……!
村人達が作ってくれた民芸品──それで得たお金で支払いましょう……!
「ぜひ、商品を見せてください」
「良いけど……」
何やら気乗りしてなさそうな声で、アンナさんは応じてくれた。
◇
【悲報】アンナさんのお店商品、高かった。
「でしょう……?」
「ですね」
お店に並べられた商品、それはどれも珍しい物では有ったが、総じてどれも高かった。
いわゆるドーピングアイテムも存在したが、民芸品の売り上げだけでは到底買えるものでは無い。
まあ、そりゃそうだ。
「品揃えの良さには自信が有るけど、値段はそれ相応よ?」
「半分冗談だったのですが、民芸品の売り上げだけでは払えませんね」
「半分は冗談じゃないのね……」
半分は当たってる。耳が痛い。
「となると、ダメみたいですね」
「もう良いわよ……。またいつか、会えるかもしれないんだから……キミが大人になってから恩返しでもいいじゃない」
そう諭す様に言ってくるアンナさん。
またいつか会える事を信じて、か──
くう……残念だが、ここまでなのか。
……せめてもうちょっと早く生まれて、もうちょっと自分に力が有れば、どこかの傭兵にでも成って稼げたのに。
稼ぐ才の無いこの身が辛ぇわ……。
「……ん。荷物は減ったとはいえ、ここから村までは遠いでしょ? ちんたらしてたら日が暮れちゃうよ? ほら、私に構ってないで早く帰った帰った」
そうやって心無げに接するアンナさん。それもきっと、彼女の優しさなのだろう。
……。
「分かりました。では……」
「……じゃあね~。また、御贔屓に」
言い出したからには、もう終わりだ。
簡易的な挨拶だけをして、アンナさんの仮住まいから去ろうとする。
時間的に換算すれば、ほとんど居なかったにも関わらずどうしてこんなにも心寂しいのか。
答えはもう、分かりきっている。
「……あの、最後に気になる事が浮かんできてしまったんですが……アレなんですか?」
ふと、何となく目線を横に向けてみると隅っこに積まれた謎のオブジェクトが目に入った。
大切そうに陳列された商品とは別に、あまりにもぞんざいに扱われているそれはは商品か、はたまたタダの廃棄物か。
「ああ、それ? 初めて見るものだったから購入してみたんだけど、どうも全く売れなくってね~。不良在庫として捨てるつもりだったの」
「失礼ですが、それを見せて貰っても?」
「えぇ……?」
何やら困惑した様子で、不良在庫と呼ばれるソレを持ってきた。正方形の奇妙な装飾が先に付いているが、間違いない。
これは、杖だ。
「これはアイスロックて呼ばれてる杖なんだけど、効果がいまいちでね~。ただ杖を振っても、氷が生えるだけなの」
「氷が生える……?」
「うん。こう聞けば使い道は有りそうじゃない? 壁とか。……でも肝心の氷が脆くてね、剣を初めて握った子供でも簡単に壊せてしまうようなヤワな物なのよ~。お陰様で、実演しても誰も買って貰えなくて……リカバーやリブローの杖の方がよっぽど売れたわ」
「そのアイスロックの杖、外で振らせて貰っても良いでしょうか? 振った分の代金は払います」
「え?」
アンナさんは少し間を開けて、『良いけど……』とおっしゃった。
アイスロック、初めて聞く名前の杖である。
効果の程は伝聞だけでは弱そうだったが……しかし何かが、自分の中で引っかかった。
「んん、そんな物何の役に立つって言うの……」
アンナさんの家から少し離れた所に空き地が有ったので使わせてもらう事にした。王都内での杖に関しての決まりごとはそれほど厳しくは無いものの、これ見よがしと使っていれば流石に目を付けられる。なので、極めてこっそりと行う事にした。
「いきます」
一度、念を込めて杖を振ってみる。すると、目の前に氷が現れた。武器レベルが有るのならば使用できない可能性も有り得たが、どうやら今の俺でも使えるらしい。
氷の効果は……持ってきた剣で斬ってみると、少々反発は有るものの簡単に切る事ができた。アンナさんの言う通り、硬い壁としての効果は期待できないだろう。精々、ちょっとした足止めぐらい。
「ほら、柔らかいでしょ?」
確かに。確かに、そうなのだが。
これは、もしかして……。
……最後に、何となく思いついた事を試してみる。
内容は遠くに氷を発生させられるかどうか、だ。
保有する魔力によって距離が変わる可能性は有るが、とりあえずできるだけ遠くに。
氷柱を飛ばす様なイメージをしながら、杖を振ってみる。
すると──
「あっ」
体感、6メートル先。
一人の人間が入れる空間を1マスとして考えると、およそ8マス先に氷が発生した。
あっ。これヤバイ奴だ。
「アンナさん、これ売るとしたらいくらかかりますか?」
「……買うの? どうせ捨てるつもりだったし、買ってくれるなら在庫処分も兼ねてかなり安くなるけど……これくらいかな」
アンナさんが提示した金額は、相当安かった。
チャラになった宿代だけでも数本は余裕で買える額である。
「在庫ありますか? 有るなら買えるだけ下さい」
「……本当に言ってる? こんな杖のどこに価値が……」
間違いない。この杖は間違いなく、ヤバイ。
少しの量では有るが、経験値もしっかりと入っているのを感じる。
ライブと同じ量か、少ないか。差は分からないけれども……それよりも、傷付いた仲間が居なくても使えるってのがとんでもない。
「はい。もちろん本当です。買えるだけ、買わせて頂きます」
「……もしかして、何か気を遣ってる? そういうのは、商売人としてのプライドが許さないからやめて欲しいんだけど」
そう言うと、先ほどとは打って変わってこちらを睨む様な目付きになるアンナさん。
だいぶ怖い。
が、ここでひるんではいられない。
「いえ、気なんて遣ってないですよ。自分は、この杖がとても価値が有る物だと思っています。きっとこの杖が売れなかったのは、買っていくヤツの見る目が無かったからでしょう。心からこの杖が欲しいと、断言できます」
確固たる意思を持って、そう答えた。
どうだろうか……?
アンナさんはそれを聞くと、怒りを潜ませ、何やら考え込んだ様な表情になってしまった。
そして、長い沈黙が続いた後。
「その理屈で言うと、私も見る目が無いヤツに分類されてしまうのだけど……」
「────あっ」
しまった、失言した。
「や、待ってください! そ、そういう意味で言ったわけじゃ……」
「……」
身振り手振りで頑張って貶める意図が無かった事を説明するが、焦りすぎて上手くいっていない様な気がする。
何をやっているんだ、俺。
「た、他意は無くて……」
「……」
「そ、その」
「……」
途端に何も言わなくなってしまったアンナさん。
何も言わないのが、逆に怖い。
こういう時はどうすれば……。
……そうだ、あの言葉を言えば良いんだ──!
「すみません許してください! 何でもし──」
「……ふふ、分かった。分かった。そこまでで良いよ」
伝家の宝刀を抜こうとした刹那、止められる。
極めてやんわりとした言い方だった。
「そこまで言ったら本気だって分かるよ。そんなにもこの杖が欲しいんだね」
「……はい! 売ってくれますかね……?」
「もちろん。代金は提示した分払ってもらうけど、いくらでも買って貰っていいよ~」
その言葉を皮切りに、服のポケットからメモ書きの様な物を取り出すアンナさん。
これは、領収書の様な物だろうか。とても準備が良い。
買う本数とその代金の合計を書けるように様式が定められた紙面。おそらく偽造はできない様になっているのだろう、何かしらの魔法が刻印されている様な気がする。
ううむ、ここは慎重に。
一字一句間違えないように書いて提示し、促されるままにサインをした後、代金を支払えば交渉が完了した事の印をアンナさんは押してくれた。
「毎度あり~!」
「はい、ありがとうございました」
大量のアイスロックの杖を、その掛け声と共に受け取る。
こうして重ねて持つと結構な重さだ。しかし、持ち帰れない程では無い。
ふっふっふっ……まさかこんなにも良い杖がたくさん手に入るなんて。
掘り出し物どころではない最高の収穫である。
「ふふふ。もう交渉は終わったからね。返品しようとしたって無駄だよ。ビタ一文返さないからね」
「ええ良いですよ。そちらこそ、本当に売ってしまって良かったんですか? これでは大損ですよ」
「言うね~。これから先の未来、この杖の値段が吊り上がるとでも?」
「ええそうです。絶対に上がります。というか、俺のせいで上がります」
そう格好付けて言ってみれば、可笑しそうに笑われた。
「ふ~ん、そうなんだ。それじゃ、その時の為にもたくさん買い込んでおかなきゃね」
「ええ。そうしておくと儲かりますよ」
「売る相手が増えないと、儲からないんだけどな~」
「まあ、その時は俺が買いますよ。役立たずと言われている杖を大々的に宣伝してたら、相当話題になりそうですからね。他の国に居てもすぐに見つかりそうです」
軽口をお互いに叩き合いながら袋の中へと買った杖を仕舞い込んでいく。
こうしてみると、結構ガキっぽいところ有りますねアンナさん。
そんな事を考えながらただひたすらに。
やがて、最後の杖を入れ終えれば別れの時はやってきた。
「あ~楽しかった。キミみたいな子、初めてだったよ。まさか、ここまで言ってくれるなんてね」
「ええ。俺もとても楽しかったですよ」
「忘れないでよね、今日の事。その杖の値段があがるの、楽しみにしてるわ」
「ええ、忘れません」
背中から感じる確かな重量感を噛みしめながら、そう思う。
へへへ、村に帰ったらすぐにアイスロックを使いたおしてやろう……! これだけ有れば、戦略的用途以外にも普通に経験値稼ぎとして使えそうなのだから。
それこそ、村中を氷漬けにするくらいに……!
ファイアーエムブレムの特性として、敵が強くなれば得られる経験値も上がるというもの。
杖を振り続けてレベルが上がれば、
よし、行くぞォ!
俺はアンナさんにさよならの挨拶をして、元気よく駆け出した。
「待って」
すると、何故かストップの声が掛かる。
ん?
「最後に♪」
アンナさんはそう言うと、何を思ったのかこちらの頭を撫でてきた。
その感触や、至高のひととき。
──あっ。
「バイバイ。君が大物になるの、楽しみにしてるからね」
あっあっ──
本編のキャラと支援あります
だいたい誰とかは分かるかも
成長率覗くの忘れてます
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はんなりほどよい話
もう少しで一区切りとなります
季節は巡り巡って、絶え間も無くこの大地を様々な色へと塗り替えていく。
しかし、そこに住む者達の生活はとても代わり映えの無いものだった。
確かに
村の作物一辺倒では到底生きていけないし、何より交易で手に入る物も既に生活の必需品となっている所がある。
だが、それは変わるべくして成ったもの。
古くから慣習の様に根付いているモノならば、何か相当な切っ掛けがない限り……それは決して、変わる事は無い。
「ぷはぁ……」
そう、有り得ないなのである。
「やっぱり、十倍に薄めた牛乳は美味しいわ~! ね、あなたもそう思うでしょ?」
「あ、ああ」
悲しいなぁ……。
限りなく水に近い牛乳を美味しそうに頂くラピスを見ながら──そう、俺は思った。
村という集合体で生きていく以上、やはりどんな要素もそれに大きく依存する事となる。この場合だと、村の常識が当たるだろうか。
この村では昔より、牛乳は十倍に薄めて飲むべしという古くからの言い伝えがある。どうやらそれによると、原液のままで飲むのは身体に悪いからとか何とか。カルピスかな?
……まあ、こういった言い伝えが村に有る理由は分からんでもない。牛乳がここじゃそこそこの貴重品なのもあるしね。
牛に近い生物が居るのは確認しているので、ファイアーエムブレムの世界においても牛乳は牛乳で間違いないのが、その牛の畜産がブロディアではとても難しいらしい。多分、飼料を育てる場が無いのだろう。牛の餌はだいたい肥沃な土地が有ってこその物が多い。モロコシなんて作ろうものなら、土壌が痩せまくって大変な事になっちゃいますよ。
一応、寒冷地でも育つ牧草は存在するのだが……それで育てられた牛がどうなるかは、想像に難くない。
そんな貴重品で牛乳。それをどこから入手するかといえば、このブロディアの南に有るフィレネという所からである。
最近やっと名前を覚えたが、このフィレネという地。どうやら温暖で土壌も良く、また過去に一切の干ばつが起こった事が無いほど気候の巡り合せも良いらしい。畜産なんてなんのその、というわけだ。
ん~、立地が強い。もしブロディアが侵略国家だったら、間違いなくここを一番に侵攻してるね。戦争をする理由は、だいたい略奪だし。
……話は少々反れたが、多分貴重ゆえにじっくり飲めとの事なのだろう。でも、雑草ばっか普段から食ってる奴が今更牛乳飲んでも腹壊しませんよ。殺菌だって、流石にされてますし。
牛乳云々の話は、おそらく先祖代々村に続く優しい嘘なのだろう。
悲しいなあ。
「あなたも一杯、どう?」
「……頂こう」
促されるままに一杯。喉の奥へと流し込む。
舌で感じたその味からは、牛乳本来が持つまろやかさの欠片も感じられなかった。
やっぱこれ普通の水とあまり変わらないような。
「う~ん……」
「あれ、お気に召さなかった?」
「やっぱりエレモフヒツジのミルクの方が好きだな」
「……正気なの?」
その辺に雑に置かれていたビンの栓を開ける。すると、中に空気が圧縮されていたのか小気味良い音が辺りに鳴り響いた。
その中身を、手作りな木彫りのコップに注いで──俺は勢いよく仰いだ。
途端に舌の上で広がるは、ざらざらとした感触。まるで野の雑草をそのまま食っている時かの様な、自然そのままの苦さ。非常にアクが強く、一度口にしてしまえば未来永劫忘れないだろうキツいえぐ味。
ん~~~~~ッ!!
「やっぱり、美味しいぜ!」
「えぇ……」
呆れを含んだ声を発しているラピスをよそに、俺は残ったミルクを飲み干した。
う~ん、美味しい!
もう一杯! ……といきたい所だが、いけないいけない。どうやら中身が無くなってしまったようだ。
「あなたの奇行には慣れていたつもりだったけど、それだけは未だに理解できないわ……」
「どうしてさ。美味しいぞこれ」
「毎度よくそのまま飲めるわね……。何倍にも薄めてやっと飲める様になるヤツなのに」
そう言うと、何やら凄い物を見るかの様な眼差し向けられた。いやあ、それほどでも。
エレモフヒツジのミルクは牛乳とは違って、よく流通している飲み物である。大元となるヒツジが牛と違い、ブロディアでも育て安い家畜なのでこうなったのだろう。よく流通してるだけあって単価も非常に安く、しかも加工すれば料理にも使えるという優れもの。まさに最高の飲み物と言っても過言では無い。
しかしそんな(羊の)ミルクがどうして嫌われているのか。
それを挙げるとしたら、長所だけでは無く短所も出さなければならない。
羊ミルクの短所……それは、加工しないと滅茶苦茶苦い事だろうか。
羊乳は牛と比べてとにかく癖が有るから、これを嫌う人は非常に多い。
しかし数十分ほど時間をかけて煮てみればどうだろう、若干の苦味が内包されたまま仄かな甘味が現れる。このハーモニーが絶妙であり、生のままでは飲めなくても料理すればイケるという人は多い。
ちなみに見ての通り、俺は生のままでイケる人である。
「苦くない、それ?」
「苦いぞ。でも、山菜をそのまま食ってる時と変わらないくらいだから別に」
「そう……。飲むにしても私は薄めないとダメね……」
この村にも、その羊ミルクは貯蔵してある。しかも割と大量に。
栄養価もそれなりに有るので非常食も兼ねているのだろうが、村の皆はあまり好んで飲みはしない。用いるとしても、あくまで調味料としての使い方だけか。どうしても飲まなければいけない理由がもし有ったとしても、だいたい皆薄める。
牛乳と違って、薄める理由が苦味がキツいからというのは少し面白い。
「うう、不作の時を思い出すわ。あの時は生きる為とはいえ……」
思い出すは、村で芋が不作になった時の話。品種改良がされているわけでも無いので、いくら痩せた土地でも育つとはいえ悪い要素が重なれば、実らない事だって多々ある。そうなれば、非常食の出番なのだが……。
ミルクの苦味を取り除くのは割と時間が掛かる。そのため、食事の度に幾度となく煮ている暇は無いわけで。
確か、あの時のラピスは半泣きになっていた。
「……私、頑張るわ。二度とあの悲劇を起こさせはしないって」
「そうか……」
まるで剣に誓ってるかの様に。高らかにラピスは宣言した。
ここで好き嫌いはいけまへんで~と、言うのは流石に気が引けたため、俺は影ながら応援する事に決めた。
◇
「今年は災いに見舞われる事無く、毎日を過ごせたな」
この世界に生を受けてからそこそこの時が経ったが、村という閉ざされた環境で生きているだけあって、分からない事は未だ沢山ある。
今まで日常的に行われてきた習慣については特にそうだ。
「うむ。これも、神竜さまの御加護があった故」
「御心の天になる如く、地にもなさせたまえ……」
この村では、とある地へと祈りを捧げる事がしきたりとなっている。太陽が天へと登りきる前、方位で表すとだいたい445くらいだろうか。
その地には、世界を加護する神竜様がおいでになるらしい。
で、どういうわけかそんな神竜様を、この村では豊穣の神として祀っている節がある。何故かはよく分からない。どうやって竜が恵みをもたらすんだ……?
竜と言えば、どうしても強大な生物という印象が強い。操る火炎は、全ての大地を焦がしたとか何とか。そんな逸話がよく有る以上、ちょっと信仰の土壌が違えば戦神とかに成ってたかもしれない。
応えなくてはいけない、神様も大変である。うん。
俺はそんな事を適当に考えながら、毎日を過ごしていた。
正直に言うと、あまりその神竜様に対して深く思う事が無かったのだ。
だって、ファイアーエムブレムの世界で神竜信仰なんて珍しくないもの……。
しかし、それが間違いだと気付かされるのに時間は掛からなかった──
「今年はもう王が伏し拝みに言ったそうだぞ」
「本当か? それは羨ましい事だ」
それを聞いて、畑仕事をしている俺の手は止まった。
──えっ、会いに行ける神様なんですかあ?!
「お。聞いていたか、ラズ坊」
「お前があれだけ大きな声で話してたらな。そりゃ聞こえるさ」
「すまんすまん」
そうしたら驚愕の思いが声に出ていたのか、会話していた村人がこっちに来た。
畑仕事手伝ってくれ。
「そのクチ。もしかして、お前も神竜様に会いたいのか?」
「え、えっとそれは……」
神竜というと、やはりどの作品も隠れ里に住んでいたり空想上の存在だったりと、存在が不確定な印象が有る。身体の一部を武器に変えたり、力を魔法書に封じる事により間接的に人々の助けとなっていたりと、やはり直接人と関わる事は少ない。
それなのに、普通に会いに行けるって本当なのか……。
「ん~残念だったな! 基本的に王族しか会う事は許されていないから平民じゃ無理だぞ」
「でも、フィレネの王都にある美術館にはお休みあそばす神竜様の絵が飾られているとかなんとか」
「本当か? くぅ~、いつかフィレネの地に行ってみたいぜ」
話しかけといて勝手に盛り上がる二人。それはまあ無視するんでいいとして。
神竜様の寝ているところ、描いちゃっていいんですかね……?
竜の生態がどうなっているのかは知らないが、会いに行ける以上ずっと寝ているというわけでもあるまい。
となると、勝手に寝室に侵入して描いた事になるんですが……。
アカーン! マズイですよ、これ。
「神竜様は、かの神竜王様の後継となられる方だ」
「風の噂によると、とても麗しい御方らしい」
そう言って何やらニンマリと笑う村人二人。その笑みはいやらしかった。
おい信仰対象だぞ、ええんか……。
この世界の事、俺よく分からなくなってきました。
「まあ、描かれた絵は王族の言の葉を参考にして作られたモノって話も有るけどな」
「それなら、偽物なのでしょうか?」
「いんや。どっちかは分からん」
「分からないなら言うなよ」
ツッコまれる村人。
全くだ。
「まま、一つだけ明白な事は有る。俺達、一介の村人では会うことすら叶わない雲上人だという事さ」
「雲上人……? 神竜様は人なんですか?」
「分からん」
「人じゃないなら、雲上竜だなガハハ」
割と失礼な事を言い続けている二人からはこれ以上情報を聞き出す事は不可能だと考えて、俺はもう諦めた。なんか、酒飲んでる気もするし。
……しかしまあ。
やはりというべきか、分からん事だらけだ。
神竜様、か。
もしその存在が人々に影響を与える程の力を持っていたとしたら、その力はおそらく何かを為すために使われるものだろう。当たり前と言えばそうなのだが、ファイアーエムブレムの世界では、およそそれは悪しき者を倒すべく戦乱のなか振るわれる。
となると、あまり考えたくは無いが……。もし、そんな神竜様が王族以外の者達の前に姿を表そうものなら。
それはきっと──
「おら、クワこうげき! カマこうげき!!」
「どうしたんだ、アイツ……」
最近の村人は自衛がトレンドだ。
いざ敵が押し寄せようとも、返り討ちに出来るようならなければ小作人の名折れというもの。
ストーリー終盤の敵をボコれるようになるまで。
ライ○コッドの住民を目指して、俺頑張ります。
ちなみに本編ラピスは辛い料理が苦手です
それ以外だいたい何でも好きらしい
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何の光!?
それはある夏の昼下がりのはなし。
ブロディアの地は冷涼な気候なので、夏でもそれほど暑くはならない。かといって、別に寒いというわけでも無いので、一年を通しては一番過ごし易い時期となるだろう。それ故に環境といった外的要素に捉われない、のびのびとしていて開放的な生活ができる頃である。
「やっ、えい……!」
「っ!」
「今日は一段と良く躱すわねッ!」
「生憎、それしか芸が無いもんで……!」
という事で、ラピスとの鍛錬もやたらと苛烈な物となっていた。飛んでくる風がビュンビュン顔に当たって痛いぞ。剣を握る手に力が入っているというか、いつもの彼女からは考えられないほど鬼気迫るものが有るというか。
いつものように鍛錬は木彫りの模造刀を使っているのだが……このままだと、いつか斬り殺されそうで心配である。
「これは、どう……っ?」
「──見えたッ!」
「ただの、自己申告かしら……っ!」
人生で一度は言ってみたかったセリフ第一位を添えてみれば、残像の様に滲んでいた影と剣先が一致してぴたりと嵌まった。嵐が如く振るわれた剣だとしても、一陣の風として捉えれば見えない事は無い。しかし、見えたとしても押し切れなければ意味が無い。
剣において、攻めと守りは一心同体。一つでもおろそかにしたり、偏りが生じれば即座に負けが見えてくる。
少し踏み込みすぎたかと考えた俺は機を見計らって剣を弾き、その勢いで後ろへ退いた。
「……!」
「あっ」
するとどうだろう。相手も同じ事を考えていたのか、似た様な動作と共に剣が構え直される。
ん~、華麗なバックステップだ……間合いがかなり開いてしまったが、どうするか。
しばしの間、睨み合いが続けられる。
相手が動かないから動けないし、こちらも動かないので相手も動けない。
……どうすんのこれ。
「……ふふ、これじゃ埒が明かないわね」
「そうみたいだな……」
「ん、しょうがない。とりあえず、一旦ここで止めにしましょうか」
「分かった」
そんな事を考えていたら、ラピスから止めの声が掛かる。緊張の糸が解れていけば、途端に足が木偶の棒になったかの様に感じられた。
正直、疲れてきていたので助かったぜ。鍛錬中にこんな風に足がぷるぷるしてたら、情けなくてしょうがない。
「あなたもだいぶやるようになったわね」
「こんだけ特訓に付き合っていればそりゃそうなるって……」
「あれ。もしかして、まだキツイ?」
「まだキツいです……」
水分補給をしながらそう答える。
ラピスとの剣の打ち合いはもう一年以上続いていて、もはや村の恒例イベントみたいな感じになっているが、未だ練習後にクる全身がぶちのめされた様な感覚には慣れていない。
が、それに対して目の前の幼馴染はほとんど疲れていなさそうな様子のまま、乾いた喉へと水を流し込んでいる。いい飲みっぷりだよホント。
「その割には、嫌な顔一つせずに付き合ってくれるじゃない。言い出したのは私だけどさ……」
「良いよ別に。まあ、正直キツいけど……やってて楽しいのは楽しいからな。嫌ではないよ」
「……!」
少し俯きがちに言うラピス。
コイツとの毎日の鍛錬──そのきっかけになった過程には若干の理不尽さが有るので、それを後ろめたく思っている感じだろうか。まあ確かに、ちょっと変な事しただけでサンドバッグ一年間は辛いよなあ。最近はどうにかついていけてるけど、初期の方はボロ負けだったし。だけど、別に嫌なわけではない。
「ま、経験になるしな」
経験値になります。レベル上げはね、楽しいんだ。
経験を稼ぐためなら、ボスチクという非道な行為も辞さない構えです。
「そうなんだ、良かった……」
「でも、今日は流石に疲れたから休ませてくれ」
「ふふ……そうなの? 私はまだいけるんだけどな~」
「ほんと無尽蔵だな……」
……しかしそれは良いとして、どうしてコイツはいつもこうもピンピンしてるんだ……もしかして、俺だけ疲労システム搭載されてない?
疲れてもスタミナドリンクをキメて強制出撃とか、考えるだけで背筋が震えてきたぞ。この世界にはサブロク協定なんて無いんだ、リーフ盗賊団もびっくりのぶっ通し出撃だってあるかもしれない。ファイアーエムブレムって、恐ろしいぞ……。
俺は疲れに身を任せたまま、天を仰いだ。
太陽が、眩しいな。
吹き抜ける風でさんざめく木々達が、遠くで朗らかに唄う小鳥の声が、何者にも邪魔されない癒しとしてこの身へ享受されていく。
ああ、溜まらない……。こんな感覚味わったらもう、都会派には戻れません。何となく目を閉じて、視覚以外の五感ならぬ四感でそれを楽しむ事にした。
このまま日向ぼっこしていたい気分である。
う~ん……もう、ずっとこうしていればいいか。
ちょっとぐらい寝ても、大丈夫やろ……。
疲れたのもあって、俺は今日の脳内スケジュール表をダラダラとする事で埋め尽くす決意をした。
「んん、なんだこの眩しさは……?」
そんな邪な事を考え始めてから数秒も経ってない頃。
瞼の裏を強く通り抜けてくる様な激しい眩しさに思わず揺り動かされた。
遠くの太陽の眩しさとかそういうのじゃない。
極めて至近距離で、何かが強く発光している。
何だ、何が光っているんだ……?!
強い光から眩しさを躱す様にして薄目になりながら探せば、その光源はすぐに見つかった。
「お前かーい!」
「え?」
ラピスがピカピカ光ってた。
いや、正確に表すのならば彼女を中心とした周りが光っていると言うべきか。天へと駆け上る黄金の光が、まるで何かを称えるかの様にラピスを取り囲んでいた。
この光景には、見覚えが有る。
というか、少し前に自分が体験した。
これは間違いなく、アレだ。
「クラスチェンジだ──!」
「何それ?」
説明しよう! クラスチェンジとは、キャラクターの
以上。
……何を当たり前の事を言い出すのかとお思いになるかもしれないが、そう言うしかないのだから仕方のないことだろう。
先程の打ち合いで経験値を得た事によってラピスはレベルアップし、クラスチェンジをしたのだ。
ファイアーエムブレム恒例のアレでは有るが、どうやらプルフ系統はまだ必要無いらしい。上級職になるとか時に必要になるのだろうか。……まあ、それは今のところ確かめる術は無いし措いといていいか。
よし。とにかく、こうなったらやる事は一つ。
食らえ! ステータス開示攻撃ッ!
目の前に表示されるは、クラスチェンジ後のラピスのステータスと思われるもの。
クラスチェンジという過程が有れば、大抵はステータスが変動する。アーマーナイトがジェネラルになったら更に防御が上がったり、逆にペガサスナイトがドラゴン系になったら防御が上がる代わりに魔防が下がったりと項目は色々である。
クラスチェンジの結果は、村人からソードファイター。
それは間違い無いのだが……しまった、少し遅かったか。
「……? どうしてか、いつもよりも剣が軽くなった気がするわ」
何やら、変化を第六感で感じ取るラピス。
クラスチェンジした際にステータスが変動したのだろうが、開くのが遅かったのでどの値がどれだけ変わったのか分からない。名前の通り剣士系のステアップなのだろうが、ソードファイターはかなり久しい職*1なのであまり自信は無い。多分、補正はそれほど大きくは無さそうだが。
前もって調べておけと言われたら確かにそうなのだが……前に一度『やらしい目をしてる』みたいな事を遠回しに言われてから、ステータスを覗く行為をするのは気が引けていたのだ。というか、見ようとしてもすぐにバレる。変態と罵られるのは勘弁や……。
まあでも、こうして覗いてしまった以上は仕方がない。
見ていく事にしよう。
「ふむ……」
技と速さは順当に、HPもしっかりと伸びている。避けてカウンターするのが剣士系なので、守備や魔防といった防御系統の値はこれくらいの伸びが普通だろう。でも、幸運が確率以上に伸びているのはとても良いね。
それで、肝心の力なんだけれど……。
「う、う~ん……」
伸びている力は差し引き1。
そう、1である。
期待値通りの成長じゃないかと一瞬思ったが──忘れてはいけない、クラスチェンジの補正がある。
ソードファイターは見て分かる通り、近接物理職。となると、大抵は力の補正が掛かるものだ。マイナスってのは無さそうだし。そう考えるとこの場合、力の値に1の基礎値が有る事になる。一見少ないように見えるが、まあ初級職ならばこんなもんだろう。
……うん。
力伸びてないやん……!
怪力は、怪力設定はどこに行っちゃったんや……!
い、いや落ち着け……まだたったレベルが三つ上がっただけじゃないか!
ソードファイターの成長率の加算はそこそこ良さそうに見える。村人に有った無駄な成長率を他に回した感じで、力の成長率も合計では増えている。
これから連続で上がるかもしれないし、ヘーキヘーキ。平気でしょ、何も心配する事は無い。
多分、これから連続で力が成長するに違いない。乱数とはそういうものだ。
「……どこ見てるの?」
「ハッ?!」
本人を目の前にしてそんな失礼な事を考えていたら、訝しげな顔をされた。
や、ヤバイ……また疚しい事をしていたのだと誤解されてしまう……!
「えっと、その疚しい事では」
「また、見てたのね……」
「……はい。で、でもしょうがないだろう。だって……」
今のラピスは──というか鍛錬時はいつもそうなのだが、とても動きやすい服装をしている。剣を振る際に袖が邪魔にならない躱しの着に、絶対領域のすらっとした腿が映えるスカート。
目に毒過ぎるぞ……剣の命中率下がっちゃう!
いやまあ、眺めていたのはステータスだから違うのだけれども……。
でも、チラッチラッと目に入ってきてはいた。反省はしている。
「どうしても目に入るんだもの……」
「女の子は視線に敏感なんだからね。どこを見られているかどうかなんて、すぐに分かるわ……」
「そ、そうなのですか……?」
「視線が下にさがってるのよ、下に」
ふむ、人と話す時はちゃんと目を見て話せという事か。
う~ん。どうしても視線が動いちゃいそうだから、サングラス付けても良いでしょうか……?
あ、店に売ってない?
そうですか……。
「鍛錬中はいつも見てるでしょ。すぐにバレるんだからね……」
「な、なんてことだ……」
「一瞬の迷いは命取りよ? まあ、それを期待している所も有るのだけれど」
「うう……ちなみにいつから気付いた?」
「だいぶ前からね」
う、嘘でしょう……!
なるほど、ラピスはそれを知っていて今になるまで気を遣っていたという事か。
なんという情けなさ。
俺は地に倒れ伏した。
夏の大地は草がようようと生い茂っていて、何だか気持ちが良い。
「ふふ。でもこういう恰好してたら、仕方の無いことなのかもね」
「でしょう……?」
「このヘンタイ♪」
許されたか、そう思った瞬間に罵倒が飛んでくる。
ぐあっ……!
クラシックモードならこの精神攻撃でロストしてたよ、コレ。
いや、元からなのか……?
俺は再び地に倒れ伏した。
「それってさ、何か目的が有ってやってる事なの? あ、まじまじと見てる事に対しての話ね」
「……有ると言ったら?」
「それはもう、聞きたくなるわね」
最近は鳴りを潜めさせていたものの、こういった奇行は既にラピスにとって既知の物となっている。お恥ずかしながら、目的が有るのはバレバレなのだ。
となると、こうやって聞いてきたのは尋問の意味も有るだろう。
……ここまで来たら、言わなければならないのか。
まるで絞首台に続く道を昇る死刑囚の様である。
「荒唐無稽な話だと思われるかもしれないが、それでも良いなら……」
「ふうん……?」
すると、まるで品定めするかのようにジトっと視線をこちらへ向けられた。
なぜか今俺は地に膝を付けているので、見下ろされる形となっている。なんでだろう。
よく分からないが、俺のせいであるのは間違い無い。
全部自分が悪かったんやなって。
「……まあ、それが何かの為だってあなたが言うのなら」
「……?」
「今ここで聞いていい話じゃ無さそうね」
「えっ」
そう言えば、ラピスは隣の草地へと腰を下ろしてきた。
どうしてかは知らない。
「……?!」
「鍛錬の後、こうやって涼むと気持ち良いわね~」
あっ、何だか距離が近いからか良い香りがする。
まるでふわふわとして、嗅いでいるだけで心地が良くなってしまいそうなにおいだ。
これはもしかして──
うちの村が作ってるサツマイモの香りだこれ。
「芋の香りがする……」
「……ええ? 何それ、バカみたい。もっと他に言う事あるでしょ」
「いやあ、だってホントにするんだもの……」
「少し前まで畑仕事手伝ってたんだから当たり前よ。はあ……」
そう言うと、ラピスは露骨に呆れた様な溜息をはいた。
えっ、どういう事だ……?
俺は思わずその意味を聞こうとしたが、それよりも早くラピスは立ち上がってしまう。
「ん~……何だか、新しい力に目覚めた様な気がするのよね~」
「そ、そうか……」
事実、少し前にクラスチェンジを果たしたラピス。
あれだけ光を発していれば、気がするどころか確信を持っても良さそうなのだが……。
もしかしてあれ、俺だけにしか見えてない?
「じゃ、ちょっと午後からも鍛錬に付き合ってくれる?」
「えっ。俺もう今日はですね、疲れて……」
「え? 良いよね?」
「い、いやだからつかれ……」
疲れたんで休みたいです。
その意を頑張って示そうとしたが、しかしすげなく返されてしまう。
わあ怖い。
「良い、よね?」
「
──────はい……」
有無を言わせない幼馴染の圧力に対して、俺は屈した。
この後滅茶苦茶鍛錬した
ステータスに関しての話が後に続きます。
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あの贈り物で喜ぶ人もいるらしい
農業において一番重要な物は何だと聞かれたら、一番に自分はこう答えるだろう。
そう、土地だ。
「この土地終わってる……」
抵抗力のほとんど無い田畑を耕しながら、毎度の事の様にそう考える。
痩せた土地が、なぜ痩せているのか。それは端的に言えば、畑の中に微生物が少ないからである。
微生物が少なければ植物の成長スピードが遅くなるし、土自体の質も保水性が悪くなったり天災に弱くなったりと、それはもう悪い事ずくめだ。
とはいえ、対策が無いワケではない。
肥料作り──いわゆる堆肥というヤツを作ってばら撒くのだ。原料となるのは雑草や落ち葉といった有機物である。
最初に作り方を教えられた時は少々手間取っていたものの、ここに関しては代々受け継がれてきた技術が有るのだろう、手筈通りにやってみればみるみるうちに効果が表れる様になってきた。
まあ、堆肥使ってやっと普通の土地とトントンくらいなんだけどねハハハ。
ハハハ……。
「ホント終わってるなこの土地」
俺は泣いた。畑に生えている雑草を適当に抜きながらむせび泣いた。
もし神様が居るのならば、どうして斯様な試練をお与えになるのかと問い質してやりたい気分である。
神様、あなたはクソだ。
──あっ、いや。神龍様の事を言っているわけでは……。
いかんいかん、不謹慎だった。神龍信仰の方々に聞かれたら、今頃ブチ殺されている所だろう。
この世界の神龍信仰において割と傾倒してしまっている人が過半数を占めてそうな以上、シャレにならない話である。これからは気を付けていこう……。
「あ、もう肥料作り終わった?」
「……ヒエッ?!」
そう思った瞬間、後方より聞こえてくる声。
当然ながら、その人物が神龍を信仰しているのかどうかは分かり切った事であった。
ヤバイ、聞かれてしまったかもしれない。マズイ、マズ過ぎる……!
「ラ、ラピスか……」
「どうしたの、突然驚いた様な声出しちゃって?」
「ん? あ、いや」
あーあ死んじまって、馬鹿な奴だ。
そんな闘技場のオッサンの台詞が脳内によぎるほど焦っていたが、しかし帰ってきたのは困惑の声だった。
あれ、もしかして聞かれていない?
セ、セーフ……。
「な、なんだラピスか。そのなんだ、少し前に野生動物を彼方に見つけてだな……」
「もしかして熊の事? たいへん、みんなを呼んでこなきゃ!」
「いや……そこまで大きくは無かったから、多分イノシシか何かだと思う」
「そうなの? それでも、田畑が荒らされる可能性も有るし注意は必要ね」
そう適当に言い繕っていれば、少し前まで纏っていた警戒を一気に解いたラピス。
村に住む民達は単体のイノシシ程度なら簡単に屠れるので、警戒をする必要は無いとよく言われている。
段々慣れてはきたが、冷静に考えると恐ろしい村だ。
しかし、聞かれてなくて本当に良かった……。
先程の台詞は、多分知った仲のラピスでも許してくれなさそうな物だと思うのでもし耳に入ってたらヤバかった。
「肥料作りだが、終わったぞ」
「そう。じゃ、後は樽の中に入れておくだけね。ん、私がやっておくわ」
「良いのか?」
「ええ。肥料作り、結構大変だったでしょ」
「まあな」
大変というか、ただ虚無感を感じる要素が強いというか。無数に生える雑草や、落穂の様な作物の不要な部分、その他諸々を無心で突っ込んでかき混ぜる作業は……それはもう、とても物悲しいのである。
どうしてかは……多分、野性味溢れた匂いがするからだと思います。
そんな堆肥を袋越しとはいえ、すました様子で運んでいくラピスは凄いな……。俺は今でも慣れません。
村人の共通認識とはいえ、助け合いの精神は良いものだ。
「……手持ち無沙汰だな」
そんなこんなで俺の仕事は無くなった。本来ならば樽に入れるまでだったので、楽はできたのだろうが……いざこうなると、何か落ち着かないものが有る。娯楽が無い田舎故の衝動だろうか。
正直暇なので何となく思い付いた事をやってみる。
目を向けるは、先ほどの肥料作りで除けておいた雑草の地下茎と根っこ。この部分は非常に自然分解し辛いので取り除く必要が有るのだ。
しばしの間それをもう一度探ってみるが、目当ての物は見当たらない。
「やっぱり無いよなあ……」
探しているのはファイアーエムブレムにおける強化アイテムの岩ゴボウだ。
幼馴染の力成長率が低いならドーピングすれば良いのではと考えたあれ以来、機があればいつも抜いた雑草群の根をチェックしていたが、それらしい物は無く成果はゼロ。そう、ゼロである。
何の成果も、得られませんでした……!
少しくらいは有っても良いんじゃないかと思っていた頃も有ったので、この結果には大いに驚いた覚えが有る。まあ、少し考えればそれも当然だって考えになったが。
そりゃそうだ。
こんな痩せた大地で、高価なドーピングアイテムなんて育つハズがねえ……!
ゴボウが作れていた風花雪月では、その育成に環境の適した場所が有ったからだ。温室という、それはもう最高の場所が。それに加えて間引きといった万全な手入れを行う体制も十分ときた。
これじゃ、だだっ広い事しか良い所が無いブロディアの大地に勝ち目は有りません……!
ペガサスの飼育とかもこの村では行っていないので、作物の質に大きな影響を与える『天馬の恵み』はもちろん手に入らない。これは厳しいですね。
ちなみに天馬の恵みが何なのかは分からない。
いやあ、一体なんでしょうね……?
「これは無理だな……」
う~ん、一番育成が簡単そうな岩ゴボウでこうなのだ。
速さが上がる俊足のニンジンとか防御が上がるアンブロシアとかは夢のまた夢という事だろう。
もう、ドーピングに関しては諦めた。
やっぱり鍛錬。鍛錬は、全てを救う……!
今日は残念ながらラピスの都合が付かないが、だいたいいつも剣の打ち合いをする事になってるのでその時頑張る事にしよう。俺はそう、決めた。
……それはそうと、確かアンブロシアは神話上の食べ物だってファイアーエムブレムでは位置付けられていた気がするんだが、どうして風花では作れる様になってたんですかね……?
やっぱり、あの教師おかしいよ……。
◇
そんなこんなで、若干日課に成りつつあった鍛錬ができなくなった午後。
俺は暇なのでアイスロックの杖を振る事にした。杖を振って氷を作り、それを剣で割るの繰り返しだ。
「またやってるやん」
「コイツほんと懲りないな」
「お、ほどほどに頑張れよ~」
真っ昼間から行われる意味不明の動作に呆れた様な目線を飛ばされるが、特に気にしていないといった感じの村人も多かった。多分、慣れてしまったのだろう。
当初は何やってるんだコイツと言われ気でも狂ったのかと村人総出で心配されたが、今はもうこの有様だ。
経験値稼ぎの為とはいえ、おかげで変人扱いされてしまいましたよ。
悲しいなぁ……。
「どうせなら何か氷で作ってくれよ」
「そうだそうだ」
「そうじゃそうじゃ!」
「無茶言わないでください」
「そう言うなって」
「はあ……」
同じく暇なのだろう、村人達が野次を飛ばしてくる。おい、そこの一人。あんたは畑の手入れを午後から任されてただろ、仕事しろ。
あ、もう終わった? そうですか……。
しかしそう言われたままなのも癪なので、一応剣を振るってみる。
「じゃ、行きますよ……」
目の前に有る歪な氷のオブジェクトを、できるだけ正確に。等間隔に。
畑仕事で得た空間把握能力を存分に生かして瞬時にその構造を理解し、ただそれに準ずる様にして剣を舞い上がらせる。
振るっているのは鍛錬に使う模造刀では無く、切れ味が有る本物。ヤワとはいえ、ある程度の硬さを持つアイスロックの氷を、容易に両断していった。
そして後に残るは、跡形も無く切り刻まれた残骸のみ。
ふう、できたな。
ん~お見事。
自分でも惚れ惚れする剣捌きだあ……。
「ほい。終わりましたよ」
「いや、何か作れって」
中々上手くいったので、胸を張って観衆へとアピールしたが、なぜか帰ってきたのは不満の声だった。
何か作れって、作ってますけど。
「作りましたよ。氷の残骸です」
「そうじゃなくってさ。もっと立体的な物作れないの?」
「はい?」
「ほら、さ。もうちょっとクイっとしながらシュンって感じで斬れば、氷の彫像とか作れないの?」
そう言えば、滅茶苦茶曖昧な表現の後に無茶振りをされた。
えっ。
「いや、無理ですけど」
「そうなのか? つまらんの」
「えー雪だるまつくってよー」
「ふっ、これが限界か」
「亡くなった婆さんの像を作って貰おうと思ったが、無理だったみたいじゃの」
こっ、この人達……要求が高すぎる!
あれか、『またつまらぬ物を斬ってしまった』みたいな感じで剣を振るえば、服だけ切れると思っている人達かこいつら……!
いや無理ですって。
特に最後の爺さん、そこまでして欲しいなら自分で作れ。
「へなちょこ~」
「もうちょっと頑張ってね、ラズリ兄ちゃん」
「ガハハ、まだ未熟だな」
「だが伸びしろがあるのも事実。わしはゆっくりと見守っているぞ♡」
う、うぜえ……。
クソ、こいつら他にやる事無いんか……。
貧乏だが、暇なしというわけでも無いのがヘンなこの村である。
「この村ではそれしか楽しみがないからの~」
「後はラピスちゃんとお前の剣の打ち合いぐらいか」
「ここだけの話だが、どっちが勝つかいつも賭けてるんだ」
「まあ、ほとんど成立しないんだけどな~」
「そうそう。負ける方がどちらか、だいたいいつも決まってるからな」
おい、こいつらいつもの鍛錬を賭けにしているぞ……!
ゆ、許せませんね。
ええんか……そんな事言ってると村長に告げ口しちゃうぞ。
「大丈夫かって顔してるな。大丈夫でしょ、平気平気」
「ラズ坊がいつもやってる奇行に比べたらマシだから良いんじゃよ」
「そうだそうだ~」
いつもやってる奇行?
人のステータスを覗く事は最近やっていないので、村の地を氷漬けにしてるぐらいだろうか。
ふむ。賭けが、この行為よりもマシだとあなた達はそう言うのですね。
……いや、アイスロックの杖振りは特に問題の無い行為だから。
多分公認だから、セーフ!
今まで杖を振りまくって氷漬けにしても、村のまとめ役たる村長に何も言われてないんだから、もうこれ公認みたいなもんでしょ……。
俺はそんな釈明を交えて、清く正しく語った。
すると、どうだろう。
「村長がお前を呼んどるぞ♡」
すぐに村長からお呼び出しがかかった。
アッ──
「ラズリ、お前は今日もまた村で変な事をしていたようだな……」
「おっしゃる通りです……」
村長の住む家に行けば、開口一番に呆れた様な言葉を投げかけられた。
少し古びた木彫りの机の上で、両膝を付きながらこちらを覗いてくる。
いわゆるゲンドウポーズというヤツだが──しかし、その目は悲しかった。
「何か儂は間違った事でもしたのだろうか。村の教えが、お前を歪めたのだろうか……?」
「いえ、その様な事は一切……」
「それでは、反抗期か?」
「いえ……」
「そうか……」
お互い語尾にそこそこ長い沈黙が続く。
なんだこの空間、地獄かな?
「もう何も言うまい……お前は自分の道を行くんだ」
そして最後には、更に呆れられた。
あかん、評価が既にそこまで行ってしまっている。
くう、何が悪かったんだ。
俺は、村の外れをちょっとばかし氷漬けにしただけなのに……!
いやあ、ほんとすみません……。
「……今日はこんな事を言いにお前を呼んだのではない」
「えっ、という事はアイスロックの杖を振るのは公認ですか?」
「……何も言わんぞ?」
村長は小さく溜息をはくと、机の中から何やら一枚の紙を取り出した。
「今日はこれをお前に渡す為に呼んだのだ」
「これは……」
手渡された紙を見ると、そこには印象深い書体で大きな文字が書かれていた。
独特な言語では有るが、一応は読める。覚えるのに一苦労したんだよな~。
「武術大会の報せ、ですかね……?」
「そうだ。近々王都ブロディアのほうで武術大会が行われる事になってな。その報せが行商人を通して渡ってきたのだ」
「そうなのですか。しかし、どうしてこれを……」
紙に書かれた内容によると、武術大会で優秀な成績を収めたものには王城兵としての登用が行われるとのこと。生々しい話では有るが、給金がいくら貰えるかまで書いてある。
肝心の量は一か月で……おお、これだけで芋数千個は買えるね。すごい。
「これをラピスに渡してやってやれ」
紙を見ながらその貰える量に感心していると、すぐにこれとは別の小さな紙を渡された。
これは、武術大会の参加チケットみたいなものだろうか……?
え、まだ無理じゃ……。
「いや、村長。あいつの歳じゃ、大会の参加年齢を満たしてませんよ」
「違うわバカ者。よく見ろ」
「え?」
言われた通りにもう一度眺めて見ると、そこには観戦用と小さく書かれた文字が有った。
あ、ホントだ。
いやあ、分かり辛いですよコレ。
「武術大会は毎年開かれるとはいえ、いざどんな物なのか見ておかないと色々都合が悪いだろう」
「……都合が悪い、というと?」
「分かってないとでも思っていたか? お前たちが考えている事ぐらい、すぐに分かる」
「……!」
「あやつは武術大会に、将来出るつもりなんだろう?」
そう言うと、村長は貫く様な視線をこちらに飛ばしてきた。
嘘だろう。
ずっと、隠してきたお互いの秘密だったハズなのに。
「ある日突然鍛錬に打ち込み始めたら、流石に分かるわ」
「ですよね」
「ちなみに村人ほぼ全員勘付いているぞ」
「ですよね」
知ってた。
というか、半ばバレていた様なもんだった。
隠し事なんて、やっぱりできませんね。村社会ではすぐにバレる。
「金は掛かるが大したもんじゃない。良い経験になるだろう」
「……! ありがとうございます!」
俺は喜々としてそれを受け取った。
いいね、これ。
まだ実践で戦う事はできないが、相手がどのくらいの強さなのか観戦をする事によって指標を得る事ができる。具体的な物が分かれば、鍛錬でもより良い成果が期待できるだろう。何事もぶっつけ本番じゃ難しいモノが有るし。
これを渡せばラピスの奴、喜ぶだろうな~。
だけど、何だか少し疑問が残る。
「しかし、なぜ二枚有るんですか?」
「……ええ?」
「それにどうしてこれを俺から渡す事になるのでしょうか。村長から直々にラピスに渡せばいいじゃないですか」
「はあ……そうか。お前はもう、駄目みたいだな」
何となく感じていた疑問。それを口に出してみれば、村長は『もう、何も言うまい──』と更に大きな溜息をついて俺に退出を促してきた。
その声音は、極めて深く呆れた様なモノだった。
えっ、どういう事なの……。
ペガサスのヤツだとより喜ぶそうです
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ここは 闘技場だ
キャラの年齢が不明なので、滅茶苦茶困りました
あくまで歳は推定です
武術大会。
それは幾千もの立ち塞がる敵を退け、祖国を最後まで守り通したと言われている勇猛果敢な武将──その者の褪せる事無き活躍を後世に伝える為に、当時の王族によって催された競い合いである。当初は民衆の娯楽としての意味合いが大きかったが、近年では勇壮なる武術国家ブロディアの威信を具現するための手段としての意向が──
「へえ~」
ブロディアの城下町で配られていた手引なる物を一通り流し読みして、長くなりそうだったので途中で見るのを止めた。貰った時にも感じていた事だが、相当に厚みが有る。多くの紙に活字を浮き上がらせ清書を完成させる技術が果たして存在するのかは分からないが、全て手書きだとしたらだいぶ手間が掛かってそうである。
「あ、もうそろそろ始まるみたい!」
そんな事をしみじみと思っていれば、徐々に会場内で響き始めた囃す声と共に幼馴染がそう言った。もうそんな時間になっていたのかと気付かされ、こうはしていられないと冊子をぱたりと閉じる。
これは、後から改めてじっくりと読むことにしよう。
『──長らくお待たせ致しました! 通算──回目を迎えましたこのブロディア王国催武術大会、昼を過ぎましては皆さんお待ちかね、予選を見事勝ち抜いて来た選手達の直接対決となります!』
恐らく何らかの魔法か何か、辺り一変に拡声する声。
それと同時に大気が震えたのかと一瞬錯覚してしまいそうな熱気が、会場全てを覆い尽くした。
時は昼下がり。場所は、ブロディア王都内に設置されている闘技場。
村長に言われた通りラピスを連れて、俺はそこで行われる武術大会の観戦へと赴く事になった。
朝早く村を出た後、ぽけーっとするラピスと共に野を越え山を越え、ブロディア王都へと辿りつけば丁度予選が始まった頃。目ぼしい選手を適当に応援していたら、もうこんな
「それにしても結構眺めが良いわね」
「前列を取るのは無理だったって村長は言ってたけど、ここでも十分見えるな」
「ええ!」
ブロディアの闘技場は吹き抜けになったコロシアムの様な作りとなっている。試合が行われる中央の石畳を起点にして、高い壁を隔てた後に階段状に並べられた観客席が円形になって取り囲んでいる。
今、自分達二人が居る場所はそんな観客席の上部に近い位置となっていた。
上部の観客はまさに満杯といった前列と比べれば、数人分の空きが程々に見える位にはまばらだ。席代は遠くの方が割安なのでは有るが、やはりブロディアの民は熾烈な競争を最前列で見たいという思いを持つ者が多くを占めるらしい。凄いな、こんなにも武術大会好きの国民が多いなんて。
正直、俺ももう少し前の方で見たかったという気持ちは有るが……。まあ本来、せっせと村で畑仕事をしている時間帯。お代を出して貰っただけで有り難いのだ、文句は言っていられない。
「ねえねえ。大会で優勝しそうな人、誰だと思う?」
そんな事をしみじみと感じ入っていれば、ラピスから問われた。
どこか逸る気持ちが有るのか、冊子をぺちぺちと膝に当てながらそう言っている。
「優勝候補か」
「私は、最後の勝負に出てた金髪の人だと思うわ!」
予選からずっと見ていたので、強そうな人が誰なのかは何となく分かる。というか、その人達のステータスを覗いてしまった。
距離がかなり開いていたのでダメ元でやってみたのだが、まさか上手くいくだなんて思ってもいなかった。
「あー、あの斧持った人ね」
「そうそう、その人」
午前の部の予選において、最後の試合を圧倒的な勝利で飾った人。名前までは見る事は叶わなかったが、確かアクスアーマーという職だったか。名前の通り、斧を持ったアーマーナイトの事か。
きゅっと摘みあげた様なブロンドのポニーテールが眩しい女性の人だった。歳は……多分、自分達とはあまり離れてなさそうに見えた。年齢制限が決められたこの大会では、最年少かもしれない。
ちなみに、アーマーナイトで有りながらアーマーは装着してなかった。
流石に重装で試合に出るのはマズいらしい。皆全員が歩兵として試合に出てたのでそこら辺は色々ルールが有るのだろう。ソシアルナイト系が室内で強制的に下馬させられる様な物なのだろうか、知らんけど。
「力強い斧捌きが凄かったわ」
「そうだな。まさかあそこまでとは思わなかった」
使える武器は選べるらしいのだが、作られた素材は同じにさせられる。つまり、選手両者にはてつの武器が配布されていたのだが……その斧を持った女性は、力を込めた素振りで硬く舗装された闘技場の床を
なんと軽く破壊してしまったのだ。それにビビった対戦相手はすぐに降参し、数秒も立たない内に試合は決着を迎えた。
武術大会とはいえ、別に従来の闘技場みたいにどちらかが死ぬ可能性が有るといった過酷なものでは無いハズなのだが……なんだあの火力は。
ステータスを見てみた時も、力と守備に抜きん出たまさにアーマーといった感じで相当に強かったし。アーマーが無いからなのか、速さも追撃されない程度にはそこそこ有った。それでいて守備力もしっかりと受け継いでいたし。ついでになんか魔防も高かった、怖い。
あの人は間違いなく、優勝候補だろう。うん。
午後の部が開始されるのが遅れた理由、あの人が壊した床の応急処置が必要だったからだもの。
ん~……でも、もう一人強そうな人は別に居るんだよね。
「……その人も強そうだったけど、あの人はどう?」
「あの人って言うと?」
「アルパカの人だよ」
「……あーあの、変な人ね」
この世界にも存在する固有名詞である動物の名をあげてみれば、心得たといった感じでラピスが頷いた。その表情はとても微妙だったが。
俺が予想するもう一人の優勝候補はそう、アルパカの人である。ちなみに同じく金髪。
「突然名乗りあげてアルパカの事を言い出すのだから、とても驚いたわ」
うちの村からはだいぶ離れた所なのだが、アルパカの毛を用いた編み物の名産地である里がブロディアには存在する。らしい。
いや、正直風の噂でしか聞いていなかった。
話によると、その里に住む者はアルパカと心を通じ合わせ、特殊な言語を介して直接話をし合う事ができるらしい。まじかよ、凄いな。
ステータスを見てみた所、馬には乗っていなかったがランスナイトという職だった。おそらく下馬した状態なのだろう。アーマーに似て力と守備に優れながらも、速さを失っていないというこれまた優れた能力の持ち主である。
ただ、騎兵という職がちょっと心配だ。もしかして、速さの成長率に下降補正が掛かっていたりするのだろうか? 馬に乗ると、なんか速さが下がる傾向にあるのが不思議です。
あ、でもアルパカに乗って戦うのなら別か。
アルパカってなんだよ。
「名乗りあげるにしても、なぜ第一にアルパカの愛について語るのか分からないわ……。普通は自分の名前とかを言うものじゃない?」
「アルパカの毛を使った品がそこは凄いらしいからな。村の魅力を語らうのは、何らおかしい事じゃない」
「そうなのかしら……」
そうだよ。
……いや、そうなのかな。
分からん。
「お前も将来、武術大会に出る事になったら村の良さを衆目の前で語ればいいさ」
「えぇ……」
「我が村なら、そう芋だ。芋について語るんだ。私の村の芋は最高ーーって言うんだ!」
「なんか恥ずかしくて嫌ねそれ……」
まあそれを語った暁には、多分会場が芋女コールで染まる事だろうね。ハッハッハ。
ちなみにアルパカの人の語りは、アルパカの名産品がかなりブロディア王都内でも売れただけあって、多分大成功だった。我が村も、それと同じくらい芋の名産地として知られれば──!
「……あなたが考えている事ぐらいすぐに分かるわ」
「あっ」
そんな事を考えていれば、心を見透かされたのか笑顔のままラピスが怒っていた。ぷるぷると冊子を持つ手が僅かに震えている。
う~ん、器用なものだ。
すみません、調子に乗りました。
『間もなく、第二試合が始まります! 東より入場するはあの人──』
ちょっと怒ったラピスをどうしようかと思案していれば刹那、実況の声が再開される。
ありゃ、もう一試合目終わってるじゃないか。いつの間に。
「もう、あなたとずっとお喋りしてたせいで第一試合を見逃しちゃったじゃない」
「すまん」
「まあ、良いけどね。ぱっと見、得られそうな物は無かったから」
「本当か? それなら、良いんだが」
「ふわぁ……」
そう言って、少しだけラピスは眠そうにした。
んん、そうされると少しだけ申し訳なくなるな……。
武術大会を観戦するなら予選から見たほうが良いだろうと思い、相当朝早く村を出たのだが……それがかなり影響しているらしい。退屈な試合を見ていると、欠伸が出てくるとまで言っていた。そりゃいつもよりも数時間早く起きさせたんだし、当然と言われれば当然か。まあ、俺もちょっと眠いし。
……正直なところ、武術大会のレベルはあまり高くは無さそうに見える。
あの二人が別格なだけで、他はそれほどといった感じか。今のラピスがそのまま参戦しても、あの二人以外には十分戦っていけるだろう。それだけあって、少し期待が外れたといった感じだろうか。
流石に、毎年熊をボコボコにしてるだけの事はある。
「ほれ、次の第二戦目は俺の推し。あのアルパカの人だぞ」
「推しって何よ……」
そう言えば、ラピスは呆れつつも気を引き締め直した。
あのアルパカの人が使う武器は槍で、剣を扱うラピスの専門外なのだが……やはり、強い人だと知ると興味が湧くらしい。分かり易いなコイツ。
『選手揃いまして、間もなく宣告致します。では、第二試合。初め────ッ!!』
そんな声がしたと共に、開始の合図が告げられる。
いつの間にか揃っていた両者に目を向ければ、会場の熱気と共に意識が引き寄せられた。
◇
時が流れて。
『さあ、残るは決勝戦のみとなりました! ついに佳境へと入ったブロディア王国催──回目武術大会、果たして勝ちを得るのはどちらになるのかッ──?!!』
トーナメント式のぶつかり合いを制して登ってきたのは、もちろん二人だけ。
金髪のアルパカお兄さんと、金髪のポニテ斧お姉さんだ。
マッチする順番は無作為なのだろうが、まさか決勝戦でぶつかり合う事になるとは思わなかった。
なんか運命みたいな物を感じる。
「ほんとにあの二人が決勝戦で戦う事になったわね」
「ああ」
そう淡々と言いつつも、試合が始まる舞台へ釘付けになるラピスさん。前までは心此処に在らずといった感じだったが、やはり二人が行う試合には揺り動かされる物があったのだろう。それはもう、楽しみにしていた。
「そういえば、この大会で優勝した人は第一王子の御付きに成れるそうね」
「武術を重んじるブロディアではとても名誉な事らしいな」
「ええ。王子の臣下ともなれば、それはもう待遇は良いに違いないわ」
「だからこれだけ盛況なのか」
「今大会は過去一番で人の集まりが良いみたい。観客も、もちろん選手達も同じ」
「そうなのか。そんな中での一番……どっちが勝つか、楽しみだな」
優勝候補同士のぶつかり合い。この場所で二人が相見える事は、どちらかの勝利──もしくはどちらかの敗北を意味している。この大会に引き分けは存在しないのだ。
『東より入場するは、みなさんお馴染みアルパカの人ッ!!』
「アルパカの里より参りし者、アンバーだ! 今日の大会、俺の名を伝説として刻み込ませて貰おうッ!!」
実況の声と共に闘技場の東の門が開かれ、選手が入ってくる。いつもの名乗り上げも一緒に、高らかに槍を掲げている。
武術大会に参加するのは初めてと語っていたのでお馴染みと言うには早い気もするが……それだけにアルパカのインパクトは強いらしい。凄いな。
『そして西より入場するは、現大会最年少の期待の星だ──ッ!!』
その後続いて西の門が開かれ、最後の選手が入ってきた。持っている武器の斧は、今までなぎ倒してきた選手達が持っていた物と変わらない筈なのに、どうしてか全くのベツモノに感じられた。何というか、迫力が違う。
「……私は鉱山、いや鉱石が有名な町より参った者! 名をジェーデと言う! 手合わせ願おう!」
そしてアルパカの人と同じくして名乗りを上げた。
確か前の試合まではしてなかった覚えが有るのだが……どうやらアルパカの人につられたらしい。ノリが良いな。
なるほど、鉱石が有名な町と言えば……多分内陸に有るあの町だろう。
『選手揃いまして、間もなく宣告致します!』
お互い名乗りを上げた事によって、場の熱気は最高潮までに達していた。
しかし選手二人はその熱に負けないほど冷静で、その振る舞いはどんな隙も見逃さ無いと暗に語っていた。
まだ試合前だと言うのに、これだ。もし始まってしまったら、果たしてどうなるのか。
「始まるね」
「ああ」
楽しみで、堪らない。
ちょっと長くなりそうなので分割
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