鬱エロゲ世界に生きる純愛厨の俺、女勇者の貞操を守るため魔王を潰します (ぽんじり)
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序章 鬱エロゲみたいな世界に生きてる純愛厨はどうすりゃいいですか?
この世界は「エロゲ」というらしい


初ジャンルです。
よろしくお願いします。


 ある農村付近の森にて、その中を全速力で走り抜ける小さな影が二つあった。

 

「はっ、はっ、はっ――」

 

 走る、走る、走る、走る、走る。

 

 どれくらい走っただろうか。

 既に心も体もぼろぼろだ。

 でも、止まることは許されない。

 

「ゲギャ、ゲギャギャ!」

 

 あいつが、追ってきているからだ。

 嫌悪感と恐怖心を同時に引き起こす醜悪な声。

 ドシン、ドシンと大きな足音を鳴らしながら、ゆっくりとやってくる。

 

 二足歩行の、巨大な豚の魔物。

 

 あいつは、この状況を楽しんでいるんだ。

 俺たちは、狩りの獲物なのだ。

 

 俺は、幼心にもそれを理解した。

 恐怖で足がもつれそうになる。

 

 けれど、そのたびに右手で掴んでいる少女の手の感触を思い出す。

 今、俺とともにかけている金髪の少女。

 俺の大切な幼馴染だ。

 

 しかも彼女は、「勇者の加護」を持っているそうだ。

 その力があれば、魔王を倒せるらしい。

 村に来ていた王都の役人がそう叫んでいたのを耳にした。

 

 彼女は明日、王都の学園に向かう予定だった。

 彼女は「行きたくない」、「一緒にいたい」と俺に泣きついた。

 だから俺は、「一緒に逃げよう」なんて言って彼女を連れて森の奥へと駆け出したんだ。

 

 それがいけなかった。

 村でおとなしくしておくべきだった。

 決まりを破って森の中へと入るんじゃなかった。

 

 後悔は尽きない。

 今さらどうにもならない。 

 でも、だからこそ!

 

 彼女は、彼女だけは何としてでも守らなければならない。

 

 そんな、ちっぽけな男の子的プライドだけが今の俺を突き動かしていた。

 

 しかし、現実は残酷だ。

 

「きゃっ!」

 

「っ!? オリビア!」

 

 俺は叫ぶ。

 

 どうやら、彼女の限界が先にきてしまったようだ。

 

「オリビア! 早く! 早く逃げないと!!」

 

「う、うぅ……」

 

 彼女は必死にもがいているが、恐怖と疲労で立ち上がれない。

 

 ドシン、ドシン。

 

「グギャギャ!」

 

 そんな俺たちに、奴はゆっくりと近づいてくる。

 

 俺は、その醜悪な面を目のあたりにする。

 

「あ、あぁ……」

 

 遂に俺は尻もちをつき、足を止めてしまった。

 

 俺は、ここで死ぬのだろうか。

 彼女は、オリビアはどうなるのだろう。

 

 ゴブリンやオークに捕まった女の人は、()()()()()をされると村で教わった。

 

 いやだ、いやだいやだいやだ。

 それだけは、彼女だけは――

 

「う、う゛ぁーーー!!」

 

 どうにもならない現状に、俺は泣き叫ぶ。

 

「ゲギャギャギャーー!」

 

 それを聞いた奴は、いっそう笑みを浮かべ笑い声ともとれる声をあげた。

 

「お願いします。誰でもいい、なんでもするっ!! だからどうか、オリビアを、助けてくださいっ!!」

 

 悲痛な叫び声。

 

 しかし誰にも届くことはなく、彼らの悲鳴とともに森の中へと消えていく……。

 

 ()()()()()

 

 ズドン!

 

 その時、上空から彼らの前に何かが落ちて来た。

 いや、着地した。

 

「いやー、なんとか間に合ったわい。最後にこのエロゲをプレイしてからもう七十年はたつからのう。危うくヒロインの処女がオークに散らされるところじゃったわ」

 

 舞い上がった土煙がはれ、現れたのはやけに姿勢のいい老人。

 いや、その身から放たれる独特のオーラを考慮すれば「仙人」と言った方が正しいか。

 

「この年が大戦歴七十二年というのは072(オナニー)年の語呂合わせで覚えておったのじゃが、いかんせん正確な日時はあやふじゃったからな。ここまで待って失敗したとあっては目も当てられん」

 

 そう一人ごちる謎の老人。

 

 彼こそが、この世界に生まれたバグ。

 転生者であり、この世界をゲームとして知っている唯一の人物。

 

「あなたは……」

 

 状況を理解できず、呆然と老人を見上げる。

 オリビアは疲労で気を失っているようだ。

 

 彼は俺の方に顔を向けると、目を見て力強く答えた。

 

「よいか少年、ライトよ。わしは、お主にこの力を伝えるために今日まで生きてきた。わしの力を受け継ぎ、この世界を、ヒロインたちの純愛を守ることができるのはお主だけじゃ」

 

 ドシン、ドシン。

 

 怯んでいたオークが、再び動き始めた。

 

「鬱エンドしかない、ハードなエロゲであるこの世界。そんな世界で、NTR、凌辱、催眠といったあらゆるエロイベントを叩き潰す圧倒的な力。わしはそれを、生涯をかけて創りあげた」

 

 彼は俺に背を向けオークの方へと歩みを進める。

 

「よくみておけ。これが、わしの到達点じゃ」

 

 老人は、大きく息を吐き――

 

activate wise clock(賢者タイム起動)

 

 瞬間、老人を中心にオーラのようなものが吹き荒れる。

 

 それと同時に、老人の体に深紅のラインが浮かび上がる。

 

 これこそが、純愛厨という一つの性癖を極め抜いたHENTAIの極致。

 折角の異世界転生にも関わらず、あらゆるテンプレ無双を無視し生涯を鬱エンド破壊に捧げた男の到達点。

 この世界のルールに縛られない、埒外の暴力。

 

 その執念が今、解き放たれたのだ。

 

「かっこいい……」

 

 俺は、自分が命の危機に瀕していたことも忘れてその光景に見惚れていた。

 

 老人が口ずさんだ言葉は、俺には聞き取れなかった。

 初めて聞いた言葉。

 どこの言語だろう。

 

 そんなことを考えている間に、老人はかまえをとる。

 

「グ、グガギャーー!!」

 

 先ほどまで余裕の表情を浮かべていたオークが、血相を変えて突進する。

 

「無駄じゃ。疾くと散れ。――ハッ!」

 

 パンッ!

 

 空気が爆ぜる音がする。

 老人の突き出した拳は、音速を越えていた。

 

 バンッ!!

 

 肉がはじける音がする。

 さっきまで生命体であったそれは、本人も気づかぬ間に肉の塊へと姿を変えた。

 

 勝負にもならない一瞬の交差。

 

 されど確かに、七十年を超えるHENTAIの執念は一つの鬱エロイベントをこの世界から潰したのだった。

 

 血と肉が、辺り一面に散らばる。

 

「ふぅーー」

 

 老人は残身の後、空を見上げた。

 

「今、漸くわしの人生に価値が生まれた。この七十年は無駄では無かった。この力があれば、運命を変えられる」

 

 老人は俺の方に振り向く。

 

「よいかライト。これは、己の性欲を代償に世界の管理権限へと接続することで最強の力を得る技。ただし、副作用としてこの技を使う間、すなわち鬱エロイベントの根源である魔王を倒すまでは誰ともエッチができなくなってしまうのじゃ。おかげでわしは未だに童貞じゃい。まあ、後悔はしておらぬがな」

 

「……」

 

 なんだか凄いことを言っている気がするが、いきなりすぎて理解できない。

 

「ふむ、どうやらちと話が難しかったようじゃの」

 

 老人は髭を撫でる。

 

「では、もっと単純にいこう。ライトよ、お主はオリビアを守りたいか。」

 

 そんなの、決まっている。

 

「守りたい」

 

「では、オリビアのように望まぬ形で犯されそうになる少女を救いたいか」

 

「救いたい。みんな、ひどい目にあって欲しくないっ!」

 

 これまでの俺なら、これほど強くは願わなかっただろう。

 けど、一度でもあの絶望に染まった顔を見てしまえばもう戻れない。

 

「それが、戦いが終わるまで己からエッチの機会を奪うと知ってもか」

 

「それでも!! 俺は、みんなを守れる力が欲しいっ!!」

 

 心の奥底から沸き上がる渇望。

 俺は今、かつてないほどに燃えていた。

 

 俺の返答を聞いた老人は、静かにうなずく。

 

「やはり、わしの力を受け継ぐのは同志であるお前しかいない。よいか、ライト。その気持ちを決して忘れるな。その決意の名は、『純愛厨』と呼ぶ」

 

「純愛厨……」

 

 その言葉が、すっと胸の中に入ってきた。

 

「これから、お主にわしの力の全てを叩きこむ。純愛厨の誇りに懸けて戦い抜く覚悟があるのなら、わしの手を取れ」

 

 老人が手を差し出す。

 それを俺は、迷わず握りしめる。

 

「ふむ。お主の思い、しかと伝わった。今後はわしのことを師匠と呼べ。お主を必ずや、この世界の希望としてふさわしい最強の純愛厨へと鍛えてみせよう」

 

「はいっ! 師匠!」

 

 この日、この瞬間。

 たった一人の狂った純愛ジジイ(転生者)によって、本来死ぬはずだった少年が純愛厨として生まれ変わった。

 

 女にも、金にも、権力にもなびかない。

 ただ純愛を守るためだけに戦うというバグ中のバグみたいな存在。

 やがてそのバグは、致命的なまでの影響をこの世界に及ぼす。

 

 物語は正史を外れ、未知のエンドへと進みだした。



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第一章 ノアと勇者と純愛ハート
いざ学園へ


最近の悩みは下ネタのアウトラインが分からないことです。
よろしくお願いします。


 大戦歴八十二年。

 魔王の完全復活まで残り二年という状況で、王都に位置するネルトリア学園では、今日も生徒が授業や鍛錬に励んでいた。

 

 ネルトリア学園を好成績で卒業した者には、将来が約束される。

 

 そんな学園の特色も相まって、生徒たちの熱気が高いことで有名なこの学園だが、ここ数年は特に上層の生徒たちが熾烈に競い合っている。

 そんな彼らの目標は唯一つ。

 

 勇者パーティーに選ばれること。

 

 魔王を討伐し、世界を救ったという名誉。

 それは、いついかなる時代においても人々の目を奪って離さない。

 そんな夢を掴むためには、学園で開催される武闘大会で優勝し、勇者が会長を務める生徒会に入る必要がある。

 なぜならこの生徒会こそが、一年後に勇者パーティーとして旅立つことになるからだ。

 

 そんな熱気高まる学園の門前に、今二人の人物が立っていた。

 

「あれから十年、漸くここまできた」

 

 一人は、勇者の加護を持つ少女の幼馴染でありながら、狂った純愛ジジイの愛弟子でもあるライト。

 茶色の髪に、引き締まった体をしている彼は、現在十七歳である。

 

 そしてもう一人、

 

「ん。ここに、女勇者とかいうライトを誑かしたクソビッチがいるんだよね」

 

 いっそ気持ちがいいほどの暴言を吐くその少女は、狼族の美しい亜人である。

 名を、ノアと言う。

 

 白銀の髪に獣の耳と尻尾を持ち、ライトの胸辺りまでしかない身長の少女はライトに付き従う従者であり、相棒でもある存在だ。

 

 彼らは、ネルトリア学園に二年生から転入をしたのだ。

 今日は二人にとっての登校初日である。

 

「こらっ。あまり汚い言葉を使うんじゃない」

 

 ノアの発言を軽く叱る。

 

「だって、本当のことだもん。そいつがライトを誑かしたせいでオークに襲われて死にかけたんでしょう? ねぇ、やっぱりもう帰ろうよ。クソビッチのことも魔王のことも全部忘れて、私と一緒に暮らそう? ついでに仙術も捨てよう? そして、二人でいっぱい子づくりしよ♡ 大丈夫、ライトの身は私が守ってあげるから。なんにも心配しなくていいからね。だから、おねがい♡」

 

 幼い体つきに反して、その身からあふれ出る大人びた妖艶な雰囲気と脳がとろけるような甘言。

 両手でライトの体を正面からホールドし、その薄い胸をいっぱいに押し当てる。

 

 常人ならすぐさま欲望に脳を焼かれ、即堕ちしてしまいそうな誘惑。

 

 それを一身に受けたライトは――

 

「断る」

 

 一切を断固拒否した。

 

「即答!?」

 

「当然だ。というか、ノアも分かっているだろう? 俺には果たさなければならない使命がある。師匠の後を継ぐ誇り高き純愛厨として、魔王を倒すまで俺は止まれない」

 

「そんなぁ……」

 

「それよりも、動きにくいから早く離れてくれ」

 

 そう言って、躊躇なくノアを引きはがす。

 

「う、うぅぅ……」

 

 支えを失ったノアは地面に倒れ込む。

 

「私の、渾身の色仕掛けがこれっぽっちも通じないなんて……。しかも、動きにくいからという理由でポイッ。これだから仙術とかいう欠陥技は嫌い。性欲を代償にするなんて信じられない……」

 

 あんまりな対応にショックを受けたノアは、一人すすり泣く。

 

「しくしく。私はただ、ライトとイチャラブ同棲生活がしたいだけなのに」

 

 その時、ライトが珍しく興奮した声をあげた。

 

「おいノア、これを見ろ!」

 

「ん? どうしたの?」

 

 ライトが指さす先には「ネルトリア学園」の文字が刻まれた正門がある。

 

「師匠が言っていた。エロゲではソフ倫を突破するために『学校』という言葉は使わないと。やはり師匠の言葉に間違いはない。しかし、実際に目にすると感動するな。ノアもそう思うだろ?」

 

 曇りのない、キラキラとした目でノアを見つめる。

 

「あーー……。うん、そうだね」

 

 ノアは弱弱しく肯定した。 

 彼女は空気が読める女なのだ。

 

「ライト。確かにあのHENTAIジジイの実力は本物だよ。恩もある。でも、発言は半分以上意味不明。ライトは少し、あの純愛インポに心酔しすぎだと思う」

 

「ん? 悪い、師匠の叡智に酔いしれていて話を聞いていなかった。もう一度言ってくれるか?」

 

 ライトは本気で言っているようだ。

 

「……なんでもない」

 

 ノアは諦めを知っている女であった。

 

「さて、そろそろ行くか」

 

 ライトは学園を見上げる。

 

「……分かった。私はあなたに生涯を捧げた身。あなたの判断に従う」

 

 ノアは渋々了承する。

 

「では、予定通り。ノアはオリビアと同じ選抜クラスだから、オリビアを中心とした重要人物の監視。俺は下位のクラスだから、学園全体の調査と主人公探し。質問はあるか?」

 

「ない――けど、ライトは本当に下位のクラスでいいの? ライトが本気をだしたら、この学園の誰よりも、ううん、この世界中の誰よりも強いのに」

 

「その話は前にしただろう? 学園の試験では仙術を加味した能力の計測はできないし、学園内を調査するにあたっては目立たないにこしたことはない。それに、生徒会に入る方法には算段がついている」

 

 ライトの意思は固い。

 

「そう。分かった。でも、もしいじめられるようなことがあったらすぐに言ってね。私がその害虫どもを心も体も徹底的に破壊して、はいとイエスしか言えない忠実な奴隷へと調教するから」

 

「お、おう。了解した」

 

 もしそういった状況に見舞われたとしても、絶対に黙っておこう。

 ライトはそう決心した。

 

 こうして、順調に育った世界のバグとその従者が学園へと侵入を果たした。

 

 

 

 

「今日からこの学園で学ぶことになりました。ライトです。特技は体術です。よろしくお願いします」

 

 軽く挨拶を済ませ、用意された席に着く。

 

 まさしく下位のクラスといったところか。

 

 俺は自分のクラスの現状をそう判断した。

 

 クラス中に蔓延している諦めの空気。

 誰もかれもが惰性で学園に通い、卒業することだけを目標としている。

 そんな印象だ。

 この学園には、優秀な生徒が多く集まると聞く。

 その分、上と下の差は大きくなり、一度落ちぶれてしまうと再び立ち上がるやる気も失ってしまうのだろう。

 

 だからこそ、自分に明るく声をかけてきたその存在に、俺は必要以上に驚いてしまった。

 

「ねえ、ライト君。僕はイルゼ。剣術が得意なんだ。よろしくね」

 

 次の授業までの自由時間。

 隣の席だということもあって話しかけてきたようだ。

 

 俺はイルゼをまじまじと観察する。

 黒髪黒目の中性的な顔立ちをした男子生徒。

 

 ん? 黒髪黒目……まさか!?

 

「イルゼ、一つ聞きたいことがある」

 

「なに? ライト君は入学してきたばっかりだからね。僕に答えられることならなんでも聞いてよ」

 

 イルゼは優しく微笑む。

 

「そうか。では遠慮なく。お前、チ○コはでかいか?」

 

「――え?」

 

 唖然とするイルゼ。

 

「なんだ、聞こえなかったのか? イルゼ、チ○コはでかいかと聞いたんだ」

 

「ま、まままま待ってよ!? いきなり何を言いだすのさ!?」

 

 イルゼは顔を真っ赤にして激しく動揺している。

 

「ん? ああ、すまない。チ○ポと言えば伝わるかな?」

 

「いやっ! 言い方の問題じゃないよ! なんでそんなこと聞くのさ!?」

 

「師匠が言っていた。エロゲ主人公のチ○コはデカいものだと」

 

 そして、この世界の「原作主人公」に当てはまる人物は黒髪黒目らしい。

 

 師匠曰く、原作主人公はヒロインの鬱エロイベントに高確率で遭遇するから、早めに見つけておくと諸々の対応がしやすくなるそうだ。

 さらに、主人公のもつ加護は戦力強化の面において非常に強力であると。

 

 だからこそ、イルゼが原作主人公であるかどうかは必ず明らかにしなくてはならない。

 

「いいから答えてくれ。俺は今すぐイルゼのチ○コがでかいかどうかが知りたいんだ」

 

「嫌だよ! 初対面の相手にチ○コの大きさ聞かれて素直に答えるわけないじゃん!!」

 

「何故だ。さっきなんでも聞いてくれと言ったじゃないか」

 

「それはチ○コを想定していないから出た言葉だよ!!」

 

 イルゼはあまりの恥ずかしさに涙目になっている。

 

「うぅ……。どうしよう、僕やばい人に声かけちゃったみたい」

 

 どうやら、イルゼはどうあっても俺にチ○コの大きさを教える気はないらしい。

 

「ならば仕方ない」

 

 俺は席を立ち、イルゼの腕を引っ張り連行する。

 

「ちょっと、次はなにさ」

 

 俺はイルゼを連れたままトイレに入る。

 

「なんだいまったく……!? まさか、ここで僕を脅す気!?」

 

 イルゼが再び動揺する。

 その瞬間、俺は素早くイルゼに近づきズボンを掴む。

 

「失礼」

 

 そして、パンツごと思いっきり下にずりおろした。

 

「へ――?」

 

 イルゼの下半身を包み隠すベールが、全て解き放たれる。

 俺はイルゼの股間を注視する。

 そこには――

 

「なにも、ない……だと!?」

 

 そう、何もなかったのだ。

 そんなバカな。

 

 俺は自分の目を疑う。

 

 俺はよく見ようとさらに顔を近づけ――

 

「キャーーー!!」

 

「ぐはっ!」

 

 耳をつんざくような叫び声とともに、頭部に衝撃を受け、気を失った。

 

 

 

 

 目を覚ますと、知らない天井が広がっていた。

 俺は上体を起こす。

 

「ここは……医務室か」

 

 俺は周囲を見渡し状況を把握する。

 気絶した俺はここで眠っていたらしい。

 

 それにしても、俺が気絶させられるとは。

 いつぶりだろうか。

 

 ガラガラ。

 

 医務室の扉が開く。

 

「あっ、ライト君起きたんだね」

 

 トイレから戻ってきたイルゼが改めて俺に状況を説明する。

 

「それで、その、ライト君。見た……よね?」

 

 イルゼが羞恥と恐怖が混ざったような様子で聞いてきた。

 

 俺は正直に答える。

 

「見た。本当にすまない。まさか、あんな秘密を抱えていただなんて」

 

「そっか……。色々疑問はあると思うけど、このことは黙っておいて欲しいんだ。いいかな?」

 

「いいもなにも、当然だ。気がはやり、勝手に秘密を暴いてしまった俺が悪いのだから。このことは墓場まで持っていくと誓おう」

 

「本当? よかったぁ」

 

「ああ。イルゼが、よく見ないと視認できないほどの短小であることは決して口外しない」

 

「うんう――は?」

 

 師匠が言っていた。チ○コの大小は決して馬鹿にしてはいけないと。

 

「ライト君。それ本気で言ってる?」

 

「ん? 俺はいつでも本気だが?」

 

 イルゼが正気を疑う目で俺のことを見つめる。

 

「そうか。やはり口約束だけでは不安だよな。しかし今すぐ差し出せるものと言えばお金くらいしかないのだが、どうかそれで納得してもらえないだろうか」

 

 訓練がてら、盗賊をノアと狩りまくっていたおかげで金なら割と貯えがある。

 

「えぇ……。嘘でしょ。普通その発想にいく?」

 

 イルゼは頭を抱える。

 そして、再び俺に向き直ると――

 

「ライト君。君、結構バカでしょ」

 

 呆れたようにそう言ってのけた。



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ここがあの女のハウスね

あぶねぇ失踪しかけた。
取り敢えず四話は準備してます。


 今日も、いつも通りの朝がやってきた。

 晴れ晴れとした、心地の良い天気。

 

 朝食を手早く済ませ、指定の学生服に袖を通す。

 生徒会長の証である、宝石をはめ込んだブローチも忘れない。

 最後に鏡の前で身なりをチェック。

 

「十年……か」

 

 私は自身の髪にそっと手を伸ばす。

 

 毎日手入れをしている、金色に輝く自慢の髪。

 昔、彼が「綺麗だね」と褒めてくれた。

 私と彼とをつなぐ唯一の思い出。

 

 十年前のあの日、彼は私にこう言った。

 

「オリビア。俺、強くなるよ。君を守れるくらい強くなる。だから、少しの間お別れだ」

 

 そして、彼は私の前から消え去った。

 

 私は学生寮を出て校舎へと向かう。

 

 あれから十年。

 彼が私の前に現れることは一度もなかった。

 

「ねぇ、ライト。私、あなたに守ってもらわなくてもいいくらい強くなっちゃったよ」

 

 届くはずのない言葉を、一人つぶやく。

 

 彼のいない日常。

 今日も、いつも通りの朝がやってきた。

 

 

 

 

 昼休み。

 ライトは人目につかない廊下の隅へと足を運んだ。

 そして、パスを通じて念話を繋ぐ。

 

「ノア。聞こえるか?」

 

「ん。感度良好」

 

「こちらは無事、潜入完了した。原作主人公と思わしき人物を発見したが恐らく別人だ。そっちは順調か?」

 

「私の方も問題なし。勇者も目視した。私には夫がいると言ったのに話しかけてきたヤリチン野郎がいたので中指を突き立ててやった。褒めて」

 

 念話の向こうで尻尾をブンブンと振っている様子が目に浮かぶ。

 

  というか、こいつ夫がいたのか。

 今度挨拶しに行こう。

 

 ライトはそう思った。

 

「そうか。あまり場を荒らすなよ。他に連絡事項はあるか?」

 

「んー……あっ! オリビッチがもう一人の転入生の事を聞いてきたから適当に誤魔化しておいた」

 

「オリビッチ」

 

「うん。感動の再開なんて絶対にさせない。悲壮感あふれる独白なんて、正妻の前では無意味。幼馴染は負けヒロイン。HENTAIジジイもたまにはいい事言う」

 

 「ふふふ」とノアは怪しげに笑う。

 

「私頑張った。褒めて♡」

 

 よく分からなかったが取り敢えず褒めておいた。

 

「ライトはこの後どうするの?」

 

「残りの授業が終わったら外の身周りに行く予定だ」

 

「分かった。でも、闇雲に巡回した所で『イベント』に遭遇できるわけじゃないでしょ? 当てはあるの?」

 

「問題ない。俺は師匠の後を継ぐ、世界で二番目の純愛厨だ。俺は純愛を愛しているが、純愛もまた俺を愛している。つまり、純愛は全てを解決するんだ。答えは、純愛が教えてくれる」

 

「……ダメだこいつ、早くなんとかしないと」

 

 ノアはため息と一緒に出そうだった多種多様な文句をグッと堪えた。

 ライトをHENTAIの洗脳から解放できるのは自分だけだと、決意を改める。

 

「では、午後の報告は後ほど家で」

 

 そんな従者の献身などいざ知らず。

 ライトは念話を切ると教室へと戻って行った。

 

 

 

 

 夜の帳が下り、不気味さを孕んだ森の中。

 

「くっ、殺すならさっさとやれ。ただし、その子には手を出すな!!」

 

「おねえちゃん! う゛ぁーーん」

 

 気高い女騎士とその幼い妹が危機に陥っていた。

 彼女たちを囲む四つの人影。

 彼らは魔王教団に与する人類の裏切り者である。

 

「クックック。 殺すなんてもったいない。お前にはたっぷりと楽しませてもらった後、ゴブリンにでもくれてやるよ」

 

「気の強い女を負かして無理やりするのが一番気持ちいんだよな~。安心しろよ。すぐに何も考えられなくなるから。ギャハッ!」

 

 多勢に無勢。

 さらに愛する妹を人質に取られた状態では彼女に取れる手段はなく、四人の邪教徒に捕らえられてしまったのだ。

 

「くっ!」

 

 完全に詰みの状況。

 それでも、心だけは折れまいと必死に睨みつける。

 

「お~怖い怖い。でも、これから起きるショーを見てもその顔でいられるかな?」

 

 それを合図に、一人の邪教徒が女騎士の妹を地面に押さえつける。

 

「貴様っ!! 何をする気だっ!!」

 

「なにって、今からお前の妹ちゃんで『お楽しみ』するんだよ」

 

「っ!? 殺すっ!! その子に手を出してみろ! 絶対に殺してやるっ!!」

 

 拘束を解こうともがくが、なんの意味もなさない。

 

「さ~てと、妹ちゃん、どれくらいもつかな?」

 

「おいおい、その顔はもうぶっ壊す気満々じゃん」

 

 吐き気を催すような笑い声が周囲に木霊する。

 

「あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!」

 

 拘束を破ろうと足掻いた手足からは血がにじむ。

 けれど、邪教徒の動きは止まらない。

 

「うぅ、おねえちゃん……」

 

 恐怖に染まった顔で姉に助けを求める妹。

 それを見た時、遂に彼女(女騎士)の心は折れてしまった。

 

「まってくれ……」

 

「あ?」

 

 彼女は掠れた声で懇願する。

 

「わたしのからだは好きにしてもらってかまない。だからどうか、その子だけは見のがしてくれ」

 

「へぇ~。つまり、お前は一生俺たちのおもちゃになる覚悟あると。そういうことだな?」

 

「……そうだ」

 

「なら、もっと相応しい言い方ってのがあるんじゃないのか?」

 

 男たちはニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべる。

 

「……ご主人様。どうか、妹だけは見逃してください」

 

 あらゆる感情を抑え込み、縛られた状態で頭を下げる。

 

「そうかそうか。お前の覚悟は伝わった」

 

 男は大げさに頷く。

 

「でも、ダーメ。ギャハハッ!」

 

 そして、あっけなく彼女の思いを踏みにじった。

 

「なんで……。まって、まってよ。おねがいしますっ! なんでも、なんでもするから!!」

 

 彼女の懇願はただ男たちの気分を盛り上げるだけだった。

 

「さーてと、しっかりと見とけよ。お前の妹が壊れていく様を」

 

 一人の男がズボンに手をかける。

 

「あぁ――」

 

 声にならない声。

 女騎士は絶望の表情を浮かべた。

 

 これは、原作で起きる鬱イベントの一つである。

 このイベントを通して、プレイヤーは魔王教団の存在を知ることになる。

 それと同時に、この世界(ゲーム)には救いなんてないのだということを改めて思い知らされるのだ。

 

 ()()()()

 しかし、この世界には致命的なバグが発生していた。

 かつて、彼の師匠はこう言った。

 

「鬱エロゲの敵キャラは最強じゃ。例え、勇者だろうが騎士だろうが魔女だろうがSランク冒険者だろうが絶対に勝てない。むしろ、強ければ強いほど負ける未来しか見えない。女騎士がゴブリンに勝てるわけがないじゃろっ! いい加減にしろ!」

 

 と。

 

 だから、世界(ゲーム)の理を超える埒外の力が必要となった。

 

「ふぉっふぉっふぉ。さぁて、ライトよ。このシナリオ(世界)をぶち壊せ!」

 

 世界のどこかで、師匠と呼ばれた男が酒瓶を片手に激励を送る。

 

 そして今、「仙術」という絶技を身につけた少年が純愛の声に導かれ降り立つ。

 

Activate Wise Clock(賢者タイム起動)

 

「あ? だれ――ぐべっ!?」

 

 妹に覆いかぶさっていた男が、目にも止まらぬ速さで吹き飛ばされる。

 

「なんだ!? 何が起きた!?」

 

「師匠が言っていた。イエスロリータ、ノータッチと」

 

「「「っ!?」」」

 

 声のする方を一斉に振り向く。

 そこには、女騎士とその妹を両手に抱えた少年がたたずんでいた。

 

 全身に深紅のラインが浮かぶ、仮面を付けた少年。

 薄暗い森の中でよく輝くその深い(あか)は、少年の抱く怒りを体現しているかのようであった。

 

 彼は救出した二人の拘束を破壊しながら言葉を続ける。

 

「それから、こうも言っていた。姉妹百合は絶対不可侵の聖域(サンクチュアリ)であると」

 

 彼は邪教徒へと歩みを進める。

 

「なんだ、一体何を言っているんだ……」

 

 突如現れ仲間を吹き飛ばしたかと思いきや、意味不明な発言を繰り返し近づいてくる不気味な少年。

 

 軽くホラーである。

 

「つまり、お前らは決して許されぬ二つの大罪を犯した。これ以上の言葉は不要だろう」

 

 膨れ上がる殺気。

 

「と、止まれっ!! 近づくな!」

 

 彼の歩みは止まらない。

 

「純愛の名のもとに、俺が裁きを下す。疾くと散れ」

 

「――っ、死ねぇーーーー!!」

 

 三人が同時に襲いかかる。

 常人離れした速度の攻撃。

 魔王教団の教徒たちは、魔族から血を与えられることで限界を超えた力と魔力を引き出しているのだ。

 

 しかし、それはライトの前では一切の効果を持たない。

 世界の法則に縛られた上での強さなど、彼の前では一律に無意味なのだ。

 酸素を吸い、血を巡らせ、魔力で強化する。

 

 それでは到底()()()()()()

 

 ライトは迫りくる三方向の剣を、素手のみで捌き切る。

 両手両足がそれぞれ固有の意思を持つかのように、最適解の動作のみを行う。

 

「きれい……」

 

 女騎士の妹がつぶやく。

 

 彼女の言う通り、そこには一種の洗練された美しさがあった。

 

「遅い」

 

「馬鹿な!? ――ガッ!?」

 

 一人、また一人と宙を舞い倒れていく。

 三人目の意識を刈り取るまで、そう時間はいらなかった。

 

 森が再び静けさを取り戻す。

 

「そこの姉妹。付近の警備兵を呼んでいるから、少しの間そこで待っているといい」

 

 そう言って、彼は背を向ける。

 

「あ、えっと……、ま、待ってくれ! そうだ。私はまだ、君になんのお礼もできていない」

 

 嵐のような突然の出来事を前に、思わず呆けてしまっていた女騎士は漸く正気を取り戻す。

 

「君が助けてくれなければ、私もこの子も死と同然の結末を辿っていただろう。本当に、ありがとう……!!」

 

 女騎士は心からの感謝を伝える。

 

「礼はいい。俺のしたいことをやっただけだ」

 

「な、ならせめてっ! 名前を教えてくれないか?」

 

「名前か……」

 

 ライトは少し考えた後、

 

「俺の名は『純愛仮面』だ」

 

 そう言い残し、彼は空へと飛び立った。

 

 ライトは、「とっさに出たにしてはいい名前だ」と仮面の下でニヤついていた。

 彼のネーミングセンスは絶望的だった。

 

 後日、流石にダサすぎると判断したこの事件をまとめた記者が、「愛の騎士」と勝手に名称を変更したことで、人々を救う謎の男として一躍人気者になることを彼はまだ知らない。

 

 なんなら、その記事を見て、「俺以外にも純愛に生きる戦士がいたか!!」と一人感動した純愛厨がいたりいなかったりしたそうだ。



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訓練したの、私以外のヤツと……

感想、評価、お気に入りしてくださった皆さん、ありがとうございます。
初めて色がついたので作者は小躍りしています。
ついでに感謝を込めてエロゲも買いました。
よろしくお願いします。


 俺とノアが転入してきてから一月ほどが経過した。

 この時間を使い、校内や周辺地域は一通り探索し終えた。

 が、原作主人公と思しき人物を発見することはできなかった。

 

 俺は師匠の言葉を思い出す。

 

「この世界は既に正史から外れておる。じゃから、わしの伝える展開通りに全てが進むとは考えない方がよいじゃろう。そもそも、わしも転生前の記憶を完璧に持っとるわけではないからの。特に、原作主人公は未知数な部分が大きい。気を付けるのじゃぞ」

 

 現状を考えるに、師匠の懸念が当たったと見て間違いないだろう。

 全ての学生を検証した以上、この学園には原作主人公が存在しないと考えるのが普通なのだが……。

 どうも何かが引っかかる。

 

 師匠が言っていた。

 

「よいか、ライトよ。二次元派であったわしは長年知らなかったのじゃが、実は『くぱぁ♡』という音は現実では鳴らないのじゃ」

 

 と。

 

 つまり、思い込みには気を付けなければならないということだ。

 俺は、何か大きなものを見落としてしまっているような気がしてならない。

 

 ノアにも相談してみたのだが、

 

「ライト、糞童貞の言葉を深読みしないで。あいつきっと病気なんだよ」

 

 と、軽く流されてしまった。

 

 解せん。

 ノアには今度、師匠の叡智を俺がまとめた本。

 通称「叡智本」を読み聞かせてやる必要がありそうだ。

 

 俺は一抹の懸念を抱えながら、今日も学園生活を過ごすのだった。

 

 

 

 

 昼休み。

 俺はイルゼと食堂で昼食を食べていた。

 イルゼには初対面で迷惑をかけたものの、気づけば行動をともにするような仲になっていた。

 こういった関係性を友達というのだろう。

 友達ができたのは初めてなので、俺はとても嬉しかった。

 

「それにしても、ライト君ってほんと不思議だよね」

 

「どういうことだ?」

 

 正面に座ったイルゼが俺に話かける。

 

「体術や剣術は驚くほど凄いのに、魔法がからっきしなんだもん。知識も技術も最低限。身体強化すら満足にできない人なんて、学園では初めてみたよ。それじゃあ力で押されて負けちゃうでしょう?」

 

「そういうものか?」

 

「そういうものだよ。師匠とかいう人に魔法は習わなかったの?」

 

「魔法か……。一度師匠に魔力操作を教わったことがあるが、才能がないと言われた」

 

「そうなの!? 惜しいなぁ。ライト君に魔法の才能があったら絶対に選抜クラスに入れてたのに」

 

 イルゼは自分のことのように悔しがっている。

 なんていいやつなんだろう。

 この一ヶ月を通して、俺はイルゼのことがかなり好きになっていた。

 もっと仲良くなりたいと思う。

 けれど、肝心の方法が分からない。

 師匠から子供の作り方は教わったが友達の作り方は教わらなかった。

 なので、取り敢えず素直に気持ちを伝えることにした。

 

「イルゼ、かなり好きだ」

 

「ン゛ブッ!?」

 

 「ゲホゲホ」とイルゼはむせかえる。

 それと同時に、周囲が少しざわつき始めた。

 

「あれが例の――」

「やっぱりそういう関係なんだ……」

「ライイル尊い」

「もうヤることヤったって話しも――」

 

 そんな中、イルゼが真っ赤な顔でどなりつけてきた。

 

「ななななにを言い出すのさ!? 急に!! 僕をからかってるの? 君がいつもそんなだから変な噂が流れてこっちは大変なんだからね!? 僕だって怒るときは怒るんだから!!」

 

 どうやら何かを間違えたらしい。

 

「すまない。友達ができたのは初めてで、勝手が分からないんだ。不快にさせたのなら謝る。俺はただ、イルゼともっと仲を深めたかっただけなんだ」

 

 ざわざわ。

 

「仲を深める(意味深)」

「いや、仲を深める(直球)でしょ」

「どちらも同じ意味では?」

 

 再び周囲がざわつき出したが無視する。

 今はイルゼが最優先だ。

 

「うぅーー。まったくもう! 君ってやつは……。変に素直だから怒るに怒れないんだよなぁ」

 

 イルゼはうーうーと唸っていた。

 

「はぁ……、ライト君。まさかとは思うけど、こういうことをポンポンと女の子に言ってないよね?」

 

 イルゼはジト目で見つめてくる。

 

「ん? そんなことをした覚えはないな。さっきみたいなのは、イルゼにしか言ったことないよ」

 

「う゛っ! あーー、落ち着け。落ち着くんだ僕。友達として、友達として言ってるだけなんだから」

 

 イルゼは両手をパタパタとさせて顔を仰いでいる。

 

「ふぅ。とにかく、違うなら違うでいいんだけどさ。どうやら僕とのあれこれ以外にも、ライト君についての噂が流れているみたいで」

 

「あれこれ?」

 

「そこはいいのっ! あえてぼかしたんだから掘り返さないでよ」

 

 頬を膨らませたイルゼからは、プンプンという擬音が聞こえてきそうだ。

 

「ちゃんと聞いててよ。曰く、転入生は出会う女性を片っ端から『どしたん? 話聞こか?』で宿屋へ連れ込むヤリチン野郎だとか」

 

「なんだと?」

 

 想定外の話に驚く。

 

「どうしてこんな噂が流れたんだろう。失礼しちゃうよね」

 

 イルゼは不満げだ。

 

 話の出どころ。

 一つ心当たりがあった。

 

「イルゼ、少し席を外す」

 

「うん? 分かった」

 

 イルゼに声をかけて席を立つ。

 向かうは人目に付かない廊下の隅。

 そして、パスを通じて念話をつなぐ。

 

「ノア、聞こえるか?」

 

「ん。バッチリ。どうしたの? 私が恋しくなった? おっぱい揉む?」

 

「揉まない。ノア、単刀直入に聞く。俺がヤリチンだという噂を流したな?」

 

「……」

 

 奇妙な間が空く。

 

「し、知らない」

 

 そう答えたノアの声は若干震えていた。

 

 やはりか。

 

「嘘をつくな。どうしてそんなことをした」

 

「だって、そうでもしないとあのクソビッチがライトの所に突撃しそうだったんだもん! ライトだって今バレたら困るでしょう?」

 

「それとこれとは話が別だ。純愛厨たる俺がヤリチン呼ばわりされたとあっては師匠に示しがつかん。師匠が言っていた。『わしが前世で童貞だったのは、ヤリチンとかいう人類悪がおったせいなのじゃ』と」

 

「いやそれはどう考えてもジジイの実力不足――」

 

「ノア」

 

「うっ。で、でもぉ……」

 

 語気を強めたが、それでもノアは食い下がる。

 どうしたものか。

 俺は考える。

 どうも、最近のノアには少し暴走気味なところがある。

 出会った当初の全てに絶望したような状態と比べれば遥かにいいが、それにも限度がある。

 主として教育する必要がありそうだ。

 

「ノア、反省する気がないのなら『お仕置き』するぞ」

 

「っ!?」

 

 ノアの様子が一変する。

 

「ライト? 私を殺す気? 冗談――だよね?」

 

「そう聞こえるか?」

 

 今回の俺は本気である。

 あの日ノアの主になると決めた以上、俺にはノアを真っ当に育てる義務がある。

 「童貞でも分かる子育て(全72巻)」を読破した俺に隙はない。

 時には厳しく向き合う必要があるのだと、俺は知っている。

 

「ひぃっ!? ごめんなさい! 謝る。二度と変な噂は流さない。許して。お仕置きは嫌だお仕置きは嫌だお仕置きは嫌だ――」

 

 よっぽどお仕置きが嫌だったようだ。

 少しビビらせ過ぎた気もするが、きちんと反省したようなのでよしとしよう。

 個人的にはいい訓練にもなるからそこまで怖がらなくていいと思うのだが。

 昔、俺もよく師匠にやられたものだ。

 当時の弱かった俺は、生死の境を彷徨い戻って来る度に強くなった気がして嬉しくなっていた。

 

「HENTAIの価値観に私を巻き込まないで」

 

「よせ、そんなに褒めるな」

 

「……私の愛する人がイかれてる件について」

 

 ノアは何故か気落ちしていた。

 追及しようかとも思ったが、今の俺は友達を待たせている。

 イルゼの元へと戻るため、念話を切ることにした。

 

「ライト君、なんだか疲れてる?」

 

 席に戻った俺を、イルゼはじっと見つめている。

 

「ああ、少しな。学園生活というものは、想像以上に大変なんだな」

 

 俺は集団生活の厳しさを身に染みて感じたのだった。

 

 

 

 

 その日の夜。

 俺は訓練場に残ってイルゼの剣術の鍛錬に付き合っていた。

 

「はぁーー、疲れた」

 

 最後の模擬戦を終え、イルゼは地面に倒れ込む。

 

「ライト君、遅くまで付き合ってくれてありがとう」

 

「気にするな。俺もいい刺激になった」

 

 技術とは、使わなければ衰えていくもの。

 最近は体術ばかり使っていたからイルゼの頼みは渡りに船だった。

 

 俺はイルゼの隣に座る。

 

「なあ、イルゼ。一つ聞いてもいいか?」

 

「なに?」

 

「イルゼは、どうして強くなりたいんだ?」

 

 ずっと、気になっていた。

 諦めの空気が蔓延するクラスで、どうして折れないのか。

 周囲が退廃的な同調圧力に飲まれる中、何故一人で頑張り続けられるのか。

 その原動力の正体を、俺は知りたかった。

 

「どうして……か」

 

 イルゼは少し間を置いて、

 

「僕はね、魔王を殺したいんだ。何があろうと、絶対に」

 

 そう答えた。

 

 魔王か。

 予想していた答えの一つではあった。

 何を隠そう、俺も同じ目標を持っているのだから。

 魔王に人生を狂わされたものは多い。

 多くの人が何かを失い、魔王を恨んでいる。

 

「じゃあ、イルゼが鍛えているのは魔王を殺すためか?」

 

「いや、僕のこれは保険だよ。もちろん僕が魔王を殺せるのなら文句ないけど、別に僕じゃなくてもかまわないんだ。一番の狙いは、僕が強くなることじゃない」

 

「じゃあ、一番の狙いというのは?」

 

「それは、うーんと……まあライト君にならいいか。これ、他の人に内緒だよっ」

 

 イルゼはいたずらっぽく笑いかける。

 

「この学園に来た、そもそもの目的。僕にはね、果たさなければならない使命があるんだ。僕は、ある人物を探し続けている」

 

「ある人物?」

 

「そう。加護という隔絶された力と、強い心を持つ選ばれし救世主。僕は、なんとしてもその人を見つけ出さなければならない」

 

 イルゼの瞳からは強い意志を感じる。

 

「イルゼの探しているある人物というのは、勇者のことではないのか?今言っていた条件は全て満たしているように思うんだが」

 

「僕も最初はそう思ってた。でもね、違うんだよ。彼女ではない。なんとなく、そう感じるんだ。どうしてか分からないんだけど、彼女が勝てる未来を想像できないんだ。おかしいよね。彼女は人類の希望で勇者なのに……」

 

 イルゼは自嘲気味に笑う。

 一方で、俺は内心とても驚いていた。

 イルゼは「オリビアの勝てる未来が見えない」と言った。

 それは、俺や師匠にとっては当たり前の常識だ。

 この世界はそういう風にできている。

 けれど、この世界に生きるものの思考としては()()()

 こんな考えを理解できるのは、師匠のような外界の人間か俺のような正史から大きくズレたバグだけ。

 

「イルゼ、お前は一体――」

 

「って、ごめんね! いきなり変な話しちゃって」

 

 イルゼは沈んだ空気を変えるように明るく振る舞う。

 

「あーあ、ライト君が救世主だったらよかったのになー」

 

 冗談交じりの口調で軽口を飛ばす。

 けれど俺には、もうそれがただの軽口には聞こえなかった。

 だから、俺も努めて真剣に答える。

 

「悪いがそれは無理な相談だ。俺はイルゼの言う条件を満たしていない。俺では()()()()()()()からな」

 

「うん……――そうだね。それが、世界の約束だもんね」

 

 イルゼはどこかやりきれないという表情で、夜空を見上げている。

 

「だが、一つ言えることがある」

 

「え?」

 

「イルゼが探している救世主とやらが見つかろうが見つからまいが、魔王は必ず滅ぼそう。俺がそう導く」

 

「ライト君……」

 

 俺はイルゼの瞳をじっと見つめる。

 そして、

 

「俺は純愛で世界を救う。そのために、俺はここに来た」

 

 そう宣言した。

 

「――ふふふっ、あははっ! まったく君は、ほんとうに不思議な人だね。その言葉も師匠の受け売り?」

 

「いや、これは俺のオリジナルだ」

 

「そっか、うん。なんでかな、ライト君ならできる気がするよ」

 

 そう言って、イルゼは微笑むのだった。



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小足見てから仙術余裕でした

いっぱい読んで下さりありがとうございます。
今回は下ネタギャグ小説にあるまじき真面目パート。
戦闘書くと真面目になりがち。
前回割と暴れてたのでご容赦ください。


 王都の一等地に立つ、とある貴族の屋敷。

 その一室から響き渡る、破壊音と怒鳴り声。

 

「くそっ! くそっ! くそがっ!!」

 

 部屋の主である金髪の少年は、沸き上がる衝動のまま高級な家具・備品に怒りをぶつけていた。

 

「半端な人間もどきが調子に乗りやがって……。次期英雄であるこの僕が、自ら出向いて飼ってやると言ったんだぞ! それなのにあの女……。畜生は畜生らしく僕に絶対服従だろっ!」

 

 今朝の出来事と同時に、受けた屈辱も鮮明に思い出したようだ。

 部屋には再び破壊と怒りの声がこだまする。

 

 少年の名は、カーター・アルドリッチ。

 ネルトリア学園選抜クラスに属する二年生で、現生徒会副会長である。

 普段の彼は圧倒的な才能と優れた容姿、高貴な出自のために学内外で高い人気を誇っている。

 故に彼の傲慢な態度を止める者はおらず、ましてや助長させるばかりであった。

 しかし、そんな彼のプライドを大きく傷つけた少女がいた。

 愛すべき毒舌少女(ライト狂い)、ノアである。

 ライト以外の男(師匠はある意味例外)を服を着た猿だと認識している彼女は、普通の男なら二度と立ち直れないような罵詈雑言を容赦なく浴びせ、カーターを完全に拒絶したのだった。

 オリビアが止めなければ流血沙汰になっていただろう。

 

「くそっ! くそっ! あの女、絶対に殺す! 僕の奴隷にして散々なぶった後、ぐちゃぐちゃに破壊して家畜の餌にしてやる!!」

 

 彼は挫折を知らない。

 彼は人を思いやらない。

 その思考は、まるで魔族のよう。

 

「それに、オリビアもだ。何故あの女はいつまでたっても僕を受け入れない。僕の妻となり生涯を尽くすことが至上の喜びだと何故分からない。下等な平民の分際で、何故僕の上に立っている。僕が一番だ! 僕以外が僕を超えていいはずがないだろっ!!」

 

 力のせいか環境のせいか。 

 彼は既におかしくなっていた。

 自分以外の人間は全て格下だという思想。

 いや、そうでなくてならないと思い込む際限のない傲慢性。

 その人間性は、正史(ゲーム時代)から何一つ変わっていない。

 だから、この後に起きる展開も何一つとして変わらない。

 

「ふふふ。これはこれは、素晴らしい()()を持った人間がいるではありませんか。私は運がいい」

 

「っ!? 誰だ!!」

 

 突如として聞こえた不気味な声。

 愚かだが優秀な彼は、瞬時に構え周囲を警戒する。

 

「そんなに警戒しないでください。私は()()()()敵ではありません。あなたのように優れた能力を持つお方に力を向けられては、私はそれだけで死んでしまいそうです」

 

「ふん。どうやら格の違いを正しく理解しているようだな」

 

「当然です。あなたは加護を持つ選ばれた人間。あなたこそが、世界を治める王となるにふさわしいお方」

 

「王か……。それも悪くない」

 

 強さ故の驕りか、はたまた賛辞に気を良くしたのか。

 彼はすっかり不気味な声に対する警戒心を薄めていた。

 不気味な声は、丁寧に丁寧に彼の心を侵食していく。

 

「しかし、この世界には愚かにもまだあなたの力を理解していない人間がいる。ああっ!! なんと悲しいことでしょう!」

 

 演技がかった大げさな語り口調。

 けれど、今の彼には十分過ぎるほどの効果を発揮していた。

 

「そう、そうだ。僕が一番。僕が最強なんだ。僕は『雷の加護』を持つ、選ばれた人間。僕以外が上に立つこの世界は、間違っている。僕こそが、王にふさわしいんだ!」

 

「その通りですっ! ですから、どうか私にその覇道を歩む力添えをさせてはいただけないでしょうか?」

 

「力添えだと?」

 

「はい。私には、選ばれしお方の能力をさらに高める力があります。この力を利用していただければ、あなた様の存在をより早く世界に示すことができるでしょう。私はこの世界を一刻も早く正したい。どうか、私をあなた様のために使っていただけないでしょうか?」

 

 カーターの心に沁み込んでいく、甘い誘惑。

 その言葉は、じわじわと彼の心を犯していく。

 彼は笑みを浮かべた。

 

「いいだろう。貴様の力とやら、この僕が使ってやる」

 

「ありがたき幸せ」

 

 そう言って、声の主は正体を現す。

 それは、うねうねと蠢く触手の集合体。

 醜悪な見た目は生理的嫌悪感を引き起こす。

 けれど、今のカーターには拒絶するという発想はなかった。

 彼の心は既に、その触手に搦め捕られている。

 その魔物は、彼に勢いよく飛びつくと体に寄生した。

 そして、強大な()を与える。

 

「く、くはっ。くははははっ! 素晴らしい、素晴らしいぞ! 体の底から力があふれてくる。これが僕の力。オリビアも、下劣な人間もどきも、等しく僕以下のゴミだ! 僕が、最強だっ!!」

 

 少年は、高らかな笑い声をあげる。

 内に取り込んだ、悪意にも気づかずに。

 

 

 

 

「よしっ! これで最後っと。順調に進んで良かったね」

 

 イルゼは授業の課題である薬草を採取していた。

 

「ああ。助かった。イルゼは植物に詳しいんだな」

 

「ふふん。まあね。子供の頃、よくお兄ちゃんと森で遊んでたから。なつかしいなぁ。色んな花を集めて、お花屋さんごっことかしてたんだ」

 

 そう語るイルゼの顔は、普段よりも特別穏やかだった。

 

「そうか。……いいお兄さんなんだな」

 

「うん。とっても」

 

 薬草を袋に詰め終わると、イルゼは立ち上がる。

 

「それじゃあ、先生の所に戻ろうか」

 

 俺は頷き返し、イルゼとともに歩き出した。

 

 ここは、ネルトリア学園の所有地である森の中。

 この森は魔物が発生しないように管理されており、生徒たちの校外学習の場として利用されている。

 かく言う俺たちのクラスも、今日は薬草採集の授業としてこの地を訪れていた。

 

「そういえば、今日は選抜クラスも授業でこの森に来ているらしいよ。なんでも、分隊を組んで実践形式の訓練をするんだってさ」

 

 森の中にいくつかある、拓けた場所の一つ。

 先生の待つ広場へと一足先に戻ってきた俺たちは、雑談をしていた。

 

「らしいな。人数は削がれ、外部からの援助もしずらい。相手にとっては絶好の機会というやつだろう」

 

「ん? どういうこと?」

 

 イルゼは首をかしげる。

 

「いや、すまない。こちらの話だ」

 

 どうやら俺は、イルゼを相手にすると少し口が軽くなってしまうようだ。

 昨夜、ノアと行った会議の内容を思い出す。

 ノアも俺同様に、今日の演習を危険視していた。

 しかし、あくまで襲撃の可能性が高いというだけ。

 これまで何度か似たような状況があったものの、イベントは発生しなかった。

 それに、肝心の原作主人公がいないのだ。

 主人公がいる所にイベントあり。

 それはつまり、主人公がいなければ重要イベントは起きないとも言えるだろう。

 だが一つ、気にかかることがあるとすれば――

 

「『嫌な予感がする』か」

 

 ノアの言葉。

 彼女の勘は、よく当たるのだ。

 

「後来ていないのは……一班だけか」

 

 先生が再度確認をとる。

 イルゼと駄弁っている間に、ほとんどのクラスメイトが課題を終えて集合していた。

 

「まったく、何をやっているんだ」

 

 先生が呆れた様子で魔道具を取り出す。

 万が一に備えて、森の中では生徒たちの位置情報を担当の教師が確認できるようになっている。

 

「なんだ、こっちに向かってきているじゃないか」

 

 位置情報から生徒の様子を確認できたようだ。

 数分後、木々の間から俺たちの待つ広場へと三人の生徒がかけて来た。

 

「遅いっ! 何をしていた。お前たちは減点だぞ」

 

 教師が叱りつける。

 

「はっ、はぁ、ひぃ――」

 

 教師の怒声を気にも留めず、必死に走って来る生徒たち。

 

 様子がおかしい。

 俺は遅れて来た生徒を観察する。

 乱れた息と服装。

 茂みをかき分けて来たのか、体のあちこちには細かな切り傷。

 死に物狂いでかけてきたのがよく分かる。

 そして何より気になるのは、その恐怖に染まった表情。

 先生に怒られたのが原因という訳ではなさそうだ。

 

「せ、先生。あ、ああああっちに、あぁ」

 

 恐怖で呂律が回っていない。

 

「ん? 何があった」

 

 先生も違和感を感じたようだ。

 生徒を落ち着かせ、話を聞き出そうとしている。

 と――

 

「っ! これは……」

 

 俺の感知領域内に、忘れもしないある気配が一つ。

 俺の全てが変わったあの日。

 恐怖、後悔、絶望。

 あらゆる初めての感情を俺に与えた、因縁の魔物。

 

「どうやら、ノアの勘が当たったようだな」

 

「ライト君?」

 

 先生が事情聴取を行う中、クラスの中にもわずかに不安が広まっていく。

 段々と異様な雰囲気に包まれ、クラス全体がざわつき出したその時――

 ドシン、ドシン、ドシン。

 微かに足音が聞こえて来た。

 一斉に静まり返るクラスメイト。

 皆、森の奥を見つめている。

 ドシン、ドシン、ドシン。

 ゆっくりと、されど確実に音が近づいてくる。

 そして遂に、

 

「あ、あぁ……。来た」

 

 生徒が呟くのと同時に、木々の中からその巨体は現れた。

 

「オークだ」

 

「キャーーーーー!!」

 

 その叫び声を皮切りに、生徒たちは一目散に逃げ出した。

 

「うわぁーー!」

「嫌だ嫌だ、死にたくない!」

 

 統制など欠片もない。

 

「待て! 落ち着け!! オークの一体にそこまで怯える必要はないっ!!」

 

 先生が必死に呼びかけるものの、効果はない。

 

「チッ、私が時間を稼ぐしかないか」

 

 魔法を中心とした遠距離攻撃で、生徒が逃げる時間を作ろうとしているようだ。

 が――

 ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン、ドシン。

 

 幾重にも重なる巨大な足音。

 あまりの振動に、軽く地面が揺れている。

 そして、

 

「なっ……」

 

 次の瞬間、彼は言葉を失った。

 森の奥から、何十体ものオークが現れたのだ。

 

「嘘だろ。む、無理だ。こんなの、勝てる訳がない。死ぬ。殺されるっ!」

 

 絶望的な光景に、思わず尻もちをつく。

 そして――

 

「ひ、ひぃーーーー!?」

 

 恥も外聞もなく逃げ出した。

 

 俺はそれらの動きを横目に、眼前のオークどもを見つめていた。

 誰かがワープポータルのようなものを開いたのだろう。

 俺の感知にかかるオークの数は二十、三十と増え続けている。

 俺は念話を飛ばす。

 

「ノア、状況は?」

 

「私の班にいた加護持ちが裏切った。強化された多数のオークを引き連れている」

 

「オリビアは近くにいるか?」

 

「うん。ついでに、魔王軍の幹部と名乗る触手野郎も一緒」

 

「そうか」

 

 既に戦いの火ぶたは切って落とされた。

 後手に回った以上、迅速な判断が求められる。

 

「こちらにも多数のオークがいる。恐らく増援を呼ばれるのを防ぐためだろう。無視はできない」

 

 ならば、取れる手段は一つ。

 

「ノア、俺が行くまで持つか?」

 

「当然。ライトは少し過保護。私はあなたの従者であり、道を拓く牙。信じて」

 

 ノアがそこまで言うのだ。

 ならば俺は、己の役割を果たそう。

 俺は世界の約束(ルール)にのっとり言葉を紡ぐ。

 

「よく聞け。主として従者ノアに命令を下す。敵を、一匹残らず殲滅しろ」

 

 念話の先で、ノアの力が膨れ上がるのを感じる。

 

「了解」

 

 それだけ答えると、念話は途切れた。

 

「さて、イルゼ。お前は逃げないのか?」

 

 イルゼは、怯えながらもオークから決して目を逸らすことはなかった。

 

「行かなくちゃ……いけないんだ。どうしてかは分からないけど、今逃げたら全てが終わってしまう。そんな気がするんだ」

 

 イルゼが示す先は、奇しくもノアが戦っている方角だった。

 

「それに、もう逃げるだけは嫌なんだ」

 

 イルゼの意思は固い。

 

「そうか。なら、俺についてこい。俺も丁度、そっちの方に長年待たせている相手がいる」

 

「ライト君……」

 

 師匠が言っていた。

 この世界(ゲーム)のイベントには大きく二種類があると。

 ノーマルイベントとキーイベント。

 特に、このキーイベントは攻略に失敗するとすぐさまゲームオーバーとなるらしい。

 そのキーイベントの一つが、今起こっているこれだ。

 俺は集中力を高める。

 今日がその日だというのなら、俺は全力で潰して見せる。

 

Activate Wise Clock(賢者タイム起動)

 

 詠唱と同時に、身体に深紅のラインが走る。

 

「うん。一緒にここを乗り越えよう――ってええっ!? ライト君!? なにそれ!?」

 

 イルゼには悪いが、詳しく説明している時間はない。

 

「この世界に神がいると言うのなら、よく見ておけ。純愛の名のもとに、俺がシナリオ(未来)を変えるっ!!」

 

 第一の勝利条件は、オークの殲滅とワープポータルの破壊。

 

「行くぞ」

 

 俺は強く地面を踏みこみ、オークの群れへと飛び出した。




次で一章を終わらせたい。


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このイベントを 終わらせに来た!!!

純愛厨 VS 触手先輩

ファイ!


 時は遡ること十数分前。

 ライトがオークと接敵する以前の出来事である。

 

 キンッ!

 

 響くのは金属がぶつかり合う音。

 

「きゃっ!」

 

 仲間である魔導士の少女に迫った凶刃を、ノアの短剣が受け止めた。

 

「おや? 今のに反応しますか」

 

「カーター!? あなた何をしているの!?」

 

 音に反応し後ろを振り返ったオリビアは、信じられないといった様子で叫ぶ。

 カーターはその場から跳躍すると、離れた場所に着地して邪悪な笑みを浮かべた。

 

「今の攻撃、ノアが防いでいなかったら死んでたわよ!」

 

 カーターの動きは突然のものだった。

 班行動の最中、突如として仲間の一人に切りかかったのだ。

 それを、警戒し続けていたノアが防ぎ現在に至る。

 

「ふむ。手軽な魔導士から先に殺してしまおうと考えていたのですが、まあいいでしょう。なにせ、この才能あふれる最高の肉体と私の持つ加護が合わされば、万に一つも負ける可能性は無いのですからっ!! ふはははっ!」

 

 高らかに宣言したカーターは、内に秘めていた膨大な魔力を解放する。

 それと同時に、カーターを中心に吹き荒れる風と圧。

 所持する加護の影響か、彼の周りには放電による火花が散っていた。

 

「くっ、これは!?」

 

 驚きに目を見開くオリビア。

 視線の先には、剣を片手に体から何本もの触手を伸ばしたカーターがいた。

 

「あなた、カーターじゃないわね。何者? 答えなさいっ!」

 

 オリビアは油断なく剣を構える。

 

「ふふふ。それでは、僭越ながら名乗らせていただきましょう。私の名はヌルクス。魔王軍幹部の一人にして、『寄生の加護』をもつ者。短い間ですが、どうぞよろしく」

 

 そう言って、丁寧にお辞儀をしてみせた。

 

「魔王軍――幹部。なるほど。つまり、カーターは利用されたってわけね」

 

「利用? とんでもない。これは彼が望んだ結果ですよ。まあ、既に脳まで侵食してしまったので、彼が目覚めることは二度とありませんが」

 

 カーターが寄生されてから一か月。

 彼は自分でも気づかぬ内に意識を奪われ、叶わぬ妄想に傾倒しながら死んでいったのだった。

 

「そう……。最後まで愚かな男だったのね。彼は」

 

 哀れな感情を抱くも、直ぐに意識を切り替える。

 

「で? カーターの肉体を奪えば私たちに勝てるとでも思ったの? もしそうだと言うのなら、随分と甘い見通しね」

 

「ふふ。そう言うと思いまして、こんなものを用意してみました」

 

 ヌルクスは役者がかった動きで両手を広げる。

 それを合図に、ヌルクスの両サイドに複数の魔法陣が浮かび上がる。

 そこから現れたのは――

 

「大量の、オーク……。醜いあなたにピッタリのお仲間ってとこかしら」

 

「それだけではありません。この森にいる人間を皆殺しにするため、各所に召喚陣を設置させていただきました。さらに! ここに集めたのは私の触手を植え付けた強化型オーク。さあっ! 無様に足掻く様を私に見せてください!!」

 

「チッ。勇者、舐めんじゃないわよっ!」

 

 オリビアは加護の権能を発動する。

 

「『継承英装(ブレイブエア)』第四階位まで連続解放!!」

 

 瞬間、オリビアの装備が美しい(アオ)の光に包まれ、眼前には聖なる光を宿した一振りの剣が召喚される。

 

 加護とは、それぞれが固有の権能を持つ、選ばれし者にのみ与えられた才能(ギフト)のこと。

 その権能は、魔力とは異なるエネルギーによって実現される。

 常人には観測できないそのエネルギーを、人は「神力」と呼んだ。

 オリビアが発動したのは、「勇者の加護」が持つ権能。

 彼女自身、まだ完全には使いこなせていないものの、その力は強大である。

 第四階位まで解放したその能力は、聖剣召喚、神力による肉体、装備の強化。

 さらに、歴代勇者の技術を一部その身に宿すことができる。

 

「魔導士組はここから離脱し増援を呼んで! この状況だとあなたたちを守り切れない。ノア! 二人でここを突破するわよ!」

 

「仕方ない。不甲斐ない無駄乳を正妻の私が助けてあげる」

 

 隠し持っていた愛用の双剣を手にしたノアが、オリビアの隣に並び立つ。

 

「あんた本当に生意気ね。というか、私のサイズは普通よ。あんたの胸が足りてないだけでしょう? この貧乳ロリ体型」

 

「は?」

「あ?」

 

 敵を前に睨み合う二人。

 通常運転である。

 

「これだから脳筋女は……。とにかく、邪魔だけはしないで」

 

 次の瞬間、ノアの魔力が膨れ上がる。

 

「『絶対執行(エクセキューター)』」

 

 愛する主からの命令が下ったのだ。

 条件を満たしたことによる、神力を用いた限定的な身体・魔力の強化。

 その瞳は、遠方で加速するとあるHENTAIのように深紅に染まり煌めいていた。

 

「あんた、やっぱり加護を……。そっちこそ、足引っ張るんじゃないわよ!」

 

 剣を構える二人。

 相対するは魔王軍幹部とその(しもべ)

 

 ここに、世界の命運を握る戦いが始まった。

 

 

 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬り続ける。

 魔力と神力による強化で正面から圧倒するオリビア。

 一方、テクニカルな動きと手数で致命傷を与えるノア。

 両者とも正反対のスタイルだが、奇跡的な連携を見せていた。

 

「はぁ、はぁ。流石に数が多すぎる。しかも無駄に硬い。このままじゃヌルクスにたどり着く頃には魔力が尽きるわよっ! あんたの言う増援ってやつ、本当に信じていいんでしょうっ――ね!!」

 

 新たな死体を生み出しながら、ノアに問いかける。

 

「しつこい。私の夫は最強。必ず来る。それに、ヌルクスに近づくのは危険」

 

「根拠は?」

 

「勘」

 

「まったく……。死んだら恨むわよ!」

 

「好きにして」

 

 ノアを信じることにしたオリビアは、再びオークの群れへと吶喊(とっかん)した。

 

 

 それから、どれほどの時間がたっただろう。

 周囲一帯は血で赤く染まり、オークの死体が散乱する。

 この場で生き残っているのはたった三人だけ。

 内二人は広場の中心に立ち、肩で息をしている。

 

「はっ、はっ、はっ――」

 

「ふっ、ふっ、ふっ――」

 

 百に近い数の強化オークを殺し尽くした二人。

 本来のシナリオ(正史)とは違い、オリビアに大きなダメージはない。

 これは、ノアの協力に加えオークの殲滅だけに注力した結果、ヌルクスを討伐するための賭けに打って出る必要がなくなったからである。

 しかし、それは切り札用の魔力を継続戦闘に回したということであり、同時にヌルクスに対抗する手段を失ったということを意味していた。

 

 パチパチパチパチ。

 傷一つないヌルクスが上機嫌で手を叩く。

 

「いやはや、なんと素晴らしいことでしょうか。まさか、たった二人だけで私の強化オークを殺し切るとは。本当はもっと苦戦していただくつもりだったのですが、どうやら本当に見通しが甘かったようです。謝罪させていただきましょう」

 

 未だに呼吸が整わない二人に対し、丁寧に頭を下げる。

 

「ところで、一つ疑問があるのですが……お二人とも、私と戦うための魔力は残っていますか? ふふふ」

 

 心底愉快だと言わんばかりの表情で、分かり切った問を投げかける。

 

「はっ、はっ――。魔力ですって? あんたなんか、この剣一本で十分よ」

 

 言葉とは裏腹に、オリビアは力なく剣を構える。

 

 魔力とは、生命エネルギーの一つ。

 そのため、魔力が切れた状態では歩くのも困難なほどに疲弊してしまうのだ。

 

「それは結構。直ぐに死んでもらっては困りますからね。なにせあなたには、失った分のオークを補充するという大切な役目があるのですから!! ふははははっ!」

 

 ヌルクスが剣を構えて迫りくる。

 

「くっ――」

 

 増援が来るまでの時間をなんとか稼ごうと、剣を握る手に力を込めたその時――

 

「――来た」

 

「えっ?」

 

 ズドン!

 

 上空から何かが落ちて来た。

 いや、()()()()

 地面が陥没するほどの衝撃。

 それと同時に巻き起こる、周囲を曇らす激しい土煙。

 

「きゃっ!」

 

「っ!? 何事ですか!」

 

 思わず悲鳴を上げるオリビアと、警戒して後方に飛びのくヌルクス。

 

「――すまない。遅くなった」

 

「ううん。むしろ丁度いいタイミング。約束通り、豚どもは殲滅したよ。私頑張った、褒めて♡」

 

 やがて晴れる土煙。

 

「よくやった。こういう時はご褒美をあげるといいと本に書いてあった。今度、何か一つ言うことを聞こう」

 

 中から現れたのは、全身に深紅のラインを走らせる一人の少年。

 

「え? 今何でもって言った?」

 

「うぅ……、舌噛んだぁ。もうめちゃくちゃだよぉ。頭おかしくなるぅ」

 

 脇に抱えていたイルゼをおろした少年は、尻もちをつき呆けた様子のオリビアに目を向ける。

 

「久しぶりだな、オリビア。約束通り、強くなってきた。今度こそ、俺の手で君を守るよ」

 

「らい……と……?」

 

 起こり得るはずのなかった再開。

 けれど、語らい合うにはまだ早い。

 純愛厨と触手。

 絶対に相容れぬ二者が、対峙しているのだから。

 

 

 

 

「増援ですか……? 森にいた人間はオークと戦うか殺されるかしているはずですが」

 

「オークなら俺が全て殺したぞ」

 

 俺はヌルクスの方へと振り返る。

 

「全て殺した? あなた一人で? ふふふ。おもしろい冗談を言う。強化されていないとはいえ、私の用意した――」

 

「四百五十」

 

「は?」

 

「俺が殺したオークの数だ」

 

 召喚陣を探すのに手間取ったせいで、結局全てのオークを相手する羽目になった。

 昔から、魔力的な感知だけはどれだけ修行しても上達しなかった。

 師匠の言う通り、俺には魔法の才がないのだろう。

 

「……それがどうしたと言うのですか。仮にあなたの言うことが事実だったとして、一体あなたはどれほどの魔力を残していますか? どうせ時間稼ぎでもしに来たのでしょう? 男には利用価値がありませんから、今すぐ殺して差し上げますよ!!」

 

 オリビアに襲いかかったように、ヌルクスが迫る。

 

「ぁっ! ライト!! 危ない!」

「ライト君っ!!」

 

 オリビアとイルゼが叫ぶ。

 二人は俺の元へとっさに駆け寄ろうとしたようだが間に合わない。

 

「無駄です! 死になさい」

 

 目前に剣が迫る。

 俺はそれを、最小の動きで避けた。

 

 一撃、二撃、三撃。

 

 ヌルクスの攻撃は全てが空を斬る。

 直前にどれだけのオークを相手していようが、関係ない。

 守るべき純愛がこの世にある限り、俺に疲れなど存在しないのだ。

 

「チィッ」

 

 相手もそれを感じ取ったのか、再び距離をとる。

 

「なかなかいい動きではありませんか。丁度いい。ならば一つ、この肉体の本気を試させていただきましょう。雷装!!」

 

 次の瞬間、ヌルクスの体が雷を纏う。

 

「ふはははっ! 素晴らしい! 『雷の加護』による魔法効果の増大と、私の『寄生の加護』による被寄生体への限界を超えた能力強化。これで誰も私には追いつけな――ぐべぼっ!?」

 

 俺はたらたらと話しているヌルクスの横顔を殴り飛ばした。

 

「師匠が言っていた。変身を待ってくれるのは日アサだけだと」

 

「ガッ、アァ――。キサマァ、殺す!!」

 

 ヌルクスは先ほどとは比べものにならないほどの速度で攻撃を仕掛けてきた。

 その瞬間速度は亜光速の域にまで達している。

 しかし、相手がどれだけ早かろうと俺には関係なかった。

 

「――シッ!」

 

 ヌルクスの剣を避け、拳を打ち込み、今度は剣の腹を叩いて弾き、蹴りを入れる。

 

「ガッ!? ア゛ッ!?」

 

 触手が身を守るように這出てきたが、構わず触手ごと打ち抜く。

 

「ウ゛ガァッ!?!?!!?」

 

 再び吹き飛ぶヌルクス。

 

「なるほど、これが魔王軍幹部。硬いな」

 

 魔王教団の強化人間とはわけが違う。

 加護持ちを本気で殴ったのは初めてだが、その差を明確に実感できた。

 

「ガァ、ハァ――馬鹿な。加護の二重掛けですよ!? それなのになぜ! 私が速度負けしているのです!!」

 

 「なぜか」だって?

 そんなのは単純な話だ。

 

「師匠の教えにこんなものがあった。この世界で、光速を超えるものはまだ見つかっていないと。そして、俺は気づいたんだ。純愛こそが、光速を超え得るのだと」

 

「貴様、頭がおかしいのか……? くっ、ならば近接を避ければいいだけの話!! 雷閃!」

 

 ヌルクスは魔法を行使する。

 俺目掛けて飛んでくる無数の稲妻。

 しかし――

 

「『反魔法領域(アンチマジックエリア)』」

 

 ヌルクスの放った魔法は、俺にたどり着く前に()()()()

 

「は? 何ですか、それは」

 

「無駄だ。俺に魔法は効かない」

 

 魔法とは、魔力によって世界の事象を書き換える能力のこと。

 より高次元の権限に接続している仙術の前では、意味をなさない。

 

「ふ、ふはっ、ふふふ」

 

 ヌルクスは狂ったような笑い声を漏らす。

 

「ええ、いいでしょう。認めて差し上げます。あなたは私よりも強い。しかし、あなたの敗北は既に決している!!」

 

「どういうことだ?」

 

「あなた、私の触手に直接触れましたね? 私の触手には、強力な媚薬効果があるのです! 本来は勇者用の切り札でしたが、この際もうどうでもいい。いくら強かろうが、人間の三大欲求には逆らえまい! さあ、あなたの手で、後ろの勇者どもを犯し殺しなさいっ!!」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべるヌルクス。

 それに対して俺は――

 

「そんなこと、純愛厨である俺がするわけないだろ」

 

 誇りに懸けて即答した。

 

「――何ですって? あり得ない……それだけは、あり得ていいはずがないっ!! 才能や努力といった次元の話ではないのです! 性欲のない人間など、存在するものかっ!!」

 

 遂に、ヌルクスの表情から一切の余裕が抜け落ちる。

 

「性欲か? そんなもの、『純愛』に懸けて来た!」

 

 それを聞いたヌルクスは、ふらつきながら後ずさる。

 

「化け物め……。撤退、撤退しなくては。こんな異分子(イレギュラー)がいるなんて、知らなかった。一刻も早く、魔王様に報告を――」

 

「させるものか」

 

 ズドン!

 

 俺は瞬時に加速し、逃げようとしたヌルクスの頭を掴んで背中から地面に叩きつける。

 

「ガハッ!」

 

 血反吐を吐くヌルクス。

 

「貴様は、一体何者なんだ……。答えろ! 貴様の力の源は! 加護は! 一体なんだ!!」

 

 引きずりながら体を起こし、叫ぶように問う。

 

「加護? 俺にそんな才能はない。俺の力の源は、もっと単純で、誰もが生まれながらに持っている純粋な願い。『純愛』だ」

 

「純愛……だと?」

 

「そうだ。真に必要なのは、選ばれた力なんかじゃない。純愛を愛し、純愛に愛されることで自らを純愛と化す。それこそが、この愛の無い世界を救う絶対の希望だ」

 

 俺自身が純愛となる。

 それが、凡人である俺の、仙術のたどり着いた答えだった。

 

「変態、いや、HENTAI……か。しかし、そうですか。加護を持っていなのですか。ふはっ、ふはははっ! やはり、あなたは唯の人間。どれだけ強かろうが、所詮は凡人だということ。知っているでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()()()! それが世界の約束(ルール)だ!!」

 

 そう、これこそが、加護を持つものと持たないものとの差を決定づける究極の制約。

 ここで俺がこいつを殴り続けたとしても、致命傷にはならない。

 それどころか、一定以上のダメージラインを超えると、俺の攻撃は全て無効化されるだろう。

 この制約だけは、例え仙術であっても突破できない。

 

「お前の言う通り、俺ではお前を殺せない」

 

 笑みを深めるヌルクス。

 しかし、俺は一人ではないのだ。

 

「――だから、私がいる」

 

「かはっ!」

 

 胸から剣を生やし、血を吐き出すヌルクス。

 

「な……ぜ、きさま……が」

 

 ヌルクスの背後に突如現れ、その胸に短剣を突き刺したのはノアであった。

 

「私の加護は『忠誠』。主が呼べば、どこへだって参上する」

 

 「忠誠の加護」

 それこそが、ノアの持つ加護の正体。

 その権能の多くは主とする対象に依存する一方、主と定めた相手のためならば無類の強さを発揮する。

 まさしく、彼女のためにあるかのような加護であった。

 

「転移のっ……権能っ……か……! ぐはっ――」

 

 剣を抜かれ、ヌルクスは地面に倒れ込む。

 

「はぁ、はぁ――。あぁ……、馬鹿な、こんな所で……死ぬなんて。あり得ない、あり得ない。あり得ていいはずがない!! 私は、私は――」

 

「疾く死ね」

 

 一閃。

 

 ゴロ。

 

 ノアによって、ヌルクスの首が刎ねられた。

 

「まず一人」

 

 ライトは空を見上げる。

 多大な命と純愛が犠牲となるはずだった戦いは、HENTAIの手によって完全に救われたのだ。

 

 その光景を見ていたイルゼは思う。

 

(見つけた。遂に見つけたんだ!! これで漸く、お兄ちゃんの遺した希望を繋げられる! 選ばれた才能なんて、関係なかった。彼が、彼こそが、僕らの『救世主』だ!!)

 

 ゲームにおけるシナリオはまだ序盤。

 けれど、確かに今日、世界は大きく変わったのだった。




感想、評価、お気に入りしてくださった皆さんありがとうございます。
感想は楽しく読んでます。
評判がよさそうだったら二章も書きたいと思います。
二章では、メスガキ後輩をわからせたり、オリビアの脳を破壊したり、イルゼ君がライト君のお尻を狙ったり(♂)する予定です。
よろしくお願いします。


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私の主様

番外編で時間を稼ぐ。
よろしくお願いします。


 私が生まれたのは、亜人族の小さな村だった。

 村の周りは自然であふれていて、私たちは自給自足の生活を送っていた。

 狩りをしたり、作物を育てたり。

 村の人はみんな家族のようなものだった。

 王都の人間が見たら卒倒するような生活だったけれど、私は友達と村や森を駆け回っているだけで楽しかった。

 なにより私は、この温かい村のことが大好きだったのだ。

 

 だから、私は知らなかった。

 この世界には、愛がないということを。

 

 だから、私は考えもしなかった。

 この日常が、突如として崩れ去るということを。

 

 

 

 

「――――」

 

 馬車で運ばれる檻の中、私はぼんやりと過ぎてゆく外の景色を眺める。

 ここに入れられたのは私だけ。

 後はみんな殺された。

 お父さんも、お母さんも、みんな、みんな殺された。

 突如として村を襲った黒いローブを着た集団。

 彼らは村に火を放ち、手当たりしだいに剣を胸へと突き立てた。

 そしてただ一人、私だけが()()()()()()

 剣は私に致命傷を与えることなく、ナニカによって阻まれたのだ。

 「加護」だとか、「魔王様」と言った言葉を口にしていたけど、今の私には考える余裕もなかった。

 だって、そうでしょう?

 心は壊れ、ただ息をするだけの肉塊と化した私に、思考する意味などないのだから。

 あるのは、底なしの絶望感だけ。

 目に映る景色は全て空虚で、私の穴だらけの心を素通りしていくようだった。

 唯一つ、その(アカ)の輝きを除いて――。

 

「あっ……」

 

 ズドン!

 

 (アカ)が落ちる。

 それは突然の出来事だった。

 

「なっ!? お前なにも――ギャッ!?」

「クソッ! 死ね――ガッ!?」

 

 意識外の攻撃に、数人の男が抵抗もなく吹き飛ばされる。

 それを成したのは、全身に深紅のラインを走らせたとある少年だった。

 空からやって来たその少年は、私の村を襲った連中にたった一人で立ち向かった。

 複数の強化人間に囲まれ、()()()()()剣をその身に受ける。

 それでも、彼は決して引かなかった。

 彼の流した血と混ざり合い、より深みを増す(アカ)の輝き。

 それはまるで、この世界にあらがう強い怒りを体現したかのようで……。

 いっそ病的なほどの強い意志。

 そこには英雄談のような華やかさは欠片もない。

 むせ返るような血の匂いと飛び交う怒号。

 目の前に広がるのは、ただただ苛烈で残酷な現実。

 けれど――

 

「きれい……」

 

 私の網膜を焼くその鮮烈な光は、ひどく美しく見えた。

 

 

 それから少しして。

 

 ギギギギ。

 金属の軋む音。

 

「怪我はないか?」

 

 傷だらけの少年が、私の前に立っていた。

 少年は私の無事を確認して一言、

 

「すまない」

 

 と謝罪の言葉を口にした。

 私には、なぜ彼が謝っているのか理解できなかった。

 

「外にいた魔王教団と戦った時、奴らの剣に血がついているのを見た。俺は、君の大切なものを守ることができなかった……。本当にすまない」

 

 彼の表情からは感情を読み取りづらかったけど、本気で落ち込んでいるということだけはよく分かった。

 彼の推測は正しかった。

 でも、だからと言って彼を責める気にはなれなかった。

 黙り込む私に、彼は再度声をかける。

 

「今の俺には、奴らを倒す程度が限界だ。それ以外のことは、よく分からない。だから、君を師匠の元へ連れて行く。師匠なら、全て上手く取り計らってくれるはずだ」

 

 彼は私に手を差し伸べる。

 きっと、優しい人なのだろう。

 彼についていけば、安全な暮らしが待っているのかもしれない。

 でも、私は――

 

「もう……いいよ」

 

 彼を拒絶した。

 

「……どういうことだ?」

 

 彼が問いかける。

 

「もういいの。どうでもいい。この世界に、私の居場所はもう無い。私に、生きる意味は無いの。それに、どこにいたってきっと、また私の居場所は奪われる。気づいたの。この世界は冷たくて、希望なんて無いんだって……。だからもう、いいの」

 

 家族を、みんなを、村を、失ったあの時。

 私は既に、死んでしまっていたのだ。

 

「……」

 

 沈黙が場を支配する。

 やはり、彼の表情は何を考えているのか分かりづらい。

 そして、今さらながら感謝の言葉を伝えていなかったことに気が付いた。

 私はとっさに口を開こうとして――

 

「――なら、俺が君の居場所になろう」

 

 それと同時に、彼が檻の中に足を踏み入れた。

 

「えっ――?」

 

 私の口からまぬけな声が出る。

 彼は迷いのない足取りで私の元まで歩み寄り、片膝をついて目線を合わせる。

 そして、私の瞳をじっと見つめてこう言った。

 

「君が居場所を、決して崩れぬ帰る場所を求めるのなら、俺がそうなろう。君が絶望したというこの愛なき世界を、俺は必ず変えてみせよう。俺の望みは魔王の討伐だ。俺は今よりももっと強くなる。そして俺は、純愛で世界を救う。だから、俺と一緒に来い」

 

「……」

 

 彼の言った言葉は、全て無茶苦茶だった。

 魔族ですらない人間と戦うのが精いっぱいだった彼が、魔王を倒すと言っている。

 根拠なんて一つもない。

 ただの気休め――のはずなのに。

 彼の言葉が、その瞳が私の心に熱を灯した。

 

「居場所に、なってくれるんですか?」

 

「ああ」

 

 彼は短く、されど力強く言葉を返す。

 

「本当に、いなくなりませんか?」

 

「当然だ」

 

 彼の言葉の一つ一つが、私の心を叩き直す。

 

 おかしい。

 変だ。

 こんなこと、あるはずないのに。

 私の心は、死んでしまったはずなのに。

 どうしてか、胸が、焼けるように熱い。

 私は、震える口で言葉を紡ぐ。

 

「ずっと……、い゛っしょに……、いて、くれますか?」

 

 枯れたはずの涙が、視界をぼかす。

 

「任せろ」

 

 その言葉を聞いて、私は――

 

「っ、くぅ、う゛、う゛ぇーーーーん!」

 

 赤子のように泣き声をあげたのだった。

 

 これは、とある少女とまだまだ未熟な純愛厨との運命的な出会いの話。

 本来、魔王軍に捕らわれ、幹部として主人公の前に立ちふさがるはずだった少女の、救いの物語だ。

 

 

 

 

「ライト! お帰り♡」

 

「ただいま、ノア」

 

 とある日の夕方。

 私は玄関でいつものようにライトを迎える。

 学園が終わり次第直帰しているのは、こうしてライトを迎えて私の正妻力を高めるためだ。

 同時に、日々の正妻ムーブによってライトが私のことを自然に妻だと認識するようになるという効果も期待できる。

 

「ねぇ、ライト♡ ご飯にする? お風呂にする? それとも……、わ・た――」

 

「ご飯だ」

 

 即答。

 最後まで言わせてもくれないのは流石に少し悲しい。

 

「せっかくノアがつくってくれたのに、冷めてしまってはもったいないからな」

 

 きゅんっ♡

 私の好感度が上がった。

 上限は当の昔に無限大へと達している。

 

「もうっ♡ ライトったら~♡ そんなライトのために、今日の晩御飯は師匠直伝のKATUDONだよ」

 

「っ!? 本当か!! 実は今朝から食べたいと思っていたんだ」

 

 ライトがとても喜んでくれている。

 それだけで、今日も生きている意味がある。

 

「知ってたよ。そんな顔してたもん」

 

「……本当か? 俺はあまり表情に出ない人間だと思っていたのだが、そんなに分かりやすかったか?」

 

「うん。とっても♡」

 

 そんな会話をした後に、私たちはご飯の並んだ席に着く。

 今日もまた、ライトのいる今を生きる。

 優しくて、真面目で、強くて、ちょっとおバカ。

 そんな全てが愛おしい彼こそが、私の主様だ。

 




次はギャグに戻る予定。


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第二章 喫茶メスガキと純愛の蝶
落ち着いて聞いてください。あなたの想い人は美少女と同棲しています。


大変お待たせいたしました。
失踪から舞い戻ったので実質初投稿。
二章のプロットは組んだのでぼちぼち投稿したいと思います。
また、復活の際に見切り発車のガバガバ設定を見直した結果、第2~7話の一部設定を修正・追加しました。
一応、「活動報告」にまとめておきますので気なる方はご覧ください。


 そこを支配していたのは、暗闇だった。

 黒く、深く、重い。

 まるで「死」そのものであるかのような、濃密な闇の魔力。

 魔族であっても、生半可な戦士であればたちまちのうちに汚染され、その闇に飲み込まれるだろう。

 そんな闇の中で、平然と玉座に腰掛ける存在がただ一つ。

 深い闇を身に纏い、加護の権能に依らず、自らの力のみで外界からの干渉を断絶している。

 姿形だけでなく、その魔力や気配といったあらゆる情報が読み取れない。

()()こそが、人類の敵にして絶望の体現者、

 

”魔王”

 

その人である。

 

「――、『寄生』が消えた。ヌルクスが死んだか」

 

 魔王が口を開く。

 それは、ここから遠く離れた地において、ノアがヌルクスの首を跳ね飛ばしたのと同時刻であった。

 

「アルマン」

 

 魔王が虚空に呼び掛ける。

 

「はっ! ここに」

 

 その呼びかけに応じて即座に現れたのは、一人の魔族。

 その細い肉体からは戦闘力を感じられないものの、アルマンから伝わるオーラのようなものが見る者に優れた知性を感じさせる。

 

 彼は、魔王軍幹部が一人にして、「影詠みの加護」を持つ男。

 軍師アルマン。

 

 玉座の前に膝まずくアルマンに対して、魔王は問いかける。

 

「ヌルクスが死んだ。勇者はどうなった」

 

「勇者はいまだ健在。また、六年前に取り逃した『忠誠』を観測しました」

 

「――そうか。『救世』はどうだ?」

 

「いいえ。ヌルクスとの戦いにおいて、『救世』の権能が行使された気配はありません」

 

 それを聞いた魔王は口を閉ざす。

 闇に包まれたその表情を読み取ることは不可能だが、考えを張り巡らせているだろうということは感じ取れる。

 

異分子(イレギュラー)……か。幼き勇者を襲わせたオークを殺し、『忠誠』を取り返され、『救世』に頼らずヌルクスとその配下を殲滅……。まるで、こちらの行動を全て見透かされているようだ。さらには、『影詠み』ですらその存在を観測できない。いよいよ無視はできんな」

 

 魔王の言葉に、アルマンが続く。

 

「魔王様のおっしゃる通りかと。十年前のあの日から、燻り続けていた違和感。加護を持たないせいでその存在を明確に観測できていませんでしたが、今回ようやくその尻尾を掴みました。()()()()です」

 

 アルマンのその言葉には、虚勢ではなく確かな自信があった。

 

 今回発生した、ヌルクスによる勇者襲撃事件。

 原作では「救世の加護」と呼ばれる加護の保有者をおびき出し、その権能を見定めるための仕掛けであったが、異分子(純愛厨)によって歴史が大きく動いたこの世界では、少しその主旨が異なる。

 

 今回の作戦の真の目的。

 それは、

 

異分子(イレギュラー)()()()()

 

 魔王軍にとって、純愛厨(ライト)の早急な解析は最優先事項となっていた。

 加護を持たない身でありながら、こちらの重要な作戦を的確に妨害され、尚且つ幹部をも討ってみせた。

 これほど気持ちの悪い存在は他にいないだろう。

 

「その様子を見るに、解析は十分なようだな」

 

 魔王は、アルマンの様子からそう判断した。

 そして、再び問いかける。

 

「では聞こう。奴を――どう殺す」

 

 その言葉を受けたアルマンは、伏せていた顔を上げ、魔王を包む闇をはっきりと見てこう言った、

 

「『進化』を向かわせます」

 

 

 

 

 ヌルクスの襲撃があってから、早二日。

 その間、俺はオリビアともノアとも直接顔を合わしていない。

 オリビアは、あの現場でヌルクスの死体やら何やらを駆け付けた王国騎士団とともに処理した後、魔王軍幹部の討伐を報告しに王城へと向かった。

 また、加護の所有がばれたノアも一緒に連れていかれた。

 ノアは俺から離れるのを相当嫌がっていたが、らちが明かないので主の命令として強制させた。

 

 ”絶対命令権”

 

 これも、ノアの持つ「忠誠の加護」の権能の一つであり、それによって主である俺に与えられた能力だ。

 ノアの意思を無視して、俺の命令を強制的に実行させることができる。

 ヌルクス戦の時は、ノアをさらに強化するために「絶対執行」と重ねて使ったが、今回はその真逆とも言えるような使い方だ。

 

 能力を行使されたノアはというと、

 

「ライト。私は忠実なあなたの従者。今は言うことに従う。でも、なんでも言うことを聞いてくれる約束、忘れてないから。私が帰ったら、それはもう、とんでもない事をしてもらうから。とんでもなく、ぬちゃぬちゃの、ぐちょぐちょで、ズポズポだからっ! 絶対にっ!! ふぅ、ふぅー!」

 

と、意味不明な捨て台詞を残し、ガンギマったような血走った眼をしたまま騎士団にひきずられていった。

 

 「なんでも」と言った記憶はないんだが……、まあいい、もともとご褒美としてノアに俺から提案したことだ。

 それに、最悪でも仙術を使えばある程度の願いは叶えられるだろう。

 ノアが頑張ったのは事実だし、今回は極力好きにさせてやるか。

 俺はそう思った。

 

 一方で、オリビアと交わした言葉は少ない。

 

「ライト……、言いたいこと、聞きたいことはたくさんある――だから、今度は、どこにも行かずに待ってて」

 

 そう言った彼女の瞳からは、様々な感情が読み取れた。

 昔のオリビアなら、何もかも無視して俺を問い詰めていただろうに……。

 俺がこの十年で変わったように、彼女もまた変わったのだと、俺は改めて感じた。

 

 ただ、懐かしさを感じる場面もあった。

 俺とノアのやり取りを見たオリビアが、

 

「ぐちょぐちょに……、ず、ズポズポっ!!?!」

 

と、顔を赤くしてぶつぶつとつぶやいていたのだ。

 その顔はまさに、昔、村で有名だったカップルが家の陰でゴソゴソと何かをしているのを目撃した時と同じだった。

 

 当時、顔を真っ赤にしたオリビアが、

 

「ええっ!? そんな……ふぁ……、すごっ、そ、そんなテクがっ!?!」

 

 と、わたわたしながらガン見していたことをよく覚えている。

 結局、俺が覗こうとしても何故か阻止されたために、彼女が何を見ていたのかは今でも分からない。

 何を見たのか聞いても、

 

「そ、そんなのっ! ナニに決まってるじゃない!! ライトのばかっ!」

 

と、怒られてしまった。

 解せない。

 

「さて、君たちにも少し付き合って欲しいのだが、いいかな?」

 

 俺が思い出に浸っていた所で声をかけてきたのは、騎士団の一人だ。

 ヌルクスとの戦いを間近で見ていたであろう俺たちに事情聴取を行うのは当然のことだろう。

 オリビアとノアが去った後、俺とイルゼもまた、騎士団に連れられ森で起こったことについて話をすることになった。

 俺はそこで、ヌルクスを討伐したのはオリビアとノアの力だと語った。

 これは、騎士団が来る前にあの場にいた三人にも口裏を合わせてもらっていたことだ。

 

 一つ目のキーイベントは、無事乗り切ることに成功した。

 俺が望む未来への、確実な一歩となったことは間違いないだろう。

 しかし、防がなければならないイベントも、倒すべき敵も、まだまだ残っている。

 特に、次に起きるだろうキーイベントのことを考えると、俺の力は極力隠しておく方がいい。

 師匠が築き上げた「仙術」は、この世界の運命を捻じ曲げるほどの強大な力を持っている。

 けれど、それは決して万能の力ではない。

 師匠が言っていた、

 

「よいか、ライトよ。『仙術』を会得したお前は、確かに強い。しかし、わしらは選ばれた者ではない、凡人であるということを決して忘れてはならん。己の力を過信するな。仲間を頼れ。わしらが現状優位におるのは、ひとえに『仙術』が奴らにとっての未知であるからじゃ。もし、わしらの手札が奴らの予測を超えることができない時が来るとすれば、それがわしらの敗北となるじゃろう」

 

と。

 運命は変わった。

 とは言っても、その影響が全てこちらに都合よく働くとは限らない。

 ここで一つ、改めて気を引き締めなおす必要があるだろう。

 というか、既に気になることが起きている。

 騎士団による事情聴取から解放された後、俺はまだイルゼと顔を合わせていないのだ。

 そもそもイルゼは学園にすら来ていない。

 寮の自室にいて、体調が悪いわけではないことは間違いのだが、不安だ。

 一度部屋に行ったのだが、イルゼに「もう少しだけ待って欲しい」と言われた。

 やはり、ヌルクスのこと、戦いのこと、俺の力のこと、と情報量が多すぎて少し混乱しているのだろう。

 俺はイルゼを信じて、もう少しだけ待ってみることにした。

 

 カツカツカツカツ。

 

 廊下に響く靴の音。

 俺は今、この二日間に起きた出来事を振り返りながら、学園の最上階に位置する廊下を歩んでいた。

 

 カツカツカッ――。

 

 音が止む。

 目的地に着いた。

 目の前には、両開きの少し豪華な扉。

 扉のそばには、「生徒会室」と刻まれている。

 そう、俺は遂に、オリビアから今日の放課後ここに来るよう呼び出されたのだ。

 俺はゆっくりと扉に手をかけ、そして――動きが止まる。

 

「――」

 

 自分で自分に驚く。

 どうやら俺は、緊張しているようだ。

 

「ふっ――」

 

 短く息を吐く。

 そして、「ガチャリ」と音を立てながらその扉を開いた。

 

「――――」

 

 目の前に広がるのは、これまで入ってきた教室とは全く異なる空間。

 先ほど触れた扉と同様に、少し豪華で気品を感じる内装。

 そして、その空気感の中でも圧倒的な存在感を放つ美しい人物が、最奥の椅子に腰かけてこちらをじっと見つめていた。

 

「――オリビア」

 

「ライト――」

 

 互いの視線が交差する。

 改めて真正面からみた彼女は、その心も身体もかつてとは比べ物にならないほどに強く成長しているのが感じられた。

 幼さが抜け、少し大人びた顔立ちに、記憶以上にみがかれた美しい金色の髪。

 見間違えるはずもない。

 彼女こそ、あの日守ると誓った、俺の原点(オリジン)だ。

 

 そして、同じく俺の存在を確かめたであろうオリビアが、俺に向かって告げる。

 

「ねぇ……、ライト」

 

「……」

 

 俺は、彼女の言葉を一つたりとも逃さないよう、静かに耳を傾ける。

 

「ノアとかいう頭も胸も足りてない生意気ロリ体型が、あなたと婚約していて尚且つ同棲までしているという妄言を垂れ流していたんだけど、詳しく聞かせてもらえるわよね?」

 

「…………………………………………………………、なんだと?」

 

 十年ぶりに再会した俺の幼馴染。

 早口で語るその瞳には、確かな殺意が宿っていた。




幼馴染の熱いまなざし。


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自称嫁VS幼馴染VSダーク〇イ

メスガキさんがでるまでもうちょいかかりそう。


 放課後の生徒会室。

 

「ん? ライト? どうしたの? 聞こえなかった?」

 

 「トントントン」と机を指で叩きながら、額に青筋を浮かべたオリビアが、俺に問いかける。

 

 どうしてこうなった。

 

 突如として訪れた、命の危機。

 大げさと言うことなかれ。

 普段から強気な性格のオリビアだが、怒ったときはその比ではない。

 

 一度、二人で村をまわるという約束をすっかり忘れて、近所の女の子と追いかけっこで遊んでいたことがある。

 翌日、どこかの畑からとってきたであろうナタを片手に、一日中追い回された。

 あの時が、俺が人生で初めて「死」を感じた瞬間だった。

 

 そんな実績のあるオリビアのことだ。

 今の彼女ならば、俺が一歩間違えた次の瞬間、聖剣を振り抜いていてもおかしくはないだろう。

 この距離では、仙術も間に合わない。

 仙術は、その効果を発揮するまでの時間で僅かばかり加護に劣る。

 

 師匠。

 これが、己の力を過信した末に訪れる「敗北」ということなのですか……。

 

 トントントントントントントントン――。

 

 俺がこうして考えている間にも、オリビアの機嫌がみるみる下がっていくの感じる。

 

 マズい。

 未だ状況は意味不明だが、とにかく何かを言わなければ。

 

「オリビア、落ち着いて聞いてくれ」

 

 その言葉に、彼女の指が止まる。

 

「『落ち着け』ですって? 私は常に冷静よ。それはもう、もの凄く冷静よ。具体的には、私を守ると言って去った幼馴染が、他の女と同棲してイチャイチャしていたとしても、言い訳を聞いてあげるくらいに冷静よ」

 

「…………」

 

 どうやら、早速何かを間違えたらしい。

 ノアに散々「察しが悪い」と言われてきたが、まさかこのタイミングでそれに足を引っ張られるとは。

 こんなことになるのなら、師匠の話に出て来た「リトさん」なる人物の話をもっと聞いておくべきだった。

 曰はく、「リトさん」とは、多くの女性に愛されながらも円満に生き抜いた偉人だそうだ。

 とにかく、ここまできたら全てを嘘偽りなく話すしかないだろう。

 もとより、俺にはそんなやり方しか思いつかない。

 

 俺は、オリビアと目を合わせてハッキリと告げる。

 

「いいか。俺とノアは――」

 

「将来を誓い合ったラブラブ夫婦。幼馴染とかいう負けヒロインの付け入る隙はない。帰れ」

 

キィンッ――。

 

 瞬間、金属のぶつかり合う音。

 目にも止まらぬ速さで接近し、振るわれた聖剣。

 その狙いは俺ではなく、いつの間にか前に現れていたノアであった。

 

「チッ、仕留めそこなったわ」

 

 剣をしまい、悪態をつくオリビア。

 

「イヤン。剣を持った新種のゴリランガに襲われた。ライト守って」

 

 そう言って、ノアは俺の腰に抱き着いてくる。

 

「んなっ!? 誰が魔獣よ!! てか、何しれっと()()ライトに抱き着いてるわけ? とっとと離れなさい! この泥棒女っ!!」

 

「泥棒? ふふっ。オリビアはお笑いの才能がある。誇っていいい。私とライトは加護で繋がれている。加護は神からの祝福。つまり、実質結婚。オリビアこそ、()()夫に手を出さないで」

 

 バチバチバチ。

 

 そんな音が聞こえて来そうなほどに睨み合う二人。

 

「今、私とライトはとても大事な話をしているの。邪魔しないでくれる? そもそも、あんた仕事はどうしたのよ。今日のためにわざわざ用意したっていうのに」

 

「そんな見え見えの罠に引っかかるのはオリビアみたいな脳筋だけ。私をゴリランガと一緒にしないでほしい」

 

 バリバリバリ。 

 

 比喩抜きで、二人の間の大気が震えだす。

 

 「……どうしてこうなった」

 

 俺は、いっそ手放したくなる意識を必死につなぎとめながら、この場を治めるために二人の間(地獄)に割って入る覚悟を決めたのだった

 

 

 

 

 あの後、ひとまずノアを体から引き離した俺は、オリビアに今日までの十年間のことを大まかに説明した。

 師匠のこと、ノアのこと、仙術のこと。

 そして、俺の目的のこと。

 一度で抱えるのには多すぎる量の情報ではあったが、なんとか飲み込んでくれたようだった。

 話を聞き終えたオリビアが、静かに口を開く。

 

「つまり、ライトはノアと結婚しておらず、恋仲でもなんでもない。さらに、その、じょ、女性経験もまだないということね! こほんっ! 取り敢えず、それが分かったからよしとするわ」

 

 少し赤くなった顔で、そう頷くオリビア。

 

「そうか」

 

 よく分からないが、なんとか怒りは収まったらしいので一安心だ。

 

「むぅ……、『婚約事実刷り込み作戦』は失敗」

 

 一方、何故かノアは少し落ち込んでいるように見えた。

 

「でも、あの脳筋女は相手にもならない雑魚。HENTAIが言ってた。『暴力系ヒロインは最近流行らない』と。時代は銀髪クール系美少女。私の一人勝ち」

 

 かと思いきや、「ふふふっ」となんだか悪い笑みを浮かべていた。

 やはり、女心はよく分からない。

 俺は、改めてそう感じた。

 

「ひとまず、私が一番知りたかったことは今ので聞けたわ」

 

 そう語るのはオリビア。

 

「後は、まったり昔話に花をさかせましょう――と、言いたいところなんだけど、そうもいかないの。理由は、分かるわよね?」

 

「ああ、魔王軍についてだな」

 

 俺たちの共通目標。

 

 ”魔王討伐”

 

 そのためには、こちらの持っている情報と、オリビアの持っている情報。

 それらをここで、すり合わせておく必要があるだろう。

 

「まず、ライトたちに聞きたいんだけど、加護についてどれくらいの知識を持ってる?」

 

「加護……か」

 

 「神の祝福」とも呼ばれる、絶対の力。

 加護を持つものと持たないものでは、文字通り存在の格が違う。

 その隔絶は、死すら隔てるほど。

 しかし、それ以上の話となると知っていることは多くない。

 

「……なるほどね。その顔を見るに、世間的に知られている程度の情報しか持っていないとみたわ。師匠とかいう人は教えてくれなかったの?」

 

「ああ。師匠も、加護については詳しいことは知らないようだった」

 

 正確には、教えたくても()()()()()()と言っていた。

 師匠は確か、

 

「世界の根幹にまつわる話じゃからのう、もしかしたら、世界の修正力で記憶に制限が……。はっ!? まさか、何度もお世話になった一枚絵たちの記憶が不鮮明なのも、世界の修正力というのか! 許さんっ!!」

 

といったことを口にしていた。

 

 師匠の言葉は難しく、全ては理解できなかったが、師匠の記憶にばかり頼ることはできないということは間違いない。

 

「そう。なら、まずはそこからね」

 

 そう言って、オリビアは語り出した。

 

「この世界には、計16の加護が存在するわ。その半分は魔族にのみ発現する。人類に発現する加護は次の八つ。

 

『勇者』、『魔法』、『聖女』、『守護』、『忠誠』、『繋縛』、『星詠み』。

そして、『救世』。

 

持ち主の適正によって形を変えるから、能力や名称が多少変わることもあるけど、おおよそこの通りよ」

 

 なるほど。

 恐らく、カーターが持っていた「雷の加護」が「魔法の加護」のことだろう。

 

「一方、魔族側の加護は全てはっきりとわかっているわけではないの。現状判明しているのは次の五つ。

 

『魔王』、『魔法』、『寄生』、『影詠み』、『終末』。

 

ここから、ヌルクスの討伐によって、人類側の『魔法』と魔族側の『寄生』が消えたわ」

 

「消えた――とはいっても、完全に消滅するわけではないんだろ?」

 

「そうよ。けど、『聖女』や『星詠み』といった継承型の一部加護を除いて、持ち主が死んだ加護は、次生まれる赤子の中で最も適性のある者に宿る。だから、実質無いものと思ってもらって問題ないわ」

 

 つまり、残る加護は互いに七つということか。

 

「現在、人類側で持ち主を把握できていないのは『救世』のみ。これをどれだけ早く見つけられるかが、一つの勝負所ね」

 

 そう言って、オリビアは話を結論づけた。

 

 「救世の加護」

 この加護の持ち主を、俺は知っている。

 なぜなら、『救世』に選ばれし者こそが、この世界の()()()なのだから。

 しかし、それが分かったところで現状は変わらない。

 俺たちが、主人公を見つけられていないからだ。

 

「ねえ、その『救世』って、既に持ち主が死んでいるってことはないの?」

 

 先ほどまで黙って話を聞いていたノアが口をはさむ。

 

「それはないわ。もし加護の持ち主が死んだのなら、『星詠み』が感知するはずよ。だから、間違いなく生きている」

 

 オリビアはそう断言した。

 

 主人公はいない。

 けれど、「救世」の保持者は死んでいない。

 事態は、当初の想定よりも複雑になっているようだった。

 

「加護について私が教えられるのはこのくらいね。それから、もう知っているかもしれないけど、加護持ちであるノアは既に生徒会入りしたわ」

 

「ああ。ノアから報告を受けた」

 

「それで、ライトの方なんだけど……。本当によかったの? ヌルクス戦のことを正直に話せば、すぐさま選抜クラス行きだったのに」

 

「それも以前話した通りだ。もうしばらくは、力を隠しておきたい」

 

 次のキーイベントで敵対する相手は少し特殊だ。

 一度警戒されると、イベントの進行を把握しづらくなる。

 

「そう。わかったわ。ライトを信じる」

 

 これで、おおよその方針は決まった。

 

「さて、思ったより時間を食ったし、今日はもう帰りましょうか」

 

「そうだな」

 

 余裕はまだある。

 必要以上に詰め込むのも、かえって効率が悪いだろう。

 

「ふぅ、やっと私たちの愛の巣に帰れる。ライト、晩ご飯の材料がないから、町によりたい」

 

 ノアが俺に提案する。

 

「ああ、それなら今晩は気にしなくて大丈夫よ。食材は私が持っていくし、料理もするから」

 

 すると突然、帰り支度を済ませたオリビアがそんなことを言い出した。

 

「オリビア、家に来るのか?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

 そう言うと、彼女は当然のことのように俺に告げた。

 

「今日から私も、ライトの家に住むことにしたから」

 

「は?」

 

 ノアの口から、聞いたことのない驚きの声がもれる。

 

 こうして、俺の日常にオリビアの姿が加わることになった。



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変わらないあなた

次回くらいからギャグに戻りたい


 日は沈み、王都には夜の帳が降りる。

 眼下に広がる町には明かりが灯り、日中とは異なる様相を呈している。

 酒を片手に仲間と盛り上がる者、食事を済ませ明日のために眠りにつく者。

 そんな彼らを守るのが、「勇者」である私の使命だ。

 

 この場所にくると、ついついそんな事を考えてしまう。

 ここは、町を見下ろすことができる高台。

 どうして真夜中に一人、こんな所に突っ立っているのかというと、ある人物に呼び出されたからだ。

 

「オリビア」

 

 その声に私は振り返る。

 

「悪い、待たせた」

 

 約束の時刻よりも少し遅れてきた彼は、申し訳なさそうな顔をしている。

 私を呼び出したのは、他でもない、ライトだ。

 

「そのくらい気にしなくていいわよ。なんせ、こっちは十年待ってたんだし。誤差よ誤差」

 

 そう言うと、彼はさらに困ったような顔をして、

 

「……すまない」

 

と言葉を付け加えた。

 

 その顔を見て、私は思わず「くすくすっ」と笑ってしまう。

 どうやら少し、からかい過ぎたみたいだ。

 

「?」

 

 笑う私を見て、彼は疑問符を浮かべている。

 懐かしいやり取りだ。

 ライトにかまって欲しかった幼き日の私は、わざと怒ったりしてみせて、彼が必死に機嫌を取ろうとする所を楽しんでいた。

 最後には決まって、私が彼の慌てる姿に笑ってしまい、ライトは意味が分からないといった様子で私を見つめるのだ。

 

「ふふっ――、なんでもないわよ。それにしても、よくノアを説得できたわね。私と二人きりだなんて、あの子絶対許さないでしょ?」

 

 こちらに歩んでくるライトに、疑問を投げかける。

 

「そうでもない。確かに、ノアは少しわがままな所もあるが、きちんと話せば分かってくれる。いい子だ」

 

 それを聞いて、私は少し驚く。

 

「ふぅん、意外だわ。てっきり、もっと依存されてるんだと思ってた」

 

 私は正直な感想を口にする。

 

「依存……か。それは少し耳が痛いな。これに関しては、俺の責任である所が大きい。ノアは今、その存在理由の多くを俺に求めている。だから、他の生きる理由、それこそ、好きな男でもできればだいぶ変わってくると思うんだがな」

 

 その話を聞いて、私は絶句する。

 

「……ねえ、ライトってノアのことどう思ってる?」

 

「ノアのこと? そうだな……、一言で言えば、妹みたいなものか」

 

 ライトはあっさりとそう言ってのける。

 

 こいつ、マジか……。

 

 この幼馴染(唐変木)、誤魔化しではなく本気で言っているのが相当たちが悪い。

 私は、ライトのあんまりな言葉に思わずため息をつく。

 

「嘘でしょ? 六年間一緒にいてこれ? しかもノアって、めちゃくちゃあからさまにアピールしてたわよね? これには少しばかり同情するわ……」

 

 もし、これがチャラついた男の言葉なら「妹みたいなもの(性欲が無いとは言ってない)」として疑ってかかるが、ライトの場合本当に言葉通りの意味でしかないのだろう。

 私の幼馴染は、この十年で鈍感さにも磨きがかかっているらしかった。

 

 そんなことを考えながら、私は逸らしていた目線を再びライトに向ける。

 周囲には誰もいない。

 星がよく見える夜空の下、私たちは二人きりで向かい合っていた。

 

 すると、ライトが真剣な表情をつくる。

 雰囲気が変わった。

 

「オリビア。君に、どうしても伝えたいことがある」

 

「伝えたい、こと――」

 

 それを聞いた瞬間、私の心臓が早鐘を打つ。

 

 正直なところ、呼び出されたときから気が気じゃなかった。

 十年ぶりの再会、夜景をバックに、二人きり。

 こんなの、期待するなという方が無理だ。

 私だって、乙女の一人。

 本で描かれるラブストーリーのような告白を、何度も妄想してきた。

 そして、その相手はいつも――

 

 ドクン、ドクン、ドクン。

 

 血流は速く、頬は上気する。

 

「オリビア――」

 

 ライトが私に伝えたいこと、それは――

 

「約束を破って、すまなかった」

 

「――――え?」

 

 期待とは裏腹に、目の前には頭を下げて深々と謝るライトの姿。

 何度も妄想した告白シーンとは、似ても似つかない光景。

 残念ながら、ここからラブストーリーが始まることはなさそうだ。

 

「えっと……」

 

 予想外の展開に、私は戸惑う。

 「約束」とはなんのことだろう?

 

「もしかして、ノアとの同棲の話をしてる? それなら、別にもう気にしなくていいわよ。ライトの気持ちも分かったし。それに、これからは私も――」

 

「そうじゃない」

 

 私の言葉を遮って、ライトが否定を口にする。

 

「そうじゃない?」

 

「ああ。俺が言っているのは、そのことではない」

 

 そう切り出すと、ライトは言葉を続ける。

 

「今日、生徒会室で話したときからずっと考えていた。どうして君が、そんなにも怒っているのかを。答えは初めからでていたようなものなのに、俺が未熟なせいで、気づいた時にはもう日が暮れてしまっていた」

 

 突如、そんなことを言い出すライト。

 

「いや、だから私はもう何も怒ってなんか――」

 

「嘘をつくな」

 

 ライトがまた、私の言葉を遮る。

 

「うそって……」

 

「オリビア。君は優しいから、俺が破った約束を忘れようとしてくれている。そうだろ?」

 

 その言葉に、私の心がざわつき始める。

 

 ライトの言っていることは、意味不明だ。

 だって私は、ライトに感謝こそすれど怒ってなんかいない。

 ライトは、私のピンチに王子様のように駆けつけて、助けてくれた。

 宣言通り、強くなって戻ってきてくれた。

 

 それが、全てのはず。

 なのにどうして、私はこれ以上、この話を続けたくないと感じてしまうのだろうか。

 

「考えてみれば当然のことだった。何故最初に思い至らなかったのか、己の未熟さが嫌になる」

 

 約束なんて、そんなものをした記憶はない。

 今語っていることは、全部ライトの勘違い。

 そのはずなのに、心の奥底で、嫌なざわめきが強くなる。

 

「だって俺は、君とのあの日の約束を、守れなかったのだから」

                            

「――っ」

 

 ライトの言葉に、息が詰まる。

 これ以上は、聞いてはいけない。

 聞いては、いけない――

 

「オリビア」

 

 狼狽える私を無視して、ライトは言葉を続ける。

 そして、

 

「十年前のあの日。君が、俺と一緒にいたいと言ってくれたあの日。『一緒に逃げる』と約束したのに、守れなくてすまなかった」

 

そう言い放った。

 

「そんな……、こと……」

 

 違う。

 怒ってなんかいない。

 怒っていい、()()()()()

 だって、そうでしょう?

 私は勇者で、ライトはただの人。

 それなのに、こんな非現実的な子供の夢を、彼のせいにしてしまうなんて。

 それは、あまりにも――

           残酷すぎるから。

 

「一緒に逃げると言ったのに、約束を果たせなかった」

 

「だってそれは、仕方がないことで……」

 

「結局君を、戦いの場へと進ませてしまった」

 

「それは、私が、『勇者』だからで……」

 

「あまつさえ、強くなるという理由で、君を一人にしてしまった」

 

「それ……は……」

 

 言葉は詰まり、ふらふらと足が後ずさる。

 早く、早く何かを言い返さないと。

 だって、ライトは、何も悪く――

 

 きゅっ。

 

 瞬間、体が温かいものに包まれる。

 鍛えられた体に、懐かしい香り。

 

「オリビア」

 

「――ぅあ」

 

 視界が、ぼやける。

 私を抱きしめたライトは、優しい声で言う。

 

「俺が悪かった。俺が悪かったんだ。だから、昔みたいに、胸を張って、俺を怒れよ」

 

 それを聞いた時、私はもうだめだった。

 

「う゛、う゛わぁーーー」

 

 諦めていた、忘れようとしていた思いが、涙とともにあふれ出す。

 

「う゛っ、ライトと……二人で、ずっと、幸せに、暮らしていたかったっ!」

 

「ああ」

 

「『勇者』になんか、な゛りたくな゛がったっ!」

 

「そうか」

 

「強くなるとか、どうでもいいからっ、私と……いっしょにいてほしかった!!」

 

「そうだな」

 

「私を……、ひとりにしないでほしかったっ!!」

 

 私は、ライトの胸で大泣きしながら、理不尽でしかない文句を彼に浴びせ続ける。

 

「オリビア、ごめんな」

 

 その間、彼はずっと相槌をうちながら、泣きじゃくる私の頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

 それから、どれほど時間が経っただろう。

 数時間かもしれないし、数十分かもしれない。

 とにかく、ライトの胸で泣きまくった私は、今ライトの膝の上に頭をのせて横になっている。

 いわゆる、膝枕というやつだ。

 当然、頭もなでさせている。

 

「オリビア、落ち着いたか?」

 

 私の頭を撫でながら、ライトが問いかける。

 

「そうね。おかげさまで。でも、私がいいと言うまで手を止めたらダメよ。それは、私をほったらかしにしていた罰なんだから」

 

「そうか」

 

 彼は短く答えると、私の命令通り黙って頭を撫で続ける。

 頭に触れる、ゴツゴツとした手の感触。

 

 私が「勇者」になってから、周囲の世界は大きく変わってしまった。

 否、気づかぬうちに私自身も、人類が求める勇者であろうと変化していた。

 「勇者」に選ばれるとは、そういうことだ。

 でも、そんな中でも、変わらないでいてくれたものが一つだけある。

 漸く、それに気づいた。

 

「ねえ、ライト。ライトは、私――『勇者』が必要?」

 

 私の問いかけに、頭を撫でていた手が止まる。

 

「……オリビアが強力な手札であるのは事実だ。だが、俺は――」

 

「戦うよ」

 

 彼の言葉を遮って、私は力強く断言する。

 

「私は、戦う」

 

 ライトの膝の上で、彼の顔を見上げながらその頬にそっと手を伸ばす。

 彼の瞳に、私の姿が写る。

 

 もし、昔のライトを知っている人が今の彼を見たとすれば、きっと彼のことを別人だと感じるのだろう。

 でも、私にとってはそうじゃない。

 ライトは、ライトだけは、昔と変わらずわたし(勇者)わたし(オリビア)として見てくれる。

 

 そんなあなたのために、私は剣を振りたい。

 だから――

 

「私が、ライトの”勇者”になる」

 

 加護を得ても、十年離れていても、変わらないでいてくれた。

 あなたのことが、大好きだから。

 

「だからライト。これからは私も頼って。約束よ? 今度は、破っちゃダメなんだから」

 

 私は微笑みかける。

 それを聞いたライトは、その頬に伸ばした私の手を掴む。

 そして――

 

「誓おう。君との約束は、二度と破らない。……怒ったオリビアは、怖いからな」

 

 そう答えたのだった。



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