斬 殺 サムライ・ダークネス (馬路まんじPV公開cv赤羽根P+リキャコ)
しおりを挟む

プロローグ ―開幕、明治妖《あやかし》斬殺譚―
1:四条シオンの斬殺


 

 

「――シオンッ! 次は俺の家で薪割りをやれッ!」

「――今度は(わし)の家で水汲みだ!」

「――うちの洗濯もお願いしますよっ!」

 

「はい」

 

 村人たちの要求に、俺は大人しく頷いた。

 

 俺、四条 シオンには身寄りがない。

 父親はどうしようもない極悪人だったらしく、俺が赤子だった頃に『新選組』なる者たちにより斬刑。母は失踪してしまったらしい。

 

 そして取り残されたのが、罪人の子であるこの俺だ。

 

 他に親類もいないらしく、今はこの寒村で雑用をこなし、食料を頂いている身だった。

 

「シオン、時間が出来たら山菜を取ってこい。村の三十三世帯、全てにいきわたる量をだ!」

 

「はい」

 

 ……泥濘(ぬかる)んだ道を独り歩き、人々の要望を叶えて回る。

 木々に覆われた山間のこの村は、常に曇っているかのように暗い影に覆われていた。

 朝露に濡れた地面はいつまでも乾かず、襤褸(ぼろ)草鞋(わらじ)に泥を沁みつけ重くする。疲れた足がさらに動かし辛くなる。

 

「ぼうっとしてるな! さっさと働けッ!」

 

「はい」

 

 厳しい言葉と共に石をぶつけられる。

 されど文句は一切ない。俺が十五になるまで生きてこれたのは、村のみんなに食べさせてもらってきたおかげなのだから。

 

 

 

 今日も仕事の礼として、労働した家の者から残飯を顔に投げつけられた。

 

「そらグズッ、食事を恵んでもらった感謝は!?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 あぁ、村のみんなありがとう。

 こんな無能な屑を働かせてくれて、養ってくれてありがとう。

 

「俺はとても、幸せです」

 

 愛に溢れたみんなのことが大好きだ。

 俺は確かな感謝を胸に、今日も勤労に励むのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 ――雨の降りしきる夜のこと。俺は野ざらしの牢の中にいた。

 

 別に悪いことをしたわけじゃない。

 村の広場に置かれた、小さな木組みの牢。そこが俺の(ねぐら)だからだ。

 

「ありがたいな……」

 

 降り込む雨に濡れながら呟く。

 こんな無能な俺に住む場所を与えてくれたみんなは、なんて優しいのだろうかと。

 野ざらしの寒さに身体が震えるが、それは俺が弱いからだ。全ては俺が悪いのだ。

 

 

 それなのに――十年ほど前の俺は、自分の扱いに不平不満を言っていたっけか。

 

 

 思い返せば恥ずかしくて堪らないな。あの頃の俺はきっと狂っていたんだ。

 そんなどうしようもない馬鹿で屑で恩知らずな餓鬼(おれ)を、拳を振るってまで教育してくれた村人たちに感謝だ。

 みんなのおかげで、俺はとても幸せだよ。

 

「いつか、みんなに……お返しを……」

 

 そうして、降りしきる雨に耐えていた――その時。

 

 

「――おやおやおや。文明開化の世だからって、奴隷制度を取り入れてるとはねぇ」

 

 

 若い男の声が響くや、雨が身を打つのを止めた。

 

「え……?」

 

 一体なんだと顔を上げる。

 すると、いつの間にか牢の前には、俺に傘を差しだした長身の男性が立っていた。

 

「やぁ。ご機嫌よう、少年」

 

 ……目を引く風貌をした人だった。

 この世のゴミな俺に美醜を判ずる権利などないが、彼の細くて柔和な顔付きは、村人たちとはまるで違うモノだ。

 それに、纏っている服装は……たしか“すーつ”と言ったか。

 ときおり訪れる行商人が『異国で流行りの服装だ』と喧伝していた時があった。

 何やら死ぬほど高いらしく、村人たちは誰も買わなかったが……。

 

「少年。その扱いを見る限り、ここの連中は道徳意識(モラル)の欠片もないみたいだねェ?」

 

「もらる……?」

 

 俺が不勉強なせいゆえか、言葉の意味はわからない。

 だが、村人たちをよく言っていないのは確かだった。

 

「誰かは存じませんが……みなを悪く言わないで欲しい。俺のような無能は、食わせてもらってるだけ幸せで……」

 

「うはっ!」

 

 言い切る前に、男が笑った。

 

「おいおいおい! 家畜以下の扱いをされているというのに、村人を庇うのか!? 尊厳(プライド)が完全に死んでるなぁ!」

 

 ここの連中はよほど教育熱心らしい、と。彼は笑いながら目を細めた。

 

「あぁ、申し遅れた。――僕の名は安倍 清明(あべのせいめい)。血筋が少し偉大なだけの、顔が良いだけの男だよ」

 

「せいめい……?」

 

 聞いたことがある名前だった。たしか村の子供たちが、そんな名を名乗って妖怪退治ごっこをしていたか。

 ちなみに妖怪役は通りすがりの俺だった。思いっきり石を投げつけられた。

 

「それで、キミは?」

 

「……四条 シオン。血筋が(けが)れた犯罪者の、顔も良くない無能なゴミです」

 

 そう名乗ると、清明さんとやらは「いや顔は……まぁいいか」と呟いたのち、一呼吸。

 真剣な目で俺を見つめてきた。

 

「断言するよ、シオンくん。この生活を続けていたら――キミは遠からず、死ぬだろう」

 

 ふむ。

 

「なぁ、それは嫌だと思わないかい? 生きていたいとは思わないかい?」

 

 ふむ……?

 

「……別に、なんとも思いません。俺のようなゴミが死んだとしても、誰も困る者はいないだろう。死体もそこらに捨ててくれれば、村の者たちを手間取らせることもなく」

 

「わかった、もういい。……キミは完全に散らされてるな」

 

 はぁと溜め息を吐く清明さん。

 どうやらおかしなことを言ってしまったらしい。やはり駄目なんだな、俺は。

 

「僕は善人じゃないからねぇ。見ず知らずの相手(キミ)に対して、『生き足掻いてみろ』とは言わない。その言葉は、いつかキミの前に現れるかもしれない、よっぽどの()()()()に言われるといい」

 

 ――ただ、と。彼は言葉を続けながら、懐から小さな玉を取り出した。

 

 なんだ、あれは? 石ころ程度の硝子(ガラス)玉の中に、白と黒の金魚が泳いでいる……?

 

 

「四条 シオン。キミの『才能』、潰すには惜しい」

 

  

 次の瞬間、彼は硝子玉を指で弾いてきた。

 ソレは牢の隙間を抜け、俺の口内へと飛び込む……!

 

「んぐっ!? げほッ!」

 

 思わず嚥下してしまい(むせ)る。

 しかし、どれだけ咳をしても硝子玉は出てこなかった。まるで身体の中で消えてしまったようだ……。

 

「っ、清明さん、何を飲ませた……?」

 

「『陰陽魚』さ。説明は――長くなるから拒否(パス)

 

「ぱす……」

 

 ……言葉はわからないが、意味は分かった。

 要するに、面倒くさいから話したくないということか。

 

「まぁざっくり言うと、キミの魂魄に『特別な力』を宿す玉ってとこだ。希少品なんだぜ~?」

 

 魂魄に……力を……?

 言っている意味は分からないが……。

 

「……なぜ、そんなモノを俺に?」

 

「言っただろう。キミには、才能があると」

 

 “陰陽魚(ソレ)を与えるに相応しい、至上の才能が”――と。

 

 彼はそう続けると、用は済んだとばかりに踵を返した。

 差し出されていた傘も戻され、再び雨が俺にかかる。

 

「いくら才能があろうとも、熱意がなければ発揮はされない。そして僕が与えた力も、熱意がなければ応えない」

 

 歩み去っていく安倍 清明。

 彼は近くに停められていた鉄の二輪車――確か“ばいく”なるモノ――に跨った。

 

「ゆえに少年。今は熱意なき天才(バケモノ)よ」

 

 そして最後に、こちらに横顔を向けて微笑む。

 

「いつかキミが『生き足掻こう』と決めた時、その熱意を全力で燃やしてごらん」

 

 

 “そしたらきっと 素敵なコトが起こるだろうぜ――!”

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 夜が明けた。

 降りしきる雨は止んだものの、空気は湿気に濡れそぼり、冷たい朝霧が立ち込めていた。

 

「けほっ、こほ……!」

 

 その中で俺は呻いていた。

 どうやら雨に当たり続けたことで、体調を崩してしまったらしい。

 先ほどからずっと咳が止まらなかった。

 

「こんな生活を続けていたら、遠からず死ぬだろう、か……」

 

 ……あの男の言う通りかもしれない。

 これまで何度か熱を出したことはあったが、今日は格段に身体が辛い。全身は震えるほど寒いのに、肺の部分だけが異様に熱くて痛かった。

 

「うッ、げほッ!」

 

 ひときわ大きな咳が出る。

 すると、唾に混じって大量の血が噴き漏れた……!

 

「はぁ……そうか、いよいよ身体が限界なのか……」

 

 頑丈さだけが取り柄だったんだけどな。

 ああ、これじゃあ――村人たちに奉仕できないじゃないか。

 それが何よりも辛かった。

 

「俺は屑だ。俺は無能だ。俺は価値のない存在だ。働かなければ、生きてる意味すらないんだ……」

 

 これまで何度も、村の者たちに教育されてきた教えだ。

 それによると俺はいよいよ、死んだほうがいい存在になってしまったらしい。

 

 そう考えると、なぜか気が楽になった。

 全身から力が抜け、その場に倒れ伏してしまう。

 

「あぁ……」

 

 ――視界が低くなったおかげで、ふと気付いた。

 生い茂る草木の中、小さな黒い蟷螂(カマキリ)が、自身よりも大きな雀を(ついば)んでいたのだ。

 

 蟷螂の身体はボロボロだった。ぶっくりとした腹からは、体液が滲み溢れていた。

 

 ああ……もしかしたらこの蟷螂は、俺のように残飯を拾って食べているのではなく、襲ってきた強敵(すずめ)を返り討ちにして食べているのかもしれない。

 なんという生への執着なのだろう。

 それに比べて……、

 

 

「……なぁ、清明さん。こんな状態になっても、俺は何とも思わないよ……」

 

 

 安倍 清明――あの長身の男は言っていた。

 

 “『生き足掻こう』と決めた時、その熱意を全力で燃やしてごらん”――と。

 

 しかし瀕死の身になっても、生きたいという気持ちは一切湧かなかった。

 熱意なんてモノはなく、心も身体も冷え切っていくばかりだ。

 

「彼は、俺にナニカの才能があると言っていたが……」

 

 こんな無能に、才能なんてあるわけないだろう。

 そう自嘲気味に笑った……その時。

 

「おいシオンよッ、何を寝ておるッ!」

 

 ――声と共に、太い脚が目の前の地面を踏みしめた。

 それはちょうど、黒蟷螂がいた場所だった。

 振り下ろされた足の下で、ブチッという音が生々しく響く。

 

「ッ、あぁクソッ、何か踏んだわ! ともかくシオンよ、労働の時間じゃぞ!」

 

 乱雑に牢を開けてくる男。

 彼こそ、この村の偉大な村長様だ。俺の『管理』を取り仕切っているのもこの方だ。

 

「早く出て仕事を……む。お前、血を吐いたのか?」

 

 地面に撒かれた血反吐を見る村長。

 驚くのも一瞬で、彼は「そうか、ついに壊れたか」と呟いた。

 

「ならば処分せねばならんな。ついてこい、シオン。お前をとある場所に連れていく」

 

「……はい」

 

 異論なんて、あるわけなかった。

 俺は牢から這いずり出ると、身を引きながら村長の後についていく。

 

「取ってくる物があるからな、途中で儂の屋敷に寄るぞ。あぁ、もちろんお前は外で待っていろよ? 家の中で死にでもされたら、堪らんわ」

 

 フンッと鼻を鳴らす村長。

 そんな彼に必死についていこうとする中――俺はふと、先ほど踏まれた黒蟷螂を振り返った。

 

「……」

 

 当然のように、黒蟷螂は踏み潰されて死んでいた。

 自慢の(かま)もグチャグチャだ。必死に生き足掻いていたのに、とてもあっけない最期だった。

 結局コイツは、何も残せず死んだのだなと……そう思いながら、踵を返さんとした時だ。

 

「あ……?」

 

 ふいにビクビクと蠢く、黒蟷螂の死体。

 そして、その潰れた腹部から――純白の寄生虫(ハリガネムシ)が、咲き誇るように這い出してきた。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ――村を出る時、何人かの村の男たちがついてきてくれることになった。

 もちろん俺のような屑を心配してくれたわけじゃない。俺の最期を見て、笑いたいそうだ。

 幸せだな。こんな俺でも、死に様でなら人を笑顔に出来るらしい。

 

「ほれッ、さっさと歩け!」

 

 村長たちに続き、裏山の中を歩いていく。

 病み切った身に山道は辛いが、文句を言う権利などない。

 弱音の代わりに血を吐きながら、必死に彼らに付き従う。

 

 そして。

 

「ついたぞ、シオン。ここがお前の死に場所じゃ」

 

 ――連れられてきたのは、朽ちた大樹の前だった。

 なんとも異様だ。樹の根元にはぼっかりと(うろ)が空き、地の底に向かって大穴が開いていた。

 さらに、

 

 

『――オォ、信心深き者よ。新たな贄を持ってきたか』

 

 

 厳かな声が、穴の奥底より響いた。

 

「オォ、偉大なる地の神(チノカミ)様よ……! 此度の贄は、いと年若き男にございます。どうかお納めくださいませ……ッ!」

 

 手を合わせて祈る村長。村の大人たちもそれに合わせて大穴を拝む。

 

「村長、今の声は……?」

 

「あぁ、冥途の土産に教えてやろう。――この洞の底には古来より、地の豊穣を司る神様がおわしているのだよ……!」

 

 神様……だと?

 

「そんな存在が、実在するのですか……?」

 

「応ともよ。まぁお姿は見たことがないが、ともかく神はとても懐深いお方でなぁ。呆けた老人や、産まれ損なった子供。そんな者たちも贄として認めてくれるがゆえ、村しても大助かりしているのじゃよ……!」

 

 貴様のような病人もなぁ、と村長は俺を見てほくそ笑む。

 

 なるほど。そうして俺も贄として、地の豊穣を約束させるわけか。

 

「さてシオンよ。贄とするからには立派に飾らせなければならんなぁ」

 

 彼がそう言うと、男たちが俺の肩に何かを羽織らせた。

 そして両腰に、二本のある物を紐で括りつけられる。

 ……これらは……。

 

「黒紋羽織に、打刀と脇差じゃよ。そして最後にこれを渡そう」

 

 村長は懐から白布のようなものを取り出し、俺の首にゆるりと巻き付けた。

 これは、首巻か。羽織といい刀といい、明らかに上等な品だ。まさか死にゆく俺を飾るために、こんなものを送ってくれるなんて。

 

「……ありがとうございます、皆様。この恩義は死んでも忘れません」

 

 

 そう礼を言った瞬間――村長や男たちが、ゲラゲラッとけたたましい嘲笑をあげた。

 

 

「わははははははッ! 安心せよ、四条 シオンッ! 礼を言われる覚えはないわ! なにせソレらは――お前の父『四条 鳴命(ナルミ)』から殺して奪ったモノだからのォ」

 

「え?」

 

 俺の、父。

 処刑されたという罪人の父から、殺して奪った……?

 

「あぁ、お前の父は流れ者の元(さむらい)でなぁ。ある日、理由は知らんが赤子のお前を連れて村にやってきた」

 

 村長は語る。罪人などとんでもない、アレは本当に立派な男だったと。

 語りながら、俺の手首を掴んで大穴まで向かっていく。

 

「流石は元お侍様。所作も、容姿も、雰囲気も、儂らとはまるで違っていた。ゆえに村の女たちも(とりこ)でなぁ。それが悔しゅうて悔しゅうて、あまりにも惨めになるものだから――つい、殺してしまったわ……!」

 

 大穴の淵に、立たされる。

 穴の奥底は光も届かぬ暗黒だった。

 

「女たちからは責められたがな。じゃが、ヤツの持っていた大量の金銭をばら撒いた上、“鳴命(アレ)の息子を奴隷にしてよい”と触れを出してからは、何も言わなくなったわい……!」

 

 下劣な笑みを浮かべる村長。

 お前の立派な言葉遣いも、鳴命に似せるべく女衆が()()()()成果だろう、と言葉を続ける。

 次に彼は、皺がれた手で俺の両肩を掴んできた。まるで慈しむように羽織の上から肩を撫でてくる。

 

「あぁ……なぁおいシオンよ。これで終わりと思うと、儂は心が張り裂けそうじゃ……! お前を殺したかった気持ちもあるが、もっと生かして、もっと嬲りたい気持ちもあるんじゃァ……ッ!」

 

 心からの悲痛な声。それと同時に、撫でる指先に力が込められる。俺の身体が、奈落へと押される。

 

「お武士様の子であるお前を、もっと苦しめたかったッ! この寒村の取るに足らない農夫(わし)らの手でッ、お前をもっと壊したかったッ! じゃが、病んでしまったからにはッ……!」

 

 

 

 そして――とんっ、と。

 

 

「では、死ぬがよいシオン」

 

 

 村長は俺を、穴の底へと突き飛ばした。

 

「アハッ――ガハハハハアハッ! アァッ、ヤツの衣装を取っておいてよかった! ヤツそっくりに育ってくれて本当によかったッ! おかげでッ、鳴命(アレ)を殺した時の快感をっ、もう一度味わえるわァァアアアアーーーーーッッッ!!!」

 

 頭上より響く喜悦の喝采。

 闇に堕ちゆく中、村人たちの笑い声だけが降り注ぎ続けた――。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ぐッ……」

 

 一体どれだけの高さから落ちたのか……。

 俺はどうにか生きていたものの、全身から血を噴き出していた。

 胸に違和感を感じて触ってみると、折れた肋骨が皮膚を破って突き出ていた……。

 

 そして。

 

嗚呼(アア)ァ、ずいぶんと哀れな小僧よのォ……!』

 

 邪悪な男の声と共に、いくつもの青い火の玉が灯った。

 

 それにより露わとなる闇の中。

 

 俺の落ちた場所は、まさに地獄のごとく数多の骸骨が転がっており――

 

 

『もう苦しむ必要はないぞ。この、“九尾(きゅうび)の妖狐”様が食ろうてやるからなぁ……ッ!』

 

 

 ――眼前には神などではなく、九本もの尾を生やした巨大な白狐の姿があった……!

 

「……九尾の妖狐、だと? 地の神(チノカミ)様とやらではないのか……?」

 

『ワハハハッ! そんなものは人間に贄を捧げさせるため名乗っただけよッ! 厳かな語り口で地の底から喋るだけで騙されおって。人間とはまこと愚かよなァ!』

 

 嘲笑を響かせる化け狐。こんな存在が世界にいたことに驚きだ。

 そして、こいつが豊穣の神ではなかったということは……。

 

「俺は、無駄死にするんだな。意味なくお前に食われるんだな」

 

『あぁそうとも。……穴の淵でのやり取りは聞いておったぞ。侍の子、四条 シオンとやら。貴様は村人たちに親を殺されたらしいなァ? そして奴隷にされた上、最後は(われ)に食われて終わりか』

 

 九尾の赤眼が細められる。

 凶悪な牙の覗く口が、にたにたと歪んだ。

 

『グヒヒヒヒヒッ! 悔しいよなァ!? 悲しいよなァ!? ほれシオンよッ、怨みの叫びを吼え散らかしてみよッ! 命乞いの一つでもしてみろッ! 我は活きのいい獲物が大好きだからなァッ!』

 

 ほれほれッと妖狐は俺に慟哭を求める。

 ……だけど、悪いな。

 

「すまない九尾。別に、悔しくも悲しくもないんだよ」

 

『……は?』

 

「村長たちを恨んじゃいないし、生きたいなんて思ってないからな」

 

『…………はァッ!?』

 

 俺の答えに、九尾はなぜか激怒した。

 

『おまッ――貴様ッ、そんなわけがないだろうがッ! 家族を奪われ、尊厳を奪われ、こんなところに突き落とされたのだぞッ!?』

 

「そうだな」

 

『我なら全力で怨嗟するわッ! そして必ずや生き足掻いてッ、復讐すると吼えて見せるわ! それをッ……この腑抜けがァアッ!!!』

 

 瞬間、白狐の尾の一本が急激に伸びる。

 それはこちらに迫りながら先が尖り、大槍となって俺の腹に突き刺さった――!

 

「ぐはッッッ!?」

 

 ――いくつもの臓腑が、背を突き破って身体から出た。

 そのまま蹴られた小石のように俺は吹き飛び、岩盤に突き当たって動けなくなる。

 

『ほぉれッ、いよいよ身体も()()()になってしまったなぁ!? さぁシオンよ。取り繕わずに“生きたい”と叫べよ。こんな運命を与えた村人と共に、復讐してやると吼えてみろよッ!』

 

 ……尾を戻しながら叫ぶ九尾。

 だが、その要望には応えられそうになかった。

 

「ごめん、な……駄目なんだよ、俺。もう、そういう気持ちとか……思い出すことも、出来ないんだよ……」

 

 身体がとても寒かった。大量の臓器と血液をなくしたのだから当然だ。

 でも、そうじゃなくても、俺はもうずっと空っぽだった気がする。

 腹の中に詰まっていたモノは全部、とっくに腐って抜け落ちていた気がする。

 

「だから……すまない、九尾……。お前の、期待に応えれなく、て……――」

 

 かくして迎える、終わりの時。俺が意識を手放そうとした……その時。

 

『このッ、腹の立つ餓鬼(ガキ)がァァアアアッ!』

 

 突如として九尾が巨大な四肢を上げ、地面を強く叩いたのだ。

 

『貴様も(オス)なら、やられたらやり返せッ! そのためにッ!』

 

 赤き眼が俺を睨む。

 本気の激情が浴びせかけられる。

 

『四条 シオンよ! このまま終わって堪るかとッ――運命に噛み付き、()()()()()()()()!』

 

「――ッッッ!」

 

 ドクンッ、と。止まりかけていたはずの心臓が高鳴った……!

 ああ……いま、こいつは俺に、なんと言った……?

 こいつは、こいつは……、

 

 

「生き足掻け、と。そう俺に……命じてくれたのか……?」

 

 

 ――否定の言葉は、何度も貰ってきた。

 無能だ、屑だ、お前は人間失格だ。役立たなければ生きる価値もない存在だと言われてきた。

 駄目になったらさっさと死ねと、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――何度も言われてきた。

 

 なのに。

 

「なぁ、九尾……」

 

 気付けば俺は立ち上がっていた。

 身体はほとんど死んでいるのに、やけに足が軽かった。

 血潮は足りないはずなのに――なぜか胸が、熱かった。

 

「お前は、俺に生きろと言ってくるんだな。無条件で、俺の存在を認めてくれるんだな……!」

 

 ……こんなに嬉しいことはない……!

 

 あぁうれしいな、うれしいな。

 ありがとう九尾、今気づいたよ。村人たちに生かされてることをありがたく思い、『感謝』の情を捧げてきたが、あれは感謝じゃなくてゴミだ。

 真の感謝とは、いまお前へと捧げているような熱い想いだったんだ……!

 

『なっ、立っただと!? その傷で、馬鹿なっ……』

 

「もちろん立つさ。お前への友情を力にな」

 

『友情ッ!?』

 

 なぜか驚愕する友が可愛い。さらに気力が湧き上がってくる。

 

 さぁ九尾よ、お前はこうも言っていたな。

 “貴様も雄なら、やられたらやり返せ”――と。

 

 あぁいいとも。

 

「やってやるさ」

 

 両腰に差した刀の柄を、逆手に握り込む。

 侍だった父が残したという二本の刀だ。初めて握ったはずなのに、妙に手に馴染む気がした。

 

 そして……。

 

 “――清明さん。俺、わかったよ。熱意ってヤツが何なのか……!”

 

 胸に渦巻く激しい炎。死んだ身体さえ突き動かす感情。これが、熱意。

 それを自覚した瞬間――俺の中で、『力』が疼いた。

 呼び寄せるための『言霊(ことだま)』が、胸の奥より脳裏に浮かぶ。

 

『ッ、何なのだ貴様はっ!? 我は活きがよい餌を喰いたいだけだッ! 貴様などもうッ、死ね!』

 

 照れ隠しの言葉を叫びながら、再び尾の大槍を伸ばしてくる九尾。

 その切っ先が俺を貫かんとする刹那、闇の中に吼え叫ぶ。

 

「――巫装(ぶそう)展開――!」

 

 魂魄に刻まれた斬魔の異能。

 九尾がくれた熱意を糧に、ソレを今こそ解放しよう!

 

 

「狂い()け、術式巫装(じゅつしきぶそう)黒刃々斬(クロハバキ)】――!」

 

 

 瞬間、尾の大槍が千の肉片となって千切れ飛ぶ。

 奈落の底に地の雨が降り、九尾が可愛い絶叫を上げた。

 

 

『グギャァアアアアアアアアアーーーーッッッ!!? 貴様ッ、その力は!? その姿はァッ!?』

 

 

 剥かれた瞳が俺を映す。

 そこには、禍々しき漆黒の双刃を逆手に抜いた、俺の姿があった。

 さらに、顔の右上半部を隠すような仮面までもが現れている。

 仮面の様相は、角を尖らせた鬼か。あるいは……触角を伸ばした、『黒蟷螂』と言ったところか。

 

『それは、術式巫装ッ!? その身や武具に破魔の力を宿す、陰陽師どもの異能力ではないか……ッ!』

 

 なぜソレをそこらの餓鬼(ガキ)がと、九尾は呻いた。

 

「ああ、ある人に貰った力でな。使うのがこれが初めてだが……」

 

 刃の切っ先を九尾に向ける。

 闇の中においてなお黒き刀身。そこから放たれる禍々しい気は、まさに尋常のモノではない証拠だ。

 これなら行ける。これなら斬れる。巨大な化け物の九尾に対し、きっと()()()()()()()()

 

「では――行くぞ」

 

 全力で地を蹴り、一気に駆ける。

 過ぎていく風が気持ちいい。腹から出る血が尾を引いていくのが面白い。

 熱意を以って身体を動かすのは、初めてだ。俺は自然と笑ってしまう……!

 

『ヒッ!? なんだ貴様はっ、来るなァッ!』

 

 再び尾の大槍を伸ばす九尾。今度は一本ではなく、残る八本を乱れ突きに放ってきた。

 あぁ、全くもって容赦がない。(もてあそ)ぶために拳を振るってきた村人たちとは大違いだ。

 

「ふは」

 

 この身に感じる全力の殺意。

 つまりは今、九尾も俺のことを、本気で想ってくれているんだ……!

 

「応えてやるぞ、九尾――!」

 

 叫んだ瞬間、仮面を纏った右目の視界に変化が起きた。高速で迫る大槍の群れが、まるで止まっているかのようにはっきりと見えたのだ。

 ああ、これが巫装とやらの能力(チカラ)か。おかげで九尾の下に辿り着けそうだ――!

 

「斬る」

 

 そして、黒刀絶閃。二つの刃を無尽に振るい、大槍の群れを一瞬にして斬り刻んだ。

 

『ハッ、ハァッ!?』

 

 ああ、とても不思議な感覚だった。巫装を纏って起こった変化は、せいぜい視力が良くなった程度だ。肉体的に強くなったわけではない。

 なのに、振るう刃が驚くほどに軽やかだった。

 直感的に判るのだ。どのような筋肉の動きで刀を振れば、最高速度で斬れるのか。

 どのような角度からどのような軌道で刃を入れれば、最効率で斬り刻めるのか。

 知覚全てが斬撃行為に極まっていく……!

 

『アッ、アッ、アァァアアッ!? 来るなッ、来るなッ、来るなァアアアッ!』

 

 大口を開けて吼える九尾。

 彼は鮮やかな口腔の奥から、蒼い炎を放射した。

 

『妖術解放【獄葬炎】ーーーーッ!』

 

 視界を埋める絶死の灼熱。奈落に散った骸の山が灰となって消し飛んでいく。

 つまりは骨すら残らぬ熱量ということか。

 だが、

 

「斬る」

 

 俺は一切怯まない。迫る炎に真正面から飛びかかり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ハァアアアッ!?』

 

 やってみれば簡単なことだ。二刀を連続して振るい、瞬間的に空気の壁を寸分違わず二重両断。それによって一瞬生じる『真空波』を起こし続ければいい。

 

「斬る、斬る、斬る、斬るッ――!」

 

 そして生まれる斬撃結界。炎の地獄を一切合切斬り刻み、進んで進んで進んで進む。

 

『なっ、なっ、なんだ貴様はなんだ貴様はなんだ貴様はなんだ貴様はッ!』

 

 九尾はまだまだ諦めない。さらに炎を激しくさせた。斬る。

 

『わッ、我は知らぬぞッ! 術式巫装はモノによって、身体強化や特殊な異能を使い手に宿すというが……ッ!』

 

 九尾の猛攻は止まらない。いつの間にやら再生していた尾を振るい、炎と合わせて俺を襲った。

 だが、斬る。右の刃で真空波を維持して炎を滅斬。空いた左手で再び尾槍を肉片に。

 経験を積んでさらに加速した俺の腕なら造作もない。

 

『剣術が上手くなるだけの能力など聞いたことがないッ! もしも貴様の()()がッ、ただの才能によるものだとすれば……ッ!』

 

 ついに攻撃の嵐を突破した。行くぞ九尾、もうお前と俺の仲を阻めるものは何もない。

 さっきから意識は眩むけど。内臓も血も出し切った俺は、もう数秒後には死ぬけれど。それでも。

 

「斬るッ!」

 

 ――斬撃飛翔。

 俺は眼前の大気を斬り裂き、裂かれた筋を空気が埋めていく現象を利用。

 刹那の気流の道へと飛び込み、高速で加速して飛び掛かった――!

 

 

『まさに貴様はッ、人類最悪の才能の持ち主ッ! あぁ貴様は、“斬殺”の天才(バケモノ)だ――ッ!』

 

 

 そして――脳天一閃。

 俺の刃は九尾の頭部に突き刺さり……その生命を、終わらせたのだった。

 

 

「――斬った」

 

 





・ご感想、ぜひ聞かせてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章 ―旅立ち編―


 

 

「月が綺麗だな」

 

 ――全てが終わった後のこと。

 俺は夜空を見上げながら、村はずれの丘を登っていた。

 

 過ぎ去る夜風が気持ちいい。父の遺した白い首巻が(なび)く様は、まるで箒星のようだ。

 目に入る全てが美しい。とても心が満たされている気がした。生きてるって幸せだなぁ、と思った。

 

 

『あああああああああ、どーしてこうなったー……ッ!』

 

 

 と、そこで。そんな俺の『心』から声が響いた。

 

「元気そうだな、九尾。ちなみに俺も元気だぞ」

 

『知るかボケェ!』

 

 元気に答えてくれる九尾さん。やっぱり俺とお揃いみたいで嬉しくなった。

 

「俺たち、不思議なことになったよなぁ」

 

 ――戦いの後、俺は死んだ。

 九尾の脳天を抉ってからすぐ、その場に倒れ込んだはずだ。

 

 まぁ当然だな。内臓がいくつも飛び出していたし、そりゃ死ぬさ。

 

 だけど、死の直前。そんな俺を支えてくれたのは、九尾の“やられたらやり返せ”という言葉だった。

 

「俺、心臓が止まりながら考えたんだよ。そもそも九尾は俺を食べようとしていただろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

『ひえ……』

 

 それで、食べた。

 死んだ身体でどうにか九尾の頭蓋を斬り、脳みそをパクパクと食べた。

 その結果が――今だ。

 

「で、なぜか俺の傷は全快。そのうえ九尾もなぜか死なず、俺の中に住むようになった。まさに最善の結果だな」

 

『って何が最善だッ!? 我にとっては最悪の結果だ! 貴様が大人しく食われればよかったんだァ~ッ!』

 

「ん? やり返せと言ったのはお前だろ? 俺は大人しく死ぬ気だったのに」

 

『うぐッ!?』

 

 聞き返したらなぜか黙り込んでしまう九尾さん。騒いだり黙ったり、とっても愉快な性格だ。一緒に住めて嬉しいなぁって思った。

 

「この状況、狐の嫁入りってやつか」

 

『いや違うだろ!? あと我は(オス)だッ!』

 

 そうして仲良くお喋りしながら、やがて丘の頂上に着いた。

 そこから下を見渡すと――俺の村が、燃えていた。

 

 

「綺麗だな」

 

 

 やったのは俺だ。みんなが寝静まっている間に、全ての家に火をつけた。

 貴重な油も村長の屋敷からたっぷり持ち出し、小さな村を囲うように全部燃やした。

 

『フンッ、ずいぶんと大胆な復讐劇だ。やはり村の連中に恨みがあったか』

 

「いや、別に恨んでなんかいないぞ?」

 

『なぬ!?』

 

 九尾の言葉が分からない。なぜ、俺が村の仲間たちを恨まないといけないんだ?

 

「たしかに、俺は父を殺されたうえ労働を強いられてきた。だけどこれまで残飯をくれて、育ててくれたのは事実だ」

 

 感謝の気持ちが大切だと思う。

 誰かと生活していれば、ふとした言動で傷付けられてしまうことがあるだろう。

 そういう時、大切なのは“相手にこれまでしてもらった()いこと”を、思い出すことなんじゃないだろうか?

 そこから浮かぶ感謝の気持ちを以って、相手の罪を許してあげれる寛容さが、人には必要なんじゃないか。

 

「俺はみんなを、家族のように思っているよ。そんな俺がどうしてみんなを恨めるんだ……」

 

『は……? な、ならば、どうして火を……?』

 

 決まってるだろ。

 

「九尾。お前に、“やられたらやり返せ”と教わったからだ。村のみんなを家族としたら、俺にとってお前は『神』だ。お前が俺に望むのならば――家族も、世界の総ても焼けるぞ?」

 

『ひえッッッ!?』

 

 改めて九尾には感謝だよ。

 お前が俺に“生きろ”と言ってくれた時の(よろこ)びは、永遠の胸の宝物だよ。

 この感情、お前の存在と一緒に、未来永劫、俺の中に閉じ込めていくからな……!

 

 そんな素敵なコトを考えながら、村が燃えていく様を見届ける。

 

 

「――たッ、助けてくれぇえええ!!!」

「――アァァァァッ、熱いィイイーーーッ!?」

「――誰がこんなことをーーーーーッ!?」

 

 

 炎の中から響く絶叫。多くの人影が家から飛び出し、そして紅蓮に消えていく。

 

 まぁ、運が良ければ助かるだろう。

 地面にすらも油を撒いて村中を火の海に変えたが、それでもどうにか走り抜ければ、命だけは失わずに済むかもしれない。

 俺もみんなには死んでほしくないからな。俺はあくまでやり返したいだけで、殺したいなんて思ってないんだ。いつかみんなで笑い合える日を願っているよ。

 

 ただ――村長はもう、駄目そうだけどな。

 

 

「――なッ、馬鹿なァーーー!? どうして儂がッ、こんな目にィーーーーッッッ!?」

 

 

 次の瞬間、村長の屋敷からひときわ大きな悲鳴が響いた。あれが断末魔というやつか。

 

「逃げられなかったんだな、村長」

 

 彼の屋敷は大きいからな。俺に与えてくれた小さな牢の、百倍以上はあるだろう。

 あれじゃあ燃える家から飛び出すことも大変だ。お金持ちもいいことばかりじゃないんだなぁと、俺は思った。

 

「……さて九尾。これで俺は根無し草だ。これからどうしようか?」

 

『死ねと言ったら?』

 

「死ぬが?」

 

『ッッ、ってやめろトンチキが! 貴様が死んだら我も死ぬだろうがッ!?』

 

「おー」

 

 そういえばそうかもだな。じゃあ、死ぬのはナシだ。

 これからの生き方その壱、【九尾のためにも出来るだけ生きる】っと。

 

『ハァまったく。……では、こうしよう。貴様が我にしたように、他の妖魔共の脳幹の一部を喰らって回れ』

 

「ん、妖魔?」

 

 首を捻る俺に、九尾の妖狐は『我のような存在だ』と答える。

 

『人間共の恐れを媒介に産まれた生命、それが妖魔だ。――我らも貴様ら人間と同じく、脳に意識を宿しておる。そして、我らの存在を構成する妖力も、脳にたっぷり詰まっているわけだ』

 

 ほほう。その妖力とやらを喰らって回って集めろと。

 

「で、そうしたらどうなるんだ? 脳を喰らって、妖力とやらを集めたら」

 

『決まっておろう』

 

 ニヤリ、と。九尾が俺の中で笑った気がした。

 

『我が肉体の再構成よ……! 貴様の身体を突き破り、繭から這い出る蝶のごとく復活してやるわ……ッ!』

 

 なるほど……!

 妖魔とやらが妖力で構成されているなら、ソレをたっぷり集めれば、また肉体を持つことが出来るのか。

 うん、わかった。

 

「いいぞ、お前の意見に従おう」

 

 これからの生き方その弐、【妖魔を斬って食べていこう】だ。

 よーし。やること決まるとやる気が出るなー!

 俺も明るい人間になったものだ。

 

「頑張るからな、九尾!」

 

『お、おう。……って貴様、話聞いてたか? 我が再び受肉したら、我を取り込んでる貴様は死ぬかもなのだぞ?』

 

「まぁそうだな」

 

 で、だから?

 

「言っただろう、九尾。俺にとってお前は神だ。俺の人生の全てなんだ。だから俺の命も身体も、喜んでお前に捧げるぞ……?」

 

『ひぅー……っ!?』

 

 ――こうして俺は夜が明けるまで、九尾に想いを伝え続けたのだった。

 

 よし、仲良くなれたな!

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 

 

「ふんふんっふふん!」

 

 村を出てから半日。俺はうきうきとした気分で山道を歩いていた。

 

 歩くたびに、懐の小銭袋からじゃらじゃらという音が響く。

 硬貨のかち合う音が鳴るたび、俺をさらに上機嫌になる。

 

『……ご機嫌だなぁ、シオン』

 

「ふっ、まぁな」

 

 胸から響く九尾の声に頷く。

 そう。俺はまさに有頂天だった。

 

 

 ――なにせ、初めてお金を稼いだんだからな……ッ!

 

 

「いやぁ。『命だけは助けてやるから、身ぐるみ置いて金を出せ』と言われた時は驚いたな。山の中を歩いていたら、急に荒くれ共に囲まれてさ」

 

 人生で初めての経験だったよ。

 山菜取り以外で村から離れることを許されてこなかったから、山賊の類いになんて出会ったことがなかったんだよなぁ。マジでいるんだってちょっと興奮しちゃったよ。

 化け狐の九尾に出会った時と同じくらい驚いた。そう九尾に話したら『山賊と妖魔を一緒にするな!』と怒られた。反省。

 

『まったく、可哀想な連中だ……。よりにもよって斬殺魔(シオン)など襲うから……』

 

「ああ、九尾に比べたら弱かったな。お前と違って火も吹かないし」

 

『当たり前だろ!』

 

 ちなみに命までは取っていない。

 だってあの人たち、命だけは助けてやるからって言ってたからな。それを殺したら“やられたらやり返せ”の教えに反する。

 だから俺も、適当に手足の腱を斬るだけで済まし――金目のモノを、奪い取ることにした。

 

 それで今に至るわけだ。

 

「ふふふ……お金、稼いじゃったなぁ……! 労働で稼いじゃったなぁ……!」

 

 俺は素直に感動していた。

 なにせ今まで労働の対価といえば、食いかけの残飯くらいだったからな。

 それくらいしか貰えない俺の労働価値は屑だ。俺は無能な役立たずなんだ、と思っていた。

 

 だけど……山賊さんたちは、俺の働きを認めてくれた。

 一切渋ることもなく、喜んで金銭を差し出してくれた。

 

 

「うれしいなぁ、うれしいなぁ……!」

 

 

 ありがとう、ありがとう。

 自分の仕事が認められるのは、こんなに嬉しいことなんだな。

 俺、これからも頑張って仕事するよ。具体的には頑張って刀を振るいまくるよ。ふふ。

 

「次の山賊、こないかなぁ。あ、いっそ俺から探そうかなぁ? 仕事は自分から取りに来いって言うし」

 

『さッ、山賊ども逃げろーーーッ! 変なヤツがうろついてるぞォーーーッ!!!』

 

 変なヤツがうろついてるらしい。俺はすごく怖いなぁって思った。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「――おぉ、ここが都会かぁ……!」

 

 

 山を下って歩き続けること一日。

 俺はついに、都会という存在に辿り着いた……!

 

 大感動だ。住んでた村より何十倍も大きく、人も数えきれないほどいるぞ。

 建物も三階建てや四階建てのモノがあったりする。俺の家(※牢)の何倍くらい大きいのだろう?

 

 都会って本当に存在したんだなぁ。

 化け狐の九尾に出会った時と同じくらい驚いた。そう九尾に話したら『都会と妖魔を一緒にするなッ!』と怒られた。反省。

 

「うーん、適当に歩いてたら迷子になりそうだな。この街の奴隷に案内してもらおう」

 

『いや、奴隷がいるようなクソ集落は貴様のとこくらいだと思うぞ……』

 

「マジか」

 

 俺ってば産地限定ってやつだったのか。ちょっと嬉しくなっちゃうな。

 

「自己肯定感が上がったぞ」

 

『なにゆえ!? ……まぁいい、とにかく飯屋でも探そう。貴様にはこれから、妖魔を斬りまくってもらわなければいけないんだからな』

 

 せいぜい精を付けるがいいと、優しいことを言ってくれる九尾さん。

 

 あぁわかったよ。まずは腹ごしらえで元気になろう。

 

「努力して稼いだお金で、いっぱい食べるぞォ……!」

 

『貴様がしたのは努力じゃなくて暴力だろッ!?』

 

 親友の九尾と話しながら街を歩く。

 これが幸せな日常ってやつか。こんな平和な時間が、いつまでも続けばいいなって思った。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「ッ――おいガキィッ! 肩がぶつかったぞ!? ()()()()()ッ!」

 

「あ」

 

『あッ!?』

 

 平和な時間から三分後。俺は通行人を殺そうと思った。

 

 相手は入れ墨だらけのお兄さんだ。明らかに向こうからぶつかってきたにも(かか)わらず、俺にすごく怒ってきた。

 うん、それはいい。別に痛くなかったし。怒鳴られるのは日常だったから慣れている。

 が、

 

「殺す」

 

「えっ?」

 

 殺すと言われたから殺すと決めた。

 俺は最速で双刀を抜き、まずは全身の衣服を切断。ここまで大体0.1秒。

 相手は都会人だから、なにかすごい武器でも持ってないかなぁと心配してのことだ。

 だけど衣服から零れ落ちるのは小さな鉄の塊だけ。これは確か、銃というヤツだったか。

 よし、0.2秒目で切断。これでもう脅威にならないな。

 

 というわけで、0.3秒目。

 今度は首を刎ねようとした瞬間――、

 

 

『やッ、やめろアホーーーーッ!』

 

 

 九尾の声に、俺は刃をびたりと止めた。

 ……ちょうど、男の首の薄皮を裂いたところだ。そこから血が僅かに血が流れるや、男は「ヒッ、ヒィイッ!?」と遅れて叫んだ。

 

「すッ、すンませんッすンませんッすンませんッ! 有り金全部渡しますからッ、ご勘弁をッ!」

 

「おぉ嬉しいな。くれるなら貰うぞ」

 

「はいぃ!」

 

 落ちた小銭入れを拾い、恭しく渡してくれるお兄さん。どうやら優しい人だったみたいだ。

 田舎から出てきた若者の俺。怖がっていた都会で感じる人の優しさに、感動した瞬間だな。本になりそうだ。

 うーんでもな~?

 

「出来ることなら、お前の命も欲しいんだが……?」

 

「ヒギィイイイイイイーーーーーーーッ!?」

 

 本音を言うと、優しいお兄さんは全裸のままで逃げて行ってしまった。

 ばいばーい。

 

『ふぅー危ない危ない……!』

 

「……なぁ九尾。どうして俺を止めたんだ? あいつ、殺すって言ったぞ? これはやり返し案件では?」

 

『ってアレはただの脅しだボケッ! ……まぁ明らかに悪人ではあったが、そうだとしても安易に命を奪おうとするな。騒ぎを起こせば、『陰陽師』共に嗅ぎつけられる……!』

 

 ――妖魔を狩る者、『陰陽師』。あいつらに見つかると面倒だ、と九尾は呻いた。はえ~。

 

「なるほど……。よしわかった、いらぬ騒ぎは起こさないようにしよう。次からは、相手が攻撃しようとしながら“殺すぞ”って言ってきたら殺すぞ」

 

 それならきっと脅しじゃなくて本気だからな。

 うん、嘘が全く見抜けない俺だが、その欠点を埋める方法を見つけたぞ。

 俺も都会に来て成長したなぁと思った。

 

『うーん、出来れば妖魔以外は殺してほしくないんだが……って、なんで我が人間に対して命を奪うなとか言わなきゃならんのだッ!? 我、九尾の妖狐ぞ!? 数多の人間を喰らってきた大妖魔ぞ!? それなのになぜ……!』

 

「きっと九尾が優しいからだぞ」

 

『って貴様がおかしいだけだッ! アホーーーーッ!』

 

 プンスカと怒ってしまう九尾さん。

 いつか九尾が身体を得たら、声だけじゃなくて顔も見てみたいなぁと思いました。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 

 

「むっ、美味い……ッ!」

 

 ――『(うなぎ)の蒲焼き丼』なる食べ物をがつがつと頬張る。

 

 鰻という生き物のふっくらとした肉に、甘じょっぱいタレとたっぷりのご飯が最高に合う一品だ。

 うむ、残飯よりすごく美味いぞ。そう屋台の店主を褒めようと思ったら、九尾から『喧嘩になるぞ!?』となぜか怒られた。へこむ。

 

「むぐっ、んぐっ……うむ、旨味が……旨味が旨いぞッ……!」

 

『あぁ、流石は残飯育ち。食べ物を褒める言葉がヘタクソ……!』

 

「頑張る」

 

 ちなみにこの街、店主の話によると『浅草』って名前らしい。

 んで、その街の川沿いに並び立つ食べ物屋台の一つで喫食中というわけだ。旨味が旨いぞ店主さん。

 

「へへっ、どうだいお客さん? 浅草名物・鰻の蒲焼き丼の味は最高だろ? 川のすぐ近くだからこそ味わえる、産地限定の新鮮な味ってやつでよ……!」

 

「む、俺も産地限定だぞ? 鰻と違って働けるし」

 

「はい?」

 

『張り合うなクソ集落奴隷……!』

 

 

 鰻と戦おうとしたら止められた。やっぱり九尾は優しい奴だ。

 

 

 ……それにしても、都会はとってもすごい場所だなぁ。

 見たこともない食べ物がいっぱいあって、すごく恵まれているようだ。どうせならこの浅草って街の奴隷に産まれたかったよ。

 

「とりあえず店主、鰻おかわりだ」

 

「あ、あいよっ。……ちなみにお客さん、金はあるのかい? 鰻ってすごく高いんだがよぉ……」

 

「もちろんだ」

 

 お金がどっちゃり入った小銭袋を店主の前に置く。すると店主は慌てて謝り、「さっ、流石はお侍様! すぐに鰻をお焼きしますッ!」と準備を始めた。ゆっくりでいいよ。

 

「ふふふ、楽しみだなぁ鰻……!」

 

『おいシオンよ、奪った金で喰う飯は美味いか~?』

 

「ああ、すごく美味いぞ」

 

 なにせ、生まれて初めて稼いだお金で食べるご飯なんだからな。いくらだっておかわり出来そうだ。

 

「……でも、どうせなら九尾にも食べさせたかったなぁ。俺が食べてる姿を心の中で見てるだけなんて、辛いんじゃないか?」

 

『むぐっ!? に、人間ごときが我を気遣うな! 我は別に平気だッ!』

 

 そうかぁ?

 

「どうせなら、俺も九尾に合わせようか? お前と同じく絶食するとか」

 

『って本気でやめろぉッ!?』

 

 お願いだからそんな気遣いやめてくれッ、と叫ぶ九尾さん。

 そこまで真剣に気遣いを断るあたり、やっぱり九尾は優しい奴だ。親友になれてよかったと思う。

 

「でもなぁ。九尾の声って他の人には聞こえないみたいだし、それでご飯も食べれないんじゃ寂しいよなぁ……」

 

 俺はつまらない人間だ。こんなごくありふれた面白みもない男と四六時中一緒で、そのうえ娯楽もないとなれば、息が詰まってしまうだろう。

 そんなのは嫌だ。俺はいつだって九尾に面白おかしく生きていて欲しいと願っている。

 

 というわけで、何かいい方法はないかと考えていると――、

 

 

「――やぁ人間くんっ! さては『商品』をお求めだね~!?」

 

 

 女の声が隣から響いた。

 驚いてそちらを見ると、そこには奇抜すぎる容姿をした少女が立っていた。

 奇抜だ……もう、意味が分からないくらい奇抜だ。

 

 髪は金色の上、見たことがない二つの尾のような髪型。

 服装は黒いヒラヒラの三角形みたいな衣服だ。胸元も足も出まくっていて寒そうだ。

 その上、二つの胸が西瓜(すいか)よりも大きかったり、そのくせ背は低かったり、目の色が左右で違って赤と青だったり、頭から二つの角が生えていたり目筋が整いすぎていたりで人間とは思えないほど雰囲気が妖しくて……!

 

 

「こ――これが、都会の女ってやつなのか……!?」

 

『って違うぞシオンッ! コイツ、妖魔だっ!』

 

 

 焦った声を出す九尾さん。『なぜこんなところに英霊型がッ!?』とよくわからないことを叫んだ。

 え、この人って妖魔なのか?

 

「うむっ、正解だよ九尾くん。――私の名前は『平賀(ヒラガ)』。開発者兼商人をやっている妖魔(モノ)さ」

 

 よろしくねーと、優雅にお辞儀をする平賀さん。

 どうやら彼女、九尾のことを知っている上、声も聞こえているらしい。

 

「やったね九尾、話し相手が出来たぞ」

 

『別にいらんわ!』

 

 別にいらんのか。

 じゃあしばらくは俺と二人で話そうなと言ったら、『不愉快だ!』と言われた。へこむ。

 

「……ちなみに九尾よ、妖魔っていうのは人型なのか? お前みたいな化け物の姿をしているんじゃないのか? まぁお前は白くて綺麗だったが」

 

『こんな時に褒めるなッ! ……たしかに貴様の言う通り、妖魔は恐ろしい姿をしているのが基本だ。なにせ、人間の恐れから産まれた生物だからな』

 

 だが、例外もあると九尾は続ける。

 

『たとえば凶悪な英傑など、人間でありながら畏怖の対象となっている者がいるだろう。……その恐れが集まりすぎるとな、対象の死後、そいつの霊魂を原型とした妖魔が現れることがあるのだ』

 

 その存在こそ『英霊型妖魔』。

 並の妖魔より知性が高く技術も持ち、さらには生前の逸話を妖術として再現してくる恐ろしい相手だ……と、九尾は俺に注意してきた。

 

 だがしかし。

 

「あっはっはっ、警戒しなくて大丈夫だよー。なにせ平賀(ぼく)には、戦闘経験なんてこれっぽっちもないからねぇ~」

 

 降参~と言い、平賀さんはどこからともなく白旗を出した。

 

『む……信用ならんな。英霊型妖魔というのは、生前の欲望を狂気的に満たそうとする節がある。我が知る宿儺(スクナ)蘆屋(アシヤ)も、頭のおかしい連中だったぞ』

 

 そうなのか、すごく怖いなぁ。

 ――そう呟いたら『貴様が言うなシオン』と言われた。なんでなんだぜ?

 

「ふむふむ……たしかに九尾くんの言う通りだ。今の私は、革新的なモノを作って世間に広める欲望に燃えているよ。この少女の姿も、“淫らで目立つ女の身体で売り子やれば売れまくる”と思ってなったものだからねぇ」

 

『偏見だろそれ……』

 

 呆れ声でツッコむ九尾だが、平賀さんはそれを無視。俺にずずいと顔を近づけてきた。なんなんですかね?

 

「で、だ。今の私は、『ナニカを求める心』の声を聴くことも出来てねぇ。シオンくんとやらのお求めも聴いたよ」

 

「なに?」

 

 彼女は二色の瞳を細め、俺の耳元で囁いた。

 

 

 ――『九尾が自由に生きれる身体』、欲しいんじゃないのかい? と。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 

 

「『九尾が自由に生きれる身体』、だと……?」

 

「あぁそうさ」

 

 ソレを提供できるという平賀(ヒラガ)さん。

 ふむふむなるほど。

 

「乗った」

 

『ってうぉい!?』

 

 俺が頷いた瞬間、九尾が騒いだ。

 お、どうしたんだ親友? 身体が手に入ると知って興奮したか? え、違う?

 

『いいかシオンっ!? (われ)が使ったような妖魔の異能『妖術』は、何も火を噴くモノばかりではない。中には概念に干渉するモノや、相手の返答によって発動するモノもあるのだ。ゆえに妖魔の提案に乗ること自体が危険で…………って、おい平賀とやら!? 何をニヤニヤしておる!』

 

「いやぁ。妖魔業界じゃ九尾くんは恐ろしい存在とされてきたのに、そこの人間(シオン)くんのことが心配なんだなぁって」

 

『って違うわァッ!?』

 

 コイツが死んだら我も死ぬから注意してるのだーッと喚く九尾さん。

 ああ、理由はどうあれ俺を気遣ってくれて嬉しいよ。

 

 

「ふふ、仲がよさそうで微笑ましいねぇ。では、そんな二人にコチラを送ろう。――妖術解放【風來瑠璃城・開】」

 

 

 手を打ち合わせる平賀。そして彼女が両手を開くと、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ギャーッ、妖術使ってきた!? おいシオンこいつを殺せ!』

 

「わかった殺す」

 

「って待て待て待ちたまえ! これはあくまで、遠くから物を呼び出すだけの平和な術だよ。ほらこんな風に……っと」

 

 裂けた空間の中で、影のような手が蠢き回る。

 やがてその中の一本が、何かを持って這い出てきた。

 これは……人形?

 

「妖魔平賀の傑作が一つ、『妖式・生体からくり機巧姫』さ」

 

 伸ばされた影から人形を受け取る。

 

 両掌に座らせられる程度の、幼児の体型をした人形だった。

 

「おぉ……」

 

 これまた平賀さんと同じく人外の美貌だ。

 白銀の髪に、柔らかすぎる白磁の肌。纏っている薄衣(うすぎぬ)のような服も白く、まるで周囲の雑多な景色から浮いているようだ。

 すごいなコレ。平賀さんが設計したのか?

 

「ふっふっふ……! デザインはオランダ人形をベースとしたモノでね。さらに衣装には海外の花嫁たちが着るようなウェディングドレスをワンピース風に仕立てあげて……ッ!」

 

「でざ……おら……うぇ?」

 

 急に早口になる平賀さん。いつぞやの清明さんのように、謎の言語で捲くし立ててくる。

 

『なぁ貴様ら。これ、女児の人形なんだが? 我、(オス)なんだが?』

 

「それで平賀さん、九尾をコレに宿すにはどうすればいいんだ?」

 

「あぁ、人形の口に血を飲ませれば完了さ」

 

『なぁ我ってば雄なんだがぁーッ!? 雄ギツネなんだがぁー!?』

 

 さっそく親指の先を噛み切り、人形の唇に含ませてみる。

 おお、まるで本物の人間の口の中みたいだ。歯も舌もあるし、唾液で湿ってもいる。

 

『っておいシオンッ待て待て待て待てッ!?』

 

 その口内に、血を流し続けると……、

 

『――って、むぐぅッ!?』

 

 九尾の声が心から途切れ、代わりに人形の口から声が響いた……!

 小さな手足をばたつかせ、俺の指をヴぇぇっと吐き出す。

 

 

『なっ……なっ、なんじゃこりゃぁあああッ!? 我の意識が、こんなチンチクリン人形に宿っとるーっ!? あ、なんか声も可愛くなってるッ!?』

 

 

 ひとりでに騒ぎ出す白人形。開かれた瞳は、九尾と同じ綺麗な血色に染まっていた。

 どうやら本当に九尾の意識が宿ったようだな。うむ。

 

「よかったな、これで(うなぎ)が食べれるぞ九尾!」

 

『ってよくないわーッ!? いやまぁたしかに美味そうだなぁとは思ってたが、身体の見た目が気に食わないんだがーッ!?』

 

 あ、やっぱり食べたかったのか、鰻。

 よし、これからは毎日おいしいものを食べさせてやるからな……!

 

「――動きは良好。発声も良し。指をえずきながら吐いたあたり、神経反射も出来ているねぇ。流石は私の作品だ」

 

 うんうんと満足げに頷く平賀さん。この人にはとてもお世話になってしまった。

 

「さてシオンくん。九尾に身体は与えたが、ソレはあくまでも依り代。意識の出力先をずらしただけであり、魂魄は変わらずキミの中に存在している。ゆえにキミが死んだら共斃(ともだお)れするのは変わりないから、注意したまえよ」

 

「そうなのか」

 

 それは気を付けなきゃなぁと思いつつ、俺は同時に嬉しくなった。

 

「よかったよ。九尾を自由にしたい気持ちもあるが、俺の中に永遠に閉じ込めたい気持ちもあったから……」

 

『って気持ち悪ぅ!? きさま我のこと大好きすぎだろッ!?』

 

「照れるぜ」

 

 気持ち悪いということは胸焼けしてしまったということ。

 つまり、俺の想いを全て受け取ってくれたということだ。

 あぁ九尾……もうお前との仲は良くなりすぎて怖いくらいだな……。

 

 友好の証に頬ずりしてみたら、『ギャーッ!?』と叫ばれた。歓喜かな?

 

「あっはっは、さっそく私の与えた商品(カラダ)を楽しんでくれているようだ。喜ぶお客様の姿こそ、職人にとっては何よりの報酬だよ」

 

 平賀さんも俺たちの様子に嬉しそうだ。

 ――だが、ふと。彼女の二色の瞳が細められた。

 

「ところで……シオンくん。キミが街に来た時、なぜ銃を持った悪漢に絡まれたか知っているかい?」

 

「なに?」

 

 どうしてそのことを……と問い返す前に、平賀は続ける。

 

「それはね、刀という伝統の武器の使い手を、最新の武器で怖がらせたくなったからだよ。彼は()()()()()()()、そんな行為を繰り返していたらしい。あぁ――正直腹が立つよねェ?」

 

「平賀?」

 

 彼女の様子がなんだかおかしい。理知的だった雰囲気が、徐々に鳴りを潜めていく。

 

「そりゃぁ武器の用途は暴力だよ? 戦争で役立ち、お国に利益を与えてくれたら本望だ。だけどね、だけどそこらの若い侍を一人脅して満足して、刀職人たちの誇りを穢して悦に浸って何になるっていうんだい? 腹立つよねぇ腹立つよなぁ? そもそも武器は借り物の商品(チカラ)であって、自分(テメェ)の自力じゃないだろうがと。いっそブッぱなし回って死体の山で詰み上げるンなら男らしいがよ半端(ハンパ)な悪事で済ませてんじゃねェよソレじゃァ広告効果も低い上に悪評が勝っちまうだろ突き抜けろやクソが商人(オレ)様の役に立てやと……」

 

 崩れていく口調。消え去っていく少女らしさ。

 よくわからないがあの男は、平賀の琴線(ナニカ)に触れてしまったらしい。

 そして。

 

 

「それでつい――()っちゃった」

 

 

 冷たい表情で、指を鳴らした。

 すると再び亜空間が開き……そこから、先ほどの男のバラバラ死体が吐き出された。

 

「こいつは、さっきの……」

 

「あぁ、ごめんねシオンくん。どうにも妖魔になってからおかしいんだ。キミみたいな良いお客さんとは違って、気に入らない客層(ニンゲン)は、ブチ殺すようになっちゃって、さ……」

 

 平賀は身を翻すと、俺に背を向けて去ろうとする。

 

 ――そこで気が付いた。

 いつの間にやら屋台の店主がいなくなり、それどころか辺り一帯からも人の気配がなくなっていることに。

 視界の端に、地に張り付けられた『札』が目に付いた。

 

「そのおかげで、正義の集団に目を付けられてしまってねェ。――人形の対価として、悪いけど足止めをお願いするよ」

 

 そして、砂を踏みしめる二つの音。

 

 気付けば俺たちのことを睨みつける、二人の男が立っていた。

 

 

 






・お楽しみいただけましたら、↓ご評価にご感想ぜひお伝えください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 

 

「それじゃあシオンくん、すまないが彼らと戦っておいてくれ」

 

 そう言うや、平賀(ヒラガ)の足から鉄の音が鳴り響いた。

 なんと彼女のかかとが『変形』し、黒い車輪が現れたのだ。カッコいい。

 

「気を付けるようにね。あの者たちこそ、『陰陽師』。妖魔専門の狩人(ハンター)なのだから」

 

 車輪が猛回転すると、一瞬にして平賀は街を爆走していく。彼女の背中が見えなくなるまで、ほんの数秒しかかからなかった。すごいなぁって思った。

 

 

「……うーん。戦えって言ってもなぁ」

 

 

 俺は陰陽師たちのほうを見る。

 

 突如として現れた二人の男。

 共に黒を基調とした洋服の――清明さんと同じような恰好をした者たちだ。

 

 よし、とりあえず挨拶してみよう。

 

「こんにちは、四条 シオンといいます。平賀さんには足止めをお願いされましたが、正直やる気がありません」

 

 二人に本音をぶっちゃける。

 だって、人形をもらった対価に危険な奴らと戦ってほしいっておかしいもんね。

 

 強敵と戦えば、命を失う可能性がある。

 そして俺が死んだら、せっかく身体を手に入れた九尾まで死んでしまうということだ。

 それじゃあ意味がないだろう。というわけで平和主義な俺は戦わず、平賀さんには代わりの対価として今度(うなぎ)でも奢ってあげようと決めました。

 お金ならラクに稼げるからね。弱い盗賊ボコボコにして。

 

「俺は善良な人間です。凶悪な力で弱き人間を傷付けるという悪い妖魔は許せない性質(たち)です。陰陽師様たちの敵では、決してありません。というわけでさらば」

 

「おい待てぇ」

 

 ――さらばしようとした瞬間、陰陽師のチンピラっぽい人のほうに呼び止められた。なんでだ。

 

「……妖気でわかるぜェ。おい侍モドキ。お前、『憑依型』の妖魔だろ?」

 

「ひょういがた?」

 

「しらばっくれんじゃねぇッ!」

 

 ひえ。今度はなぜか怒鳴ってきた! どゆことー!?

 

『……妖魔には、英霊型のほかに憑依型というのもあってな。人間を殺して中身を抜き、そこに入りこんで容姿も名前も地位も奪ってしまうのだ。そいつらと間違われたのだろう』

 

 こそこそと話す九尾さん。

 いつの間にやら、俺の懐の中に隠れていた。

 あー、そういえばこいつも陰陽師を厄介がってたもんなぁ。

 

『考えてみれば、我とシオンの状態は憑依型にかなり近いからなぁ。勘違いされても仕方ないわ』

 

「弁明する方法は?」

 

『ない。陰陽師共は殺すと決めたら一直線だ」

 

「やばいやつじゃん」

 

『貴様が言うな。……あと実際に妖魔(われ)を宿しているしなぁ、逃げれんよなぁ。はぁ~~不幸だぁぁ……! こんなにも早く陰陽師に見つかるとは思わなかったわ。おのれ平賀めぇ……!』

 

 小さな身体をプルプルさせる九尾が可愛い。

 なるほどなるほど、とにかく今はかなりやばいのか。

 

「――オイ、何を下見て話してやがるッ!? 昼飯に食った胃の中の人間と会話中かぁ!?」

 

「俺の昼飯は鰻だが」

 

「って妖魔がンなもん食うかボケェッ!」

 

 さらにブチキレてくるチンピラさん。お昼の内容にまでキレてくるとは驚きだ。羨ましいのかな?

 彼は「舐めやがってッ!」と叫び、拳をこちらに向けてきた。

 

「……オレの名は蘆屋 鋼牙(あしや こうが)。妖魔伏滅機関『八咫烏(ヤタガラス)』の二等陰陽師だ。そして」

 

 隣りの男に視線を向けた。

 眼鏡をかけた、どうにも気弱そうな男性だ。

 

「――特等陰陽師、天草 什造(あまくさ じゅうぞう)と申します。……ちなみにこうして名乗るのは、人間(われら)の恐れから生んでしまった妖魔に対する、一応の礼儀ということで……」

 

 弱々しく笑う天草さんとやら。

 しかし蘆屋という男の眼には、彼への敬意の光が宿っていた。

 

「では鋼牙くん。感じる妖気は微弱ですし、この妖魔の相手はアナタに任せて大丈夫ですか?」

 

「うすッ、師匠! 初陣は白星で飾ってやるんで、お任せくださいッス!」

 

「はい任せました。それでは私は平賀を追いかけ――ても無駄ですし、ここで監督してますよ。……はァ、そもそも逃げ足を極めている平賀に対し、火力特化の私と天才とはいえ新人の鋼牙くんを回す采配が間違っているんですよねぇ。ただでさえ陰陽師は少ないというのに、上層部は要人警護なんて仕事を始めておかげでしわ寄せが……」

 

 ……何やらブツブツと呟き始めてしまう天草さん。なんだか苦労しているようだ。

 

「大変なんだな、陰陽師」

 

「ってお前ら妖魔のせいだろボケェッ! ……くそっ、さっきから調子を乱してきやがって……!」

 

「妖魔じゃないんだが?」

 

「黙れッ!」

 

 蘆屋は俺を鋭く睨むと、深く息を吐き出した。

 どうやら心を落ち着けたようだ。

 

「いくぜッ――巫装展開!」

 

 そして、彼は拳を強く握り、

 

 

「術式巫装【喰密牙(クラミツハ)】――ッ!」

 

 

 詠唱と共に()()()()

 まるで意思を持っているように蘆屋の影が沸き上がり、自身の黒衣に纏わりついたのだ。

 

「覚悟しろよ、妖魔野郎……!」

 

 恐ろしい姿へと変貌する蘆屋。

 影と融合した衣服にはそこら中に『獣の(あぎと)』が浮かび上がり、さらに顔の右上半部には狼の仮面が現れた。

 

「おいおい……蘆屋と言ったか、待ってくれよ」

 

 どうにか説得を試みてみる。

 

 俺は平和主義者なんだ。九尾を復活させるために妖魔を喰らい歩くと決めたが、元々は虫も殺したことがないような寒村の小市民だったんだ。

 そう。よく考えたら妖魔を狩る陰陽師と妖魔を喰わんとする俺は仲間になれる関係じゃないか。それなのに争うなんて虚しいよ、やめよう。

 歳も近いようだし友達になろうじゃないか。平和に生きる道を探そうじゃないか……!

 

「どうか話を聞いてくれ。俺は本当に敵対する気がなく……」

 

 そんな風に語っていた時だ。蘆屋は「御託はもういいッ!」と吼え、全身の牙を尖らせた。

 

 

「この妖魔野郎が! 今からテメェを、()()()()()()()ッ!」

 

「あっ」

 

 

 ――俺はこいつを、殺すことにした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 

 

「斬る」

 

「えっ」

 

 殺すと決めて0.1秒。俺は蘆屋(あしや)の目の前にいた。

 0.2秒。双刃の柄を逆手で握り、居合抜きで彼の首を――、

 

「ちょッ――うッ、うぉおおおおおッ!?」

 

「む?」

 

 瞬間、蘆屋の衣服()()が蠢く。影に染まった(えり)が立ち、俺の刃を防いだのだ。

 さらに今度は蘆屋の腕が釣り上がり、俺を殴り上げようとしてきた。まぁ飛び退いて避けるが。

 

「なるほどな」

 

 よくわかった。

 こいつの巫装(ぶそう)、【喰密牙(クラミツハ)】の能力は『影を纏った衣服の硬質化および()()()()』だ。

 

 硬さに関しては襟で刃を防がれた時点でわかった。

 だが、勝手に衣服が動いたのは蘆屋の意思じゃないだろう。本人は完全に反応出来ていなかったからな。

 そして殴りかかってきた動きも不格好だった。棒立ちの本人を衣服の腕部分だけが無理やり動かしたのだろう、おかげであっさり避けることが出来た。

 考察完了。刀を握ると頭が冴えるな。よし。

 

 

「斬る」

 

 

 斬撃を再開する。一瞬にして再び迫り、首から上を攻めて攻めて攻め続ける。

 

「おッ、おいおいおいおいッ!?」

 

 腕で守り続ける蘆屋。今度は衣服と本人の『生きる』という意思が合ってか、かなりの精度で防がれてしまう。

 さらに蘆屋は大きく飛び退く。全身に衣服という名の外筋が付与されたおかげか、瞬く間に距離を取るが……、

 

「斬る」

 

 斬撃加速。大気を斬って刹那の真空を生み出し、空気が戻る現象を利用して踏み込む。

 

「ってなんだそりゃァ!?」

 

  

 ――かくして、浅草を舞台に追走劇を開始した。

 

 

「斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る」

 

「うぉおおおおおおおーーーッ!?」

 

 斬殺斬殺斬殺斬殺。考えることはそれだけだ。

 華やかな街を疾駆する。駆けて駆けて駆け抜けながら何度も刃を敵にぶつけた。

 術式巫装は展開しない。加減ではなく、展開に必要な一瞬の集中と時間があったらソレは斬撃に回したほうが良いと思ってだ。

 何故なら斬れる。このままなら斬れる。

 腕で頭部を庇われ続け、鉄の鳴るような音が響くも。数秒のうちに何度も何度も何度も何度も、何度も斬って、甲高い音を響かせ続ければ――ほら、()()()()

 

「ぐぎィッ!?」

 

 鉄の音階に混ざる水音。逃走しながら相手が叫んだ。

 隙間を縫って敵の頬を斬り裂いたのだ。ついに相手の自動防御が、俺の斬撃に遅れ始めた。

 戦闘開始から()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「斬る」

 

「ひッ!?」

 

 今度は殺すと振るった刃。されど斬撃を空を切る。

 ――成る程賢い巫装のようだ。防御を諦め、本体を無理やり伏せさせたのか。

 そして今度は腕を地につき、脱兎の如く蘆屋は跳ねた。向かう先は二階建ての民家の屋根上。回転しながらそこに着地するのと同時、蘆屋の片足が()()()()()()()()()()()()

 

「おッ、おい喰密牙(クラミツハ)ァッ!?」

 

 喚く絶叫。股関節から響く脱臼音。

 悲鳴と共に蘆屋の脚は、己が背中に密着する角度まで振り上げられた。

 次瞬、烈蹴。極限まで溜められた力が解放され、つま先が民家の瓦屋根を蹴り穿った。

 豪速の残骸が雨の如く降り注ぐ。

 

「アァァァアアーーーーッ!?」

 

 俺ではなくて蘆屋の口から声が上がった。 

 どうやら蘆屋、巫装が暴走してしまったらしい。

 足を振り上げた時は言わずもがな、蹴った時にも足の先から破骨音がしたしな。

 

「なるほど」

 

 自律行動も考え物だ。下手に巫装に意思がある分、俺が斬る斬る追い詰めてたら、生存本能からプッツンしちゃったのか。

 邪魔な蘆屋への気遣いも捨て、全力で俺を殺してやろうと。つまりは俺のせいなのか。すまん。

 まぁ。

 

「斬るが」

 

 残骸の雨を斬り刻む。千の破片を億の(ちり)へと即時斬殺。九尾の猛攻に比べれば余裕。

 

 さぁ、ここからは強者の【喰密牙(クラミツハ)】が相手だ。

 拙速よりも、確実に斬ろうか――!

 

 

「巫装展開」

 

 

 そして舞い散る粉塵の中。

 戦闘態勢を取る蘆屋の影と、「お前らやめろォッ!」と叫ぶ彼の声を感じながら。

 

 

「術式巫装――【黒羽々斬(クロハバキ)】」

 

 

 全て斬るべく、仮面と黒刃を顕わにした――!

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「楽しいな」

 

「ぎゃああああーーーーーーーーッ!?」

 

 激突し合う刃と影衣。雌雄を競う斬撃欲と闘争欲。

 まさに男と男の戦いだ。俺が刃を振るうたびに、【喰密牙(クラミツハ)】が拳を振るうたびに、浅草の街に鋼の音と蘆屋の絶叫が響き渡る。

 あぁ楽しい。今や俺たちは屋根を駆け、何度も何度もぶつかりながら互いの力を高め合っていた。蘆屋は泣いてた。

 

「やるなミッちゃん、これでも喰らえ」

 

 放つ斬撃空衝刃。あえて刃の『峰』を振るい、圧された空気を斬撃として飛ばした。

 

 “ッ――!”

 

 しかしミッちゃんも負けてはいない。

 声なき声と共に超高速で拳を振るい、あちらも空気の拳撃を飛ばした。見えない剣と拳がぶつかり、轟音と蘆屋の手首の脱臼音が響く。

 ふむ、中距離技を編み出したのだが効かないか。もどかしいのにそれが楽しい不思議な気分だ。

 ミッちゃんも同じ気持ちなのか、いつからか『フッ、やるな人間……ッ!』って具合に衣服に浮かんだ獣の口を笑ませるようになってきた。

 

「もっとやろうかミッちゃん」

 

 “ッッッ――!”

 

「――もうやめてくれぇええええーーーーーッ!?」

 

 微笑む俺とミッちゃんと、あと泣きながら吠え叫ぶ蘆屋(おまけ)

 

 あぁすまない九尾。俺の神にして親友よ。

 お前こそ生涯唯一の友だと思ってたが、どうやら二番目の友が出来そうだ。なんだか気が合うんだよ。

 

『獣モドキと合うって、貴様の気とやらおかしいぞ……?』

 

 呆れ声の九尾さん。たぶん嫉妬してるんだろうわかるよ。

 

 さぁ、こうしてせっかく出来た友だ。

 だからこそ、全力で。

 

「斬るぞ」

 

 そして――ついに命を奪う時が来た。

 巫装となって切れ味を増した俺の刃。それを防ぎ続けた【喰密牙(クラミツハ)】の腕部分が、ついに裁断されたのだ。

 露わとなる砕け散った蘆屋の腕。当然生身だ。あれなら次は防げまい。使い手が死ねば巫装も動かなくなるはずだ。

 じゃ。

 

「斬る」

 

「ァアアアアアアアアーーーーーーーーッ!?」

 

 かくしてさらばと、今度こそ頭部を斬り落とそうとした――その瞬間。

 

 

そこまで(ストップ)だ、少年」

 

 

 俺の腕を掴む、長身の男。

 気付けば俺の隣には、恩人と呼ぶべき人物が立っていた。

 

「どうもです、清明さん」

 

 ――安倍 清明。

 

 俺に、(ハジマリ)をくれた人である。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8:安倍清明との再会

 

「――ご機嫌よう、少年。僕の眼に狂いはなかったね。やはりキミは、至上の才能の持ち主だったよ」

 

 俺の斬殺を止めた人物。それは俺に『陰陽魚』なる玉を飲ませてくれて、巫装の力を与えてくれた人、清明さんだった。

 彼がいなければ九尾の“やられたらやり返せ”という要求に応えられなかったかもしれない。そう考えたら、とんでもない大恩人だ。お礼をせねば。

 

「ありがとうございました、清明さん。今の俺があるのはアナタのおかげです」

 

「うんうん」

 

「あとで食事でも奢らせてください。すぐに蘆屋(あしや)を斬りますので」

 

「うんうん――うんッ!?」

 

 というわけで刃を振り上げたところで、清明さんは「待て待て待て待ちたまえッ!?」と俺を羽交い絞めにした。なんなんだぜ?

 

「いやシオンくんッ、戦いは終わりだよ終わり! 妖魔だと勘違いされて襲われたようだが、キミが人間なことは僕が証明するからっ!」

 

「でもコイツ、俺を殺すぞって。これはやり返し案件では?」

 

「その案件一旦中止ッ! 彼にはあとで謝らせるからっ!」

 

「一旦って何秒くらいですか?」

 

「えっ!? じゃ、じゃあ100万秒くらい!」

 

 ふむ、100万秒か。学に乏しいため何日後くらいかは判らないが、まぁ地道に数えてみるとしよう。

 

『……』

 

「すまない九尾、清明さんは恩人だから言うことを聞くことにした。だが、一番はお前だからな? 絶対に99万9991秒後に斬るから。だから……九尾?」

 

『ん、あぁすまぬ。聞いてなかった』

 

 え、へこむ。

 

『しょぼくれるな。……貴様の恩人の清明という男。顔立ちも名前も、気に入らぬヤツにそっくりであるがゆえな……』

 

 懐から這い出て、清明さんを睨む九尾。清明さんのほうも九尾を見返し、「ほう」と呟いた。

 

「これはずいぶんと小さくて可憐な乙女(レディ)だ。まさに人形のようだと思ったが、発汗までしているね。妖魔平賀(ヒラガ)の製品か。僕好みの西洋風だ」

 

『黙れ、身体のことは言うな不愉快だ。それよりも貴様……“安倍 晴明”の子孫だな? 我を地の底の結界から出られなくしたあの……ッ!』

 

 出られなくした? ……ふむ、なるほど。なんで九尾が穴の底にいたのかと思ったら、あそこが家とかじゃなくて閉じ込められていたのか。じめじめしてて圧迫感あるし、好きであんな所に住む理由はないしな。

 ……あれ? そう考えると、もしや俺の家である牢も、あそこに住ませてもらってたんじゃなくて閉じ込められてたってことか……!? むむむ。

 

「大変だ九尾、やり返し案件発生だ。村人たちを監禁してくる」

 

『ってどうしたシオンッ!? よくわからんが話し中だから待て!』

 

「待つ」

 

 九尾の言葉は絶対だからな。

 

「――九尾、と呼ばれていたね。なるほど、キミが平安の大妖魔か。かの晴明でも葬れず、封印したという存在」

 

『ふん……大妖魔だったのは昔の話だ。人間(エサ)もほとんど食えなくなり、すっかり衰え切っていたわ。貴様ら陰陽師も、さっさと狩りに来ればよかったろうに』

 

「あぁ、それは無理。封印箇所の情報が、()()()失伝しちゃっててさ」

 

『は?』

 

 そんな重要な情報、消えるわけが――と、九尾が言っていた時だ。

 眼鏡の陰陽師、天草さんが「お~い……!」とよれよれになりながら駆けてきた。

 

「はぁーッ、ハァーッ……! ま、まったく大いに暴れてくれましたねぇ……。『封鎖結界』の拡大にどれだけ駆けずり回ったか……」

 

 汗まみれの天草さん。その懐から何枚かの『札』が落ちた。

 ああ、いつの間にか周囲から人が消えたと思った時、地面にちらほら落ちてたモノだ。

 そういえば蘆屋――というより【喰密刃(クラミツハ)】と暴れ回った時、どこに行っても人がいなかったな。この人がその札を撒いてたからなのか。

 

「ふぅ……。キミたちが戦い始めた直後、しれっと現れた清明さんから話は聞きましたよ。シオンくんとやらが人間であると」

 

「人間です」

 

「実際に術式巫装も使えるようですしねぇ。ソレは人にしか使えませんから。……しかし」

 

 じろっ、と。天草さんは清明さんのほうを睨みつける。

 

「清明ッ! アナタ、貴重な『陰陽魚』を何勝手に飲ませてるんですか!? もう数がないんですよ!?」

 

「いいじゃないか天草さん。シオンくんは逸材だったろう? 彼は心強い戦力になるよ!」

 

「だとしてもッ、本部への報告・連絡・相談は必要でしょう!? それがなかったせいで無駄な戦闘で仕事が増えてっ……ああああああ胃が痛いッ!」

 

 ……仲がよさそうだなぁと思った。

 まぁ俺と九尾のほうが仲いいがな。負けないがな。

 あと【喰密刃(クラミツハ)】ことミっちゃんとも仲いいもんな。

 

「ミっちゃん、また戦おうな……!」

 

 “ッ~~~!”

 

 あぁいいだろう、次こそは決着を付けるぞ宿敵よッ! ――的な鳴き声を出すミッちゃん。

 うん、カラッとしてて男らしくて大好きだ。ちなみに蘆屋は気絶してた。

 

「ってアナタはなんで暴走した巫装と仲良さそうなんですか……。はぁぁ……情報処理班への報告が今から憂鬱ですが、今はとにかく……」

 

 天草さんは眼鏡を上げ直し、俺に言った。

 

「アナタには色々と用があります。なので」

 

 ――陰陽師たちが本拠地、『八咫烏(ヤタガラス)』へと来てもらいます。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 ―『八咫烏』参入編―
9:天草什造の苦労


 

 

「出会ったのが浅草でよかった。――なにせ妖魔伏滅機関『八咫烏』の本部は、ここ東京にありますからね」

 

 風が吹き去る。景色が過ぎ去る。機械の唸る音がするたび、街並みを高速で抜けていく。

 今、俺たちは“自動二輪(バイク)”なる乗り物に跨って走っていた。

 あ、ちなみに俺は清明さんの後ろに乗り、気絶した蘆屋は天草さんに括り付けられた状態だ。

 

「すごいですね、バイクって」

 

 うーん速い速い。噂には聞いてたが、座ってるだけでこんなに速く走れるのか。二輪ってすごい。

 平賀(ヒラガ)も足に二輪つけてたし、俺もつけようかなぁって思った。

 

「陰陽師は多忙な仕事。それゆえ悪路でもすぐに踏破できるような、軍用バイクの改造品が与えられているんですよ。シオンくんも陰陽師になれば貰えますよ」

 

「足に車輪を付けることはできますか?」

 

「えっ!? ……うーーん……人間の技術力だと、ちょっと無理かもですね……」

 

 難しい顔をしてしまう天草さん。

 なるほど、平賀の技術力はそれだけ優れているということか。

 

「まぁいつかは人に埋め込める機械も出来るでしょうが、段階を踏んで人々に理解をさせて欲しいですね。……その点、狂った先鋭品(オーパーツ)を撒く妖魔平賀はまずい。元は罪人ながらも偉大な発明家だったとされていますが、今は完全にタガが外れている」

 

 ――ゆえに必ず討ち取らなければ、と。天草さんは強く呟いた。

 

「やる気あるんですね、天草さん」

 

「いや、私なんて最低限ですよ。陰陽師の中には妖魔への復讐を誓った者も多い。そんな方たちに比べたら――あぁ」

 

 ふと、天草さんは前を見上げた。

 俺も釣られてそちらを見ると、そこには大きくて立派なお城が。

 

「見えましたよ。あれこそ、皇居にして現政府の中心。かつて江戸城と呼ばれた存在」

 

 近づくほどに感じる偉容。白き城壁が目に眩しい。

 

 

「そして、我々『陰陽師』たちの本部――東京城です」

 

 

 その厳めしい城門へと、俺たちは向かっていった。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「ま、陰陽師はあくまで機密の存在。正確には城の地下が本部なんですけどね」

 

「はえー」

 

 天草さんと二人、『自動昇降機(エレベーター)』なる箱に乗って地下へ地下へと向かっていく。

 

 ちなみに、清明さんは「蘆屋くんを治療しないとねッ!」と言って彼を抱えてどっかに消えた。

 その後ろ姿に、天草さんは「逃げたなアイツッ……!」と唸っていたが。

 どうやら清明さん、仕事をさぼって放浪中だったらしい。

 

「我ら陰陽師の服装がスーツなのも、政府機関内を出歩く際、役人に擬態するためなんですよ。……まぁ、清明のようなちゃらんぽらんな男が役人なワケないんですけどね」

 

「清明さんのこと怒ってます?」

 

「別に。アレの任務を私がするコトになりましたが全然怒ってないですよ」

 

「はえー」

 

 顔が完全に怒っていた。

 

「……ただ、清明には先祖伝来の『人の才能を見抜く眼』がありますからね。それゆえ人材発掘も彼の仕事。そう考えたら、天才(アナタ)を見つけてきた時点で組織に大いに貢献してるんですよねぇ」

 

 ゆえに怒るに怒りづらいと、天草さんはお腹をさすりながらぼやいた。

 その仕草気持ちいいのかなぁと思い、肩に座ってる九尾のお腹を撫でたら『なにするーッ!』と噛まれた。痛い。でも九尾に歯形を付けられて幸せ。

 

「とにかく天草さん、大変なんですね」

 

「ええ、大変なんですよ。それにこれから、浅草で暴れた件と――アナタの存在を、報告しなきゃですしね」

 

「?」

 

 と、そこで。エレベーターの箱がガタッと揺れて止まった。

 一番下についたようだ。鉄の扉が、ゆっくりと自動で開いていく。

 そして。

 

 

「おぉぉ……!」

 

 

 目の前に広がったのは、日の光が差す桜並木に囲まれた庭園付きの大屋敷だった。

 なんだここは、どうなってるんだ。地下なのに空があるぞ。太陽があるぞ。空気だって美味しいぞ。

 

「九尾のいたとこは空気まずかったのに……」

 

『まずくて悪かったなッ!?』

 

「おお」

 

 うっかり九尾を怒らせてしまったのでナデナデする。

 あそこの空気はまずかったけど、お前の脳みそは美味しかったよと告げると『ヒュッ!?』と黙ってしまった。許してくれたようだ。

 

本部(ここ)は天下の大陰陽師、安倍晴明が創り上げた疑似世界でしてね。人に巫装を発現させる『陰陽魚』といい、かの存在も平賀と同じく凄まじい技術者だったようです」

 

「なるほど。清明さんのご先祖、すごかったんですね」

 

「まぁ清明はアホですけどね」

 

「怒ってます?」

 

「別に」

 

 やっぱり完全に怒っていた。

 

「ふぅ。ではシオンくん、少々申し訳ないですが――組織の方針で、アナタを拘束させてもらいます」

 

 ぱん、と天草さんは手を叩いた。すると俺の両側に黒ずくめの者らが現れ、腕をがっちり握られてしまう。

 何だこの人たち? 黒い鳥の仮面被ってるし怪しそうだぞ。

 

「ふむ」

 

 

 この状況はもしや……やり返し案件、発生か?

 

 

「なぁ天草さん。これは――俺を()()()と思ってのことか?」

 

「ッ!? ……いえ、違います。これは、妖魔と混ざっているらしきアナタを、健康診断するためですよ……」

 

「なんだ」

 

 

 健康診断か。それならむしろ良いことだな。どうやら『八咫烏』という組織は正義の組織らしい。

 俺はいいところにきちゃったな~と思いました。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10

 

 

「――やってくれたな、安倍 清明(あべのせいめい)

 

 老人の声が、厳めしく響く。

 それはシオンが拘束を受けているのと同時刻の事。『八咫烏』本部内に位置する豪奢な屋敷の一室にて、清明はある男と向かい合っていた。

 

「何かご不満でも、土御門(つちみかど)統括陰陽師」

 

 ――土御門 雨尾(あまお)

 統括陰陽師と呼ばれる『八咫烏』の長であり、御年()()()になる者だ。

 座椅子に深く腰を下ろし、机越しに清明を睨む。

 

「不満も糞もあるか。儂は常々言っておる筈だぞ? 『陰陽魚』を与える者は、(しか)りと(えら)べと」

 

「選んでいるでしょうが。少し前に拾ってきた真緒(マオ)くんは強いし、今回のシオンくんはそれを上回るような……」

 

「血筋も択べと言っておるのだッ!」

 

 木材が砕ける音が(こだま)す。

 土御門が拳を叩きつけた瞬間、漆の机が粉々になったのだ。

 それを見て土御門は舌打ちをした。

 

「加減を過ったか。……兎に角、清明よ。確かに才能は大切だ。即戦力は多いに越したことは無い。だがなぁ、組織の未来も考えたらどうだ?」

 

「未来を?」

 

「あぁ」

 

 気迫を落ち着け、土御門は続ける。

 

「組織運営には、『(カネ)』が要る。金がなければどんな組織も立ち行かん。そして、我らに金を与えてくださるのは政府要人の方々だ。彼らの機嫌も伺わねばならん。ゆえに、なァ?」

 

「ゆえに、彼らに近しい良家の者に、力を与えろと?」

 

「そうだ」

 

 土御門は憮然と頷いた。それでいい、判っているじゃないかと。

 

「老人ならば誰でも判る話よ。――息子や孫が強くて特別だというのは、とてもとても気分が良い。そして、その者が属する組織には、やはり金を落としたくなる。つまりはそういうことよ」

 

「正論ですね」

 

 彼の主張を清明は決して否定しない。

 たしかに、金は必要だ。妖魔退治という一銭の価値もない戦いを支えるには、権力者からの支援が必要となる。ゆえに縁故採用じみた工作も必要。それはわかる。清明も頷く。

 

 しかし。

 

「で、土御門統括。その良家の者らを採用したとして、妖魔と戦わせていいのですかね?」

 

「……まぁ、働かせんわけにはいかんな。だが、基本的には要人警護に回ってもらう」

 

「ところで統括が壊した机、ずいぶんと良い物ですね?」

 

「何が言いたい」

 

「最近はまたお(めかけ)様を増やしたとか。まったく好かれやすいことで……」

 

「何が言いたいッ!」

 

 再び響く老人の怒号。それは空気を激震させるような異常なモノであり、部屋中の高級品の数々に罅が入った。

 されど清明は全く動じず、無言で部屋を立ち去らんとする。

 

「っ、おい清明ッ!?」

 

「あーすみませんが聞こえません。今ので鼓膜が破れちゃったので、医務室に向かわせていただきます」

 

「はぁ!? 貴様っ戯れ言を!」

 

「いやー流石は『身体強化』の能力の極致。肉体が強すぎて三百年も生きてる方は、すごいですな~」

 

 がなる叫びもどこ吹く風。清明はお辞儀まですると、「じゃっ」と部屋を後にした。

 

「ッ――おい清明ッ! 貴様が名を上げた真緒といいシオンという餓鬼といいッ、どちらも妖気を帯びた者と聞くッ! 今後もそんな妖魔モドキばかり集めようものならっ、貴様の信用も地に堕ちるぞッ!」

 

 ――背中に響くは恫喝のみ。後は追われない。追ってこない。清明の予想通りである。

 どうせあの筋肉老人は、“清明と本気で戦った際、いくらの損害額が出るか”を気にして、どれだけ遊んでも暴力には出ないだろう。

 そう考えて皮肉を飛ばしまくったら、実際にそうだったようで笑ってしまう。

 

「はぁ~」

 

 少し笑って、溜め息を一つ。

 そして――庭園の見える渡り廊下を歩きながら、ぽつりと。

 

 

「生き過ぎれば、魂も腐るか」

 

 

 そろそろ()()()()()()()()()、と。清明は冷たく呟いたのだった。

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

「――身体機能に異常なし。少し肉付きは足りないけれど、特に病気はなさそうね」

 

 そう話すのは、医務室の綺麗なお姉さんだ。聴診器なるものをペタペタと俺に当てながら、何やら紙に書いていく。

 

「健康診断なんて初めて受けました。色々するんですね」

 

「……うん、まぁそうね」

 

 なぜか微妙な顔をするお姉さん。

 

 いやぁ、俺は今すごく充実感に溢れてますよ。なにせ健康診断をするって言われて連れて行かれた先が真っ暗な部屋で、ポリグラフせいライアーデテクトとかいう謎のカッコイイ機械を頭に付けられたんだ。

 それから壁から出る色んな声に『人間か?』『名前はなんだ?』『人間を喰いたくなったことは?』とか色々なことを聞かれて、次は色々な食べ物を食べさせてくれて『どんな味だ? 人間ならば、正確に答えろ』って言われて、それでお姉さんのところに回されたわけだ。

 ふふふ、笑っちゃうね。俺に種族とか名前とか好みとか聞いた上に食べ物くれるとか、壁の人たちってば俺のこと好きすぎだろ。ふへ。

 

「機械はカッコよかったし、知らない人たちとたくさん話せたし、美味しいものもいっぱいくれて……。この組織って、いいところですね」

 

 俺はすっかり『八咫烏』が大好きになっちゃいましたよ。

 この組織の一番偉い人ってどんな人だろ? きっと優しい人なんだろうなぁ。今度お礼しに会いに行こうかな。

 よし決めた、いくぞ。

 

「すみません、この組織の長は誰ですか?」

 

「えっ、土御門統括だけど……」

 

「お礼に行きます。ではさらば」

 

「ってちょっとーーー!?」

 

 なぜか必死に止められてしまった。

 アナタと会ったら絶対揉め事になると、すごく必死に言われてしまった。

 

 いやいやいや、そんなわけがないだろう。

 だってこの組織の長は優しいんだぜ? そして俺も善良なんだぜ?

 仲良くなること不可避では? よし。

 

「行く」

 

「だめーーーっ!」

 

 お姉さんが騒いだことで、落ちてしまう手元の紙。

 そこには『四条 シオン 常識性:極低』と書かれていた。

 

 ――まぁ俺、字が読めないんですけどね。

 

 多分褒められてるんだろう、よし!

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11

 

「行くーーーーーー!」

 

「ダメーーーーーー!」

 

 俺が土御門さんのところに行く行くしていた、その時。

 

 

「――なっ、なんか先生の叫び声がしたんだけど……!」

 

 

 女の子が医務室に入ってきた。

 一体どうしたのか、妙に顔が赤らんでいる。風邪かな?

 

「って、あれ? 二人とも服着てる? あれれ……?」

 

「あぁ真緒(マオ)くんっ、ちょうどよかったわ! この男の子が噂のシオンくんよ!」

 

 へ、俺ってば噂のシオンくんなんですか? 噂になってるんですか?

 ――おいおい九尾、どうするよ。俺ってば大人気みたいだぞ? なんでだ?

 

『絶対に良くない噂だと思うんだがなぁ……』

 

 九尾さんは俺の肩で微妙な顔をしていた。

 うむ、これは嫉妬だな。俺を独占したいんだよな、わかるよ。

 

「先に言っておくが、俺の一番は九尾なんだ。みんなの想いには応えられそうにない……!」

 

「ってキミはいきなり何を言ってるの!? ねぇ先生、この子ってば目が死んでるしなんだか――って先生どこ!?」

 

 気付けば、医務室の先生は消えていた。

 後に取り残されたのは、俺と九尾と謎の女の子のみ。

 

「たしか真緒くんさんと言ってたか。よろしくお願いします」

 

「あっ、はい、よろしくお願いしますー……!」

 

 丁寧に挨拶し合う俺たち。彼女はひくひくと微笑んでいた。

 うん――どうやら仲良くなれそうだなッ! よし!

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「――屋敷内には色んな部屋があってね。すごくおっきな図書館に、劇も出来そうな体育館に、それから何百人も一斉に食べれる広い食堂に。もうとにかくすごいんだよ!」

 

「ほほー」

 

 真緒くんさんに導かれながら、屋敷の廊下を歩いていく。

 本当にめちゃくちゃデカい屋敷だ。もう屋敷だけで俺の村の何倍も面積がある上、外に広がる庭園や森林や桜並木まで含めたら、山より広いんじゃないか? すごいぞ。

 

「俺もいつかはたくさん稼いで、これくらいデカい家を買いたいものだな。九尾を住ませてやるために」

 

「おぉ、旦那さんみたいな発言、男らしい……!」

 

『ってシオンのような餓鬼(ガキ)に養われる気はないわッ! あと誰が旦那だっ!?』

 

 俺の言葉に目を輝かせる真緒くんさん。それから少し寂しげな様子で、「僕も男らしくなりたかったな」と微笑んだ。

 

 ――ん、()() ()()()()

 

「えっ、真緒くんさん女性では……?」

 

 瞳を凝らしてジッと見る。一歩引かれたので寄って見る。

 

 まず顔。女の子だ。俺と同い年かそれくらいの少女だ。目がとってもパッチリしている。あと泣きボクロある。はい顔:女の子

 次、服装。――女の子だ。

 日本の服ではない。たしか行商人が一度売り込みに来てた、“ちゃいなたうん”というところで流行ってるらしい服だ。

 白くて布地がテカテカで、腕も足も出てる。陰陽師の正装らしい黒スーツは、後ろから袖だけ通して肘に引っ掛けてる感じだ。はい上半身:女の子。

 下には黒くて短い“ずぼん”とやらを着てるが、長さはほとんど腿の付け根くらい。

 あとに目に付く装飾は、首に巻かれた黒い布と、白い花の髪飾りくらいで――うん、総評:女の子だ。

 

「というか、胸あるし」

 

「うッ!?」

 

 なにやら固まる真緒くんさん。……どうやら事情がありそうだな。よし。

 

「――どうしたんだ。話、聞くぞ?」

 

 真摯な声で、聞いてみる。

 俺には人付き合いの経験がないからな。雰囲気で察するなんて真似は出来ない。

 だから直接聞くしかないんだ。

 

「えっ……い、いや、すごく変な話だから、いいよ」

 

 返答は拒否だ。そのまま通路を過ぎ去ろうとする。

 ふむ、拒否されたなら仕方ない。この話は終わり――にしようと思ったところで。

 

「それに僕のことなんて、どうせみんなの噂話で聞けるから……」

 

「知らん」

 

 壁に手をつき、引き留める。彼女がびくっと肩を震わせた。

 

「俺は、お前の口から聞きたいんだよ」

 

 噂話で聞く伝聞、というのが大嫌いだからだ。

 かつて……俺が村人たちに歯向かっていた、五歳ごろの頃。

 村の子供が畑の野菜をこっそりと盗んだ時、誰かが『シオンが盗んだ』と噂しだして、一気に村中に広がった。

 そして折檻された日は、本当に悔しかったな。

 俺は畑の世話をするばかりで、食べさせてすら貰ってないのに。子供が泥棒していると見つけて報告したのは、俺なのに。

 

「ちょっ、シオンくん……?」

 

「顔も知らない連中の話など、俺にとってはどうでもいい。俺は、俺のことを優しく案内してくれた、お前自身の言葉を信じたいんだ」

 

 ――少しだけ怒りという感情を思い出し、声に熱が帯びてしまっていた。

 しまったな、これでは彼女を怖がらせてしまう。

 

 ……そう思ったが、なぜか真緒は「そ、そこまで、言うなら……!」と伏し目がちに切り出してくれた。

 

「あのね……思い出したくもないんだけど、さ。……実は、『フランケン』という妖魔に、人体実験を受けてさ」

 

「ああ」

 

「それで、脳を取り出されて――今は、カラダだけが女の子なんだよ……!」

 

 そうなのか。

 

「あははっ……信じられないよね。でも本当なんだ。脳だけを、別の子に入れられちゃってさ……! ぶっちゃけ気持ち悪いよね……!」

 

 そうなのか。

 

「まるで継ぎ接ぎ死体だよ。動いてるのがおかしい、化け物だよ。気持ち悪いよ。みんなが嫌な目で見てきても仕方ないよ……ははっ……」

 

 笑いながら視線が下がる。まるで自分を罵り、嘲っているように。

 

「それに中身が男なら、着飾るなって話だよね。男装して、顔に傷でも付ければいいよね。でも……この服装(すがた)は、この身体は――妹のッ」

 

「真緒」

 

 肩に手を置き、その名前を呼ぶ。

 ……会話は一人でするものじゃない。そろそろ、俺の気持ちも喋らせろ。

 

「俺は、お前に何も思わない。気持ち悪くなんてないし、化け物だなんて誰が思うか」

 

「え……」

 

 当然のことだろう。

 

「というか気持ち悪いってなんだ? 化け物ってなんだ? お前は綺麗だし、いい匂いだし、声も明るいし、作り笑いも出来ない俺に愛想よく接してくれていた。気を悪くする要素がないだろ。継ぎ接ぎ死体じゃ断じてない、ただの優しい、人間だろ」

 

「っ……!」

 

 視線をそらさず、そう言った。

 ――真緒は驚いているようだが、俺のほうこそお前の現状に驚きだよ。

 

「なぁ真緒。嫌な目で見られるとも言ったが、どうしてだ? お前は人に嫌なことをしたのか?」

 

「えっ……して、ないけど」

 

「だったらお前は、悪くない」

 

 顎を持ちあげ、俺の瞳を見つめさせる。

 コイツが伏し目がちになる必要はない。悪くなければ堂々と前を見ればいいんだ。

 

「お前が誰かを気持ち悪がり、化け物と呼び、嫌な目で見たのなら仕方ない。“やられたらやり返せ”、だからな。――でも、違うんだろう?」

 

 静かに真緒に問いかける。

 俺は声が小さいから、ちゃんと聞こえるように顔を近づけて。

 

「お前は、普通に生きていただけなんだろう? 誰も、傷付けてないんだろう?」

 

「ッ……うん……」

 

「だったらお前は、悪くないだろ。お前の周りが悪いだけだろ」

 

「っ……!」

 

 真緒は、医務室で立ち尽くす俺に屋敷の案内を願い出てくれた。

 誰に言われたわけでなく、自分の意志で言ってくれたのだ。

 嬉しかった。真緒からは無償の親切を貰った。だからこそ、

 

「俺はお前の、味方だよ」

 

「っっ……――!」

 

 言い切った瞬間、真緒は両手で顔を抑えた。

 

 表情は分からない。人付き合いの経験がないから、顔を隠されたらどうしようもない。

 ……鼻を啜る音が、はたして風邪のせいなのかどうかも、俺にはまったく分からなかった。

 

 そして。

 

 

「――わ、わぁ……。キミ、すごいね……!」

 

 

 廊下の曲がり角から、清明さんがひょっこりと顔を出したのだった。

 とりあえず挨拶してみよう。

 

「こんにちは」

 

「ど、どうもですシオンさん……!」

 

 なぜか敬語を使われてしまった。なんでだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12

 

 

「シ、シオンさん。ご飯なに食べますか!? 奢りますよッ!?」

 

「清明さん、その態度やめてくれ。アナタこそ俺の恩人なのだから……」

 

 真緒(マオ)の事情を知った後のこと。

 俺と真緒と清明さんは、屋敷内の食堂に来ていた。

 

「ていうかここ、マジで広いな」

 

 白くて清潔でとにかくデカいぞ。

 何百人も一気に食べれると聞いていたが、それくらい広いし机も椅子もあるし、真緒の話の通りだな。

 

「――シオンっ、焼き魚定食貰ってきたよ! これがすっごく美味しいんだ!」

 

 と、そこで。注文台のほうから真緒がやってきた。

 両手には俺と自分の分の定食がお盆に。清明さんの分はなかった。

 

「あれーっ、僕のはー!?」

 

「手は二つしかないし、清明さんは自分で取って来てよ。……ずっと盗み見してたんだしさ」

 

「うぐ……っ!?」

 

 そりゃしょーがないと、フラフラと注文台に向かう清明さん。

 ちなみに俺の側を通り過ぎる時、「よくやった」と小声で言われた。何のことだ?

 

「はいシオン、お魚の骨取っておいたよ!」

 

「おっ、ありがとう真緒。焼き魚は初めて食べるから助かる」

 

「いいってことよ! 友達だろー!」

 

 ちなみに真緒氏、さっきからすごく元気である。

 元気な人が側にいるとこっちも元気になるから良いことだ。

 

「どれどれ、初めての焼き魚を一口……んっ、旨味が旨い……!」

 

「あはは、なにその感想。シオンは面白いなー」

 

 おお、面白いのか俺。そんなこと初めて言われたから嬉しいぞ真緒。

 あ、そうだ。真緒がほぐしてくれた焼き魚を、九尾にもほい。

 

『む、どれどれ仕方ない食ってやろうか。あーん……って、ンガッ!?』

 

 変な声を出して固まる九尾。赤い瞳が前を向く。

 その視線を追いかけると、真緒がニコニコニコニコニコニコニコニコ――ッとすごく上機嫌に微笑んでいた。

 ん、なんだなんだ? 綺麗な笑顔じゃないか。なんで九尾は固まったんだ? ん?

 

「あははっ、なんだろうなこの気持ちは~……! あぁそうそう九尾さんだったよね。九尾さん用に小鉢に魚の身を分けてあげるから、それを食べなよ。ね?」

 

『うっ、うむ……そうさせてもらおう』

 

 自分の魚を切り分けていく真緒。

 おお……なんて良いヤツなんだ。俺以外にも、九尾にご飯を食べさせてあげたいと思う者がいるとは。

 ぶっちゃけ俺だけが養いたいという気持ちもあるが、真緒の偉大な献身の心は評価に値するものだ。

 好感度、めちゃくちゃ上昇だぞ!

 

「……にしても九尾さん、妖魔なのに人間のご飯を食べるんだね」

 

「ん?」

 

 なぜか真緒が意外そうな顔をしている。え、なんぞなんぞ?

 

「妖魔は普通の飯を食べないのか?」

 

「うん。妖魔は元々、負の感情から生まれた存在。人間を傷付けることが前提の生物だからね。それゆえか、普通の食べ物みたいな、()()()()()()()()が生理的に大嫌いみたい」

 

 ほほう、そりゃ知らなかった。というか妖魔の存在を知ったの、まだ三日くらい前だしな。

 

「だから妖魔って、人間の肉しか食べれないんだってさ。それなのに……」

 

 九尾のほうを二人で見つめる。

 焼き魚をハフハフッと熱がりながら『これはっ、旨味が……旨味がっ……!』と唸っている白い少女。

 うん……なんか俺よりも美味しそうに食べてるな。頬をぱんぱんに膨らませて、めちゃくちゃ笑顔で食しておられる。

 

『んぐんぐっ……って、なんだ貴様ら!? じろじろ見るな!』

 

「あぁすまん九尾。妖魔は人間の肉しか食えないと聞いてな」

 

 そう言うと、九尾は手の油を舐めながら『あー』と答えた。

 

『まぁ確かにそうだな。我も実際そうだったし。ただなぁ、シオンと一つになってからのことだ。浅草で鰻を食っているのを見た時、ふいに美味しそうと思ってしまってな。それから平賀(ヒラガ)に仮の身体を与えられたら、この通りよ』

 

 はぐはぐと食事を続ける九尾さん。とっても美味しそうなご様子だ。

 

「んーなるほどねー。噂にはなってたけど、シオンが九尾を取り込んだ一件が原因か。魂に人間らしさが混ざっちゃった、ってこと?」

 

「マジか。それはなんだか嬉しいな」

 

 九尾が俺色に染められたってことだ。

 おいおいおいおい……なんだか背徳感にも近い愉悦を感じるぞ。

 

「ふふふ……九尾、いっぱい食べろよ? たくさん稼いでお前を養うからな? ふふふふ……!」

 

「わー……九尾さん、シオンにすごく慕われてるね。うわなんだろう、そう考えるとさっきから変なもやもやが……!」

 

『ってなんだ貴様らーーーっ!?』

 

 俺と真緒に見つめられて九尾が叫ぶ。

 ――こうして俺たちは、明るく楽しく食事の時間を過ごしていくのだった。

 

 

 そして。

 

 

「――はい注目! キミたち二人の仲間に入れて欲しい子がいまーす!」

 

 ふいに、清明さんが手をパンパンと叩きながら食堂の出入り口より現れた。

 はて、食事を取りにいったんじゃないだろうか? そう思っていると……。

 

「キミたちと友達になりたがってる、蘆屋 鋼牙(あしや こうが)くんでーす!」

 

「誰が友達になるかボケェエエエーーーッ!?」

 

 清明さんに続いて現れたのは、全身ボロカスで包帯まみれの青年。

 ――数時間前に俺と戦ったチンピラの、蘆屋だった……!

 

 あっ、ということは!

 

「よく来たな蘆屋っ! というわけで巫装展開ッ、【喰密刃(クラミツハ)】――!」

 

 “ッッッ~~~~!!!”

 

 また会ったな、宿敵(とも)よ! って感じで蘆屋の全身に現れるミッちゃん。元気そうで何よりだ!

 

「って勝手に人の巫装を展開するなっ!? 【喰密刃】も出てくんなやッ!」

 

 蘆屋がなんか叫んでるがどうでもいい。

 俺は刃を抜き、ミッちゃんも拳を構えると、俺たちは激突を開始したのだった――!

 

「やめろぉおおおおおおおおおーーーーーーーーーーッ!?」

 

 





あしやすき


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13

 

 

 ――戦友の【喰密刃(クラミツハ)】くんと始めた決闘。それは九尾の『メシに埃が入るだろッ!』という言葉により、開始直前で止められた。

 はい、すみません……。

 

『ったく、シオンと出会ってからまともなコト言ってばかりだ……! 我は凶悪な大妖魔なのにっ、それ以上に常識ないから……!』

 

「元々九尾は良いヤツだったのでは?」

 

『よくない!』

 

 めちゃくちゃ否定されてしまった。

 なんか悪に矜持があるらしい。カッコいいよ。

 

 

「はいそこ夫婦漫才しなーい。――それで僕からの指示だけど、三人にはチームを組んで欲しいんだ」

 

 

 ち~む?

 清明さんの言葉に聞き返すと、真緒(マオ)が「組や班って意味だよ」と教えてくれた。優しい。好き。

 

蘆屋(あしや)は分かったツラして分からない俺を放置だから嫌い」

 

「なんだとテメェッ!? 簡単な英単語くらい覚えろやッ!」

 

「わかった」

 

 そう言われたら勉強することにしよう。

 まぁ、まずは英語よりも日本語の文字の読み方だな。お品書きが読めなきゃ食堂でご飯も食べれない。

 

「話を進めるよ~。キミたちを組ませようと思った理由、それは第一に欠点を埋め合うためだね」

 

 欠点とな?

 

「まずシオンくん。キミは強いが、常識に疎い。まぁ完全にあのクソ集落のせいだが……とにかくキミには色々勉強してもらう。仲間によく聞き、学ぶように」

 

「了解だ」

 

 元々その気だったからな。勉強させてもらおう。

 

「で、蘆屋くん。キミは……巫装(ぶそう)が完全に暴走してるね」

 

「チッ!」

 

 うわ、俺のほう見て舌打ちしてきた。ガラ悪っ!

 

「元々キミ、巫装の自律行動が優秀過ぎたんだよ。それと血筋の良さで新人なのに二等陰陽師になったわけだけど、それじゃあいつか詰むと思ってたよ。初任務でシオンくんに負けてよかったね」

 

「ッ、うっせぇスよ……!」

 

「うるさくないよ、事実だ。――キミはとにかく自力を上げて、巫装に認められる人間になること。それまでは、仲間に戦闘をサポートしてもらうことだ」

 

「くっ……!」

 

 俺と違って蘆屋は頷かない。ただ、「大陰陽師・蘆屋の血筋のオレがなんでッ……」と一人ぶつぶつしていた。

 

「で、最後に真緒くん。キミは……うん。大妖魔『フランケン』に身体を(いじ)られたせいで、異質な状態になってしまった。そのうえ、ヤツの妖気の残り香まで漂っている」

 

 ゆえに、遠巻きにする者は多いだろうと清明さんは語る。

 

「だから、キミの戦闘は危なっかしかった。周囲に煙たがられていることと、自分への嫌悪感からかな? 普段は身体を大事にしてるのに、戦闘になると()()()()()になる節がある。そこが欠点……だと思ってたが」

 

「大丈夫です」

 

 真緒は、強く頷いた。清明さんを真正面から見つめる。

 

「……こんな自分を、恥ずかしいくらいの言葉で認めてくれた(ひと)がいますからね。その恩を返すまでは死にませんよ」

 

()し。ならばキミは、仲間二人を献身的に支えてくれ。その『体質』の利用をお願いすることもあるけど、構わないね?」

 

「はい、ではさっそく」

 

 体質とは何のことか?

 首を捻る俺を横目に、真緒はなんと自身の親指を強く噛んだ。そして溢れ出した血を、カラの湯飲みに入れていく。

 

「はい、蘆屋くん飲んで」

 

「うげッ!?」

 

 なんと真緒は自分の血を蘆屋に差し出したのだ。

 え、どゆことー? 教えて蘆屋くん。

 

「ってオレに聞くのかよ!? ……あー、こいつは妖魔フランケンの『不死化実験』の生き残りでよ。傷の治りが早い上、体液を飲ませた相手にもその特性を一時的に発揮させるんだと」

 

 へーっすごいな。でもそれより。

 

「真緒、親指痛くないか? 無理するなよ」

 

「っ……うん、ありがとうシオン。あはは……僕の体質を聞いて、引くよりも先に心配の言葉かぁ……!」

 

「当たり前だろ」

 

 お前は俺に優しくしてくれた上、九尾にご飯を与えてくれた(みつ)ぎ友達だからな。

 

 ――そう言うと真緒はなぜか表情を何とも言えない具合にさせたが、最終的には笑ってくれた。よし。

 

「……ちなみに、真緒くんの血は妖気を帯びててね。生涯で一定以上摂取すると、『妖魔化』しかねないという研究結果が出た。それゆえ蘆屋くん、あまり怪我して真緒くんのお世話になりすぎないようにね?」

 

「ケッ、わかってますよ清明サン。……こんな妖魔の実験体の血、早々飲まねえっての……」

 

 ……罵倒じみたことを言いながら血を飲む蘆屋。

 お、これはやり返し案件発生だ。真緒、怒っていいぞ?

 

「怒らないよ。……ボロボロのカスが玉ちいせぇコト言ってンんなぁって思うくらいさ」

 

「ンだとメス野郎ッ!?」

 

 ――しっかり言い返す真緒と、怒鳴り返す蘆屋。

 そのまま二人は顔を近づけ、「は? やるかチンピラ?」「犯すぞクソメス?」と罵り合いながら食堂から出て行った。

 おー。真緒はすっかり前向きで()る気だし、蘆屋も身体が元気になったみたいだな。よし。

 

「お互いを高め合う、いいちーむってヤツだな! うむ!」

 

「……シオンくん。あの二人見てそう思うのはキミくらいだと思うぞ?」

 

 呆れながらそう言う清明さん。

 つまり俺は限定品ということで、とっても嬉しく思いました。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14:天浄楽土

 

 

 

 ――そして、一夜明け。

 

「ん~~~……!」

 

 俺は、『八咫烏』の大屋敷内の一室で目を覚ました。

 ふかふかの布団から起き上がり、ぐぐっと背伸びする。

 

「いやぁ九尾、布団ってこんなに気持ちいいんだな……! 土の寝床とは大違いだぞ」

 

『うむぅ、これは我も溺れてしまうぞぉ……!』

 

 枕元を見れば、そこには赤ん坊用の布団にくるまった九尾がグデグデしている。

 俺も九尾も土の上で寝てきた者同士である。布団に入ってからはしばらく快適すぎて眠れず、いざ意識が落ちたら朝までぐっすりだった。

 

「にしても、悪いな九尾。なし崩し的に陰陽師として働くことになってしまった。お前、陰陽師に封印されたんだろ?」

 

『あー、別にかまわんわ。我を封じた“安倍 晴明”はとっくの昔に死んでるからな。そして我の復活を果たすには、ここの組織力を借りたほうがよい』

 

 ――妖魔を食い殺した果ての、九尾の復活。それが俺たちの目的だ。

 

『……ちなみにシオンよ。我が肉体を取り戻せば、貴様は内側から弾けるかもしれんと言ったよな? つまりは死だ。そうなっても、まだ構わんか』

 

「ん? それは――」

 

 もちろんだ、と言おうとしたところで。

 ふいに舌に、浅草の(うなぎ)の味が蘇った。

 

「……もちろんだ」

 

 少し遅れて、答えを返す。

 俺は九尾のおかげで生きてる身だ。だからコイツが“生き足掻け”と言ってくれたから、俺は生きようと思ってここまで生きた。

 だから、“やられたらやり返せ”の理屈で行けば、九尾に命を捧げても不満も文句もない。

 

『ふん……っ』

 

「ん?」

 

 答えた俺に、なぜか九尾は鼻を鳴らした。小さな少女の顔を背け、俺から視線を外してしまう。かなしい。

 

「どうしたんだ、九尾? 俺、大人しく死ぬって言ってるんだぞ? 嬉しくないのか」

 

『チッ、うるさいわ! ……ただ、まぁ、アレだ。変なことを思い付いてしまってな』

 

 変なこと、だと?

 

『ほれ。あの真緒(マオ)とかいう妙に乳だけ突き出たメスがいるだろう? あの怖いヤツ』

 

「いるな」

 

 怖くないが。優しいが。

 

『アイツの血には、相当な治癒能力がある。それに『フランケン』なる妖魔が、不死化実験を進めているらしい』

 

 らしいな。

 

『ゆえに、だ。シオンよ』

 

 俺のほうに横顔だけを向ける九尾。その真紅の瞳で、ちらりと俺を見る。

 

『治癒の血か、例の実験の成果。――そのどちらかを貴様が使えば、我が分離しても生きられるかもと思ってな……』

 

「っ……!?」

 

 思わぬ言葉に、俺は目を見開いてしまう。

 ……完全に死ぬ気だったし、死んでもいいと思ってたが。

 だが……もし、生きれたら……またあの鰻を食べれたり出来たら……。

 

『むむっ~! フンッ、我としたことが寝ぼけたことを言ったわッ。おいシオン、我はふかふか布団で二度寝するからな!? 朝飯はここにもってこいよ!』

 

 そっぽを向いて再び寝入ってしまう九尾。

 俺はその小さな背中に、「わかった」と答えたのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「――というわけで清明さん。言い遅れたけど、俺の目的は九尾の復活だったんだ。その過程で死ぬ予定だったんだが、もしかしたら生きれるかもってなってな。嬉しくなって報告だ」

 

「うーん死刑……!」

 

「え」

 

 俺の言葉に、清明さんは気まずそうに言い放った。

 え、死刑? え?

 

「あのね、シオンくん? 僕らの会社は妖魔伏滅機関『八咫烏(ヤタガラス)』。妖魔を啄む奈落の鴉の群れってわけ。だからねー……大妖魔の復活が目的とか、ちょっとねー……」

 

 ちらちらと周囲を見る清明さん。

 ちなみにここは、昨日も集まった食堂の一画である。

 

 なお、昨日と違って蘆屋(あしや)と真緒はいない。

 なんか二人とも訓練場なる場所で引くほど殴り合いをして、『模擬戦はよくとも私闘は禁止だ!』と訓練長なる人に怒られてしまったらしい。

 で、罰として半日間ぶっ続けの屋敷内清掃。ソレを朝方終えたとのことで、起きてくるのは多分お昼だ。

 

「周囲に人は……よし、いないね。とにかくシオンくん、九尾復活の目的は大っぴらに言わないこと。じゃなきゃ、現上層部にマジで消される」

 

「了解だ……」

 

 清明さんに怒られてしまった。俺は反省が出来る男なので反省だ。

 でも九尾復活は諦めたく…………あれ?

 

「清明さん、大っぴらに言わないことって――え、それだけか? するなとは言わないのか?」

 

 それに、『現』上層部ってなんだ? なんで現をつけた? んん?

 

「さてね~。あぁ、ちなみに妖魔を捕食するなら脳の中心部だけでいい。人と同じくそこが意識(たましい)で妖気を貯めた大部分だ。それと人体破裂から生き残るには、真緒くんの血よりも『フランケン』の成果を当てにしたほうがいいね。いつか殺したら奪えばいい」

 

「わ、わかった……」

 

 さらには助言までくれた。

 う、ううむ。清明さんが何を考えてるか知らないが……でも。

 

「ありがとうございます、清明さん」

 

 俺は深々と頭を下げたのだった。

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 ――そして、昼頃。

 俺と蘆屋と真緒は、清明さんにより屋敷前の桜並木の入り口に呼び出されていた。

 

「さて、陰陽師は人手不足だ。特に最近は、偉い人が陰陽師の要人警護サービスなんて始めたものだからね。僕もわりとそこそこ仕事しないといけないくらい忙しくなった」

 

 俺たち三人――なお蘆屋と真緒は睨み合っている――を前に、清明さんは語る。

 

「キミたちにも今日からさっそく活動してもらう。……で、昨日はブチキレマン一号二号が飛び出したせいで言えなかった、この班の最終目的を発表するよ」

 

「最終目的?」

 

 俺は首を捻る。なお蘆屋と真緒は片目だけで睨み合いながら、もう片方の目を清明さんに向けた。器用だな。

 

「この班の最終目的――それは」

 

 

 ――大妖魔組織『天浄楽土』の殲滅だ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 ―いざ横浜編―
15


 

 

 

 ――妖魔伏滅機関『八咫烏』には、いくつもの支部があるらしい。

 

 

 最北端の『北海道支部』から、最西端の『長崎支部』まで。ほぼ全ての県に支部が存在。

 それぞれが周囲一帯を警戒し、妖魔絡みの事件があれば出動するってわけだ。

 で、俺が属することになった東京本部は関東近辺が守備範囲。その一角である『横浜』に、俺たちはバイクで向かっていた。

 

「まぁ、俺は真緒(マオ)の背中に引っ付いてるわけだが……」

 

「あははっ、気にするなって。友達だろー!」

 

 バイク乗れないからねぇ、俺……!

 刀はなぜか握った時から振り回せたけど、バイクは流石に無理だったよ……。

 というわけでしばらくは誰かのお世話になりそうだ。

 

「すまんな真緒。次は蘆屋(あしや)の世話になるから」

 

「……いや、あのチンピラは駄目だよ絶対。性格最悪のボロクズだからどうせシオンのこと振り落とすでしょマジで」

 

 街道を駆けながら前を睨む真緒。

 視線の先には、「ヒャッハーッ!」とか言いながら前輪を浮かせて走る蘆屋の姿があった。

 あ、バイク乗れない俺のほうを見てニヤニヤ笑ってきた。あと90万3520秒。

 

「まぁあの馬鹿はそのうち事故死するとして……それよりも、シオンの服装……」

 

「お?」

 

 一瞬ちらりと俺のほうを見る。

 

 あぁそうそう、俺も陰陽師の黒スーツ貰ったんだよな。

 今は上下ともにそれを着て、父の形見である黒紋羽織と白い首巻(最近じゃマフラーって言うらしい)を身に付けてる感じだ。

 オシャレなんて分からないから、あるもの着ただけの恰好になっちゃったんだよなぁ。

 

「やはり変だろうか? 羽織もマフラーも取ったほうが……」

 

「っていやいやいやいやいやっ!? そのままでいいよッ! 似合ってるよ!」

 

「そうか?」

 

 うん、真緒がそう言うならそうなのだろう。

 

「真緒もオシャレだよな。その白くてピッチリして丈が短い……チャイナドレスだったか? そこに肘だけに引っ掛けるようにしたスーツとか、なんかすごいぞ。大人って感じだ」

 

「えぇっ!? こ、これはアレだよ、妹がこんな恰好を好んでたから、真似しただけだよ……!」

 

 そうなのか。そういえば俺に思いを吐露した時も、そんなことを言ってたな。

 

「あはは……未練がましい話だけどさ、脳を失くしても、身体には妹の魂が残ってるって信じてるんだよ。だから兄として、あの子が悲しくならないように、最低限は着飾ってあげようと思ってるんだ」

 

 ああ、そうだったのか。

 

「だから綺麗な恰好を」

 

「うん」

 

「お前の心はもっと綺麗だぞ」

 

「ッッッ!?」

 

 瞬間、バイクがめっちゃ揺れた。振り落とされて死ぬかと思った。

 

「こわい」

 

「あッ、あーうんごめんね! はぁー……自分でもビビッたぁ……。なんだ今の身体の反応……」

 

 昨日からどうにも調子が……と、声を上擦らせている真緒さん。

 やっぱり風邪のようだ。今晩看病しに行こうかな。

 

 “――うわぁ。やっぱりシオンくん、色々すごいな……”

 

 と、そこで。清明さんの声が懐から響いた。

 清明さんが懐に入ってるわけではない。入ってるのはグースカ寝てる九尾だけだ。かわいい。

 

 “おーいちゃんと聞こえてるかな? 『通信札』の調子はどうだい?”

 

「聞こえてますよ」

 

 声の元は、スーツ内に貼り付けたお札だった。

 

 “そりゃよかった。『陰陽札』の中でも、コイツはまだまだ調整中でね。三日くらいしか効力ないし”

 

 ――『陰陽札』。それが陰陽師たちの基本道具らしい。

 清明さん曰く、“血を混ぜた墨で、札に特定結果の出力を導く霊力回路を精密に刻んでいくんだ。そしたらできるよー”とのこと。

 なんかよくわからんが清明さんは簡単そうに言ってたので、俺も挑戦してみようと思う。

 

 “浅草で一般人を追い払った『封鎖札』みたいな、魂への干渉は容易なんだ。ただ物質への干渉は難しくてさ、特に声は空気を正確に震わせなきゃだから。そこで僕は西洋で開発中の電話なる機械を知ってだね! その仕組みを参考にッ、外界物質でなく極めて干渉が容易な札に刻んだ血の鉄分に干渉してさらに札自体の素材に炭素と鉄粉を使うことで半電気振動を――!”

 

「清明さん、俺に熱弁されてもわからないぞ」

 

 “おふ!?”

 

 札の先で黙ってしまう清明さん。

 よくわからんけど札作りが好きらしい。なんかこの人、やたら知的なとこあるし、西洋文化にも明るいしで、開発者の妖魔平賀(ヒラガ)と相性よさそうだ。

 どっちもフラフラしてるらしい、実はどっかで会って親交結んでたり……ってないか。

 九尾復活を狙うのは上層部的に一発死刑判定と言われたし、清明さんみたいな偉いっぽい人が妖魔と関係持ってたらえらいこっちゃだよな。

 ……でも、俺のことは黙認してくれてるみたいだし……んん?

 

 “んッ、あーそうだねごめん……! とにかく僕は別件で忙しいから、代わりにその札を持たせたよ。やばすぎる事態が起きたら相談しなさい”

 

 ただ、と。清明さんは続ける。

 

 

 “言ったよね、キミたちには大妖魔衆『天浄楽土』を倒してもらうと”

 

 

 清明さんの言葉に、俺は頷いた。

 大妖魔衆『天浄楽土』。飄々とした清明さんが警戒するほどの、凶悪なる妖魔共の集団らしい。

 

 “『天浄楽土』。調査によると、【妖魔による人類支配】なんてのを目論んでる、夢見がちな笑える組織さ。だけどその戦闘力は笑えない”

 

 冷徹な声で清明さんは語る。

 

 “私利私欲に塗れた妖魔の組織だというのに、実に統制が取れていてね。『首領』なる存在の下、日々研鑽と序列争いと弱き仲間の切り捨てを図り、力を高め続けている。彼らに対抗するには、こちらも若く才能ある人材に育ってもらわなきゃいけない。だからこそ”

 

 キミたちも最速で成長しなさい。困難は経験の機会とし、僕に頼らず、出来る限りキミたちだけで窮地を乗り越えてみなさい――と。

 清明さんは俺たちに訴えてきた。

 

「ああ、わかっているさ。九尾の友に恥じないような、強い男になりたいからな」

 

「自分も、シオンの助けになるよ」

 

「フンッ……言われずとも強くなってやるさ」

 

 俺に続いて真緒が答え、すぐ前を行く蘆屋も応える。

 

 こうして俺たちは、第一の任務。

 横浜の港に巣食うという、“『天浄楽土』が元幹部妖魔”の討伐に向かうのだった――!

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16

 

 

「刺身の……ッ、旨味が、旨い……!」

 

『やはり感想力が死んでるなぁ貴様』

 

 街道を突っ走った後のこと。無事に横浜に辿り着いた俺たちは、港近くの定食屋で夕食を取っていた。

 今晩のおかずは『刺身の船盛』なるものだ!

 船を象った木の器の上に、色とりどりなナマの魚の肉がいっぱい並んでいる。

 それを机の中心に置き、九尾に真緒(マオ)についでに蘆屋(あしや)とご飯片手に突っついていた。

 

「魚とはナマで食えるんだな。ほれ九尾あーん」

 

『あーん……むぐッ、これは、旨味がすごい……ッ!』

 

 白いほっぺを持ち上げる九尾さん。幸せそうで何よりである。

 真緒もそんな九尾に微笑ましげだ。

 

「あははっ、九尾さんってばそれじゃあシオンと感想一緒じゃん! ……ちなみに蘆屋はどうなわけ? ずっと黙って食べてるけど」

 

「普通にうめぇよ。まぁテメェのツラ見て今吐きそうになったが」

 

「死ね」

 

 ――瞬間、バチィッと激しく箸をぶつけ合う二人。「「やんのかテメェッ!?」」と吼えながら幾度も激突する。

 

『仲悪いなぁあの二人……。あれで無事に妖魔を狩れるかどうか。おいシオンよ、あの二人についてどう思う?』

 

「元気ですごいと思いました」

 

『もう貴様に感想は聞かんッ!』

 

 こうして俺は騒がしい空気を楽しみながら、美味しく刺身を平らげたのだった。満腹!

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 夕食を終えた後のこと。お腹を撫でる俺と九尾と、あとぜェーはァーと息する真緒と蘆屋が定食屋を出て少し歩いた時のことだ。

 俺たちの前に、突如としてシュタッと黒ずくめの男が現れた。

 お、なんだなんだ? なんか鳥の面なんてしてるんですけど、怪しいし敵か?

 

 

「やれやれ、ずいぶんと騒いでくれるでござるな。陰陽師は機密の仕事だというのに……」

 

 

 肩を竦める黒ずくめさん。真緒も蘆屋も特に構えないあたり、どうやら敵ではないようだ。

 ……ていうか俺、この人みたいなののこと見たことあるぞ。

 

「あ、俺が本部に来たとき拘束してきた人たちと、同じ格好だ」

 

「うむ如何(いか)にもッ! 我らは妖魔伏滅機関『八咫烏』の屋台骨、その名も隠密機動部隊『鴉天狗(カラステング)』であるがゆえッ!」

 

 じゃじゃんッと謎の音を口で叫ぶ鴉天狗さん。

 なんだか面白い人だ。恰好は黒ずくめなうえ鳥の面で顔も見えないのに、中身は気さくで明るそうだぞ。蘆屋くんも見習いなさい?

 

「ってうっせぇよッ! つかなにが屋台骨だよ、鴉天狗なんざ雑用じゃねえか」

 

「むぐっ……そう言われるとショックでござるな。まぁたしかに、拙者らの仕事は情報収集に戦闘後の証拠隠滅と地味であるがゆえ……」

 

 ニニーン……と変な鳴き声を出す鴉天狗さん。やっぱり面白い人だ。

 あぁそういえば。

 

「すまん。証拠隠滅が必要ということは、やはり妖魔との戦いは秘密なのか? 天草さんって人も人払いの札を撒いてたし」

 

「って知らなかったでござるか!?」

 

「知らなかったでござるよ」

 

 そう頷くと、鴉天狗さんは「あぁ、そういえば噂のシオン殿は組織に入ったばかりの身。でも清明殿、少しは説明しておいてくれでござるよー……相変わらずめんどくさがりな……!」と納得したり唸ったりした。もの知らずでごめんね。

 

「ごほんっ、では拙者から説明を。――陰陽師および妖魔の存在は、世間に広まらぬようずっと隠蔽工作されてきたんでござるよ」

 

「ほほう」

 

 たしかに、俺もまったく知らなかったしな。九尾の妖狐を見た時には“化け物ってホントにいたんだ”って驚いたし。

 

「秘密である理由。それは、人々の『恐れ』を減らすためでござる。妖魔とは様々な負の感情、とりわけ恐怖や畏怖から湧き出るモノであるがゆえ、戦国のあたりから情報を広めないようにしたんでござるよ」

 

「ほほほう」

 

 なるほどな。たしかに化け物が実在して暴れてるとなったら、人々の恐怖も半端ないか。

 

「尽力の末、かくして妖魔は怪談話に登場するだけの存在に。また、結果的に陰陽師が妖魔と戦っている事実も秘され、陰陽師は眉唾なオカルト職業ということになったでござる」

 

「おかると」

 

 呟くと、真緒が耳元で「神秘的とか、悪く言えば怪しいって意味だよ」と教えてくれた。優しい。

 

 

 “――まっ、その隠蔽工作もいい加減に限界だけどねー”

 

 

 と、その時だ。懐から清明さんの声が響いた。鴉天狗さんが飛び跳ねる。

 

「ぬおっ、清明殿!? どこにいるのでござるか!?」

 

 “栃木県への列車だよ。ただ、この子たちには『通信札』っていう開発中の札を持たせててね。遠くの相手とやり取りできるんだよ”

 

 めんどくさがりで悪かったねー? と笑いながら言う清明さん。それに隠密衆さんはビクビクだ。

 

 “……ともかく、情報工作はもう限界だよ。今や、世界人口は何十億人と増え、さらには撮影機(カメラ)なんてモノが開発されちゃったんだからね。もうこのままじゃいられない。いずれ新しい時代が来るさ”

 

「新しい時代、でござるか?」

 

 “ああ。でも僕は、来るのを待つより()()()()ほうが好きでね。色々行動を……あっ、駅弁ください!”

 

 まいどーッ、という知らない人の声が懐から響いた。「えきべん?」と呟きながら蘆屋を見ると、意味を教えてくれずにフンッと鼻を鳴らされた。あと88万3208秒。

 

 “というわけで……シオンくん、キミも色々行動してみなさい。(うなぎ)の味を思い出して生きたくなったように、素敵な経験は命に重さを与えてくれる。気力が湧いて、例の目的以外にもやりたいことが見つかるかもだ”

 

 例の目的……俺が九尾復活を願っていることか。

 周囲には()()秘密にしろと言われた。

 ふむ。清明さんの意図はよくわからないが、まぁ。

 

「わかった。任務をこなしながら、色々食べたりしてみるよ」

 

 “ははっ、食事以外にも楽しみなさい! それじゃ、みんな元気でねー”

 

 ブツッと清明さんの声が途切れる。色々謎の多い人だか、俺にとってはいい人だからきっといい人だと思った。

 

『なんだか我、食ったら眠くなってきたぞぉ……』

 

「そうか。道中といい、なんだかよく寝るなぁ九尾?」

 

 今朝も二度寝してた気がするが、まぁいっぱい寝ることはいいことだ。気にすることでもないか。

 

「明日から頑張って妖魔を斬ろう」

 

 ――こうして、俺たちの横浜での夜は更けていくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17:カムイカグラ

 

 

 

 

 

 ――深夜二時過ぎ。闇への恐怖が最も強まる『丑三つ時』より、妖魔共の本格的な活動は始まる。

 場所は栃木の小規模な農村。ガス灯すらも存在しない文明の僻地は、妖魔共にとって格好の餌場だった。

 

『コロセェエエエエエエッッッ!!!』

 

『オォォォォォオオ――ッッッ!』

 

 突如として上がる雄叫び。夜闇の中より現れたのは、恐るべき鬼の軍勢だった。

 

『ヤレッ!』

 

 屈強な赤鬼の下、矮躯の黒鬼集団が駆ける。目に付く住居に次々飛び込み、眠る人々に襲い掛かる。

 

「なッ、なんだァーッ!?」

「鬼ィッ!?」

「うわああああああああーーーッ!」

 

 そして(こだま)す断末魔。魂切(たまぎ)る叫びの数々が、鬼の集団を酔わせていく。

 これぞ彼らの生命活動。人々の恐怖より産まれ、人々の殺傷に熱を上げる事こそ、妖魔共の本能なのだ。

 

『アァ悦いゾッ! 人間ノ恐怖コソ我らガ滋養ッ! 魂が充実シテいクゾォオオッ!』

 

 響く絶叫が堪らない。香る血臭が堪らない。これぞ妖魔にとっての歓び。

 赤鬼は恍惚と身を捩じらせると、惨劇の空気を味わうように大きく吸い込んだ。そして。

 

『妖術解放【鬼火玉】ァッ!』

 

 鬼の口より炎弾が(はし)る。首を振りながら無数の火の玉を吐き散らし、目に付く民家を焼き払っていく。

 

『カハハッ! ハハッ、ハハハハーーーッ!』

 

 強くなる絶叫。肉の焦げる悪臭。夜闇の中で燃え上がる集落。

 もう、赤鬼の絶頂は止められない。配下たる黒鬼たちすら巻き込みながら、殺人欲を満たしていく。

 これぞ赤鬼。その単純かつ妖魔らしい暴虐性こそ、赤鬼が“かの組織”でもある程度の地位に居座れている理由だった。

 

『息ある者ヨ、死ス前に聴ケ。我こそは妖魔赤鬼。大妖魔衆『天浄楽土』における、六尽将(ロクジンショウ)が候補ナリッ!』

 

 名乗ると同時に、さらに炎弾の勢いを強めた。

 さぁ死ね。そら死ね。焼けて死ね。我は恐怖に歪んだ焼死体が大好きなのだ、その顔を舐め回しながら焦げた肉を貪るのが堪らないのだ。死骸を晒せや人間と、歓喜の叫びが止まらない。

 

 あぁこれからも殺してやろう。人類全てを皆殺しにして食い散らし、更に力を高めてやろう。

 そして『天浄楽土』の頂点にすら立ち、かの『九尾の妖狐』が如き伝説の存在になってやろう。

 

 そう叫びながら、赤鬼が更なる虐殺に励まんとした――その時。

 

 

「お前じゃ、無理だよ」

 

 

 瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ナッ!?』

 

 絶叫すらも許されぬ即死。乱れて舞い散る、同胞たちの肉片と鮮血。

 

 かくして、血肉の桜吹雪が舞う中――大陰陽師が、現れる。

 

「やれやれ。仕事を速攻で片づけて『殺生石』見に旅行に来たら、調子こいてる雑魚発見か」

 

『ッッッ……!?』

 

 惨劇の場に現れたのは、傘を差した黒き洋装(スーツ)の青年だった。

 降り注ぐ肉片を「汚いなぁ」と傘で防ぎ、端正な顔に愁いを帯びさせるその男。

 顔は知らないが――恰好で判る。何より感じる霊力で判る……!

 

『キサマ、『八咫烏』の陰陽師か……!? そレも、かなり高等ナ……!』

 

「ご名答。――僕こそ特等陰陽師が筆頭、安倍 清明(あべのせいめい)様だよ」

 

 あべの、せいめい。

 その名を聞いた瞬間に、赤鬼の身に怖気が走った。興奮に熱くなっていた身が、冷や水を浴びせられたように震える。

 

『嘘、ダ…………!』

 

 ああ、かの存在こそ陰陽師たちの頂点。人類最強とも呼べる存在。

 恐怖から産まれた妖魔すらも恐れる、まさに人外共にとっての死神だった。

 

「はい失格」

 

 そして、唐突に突き付けられる落第。

 震える赤鬼に対し、清明は「駄目だ駄目だ」と肩を竦めて言い放つ。

 

「お前マジで才能ないよ。まず強敵と出会ったからって、そうやって固まる時点で駄目だろ。即座に逃げるか速攻狙えよ。部下も散らさず周囲に置けよ。そもそも夜に暴れてる時点でダサいよ。文明(ガス)の光はいずれ田舎にも届くんだからさ、今のうちに昼間に動く練習しようよ? 夜より幾分弱るだろうけど、そこは知恵と工夫で()り方を考えてさぁ」

 

 駄目だ駄目だ。それじゃお前は雑魚のままだ――と、清明は赤鬼の全てを否定した。

 

『ッ、ナンダトキサマッ!』

 

 これには赤鬼も黙っていられない。

 怒りの感情で恐怖を断ち切る。所詮は獲物(エサ)のニンゲン風情に馬鹿にされたままで堪るかと、妖魔としての矜持が吼えた。

 あぁ、ならばやってやろう。今こそ貴様を打倒して、天下の清明討ち取ったりと叫び妖魔界を震撼させようとそして組織の頂点に立つのだ伝説になるのだと夢想しながら突撃し――

 

「はい駄目」

 

 瞬間、赤鬼の両足が爆散した。

 その場に勢いよく倒れ、まるで清明に(こうべ)を垂れるが如き体勢となる。

 

『ナッ、なぁ……!?』

 

「話聞いてから襲ってきてんじゃねえよ。話する隙を見せてやったんだから、その途中で襲って来いよ。あと絶対に脳内でごちゃごちゃ考えてるだろ? それじゃぁ駄目だ。『殺す』と決めたら、殺意(ソレ)一色で思考を染めろ」

 

 たとえば()()()のように――と小さく呟きながら、清明は鬼を見下ろした。

 

「お前を生かしたのは、『天浄楽土』の情報を探るためだ。本拠地とか構成妖魔の総数とか能力とか、そういうの知らない?」

 

『ッ……知ッテル、が、()()()……! 大首領様の、術によリ……ッ!』

 

「あぁそ」

 

 やっぱりお前もかぁ~と、さして失望した様子もなく清明は諦める。

 

 そこは既に判っているのだ。

 “世界支配”を目論んでいるらしい大首領なる存在が、『絶対的な命令』を下せる能力を持つと。

 果たしてそれは口をつぐませられる程度なのか。あるいは複雑な命令も可能なのか。

 詳細は未だに不明だが、油断ならないのは確かだった。

 

『タッ、タノムッ! 陰陽師共の式神とヤらにデもなっテやるからッ、命ダケハ――!』

 

「黙れ、悪党」

 

 瞬間、爆滅する鬼の両腕。人々の声が消えた廃墟に、赤鬼の悲鳴が響き渡った。

 

「さてと。この様子じゃ、生き残りはもういないか。……せめて故郷と仇ごと、あの世に送ってやるのが慰めかな」

 

 清明の瞳が金に輝く。その視界は村全体を、そして赤鬼を鋭く捉えた。

 

『なッ、ナニヲ……!』

 

 四肢を失った赤鬼が震える。

 何か、恐ろしいことをしようとしている。だがもはや逃げることも出来ず、ひたすら恐怖におびえ続け……そして。

 

 

「巫装展開」

 

 

 悪しき妖魔の、生涯が終わる。

 

 

「術式巫装――【神威神羅(カムイカグラ)】」

 

 

 ――かくして、この夜。

 一つの村が、欠片も残さず消滅したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18

 

 

 

「変化なし。やはり偽物か」

 

 ――鬼の群れを討滅した後のこと。清明は山岳地帯の一角にある、削れた大岩を見ていた。

 その名も『殺生石』。伝承において、陰陽師と鎌倉の侍たちに討たれた『九尾の妖狐』が、姿を変えたという存在だ。ここ以外にも日本中の複数個所にあり、全て九尾の魂魄が砕け散った結果なのだという。

 

 もちろん、その話は眉唾であるが。

 

「じゃなきゃ、地元民の観光名所になるわけがないしねぇ」

 

 無駄足だったかと清明は肩を竦めた。

 ほぼ最初から分かっていたことだ。なにせ妖魔討滅機関『八咫烏(ヤタガラス)』もとっくの昔に殺生石を調査し、妖気の欠片も出ないただの大岩だと認定していた。

 それでも清明が足を運んだのは、本物の『九尾の妖狐』が封印から解き放たれたからなのだが……。

 

 

「……うん、どう見ても変化なし。九尾のところに全部の石がすっ飛んでって変形合体する様子もなし。はぁ残念」

 

 

 そうなったら何だか面白そうだったのに……と、清明は妙なことを考えながら残念がった。この男が『八咫烏』内で変人扱いされている由縁である。

 ともかく、これで清明の推測は確立された。

 

「――偽情報(ダミー)か。おそらくは『九尾の妖狐』の本当の封印場所を判らなくさせるため、撒かれたモノだな」

 

 顎に手をやり考える。

 ……そもそも、おかしかったのだ。平安京を滅ぼしかけた『九尾の妖狐』、その封印の地の情報がどういう訳か失伝するなど。

 いくら火事も人死にも多かった大昔といえど、九尾の情報が書かれた書類や伝え聞いた者が偶然一度に全て滅するなんて、自然じゃない。

 だが、もしもそんなことが起きたとすれば。それにより失伝したとすれば。

 

 

「……どんな手を使っても、『九尾を守りたがっている者』がいるな」

 

 

 それが、清明の出した答えだった。

 日本中どころか中国大陸にもあるという九尾の痕跡も、全て本物を守るための細工(フェイク)だと推測する。

 

「意図は知らない。九尾で何かしたかったのか、とか。そこまでは流石に判らない。ただ」

 

 ただ……清明は先ほど討った赤鬼の邪悪さを振り返り、次に四条シオンと戯れる九尾の様子を思い出した。

 今や妖精のような人形大の少女となり、日常を楽しんでいる九尾の姿を。

 

「そう……大妖魔と呼ぶには、アレはあまりにも()()()()()。妖魔である以上、生命維持に人は喰ってきたのだろうが、無駄に暴れる気質じゃあない」

 

 シオンに聞けば、九尾に『生き足掻け』と言われたからこそ再起することを決めたのだという。

 その発言が偶然出たものなのかは不明だ。だが、かの妖魔が心折れた少年を生に導いたのは確かだった。

 

「もしも、シオンくんのように。例の守護者が、()()()()()()()()()()()()()()()()()とすれば……」

 

 放っておいてもいいかなぁと思う反面、メンドクサイことになりそうだとも思う。

 別にシオンのように食事を貢ぐ程度ならいい。だが、例の者は九尾の封印場所を守るために、大陸規模の情報操作までやってのけたのだ。少し愛が本気(ガチ)すぎるだろうと清明は苦笑する。

 

「厄介ファンがいるなぁ九尾。……ま、日常の様子を見て、なんとなく復活を黙認しちゃった僕も言えないか」

 

 清明は山を下り始める。

 ひとまずこの件に悪意がなさそうなのはわかった。ゆえに一旦放置して、裏で暴れている妖魔集団への対処や自分の『計画』に注力しようと考える。

 

「……僕の計画が実現すれば、組織によって九尾が処刑されることもなくなるだろう。それどころか日本中から存在が認められるかもしれない。シオンくんも喜んでくれそうだ」

 

 

 清明は朗らかに微笑みながら、人妖コンビのことを考える。

 さて、あの二人は今ごろ何をしているか。何も起きていないといいが――と、安倍晴明(あべのせいめい)の子孫は、夜空を見ながら思うのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 そして。

 

「おいッ――九尾!? 九尾ッ!」

 

『うぅ……』

 

 深夜二時過ぎ。妖魔はこれくらいの時刻に動くのだと教えられ、仲間たちと調査するため起床を決めていた時間だ。

 そして……寝坊することなく起きた俺が見たのは、顔を青くして呻く九尾の姿だった。

 

「おい九尾、一体何が……!?」

 

『あぁ……しまった、わ……。妖力が、ちと、足りなくなってな……』

 

「妖力が……?」

 

 たしか、妖魔の身体を構成するモノだったか。

 それを掻き集めて復活するのが九尾の目標だった。

 

『妖力とは、人間にとって血のようなモノ……。そして、血液が体内で日々作られるように、妖魔の体内でも……妖力は一定量生成され続ける……』

 

 だがまぁ、と。九尾は気まずげに俺を見つめた。

 

『我は今や、貴様に取り込まれた存在だからなぁ……。魂は貴様に宿っておっても、身体がなければ……最低限も妖力が湧かぬようだ……』

 

「そんな……っ!」

 

 つまり、今こうしている間にも九尾は死に向かっているのか……!

 

『まぁ、薄々気づいてはいたがな……。妙に眠くなっていくし……ははっ、人間で言えば貧血かコレは……?』

 

「笑ってる場合かッ! ――勘付いていたなら、俺に言えばよかったろうが。自分の現状を明かし……そして、『さっさと妖魔を食い荒らせ』とッ!」

 

 そうすれば俺は暴れ散らしただろう。

 美味しい物を食べて、陰陽師(クラミツハ)と喧嘩して戦友になって、組織『八咫烏』に入って良くしてもらって、仲間(マオ)と仲良くなって日常を重ねてなんとなく楽しくなって生きたくなって、九尾復活を本格的に目指すのもまぁ『不死化実験』とやらの成果を奪ってからで九尾も俺も生きれる未来が掴めたらいいなぁ――なんて。

 そんな行動と思考を行わなくて済んだ。旅立った瞬間に暴れて喰らって、九尾を生かすために死んでやったのに。

 それなのに。

 

「お前、なんで黙ってたんだよ……。おかげで、俺は、無駄な時間を……」

 

『無駄じゃない』

 

 

 強く、一言。九尾は俺に断言した。

 

 

『無駄じゃないぞ……シオンよ。我も昔、(あきら)という友がいたのだが……アレと過ごした時間は、まぁ楽しかったぞ。それを思うとなぁ……日常も友情も知らない者を道具にするのは、なんとなく……気が引けてな……』

 

「九尾……」

 

 そう、か。空っぽだった俺に、気兼ねなく平和な時間を楽しませるために。

 そのためにお前は、死に向かっていく状態を隠していたのか。

 

『……すまん、シオン。もう少し頑張れると思ったが……ちと、限界だ』

 

「そうか」

 

『あと、あとなぁ……自分で我慢しておいてなんだが……カッコ悪いこと、この上ないが……死ぬのが、怖くなってきた……!』

 

「そうか」

 

 そうなのか。

 

『日が昇るまでは、どうにか持ちそうだ……。だからなぁ、シオンよ……!』

 

 両目に涙をいっぱいに溜め、九尾は俺に懇願する。

 

『我のために――妖魔を斬って、喰い殺してくれ……!』

 

「まかせろ」

 

 俺は即座に立ち上がった。

 寝間着を脱ぎ捨て、スーツを纏い、腰に二刀の刃を差す。

 そしてマフラーと黒紋羽織を身に付け……最後に九尾を抱き上げて、羽織の内袋に入れた。

 

 真緒(マオ)が裁縫してくれた、九尾を入れるための場所だ。俺と同じく九尾を想ってくれるアイツには感謝してもしきれない。

 

「すまんが九尾、連れて行くぞ」

 

 ――『八咫烏』を出る際、清明さんに言われた。

 九尾の魂と仮の身体の人形は、魂魄の線で繋がった状態。

 損壊するか、あまりにも距離が離れすぎた時、接続が切れて魂魄に衝撃(ダメージ)を負うかもしれないと。

 

 今の九尾には耐えられない。ゆえに置いて行くわけにいかない。

 たとえ、向かう先が戦場でも。

 

『ふはっ、気にするな……。どうせ我は、貴様に宿っている状態。貴様が死ねば共に死ぬのだからな……!』

 

「そうだな。おかげで気合いが入りそうだ」

 

 村にいた時は、自分の命なんてどうでもよかった。

 だが、今の俺は九尾(こいつ)の命運も背負っているのだ。

 それが重くて……同時にとても、熱くなる。

 

「じゃあ、斬りに行こうか」

 

 どうか九尾よ。俺の斬殺を、すぐ側で見届けてくれ。

 そして、理解するがいい。

 

 ――俺の至上の才能(すべて)は、お前のために()るのだと……!

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19

 

 

「気に食わねえ、気に食わねえ、気に食わねえ……!」

 

 深夜二時過ぎ。青年・蘆屋鋼牙(あしやこうが)は、妖魔討伐に向かうべく仄暗い宿の廊下を歩いていた。

 

「なんでオレが、妖魔(もど)き共と共闘しなきゃいけねぇんだよ……!」

 

 夜闇に響く荒々しい足音。呟き漏れる苛立ちの声。

 それらは宿の無関係な客たちの安眠を妨害するものだったが、知ったことか。

 

「オレ様は、千年続く陰陽の名家・蘆屋家の末裔だぞ……ッ!」

 

 それなのに、どうしてと。蘆屋は呻きながら立ち止まってしまう。

 

 ――蘆屋家。平安の時代より、千年近くも妖魔伏滅機関『八咫烏』に人材を送り続けてきた一族である。

 そこに産まれた鋼牙は、幼き頃より様々な修練を積まされ、満を持して陰陽師の世界に送り出された期待の星だ。

 等級は最初から二等陰陽師。通常は三等から始まるのだが、蘆屋の戦闘力は現場に出る前から高いものだった。

 指導役には特等陰陽師の天草を付けられていた。機関でも七人しかいない、偉大なる大陰陽師の一人だ。

 

 ああ、自分は恵まれている大天才だ。期待されている未来の英雄だ。

 ならばこそ――大活躍していくと、思っていたのに。将来は明るいと、信じていたのに。

 それなのに……初任務にて、侍姿の『あの男』に出会った時から、全てがおかしくなってしまった。

 

 

「四条、シオン……ッ!」

 

 

 握った拳が軋み上げる。脳髄が殺意で溢れそうになる。

 

 あぁそうだ。全てはアイツのせいなんだ。

 巫装が暴走してしまったのも、大怪我を負ったのも、そして真緒という実験動物の(メス)の血を飲まされて貸しが出来てしまったのも。

 一人で次々活躍していくはずが……『欠点』を埋めるために、仲間を作らされたのも。そんな恥辱を味わうことになったのも。

 

「テメェのせいだ、シオン……! 天才のッ……期待されてたオレ様の経歴に、泥を塗りやがってェェェ……ッ!」

 

 ――殺してやる。

 ああ、殺してやると蘆屋は決めた。決めていた。

 この任務中のどさぐさに紛れ、シオンを殺害してやろう。真緒にばれたならあちらも必ず殺してやろう。

 そうだ、それがいい。そうしなければと決意する。そして任務を一人で解決してやるのだ。

 今回の敵は大妖魔衆『天浄楽土』の元幹部らしいが、所詮は脱落者。自分なら何とかなると蘆屋は信じていた。

 

「よォし……やってやる……()ってやるぜ……!」

 

 これで経歴の汚点はチャラだ。栄華の道はここから始まるんだ。

 ゆえに、さぁ行こう。敵を殺しに。仲間を殺しに。

 

 そうして尊厳を取り戻すのだと、蘆屋が暗い廊下を抜けて、月光の差す外へと出た……その瞬間。

 

 

「――来たか、蘆屋」

 

 

 ヒィッ、と。音がした。

 それは自身の喉から出たモノであることに、蘆屋は数瞬してから気付いた。

 

「俺は、未熟だ。妖魔に対する知識も見識も全くない。(ゆえ)に蘆屋よ、至らぬ俺にどうか力を貸してくれ」

 

 丁寧な言葉が尽くされる。声音に誠意が溢れている。

 その声の主は――月光の下に佇む、四条シオン。これから殺そうと思っていた相手()()()

 

如何(どう)したんだ、蘆屋。黙ってないで、答えてくれよ」

 

「あッ、いっ、いやッ……!?」

 

 舌が全く回らなかった。気付けば身体が震えていた。

 月の光を背にした怨敵(シオン)。それゆえ彼の顔には影が差し、その面貌がよく見えなかった。見えなくてよかったと思った。

 

「がっ……頑張ろうぜ、シオン……! 一緒に、妖魔を倒してやろう……!」

 

 まるで似合わない言葉が出た。無意識のうちに、蘆屋は作り笑いさえも浮かべてしまっていた。

 あぁそうだ。今の『アレ』に悪態なんて吐けない。殺そうなんて全く一切思えない。

 

「嬉しい言葉だ。有難(ありがと)う、蘆屋」

 

 仄かに緩むシオンの口元。蘆屋の脳裏に、牙剥く獣の姿が(よぎ)る。

 

「頑張って、妖魔を、殺してやろうな――?」

 

 ……その言葉に込められた殺意の量が、吐き気を催すほど濃くて。

 

「あっ、あぁ……!」

 

 蘆屋の歪んでいた心は、完膚なきまでに砕けてしまったのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「――わッ、我ら『鴉天狗』の諜報により、目標妖魔の大まかな居場所は掴めているでござる。あとは、陰陽師様らの『霊視』によって、正確な特定をしてくだされば……!」

 

 黒ずくめの身をなぜか震わせる鴉天狗。宿の前に集まった蘆屋も真緒も、同じような様子だった。

 まぁ、いいか。みんな妖魔討伐に当たり、緊張感が高まっているのだろう。腑抜けているより良いことだ。

 

「鴉天狗よ、霊視とは?」

 

「あっハイ! 霊視……それは『陰陽魚』を飲んだ陰陽師様たちだけに出来る、特殊な技能でござる。心の目を凝らし、妖魔の漏らした妖力の残滓を視ることが出来るでござるよ」

 

「ほう」

 

 ……そういえば蘆屋と出会った時、ヤツは俺から妖気が漂っているだの言っていたな。

 なるほど。その霊視とやらを使って見抜いた結果というわけか。

 

「――シ、シオン。霊視は人を超えた技能の一つで、使えるようになるには訓練が必要なんだ。だから索敵は、僕と蘆屋に任せてもらってもいいかな……?」

 

 おずおずと声をかけてくる真緒。

 どこか気遅れた様子なのは、出来ない俺に恥をかかせることを躊躇ってのことか。本当にお前は優しいな。

 だが。

 

「三人で探したほうが効率的だろう。だから、挑戦だけはさせてくれないか?」

 

 俺は、夜が明ける前に妖魔を狩らねばいけなかった。優しい九尾に明日の光を拝ませるため、どんな手すらも尽くしておきたい。

 

「やり方を教えてくれるだけでいい、頼む」

 

「う、うん。……まずは目を閉じて、ゆっくりと深呼吸するんだ。そして両目に全神経と血流を集中させて……」

 

 真緒の言葉に従っていく。

 瞼の裏。闇に包まれた俺の両目に、熱き血潮が流れ込んでいく。

 

「そして、目を開ければ――」

 

「出来た」

 

「は!?」

 

 開眼完了。今や俺の両目には、街の一画より立ち昇る闇色の気が見えていた。

 

「居場所は掴めた、いくぞ」

 

「ちょっ、居場所は掴めたって!? えっ、僕の霊視にはまだ何も映ってないのにッ!?」

 

 斬殺すべく駆け出した。背後より「どこ行くのッ!?」と叫ぶ真緒と、「いや、あの行き先は拙者らが怪しいと見込んでいた方角……!」と呻く鴉天狗の声が聞こえる。

 

『なるほど……シオンよ、貴様の巫装の能力は、『刃の硬質化と、視力の強化』だったな……』

 

「九尾」

 

『特に、強化系の巫装の異能は、巫装展開していない時にも強化部位に影響を与えると聞く。ゆえに眼を使う霊視も、即座に習得できたわけか……』

 

 ……そうなのか。これは巫装のおかげだったのか。

 

「感謝すべき、だな」

 

 黒蟷螂(クロカマキリ)を模した己が装備に礼をする。

 お前のおかげで九尾との戦いを乗り越え、そして今回は九尾を救うことが出来そうだ。

 喰密刃(クラミツハ)と違って意思はないようだが、それでもお前に感謝だよ。

 

「あと九尾、弱ってるんだから喋らず寝てろよ。まさか俺が心配だったか?」

 

『……そうだと言ったら?』

 

「とても嬉しい……ッ!」

 

 地を蹴る足に力が籠る。立ち並ぶ民家すらも足場と変えて、最短最速で目的地に駆けて行く。

 

 妖魔の気配がするのは――見上げるような、高層建築物。

 街に来たとき、アレはなんだと真緒に訊ねたら“ビルディング”と教えられたモノだ。

 

「乗り込むぞ」

 

 かくして俺は、夜闇の中を突き進んでいったのだった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20:血凱法権

 

 

 

 

 ――横浜。そこは1858年:日米修好通商条約をきっかけに、数多くの外国人駐留者たちを港より迎え入れることになった土地である。

 人が入れば技術も入る。いつしか横浜には異国の技を用いた建築物がこぞって建てられ、外国人街として独自の発展を遂げていた。

 

 その中心部。海外でも真新しい『鉄筋コンクリート技術』を用い、堂々と建てられた高層建築物(ビルディング)があった。

 さる海外貴族の女社長が建設した、貿易会社ビルとされているが……その実態は――

 

 

「――血よッ! もっと血をブチ撒けるのよォォォオオーーーーッ!」

 

 

 吹き抜けの第一階層(エントランス)に響く女の声。

 それに合わせ、無数の『赤き鎧』たちが捕らえられた少年らの首を刃で裂いた。

 そして、魂切(たまぎ)る絶叫。首の穴から断末魔と共に大量の鮮血を噴き散らし、ビル内を血臭で染め上げていく。

 

「ん~んッ、甘美(スイート)♡ (わらわ)感激ッ! オトコノコの血の香りは(たぎ)っちゃうわねぇ~♡」

 

 悲鳴もとっても可愛いワ、と。惨劇の舞台の中心で、赤髪の貴婦人は淫らに笑う。

 

 ――彼女こそ、『英霊型妖魔』エリザベート・バートリー。

 

 数百年前、己が嗜虐心を満たすために数百人の領民を拷問殺害した、人類史上最悪に近い殺人鬼である。

 当然ながら人々からの恐れを十分すぎるほど掻き集め、今や彼女は妖魔として転生。人の枠を超えた化け物として、日本の地で悪逆を続けていた。

 

「はァ、日本はいいわねェ。メージ維新っていうの? ソレのおかげで混乱中で、浮浪児の一人や二人や三人や百人を拉致って(なぶ)って殺しても、バレにくいし~♡」

 

 指を鳴らすエリザベート。すると、床に撒き散らされた鮮血が座椅子の形に変化した。そこに彼女は腰を下ろし、周囲に鎧たちを(かしず)かせる。

 

「『断罪教会』の連中と違って、陰陽師とやらは人手不足みたいだしねェ。そして連中の『霊視』って技術は、建物の中の妖力までは見抜けない……!」

 

 エリザベートは虐殺を邪魔されるのが嫌いだ。

 日本に来たのは、個々の戦闘力が低い代わりに信徒を無数に集めた海外退魔組織『断罪教会』より逃げるため。

 そしてビルを建設した理由は、陰陽師らの霊視より逃れながら残虐行為を楽しむためである。陰陽師の走狗である『鴉天狗』という連中も、表向きには会社である場所には早々踏み入ることが出来ない。

 

 逃亡と隠れ蓑の建設。どちらも全く容易なことだった。

 前者の逃亡劇は()()()()()()()()ことで成し遂げ、後者のビル建設は()()()()()()()()()()()()ことで成し遂げた。

 今のエリザベートには、それが出来る。

 

「完璧なる日々は近いわァ……!」

 

 どこからともなく血入りの鉄杯を取り出し、一気に(あお)る。

 口内に広がる甘い味。ソコに宿った死に際の人間の恐怖と怨嗟が、妖魔たるエリザベートを強くする。

 

「さぁ兵士たち、保管庫から次の人間(ワイン)を持ってきなさい。今宵はたっぷり味わうんだからァ……!」

 

 血の貴婦人の言葉に従い、赤鎧たちが立ち上がる。

 地下で怯える哀れな子供ら。その身を裂いて、悲鳴と鮮血を絞り上げるべく。外道婦人の従者らは歩き出さんとした。

 

「あぁ、この調子で妾強くなる……! 信徒共も陰陽師共も敵わない存在になり、そしていずれは、『天浄楽土』の者たちを見返せるような大妖魔に……ッ!」

 

 完璧だ。完璧なる人生設計だ。

 自分は今、着実に栄光への道を突き進んでいるのだと。誰も邪魔できない絶対悪なる存在に近づいているのだと、血の貴婦人は凄惨に笑う。

 

 かくして、エリザベートの悪逆の日々は――

 

 

「斬る」

 

 

 この日、終わりを迎えることになる。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 ――斬撃百閃。鍵の掛けられた入り口を斬り刻み、俺はビルの中へと入った。

 

「見つけた」

 

「はっ……はァッ!?」

 

 妖魔を探すまでもなかった。

 入ってすぐの大広間で、赤髪の女と数百体の鎧たちが血まみれで楽しそうにしていたのだ。

 

「なッ、何よお前は!? 陰陽師ッ!? どうしてこの場所のことがッ!?」

 

 喚く女の口に付いた血潮。辺りに倒れた無数の少年たちの死体。どう見ても悪徳を成しているのは明らかだった。

 じゃ。

 

「斬る」

 

「なァッ?! へッ――兵士たちよッ!」

 

 女を斬り裂く直前、鎧の群れが俺の前に立ちふさがった。

 当然の如く斬って斬って斬り伏せる。

 剣を振り上げてくる腕も、こちらに踏み込んでくる足も、全て斬って地に伏せさせる。

 

 だが。

 

『アァアァアアァアァアァァァ……ッ!』

 

「何?」

 

 復活を果たす鎧の群れ……。

 落ちたはずの手足が蠢き、胴体へと再接合を果たしたのだ。

 こいつらは何だと訝しむ。断面を見れば、中身すらも存在しなかった。これは明らかに異常だ。

 まぁ考察は後。群がられる前にとにかく斬る。

 

「シオン、無事っ!?」

 

「お、おいテメェ先走んな!」

 

 少し遅れて真緒(マオ)蘆屋(あしや)が追い付いてきた。彼らは俺に斬られては蘇る鎧軍団を見た瞬間、「なんだこりゃ」と同時に顔を青くした。

 

「見ての通り、斬っても斬れない面倒な連中だ。十中八九――あの女妖魔が仕掛け人だろう」

 

 数百体の鎧の壁に守られた先、気付けば部屋の奥に逃げていた妖魔のほうを睨む。

 まったく面倒な事をしてくれる。俺には時間がないというのに。

 

「チッ、妾の(ビル)に次から次へと……! 不愉快だッ、死ねぇッ!」

 

 指を鳴らす女妖魔。すると足元に散らばった血が無数の杭となり、俺たち目掛けて飛んできた。

 俺は咄嗟に全て斬るが――蘆屋と真緒は、無事では済まなかったようだ。

 

「くっ……なるほど、血を操る妖術か……。その鎧たちも、ソレで動かしてるわけだね……!」

 

 苦しそうに呻く真緒。見たこともない拳法で大半の杭をはたき落していたが、それでも白い手足の複数個所に掠れてしまったらしい。

 そして蘆屋は、

 

「なッ……舐めんじゃねぇぞこの野郎ッ!」

 

 驚くことに、蘆屋も杭の大半を落とし躱してやり過ごしていた。真緒と同じく細かな傷もあるが、それでも重傷は負っていない。意外だ。

 

「蘆屋、お前のこと弱いと思ってた」

 

「ってふざけんじゃねぇぞッ!? オレ様は幼少の頃から戦闘訓練を積んできてだなぁッ!」

 

 おお、そうだったのか。

 

「見直したぞ、蘆屋」

 

「はッ、はぁッ!? テメェに見直されても嬉しくねえよカスボケ(ざむらい)ッ!」

 

 カスボケ侍と言われた。うーん。

 

「あと86万8720秒」

 

「って何の数字だよッ!?」

 

 ギャーギャーうるさく喚く蘆屋。よし、先ほどまでは何やら緊張しすぎているように見えたが、この調子なら大丈夫そうだ。

 ……俺も九尾を想うあまり熱くなりすぎてたかもだから、ちょうど良かったよ。

 

「蘆屋、真緒。お前たちの力を貸してくれ。この鎧共を一気に吹き飛ばし、妖魔本体を叩くぞ」

 

「うんッ!」「命令すんなッ!」

 

 正反対の反応をしつつ、共に俺の側まで駆け寄ってくれる二人。

 蘆屋は手袋に包まれた拳を、真緒は袖口から二丁拳銃を出して構え、鎧の群れに対峙する。

 

「――チィッ、いい気になるなよ人間共ッ! このエリザベート様の城に踏み込んだ愚行(コト)ッ、後悔するがいいわァッ!」

 

 エリザベートなる妖魔が吼える。全身から闇色の妖気が噴き出し、真紅の髪が逆巻いて波打つ。

 

「血ッ、血ッ、血ィッ! 貴様たちの血も妾に見せろッ! ――妖術解放【血凱法権(ブラッド・ヴァース)】!」

 

 瞬間、赤鎧共が激化を果たす。装甲各部が凶悪に尖り、蜚蠊(ゴキブリ)の如く蠢きながら殺到してきたのだ。

 さらには周囲一帯に撒き散らされた血も様々な鋼鉄具と化し、俺たちに襲い掛かる。

 

「死ねェ人間共ォオオオオオーーーーーーッ!」

 

 鮮血妖魔の放つ怒号と押し寄せる殺意。

 それらを前に、俺たちも負けじと声を上げる――!

 

『巫装展開――!』

 

 丑三つ時の横浜にて、全力の戦いが幕を開けた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21

 

 

「術式巫装【黒刃々斬(クロハバキ)】」

 

 展開完了。両手の刃が漆黒に覆われ、俺の右目に黒蟷螂(クロカマキリ)の面が現れる。

 急上昇する刃の切れ味。そして相手の挙動を完全に見抜く超視力の発現により、赤鎧共を触れさせることすら許さず斬滅していく。

 飛来する鋼鉄器具も同じだ。一刀の下に複数を斬る最適最速の斬撃で、一切合切を斬り飛ばす。

 さらに、

 

「術式巫装ッ、【死想撈月(スイシャンラオユエ)】!」

 

 変貌を果たす真緒(マオ)の双銃。白き色彩に染め上げられ、銃口下部からは爪の如き黄金の短刃が現れた。そして顔の右上半部には白き獣のような面が。名は知らないが猫のような風貌だ。

 

「仕留めるッ!」

 

 真緒が弾丸を乱れ撃つ。赤鎧共に比べたらあまりに小さな質量での攻撃だ。しかし、着弾した瞬間、敵軍勢は数体纏めて吹き飛んでいった……!

 その光景に、刃を振りながら「ほう」と感心した。

 

「すごい巫装だな。『弾丸の威力を強化する』異能か?」

 

「ううん、正確には攻撃の致命化。『使い手(ぼく)が与える衝撃全てを強化する』のさ。こんな風にッ、ね!」

 

 細い足で真緒は踏み込む。その足先が床を蹴るや、轟音を立てて足元がひび割れた。こわ。

 

哦々々々々々々々々々(オオオオオオオオオ)ーーーーーッ!」

 

 強化された踏み込みは真緒自身を弾丸に変える。その勢いのまま敵を強襲。双銃の先の刃で次々と鎧の群れを斬り裂き、さらには零距離からの銃撃で息吐く暇すら与えず暴れ散らしていく。うわぁ。

 

「銃ってああやって使うんだな……」

 

「――って、あんな戦いすんのはあのメス虎野郎だけだっつの!」

 

 蘆屋(あしや)も負けじと拳を振るう。

 ただしほとんど生身の状態でだ。かつては影の巫装【喰密刃(クラミツハ)】で全身を覆っていたが、今は拳の部分のみ。あとは右目周囲に狼の仮面を出現させる程度で戦っていた。

 

「チッ、これ以上の巫装展開はまた暴走しそうだからな……。だが、拳さえ使えりゃ釣りがくるッ!」

 

 鋭い踏み込み。敵に接近。相手の攻撃を上体反らしのみで避け、そこから「ワン・ツーッ!」と拳を連打。狙いは鎧共の頭頂部。連中に脳はないだろうが、それでも身体の上部末端に強い衝撃が走ったことで、仰向けに転倒。そして倒れた敵に後続の鎧が引っかかり、そいつも倒れて侵攻が遅れる。

 上手い。俺や真緒のような殲滅力はないが、敵が不死なことを考えれば最適解の判断か。

 それに一連の動きに全く無駄がなかった。幼少から鍛えていたのは本当らしい。

 

「頼れる男だな、蘆屋」

 

「ふぁッ!? お、オメェなんかに頼られたくねーよトンチキ(ざむらい)ッ!」

 

 トンチキ侍と言われた。うーん。

 

「あと86万8635秒」

 

「だから何の数字だよッ!?」

 

 やり取りしつつも俺たちの攻撃は止まらない。

 斬撃と銃撃と拳撃で以って、鎧の群れを打ち払う。

 次第に敵の再生速度より俺たちの進撃が早くなり、鮮血妖魔・エリザベートの表情が歪み始める。

 

「クッ、調子に乗るなよ人間共ッ! 貯蔵血液・解放開始ッ!」

 

 瞬間、ビル上層部の部屋の扉が次々と開いた。

 そこから溢れるのは大量の血だ。どうやらこのビル自体が丸ごと、妖魔の血液袋だったらしい。吹き抜けの第一階層目掛け、血の濁流が流れ込んでくる――!

 

「鮮血よッ、生命(イノチ)を宿して敵を喰えェッ!」

 

『オォォォォォォオオオーーーーーーーッ!』

 

 降り注ぎながら変異する血潮。ソレは鎧の兵士だけでなく、巨大蛇や巨大害虫に姿を変えて、俺たちに襲い掛かってきた。

 もちろん斬り伏せるが、これは……少し拙いな。

 

「っ、シオン! こんなのいつまでも相手出来ないよッ!」

 

 銃剣を振るいながら真緒が叫ぶ。飽和した敵を打ち払っていく彼だが、先ほどまでとは攻撃の密度が段違いだ。

 次第に追い詰められ、その身に傷が増えていく。さらに、

 

「おいボケ侍ッ、こいつぁやべぇぞ……ッ!?」

 

 気付けば、蘆屋の顔が青く染まりつつあった。代わりにスーツは赤黒くじっとりと濡れている。

 確かにコイツは真緒より傷を負っていたが、そこまで出血するとは……いや、まさか。

 

「妖魔、お前の術の影響か」

 

「えぇそうよォ美少年クンッ! (わらわ)の妖術【血凱法権(ブラッド・ヴァース)】は、血液を支配出来るというモノ。まぁ持ち主が死んでる血じゃないと、完全掌握できないけど……でもっ♡」

 

 指を鳴らすエリザベート。すると真緒や蘆屋の流血が勢いを増した。二人の口から苦悶の声が上がる。

 

「体外に出れば、凝血を妨げる程度の干渉は可能。さぁ、このまま無様に失血死なさいッ♡」

 

 激しさを増す敵の猛攻。徐々に弱っていく仲間。俺自身はまだ無傷で斬殺し続けているが、相手は殺しても死なない血の兵団だ。全くもってキリがない。追い詰められていく俺たちに妖魔の哄笑ばかりが響く。

 

「アァァァッハッハーーーーーーーーーーーーッ! 此処(ここ)は我が城ッ、新たに生まれた拷問(チェイテ)城ッ! この領域に踏み込んでしまったことを後悔するのねェェッ!」

 

 降り注ぐ血が激しさを増す。それらは鮮血生物や様々な拷問器具となり、俺たちを殺すべく殺到する。

 ああ……ならば。

 

 

「斬る」

 

 

 刃を振るう。無学な俺には斬殺(コレ)しか思い付かないから。

 

「斬る」

 

 瞳を凝らして刃を振るう。視るのは敵の攻撃全てと、何より俺の両腕自体。

 

「斬る」

 

 超視力により筋肉を視る。想像するのは蘆屋のような長年練り上げられてきた動き。無駄な微動、無駄な伸縮、無駄な力の籠りを視て取り修正。時間がないから今成長する。

 

「斬る、斬る、斬る」

 

 斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。

 才能だけで振るっていた刃を意識で調整・最適化。必死な俺に妖魔が笑う。

 

「フハッ、無駄なことをッ!♡」

 

 敵の声。無視。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃斬撃斬撃。今の連斬はだいぶ良かった。これを起点に斬撃修正。

 

「いくら頑張ろうともッ、いつかは体力がッ!」

 

 疲労激減。呼吸と同じ労力で振るえる斬撃法を獲得。調整機会がこれで増した。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。斬撃、修正。

 

「どッ……どれだけ速く斬ろうともッ!」

 

 斬速激増。浮いた余力を燃料として全斬撃を二段加速。これより敵の再生速度を完全突破。

 

「ちょっ、あのッ!?」

 

 斬撃、斬撃、斬撃、修正。斬撃、修正、斬撃、斬撃斬撃斬撃修正斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃ああいい調子だぞ!

 斬撃斬撃斬撃修正斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃おぉなんだエリザベートがずいぶん近くに見えてきたぞさらに成長して行こう斬撃修正斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃――!

 

 

「ヒッ――ヒィィイイイッッッ!? 何よアンタッ、付き合ってらんないわよォオーーーッ!?」

 

 

 妖魔がなぜか絶叫を上げた。ついさっきまで笑っていたのに心変わりが早いことだ。

 

「鮮血よッ、我が背に集まれッ!」

 

 血が背中へと収束し、蝙蝠(コウモリ)のような血の翼が生える。

 妖魔は「ソコでくたばってろッ!」と吼えると、ビルの上層部まで飛んで行ってしまった。

 

「ほう、飛行まで出来るとは」

 

 さてどうするか。瞬間ごとに敵十体を斬り捌きながら考えた時だ。

 蘆屋と真緒が頷き合うと、俺に言ってきた。

 

「おいヤバ侍、テメェのおかげで敵も減った。オレが数秒稼いでやっから、()()()()()()!」

 

「シオン、僕のほうに来て!」

 

 姿勢を下げて組んだ腕をつき出す真緒。そんな真緒を敵軍勢から守るように蘆屋が暴れる。

 これは――なるほど。真緒の能力を考えれば、そういうことか。

 

「ならば、行くぞ!」

 

 俺は独走していた道を戻り、真緒の腕へと飛び掛かる。

 そして真緒が呼吸を合わせ、俺が完全に乗った瞬間、

 

「任せたよッ、朋友(シオン)ッ!」

 

 能力発動:衝撃強化。

 真緒に跳ね上げられた俺は、風を切る速度でビル上層部へと急上昇。羽ばたいていたエリザベート目掛け、双刃を手に天翔ける。

 

「何ィッ!?」

 

 飛翔する俺に彼女が目を剥く。

 

 ああ――エリザベート、お前に恨みはないんだよ。

 正義感だの悪を許さぬ心だの、そんなモノは育てる環境になかった俺だ。空っぽなだけの肉人形だったんだ。

 けど、そんな終わっている俺に、“生き足掻け”と言ってくれた(ヤツ)がいるんだよ。とても優しく愛おしいんだよ。そいつが死の淵にいるんだよ。

 

「くっ、来るな来るな来るなッ、このっ、バケモノがぁァァアアアーーーーーーーッ!!!」

 

 血の翼より放たれる弾幕。無数の血杭に視界が埋まるが、ああだから?

 友を想う俺は無敵だ。群がる脅威を一切合切即時斬滅。エリザベートについに迫る。

 

「大切な友がいるんだよ。その友を、九尾を生かすために、お前の命が必要なんだ」

 

「ヒィイイイイイイーーーーーーーーーッ!?」

 

 だから。

 

 

「斬る」

 

 

 そして――斬撃一閃。

 妖魔の首を(ざん)と絶ち、戦いに決着を付けるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22

 

 

 

「――ご苦労様でござるッ、陰陽師様がた!」

 

 戦闘が終わってすぐのこと。妖魔伏滅機関の屋台骨、『鴉天狗』さんがビル内にやってきた。

 一人ではない。彼と同じく鳥の面を被った黒服たちが来て、(うずくま)蘆屋(あしや)真緒(マオ)の手当てを行ってくれる。

 

「怪我人の世話も我ら鴉天狗の務め。シオン殿はお怪我ないでござるか?」

 

「問題ない」

 

 巫装を解除し、血払いをして刀を収める。

 多少疲れたが損傷は無しだ。しいて言えば足が少し痛いくらいか?

 上層にぶっ飛んでエリザベートを倒したあと、(これどうやって着地しよう……)と少し絶望しながらも、頑張って刀をバサバサして落下速度を緩めようとしたんだよな。

 それで斬撃修正しまくってたら『刀で滑空する斬撃方法』という謎の技術に覚醒してしまった。

 まぁおかげで着地時に足が痛い程度で済んだが。あ、その痛みも引いてきたな。

 

「も、問題ないでござるか……!? かすり傷くらいはっ」

 

「大丈夫だ。あ、求めていいなら手ぬぐいをもらえるか? 少し返り血がついた」

 

「……それも少しなのでござるか」

 

 鴉天狗さんより手ぬぐいをもらい、血の付いた頬や手をごしごし拭う。

 敵妖魔の能力が鮮血操作とわかった時点で、何か小細工をされないよう返り血は受けない斬り方をしてきたからな。

 それに、羽織の中の九尾を血で汚したくなかったしな。こいつにはずっと綺麗でいてほしい。

 

「手ぬぐいどうも」

 

「い、いえいえでござる。……はぁ。大妖魔衆『天浄楽土』の幹部クラスといえば、たとえ格落ちといえど一等陰陽師複数人でも苦戦するのでござるが、それを怪我どころかほぼ汚れもなくとは……」

 

 そうなのか。

 

「ちなみに俺は何等なんだ?」

 

「って知らないでござるかッ!? シオン殿は新入りだから一番下の三等でござるよ! ……はぁぁぁ、まさか陰陽界の事情をまるで知らないまま、『天浄楽土』の元幹部を無傷で狩るとは、一体なんなんでござるか貴殿は……!? てか清明殿はもっと色々教えておけと……ッ!」

 

 驚いたり呆れたり忙しそうな鴉天狗さん。とっても騒がしくて面白い。この人のこと俺は好きだ。

 

「ふぅ……とにかく、真緒殿と蘆屋殿を病院に運んだあとは、戦闘後の証拠隠滅作業をしなければでござる。こんな血まみれクソビルの清掃をせねばならんとか地獄でござるよ~……」

 

「あぁ、確かに大変そうだな」

 

 肩を落とす鴉天狗さんに同情する。

 妖魔を倒した後、溢れていた鮮血生物共は全て血に戻ってしまった。おかげでビルは上から下まで血まみれだ。

 

「まっ、陰陽師様がたの苦労に比べたらちっぽけでござるな。というわけでシオン殿、貴殿は現場から退散を。…」ここは我らに任せるでござる」

 

「わかった。お互い、これからも頑張っていこうな?」

 

「ッ、応っ!」

 

 俺の言葉に嬉しそうに頷く鴉天狗。面で表情は見えないが雰囲気でわかるよ。

 そんな彼に手を振り、俺はビルから夜道へと出る。

 

 

 ――さて。

 

 

「手に入れたぞ、九尾」

 

 懐から血まみれの『玉』を出す。

 鮮血妖魔エリザベートを倒した後、彼女の頭部をスパッと斬ったら出てきたものだ。

 なんとなく俺が飲まされた『陰陽魚』に似てるかもだな。白黒の魚が泳いでたあの玉とは違い、こちらは紫の小さな光が瞬いたり渦巻いたりしているが。こっちのほうが綺麗かも。

 

『うむ……それこそ妖力を生み出す妖魔特有の器官、『黒芒星』だな……』

 

 羽織から九尾が顔を出す。

 白き頬を既に青ざめ、言葉を紡ぐのもやっとという様子だ。どうやら限界は近いようだな。

 

『すまなかったな、シオン。今回はずいぶんと貴様を焦らせてしまった……』

 

「謝るなよ、九尾。しおらしいのはお前らしくない」

 

 そう、九尾にはいつだって元気でワハワハしていて欲しいのだ。

 

「謝罪なんていらない。ふんぞり返って『よくやった!』と言ってくれるのが、俺にとっては一番だ」

 

『ふっ……相変わらず変わった小僧だ。うむ、ではよくやったッ! さっさとそれをかっ喰らい、我に妖力を献上せよッ!』

 

「仰せのままに」

 

 妖力の玉を口に放り込む。喉を通るには多少大きすぎるが、それでも気合いで飲み込んだ。

 そして、ごくりと。玉を臓腑に収めた――その瞬間、

 

「ッ!?」

 

 視界が揺らめくと共に……俺は――いや、『(わらわ)』は。

 この少年の中に消えながら、二度目の生を振り返った。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

『なによっ、自分の領民を好きに殺していただけなのにっ、どうして逮捕されるのよォオーーーーーーーッ!?』

 

 ――貴族であるがゆえの無知。

 それが妾、エリザベート・バートリーの人間の頃の死因だ。

 

 下賤な兵士共が寄ってたかって妾を取り押さえ、最後は光なき部屋で獄中死だ。あまりにも酷すぎる。

 もう二度とあんな思いはして堪るか。そう思った妾は、偶然にも得た妖魔としての生で、まずは知識を得ることを優先した。

 

 そして色々と調べたところ、欧州は完全に『断罪教会』なる者らに制圧されていた。

 神への信仰の下、我ら妖魔を死んでも駆逐せんとする者らだ。一度激突することになったが、いくら殺しても仲間の死体を踏み越えながら向かってくる様には恐怖した。

 

 “ああ、これはダメだ。あんなヤツらがいる土地では楽しく虐殺生活できない”

 

 そう思った妾は、『断罪教会』の影響が薄いという日本に逃げることを決意した。

 

 そして、来日後。

 まずは日本での立ち振る舞いを学ぶべく、国内屈指の妖魔組織『天浄楽土』に加入することを決め――そこで、最大級の屈辱を味わった。

 

 

『貴様、弱いな』

 

 

 ……最初は順調だったのだ。ハンガリーでは恐怖の代名詞になっていた妾はとても強く、並み居る妖魔を文字通り血塗れにしてやった。

 そうして順調に地位を高め、組織のトップに『七大幹部に任ずる』と言われた――その直後、

 

 

『切磋琢磨し、強さを研き合うのがこの組織の理念と聞いていたが。なぜ、能力だけの素人がいるのだ?』

 

 

 ……突如としてやってきた男に戦いを挑まれ、あっけなく敗北。

 妾の幹部としての地位は、ほんの数瞬で崩れ去ってしまった。

 

 あぁ……その恥辱から組織を抜け、この横浜を支配するようになった後でも、あの日の屈辱は忘れられない。

 

 おのれ……戦場だけしか知らぬ男が。

 おのれ……戦いの果てに、唾棄すべき罪人とされた男が。

 おのれ……守り抜いた民草からも恐れられ、串刺し公と蔑まれた男がッ!

 

 おのれ――ッ!

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「おのれ、大妖魔『ヴラド・ツェペシュ』……!」

 

 

 気付けば俺は、知らない男の名を口にしていた……!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章 ―陰陽師の日々―
23


 

 

 

「なるほど……! 脳器官『黒芒星』を食べた結果、妖魔の意識と繋がることが出来たのかっ!」

 

 興味深いッ! とうるさく叫ぶ清明さん。元気そうで何よりだ。

 

 ――エリザベート討伐より一日。俺は妖魔伏滅機関『八咫烏』に帰還していた。

 そこで同じく帰ってきた清明さんとばったり遭遇。今は自室に清明さんを招き、茶を飲みながら報告会をしていた。

 ちなみに九尾は元気になって、今は机の中心で茶菓子バクバクしてますね。かわいい。

 

「いやー、普通の人間なら妖力の塊である『黒芒星』を飲んだら死ぬからね。式神――あぁ、機関に隷属を決めた妖魔ね――に飲ませてどうなるか実験したところ、そちらは弾けてしまったよ。血液型のように妖力にも『型』があるらしく、個々で反発するようでね」

 

「ほほう」

 

 ……なんかこの人さらっと怖いこと言ったな。

 ともかく、俺は初の生存例らしい。

 

「ちなみに妖力同士は反発し合う性質にあるが、真緒(マオ)やキミのように人間に対しては定着することがあってね。これは妖力の性質が『人を傷付け、犯すモノ』だからとされているんだ。逆説的に傷付けるラインさえ耐えきれば人体に定着するわけだね。でッ、キミは九尾という特大の妖力の塊に適合できたわけだからッ、ならば他の妖力でも死ぬことなく取り込みまた人体という『金型』を通すことで個々の妖力の型を定型化して腹の九尾に取り込ませられるという予想はやはり正解で――!」

 

「清明さん、わからないわからない」

 

 ノリノリな清明さんを(いさ)める。

 前にもこんなことあったが、俺は学がないので専門的な話をされても理解不能だ。

 

『ふむ……陰陽師見習いだという(あきら)もその理論を語っていたな』

 

「九尾?」

 

 ここで意外なことに、清明さんの話に九尾が理解を示した。

 明ってたしか平安時代の友達だったって人か。九尾は清明さんのほうをちらりと見る。

 

『平安京を抜け出しては妖魔(われ)のところに遊びに来るような謎の女でな。貴様のように、よくわからん理論をベラベラと語っておったわ』

 

「ほほーう、それは気の合いそうなレディだ。で、九尾くんは明女史(じょし)の理論を覚えていたため、シオンくんに取り込まれても諦めずに妖魔食いを提案したと?」

 

『そうだが?』

 

「……平安時代から八百年も言葉を覚えてるとか、キミちょっと友達思いすぎない?」

 

『ってうっさいわッ!? 調子に乗るなよクソ安倍晴明の子孫がァーッ!』

 

 ギャーギャー喚く九尾さん。茶菓子の食べかすを清明さんに投げつけ始めた。羨ましい。

 

「イタタタタタッ……!? とっ、とにかくシオンくん、エリザベートの心を覗けたのはお手柄だ。大妖魔衆『天浄楽土』の情報について、何か重要なモノはあったかい?」

 

「いや微妙だ。意識が繋がったのはほんの一時だったし。だが、分かったこともある」

 

 食べかすまみれの清明さんに語る。

 彼女が『七大幹部』とやらに任じられたこと。そして、ヴラド・ツェペシュなる男に完敗したことを。

 

「大した情報じゃなく、申し訳ない。幹部就任を言い渡された時も、組織の長は天幕の中に隠れていて、顔もわからず……」

 

「っていやいやっ、『七大幹部』という単語が聞けただけお手柄だ。なにせ『天浄楽土』は徹底的に情報封鎖を行っていてね。幹部クラスの妖魔がいるとは知れているが、その総数は不明だった。敵の武将をいくつ潰せば王手を掛けられるかわかっただけ、大進歩だ」

 

 それに、と清明さんは続ける。

 

「ヴラド・ツェペシュ……これはマズい妖魔が転生してきたね。国を守るためにあらゆる非道を成し、自国民からも恐れられるようになったワラキアの魔将だ。こいつの出現を知れたのは大きい」

 

「ワラキアの魔将……」

 

 ――そう呟いたところで、頭が痛んだ。

 エリザベートの記憶が蘇る。長髪の男が大剣一本を振るい、彼女の鮮血兵団を一瞬で滅ぼす光景を。

 思えばエリザベートは、そんなヴラドの姿を俺に見て絶叫していたのかもしれない。

 

「よし、これらの情報は僕の口から機関に広める。……シオンくんが九尾復活のために妖魔を食べて、それで判明しました――なんて、伝えられないからねぇ……」

 

 苦笑いする清明さん。この人には世話になりっぱなしだな。

 

「手柄を横取りするようで悪いが、まぁそれを差し引いてもシオンくんは話題になっているよ。『機関に入って早々、大妖魔衆の元幹部を無傷で倒した』ってね」

 

「そうなのか」

 

 それは知らなかった。『八咫烏』に来て数日経つが、周囲の人からなんだか距離を取られてたし。

 

「ま、これでキミを認めてくれる人も増えるだろうさ。あぁそれと……」

 

 ドサッ、と。清明さんは机の上に、本の束を置いた。なんすかコレ?

 

「色んな教材の教科書だね。あと、機関のルール教本や陰陽界の歴史本なんかもある。――いやさぁ、実は鴉天狗くんから、『シオン殿はアンタが拾ってきたんだからちゃんと導け』ってガチ目に怒られちゃってね」

 

「鴉天狗さんが……」

 

 ござる口調のあの人を思い出す。清明さんに相当鬱憤溜まっている様子だったが、まさか面と向かってそんなことを。

 

「鴉天狗さん、俺のために怒ってくれたのか……。俺みたいな、不愛想なヤツのために……」

 

「あぁ、キミは確かに目が死んでるしぶっきらぼうにも見えるけど、でもその代わりに言動に嘘がないからね。いつも気持ちを真っすぐ伝えてくる。だから、真緒くんも鴉天狗くんも、キミのことが好きになったんだろう」

 

「そうか……」

 

 それはなんというか……こそばゆい。

 鼻先がかゆくなるというか、言葉にしづらい感情が湧いた。

 

「さて、というわけで時間がある時にだけキミに勉強を教えるよ。ホントは真緒くんと蘆屋くんに任せるつもりだったけど、二人は復帰まで数日かかるし」

 

 それに怒られた手前、ちゃんとしなきゃね――と。清明さんは苦笑する。

 

「では、よろしくお願いします、先生」

 

「先生かーっ!? それはなんだか気恥ずかしいなっ!」

 

 

 ――こうして、妖魔伏滅機関『八咫烏』での日常が始まったのだった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24:四条シオンの能力検査

 

 

 ――妖魔伏滅機関『八咫烏』。正式名称は、政府直轄機密国防機動機関・対妖魔専門超常特別大隊というらしい。

 そんな三秒で覚えるのを諦めた場所での日常が、本格的に始まった。

 

 

「し、じょ、う、し、お、ん……!」

 

「そうそう。キミの名前は、平仮名(ひらがな)でそう書くんだよ」

 

 

 清明さんに勉強を見てもらう。

 といっても、俺の場合はまず文字を覚えるところからだがな。

 白紙の本(ノートと言うらしい)にひたすらあいうえ書き込んでいく。村では勉強なんてさせてもらえなかったから、新鮮な気持ちだ。

 

「シオンくん、文字の読み書きは出来ないけど、話し言葉はしっかりしてるよね? 難しい単語もちょくちょく言えるし。お父さんが侍だったっていうから、赤子の頃に自然と覚えたのかな?」

 

「あぁ。それもあるかもしれないが、村の女性たちに『夜は高貴な喋り方をしろ』と教えられてきてな」

 

「ん、夜……?」

 

「そちらのほうが、興奮するからと」

 

「オーケーッ、その話はやめようッッッ!」

 

 なぜか話を遮られた。あと頭を撫でられた。なんでか知らないけど気持ちいい。

 

 

 その日の午後は、『能力検査』なるモノをすることになった。

 機関内の道場みたいな場所で、まずは走らされたり色んな運動をやったり、刀を好きに振り回してみろと言われた。楽しかったのでノリノリでやった。

 

 次に、植物の種を渡されて血を一滴垂らせと言われた。

 わけがわからないまま指先を軽く斬って種に垂らす。すると、みるみるうちに芽が出て葉が出て茎が伸び、彼岸花の蕾が出たのだから驚きだ。

 

 それからは、色々なモノを手に「巫装展開」って言わされたり、巫装を出して硬いモノを斬ったり、巫装に色々ぶつけられたり、ずっと出しっぱなしにするという内容をやらされた。

 あと遠くのモトとかすごく小さなモノを見せられ、コレは何か当ててみなさいと言われたりもしたな。結構疲れた。

 

「お疲れ様っと。なるほど、やはりキミは素晴らしい」

 

 さらさらと用紙に何かを書き込んでいく清明さん。鉛筆を動かしながらちらりと俺を見てくる。

 

「本当はこの検査、入隊時にするものなんだけどね。でもぶっちゃけ、キミは上層部(うえ)から危険視されていてさ。僕責任の下、機関内での巫装展開はもちろん、歩行以上の運動行為も絶対厳禁。よって検査もナシのまま、難易度の高い現場に出せって言われたよ。この意味わかる?」

 

「わからない」

 

「わからなくていいよ。――まぁでも、『天浄楽土』の元幹部に完勝した件で、上もキミを有用に使っていくと決めたようだ。僕が見てる場なら、能力検査もヨシだってさ」

 

 用紙を書き終わると、それを俺に差し出してきた。

 

「まぁキミの才能なら、こうなるだろうって思ってたよ。シオンくんに足りないのは知識だけだから。……というわけでハイ、これがキミの能力ね」

 

 何かが書かれた紙を受け取る。……当然ながら読めないので睨めっこだ。

 そんな俺の様子に清明さんは苦笑しながら、内容を読み上げてくれた。

 それによると……、

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 隊員名:四条シオン 等級:三等陰陽師

 入隊推薦者:特等陰陽師・安倍清明

 

 身体能力:A 戦闘技能:A(使用技法:我流・逆手二刀流剣術) 保有霊力量:B

 

 発現巫装:【黒刃々斬(クロハバキ)

 種別  :『人器強化型』

 媒介  :『斬撃武器限定・二本まで』

 異能力 :『刃の硬質化。および超視力の発現』

 

 攻撃性:A 攻撃範囲:E 耐久性:A 消費霊力量:C 操作性:A

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「――能力ランクはE~Aまで。Aに近いほど優れているとされている。ただ、消費霊力量だけは低いほうがいいんだけどね」

 

 ほほほう……?

 

「すまん清明さん、いくつかわからない単語がある。まず身体能力や技能やらはわかるが、霊力とは?」

 

 そう聞くと、清明さんは「それはねー」と言いながら植物の種を出した。

 

「『陰陽魚』を飲んだ者はね、魂から霊力っていう不可視のエネルギーが出せるようになるんだ。んで、彼岸花には霊力を吸うと急成長する特性があってね。ソレを利用すれば……」

 

 清明さんは指を噛み切り、俺と同じく血を一滴垂らす。

 すると彼岸花は一気に芽吹いて花が咲き、まるで弾けるように散ってしまった。

 清明さんの周囲に赤い花びらが舞い散る。

 

「こんな風に、血中に含まれる霊力濃度によって花が育つため、その成長度合いで保有霊力が計れるってワケだよ」

 

「なるほど……」

 

 花が一気に咲いて散ったのを見るに、この人の霊力は俺よりも高いようだ。

 

「霊力が多いと何かと得だよ。妖魔を威圧できたり、魂魄に害を為す攻撃から精神や魂を守れたり。あと何より、巫装の展開時間が伸びるからね」

 

「ほほう」

 

 巫装っていうのはずっと展開できるわけじゃないんだな。

 今回の検査で、出し続けてたら苦しい感じがしてきて、それで初めて知ったぞ。

 あれは霊力が切れてたのか。

 

「保有霊力量Bで持続展開時間が一時間なら、消費霊力はCが妥当だろうね。小休止を挟めば一日に五時間は使えるだろうから、十分優秀だと思うよ」

 

 これが霊力量Eで消費霊力量Aとかなら地獄だよ~と清明さんは苦笑する。

 そんな人がいるのか、大変そうだなぁ。霊力が切れまくってバテバテになっちゃうんじゃないか?

 

「ま、天草さんのことなんだけどね」

 

「ってあの眼鏡の人かー……」

 

 やたら苦労顔の陰陽師さんを思い出す。

 あの人、体質まで苦労性なんだなぁと俺は可哀想に思うのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25

 

 

 

「まぁ巫装の消費霊力量がやばい=悪いってワケじゃない。そういう巫装って、えげつない性能してることが多いから」

 

 保有霊力も精神的な成長で増えることがあるからね~と清明さんは笑う。

 そうなのか。俺も成長出来たら嬉しいな。

 

「さて、残りも説明していこうか。次に聞き覚えがないだろう部分は、種別のところかな?」

 

 用紙に指を指す清明さん。俺の前で文章をなぞりながら、「ここ、じんききょうかがた、って読むんだよ」とゆっくり音読してくれた。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 発現巫装:【黒刃々斬(クロハバキ)

 種別  :『人器強化型』

 媒介  :『斬撃武器限定・二本まで』

 異能力 :『刃の硬質化。および超視力の発現』

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「巫装はその能力によって、四つの種別(タイプ)に分けられる。

 一つ目は『武器強化型』。媒介となる武器の強度を上げたり、特殊能力を付与できるタイプだ。振るうのは使い手自身だから、一番使い勝手がいいよ」

 

 ほうほう。衣服を硬くしたり自動で動かせる蘆屋(あしや)がソレなのかな?

 でも使い勝手がいいのか? アイツは巫装に暴走されてたような?

 

「あぁうん、蘆屋くんは別。ていうか暴走の原因は……いやまぁそれは置いといて。

 二つ目は『人体強化型』。使い手自身の肉体強度を上げたり、特殊能力を付与できるタイプだね。本体性能が上がるから死に辛くなるけど、身体の感覚が変わるから使いづらさもあるかも」

 

「使いづらさが?」

 

「うん。八咫烏(ウチ)のトップの腐れジジイ――もとい土御門統括なんかは身体強化の極みなんだけど、このまえ怒って高い机を叩いたら、うっかり壊しちゃって後悔してたよ。アホっぽくない?」

 

「可愛いと思う」

 

「えぇ……」

 

 清明さんが見たこともない顔をした。

 よくわからんけど、土御門さんか。俺はご飯をいっぱい食べさせてくれたこの組織が好きなので、いつかお礼しに会いに行きたいと思っている人だ。

 きっと優しい人なので絶対会うぞ。

 

「……とりあえず、真緒(マオ)くんも『人体強化型』に当たるね。自身の与える衝撃全てを強化する彼の能力は、汎用性も高く強力だ」

 

「ああ、確かに真緒は頼れる仲間だな。ずっと側にいてほしいと思う」

 

「あぁうん、それ本人に言ったら彼から彼女になっちゃうから言わないように……」

 

 ん、どういうことだろう? よくわからんが呼び方が変わろうが真緒の素敵さは変わらないと思うので、言うことにしよう。

 人を褒めることは良いことなので絶対言うぞ。言うぞ。

 

 

「さ、さて話を戻すと――三つ目が、キミの『人器強化型』だ」

 

 

 指を二本立てる清明さん。「これは『武器強化型』と『人体強化型』の混合種だ」と語りながら、指を開いたりくっつけたりする。俺も真似してみる。なんか笑われた。

 

「『人器強化型』。それは武器だけでなく、使い手自身も強化される最優の型だよ。まぁ器用貧乏と言われることも多いけど」

 

「器用貧乏?」

 

「ああ。武器も身体も強化されるけど、どちらも『武器強化型』と『人体強化型』ほどではないんだ。実際、キミの刀は凄まじく硬度が上がるけどそれだけ。自動で動くとか炎や雷撃が出るとか、特殊攻撃が可能になるわけじゃない」

 

 なるほど。それはそうだ。

 

「で、身体のほうは視力が強化されるようだけど、それだけなら強力というより便利って範囲だし、身体能力が伸びるわけじゃないだろう? そんな感じで、使い手自身の技量で優劣が決まるのが『人器強化型』なワケだ」

 

 ほほほう……それなら俺にピッタリかもな。

 俺が何より武器としているのは、清明さんに見いだされた『斬殺』の才だ。

 刀を握れば頭さえ冴える。あの才を生かすのに、刃の硬質化と超視力は実に有用だ。

 

「それで清明さん、四つ目は?」

 

「ああ。最後は、『事象支配型』だね」

 

 事象、支配型……? これまでの種別は名前から中身を想像できたが、それは一体?

 

「これは説明が難しくてね。発現者も少ないし、その能力も様々だ。まぁ共通していることといえば、“世界の法則を変えられる”ってとこかな」

 

「世界の、法則を……?」

 

 それはまた意味の分からない話だ。まるで想像が出来ない。

 

「たとえば、林檎が地に落ちる法則を歪められたり、嘘を吐いた者の胃に本当に針千本が現れたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――どれもロクデナシな異能(モノ)ばかりだよ」

 

 怖いよねー、そんなチカラ使えるヤツと清明さんはへらへら笑う。

 

「以上が巫装の種別だよ。次の『媒介』って項目はまぁ、ナニを素材として巫装を顕現できるかって感じだね」

 

 ああ、色々握らされて「巫装展開」って言わされたな。色んな武器から、なぜかトランプという海外の遊び道具まで。あれが武器なわけないだろうに。

 

「シオンくんの場合は、キミが『斬れる』と認識した武器二つまでだったね。人によってはなんでも素材に出来たり、数の限りもなかったりするんだよ。それもまた強みの一つかもね」

 

「確かに、何でも使えて数も多いほうがいいな」 

 

 巫装展開前に媒介となる武器自体がなくなるって場合もあるかもだからな。俺も予備の剣くらい手に入れようかな。

 

「さて、後は能力値(ステータス)の説明か。これは簡単だよ」

 

 再び用紙を指差す清明さん。どれがなんと読むか指し示しながら語ってくれる。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 攻撃性:A 攻撃範囲:E 耐久性:A 消費霊力量:C 操作性:A

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「まずは巫装の攻撃性。コレは単純に、どれだけ硬い物質まで攻撃が通るかだね。技量込みの判断にもなるけど、キミの【黒刃々斬(クロハバキ)】は科学混凝土(コンクリート)の塊もスパスパ斬れるから攻撃性Aだ」

 

「おお」

 

 頑張ってスパスパした甲斐があるな。嬉しい。

 

「次に巫装の攻撃範囲。これは、一撃でどこまでの距離や規模まで攻撃を与えれるかだね。キミの場合は刀だから、仕方ないけど手が届く範囲のE判定だ」

 

「斬撃で空気圧飛ばせるが?」

 

「あぁーーーーうん。それはもう完全に巫装の性能関係ないからノーカン。あえて無視して次三つ一気にいくよ」

 

 あえて無視されてしまった。悲しい。

 

「まず耐久性。これは巫装の硬さだね。防御に使えるし、あと巫装が破壊されると一気に霊力を消耗するから、この数値が高いのはいいことだ。次に消費霊力は……これは前に説明したからカット。そしたら最後は、操作性だね」

 

「操作性……?」

 

 使いやすさってことかな?

 

「具体的には、制御のしやすさだ。たとえば炎が噴ける剣があるとしたら、その炎の熱量や放射範囲を、どのくらいまで調節できるかで決まるって感じだ。シオンくんの場合は武器に特殊能力はないし、超視力も遠くのモノから小さなモノまで何でも自在に見えるようだから、A判定だね」

 

「おおー」

 

 それは嬉しいなぁ。なるほどなるほど、自在に操れるとA判定なのか。

 しかし、それを言うと……。

 

「……となると、蘆屋は?」

 

「あー、今のあの子はねぇ……」

 

 そんな話をしていた時だ。道場の戸がズガシャッと蹴破られ、「ウオォォオイッ!」という謎の鳴き声が響いた。

 そちらを見ると、包帯まみれの蘆屋の姿が。

 あ、俺のことを睨みつけてきた。あと72万1350秒。

 

「ここに居やがったかクソボケ侍ッ! テメェに一言言いたくて病室を抜け出してきたぜッ!」

 

「いや抜け出しちゃ駄目では?」

 

「うるせぇッ! いいかァよく聞けよォッ!? 先日の任務じゃテメェにずいぶん活躍されたがなぁッ、オレ様が本調子になりゃお前なんてなぁーーーッ!」

 

 ギャーギャー喚く蘆屋くん。失血死寸前だったらしいのにメチャクチャ元気だ。……あ、いや。まだ顔が青いし実は元気じゃないのかもしれない。

 そんな彼に清明さんは溜め息を吐き、指を差して一言。

 

「操作性E。扱いずらさがクソみたいなのが蘆屋くんだ」

 

「なるほど、クソみたいなのが蘆屋なのか」

 

 そう納得する俺たちに、蘆屋は「なんだテメェらーーーーッ!?」とひときわ大きく叫ぶのだった。

 

 あ、倒れた。あと72万1320秒。

 





↓ご感想おまちしてます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26

 

 

 ――能力検査を終えた翌日、俺に新たな任務が下った。

 

「悪いねシオンくん。八咫烏(ウチ)はとにかく人手不足でさ、怪我しない限り三日以上の休暇をあげることは出来ないんだ」

 

 僕も仕事だよ~、と肩を落とす清明さん。

 地上行きの自動昇降機(エレベーター)に向かい、二人でてくてくと通路を歩く。

 

「俺は構わない。むしろ定期的に妖魔を喰わないと、九尾の命が危ないからな」

 

『うむ』

 

 羽織がめくれ、九尾が顔を覗かせた。

 その頬は昨日食べた桃饅頭のように薄桃色で血色がいい。横浜では、こんな九尾の顔が真っ青になってたんだよな。あの時は本当に胸が痛んだよ。

 

『あの女妖魔、エざりー……? ……ベトなるヤツは、たっぷりと妖力を持っていたが、だからとてまた絶食状態でいたら倒れるかもだからな。頼んだぞ、シオンよ』

 

「あぁ……!」

 

 うおおおおっ、可愛い九尾のためとあらば()る気も百倍になるってもんだ!

 

「九尾、お前は絶対に死なせないからな。この命ある限り、お前のことを一生守り続けるぞ……ッ!」

 

『って愛が重いッッッ!?』

 

 ひゅえええッと変な声を出す九尾さん。本当は嬉しいだろうに相変わらずの照れ隠しだな。

 そんな九尾を内袋から取り出して頬ずりする。うりうり~。

 

『うぎゃーッ、やめろ!』

 

「ん、やめろってことは“もっと”ってことか?」

 

『ちがぁうッ!』

 

 そうして触れ合う俺たちに、清明さんは「仲良いなぁ」と苦笑するのだった。

 その通りだぜ!

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 地上へと出た俺たちは、東京城前の城門までやってきた。清明さんとはここでお別れのようだ。

 

「ところで清明さん。真緒(マオ)蘆屋(あしや)はまだ戦えないんだろう? 今日は俺一人で任務なのか?」

 

「おっと言い忘れてたね。三等陰陽師が単独(ソロ)で動くってことは基本なく、二等以上の陰陽師と組む習わしになってるんだよ。陰陽師は人手不足にもかかわらずだ。なぜかわかるかい?」

 

「んー……」

 

 ……そういえば、俺が飲まされたような白黒の玉、『陰陽魚』には数に限りがあるって話だったような。だから新しい陰陽師もなかなか増やせないというわけだ。

 あぁつまり。

 

「……人手を散らすより、格下の者が死なないことを優先したわけか?」

 

「うん、大正解。上の者が下の者を庇い、それで下の者が成長すればみんな万々歳だからね」

 

 よくできましたと俺の頭を撫でてくれる。俺よりもずっと大きな手の感触が心地いい。

 

「人間社会は面白くてね。さっき言ったような優しい制度があれば、意味が分からない厳しい制度もある。また場所によっても大きく違い、あえて優しい制度を使わず、厳しさばかりを求めるようなところもある。それら制度がどうして出来たか、またどうして導入しないのかとか……考えてみると楽しく勉強できるだろう。人の気持ちを読み解く訓練にもなるしね?」

 

「なるほど……」

 

 清明さんは、本気で俺の人間的な成長を願ってくれているのだろう。

 飄々としてるこの人だが、少なくとも俺にとってはいい人だ。俺もこの人の好意に応えたい。

 

「わかったよ、清明さん。じゃあまずは、なんで俺の村以外の街では奴隷を飼っていないんだろうって考えてみる」

 

「それはキミの村がクソ集落なだけです。はい思考終了」

 

 思考終了されてしまった。考えてみると楽しいって言われたから考え出したのに、なんでだ。

 

「考えても楽しくないことはあるよ。――さて、それじゃあ僕はそろそろ行こうかな」

 

 スーツを正し、「来い、天空」と呟く清明さん。

 一体なんのことやらと思うと、どこからか自動二輪――バイクがひとりでに走ってきた!

 さながら意思でもあるかのように、清明さんの前でビタッと止まる。

 

「バ、バイクって、勝手に動くのか……?」

 

「いやいや。これは“ある者”と共同開発した、『造魂符』搭載の試作バイクでね。陰陽符の内部に複雑化させた電気信号を走らせ、疑似的な思考回路を創り出したんだよ」

 

「ええ……」

 

 なんかこの人、またさらっとトンデモないことを言い出したぞ。

 この前の声が届けられる『通信符』といい、意味わからんモノ次々出すなぁ。

 

「まぁ流石に人間と同等の知能とはいかず、訓練された犬程度だけどね。そのうちシオンくんにも『造魂符』搭載バイクをあげるから、乗り方練習しておきな~」

 

 そう言いながらバイクに跨り、華麗にブンブン去っていく清明さん。

 わけわからんけどとにかく凄い人だなぁと思った。

 

『フンッ……あの手の人種が社会制度を語るか。人の世に収まるような器ではないくせに』

 

「九尾?」

 

『いいかシオン。あの手の輩はな、『陰陽魚』を生み出して人にヒト以上の力を持たせた安倍晴明(あべのせいめい)のように、いずれ社会を……』

 

 何やら九尾さん、清明さんのことが気に入らない様子だ。

 まぁコイツ、清明さんのご先祖様の安倍晴明って人に封印されたそうだからな。内心穏やかじゃないか。

 

『とにかくシオンよ。いくら親切にされようが、ヤツの背中を見すぎるなよ? ろくなことにならんぞ』

 

「ふむふむわかった。じゃあ、とりあえず九尾のことを見る。じーーーーーーーーーーーーッ!」

 

『熱視線やめろ恥ずかしいわっ!』

 

 俺の視線から逃れようと動く九尾さんが可愛い。でもここは一般人も往来する城門前なので、「あまり騒ぐなよ?」と注意したら『貴様のせいだァッ!』と怒られてしまった。反省。

 

 ――そうして九尾と戯れていた、その時。

 ふいに後ろから、「あっ、あのぉ~~~~……!」と、ためらいがちな声が響いてきたのだった――。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27

 

 

 

『長谷川さん、アナタには“とある才能”がある。ぜひ陰陽師になってほしい』

 

 

 特等陰陽師・安倍清明(あべのせいめい)なる若者からの勧誘。

 それが、長谷川という男にとっての人生の転機だった。

 

 長谷川は不器用な男である。背も小さくて肝も小さい、何の取り柄もない三十路の小男だ。

 幸運にも妻子には恵まれたものの、職は無し。以前は手紙などの代書業をやっていたが、近年の識字率の上昇から廃れてしまった。

 

 ああ、このままでは妻子を路頭に迷わせてしまう……!

 小柄で細身で頼りなく見えるせいか就職活動も上手くいかず、はぁどうしようと頭を抱えていたその時、清明に声を掛けられたのだった。

 

 そして陰陽師となった長谷川。着物の上にスーツを羽織り、日々凶悪な『妖魔』共と戦う。

 ぶっちゃけ怖いし辞めたかった。だが陰陽師は高給取りだ、妻と十四歳になる子を養うためには辞められない。

 

 そうして今日も命懸けの狩りである。

 今回は清明の頼みで、新人に付き添うことになっている。

 なぜか名前を教えられなかったが、人形が大好きな少年で、いつも人形を懐に入れているらしい。

 そんな可愛らしい特徴を頼りに、城門辺りでその少年がやってくるのを待っていると……。

 

「あ、人形と話してる子がいる。彼が新人かな? あ、あの~~~……――って、ひぇッ!?」

 

 声をかけ、目を合わせた瞬間に長谷川は感じてしまった。

 

 コイツは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 直感的にそう思わせる新人――それが、四条シオンへの第一印象だった。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 ――俺は今、長谷川という陰陽師と共に、妖魔の目撃情報があった村に向かっていた。

 ちなみにまだバイクに乗れないため、長谷川の後ろに乗せてもらう形でだ。

 

 道行(みちゆき)は順調。特に問題もなく、(うら)らかな日の差す野道をバイクでブンブンしてるのだが……、

 

「のっ、乗り加減はどうかなぁシオンくん……!? お尻は痛くないかなぁ……!?」

 

「いや、特には」

 

「そそっ、そっかー! そりゃぁよかった!」

 

 ……この長谷川という陰陽師、やたらビクビクしているのは気のせいだろうか?

 うーん、俺って変な真似したかな? まだ自己紹介くらいしかしてなんだが?

 

「はっ、ははは……。いやぁ、それにしてもビックリしちゃったよ……。清明くんが付き添ってほしいって言ってきた新人が、まさかあの四条シオンくんだとは……」

 

「ん、俺のことを知っているのか?」

 

「あぁ、そりゃ色々な意味で有名だからね。曰く『大妖魔・九尾を喰って融合した謎の存在』で、しかも『英霊型妖魔を無傷で倒すほど強い』とか。もうその噂を聞いた時点で、ソイツとは絶対に会いたく――いやっ、会って握手してもらいたいなぁって思ってたよ! 応援者(ファン)というヤツだ! ハハハハ!」

 

 お、そうなのか。もしや長谷川、そんな俺と出会えたから、やたら緊張気味だったり気を遣ってくれてたのか。

 おあー嬉しいなー。俺は俺のことが好きな人が大好きだぞ。

 

「俺のことが好きなのに、清明さんからは俺と組むと聞いてなかったのか。フッ、あの人も憎い演出をするものだな」

 

「あ、あぁ、本当に憎い限りだよ。例の新人がキミだと教えられてたら全力で逃げ――あぁいやっ、全力で喜びの踊りでも踊ってただろうね! ハハハハッ、ハハハハハハハハハハハッ! ハァ~……!」

 

 おやおや、長谷川ってばめちゃくちゃ嬉しそうですよ。

 こんなイイ扱いは初めてだ。俺はさっそく、この子への好感度が爆発状態になっちゃいましたよ。

 

「そうかそうか。今日はよろしくな、長谷川」

 

「はっ、長谷川!? ……いや、あの、一応おじさんは年上なわけだからね、呼び捨てはちょっと……」

 

「は?」

 

 ……後ろから顔を寄せ、長谷川の白い横顔を見る。

 

 伸びすぎた前髪のせいで目元は隠れているが、どう見ても十代だ。

 俺と同じ十五歳くらい……いや、それ以下にしか見えないな。背丈もぐっと低いし、十代未満にも見えるくらいだ。

 あと、おじさんだと?

 

「……髪結ってるし、女の子かと思ってた」

 

「えぇ!? は……はははっ、おいおいシオンくんってば冗談キツイぞ! 三十路の妻子持ちに向かって何言ってるんだか~」

 

「は????」

 

 三十路って……たしか三十代って意味だったよな? それで、妻子持ち? え?

 

「まぁ小柄だし、それだけおじさんが頼りなく見えるって皮肉だろうけどね……」

 

「いや皮肉じゃなくて」

 

「たしかに、眉目秀麗で実力もある他の陰陽師たちに比べたら、おじさんはなんの特徴もない雑魚さ」

 

「なんの特徴もない???」

 

「清明くんに見いだされた“とある才能”とやらも未だわからない、場違いな一般人みたいなものだよ」

 

「一般、人????」

 

「あぁそうさ。何の取り柄もない、どこにでもいるような三十六歳の普通のおじさんだよ。だけどね、それでも精一杯戦うから、どうか邪険にはしないでくれたまえ……!」

 

「どこにでもいる……? ふつ、う……??????」

 

 ど、どうしよう……この人の言っていることがわからない。

 

 目隠れした女児にしか見えない三十六歳の妻子持ちのおじさんが、この世には溢れているのか?

 清明さんには社会を学べとか言われたけど、社会ってこんな人がいっぱいいるのか……!?

 

「おっと、おじさんとしたことがついつい偉そうな口を! 年を取るとこうなるからダメだ。これじゃぁ思春期の息子がやたら避けてくるのも納得だよ……。き、気を悪くしたならごめんねシオンくんっ!?」

 

「あ、いや、別に気にしてないぞ……。とにかく、今日はよろしく頼むぞ、長谷川さん……!」

 

「あぁ、よろしくねっ!」

 

 ――かくしてこの日、俺は人間社会の複雑さに戦慄してしまったのだった……!

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28

 

 

「――陰陽師様がた。この先の村は既に、手遅れでござる」

 

 東京より走ること数時間。妖魔が出たという埼玉付近の山村近くにきた俺たちを、『鴉天狗』はそう言って出迎えた。

 

「鴉天狗。手遅れ、とは?」

 

「文字通り、住民は全て食い荒らされ、もう救う手はないということでござるよ」

 

 ……そうか、全滅状態か。

 思えば鮮血妖魔・エリザベートの時も、駆けつけた時には死に立ての死体がいくつも並んでいたな。

 どうやら陰陽師とは常に後手を踏む職業らしい。そう考える俺の腰に、長谷川さんが小さな手を添える。

 

「シオンくん、妖魔というのは丑三つ時に急に『発生』するものだ。ゆえに全国に散らばっている鴉天狗衆がどれだけ早く察知しようと、我らが駆けつける前に犠牲者が出ているのが常だよ」

 

「長谷川さん」

 

 冷静な口調で語る長谷川さん。――しかし、その顔は青ざめて涙目で、腰に当てられた手はプルプル震えていた。

 

「そっ、そんな恐ろしい妖魔と戦わなきゃいけないとかっ、本当にふざけてるよね陰陽師……ッ! おじさんはもう辞めたいんだが、妻子がいるから逃げられなくてね……っ!」

 

「そうなのか」

 

 すごい切実な事情で戦っていた。見た目は子供なのに大人だなぁって思った。

 

「シオン殿に長谷川殿。妖魔は現在、『退魔札』を山村付近に撒いて拘束中でござる」

 

 懐より一枚の札を取り出す鴉天狗。これまでに見た『封鎖札』や『通信札』と比べると、刻まれた紋様が攻撃的に見える。

 

「人魂に干渉して“退避の情”を抱かせる『封鎖札』とは違い、これは妖魂に干渉し、損傷(ダメージ)を与える陰陽札。取り囲むように撒けば敵をその場に食い止めれるでござる」

 

「なるほど」

 

 術式巫装(ぶそう)だけが妖魔に抗う手じゃないのか。陰陽師側も後手に回りつつ、頑張っているらしい。

 

「もはや救い手はなし。必要なのは、妖魔共を断罪する殺し手のみにござる。ゆえにお二方、どうかご健闘を」

 

 礼を執る鴉天狗に、俺と長谷川さんは頷いたのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「見えた」

 

 木々の中を歩くこと数分。夕暮れに照らされた山村が目に入った。

 

 村の様子は、もう駄目だ。

 もはや悲鳴すらも聞こえず、民家の壁や地面には人の血痕がブチ撒けられていた。

 

 そして、人影の代わりに(うごめ)く妖影。

 村民なき村のあちこちを、『大蛇の顔をした人間』が彷徨っていた。

 

「あれは……妖魔なのか?」

 

「あぁ。“蛇の妖魔”といったところか。典型的な『象徴型妖魔』だね」

 

「『象徴型妖魔』?」

 

 首を捻る俺に、長谷川さんが頷く。

 

「妖魔の種類の一つだよ。キミが戦ったという“エリザバート・バートリー”、ああした伝説の人物への恐怖から生まれた妖魔を『英霊型妖魔』という。それは知っているかな?」

 

「ああ」

 

「そうかい。そんな風に、妖魔も何を“恐怖の根源”とするかで種別が分かれてね。鬼や妖怪のような、伝記上の化け物への恐怖から生まれた妖魔を『寓話(ぐうわ)型妖魔』といい、そしてあの蛇頭どものように、特定の動物や現象に対する恐怖から生まれた妖魔を、『象徴型妖魔』という」

 

 なるほど。

 良くも悪くも有名な人間から生まれたなら、『英霊型妖魔』。

 怪談話に出てくる化け物から生まれたなら、『寓話型妖魔』。

 動物や現象等への恐怖心から生まれたなら、『象徴型妖魔』。

 

 そんな風に分かれてるんだな。ちなみに九尾はどれなんだ?

 

『んあ? 我は象徴型というヤツだな。元は“狐の妖魔”だったが、人間共を追っ払ってたら恐怖が集まって尾が九本になったぞ』

 

「そうなのか」

 

 羽織から顔を覗かせる九尾さん。それを見た長谷川さんが「ひえっ!?」と声を上げた。

 

「そ、その子が大妖魔の九尾かい……!? か、噛んだりしてこないかい!?」

 

『我をそこらの野良犬と一緒にするなっ!』

 

「ひッえぇええッ!?」

 

 素っ頓狂な悲鳴を上げる長谷川さん。

 

 ――それを耳にした蛇の妖魔共が、一斉にこちらを向いてきた。

 筋肉質な男の身体に蛇の頭を生やした奇怪な姿で、ぞろぞろとにじり寄ってくる。

 

『ミツ、ケタ。ニンゲン……!』

『マダ、イタッ! シカモ、コドモ!』

『オンナノ子供ッ、ウマソウッ!』

 

 どうやら知性があるらしい。

 片言ながらも人語を介す妖魔共。女児と認定した長谷川さん(※三十六歳、妻子持ち)を見つめ、目を情欲に血走らせる。

 

「ひぃいいいッ!? おいシオンくんっ、キミ女の子だと思われてるぞ!?」

 

「いや長谷川さんがだろ」

 

「ンなわけあるかッ、おじさんだぞ!? それよりもシオンくん、来るぞ――!」

 

 雪崩れ込むように妖魔共が押し寄せる。

 それに対して俺は刃を抜き、長谷川さんは懐から鞭を出した。

 そして蛇頭の群れへと叫ぶ。

 

「巫装展開――【黒刃々斬(クロハバキ)】!」

 

 走る閃光。具現するは黒鋼。

 逆手に持った両刀が闇色に染まり、右目を仮面が包み込む。

 

 さらに長谷川さんもまた、術式巫装を展開する。

 

「巫装展開――【蜴斬鞭(カゲキリベン)】!」

 

 鞭が光に包まれる。白き閃光の中で形状が変わり、一瞬の後には小刃をいくつも生やした尾骨の如き姿へとなっていた。

 最後に右目を隠すように、長谷川さんの顔に蜥蜴(トカゲ)を思わせるような仮面が具現する。

 

「おじさんは中距離型だっ! ぜ、前衛はシオンくんに任せてもいいかな!? 怖いし!」

 

「ああ」

 

 要望に応えて真っ直ぐに突っ込む。

 そんな俺を見て――女児(はせがわさん)を喰いたい蛇の妖魔共は、怒った表情をした。

 そして、

 

『食事ノ邪魔ヲ、スルナッ! 貴様、()()()ッ!』

 

「あっ」

 

 ――俺はこいつらを、絶対に殺すと思った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29

 

「斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る……!」

 

『ウギャーーーーーーーーーーーッ!?』

 

 殺すと言われた瞬間に全力踏み込み。0.1後には二体を斬り裂き、返す刃で0.3秒後には四体の蛇妖魔を斬り殺した。

 そこから十体くらいを斬殺してたら急に相手が逃げ始めたので、今は村中を追いかけ回している状態だ。

 

「数だけはいるな」

 

 大群で潜む蛇への恐怖が形になっただけある。鮮血妖魔エリザベートのように特殊な能力は使ってこないが、村中が蛇まみれだ。

 まぁ、

 

「斬るが」

 

 ――斬撃加速。駆けると同時に目の前を斬り、一瞬の真空状態を創造。そこに空気が吸われていくのに合わせて飛び込むことで、逃げる妖魔共に高速接近。ひたすら首を斬り落としていく。

 

『バッ、バケ、モノッ……!』

 

「人間だが?」

 

 落ちた首に刃を突き刺してトドメ。そこから頭を綺麗に割ると、玉型の脳器官『黒芒星』が出てきた。

 鮮血妖魔と比べたら豆粒程度だ。それだけ妖力が低いといったところか。

 

「しかし、やはり色は綺麗だな。星の浮いた夜空のようだ。エリザベートのを取り出したとき驚いた」

 

『っておいシオンよ、我の脳みそにかじりついた時には見てないのか? 我のはどんな色や大きさだったかちょっと知りたいんだが……!』

 

 おっと九尾さん、妙なことを聞いてくるな。

 

「うーん、残念ながら覚えてないな。お前に内臓ブチ撒けられて、もう最後は本能だけで食ってたし。まぁ喉に引っかからなかったから、小さい玉だったと思うぞ」

 

『たっ、玉小さいとか言うなぁ!』

 

 ん? なんで怒るんだ九尾? ずっと地下に封印されてたっていうから、妖力を出す器官も弱ってて当然だろ。小さくても仕方ないのでは?

 

『わ、我はオスだぞ! きーっムカツク!』

 

「よくわからんが、そういえばお前雄だったな」

 

『忘れるなぁーッ!』

 

 ばたばた怒る九尾さんを羽織の中に突っ込んでおく。まだ近くに蛇妖魔がいるかもだからな。

 

「さて、ひとまずあらかた片づけたが……」

 

 そういえば長谷川さんは大丈夫だろうか?

 俺は近くの民家に飛び乗ると、索敵もかねて村一帯を見渡した。

 巫装(ぶそう)の超視力を使い、あちこちに目を光らせると……。

 

「あ、いた」

 

 隅のほうで長谷川さんが戦っているのが見えた。

 結構な数の蛇妖魔に囲まれているが……おお、遠目にもギャーギャー泣き喚きながら、敵の攻撃を紙一重で避けているぞ。

 毒液の滴った牙の攻撃も、人間の手足での拳も蹴りも、全てぎりぎりで当たらない。

 ほとんどを避け、避けられない攻撃は刃のついた鞭を振り回して逸らし、無傷のまま蛇魔人たちだけを傷付けていく。

 あれが長谷川さんの戦い方か。

 

『ほほう、二等陰陽師だけはあるな。見た目はちんちくりんだが実力あるぞ』

 

「見えるのか、九尾?」

 

『ああ。貴様と融合しているだけあって、我も巫装の力が使えるらしい。……それで二等陰陽師についてだが、あくまで平安時代の基準だが、アレらは組織の主戦力だ』

 

 九尾は語る。中には一等陰陽師より、厄介なモノもいたと。

 

『飛びぬけて強い者はさっさと一等に昇格するが、二等は才能がなくとも地力を認められた努力家か、あるいは……』

 

 背後より長谷川さんに攻撃が迫る。

 だが、彼は小さな身体をビクッと震わせると、咄嗟に横に避けてみせた。

 それからようやく迫っていた蛇妖魔に気付き、「ヒィーッ!」と悲鳴を上げるのだった。

 

『“斬殺”のような攻撃的な才でなく、もっと“別方向の才能”を持った者。それが二等陰陽師には多いのだ』

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

「終わったな」

 

「はぁ~~~怖かったぁ~~~~……!」

 

 そして、戦闘終了後。

 すっかり辺りが暗くなる中、俺たちはバイクで帰っていた。

 

「しかし、やはり噂のシオンくんは強いね。ほとんどキミが倒していたじゃないか。おじさんは相変わらずダメダメだったよ……」

 

「そうか? ……んぐっ」

 

 こっそり集めた蛇妖魔共の『黒芒星』を飲み込む。

 すると、エリザベートの時のように蛇の意識が脳裏に混ざる。

 って、おお? 色々思い返していたエリザ(名前長いから省略)と違い、めちゃくちゃ斬殺してくる男――俺の姿ばっかりが映るぞ。

 

 お~。これはいい反省になる。まだまだ俺の斬撃は鋭く出来るし、逃げる側の視点がわかったおかげで、どんな風に追い詰められてどんな斬り方をされたら嫌かわかるぞ。

 よし、成長した。

 

『……融合のせいか、最近は貴様の思考も読めてきたわ。貴様、また強くなったのか。本当に化け物だな……』

 

「人間だが?」

 

 まぁ、九尾が化け物って言うならそれでもいいかもしれない。

 何より化けギツネの九尾とお揃いになれるからな。嬉しい。

 

「ん? どうしたんだい、二人とも?」

 

「いや何も」

 

 長谷川さんは何も気づいていないようだ。

 後ろに相乗りしている俺が、妖魔の脳器官をパクパクしていることも。それで九尾の完全復活を目指していることもな。

 

「(なぁ九尾。思考が読めるなら頭の中で聞くが、そういえばお前って完全復活したらどうしたいんだ?)」

 

『(んん? それはもちろん、暴れまくって人間を食べまくる――のは、微妙かもなぁ……。貴様と融合して料理を喰えるようになってから知ったが、人間の食い物のほうが美味いからな。お昼に食べたエビフライとか……!)』

 

「(あぁ、あれは美味かったな……!)」

 

 西洋からやってきた料理らしい。衣がサクサクで中のエビがぷりっと柔らかくて、最高だった。

 たっぷりと掛けられたタルタルソースなる調味料も、エビフライと合ってすごく美味しかったな。

 

『(それに、陰陽師共に追いかけ回されるのも面倒だ。人間にへりくだった『式神』という妖魔共もいるが、あれらは低級ばかりよ。我くらいの大妖魔となると、危険性を考えて即殺されるだろう)』

 

 やはり妖魔は人間の敵。それが陰陽社会の考えなのだと、九尾は脳内で溜め息を吐く。

 

『(だがまぁ、妖力を取り込まんと我は消滅してしまうからな。今の融合状態も、はたしてずっと安定し続けるかわからんし……)』

 

「(わかった。これまで通り、妖力は積極的に取り込んでいく方針で行こう)」

 

『(ああ。まぁ復活後のことを考えるのは後だ。我が復活するに際し、器の貴様が死なない手段も手に入れなければならんしな。……貴様に死なれると、目覚めが悪い)』

 

「(……そうか)」

 

 九尾の気持ちが、とてもとても有難(ありがた)い。

 まさか俺なんかに対し、死んでほしくないと思ってくれるヤツが現れるなんて思わなかった。

 

『(はてさて……。貴様が死なないための手段、フランケンなる妖魔の研究結果を狙っていることも、陰陽師共に知られると(まず)い。かといって単独での捜索は時間がかかりそうだし……それに我が復活しても抹殺命令が出るだろうし……)』

 

 懐より顔を覗かせ、九尾は難しい顔で考える。そして、ぽつりと。

 

 

『――清明。あの、怪しくも妙に我らに好意的な男が、組織の長にでもなればいいがな』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30

 

 ――妖魔伏滅機関『八咫烏』。その治療棟(ちりょうとう)の一室にて。

 ギシギシと、寝台を軋ませている青年がいた。

 

「998ッ、999ッ……!」

 

 包帯まみれの男が、寝台の上でひたすら腹筋を繰り返す。

 

 彼の名は蘆屋鋼牙(あしやこうが)

 退魔の名門、蘆屋一族の末裔である。

 

「1000……ッ!」

 

 そして、ついに腹筋回数が四桁に達したところで、病室の入り口から溜め息が響いた。

 

「蘆屋ってばまたやってるよ……。ここは怪我を治すための場所なんだよー?」

 

「げっ……真緒(マオ)

 

 顔を覗かせた少女に、蘆屋は心底嫌そうな顔をした。

 

 彼女――否。彼の名は、真緒(マオ)厳白(ゲンハク)

 とある妖魔の奇怪な実験を受け、妹の死体へと脳移植を受けてしまった少年である。

 

「またお医者さんに怒られるよー?」

 

「チッ、うるせぇんだよメス野郎。つーかオメェも出歩いていいのかよ?」

 

「あぁ、僕はもう全快したからね。失血が酷かっただけで、外傷自体はすぐ()()から」

 

 自嘲げに微笑む真緒。

 彼は妖魔『フランケン』による不死化実験の検体であり、人間離れした治癒力を身に秘めていた。

 包帯まみれの蘆屋と違い、もはや白い手足には一切の傷跡すらない有様である。

 

「ケッ、便利な体質してんなぁ。『継ぎ接ぎ死体』の身体はずいぶんと生きやすそうだ」

 

「あははっ、そっちもクチだけは元気だねぇ。お前も死体に変えてやろうか?」

 

「ンだとぉ……!?」

 

 激しく睨み合う二人。そのまま相手に殴りかからんとしたところで、通りがかった看護婦が「二人とも元気そうねぇぇぇー?」と笑みを向けてきた。

 ……それがあまりにも“圧”を感じる笑みだったので、仕方なく少年たちは拳を下げることにした。

 

「治療棟ではご安静に、ね?」

 

「「はい……」」

 

 かくして、大人しく看護婦を見送る二人。その背中が完全に遠くなったところで、蘆屋と真緒は揃って「チッ!」と舌打ちをする。

 

「フンッ、やる気が削げたぜ。つーか真緒、テメェ相変わらずいい根性してんなぁ。見た目は乳だけ突き出たメスなのによ」

 

「はぁ、そりゃ身体は十四歳の妹だけど、中身は十七のお兄ちゃんだからね。元いた中華街(トウジンガイ)じゃ喧嘩なんて日常茶飯事だったし、お前みたいなチンピラ風情に(おく)するわけがねェだろうがよ。殺すぞ」

 

「クチわっっる……。あのヤバ(ザムライ)――シオンの前じゃイイ子ちゃんなのによ」

 

「ああ、あの子(シオン)は人を傷付けるようなことは言わないからね。僕が罵るのはお前くらいだよ。嬉しい?」

 

「ンな趣味ねーよバァカ」

 

 殴り合いはやめつつも、罵り合いだけは続ける二人。陰陽師として同じ『清明班』にいながらも、まったく気の合わない二人である。

 

 だが、そんな彼らにも共通点が一つだけあった。

 

「……シオンと出会って、明確に思ったぜ。オレ様はもっと、強くなりてぇってな」

 

 蘆屋は虚空に拳を突き出した。

 妖魔と戦うために近年取り入れた戦闘法・拳闘術(ボクシング)のストレートである。

 反射神経を極限まで研くことで刹那の回避と反撃(カウンター)を強みとしたこの拳法は、防御すら致命傷になる強力な妖魔たちとの戦闘でとても有用だった。

 

「知ってるか? 元々蘆屋家ってのは、『敗北者』の一族なんだよ。蘆屋道満(あしやどうまん)ってご先祖が、花形陰陽師の安倍晴明(あべのせいめい)に陰陽勝負で負けっぱなしでよ。最後は妖魔になってまで挑んだが、結局負けて滅ぼされたって話だよ」

 

 蘆屋家最強の開祖にして、一族最大の汚点と言われた男・道満。

 その血を引くのが、現代の末裔たる蘆屋鋼牙である。

 

「腹立つほどに強い男、四条シオン。アイツに出会って、オレ様はよく分かった。そんな化け物みたいな野郎にこそ、いつか気持ちよく勝ってみてぇってな」

 

 先祖の気持ちが今ならわかると、蘆屋は拳を握り締める。

 そんな彼の様子に真緒は苦笑した。

 

「あははっ。“妖魔を倒して世界平和を”……とかじゃなくて、シオンに勝ちたいから強くなりたいって?」

 

「おう、アイツには一度ボコられたからな。悪いかよ?」

 

「そりゃ悪いでしょ。……でもまぁ、男としては嫌いじゃないよ。何より僕も、私利私欲で倒したい相手がいるし」

 

「ンだと?」

 

 問いかける蘆屋のほうに、真緒は掌底を突き出した。

 幼い頃より路上戦闘(ストリートファイト)で磨き上げてきた戦闘法・八極拳の猛虎硬爬山(もうここうはざん)である。

 地を揺らすような踏み込みからの一撃必殺を得意とするこの拳法は、衝撃を増幅させる真緒の巫装(ぶそう)能力とよく噛み合っていた。

 

「僕だって男だ。僕と妹を殺して継ぎ合わせた妖魔、『フランケン』の野郎をいつか殺したいと思ってる。あくまで、自分の()さを晴らすためにね」

 

 打ち出した手のひらを握り締める。白魚のような指に、熱き血潮の流れる血管が透けた。

 

「少し前までは、心の底で死にたいと思ってた。周囲から“継ぎ接ぎ死体”だの“怪物”だの言われて、僕自身もそんな自分の状態が嫌で嫌で堪らなかった。でも――そんな自分を、シオンが受け入れてくれたんだ」

 

 数日前の出来事を思い返す。

 突如としてやってきた異質な少年、四条シオン。

 彼は真緒の事情を全て聞いた上で、“お前は死体なんかじゃない。ただの優しい人間だ”“お前は何も悪くない”と言ってくれた。

 それは全て、真緒が何よりほしい言葉だった。

 

「清明さんに言われたんだ。“自分はお人よしじゃないからハッキリ言う。キミは生物として間違った状態だ。――そんなキミを認める言葉は、いつか現れる()()()()に言ってもらえ”と。それが、彼だったんだよ」

 

 胸を押さえて真緒は思い返す。

 四条シオン。彼が自分に送ってくれた、本心からの言葉の数々を。

 

「だから、僕はもう死にたいとは思わない。朋友(シオン)の言葉を支えにしていつまでも生きてやる。そして、生きると決めたからには、(カタキ)のクソ野郎をブッ殺して気持ちよく生き抜いてやる……!」

 

 そのために強くなってやる。そう真緒は言い放ちながら、蘆屋に手を差し伸べた。

 

「蘆屋。お前の中身は嫌いだけど、お前の戦闘力(カラダ)には用がある。せいぜい早く怪我を治して、僕の復讐をサポートできるようになるんだね?」

 

「ハッ!」

 

 あまりの真緒の言葉に、だが蘆屋はむしろ小気味よく鼻を鳴らした。

 そして差し伸べられた手を、潰すような勢いで掴む。

 

「上等だぜッ、孕み雌(マオ)ちゃんよォ……! これからは一緒に訓練したり、せいぜい仲良くしようやァ……!?」

 

「ああッ、よろしくねェ糞三下(あしや)くん……!」

 

 明るく朗らかに微笑む二人。言外に“役に立たなきゃ死ね”と思い合いながら、握り合う手に力を込める。

 かくして、四条シオンとの出会いをきっかけに強くなると決めた蘆屋と真緒。

 そんな二人の殺意混じりの友好が、ここに築かれたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31:妖魔暗闘

 

 

 

 

 ――戦った。戦った。戦い続けてきた。

 

 戦場を駆けること幾星霜。

 愛する祖国を守るために、大切な領民たちを守るために、身命を賭して戦った。

 神の名の下に、悪しき侵略者共と戦い続けた。

 

 そして――

 

 

「悪逆無道の串刺し公(カズィ・クル・ベイ)。それが、(やつがれ)の最終評価か……」

 

 

 闇に包まれた霊堂にて。長き黒髪の美丈夫は、自嘲げに過去を振り返った。

 

 彼こそは、妖魔ヴラド・ツェペシュ。

 祖国・ワラキア公国のために戦い続けた君主であり、最後は民衆からも恐れ見限られた悲劇の王である。

 

 

「地位も名声も全て亡くした。そして今や、ヒトの身体すら失ってしまった。ならば――」

 

 

 瞬間、闇の霊堂に無数の蝋燭が灯る。

 赤き炎に焼けていく黒。露わとなる霊堂内の全容。ヴラドの眼前に、十三階段が映り込む。

 

 果たしてその階段の先には――天幕の中よりヴラドを見下ろす、人影があった。

 

「――(やつがれ)にはもはや、唯一残った“暴力の才”を極めるしか道がない。

 ゆえに(やつがれ)と戦い、糧となるがいい――『天浄楽土』が首領殿よッ!」

 

 叫びと共に、ヴラドの手元に鋼の大剣が現れる。彼はそれを構えると、十三階段を一気に駆け上がった――!

 

「ウォオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!」

 

 その闘志に、その情念。常人ならば対峙しただけで魂を縮み上がらせる気迫を前に、天幕の中の人物は、

 

『――()い』

 

 刹那、呟きと同時に不可視の波動が放たれる。

 空間すら軋らせるような衝撃。その強さには鍛え上げられたヴラドですらも耐え切れず、霊堂の床へと一気に吹き飛ばされた。

 

「チィッ……!」

 

 苦痛に呻くヴラドだが、燃える闘志に澱みなし。

 一撃で根を上げるほど(やわ)ではない。何より今の彼には、強敵を屠り、“強くなる”ことしか希望がないのだ。ゆえに簡単に諦めるものか。

 

 そんなヴラドに、階上の存在は『実に()い』と呟いた。

 

 

『嗚呼、(ツワモノ)よ。儂は、お前のような強者にこそ幸せになってほしい。どうか笑顔でいてくれと願う。そのためにこの『天浄楽土』は――世界の支配を、夢見ているのだから……!』

 

 

 才ある妖魔を集め、競わせ、強くして。そして“世界の覇権”を共に握らんと(こころざ)す。

 すなわち、妖魔による星の掌握。それこそが『天浄楽土』の最終目標だった。

 

 そんな首領の言葉と理想を、しかしヴラドは「くだらん」と吐き捨てる。

 

(やつがれ)にとっては、そんな稚児(コドモ)じみた夢などどうでもいい。此処(ここ)に来たのは強き者と競り合えると聞いたからだ」

 

 大剣を構えなおすヴラド。その全身へと妖気を滾らせ、再び首領に斬りかからんとする。

 

呵々(カカ)ッ、稚児じみたとは言ってくれる! だがまぁ――歴史の敗者、“第七幹部『負将(ぶしょう)』ヴラド”よ。お前の“上”の連中は、割とそんな奴らばかりだぞ?』

 

「ッ!?」

 

 次瞬、ヴラドは咄嗟に飛び退いた。

 すると直後、彼の立っていた場所が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

「ぐぅッ――!?」

 

 大剣を盾に余波を耐えるヴラド。

 そんな彼の前に、三つの影が現れる……!

 

「――首領を襲っちゃ駄目デスよォ。私の大切な後援者(パトロン)なのですカラ♪」

 

「――気に入らん若造だ。挑むにしても、順番があろう」

 

「――爺さんに同意だねぇ。先に俺らと遊ぼうや?」

 

 血塗れた白衣の麗人(バケモノ)が、黒き狩衣の老人(バケモノ)が、四碗四眼の歌舞伎衣装の青年(バケモノ)が、闇の霊堂に君臨する。

 

 姿を現した彼らに対し、『天浄楽土』が首領の(バケモノ)は大いに笑った。

 

『おいおい。控えていたならもっと早くに助けろよ。儂は首領で、おぬしら幹部ぞ? 共に世界を征服しようと誓ったではないか?』

 

 そんな首領の砕けた言葉に、今度は三体の幹部が笑って見せた。

 

「いやァ、自分は実験さえできればいいので~。貴方が死んだら去るだけですし、世界征服もどうでもいいですしィ~」

 

「我輩も同じく。再びこの世に(あら)れたからには、晴明の子孫を絶やすのみよ」

 

「俺ぁ喧嘩できればオッケーなんで! つか首領、あとで俺と殺し合わね?」

 

 どうでもいい、それに同上、さらには首領の命を狙ってくる始末。

 そのような幹部たちの返答に、天幕の中の存在は『……どうだよヴラド』と苦笑した。

 

(みな)、好き勝手な目的を掲げているだろう。――いいのだよ、これで。妖魔として生まれ変わり、人外の異能を得たからには、好きなだけ夢を見ればいいではないか。何故なら今の我々には、稚児の頃に見た夢想を叶えられるだけの力があるのだから』

 

 だからこその世界征服。

 かつて、天下統一という名の『日本征服』を夢見ていた武将(オトコ)は、さらに巨大な夢想を引っ提げ、着々と練兵を進めていた。

 

『ゆえにヴラドよ。儂はお前の理想を笑わん。“強くなりたい”、実に結構。いい夢だ。――まぁ正直に言えば、“そちらの夢のほうが稚児じみてないか?”と思わなくもないがな』

 

「なんだとッ!?」

 

 ヴラドのこめかみに青筋が走る。そして斬りかからんとする彼の前に、三体の幹部が立ちはだかった。

 

『ほォれヴラドよ。儂の夢を(わら)ったように、お前の夢も嗤ってやったぞ? これで()る気が更に出たよなァ?』

 

 まさに、大人を揶揄(からか)う稚児のような挑発。だからこそブラドの心を酷くざわつかせた。

 もはや何もない、だから強くなるしかないという虚無の心に、“コイツを殺したい”という情動が沸き上がる。

 

「――いいだろう。貴様の首を斬り落とし、亡骸を磔刑(たっけい)にしてくれるわ」

 

『応やってみよ。――だがその前に、“第四幹部『冥医』フランケン”、“第三幹部『廃僧』蘆屋(アシヤ)”、“第二幹部『壊人』宿儺(スクナ)”。まずはここにいる奴らを葬ってみよッ!』

 

「上等だァッ!」

 

 そして始まる、条理を超えた大血戦。闇の霊堂に人外共が舞い踊る。

 

 その光景を見下ろしながら、『天浄楽土』の首領は笑い続けるのだった。

 

 

 

 





ご感想ご評価お待ちしてます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。