聖王ちゃんと魔王ちゃんのワルツ (3×41)
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逃亡中につき

 

 

 ケムリは憂鬱だった。

 彼がテクテクと歩く暗い森は今の彼のどんよりとした気分とシンクロしているかのように

 あるいはあざわらうかのように薄ぼんやりとした影をケムリの周囲に落としながら

 灰色の風にとりおりざわめいている

 そういった風景にもケムリは一向になぐさめられた気分にならなかった

 それはおそらく背後で朝から言い争っている二人の幼女によるものに違いない

 

「だからあれはワシのせいではないというておろうに。

 言うなれば事故。そう、まさに不慮の事故じゃな」

 この一人は金髪で赤目の幼女で、名前はアスティと呼んでいる。

「そういう不慮の不幸な出来事の積み重ねがこの結果に繋がったと言えるじゃろうし、

 その連鎖の中にわしの姿は一切ない」

 

「いいえ、あなたですわよアスティ。徹頭徹尾あなたのせいですわ」

 このもう一人はアッシュブロンドの長髪の灰色の目の少女でケムリはセスタと呼んでいる。

「それは見解の相違というものじゃのう」

 

 どういう見解の相違だ。言い合う二人の前でケムリはふとそう思ったが

 言い合いに参加することはしないでいる

 

「見解の相違なものですか。お兄ちゃんもそうは思いませんか?」

「知らん。二人で決着をつけてくれ。っていうか黙っておくわけにはいかないのか?」

「まずアスティ、あなたは面白半分に都市のマフィアに手を出していますわよね。

 宝物庫もほぼからにしています。

 そして都市の領主の娘も行方不明になっています。

 これらを以下に一つずつ詳細に話しても私は一向に構いませんわよ」

「それらは確かに事件と言える。その点に何ら反論はない。

 しかし重要なのはそのどの事件にもわしは全く関わっておらんということじゃ。カカカ」

「それらの事件の一つでもあなたが知ってて見過ごすわけがないじゃないですか。

 ねぇお兄ちゃんもそう思いますわよねぇ?」

 

 こいつらそんなことやってたのか。

 なんか逃げなきゃいけない空気感こそ感じ取ってた自分の空気読みを褒めてあげたい。

 

「ていうかそれならもし捕まったらぼくたち貼り付けにでもなるんじゃないか?

 ちょっと二人とも、次の街まで走るぞ」

「まぁワシは一切関わってはおらんが多分磔ではないんじゃないかのう」

 アスティが口を挟み、セスタが続ける

「ケムリお兄ちゃん。こんな幼女二人をつかまえて走るぞ、、って、、、

 それに向こうは馬を駆ってくるに決まっていますわ」

「そうじゃろうなぁ。どっから幼女二人抱えて馬に乗った

 騎士団の追撃から逃げ切れるという自意識が出てくるんじゃ?

 怖い。あの街に滞在しだしてからいま初めてワシ怖いわ」

「じゃぁどうするんだよ」

 ケムリがふたりの幼女に聞き返す。

「それはまぁ、ある程度の対策はしておりますわ」

「まぁその対策をやったのはワシじゃがの」

「そうなのか? あらかじめ馬を全部逃がしておいたとか?」

「ワタクシはその程度にしておくべきだと強く主張したんですよ」

「あれ、ワシなんか悪者にされそうになってない?」

「そんなことはないけどさ。まぁ追手が来ないっていうならチョウジョウだけどさ」

「ふむ、まぁ数ヶ月の間はそうなるじゃろうな」

「えぇ、数ヶ月ですわね。そのあとはわかりませんけれど」

二人の幼女が口々にいう

「うん? まぁそれくらいあれば次の街にもつくだろうさ。幸い顔は見られてないわけだし。九死に一生だよな」

 

「おい!! 馬を出せ!! 今回は裏の奴らも動いてる。そっちに捕まったら厄介なことになるぞ」

 ケムリたちが後にした街では自警団が城壁の外で馬の手綱を受け取りながら情報を確認していた。

「犯人たちにしてみれば同じことだけどな。聞いた話だが領主が三老頭との裏取引に応じたらしい」

「三老頭が揃ったら領主もほぼ拒否権がないようなものじゃないか。

 一体何をしたら裏社会の最長老たちをここまで怒らせることができるんだ?

 いや、俺は絶対知りたくないが」

「これは交渉材料としては十分だろうな。ちょっと点数を稼いでおくか」

「点数? 領主は犯人を生け捕りにしたものには領土を約束するといってるぞ?」

「領土!? じゃぁ貴族じゃないか!! 一体どうなってるんだ?」

「とにかく俺は急ぎたい。他の奴らも目の色が違う。俺たちも命の取り合いを心配すべきかもしれないぞ」

「ああ、とにかく何日かかっても休まず馬を走らせよう。犯人には気の毒だがな」

 

 その犯人たちは一安心して遅めの昼食をとっていた。

「このシチュー。我ながらなかなかの出来だな。タマネギの出汁とコーンの出汁がカルメンを踊っているぞ」

「まぁうまいはうまいがのうお前様はよく自分の料理を手放しに賞賛できるものじゃのう。

 そういうやつは伸びんぞ」

「お兄ちゃんの料理はいつもとっても美味しいですわよ。でももう食材がありませんわね」

「それはセスタ。おまえのせいじゃろう」

 アスティが恨みがましそうにセスタに指摘する。

「えぇ、そうですわね。ワタクシはあなたと違って自分のしたことを偽りはしませんわ」

「まぁまぁ孤児院の子供達も喜んでたろうし、いいんじゃないか」

「わしは怪しんでたと思うがのう、匿名で孤児院の前に食材ドカ置きって今日日怖いじゃろ」

「いいのですわ。それに結果的に追われる身となってはそうしておいたのが

 奏功し他とも言えますわ。ねぇお兄ちゃん? そう思いますでしょう?」

「量の問題はあるかもしれないけどね。

 まぁ次のウィンザリアって街に着くまで持ってよかったよ。

 ほら、あれがウィンザリアの城壁だ」

 

 ケムリに言われてアスティとセスタが森を抜けた街を一望する。

「おー最近の街にしては一際城壁が頑丈じゃな」

「ウィンザリアは兵戦領域に隣接してるからそれでじゃないか?

 しかし心配するに越したことはなかっただろうけど

 追手がかかることはなかったみたいだな。安心したよ」

「きっとお兄ちゃんが速やかに街を移動したからですわよ。フフフ」

 セスタが花がほころぶように可憐に笑って見せる。

「それでおまえ様よ。ウィンザリアではどうするつもりなのじゃ?」

 アスティが邪悪な笑みを隠しながら聞いてくる。

「そうだなぁ。とりあえず鍛冶屋の真似事でもして糊口をしのごうとはしてみようかな

 それとおまえは絶対に知らない人についていかないし関わり合いにならないこと。いいな」

「おまえ様のいうことには逆らえぬな。委細承知したぞ」

「じゃぁなんでそんな邪悪な笑みを浮かべてるんだ? 今回はマジでメシなしにするぞ

 あとセスタも孤児を見かけたからって無差別に持ち物をあげるのはナシにしてくれよ」

「あらお兄ちゃん。喜捨ってとても素敵な概念だとセスタは思いますわよ」

「その分ダイレクトに僕たちの胃袋に入る分がなくなるのでなければね」

「はぁい。お兄ちゃんがそういうのならワタクシわかりましたわ」

「目玉いっぱいに涙浮かべながら言わないでくれよ。

 それじゃぁウィンザリアの門をくぐろうか。ごめんくださーい」



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ウィンザリアにて

 ケムリ達がたずねたウィンザリアの城壁の門では複数の門番が隊商の入関の手続きをしていたり

 槍の手入れをしたりしている

 そのなかで比較的年齢の若いきさくそうな門兵がケムリ達の相手をした

「ほいほーい。もしかして新顔さんかな? 何名様かな?」

「ええと、ボクと、この子と、この子、で3人です」

「ほいほい。3名っと。ちなみにこの子たちは? 妹さん? 顔似てないねー」

「ええ、まぁそんなところですね」

「ワシはこのお方のロリ奴隷じゃ」

「ワタクシはお兄ちゃんのラブドールですわ」

「ほいほいっと。ちょっときみ警察のほういこうか」

「ええかげんにせぇよおまえら。違うんです門兵さん。ボクがそんな金回りなさそうなのはこの身なりでわかるでしょう

 ええとこれ一応、市民証です」

「だ、だよね〜。うん、うんうん。確かにこの子達の監督権も認められてるね。

 こらこらお嬢さん達、いくらかわいくてもおじさんをからかっちゃいけないよ」

「事実なんじゃがなぁ」

「事実ですわよねぇ」

「最近の子は冗談きついなー。さぁさぁウィンザリアへようこそ。お3人さん。

 ちょうどいま街中忙しいから仕事を探してるならなんかかんかすぐ見つかると思うよ」

「それは渡りに船ですね。兵争領域の戦争が佳境に入っているとかですか?」

「それもあるんだけどね〜。それ以上に物流の問題だね。

 きみたちヨークザンに行こうとして引き返してきたんだろ?」

「ヨークザンに? え、ええ、ええ。実はそうなんです」

  横からアスティが口を挟んだ。

「いやヨークザンからきたぞ。どうしたケムリ記憶を失ってしまったのか?」

「おまえは黙ってろ。あはは、どうも冗談ばかり言う子たちで。もしかしてヨークザンのほうで何かあったんですか?」

「あー直接は見てない感じかー。どうも山道が崩落したのかな、ヨークザンへの道が通れないらしいんだよ。

 それで橋をかける必要があるから、数ヶ月はかかるかな。それでヨークザンとの物流が途絶えてるんだよね。

 まだ崩落とかで危ないから、しばらく近づかないほうがいいだろうね」

「それは運がよかった。いや、運がわるかったですね。

 しばらくウィンザリアで鍛冶屋の真似事でもして暮らそうかと思っていたのですが、

 ウィンザリアの職人ギルドの閉鎖性ってどんな感じでしょうか?」

  

 職人ギルドはどこにでもあるが場所によっては非常に閉ざされていて

 徒弟以外は商売をすることができないということも少なくない。

 若い門兵はアゴをさすって少し考えると

 

「そうねぇー。大体のところはやっぱ部外者お断りって感じだけど

 ヘパ爺のとこならいいかもわからんね。

 いやぁー、いい腕した爺さんだったんだけどねー

 ウィンザリアの4大公家に逆らって業物を召し上げられた上にさらに逆らって腕切られちゃったんだよね」

「それはなんというか、お気の毒な」

「そうそう。それで弟子達もこぞってやめちゃってさ。

 今は息子の忘形見の孫娘と二人でなんとか工房切り盛りしてるってところなのよ」

「ふむふむ。でもなんだか聞いたところだとずいぶん頑固そうな印象を受けますね」

「まぁ普段であればウィンザリアでも断トツの閉鎖的なギルドと言ってもよかっただろうけどね

 なんせ人がいないんじゃ何も作れないからね」

「ははぁ。そういうことですか」

「うんうん、そうなのよ。ところでそこの金髪の女の子はなんでさっきから満面の笑みを浮かべてるんだい?」

「病気なんです。放っておいてあげてください」

 

 ウィンザリアの門をくぐってしばらく歩いているとアスティがケムリにヒソヒソ話す

「聞いたかお前様。4大公家といえばウィンザリアを支配する4貴族家のひとつということじゃろう? どうする?」

「おまえボクの話聞いてたのか? どうもしないだろ。知らない人と関わるなってまず言ってたよな」

「えーワシつまらーん」

「しらねぇよ。いやマジでメシナシにするからな」

「それでお兄ちゃん? ワタクシたちはそのヘパ爺って呼ばれていたお爺さんの工房に向かっているんだよね?」

「セスタはものわかりがよくて助かるよ」

「もう潰れる工房だということなのでしたら。孤児院に寄付をおすすめすることもできそうですわね」

「うーん。そういうところがなければなぁ。おっ、あそこの工房かな」

 

「うっせぇジジイ! 私に指図するんじゃねぇ!!」

 

 ケムリ達が工房をたずねると早速

 工房から女の怒鳴り声が響いてきた。

 

「なんかもめとるのう」

「ん? なんじゃおまえらは」

 

 工房からへんくつそうなお爺さんが顔を見せる。

 

「こんにちは。門兵の肩にこちらの工房の評判をうかがいましてよければご挨拶をと伺わせていただきました。

 その方はヘパ爺とお呼びでしたけれどもお名前をおうかがいしても?」

「ふむ。ワシはヘパイストルという名ではあるが、ヘパ爺でええぞ

 どうせこの腕では何もできん」

  

 ヘパ爺が右腕をあげてみせると右手の肘からうえがなかった。

 貴族に逆らって腕を切られたというのは本当だったようだ。

 工房からもう一人の女性が顔を見せる。こちらが息子の忘形見の孫娘だろう。

 ケムリは簡単に自己紹介をした。

 

「私はノーラっていうんだ。ケムリはこの工房に所属したくてきたんじゃないのかい?

 珍しいねぇ。腕のない親方に、女の鍛治職人しかいない工房にわざわざ所属しようなんてさ」

「ふん、ワシはお前を鍛治職人と認めた覚えは一度もない」

「なにが不満なんだよ! そこらへんの弟子より私のほうがよほどいい剣を打ってきただろうが!」

「それはお前の目が曇っとるからそう思うんじゃ。この未熟者が。

 利き腕を失ったワシが左腕一本で打った刀のほうがまだ切れるじゃろうて

 しかしケムリといったか。

 よほど腕がないかよほどのあほかのどちらかじゃな

 まぁ人手がいるのは事実じゃからのう。本工房は決して使うことを許さんが

 試験工房なら使ってもええぞ」

「ええ、それで結構です」

「それじゃぁワシはメシにする。おいノーラ。剣ばかりうっとらんで米でもたかんか」

「うるせぇ死に損ない! んじゃケムリさ。ジジイとメシ食ったらさっそく工房に火をたくからさ

 ちょっと待っててくれよ」

「決して本工房のものに触るんじゃないぞ」

 ヘパ爺がそう念をおすとノーラと工房の2階へと上がって行った。

 ケムリ達はその間に工房を見回した。

 

「ノーラさん。美人でしたわね」

 とセスタ。

「どうする?ケムリ?」

 とアスティ。

「なにがどうするだよ。うるさいな。とりあえず日銭にはありつけそうでよかったよ」

 そう言っている間にアスティがちょろちょろと工房の中を駆け回り

「これが本工房のハンマーか」

「おい触るなって言われてただろ。

 親方と亡くなったノーラさんの親父さんだけが使うことを許されてたってやつだろ?

 神聖なものなんだろうから勝手に触るんじゃない」

「大きさとしては普通じゃのう。おお、結構重い」

「おまえしにたいのか? ボクは触るなっていったぞ。次は実力行使にでるぞ」

「これでこの鉄塊を鍛えるというわけか。よっほっとぉ」

 

 キイイィィィィィィィィィィィン

 

 アスティがハンマーを振り下ろすと金属音が本工房に響き渡った。

 

 たちまち2階からドタドタと音をたててヘパ爺が駆け足でおりてきた。

「だ、、誰じゃ、、、」

「この距離でわかっていただけると思いますけれどもボクじゃありませんよ」

「いまうったのは誰じゃああぁぁぁぁああああああ!!!!!」

「ワタクシでもありませんわ。おじいさま」

「もちろんワシでもないぞ」

 

 ヘパ爺は目を血走らせながら膝を折り地面に座り込んだ。

 

「か、神様・・・」

 

 あとからノーラが降りてくる。

「どうしたんだジジイ、急におりてきてさ、、、

 あー、もしかして誰かあのハンマー使った?

 まずいなー弟子だったら即破門になるやつなんだけど。ケムリくんじゃないよね?」

「とうぜんボクじゃないです」

「ワタクシでもありませんわ。おねぇさま」

「ワシでもないぞ」

「うーん。まぁまぁ、子供のいたずらだったってならきついお灸ですむんじゃない?

 もしかしたらそこらへんのインゴットがぶつかっただけかもしれないしさ。なぁジジイ」

「あっ、、ありえるか。あの音がただの人に、まして子供にできるわけがない」

「うーん。いいたかないけどジジイももうろくしてきてるんじゃねぇか。

 腕きられて熱にでもうなされてんだろ。ちょっと休んでろよ」

 ノーラにうながされてヘパ爺と二人でまた2階に上がっていった。

 ケムリはほっと胸をなでおろした。

 



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ウィンザリアにて2

 ヨークザンでは三日三晩不眠不休で犯人の捜索が行われていた。

「下手人は見つかったか?」

「いや、まだだ。この人数で見つからないなんてありえんぞ」

「やはりこの地殻変動に巻き込まれたんじゃないのか?」

「その可能性は多分にのこされているな、だとしたら運が悪い、

 いや、生きて捕まるよりはずっと運がいいやつか」

「先日までこんな巨大な谷はなかったからな。まるで地獄まで続いてるみたいだ」

 兵士の一人が谷底を覗き込みながらつぶやいた。

 谷底はどこまでも暗く、深さもさることながら左右にも

 まるで大陸を両断する川のようにどこまでも伸びているかのようだった

 これでウィンザリア地方との物流は完全に遮断された。

 この渓谷を橋で行き来できるようにするには数ヶ月は要するだろう。

 

 

 

 

「え、学校ですか? それは随分急というか、急展開な話ですね」

 ケムリはヘパイストル本工房でノーラに話をもちかけられていた。

「まぁ誰に話してもそう言われるんじゃないかね。

 ただジジイがなんか信心づいちゃったっていうか

 この出会いに運命感じちゃってるみたいなんだよね」

「ボクさっきサポートがなってないって蹴られましたよ」

「うーん。まぁどっちかっていうとあの妹ちゃんたちのほうにかね。

 ジジイまさかあの歳でほうけたんじゃねぇだろうな」

「まぁ確かに学校というのは願ってもないいいお話だとボクも思います。このご時世教育は貴重ですし」

「そう思う? そうだよなぁ。やっぱあのくらい小さくても

 教育を受ける機械っていうのは私だってあるべきだとは思うけどさ」

「学校に封じておけばそうおかしなこともできないはずだし・・・」

「なんかちょいちょい話噛み合ってない気がすんだけど

 いちおうケムリくんも学校については賛成ってことでいいんだよね」

「ええ、おっしゃるとおりです。でも学費がですね。ボクに出せるかというところが、、、

 工房のお給金をもう少しいただけたりします?」

「おやおやケムリくんはうちがいまどれくらい火の車かご存知ないらしい」

「学校についてはボクも考えたことはあるんですが、

 そういうこともあってこの目論見はいまだ現実味をおびてないんですよね」

「そこでなんだけど一応学費が必要ない、まぁそりゃ一定の条件はあるんだけど、

 そういう学校に入学してみないかってジジイが張り切っちゃってるんだよ。

 あれで一応元名工だからそういうツテがあるんだってさ」

「ははぁ。そういうことですか。その条件が気になりますけれども、

 3食出るなら願ってもないですね。あの子たちけっこう食べるんですよ。

 条件というと試験かなにかあるんですか? そのくらいなら保護者のボクも同伴しますんで」

「なんか話が噛み合わないってのはこれもそのひとつだけど、

 入学するのはケムリくんもだよ。そもそもキミ保護者権持ってるんだろ?」

「ええぇぇっ!? ボクもですか!? ボク元奴隷ですよ!??」

「え、そうなの? いや、まぁそれは多分入学自体には問題ないはずだよ」

 

「お話は聞かせてもらいましたわよ。お兄ちゃん」

「ケムリもついに学生か。感慨のあるもんじゃのう」

 テーブルから幼女二人がひょっこり顔をのぞかせる。

 

「いやおまえらの話なんだけどな。少なくともボクにとっては」

「身分や職能に関係なく教区が受けられる。これは素晴らしいことですわ、お兄ちゃん」

「鍛治の真似事でその日暮らしを続けられると早晩ワシらの胃袋にも関わりそうじゃからのう」

「いやなんでボクが説得されてるんだ? おまえらボクの言うこと聞いてた?」

 

「3人とも、結論は決まったと思っていいかい?」

 ノーラにケムリが答える

「ええ、それについては異論はありません。ちなみに条件というのを聞かせてもらっても?」

「や、私もよくは知らないんだけど、なんか試験があるらしいよ」

「入試というやつですか? それはまぁ、あるでしょうね。どんな試験なんです?」

「まぁいろんな学科があるらしいから適性ってことになるのかな」

「へぇー柔軟な方針なんですね。ちなみになんていう学校なんです?」

「オージェストン魔法学校だってさ。52連合侯国の12の魔法学校のひとつだってことらしいよ」

「へ、へぇー」

「ワタクシもはじめて聞く名前ですわ。試験に受かればですけれど、なんだか楽しみですわねお兄ちゃん」

「まぁ大変そうではあるけどね」

「試験についてはもう少しジジイの口利きに時間がかかるらしいから

 しばらく工房で私らの手伝いでも頼めるかい」

「ええそれはこちらからお願いしたいくらいです」

「うんうん。試験工房ならいつでも使ってくれていいし。そっちで刀でも作れば

 市場で売ってみるといいよ。戦争が佳境らしいからナマクラだってそこそこ

 売れるかもしれないよ」

「ハハハ、それだとありがたいですけど。やっぱり才能ないですか?」

「私はハッキリ言う方だけどいいかい?

 手伝いだけでもある程度はわかるもんなんだけどさ

 才能がないでもないけど、ジジイの弟子たちには遠く及ばないだろうね。

 ジジイも顔見りゃわかるんだけどたぶん同意見だろうね。

 まぁとりあえず形になるだけいいんじゃない?」

「みたいですねぇ。とりあえずしばらくよろしくご指導お願いします。

 ・・・あとアスティ、おまえなんえさっきから黙ってるんだ?」

「なんじゃお前様、ワシに会話してほしかったのか?」

「いや珍しいと思ってさ。おまえを黙らせとける方法があるのか気になったんだよ」

「のうお前様よ。どの魔法学校でもそうじゃが、

 どこも一筋縄で行くものではない。励むのじゃぞ」

「うん、いやおまえ誰なんだよ。

 ていうかヘパじいさんはお前らのために口利きしてくれてるんだぞ。

 おまえら二人のことでやってくれてるんだからちゃんとお礼をいっとくんだぞ」



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ウィンザリアにて鍛治見習い

 ゴォーン ガァン ゴォーン

 

 早朝。雀達の囁きを散らして

 ヘパイストル工房の敷地の西方の位置する試験工房から

 ハンマーで刀剣を叩く音が響く。

 

「ふー。一応これくらいの数があれば行商の形にはなるかな」

 

 ケムリは先日から鋳造していた30本ほどの刀剣を風呂敷に包み

 二人の幼女を連れて

 ウィンザリアの市場区画へとおもむいた。

 

 ウィンザリアは現在紛争が絶えない

 兵戦領域と呼ばれる場所に隣接していて、

 武器の需要には事欠くことがない。

 

 市場では早朝から傭兵たちがそれぞれの店で刀剣を見定めている

 ケムリも行商人として市場の片隅の空き地を見つくろうと

 その片隅に風呂敷を広げて

 鋳造した刀剣を並べてその横に座り客をまった。

 

 正直なところヘパじいやノーラの言うように

 ないよりはマシという程度の武器なのだが

 だからといってまったく売れるアテがないというわけではなかった

 傭兵にもいろんなタイプがいて

 名刀を一本使って戦う人や

 何本も武器を用意して壊れたそばから次の武器を使う傭兵もいる

 この二通りの種類のみでいうと

 ケムリの打った刀剣を買ってくれるのは後者だろう

 

「おっ、おめぇ新顔だな。まだ若いようだが、どこの工房よ」

「えぇ、ヘパイストル工房の新人です」

「ああ、そうなの。じゃ、俺はこれで〜」

「まいど〜、またごひいきに〜」

 

 この感じがけっこう少なくない

 ヘパイストルの刀鍛冶としての名声は確固たるもので

 ウィンザリアであの爺さんを知らないものはいないほどだが

 逆に腕を斬り落とされ、彼の優秀な弟子達は全員工房を離れた

 ということもまた知れ渡っている

 なのでヘパイストル工房の新人というだけで

 その手腕は推して知るべしというものだったし

 実際にその通りの腕だったのでケムリにはなんとも言い難かった。

 

 しばらくすると次はフルプレートアーマーをつけた

 騎士の一団があらわれた。

 

「市場を視察しにきてみれば、

 おまえ許可をとって販売しているのだろうな?

 許可証はあるのか?」

「あ、はい。こちらに」

「ふむ。なんと、ヘパイストル工房のものか、

 ではこれはまさかヘパイストル殿が?」

「いえ、これはボクが、まだまだ新人ですが」

「ふむ、まぁそうだろうな。さすがに利き腕を失ったとしても

 あのヘパイストル殿がこのような武具を売ろうはずもない。

 試し斬りに一本もらおうか」

「えぇ、まいどありがとうございます。

 はい。確かにお代を頂戴いたしました」

「ふむ」

 

 貴族はケムリが打った刀剣の鞘を取り、左手で持ち上げて

 一瞥すると、後ろに控えていた付き人の一人に目配せして

 この刀を横向きに持たせた。

 そしてその貴族が持っていた美しく装飾された両手剣を引き抜くと

 それを頭上に持ち上げ、上段の構えからフッと短く息を吐いて

 付き人が横向きに持ったケムリの刀剣に叩きつけた。

 

  スラァ

 

 ケムリが売った刀剣は太刀打ちがままなることもなく

 真っ二つに切り落とされた。

 貴族の後ろに控えていた付き人たちがおーと拍手をする。

 

「ふむ、私の腕もなまっていないようだな。

 おい新顔の鍛冶屋よ。この程度の刀では

 戦場で相手が名刀をつかえば勝負にすらならんぞ」

「スランダン様の名刀バンディミシオンほどの刀剣は戦場に皆無かと」

  

 後ろの付き人が付け加えた。

 

「しかしヘパイストル殿が利き腕を失ったのは本当に惜しい。

 そして亡き息子殿の渾身の最高傑作まで召し上げられるとは、

 重ね重ね口惜しいことだ。

 おまえもあのヘパイストル殿の弟子であれば精進するのだぞ」

「はい。ありがとうございます」

 

 その貴族はもう一度付き人に目配せをした。

 

「ではついでだ。そのほかの剣も三本ほどもらおうか」

「えぇ、えぇ、毎度ありがとうございます。是非ごひいきに」

 

 今日はシチューにバイソンの肉も追加できそうだな。

 

 ケムリが受け取った紙幣をそばに置きまた座っていると。

 しばらく複数の傭兵がちょっと見てはすぐ立ち去って行った後、

 ガッシリとした体型の傭兵が現れた。

 その傭兵はケムリが並べた刀剣をジーっとしばらく見ている。

 

「すげぇなこりゃ。これなら鉄の棒を使った方がまだマシなんじゃねぇか?」

「はい、恐れ入ります。これからも精進いたしますんでごひいきに〜」

「悪いがオレはまだしにたくないんでな。まぁしかしよくもまぁ

 ここまで均一にボロ剣ばかりを打てたもんだな。

 逆に才能あるかもしれねぇぜ」

「恐れ入ります」

 

 傭兵は憎まれ口を叩きながらケムリが並べた刀剣をガチャガチャと

 乱雑に見比べる。

 

「なにか目ぼしいものをお探しで?」

「ん? まぁそうだな。オレは戦い方が雑なんでね。

 そこそこの剣でもすぐ壊しちまうんだよな」

 

 どうやら複数の武器を用意して戦うタイプの傭兵であるようだった。

 

「ではよろしければ複数お持ちになられますか? お安くしておきますが」

「んーそうだな。まぁ投げりゃ使えるかもしれんがな。

 オレはグェインってもんだが、5本買ったらいくらになる?」

「そうですね。ではお安くして20クレジットくらいではいかがでしょうか?」

「20? ハハハハハ。おまえもうける気あんのかよ。そうだなぁ。 ・・・うん?」

 

 ガチャガチャとケムリの刀剣を見比べる傭兵の目がピタリととまった。

 

「なぁ鍛冶屋。これもお前が打ったのか?」

「え? えぇ、はい。そのはずですが」

「こりゃまたすげぇボロ剣だな」

「えぇ、はい、恐れ入ります。そちらもお持ちになられますか?

 サービスで21クレジットでかまいませんよ」

 

 ケムリの言葉がとどいているのか

 グェいんは黙ってその刀をじっと見つめている。

 

「いや、こりゃほんとすげぇ駄作だな」

「恐れ入ります」

「これに限っちゃわざわざ駄作になるように打ってある。

 鍛えてる部分とそうじゃない部分が均一に繰り返されてる。

 まるで使い手を殺すためにあるような打ち方だ」

「あ、じゃぁそれはボクじゃないかもしれません。

 あれー、ほかのお弟子さんの刀が紛れ込んだのかなぁー」

 

 ケムリはそう言って背後に座っている二人の幼女の金髪の幼女のほうを見た。

 ふたりとも営業スマイルのつもりか二パーっと笑っている。

 

「わかりました。ではそれも含めて18クレジットでかまいません。

 いかがでしょうか?」

「おまえ商才のほうもないんだな。いや、これをもらおう。

 そこらへんの鍛冶屋なら自分の刀は200クレジットで売ってるがこれは?」

「そうですねぇ、ボクが打ったものではないようですし、

 正直1セントでも値段をつけたくはないんですが、お察しするところ

 それなりのお値段で買っていただけそうなご様子ですね」

「あぁ、こんな奇妙な駄剣も珍しいんでな。じゃぁ200クレジットでいいか?」

「200!? えぇ、えぇ、お客様がそれでいいとおっしゃるのでしたら

 異論はございません。

 では残りの5本はどういたしましょう」

「そっちは18クレジットでいいんだっけか」

「えぇ、えぇ、ではあわせて218クレジットですね。またごひいきに〜」

「オレの名はグェインってんだ、ってこれはさっきも言ったか、

 おまえの名前はなんてんだ?」

「ボクはケムリといいます。こちらの二人はアシスタントですかね」

「かわいい嬢ちゃんたちだな。オレは兵戦区で傭兵やってんだ。

 今はグリフォニア傭兵団に所属してんのよ。もしよけりゃたずねてこいよ。

 変な腕の悪い鍛冶屋がいるって団長のグリフィンにも伝えといてやるからよ」

「えぇ、えぇ、ご贔屓にしていただければ重畳でございますんで」 

 

 しかしその紹介で歓迎されるのだろうか。

 グェインはそう言って傭兵の駐屯区画へと歩いて行った。

 

「・・・なんか妖刀扱いされるような駄剣が混ざってたそうだけど?」

「ワタクシじゃありませんわよ。お兄ちゃん」

 とセスタ。ケムリはセスタのほうは疑っていなかった。

「アレを見抜くやつがいるとは思わんかったのう。

 普通は下の中の駄刀くらいかと見立てて

 いざ使ってみたら木刀並みのボロさで即死するんじゃがな」

「おまえは本当にカス野郎だな。

 次こんないたずらしたらその日のメシはないぞ。

 でもそれが売り上げのほとんどであるボクの気持ちはどうすればいいんだ」

 

 その後3人は帰り道に果物やバイソン肉を買い込んで

 ヘパイストル工房の食卓で久しぶりのまともな食事にありつくことができた。



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ウィンザリアにて鍛治見習い2

 翌日、ケムリはグェインという傭兵が所属しているという

 グリフォニス傭兵団を訪ねてみようかと思っていたのだが、

 アスティが時折り邪悪な笑みを隠しきれていないので

 さらに刀剣の鋳造を行い。数日後には魔術学校の試験を受けることになった。

 

 翌日、魔法学校の試験までまだ数日あったケムリ達は、昨日会った

 グェインという傭兵が所属しているというグリフォニス傭兵団に挨拶をしようと

 傭兵の駐屯地区へと訪れていた。

 

 グェインは口こそ悪い傭兵だったが

 結局ケムリの作った出来がいいとはとても言えない刀剣を

 結局6本買ってくれた。

 ああいう人ばかりならもしかすると結構売れるかもしれない。

 

「いやぁ。兵戦区というのはあれじゃろう?

 いつも騎士団とか傭兵団とかがアホみたいに争っとるところなんじゃろう?」

「嘆かわしいことです。複数の諸侯が数百年間領土争いを続けているとか

 聞くところによればそれぞれの国の聖地であり竜が眠っていると

 古来より定められているのだそうですわ」

「なるほどそれでどの諸侯も譲れんということなんじゃな。で、どうする?」

「どうもしねぇよ。ただ傭兵団に挨拶にうかがうんだよ。

 ボクの鋳造した武具でも買ってくれる奇特なお客さんがいれば

 お得意様になってもらえるとありがたいからね」

「そんなやつおらんじゃろぉ〜」

「うるさいな。おまえは黙っとくんだぞ」

 

 ケムリ達が傭兵の駐屯地区でグェインの名前をたずねると

 すぐにグリフォニス傭兵団の駐屯地を教えてもらえた。

 どうもグェインが所属するグリフォニス傭兵団は中規模程度の傭兵団らしかった。

 ケムリが訪れた駐屯地では複数のテントが設営され、

 昼食の頃合いもあってか、戦場の土煙の空に白煙を立ち上らせていた。

 

「なんだいおまえは? あぁ、グェインの紹介か、あいつ物好きだからなぁ」

「グェインならグリフォニスの天幕にいるんじゃないか? 

 ちょうど戦術会議で千人長は全員呼び出しだろ。

 いや、あいつは千人長じゃぁないんだけどな。

 人を引っ張れるタイプじゃねぇからアイツ」

 

 傭兵達が口々に言う。

 

「そうですか、ちなみに武器になにか不足はございませんか?」

「あぁ、はは。いやぁ、まぁいまのところはないかな」

 

 明らかに歯切れが悪い。彼はどういう紹介の仕方をしたのだろう?

 おそらくは正直にありのままを話したのだろう。

 

「グェインはバカ力だからなぁ。

 そこらの剣じゃすぐおっちまうから何使ってもかわんねぇしな」

「オレなんてこの前愛刀貸したら一撃目でぶち折りやがってよぉ。

 それで代わりに買ってきたのがこれだぜ? ほぼ木刀よ」

 

 傭兵が掲げて見せたのはケムリが売った刀剣だった。

 

「これはなんとも言い難いですね。妖刀のほうじゃなかっただけマシというか」

「木刀使って折られずに真剣に太刀打ちできる技術があるやつなんてグェインぐらいだろ

 その技術を剣を折らないほうになんで使えないかね」

「グリフォンに文句言ってやりゃまともな剣をよこさせるだろうぜ」

「おうそうしろそうしろ。そんな剣主軸にしてたらすぐ死んじまうぞ」

「でしたらボクが言伝を承りましょうか? ちょうど団長さんにも

 ご挨拶したく思ってましたので」

「えぇそうかい? わるいねぇじゃぁちょっくら頼むわ」

 

 ケムリが傭兵に教わった天幕を訪ねると

 グェインを含む千人長達が机に地図を広げて戦術について会議をしているところだった。

 ケムリに気づいたグェインが手を振った。

 

「おうケムリじゃねぇか。入れ入れ。なぁグリフォンこの剣さぁこいつから買ったんだよ

 こんな顔してこんな殺意の塊みてぇな刀打つんだぜ」

「ボクじゃないです」

「あぁすあないねグェインがわるがらみして。こいつは腕はたしかなんだけど

 すぐ剣を折ってしまうからとにかく数があると助かるんだよ。

 ケムリくんだったかな。防具の打ち直しなどはできるのかな?

 それも含めて安く刀をこいつに流してもらえるとこちらとしても助かるんだよ」

「えぇそれはもう喜んで。なんなりともうしつかりますんで。

 といいますかいいんですか? どうも戦術会議をしているようにお見受けしますけれども、

 ボクのような部外者を招き入れても?」

「いいのいいの。どうせ今回は正面からのぶつかり合いなんだからな」 

 

 グェインがカラカラ笑いながら言う。

 

「そういうわけですのであまり渋い顔をなさらないでください。サー・バリスタン」

 

 グリフォンは天幕の奥手にいるフルプレートアーマーを着た老年の騎士に言った。

 老年の騎士は渋面を隠さず、グリフォンの言葉に片眉を吊り上げるのみだった。

 グェインがこっそりとケムリにささやく。

 

「ただの傭兵団の俺たちが戦果あげるもんだから、王家直属騎士団からお目付け役ってんで

 次席の部隊長とその部隊員たちがきてんだよ。

 お目付け役なんて言うと聞こえがいいがどうせ俺たちが戦果をあげりゃ

 あいつらの手柄ってことにしたいんじゃねぇの。いい全身鎧着てうらやましいねぇ」

「おい貴様。聞こえているぞ」

「ケキャキャ。あの無礼な輩は打ち首にしてしまいましょう。バリスタン卿」

「やめろ。ケフカ殿もそのくらいでよろしい。

 傭兵の軽口をいちいち咎めていたら首がいくつあっても足りぬ」

「それでサー・バリスタン。我々の配置についてですが」

「ふむ、赤狼騎士団と紫犀騎士団と黒蛇騎士団は

 それぞれ城塞の前方と左右を固めると通達されておる」

「じゃぁ俺たちはまた前方の切り込み部隊ですかい?」

 

 おそらく千人長の一人であろう傭兵の男が不満げに言う。

 老年の騎士は少々圧を強めた。

 

「黙れ傭兵風情が。グリフォン殿いかがか? 

 三大騎士団に背後を任せ疾風陣をとるというのは?」

「我々は異存はありません。バリスタン卿」

「どうせあいつらは俺たちの部隊の後ろで見張ってるだけだぜ? いつものことだがな」

 

 グェインが再び耳打ちする。

 別の女の千人長が唸って言った。

 

「しかしこれはひどいねぇ。今回は向こうも全力できてるみたいだしこんな配置だと

 こちらは半分は死人になるよ」

「聞こえているぞ傭兵。お前らに我々の背後が預けられるものか」

 

 そこにケムリの後ろからついてきていたアスティがテーブルからひょっこりと顔を見せた。

 

「あれれ〜おかしいのう。この地形を見ると最右翼に山地が位置しておるのう」

「これはかわいらしいお客さんだね。その通りだけど、その険しい山地は陣がしけないし

 獰猛なシャドウキャット達のなわばりでね。だから今回はこちらの広い平原が主戦になるだろう」

「シャドウキャットは獣よけの鈴と、獣肉を囮にすればおそらく避けられますわね」

 

 アスティの隣にセスタが頭をのぞかせて言った。

 

「へぇ〜そうなんじゃなぁ〜。ということはこの山地を迂回すれば

 敵陣の背後を挟撃できるわけじゃなぁ〜」

「話にならん。子供の生兵法だ。第一誰が山地を迂回するのだ」

 

 バリスタン卿が声を荒げる。

 グリフォンはしばらく考え込んで

 

「ふむ、、、不可能ではありませんね。

 まず我々が疾風人をしいて正面の敵にあたり、

 次に強撃後退をしながら背後の紫犀騎士団と後列交代をして

 紫犀騎士団が防御を固めている間に山地を迂回できれば…」

「やかましいぞ傭兵。我々王侯騎士団が信用もおけぬ傭兵どもと連携などできるか

 疾風陣で強撃前進、この方針に変更はない。よいな傭兵ども」

「バリスタン卿がそうおっしゃるなら異論はありません」

 

 

 

 「お嬢さんたち、おもしろい見方をどうもありがとう」

 

 天幕を後にしたケムリの連れた幼女たちにグリフォンがお礼を言う。

 

「え、でも正面衝突するのでは?」

 

 そうたずねたケムリにグェインがカカカと笑った。

 

「わかってねぇなぁケムリ。そんなもんやり方次第よ。

 じゃぁとりあえずどんな剣でもいいからよ

 20本ぐらい頼むわ」

「えぇ、まいどありがとうございます。

 ただこんな成り行きであれなんですが、

 ありがたいことに魔法学校の入学試験を受けられることになりまして

 20本の新規の刀剣のご依頼については問題ないと思いますけれども

 その後はそうなると刀剣の供給は多少遅れるかもしれません」

「あーいいのいいの。足りなくなりゃよそあたるし

 とりあえず安く手に入りゃいいんだからさ」

 

 こうして不自然に運よく大口の注文を取り付けたケムリは

 アスティとセスタを連れて帰路についたのだった。

 

「しかし見たかセスタ? あいつは危ういのう。堕天するぞ。下手をすると」

「願わくば犠牲の少ないことを祈りたいですわ」

 

 後ろでヒソヒソと話す少女たちの声は運よくケムリには聞こえなかった。

 



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オージェストン魔法学校にて

 数日後、ヘパ爺の口利きによって

 オージェストン魔法学校の入学試験を受けられることになった

 ケムリとアスティとセスタの三人は

 ノーラに言われたとおり、ウィンザリアのモリス通りの13番通りに向かっていた。

 

「しかし試験か、どんな試験なんだろうな」

「どんな試験でもお前は通らんじゃろう。当然魔法の能力も皆無じゃしな」

「ワタクシはお兄ちゃんにも然るべき職能が与えられると信じていますわ」

「確かに試験対策なんて一切してないしな。まぁ受けるだけ受けて損はないと思うんだけど。

 おまえら頼むから無茶なことはしないでくれよ」

 

 ケムリが二人に頼むと

 セスタは花がほころぶような可憐な笑顔でうなずいてみせ、

 アスティは邪悪な笑みを浮かべて親指を立ててみせた。

 こいつは本当にわかっているのだろうか?

 

 モリス通りの13番通りに来ると。一際大きな建物が魔術師協会の支部だとすぐにわかった。

 

「ごめんくださーい。ヘパイストルさんの紹介で入学試験を受けにきた

 ケムリ・グレイスケイルという保護者と幼女二人なんですがー」

 

 ケムリが魔術師協会に足を踏み入れると、すでに受験者達が複数集められていた。

 部屋の奥にたたずむ黒いフードをきた人たちはおそらく試験官だろう。

 

「よくぞ来たな。魔の秘法を欲する欲深きものよ…」

「いえ、別に3食くえればいいんですが…」

「そなたらが喉から手が出るほど欲する魔の秘法は誰の手にでも渡るものではない。

 砂漠から砂金をえるようなほんの一握り、、その稀有な才覚を持つ魔に魅入られし者にのみ

 魔術師協会の扉は開かれるのだ…」

「なんか話聞かない人だな。ちなみに試験というのは?」

「ククク、もう始まっている。気づかないのか?」

「え、そうなんですか?」

 

 ケムリは辺りを見回した。

 すると先ほどいた人数よりちょっと人がいなくなっているような気がする。

 ケムリの近くにいた金髪の青年が部屋に飾られた大きな絵画を見てつぶやいた。

 

「この絵画は、ディヒテーの煉獄絵だが、ふむ、どうやら本物の絵と違う部分がある。

 これが第一の関門へのヒントか」

 

 そういうとまた数瞬考えて急いで魔術師協会の部屋から別の場所に移動して行った。

 

「あ、これは無理なやつだな」

 

 ケムリが魔術師協会の天井を見上げてうめいた。

 

「めんどくさいのう。おい、そこのやつ」

「…」

「そこの黒フードのやつじゃ。お前しかおらんじゃろう」

「我に何を求める? 欲深きものよ…」

「たしか入学試験には魔誘いのベルを使ったものがあったじゃろう。あれを持ってこい」

「魔誘いのベル? ククク…」

 

 アスティにたずねられて。黒フードの試験官は静かに笑った。

 

「あるにはあるが、どうするつもりだ? 魔の秘法は…」

「いいからさっさと持ってこい」

「…」

「何を黙っておるんじゃ」

 

 黒フードの試験官が黙ってしまうと、隣の黒フードの試験官が

 

「オウルさん、おとなげないですよ。小さなお嬢さん、

 魔誘いのベルは確かに試験方法の一つとしてあるにはあるのだけれど

 あれを鳴らすには入学できた学校生が数年かけて魔力を高めてやっと鳴らせるものなのよ」

「かまわんから持ってこい」

「…いいだろう。魔の秘法を欲するあまりに欲深きものよ…」

 

 黙っていたほうの試験官がそういうともう一人の試験官が

 部屋の奥から小さなベルを持ってきた。

 

「気をつけてね。この魔誘いのベルはほんの少量だけどミスリルが魔導鋳造されている

 とても希少なアーティファクトなの。

 それじゃぁ1番背の高いあなたからどうぞ」

「え、ボクですか?」

 

 ケムリが小さなベルを受け取る。

 確認してみたが振って鳴るようなベルではないようだ。

 一応念じてみる。

 

「はい。まったく魔力ナシ。帰りたまえ」

「なんかキャラ変わってませんか?」

「恥じることはないわ。この試験方法はそもそも成立しないから使われなくなったんだもの。

 では次はそちらのアッシュブロンドのかわいらしいお嬢さん。どうぞ」

 

 次にセスタがベルを受け取った。

 セスタが右手にベルを持ち目をつぶって念じるようにすると

 

 リィィィィィィィィン

 

 とかすかにベルが鳴り響いた。

 

 

「…驚いたわね。この子、もう魔力の才能があるわよ」

「…信じがたいがそのようだ。合格だ。魔に魅入られし者よ…」

「やったじゃないかセスタ。おめでとう」

「ふー。力加減が難しかったですわ」

「では最後にそこの無礼な子供」

「ん? ワシか」

 

 黙っていた試験官にアスティが魔誘いのベルを渡され、

 アスティはベルを右手に持った。

 

「ホッ」

 

 とアスティが少し力を込めるようにすると、

 魔誘いのベルはサラサラと砂のように腐れ落ちた。

 

「オウルさん、これは…」

 

 物腰の柔らかそうな試験官がもう一人のこじらせた試験官に言う。

 

「ふむ… ……なんだこれは?」

「アーティファクトとはいえ寿命だったのでしょうか?」

「かもしれんな。なにせ年代物だからな…」

 

 二人の間でちょっとした物議をしていると。

 その隣にいた3メートルはありそうな巨漢の黒フードの試験官が笑った。

 

「ワーッハッハッハ。こりゃええわい。合格。合格じゃ。

 少なくとも一人合格者が出ればええじゃろう。

 残りの保護者も保護者権を行使して同伴入学すりゃぁええ、

 このオラが推薦する!」

「メイスター・ドワドゥ。いいんですか?」

「とうぜんじゃ。少なくとも一人合格者が出た時点で問題はなかろう。

 そうじゃろう? アークメイスター・オウルよ」

「…ふむ。まぁそうだが…」

「ワーッハッハッハ、そうじゃろうそうじゃろう。なぁそこの三人、

 オラはこの魔法学校でメイスター、まぁ先生みたいなもんだのう、をやっておる。

 ドワドゥというもんじゃ。オラがおまえらを案内しよう。こっちゃぁこい」

 

「いいんですか? 合格したのはとりあえずセスタだけみたいですが、まぁいいのであれば

 こちらはなにも問題ないんですけれども。

 ボクはケムリといいます。ちなみにこっちの失礼なやつはアスティとよんでいます」

「おうおう。わかった。ケムリに、セスタに、アスティじゃな。そんじゃぁこっちじゃ」

 

 ケムリ達は巨漢の試験官に案内されてさらに奥の部屋に入った。

「ちなみにさっきのこじらせた試験官はオウル・ハントっちゅうやつで、

 アークメイスターっちゅう、まぁ極星魔導士っちゅうやつだな、

 メイスターやエルダーメイスターからさらに

 突き抜けた才能があるやつではあるんだが、

 魔術師協会でああいうのはあいつだけじゃから心配せんこっちゃぞ」

「あ、はい。安心しました」

 

 メイスター・ドワドゥは言いながら部屋の片隅にある砂時計をヒョイと裏返すと

 そのまま3分待って

 

「ほい。ついたぞい。ヴェイルにようこそお3人さん」

 

 入ってきた扉を再びあけるとそこは別の場所で

 広いひらけた谷の底であるのがわかった。

 谷の底とはいえどこまでも平地が広がり、遠くには森が見え、

 また一方では城のようなものが遠くに見てとれた。

 

「えっ、ここはウィザーズ・ヴェイルですか? ごめんなさいケムリお兄ちゃん。

 ワタクシここを知っていましたわ」

「オージェストン魔法学校なんじゃなかったのか?」

  

 ケムリの質問にはドワドゥが答えた。

 

「おお、魔誘いのベルをしっとったことといいなかなか勉強しとるようだの。

 まぁもともとウィザーズ・ヴェイルじゃったんじゃが、12の魔法学校を創設するにあたって

 それじゃぁ形にならんじゃろうってことで今の名前に落ち着いたんだわ。歴史としてはな」

 

 そのまま3人はメイスター・ドワドゥに連れられて

 オージェストン魔法学校の正門をくぐった。

 魔法学校は城のような造りで、

 城の頂上には大きなベルがどこからでも見えるように鎮座されている。

 そしてドワドゥの案内で大きな部屋へと通された。

 その部屋の様子を見てアスティがつぶやく。

 

「なんかちょっと雰囲気が違っておるのう」

 

 その大きな部屋は天井がかなり広く。天井に球体が12個円状に浮かんでおり、

 その中心には四つの柱が浮かんでいる。

 ドワドゥがそれについて質問する。

 

「ワシが案内するのはここまでじゃ。城の外れのドワーフ工房に住んどるからすきなときに

 訪ねてくりゃええぞ。

 こっからはエルダーメイスター・マグナゴルが引き継ぐことになっちょる」

「のうドワドゥよ。あの四つの柱はなんじゃ?」

「おうおうよくぞ聞いてくんなさった。

 この星読みの部屋は新しく入った学生を16のクラスに選別するんじゃ。

 まず柱の周りに12の球体があるじゃろう? あれはそれぞれのクラスを象徴しちょる。

 アリエス、タウラス、ジェミニ、キャンサー、レオ、、」

「それは知っとる。あの柱は?」

「あぁ、あの柱か。あれはまぁ。特別枠みたいなもんだわ。

 魔法学校には大貴族や五大辺境伯の関係者も入学するようになったんでの、

 普通の学生と混ざって問題が起こるとまずいんだわな。

 あの柱はそれぞれゼウス、バハムート、アルテミス、ハーデスの神が象徴されちょる、 

 っちゅうことになっちょるんだわ」

「神!? 神か! カーッカカカ、こりゃぁいいのう」

 

 アスティが笑っていると別の場所から喜色に満ちた叫び声が聞こえる。

 

「やった! ハーデスの柱に選ばれたぞ! 冥府の魔王の使者だ!!」

「ケムリたちがそちらを向くと、黒髪をオールバックにした青年と目が合った」

「おっ、まずい。早速五大辺境伯の関係者だの。問題を起こすなよ」

 

 メイスター・ドワドゥが耳打ちする。

 その黒髪の青年はこちらを見つけるとツカツカと歩み寄ってくる。

「キミが魔誘いのベルを鳴らして入学したというセスタかい?」

「あ、セスタはこのアッシュブロンドの幼女の子です」

「あ、そう。なぁセスタ。ボクほどかはわからないけど才能をお持ちのようだね。

 ボクは五大辺境伯がひとつあの暗黒卿の第三席の名家の出なんだがね。

 どうだい? ハーデス生に推薦してやるからボクの子分にならないか? 友達は選んだほうがいいぞ」

「え? ワタクシですか? フフフ、考えておきますわ。ねぇケムリお兄ちゃん?」

 

 セスタが受け流すと、その青年は片眉を吊り上げてまたツカツカとどこかへ歩き去った。

 

「ケムリお兄ちゃんはどの星に選ばれますかしら。ワタクシたちはそのクラスに所属するということで

 かまいませんわよね」

「しかし一向にどの球体も反応しないんだけど」

「ではライブラでいいじゃろう。おいライブラ」

 

 アスティがそらに浮かぶ球体の一つを指差すと

 その球体がリーンリーンという音を発し始めた。

 

「あなたはライブラの星球に選ばれたようですね。

 私はエルダーメイスター・マグナゴルです。では儀式がありますのでこちらへ」

 

 ケムリ達の案内を引き継いだのはマグナゴルという女史だった。

 50歳前後だろうか、とても厳しそうな印象を受けるメイスターだった。

 ドワドゥの話だと、基本的にこの魔法学校の先生は

 メイスターとエルダーメイスターが担当しているようで、

 メイスターが教員だとすると、エルダーメイスターは複数人の教頭のようなものらしかった。

 

「のうケムリよ。ジェミニに選ばれた普通の男はコネを作っておけよ」

「うん? 普通の男っていうと普通じゃない男もいるのか?」

「ジェミニさん達は変わった性格ですものね」

 

 アスティが説明を続ける。

 

「ジェミニは性格が捻じ曲がっとるからのう。

 基本的に美男子か将来的に美中年になる男しか選ばん。

 しかしそのジェミニがどのどちらでもなさそうな男を選ぶということは、

 そいつには何かがあるということじゃ」

「ボクはジェミニの星球にも選ばれなかったけど」

「しかし儀式というのはなにがあるのかのう」

「なんでスルーするんだよ。いや別にいいけどさ」

「私語は慎みなさい。こちらへ」

 

 3人はエルダーメイスター・マグナゴルに連れられて、螺旋階段を登ると、

 魔法学校の屋上にある巨大な鐘の前に連れてこられた。

 

「ご存知でしょうが、これがオージェストン魔法学校の大鐘楼です。

 純粋なミスリル製で学校長のサウザンド・メイスターと複数のアーク・メイスターしか

 この大鐘楼を鳴らせるものはいません。

 毎朝サウザンド・メイスターがおんみずからこの大鐘楼を鳴らし、

 我々一同の心身を引き締めるのです。

 まずこの大鐘楼を全ての入学生は叩いてその重みを確かめるのです」

「はい。わかりました」

「返事がなっていませんね。ケムリ・グレイスケイル」

「ええ、はい。わかりました。エルダーメイスター・マグナゴル」

「よろしい。ではおやりなさい」

 

 先ほどから新しい入学生たちがミスリルの大鐘楼を触っては屋上を後にする

 中には力一杯に殴りつけるものもいるが、ミスリルの大鐘楼は1ミリも動かなかった。

 エルダーメイスター・マグナゴルが簡単に説明する。

 

「まずこの大鐘楼を鳴らすには膨大な魔力が必要です。

 基本的な第一階梯の魔法を使うにはマナエンチャントを一つ精製しますが、

 第二階梯の魔法を使うにはマナエンチャントを二つ、

 ダブルマナエンチャントを精製してこれを行います。

 マナエンチャントを一つ生成するだけでも卒業生資格として認められるものですが

 ダブルマナエンチャントはその8倍難易度です。

 そしてこの大鐘楼を鳴らすには

 そのさらに8倍難易度のトリプルマナズエンチャントを生成する必要があるのです」

「じゃぁマナエンチャントを一つ精製することもできないボクには到底無理ですね」

「当然です。それどころか入学生にも、卒業生にもこれは不可能です。

 先ほども言ったように。この鐘を鳴らせるのは

 アーク・メイスターとサウザンドメイスターだけです。

 これはその重みを入学生たるあなたがたが確かめる通過儀礼なのです」

 

 言われてケムリがミスリルの大鐘楼に触れると、ジットリと冷たい感触と

 途方もない重量でまったく動かないことが察せられた。

 

「ワシはこれを鳴らしてもええのかのう?」

 

 横からアスティが口を挟んだ。

 

「あなたが? オーッホッホッホッホ、ホーホホ。いえ、失礼。

 えぇ、えぇ、かまいませんとも。小さなお嬢さん。

 もし鳴らすことができたら私があなたを学園長に推薦してあげますとも。

 よろしい。では、次のもの、、」

 

 エルダーメイスター・マグナゴルが後ろの生徒のほうを向き通過儀礼を続ける。

 

 アスティはなにやら呪文のような文言を口にしだした。

 次にアスティの右手に紫の球体が8つ出現し、それが右手に宿ると

 紫の魔力場が右手に出現し、アスティはその右手をそのままミスリルの大鐘楼に叩きつけた。

 

「゛オクタゴラムマナズエンチャント゛…゛アーク・エネミィ!!!゛」

 

 ガァァァァアアアアアアアアアン!!

 

「いけませんわアスティ! ゛フル・オー・リザレクションズ゛!!!」

 

「…どうしましたか、騒々しいですよ」

 

 エルダーメイスター・マグナゴルが二人のほうを振り返ると

 ちっと舌打ちするアスティと二パーと笑うセスタと

 先ほどと変わりないミスリルの大鐘楼が鎮座していた。

 

 並んでいたほかの入学生達がヒソヒソと

 

「おい、今あの鐘コナゴナに吹き飛んでなかったか?」

「いや、そのままだしな。幻覚かな…」

「騒々しいですよ。私語は慎みなさい」

 

 少々ざわついていた入学生たちをエルダーメイスター・マグナゴルがピシャリと

 静かにする。

 

「よろしい。では次は講堂に向かいます。サウザンド・メイスターが直々に

 入学生に訓示を授けられます」 

「はい。わかりました。エルダーメイスター・マグナゴル」

 

 ケムリは頭が痛くなってきていた。



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オージェストン魔法学校にて2

 オージェストン魔法学校の屋上でミスリルの大鐘楼の通過儀礼を無事くぐりぬけた

 ケムリ達はエルダーメイスターマグナゴルに連れられてサウザンドメイスターが訓示を与えるという

 講堂へと到着していた。講堂は広く木製の椅子が並べられており、

 ミスリルの大鐘楼の通過儀礼を終えた新入生達が好きな場所に座っていた。

 

「よろしい。では私の引率はここまでです。

 座る場所を選んで静かにサウザンドメイスターの到着を待つように」

「はい。わかりました。エルダーメイスター・マグナゴル」

 

 マグナゴルがその場を後にするとケムリはひそひそ声でアスティにたずねた。

 

「なぁアスティ、おまえここのこと知ってるみたいだけど、サウザンドメイスターっていうのは?」

「あん? アレクシスじゃろ?」

「アスティ、いけませんわよ」

「あぁいかんいかん。しらんしらん、ワシはなんにもしらんぞ」

「こいつら…」

 

 アスティがそっぽを向いてピューピュー口笛をふく。

 と、アスティが講堂の一角に目をやって言った。

 

「ん? のうケムリ、あそこじゃ、あの女のところに座ろう」

「うん? まぁ別にボクはどこでもいいけど」

 

 アスティが指差した先には木製の椅子に座った新入生らしい女生徒と

 その隣に直立した30歳前後の男が控えているようだった。

 

「あの、隣に座ってもよろしいでしょうか。この子が気になってるみたいで」

「うん? 私か? そうだな。いいだろう。こらワットスン、顔をしかめるな。私の学友だぞ」

 

 女生徒が直立で控えていた男をたしなめるように言う。

 ケムリが簡単に自己紹介をすると、

 

「あぁ、ケムリくんと言うのか、よろしく頼むぞ。

 私はユークィン・アルトリアという。こちらは執事だ。

 スチュワート・ワットスンという。おいワットスン、なにを黙っているのだ」

「…クイーンをよろしくお願いします」

「クィーン?」

「あぁ、私はアルトリウス王国の王族だからな。皆は私をユークイーンと呼んでいるぞ」

 

 あけすけな自己紹介にケムリはたじろいだ。

 元奴隷が52連合侯国がひとつの王国の王女に軽々しく話しかけてよかったのだろうか。

 

「カーッカッカッカ! アルトリア!? アルトリア一族の末裔か!?」

 

 アスティが突然笑い始める。

 

「カーッカッカッカ。こりゃええわい。アナスタシアのやつ笑わせよる。

 なにが私は生涯結婚をしない。アイアンメイデンだ。じゃ。

 カーッカカカ! いかん、腹がよじれる」

「フフフ、いけませんわアスティ。笑っては失礼ですわよ」

「すみませんこいつらが。なにせ幼女なもので、どうかご容赦を」

「うん? かまわんかまわん、楽にしてよいぞ。おいワットスン、渋面をつくるな。学友だぞ」

「あ、ちなみにあなたの隣の子供達も入学生ですか?」

 

 ケムリがユークィンの隣を見ると、

 セスタやアスティと見かけ上の年齢は同じくらいの少年が二人座っているのが確認できた。

 

「うん? いやいや、この子たちはワットスン同様、私の付き添いだ。

 私は孤児院を運営していてな。みんなついてきたいとせがんだのだが大勢で押しかけるのも

 アレだったからな。くじ引きでこの子達だけ連れてきたのだ。ランスロットとガウェインだ。

 元奴隷の子達だが、悪く思わないでやってくれよ」

「へ、へー。そうなんですか」

 

 自分も元奴隷だということはつげてもいいのだろうか?

 ガウェインとランスロットがユークィンに促されてペコリと頭を下げる。

 

「ほう。さすがアナスタシアの血を引いた女じゃな。二人とも英雄王の素質があるのう。

 おいユークィン。孤児院には他にどんなやつがおる?」 

「そこのあなた。いくらクイーンのご学友で幼女でいらっしゃるとはいえ言葉遣いには…」

「ワットスン。やめろ、学友だぞ。アスティといったかな?

 他の子たちはアーサーやガラハドや、まぁ13人の小規模な孤児院なんだけどな。

 私はなかなか子供になつかれないのだ」

「まぁアナスタシアの血ならそうじゃろうなぁ」

「孤児院を運営なさっているなんて、とても素晴らしいですわ。

 ぜひワタクシもうかがわせていただけますかしら?」

「ええとキミは、セスタといったね。ああかまわないぞ。是非とも招待しよう。

 きっとあの子たちもよろこぶぞ。なぁワットスン」

「ええそうですねクイーン」

「なんでちょっと不機嫌なんだおまえは。スチュワートならちょっとは感情を隠すものだぞ」

 

 ケムリ達が話していると、屋上からゴォーン ゴォーン ゴォーンと鐘が鳴り響く音が聞こえてくる。

 講堂の壇上でエルダーメイスターマグナゴルがいう。

 

「まもなくサウザンドメイスターがいらっしゃいます。一同静かに」

 

 そしてそう言ってすぐに、壇上の空間が薄ぼんやりと歪み。

 一人の白髪の老人があらわれた。

 おそらくあの人がサウザンドメイスターだろうとケムリは予想した。

 

「…わたしがこのオージェストンのグランドメイスター。アレクシス・ダンドリオンじゃ」

 

「なぁケムリ。あれがサウザンドメイスターだ。

 なんでも年齢が1000歳を超えているらしいぞ。いったいどうやってるんだろうな?」

 

 隣のユークィンがヒソヒソという。

 いわく12魔法学校の学校長はグランドメイスターと呼ばれるらしいのだが、

 そのへんからサウザンドメイスターと呼ばれているらしい。

 

「ウィザーズ・ヴェイルはそなたらの入学を歓迎しよう。

 学ぶものは学び、魔の資質を持つものはその才能を開花させればよい。

 しかしわたしはそれらの一切に興味がない。それらは長い歴史の波にうかぶ小さな泡でしかない」

 

 サウザンドメイスターがあけすけな物言いをする。

 1000年以上生きるとああなるものなのだろうか。達観というやつだろうか。

 サウザンドメイスターが講堂の入学生達を見渡しながら続ける。

 

「この悠久の歴史において、ワタシとこのヴェイルは、ヴェ、、、」

 

 サウザンドメイスターの視線がピタリと止まる。

 その目線の先にはチョコンと座るセスタの姿があった。

 

「カッ、、、カハッ、、、セ、セスティアード様、、セ、セス、、カハッ、、、」

 

 サウザンドメイスターは白目をむいて気絶し、その場に崩れ落ちた。

 

「バレたのう」

「バレましたわね」

 

 ケムリは再び頭が痛くなってきていた。



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オージェストン魔法学校にて3

 ◆ ◆ ◆

 

始原歴3214年、地表は死食に覆われ

全ての生命は震え

ある少女が生まれた

少女は魔性に魅入られ、魔界の108の魔神を従え、

長じて魔王となった

 

魔王歴236年、再び死食がおとずれ

ある少女が生まれた

少女は聖性に魅入られ、極聖人と英雄王達を従え、

長じて聖王となった

 

聖王歴26年、聖魔大戦のさなか

魔王と聖王は同時に姿を消した

 

そして聖王歴1856年、三度地表は死食に覆われ

ある少年が生まれた

少年は聖性にも魔性にも魅入られず、特段なんの才能もなかった、凡人だった

ただ魔王と聖王がこの少年を依代として同時に地表に受肉した!!!11

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 サウザンドメイスターが気絶したあと、訓示の挨拶は中断となった。

 その後ケムリは幼女二人とともにサウザンドメイスターの学校長室に呼び出された。

 

「い、行きたくねぇ〜…」

 

 それがケムリの偽らざる心境だったが。

 腹が痛いと言ってもそれなら魔法で治療するといわれるし、

 急用があるというのも無理があった。

 

「し、失礼します。サウザンドメイスター・ダンドリオン」

 

 ケムリはそういってアスティとセスタの二人の幼女を連れて校長室に入室した。

 校長室はそこらかしこに書籍がうずたかくつまれており。

 奥手の窓際にサウザンドメイスターが立っているのが確認できた。

 

「セスティアード様、、少し、、少し幼くなられましたか」

「えぇ、そうですね。じいは息災でしたか?」

「えぇ、えぇ、セスティアード様。千年はなごうございました」

 

 サウザンドメイスターはケムリには関心を示さず。

 そうセスタに話しかけている。

 

「おや? ところでこちらの幼女は? こちら、こ、、、」

 

 サウザンドメイスターがアスティのほうに気がつくと、

 しばしその様子を確認し、次に目を見開いた。 

 

「ホゲエエェェェェ!! ア、、アスタロットオォォォォォ!?」

「よう。久しぶりじゃのうアレクシス」

 

 途端にサウザンドメイスターの身体から魔力がほとばしり、

 ビリビリと空間が揺れ、校長室の窓にヒビが入る。

 続いてサウザンドメイスターがなにやら呪文を詠唱しはじめた。

 

「゛クァドラプルマナズエンチャント゛

 私とてこの千年なにもしてこなかったわけではないぞアスタロット。

 ゛ティターンズ・フォール゛」

 

 サウザンドメイスターが右手を掲げその空間を握りしめて力を込めて振り下ろすようにすると

 次の瞬間校長室の天井を突き抜けて巨大な岩石が降って来た。

 あ、死ぬなこれ。ケムリは一瞬走馬灯が見えた気がした。

 

「まぁ人間ではその程度じゃろう。゛セブンスマナズエンチャント゛゛ソロモンズ・ゲート゛」

 

 アスティが左手を迫り来る巨大な岩石にかざすと、

 平面上に紫の空間がうまれその岩石を吸い込むと歪みながらその場で消失した。

 

「終わりか? アレクシス?」

「アスティ、いけませんわよ。

 じいもそのへんにしなさいな。戦争は終わっているのですから」

「し、しかしセスティアード様…」

「いいですねじい?」

「え、えぇ。わかりました。マイレディ」

 

 サウザンドメイスターは言われて頭を下げた。

 どうなっているんだ?

 サウザンドメイスターは次にケムリのほうを見て

 

「セスティアードさま、ところでこちらの少年は?」

「えぇ、ケムリお兄ちゃんですわ」

「ワシはこのお方のロリ奴隷をやっておる」

「ワタクシはお兄ちゃんのラブドールですわ」

「カ、カハッ、、ラ、ラブ…??」

 

 サウザンドメイスターがケムリのほうを見ながら目を見開き、

 身体から魔力が噴出しはじめた。

 

「えぇかげんにせぇよおまえら。違います。サウザンドメイスターダンドリオン。

 話を聞いてください。お願いします。呪文の詠唱をしないで」

 

 ケムリは今すぐこの魔法学校を退学したかった。



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ヘパイストル工房にて

 数日後、ケムリは宿舎として登録した

 ヘパイストル工房の試験工房で

 再びガァーン、ゴォーン、ガァーンと

 刀剣を鋳造するハンマー音を響かせていた。

 

 オージェストン魔法学校への通学は

 ヘパイストル工房の寮の一角の部屋を使用することになった。

 

 これには魔法学校の巨漢の指導教員のメイスター・ドワドゥが助けになってくれた。

 魔法学校への入学試験である部屋に通されそこからウィザーズヴェイルへと転移した時に

 ひっくり返していた砂時計は転移の砂時計というらしい。

 

「へぇ。それで魔法学校への入学が無事決まったってわけか。

 めでてぇじゃねぇか。おめでとさん」

 

 ハンマー音を響かせるケムリの横手で見ていたグェインが言う。

 どうやら兵争領域の戦闘がひと段落したらしい。

 

「えぇ、ありがとうございます。

 とはいえ合格したのはセスタと、あとまぁ一応アスティということで

 ボクはついでに入学できたというくらいのものなんですけれども」

「まぁまぁいいんじゃねぇか? それよりよぉ。またここに戻ってきて問題はねぇのかよ?」

「えぇどうもそう見たいです。何でしょう魔法学校の秘術って言うんですかね。

 ここの工房の一角の部屋に転移結界を張って

 魔法学校の外縁の転移室に移動できるようにしてくれたんですよ」

 

 転移結界を実際に張ってくれたのは魔法学校の巨漢の指導教員、メイスター・ドワドゥだった。

 聞いた話ではサウザンドメイスターが直々にやるとかいってたそうだが

 周囲が直訴を重ねドワドゥが取り計らうことになったらしい。

 

「へぇ〜。便利なもんだねぇ。俺らの傭兵団の戦闘でもそれ使ってくれねぇもんかね」

「いやぁどうでしょう。基本的に魔法学校の秘術は

 外界には干渉しないという掟みたいなものがあるそうで」

「まぁそうだろうな。ま、いってみただけよ」

「ところで傭兵団の皆さんは無事だったんですか?」

「おう、まぁ何とかな。あの嬢ちゃんたちのおかげってのもでかいぜ今回は」

「ははぁ、といいますと?」

「最初の陣形はバリスタンのおっさんに言われた通り疾風陣をしいて突撃したんだけどよ」

「あの年長の騎士の方ですか、いいんですかそんな言い方をして」

「いいのいいの。誰が聞いてるってわけでもあるめぇし。そんでよ、

 その後表向きは俺たちが当たり負けして、逃げ出したって形をとったんだわ」

「ははぁ。それはまた思い切りましたね」

「ハハハ、まぁそうだな。そんでそのまま後退して後ろの紫犀騎士団に敵陣を押し付けて、

 そのまま小さい嬢ちゃんたちが言ってたみてぇに最右翼の山地を迂回して、

 外縁から紫犀騎士団と戦ってた敵陣を背後から挟撃して追い散らしたって寸法よ。

 いやぁ嬢ちゃんたちサマサマってわけよ」

「お役に立てたなら何よりですわ」

 

 その隣でケムリが刀剣を鋳造する様子を眺めていたセスタが

 花がほころぶような可憐な笑みを浮かべていう。

 

「ハハハ、ありがとよ。あぁそういやもう一人の小さい嬢ちゃんは今日はいないのか?

 そっちへの礼もグリフィンにことづかってたんだけどよ」

「そういえばアスティは昼頃からいませんね」

 

 ケムリは少し嫌な予感がした。

 試験工房の窓を見るとすっかり日は落ち、

 窓の外は暗くなっていて、試験工房の炉の明かりが

 その窓から見える暗闇を薄くオレンジにふちどっている。

 

「ケムリくーん。晩飯の準備ができたから呼びにきたよ。

 そこのケムリくんのお得意さん、グェインつったかね。あんたも食っていくかい?」

「おっ、いいのかい? こりゃぁありがたいねぇ。ノーラつったっけ」

 

 ノーラが食事の準備ができたとケムリたちに告げにきた。

 少しおかしい。晩飯どきにアスティがいないというのはなかなか考えにくい。

 と、ケムリたちのいる試験工房の窓の外から黒い影が飛び込んできた。

 

「よっとと。お前様、ただいま帰ったぞ」

「いやどっから入ってきてるんだよアスティ。行儀が悪いぞ」

 

 試験工房の窓から中に飛び込んできたのはアスティだった。

 よく見るとアスティは白い布に包まれた細長い棒のようなものを持っているのがわかった。

 ケムリが怪訝そうに尋ねる。

 

「アスティ。その白い包みは?」

「おおこれか。よくぞ聞いてくれたのう。散歩してたらそこらへんに落ちとったんじゃ」

 

 アスティがいって床に置いた白い包みを取ると。

 それは一本の槍だと分かった。

 ノーラが震えた声でいう。

 

「こっ、これは… お父さんが作った… 〃聖王の槍〃… 」

「うん? 聖王の槍ではないじゃろう。それはセスタが…」

「いやちょっと待てアスティ。どっからこれ持ってきたんだよ」

「だからそこらへんに落ちとったんじゃ。何度も言わせるでないお前様よ」

「んなわけねぇだろ」

 

 ケムリとアスティが言っていると、

 試験工房の外に大勢の鎧の金属音がガチャガチャと聞こえてくる。

 

「ん? こんな深夜にお客さんかい? それにしちゃぁずいぶんお怒りのご様子で」

 

 グェインが鋭く笑いながら言う。

 異変を察知してへパジイも試験工房へ入ってきた。

 

「どうした? 何があった… こっ、これは息子の〃聖王の槍〃!?」

「あんたがヘパイストルっつう腕切られた爺さんか、どうやらお客さんが大勢押しかけてる

 みたいだぜ。でも話が通じる相手かなぁ。これも何かの縁ってことでよ。

 ちょっと俺が接客してみようかね」 

 

 グェインが軽口をいいながら試験工房の扉から外に出ていった。



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ヘパイストル工房にて2

 グェインが試験工房から外に出ると。

 その出口はすでに二十人ほどの全身鎧の騎士に囲まれていた。

 騎士たちはすでに抜剣していて見るからに殺気だっている。

 

「へぇ、こんな爺さんと女子供しかいねぇところにずいぶん

 大所帯だことだねぇ」

「問答無用! 至宝は返してもらう!!」

 

 グェインが言い終わる前に、その中の騎士の一人がいきなり

 グェインに斬りかかってくる。

 

 グェインは鋭い笑みを浮かべて、切り掛かる刀剣に

 素手で左手の甲をかざすと、そのまま剣の腹に左手を当てて力を込め

 左側に剣閃を逃していなすことでこれを回避した。

 次に試験工房にいたケムリに叫ぶ。

 

「おいケムリ! 剣を一本よこせ」

「え、剣をよこせって…」

「ほいっとぉ」

 

 逡巡するケムリをよそに、アスティがケムリが鋳造した複数の刀剣の一つを

 つかみ、グェインに向かってぶん投げる。

 

 ケムリが鋳造した刀剣はビュンビュンと回転してグェインへと飛んでいき、

 グェインがその回転する刀剣の柄を手に取った。

 

「へっ、ありがとよ小さい嬢ちゃん」

 

 その時すでに別の騎士がグェインに斬りかかってきていた。

 グェインはその剣をケムリの刀剣で受け流すと

 その剣を思いっきり武装した騎士の頭部の甲冑に叩きつけた。

 ガァン! と炸裂音と火花が散り、ケムリの刀剣は砕け、

 頭部を叩きつけられた騎士は脳震盪を起こして気絶した。

 グェインがさらに叫ぶ。

 

「他の剣も投げろ!」

「ほいほいっとぉ」

 

 アスティがいたずらそうな笑みを浮かべて、

 まず一本をグェインに再び投げつけ、

 ケムリの20本の刀剣をつかみ、それを試験工房の外の

 中空へと空高く放り投げた。

 

 グェインは最初の刀剣を再び掴むと、

 次に迫っていた騎士の甲冑の隙間から切り付け、

 空から落ちてきた別の刀剣を左手に掴むと、

 その剣で別の騎士の斬撃に太刀打ちし、

 右手に持っていた刀剣を別の騎士の甲冑の隙間へと投げつけて突き刺し、

 また中空から落下してきた別の刀剣を掴むとそれで目の前の騎士の

 頭部を叩きつける。

 

 その戦闘を試験工房の隅から見ていたへパじいがグェインに言う。

 

「なぜこの、息子の〝聖王の槍〝を使わん!? これならそんな甲冑は簡単に斬り裂ける!!」

「俺って槍は使わないのよねぇ」

 

 言いながら騎士の斬撃にケムリの刀剣を打ち付ける。

 剣と刀がぶつかって火花が散り、ケムリの刀剣の方はヘシ折られてしまう。

 そしてまた中空から落ちてきた刀剣を掴んで戦闘を継続する。

 

「それにこいつら至宝って言ってるじゃねぇか。それで斬っちゃこっちも寝覚めがわりぃわ」

「…ふんっ」

 

 ヘパ爺はそのまま黙り込む。

 と、その時遠方から叫び声が聞こえてくる。

 

「そこまで! この騒ぎは何事か!? この件はこのスパンダンが預かる!!

 ヘパイストル殿とその工房員は速やかに裁判院へ連行する!!

 ヘパイストル殿、抵抗なさいませぬよう」

 

 現れた別の騎士の集団は、先日ケムリの商店を訪れてきていた

 スパンダンという騎士の一段だった。

 

「やっと話のわかりそうなやつが出てきたか」

 

 グェインが歯を剥き出しにしたまま軽口を続けた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 ヘパ爺とノーラとケムリはスパンダンという騎士の仲裁のもと、

 聖王庁なる部署の裁判院へと連行されていた。

 その裁判院の部屋には聖王庁の三人の裁判官が眼前の壇上に座り、

 左右には先ほどの襲撃してきていた騎士たちと同様の甲冑を着た騎士たちが

 ズラリと並んでいる。

 

 

「この度の一件。断じて度し難し。我らが失われし聖王庁の至宝。

 〝聖王の槍〝を盗み出すとは、それも一度ならず二度までも」

「ふんっ」

 

 顔を紅潮させながら怒気を隠すことなくそう告げる裁判官に

 ヘパ爺は鼻を鳴らしていった。

 

「盗んでなどいません。この槍は、ワシの息子が鋳造したものです」

「なんとっ、なんと破廉恥なことをっ!!」

 

 裁判官たちがさらに顔面を紅潮させ怒気をあらわにする。

 

「貴様。ヘパイストル。どうやら腕を斬られただけでは飽き足らないようだな」

「何度でも言います。裁判官どの。この槍はヘパイストル工房のドーンズが鋳造しました。

 なんならまた殴ってやってもワシは構わんが?」

「きっ、貴様ぁぁぁぁ!!」

 

「皆様! お待ちになってください!!」

 

 裁判院の入り口から幼女の声が響く。

 一同が裁判院の入り口を見ると、

 仮面を被ったアッシュブロンドの幼女が立っているのが分かった。

 

「いや、なにしてるんだセスタ?」

「お兄ちゃん。なんのことを言っているのかわかりませんわ」

 

 仮面を被ったアッシュブロンドの謎の幼女は、

 白い布に包まれた棒のようなものを持ち裁判官たちの前にスタスタと歩いて行くと

 この白い布の覆いをとった。

 

「ワタクシは使者としてこの場に参上いたしましたわ。皆様にこれを、と」

 

 謎の幼女が白い包みをとると、それは一本の槍だと分かった。

 途端に裁判長たちが目を見開き。左右にズラリと控えていた騎士たちが

 膝をついた。左側にいた裁判官の一人が震えた声でいう。

 

「こっ、これこそまさしく!! これこそ失われた至宝!!

 聖王の槍〝光槍・ヴィゾープニル〝にございます!!」

「た、確かに、まさしく…」

「で、では、、こちらの槍は?」

 

 一同がざわめく。謎の幼女が続けていう。

 

「こちらのヘパイストルおじいさまの槍も

 この時代において稀有な業物といえますわ。

 命名しましょう。〝聖王の槍・ツー〝ですわ!!」

「ま、まぁそれはそのアレだが…」

 

 裁判官の一人が謎の幼女のネーミングをゴニョゴニョと受け止めた。

 その後、騎士たちに拘束されそうになりながら、

 この子は使者です。使者ですから。お使いですから。

 とケムリの説得によって無事切り抜け。

 三人と謎の幼女は無事にヘパイストル工房への帰路についた。



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ヘパイストル工房にて3

 先ほど突如介入した仮面の謎の幼女は

 三人が裁判院を出ると軽く挨拶をしてどこかへ歩き去っていってしまった。

 

「いったい何者だったんじゃろうなあの子供は…」

「さぁねぇ。まぁ無事にすんだし、お父さんの最高傑作も戻ってきたし、

 それでよかったんじゃないかい」

「なんでみんなわからないんだ…」

 

 ケムリとしてもわからないならわからないで都合が良かったので

 それ以上は何も言わなかった。

 ヘパイストル工房への帰路についた。

 

「この槍は、〝聖王の槍・ツー〝はワシの息子ドーンズが鋳造したもんでのう」

「うわぁ、そのネーミングでいいんですか。しかしあの騒動はなんだったんですか?」

 

 ケムリの感想をよそにヘパ爺は話を続ける。

 

「うむ、まぁ聖遺物としての聖王の槍は長らく失われておったんじゃがのう。

 ワシのせがれは聖王の槍をこの世に復元することを生涯の目標にしておった。

 祖先代々の我が一族の悲願じゃ。

 そしてあの時は運よく精霊銀を手に入れることができた。

 せがれは決意してゲヘナアドル火山の火口でその精霊銀を鋳造し聖王の槍の復元を試みた。

 結果、ワシはセガレは見事に聖王の槍を復元したと思っとる。

 しかしゲヘナアドル火山の溶鉱炉の熱は人間に耐えられるものではなかった。

 そのときの熱傷でセガレは命を落としたが、やつの人生に悔いはなかったはずじゃ」

 

 ヘパ爺は歩きながらどこか遠くを見るような目で続けた。

 

「しかし聖王の槍が復元できたことで聖王庁に物議が起こった。

 失われた聖王の槍を盗んだのが息子ではないかと疑いの目が差し向けられた。

 当然ワシは断固抗議したが、その結果がこれよ。しかしワシもこの結果に悔いはない。

 セガレは失われた聖王遺物を、〝聖王の槍・ツー〝をこの世に復元した。

 老先短いこのワシにはそれで十分じゃ」

「ははぁ。そういうものですかねぇ」

「ほんとバカだよ。ジジイも、お父さんも」

 

 三人がヘパイストル工房に戻ると、アスティとセスタ、そしてグェインが三人を出迎えた。

 

「話は委細聞いておるぞお前様よ、結果オーライというわけじゃったな」

「まぁ結果としてはそうだけどな。あくまで結果としてはな

 しかしセスタ、よかったのか? あれって貴重なものなんじゃないのか?」

「ケムリお兄ちゃん。なんのことかよくわかりませんわ」

「ボクにもそのノリ続けるのかよ」

「しかしですわお兄ちゃん。この世にわたくしのものなどは一切ありませんわ。

 必要なものが、必要なところに向かえばいいのだと。そうセスタは思うのですわ。

 それにあの子はあるべき場所を自分で選びますから。

 必要があればまたどこかにうつろうことになると思いますし…」

「それはそれで問題だと思うんだけど… どうせ疑われるのここなんじゃぁ…」

「なんかよくわからねぇが丸くおさまったんならよかったじゃねぇか、ところでさぁケムリ」

 

 よこからグェインが口を挟む。

 

「あぁグェインさん。先ほどはありがとうございました。あなたがいなかったら」

「ん? あぁいいのいいの。困った時はお互い様よ」

「えぇ、もっとひどいことになってたと思います…」

「あん? まぁそれでさ。俺らの傭兵団の次の戦いなんだが、ちょっと厄介なことになっててな」

「とおっしゃいますと?」

「俺らが敵の部隊を壊滅させたってとこは話したよな? それで向こうのお偉いさんが奥の手を出してくるみたいでよ。兵争領域の悪魔が多分出てくる」

「ほぅ? 悪魔? それは気になるのう」

 

 とアスティ。

 

「といっても人間なんだけどな、そのはずだ。でもこれがつえぇのなんのって、

 そいつが先陣切ってる、三重鉄突陣っていうんだが、

 それで破れなかった騎士団も傭兵団もいねぇのよ」

「それはまた難儀ですね」

「それでよ。ヘパイストルの爺さんにも聞きてぇんだが、ここでなんか

 そこそこ強度のある刀剣は作れねぇかなと思ってよ。今日は先日の礼もあるが

 実のところそれを聞きたくて来たんだよ」

「強度のある刀剣ですかぁ。いやぁ、ボクは全力で打ってあれですからねぇ」

「まぁそうだわな。それならそれでなんとかやりくりしてみるけどよ」

 

 グェインとケムリの話を聞いていたヘパイストルが

 グェインの方にズンズンと歩いてくる。

 

「やる。ほれ、お前にこれをやる」

「なっ、ジジイ、そりゃぁお父さんの〝聖王の槍・ツー〝じゃねぇか!?」

「うわぁ、ノーラさんもそのネーミングでいいんですか?」

 

 言われたグェインが少し逡巡した様子で尋ねる。

 

「くれるってならありがてぇけどさ。

 でもいいのかい? この槍、大事なものなんだろ?」

 

 ヘパ爺が続ける。

 

「かまわん。これはワシの持論じゃが、鋳造された武器というのは

 戦場で心技体のある武人に使われて初めて生を受ける。

 戦いに使われず飾られているだけの武具など死んでいるも同然よ」

「うーん。それならそれでありがたいんだけどねぇ。

 でも俺さぁ、槍は使わねぇんだよなぁ。ありがてぇんだがどうしたもんかねぇ。

 お、そうだケムリ。この槍、剣に打ち直せるか?」

「え、ボクですか? ま、まぁ腕こそ確かななさですが、再鋳造なら問題はないはずです。

 ヘパ爺さん、今までしなかった死にそうな顔をしないでください。

 再鋳造ならたぶんボクでもまだできるでしょう?」

「うっ、うぅ… まぁそれは確かにそうじゃが…」

「あ、そうだヘパイストルの爺さん。あんたこっちの刀は打ち直せるかい?」

 

 そう言ってグェインは一本の刀をヘパ爺に見せた。

 それは以前ケムリから買った妖刀だった。

 ヘパ爺はその刀を受け取ると黙ってしばしその刀を眺める。

 

「なんじゃ、この殺意の塊みたいな刀は…? 誰じゃ? これは誰が打った?」

「さぁねぇ。ケムリの商店で買ったんだが、どこかから紛れ込んでたんだってよ」

「じゃろうな。しかしこれは… 明らかに遊びで打たれとるものじゃが…

 この技術は… 人のものとは思えん…」

「どうだい? 刃先の方はこれでいいんだ。ボロいところは戦ってりゃ削れるから

 むしろギザギザしてた方が受け流す用には使いやすいんだよ。

 だからみねの部分の強度だけ

 普通の刀程度にしれくれりゃたぶん使えると思うのよね。どうだい?」

「あぁ、あぁ、やる。やらせてくれ。おいノーラ。炉の火をたいてくれ」

「わかったよジジイ。仕方ないねぇこの人は」

 

 ヘパ爺はノーラを連れて急いで本工房へと向かっていった。

 

「それでケムリ、そっちの剣の方はいつできる?」

「そうですねぇ。再鋳造なら問題ないとは思うんですが、期間については腕によるので

 少しかかるかもしれません」

「じゃぁちょいとばかし急いでくれや。数日したら向こうも動きがあるだろうからさ」

「仕方がないのう。お前様のことでは仕方がないからワシも少々なら手を貸してやるかのう」

「いやそれはマジでいらないよアスティ。どっからその気遣いの気持ちが出てきたんだ?」

「でしたらワタクシも因果律に干渉しないくらいの少々のお手伝いならできますわ!」

「なんでセスタまでそこは張り合うんだよ… なんだよ因果律って…」

 

「できた! できたぞい! ほれグェイン。とりあえずこれを持っていけ」

「いやはえぇなヘパイストルの爺さん」

「刀身の交互の強靭な部分以外は異様にボロく作っとるが

 打ってみたら基礎は一部の隙もなく出来あがとったわ。

 これはワシが命名しよう。〝ディフレクタス〝じゃ。金はいらん。持っていけ」

「あぁ、ありがとよ。それじゃケムリそっちも頼んだぜ」

 

 そう言ってグェインはグリフォニス傭兵団の駐屯地へと戻っていった。

 

「んじゃボクも試験工房で再鋳造を始めようかな。ていうかこれもヘパ爺さんが

 再鋳造すればいいのでは…」

「ワシは右手がない状態で息子の最高傑作に手を加えることはできん。極めて不本意じゃが」

「不本意っていう必要ありましたか? 

 まぁ依頼は依頼なので許してください。では早速始めますね」

「えっ、ワシの晩御飯は!?」

「あぁそうか。アスティは晩御飯食べたらボクの分も持ってきてくれるか?」

「ワタクシはケムリお兄ちゃんを手伝いますわ。因果律に干渉しない程度にですけれども」

「だから因果律ってなんだよ。ありがとうセスタ。じゃぁお願いするよ」

 

 そんなこんなでケムリは聖王の槍・ツーを手に試験工房へと向かった。



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兵争領域にて

 ガァーン ゴォーン ガァーン

 ヘパイストル工房の試験工房に刀剣を再鋳造するハンマー音が響く。

 試験工房の鋳造炉の前に座りハンマーを打ち付けるケムリの横でセスタがその様子をジーと観察している。

 

「ケムリお兄ちゃん。この部分はもうちょっとこうしたほうがよろしいかと思いますわよ」

 

 セスタが言って別のハンマーで一打して簡単な修正を行う。

  

 キイイィィィィィィィィン

 

 セスタが再鋳造中の刀剣を打ち付けると澄んだハンマー音が響き、試験工房の外から

 

「か、神様ぁぁぁあああぁぁぁ!!!」

 

 というヘパ爺の声が聞こえてくる。

 ヘパ爺にはあらかじめ助っ人を呼ぶけど秘密主義者なので試験工房には決して入らないように頼んでおいた。

 ヘパ爺は一眼だけ合わせてほしい、鋳造するハンマーの動きだけでも見せてほしいと言ったが、

 助っ人は断固として他人に姿を見せたがらないので申し訳ないが

 試験工房には立ち入らないようにケムリが頼み込んでいたのだった。

 セスタに1打だけ修正をしてもらい、再びケムリが聖王の槍・ツーの再鋳造を続ける。

 

 ガァーン ゴォーン ガァーン

 

「…」

 

 アスティが横から一打修正する。

「なぁお前さま。ここはもうちょっと刀身を伸ばしておくかのぅ」

 

 キイィィィィィィィィン

 

「か、神様ぁぁぁぁああああぁぁぁ!!」

 

 再び試験工房の外からヘパ爺の叫び声が聞こえてくる。

 ケムリが再び再鋳造を続ける。

 

 ガァーン ゴォーン ガァーン

 

「…」

「お兄ちゃん、ここはもう少し刀身を鋭くしておくべきですわよ」

 

 キイイィィィィィィン

 

「か、神様ああぁぁぁあああぁぁぁ!!!」

 

 なんだろう。別にいいのだが、ケムリは少し釈然としない気分だった。

 外のヘパ爺の叫び声はスルーしつつ再鋳造を進める。

 

「せっかくじゃから刀身に冥魔のルーンでも掘っておくかのう」

 

 アスティがノミを取り出して幅広い刀身に一文字ルーンを刻むとセスタが抗議した。

 

「いけませんわよアスティ。でしたら反対側に聖輝のルーンを掘って中和いたしますわ」

「なにおぅ。ではさらにルキフグスの冥魔のルーンを加えてやるとするかのう」

「でしたらワタクシはその横にワーグナスの聖輝のルーンを掘って中和するまでですわ」

「コラコラ二人ともお客さんの大事な品物なんだからあんまり落書きするんじゃないぞ」

「まぁこの程度装飾の範囲内じゃろうお前さまよ。どうせただの人間に冥魔のルーンは発動できんしのう」

「だからといってワタクシは放置するわけにはいきませんわ」

 

 二人の幼女はそういいながら結局刀剣両方の側面に合計16ずつのおかしな文字を刻み込んでしまった。

 まぁこの程度ならアスティの言うように少し趣味の悪い装飾ということで納得してもらえなくもないだろう。

 二人の幼女の協力もあり一応の形は仕上がってきた。

 兵装領域の戦闘はどうなっているだろうか?

 グェインの話ぶりからするとおそらく戦闘は既に始まっているかもしれない。

 ケムリは仕上げの再鋳造を急いだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 兵装領域では紫犀騎士団が三重に陣形をなす三重鉄波陣を敷き、敵陣の猛攻に備えていた。

 騎士団の司令官が号令する。

 

「前線のアンデスト傭兵団がやられたぞ! 総員盾を構えろ!」

 

 紫犀騎士団の騎士たちは巨大な盾を掲げ地面に突き刺す。

 中列の騎士は目の前の前列の騎士越しに敵陣の突撃を見据えていた。

 が、突然目の前の騎士の体が爆発したように砕け、

次に巨大な盾が自分に突進してくるのが確認でき、そしてそのまま視界が暗転した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 グリフォニス傭兵団の貼った陣営に老年の騎士、サー・バリスタンの号令が響く、

 

「紫犀騎士団が壊滅的な打撃を受けた! 

 ええい、お前らは何を悠長に構えているのだ!

 これに即応し速やかに敵陣の戦闘に加われ!

 紫犀騎士団の立て直しを支援するのだ!」

 

 グリフォニス傭兵団の部隊の一角の戦闘でグェインは馬に乗ってサー・バリスタンの怒号を聞いていた。

 グェインは左手にヘパ爺の再鋳造した妖刀゛ディフレクタス゛を持ち、

 背中にケムリが鋳造した粗雑な刀剣を複数背負ったまま馬に騎乗している。

 隣の千人長の傭兵がグェインに言う。

 

「紫犀騎士団でも突破されたってよ。俺は斥候しながら見てたんだが、

 紫犀騎士団の三重鉄波陣が一直線に破られるところなんて初めて見たぜ。

 なぁ俺逃げていいかな?」

「あん? あぁ好きにすればいいだろ?

 グリフォンはやる気だろうけどな」

「まぁそうだろうねぇ。はぁーついに兵争領域の悪魔に当たることになるとはねぇ。ここはいっちょ腹括るかね」

「グリフォニス傭兵団! 出撃するぞ! 紫犀騎士団の立て直しを支援する!」

 

 グリフォニス傭兵団の陣営の戦闘でグリフィンが号令を発する。

 その号令に合わせて傭兵団の全部隊が戦闘中の紫犀騎士団の居場所へ馬を走らせ始めた。

 

 グリフォニス傭兵団の進軍に伴いグェインの馬も敵陣と激突した。

 兵争領域の悪魔は見当たらない。

 グリフィンとの事前の打ち合わせでは兵争領域の悪魔がでたらグェインが対処することになっている。

 馬を走らせながら目の前の敵陣に突撃する。

 目の前の騎乗した敵の騎士のないできた刀剣を左手のディフレクタスで受け止める。

 ディフレクタスのギザギザの刀身が敵の騎士の刀剣を受け止め、

 グェインはそのままディフレクタスをひねってこの斬撃の剣閃を左側に受け流し、

 右手に背中から抜いたケムリの打った刀剣を持ち、

 これで思いっきり敵の騎士の頭部を打ち付け、ケムリの刀剣は砕け敵の騎士は脳震盪を起こして落馬した。

 そのまま左手から迫る二人の敵の騎士のそれぞれの斬撃をディフレクタスで瞬時に撃ち落とす。

 と、次の瞬間目の前に巨大な盾が迫ってきていた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「よぉ〜し、だいたいできたかなぁ。あとはちょっと仕上げをするだけだ」

「しかしお前さま、結構でかくなったもんじゃのう。これは人間に扱えるのか?」

「うーん、まぁそれは大体おまえのせいではあるんだけどな。たぶんグェインさんの力なら扱えるんじゃないか?」

「それにある程度のサイズがないと強度の問題もありますものね。お兄ちゃん。グェインさんならきっと問題なく扱えますわ」

「だといいんだけどね」

「ちなみにこの両手剣の名前ですけれども。ワタクシは聖王の槍・スリーがいいと思うのですわ!」

「うーん。でも槍じゃないしなぁ」

「ではストームブリンガー!という名前はどうじゃ?」

「うーん。ちょっと長くないか?

 そうだな。じゃぁ゛ストンガー゛でいいんじゃないか?」

「なんかダサいのう」

「そのネーミングはダサいですわ。ケムリお兄ちゃん」

「お前らには言われたくないけどな。それじゃぁグェインさんのところに急ごう」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ケムリは二人の幼女を連れて兵争領域に向かった。傭兵団の駐屯地で馬を借りて、アスティとセスタも乗せて戦闘中の陣営へと馬を走らせた。

 

「見つけたぞ! あれじゃろうグェインは」

「苦戦しておられる様子ですわね」

 

 アスティとセスタが戦闘中の陣営の中で戦っている最中のグェインを発見した。

 相手はおそらく兵争領域の悪魔と言われる傭兵だと思われた。

 兵争領域の悪魔と言われる傭兵は一際目立つ巨漢で、左手に巨大な盾を持ち、右手に大剣を持っている。

 そして左手の巨大な盾には鎖が繋がれていて、兵争領域の悪魔がその巨大な盾を

 強靭な膂力で近くの傭兵へと投げつけるとこの傭兵の身体を盾の衝撃で爆散させ、

 それを手元に手繰り寄せると再び次にグェインへと投擲した。

 

 グェインは左手のディフレクタスでこの巨大な盾の投擲を弾くが、その衝撃で馬から転げ落ちた。

 次に兵争領域の悪魔が騎乗したまま突進し右手の大剣でグェインへの斬撃へと振りかぶる。

 そのすんでのところで馬に乗ったグリフォンがグェインの手を掴みこの大剣の斬撃をかわし、再び馬に乗せる。戦闘は激戦だった。

 

「いや、この剣どうやって渡せばいいんだ。

 あんなのに巻き込まれたら即死しちゃうよ。

 お〜い。グェインさ〜ん」

 

 ケムリが叫ぶとグェインは一瞬ケムリのほうを見るが、再び巨大な盾の投擲を馬を右手にかわさせながらディフレクタスでこれを打ち落とす。

 その戦闘の間には他の敵の騎士もいる。

 ケムリにはとても付け入る隙があるように思えなかった。

 

「仕方がないのうお前さま、その剣をこっちによこせ」

「うん? どうすんだアスティ? じゃぁこれ」

「ちゃんと受け取れよグェイン。よっほっとぉ」

 

 アスティがその剣を右手に持つと、そのまま振りかぶってはるか遠方のグェインへと投げつけた。

 その剣はビュンビュンと高速で回転しながらグェインのほうへ飛んでいく。

 グェインとケムリ達の間にいた騎士達はその剣に気づかずその回転のままに鎧ごと切り裂かれ、

 回転する剣は血飛沫を散らしながらさらにグェインへと飛翔し、グェインは右手でその剣の柄を掴んだ。

 

「ギリギリ間に合ったな。いいじゃねぇか。よく手に馴染む」

 

 グェインはその剣を掴むと鋭い笑みを浮かべた。

 その剣は大剣だった。それは剣というにはあまりにも巨大だった。大きく、分厚く、重く、

 そして両面に趣味の悪い落書きが刻まれていた。

 グェインの背丈はあろうかというその巨剣は、マダラ模様に陽光を散らしている。

 

 次の瞬間再びグェインに巨大な盾が迫る、グェインはディフレクタスを納めると、

 その巨剣ストンガーを両手に持ち、この巨大な盾の突進にその巨剣を打ちつけた。

 ガァァァァァンと衝撃音が響き、巨大な盾がひび割れながら弾き飛ばされる。

 次にグェインは左手にディフレクタスを持ち、

 右手はその腕だけで巨剣ストンガーを持ち、兵争領域の悪魔へと突進した。

 グェインの右手の巨剣ストンガーの斬撃を兵争領域の悪魔がその大剣で太刀打ちする。

 そのままグェインの嵐のような巨剣の斬撃を巨大な盾と剣で払いのける。

 しかし斬撃が繰り返されるたびに兵争領域の悪魔の盾と剣はミシミシと刃こぼれを起こす。

 

「その剣で竜でも殺すつもりか?」

 

 グェインの目の前の兵争領域の悪魔がつぶやくように言う。

 グェインは鋭い笑みを浮かべて

 

「はっ。その前に今はお前だろ」

「そのようだな。俺のこれらでは不足のようだ」

 

 兵争領域の悪魔はそういうと馬を反対方向へ向けさせて敵陣の奥へと馬を走らせていった。

 グリフォンが叫ぶ。

 

 

「グェインに続け!! 敵陣を壊滅させるぞ!!」

 

 グリフォンの号令に呼応してグリフォニス傭兵団が敵陣に突撃する。

 グェインが先陣をきって巨剣ストンガーをふるい。目の前の複数の敵の騎士達をひとなぎで爆散させながら突撃していった。

 

「いやぁなんとか間に合ったみたいんでよかったよ」

 

 ケムリはその様子を後ろでみながら安堵のため息をもらした。

 

「よかったですわねケムリお兄ちゃん。ストンガーのネーミングはダサいですけれども」

「そうじゃのう。ネーミングはダサいがよかったのうお前さま」

「だからお前らには言われたくないんだよ。まぁまぁとりあえず戻ろう。ここは危ないからな。お前らも含めてだけど」

 

 ケムリ達は大勢が決したグリフォニス傭兵団たちの戦闘を見ながら先にウィンザリアへの帰路へとついた。



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孤児院にて

 早朝、ケムリはウィザーズヴェイルの郊外にあるユークィンの孤児院を訪れていた。

 孤児院は突貫工事で作られたらしく、木造で簡素な作りだった。

 個人の横には馬屋もあるし、工房も一応あるようだった。

 孤児院の裏手には畑がすでにあらかた整地されている。

 セスタは孤児院を訪れてから目を輝かせ、ケムリに何か喜捨はできないかと尋ねた。

 アスティは孤児院の子供達の資質に興味があるらしく、

 孤児院の中や馬屋や工房の孤児達を見て回っている。

 

「ケムリはいいな。転移結界を張って直接宿から移動していいのはかなり異例だぞ」

「へ、へぇ。そうなんだ」

「私の国からはここはかなり遠いということもあるかもしれないがな、

 それでもヴェイルの郊外に孤児院を構えてそこで寝泊まりできるというだけでも精一杯だ。

 なぁどんな魔法を使ったんだ?」

「い、いやぁ。ハハ、なんでなんだろうね。ボクにもそこら辺はよくわからないんだけど、

 もしかしたらセスタが魔誘いのベルを鳴らしたから特別扱いされてるのかもね」

 

 ケムリはそこら辺の特別扱いについてそれが特別だとしらなかったが、

 とりあえず適当にはぐらかすことにした。

 

「普通は魔法学校の寮で暮らして人脈を深めるものなのですがね」

 

 ユークィンの隣で直立していたスチュワート・ワットスンが言う。

 

「一般的な生徒であればな。ワットスン、私は誰だ?」

「はっ、アルトリア公国が王女、ユークィン・アルトリア陛下です」

「そのとおりだ。おまえは本当に状況判断が的確だな。」

「まだまだお若いのが難点ですが、おっと」

「一言多いのがおまえの難点だな、ワットスン」

 

「ただいま戻りました。ユークィン」

「あぁ、おかえりアーサー。早朝からご苦労だったな」

「ユークィン、この子は?」

「あぁ、ここの孤児の一人で、アーサーという。こいつは店の主人に気に入られていてな。

 買い物は主にアーサーの役割分担として任せているんだ」

「ふーん。そういうもんかな。でも、この子…」

 

 アーサーはケムリ達に丁寧に挨拶をしたが、

 アーサーの目のところには包帯が巻かれているのがケムリに確認できた。

 目が見えてないのにどうして自分たちの立ち位置がハッキリ認識できているのだろう。

 

「アーサーさん。おいたわしいですわ。因果律に干渉しない程度であればワタクシが…」

「やめておけセスタ。こいつは自分で目を潰しておる。

 少なくとももう数年が経つまではこうしておいたほうがこいつのためじゃろう。

 この目はあまりによく見える」

「アスティ何を。え、えぇ、そうですわね」

 

 井戸のそばに腰掛けているユークィンたちの位置からは

 孤児院の中庭でガウェインとランスロットと木刀で遊んでいるのが見えた。

 遊んでいるというか、剣の稽古だろうか。

 年恰好はアスティやセスタと同じくらいだが、

 ケムリにはすでに時々剣閃が見えなかった。

 アスティがそれを見つけると二人に駆け寄って稽古に加わった。

 

「どれ。少し稽古をつけてやるとするかのう。おいお前ら、二人で打ち込んでこい」

「え、いいのかよ。俺は遠慮しねぇぜ?」

「かまわんかまわん。若いものが遠慮をするのではない」

「でもあなたボク達と同じ歳なんじゃぁ…」 

「よっ、ほっ、やはり筋がいいのう。

 どれ、まだ本気ではないじゃろう。本気で打ち込んできてみろ」

 

 そう言われたガウェインとランスロットは少し顔を見合わせて

 真剣な顔つきになって二人でアスティに打ち込んだ。

 

 ガガガガガガガガガガ

 

「おうおうやはり筋がよいのう。まだまだ荒削りじゃが

 二人ともそれぞれの型はもうできておる」

 

 ガウェインとランスロットの嵐のような打ち込みを

 アスティは顔色ひとつ変えずに全て太刀打ちし打ち落とす。

 

「くっ、俺たちが二人がかりで一発も通らないなんて…」

「なんなんだこの人は、ボク達と同じ歳なのに…」

「まぁそういうな。相手が悪い。

 それにお前らはまだ若いからのう。まだまだ伸び代がある。

 そうじゃ。せっかくじゃからこれをおまえらにやろう」

 

 アスティがそう言って二人にそれぞれ作物の種のようなものを渡す。

 

「え、いいのか? でもなんだこれ?」

「何かの種ですか?」

「それは時空位相を歪めてお前達の時間位相を最適な位置に、

 まぁ一時的に18歳ぐらいになると思えばいいじゃろう、

 時駆けの種子、〝クロノ・トリガー〝じゃ!!」

「ふぅん」

「畑に植えたら何か実がなるかな」

 

 アスティが遠くで何かゴニョゴニョ言いながら

 ガウェインとランスロットに種子やら何か色々なものを渡していたが

 ケムリはあまり気にしなかった。

 

 ケムリの近くでユークィンと一緒に水汲みをしていたアーサーが

 ふと山の方を振り向いた。

 

「朝が来る」

 

 アーサーがそう言ったすぐ後に山の合間から太陽がのぼり、

 オージェストン魔法学校の屋上から

 ミスリルの大鐘楼の鳴る音がゴォーンゴォーンゴォーンと響いてくる。

 ケムリはセスタとアスティを連れ、少しユークィンを待ってから

 オージェストン魔法学校へと登校した。



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オージェストン魔法学校にて

「え~であるからしてぇ~この歴史上の一大事、

 400年前の大悪帝エイゴリスの侵略においても

 ヴェイルの存在意義が遺憾無く振るわれることになったわけだわ」

 

 今回のオージェストン魔法学校の授業は歴史についての授業だった。

 ウィザーズヴェイルとその秘術は基本的には外界に持ち出さないというのが掟であるらしかったが、

 それは時と場合によるということらしい。

 授業の講師はメイスター・ドゥワドゥが担当している。

 この巨漢のメイスターは少々居心地が悪そうに授業を続けている。

 

「わっしらの所属するこのヴェイルの力は基本的に外に持ち出すことはあっちゃならんということになっちょる、

 とはいえおまえたちが卒業した時は卒業生として外界に出ることもあるじゃろうその時は一卒業生として

 世の中のために力を使うことについては問題ないから心配せんでええぞ、

 ただヴェイルに生来備わっとる力やアーティファクトやメイスター達は話が別ということだわ。

 しかしそれも時と場合による。

 400年前のことじゃからの、知っとるもんは少ないが、この時の大悪帝エイゴリスの侵略においては

 裏で魔族が糸を引いていたという説もあるくらいでの。

 52連合諸国存亡の危機という一大事だったわけじゃ。この時力を振るわれたのが誰あろうサウザンド・メイスター様じゃ。

 この大悪帝エイゴリスの軍勢を極位魔法によって退けたと史料にはある。これでええですかの? サウザンド・メイスター?」

 

 メイスター・ドワドゥが居心地が悪そうにしていた理由は

 黒板の横手でロッキングチェアに座って授業の様子を眺めているサウザンド・メイスターだった。

 ヴェイルの歴史においてもサウザンド・メイスターは生徒たちには無関心で授業を教えるということも

 授業を参観するということもなかったということらしい。

 この歴史の授業はそのサウザンド・メイスターが観覧するということで全てのクラスが参加を許可されていた。

 広い教室には四柱のクラスから十二星のクラスまで様々な魔法学校の生徒たちが集まっている。

 

「なぁ~にが極位魔法じゃ。ただの第四階梯魔法ではないか」

 

 座って授業を受けるケムリとセスタの横でアスティが机に肩肘をつきながら悪態をつく。

 メイスター・ドゥワドゥは授業を続けながらサウザンド・メイスターに史実を確認する。

 

「ん~ではせっかくですからのう。サウザンド・メイスター様そこらへんのことをお話いただいても構わんですか?」

「ほっほっほ。よろしい。この時に私が使った魔法は第四階梯魔法、ティターンズ・フォールという」

 

 広い教室で生徒たちがざわめく。

 

「あ~静かにせんかおまえら。まぁわからんでもないがこれを普通のことと思ったり自信を喪失せんようにの。

 まぁいうまでもないことじゃが、第四階梯の魔法が使えるのはサウザンド・メイスターをおいて他にはおらん。

 魔法学校の生徒にしても第0階梯の通常魔法を使えるようになるだけでも大したもんだぞ。まずはそこを目指さにゃならん。

 そしてその中でも才覚があるものだけがマナエンチャントを生成して第一階梯の魔法が使えるようになることがある。

 それができればそれだけで一人前の魔術師だと誰もが認める。

 魔法学校に入学するだけでも一握りの人間だけじゃが、その中で特に魔術の才覚があるもんだけが

 マナエンチャントを生成できるようになるわけだの。

 そして数人のアーク・メイスターやこちらにおわすサウザンド・メイスター様だけが複数のマナエンチャントを多重生成できる。

 およそ常人には到達できん領域じゃもんで、あまり気にせんようにな。

 ダブルマナエンチャントの生成ですらマナエンチャントの8倍難易度があると言われちょる。それ以上は人間の領域だとは思わんことだわ」

 

「ほっほっほ。このティターンズ・フォールは魔相空間に魔力を凝縮しその魔力球を主に天空に転移するものなのだ」

「い、いえサウザンド・メイスター様。極位魔法の話は資料として興味深い話っちゃそうですが

 こいつらには歴史の話の方をお願いしますだ」

「ほっほ、そうだな。メイスター・ドワドゥ。その時の大戦の跡地には巨大なクレーターが今でも残っている。

 これはその時の戦いのものだ。私はこの時それらによって歴史のさざ波を静めた。

 いかがですかな? セスティア、、いえ、セスタ君」

 

 突然サウザンド・メイスターに名指しされたセスタが少しキョトンとして私見を述べる。

 

「えぇ、当時はそれ以外に方法がなかったのでしょうし、大変素晴らしいことだと思いますわ」

「おぉ、おおぉぉぉ、なんたる得難き……」

 

 ニコニコと笑って授業を眺めていたサウザンド・メイスターは今度は顔を歪めておいおいと泣き始めた。

 

「いかがされましたかサウザンド・メイスター様?

 ま、まぁ授業を続けるぞおまえたち。

 この時のヴェイルの存在意義はいかんなく示されたがこれは例外的なもので一般には」

 

 ドワドゥが授業を続ける。

 

「なぁ、セスタが特別扱いだったのは本当だったのかもしれないな」

 

 ケムリの隣に座って授業を受けているユークィンがヒソヒソとケムリに言う。

 

「う、うーんどうかなぁ。偶然指されたってだけだろうしボクには判断がつかないけどね」

「もしかしたらセスタはサウザンド・メイスターの弟子に指名でもされるんじゃないか? 

 歴史上今までなかったことらしいぞ」

「ま、まぁそこまでのことはないんじゃないかな」

 

 ユークィンの座っている長椅子の向こうでは

 今日はアーサーを連れてきているらしく

 アーサーはアスティやセスタより少し小さい背格好だが

 歴史に興味があるのかせっかくの授業だからなのか

 メイスタードワドゥの発言を黙々とノートに書き留めている。

 相変わらず目の周りには包帯を巻いていて、目が見えないのは確からしかったのだが

 時折ノートを手で触って文字を確認できているらしかった。

 スチュワート・ワットスンは相変わらず教室の外側で直立している。

 

「おし。では今日の授業はここまで。わしは魔法学校の外側のドワーフ工房に戻るんでの」

 

 そう言ってドワドゥは授業を終了し。サウザンド・メイスターは座っていた椅子ごと空間が歪み消え去ってしまった。

 魔法学校の生徒たちも席を立ち始め、ユークィンが伸びをした。

 

「今日の授業は終わりだな。じゃぁ孤児院に帰ろう。退屈しないかと思ったがアーサーは勉強熱心だな」

「えぇ、ユークィン。とても面白かったです」 

 

「ボクたちも工房に戻ろうか。アスティは退屈そうだったけど見るからに暇そうにしたらドワドゥさんに悪いだろ」

「はっ、あんなもん単なるアレクシスの自慢ではないか。何をしに来たんじゃあいつは」

「いけませんわよアスティ。あくまでドワドゥさんの授業なのですわよ」

「そんなもんしらんわーい」

 

 アスティはそっぽを向いて口笛をピューピュー吹いている。

 と、席を立とうとしたユークィンの机に右手がドンと置かれた。

 それは以前にセスタに話しかけていたハーデスの生徒だった。

 男子生徒は後ろに付き添いの人間たちを従えていた。

 

「あーいやだいやだ。いやだねぇ。

 どうしてこの五大辺境伯が一つ暗黒卿第四席の名家であるこのボクが

 汚らしい孤児などと一緒に授業を受けなくちゃぁいけないんだ?

 王族っていうのは何をしてもいいのか?」

 おまえ達もそう思うだろう? リトルフィンガー? サー・クレイゲン?」

「ケキャキャ。坊ちゃんのおっしゃる通りで!」

「……」

 

 ハーデスの生徒とその付き添っている騎士がユークィンに言う。

 この騎士には見覚えがあった。確か兵装領域でグェイン達の戦術会議に同席していた騎士の一人だ。

 もう一人のクレイゲンと呼ばれた付き添いの騎士は厳しい表情のまま黙っているままだった。

 

「おまえだってそこの騎士達の連れ添いを許されているではないか。それと同じことだ。規則に従っているぞ」

「なななっ、こやつ、坊ちゃんに意見するとは。ケキャキャ、このような無礼者は打ち首にしてしまいましょう坊ちゃん」

「それは困るな。それでは国家的な問題になる。いくら我がアルトリア家と暗黒卿が対立しているといえどもね」

「ちっ、口の減らない女だ。おいそこの孤児、なんだおまえ目が見えないのか?

 このボクはおまえのような卑しい身分のものが同席していい人間じゃぁないんだぞ?」

 

 ハーデスの生徒にそう言われたアーサーはしかし黙ったままだった。

 

「なんだ口も聞けないのか? それとも怒ったってわけかい?

 ここは男らしく試しにこのボクに手をあげてみちゃぁどうだい?」

 

 そう言ってハーデスの生徒はアーサーの前に立ち

 アーサーの目の前に右頬を突き出して見せた。

 

「ほらここだ。目が見えないなら目の前で手を振ってみるだけでいいんだ。よく狙うんだぞ?」

「おぉ坊ちゃん。卑しい孤児相手になんという勇気ある振る舞い! このケフカ感服いたしました!」

 

 アーサーはキョトンとしている。

 めんどくさいことになってるなぁと思うケムリの横で

 邪悪な笑みを浮かべたアスティが右手の親指をピンと弾いた。

 

 ドォン!

 

 すると右頬を突き出していたハーデスの生徒が炸裂音と共に

 教室の端に吹っ飛ばされた。

 ハーデスの生徒はフラフラと立ち上がってユークィンとアーサーを指差して言った。

 

「なっ、やりやがったな。見たか!? おまえ達!! このボクに手を出したぞ!! 

 打ち首だ! その女と孤児を打首にしろ!! サー・クレイゲン!!」

 

 教室の生徒達がざわめく。

 ユークィンがため息をついて言う。

 

「あなたも気の毒だな。あいつが勝手に吹っ飛んだだけに見えたぞ?」

「すまんな。俺も命令には逆らえん」

 

 クレイゲンと呼ばれた騎士はそう言って剣の柄を握った。

 

「なんだか楽しいことをしているじゃないか。私も混ぜてもらってもいいかな?」

 

 別方向からの声に全員が振り向いた。

 

「なんだおまえは!? このボクに意見する気か!?」

 

 ハーデスの生徒が吠えた相手は黒いフードをとった。

 背の高い女性で帯剣しているのがケムリにも確認できた。騎士だろうか?

 

「ヴェイルのアーク・メイスター。グラミィ・ヴァルキュリアスだ。

 久しぶりにヴェイルに戻ってサウザンド・メイスターの様子がおかしいと言うから見にきてみれば……

 やれやれ、これだからクラスごとに分けているんじゃぁなかったのかね」

「なっ、なにがアーク・メイスターだ! ボクはあの暗黒卿の関係者だぞ!!」

「それがなにか? ヴェイルは外界とは縁遠くてね」

「暗黒卿は借りを返すんだ! サー・クレイゲン!!」

「ほう? いっかいの騎士が? 私に?」

 

 アーク・メイスターが鋭い笑みを浮かべて右手の剣に手を添えると

 次の瞬間ゾゾゾゾゾゾゾと斬り裂き音が響き。

 次にこの広い教室の壁や天井が切り裂かれ壁が崩れ天井が崩落した。

 

「まだやるかね?」

 

 アーク・メイスターがクイッとアゴをひねる。

 その様子を見ていたケムリは

 サウザインド・メイスターやこのアーク・メイスターは

 なんでこう歴史あるはずの建物を簡単に破壊してしまうんだろうと内心で思っていた。

 

「おっ、覚えておけよ! アルトリア家! 借りは返すぞ!!」

 

 ハーデスの生徒はそう言って騎士達を連れて教室を後にした。

 

「めんどうな手続きを踏まずにすんだよ。感謝するぞ。グラミィ・ヴァルキュリアス」

「気にすることはないよ。私はちょっと遊びにつきあっただけだしな」

 

「アスティ、おまえやりやがったな?」

「しらんしらん。ワシはしらんわーい」

 

 そうケムリに問われたアスティはピューピューと口笛を吹いて知らんぷりを決め込んだ。

 ケムリはクラス混合の授業には参加しないでおこうと心に決めた。

 

 

 

 

 

 



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オージェストン魔法学校の郊外にて

 夕暮れ時、ケムリとセスタとアスティは

 ユークィンとアーサー、そして孤児院で合流した

 ガウェインとランスロットに連れ添って

 ヴェイルの外の街に物資の買い出しに訪れていた。

 ユークィンはワットスンが保安上の理由といって

 街の外で馬と一緒に待っている。

 

 一通りの物資をアーサーについていきながら買い込み、

 ケムリとガウェインとランスロットが荷物を引き受けていた。

 商業区画を歩きながらアーサーがアスティにポツリと言った。

 

「あの、アスティさん。ああいうことは、その、あまりよくないですよ」

「ほう、あれを見切ったか。ステルスはかけておったんじゃがのう」

 

 アスティが悪びれもせずそう答えて、アーサーに右手をつき出した。 

 

「そうじゃ、ガウェインとランスロットだけじゃぁ不公平じゃからのう、

 おぬしにはこれでもやろうかのう」

 

 アスティはそう言って細い棒のようなものをアーサーに手渡す。

 

「異界の金剛樹から打ち出したサンジュレスティンじゃ、

 今はレイピアのような形じゃが

 お前の資質次第では霊魂を吸ってちょっとは伸びるじゃろう」

「あの、いえ、ありがとうございます」

「しかしアーサーよ。お前もケムリ同様腰抜けじゃのう。

 あの場面ならドカーンとやってやればよかったんじゃ」

「どっからボクが出てきたんだよアスティ。

 いやあれで正しかっただろ」

「そうですわよアーサーさん。

 勇気は蛮勇を振るうことだけにあるわけではありませんわ。

 侮辱を受け流す勇気を貴方はお示しになられたのです。

 貴方は決してケムリお兄ちゃんのように腰抜けなのではないのですわよ」

「ボクもそう思うよアーサー。

 いやセスタそこはボクの立場もかばって欲しかったけどね」

 

 もう一通り物資を買い込み、ケムリの手持ちがいっぱいになったところで

 アーサーがケムリ達とガウェインとランスロットに言う。

 

「……ガウェイン、ランスロット、

 それにみなさんは先にユークィンのところに戻ってください。

 もう少し言いつかっている買い物がありますので」

「いやいや、ボクだってもうちょっとなら荷物を持てるよ」

「はい。とてもありがたいのですが

 あまり持ってもらうと歩いていて危ないですし、それに」

 

 アーサーは街の外に顔をやって言った。

 

「……夜が来ます」

 

 街の外では太陽が山の合間にほとんど全て吸い込まれていっているところだった。

 ケムリたちは物資をアーサーから受け取って

 暗くなる前に先に街の外で待っているユークィン達のところに戻ることにした。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 薄暗くなってきた路地をぬって

 ケムリ達が街の外の馬屋に戻ると、

 ワットスンが血まみれになって床に倒れているのが見えた。

 ガウェインとランスロットが抜剣したまま倒れている

 ワットスンに駆け寄った。

 

「ワットスンさん! よかった、息はあるぞ!」

「王国でも屈指のこの人がやられるなんて…… それに、ユークィンは……」 

 

 ランスロットが言ってケムリが辺りを見回すと、

 遠くに街から走り去る馬に乗った一団があり、

 遠目にその一団の男の一人が女を抱えているのが見えた。

 

「いやさらわれてるじゃないか。どうしよう。

 街の自警団に…… いやそれじゃ見失う」

 

 ケムリは言いながら辺りを観察した。

 血はポタポタと街の中へと続き途中で途切れている。

 おそらく二手に別れたのだろう。

 遠くに走り去る一団を見ながらガウェインがうめくように言う。

 

「ユークィンが……」

「アーサーの方は今から追ってもどうしようもないじゃろう。やつの出方による。

 おまえたち、この前やった種があるじゃろう? あれは持っておるか?」

「え、なんだ急に? あの種なら」

「畑に植えましたけれども」

「な、なにおぉう? ではもう一つずつやろう。それを食え」

「でも、これは?」

「それは時空位相を歪めておまえたちの時間位相を最適な位相に、

 まぁ一時的に18歳かそこらになると思えばいいじゃろう。

 時駆けの種子、〝クロノ・トリガー〝じゃ!!」

 

 アスティは右手と左手に持った剣をそれぞれ突き出した。

 

「ほれ、あとこれもやろう。

 ガウェインには白陽の剣ガランティン、

 ランスロットには月影の剣クエンティンじゃ。

 霊冥のルーンを起動できるかはお前ら次第じゃ。

 あとその種と剣のことは他の人間に知られんようにするんじゃぞ」

 

 アスティがそう言いながら

 ガウェインとランスロットにそれぞれ種子と剣を渡す。

 剣は長く、子供のガウェインやランスロットの背丈ほどあった。

 二人はそれを受け取りながら顔を見合わせた。

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

 残りの買い出しをすませて

 路地を歩いていたアーサーはすんと息を吸うと

 すぐに小走りに逃げ始めた。

 血の匂いだった。周囲の商店の売り物のものではなく、人間のものだ。

 アーサーの後ろから人に紛れて歩きよっていた

 灰色のフードの男がそれに合わせて歩調を早めた。

 

 自警団の場所は街の反対側だった。

 アーサーは路地を歩く人々をかわしながら裏手に入る。

 しかし後ろからは灰色のフードの男が距離を詰めてきていた。

 

 アーサーはそばの階段を降りて地下道に逃げ込み、

 さらに走って商品倉庫の一室へと逃げ込んだ。

 部屋はそこで行き止まりになっていて、

 一本のロウソクが弱々しく部屋を照らしている。

 アーサーの後ろでは灰色のフードの男が部屋の入り口から入ってきたところだった。

 男は息切れすることもなくアーサーに歩を進める。

 

「わるいが命令には逆らえん」

 

 灰色のフードに身を包んだ男は

 部屋に追い込んだアーサーにそう言って

 剣を抜いた。ロウソクの光に照らされて

 ロングソードが鈍く反射する。

 

 アーサーは行き止まりの部屋で振り返り

 腰からアスティにもらっていた小さいレイピアを引き抜いた。

 男はフードに覆われたまま

 噛み締めるような薄いため息をついた。

 

「子供があがくな。苦痛が増すだけだ。すぐに終わる」

「……ナイトイズ カミング」

 

 アーサーは小さくつぶやくとその小さいレイピアを目の前で一振りし

 火の灯ったロウソクを切り落とし部屋を暗闇が覆った。

 

   

     ◆ ◆ ◆

 

 

 ケムリは暗い森の中を馬を走らせていた。

 ケムリの馬の先にはガウェインとランスロットが馬を駆っている。

 二人は後ろを走るケムリよりもさらに背が高く長身の男に姿が変わっていた。

 それぞれの馬の走る先には古城が見えマダラ模様のフードを被った男が

 後ろ手に縛られた女をその城壁の上に座らせているところだった。

 城壁の前には剣を引き抜いた男達が

 ケムリ達を待ち構えている。

 

 ガウェインとランスロットは馬から飛び降り

 それぞれの剣を目に見えない剣閃で振り、

 野党たちを剣ごと切り倒していく。

 間合いの野党を一瞬で切り倒したランスロットが

 遠くの城壁の上の男に叫んだ。

 

「下郎!! そのお方を誰だと思っている!?」

「混乱はハシゴだ! ミーを高みまでいざなってくれる!

 ケキャキャキャキャ!」

 

 マダラ模様のフードを被った男は

 古城の城壁の上で笑いながら叫ぶ。

 男は城壁の上に座らせたユークィンの頭の上で

 ロングソードを大きく振りかぶった。

 

「ケキャキャ! 死ね! 王族! ミーのハシゴだ!!」

 

 男が笑いながら思い切りロングソードを振り下ろす。

 

 しかし振り下ろされたロングソードの剣先は

 キィンと鋭い音を立てて切り取られ弾き飛んだ。

 城壁の遠くでランスロットがクェンティンを振りヒュウと息を吐く、

 そして次に白い炎が男の横手の城壁を粉々に吹き飛ばし蒸発させた。

 ガウェインが赤熱するガランティンを再び構えて叫んだ。

 

「次はあてる!!」

「あっ、あわわわわっ!

 そんなことをしたらミーが死んでしまうじゃないかっ!

 この人殺しっ! 人でなし! 悪魔!」

 

 男はひとしきり叫ぶと城壁からいなくなり。

 後ろ手に縛られたユークィンにガウェインとランスロットが走り寄った。

 

「ありがとう。助かったぞ。ところできみたちは誰なんだい?」

「俺は、」「ボクは、」

 

 ガウェインとランスロットは口々に言いながら

 ユークィンの前にひざまづいて頭を下げた。

 

「貴方様の騎士です。貴方のそばに仕え、必ずや貴方をお守りします」

「うん? まぁ、なんだ。どうもありがとう、でいいのかな?」

 

 ユークィンは見知らぬ男たちに少し頭を傾げながら礼を言った。

 

 城壁の上を見やりながらケムリは馬の手綱を引いた。

 

「ユークィンは無事みたいだな。ボク達は先に戻ろう。アーサーも気になるし」

「まぁ無事でなかったらあいつら堕天しておったじゃろうしな。

 しかしおまえ様よ。もしやなにかを取り返そうとはしておらんか?」

「ワタクシはケムリお兄ちゃんにもいいところがあると思いますわ!」

「ありがとうセスタ。でもそれは逆になんかアレだけどね。もう言っちゃってるっていうか」

 

 言いながらケムリは街の方に馬を走らせた。

 

 

 



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オージェストン魔法学校の廊下にて

 ケムリはアスティとセスタを連れてオージェストン魔法学校の廊下を歩いていた。

 隣にはユークィンとその後ろにワットスンがついてきている。

 

「ワットスンさん。もう平気なんですか?」

「当然です。スチュワートですから」

「そ、そういうものなんですか。アーサーの方はどうですか?」

 

 ケムリの質問にユークィンが答えた。

 

「アーサーも少し精神的に消耗してはいるみたいだったよ。

 身体的には無事だが、どうも野党に襲われた時に反撃せざるをえなかったらしい。

 あの年頃の子供に人を斬るという行為は少々重いものだったようだ」

「まぁ大事なくてよかったんじゃないか?」

「今回のことでは王国内でも少々物議になっていてな。

 〝小鳥達〝を使うことでとりあえずの対策とすることにした。

 ケムリも不用意な発言は慎むんだぞ。どこで誰が聞いているかわからないからな」

「ボクも防諜対象になってるのかよ。単純な物盗りとは見てないんだね」

「うん? まぁそう考える理由は複数ある。

 確かに野党が人をさらうということは時々あることだが、

 それなら私をさらったあとアーサーを狙う説明がつかない。

 そして複数人で襲ってきたとはいえワットスンが斬られるということも通常考えられない。

 あれでもワットスンは王国のスチュワートだ。

 その中でも特に剣に秀でていることが私の執事になっていることの理由のひとつでもある。

 そのワットスンがいくら不意打ちで複数人に襲い掛かられたとはいっても、

 それでそこらの野党に斬り負けるということは

 よほどの運が悪くない限りは考えられないことだ。

 以上の理由から単純な人攫いではなく、

 私の人間関係をある程度把握した人間の意図によるものだと言えるだろうな。

 しかも相当な腕利きを動かせる力を持っている。

 ただだからといって単純にあのハーデス生が命令したとも断定できない。

 昨日の今日でそんなことをしてしまえば真っ先に疑われるのはやつ自身だ。

 アーサーがあの場で手を出していないということも

 複数の生徒が証言しているから、立場を主張するにしても根拠に欠ける。

 そういう意味ではやつは格好の隠れみのにはなるだろうけどね。

 あいつだってそこまで愚かではないだろう。 

 それにそもそも、そんな意図的な計画を

 命令できるほどの胆力があいつにあるとも思えないぞ」

 

 ケムリにもそれはある程度もっともなことに思われた。

 魔法学校の廊下を歩きながら少し思案してユークィンに尋ねる。

 

「じゃぁ別の誰かが? アルトリア王国の関係者とか?」

「どうかな。そこまで候補に入れると思い当たるふしがあまりに多くなってくるな。

 いずれにしてもだ。首謀者はそこそこの狂人だろうな。

 こんなことをして得をすると考える人間はそうそういないだろうからな」

「うーん。それだと決定的な証拠みたいなものはどうやらないみたいだね。

 ところでガウェインとランスロットは無事だったのかい?」

「うん? アーサーならわかるがどうしてあの子達が? 

 そういえば二人ともしばらく孤児院で寝込んでいたけど。

 いまは回復して元気にしているぞ」

「そうなんだ。いや、あの後えらく消耗してたみたいだから心配になってさ」

 

「でもさユークィン。今回のことだって問題にできるし、するべきなんじゃぁないのか?」

「大事にはできないさ。すでにこちらでは内々に小鳥達を放った。しかしできることはその程度だろう。

 王国でも屈指の使い手であるワットスンを切り伏せる腕利きに襲われてアーサーは無事だった。

 私は素性の知れない大勢の野党に拉致されたが、

 すんでのところでこれまた素性の知れない美麗な騎士たちが

 駆けつけて窮地を救ってくれた。

 これが事実として、いったい誰が信じるんだ?

 むしろ夢見がちな乙女の夢想かなにかだと受け取られるのがオチだ。 

 事実だが、証明はできない。これだって根拠にかけるのさ」

「う~ん。そういうもんかねぇ」

「そういうものなのだ。ケムリは知らないのか? この世の中は理不尽なことだらけなんだぞ」

「それは知ってるよユークィン。

 たぶんキミが想像できないくらいに知ってるんだと思うよ。

 ボクとしては不本意なことだけどさ。

 その点はキミの言う通りだと思うよ。この世は理不尽なことだらけだ」

 

「理不尽、か。世の中にはおかしなことが起こることがあるもんなんじゃのう」

「ワタクシはこの世の全ての不条理が正されることを願っていますわ」

「まぁおまえらには言われたくないんだけどね」

 

 ケムリ達が歩いていると廊下の向こうからハーデスのクラスの一団が歩いてくるところだった。

 その先頭を歩いているハーデス生の男子生徒がユークィンを見つけてたじろぐ。

 

「あ、アルトリア家、なっ、なんでここに……」

「なんで? 私がこの魔法学校の生徒だからだ」

「あの狼狽した感じは決定的な証拠にはならないのかなぁ」

「しかし私が無事でよかったじゃないか。なぁケムリ?

 もし私に何かあってそれに正当な根拠がなかった場合は容易に戦争にでもなっていたぞ」

「ふんっ、いい気になるんじゃないぞアルトリア家! 痛い目を見ることになるぞ!」

「それはお互い様だろう。今日は控えの騎士は一人しか連れていないようだが?」

「お、おまえのしったことではない! 行くぞケフカ!」

「ええ、行きましょう坊ちゃん。ケキャキャ。いい気になるなよ! 女と幼女達め!」

 

 ハーデス生の男子はそういうと付き添いの騎士や生徒達を連れて

 足早にその場を後にした。

 

「……もしかして今ボクって透明だったりするのかな?」

「まぁ存在感としてはそうじゃろうな。いつものことじゃろ」

「ワタクシはケムリお兄ちゃんにもいいところはきっとあると思いますわ!」

「そこはボクの立場もしっかりかばってほしいんだけどね。まぁいいんだけどさ」

 

 ケムリはライブラのクラスの授業だったので、

 アルテミスのクラスへと向かうユークィンとそこで別れて

 三人でライブラのクラスへと向かった。

 

 

 

 

 



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