長編『元は宮廷魔術師、いま国賊。どうにかお城に帰りたい』2023.03/09 (森岡幸一郎)
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プロローグ

「空飛ぶ古代遺跡」に「悪魔の石炭」、並み居る魔法使いたちが繰り広げるドタバタハイテンションファンタジー


 

 

【ウィル・オウ・ザ・ウィスプ】を知っているか?

 

 

夜中、湿地や森を歩いていると、遠くの方で青白い(あか)りが見える事がある。

 

誰かいるのだろうか? と、ついそんな事が頭をよぎってしまう。

 

が、すぐに何がいるのか想像して、恐ろしくなってその考えを頭から振り払う。

 

でも周りは真っ暗闇。嫌でも灯りがちらついてしょうがない。

 

そして知らず知らずの内、いつの間にかその灯りの方について行ってしまう。

 

行きつく先は深い深い森の中、か、はたまた泥沼の深底か。

 

いずれにせよその人はもう、帰ってはこれない。

 

そんな伝説。

 

妖精や幽霊の仕業という人もいるし、自然現象で説明しようとする人もいる。

 

でもこの灯りには、或る逸話があったりする。

 

 

【迷魂を導きし一族】を知っているか?

 

 

はるか(いにしえ)の時代のこと。

 

一匹の悪魔が、聖職者の仕掛けた罠にかかって死にかけていた。

 

そこへ一人の男がやってきて、助けを求める悪魔にある契約を持ちかけた。

 

『自分がこれから先、どれだけの悪事を働いても、絶対に地獄には落ちないように取り計らう事』

 

悪魔はこの契約を飲み、以降男はどれだけ悪事を働いても、絶対に地獄に落ちる事はなくなった。

 

男は生きている間、思いつく限りの悪行をやってのけたが、やがて流行り病であっさり死んだ。

 

死んだところで男は何一つ、心配などしていなかった。

 

自分には悪魔との契約がある。恐れる事は何もない。俺は地獄へ落ちる事はないのだから。

 

男はそんな事を考えながらのんきに天国への階段を昇って行った。

 

しかし、天国の門番に生前の悪行を全て見抜かれてしまい、そのまま地獄へ落とされてしまう。

 

とんだ勘違い。地獄に落ちないからと言って、じゃあ天国に行けるのかと言うとそれは話が違う。

 

そして、結局落とされた地獄でも、

 

「悪いけどアンタ、地獄には入れないよ」

 

地獄の門番にそう言われ、男は地獄でも門前払いをくらってしまう。

 

男は天国にも地獄にも行けず、かといって現世にはもう帰る事が出来ない。

 

行き場を失った男は、天国でも地獄でもない、その隙間、永遠の暗闇(くらがり)が広がる【辺獄】を彷徨うことになった。

 

途方に暮れ、当てもなく歩き続ける男を哀れんだ一匹の悪魔が、燃え盛る地獄の業火の中から火のついた石炭を一つ取って、燈火(ともしび)として男に渡した。

 

故に彼は【Will-o'-The-Wisp(迷いの火)】と呼ばれる。

 

男は今でも悪魔の石炭を頼りに辺獄を彷徨い歩いていると言い伝えられる。

 

そして理不尽にもこの呪いは彼の子孫にも受け継がれた。親の因果が子に報ゆ。

 

子孫たちも彼と同様に、天国へも地獄にも行くことはできない。死後、永遠に辺獄を彷徨い歩き続ける。

 

まいった子孫たちは、どうにか先祖の罪をあがなう為、せめてもの善行を積み、現世を彷徨う哀れな魂をあの世へと案内し続けているのである。

 

 

これが()の一族にまつわる一つのいわれ。

 

 

前振りが長くなったが、こっからが本題。

 

これより語られますのは、その一族にまつわるもう一つの逸話。

 

その一族に生まれた一人の異端者の物語。

 

奇しくも、始祖と同じ名を冠された、もう一人の(ウィル)の冒険活劇。

 

 

『元は宮廷魔術師、いま国賊。どうにかお城に帰りたい』

原題:『Will-o'-wisp Again』

原作/翻案/噺:森岡 幸一郎

 

 

これより開演。ぱちぱちぱち。

 

 

 

【よこざん】先生作『元は宮廷魔術師、いま国賊。どうにかお城に帰りたい』 MV

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 




渾身の作品です。
感想・アドバイス、誤字脱字の報告、忌憚のない意見、お待ちしております。


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第一話『どうしてこうなったっ⁉あゝ懐かしき栄華の時』

 

 

【 魔法 】とは、科学技術の模倣元。

 

 

科学技術で成し()る全ての事柄は、魔法でも同様に実現しうる。

 

しかし、魔法で呼び起こせる現象は、化学には再現不可能な事の方が未だに多い。

 

 

【 魔法使い 】とは、魔の領域の理を以て、超常の現象を巻き起こす者達のこと。

 

 

 常人が逆立ちしたって真似できない、恐るべき未知の力を持った彼ら。

 

彼らの御業に人々は感謝の意を示し、憧れ、嫉妬し、憎み、恐れる。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ここはイングリース王国。

 

またの名を『魔法使いの国』。

 

この国がそう呼ばれる所以(ゆえん)は大きく分けて二つ。

 

一つは魔術師の名門貴族【アエイバロン家】の影響。

 

一つは世界最大規模の魔法魔術の教育・研究機関【王立魔法大学】の存在。

 

決して、国民全員が魔法使いのマジカル大国という訳ではない。

 

それ故に国民の魔法使いの割合はほんの一握り。

 

三割にも満たない。

 

国民の生活の根底に根付いているのは産業革命によってもたらされた機械文明であり、人々は空飛ぶホウキや巨大なトカゲに乗っているのではなく、ガソリンや石炭で動くオートモービルや蒸気機関車を利用している。

 

では、魔法使いたちは何をしているのか。

 

彼らの領分は、文字通り『()()()()()のよう』な事柄。

 

科学技術の視点から見れば、原理も論理も全くのデタラメ。

 

突拍子も無く、奇想天外。

 

物語のマクガフィンにもデウスエクスマキナにも成り得る、ミステリアスでスピリチュアルでファンタジックな代物。

 

それが魔法であり、魔法使いの領分である。

 

本物語の舞台である【魔法使い国 イングリース王国】は、それら魔法・魔法使いの水準が他国に比べて圧倒的に高く、その最たる例が【光明の徒アエイバロン】。

 

彼らは彼らの一族が遥か昔から脈々と発展させて来た無類の魔術を用い、王国最強の魔法使いの地位をほしいままにしている。

 

そしてそんな魔法・魔法使いの吹き溜まり・発生源・中心地・温床こそが【王立魔法大学】なのである。

 

 魔法大学と言えば……。

 

 

(1)

 

 

魔法大学と言えば、王国中から集まった数多くの著名なる魔法使いが、教員として在籍していることが有名である。

 

そのいずれもが特筆すべき奇天烈さを有しており、その中でもとびきり稀有な人物を紹介しよう。

 

その者の名は【ウイリアム・ウィルオウザウィスプ】という。

 

またの名を【送火の魔法使い】【陰火(スパンキー)】【魂の燈火(ゴースト・ライト)】【蒼炎(エサスダン)】【明かりに惑う(ピンケット)】【揺蕩う光(ジル・バーント・テール)

 

()の【古より迷える魂を導く一族】の末裔にしてウィルオウウィスプ家の現家長、【デヴォルの石炭】を領し、冥府と現世の橋渡しをする存在。

 

そう。

 

まさに今教壇に立ち、学生たちに傲岸不遜な態度で、講釈を垂れている男の事だ。

 

「いいかね諸君。霊界へ魂を送るという事は非常に困難を極める。決して生半可な事ではない。実際に、「送り火の魔法使い」たる吾輩の講義を聞いたからと言って、諸君らが冥界への門を開けるようなるわけではない事をあらかじめ、ここに明言しておこう。なにせそれは我が一族に伝わる秘術であり、まずこの【デヴォルの石炭】を持たない君たちには到底不可能な事なのだ。いち知識として頭に入れておきたまえ」

 

出席率7割の階段教室。

 

そこは分厚い暗幕によって日が遮られ、不気味に薄暗い。

 

天井から吊るされたしゃれこうべで装飾されたシャンデリアが、ロウソクの幽かな光をたたえている。

 

その、部屋を明るく照らすには足りない光によって、不気味な壁際の品々が怪しく映しだされる。

 

天井まで届く本棚にぎっしり詰まった古書や、破れ破れの羊皮紙に描かれた緻密な魔法陣と呪文。

 

多種多様な人外生物の骨格を用いた魔法的モニュメント。

 

そこにある学生もみな、室内にも関わらず真っ黒なローブを着込み、陰鬱とした様子。さながら魔女集会の様相を呈している。

 

そんな彼らに教鞭をふるう者。

 

年齢は60代前半。

 

いわゆるナイスミドルと呼べなくもない紳士的な風貌だが、その言動からは少しもナイスな要素が感じられない。

 

むしろ超高級仕立て屋(サヴィル・ロウ)の背広や胸にきらめく勲章の類がより一層の不快感を煽り立てる。学生や同僚教員からの人気は著しく低い。

 

が、(かれ)の一族に伝わる独自の秘術や、異界の石、「デヴォルの石炭」は若い魔法使いや老齢の研究者たちの興味関心を引くには充分魅力的であった。

 

デヴォルの石炭は、ウィルオウウィスプの伝説に登場する悪魔由来の地獄(つまり異界)の物体で、並々ならぬ莫大な力を有しているとされる。

 

それは今、教卓の上に置かれた専用の台座の上に、自慢げに飾られている。

 

大まかな外観は黒々とした角のある頭蓋骨。表面はゴツゴツと岩石のようであり、大きさも人間の物よりもやや小さい。

 

眼孔や尖った歯の隙間からは蒼白い炎を絶えず噴き出している。

 

普段はウィルが角燈(カンテラ)にいれて肌身離さず持ち歩いているので研究の機会はまず訪れない。

 

加えて、ウィルがこの石炭を用いて行う、彼の一族に伝わる死霊術の類は、現存する魔法使いでは行使することができない未知の魔法である。

 

研究家たちはこぞってこの未知を解き明かしたいと、何度も調査依頼を出しているが、その都度、散々渋った挙句追い返されている。

 

いつも自慢げに石炭を見せびらかし(決して触れさせてはくれないが)、自分の術の巧妙さを吹聴してまわる癖に、肝心の術は一切見せてはくれない。

 

「吾輩の技は主君たる王の為にこそありますれば。大道芸とは違うのだから、見せろと言われて、そう易々と披露できるものではない」とかなんとか言って。

 

みな歯がゆい思いをしてはいるが、誰もウィルには強く出られない。

 

彼の地位が高い事もあるが、一番は、もしも彼に目の敵にでもされれば、未知を解明する機会は二度と訪れないかもしれないから。

 

 

ウィルはご自慢のカイゼル髭を撫でながら、講義を続ける。

 

「霊界学の全ては、魂が何たるかを知るところから始まる。しかし、生きた霊を凡人が見る事は出来ない。魔法使いでも生まれながらにして見える者は稀である。吾輩は生まれつきはっきり見えるがね。そこでほとんどの場合は、幽霊を見る魔法を使う訳だが……えーっと霊視魔法のやり方は……」

 

それまでベラベラと喋り倒していた者が突如として言い淀み、学生たちの視線を集める。

 

ウィルの視線が泳ぎ、手持ち無沙汰にテキストを開いたり閉じたりしてから、

 

「これは吾輩の講義では今更解説しないっ。大学部生である諸君らなら既にこの手の魔法は修得しているだろうし、吾輩が今更教える事ではないので省略するっ」

 

そう早口でまくしたて、「オホン」と咳ばらいを一つ。

 

「むむ!」

 

そしてたまたま目についた、居眠りしている学生の頭をポカンとステッキでこづく。

 

「これ、寝るでない。一体だれの講義だと思っておるのか」

 

びっくりした学生がばッと起き上がり、「えっ、あ、すみません!」と咄嗟に頭を下げてペンケースの中身を床にぶちまける。

 

 

このようにウィルの秘術や石炭には皆、おおいに興味はあるものの、ウィルの中身のない自慢話を永遠と聞かされた挙句、いざ肝心なところに踏み込もうとすると話を逸らすスタイルのせいで、おおかたの学生はウィルの講義をまとも聞いてはいない。

 

多くの学生は先述の者のように居眠りをしているか、課題を持ち込んでやっつけているかのどちらか。

 

それ以外では、この老いぼれ魔法使いの背後に佇む、一抱え程もある巨大な黒猫を抱えた、小さな魔女をぼんやり見ているのが常である。

 

彼らの名誉の為にもあらかじめ言っておくが、彼らは決して幼女趣味の変質者予備軍という訳ではない。

 

この少女【ウインディ・バアルゼブル】もまた、ウィル同様に魔法学会に未曽有の動揺を巻き起こした歴史的大人物なのだ。

 

魔術師の家系の外の生まれでありながら、その才能を見込まれて学園長直々に孤児院へスカウトに足を運び、入学後も次々と飛び級を重ね、上級生に交じって首席で卒業。

 

魔法学校始まって以来の才女と謳われる。

 

その後は、魔術師組合の序列中位の魔術師であり王室付き魔法使いの一人であるウィルの一番弟子になるという、並々ならぬ経歴を持つ。

 

ファミリーネームは彼女自ら名付けた。

 

その魔法における圧倒的な才能と、大人顔負けの博識さから学生の間では話題沸騰の彼女である。

 

なので嫌味な老人を見ているよりは、期待の星たる彼女を見ている方がマシというのが学生たちの間で見解が一致している。

 

 

そんなこんなで講義は終わり、学生たちはやれやれといった様子で教室から出ていく。

 

ウィルは教卓の上に自慢げに置いていたデヴォルの石炭を台座から取って、特別製の角燈(カンテラ)にしまいこむと、さっさと部屋を出て行く。

 

その後ろをウィルの中折れ帽とコートを持ったウインディがてくてくついてくる。

 

モップのような黒猫は床におろされトテトテとついてくる。

 

そこへ、一人の学生が「ウィスプ先生!」とウィルを呼び止めた。

 

「ウィスプ先生っ、死霊系魔法応用特論について質問があるんですが」

 

それを聞いたウィルは眉をしかめて、髭をいじりながら、

 

「ウィスプ先生ではない。ウィルオウウィスプ先生と続けて呼びたまえ」

 

と訂正させる。

 

「し、失礼しました。それでこの、「27の月と傾いたティースプーンが及ぼす過食魂へのレモンハーブ現象」のところで分からない所があるのですが……」

 

学生は粛々と開いたテキストを差し出し、ウィルはばつが悪そうにそれを受け取って、複雑怪奇な魔法陣や呪文の文言、大量の月や歪んだスプーンが右往左往している挿絵を見て、ますます眉をしかめる。

 

「ああ……、これは一言ではとても説明できる問題ではないな。またゆっくりと時間がある時にでも教えてあげよう。それじゃあ」

 

そう言ってさっさと立ち去ろうとするウィル。しかしその背中に向けて、

 

「いつ頃が都合よろしいでしょうかっ?」

 

と尚も食い下がってかかる熱心な学生。

 

「う、うーん、今すぐにはとても分からないなぁ。君には追って連絡するようにしよう」

 

学生の方を振り返ることもなく、それだけ言ってズンズン廊下を進んでいくウィル。

 

「ではお名前を教えてください、後日連絡いたします。……それと、あの人に教えを請うのは時間の無駄ですよ」

 

ウインディは声を紙に書き起こす魔法を使って学生の連絡先を聞き出し、(いぶか)しむ彼をそのままに「それでは」と短く言ってウィルの跡を追っていく。

 

弟子が追い付いて来たのに気付いて、

 

「ウインディ君、君にはもうさっきの事象について説明していたかな?」

 

と兄貴風を吹かせるウィル。

 

「いえ、まだ教えてもらっておりません。しかし独学で昔調べましたので、学生の質問には答えられると思います」

 

淡々と答えるウインディ。

 

「なれば、この件は君に一任しよう。なに、人に教えるのも勉強になる。励みたまえ」

 

安心した様子で言うウィルに、

 

「分かりました」

 

とだけ答えるウインディ。

 

ウインディはついてくる毛むくじゃらと顔を合わせてから、呆れたように隣を歩く老人をじろっと見上げるが、当の老人は全く気にもかけずに前を向きなおす。

 

二人がそうやって廊下を進んでいくと、正面から廊下いっぱいに広がって歩く集団が見えてくる。

 

教室同様に廊下の大窓にはすべて暗幕が駆けられているが、集団が通る直前に黒子の者たちによって暗幕がバサァっと開かれ、通り過ぎる頃には再び閉められるという奇妙な光景が繰り広げられている。

 

一団の中心にいるのは、お洒落な丸眼鏡をかけた長身痩躯の二枚目の青年。

 

まぶしいくらいのゴールドの髪、ラフなジャケットスタイル。

 

周りには大勢の女生徒を引き連れ、廊下のど真ん中を我が物顔で闊歩している。

 

その青年を見たウィルは「うげえ」と舌を出し、ウインディは慇懃に頭を下げる。

 

ウィルらに気づいた青年は「ぃよお」と手を上げて気さくに挨拶をしてくる。

 

我が物顔も当然、彼こそがこの『王立魔法大学』の学園長であり、魔術師組合の元締め、王国軍の魔導師団を率いる筆頭魔導士官にして、名門アエイバロン家の現当主、太陽神アポロンの異名を冠する「蒼天の魔法使い」【アルベルト・A・アエイバロン】伯爵その人であるのだから。

 

「ふん、お貴族さまなら通行の迷惑くらい考えてもらいたいもんだね」

 

腰に手をあてて、早速突っかかりに行くウィル。

 

「やあ、ウインディご機嫌いかがかな? この偏屈じいさんに虐められてないかい」

 

どこから出したのか、キザに白いバラをウインディに送るアルベルト。

 

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます、アルベルト様」

 

ウインディもそれを受け取って、にこやかに微笑む。

 

「おいっ! 吾輩を無視するな!」

 

立ちはだかるウィルを無視して挨拶を交わす二人に文句を言うウィル。

 

「年寄りのおもりが嫌になったら、またいつでも僕のとこに戻っておいで。君なら大歓迎さ」

 

ウインディの手を取って、猫なで声を出すアルベルトは、年甲斐もなく騒ぎ立てるウィルに向き直り、

 

「おやおや、おじいちゃんどうしたのそんなに声を荒げて。昼ごはんは昨日食べたでしょう?」

 

やれやれと言ったように肩をすくめ、せっかく整った容姿を(いや)らしく歪めて、ウィルを小ばかにするアルベルト。

 

それを聞いてアルベルトを取り巻く女生徒がクスクス笑う。

 

「おのれ青二才が舐めた口を……」

 

カチンと来たウィルは角燈(カンテラ)についた煤汚れを指でぬぐって、アルベルトの白いジャケットに擦り付けようとする。

 

「な、何をするんだっ!?」

 

間一髪、その汚れた腕をつかんで寸でのところで防御するアルベルト。

 

「先に仕掛けたのはそっちだろうがっ、天罰じゃ!」

 

つかまれた腕にギリギリと力を籠め、アルベルトの服を汚そうとするウィル。

 

「キサマが天なものかッ! くらえ、ふぅーッ、ふぅーッ!」

 

反撃とばかりにアルベルトは、石炭の燃える炎に向かって息を吹きかけ、

 

「こらやめろ! 消えたらどうする!?」

 

ウィルは焦って角燈を頭の上に逃がすも、アルベルトはウィルによりすがって、しつこく角燈の火を消そうとする。

 

二人は格闘プロレスの締め技のように絡み合って、面白おかしいポーズになりながら攻防を続けていたが、やがて足を滑らせたウィルが態勢を崩し、アルベルトの純白の服にべったりと黒い手形がついてしまう。

 

 

「ひぃやぁぁあぁああッツ!! あっ? あっ!? あああ、ああああっ!!!!」

 

 

汚れを見て盛大に取り乱し、その場でぴょんぴょん飛び跳ねて、明らかに錯乱するアルベルト。

 

それをみた女生徒たちが、

 

「まあ大変っ、お召し物に煤汚れがっ」

「わたくしが拭いてさしあげますわ」

「ちょっとっ! ぬけがけしないでくださいまし!」

「どいてくださいッ、わたくしが先ですわッ!」

 

ここぞとばかりにハンカチを持ってアルベルトに詰め寄り、我先に汚れをぬぐおうとする。

 

しかしむやみやたらにハンカチを押し付けるもんだから、制服の汚れはますます広がって、それを目の当たりにしたアルベルトは

 

「────────────ッツ!!」

 

卒倒しそうになる。

 

すぐさま、お付きの者が飛んで来て新しい服に着替えさせ、

 

「旦那様、お気を確かに!」

 

といって頬を叩く。

 

下手人であるウィルはデヴォルの石炭の火が消えてないか入念に確認してから、醜態をさらすアルベルトを見て、

 

「はっはっは、ざまあみろ」

 

髭を撫でながら笑っている。

 

そんな二人を冷めた目で見つめるウインディ。

 

正気を取り戻したアルベルトは得意げなウィルを睨みながら、ジャケットの襟を正し、

 

「まったくこれだから沼の妖怪は。なんて人道に反することをするのかっ!」

 

負け惜しみをいうアルベルト、

 

「はっ! お坊ちゃまの方こそ、気を付けていただかなくては困りますね。この石炭がいかに貴重な品なのか、分からんでもあるまいにっ!」

 

それに嫌味を返すウィル。

 

一触即発。

 

二人はジリジリとにらみ合い、再び喧嘩を始めそうな勢いだったが、

 

「おっとこんな老いぼれの介護をしている暇はない。僕は忙しんだ」

 

急にアルベルトの方が冷静になり、メガネをクイッ、ウィルは競争相手を失ってバタンッと前に倒れる。

 

「君あてに国王陛下から召喚状だよん」

 

「陛下からッ!?」

 

ガバッと起き上がるウィルを、アルベルトは絨毯よろしく踏みつけて、()()()()()()()()()()懐から出した書状を渡そうとする。

 

が、上着のポケットに腕を突っ込んで書状を出そうとするも、

 

「あれ? ないぞ。どこいった」

 

そうやって上着をバサバサやっていると、背後から汚れたジャケットを持った付き人に、女生徒にもみくちゃにされてぐしゃぐしゃになった書状を差し出され、

 

「ああ、これこれ」

 

と手アイロンをかけて魔法で手紙を伸ばし、

 

「はいどうぞ。送火の魔法使いに渡しておいてね」

 

爽やかな笑顔で書状を手渡すアルベルト。

 

「んじゃあね。今日の黒星はいつか取り返すから。覚えてろよ沼ジジイっ!」

 

情緒不安定な語気で、ひらひら手を振りながら、陽光の中、またぞろ女生徒を率いて去っていくアルベルト。

 

背中に足跡をつけたウィルはウインディから手紙を受け取り、それを読んだのち飛び上がって喜んだ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

手紙の内容は大体こうだった。

 

『最近になって、趣味の鹿狩りに行ったきり長年消息不明だった王様の兄君(プリンス・ジョン)の遺体が発見された。しかし占い師の言う事には、無念の死を遂げた兄君の魂は、未だこの世を彷徨っているという。そこで、送火の魔法使いたるウィルに招集が掛けられ、兄君の霊魂を呼び出して、最後のお別れを交わしたのち、無事天国に送って行って欲しい』

 

現国王は生前、兄君と大変親交が深かった。これは王室のみならず国民の大半が知っているほど周知の事実だった。

 

そして今回の任がどれだけ重要かは、この手紙が国王陛下の直筆である事が物語っている。

 

ウィルは狂喜した。髭もビンビン。

 

「はぁーっはっはっはっはっはっはっはっ! これで吾輩の名声はうなぎ登りだッ。国王陛下は泣いて感謝の意をしめし、王室からも賞賛の嵐。婚姻の申し出は引く手数多の選り取り見取り。魔術師組合での序列も上がって、さらなる尊敬を集める。吟遊詩人や画家たちはこぞって吾輩の超常の技を作品にすることであろう! 考えるだけで笑いが止まらんぞ、ヌアッーハッハッハッハッハッハッ!」

 

ウィルは午後の講義を急遽取りやめて、屋敷に帰ってすぐに謁見の準備を始めた。

 

仕立て屋や宝石商を呼び集め、使用人たちと晴れ着を合わせている。

 

そうして捕らぬ狸の皮算用な事ばかり言っている。

 

付き合わされるウインディはたまったものではなかったが、そこはエリート世渡り上手、

 

「師匠なら間違いないですよっ!」

「さすが師匠、憧れちゃうなぁ~」

「『ターニップは振り返れば芽が出てる*1』ですねっ!」

 

いつにない愛想のよさでウィルの機嫌を取っていく。

 

興奮冷めやらないウィルだったが、その背後に立つ少女、ウインディもまた内心穏やかではなかった。

 

笑顔を作ってその気のないお世辞を吐いてはいたが、口蜜腹剣、その笑顔の裏にはとても9歳の少女が浮かべたものとは思えないほど、野心に燃えた表情が浮かべられていた。

 

『やるなら今日だ』

 

ここはウィルオウウィスプ家のお屋敷、その衣裳部屋。

 

ウイリアムは鏡の前で当日着ていく服を選んでる。

 

使用人たちはウイリアムの世話でてんてこまい。

 

デヴォルの石炭は、角燈に入れっぱなしで、机の上に放りっぱなし。

 

そう。ここが分水嶺。

 

ここで少しでも振り返って弟子の犯行に気がついていれば、あんな苦労はしなくて済んだのに。

 

おバカなウィル。

 

なあんにも気付いてない。

 

ウインディはウィルの目を盗んで、隠し持っていたロウソクに石炭の火を移す。

 

そこへ、

 

「のうっ、これとこれどっちの色がいいと思う?」

 

突如ウィルが振り返り、ほとんど同じ色に見える仕立て屋の生地を体の前に掲げて、ウインディに尋ねる。

 

「右のほうがお似合いですよ」

 

けろっとした顔で答えるウインディ。

 

後ろ手にはすでに火を移したロウソクが燃えている。

 

「じゃろっ! 吾輩もそう思っていたところじゃ。そら見ろ弟子もああいっておる、この色で作るのだ」

 

仕立て屋を負かして上機嫌なウィル。師匠を出し抜いて微笑むウインディ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

それから時間が経って、今日は謁見の日。

 

玉座の間への廊下をおめかしして、るんるんで進むウィル。

 

王様の話を聞き漏らすことが無いよう『耳が遠くならない魔法の耳飾り』を付け、来賓からの印象をよくするため『実際の歳より若く見える魔法の指輪』を3個はめてマイナス15歳、万が一に備えて『絶対に転ばない魔法の靴』と『腰痛を抑える魔法のコルセット』をを付けている。

 

そして一番大事な、角燈(カンテラ)を組み込んだ長杖(スタッフ)

 

お洒落アンティークな街灯のような形のこれを、悠々肩に担いで歩くウィル。

 

ウィルの身長ほどもある柄に、結び付けられた旗幟がひらひらとまっている。

 

そしてその旗幟に描かれた「嘆く骸骨」の紋章と、「Its time for a Coffin break.」の洒落も一緒に。

 

それを照らすのは、柄の先で燭台の様に枝分かれしたトンガリ燈會(ランタン)

 

そうして侍るそれらに囲まれるようにして、一等高い先端部分に虎の子の角燈が()()()()()()

 

黒々とした悪魔の様な異形の手型の土台に。彷徨う亡者を冥途へ導くウィルにとってはこれが仕事道具。

 

次いでその後ろ姿に付き従うウインディもまた、洒落たパーティードレスで着飾って、野望を腹に据えて若干浮かれ気味。

 

犯行の隙を伺う為に『視野を広げる魔法』と『他人の視界を共有する魔法の疑似網膜』を付け、犯行を行いやすくする為に『自分が盲点になる術式』を自身に書き込み、計画の成功率を上げるための『幸運の呪符』を懐に忍ばせ、来賓からの印象をよくするため『実際の歳より大きく見える魔法のチャーム』を付けている。

 

そして一番大事な、デヴォルの石炭の火を移したあのロウソクも燈會(ランタン)に入れてしっかり懐中に。

 

用意周到、準備は万端。万全の態勢で満を持して、ウィルは盛大に玉座の間への扉を開け放つ。

 

おしゃべりをしていた来賓たちは一斉に静まり返り、開かれた道を歩きながら得意げな顔のウィル。

 

そんなウィルを多くの魔法使いたちが好奇の目で見ている。

 

彼らは『古の時代より迷魂を導きし一族』の秘術を一目見ようと王国中から集まっていた。

 

「ほお、あれが『迷いの火』ですかな。話と違って随分若いように見えますが」

「どうせ、歳をごまかす魔法を使っているんでしょう」

「あの見栄っ張りの爺さんらしいですなぁ」

 

ウィルを知らない魔法使いはその威風堂々な態度に威厳を感じ、ウィルをよく知る魔法使いはもう見飽きてうんざりしている。

 

「ところで、あの後ろにいるのは……」

「例の【小さな探究者(ソロモン)】の二つ名を冠された少女ですな」

「噂によれば『ガイーシャの書』を翻訳したみせたとか」

「それはすごいっ、まだ(とお)にもなっておらんのでしょう? いやあ将来がたのしみだ」

 

どこに行ってもウィルよりウインディの評判の方がいい。

 

ウィルはそのまま歩みを進め、来賓の魔法使いたちが立ち並ぶ道を抜けると、正面には大人が寝そべられるほどの石の台座が見えてくる。

 

そしてそのさらに向こうの奥まった場所には立派な玉座がそびえ、玉座の前には、近衛騎士団団長や筆頭魔導士官のアルベルトが仁王のように立ちふさがっている。

 

ウィルはノーブル(やんごとない生まれ)な御歴々に向かって、わざとらしく頭を下げてまわってから、その石台座の前に立つ。

 

立ったところで喇叭(ラッパ)が高らかにならされ、

 

「アンブロシウス三世陛下のおなありい~」

 

皆がひれ伏し、王様が姫様を伴ってやってくる。

 

それと同時に豪奢な棺桶が運び込まれ、ウィルの前の台座の上に置かれる。

 

棺の中には王様の兄君の遺体が入っている。王様は、ウィルに向かって言葉を投げかけ始める。

 

「ウィルオウウィスプ卿、余は兄上に一言別れの言葉を送りたいと思っておる。常ならば死せる者と言葉を交わす事はできはしない。しかしそちがおるなら話は別だ。ひとたびこの世の理を破り死者との邂逅を成してほしい。そして【送り火】の名の通り、兄上の魂を極楽へと導いてもらいたい」

 

王様の悲痛な願いを聞いてウィルは畏まってさらに平伏する。

 

「御意に。陛下の心中お察しいたします。委細このウイリアム・ウィルオウウィスプにお任せください。今すぐに殿下の魂を御呼び致します。すぐに儀式の準備をば」

 

そういって街灯のような長杖を棺の上に掲げて呪文を唱え始める。

 

 

  『暗闇(くらがり)を彷徨う愚者の燈(イグニス・ファトス)

 

   お前を誘って森の中

 

   血を吸う鬼が待ち受ける

 

   火付き尻尾のジル・バーント・テイル

 

   ヒンキー・パンクに騙されないで』

 

 

集った魔法使いたちが揃って前かがみになり、ウィルの秘術に見入っている。

「呪文詠唱とは随分古めかしい魔法様式ですな」

「なにせ『古の時代より』と冠される程ですからな」

「実に興味深い」

 

掲げた長杖の、枝分かれした小さな照明から先端部に鎮座した角燈へと、順々に炎が大きく強くなっていく。

 

旗幟もバサバサと舞っている。

 

そうして噴き出した青い炎が渦を巻き、棺桶を幾重にも囲んで魔方陣を象っていく。

 

次第に陣の中央には、【 門 】のような輪郭が浮き上がっていき、ゆっくりとその扉が開かれる。

 

 

  『もう、聞く耳を持たない者よ

 

   もう、応える口を持たない者よ

 

   貴殿の名は【恵み深い者】

 

   彷徨う火に従って、疾くこの場に現れよ

 

   冥府の門はこれより開かれり』

 

 

ウインディが気配を消す魔法を使って周囲の目をそらす。

 

そしてウィルが呪文を唱えるのに合わせてランタンから例のロウソクを取り出して握りしめ、ブツブツウィルと同じ呪文を唱え始める。

 

ただし対象の名前は別の者にして。

 

集まった魔法使いたちは異界を一目見ようと、席を乗り出して門の中を覗こうとする。

 

その扉の先は辺獄。

 

あの世でもこの世でもない境目の場所。

 

何の明かりもない真っ暗闇が延々と広がっている。

 

そのなかでぽつんと、一筋のランタンの明かりが見える。

 

  『さあ、おいで

 

  【×××××(深い(暗い)森)】と【□○○(滞在する 聖者 沼沢)】と【▼▼≒▲▼(墓標 1つきり 走る(逃げる))*2

 

   はもう越えたよ』

 

ウィルが呪文を唱え終わると、突然、なんの前ぶりもなしに門の中の闇の中から白い、ほとんど骨のような朽ちかけの腕が『バッ!』と勢いよく突き出てきたかと思うと、門の中から【何か】を掴んで現世に放りだす。

 

放りだされたモノを見て、魔法使いたちは「おおーっ」と驚嘆の声を漏らす。

 

降霊の儀式は終わり、ウィルが厳かな身振りで杖をくゆらせ、再び炎を使って門を閉じる。

 

ウィルは、

 

「おいでになりました」

 

とだけ言って頭を深く下げ、後ろにそそくさと下げる。

 

しかし王様や貴族はきょとんとしており、キョロキョロ辺りを見回している。

 

ハッと気づいたアルベルトが、腰に差している王笏(おうしゃく)型の魔法の杖を引き抜いて、王様に霊視の魔法をかける。

 

とたん、魔法にかけられた王様は玉座を立ちあがり「おおっ!」と驚嘆の声を漏らす。

 

王様の目には、棺に腰かける壮年の男性の姿がはっきりと見えている。

 

アルベルトは、部下に指示を出してその他見えない者達にも同様の魔法をかけさせる。

 

王様は、

 

「あ、兄上なのか……?」

 

恐る恐る声をかける。

 

が、帰ってきた返事は、

 

「いよおぅっ! ってぇ、あんたダレぇ?? どおっかでみたカオだなぁ……。ええっと、ダレだっけかぁー。ひっく、うえー。ああーここぁどこだ? 俺ぁ死んじまったはずなんだがなぁ……」

 

呂律も回っていない、べろんべろんに酔っぱらった男の酒焼けしたしゃがれた声だった。

 

その声を聞いてさしものウィルも顔を跳ね上げ、髭も逆立つ、眼前の髭もじゃ酔いどれを見、それ越しにすっかり面食らった様子の王の顔を見る。

 

呆気に取られて、強気なヒゲがだらりんと下に落ち込む。

 

怖いものなしの酔いどれ幽霊は、驚いて固まった王様にがっちり肩を組んでかかる。

 

「そぉうだッ! 思い出したッ! あんたはぁー ……(明後日の方向に目をやりながらしばらく考え)……ええっとぉ……(うとうと白目をむき始める)……やっぱり忘れた」

 

あまりの無礼な態度に、見かねた貴族連中が立ち上がり、

 

「キサマ一体どういうつもりだ!」

「冗談では済まされんぞッ!」

「これは陛下に対する、いや国家に対する侮辱行為だ!」

 

ウィルを怒鳴りつける。

 

「え!? いや、しかし、わがは……いや私はっ」

 

ウィルは全く事態が呑み込めず、え? え? と取り乱しまくっている。

 

「やっぱりあいつインチキだったんだな」

「普段から偉そうにしやがって、ほんとは魂を導くなんてできないんだろうっ!」

「おまえなんか魔法使いの風上にもおけやしないっ!」

「それのどこが王族の人間なんだっ!」

 

後ろに立ち並ぶ魔法使いたちもが、次々にウィルに野次を飛ばし始める。

 

「待ってくれっ! 吾輩は確かに殿下の霊魂をっ……」

 

ウィルが弁解の言葉を並べ立てていると突然、

 

「×××~♪(卑猥なフレーズ) ××××~♪(すごく卑猥なフレーズ) ××××××~♪(耳を引き千切りたくなるレベルの卑猥なフレーズ)」

 

猥褻(わいせつ)な歌を酔いどれ幽霊が時場所お構いなしに大声で歌い始める。

 

それを聞いて貴族たちはますます眉をしかめ、顔を真っ赤にしながら口々にウィルを怒鳴りつける。

 

儀式に参列していた姫さまだけがその歌を聞いてケラケラ笑っている。

 

ウィルは一斉に責め立てられ頭が真っ白になっていき、『まずいぞぉ、このままでは吾輩の名声が地に落ちてしまう。しかし吾輩はちゃんと殿下の霊魂を呼び寄せたはず。しかしあれはどう見ても殿下には見えない……一体どういうことなんだぁ……』ぐるぐる考えている内に、ハッと一つの結論にたどり着き、王様に向かって、

 

「そうだ陛下っ! お忘れでございますか? 生前殿下は天下に名高い酒豪であったはず」

 

ふざけた進言を述べ、次は酔いどれ幽霊に向かって、

 

「おやおや殿下ぁ、死んでからもお酒ですかぁ? 本当にお好きですねえ。殿下にかかれば酒の湧く泉も一日もあれば干上がってしまうでしょうねぇ~。ほらほらよくご覧になってください、このご尊顔を。あなたの弟のリチャードくんですよ~、ほおら早く思い出してくださ~い」

 

王様の側に、よだれをべとべと垂らす汚い幽霊の顔をむりくり向けて、王の顔を間近で見させる。

 

そうしてへらへらしているウィルに、初めは困惑していた王様の顔もだんだん険しくなっていく。

 

それとは対照に、酔いどれ幽霊は白目を剥きながら、ぐーぐーいびきをかいて船を漕いでいる。どこまでもマイペース。

 

「茶番はもう結構だ。この者を捕えよッ!」

 

王様は遂に堪忍袋の緒が切れ、大声を出して衛兵を呼びつける。

 

衛兵隊長が「ピィィッ!」と笛を鳴らし、ひかえていた近衛兵がゾロゾロ玉座の間になだれ込み、ウィルを取り囲む。

 

ウインディはさっと身を引いて来賓たちに隠れる。

 

「構えっ!」

 

先陣きってなだれ込んできた近衛騎士団の副団長が合図を出し、近衛たちがライフル銃をウィルに向かって付きつける。

 

銃口を向けられたウィルは、

 

「陛下っ、そんなっ。お待ちくださいっ、これはきっと何かの間違いなのです。どうか(わたくし)めにもう一度チャンスをっ」

 

尚も釈明しようとするウィル。

 

王様の目を懇願するように見つめるが、近衛兵がジリジリと詰め寄ってくるから、しょうがなく牽制の為に杖を構える。

 

それを見てアルベルトが一歩前へ踏み出し、「問答無用(もんどうむよぉ)っ! 石炭没収ッ!」とおちゃらけた口調で指示をだす。

 

「おのれアルベルトッ!」

 

ウィルは奪われてなるまいと長杖を抱きしめるも、近衛たちは銃を下ろして一斉にウィルに飛びついてくる。

 

そうして押し合いへし合いしている内に「あッ、おい触るんな、ヤメロォ!」ウィルはあっさり杖を奪われてしまう。

 

 

「おいコラ返せ! それがないと吾輩は!」

 

ウィルは必死に抵抗するも、杖を奪った兵士はどんどん遠ざかっていく。

 

ついにウィルは羽交い絞めにされ、数段高いところでふんぞり返っている近衛隊長とアルベルトの前に突き出される。

 

アルベルトが得意げに腰を折って、

 

「石炭はもらった。かんねんせぇ」

 

憎たらし気に勝ち誇る。

 

「頼むっ、石炭を返してくれ、あれがないとワシは!」

 

恥も外聞も捨てさり、弱弱しく懇願するウィル。それを見てアルベルトがいやらしげに口元を歪める。

 

「それはできない相談だ。かくいう僕も一魔法使いとしてあの石炭には大いに興味があってね」

 

ウィルは悔しそうに歯ぎしりをし、「グワァッ!」アルベルトに噛みつこうとするがアルベルトが体を戻しただけで簡単にかわされ、衛兵によって後ろに後退させられる。

それを見た騎士団長から、

 

「あまり咎人(とがびと)を刺激しないようにしてください」

 

とメガネをかけ直すアルベルトは、おしかりを受けてしまう。

 

 

ウィルの頭の中はかつてないほどぐるぐると回転し、この状況をいかに打破するべきをずっと考えていた。

 

『まずいぞぉ、ますますまずい。このままでは王族侮辱罪とかで最悪死刑にもなりかねない。しかし石炭がない事には吾輩にはどうしようも…………それにまずはこの邪魔な衛兵どもから逃げねば……』どうしようっどうしようっと考えている内に、遂に衛兵が動き出し、牢屋に連行されて行かれそうになる。

 

ウィルは焦って、

 

「は、離せえッ! 吾輩は無罪じゃっ!」

 

せめて動かせる頭をブンブン振って最後の抵抗をする。

 

すると、振り乱した髪の毛が偶然にも衛兵の兜の隙間に入り込み、衛兵の眼球に直撃。

 

衛兵は、

 

「うわっ目がっ」

 

と拘束の手を緩め、

 

「しめた!」

 

ウィルが脱出。

 

すぐさま涙を流す衛兵からサーベルをぬきとって王様の兄の棺桶の上によじ登り、台座に立ってへっぴり腰で周囲を威嚇する。

 

衛兵らはライフル銃を向けて牽制するが、彼らにはそこまでしかできない。

 

相手は魔法使い、一体何をどうやって攻撃をしてくるのか分かったものではない。

 

もし万が一むやみに発砲したらどんな事になるか予想もつかない。

 

一方でウィルも無数の銃口を向けられ心臓がバクバクいっており、冷や汗をかきながらも石炭を奪った衛兵を見つけ、ゆっくり台座を降りてその衛兵に近づいていく。

 

目を付けられた衛兵は、鬼の形相で迫りくる魔法使いを見て

 

「杖なんかとるんじゃなかった」

 

と後悔し、儚い走馬灯が脳裏を駆け巡る。

 

二人はお互いに及び腰。

 

ウィルは頼りなく剣を突き出し、衛兵は涙ながらに長杖を抱きしめる。

 

「な、頼むからその杖をこっちによこしなさい、ね、頼むから、ほんと、頼むからっ」

 

震える声で衛兵に呼びかけるが、衛兵は駄々をこねる子供のように「ううん。ううん」と口を堅くつぐんでいる。

 

ウィルが杖を掴んで引っ張ろうとするも、衛兵はかたくなにそれを離そうとせず、二人はおもちゃを取り合う子供のように程の低い押し問答を繰り広げている。

 

そんな緊張状態が

 

「ボンッ!」

 

いきなり瓦解させられる。

 

ウィルの足元で小さな爆発が起こり、ウィルは派手に吹き飛んで取り囲んでいた衛兵の集団に激突する。

 

何が起こったのかと衛兵らが周囲を見渡していると、

 

「おじいちゃん、往生際はよくしなきゃ」

 

宙空(ちゅうくう)に立つアルベルトが、指を拳銃の形にしてウィルに向けている。

 

そしてその人差し指からは硝煙が立ち込めている。

 

「あいたたた」と頭を押さえているウィルの前に、ふわり、アルベルトが着地し、人差し指の銃口をウィルに向ける。

 

丸メガネがキラリ反射し、アルベルトの切れ長の目を映す。

 

ウィルもとうとう年貢の納め時。

 

ここで一巻の終わりかと思い、腹を半ばくくりそうになったその時、視界の端で、もう一つ見覚えのある青い炎が揺らめいた。

 

 

ウインディはそれまでうまい事、気配を消していたのだが、突如としてアルベルトに吹き飛ばされたウィルが、ウインディが隠れている方向に飛んで来て、その衝撃でついうっかりロウソクを入れた燈會(ランタン)を落っことしてしまったのだ。

 

ウィルは、ウインディが落としたものだとはつゆ知らず、目の前に現れた好機に飛びついてかかる。

 

溺れる者は藁をもつかむ。

 

さすがウィルオウウィスプの面目躍如。

 

すかさず燈會からこぼれたロウソクをひっつかんで、炎を操り石炭を奪い返そうとするが、目の前ではアルベルトがいつ取り出したのか、より殺意の高い、十八番(メインウェポン)である黄金の長弓を構えてウィルを狙い、その奥ではすでに石炭奪取衛兵が玉座の間を脱出するところであった。

 

数人に護衛されながら部屋を出ていく衛兵と、目の前の弓矢を構えるアルベルトを交互に見る。

 

「うんぐぬぬぬぬぬぬ…………」

 

ウィルはこれでもかというくらい眉をしかめて、奥歯を噛みしめ、

 

「おのれぇっ、これで勝ったと思うなよっつ!!」

 

と捨て台詞を吐いて、ロウソクの火を使って速攻で冥府の門を開きその中に飛び込んで逃走。

 

静寂に包まれる玉座の間。

 

構えた弓矢を下ろし、

 

「あらら。逃げちゃった」

 

きょとん、としているアルベルト。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

延々と続く暗がりを、僅かなロウソクを頼りに歩いていくウィル。

 

髭もすっかり萎えている。

 

さすがにここまで追手は来ることはないが、これからどうしたものか、ウィルは途方に暮れてその場に座り込んでしまう。

 

すっかり意気消沈していると、遠くの方から明るい音楽が聞こえてくる気がした。

 

まさかそんなわけあるまい、と思って顔を上げて周囲に気を配ると確かに、でたらめだが明るい音楽が聞こえてくる。

 

立ち上がって周囲を見渡すと、何もない事が存在証明のはずの辺獄に、大きな明かりが見える。

 

人生の袋小路に立たされたウィルは、もはや行く当ても無く、その光に向かって歩き出した。

 

 

意外や意外、そこは【移動遊園地】だった。

 

ポップコーンに綿菓子、アイスクリームにドーナッツ、様々な屋台が立ち並び、大通りをガイコツピエロたちのパレードが横断し、楽団が高らかに音楽をかき鳴らす。

 

踊りくるう骨たちに、楽しそうに騒ぎ立てるお客(骸骨)たち。

 

きらびやかな電飾が闇の中で一層の輝きを放ち、メリーゴーランドが周り、観覧車が天までそびえている。

 

サーカス小屋では骨ライオンが火の輪をくぐり、曲芸師たちが玉乗りや綱渡りなど見事な芸を演じている。

 

とても辺獄とは思えないほどの賑わい具合。

 

「どこだ、ここは?」

 

ウィルは話に聞いていた場所とのあまりにギャップに驚き、自分がどこに来てしまったのか一瞬分からなくなっていたが、そこへ

 

「おーい」

 

という聞き覚えのある呼び声を聴いて我に返った。

 

「ウォルターおじさんっ!?」

 

声をかけて来たのは数年まえに他界した親戚の『ウォルター・ウィルオウウィスプ』だった。

 

「よおウイリー、お前も遂にこっちに来ちまったのけ?」

 

肉がすっかり削げ落ちた骸面(むくろづら)

 

それに新大陸の死者の祭りのように華やかな化粧を施し、大変陽気なご様子。

 

手には並々注がれたグラスを持って、頭にはファンシーなパーティーハットをかぶっている。

 

「嗚呼、お前が死んでここに飛ばされるってこたぁ、まだ神様は俺たちを許してねぇってことだなぁ。一体いつになりゃ俺たちは天国に行けるんだか。せめて地獄で裁いてくれたら、生まれ変われるのによぉ」

 

ウォルターおじさんは、がっかりした様子でベンチに腰掛けうなだれ始めるが、ウィルの、

 

「いやぁ、吾輩はまだ死んだわけでは……」

 

という発言を聞いて、

 

「なにっ! そうなのか!? それを早く言わんか、びっくりしたわい。そういえばお前は骨になっておらんな。ガッハッハッハッ」

 

と豪快に笑い飛ばし、酒をグイっとあおる。

 

しかしすぐ我に返って、

 

「んん? じゃあ、どうしてお前さんはこっちに来ておるんだ?」

 

ウィルは苦い顔をして、言葉に詰まっていると、

 

「あれ? お前ウイリアムじゃないかい?」

 

後ろから女性に声をかけられる。

 

「おうヴィルマっ、お前のせがれが来てるぞっ!」

 

ウォルターおじさんが女性の名前、つまりウィルの母親の名前『ヴィルマ・ウィルオウウィスプ』を呼んで声をかけるもんだから、ウィルは驚いて後ろを振り返る。

 

するとそこには一人の女性が赤い風船を持って立っており、驚いた顔でウィルを見ている。当然、ガイコツの姿だったが。

 

「母さんっ!」

「ウイリアムっ!」

 

二人の親子は感動の再会を果たし、互いに抱き合う。

 

「お前もとうとうこっちにきちまったんだねぇ。よく頑張って生きたねぇ」

 

ウィルの母は、しくしく泣きながらウィルを一層つよくだきしめる。

 

「いやあ、まあ、ははは……」

 

ウィルは訂正するのも野暮だと思って愛想笑い浮かばせる。

 

そこへ、

 

「やあ! ウイリーッ久しぶりだな!」

 

若いガイコツ男性が声をかけて来た。

 

「父さん!」

 

ウィルは早くに死んだ父『ワトソン・ウィルオウウィスプ』を見て目を見開いて驚くが、父はさっぱりしたもので、

 

「お前も随分、歳とったなぁ。すっかりジイさんだ。破傷風で死んじまった父さんより、もう年上なんじゃないのか? はっはっは」

 

気さくに笑っている。

 

そして年若い女性が「ちょっとぉ、笑えないわよワトソン」と肘で男性をつつく。

 

ウィルは未だに困惑していたが、とりあえず目の前にいるのが身内という事で安心することができた。

 

ウィルは二人の様子を乾いた笑いで見送り、

 

「それでここはどこなの?」

 

と改めて尋ねた

 

母親は最初あっけらかんとしていたが、やがて得心いったようで、ここがどこなのかを説明し始めた。

 

 

知っての通りここは辺獄。

 

彼岸でも此岸でもない境目の世界。

 

ウィルオウウィスプの吹き溜まり。

 

罪業を背負った彼らはもれなく辺獄に送られる。

 

どこにも行く事が出来ず、いつ許されるのかもわからない免罪の時を待ち続ける彼らは、とうとう待ちくたびれてこっちでも自分たちの町を作ることにした。

 

お墓のお供え物や、葬式の時に棺桶に入れられる物を材料に、長い時間をかけて延々と街を作り続け、今は遊びどころの遊園地を作っている。

 

だが、万が一死んでからこんな楽しい生活が待っていると、生きている内に知ってしまえば、子孫たちは絶対に贖罪(しょくざい)をほっぽり出して先祖同様悪事に走ることは間違いない。

 

彼らはそういう一族。

 

故に辺獄が栄えているなんてことは若いウィルオウウィスプには絶対に内緒。彼らには自らの務めだけに集中してもらって、年老いてきてもう贖罪は無理かなっと思われた時、辺獄のウィルオウウィスプが枕元に立って持ってきてほしい品々や建材を伝えて物資を補給する。

 

それから若いウィルオウウィスプは、「辺獄の門を開くのはいいけど、中には絶対に入っちゃダメ」という固い掟を教え込み、堕落を防ぐ。

 

こういった独特の風習がここ半世紀の間で発生していた。

 

 

「だから母さんの葬式の時、回転木馬とかトウモロコシを大量に墓に詰めたのか」

 

ウィルが納得言っていると「そゆこと~」と母親がニコニコしている。

 

「でも、おかしいはね。あんたいつ死んじゃったの? あんたが死にそうになったときは母さんが枕元に立つはずだったのに。まさか不慮の事故!? まあ可哀そうに」

 

勝手に盛り上がっている母親に、

 

「いやあ、吾輩まだ死んだわけでは……」

 

めんぼくなさそうに頭をかいてると、母親の表情が険しくなって、

 

「ええっ、じゃあアンタまだ生きてるのにこっちに入ってきちゃったの!? それは御法度だとあれほど教えたでしょう! まったくこの子はしょうがないんだから、大体アンタはね、一族の掟なんて屁とも思わないで約束を破ってばっかりだったのに、いい年してまだアンタはっ!」

 

説教をまくしたてる母親。それをばつが悪そうに聞いているウィル。

 

そこへまたしても父親が助け舟を出してくれる。

 

「まあまあ母さん、ウイリーだってここに来ちゃいけない事は分かっているはずなんだからさ、ここに来たのはよっぽど理由があったんだよ。まずはウイリーの言い分を聞こうじゃないか」

 

ウィルは、幼い時に死んだ父親がずっと生きてくれていれば、生前もたくさん助け舟を出してくれたのに、と改めて父親の死をいまさら悔やんだ。そして、ウィルは事のあらましを、母親が死んでから王室付き魔法使いになり、今回の不祥事を起こすところまでを物語った。

 

 

「ええっ! ご先祖様の石炭をダシに王様に取り入った!? しかもそれをとられちゃったってッ!?」

 

驚き呆れる母親。

 

「ははは、【迷魂を導きし一族】とはよくいったもんだ。ただの咎人(とがびと)の子孫なのに」

 

笑う父親。

 

「しかし、宮廷魔術師とは出世したもんだなぁ。ウイリー、お前魔法なんて使えたんだな」

 

感心する叔父。

 

「でも、ほらっ! 森でくすぶってる頃より、表に出て有名になった分たくさん迷魂が訪ねて来たし、務めはちゃんと果たしてるよ」

 

弁解するウィル。

 

「だが、王族侮辱罪ともなると最悪死刑は免れないかもなぁ。おいウイリーお前嫁さんは? 子供はいるのか?」

 

心配する叔父に、気まずそうに眼をそらすウィル。

 

「アンタまだ結婚してないの!? どうするのもう六十過ぎのおじいちゃんよ!? いいわ母さんがいい子を探してあげる。えーっとぉ、ウィッテンバーグさんちのホイットニーちゃんは…………、森でクマに食べられちゃったし、(遠くでクマの着ぐるみとハグしているホイットニーが見える)ウインチェスターさんの所のヴァルブルガちゃんは………、沼で溺れちゃったし(さっきからずっと射的屋で同じ賞品を狙っているヴァルブルガの姿が見える)ウィークスさんちのホワイトちゃんは…………、崖から落ちちゃったし(頭上のローラーコースターからホワイトの悲鳴が聞こえる)一体どうするの!? ウィルオウウィスプの村にはもう誰もいないわよ!?」

 

取り乱す母親。

 

「だから吾輩は村を出たんだよ母さん。母さんが死んじゃって、村にはもう吾輩しかいなくなっちゃたから」

 

危機的状況を全く理解していないウィル。

 

「あなたウィルオウウィスプの最後の一人なのよ!?」

 

衝撃の事実。

 

ウィルオウウィスプ絶滅寸前。母親がすっかりうろたえていると、父親が、

 

「とりあえず僕たちだけでは決められない。族長の所に行ってみよう」

 

そう提案し、こぞって【ウィル・オブ・ザ・ウィスプ】を尋ねに行く。

 

 

あちこち聞いて、一行が行きついたのはローラーコースターだった。

 

「イエーイッ! Foooーッ! いやあ最近の遊びは楽しいねぇ! 500年前にはこんなのなかたっよ!」

 

ちょうどコースターが終着駅にとまって、杖を突いた老人が若い女の子を連れ立って降りてくるところだった。

 

コツコツと杖をついて正面の位置関係を把握しながら、出口に立っているウィルの父親に杖が当たると

 

「いや、すまないね、長い事暗がりにいるとだんだん目が不自由になってくるんだ」

 

と明後日の方を見ながら謝って、若い女の子に連れられながら去って行こうとする。

 

「族長、お待ちを。ワトソンです。ぜひ族長のお知恵をお借りしたく参上いたしまいた」

 

父親は族長の正面に立って話しかける。

 

「おお、ワトソンか。まあまあ楽に楽に。とりあえずそこの酒場にでも入るか?」

 

一行は族長の誘いで近場のパブに入り酒盛りをはじめ、ウィルはもう一度初めから事のあらましを話し、母親は強くことの重大性を訴え、族長はうーんと深く考え込んだ。

 

「とりあえずは安心して身を隠せるところを探すんじゃ。悪い事をしたら逃げて隠れろ。好機を待て。ワシが領主の屋敷から金を盗んだときはそれで助かった」

 

何も褒められたことではない事を、大層に語って、なぜか皆がありがたがっている。

 

「その次は、いずれ村に山賊とかならず者が来るからそいつらやっつけるんじゃ。そうすれば罪は帳消しになって村の英雄であるワシを咎める事はできない」

 

「なるほど。その次は」食い気味にあいずちを打つ父親。

 

「その次は、うまく口車でだますんじゃ。あの時はたしか、「盗賊が領主様のお宝を狙っていたので安全な場所に隠しておきました」とかそういった事を言ったかな。それで、やっつけた輩をその時の盗賊と言って突き出したから、無事にことなきをえた。あ、そうそうこの時お宝をちょろまかしてはならんぞ。どうせ褒美としていくらかもらえるからそれで我慢するのじゃ。欲張ってはならんぞ。どうせ空き巣にでも入ればそうそう死にはせん」

 

「なるほど。さすがご先祖さま」

 

神妙な面持ちで聞く父親。母親も叔父も大して不信には思わず、当然のような顔をして聞いている。その中でウィルだけが不信感を抱いていた。

 

 

『親の因果が子に報ゆ』とは言うが『カエルの子も、またカエル』、悪たれの子孫もまた悪たれという度し難い現実。ウィルオウウィスプのような呪われた一族が平気な顔して、俗世間に受け入れられるわけがない。

 

当然のように迫害され、社会を追われるのは目に見える。もともと手癖の悪い連中だったというのもあるが……。

 

そうして人があまり寄り付かない深い森や沼地、時にはうら寂しい墓地などに居を構え、そこを通る旅人や行商人を襲って生計を立てていた。

 

篝火(かがりび)に誘われる羽虫のごとく、ランプの光に誘われてきた人間の身ぐるみをはぎ、時には若い女性をさらって花嫁にしたりなど、ウィルオウウィスプの血族は笑い事じゃない犯罪者集団だったのだ。

 

これが森や沼地で見る明かりの正体。

 

闇夜に浮かぶ明かりについて行ってはいけないというのも納得の話。

 

いくら魂をあの世に導いても、ちっとも罪が消えないわけだ。

 

幼いころのウィルはそういった追い剥ぎ家業にはまだ加担しておらず、加えてそんな稼業をずっと続けられるわけもなく、最近は衰退気味。

 

でもそのお陰で、三つ子の魂百まで、ウィルの魂は未だ穢れてはいなかった。

 

 

犯罪の手口を享受しあう一行を、軽蔑のまなざしで見るウィル。

 

そんなウィルに、

 

「そうだっ! いい隠れ家を知っているぞ」

 

突然、族長がにじり寄ってきて、テーブルの上で酒瓶やグラスを並べて場所の説明を始める。

 

「ええと、ここがお城で(ビスケットの缶を置き)、これが首都だ(缶の右側にウイスキーの瓶を置く)で、隠れ家はこのお城からずうと西に行ったところにある(隠れ家と思わしき場所にフィッシュ&チップスの皿を置く)」

 

それをみたウィルは眉をしかめて、

 

『見えてないのにこの位置関係はあってるのだろうか。そもそもそれは何百年前の話なんだ』

 

疑ってかかっていると、

 

「お前さん、まだ火は絶やしておらんのじゃろ?」

 

とまっすぐ蝋燭を指さしていうからウィルはびっくりした。

 

「懐かしい温もりじゃ。その火があれば万時うまくいく。それは導きの火。愚者を導く燈(イグニス・ファトス)だ。我々ウィルオウウィスプを救ってくれる火だ」

 

族長はそれまでのひょうひょうとした声ではなく、どっしりとした重みのある声でそうウィルに語り掛けた。

 

「そうともっ、いつだってこの火が追い剥ぎしやすい旅人を教えてくれた」

 

叔父がムードを壊す事を言い、

 

「母さんを誘拐する時もこの火が運命の人だって教えてくれたしな」

 

便乗しずらい事を父親が言い、なぜか母親が顔を赤らめている。

 

ウィルがそんな連中をいぶかしんでいると、

 

「そうじゃ、ワシが隠れ家の場所に門を開いてやろう」

 

願ってもない提案を族長がし、一行は「ありがたや、ありがたや」と言って店を出る。

 

 

店を出てどこへ行くのかと思ってみんなでゾロゾロ族長について行くと、族長は遊園地の広場の真ん中で足を止めた。

 

族長は広場の真ん中に建てられた噴水のへりに、えっちらおっちらよじ登って、

 

「おぅーいーみんな聞いてくれやぁー」

 

と道行く皆を呼び止める。

 

なんだなんだと集まってきた一族の者らに、族長は隣に立つウィルを示しながら、

 

「これはワシらの遠い子孫のウイリアムじゃっ! ウィル坊はなんと王様に仕えとってな、じゃが最近王様の顔に泥を塗ってしまって、今は晴れて国賊の身の上なのじゃ」

 

 ウィルの失態を赤裸々に暴露し始める。

 

「あらあらまあまあ、立派になって。追い剥ぎが天下の国賊なんて」

「さすが俺らの一族だ。悪さのスケールが(ちげ)ぇわな」

「俺らの血ってそんな長いこと続いとったんかいな」

 

それを聞いた一族はめいめいに不審な感想をくちばしっている。

 

「そこでじゃ皆の衆、ここは一つ可愛い孫にみんなでカンパしようじゃないか」

 

族長の提案にウィルオウウィスプの一族の面々はこころよく賛成し、手持ちの品を寄付してくる。まずは、何をもっても先立つ金子(盗品)が帽子にどっさり。

 

ポップコーンや綿あめなんかのお菓子に、衣服(ピエロとか動物の着ぐるみ)、使い道がないけどとりあえず高価だから奪ってきた魔導具の数々。

 

それらを大きなカバンにじゃんじゃん詰められウィルの周りに並べられていく。

 

右手に風船、左手に綿あめ、頭にはファンシーなウサギの耳を付けたウィルは、救援物資が増えて行くたびに、目を見開いてびっくりしている。

 

生まれてこのかた、こんなに人に優しくされたことがあっただろうか。

 

ウィルが家族の優しさに感激していると、族長が近寄ってきて「火ぃ貸して」とロウソクを指さして手のひらを向けてくる。

 

素直にロウソクを渡すと族長は、揺れる火の青白い先端を摘まむようにして、空中いっぱいに門を描く。

 

描かれた丸い輪郭の門の向こうに、現世の世界が、日もとっぷり暮れて、枝葉の隙間から月が明るく照らす深い森が見える。

 

族長に返却されたロウソクを、

 

「ウイリー、これに入れていきなさい」

 

と母親がよこした丸燈(ランプ)に入れて持つ。

 

その後次々と救援物資のリュックや鞄を抱え、しみじみ一族のみんなを最後に見渡し、

 

「がんばれよぉー」

「嫁さん見つけろー」

「殺されそうになったらまたこっちに逃げておいでぇー」

「ならず者を待つんじゃぞぉー」

 

と皆にエールを送られながら門をくぐる。

 

門をくぐったところであっさり門は閉じられた。

 

一人になって途端に恐ろしくなってきたウィル。

 

さっきまでの楽し気な喧騒はどこへやら、目の前にはしんと静まり返った薄暗い森が広がっている。

 

フクロウとか鳴いてる。

 

クマが出たらどうしよう。

 

オオカミが出たら死んでしまう。

 

それにいわゆるワープゲート、辺獄の門を使って瞬間移動したもんだから、ここがどこか皆目見当つかない。

 

族長の信用ならない地図を信用するなら、お城からだいぶ西に来たはずで、ここいらはなんにもなかったはず。

 

小さな集落とか探せばあるだろうけど、お尋ね者の身の上でそんなところいけやしない。

 

いい隠れ家とは、まさか山小屋とかだろうか。

 

ここ何十年も王宮で贅沢三昧だったのに、そんな野人みたいな生活できるだろうか。

 

それに加えて、好機を待つとは一体どうすればいいのか。

 

このままでは山小屋で衰弱死してしまう未来がありありと見える。

 

ああ、懐かしき栄華の日々よ、なにゆえ私を見捨てたもうた。

 

ウィルの未来はお先真っ暗、その上すすんでいく獣道もお先真っ暗。

 

鬱々とした考えが頭をよぎる。

 

そうして頭にウサ耳を付けて暗い森を進んでいくと、目の前に朽ちかけた看板が現れる。

 

雨風にさらされすっかり自然に帰ろうとするそれには、ぎりぎり読める文字で、

 

『この先、【 FAFROTSKIES(ファフロツキーズ)】に注意!』

 

と書いてある。

 

「なんのこっちゃ」

 

不可解な内容にウィルは大して気にも留めずそのまま獣道を進んでいく。

 

すると次第に、森が開け、そこだけぽっかりと樹木がはげた岩肌の空間に出る。

 

「ここの事か?」

 

開けた空間のちょうど中央、不自然に盛り上がった岩肌上に一軒の小屋のようなものがある。

 

それは山小屋とも倉庫とも呼ぶには小さすぎ、大きさは、いうなれば仮説トイレくらいのもの。

 

扉を開けるとすぐに壁があるような、人一人が入ってそれで終わり、のようななんとも奇妙な建築物未満のものが丘の上にポツンと建ち尽くしている。

 

「ここに住むのは無理だろう」

 

とはいえ一応扉を開けるみると、

 

「あ、階段がある」

 

なんと地下へと続いていく階段が。

 

「吾輩、洞窟なんぞで野宿したくないぞ……」

 

不安な気持ちに駆られながら、石造りの階段へ一歩踏み出す。

 

「虫とか出たら嫌だなぁ……」

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

思ったより短い階段を下りた先には、存外に広い空間が広がっていた。

 

それも岩盤がむき出しの穴ぐらなどではなく、きちんと装飾された洋間が。

 

ウィルは一層不信感を強めながら、その洋間の中を照らしていく。

 

床は板張り、部屋の中央には大きな一枚板のテーブルが、くすんだ絨毯の上に鎮座している。

 

その上には豪奢なシャンデリアが吊るされて、クモの巣にまみれている。テーブルの横には石窯と一体になった暖炉や手押しポンプがついた流しが埃をかぶっている。

 

その反対の壁際には本棚や飾り棚がひしめいており、床のあちらこちらに山積みになった書物が散乱している。

 

「煙突は……? 詰まっておらんな」

 

ウィルは煙突の中を覗いて、僅かな月あかりが差しているのを確認してから、そばに備蓄してあった薪を暖炉にくべてロウソクの火を移す。

 

次第に火床の上で、蒼い炎がごうごうと燃え始める。

 

暖炉の明かりで洋間が照らされ、ぼんやり全容が見てくる。

 

手をかざして暖を取っていると、ふとあることに気づく。

 

「んん? 地下室なのに窓があるのは妙だな」

 

確かに暖炉の隣にある流し台の上と反対の壁に、木枠の大窓が埋め込まれている。

 

が、外は真っ暗でその様子はうかがえない。

 

そして部屋の奥、下りてきた階段の正面には、半螺旋階段とそれに続くロフトのような空間が見られる。

 

とりあえずウィルは階段をあがって何があるかを確認しに行く。

 

「変わった空間だな」

 

ウィルはロフトを一目見てそう思った。

 

形はドームを縦切りしたような円錐形。

 

一見テラスのようにも見えるが、窓の類は一切ない。

 

そのうえ、窓はおろか真っ白い壁には何の装飾も施されてはいなかった。

 

洋間には絵画や観葉植物が飾ってあるのに。

 

真っ白い壁が弧を描いて天井まで続いている。

 

その天井には照明の類もつけられていない。

 

洋間のシャンデリアの光が届かないとも言えないが、ここが地下である関係上、このロフトはなんとも薄暗い陰惨な場所になってしまう。

 

まあ、木箱や樽、細々とした雑貨の類が散乱していることから、ここはその利便性の悪さゆえに物置になっていたことは想像に難くない。

 

「んん? なんだこれは?」

 

ウィルはその白い壁を凝視して、首をかしげる。

 

壁の素材が分からない。

 

石材か木材か、その判別すらできない。

 

表面はツルツルしており、白磁の陶器を彷彿とさせる。

 

継ぎ目の跡も一切見られない。

 

「卵の殻とか、骨に見えなくも……ない?」

 

ウィルは触らぬ神に祟りなし、よく分からない物は放っておこうと、ロフトを後にする。

 

半螺旋階段を下りる途中で階段下に扉を見つけ、

 

「ほかにも部屋があるのか。意外と広いな」

 

と念の為、他の部屋も見に行ってみる。

 

家の中を見て回ったが、そこはずいぶん年季の入った廃墟のようだった。

 

扉の先には、洋間同様、埃を被った長い廊下がどこまでも広がっている。

 

廊下にはたくさんの扉が建ち並んでおり、そのほとんどが固く施錠されており、中を見る事は叶わない。

 

旅館(ホテル)でもないのに、全ての扉に『書庫』や『倉庫』、『バスルーム』など丁寧に名札が張られており、几帳面だなとウィルは思った。

 

しかし中には『畑』や『サンルーム』と書かれた地下では意味がない部屋も存在し、「変な家」とウィルは肩をすくめる。

 

探索していくと、いくつか鍵が破壊されて開く扉があったが、それは全て(ニセ)ドアで、開けたらすぐに石壁がそびえているだけだった。

 

ウィルは「なんだ、見栄っ張りめ」と悪態をつき、再び洋間に戻る。

 

「さて、これからどうしたもんか……」

 

ウィルはため息をついて、暖炉の前に置かれたソファに寝転がる。

 

ぼんやり暖炉の火を見つめていると、だんだん眠くなってきて、目がとろんとしてくる。

 

大きなあくびを一つ。

 

「今日はもう寝よう」

 

眠気には勝てず、そのまま寝てしまいたいが、目の前で燃え盛っている暖炉をそのままにもできない。

 

かといって消してしまうのはいろいろ怖い。

 

「はあ、面倒だー」

 

暖炉に置かれている【吹子(ふいご)】に手を触れ、もう片方の手でロウソクを握って、呪文を唱える。

 

 

『墓場で揺蕩(たゆた)う火の着いた尻尾

 

   血を吸う鬼へ誘う蒼白の火

 

暗闇(くらがり)に浮かぶ愚者の燈(イグニス・ファトス)

 

 

ロウソクの炎が生き物のようにのたうち、ふいごがガタガタと震え始める。

 

 

  『旅人の残り香を寄り集めて

 

   役目を終えた者を思い出せ

 

   お前は魂の【擬い物(イミテーション)

 

   お前は誰でもない

 

   お前に器と仕事をくれてやる

 

   彷徨う火に従って、疾くこの場に参上せよ

 

   冥府の門はこれより開かれり』

 

 

震える『ふいご』から人間の身体と手足がむくむくと生え、みるみる内に大人台の大きさになっていく。

 

 

  『さあ、来い

 

  【×××××(深い(暗い)森)】と【□○○(滞在する 聖者 沼沢)】と【▼▼≒▲▼(墓標 1つきり 走る(逃げる))

 

   は遥か後方』

 

 

洋服を着込んだ【ふいご頭】は、胸に手をあて、ウィルに(こうべ)を垂れる。

 

 

傀儡(くぐつ)に命じる。お前は朝まで暖炉の世話をしろ。間違っても吾輩を焼死させるなよ。あと、この部屋の、ふわあぁぁ、部屋の掃除もしとけ……」

 

言ってからすぐ、ウィルはぐうぐうといびきをかいて寝てしまった。

 

取り残されたふいご頭は、自分の頭を使って暖炉に空気を送り、薪の量を調節し、火加減を適度に調整する。

 

火が落ち着いてきたのを見届けたふいご頭は、部屋の片づけにとりかかった。

 

 

暖炉の火は徐々に安定し始め、薪がぱちぱち心地よい音をたてている。

 

それに呼応して暖炉に刻まれた紋章が、【翼を生やした魚】の紋章が光を放ち始める。

 

紋章が光り始めると同時、真っ赤になった薪の中に、紋章と同じ翼魚を模した一本の【鍵】がその姿形(すがたかたち)を成していく。

 

そしてこれが、文字通り勝利への鍵。

 

ウィルが掴んだ一筋の好機。

 

一発逆転、起死回生、捲土重来の初めの一歩。

 

そんな事とはつゆ知らず、ウィルはいまだに夢の中。

 

今日の儀式でみごと、降霊術を成功させて、王様や魔法使いたちから目一杯褒められる夢を見てニヤニヤしている。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウィルは妙な浮遊感を感じて目を覚ます。

 

寝ぼけまなこをこすって辺りを見渡すと、妙に部屋の中が明るい事に気が()まる。

 

窓から日光が差し込んでいて、特にロフト側からの光が強い。

 

暖炉の前には役目を終えたふいご頭が、頭だけを残して消えていた。

 

部屋は綺麗に埃や蜘蛛の巣が取り払われ、床に散乱していた雑貨も整頓されている。

 

目の前に映るのは程よく燃える暖炉の火。

 

その炎の中に何か、炭や灰ではない塊が落ちている。

 

寝ぼけた頭で何も考えずにそれを取ろうとして、「熱ッ!」と、火傷して一気に目が覚める。

 

灰搔き棒でひっかけてとると、それは魚の形をした鍵だった。

 

「なんじゃこりゃ?」

 

昨日、鍵に気づかずにそのまま暖炉に火を入れてしまったのだろうか? 

 

「まあ、ええか」

 

なんの気にも留めず、鍵をソファに放り投げる。

 

そして窓の外に青空が見える事に、

 

「ええっーッツ!! 空ッ!? はあっーッツ!?」

 

今更ながらに仰天し、流し台によじ登って窓の外を凝視する。

 

一面の雲海が広がっている。水平線まで雲で満ち満ちている。

 

ウィルは自分の目が信じられず、家中の開かない扉をガチャガチャと引っ張って周り、ニセドアにひっかっかて八つ当たり気味に扉を壁に叩きつけ、なんの収穫も無く、家中を駆けずり回って再び洋間に戻る。

 

洋間に戻って、入ってきた階段を駆け上がり、扉を開けると、そこは空の上。【空飛ぶ石の魚】の上だった。

 

「はあッ!?」

 

昨日入ってきた小屋は魚の頭の上。

 

 

 

「 「 なっ!? なんじゃぁこりゃぁあああああああッツ!!!! 」 」

 

 

 

ウインディは憤慨して、デヴォルの石炭の入った角燈(カンテラ)を床に叩きつける。

 

使い魔の黒猫がびっくりして逃げ出していく。

 

「なによこれっ、ぜっんぜん門が開けらんないじゃないのよッ!」

 

ウィルを上手いこと追放したウインディは、上手いこと『送火の魔法使い』の後釜に座り込んで、二代目『送火』を継承し、【送火の魔女】を拝命。彼女の腹に潜む野心を慰めるにたる【ある計画】の第一段階はまんまと上手く行ったが、その次が上手く行かない。

 

それ故に、もともと短い堪忍袋の緒が切れて、乗っ取ったウィルの屋敷で暴れるウインディ。

 

「おのれクソジジイの分際でェ……まったく忌々しい!! 捨てたゴミが捨ててから必要になるとはッ!!」

 

そうやって荒れるウインディ。

 

そこへ、

 

『コンッ、コンッ、コンッ』

 

扉をノックする音がし、

 

「お嬢様、お客様がお見えです」

 

と、使用人が客人を連れてくる。

 

「ああんっ!? 誰だっ、こんな朝っぱらから非常識なッ」

 

しかし機嫌の悪いウインディ。

 

そんな彼女の元へ、

 

「おはよ。朝からご機嫌斜めかな、送火の魔女さん」

 

扉を開け、アルベルト筆頭魔導士官が入ってくる。

 

「おっとっとっ……」

 

そうして一歩踏み出した足がウィルの背広を踏み、次いで散らかり放題の部屋の真ん中に君臨するウインディに目を向ける。

 

「あっ……、」

 

ウインディはアルベルトと目が合って硬直する。

 

大股を開き、いかり肩でフローリングに角燈を投げつけたその姿のままで。

 

まずいと思ったウインディはそのポーズのまま、急いで指を『パチンッ』と一鳴らし。

 

するとたちどころに散らかり放題だった部屋の雑貨が宙に浮き、恥ずかし気にそそくさと元の位置に飛んで戻っていく。

 

ウインディによって破壊され、荒らされ、半壊気味だったウィルの部屋は、まばたきをする間に新居同様に。

 

そんなウインディを見てアルベルトは、

 

「はっはっはっは、相変わらずおてんばだねぇー」

 

とにこやかに言いながら、片付いた床を踏んでウインディに歩み寄る。

 

ウインディは「オホホホ」と苦笑いを浮かべている。

 

アルベルトはそんなウインディに、

 

「早速だが、もう朝刊は読んだ?」

 

と今朝の新聞を差し出す。

 

「あの爺さん今、中々面白い事になってるよ」

 

ウインディは(うやうや)しくそれを受け取って、腕を目一杯伸ばして新聞を開く。

 

そして目に飛び込んできた見出しを見て、

 

「ええっ、あのファフロツキーズがっ!?」

 

目を向いて驚く。

 

アルベルトはウインディの手から新聞をとって、自分でもしみじみと見返す。

 

そしてそれをひっくり返してウインディに改めて見せつける。

 

デカデカと新聞の一面を飾る『雲海を泳ぐ魚影と、その頭上の小屋で慌てふためいてる老人の写真』を。

 

「学会はまさに混乱のドツボっ! どこもかしこも死人が生きかえったみたいな騒ぎだよっ」

 

アルベルトは心底愉快そうに、まるで他人事のように言い放つ。

 

ウインディはすぐには現実を受け止められないといった様子。

 

それなのにウキウキのアルベルトを見て、ウインディはげんなりした表情を浮かべる。

 

それでもアルベルトはお構いなし。

 

「それからね~」

 

いつの間にか新聞を掲げる役はウインディの使用人に交代され、アルベルトはその横に立って「えーとっぉー」ファフロツキーズの記事に指を這わせている。

 

ウインディがその指を追っていくと「ここだっ!」、ピシャリと記事の終わりの方に指が打たれる。

 

ウインディがその記事を覗き込んで内容を読んでいくと、

 

「『この事態の急変を重く見た王国政府は、『送火の魔法使い捕縛用特設分隊』を組織し、その隊長に【王国近衛騎士団副団長サー・ユスティアス・アレクサンドラ】を任命する』ゥッツ!!!?」

 

などと書かれており、最後に書かれた名前を呼んでウインディは絶句する。

 

即座に、「本当ですか先生っ!?」とアルベルトに事実確認をとる。

 

ウインディの驚きようと言ったら、思わずアルベルトを昔の呼び方で呼んでしまう程。

 

「まあいくら老頭児(ろーとる)一人が相手と言えど、市警では厳しいだろうからね」

 

アルベルトはウインディの疑問に答え、そんでもって改めて新たな波乱の予感に、小躍りしそうなぐらい上機嫌になり、

 

「これは荒れるねっ! しばらくは退屈しないぞぉ。まったくっ、とんでもなく面白くなってきたァッ!!」

 

そして実際に手拍子を打って軽くステップを踏み、小躍りしている。

 

対してウインディは使用人から新聞を奪い取り、目をギョロギョロさせて記事に目を走らせる。

 

どこをどう読んでも、ウインディの計画の手間が何十倍にも増えた事に変わりはなかった。

 

新聞をくしゃくしゃになるほど握りしめ、歯をギリギリ鳴らして眉間に皺を寄せ、

 

「まったく悪運だけは強いジジイだわっ……」

 

と、アルベルトに聞こえない声量で毒を吐く。

 

 

 

 

次回、〈第二話『スリーピー・ウォーロック』〉に続く。

*1
【ターニップは振り返れば芽が出てる】成長の早いカブ野菜になぞらえて、芽が出るのが早い → とんとん拍子に出世する、という意味のアイルランドの古いことわざ。(なんて、全部ウソ。こんなことわざない。カブの成長が早いのはホント)

*2
この文言に該当する「言葉」と「発音」が存在しないため、大まかな意味だけを読み仮名として記す。



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第二話『スリーピー・ウォーロック』

 

 

(6)

 

 

果てしない夜の空。

 

白金の星々が一面に散りばめられ、その中心を黄金の満月が飾り立てる。

 

月光に照らされた雲海を、優雅に泳ぐ空飛ぶ魚。

 

其れの名は【ファフロツキーズ】

 

イングリース王国魔法省指定の重要文化財にして、旧時代の遺物。

 

そして、国賊ウイリアム・ウィルオウウィスプにとっての愛しの我が家(ホーム・スイート・ホーム)

 

 

この施設について現段階で明らかにされている事は非常に少ない。

 

分かっている事はたったの二つ。

 

その内の一つは、おおよその使用目的。

 

これは古代人にとって、ありふれた居住施設であったらしい。

 

現代人と違って古代人は、皆一様に魔術の心得があったとされる。

 

その力をもってして、壮大な天空都市を築いたと文献には記されている。

 

その中でこのファフロツキーズは、他の個体(完全体はこのファフロツキーズのみ。

 

他の個体というのは、発掘された様々な部位の残骸のこと)に比べて小柄であることから、比較的低所得者用の物件だったのではないかと推察される。

 

また住居者については、屋内に大量に残留していた魔導書や魔導具の数々から、魔法文明の中にあって、さらに魔法を専門としていた者の住処だったと予想される。

 

 

二つ目は、このファフロツキーズにかけられている2つの魔法について。

 

それは、ファフロツキーズの内部で発見された文献に記されていた事柄。

 

 

【鍵】 と 【浮遊】 の魔法。

 

 

『浮遊』については言わずもがな、このファフロツキーズが天空を自在に飛行する為の魔法術式。

 

その為に、このファフロツキーズは実に、空が似合う外見をしている。

 

全体はナマズにも似たフォルムをしており、全長は40m、全幅48m、高さ7mと中々の巨体を誇る。

 

全身が『石材のような建材』で構成され、その継ぎ目が遠目からでは魚のウロコのように見える。

 

今は長年土に放置されていた関係上、全身にツタや苔類がまとわりつきマダラ模様のようになっている。

 

頭部は、石の身体の中でも特に硬く、古生代の怪魚(ダンクルオステウス)を彷彿とさせる。

 

それに反して目はつぶらで大きい。

 

そして、この魚の代名詞ともいえる『翼』、および尾ヒレは、先見の明ともいうべき意匠を誇っていた。

 

それはいわゆる飛行機械、新大陸のとある兄弟が発明し、ちょっと前の周辺国家間で行われた大規模戦争でも大いに活用された「航空機」の類に近しいデザインをしている。

 

とても何千年も前に作られたとは思えない。

 

『翼を持った魚』と形容されるくらい印象的な主翼には(明確には胸ビレに該当する部位には)なんと8枚羽のプロペラが取り付けられ、可動翼片(フラップ)と思わしき機構も備え付けられていた。

 

あまつさえこの翼は『羽ばたき運動』を想定した可動構造が見受けられると、調査隊のレポートには記されている。

 

そして尾ビレは、もはや尾ビレというより尾翼と言った方が正確だが、それはいわゆる飛行機における十字尾翼と呼ばれる形状と類似しており、当然可動翼片(フラップ)の構造も確認された。

 

尾に該当する部分は、またしても4枚羽のプロペラが3つ取り付けられ、これは尻尾自体が軸として回転し稼働する物と思われる。

 

腹部分には、腹ビレや尻ビレが細長く発達し、船のオールのような形状をとっている。

 

この魚が空を泳ぐ様は実に優雅なものであろう。

 

 

しかしながら、この石製の巨体が空を飛ぶ事は不可能だと、航空機技師の間でも見解が一致している。

 

あまりに矛盾や不合理が多く、それらしいものを寄せ集めたようにしか見えない、と厳しい評価が与えられた。

 

が、魔法使いたちは「それこそが魔法・魔術の成せる技なのだ」と反論し、より一層、この深淵の底を覗こうと邁進した。

 

が、術式の構造はおろか建物の起動方法さえ分からずじまいだった。

 

それから数年後、一人の男がこのファフロツキーズに逃げ込み、いともたやすくこの眠れる魚を呼び起こすことになる。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

その男は今、湯船につかりながら、バスタブの中で顔に魔導書を乗せて、居眠りをしていた。

 

その隣では、『電球アタマ』がバスローブを持ってうなだれている。

 

男は首から魚型の鍵を紐で吊るし、何やらうなじの辺りから淡い緑色の管(ケーブル)を生やしていた。

 

管はふよふよと無重力空間のように空中を漂い、そのまま暖炉に直結されている。

 

家の主が睡眠学習をしている間、彼の作り出した傀儡(くぐつ)たちが家事をこなす。

 

人間の子供くらいの背丈をしたちんちくりんの【カボチャ頭】の傀儡が、「ウギャウギャ」鳴きながらせわしなく廊下を駆け回っている。

 

連中は、一つの仕事に特化した【家具アタマ】と違い雑用全般に特化した傀儡である。

 

このいわゆる【頭シリーズ】は、生活に支障をきたすレベルで家事のできないウィルに代わって、家事をこなす為に作られた存在で、一応ウィルの使い魔というべき存在である。

 

 

傀儡を生み出す魔法とは、道具に意思を持たせる魔法である。

 

よく見る一般的なものは、『箒に意思を持たせて掃き掃除をさせる』や『お玉に意思を持たせて鍋をかき回し続けさせる』などで、ウィルの生み出す【××頭】ほど自由に動き回ったりしない。

 

人間みたいな手足を有し、自由意思を持って行動することは、傀儡(くぐつ)魔法の範疇には含まれない。

 

根本から術の構造が異なる。

 

もし、ウィルの生み出すようなモノを作りたいなら、求める振る舞いやその水準に合わせて事細かに魔法を組み立てていく必要があるし、普通ならそんな事、面倒くさくってやろうとは思わない。

 

それに、そんな高等な魔法が組める大魔法使いなら、使用人を雇った方がはるかに手間が省ける。

 

しかし。

 

ウィルには人望というものがなかった。

 

人を雇いたくても、誰も来やしない。

 

みんなウィルがとんでもない人使いの荒さを誇ることを、知っているから。

 

まだウィルが没落する前にかろうじて居た使用人は、それでも尚高額の報酬欲しさに残ってくれた心優しい人たちである。

 

そしてここからが肝なのだが、人を雇えないからと言って、ウィルが自分で家事を頑張るかと言うと、当然ウィルはそんなことはしない。

 

ウィルオウウィスプの一族である以上、ウィルは魂と触れ合う機会は人一倍多かったので。

 

魂の何たるかを知っている。

 

その経験を活かし、さらにデヴォルの石炭の力に物を言わせて、【疑似的な霊魂(インスタント・ソウル)】と呼ばれる(ウィルが名付けた)魂のレプリカを作り出す事に成功。

 

それを適当な無機物に宿らせて(ぶち込んで)、命令を下すだけで、便利な子分の出来上がり。

 

転んでもただでは起きないウィル、怪我の功名で、インスタント・ソウルの特許を取得。

 

この魔法の一番の利点は何といっても、その即効性にある。

 

無機物に触れ、一言、二言呪文を唱えるだけで絶対服従の手下が生まれるのだから、鉱山や木こり達の組合からはが注文殺到。

 

しかし、その体躯を維持するために力の消費が大きい事で非魔法使いの下では長持ちはせず、その上製造元のウィルの態度がデカいことから、この事業は一気に衰退した。

 

 

とはいえ芸は身を助く。

 

今ではファフロツキーズの乗組員として、家具アタマの指揮の元、無数のカボチャ頭たちが今日もせっせと働いている。

 

主人が読みっぱなしにしている魔導書を書斎に戻したり、コック帽アタマの指示に従って皿洗いや料理の仕込みをしたり、家庭菜園の世話に倉庫整理など、ブルジョア気質の主人に代わってこの家の雑用を一手に引き受ける。

 

今では家の中は見違えるほどキレイになり、普段使いの洋間はもちろん、あの異様なロフトも、どこまでも続く廊下も、すべてに掃除の手が行き届いていた。

 

が、それはあくまで廃墟が住めるような状態に回復しただけであり、未だ足の踏み場がないのは変わらずである。

 

家中がものであふれている。

 

 

そして、傀儡たちに交じって洗濯ものを運ぶ一団の中に一人、【少女】の姿がぽつん。

 

当然ウインディではない。

 

年のころは十四、五。

 

バターブロンドの長い金髪をハーフアップにして、瞳は淡い翡翠。

 

頭頂部にちょこんと髪が一房逆立っている。

 

まるでアンテナ。

 

動きやすい様に膝くらいまでスカートの丈を詰め、大きなポケットがたくさん付いたエプロンをしている。

 

カボチャ頭に交じって鼻歌を歌い、洗濯籠を持ってランドリールームへ。

 

洗剤アタマに、汚れた衣服と洗い終わったものとを交換してもらう。

 

今度はそれを持ってみんなでサンルームへ。

 

トランプ遊びをしながら待機していたカボチャ頭たちに洗濯物を引き渡すと、カボチャたちはヒョイヒョイっとトーテムポールのように段々になって、テキパキと物干し竿に洗濯物を干していく。

 

その様子を、手を叩いて面白がっている少女。

 

 

しかし、突如としてサンルームのガラス壁が真っ白に曇って、外が見えなくなる。

 

突然の事に驚いていると、すぐに(もや)は晴れ、視界いっぱいに真っ暗な夜闇が広がっていく。

 

どうやら雲海を突き抜けたらしい。

 

少女が壁に張り付いて周囲を見渡すと、眼下には一面の畑や牧場が広がり、ぽつりぽつりと農村の明かりが見えている。

 

そして、それら夜景が流れていくのとは逆方向、つまり家の進行方向には、らんらんと輝く大都会の灯が迫ってきている。

 

「大変だわっ!」

 

少女はサンルームを飛び出して、一目散にバスルームに駆け込み、開口一番、

 

「ウィル爺大変よっ! お魚の高度が落ちてるわっ、このままじゃ近くの街に墜落しちゃうっ!」

 

大声でウィルを呼び立て、顔に被さった魔導書を取っ払い、ウィルを激しく揺さぶって目を覚まさせようとする。

 

しかし当のウィルは、

 

「こぉれは国王陛下様、ご機嫌麗しゅう……え? 石炭をお返し願える? 宮廷魔法使いの地位も復活? それは願ってもない幸運、ありがたやぁありがたやぁ……」

 

と寝言を言っている。

 

少女は電球アタマの首根っこをひっつかみ、ウィルの顔の間近を照らしながら、スゥーっと息を吸い込み、

 

 

「お前を逮捕するぞぉぉッッツ!! かんねんしろぉぉおおおッツ!!」

 

 

大声で怒鳴り、

 

「うわああああっ!」

 

飛び起きるウィル。

 

髭もビンッと飛び上がる。

 

すっかり目が覚めた様子で、何ごとかと辺りを見渡す。

 

バスタブの横に立ち、腰に手をあててウィルを睨んでいる少女を見て、

 

「なんだ、お前か……」

 

再び湯船に身体を沈めるウィル。

 

ブクブク泡を吐いているウィルの顔を少女は覗き込んで、

 

「大変なのよっ、お魚の高度が落ちてるの!」

 

風呂場の小窓を指さしながら声を張り上げる。

 

「なんだって!?」

 

ウィルは再び驚いて、小窓に顔をうずめて外を確認しようとする。

 

そのうしろ姿に向かって少女は、

 

「それから、すぐそこまで大きな街が迫ってるわ。下手をすればそこに墜落するかもしれない」

 

それを聞いたウィルは血相変えて、

 

「どうして早く起こさないんだ!」

 

顔を青ざめさせる。

 

すぐにバスタブから飛び出して、

 

「起こしたけど起きなかったんじゃない」

 

という少女の声を振り切って、電球アタマからバスローブを受け取り、それを着込むウィルだったが、時すでに遅し、

 

『ズガガガガガッ!!』

 

ファフロツキーズが何かにぶつかる不快な音が響き渡る。

 

ウィルはびしょ濡れのままバスルームを飛び出し、廊下に散らばる荷物を蹴散らしながら駆け抜け、洋間のロフトに駆け上がる。

 

少女と、そのほか騒ぎを聞きつけたカボチャ頭たちがウィルの跡についていく。

 

物置になっていたロフトは、家具アタマたちよってきれいさっぱり取り除かれ、シックな床板が顔を覗かせていた。

 

そしてその半円形の床の中央には、暖炉と同じ、簡略化されたファフロツキーズの紋章が彫り込まれている。

 

ウィルは駆け込みざま、その紋章にタッチして、あの異様な壁の前に立って、落ち着きなく壁を凝視する。

 

すると、だんだん壁に色がついていき、外の景色が映しだされ始める。

 

ロフト部分は、魚の頭の中。

 

あの異様な壁はいわゆるモニターに該当する装置で、外部情報を映し出す魔導具だったのだ。

 

壁に映し出されたのは見渡す限りの大都会。

 

一面が人間の住処。

 

大都市の遥か西には、愛し懐かしの『アンブロシウス城』が見える。

 

眼下に広がるは首都『ランドニオン』、東西を巨大な運河『タメシス河』が分断し、その両端を立派な屋敷や石造りの住宅がどこまでも建ち並ぶ。

 

街灯によって夜でも明るく、遅い時間だというのに人通りも極めて多い。

 

大通りを馬車やオートモービルが駆け抜けていき、遠くでは機関車の汽笛の音が聞こえてくる。

 

関所を抜けてだいぶ中心街の方へ入ってきたようで、先ほどの『ズガガガガガッ!!』という音は、運河にかかる『跳開橋(ルーク・ブリッジ)』の尖塔をこすった音だった。

 

都市民たちは、街を破壊してまわる空飛ぶ怪魚を恐れたり憤ったりしながら、指をさして見上げている。

 

 

確実に高度を落としているファフロツキーズの眼前には、運河の脇にそびえる巨大な時計塔の姿が。

 

「こりゃ、まずい!」

 

慌てるウィルと、追いついてきてはしゃぐ少女。

 

「すぐに離脱だっ。操縦を自動から手動に切り替えるっ」

 

言って、ウィルはロフト改めコックピットの床に刻まれた紋章の上に、専用の長杖(スタッフ)を突き立てる。

 

すると、枝葉が絡み合ったような形をしていた杖がみるみるうちにほどけ、先端にあしらわれた宝石を中心に『総舵輪』が展開され、円形スロットルレバーや計測器、鍵盤の類やおびただしいボタン、フットペダルのついた運転席が枝葉のように伸び広がっていく。

 

それを間近でみる少女の頭のアンテナは犬の尻尾の様にブンブン振って興奮を体現している。

 

ウィルは出来上がった操縦席に即座に乗り込んで、円形スロットルレバーを『ヂリリン、ヂリリン』と操作し、レバーをいくつか上げ下げして、なにごとか鍵盤をたたき、フットペダルを一気に踏み抜いて、「浮上する!」と総舵輪を手前に引っ張る。

 

が、ファフロツキーズはうんともすんとも言わず、尚も降下を続けている。

 

「なぜだ⁉ 早くしないと警察に通報される!」

 

ウィルはペダルを何度も踏みしめ、総舵輪を力任せに引っ張り続ける。

 

そこへ冷静な少女が操作盤を覗き込み、「ここないよ」といって一つのメーターを指さす。

 

「なに?」

 

ウィルは少女が指さす先を見ると、メーターの中を簡略化されたファフロツキーズが、ほとんど残っていない水の上を弱弱しく飛び跳ねていた。

 

「しまったッ、エネルギー切れか!」

 

ウィルは操縦席を飛びのいて、勢いのままロフトの手すりから洋間に飛び降り、テーブルに晩餐を並べるコック帽アタマを押しのけて、暖炉の火を覗き込む。

 

そこには今にも消えそうなほど、弱弱しい炎がチロチロ燃えていた。

 

ウィルは顔面蒼白になり、

 

「誰だっ、力を無駄遣いした奴は!?」

 

翻って、洋間からあふれ出んばかりのカボチャ頭たちを見る。

 

『ビシっ』と無言でウィルを指さす少女。

 

思えば、流しでポンプはずっと水を吐き出しているし、洋間も廊下も書斎も倉庫もバスルームも、ほとんどのすべての部屋の明かりがつけっぱなしで、ほとんどすべての家具が一日中稼働している。

 

ウィルは日中寝て、陽が陰ってから起きてきて、夜遅くまで活動しているから照明への負担も大きい。

 

それに加えてこの大量に生み出された傀儡たち。

 

「必要経費だっ!」

 

あくまで強気な態度のウィルだったが、少女はブンブンと首を横に振る。

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

ウィルは苦い顔をして、がっくり肩を落とす。

 

そしてすぐに顔を上げ、近場にいたカボチャ頭を抱き上げる。

 

ハグされたと思ったカボチャ頭は「にこっ」と微笑む、ウィルも「ニヤっ」と微笑み返す。

 

そして捕まえたカボチャ頭を暖炉の火めがけて力いっぱい投げ込むっ! 

 

カボチャ頭は信じられない速さで炎に飲み込まれて、断末魔の叫びをあげる暇もなかった。

 

操縦席のメーター内の水位がわずかに上がる。

 

暖炉の炎が、

 

「もっと、もっと」

 

と火の手を伸ばす。

 

残ったカボチャ頭は

 

「ひやぁぁ」

 

声にならない悲鳴を上げて、寄り添ってガタガタと震え始める。

 

「なれば、節約するまで……」

 

邪悪な笑みを浮かべて『無駄遣い』たちに向き直るウィル。

 

にじりよってくるウィルに、両手を広げてカボチャ頭たちを庇う少女。

 

「みんな逃げて!」

 

少女が叫び、蜘蛛の子散らすように家中に散らばるカボチャ頭たち。

 

運悪く捕まったカボチャ頭はもれなく暖炉に食われ、家の力に還元されていく。

 

「待ぁぁでぇえええー」

 

鬼の形相でカボチャ頭を追いかけまわるウィルと、それに寄りすがり必死にカボチャ頭を守ろうとする少女。

 

そんな風にじゃれあっているから、

 

 

『どっしいいいんっ!!』

 

 

ついにファフロツキーズが時計塔に激突。

 

凄まじい衝撃がファフロツキーズ全体に響き渡る。

 

ウィルと少女はすっころび、家中のものがド派手にひっくりかえる。

 

「なんだというのだっ!」

 

ウィルは頭を押さえながら起き上がって、玄関小屋への階段を手すりにつかまって外へ。

 

「あれ、開かんぞっ、どうした事だ⁉ ()けェッ!」

 

ドアノブを何度もガチャガチャと回し、ゲシゲシ扉を蹴っ飛ばす。

 

果ては扉に体当たりを食らわせ、力づくで外に出る。

 

「ええい、扉の分際で手こずらせおってからに」

 

息巻くウィルだったが、「はぁっ……ッ!」眼前の惨状を目の当たりにして、ヒゲがビイィィンッ!! と突っ張り、言葉を失う。

 

それはこの国のシンボルといっても差し支えない観光名所。

 

『ビック・ベル』の名称で親しまれる、世界で一番巨大な時計塔。

 

この時計塔の鐘の音は、イングリース王国の栄光と繁栄の象徴とまで言われ、首都を生きる市民たちの魂も同義である。

 

今や、それにでかでかと巨大な魚が突き刺さっている。

 

しかも一番大事な文字盤をぶち抜いて。

 

時計塔を貫いた石頭は反対側に飛び出して、残った翼や体は力なくだらりーんと垂れさがっている。

 

市民たちは時計塔直下の大通りに集まって、憤りの声を上げる。

 

それを見て口をあんぐりあけ、頭を抱えるウィル。

 

 

そこへさらに追い打ちをかけるように、『王国近衛騎士団』の紋章を付けた人員輸送トラックが、けたたましいサイレンを響かせながら次々に大通りになだれ込んでくる。

 

中には物騒な大砲を牽引したものまである。

 

トラックからは衛兵隊がゾロゾロ下りてきて隊列を組み、陣を敷いていく。

 

次々にサーチライトが醜態をさらすファフロツキーズに照射され、ウィルの唖然とした顔も白日の下に。

 

一通り準備が終わったところで、先頭の近衛の専用オートモービルに駆け寄り、恭しく車のドアを開ける。

 

中からはトリコロールカラーの制服に、指揮官を表わす半肩掛けコート(ペリースコート)を羽織った、切れ長の目をした深紅の髪の女性騎士が颯爽と下りてくる。

 

部下が手渡した拡声器をもって、

 

「国賊ウイリアム・ウィルオウウィスプに次ぐ。

 

我が名は【サー・アレクサンドラ・ユスティアス】。

 

イングリース王国近衛兵団ユスティアス隊 隊長にして、現在はウイリアム・ウィルオウウィスプ捕縛用特設分隊 隊長の任を仰せつかっている。

 

キサマには現在『王族侮辱罪』と『重要文化遺産不法占拠』、『ストロベリー・フィールド(ポート)での暴動誘発の疑い』、『無免許魔法行使をはじめとする様々な魔術法違反』。

 

そして今まさにっ! 国家のシンボルともいうべき『「ビック・ベル」と「ルーク・ブリッジ」の破壊』という重罪が追加されたっ。

 

私は国家の怨敵であるキサマを決して許しはしない。

 

無駄な抵抗はやめて大人しく投降するならヨシ、万が一逆らうようであれば、この場での射殺もあり得ると知れっ。

 

これより3分間だけ、キサマに猶予をくれてやる。

 

大人しく投降するのであれば即刻射殺は免責しよう。

 

しかしっ、定刻を過ぎた場合は強行突撃を敢行する。

 

こころせよ!」

 

 

語気も険しく、(距離が相当離れているにも関わらず)ウィルの目をまっすぐ見返して言い放つ分隊長。

 

気圧されたウィルは髭がすっかり逆V字。とんぼ返りですぐ家の中に逃げ込み、固く玄関のカギを閉める。

 

「ますますまずい……射殺はいやだぁ……」

 

せっかく風呂に入ったばかりだというのに、大量の冷や汗をかくウィル。

 

髭もふにゃふにゃ。階段の下でへたり込むウィルにしゃがみこんで、少女は「ふふん♪」とにこにこの笑顔を向けている。

 

「癪に障る顔だな。おまえ、さっきの警告聞いておらんかったのか?」

 

ウィルはげっそりとした顔で少女に問うが、

 

「もちろん聞いてたよ?」

 

少女はあっけらかんとした態度で答える。

 

「なれば、なぜそんな顔をっ……!」

 

ウィルは八つ当たり気味に怒鳴ろうとするが、

 

「なればこそ。ここで捕まる訳にはいかないんじゃなくって?」

 

ウィルの言葉をさえぎって少女は冷静に問い返す。

 

「それに、逃げる算段はもう頭の中に浮かんでるんでしょ?」

 

少女は生意気にウィルの顔を覗き込みながら、ウィル同様ニヤついた表情を浮かべる。

 

強張っていた表情のウィルにも、次第にそのニヤケ面が伝染し、不敵な笑みへと変わっていく。

 

髭も生気を取り戻していく。

 

「もちろんだとも! この吾輩を誰だと思っておるのか!? 見事この窮地を脱し、エリート魔法使いの地位へ返り咲いて見せようではないかッ!」

 

豚もおだてりゃ木に上る。

 

すっかり調子づいたウィルは高笑いをしている。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウィルは少女が持ってきた【トンガリ帽子】と【奇抜な柄の蒼いマント】をバスローブの上から羽織り、暖炉脇に立てかけてあった手杖(ステッキ)をひっつかむ。

 

ロウソク入り丸燈(ランプ)をとりつけた本命の街灯長杖(スタッフ)は、今は温存。

 

ロウソクは城を追われたあの日に比べて、幾分短くなっていた。

 

タイムリミットの時は近い。

 

ウィルは全身に魔導書や水晶をこれでもかとグルグルに括り付け、さながら一人軍隊(ランボー)の様相を呈している。

 

ウィルはさっと華麗にロフトによじ登り、演説台のように手すりを掴んで、

 

「総員傾注! これより離脱作戦を開始する」

 

軍人を気取って演説を始める。

 

ノリのいいカボチャ軍団や家具アタマは少女を先頭に、ウィルにならって洋間に集結・整列してみせる。

 

「本作戦はファフロツキーズの安全圏への離脱を持って完了とする。

 

その為に必要なのはファフロツキーズのエネルギー足る諸君らの殉職である。

 

しかし、ただ座して死ねとは言わん。

 

諸君らは彼の近衛兵団と戦い時間を稼いでほしい。

 

そして名誉の戦死を遂げる。だが覚えておいてほしい。

 

諸君らの魂は永遠に不滅であることを!

 

諸君らが死した後、諸君らの魂は再びこの母なるファフロツキーズに還ってくる。

 

吾輩は諸君らの復活を、ここに約束するものである」

 

「わあーっ!」と軍団から歓声が上がり、拍手が巻き起こる。

 

ウィルはそれを手で制し、演説を続ける。

 

「我が二番弟子『エナ』一等軍曹よ、キサマにはその陣頭指揮を任せる」

 

【 エナ 】と呼ばれた少女は、

 

「はっ、光栄でありますっ、大総統閣下殿」

 

胸を張って敬礼する。アンテナも同様。

 

「そして吾輩の任務は、王国民として大変胸が痛む所存ではあるが、背に腹は代えられない、このビック・ベルを我が大魔法を用いて破壊するっ」

 

「ええーっ!?」と軍団から困惑の声が上がるが、ウィルはそれを手で制し、

 

「愛国心に熱い諸君らの気持ちも大いにわかる。

 

がこのままビック・ベルがのしかかっていては、いかにファフロツキーズが力を取り戻したとて、離脱に手間取る可能性がある。

 

それ故のやむ得ない処置として理解してもらいたい。

 

しかし吾輩はここに約束しよう。

 

見事、名誉を挽回した暁にはきっとこのビック・ベル再建に尽力することを!」

 

「やんやっ、やんやっ」と再び軍団から歓声が上がり、拍手が巻き起こる。

 

ウィルはうんうん頷いて、歓声を一身に浴びる。

 

「では、諸君。行動開始だ!」

 

そしてステッキを振りかざして、作戦を開始する。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

一方時計塔通りはというと。

 

時計塔および大通り周辺はすでに市警らによって完全に包囲されており、野次馬が大量に群がっている。

 

ユスティアス分隊長率いる捕縛隊は、ファフロツキーズの真下に待機しており、隊員たちは突撃の時間を今か今かと待ちわびていた。

 

その中にあって分隊長だけは冷静に、時計塔に突き刺さった魚を仁王立ちで注視している。

 

そこへ、

 

「定刻を過ぎました」

 

一人の衛兵が報告にやってきて、無言で頷く分隊長。

 

分隊長はばさァッと羽織った半肩掛けコート(ペリースコート)をひるがえして、衛兵たちに向き直り

 

「総員、傾注ッ!」

 

本職の迫力を持って衛兵たちを整列させる。

 

「これより、国賊ウイリアム・ウィルオウウィスプ捕縛作戦を開始する。

 

標的は腐っても元宮廷魔術師だ、どんな手を使ってくるか予想できん。

 

各員十分警戒せよ。

 

また、目標が立てこもっている古代遺跡『ファフロツキーズ』にはなるべく傷をつけないようにと、魔法省から要請が出ている。

 

各員留意されたし」

 

「 「 「 サーイエッサーーッツ!! 」 」 」

 

衛兵たちは威勢よく応答する。

 

「それでは各員持ち場に付け、作戦を開始するっ!」

 

さっと衛兵たちは散開し、各自持ち場に着き始める。

 

「1番から4番バリスタ弾装填、発射用意っ。第一部隊、突撃準備っ」

 

分隊長がテキパキと指示を出す。

 

衛兵たちは輸送車に牽引された大砲を押し出し、荒縄が結びつけられた(もり)を装填、照準をファフロツキーズに定める。

 

「撃ていッ!」

 

分隊長の号令に合わせて、

 

『バシュンッ! バシュンッ!』

 

大砲から銛が撃ち出されて、全弾見事にファフロツキーズに突き刺さる。

 

各衛兵がロープをぐいぐい引っ張って、

 

「固定完了しましたっ」

 

確認の報告をする。

 

「よしっ、第一部隊突撃っ!」

 

トリコロールカラーの制服を着た衛兵たちが、次々縄をよじ登ってこようとする。

 

 

『招待状をお持ちでないゲストの到着だ。丁重に迎撃してやれっ』

 

ファフロツキーズの下腹部。

 

気分はすっかり勇敢な突撃兵のカボチャ頭たちが密集する船底で、伝声管からウィルの声が響く。

 

エナは跳ね上げ戸(ハッチ)オープンのスイッチを押して、ニヤリと笑い、

 

「アイアイキャプテンッ!」

 

威勢よく返事を返す。

 

「よおし、みんなやっつけちゃうよっ!」

 

エナは腕を突き上げ、アンテナものけぞり、その号令に従ってカボチャ頭が次々投下されていく。

 

「ケタケタケタケタケタケタッ!」

 

カボチャ頭はちんちくりんの身体をトランスフォームさせ、頭の左右からコウモリのような翼を生やす。

 

そして口からは蒼い炎を吐き出して、登ってこようとする衛兵たちを攻撃していく。

 

「うわぁっ! なんだこいつら!」

 

衛兵たちは縄にぶら下がったままサーベルを抜いて、カボチャ頭たちを切りつけようとするも、空中を自由自在に飛び回るカボチャ頭たちにはまるで攻撃が届かない。

 

そして噴きつけられる猛火におののいて、縄から手を離し、どんどん地上に戻されていく。

 

エナは、カボチャ頭が列を成して飛び降りていくのを見送り、

 

「あたしも頑張るよお!」

 

と息巻いて、くりぬかれたカボチャをかぶって変装する。

 

アンテナはカボチャを突き抜ける。

 

使い魔の白ミミズクも呼び出して、同じくくりぬいたカブを頭にかぶせる。

 

「よし、これであたしたちってバレないね」

 

「ホッホウッ!」

 

エナと白ミミズクは船底を移動して、尻尾側にある垂下銃塔に乗り込み降下していく。

 

外に出たところで、エナが指揮棒のように短杖(ワンド)を振り、それに伴って風を纏ったミミズクが荒縄を次から次へとちょん切っていく。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

地上では振り落とされた衛兵が、ライフル銃(Lee-Enfield)を構え、空を飛び回るカボチャ頭を撃ち落していた。

 

規格外の万能傀儡と言えど所詮は野菜。

 

熟練の近衛兵団には敵わず、ライフル弾に喰い千切られて続々と、空中で爆発四散していく。

 

「そのまま撃ち続けろっ、野菜如きに遅れをとるな! 殲滅次第、突撃を再度実行するぞっ」

 

分隊長が作戦を指示する、が、ここでカボチャ頭を軽んじたのがいけなかった。

 

いつだって油断は禁物。

 

途端にカボチャ頭たちは動きをピタリと止め、屈強な衛兵たちから群がった野次馬たちへと向き直る。

 

ニヤァと顔を歪めて、「ケタケタケタケタァッ!」と歯を鳴らしながら、民衆へ襲い掛かる。

 

「うわぁ⁉ こっちにくるぞ!」

「助けてくれぇーッツ!」

 

蒼い炎を噴き散らして脅しかけ、警官には体当たりをかまし、善良な市民を追い立てる。

 

民衆は蜘蛛の子散らすように逃げ惑い、時計塔通りは大混乱。

 

「市民を守れ! 銃は使うなっ」

 

痛いところを突かれた分隊長がすぐに指示を飛ばし、衛兵たちは市民を追い回すカボチャ頭を追い回す。

 

 

「フハハハハハハ、慌てておるわ、バカ者どもめが」

 

ファフロツキーズのコックピットで、ウィルは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている通りを見下ろして、悪の親玉のような笑いをこぼす。

 

警官や衛兵たちがカボチャ頭にいいようにやられるのを見る度に、どんどん悪い顔になっていくが、カボチャ頭がやられても同様に満足そうな笑みを浮かべる。

 

カボチャ頭もだいぶ数を減らし、暖炉の火も始めに比べだいぶ大きくなってきている。

 

ウィルはうなじの淡い緑色の管(ケーブル)を握り、

 

「よおし、だいぶ力が戻ってきてるぞ」

 

確認しブチっとケーブルを首から外す。

 

スルスルと暖炉に戻っていくケーブル。

 

ケーブルを抜いた途端、ウィルを取り巻くように小さなファフロツキーズを模した小魚が現れ、ケーブルと同じ淡い緑色をしたそれらはふよふよと空中を泳ぎ始める。

 

ウィルはロフトから後ろを振り返り、

 

「さあ急いで運び出せ! 時間がないぞぉっ」

 

ファフロツキーズに残したカボチャ頭たちに声をかける。

 

ウィルの背後では、カボチャ頭が長蛇の列をなして、倉庫から大量のダイナマイトを運び出している最中だった。

 

行列はそのまま時計塔まで続き、カボチャ頭たちが時計塔に爆薬をせっせと仕掛けている。

 

「カボォッ」

 

一匹のカボチャ頭がウィルの足元で敬礼し、国家のシンボルの爆破準備が完了したことを報告する。

 

「フッフッフ、順調っ順調ぉっ!」

 

ウィルは喜び勇んで、ロフトから飛び降り玄関を飛び出す。

 

 

そしてファフロツキーズの真下は未だ混乱のど真ん中。

 

悪知恵の働くカボチャ頭たちは積極的に市民を追い回し、警官たちの避難誘導の声はまるで届かない。

 

その上数体のカボチャ頭が捕縛隊のトラックを占領し、広場を暴走しており衛兵はその対処にも追われている。

 

さらには、

 

「キャーッ!! 火事よっ! 火事だわっ!」

 

カボチャ頭が吐き出していた蒼い炎が、文字通り飛び火して広場に面した民家からボヤが出始めていた。

 

「急いで火を消し止めろ! 消防局にも連絡だっ! 周辺住民の避難も急げ!」

 

分隊長はカボチャ頭を切り捨て様に、手近な警官を捕まえて怒鳴りつける。

 

形勢は一気に逆転。逃げ惑う民衆やどんどん広がっていく火事、カボチャ頭にてんてこ舞いの部下たち、それにいまだにファフロツキーズからカボチャ頭があふれ出してくる。

 

分隊長はそれらを睨みつけながら、

 

「おのれウイリアム・ウィルオウウィスプめぇ……」

 

奥歯を噛みしめる。

 

そこへ、

 

「何かお困りですか? 分隊長殿」

 

微笑をたたえ、黒猫を撫でる少女が声をかけてくる。

 

「どうぞこのウインディ・バアルゼブルにもご命令を。さながらチェスのクイーンのごとく縦横無人の活躍をご覧に入れましょう」

 

物腰柔らかく、「いかが?」とあざとげに腰を折って顔を覗き込んでくるウインディ。

 

分隊長は眉間に皺を寄せて、不愉快そうに、

 

「せっかくの申し出だが、貴殿の手はかりない。悪いが私は、魔術師を名乗る連中を信用しておらんのでな」

 

きっぱりと言い放つ。

 

「そうですか? それはさみしいですね……」

 

いともあっさり引き下がり、その上ややシュンとした様子を見せるウインディ。

 

その大人びた聞き分けの良さと、傷ついた子供のような表情が、嘘くさく怪しいと思う分隊長。

 

この目まぐるしい戦場のような場所にあって、その存在風貌(ゴシックロリィタ)のなんと異様な事か。

 

使い魔の黒猫は逃げ惑う民衆を見てごろごろと喉を鳴らし、その主人たる魔女はもう立ち直って仮面のような笑みを張り付け、眼前の光景を無感動に眺めている。

 

『だから魔法使いは好かんのだ』

 

心の中で悪態をつく分隊長。

 

「ですが、サー・ユスティアス殿。状況がそれを許してはくれません。あちらを」

 

と、ウインディは大通りに面した、まだ火の手が回っていない住宅群を指で指し示す。

 

とくになんてことないレンガ造りの民家を示されて、「んん?」と困り顔の分隊長。

 

「ほらあのカラスです」

 

ウインディに言われて、よくよく見ると民家の屋根に一羽のカラスが止まって、ファフロツキーズをじっと見上げている。

 

「あのカラスがどうしたというのか?」

 

分隊長が聞き返すと、ウインディはカラスをさした指をすぅーっとそのまま移動させ、自分が抱える黒猫に向ける。

 

「あのカラスが今見ている光景を今この子が見ています。この子の目を覗いてみてください」

 

ウインディは抱きかかえた黒猫をグイっと持ち上げ『見せてあげて』と、分隊長に押し付ける。

 

分隊長はやや不審に思いながら、毛だるまの目を覗き込む。

 

するとそこには、ダイナマイトにまみれた時計塔の尖塔(せんとう)と、導火線を持ってマッチをすっているウイリアム・ウィルオウウィスプの姿が映っている。

 

「なんだこれはっ!?」

 

ガバッと猫の顔を掴んで、猫の眼球を凝視する分隊長。

 

「魚の真下にいてはお気づきになれないと思い、報告しにきました」

 

分隊長から猫を引き離して、ふわりと一歩下がり、

 

「どうです? 一刻を争う状況ではありませんか?」

 

首をかしげて分隊長を見返すウインディ。

 

「もし私に出番をくださるのなら……、そうですね、とりあえずは形勢逆転をお約束しますよ」

 

にこやかに言ってのけるウインディ。

 

「私がオフェンス役、捕縛隊の皆さまはディフェンス。市民の避難をお願いします」

 

分隊長は尚も渋っている様子だったが、周囲の惨状を見て、自分の体たらくが身に沁み、苦々しい口調で、

 

「かたじけない。貴殿に助力に感謝する……」

 

と言って、頭を下げる。

 

「とんでもありませんわ。私も捕縛隊として駆り出された身、指揮官の命令に従うのみです」

 

そう言ってどこからともなく飛んできたホウキを掴んで、飛び乗り、ブワッ! と一足飛びに上空へ飛び去る。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ファフロツキーズの上では、玄関小屋の石段に座って、ウィルがずっとマッチを擦り続けている。

 

火が付いたと思ったとたん風が吹いて、すぐ消える。

 

それをずっと繰り返している。

 

ちょっと戻って暖炉から燃えさしを取ってきて付けたらいいものを、ちょっとの手間を面倒くさがって、意固地になってマッチをこすり続ける。

 

そうやってモタモタしているから、

 

「ご無沙汰しております、()お師匠」

 

それ以上の、いらん手間がかかることになる。

 

「おまえはっ!?」

 

少女趣味の薄青いゴシックドレス。

 

風になびく黒くて長い二つ結びの髪。

 

優雅にホウキにまたがり、マヌケ面で自分を見上げる老人を見下す少女。

 

「ウインディ! お前も吾輩の邪魔をしようというのかっ!」

 

わめくウィルを見て、

 

『こいつ、私がハメたことに気づいていないのかしら?』

 

ますますウィルの評価を下げる。

 

「元お師匠は宮廷魔導士の地位を剥奪されました。今は私が二代目【送火】です」

 

そう事務的に言い放つウインディ。

 

「なんじゃとぉっ!」

 

信じられないという様子のウィル。

 

「今やあなたは天下の大罪人。

 

国王の命で捕縛隊が組織され、私も後始末として駆り出されました。

 

さあ、ウイリアム・ウィルオウウィスプ、大人しく投降しなさい」

 

ウィルはそうとうくやしそうに握りこぶしに力を籠め、

 

「おのれ裏切り弟子めぇ。吾輩は絶対捕まらんぞ! そしていつか絶対王宮に返り咲いて見せる!」

 

ウインディに指を突き付け、カムバック宣言をかます。

 

「全く。……世話の焼けるジジイだわ」

 

ウインディは不愉快そうに言い放つと、大きくファフロツキーズから後退し、距離をとったところで、

 

「まずは分隊長との約束を果たさなきゃ」

 

時計塔通りを走り回る暴走トラックを視界に捉え、まっすぐ正面に腕を伸ばす。

 

そして空中で何か見えない物をつまみ上げるような動作をし、──突然ピタリと動きを止める暴走トラック。

 

どうした事かとカボチャ頭たちが慌てる。

 

次第にトラックは地面を離れ中空に浮かびだす、──つまんだそれをそのまま下から上へ勢いをつけてファフロツキーズめがけて投げつける。

 

「うわあ! なんか飛んで来たぁっ!」

 

驚くエナ。

 

カボチャ頭たちが乗っ取った暴走トラックが、突然に勢いをつけてエナのいるカボチャ軍団投下口目指して飛んで来る。

 

垂下銃塔から衛兵や警官を妨害していたエナは、すぐさまファフロツキーズの中へ逃げ込み、半死半生、ほうぼうの体で四つん這いになって船底から走り出る。

 

トラックは見事、投下口に命中し爆発四散。

 

中にいたカボチャ頭を一網打尽に。

 

そしてファフロツキーズも爆発の余波で大きく傾き、時計塔にも負荷がかかって大きなヒビが入る。

 

着弾の衝撃でよろめいてその場に倒れこむウィル。

 

寝そべったそのままの姿勢で下腹部を覗き込み、

 

「たいへんだっ。エナ無事かぁーッ!」 

 

エナに向かって叫びかけるウィル。

 

階下の窓からひょこっと顔を出したエナが、

 

「だいじょうぶっ!」

 

と元気に返事を返す。

 

間一髪、白ミミズクの風をまとって動きが早くなったおかげで、難を逃れたエナだった。

 

「ならいいっ! 早く船底の火を消せ!」

 

エナの安全を確認してすぐ、こき使うウィル。

 

「いいってなんだっ! もっと心配しろぉ!」

 

腕を振り上げて抗議するエナに、

 

「いいから早く! 家が燃える!」

 

敵を前にして口喧嘩をするウィルとエナ。

 

 

「相変わらずふざけたジジイね」

 

ウインディは不愉快そうな顔をして、今度は大きな物をすくい上げるように、ぐぐっと両手に力を込めて、ガバッと一気にそれを持ち上げる。

 

すると、眼下で燃え上がる民家の屋根や壁がガタガタ揺れ始めたかと思うと、見えない力によって上に引っ張られるように盛り上がり、次第に家から引き千切られていく。

 

引き千切られガレキ群は寄り集まって5つの塊となり、回転式拳銃(リボルバー)の弾倉のように規則正しく、ウインディのまわりに控える。

 

周囲の家がベリベリとはがされていくのを、分隊長含む捕縛隊員たちは唖然とした様子で見上げている。

 

 

そしてファフロツキーズ上では、

 

「だから初めに無事かどうか聞いてやっただろうがっ、それで満足せいっ」

 

「足りない! もっと心配してっ!」

 

未だ口喧嘩を続けるウィルとエナ。

 

そうやって言い争っているところへ、

 

 

『バアコォーーンッツ!!』

 

 

撃ちだされたガレキ弾がファフロツキーズの胴体に直撃。

 

「おわぁっとっと……」よろめくウィル。

 

ファフロツキーズは先のトラック衝突と合わせてますます傾き、時計塔の亀裂もますます大きくなる。

 

「ああっ!? 大丈夫かエナッ!」

 

またしてもエナの顔を出す窓辺に攻撃があたり、肝を冷やすウィルだったが、「だいじょうぶっ!」とエナは変わらず元気に窓から顔を出す。

 

さすが古代遺跡なだけあってファフロツキーズは頑丈で、窓ガラスさえ割れていない。

 

エナは着弾の瞬間とっさに家の中に入り、難を逃れたのだった。

 

ウィルが、「はあーよかったぁー」と胸をなでおろす。

 

そこへ、さらにウインディは追撃を加えようと、ファフロツキーズに再び手を掲げる。

 

顔を起こしたウィルは、ウインディの頭上にあいた空席へ、リボルバーよろしくガレキ弾が回転して次弾が装填されるのを目撃する。

 

「まずいっ!」

 

撃ちだされる2発目。

 

すかさずウィルは(ステッキ)をガレキ弾に向かって振りかざし、──ウィルを取り巻いていた小魚が一匹杖に吸い込まれるようにして消える──ガレキ弾に向けた杖をそのまま横向きに薙ぎ払う。

 

途端、ガレキ弾がファフロツキーズに直撃する寸前で軌道を変え、そのまま時計塔に直撃する。

 

時計塔はとうとう文字盤を境目にぽっきり折れ、ダイナマイトを大量に括り付けた尖塔(せんとう)が地面に崩れ落ちる。

 

それもさもありなん。

 

さっきから突き刺さっているファフロツキーズが、撃ち込まれたガレキ弾によってぐいぐい態勢を変え、さながらファフロツキーズで時計塔の中をかき回すようなきりもみ運動が成されていたのだから。

 

抵抗するウィルに舌打ちしたウインディは、今度は2発同時にガレキ弾を放ってくる。

 

「こんにゃろ!」

 

二匹目の小魚が宿った杖をウィルがガレキ弾二発に向けると、またしてもファフロツキーズの直前でピタリと動きを止め、

 

「おかえしだっ!」

 

とそのままウインディに打ち返す。

 

「小癪なジジィがっ!!」

 

ウインディは最後の一発を、ウィルの傀儡(かいらい)となったガレキ弾にぶつけ、3つのガレキ弾は空中で押し問答を繰り広げる。

 

「ぬおおおおおおッ!」

 

ウィルは鍔迫(つばぜ)()いをする剣士のように杖を構え、

 

「クゥッ…………ッ!」

 

ウインディは倒れてくるタンスを押し返すように両腕に力を籠める、が、個数が少ない分やや押され気味である。

 

『オマエモ来イッ!』

 

ウインディは左手を離して、崩れた尖塔に目を付けると、ガッシリそれを掴んで浮遊の魔法で三つのガレキ弾にそれをぶつける。

 

ウインディの髪は風にあおられ、魔法に力を込めているせいで猫のように逆立っている。

 

「ふっふっふ、これでイーブンよ」

 

巨大なガレキの塊がぶつかり合いガリガリとお互いを削りあって、

 

「退避しろーッ! 危ないぞ! 急げーっ!」

 

大量のガレキが大通りに降り注ぐ。

 

警官や捕縛隊員たちは避難誘導で手一杯。

 

カボチャ頭たちも次々ガレキに押しつぶされていく。

 

「だから魔法使いは嫌いだっ!」

 

他人の迷惑をかえりみない魔法使い二人に向かって文句を叫ぶ分隊長。

 

「どうかしら? お師匠さまはそろそろ苦しくなってきた頃合いじゃありません?」

 

額に汗を浮かべながらウインディは、

 

「【門】をあければ助かるかもしれませんよ!? このままではお師匠が押し負けるのは火を見るよりも明らかだわっ!」

 

と本音を漏らし、自分の計画を優先させようとする。

 

が、ウィルは、

 

「こんなところで無駄遣いはできんっ!」

 

と抵抗する。

 

(のぞ)(がい)の返事を返されたウインディはムッとして、

 

「なればこじ開けるまでのことっ!」

 

さらに力を込める。

 

髪や服の裾がぶわっと逆立ち、ケープがひるがって、腰のベルトに吊り下げられた燈會(ランタン)が露わになる。

 

「ああっ!! 石炭返せッ!」

 

咄嗟に手を伸ばすウィル。

 

ウインディは燈會(ランタン)をひと撫でしてその手に蒼火を宿す。

 

燃ゆる手の平をガレキ(かい)にかざすとみるみるガレキ塊に火が移り、巨大な石炭のようになる。

 

そしてそれをそのまま、ホウキの上に踏ん張って、グイグイウィルに押し返していく。

 

「ぐぅっ、お、おおおおおお……っ! まずいっ」

 

どんどん押し込まれるガレキ塊を、杖を精一杯構えて耐えているウィル。

 

その上、ウインディの放った青い炎が尖塔(せんとう)に埋め込まれたダイナマイトに引火。

 

導火線を火がみるみる内にたどっていき、ウィルに追い打ちをかける。

 

「さあ、どこまで耐えるおつもりですか? お師匠っ!!」

 

楽しそうに顔を歪ませるウインディ。

 

 

「あ! ウィル爺が危ない!」

 

トラックの火を消し止めたエナが、ウィルのピンチを目撃し、カボチャ軍団の残党を連れてバルコニーに出る。

 

「さあ、行ってカボちゃんたち!」

 

エナの掛け声とともに数匹のカボチャ頭がウインディめがけて飛んでいく。

 

「ケタケタケタケタァッ!」

 

 

「きゃあっ、なによコイツらっ。邪魔しないで! あっちへ行きなさいよ!」

 

まとわりつくカボチャ頭たちを、うっとうしそうに手で払いのけるウインディ。

 

「今だぁっ!」

 

ウィルは振りかぶった杖に最後の小魚を宿らせて、「これで打ち止めだっ」クリケットよろしくガレキ塊をウインディに打ち返す。

 

「ッツ! ──しまったっ!」

 

ウインディは襲い来るガレキ塊を燈會を掲げてすかさず防御するも、タイミングよくダイナマイトが爆発。

 

ガレキ塊が中から炸裂して、その爆風に乗せられてウインディは遥か彼方へ吹っ飛ばされていく。

 

「ああっ、石炭が!」

 

ウィルはどんどん遠ざかっていく弟子と石炭を名残惜しそうに、見送り、がっくり肩を落として「ああ~」とため息をつく。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウインディが吹っ飛んでいくのを見た分隊長が、

 

「やはり魔法使いなどあてにならんっ」

 

と言って、遂に自ら打って出る。

 

半肩掛けコート(ペリースコート)を脱ぎ捨て、地面に落ちているサーベルをありったけ掴んでベルトに差し、単身時計塔に向かって走りゆく。

 

「隊長!」

 

住民を避難させた衛兵たちが戻ってきて、突撃していく分隊長に向かって呼びかける、が火の着いた隊長にはもうその声は届かない。

 

部下たちの声を振り切り、時計塔の壁の前に立ってファフロツキーズを見上げ、ウィルをギロリと睨む分隊長。

 

ギクッとおじけづくウィル。

 

両手にサーベルを持って、何をするかと思いきやサーベルの刃を時計塔の壁に突き刺し、鼻息荒くズンズンよじ登ってくる。

 

「待ってろっ、ウィルオウウィスプっ! 必ずとっ捕まえてやるからなッ!」

 

ウィルはその様子に、すっかり気圧され、

 

「これは捕まったら何をされるか分からんぞ……」

 

身震いして、自分の肩を抱く。

 

そして、カボチャ頭がほとんどファフロツキーズに還元されたことで、垂れ下がっていた主翼や胴体がピンと張り、水平に戻っていることに気づく。

 

突き刺さっていた時計塔もウインディのおかげで半壊し、これでいつでも飛び立てる状況に。

 

しかしそれに反して、衛兵たちが大勢を立て直し、再び大通りに集結しつつあった。

 

その上、勤勉実直な分ウインディより手ごわいかもしれない分隊長がすぐそこまで迫ってきている。

 

通りに再び大砲をセットする衛兵たちと、よじ登ってくる分隊長とを交互に見て、

 

「ええい、背に腹はかえられんっ!」

 

洋間に戻ってロウソク入り丸燈(ランプ)をとりつけた街灯長杖(スタッフ)をひっつかみ、コックピットへ。

 

杖を天井高くに突き上げ、呪文を唱える。

 

 

  『墓場を揺蕩(たゆた)愚者の燈(イグニス・ファトス)

 

   吸血鬼の森へお前を誘う』

 

 

街の遥か上空、立ち込める暗雲の真上、市民の目が届かない場所に、蒼い炎にふちどられた魔方陣が展開される。

 

 

  『最高傑作(マスターピース)、召喚

 

   其の名は【SG-62-I8(スケープゴート)

 

   冥府の門はすでに開かれた』

 

 

陣の中の門がゆっくりと開き、骨ばんだ腕に吊るされた巨躯が覗く。

 

 

  『それゆけっ!

 

  【×××××(深い(暗い)森)】と【□○○(滞在する 聖者 沼沢)】と【▼▼≒▲▼(墓標 1つきり 走る(逃げる))

 

   は遥か彼方』

 

 

途端、

 

 

『ドォ、ッッシィィィーーンッツ!!!!』

 

 

何か巨大なモノが落ちてきた。

 

それは時計塔の脇を流れる運河にかかる橋『ワーズワス橋』に落下し、その勢いのまま石橋を貫通。

 

水しぶきを噴き上げ注目を一身に集める。

 

衛兵たちが黙って見守るなか、折れた橋からのっそり姿を現したのは、身長が二階建てバス以上もある巨大なゴーレムだった。

 

その風貌は、言うなれば岩石ゴリラ。

 

しゃくれた顎に四角い頭、三角形の尖った目が一団を睨んでいる。

 

鉱石製の寸胴の身体には、古代土器を思わせる紋様が全身を這っており、背中からは大小様々な煙突がにょきにょき生えて、黒煙や蒸気を吐いている。

 

その体躯に見合うように腕は筋骨隆々、牛馬の胴の様に太く長い。

 

そして肩の煙突に掴まって、大きなコウモリの様な耳と翼、尻尾を生やした黒い小人の妖精(グレムリン)が乗っている。

 

 

「グウウォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!」

 

 

巨人ゴーレムは野太い雄叫びを上げる。

 

 

「どうしてあの化け物がここに!」

 

時計塔の壁に張り付き、壊れた橋をよじ登るゴーレムを見て、分隊長は自分の目を疑った。

 

屈強な衛兵たちもその迫力に恐れおののき、

 

「あっ、あれは【 古い巨人(ギガント・ゴーレム) 】と【 機械妖精(グレムリン・スパンデュール) 】……。ウィルオウィスプに並んで世間を騒がせている怪物じゃないか……」

「旧時代の兵器「巨人(ゴーレム)」を性悪妖精(グレムリン)が乗っ取って操っているっていうあの……」

「神出鬼没で、突然現れては、目的も無く暴れまわるって噂だ……」

 

口々に怪物の逸話を話し合っている。

 

 

「ウギャギャ、ギャギャギャ、ギャギャッギャ!」

 

グレムリンはゴーレムの頭をバシバシ叩いて、あっちやこっちを指さして指示を出す。

 

橋の上に上り詰めたゴーレムは時計塔とは逆方向、わざわざ人的被害の多い王国最大のターミナル駅のある方角へ歩みを進め始める。

 

その道すがら、橋の上に乗り捨てられた馬車やオートモービルを掴んでは無差別に投げ捨て、無差別に投げ捨て対岸の住宅を次々破壊していく。

 

そこへウィルが玄関から飛び出し、

 

「これは僥倖(ぎょうこう)! なぜだか分らんが巷で噂の暴走ゴーレムのお出ましだっ、よぉし今のうちにトンズラしよう!」

 

そうやってわざとらしいセリフを吐いて、家の中に舞い戻る。

 

 

何を隠そうこのゴーレムとグレムリンは、ウィルが作り出した特別製の傀儡。

 

普段はファフロツキーズ内の格納庫に収容されており、ウィルがピンチの時に身代わり(スケープゴート)として召喚される。

 

よって耐久力や敏捷性、狡猾さが突出している。

 

この二体はこれまでの既存の家具や野菜を依り代にしたシリーズとは違い、ファフロツキーズ内に多数残留していた魔導書を参考に、ウィルがボディから削りだしたフルハンドメイドの作品である。

 

なので衛兵たちが口にしたこの二体の出生の噂は、ウィルが流したデマだったのだ。

 

メインオーダーは、戦闘に特化したゴーレムを主戦力に、グレムリンに変装させたカボチャ頭を頭脳として、ウィルの逃げる時間を稼ぐこと。

 

他にもごくまれに力仕事などの雑用をさせられることもある。

 

そして【身代わり(スケープゴート)】というネームには、『逃げる時の囮』という意味の他にもう一つ意味があったりする。

 

 

分隊長はウィルの消えた玄関扉と街を襲うゴーレムとを見比べ、

 

「くそぉ、運のいい奴めっ!」

 

道半ばで時計塔を飛び降りる。

 

そうして逃げ腰の衛兵隊員たちに向かって、

 

「臆するな! 我らは栄えある王国騎士の末席に名を連ねる者! 王を、民草を守る事こそがその我らの本分ぞ。今、()()に我々の本懐がある。諸君らの本領を存分に発揮せよっ!」

 

威勢よく激励の言葉をかける。

 

それまで弱気な姿勢だった衛兵たちの目に強い使命の光が戻り、ゴーレムに負けないくらいの雄叫びをあげる。

 

衛兵たちは駆け足で、残らず輸送車に乗り込み、

 

「目標ォ! 怪物ッ! 全員突撃ーーッ!!」

 

先頭車両の屋根に仁王立ちする分隊長の掛け声に従って、アクセルべた踏みで折れた橋を飛び越える。

 

「ウギャギャ?」

 

背後に気配を察知して振り返るグレムリン。

 

分隊長の乗る先頭車両が橋を飛び越えた勢いのままゴーレムに体当たりをかまし、その衝撃で爆発する。

 

「ウギャ!?」

「グオ!?」

 

爆破の反動で大きくのけぞるゴーレム。

 

そこへ、衝突の直前で脱出し、爆風に乗ってゴーレム頭上へ跳躍していた分隊長がサーベルを両手に構え、

 

『ジャキンッッツ!』

 

鋭い一閃、ゴーレムの左腕を切り飛ばす。

 

後陣には隊列を組んだ衛兵たちが榴弾砲を構えて、分隊長が退避したのを確認すると同時に一斉射撃。

 

ゴーレムは黒煙に包まれて悲鳴を上げる。

 

大砲を装填している僅かな隙も、歩兵がライフルを構えて休まずゴーレムを牽制する。

 

ゴーレムは鬱陶しそうに残った腕で弾丸を振り払ったり、防御したりしている。

 

「ウギャギャギャァーーーッツ!!」

 

弾丸が鉄仮面に命中し、怒ったグレムリンがビシビシとゴーレムをしばいて命令を出す。

 

ゴーレムはすぐに乗り捨てられた一般市民の車の陰に隠れる。

 

グレムリンは残ったゴーレムの右腕にとりつき、仕掛けられたレバーを引っ張る。

 

すると巨椀がバックリその中心から上下に割れ、中に仕込まれた銃座と機関銃が姿を現す。

 

ゴーレムは障壁から腕を突き出し、グレムリンが「キヒヒヒ!」と機関銃を衛兵たちに向かってぶっぱなす。

 

あわやスプラッタッ!

 

しかし読者諸君、安心召されよ。

 

ウィルも人様の命を奪う程落ちぶれてはいない。

 

それに市販の銃器をそのまま装備したとあっては魔法使いの名折れ。

 

当然改造した品である。

 

弾丸も換装済み。

 

弾丸の形に成形した特性の魔術的トリモチ弾を250発。

 

36度前後のお湯でないと剥がれない厄介な代物。

 

器官に入ってもよだれ等で溶けるから窒息対策もばっちり。

 

味も好みに合わせて変えられる。

 

木材、鉄材、人体関係なく引っ付きまわり、相手の動きを封じる事ができる。

 

衛兵らは、予想外の飛び道具攻撃によって前面に立っていた衛兵らが魔術的トリモチ弾の餌食となり地面と離れがたい仲になる。

 

そしてそれをはがそうとやってきた良心的衛兵も、同じく巻き添えを喰らう。

 

 

「ふむふむ、やはりあのトリモチ弾は対人戦において有効だな」

 

ファフロツキーズの窓から、最高傑作の戦闘の様子をうかがうウィル。

 

「よおし、トリモチ弾は量産決定だな。材料を買っておかなくては。エナ、メモしておくように」

 

双眼鏡を覗きながら、後ろ手にエナに指示するウィル。

 

「おっけーい」

 

エナは素直にメモする。

 

ウィルは、窓から離れコックピットに移動し、操縦席に腰かけ、魔術的無線機を引っ張り、

 

「スパンデュール、吾輩らはこれより戦線を離脱する。お前たちも頃合いを見て撤退しろ。追手を振り切ったらいつも通り連絡してこい、回収に向かう。オーバー?」

 

グレムリンに連絡を取る。

 

「ウギャッ」

 

グレムリンも了解の意を示す。

 

「ああ、それと切られた腕は回収しておくように。内部機構はいずれ特許を取るつもりだから、他の魔法使いに調べられると困る。オーバー?」

 

ウィルはみみっちい指令を下し、

 

「ウギャァー……」

 

グレムリンは難色を示す。

 

ウィルはグレムリンの返事を無視し、離脱の準備を始める。

 

「エネルギーよーし、障害物よーし、損傷よーし」

 

各メータや開けた前方、ファフロツキーズの損傷具合を数値化した魔術的モニターを指さし確認し、指をポキポキ鳴らして準備運動をする。

 

枝葉のように展開された操作版のボタンをポチポチ押し、計測器を見ながらバルブをひねり、円形スロットルレバーを『ヂリリン、ヂリリン』と操作し、レバーをいくつか上げ下げして、なにごとか鍵盤をたたき、フットペダルを一気に踏み抜いて、

 

「離脱だ!」

 

総舵輪を手前に引っ張る。

 

ファフロツキーズの目がピカンッと光り、胸ビレと尾ビレのプロペラが勢いよく回り始め、お腹のオールが激しく空気を掻き始める。

 

主翼がバッサバッサと羽ばたき始め、徐々に巨体が浮上し、そのまま時計塔の残りを削りながらぐんぐん空へ登り始める。

 

ウィルは、

 

「ちょっと代わってっ」

 

とエナを操縦席に座らせ、急いで玄関扉を開けて外へ。

 

 

地上では分隊長がトリモチ弾を右へ左へステップし、かいくぐり、ゴーレムの残りの腕を斬り飛ばそうとサーベルを構える。

 

切り上げられた切っ先を寸でのところでゴーレムは腕を引っ込め回避。

 

腕から飛び出した機関銃の銃口にサーベルの刃先があたり、大きく腕を切り上げられるゴーレム。

 

その衝撃でグレムリンは銃座から振り落とされ、地面に落下。

 

しりもちをついたグレムリンに、すかさずサーベルを振り上げる分隊長。

 

分隊長がトドメを差そうとサーベルを振り下ろそうしたその時、

 

 

「フハハハハハハハハッツ、愚鈍な衛兵諸君、追ってこれるモノなら追って来るがいいッ!」

 

 

と、ファフロツキーズの頭上で街灯長杖を掲げて、さながら海賊のように玄関小屋の上に建てられた避雷針につかまり、マントを風になびかせて高笑いをするウィル。

 

反射的に頭上を見上げる分隊長。

 

ウィルの高笑いを響かせながら雲の中へ消えていくファフロツキーズ。

 

戦意向上中の衛兵たちが、すかさず空に向かってライフルを向けるも、「無駄だ」と分隊長が取りやめさせる。

 

分隊長は悔恨の極みといった様子でサーベルを握る手に力を籠める。

 

ハッとして、背後のグレムリン&ゴーレムに顔を戻すと、グレムリンは再びゴーレムの肩によじ登っており、そのゴーレムも抜き足差し足でコソ泥のように、切られた腕を拾っているまっ最中だった。

 

グレムリン&ゴーレムは、分隊長に睨まれて、ギョッとし、しっぽをまいて運河に飛び込む。

 

即座に欄干に駆け寄る分隊長だったが、目に映るのは収束気味な波紋を打つ、真っ黒なタメシス河だけだった。

 

「っち、どちらも捕らえられなかったか……」

 

分隊長は舌打ちをしてサーベルを鞘に納めて踵を返し、

 

「追跡隊を組織しろっ! 市警からも人員を駆り出せっ! 残った者は周囲を捜索してケガ人等の救助活動だ。……ああ、後、吹っ飛んでいったウインディ女史の捜索と救助も始めろ」

 

疲れた様子を微塵も見せず、早々に戦後処理の指示を飛ばしていく。

 

「 「 「 サーイエッサーーッツ!! 」 」 」

 

尚も精悍な顔立ちの衛兵隊員たちは、威勢よく応答し、各自散開していく。

 

一人橋の上に残ったサー・ユスティアス分隊長は、ファフロツキーズの飛び去った曇り空を見上げ、

 

「おのれ、ウイリアム・ウィルオウウィスプめぇ、次はこうはいかんぞ!」

 

とますます眉間の皺を深くする。

 

 

「はぁーーくしょっっいっっつ!!」

 

洋間に戻ってきたウィルは大きなくしゃみを一発、出迎えたエナに唾を飛ばして足をけられる。

 

バスローブという薄着で、冷たい雲海の中に突っ込んだのだから、体が冷えるのは当然の事。

 

髭にも霜が降りている。歯をガタガタ鳴らしながら、暖炉から淡い緑色の管(ケーブル)を引っ張り出して、再び首に繋ぐ。

 

帽子やマント、長杖を暖炉の前のカウチソファに「ガシャンッ!」投げ捨てながら、

 

「ああ……吾輩はもう一回風呂に入ってくるから、お前もあとは好きにしろ……んじゃあ、おやぁすみ……」

 

そのままバスルームへ向かうウィルの背中にエナは、

 

「ねえ、操縦は? あれ、放っておいていいのー?」

 

と聞くが、ウィルは、

 

「ああ? ああっ、あれはそのままでいい。自動操縦にしてあるから……」

 

もう睡魔にとりつかれた様子でふにゃふにゃ言いながら、のっそりバスルームへと還っていった。

 

エナは、

 

「ちゃんとベッドで寝なよ」

 

と力ない後姿に声をかけ、

 

「はあ」

 

と肩をすくめて息を吐く。

 

お楽しみイベントも終わり、髪のアンテナもぺたんと落ち着いている。

 

ウィルが投げ捨てた長杖をスタンドに立てかけ、濡れそぼった帽子とマントを持って、ランドリールームへと消えていく。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

翌朝、ファフロツキーズは上空1万メートルまで上昇し、二人が息苦しくなって目が覚めるのはまた別のお話。

 

 

 

 □

 

「ウギャギャ?(ウチらはいつ回収されるんだ?)」

 

「グオオオン?(さあ?)」

 

 川底でぼやく妖精と巨人。

 

 トホホ。

 

 ●

 

 

 

 

次回、〈第三話『魔法市場大追跡戦ッ!! ヒロインとの遭遇』〉に続く。



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第三話『魔法市場大追跡戦ッ‼ヒロインとの遭遇』

 

 

(2)

 

 

ここは港町。『ストロベリー・フィールド』

 

イングリース王国の西海岸にある港湾都市。

 

貿易船に乗って、古今東西、世界中の珍品が一番に集まってくる場所。

 

当然、その中には海外産の一風変わった魔法・魔術の類の物も。

 

 

さらに、今日は年に一度、大規模な市場が開かれる日。

 

船着き場から中心街まで一直線に続く、広い大通りを歩行者天国にして、その両端に一列ずつと中央に背中合わせで二列、計六列の屋台・露店がどこまでも並んでいる。

 

そんな無数に開かれた商店の中から掘り出し物をめっけしようと、国中から商人や貴族、魔法使いが集まってきている。

 

そんな訪れる客の中には、どんな高価な宝石よりも希少な人間の姿も。

 

例えば、そう、【あの子】とか。

 

 

「だぁーかぁーらぁー、あたしは杖はいらないのぉー」

 

長さも形も多様な『魔法の杖』が並べられた屋台の前で、付き人の男と口論している一人の少女。

 

「でもねぇ、アナタずぅーっと学校支給の杖を使ってるじゃない?」

 

付き人の男は困ったような表情をうかべ、少女が腰に差す杖を指さす。

 

「魔法使いにとって杖って大事よぉ? 力を集めやすいから魔法の精密さもあがるし、その分力の節約にもなるし……」

 

無駄と分かっていながらも、杖の有効性を説く付き人。

 

それに対し、少女はにこやかに言ってのける。

 

「前から言ってるでしょ、あたしは最初に持つ杖をもう決めてるの。だからその杖にふさわしい一人前の魔法使いになるまでは短杖(この子)と頑張るのっ」

 

少女は使い込まれた短杖を引き抜いて、太陽に掲げて見せる。

 

「もう。しょうがない子ね、全く」

 

そう言って付き人は肩をすくめて笑う。

 

少女は勝ち誇ったように「ふふん」と口角を上げるが、

 

「ちょっとお客さん、買わねぇならさっさとあっちいってくんねえか」

 

店の前で茶番を繰り広げる二人に、店主はムッとして文句をつける。

 

「あ~ら、ごめんなさい、オホホホっ」

 

二人ははにかんでそそくさとその場を後にする。

 

 

二人が行くのは、魔法・魔術の類を扱う屋台や露店が多く集まる通り。

 

並べられた奇天烈な品々を、奇天烈なお客達が買い求める。

 

その一団の中でも負けず劣らず風変わりな集団。

 

先陣をきる少女は魔法学校の中等部の制服を着て、目深に帽子を被り、ハツラツとした様子で人込みをかき分け店から店へ右へ左へ縦横無尽に駆け回る。

 

その後ろを必死に女形(おんながた)の付き人が追いかける。

 

さらにその後ろを、サーベルを帯刀したガタイのいい精悍な顔立ちの男たちが、少女の戦利品を山と抱えて追いかける。

 

連中はその後も様々な店を物色していく。

 

 

少女の帽子のてっぺんからは、まるでアンテナのように一房(ひとふさ)の金髪が飛び出しており、それがピンピン反応し、それに従って少女は露店間を駆け回っている。

 

ピコんっ! とアンテナが反応し、

 

「あれはなにかしらっ!」

 

少女は一目散に目を付けたテントに突撃していく。

 

「あっ! ちょっと一人で行かないで!」

 

という従者の声を振り切って。

 

少女は好奇心の赴くまま紫紺の三角テントに潜り込む。

 

中には色とりどりの宝石が一面に飾られており、天井に吊るされた瑠璃燈(ランプ)の極彩色の光を取り込んで、宝石たちは思い思いの輝きを放っていた。

 

他にもそれら宝石の原石と思われる岩石や、宝石をちりばめた金細工や彫金などの装飾品も箱に入って売られている。

 

「何かお探しかな? お嬢さん」

 

テントの奥に座る老婆が、水煙草(シーシャ)を吹かしながら少女に語り掛ける。

 

しかし少女は、目の前に広がる魅惑の宝石世界の虜となり、目をキラキラさせてそれらに見入っている。

 

老婆はその様子を満足そうに見ている。

 

そこへ、

 

「ぜぇ、ぜぇ……ちょっとっ、待ってたらもう……はあ、はあ」

 

少女のお付きの男が駆け込んでくる。

 

残りは外。

 

付き人は入ってすぐは息を切らしていたものの、老婆に水を一杯もらって、落ち着きを取り戻し、

 

「んまあっ、ステキっ。なんてキレイなのかしらッ」

 

少女の隣にしゃがみ込んで宝石たちに見入る。

 

「いいわねぇー、アタシも一度でいいからこおゆうの着けてお城の舞踏会に出てみたいわぁ」

 

付き人はうっとりと空中を見つめ、素晴らしい空想の世界を夢見る。

 

しかし顔はそのままに視線だけは宝石たちに戻ってきて、

 

「ねねね、アナタにはこれとか似合うんじゃないかしら?」

 

翠玉(エメラルド)のブローチを取ろうとして

 

「いいかしら?」

 

老婆に断り、了承を得てから少女に首元に合わせ

 

「まあっ! ステキっ」

 

一人で盛り上がっている。

 

「じゃあね、じゃあね、これなんかどうかしら? アナタ普段こういうの付けないじゃない? 意外性があって同じ色のドレスと合わせたらとってもいいと思うわ~」

 

と大粒の紅玉(ルビー)があしらわれたの耳飾りを持ってくる。

 

少女は付き人の世話焼き癖には慣れているので、いつも通り頭を傾けて着せ替え人形をこなしている。

 

そうしているうちに一つの指輪が少女の目に留まる。

 

次のアクセサリーを合わせようとしていた付き人を押しのけ、

 

「わぁ、この指輪すごく綺麗ね。おばあちゃん、この指輪にはどんな魔法が込められているの?」

 

と指輪の入ったビロードの箱を取って、老婆に効能を尋ねる。

 

老婆は箱を受け取って指輪を取り出し、少女の目の高さに持っていく。

 

「これは【スリエルの指巻き】と言ってな、『癒し』の二つ名を冠する天使の力が込められていると伝えられておる」

 

少女は目を丸くして指輪に見入り、付き人も指輪をじっと見つめている。

 

「あらぁ? これは何の宝石かしら」

 

付き人は、指輪を飾る白くくすんだ粉っぽい宝石を見て、首をかしげる。

 

「これは月の光を集めて固めた、いわば月の石じゃ」

 

老婆の説明を聞いて、

 

「月の石っ!?」

 

目を見張る付き人。

 

「スリエルは月の力を司ると言い伝えられておってな、この指輪をはめた者はその加護を受け、魂が浄化されると言われておる」

 

「ふぇぇぇ」と感心した様子の付き人。

 

少女は老婆の話を聞いて、口角を上げ、

 

「おばあちゃん、あたしこの指輪が気に入ったわっ。買ってもいい?」

 

身を乗り出して交渉する。

 

老婆は「もちろん」と言ってにっこり笑う。

 

それを聞いた付き人は、

 

「ええー」

 

と眉をひそめ、自分が見繕った装飾品の一つを取って

 

『こっちの方がいいよ』

 

と少女に無言で提案するが、少女はそれを突き返し、手のひらを差し出す。

 

付き人は不満そうに財布を渡し、未練がましく宝石を箱に戻す。

 

財布を受け取った少女は、

 

「おいくら?」

 

老婆に尋ね、目玉が飛び出るような額を即決、その場で何十枚もの金貨を老婆に支払う。

 

「この先、お前さんの人生できっとそれが約に立つ日が来るよ。それが運命というものじゃ」

 

老婆はにっこりと笑い、少女も合わせて笑顔を返す。ややむくれる付き人。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

少女は早速指輪を指にはめ、空に透かして満足そうに微笑んでいる。

 

そうして間もないうちに、またしても頭のアンテナが反応し、少女は新たなドキドキワクワクを発見する。

 

「ねえっ、あそこで休憩しましょうよっ」

 

振り返った少女は前方のフードコートを指さし、付き人の手を引っ張て行く。

 

そこは露店通りの一角に、休憩所も兼ねたくつろぎスペースとして市場の至る所に設置された軽食の出店(でみせ)群。

 

他の所は、海岸都市らしく海鮮料理を出す店や、海外の珍味を出す店が多数を占めるが、ここは魔法魔術に特化したエリア。

 

当然出される食べ物も魔法魔術に連なるものがふるまわれる。

 

精悍な荷物持ち達は、くたくたの様子で傘つきのテーブルに荷物を下ろして、休んでいたが、少女がかき集めてきた、極めて食欲を削ぐグルメの数々を見て、

 

「うげぇ」

 

と舌を出している。

 

「アナタ本当にそれ、食べるの?」

 

付き人は、

 

「ヤメといた方がいんじゃない?」

 

と少女を引き留めるが、当の本人は、

 

「大丈夫よっ、周りの人もおいしそうに食べてるし、これも冒険よ!」

 

と言ってのたうち蠢(うごめ)く麺のスパゲッティをフォークでクルクル巻いている。

 

付き人は顔面蒼白になって、鳥肌をさすっている。

 

「んんっ! 意外と美味しいわよ! 【ジュリィ】も買ってくればいいわ! あっちで売ってるよっ」

 

少女は鼻の穴から逃げようとする麺をズズズっとすすって、コップの上でパチパチと小さな花火が上がっているジュースを飲み干す。

 

「結構!」

 

付き人は全身でゲテモノスパゲッティを拒絶し、

 

「はあぁー……。これじゃぁ、とても一国のお姫様には見えないわね……」

 

と大きなため息をつく。

 

 

お転婆少女、彼女の名前は、

 

【エレオノーラ=ハイラント・リチャード・メアリー・オブ・アンブロシウス】

 

15歳。

 

アンブロシウス三世の息女で、イングリース王国の第一王女。

 

魔術の才に恵まれ、今は魔法大学中等部に在籍。

 

その魔法好きは王国でも有名で、相当なお転婆として知られる。

 

ひとたび魔法と聞けば身分も務めもほっぽりだして、お城を逃げ出すこと枚挙にいとまがない。

 

その脱走の技術といえば、近衛騎士団団長はおろか、あの筆頭魔導士官アルベルト・A・アエイバロンをてこずらせるほど。

 

これまでもやれ、『外国の魔法使いの一座が城下町にやって来た』とか、『オッドアイでアルビノのミミズクが使い魔専門店に入荷した』とか、どこからそんな情報を仕入れてくるのか、それらを聞きつけては、事あるごとに城を抜け出している。

 

ある時は、万が一にも王城が陥落した窮地の際、王族が脱出する用の隠し通路まで使って逃亡していたほど。

 

そんなこんなでとうとう根負けした王様が、『護衛を連れての外出なら許可する』と認可を出した。

 

今日も市場があると聞いて脱走計画を立てていたが、大臣が公用でこの街に出向く用事があると聞いて、

 

「同行を許可してくれないのなら、実力を行使する」

 

と大臣を脅し、大腕を振ってやってきたのだった。

 

なので、精悍な荷物持ちというのは近衛兵たちのこと。

 

そしてもう一人、衛兵の他に姫のお目付け役として駆り出された人物。

 

王室付き魔法使いの中でも、特別な役職である、【姫様付き魔法使い】の地位にあり、【増殖の魔法使い】の二つ名を持つ【ジュリィ・フィリオクエ】本名『ジュリアス・クリストファー』

 

立ち振る舞いとその風貌は奇妙なれど、その実力は折り紙付き。

 

何といっても『姫様付き魔法使い』の一番の条件である、『このやんちゃ姫を御せる能力がある者』という項目をクリアしているのだから。

 

 

一行がフードコートで休んでいると、姫の視界にお菓子屋からかっぱらいをしようとしている三人の子供を捉える。

 

姫はストローをくわえながら横目で三人組を眺めている。

 

内訳一人の少女は客を装って店主の気を引き、その隙にもう男子二人が獲物を盗むという算段。

 

盗人少女があれやこれやと次々と商品を指さし、店主の気を散らす。

 

少女の隣に立つ少年の屋台の脇に潜む盗人少年が、今か今かと合図を待っている。

 

すると少女が無邪気に「あれ()って」と天井にぶら下がった綿菓子を指さすと同時、その言葉がかっぱらいの号令で、少女の隣の少年が目の前のお菓子の袋詰めをひったくって走り出す。

 

「あっ! オイ、オマエッ!!」

 

と怒鳴る店主を横目にもう一人の少年が、お菓子のディスプレイの木箱ごと持ち去って走り出す。

 

店を飛び出そうとする店主の足を少女はひっかけ、

 

「きゃははっ」

 

笑いながら少年らを追いかけていく。

 

姫はガバっと勢いよく席を立ち、無言のまま三人組を追いかける。

 

「あらおかわり?」

 

などと付き人はすっとんきょうなことを言っているが、姫が走り去る寸前、喜色満面の笑みをたたえていることと、頭のアンテナがビンビンと逆立っている様を視界の端に捉え、

 

「まあ、大変っ! あれは並大抵の反応じゃないわ!」

 

取り乱し、

 

「アナタ達、何をボサッとしているの! 休んでる場合じゃないわ! お姫様を追っかけなさい!」

 

衛兵を追い立て、自身もテーブルをひっくり返しながら姫を追跡する。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

さあっ突如始まりました『ストロベリー・フィールド港大型魔法市 大追跡戦レース!!!!』

 

本日は天候にも恵まれ、気温も良好、やや肌寒い程度、絶好のおいかけっこ日和。

 

司会はわたくし、この小説の作者、語り手『森岡幸一郎』が務めさせていただきます。

 

そして解説は、魔法にも詳しいこの方、

「どおもっ! 筆頭魔導士官アルベルト・A・アエイバロンでーす。どうぞよろしく」

 

本レース場は、魔法使いの市場という事で多種多様な魔法合戦が予想されます。

「いやぁ、僕は魔法大好きなのでとても楽しみですねー」

 

さあ、アルベルト氏も注目の今試合。勝利の栄冠をつかむのはいったい誰なのか!?

 

さっそく状況を見ていきましょう。

 

いま先頭を走るのは地元選手悪ガキ三人組『スカウンドレル』の三人チーム、お菓子屋から計600ポンド(十万円相当)相当のスイーツを盗んでのスタートです。

「わお、すごい額だねぇ」

 

小癪な悪知恵を使って今月の犯罪件数は脅威の35件。

「うわ! やっちゃてるねぇ」

 

そのすべてを見事逃げ切っております。

「とんでもないねぇ」

 

本日も見事完全犯罪を成し遂げられるのか? 注目が集まります。

「期待しております」

 

続きましてはこちらも地元選手、被害にあったお菓子店 店主氏、創業30年、外でも溶けないアイスクリームや、噛み続けても三週間は味が無くならないガム等のユニークな商品を次々生み出し、王国でも人気のお菓子店。

「僕も大好き!」

 

その店主氏は来月48歳の腰痛もち、しかしながら家で待つ家族を食べさせるため死に物狂いで万引き犯を追いかけます。

「泣ける話だ……」

 

それからぐぅーっと離れて、我らがエレオノーラ姫、

「イェーイッ、エリーナちゃんっ!」

 

本レースのダークホース、国内でも名の知れたじゃじゃ馬娘、得意の魔法を使って何をしでかすのか見当もつきません。

「僕もわかりません」

 

それを追うのは宮廷魔術師ジュリィ率いる王国近衛兵団、本日も姫様に振り回されます。

「僕もその苦労が分かる……」

 

大きな荷物を抱えての参加だが、果たしての本来の実力を発揮することができるのか?

「いけーっ、お城勢の意地を見せつけろ!」

 

 

コースは直線、3車線、歩行者天国となっている為、馬車やオートモービル等の乗り物を使っての逃げ切りは不可。

 

スカウンドレルこれまでの手口は使えません。

「さあ、どうするっ!?」

 

コース上には大勢の人だかり。

 

買い物客に観光客、地元民に船乗りさんなど人混みでごった返しています。

 

これをどううまくかわすかが勝負の肝になってきます。

 

 

「ふんだっ! アタシたちを見くびるんじゃないわよ!」

 

さすがは体の小さい悪ガキ三人組。

 

小柄な体躯を活かしてするりするりと人込みを抜けていきます。

 

「はっ、チョロいチョロいっ!」

「この街で俺たちに追いつこうなんて百年早いぜ!」

「このまま逃げ切りよんっ!」

 

大きな木箱を抱えてのレース参加ですが、男子二人が見事、みこしのように木箱を担ぎ、少女が障害となる客を押しのけて道をつくるという見事な連携プレーが炸裂。

 

店主との差はどんどん開いていきます。

 

「だれかぁーッ! 泥棒だっ! そのガキどもを捕まえてくれーッ!」

 

おおっと、ここで店主がスケットを要請っ!

 

「ピピッーッ!!」

 

巡回中の警官がその声を聴きつけ駆け出します。

 

さらに正義感溢れる善良な市民が次々レースに参加していきます。

 

魚屋の店長に、移動遊園地のスタッフ、市場運営のアルバイトまでっ! 実に民度が高い!

 

「コラまてっガキ!」

「おい、逃げるな!」

「ドロボウッ!」

 

悪ガキたちを捕らまえようと手を伸ばす大人たちをものともせず、スカウンドレル三人組はズンズン群衆をすり抜けていきます。

 

周囲を巻き込みどんどん白熱していくレース、姫様のアンテナもはちきれんばかりにバリバリ反応しています。

 

 

「やるよ『グラちゃん』ッツ!!」

「ホッホウ!」

 

 

おおっとここで姫様のびっくり魔法のお出ましだ!

 

呼び笛で使い魔の白ミミズクを召喚し、天高くに解き放ちます。

 

飛び上がった白ミミズクからは魔法の風がなびきだし、サーフィンよろしくその風に飛び乗るエレオノーラ姫。

 

見事なスリップストリームを巻き起こし、突風で群衆を押しのけながらの急加速。

 

群衆も抜いて、店主も抜いてっ、とうとうスカウンドレルに追いついたっ! 

 

ギョッとする悪ガキたち、さあ、ここから姫はどうするつもりだ!?

 

「ほらっ! もっと早く走って! 追いつかれちゃうよっ」

 

おおっと、まさかの加勢っ!

 

一国の王女がかっぱらいに加担だ!

「これは王様に知れたらまずいねぇ」

 

スカウンドレルは戸惑っている様子、しかし彼らも傾奇者っ! 

 

さっと姫の操る風サーフィンに飛び移り、ぐんぐん後人を突き放すっ!

 

「グラちゃんよろしくっ!」

「ホッホウ!」

 

ここで姫が白ミミズクの高度を上げさせましたっ、そして……あれも魔術の類でしょうか? 

 

何やら片眼鏡を取り出してかけました。

 

ううん?

 

これはすごい! 

 

姫様たちの乗った風サーフィンがどんどん加速していきます! 

 

ぶっちぎりです! 

 

後方はもう視認できません! 

 

アルベルトさん、姫のあの魔法はどういったものなんでしょうか?

 

「あれはね、彼女の使い魔『グラウコービス』との連携技だねぇ。

 

彼女は風を操る魔女だから、それを白ミミズクとの相乗効果で力を増してるってわけ。

 

そんで最初の、君が名付けた風サーフィン、これはサーフィンというよりは、厳密にはウインドウ・スキーと言った方が適切だね」

 

と、いいますと?

 

「ほら、あれ杖を横向きに持ってミミズクに引っ張られて、水上スキーみたいになってるでしょ? だからサーフィンというよりはスキーの方がいいかなって」

 

なるほど。

 

「んであの風上(ふうじょう)スキーはね、彼女の履いてる靴に秘密があんのよ。」

ほお、靴ですか?

 

「靴もそうだけど、さっきかけた眼鏡もそうだね。あれらは全部魔法が込められた品で、いろんな力が付与されてる。

 

その中には使い魔の身体の一部を材料に使う物があって、彼女の場合は白ミミズクの羽を付けてるものが多い。

 

だから彼女の靴は白ミミズクの起こす風に乗ることができるし、彼女のあの眼鏡は、ミミズクと視界を共有させる為のものだよ」

 

視界を共有ですか!? それはすごい

 

「彼女はミミズクの目を頼りに比較的人の密度が少ない筋を選んで逃げてるから、スピードが上がったんだね。

 

さすがあの人の子孫なだけあって魔法のセンスが飛びぬけてるよ」

 

なるほど、これはやはり民間人では魔法使いには太刀打ちできそうにない事が分かりましたが、果たして、後人は姫らに追いつくことができるのでしょうか!?

 

 

「逃がしゃしないわよっ!」

 

そおらッ! ここでジュリィ氏も魔法を炸裂!

 

『後はお願い!』

 

ジュリィ氏、前方に向かって手のひら大の球を投げる! 

 

150キロの剛速球。

 

見事バッター空振り三振。

 

3アウト! 

 

投げた球はみるみる内に人型に成長。

 

ジュリィ氏そっくりに変身し、そのまま走りゆく! 

 

そして分身もまた球を投げる。

 

分身が生まれ、また球を投げる! 

 

どんどん距離を詰めていきます! 

 

ものすごい追い上げだ!

「これはすごいよ! 彼はこの魔法で姫様付き魔法使いの地位に着いたんだからね!」

 

さあっ、もうあとほんのちょいで姫様に届きます!

 

「ちょっとアンタ何やってんの!? これは立派な犯罪よ!? 今すぐにおりてらっしゃい!」

 

鬼の形相でおいかける付き人ジュリィ氏、

 

姫様は苦い顔、

 

そしてここで手を伸ばすっ、

 

木箱まであと少し、

 

届くか!? 

 

届くか!? 

 

届いたぁッーーッ! 

 

遂に木箱に手が届きました! 

 

見事姫らにとりついたっ! 

 

さあ、ここから両者一体どうする!?

 

「何よこのオッサン!」

「振り落としちまえ!」

「お呼びじゃねえんだよ!」

 

ここで、悪ガキ三人組の妨害が入る! 

 

これは痛いっ、ゲシゲシと木箱に届いた手を蹴られている!

 

「ちょ、ちょっとおやめなさいっ、おやめさないったらっ、ヤメロヤッ! このクソガキャぁっ!」

 

さすがのジュリィ氏もこれにはキレる! 

 

木箱を掴む手にもますます力が入ります。

 

そしてぇー、ここでさらに姫の風サーフィンが減速! 

 

ジュリィ氏の分身が追いついてきて、芋づる式に追いすがります! 

 

さあ、これはチャンス! 

 

ジュリィ氏が追いついてきたという事は、後方の店主、衛兵、正義の味方達が追いつてくるという事。

 

さあ、姫様はどう出る!?

 

「ふふん♪、あたしはこう出る!」

 

ここで姫様突然の急ブレーキ、車体が激しくスリップッ! 

 

いや、これはドリフトだ! 

 

見事な弧を描いての華麗なドリフト、しかしこんな狭い通路でどこへ曲がろうというのか!?

 

「グラちゃんっ最大速力!」

「ホッホウッ!」

 

そしてミミズクが急加速っ、それに伴って風サーフィンも速度を上げる! 

 

そしてそのまま通路を分断する屋台列に突撃したっ! 

 

なんという暴挙でしょうかっ! 

 

二列分の露店をぶっちぎり、そのまま屋台通り中央線に躍り出る!

「はっはっはっはっ! 最高だね彼女!」

 

ここで残念っ! 

 

ジュリィ氏、露店に突っ込んだ衝撃で、商品に煽られて振り落とされてしまったーっ! 

 

ここで惜しくもリタイアしてしまうのか!?

 

いや待てしかし、ここで追いついてきた衛兵がジュリィを回収! 

 

自慢の筋肉を活かし、ジュリィ氏を担いでのレース復帰! 

 

なんという騎士道精神っ、この国の未来は明るいぞ! 

 

 

さあ本レースも中盤戦、作者の語彙力もだいぶ尽きてきたところではありますが、現在の順位を見ていきましょう。

 

先頭を行くのは我らがエレオノーラ姫とスカウンドレルの合流チーム。

 

続きましては、ジュリィ氏と近衛兵が若干名。

 

最後尾は菓子店店主とおまわりさん、そして善良な市民たち。果たして彼らに逆転はあるのか!

「結果は最後まで分からないよ!」

 

おっとここで、速報が入ってまいりました、えーなになに……、……なんだって! 

 

それは大変だ!

 

「見て見て! なんか来たよっ!」

 

ここで魔術師組合の魔導士が市場管理委員会の要請を受けての出動です!

 

先頭は組合序列下位『悪辣の魔法使い』氏です、屋根屋根に切り取られた青空を見事な隊列を組んで飛んでおります

「いやーよく訓練されてますね」

 

100点満点の宙返り──からの急降下、地面すれすれで姫と並走します。

 

障害となっていたお客達も管理委員会の元、避難が完了しております。

 

さあ、ここからはびっくり人間の万国博覧会、それぞれが多種多様の魔法を使っての攻防戦が始まります。

「そう! これが見たかった!」

 

アルベルトさんの期待も高まっているご様子。

 

誰が最初に堰を切るのか!?

 

最初に手をだしたのは『猛虎の魔法使い』、姿を『大虎』に変化(へんげ)させ獣の脚力でズンズン姫に迫りくる。

 

尖った牙の生えそろう大口を開けて、右から左から姫様に飛び掛かります。

「これはなかなか完成度の高い変身魔法ですな」

 

続いては『障壁の魔法使い』の攻撃ですっ、姫の行く手に次々と土壁を出現させていきます!

「これはエリーナちゃんでも危ないんじゃないか!?」

 

しかしさすがのおてんば姫。

 

壁の出現とほぼ同時、ぎりぎりのところですり抜けていきますっ、そこへ追い打ちをかけるように『炸裂の魔法使い』の現代兵器との合成魔法が炸裂っ! 

 

彼が触れた者は何でも誘導爆弾(ミサイル)になってしまいますっ! 

 

不幸にもここは大規模市場、ミサイルの材料には事欠きませんっ。

 

魚がっ、野菜がっ、ビスケットがっ、猛火を噴き出しながらお姫様に迫りくる!

 

「ケケケケケケっ! 皆殺しだぁぁーーーッツ!!」

 

「僕あんまり彼の魔法好きじゃなーい。だって下品だもん」

 

おっとアルベルト氏には不評なご様子、しかしその威力は絶大! 

 

迫りくる土壁を粉砕し、とびかかろうとしていた大虎を撃墜、

 

「ああもうっ! いい加減うっとうしい!」

 

ここで姫様がプッツン、短杖(ワンド)を振りかぶり、大風を起こしてミサイルを吹き飛ばす! 

 

「ケケっ!?」

 

吹き飛んだミサイルがとんぼ返りで『炸裂の魔法使い』を直撃っ! 

 

あえなくここでリタイアだ!

「やったぜベイビーッ!」

 

さあ残るは『悪辣の魔法使い』氏のみだが、果たしてどんな魔法を見せてくれるのかっ!?

 

姫の真後ろに空飛ぶホウキをぴったりつけ、立ち乗りから貫禄たっぷりの腕組み仁王立ちっ!

 

この迫力はただのかませ犬じゃない予感!

 

「ふん、やはり我が出向くハメになったか……ならばいいだろうっ! 我が一族に伝わる一子相伝の秘術とくと見るがい……」

 

悪辣氏は組んでいた腕をほどいて、、大仰なポーズを取る。

 

そして腕をまっすぐ伸ばして姫に向け、「ハァーッ!!」と力を込めていると、

 

そこへ、

 

「お待ちなさぁあああいッツ!!」

 

おっとここでハプニング発生! 

 

ジュリィ氏が前線に復帰だ! 

 

『悪辣の魔法使い』氏、口上を中断させらてしまう。しかも、これはなんと! 

 

衛兵隊が誇る輸送トラックのお出ましだッ! 

 

クラクションをぶんちゃかぶんちゃか鳴らしながら、すいた道を爆走し、姫に追いついてきたぁっ! 

 

ジュリィ氏はどこぞの分隊長よろしく、トラックの屋根によじ登り拡声器を持って、

 

「止まりなさぁぁぁいッツ!!

 

いくらあなたでもこれ以上のオイタは許されないワぁッツ!!

 

無駄な抵抗はやめて大人しくお縄に着きなさい!

 

(それから運転席に向かって)

 

ほらもっと、スピードを上げてちょうだいっ、例えぶつけたってあの子ならそう簡単に死にゃしないわ!」

「そんな無茶な!」

 

とんでもない事を叫んでいます。

「こーれは王様に知られたら()()ですねぇ」

 

『悪辣の魔法使い』氏は出鼻をくじかれすっかりいじけた様子で、ジュリィ氏の斜め後方を飛行しております。

 

さらにその後ろから迫る大集団! 

 

商店街の組合員に、町内会、市場管理委員会の実力行使部隊に加え、その他善良な市民に、ただのヤジウマ、地元住民がわらわら大挙して押し寄せていきますっ! 

 

これはもはや暴動! 

 

騒乱罪! 

 

テロと言っても差し支えない! 

 

いやあ、アルベルトさん、偉い事になってきましたねぇ。

「いや全く、変な奴らが集まってもっと変な事になっちゃたねぇ」

 

さあ、最早レースだなんだと言っていられない状況になってまいりました。

 

レースとは関係のないところでバタフライエフェクトでしょうか、あずかり知らない事件が勃発しております。

 

喧嘩に強盗、ボヤ騒ぎ、使い魔専門店からは魔法動物が脱走し、魔法の粉が舞い散ってあらぬ連鎖反応を示すわ、魔導具が暴走するわ、しっちゃかめっちゃかの大騒動。

 

この騒ぎに我らがエレオノーラ姫は笑いが止まりません。

 

スカウンドレルの子供たちもまさかここまでの騒ぎになるとは思ってはおらず、ドン引きしております。

 

ここで誤解のないように言っておきますが、お姫様は決して『悪い子』という訳ではないのです、いかんせん悦楽至上主義的なところがあって、他人の迷惑をかえりみないのがたまにきずなだけで。

 

 

さあ、ここいらでレースも終盤戦。

 

残念ですがここでアルベルト氏とはお別れです。

「そうなの? んじゃまみなさん。この続きをお楽しみください、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」

 

かくいう実況者としての私もここでお別れ。

 

ここからは、この一団の進む先にぽけぇっとたちずさんでいる【カボチャを被って変装したおじいちゃん】に、一旦、焦点をあててお話していきたい思います。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

─【アイキャッチ】─森岡幸一郎『ファフロツキーズのスケッチ』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

この市場にいるもう一人の稀有な人物、我らが『ウイリアム・ウィルオウウィスプ』

 

追われる身でありながらも身だしなみには気を使って、いっちょ前にスリーピースの背広を着込み、上から魔法のマントとトンガリ帽子をかぶっている。

 

しかし帽子は地頭の上ではなく、変装用に被っているくりぬいたカボチャヘッドの上に被っている

 

むしろ人目を惹く格好のようにも思われるが、なにせここは魔法使いの市場、周りもみょうちきりんな格好をしたものであふれているから、そう目立つものではなかったりする。

 

お供には例のカボチャ頭を数匹連れ、戦利品を納める荷車を引かせている。

 

そしてウィルの周りには小魚がまた、三匹ふよふよ浮かんで泳いでいる。

 

カボチャヘッドの隙間から器用にパイプ煙草を吹かし、気分だけはブルジョアに市場の往来を闊歩する。

 

 

時間は少し前、未だドタバタレースの魔の手がウィルに届く以前の頃。

 

ウィルもまた姫と同様に、物見遊山でこの市場にやってきていた。

 

なにせ世界中から珍品が集まってくる大型市場、何か城に返り咲くための助けになるようなモノがあるかもしれない、と。

 

「ほう、『ゴーレムの作り方』か……」

 

ウィルは魔導書店に立ち寄って、店先に並べられた分厚い本を開いて熱心に読みふける。

 

「お客さんも魔法使い? うちは中欧から仕入れた魔導書が充実してるよ。ここいらじゃあんまり見ないような魔法ばっかりさ」

 

気さくな親父があれもこれもと勧めてくれるが、ウィルはカボチャヘッドを傾けながら、

 

「読みづらい……」

 

と唸っている。

 

「『ゴーレムは素体にした材料によって、その性質を大きく変える事ができる」か……

 

(その記述を読み、ウィルの頭の中でいくつかのアイデアがぽんぽん浮かんで来る)

 

これは使えるかもしれないなっ! 

 

おい店主っ、この本をもらおう」

 

「へいまいど!」

 

ウィルは掘り出し物を見つけて上機嫌になり、珍しく値切らず値札そのままの値段を支払った。

 

ウィルはその後も上機嫌が続き、ルンルン気分で散財を続ける。

 

荷車には次々と戦利品が投げ込まれ、食料や衣服などの日用雑貨などに加え、魔法に関する本や道具、薬品やその他謎の材料など奇怪な品々が山と積まれて行く。

 

あらかた見て回ったウィルは最後に平凡な八百屋の店舗(露店ではなく通りに面した(店舗併用住宅)の老舗八百屋)に立ち寄り、ありったけのカボチャとその種を買い占める。

 

「よおーし、裏にあるのも全部だ。乗りきらない分は後で取りに来るからな」

 

ウィルは八百屋の店主とカボチャ頭たちの陣頭指揮をとり、両者はせっせと荷車にカボチャを積み上げていく。

 

八百屋の主人は、カボチャ頭にカボチャを受け渡しながら、野菜のオバケが野菜を買い占めていくからびっくりしている。

 

ウィルは詰め込み作業が終わるまで、パイプ煙草を咥えてポケぇっとたちずさんでいたが、遠くから大勢の騒ぎ声が聞こえるので、

 

「ああん?」

 

そちらに顔を向けて唖然とする。

 

市場のある大通りを露店も店員も蹴散らしながら、まるで運河のごとく無数の人間がこちらに向かって押し寄せてきている。

 

大声で怒鳴る者や歓喜の笑みを浮かべる者、泣き喚く者に荒れ狂う者。

 

商人と客、魔法使いと軍人、警官と衛兵。

 

職業も感情もバラバラな、まさに有象に無象が大挙してウィルに押し寄せていた。

 

「なんだあの軍団は!?」

 

ウィルは目をむいて、髭を尖らせ、思わず全身でド派手に驚く。

 

そして群衆の中に、近衛兵の制服を着た者や王室付き魔法使いを複数名発見し、

 

「まさか、吾輩を捕えるために送り込まれた王室の刺客かっ!?」

 

ややこしい誤解をする。

 

「フッフッフッフ、バレたとあっては仕方がない。

 

(カボチャヘッドを脱ぎ捨て、トンガリ帽子を被り直して、つばを持ってマントをひるがえす)

 

そうともっ! 吾輩が送火の魔法使い、あのウイリアム・ウィルオウウィスプその人であるっ!」

 

派手に名乗りを上げるが、怒れる民衆には届いていない。

 

その間にもどんどん近づいてくる人の津波。

 

「だ、旦那っ、早く逃げましょうっ!」

 

あわてふためく八百屋の主人。

 

「うろたえるなっ!」

 

ウィルは威厳を込めて店主を落ち着かせ、

 

(内心一番取り乱していながらも)

 

辺りを見渡して打開策を血眼になって探す。

 

ハッと、八百屋に並んだ数々の野菜に目を付け、

 

「店主っ! この店、吾輩が買い取ろうぞっ!」

 

置いてけぼりの店主にコインの詰まった袋を投げつけ、店の売り棚をどんどん倒して野菜や果物を通りにぶちまける。

 

店の中にも押し入って、在るだけの商品を撒き散らかす。

 

すかさず腰のベルトから、例のロウソクが入った丸燈(ランプ)を取り出し、蒼い炎が地面に散らばる野菜たちに命を与えてまわる。

 

愚者の燈(イグニス・ファトス)が、冥府の門を開く。傀儡どもよ、我に着き従え。諸々はすでに抜けさった』

 

地面に転がるたくさんの野菜や果物から胴体と手足が生えてきて、意地悪そうな顔立ちになると、「ウギャウギャ」言いながらふらふら立ち上がる。

 

「総員突撃!」

 

ウィルがステッキを振りかざすと、スイカ頭やニンジン頭、キャベツ頭にカブ頭など数百体の多種多様な傀儡が、地面を鮮やかに染め上げ、一目散に姫が率いる群衆団に襲いかかる。

 

「ゴーレムも試してやろう!」

 

ウィルは野菜アタマだけでは心もとないと判断し、

 

(あとは、新しい技をすぐにでも試してみたかったのもあり)

 

子魚を一匹消費して、ゴーレムの核を作り出して言霊を刻み、それを八百屋の家屋に向かって投げ入れる。

 

さっそく、さっき買った魔導書を開いて呪文を唱える。

 

 

  『えーなになに……

 

   其は、大司教ラビの御手(みて)より生み出されり

 

   其は、勤勉なる手足なり

 

   死が其を(おとな)うまで、我に従い尽くせ

 

   プッター・メッサー・クサンチッペ・シェム・ハ=メフォラッシュ!』

 

 

呪文を唱え終わると、八百屋の家屋がミシミシと軋みだし、次第に四隅の柱を足として、軒下の売り場を口に、窓を目として、四角い怪物へと変化(へんげ)し始める。

 

八百屋の主人は家屋から飛び出し、得意げなウィルの足にしがみつく。

 

 

「ギャァォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!」

 

 

雄叫びを上げる八百屋ゴーレム。

 

「ハッハッハッ、上手くいったぞ!」

 

ゴーレム生成に成功し、ご満悦のウィル。

 

「よおしっ、撤退だっ!!」

 

そう言うやいなや踵を返し、一目散に逃げだすウィル。

 

慌ててカボチャ頭が荷車を引いて追いかける。

 

呆然と取り残される八百屋の主人。

 

手には銅貨の詰まった金袋が。

 

目の前ではついさっきまで店に並んでいた野菜たちと、今朝まで住んでいたマイホームが怪物となって人を襲っている。

 

開いた口がふさがらないとはまさにこの事。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

視点変わって、姫様サイド。

 

自らがハチャメチャ集団を率いている一方で、前方からもそれに匹敵するトンデモびっくり軍団が突撃してきている。

 

みずみずしい色とりどりの野菜や果物の怪物たち。

 

姿かたちもそれぞれ千差万別十人十色、

 

「ウギャウギャ」と鳴き声を発しながら、歪なアタマでうまくバランスを取って一心不乱に突撃してくる。

 

その後ろに控えるのは、大きな木造建築の化け物。

 

ガシガシと太い柱を巧みに動かして地面を駆けるが、そもそもが移動に適していない構造の為、すでに自壊しかけている。

 

それでも真正面からのインパクトの凄まじさたるや、あの豪傑と名高いアレクサンドラ・ユスティアス騎士団長も腰を抜かすほどではないだろうか。

 

いや、それは言い過ぎかもしれない……。

 

とにもかくにもその大きく裂けた大口と、そこにまばらに生えた木片の鋭い歯、配置も大きさもまばらな三つの窓が目玉のようにらんらんと輝き、分隊長と言わずとも並大抵の武人でも臆する恐怖を体現している。

 

姫に続く大勢の有象無象は、それらにウィルの狙い通り恐れおののき、歩みを止める者もちらほら出たが、エレオノーラ姫だけは違った。

 

 

彼女の頭のアンテナ人生最大と言ってもいいほど、が反応している。

 

それも眼前の傀儡たちにではなく、それを生み出した、いま臆面もなく尻尾をまいてトンズラぶっこいてる老人に対して。

 

破顔一笑、喜色満面、有頂天外のお姫様。

 

ミミズクの目で路地に逃げ込むウィルの後ろ姿を捉え、ニンヤリ笑う。

 

 

「君たちしっかり捕まっててッ! 『飛ぶよッ!!』」

 

 

 ──もう目と鼻の先まで傀儡軍団が迫りくる。

 

 ──悪ガキ三人組ががっしり姫にしがみつく。

 

 ──「お待ちぃっっ!!」ジュリィ氏がトラックから姫に手を伸ばす。

 

 

姫が身体をグッとかがめ、その反動を一気に解放させて大ジャンプ。

 

「ひやっっほーいッッツ☆!!」

 

10点10点10点の100点満点の大技を見事完遂し、八百屋ゴーレムの屋根を華麗に飛び越える。

 

その直後、付き人ジュリィの乗った衛兵トラックと八百屋ゴーレムが正面衝突。

 

八百屋ゴーレムのどてっぱらに深く食い込む衛兵トラック。

 

白煙を上げ、完全にエンスト。

 

ゴーレムも衝突の勢いで核が傷つき機能停止。

 

市場通りのど真ん中にどでかい障害物を残し、その手前で再び野菜アタマと有象無象との乱闘が始まる。

 

付き人ジュリィ氏がボロボロになりながら、八百屋ゴーレムの屋根の上に立ち上がり、

 

「姫サマァーッ!! カァーーンバァーーックッツ!!!!」

 

悲痛な叫び声をあげる。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウィルは、路地を駆け抜けながら、首から吊り下げた【ファフロツキーズの鍵】を取り出し、左右に立ち並ぶ民家の裏口の扉々を注視する。

 

カボチャ頭は、その後ろをこぼれる荷物を拾い集めながら、せっせこせっせこついてくる。

 

「あー無いっ、これにも無いっ! ぬあーもうっ! なんて不用心な街なんだ!」

 

ウィルは鍵穴のある扉を探して、駆けずり回る。

 

「あったーッ! これだ!」

 

古びたドアの前でぜーはーぜーはー息を吐きながら、扉の鍵穴に『ファフロツキーズの鍵』を刺し込む。

 

ウィルの持っているカギに対して、その鍵穴はやや大きすぎるように見えたが、カギを差し込んで回すと、確かにガチャリと鍵が開いた音がした。

 

ウィルが扉を開けると目の前には、階下へ続く階段と、その奥には見慣れた【洋間】が垣間(かいま)見える。

 

「よしっ、運び入れろっ!」

 

洋間の中からゾロゾロとカボチャ頭が出てきて、荷台に山と積まれた荷物を洋間の中へとバケツリレーの要領で運び込んでいく。

 

タバコを一箱ずつ、本を一冊ずつ、シャンパンを一本ずつ運ぶカボチャ頭を見て、

 

「早くしろっ! はやくっ!」

 

とウィルがじれたっそうに地団駄を踏み、自ら両手いっぱいに荷物を抱えて運搬を手伝う。

 

そうして急ピッチで荷物を運び終え、最後の一匹の背中を押して、洋間に逃げこもうとしたその瞬間、ウィルの頭の上に大型の猛禽類が飛び降りてきて

 

「うわあっ! なんだなんだっ!?」

 

と取り乱す。

 

手足をジタバタさせ、滑稽ながらも必死に頭上にまとわりつく猛禽類を振り払うと、視界の隅に飛び立っていく白いミミズクがチラと映りこむ。

 

『上等な使い魔だな』

 

と数舜見とれるウィルだったが、近づいてくる足音に気づいて慌てて玄関の中に逃げ込む。

 

扉を閉めようとすると、途端

 

「ガッ!」

 

と足が差し込まれ、

 

「いいッ!!」

 

目をむいて驚くウィル。

 

ドアを無理やりこじ開け、一人の少女と白ミミズク、小汚い三人の子供がなだれ込んでくる。

 

何事もなかったように扉がしまり、付き人や衛兵が路地に駆け込んでくるが、そこには人気のない寂しい路地があるばかり。

 

 

 

 

次回、〈第四話『二人のW その秘密と過去について』〉に続く。



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第四話『二人のWその秘密と過去について』

 

 

(3)

 

 

ストロベリー・フィールド港からだいぶ南に行った辺り、その上空の雲中をファフロツキーズが飛んでいる。

 

その洋間。ウィルは若干不愉快そうに、コック帽アタマが運んできたお茶を飲んでいる。

 

一口含んでから、

 

「で、お前らはなんだ?」

 

洋間のリビングテーブルに腰かけ、侵入者たちを詰問する。

 

玄関階段の下に立たされた侵入者の内、悪ガキ三人組は、

 

『勝手に連れて来られて逆にこっちが迷惑だ』

 

と腕を組んだり床に胡坐をかいたりして不満そうな態度を示している。

 

一方で姫はというと、せっせと荷物を運んでいるカボチャ頭の傀儡たちに夢中で、アンテナを犬の尻尾よろしくブンブン振って、その列をずっと目で追っている。

 

ウィルの質問に対し誰も答えようとしないので、

 

「おいっ! 無視するなっ」

 

机を叩くウィル。

 

悪ガキはビクゥっと体を震えさせたが、そのまま反抗的な表情を浮かべている。

 

姫はその音で我に返り、

 

「え、あたし? あたしの名前? あたしはねぇ……

 

(しばし黙考し)

 

……エナっ! エナァ……エナ・ペンドラゴン。

 

あなたはだあれ? 魔法使いなのよね? それにさっきの魔法はいったいどうやったの? あたしが知ってる召喚魔法とはだいぶ違ってたみたいだけど、それに……」

 

早口でまくしたてるエレオノーラ姫、改め、侵入者エナ。

 

ウィルは姫の迫力に呆気にとられながらも、ペースを崩されまいと、

 

「吾輩が質問しているんだっ!」

 

強気な態度をとる。

 

ウィルはどのみち邪魔になるだけだと判断し、取り合うのを止め、さっさと追い出してしまおうと立ち上がる。

 

そこでタイミングの悪い事にファフロツキーズが雲を突き抜け、窓枠いっぱいに青空と白雲が映って見える。

 

部屋いっぱいに陽光が差し込み、それを目にした姫は、

 

「ねえっこの部屋、飛んでるわっ!」

 

暖炉わきの窓に張り付き、すぐに向かいの窓にも張り付いて感嘆の声をもらし、洋間の中を次々に駆け回る。

 

そうして、あれよあれよいう間に家の奥に繋がる扉に気づいて飛び込んでいく。

 

これら一連のシークエンスが僅か数秒の出来事。

 

ウィルが立ち上がろうと机に体重をかけ、前かがみになって、尻を持ち上げている刹那におこった事。

 

ウィルはただ見送る事しかできず、悪ガキたちも呆気にとられていた。

 

ウィルは状況がさらにややこしくなったことに顔をしかめる。

 

そして未だ反抗的な目を向けている悪がきが目に留まって、八つ当たり気味に、

 

「ガぁッーーッツ!!」

 

クマさながら両腕を振り上げて脅かしてみるが、肝の据わった少女に脛を蹴られて仕返しされる。

 

ウィルが脛を抑えながらぴょんぴょんはねていると、その隙に悪ガキがばらけて姫のあとを追って家の奥に。

 

「ああもうっ! 手間をかけさせるっ!」

 

ウィルは荷物を運んでいるカボチャ頭を両の手にひっつかんで4、5匹廊下に投げ込み、

 

「早く捕まえろっ!」

 

と叫び、その他のカボチャ頭たちも命令に気づいて、荷物を持ったまま廊下になだれ込んでいく。

 

 

ウィルは脛を抑えながら、玄関への階段をのぼり、扉に内側から鍵を差し込んで、地上への扉を繋げておく。

 

扉を開けるとそこは、

 

【世界の果てのような谷の底】

 

少し顔を出して繋がった扉の周りを見ると、朽ち果てた山小屋の戸に繋がったようだった。

 

『さすがに、こんなところに放り出したら死んでしまうかもしれん』

 

と思い、鍵を回してさっきの港町に扉を繋げようとしたところに、カボチャ頭に捕らえられた侵入者がリビングに連行されてくる。

 

カボチャ頭たちによって後ろ手に縛られ、床に跪かされる姫たち。

 

ウィルは少しお灸をすえてやろうと考え、鍵を抜き取って出口は谷底のままにしておく。

 

「オッホン」

 

大仰に咳ばらいをし、気を取り直して、威厳を取り繕い階段上から虜囚たちを見下ろしてかかる。

 

意地悪な表情を浮かべ、腰に手をあて、威厳たっぷりに話し始める。

 

「お前たちにはこれから過酷でつらい山下りが待っている」

 

扉を後ろ手に押すと、ギイィィとゆっくりと扉が開き、(かすみ)がかった岩肌が見える。

 

先の見えない恐怖、オオカミの遠吠えも聞こえる。

 

悪ガキたちはもう帰れないとさすがに恐れおののき、姫は港町から入ってきたのに今度は谷に繋がっている不思議ドアにワクワクしている。

 

「水もなし、食料もなし。近くの人家まで一体何週間かかるか、そしてこれがどこの谷底かも吾輩には見当もつかない。もしかしたら外国かもしれないなぁ。ニッヒッヒ」

 

ウィルはわざとらしく頬に手を当て怖がって見せる。

 

「もしかしたら二度とおうちには帰れないかもしれないが、今後はこれを教訓に、知らない魔法使いにはホイホイついていかないことだなぁ」

 

さっきまでの生意気な表情はどこへやら、絶望の面持ちの悪ガキたち。

 

しかし今度は反対に、姫の方が生意気な表情を浮かべ始める。

 

ウィルは子供たちが自らの過ちをさすがに悟ったと解釈し、ムチはここまで、腕を組んで、

 

『反省し、吾輩に謝罪するなら、大人しく街に返してやってもいいぞ』

 

とアメを与えようとしたその時、

 

「ふふん♪ あたし、あなたのこと知ってるわ」

 

と姫が言い出した。

 

ウィルは「なに?」と怪訝な顔をする。

 

「【魂の燈火(ゴースト・ライト)】、【蒼火(エサスダン)】、【送火の魔法使い】、あなた『ウイリアム・ウィルオウウィスプ』でしょ。魔法学校の先生で今は国賊としてお尋ね者。お父様から聞いたことがあるわ」

 

姫は挑戦的な口調でいい、

 

「国賊っていうなっ!! いずれは王城に舞い戻る予定だ。石炭を取り戻して、栄華の日々に返り咲く」

 

ウィルは階段から乗り出して、姫を指さし、訂正を要求する。

 

そしてウィルは襟を正して、態勢を立て直し、

 

「それで? 吾輩はいかにも()()ウイリアム・ウィルオウウィスプだが? 吾輩の正体が分かったところでどうする? 自分の立場がもっと危うくなるだけではないのかね、お嬢さん?」

 

口角を上げて悪人面を浮かべる。

 

姫は依然として強気な態度で、

 

「それはどうかしら。自由になった途端あたしはすぐに衛兵隊の詰め所に駆け込むわ。あたしは魔法大学の生徒だから谷なんか空飛ぶホウキでひとっ飛びよ。そしたら、この隠れ家めがけて追手がなだれ込んでくるんだから」

 

ウィルの脳裏に、鬼の形相の捕縛隊が後ろの玄関を開けてなだれ込み、自分はみじめにもそれに捕まり、そして大衆の前で裁判やら刑罰やらで散々恥をかかされた挙句、牢屋に入れられて一人さみしく白骨死体と化すの未来がありありと脳裏を駆け巡る。

 

自分で想像してみて、全身にぶるぶると寒気が走る。

 

「なっ、ならばお前たちをこのまま生かして返すわけにはいかないな!」

 

バタンッ! 

 

扉を閉めるウィル。

 

後ろに手を組んで階段を一段一段ゆっくり下り、腰をかがめて人相をとびきり悪くし、

 

「さあてぇ……、ではどうしてくれようか?」

 

ウィルは奴隷商人のように、ふんずかまった姫たちの周りをくるくる値踏みするように歩く。

 

「実はな、このカボチャたちはもともとは人間で、吾輩の魔法で野菜の奴隷に姿を変えてやったのだ。お前たちもこの哀れな連中のように一生こき使ってやろうかイッヒッヒッ!」

 

姫たちの周りにカボチャ頭たちが輪になって歯をケタケタ鳴らし、子供たちを脅かしている。

 

「それともあの魔法の暖炉にお前たちを食わせて、空飛ぶ燃料にしてやろうかクックックック!」

 

ウィルは生き物のように火の手を伸ばす暖炉を指さし、子供たちを驚かす。

 

ウィルがニヤニヤ侵入者たちを怖がらせていると、少しも臆した様子のない姫が口を開き、

 

「まさかっ、あのウイリアム・ウィルオウザウィスプがそんな酷い事するわけないわ」

 

怯え慄く子供たちに優しく諭す。

 

ウィルは調子を崩して、口をぎゅっと結ぶ。

 

「あたしも魔法学校の生徒だけどウイリアム・ウィルオウザウィスプ先生といえばとっても親切で、生徒思いで、授業も面白くって、あの筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロン氏にも引けを取らないってもっぱらの噂よ」

 

姫はウィルの評判と真反対の事を並べ立てる。

 

「もちろん! 吾輩こそがこの国一番実力のあるの魔法使いなのだ! あんな若造など!」

 

誇らしげに髭を撫でるウィルは、それがちゃっちいお世辞だと気づくことも無く、すっかりのせられる。

 

「ですよねっ! やっぱりそうだと思った。そんな素晴らしい、いい人のあなたがこんな酷い事するわけないわよね」

 

間髪入れずに続けて言い、

 

「と、当然だとも。お、おいっ縄を解いてやりたまへ」

 

カボチャ頭たちは、

 

「頭は正気か?」

「信じられんない」

 

といった様子で、半ば呆れ気味に縄を解く。

 

姫は「さあてっとッ」と立ち上がる。

 

「ねえ、この子供たちはおうちに帰してあげて」

 

とウィルに進言する。

 

ウィルは鳩豆鉄砲な顔をし、

 

「帰してもいいが、詰め所に垂れ込まれては困るぞ」

 

と、首をかしげる。

 

姫は悪ガキのリーダーの少女の肩に手を当てて、

 

「ねえ、家に帰りたい?」

 

と答えの分かる質問をする。

 

少女はうんうんと首を縦に振り、後ろの少年二人も同様に激しく頷く。

 

「じゃあ、このミミズクちゃんの目をまっすぐ見て」

 

姫がそういうと、部屋の隅に隠れていた真っ白のミミズクが飛んで来て、姫の手の上に小鳥のように留まる。

 

それを子供たちの視線の高さに持って行って、

 

『君たちはあたしたちの事を絶対に喋れない』

 

とおまじないをかける。

 

おそろしい娘じゃとウィルがドン引いていると、

 

「これでこの子たちを家に帰してもいいでしょ」

 

姫があっけらかんとした様子で、ウィルに改めて進言する。

 

「おぉ? まあいい、のか?」

 

ウィルは(まじな)いをかけたならいいか、と扉に鍵をさしこんで出口を港町の路地裏に繋げる。

 

悪ガキたちは口をぱくぱくさせて、ここの場所やウィルの名前を口にしようとして声が出てこない事にたまげている。

 

そもそも、ここがファフロツキーズ内だということは、この魚の全貌を見ていない悪ガキたちや姫には知りえない事なので、彼らが詰め所に垂れ込むこめる事はほとんどないのだが。

 

それでも用心にこしたことはない。

 

例えばウィルと行方不明の姫が一緒にいるとかいないとかそういった噂が流れると困る人がいるとかいないかとか。

 

それから姫は、さらに、

 

「これでひと安心。ああ、あと帰る前にこの指輪を全員一回ずつはめていってね。もう泥棒はダメだよ」

 

自分の指から『スリエルの指巻き』を外して、少女に渡す。

 

子供たちは次はなんだと、半信半疑ながらその指輪を付ける。

 

すると付けた途端にビクンっと体を震わせ目を見開く。

 

しかしすぐに憑き物が落ちたように、安らかな面持ちになっていく。

 

階段を下りてきていたウィルは、本能(反社の血)がその指輪に強い嫌悪感を覚え、玄関扉まで急いで退く。

 

さらに姫は、斜め掛けの鞄から金貨の入った袋を出して善なる子供たちに配り、

 

「これをちゃんとお菓子屋さんに払うのよ」

 

と言い、加えて一筆書き添えた物を、

 

「これを『ジュリィ・フィリオクエ』という人に渡せば、悪いようにはされないわ」

 

一枚の紙を少女に握らせる。

 

子供たちはすっかり改心した様子で、涙を浮かべながらわぁーっと姫に抱き着いて泣きわめく。

 

ごめんなさい、ごめんなさいと謝罪を口にしながら、

 

「大丈夫、大丈夫」と姫にあやされている。

 

 

子供たちの変わりようにますますウィルは、姫の指輪を警戒する。

 

それと同時に、大金をパッと出せる侵入者を見て、

 

『この娘、どこか貴族の令嬢か? もし身代金を要求すれば、逃亡生活の足しになるやもしれん』

 

と考えたが、すぐに、

 

『いやいやっ、それでは本当に犯罪者ではないか!? 吾輩の美学に反する』

 

その考えを振り払う。

 

ウィルが一人で首を犬の様にブンブン振っていると、

 

「さっ、おうちに帰りましょうっ!」

 

姫は陽気にいい、子供たちは元気に返事をする。

 

陽気に鼻歌を歌いながら一団は階段をのぼって、玄関へ。

 

ウィルはその様子に信じらないといった様子で、扉をあけ、侵入者を外に出してやる。

 

子供たちは路地に出て、そのまま数度振り返ってはお辞儀をしてから立ち去り、姫はいい事をした後のように、にこやかに手を振る姫。

 

つられて手を振っていたウィルは、姫へ、

 

「さっ、オマエも出ていくんだっ」

 

と強く外を指さすウィル。

 

しかし姫は、ウィルの顔を見て、

 

「にひひー」

 

笑って出ていこうとしない。

 

ウィルは顔をしかめて、姫を外に追い出そうとするが扉にしがみついて抵抗する。

 

「なにをこなくそっ」

 

ウィルは力いっぱい姫をはぎ取って、路地に摘まみだす。そしてすぐに扉を閉めようとするも、瞬時に足が差し込まれ、

 

「イタいっ! はさまってるよぉっ! しめないでっ!」

 

なんとかして中に入ってこようとしてくる。

 

ウィルはその執念に気圧されたが、なんとかはさまった足を蹴り返して扉を閉じようとする。

 

「やだやだやだやだっ!」

 

それでも抵抗を続ける姫。

 

そこへ、騒ぐ大人たちの声が聞こえてきて、ウィルはびっくりし、扉を押し返す力が一瞬緩む。

 

その一瞬の隙をついて姫はまんまと家の中に入り込み、ソファをバリケードにその裏に隠れ込む。

 

ウィルは侵入者と追手の気配を天秤にかけ、

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……」

 

大変遺憾ながら扉を閉め、鍵を回して空に一端繋げる。

 

「オマエっ! 一体どういうつもりだ! 本当に谷に放りだすぞ!!」

 

腰に手を当ててしかりつけるウィル。

 

ソファの背からひょこっと姫は顔を出し、

 

「ねえ、あたしあなたのお手伝いができないかしら?」

 

ソファを乗り越えて、階段下まで這ってきて、四つん這いでウィルを見上げて提案する姫。

 

それを聞いたウィルは、

 

「おてつだい!? オマエみたいな小娘にできる仕事など、ここにはありゃせんっ」

 

あまりに突拍子もない発言を聞いて、ブンブンと顔の前で手を振る。

 

「あら、あたし魔法学校の生徒なのよ? 制服着てるのに気づかなかった?」

 

体を起こして、階段の前でくるんと回って見せる姫。

 

ウィルは、呆れたように、

 

「知るわけなかろうが」

 

ため息をつきながら、反対にソファに腰かけて足を組み、パイプ煙草を咥え、カボチャ頭に火を付けさせる。

 

姫はそれを見送り、カボチャ頭を一匹抱いて、ウィルのはす向かいの椅子に腰かける。

 

それで、

 

「元・魔法学校の先生なのに?」

 

ウィルをからかうような事を言い、

 

「だから元っていうなっ!! 現職じゃい。それに吾輩の受け持ちは大学部の院生が取るような、極めて専門性に特化した講義なのだ。見るからにオマエさんにそんな能があるようには見えなんだからのう!」

 

それに嫌味を返し勝ち誇るウィル。

 

しかしウィルは本気で、いま目の前にいるのが焦がれてやまない王族の人間だという事に気が付いていなかった。

 

そもそもウィルが自己中心的な性格で他人の顔を覚えていない、というのもあるが、今の姫は、付き人ジュリィが言っていたように、とても一国の王女には似つかわしくない言動をしている。

 

これが一番の要因とも言える。

 

そうでなくても人の顔を覚えないウィルが、ドレスも着ておらず、付き人もおらず、しかもお城の外で、こんなお転婆な小娘を見て王女と気づけというのが無理がある。

 

そしてウィルが言っているように、ウィルと姫では学校内での立場も違えば、学年も専攻も違うのだから、気づくはずがなかった。

 

 

「ふーん。まあ、いいけど」

 

テーブルに肘をついてウィルの嫌味を(かわ)し、

 

「とにもかくにも、あたしはあなたを手伝うことにするって、決めたからね」

 

強引にとりつこうとする。

 

「ならんならんっ! 邪魔なだけだからすぐに出ていけっ!」

 

ウィルは紫煙を吐き散らしながら、その煙を払うように手を振って姫を拒絶する。

 

姫は小悪魔的な笑みを浮かべ、

 

「どうしても?」

 

あざとげに聞き、

 

「どうしても!」

 

ウィルはまかりならんと、強固な姿勢をみせる。

 

姫は少し落胆したような様子で、

 

「ならしょうがないわね……、グラコービスこっちおいで……」

 

椅子から立ちあがり、使い魔の白ミミズクを呼び寄せる。

 

さっきまでの元気な様子とは打って変わった小さい声のトーンで、

 

「ねぇ、こういうことは本当はしたくないのだけど」

 

と小さく言って、ウィルを背にして、暖炉の向かいの窓辺に向かう。

 

「この子には手紙を付けたわ。まっすぐ近衛兵団の屯所まで飛んで行って、あたしのところまで帰ってくるようになってるの……」

 

暖炉の向かいの窓を開け放して、その前に立つ姫。腕を横向きにまっすぐ伸ばし、その上にとまる白ミミズク。

 

その足には伝書鳩よろしく手紙が取り付けられている。

 

「なんぬっ!?」

 

驚きすぎてソファから転げ落ちるウィル。

 

起き上がって、ミミズクにつかみかかろうと足を踏み出した途端、白ミミズクが今にも飛びたたんと翼を大きく広げる。

 

「クゥッ。おのれぇ小癪な…………」

 

ウィルは悔しそうに、机に突っ伏す。

 

それから顔を上げ、翼を広げるミミズクと、風に髪をなびかせる姫、暖炉に立て掛けられたロウソクが入った街灯長杖(スタッフ)と、頭を揺らして遊んでいるカボチャ頭たちを順々に見渡す。

 

そしてどうしたって眼前の娘を追い出しきる未来が見えず、本ッ当に苦渋の決断、渋々の渋、心の底から心底不本意極まりないといった様子で、パイプ煙草の中身が飛び出しそうなくらい大きなため息をつき、

 

「……ええいッツ!! もう背に腹は代えられんッツ! いたけりゃいたいだけいるがいい!」

 

と、とうとう観念して、姫の滞在を許してしまった。

 

「やったぁーっ! じゃあこれからよろしくねウィル爺っ!」

 

バンザーイっと両手を上げて喜ぶ姫。

 

白ミミズクが飛び立って冷や汗をかくウィルだったが、ミミズクは天井を2、3周飛んで、ウィルの頭に着地する。

 

ウィルは白ミミズクを払いのけ、

 

「そのかわり大人しくしておれよっ! 吾輩の邪魔は絶対するなぁっ。暴れたり泣いたり騒いだりしたらすぐに実力を行使するからなっ!」

 

ビシっと、姫に指をさし、釘を差しておく。

 

姫は、

 

「はぁーい」

 

と無邪気に返事を返す。

 

「脅しじゃないぞっ、ネズミに変身させてそのフクロウに食わしてやるからなっ!」

 

物騒な脅しをかけるが、姫は、

 

「ふふん♪」

 

なめた態度をとっている。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

それからウィルはどっと疲れた様子で、カボチャ頭たちに指示を出し、買い出しの品を家中に配備させて行った。

 

ウィルがその先陣を切っていく最中(さなか)、姫はずっとウィルの後ろを小鴨のように付き従い、ファフロツキーズの中を探検して回っている。

 

魔法好きの姫にとって、この不思議ハウスの中は面白おかしくて仕方なく、はしゃぎにはしゃいで、さっそくウィルに鬱陶しがられていた。

 

積み上げられた蔵書が樹木の幹のように乱立し、森のようになっている書庫。

 

無数の戸棚が立ち並んだ、果ての見えない奥長の倉庫。

 

見たことも無いような魔法の植物の茂る温室と、カボチャばっかり植わっている畑。

 

そして廊下の一番奥、魔法使い(ウィルオウウィスプ)の工房。

 

他にも、長く曲がりくねった廊下には未知の扉が、まだまだ無数に待ち構えている。

 

そしてもしここが噂に聞く()()なのだとしたら、実に面白いところにきたもんだ。

 

しかし窓や温室から覗く全容から、そんなにたくさん内部にスペースがあるとは考えられない。

 

なにせ扉の数だけでも、貴族の屋敷程の部屋数(へやかず)が存在していると予想される。

 

一体これまで開かれた部屋はどこに詰め込まれていたのか。

 

姫の好奇心は膨れ上がるばかり。

 

 

荷物を運び終わった後、

 

「あぁーやれやれ」と言った様子で、ごちゃごちゃ何かの材料を抱えて洋間のへ向かうウィル。

 

リビングテーブルの上にどっさり魔術書や薬草をぶちまけ、大窯に水を入れて暖炉の火にかける。

 

教本に従って材料を入れながら、時々カボチャ頭を作って火力を調整する。

 

ウィルは姫がいるのも忘れて、ずっと鍋で何かを作っている。

 

姫は後ろの席に座って、材料をいじって遊んで機会をうかがっていたが、満を持してウィルに質問をぽつぽつと投げかけ始める。

 

「ねぇウィル爺ぃー、

 

(「あぁー?」とウィルは気のない返事)

 

ここってさぁ、もしかしてなんだけど、あのファフロツキーズの中なのぉ?」

 

その単語を聞いた途端ウィルの手はピタリと止まり、

 

(姫は手ごたえがあったとニヤリとし)

 

ウィルは振り返って、

 

「なぜ知っている?」

 

と怪訝な様子で聞き返す。

 

振り返ったところで姫は、葉の長い薬草を口の上にあてて、

 

「みてみてお揃い」

 

と髭にして遊んでいる。

 

ウィルは、

 

「質問に答えろっ」

 

と怒鳴る。

 

姫は、

 

「んんー? 前に噂で聞いたから。ウィル爺が魚を目覚めさせたって。あとは窓からヒレとか尾っぽが見えたからかな」

 

と片手で葉っぱを抑え、探偵のように髭を撫でながら推理を披露する。

 

ウィルは目を細め、意外と油断ならない密航者の警戒度をさらに高める。

 

「どう? あたりっ? あたりっ?」

 

得意げに聞いてくる姫に、

 

「そうじゃが? それがどうした」

 

どこか不満げなウィルが答えを告げる。

 

「どうやって魚を起こしたのぉー? だって長い事だれも起こせなかったんでしょぉー、なのにウィル爺はすんなり動かしちゃってさぁー、何かやり方知ってたのぉ?」

 

姫はテーブル席からウィルの背後のソファへ移り、ウィルの魔術書を寝そべりながらペラペラめくってウィルに質問を投げかける。

 

「吾輩にもどうして動かせたのかは分らん。起きたら勝手に空の上だったのだ」

 

ウィルは今度は振り返らず、姫がおもちゃにしている本をひったくって、大釜をかき回しながら大して役に立たない答えを返す。

 

「えぇー、そうなのぉ、ざぁーんねぇーん。じゃあ、【浮遊】の魔法についてはなんにも分かんないままかぁー……、じゃあ【鍵】の魔法は? 鍵はぜっんぜんなぁーんの手がかりも無いんだよねぇー」

 

姫はソファアに逆さまになって、フォークとスプーンを戦わせながらウィルにダメもとで聞いてみる。

 

「鍵の魔法?」

 

ウィルは、

 

「これとか?」

 

と言って首から吊り下げた魚型の鍵を姫に見せる。

 

「ね、さっきからそれちょいちょい使ってるよね! もしかしてそれが魔法の鍵なのかも……」

 

姫はバッと起き上がって鍵に見入る。

 

「あたしが思うにそれはきっと、今でいう空間魔法の類だと思うの。きっとその鍵がいろんな扉同士を繋げてるんだよ。でないとあんなに部屋がいっぱいあるのはおかしいもん」

 

姫は真剣な口調でウィルに憶測を話すが、

 

「まあ、そうであろうな。しかしその仕組みも、つながった部屋がどこからきているのかも、吾輩にはさっぱりだ」

 

さすがのウィルでもそれくらいの見当はつき、鍵をしまって肩をすくめて鍋をかき回す。

 

姫は唇を尖らせてむくれている。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

とはいえ、姫の推理はほとんど正解。

 

ファフロツキーズには二つの魔法がかかっている、といわれている。

 

それは【鍵】と【浮遊】を冠した魔法。

 

『浮遊』は、このデタラメな巨体を中空に浮かび上がらせる魔法。

 

しかし、それはあくまでこの石の魚を大地の呪縛から解き放つだけの代物で、上昇下降、前進後退などの移動に関しては、全身に施された翼や推進機の形をとった魔導具(魔法を導き出す道具)によって成されている。

 

また、補足として飛行機技師たちがこれらの部品を見て、

 

『それらしいものを寄せ集めたように見える』

 

と言ったのは、実に魔術の本質について的を射た発言であった。

 

魔法・魔術における【()(たい)の関係】は特殊で、『名前』が先にあって、それに準ずる『(うつわ)』が与えられるのが常である。

 

このファフロツキーズでいうと、推進機、例えば回転羽根(プロペラ)などは、

 

『羽根が()()()()()()()()()()

 

という名前(役割)が先にあり、それになぞらえて、

 

()()()()()()回転する()()

 

という体が与えられている。

 

つまり、その構造や理論を置き去りにして、目的と結果だけを体現するのが魔法という超常の技の一側面なのである。

 

しかしそこには当然、魔法・魔術独自の理論や術の構造が存在する。

 

そしてもう一つの魔法、『鍵』とは。

 

これは魔法の鍵を媒介にして、扉同士を繋げる術である。

 

さらにそこから発展して、繋がった扉が取り付けられた空間(部屋)をも繋ぎ合わせる事ができる。

 

ファフロツキーズという飛行する居住施設では、その利用スペースがごく限られた物になるのは必然であり、古代人はその窮屈さを改善するために、現代魔法学でいう一種の「空間掌握魔法」と「物体転送魔法」の間の子(あいのこ)のような(まじな)い(目下調査中)を使い、ファフロツキーズ内の玄関扉と、別に用意した扉(部屋)を繋ぎ合わせた。

 

よってファフロツキーズの内部には、その心臓たる暖炉を備えた洋間と扉を並べた短い廊下が中に在るだけで(『中に在る』と言っても、実際に断面図などではっきりと認識できる訳ではなく、先に述べた「名と体」の法則に基づいて『中に在る』だけでどのようにしてあるのかは分からない)、これまで舞台となってきた廊下や書庫、温室や倉庫は実際にはファフロツキーズ内部には存在しない。

 

これは全て、ウィルが後から扉を繋げたものである。

 

廊下も伸ばした。

 

また、これによってファフロツキーズの内部はいわゆる多次元空間に類するものとなり、外部からの認識、つまり三次元的空間把握は不可能となっている。

 

故にファフロツキーズ内部へと、鍵を持たない万人がアクセスできるのは、玄関扉だけとなる。

 

これが研究家たちの調査が一向に進まなかった一番の要因である。

 

なにせ、彼らがたどり着けるのは洋間と廊下しかなかったのだからして。

 

鍵の魔法は居住スペースを広げるだけにとどまらず、地上との行き来の際にも大いに活用される。

 

ファフロツキーズは飛行機や気球船とは違い、一回飛ばせば飛ばしっぱなしで、地上との往来の際、いちいち着陸したりはしない。

 

地上に戻る場合は、扉に鍵を刺し込み、利用者の思い浮かべた地上の扉と繋げる事ができる。

 

漠然と地上とだけ考えている場合は、ファフロツキーズ直下の最寄りの扉に繋がる。

 

鍵を使わない時、基本の設定は空。

 

ファフロツキーズに帰る場合は、地上で鍵穴のある扉を探し、そこへ鍵を刺し込みファフロツキーズを思い浮かべれば、いつもの洋間に繋げる事ができる。鍵穴が合わなくてもいいのは先の『名と体』の法則に基づくから。

 

そしてこれら一切の魔法を司っているのが、洋間の暖炉、その内部に彫り込まれた『翼の生えた魚の紋章』である。

 

ではその起動方法とは?

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

姫はその後もしばらく、

 

「ねぇー、ねぇー」

 

ウィルに絡んでいたが、

 

「ああっ、また失敗したっ!」

 

なぜか教本通りに作っても失敗する薬づくりにウィルは、だんだんイライラしてきて、姫が鬱陶しくなってくる。

 

「あーもー、うるさいなぁ! 集中できんでしょうに! 邪魔しない約束でしょうに!」

 

ウィルは八つ当たり気味に姫を怒鳴りつけると、

 

姫はしゅん……と悲しそうな顔になって、頭のアンテナも力なく萎れ、ウィルを背にしてソファに丸くなってしまった。

 

ウィルはその様子を見て、少ない良心が痛み、顔をしかめて、肩を落とす。

 

そのまま無言で洋間を出て行って、

 

────数分してから一冊の本をもって帰ってくる。

 

「ん。これでも読んで静かにしてろ」

 

ウィルは姫の上に分厚い冒険小説を置いて、再び作業に戻る。

 

姫はむっくり起き上がって、肩から零れ落ちた本を拾って題名を見る。

 

『赤い竜の王様』

 

姫の顔に徐々に微笑みが戻り、

 

「うるさくしてごめんね。これ、あたしの好きな本よ」

 

とウィルに謝罪と感謝を伝える。ウィルは、ばつが悪そうに、

 

「気にするな」

 

とだけ鍋に向かってつぶやく。

 

しばらくしてから、コック帽アタマが湯気を立てるティーセットと簡単なお菓子を持ってきて、丁寧に姫に渡す。

 

そしてウィルの後姿に手のひらを向け、姫はそれににこっと微笑み返す。

 

それから二人に会話は無く、ウィルは薬づくりに没頭し、姫は物語の世界で大人しくしていた。

 

 

しかし、しばらくして。

 

「だぁッーッ! 何がいけないんだっ!」

 

ウィルは頭をボリボリかきむしりながら、喚き始める。

 

姫はその声で現実に引き戻され、ウィルの動向を見ながらかける言葉を探す。

 

ウィルは持っていた教本をテーブルに叩き置き、

 

(姫は小説を置いて、その魔術書を取り、印の着いた箇所を目で拾っていく)

 

ウィルは暖炉わきの薪置き場の隣に立てかけられた、一枚の板、独立した跳ね上げ戸(ハッチ)を持ってきて、床に乱暴に投げ捨てる。

 

かがんで鍵穴に鍵を刺し込んでから開くと、ハッチの中は外、床に穴が開いたように、まばらに木が生えた大地が覗き見える。

 

ウィルはパッションピンクの煙を噴き上げる大釜を担いで、ドロドロした中身を地面に向かって垂れ流していく。

 

姫はそれを見てやや引き気味な様子。

 

「ねぇ、それってそうやって捨ててもいい物だったの? 魔術法違反とかになったりしない?」

 

鍋の底にこびりついたものをお玉で削いで、全部捨て終わってから、ウィルは、

 

「母なる大地を信じろ」

 

と言って、大釜を軽く水洗いしてから再び、火にかける。

 

沸騰するまで待たねばならない関係上、姫はウィルに紅茶を渡しウィルはそれを受け取って、そのまま大きなため息をついてテーブル席でぐだぁーっと、溶けている。

 

そしてウィルが煙草の煙にまみれている間に、姫は教本をもって火の前に立つ。

 

ウィルはもう根負けして、文句を言う気力も無く、グダグダとクッキーをかじっている。

 

姫は教本をぱっと見、それからすぐに手際よく材料を大釜に投入していく。

 

ミミズクがくわえてきた薬草を受け取り、

 

「ありがと」

 

と言って鍋に千切って放り込む。それから腰の短杖を抜いて鍋の上でかき混ぜるようにゆっくりと杖を振るう。

 

するとだんだん香ばしい臭いが漂って来る。

 

ウィルが鼻をぴくぴくと動かし、

 

「うんっ!?」

 

臭いをかいで飛び上がる。

 

恐る恐る姫の横合いから鍋を覗き、

 

「できてる……」

 

と一言。

 

「どうやったっ!?」

 

ウィルは血相を変えて、姫に詰め寄る。

 

姫がその勢いに圧倒されていると、ウィルはじれったくなって、

 

「このフクロウかっ!? このフクロウを材料にすればいいのかっ!?」

 

姫から飛びのいて使い魔の白ミミズクを捕まえてひっくり返したり翼を広げたりして秘密を探っている。

 

姫は慌てて、

 

「違う違うっ!」

 

とミミズクを取り返し、ウィルを落ち着かせる。

 

 

「そもそもこの魔術書が間違ってるのよ」

 

姫はウィルとお茶を飲みながら、作り方について説明する。

 

「ここには蕺草(ドクダミソウ)を三枚に下ろしてジャコウネコの毛を混ぜて入れるって書いてるけど、これはすっごく分量とか火加減とかの調整が難しくって、最近ではネコとかより赤い(ハト)の羽を使った方が簡単にできるって発見されたの」

 

ウィルは姫の差し出す赤鳩の羽をもらってしげしげと眺めている。

 

「なるほど……それは知らなかった……」

 

姫はポカンとし、

 

「でもこれって、歴史的大発見だぁっ! って結構大きなニュースにもなってたし、うちの学校の教科書も改訂されてたような……?」

 

小首をカクンとかしげる。ウィルは苦虫を嚙み潰したような顔をして、姫から大きく目をそらす。

 

「さあぁーて、次をつ・く・ら・ね・ば……」

 

ウィルは大仰に伸びをして、わざとらしく忙しそうな素振りを演じる。

 

姫はミミズクと一緒にジトぉーっとした目で、ウィルを見送っていく。

 

その後もウィルは、魔導書を自作したり、杖を削り出したり、水晶の加工をしたり、多種多様な魔導具を作っていった。

 

そして()()()()()()()()()をして詰まるたび、姫が助け舟を出し、ウィルだけなら完成まで(謎解きに)に三日はかかるものや、制作を諦めていたようなものまで着実に完成していった。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

そうやって二人で共同作業をしていると、あっという間に夕食の時間に。

 

散らかった机の上の物を押しのけて、コック帽アタマが運んできた晩御飯並べていく。

 

今日はカボチャとブロッコリーの入ったクリームシチューと、港町で仕入れたキドニーパイ。

 

姫とウィルが向かい合って座るリビングテーブルの中央には、デヴォルの石炭の火を移したロウソクが入れられた丸燈(ランプ)がうやうやしく飾られている。

 

ウィルは、こいつは本当に帰らないつもりなのだろうか? 

 

と、シチューをおかわりしている少女の腹の内を探ろうとする。

 

そもそもなぜ、吾輩に付きまとうのか? 

 

着ている制服と、これまで使った魔法から大学(カレッジ)の生徒だというのは本当のようだが、吾輩との接点はないはず。……たぶん。

 

吾輩を捕えるための刺客という線はどうだろう? 

 

しかし誰の差し金だろうかは分からない。

 

噂に聞く吾輩を捕まえるための親衛隊の特別分隊とやらか? 

 

隊長は女生と聞くがどんな奴かは分からない。

 

ではあのアルベルトか? 

 

もしあいつなら自分で乗り込んできたりするかもしれないしれないが、こういった(から)()も使って来ることも想像がつく。

 

あいつはタラシだから、この娘もあるいは……。

 

「これ美味しいねっ」

 

ウィルが考えを巡らしていると、姫が満面の笑みで話しかけてくる。

 

「あ? ああ。そうだな」

 

ウィルは空返事を返す。

 

「料理長の腕がいいのかしらね♪」

 

姫はどんどんおかわりをしていく。

 

ウィルはそのはしゃいだ様子の娘を見て、ますます分からなくなる。

 

しかし、この娘が有用であるというのもまた事実だ。

 

今日だけで滞っていた魔導具(ブキ)制作がだいぶ進んだ。

 

手伝いというのは本当のようだ。

 

これなら今年中に城に戻ることも夢ではない。

 

姫はデザートを頬張りながら、火を操って煙草に火をつけるウィルをケーキ越しに見る。

 

そして突拍子もなく。

 

「ねぇ、ちょっと不思議に思ったのだけど……」

 

ウィルは姫がくれた王実御用達(ロイヤルワラント)の葉っぱを楽しんでいる。

 

「どうしてウィル爺は、初等部で習うようなところばかりで詰まってるの?」

 

それを聞いたウィルは、ぶうえぇっ! 

 

紫煙を噴き出してむせかえり、過呼吸になって死にそうになる。

 

「だっ、だいじょうぶっ!?」

 

姫は慌てて席を立ち、ウィルの背中をさすりにいく。

 

ウィルは若干落ち着いてからも、絶望したような顔でショートした機械のように口から煙を吐き出している。

 

姫はまずいこと聞いちゃったかな? 

 

ウィルの出方を観察している。

 

しかし奇妙と言えば奇妙。

 

大学院の教授がどうして魔法学の初歩ばかりでつまずいているのか? 

 

書庫にある蔵書はそのほとんどが、何世紀も昔の魔導書ばかりで、昼間ウィル爺が薬を作るのに使っていたのもその中の一冊。

 

その反対にウィルが手元に置いてあるもの(洋間の本棚に並べられているもの)は魔法学入門とか魔術の初歩も初歩、ほんのさわりしか書いてないようなばっかり。

 

姫はそんな事を考えながらウィルをじっと見ていると、その目線が一点に集中している事に気がつく。

 

蒼い炎を、【愚者の燈(イグニス・ファトス)】を灯すロウソク。

 

ウィルオウウィスプの代名詞。

 

お城にいた時からその火に興味はあったし、ウィルの視線が並々ならぬ事に疑問を抱いた姫は、

 

「このロウソクに何かあるの?」

 

と、ロウソクを手に取ろうとする。

 

するとウィルはあわててそれをひったくり、

 

「これに触るなッツ!! 火が消えたらどうする!? これがないと吾輩は魔法が使えないんだぞ!」

 

と、ついに本音を口にする。

 

「ええっ!?」

 

姫は顔を手で覆って驚く。

 

言ってしまってウィルは、

 

「アッ!!」

 

口を押さえ、口が滑ったことに気づく。

 

そして、気まずそうに丸燈(ランプ)を握りしめて壁の方を向いてうつむくウィル。

 

「……吾輩は、」

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

【魔法使い】という職業は、極めて属人性が高い職業である。

 

それは(ひとえ)に、

 

『魔術師は魔術師の家系からしか産まれない』

 

ということに由来する。

 

そして『魔法使い』と『それ以外』では、遺伝的に身体の作りが異なる。

 

魔法使い(彼ら)は我々とは生きている世界が違う。

 

我々には感知し得ない、大きな、原始的な力の流れが、魔法使いの瞳には映っている。

 

身体全体でそれを感じ取っている。

 

それは科学技術(イミテーション)に対しての模倣元(オリジナル)

 

ウィルは魔術師の血筋ではない。

 

彼は、生まれながらにして持ちえない者だ。

 

それでも彼が宮廷魔法使いの座まで上り詰めたのはなぜか。

 

それは言うまでも無く『デヴォルの石炭』の力に由来する。

 

魔術師以外が魔法を扱うには、【魔導具】を、『魔の領域を導き出す道具』を使用せねばならない。

 

魔導具には、魔術師が扱う原始的な力と、それを利用した超常の御業が仕込まれている。

 

『デヴォルの石炭』もその性質上、魔導具に分類される。

 

それに込められた(地獄の炎)巻き起こす現象(死霊を操る業)は他に類を見ないが。

 

 

「じゃが、このロウソクは所詮移し火に過ぎない。石炭本体に比べるとどうしても力は極端に弱くなる。この火が消えれば吾輩はもう、この家に住めなくなる」

 

 

ファフロツキーズもまた、巨大な魔導具の一つであると解釈できる。

 

莫大な力を蓄え、そこから超常的な現象(「浮上」と「鍵」の魔法)を起こして見せるのだから。

 

魔導具の中には使用に際し制限を伴う物が中には存在する。

 

デヴォルの石炭などがそれで、ウインディは純粋な力こそ利用していたが、込められた術式を行使することはできなかった。

 

死霊術が扱えるのは、悪魔から石炭を与えられた鬼火の一族だけ。

 

ファフロツキーズもその例に漏れず、己の主人を選ぶ。

 

魚の起動方法、つまり主と認められるには、暖炉(心臓)に火を入れる必要がある。

 

ハートに火をつけて。

 

とはいえ、ただの雑多な火ではいけない。

 

魔の領域に属する、それも強大な力を持ったモノでないと。

 

この火はいわゆる、点火プラグに相当する。

 

幸いなことにウィルはそれを持っていた。

 

愚者の燈(イグニス・ファトス)を灯すことで、ウィルはファフロツキーズの主人となった。

 

ファフロツキーズには2つの魔法がかけられているが、通常の魔導具と違い、それを発動させても余分に足りる力が残されている。

 

ウィルはそれを使って魔術を行使している。

 

普段首に刺さっている淡い緑色の管(ケーブル)はその力を引き出す為の物。

 

それを外した時に周囲に出現する『小魚』は力が具現化されたもの。

 

ウィルはこのファフロツキーズの力を使って、王城に戻るつもり。

 

なのでこの主の資格を失うのは手足をもがれるのに等しい。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

「だからこれは大事なの!」

 

ウィルは、丸燈(ランプ)を抱きしめて姫に注意を促し、

 

「うんわかったっ! 気を付けるっ!」

 

それに姫は元気な返事を返す。

 

「絶対だぞっ!」

 

ウィルは子供のような口調で言って席に戻る。

 

「だからこのうちはこんなに魔導具があるのね」

 

周りを見渡す姫。

 

「そうだ。いくらこの家が膨大な力を有していようとも無駄遣いはできん。それに外ではこの家の力は三回までしか借りられんからな」

 

そう言って紅茶をぐいっとあおるウィル。

 

「あと、吾輩が魔法の力を持たないというのは絶対に秘密だぞっ。何があっても口外してはならん。後で誓約書(せいやくしょ)を書いてもらうからな」

 

ウィルは姫を指さして強く釘を差す。

 

「はいはい。全く、信用ないなあ」

 

姫はもう慣れた様子で肩をすくめてみせる。

 

「あったりまえだ。不法侵入者め」

 

そういってがつがつマフィンを頬張るウィル。姫は挑発的な笑みを浮かべる。

 

 

こうしてウィルの逃亡生活に、愉快な仲間が加わった。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

補足として。

 

ファフロツキーズの力が底を尽きる事はない。

 

消費された力は全て、ファフロツキーズに還元される仕組みになっている。

 

空を飛ぶ事や扉を繋げる事、小魚として雑多な魔法として消費された場合、そこで使用された力は、細かい粒子のようなモノとなって、徐々にファフロツキーズに還元されていく。

 

また、第二話で行ったように有形の産物を、暖炉にぶち込むことで急速的に回復させることもできる。

 

 

(7)

 

 

一方でそのころ。

 

師であるウィルを蹴落とし、地位も石炭も奪い取ったウインディは。

 

今日も変わらずのゴシックロリータ。

 

かわいらしいフリフリの水色ドレス。

 

冷淡な態度で教壇に立ち、ウィルとは違い、しっかり中身のある骨太の講義を執り行っていた。

 

先のウィルとの交戦では()しくも敗北をきたし、ダイナマイトの爆発に巻き込まれ、全身にそのガレキが被弾、その後3キロも離れたランドニオン塔まで吹っ飛ばされるという交通事故より酷い怪我を負った。

 

しかし彼女はそれらの負傷を「再生の魔法」で力技で回復させ、医者に勧められたギプスも「服に合わない」といって装着を拒否。

 

黒板に書く字がやや乱れているのは腕を骨折していて利き手とは逆の手で書いているから。

 

その実、めちゃくちゃ痛い、が彼女は我慢して平静を装っている。実にいじらしい。

 

それで、そんな彼女が担当している授業だが、ウィルが院生相手の極めて専門的な講義を担当していたのに対し、ウインディの科目は幅広く、全学部対象の汎用性に優れた基礎的なもの。

 

出席率は脅威の120%。大学で一番大きい階段教室は廊下まで学生があふれかえり、皆が半死半生で講義に臨んでいた。

 

学生は実に120分間の完全集中を強いられ、ウインディの発する講釈を千言万語、一言一句、聞き漏らさず板書しなくてはならなかった。

 

これはウインディが強制している訳ではなく、そこまでしないと単位がとれないから。

 

平常点は一切なし。毎週出されるカロリーの高いレポート課題と実技演習、入試並みの難易度の試験をパスしないと単位はもらえない。

 

しかもウインディの受け持つ講義は週5つあり、その内5つが必修という地獄。

 

学生たちはウイリアム先生の解雇を悔やみ、ウインディのスパルタぶりに自主退学する者が続出。

 

ウインディは学生の心情など歯牙にもかけず、今も、空飛ぶホウキに乗りながら教室の壁一面にある黒板が白板になるくらいびっしりと文字を書き連ねていた。

 

教壇下には煙草の吸殻のように、チョークの空き箱が散在している。

 

片方の耳が欠けた黒猫は教卓に寝そべって、太くて長いふさふさの尻尾を黒板の前で揺らして、板書の邪魔をして遊んでいる。

 

そうして────、

 

地獄の120分が過ぎさり救済のチャイムが鳴り響く。

 

学生たちはフルマラソンを完走し終えたような面持ちで、げっそりと荒い息を吐いている。

 

「あら、ベルが鳴ったわ。では本日はここまで」

 

ウインディが、パチンと指を鳴らすと黒板が一瞬で新品同様になり、大半の学生が絶望した様子で机に突っ伏す。

 

「このレポートを来週のこの時間までに」

 

ウインディが指をひょいっと学生らに向けると、一枚の薄っぺらな紙が学生たちの元へ飛んでいく。

 

それを一目見た学生たちは身内の不幸を告げられた時のように絶句し、凍り付く。

 

中には自分の意志とは関係なく、涙をこぼす者も。

 

あまりに簡素に告げられた死刑宣告(レポート課題)は、実に本職の研究家たちの学会論文に匹敵する濃い内容の物だった。

 

ウインディが教壇に立って早二ヶ月、学生らも遂に我慢の限界に達し、何人かが立ち上がって抗議の声を上げ始める。

 

「先生この課題はいくらなんでも難易度が高すぎますッツ!! こんなの期末試験にだって出されない」

「僕たちは先生の授業だけを取っている訳ではないんですッツ!! これでは他の事は何もできませんッツ!!」

「これは教員の立場を利用した我々学生への暴力だッツ!!」

 

学生たちから次々と非難の声が上がる間、ウインディは手ごろな椅子に座ってマフィアのボスのように膝にデブ猫をのせて、ごろごろ撫でていた。

 

学生らがあらかたの不満を吐き終わり、やや静かになったところでウインディは冷めた眼差しで学生たちを突き刺し、

 

「結構」

 

と一言、淡白に言い放つ。

 

最初に抗議の声を上げた学生が、意味が分からず口をパクパクさせていると、

 

「課題は提出できなければ落第する、それまでのことです。わたしは学生の皆さんの自由意思を尊重しますよ」

 

ウインディがそう続ける。

 

「な、なんだよそれ!? 教師失格じゃないのかッツ!?」

「こんな事が許されるわけないッツ!!」

「ガキの癖に調子に乗りやがってッツ!! 横暴も大概にしろッツ!!」

「いくら恵まれてるからって、こんなのあんまりだっ!」

 

ウインディは言うだけ言ってさっさと教室を出ていこうとしていたが、聞き捨てならない言葉が聞こえて立ち止まる。

 

そして瞬間移動でもしたようなスピードで、座席群に飛び込み、一人の学生の胸倉をつかみ上げる。

 

自分の半分ほどの身長の幼女に首根っこを掴まれた男子学生は、じたばたと手足をばたつかせてもがいている。

 

そしてウインディは目深に被った帽子と、垂れさがる髪の毛で表情を隠しながら、

 

「わたしが恵まれている? ふざけやがって。オマエらの方がよほどいい環境でぬくぬく育ってきた癖にさ。甘ったれるなよ、雑魚野郎」

 

静かにそう言葉を吐き、学生から手を離す。

 

締め上げられた学生は床にべちゃりと落ちてそのまま気を失ってしまう。

 

学生たちは絶句。

 

自分たちより一回り以上も歳が離れた少女に恐怖を感じていた。

 

「いいか、この程度の課題もこなせないような実力なら、自分が魔術師であるなどと二度とほざくなッ。

 

君たちでは程度がとても足りない。

 

講義も試験もわたしは一切手を緩めないッ。

 

負け犬は虐げられ、尊重されない。

 

惨めな人生を送りたくなければ、死に物狂いで喰らい付け。

 

それが全てだ」

 

ウインディは語気も激しく(まく)し立て、放心状態の学生たちを放っぽってさっさと教室を後にする。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

「今のは少々厳しすぎるのではないのかね?」

 

ウインディが不機嫌を撒き散らしながら廊下を歩いていくと、そんなウインディに話しかける者が一人。

 

半透明の身体に足は無し、青白い顔をして空中に浮かんでいる中年の男。

 

「だまりなさい。除霊するわよ。私が小さい時はこんなもんじゃなかったわ」

 

ウインディは振り向きもせず、つっけんどんな態度をとる。

 

「まだ子供のくせにいうじゃないか。除霊もほんとはできない癖に」

 

浮遊霊は挑発的な態度で、くるりと空中で身体を回転させ、持っていたウイスキーの瓶をぐいっとあおる。

 

使い魔の黒猫が浮遊霊に対して、フシャッーッ! と一威嚇するも、ウインディはそれを手で制し、

 

「酔っ払いの戯言(たわごと)よ」

 

と表立っては意に介さない素振りをする。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

大学の中をしばらく進み────、

 

ウインディは自身の研究室へ。

 

「おお、おかえりなされたぞっ」

「魔女様がお戻りだ」

「お勤めご苦労様でございます」

 

研究室の前には、大勢の幽霊たちがひしめき合っており、ウインディの帰還を歓待していた。

 

「お疲れところ誠にあいすみません、しかし何卒お役目の程を……」

 

老人の幽霊がウインディにそう申し出たところ、ウインディにキッと睨み返され、

 

「今は忙しい。後にしなさい」

 

と切り捨てられてしまう。

 

ウインディはそのまま研究室の中にさっさと入る。

 

なんとも薄気味悪い不気味な部屋。

 

部屋の壁には鹿や山羊の頭部が剥製となって飾り付けられ、額縁には多種多様な昆虫標本がところ狭しとかけられており、逆十字柄の壁紙がもはや見えない。

 

天井にはびっしりとドライフラワーの類が吊り下げられ、茂みのような有様。

 

照明や梁はすっかり埋もれてしまっており、所々から細い糸が伸びて奇怪な形をした魚の剥製を空中に泳がせている。

 

そして扉には、ペンキで書きなぐったような逆さまの五芒星の陣が描かれ、その周りにはなにごとか呪文が書かれたお札が複数枚、ダーツの矢やナイフ、ハサミの片割れなどその辺にあるもので突き刺されている。

 

これは幽霊除けの(まじな)い。魔法使いなので部屋がとっ散らかっているのは当然として、この幽霊除けの(まじな)いが描かれたのごく最近の話。

 

ウインディは、ウィルを蹴落とした儀式の日からずっと、あの王族として召喚された酔っぱらいの亡霊にとり憑かれている。

 

他に行くところもないとかなんとか言って。

 

そして『送り火』を継承したが故に、成仏させてほしい幽霊が大挙して押し寄せてきていた。

 

ウインディは連中を満足させてやることができず、永遠と付きまとわれて鬱陶しいので、幽霊除けの呪法でもって連中を拒んでいる。

 

「そんなに煩わしいなら、さっさと門を開いて除霊すればよかろうて。ヒック。その師匠から奪った石炭でな」

 

酩酊幽霊に嫌味を言われ、ウインディはますます不機嫌そうな面持ちになっていく。

 

酩酊した幽霊はその亡霊除けに触ってアチチッ、とか言ってる。

 

ウインディはうんざりしたように、

 

「どうしてアナタは入って来れるのよ」

 

と聞くが、

 

「さあね?」

 

酩酊幽霊は大して気にもしていない様子。

 

ウインディは大きなため息を一つついてから、気を取り直し、

 

「でも一切は時間の問題ね。(じき)に全ての者が私に首を垂れるようになるのだから。アナタもその時は覚悟しておくことね」

 

自信たっぷりにそう言ってのける。

 

そして手をかざすのは鍵付き戸棚の中に厳重に保管された『デヴォルの石炭』。

 

その脇に置かれた人皮装丁(にんぴそうてい)の黒い魔術書。

 

「楽しみなこって」

 

酩酊幽霊は大して気にも留めていないように、幸せそうに酒を飲んでいる。

 

ウインディは黒い魔術書を取り出して、贅沢にもデヴォルの石炭の明かりで照らしながらそこに描かれた挿絵を手でなぞり、しげしげとそれを眺める。

 

禍々しくも燃え盛る、爛れた大地。

 

そこに醜悪な悪魔が一匹。

 

暗闇(くらがり)に佇む男に蒼い炎を放つ石を渡している絵。

 

 

ウインディは魔術書を大切にしまった後、部屋の中でも比較的整頓された衣装棚へと向かう。

 

中には大して違いが分からない、似たり寄ったりの少女趣味のドレスが並んでいる。

 

今着ているゴシックロリータを脱いで、()()()の為に準備した一張羅に袖を通す。

 

曇ったウインディとは真逆の、晴れわった空のような明るい青地のゴシックドレス。

 

全体にリボンとフリルとファーが散りばめられ、月や太陽、黒猫や蝙蝠を模した装飾品を山とつけている。

 

腰には、これまでの栄えある成績の証として贈られた品々を鎖に通して掛けている。

 

魔法学校を首席で卒業した者に与えられるブローチ。

魔術学会に多大な貢献をした者に送られる勲章。

王室付き魔法使いの証である指輪 等

 

ドレスとセットの、フードの着いたケープを羽織り、長い髪をブラシでとかしてから、猫の顔を模したつば広のトンガリ帽子を被る。

 

デヴォルの石炭が収まった角燈(カンテラ)を持ち出して、(自分の短杖(ワンド)も剣のように腰に差して)猫用ドームベッドに収まっていた使い魔をちょんちょんと眠りから覚ます。

 

酩酊幽霊が、

 

「お出かけかい?」

 

声をかけると、ウインディは幾分爽快な声音で、

 

「そうね……屈辱の日々に凱旋よ」

 

短く言って、部屋を出ていく。部屋を出るとまた成仏待ちの幽霊がうるさいので、それらが口を開くより早く、

 

「これから出かける」

 

と先に牽制しておく。

 

そのまま大学の事務所に行って、目線のちょい下のカウンターに馬車の予約表を背伸びして置き、手配させておいた馬車を呼び出しに行かせる。

 

それを待っていると、

 

「おんやぁ、ウインディ先生も週末はバカンスですか?」

 

アルベルト筆頭魔導士官が声をかけてきた。

 

事務の窓口に手をつき、ウインディの約1.5倍もの体躯を折り曲げて、そのオシャレ眼鏡越しの目で見下ろすようなのぞき込むような形で。

 

服装は相変わらずの全身真っ白け。

 

軍の制服に、将校マントは後ろ手に肩に担いでいる。

 

月桂樹を象ったリボンを巻いた、三角帽子(ロビンフッドハット)の上でカラフルな羽根飾りが揺れる。

 

今日は女生徒こそ連れていないが、お付きの従者を一人連れている。

 

実はこれは使い魔のネズミが人間の姿に化けたモノ。

 

ウインディはアルベルトの問いに、やや目を伏して、

 

「いえ、生まれ育った孤児院に出世の報告を」

 

とばつが悪そうに答える。

 

「ほおう! では、凱旋というわけですな」

 

アルベルトは陽気にウインディの内心を当てて見せる。

 

「ええ、まあ。そんなところです……」

 

ウインディは、ウィルを蹴落としたのが自分だという事をアルベルトが気づいているのではないかと、内心ずっと不安に感じている。

 

それは石炭を奪ったその日に、門を開こうとして失敗し、その秘術がまさしくウィルオウウィスプの一子相伝の技と知って憤慨しているところを訪ねてきたアルベルトに目撃されたから。

 

その日からウインディはいつお咎めがあるのかヒヤヒヤしていた。

 

ウインディがそうやってびくついていると、事務員が、

 

「確認が取れました」

 

と言って引き換え札を渡してくる。

 

アルベルトは、その札を見て、

 

「おや? これは一頭立ての軽装一輪馬車(ビジネスクラス)じゃありませんか。凱旋というからにはもっと上等な車でないと! キミ電話を繋いでくれ」

 

余計なお世話を焼き始め、困惑するウインディ。

 

事務員は、

 

「どこへお繋ぎしましょうか?」

 

と聞くと、アルベルトは、

 

「王城かな?」

 

いとも簡単に答える。

 

事務員は困ったような顔をするが、アルベルトは自分の色男っぷりを発揮し、

 

「お願いだよ。僕の名前を出せばいいからさ」

 

と事務員の女性の手を握ってお願いする。

 

事務員の女性は頬を赤らめ、すぐに電話をかけ始める。

 

アルベルトはウインディに微笑みかけるが、ウインディはやはり警戒している。

 

電話の交換手はなかなかとりついてくれなかったが、事務員の女性が筆頭魔導士官の名前を出すと速攻で取り次いでくれた。

 

女性が電話機をアルベルトに渡すと、

 

「ハロー? 僕だけど。うん、そう。そっちにさあ、八頭立て金箔箱馬車(王族専用車)一台余ってるでしょ?

 

(とんでもない名詞を聞いて目をむくウインディ)

 

そうそう、行方不明の王女のやつ、それちょっと貸してくんない? え? 大丈夫大丈夫、僕からちゃんと言っとくから。

 

うん、そそ。

 

今からそっち行くから、ちょっと準備しといて。

 

あい、よろしくどうぞ。

 

あっ、それから、ちょっと待ってね、

 

(アルベルトは受話器を手で塞ぎ、従者に何事か尋ね)

 

はい、ごめんよ、これからそっちに僕の部下が行くから、すぐに出発できるようにさせといて。

 

うん、そう、あいつの件。んじゃ、よろしくどうぞー」

 

と、いとも簡単に王族専用車の利用を取り付けてしまう。

 

電話機を事務員に返し、

 

「んじゃ、行こっか。

 

そうだ! 僕も君の凱旋に着いて行ってもいい? その方が気が楽じゃない? 

 

それに僕が一緒に行った方が絶対拍が着くよ。

 

筆頭魔導士官を侍らせられるのなんてこの国では国王陛下ぐらいしかいないからねッ!」

 

そうやって一人でウキウキしながら歩いていくアルベルト。

 

ウインディはすっかり気圧されて、アルベルトの従者に促されるまま、その陽気な背中について行く。

 

 

それから、アルベルトが駆る純銀の自動車(ロールス・ロイス)に乗って、王城へ。

 

到着早々、大変な歓待。

 

アルベルト率いる王国魔導士団がそろい踏み。

 

パレートのように軍人が整列し、その奥には、八頭立て金箔箱馬車(ロイヤルワラント)が。

 

高給取りのウインディでさえ、ビジネスクラスがやっとだったのに、毛並みのいい上等な馬が八頭も。

 

黒地の箱馬車は豪華絢爛な黄金の装飾が施され、ふっかふかのシートが準備されている。

 

ハンサムな御者に、慇懃なフットマンが付き従う。

 

ウインディがあまりの贅沢っぷりに度肝を抜いている間に、アルベルトの従者が馬車の扉を開き、室内を羽箒で丁寧に埃を払ってから、乗車を勧める。

 

ウインディは筆頭魔導士官に手を取られて、馬車に乗り込み、未だ信じられないといった様子でキョロキョロしている。

 

そんなウインディに、

 

「カボチャの馬車の方がよかったかな?」

 

アルベルトは冗談吹き、ブンブンと頭を横に振るウインディを見て笑っている。

 

「それで、凱旋先はどちらかな?」

 

アルベルトの問いに対し、

 

「【どん底(ビヨンド・オブ・タワー)】へ」

 

一転して、暗い声音で答える。

 

アルベルトはその洒落に笑うでもなく、天井を杖で叩いて、

 

「イースト・エンドへ」

 

と短く指示を出す。

 

御者がゆっくりと馬を走らせ、馬車が走り出す。

 

その周りを、軍用車を駆り魔導士団がゾロゾロと列を成して付き従う。

 

 

(4)

 

 

ウィルと姫の晩餐が終わり、二人で談笑していると、姫はどこで寝泊まりするのか? 

 

という話になった。

 

思えばファフロツキーズにはウィルの私室という物がなかった。

 

普段は洋間のソファで寝ているし、そうでない時は風呂場の浴槽とか、工房の机とか眠たくなったらその場で眠っていた。

 

さすがに若い娘にそんな生活をさせる訳にもいかず、致し方なく部屋を増やす事にする。

 

姫は鍵の力をまじかで見られると大興奮。

 

リビングからでると扉と並行に並ぶ廊下が。

 

左に折れると、書斎やバスルームなどの扉が立ち並ぶ廊下があり、右には階下の倉庫への階段が。

 

ウィルが床に散らばった書物や魔導具を蹴散らしながら壁を撫でながら進んでいく。

 

廊下の突き当りまで進むと、ウィルはくるりと90度壁に向き直る。

 

そこには壁紙な模様に紛れて、扉も無いのに不自然に鍵穴だけが空いていた。

 

ウィルはおもむろに鍵をそこに差し込んでガチャリと回す。

 

そして鍵をドアノブに、壁を扉にみたててそのまま奥に押し込むと、壁がそのまま奥に押し開き、新しい廊下が姿を現す。

 

「すごい! これって隠し廊下とかじゃないんだよね!?」

 

姫はウィルの背後でぴょんぴょん飛び跳ね、しっぽを振って喜んでいる。

 

ウィルは、

 

「もちろん魔法だ」

 

と言って、新しい廊下に一歩踏み出そうとしたが、すぐにその足を引っ込めてしまう。

 

新しい廊下は長らく使われていなかった為、埃が積りカビが生え、主なきクモの巣がたくさん残されていたから。

 

ウィルはそれを見て顔をしかめ、高らかに指をパチンッと鳴らす。

 

するとどこからともなくホウキ頭や雑巾アタマが飛んで来て、みるみるうちにちゃっちゃかキレイにしていく。

 

あっという間に掃除が終わるとウィルは再び廊下を進み始め、ピカピカに磨かれた扉に鍵を刺し込んで『子供部屋』を召喚する。

 

扉を開けると中は、カラフルでややクラシックな部屋に、二段ベットや勉強机が効率よく配置され、天井からはおもちゃがぶら下がり、たくさんの絵本が棚に並んでいた。

 

例によって部屋は埃まみれだったのですかさず掃除道具アタマたちが部屋に飛び込んで掃除を開始する。

 

キレイになったっところでウィルが「ほれ」と姫に入室をうながし、姫は未知の魔法に感動して打ちのめされている。

 

その間にウィルは向かいの扉から、新しい風呂とトイレを召喚し、ついでに洋間へ直通の扉も設置しておく。

 

「足りない物は下の倉庫に取りに行け。書庫の本も好きに読んで構わん。自由にしろ」

 

ウィルは寛大に姫の行動制限をなくす。

 

「じゃあ、その鍵を貸してっ!」

 

姫が早速言うが、

 

「これはダメッ!」

 

ウィルは鍵だけは貸さない。

 

「お前、これで遊ぶ気だろう」

 

ウィルはジトっとした目で姫を見、当の姫は目を泳がせながら、

 

「そ、そんなことしないよぉ?」

 

口笛を吹いている。

 

「っは! そうはさせんぞ。やたらめったら部屋を増やされては困るからな。今日はもう寝ろ」

 

ウィルは尚も追いすがろうとする姫を部屋に押し込んで、扉を閉める。

 

「はあ、大変な奴が来たもんだ……」

 

ウィルはそう言って、自身の工房へ入っていく。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

──翌朝。

 

ウィルより早起きした姫は、少しでもウィルの印象をよくしようと、家具アタマたちを差し置いて、家の家事をやってのけようとする。

 

しかし、姫がその体験を通して学んだ事は、自分には生活力がまるでないという事だった。

 

掃除洗濯ご飯炊き、家事と名の付くものが何一つとしてできなかった。

 

具体的な失敗例をいくつか。

 

料理はまず爆発する。

 

キッチンはコック帽アタマが完全に仕切っているから介入する余地が無く、仕方なく暖炉の火で料理をしようとしたら、火力の調整を失敗して危うくファフロツキーズが墜落しそうになったり、手回し洗濯機を回しすぎてウィルのお気に入りの服が何着かダメになったり、干してあった希少な魔法のマントが飛んで行って、カボチャ頭を総動員して死に物狂いで森の中を探しまわったり。

 

姫のよかれよかれの精神で、ウィルは寝ている間に散々な被害を被っていた。

 

昼前になってようやっとウィルが起き出してきて、ブランチをつつきながら、姫の報告を受ける。

 

ウィルは黒焦げになった可哀そうな目玉焼きをフォークで砕きながら、姫にずっと文句を言っている。

 

お気に入りだった洋服がランチマットになっているのを嘆きながら。

 

「全く余計な事ばかりしおってからに。お前は黙って魔法の手伝いだけしとればいいんだ」

 

姫は全身煤にまみれた姿で、申し訳なさそうにシュンとしている。

 

「今日はカムバック作戦の肝の準備だ。お前も早く着替えて準備しろ」

 

バリバリに揚げられたベーコンをかみ砕きながらウィルは言い、姫は途端に表情が明るくなる。しおれていたアンテナも復活。

 

 

二人はそれから、ウィルのカムバック作戦の肝である【SG-62-P1(試作ゴーレム)】の制作に取り掛かる。

 

ウィルの工房に入った途端、姫は、

 

「わあ……」

 

衝撃のあまり言葉を失う。

 

姫の眼前には、作りかけの『巨大ゴーレム』が、複雑な足場に支えられて、眠っていた。

 

ウィルの工房もとい、ゴーレムの格納庫は明らかにファフロツキーズ内に収まりきらない程巨大で、さながら造船所のような様相を呈していた。

 

壁、天井、床、全てが金属鉄板で作られ、天井からは何本もクレーンがぶら下がっている。

 

床には魔法学とは真逆に位置する複雑怪奇な機械類がゴウンゴウンと音をたて、ヘルメットを頭に乗せたカボチャ頭たちが忙しなく働いている。

 

「ねえ、あれは?」

 

姫の指さす先には、円筒のガラスの中に浮かぶ瘦せっぽちの小人が。

 

周りには同じく円筒のガラス瓶があり何冊かの本がぷかぷか浮かんでいる。

 

そしてそれらから伸びたケーブルがカボチャ頭の浮かぶ水槽へつながっている。

 

「ああ、あれはあのゴーレムに搭載する、いわゆる頭脳だな。あれには今、適当な戦略書を学習させている最中だ」

 

ウィルの説明を受け姫は、

 

「あれって本物の人?」

 

恐ろしい質問するがウィルは、

 

「怖いこと言うな。あれはただの人型(ヒトガタ)だ」

 

と身震いしながら答え、姫は「だよね。よかったっ」と安心している。

 

 

姫は両手を広げて格納庫全体を示し、

 

「これを作ってどうやってお城に帰るの?」

 

ごもっともな疑問を口にする。

 

「ふっふっふ、やはり気になるか。しかし作戦の内容は最重要機密、絶対に口外しないと誓うか?」

 

ウィルは腕をがっちり組んで、姫の目を見て険しい表情を作る。

 

「誓います!」

 

姫は胸に手をあてて元気よく答える。

 

「よろしい! あとで誓約書を書いてもらうぞ。では本作戦の概要を説明する」

 

ウィルの背後にカボチャ頭たちがガラガラと黒板を運んで来る。

 

そこにはお城の見取り図と王国の要人の写真、そしてゴーレムの完成予想図が描かれていた。

 

「まずは、この人物。

 

(指示棒で、赤ん坊の写真を指す)

 

名を『マイケル=エルケーニッヒ・リチャード・メアリー・オブ・アンブロシウス』

 

1歳。この国の第一王子である。

 

この人物をこの

 

(建造中のゴーレムを指さし)

 

ゴーレムが誘拐する」

 

すかさず姫が、

 

「分かったっ!」

 

と手を叩き、

 

「それで、この子を返してほしくば復権を約束しろと脅すわけね」

 

自分の弟が誘拐されようとしているのに、楽しそうに話す姫。

 

ウィルはそれを聞いてチッチッチと指を振って、否定する。

 

「ゴーレムが王子をさらった瞬間、吾輩、ウイリアム・ウィルオウウィスプがすかさず参上。

 

暴走ゴーレムを退治し、みごと王子を救出してみせる。

 

当然、陛下は大喜び。

 

(下手な物まねをしながら)

 

「ウイリアム・ウィルオウザウィスプよ。大儀であるぞ、よくぞ世継ぎをかの邪悪なるゴーレムから取り戻してくれた。先の失態は忘れてしんぜよう」

 

(姫は地味に似ている声真似を聞いてクスクス笑っている)

 

これで先の失態は帳消し。

 

晴れて国賊の汚名を返上し、王室付き魔法使いの地位に返り咲きっ。

 

石炭も返却され、またあの栄光の日々に戻れるという訳だッ!」

 

ウィルの話を聞きながら姫はうんうんうんと頷き、演説が終わってからはウィルに拍手喝采を送っている。

 

「でも、そうなると結構難しいところがあるね。作戦の決行日はいつなの?」

 

それから姫は冷静になって、現実的なやり取りを始める。

 

「うむ。王子の生後一周年のパーティーを襲撃する予定である」

 

姫はそれを聞いて考え込み、

 

「当然、近衛兵団の警備は予想されるよね。あとは筆頭魔導士官も絶対出てくるよ。【蒼天の魔法使い】にかかればウィル爺の出番はないかも……」

 

不安そうな顔をする。

 

「そこだ。認めたくはないが、あやつに出張ってこられてはどんな怪物を作ろうとも、太刀打ちできない可能性がある」

 

ウィルも一緒になって考え込む。

 

そこで姫はいいアイデアを思いつき、

 

「こういうのはどう?」

 

と、ウィルに説明し始める。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

「さて、これであらかた形にはなったが……」

 

それからウィルは姫のアイデアを採用し、二人でずっと試作ゴーレムを作り続けていた。

 

丸三日くらい。

 

ウィルと姫は出来上がったゴーレムを肴に、お菓子休憩をとっていた。

 

場所はゴーレムを囲う足場に設けられた休憩スペース。

 

鉄板の上にご丁寧に花瓶まで飾られた丸テーブルが設置されている。

 

そこからは作り上げた試作ゴーレムが一望できる。

 

身長が二階建てバス以上もある巨大な体躯。

 

真っ黒い鋼鉄製の寸胴の身体、牛馬の胴のように太く長い腕。つ

 

ぶらだが虚ろな紅い目。

 

「これって、もう動くの?」

 

姫はクッキーをかじりながら、試作ゴーレムを指さして言う。

 

「ある程度な」

 

煙草を吹かして、紫煙をくゆらせるウィル。

 

「動かしてみてもいい?」

 

無邪気に言う姫に、

 

「だんめ」

 

つっけんどんなウィル。

 

「でも、一回テストしてみないと」

 

姫は、

 

「でしょ?」

 

ウィルを上手いことのせていく。

 

「その通りだ。でもお前に指図されたみたいで嫌」

 

子供なウィル。

 

「じゃあ、ご自分の意志でどぉーぞぉー♪」

 

姫は肩をすくめて、椅子にもたれかかり、目をつぶってお茶を飲む。

 

ウィルは、パイプ煙草の中身を灰皿に捨て、首をポキポキ鳴らして立ち上がる。

 

「んぁ~、さーてっとぉ。あれもいい所まで区切りがついたし、一回動かしてみるか……」

 

肩を回しながら、ちらちら横目で姫を見るウィル。

 

「いいんじゃない? あたしもそう思ってたとこ」

 

姫は空になったティーカップをソーサーに置き、のんびり立ち上がる。

 

 

「そうか。よし、では起動させてみよう」

 

ウィルは足取り軽く、足場の階段を駆け下りる。

 

姫は「はあ~」と呆れ気味に首を振る。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 ───そして。

 

     暴走する試作ゴーレム……。

 

 

「なぁぜだッ!! 何が気に入らないというんだッツ!!」

 

ウィルは黒板の前で、試作ゴーレムの青写真を見ながら、頭を抱えている。

 

 

「グウウォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!」

 

 

雄叫びを上げながら、足場を蹴散らす試作ゴーレム。

 

「ウィル爺危ないッ!!」

 

白ミミズクの起こす風サーフィンに乗って、ゴーレムの気を引いていた姫が叫ぶ。

 

「ああんッツ!?」

 

キレ気味のウィルの元へ、引きちぎられた足場が飛んで来る。

 

絶対に絶命。

 

ウィルの逃亡劇はこんな残骸に押しつぶされて終わるのかと思えたが…………、

 

ゴキブリの如くしぶといウィルは鉄骨の山から這い出てきた。

 

「クソォッ! これは高級品なんだぞッツ!!」

 

ウィルの腕からポロリと落ちる無数に宝石が散りばめられたブレスレット。

 

「いざという時、致命傷を防いでくれる魔法の腕輪が……、

 

8000ポンド(120万円相当)もしたんだぞッ! 

 

8000ポンドっ! 

 

オマエを作るのだって莫大な投資をしているのだっ! ふざけおって!」

 

怒髪冠を衝くウィル。

 

「こうなったら、もう1ペンスだって無駄にはせんぞ!」

 

()天を突かれた本気のウィル。ワクワクするアンテナピーンの姫。

 

「予行演習だ。本番さながらで行くぞっ!」

 

ウィルは首から淡い緑色の管(ケーブル)を引っこ抜き、小魚を出現させ、早速そのうちの一匹を使って、【猟犬】を召喚する。

 

その辺にある工具をひっつかんで、呪文を唱え、ノコギリ頭やトンカチ頭、チェーンソー頭の、身体は狗の傀儡を生成。

 

ひきつけ役として試作ゴーレムに飛び掛からせる。

 

その隙に、ウィルは工具箱の鍵穴にファフロツキーズの鍵を刺し込んで回す。

 

そして武器庫に繋がった工具箱から、これまで作りためてきた魔導具の数々を引っ張り出す。

 

革の拳銃嚢(ホルスター)に連々と収まった魔導書を肩から斜に掛け、腰には加工された水晶石や薬品の詰まった瓶、口枷をはめられた絶叫する根っこなどを入れたベルトを巻き付ける。

 

さらに何本もの魔法の杖を引き抜いて、剣士さながら腰に差していく。

 

さらに鍵をもう一回転させて、次は衣裳部屋へ。

 

衣裳部屋に繋がった工具箱からは、一張羅の魔法の袖付きマントとトンガリ帽子を引っ張り出す。

 

マントは奇抜なウィルオウウィスプ柄。

 

肩縁から裾野にかけて濃紺のグラデーションがかかり、『深い森』や『墓石』、『彷徨う蒼い燈』などウィルの魔法が象徴的に刺繡で表現されている。

 

それを颯爽と羽織り、頭にはつば広のトンガリ帽子をしっかり被る。

 

帽子には長いリボンが髑髏のピンでとめられ、つばから蒼い宝石が一筋つり下げられている。

 

そして最後は、工具箱を洋間に繋げ、【デヴォルの石炭】の力を宿す長杖(スタッフ)を取り出してしかと握りこむ。

 

 

「おいエナッ! ゴーレムに近づきするなっ、お前は吾輩のサポートだ」

 

ゴーレムの周りを風サーフィンで飛び回っている姫に向かって、ウィルが声を張り上げ、

 

「アイアイサーッ!」

 

姫はとんぼ返りでウィルの近くに戻ってくる。

 

試作ゴーレムは狗に襲われながら、未だ抵抗を続けている。

 

「まったく何が気に入らないんだ」

 

ウィルが不満の丈を漏らすと、

 

「多分脳みそがダメなんだと思う。だってウィル爺が読ませてた本、魔女にたぶらかされた家臣が、奥さんの言いなりになって王様を殺してその地位に着くお話なんだもん」

 

姫がそれに対し的確な助言をする。

 

「しかしラストの森を動かした戦法などは、あの突飛さが戦略的にいいと思ったんだがな」

 

ウィルは、

 

「おかしいなぁ」

 

と小首をかしげている。

 

試作ゴーレムの頭の中に配置された試作グレムリン。

 

彼はすっかりウィルに読まされた物語に感化され、すっかり困惑・錯乱・狼狽しており、正体不明の恐怖によって訳も分からず巨人を暴れさせていた。

 

「ならば、悩める頭脳パーツ(ヒトガタ)を破壊すれば本体は破壊しなくてもいいという訳だな」

 

ウィルはなるべく被害が少なく済むように考えるが、

 

「でも、敵もそう思うかもしれないって事で、ゴーレムをめちゃくちゃ頑丈に作ったんじゃなかったっけ?」

 

姫によって幻想を打ち砕かれ、

 

「二号機は外付けだな」

 

早くも改善策を一個思いつく。

 

 

試作ゴーレムは襲い来る狗どもをものともせず、ねじ曲がった足場を振り回して格納庫の壁をひたすら殴りつけていた。

 

「ああっ!! これ以上被害を出すなっ!」

 

どんどん凹んでいく壁や、なぎ倒されるクレーンを見てウィルが頭を抱える。

 

「早くも予定外の行動をとらねばならいとはッ!」

 

ウィルは漂う小魚をむんずと掴んで、地面に押し付ける。

 

そして魚が力の粒子となって弾け飛び、ウィルが手をどけた先には、ポツンと不自然に、ドアノブと鍵穴が出現していた。

 

ウィルは反対の手に持っていた鍵をすかさず鍵穴に突き刺し、

 

(「衝撃に備えろっ!」ウィルが姫に叫ぶ)

 

ドアノブをがちゃりと一周まわすと──、

 

格納庫の床四隅に光が差し込み、

 

『ガッチャンッ……』

 

床板が、床全体が一枚の扉となって開き、バトルステージへと繋げられる。

 

突然に床が抜け、計器類や工具が宙へ浮かび、その場の全員が浮遊感に包まれる。

 

悲鳴を上げて暗闇に落下していく試作ゴーレム。

 

それにまとわりつく工具イヌたち。

 

「エナッ!!」

 

ゴーレムらと共に落下していくウィルが、風サーフィンで飛行する姫に手を伸ばす。

 

「ウィル爺っ!!」

 

姫は風サーフィンを巧みに繰り、落ちていくウィルのマントを掴む。

 

首が閉まって、

 

『グゥエッ』

 

潰れたカエルのような鳴き声を出すウィル。

 

螺旋を描きながらゆっくり降下していく姫。

 

死にものぐるいで羽ばたく白ミミズク。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

暗闇を抜けるとそこは、一面の青空と雲海。その真ん中にポツンと小さくてまん丸の浮島が。

 

姫は度肝を抜かれて辺りをキョロキョロキョロキョロ見渡している。

 

頭上を見上げると、そこに太陽は無く、

 

(それでもなぜか明るいが)

 

切り取られた格納庫の内部が見える。

 

そしてよくよく見てみると青空の四隅にうっすらと枠線のようなものが見える。

 

大気の流れすら感じるのに、やっぱりここは部屋の中なんだ、と感心する姫。

 

これから着陸するであろう浮島は、広大な大空の中に在っては酷く小さく、均等な緑のまん丸の中に、白んだ廃墟がそびえている。

 

試作ゴーレムはその中に落ちたらしく、穴の開いた屋根から粉塵が巻き上がっている。

 

窒息する前にウィルが引き上げられ、ミミズクも下降するだけなので楽なモノ。

 

一団は綺麗な弧を描いてすいーっと廃墟に吸い込まれていく。

 

ウィルらが着陸した場所は、王国内最大の規模を誇る【三羽の鳥大聖堂】と、思しき場所。

 

姫とウィルは大門を抜けて、崩れかけの内部へ。

 

そこは完全に廃墟と化し、かつてのゴシック建築の美麗さは面影しか残っていない。

 

柱やアーチを形作る大理石は威厳を失って黒ずみ、植物にまみれている。

 

名物である巨塔は中からぽっきり折れ、歴史あるステンドグラスは粉々に砕け散り、直に陽光を取り入れている。

 

礼拝堂の正面奥に控えている翡翠色の神様の銅像は、原型も残さず粉砕されている。

 

姫はウィルと植物に侵食される大聖堂の回廊を歩きながら、

 

「ねえ、どうしてここはこんなにボロボロなの?」

 

大聖堂が廃墟になっている事について疑問を抱く。

 

「三羽の鳥大聖堂は、何世紀も前に火事になったらしいけど、それからすぐに直したって習ったよ?」

 

姫は自分の探った記憶を述べ、ウィルは、「ああー」と納得した様子で、

 

「これは現実の大聖堂に繋げたわけではない。空に浮いてるし。ここは吾輩の頭の中というか、吾輩が想起する大聖堂だ」

 

答え合わせをする。

 

「なんでそれが廃墟なのさ」

 

疑問が尽きない姫。

 

「別に壊れてもいい場所というか。むしろ家柄的に神を祀る場所は忌まわしいというか……」

 

ウィルの発言を聞いて姫は、

 

「やっぱり国賊だっ! 教会を破壊するなんて犯罪者の思考だッ!」

 

ドン引きの様子。

 

「な、なにおうっ!? しょうがないだろうっ、そういう家庭なんだからっ。誰のせいで天国に行けないと思ってるのだっ」 

 

開き直って抗議するウィル。

 

「それにっ国賊っていうなっ!」

 

姫は、

 

「やーいこくぞくぅ、こくぞくぅ~」

 

ウィルをからかって、

 

怒ったウィルが、

 

「バカにしてっ!」

 

姫を取っ捕まえようとじゃれあっている。

 

そうこうしている内に、最奥の礼拝堂へ。

 

くすんだ大理石の壁に侵食する緑。

 

規則正しく並べられていたはずのベンチは、乱雑に隅の方に押し固められ、正面奥に控えている翡翠色の神様の銅像は、原型も残さず粉砕されている。

 

その代わり、司教座の前にある、落ちてきた試作ゴーレムが新たなご神体のように見える。

 

天井にはちょうどゴーレムの真上の天井に穴が開き、(ゴーレムが落下してきた為)そこから陽光が取り込まれて、ゴーレムを照らしている。

 

地面にひれ伏し、さながら懺悔しているようにも見える試作ゴーレム。

 

周囲に散乱する金細工の燭台や装飾品らも陽光を受けてキラキラ輝き、荘厳な雰囲気を醸し出している。

 

が、試作ゴーレムが跪いているのは、落下の衝撃で足が崩れて動けないから。

 

そしてて今は同じく落下の衝撃で半壊した工具イヌにトドメをさしているから。

 

「ッチ、猟犬もやられたか。早くもリトルファフロツキーズを使い切ってしまった」

 

創造主の声を聴いてバッと振り返る試作ゴーレム。

 

「本番は戦う場所もちゃんと考えないといけないね」

 

礼拝堂の入り口に立つウィルと、側に控える空飛ぶ姫。

 

ウィルが最後の小魚の尾っぽを掴んで丸ごと口に放り込み、ゴクンっと丸呑みにする。

 

そして、

 

仕切り直し(リトライ)だ」

 

と言って、腕をゴーレムに向かって伸ばし、空中で何かを掴み上げるように手を動かす。

 

するとバラバラになっていた工具イヌが震えだし、

 

(試作ゴーレムは驚いて辺りを見渡す)

 

周囲に散らばる教会の残骸を取り込んで復活する。

 

「さあっ、ちゃっちゃと回収して作り直しだっ!」

 

ウィルが開戦の狼煙(のろし)をあげ、教会が崩れんばかりの咆哮を上げる試作ゴーレム。

 

「お前は吾輩の後ろで待機だ。発明品を試す」

 

ウィルは腰のベルトに保持した瓶を一つ取って、中身を手のひらの上にべちゃっと流し出す。

 

「おっけぇー」

 

姫は大きく手を上げて返事する。

 

ウィルは腰の革袋から、粘着質な泥の塊を手に出して、両手でこね始める。

 

「【 奴隷の王冠(コルディセプス・シネンシス) 】」

 

ウィルは粘着質な泥を一塊(ひとかたまり)にして、それをイヌとじゃれあっているゴーレムに向かって(やや距離があるにも関わらず)振りかぶって投げつける。

 

ぐちゃっ、とみごと試作ゴーレムの肩にへばりつく泥。

 

陽光を受けてすぐに泥の中から数本の白い根が芽吹き、みるみるうちに絡まりあって、ゴーレムの全身に侵食し始める。

 

ゴーレムは気味の悪い植物を引きはがそうと肩に向かって手を伸ばすも、すかさずウィルが、

 

「おっとそうはさせんぞ」

 

腰から先端に大きな琥珀を掴んだ中杖(ロッド)を引き抜く。

 

「【 彷徨う子宮(インヴィディア) 】」

 

それをチアリーディングのバトンのようにくるくる回すと、先端の琥珀からとろぉーりとオレンジ色の水飴のような液体が滴ってくる。

 

それを杖をくゆらせて上手に集め、芽を引き抜こうとしているゴーレムの腕に遠心力を利用して引っ付ける。

 

それは次第に焼き餅のように膨らんで、色がどんどん明るくなったかと思うと途端、

 

──『バアッーンッ!!』 ──

 

大爆発を引き起こしゴーレムの腕を弾き飛ばす。

 

ゴーレムの腕からは橙煙(とうえん)が立ち上り、ウィルは間髪入れずにベルトから水晶塊を取り出し、

 

「どんどん行くぞ!【 育ち行く万雷(クラドグラム) 】」

 

試作ゴーレムに差し向ける。

 

水晶がバチっバチっと短く放電した後、

 

『ピカッ!』

 

一等強い光を放ったかと思うと、極太の稲妻が放出され、

 

(その後にくる巨大な雷鳴の音にウィルはびっくりして、思わず水晶を両手で掴む)

 

無数に枝分かれして増殖していく雷光が試作ゴーレムを包み込む。

 

狗は巻き込まれる直前で離脱。

 

しかし見た目の派手さとは裏腹に、ゴーレムには大して効いた様子が無く、全身に樹上の焦げ跡(リヒテンベルク図形)をつけるだけに留まった。

 

「ありぃ? おかしいな」

 

ウィルが首をかしげて水晶をひっくり返したり叩いたりしていると、

 

「あれのせいじゃない?」

 

姫がゴーレムから生える一筋のキノコを指さす。

 

「なんとっ! あれが全部食べてしまったのかっ!?」

 

ウィルは、

 

「しまったぁーっ」

 

頭を抱える。

 

「あれは使いどころが難しいな」

 

ウィルはゴーレムを気にせずメモを取る。

 

 

ゴーレムの身体を引き裂いて生えているのは一種の寄生植物。

 

とりついた対象の力を吸い取って成長する危険なキノコ。

 

ファフロツキーズ内では隔離されて飼育されている。

 

ウィルと姫はこれの成長意欲を調整して、対魔法使いの兵器にするつもり。

 

ウィルは今回、いわゆるゴーレムの電池切れを狙って、これを初手に選んだがこれ以降の攻撃を大方このキノコが吸収してしまう為最悪の初撃だった。

 

次にぶつけたのは子供に人気の弾けるぱちぱちキャンディ、を改造したモノでその刺激性を局地的に強化させ爆発物に発展させた。

 

とはいえ、破壊力に優れたというよりは衝撃力に優れているといえ、爆発した際の衝撃で吹き飛ばす事に重きを置いている。

 

ウィルが対象と距離を取る時に用いる。

 

中杖(ロッド)はこれを一定量蓄積・出力するための装置で、抽出する量やそれの命中率は使用者の力量に依存している。

 

出しすぎると投げられなくてその場で爆発する。

 

材料は普通の市場で売っている物でレシピさえ知っていれば作れる危険物。

 

最後の雷撃は、見ての通り四台元素(エレメント)に含まれる火の発展形の単純な戦術魔法。

 

力を込めた水晶を依り代に、指数関数的に増えていく雷を発生させる。

 

普段は避雷針に括り付けられ充電されている。

 

とりあえず撃てば、視界いっぱいに広がっていくので、真反対にでも撃たない限り外すことはない。

 

もちろん電圧は調整可能。

 

ウィルは対人用と怪物用で二つ持ってる。

 

これらは全てファフロツキーズ内に残っていた古代の魔導書をもとにウィルが考案し、姫が実用化にこぎつけたモノ。

 

他にもいっぱいウィルは装備しているが、しかし今ではそのほとんどがキノコの栄養になってしまう物ばかり。

 

ウィルの当初の作戦の通り、燃料切れを待ってもいいが、中々そうもうまくいかない。

 

 

ウィルが教訓をメモしている隙に、試作ゴーレムは工具イヌを実に二匹再起不能にしていた。

 

さらに備え付けられた自己再生機能を使って、潰れた足を再生し立ち上がるに至る。

 

これは戦闘を長引かせオーディエンスを盛り上げる為。

 

そして試作ゴーレムもまたキノコによって仕込まれた魔法のほとんどが使用不可になっていた。

 

なので、左腕に搭載された『王国製水冷式重機関銃( V I c k e r s )』をウィルに向ける。

 

右腕の装甲がガコンッと、後ろにズレて中から銃口を覗かせる。

 

試運転の為に取り付けただけなので未改造品。

 

従来通り金属弾丸を発射する。

 

二人の間には何十メートルも距離があると言え、弾丸が届くのは一瞬の事。

 

ウィルが、

 

「あんなもんつけるんじゃなかったッ!」

 

と後悔し、ステッキや水晶塊を構えるのも時すでに遅し。

 

本日二度目の絶対に絶命のピンチ。

 

ウィルの逃亡劇はこんなポカのせいで終わるのかと思えたが……、

 

「グラちゃん行ってっ!」

 

後ろに待機していた姫の放った白ミミズクが最大速力で飛び立ち、発生させたソニックブームで弾道をずらすというという神業をやってのける。

 

姫がウィルを引っ張って回避させ、弾丸は間一髪でウィルの真横を通りすぎ大理石の壁を打ち砕く。

 

ミミズクの起こした突風の余波によってよろめくゴーレム。

 

その一瞬の隙を逃さず、ウィルはマリオネット操者のように指をグニャグニャ動かし、残ったトンカチ頭の狗を精密に操作して機関銃を破壊させる。

 

トンカチ頭が機関銃の銃身を渾身の力で叩きつけ、

 

「グラちゃん!」

 

その後頭部に突風を纏った白ミミズクが飛び蹴りをかまして、ゴーレムの腕ごと粉砕する。

 

悲鳴を上げるゴーレム。

 

姫がウィルに向かって親指を立てて見せるからウィルも口角をあげ、同じサインを返す。

 

 

「おのれぇ……、よくも吾輩を二度も殺そうとしてくれたな」

 

ウィルは立ち上がって試作ゴーレムをキリリと睨みつける。

 

そして中杖(ロッド)をゆっくりくゆらせて【彷徨う子宮】を少しずつ抽出していき、初弾の三倍近い投擲不可能なサイズにしたかと思うと、逆の手で拳銃嚢(ホルスター)から魔導書を一冊抜き取る。

 

それから自分の頭上に向かって『彷徨う子宮』を打ち上げると、それに向かって魔導書を投げ入れる。

 

投げ込まれた魔導書はずんずんオレンジ色の液体を吸い尽くし、ぽとりとウィルの手の中に落ちてくる。

 

ウィルがその本を開くとページを埋め着くす文字から、『彷徨う子宮』が湧きあがり、次第に寄り集まって形を成し、ぷるぷるとした【蜂】たちが本から飛び立ち始める。

 

無数の爆発する蜂がウィルの周囲に控え、

 

「さあ次は耐久力テストだ。死ぬ気でもちこたえろ」

 

羽音もうるさく、試作ゴーレムめがけて押し寄せる。

 

 

(8)

 

 

ところ変わって王国首都。

 

王城を出発し貯水池群を抜け小一時間程で首都ランドニオンへ。

 

アルベルトが職権を乱用してあつらえた一団が街中を行く。

 

滅多に使用されない王女様の専用車と、それに付き従う軍用オートモービル群。

 

何事かと思った国民たちが、国旗を持って表に出てくる。

 

ウインディはいたたまれなさ3割、優越感7割で窓の外を眺めていた。

 

そんなウインディの向かいに座わるアルベルトが、

 

「そういえば、この前は災難だったね。怪我は大丈夫?」

 

と、遠くに見えるぽっきり折れた時計塔(ビック・ベル)に視線を送りながら、会話を投げてくる。

 

「いえ、不覚にも取り逃がしてしまいましたから……」

 

ウインディは伏し目がちにアルベルトから目を背ける。

 

「いやいや不覚たって、あの分隊長(サーシャちゃん)もやられちゃったんでしょ? 

 

それにあの爺さん、怪魚(ファフロツキーズ)の魔法を使ってくるらしいじゃないの。

 

も一つおまけに? 

 

巷で噂の妖精(グレムリン)巨人(ゴーレム)まで出たそうじゃないか? 

 

いくら天才の君でも、そらぁ、簡単にはいかないよ」

 

アルベルトはお道化た(おどけた)口調でウインディを励ます。

 

「お心遣いありがとうございます。アエイバロン卿」

 

力なく微笑んで見せるウインディ。

 

「よしてよ、そんなにかしこまらなくたっても。昔みたいに「先生」って呼んでよ」

 

アルベルトはウインディの才能を発掘し、魔法の学校に入学させた後も、足げくウインディの元を訪ね、ことあるごとに世話を焼いていた。

 

ウインディは少し砕けて、

 

「はい先生。ところで私は本当にこの馬車に乗ってもよかったんですか? いくら王女殿下がお留守とはいえ……」

 

と、3割のいたたまれない気持ちを吐露する。

 

「ああーそれはホントに大丈夫。僕はその辺自由にできる立場にあるから」

 

アルベルトは「羨ましいでしょぉー」といたずらっぽく笑う。

 

「ならいいのですが」

 

ウインディは半信半疑ながら納得しようとする。

 

しかしアルベルトは反対に、

 

「それにしてもあのお姫さまにも困ったものだよねぇ」

 

お手上げといった様子で肩をすくめる。

 

「ここだけの話、なんとあのおてんば娘、今は君の元お師匠と一緒らしいよ」

 

アルベルトは内緒話をするように口横に手を当てて、いじわる気な声を出す。

 

ええーっ! と驚き呆れるウインディ。

 

「そ。だからこそようやく僕が駆り出されるって訳っ」

 

それを聞いて衝撃を受けるウインディ。

 

「まあ、爺さんだけなら放っておいてもそのうちサーシャちゃんあたりが捕まえてくれると思うんだけど、一回バツがついちゃったし? 君もやられちゃったし? 僕が出ていかないと陛下が安心できないんだよねぇー」

 

やれやれといった様子のアルベルト。

 

「そんな重要な任務が控えているのに、私と一緒でいいんですか?」

 

心配そうなウインディ。

 

「それも大丈夫なんだなそれが。言っちゃあなんだがこれは隊の緊張を解きほぐすための一種の息抜きなんだよね。なーんかうちの連中、あの爺さんにビビッてやんの。僕と同じ宮廷魔術師だからぁーって。杞憂なのにねぇー。だから君がかしこまる必要はない、むしろもっとふんぞり返ってなきゃ。せっかくの凱旋なんだからさ」

 

アルベルトはへへんと威張ったポーズをとる。

 

ウインディは「へへっ」と照れたように笑うが、

 

「でも真に恐るべきは君なのにね」

 

と急に低いトーンでささやかれドキッとする。

 

これは決して乙女心ではなく、犯罪者の心理。

 

探偵にズバリ当たりを付けられ、心臓がキュッとなる感じ。隣に座る黒猫も耳がピクっとなる。

 

決して広くはない馬車の中。

 

その中に二人っきり。

 

(酔っぱらいの亡霊はついて来てはいたが、死人に口なし、生きた人間には関係ない。)

 

嫌でもアルベルトを警戒せずにはいられない。

 

馬車の中には盗み聞き防止用の魔法がかけられ、外の連中に聞かれる心配はない。

 

が、それ以上に、ウインディの犯行を政府側の人間(アエイバロン家の現当主)に知られているのはまずい。

 

「まさか、君があの爺さん(ウイリアム)を蹴落とすとはね。初めからそれが目的で奴に弟子入りを? まあ、僕が推薦した手前、罪悪感を感じぃ……? いや感じないな。むしろよくやったっと言いたい」

 

ウインディは、目つきも険しく、

 

「先生。先生はその事を知ってどうしますか?」

 

強めの口調でアルベルトを問いただす。

 

目の前の男はいつも飄々とした態度で、本音をはぐらかす。

 

もし計画の邪魔になるようであれば……、とウインディが腹の中で策謀を目降らしていると、

 

「君こそ僕をどうするつもりさ」

 

あっさり腹の内の黒い物を見抜かれてしまう。

 

「君は僕が誰かにチクるんじゃないかと心配してるんだろうけど、ノープロブレム、この件は他言しない。

 

言ったでしょ? 

 

むしろよくやったと。

 

先代がまだうるさいんだよね。あんな田舎者の紛い物をのさばらせるなぁーって。だから追い出してくれて清々したよ」

 

アルベルトは尚も気さくな態度を崩さない。

 

「私が何をするつもりか、聞き出さなくてよろしいのですか……?」

 

ウインディは恐る恐るアルベルトの腹に探りを入れる。

 

「興味はあるね、大いに。でも君のやることだ、【魔法】という深淵の扉をまた一つ開くつもりなんだろぉ? 

 

だったら僕はそれを邪魔することはありえない。絶対に」

 

アルベルトの、レンズの奥で大きく見開いた眼に吸い込まれそうになるウインディ。

 

「君は類稀なる運命の持ち主だ。その経歴もさることながら、その出生については他に類を見ない。既存の枠組みの外に突如として現れた、全く新しい血族の始祖(オリジン)

 

ウインディはなんとかアルベルトから目を背ける。そうでないと辛い過去が蘇ってくるから。

 

幼い赤ん坊の身で貧しい孤児院に遺棄され、欲しくもない才能のせいで化け物扱い。

 

魔法使いは魔法使いからしか生まれない。

 

それ故に魔法使いはずっと魔法使いに囲まれて育つ。

 

魔法が使えるというのが当たり前の生活。

 

それが一般的な魔法使いの人生。

 

しかしウインディは違う。

 

優れた才能を持つ者が、必ずしも称賛されるとは限らない。

 

ウインディの育った孤児院はその貧しい土地柄故に、子供であろうと出稼ぎに出なくてはならなかった。

 

皆が働きに出ていっている間、ウインディだけは院長の勧めでずっと魔法の勉強をしていた。

 

日がな一日、奇々怪々な分厚い書物を読み漁り、動物の不気味な死骸を瓶に漬けたり、ブツブツと動物と話したり。

 

汗水垂らして働く子供たちからしたらいいご身分だと、妬みの対象になっていた。

 

未だに理性を欠いた畜生である人間は、未知のモノに恐怖し遠ざけ、嫉妬する。

 

それは子供であろうと例外はない。

 

むしろ大人のそれがより暴力的で、迫害の手段が狡猾かつ多岐に渡るのに対し、子供のそれはより純粋な悪意と、短絡的ゆえに致命的な手順によって心を蝕んでいく。

 

孤児院の子供たちには異物として排除され、庇うふりをする大人たちも内心ウインディを気味悪がって遠ざけようとしていた。

 

アルベルトは、俯いたウインディの暗い顔を見て、

 

「すまない、辛いことを思い出させてしまったようだね。でも、僕は君を哀れむような事はしないよ。君は僕なんかでは想像もできないほど辛酸たる道を歩んできたが、それでも君の魂はひどく高潔だ。君が自らに冠した【バアルゼブル(気高き支配者)】の名の通りにね。」

 

そう言って精一杯の思いやりの声をかける。

 

それを聞いてウインディはさらに思う。

 

そう、誰も自分を理解することはできない。

 

自分は特別(異常)なのだから。

 

だからこそ、実力でもって思い知らしてやらねばならない。

 

見返してやらねばならない。

 

連中を、後悔をさせてやらねばならない。

 

その為にこそ、憎いはずの魔法の才をこれまで研磨し続けて来たのだ。

 

腹の内で黒い復習の炎を燃やし、すっかり黙りこくってしまったウインディを見て、

 

『あの爺さんもとんだ爆弾を腹に抱え込んだもんだ。まあ僕が推薦したんだけど』

 

となんの悪びれもなくウィルに思いをはせるのだった。

 

 

(5)

 

 

「ぶやぁっくしょんッツ!!」

 

噂をすればくしゃみが一発。

 

「ぬあー」と余韻に浸るウィル姫の風サーフィンの後ろに乗って、礼拝堂内を飛びまわるウィルと姫。

 

ヒット&アウェイで爆撃と雷撃をくりかえす。

 

しかしウィルのくしゃみによって、魔法の攻撃がいったん止む。

 

試作ゴーレムはその隙を逃さず、橙煙を吹き飛ばして最後の工具イヌを投げつけてくる。

 

完全な直撃コース。

 

「危ないっ!」

 

ウィルが叫ぶ。

 

が、姫は目前で竜巻を発生させて直撃を回避。

 

くるくると回転しながら天高く舞い上がっていく工具イヌ。

 

工具イヌは激戦の末、受け身を取る体力も無く暴風に巻き上げられてそのまま力尽き、消滅。

 

無情にも金槌がぽとん一つと落ちてくる。

 

しかしながら、試作ゴーレムも満身創痍。

 

戦闘の幕引きもすでに目前。

 

ゴーレムは全身を雷に打たれて黒く焦げ付き、蜂に刺されて爆破された箇所が抉れている。

 

さらに肩口から延びる【奴隷の王冠】はますます巨大化して、試作ゴーレムを取り込まんばかりの勢い。

 

そして機関銃を搭載していた腕は力なくぶら下がって見るも無残な有様。

 

すぐにでもトドメをさしたいところだが、ウィルもウィルで品薄状態。

 

半壊した礼拝堂には、力を使い果たした魔導書や水晶塊がいくつも打ち捨てられ、魔法の杖が発する光も弱まっている。

 

 

「そろそろ打ち止めだな。これを最後に試して終わりにしよう」

 

そういってウィルの手に握られているのは、不可思議な紋様が描かれた真新しいロウソク。

 

天に向かって手を伸ばし、何かを引っ張るようなしぐさをするとどこからともなく淡い緑色の管(ケーブル)が現れ、ウィルはそれをうなじに差し込む。

 

本番ではこれは使えないが、今は装備の動作テストも兼ねているのでやむを得ない処置として、ウィルは心の中で自分を許してあげる。

 

スタッと風サフィーンから飛び降り地面に着地。

 

帽子のつばを持って試作ゴーレムを対峙する。

 

長杖(スタッフ)の移し火からロウソクに火を移し、ファフロツキーズの力を借りてそれを『愚者の燈(イグニス・ファトス)』に仕立てあげる。

 

ロウソクには確かに蒼い炎が宿り、その周りをさらに小さい小魚が数匹泳いでいる。

 

 

「くらえ必殺、【 愚者の燈(イグニス・ファトス)imi(イミテーション) 】」

 

 

ウィルが呪文を唱える事もなく、ロウソクを掲げると、その炎が渦を巻いて試作ゴーレムを包み込む。

 

ゴーレムの足元には簡略されたウィルオウウィスプの魔方陣(五芒星や幾何学模様の中に扉を見立てた図形があるだけのモノ)が浮かび上がり、試作ゴーレムを丸焼きにする。

 

断末魔を挙げる試作ゴーレム。

 

さすがの『奴隷の王冠』も吸い取り切れず黒ずんでしぼんで燃え尽きていく。

 

ゴーレムは全身に焼き付けられた雷の焼け跡に沿ってミシミシとボディがひび割れ、そのヒビから内部に蒼い炎が染み込んでいき、操縦者たるグレムリンをも焼いていく。

 

燃え盛る業火の中で、試作ゴーレムは力なく膝を付き、そのまま命果て、最後は大爆発。

 

「しまったっ! やりすぎたっ!」

 

ウィルは、愕然と頭を抱える。

 

「あッ!! あぶないッツ!!」

 

姫が声を張り上げるも時すでに遅く、二度あることは三度ある、ウィルに向かって爆発四散した試作ゴーレムの破片が飛んできて、

 

スコーンっ! 

 

ウィルの頭に直撃。

 

ウィルはその場にバタリと仰向けに倒れる。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

────。

 

洋間のソファーでぐったりと寝込んでいるウィル。

 

頭にはぐるぐると包帯が巻かれ、大きく血が滲んでいる。

 

姫はいつもの快活さとは正反対、神妙な面持ちで未だ目を固く閉じているウィルに取りすがっている。

 

カボチャ頭たちや家具アタマも命令をほったらかして、洋間に殺到している。

 

皆が緊張した面持ちで主の様態をうかがっていると、なんの前触れもなくうめき声をあげ、ウィルが目を覚ます。

 

姫は顔がパッと明るくなり、

 

「よかったぁーっ! 死んでなかったぁーっつ!」

 

ウィルに飛び掛かって抱き着く。

 

「なっ、なんだっ!? どうしたっ!?」

 

ウィルが飛び起きると、

 

「よかったよかった」

 

と泣きじゃくり、ウィルのガウンに鼻水を擦り付けてくる姫の姿が。

 

ウィルは、

 

「これ離れんか! 服が汚れるっ」

 

怒鳴っていたが、次第に諦めて、姫の頭を優しくなでながら、

 

「そう簡単に死にゃあせん。吾輩は不滅だ」

 

姫を慰める。

 

使い魔たちも飛んだり跳ねたりして喜んでいる。

 

実にめでたい。

 

 

それから二人は、コック棒頭が持ってきたお茶を飲みながら、いったん落ち着くことに。

 

ウィルはソファに足を延ばして煙草をふかし、姫は絨毯にぺたんと座ってウィルの足に寄り縋ってお茶を飲む。

 

しばらくして姫がボソッと、

 

「……ごめんなさい」

 

謝る。

 

ウィルは紫煙と共に、

 

「何がだ」

 

と尋ね、姫は、

 

「あたしがゴーレムを動かそうって言ったからこんな事に……」

 

とまた泣きそうな声で答える。

 

ウィルはため息を煙に乗せて吐き出し、

 

「いいか、お前は思い違いをしている。あれを動かそうとしたのは吾輩の意思だ。吾輩は誰の指図も受け付けないからな。だから泣くのはもうおよし」

 

誰に言うでもなくそう呟き、姫の背中をさすってやる。

 

「怒ってない?」

 

姫が不安そうに聞くから、ウィルは、

 

「怒っとらん」

 

ぶっきらぼうに答える。

 

「信じないかもしれないが、吾輩は誰か他人に対して怒りを露わにしたことは一度もない」

 

ウィルは諭すようにそう告げるが、姫は、

 

「うっそだぁー」

 

という顔をしている。

 

「まあ聞け。これは吾輩の美学の話だ」

 

煙をひと吸い。

 

「世の中確かに不愉快な事ばかりだが、文句を言ったってなにも変わらない。少なくとも吾輩はそう考えておる。自分の身に何か不幸が降りかかった時、その時は必ず不幸と同時に小さな幸福も引っ付いてきておる。それを見つけることができれば自ずと腹は立たん。今回でいえば試作品たちのいいデータが取れたことじゃな」

 

姫は神妙な面持ちで話を聞いている。

 

「世の中確かに不愉快な事が多い。生まれてきた事を憎む日もあるだろう。しかし世間に対していちいち腹をたてたり、自己嫌悪に陥るなどは時間の無駄だ。どうせままならない毎日なのだから、そんな事を考えないですむような、見るも素晴らしい薔薇色の人生(ラヴィアンローズ)をつくる努力をした方が、よっぽど健康的だとは思わんか? こういう言葉もあるぞ「おもしろきこともなき世を面白く、すみなしものは心なりけり」とな。その為には、自分のやりたい事をやるのが一番だ」

 

姫はそれを聞いて疑問を抱き、

 

「でもそれじゃあ、世の中は無法地帯になっちゃうんじゃない? 誰かの幸せが別の誰かの幸せとは限らないんじゃないかしら」

 

それを質問する。

 

ウィルはそれを聞いてニカっと笑って、

 

「さすが魔法大学生、頭がいいな。実にいい質問だ」

 

姫は少し表情が明るくなる。

 

「そこはホレ、これを使うんじゃ」

 

ウィルは自分の口元を指さす。

 

姫は、

 

「おヒゲ?」

 

と、とぼけたことを言うから、ウィルが、

 

「違う違う、口じゃ口、もっと言えば言葉じゃ」

 

訂正する。

 

「吾輩らには話し合うという特技がある。お互いが満足する折衷案を探すんじゃ。まずはな。実力を行使するのはそのあとじゃ」

 

姫は、

 

「結局実力は行使するんだ……」

 

やや落胆した様子。

 

「世の中どうしたって分からず屋はおるからな。そんな言って分らん奴とは、時に拳で語らう事もあろう」

 

姫は、

 

「はは……」

 

と愛想笑いを浮かべる。

 

「しかしお前さんとは、話し合いで解決できると吾輩は思っておる。むしろ話し合うことももはや無いんじゃないか。今回の事はよくある事故だ。お前さんが気にすることではない」

 

一切を不問にしようというウィルに、姫は、

 

「でも……」

 

と食い下がる。

 

「ではあれだな、そんなに納得いかんというなら、こうしよう。お前さんを弟子2号に任命しよう。そうすればお前さんは吾輩の指図を拒めない。これまで以上に働いてもらう(未知の魔法にたくさん触れ合える)し、危ない目にもほとんど会わない。これでどうだ?」

 

姫はニヤニヤと口角をあげながら、

 

「えぇ~、どうしようかなぁ~」

 

と体をくねらせている。

 

「そうか嫌か。ならしょうがないなぁ」

 

ウィルはがっくりと肩を落として落ち込んで見せる。

 

姫はそれを見て、

 

「わぁっー嫌じゃない嫌じゃないっ! 弟子になるなるっ、いや弟子にして下さいっ!」

 

あわてふためき、ウィルの周りをパタパタと動き回る。

 

ウィルはしてやったりとにやけ面をもたげて、

 

「そんなに弟子になりたいならしょうがない。弟子にしてやろう」

 

お道化た口調でいう。

 

姫はムッとして見せて、ウィルにデコピンを食らわせるが想像以上に痛がったので急いで謝り、それもウィルの意地悪な芝居だと知り、(本当はすごく痛かったが)、また怒り二人して笑う。

 

 

(9)

 

 

ウインディとアルベルトは、折れた時計塔(ビッグ・ベル)と再建中の跳開橋(ルーク・ブリッジ)を抜け、【塔の向こう(ビヨンド・オブ・タワー)】へ。

 

堅牢な砦とそれに連なる塔を横目に、一行は貧民街、ウインディの言う『どん底』へ入っていく。

 

大都会の発展に伴う光と闇。

 

貧困層や移民者たちが追い立てられて最後に流れ着いた場所。

 

人口過密と病気と犯罪、それがこの場所の代名詞。

 

そんな掃き溜めに押し込められたようにしてある、小汚い廃墟、もといウインディが育った家。

 

その門前に、こんな廃墟群には似つかわしくないような豪奢な馬車やピカピカの車の列が大挙して押し寄せる。

 

やさぐれた住人たちが、わらわらと集まってくるが、屈強な軍人たちが護衛についているのを見て怖気づいて解散する。

 

運動場で遊んでいた子供たちが大仰な集団を見てその場で固まり、孤児院の中に逃げ込んでいく。

 

子供たちを追い立てるようにアルベルトの使者が施設を訪れ、院長先生を筆頭に職員が連れ立って挨拶に出てくる。

 

出てきたところでウインディとアルベルトが馬車から降り、院長らはアルベルトに頭を下げる。

 

それを見てウインディは、

 

「ご無沙汰しております。院長」

 

口調は冷淡ながらも丁寧にお辞儀を返す。

 

顔を上げて険しい表情を浮かべる院長を、ギロっと睨みつける。

 

しかし院長の厳しい目つきはすぐに解きほぐれ、

 

「おかえりなさい、ウインディ。立派になりましたね。」

 

称賛の言葉を投げかける。

 

ウインディは雷に打たれたように驚き、目を見開いたまま直立不動になってしまう。

 

まさか。

 

こんなにあっさり認められるとは……。

 

その言葉だけを、願って生きて来たのに。

 

「広間で歓迎会の準備ができています。さあどうぞ中へ」

 

院長は優しくウインディを中へ誘い、

 

「伯爵様は……」

 

とアルベルトの動向をうかがう。

 

「僕もお邪魔しようかな。今日は彼女の付き添いだからね」

 

アルベルトは部下に合図を送り、車両の見張り役を残し、それ以外はアルベルトに付き従う。

 

「かしこまりました。では皆さまもどうぞ中へ」

 

院長は皆を先導して孤児院の中へ。

 

アルベルトは、未だ直立不動になっているウインディの肩をぽんと叩いて、気を取り戻させる。

 

一同は孤児院の中へ。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

孤児院の中は、風船や色紙で玄関からきれいに飾り付けられその節々にウインディを歓迎する言葉が書き添えられている。

 

何も知らないアルベルトの部下たちは、これから楽しいパーティーが始まるものと思って、任務でありながらも心安らかな気持ちになっていた。

 

アルベルトはいつも通り何を考えているのか分からない飄々とした表情。

 

ウインディだけが打って変わって不服そうに口をへの字に曲げている。

 

さっきまでは、委員長の賞賛の言葉を聞いて、喜んでいた、と言うよりも衝撃を受けていたのに。

 

しかし、いざ孤児院に帰ると思い出すことがいろいろあるようで。

 

ウインディはいったん、荷物を置くために昔の自室へ。

 

凱旋と言えどただの顔見せではなく、これから歓迎会に出席して、その後は院長らに近況を報告したり、義兄弟たちと戯れたりなど、一泊する予定。

 

そしてウインディは、自室の扉の前に立つ。

 

真夜中、閉め出された思い出のある扉。

 

インキーなどのミスを犯したのではなく、人為的な嫌がらせ。

 

そんな苦い思い出のある扉を開けると、最近急いで掃除した痕跡のある子供部屋へ。

 

ここを出る時言われた、

 

「ここが恋しくなったらいつでも戻っておいでね」

「アナタのお部屋はいつ戻ってもいいように、きちんとお掃除しておくからね」

 

という、職員の女性の言葉は嘘。

 

なぜそんなことが分かるかと言うと、本棚の表面は埃が払われているが、本を取り出すと奥に塵が溜まっていたり、壁の隅に引き千切ったキノコの菌根が見えたりと、魔女でなくても分かる雑な掃除の痕跡ばかり。

 

昔、ドブのヘドロをぶちまけられた勉強机にトランクを置き、その時に引いた椅子の座版が穴だらけな様子を見て、そういえば昔、座版の裏から釘を打ち付けられたことを思い出す。

 

そうしてネズミの死骸を入れられたベッドに腰かけ、コテン、と横向きに倒れる。

 

「ついに帰ってきた……」

 

ウインディは静かにそうつぶやく。

 

このカビ臭いベッドでいくつ消えてなくなってしまいたい夜をおくって来た事か。

 

目線だけを動かしてすっかりなじみの室内を見渡す。

 

窓からの光で埃が舞い散る回廊が見える。

 

光をたどって目線を窓の外、運動場へ。

 

運動場も嫌な思い出ばっかり。

 

泥をかけられ、石をぶつけられ、蹴躓(けつまず)かされ、虫を食わされ。

 

孤児院の中は、どこを見ても嫌な思い出がよみがえってくる。

 

一晩耐えられるだろうか。

 

いつプッツンしてもおかしくない気がしてくる。

 

いるだけで堪忍袋に負荷がかかり続ける。

 

先の院長の言葉も一瞬で効果が切れたように、どんどんイライラしてくる。

 

眉間の皺をより一層深くしながら、荷物を置いて部屋を出る。

 

アルベルトと部下は既にパーティー会場へ。

 

ウインディが廊下を進み、パーティーの準備がしてある孤児院の奥の広間へ行き、扉を開いた途端、

 

『ぱぁーんっ!』

 

クラッカーが鳴らされ、

 

「 「 「 「 ウインディ、おかえりーなさーいッ!! 」 」 」 」

 

全員が盛大に迎えてくれる。

 

拍手喝采。みんな笑顔。

 

いつもいつも厳しく、ただの一度たりとも優しい言葉をかけてくれなかった院長。

 

朝から晩までいつも自分を迫害してきた、魔法使いが恐ろしい、無知無能なガキどもと職員。

 

そして広間の中央に置かれた大きな長机の上には、この地域では珍しい豪華な料理が並び、ウインディの好物であるグレイビーソースをたっぷりかけたローストラムや付け合わせのヨークシャー・プディングも並べられている。

 

奥にはおそらくウインディ宛てであろうプレゼントの包みが積まれている。

 

まるで誕生日。

 

ウインディがあまりの熱烈歓迎にたじろいでいると、少年が一人近よってきて、

 

「すげぇなウインディッ! マジで王様に仕えてんのか!」

 

騒ぎ立てる。

 

もう一人よってきた少女も、

 

「本当に宮廷魔法使いになれたんだねっ、お城で働けるなんて憧れちゃうなぁ」

 

目をキラキラさせて近寄ってくる。

 

「ずっと勉強して頑張ってたもんね」

「尊敬しちゃうなぁ」

あそこ(時計塔事件)でも戦ってたんだよねっ」

「俺たちじゃ絶対ムリだよ!」

「ウインディならきっとできるって信じてたよ!」

「おれ、実はウインディのこと前から好きだったんだ!」

 

などと、わらわらと子供たちが寄ってきて、次々に賞賛の声や羨望の眼差しを向けてくる。

 

ウインディはそれらを一瞥(いちべつ)し、

 

「そうね。あなた達じゃ逆立ちしたって無理よ」

 

皮肉を吐く。

 

子供たちは、

 

「え……」

「なんでそんなこと言うの……?」

 

さっきまでの笑顔も引っ込み、すっかり意気消沈した様子。

 

ウインディは親し気に寄ってくる連中を見てますます不愉快そう。

 

最初に寄って来た奴なんか、今はファーストネームで気安く呼んでいるが、小さい頃は「魔女」だ「陰気」だ「虫食い女」だとマトモに名前で呼ばれた記憶がない。

 

次の女は汚い奴で、子供たちを先導してウインディの本をドブに捨てたり、研究で使うホルマリン漬けの瓶を割ったり、使い魔の黒猫の耳を()(ばさみ)で切ったりあくどい嫌がらせをずっとやってきた。

 

告白してきた奴なんか、こずかい欲しさに娼館にウインディを売り飛ばそうとした。

 

「なんでですって? だって本当の事じゃない。魔術師というのは生まれ持った才能が全てなの。無知で無能なアナタたちじゃなんにもできやしないわ」

 

ウインディの不満は解消されるどころか、この連中を見ていると過去の嫌な記憶がじゃんじゃか蘇ってくるばかり。

 

「なによ偉そうに、上から目線で。心にも思っていない事言わないでくれるかしら」

 

子供たちの気分はどんどん冷め止んで行き、毒を吐き続けるウインディから少しずつ離れていく。

 

すかさず、職員の女性が、

 

「ちょっとウインディさん、せっかくみんなで準備したのになんてこと言うの。みんなに謝りなさい」

 

などとウインディたしなめる。

 

それを聞いたウインディは大人相手でも容赦なしに、

 

「みんなで用意した? 随分と恩着せがましい言い方じゃないですか。この自慢げに並べた料理も、あなた達が着ている服だってネックレスだって、全部私の仕送りで買ったものでしょう? みんなで用意した? 笑わせないでくれるかしら。まずは地面にデコすりつけて感謝の言葉を吐くのが最初じゃなくって? それに言っておくけどね、私だって好きで買ってあげた訳じゃないわよ。思い上がらないで。世間体の為にしただけよ。そうでなけりゃ、だれがこんな……」

 

ウインディの毒舌は止まらない。

 

しかしそこに刺すような一言。

 

「いい加減にしなさい、ウインディ」

 

院長が冷ややかな口調でウインディを一喝。

 

「立場が変わっても貴女は何一つ変わらないのね。昔から周りを見下して高圧的な態度をとる。自分の事ばっかりで他人を気遣わない。だから貴女はこうやって孤立するのよ」

 

ウインディはその言葉を聞いて、凍り付いたように顔が強張る。

 

「いくら偉くなって綺麗に着飾ろうと、人間の本質というのはそうそう変わらないというですか」

 

そして院長も嫌味を吐く。

 

コドモたちも院長に同調して昔日の調子を取り戻し、

 

「だからコイツ嫌いなんだよ」

「ホント、少しは変わったかと思ったのに」

「誰がオマエに感謝なんかするもんか」

「この売女め」

 

と口々にウインディに嫌味や悪口を吐きつけていく。

 

途端に険悪になっていく雰囲気に、アルベルトの部下は気まずい空気を感じとってあわあわとしている。

 

アルベルトは隅っこの方に避難し、一人で紅茶をすすって我関せずといった態度をとっている。

 

ウインディの意識はもはやそこに無く、第三者となって自分の今の姿を幽霊のように傍観していた。

 

今日の為にあつらえたオートクチュールのドレスと、精一杯勝ち取ったたくさんの褒章、それに伴う地位や名声。

 

これまで、それを得る為にどれほどの努力をしてきた事か。

 

全てはこいつらに認められる為か、見返してやる為か。

 

今となってはそれらが酷くみすぼらしく見える。

 

ウインディの表情からは完全に生気が消え去り、勲章を握りこんだ(こぶし)がわなわなと震えている。

 

使い魔の黒猫は主人の感情をくみ取って、代わりに全身の毛を逆立てて孤児院の人間らを飛び掛からんばかりに威嚇している。

 

ウインディは一瞬諦めたような目になったかと思うと、ゆっくりデヴォルの石炭の入った|燈會(ランタン)を取り出し、

 

 

──、「もういい。失せろ」

 

 

心底うんざりした様子で燈會を連中に突きつける。

 

途端ウインディを中心に、つむじ風が巻き起こり、ぶわっとウインディの髪を逆立てる。

 

目を剥いて燈會の火を睨むウインディ。

 

そのまっすぐ伸ばされた腕の先には、蒼い炎がゴウゴウと噴きだす燈會がぶら下がっている。

 

炎は一足飛びに強くなり天井にまで届く勢い。

 

風船は次々と弾け、色紙は溶けるように燃え尽きていく。

 

コドモ達や職員らは流石に怯えて逃げ出し、肝の据わった院長だけが、まっすぐウインディを見据えている。

 

ウインディの虚ろな目は、眼前で燃え盛る悪魔の炎をただ眺めているだけ。

 

その炎がうねりをあげて牙を剥こうとしたその時、

 

「はぁい、そこまでぇー」

 

アルベルトが紅茶のカップと王笏を片手に持って、ウインディの肩を抑える。

 

途端、燃え盛っていた炎が嘘であったかの様に消え去り、ウインディの猫のように逆立っていた髪も落ち着きを見せる。

 

ウインディ直上の天井の煤焦げだけが、さっきまでの憤怒の炎が現実であることを物語っていた。

 

「いやぁ、何か大変な事になっちゃって。ははは」

 

アルベルトは愛想笑いを浮かべて、

 

「今日の所はこれで帰ることにします。次があればその時に」

 

ウインディの背を押して早々に立ち去ろうとする。

 

ウインディはアルベルトにされるがまま、出口に向かって行く。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

ウインディを先に馬車に詰め込んでから、アルベルトは院長に、

 

「今日はどうも」

 

と言って孤児院を後にする。

 

馬車の扉をノックして、

 

「学校まで送って行ってあげたいけど、僕はこれから仕事だから。気を付けておかえり」

 

と扉越しに告げ、自分の自動車に乗り込む。

 

アルベルトと別れ、数人のアルの部下に護衛されて単身引き返すウインディ。

 

ウインディは一人になって、馬車の中で座席に突っ伏す。

 

使い魔の黒猫を抱え込み、

 

「そうよ。まだ敗けじゃないわ……。まだ足らないんだ。連中に思い知らせてやるには、もっと、もっともっと……」

 

独り沈み込むウインディ

 

「はあー、不憫な娘だねぇ」

 

酔いどれ幽霊はそんなウインディの姿を見て、グッとやけ酒をあおる。

 

 

(10)

 

 

「ねえねえ、単純な疑問なんだけど。どうしてウィル爺はそんなにお城に帰りたいの?」

 

洋間のテーブルに詰めて、杖を枝きれから削り出すウィルと羊皮紙に呪文を書き連ねる姫。

 

ウィルの怪我はすっかり良くなり、煙草を咥えて小刀を握っている。

 

「ここでの生活の方が気楽だし、自由で、好きなところにも行きたい放題、やりたい事もやりたい放題。別にお城に帰らなくったっていいんじゃないの?」

 

姫の言葉にウィルは木を削りながら耳を傾け、そのあと流し目でジトっと姫を見る。

 

王室御用達の煙をブワっと吐いて、

 

「吾輩はな、贅沢が好きなんだ」

 

と一言。

 

「地位と名声を手に入れ、権力を振りかざす。浮浪者同然であった頃を思えば、城での栄華の生活は捨てられない」

 

へぇーと、意外だった様子の姫。

 

「お城に来る前、どんなだったか聞いてもいい?」

 

姫はウィルの顔を見ずに、顔色をうかがって昔話を促す。

 

「別に構わん」

 

小刀を置き、新しい葉っぱに火を点け昔話を始める。

 

「……吾輩は王国の北側にある小さな島の墓場で産まれたんだ。根無し草の一族で、国中をうろちょろ。その日食べるものも、寝るとこもままならない毎日だった。物乞いしたり、旅人から盗んだり。吾輩はその貧しい生活も嫌いだったし、そんな生活を楽しんで満足している家族もあまり好きではなかった。吾輩はそれよりも商人が運んでいる宝石や嗜好品が大好きだったし、それらにまみれた生活に憧れていた。だから吾輩はそこを飛び出したのだ。ちょうど母が病気で他界し、一人になったしの。元々、そんな放浪生活が長く続くはずがなかったのだ。中世じゃあるまいし。時代と歴史の闇に消えていった。それで吾輩は城に来たという訳じゃ」

 

姫はちゃちゃを入れるでもなく、黙って聞いている。

 

「お城に来てからは、それはもう贅沢三昧。今は少々そこから離れているが、心はお城にある。いずれ以前の生活に返り咲く」

 

姫は否定も肯定もしない。

 

話し終えてウィルは、

 

「お前はどうなんだ。どうしてそんなに向こう見ずというか、好奇心のままに突っ込んでいくんだ?」

 

反対に、姫に行動原理について質問する。

 

「ねえ、【 大魔法使い(グランド・ウォーロック)アンブロシウス 】って知ってる?」

 

姫は、この家にやってきた時ウィルがよこした冒険小説を掲げて見せる。

 

「この小説の主人公なんだけど。実はこの人実在するの。知らなかったでしょ?」

 

姫は誇らしげに語るが、ウィルは「ふん」と鼻をならし、

 

「知らいでか。この国の魔法使いは全員もれなく知っとるわい。なんならその人が後の国王になったこともな。現陛下から数えて二つ前の」

 

と姫の自慢を一蹴する。

 

姫は、

 

「なあーんだ、みんな知ってるのかぁー」

 

やや落胆した様子。しかしすぐに表情を明るくし、

 

「じゃあ、これは知ってる? お城の宝物庫には大魔法使いアンブロシウスが使ってた魔法の杖が保管されてるってっ。あたしね、いつの日にかその杖を受け継ぐんだっ! あたしね、この人にずっと憧れてるの。あたしも昔話に聞くような大冒険をいっぱいしてね、勇者と呼ばれる人と旅をしたり、(いにしえ)のドラゴンと戦ったりとか、世界中を冒険してみたい。それでいつの日にか、この人以上の大魔法使いになるのが夢なのっ!」

 

ウィルは「へぇー」と相槌を打ち、姫と同様に特に否定も肯定もしない。

 

それから、

 

「だからお尋ね者にホイホイついてきたのか」

 

杖に水晶を仮止めしながら、呆れたように言う。

 

「そうかも? ウィル爺を一目見た時から絶対面白い事が起こる予感がしたの」

 

姫はいつも通りに頭のアンテナをとんがらせ、目をキラキラさせて楽しそうに話す。

 

「さよか。まあ精々気張る事だ。吾輩は不本意だが、この前みたいに時計塔に墜落するなんて事が起こらないとも限らん。その時は存分に冒険すればいい」

 

ウィルは「はんっ」と鼻で笑い、

 

「そうこなくっちゃっ! あたしもウィル爺がまた贅沢できるようお手伝いしてあげるよっ」

 

姫もにやりと笑って同調する。

 

「吾輩も最近はお前と魔法の勉強をするのが楽しくなってきたところだ」

 

ウィルの言葉に姫は嬉しくそうに笑う。

 

「えへへへへ、ウィル爺ももう立派な魔法使いだねぇ。魔法使いはみんなこの力の深淵が覗きたくてたまらないからさ」

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

かくて、二人のWは動き出す。ここが折り返し地点。

 

片や愉快な逃亡生活。片や陰鬱なエリート暮らし。

 

 

 

 

次回、〈第五話『筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロン颯爽登場!』〉に続く。

 



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第五話『筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロン颯爽登場!』

 

 

(11)

 

 

世界が丸い(まあるい)フレームに収まった。

 

映る景色は全て○枠の中に切り取られる。

 

なぜならそれは、今物語の舞台を眺めている人物が双眼鏡を覗いているから。

 

その人物とは、あのサー・アレクサンドラ・ユスティアス分隊長その人。

 

その目に映る景色は、これまでの大都市とは打って変わった雄大な大自然(フィヨルド)

 

視界いっぱいに広がる雄々しい山麓。

 

雪を被った山頂、険しい岩肌にはすがりつくように低木が茂っている。

 

その膝元には青く透き通った湖が静かに凪いでおり、連々と続く山々を縫ってどこまでも伸びている。

 

空は青く晴れ渡り今日は絶好のハイキング日和。

 

この湖には昔から太古の怪獣が潜んでいるとされ、それを捕まえようとする探検家なんかが年中を通して張り込んでいるのだが、今日はその姿も見る事が出来ない。

 

それどころか、平常時ならピクニックに出かける町人がちらほら見え、湖に小舟の一つや二つ浮かんでいるものなのだが、今日は違う。

 

それもそのはず、今日は国賊ウイリアム・ウィルオウウィスプ捕縛及びエレオノーラ姫救出大作戦の為、この辺り一帯には非常線が敷かれ、一般人立ち入り禁止が敢行されているからだ。

 

分隊長は双眼鏡を忙しなく左右に振って山々を監視し、ウィルが現れるのを今か今かと待ち構えている。

 

その背後では捕縛隊の近衛兵たちが装備を整え、小舟での出向の用意を完璧に済ませて準備していた。

 

そうしていると何の前触れも無く、

 

 

『ドッ、 ッカァアーーーンンッツ!!!!』

 

 

対岸の山の方角から爆発音が!

 

すぐさまそっちに双眼鏡を向ける分隊長。

 

対岸の山の奥っ(かわ)から黒煙が立ち上っている。

 

次いで聞こえる複数の爆発轟音。

 

そしてそれからすぐに、

 

「出たっ!」

 

分隊長が興奮気味に覗き込む先には、山の麓からふらふらと逃げ出してくるファフロツキーズの姿が。

 

哀れにも墜落寸前、見るからに高度が落ちている。

 

アルベルト直下の精鋭魔導士部隊、変身魔法を用いて太陽神の乗輿車駕(じょうよしゃが)を引く幻の神獣【 鷲獅子(グリフィン) 】に姿を変え、ファフロツキーズを墜落させようと無数に群がっている。

 

ファフロツキーズは身をよじり振り払おうと必死な様子。

 

その内部ではウィルが、

 

『クッソォッッー!!』

 

必死に操舵輪にしがみついて舵を取っている。

 

分隊長は双眼鏡を部下に預け、

 

「よぉーし、手筈通りだ。各員っ出航準備! これより作戦を開始するっ!」

 

羽織った半肩掛けコート(ペリースコート)をひるがえして衛兵たちに開戦を告げる。

 

「 「 「 サーイエッサーーッツ!! 」 」 」

 

衛兵たちは舫い綱(もやいづな)を外して、ギイコラバッタンすぐさま湖に漕ぎ出していく。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

ファフロツキーズはグリフィンが巻き起こす局地的突風によってまっすぐ飛べず、高度が取れないでいた。

 

姫とカボチャ頭たちはじゃんじゃか暖炉に薪をくべて瞬間的出力を上げ、ウィルは舵輪にかじりつかんばかりの勢いで舵にしがみつく。

 

「おのれッ、アルベルト・アエイバロンッツ!!」

 

そうして忌々し気に一人の男の名前を叫ぶ。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

無数に飛び交う鷲獅子(グリフィン)の群れの中、魔法のホウキにすっくと立ち乗り。

 

自分の身の丈ほどもあろう金の長弓をまっすぐ構え、鷲獅子たちを指揮する一人の美男子。

 

「さあ、ここが年貢の納め時。ウイリアム・ウィルオウザウィスプ」

 

筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロン、颯爽登場。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

時はさかのぼって、お昼時。

 

ウィルとアルベルトが接敵する前の話。

 

白い雲がたなびく山岳地帯を眼下に、最新鋭の爆撃機が飛んでいる。

 

近隣の軍事大国のフルメタル航空機の流れを汲んだ王国製の重爆撃機で、そのフォルムは海鷂魚(エイ)にも似ており、ちょっと前の大きな戦争では、その意匠から『スティングレイ』の通り名で知られていた。

 

その機体の上部、ブリッジの後ろ、プロペラエンジンの間にその男はいた。

 

トロピカルジュース片手に半裸でビーチチェアに寝そべり、サングラスをかけて日光浴を絶賛満喫中。

 

高度何千メートルで、凄まじい気流に吹き飛ばされることも無く、いかにも快適そうにくつろいでいる様はまるで合成写真の様。

 

それもむべなるかな、彼こそが王国随一と謳われる筆頭魔導士官アルベルト・A・アエイバロンその人だから。

 

そうして薄着の女性が写った雑誌をニヤニヤしながら眺めていると、

 

「大将閣下にご報告いたします。索敵部隊より「南西方面、距離500の地点で目標と思わしき飛行物体を発見」との報告が入りました。いかがしましょうか」

 

ブリッジ側のハッチが開き、部下が報告に顔を出す。

 

「んあ? あっ、おっけおっけ。すぐ行く行く」

 

アルベルトは雑誌から顔を上げて気の無い返事をし、のっそり立ち上がる。

 

立ち上がった途端これまでビクともしなかったビーチチェアが吹き飛ばされていった。

 

アルベルトはヒタヒタと機体の上を歩いて、ハッチからブリッジの中へ。

 

敬礼する乗組員を横目に、使い魔の(人間に変身した)白ネズミのから無線機を受け取る。

 

「あー、あー、魔導士諸君、僕だよ、アルベルトだ」

 

艦内にアルベルトの声が響き、兵士たちがスピーカーに注目する。

 

「今、入電があって「魚が針にかかった」、との事だ。これよりファフロツキーズ強襲作戦を開始する。各員準備したまえ。でも……、あと十分してからね。僕はその間にシャワーを浴びる。君たちも、気負うことはない、リラックスしてその時を待ちたまえ…………プツン」

 

無線機を置いて、代わりにお風呂セットを白ネズミから渡され、アルベルトはブリッジを去っていく。

 

その去り際、機長に、

 

「高度を上げて、魚に進路をとれ」

 

と言い残してシャワー室に向かう。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

一方その頃。

 

堅牢なフィヨルドの谷に隠れるようにして、プロペラを止め、のーんびりファフロツキーズは漂っていた。

 

格好の洗濯日和につき溜めこんでいた洗濯物を一斉に吐き出し、ロープに繋いでさながら吹き流しや鯉のぼりのようにひらひらと空に漂わせている。

 

さらに、腹部ハッチからはバケツを吊り下げたロープが何本も垂らされ、カボチャ頭たちが湖の水をくみ上げている。

 

その水で温室の人食い植物たちに水をやり、陽光を受けてキラキラと輝いている。

 

中の洋間ではウィルと姫が魔術の本片手に、パイ菓子(ガロッテデロワ)*1をお茶請けにティータイムを楽しんでいた。

 

二人の間に会話は無く、洋間には本のページをめくる音と暖炉で薪がパチパチ燃える音だけが響いてた。

 

なんと優雅な午後の昼下がりであることか。

 

窓からは午後のうららかな日差しが差し込んでおり、時折、獅子(ライオン)の身体に大鷲(ワシ)の頭と翼を持つ怪物、鷲獅子(グリフィン)が窓を横切っている。

 

「んんッツ!? 今のはなんだッツ!?」

 

暖炉の火から火の玉を精製し、ふよふよ浮かせて優雅に煙草に火をつけようとしていたウィルは、窓に差し込んだ影を見て思わず席を立つ。

 

「ん? なにが?」

 

姫は見てなかったようで、なんともないような顔をしてティーカップに口をつけている。

 

ウィルは窓に張り付いて、目を皿にし、宮仕えだった時に見た事のあるグリフォンを探していると、突然ファフロツキ―ズに衝撃が走り、姫が紅茶を取りこぼす。

 

そして窓の外を飛び交うグリフィンを見て目を剥き、ウィルと同じく窓にへばりつく。

 

窓の外には、無数のグリフィンが飛び交い、空気を魔法で圧縮したブレスをクチバシにため込み、一斉にファフロツキーズに向かって吐きつけている。

 

押し固められた空気はやがて破裂し、ファフロツキーズは爆発の反動で大きく傾く。

 

ファフロツキーズはテーブルテニスのピンポン玉のように右に左に揺れに揺れ、ウィルと姫は立っていられずに転んで尻もちをつく。

 

ウィルは床を芋虫のように這いつくばってロフトによじ登り、なんとか杖を突き立てて総舵輪を出現させ、操縦席にしがみつく。

 

ロフトの壁に外部の状態を映し出すと、フィヨルドの絶景をバックに羽虫のように飛び回るグリフィンたちの姿が。

 

「人のランチ時に、押しかけてきやがってクリスマスチキン共がっ」

 

ウィルは「最大戦速っ!」とスロットルレバーを『ヂリリン、ヂリリン』と動かし、全てのスイッチをオンにしてやみくもにアクセルを踏み込み、グリフィンたちを引き離そうと舵を切る。

 

節約の為に止めていたプロペラエンジンが轟音を立ててフル回転し、オールに似た尾鰭がせっせか空気をかき分け始める。

 

速度を上げたことで洗濯物がいくつか吹き飛び、水汲みのカボチャ頭たちが何匹か落下したが、それでもグリフィン達を引きはがす事は出来ずに、依然として追いすがってくる。

 

フィヨルドの断崖絶壁を避けながらのドッグファイト。

 

空飛ぶ魚の癖に対空防御の武装がほとんど無いもんだから、カボチャ頭たちを吐き出すしかない。

 

敵わないと分かっていても出撃する兵士のなんと哀れな事か。

 

時計塔追突事件同様、カボチャ頭たちを囮にして、逃げる時間稼ぎをしようとするも、排出したそばからグリフィンに狩られて行く。

 

暖簾に腕押し、ぬかに釘、まるで歯が立たない。

 

それでもそのグリフィンがカボチャ頭を狩る微々たる時間を使って、逃げ場の少ないフィヨルド谷から高度を上げて脱出しようとするも、小回りの利くグリフィンが頭上に先回りして、ブレスを吐きつけ、ファフロツキーズを上昇させまいと妨害する。

 

「小癪な真似をっ!」

 

ウィルは何とか状況を打開しようとレバーを操作して速度をさらに上げる。

 

がその直後、ファフロツキーズが何か引っ張られたかのように片側に向かって大きく傾く。

 

これまでのブレス攻撃のように左右にグラグラと揺さぶるものではなく、ガクンっと90度近く、ファフロツキーズが斜めに向きを変える。

 

「うわぁーッツ!」

 

ウィルの背後では姫が、滑り落ちてきた本棚やテーブルに潰されかけている。

 

レバーをいじった直後に傾いたもんだから、ウィルは操作を誤ったかと思ってレバーを入れた先のギアを思わず確認したが、間違ってはいない。

 

背後で窓にぐちゃりと押し付けられた姫が、

 

「亀っ!! 翼の上ッ!!」

 

と叫ぶ。

 

それを聞いたウィルがロフトの壁に翼側の様子を映し出す。

 

なんとそこには、グリフィン達が翼に取り付いて寄り集まり、巨大な亀に姿を変えていたのだった。

 

亀に加わるグリフィンは尚も増加し、重心が集中した片翼側に向かってファフロツキーズは急速に落下し始める。

 

ウィルは大慌てで舵輪を亀の乗っていない側にまわして体制を立て直そうとするが、焼け石に水。

 

落下の勢いはとどまることなく、大きく弧を描いてフィヨルドの岸壁に向かって墜落していく。

 

「ええいっ! 背に腹は代えられんッツ!!」

 

ファフロツキーズが岩肌に激突する寸前、残り少ない石炭の燈を使って、辺獄の門を開き、暗闇(くらがり)の世界へ離脱する。

 

移動遊園地を楽しんでいたウィルオウウィスプの一族たちは、突如として暗闇に出現した空飛ぶ魚に注目するが、そのほとんどが大して警戒するでもなく、グラスを片手に賑やか&煌びやかな空飛ぶ魚に乾杯している。

 

「見ろよっ! ありゃウイリーじゃないか?」

「ああー、長老が言ってた古代の魚ってやつか」

「あいつが死んだらあの魚もこっちに来んのかねぇ?」

「そうなったらここは益々愉快になるなぁ!」

「いえーい、国賊ウイリーに乾杯!」

 

辺獄の果てしない空間を使って態勢を立て直すウィル。

 

「腐れ先祖が好き勝手言いやがって!」

 

態勢を若干持ち直したところで再び門を開き、再度現世へ。

 

戻った先はさっきまでの狭苦しいフィヨルド谷から一変、それらを遥か下に見た、陽光まぶしい青空と白雲が視界いっぱいに広がる大空へ。

 

ウィルは逃亡生活の中で身に着けた飛行技術を遺憾なく発揮し、現役軍人パイロットもかくやと思われるほどの曲芸飛行を披露する。

 

亀の重さを逆手にとっての急降下、からのエンジン全開、急上昇。

 

舵輪を力の限り手前に引っ張り、アクセルも床板と並行になるくらいのべた踏み、暖炉の火も枠組みを飛び出さんばかりに燃え盛っている。

 

そこまでしてようやっと翼に引っかかっていた亀が、Gに耐えかねてずり落ち始める。

 

しかしずり落ちた亀は空中でグリフィンにばらけて、また追いかけてくる。

 

門を開いてフィヨルド谷に置き去りにしてきたグリフィンもすぐに追いついて、亀だったグリフィン達と合流。

 

ファフロツキーズを取り囲むように上下左右に交差した円陣を組み、ファフロツキーズの行く手を阻む。行く手を阻まれてやむをえず速度を落とすファフロツキーズ。

 

 

そこへ大きな◇形(ひしがた)の影が差す。

 

「あー、あー、天下の国賊、ウイリアム・ウィルオウウィスプに告ぐ。こちら老いぼれ捕縛用特設分隊支援航空魔導士部隊 隊長、ご存じアルベルト・アエイバロン筆頭魔導士官である」

 

ファフロツキーズの目玉がギョロっと動き、頭上を見上げるとその光景がロフトの壁に映し出される。

 

ファフロツキーズ上空には海鷂魚(エイ)にも似た王国制のフルメタル爆撃機が悠々と並走し、その影をファフロツキーズに落としていた。

 

そして、その下部の爆弾投下用のハッチからアルベルトが身を乗り出し、拡声器片手に憎たらし気な笑みを浮かべている。

 

「やぁっぱり、あいつか」

 

ウィルはがっくりと鬱陶し気にため息をつく。

 

アルベルトは拡声器を白ネズミに渡して口元に保持してもらい、代わりにウィルの罪状リストをもらって、それをいちいちオーバーなリアクションを取りながら読み上げる。

 

「えーなになに貴殿には現在、王族侮辱罪! これまたヘヴィな罪が……(ほとほと呆れた表情)えーそれから、重要文化遺産の盗難と不法占拠、さらに無免許魔導行使ぃ? うーわ、最低(サイッてぇ)(害虫を見るような目をし)魔法使いの風上にも置けないね。さらには、首都への放火と国家シンボルの破壊活動、ストロベリー・フィールドでの騒乱罪に凶器準備集合罪。ウイリアムさんほっとんどテロリストじゃないですかぁ!?(信じらんないといった様子)そんで極めつけは~、エレオノーラ第一王女誘拐監禁罪の容疑までもがッ、かかっているそうですよぉ~ッ!! これはもう助かりませんねぇ~。弁解の余地なし! 法廷では国家転覆を目論む稀代の極悪犯として、裁かれることになるだろう。さあっ、大人しく投降したまえよ!」

 

恐ろし気なアナウンスをするアルベルトに、

 

「ダレが投降するかァァァッ!!」

 

ウィルが口角泡を飛ばしてツッコミを入れる。

 

そうしていると、家財道具の山から脱出した姫がロフトに登ってきて、ウィルの背後でいたたまれなさそうにモジモジしている。

 

「まったくとんだ冤罪だ。何一つとして身に覚えがない。王女の誘拐? はん、誰がそんな事するものか、流儀に反するわ。なあエナっ、お前もそう思うだろうが?」

 

鈍感なウィルが一人で素っ頓狂な事を言って、あまつさえ姫に同意を求めてくる。

 

この段になっても分かっていない様子のウィルを見かねて、姫は使い魔の白ミミズク「グラウコービス」を読んで手に乗せ、エレオノーラ()()()使()()()()()()白ミミズクを従えているところを見せる。

 

それでも「フクロウがどうした?」と首をかしげているウィル。

 

姫は大きなため息をついて、ミミズクにパイ菓子(ガロッテデロワ)の王冠を取らせて、それを頭に載せて見せる。

 

そして出回っている肖像画と同じポーズを取ってみると、ウィルはしばらくキョトンとしていたが、次第に顔がだんだんと青ざめていき、ウィルの髭はわなわなと震え始める。

 

「黙っててごめんね☆」

 

トドメに姫がウィルの迷いに確信を持たせ、

 

「お、おまおま、お前、もしかしても、そ、そのひ、ひめひめめめッ。ヒッ────。申し訳ございませんでしたぁッ! 姫殿下様ッ、これまでのご無礼の数々、平に、平にご容赦をっ!」

 

ウィルが電光石火の勢いで操縦席から飛びのき、その勢いのまま地べたに這いつくばってひたすら平伏し奉る。

 

これまでの傲岸不遜な態度とは手の平を返したように正反対の態度を取るウィルを見て、姫は思わず吹き出し、

 

「あっはっはっ、ウィル爺さすがに変わり身が早すぎるよっww」

 

腹を抱えて大笑いしている。

 

ウィルは床に打ち付けて赤くなった額を上げ、姫の笑い転げる様子を見てやや安堵する。

 

二人がじゃれあっているのも束の間、

 

「無駄な時間稼ぎはやめるんだー、おまえは完全に包囲されているー、おとなしく出てきなさーい」

 

再びアルベルトのアナウンスが。

 

それを聞いた姫が、

 

「ほら、早く逃げないと捕まっちゃうよ」

 

といつもの調子でウィルを焚きつける。

 

「い、いやしかし、姫殿下を連れて逃げるという訳には……」

 

それに反していつに無く消極的なウィル。そうして未だ床にひれ伏しているウィルに対し姫は、

 

「そう気張るなウイリアム君。今は窮地の時、つまり無礼講だ」

 

言ってウィルを立ち上がらせる。

 

立ち上がったウィルを、前に姫はかかとを鳴らして敬礼し、

 

「さあ、大総統閣下、ご命令を!」

 

と、いつかのようにうそぶいてみせる。

 

ウィルはそんな姫の冗談に乗っかって、

 

「よおし、反撃の時だっ、目にもの見せてくれる」

 

いつも通りの偉そうな態度を取る。

 

「すぐに迎撃準備だ! カボチャ共に新型アーマーを装備させて全員出撃。おまっ……ぇ、姫殿下は【 奴隷の王冠(コルディセプス・シネンシス) 】を使ってグリフィンの無力化をお願いします……態勢が整い次第すぐにでも離脱するぅ、ます!」

 

ウィルはまだ慣れない様子で早々にまくしたて、操縦席に取って返る。

 

姫は変わらず、

 

「アイアイキャプテンッ!」

 

と冗談めかして、変装用のカボチャヘッドを被ってカボチャ頭たちを招集しにロフトを駆け下りていく。

 

ウィルはそれを見送ったのち、総舵輪を握りなおすが、

 

「なんてこったぁぁ……」

 

愕然とした表情をしている。

 

 

ところ変わってアルベルトの爆撃機。

 

強風吹き荒れる中、爆弾投下用のハッチから足をぶらぶら投げ出し、

 

「返事がないねぇ~」

 

使い魔の白ネズミに話しかけるアルベルト。

 

ファフロツキーズの周りにはキレイな円を描いてグリフィンが取り囲み、依然として何かしてくる気配はない。

 

「絶対言い返してくると思ったのに、顔を出しもしやがらないの。このまま黙って捕まるつもりなんだろうかなぁ?」

 

アルベルトが拍子抜けといった様子で退屈そうにしていると、突然ファフロツキーズに動きが。

 

「んんっ!?」

 

メガネの奥の目を爛々に輝かせ、アルベルトがファフロツキーズを覗き込むと、そのの下部から「サボテン」で作った「鎧」と「こん棒」を装備したカボチャ頭が無数に噴きだし、グリフィンを撹乱(かくらん)し始める。

 

『今だっ!』

 

グリフィンが隊列を崩した隙にウィルがエンジンを全開にしてファフロツキーズを前進。

 

急速に速度を上げて逃走を始める。

 

グリフィン達は追いかけようとするもカボチャ軍団が立ちはだかって追いかける事が出来ない。

 

一匹のグリフィンが前足についた鋭利な鍵爪でカボチャ頭を蹴とばすも、サボテンアーマーの強度は見た目に反して目を見張るものがあり、傷一つ着ける事はできない。

 

ニヤリと笑うアーマードカボチャヘッド。

 

驚くグリフィンにサボテンこん棒の鋭い反撃が。

 

グリフィンのクチバシが欠け、態勢を崩した隙にカボチャ頭に群がられ【奴隷の王冠:Mini】を植え付けらてしまう。

 

小さなキノコが見る見るうちに群生し、菌床グリフィンは力を吸われて徐々に変身の魔法が解け、元の軍人の姿に戻ってそのままふよふよと緩やかに降下していく。

 

それを目撃した周囲のグリフィン隊は戦慄。

 

「あ、あのキノコはなんだ!?」

「落ちていったアイツは大丈夫なのか!」

「やっぱり腐っても宮廷魔術師! 得体の知れない魔法を使うぞ!」

「カボチャの顔が怖い!」

 

そうしてグリフィン隊が臆していると、カボチャ頭のまとまった一団がアルベルトめがけて一心不乱に突撃して行く。

 

「危ない先生!」

 

グリフィン隊はアルベルトの身を案じるが、当の本人は破顔一笑。

 

見るからに上機嫌になり、

 

「見ろよ、野菜が襲ってくるぞ」

 

とカボチャ軍団を笑い飛ばす。

 

無線で機長に、

 

「任務ご苦労、君たちはここまででいい。高高度で待機していたまえ」

 

と告げ、返事も聞かずに爆撃機から飛び降りる。

 

「ハァーッハッハッハッ!! そうでなくてはっ! 存分に抵抗したまえっ!」

 

落下しざまに腰の笏杖を引き抜き【二匹の蛇が絡みついた黄金の長弓】に変形、弦に光の矢をつがえてよっぴき、突っ込んでくるカボチャ軍団目掛けて、矢を放つ。

 

放たれた矢は無数に拡散し、強固なサボテンアーマーごとカボチャ軍団を脳幹狙撃(ヘッドショット)

 

すかさずアルベルトの胸ポケットに入っていた白ネズミが飛び出して、空飛ぶホウキに変身。

 

落下するアルベルトはそれにサッと飛び乗り、スノーボードさながら中空を滑り回り、迫りくるカボチャ軍団の攻撃をするりするりと(かわ)していく。

 

そして躱し様、後ろ手に弓矢を打ち込みカボチャ頭の後頭部を撃ち抜いていく。

 

グリフィン隊の側にいるカボチャ軍団の一掃しながら、

 

「臆するな諸君。たかが野菜だ。我々の敵ではない」

 

短いセリフでグリフィン隊を鼓舞していく。

 

「僕が適度に間引いておくから、覚悟が出来たら追いかけてきたまえ。ああ、あと脱落した奴もちゃんと助けに行くように!」

 

アルベルトはそう言い残し、

 

「ヒヤッホーウッ!」

 

ルンルン気分で、逃げるファフロツキーズめがけて飛び去って行く。

 

グリフィン隊はその様子に勇気を貰い、アルベルトの後に続いていく。

 

 

グリフィン隊を大きく引き離し、一人で矢面に立つアルベルト。

 

そのスピードの速いこと速いこと。

 

ホウキが雲を引く程。

 

眼前からは、こん棒や火炎放射などで襲い来るカボチャ軍団、それをさながら的宛てゲームのように撃ち抜て行き、撃ち漏らしを処理しようと後ろに控えるグリフィン達にはただの一匹も回ってこない。

 

文句なしの百発百中。

 

カボチャ軍団もさすがにやられっぱなしではいられず、飼い主由来の悪知恵を使って、自身の(つる)を伸ばしてネットを作り、アルベルトを逆に捕縛しようとする。

 

「おっと、ステージが難しくなったねぇ……でもっ!」

 

アルベルトはスピードを一ノットも落とすことなく、むしろ加速してカボチャ軍団に突っ込んでいく。

 

そうして正確にネットに連なるカボチャ頭を拡散する弓矢で同時に撃ち抜いていく。

 

今度はカボチャ軍団が臆する番。

 

互いに顔を見合わせ、わたわたと慌てている。

 

が、ズル賢い一匹が一計を案じ、ネットに『奴隷の王冠』を付着させることを提案。

 

触れれば即退場のトラップネットを、しかも早々撃ち落されないようにツルを伸ばすカボチャ頭の数を倍にして、突撃させる。

 

「さらなるレベルアップ!」

 

それでもアルベルトは余裕綽々の態度を崩さず、矢を三本つがえてネット自体を撃ち抜こうとより強力な矢を放つ。

 

が、さすがの『奴隷の王冠』、撃ち込まれた光の矢三本全てを一飲みにし、三個のキノコがむっくり生えてくる。

 

それを見たアルベルトはさすがに驚いて速度を落とし、その場で停止。

 

「野菜の癖に生意気な」

 

と余裕の笑みで吐き捨てる。

 

次いでゆっくりと、手に持つ『二匹の蛇が絡みついた黄金の長弓』に超常の矢をつがえ、向かい来るトラップネットに狙いを定める。

 

その様はこれまでの曲芸じみた突飛なフォームではなく、全身の均衡がとれた、競技大会や式典で披露されるような、その道の者でなくても見惚れるような美しい佇まい。

 

それから一子相伝の呪文を唱え始める。

 

 

  『輝かりしはその御名よ

 

   天陽の化身 恩寵を広める者 雷の子

 

   詩と美と救いの使徒を崇め奉れ』

 

 

弓に絡みついていた二匹の蛇が、目を覚まして動き始める。

 

弦をつたって、矢と並行に螺旋を描き、弓に対して垂直に長く伸びていく。

 

 

  『私は生まれてすぐに、母を傷つけた地母神の子(ピュートン)をディロスの島で射殺(いころ)した

 

   私たち姉弟を卑しんだニオベには、その子共十四人を皆殺しにする事で罰とした

 

   私の敬虔なる仕者を捕らえた、愚鈍なアカイアの軍勢をこの矢一本で殲滅した』

 

 

対の蛇によって照準が合わされ、より一層に力が増殖・収縮されていく。

 

光輝く矢もその輪郭がぼやけて見える程に。

 

それに比例して、つがえた矢は蛇の螺旋を通って徐々にその矢柄を伸ばし、増幅した力を元に(やじり)(つるぎ)のように鋭く尖っていく。

 

 

  『黄金の弓矢は男を殺し、白銀の弓矢は女を殺す

 

   その矢は病魔を振りまき その矢は治癒を振りまく

 

   この矢は制裁の矢、死に逝く光』

 

 

アルベルトが呪文を口ずさみ終わる頃には、その弓矢につがえられた矢は騎馬兵の槍と見紛うばかりの大きさに。

 

その不吉な矢が放たれるのを防いでいる指が、いともあっさり離される。

 

しかし放たれたそれは単なる「巨大な矢」などではなく、

 

極太の【  破  壊  光  線(レーザービーム)  】。

 

張り詰めた弦に後押しされ、螺旋の蛇の輪を通り、放たれた光の矢はその瞬間、粒子となって解け、アルベルトの背丈以上のデタラメなサイズになって放出されていく。

 

眩いばかりの可視光線を前に、

 

「カビョぉッ!?」

 

カボチャ頭が断末魔を発する事もできず、トラップネットを構えたカボチャ軍団は消し飛ばされ、さすがの『奴隷の王冠』も膨大な力を吸収しきる事が出来ずにカボチャ軍団と運命を共にした。

 

被害はそれだけには収まらず、その射線上にいたカボチャ軍団は光に飲まれて軒並み蒸発。

 

衰え知らずのビーム砲はそのまま進んで、周囲にそびえるフィヨルドの山々を喰い千切って新しい谷を創りあげるに至った。

 

赤く焼け上がった大地を、その惨状を見てアルベルトは、

 

「さすがにやり過ぎ?」

 

かわい子ぶって小首をかしげるも、

 

「別にそんな事ないか!」

 

特段気にも留めていない様子。

 

爆砕地を反射させるメガネでその表情は窺えないが、アルベルトは、

 

「ぬはははははははははははッツ!!」

 

狂喜しながら変わらずファフロツキーズを追っかけていく。

 

後方のグリフィン隊は改めて上官の、この国最強の魔法使いの実力を目の当たりにして背筋も凍る思いをしていた。

 

 

一方で姫も垂下銃塔から、その光景を目の当たりにし、急いでウィルに報告へ。

 

「ビ、ビビビ、ビ、ビームがっ!!」

 

洋間に上がってきた姫は、今見た物を説明しようと後方を指さすも、出来事が出来事なのでそのインパクトで一番印象に残った事柄しか口から出てこない。

 

「ああ、分かっておる! だからアイツが筆頭魔導士官なんだ!」

 

ウィルも姫の言いたい事は分かっているので聞き返したりはしない。

 

さすがのウィルも額に汗を浮かべ、操縦桿を握る手にも力が入る。

 

「あんなのに捕まったら、ほんと何されるか分かったもんじゃない」

 

 ウィルは身震いし、残りの石炭の移し燈とにらめっこする。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

アルベルトが【蒼天の魔法使い】と呼ばれるからには、彼と太陽光は密接な関係にある。

 

彼がしょっちゅう日向ぼっこをしているのは、魔法の力をその身にため込むため。

 

魔法使いは魔法が使えてこそ、その役職足りえる。

 

そして魔法を使う為にはその力の源が必ずどこかある。

 

それは術士によって千差万別だが、アルベルトにとっては、アエイバロン家にとってはそれが太陽の光なのだ。

 

彼らが代々王国一の魔法使いの地位をほしいままにしてきたのには、そこに秘密がある。

 

まずもって宮廷魔術師に選抜される条件の一つとして、「特異(ユニーク)な術士たれ」というのがある。

 

彼らは総じて何か一つ、他人ではとても真似できないような、その人物を象徴する、属人性の高い術を一つ、二つ心得ている。

 

例えば【送火の魔法使い】であれば次元を超えた死霊術を、【増殖の魔法使い】であれば完璧な変身魔法を。

 

しかし、それらも力の源泉あってこそ。

 

【蒼天の魔法使い】は無限の力を有する。

 

()の一族は、太陽の光を力に還元する術を会得している。

 

この門外不出の魔術によって、彼らは、

 

「一秒たりとも魔法使いとしての責務を果たせない」

 

という時間を作ることが無くなった。

 

当然、「太陽の沈む夜」すらも長年の研究によって克服され、日中貯め込んだ力を夜間開放するという技も身に着けた。まさに不滅。

 

さらにはその無限の力を応用して【 死に逝く光(メルクリウス) 】という最強の攻撃手段すらも彼らは手に入れた。

 

不撓不屈の彼らはその力を持ってして代々国王の懐刀として活躍し、幾度となく王国に利益をもたらしてきた。

 

何人を以てしても彼らを打倒する事はできない。

 

彼らは場所を選ばず、時間を選ばず、相手を選ばず、全てに対して強い最強の魔法使いなのだから。

 

そんな連中の血と業を受け継いだ、今一番(いっちばん)やる気があってフレッシュな男。

 

名実ともに王国最強。

 

太陽の神の名を冠する血族の現当主にして、最もカリスマ性にあふれた才児。

 

この世の全ての魔法使いの筆頭。

 

【アルベルト・(エース)・アエイバロン】

 

我らがウィルをとっ捕まえに来たのはそんなやつ。

 

でもそんな彼には、その特性故に致命的な弱点があったりする。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

「ヌァーッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」

 

アルベルトはトリガーハッピーを発症して、空飛ぶホウキでくるっくる曲芸飛行をしながら狂ったようにやたらめったら一族の秘術をぶっ放す。周囲の地形は(えぐ)られに(えぐ)られ、荘厳な山麓が面白おかしく細切(こまぎ)れにされていく。

 

ビームが照射された湖は一瞬で干上がり、その下の谷底を深く掘り上げる。

 

ファフロツキーズには一国の姫が乗っている関係上、公僕として直撃させる訳にはいかないので、わざと当てないようにしているがその分周りに被害が及ぶ。

 

しかしファフロツキーズ直撃ギリギリを狙って遊んだりするから、ファフロツキーズを操縦するウィルはビームがかすめる度に冷えた肝を縮めている。

 

「あいつこそ環境破壊の罪で捕まってしまえっ!」

 

そんなウィルの気も知らず、

 

「老いぼれの寿命縮めるの楽しいィィィッ!」

 

などと倫理観皆無な事を叫んで一人で狂喜乱舞している。

 

と思ったら、急に冷静になり、

 

「ふえぇー、撃った撃った~。あの爺さん相手だと撃ちたい放題撃てるからいいよねぇ」

 

懐からクリップで止められた、すぐに書き直されることになるであろう周辺地図を出して、

 

「そろそろサーシャちゃんとのランデブーポイントだったはず」

 

と、もう無くなってしまった山を目印に、

 

「多分あの焼け跡がこの山だろう」

 

目星をつけ、

 

「おっとそっちじゃないんだな、それが」

 

再びビームを撃ってファフロツキーズの進行方向を操作する。

 

ホウキに化けたネズミから無線機を受け取り、

 

「さあ、みんな。結局僕がほとんどやっちゃったけど、そろそろサーシャちゃんとの合流地点に着くよ~。もう僕はこの後あんまりビーム撃たないから。君たちが誘導するがいいさ。さあ行って行って」

 

そう部下たちに伝えると、これまで遥か後方を飛んでいたグリフィン隊がアルベルト追い越してファフロツキーズに群がっていく。

 

「はあ~、もう帰ってもいいな」

 

アルベルトは空飛ぶホウキに寝転がり、青空を見上げ、再び日向ぼっこを始める。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

そして今。

 

追い立てられたウィルとファフロツキーズは、分隊長の待ち構えるインヴァネスの湖へ。

 

舵を切っても切っても振りほどけないグリフィンの群れとアルベルトの背後がからの威圧。

 

カボチャ軍団も全く歯が立たず、ウィルはいっこうに打開策を打ち立てられずにいた。

 

ぎりぎりと歯を食いしばり、ロフトの壁に映ったニヤケ面のアルベルトを睨みつけるウィル。

 

──それを知ってから知らずか完全に勝ち誇った顔でウィルを見返すアルベルト。

 

そしてもう勝ったとばかりにリーサルウェポンの弓矢を王笏に戻して腰に差し直す。

 

──一番の脅威が去ったにも関わらず眉をひそめるウィル。

 

──アルベルトは使い魔に無線機を貰って、部下に何事か指示を出す。

 

それを受けてファフロツキーズを包囲していたグリフィン隊が陣を崩し、やや距離を取り始める。

 

──ウィルは嫌な予感を感じながらも今が好機と離脱を開始する。

 

シッポならぬ尾ビレをまいて、開いたグリフィンの隙間目掛けてまっしぐら。

 

が、そのうしろ姿めがけてアルベルトがスッと腕を伸ばし、ファフロツキーズを押さえつけるような仕草をする。

 

これは()()()が最も得意とする魔法の、さらにその発展型。

 

『落チロ』

 

短く一言。

 

アルベルトが手を振り下ろすと同時、ファフロツキーズは見えない何かに叩き落されるようにして一瞬で湖に墜落。

 

盛大に水しぶきが噴き上がり、辺りが一瞬白む。ファフロツキーズは頭までザップリ水に沈んだが、すぐに浮上。

 

ファフロツキーズにかけられている【浮遊】の魔法によって水面を離れようとするが、プロペラや尾ビレは水を空しくかくばかりで空に飛び立つことはできない。

 

無様にもがくファフロツキーズを見下し、アルベルトは静かに一言。

 

「突入しろ」

 

それまでファフロツキーズの周りをグルグル飛び回っていたグリフィン達が、一気にファフロツキーズに飛びついて行く。

 

さながらパンくずに群がるハトのよう。

 

グリフィン隊は、一部の変身だけを解き、翼だけを残しあとは人間に。

 

腰から杖を抜き取り窓やベランダ、玄関扉へ『開けゴマ』の魔法をかける。

 

ガチャガチャッ、ガチャガチャッと、窓枠が揺れ、扉が揺れ、ドアノブが激しく揺れ動く。

 

危機的状況に姫は焦りに焦り、ドタドタと慌ただしくロフトに駆け上る。

 

「ウィル爺っ、追手がすぐそこまで来てるっ!」

 

とウィルに指示を仰ぐ。

 

しかし当のウィルは舵輪に頭を預けてうなだれている。

 

見かねた姫が、

 

「ウィル爺っ!」

 

とウィルに駆け寄って急かす。

 

 

…………しばしの塾考の後、ウィルはガバっと顔を上げ、

 

「背に腹は代えられんっ!」

 

と叫び、勢いよく席を立つ。

 

舵輪の杖を外し、操作方法を隠蔽。暖炉に駆け寄り、火床からボウボウと燃え盛る大きな薪をかき出して絨毯にくるんで水をぶっかけ姫と一緒に踏みつける。

 

残された僅かな火がチロチロと燃えている。

 

暖炉からひるがえって、テーブルの上に置きっぱなしの魔導書や作りかけの魔導具を軒並みかっさらい、両手いっぱいに抱え、

 

「目にもの見せてくれるわ!」

 

とアルベルトへの恨み言を吐きながら、家の奥へと逃げ込んでいく……

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

半分沈みかけのファフロツキーズ。

 

翼もプロペラも沈みきり、さながらパニック映画に出てくるサメのように背びれ近くだけが浮き上がっている。

 

グリフィン達が入り口に群がってまだ鍵開けに手こずっている。

 

するとそこへ、

 

「なにしてんの、早く開けないさいよぉー」

 

アルベルトが下りて来て、ちょちょいと扉を開けてしまう。

 

ちょうどそこへボートをえっちらおっちら漕いで来たユスティアス分隊長ら捕縛隊が近づいてくる。

 

小舟は全部で5隻。

 

先頭の船首で仁王立ちの分隊長を合わせて近衛兵は20人ほど。

 

沈みかけの翼の上に上陸し、ファフロツキーズにハシゴをかけて玄関小屋に登ってくる。

 

その一団を見下ろす様にして、突き出た玄関小屋の屋根の上に腰かけるアルベルト、

 

「やあ、サーシャちゃん。今日も凛々しいねぇ。目標はこの通りバッチグー」

 

そういって屋根瓦をコンコンとノックして見せる。

 

対する分隊長はそんなアルベルトを見上げ、感謝の言葉を述べるでもなく、むしろ不服そうな眼差しを向けていた。

 

何か返事をするわけでもなく、黙って、

 

「総員突撃だっ!」

 

と近衛兵らを中に突撃させる。

 

アルベルトは分隊長のつれない態度を肩をすくめて受け流し、

 

「じゃあ、君らは周辺の警戒を。窓から泳いで逃げるかも」

 

と言って、再びグリフィン隊を空に飛ばす。

 

突入部隊を見送り、自分もそれに続こうとする分隊長。

 

と、その目の前に、頭上からすっとアルベルトが王笏を差し入れて、分隊長の入室を阻害する。

 

怪訝な顔をする分隊長を置き去りに、アルベルトは玄関小屋を飛び降り、ふわりと(魔法で表面を乾かして熱殺菌し、そこだけ新築同様に綺麗になった石レンガの上に)に降り立つ。

 

そして、ちょっと待ってと人差し指を立て、自分と白ネズミに魔法をかけて、その姿を黒服を着込んだ要人警護のSPに変える。

 

耳には通信機を付け、目元はサングラスで覆い、手には何やら金属探知機のようなものを持っている。

 

これは王笏を変身させたもの。

 

アルベルトは耳に手を当て何処へ報告をしているのか、

 

「これより突入を開始する」

 

とか小声で言っている。

 

それを見た分隊長は、まーた茶番が始まったと天を仰ぎみる。

 

先頭を行くアルベルトは階段を一段一段、壁や天井も逐一入念にチェックし、分隊長を挟んで殿を務める白ネズミが、

 

「一段目、安全確保。右壁異常なし。二段目ややきしみます」

 

などといらん確認をしている。

 

早く部下を追いたい分隊長は、アルベルトを押しのけて強行突破しようとするが、アルベルトはそれを、

 

「殿中でござる! 殿中でござる!」

 

などと訳の分からない事を言って、分隊長を自分たちの間に押しとどめる。

 

分隊長は不満そうな顔をしながら、せめてもと思い中腰のアルベルトの背中をぐいぐい押し込んでさっさと進むように促す。

 

短いのに長い階段を数分かけてようやっと降り、異様な洋間へ。

 

洋間に降り立った瞬間一同は息を飲んだ。

 

茶番を演じながら階段を降りている最中に、目に入った洋間は、

 

「散らかった洋間だな」

 

程度の認識だったのに、最後の階段を降り、洋間の床を踏みしめた瞬間、その光景は一変。

 

そこは人が住んでいるというには、あまりに年季の入った場所だった。

 

壁も天井も床も全てがボロボロ。

 

壁なんかすっかりくすんで、元の柄も分からないくらいの壁紙はズルズルと剥がれ落ち、中の崩れた石壁が覗いている。

 

天井には無数のクモの巣がかかって靄のようになっている。

 

そこから落ちたであろう虫の死骸が床中に点在し、塵芥に絡まっている。

 

それなのに、窓から煌びやかな陽光が差し込み、そのミスマッチさが一層不気味さをかきたてる。

 

ファフロツキーズが半分浸水しているにも関わらず、外が水中ではない事には誰も気が付かない。

 

一連の状況を異様に思った分隊長が、

 

「おい、こんなところに本当に奴は住んでいたのか?」

 

と思わずアルベルトに尋ねる。

 

既に変身を説いたアルベルトは、チロチロと燃える蒼い炎をたたえた暖炉の前のソファアに腰かけ、

 

「いたんじゃない? ほら」

 

とテーブルの上を指さす。

 

テーブルの上には、まだ新しい菓子パイと紅茶が並べられていた。

 

もうもうと湯気を立てて。

 

あたかも、さっきまでここで誰かがティータイムを楽しんでいたかのように。

 

白ネズミがカップに触れると、

 

「まだ暖かい……」

 

と率直な感想を述べる。

 

灰皿に置かれた葉巻が燃え、ぽとりと新たに灰を落とす。

 

さしもの分隊長も怖気づいたかに思えたが、

 

「王女殿下と部下が心配だ」

 

とますます闘志を燃やしている。

 

そんな職務熱心な分隊長とは反対に、アルベルトはソファに座って手近にあった魔導書を手に取ってパラパラめくっている。

 

白ネズミはテーブルの上を片付け、パチンと指を鳴らし、アルベルトお気に入りのティーセットを出現させる。

 

チョロチョロと紅茶をカップに注いでアルベルトに渡す。

 

受け取ったアルベルトは、分隊長に、

 

「君もどう?」

 

とお茶を勧める。

 

そうでなくてもアルベルトの茶番によって時間を取られた分隊長は、

 

「いらんっ」

 

と一括。

 

それに続いて、

 

「本当を言えば今日の作戦だってお前(魔法使い)になど、頼りたくはなかったのだがな」

 

心に留めておいた愚痴が思わず口をついて出る。

 

アルベルトは紅茶をすすりながら、

 

「陛下の命とあってはしかたあるまい?」

 

紅茶をすすりながら、毒を回避する。

 

そのどこか他人事のような態度に、腹が立った分隊長は、

 

「土台、魔法使いという連中はどうも信用ならん。お前らと私達とでは忠義のありかが違う気がする」

 

と、兼ねてから抱いていた不満を吐露する。

 

がアルベルトはどこ吹く風。

 

元々あったパイ菓子(ガロッテデロワ)に手を伸ばし、パクっと一口。

 

しかしすぐに舌を出し、

 

「うええ、カボチャ味だ……」

 

口に含んだフォークごとパイ皿に戻す。

 

無視されたことにムッとし、ますます腹を立てる分隊長だったが、

 

『パァンッ!』

 

突如、家の奥から発砲音が轟き、

 

「何事だっ!」

 

家の奥へと駆け込んで行った。

 

 

────。

 

分隊長が家の奥へと姿を消し、取り残されるアルベルトと白ネズミ。

 

白ネズミが沈黙を破り、

 

「一緒に行かれなくてもよろしいのですか?」

 

アルベルトに尋ねる。

 

アルベルトは紅茶を一口含み、

 

「ぅんん? ここだけの話。できれば僕はあの爺さんにここで捕まって欲しくないと思ってる。あいつ面白いからね♪」

 

楽しそうに笑う。

 

それを聞いた白ネズミは、

 

「またそのような事。御父上が知ったらまたお怒りになりますよ」

 

とたしなめる。

 

がアルベルトはそれを鼻で笑い、

 

「『あんなぽっと出の田舎(まじな)い師にいつまでもデカい顔をさせておくつもりだぁっ~。早々にアエイバロン家の威光を示すだぁ~』ってね。僕には関係ないっつの」

 

わざと滑稽に父親の物まねをして見せる。

 

白ネズミは呆れてた様子で大きくため息をつく。

 

「偉くなると周りがイエスマンばっかでつまんなくなる。ああいう手合いは長持ちさせないと。でもまぁ、いざとなればきちんと務めは果たすさ。これは単純な鬼ごっこだからね」

 

ふふん、とどこか得意げなアルベルト。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ほんのちょっと前。

 

突入した捕縛隊が()()()()()()()洋間を出ると、そこは薄汚れた廊下だった。

 

カビの生えた壁紙は柄がくすみ、床に敷かれた絨毯も壁同様。

 

それなりに警戒する捕縛隊が一歩進む毎に、床に積もった埃が舞い上がり、壁にかかったロウソクに照らされてキラキラしている。

 

隊員の一人が視線を感じてそちらを向くと、そこには誰か分からない男性の肖像画が。

 

まるで侵入者たる自分たちを咎めるかのように、険しい視線を額縁の中から向けている。

 

それに引っ張られてか、柱などの木目さえも自分たちを監視する目のように見えてくる。

 

左右に並ぶ無数の扉は、いずれも針金でドアノブがグルグル巻きにされ、扉に板が打ち付けられて中に入る事は出来ない。

 

本当にこんな所に人が住んでいるのか? 

 

ましてや姫さまがいるのだろうか?

 

という疑問が尽きないまま、一団は武器を構え、寄り集まり、怯え腰で廊下を進んで行く。

 

すると、廊下の突き当り、T字になった部分を人が横切って行った。

 

奇抜な柄のマントをなびかせ、街灯のような長杖(スタッフ)を持った老人。

 

本作戦のメインターゲット「ウィルオウウィスプ」が横切って行った。

 

「いたぞっ!」

 

慌てて廊下を走る捕縛隊。

 

T字を左に曲がって追いかけていくと、そこにはもうウィルオウウィスプの姿はなかった。

 

これまでと同じ先の長い直線の廊下、左右の扉もバリケードが設置されて逃げ込むことはできない。

 

忽然と姿を消したのだ。

 

一同は驚愕。

 

互いに顔を見合わせたり、後ろを振り返ったりしている。

 

が、副隊長が、

 

「どこかに隠し扉があるのかもしれない。探せっ」

 

機転を利かして命令を下し、一同は壁を叩いたり、絨毯をめくったり、扉が本当に開かないか確かめている。

 

そうやっていると、一人の隊員が、

 

「姫さまっ!」

 

と驚愕の声を上げる。

 

その声につられて他の隊員も声の上がった方を振り返る。

 

すると、確かにそこにエレオノーラ王女はいた。

 

しかし様子が少しおかしい。

 

普段のありあまった元気はどこへ行ったのか、その顔は正反対の全くの無表情。

 

着ている服も姫が普段好んできているような機動性重視の物ではなく、年相応の女の子が着るような可愛らしい水色のフリフリドレス。

 

捕縛隊はやや困惑したが、それでもとりあえずは姫を見つけられて安心する。

 

服装は違えど、そのバターブロンドの金髪と翡翠の瞳は間違いなくエレオノーラ王女殿下の物。

 

副隊長が、棒立ちの姫の前にひざまずき、

 

「姫殿下、お怪我はありませんか。我々は近衛の者です。貴女様をお救いに参りました」

 

と話しかけると、姫は副隊長の方に顔を向け、

 

「どっちの?」

 

無表情のまま聞き返す。

 

副隊長が質問の意味を図りかねていると、姫の後ろからもう一人、背格好も顔も全く同じエレオノーラ姫がひょっこり姿を現した。

 

二人は手を繋いで廊下の中央に立つ。

 

ますます困惑する捕縛隊。

 

姫さまは双子ではなかったはず。

 

しかし現に今、目の前には姫が二人いる。

 

どちらかがニセ者なのだろうか? 

 

しかしその判断はつかない。

 

動揺する捕縛隊へ、双子の姫は、

 

「ねえ、どっち? どっちを助けに来たの?」

 

と質問の回答を急かす。副隊長はどちらとも判断つかず、さりとて王族の顔が分からないなんて言えるはずも無く、口をパクパクさせている。

 

それを見た双子の姫が、

 

「ヒヒッ」

 

顔を歪ませ、

 

「ケタケタケタケタケタケタケタァッ!」

 

壊れた人形のように頭を揺さぶって笑い始める。

 

そしてその勢いのせいで、長い金髪が『ズルリ』と頭から滑り落ちる。

 

そして髪の毛が抜け落ちた下にあったのは、不気味に笑う、顔がくりぬかれたカボチャ頭。

 

一同は悲鳴こそ上げなかったが、眼前の不気味な光景に度肝を抜かれてその場で硬直する。

 

しかしそれも束の間、二人の姫カボチャの背後の昇降機(エレベーター)が、

 

『チン』

 

子気味いい音をたてて降りてくる。

 

はて? 

 

昇降機などあっただろうか? 

 

たしか、ここは長い長い廊下だったはず。

 

昇降機があったら、ウィルオウウィスプがそこに逃げ込んだとして周辺の捜索などしなかったはず。

 

冷静に考えればその通り。

 

しかし彼らには家の間取りが刻一刻と入れ替わっている事に気づく余裕は持ち合わせてなかった。

 

なぜなら、彼らの意識は開いた昇降機の扉の中にあったものに釘付けになったから。

 

まず一番最初に彼らを襲ったのは、その強烈な腐敗臭。

 

腐った卵、牛乳を噴いた雑巾、堤防に転がるハエのたかった魚の死骸。

 

生臭く、ランチを思わず戻してしまいそうな、ツンとした酷い臭いが昇降機から吹き出し、廊下全体を包み込む。

 

隊員らは思わず顔がくしゃっと歪み、つぶった目から涙がこぼれるような耐え難い悪臭に苛まれる。

 

次に彼らを襲ったのは、身の毛もよだつようなグロテスクなゲル状の物体。

 

一言で言うなら吐瀉物(としゃぶつ)のそれ。

 

白濁したドロドロとした液体に、野菜くずや残飯などの生ごみ、失敗作の魔導具や壊れた家具など、とにかくありとあらやゆる廃棄物が流動性のある粘液に絡めとられ、昇降機の中いっぱいに満たされていた。

 

当然、それらはあふれでてくる。

 

四枚扉のかなり大型な昇降機(エレベーター)の扉が悪臭と共にさながら洪水のように、凄まじい勢いで吐瀉物の津波が捕縛隊員らを襲う。

 

彼らは今度こそ悲鳴を上げ、尻尾をまいて逃げ出し始める。

 

ケタケタと笑い続ける二匹のカボチャ姫が、波に飲まれ、一瞬でバラバラになったのを見て隊員らがますます恐怖する。

 

彼らは恥も外聞も捨てて、一目散に元来た道を戻るが、一向に洋間にたどり着く気配がない。

 

ここまでは角を一本曲がっただけなのに。

 

彼らの背後では、白濁した濁流が壁いっぱい、天井すれすれまで満ち満ちて、あたかも昇降機から湧き出てるかのようにとどまる気配がない。

 

恐怖に耐えかねた隊員の何人かは馬鹿正直に津波の正面を走るのを止め、少しでもこの容認できない悪状態を脱しようと、角を曲がって独断で逃走を始める。

 

しかしそれがさらなる恐怖を呼ぶことになる。

 

先ほど飲み込まれたカボチャ頭が洪水の中から浮かび上がってきて、残飯を絡ませた顔を歪ませ、はっきりと自分の前を逃げる隊員を認識する。

 

カボチャがニタァっと笑ったかと思うと、ドロドロの液体が束ねられ、手足のような形状を取り始める。

 

その歪な手足を何本も生やし壁や天井をひっつかんでグングンスピードを上げて追いかけてくる。

 

当然曲がり角も内粘液をぶちまけながらカーブしてくる。

 

最早泣きさけびながら逃げ回る捕縛隊員。

 

その後も独自に角を曲がって逃げる者が後を絶たず、その度、吐瀉物が意思を持って追跡を始める。

 

道中、半開きの扉や上り階段、天井裏から伸びたハシゴなど、明らかに捕縛隊を分断させる為の罠と思しき脇道にかどわかされ、完全に突撃部隊は崩壊する。

 

ここからさらなる怪奇が彼らを襲う。

 

 

一人は逃げる最中天井裏から伸びるハシゴに飛びついて難を逃れた。

 

後に続こうとした者もいたが、一人が飛びついた時点で既に後ろから奴が迫ってきていたため、天井裏に避難できたのは彼一人だった。

 

ハシゴを上った先には、真っ暗で狭い所に蜘蛛の巣が満ち満ちている陰気な屋根裏ではなく、縦に長い手狭な食堂だった。

 

中央にはクロスのかかった長机が鎮座し、それに準ずるようにアンティークの椅子が十二席。

 

椅子と壁の間の隙間は狭く、給仕がやっと通れるくらい。

 

天井から吊り下げられたシャンデリアも部屋に不似合いなほど大きく、より一層部屋に圧迫感を与えていた。

 

食卓の上には銀の釣鐘蓋(クローシュ)が席の数だけ並んでいる。

 

そして食卓の上座、ハシゴを登ってきた穴の正面にはさらに奥へつながる扉が。

 

彼が恐る恐るその先へ進むと、そこは調理場だった。

 

食堂と同じく狭苦しい調理場には食料棚や食器棚が窮屈そうに押し込まれ、コック帽を目深に被ったコックが一人、まな板で肉を切っていた。

 

捕縛隊員は、

 

「わ、私は王国近衛騎士団サー・ユスティアス隊所属の騎士だ! 国王陛下の命でお前の主人を捕らえに来たっ、大人しくウィルオウウィスプの元へ案内してもらおうか!」

 

一応の口上をビクビクしながらコックに向かって告げる。

 

それを聞いたコックは肉を切る手をピタリと止め、ゆらりと捕縛隊員に向き直る。

 

またしてもカボチャ頭。

 

それも、より一層狂気的な笑みを彫り込まれた個体。

 

それが両手に鉈のように巨大な包丁を握りしめて、

 

「キシャアアアアアアアアアアアッツ!!」

 

甲高い奇声を上げ、服の隙間からナイフやアイスピックなどの刃物をボロボロこぼしながら、襲い掛かってくる。

 

隊員は血相変えて食堂に逃げ込み、椅子や調度品を扉に押し付けてバリケードを作る。

 

これで一安心かと思いきや、

 

『ドスッ!』

 

扉から鋭い包丁が突き出てくる。

 

殺人コックは木製の扉を包丁で突き刺し、(えぐ)り、穴をあけようとしてくる。

 

恐怖で縮みあがる近衛騎士。

 

壁際に張り付く。

 

殺人コックが叩き割った穴から顔を覗かせ、怯える隊員を見て凶悪な笑みを浮かべる。

 

『Here's Johnny!』

 

人外の言葉で脅しかけてくる……

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

一方で半開きの扉に駆け込んだ連中は。

 

ハシゴと違って扉は複数名逃げ込める余裕があり、それなりの数の捕縛隊員が逃げ込んでいた。

 

扉の先は石造りの広大な図書館だった。

 

思わず捕縛隊員たちも、

 

「わぁお」と感嘆の声を漏らす。

 

その広さたるや。

 

天井までは何十メートルもあり、図書館の果ては奥の壁が霞むほど遠い。

 

蔵書の数も王国図書館と同等かそれ以上。

 

何十メートルもある壁一面が本棚で、それと同じ高さの本棚が何個も(そび)え立っており、それらにはいくつもの中二階が設けられ、そこへ至る為の橋や階段が設置されている。

 

床には底一面に書見台が寸分違わず並び立てられ、それは図書館の果てまで続いている。

 

捕縛隊員たちはバカみたいに本棚を見上げ、キョロキョロと部屋中を見渡しながら図書館の中を探索していく。

 

すると、突然壁の本棚からポトリと一冊の本が落ちてくる。

 

何事かと思って一行が集まると、分厚い革表紙のタイトルに、

 

『It is no use crying over spilt milk.(後悔先に立たず)』

 

と書かれている。

 

「なんのこっちゃ」

 

と一行が思っていると、隣にもう一冊落ちて来てそこには、

 

『While there is life, there is hope.(命あっての物種)』

 

と書かれてある。

 

鈍感な近衛兵たちが首をかしげていると、次は、

 

『No princesses !(ここにお姫様はいないよ!)』

 

『Get out!(さっさと帰れ!)』

 

と直接的なメッセージへ。

 

それでやっと意味が分かってきた一行。

 

しかし、その真意に沿って動こうとはしない。

 

むしろこう言う風に脅してくるという事は、その逆なのではないかと勘繰り始め、それらの本を投げ捨て、幼稚な悪戯だと嘲笑しながらそこを後にしようとする。

 

その直後、図書館全体が怒ったように振動し始め、本棚の本がバタバタと零れ落ち始める。

 

途端に慌て始める近衛兵たち。

 

やがてあまりの揺れの大きさに立って歩くことができず這いつくばって本棚の前から脱しようとする。

 

一人の近衛兵の頭の上に本が一冊落ちて来て、見開かれたページには、

 

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

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Get out! No princesses !

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    Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

   Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

 

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

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Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

Get out! No princesses !  Get out! No princesses !  Get out! No princesses !

 

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と、これでもかというくらいびっしりと書かれており、めくってもめくってもこれらの文言が全てのページに書き連ねられている。

 

気味悪くなった近衛兵がその本を払いのけると、揺れはさらに大きくなり、全ての本棚から雪崩のように蔵書が零れ落ち始める。

 

近衛兵たちは一目散に入ってきた半開きの扉に駆け寄ったが、押しても引いてもびくともしない。

 

ドアノブを力任せにガチャガチャとまわし、扉を叩き、

 

「誰かっ!」

 

助けを呼ぶも返事は無し。

 

彼らの背後には書見台を押し流しながら、本の津波が迫りくる……

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

最後は、廊下の壁に隠れるようにしてあった急な登り階段。

 

副隊長とその近辺に居た者以外は全員こっちへ。

 

薄暗い階段を登った先は、意外な事に西洋庭園であった。

 

風情のある噴水にお洒落な薔薇のアーチ、小川に囲まれた東屋。

 

それらを取り囲むツタの張った高い石壁。

 

石壁に窓は無く、完璧な箱庭になっている。

 

上を見上げると四角く切り取られた曇り空が見える。

 

今にも雨が降り出しそうだ。

 

しかし、今日は予報によると一日中気持ちのいい秋晴れだったはず。

 

それにここが外なら筆頭魔導士官直下のグリフィン隊が見えるはず。

 

ここはどこだ? 疑問点は数え上げればきりがない。

 

一団がうーんと頭を悩ませていると、そんな考えを払拭するように、庭園の奥の扉へウィルオウウィスプが駆けて行くのが見える。

 

「あっ! 待て!」

 

隊員たちは思わず駆け出すが、振り返ったウィルがニヤリと笑い、地面から何か引き上げるように、街灯長杖を頭上に向かって振り上げる。

 

途端、庭園を囲む四面の石壁が背後へ後退し箱庭の面積を大きく広げる。

 

噴水や薔薇のアーチ、東屋や小川は引き延ばされた庭園に合わせて散り散りになり、その隙間を埋めるようにして、人間の身長の何倍もあろうヒイラギの生け垣が地面からにょっきり生え上がって、捕縛隊をも分断してしまう。

 

生け垣は巨大な迷路となっており、隊員たちは突如出現した迷路によって右も左も分からない。

 

ただ、ウィルオウウィスプの、

 

「ここにお姫様はおらんっ! さっさと帰れ!」

 

という声と高笑い、扉が閉まってウィルが逃げおおせた音だけが聞こえる。

 

上司譲りの血の気の多い隊員が地団駄を踏んで悔しがっていると、自分たちを隔てているヒイラギの生け垣がもぞもぞと動き始め、横着な隊員が枝葉を押しのけてやってきたのかと予想したが、姿を現したのは犬のマスクを被ったタキシード姿の男だった。

 

手には血濡れた斧を持っている。とたん頭に登っていた血が急速に引き始める。

 

それと同時、生け垣一つ挟んだ向こうで隊員たちの悲鳴と、刃と刃を交える戦闘音が鳴り響き、慌てて自分も抜刀。

 

向き直った迷路には、両端の生け垣からポコポコと草刈り鎌やチェーンソー、枝切りバサミやスコップなどの園芸道具(凶器にもなりうる)を装備した犬マスクタキシードが湧き出していた……

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

薄暗い浴室の扉を開けて、

 

「どんな様子だ?」

 

ウィルが嬉々として入ってくる。

 

トイレの上に胡坐をかいて、なにごとか装置を動かしている姫が、

 

「混乱のドツボッ!」

 

これまた嬉々として答える。

 

ウィルは「にっしっしィっ!」と笑い、

 

「人んちにビーム撃って、無理くりおしかけて来るからこういう目に合うんだ。もっともっと恐怖のズンドコに落とし入れてくれる!」

 

腕を振り上げて宣言する。

 

今はバスルームがファフロツキ―ズ奪還作戦の秘密会議室。

 

ウィルと姫によって開発された、【鍵】の魔法の応用術式増幅装置によって、直接鍵穴にファフロツキーズの鍵を刺さずとも、自由自在にファフロツキーズ内の内装・間取りをいじくりたおせる状態に。

 

今、姫がカチャカチャと遊んでいるルービックキューブのようなおもちゃがそれ。

 

それを南京錠型のスタンドに鍵を刺し込み、淡い赤と青の二本の管(ケーブル)で接続している。

 

ウィルが家の中を走り回って捕縛隊をおびき出して、姫が分断し、ウィル考案・姫制作の【レッドラムの魔法】の産物らがおもてなしをする。

 

ファフロツキーズの内部は完全にウィルと姫の手のひらの上。

 

姫の前に置かれた水晶モニターには、殺人コックと格闘する近衛兵や、本の海で遭難する近衛兵、しんしんと雪の降る巨大迷路で犬マスクタキシードと乱戦状態の近衛兵たちの惨憺(さんたん)たる有様が映し出されている。

 

さらに姫がつまみをいじって次のチャンネルに切り替えると、未だに廊下を、意思を持った吐瀉物の濁流──【廃棄物ゴーレム13号】──から逃げ回っている副隊長らの姿が映りだす。

 

そしてとうとう恐怖に耐えかねた副隊長が廃棄物ゴーレムに向かってライフル銃をぶっ放す。

 

いまいち効果は無かったが。

 

次いでモニターにはその銃声を聞きつけて洋間から飛び出すユスティアス分隊長の姿が。

 

「隊長さんが学園長先生(アルベルト先生)と離れたよっ!」

 

姫の報告を受けて指を打ち鳴らすウィル。

 

「よおしっ、作戦をフェーズ2に移行! さあて、外のアホ鳥にも仕返ししてやらにゃあいかんな」

 

ウィルはタイル張りの壁に立てかけてあった跳ね上げ戸(ハッチ)を床に倒し、姫に言って船底に繋げてもらう。

 

ハッチを開くとそこは湖の底。静かに深い水が湛えられている。

 

ウィルは風呂場の棚に飾ってあった金魚鉢を持って来てその中身を湖の中にぶちまける。

 

緑色の濁った水と共に黒いオタマジャクシの様な生物が解き放たれる。

 

ウィルはすぐさま水晶モニターにとりついて、外の様子を観察する。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ファフロツキーズの外。

 

フィヨルドの谷にできた大きな湖の真ん中に空飛ぶ魚が沈没しかけている。

 

その周囲を飛び回る鷲獅子(グリフィン)たちは、ウィルオウウィスプが水中から逃げてこないか監視中。

 

すると案の定、沈みかけの翼近くから気泡がブクブク上がってくる。

 

先生(アルベルト)の言ったとおりだと、一匹のグリフィンがあぶくに向かって急降下。

 

魔法で水の上に立ってウィルオウウィスプが浮かび上がってくるのを待つ。

 

しかし水中から姿を現したのはしわくちゃの老人などではなく、見目麗しいブロンド髪の美女だった。

 

思っていたのとは違うのが出て来て思わず足が水に沈みかけるが慌てて気を引き締め魔法を保つグリフィン。

 

しかしその女性のなんと綺麗なことか。

 

まさに絵に描いた様な絵にも描けない美しさ。

 

免疫のない初心(うぶ)な職業軍人の(グリフィン)は、水面に霞む一糸まとわぬ女体から目をそらすことができず、徐々に変身の魔法が解けていく。

 

水にも沈んでいく。

 

湖の君はおもむろに腕を彼の頭の後ろに回し自分の顔と彼の顔の距離を近づけていく。

 

軍人の彼は突然のアプローチにどうしたらいいか分からず、しどろもどろになっている。

 

しかしこの直後、彼の甘い夢は打ち砕かれる事になる。

 

文字通り目と鼻の先にあった彼女の顔は見る見るうちに腐り落ち、その下からぶよぶよにズル向けた青白い水死体が顔を覗かせる。

 

さっきまで突き合わせていた目や鼻がアイスクリームのようにとろけ落ち、あんなに魅力的だったブロンドも今では水草の様にグズグズになっている。

 

水ゾンビは腐った声帯で『ゲボゲボ』と笑い、軍人の彼を水中に引きずり込もうとする。

 

彼は恐怖のまま再びグリフィンに姿を変え、その怪力を持って水ゾンビを引き裂いて空へ逃げる。

 

急いで彼の元に同僚のグリフィンが心配して声をかけるが、件の彼は静かに泣いていた。

 

以降彼はこの時のショックから女性恐怖症になる。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

「いひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッツ!!!!」

 

その様子を水晶モニターで見て、膝を叩いて大笑いするウィル。

 

それを後ろから姫が覗き見て、

 

「あぁーっ! ウィル爺まぁーたあたしの組んだ術式勝手に変えたでしょう!」

 

非難する。

 

「こっちの方が絶対面白かろうて!」

 

ウィルは全く反省の意を示さない。

 

姫は、

 

「悪趣味ぃ~」

 

とウィルを白い目で見る。

 

そんな視線にも気づかず、ウィルはモニターを指さして、

 

「そら真打が来るぞ!」

 

と一人ではしゃいでいる。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

ファフロツキーズの中同様、外もまた混乱のドツボ。

 

あの後水ゾンビが大量に湖から湧き出して、水草を束ねたロープをカウボーイよろしく空に投げ、空飛ぶグリフィンを引きずり降ろそうとしていた。

 

そこに、ウィルの言う『真打』登場。

 

仄暗い湖の中を泳ぐ青白い影。

 

それはファフロツキーズよりも巨大。

 

そのシルエットは「腕の生えた鮫」のようにも見えるが、頭部は魚のそれではなく人間のそれ。

 

毛髪は無く皺だらけの丸い頭部。

 

虚ろに開いた黒い眼孔に、無感情に吊り上がった口元。

 

鼻はない。

 

その名状し難い生き物がファフロツキーズの下を仰向けで泳ぎ回り、痩せ細ったその長い腕を水中から伸ばして、これもグリフィン達を捕まえようとする。

 

彼らは総じて女性恐怖症と海洋恐怖症を併発することになる。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

「外が何か騒がしくありませんか?」

 

洋間で家探しの末見つけたクッキーをかじりながら、白ネズミがアルベルトに尋ねる。

 

「うん? 気のせいじゃない?」

 

アルベルトは一瞬、玄関の外に耳を傾けたが、すぐにけろっとした顔をして茶をすすり始める。

 

洋間とて姫の手中。

 

既に外とは隔絶されており、もう玄関を開けても湖には出られないし、ロフト下の扉をくぐっても廊下には出られない。そんな事も知らずにのんきに茶を飲むアルベルトたち。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

時間は戻って、分隊長が銃声を聞きつけ、洋間を飛び出した所。

 

分隊長は廊下を駆けながら、左右の壁に違和感を覚えていた。

 

──扉が一枚も無い。

 

廊下は先も見えないほど直線的に長いのに、部屋の一つもないのはおかしい。

 

まるで、何者かに誘導されているかのよう。

 

分隊長は眉間に皺をよせ、この状況への不快感を露わにしていたが、前方から現れた人影によってその感情は取り除かれる。

 

突如として現れたのは先に突入した副隊長とその他数名。

 

彼らは完全に肝を潰され、ほうぼうの(てい)で廊下を敗走してくる。

 

そして目の前に現れた頼れる分隊長を発見し、マッチョで大男の副隊長も思わず涙がこぼれる。

 

「お前たち一体どうした!?」

 

分隊長は、屈強な部下たちが幼子のように泣きついてくる事に動揺を隠せない。

 

「隊長ッ、早く逃げないと! アレが来るっ! アレが来てしまうッツ!」

 

いつも冷静沈着な副隊長がこれほど取り乱すという事は尋常ではない。

 

分隊長は部下の素振りだけで事の重大さを図り取る。

 

しかし、それは頭で考えるよりも早く、鼻腔の奥に侵攻してきた。

 

ツンと鼻に来る何かの腐敗臭。

 

反射的に嘔吐(えず)き、刺激が強すぎて無意識に涙が零れる。

 

その後はすぐに視覚攻撃。

 

名状し難い、何とも言えない醜悪さ。

 

吐瀉物の様なゲル状の身体に廃棄物を纏い、それらを撒き散らしながら廊下いっぱいに広がって這いずって来るナニか。

 

おそらく頭部と思われる歪な顔のカボチャ頭はニタニタとあざけ笑い、汚らわしい触腕が壁や天井を握りしめながらこちらに向かって来る。

 

「なんだあれは……!?」

 

さすがの分隊長も「廃棄物ゴーレム」の尋常ならざる不快さに言葉が出ない。

 

廃棄物ゴーレムが視界に入った途端、

 

「キタぁぁぁぁぁッツ!!」

 

隊員たちは泣きじゃくりながら這いつくばってでも逃げ出す。

 

「お、おい待てっ! 逃げるな!」

 

分隊長はそう言いつつも、逃げる隊員を追って踵を返す。

 

その脚力を持ってすぐに先発に追いつき、

 

「説明しろ副長! あれは一体なんだ! 経緯を説明しろ!」

 

並走しながら状況報告を求めるが、ムキムキマッチョな副隊長は、

 

「わかりませんッツ!! 何もわかりませんッツ!!」

 

と顔の穴と言う穴から体液を溢れさせ、恥も外部も捨てて真っ正直な見解を述べる。

 

それがまずかった。

 

その情けない態度が溶岩(マグマ)のように熱い分隊長の魂を逆撫でし、

 

 

「お前はそれでも、栄えある王国騎士かァァァァあああああ───ッッツツ!!!!」

 

 

怒髪天を衝いた分隊長の拳が副隊長を容赦なく襲い掛かる。

 

「どぅんがらべぇっしゃぁっ!」

 

と妙な断末魔をあげ副隊長は壁に叩きつけられそのまま泡を吹いて失神。

 

一緒に逃げていた近衛兵も殴り飛ばされた副隊長を見て失禁寸前、お互いに抱き合ってわなわなと震えている。

 

横たわる副隊長の腰から手榴弾をもぎ取り、

 

「そこで見ていろッ! 軟弱者どもめが!」

 

なきじゃくる部下を一括。

 

分隊長は迫りくる廃棄物ゴーレムの眼前に、すっくと立ちはだかり、眼光鋭く目線だけで相手を射殺しそうなほど睨みつける。

 

それから、手榴弾のピンを抜いて、

 

「こんな奴アァなぁッツ!」

 

と足を高く上げて投球フォームをとり、

 

「こおだッツ!」

 

廃棄物ゴーレムに向かって剛速球を投げつける。

 

『ズボッ!』

 

廃棄物ゴーレムの体内に手榴弾は抉りこみ、その瞬間に体内で、

 

『パアッッーンッツ!!』

 

大爆発。

 

廊下全体に体液をぶちまけ廃棄物ゴーレムは爆発四散。

 

当然、その吐瀉物ボディは最前面に屹立する分隊長にも飛び散ったが、当の分隊長は一切きにしない。

 

凄まじい悪臭を放っているはずなのに、顔色一つ変えず、顔に飛び散った吐瀉物を返り血よろしく袖で拭い去る。

 

尚も鬼の形相で後方を振り返り、

 

「早く立て! 他の連中にも喝を入れてやるっ」

 

部下を叱責。

 

慌てて隊員たちはは立ち上がり、伸びてる副隊長を引きずって分隊長の後を追う。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

「 (°д°)……」

 

水晶モニターを見ながら開いた口が塞がらないウィルと姫。

 

「つ、次だ! 殺人コックの所に誘導しろ!」

 

衝撃から帰ってきたウィルは慌てて姫に指示を飛ばし、姫は、

 

「え? あ、アイアイサーッ!」

 

と急いでパズルを組み合わせ、分隊長と殺人コックがかち合うように間取りを組み替える。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

ズンズン廊下を進んでいく分隊長。

 

どこまでも続くかに思えた廊下に突然曲がり角が出現。

 

そこには、洋間を出てから一つもなかった扉がついてる。

 

バリケードは一切なくドアノブもすんなり開く。

 

それが分かった途端、分隊長は、

 

『バタンッッツ!!』

 

扉を勢いよく押し開き、

 

「ウィルオウウィスプッ、御用だっ!」

 

室内に殴りこむ。

 

ふぁ()っ、ふぁいひょう(隊長)!」

 

扉の中は食堂で、長テーブルの真ん中で一人の近衛兵が縛り上げられ、豚の丸焼きよろしくパンツ一丁で口にリンゴを詰められて、ディナーにされかけていた。

 

その側には全身に刃物を括り付けた殺人カボチャ頭コックの姿が。

 

「おんどりゃァッ!」

 

それを見た途端、分隊長はカッ! と鬼瓦の様な表情を浮かべ、足元に落ちていた包丁を拾って自前のサーベルを抜き放ち、驚異の二刀流、三メートルはあろう長テーブルを、

 

「ヒイヤアアアアアアッツ!!」

 

一っ飛び。殺人コックの頭上から切りかかる。

 

まさか机を飛び越えて来るとは思わなかった殺人コックは初動が遅れ、大振りの肉切り包丁を構えようとした右腕を分隊長ご自慢のサーベルで斬り飛ばされる。

 

そして間髪入れず逆手に持った包丁で残った左腕を壁に突き刺し固定する。

 

殺人コックは何が起こったのか理解するより早く、サーベルで袈裟斬りにされて塵になって四散した。

 

コックが最後に見た光景は、両目をこれでもかというくらいガン開きにし、口角を歪曲させた女傑の姿だった。

 

分隊長が殺人コックを瞬殺している間に、晩御飯にされかけていた近衛兵はついてきた隊員に救出され、

 

「怖かった、死ぬかと思った……」

「その気持ち分かるよ……」

「俺たち、生きててよかったなぁ」

 

と互いを慰めあっている。

 

それらを押しのけ、

 

「メソメソするなァッ!」

 

分隊長が食堂から出ていく。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

ウィルはモニターに噛り付きながら、

 

「おのれやりおるっ、次は知識の海で溺れるがいい!」

 

と悔しがっている。

 

姫はニコニコしながらパズルを動かし、次は図書館に行きつくように間取りを組み替える。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

次いで彼女らが行きついたのは、暴風雨が吹き荒れる本の海だった。

 

部屋中を本のページが嵐のように吹き荒れ、本棚からは絶えず洪水のように蔵書があふれ出ている。

 

そしてそれらが床を埋め尽くし、さながら海の様。

 

そこでは大量の蔵書が大きな波を作って荒れ狂い、遠くでは本の孤島に置き去りにされた近衛兵が遭難していた。

 

「おい! あれを見ろ!」

「隊長だ! 助けが来たんだ!」

「おぉーーい、おぉーーい」

 

それを見た分隊長は、未だ失神している副隊長からロープをふんだくって自分にしっかり結び、これまで救出してきた部下にその反対を託す。

 

羽織った半肩掛けコート(ペリースコート)を華麗に脱ぎ去り、分隊長は勇敢にも嵐の海に単身飛び込んで、見事な泳ぎっぷりで孤島まで泳ぎ着く。

 

「たぁいちょぉぉおおー」

 

泣きついてくる隊員を殴り飛ばし、全員を縄で縛って再び海に飛び込む。

 

「隊長、危ない!」

 

道中、吹き荒れる嵐の中明らかに意思を持ったと思しき分厚い書物が、分隊長目掛けて特攻してくる。

 

が、分隊長はあろうことかサーベルを口に咥えて頭と首をひねってそれを撃墜。

 

それも一度や二度ではなく岸にたどり着くまでずっと。

 

時には逆方向から挟み撃ちにするような連携を取ってくる本も見事な剣技でこれを一閃。

 

孤島から岸まで何十メートル、ただの一度も被弾することなく無事に遭難者を救出してみせる。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

「まだまだぁっ!」

 

ウィルは声を張り上げ腕を振り上げ髭を尖らせ、それに釣られて姫も、

 

「はいはいはいはいっ!」

 

っとパズルをせっせこ動かして最後の箱庭へ行きつくように間取りを入れ替える。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

箱庭はまさに混乱のドツボの最たる所。

 

元々、出口も入り口もない巨大な迷路。

 

その中で残った近衛兵全員と、園芸用品で武装した犬マスクタキシードが乱戦状態。

 

分隊長は扉を抜けて部屋に入るなり、すぐさま戦場(いくさば)の匂いを嗅ぎつけ、

 

全体(ぜんたぁーい)突撃(とぉつげぇぇき)ッツ!」

 

命令を下しながら自らが先陣を切って生け垣の迷路に突っ込んでいく。

 

それに習い分隊長に鼓舞された近衛兵たちも後を追う。

 

それからの事は、文章だけではとても表現しきれない。

 

分隊長の活躍っぷりといったらまさに王国無双。

 

迷路の中を駆け巡り、時には生け垣を突き破ってまで敵を見つけ出し、敵が視界に入ったそばから切り捨てていった。

 

万が一にも分隊長に襲い掛かろうものなら次の瞬間にはお魚よろしく三枚におろされている。

 

今回のハイライトは何といっても驚異の空中五人斬りだろう。

 

まず、迷路の曲がり角に突っ立っていた犬マスクに飛び掛り、眉間にサーベルを突き刺す奇襲攻撃。

 

その後、崩れる頭を踏み台に、次の犬マスク(角を曲がった先にいる)に飛び掛かる。

 

その際一体目が持っていた草刈り鎌を奪い取り、空中で身体をよじって勢いを付けてから二体目のこめかみに鎌を突き刺す。

 

次いで、二体目に鎌を突き刺す勢いを殺さず、むしろ二体目を鎌もろとも押し戻して勢いをつけ、構えたサーベルをフェンシングの要領で、眼前にいる三体目と四体目の喉元をまとめて串刺しにする。

 

そしてここからが凄まじきカウンター。

 

五体目は分隊長の背後から奇襲を仕掛てきた。

 

分隊長の身体はサーベルを三体目と四体目の犬マスクを串刺しにする動作で完全に伸び切っており、ここから反撃するには一度伸ばした腕とそれを伸ばす為の今の姿勢を一度引っ込めなくてはならない。

 

回避行動をとる余裕もない。

 

もうすぐそこまでクワを振りかぶった犬マスクが飛び掛かってきている。

 

この時の光景を目撃した隊員は「目の前で何が起こったか分からなかった」と語る。

 

分隊長は、伸ばした身体を元に戻す時、身をよじって後方から振り下ろされるクワを回避し、そしてバネのごとく引き絞った腕を力の限り振り上げ、振り上げたサーベルを返す刀で振り下ろす。

 

逆V字。

 

まさに電光石火の早業。

 

目にも止まらぬ剣の妙技。

 

見事、三枚におろされた犬マスクがその場に倒れる。

 

ここまでが僅か数秒の事

 

素人なら彼女と対峙した瞬間、刀を抜く動作の間に細切れにされている。

 

これを素の肉体能力だけでやっているのだから信じられない。

 

これこそ「魔法」と言われた方が納得がいく。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

「全部ひとりで倒しおった……」

 

ウィルは水晶モニターに映る、分隊長のアクション映画顔負けの大活躍を見て度肝を抜かれている。

 

姫も一緒にそれを見て、

 

「これは決戦ゴーレムもパワーアップしないと勝てないね」

 

と楽しそうに笑っている。

 

しかしウィルの表情は対照的に、

 

「いや。お前はここまでだ」

 

と、酷く真剣な表情を浮かべる。

 

髭も落ち着きを取り戻す。

 

姫がここに来て早三ヶ月、これだけの長い間家に帰られないのは「おてんば」では済まされない。

 

時たま「心配しないで。そのうち帰ります」という手紙を出していたとはいえ。

 

現に捜索隊が組織され、ウィルに誘拐犯にされかけている。

 

寄越された手紙も誘拐犯がカモフラージュに送って来たものと思われている。

 

今、姫とウィルが一緒にいる所を分隊長やアルベルトに見られると確実にしょっぴかれて、名誉を挽回する機会は二度と訪れない。

 

悲しいが姫とはここでお別れをしなくてはならない。

 

ウィルもその事は前々から考えていたし、姫もずっとここにはいられない事は分かっていた。

 

ウィルの告白を聞いた姫も顔から次第に笑みが薄れ、やがて穏やかにウィルへ微笑みを返す。

 

「そうね。さすがにこれ以上はダメよね」

 

姫は名残惜しそうに手から操作パズルを離し、ウィルに渡す。頭のアンテナも落ち着きを取り戻す。

 

ウィルはパズルを動かして、バスルームの扉を姫の自室に直結させる。

 

「吾輩は連中を足止めする。お前はその間に帰る準備をしろ」

 

ウィルは姫に背を向け、しゃがみこんで床に散らばる魔導具の中から足止めする為の道具を探して準備をし始める。

 

姫は何も言わず、静かにコクリと頷いてから大人しく浴室を出ていく。

 

ウィルは立ち上がって、閉じきった扉を横目で見る。

 

しかしすぐに視線を扉から外して、手元の装置を瓶漬けのキノコとケーブルで繋ぎ、侵入者らを最後の試練の間へと誘い込む。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

分隊長の活躍ですべての隊員は救出され、捕縛隊は無事合流。

 

分隊長がやたらめったら駆け回ったお陰で生け垣迷路はズッタズタ。

 

捕縛隊は噴水の広場に集結し、ウィルオウウィスプが消えていったとされる、園庭の奥に場違いにある扉の前に立つ。

 

分隊長がノブに手をかけ突入態勢を取る。その背後には、分隊長に喝を入れられ、士気が高揚した隊員たちがライフル銃を携えて腹をくくっている。

 

「行くぞっ」

 

分隊長が静かに叫び、ノブを押し込んで勢いのまま突入する。

 

その後ろ姿に近衛兵たちがワァーッと後に続く。

 

そして一団は最後の試練が待ち受ける恐怖の空間になだれ込む。

 

 

一団がなだれ込んだ先は、なんとも不思議な世界だった。

 

天井は遥か高く、頭上は大きく開けている。

 

まるで屋根がないかのようではあるが全くの野外という感じはしない。

 

地面は木材でも石材でもなく、何かは判断つかない。

 

ただ、どこまでも真っ白で、ツルツルしている。

 

ところどころ水の塊が散乱しており、頭の中で既視感を覚える。

 

天井は見えないが横は見える。

 

はっきり、とではないが、床の素材がそのまま壁になっているようで、人間の身長より遥かに高い壁を築いている。

 

当然、ツルツルしていて登る事は出来ない。

 

そして空間全体が湿気を帯びているようで、壁を登ろうにも足が滑る。

 

ただ歩いているだけでも転ぶ者が続出。

 

分隊長を先頭に一団が一塊になって進んでいくと、謎のオブジェクトが姿を現し始めた。

 

それはデフォルメされた水鳥の模型。

 

クチバシはオレンジで身体は黄色。

 

丸っこい身体とつぶらな瞳がなんとも愛くるしい。

 

他には、ポンプと管で繋がれた緑のカエル。

 

横たわるゴム製の熱帯魚たち。

 

ゼンマイ仕掛けの小型船。

 

それらはいずれも人間の身長よりも大きく、小型船などは実際に乗って動かせそうなくらい。

 

頭の中でどんどん晴れぬ既視感が募っていく。

 

やがて一団は入ってきた扉からまっすぐに進み、遂に謎の白空間の端っこにたどり着く。

 

立ちふさがる壁は、地面から緩やかな弧を描いて屹立している。

 

「おい穴だ。気を付けろ」

 

分隊長が指さす先には地面にぽっかり穴が開いており、穴の先は真っ暗で深度がはかれない。

 

隊員たちが警戒しながら壁周辺を探索していると、

 

「隊長っ、あれを!」

 

一人の隊員が声を上げた。

 

急いで全員が駆け付けると、壁から数珠玉繋(じゅずだまつな)ぎの鉄球が一筋ぶら下がっており、それはそのままさっきの地面にぽっかり空いた穴の近くに落ちていた、ゴム栓に繋がっている。

 

「お風呂の栓だ……」

 

一人の隊員がボソッと呟き、全員が先ほどまでの既視感の正体に納得がいく。

 

その直後、『カチッ』と辺りが明るくなり、

 

「正解ッツ!! ようこそ吾輩愛好のバスルームへ!」

 

ウィルオウウィスプの声が響き渡る。

 

その声は異様に大きく、まるで巨人の咆哮の様。全員が耳を塞いで鼓膜を守る。

 

そして声のした頭上を見上げるとそこには、ウィルオウウィスプの巨大なヒゲ面が捕縛隊を覗き込んでいた。

 

明るくなって改めて辺りを見回すと、そこは明らかにお風呂の浴槽の中。

 

先ほどまでの謎のオブジェクトは全てアヒルやカエルのおもちゃだったのだ。

 

捕縛隊員たちは、扉をくぐった瞬間に体の大きさを変えられる魔法にかかり、まんまとウィルの浴槽の中に囚われてしまった。  

 

ウィルはその憎たらしいニヤけヒゲ面で分隊長らを見下している。

 

分隊長はすかさず、

 

「ウイリアム・ウィルオウウィスプッ! よくも私の部下を虐めてくれたな!」

 

ウィルにふっかける。

 

ウィルはバスタブの縁にもたれかかり、気どった口調で、

 

「これはこれは近衛騎士団副団長サー・ユスティアス隊長殿。先のチャンバラ、実にお見事。さながらオルレアンの乙女の如き活躍っぷりに……」

 

と、敵を褒めるエレガントな敵役を演じようと思ったのに、

 

「私はオマエと無駄話をしに来たのではないっ、エレオノーラ王女殿下をどこへやった!? 言わんとお前を逮捕するぞ!」

 

と、分隊長に話をさえぎられてしまう。

 

ぶすくれるウィルは、

 

「ここに王女などおらんわい」

 

と言って小さな本を一掴みバスタブの中に落とす。

 

山になった蔵書が、落ちて来た拍子にいくつかページが開き、そこには、

 

「Get out! No princesses !」

 

と書かれている。

 

それを見た何人かの隊員がビクゥッ! と体を震わせる。

 

分隊長は本の山を一瞥した後、

 

「馬鹿も休み休み言え。オマエが姫様を誘拐したというネタはとっくに上がっとるんだっ。姫様が最後に目撃された付近で、オマエの姿が報告されているし、先のビック・ベル襲撃事件の際も、姫様らしき女性がこのファフロツキーズに同乗している所を、オマエの弟子が目撃しているんだっ!」

 

と淡々と証拠を並べていき、

 

「襲撃じゃない! うっかりぶつかっただけだ、だからあれは事故だ!」

 

それにウィルは慌てて弁明する。

 

「王にあだなす国賊の言葉が信じられるものかっ、大人しく姫を解放してお縄にかかれ!」

 

分隊長はウィルをまっすぐ指さして、降参を迫る。

 

「だからワシは(さら)っとらんとちゅうとろうが!」

 

ウィルもあくまでしらを切る。

 

「嘘つくなっ!」

「嘘じゃないっ!」

「さらったと言えっ!」

「わしはさらっとらんっ!」

「国中で酒が消失する事件もオマエが犯人だなっ!」

「なんでもかんでもわしのせいにするなっ!」

「逮捕するぞぉっ!」

「やってみろぉっ!」

 

分隊長とウィルの白熱した水掛け論が続く。

 

先にしびれを切らしたウィルが、

 

「弁護士を呼んでくれぇぇッ! 黙秘権を行使する! それに、どうせオマエらはここから出られんのだ! 吾輩をどうこうできるもんか!」

 

と叫んで水掛け論に終止符を打つ。

 

「吾輩を怒らせるとどうなるか思い知らせてくれるわっ!」

 

準備していた作戦を実行しようゴソゴソしていると、ハッと何かに気づいた隊員の一人が、

 

「ま、ま、まさか僕たちをこのまま溺れさせようってことじゃ!?」

 

と残酷な作戦を口にする。

 

それを聞いた周囲の者も、

 

「なんだってっ!?」

「この鬼畜っ!」

「ぼく泳げないよっ!」

 

口々に不安を口にする。

 

それを聞いたウィルはきょとんとした顔をして、

 

「まさかっ! もっと恐ろしいことじゃよ……」

 

と言って「ニタアァァ」と満面の笑みを浮かべる。

 

 

ウィルは軽く咳払いをして気を取り直し、腕をにゅっと浴槽の中へ。

 

その先にあるのは近衛兵たちが入ってきた箱庭への扉が。

 

ウィルは手品師のような口調で、

 

「衛兵隊諸君、君らのお帰りはこちらだが……」

 

と、ウィルはミニチュアの模型をいじるようにそっと扉を開く。

 

扉の枠の中は未だしんしんと雪が降る庭園の景色が見える。

 

それをゆっくりと締め直し、もう一度開くと、なんともうそこは園庭ではなく、ファフロツキーズに最初に突撃した洋間だった。

 

向こうではのんきにティータイムを楽しんでいるアルベルトの後姿が見える。

 

衛兵たちがその不思議ドアに見入っていると、

 

「しかしそこへ門番が立ちはだかる」

 

と洗面器に入った『 ()() 』を浴槽にぶちまける。

 

近衛兵たちはそれを見た瞬間、背筋が凍りつくように戦慄した。

 

 

最初に襲ってくるのは形容しがたい悪臭。

 

そしてその発生源たる、白濁し、泡立ち、炭酸水のように表面で絶えず何かが弾けているようなドロドロとしたゲル状の液体。

 

そこに混じる残飯や生ゴミの破片。

 

その様はまるで吐瀉物のそれ。

 

それが徐々に盛り上がり形を成し始める。

 

ブクブクと盛り上がる胴、そこから無秩序に生えたデタラメな手足。

 

頭部に位置する登頂の部位には彫り損じた歪んだ笑顔のカボチャ頭が、半分沈みかけで浮かびあがっている。

 

それを見た近衛兵たちは再びトラウマを想起し、悲鳴を上げそうになる。

 

そして産み落とされた廃棄物ゴーレムの膨張はとどまるところを知らず、既に昇降機(エレベーター)から噴き出した個体より格段に巨大になっていた。

 

今やバスタブすれすれまで山のようにそびえている。

 

さらにそこへ追い打ちをかけるように、そのそびえ立つ吐瀉物の身体を突き破って、殺人コック、犬マスクタキシード男、腐敗した人魚などが軍団で姿を現し、近衛兵たちはいよいよ失神しそうになる。

 

 

ウィルは廃棄物ゴーレムの後ろに手を突っ込み、洋間に繋がった扉を持ち上げ、プラプラと見せびらかし、廃棄物ゴーレム背後の壁に置きなおす。

 

「さあて。栄えある王国騎士は、この怪物を倒して無事に脱出できるかな?」

 

ウィルは悪人面を浮かべて分隊長らを嘲っている。

 

「おのれッ、ウイリアム・ウィルオウウィスプッツ!」

 

分隊長はバスタブの縁からフェードアウトしていくウィルに向かってその名前を忌々し気に叫ぶ。

 

「諸君らの健闘を祈るよ。吾輩はその間に逃げる準備をする」

 

その言葉と同時にバスルームの扉がガチャリ閉まる音がする。

 

眉間に皺を寄せて頭上を仰ぐ分隊長。

 

その間にもトラウマ軍団は迫りくる。

 

少しは骨のある近衛兵らが否が応でも抗戦を強いられ、危うい防衛線を築いてる。

 

ウィルが去った方向を未練がましく睨んでいる分隊長の元に、慌てて副隊長が駆け寄ってきて、

 

「ご指示を!」

 

と命を仰ぐ。

 

分隊長はハッと我に返り、迫りくる怪物らを見て思考をフル回転させる。

 

今すぐにでもウィルオウウィスプを追いかけたいが、この身長ではそれも難しい。

 

姫さまの救出さえままならない。

 

まずは元のサイズに戻ることが先決。

 

しかし私は魔法の解き方など分からんし……

 

またしてもアイツ(アルベルト)を頼らねばならんのかッ……

 

結論が出たところで、苦々し気に、

 

「総員、傾注せよ!」

 

と、部下たちを呼びつける。

 

防衛線を築いている部下はそのままに、

 

「まずは元のサイズに戻ることが先決だ。そこで、出張ってきている筆頭魔導士官の助けを借りる。その為に部隊を二つに分ける。一つはアルベルトのいる洋間への扉の回収班。もう一つはその間の怪物らの注意を引きつける役だ」

 

集まった部下に作戦を指示する。

 

「回収はどのように」

 

一人の隊員が質問を投げかけ、

 

「浴槽の栓をつたって縁まで登り、怪物をまわりこんで扉を回収しろ。回収班の指揮は副隊長が取れ」

 

分隊長が数珠玉繋ぎの栓から、バスタブの縁、そして廃棄物ゴーレムの後ろを順に指さし、作戦の内容を説明する。

 

「他に質問は?」

 

分隊長が質問を促すが、皆首を横に振って完全に理解したことを示す。

 

「よしっ、行動開始だ!」

 

「 「 「 サーイエッサーーッツ!! 」 」 」

 

部隊は再び士気を取り戻し、(とき)の声を上げながらトラウマに立ち向かって行く。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウィルはバスルームを出て来た瞬間、さっきまでの意地悪な笑みは顔から消え去り、その代わりにつまんなそうな冷めた表情が置き換えられていた。

 

見慣れた短い廊下をポケットに手を突っ込んで歩き、姫の自室へ。

 

扉をノックしようとして、途中でやめ、一回煙草に火をつける。

 

一服してから再び扉をノック。

 

「どうぞぉ!」

 

中からいつも通りの陽気な返事が返ってきて、扉を開ける。

 

部屋の中は綺麗さっぱり整頓されており、部屋の中央に佇む姫はここに来た時と同じ魔法学校の学生服に着替え、肩には白ミミズクを載せて、大きなリュックをしょっている。

 

すっかり荷造りが終わった姫に、ウィルは、

 

「用意できたか」

 

と、事務的に尋ねる。

 

 姫は、

 

「ばっちしっ」

 

元気に答え、親指を立てる。

 

ウィルは淡々と、

 

「じゃあ、繋げるぞ」

 

姫の部屋の扉にファフロツキーズの鍵を刺し込み、ロウソクに灯る『愚者の燈(イグニス・ファトス)』を掲げて『門』と部屋の扉を同時に開く。

 

「愚者の燈」と「鍵の魔法」の合わせ技。

 

最早鍵の魔法に制限はなくなり、どことだって繋げる事が出来る。

 

で、繋げたその先は姫の実家、ウィルの憧れの地、アンブロシウス城だった。

 

ウィルはちょっと顔を出して、扉の中を覗き上手く繋がったかどうか確かめる。

 

広々とした豪華絢爛な廊下や優美なシャンデリアが見える。

 

ウィルは顔を引っ込めて、

 

「繋がったぞ」

 

姫に淡々と告げる。

 

そっぽを向いて煙草を咥え、顔を合わせようとしないウィルに、姫はニコッと微笑み、

 

「あたしがいなくなってそんなに寂しいのっ?」

 

とわざわざウィルの顔を覗き込んで尋ねる。

 

ウィルはギョッして煙草を取り落として火の粉が足に当たり、「アチチッ!」とズボンを叩いて小躍りしてる。

 

姫はそれを見て笑いころげ、ウィルが顔を赤くして、「笑うなっ」と怒っている。

 

そして態勢を立て直したウィルが、

 

「誰が寂しいものか、今生の別れという訳でもあるまいしっ」

 

と先の姫の指摘を否定する。

 

その様子を、すっかりウィルの笑い方が伝染った姫が、

 

「ニタアァァ」

 

満面の笑みを浮かべながらじっと見ている。

 

「なんだその不愉快な顔は!」

 

ウィルはすかさず抗議に出るが、姫はすぐにいつもの元気な笑顔に戻ってにこっと笑う。

 

それからパチンと指を鳴らして小さな紫の花を魔法で出す。

 

その花をウィルの襟に差しながら、

 

「そうよ。これは『しばしのお別れ』」

 

気障(キザ)な事をやってのける。

 

ウィルは少し目を丸くしたが、すぐに不敵な表情を作り「ふん」と鼻を鳴らす。

 

そしてとうとう扉をくぐって出ていこうとする姫。

 

ウィルも今度は顔を背けず、きちんと姫を見送っている。

 

「エナ、吾輩は必ずや……」

 

ウィルはその背中に別れの言葉を投げかけようとしたが、

 

「「あの栄華の時に返り咲く」でしょ? あたしあなたの事気に入ってるんだから絶対帰ってきてよね」

 

姫に全て言われてしまう。

 

姫はくるっとターンしてウィルの顔を一目見てから、そのまま何も言わずに扉を抜け、帰って行った。

 

パタリ、と閉じ切った扉をウィルが再び開けるとそこはもう、ファフロツキーズの見慣れた廊下。

 

ウィルは姫の自室を抜けて廊下へ出る。

 

後ろ手に扉を閉めて、新しい煙草に火を点け、煙を吐く。

 

「……しばしのお別れ」

 

ウィルはそのままファフロツキーズの奥へ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

バスタブの中では再び分隊長無双が繰り広げられていた。

 

羽織った半肩掛けコート(ペリースコート)をはためかせ、トリコロールの影がバスタブの中を縦横無尽に飛び回る。

 

足場が悪い故に敵の頭を踏み台とし、殺人コックや犬マスクから奪った獲物をサーカスのナイフ投げよろしく、敵に投げ込んでいく。

 

それに加えて時たま廃棄物ゴーレムが触腕を伸ばして襲い掛かるが、分隊長は瞬時に腰に差したレバーアクション式散弾銃を引き抜いてこれを粉砕。

 

弾がなくなれば部下に「弾ッツ!」と言って投げつける。

 

残った足止め班の仕事は分隊長に気を取られた敵を後ろから撃って間引くだけ。

 

え、流れ弾? 

 

分隊長に鉄砲の弾が当たる訳ない。

 

順調にその数を減らしていくウィルの刺客たち。

 

その間、副隊長率いる回収班は風呂の栓を登り、バスタブの縁をつたって廃棄物ゴーレムの背後へ。

 

迫りくる廃棄物ゴーレムの触腕をものともせず、何とか扉の上へ。

 

ロープを下ろして扉を回収。

 

「隊長! トビラ確保しましたッ!」

 

副隊長が声を張り上げ、

 

「そこで入っていい! 奴を呼んで来い!」

 

分隊長が指示を出す。

 

しかしその声に気づいた廃棄物ゴーレムがのっそりと振り返り

 

(と言っても、廃棄物ゴーレムに前後の区別がある訳ではなく、顔に位置するカボチャ頭が沈んで背後に浮かび上がって来て)

 

副隊長らが扉をくぐるのを妨害してくる。が、副隊長らはそれよりも早く扉に滑り込む。

 

「筆頭魔導士官どのっ! どうかお助けをっ!」

 

半死半生の体で洋間に飛び込んできた捕縛隊員を見て、

 

「うわっ! びっくりしたぁ、君たちどっからでてきたの!?」

 

アルベルトは目を丸くしている。

 

アルベルト側からすれば優雅にティータイムを楽しんでいたら、突然大人数が暖炉わきの戸棚からあふれ出て来て、何事かと思う。

 

白ネズミがその戸棚を調べて、

 

「結びの魔法の類かと」

 

と端的に意見を述べる。

 

アルベルトは、

 

「なるへそ」

 

と全てを察したような返事を返す。

 

「で? なんだって?」

 

アルベルトは紅茶のカップを持ったまま、近衛兵の前にしゃがみこんで尋ねる。

 

未だ、なだれ込んできた姿勢のまま折り重なっている副隊長は、

 

「どうか私たちにかかっている魔法を解いてくださいっ! 元の大きさに戻してください!」

 

と懇願する。

 

が、アルベルトは副隊長の全身を見渡してから、キョトンと首をかしげ、

 

「特になんの魔法もかかってないようだけど?」

 

と聞き返す。

 

副隊長は、「そんなはずない」と思って抗議しようとしたが、すぐに洋間の中での縮尺がおかしくない事に気が付いて、いつにまにか元の大きさに戻っている事に困惑している。

 

アルベルトも事情がよく分からないといった様子で、クッキーを一枚咥えて副隊長らが飛び出してきた戸棚の扉の中を覗き込む。

 

するとそこはバスルームの浴槽の中、その縁。

 

そこから見える景色は何もかもが巨人サイズで、まるで自分の身長が縮んで小人になったかの様。

 

「ああ、そゆことか」

 

とまたも全てを理解したようなことを言うアルベルト。

 

眼前のバスタブの中では分隊長らと吐瀉物のお化けが戦闘中。

 

扉から顔を出すアルベルトに気づいた廃棄物ゴーレムが触腕を無数に伸ばしてアルベルトに攻撃しようとするが、アルベルトは差し伸ばした片手でそれを粉砕。

 

触腕はアルベルトに近づくにつれ表面がゴボゴボと沸騰しみるみる内に蒸発。

 

内容されていた生ごみや破棄物は瞬時に焼け焦げ炭になってボロボロ零れ落ちていく。

 

アルベルトは戸棚から頭だけを引っ込め、副隊長らに、

 

「あれやっつけたらいいの?」

 

と尋ねると、副隊長は、

 

「そ、それは是非っ。隊長と筆頭魔導士官どのがいれば怖い物はありませんっ」

 

アルベルトに出動を要請する。

 

アルベルトは爽やかに微笑み、

 

All(オー) right(ライッ)! そーゆうことなら、僕が出るからにはもうダイジョーブ!」

 

意気揚々、将校マントを脱ぎ捨てて戸棚の中に飛び込んでいく。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

バスタブの縁に立てかけられた扉から飛び出したアルベルトは、

 

「はぁーっはっはっはっはっ!」

 

さながら大泥棒かの様な高笑いを発って宙を駆ける。

 

廃棄物ゴーレムを軽々飛び越えたところで、腰の王笏を弓矢に変化(へんげ)させ、光の矢を弦に一本つがえる。

 

そして放たれた矢は無数に散乱し、たった一射で殺人コックも犬マスクも、ゾンビ人魚も、その全てを灰燼(かいじん)()した。

 

そこから地面に落下するまでの僅かな時間、一子相伝の呪文「輝かりしはその御名よ~」を唱え、例のレーザービームを廃棄物ゴーレムのどてっぱらに撃ち込む。

 

廃棄物ゴーレムはドーナツのように腹部に大穴を開け、しばしたじろいでいたが、流石は流体のボディ、ゲル状の吐瀉物が再び寄り集まって元の状態に返り咲く。

 

ちなみにレーザーの威力はかなり抑えられており、吐瀉物を貫通したビームがバスタブに焼け焦げを付けるにとどまった。

 

そのせいで倒し起きれなかったのかもしれない。

 

レーザービームを撃ちこんだ後は、空中ブランコよろしく身体をひねって落下の勢いを殺し、すかさず弓を地面に突き立てその上にチョコンとバランスよく乗っかる。

 

どうしても濡れた床に立ちたくないアルベルト。

 

それを見た分隊長が、

 

「潔癖症めっ」

 

と吐き捨てる。

 

そしてアルベルトが地面に降り立ったと同時、背後の廃棄物ゴーレムに動きが。

 

ゴーレムは、身をよじって新たに兵隊を生み出そうとしていたが、何も出てこない。

 

どころか再生したと思われた穴はまるで塞がっておらず吐瀉物が覆っていたに過ぎなかったのだ。

 

そしてそのドーナツ穴の輪郭、黒く焦げ付いた縁から次第に光り輝くヒビが走り全身を駆け巡る。

 

ひび割れから眩い光を噴き出したかと思った途端、

 

「KABOOM!!!!!!」

 

アルベルトが手の平を開くと同時、廃棄物ゴーレムは体内から爆発四散。

 

その肉片をバスタブ内は当然、壁に床に天井にぶちまける。

 

捕縛隊員たちは、自分たちがただ逃げるしかなかった強敵をものの見事に瞬殺してのけたアルベルトに、思わず賞賛の拍手を送る。

 

それを舞台がかったお辞儀で受け止めるアルベルト。

 

そこへ分隊長が武器を鞘に納めながら、

 

「余計な事をっ」

 

文句を言いに行く。

 

アルベルトは、

 

「君の手を煩わせるほどの奴じゃないよ」

 

などとおためごかしをぬかす。

 

分隊長は大きなため息をついてから、

 

「もういいっ、早く私たちを元の大きさに戻せっ」

 

アルベルトに魔法を解くよう急かす。

 

それを聞いたアルベルトは、

 

「ああ、それならあの扉をくぐればすぐに解けるよん」

 

言って洋間の戸棚に繋がる扉を指さす。

 

 

その時だった。

 

アルベルトの伸ばした腕の袖口に、ポタリと吐瀉物にまみれた残飯が落ちて来た。

 

それは天井に飛び散った廃棄物ゴーレムの残骸。

 

よくよく観察するとそれは焼き魚の皮の破片だった。吐き出された小骨も一緒。

 

それを目撃した瞬間、アルベルトの全身はわなわなと震えだし、顔からは笑みが消え去って、死体もかくやと思われるほど、生気の感じられない青ざめた表情が浮かべられる。

 

分隊長は瞬時に、

 

「まずいっ!」

 

とアルベルトに駆け寄る。

 

「落ち着けっ、ほんの少し汚れただけだ。取り乱す事じゃないっ」

 

今にも悲鳴を上げそうなアルベルトをなだめ、袖に着いた残飯をデコピンで弾き飛ばす。

 

されどその下には吐瀉物の汁が染みとなって軍服に染みついている。

 

一応ブツがなくなったことで少し平静を取り戻したアルベルトが、その染みを手で撫で、服を綺麗にする魔法をこれでもかと言うくらい何重にも重ね掛けし、染みをキレイさっぱり取り払う。

 

これで一安心、ふうっと安堵の息を吐くアルベルト。

 

しかしこれは絶望の序章に過ぎなかった。

 

微量の残飯はその本隊の先兵に過ぎず、デカいのはこれから来る。

 

天井にへばりついた残りの肉片、残骸の本隊が、

 

ベチャッツ! 

 

とアルベルト目掛けて落下してきたのだ。

 

当然さっきの『ポタリ』の比ではない。

 

小動物の体重ほどもある吐瀉物がバラエティー番組のドッキリパイ並みのテンションでアルベルトに襲い掛かる。

 

脳天直撃。

 

純白の軍服も、美形に整った顔も、全身びっちょりゲロにまみれる筆頭魔導士官。

 

お気に入りの三角帽子(ロビンフッドハット)にも吐瀉物が溜まってヒタヒタと垂れている。

 

 

 

「────────ッツ!!」

 

 

 

白目をむいたアルベルトは、

 

 

「ぅ、うわっ、ウギャああアアアァアアアあアアアアアーアアあアアアアアアあああアアアアアアアアァァァアアアアアアアあああアアアアアアアアアアアアアアアアアア”アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああアアアアッッツ ツ!!!!!!」

 

 

と奇声を上げてのたうちまわる。さながら水揚げされた魚のごとし。

 

服を脱ぎ捨てようとしてゲロに触って再び奇声をあげ、走り回るから浴槽内に点在する水たまりに足を突っ込んですっころび、さらに事態を深刻に。

 

これ以上事態を悪化させないために分隊長はアルベルトを押さえつける。

 

そこへ、

 

「マ、マママ、マスターッ! お気を確かにっ!」

 

主人の声を聴きつけて洋間から白ネズミも駆けつける。

 

白目をむいて、口から泡を吹き、小刻みに痙攣するアルベルト。

 

捕縛隊員たちもただ事ではないと駆け寄り、分隊長や白ネズミに混じってアルベルトの汚れた服を脱がしていく。

 

「ああっ! ぅぁわああ! ああぁぁあああッツ!! ッツ!」

 

アルベルトはすっかりパニックを起こしている。

 

撤退(てったぁぁい)っ! 撤退だっ!」

「衛生兵っ!」

「筆頭魔導士官どのが負傷なされたっ!」

 

全員でパンツ一丁になったアルベルトを担ぎ上げ、出口の洋間に走りこむ。

 

道中、分隊長が、

 

「着替えはっ?」

 

と白ネズミに尋ねるも、

 

「それが長旅だった故に、道中で全て袖を通してしまわれて……」

 

ともう申し訳なさそうに答える。

 

「何が長旅だっ! 首都(ランドニオン)からここまで飛行機で一時間もかからんだろうが!」

 

分隊長はつくづくアルベルトの潔癖症に呆れかえる。

 

一団はそのまま洋間へと撤退。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

「…………ゲロはアルベルトに極めて有効、っと」

 

ひっそりバスルームに戻ってきたウィルは、一連の様子を見てアルベルトの弱点をメモに取る。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

分隊長らはバスルームから洋間の戸棚へ、洋間から玄関へ直行し、捕縛隊のボートまで瀕死のアルベルトを輸送する。

 

湖にはびこっていた水ゾンビや海洋恐怖症発症ゴーレムはグリフィン達の多大な犠牲を出しながらすでに討伐されていた。

 

故に上司の変わり果てた姿を見て絶句。

 

外傷は一切無し。

 

身ぐるみはがされ、陽の光のような金髪は謎の不快物質にまみれてボサボサ。

 

おしゃれメガネもレンズにヒビが入って、トレードマークの三角帽子も今は被ってはいない。

 

「先生っ! アルベルト先生っ!」

「目を開けて!」

「気をしっかり持ってっ!」

「死なないでっ!」

 

と人間に戻った魔導士たちがアルベルトが乗せられたボートに集まってくる。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

「もう……、誰もおらんな? 全員出て言ったな……?」

 

ウィルは抜き足差し足で洋間に入り込み、扉のガラス窓や部屋中の窓を覗いて、アルベルトらが外に逃走したのを見届ける。

 

「よしっ! 撤退だ!」

 

大量の傀儡やゴーレムを作りだしたがそれも、残らず分隊長らが討伐してくれたおかげで、エネルギーは満タン。

 

ウィルは玄関に厳重に鍵を閉め、暖炉に取って返す。

 

薪を大量にぶち込んで『愚者の燈(イグニス・ファトス)』を移して火をつける。

 

廊下に隠れていたふいご頭を呼び出して、火の世話をさせ、ウィルはロフトへ駆け上がる。

 

目立たないように雑多な杖に紛れて置いておいた操縦桿の杖を魔方陣の上に突き立てる。

 

瞬時に展開される操縦席。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

敗走する分隊長らの後方で、沈みかけのファフロツキーズが徐々に振動し始める。

 

振動はやがて波となって分隊長らの乗るボートを揺るがす。

 

「撤退だ! 総員即時にこの場を離れる!」

 

分隊長の指揮に従って、急いでボートを漕ぐ近衛兵たち。

 

グリフィン隊の皆も翼を展開しボートを押している。

 

ファフロツキーズは一度完全に水の中に潜り切り、勢いをつけてトビウオの如く水上に跳ね上がる。

 

そしてそのまま水しぶきを上げながら空へ空へと泳いでいく。

 

天高く昇るファフロツキーズを見て、

 

「おのれ、二度も取り逃がすとは!」

 

悪態をつく分隊長。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

ウィルはファフロツキーズをある程度の高さまで上昇させたところでブレーキレバーを引いてその場で停止。

サイドブレーキを入れて、たったか船底へ移動。

 

下腹部のハッチを開く。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

中空で、太陽をさえぎって不気味に停止するファフロツキーズ。

 

普段なら逃げられると分かればすぐに飛び上がって雲海の中に身を隠すのに。

 

一団がしばらく頭上を見上げていると、ファフロツキーズの下腹部のハッチが開き、なにやら黒い塊が落ちてくる。

 

「爆弾だ!」

 

副隊長が叫び、反射的に全員が湖に飛び込む。

 

アルベルトはボートに置き去り。

 

グリフィン隊だけは爆弾の投下を阻止しようと急上昇して爆弾にとりつく。

 

が、落ちて来たのは爆弾ではなく、一枚の扉だった。

 

不法投棄か? 

 

グリフィン達が拍子抜けしていると、扉が開き、ウイリアム・ウィルオウウィスプの顔がにゅっと出てくる。

 

そして右左をキョロキョロ見回して、ここがまだ空中であり、それはグリフィン達が扉を掴んで落下をさまたげているからだというのを知ると、

 

「何をしとる、早く降ろさんか」

 

と怒る。

 

てっきり爆撃かと思ったグリフィン達は表紙抜けして、だまって指示に従いそのままゆっくり湖まで扉を下ろす。

 

湖では、爆撃に備えて水中深くまで潜った近衛兵たちだったが、やがて息が続かず湖面に顔を出す。

 

そして水中から顔を出した分隊長の目の前に扉が運ばれてきて、「爆弾」と人騒がせな事を言った副隊長をこづく分隊長。

 

再び扉が開きウィルが顔を出す。

 

ぷかぷか水面に無様に浮かぶ捕縛隊員を鼻で笑い、ボートの上で伸びているパンツ一丁のアルベルトにバスローブを一枚投げつける。

 

扉の枠の中でしゃがんで分隊長を見据え、

 

「もう吾輩を追ってくるんじゃないぞ。吾輩は姫など誘拐しとらんのだからな。それに吾輩にかかっている罪も全部誤解じゃ。ワシは無実だ。分かったら吾輩の邪魔はせんように。んじゃ」

 

と言ってバタンッ扉を閉める。

 

「おい待てっ!」

 

分隊長は急いでその扉を開けたが、その先には何もなく、向こうの山岳の景色が映っているいるだけ。ドア枠にぶら下がってむくれる分隊長。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

頭上では、ファフロツキーズがすいーっと雲の中に消えて行くところだった。

 

 

 

 

次回、〈最終話『捲土重来、起死回生。呉越同舟の大団円ッ!』〉に続く。

*1
【ガロッテ・デ・ロワ】フランスのお菓子。パイの中に陶器製の人形が入っており、いわゆるそれがアタリ。人形を引き当てた子供がパイを囲っている紙製の王冠を貰えて、幸せに過ごせるというレクリエーション菓子。



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最終話『捲土重来、起死回生。呉越同舟の大団円ッ!』

 

 

(12)

 

 

ファフロツキーズの使用人たちは、姫がいなくなってしまった事に、ご主人(ウィル)が思いの外落ち込んでいる(さま)に驚いていた。

 

あの騒がしいカイゼル髭も、ずっと大人しくしている。

 

話す相手がいないから口数が少なくなり、一緒に食べる相手がいないから食も細くなったウィル。

 

しかしその分魔法の研究・開発に没頭し、作戦の準備は着々と進んでいった。

 

姫と一緒に勉強した日々を糧として、自分でも散々勉強して、その知識量は魔法大学でも十分通用するほどに。

 

以前のように学生の質問をはぐらかすこともないだろう。

 

その勉強熱心さは異常なほどで、時には自分一人ではどうにもならない所は、野良の魔法使いを空中誘拐(キャトルミューティレーション)して助言を求める程。

 

故にここ数週間で王国内の魔法使いが謎の失踪を遂げる事件が多発している。

 

数日後ひょっこり帰ってきた被害者は事件の事をなんにも覚えておらず、事件はいずれも迷宮入り。

 

しかし姫だけは、ウィルの仕業だと感づいており、新聞に書かれていた「どこの誰(どんな魔法使い)が誘拐されたのか」を見て、ウィルの進捗具合を予想して一人でワクワクしていた。

 

当の姫は、これまでの行方不明期間を、

 

「港町での騒動の時、ジュリィ(付き人)とはぐれたから、国中をウロウロ一人旅していた」

 

という言い訳をまかり通し、ウィルの誘拐罪は棄却された。

 

しかしさすがの王様もこれは看過することはできず、王子の誕生一周年祭まで、お城の塔に姫様付き魔法使い共々幽閉されることになった。

 

ウィルはその時の、

 

『エレオノーラ王女100日間の家出 国王陛下激怒!』

 

の新聞記事を切り取って工房に飾ってある。

 

ウィルにとって、姫の存在は意外に大きかった。

 

ウィルは決して一般的ではない環境で育った為、他人との関係は「馬鹿にして、優越感を得る」のみだった。

 

そこへ来て、姫は持ちつ持たれつ対等な人間関係をウィルに経験させ、ウィルの価値観を変えるに至った。

 

今もウィルは()()()()()()を取り戻す為、作戦準備に奮闘している。

 

使用人たちは、ウィルの行動の補佐はできるが、姫の代わりにはなれない。

 

主人の役に立つことを使命とする彼らにとって、それはやや心苦しいものであった。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

モヤモヤした空気がファフロツキーズの中に充満しながら、あっという間に数日が経った。

 

今日は王子の誕生一周年祭の前日。

 

すなわち、ウィルの作戦実行の前日。

 

 

数々の試作ゴーレムの過程を経て、遂に完成した

 

【 | S G – 6 2 – I 2 5 《ギガント・ゴーレム & グレムリン・スパンデュール》 】

 

見た目こそI8(時計塔時点)とさして変わらないが、その内部機構は大幅に見直され、武装の数も質も桁違い。

 

あのユスティアス分隊長はおろか、筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロンにさえ勝利できうるほど。

 

それに対抗しうるウィルの武装も飛躍して充実。

 

ファフロツキーズ内に残された古代魔法文明の遺物と、姫に教わった現代魔術をウィルの持つ「愚者の燈」を使って力技で実用に漕ぎ付けた、底意地の悪い混沌(ハイブリッド)魔導具の数々。

 

杖に水晶、植物に魔導書、薬品もどっさり蓄え明日に望む。

 

そして忘れちゃいけない、舞台衣装。

 

明日という晴れの舞台の為の特別誂えのお洋服。

 

一番お気にサヴィル・ロウの三つ揃えと、自らを覆い、外から来る危害から自分を守るための『ウィルオウウィスプ柄袖付きマント』、悪魔の意匠を借り、知恵をもたらしてくれる『つば広のトンガリ帽子』その他、五感を底上げする耳飾り・指輪・靴など。

 

最早、若作りなどはしていない。

 

それらの最終チェックだけで、前日はあっという間に日が暮れる。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

晩御飯の時間。

 

久しぶりに洋間のテーブルに着くウィル。

 

近頃はずっと格納庫にこもりっきりで、食事はずっと足場の上で済ましていた。

 

でも今日は違う。

 

今日は成功の前祝い。

 

机にはきちんとクロスを引き、花も飾り、キャンドルも焚く。

 

ソムリエ役のカボチャ頭が持ってきた食前酒を舐めながら、蝶ネクタイを付けたウエイター役のカボチャ頭がメニューを持ってくる。

 

今日はいつものカボチャ料理ではなく奮発して高級ステーキを焼いて、年代物の葡萄酒も栓を抜く。

 

と、そうはなから決めていたのにわざわざメニューを見て、あれこれウエイターに尋ねる一連のモーションを取る。

 

そうしてフレンチレストランを十分気どった後、真剣に吟味した結果、ステーキに決定。

 

カボチャ頭が慇懃に下がってウィルは再び一人に。

 

運ばれてきた前菜をつつきながら、テーブルに肘をつき、対岸の、いつも姫が座っていた席をぼんやり眺める……。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

しばらくしてコック帽アタマが自信満々にメインデッシュを洋間に運んで来る。

 

が、そこにウィルの姿はなかった。

 

誰もいない洋間。

 

ウィルがさっきまで座っていたであろう席は椅子が引かれたまま放置され、テーブルの上も食器が一人で放置されている。

 

主人がおらず困惑したコック帽アタマは、あわてて同族を緊急招集。

 

頭シリーズ総出でウィルを捜索する。

 

何処を見ても、パタパタと元気に走り回る姫の姿を思い出す。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

────。

 

一通り家の中を探し回ったアタマ達。

 

「カボボッ!(みつけたっ!)」

 

そうして半時ほど主人を探していると、一匹のカボチャ頭がウィルを発見。

 

ウィルは格納庫に居た。

 

間接照明だけで薄暗い中、ゴーレムの周りに設けられた足場の上で一人紫煙をくゆらせる。

 

そこはいつの日かウィルと姫が試作ゴーレムの完成を眺める為に用意した、簡易的なティーテーブル。

 

格納庫の隅から、それを見ていたたまれなくなったアタマたちはお互いに顔を見合わせ、何事か了承しあう。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

一人黄昏るウィル。

 

すると突然、バッと格納庫の照明が着き、次いで、

 

『カンッカンッカンッカンッツ!』

 

とアタマたちがフライパンや鍋など調理器具を叩いてパレードを開催して行進してくる。

 

大量のごちそうを担いで紙吹雪を撒き散らしながら。

 

先頭にはスカートを履いて金髪のカツラを被ったカボチャ頭がクルクル踊っている。

 

驚くウィル。

 

手すりから乗り出し、

 

「な、なんだっおまえたち、故障か!?」

 

ウィルがいぶかしんでいると、全員が隊列を崩し、ふいご頭が吹く笛の根に合わせて並んで文字を作り始める。

 

『N・O・T・L・I・K・E(らしくない)』

 

それを見たウィルの顔は、

 

「ニタアァァ」

 

と一瞬でほころび、

 

「はっ、生意気な事をっ!」

 

と強がりを言っていつもの調子に戻るウィル。髭も同様にピンッと立つ。

 

そして足場の手すりの上に飛び乗って、腕を振り上げる。

 

「者共聞くがよい! 明日こそ待ちに待った約束の日っ! 我らが技術の結晶【スケープゴート】(名前を呼ばれた二体の目に『ぐぽーん』と光が宿り、ウィルの背後で立ち上がる)を使い見事、栄華の日々に返り咲くッツ!」

 

「わあーっ!」

 

とパレードから歓声が上がり、拍手が巻き起こる。

 

ウィルは歓声を制することなく、起動したゴーレムの手のひらに乗って、担ぎ上げられ、

 

「今日は前祝いだ! 無礼講だ! 飲めや歌え、存分にハメを外せっ!」

 

とパレードをあおっている。

 

 

今夜のファフロツキーズはどんちゃん騒ぎ。

 

老いぼれ魔法使いを筆頭に、カボチャのお化けや家具アタマ、巨大なゴーレムらが踊って歌って、騒ぎたてている。

 

その様子を倉庫の隅で眺めているドブネズミ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

「ついに明日。楽しい明日がやってくる」

 

その頃、姫も同じくして晩御飯時。

 

幽閉されている塔の窓辺で一人笑って、アンテナを振っている姫。

 

それを家臣が運んできた晩御飯を受け取った姫様付き魔法使いが、

 

「なぁに笑ってるの。気持ち悪いわねぇ」

 

と白い眼を向けている。

 

そんな二人を窓の外から眺めている一羽のカラス。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

「三か月の遅延。短いようで長かったわね」

 

部屋に閉じこもるウインディは黒猫の瞳を覗き込みながら、一人つぶやく。

 

「ついに明日、ようやく憂さが晴れる。誰もかれもがわたしの前にひざまずくのよ」

 

そう言って、蒼く燃え盛る石炭に淀んだ視線を送っていた。

 

その背後。ウインディを見ないようにして、酒をあおる浮遊霊。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

さあ、ついにその時。

 

朝から王国はお祭り騒ぎ。

 

なんといっても今日は第一王子の生後半年を祝う祭日なのだから。

 

親バカというなかれ、今の国王は残念ながらなかなか子宝に恵まれず、長い間子供はおてんば姫一人きりだった。

 

だがいよいよ男子が生まれ、王様も奥方も家臣らも大喜び。

 

それはもう祝日を増やすほどに。

 

王城には近縁遠縁問わず王族たちが集結し、徳の高い聖職者や自国はもちろん各国首脳までもが大勢招待され、城下街は観光客であふれていた。

 

王族が嬉しいのは勿論のこと、商売人は稼ぎ時だと精を出し、逆に労働者は朝から赤ら顔で酒に酔いしれている。

 

そして。

 

彼らとは全く異なる期待で胸を躍らせている者たちが、あっちに、こっちに。

 

 

本日、王国の中心となっているのは王城の中でもとびきり大きな大広間。

 

喜び事があるときは必ず使われる宴会の間を、王子が生まれた事を記念して王様が改築させた、まさに今日と言う日の為にあつらえた場所。

 

天井いっぱいにはめ込まれた色彩豊かなステンドグラスは、聖母に抱かれた王子をモチーフに作られており、壁に開けられた大窓は巨人が出入りできそうなほど巨大で、王子が生まれた時に咲いていた黄水仙(ダファディル)の柄のカーテンがかけてある。

 

今は国の要人で広間はごった煮。

 

それ故に警備は万全中の万全。

 

今日だけは、「ウィルオウウィスプ捕縛分隊」のユスティアス分隊長が、「近衛騎士団」副団長に復帰しており、のみならず筆頭魔導士官率いる魔導士団やウインディ含む王室付き魔法使いなど、王国の主戦力が勢ぞろいしている。

 

そんな強者(つわもの)たちにがっちり守られて、招待客は奥まった位置にある玉座へと列を築いている。

 

彼らは王様と王妃と王女に(こうべ)を垂れたのち、その前に置かれたゆりかごの中を覗き込んで、すやすや眠る王子に謁見していく。

 

国家の長たるもの、こういう場でこそ威厳を示さねばならないのに、姫はさっきから要人たちとの挨拶もそこそこにキョロキョロそわそわ、一向に落ち着かない様子で、ひいきのスノーマン(ウイリアム)の到着を待ちわびている。

 

そんなだから王様に、

 

「こらっ、じっとしておらんかっ」

 

と怒られている。

 

王族への挨拶を済ました客たちは用意されたごちそうに群がっている。

 

無数に並んだテーブルの上に置かれた無数の美食たち。

 

それらを受け取りグラス片手にVIPたちが談笑している。

 

その中で一人だけパーティ参加者の平均年齢を大幅に下げる者が。

 

談笑する相手もおらず、壁の花を気取っている一人の少女。

 

ウインディは一応TPOに合わせてパーティードレスで着飾り、よそった氷菓子(シャーベット)をちまちま食べている。

 

そうして野望の為の要石(ウィルオウウィスプの末裔)が来るのを今か今かと待ち構えている。

 

 

 

「カボッ」

 

そんな大広間を、窓の外から覗いている怪しげな影が。

 

ウィルの使い魔「カボチャ頭」が一匹、現代で言うところのテレビカメラの様なものを持って大広間の中を撮影している。

 

そのカメラから延びる黒い管(ケーブル)はそのまま遥か上空までつながっており、それを通して城内の様子を中継していた。

 

 

 

「ふんふんなるほど、この辺りに人が集まってて……王子さまはぁーっと……」

 

お城の遥か上空。

 

雲の上を浮遊しているファフロツキーズの操縦席で、ウィルはカボチャ頭から送られてくる映像とにらめっこしながらゴーレムを投下する場所を探していた。

 

 

 

窓辺に見知ったカボチャ頭を発見した姫は、

 

「あっ!」

 

と喜んでカボチャ頭に向かって、

 

「やっほぉー」

 

と、手をヒラヒラ振る。

 

謁見中に明後日の方向に向かって手を振る姫をいぶかしんだ王様が、

 

「どうかしたのか?」

 

と姫に声をかけ、姫が手を振る方向を覗き込む。

 

 

 

その様子をモニター越しに見ていたウィルは、

 

「まずい!」

 

と、急いで垂下銃塔のカボチャ頭たちに言って、カメラごと下のカボチャ頭をヒョイっと引き上げさせる。

 

 

 

何か見えたような気がするが王様は、見間違いだろうと思って、

 

「よそ見しないっ」

 

と姫をたしなめる。

 

姫は、

 

「ごめんなさーい」

 

と気の無い返事をしながら、再び窓辺に吊り下げられたカボチャ頭に向かって小さく手を振る。

 

 

 

「あのバカ……」

 

とウィルはニヤニヤしながら文句を言っている。

 

そうして、お城の見取り図に「ここだな」と印をつけ、ゴーレム投下の余波で権力者たちが怪我をしないようにバリアを張る魔法を唱える。

 

 

 

「うん?」

 

大広間では、急に守りの魔法が付されたことに魔法使いたちが驚いている。

 

この場で感づいていないのはモグリの者だけ。

 

 

 

ウィルは手から燃え落ちる「守りの呪符」を捨て去り、魚型の鍵が繋がったルービックキューブをいじって、格納庫と下腹部ハッチを繋ぎ合わす。

 

そして勢いよく鍵をひねって、

 

「捲土重来ッツ!」

 

ゴーレムを投下する。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

大広間で魔法使いたちが突然の防御魔法の展開に驚いていると、

 

 

『ドォ、ッッシィィィーーンッツ!!!!』

 

 

と何か巨大なモノが天井のステンドグラスをぶち破って落ちてきた。

 

広間は騒然。

 

皆突然の出来事に何が起きたのか、何が落ちて来たのかさえも把握しかねている。

 

舞い上がる粉塵をかき分けて巨人ゴーレムがその姿を現す。

 

身長が二階建てバス以上もある巨大体躯。

 

その風貌は、言うなれば岩石ゴリラ。

 

しゃくれた顎に四角い頭、三角形の尖った目で広間全体を睨みつける。

 

鉱石製の寸胴の身体には、古代土器を思わせる紋様が全身を這っており、背中からは大小様々な煙突がにょきにょき生えて、黒煙や蒸気を吐き散らす。

 

牛馬の胴の様に太い腕を振り上げ、肩に乗る鉄仮面を被った黒い小鬼の妖精が「ウギャウギャ」と笑う。

 

それらを見て「キタァァァッー!!」と心の中で叫ぶ姫。

 

 

分かりやすい危険を目の当たりにして招待客たちはパニックを起こす。

 

逃げ惑うそれらと入れ替わるようにして近衛兵たちが広間になだれ込んでくる。

 

そして先手必勝、なだれ込んだ勢いのまま抜刀し、ゴーレムに皆で群がっていくが、群がったそばからゴーレムの巨椀に薙ぎ払われていく。

 

まるで歯が立たない。

 

奥まった玉座では王様や大臣たちが、王子のおわすゆりかごにかぶさって必死に守ろうとしているのに対し、姫は、

 

「そこだ! 行けっ! やれやれぇ!」

 

とファイティングポーズを取って拳を振っている。

 

「まあ、なんてはしたない!」

 

と王妃が目を覆い、大臣らがお姫様付き魔法使いのジュリィを睨む。

 

「あたしのせいじゃありませんよ!」

 

とジュリィは弁解をはかる。

 

そうやって近衛兵たちがいいようにあしらわれていると、

 

「やいやいやいっ!」

 

と声を張り合あげてユスティアス分隊長の兄、近衛騎士団の団長が前に出て来た。

 

それを見た王様は、

 

「おおっ、騎士団長! 早うっ、助けてたもう!」

 

と喜びの声を上げている。

 

出張ってきたのは分隊長と同じ深紅の髪を持つ大男。騎士団の制服を豪快に着崩し、さながら野武士のごとき。

 

「おめぇっちが今世間を騒がせているっていう「小鬼(グレムリン)」と「でいだらぼっち(ゴーレム)」だな! 若様をお祝いする祭りの日に押しかけてくるたぁ、ふてえ野郎だ! このおれっちが成敗してくれる!」

 

などと息巻いて、なんともエキゾチックな物言いでグレムリン&ゴーレムに喧嘩をふっかける。

 

ゴーレムに群がっていた近衛兵が退き、両者の間に道を開ける。

 

逃げ惑っていた招待客も、世紀の対決を見届けようといったん足を止める。

 

 

……睨みあう両者。

 

 

最初に火蓋切ったのは騎士団長。

 

「デヤアアアアアッツ!」

 

雄叫びを上げながらゴーレムに斬りかかる。

 

身の丈以上もある大太刀を軽々振り上げ、襲い来るゴーレムの拳めがけて振り下ろす。

 

『ガキィィンッ!』

 

しかし騎士団長ご自慢の大太刀はゴーレムの指に刃があたった瞬間、根元からぽっきり折れ、長い刀身が弾け飛ぶ。

 

「ッツ!!!! アッと驚く為五郎ぉ〜〜」

 

騎士団長は刀身がきれいさっぱりなくなった愛刀をまじまじと見て度肝を抜かれている。

 

片やゴーレムの拳には傷一つ着いていない。それを見て怖気づく近衛兵たち。招待客も踵を返して逃走を再開する。

 

 

すっかり意気消沈する騎士団長に向かってゴーレムが、再度殴りかかろうとしたそこへ、

 

「兄上っ! 一度お下がりをっ!」

 

そう言って我らがサー・ユスティアス副団長がゴーレムの拳を細っこいサーベル一本、片腕一本で弾き飛ばす。

 

パンチをはじかれてたじろぐゴーレム。近衛兵に引きずられて早くも退場する騎士団長。もう出番はない。

 

全身にサーベルを装備した副団長は、両の手に剣を構え、

 

「よくも兄上をっ! 仇をとってやるっ!」

 

再び世紀の対決。

 

 

「グウウォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!」

 

 

雄叫びを上げるゴーレム。迫りくる副団長。

 

ゴーレムは格段に性能アップされた機構で嵐のような連撃を副団長に叩きこむが、副隊長はその全てをサーベルで流しきり、あまつさえ反撃を加えてくる。

 

グレムリン&ゴーレムにとっては、一度敗走した相手であり、今回はリベンジのチャンスであったが、まるで歯が立たない。

 

しかしそれは相手も同じ。

 

副団長にとっては国の平和を脅かす怨敵。

 

しかも一度取り逃がしている。

 

最近はウィルオウウィスプにも逃げられっぱなしで、ここらでなにかしら成果を上げたい。

 

が、今回はいつぞやと違って一振りで腕を斬り飛ばすという訳にはいかないようで。

 

副団長が猛烈なパンチのラッシュの隙間を縫うようにして、繰り出した反撃は、軒並み兄の大太刀と同じ末路をたどっている。

 

すぐさま新しいサーベルを抜くも、両者、完全な膠着状態。

 

お互いの攻撃が通用しない。

 

埒が明かないと思った副団長はゴーレムの拳を下方向へ受け流して、床にめり込ませる。

 

瞬時に横合いから迫りくる残りの拳をひらりと避け、めり込んだ腕を足場にゴーレムを駆け上がる。

 

狙うは肩口のグレムリン。

 

副団長とゴーレムが凄まじい攻防を繰り広げている間、グレムリンはその目をかっぴらいて両者の動きを観察し、リアルタイムでゴーレムの動きを最適化していた。

 

副団長もゴーレムと斬り結んでいく内、徐々にゴーレムのパンチのキレが上がっていくのを感じ取っており、

 

「グレムリンがゴーレムを操っている」

 

という部下のかつての言葉を思い出し、なればと、まずはグレムリンを先に始末しようと飛び掛かる。

 

危うしグレムリンッ! 副団長の刃がグレムリンの首を斬り飛ばそうと差し迫ったその時、

 

 

『ボフンッツ!!』

 

 

辺り一面に白靄(しろもや)が噴き上がり、副団長の身体が宙を舞い、壁に向かって大きく吹き飛ばされる。

 

「ッツ!?」

 

何をされたか分からない副団長。

 

広間の壁に叩きつけられる前に、サーベルを壁に突き立てながら受け身を取り、くるりんと中空で一回転して地面に降り立つ副団長。

 

何をされたと思ってグレムリンを見返すと、そこには副団長がいた位置に向かって真っすぐ腕を突き出すグレムリンの姿が。

 

その手の平、五指の先には空洞が穿たれている。

 

グレムリンは冷や汗を流しながらも自身の装備が効果的なのを分かって、その穴からスチームのような物をこれ見よがしに二度三度噴出させる。

 

よくよく見るとその噴射口は全身に開いており、プシュプシュと蒸気を発している。

 

「っく、あれではまともに近寄れんぞ……」

 

苦い顔をする副団長。

 

そこへ、分隊の副隊長がやってきて、

 

「隊長っ、ライフルを使いましょう! 鉄砲隊はすでに準備できていますっ」

 

と提案するが、

 

「ダメだ! まだ来賓方の避難が完全ではないし、それに陛下たちがまだ逃げきれていないっ」

 

と副団長はさらに苦い顔をする。

 

王様たちがいるのは広間のやや奥まった位置にある玉座。

 

ゴーレムはちょうどその前に陣取っており、ちょうど騎士団と王様の真ん中にゴーレムが立ちふさがっている。

 

万が一流れ弾や跳弾を考えると下手に銃を持ち出す事は出来ない。

 

 

近衛騎士団が手をこまねいていると、

 

「ここは……僕の出番かなッ☆」

 

と筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロンが、魔法使いたちを引き連れて参上。

 

それを見た王様は、

 

「おおっ、アエイバロン卿! 早うっ、助けてたもう!」

 

と歓喜している。

 

「今日が晴れだったことを恨むんだね」

 

背後に控える使い魔の白ネズミから王笏を受け取り、【二匹の蛇が絡みついた黄金の長弓】に変形。

 

さらにアルベルトの部下たちが周囲の窓を全て開け放ち、外に控えたグリフィンが大鏡を持って陽光をアルベルトに反射させる。

 

三六〇度全身に陽光を浴びるアルベルトが、弓矢をまっすぐゴーレムに向かって構え、一子相伝の呪文を唱え始める。

 

それを見た老魔法使いたちが、

 

「おお! あれが天下に名高いアエイバロン家の秘奥義ですな!」

「つい先日もインヴァネスの湖周辺を更地に変えたとか」

「ついにアポロンビームがこの目で見れるっ!」

 

と年甲斐も無くはしゃいでいる。

 

戦車の砲塔よりも物騒な物を向けられ、わたわたと取り乱すグレムリン&ゴーレム。

 

あまりの威圧感と恐怖のストレスに耐えかねた巨人ゴーレムは次第に、

 

「オエッ、オエッ」

 

嘔吐(えず)きだし、遂には喉奥に仕込まれたノズルから緑色の吐瀉物をアルベルトに向かって勢いよく吐きつける。

 

その光景を見た副隊長をはじめとする、ファフロツキーズに突入した面々は潔癖症を発症したアルベルトの取り乱し様をフラッシュバックし、思わず駆け付けようと体が先に動く。

 

が、

 

「そう何度も同じ手を食うもんかっ!」

 

アルベルトは構えた弓を下ろし、(弓と弦の間に瞬時に腕を通して)吐瀉物に向かって両腕を掲げる。

 

吐瀉物はアルベルトに届く少し手前で、何か透明な壁に阻まれるように飛び散り、四散したそばから液状部分は蒸発し、個体部分は乾燥してボロボロと崩れ落ちていった。

 

グレムリン&ゴーレムは、ウィルに授けられた対筆頭魔導士官用のリーサルウェポンを攻略され、度肝を抜かれるが、すぐにもう一つの機能を思い出して実行に移す。

 

「ウギャギャ、ギャ、ギャギャッギャッ」

 

グレムリンが【 ()()()()()()() 】に指示を出すと、巨人ゴーレムの口から噴射されていた緑の吐瀉物、改め「ヘドロゴーレム」が波打って流れが何本にも枝分かれし、右から左から、上から下から、はたまた背後から、四方八方、アルベルトを包み込むように襲い掛かる。

 

さすがに防ぎきれまいとグレムリンは思ったが、

 

「なんのっ!!  僕を舐めるなよっ!」

 

アルベルトはさらに熱量を上げ、大陸舞踊のように腕を振り回して、迫り来るヘドロゴーレムを軒並み干上がらせていく。

 

ヘドロはただの一滴もアルベルトに降りかかる事はなく、降り注いだ形のまま軒並み乾燥していった。

 

副団長ら近衛兵たち、並み居る魔法使いたちは筆頭魔導士官の実力を目の当たりにし感服している。

 

が、乾いたヘドロの上にさらにヘドロが覆い被さり、次第にアルベルトはヘドロに包囲され、ヘドロの(まゆ)に包み込まれてしまった。

 

当然、乾いているとはいえアルベルトはヘドロに触る事が出来ない。

 

「助けてぇぇぇーーーーッツ!!」

 

ヘドロの繭を砕けず、中に囚われてしまうアルベルト。

 

「ウギャギャギャギャッギャギャギャ!」

「オッオッオッオッオッオッオッ!」

 

その情けない姿を見て大爆笑するグレムリン&ゴーレム。

 

アルベルトを助け出そうと、白ネズミや魔導師団、近衛兵たちが駆け寄るが、

 

「ウギャギャ(おおっとっと)」

 

グレムリンは即座にゴーレムに思念を伝達し、左手のトリモチガンを構えさせる。

 

ゴーレムの左腕は肘から十字にバックリ裂け、中に仕込まれた銃身を三つに束ねたガトリング砲が姿を現す。

 

『ブパパパパパパパパパッッ』

 

と大口径の砲門から、【 奴隷の王冠(コルディセプス・シネンシス) :Mini 】の種を含んだトリモチがアルベルトの繭を砕いていた連中を片端からからめとっていき、魔法使いはキノコを生やしてぐったりとしている。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

全ての障害を排除せしめたグレムリン&ゴーレムは、のっそりと王様らに向き直り、さも邪悪そうに王子の眠るゆりかごに向かって歩みを進める。

 

最後の砦とばかりに大臣たちが立ち塞がり、

 

「王よっ! お逃げください」

 

とかっこいい事を叫んでいる。

 

お姫様付き魔法使いが放った分身体も大臣らごと軽くあしらわれ、ゆりかごに覆い被さる王族も払いのけられ、遂に悪辣なるグレムリン&ゴーレムは王子を誘拐せしめる。

 

目を覚まし、鳴き声を上げる王子。

 

その声を聞き、王様が最後の力を振り絞って立ち上がる。

 

そして落ちていたサーベルを取って果敢にもゴーレムに立ち向かうも、奮闘空しく敗北を喫する。

 

二体は王子をさらい、グレムリンは「ウギャウギャ」嘲笑い、ゴーレムは踵を返してそのまま退散しようとする。

 

「我が子よぉぉぉ……」

 

王様は地面に伏して、ゴーレムの背中に手を伸ばす。

 

近衛騎士の雑兵(ぞうひょう)では屈強な巨人に到底太刀打ちできず、精鋭たちも妖精の悪知恵の前には足をすくわれてしまう。

 

当然、政治にのみ長けた王族では賊を討ち取る事が出来ない。

 

「誰か……、誰か王子をぉぉ……」

 

王様の意識が途絶えかけたその時、

 

 

「ウォリャァァアァアアアァアアッッツツ!!!!!!」

 

 

雄叫びと共に、空から舞い降りる【謎の老魔法使い】

 

携えた炎刃の(ツルギ)でゴーレムの腕を焼き切り落とす。

 

ゴーレムは悲鳴を上げ、壁を突き破って屋外へと逃げ出していく。

 

切り取られた腕から王子を抱き上げ感涙する王様へ、

 

「おお、我が子よぉ」

 

引き渡す謎の老魔法使い。

 

蒼紺の魔法装束を全身にまとった彼の、その顔をトンガリ帽子の隙間から覗き見た王様は、

 

「そ、そなたはっ!」

 

と目を見張る。

 

謎の老魔法使いは帽子を取ってその場で跪き、

 

「ご無沙汰しておりました陛下。送火の魔法使い【ウイリアム・ウィルオウザウィスプ】、王国の窮地とあってここに参上つかまつりました」

 

そう言って深々と頭を下げる。

 

複雑な表情の王様の後ろでニコニコ顔を隠し切れない姫の姿が上目に見え、呼応して口角が上げるウィル。

 

その傍ら、広間の天井に開いた穴から一筋のロープが垂らされ、それをつたって数十体のカボチャ頭たちが下りてくる。

 

カボチャ頭たちはトコトコ歩いて、トリモチに絡めとられた近衛兵や魔導師団にお湯をかけて救出し、ヘドロの卵に囚われたアルベルトも解放してやる。

 

王様は物珍しい生き物を見て、ずっとそれらの所業を眺めている。

 

さらにその傍ら、大広間を飛び出したグレムリン&ゴーレムは中庭に逃亡し、わらわらと群がってくる残りの雑多な近衛兵らに囲まれそれらを蹴散らしている。

 

ウィルはすっくと立ちあがり、広間の壁に開いた大穴から中庭を見下ろす。

 

ウィルがゴーレムの腕を切り落としたにも関わらず、それでも近衛兵たちは手も足も出ず鎧袖一触に。

 

ウィルはそれを満足げに眺めて、

 

「陛下っ、恐れながら進言いたします」

 

と言って振り返る。

 

ウィルの思惑が分からず混乱する王様に、ウィルは、

 

「お見受けしたところ、近衛の者だけでは(こと)(ほか)苦戦している様子。

 

(王様の後ろで、トリモチから解放されつつある分隊長が「はぁっ!?」と一言ありそうな顔をこっちに向けている)

 

一つここは(わたくし)めが行って、見事ゴーレムを退治してご覧に入れましょう。そして……、その暁には吾輩の復権をお約束していただきたく」

 

と王様に持ちかける。

 

そこへさっきまで伸びていた大臣たちがやってきて、

 

「陛下っ、相手は元臣下といえど今は天下の大罪人、その事をくれぐれもお忘れなきようっ」

 

と反対の声を上げる。

 

が、王様は腕の中の王子の無邪気な笑顔を見て、

 

「おぬしならあれらに勝利できると申すか?」

 

と尋ねる。

 

ウィルは、「無論でございます」と、意気揚々、自信満々に答える。

 

続けて、

 

「わたくしは、城を追われたあの日から、なんとかっ、この汚名を返上することはできないかと考えておりました。そんな折、あの暴走ゴーレムと悪辣妖精の噂を聞きつけ、必ずや国家に害する存在になるだろうと目星を付け、追っ手から逃げながらも今日(こんにち)まで彼奴(きゃつ)らの調査をして参りました」

 

などとうそぶく。

 

姫がここぞとばかりに、

 

「あたしはいいと思うわっ!」

 

と賛成しウィルを後押しする。

 

王様は、「お前は黙っとれ」と牽制するが、

 

これまでどこに隠れていたのか、ウィルの弟子、二代目「送火」ウインディ・バアルゼブルもひょっこり顔を出し、

 

「陛下、わたくしからも是非お願いいたします。先代に贖罪の機会をお与えください」

 

とこれがウィルを援護する。

 

弟子の思わぬ援護射撃にマヌケなウィルは顔をほころばせて喜ぶ。

 

王様はウインディに、

 

そなた(稀代の天才)でも、巨人(あれ)には敵わないと申すか?」

 

と尋ねるも、ウインディは、

 

「おそれながら陛下、彼ですらあの(ザマ)ですので」

 

と、ヘドロの繭から解放され、叫び出しそうなのを我慢して一目散にバスルームに走り去るアルベルトのうしろ姿を指さす。

 

それでも大臣らは、

 

「陛下はやまりますなっ」

 

と反対の姿勢を崩さず、そこに副団長までも合流し、

 

「陛下、今すぐそいつを逮捕しましょう!」

 

と騒いでいる。

 

それでも王様は中庭から響く近衛たちの悲鳴を聞き、再び腕の中ではしゃぐ無邪気な王子の笑顔を見て、

 

「ウイリアム・ウィルオウウィスプよ、おぬしに贖罪の機会を与える。見事あの巨人と妖精を討伐し、己が名誉を挽回してみせよ」

 

と命令を下す。

 

ウィルは、

 

「待ってましたっ!」

 

とは言わなかったが、その心境は満面の笑みとなって顔に表れていた。

 

そして羽織ったマントを芝居がかった様子でド派手にひるがえし、

 

仰せのままに(イエス・ユアマジェスティ)

 

と感傷たっぷりに跪く。

 

 

 

それで、立ち上がったウィルは、

 

「では、討伐にあたって石炭の返還を……」

 

とウインディに向かって平手を差し出すが、ウインディは後ろ手にランタンを隠してしまう。

 

「返還をっ!」

 

とウィルがしつこく詰め寄るも、

 

「石炭は巨人を倒した後に返す」

 

と王様に釘を刺されてしまう。

 

ウィルは、

 

「し、しかし陛下……」

 

と尚も追いすがろうとするが、王様が『ビシッ!』と中庭を無言で指さし、ウィルは不満そうに唇を突き出して、のそのそゴーレムのぶち破った穴へ向かう。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

お城の中庭は、かつてウィルが捕縛隊を迷わせた箱庭よりもずっと広い。

 

堅牢な石壁とお城によって四方囲まれ、さながら今は闘技場(コロッセオ)のよう。

 

城壁の廊下に来賓たちが早く逃げればいいものを野次馬根性で集まってきて、ウィルとグレムリン&ゴーレムの闘いを見物している。

 

お庭のスタイルは、先代の国王が美食の国から嫁いできたお妃の文化にならって、芝生や花壇で幾何学的な模様を全面にあしらえた、シンメトリーの大型庭園。

 

庭の中心にそびえる大きな噴水に加え、動物型樹木(トピアリー)や王族の彫像、樹林(ボスケ)などのちょっとした林まである。

 

二人(正確には一人と二体)が戦うスペースは十分。

 

ウィルとグレムリン&ゴーレムは外連味(けれんみ)たっぷりに一進一退の攻防戦を繰り広げ、右へ左へビュンビュン飛び回ってド派手なプロレスを公演していた。

 

試作ゴーレム戦では、急場しのぎの「工具アタマ」の猟犬を使ったが、今回は見栄えも重視。

 

騎士道精神あふれる「銀甲冑」を傀儡(くぐつ)とし、グレムリン&ゴーレムを追い立てる。

 

追い立てたところでウィルは【 彷徨う子宮(インヴィディア) 】や【 育ち行く万雷(クラドグラム) 】など派手な魔法を使って、オーディエンスを沸かせる。

 

ゴーレムは全身に樹上の焦げ跡(リヒテンベルク図形)を付け、そこを爆破されて次第に身体を削られていく。

 

やられっぱなしではつまらないので、グレムリン&ゴーレムも負けじと反撃。

 

銀甲冑を殴り飛ばし、胸をガバッ! と開いて砲門を飛び出させる。

 

次いで超簡易版アポロンビームのような破壊光線をウィルに向かって発射。

 

大広間のテラスでその戦闘を観戦していた王様や大臣らは思わず息を飲むが、ウィルは腰の中杖(ロッド)を引き抜いて、地面に勢いよく突き立てる。

 

すると地面に刺さった杖の先端からカボチャのツルが生え出し、瞬く間にウィルを大きなカボチャで覆ってしまう。

 

試作ゴーレム戦で何度も死にかけた教訓をもとに作られた、新しい守りの魔導具【 刃毀れ(サメノハ) 】。

 

放たれた破壊光線はカボチャの堅皮にぶつかって四散し、消えていく。

 

ゴーレムが光線を出し切ったところで、ウィルはカボチャの守りを解く。

 

中のウィルは全くの無傷。

 

それからも両者の小競り合いは続き、ウィルは頃合いを見てグレムリン&ゴーレムに終幕の合図を送る。

 

それを受け取った二体は見るからに弱ったモーション、片膝を突いたり息を荒げてみたりして、瀕死を演出。

 

ウィルは二体の【 疑似的な霊魂(インスタント・ソウル) 】を抜き取って、腰にぶら下げた藁人形に移し替え、抜け殻になったグレムリン&ゴーレムに【蜂】でトドメを刺す。

 

無数の破裂する蜂に刺され、ド派手な爆炎に包まれるゴーレム。

 

その光景をテラスに集った王族含め、多くのオーディエンスが見守っていた。

 

避難していた招待客たちに、戦闘の邪魔になるだろうと下がっていた近衛騎士たち。

 

彼らは中庭の戦闘を見て、ここしばらく国をざわつかせていた国賊の善行に戸惑っていた。

 

「お尋ね者が巨人を倒したぞ」

「ウィルオウウィスプは天下にあだなす賊ではなかったのか?」

「しかし王子様を取り返してくれた……」

「王女殿下もあんなに喜んでおられる」

 

お城のテラスや中庭に集まる民衆たちは、ウィルの立場と目的が呑み込めずに困惑していた。

 

しかし、飛びあがって喜ぶ姫や、元国賊に向かって、

 

「大儀である」

 

と称賛の拍手を送る王様を見て、招待客たちや臣下の者もウィルに拍手を送る。

 

 

 

しかしそれら民衆の背後で。

 

「……これで終わりでは困るのです」

 

大広間の影の中でウインディがボソッとつぶやく。

 

 

 

四方八方から賞賛され、有頂天になって喜ぶウィル。

 

 

 

その背後で、地に伏していたゴーレムが突如『ムクリ』と、起き上がる。

 

 

 

ギョッとするウィルと、

 

「まだ生きてるぞ!」

 

と再び逃げ惑う群衆。

 

ウィルは、

 

「そんなはずはっ!?」

 

と腰にぶら下げた藁人形二体を見るが、そこにはしっかりとグレムリン&ゴーレムの魂が宿っており、「自分たちじゃないっ!」と首を振っている。

 

ではどういうことだと再びゴーレムに向き直る。

 

 

逃げ惑う群衆の只中(ただなか)で、ニヤリと笑うウインディ。

 

元来、ウィルが得意とする傀儡魔法やゴーレム生成はそう難しい術ではない。

 

ただただ手間がかかって面倒なだけ、それなら人を雇った方が早いというだけ。

 

ある程度の実力を持った魔法使いなら実行に移すのは容易い。

 

それが、稀代の天才少女ともなれば、赤子の手をひねるよりも簡単な事。

 

 

新たにウインディの作った『 疑似的な霊魂(インスタント・ソウル) 』を取り込んで、巨人ゴーレムは復活を果たす。

 

(グレムリンは死んだまま。肩からポトリと落ちる)

 

中身を入れたら次はそれに見合った器を。

 

ゴーレムは全身からボキボキという音を立てて、膨れ上がりその姿形をウインディ好みに変化させていく。

 

まずは失った腕が生え変わる。

 

断面がゾワゾワと盛り上がって腕が生え、強靱な大鉈へと姿を変える。

 

もう片方の残った腕は手の平が指を呑み込み棘の生えた鉄球へ。

 

次いで土器模様の体躯の上には、堅牢なトカゲの様な爬虫類の鱗がビッシリと覆い尽くし、さらに四角い頭は首ごと正面に伸びあがり、さながらトカゲのようなドラゴンのような面立ちになり、口元に並ぶ乱杭歯の隙間からは苛烈な炎が漏れ出ている。

 

そうして生まれた【 竜人(レプティリアン)ゴーレム 】

 

 

「ピィギャャアァァァァァゴォォォォォォォオオオオッッツツ!!!!!!」

 

 

奇怪な鳴き声を発しながら、ウィルに向かって飛び掛かってくる。

 

副団長もかくやと思われる電光石火の連撃。

 

大鉈と鉄球の猛攻。

 

ウィルが避けた側からすぐ次の攻撃が来る。

 

反撃の隙も無い。

 

その上、地面にめり込む大鉈や鉄球は大地に惨たらしい亀裂を走らせ、ウィルがなんとか展開させた『刃毀れ』さえも力任せにドカドカ殴りつけ、その名前とは裏腹に真っ二つに砕かれてしまう。

 

ウィルは完全に逃げの一手。

 

銀甲冑を囮にしようとも、鉈の一振りで、鉄球の一撃でワンパンKO、再起不能にされてしまう。

 

それを見たウィルは、もうなりふり構っていられず、アタマ(イヌ)を出して騎乗し、距離を取って遠隔からのヒット&アウェイ作戦に転じる。

 

最大火力の『育ち行く万雷』や『彷徨う子宮:蜂』を幾重にも重ねて竜人ゴーレムにぶつけるが、頑丈な鱗の前にはまるで歯が立たない。

 

それならば、まずはその力を奪おうと、一切の規制無し、自然原種そのままのえげつない吸収力を誇る【 奴隷の王冠(コルディセプス・シネンシス) 】の胞子を放つ。

 

風に乗り一塊となって竜人ゴーレムに襲い掛かる胞子。

 

さすがの竜人ゴーレムもそれは危険と悟ったのか口から猛火を吐きつけ、胞子は全焼。

 

無残にも胞子は黒煙となって焼け落ちていく。

 

ウィルは歯を食いしばって、竜人ゴーレムを睨みつける。

 

一体全体、何がどう転んでこんな突然変異を遂げたのか、皆目見当がつかない。

 

全くの予定外。

 

それでも眼前の敵は実に興味深い機構をしている。

 

ただの脳筋パワーのゴリ押しマシンではなく、全体のバランスがきちんと統制されているから、それ故にあのパワーとスピード、頑丈さが生み出されている。

 

明らかに自分の作ったモノより出来がいい…………

 

ぜひ分解してみたいッ! 

 

ウィルがこれまで勉強を重ねてきたのは、(ひとえ)にお城に帰る為。

 

魔法は復権の為の道具であり、自分の権威の根幹をなすだけの物だった。

 

しかし姫と一緒に研究していく内、一人で試行錯誤を重ねていく内、ウィルは【魔法】というものの奥深さにすっかり魅了されてしまった。

 

元来好奇心は強い方で、ウィルオウウィスプの村を飛び出してお城にやってきたのもそのせいかもしれない。

 

ウィルはサっと振り返り、ゴーレムに次いで広間のテラスを仰ぎ見る。

 

そこでは姫が、目を爛々と輝かせ、頭のアンテナも絶好調、手すりを乗り越えんばかりの勢いで竜人ゴーレムに見入っていた。

 

そんな姫を見たウィルにもその笑みは伝播し、

 

「お前なら、そうだろうなっ」

 

と口角をあげ、対峙する竜人ゴーレムに向き直り、移し火入りの丸燈(ランプ)を取り付けた街灯長杖(スタッフ)を突きつける。

 

「何故かは分らんがずいぶんと立派に育ったものだ…………、ちょうどいい。エナへの手土産にしてくれるわっ!!」

 

そうして、ウィルが竜人ゴーレムに対して大見得を切っている所へ、

 

「師匠! これをお使いくださいッ!」

 

と、ウインディが広間の窓から【デヴォルの石炭】の入った角燈(カンテラ)を投げてよこしてくる。

 

「おおっ!」

 

ウィルはそれを上手いことキャッチ。

 

すぐさま長杖先端部の丸燈(ランプ)と角燈を取り換える。

 

「丸焼きにしてくれるっ」

 

ウィルは長杖をまっすぐ竜人ゴーレムにつきつけ、呪文を唱え始める。

 

 

   『暗闇(くらがり)を彷徨う愚者の燈(イグニス・ファトス)

 

    お前を誘って森の中

 

    血を吸う鬼が待ち受ける

 

    火付き尻尾のジル・バーント・テイル

 

    ヒンキー・パンクに騙されないで』

 

 

大鉈を振りかぶり、猛突進してくる竜人ゴーレム。

 

それをウィルは、長杖を構えるのとは逆の手で『刃毀れ』の魔導具を複数展開。

 

庭園を掘り返し、無数に大地から湧き出てくる硬質の巨大カボチャが障害物となって、竜人ゴーレムの速度を奪っていく。

 

 

   『其れは 罪業を照らしだす灯り、罪人を焼く炎

 

    踊る踊る 悪魔は踊る

 

    彷徨う火を伝って、地獄の業火を顕現す

 

    冥府の門はこれより開かれり』

 

 

竜人ゴーレムはもうあと一歩でウィルに手が届きそう、という所で地面から飛び出してきた『刃毀れ』に跳ね飛ばされる。

 

すかさず受け身を取るも、間髪入れず巨大なカボチャが寄り集まってきて竜人ゴーレムとおしくらまんじゅう。

 

竜人ゴーレムは死に物狂いでカボチャを粉砕していくが、次々生えて来てキリがない。

 

 

   『さあ、来いっ

 

   【×××××(深い(暗い)森)】と【□○○(滞在する 聖者 沼沢)】と【▼▼≒▲▼(墓標 1つきり 走る(逃げる))

 

    を飛び越えてッ!』

 

 

角燈から噴き出た蒼い炎が、巨大カボチャに飲み込まれるゴーレムの足元に、魔法の陣をしていく。

 

何重にも敷かれた幾何学模様の陣の中央には【門】のような図形が描かれ、それがゆっくりと開く。

 

門の中は延々と広がる暗闇(くらがり)、そんな暗闇の中にポツンともう一つ【大門】が現れる。

 

苦悶の表情を浮かべた亡者で縁どられた地獄の門。

 

その大門は、暗闇の門がゆっくりと不吉に開いたのに対し、中に内包していた物が溢れ出んばかりの勢いで跳ね開けられ、その奥からは赫いような黒いようななんとも禍々しい、溶岩(マグマ)のような業火が猛々と噴き出してくる。

 

炎に充てられてカボチャは一瞬で融解。

 

瞬時に中のゴーレムを業火が覆い尽くし、みるみる体表面が焦げ付いていく。

 

 

「ピィギャャアァァァァァゴォォォォォォォオオオオッッツツ!!!!!!」

 

 

断末魔を上げ、みるみるボロ炭と化していく竜人ゴーレム。

 

地獄の業火が門から噴き出たのはほんの少しの間だったが、陣から立ち昇る火柱は、王城の尖塔の高さを優に超え、天の雲に届かんばかりの勢いだった。

 

おおかたの猛火を吐き出したのか、大門からは炎が溢れ出て来なくなり、ただただ真っ黒に焼け焦げた竜人ゴーレムが、白目を剥いて、天を仰ぎ、身体をボロボロ崩しながら、その場に膝から崩れ落ちる。

 

竜人ゴーレムは見るからに再起不能。ピクリとも動かない。

 

それを見た群衆の一人が、

 

「倒したのか……?」

 

と思わず不安の声を漏らすが、ゴーレムは何の反応も示さない。

 

ウィルが長杖を天高く掲げ、勝利宣言をすると、観客から一斉に歓声が響き渡る。

 

城中から歓声が聞こえ、帽子を投げたり、紙吹雪をまいたりして喜んでいる。

 

王様もホッと一息。

 

姫もウィルが使った凄まじい魔法を見て大興奮。

 

一件落着、めでたしめでたし、

 

…………かに思われたが、彼女の計画はここからが始まり。

 

バカみたいに騒ぐ民衆を飛び越え、ウインディはホウキに乗って一人中庭へ。

 

それをみたウィルは感極まった一番弟子が胸に飛び込んで来たのかと思って両腕を広げるが、そんなハッピーな事はなく、すれ違いざま、ようやく帰ってきた石炭付きの長杖をひったくられてしまう。

 

「ああっ!」

 

とウィルが声を上げるよりも早く、ウインディはゴーレムの足元で閉じようとする『地獄の大門』と『辺獄の門』、魔方陣の四隅に、『サッ!』と呪符を突き刺した杭を打ち付ける。

 

それによって、門も陣も途中で閉じるのを止めてしまう。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

一同は、今度は何事かと思って中庭の中央を凝視する。

 

激しい戦闘の末ことごとく破壊され、左右対称だった大型庭園。

 

オブジェも並木も軒並み踏み倒され、通路も花壇も地割れによって大きな亀裂が入っている。

 

そんな廃墟に等しい場所の中央で真っ黒に焼け焦げた竜人ゴーレムが膝を着いて倒れ伏す。

 

その足元に広がる奇怪な魔法陣。

 

そして、それら全てを、ホウキの上から睥睨(へいげい)する幼い魔女。

 

全ての視線が彼女に釘付けに。

 

ウインディはウィルの長杖をオーケストラの指揮者の様に振りかざし、ケープの中から人皮装丁(にんぴそうてい)の黒い魔術書を取り出して、何事か人外の言葉で呪文を唱え始める。

 

 

   『ロスコォ ルソバスマゴア エゴ*1

   (我、汝に契約を求める者也)

 

    ソブ ルキフェル エラミシド ノクエム

    (汝、神に頭を垂れず、忠誠を誓わず、光を退ける者よ)』

 

    

すると、ゴーレムの足元から一匹の大蛇が現れ、それがウィルの陣の上をするすると這いまわってウインディの魔法陣の素体となる。

 

大蛇によって縁どられた陣の中に逆向(さかむ)きの五芒星が姿を現し、ウインディの指揮のもと、不吉な図形が陣の中に浮かび上がっていく。

 

 

   『アルルルツフシド ネブ

   (今こそ来たれ、人の地へ)

 

    エゴ ルキフェル エラミシド メクノ

   (我、神に頭を垂れず、忠誠を誓わず、光を厭う者也)』

 

 

招待客や大臣などは悪寒を走らせ身体が硬直していたが、魔法使いの何人かはウインディが何をしようとしているか勘づき始め、

 

「本当にそんなことができるのか」

 

と期待と不安で胸をいっぱいにしている。

 

そうやって観客はただ黙し、状況の移ろいを見届けているだけだったが、突如、城の影から真っ黒な塊が空を飛んでやってきた。

 

「あ、あれはっつ!?」

 

王国首相が指さす先には、おびただしい数の雑貨、

 

不気味な紋章が描かれた複数枚の羊皮紙、

くすんだ瓶に入った香油、

毒々しいキャンドルたち、

鏡面が真っ黒に塗りつぶされた丸い鏡。

その他束ねられた薬草や枝の数々。

 

が、大群を成して空を漂っており、さながら蝗の大移動。

 

それらは次第にウインディの周りに侍りだす。

 

そして順々に大蛇の囲う悪魔の星(逆五芒星)の中に吸い込まれていく。

 

 

   『サチスムス エゴ。スネイデボニ エウキュア

   (我は汝の(ともがら)。主に刃向かう者也)

 

    ノクテム レクティカ ロスカオ ルソバスマゴア エゴ

   (夜の同伴者よ、今こそ我と契りを結ばん)』

 

 

間近で見ていたウィルは、

 

「何の真似だ、ウインディっ!」

 

と怒鳴りつけるが、ウインディは聞く耳を持たない。

 

蛇の胴体にはウインディの唱えた呪文の文言が見た事もないような異質な文字で刻まれていく。

 

それがとうとう尾の先まで到達したとき、陣全体が光を放ち、こじあけられた門がガタガタと揺れ始める。

 

「出でよデーモンッ! 我が招呼びかけに応えろっ!」

 

途端、門の中から紫紺の煙焔(えんえん)が噴き上がり、死んだ竜人ゴーレムを包み込む。

 

「デーモンよっ私と契約しろっ! 

 

この場にいる人間を全員お前への生贄として捧げる。

 

王族に貴族、政治家連中に戦士に魔法使い、聖職者まで喰いたい放題だ! 

 

そしてその引き換えとして、【異界(地獄)の力】を私に与え給へっ!」

 

ウインディはそう高らかに公言。

 

貴族たちはみな唖然としている。

 

彼女が今何をしたのか、何を言っているのか、そして今から何をやろうとしているのか、全く理解が追いつかない。

 

状況が呑み込めない。

 

本当に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 

対して魔法使いたちは、ウインディがやろうとしている事の恐ろしさを理解し次々と野次を飛ばす。

 

でも、恐ろしいので中庭に出て自ら対峙しようという勇者は居なかった。

 

そして、遂に一同は伝承の中でかろうじて知るレベルの、存在との邂逅を果たす。

 

炎と煙の渦をかき分け、炭化した巨人の腕がにゅっと出てくる。

 

そしてボロボロと崩れる鱗。

 

崩れた鱗を押しのけるように、その下から真っ黒な濡れ烏の羽毛が生い茂っていく。

 

鉄球や鉈のような見え透いた凶器は消え去り、巨椀は(しぼ)み、代わりに猿のような節榑立(ふしぐれだ)った人間の指に生え変わる。

 

とうとう羽毛に覆われた寸胴の胴体が現れ、その全身が見える。

 

頭は、すっかり肉が削げ落ち白骨化したトカゲの頭。

 

山羊のように捻じれくた角を生やし、眼孔には怪しい光が揺蕩っている。

 

背中からは蝙蝠の様な膜の翼を広げ、尻尾は鯨や鯱のようなヒレが生え、地面をパタパタと打っている。

 

なんとも醜悪な混合獣(キメラ)、異形のデーモンであった。

 

『その願い、聞き入れよう』

 

白骨の口が開き、その場にいる人間全員の頭の中に直接デーモンの声が響き渡る。

 

その声の不快さといったら筆舌に尽くしがたい。

 

さながら、こめかみから脳を直接締め上げられているかの様。

 

そして言語として聞き取れる最低音の野太く低い声。

 

その世にも恐ろしい声に一同、肝を潰す。

 

ゴーレムぐらいの輩であれば、とりあえず逃げ出すことができたが、デーモンとなれば話は別。

 

あまりの恐怖に腰を抜かし、気を失い泡を吹いてバタバタ倒れ始める。

 

「はぁーっはっはっはっはっはっはっはっ!!!! 

 

次はわたしが虐げる番っ。

 

何もかもをぐっちゃぐちゃにしてやるわっ! 

 

全てがわたしの前に跪くっつ!!

 

ヒィッヒィッヒィッヒィッヒィッヒィッヒィッツ!!!!」

 

デーモンの声を聞いて笑っているのはウインディ一人だけ。

 

まるで人が変わった様。

 

いや。

 

むしろこっちが本性か。

 

気分がいいウインディは、群衆と同じく唖然としているウィルに向かって、

 

「ご苦労だったわねウィルオウウィスプ。オマエが地獄の門を開いてくれたおかげで、デーモンを呼び寄せる事が出来たわ。その功績に免じてオマエだけは命を取らないであげてもよくってよ?」

 

と慈悲を与えようとする。

 

「どうせ、力も持っていないただの老いぼれの魂なんて、デーモンもいらないでしょうから」

 

ウィルはウインディの言葉にハッとして、

 

「おっ! おまおまおま、お前っ! めったな事言う、いういういうもんじゃないっ! ゆ、ゆうにことかいて、力がない……なんてホラを吹きおって! 国王陛下ッ! デタラメじゃすからっ! あんなの根も葉もないデタラメですからッ!!」

 

と、明らかに取り乱し、デーモンに気を取られてウィルの事など眼中にない王様に向かってギャーギャー弁解を叫んでいる。

 

そんなウィルをサッと中庭に居た近衛兵の一人が後ろから首根っこを引っ張り、

 

「ああ!? は、放せっ! 吾輩はっ、吾輩はっ!」

 

と騒ぐウィルをお城のテラスの下の壁際へ移動。

 

直後すぐに、

 

「撃てぇッーーッツ!!」

 

と副団長が号令を下し、城壁に設置された大砲が中庭のデーモンに向かって一斉に発射される。

 

据え置きの大砲に加え、武器庫から引っ張り出されてきた重機関銃、さらに歩兵によるライフル銃の集中砲火を喰らって爆炎に包まれるデーモン。

 

ウインディはガレキを浮かび上がらせ甲殻にして身を守っている。

 

そうして数分間の一斉射撃の後。

 

周囲に火薬の臭いが充満し、黒色火薬を使っている訳でもないのに中庭が舞い上がった粉塵で満たされる。

 

その場にいる皆が、これで倒しきれるとは思っていなかったが、これが人間の最大火力。

 

これ以上撃てる手がない。

 

副団長が苦い顔をして、粉塵舞い散る中庭を凝視していると、その粉塵を突き破るように蜂の巣になったガレキが飛んできて、城壁の上の大砲を押しつぶす。

 

次いでウインディの、

 

「鉛の玉では死なないよ。オマエら以外ッ」

 

という声が響き渡り、充満する粉塵が少女の手のひとかきで、一瞬で、嘘のように消え去る。

 

中庭では、全くの無傷のウインディとデーモンが仲良く並んで屹立している。

 

「さあ、まずは誰から行こうかしら。活きのいい軍人? それとも脂ののった魔法使い? いきなり王族か貴族でもいいわね」

 

とウインディが集まった群衆を値踏みしていると、デーモンはのっそりその空虚な双眸をテラスにいる王様や姫たちに向ける。

 

虚ろな視線を向けられて、さすがのおてんば姫も息をのみ、王様は縮みあがって王子をしっかりと抱きとめる。

 

「あら、いきなりブランド肉? いいわっ、たんと召し上がれっ!」

 

ウインディはクスクスと無邪気に笑い、テラスでは副団長やようやっと着替え終わったアルベルトが王様や姫の周りに控え守護している。

 

一方で壁にへばりついていたウィルは、未だに放心状態で、

 

「まずいまずい、このままでは全ての作戦がパァーだ。早く身の潔白をっ。それにあのデーモン。ウインディの奴、よくもまあ、こんな大それた事をしでかしたもんじゃ。ああ、早く全部何とかしないと……。いやぁ? そもそもデーモン退治は吾輩の仕事ではないんじゃなかろうか? むしろ悪魔を呼んで新しい石炭とか貰えるなら、この国にこだわる必要ないのでは? それで前みたいに隣国の王様にでも売り込んでしまえば……」

 

という考えが頭をよぎっていた。

 

そして、何とはなしに見上げた先で、

 

「全てをわたしに跪かせてやる」

 

ウインディは再びガレキを浮かび上がらせ、その矛先をテラスにいる王様らに着きつける。

 

次いでデーモンは背中から無数に猿の腕を生やし、それら触腕を伸ばして生贄を捕らえようとする。

 

どす黒い魔の手とガレキ弾が王様とエレオノーラ姫に届こうとした、その時、雷光一閃。

 

『バァリバリバリバリバリバリバリバリッッッツ!!!!』

 

という雷鳴轟音と共に蒼白の(いかづち)がテラスの前を横切り、触腕とガレキ弾を吹き飛ばす。

 

姫が反射的に雷撃の発生源に目を向けると、そこには魔法の杖を天に向かって構えるウィル爺の姿が。

 

「分かっておらんな我が一番弟子よ。お前に教えてやろう。名誉とは、地位とは、権力とは、それを認める聴衆があってこそ。誰もいないガレキの上でいくら威張っても意味がない」

 

ウインディは眉間に皺をよせ、不機嫌そうにウィルを睨みつける。

 

「そう、独りきりでは意味がないのだ」

 

ウィルはいろいろ悩んでいたみたいだったが、姫のピンチを受けて咄嗟にいつかの一人ぼっちだった晩餐会がフラッシュバックし、気づけば身体が勝手に動いていた。

 

それに対して、ウインディは、

 

「わたしは誰にも認められなくてもいい。否が応でも思い知らせてやるまで」

 

と言い、孤児院時代を思い出していた。

 

ウインディはウィルから奪った長杖から角燈(カンテラ)を引きちぎり

 

(長杖は投げ捨てる)、

 

「そんなに死に急ぎたいなら、オマエを一番に殺してやるわ」

 

とデヴォルの石炭の炎を噴き上げさせる。

 

ウィルは打ち捨てられた長杖とロウソク入りの丸燈(ランプ)を拾って組み合わせ、ウインディに突きつける。

 

「『 憎まれっ子世に憚る(An ill stake standeth longest) 』と言ってな、その上吾輩はウィルオウウィスプ(藁にも縋る愚か者)、往生際は人一倍悪いぞっ」

 

そうやって上手いこと言ってやったという顔をウインディに、向けるウィル。

 

ウインディはしょうもない洒落を聞いて眉間の皺に加えて目まで細め始める。

 

そんなこんなでいざ、最終決戦。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

デーモンはその後もするすると真っ黒な猿の腕(触腕)を伸ばして、来賓たちを捕まえようとする。

 

城内を逃げ惑う民衆。

 

自衛手段を持たない王族や政治家たち、『奴隷の王冠(コルディセプス・シネンシス)』にすっかり力を吸い取られた魔法使いたちがデーモンの魔の手に追い回される。

 

それをすかさず近衛兵たちが守護する。

 

中庭ではウィルが、その魔の手を根元から断ち切ろうと、雷や火を吐いていたが、ことごとくウインディによって邪魔されている。

 

「血迷ったかウインディッ、一体何が気に入らんと言うんだッ」

ウィルが噴き上がらせた炎を、

 

「全部ッ! 何もかもが気に入らないッ!」

ウインディは壊れた噴水の水を噴き上がらせて相殺する。

 

王様と姫は、アルベルトと副団長によって守られていたが、それもさすがに限界。

 

いくら副団長が脳筋ゴリラと言えども、「未来から来た殺人ロボット」ではないからして、捌いても捌いてもキリがない触腕に圧倒されていた。

 

一方のアルベルトもいくら無限の力を有していようとも、その力の根源足るお天道様はデーモンが現れてからこっち、ずっと雲行きが悪くて隠れっぱなし。

 

あまつさえヘドロの卵に包まれて大ダメージを受け、アポロンビームも尻切れトンボ、かつての威力はない。

 

そしてついに、

 

「キャァーーッ!!」

「は、はなすぞよぉ!」

 

二人がうちもらした触腕によって姫と王様がさらわれてしまったッ!

 

「エナァッッツ!!」

 

ウインディと小競り合っていたウィルがすかさず振り返る。

 

大口を開けて王様と姫を向かい入れようとするデーモン。

 

「こぉなくそぉぉうッツ!!」

 

ウィルは残り少ない『刃毀れ』を展開。

 

デーモンの足元から勢いよく巨大カボチャが生え出し、姫を食べようとしていたデーモンを押しのけ突き飛ばす。

 

すぐにアルベルトの放った精一杯のビームが姫と王様を絡めとる触腕を切断。

 

ウィルが『刃毀れ』を展開する僅かな隙をついて、ウインディが燃えるガレキ弾をぶつけようとするが、横合いからすっ飛んできた分隊長がそれをサーベル二本を犠牲に軌道をそらして受け流す。

 

眉をひそめるウインディ、驚くウィル。

 

副団長は「礼などいらんっ!」と短く言って、刃こぼれしきったサーベルを捨て、腰から新品を抜き放つ。

 

「ああっもうっ! 忌々しいっつ!」

 

怒ったウインディ。

 

烈火のごとくキレ散らかす。

 

力任せに崩れた城壁をこそぎ取ってガレキ弾を再装填。

 

めたらやったらにウィルらに撃ち込んでくる。

 

その背後では、起き上がったデーモンが再び触腕を伸ばそうとしていた。

 

ガレキ弾の対処に追われていたウィルに駆け寄ってきた姫が、

 

「ウィル爺、結界をっ!」

 

と指示を飛ばす。

 

仰せのままに(イエス・ユアマジェスティ)ッ!」

 

ウィルはすぐさまマントの結び目を解き、空に向かってマントを放り投げる。

 

ウィルの『彷徨う鬼火(ウィルオウウィスプ)』柄の外套が世界を包み込む。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

途端、世界は一変。

 

陽は沈んで月が昇る。

 

昼の世界は一転して夜の世界へ。

 

曇天渦巻いていた空はすっかり晴れ渡り、大きな大きな三日月が天の中央に鎮座している。

 

それを飾り立てるように赤や緑や金の星々が散りばめられ、荘厳な運河を形成している。

 

さらに周囲を見渡せば、中庭を囲んでいた城壁はそのまま鬱蒼とした深い森へと姿を変え、木立ちの間の暗闇には無数の墓石が点在している。

 

芝生やレンガで覆われていた足元は、靴が一気に沈み込み、中庭は一瞬にして蛍の飛び交うぬかるんだ湿地帯に入れ替わってしまった。

 

まさに『ウィルオウウィスプ』が出てきそうな場所。

 

生贄を捕まえようと伸ばしたデーモンの触腕は、空を()き、星空や森の中で空気を掴んでいる。

 

「なんで昼間じゃないんだっ、僕の魔法が使えないじゃないかっつ!」

 

と、王様を守るために降りて来たアルベルトがウィルに苦言を呈し、

 

「しょうがなかろおっ、これが吾輩の心象領域なんじゃからっ!」

 

ウィルが、2枚目のマントをファフロツキーズから取り寄せながら、アルベルトに抗議し返す。

 

ウインディは、結界内を苛立たし気に見渡しながら、

 

「ああああっもおッツ! ああもおっ、ああもおっ! どうして邪魔ばっかりするのッ! 全員ブチ殺してやるッツ!!」

 

癇癪を起して髪を逆立てる。

 

デヴォルの石炭をゴウゴウと燃やし、全身に力を込め始める。

 

王子を抱きかかえる王様の盾になるようにして、副団長とアルベルトが両脇に控え、最前列にウィルと()()立ちはだかる。

 

「おいっ、お前はあっちだろうっ!」

 

自分の隣にさも当然のようにいる姫を二度見し、ウィルは王様の方を指さして、姫に立ち位置について文句を付ける。

 

しかし姫は、

 

「あたしも一緒にたたかうわ!」

 

と息巻いている。

 

それを聞いてウィルは即座に、

 

「ダメダメっ、もしお前が悪魔に喰われたらどうする! 吾輩の首が飛ぶわっ」

 

と再び後方を指さすも、姫は、

 

「大丈夫よっ、あたしの事はあなたが守ってくれるし、ウィル爺の事はあたしがしっかりカバーするからっ!」

 

などと妙な理屈をこねる。

 

それを聞いて呆れが止まらないウィル。

 

悪口と説得の言葉が喉元で大渋滞を起こしている。

 

ウィルは真剣な表情をして、

 

「いいか、これまでのマヌケ相手の追い掛けっことは訳が違うんだぞ。

 

(「マヌケ相手」の所で背後の副団長とアルベルトを指さし、二人が「はああっ!?」とつっかかる)

 

今度は本当に死ぬかもしれないんだ。分かっておるのか?」

 

と最後の忠告をする。

 

ウィルの真面目ぶった優等生の言いぐさを聞いて姫は、不満そう目つきになる。

 

「そんなこと言うなら、ウィル爺の秘密みんなにバラしちゃうよ?」

 

そして誰に似たのか悪党ヅラでウィルを脅しにかかる。

 

「ッ!? お、おまえって奴はッ!! 吾輩はお前の事を思えばこそっ!!」

 

ウィルは予想外の切り返しに、慌てふためき頭を抱える。

 

姫はそれを見てクスクスと笑い、「うっそぉ~」とウィルをからかう。

 

「ふざけとる場合かッ」

 

ウィルは顔を真っ赤にして姫を咎める。

 

しかし姫は喚くウィルをさえぎり、一転、落ち着いた声音で、

 

「あたしも一緒にたたかうよウィル爺。でも大丈夫、心配しないで。あたしはこんなところで死んだりしないから」

 

と繰り返し同じ事を言う。

 

今度もウィルをまっすぐ見返して、きっぱりと。

 

「だってあたしはまだ夢の途中なんだもの。まだあたしの冒険は終わらないわ」

 

全くの無根拠。一種いわゆる所の根性論。

 

それでも自信に満ち溢れ、決意の堅そうな姫を見て、ウィルは一文字口。

 

頭の中ではグルグルとデーモンに立ち向かう危険性を説明しようと文章を組み立てるが、そのどれもが眼前でらんらんと輝く目の光を取り除けるとは思えない。

 

ウィルはダランと腕ごと体を前に倒すと同時、「はぁぁああ~」肺の空気を空にする程のため息をつく。

 

空気の抜けた人形のように、ウィルの上半身はひしゃげて地面に向かって垂れ下がる。

 

その態勢のまま、

 

「どうせ無理矢理に引き離したところでお前は絶対に帰って来る……」

 

自分に言い聞かせるように一人ごちる。

 

姫も「そうそう、絶っ対に帰ってくるよぉ♪」と同調している。

 

ウィルは顔を上げずに目線だけ動かしてやる気満々の姫を一瞥し、吐き出したため息を吸い戻すように深呼吸して上半身を起こす。

 

「いいかっ、(姫の眉間にビシッと指を突き立て)お前はあくまで吾輩のサポートだ。手柄は渡さん。矢面には吾輩が立つ。お前は吾輩の引き立て役なのだ。その条件が飲めるなら、吾輩の隣に立つことを許そう」

 

そんな言い方しかできない、素直じゃないウィル。

 

ウィルの本心などは逃亡同居生活の末、先刻御承知である姫は、

 

「しょうがないなぁー、もおー」

 

とニヤニヤしながらウィルの顔を見返している。

 

バツが悪そうに眼を背けるウィル。

 

姫はウィルの目線の先へチョロチョロ動き回りウィルを困らせている。

 

そんな風にじゃれ合っている二人の間に割って入ろうとする王様を、分隊長と筆頭魔導士官が食い止めていた。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

作戦はいつもの通り。

 

姫と白ミミズクの機動力とウィルの魔道具による高火力のヒット&アウェイ戦法。

 

副団長とアルベルトは後衛で王様と王子の安全を死守する。

 

一方のウインディは、ぬかるんだ沼地ではガレキ弾を確保できず、周囲に広がる森の木々を無理やり引き抜き、石炭の火をまとわせてミサイルさながらウィルと姫に撃ち込んでいく。

 

デーモンは変わらず直立不動、触腕だけを伸ばし姫や王様を捕まえようとする。

 

現状、両陣営の攻防は一進一退。

 

デーモンの触腕は、副団長とアルベルトの二柱に阻まれ一向に王様へは届かない。

 

飛び回る姫にも速度で追いつけずにいる。

 

ウインディの山火事ミサイルはウィルの【蜂】によってことごとくが撃ち落され、幹に仕込んだ『炸裂の魔法』の作用で、尖った木片を撒き散らす攻撃も姫がまとう風圧の前では無効化されていた。

 

かといってウィルらの攻撃もウインディ&デーモンには効果はいまひとつで、致命傷足りえていなかった。

 

ウィルの手加減なしの魔道具攻撃もデーモンは全く意に返さず、ウインディはさすが天才、何百ものあらゆる魔法を駆使してことごとくこれを回避。

 

さらにウィルが貴重なリトルファフロツキーズを一匹消費しての『地獄の門』解放からの【地獄の炎】を出す。

 

ウィルの必殺技をデーモンに直で喰らわせたにも関わらず、これが一番効果がなかった。

 

マグマの様な獄炎を頭から被ったのに、デーモンはけろっとした顔でのっそりウィルを見返している。

 

「なぁんぬッツ!?」

 

おったまウィル。

 

すかさずアルベルトが、

 

「アホかっ! 火の中に住んでる奴に火が効くかッツ!!」

 

ツッコミを入れる。

 

「じゃあ、どうしろっちゅうんじゃっ! 吾輩は系統的に火の魔法使いなんだぞっ!」

 

それにウィルが怒鳴り返す。

 

「とにかく依り代を壊すんだ! そうすれば悪魔はこの世界に居られなくなるっ!」

 

そう言ってアルベルトは僅かな光を集めて、渾身ビームを一発かまそうとするもウインディが差し向けた山火事ミサイルすら貫通できず、デーモンに届く前に雲散霧消してしまう。

 

アルベルトは悔しそうに歯ぎしりし、

 

「お前がやれ!」

 

とウィルを指さす。

 

指さされたウィルは、今の自分の装備を見回しながら、

 

「壊すたって……お前……どおやるんだよ……」

 

と、途方に暮れている。

 

ウィルがヒゲを撫でながら考え込んでいると、

 

「余裕そうだなっ、ジジイッ!」

 

とウインディが蒼く燃え盛る大木2本を撃ち込んでくる。

 

完全に油断していたウィルは回避が遅れ、間近に迫った2本の山火事ミサイルを見て、思わず走馬灯的な物がよぎったりなんかしていた。

 

が、寸でのところで姫の放った白ミミズクがウィルとミサイルの間に入って、両の翼を大きく羽ばたかせ二つのサイクロンを発生させる。

 

まっすぐ突っ込んできたミサイルはサイクロンに飲み込まれて、勢いを殺されウィルの左右に吐き出される。

 

九死に一生を得たウィルに向かって、風サーフィンで飛び交う姫が親指を立てて飛び去って行く。

 

ウィルも力無く親指を立て返す。

 

 

そこで、はたと天啓を得る。

 

ウインディはデヴォルの石炭の膨大な力を自分の魔法に上乗せして、実力以上の力を発揮している。

 

なれば自分もそれに倣ってデヴォルの石炭の力を魔導具と合わせれば、デーモンにダメージを与えられるかもしれない。

 

 

光明(こうみょう)が見えたとばかりに表情が明るくなるウィルだったが、杖先のランプに目を向けた途端、

 

「ああっ!」

 

と驚愕。

 

一体いつからそんな事になっていたのか分からないが、ランプのガラスに大きな穴が開いて、中のロウソクが真ん中からポッキリ折れている。

 

折れた先はランプの中に転がっており、肝心要の【愚者の燈(イグニス・ファトス)】は完全に消え去っている。

 

勝利の糸口がせっかく見つかった矢先、それはすぐさま閉じられた。

 

これまで寄る辺にしていたものが消失し、冷え切ったランプを握りしめて硬直するウィル。

 

それとは対照的に、これまで動かざること山の如しだったデーモンに遂に動きが。

 

生贄たちが抵抗しまくるのでさすがに策を変えたのか、

 

 

 

「ギュウウァァアアアアアアアアアアアアアアアアォオオオオオッツ!!!!!!」

 

 

 

腹を底から揺さぶるような野太い雄叫びを一声上げたのち、際限なく伸ばし続けていた触腕を引っ込める。

 

デーモンはゆっくりそのガイコツの口を開き、牙の隙間から青い炎を漏れださせる。

 

すると、ぬかるんだ泥沼の至る所がブクブク、グツグツと煮たぎってきて次のコマでは、極太のマグマの様な火柱が土泥を押しのけて天高く噴き上がる。

 

あっちこっちから噴き出る火柱マグマにウィルは、「うわっつ」腰を抜かし、アルベルトはとっさに守りの魔法を唱え、姫はするりするりと器用に回避していく。

 

が、火柱は根元からぐんにゃり折れ曲がり、うねうねのたうって、

 

「ええっ! あたし!? こっちこないでよ!」

 

星空を飛び回る姫をしつこく追い立てる。

 

次いで火柱は王様の付近でも湧き出て、蛇の鎌首のように先端をもたげて、生贄たる王様を見据える。

 

炎の大蛇が近づくにつれてアルベルトの守りの魔法がチリチリと燃え落ちる。

 

大蛇が姫と王様、二人を呑み込もうとその大口を開く。

 

王様も姫も炎に包まれかけて、目をつむり、歯を食いしばって覚悟を決める。

 

腰を抜かしていたウィルはそれを目の当たりにして咄嗟に、()()()()()()うねる炎の首根っこを掴んで引き戻す様な動作をとる。

 

すると驚くべきかな、炎の噴流はピタリと動きを止めてしまった。

 

ウインディはようやっとデーモンが本気を出したと思って邪魔をせず、吹き出るマグマを見てこの力が手に入るとワクワクしていたが、ウィルの所業を見て唖然。

 

そしてそれをやってのけたウィルも唖然としていた。

 

それからウィルは両腕で一本ずつ持ってる炎の濁流をクネクネ上下させたりして、それを自分がコントロールできることの手応えを感じ取る。

 

そして、

 

「あっ、なるほどっ!」

 

と合点がいったように手を打ち付ける。

 

それに合わせて噴流同士がぶつかりあう。

 

それで飛び散った火の粉を払いのけて、副団長が

 

「危ないわっ」

 

と怒る。

 

ウィルは魔法こそ使えないが、火を操る事は血筋柄できたりする。

 

それも地獄の炎ともなれば、コンロの火よりも親しみ深い。

 

なんならコンロの火力調整をミスって、料理を焦がす。

 

「よおし! そうとなれば話は早いっ、この火を利用してウインディから石炭を奪い返すぞっ!」

 

ロウソクが折れてしまった以上、『愚者の燈(イグニス・ファトス)』はウインディにとられた分しかない。

 

ウィルは手の中で炎をこねくり回して「(サソリ)」の形にしてデーモンに襲い掛からせる。

 

自分(デーモン)と同じくらいの背丈のサソリが三匹、燃え盛るハサミや毒針尻尾を振り上げて群がってくる。

 

たまらずデーモンは火蠍に()()かられる。

 

「次次ィッ!」

 

ウィルは歌うように言って、炎の柱の中から何かを引き上げるようにして、

 

愚者の燈(イグニス・ファトス)が、冥府の門を開く。傀儡共よ、いざ参れ。諸々はすでに抜けさったッ!』

 

と呪文を唱える。

 

すると炎の中に魔方陣と門が出現、その中からなんと身体は人間、頭が家具で出来た異形の者がゾロゾロ現れる。

 

次いでカボチャ頭が数匹。

 

「よぉしっ、上手くいったぞっ」

 

これまで「辺獄の門」は「愚者の燈」でしか開いたことがなかったが、近縁の「地獄の炎」ならもしやと思ってやってみたら、これがドンピシャ。

 

上手いこと門は開き、ファフロツキーズの中の家具アタマ達を呼び出すことに成功した。

 

ウィルは飛び跳ねて喜ぶ。

 

姫もまた久しぶりの顔ぶれに喜んでいた。

 

しかし異形の存在に免疫のない王様やアルベルト、ウインディなどは奇妙な生き物が現れて驚いていたが、家具アタマたちだって驚いていた。

 

なぜ非戦闘員の我々が、こんな戦場のど真ん中に呼びつけられるのか?

 

訳が分からないといった風に、困惑する家具アタマたちにウィルは、

 

「ここが正念場だっ、手札もほとんど残っておらん出し惜しみもできんっ。背に腹は代えられんっ、総力戦じゃッ! お前たちっ、バカ弟子から石炭を奪い返すのだッツ!」

 

と偉そうに命令を下す。

 

「コイツ正気か?」

 

と家具アタマはお互いの顔を見合わすが、主人の命令とあれば仕方がない……と納得する。

 

ガタイのいいクローゼット野郎を先頭に、みんなでスクラムを組んで、自分達を睨みつけているおさげの少女に向かって突撃を開始する。

 

「インテリアまで私の前に立ちはだかるというのかッツ!!」

 

カチキレたウインディは、再び森の木々を引き抜いて炎をまとわせ、家具アタマ達に撃って投げつけてくる。

 

家具アタマたちは何の魔法も使えないし、騎士(ナイト)の様な戦闘技能も無い。

 

尻尾を撒いて逃げるか、回避行動を取ろうか逡巡している時、

 

「まっすぐ進めっ!」

 

と空からウィルの声が。

 

ウィルはいつの間にやら姫の風サーフィンのうしろに乗っかり、星空を駆け回っていた。

 

姫の風サーフィンが山火事ミサイルとすれ違い、その暴風によってミサイルの威力が削がれて、火も消し止められる、そこへウィルが間髪入れず『彷徨う子宮(インヴィディア)』を叩き込んでミサイルを撃ち落とす。

 

そうして、

 

「援護は任せろぉ~」

 

と他人事のように言って飛び去る。

 

 家具アタマたちはため息をつきながらも、ミサイルを撃ち尽くした今がチャンスと、一気に距離を詰める。

 

そして、

 

「攻撃開始!」

 

とばかりにふいご頭がウインディに向かって(ちり)を吹き付け、照明アタマが目くらましを食らわせる。

 

「ああもおっ! 雑兵の分際(ブンザイ)でっ!」

 

ホウキの上で目をこするウインディは、ランタンの火を槍や剣に(かたど)らせて家具アタマたちに撃ち出す。

 

「おおっとっとっと!」

 

瞬時に姫とウィルが横切って炎の武器をかき消すが、利口なウインディはそれぞれの発射タイミングを遅らせ、その甲斐あってウィルと姫は最後尾の槍を一本消し漏らす。

 

ただの槍一本でも家具アタマたちにとっては致命傷。

 

あわや直撃かと盾にされているクローゼット野郎が顔を覆ったが、

 

「私に任せろっ」

 

とばかりにクローゼットの上にコック帽アタマが飛び乗り、巨大な中華鍋を構えて撃ち込まれた槍を見事はじき返す。

 

それの後を追うようにしてカボチャ頭が洗濯板アタマをてこにしてウインディに向かって飛び掛かる。

 

ホウキのしっぽにしがみつき、ウインディにまとわりつき、使い魔の猫と格闘するカボチャ頭たち。

 

「なああっ、もう邪魔っ!」

 

帽子の上に登ってこようとするカボチャ頭を振りほどこうとするウインディ。

 

ウインディがカボチャ頭たちに気を取られている隙に距離を詰める家具アタマたち。

 

組体操のように肩車をして段を作り、頂上に立つ目録アタマがウインディの持つランタンに手を伸ばす。

 

しかしウインディはそれを見下ろし、

 

「おふざけはお終いよ」

 

冷たく言い放ち、カボチャ頭を掴んで紙切れの様に引き裂く。

 

次いでランタンの中の石炭を奮い立たせ、純粋な「愚者の燈(イグニス・ファトス)」の火球を灯して家具アタマたちに向かって放つ。

 

姫とウィルが助太刀しようと、一足飛びに速力を上げるが、

 

「オマエたち鬱陶しいのっ!」

 

とウインディは引き千切ったカボチャ頭の「カボチャ頭」を弾丸のようにウィルらに向かって撃ち放つ。

 

「うがッぁっ」

 

正面に立つ姫が頭を下げて回避したことで、背後のウィルの顔面に直撃。

 

鼻血を噴いて白目を剥いて落下するウィル。

 

「ああっウィル爺っ!」

 

姫は急いで風サーフィンを急旋回させて、ウィルの回収に向かう。

 

ウィルらの救出が間に合わず、家具アタマたちは無念にも炎に包まれる。

 

蒼炎の中で異形の影がゆらゆらと揺れ動く。

 

ウインディはそれを見下ろしながら、

 

「はんっ、誰にもわたしの邪魔はさせないわ」

 

ホウキの尻尾を振って、かろうじて引っかかっていた目録アタマの手を振り払う。

 

しかしその手はしぶとくホウキの柄を握りこみ、一向に離れる気配を見せない。

 

ウインディは力任せにホウキをブンブン振ってその黒炭(くろずみ)の手を引き離そうとしたが、直後、空飛ぶホウキが下方に力強く引っ張られギョっとする。

 

見ればウインディの足元では燃え盛る炎に包まれながらも、その中で家具アタマたちは尚も立ち上がり、『蜘蛛の糸』さながらお互いに寄り縋って、ウインディに向かって崩れ落ちる手を伸ばしている。

 

勝負はビビった方が負け。

 

その執念おぞましい姿にウインディは、

 

「ヒィっ」

 

と一瞬でも怖気づく。

 

その一瞬の隙をついて、ウインディの手に未だ掴まれていた、引き裂かれ途中のカボチャ頭が裂けた手でウインディから【デヴォルの石炭】が入ったランタンをもぎとって奪い取る。

 

すぐさまそれを、落下の途中、姫にローブの裾を掴まれて真っ逆さまになったウィルに投げ渡す。

 

ウィルはそれをパッと受け取って、

 

「でかしたっ!」

 

と使用人たちを褒めたたえる。

 

その言葉を聞いた家具アタマやカボチャ頭たちは、僅かに微笑み、静かに燃え落ちる。

 

 

ウィルはそれを見届け、街灯長杖の先に【デヴォルの石炭】の入ったカンテラを取り付け、姫の風サーフィンから、ウインディの正面にスタッと降り立つ。

 

心底不愉快そうな顔をするウインディ。

 

その背後では足止めをしていた火蠍をようやく退けたデーモンが、態勢を立て直し、自分たちに立ちはだかる魔法使いを見据える。

 

ウインディとデーモンを眼前に据え、ウィルは芝居がかった様子でローブの裾をバサァーッ! と大仰にはためかせ、長杖の枝分かれした先端をウインディとデーモン向かってに突きつけて、帽子のつばを指で掴んで目深に被る。

 

そして、

 

 

 

「宮廷魔術師、送火の魔法使い、【ウイリアム・ウィルオウザウィスプ】。推して参るッ」

 

 

 

とかっこよく見得をきり、

 

「よっ、待ってましたっ送り火屋っ!」

 

その背後を姫が飛び去り様に、大向こう(掛け声)を投げかける。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウインディは奥歯を噛み砕かんばかりに歯をギリギリと噛み締めてウィルを睨みつける。

 

「偽物の癖にっ! ただ石炭の力に頼っているだけのインチキジジイめッ! そんな奴にわたしの野望は阻まれないっ! わたしの苦痛は押し負けないッツ!」

 

直後空高くホウキで飛び上がり、懐から出した力の秘薬の瓶をグッと一飲み。

 

さながら重量挙げのように両腕に力を込めて、周囲の森の木々を何十本も根こそぎ引き抜く。

 

木の根に絡んだ土砂も一緒に巻き上げられ、ウインディによって大地が空に持ち上げられたようだった。

 

その凄まじい力を見て、同じ魔法使いの姫も、筆頭魔導士官のアルベルトでさえ、目を剥いて開いた口が塞がらないでいた。

 

湿地帯の泥水を滴らせる樹木を空一杯に展開し、

 

「逝ねジジイッ!」

 

その全てをウィルに向かって撃ち放つウインディ。

 

空襲さながら無数の根こそぎ樹木ミサイルがウィルを襲う。

 

またしてもウィル絶体絶命。

 

これだけの質量があるものは姫の突風でもなんともできない。

 

「ウィル爺ッ!」

 

ミサイルが直撃寸前。

 

それでも大見得の態勢のまま微動だにしないウィルを見て姫はたまらず声を上げる。

 

「もうダメっ」

 

ウィルが押しつぶされる瞬間を見たくないと目をつむる姫。

 

アルベルト、副団長、王様も思わず顔を背ける。

 

その直後、大量の樹木がぶつかり合う、

 

『ズガガガガガッツ!!!!』

 

という音が湿地帯内に響き渡る、かと思われた。

 

が、辺りは一切の静寂。蛙飛び込む沼の音さえ聞こえてくる。

 

そしてウィルは全くの無傷。

 

未だに大見得のポーズを取っている。

 

それだけでなく、撃ち込まれたはずの大量の根こそぎ樹木ミサイルも一切見当たらない。

 

撃ち落とすにしても、打ち返すにしてもそういった反撃の痕跡は一切ない。

 

訳が分からないといった様子の姫たち。

 

そこへ、

 

『ギィーバッタン』

 

という門が閉じられる音がして、ウィルの長杖に向かって蒼く燃える炎の超大型魔方陣がシュンっと収束される。

 

次いで、強力な魔法を使って息も絶え絶えのウインディが地上に降りてくる。

 

「……ハァ……ハァ……、インチキジジイがァ…………」

 

肩で息をするウインディ。鼻血が一筋。

 

「すごいよウィル爺っつ! 一体どんな魔法を使ったの!?」

 

満身創痍のウインディに向かってドヤ顔を向けるウィルへ、姫が飛びついてきて御業(みわざ)の解説を求める。

 

「やめろ、引っ付くなっ! 陛下が見てる! 首が飛ぶ!」

 

王様の虚無的な視線を受けて、ミサイルよりも命の危険を感じるウィル。

 

姫の取り付いた腕をブンブン振りながら、

 

「辺獄の門を開いて、全部あっちに送っただけだっ! 大したことはしておらん!」

 

種明かしをするウィル。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

一方の辺獄では、

 

「あんれまー、空から森っこが落ちてきたべェー」

「まあたヴィルマんとこのウイリーが現世で暴れとんだべなぁ」

「んでも、こんだけ木があれば族長の言ってたふりゅーふぉーげるが作れるんでねえのか?」

「んだんだ新しいあとらくしょんさ、こさえるだぁ」

 

と、資材が手に入って喜んでいた。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

空を飛ぶ力も残っていないウインディは、

 

「悪魔よ……、早く……、早くアイツらを……」

 

ホウキを杖にして寄りすがり、鼻血をぬぐって契約遂行を急かす。

 

デーモンは頷くでもなく、へとへとのウインディに視線を送り、続いて正面に立ちはだかるウィルらに視線を移す。

 

デーモンは黒い息を吐きながらガイコツの口をゆっくりと開く。

 

喉から漏れ出る黒煙に火花が混ざり始め、煙が炎に変わった途端デーモンの口から沼から噴き出ていたマグマの様な炎の噴流が吐き付けられる。

 

デーモンの口という発射口によって収束された炎は一瞬でウィルとそれにひっつく姫の元まで届く。

 

両者危うしっ! 

 

しかし今度も避けようとしないウィル。

 

姫をローブ越しに抱き寄せて庇い、長杖を泥沼から何かを引っ張り上げるようにして振り上げる。

 

「出でよ【 億万の軍勢(ミリオン・レギオン) 】」

 

デーモンの業火を阻むようにして湿地帯の地面が盛り上がり巨大な壁となる。

 

炎は土泥の壁に阻まれてウィルと姫には届かない。

 

さらには、盛り上がった粘土質の泥塊からはみるみる手足が生えて、5体の【粘土ゴーレム】に生まれ変わる。

 

彼らは城壁の如くウィルとデーモンの間に立ち塞がり、その業火を一身に浴びて、体表面がみるみる固まり鎧のようになっていく。

 

羽化した虫が身体を固めるように、炎にあぶられて硬化した粘土ゴーレムたちは次々に沼を駆けデーモンに殴りかかっていく。

 

屈強な粘土ゴーレムによってタコ殴りにされるデーモン。

 

デーモンは粘土ゴーレムと格闘を始める。

 

 

続いて、ウィルは被っていたトンガリ帽子を頭から取り、奇術師(マジシャン)のようにひっくり返して、長杖を器用に動かし帽子のふちをポンと叩く。

 

すると帽子の中から緑の葉を付けたツルがうねうねとあふれ出し、オレンジの丸いカボチャがわらわら実っていく。

 

カボチャは実ったそばから手足が生え、何百体ものカボチャ頭の軍団となり隊列を組む。

 

ウィルの口笛を合図に粘土ゴーレム同様、デーモンに向かって突撃して行く。

 

頭に残ったツルを鞭のようにしならせ、デーモンに取り付いてそれでぶっ叩く。

 

 

姫はウィルが次々と生み出す多彩で無際限の使い魔たちに目をらんらん輝かせ、頭のアンテナをとんがらせている。

 

 

さらにウィルは、ウインディの森林破壊によって丸裸にされた森に向かい、残された墓石を長杖の石突(いしづき)で次々『コンコンコンっ』とノックしていく。

 

すると墓石の下の土が盛り上がって墓石を押しのけ、白骨の死体たちが土を掘り返して蘇る。

 

ガイコツ達は揃って錆び錆びの甲冑や刀剣を装備し、よろぉりゆらぁりと寄り集まっていく。

 

そうしてウィルがデーモンに向かって長杖を突きつけると同時「行進(マーチ)ッ!」、デーモンに向かってガチャガチャコツコツ骨と鎧を鳴らして、デーモンに斬りかかっていく。

 

 

ウィルは年の割には俊敏に沼地を動き回り、バトントワリングの様に長杖をくるくる投げて回して上機嫌。

 

取り返した【デヴォルの石炭】の力にものを言わて、無尽蔵に『疑似的な霊魂(インスタント・ソウル)』を生み出しながら、泥沼の粘土に、帽子の中のカボチャの種に、墓の下のガイコツたちに分け与えまくる。

 

そうして、

 

 

   『今こそ彼の問いかけに答えようっ

 

    我らはレギオン

 

    名はレギオン

 

    そう、大群であるが故に

 

    億万の軍勢(ミリオン・レギオン)ッツ!!』

 

 

ウィルは傀儡魔法の奥義『億万の軍勢(ミリオン・レギオン)』の呪文を高らかに謳いあげる。

 

獲物に群がる蟻のようなレギオンによって、デーモンは埋め尽くされている。

 

ゴーレムを一匹殴り飛ばしても、次の瞬間には別のゴーレムのレンガの様な拳が炸裂し、足元ではカボチャ頭たちがデーモンに噛みついたり、羽毛をむしったりしている。

 

骸骨騎士はバラバラに砕いても、すぐにパズルのように寄り集まって、斬りかかってくる。

 

姫はその圧倒的な様を見て、

 

「やっちゃえっ! やっちゃえっ!」

 

とその場でこぶしを突き出して喜んでいる。

 

さらに、泥沼の中から、灰が寄り集まって家具アタマ達も息を吹き返し、

 

「ああーっ、死ぬかと思ったぁッ!」

 

と起き上がっている。

 

副団長と王様たちはウィルの猛撃に唖然としている。

 

特にアルベルトはそのでたらめな魔法に目をむいて驚いている。

 

デーモンが苦戦している様を見て、ウインディは眉間に皺を寄せ、唇を歪めて犬歯を覗かせる。

 

ウィルの軍団がデーモンを蹂躙している間に、ある程度息を整えていたが、まだ強い魔法が使える程ではない。

 

誰かの心象領域、結界の中では世界は目に見えて不平等になる。

 

世界の全部は領域の持ち主の都合のいいように構成され、別の誰かにとってなくてはならない物がなかったりする。

 

アルベルトの例が顕著。

 

故に、ウインディにとっても力の回復が遅く、これまでのようなふるまいはできなかった。

 

ウインディは抱きかかえた黒猫の頭を人撫でし、

 

「【トロイ・メライ】、石炭を奪い返してっ!」

 

ウィルを指さして指示を言い渡す。

 

ウインディもさっきまでのウィル同様、最早手札がない。

 

命令された使い魔の黒猫は、ウインディの腕の中からぴょんっと飛び降り、ぶるぶると体を振って、瞬時に何倍も身体を巨大化させる。

 

その上、もうワンセット足が生えて来て、額に三つめの眼が開き、尻尾が分かれて二股に増える。

 

黒猫は、デーモンよりゴーレムより巨大な『化け猫』へと姿を変えた。黒猫(トロイ・メライ)は膨らませた尻尾を尻ごと持ち上げ、牙を剥き出しにしてウィルに襲いかかる。

 

未だレギオンを増産し続けていたウィルは、毛を逆立てて飛び掛かてきたにゃんこを見て、ニヤリと笑い、闘牛士さながら「オォーレェッ!」とローブをひるがえす。

 

黒猫ははためくマント(の中のキノコ柄の扉)にすっぽり吸い込まれ、嘘みたいに姿を消す。

 

そしてウィルは自分の頭の上の帽子をゆっくりと持ち上げると、ウィルの頭の上には籠に入れられて、元の大きさに戻った黒猫の姿が。

 

使い魔の猫は主に向かって申し訳なさそうに「にゃーん」となく。

 

ウィルはそれを姫へと手渡し、ウインディは自身の虎の子が敗れ去った事で、恨みがましい眼で二人を睨みつける。

 

その時、

 

 

「ギュウウァァアアアアアアアアアアアアアアアアォオオオオオッツ!!!!!!」

 

 

召喚されて以降延々とされるがままにリンチされていたデーモンは、もうさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、がむしゃらに両腕を振り回し、レギオン達を払いのけ始める。

 

巨人ゴーレム由来の巨椀を身体に不釣り合いなほど肥大化させ、さながら全身の筋肉を腕に一点集中して集めたような貯水タンクのような剛腕を振りかざす。

 

そのはちきれんばかりの筋肉を詰めた腕で、粘土ゴーレムを引き裂き、カボチャ頭を叩き割り、ガイコツ騎士をすり潰す。

 

これまでののっそりとした動きとはうって変わって、その風貌にふさわしい獣の如き俊敏さで、ウィルに向かって殴りかかる。

 

その(コブシ)は、巨人ゴーレムのそれはおろか、ウインディの時計塔ガレキ弾をも余裕でしのぐパワーをほこっていた。

 

ウィルはまたしても辺獄の門を開いて攻撃を受け流すのかと思いきや、長杖を地面に差して両手を自由にする。

 

それから足元で産まれたばかりのカボチャ頭を掴んで持ち上げ、【三觭龍を模した腕輪】へと変化させ、それを手首から肩口まで何個も作ってはめ込む。

 

そうして腰を落とし、腕輪をはめた右腕を引き絞って、デーモンのコブシを迎え撃つ姿勢をとる。

 

戦闘のプロである副団長は、ヒョロガリのウィルの自殺行為を見て、

 

「無茶だっ!」

 

と叫んで、自らサーベルを取って助太刀に発とうとするが時すでに遅し。

 

デーモンの拳は副団長よりも圧倒的に早い。

 

凶悪な拳を振りかざすデーモン。

 

「セイィッ、ヤァッ!」

 

ウィルはデーモンの拳にパンチを返し、それを易々と受け止める。

 

拮抗する拳と拳。

 

いや、ウィルの拳がわずかにデーモンの拳を押し返している。

 

デーモンは押し返されそうになる腕にギリギリと力を込め、ウィルを殴りつぶそうとするが、まるで拳が動かない。

 

ウィルはニヤリと口角を上げ、あいた左腕で腰から、先端に大きな琥珀を掴んだ中杖(ロッド)を引き抜く。

 

それをチアリーディングのバトンのようにくるくると回し、先端の琥珀からとろぉーりとオレンジ色の水飴のような液体を滴らせる。

 

それを杖をくゆらせて上手に集め、後ろ手に大きく振りかぶったところで、地面に突き立てた長杖の先端のランタンから青い炎が溢れ出て、『彷徨う子宮』にまとわりつく。

 

ウィルはそれを勢いよく、

 

「ドォラァッ!」

 

デーモンの横顔に向かって叩きつける。

 

顔面にべったりオレンジの水飴がへばりつき、蒼い火花が散走(ちばし)ったかと思うと瞬時に大爆発。

 

デーモンを盛大に吹っ飛ばす。

 

これで『彷徨う子宮(インヴィディア)』は打ち止め。

 

デーモンに叩きつけたことで中杖がぽっきり折れてしまった。

 

吹っ飛ばしたところで、ウィルがはめていた腕輪がボロボロと崩れ、塵となって消えていく。

 

ウィルはその塵を払いながら、

 

「やっぱり急造品はモロいなぁ。それとも負荷が大きすぎたのか……どっちだと思う?」

 

ブツブツ一人思案し、そばに居た姫に意見を求める。

 

姫は頬に手を当て、

 

「うーん、どっちもじゃない?」

 

と答える。

 

吹き飛ばされたデーモンは顔周りから橙煙を噴き上げながらも尚、立ち上がる。

 

そのガイコツ(ヅラ)には焦げ跡こそついていたが、砕け散る事はおろか、ひび割れさえ走っていなかった。

 

「存外に硬いなぁ」

 

ウィルはそれを見て楽しそうに笑い、腰のベルトから水晶塊を取り出して、長杖を引き抜いて水晶と長杖を身体の前で交差させる。

 

水晶塊は、『バチバチッ』短く放電した後、『ピカッ!』と一際明るく発光し『バァリバリバリバリバリバリバリバリッッッツ!!!!』無数に枝分かれした極太(ごくぶと)の稲妻がデーモンに噛みつきにかかる。

 

しかもそれは従来の綺麗な青色ではなく、赤黒い凶悪な雷。

 

さすがのデーモンも羽毛を飛び散らせて、体表面に樹上の焦げ跡(リヒテンベルク図形)を刻みつけられる。

 

全身からバチッバチッと黒い稲妻を(ほとばし)らせながら、ヨロヨロ起き上がろうとする。

 

ウィルはデーモンが弱っているのを見逃さなかった。

 

砕けた水晶塊を投げ捨て、間髪入れず、長杖から炎を噴き上がらせ、

 

「【ファフロツキーズ】ッツ!!」

 

デーモンの足元に特大の門を開き、愛しの我が家(ホーム・スイート・ホーム)を召喚する。

 

デーモンは足元から飛び出してきた石の魚に突き上げられて、星空高くに打ち上げられる。

 

「ハァーッハッハッハッハハッハッハッハッハッ、イィーっひっひっひっひッツ!!」

 

ウィルは狂ったように高笑いしながら、長杖をくるくる回して魚の玄関扉を出現させ、ファフロツキーズのコックピットへ入っていく。

 

それを見て姫も、

 

「あたしもっ!」

 

と急いでウィルの後を追って扉の中へ駆け込んで行く。

 

その後を家具アタマたちがついて行く。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

王様や副団長、アルベルトやウインディが見上げる夜空では、まるで魚が獲物をむさぼるように、成す術の無いデーモンをファフロツキーズが蹂躙していた。

 

デーモンは持ち前のコウモリのような翼を広げて、必死に態勢を立て直そうとしていたが、全くもってその猶予を与えられない。

 

天高くに打ち上げられて、その落下の最中(さなか)、右から左から休む間も無くファフロツキーズの巨体に体当たりを仕掛けられる。

 

古生代の怪魚(ダンクルオステウス)のような頑強な頭が何度何度もぶち当たり、翼に取り付けられたプロペラで切り刻まれ、骨ばった尾鰭で弾かれる。

 

そうしていよいよ地面が近づいてくると、ファフロツキーズにかぶりつかれて再び三日月の御許(みもと)まで連れて行かれる。

 

そして身動きできない自由落下の最中、一方的に攻撃される。以下これ繰り返し。

 

ファフロツキーズはいいようにデーモンを手玉にとりながら、

 

「ハーッハッハッハッハッ! 一八〇度艦反転ッ! ヨーソローッ!」

 

ウィルは操縦席に座って、舵輪をぐるぐる回して大はしゃぎ。

 

姫もその隣で、

 

「アイアイキャプテンッ!」

 

ウィルの指示に従ってノリノリでレバーをあげたりさげたりしている。

 

ファフロツキーズは、とても石でできた遥か(いにしえ)の遺跡とは思えないほどのしなやかな動きで、本物の生きた魚のようにデーモンを襲う。

 

満点の星空と三日月を背景に、巨大魚が哀れな悪魔を楽し気に貪り食う。

 

しばらくウィルらの猛攻が続いた所で、ウィルはぴたりと舵輪を止め、

 

「よおぅしっ! そろそろトドメとしゃれ込むぞっ!」

 

と姫に呼びかけ、

 

「みなごろしじゃいっ!」

 

姫もせわしなくレバーを動かしながらギアチェンジさせてウィルに応える。

 

ファフロツキーズはまだ地面まで距離があるにも関わらず、デーモンにかぶりつき、犬がおもちゃをくわえて振り回すように頭をブンブン左右に激しく振って、その勢いのまま地面に向かって投げつける。

 

泥水を撒き散らして、ぬかるんだ地面に深くめり込むデーモン。

 

ファフロツキーズは空中で静止し、デーモンに向かって、硬石で覆われたその口を開く。

 

舌の上には長杖を弓の様に構えたウィルの姿が。

 

ウィルは「ニタアァァ」と頬を歪ませる。

 

片手で長杖を構え、結び付けた旗幟を弦に見立てて、矢を引き絞るようなモーションを取る。

 

 

   『輝かりしはその御名よ

 

    天陽の化身 恩寵を広める者 雷の子

 

    詩と美と救いの使徒を崇め奉れ』

 

 

角燈から青い炎が噴き上がり、弦たる旗幟にまとわりついて行く。

 

次いでウィルの指からはまっすぐ青い炎の矢がつがえられ、ビシっとデーモンに向けられる。

 

ウィルの首に繋げられた淡い緑色の管(ケーブル)も、ドクンドクン波打って超常の力を送り込む。

 

アルベルトは遠視の魔法がかけられたメガネ越しに非常に、既視感のある呪文と弓を見て、冷や汗が止まらない。

 

 

   『私は生まれてすぐに、母を傷つけた地母神(ピュートン)をディロスの島で射殺(いころ)した

 

    私たち姉弟を卑しんだニオベには、その子共十四人を皆殺しにする事で罰とした

 

    私の敬虔なる仕者を捕らえた、愚鈍なアカイアの軍勢をこの矢一本で殲滅した』

 

 

ファフロツキーズの開いた口の中から何重にも魔方陣が展開されていき、その中央には蛇の絡まる太陽を模した紋章が浮かび上がる。

 

アルベルトは「うそうそうそうそっ!」と頭を抱えたり、顔を手で覆ったりして現実から目を背けている。

 

 

   『黄金の弓矢は男を殺し、白銀の弓矢は女を殺す

 

    その矢は病魔を振りまき その矢は治癒を振りまく

 

    この矢は制裁の矢、死に逝く光』

 

 

ウィルは、

 

「アルベルトッ、ビィィームッ!」

 

と必殺技の名前を叫んで、炎の矢を撃ち放つ。

 

「そんな名前じゃないっ!」

 

というアルベルトのツッコミも意に返さず、極太の【  破  壊  光  線(レーザービーム)  】が泥沼に沈むデーモンに撃ち込まれる。

 

アルベルトは、

 

「ああああーッツ!!!! 僕の魔法がぁぁぁッ!! 一子相伝の秘術なのにぃッ!!」

 

と叫んでいる。

 

夜空に巣食う翼魚が吐き出した光の筋は、沼地を深々と突き刺さし、(えぐ)りこみ、悪魔を封焼き尽くす。

 

そうして、ひとしきりアルベルトビームを撃ち終わり、ファフロツキーズを夜空に残して、姫とウィルが地上に帰ってくる。

 

沼地深くに埋め込まれたデーモンは完全に沈黙。

 

爆心地のような深い穴からは、絶えることなく煙がたちこめている。

 

王様は戦いの決着を見て、立ち上がり、ウィルを褒め称えようと近寄ってくる。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

王様はウィルの手を取って賞賛し、副団長も不服ながらウィルを認めるような目を向け、姫は飛び跳ねてウィルの勝利を喜び、アルベルトはウィルに飛び掛からん勢いで騒いでいる。

 

すっかり天狗になったウィルは、高笑いをしている。

 

打って変わって独り取り残されるウインディ。

 

服が汚れるのも気にせずに、泥沼にペタリと座り込んで唇をわなわなと震わせ、デーモンの埋まる穴ぼこを見つめている。

 

そんなウインディに気付いた姫は、黒猫を籠から解放し、すっかり意気消沈するウインディに歩み寄っていく。

 

 

 

が、その時。

 

 

 

突如として地面が、

 

『ゴゴゴゴゴゴゴッ!』

 

激しく揺れ動き、ウィルら全員がよろめきだす。

 

それから背後に嫌な気配を感じて、一同デーモンの埋まる奈落の方向を見る。

 

すると案の定、羽毛が焼け焦げてより醜悪さを増したデーモンの腕が、白煙をかき分けて這い出て来ていた。

 

「うっそぉ……」

 

あきれ顔にウィルに対し、ウインディは涙をぬぐって喜色満面。

 

地表に上り詰めたデーモンは、四つん這いになって前足を地面に深く埋め込んで固定し、ノータイムで、これまでとは桁違いの地獄の業火をウィルらに向かって吐きつけてくる。

 

「危ないっ!」

 

ウィルは即座に粘土ゴーレムを生み出してこれを防御。

 

王様は今度は機会を逃がすまいと嫌がる姫の腕を掴んで、アルベルトと副団長を伴って、さらに後方へ離脱。

 

本気を出したデーモンの火力は凄まじく、粘土ゴーレムはすぐに焼き上がって、表面が赤白く焼け付き、全身がひび割れ始める。

 

ウィルは粘土ゴーレムを重ね合わせて、地獄の業火を防いでいるが、足元にある土泥の量にも限りがある。

 

全てを焼き上げられては、再びゴーレムは作れない。

 

しかしデーモンも白骨頭がゴーレム同様熱を帯びて、赤白く変色し始める。

 

我慢比べ開戦かと思いきや、デーモンの方が先に

 

「バクンッ!」

 

と口を閉じて業火を断ち切り、腕を泥から引っこ抜いて即座に肉弾戦に持ち込んでくる。

 

粘土ゴーレムを殴り飛ばし、ウィルの元まで一直線。

 

今度は腕輪を作る時間も無く、

 

──それを見た姫がせめてもと思い、

 

「グラちゃん行ってっ!」

 

白ミミズクをウィルに(つか)わせる──

 

ウィルは白ミミズクの起こす風をまとって逃げの一手を強いられる。

 

デーモンの繰り出す猛攻にウィルは魔法を使う隙がない。

 

ウィルの足跡がついたばかりのぬかるみに、次の瞬間にはデーモンの巨大な握りこぶしの跡が上書きされていく。

 

地面を蹴ってエビのように、後ろ向きに飛び回るウィル。

 

ウィルはこのままでは埒が明かないと、こぶしが降り注ぐぎりぎりまで地面を踏みしめ、一気に跳躍。

 

殴りかかるデーモンを飛び越え、拳と入れ違いになる形でその背後へと降り立つ。

 

デーモンが振り向くよりも早く、大地に魔法をかけ再び粘土ゴーレムを複数生成。

 

即座に振り返ったデーモンがゴーレムと取っ組み合いを始める。

 

しかし生まれたばかりの粘土ゴーレムはやわやわふにゃふにゃなのですぐに打倒されてしまう。

 

しかし僅かでも時間稼ぎができれば、それで(おん)の字。

 

ウィルはデーモンの真横に門を開いてファフロツキーズを召喚。

 

猛スピードで現れたファフロツキーズはさながら特急列車。

 

時速何百キロでデーモンを跳ね飛ばそうとする。

 

が、なんという馬鹿力であることか、デーモンはその怪力をもってしてファフロツキーズを受け止めてしまう。

 

ファフロツキーズは、未だ門から全身を出せずに頭だけが飛び出している。

 

空を見上げれば、残ったファフロツキーズの半身が門からはみ出ているのが見える。

 

かつて、フィヨルドを舞台にアルベルト部隊との逃亡劇を演じた時並みにエンジンを全開、最大戦速で体当たりをしているのに、にもかかわらず、デーモンはファフロツキーズを徐々に押し返しつつある。

 

驚きを隠せないウィルだったが、頭を振って次の策をひねり出す。

 

そして即座に【億万の軍勢(ミリオン・レギオン)】を召喚。

 

ファフロツキーズと押し問答を繰り広げるデーモンに対峙させるが、焼け石に水。

 

デーモンは最早、意にも返さない。

 

「うんぐぬぬぬ……、ならばこうだっ!」

 

ウィルはファフロツキーズを引っ込めて、長杖を横なぎに振って門を閉じる。

 

寄る辺を失ったデーモンは勢いのまま前にどしんと倒れる。

 

間髪入れずウィルは街灯長杖を地面に突き立て、

 

「これでも喰らえッツ!」

 

倒れ伏すデーモンの真下に辺獄の門を開き、その中からありったけの【愚者の燈(イグニス・ファトス)】を浴びせかける。

 

地獄の炎が効かないのであれば、そこからさらに等級が上がるか異なるかする(詳しくはウィルは知らない)純粋な魔の力を宿す炎ならもしかしたら効果があるかもしれない。

 

どの道、魔導具のストックは無くなってしまった。

 

ウィルは神妙な面持ちで、噴き上がる蒼い炎を見つめる。

 

するとそこへ、

 

「ウィル爺っ!」

 

アルベルトに抱えられて避難していたはずの姫が駆け寄ってくる。

 

避難している最中、姫はアルベルトの腕の中で散々暴れ、靴に着いた泥がアルベルトの顔に飛び立ったことでこれ脱出。

 

悶えるアルベルトや「戻ってこぉーいッツ」と叫ぶ王様や副団長を取り残してウィルの隣へ舞い戻る。

 

姫は蒼い炎の中でうずくまるデーモンを見て、

 

「グラちゃんっ!」

 

追い打ちをかけるように白ミミズクにサイクロンを起こさせる。

 

サイクロンは噴き上がる『愚者の燈』を呑み込み、燃え盛る竜巻へ。

 

新鮮な空気を取り込んで『愚者の燈』はぐんぐん火力を上げる。

 

その上、姫の使い魔の白ミミズク『グラウコービス』はかなり上等な使い魔に分類されているので、それが巻き起こしたサイクロンもかなり上質な魔の力を含んでいる。

 

故に【愚者の燈:サイクロン】は、それも相まってより一層力を強めるていく。

 

デーモンは渦巻く蒼火のなかで、耐え忍ぶかのようにうずくまっている。

 

そしてその体表面はチリチリと焼け上がり、確実にダメージが入っているのが見てとれる。

 

さすがのデーモンも度重なる猛攻に疲労困憊していると見え、ついにまともに攻撃が入り始めた。

 

勝利は目前。

 

ウィルと姫は力を合わせ、さらに火力を上げていく。

 

だがそこにっ!

 

 

 

「コンナトコロデ終ワッテたまるかぁっーーッツ!!!!!!」

 

 

 

ウインディが沼地の泥水を浮かび上がらせて、愚者の燈に押し付けて消火しにかかるっ!

 

 

帽子も落とし、おさげも片方ほどけかけ、今日と言う晴れの日の為の一張羅は泥で汚れて黒ずんでいる。

 

魔法の使い過ぎで息も()()え、今も限界を超えて魔法を行使しているため、鼻血が止まらない。

 

「よせウインディっ! 死んでしまうっ!」

 

ウィルは立場を忘れてウインディに駆け寄ろうとするが、黒猫に阻まれる。

 

「黙れェッ! オマエらに分かってたまるものかっ! わたしがこれまでどれだけ虐げられてきたかっ、こんな力を持って生まれてどれだけ苦労してきたかっ!」

 

ウインディは超高温の火柱へ、火傷を負うことも恐れず泥水の塊を押し付ける。

 

「オマエらみたいに、ぬくぬく生きてきた奴らに邪魔なんかされないっ」

 

押し当てた側から蒸発して行く泥水を周囲の沼から絶えず吸い取り、それに呼応してウインディの流血の量が増えて行く。

 

「オマエらバカ共もっ、あの掃き溜めの連中もっ、()りっぱなしカス親もっ! 何もかもを見返してやるんだッ!」

 

修羅の様なウインディの姿を見てウィルは、思わず息を飲む。姫も思いつめた顔をウインディに向ける。

 

そこへ、姫を追ってやってきた王様や副団長、アルベルトが合流し、前者同様、修羅に成り果てた僅か十歳の少女の姿を見てのきなみ言葉を失ってしまう。

 

「……魔法なんて嫌いだっ、オマエらもみんな嫌いだっ……、みんな見返してやるっ……ッツ!」

 

ウインディは、渾身の力を込めて、『愚者の燈』を消し止める。

 

デーモンは炭化した羽毛を払いのけ、のっそり立ち上がる。

 

そうして、ウィル越しに生贄(王様や姫)を見据える。

 

ウインディも、空中で何かを持ち上げるような身振りをし、すり潰された骸骨騎士の刀剣や突槍を浮遊させ、自分の周りに控えさせる。

 

それに呼応して、ウィルは長杖を構え、後方でアルベルトや副団長も臨戦態勢をとる。

 

ただ姫だけが、息も絶え絶えのウインディをまっすぐ見つめていた。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

どれだけの攻撃を与えても、しぶとく立ち上がって向かって来る両者。

 

姫は今、ウインディの事をとても不憫に思っていた。

 

彼女とは直接接点こそなかったが、それでも彼女の輝かしい経歴や才能の噂は常に姫の耳に入っていた。

 

血筋の外で産まれた新しい始祖。

 

筆頭魔導士官による学園へのスカウト、そして飛び級に次ぐ飛び級。

 

史上最年少で宮廷魔術師へ就任。

 

才能に恵まれ、それを活かす力も持っている。

 

まるで物語の主人公。姫にとってウインディの存在は、自身の目指す冒険譚を地で行く存在であり、フィクションをノンフィクションたら占める存在だった。

 

しかしその裏側にこれほどの苦悩を抱えていたなんて……。

 

姫はウインディの心をどうにか救ってあげたいと思った。自身が憧れる大魔法使いならきっとそうしたに違いない。

 

しかしどうやってウインディを止める事が出来るだろうか?

 

きっとデーモンを完全に倒しきるまでは、ウインディは限界を超えて立ち上がってくるだろう。

 

やはりデーモンを打倒すことがまずもって急務。

 

さっきのウィル爺との合わせ技で、デーモンにかなりのダメージを与える事が出来た。

 

でも、あと最後の一押しが足りない。

 

もっと高い火力を出す為にあと一つ何か……。

 

思案を巡らせるうちに、はっ! と『一本の魔法の杖』の存在が頭の中をよぎる。

 

大魔法使いアンブロシウス(ひいお爺様)の杖だっ!」

 

姫は名案が思いついたとばかりに手を打つ。

 

思い立ったが吉日。

 

「ウィル爺、ちょっと一人で持ちこたえてっ!」

 

「ええっ!? せめてフクロウはおいてってッ!」

 

ウインディとデーモンを一人で相手するウィルを残して、姫はすぐさま王様の元へ取って返す。

 

「お父様っ! 宝物庫のカギっ! 早くカギ出してっ!」

 

姫は王様に飛び込んで、王様の全身をまさぐって鍵束を探し始める。

 

王様はくすぐったくて吹き出し、

 

「こ、こらっ、やめなさいっ、はしたないぞっ! なんで今宝物庫に用があるのだっ!?」

 

姫の目的が分からず狼狽する。

 

姫は、王様の服の中からガバッと顔を上げ、

 

「ひいお爺様の杖っ! あの杖があれば悪魔も倒せるかもっ!」

 

と簡潔に目的を説明する。

 

王様は一瞬で合点がいったが、

 

「しかしお前、あれはお前が一人前の魔法使いになった時に受け継ぐともうしていたではないか……?」

 

真面目に姫の言葉を覚えていた王様は、姫の心変わりに確認を取る。

 

「いいのっ! 『背に腹は代えられない』でしょっ!」

 

そうして姫はニヤリと笑い、その既視感のある笑みを見て王様は、あんまり娘にそういう顔はしてほしくないなぁと思う。

 

王様はため息をついて鍵束を渡し、姫は、

 

「ありがとうっお父様っ!」

 

と言って森に向かってかけていく。

 

それを見て王様は、

 

「あっ、これ、エレーナッ!」

 

呼び止め、

 

「外に出るならマイケルも連れて行ってやっておくれ」

 

と腕の中の王子を見せる。

 

すかさず副団長は、

 

「では陛下もご一緒に」

 

と進言するが、

 

「いや。余はこの戦いを見届けねばならない」

 

と血反吐を吐いているウインディに目を向ける。

 

姫は王様から弟を預かって、森へ。

 

「ウィル爺っ! 結界開けてっ!」

 

と、ウインディが撃ち込んでくる億万の骸骨騎士の剣槍を焼き払い、間髪入れず殴りかかってくるデーモンの拳を瞬時に腕輪を作って弾き飛ばすウィルに、さらにオーバーワークを強いる。

 

「無茶言うなっ! カバーが抜けるなら代わりを置いて行けっ!」

 

ウィルの悲痛な叫びを聞いて、アルベルトが渋々「では僕が」と名乗りを上げる。

 

そして、

 

「とはいえウィル爺、僕もあんまり力は残ってないぞっ」

 

と、ウインディの残骸武器弾を弾き飛ばしながらウィルの隣に立つアルベルト。

 

ウィルは援護に来たアルベルトに向かって、

 

「お前が「ウィル爺」って呼ぶなっ。それに力が少ないならその『泥を弾く魔法』とか『ちょっと体が浮いて靴が汚れない魔法』を()めろっ! 戦闘に全部まわせっ!」

 

とクレームをつける。

 

飛び跳ねる泥水が全て身体の数センチ手前で阻まれ、ガラリヤ湖伝説よろしく沼の上に立つ、戦闘の最中にあって未だ軍服に染み一つないアルベルトは、

 

「何をバカなことをっ。僕にとっては生命線に等しい」

 

などと豪語する。

 

ウィルは、

 

「チィぃッ!!」

 

とこれみよがしに舌打ちをかまし、姫の方角に向かって暗幕をめくるように腕を持ち上げ、

 

「エナっなるべく早く帰ってこい、こいつは使いもんにならんかもしれんからなっ」

 

と結界を一部解く。

 

永遠に広がるような湿地帯に三角の亀裂が入る。

 

その中には陽の光が降り注ぐお城の中庭が見える。

 

姫は、

 

「おっけぇっーッ! 学園長(アルベルト)先生が泥まみれになる頃には戻ってくるぅっ!」

 

と言い残しアルベルトは

 

「ちょっと姫様ぁっ!?」

 

と困惑顔。

 

「逃がすかッ!」

 

息巻くウインディは杖を振りかざして、錆び錆びの刺突剣(レイピア)を姫に向かって撃ち込む。

 

しかしそれは分隊長の投げ放ったサーベルによって撃墜され、姫はその隙になんなく結界の外へ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

結界の外では、既に来賓の避難を済ませた近衛騎士団や魔法使いたちが集まって中の様子を危惧していた。

 

結界は外から見ると、表と裏を逆にした大きなローブが、サーカステントのように屹立しているように見える。

 

これが展開されて三十分余り、中の様子は皆目分からない。

 

何人かの勇気ある近衛兵や魔導士が上司の助太刀に行こうとしたが、別の小心者に、

 

「これは被害を最小限にする為にモノなのだから、中に入って犬死するのは主人らの意思に背くのでは?」

 

という意見で心を揺るがされ、一同は中に入る事を迷っていた。

 

 

そうやって大の大人が揃ってウジウジしていると、突然、王子を抱えた姫が飛び出してくる。

 

周囲は驚きの声を上げ、姫を囲んで歓待するが、当の姫は夜の世界から日向の世界へ飛び出して来た事で目がくらみ、それどころではない。

 

そこへ群衆を押しのけながら、姫様付き魔法使いジュリィ・フィリオクエが駆け寄ってきて、

 

「まあっあなた無事なのっ!? 怪我はない? 陛下たちは大丈夫? それにあの娘は……」

 

と質問攻めにするが、姫に、

 

「マイケルをお願いっ!」

 

と王子を手渡され、姫はそのまま城内へ駆け込んで行ってしまう。

 

「ちょ、ちょっとあなたどこ行くのよっ!?」

 

ジュリィはまたしても置いてけぼりにされそうになるが、

 

「あらっ大臣、ちょうど好いところにっ、王子様をお願いしますわっ」

 

と、ちょうど近場に居た大臣に王子を預け、

 

「今度は逃がさないわよぉぉーーッ!!」

 

と姫の後を追ってお城の中へ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

お城の広い廊下の中で、無数に開かれた通路の前で二の足を踏む姫。

 

「早く早くっ! 宝物庫はこっちでしょおっ!」

 

ジュリィは道中で事情は把握済み。故に姫を急かすのだったが、当の本人は、

 

「そっちだと遠回りになるよぉ! ええっと、ええっとっ、あそこからこう行って、右に曲がってこう行けばぁ……」

 

と、空に指を向けて、どこをどう行ったら一番近道になるかと逡巡している。

 

「じゃ、じゃあこっちの廊下じゃないっ!?」

 

とジュリィが別の通路を指さすと、

 

「ぅおおーいお嬢さんがたぁ。うぇっぷ。何かお探しかなぁ~?」

 

と、頭上から酔っぱらった声が聞こえる。

 

咄嗟に二人が声のする方向を仰げば、酒瓶を抱えたいつぞやの酩酊幽霊がふらふら浮かんで琥珀色の瓶を(あお)っていた。

 

「シッシッ、今は酔っ払いの相手してる暇はないのっ」

 

ジュリィは虫を払うようにつっけんどんな態度を取るが、

 

「あたしたち宝物庫に一番早く行ける道を探してるのっ」

 

姫は正直に答える。

 

「おおおっ! それならおれ知ってるよぉん~、ついてきなぁ~、ヒィックっ」

 

と幽霊は酒臭い息を吐きながら、ふよふよとどこかへ飛んでいく。

 

姫は何も疑わずに、酔っ払いの案内について行くが、ジュリィは不安がぬぐえず、

 

「ほんとに大丈夫? あなたお城の中分かってんのぉ?」

 

と念を押すが、酩酊幽霊は、

 

「だいじょぶ、だいじょぶ。おれぁもぉう長いこと、ここに住んでんだぁ。どこをどお行けば、どこにいけるかぐらい、バァッチリよぉ~」

 

と呂律の回らない口調で言い、壁の中をすり抜けていこうとする。

 

「ちょっとぉっ、言ったそばからもおっ! あたしたち幽霊じゃないからそんな所通れないわよっ!」

 

ジュリィはすかさず酩酊幽霊を怒鳴りつけ、ルート編集を要求。

 

「あー、わるい、わるい。じゃあ、こっちこっち」

 

酩酊幽霊は額縁にかかった王様の兄君(ジョン・アンブロシウス)の肖像画から顔を出し、天井にかかったシャンデリアを潜り抜けながらビュンビュン飛んでいく。

 

「もお、事は一刻を争うのよっ、これで間違ってたらタダじゃおかないんだからっ」

 

とジュリィは文句を吐くが、姫がついて行くのでしょうがない。

 

二人は長い廊下を走って酩酊幽霊を追いかける。

 

酩酊幽霊は空中を海獺(ラッコ)のように背泳ぎしながら、

 

「にしてもあのお嬢ちゃんもかわいそうだよなぁ」

 

と、突然話題を振ってくる。

 

ジュリィの「何よ突然」という冷たい反応を聞くより早く、

 

「おらぁ、ここ最近あのお嬢ちゃんに()()いてたからよく知ってんだが、あらぁ相当不幸な星の元に生まれちまった子だぜぇ…………、おらぁ、生きてた頃は、それなりに贅沢な暮らしをしてたりしたが、俺らみたいなやつのせいであの子は苦しんだのかと思うと、自分が情けなくなってくるよ……」

 

酔っ払い特有の自分語りを始める。

 

「おれはおめぇらが悪魔に喰われちまうとこなんか微塵もみたかねぇが、あの娘が今回の事で罰を喰らうところも見たかねぇ」

 

酩酊幽霊の言葉に思う所がある姫。

 

「もし俺がお前さんを案内することで、あの子の不利になるようなことになるなら……」

 

酩酊幽霊の心の吐露を聞いてジュリィは、

 

「まさかっ! じゃあ嘘の道を……っ!!!?」

 

と顔に手を当てて(おのの)くが、姫はそんな心配微塵もせずに、

 

「大丈夫っ! ウインディちゃんに酷いことはしないってあたし約束するわっ」

 

と酩酊幽霊の不安を拭い去る。

 

その言葉を聞いて酩酊幽霊も酔いの覚めた真剣な眼差しで、

 

「あの子の事、よろしく頼むぜ」

 

とウインディの命運を託す。

 

それにウインディはニコっと微笑み返す。

 

 

そうして一同は宝物庫へ着き、大量の宝石に目がくらんでいるジュリィをほおっておいて、姫は一目散に曾祖父の肖像画の下に置かれたガラスケースの元へ。

 

『鍵開けの魔法』で施錠を解き、中から本物のドラゴンの角から削り出した蒼白の杖を取り出す。

 

姫はそれを手に取った瞬間、頭の髪がビィインッ! とそり立ち、その膨大な力を感じて一瞬慄いたが、それと同時にこれなら悪魔を倒せるという自信も得た。

 

そしてそれを持って早々に中庭へと赴く。

 

 

酩酊幽霊は二人の背中を見送りながら、

 

「あの子がもっと早くにあの子と出会っていれば……」

 

そう言って酒瓶に口を付ける。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

結界の中ではウィルとアルベルトが入れ替わり立ち代わりでゴーレムとウインディの攻撃を防いでいた。

 

デーモンは全身が酷く()(ただ)れているにも関わらず、未だにそのパワーとスピードは健在。

 

ウィルとアルベルトを激しく消耗させていた。

 

しかし一番瀕死なのはウインディ。

 

力の使い過ぎでいつ意識が飛んでもおかしくない状態になっていた。

 

それでもウインディは無理矢理にでも力を絞り出し、野望の為に手を伸ばす。

 

その様を見て、アルベルトは、

 

「ウインディッ! これ以上は本当に死んでしまう」

 

と湿地帯に散乱するウインディの武器になりそうな物を先に支配下に置いてかき集めながら、ウインディを抑制しようとする。

 

がウインディは、

 

「うるさいっうるさいっ、黙っててっ!」

 

聞く耳を持たず、対アルベルト用に泥玉を形成する。

 

アルベルトはそれに二重の意味で顔をしかめる。

 

 

そんなところへ、

 

「おまたせっ!」

 

と姫が戦場に舞い戻ってくる。ジュリィも連れて。

 

待ちわびたとばかりに歓喜の表情を浮かべる一同。

 

すかさずデーモンは触腕をダース単位で複数伸ばし、姫を喰らおうとするが、姫は咄嗟に『大魔法使いの杖』を構える。

 

すると視界いっぱいに広がる触腕は姫らに届く前にみるみる()()し、そのひび割れは根元まで瞬時に到達し、あっというまに触腕が木っ端みじんに砕け散る。

 

「……。強ぉーい……」

 

姫とジュリィは、あまりに強力な魔法に開いた口が塞がらない。

 

 

姫は気を取り直して、

 

「さあみんなっ、『悪魔を窯焼き』にするよッ!」

 

と高らかに宣言する。

 

 

「ウィル爺っ! もう一回【億万の軍勢(ミリオン・レギオン)】を出してっ! 出し惜しみは無しでっ!」

 

姫の指示にウィルは、

 

仰せのままに(イエス・ユアマジェスティ)ッ!」

 

と残った粘土をかき集め、帽子の中の種も残らず芽吹かせ、骸骨騎士も全員叩き起こして、最後の『数人の小隊(ミリオン・レギオン)』を召喚する。

 

「ジュリィはそれをもっと増やしてっ!」

 

まさか自分が呼ばれるとは思ってなかったジュリィは慌てて前線に出て、ウィルの『数人の小隊』が生み出された傍から【増殖の魔法】を使って倍々に増やしていった。

 

その様子をウインディとデーモンが黙ってみているはずも無く、

 

「もう邪魔しないでッツ!!」

 

武器のストックがないウインディは、泥沼に浮かんでいた鋭利な木片を姫に向かって撃ち込む。

 

が、それは筆頭魔導士官によって容易に撃墜されてしまい、ウインディはその攻撃を最後に、鼻血を吹いてその場に倒れ伏してしまう。

 

「ウインディッ!」

 

アルベルトは急いでウインディに駆け寄り、彼女を抱き上げ、治癒の魔法をかけながら、

 

「これを食わせろっ!」

 

ウィルが投げてよこした『絶叫する根っこ』を千切ってウインディの口に押し込む。

 

デーモンはそれに構わず、ウィルとジュリィに地獄の炎を吐きつけるが、姫の放った突風によっていともたやすく消し返され、あまつさえその風に余波によって天高く巻き上げられてしまう。

 

ウィルはそれを見て、

 

「吾輩の魔法、必要か? もうあの杖だけで倒してしまえそうじゃが」

 

とジュリィに向かってボソッと呟き、

 

「ホントよね」

 

とジュリィも賛同する。

 

それでもウィルは、

 

「出したぞっエナッ!」

 

と召喚完了を姫に報告。

 

「おっけぇーい。まずはガイコツ達で悪魔を足止めしてっ!」

 

姫がそう言うやいなやあつらえた様に、ウィルらの前にデーモンが空から落下してくる。

 

「よおしっ行進(マーチ)ッ!」

 

ウィルは寝起きの骸骨騎士たちをけしかけ、デーモンを起き上がらせまいとする。

 

「先生っ! 木ぃッ!」

 

役割を与えられたアルベルトは湿地帯に残った樹木をウインディよろしく浮遊の魔法で引き抜いて、四角四面に空中で器用に材木に加工、先のとがった杭を横たわるデーモンの周りに突き刺し、起き上がれないように固定する。

 

「ウィル爺っ、次はそれをゴーレムとカボチャちゃんたちで囲って【炉窯】にしてっ!」

 

材木の隙間から骸骨騎士にめった刺しにされているデーモンを取り囲むように、粘土ゴーレムが肩を組み、それをカボチャ頭たちが頭のツルで縛って固定。

 

隙間を埋めるように何層にもゴーレムが取り付いて、その肩や頭の上に組体操のようにさらに乗っかり、お互いが重なり合って合体、巨大な『炉』となっていく。

 

中ではデーモンが閉じ込められないように、材木をへし折りガイコツ達を払いのけ、必死に壁を殴って脱出しようとするも、殴った壁からさらに殴り返され、その間も炉はどんどん補強されていく。

 

「はい点火ッツ!」

 

ウィルは炉内に辺獄の門を開き、【愚者の燈(イグニス・ファトス)】を放出。

 

窮屈な炉の中で炎は最大効率でデーモンを焼き尽くす。その上、姫の【大魔法使いの杖】で各段にパワーアップした大風が炉の中に絶えず吹き荒れ、炉の頭頂部から突き出た煙突から火の粉をボウボウ噴き上げている。

 

しばらくは、デーモンが炉から抜け出そうと壁を叩いている音がしていたが、それもすぐに鳴り止んで遂には「ボォー」という炎の音だけがあたりを満たしていた。

 

意識を取り戻したウインディはアルベルトに抱き留められ、悲壮な目で自らの野望が燃え尽きていく様を見つめていた。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウィルはもう大丈夫だろうと、姫や王様の了承を経て結界を解く。

 

辺りに陽の光が差し込み、明るい世界が勝利の実感をより一層かきたてた。

 

中庭に待機していた、近衛の者や魔導士たちは突如として結界が解けたことと、中庭の中央に巨大な炉窯が屹立している事にびっくらこく。

 

近衛たちは副団長の元に駆け寄って上司を称え、事のあらましの説明を求める。

 

同様に魔導士らは筆頭魔導士官の元に駆け寄るが、その膝で横たわるウインディの哀れな姿を見て顔を暗くする。

 

王様は大臣から王子を受け取って、改めて、悪魔討伐の要であったウィルを賞賛し、姫の成長に涙を流す。

 

 

一同がそうしてすっかり勝利ムードに包まれていると『ボフンッ!』と炉の煙突から火の粉に混じって黒い靄のようなモノが飛び出してくる。

 

それは地面を漂って、中庭の隅に転がっていた悪戯妖精(グレムリン・スパンデュール)の抜け殻に入ってむっくり起き上がる。

 

まだ悪魔が生きてるっ! 

 

とウィルらは再び臨戦態勢を取り、アルベルトによってある程度復活したウインディがガバッと起き上がり顔をほころばす。

 

しかし悪魔は開口一番、

 

「ひやぁぁ~、ほんまかなあんでぇ、こらぁ……」

 

と大きなため息をついて、グレムリンについていた土を払いながらウィルらに近寄ってくる。

 

「ほんま、わて生贄もらえるゆーから、わざわざ地獄から()んしはりましたのに、こぉない抵抗されたら食えるもんも食えんっちゅうねん」

 

悪魔はでたらめに訛った喋り方をしながら、ぐちぐちと文句を吐く。

 

ウィルはあっけにとられ、

 

「な、なんだお前……」

 

と思わず率直な感想を口走る。

 

すると悪魔は、

 

「あ、わては地獄の悪魔どす。いごよろしゅう」

 

と慇懃に帽子を取るようなそぶりをして頭を下げる。

 

そして頭を持ち上げてウィルの顔を見るなり、

 

「あら? あんさんどっかで見た事ある顔だすな?……(しばし黙考の後)……あっ! あんさんもしかして、ウイリアムはんやあらしまへん? なんや人間の癖にバンバンバンバン地獄の火ぃ使うから、これおかしいなぁ、と思たんですけどウイリアムはんなら納得ですわぁ~。いつ辺獄から出所しはりましたん? って、ヤカマシワッ! 犯罪者かっちゅうねん、ハハハっ」

 

と勘違いをしながら一人でずっと喋っている。

 

ウィルが自分は「ウィル・オブザウィスプ」の子孫だと訂正すると、

 

「ああっ、お孫はんでっか!? ああーえろぉ大きいなりましたなぁー、初めて()おた時はこんなんでしたのになぁ」

 

と喜んで、指を開いて豆粒の様なサイズを示す。

 

ウィルは絶対に初対面だと思いつつも、話をさえぎる機会が見つからず、悪魔は延々と話したおす。

 

「いやぁ、あんたのお爺はんはわての命の恩人ですねん。あの人がおらんかったらわて、聖職者(坊さん)に往生させらてしもて、こない悪さもしてられまへんわ、はっはっは」

 

悪魔の話は長く一向に終わる気配がない。

 

周囲に集まった兵士や臣下の者も、これが本当にあの恐ろしかったデーモンなのかと、やや恐怖が薄れかけていた。

 

「せやけど、あんたのお爺はんもお母ちゃんお父ちゃんも気の毒になぁ。わては極楽がええとこやこれっぽちも思わへんけど、それでもあんな退屈なところ(辺獄)にずっと閉じ込められるっちゅうのは中々しんどいでっせぇ。神はんもいけずな事いわんと、前科千百八万犯くらい逆にすぱっと許したってくれたらええのになぁ……。まあっ、わてにできる事はないかもしれへんけど、これも何かの縁や。なんか困ったことがあったらな、あんさんも何でもわてに相談しなさい、お安うすときまっせぇ~」

 

そう言って悪魔はウィルの肩をぽんぽんと叩き、ウィルは気のいい親戚のおじさんにあった時のように、「ああ、はい」「それはもう」「ええ、はい」とすっかりたじたじになっている。

 

そのあと悪魔はウィルにおあいそし、自分の対戦相手に声をかけに行く。

 

「お嬢ちゃん、若いのになかなかガッツがありまんなぁ~。わてには分かるっ。お嬢ちゃんみたいな人が新しい時代を作っていくんや。わてかて伊達(ダテ)に長ぉう生きとる訳やおまへん。自信持ちやぁ~。あ、なんか困ったことがあったらおじさんに連絡してちょうだい。お嬢ちゃんだったら格安で言う事聞いたげるさかい」

 

と姫に名刺を渡して、人道を踏み外させようとし、

 

「姉さん、あんたごっつ強いなぁ~。わて最後まであんたにだけは勝てる気がせんかったでぇ。それでも人の身ぃにはどうしても限界があるさかい、身の丈を超える力が欲しなったらいつでもわて呼んでやぁ。なんぼでも姉さんのこと強ぉしたりまっせ」

 

副団長にも名刺を渡して、人道を踏み外させようとし、

 

「あ、これはこれは王様陛下、いつもお世話になっとります。いやぁ、あんさんの事食べられへんで残念どすわぁ、王様ごっつ美味しそうですのにぃ~。お子さんらとセットで食べたかったわぁ~」

 

王様にも名刺を渡して、恐ろしいことを言って震え上がらせ、

 

「兄ちゃんにもわての名刺あげるさかい。なんかあったら連絡して」

 

アルベルトにも名刺を配る。

 

そうして、一通り悪の道に誘ったところで、これまでの飄々とした態度とは打って変わり、アルベルトの膝の上に横たわるウインディをキィッ、と睨みつける。

 

「お嬢ちゃん、ほんま困りますなぁ……。わてらと契約しよう思たんなら、生贄はちゃんとすぐに食べられるようにしといてもらわんと困りますがなぁ。ああー、例えばやな。ふんじばっておくとかぁ、気絶させておくとかぁ。それが気遣いっちゅもんでっせぇ? ステーキ食おう思て入った店で、さあ牛と戦こうてください言う店、あんさん聞いたことあらへんやろ? それと一緒ですわ」

 

と、ウインディにクレームをつける。

 

アルベルトの介抱によって幾分、気力を取り戻したウインディは、

 

「はぁっ!? 悪魔のくせになんて情けないのっ! 抵抗する人間の一人や二人軽く憑り殺したらどうなのよっ!」

 

 体に残る倦怠感をものともせず悪魔に言い返す。

 

それを聞いた悪魔も、

 

「はっ、よおいいますなぁ! せやからわて、あんさんと一緒に戦いましたやんっ! なかなかここまでのサービスしてくれる悪魔やそうそうおらしまへんでっ! それでも入れ物の方が先壊れてしもたんやから、しょうがないですやんっ」

 

負けじと言い返す。

 

ウインディは野望が阻まれたことに加え、この悪魔のしょうもなさに怒りがこみ上げ、

 

「この役立たずっ! オマエも嫌いだっ!」

 

と暴言を吐きつける。

 

すると悪魔は、眉間に皺を寄せ、

 

「ほうかっ! ほなら好きにしたらええわっ、わては帰らさせてもらいますわっ!」

 

と言い残し、ドロンっ! 

 

と嘘のように消えてしまう。

 

後には、力なく横たわるグレムリンだけが残されていた。

 

 

途端、全ての望みがついえた事を目の当たりにしたウインディは、遂に涙がこみ上げ、

 

「う、う、うわああああああああああああああああああんっつ!!!!!!」

 

と年相応に幼子(おさなご)のように、大声をあげて泣き出してしまう。

 

アルベルトや姫の差し伸べる手を、魔法のホウキをブンブン振り回して払いのけ、

 

「魔法なんて嫌いだぁーっ、魔法使いなんて嫌いだぁーっ、みんな嫌いだぁーっ!」

 

と駄々をこねている。

 

そこへウィルが長杖を姫に預けて、前に出て来る。

 

「こらっ、ウインディっ! いい加減にしなさいっ!」

 

そしてげんこつを食らわせる。

 

ウインディは途端に泣き叫ぶのを止め、へたりこんだままウィルを見上げて睨みつける。

 

ウィルは腰に手をあてて、

 

「いいかっウインディ! お前にタメになる話をしてやるから心して聞けっ!

 

(スゥーと息を吸い込み)

 

まずなっ、この世に加害者なんて奴らは存在しないっ!

 

どれだけお前が卑屈な態度をとろうとも、奴らは決して己が罪を意識したりはせんっ。

 

むしろ愉悦感を募って、よけいに攻撃してくるぞ。

 

悲しいかなこれが現実だ。お前の行為は全くの無駄。意味がほとんど無いと言ってもいい。

 

(ウインディは一層ウィルを睨みつける。が、時折目線をそらす)

 

故にっ! これからは、お前は前向きに生きるのだ。これまでの事など気にしてはならん。

 

(途端、口調が柔らかくなるウィル)

 

吾輩を見ろ。

 

(泥だらけの一張羅をひるがえし、腕を広げてウインディに自分の姿を見せびらかす)

 

吾輩は昔のことなんぞなぁんにも気にしておらん。

 

ついさっきお前に殺されかけた事さえもな。

 

時計塔でつっかかって来た事も、

 

(ウインディに顔を近づけ、小声で「吾輩のゴーレムをいじったことも」)

 

特別に水に流してやろう! 寛大になっ!」

 

ふんぞり返るウィルを恨みがましい眼でウインディは睨み、

 

「それだけじゃないわ……。わたしはあんたをハメたのよ。降霊術を邪魔して関係無い幽霊を召喚させて、城から追い出した。あんたが大好きな地位も権力も、このわたしが全部うばったのよ。元はと言えば全部わたしが仕組んだの。……それでもあんたは……」

 

「それでも!」

 

言い淀むウインディの言葉尻をさえぎるように、ウィルは言葉を被せる。

 

「それでも、吾輩はお前を恨んだりはせん。

 

なぜなら吾輩は、どんなめに会おうとも必ず此処に帰ってくるからだ」

 

ウィルはそうはっきり宣言する。

 

次いで、ウィルはしゃがみこんでウインディの頭を撫でながら、

 

「お前さんには天性の魔法の才能がある。

 

お前が幾ら魔法を嫌おうとも、お前をこれまで生かしてきたのはその魔法なのだ。

 

魔法使いという生き物は皆この力の深淵を覗きたくて仕方がないらしいぞ。

 

吾輩も今回の逃亡生活の中でそれがよぉーく分かった。

 

魔法とは実に面白いっ!

 

(大仰に長杖(スタッフ)を天に振りかざし、空を仰ぎ見る)

 

お前も心のどこかでそう思っていたから、これほどの魔女になれたのだろう?

 

お前は賢い子だ。

 

だからお前はこれから復讐などという非生産的な事の為に魔法を磨くのは止めて、自分の好きなように、心の赴くまま、魔法に従事しないさい」

 

と、高らかにご高説を垂れる。

 

ウィルが初めてまともな事を言ったと、周囲の人間たちは度肝を抜かれている。

 

ウィルの説教を聞いてウインディは、ぐすんぐすんと鼻をすすり、不服そうにウィルを睨みながら、

 

「クソジジイ……」

 

と悪態をつく。

*1
古の言語。文字の表記も言葉の発音も失われて久しい。ウインディが現代翻訳した『ガイーシャの書』がこの言語で書かれている。丸括弧内は、原文そのままの意味ではなく、作者による意訳。



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エピローグ

 

 

それで事の顛末。

 

悪魔退治の後、しばらくして裁判が開かれた。

 

我らがウィルは「王族侮辱罪」をはじめ、逃亡生活中に重ねた数々の破壊活動によって「国家転覆罪」の疑いがかけられたが、『グレムリン&ゴーレム』、『竜人ゴーレム』、『デーモン』討伐等の功績とエレオノーラ王女殿下の猛プッシュによって、罪は帳消し。

 

無罪放免にあやかった。

 

その上、長年謎とされてきた古代遺跡『ファフロツキーズ』の起動とその運用という快挙を成したとし、宮廷魔術師としての序列が上昇。

 

それに伴い、第二姫様付き魔法使いをも拝命する。

 

さらには、逃亡中の研究の成果が評価され、元々の「死霊術・異界学の専門家」の肩書きに加え、『一級魔導具技師』、『傀儡魔法の開祖』、『古代魔法文明の第一人者』としてまつりあげられることに。

 

さらにウィルの躍進は止まらない。

 

焼け焦げたデーモンの遺骸から削り出した【デヴォルの()()】を組み込んだ魔導具商売が大当たり。

 

非魔法使いの方々にもお手軽に魔の御業が使えるという事で魔導具市場を独占。

 

すかさず特許を取り、またたくまに億万長者。

 

爵位も購入し、ウイリアム・ウィルオウザウィスプ伯爵の出来上がり。

 

約束通り時計塔(ビック・ベル)の再建費を全額支払い、国家のシンボルは堂々復活。

 

調子に乗ったウィルは、

 

「なんならもう一本建てようか? あ、二本が好い?」

 

などとぬかす始末。

 

完全ないいことづくめ。さすがはウィルオウウィスプ。転んでもただでは起きない。悪運だけはめっぽう強い。

 

これはもう、これまで以上に威張り倒し、手の付けられない有様かと思ったが、存外にそうではない。

 

心を入れ替えた、とまでは言い切れないにしても、人当たりは多少良くなった。

 

大学の学者たちを邪険にしたりはしなくなったし、多少は勉強もしたので学生の質問にも答えられるようになった。

 

伯爵になったことで新たにお城を建てさせ、使用人を大勢雇い入れて、いまのところ数えるほどしか辞めてない。

 

もちろんファフロツキーズにも住んでいる。

 

どちらかというとお城の方が別荘って感じ。

 

本宅はファフロツキーズ。

 

国に没収されたりはしなかった。

 

 

 

また、王様は今回のウインディの経緯を鑑みて、国民に対し魔法及び魔法使いへの理解を深める為に運動を起こし、国中でイベントや講習会がたくさん開かれた。

 

王様はその為に宮廷魔法使いや魔法使い連の中からその活動のメンバーを収集。

 

そのリーダーには、

 

「どうせお城から逃げ出すのなら役に立つことで出かけろ」

 

という事で、エレオノーラ王女が起用された。

 

そして権力と地位に伴う責務でだいぶ忙しくなったウィルも、姫様直々のご指名でこれに駆り出された。

 

 

 

今回あまり見せ場のなかった筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロンは、「ウインディ」という大罪人を育んだ責任者として、降格処分や何かしらのペナルティを負うかに思われたが、本人の八面六臂の活躍でウィル同様、お咎めは一切なし。

 

しかしフィヨルドでの敗走、デーモン討伐では補佐役に甘んじた失態、『死に逝く光(メルクリウス)』を模倣されたという噂によって、だいぶお家におしかりを受けたらしいが、アルベルトの知ったことではなかった。

 

 

 

サー・アレクサンドラ・ユスティアス副団長は、『ウィルオウウィスプ捕縛分隊』を立派に勤め上げ、対デーモン戦でも近衛騎士団の名に恥じない活躍をしたことでいくつもの勲章を与えられ、後世、王国内に『紅い護剣』あり、として勇名をはせる事になる。

 

出番の少なかった兄も降格などは無く、凶悪なゴーレムに単身挑んだ勇気を賞賛され、一、二個勲章を授与された。

 

 

 

気になるのは、ウインディの末路。

 

彼女の行ったことは、未遂とはいえまぎれもない王族殺しと国家転覆罪であり、絞首刑は免れない。

 

しかし、ある人物の鶴の一声によって彼女の罪は大幅に減刑され、今は沙汰を待って王城の牢獄に囚われている。

 

その「ある人物」とは?

 

時はデーモン撃退直後に戻る。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ボロボロになった中庭で。

 

縄で縛られ、愛猫とも引き離され、悲し気にうつむく少女が一人。

 

さあ、そんな彼女がこれから役人によって連行されて行かれそうになった時、

 

『誰もこの哀れな少女を救えないのか』

 

ウインディの嘆きを聞いた全て者は、残らず自らの無力さに打ちひしがれていた。

 

立派なご高説を垂れた主人公も、近衛騎士団副団長も、筆頭魔導士官も、私利私欲の為に大勢の命を奪おうとした者を不問に処すことはできない。

 

この場には王族や政治家などノーブル(やんごとない生まれ)な御歴々が持て余す程の人数が集まっているが、その中で、誰一人として彼女を救うことができない。

 

彼らは責任と義務の奴隷であり、私情で動くことは、世に混乱を招く要因となる。

 

我らが国王陛下は自らの無力さを呪った。

 

王様が直接ウインディを不幸にした訳ではないにせよ、心を痛めずにはいられなかった。

 

政治家を睨んでも何も解決しない。

 

王様は自らの腕の中ですやすやと安らかに眠る王子の未来の為にも、ここは国家元首として声を上げねばならない。

 

そう思っていたところへ、

 

 

「ちよぉーっと待ったぁぁあッツ!」

 

 

と愛娘の方が先に声を張り上げた。

 

一体いつ移動したのか、ウインディを連行する役人の前に立ちはだかるようにして両腕を広げ、中庭からお城に入る為の扉の前に立っている。

 

そして、

 

「控えおろうっ! 皆の者、頭が高いっ。此処(ここ)におわす御方をどなたと心得るっ! 此処におわすは現国王アンブロシウス三世の兄君、【ジョン・アンブロシウス】殿下、その人なるぞっ! 頭が高いっ控えおろうっ!」

 

と自身の横を大仰に示し、口上を述べる。

 

中庭に集まった者は死者を紹介されてオロオロ戸惑っていたが、()()()ウィルは恐れおののき、その場で「ははぁー」姫に合わせて平伏する。

 

視えない輩はますます訳が分からない。

 

姫は「大魔法使いの杖」を使って全員に霊視の魔法をかけ、その御姿を直視させる。

 

姫の隣に居たのは、酒瓶を片手に持った赤ら顔の酩酊幽霊であった。

 

視えた所で混乱はぬぐえないオーディエンス。

 

はて? あれはいつぞや、送火の魔法使いが降霊に失敗した時の酔いどれ幽霊ではなかったか?

 

姫は小首をかしげる民衆に向かって、

 

「聞いて驚けっ、我らが送火の魔法使いウイリアム・ウィルオウウィスプの降霊の儀は失敗などしていなかった!」

 

衝撃のカミングアウト。

 

目を向いて驚く王様たち。

 

平伏していたウィルも「ええっ!?」と思わず顔を上げる。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

姫に代わって筆者の私が説明しよう。

 

そもそもウインディにウィルの降霊術を邪魔する事は出来なかったのだ。

 

いくら彼女が天才と称されようとも、血族特有の秘術を模倣できる訳ではない。

 

実際、ウインディはウィルを陥れた後「辺獄の門」が開けずに苦心していたではないか。

 

「辺獄の門」が開けないという事は、冥府の世界を通して、彷徨う魂を呼び出せないという事で、降霊の儀の時にいくら術を上書きしようとも、ウインディはウィルの邪魔をすることはできなかったのである。

 

すなわち、王様の兄はウィルが言っていたように生前から大変な酒豪であり、死後霊体になってからも心霊現象(ポルターガイスト)を繰り返して、酒を飲み続けていたからである。

 

皆が一目見て兄と分からなかったのは、生前の肖像画が盛り盛りで美化されていたのもあるが、兄は趣味の鹿狩りに出たっきり山で遭難し、野人と見分けがつかないほど彷徨った挙句、酒の湧く泉にたどり着いてそこで急性アルコール中毒で死去。

 

幽霊は死亡時の姿が反映されるため、そらぁ見分けがつかない。

 

ご都合主義と憤ることなかれ。

 

これまでも伏線はチラホラあり申した。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

王様は、

 

「ほ、本当に兄上なのかっ……!?」

 

感極まった様子で姫の隣にふわふわ浮いている幽霊に近づいていく。

 

そして、幽霊にすがるように、

 

「兄上……、私は……わたしは王の器などでは……ほんとうは兄上が……」

 

と声を殺して泣いている。

 

兄御の幽霊は、弟の頭を優しくなで、

 

「すまんなぁ、俺がふがいないばっかりに……お前はよくやってるよ」

 

と慰めの言葉をかける。

 

周囲は兄弟の感動の再会に胸を打たれている。

 

二人はひとしきり再会を堪能。

 

そうして別れの挨拶を交わしたのち、兄御の幽霊はふわりと宙に浮く。

 

「皆の者ォ! よおく聞けっ」

 

家臣や政治屋に呼びかけ、

 

「ジョン=ソーマ・ルイス・レオンティーナ・オブ・アンブロシウス、これより冥途へまかりこす。短いながらもそなた等のおかげで楽しい生涯であったぞよ。大儀であるぞ。そして、これからも我が弟に存分に仕え、王国の発展に寄与してまいれ」

 

と、威厳たっぷりに今生の別れを告げる。それを受けて涙する臣下も。

 

しかしすぐに酒瓶を取り出して、酔っ払い、

 

「ああ、これは最後の命だがな、我が名においてウインディ・バアルゼブルの罪業を一切不問に付す」

 

と衝撃発言。

 

連行されていたウインディは、はっと成仏しようとしている酩酊幽霊を見上げる。

 

「お前の師匠の言うとおりだ。復讐はむなしい。面白おかしく生きよ。余の様に」

 

……うつむくウインディ。

 

デーモンに追い立てられ怖い思いをした来賓たちは、いくら王族の命なれど素直に受け入れられないといった顔をしていた。

 

「反対意見もあるだろうが、一切受け付けない。文句があるならあの世まで来いっ! もしこの命に背いた者は、余が直々に枕元に立ってやるからなぁ~。心せよぉー」

 

いやぁな顔をする来賓たち。

 

「なぁに、死人の最後の頼みだ。気前よく聞き入れてたも。ではの。皆の者息災でなぁ~」

 

そう言って兄御の霊は、ドロンと嘘のように消えてしまった。

 

あっけにとられる生者たち。

 

涙を拭いた王様が一番に動き出し、連行されかけの涙を流すウインディの手かせを外す。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

そんなこんなで、雨降って地固まる、世は全て事も無し。

 

全員が全員お咎めなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【魔法使い】とは、

 

 

人智を越えた、魔の領域の御業に魅入られた者達のこと。

 

生まれつき学者気質な者が多く、好奇心旺盛で、探求心の塊のような輩が大半を占める。

 

彼らは自分が扱える力の神髄を知りたくしようがない。

 

その性分はこの【力】に見染められた者の定め、

 

というよりも、逆にそういう人物に()()()くるのかもしれない。

 

()()は人間のような下等な存在を贔屓して、何の対価を欲しているのか。

 

もしくは、既に得ているのか?

 

 

イラストに描かれるような物ではない、肉眼で見るような、本物の太陽の様に真っ白な軍服を着た青年は、唐突にそんな話を始める。

 

「王族殺し未遂」と「国家転覆罪」を大幅に減刑され、今お城の孤塔に幽閉されているゴスロリの少女は、その突拍子のない話をされ、やや語気を強めて、

 

「何の話ですか……、先生?」

 

とイラついた様子で尋ねる。

 

青年は、差し入れで持ってきたベイリーフの鉢植えを日当たりのいい場所に飾っている。

 

聞こえていないのか、と思った少女は返事を催促しよう口を開こうとしたが、

 

「魔に魅入られたら最後、僕らはその深淵を覗きたいという欲求に抗えない。あれほど魔法を憎んでいた君が、最後まで魔法を断ち切れなかった一番の理由さ」

 

唐突に返事を返した青年を見て少女は、不愉快そうに眉をしかめる。質問にも答えていないし。

 

少女はうんざりしたように、座っていたベッドにコテン、と横向きに倒れ、黒い愛猫を抱きしめる。

 

これまでと同様に。

 

来客が来たから起き上がっただけ。

 

何せ囚人はやることがないからして。

 

それから黒猫の耳越しに青年をジロっと見上げ、

 

「先生は怒っていないのですか?」

 

少女はじれったいのはたくさんだとばかりに直球な質問を投げかける。

 

「ん~、なのんことぉ?」

 

青年はベイリーフの鉢植えの微調整をしながら、飄々とした態度。

 

「わたしは先生の事も悪魔に喰わせようとしたんですよっ」

 

少女は青年の態度が気に入らず、拗ねたような口調で青年に詰め寄る。

 

しかし当の青年は、

 

「全っ然?」

 

と、少女の不機嫌も殺されそうになったことも一切気にしていないような口調で答える。

 

青年は部屋に入ってきたままの格好でベイリーフの世話をしていたので、少女にニコッと微笑みかけてから、三角帽子と将校マントを洋服掛け(ポールハンガー)に引っ掛けに行く。

 

それから椅子を引っ張ってきてベッドのそばに腰かける。

 

「正直に言おう。

 

僕は少々君を侮っていたよ。

 

まさか『悪魔召喚』とはね。

 

(「やられたよ」と言わんばかりにメガネの眉間部分に手を当てて、口角を上げて首を振る)

 

デーモンの完全な顕現なんて観測史上、実に150年ぶりの快挙だよっ!! 

 

独学でそこまでたどり着いたんだろぉ? 

 

実にお見事。Bravo(ブラァーボォーッ)!」

 

青年はスタンディングオベーション、こそしなかったものの、それぐらいの勢いで高らかに拍手する。

 

独房の外で待機していた番兵が何事かとびっくりするほど。

 

(中にいる人物が人物なので、番兵は室内を改めようとしたが、青年の使い魔である白ネズミ(人間形態)に邪魔されてしまう。)

 

褒められても何ら嬉しくない少女は、猫の後頭部を吸入しながら青年のハイテンションに耐えている。

 

「ねえ、ウインディ。もう一度僕のところに来てくれないかっ? 僕は君の才能に大いに期待しているんだ。君とならより高みへ望める」

 

青年はそのオシャレな丸メガネの奥で、野望の炎をメラメラと燃やしている。

 

そんな眼差しを向けられて少女はやや気圧される。

 

だが、すぐにその目を生意気そうな目付きでまっすぐ見返し、

 

「せっかくのお誘いですが先生、わたしにはその未来はありませんから。あのインチキジジイや酔っ払いや、お転婆姫や筆頭魔導士官(あなた)が誰に何と言おうと、わたしはよくて終身刑、もしくは国外追放ですから。残念ですが先生、その夢はお一人で……」

 

まくしたてる少女の言葉を遮るように、

 

「ところがどっこい、これを見よっ!」

 

青年は一枚の封書を少女の眼前に押し付ける。

 

『ウインディ・バアルゼブルをアエイバロンの養子とする』

 

そんな第一文が視界に飛び込んできて少女は飛び起きて、その封書をひったくり、書かれている文言に視線を走らせる。

 

その間、青年は、

 

「姓が変わって君は今日からアエイバロン、【ウインディ・アエイバロン】。

 

『光明の徒』の一族だ。

 

「バアルゼブル」が気に入ってるなら残してもいいよん。

 

天涯孤独の君には初めての家族かな? 

 

まあ、魔法使いの家系だから変人揃いだけど、『どん底』よりはいくらかマシさ。

 

これからは僕の事を『お兄ちゃん♡』って呼んでもいいし、これまで通り『先生♡』でもいいよ♪」

 

などと気持の悪い事を言っている。

 

少女はそれを聞いてサァーっと顔から血の気が引いて行く。

 

青年はそこからさらに悪い顔になって、

 

「僕はね、今回の事件で【魔法】のさらなる可能性を見た気がするよ。

 

【悪魔召喚】に【古代遺跡(ファフロツキーズ)の目覚め】、【デヴォルの石炭】、【新生魔術の発芽(ミリオン・レギオン)】そして、【メルクリウス(死に逝く光)の模倣】

 

いやあ……、魔法の神髄は計り知れないねッ☆

 

僕もこの先、さらなる深淵を覗きたいっ!!

 

君と僕ならそれが望めるっ。

 

(ヒートアップした青年は、少女の手を握る)

 

僕に君の力を貸してくれないか? 僕なら君の願いを叶えられる。

 

全ての奴らを下に見る? 世界を見返してやる? 

 

大いに結構。

 

一緒に魔の御業の(いただき)に立とうじゃないか

 

 

そうしてアルベルトは「ニタアァァ」と顔を歪ませる。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

新たな波乱を予感させつつ、

 

『元は宮廷魔術師、いま国賊。どうにかお城に帰りたい』

原題:『Will-o'-wisp Again』

原作/翻案/噺:森岡 幸一郎

 

これにて閉演。ぱちぱちぱち

 

 

 

 

 

[エンディングテーマ]

があるとすれば

 

1976 Bee Gees

『You Should Be Dancing』

Dear Windy

 

 



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あとがき@心残り

 

 

「あとがき」

 と言う名の心残り

 

 

映画のエンディングで登場人物がみんなで踊ってるやつ、僕好きなんですよね。

 

主人公チームが楽しそうに踊ってるのは勿論の事、敵役が牢屋の鉄格子に囲まれて、不愉快そうに嫌々踊ってる(逆に主人公を出し抜いて、いっちばんキレキレで踊ってる)のとか最高ですよね。

 

 

もし、この小説にエンディングがあるとすれば……。

 

※YouTubeで「Bee Gees」の『You Should Be Dancing』を聞きながら、以降の文章を読んで下さい。

 

 

舞台はファフロツキーズの中の一室。

 

特別に設けられた【ダンスホール】か、【ディスコ】。

 

『サタデーナイトフィーバー』よろしく赤や黄色や青とかの原色が点滅する床があって、おっきなミラーボールが釣り下がってる。

 

分身したジュリィがドラッグクイーンを務め、その後ろで王様とか大臣とか老魔法使いとかのオジサマ連中がバンドやってる。

 

グラサンかけてスパンコールのスーツ着てね。

 

お客は、登場人物全員。

 

ほとんど楽屋裏。

 

というかこの作品をクランクアップした後の打ち上げみたいな雰囲気かな。なので敵味方分け隔てない。

 

場の中心では、『トニー』と『ステファニー』よろしく、ウィルと姫の独壇場。息をぴったり合わせてノリノリで踊る二人。

 

その周りには分隊長とか近衛兵、騎士団長、魔導士団に家具アタマカボチャ頭たちの姿が。

 

ゴーレムやグレムリンもCGじゃなくてそういう演者として存在するので、デーモンも試作ゴーレムも竜人ゴーレムだってこの場にはいて、一緒に踊っている。

 

その他、ウィルオウウィスプの一族も勢ぞろいで、下手したら『リメンバー・ミー』の一場面みたいに見える。

 

各話だけに出て来た連中は、場面が切り替わって、その自分が出て来た舞台で踊っている。

 

第三話なら、宝石商ばあちゃんはテントの前で、菓子屋のオヤジは露店の中で、スカウンドレルの悪ガキはその店の前で。

 

かませ犬の魔法使いもその辺で。

 

ちょっといけ好かないけど、孤児院の連中もウインディおかえりパーティーの会場で踊ってるとか? 

 

それと、第五話に出て来た「レッドラムの魔法の産物」とかね。

 

グリフィン隊の一人が水ゾンビを見てギョッとするんだけど、劇中とは逆にまたブロンドの美女の姿になって、そしたら懲りずに二人で踊ってる、とかあったら面白いと思う。

 

これだけ大所帯にあって、メインキャラクターの「アルベルト」と「ウインディ」は会場にいない。

 

なぜなら彼女らは、今エピローグで絶賛悪企み中だから。

 

ウィルがゴーレムが持ってきた大きな板に『ファフロツキーズの鍵』を刺し込むと、

 

 

エピローグのウインディとアルベルトが悪企みしていた、孤塔の一室の四隅に亀裂が入り、その壁が映画のセットの様にパックリ四面に割れ、──ダンスホールへご招待。

 

 

四面に割れた壁は、サイコロの展開図のように十字に倒れる。

 

二人は突如としてディスコのど真ん中。見渡す限りのどんちゃん騒ぎ。

 

密会していたつもりが急に、大勢人がいる所連れて来られて、キョロキョロするウインディとアルベルト。

 

 

すかさず姫が「大魔法使いの杖」で二人に魔法をかけ、二人は衣裳チェンジ。

 

 

アルベルトはド派手なフリンジ袖(袖にびらびら紐がついてる奴)のイカした衣装に着替えさせられ、陽気な音楽と薄着の美女(水ゾンビ)につられて、ノリノリでディスコにくり出す。

 

 

片やウインディも真っ赤な情熱的なドレスに着替えさせれる。

 

が、いつも通りのムスっとした通常運転の「へ」の字口、そんで「ふんす」と腕を組んでベッドに座り込んでしまう。なんてノリが悪い。

 

周りが元気よく踊っている中心で、ベッドに座って(この頃には床も椅子も消えている)ムスッとしているウインディは非常に浮いている。

 

 

 

しかしここで間奏前最後のサビに合わせるようにウィルが、

 

「You Should Be Dancing Yeah !(人生楽しめっ!!)」

 

と挑発し、

 

それでウインディはキッとウィルを見返して立ち上がる。

 

ディスコの中心にたまたまいた孤児院の連中をお尻で突き飛ばして、

 

[ ちょうどここで間奏が入る ]

 

 パラッパラッパラッパラッパララッ×2  パラッパラッパラッ、パパパァ~、

 ギュイーンッギュイーンッ♪

 

イカした管楽器の音色と、めちゃカッコイイギターのビートに合わせて、ウインディが覚醒する。

 

これまでのジトォっと湿気った雰囲気から一転、キレキッレのダンスを披露し始める。

 

(隅っこで黒猫も二足歩行で、あわせて踊ってたら可愛くていい。)

 

フロアはウインディの完全な独壇場。周囲もそのダンスに釘付け。

 

そのウインディの吹っ切れ様を見て、ウィルと姫は顔を合わせてニヤケ面。

 

そして二人もその熱気に充てられてダンスフロアの中心へ。ウインディに混ざる。

 

一行はますます、熱量を上げて踊り狂う。

 

 

場面が切り替わって、夜空を泳ぐファフロツキーズを背後から映す。

 

その体表面に浮き出た窓からは、絶えずチカチカとまぶしい光が放たれて、うっすらディスコの音楽が聞こえてくる。

 

ここまで来たらもう曲も終わり。

 

だんだんとフェードアウトしていく音楽に合わせて、ファフロツキーズも一行を乗せて、夜空の奥へ飛び去って行く。

 

で、【 お わ り 】の丸みがかった文字が出ると。

 

どお? 面白そうでは?

 

「はあ~ おもしろかった☆」

 

と思って映画館を出れそうだよね。

 

 

 

 

 

あとはねぇ、映画のエンディングで登場人物のその後がイラストでちょっと紹介されるのとかも好きなんですよ。

 

え? 長いって? 何をいまさら。ここまで読んでおいて。

 

まだ続きますよ? だってこれだけ僕の好きな要素を詰め込んだ話だもん。いまさら妥協なんてしない。

 

それに、ここ「あとがき」だし。

 

伏線やオチはおろかストーリーさえ考えなくてもいい、比較的自由な場所でしょ? 

 

だから未練がましくエンディングのアイデアをここに書きなぐっているわけですよ。

 

 

 

でさ、でさ。

 

この小説で言うなら、

 

「勲章を授与されてる分隊長」とか、

 

「お父さんに怒鳴られてるのに、かまわずメイドをナンパしてるアルベルト」とか、

 

「ウインディの孤児院で魔法のすばらしさを説いているウィルと姫」とか、

 

「その後ろで、背景で小さく院長とウインディが和解している」とか、

 

「炉窯の中で焼け焦げたデーモンの死骸を削って【デヴォルの木炭】を発見してるウィル」とか、

 

「それを組み込んだ魔導具を姫と作って大儲けするウィル」とか、

 

「ビックベルをもう一本建てようとしてるウィル」とか、

 

「伯爵になったからうんと着飾ってかっこつけてるウィルと、それに苦笑いを向けている姫」とか、

 

「孤塔の窓辺に肘をついて、晴れやかな顔で外を眺めるウインディ」とか……

 

 

こういうの見ると映画のディティールが上がるし、ただただスタッフロールを眺めているより楽しくていいよね。

 

 

とまぁ、そんなこんなで書きたい事は全部書いたので、ここらで終わりますか。

 

もしこの小説がお気に召しましたら「感想」をお書きになって、「お気に入り登録」と「10点満点の評価」と「推薦」、もしお気づきでしたら「誤字脱字の報告」などなどをお願いします。

 

Twitterでのご宣伝? 是非もありません。よろしくお願いします。

 

なんであれば、他作品も面白いので是非どうぞ。

「短編」と銘打ってる奴は5分もあれば読めますので。

 

それでは。

 

ここまで長々とありがとうぞんじます。

 

また「森岡幸一郎」先生の次回作にご期待下さい。



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総括 ※閲覧注意※

 

ここから先は作者による本作の総括が書きなぐられています。

 

もしこの作品を気に入って頂いた方で、「あとがき」の次にこの章に進まれたのであれば、

 

このまま先を読まずにお引き取り下さい。この先は作者による本作の酷評が始まります。

 

作品を気に入らなくなること請け合いです。

 

どうぞお引き取り下さい。そして作者の次回作にご期待ください。

 

しかし、アドバイスを下さる批評家の方はこの先へお進みください。

 

 

 

 

 

⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

この先は、批評家の方以外お断りです。

 

正しく作品を評価し、何が良くて何を直せばいいのか、

 

それを正しく見極められる方のみ歓迎いたします。ただの暴言厨もお断りです。

 

 

 

 

 

⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

作者のメンタルは水に浸したティッシュペーパー並みにもろいので発言には注意してください。

 

容易に傷つきます。そしてウィルと違って延々と引きずるので覚悟してください。

 

今のうちに自分が言おうとしている事が、本当に礼を欠いていないか確認してください。

 

そして私の総括に意見を引っ張られないように、自分の感想を今のうちに書き留めておくことをお勧めします。

 

準備OK?

 

 

 

 

 

⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

本当に?

 

本当の本当に?

 

 

 

 

 

⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

こんな小細工をするくらいには僕は心の弱い人間です。

 

その事をよぉーくご理解ください。

 

 

 

 

 

⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

僕の作品を面白いと思って下さった方、

 

まさかここまで来ていませんよね?

 

僕の酷評が始まる前にお帰り下さい。

 

 

 

 

 

⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

そろそろ紙が勿体ないので、この問答を止めますが、本当に諸々大丈夫ですか?

 

 

 

 

 

 

⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

 

では、本作の総括を始めます

 

 

 

 

 

 

⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

 

総括

 

 

【ドタバタ多すぎ】

緩急のバランスが取れていない。読んでいて疲れる。

設定(キャラクターや舞台など)を撒くシーンと、それを活かしてドタバタ動き回るアクションシーンの比率があまりに偏っている。これは母体となった『sleepy warlock W³ ─ 眠たい魔法使い』でも言われていたことでもある。

好きな要素を詰め込んだ結果がこの有様。

どうしてもアクションのシーンを空想していても書いていても楽しいからそっちが多めになりやすい。ここで酷いのは、細かな設定などの描写が読者に示されない事。全部作者の頭の中にあってそれ込みで話が進むから、いまいち読者は置いてけぼりになる。そして、ドタバタのテンポを優先するあまりますますその辺りはおろそかになっている。

上手い解決方法、急募。

 

アドバイスをもらいやすいように、筆者の作品作りのシークエンスと、作品のバランスをとる為に行った方策を示しておきます。アドバイスの着眼点の一つとしてどうぞ。

まず筆者は、「物語の一コマ」から作品を考え始める。

今作で言えば、「空飛ぶ魚型の家に住む、お尋ね者の魔法使いが、たまたま街に墜落して、追手とすったもんだのドタバタ劇を繰り広げる」という物である。

ここから、「なぜ魔法使いは、追われているのか?」という風に視点を伸ばして行き、「弟子にハメられた」という展開を思い付き、「裏切り弟子ウインディ」と言うキャラクターが生まれる。そうしてメインキャラクターが次々発案され、キャラクターの設定(名前、役職、性格、風貌、動機など)を詰めていく。

次いで、それらキャラクターが活躍する展開(フィヨルドでのアルベルトの破壊光線乱射とかが顕著)や、その設定を活かす為のストーリー(孤児院への凱旋などが顕著)を打ち出していく。これらの情報は「アイデア」として散乱させ、プロット作成の段階でつなぎ合わせていく。

ここで筆者が行った方策として、「キャラクター設定」から、ストーリー展開上、「提示するべき設定」をピックアップし、各話ごとに、「どこで何を伝えるか」をリスト化し、プロットに反映させていく、という物である。

 

例えば、

第一話:主要人物の軽い紹介。(名前、役職/立場、風貌、)

第二話:主要人物たちが、何ができるのか(戦術パターン(個々人の性格や扱う魔法)を示唆)、そしてそれを行う動機は何か。

第三話「:姫の紹介。

第四話:ウィルとウインディの内心とそれに伴う過去、現在の状況を提示。

第五話:アルベルトの活躍。姫とのお別れ。

特に、各個人との使用魔法の差別化には注視した。ウィルの「傀儡魔法」、「魔導具」、「ファフロツキーズの魔法」などは、どれも系統が異なり、魔法の多様性を見せられるとして、各話ではそれぞれを活かす展開を心掛けた。それにより対デーモン戦での大盤振る舞いが映えると考えた。

 

などである。

 

【教訓が浅い】

今作は前作(『THE STUPID HOAX』)と違い分かりやすいエンタメを目指したが故に、作者の思想は少なめにしてある。とはいえストーリーを設け、オチを付ける為にはある程度思想というか教訓的なモノを示しそこへ着地させる必要があると考える。本作でいうそれはウィルが説教として姫やウインディに垂れている物がそれに該当する。しかしそれにしては、加害者側(対立する意見)の描写が足りない気がする。もっとウィルの貧しかった子供時代を描くとか、ウインディの悲惨な孤児院時代を描く必要があったのではないかと考える。この部分も『ドタバタ多すぎ➡書きたいとこばっか書いてる』が起因している。

 

【魔法の描写】

本作では、昨今の様式化されたファンタジー作品と差別化を図るために「魔法・魔法使い」の描写に挑戦的な試みを行っている。

今日、ファンタジー作品に登場する「魔法・魔法使い」の概念の根幹を成しているのは、主に『ドラゴンクエストシリーズ』、『指輪物語』、『ハリーポッターシリーズ』などであると筆者は考えている。あとは「TRPG」とか。筆者は、これらの作品を基盤として、現代のファンタジー作品に登場する魔法・魔法使いは、「管理されている」という風に捉えられると考える。これは「カテゴライズされている」と言い換えた方が分かりやすいかもしれない。例えば「MP(マジックポイント)」や「レベル・ランク」、「属性・××系」などの数値的、階級的なカテゴライズ、「アイテム」や「スキル」などの項目的カテゴライズなど。現代で主流とされるファンタジー作品に登場する魔法・魔法使いはこういった分類がなされているように感じる。このように分類することによって、作品をよりゲーム的に捉える事ができ、レベルアップなどの登場人物の成長をより視覚情報として数値などで実感することができ、読者にとって物語の展開が非常に分かりやすい、という利点がある。

そして昨今のトレンドとしては、このような管理構造を逆手にとり、押し付けられる理不尽な逆境を知恵を使って出し抜いてみたり、その管理下に当てはまらないイレギュラーな存在の活躍を描いてみたりなどなどが新境地といった感触である。

しかしながら、この路線では魔法・魔法使いが本来、内包するステキな魅力を描けないのではないかと本作を執筆するにあたって考えた。

誤解のないように言っておくが筆者は決してそれらのアンチでもファンチでもない事を分かって欲しい。『このすば』も『オバロ』も『転スラ』も筆者は大好きです。ただ、「管理された魔法・魔法使い」はもうみんなが書いているし、何か違う物が書いてみたいと思うはそう悪い事ではないはず。

 

では、魔法・魔法使いが本来内包するステキな魅力とは何か?

筆者はそれを、「不可解さ/不明瞭さ/不可思議さ」と考える。

魔法やそれを扱う魔法使いとは、魔女狩りの歴史があるように「民衆に忌避される存在」であり、それは「彼らが何をしているのか理解できない」が故の未知を恐れる人間の心理にあると思う。「技術を紡ぐ」という点では魔法も科学も同じものであるが、科学の門が万人に対し平等に開かれているのに対し、魔法は使い手を選ぶ。属人性が極めて高い分野なのだ。例えばそれは当人の「血筋」であったり、「性格」であったり、「思想」であったり、とにかくその人間の性質に依存している。それ故に民衆は、「自分が絶対にできない事が出来る魔法使い」と「それが起こす超常の現象」に感謝し、憧れ、嫉妬し、憎み、恐れるのだ。

筆者にこの着眼点を与えてくれたのは、何を隠そう『スタジオジブリ』の作品群である。

「ジブリ作品」に登場する「魔法・魔法使い」はカテゴライズされていない。未だ魔法本来の魅力である「不可解さ/不明瞭さ/不可思議さ」を持ち合わており、原始的な古代からの流れを感じさせるモノとなっている。

一例として、ジブリ作品に登場する魔法使いは概ね「変身魔法」(本当は名前など付けたくはないが)を得意としている事が窺える。

ハウル・マルクル・荒れ地の魔女・サリマン先生・湯婆婆・銭婆婆・ポルコ・狸たち・猫の国などなど。しかしこれらの登場人物は一度も「変身魔法」の使い手などとカテゴライズされることもなく、レベルやランク、属性や系統、MPの有無が描写された試しは一切ない。ジブリ作品の中で語られる「魔法・魔法使い」とは、ゲーム的なジョブ(職業)ではなく、一種の道を究めた職人、プロフェッショナルとしての側面が強い。それゆえに彼らは、不可思議な魅力を内包しており、それを雰囲気/オーラとして放出している。

この魅力がカテゴライズされた魔法・魔法使いでは決して出せないとは言えない。

それこそ圧倒的高レベルの術者や、特異な分類をされるものなどイレギュラーたちはそういった魅力を放ちもするだろう。

しかし、ジブリ作品の魔法使いは(本来の魔法使いは)、例えレベルが低かろうが、『魔法使い』というだけでそう言った魅力を放っているものなのだ。『魔女の宅急便』の「トンボ」を見よ。

 

本作ではそういった「魔法・魔法使い」の魅力を描きたいと思って、キャラクターを設定したつもりである。しかしそれは完遂されたとは言い難い。どうしても「カテゴライズされた魔法・魔法使い」の文化に引きずられた感は否めない。

本作は「分かりやすいエンタメ」を目指したが故に、キャラクター小説としての側面も持ち合わせており、どうしても個々のキャラクターの差別化を図り、その特異性を浮き彫りにさせる必要があったのだ。その為に、カテゴライズされることの魅力(「個々の人物像やそれが扱う力の相性を描く」、「一見パッとしない力でも使いようによっては強力になる」、といった展開や演出)への憧れを捨てきれずに欲張ってしまった(もしくは、自身の作風に落とし込めなかった)事が魔法・魔法使いの魅力を阻害してしまう要因になってしまったように、今となっては思う。

また、登場人物の大半が「魔法使い」という関係上、彼らが使用する魔法の分野をジャンル分けし、一辺倒にならないように工夫する必要もあった。【送火の魔法使い】、【傀儡魔法】などの名詞付けはその産物である。それでも、劇中「魔力」といった「カテゴライズ」を想起させる単語は一切使用せず、極力「回復魔法」や「攻撃魔法」などと言った耳なじみの単語も使用を避けたつもりである。

 

筆者の書く小説には、9割がた魔法使いが登場するので、今後も「この切り口」と「キャラクター小説としての要素」の合わせ技への挑戦を諦めず、より一層、よい物語を作れるように鋭意努力していく所存であります。

 

 

以上の三つが、作者が思う、「上手くできなかった」及び「やりたかった」事柄である。

批評家の方々にはこれらの改善策並びに、他にも気が付いた点をご指摘願いたい。

それらを踏まえて次回作はより良い物にしていきたいと思います。

 



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作品解剖 ※閲覧注意※

作家は自作品を解説し過ぎるのは、読み手の解釈を狭めてしまうために世間では御法度とされています。

が、それでも作った側としては作品を細かく読み解いてもらいたいというのが、親心というもの。

 

故に次ページからは、読者に気にかけてもらいたかった部分の、解答を示していきます。

その前に。この言を聞いて答え合わせの前に自分で調べたいという方は、是非もありません。どうぞページを巻き戻してください。

 

ではヒントをいくつか。

例えば、作中に出て来る「地名」は全て現実に存在する、とある国の地名に即したモノで、連想ゲーム的に名前をいじったモノになっています。もしそのネタ元に辿りつく事ができれば、「城を追われてからのウィルの動向」や「第二話でのウィルの侵攻ルート」などが、実際の地図上で明記できるはずです。

また、作中の時間軸(年代・月)などもある程度は目星がつけられるつくりになっています。

それを表す描写を見つけられれば。なんか国語の授業を思い出しますね。

他にも、「登場人物の名前の意味」や「映画や小説のオマージュ」について、次ページから解説しています。

 

この言を聞いて、もう一度読み直すもヨシ。

答えを聞いてから読み直すもヨシ。

読み直さないのも自由ですが、本音を言えば読み返して欲しいのが、正直なトコロ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来のウィルオウウィスプ伝説

「鍛冶屋ウィルの伝説」、「種火のウィル」

昔、「鍛冶屋のウィル」という非常に口が上手く、非常に素行の悪い男がいた。そしてある時、その普段の行いが原因で恨みを買って殺されてしまう。死後ウィルは、「死者の門」まで行き、「聖ペテロ」の前に突き出される。聖ペテロとは、日本で言う閻魔大王のような役割をもった天使で、死者が天国行きか地獄行きか、死者の言い分を聞いて判断する。ウィルは持ち前の口のうまさを発揮して、地獄行きを回避。あまつさえ復活を果たす。しかし生き返ったところで善人になる訳ではなく、相も変わらずの悪行三昧。そして二度目の死を迎えた時、──ここからパターンが異なる。

パターン1。

再び聖ペテロの前に突き出されたウィルへ、聖ペテロは「オマエはせっかく生き返ったのに、あいも変わらずの悪業三昧。さすがにこれ以上は目に余る。オマエの様な奴は地獄ですら生ぬるい。天国でも地獄でもないその狭間で永遠にとどまり続けるがいい!」ウィルは後悔したが後の祭り。天国と地獄の狭間である煉獄に突き落とされてしまう。とぼとぼとくらがりを歩くウィルをみて哀れんだ悪魔は、地獄の猛火の中で燃え盛る石炭を一つ取り出して、ウィルに灯りとして与えた。ウィルは今も煉獄を彷徨い続けている。時折、現世にも現れるが既に死者の身であるウィルに実態は無く、ぼんやりとウィルの持つ明かりが見えるだけ。

パターン2

死後、聖ペテロの前に突き出されたウィルは、今度こそは聖ペテロを騙すことはできず、今度こそ地獄行き。しかし今度は地獄で悪魔を騙し、そこも追放される。その時悪魔が投げつけた石炭を、そのまま灯りとして持っている。天国にも地獄に行けなくなってしまったウィルは腹いせに旅人を迷わせたり、底なし沼に誘い込んだりしている。

 

これに、「ジャックオランタン」の伝説を足した。

昔、ジャックという非常に口が上手く、非常に素行の悪い男の元に、地獄から悪魔がやってきて、ジャックの魂をとろうとした。しかしジャックは持ち前の達者な口で悪魔を返り討ちにし、向こう十年は自分の魂を取りに来ないように約束させてしまう。そして十年後、再び悪魔がジャックの元を訪れ、魂をとろうとするが、ジャックは再び悪魔をたぶらかし、二度と悪魔が自分の魂をとれないように約束させてしまう。それからジャックは天寿を全うしたが、元来素行が悪かった為、天国には入れてもらえず、しぶしぶ地獄に行くが、例の悪魔に「お前の魂は取らないと約束したから、地獄には入れないよ」と門前払いを喰らってしまう。天国にも地獄に行けないジャックはその間にある煉獄を彷徨う事になったが、あんまり暗いので悪魔に「何か明かりをくれ」と頼んで、地獄で燃える炎の塊を貰う。「せっかくの火が消えては困る」と道端に落ちていたカブをくりぬいてその中に炎を入れて、ジャックはとぼとぼと煉獄へ消えて行った。

 

「It’s time for a coffin break.」はハロウィンのいわゆるダジャレ。

本来は、「It’s time for a coffee break」で「コーヒー休憩」っていう意味だけど、「コーヒー」を「コフィン(棺桶/埋葬)」にもじって、「お墓(埋葬)の時間ですよ!」っていうブラックジョーク。

 

ソロモン➡悪魔を使役する王。ソロモン72柱。その図鑑が「ソロモンの書」。それにはいくつか種類/構成/第何部とかがあってその一つが「ゴエティアの書」。「ゴエティア」の別の言い方が「ガイーシャ」。つまり、それを読み解いたウインディは、兼ねてより悪魔の研究をしていた。

 

ウィルオウウィスプの一族は、みんな、名前のイニシャルがw.wになるようになってる。

 

新大陸の死者の祭り➡メキシコの「死者の日」、『リメンバーミー』とかの

 

ファフロツキーズ➡fafrotskies[falls from the skies]怪雨のこと。魚とかカエルが雨のように降ってくる現象➡「その場(空)にあるはずのない物が降ってくる」ことから、この名前に。

本来は「ファフロッキーズ」だが、セカオワのファンクラブの名前が「ファフロツキーズ」で、『RAIN』の歌詞も「ファフロツキーズ」だから、「ツ」が大きい。他にも『深い森』や「太陽が無色透明」➡『青い太陽』などセカオワの楽曲からの引用が多い。なぜなら作者がセカオワのファンだから。

 

指パッチンで部屋がきれいに➡『メリーポピンズ』

 

L e e - E n f i e l d➡イギリスのライフル銃

 

スリエルの指巻き➡スリエルは「サリエル」のこと。大天使。医療に精通しているとされ「癒す者」と言われる。また、力の源が月。

 

フォリオクエ➡キリスト教の用語。「子からも」という意味のラテン語。物を倍々に増殖させていく事から。

 

p76:グラウコービス➡ギリシャ神話の女神アテネの使いが白フクロウ。吟遊詩人のホメーロスがアテネの事を「グラコービス・アテーネー」と呼んだ。

 

大司教ラビ➡ユダヤ教でゴーレム作った人。

呪文:ゴーレムをメインに据えた小説、シンシア・オジック『The Puttermesser Papers』の登場人物たちをランダムに羅列

 

『赤い竜の王』➡アーサー王伝説

 

ウィルが試作ゴーレムに読ませた本➡「魔女にたぶらかされて奥さんの言いなりになって主人を殺してその地位に着くお話」、「ラストの森を動かした戦法」➡ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』

 

魔導具の名前

【奴隷の王冠(コルディセプス・シネンシス)】 ➡ 寄生植物のこと「コルディセプス・シネンシス」は蟻をゾンビにして繁殖する。その際キノコが頭部を突き破って出てくることからそれが冠に見える。

【彷徨う子宮(インヴィディア)】➡彷徨う子宮っていうのはヒステリーが精神病だとわかる以前、子宮の病気でそうなっていると考えられていたことから、その病名的なのが彷徨う子宮。で、それでヒステリーと言えば、痴情のもつれとか修羅場だろうと思ったから、嫉妬を意味するインヴィディア。

【育ち行く万雷(クラドグラム)】➡クラドグラムはダイアグラムの一つ。系統樹を説明するのにつかわれる。指数関数的に増える。雷を表現するのにいいと思って。

【刃毀れ(サメノハ)】➡カボチャの皮は水分を保持する為にめちゃ固く、やわな刃物では逆に刃毀れしてしまう。刃毀れしたギザギザの包丁などが、サメの歯を連想させることから。

 

V i c k e r s➡イギリスの水冷式の機関銃

 

大魔法使いアンブロシウス➡マーリンの別名がアンブロシウス・メルリヌス

 

「小さな紫の花」➡ミヤコワスレ➡花言葉「しばしのお別れ」

古畑任三郎EP24「しばしのお別れ」から。作者は「田村正和」と「三谷幸喜」のファン。

 

イギリスの春(三月~四月ごろ)を代表する花➡水仙➡ダファデイル。つまり王子が生まれたのは春ごろ。

劇中「王子が生まれて半年を祝うパーティー」が催されるが、王子が生まれたのが三月~四月ごろだとすると、そこから半年後は九月~十月。ウィルの復帰作戦は、その時期と推定され、「姫の100日間の家出」から、ウィルが城を追い出されたのは、少なくとも六、七月以前だと推察できる。

スノーマン➡興行師のこと。エンターテイナー。

 

火のサソリ➡宮沢賢治『銀河鉄道の夜』蠍の火

 

猫の名前が「トロイ・メライ」宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』で猫がリクエストしたのがシューマンの「トロイメライ」

 

ベイリーフ➡月桂樹の事、月桂樹はアポロンが頭に巻いてる植物。

 

 

 

登場人物の名前の由来

 

王族の名前の付け方 : 名前=その人物を象徴する言葉・父・母・家名

 

エレオノーラ=ハイラント・リチャード・メアリー・オブ・アンブロシウス

[Eleonor=Heiland Richard Mary of-Ambrosius]

「思いやり」=「救世主」・父・母・家名(マーリンの別名)

 

リチャード=バシレウス・ルイス・レオンティーナ・オブ・アンブロシウス

[Richard=Basiléus Lewis Leontina of- Ambrosius]

「支配者」=「王」・英国生まれの父・伊国人の女性・家名

 

ジョン=ソーマ・ルイス・レオンティーナ・オブ・アンブロシウス

[John=soma Lewis Leontina of- Ambrosius]

王の名前の由来がロビンフッドのリチャード王とジョン王子だから=酒の神ソーマ・父・母・家名

 

マイケル=エルケーニッヒ・リチャード・メアリー・オブ・アンブロシウス

[Michael=Erlkönig Richard Mary of-Ambrosius]

一般的な英国男性名=オペラ「魔王」で息子が攫われるからそっから、魔王のドイツ語版・父・母・家名

 

 

サー・アレクサンドラ・ユスティアス

[Sir Alexandra justitias]

Alexander➡守護者の意 justitias➡正義

 

アルベルト・A・アエイバロン

[Albert A Aeibaron]

アエイバロン[Aeibaron]➡Ἀειβάλλων アポロンの別名

 

SG-62-I3

SGは「スケープゴート」の頭文字、62はウィルが62歳の時作った。インプルーブ(改良型)3号

SG-47-P1

スケープゴート。62歳製、プロトタイプ一号

 

グレムリン・スパンデュール➡スパンデュールはグレムリンの種類の一つ。通常個体より、より高高度を飛行する飛行機内に出現する。

 

 

 

地名

 

イングリース➡イングリッシュ➡英語 英語の国➡英国➡イギリス

 

お城(アンブロシウス城/ビスケットの缶)➡ウィンザー城 現王族の家名が「アンブロシウス」だから

首都(ランドニオン/ウイスキーの瓶)➡ロンドン  ランドニオン塔➡ロンドン塔  「ロンドン」のもじり

隠れ家(ファフロツキーズの眠る場所/フィッシュ&チップス)➡ストーンヘンジ  石の魚だから

 

タメシス河➡テムズ川

ローマ人は「テムズ川[River Thames]」を[Tamesis]と書いたから、それをローマ字読みして

 

跳開橋(ルーク・ブリッジ)➡ルークはチェスの塔、塔はタワー➡タワー・ブリッジ

 

ビック・ベル➡ビックベン 

 

ストロベリー・フィールド港➡イギリスのロックバンド「ビートルズ」の『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』から。

ジョン・レノンが過ごした孤児院があるのがリヴァプールという港町で、孤児院の名前が「ストロベリー・フィールド」

 

王城を出発し貯水池群を抜け➡貯水池群➡レイズベリー

 

王国の北側にある小さな島➡スコットランドのハイランド地方、ヘブリディーズ諸島のこと。ここは鬼火伝説(スパンキー)リンクボーイの伝承がある。

 

世界の果てのような谷 ➡ World's End, Offa's Dyke[ワールズ・エンド, オファズ・ダイク] リヴァプールの南にある谷。

 

ワーズワス橋➡ウェストミンスター橋。

ウィリアム・ワーズワースが「ウェストミンスター橋の上で」という詩を書いてる。

 

三羽の烏大聖堂➡カンタベリー大聖堂。カンタベリー大聖堂があるイングランド南東部ケント州のカンタベリー市の市章に三羽のベニハシガラスが描かれてる。

 

インバネス湖➡ネス湖。インバネスはネス湖の近くの地名。イギリスにフィヨルドはない。

 

 

 

実際に地図に記したものはTwitterにて

https://twitter.com/koitiro_morioka/status/1638443796404002816?s=20

 

 

 

 

他にもTwitterでは、本作の広報用に作った【よこざん】先生のイラストを使用した「キャラクター紹介」や、キャラクターデザインのラフ画などを掲載中。

一見のカチアリっ!是非ともご覧になってくださいね。

 



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