誰よりも!何よりも!語り継がれる存在にあたしはなりたいの! (UNponpon)
しおりを挟む

1.絶対に必ず勇者になるために

 iPad で読み直した時はなんとも感じないのに、スマホで読み返したら変な気持ちになったのは、なんでなんだろう


 

「クロード・ヴィクトリアの【称号】は……勇者だと!?」

「へ? 僕が勇者だって!?」

 

 

 なんの変哲もない村で行われた【称号】の『選定の儀』が大勢の村人の前で行われていた。

 そこで、10歳になる村の子であるクロードはお伽噺でしか存在しなかった勇者に選ばれてしまったのだ。

 神から与えられる【称号】が勇者だと言われたクロードは村長から告げられた言葉に動揺した。

 まさか自分が勇者に選ばれるなんて思いもしなかったからだ。

 

「何かの間違いではないのですか? 僕が勇者だなんて……」

「いいや、間違いなくクロード。お前は勇者だと神がそう示したのだ」

 

 信じられないといった表情で、口をあんぐりと広げてしまうのも無理もない。

 自分より優れた人がたくさんいるというのに、なぜよりによって勇者に選ばれてしまったのか理解ができなかった。

 勇者としてやっていける自信はない、と顔を曇らす。

 

「そんな顔をするなよ、クロード。選ばれるだけの理由があるんだろ」

 

 村に住む見知ったおじさんが、クロードを励ます。徐々にみんなが応援の言葉をかけてくれた。

 心が軽くなったのか不安がっていた表情も少しずつ和らいでいき、照れ臭くなったのか笑みがこぼれる。

 

「ボクが必ず、復活するであろう魔王を倒してみせる!」

 

 10歳の彼は未熟とはいえ、心構えは一丁前だった。だからこそ声を張って宣言をした。

 王国の預言者曰く、魔王復活までに時間があるらしい。だから勇者としての力や知識をそれまでに鍛えればいい。

 そうみんなを守るために覚悟を決めた顔つきをした。 

(ボクはみんなを、世界を……絶対に守ってみせる。聖剣で必ず魔王を倒してみせる)

 

「それに『英雄』様もいるんだし、魔王なんて余裕なんじゃないのか!」

 

 【称号】が英雄だと告げられたクロードの幼馴染である少女を見ながらガハハ、と笑う男に村の空気が緩み、クロードも思わず笑ってしまう。

 

(そうだ、ボクは一人じゃないんだ。幼馴染のネロと一緒に戦えばなんだって勝てる)

 

 これは、幼馴染のネロと仲間と共に魔王復活という絶望を聖剣で希望を切り開いていく勇者クロードの戦いの物語!!

 

 

 

 

 ではなく……

 

(なんでクソ雑魚でなんの努力もしてないアイツが選ばれるのよ!!!!!)

 

 勇者に選ばれなかった英雄ネロの物語である

 

 

 ***

 

 

 あたしは誰よりも、何よりもずっと目立ちたかった。

 その場限りにおいて目立つのではなく、後世に語られるくらい目立ちたかった。

 あたしという存在を永遠に忘れられないくらいに名を残したかった。

 

 具体的にいえば、誰もが知るお伽噺に登場するような物語の核となる者──主人公に憧れていた。

 その名を聞けば、お大雑把なあらすじを全国民が語れるくらい圧倒的に有名な存在になりたかった。

 例えば、『桃太郎』と聞けばどういう話かすぐわかるように。『寿限無』と聞けば、フルネームを言えるくらいに。『アンパン』と聞けば、自然とヒーローを思い浮かべるまでに。

 あたしにとって最も憧れるのは、『勇者』だ。

 人々の唯一の希望にして、魔王を滅する聖剣を振るうことのできる存在。

 まず、唯一無二という点が主人公らしく目立つ。敵との戦いで勇ましく戦う姿も目立つ。ヒロインなど誰かと話しても目立つ。お風呂に入るだけでも勇者として目立つ。

 もう何をしても目立つ。それが私にとっての勇者だ。

 さらに勇者の死後、勇者の綴った冒険譚は美化され、劇や物語として勇者の存在を知らしめ、魔王が復活した時も、死んだ勇者の冒険を参考にして対抗策を考えるだろう。

 もうわかるだろう。『勇者』とは、いつの時代でも誰よりも有名で印象に残る存在なのだと!

 

 残念ながらあたしのいた前世では魔王なんていないし、物語もデータとして残り続けて美化もされない悲しい時代だった。

 それでもあたしはせめて歴史に名を残すために、とりあえず政治家になろうと勉強をしていたら、いつの間にか死んだ。

 どういうふうに死んだか覚えてはないが、とにかく前世の私の人生はここで終わってしまった。

 

 そして記憶を保持したまま、転生した。

 よくある異世界転生というやつだ。前世でも勇者系の話をよく読んでいたからそこまで動揺はしなかった。

 名前はネロ・セネット。住んでる所はミルート村。畜産業が盛んなただの田舎だ。

 性別は薄いピンク髪の女だった。前世では女勇者よりも男勇者の割合の方が多かったから少し残念だが、まぁいい。

 

 それよりもあたしが転生したこの世界は、いわゆるテンプレ要素が詰め込まれたファンタジー中世系。

 よくあるスライムとかゴブリン、ドラゴンもいる。ドラゴンは見たことないけど、ゴブリン程度なら倒したことはある。

 そして、この世界にはなんと魔王がいたらしい。お伽噺なので、本当にいるかは知らないけど、それよりもあたしは大興奮した。

 勇者が登場したのだ! このお伽噺に! あたしが前世から憧れていたあの勇者が!

 

 話の内容は、仲間との涙あり、別れなり。魔王の幹部と激闘を繰り広げ、やがて魔王との死闘の末、打ち勝つ良くある王道系だった。

 日常の小話も仲が良さそうな雰囲気が伝わってきて好きだけど、やっぱり聖剣で敵をやっつける戦闘シーンには憧れるものがある。

 

 もちろん魔法もある。属性魔法や回復魔法、生活魔法まで老若男女問わず、あらゆる場所で魔法が使われていた。

 体内に魔力を保有するタイプの魔法が主流であり、外の魔力を変換して魔法を打つタイプはあたしが見た感じ見当たらない世界であった。

 残念なことに生まれながらにして魔法の才能が決まる世界らしく、一般的には魔力上限を増やせないところが難点ではあるが……。

 あたしは上限を突破する主人公の小説を前世でいくつか読んだことがあり、それを参考にやったら出来たので、特に問題はない。

 上限という限界を超えてもなお、成長し続ける勇者は、王道でありながら強くてカッコイイし目立つからとてもいい。

 

 さらにあたしにとって都合のいいことに、詳しい年まではわからないものの、近いうちに魔王が復活するらしい。

 魔王が復活するということは、つまり勇者の出番であり、あたしの物語が始まるということ。

 そして、あたしが魔王を倒して死んだ後には、話が盛られまくった伝記とか物語ができるんだろうね。

 

 ちなみに勇者になる方法だが、神が人間に定める【称号】勇者に選ばれなくてはならない。

 【称号】とは簡単にいうと、10歳の時に将来の職業をこれにしろと神から任命されるものである。

 神がその人間にとって最適な職業を選んでくれているので、それ以外の職業に就くことはあまり推奨されないようだ。

 そして勇者の条件は、聖剣に選ばれた者が自動的に【称号】勇者が与えられるらしい。

 自分の好きな職業に就けないのは前世的に違和感を覚えるが、あたしが勇者に選ばれればいいので問題ない。

 

 ただ、とある疑問が浮かんできた。聖剣に選ばれる前に【称号】貰ったら、勇者になれないのでは? と。

 つまり、【称号】をもらう前に聖剣と対面しなければ選んでもらえる機会すらないのではないかと。

 

 それに気づいた当時4歳に私は聖剣が保管されているヴァリアント王国に旅行したいと熱望した。

 母親にお願いしても、小さすぎるからダメだと言われてしまったが、今の5歳半の私ならと、改めてお願いしたら連れて行ってくれるらしい。

 普段、おねだりしない分、珍しい娘のおねだりに甘やかしたいのだろう。

 本当に欲しい物だけ以外を我慢すれば、いざという時に、こうやって快くお願いを聞いてくれる。

 何でもかんでも欲しがる図々しい村の友達には出来ないあたしだけの特権だ。

 

 それから私は、小さい身体で村の周りを走りまくって身体を鍛えて、困っている大人を子供の柔軟な思考と称してアドバイスをしたりした。

 元気がいっぱいで、他人を助ける勇気、見返りを求めない精神は自他共に認め、将来は強くて優しい子になることが間違いなかった。

 聖剣に選ばれる条件がわからないけど、善よりな思考、行動を誰よりもしてれば、選ばれるのではないかと思う。勇者はも心優しい性格の人がほとんど選ばれるし。

 だから小さい頃から我儘もないめっっちゃ良い子、優等生してたし、選ばれるに違いない。

 というか、そのために今まで良い子を演じてきたから選ばれないと困る。

 

 あ、そうそう。ヴァリアント王国には、幼馴染のクロード君の家族も来るらしい。

 クロード君は私が生まれる前から家族ぐるみで仲にいいヴィクトリア家の子供である。

 名前的に主人公っぽさを感じたが、貴族や王族にヴィクトリア家なんていなかったし、こんなクソ田舎の貴族が来るわけもない。

 それに主人公補正があったとしても、あたしが3割程度の力を出した腕相撲でギリギリ負けたクロード君は私よりもクソ雑魚なので、私を差し置いて聖剣に選ばれることはない。

 私よりも強く、聖剣に選ばれそうだったら、当日に毒でも食事に混入させて阻止するしかないが、クロード君が雑魚で助かった。

 

 ヴァリアント王国に行くまでにまだ時間がある。

 残りの時間はバレないように鍛錬をして、本を読みまくって教養を深めてその日に備えよう。

 待っていてね、聖剣。私がいつか出会うその時まで。

 

 

 ***

 

 

「ママ! あたし、ここにいきたい!」

 

 

 3歳であったネロ・セネットは母親であるメディカ・セネットにおねだりをしていた。

 子供が親に旅行に行きたいとお願いする。どこにでもありそうな光景。

 しかし、母メディカにとってそれは、動揺する出来事だった。

 

 ネロは生まれつき、とても賢い子供だった。

 食事やおねしょをする前に泣く以外は、夜泣きも全くしない手のかからない良い子。

 平均的にハイハイや早くて掴まり立ちをする頃には、ネロはすでに立ち上がっていた。 

 やがて、様々なものに興味が湧く時期には、同年代と遊ばず、ネロはひたすら本を読んでいた。

 勇者のお伽噺、聖剣の伝説、称号の秘密といったマニアックなものまで、なんでも読む。

 親が頼まなくても、勝手にお手伝いするし、受け答えも完璧だった。

 何か欲しいものはないかと聞いても、本以外何も望まなかった。

 

 ある日、メディカは本の中で完結していたネロの世界を広げてほしいと、ネロに外で遊ぶように伝えた。

 ネロは嫌がるだろうと思った矢先、すぐに飛び出ていった。

 しばらくして帰ってくると、ネロが帰ってきた。家族ぐるみで仲のいいクロードと遊んだらしい。

 今まで自分から遊びに行くことをしなかったネロが……とメディカは呆気に取られて開いた口が塞がらなかった。

 

 また、別の日に今度は、おしゃれを教えようと近くの服屋にネロを連れていった。

 女の子なら誰もが興味を持つおしゃれに、ネロは見向きもしなかった。

 おしゃれの良さを教えても、いらないと答えるネロにメディカはダメもとで、着飾ると誰もがあなたに見惚れるよ、と囁いた。

 すると、ハッとびっくりした後、人が変わったかのように服を選んでいく。

 ネロが手に取った服は、サイズもぴったりで、とても似合っていた。

 おしゃれを知らないはずのネロがなぜ着飾ることが出来たのか今でもわかっていなかった。

 

 両親に連れられる以外、基本的に家で過ごし、生活に必要な行為と両親との会話以外、ずっと本を読んでいた。

 ネロはなんでもできるせいか、ただ興味がないだけか、今まで自分から何かを望むことはなかった。

 

 そんなネロが今、初めて子供らしくおねだりをしていた。

 ネロは聖剣が眠っているというヴァリアント王国に行って、聖剣を見たいらしい。

 母親としては叶えてやりたかったが、ネロはまだ小さすぎた。もしも旅行の道中に盗賊に襲われたらなす術もなく、攫われてしまう。

 ヴァリアント王国で迷子になるかもしれない。身長のせいで、肩車しても目的であろう聖剣を見れないかもしれない。

 せめて物心がほぼ完成し、ある程度身長が伸びてくる5歳までは連れて行くことを躊躇っていた。

 

「ネロちゃん、実はね……」

 

 だが、娘の安全のためにもと、罪悪感を覚えながらも、メディカは正直に全てを娘に伝えた。

 聞いてる間、ネロは真っ直ぐに母親を見ながら無言で聞いている。

 やがて、一通り話し終えると、メディカは娘の反応に怯えていた。

 癇癪を起こすのか、駄々をこねるのか。初めてとも言えるようなお願いを拒否してしまったら、母親である私を嫌いになるのでは、と。

 

「うん、わかったよ、ママ。おおきくなったらぜったいにつれていってね!」

 

 メディカの目は大きく開かれる。拒絶されると覚悟していたが、あっさり引いてびっくりしてしまった。

 その代わり……とネロが上目遣いをする。

 

「明日から毎日牛乳とたまに、鶏肉も食べたいな!」

「っ! わかったわ。これからそうするわね」

 

 ネロは牛乳を飲んで、大きくなろうとする子供らしい発想に思わず笑みがこぼれる。

 小さくても初めてのお願いだ。メディカは嬉々とした様子で牛乳を買いに外へ出た。

 

 それから毎日、ネロに牛乳を渡すと一気に飲み干して、どこかへ遊びに行くようになった。

 夕食前には帰ってくるが、ある日は汗だくだったり、泥だらけだったり、木の葉が服に散らかりまくったり。

 ずっと本を読んでいた頃には考えられないほどに活発になって逆に心配したが、夕食の時に楽しそうに話すネロを見て特に何も言わなかった。

 

 それからメディカが買い物に行くと、ネロに助けられたと声をかけられることが増えた。

 聞くと、ネロは困っている大人のお手伝いをしているようで、大人じみた知性で解決してくれるらしい。

 その時メディカは、ネロが本を読んでいたお陰だと気づいた。

 今もネロは家にある難しめな本を読んでいるが、その知識を人助けに使っていることに、両親に自慢しない謙虚さも兼ね備えていることに感動した。

 

 このことから、ネロはこのままいけば将来、人を導く偉い人になるのだろう、と陰ながら応援することにした。

 

 それからメディカ達は1つ決めたことがある。

 

 一体、娘が何を考えているのか、何を目指しているかはわからない。

 ほしいものもやりたいことも特に言わない娘は私たち親をどのように思っているかもわからない。

 でも、目指すもの、叶えたいものを見つけたのならば、打ち明けてくれるなら、私たちは全力でサポートしよう。

 だからいつか来るその時まで、私たちは温かい目で見守っていこう。

 

 そう決めた。

 

 だから今は──

 

 ──娘のなりたいものに成れますように、と。

 

 メディカは、今はただ娘の将来を神に祈ることしかできなかった。

 

 

 




初めてなのでマナーとかルールとか何かおかしいところがあれば、教えてくれると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.真の勇者


『ルーティン』と『ルーティーン』どっちがいいか10分くらい悩んだ。
念の為、クリケットはスポーツの方ではなく、ある食料のことです。


 

 いよいよ、ヴァリアント王国に旅行に行く前日になった。

 あたしが4歳から憧れていた聖地へとついに赴くことができるのだ。

 ここ数日、テンションが上がって落ち着きがないくらい浮かれきっていた。

 ママもあたしに「楽しみなのね」と言ってきたから顔にも出てたのかもしれない。

 

 とはいえ、いつもやっている日常──ルーティーンを忘れるわけにはいかない。

『継続は力なり』ともいうし、続けることは誠実性、忍耐力の証明にもなる。

 聖剣がどのようにして主を認めるかは知らないが、少しでも将来の有望性のあった方がいいに違いない。

 

 というわけで、昨日と変わらずルーティーンを始めるとしよう。

 朝になって日差しがあたしを照らしながら、ベッドから飛び起きた。 

 

 リビングへと行くと、ママが台所で朝食の準備をしている。

 覗いてみると、テキパキと動きながら忙しなく動いている。

 

 あたしはまずやることは、料理を予測すること。正確には材料で何を作ろうとしているのかを当てる。

 

 ……なるほど。卵とウインナーを焼いている。目玉焼きセットね。

 ん、鍋に水を入れて火をつけた。これは、いつもの温野菜を作ろうとしているのか。

 昨日、買い物かごに野菜が少なめに入れてあった。旅行に行く前だから普段より量が少なかったのだろう。

 作る料理は大体わかった。後は──

 

「おはようございます、ママ。あたしも手伝うね」

「おはよう、ネロ。いつもありがとうね、今日は……」

「目玉焼きと温野菜と焼きパンでしょ。野菜持ってくるね!」

「いつもよくママが作る料理がわかるね、本当にすごい」

 

 どうやらいつも通り、当たっていたらしい。当然ね。

 ママが朝食に作るレパートリーは10パターンくらいだから、何年も過ごせば覚えられる。

 そして小さい子供であるあたしには、野菜を持ってくること、柔らかい野菜を切ることしかできない。

 例え、やることが小さいとしても、やらないよりはマシだし、善行も積み重ねれば大きなものとなると思う。

 だから、毎日ママのお手伝いをしている。

 

「おはよう、ネロ、メディカ」

「おはようございます。パパ! 朝ご飯できたから早く食べよう!」

 

 やがて朝食を作り終えるとリビングにはパパがいた。

 パパは、ミルート村が属するアグリカル共和国の騎士団に勤めている。しかも上位の実力らしい。

 身内に戦闘技術を持つ人間がいるのは運が良かったとしかいえない。

 しかも勇者になるためには必須と言っていいほど、必要な剣の達人だった

 あたしはいつの日か父に剣を教えてもらうことを約束している。

 最初は女の子が……と躊躇していたが、上目遣い&抱きしめ&可愛くお願いしたら陥落した。小さい女の子には誰も逆らえないのだ。

 身体の発達を阻害しない程度に6歳から始めてくれるらしい。鍛えてくれるだけでも感謝だ。

 

 ママとパパとの団欒を楽しみながら、食事をとる。

 パパはよく騎士のお仕事の話をしてくれる。訓練だったり、教育だったり、悪い人を捕まえたり。

 あたしを騎士にさせたいのか、笑顔で話すパパにママは相槌を打ったりして微笑んでいた。

 パパの目論見は残念ながら叶うことはないけれど、身体の鍛え方、動かし方、捕縛術などは本当に参考になる。

 勇者として身体を鍛えるのは当たり前だが、悪人を殺さずに捕まえることでは心優しい勇者として、また一つ物語が生まれるだろう。

 

「あたし、クロード君に会いに行ってくるね」

「夕飯前には帰ってきてね、明日は朝早いからはしゃぎ過ぎないように」

 

 牛乳を飲み干して食事を終えて、旅行の準備を最終確認する両親を手伝いたかったが、子供のあたしにできることは特になかったので、外に出ることにした。

 クロード君と会うのは、旅行に一緒に行く仲として少し話した方がいいと思ったからだ。

 あとは、クロードの母親が作るクリケットクッキー目当てでもある。というかほぼそれが目的となっている。

 身体にキツイ負荷を掛けるのは身長に影響を及ぼすとはいえ、下地は整えたい。

 なので、タンパク質豊富なクリケットクッキーは実質プロテインクッキーであり、あたしにとっては大変ありがたいものである。

 クッキーを貰えるのは、家に入って椅子に座った直後にくれる。これはプロテインを摂取するのに最適な筋トレ直後から1時間のゴールデンタイムでもある。

 ということで、筋肉をつけるためにも、いつも通りクロード君の家までは全速力で走ることにした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ハァ……ハァ……やっぱり……10分近くの全速疾走は、キツイ……」

 

 身体が悲鳴をあげそうなくらい疲労困憊している。適当な場所を毎日走っているとはいえ、まだまだ心に身体が追いついていなかった。

 まぁ、それは13歳くらいの成長期のいくら動かしても身体が壊れない時期に追い込むとして、今は呼吸を整えよう。

 酸素を求める肺をねじ伏せて、口呼吸から鼻呼吸へと戻していく。

 心臓がバックンバックンうるさいけど、これがまたあたしの肺を強くするのだ。

 今は、これでいい。肺を鍛えていつかは無呼吸運動を始めるための準備として考えているからこれでいい。

 数滴流れた汗も軽く拭いてから、ヴィクトリア家のドアをノックした。

 

「あらあら〜いつぶりかしらね、ネロちゃん」

「5日ぶりです、グレーネさん。クロード君はいますか?」

 

 クロードの母親であるグレーネさんが艶のある灰色の髪を揺らしながらあたしを出迎えてくる。

 あたしは要件であるクロード君のことを尋ねた。

 

「えぇ、今は明日の旅行に備えて自分の準備をしてるわよ。クロード! ネロちゃんが来たわよ〜! さぁ、中に入って入って」

「ネ、ネロちゃんが来たんだ……。待って、今行く」

 

 相変わらず自身なさげに返事をするクロード君の声を聞きつつ、あたしは家へと入る。

 日光が差し込むリビングの隅には纏まった荷物が置いてあり、すでに旅行の準備が完了していることが窺える。

 木製の椅子に座って、疲れている身体を休ませているとクロード君が向かいの席に座ってきた。

 

「ネロちゃんは準備は終わったの? 僕はまだ終わってないや」

「クロード君が真っ先に玄関のドアを開けてくれないからそうだろうと思ったわ。まだ時間はかかりそうなの?」

「うん。まだ何を持って行こうと悩んでて……」

 

 何に悩んでいるのかはわからないけど、クロードの反応的に大したことじゃなさそうね。

 どうせ子供らしくおもちゃを何持っていこうか悩んでいるのでしょう。聖地に行くから遊ぶ余裕なんてないのに。

 心配する様子も、心優しい勇者の幼少期エピソードとして後世に刻まれるのでグッド!

 観光したい場所について雑談していると、グレーネさんがお待ちかねのクリケットクッキーを持ってきた。

 

「ん〜〜!! グレーネさんのクッキーは全身が欲しがるのがわかるくらい美味しい!!」

「ふふっ、いつも美味しそうに食べてくれて嬉しいわね。可愛いネロちゃんのためなら毎日焼いちゃいたくなるわ」

「えぇ!? こんな美味しいのが毎日食べれるなんて。あたしはとっても幸せね!」

「あら、お世辞でも嬉しいわね〜。ありがとうね」

 

 お世辞でもなく、ホントに毎日食べたい。そのためなら全力で褒めるし、家族以外に滅多に見せない笑顔だって見せます。

 お菓子というか料理全般が前世より劣っているからか、あたしにとって美味しいものがそもそも少ない。

 そんななかで、このクリケットクッキーは美味しい部類に入るので好きな食べ物の上位に君臨する。

 そして、原材料が虫なのでタンパク質が肉よりも豊富で筋肉にもいい。そう、筋肉にいい!

 筋肉を増やし、聖剣を棒切れのように振り回すことで、聖剣の力に振り回されていた初代勇者よりも優れた存在だとアピールできる。

 聖剣をいずれコントロールしていく物語も悪くはないが、あたしがやると二番煎じになんてしまう。

 だったら最初から使いこなしていく方が映えるし、かっこいい。

 お伽噺になったら『彼女は生まれた時からすでに勇者だった……』と語られるのでしょう。

 あたしは将来の妄想で頭がいっぱいになった。

 

「変な顔してどうかしたの? ネロちゃん」

「変な顔? もしかしたらこのクッキーがいつもより美味しかったからかもしれないわ。気持ち悪かった?」

「そんなことないよ! その……可愛かったし」

「そう、ならよかったわ……あたし、そろそろ帰るね」

 

 妄想に夢中で顔がニヤけてしまったのか、クロード君に指摘されてしまった。恥ずかしい。

 それよりもクロード君が可愛いって言うなんて……。気持ち悪い悪寒がしたあたしはつい、帰ると言ってしまった。

 顔色を変えずに言ったとはいえ、これじゃあまるで、『変な顔をしていると指摘されて恥ずかしくなった彼女は家から出てしまった』となってしまう。

 あたしは、主人公に惚れる逃げヒロインじゃない。勇者になる主人公があたしなの。努力もしない脇役が出しゃばるんじゃないわよ。

 

「明日の早朝にまた会いましょうね、ネロちゃん」

「はい、明日からよろしくおねがいます。……クロードもバイバイ」

「もしかして、ネロちゃん怒ってる?」

「怒ってないんですけど何か? あたしもう行くね。それじゃあね、バイバイ、さようなら」

「う……うん、また明日ね、ネロちゃん」

 

 恨みを込めてクロードを睨みつけて、グレーネさんの帰ることを伝えると、お土産にクッキーをくれた。

 あたしは貰ったクッキーを生まれた子鹿を持つように大切に持つと、あたしは胸に残るモヤモヤにイライラしながら家へと帰っていった。

 

 家に帰ってもやることがないあたしは本を読み始め、早朝から旅行に行くからと、パパに早めに寝かされた。

 もちろん、寝る前の牛乳とクリケットクッキーは忘れずにね。

 

 

 

 ***

 

 

 ボクこと、クロード・ヴィクトリアは実はみんなに内緒にしていることがある。

 これは母さんにも父さんにも誰にも言っていないこと。

 実はボクは転生者なのだ。トラックに轢かれて神様にこの世界を救えと言われてから、この世界で過ごしている。

 まるでテンプレみたいな転生だったけど、ボクがまさか転生できるなんて夢心地だった。

 しかも、身体強化のチートを貰えた。ボクの普段の力を10倍まで引き上げて力を扱えるようになるらしい。しかもデメリット無し。

 これで神が言うにはこのチート(この世界では異能)を持つことで誰にも扱えないという聖剣を扱える資格を貰えるようだ。

 つまり、ボクが勇者になることは約束されたも同然であり、人生勝ち組確定なのだ。

 

 しかもボクには、可愛い幼馴染がいる。名前はネロちゃん。

 ピンク髪の左右に伸びるツインテールが特徴的な赤みがかったオレンジの瞳の美少女だ。

 控えめに言ってとても可愛いし、勇者の幼馴染みとしてよくある展開で僕は興奮した。

 そしてなぜか彼女はとても強い。

 腕自慢なところを見せつけようと大人をチートで8倍に引き上げて、瞬殺していたところにネロが挑戦してきて、接戦の末、敗けたくらい強かった。

 だけど、そんな力を持ってしても優しい性格でボクの好みのツンデレだ。デレ要素は少ないけれど、そんな彼女が好きだ。

 

 今日だってボクの家に遊びに来たし、周りには見せないような笑顔で美味しそうにクッキーを食べていた。

 ボクが準備できてないか心配してくれたし、ボクたちだけに笑顔を見せてくれるなんて。

 可愛いと褒めたら、冷たさを感じる視線を僕に送りながら、さっさと帰っていった時は特にツンデレだった。

 怒ってないフリもまさにツンで良かった。バイバイ3段罵倒も照れ隠しだと思うと可愛くてしょうがない。

 

 少なくとも彼女がボクに気を持っているのは確かだ。僕は将来の勇者だし、ある意味当然とも言える。

 もしかすると、前世でよく見たハーレムの一員になるかもしれない。

 いずれ復活するであろう魔王をぶっ倒す頃にはどのようになっているか楽しみだ。

 全人類からヒーローとして憧れて、女の子はボクに惚れて、王様は僕に感謝を伝えて褒美を与えるだろう。

 もしかしたら、僕を王様にしてくれるかもしれない。自分だけの王国。転生系のラストらしくていいや。

 

 明日は、聖剣が保管されているヴァリアント王国に行って、もしかしたら聖剣が反応するかもしれない。

 ボクが聖剣に選ばれたと知ったらネロはきっと驚いて好きになるに違いない。

 だって、ネロが勇者が好きなのは知っている。本人は否定しているが、勇者の話は絶対に真剣に聴くネロを見ればすぐわかる。

 

 ボクが勇者だと知ったネロの様子が楽しみで仕方がない。

 とりあえず、明日何が起こるか期待を膨らませながら、僕は明日に備えて眠った。





人のセリフを小説に入れるの難しいな、うん。
ストックはもう使い切っちまった……

クリケットは、とある虫です。秋にチロチロ鳴いてるやつです。可愛いですよね。
部屋で飼えば秋を身近に感じられて、死んでもタンパク質豊富で一石二鳥。

タグに『チート』『幼馴染』を入れたほうがいいのかな……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.宿は好感度稼ぎイベント


 サブタイトルがいいの思い浮かばず、何回か読み返すと、主人公は効率厨というイメージが勝手に湧いてたのでRTAっぽいサブタイトルになってしまった。
 無難に、『親子水入らず』の方がよかった気もしますが、深夜テンションの私には判断できん。


 あと、感想と評価をくださりありがとうございます! わざわざ時間をかけてまで頂けるとは思いもしなかったので、すごく嬉しいです!


 

 正門から見える村とは段違いの人の数と夜が近づいているというのに、それに反するような活気。

 あちこちで色んなものが売られている光景にあたしは久しぶりに大興奮した。

 そう、ついにだ。ついに来れたのだ。

 

「ここがヴァリアント王国! お伽噺から伝えられし伝説の聖剣が眠りし古の国!」

 

 このヴァリアント王国に!!

 あたしは、王都まで人や荷物を運んでくれる馬車から降りると、憧れの地に叫ばずにはいられなかった。

 

 眠った次の日の早朝に村からヴァリアント王国の正門であるここまで、休憩を挟みながら馬車を揺られて夕暮れ時には着いた。

 すっかり辺りはオレンジ色の光で照らされており、もうすぐ地上におやすみを告げる月がやってくる。

 まだ見たことない盗賊や魔物が最も強く、活発になる時間帯であり、夜に行動するのは大変危険。

 夜の時間がやってくる前に、安全な王都に着いて安心だ。

 

 それにしても転生あるある、盗賊の遭遇が無くて本当に安心した。

 一応、自前の包丁をこっそり持っていたとはいえ、子供の身体で怪我なしで突破するのは、技術がないあたしには不可能。

 もしクロードのような雑魚が人質に取られたりしたら、勇者を目指す心優しいあたしは、彼と入れ替わろうとするかもしれない。

 その後の未来は、奴隷となって売り飛ばされて勇者になれず、夜の奉仕をするbad endになったので、本当に助かった。

 騎士のパパがいるが、あたしが武術の心得を習得するまでは、遠出は控えるようにしようと心に誓った。

 

 そして門番の審査も無事に通り、王都の中へとついに入っていった。

 獣道ではなく、ちゃんとした石畳でできた道であり、綺麗に舗装されている。

 少しずつだが、夜の暗闇を覆い隠すかのように街灯や店内に明かりが灯されていった。恐らく魔法で照らしているのだろう。

 あたい達は乗せてもらった馬車を見送りながら、泊まれそうな宿を探しに行く。

 この世界は、電話がないから予約もできず、自分たちで宿を探さなければならない。慣れない長旅に疲労している体には、キツイ話だった。

 人生初めての馬車の乗り心地はお世辞にも好きとはいえない代物で、酔って気分も悪くなった。今は初めての異国の地にテンションが上がってすっかり治ったけどね。

 ちなみにクロード君は、父親であるホワイツさんにおぶさって気持ちよさそうに寝ていた。相変わらずへなちょこですね。

 テンションでは誤魔化しきれなかった重たい体をひきずって、あたしはトボトボと歩いていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 やっとの思いで見つけた頃には日が完全に沈み、暗闇が空を覆い尽くしていた。

 ちょっと高そうな外見の宿だったが、夕食をとった食堂に隣接する宿で朝食付きということもあり、両親達はここに決めたようだ。

 宿は内装の統一性、広さ、清掃のされ具合からまぁまぁ豪華な場所だとわかる。どうやら一般人が利用する宿の中では上位の快適さを誇るところであるらしい。

 

 チェックインも済み、いよいよ部屋とご対面をする。

 シングルベッドが2つ並んでいて、それなりに大きいサイズだ。ベッドの間には魔法で明かりをつける照明がある

 そして珍しいことにお風呂が各部屋それぞれにに存在していた。それなりにいろんな場所で仕事をする機会があるパパも驚いていたのが珍しさを示す証拠でもあった。

 といっても、蛇口やシャワーといった物品はないので、自分達の魔法で水を張って風呂を作らないとならない。

 

 この世界の家具というか、魔道具と呼ばれる魔法陣が組み込まれていたものは己が保有する魔力を動力としてさまざまな効果を生み出すものである。

 今回のお風呂では、魔力をこめると水を張る、湯加減を自動で調整するの2つの魔法陣が内包されており、魔法を扱うのが苦手でも一定の魔力を使えば同じ効果が生み出せる便利な品であった。

 ちなみに家のお風呂は、水魔法で水を生成した後に火魔法で加熱するだけであり、湯加減の調整が非常に難しい。

 勇者への鍛錬で体に保有できる魔力を爆上げしたあたしは一体何杯分の宿のお風呂を張れるのだろうか。

 一回分の必要な魔力を知りたかったのにパパがいつの間にか沸かしていた。あたしやりたかったのに……

 

 それからあたしは体が疲労していたので、いつものように早めにママと一緒にお風呂に入った。

 湯加減は自動で調整してくれる優れ物で気にする必要がないので、気持ちも落ち着くことができる。

 それしても、ママのお胸はかなり大きい。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。ママの遺伝子が反映されるなら将来、立派な体つきになるに違いない。

 とはいえ、同じ性別の女としてママを見ていると嫉妬心が芽生えるのは事実。だから──

 

「えいっ!」とママに水鉄砲で奇襲を仕掛けた。結果、顔に直撃して驚いた顔をしたママをみて、ニヤケ笑いが止まらなかった。

 あたしの様子に気づいたママはお返しにと、両手でお湯をかけてきた。

 大人が掬い出すお湯の量はとても多く、小さな手では完全に庇いきれずに顔に受けてしまう。

「やったな」とあたしは再び反撃をして、ママはその仕返しにと応酬が続く。

 バシャバシャと、いつしかそれはお湯の掛け合いとなって、ママが降参するまであたし達は目一杯楽しんでいた。

 

 お風呂を出て、今度はパパがお風呂に入っている間に、例の勇者のお伽噺の本を読む。

 これは、わざわざ家から持ってきた大切な本であり、小さい頃から読んでいたので少しボロボロだ。

 最初の頃の辛い鍛錬で勇者を諦めなかったのは、この本を読んで奮起していたからであり、親の顔の次に見たといって過言ではない。

 明日に備えて、自身の原点とも言える勇者の物語を復習しようとしたものであり、ついでに聖剣へのアピールに繋がると思ったから持ってきたのもある。

 

 

 このお伽噺の冒頭をざっくり説明すると、

 これは世界が人間と魔族が世界を半分に分け、生存していた時代の話。

 人間と魔族は共に知能があり、互いに仲良く協力して生きていました。彼らの関係は永遠に続くとそう思われていました。

 しかしある日、ある王国は魔族の恐ろしい過去を記した書物から、とある真実に気づきました。

 それは、なんと魔族の王である魔王は人間の領地を奪い取り、魔族の土地にするといった野蛮で下劣な行いをしていたのです。

 その国の王様は、その話を他国へと伝えました。すると、他国でも似たような話があるというのです。

 人間の王達は確信しました。──我々人間の土地は魔族に奪われたままであると。

 彼らが早速、動き始めました。まず彼らの臣民にこの話を公布し、魔族の真実を伝えました。

 真実を知った人間達は取り返そうという世論が生まれ、次第に大きくなっていきます。

 それも見た王達は、魔王に人間の土地を返還してほしい、このように頼みました。

 しかし、魔王はそんな事実はないと、その要求を無視したのです。

 なんとこの期に及んで魔族どもは、人間の土地を奪ったことを隠蔽しようとしていたのです。

 いつまでも魔族に騙される人間ではない! 土地を奪われた先祖の仇を! 人間の力を見るがいい!

 果敢な彼らは土地の奪還を求め、人間はついに戦争を仕掛けました。

 勇敢な戦士達は人間を舐めて腐っていた忌々しい魔族を次々と撃破していき、勝利を収めていきます。

 人間の力を認めたのか本格的に魔族が戦いに参戦するようになり、戦いは混沌を極めていった……。

 

 

 長い年月が経って泥沼化した戦いに、勇者が登場して一気にケリをつけるんですけどね。

 勇者の幼少期から魔王討伐まで様々な話が収められた本はもはや一冊では足りず、シリーズ化して登場している。

 だから、あたしは幼少期に汚点を作らないように常に人の目を気にしているし、鍛錬も欠かさない。

 後世で『何かに導かれるように彼女はを鍛え続けた。鍛えて、鍛えて、自身の限界を超えてもなお、鍛えた。やがて史上最強の勇者として絶望に立ち向かうのだった』と書かれるのだろう。

 さっきのお風呂での出来事のような子供らしい行動も記されて恥ずかしくないのかですって? 

 よくある精神が肉体に引っ張られるやつだから正直気にしてないし、逆にこれは有効活用できる。

 子供らしく振る舞うことで、どこか親近感を覚えさせることができる。勇者は魔王を殺す兵器ではなく、ただの強い人間なのだ。仮に感情豊かでもやる時はやる人間と認識させればそのギャップで人間らしさも出せ、物語も面白くできる。

 だから、幼少期のあたしは普段しっかりしているけど、両親には甘える可愛らしい一面を持つ人物として振る舞っているというわけだ。

 

 さて、本を読んでいる間に、パパがお風呂から出てきた。腹筋が綺麗に割れていて鍛えられているのがよくわかる。さすが騎士。

 それから、ベッドに座って親子水入らずで気楽に雑談した後、眠くなってきたあたしは、パパのベッドに潜った。

 

「……珍しいね、僕のところに来るなんて」

「えへへ〜。今日はパパがここに連れてきてくれたお礼に、ここで寝ようかなって! ……ダメ?」

 

 ベッドの毛布にくるまって、ひょっこりと頭だけ出してお願いしてみる。もうあたしはここで寝ることを決めたというアピールをする。

 

「ダメなんて言わないよ。そうか、お礼か。ならありがたく受け取らせてもらうよ。ありがとうネロ」

「ありがとう、パパ! 大好き!!」

「っ!」

 

 あたしはすかさずギュッとお腹あたりに抱きついた。普段はしない愛情表現をすることで、パパの好感度が上がるはず。

 クールなパパは顔には出にくいので、ここぞという時に使うのが良。顔を赤らめて無言になったので照れていますね。

 今日からはパパの隣で寝ることにします。理由は将来あたしを鍛えてもらうために、関係を良くする必要があるからだ。

 ごめん、ママ。今日からパパっ子になる。パパがいない日はママのところで寝るから許してほしい。

 

 そろそれ本格的に眠くなったので、抱きつくのをやめて寝る準備をする。

 それに気づいた両親も早めに寝ることを決めたようで、明かりを消してベッドに入ってくる。

 

「おやすみなさい、ママ! パパ!」

「「おやすみ、ネロ」」

 

 あたしは聖剣のことを思い浮かべながら、夢の世界へと誘われた。





 今回はキリが良かったので、短めになった。
 それよりも、書いてる時にこれ入れようと新しい妄想が生み出されて、書きたいものが増える病気になってしまった。

 このままだと、勇者に選ばれる時期までの話をずっと書いてしまいそうなので、旅行終わってからは、ほぼバッサリやろう。ダラダラ書いてたらモチベ下がりそうだしね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.思いをぶつけるということ


 今日、ド◯えもんの映画をみて、とても感動しました。
 そして感動したテンションで、つらつら書いてしまいました。反省してます。


 

 

 窓から光が差し込んできて、眩しさのあまり目を覚ますと朝だった。

 周りを見るとあたしの両親はすっかり起きていて、観光する準備を進めている。

 おはようございます、と挨拶をした後、急いで着替えや洗顔をし始める。顔を水で洗ってからピンクの髪をほぐしてツインテールに結ぶ。

 服装は白のブラウスに赤色のスカーフをつけて、オシャレをしてみた。シンプルながら上品さのあるこの服装はあたしのお気に入り!

 本をバックに入れ、背負って準備が整った。

 さぁ、早く朝食を食べよう。聖剣があたしを待っている。ソワソワして仕方がない。早く行こう。見に行こう。

 

「時間はあるし急がなくてもいいのよ、ネロ」

 

 ママがなんか言ってたが、あたしの耳には届かなかった。

 

 

 ***

 

 

 ようやく両親の身支度が終わり、部屋のドアを開けると同じタイミングで隣の部屋のドアが開かれる。

 隣の部屋を借りていたヴィクトリア家もちょうど準備が終わったところらしく、あたし達を呼びに行こうとしていたようだ。

 クロード君もいつものモブっぽい村人の格好ではなく、きちんとオシャレをしていて張り切っているのがわかる。

 

 あたし達は宿を出て、隣接する食堂で朝食をとることにした。夕食の時もお世話になりました。

 食堂に入ると、ウエイターに空いている木製のテーブル席へと案内される。酒を飲みにきた仕事終わりの客でごった返していた夜間とは違い、客が少ない朝はヴィクトリア家と隣接している席に座れたことが純粋に嬉しかった。

 注文を終えた後は、今後どのように観光するかを、大人達が話し合っている間にあたしはクロード君と聖剣が見れるね、とお互いに聖剣の姿、形、大きさを想像しながら熱く語り合いながら、食事を待つ。

 5分くらい待って、運ばれた料理はここで人気なハムエッグセットだ。ほんのり焦げたハムがいい匂いを放ち、とても美味しそう。

 

 あたしは卵を切り分けて黄身と白身、両方を口に入れた。

 ……初めて食べる食感だ。黄身は固焼きだというのに、白身は半熟のプルプルを残している。前世では半熟卵が好みだったが、この世界では衛生上の理由で1回も食べていなかったのだが、まさかここでプルプルに出会えるなんて、今日はツいてる一日になりそうね。

 ハムの匂いが少し強いが、こんがり焼けたパンと食べることで中和され丁度いい匂いとなり、そこに黄身を合わせると、味全体が柔らかくまとまっていく。 

 大変美味しゅうございました。

 夜ご飯もかなり美味しかったので、この食堂はかなり当たりの部類だと言えるだろう。

 

「朝ごはんも頂きましたし、そろそろ行きましょうか」

 

 クロード君の父であるホワイツさんの一言でお金を払って、あたし達は忘れ物がないかチェックして夜ご飯もここで食べたいな、と少し名残り惜しくも思いつつ食堂を後にした。

 ちなみに大人が話してる時に盗み聞きをしたら、聖剣のある教会へは午後に向かうらしい。

 焦ったくてしょうがないが、今日ついに見れることには変わりない。聖剣という名のメインディッシュの前に、観光を前菜気分で楽しむとしよう。

 あたし達は次の目的地へと足を運んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 お昼ごはんを屋台の食べ歩きで済ませて、ようやく教会へと行くことになった。といっても、もうおやつの時間が迫っているんだけどね……

 両親達が久しぶりに来た王都で、気になった店や懐かしい店に立ち寄りながら、観光をした結果、予想以上に長引いてしまっていた。

 知り合いだった店長と30分以上立ち話に夢中になったり、目についた店を片っ端からウィンドショッピングしたりと、大人だけ旅行を楽しんでいてずるい。

 あたしの1年半にも及ぶ願いを目の前で焦らされ続け、そして──

 

「遅くなってごめんね、もう寄り道しないで教会に行くから。だから……怒らないで、ね」

「怒ってなんかないです。さっきもママは寄り道はもうしないって言ったのに……約束破った」

「うっ……次はちゃんと守るからごめんね」

 

 ──めっちゃ拗ねてた。

 冷静じゃなくてつい、ちょっと流暢に喋りすぎたから途中で子供っぽくしたけど、気持ちは本物だ。

 ママ達が観光したくなる気持ちはわかるけど、向かう道中で道草を食いまくってたら、心優しいあたしだって不機嫌にはなります。

 しょんぼりしたママをよそに、今度はグレーネさんから声がかかる。

 

「それは謝るわ、どうしても知り合いを見かけたからつい……」

「グレーネさん達は待ち疲れて寝ちゃったクロード君を放置して……。こんなに待つならあたし達3人だけで聖剣を見にいけばよかった……」

 

 あたしの言い分にグレーネさん達は、何も返すことができなかった。

 知り合い見かけたら、グレーネさんが声かけたくなるのもわかるけど、自分の子供を他の子供に面倒を見せます? 

 いくらパパが近くでいたとはいえ、パパはママ達と子供達の二組に何か危険が迫らないように見張っていたので、空気が読める賢いあたしは話しかけることができなかった。

 しかもクロード君がベンチで寝たせいで、話し相手もいない孤独の中、談笑をするママ達を見て、3人組のグループで話題が分からず帰り道に余るボッチだった頃を思い出して寂しくもなった。

 

「もうママ達3人で、ブラブラどっか行ってください!」

「ネロちゃん……」

 

 みんなで見に行きたい気持ちはあるけど、あたしの目的は聖剣を一目見ることであって観光なんて、おまけにすぎない。

 見にいけないくらいなら、二組に分かれた方が効率的。ママ達はおしゃべりもでき、あたし達は教会に行くことができる。

 お互いWin- Winで損はない。パパ以外の大人達だけで楽しんでいればいいのよ。もう知らない。

 ママ達をほっとくことにすると、

 

 ゴーンーーゴーンーー

 

 3時の到来の鐘の音が王都中に鳴り響いた。

 時間の経過を告げる鐘は、人が活動を始める時間から、太陽が沈むことまで。具体的には午前7時から午後の6時くらいの間の1時間おきに、鐘が鳴る仕組みらしい。パパが朝、部屋でそう教えてくれた。

 こうやって話している間に、時間もどんどん過ぎていく。明日まで王都に滞在するけど、今日見たいんだよ、あたしは!

 

 時間も限られているし、ママ達に背を向け、歩こうとすると目の前にパパがいた。いつの間に後ろにいたのか気づかず驚いた。多分、目を大きく見開いていたと思う。

 身長の関係もあるし、逆光で顔が影に隠れて表情はわからないが、状況的に怒っているのだろう。いくら親子とはいえ、言葉の限度は存在するし、親を蔑ろにする発言は良くなかった。

 眩しそうに目を細めるあたしを気遣ったのか、親が子供を諭すときに目線を合わせてくるやつなのか、屈んであたしと目線が合う高さに合わせてくる。

 どちらにせよあたしは気まずさから、顔を逸らしてしまい、パパの顔を直視できなかった。

 

 しばらく顔を合わせずにいると、パパの手があたしに目掛けて飛んでくる。殴られるかと怖くなって思わず、目をつぶって頭を抱えた。

 恐怖で震えていると、痛みではなく優しく頭を撫でる手がそこにはあった。

「へ?」と思わず、間抜けな声が出てしまい、目を開けるとそこには、申し訳なさそうな顔をしているパパがいた。怒っている顔でないだけマシだが、どうしてそんな顔をしているのだろうか?

 

「ごめんな、ネロ。いつも我慢ばかりさせて」

「あたし、我慢なんてしてないよ」

「ネロは優しいな……ネロは本当にママと一緒に行かなくていいのかい?」

「ママとは行きたいけど、どうしても聖剣を見に行きたいの。ずっと行きたかったの。だから、ごめんなさい」

 

 ママいらない発言は、親不孝だと自覚してるし、罪悪感もある。だけど、聖剣と出会う──これだけは譲れない。人生の最初の分岐点と言ってもいい。

 あたしは目を逸らさまいと、真っ直ぐとパパを見つめる。

  

「そうだね、確かにネロはずっとここに行きたがってたよね。勇者の話が好きなネロが本当に行きたいのもわかるよ。でも、ママ達とも行きたい気持ちもあるって教えてくれたよね」

「うん」

「時間が過ぎて、見れなくなるのが怖いんだよね。ママ達のおしゃべりが長過ぎて、もしかしたら……と思っちゃったのかな?」

「でも楽しそうに話してて、声もかけられないし。約束しても破っちゃうママにどうしたらいいかわからなかった」

「そうだね、ネロは色々考えたけど、動けなかったんだね。近くにいたのに気づかなくてごめんな」

 

 パパがあたしを抱きしめてくる。大きくて包容力のあるパパの腕の中は、悲しかった心を溶かすように、温かい何かが伝わってくる。

 嬉しいのか、悲しいのか、表現できないその何かは、あたしの心を占拠してきて、自然と涙が出てきた。呼吸が震えた。

 パパがあたしの頭を胸板に自然に押し付けてくる。なんでも受け止めてくれるような気がして、あたしはついに泣いた。赤ちゃんの時以来の涙だった。

 泣いている間、パパはずっとあたしのことを撫で続けてくれていた。

 

 ようやく涙が枯れて、気持ちも落ち着いたしあたしはパパから抱きしめることはやめた。鼻をすすると、パパがあたしに顔を合わせてくる。

 

「ママ達を許してくれないか」

「ママを?」

 

 後ろを振り返ると、暗い表情で俯いてるママがいた。とても寂しそうで孤独だった自分の立場と重ね合わせてしまった。

 そのママの様子にどっちが悪いかわからなくなった。

 

「すごく反省しているみたいだし、もう一度チャンスをくれないか? パパもママと一緒に行けないと悲しいし、ネロも本当は一緒に行きたいよね?」

 

 その言い方はずるいよ、パパも悲しいし、あたしもママと行きたい。本当に言うべきことはこれしかない。

 

「わかった。ママを信じる」

「そうか、許してくれてありがとう」

 

 パパはそういうとあたしのことを抱きしめてくる。あたしもパパを抱きしめ返す。これが親子か……

 そして、パパから離れるとママの方へと足を運んだ。ママはあたしを見ていることしかできなかった。

 あたしがやりたいことは1つだけだ。それは──

 

「ママ、どっか行けって言ってごめんなさい」

 

 ──謝ること。

 

 ママがいなくなって欲しいなんて、例え冗談でも言ってはいけない。勇者らしくないから謝るとかそういう意味ではない。あたしを育ててくれたのも、ここに連れてきてくれたのも、可愛げのないあたしを否定せずに、そばにいてくれたママのおかげ。

 今回、あたしが許して終わりにしてはいけない。ママ達が悪いとはいえ、謝らずに時間が解決してくれる卑怯な手は使いたくない。有耶無耶にするほど些細な出来事じゃない。だから頭を深く深く下げた。

 

「ネロは悪くないのよ。約束を破ったママが悪かったの。ごめんさない」

「ううん、あたしもひどいこと言っちゃってごめんなさい」

 

 そう言ってママはパパと同じようにあたしを抱きしめた。ただ、頼り甲斐のあるパパとは違い、体の震えが伝わってくる。顔を見なくてもわかる。ママは音を立てずに静かに泣いていた。

 どうすればいいか、わからなかったけど安心させるように、ぎゅっと抱きしめた。

 

「ママとあたし、お互い悪い所があった。だからあたしはママのこと許すし、ママもあたしを許してください」

 

 ママは何も言わなかったけど、多分うなずいてたと思う。

 あたしはもう気にしてなかった。ママの気持ちが十分過ぎるほど流れ込んできたから。だけど、優しいママはおそらく自身のことを責めるだろう。

 だからここでもう一度信じるという意味を込めて、ママに頼ることにする。簡単に許すと、返って相手が自分を思い詰める可能性があることも考慮して。 

 

「だけどママだけ色々買ってずるいから。もしあたしに欲しいものがあったら、そのときはママにお願いしてもいい?」

「わかったわ。さっきはごめんなさい、ありがとうね」

 

 ちょっと意地悪にいうとママはちょっぴり笑ってそっと頭を撫でてくる。あたしも笑顔をお返しした。

 うん、これで仲直りもできたし、前より絆が深まった気がする。『雨降って地固まる』ってやつだ。

 そういえば、ママとは初めて喧嘩したかも。あたしは家では大人しくいい子にしていたから。でも、喧嘩してママの新しい一面を見れたし、仲が深まって結果的には、良かったの。

 もう少しだけ家族に甘えようと思った。もう少しだけ頼ってみようかなっと思った。打算的に考えるのではなく、もっとこう……家族として。

 

 あたしは自分が思ったより愛されてることを知ったのだから。

 

 

 

 ***

 

 

 

 さて、いつまでもウジウジしてられないし、気分を上げるためにも未来のことを考えよう!

 

 ちなみに買いたいものはもう決まっている。これがあれば今後の修行が楽しみになってくる。パパにお願いして色々教えてもらお。

 その買いたいものはこの世界にもあるようで、前世であった修学旅行で必ず誰かしら買うあの有名なアイテムを買ってもらおうと思うが、今は家族の仲直りのシーンで、そんな雰囲気ぶち壊しのものを要求するわけにはいかない。タイミング的にも聖剣見た後の方が自然だし。

 

 そう内心、明るい未来を想像していると、ついにクロード君が眠たげに声を発した。

 

「ん? あれ? 母さん達、やっと話終わったんだね」

 

 ……せっかくいい感じに仲直りできたのに、雰囲気が台無しだよ。

 ようやく起きたクロード君に、彼以外の全員の視線が集中する。クロード君は訳がわからないと言った様子で首を傾げていた。

 

「みんあボクのこと見てどうしたの? もしかしてボク、なんかやっちゃったの? 寝言とか?」

 

 なんだ、コイツ。クロードが起きたのをみんなが見ただけでしょ。な◯う系主人公か? いや、間違えた。空気読めない系幼馴染だった。勇者になる主人公はあたしだ。

 素でクロードを主人公と表現するとは……なんたる不覚! 外面は問題ないが、気持ちの問題だ。なんとか挽回しなければならない。

 

 あたしは座って眠そうに目を擦るクロードの手を掴み取って引っ張った。

 クロードは立ち上がりながら、動揺しつつこちらに来る。あたしはその勢いのまま、引っ張っていき小走りをする。

 

「ほら、クロード君が寝てるせいで、こんなにも遅れたんだし、早く行って聖剣を見にいこ!」

「ごめん。でも、ボクを待ってくれてありがとう」

 

 ここで、クロードに対して聖剣を見に行ける嬉しさをニコッと笑顔をすれば、これだけで1枚のイラストとして、後世で勇者の幼少期エピソードの表紙や挿絵を飾ること、間違いない。

 後はクロード、君が見た感じたこと、体験したことを幼馴染として人々の前で語るだけで、それが一冊の物語として成立するだろう。

 美少女で勇者予定であるあたしが笑顔を向けた今の出来事もまた、彼の記憶から忘れることのない素晴らしい思い出になったはず。

 1つ1つの思い出に補正がかかることで、話が美化され、よりあたしの名が知れ渡るのだ。頑張れクロード。お前が唯一勇者を深く知る伝道師だ!

 そうなるなら、雰囲気台無しの件は水に流そう。懐が広いのも主人公らしくていいね。

 

「でも、ネロはやっぱり優しいね

「……でもの後、なにモニョモニョ言ってんの?」

「いや、なんでもない。気にしないで」

 

 ニコニコとしているクロードになぜか身震いが走った。発言と行動に嫌悪感もなかったのに。

 

「ほら! ママ達も早く行かないと追いてっちゃうよ!」

 

 あたしは誤魔化すように首を振って、暗い雰囲気を明るく声で照らそうとママ達に呼びかける。

 クロードから手を離して、胸に期待を秘めながら教会へと走り出す。

 

 ──ここからついにあたしのメインストーリーの序章が始まるのだ。

 

 あたしは、そう確信した。

 

 

 





 いまだに聖剣見れてないって遅過ぎないっと読み直した時、思いました。
 本当だったら昼ごはん食べて、聖剣を見る予定だったんですけどね……
 
 今回は、喧嘩させてしまいました。なぜ感動した作品見てから喧嘩させる発想が出たのか、後書きを日記みたいに書く今の私には理解できません。
 ですが、ネロが家族に対してが演技が減りそうで、家族円満になって結果オーライ。良かったね。
 親子って、こんな感じに喧嘩するのかな? 私は親には言わず、心の中で不満を溜め込むタイプなのでなんとも。
 
 この作品、ジャンル的にざまぁ系らしく、私は気づいていませんでした。友達にも軽く確認したら、ざまぁ系に近いらしいです。ざまぁ系は追放とか復讐が多いイメージだったし、ジャンル違うと思ってた。
 ざまぁ系を意識するなら、もう少し勇者を調子乗らせようかな。ざまぁ系を読んでみて判断しよ。

 次回は少し時間がかかりそうです。前々から情景描写とか心理描写が苦手でとても苦戦しそうなので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.聖剣眠りし教会へ


 普段全くスポーツ観戦しないし興味もない私でしたが、気がつくと全試合を見ていたほど今回の野球は面白かった。


 

 

 石造りの階段をピンクのツインテールを揺らしながら駆け上がる1人の美少女。

 小さな身体には無尽蔵の体力があるのか、顔色ひとつ変えることないことから、少女の並々ならぬエネルギーを感じられる。

 タッタッとリズムよく足音を鳴らしながら、止まることなく進み続けるその姿は、すでに英雄としての片鱗を覗かせているようだった。

 

 これから少女は初めてかの有名な聖剣と対面する。

 そこで起きた出来事は、当時、勇者を志していた少女が強さの高みへと昇らせ、我々の窮地を幾度となく救ったあの魔法への第一歩となったのだ。

 

 彼女の話をする前に、少しだけこれを記す際に実際に彼女と会話した内容を紹介させていただく。

 

 彼女は勇者に成りたかったようで、様々な努力をしたが結局成れなかったようだ。だが我々は彼女が英雄に成るべくして生まれた存在だと思う。

 誰一人頼ることができず、味方がいなくとも、己が正しいと信じる道を突き進む姿は英雄そのものであり、決して目の前の悪しか知らない勇者ではない。

 彼女曰く、誰にも教えてはいないらしい願いも叶ったようで、今は勇者というのはただの肩書としか捉えていないようであった。

 

 そして彼女と直接話した我々の憶測に過ぎないが、仮にもしも彼女が勇者となり、勇者として世界を守るために敵を打ち払えば、永遠の平和が訪れるだろう。しかし虚飾に塗れた世界の真実を知った時、心優しい彼女は後悔と懺悔の嵐に飲み込まれ、取り返しのつかないことをしたと絶望するだろう──と。

 我々の憶測に対し彼女は、絶望することはない、と苦笑をされていた。信念を貫き通した彼女には不躾であったと我々は後悔した。

 

 さて、今回我々は彼女の生き様を多くの者に知ってもらいたいと、取材の申し込みをしてみたところ、彼女は快く迎えてくれこうして話を伺える機会を頂いた。

 彼女は気さくに色々話してくださり、我々の質問も気前よく応えてくださった。この場を借りて彼女に最大限の敬意を表します。本当にありがとうございました。

 この本は彼女の協力があってこそ完成したと言って過言ではない。

 

 

 ──彼女が勇者ではなく英雄だったからこそ偽りから取り戻した世界の到来と共に我々はこれからも彼女を追っていくだろう。彼女の歩んだ物語を。彼女の下した結論を。

 

 

 

 何せこれは彼女が紡ぐ偉大で永遠に語られ続けるであろう英雄譚のほんの序章に過ぎないのだから。

 

 

 

『Episode of N-eroica』の一部より抜粋

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ふぅ、ようやく着いた……走ったから少し疲れたよ」

 

 階段飛ばしをしないように一段一歩で踏み締めて走ったから足が重く、太ももが特に疲れた。だが、この経験もまたあたしの身体を高める糧となるのだ。

 乳酸が溜まり、パンパンな足を少しだけ揉んでから、教会の敷地に繋がる門をくぐることにした。

 

「これが王国最大規模のルミエール教会。名前の通り白くて、圧巻の大きさね」

 

 目に最初に入るのはやはりその大きさ。大体100mくらいだろうか。教会を前にした時、その迫力と巨大さに圧倒されてしまう。

 美しい彫刻が施された鐘楼を中心に左右に空高く伸びる立派な2つの尖塔は、王都のどこからでも見えるくらいの規模を誇り、王都のシンボルとして圧倒的な存在感を放っている。

 このルミエール教会は光の名を指していることだけあって、白を基調としたデザインとなっていた。

 驚くべきことに、この教会は勇者のお伽噺に登場するほど歴史的価値がある建物なのだが、長年の風化による塗装剥がれやシミ、亀裂は全く確認することができなかった。

 定期的に建て直しているのか、修復を繰り返してるかわからないが、その病的なまでにこだわるその白さは永遠に闇に染まることのない光を表現しているのだろうか。

 現実が想像を超えるというのは、こういうことを示すのだと、あたしは目の前のルミエール教会に尊敬を込め、キチンとお辞儀した。

 

 さて、あたしは今すぐにでも教会に入って聖剣を見に行きたいのだが、1人で先にここに来たので、今からママ達を待たなくてはならない。一緒に見ると約束したが、気持ちが抑制できず、一足早くダッシュしてきたわけで。

 それにしても先の見えない長めの階段は少しキツかった。おそらくあれは、勇者の素質を示す試練みたいなモノだと思う。

 目標に辿り着くまでに折れない心と目標に突き進み続ける力の両方が試されているのだろう。

 先代の勇者もここを訪れ、この階段を上って聖剣を抜いたという描写から少なくともここを登るだけの力は持っていないといけない。

 

 あたしもそれなりに疲れたというのに、なぜか疲労の『ひ』の文字すら見当たらないくらい元気そうなお年寄りの姿がそれなりに目に入るのは一体なぜ? 息が上がった様子も身体強化魔法を使用した痕跡も見えないし……

 まさかあたしの普段住んでる村の人たちが弱くて、王都の人間が魔法なしでも特別に強いってこと!?

 もしそうだとしたら、腕力だけは勇者並みとか、魔力は勇者を超える才能だとか、勇者の凄さが霞む人間が生まれる可能性がある。万能な勇者のイメージが崩れてしまうではないか。

 でも待って。確かに勇者の圧倒的な力を示す機会が減るデメリットが発生するが、ストーリー的には、劣っている村人が優秀な王都人に努力で打ち勝つ成り上がりモノ。所謂、シンデレラストーリーとなるはずだ。

 前世でも王道の展開としてドラマや映画で長い間親しまれていたからこそ一定の人気は出るはずだし、『努力が実るとは限らないが、努力なしに叶う夢もない』という教育面に置いても、実例として教科書(この世界にあるのかな?)に取り上げてくれるかもしれないし、物語としても悪くないと言えるだろう。

 ポジティブに考えよう。身体が劣ってるけど、物語要素を含めればプラスに傾いているとあたしは思う。

 これを達成するために、あたしが王都人より優れる必要があるので、この事実が将来の最低目標の指針となったことはありがたい。

 

 あたしは、ここにいる王都人であろう同年代の子供へ勝手にライバル心を燃やしながら、ママ達が来るまで精巧な彫刻が数々刻まれている外観をじっくり観察するために、のんびりと外を周った。

 

 

 ***

 

 

「あ! ネロちゃん! ここにいたんだね!」

 

 ちょうどぐるっと一周して入り口付近でぶらぶらしてたら、クロード君の声が聞こえた。振り返るとクロード君が大きく手を振っていた。想定していたよりも随分と早く着いたな。

 みんなの方へ走って合流すると、ママが話しかけてくる。

 

「どうだった? あなたがずっと行きたがってた教会を見て」

「うん! 本で読んだよりもずっと大きいし、とってもきれい!」

「そうね、ママも初めてきた時のことは今も覚えているくらい感動したわね」

 

 ママのいう通り、この光景は一生忘れることはないくらい強烈だった。あまりに汚れのない純白の教会に一瞬、脳が理解を拒みそうなほど現実離れしていて神がかっている、と思わずにはいられない。

 この世のものとは理解できないほど、それはとても異質だった。

 クロード君も教会から目を離せないようで、言葉の通り、息を呑んでその美しさに目を奪われていた。

 

 

 ……息といえば、ママ達も全く疲労感がなく、魔法を使用した痕跡もない。呼吸も乱れていないし、汗ひとつかいていないな。

 あたしよりも貧弱なクロードも疲れた様子もなく、ピンピンしている。あたしは少し汗もかいたし、口呼吸もしてしまったというのに……

 まさか、この世界の人は前世基準だと化け物レベルの体力が一般的なのか。どうやらあたしは5年半も勘違いしていたらしい。これは『井の中の蛙』よりもひどいよ。だって井の中すら知らなかったのだから。

 あたしの今までの努力で得た体力は、この世界においては標準装備だったようだ。何もしてなさそうなクロードにすら劣る体を恨んだ。

 

「ネロ、どうかしたのかい? 顔色がいつもより悪い」

 

 パパがあたしの様子を察したようで、心配そうにこちらを見てくる。どうやらあたしはわかりやすく動揺しているようで体に出ていたらしい。

 足を引っ張る体に嫌気がさし、ぶっきらぼうになっていた。

 

「あたしは疲れてたのに、みんなは疲れてないからすごいなって思っただけです……」

 

 ハァ、とため息をついてグーパーグーパー、と自分の体を改めて認識してもう一度ハァ、とため息をついた。

 顔が良いだけじゃ勇者になんてなれないのに……あたしは心の中で嘆いた。

 

「? 空中板に乗ってたら疲れることはないのに、どうしてネロは疲れたのかな?」

「空中板?」

「おや? なんでも覚えているネロが珍しいね。あそこにある乗っているだけで地上から教会まで運んでくれる魔道具のことだよ。僕たちはこれに乗ってきたし、ネロも乗ったと思うけどね」

 

 パパに連れられて指差す方向には、人がやたらと密集しているような場所があり、何かを待っているようだ。そのまま観察していると、人々の顔が一斉に同じ方角の空中に向かって歩き始める。彼らの足元には薄い板があり、ある程度人が乗ると下へと降りていった。

 ……これ、エレベーターじゃん。板と柵だけのコンパクト設計の魔法で動くエレベーターだ。魔法で動くとはいえ、ハイテクな魔道具があることに開いた口が塞がらなかった。

  

 どうりでみんな疲れていないわけだし、階段に誰一人として人を見かけなかったわけだ。

 便利な魔道具があることを見逃すなんて、目先の欲に囚われて視野が狭くなっている証拠だ。勇者はいつだって的確な指示を仲間に伝える冷静沈着、沈着冷静でいなければならないというのに。これは反省ですね。

 唖然としているあたしを見たのか、パパは悪戯な笑みを浮かばせていた。

 

「その様子だと空中板を知らなかったようだね。やはりあそこの階段を使ったのか」

「……階段なんてあたしは無理ですよ」

「別に隠す必要はないさ。階段を利用することは禁止にされていないし、ネロも鍛えてた身体を確かめるのにいい機会だったんじゃないかな?」

「ッ! どうして鍛えていると?」

「子供のことなら当然、と言いたいけど確信を得たのは昨日かな。ネロが抱きついてきた時の力の入れ具合で分かったよ。元から村での行動が体を鍛えるかなって半信半疑だったのもあるけどね」

 

 さすが騎士といったところだ。犯罪者を取り締まることあって洞察力がすごい。職業柄かあたしの行動を分析していたのかもしれない。

 あと可能性としては、筋肉がつき始めた頃、つまり外に出るようになってから村の周りを走ったり筋トレしていたのが、村の噂になってパパの耳に入ったのかもしてない。

 なんにせよ、あたしの人生目標を知られなければ最悪なんでもいい。

 もし知れ渡ったら、よく人助けする人に人助けをする理由を聞いた時、自己満と答えて絶句させてしまうように、勇者としての人格モデルがマイナスに行きそうだしね。

 だからあたしの人生目標だけは死守しなければならない。あたしは余計な情報を与えないためにも口を閉じた。

 

 …………。

 

 その作戦を実行するあたしをパパは面白いものを見るような表情をしていた。

 

「少しからかいすぎたかな。パパはネロのやっていることを反対することはないよ。むしろ協力するくらいだ」

「え? なんでも協力してくれるの?」

「叶えられる範囲ならね。もちろん、僕がネロに剣を教えるのもありかな」

「……剣を教えて欲しいことも知ってたの?」

「推測だったけど当たっていたようだね。家に帰ったら早速やろうか」

 

 鎌かけられた! 考えなしに発言する子供の思考のせいで引っかかってしまった。

 当たられて悔しいけど、パパとの訓練約束をできたことは正直デカい。1日でも多く修行して技も磨きたいから、ありがたかった。悔しいけども。

 

「そんなことより、早く行こ!」

「そう腕を引っ張らなくても聖剣は逃げはしないよ」

 

 あたしは話を逸らすように、明るい声でルミエール教会にいきたいと急かした。あたし達の会話を遠くで眺めていたママ達をいつまでも待たせるにもいかないしね。

 小走りして待たせたことを謝って、いよいよ聖剣の保管されているルミエール教会の内部へと木製の重厚そうな扉をくぐった。

 

 

 ***

 

 

 ステンドグラスの光が神秘的な空間を演出しており、床、柱、壁に大理石が惜しみなく使用されている。

 気品溢れる金の装飾が彩られており、目を奪われる。この世界の神が天井に描かれているからか、静かで厳かな空間は装いだけでなく、空気感まで違った。

 

 教会の人に聖剣がどこにあるか聞くと、地下にあるそうだ。

 あたしは聖剣の場所まで直行しようとするが、残念なことに観光客が進むルートは決まっており、聖剣は本当に最後になって見れるらしい。それまでの道中には教会の歴史や遺物といった、前世でよくあるお城の内部観光と同じ形式で、自由に動くこともできなかった。

 ちなみにあたしにとって歴史や遺物はすでに本で履修済みなので遺物を生でみたこと以外、面白みのカケラもなく、退屈だった。

 2階もあったけど、1階の続きだったので、教会から見る王都の景色が日に照らされて綺麗だったことくらいしか印象に残っていない。

 

 期待外れもいいところだと、内心愚痴をこぼしているとやっと地下に行けるようだ。

 地下へと続く螺旋階段を降りていくと、自然光で明るくなっていた教会とは違い、蝋燭で光源を取っていた。魔法で明るくすればいいのにとどうしても思ってしまうのは、あたしだけだろうか。

 人の波によってゆらゆらと揺らめく炎を横目にしながら、どんどんと降りていく。降りるにつれ、あたしの期待は増加していった。

 少し肌寒いなと思ったところで、蝋燭の灯り以外の光が差し込んでいた。ようやく着いたのか。

 

 ついに1年半の願いが叶う。ようやくお目にかかることができそうで心が高鳴るのは感じる。

 

 やっとの思いで、階段を抜け、中に踏み出すと常識を超えた景色があった。

 

 日の光が届かない地下に燻んだ乳白色の壁には今まで見た教会の中で最も大きいステンドグラスが嵌め込まれている。そこから射し込む、陽光に目を細めた。

 どこからやってきたかわからない小さな植物が石畳の隙間で懸命に生きており、柱には緑の葉をつけた蔦が絡まっていた。

 まるで放置された神殿みたいで、自然と人口の融合ともいえる空間が神秘的だが、落ち着くような暖かい空気を生み出していた。

 

 そしてその奥には、少し高い台座があり、そこの上にはあたしが求めていたもの──

 

 自然光が降り注ぐ先には、自然物でも人工物でもない何か別の存在というか、静かに佇んでいるだけなのに、目を離せない特異な物体が座している。

 

 

 

 ──聖剣がただそこに存在していた。

 

 





……ちょぴっとしか聖剣出てないけど、ようやく見れましたね。

 ネロの伝記みたいなの想像してたら、書いてみたいとなったので書いた。伝記系は読んだ記憶ないからほぼ推測。
 ネロパパの口調も大体固まってきた気がする。
 神殿の外観のイメージはレーゲンスブルク大聖堂が一番近いかと思います。
 

 話は変わって、私はよくAIにTS銀髪幼女女神を描いてもらっているのですが、今回はAIに私がなんとなく思い描いているネロを描いてもらいました。個人的に出来はまぁまぁです。パソコンあればもっといいのできると思うけども。
 
 自分の思うネロのイメージを壊されたくない人は見ない方がいいです。
 




 ネロ・セネット
 
【挿絵表示】





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.聖剣と2人だけの秘密


 家具屋でソファを買おうとしたら、常に6人くらいの店員さんが私の近くを歩いていて、ロックオンされているみたいですごく怖かった。電気屋さんよりもエグい対応に、人見知りの私は満足に座り心地を確認できないまま、お店を出てしまった。

 書きたいシーンや妄想を取捨選択するのは、とても難しくかなり時間がかかってしまった。しかも過去最長の文字数になっていた…


 

 ──これは紛れもなく聖剣だ。

 

 あたしが聖剣を見た最初の感想がこれだった。

 お伽噺で描かれていた聖剣とそっくりだが、レプリカではないと断言できるほどの貫禄を感じられる。

 

 まずは大きさ。かつての勇者が両手で扱うとされていた聖剣は、あたし達の身長よりも長大であった。大剣と呼ばれるであろう剣が持つ重厚感や力強さがひしひしと伝わってくる。

 次に形容。あたしの知る鍔と剣身の幅が同じくらいの大剣ではなく、片手剣をそのまま巨大化したような鍔の広さであり、剣身の幅より1.5倍くらい長めだ。この鍔で大型魔族の攻撃を受け止めながら戦うシーンは、勇者の剣の技術と受け止めるだけのタフさを認識させた功績を持っている。

 また、鍔が重くなったことで剣の重心が手元側に寄って剣が振りやすくなっているのも利点もあった。

 そして、装飾。ルミエール教会の特徴である『純白』を中心として、刃先や剣身の中央の一部、鍔がきらりと金色を放つ。さらに、この検診は中央の白い芯のような物以外は透き通っていて、この世のものではないことを証明しているようにも見えた。

 鍔の中心には白い宝石が埋め込まれていて、そこから強い力を感じるので多分力の源なのでは? と勝手に予想してみたり。

 

 透明とも不透明とも言えるような絶妙な色彩、白と金とのコントラスト、鍔の宝石に秘められた強大な力。少なくとも人の手で作られた物だとは考えにくい。

 ステンドガラス越しに照らされているはずの聖剣は、その透明感からか逆に光を自ら発しているようにも見える。

 勇者が戦闘で傷ついた患者を癒す際に、聖剣を神々しく輝かせながら回復魔法をかけ、患者が眩しさから閉ざした目を開けると傷がすでに癒えていたという伝説から『癒しの太陽』なんて呼ばれていたが、魔法を使っていないにも関わらず、すでに光が出ているのだから、実際に使ったら本物の太陽のように光り輝くのかもしれない。見栄えもいいし、傷を一瞬で回復させる勇者の特異性がよく目立っていいね。

 

 視界を下に移動し台座の方に目をやると周りは背の丈より大きい格子状の柵に囲まれているが、何かの文字が刻まれている。普段使う文字ではなく、魔王討伐後から使われなくなった古代の文字だった。

 残念ながら古代文字は、勉強途中で簡単な単語と読み方くらいしかわからない。

 勇者になるなら古代文字くらい読めて当然、当たり前だと思うかもしれないけど、何故か古代文字の研究が全く進んでいないんだ。マジで本当に何も進んでいない。どうやら古代にロマンをかける熱い人間はあんまりいないらしい。

 

 そのため、そもそも家にある資料が数冊と少なすぎて満足に勉強ができないのも事実。

 王都の本屋でも探したけど、本棚の奥の端っこにあるボロボロな本1冊しかなかった。でも挿絵が勇者の御伽噺とそっくりだったからお小遣いで買った! ボロいという理由で格安で売られていたのはラッキーだったし、本のカバーもくれた。見た目も新品みたいになって最高の買い物をしたと気分も上がる。

 内容は多少は似ている部分もあるだろうし、今のお伽噺と照らし合わせて自力で翻訳でもしてみようとまた1つやるべきことが増えた。

 

 穴だらけの解読技術のため、ほとんど読めなかったけど幸いにも聖剣の名前は目立つように囲ってあり、固有名詞だからかなんとか読めた。

 聖剣の名は『アポトロン』というようだ。お伽噺にも聖剣としか書かれていなかったので、聖剣に名があることに驚いたけど、ちゃんとした名前を知れて、理解が深まったことに嬉しくなった。

 あたしは誰も読めていないであろう聖剣の名前を教えてあげようと顔を両親へと振り返った時、ママの口が僅かに開いた。

 

「ここに眠るは聖なる剣『アポトロン』ねぇ……」

 

 誰にも聞こえないようにボソッと小さな声で、そう呟いたのをあたしは聞き逃さなかった。

 

「ママはこれy……」

 

 ママはあたしが喋ろうとしていた口を咄嗟に手で防ぎながら、しぃーッと指を立てながら無言の圧をかける。

 神聖な場所で声を出すな、ということだろうか。いつもならありえないママの行為に、あたしは黙り込むことしかできなかった。

 しばらくすると、ママが屈んできて耳元でごめんね、とささやいてきた。

 

「ふぇ!?」

 

 耳元にママの吐息が吹き込まれ、全身の力が抜けるほど気持ちよく大きな声が出てしまった。その結果、部屋にいる全員があたしの方へと顔を向ける。恥ずかしさのあまり顔を俯かせるが、物音が全く立たないこの部屋に嫌というほど声が反響してきてそれがあたしの羞恥心を助長させた。

 

「ネロちゃん、変な声あげてどうしたの? 虫でもいたの?」

 

 こんな厳かな場所に虫なんているわけないでしょ! 機嫌が悪かったあたしは、思わず怒鳴りそうになったがぐっと堪え、何でもないという風に苦笑いで手を振り、首も振った。あたしの様子を見兼ねてか、グレーネさんがあたしを呼んでくる。

 

「さぁ、こっちにきて世界平和をお祈りするわよ」

 

 グレーネさんに手招きされ、聖剣に触れられないようにする柵へと寄った。

 目の前で見る聖剣は、さっきよりも全然違うもののようにも見える。

 白く輝いているように見えた聖剣は、見る角度を変えなくとも赤や青、黄色が現れたり消えたり。半透明ながら幾重にも色が重なる様はまるでオパールのようだ。その虹のゆらめきは美術品の価値が出るくらい神秘の輝きであった。

 

 隣に顔を向けるとママ達が目をつぶり無言で手を合わせている。グレーネさんと同じようにお祈りを捧げていた。 あたしはみんなに合わせるように手を合わせてお祈りをする。

 

 この世界は面白いことに世界平和は神様ではなく、人類最悪の魔王の脅威から救った勇者に関連のあるものに祈祷するらしい。

 実際に世界を救ったのは勇者だということを昔の人間が認識したからだろうか。そのため、最も勇者に縁がある聖剣が最高の聖地となっていて、大規模なルミエール教会に保管されるようになったようだ。

 

 つまりだ。あたしが勇者として魔王を倒せば、あたしの遺品が永遠に奉られることになり、世界平和の象徴として永劫に崇め奉られるに違いない。

 あたしの所持物の数々が、後世においてあたしの存在の証明であり、肯定するものとなる。架空の存在としか思えないのに、実在した証明が数多ある人間。祈念する文化が無くならない限りは誰もあたしを知らないまま死ぬこともないし、忘れることもない。それってとても素敵なことだと思うんだ。

 

 といってもあたしの願いは勇者になって魔王を倒すことであるため、馬鹿正直に世界平和よりも世界の混乱を祈ると最低な人間扱いされてしまうだろう。

 なので、あたしは聖剣に選んでもらえるように、志と真剣な思いを届けなくてならない。

 

(……聖剣アポトロン様。どうかあたしを選んでください。

 あたしは今まで勇者になるために勉学に励み、肉体を鍛え、交流を盛んに行なってきました。古代文字の習得にも挑戦しておりますし、魔力保有量も日々血反吐を吐く思いで伸ばし続けています。

 全ては来たる魔王復活に備え、人々の安全と世界の平和を守るために。

 魔王を倒すためにはアポトロン様の力が必要です。どうかあたしを勇者としての力を貸していただきませんか?)

 

 なのであたしは努力、目標、理由、意思を簡潔だが心の中で伝えた。

 あたしの願いの言い回しを変えただけだが、人を守ることや平和については本心に近い。人がいなければあたしの存在を覚えている人間は少なくなり、平和でなければ人々が物語を楽しむ余裕もなくなる。あたし自身ものんびりとした平和は好ましいから割と素直な意思でもある。

 

 そうしてあたしの祈りに感銘を受け、ついに聖剣があたしを選ぶ──ことはなかった。代わりに何かアクションが起きたり、変化が生まれることもなかった。

  ……今のあたしの力でもまだ条件を満たしていないのか、それとも10歳未満は選考対象外なのか。後者はともかく、前者なら剣の心得のないからかもしれないね。なら10歳までの残りの期間を全力で鍛えよう。

 

「ネロちゃんも、クロードも早く行くわよ」

「わかったよ、母さん。ネロちゃんもいこ」

 

 クロード君に手を引かれ、名残り惜しむように聖剣に背を向けた。

 ママ達はすでに部屋から出て先に階段を登って行ったらしく、姿が見えない。少しくらい待ってもよくないですか?

 

 改めて聖剣を見ると、柵に囲まれた聖剣は白く輝いているだけで何も変化はなかった。

 あたしと聖剣。手を引かれ空いた距離があたしの近づける限界であり、それがまだあたしが勇者の素質や条件を満たしていないということを示しているようだった。

 

 ──必ずあたしが貴方に相応しい持ち主になってみせる。だからそれまであたしのことを待ちなさいよね

 

 聖剣を睨みつけるように注視しつつ、決意を胸に秘めた。

 

 とりあえず、現状維持だと物足りないことが判明した。お伽噺だと勇者が現れた時に台座から尋常じゃないくらい光っていたらしい。しかし、今は微弱な光を発しているように見えているだけで可愛らしく光っているだけだ。

 ここから考えられるのはただ1つ。現状維持では勇者として認められないということか。ならあたしはより、危険を顧みずに高みを目指すしかない。

 そうだね。例えば次に会う時までには、全人類に勝てるように、危険で気が進まなかった肉体の改造と今までの比にならない魔力保有量の上限解放。改造で得た睡眠時間短縮による教養の底上げなどなど。

 かなり辛いだろうな。でもこんな決心しなきゃ勇者になれないかもしれないんだ。そう考えるとお伽噺の勇者はすごいよ、あたし自身の夢のためではなく、人のために魔王を倒すために頑張れるのは尊敬の念しかない。

 だから勇者より強くなろうと肉体は凌駕できたとしても、精神は叶いそうにない。生まれつきのこの打算的な考えは死んでも治らなかったわけだし、もし仮に精神を改善させるには記憶消去か人格崩壊して新しくあたしを作る方法しか思いつかない。鏡に向かって『あたしは勇者だ』って自己洗脳でもするのもありかもね。……これは流石に最終手段だけども。

 

「わっ! 眩しっ!」

 

 あたしが危険を度外視して今後の未来設計図を劇的に変えようと思考を膨らませていると突然、聖剣が強烈な光を放ち、突然目の前が真っ白に染め上げられる。クロード君が声をあげ、あたし達は咄嗟に手で目を覆い閉じる。クロードがぶつぶつ何かを言っているが、その間も光が収まることはなく、放ち続けている。

 閃光によって視界を奪われることを想定し、太陽を直視する訓練をしてもなお耐えきれないレベルの光で、視力悪化や失明するんじゃないかと心配になっていると──

 

『そなたが今代n……』

 

 ザザッ……

 

 中性的な声が聞こえてきた。耳というより脳に直接話しかけられているような気がする。ノイズ音を皮切りに聖剣の声が全く聞こえなくなった。

 こんな芸当ができるのは聖剣しかいない、とあたしはすぐに導き出した。もしかするとあたしの決意に応えてくれたのかもしれない。

 

 やはりそうか。あたしには覚悟も努力も何もかもが足りなかった。

 いや、今までが生ぬる過ぎたのか。安全に10歳まで成長させることが目標だったけどダメだよね。そうだよ、お伽噺の勇者は生きるか死ぬかの命を懸けた戦いをしているのに、あたしのキツイだけの鍛錬では甘すぎるんだ。

 

 それもそうだ。今のあたしの決心したばかりの精神に応えてくれたのであって、身体も精神も未熟そのもの。むしろ声だけ聞かせてもらったのは、今後のモチベにもなるし、非常にありがたい。

 

 いいよ、聖剣アポトロン。貴方があたし以外選ぶ迷いすら生まれないようにしてやる。先代の勇者も余裕で超えるし、目立つ貴方をおまけ扱いできるくらい最高の主人公(ゆうしゃ)になってみせる。

 

 ──だから、絶対あたしを選べよ、アポトロン

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「わっ! 眩しっ!」

 

 聖剣が突如として光が襲いかかってきて、ネロちゃんと違って反応が遅れたボクは目が焼けるように痛くなってから、ようやく手で隠した。一体何が起きたのかわからないまま。動揺しているとどこからか覚えのある声が聞こえてくる。

 

「それは聖剣が勇者に反応して光が生じているのですよ、クロード」

「この声は女神様? お久しぶりです」

「えぇ、貴方がここへきた時以来ですね。あと脳に直接話しているので小さな声で大丈夫ですよ」

 

 ボクが死んで転生した時にお世話になった女神様がボクの疑問に答えてくれた。ボクの記憶から消えそうなくらい久しぶりの女神様だった。

 

「ボクに何か用ですか?」

「そうですよ、魔王を倒す代わりに望み(チート)を叶える約束をしたのを覚えていますか?」

「もちろん覚えていますよ。『ボクを勇者として仲間と協力して魔王を倒し、みんなからチヤホヤされたい』を叶えてくれるんですよね」

「その通りです。私は貴方が勇者になる条件を今から満たそうと話しかけにきました」

 

 ボクの望みを忘れていなかった女神様は、ボクが勇者になるためにわざわざ駆けつけてくれたらしい。魔王を倒すために女神様が珍しく素質があるらしいボクを勇者にするためにも必死だな、とボクは他人事のように思っていた。

 

「今から何をするんですか?」

「貴方を聖剣に選ばれることが勇者の称号を得る条件なのです。今から聖剣に貴方を選ぶように調整させます。しばらく待っていてください」

 

 女神様の声が途絶え、ほんの少し立つと別の声が聞こえてくる。

 

 ザザッ……

 

『……いの勇者に相応しい。鍛え上げられた肉体。物事を冷静に捉える精神。慢心せず向上心溢れていs……』

 

 チャンネルが切り替わったかのように、声が途中から聞こえてきたが『勇者』というワードは聞き逃さなかった。

 聖剣に選ばれるように女神様がしてくれたのか。聖剣から声が聞こえるなんてファンタジー!

 声が萎むように消え、ちょっと経つと声が戻ってくる。

 

『女神に選ばれし勇者よ。名はなんと申す?』

「ボクはクロード・ヴィクトリアです」

『……クロードか。そなたの名は覚えたぞ。ではそなたが10歳になることを楽しみにしておるぞ。では、さらばだ』

「聖剣さん。ちょっと待ってください」

『……なんだ?』

「聖剣さんが最初に言ってた肉体が鍛えられてるとか精神とか、あれはどういう意味ですか?」

 

 肉体は女神様から10倍まで力を引き上げる能力をもらったし、精神は人生二周目で前世は確か……何歳で死んだっけ? 覚えてないけど実年齢より歳を重ねているのは確か。この聖剣はボクの転生した事情を知っているのか、と聞きたかったが……

 

『すまぬが、我はそのように言った記憶はないな。我が人を褒めることはないし、褒めるとしても我が必要でないほど強い人間のみだ。そなたは力は確かに全盛期の勇者を超える力を秘めているが、魔力保有量も我が強化する前の先代の勇者並みである。精神に至っては普通であるが……そなたの聞き間違いではないのか?』

「絶対に言ってましたよ」

 

 いや、結構力説してたよね。向上心とかなんとか色々言ってたよね? なんだツンデレか?

 

『だが、本当に覚えがないのだ。……そもそもなぜ我はそなたに声をかけたのだ? 女神様に選ぶように命令されたとはいえ、声をかける道理はないはずだが……』

「でも、こうしてお話できているよ。ボクが女神様から選ばれた勇者だから自然と話しかけてくれたんでしょ」

『本当になぜなn……』

 

 ザザッ……

 

『そうだったな。女神様に選ばれた勇者に声をかけたくなったのだったな』

 

 ほら、誤魔化しきれなくて本音が出てきたよ。やっぱりツンデレじゃないか。

 

『もう用件は済んだか? ではさらばだ。あと、聖剣さんではなく、アポトロンだ』

 

 そう言って聖剣──アポトロンからの声は消え、それと同時に光が弱まって完全に消えた。

 光が収まったのを確認すると、ボクたちは恐る恐る目を開けた。部屋の様子は何も変わっていなく、まるで幻だったのではと思うほどの自然さだ。

 夢見たいな体験だと鑑賞に浸っていると、背後から肩へぽんぽんと叩かれた。

 

 そこには顔を赤く染めながら、そわそわしているネロちゃんがいた。顔を合わせずらいのか下を向きながらボクに話しかけてきた。

 

「さっきのこと、夢じゃないよね? クロード君も見てたよね?」

「うん。聖剣が目を開けられないくらい光ってたよね。しかも長時間」

「そっか。やっぱ現実だったんだぁ〜。そっかぁエヘヘ」

 

 ネロちゃんが今まで見たことがないくらい、だらっとニヤけていて嬉しさが溢れ出ているようだった。それがボクにも伝染してきて勇者に選ばれたことを思い出して、思わず笑ってしまう。

 

「クロード君も嬉しかったんだね、聖剣が光って」

「それもあるけど、それ以上に嬉しいことがあったんだ」

「……そうなの? 何かあったの?」

「ん〜秘密!」

「……そう」

 

 一瞬、真顔になったネロちゃんになぜか恐怖を覚えたが、再び笑顔になって部屋の出口へと歩き始めた。ボクも慌ててついていく。

 二人だけの空間には足音だけが響き渡る。コツコツと反響する足音を背景に聖剣の言ったことに疑問を覚えていた。

 

 ボクの肉体は、お伽噺の勇者より力が強いけど、それ以外は平凡だという。それなのになぜアポトロンは肉体や精神を称賛するようなことを言ったんだ? それこそ他の人よりも強いとはいえ女神様に選ばれただけのボクに声をかけるだろうか? アポトロンが声をかけるほどのボクより強い10歳未満の子供はいるのか?

 

 ………………1人いた。ネロちゃんだ。腕相撲でボクにギリギリ勝ったから力はネロちゃんの方が強い。ボクよりも魔力保有量は生まれつき多かったけど勇者を超えるほどの魔力は持っていなかったはずだ。では精神はどうだ? 周りの子よりは落ち着いているけど、両親が大好きな普通の子にしか見えない。向上心なんて勇者のお伽噺が特に好きなだけの読書家だ。

 …………やっぱ気のせいか。ネロちゃんはアポトロンのお目にかかりそうにない、ただ力がめっちゃ強いだけの普通の美少女だった。

 

 前を歩くネロちゃんを見る。ステンドガラスから降り注ぐ穏やかな陽光は、ネロちゃんを照らしだし、教会の神聖さも相まってまるで天使のようだった。

 ネロちゃんが部屋の出口を潜る前に足を止めた。ボクもそれに合わせて止まった。ボクとネロちゃんの2人きり。呼吸音以外、無音そのもので、緊張感が生まれる。ネロちゃんがボクの方に振り返り、ボクの方へと近づいてくる。彼女の顔は無表情であって、顔色豊かな彼女からは見たこともない無だった。

 

「ねぇ、クロード。1つお願いがあるの」

 

 感情の伴っていない冷徹な声に一瞬誰かの声かと疑いたくなるほど、彼女の口から発せられたと否定したくなるほど、冷たい声だった。ボクは無意識のうちに後ずさった。ネロの様子にボクは恐怖を覚えてしまっていた。

 そんなボクの様子を気にせず、目の前に立ち止まった。彼女がどういう顔をしているか見られなかった。怖いという感情がボクの心を支配する。

 

「それで返事は? それとも聞こえなかった?」

「ううん。聞こえてたよ。もちろん叶えられる範囲ならなんでも」

 

 ボクはなるべく恐怖を悟られないように平然とした様子で返す。ボクは一体何をしてしまったのだろうか? いつも通りだけど何か悪いことでもしたのか? ボクには全くわからなかった。

 

「じゃあ、耳貸して?」

 

 ボクは言われるがまま、ネロに耳を向ける。人には言えないことなのか。でもここに人はいないからわざわざこんなことする理由がない。

 彼女の吐息がボクの耳に撫でるように触れ、くすぐったかったが、必死に我慢した。ここで多分怒っている女の子に刺激を与えるのは良くないと知っているからだ。何を言われるか不安に感じる。

 

「あのね、クロード。今日のことあたし達だけの秘密にしない?」

「え?」

 

 あんなに不機嫌丸出しだったネロちゃんのお願いがそんなこと? ボクはつい、声が漏れ出てしまった。

 

「アハハハ、驚いた顔してて面白いね。そんなにあたしが怖かった?」

 

 フフッ、とイタズラに笑うネロちゃんを見て、ようやく彼女がボクに演技をしていたことに気づいた。

 

「ひどいよ、ネロちゃん! ボクがどれほど不安だったか」

「ごめんね。秘密って言われて悲しかったからその仕返し! あと、変な声出した時にこっち見たのも」

「ネロちゃんは怒ってないの?」

「そんなことで、キレてたらキリがないでしょ。それに今のでスッキリしたから別になんとも思ってないよ」

 

 気にしてないよ、という風に呆れ顔で肩をすくめるネロちゃんを見てボクは心底安心した。イタズラの理由もとても可愛いらしくて、心の中でこっそり笑う。

 

「それで、さっきのこと秘密にしてくれる?」

「うん、いいよ。ボク達だけの秘密だよ」

 

 ボクはそう言って、握り拳から小指だけを突き出した手をネロちゃんの前へ向ける。ネロちゃんは首を傾げ、ボクの顔を困惑気味に見つめる。あ、そうか。

 

「これは『指切りげんまん』って言ってボクと同じような指にして、小指を絡み合って約束の誓いを立てるんだよ」

「……こう?」

「そうそう、上手上手。これでボクが歌うから終わるまでは手を離さないでね」

 

 そう言って、小さい頃、前世でやった誓いをネロちゃんと一緒にやった。彼女は眉をひそめてたけど、一応最後までやり通してくれた。

 

「これ何か意味あるの? 針千本って何? 魔法で飲ませるの?」

「違う違う。ただのおまじないだから気にしないで」

 

 頭に疑問符が出て来そうなくらいに当惑していたけど、そんなに深い意味は考えなくてもいいよ。ボクはそう伝えると怪訝ながら納得してくれた。

 

「さぁ、早く母さん達に追いつこう。待ってるだろうし」

 

 ボクはそう言ってネロちゃんの手を握って引っ張った。彼女は納得のいかない表情だったけど大人しくついてきてくれた。

 

 長い螺旋階段を登っている間、ネロちゃんが心細いからか力強くボクを握りしめてくる。少し薄暗い階段に怖くなったのか自然と力が入ったように感じる。結構痛いけど我慢我慢。ここで手を振り解いたら、拒絶されたと心を痛めてしまうかもしれない。だからボクは黙って痛みを我慢した。

 

 ボクはネロちゃんに頼られたことと嫌われてなくて良かったという安堵と勇者になれることが確定した喜びから、気分が最高潮に上がっていた。

 

 そして気分に乗ったボクは勇者としての未来の像を思い浮かべていた。

 

 もしも魔王が復活する前に学園に通えたら、勇者だから前世で見たように色んな女の子とかと関わり合えて、剣の技術や教養を学んで。

 魔王が復活して、村がもし襲われててボクが助けたら、勝利の主役として崇められて。

 魔王を倒し終わったら、その栄誉ある功績にあらゆる褒美や名声が手に入って、女性にもモテまくって人生薔薇色間違いない。

 ボクを勇者にしてくれると約束してくれた女神様のおかげだ、ありがとうございます!

 

 

 ボクの輝かしい勇者の未来へ胸を膨らませながら階段を登るボクは──

 

負けないから

 

 ──小さく呟いたネロちゃんの言葉を聞き取ることはできなかった。

 





 ストーリーの重要なシーンであるため、色々悩みながら消したり書いたりしてました。本当はエイプリルフールの次の日に投稿したかったけど、クロード視点入れようと思い立ったのが原因です。その結果。書いてたら9000字越えしてしまって、正直驚いています。分割すれば良かったかな?

 聖剣とか教会の名前、固有名詞を決めるのは正直すごく苦手で、聖剣の名前は特に最後まで全く決まりませんでした。聖剣の口調はすぐにイメージがついたから書きやすかったけども……

 最後の伏字は見れないとは思いますけど、大した意味はないです。
 
 読み直していますが、私の妄想で文の欠陥を補完している場合があります。わからない部分は質問を下さると助かります。


 前回のと別のAIにネロちゃんを書いてもらいました。こっちはなかなかうまくいかなかった。

 
【挿絵表示】




目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。