咲-Side Story-B【凍結】 (松実宥)
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Ep.3 「真価」 松実玄編
Ep.3「真価」一本場


ひとりぼっちがこんなに寂しいだなんて思わなかったのです。お母さんがいなくなった時の事はまだ鮮明に覚えてます、わんわんと泣いて収まりがつかない私を慰め続けてくれたお姉ちゃん。泣き過ぎて疲れて眠ってしまった私の横に、また起きるまで頭を撫で続けてくれてたお姉ちゃん。そのお姉ちゃんも遠くへ行ってしまったのです。いずれは来る別れだとは知ってましたけど、辛く悲しいのです。

 

憧「玄!いつまで悲劇のヒロインごっこやってんの、人数足りないんだから卓に着きなさいよ」

 

穏「玄さん!麻雀しましょうよ!」

 

いつの間にか、五人は三人に減っていた。灼ちゃんは赤土さんがプロへ転向したのを機に、赤土さんのファンへと戻った。プレイヤーでいたのは赤土さんがいたからだと、強い口調で明確な意思を示して麻雀部を辞めた。赤土さんは何も言わなかった。赤土さんはそうなるかもと、思っていたのかもしれない。

 

「麻雀をしてどうするの?私は皆で打って、皆で支え合う麻雀部にいたかったの。それを待ち続けて、去年それが叶って全国にまで出て、決勝の卓にまで座れた。けど、私のしたかった活動はそこで終わってたんだよ。憧ちゃんと穏乃ちゃんは個人での目標があるかもしれないけど、私にはもう……ないんだよ」

 

言い終わって気付く。泥沼で出来た壁に亀裂が入っていたのを知りながら、それをハンマーで叩き粉々にしたことに。空気が重い、沈黙は破られない。どうしたら良いのだろう。

 

憧「玄、確かに私達は晴絵や灼や宥姉がいたからこそ麻雀を打ってたのかもしれない。けれど、始まりを作ったのは玄でしょ。玄がここで、あたし達を待っていてくれたから私もシズも団体でなくても良いから頑張ろうとしてるのよ」

 

穏「憧……玄さん?」

 

貴方の為に打ってますと言われて、素直に喜べる人がどれだけいるのだろう。恩着せがましい様にしか聞こえないし、私の団体への想いってなんだったのかとも考えてしまう。違う、そうだ今の私には麻雀をする資格なんてないのかもしれない。私の所為で麻雀部に入って、まだ続けるというなら…。

 

玄「私に麻雀を続け「玄!」…え?」

 

憧「その先は絶対に言わせないし、言ったとしてもあたし達の耳には届かないからね。今日…いえ、当分は活動を休止しましょう」

 

穏「えー、麻雀出来ないじゃん。憧ー」

 

憧「シズ、流石に空気を読んでとしか言えないわ。こればかりは、あたし達ではもうどうにも出来ないのよ。玄が決めるしかないの、けど、今みたいに淀んだ眼をして、生気のない表情で言われてもあたしは納得なんてしない。だから、玄の答えを期待して待ってるよ、じゃあまたね」

 

期待されても無駄だよ、と言う前に部室から二人して出て行く。今もひとりぼっち、けど誰かに触れようとすれば触れられる距離にいてくれる。それは、私の求めてる相手じゃないのが悲しく、現実だけど。

 

帰路について思う。私は、何の為に麻雀を打っていたのだろう。去年、ただ昔馴染みの皆が集まって、それが嬉しくて衝動的に、考えなしに日々を積み、今を後悔している。確かに、皆で麻雀をしていたのは凄く楽しかったし、今もまだ、あの会場の熱気を忘れられない。でも、それらを味わったのを後悔する程、私はもう孤独が嫌なのです。

 

宥『玄ちゃん?声に元気がないみたいだけど、大丈夫?』

 

玄『大丈夫なのです!お姉ちゃんも大学がもうすぐ始まるけど、大丈夫?』

 

宥『うん、夜は冷え込むからシーズン外で安くなってたコタツを買ったから大丈夫。後は、大学の中で探り探り頑張るよ』

 

玄『コタツだけで足りなくなったら、すぐに言ってね。こっちにある、お姉ちゃんの暖房器具とか冬物の服送るから』

 

宥『うん、ありがとう。あ、そろそろ寮の消灯時間だからまた今度ね。玄ちゃん、おやすみなさい』

 

玄『おやすみなさいなのです、お姉ちゃん』

 

姉妹の他愛ない電話口での会話、それは普通の人では涙腺に雫を垂らさせるものではないだろう。然し、姉の声を聞いた玄の頬には涙がとめどなく溢れていた。

 

玄「本当は大丈夫じゃないんだ…、けれどお姉ちゃんに迷惑掛けたくなんてないから」

 

回線が切れた受話器に向けて、独り言ちる。

 

松実館は忙しい、玄も昔から手伝っているとはいえ春の繁忙期では疲れを隠せない。布団に入ると、すぐに寝息を立てる。

 

玄「おねえ、ちゃん…そば……い、て……」

 

孤独という寂しさは寝言に体現され、睡眠中も涙を零していた。眠りは更に深く、深く。

 

 



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Ep.3 「真価」二本場

松実玄の深い眠りの中での物語-。

それは、原村和が聞けば…「そんなオカルトありえません!」と一蹴して終わりそうな、眉唾なお話。

 

辺り一面が真白、ただ恐らくは中央に雀卓と牌、一人の女性が椅子に座っていた。その女性の容姿に玄は見覚えがあった。

 

玄「おかぁさん、なの?」

 

女性が椅子を回転させて、顔を合わせ返事する。

 

露子「久しぶりね、玄。元気に大きくなってくれたみたいで、少し安心したわ」

 

上品に笑い、物腰の柔らかさや全てを包んでくれそうな暖かい雰囲気。それは玄の記憶にあった、母そのものであった。

 

玄「玄は元気に過ごしてます、お母さんは息災なのですか?」

 

露子「ふふ、面白いこと言うわね。息災ではないけど、今貴方と会えてとても嬉しい気分よ」

 

玄は元気と言ったが、元気ではない。ただ、久しぶりの母に会えてそれを忘れていた。だが、思い出してしまう。今の自分の状況を、麻雀を打っているのが辛かった事を。

 

玄「…ごめんなさいなのです」

 

露子「どうしたの?急に」

 

玄「実は、全然これっぽっちも元気じゃなかったのです。麻雀を打っていては辛いし、お姉ちゃんとも離れて苦しいのです」

 

露子「………………」

 

玄「お母さんとの約束を守って、大事に大事にドラさんを使っても勝てなかったのです。それどころか、利用されたみたいにボロボロにされたのです、お姉ちゃんや他の人が頑張ってくれたから勝ち進めましたけど、足を引っ張ってばっかだったのです……」

 

その言葉は、玄の本当の麻雀が辛いという理由。強大な支配力を持つ玄は、母との約束(制約)を基に能力を得たようなものである。然し、それがいとも簡単に看破され利用されて仲間に迷惑を掛けた。そして、自分の失点を取り返してくれた凄い姉はそばにいない。

 

玄「今の私に皆と麻雀を打つ資格なんてないのです……」

 

露子「……。嬉しいね、私との約束をそれだけ大事にしてくれたんだね。でも、私は玄の足枷になる為の約束なら破ってくれても良いんだよ?玄には玄の生き方があるんだもの、私との約束はただの礎にしてくれればいい。今が辛いのは、それだけ玄が麻雀に真剣に向き合って、本気だって事でしょう?躓いてる場合じゃないのなら、今がもっと麻雀を好きになれるチャンスなのよ」

 

玄「チャンス?」

 

露子「敗北を知らない人は強くはなれないし、ただ好きだと適当に打っている人よりも正しいと、私は思う。好きなんでしょう、麻雀が」

 

玄「わたし、は…」

 

露子「好きで好きで、堪らないから今苦しくて辛くて自分を迷惑だと考えてるのでしょう?なら、もっと大好きになって強くなれば良いのよ。ね?そうでしょう」

 

玄「うん、ゔん…お母さんありがとうなのです」

 

露子は微笑みながら玄を抱き寄せる。久しぶりに会った我が子は、昔と変わらず責任感の強い泣き虫さんだなと、想い更けながら。そして-。

 

露子「さて、卓があって牌があって人も二人いる。ならやりましょう、二人麻雀を」

 

玄「うん!」

 

今が僅かな事でも、儚くて消えやすい世界の中だろうと……大好きな母と麻雀が打てる、涙なんて流している場合じゃない。成長した、私の姿を見せて安心させてあげるのです。

 

東南戦-東三局-8順目

親・松実露子(二回目) ドラ表示牌・⑦

 

露子手牌

一一一四四四⑤⑤⑤⑥⑥⑦ⅸ ツモⅸ

(支配力の面で玄のドラ抱えは本当に強いみたいね、今の苦しい手牌が玄の想いのおかげだと思えば嬉しいぐらいね)

打牌→⑤ (テンパイ→④-⑦待ち)

 

玄手牌

四五(赤)六八八③④⑤(赤)⑧⑧⑧ⅲⅴ(赤) ツモ⑧

(四枚目が来てしまったのです、私の感覚ではカンをすれば手牌のどれか、いえ山に眠っている私が持つべき牌がドラになるはず。…でも、⑧はドラだから捨てられない、どうすれば良いんだろう)

 

露子(ドラ四枚目を引いたけど、牌姿が悪くてどうしようって顔に書いてあるわよ、玄。母との最後の約束、してくれるかしら)

 

露子「玄?少し前に言ったと思うけど、約束が足枷になっているのなら破ってしまいなさい。想いは薄れも消えもしないから」

 

玄「でも、私は捨てたくないしお母さんとの最後の約束を守って、皆とまた楽しく麻雀をしたいのです」

 

露子「(最後はもう迎えてた、わね)……なら、玄。貴方がしたいようになさい、牌は信じてくれた者の打牌に応えてくれるから、ね」

 

玄「うん、分かったのです。迷うことなんてなかったのです、だってドラさんはいつもこんな私の為に頑張ってくれていたのですから、私も信じきるだけだったのです!」ゴッ!!

 

玄「カン!」ゴッ!! ⑧をカン 新ドラ表示・⑦

ツモ牌→三

 

玄「今の私の最大限の頑張った結果なのです、見てて下さいお母さん……リーチ!」打牌→六

 

露子(もっと一緒にいてあげたかったけど、強い子になってるじゃない。きっと、私がいなくても一人で立ち直れたのかもね)

ツモ牌→⑨ 打牌→⑨

露子「超えて行きなさい、想いの力で。リーチ!」ゴッ!!

 

玄「ありがとう、お母さん。松実玄はこれからもドラさんや想い・約束、仲間の皆と楽しく麻雀を打っていきます。だから……」

 

玄「ツモ。リーチ一発ツモタンヤオ三色赤三ドラ、裏も⑦がいたので12の32000です」ゴッー!!!

 

玄「天国でも健やかにお過ごしください」

 

瞳を閉じる。世界が暗転し、終わりを告げる。そこに、すでに露子の気配はない。ただ、玄の表情は穏やかに暖かい笑顔であった。

 

 



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Ep.3「真価」三本場

夢から醒めた玄は、いつも通りに旅館の手伝いをする。そして、仏壇の前に座る。

 

玄「答えは出たけど、まだお披露目とはいかないからもっと頑張ってから、憧ちゃんや穏乃ちゃんと仲直りして私は麻雀をもっと好きになるよ!」

 

手を合わせ、線香に火を着けて消す。侘びしい音も響いて、玄の心が穏やかになる。昨日までの暗さは、今は片隅でくすぶって消えていきそうな程に。

 

玄「あ、急がないと学校遅刻しちゃう!」

 

場所は変わり、とある大学の寮。

 

宥「なんだろう、とっても暖かい夢を見た気がする。寒がりだからね、と手編みでマフラーをくれたお母さんの体温だったような……」

 

玄ちゃんが空元気で話してるのに気づいてたから、それに私も悩んで。でも、どうしようもなくて……だから、お母さんが来てくれたのだろうか。

 

宥「赤い牌の中でも、『中』は特別。それは美人の唇だからだよ、宥は美人さんだから似合うね。……お母さん」

 

私も玄ちゃんも大丈夫だよ。玄ちゃんは正義感や責任感が強くて、今は重荷に潰されてしまいそうだけど、私より強いから。そして、あったかいから。

 

宥「大好きだよ、お母さん」

 

松実姉妹の夢枕に、松実露子が立ってより二週間。4月を迎え、学校には新しい顔が溢れていた。新子憧、高鴨穏乃両名は二年生に進級。松実玄、鷺森灼は三年生となっていた。

 

穏乃「なー、あこー?」

 

憧「なによ、シズ」

 

阿知賀女学院高等部麻雀部の部室では、二年生の二人が細かく丁寧に掃除をしながら談笑をしていた。

 

穏乃「玄さん、もう来ないのかな…」

 

憧「来るに決まってるでしょ、玄は私達がここに来るまで中等部でも麻雀の大会に出ず待ってくれてた。それだけの強い想いがあるのよ。確かに、今は人がいなくなっちゃったけど、玄は多分そこじゃないのよ。嫌だと言ってる部分は」

 

穏乃「分かんない。もうちょっと、簡単に言ってよ」

 

憧「はぁ……。阿知賀のドラゴンロードは絶対に戻って来るって事よ」

 

憧が穏乃に、呆れがちに言葉を言い放ったその時、部室のドアが開いて光が入ってくる。そして、その光の中から一人現れる。

 

玄「二人とも、お待たせなのです。それから、ごめんなさい……この半年の埋め合わせは今年の夏返すから、許して下さい!」

 

開口一番、傲慢に聞こえる言葉から入ったと思えば謝罪の言葉が続き、覚悟をしてきた面持ち。穏乃と憧は若干、気当たりされ、たじろぐ。憧が口を開く。

 

憧「目標は?」

 

憧が厳しい表情をし、玄を見据える。下手な返事をしたら許さない考えであった。対して玄は、表情を柔らかく崩す。そして笑顔で宣言する。

 

玄「今年のインターハイで一番、誰よりも麻雀を好きになって楽しむ!そして、勝つよ!!」ゴォッ!

 

その場にいた二人が圧倒され、後ずさる。望んでいた以上の答えである、けれど少し心配な感じだ。

 

穏乃「はい!玄さん、一緒に楽しみましょう!」

 

やれやれ、と手でアクションを取りながらも憧も結局は了承する。まずは卓上で、話し合いましょうと。

 

玄「新生、松実玄の力を見せるのです!」

 

憧「へぇ、楽しみにしてるわよ」

 

穏乃「二人とも早く場決め牌取ってよー」

 

東を引いた仮親の穏乃が席に着いて待ちくたびれていた。二人も、牌を選び席が決まる。

 

穏「へへー、サイコロまっわれー!」

 

穏乃が起親、南家に玄、西家は憧となった。三人での麻雀の為に、三人麻雀で北家はなし、北は抜きドラ(手牌に組み込まれず、王牌から交換ツモ出来る、使用した際に抜いた北はドラとして換算される)となった。東一局で、玄以外の二人が異常事態に気付く。

 

東一局-5順目-ドラ表示牌・南

親・高鴨穏乃-手牌

一九九九①①②④⑤⑦東東南 ツモ牌→西

抜きドラ→北一枚

穏乃(あれ?玄さんがいるのに、ドラをツモれてる。抜きドラも出来たし……調子悪いのかな?)

打牌→一

 

南家-松実玄-手牌

②③④⑤(赤)⑥⑦⑧⑧ⅲⅳⅴ(赤)ⅵ南 ツモ牌→ⅶ

玄(以前の私ならこの南は切れない、あのインターハイの時の状況でもなければ。でも、私は……あの頃の弱さを認め、変わる事を決めた)

玄「リーチだよ!」ゴッ!

打牌→南 (テンパイ→ⅱ-ⅴ-ⅷ待ち)

 

憧「はや!ってか、それドラじゃん!良いの!?」

 

玄「意味のない打牌をする事をやめたのです」

 

西家-新子憧-手牌

②②③③④④⑥⑦ⅳⅴⅵ南南

抜きドラ→北二枚

憧(最初からおかしかったんだよねぇ、あたしにドラが重なるし北は来るしで。でも、その中でもリーチを掛けてきてる。三麻だからといっても、五巡目っていう早い順目で。でも、この打点ならあたしも引く意味がない!)

憧「ポン!」 鳴き牌→南

打牌→⑥ (テンパイ→⑦単騎)

 

穏乃「うあわ、憧も高そうだね」

ツモ牌→西

打牌→九

 

玄(お披露目には一発をつけて、派手目にしたかったけど、そう上手くはいかないよね。園城寺さんじゃないんだし)

ツモ牌→ⅸ

打牌→ⅸ

 

憧(あちゃー、脂っこいの引いたわー。でも押すって決めたんだ、意地でも通す!)

ツモ牌→ⅵ

打牌→ⅵ

 

穏乃(憧、相当押してるな。まぁ、見えてるだけで満貫だもんな。あと、3順ぐらいあれば山の奥も見えて来るのになぁ…)

ツモ牌→⑤

打牌→南

 

玄「ツモ!メンタンピンツモ赤々、3000-6000です」ゴォッ!

 

ただの跳満、だが和了りを宣言した玄では……普段、今までの玄では作れない手牌。これは、一体どういう事なのかと、二人が首を捻る。不思議で仕方がない、それが今の玄の和了り。

 



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Ep.3 「真価」 四本場

校舎の窓に水滴が滴るのをやめない季節、梅雨。阿知賀女子麻雀部はインターハイへと向けて練習に励んでいたが、自分達の練習が正しいのか不安が募り、気持ちに翳りが生じていた。

 

灼「久しぶり。どうしたの?」

 

やえ「聞いたぞ、鷺森。赤土プロのマネージャーになったらしいじゃないか」

 

灼「うん、そう」

 

やえ「……。プレイングに未練はないのか?」

 

灼「ない、けど……」

 

やえ「けど?」

 

灼「残してしまったチームメイトの皆が心配」

 

やえ「練習ぐらい見に行けば良いだろう」

 

灼「それは出来ないとおも」

 

ふと、小走やえに光明が差す。電話口の為にやえの顔は見えないが、やえは含みのある悪そうな笑みを浮かべていた。

 

やえ「王者の私に任せろ」

 

灼「……?あぁ、この前の新人プロの大会では優勝おめでと」

 

やえ「それではない、けど……ありがとう。あと、うちの弟子も連れて、阿知賀に練習に行かせてもらう」

 

灼「弟子?練習に来てもらえるのは、玄達も喜ぶとおも。分かった、日程とかはそっちの都合もあるだろうから、連絡取り合って決める事にしよ」

 

やえ「あぁ、宜しく」

 

灼「こちらこそ。じゃあ、また」

 

やえ「ん、また」

 

やえが携帯の電源ボタンを押して、通話を終えると背後に人の気配を感じて振り返る。特徴的な髪型、主張の弱い胸部をおもちの女性ー宮永照がそこにはいた。

 

照「奈良に行くの?」

 

やえ「あぁ、困ってるみたいだし。それに弟子の育成もあるしな」

 

照「弟子……、ふむ。その遠征、私も同行しよう」

 

やえ「一応言っておくが、楽しい事は多分ないからな?」

 

照「お菓子があれば良い」

 

やえ「はぁ……京太郎に何か作っておいて貰うか。それの対価として、指導という名目で奈良に連れて行くか」

 

照「泊まる場所はやえの実家で良い?」

 

やえ「いや、そうすると京太郎が一緒なのは困る。そんな話が表に出ようものなら、はは…先輩プロに文字通りハコにされてしまう」

 

照「そう……それは残念」

 

やえと照はお互いのスケジュールを確認し、須賀京太郎に日程の都合を確認調整させて、灼に伝える。

 

玄「そうなのです、ドラさんのコントロールが出来るようになったのです」

 

松実玄復活より、数十数日経った阿知賀女子麻雀部の部室での事。玄が能力について仲間に説明していた。

 

憧「なにそれ、ずっこい。でも、制限とかきつくなってたりしないわけ?」

 

玄「ふふん、制限なくなったのです」ドヤァ

 

穏乃「だからドラを切った次局でも、玄さんの手牌にドラがあったんですね」

 

憧「ちょちょ、ちょっと!それ、反則みたいなものじゃない」

 

部室の扉の窓に人影が映る。鷺森灼はドアを開けられずにいた、贖罪なのかお節介なのかも分からず、ただ拒絶されるのだけは不安で。赤土晴絵の名前を呟く、勇気を貰う。

 

穏「あら、たさん?」

 

灼「皆、久しぶり」

 

憧「どうしたの、灼。ほんとに久しぶりだし」

 

灼「今日は良い話を持ってきた、正直私が関わって良いかも分からなかったし、贖罪って訳でもないんだけどね。……、小走プロとその弟子が阿知賀に練習しに来てくれる事になった。お節介だとか迷惑だと思うかもしれない、けど何か、何かしたいって思ったから」

 

言葉が所々詰まる。プレイングに未練がある訳ではない、けれどたった一年間といえど、想いや苦楽を共にしたチームメイトに後ろめたさがなかった訳ではない、大切なチームメイトだったのである。

 

玄「灼ちゃん。誰も怒ってなんてないよ。だから、辛そうな顔はやめよう?はい、ハンカチ」

 

灼「玄……。玄が一番怒ってると、苦しんでると思ってたのに」

 

玄「私はひとりぼっちじゃなかったのです、いつも周りに誰かいてくれたのです。だから、今はもう大丈夫なの。今の私には味方しかいないから」

 

憧「玄……」

穏乃「玄さん……」

 

灼「ありがとう、玄。でも、ちょっとだけハンカチ借りるね。憧も穏乃もありがとう」

 

ハンカチで頬に流れた涙を拭う。玄が卓上の牌から四枚裏返して、軽くシャッフルする。穏乃が一枚引き、続いて憧も引く。

 

玄「灼ちゃん、麻雀しよう!」

 

残りの二牌から一枚、灼が選び取る。そして、玄が最後の一枚を掴み、表にする。『東』、と描かれているのを掴んだのは玄だった。

 



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Ep.3「真価」五本場

奈良へと向かう新幹線の中、やえと照、そして京太郎は会話を楽しんでいた。やえは、久方振りの帰郷ともあり少し機嫌が良い。弁の舌の回りが普段より格段も増して良かった。

 

やえ「京太郎はハウスメイドになれそうなぐらい、家事が得意そうだな。なんなら、私のメイドになるか?冗談だ、苦々しい顔をするな。だが、それぐらいこのカップケーキは美味しいぞ」

 

京太郎「喜んで頂けて幸いです。照さんは……夢中で食べてくれているようで、嬉しい限りですよ」

 

照「んむ、んむ」

 

やえ「京太郎は然し、本当に良かったのか?学校は別に今の時期休みじゃないのだろう?」

 

6月の上旬、それは梅雨時ではあるも学校というものは休みを覚えたりしない。そんな中で、京太郎は休みを取り同行している。

 

京太郎「良いんですよ、学校の勉強が大事ではないとは言いませんが、この旅行の方が優先度が高いって事ですから。今は、麻雀で強く上手くなりたいんです」

 

やえは弟子である京太郎の顔をまじまじと眺め、思う。まぁ、勉強ぐらい私が見れる範囲であれば教えてあげれば良いかと。

 

照「んむ、んむ」

 

やえ「麻雀はどうだ?少しは同部員と肩を並べるようにはなってきたか?私の教えが少しでも役に立っていると良いんだが」

 

この人はずるいなと京太郎は思案する。普段はしっかり者の癖に、人を思い遣る所では不安が募り、可愛く見える。いや、可愛いのだけど。

 

京太郎「はい、オカルトの対応策はまず知る事からとの教えを賜り、研究と対策を練り、その間アナログ技術の向上を目指してコツコツとやえさんに言われた通り練習しています。おかけで、去年より少しは強くなっていますよ」

 

やえ「急激には強くも上手くもなれないけど、壁に当たって前進しているか分からない時でも決して諦めて止まる事だけはするなよ?止まらなければ、私は京太郎の師として協力は惜しまない」

 

照「んむんむ、ふぅ」

 

京太郎「やえさん……本当にありがとうございます。俺、やえさんに出会えて本当に良かったです」

 

照「私には?」

 

やえ「照、口元にチョコレが付いてるぞ。ほら、これで拭け」

 

京太郎は窓から見える景色を見て、溜息を漏らす。あぁ、俺のこんな感じに流される空気感は何処に行っても変わらないんだな、と。

 

やえ「京太郎。照れくさくてあまり言葉にはしたくはないんだがな、私も京太郎が弟子になってくれて嬉しく思っているよ。晩成で部長をしていた時よりも厳しい指導をしているつもりだ、それにめげずに諦めずに着いてきてくれている。そんな、京太郎は私の誇れる弟子さ」

 

京太郎「やえさん……」

 

照「むー。京太郎は私にも感謝するべき」

 

照れくさくてやえは頬をかき、京太郎は感動のあまり余韻が収まらずぼけっとしている。そんな二人を見て、疎外感を感じた照が頬を膨らましていた。



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