悪霊がリアルに巣食ってるので専門家の助けを呼んだ結果…… (織葉 黎旺)
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勝手にやってろ

 よく迷信で、『食べてすぐ寝ると牛になる』とか『夜に笛吹くと蛇が出る』とかそんなのがあるじゃん? まあ大抵のは躾のための脅しだと思うんだけど、たとえば『合わせ鏡』なんかは実際何か出そうだし、そうでなくても不気味だ。だから、やっぱりタブーにはやっちゃいけない理由があるんだろうなあ、って。

 

 

 ただ、ダメと言われるとやりたくなるのも人の性。かくいう俺も、会社の同僚に教わったソレを試しちゃったのよ。

 

 

 心霊スポット帰りだったんだけど、特に何もなく終わって拍子抜けだったのもあって、部屋の姿見の前でそのやっちゃいけないことをやった。省いて言うと、いくつか肯定を踏んだあとに姿見の前で軽くお辞儀して、それで右を向くっていうただそれだけなんだけど、やり終えてやっぱり何もなかったななんて部屋の真ん中辺りを見た時に、そこにソレはいた。

 

 多分160センチ位だったと思う。髪はサッラサラで腰まであって、簾みたいに顔にかかってた。顔にはお札みたいなのが何枚も貼ってあって、その隙間から整った目鼻が覗いてた。

 なんて呼ぶのか分からないけど、亡くなった人に着せる白い和服を来て、小さい振り幅で左右に揺れてた。

 

 

 それを見て俺は……動けなくなった。

 状況の異常さに固まったのもあるが、何より、札の隙間から除く目が、じっとこちらを見つめていて……その上ゾッとするような美しさの、歪んだ微笑を讃えていたから。

 

 

「ひっ」

 

 それでもどうにか一歩後ずさって、ほんの一瞬……ほんとに一瞬だけ、瞬きをした。

 

「あ」

 

 開いたら、目の前にいた。真っ暗な瞳が、赤い口が、静止画のように同じ状態でこちらに向いている。

 

「よばれた」

 

 変声機で歪めたような気持ち悪い声で、そう聞こえた。

 

「よばれたからよんでもらえたからきた、うわうれし、やさし、あったか、い、ついた、ついたついたついたついたついたつきついたついたつくついた」

 

「ひっ!」

 

 声も顔もどんどん歪んで原型がなくなっていくのが恐ろしくて、部屋の扉まで後ずさってノブを捻る。が、押しても引いても扉は動かない。

 

「いっしょ、いっしょ、ずっといっしょ」

 

 伸びてくる手に思わず目を瞑る。失禁しかけたその時、バチン!!! と大きな音が響いた。

 

「えっ」

 

 その声で、女も狼狽えていることに気づいた。想定外の事態なのだろう、固まっていたその顔に、白い腕が伸びた。

 ──俺の胸の中から。

 

「は……?」

 

 殴りぬかれた女は、そのまま部屋の端まで吹き飛ぶ。まったく理解が及ばない状況の中、ストレスのせいか激しい吐き気に襲われ、ぐえ、とえづいて胃の中身をぶちまける。

 

「────────―」

 

 

 ──ぶちまけられなかった。出てきたのは吐瀉物ではなく、長い髪の毛。腕、足、細身の身体。ただしそれらはすべて影のようにぼんやりしていて、はっきりとは見えない。

 

 それが、女へと向かっていった。はっきりとは見えないものの、そのまま乱闘を始めた。

 

 

「や、いや、それ、わたしの」

 

「────────―」

 

 鏡が割れ、棚にかけてあった時計が落ちて、皿が浮き始めた。

 寒気は止まらないし、動悸も目眩も感じ始めた。一際大きな衝突音が響いた時、世界がぐるぐると回って、固く冷たいフローリングの感触だけになった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「──ってことがあったんですよ」

 

『なるほどな』

 

 話を聞き終えて、電話先の人物はゲラゲラ笑いながらそう相槌を打った。こっちからすれば真剣そのものなのだが、相変わらずこの人からすれば娯楽のようなものらしい。パーティーでもしているのか、電話先が死ぬほど喧しいし。

 

 

「どうにかなりませんか? 師匠」

 

 彼は大学時代のセンパイで、オカルトの分野に関しては他の追随を許さないくらい強い変人だった。実際に心霊スポット巡りとか肝試しとか怪談の武勇伝とか色々聞かされたし行かされたけど、師匠曰く俺は()()らしく、いままではほとんどそんな経験をしてこなかった。

 

 

 

『いやー無理だろ。どっちの話かわからんけど』

 

「そりゃどっちもです」

 

 影も、女も。

 

『面倒だからずっと黙ってたけど、影の方はず────ーっとお前の中にいたやつだからたぶん追い出すとかは無理。それとなく剥がせんかなって色々試してたけど、マジで何も効かなかったし』

 

「えっ、なんで言ってくれなかったんですか!?」

 

『言ったところでお前にゃ何も感じられないんだから意味ないだろ。下手に怖がらせるのもよくないなっていう俺の優しさを受け取れ』

 

 師匠がどうしようもないっていうなら間違いなく()()()()なのだろう。ただ、影の方は明確に害してくることはないだろうから安心しろとも加えてくれた。

 

 

『あれだ、家みたいなもんなんだよ。だから引っ越すまではたぶん大切に扱ってくれるはずだ』

 

「ええ……めっちゃ怖いんですけど」

 

『実際守ってくれたんだろ?』

 

 たしかに、女に襲われそうになった時に助けてくれた。だけどそれを聞くとだいぶ複雑な気持ちになってくる。だって、本当にやばくなったら引っ越す──って言ってるようなものだから。

 

 

『夢のマイホームで居続けられるようにがんばれよ』

 

「他人事すぎるな……」

 

『で、女の方だけど』

 

「はい」

 

『そっちも無理。だって軽く霊視しただけでバカほどラップ音するもん』

 

 あ、皿浮いた。なんて嬉しそうに言う師匠。どうせならぶつけられればいいのに、と呪っておいた。パリン、と何かが割れる音が聞こえた。

 

 

『な? すげえだろ?』

 

「そうですね…………」

 

『今のところ力は拮抗してそうだし、大丈夫じゃね? 勝敗が決したらわからんけど』

 

「その頃には死んでそうなんですが……どうにかなりませんか?」

 

『一つ、方法がないでもない』

 

 電話口からも伝わってくるような浮かれ声に、たぶんロクでもないことであるのは、想像に難くなかった。

 

『その道のことは、プロに聞くのが一番だからな』

 

 

 

 

 *

 

 

 

 薄暗くした室内。皿の残骸だとか割れた窓ガラスだとかからは目を背けて、机上の蝋燭にライターで火を灯して、鳥居の上に十円玉を置く。

 

 

「──こっくりさん、こっくりさん。おいでくださいましたらお返事ください」

 

 ひとりでに動いた十円玉が、五十音表の中から「は」「い」と動いた。

 

「俺についた悪霊共を払う方法を教えてください」

 

「な」「い」

 

「……なんか弱める方法とかは?」

 

「な」「い」

 

「そこを何とか助けてください!」

 

「は」「い」

 

 背筋に沿って指を這わされたような、そんなゾクリとした感覚があった。というか実際になぞられていた。毛むくじゃらの──尻尾のようなもので。

 

 

「ぜ」「っ」「た」「い」「に」「た」「す」「け」「ま」「す」「」「こ」「れ」「は」「け」「い」「や」「く」「で」「す」

 

 背後の気配が強くなる。胸の中の違和感も、どこかからの視線も強くなる。押し寄せる動悸、息切れ、寒気、重圧。

 

 

「だ」「か」「ら」「も」「ら」「い」「ま」「す」

 

「ヒッ!」

 

 何を取られるのか、それを知るのが怖くて十円玉から手を離した。同時に、部屋の中で何かがぶつかり合う音と、獣のような独特の匂いが強くなっていく。勝手に戦え、と俺は御札だらけの布団を被った。

 

 







リアル/巣くうもの/こっくりさん/(エッセンスだけ)師匠シリーズ


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