負けヒロイン、即ち死 (夜行練習電車予行中)
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プロローグ
春。柔らかな風桜を揺らし、散り落ちる花弁が鮮やかな軌跡を描いて空を舞う。
足元に落ちた何枚もの花弁を踏み締め、俺…いや、
学園都市と銘打っているだけあって、巨大な校舎はこの距離では全貌を見ることも出来ない。
その圧巻の景色に感動を覚えるものは、オレ同様に新入生と思わしき者たちであった。
しばらく歩き、学園の入り口の門がすぐそばにまで近づいて来た所でオレは歩を止める。
後ろを振り向き、視界に真新しい制服に身を包んだ生徒が映る。
門を通り抜ける生徒の邪魔にならないよう、桜の並木の立つ道の端に移動し、腰をおろす。目の前を通る生徒一人一人の顔を、逃さず確認をする。
_黒髪短髪中肉中背のパッとしない男、黒髪短髪中肉中背のパッとしない男、黒髪…
心の中で何度も
しかし、現代日本の高校に通う生徒の中で、たった一人の没個性と形容できる人物を見つけることは至難の業だ。
多くの生徒が過ぎ去ること十数分。
「…っ!来た!」
春の日差しが誘う眠気が、一気に吹き飛ぶ。目当ての男の姿が目に映った。
立ち上がり、右腕から左腕、制服の着こなしに問題が無いことを確認する。前髪を整え、心の中で用意したセリフを呟く。
「いける…いける!」
恥を捨てろ。そんなものは十年前に置いて来た!
深呼吸の後、大きく一歩を踏み出し、目当ての男子生徒の前に勢いよく飛び出した。
ダンっ、地面から乾いた煉瓦の音が響いた。オレの両足がヤツの、
驚いた表情でこちらを見つめる主人公、そしてその隣を歩く同じく黒髪の美少女。
オレはその二人に向かって右手を顔に、左手をその下に通すようにして、昨日考えた渾身の
「ふ、ふははは!彷徨う輪廻の末、
ひゅう、と風の切る音がやけに大きく聞こえた。
まるで時が止まったかのように動きを一斉に止める生徒たち。
これは…静寂?
…いやああああああああああああああああああああ!!!!
見ないでぇぇぇぇぇ!
あああああああああああああああああああ、メッッッチャ人見てるぅぅぅ!?辺りにすごい人居るぅぅ!
突然のオレの純度100の厨二病ムーブを見て、固まる周囲の人々、苦笑いの主人公。
周囲からの視線が、凍えるように刺してきた。
しかしオレは、なるべく強い覇気でその場に構え続けた。
そう、これは覚悟の物語だ。
死ぬほど恥ずかしい
そして何より、
誓いの物語である。
そしてその物語がすでに想定外な方向に進んでることに気づくのは、もう少し後の出来事である。
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ゆうかわ せいか1
チューリプぐみ ゆうかわ せいか
ひみつのにっきです。みないでね。みたらのろいます。ゆるしません。
せいかとのやくそくです。
〜〜〜〜〜
○月×日
ようやく何か書けるものを握っても疑われない年齢になったため、今日から駄々をこねて買ってもらったこの日記帳に、情報整理も兼ねて日記を記していこうと思う。
まず第一に、オレは死んだらしい。
らしい、と表現するのは、人伝に聞いた話だからだ。人というより、神にだけど。
ライトノベルとかでよくある、神様による転生だ。
子供の頃から病気で寝込んでいた事ばかりで、医者からも長く無いことを告げられた身だった。
いつか死ぬのだろうと自覚しながら、毎週母から差し入れられる週刊の漫画雑誌だけが楽しみの人生であった。
そんな俺は、目が覚めると全く見知らぬ白い空間で直立していた。
状況が飲み込めない中、神を自称するソイツから話された内容は大きく分けて三つ。
・一つ、俺は元の世界で既に亡くなってる事。
これに関しては前述のとおりで、話によるとやはり病気で逝ったらしい。
特に苦痛や痛みの記憶は無かったから、死んだという自覚は薄いが、今こうやって大きな鉛筆を使って、力加減も曖昧なまま拙い文字を綴ってるのがいい根拠だろう。
・一つ、神はそんな俺に他の世界に
これについては、正直な話ありがたいとすら思ってる。
唐突に意味のわからない話を話す自称神に好感は持てないが、幸い今世の体に今の所異常は確認できず、久しく疲れるまで走り回ることができた時には少し涙もした。
そう、感謝をしたいのだ。
・一つ、俺はこの世界の
この点に関して、現状、意味がわからないが、その言葉が本当であれば何かしらの対策を講じなければいけない。
どうやら、俺が転生したこの世界は、生前俺が愛読していた週刊漫画雑誌に掲載中の『
詳しい設定とか、俺の記憶にある限りしか思い出せないけど大筋や世界観は覚えている。
本作は学園青春×魔法バトルをテーマとした週刊漫画である。テーマとして独自性があるか否かを論じる前に、圧倒的な画力と王道的で読み応えのあるストーリー、何より、主人公含む魅力的なキャラクターの描写が人気な作品であった。
人気投票が毎回異常な盛り上がりを起こすのも、キャラクターグッズの商品化となればすぐさま売り切れとなる程、ファンから根強い人気を持つキャラクターたちが多いのだ。
学園がテーマということで、当時まともに学校に通ってなかった俺も、物語の舞台である
で、そんな憧れの世界に転生して何がヤバいか。
魔法という超越的な能力を持つ人間がいることでもなく、将来的に蒼聖煌学園が国の存続を賭けた戦いの舞台になることでも、俺がその登場人物として生まれたわけでも無い。
それらは特別大した問題にはならない。なぜなら、『蒼焔の星』の連載は最終のその最奥、物語完結まであと一話という場面まで連載が完了しているからだ。
ドラマ溢れる熱いバトルも、ハラハラと目の離せない絶望的なシチュエーションも、全て主人公が解決し、残すは学園青春バトルのうち、“青春”だけとなっているからだ。
俺の前世の記憶が正しければ、次号は主要ヒロインたちの中から一人を選ぶという、ファンからしたら世紀の一大イベントで、ネットの様子も荒れに荒れていたはずだ。
つまり、俺からすればこの世界は俺が何も干渉しなくても勝手に救われるし、俺は原作知識を活かして自分だけが危険に晒されないよう生き延びればいいのだ。
では何が問題か。
答えは単純、条件により
この世界に転生する際、自称神が提示した条件は一つ、「この世界のヒロインとして最愛の者になる事」であった。
勝ちヒロイン。定義はいろいろあるのだろうが、大体の認識は、物語の中で数多く登場するヒロインの中から主人公や読者の心を奪い、見事パートナーに殿堂入りするヒロインのことだ。
つまり、自称神は転生と引き換えに俺にこのヒロインの座を奪い取る事を要求してきたのだ。
詰んだ。はい、終わりです。
なんならこの世界を救うため、敵組織を壊滅させるとか、むしろ主人公を倒すとか、その方がよっぽど現実味あったね。
結論から書こう、この世界のヒロイン強すぎ。
『蒼焔の星』における人気投票では、上位四位を毎回埋めている不動の人気キャラがいる。
五位と四位の投票数には劇的な開きがあり、しかしその訳にも納得できるのだ。
読者たちは彼女らを
はい、現実逃避です。でも嘘は書いてません。
この作品には四人のヒロインが存在する。最終話目前にしてネットが大荒れしたのも、彼女らの人気故だろう。
個性豊かな彼女らはその魅力で多くの読者を虜にしたし、俺もその一人だった。
そして俺はそんな彼女らを押し退け、たった一つの
無理じゃね?
〜覚えてる範囲の原作知識〜
忘れないようにメモる。
『蒼焔の星』…この世界。割と前世の時代と離れていない。しかも俺がいるのは日本。
『蒼聖煌学園』…国内最高峰の、魔法能力者の育成を目的にした学園都市。原作では特異体質の主人公が特に詳しい描写もなく普通に入学してたけど、入るための難易度がバカみたいに高いヤベェところ。原作の舞台だし、ヒロインたちとの出会いも大体ここ。もしかしたら俺も入る必要があるのではと気づいて驚愕してる。凹む。
『魔法』…超能力みたいな、そんなやつ。原作だと主にバトルとかに使用されてたけど、この世界だとエネルギー生成とか、軍事開発とか、魔法警察とか、いろいろな組織とかライフラインに重宝されてる。でも才能あるやつしかバトルとか出来ない。もう少しで俺もこの魔法適性?の診断を受けに行くらしい。適性なかったら凹む。
『
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ゆうかわ せいか2
○がつ▲にち
きょうは、おかあさんといっしょにおかいものにいきました。
ほしかったにんじんを、おかあさんがかいわすれてたので、おしえてあげたらとてもほめられました。
これからもおてつだいを、がんばりたいです。
〜〜〜〜〜
○月▲日
本日も忙しない幼児として穏やかな日々を送った。
今世の、少し気の抜けている母さんと、頼りのない父さんに囲まれ、挨拶したり、自発的に手伝いを行うだけで褒められる生活は、なかなか自尊心を高めてくれる。
しかし、この状況に慣れ、身も心も退行させる訳にはいかないのだ。
日記を綴る事数日、少しずつだが、俺がヒロインレースを駆け上がるための障害に幾つか気付いた。
まず、前提として俺が純粋な魅力で勝負をする場合だ。これでは負ける。
俺の容姿は、前世よりは優れている気はするが、とてもじゃないが原作で数々の名シーンを彩った彼女たちメインヒロインのそれには及ばないだろう。
主人公の心を掴むため、容姿が全てだとは思わないが、彼女たちはまた快い性格の持ち主でもある。一癖あれど、魅力的と言う範囲からは逸れないレベルでだ。
従って、俺がどれだけ性格や趣味、仕草を主人公好みに変えたとしても、同様に内面まで整った彼女たちと同じ土俵に並べば当然、
そして、まだこの世界であった事はないが、彼女たちと
ならば、どうするべきか。
ここ数日はそのことに気付いてからは、食事中も、寝る時ですらこの事で頭を悩ませていた。
なんやかんやこの世界で日々が経過してもう五年は経っているのだ。
原作の記憶が薄れないうちに解決策を見つける必要があるのだが。
まだ明快な回答は出せないままである。
〜〜〜〜〜
○がつ□にち
さいきん、おとうさんのおしごとがたいへんになってることをききました。
おかあさんも、おしごとのじかんがながくて、おるすばんがおおいです。
いつもがんばってるおかあさんとおとうさんに、かんしゃです。
〜〜〜〜〜
○月□日
ここ最近、母さんと父さんが忙しい様子である。
今世の両親は
無論、文字通りそんなそこらの幼児とは年季が違う俺は、一人での時間があってもそこまで問題がある訳でもない。
しかし、俺が転生者であることも、精神年齢が二十歳を超えてる事も知らない二人はこの状況をよく思ってないらしい。
俺を一人きりにしてる事に対する罪悪感からか、ここ数日間は時間を見つけて母さんが俺に構ってくれる。
よく話を聞いてくれたり、逆に母さんの身の回りにあった出来事の話などだ。
しかし、今日は突然日記の話をされて、中身を見られることになった。
慌ててフェイクの日記の部分だけを見せたが、もちろん母さんは俺が日記をつけてることを知ってるため、毎日身も心も幼女になりきって日記をつける必要がありそうだ。
〜〜〜〜〜
○がつ×にち
きょうは、おかあさんと、おとうさんからひっこすことをいわれました。
わたしは、とうきょうにいくようです。
とうきょうについたら、あたらしいおともだちにあえるようです。
たのしみです。
〜〜〜〜〜
○月×日
きょうは、違う違う
今日は母さん達から知らせがあった。父さんの職場が都心に近いらしく、母さんの職場の距離を考えて、来月引っ越す事になるらしい。
ついでに、そこ付近にある保育園に俺を預けることにもなったようだ。
下見はもうすでに行ってるらしく、俺の入園は確定してるらしい。
東京か。『蒼焔の星』の舞台である蒼聖煌学園も東京に創立された高校であったはずだ。
原作に突入する前に、ある程度学園の下見とかもしてみたいところだ。
〜〜〜〜〜
▲がつΔにち
もうすぐ、このおへやともおわかれです。
すこしさびしいけど、とうきょうにはもっとたのしいところがあるとおもいます。
あっちで、いろんなひとにあいたいとおもいます。
〜〜〜〜〜
▲月Δ日
閃いた!
俺がヒロインとして勝ち上がる一筋のサーキット!
今日、なんとなく日記を見返していて気付いたことがある。そしてそれこそが、今の俺のための最適解だった。
そう、やはり俺が彼女ら原作ヒロインズを超えることは不可。
彼女達の魅力は計り知れず、それは目の前に
しかし、乗り越えられないのならば、その壁をどうにか撤去してしまえば良いのだ!
そう、魅力あふれる彼女達の裏には、大きな影が張っているのだ。
ありがちな展開だろう。容姿端麗で才気溢れるあの子がもつコンプレックスとか。
その特異な生い立ちから家族からも敬遠され、今まで仲の良い友人などいなかった私。
これから先も誰とも関わらず、孤立無縁な生活を送っていくのね…
そんな中!颯爽と現れた主人公!
主人公特有の
これを喰らった人間関係な希薄なヒロインちゃんは
「な、何よこいつ、いきなり」→「でもまぁ、少し、悪く無いかも…。」→「初めての友達…」→「す、好き(小声)」
みたいなさぁ!!
あ、これもしかしなくても
とにかく、このように、恋愛もの定番のヒロインが抱える黒い過去に、それを取り払う主人公。
この構図は恋愛ものにはありがちとも言えるだろう。
『蒼焔の星』も恋愛作品として看板を掲げるだけあって、この例に漏れず、警戒すべき四天王のうち二人はこんな感じだ。
このタイプで主人公に惚れたヒロインは手強い。
なにしろ、自分にとって主人公は完全に白馬の王子様。抗えぬ運命を感じてしまい、その分主人公に対する恋心も比例して増幅する。
恋する乙女は手強いとはこの事。さらに、その候補がこの世界には二人もいるのだ。
これを放置しては勝ち目は薄い。そう、放置すればね。
逆に考えれば、これらのフラグをへし折りさえすれば、その脅威も恋心に比例して減少していくのだ。
そうつまり、俺の考える
名付けて『フラグ撲滅!強制一択恋愛シュミレーション作戦』である。
か、完璧だ…。自分が恐ろしい…。
前提として主人公を奪り合うライバルという構図、これらを破壊すれば俺の勝利は必然…。
あー、勝っちゃったね。はい、映画化決定。
見てるか?自称神さーん?あなたの仕掛けた戯れとやら、終わっちゃいそうですけどw
よーし、詳しい作戦は明日から立てていくかぁ。
いやー、気分がいいぜ!
■□■□
暗い地下施設、不気味な淡い紫色の光が無機質な廊下を照らしていた。
少しして、何人もの人間が足音と共に廊下を駆けていった。
「おい!侵入者は居たか!」
黒いガスマスク。それに全身を覆うのもまた黒である。
素材は見慣れぬ光沢を放っており、それら同じ衣装で身を固めた全身黒色人間が
ライフル、サブマシンガン、ショットガン…一目で危険物と判断できるそれら銃火器に、一振りの淡い光を放つビームサーベルのような剣。
そういう、
「い、いえ!こちらも特に見当たりません!」
見た目こそ同じであるが、若い男の声が先ほど叫んだ黒マスクと反対から響く。
二つの集団は、廊下の中心で向かい合うようにして足を止めた。
その瞬間、リーダーと思われる男のインカムに通信の声が聞こえた。情報班からのもののようだ。
男は、怒りで震える手で耳元のボタンを押し、報告に耳を澄ませる。
「こちらA班、ただいまB班と合流した。ヤツは見つかってねぇ。」
『…了解、こちらモニター、火薬庫付近での爆破及び、
怒りの温度が、熱を伝って上昇するようであった。男は了解と低い声で通信を切ると、その場で拳を握りしめた。
「くそっ…何処に行きやがったあのクソ野郎…今度こそぶっ殺してやる!!」
ガンっ、その音に何名かの黒マスクがびくりと体を驚きに震わせる。
男が、壁を殴りつけた音だ。
「おい!武器庫に形跡ありだ、ヤツを始末しにいくぞ!」
明らかに熱意の高い男に動揺しながらも、他の黒マスクもその場を去る男に続く。
しばらくして、マスク武装集団の走る音が遠くなった廊下、その上部でひしめき合う鉄パイプの上、その怒りの熱意に震える者が
「ひ、ひぇぇぇ…。」
どうして、こんな目に…と。
そして至るであろう。
『フラグ撲滅!強制一択恋愛シュミレーション作戦』という己が付けた
幽川星華は奮闘する、ただ一つの椅子に向けて。
〜覚えてる範囲の原作知識〜
忘れないようにメモる
『
『
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ゆうかわ せいか3
▲がつ○にち
きのうは、おひっこしでいそがしかったので、にっきをかけませんでした。
おとうさんのうんてんで、とうきょうにきました。
おかあさんも、まえのおうちのにもつをはこぶのでいそがしそうでした。
らいしゅうから、ほいくえんにいくらしいです。
たのしみです。
〜〜〜〜〜
▲月○日
俺IN東京。
昨日、机やタンスといった家具が運び終わり、備え付けの家具だけとなった部屋を後にし、東京へと身を移した。
母さん達が引越しの準備に手を煩わせていた中、俺は『フラグ撲滅、強制一択恋愛シミュレーション作戦』
以降、フラグ撲滅作戦について明確なプランを練っていた。
まず、各ヒロインのフラグの折りやすさを考えてみた。
その中で、フラグの折り方に見当がつかない、又は想像される内容がこんなんであろう二人に考えが至った。
その一人が、主人公の幼馴染という最強のステータスを持つ
彼女は長く艶のある黒髪に、調理上手、成績優秀、眉目秀麗、とこれでもかとモリモリにした
物語序盤から登場して主人公と行動を共にする、戦闘、学園生活共にパートナーとして役割をこなしていくのだ。
ここまで序盤の情報を整理しただけで浮かび上がる飛彩のヒロインとしての強さ。いや、戦闘面で見ても最終的に強いんですけどね。
そして俺が三日三晩考え尽くしても浮かび上がらなかったこの女のフラグの折り方だが、どうしてもこの“幼馴染”というステータスが俺の邪魔をする。
というのも、この幼馴染設定に関する詳しい情報は、実のところあまり判明してないのだ。
数多くの媒体で、アニメやゲームでのメディア展開が行われている『蒼焔の星』であるが、主人公、仁と飛彩に関するガッツリとした情報は、あまり露見されていない。
わかってることは、彼らの関係は幼少からあること、主人公は飛彩に対して昔プロポーズをしたことがあることだ。
もうね、この情報だけで勝ち目が薄々なことに勘づくよね。
今こうやって必死になって日記を書いて対策を練ってる合間に、彼らがプロポーズへと進んでると考えると、もう惨め通り越して敗北感、感じちゃうよね。
もう時系列的にも手の施しようがない気がする。これを『飛彩さんマジ強すぎ問題』と名付けよう。
さて、次だ。
俺が勝てる気がしない女、パート2。
小悪魔カワイイ系後輩、
いやー、カワイイですよね、ハイラちゃん。
ボブカットでの登場シーンの多い銀色の髪を持つ彼女。
「くっふふぅ〜、先輩って、バカですよねぇ。」この台詞、ハイラちゃんファンなら忘れられない名台詞である。
は?どこが?と初見で見るとそう思うこの台詞、これが感動的な台詞に変わるのは彼女の持つ信じられない位重すぎるストーリーにあるのである。
物語的には、序盤から少しずつ出てくるタイプで、最初は仁を小馬鹿にする謎の少女として、舞台が一年進み、物語としては二部に当たる部分で、彼女は蒼聖煌学園の新一年生として入学する。
ここまでが表の姿、実はハイラちゃん、敵組織の幹部でした!えー、驚き!
ま、こんなの一部が終わる頃には余裕で考察スレとかで確定情報として扱われてたけどな。
ここら辺の本編はともかく、大事なのはスピンオフの作品で描かれたハイラちゃんの過去。
両親が借金作って彼女が物心つく前に自殺。
なんとか物置街で命を繋いでいた彼女の元に敵組織が特別な力を持つ彼女に目をつけ拉致。そこから彼女が幹部になるまでの血生臭い日々を描いたスピンオフが、俺の心を抉った。いや、俺だけじゃないけどね。こんなの読んだ全ての読者が生々しい描写と、複雑な心情描写に涙したでしょ。
ぶっちゃけこの話を知ってると、笑顔で学園ラブコメしてるハイラちゃんが尊く見えて仕方ない。
あの過去エピソードをアニメ一話丸々使って放送してくれた製作委員会に感謝を。
と、ついハイラちゃんの話で筆が長引き過ぎてしまったが、彼女に関しては『飛彩さんマジ強すぎ問題』とは別の、『ハイラちゃんの経歴重すぎ問題』が発生してるのだ。
というのは、先述の通り重過ぎな過去を持つ女ハイラちゃん、最終的に彼女は主人公の仁と戦うことになるのだ。
ここのシーンは、漫画でもアニメでも胸熱な演出と、ハイラちゃんの切実な内心が初めて現れる名シーンの一つなのだが、この戦いの結果負けたハイラちゃんは、もう助かる術は無いからと仁に殺害を求める。
しかし、そこで「お前も守るんだよぉ!」宣言をする仁の漢気に、「…トゥクン(キュン)♡」するという、まぁ結構分かりやすい理由なのだが。
問題はハイラちゃんとの戦闘は物語に大きく関わるイベントで、原作の展開をなぞるのが俺の生存的にも安牌なのだ。
しかし、このイベントを通ると、間違いなく強力なヒロインが増えることになるのだ。
じゃあ、恋愛イベントに繋がらない俺が代わりをしてやんよぉ!
無理です。不可能。戦闘面において最強クラスの主人公である仁だから可能であるのだ、まだ俺の能力が未知数であるとはいえ、チートレベルの闇魔法には敵いません。というかハイラちゃんも闇魔法使いです。
つまり、このイベントは通るか通らないかの二択であり、かつそのどちらに転んでも不都合が付くというのだ。
さらに最悪なことに、仮にこのイベントを通らない選択をするとして、肝心のその方法は恐らく、
ハイラちゃんを殺すことだ。
この文を書いてから筆が乗らない。そもそも、あまり考えないようにしてたが、この世界で生きていくのなら人の死や、自分の殺しも覚悟しないといけない訳だ。
ある程度、生きるためなら仕方ないと考えていたが、それがあんな過去を持つハイラちゃんとなると。
やめだ、今日は考えるのをやめよう。
とにかく、解決すべき課題はまだ多い。明日からはそこも含めて考えていこう。
〜〜〜〜〜
▲がつ×にち
きょうは、あたらしいおうちのまわりを、おかあさんといっしょにおさんぽしました。
しらないひとや、ふしぎなたてものをみつけました。
あたらしいじぶんについて、かんがえさせられました。
〜〜〜〜〜
よし、今日は暗い話はやめにしよう。
同じく今課題となってる“キャラ付け”について考えよう。
現状、俺の方針はそもそもの土俵に各ヒロインを上げないことだが、最早飛彩という強力なヒロインが付近にいるのだから、元男の俺が必死に愛想良くしても失敗に終える可能性がある。
そのため、まず主人公の目に留まるような彼女らに負けない“キャラ付け”が必要なわけだ。
しかし、構想があまり纏まらない。前世の知識含め、この世には人気あるキャラクターにはその根幹となるキャラクター性がある。
ツンデレ、クーデレ、ヤンデレ…『〇〇デレ』と名のつく個性だけでかなりの数があるのだ。これらに類し、かつ彼女らと被らず強力で俺の演じれる範囲の個性。
これがなかなか思いつかない。
主人公を前にして突然キャラチェンするのも、ボロが出そうで怖い。もう幼少の時点である程度考えたキャラクター通りの行動を行いたい。
うーむ、しかしほとんどの王道属性は他の四人で埋まってる。仮に被りでもしたら、火力勝負で負ける。
この状況で個性的で俺の演じられる属性とは。
とりあえず、今から風呂に入るよう母さんに呼ばれてるので、今日はここまでだ。
風呂上がって閃いた
厨二病カワイイ、ありか?
〜覚えてる範囲の原作知識〜
忘れないようにメモる
『
『ハイラ』…はい、さいかわです。きましたハイラちゃん。いやー、いいよね、ハイラちゃん。銀髪をボブカットにしてる小柄で守ってあげたくなる印象を与えられる。いつも主人公の仁をおちょくって小馬鹿にする態度をとるけど、その裏にはきちんとした好意があって、でもそれを全開にできなくて、思わせぶりな態度で表す。ここだけでご飯三杯はいけるけど、たまにガチデレハイラちゃんとか、テレデレハイラちゃんとか、数多くのカワイイハイラちゃんを適度な頻度で伺える原作は素晴らしいですよね。少し書きすぎた気がするけど、この子は過去敵組織に拾われ、闇魔法を扱える特異性から幹部まで上り詰める。正直作中屈指の不遇っぷりで、可哀想な子。その隠しまくった本音をぶちまける二部の主人公との戦いは、色褪せないレベルで胸に残ってる。ちなみに推し。
追記:思いついたぞ!ハイラちゃんのフラグを折る方法!これが成功すればハイラちゃんと原作で関わることなくて少し悲しいが、ハイラちゃんも幸せ、俺も幸せで最高
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ゆうかわ せいか4
▲がつ◇にち
きょうはおうちでひとりあそびました。
おそとにあそびにいきたいけど、なれないばしょでひとりはあぶないと、おかあさんにいわれました。
あしたからは、ほいくえんです。
おともだちを、いっぱいつくりたいです。
〜〜〜〜〜
▲月◇日
厨二病カワイイ系ヒロインに、俺はなる!(ドンっ!)
はい、どうも先日から厨二病ヒロインとして生きていくことを決めた一般転生者です。
いやー、なかなか名案だと思いますね。
ある程度個性があり、可愛らしさもあり、何より俺がやり切れそうなキャラクター性だ。
まぁ、こんな意味不明なキャラ付けにするのにも理由がある。
というのも、今世は女性として生まれたのだが、あまり乙女として過ごせる自信がないからだ。
なんというか、趣味嗜好や物事の慣性が前世のまま、つまり男としての精神が残っているのだ。
将来的に男である主人公のヒロイン、つまり恋人になる事が必要である、そんな状況で男の精神を持っていて大丈夫なのかという不安点もあるが。
まぁ、俺主人公の事どちらかと言うと好きだったし、いけるでしょ。
精神が肉体に引っ張られると言う可能性もまだある。どうしようも無いことを考えていてもどうしようも無いので、この問題は先送りにしよう。
さて、そんな外見は女の子、中身は男の俺が演じれるキャラクターを模索した結果が厨二病キャラだ。
前世見たアニメや漫画にもそう言った可愛らしいキャラクターが居たはずだ。前世の俺が急に深淵を覗き込み始めてもただの思春期継続中の小僧であるが、今世の俺ならば可愛らしいの範疇で収まる深淵の覗き込み方を披露できるはずだ。
それにこの世界、一般人の皮を被ったサイコパスとか、強者との戦闘のために右腕を差し出す戦闘サイコパスとかが普通にいるし、ちょっと発言が痛々しい少女くらい、むしろ没個性に近いくらいだろう。
なんかいける気がしてきたな。厨二病は前世の俺が既に通過した地点だ。そのノウハウを活かして完璧な厨二病具合を表現できるはずだ。
よし!丁度いいし、明日行く保育園で軽く予行演習と行くか!
でも、保育園児が言いそうな厨二台詞ってなんだろうか。明日までに考えて、今日は寝よう。
〜〜〜〜〜
▲がつ+にち
ききようは、ほいくえんに、いきました、
たくあんのおともだちにあえてよかった。
〜〜〜〜〜
▲月+日
主人公たちが居た
□■□■
流れ出るエンジンの音を響かせながら赤に変わった信号に動きを止める、車の音だ。運転席でハンドルを握る彼女は、初めての登園に向けて娘を後部座席に乗せて移動していた。朝の東京郊外はどことなく爽やかな雰囲気と、それを忘れさせる程の車で溢れかえっていた。
彼女、
「東京、混むわね〜。」
忙しない街の風景とは対照的に、彼女の声はのびやかで緩やかであった。
気の抜けて穏やかな人、幽川星華は彼女をそう評価したが、それは正しく、彼女の言動からはその一片を感じ取ることができた。
そしてその評価を下した張本人は、後部座席でちょこんと座り、その場で俯いていた。
「お友達、出来るといいね星華ちゃん?」
長い間ひとりで過ごすことが多く、ある意味放置気味であった自身の娘に対して彼女は話しかけた。
星華はよくできた娘であった。彼女が自分の娘になって以来約四年と半分ほど。季節は秋であった。泣き出し、花蓮の手を煩わせることも、我儘を言い両親の時間を奪う事も無い、花蓮はおよそ予測していた子育てでの障害をあまり感じることが無かった。
唯一、星華が物をねだった事があるとすれば、それは日記帳とペンだけであった。
テレビに放送されていたドラマにでも影響されたのか、星華はある日唐突にそれを求めた。
小学生にも満たない幼児が要求するには些か高尚すぎる物であったが、星華は教えたひらがなや語彙たちを驚くほど早く飲み込んでいたため、花蓮やその夫はあまり疑問には思わず、むしろ初めての星華へのプレゼントに喜ぶ親心があった。
さて、物覚えもよく粗相も起こさない星華はよくできた娘であった。しかし、そんな星華にも懸念点があった。
それは、対人関係だ。それも、同世代に対するものが欲しかった。
両親が共働きである関係上、親戚の大人に預けることや、家の中に一人で放置することも多かった。これは一般的な教育観点から見ても由々しき事態であり、この解決と、それに付随した星華の「お友達」の確保をする必要性のため、遅いながら住居の転移を機に、娘を保育園へ通わせることを決意したのだ。
「うん」
そんな想いで娘に問いかけた花蓮の声に、星華はそう答えた。生返事である。
この幼女、見た目は真面目でおとなしそうな少女。母親に似た深みのある茶髪に、それらの要素に押し潰されないだけのはっきりとした容姿を持っていた。
傍目に将来可愛らしい姿が想像される少女、しかし本人はこの世界有数の美少女四人と比べているため、この時点で容姿に敗北を感じてるのであった。
そんな星華は車両の中である一つのことにずっと悩んでいた。
_園児に相応しい厨二病って、なんだ?
この少女、
幽川星華は転生者である。その前世の経験から幼児レベルの問題に悩むことは無かった。自制心を持ち、理性的に思考し行動する姿は誰の姿から見ても秀でた物だったろう。
しかし、その優秀さは前世の経験や知識からである。幼少期で必要な知識など多くも難しくも無く。星華は問題の突破を繰り返してきた。
逆に考えれば、前世にて経験してないことには弱いのだ。
幽川星華が持っていない経験や知識とは、即ち対人経験であった。
幼い頃から虚弱な体質であった彼女の前世には同世代との関わりが薄く、故に会話も少なかった。
それ故この世界の原典『蒼焔の星』に登場するキャラクターたちの関わりに深く興味を示したのだ。
(高笑いから入るか?それとも意味深な台詞で印象を強める…あえてミステリアスな方が…。)
そんな彼女は気づかない、一般園児は厨二病的で怪奇な言い回しを理解できない事を。
自己紹介の場でそのような発言をしても多くのものは頭上に疑問符を浮かべ、彼女の
そしてこれから彼女に訪れる幸とも不幸とも捉えられる出会いのことも。
信号の色が赤から緑へと変わる。
大量の車が動きを再開させ、花蓮もそのアクセルに足を落とす。
全ては加速する、幽川星華を連れて。
車は保育園へと進み出した。
_____
チューリップの模様。それが窓ガラスの上についており、明るいピンクや黄色の色が建物の色を彩っていた。
「じゃあ、星華ちゃん!今日の朝の会で自己紹介するから、みんなが集まるまでここで待っててね。」
元気の良い保育士の一人にそう言われたことを思い出しながら、星華は扉の側で控えていた。
自分はチューリップ組であるらしい。この保育園では花の種類によってクラス分けされることも同時に星華は理解した。
園児の元気の良い声が扉越しに聞こえる。自分が入る時にはこの扉から先ほどの保育士が現れ、自分の入るタイミングを指示する。
それまでの待機時間だが、自分と同世代の園児たちの声が彼女を冷静にする時間へと変えた。それは、怯えでもあった。
_あれ?よくよく考えたら俺厨二病になる必要ある?むしろ今やっても違和感じゃない?
ようやく気づいた
各ヒロインに打ち勝つための強力な個性。それを考えて得た結論が厨二病キャラであった。
しかし、本当に厨二病キャラでやっていけるのか、襲いかかる大量の羞恥に自分が耐えれるのか。
気づくのにかかった時間の長さは、星華の対人経験の少なさからであった。
しかしこの世界で生き残るためにキャラクター性は大切である。そのためなら多少の羞恥に耐えれると踏んだ星華であったが、彼女の挑戦する厨二病はただの
そしてその難易度は彼女の想定より高い。故に気づく、厨二病キャラのリスクに。
しかし、幽川星華は焦らない。なぜなら彼女はこの想定に至ると同時にもう一つの結論に至ったのだ。
所詮、保育園での少しの期間だ、と。
星華が本日から通うこの保育園は、彼女の年齢から考えて一年と少し。ならば、ここは嫌われるリスクを取ってでも厨二病キャラを演じるのもアリであろうと。
主人公と出会うまでに他の属性も検証。小学校、中学と併せて環境の変化は何度かある。それまでに模索するのが賢いのではと。
仮に主人公とファーストコンタクトをいずれかの個性で行なってしまったら、その個性で貫く必要がある。キャラクターがころころと変わるのは魅力云々以前に不安定である。
故にその初対面の時までに熟成させればいい。
勝った。星華は勝利を確信した。
それと同時に目の前の扉は開く。先の保育士の女性も現れる。
「はい、じゃあ、今からみんなに新しいお友達を紹介するよー!…よし、行こっか星華ちゃん。」
部屋内部に星華の登場を予告した彼女に従うよう、星華は堂々とした表情で教室に歩く。ドヤ顔だ。
急にドヤ顔を浮かべる目の前の少女に保育士は困惑する、今からとびきりの厨二病ムーブを披露することも知らずに。
ガラッ、カン、カンカン。意味もなく扉を大きく開けて歩を進める星華。彼女は憑依型の役者だ。心は完全に深淵の闇に呑まれた勇士。
注目の頂点、立ち入った教室で一番目立つであろう部屋の正面に立つと、彼女は徐に目を閉じ、一つ深呼吸。
そして心の中で復唱する、とびきりの台詞を。
_フハハ。オレは
八割型、いや、園児たちには全く理解できない単語の羅列。
というより、この少女自己紹介のはずが自身の名前は一切明かさないという暴挙に出るらしい。
しかし、もうこの少女を止めれる者はいなかった。
謎の自信に満ち溢れる星華は衝動のまま、右手を顔に、左手もその右腕の下に潜り込ませるよう交差させる…彼女の考えた渾身の厨二病ポーズだ。
誰も予測できなかった星華のパフォーマンスに、園児は純粋に意味がわからず、見守る保育士はその意味不明な行動に先ほどまでの笑みを落として真顔であった。
そんな全てを置き去って、時は来てしまった。
星華は勢いよく声に出した。
「フハハハハ。オレは
明るく、底抜けた声が場にこだました。
しかし、目の前に訪れた“想定外“な光景に星華は思考が止まり、意味わからない口上に園児たちは首をひねり、保育士は重なる意味不明な光景に口を開けて呆けて、遅刻してきたであろう
しかし、幽川星華には一つだけ分かったことがある。
「あれ?あなた、だぁれ?難しいこと言ってたから先生だと思ったけど。仁知ってる?」
小首を傾げ、可愛らしく尋ねる少女に、それに応える黒髪短髪の少年。
どこかで見覚えがある光景であった。
「えー、わかんないけど…ほら、先生が言ってた、新しく来る子って言ってた気がする。」
困惑しながらも元気よく尋ねる少女に、仁と呼ばれた少年は答えた。
幽川星華には一つだけ分かったことがある。それは…。
「あー!君が新しいお友達かぁ!ねね、よろしくね!私、
この二人が、己の運命を大きく狂わせる存在になる事、それと。
「あ…えと、星華。オレ、
自分は厨二病として生きるその
〜覚えてる範囲の原作知識〜
忘れないようにメモる
『
『
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ゆう川 星か1
一年一くみ ゆう川 星か
ひみつの日記です。見ないでね。
見たらのろいます。許しません。
星かとの約束です。
〜〜〜〜〜
□月○日
今日は入学しきがありました。
お友達の仁くんと、ひいろちゃんも体いくかんにいました。
明日から小学校せいかつです。
がんばりたいです。
〜〜〜〜〜
□月○日
今日から俺の第二の小学校生活が始まった。
と言っても、前世ではこの時期から病院で過ごす事が増えたから、俺にとっては新鮮だ。
小学生になるのを機に、今日から日記帳を変えてみた。
記念すべき初日ということで、これまでの俺が転生してからの出来事を整理していきたいと思う。
幼少期に関して、保育園に通うまでは大した出来事はなかった。
普通の子供として普通に過ごしていただけだった。
それまで、あまりに暇ですることがなかったから日記に記す事を決めたんだったか。
そこから俺のヒロイン対策を前の日記で練ったり、覚えてる原作知識を書き留めたりしていった。
まぁ、ここまでは順調(当社比)だったな。
問題は俺が東京に越してから、つまり主人公もとい
想定外が過ぎたね。ほんとに。
あれからの日々は地獄だったぜぇ…。ほんと、なんで厨二病なんてキャラに舵を切ったんだよ…風呂上がりの俺ぇ。
過ぎたことを悔いても仕方がない。それからはむしろこの機会を好機に変えるべく積極的に仁たちと行動を共にしたんだったな。
詳しく何があったかとか、自分の厨二言動に悶えてる前の日記はトラウマレベルだからもう見たくないから詳しく覚えてないけど、なかなか仁と仲良くなれたのではと勝手に思ってる。
園内では常に仁とあと飛彩と過ごすことが多かった。当然この二人と過ごす上で俺はいちいち格好つけた台詞を話す必要がある訳だ。これが一番辛かったが、その甲斐あってか原作知識だけでは知り得なかった情報を得た。
それは、飛彩と仁が思ってるより仲がいいということだ!
全然役に立たないね。むしろ危機感増すだけだったわ。
一応、同年代にしては奇妙な話し方をする友達として仁に印象付けることには成功したが、それ以上に仁と飛彩の仲が深いのだ。
家が隣という関係は、強い。
そのことが嫌というほど分かった。まだ小学生低学年という年齢であるから本人たちの間に恋愛意識などは皆無なのだろうが、それでも彼らの関係は結びつきが強く、今後障壁となることは間違い無いだろう。
休日には隣の家に移動して一緒に遊び、隣り合い眠り、二人きりで楽しく過ごすと飛彩の口から聞いたことがある。
もうお家デートやん。俺が「あれ?そもそも友達とどうやって過ごせばいいの?」とかヒロインレースに全く関係ないところで悩んでた時にもうカップルみたいな領域に行ってんじゃん。
まだ幼いながらに可愛い美少女が常に隣にいる状況。俺だったら惚れて中学あたりで告白して振られてたね。
俺もその話を聞いてから慌てて仁と飛彩を休日には連れ回すようにした。
こうすることで俺という不純物を混ぜ、二人の思い出を薄く濁らせるという、人道的に終わってる対策だ。効果があるかは知らない。
このように、俺はこの一年ちょいの期間で飛彩のヒロイン力の高さに幼いながらに驚愕し、あの手この手で妨害した訳だが。
これ以上後手に回るのは不味い。折角主人公の仁の少年時代を身近で過ごしているのだ。ここからは飛彩に劣らない俺のヒロイン力を見せつけていく必要がある。
付け入る隙は見当がついてる。それは彼らの間に恋愛的関係が明確に浮かんで無い点だ。
確かにお互いによく知る相手であるし、好きでもあるだろう。しかしそれは幼馴染としての範疇を抜けない。
確か俺が確認した範囲では、まだ仁と飛彩のプロポーズイベントは踏んで無いっぽい。
つまり、仁の初恋枠はまだ残ってるということだ!
隙は、今しかねぇ!なんとか俺の前世知識をフル活用して仁の初恋を奪うのだ。
ほら、小さい頃に近所のお姉ちゃんにときめいちゃうアレ!近過ぎないからこそ生じるチャンスをものにするのだ。
その肝心な方法が、全く浮かばないんですけどね。
第一、俺の厨二病言動が邪魔してとてもじゃないがキュンキュンするシチュエーションにならない。
誰だよ、厨二病キャラにしようとか言い出したやつ。俺だわ。凹む。
〜〜〜〜〜
□月■日
今日は一くみのお友達と会いました。
知らないお友達がいっぱいでしたが、ひいろちゃんがいっしょで心づよかったです。
いろんなお友達をつくりたいです。
〜〜〜〜〜
□月■日
今日は一応初めての登校となった。道は事前に母さんと確認していたから問題なかったが、俺にとって大事なのは正しい道のりでは無い、仁との接触時間が増える道のりだ。
ただでさえ時間的遅れを被ってるのだ。ここから取り戻さなくてはいけない。
学校では一組に配属され、初めての顔合わせとなった。
仁は三組らしく教室には居なかったが、代わりに飛彩がおり、嬉しそうな様子で俺の席まで話しかけにきてくれた。
違う、君じゃない。
それと今回の自己紹介は反省を活かし抑えめな厨二としました。
詳しくは省くが、俺の「みんなと仲良くしたい(意訳)」という意思はクラスメイトには伝わったようで良かった。疑心な目を向ける担任なんていなかった。いいね?
最近いい事かはわからないが厨二病の役が自然とできるようになってる。地味に成長だ。
しかし同時に話す度に感じる羞恥心を伴うこの痛み、成長痛かな。
あと、今週末は病院に行って検査を受けるらしい。
あー、なんか忘れてることがあったような…思い出せん。
大事なことだった気がするが、思い出し次第この日記に書くとしよう。
〜〜〜〜〜
□月$日
今日はびょういんに行きました。
まほうのけんさでした。
わたしは火をつかえるらしいです。
うれしくて、ぽろぽろ涙が落ちてしまいました。
〜〜〜〜〜
□月$日
マズイ、マズイですよ!!
完っっ全に忘れてた!魔法!まじっく!
ああああ!なにヒロインレースとか真面目に考えてんだよ!今までの自分全て殴り飛ばしたい!
そもそも蒼聖煌学園に入れるかすら怪しいじゃねぇか!
やばい。今日病院で検査受けて、お医者さんが「次魔法検査しますよ」とか言って採血し始めた時点で嫌な予感がしていた。
その瞬間、忘れてた事を思い出して、そして検査結果を見ると同時に絶望しました。
俺、魔法の才能無いらしい。
なんだよ、Dって、最高ランクが何か聞いたらAらしい。ゴミやん。
家帰って、母さんの目を盗んで調べたら蒼聖煌学園に入学する生徒はB以上の生徒が八割らしい。
さすが日本トップの魔法教育施設ですねぇ!クソが!!
や、やばい。そもそも俺自分が舞台の上にいる前提で書いてたけど、マズイですよ!
な、何か考えなくては…俺のDを覆す方法を。
〜〜〜〜〜
□月○日
今日はまほうのおべんきょうをしました。
まほうはすごくきちょうなぎじゅつで、少ない人しか持ってないらしいです。
仁くんとひいろちゃんは少ない人らしく、くらすのヒーローでした。
わたしもがんばりたいです。
〜〜〜〜〜
□月○日
気持ちを整えました。どうも、一般才能なし転生者です。
昨日は取り乱したが、冷静に考えてみたところ、やはりヤバいと結論に至った。
何も解決してねぇじゃねぇか。
俺の『フラグ撲滅計画』では中学生時点で既に魔法で無双出来るレベルまで成長してる予定だったんだけど。
マズイ、もうフラグ折るとか言ってるレベルじゃねぇ。
今日だって授業の一環で魔法科学の授業になったのだが、もちろん高い適性を持ちその上白魔法とか言うレア属性の魔法適性を持つ飛彩はクラスの生徒たちから注目の的だった。飛彩さんマジ強すぎ問題。
飛彩ほどでないが、水魔法の適性がBであった仁もクラスで魔法の話になると話題の中心になるらしい。漫画では魔法能力での高度なバトルが当たり前のように繰り広げられてたけど、この世界基準だとC以下の適性の人がほとんどで、Aは一握りの人間のみなのだ。
なぜ俺はその一握りになれると錯覚していたのか。この世界を理解してるという全能感からの傲慢か油断か。
どちらにせよ、これからは知ってることと侮らずにしなくては。
とりあえず、『フラグ撲滅計画』は一時停止。当面の目的としては二つ。
・魔法
・中学生になるまでに戦闘可能なレベルにする
この二点だろうか。
前点に関しては、まぁあまりやりたくないが
これは原作突入したら最低限身を守るための魔法を使った戦闘ができるようになる必要があるのだが。
それとは別に、前に考えたハイラちゃんのフラグを折るためにも必要なのだ。
あー、無双できる前提で考えてたからこの作戦もやり遂げられるか不安だ…原作始まる前に
戦闘訓練…とにかく、この肉体年齢で本格的な戦闘は難しそうだ。
まずは魔法適性の方をなんとかするか。
よし、善は急げだ。今日から開始するか、
□■□■
サイレンの音が一頻り鳴り終え、現場は通報を受けて出動した警察官により立ち入り禁止のテープが引かれ、その黄色のテープの向こうでは鑑識の職員が何名か作業を行っているのが見えるだろう。
男は気怠げに首にかけていた自分の右手を下ろし、これまた気怠そうにため息を吐いた。
「ちょっと、そこまで嫌そうな反応しないでくださいよ。こっちまで嫌気さすじゃ無いですか。」
その男の横に立つスーツ姿の女性がそんな男に小言を吐く。
横目で女性の姿を確認した男は、もう一度ため息を吐くと、現場の方向へと歩を進めた。
「へいへい、気をつけますよっと。」
「あ!ちょっと!」
置いてかれた女性も遅れて小走りで男の後ろを追いかける。
横一直線に引かれたテープを一歩、大きく踏み越えて男はその中に入る。
近くにいた鑑識が男に気付き、そして男の腕に同僚の証がないことを確認して訝しげな表情を浮かべる。
「あのー、関係者以外の方は立ち入りを控えていただくようお願いしているのですが。警察の方でしょうか?」
何も言わず入ったのだ、当然の反応である。
男は胸ポッケとから自分の手帳を取り出しその中身を開いて見せる。
「警視庁から来た。
その男の顔写真の下、
何度も見た反応だ。男はその顔が自分たちを煙たがる表情だと知っていた。
「対魔課の、私が
男の後ろから現れた女性、葵は言葉足らずな神坂の補足をするように話した。
魔法による火災被害。言葉を聞いた鑑識の職員と思われる男が後ろを振り返り、焼け焦げ半壊した建物を見上げた。
「魔法電化に乗り遅れたタイプの廃ビルか?」
神坂の発言に男は頷いて答えた。
「えぇ。何年か前爆発的に増えた旧式の建物です。付近の住人が火事の確認をして、警察と消防に連絡。消火活動が終わり現在調査を行ってますが…。」
「魔法による出火、もしくは魔装兵器の確認がされましたか?」
もの鬱気に話す職員に対して言い当てるように葵が答えた。
ため息を吐く、職員のものだ。
「はい、そのようです。今回も魔法使用の形跡が見られました。それも、連日起きてる類似事件の魔力波が一致してます。」
その言葉に男がため息をまた吐く。今度は神坂のものだ。
葵と神坂は、自然と顔を見合わせた。
「ま、
仮面。特定の人物を指す言葉に葵も頷いた。
「仮面…いい加減にしてもらいたいですね。」
さて、どこから調べれば良いものか。
二人がビルの方へ視線を移して考えてると、鑑識の男が声をかけた。
「あの、捜査の助けになるかは不明ですが。現場からこれらが。」
そう言うと、鑑識の男は持ってきた写真を神坂に受け渡す。
葵も見えるよう、写真を持つ手を少し下げて見る。
「これは…これ、写真にあるだけか?」
神坂の問いに鑑識は答える。
「まだ確認できてる範囲だけですが、これと同じものが二箇所ほどで確認できてます。」
その言葉に神坂は顔を顰める。
写真には五丁のライフルが写し出されていた。
「…これ、
葵の言葉に神坂は視線を写真に向けたまま答える。
「詳しくは何とも言えんが、俺が見たやつと似ている。」
ありがとう。写真を受け取った職員に礼を告げると神坂はビルの方へ歩き出した。
「まだ何とも言えん、中を調べてから結論づけるぞ。だが、もしこの事件に関連性があり、ヤツらにこのレベルの破壊を行える魔法能力者がいるのなら…」
風が吹き、神坂のコートが揺れてその下に隠された
「そん時は、東京が火の海になるぞ。」
今月に入り、神坂が仮面と赫に関する事件の現場に入ったのは、今日で五回目であった。
〜覚えてる範囲の原作知識〜
忘れないようにメモる
『魔法適性』…F〜Aの間でつけられる魔力量の格付け。どうやらこれは生まれつきで決まるとされてるらしく、遺伝性など謎が多いらしい。ま、俺は原作知識でこれの上げ方知ってるけど。けど。やりたくありません。でもやる必要があるらしいです。くそ。あと、魔力量は属性ごとに別で、大体の人は魔力量が多くても一つの属性のみしか持たない。稀に二つの属性を併せ持つタイプもいるらしい。そして紫苑パイセンはこれを気合いで後天的に全属性手に入れた。努力の化け物。
『魔力欠乏訓練』…紫苑パイセンが編み出した後天的に適性を上げるための訓練方法。ぶっちゃけ魔法適性は魔力量の多さで決まるので、この訓練方法は魔力量をぶち上げる方法です。やり方は極めて簡単、魔力量がすっからかんになるまで使い果たす。これを繰り返す。するとあら不思議、魔力量が少しづつ増えますわ!すごい!簡単!くそが。
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私の光が消える時
彼女は私の影だった。
私には物心ついた頃から親友と呼べる友達が居た。名前は仁。
家がすぐ隣で親同士の仲が良かった。だから私と仁は一緒にいることが多かったし、それ故に遊び相手も常に仁であることが多かった。
所謂、幼馴染という関係だ。私にとっては特別な関係ではなかった。よく、この話を友達に話すとそれだけで漫画のようで運命的だと驚かれる。
確かに私にとって仁との出会いは運命なのだろう。だって運命とは必然的に起こるもの、私が桜堂飛彩として生を受けた瞬間から仁という幼馴染は確定的だったのだろう。
私はきっと仁と共に生きていく。幼いながら漠然と自分の将来に仁の姿を写し出す。そこに嫌悪感や忌避感を感じることはなかった。
何故なら、それでも私の人生は幸せだと思えたから。仁は光だった。性格が明るいわけでも、これと言って特別な活躍も無かった。
私はこの先、光に染まって行く。
だからあの日は、彼女と出会ったあの日から私の運命は崩れたんだ。彼女という影が私を覆い始めたのだ。
あの日のことは鮮明に覚えていた。私の周りには昔の事などもう覚えてないと話す人が多いが、私はその日の出来事を忘れる日は無いだろう。
あの日はよく風の吹いてる秋の時期だった。
私は毎日保育園に行くのお母さんが乗る自転車の後ろに乗せられて登園していた。
近くの公園までお母さんに乗せてもらい、そこで同じく母に送られた仁と合流してそこから歩いて保育園に。
これがいつものルーティンとなっていた。
その日もいつも通りお母さんに公園で降ろしてもらって、後から来る仁を公園のブランコに座って待ってから保育園へと歩いて向かった。
ここまではいつも通りで、そこから園まで後少しのところまで着いた時だった。
「あ!水筒!」
喉が渇いたので肩掛けに繋がれた水筒を手に取ろうとして、その手が空を切ったのだった。
水筒を忘れた事。そのことに気付いた私は慌てて仁に相談して、それから二人で取りに戻ることを決めた。
その事が原因で朝の会には間に合わず、遅れての登場へとなるのであった。
思えばあの頃の私は、というか今もだけど仁を連れ回しては困らせての繰り返しだった。
これもその一環で、よくある出来事になるはずよくだった。
急いで帰ってきた私たちは誰もいない園内を見て、もう既に朝の会が始まってることを察した。
遅れを感じた仁は私を急かすようにクラスの方への移動を促す。
走って自分のクラス、この時はチューリップ組であった教室に急ぐ。
靴を脱いで扉を前にし、その引き戸を開ける瞬間であった。
「フハハハハ。オレは
その声が聞こえた瞬間、私の運命は崩れて消えていった。
ガラリと勢いよく扉を開くと同時に、彼女はみんなの前に立っていた。
言葉の内容は…今になって思えばいつもの彼女の口癖のような物だし、言葉の意味だって何と無くはわかる。
けど、その時の私は単語の意味も、何を伝えたいかも理解できなかったため、私はキョトンと頭を傾ける。
話してる内容の意味も分からなければ目の前の少女が誰かも分からなかった。隣に居た仁にその少女の正体を知っているか尋ねた。
その場に居た全員が初対面であるため誰も彼女の名前を知る訳がないのだから当然人も知るはずが無い。
それでも仁は彼女の正体が何かを考えてくれた。
「えー、わかんないけど…ほら、先生が言ってた、新しく来る子って言ってた気がする。」
新しく来る子、その言葉に昨日の事を思い出して、そこから数日間の記憶を遡る。
そして、三日前の朝の会で先生が新しく来るお友達について言及していた事を思い出す。
「あー!君が新しいお友達かぁ!ねね、よろしくね!私、
彼女の正体に勘付いた私は新しい友達という興味を惹かれる存在である少女に私は目を輝かせた。
私は何故か私と仁を見て唖然とする彼女の手を飛び付くように握った。
いきなり握られた衝撃にビクリと体を揺らす彼女は、先ほどの口上とはかけ離れた、たどたどしい口の動きで名前を告げた。
「あ…えと、星華。オレ、
彼女の名前は幽川星華。
いつも男の子みたく堂々とカッコつけた言動をして、時々鈴の鳴るような声で少女らしい面を見せる。
私にとってのただ一人の、大切な人の名前だ。
□■□■□
星華は嵐のような少女だった。
あの後、先生に注意を受けた星華は、改めてみんなの前で自己紹介をして、それから朝のお歌や、ひらがなの練習に移った。
星華はクラスの注目の的だった。
衝撃的な登場を果たした彼女はみんなの興味を惹き、お歌を歌い終えるとわらわらとみんなは星華のもとに近寄っていった。
「ねぇねぇ!せいかちゃんはどこから来たの?」
「あ、静岡。あ、今は東京…。」
「ねぇねぇ!せいかちゃんさっきのお話なぁに?」
「あ、決め台詞。あ、いや、自己紹介…。」
「ねぇねぇ!せいかちゃんの好きなものってなぁに?」
「あ、葡萄。あ、調理済みなら唐揚げ…。」
今の彼女は先ほど高笑いをして闇の眷属を自称した彼女と同一の人物であるのか?
そういった疑問を抱くほど彼女は気の抜けている、というよりは私に向けた唖然とした表情のまま、遠くを見つめていた。
質問の返答から伝わるように、彼女はみんなの知らない言葉を多く知っていた。
みんながひらがなの練習をしている中、彼女はまるで普段から書いてるかのような素早い綺麗な字を書いて先生を驚かしていた。
褒められた次の瞬間には全て消して上から拙い文字で書き直してたけど。
あれは今になっても何故か本人は答えてくれないし、真実は闇の中である。
それからも、星華はその日静かにぼうっと過ごしていた。
「意外におとなしい子なのかしら?」
自由時間にブランコの上で空を眺め続ける彼女を少し心配そうに先生が呟いていた。
次の日、嵐は再び現れた。
「ふ、ふははは!先刻はオレの隙を伺い稲妻が如き雷撃を喰らわせた事、お前たちを闇に仇なす者として歓迎しよう!」
今日は水筒も忘れず、いつも通りの時間に園に着くと、そこには昨日と同じ腕を交差させる謎のポーズをとって私と仁を待ち構える星華が居た。
?私と仁は同時に頭の上に疑問符を浮かべた。
理由は二つ、一つは単純に言ってる意味の七割が分からなかった事。
もう一つは、昨日の姿から急激にフォルムチェンジを遂げたその態度に脳の理解が追いつかなかったからだ。
私たちの間に静寂が訪れた。
当の本人は謎のキメ顔で目を閉じて動かないし、とにかくリアクション待ちと言った状態だった。
普段なら、自分から動く私も、まだ出会って日が浅かった私にはどうすればいいのか判断が付かなかったのだ。
「…ん?あれ?……声ちっちゃかったか?」
そうでは無い、むしろ嫌というほど耳に届いていた。
これが、私たちの始まりだったように思う。
その日から星華は私たちとよく遊ぶようになった。
一番古い遊びの記憶がその日だった。
「ふっ…闇の眷属たるオレに速度で勝負とは…闇に呑まれたいようだな!」
「せいかー、鬼になったんだから話してばかりじゃなくて追いかけろよー。」
時には鬼ごっこをして園内を駆け回り。
「エ!休日に二人で遊んでる!?…あ、いや…んっんん、ふむ、どうやらこのオレを差し置いて邪悪なる者を復活させんと密会を行うとは…愚か!」
「ひいろ、せいかも一緒に遊びたいってー。」
ある日からそれは近所の公園や星華の家からは遠いであろう仁や私の家に赴いて遊びに来た。
「あー、…どしよ、フラグ…え?いやいや!何でも無いって!ほ、ほら、それより彼方から怪しげな気配がする。調査の必要が…ええい!いいから行くぞ!」
私たちだけでは知り得ない範囲の世界を教えてくれた。
遊んで、話して、疲れて、眠って、また遊んで。私たちは一緒に遊んで、一緒に過ごした。
星華は私たちの中でも中心的な存在だった。
星華がその日何をするか提案して、私がその提案の中で少し過剰にはしゃいで、それを後ろから仁が抑える。
その時は世界が確かに煌めいていたのだ。
だけど、それだけであった。私たちはいつまでも仲良し。その関係は崩れることなんて、無い。
そんな幻想を、ずっと抱いていた。
□■□■□
保育園での幼少を超えて、私たちは小学校へと行動の場所を移した。
小学校からはいろいろな事が変わった。
授業という勉強の時間が活動の多くを占めたし、保育園とは通う人数も規模も大きく変わった。
登下校もお母さんの自転車に乗っての移動は無くなった。
真新しいランドセルを赤と黒で揃えて、私は仁と小学校まで歩いて登校するようになった。
変わったことが多かったし、二人だけで車が勢いよく通り過ぎるのを横目に歩くことにも、不安がなかったとは言えなかった。
それでも、私は安心することができた。
「ここで曲がって…パン屋小粋を過ぎた辺りで信号があって…この先で…あ!!」
初めての登校から数日経って、そんな日に彼女はぶつぶつと呟いて私たちの前に現れた。
星華は私たちの前を変わらず進んで行った。
登下校だって最速のルートでは無いだろうに、あえて選んだであろうその道で登下校を行うため、私が星華と過ごす時間は保育園とあまり変わらなかった。
それどころか小学校になってからは仁と違うクラスになった代わりに、星華と同じクラスになった。
まだ小学生という純粋な思考を持つ私であったが、疑問を持たなかった訳ではない。
星華はいつも迂回をして、回り道をして、私たちとの時間を確保していた。
どうしてそこまでして、小学校では新しい友達だって増えるだろうに、クラスでは私とずっと話して、昼休みになると私の腕を掴んで仁のいるクラスに乗り込み、今度は仁も連れて校庭に飛び出していくのだろう。
そんな疑問が、湧いてこなかった訳ではない。
だけど、それを直視する程私の視界には余裕がなかった。楽しい今を、彼女が楽しげに話す言葉や、それに喜ぶ自分を眺めることで忙しかったのだ。
途中、魔法適正検査を受けた直後とか、三年生になって何故か窶れた表情を見せる頻度が増えたこととか、よくわからず思わず頭を捻るような経験も多かった。
だけど、私たちの日々は変わらず、あいも変わらず星華は小難しい言い回しを続けていた。
きっと、それが霞んでいったのは、小学校六年生のあの頃…いや、私が気づかなかっただけでもう既に話は進んでいたのだろう。
私と仁と星華、三人の日常は唐突に、霞んで透明に消えていった。
「飛彩、お前に話がある。」
その日のことも、私ははっきりと覚えていた。
六年生の冬、もう直ぐ小学校が終わってしまうと先生やクラスの人たちが話し始めていた。
私も、それは寂しいなと、どこか他人行儀にそんな話を聞いていた。
その日は、冷たい風が吹いていて、私がお父さんとお母さんを挟んで座った食卓の後ろからは、半開きになった窓からそんな冷たい風が吹き込んでいた。
最近、気になることがあった。仁や星華には相談してなかった。
それは家族に関することだった。家族に不満を持つことはなかった。今日あった出来事をよく聞いてくれるお母さんに、休日には私とお母さんを連れて遊園地とかに遊びに連れてくれた。
きっと、私の家庭は普通だ。普通にいい家庭
重苦しい雰囲気の食卓。私は手に持ったお箸をどこに置いていいかわからず、不安そうに両目を迷わせるだけだった。
「えと…話って何?」
いつに無く緊迫した空気だ。それからお父さんは横のお母さんに目を配らせる。
それから、空気が揺れる様子が感じられるほど、ゆっくり口を開いた。
「お前に…
その言葉が確かなきっかけだった。
私が初めての親子喧嘩を始めることの。
私の世界から灯りが少しずつ途切れていく、その合図だった。
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私を絶望が包む時
気をつけ、礼。
日直の声が掛かると教室の生徒たちは皆一様に立ち上がる。少しの時間差を生じさせて、皆が教卓の前に立つ教師に向けて腰を曲げる。
さようなら。日直が先んじてそう言うと、男女の入り混じった低音と高音が同時に聞こえるような挨拶を皆が続けて言う。
「はい、さようなら。」
チラリと教卓の上に置かれたボードに目を落としてから、教師は他の誰よりも早く教室を抜け出した。
教室の扉が閉まる音を合図に、教室の中に少しの騒音が発生し、やがてその音は大きくなっていく。
今日は放課後何をするか
部活がだるい
昨日○○先輩に会ってー
いくつもの方向から、それぞれ種類の違う話し声が聞こえてきた。その中に、私に向けられた声が無い事を確認して、鞄を机の上に置いて今日使う予定の教科書を詰め込んでいく。
教室には扉が二つある。
やけに青々しく感じる素材で出来た白色の扉は部屋の前と後ろに設置されてる。
それを見て、そして後ろの扉付近に形成されるグループの一人の顔を視認して、私は遠い場所に位置する教室の前側を選んだ。
なるべくどこのグループにも干渉しないように、出来れば彼ら彼女らの視界にも入らないように机を縫って進む。
辿り着いた扉を開いて、そのとき鳴る扉の年季の音に気付かれないように祈って開く。
少しの、周りの喧騒に比べたらほんの小さな音を立てて扉は開いた。
そのまま誰の意識にも反映されない事を望んで、私は教室の横の廊下を通り、今度は後ろの扉がある方へと進む。
下駄箱は、あの先の階段を降りた先だ。
コツコツと、誰もいない廊下に窓越しに映る楽しげに話すクラスメイトたちの様子とは対照的に、独りの音が無機質に鳴る。
階段に向かう途中、ちょうど後ろの扉を通り過ぎるタイミングだった。
「…きもいんだよ。化け物。」
その言葉に体が反応しそうになる。
踏み上げた足が空中で止まりそうになるのを堪えて、何事もなかったように振り下ろして、歩き続ける。
コツコツコツ。
そこからは、また無機質な音。そこから誰からも言葉を投げかけられてないはずなのに、聞こえる足音がその度に心を軋ませた。
三階から二階に。階段を降りて踊り場に出る。この学校の校舎は踊り場にあたる壁に一筋の窓ガラスが付けられてる。
そのため、ここから見る窓の外の風景は上には空、前には付近の住宅の風景、下には校庭の様子が一望出来る。
歩を止めて、窓に近づく。
冬を迎えた東京は、いよいよ本格的な寒さを迎え、空は灰色に染まり太陽の姿が見受けられなかった。
そして、近づいてから気づく。
「あ、雪…。」
ポツリと呟いた私の目の前に、窓ガラス越しに小さな小雪が落ちる。
今日は、雪が降るのか。ふと、事務的に気候の変動だと捉える自分の思考に思い出す。
昔は、雪に一喜一憂したのだと。
それ以上は考えないために、窓の外をぼうっと眺めることにした。
これ以上思い出すと、二人の顔まで思い出しそうだったから。
「化け物、かぁ。」
何も変化の無い、白い粒が落下していくだけの光景に先の言葉を振り返る。
化け物、私をそう形容するのは、教室で後ろの方の席に座る、
彼女達が私をそう呼ぶようになってからもう直ぐ一年が経とうとしていた。
あの日も冬の寒さが本格的で、私は同じように一人で下校をしていた。
東京都内に存在する
毎年倍率は高く、その理由も同じく関東圏に存在する魔法科学に関して最先端の研究や授業を扱う蒼聖煌学園に対する進学率が都内随一であるからだ。
私は中学受験を突破し、小学校卒業後この中学校に通っている。
この話が挙げられたのは、お父さんからだった。
小学校入学直後に行われた魔法適性検査が原因だった。
私の適性はA。そして何より魔法の属性が白魔法と出た。
当時検査を終えたお医者さんも驚いた表情で私の検査内容を伝えてきた。
私は喜んだ。私には魔法の才能があるらしい。それも白魔法。
白魔法は、テレビではグリーンが他の隊員に対して治療を行うときに使われていた。
その時の私はよくわからなかったが、それでも横で喜ぶお父さんとお母さんの様子を見て、私も嬉しくなった。
白魔法を扱える人は国内にも、世界にも少ない。
そしてその性質故、医療機関などで適性者は重宝された。
白魔法は唯一人を癒す事、人や動物に限定して細胞の再生を行える魔法であった。
白魔法を扱えるならば、適性が低い、言い換えれば魔力量が少なくても天才外科医の卵であった。
正しい知識や使用法を学べば、少ない魔力でもピンポイントに患者の腫瘍を取り除けた。
多大な魔力を持っていれば研究にも大いに貢献できた。
その卵が、私だった。
そんなこと知らなかったし、事実この学校に来るまでは興味もなかった。
その時の私は目の前の事、仁や星華と過ごすことが何よりだった。
しかし、それは私に限った話。小学校五年生を迎える頃、ちょうど仕事でお父さんが帰るのが遅くなり、お母さんもパートに赴いたりでより仁と星華といることが増えた頃だった。
「飛彩、聖葉中学に行きたいか?」
中学校の話だった。
その時はどこの中学に行くとか全く気にしても、家族の間で話してもなかったが、その話は唐突にお父さんの口から放たれた。
よく分からない。私がそう告げると、今度はお母さんが口を開いて、魔法に関する中学校だと噛み砕いて教えてくれた。
今思い返せば、この時期にお父さんやお母さんの仕事が忙しくなったのもこれが原因だろう。
その話を聞いた私は、少し考えて首を横に振った。
理由はお母さんの説明に中学受験に関するものが含まれてたからだ。
私は成績優秀であった。それは今も変わらない。
そして、魔法の才能もあるため今からでも頑張れば、否、頑張らなくてもいけるだろうと見込まれていた。
しかし、それを私は自分ではなく周囲に置き換えた。仁と星華だ。
仁は、検査の結果を聞くと判定はBの水魔法の適性のようだ。仁も私ほどでは無いが、小学校の授業で躓くことがない程の成績であった。
問題は星華の方であった。
彼女はこの三人の中で、いやこの三人を除いても抜群に頭が良く、変な言動で勘違いされがちだが礼儀正しく思慮のできる、よくできた小学生であった。
しかし、どの分野でも輝ける彼女が唯一鳴りを潜める分野があった。
魔法に関してだ。魔法適性検査を受けた時期は近かった。そのため仁の次に星華にも話を伺った。
「ねね、まほう検査?せいかも受けたでしょ?教えてよ!」
星華は一瞬遠い表情、というか白目を剥いていたが、その後ハッとした様子で答えた。
「ウッ、魔法…蒼聖煌学園…舞台外…はっ!いや、なんでも無いぞ。それより検査結果か。ま、まぁ、闇より暗く染まるオレにあの医者達が当てる光はあまりにも眩しくてな…はい、Dでした。火出せるよ、マッチくらいの。」
星華は珍しく落ちこんだ様子だった。魔法適性がDなど珍しくは無いのだが、私と仁が共に高かったからかそのリアクションだった。
その後なんとか慰める私と仁だった。星華も、それ以上は引きずらず、次の日に関しては何故かやる気を盛り返してた。なんでだろう。
そう、星華はDであった。
彼女は魔法の才能がない。どのレベルの高い中学に進学できる彼女でも、聖葉の壁は高すぎたのだ。
私はそこまで考えが至り、お父さんとお母さんの聖葉への誘いを断った。
その日は、お父さん達もすんなりと諦めてくれた。まぁ、仕方ないかと。
しかし、その日から定期的にお母さんやお父さんから聖葉の単語が良く聞かされた。
あまり無理に勧めるわけじゃないが、私の意思を何度も確認するような態度だった。
それからそんな会話が続き、それが決壊したのが小学六年生の秋。風の強いあの日だった。
「お前に…
今までの強制しない態度から一変した、まるで決定事項であるかのような言い方だった。
行ってもらう事になった。その言い振りに違和感を覚えた私はどういう経緯なのかを二人に尋ねた。
現社会だけに留まらず、魔法による発展は今後爆発的に続くと予想されており、それに伴った魔法科学の発展も見込まれてた。
そんな話を、社会人の、それも今後学問を収める娘を持つ彼らが聞いてない訳がなかった。
人のネットワークというものは共通点を持つ人同士で伝播しやすい。
お母さんやお父さんにも当然、中学進学を控えた息子娘を持つ同僚や友人がいた。
その中には、中学受験を選ぶ子どもを持つ親も居ただろう。
もし、それだけなら良かった。運命の歯車は歪まずに済んだ。
しかし、私にあった才能がお父さん達の思考を絡め取ってしまった。
今後、どの分野より発展する魔法。それの中核を担える程の才能を持った娘を、彼らは愛してしまった。
私は、お父さんやお母さんを嫌ってはいない。だってそれは愛故だと、直感で理解してたからだ。
それでも私には彼らが大切に思う私の様に、大切な友達がいた。
それが、人生初の親子喧嘩の始まりだった。
話し合いは長く、感情的に、論理を用いて行われた。
何故、嫌だ、それでも、行くべきだ、お前を想って。
何度も同じ応酬が繰り返された。当然お父さん達もこうなる事を覚悟して、その上でこの話し合いに臨んだのだろう。
終わりそうにない会話の中、私は気づいた。
この会話を終わらせて自分の意見を押し出すには、拒絶だ。お父さん達を私の言葉で拒絶する必要があった。
理想を語ろうが、未来を信じようがそれは向こうにも同じことだ。
私は、その一歩を踏み出す必要があった。
言い換えるとそれは、お父さん達の私への愛を拒絶する事であった。
結局私は、踏み出せなかった。恐ろしかったのだ、その先が、家族の関係が崩れることが。
結果、私は受験に備えてそこから勉強し、そのことは仁や星華には伝えられなかった。
星華は賢いのに鈍い。どこか天然だし、そこが彼女の人徳でもあった。
だから、私に関して「何かあったか?」と心配することはあれど、その先は気づかなかった。
だけど、仁は違った。私が急に塾に通い出したことも、両親との間に何かあった事にも気づいた。
でも、直接言葉にはしなかった。仁は、とても優しかった。
今の自分が声をかけても何もできないことを。子供で無力であることも察して、それでも私を心配してくれた。
それから、私が通う塾に仁が現れた。話を聞くと、彼も両親に相談して聖葉への受験を決めたらしい。
なんでそんなことを。そんな台詞が頭に浮かんで、とても自己中な台詞であると気づいて言うのを止めた。
そうして、私たちの道は違えた。
星華は都内で有名な私立の学園に行った。だけどそこは魔法科学で有名だけど、主に魔法を扱えない生徒が集まる学園だった。
仁は私と同じ聖葉に。だけど、そこからはあまり会わないように心がけた。
私の行動が、仁や星華に及ぶのは耐えられそうになかったからだ。
それからより勉強に励んだ。蒼聖煌学園に入るためだ。
ここで入れなかったら、それはお父さんとお母さんを、何より星華と仁を裏切る結果になるからだ。
それだけは避けようと、私は必死になった。それに比例して、学校内での成績もまた上がった。
それはそんな中の出来事。もうすっかり一人で過ごすことが慣れてきた時のことだった。
まだ学校からそこまで遠くない所だった。
私は家までの帰り道で信号を待ってた。待ってたのは私だけに限らず、同じ聖葉の生徒も何人か居た。
信号が赤になってそこまで時間がかからず、彼女は現れた。
小河さんは、少し素行の悪い生徒だった。大々的に行わないが、校則を違反したり、先生に少し悪態をついたり。
そんな、よくいる生徒だ。そんな小河さんの周りには、同じような生徒の友達が多く、その日も軽い校則違反のつもり、自転車で彼女らと二列で並列走行。おまけに彼女はイヤホンをして音楽を聴いていたようだ。
褒められることではないだろう。しかるべき判断をするなら犯罪にもあたる。
だけど、最近巷で流行る放火魔騒動やテロ行為に比べれば可愛いものだった。
しかし、運が悪かった。因果応報といえばそうだが、彼女は信号の色を見落とした。
そんな彼女が私の横を通り過ぎて車の通る車道に踏み込もうとした時、ちょうどそこを通る一台目の車が彼女の視界に入った。
自転車はスピードを上げたままだ。身の危険を感じた彼女はブレーキをかける、と同時に急なブレーキで体幹が崩れ、自転車ごと派手に転ぶ。
倒れるその先は、私だった。
ドガン。大きく音を立てて私の背中に自転車と小河さんの体が雪崩れ込む。
そのまま衝撃を受けた私の体は、一台目がすぐそこに迫ってる車道の中だった。
音は、よく分からなかった。それでも吹き飛ぶ自身の体と痛みから、自分が撥ねられたことを悟る。
地面に落ちる際、頭を殴打した。意思を飛ばしたくなるほどの痛みだった。
けれど、当たりどころが良かったのだろう。まだ意識はあって、手足も鈍くだが動かせた。
倒れたままの状態で、頭の方向はついさっきまで私が立ってた歩道に向いてた。
そこには、驚いてこちらを見つめる何名もの生徒や、通報する通行人。
そして、倒れた衝撃からか鼻から血を流して呆然とこちらを眺める小河さんの姿が映った。
「大丈夫ですか!?」
私を轢いてしまった車の運転手が慌ててこちらに向かってきた。
ああ、このままじゃ彼女、犯罪者になる。
漠然とする頭でそう考えていた。こんな大勢に見られて、渋滞も起きるだろう。
彼女のしでかした事は発覚してしまう。
なんとかしなければ。私は、もう誰も傷つけたくなかったのだ。
震える腕を動かし、自分の頭に右手を触れさせる。
「っ、はーあっ、
学校で習って、実技でも何度かみんなの前で手本を行った通りに呟く。
そして自分の手に魔力を集中させて、自分の無傷の頭を想像する。
白い奔流が、自身の手から溢れ出す。
瞬間、自分の頭の回転が早まりだす。どうやら成功。脳への衝撃も消えたようだ。
澄み切った頭で次は足へ、そして腕へ、それから全身へ。
十秒。私が倒れてから立ち上がるまでの時間だった。
周りからは、悲鳴なのか歓声なのかも分からぬ驚きの声が溢れていた。
それから私はしっかりとした足取りで歩道の方へ、小河さんの方へ向かう。
「…!う、嘘…な、治って…。」
驚く彼女に対して、私は大丈夫、と短く伝えて彼女の顔に掌を向ける。
「
白魔法を彼女の体に行使する。すると彼女の顔から血の跡は消え、傷も残らず消えていた。
まだ状況が理解で出来ていないであろう小河さんを落ち着かせるため私は声を掛けた。
「大丈夫、小河さんの傷は治したし、ほら、私だってこの通り無傷で…」
そう言って落ち着かせようと、なるべく落ち着いた声色で話した。
だけど、返って来る返事は私にとって想定外なものだった。
「ば、化け物…。」
これが、彼女達から化け物と言われるようになったその初日だ。
私は、不思議で仕方なかった。私が目指してるのは、戦隊モノのグリーン。みんなの傷を治す、正義のヒーロー。
だけど、周囲も、小河さんも、その友達も皆一様に私に向けるその視線は戦隊モノで正義のヒーローに倒される怪獣へと向けられるものだった。
私は、何をしてるのだろう。
彼女の視線を覚えるたび、化け物と言われるたび、授業で魔法を使うたび、家でお母さん達に今日のテストの結果を伝えるたび。
その思いは、増幅した。
そのまま一人の世界で時は過ぎ、すっかりひとりぼっちの光景が目に焼き付いていた。
それと同じくらい、夢も見るようになった。夢の内容は決まって、小学校や保育園での出来事。
今や姿も見てない星華と、会う機会の減った仁との日々だった。
舞い落ちる雪に、視線を奪われる。
落ちる様子を見てると、その白は天に高く見えるだろう。
だけど、それは今も、地面に向かって落ちていくのみなのだった。
帰ろう。そう思って私が目を離そうと思った時。
私の目の前を
「え?」
思わず私は声を上げて、それからその火球の飛んできた方向。窓の下を見る。
もう随分見てなかった深い茶色の頭が、遠くから見えた。
「…え?」
再び声が漏れた。だって、ここに現れるはずがなかった。
彼女が、私に会いにくる動機も、場所も、シチュエーションだっておかしいはずだ。
それでも、嵐は唐突にやってきた。
いつもの自信ありげなドヤ顔を浮かべる彼女が…成長し、背も、髪も伸びて可愛らしくなった少女が。
そこには居た。
幽川星華は私の影である。
私は、自分の運命の歯車は狂ってしまったと、そう思ってた。
最初から運命は崩れていて、それをあの風の強い日が戻してしまったのだ。
私の運命は砕かれた、それは彼女と出会った日。そして今夜、私の運命は再び砕かれるのだろう。
幽川星華。彼女の手によって。
シリアス過ぎたので分けました。
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