怠惰なダメ人間、美少女にするとそれっぽく周囲が補正する説 (布団の中)
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低い志と怠惰を兼ね備えたダメ人間

転生してもガチで何もないし、生活力も低いダメ人間だけど美少女は七難を隠すと思って書きました。


 はっきり言って、自分はダメ人間だ。

 昨日も同じようにやれたんだから、今日も同じでいい。

 無限に同じ一日が続けば良い。

 

 怒られるのは嫌だ、やる気が削げる。

 かといって、別に褒められてもやる気がでるわけではない。

 とにかくやりたくないことはやりたくない。

 

 休みの日はスマホで無限に時間が削られていく。

 もう久しく、新しいゲームやマンガの積みを崩していない。

 そんなダメ人間が自分だ。

 

 世の中には転生モノが流行っているし、自分もそれは好きだけど。

 はっきり言って、自分が転生してやっていけるとは思わない。

 チートがあっても、周囲からチヤホヤされたとしても、だ。

 チートにもハーレムにも、責任がのしかかるのだから。

 

 しかし、もしも。

 もしもだ、もしも自分が美少女になってしまったとしたら?

 いわゆるTS転生で異世界に生まれ変わったとしたら?

 

 周りからひと目見て解るほどに容姿端麗で。

 何をしても絵になってしまうから、どれだけ怠惰な行動をしても見苦しくなくて。

 他人にはない特別な能力と、それに由来する実力も有している。

 そんな人間が、上昇志向もない、日々の生活を適当に過ごせればそれでいい。

 そういう生活を送ったら、果たしてどうなる?

 

 答えはとても、とても単純だった。

 

 

 ####

 

 

 朝、異世界の朝は夏でもそれなりに冷え込んでいて、布団に籠もっているとそこそこに布団が気持ちいい。

 ベッドのスプリングが足りないのはマイナスポイントだけど、布団のふわふわは前世にも負けず劣らずだった。

 今は春先ということもあって、さらに布団の中は天国と化していて、起きるとすぐに二度寝の欲求がやってくる。

 時刻は八時を少し過ぎたとこ。

 我ながら優秀な体内時計は、アラームなんてなくともこの時間にピッタリ起きるようにできているのだ。

 たまに寝坊するけど。

 

 で、じゃあ二度寝の欲求にそのまま身を委ねるのかといえばそんなことはない。

 異世界にだって仕事はあって、自分はそれに今から向かわなきゃいけないのだ。

 なんというか、二度寝っていうのはそういう仕事にいかなきゃいけないのに寝ていたいという、やらなきゃいけない責務を前にしての怠惰こそが欲求の根源ではないかと思う。

 休みの日は二度寝よりも先に、ダラダラとスマホをみちゃう方が先にくるよね!

 

 というわけで、私は起きてすぐには布団から脱出することはせず、そのまま暫く睡魔に身を委ねる。

 多分、五分から十分。

 そうしてから、しかたなーく起きるために布団をどかそうとして――

 

「……やっぱり仕事いきたくない」

 

 死ぬほど仕事に行きたくない美少女の声を出した。

 

「仕事したくない、布団からでたくない」

 

 そのままぐずぐずと、何度かそんな風に声を漏らす。

 我ながら死ぬほどだるそうな声音だった。

 それでも何度か言葉を漏らしつつ、布団から起き上がる。

 結局脱出までには二十分くらいが経過していて、ちょうどそれで支度をすればちょうどいい位の時間だった。

 むくりと体を起こして、大きく伸びをした。

 ちょうどベッドの前にある鏡に、自分の姿が映る。

 

 寝起き故に癖のある銀髪と、背丈にして百五十にギリギリ届かないくらいの小柄な背。

 それとミニマムな体にしてはそこそこボリュームのあるバスト。

 死ぬほど眠そうな美少女がそこにいた。

 いつものことながら、起きた時に鏡で自分の姿を見るとやっぱり多少の違和感を感じるのであった。

 

 

 

 

 

 身だしなみを整えて宿を出る。

 結局眠気はまだ完全には取れないまま、宿の女将さんに「ぉぁぉぅあぁぁいぁす」というもはや言語になっていない挨拶をして、自分はそのままギルドに向かった。

 足は相変わらず重い。

 

 美少女で異世界に転生して、そんな自分の今の職業はいわゆる冒険者だ。

 麗しき異世界の日雇い労働者、とりあえず異世界に転生したらなっとけな職業第一位。

 お前異世界ならどこにでもあるな、のあの冒険者である。

 やってる仕事も、そのイメージからほとんど逸脱しない。

 

 つまり転生者ならもう一も二もなく飛びつくべき、天職のような仕事である。

 だが、残念ながら自分は違う。

 そもそも仕事なんてしたくないのだ。

 転生者ってのは、何となく前世からは考えられない凄まじい行動力を発揮するものだと思いがちだが、しかして実態はご覧のありさまだ。

 環境が変わったって、自分が変わるわけじゃない。

 行動力なんて、早々簡単に爆上がりするわけじゃないのだからして。

 

 いや、それはあくまで転生者の一例で、むしろ半数の転生者は逆に面倒なことはしたくない、関わりたくないと思っているものではあるのだが。

 でもそれって「いやだなーまきこまれたくないなーチラッチラッ」みたいなもんじゃん?

 創作はそうでも、現実はそうじゃないってだけの話。

 まぁ、自分もそういう気分になるときはあるけどね。

 しかしそうなっても最終的には、「面倒だからいいや」が結論だ。

 なるようになれ、いい言葉である。

 

 行き交う顔見知りと挨拶しながらギルド会館の前にたどり着く。

 この時間はギルドに立ち寄って冒険に出かける冒険者が多いのだ、自分のように。通勤ラッシュ!

 さて、ギルドの中は食堂を兼ねた広いホールになっている。

 そこにいる冒険者は三種類。

 今日の冒険の予定を相談する冒険者。

 そもそも冒険に行く気のない酒のんで管巻いてるだけの冒険者。

 クエストを受けるために物色する冒険者。

 

 自分はそのどれでもない。

 すでに受けるクエストが決まっているため、ノータイムで受付に向かう冒険者だ。

 このタイプはそもそもギルドに長居しないから種類に数えなくていいんだね。

 

「ぁぁおうぉざいぁーす」

「おう、おはよう」

 

 朝の一発目の挨拶。

 気合を入れて胸がめちゃくちゃでかいお姉さん気質の受付嬢さん、アダリアさんに声をかける。

 今日もめちゃくちゃ胸がでかい。

 ちなみに男が見てるとめちゃくちゃキレるけど自分が見てても怒られない。

 TSはこういう時得だよね。

 まぁ、そのデカい胸で興奮できなくなってるというマイナスもあるんだけど。

 そもそも前世からして、リアルの女性とお近づきになれるとは思っていないので若干プラスくらいだ。

 

「今日は一段と眠そうだな」

「あぇ? そうえすか? 起きてるつもりなんれすけど」

 

 いきなり思ってもないことを言われた。

 これでも結構起きてるつもりなんだけど。

 まぁいいや。

 その場で両手で目を擦ってから、大きく一つあくびをして本題に入る。

 アダリアさんはめっちゃ苦笑していた。

 TSはこういう時得すぎるよね。

 

「ふぅ……今日は森に行くので、森の常駐クエスト全部ください」

「解った、それとゴブリンのレッド種が確認されている、このクエストもついでに受けていくか?」

「お願いします」

 

 常駐クエストってのはアレね、いつでも受けれるクエストね。

 薬草取ってこいとか、ゴブリン倒せとか、そんなのいちいちクエストボードに出してたらボードのサイズが足りないよ。

 

「じゃあこれ、一応内容読んでから頼むぞ。……にしても」

「なんです?」

 

 受け取ったクエストの内容を確認する。

 どれも変な条件とかはついていない。

 まぁ常駐クエストに条件とかあるわけないけど、ついでに受けたクエストも上位(レッド)種のゴブリンを倒せっていう単純なクエストだしね。

 それよりも、アダリアさんの「にしても」だ。

 何だろう、ジロジロとこっちを見回して。

 

「いっつも思うが、これがうちのエースなんだよなぁ……って」

「……なんです、私は自分をエースと名乗ったことはないんですけど」

 

 というか、これって何だ、これって。

 ツッコミどころが多すぎる、自分は自分をエースだと思えるほどの活躍なんてしてないと思ってるし。

 これという単語はエースに対して使う単語じゃないだろう。

 

 自分は面倒くさがりで、いっつも適当に生きてるダメ人間だ。

 その分他人の評価も低いものだろうと見積もって生きているけれど。

 だからこそ「これ」と呼ばれるのに異論はないが、エースという言葉は違和感しかない。

 しかも滅多にそう呼ばれないし。

 本当にそれ、エースなの?

 

「しょうがないだろ、うちの連中を客観的に評価すると、必然的にそうなるんだよ」

「はぁ……」

「うちで一番ランクの高いCランクで、クエスト達成率が一番高くて、それをソロで達成できる実力がある」

「いやそれは……ここのギルドは人が少なくて、受けてるクエストが常駐ばっかりだからじゃないですか。常駐クエストに実力なんてそこまで関係ないですよ」

 

 ボクは冒険者にこそなったものの、それは孤児でも面接とか下積みとかなしで就ける職業だったからで。

 基本的には安定というか、停滞が信条だ。

 変に新しいこととかしたくない、今までこれでやっていけたんだからこれからも同じでいいだろう。

 ぶっちゃけどうかと思う考え方だけど、それで老後まで稼げるくらいの実力があるのだから変に冒険とか必要ないよ。

 

「それよ、人が少ないってところ」

「はぁ……」

「この街にはダンジョンと魔物が定期的に湧く森がある。狩り場としては安定してるのに人が少ない」

「そりゃ……近くに同じ条件のダンジョン都市があるからでしょ」

「…………だよなぁ」

 

 はぁ、と大げさな溜め息と共にたゆん、とアダリアさんの胸が揺れる。

 言葉遣いがぶっきらぼうだし、低音ボイスだから話してると女性って感じはしない。

 だけど実際には喋るたびにこの胸がそれはもう躍動しまくるので、女性らしさはそこで担保されている。

 ……そこで担保されてるから他のところをおろそかにしてるんじゃないか?

 …………同類!(にこやかな笑顔)

 

「どうにかして、もう少し人が増えてくれないものか」

「今でも十分いるじゃないですか、将来有望な新人たちが」

「そいつら、ある程度成長したら隣町に拠点移すじゃねぇか!」

 

 いや、そういうものでは?

 自分が拠点にしているこの街“カプリコ”は、新人冒険者の街と言われている。

 話にあったけど、隣にある大きなダンジョンのある都市“レグルス”はダンジョン都市と呼ばれるこの国の冒険者家業の中心地。

 周囲は森や山など、豊かな魔物の湧き場になっているのもポイントだ。

 そして、それと似たような環境がカプリコにもある。

 ポイントは、規模と脅威度がレグルスよりも数段落ちるということ。

 カプリコである程度やっていけるなら、レグルスでも問題なく活動できるってことだね。

 

 なのでこの街は新人冒険者が集まって、そしてある程度育つと巣立っていく。

 冒険者ランクはEからA、別枠でSがあるにも関わらず、うちにはCまでしかいないのはこれが理由だ。

 そして、自分はCランクの冒険者だ。

 一般的に、冒険者ってのはCランクまでは実績を積めばなれる。

 だから一人前の冒険者といえばCランクの冒険者である。

 そして自分は、実力で言えば実際のところBランク以上でもやっていける。

 ただ、積極性がとことんない。

 そこで評価を落として、Bランクへの昇格を足踏みしている感じだ。

 あとそもそも、昇格には面接等の試験が必須なので受けたくない。

 もう就活はいやだよぉ。

 

 で、そうなると自分がエースというのも納得がいく。

 Cランクになれば多くの冒険者が隣町へ拠点を移す中、未だにCランクでこの街に居座る変人。

 その実績がそこそこ優秀となれば、まぁ自分がエースというのも客観的に見ればそう評価せざるをえない。

 そしてアダリアさんは、私がエースであるということと人が増えてほしいということを結びつけている。

 

「つまりアダリアさんは、私にエースとしての自覚を持ち、そういう振る舞いをして欲しいとおっしゃる」

「顔がいい、実力がある、他にも色々。お前がもーすこし人目に気を使えば、もう少し人気が出ると思うぞ」

「面倒なので嫌です」

 

 というか、それだったらアダリアさんがもう少し女性らしくすれば男性冒険者から人気が出ると思うのだが。

 アダリアさんは美人だ。

 なのに、女性冒険者からは人気高いけど、男性冒険者からは胸以外は嫌われている。

 冒険者の男女比を考えれば、多分男性に媚売るほうが効率的だよね。

 でもそうしないのは、実際のところ自分もアダリアさんも思うところは一緒だからだ。

 

「言うと思った。まぁぶっちゃけアタシだってそうだよ。じゃあ逆に、だ」

「はぁ……」

()()()()()()()()()()()()()()? 素材はいいんだ。何かしらのきっかけがアレば、アタシらこのままでも人気が出るかもしれないだろ?」

 

 いわゆる、バズるってやつか。

 人生何がきっかけで人気者になるか解ったもんじゃない、と。

 

「アダリアさんは?」

「アタシはゴメンだね。人気なんて出て嬉しいもんじゃない。人が増えないかとはいったが、それの理由が自分だったら、アタシはこの場を逃げ出すよ」

「筋金入りだぁ」

 

 そりゃ、でなければこんな人の少ないギルドで、顔が良くて胸がでかいのに受付嬢で収まってるわけないもんね。

 でも、そうだな。

 自分は……と、少し考えて。

 

 

「私はどっちでもいいや、なるようになれって感じです」

 

 

 まぁ、そうなったらそうなったで別にいいかな、と結論を出した。

 だって、そこでアダリアさんみたいに逃げて環境を変えるのも面倒くさいし。

 

「……お前、筋金入りだな」

「はぁ……と、話し込んじゃった。そろそろ出ますね」

「ってこいよー、“シルル”」

 

 適当に話を切り上げて、私はギルドを出る。

 さて、今日もいつも通り仕事を始めるとしますか。

 

「……仕事したくないなぁ」

 

 そんな本音を零しながら、私――シルルは町の外へ向かって歩き出すのだった。

 

 

 ####

 

 

 出ていったカプリコの街のギルドのエース、シルルを見送ってアダリアは一つ吐息を零す。

 あいも変わらず、シルルはダメ人間だった。

 髪の毛はところどころに寝癖が残っていて、衣服は上下一式が揃っている魔法具をいつも着ている。

 洗っているのかと聞くと、自動修復のお陰でソースとか零しても次の日には取れてるんですよとか言い出す。

 衣服自体は袖と胸元に入った刺繍が、どこか気品を感じさせる動きやすい白の短パンとマントが特徴的で、白髪のシルルにはピッタリと似合っていると言うのに。

 

 とはいえそれは、シルルの人間性を知っているアダリアの考えで。

 シルルを知らない人間からすれば、そうではないのだろうなぁ、とも思う。

 特に、彼女の強さとその戦い方は、周囲に彼女を有望な冒険者であると認識させるには十分なものだった。




転職したい転職したい言いながら行動を起こさないタイプのダメ人間です。
これでも昔はすごかったんです、みたいな話は次回。


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高い実力と美貌を兼ね備えた美少女冒険者

 自分が前世の記憶を取り戻したのは今から十年前になる。

 気付いたらスラムの片隅で孤児をしていた。

 当時五歳くらい、後ろ盾なんて何もない。

 いやいや中々にホットスタートな不幸人生である。

 幸いだったのは、磨けば光るとリアルの女性にほとんど興味なかった自分でも解るくらい顔立ちがよかったということ。

 不幸だったのは、そこが近くに娼館とか普通にある女性に優しくないスラムだったこと。

 

 自分の顔がいいと分かれば、即誰かに拐われて娼館に買われるだろうことが想像に難くない状況。

 そんな詰みまっしぐらな環境に自分は生まれた。

 

 前世は普通に生きて死んだ社畜オタクだ。

 休日のために仕事をしているくせに、その休日もダラダラと潰してしまうダメ人間だが、それ以上の存在でもない。

 なんでこんな目に? と思いながら、飢えていく体とひと目に付きそうになることを恐れながら必死に状況をなんとかしようと考えた。

 ぶっちゃけ半分くらいは現実逃避で一日を泣いて過ごすことに費やしたけど、それでも何とか恐怖に歪む心を抑えて、自分はそれを見つけた。

 

 きっかけは街の灯りだ。

 電灯でも、ガスライトでもない、()()()()()()()()()()を種火とする街灯。

 この世界には魔術がある。

 これしかない、と自分は決心した。

 

 それからの行動は、多分怠惰な自分の人生で最も行動的だったと思う。

 自分の体にも魔力があると本気で信じて、前世の感覚と今の感覚の相違点を必死に探し、見つけた。

 もはや空腹で自分がどういう状態なのかも解らないくらい衰弱した状況で、だからこそだろうか。

 明らかに、前世にはなかった感覚を体内から感じることができたのだ。

 これが魔力、そう結論付けて自分はそれを何とか外に出そうと試みる。

 出せばそれを炎にすることもできるのだ、例えば水に変換できれば、()()()

 魔力を使って盗みを働くことは考えなかった。

 前世にそういう発想を養う素養がなかったからね。

 

 やがて、自分の試みは成功。

 スラムで一番大きな娼館の前で、店番をしている女性の眼の前で水を出してこれを買ってくれと頼んだのだ。

 もはやこれで失敗すれば自分は終わりだ、そういう破れかぶれな状況故に出た賭けだった。

 水の販売は成功、どころかそのまま娼館に拾われ――そのまま娼婦にされるかというと、そんなこともなく。

 自分はその娼館で保護を受けながら、魔術の腕を磨いて育った。

 十歳くらいまではその魔術で娼館の用心棒をしていたのだけど、十歳になった時、娼婦にならないかと誘われた。

 いやいや冗談じゃない、姐さん達の仕事は前世の印象とは違って立派なものだけど自分がやりたいかと言えば話は別だ。

 というわけで辞退して、娼館の人たちも引き止めることなく、自分は娼館を去って冒険者になった。

 

 そして今の自分は、カプリコの街で冒険者をしている。

 カプリコのシルルと言えばそこそこに有名な冒険者で、カプリコが新人冒険者の街であることも相まって、自分のファンだという冒険者も多い。

 

 そんな波乱万丈で、ドラマチックな経歴が、自分にもある。

 正直、今思い返してもあの五年間は自分でも信じられないくらい物語みたいな人生だった。

 娼館の人たちは、善性に満ちているわけじゃないけれど、真剣に人生を生きている強い人たちで。

 娼館っていうのも、イメージと違って奴隷として飼われてるとかそういうんじゃなく。

 むしろ華やかで文明的な場所だった。

 食事も美味しかったしね。

 

 とはいえ、降りかかる事件は数多く。

 貴族の坊っちゃんが、娼館一の美女を買おうとして騒動になったり。

 別の娼館が“悪魔”と呼ばれる種族の魔物に乗っ取られて、人類を襲撃する悪の拠点になってたり。

 自分はそれに、魔術で立ち向かったのだ。

 いやはや前世の冴えないオタクのおっさんが、娼館を舞台に大立ち回りする美少女魔術師に、映える話だ。

 まぁ、その頃の自分については、今の自分の話と大きく脱線するので脇に置いておくとして。

 

 安定した今の自分は、こうも考えてしまう。

 もう頑張らなくてもよくね?

 一生分頑張ったし、後は適当に生きればよくね?

 実際、面倒くさがりなダメ人間の自分にしてみれば、それは自然な成り行きだ。

 燃え尽きた、とも言う。

 

 しかし同時に問題もあった。

 ここに至るまで、自分は頑張りすぎたのだ。

 自分にしては、という枕詞こそつくものの、自分の今の人生を振り返ると前世とは比べ物にならないくらいエキサイティングで。

 それだけに、周りから向けられる視線の数も莫大だ。

 これから普通に生活するにも、一度姿を眩ませて別の場所で名前を変えて生きるしか無い。

 じゃあどうするか?

 

 自分はそれにこう考えた。

 

 

 なるようになれ。

 

 

 別に、わざわざ自分から行動を起こす必要はない。

 もしも誰かが声をかけてきたらその時考えれば良い。

 それすら面倒だったら、その時に考える。

 自分は仕事が面倒だからってそれを投げ出すわけではなく、投げ出した後にもう一度仕事を見つけることの方が面倒になるタイプだ。

 転職したいしたい言いながら、できずに乗り遅れる方なのだ。

 だからもう、それでいいじゃないか。

 世の中なるようにしかならない、その上で自分のしたいことだけをして生きていこう。

 

 今の自分には、それができるだけの実力が――

 魔術の腕が、あるのだから。

 

 

 ###

 

 

 この世界の冒険者は、ギルドに所属してクエストを受ける。

 その実績がある程度以上になると昇格していくというシステムだ。

 EランクからAランクまでがあり、それとは別にSランクも存在する。

 Sランクは世界を救った英雄とかに与えられるランクなので、別枠。

 そして通常のランクの中でも、実績だけで昇格できるのはCランクまで。

 BとAはまた別物だ。

 

 多分、転生モノのギルドなんてどこもこんなものだと思う。

 ある種ゲーム的というか、ゲーム感覚でできるのが転生モノ冒険者のいいところというか。

 まぁ自分はそれすらも面倒なので、適当に常駐のクエストをこなして生活してるんだけど。

 

 常駐クエストは文字通り、いつでも受けられるクエスト。

 前も言ったけど、ギルドのクエストにおける定番、魔物の討伐とか素材の収集とかは、常に一定の需要が存在する。

 だから受けようと思えば何時でも受けられるし、ギルドもそれを提供しているのだ。

 ポイントは、常駐はしてるけどその報酬は日によって違うというところかな。

 一定の需要はあっても、その需要が低下する時もあるからね。

 スーパーの生鮮食品の相場みたいなもんだ。

 

 で、今回受けた依頼は採取の依頼と討伐依頼。

 向かう先はカプリコの街近くにある大きな森だ。

 ディモア森林と呼ばれるそこは、かつて悪魔種の魔物が拠点にしていた森で、魔物が多い。

 そのため狩り場として優秀で、カプリコ周辺の二大狩り場の一つというわけ。

 

 ちなみに、もう一つはダンジョン。

 魔物たちの神が創ったとされる迷宮で、自動的に魔物と宝箱がポップする。

 これまたゲームみたいな場所。

 でもって転生モノ異世界では定番の場所だ。

 カプリコのダンジョンは初心者向けのあまり強い魔物が出ないダンジョンである。

 その割には、宝箱の中身がそこそこいいので、そりゃあ新人も集まるというもの。

 多くの冒険者は、ぶっちゃけ森よりもダンジョンを好む。

 宝箱というわかりやすい報酬があるから当然だよね。

 錬金に必要な素材が森でしか取れないとなったら、森にも足を運ぶだろうけど。

 

 錬金にまで話を向けると脱線するので、話を戻す。

 自分は基本的にダンジョンより森に行くことの方が多い。

 ダンジョンに行っても宝箱の中身が美味しくないのに、人が多いからだ。

 宝箱の中身がそこそこいいって言っても、そこそこってことはつまりある程度ってことだから。

 Cランク以上の冒険者の装備は、たいていカプリコのダンジョンの報酬よりも質がいいのだ。

 

 で、今は採取をサクッと終えて討伐の真っ最中。

 まぁ採取って言ってもね、ずっとやってると気が滅入るからね、適当で切り上げるのがいいのだ。

 討伐の方も、戦うのはバトルウルフっていうこれほぼ狼じゃんみたいな魔物と、異世界の定番であるゴブリンだ。

 前者は見た目も挙動もほぼ狼なのに、肉が死ぬほど美味しい上に毛皮も服に使えるという倒せば倒すだけ幸せになれる魔物。

 逆にゴブリンは、人里を襲うわ女性を苗床にするわで人類の敵だ。

 どちらも、常駐に相応しいありふれた魔物である。

 

 しかも今回はどっちも一箇所に固まっていた。

 というか、ゴブリンがバトルウルフを襲っていた。

 まぁ食料として優秀だからね、バトルウルフ。

 名前の割にほとんど獲物としか見られてない不憫な狼だ。

 とはいえ、纏めて倒せばクエスト達成である。

 

「ま、サクッと行きますかぁ」

 

 遠く、木の陰からゴブリンとウルフの取っ組み合いを見ながら言う。

 これ、下手に放っておくとゴブリンがバトルウルフをボロボロにして皮と肉がだめになってしまう事があるので、さっさとどうにかしないといけない。

 そこで自分は魔力を練り上げて、魔術の準備をする。

 

 魔術、と言ってもその種類は様々だ。

 火を生み出したり水を生み出したり、魔力による肉体強化、物体を操るなんてものもある。

 だが、総じて言えることは使用に危険が伴うということ。

 火や水は下手にぶっ放すと環境を変えかねない。

 前者を森で使って火事とかありうるし。

 魔力による肉体強化は、下手に強化が足りていないと一方的になぶり殺しにされたりするということ。

 

 戦闘を生業にする冒険者になっておいて何だが、自分は戦闘が嫌いだ。

 正面切っての切った張ったとか怖い、一方的に相手をなぶり殺しにしたい。

 言ってることは最低だが、要するに痛いのはゴメンって話。

 かといって遠距離では物を破壊したり、バトルウルフのような獲物を台無しにしてしまったりする。

 

 そこで自分が主に使う魔術は――

 

「“聖弾”」

 

 ポツリとつぶやかれた言葉とともに、自分の周囲に光の玉が出現した。

 それが、即座に射出されてゴブリンとバトルウルフへ向かっていく。

 そのうちいくつかが、鬱蒼と生い茂る木々に激突して、弾けて消える。

 拳に木を本気で打ち付けたくらいの音がして、少し木が揺れるがそれだけだ。

 魔物たちがそれに気付いた時にはもう遅い、いくつかの光弾が魔物に突き刺さり――

 

 勢いよくふっ飛ばした。

 

「もう一発、“聖弾”」

 

 続けざまの射出で、うろたえる魔物たちを次々と撃ち抜いていく。

 最終的に、すべての魔物に光弾は直撃し、魔物たちは動かなくなった。

 一撃必殺、この程度の魔物に使うレベルの“祝福”ではなかったが、まぁ問題ない。

 

 聖弾。

 一言で言えば、魔物に効果のある“祝福”という力に魔力を変換して光の玉という形で飛ばす魔術だ。

 これのいいところは、魔物にしか大きな効果がないということ。

 魔物に対してはその祝福の効果で一撃必殺だが、人間にはせいぜい本気で殴りかかる程度の威力しかない。

 当たりどころが悪ければともかく、普通に当てた程度だと人を殺したり致命的な怪我を負わせたりしないのだ。

 それでも当たれば痛いし、連続で喰らえば人は簡単に動けなくなる。

 魔力で身体強化をしていない相手を制圧するなら、これは最適の魔術と言えた。

 

「一応確認に行きますかぁ……“聖刃”、“抜刀”」

 

 二つの魔術を、起動詞と自分が呼んでいるキーワードで使用する。

 魔術にはいろいろな種類がある、と言ったが魔術は発動方法すら様々なのだ。

 人によって最適な方法があり、自分の場合は魔力を体内で練り上げて起動だけは言葉に出すことで行う。

 人生で最初に使った水を生み出す魔術が、この方法で発動したものだから、くせになっているんだね。

 

 んで、起動した魔術によって、聖弾と同じ効果を持つ光の剣が自分の手に出現する。

 自分はそれを構えたまま、ゴブリンとバトルウルフの死骸へ向かっていく。

 死亡を確認して、ウルフの皮と肉を解体するためだ。

 どう考えても死んでるけど、確認しないことには仕事として終わったとは言えないからね。

 

「死んでる……死んでるな、うん」

 

 と言っても、やることは聖刃で魔物をツンツンするだけなんだけど。

 これ、触れるだけでも魔物にとっては死ぬほど痛いからね、生きていたら反応がある。

 結果大丈夫だと判断して、一息ついた。

 ――その時だった。

 

「ゲギャア!」

 

 物陰から、赤色のゴブリンが飛び出してきた!

 

「うわっ!」

 

 レッド種――文字通り赤色のゴブリンは、アダリアさんの話にあったゴブリンの上位種だ。

 ブルー、レッド、ブロンズ、シルバー、ゴールドの順で強くなっていく。

 つまりこいつは素のゴブリンと合わせて下から三番目の強さ。

 だが、それでも不意打ちで襲ってくると途端に脅威度が上がる。

 魔術師が――というか自分みたいなものぐさが接近戦を得意としてるわけないだろ!

 

 と、言いたいところだが。

 

 飛び出してきたゴブリンに対して。

 

 

 自分はまるで達人のごとく聖なる刃を添えて、一刀のもとに斬り伏せた。

 

 

「ギャ――?」

 

 自分がどうなったのか気づく前に、祝福の効果でレッドゴブリンがその場へ崩れ落ちる。

 一瞬にも満たない戦闘だ。

 下手すると、こうなっているのは自分でもおかしくなかった――が、

 

「ま、“抜刀”使用中の自分に、不意打ちは意味なかったねぇ」

 

 対策の魔術、“抜刀”を起動していたことでそもそも不意打ちの心配は無いといってよかった。

 “抜刀”は、肉体強化と技能向上の複合魔術。

 前者は文字通り、後者はまるで剣の達人のように勝手に体が戦闘において最適な行動を取ってくれる効果がある。

 

 これが、自分が魔術師として戦闘に使う主な魔術だ。

 他にもいくらか手札はあるけど、この二つがあればだいたいの敵に勝てる。

 我ながら、いい感じに被害が出にくくて強い魔術を()()したものだ。

 

 うん、この魔術はどれも自分のオリジナルなのだ。

 そもそも自分の魔術って独学だから、当然と言えば当然なのだけど。

 

 独自の魔術を開発し、難なく敵を殲滅する冒険者。

 しかも見た目はいいし周りに被害を齎さない。

 こうして書くと何か自分ってすごい冒険者なんじゃ……という気がしてくるのだった。




死にかければ流石に誰だって行動力上がるよねみたいな話


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設定が勝手に付与される美少女冒険者

 自分が魔術を認識したのは、街灯に光を灯す手のひらの炎だと語った。

 しかし実のところ、それは魔術でも何でもなかった。

 いや、魔術の産物ではあるんだけど、それは魔術ではなく魔法具――マジックアイテムの効果だった。

 炎を生み出す腕輪みたいなものらしい。

 

 何故それが魔術ではないと言えるのか?

 実際はその時はたまたま魔術だったんじゃないか?

 それはない。

 絶対に、とは言わないが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、ない。

 

 そう、この世界の魔術は貴族しか使えないのだ。

 正確には、貴族の血を引く人間にしか使えない。

 それっておかしくない? と思った人は正解。

 自分は親が誰かも解らない孤児だ。

 貴族の血を引いている落胤という可能性もなくはないが、限りなく低い。

 そうでなくとも、そういう落胤が下野して庶民に貴族の血が広がることだってあるだろう、と。

 

 ちなみにじゃあ炎を生み出す腕輪の魔法具はどうなんだと言えば、こっちは別口で広まった技術だ。

 魔法具はダンジョンから出土する。

 そしてその原理を解析して、量産することは可能だ。

 この世界で一般的に使われる魔術的なあれこれは、こっちが主流だな。

 

 では、何故魔術を貴族しか使えないか。

 答えは簡単で、人間は自力で魔力を操作する能力を会得できないからである。

 魔力というのはこの世界の人間の中に流れている特殊な感覚器官のようなもの。

 それを認識することは、この世界の人間には不可能なのだ。

 認識するためには、特別な儀式で体内の魔力を認識する必要があり、これには非常に複雑な手順が必要になる。

 庶民にまで普及するには、その手順を何度も行うのは手間がかかりすぎるのだ。

 だから、結果的に貴族の特権となっているというわけ。

 

 ここまで話したところで、自分の過去話を思い出すとどうして自分が魔力を扱えるかは解るだろう。

 自分は前世と今の自分の感覚を比較して、魔力という違いを認識した。

 これが可能だったのは、転生した直後で前世の感覚がまだ鮮明にあり、かつ死にかけの状態で極限まで集中していたからこそ。

 この世界の人間では再現不可能な方法であった。

 

 結果として、それが自分の転生チートとなったわけだけど。

 魔術が使える出自不明の平民というのは、この世界においても異物だ。

 生きるためにはこれしかなかったとは言え、みすぼらしい孤児がいきなり魔術を使い出した時、娼館の店番をしていた姐さんは焦ったはずだ。

 

 貴族の子供、それも女児がどうしてこんなところに――? と。

 

 まぁ、実際には勘違いなんだけど。

 理屈で言えば勘違いなんてことはありえないわけで。

 では、どういうことになったか?

 これもまた、非常にシンプルな処理の仕方をされた。

 

 

 ####

 

 

「――アルシルル・プラスゲート様ですね?」

 

 その日、自分は冒険者としてギルドで酒を呑みながら管を巻いていた。

 前に上げた三種類の冒険者の一つ。

 つまり正しい冒険者としての日常を謳歌していたわけだ。

 ちなみに、こういうことをしている冒険者は一般的にロクでなしと呼ばれる。

 いや、休暇中にこうしてギルドの食堂で酒を呑みながら過ごすってのは普通のことなんだけど。

 そもそも冒険者ってのがチンピラ以上一般人未満の厄介者みたいなところがあるのは否定できない。

 

 で、そんな自分ののどかな昼下がり、突如として執事服のおじいさんが声をかけてきたのだ。

 明らかに貴族に仕える老執事である。

 服というのはこの世界において、最も単純に身分を示す手段なので、このお爺さんは本当にどこかの貴族に仕えているんだろう。

 

 貴族ってのはこの世界において絶対的な権力を有する。

 無礼なことを言えば、その場で手打ちを申し付けられても文句は言えない。

 なので自分は――

 

「違いますけど」

 

 バッサリ切り捨てた。

 執事のお爺さんは、それを無視して自分が座る席に腰掛ける。

 自分はつまんでいたポテトと酒を脇に除けて、話を聞く態勢に入る。

 

 ちなみに今のやり取りは符号みたいなものだ。

 いや、実際には本気で否定してるんだけど、いつの間にか符号ってことにされた。

 席に着く、って部分までが符号ね。

 

「では、アルシルル様、本題をよろしいでしょうか」

「いいですけど……」

 

 できればやりたくねぇなー、みたいな感情を声に出しつつ。

 当然ながらこれも無視される。

 なんて野郎だ。

 

「まずは、こちらを……」

 

 懐から、老執事さんはあるものを取り出した。

 それは櫛だった。

 貴族の女性が使うような、キレイな宝石とかはめ込まれた高級なもの。

 そして……

 

「うわ、呪われてる……」

「はい」

 

 呪物だった。

 一見すると普通の櫛だが、これで髪の手入れをすると呪われる。

 髪の毛がどんどん抜けていって、最終的には一本も残らない上に体調不良までついてくるぞ。

 

「ええと、必要なのは解呪の魔術ですか、育毛の魔術ですか?」

「さすがアルシルル様、慧眼でございます……前者を所望したく」

 

 この呪物を見れば何となく話も見えてくるというものだ。

 こいつは多分何かしらの贈り物に紛れ込んでいたのだろう。

 貴族女性にとって髪は命の次くらいに大事な物。

 その髪がごっそり抜け落ちるとなれば、精神的なショックも凄まじかろう。

 かといって、命までは取るわけではない。

 完全な嫌がらせとして、どこか別の貴族女子が送りつけたものだ。

 なので、自分に解呪の依頼が持ち込まれたわけだな。

 

 否、正確には違う。

 

「解りました、じゃあ今から――()()()()ので、この櫛を貸していただいても」

「どうぞ、そちらで処分していただいても構いません」

「埋め込まれた宝石を、取り外して売れと……」

 

 ()()

 自分は今から、この呪いを解除するための魔術を作るのだ。

 話が見えてこないと思うので解説すると、こういう依頼は結構自分のところまでやってくる。

 自分が、かつて没落した貴族の生き残りだからだ。

 

 え? いきなり何の話だって?

 ()()()である。

 ある日突然現れた、魔術を使える出自不明の女児。

 その正体は、没落貴族の生き残り。

 今はシルルと名乗っているけれど、本名はアルシルル・プラスゲート。

 今はなきプラスゲート家の子女。

 ということに()()()

 だってそういうことにしないと説明がつかないからね。

 実際には、そもそもその貴族――プラスゲート家が存在しないせいで説明なんてついてないんだけど。

 この国ではかつてプラスゲートが存在することに後からなったので、この辺りは問題ない。

 

 いやぁすごいね、国家権力。

 歴史すら後から創ってしまえるのだから。

 何故こんな事になったかといえば、自分が娼館で保護されていた時に起きたある貴族と娼館の間のいざこざが原因だ。

 そのせいで、国に自分の存在が知られて、事件の後始末も兼ねて自分は貴族の生き残りであると捏造されてしまったのだ。

 

 この辺りの話はいずれ話すとして、以来自分には存在しない貴族としての名前が与えられてしまったわけなのだけど。

 ぶっちゃけ没落貴族はただの平民なので、政治的な権力は何もない。

 そりゃあ、お偉いさんとのコネがあるので皆無ではないが、大したものではない。

 自分の名前が主に使われるのは今回のような魔術を“作って欲しい”という依頼を受けてのものだ。

 いやあ、面倒だから断れるなら断りたいけど、それが無理なのはこの世界の常識で。

 というか実際断っても、それが符号って事になって勝手に強制で依頼を受けさせられるようになっちゃったしね。

 心底面倒ではあるし、本当に面倒ではあるんだけど、まぁいいやの精神で自分は流していた。

 仕事なんてそんなものである。

 

「如何ですかな、アルシルル様」

「んー、もう少し待ってください」

「しかし……何度聞いても信じがたいものですな。魔術を“即興”で作り出してしまう、とは」

 

 不意に、櫛を手で弄っていた自分に老執事が声をかけてくる。

 内容はいつものこと、ではある。

 貴族ってのは勿体ぶった言い回しがデフォルトなので、こういうのは基本的に相手に探りを入れるためのものなのだが。

 まぁ、どういう意図かは言葉通りのものだろう。

 常識的なことではないからね、魔術を作るって。

 

「まぁ、こればかりは才能ですから。自分で言うのはアレですけど」

「いやいや失礼、疑っているわけではないのですが……」

 

 そう言いながら、老執事が自分を“噂通りの人間”か見極めているのを肌に感じる。

 しかし、見極めても底なんてなにもないよ、自分は根っからのダメ人間だからね。

 転生したせいで、たまたまそういうことができるようになってしまっただけで。

 

 そういうこと、すなわち魔術の創作だ。

 実を言うと自分の魔術はそのほとんどが自分オリジナルのものである。

 特に戦闘に使用する基本の三つ。

 聖弾、聖刃、抜刀は完全に一から組み上げている。

 なんでそんなことができるかというと、自分は他人よりも魔力を練り上げるのが抜群に上手いからだ。

 

 魔術というのは、体内で練り上げた魔力を外部に変換して放出する行動を指す。

 この世界の人々はそれを、過去から受け継がれてきた反復行動で体に覚えさせることで魔術を覚える。

 詠唱、魔法陣、杖などの補助具は、体に覚えさせた魔力の変換を実行させるためのトリガーみたいなもの。

 創作でよくある、魔術はイメージが大事というのを、より感覚的にしたのがこの世界の魔術というわけ。

 そして、自分はこの魔術のイメージを自在にその場で組み上げることができる。

 

 というか、自分は生きるために自力でその技術を会得する必要があったので、結果的にできるようになったのだ。

 才能、とはいうけれどこの場合の才能は、その技術を会得する環境を手に入れる才能だ。

 転生と死の危険。

 後者だけでも希少なのに、前者はほとんど例がないからね。

 

「――よし、できた。“解呪”」

 

 自分が起動詞を口にすると、途端に手にしていた櫛が黒く禍々しい光を帯びて、そしてその光が弾ける。

 後には、何もない普通の櫛だけが残った……ように、周りには見える。

 実際には櫛の中にあった魔術がすーっと消えただけなのだけど。

 これは視覚的にそう見せた方が納得しやすいので、敢えてそういう効果を付与している。

 

「おお……」

 

 実際、それを見たことで老執事さんも納得した様子だ。

 失礼と一言断って、櫛を手にとって眺める。

 

「これで呪いは解呪されたわけなのですな?」

「はい、そのまま自分の髪を梳いてみても大丈夫ですよ」

「そ、それは流石に……」

 

 冷静に振る舞っていた老執事が、ガチで遠慮した。

 まぁうん、呪われるのは怖いし、何より主人の持ち物だろうしね。

 自分にあげるってさっきは言ったけど、それでもだ。

 

「後はこれを、なにかに込めて魔法具にすれば完成なんですが……」

「それでしたら、こちらに――」

「――その櫛でいいですか?」

「はぁ!?」

 

 うわっ。

 そのまま何気なく会話を続けたら、ガチで驚かれた。

 思わず周囲の視線もこちらに向いてしまう。

 こほん、と咳払いをすると、すぐにそれも掃ける。

 うむ、物分かりの良い同僚たちで助かるよ。

 名前も知らないくらい、交流は殆ど無いけど。

 

「し、失礼いたしました。……可能なのですか?」

「……可能ですよ? そもそもその櫛だって、元は魔術が込められた魔法具なわけですし」

「は、はぁ……」

 

 何だか納得いっていない様子。

 ううむ、魔法具に魔術を込めること自体は自分の特別なスキルではないんだけどな。

 知り合いの貴族だってできるし。

 

「と、とにかく。そちらの櫛は報酬として受け取っていただきたく。こちらに、魔術保存用の魔法具がございますので」

「ああ、でしたらそちらに。櫛はありがとうございます」

 

 売れば多分、庶民なら一ヶ月は遊んで暮らせる。

 自分の場合は……遠出でもするかな。

 自分は、オタクだけど遠出は好きなのだ。

 いや、一人での遠出なら、だけどね。

 後この世界、遠出しないと娯楽が少ないし。

 

 ともあれ、老執事が取り出したペンダントの魔法具を手渡されて、自分はそっちに解呪の魔術を込める。

 魔力を込めるのはそれほど大変な作業ではない。

 ちょっと特殊な感覚的作業が必要だけど、これも魔力操作の範疇だからね。

 

 少しペンダントをイジると、ペンダントにはめ込まれた宝石に光が灯る。

 これはペンダント自体の効果だろう、貴族が魔術を造ってくれと依頼してきた時に手渡されるアイテムは、だいたいこういう効果がある。

 わかりやすさ重視なんだろうなぁ。

 

「はい、完成です」

「……素晴らしい」

「いや、これは別に……」

 

 何か、感極まられてしまった。

 魔術の創作はともかく、魔術をペンダントに込めるのは魔術師なら誰でもできる作業のはずだ。

 そういう効果の魔法具なんだし。

 

「いえ、このご恩はお忘れしませぬ! アルシルル・プラスゲート様! いずれ、貴方様が困難に見舞われた際は、必ずや我がロアシーラ家をお便りくだされ!」

「ろ、ロアシーラ家の方でしたか……」

 

 ロアシーラって行ったら、公爵家じゃん、この国で一番えらい貴族の一角じゃん!

 ちょっとびっくりした。

 どっちかというと、そんな大きい家に喧嘩売るとか、どこの貴族だよって驚きの方が大きいけど。

 ともあれ、老執事さんはそれはもう嬉しそうに感謝して去っていった。

 

 貰った櫛を眺めながら、自分は緊張をほぐすために一つ息を吐く。

 毎度のことながら、貴族を相手にすると緊張する。

 非常に自然体……どころか、普通なら無礼に当たるような言動で相手をしていたけど。

 アレは一種の商売文句というか、自分を強く見せるための方便みたいなものだ。

 

 娼館時代の大立ち回りで、自分は貴族へのコネとプラスゲート家という謎の経歴を手に入れた。

 しかしだからといって、実際に貴族になったわけではなく、あくまでそれで自分の存在が保証されただけ。

 それと同時に、自分の魔術の才能は貴族たちへと広がった。

 結果が今の魔術創作請負の仕事だ。

 貴族でないのに魔術を使えるという経歴を、周囲から隠すことの対価として、この仕事を請け負うことを義務付けられている。

 まぁ、面倒だけどやらないと色々角が立つので仕方がない。

 こうして、感謝されて報酬を受け取ることも決して嫌というわけではないしね。

 

 ……いや、今回は何かいつもよりさらに感謝されたな。

 何がそんなに琴線に触れたんだろう。

 不思議だ……




勘違いによるアンジャッシュはあまり起こりませんが、たまに起こります。


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なるべくして天才にさせられたダメ人間

 自分は、例の魔術による難問解決の報酬で、軽くパーッと美味しいものを食べることにした。

 そのために、普段拠点としているカプリコの街を抜け出して、隣町のレグルスにやってきたのだ。

 もちろん、近くの大きな街に出かけて美味しいものを食べるなんて、ちょっとした休みの贅沢をしたくらいじゃ、報酬は使い切れない。

 なので、これはあくまでレグルスに出かけるきっかけとしての報酬の使い道だ。

 気が向いたら、そもそも報酬なんてなくてもレグルスまで出かけるし、そうでないなら無限にカプリコで引きこもってるのが自分である。

 

 ダンジョン都市レグルス。

 自分が所属……というと変だけど、まぁその国の貴族ということになった以上、所属している国であるところの“アストロ王国”で、レグルスは二番目に大きな都市だ。

 アストロには十二の大きな都市があって、それを十二の貴族が支配している。

 先日依頼に来たロアシーラ家は、ちょうどそのレグルスを支配する大貴族。

 公爵家ロアシーラ、偉大なる王家に連なる一族だ。

 その一族のご息女の髪がぼろぼろ抜け落ちてたんだよな数日前まで、と思うと何か変な気分になるな。

 

 レグルスがダンジョンを中心とした冒険者の街というのはこないだ話したけど。

 他にも国で二番目に大きな都市ということもあって、レグルスは非常に文明的だ。

 この世界、基礎的な文明レベルは中世風だけど、一部の文化レベルはやたらと高い。

 食事なんかはその一つで、普通に前世と変わらないくらい美味しい。

 これ、自分という転生者の前例を考えると、自分より前にそういう分野のプロが転生してきて文明を発展させたんじゃないかって自分は勝手に思ってる。

 面倒なので調べたりはしないけど。

 で、そんな文明都市レグルスで美味しいものを食べると知り合いに言ったら。

 

『せっかくだから、一緒に食べましょう。こっちで予定を合わせるから何時ごろ来るか教えて』

 

 とのこと。

 彼女と話すのは一ヶ月ぶり(この世界の暦だ、太陽暦とは微妙に異なるけど十二ヶ月で一年という部分は変わらない)に話すので、せっかくならばと了承した。

 人付き合いは苦手だけど、自分に優しくしてくれる人なら話は別だ。

 まぁ、彼女は基本的に口うるさいけどね。

 

 というわけでやってきましたレグルスのレストラン。

 香ばしい香りが鼻孔をくすぐる、パスタみたいな麺を中心としたイタリアンに近い料理を提供する店。

 まぁ他にも雑多に雰囲気にあった食事を提供しているので、この世界のファミレスみたいな場所だ。

 店名『眠れる獅子子(ししし)』、雄々しくも可愛らしい、男性冒険者からファミリー層、女性客まで誰でもウェルカムなお店である。

 

「――シルル、こっち」

 

 と、そんな店内を眺めていると、声をかけられる。

 目的の人物がそこにいた。

 

「どうもフェリア、今日も元気そうだね」

「そっちは相変わらず、眠そうな目をしてるわね……」

「これが普通だよ」

 

 燃えるような赤髪を腰まで伸ばした少女だった。

 明らかに気が強いですよといった鋭いツリ目と、赤髪を一房結んだ髪飾り。

 青を基調としたパリっとした制服みたいな服と無骨な革の胸当て。

 ミニスカートから伸びるスラッとした足はタイツで覆われていて。

 年の頃は自分と変わらない十代半ば。

 背丈は自分よりちょっと高くて百五十くらい、つまり女子の平均。

 胸の方は、アダリアさんほどじゃないけど豊満だ。

 学生冒険者、と表現するのが適当に見える美少女がそこにいた。

 

 ミルフェリア・アラジアンタ。

 レグルスにいることから察しはつくかもしれないけど、冒険者をしている。

 他にも学生だったり、魔術師だったり、色々肩書はあるけれど。

 何を隠そう、貴族のご令嬢様である。

 元、だけど。

 

「このタイミングで、あんたがこっちに来るってことは例の依頼、受けてもう達成したのね」

「やっぱり紹介したのはフェリアだったか。うん、終わって報酬の櫛も換金した」

「そこでノータイムで櫛を換金できるのは、多分この世界であんただけよ……普通はもっと体面を気にする」

 

 はは、と乾いた笑いを浮かべながら、フェリアは自分にそういった。

 いやだって、別に売っぱらっても公爵家に伝わるわけじゃないし。

 何よりこういう体面って、案外そういうところは実際には気にされないとここ数年の貴族との付き合いで判別ついてるからね。

 

 ともあれ、フェリアは自分に注文を勧めてきた。

 自分も適当に、ナポリタンに近い麺料理を頼む。

 フェリアも同じものを頼むと、自分たちは早速本題に入った。

 

「――で、どうだった? その呪い」

「思ったより単純だったよ。ああでも、髪の毛を抜く呪いに体調不良の呪いを組み合わせる方法はちょっと興味深かったな」

「そういえば、呪いに呪いを組み合わせるって言葉にすれば単純だけど、やろうと思うとちょっと複雑ね。どういう構造だったのかしら」

「あー、再現するね」

「よし来た! お願いお願い! ぜひお願い!」

 

 身を乗り出して視線を近づけてくるフェリア。

 自分はそれにちょっと気圧されながらも、魔術の再現を始める。

 

 ――何をしているかといえば、魔術談義だ。

 何を隠そう、自分とフェリアは根っからの魔術オタクなのである。

 といっても、自分は才能があったから魔術に興味があるだけで、知識としてはニワカもいいとこなんだけど。

 はっきりいって興味がある動機も、娯楽の少ないこの世界で自分が興味を持てる分野の一つだったから、趣味の一環としてという動機だ。

 不純も不純、褒められたものではない。

 とはいえ、オタクが何かしらの分野に興味を持つきっかけって、そのコンテンツに触れた時で。

 興味を持つと割とガッツリそのコンテンツの歴史を調べるのはオタクの習性みたいなものだと思う。

 そういう意味では、自分は割とガッツリ、この世界でもオタクをしていると言えるのではないだろうか。

 

 ……フェリアとの関係?

 それはまぁ、なんというか。

 

 

 ……()()()

 

 

 いや、止めを刺したのは実質フェリアなんだけど。

 どういうことか?

 具体的にいうと、フェリアのアラジアンタ家は今から数年前に没落した。

 この国でも有数の大娼館で、アラジアンタ家の長男が起こした騒動の責任を取って。

 前にも話をしたけれど、自分が住んでいた娼館の姐さんをほしいと言って問題を起こした貴族がそのアラジアンタ家の長男で。

 自分とフェリアはその騒動の際に知り合って――そのアラジアンタ家長男の諸々の罪を暴いた仲である。

 

 

 ####

 

 

 シルルとアタシは、もう数年来の付き合いになる親友だ。

 出会ったのは、歓楽都市タウラの高級娼館『水牛亭』で兄が問題を起こした件。

 アタシはアラジアンタ家の長女で、上に一人兄がいる。

 この兄が典型的なダメ貴族ってやつで、アタシはそういう兄の曲がったところを心底軽蔑していた。

 そんな兄が、毎日歓楽都市、つまり悪い奴らがウヨウヨいそうな場所に足繁く通っていたら、当然子供のアタシはをそれを怪しむ。

 

 結果、兄を尾行してその悪事を暴こうと考えたバカが誕生したのだ。

 今にして思えば、あまりにも短絡的すぎたと思う。

 周囲から魔術の天才として持て囃され、天狗になっていたのがよくなかったのだろう。

 最終的に、怪しげな男達に連れ去られそうになったところをシルルに助けられてことなきを得た。

 それ以来の付き合いだ。

 

 正確には、シルルの娼館が兄の被害を受けていると知って、ともに兄をどうにかしようと協力関係を結んだ時から、だろうか。

 最終的に兄は断罪された。

 まさか、この国のトップ、つまりアストロ国王すら出てくる大事件になるとは思わなかったけれど。

 そしてその代償としてアタシ達アラジアンタ家は貴族位を失った。

 とはいえ、断罪されて処刑された兄以外の家族は、没落を普通に受け入れていて。

 元々、兄の存在がなくとも、ここ最近貴族として衰退していて、もう限界だったのだ。

 いい機会だと両親は笑っていた。

 

 アタシとしても、将来どこぞの知らない貴族に嫁いだり、兄のスペアとして家を継ぐ必要がなくなったことは助かっている。

 何故なら、アタシは魔術の研究に人生を捧げたいからだ。

 人生で初めて周囲が認めてくれた魔術の世界で、アタシは研究の果てというやつを見てみたいのだ。

 

 そんなアタシが最も興味を寄せる存在。

 誰よりも何よりも知りたいと思う存在。

 いうまでもなく、それはシルルを置いて他にいない。

 貴族でないにも関わらず、開放の儀を受けていないにも関わらず魔術を使えるこの世界唯一の存在。

 

 なぜ魔術が使えるのか、それをシルル自身の口から聞いた時は思わず絶句したものだ。

 頼れる相手も、金もなく、魔術が使えなければ死ぬと本気で思った上で、魔力の感覚を探り当てた。

 言うまでもなく極限状態である。

 とはいえ、世界にはそうやって死んでいく子供というのはありふれていて、たまたまシルルにはそこから助かる才能が備わっていたわけだが。

 なお、このことを知っているのは私と……後はこの国の王様だけだ。

 とんでもない秘密を聞かされてしまったものである。

 

 シルルは怠惰な人間だ。

 本気でやればAランクの冒険者としての栄光が転がり込んでくるくらい強いのに。

 でも、そもそもその強さは生きるのに必要だったから備わったものだ。

 そうでなければ、彼女は魔力を自力で感知できるようになるなんてことはないだろう。

 シルル曰く、自分が体内の魔力を認識した方法は再現性がなく、他人に話せる内容ではないという。

 話せないと言うのは、少しばかり寂しいとアタシは感じてしまうけど、秘密にされるよりはずっといい。

 どちらにせよ、再現性がないと言うことはそれはシルルの才能と言っていい。

 

 シルルはその才能を否応なく目覚めさせられた存在だ。

 そして、それ以来怠惰な性格でありながら、今の生き方を義務付けられている。

 ……いや、あいつが面倒くさがって環境を変えられないからそういう生活を送っているだけじゃないか?

 っていうか別に、今の生き方だって大概怠惰じゃないか?

 もうちょっとこう、自分の人生を意義のある方向に持っていっても良いんじゃないか?

 

 大分話がズレたけれど、シルルの才能は本物だ。

 普通、人間は自分の体内にある魔力を朧気にしか感知できない。

 それを完璧かつ正確に、ましてや思うがままに操ることができる存在なんて前代未聞だ。

 一般的に、人間は一つの魔術を創作するのに百年はかかると言われている。

 しかもこれは個人ではなく、国家が莫大な予算を投入して行うものだ。

 今も、この国の魔術研究機関では、日夜新たな魔術の開発が行われている。

 それをシルルは、たった数分で、一人で成し遂げてしまうのだから恐ろしいという他にない。

 

 幸いなのは、シルルが通常の貴族とくらべて異常に魔力の保有量が少ないこと。

 そりゃ、彼女の中に流れている貴族の血は微量なのだから当然と言えば当然なのだけど。

 結果として彼女の魔力では、例えば戦争で軍一つを壊滅に追いやるほどの大魔術は創造し得ない。

 加えて、魔力量が少ないのを補うように、彼女の魔術は非常に高度で複雑、そして独特だ。

 ごく少量の魔力でも起動できる代わりに、他の人間が扱うとなるとそれはもう繊細すぎて扱いきれない精度の魔力操作技術。

 つまりシルルの魔術はもはや、魔術という規格では扱えないような代物であると言える。

 

 その証明とも言えるのが――

 

「――ついさっきまで呪いが込められてた魔法具に、解呪の魔術を込めようとした?」

「うん、すごい顔された……今フェリアがしてるみたいな顔」

 

 思わずアタシはすごい顔をしてしまった。

 いや、あり得ない。

 

「確かに、魔法具に魔術を込めるのは多少技術は必要だけど難しい技術じゃないわ?」

「だよね、そう思ってたからまさかそんな顔されるとは」

()()()()()()()()()()()()はね! 魔術を魔法具に込めるといっても、その難易度は込める魔法具によって違うの」

「あー」

 

 ――これだ。

 こいつはこういうやつだ。

 魔術を込めるための普通の魔法具に魔術を込めるならいい。

 だが、もしもさっきまで今から込める魔術と正反対の魔術が込められていた魔法具にそれを込めるとなれば――

 

「……自分はまたやってしまったか」

「おい、初犯じゃないのか」

「わかんない。自覚がないからね!」

「自慢するな! ……まぁそうね、あんたまたやったのよ」

 

 アタシは、溜め息とともに苦笑いするシルルに言ってやった。

 

 

「とんでもなく無駄な技術を披露したのよ」

 

 

 苦笑いしていたシルルが、ピタリと停止する。

 そりゃそうだ、だってそんな技術が使えて何の意味がある?

 本来込められてた魔術を抜き取って、代わりに別の魔術を込めて罠に使う?

 そんなことできる人間、この世界に一人しかいないんだから犯人モロバレじゃないか。

 活用法のない無駄技術。

 なのに、それを為すにはあまりにも高度な技術が必要になるという矛盾。

 

 シルルはすごい。

 

「でも、とんでもないバカ」

「でも、で何故そんな罵倒が飛び出す!?」

「アンタにアタシの気持ちなんて、絶対にわかんないのよ」

 

 言いながら、シルルの癖っ毛をワシワシする。

 ぬあー、というシルルのやる気のない声が響く。

 ――すごい。

 本音を言えば、すごく羨ましい。

 でも、本当にすごい。

 こいつは天才だ。

 そうならざるを得なかった天才。

 

 多分、この世界でもっとも魔力の“深淵”に近い存在。

 本人はそんなものを覗く気なんてこれっぽっちもないだろうし、もしもその気になってしまったらそれはそれで危険だとは思うけど。

 こいつを通して、この子を()()()という行為は、魔術を極める上でもっともわかりやすい目標の存在する行為だ。

 

 シルルの見ている世界が見たい。

 それが、今のシルルの親友としてのアタシの夢。

 

 ――かつて、魔術の天才と持て囃され天狗になっていたアタシ。

 バカをやって、ピンチになって。

 それを本物の天才に助けられた。

 

 複数のチンピラを一瞬にして制圧してみせたあの姿は、当時まだ十歳にも満たなかった本物の天才が見せたあの姿は。

 アタシにとっては、未だ頭に焼き付いて離れない――原風景なのだから。




多くの方にお読みいただき大変感謝です。
感想、評価等いただけますと励みになります。
今後もよろしくお願いいたします。


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概ね一緒くたにされがちな天才魔術師

日間一位ありがとうございます!


 ある日、冒険者ギルドでいつもの常駐クエストを受けようとアダリアさんに声をかけると。

 

「シルル、お前この依頼受けてみない?」

 

 と豊満な胸を揺らしながら一枚のクエスト依頼書を渡された。

 内容は――

 

「いやアダリアさん、これ錬金代行のクエストじゃん、私錬金術師じゃないですよ」

 

 と、本職の仕事ではないので断ろうとした。

 が、しかし。

 

「――どっちも似たようなもんじゃん」

「…………なんですとぉ!?」

 

 聞き捨てならないことを、アダリアさんは言った。

 待て待て待て、錬金術師と魔術師は違うものだ。

 魔術師は貴族で、錬金術師は職人だ。

 前者は貴族じゃないとなれないけれど、後者は庶民だってなれるんだぞ――!?

 

「……だから、錬金術師イコール魔術師は間違いです! わかりましたか!?」

「ふぅーん」

「露骨に興味ない反応された!」

 

 というわけで自分が懇切丁寧に解説すると、完全にバッサリ切り捨てられた!

 これだから雑なアダリアさんは!

 ゲームが全部ピコピコなおかーさんですか貴方は!

 

「……アダリアさんのそういう雑なところ、私苦手です」

「アタシは、お前のそういう興味のあるところだけやたら真面目なところ、嫌いじゃないぞ」

「むむ……っ!」

 

 皮肉を言われている!

 でも本音でもある!

 でもやはり、何から何まで雑なのはアダリアさんだと言わざるをえない。

 胸の大きさすら雑なのだからして。

 何だあの胸、スイカよりデカイんじゃないか片方だけで。

 この胸があって、なお男どもはアダリアさんを苦手としているのか……

 

 いや、実は裏では人気があるやつだな。

 あいつが好きなのは俺だけだしみたいな……ともかく。

 

「私、この依頼は受けませんからね」

「ほほぉ……できないのか?」

「なっ……!」

 

 そう断ろうとしたら、アダリアさんが煽ってきた。

 

「逃げるのか? 天下の美少女魔術師シルル様ともあろうお方が、この程度のクエストから逃げるのか?」

「くっ……」

 

 いわゆるそれは、いわゆるそれは……

 

 

「やってやろうじゃないですか!」

 

 

 フリ、というやつであった。

 結果自分は、予定にないクエストを受けた。

 おのれ……

 

 

 ####

 

 

 錬金術師というのはこの世界における花形職業だ。

 魔術師が貴族の特権であるために、一般の人間は魔術という特異な現象を肌で感じることは難しい。

 庶民にとって最も身近な魔術は、魔法具に込められた魔術だ。

 前にも言ったけど、魔法具に込められた魔術はその原理が解析され、量産されている。

 その量産を担うのが錬金術師であるわけだ。

 

 もちろん魔術師にも魔法具に魔術を込めることは可能なんだけど。

 どう考えても量産するには魔術師の絶対数が足りなさ過ぎる。

 その点、錬金術師は誰だってなれるし、目指す人間も多い。

 

 冒険者か、錬金術師か。

 といったら、多分後者の方が人気あるんじゃないか?

 鍛えた錬金術師は普通に冒険者するよりもずっと強くなれるし、自分でオリジナルの魔法具を作れるようになればそこらのBランク冒険者なんて敵じゃないだろう。

 ただ、技術職な上に知識も必要だし、なるにはお金が結構かかる。

 国が大分補助してくれるとはいえ、なろうと思ってなれるのはある程度のお金を持った家の人間だけ。

 まぁ、前世で大学を出られるだけのお金がある家くらいの規模の家庭がなれる、と言えばわかりやすいと思う。

 

 ともあれ、錬金だ。

 錬金とはすなわち魔法具を複数の素材を組み合わせて作り上げる作業を指す。

 時折ゲームに存在する錬金システムと、システムは似たようなものだ。

 作られた魔法具には、それぞれ魔法や特別な能力が付与されている。

 

 例えば自分の普段着にしている装備。

 『白の旅立ち』と呼ばれる魔法具なのだけど、これには軽い身体強化の魔術と衣服自体の防護強化、それから自動修復の魔術が組み込まれている。

 強化されていない剣なら刺さっても弾いてしまうし、着ていれば身体強化で長旅も苦にならない。

 補修はいらないし、洗濯もいらない優れもの。

 旅立ちという割に、普通にBランクからAランクの冒険者が装備するくらい高性能な魔法具だ。

 

 ここで言えることは、魔法具には複数の魔法を込めることができるということ。

 もちろん、前に呪いの櫛に魔術を込める話があったと思うけど、込める数と種類によって難易度は大きく変わる。

 無茶な魔術同士を同時に込めた魔法具は、流石にダンジョンから出土したものじゃないと難しいね。

 

 そして、自分は魔術を込めることに関しては無駄に天才だとこの間フェリアに言われたけれど。

 それでも複数の魔術を一つの魔法具に込めることは不可能だ。

 いや、やろうと思えばできるけど、少なくとも自分のオリジナル魔術を二つも三つも組み込むのは無理。

 そしてこの世界の既成魔術を使うには、自分の魔力量は少なすぎるので無理。

 

 今回のクエストは錬金代行。

 どこかの錬金術師が、あまりに忙しすぎて在野の冒険者を兼任している錬金術師に作成を依頼する。

 これが錬金代行だ。

 つまり、錬金術師じゃない自分が受ける依頼じゃない。

 普通は手元に素材が集まってて、時間のある錬金術師が小遣い稼ぎにやる仕事だ。

 だからそういうのを受けるのはある意味営業妨害なんだけど。

 

「これ、期限が明日だよ。普通に考えて受けてもらえるワケない」

 

 なので遠慮なく、アダリアさんの口車に乗ったわけ。

 クエストが達成されれば奇跡みたいな代物だ。

 たとえ自分が失敗しても、誰も迷惑しない。

 

「といっても素材は自分の手元にないなぁ」

 

 今回のクエストで求められているのは『三倍速の靴』と言われるモノ。

 身体強化、軽量化、速度強化の三つの魔術を組み込むことで、足の速さを三重に強化するという代物。

 別に本当に三倍速になるわけじゃない。

 多分2.3倍速くらい。

 それでも速いというのはその通り、そして半端な小数点。

 

 必要な素材も三つ。

 『レッド種のバトルウルフの鉤爪』と『イーグルホークの羽』と『シーパンサーの革』。

 どれもこの辺りで取れる素材じゃない。

 バトルウルフはどこにでもいるけど、レッド種となると貴重だ。

 もちろん自分も持ってない。

 では、どうするか?

 

 答えは簡単。

 

 

「すいませーん、この素材置いてませんか?」

 

 

 店で買う、これね!

 自分はカプリコの街にある商店を訪れていた。

 冒険者が利用する道具を扱う商店で、その中には素材の店売りというのも含まれている。

 錬金は、広く庶民に広まった一般的な技術だ。

 街には必ず複数の錬金術師が存在し、何なら田舎の村にも一人くらい錬金術師がいる。

 錬金術ってのは、医薬なんかも作れるから、医者の役割を担っている錬金術師も多いのだ。

 だから、素材も相応に需要がある。

 

 素材を買うなら、錬金術師の店か、冒険者向け商店が一番だ。

 とりあえずギルドから近い店ということで商店の方を先に訪れたが、ここになかったら別の店を回る予定である。

 

「わわ、シルルさんだ珍しい。いらっしゃいませぇ、ちょっと探してきますね」

 

 当然と言えば当然だけど、この店の店主とは顔なじみ。

 恰幅のいい中年夫妻の営む店だ。

 今日はおばちゃんの方が店番をしていた。

 流石にギルドの隣に店を構えるだけあって、接客は丁寧だ。

 

「ありましたありました、全部置いてありますよぉ、特にレッド種のバトルウルフとか、素材が倉庫でホコリ被ってまして」

「ありがとうございます。おいくらですか?」

「ちょっとおまけしますね、このくらいで……ちなみに、これ何にお使いになられるので?」

「何って――」

 

 軽い雑談をしながら、おばちゃんが商品を積めてくれる。

 個人的にこういう雑談は苦手だけど、流石に顔見知り相手なら苦にならない。

 自分の中で、このおばちゃんの好感度はアダリアさんより高かった。

 

 ともあれ、何気なくその雑談に答える。

 何をするかといえば簡単だ。

 

「――錬金ですよ」

 

 そう、錬金。

 さっき自分は錬金術師じゃないっていったじゃないかって。

 錬金と魔術は別物だっていったじゃないかって。

 だからといって、錬金ができないとは言っていない。

 なのでやる、アダリアさんに煽られた手前、引けない戦いがここにある。

 

「えっ、錬金!? シルルさん、錬金できるんですか!?」

「できますよ? っていうか、錬金と魔術の違いわかるんですね……」

 

 アダリアさんは適当にどっちも一緒だろ、みたいに言ってきたのに!

 というか、他の冒険者に聞いても、多分似たようなもんだろってみんな答えるだろうに!

 

「まぁ、これでも冒険者さんとの付き合いは長いですしねぇ、それにお隣が錬金術師のお店ですから、交流も多いわけです」

「……か、感動しました! ギルドの受付は一緒くたにしてきたのに! アダリアさんって言うんですけどね!」

「あの子は、まぁちょっと雑ですから……」

 

 ですよね。

 とはいえ、ギルド内部では豪傑と知られ、男どもからはそれはもう恐れられているアダリアさんを“あの子”扱い。

 おばちゃん店主も、流石に冒険者と長く付き合いのある肝っ玉といえる。

 

「シルルさんは、もっと丁寧に生きるんですよ」

「どうですかね……」

 

 店主のいいところは、ここで女性らしく、とか、慎みを持って、とか言わないところだ。

 もっと言えば、いい男を捕まえて、とか、冒険者として成長して、とも言わない。

 あくまでただ「丁寧に」と言ってくれる。

 それ以外は、本当に個人の自由だからね。

 といっても、自分はそれすらできるか微妙なところなんだけど。

 

「はい、商品はこれで全部ね。どうぞ、シルルさん」

「ありがとうございます! お代はこれで……」

「はい、たしかに」

 

 とか言ってる間にも、店主さんは素材を袋に積めて渡してくれた。

 おばちゃん店主はいつも笑顔で、本当に素晴らしい店主であると思う。

 自分はこうはなれないけれど、こういう人へのリスペクトは忘れないようにしたいなぁ、と心の底から思う。

 

「じゃあ、これで。ありがとうございました」

「……シルルさん」

「はい?」

 

 と、お礼を言って店を出るところで、不意に店主から声をかけられる。

 

「――丁寧に、ですよ? がんばってください、シルルさん」

 

 そうやって、どこか暖かな笑顔で、店主は自分を送り出す。

 何だろう、いつもより視線が優しい気がする。

 とはいえそこで突っ込めるほど自分にコミュ力はないので、素直に受け取って店を後にするのだった。

 

 

 ####

 

 

 カプリコで冒険者を相手に商売をしていると、いろんな人間と出会う。

 粗暴な人が多いけれど、その中で他人への礼儀や感心を忘れない人は、たいてい成長してレグルスへと拠点を移す。

 人にはいろんな種類の人間がいて、善い人も悪い人もいる。

 そして善い人の中にも悪い心があって、悪い人の中にも情はある。

 

 カプリコの冒険者向け商店の店主はそれをよくよく知っていた。

 多くの人を見てきて、多くの人に関わって。

 そんな店主にあってもなお、初めて見るタイプの人間がいた。

 

 シルル。

 噂では、本名をアルシルル・プラスゲートというらしい元貴族の魔術師冒険者。

 元貴族、というのは冒険者としては珍しいがいないわけではない経歴だ。

 特に最近は、レグルスの街でひときわ有名なAランク冒険者、ミルフェリア・アラジアンタの名前がカプリコにもよく聞こえてくる。

 そのミルフェリア嬢とシルルは友人関係にあるというのも、同年代の没落貴族同士ならおかしなことではない。

 

 そんなシルルには特別な魔術の才能があって、それが理由で貴族でなくなった今も、貴族様から依頼を受けているらしい。

 シルルは決して生真面目な人間ではない、適当に過ごすことを是とするアダリアに近いタイプ。

 それが悪いわけではない。

 でも、そんな人間が才能を手にしてしまったことは、ある意味不幸だ。

 

 普通、そういうタイプの人間は大成しない。

 代わりに、彼らはそこそこに図太く、どんな状況でも腐らず生きていける。

 シルルもそういうタイプだ。

 だというのに、シルルには才能がある。

 それはシルルが、かつて腐らず生きるだけでは生きられない状況下に置かれたということ。

 それはシルルが不幸であるということ。

 代わりに手に入れた才能も、彼女が望んだものではないだろう。

 

 才能を持ちながら、それを手にしなくても生きていける人間。

 その才能を本質的には望んでいない人間というのは、初めてみた。

 これでもう少し、世界がシルルに優しければ彼女はその才能に誇りを持てただろうに。

 今の彼女の才能は、利用されざるを得ない状況に置かれている。

 それでも彼女はそれを構わず生きていけるのだろうけれど。

 

 そんな彼女が、錬金までもやろうと思えば可能だという。

 錬金と魔術はまったくもって別の技術だ。

 貴族の中にも錬金術を専攻する貴族はいるけれど、そういった貴族が魔術に長けるということを聞いたことはない。

 本当に、天才と言うしか無い。

 単なる面倒くさがりなだけの少女に、それだけの才能と期待がのしかかる。

 

 願わくば、そんな彼女が人生の岐路に立った時。

 決して安易な選択をせず、丁寧に自分の生き方を決めてほしい。

 多くの生き方を見てきたベテラン店主は、そういうふうに思うのだ。




魔物の名前がアレなのは仕様です。


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偉大なる錬金の技術を雑にこなすダメ人間

 錬金。

 その歴史は長く、この世界で人の文明が成立した頃には、錬金術師が歴史の中に登場したという。

 そりゃそうだ、この世界はダンジョンから無数の魔法具が出土して、それらは人の生活を大いに豊かにするのだから。

 それら魔法具は神の恩寵とされ、錬金術師はその恩寵を人々に広める伝道者と言えた。

 

 たいして、魔術師とは歴史の中で神と同一視される存在だった。

 とにかく魔力を認識する方法が困難で、かつそうそう何度も行えるものではない以上、そこには希少価値が発生する。

 今も昔も、魔術とは権力の象徴。

 絶対的な権威の証に他ならなかった。

 

 まぁ、難しい話をしているけれど、かつて人類は魔法具と魔術師に信仰を見出した。

 魔術師イコール神、魔法具イコール神の恩寵。

 こいつらすごい、錬金術師はあくまで恩寵を使っているだけだからすごくない、といった具合。

 

 そこら辺の政治的意義はともかく、魔術と錬金術はイコールではない。

 だってのに自分は錬金ができる。

 そいつは一体どういうことだい、という話だ。

 

「というわけで、三分錬金クッキングー」

 

 自室。

 一人で自分は錬金術の準備をしていた。

 といっても、やることはごくごく単純。

 素材を窯に放り込んでぐつぐつ煮込むのである。

 これ、マジでそういう作り方なんだよな。

 たまにこの世界、ほぼゲームじゃんみたいな代物が真顔で飛び出してくる。

 まぁわかりやすいので、自分は当然深く気にしない。

 

 それはそれとして、現在自分は買ってきた素材を自室においてある窯に放り込んでそれを煮ている状態だ。

 見た目は、光を帯びて浮遊する石の上に置いてある窯がコトコト煮込まれている変な絵図が展開されていて。

 怪しい宗教みたいだが、実際にはIHみたいに火がなくても焼けるようにした魔術を込めた魔法具だ。

 当然これも、錬金術の産物。

 自分の拠点は宿の一室なので、仮にそこで火事なんて起こしたらおかみさんに悪いからね。

 ところで、炎以外の方法で料理したり水を沸騰させるっていうアイデア、転生モノらしく周りから驚かれたりしないかな。

 まあそういうのは披露すること自体が面倒なので、自分は基本周りには見せないけど。

 

「そろそろいいかなぁ」

 

 ことことと煮込まれていく素材。

 正直、なんかいい感じに窯がぐつぐつ言い出したらそれでよし、ということに自分はしている。

 はっきりいって、これで素材にどんな変化があるのかはよくわからない。

 錬金術師にそういうと、めちゃくちゃ怒られるので普段は黙っているけれども。

 要するに、自分の錬金はすさまじく適当だった。

 

 本来ならここから、素材を錬金するために、いくつかの薬を窯の中に入れていくらしい。

 その材料、分量、そして投入する時間は事細かに決まっていて、少しでもズレたら錬金は失敗する。

 しかもその正しい分量、時間は素材の質や量によって逐一変化するため見極めは困難だそうだ。

 

 が、自分にそんな細かい作業はできないのでこうする。

 

 

「“()()”」

 

 

 魔術である。

 身もふたもない話だが、自分は錬金の工程を魔術で再現することにしていた。

 そもそも錬金で魔法具を生み出すという行為自体が、魔術の再現みたいなものなのだ。

 なので自分はある意味で錬金の原点に回帰しているのである。

 

 ことことと煮込まれた窯の中が、光でおおわれていく。

 実際の錬金がどうだかは知らないが、これからしばらく、自分の魔術が素材を魔法具へ変換していく。

 この作業は結構かかるので、しばらく布団の中で温もるとしよう。

 

 怠惰に満ちた昼下がり。

 金の生る木であるところの錬金窯をながめながら、自分は昼寝へといざなわれる。

 そういえば金の生る木とはいうけれど、素材を金で買って報酬に足は出ないのかという話。

 錬金代行は、基本的に割のいいクエストだ。

 何せ、代行を頼むくらい相手は切羽詰まっている。

 なので報酬は相場より高い。

 

 今回の『三倍速の靴』の報酬はだいたい12000、たいして素材の価格は3000だから、都合8000の儲けになる。

 これが普通のクエストは、常駐クエストがだいたい1000とか2000だから、割の良さは相当なものだ。

 で、じゃあそれを利用して錬金が使えない冒険者も代行で稼げるのでは?

 つまり素材を店から買って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これをクエストに納品したらどうか。

 残念ながらそれでは儲けにならない。

 何故ならこの場合、錬金術師の店で錬金を依頼した場合、錬金にかかる費用が10000かかる。

 ぼったくりじゃないか? 残念ながらそうでもない。

 仮にもオーダーメイドの魔法具だ、錬金には相応に時間と技術が必要になる。

 これが量産型の魔法具ならば、それこそ1000もしない値段で買えるのだけどね。

 

 というわけで、素材を買って儲けが出せるのは錬金術師と自分だけだ。

 こういうところで特別感が出ると、なんというか転生チートをしてるって気になるよねぇ。

 うつらうつらと眠気に負ける意識の中で、自分はそんなことを考えるのだった。

 

 

 ####

 

 

 錬金都市アクエリア。

 そこはアストロ王国が誇る二大学術都市のひとつ。

 主に錬金術に関する様々な研究を行う、錬金術の聖地。

 もう一つの学術都市ライブラでも、錬金術の研究は行われているが、本場の錬金術を学ぶにはやはりアクエリアしかない。

 

 そんなアクエリアにあるアストロ王立メギストス錬金学院の教授、ファルススは今か今かと“それ”の到着を待ちわびていた。

 ファルススが待っているのは『三倍速の靴』だ。

 先日、とある事情からこれが必要になったファルススだったが、生憎と今の彼にそれを錬金する時間はなかった。

 そのためダメ元で錬金代行のクエストをギルドに投げたのだがなんと納品があったというのだ。

 天の幸いに感謝したファルススは、ようやくこれで目的を達成できると喜んだ。

 しかし……

 

「た、大変ですファルスス教授! 例の三倍速の靴が届いたのですが!」

「なんだね! むしろ届いたのなら大変喜ばしいではないか!」

「そ、それがその……クエストの達成者の名前が“シルル”となっておりまして」

「なっ……!」

 

 その時、喜びに破顔していたファルスス教授の顔が驚愕に染まる。

 それから数秒間、彼はそのまま停止した。

 

「……そのシルルとは、“あの”シルルか?」

「…………はい、三倍速の靴は森林都市カプリコから送られてきたので、ほぼ間違いなく」

 

 何とか絞りだした声に、学院の生徒である青年は苦々しい顔をして返答した。

 ファルススは、さらに数秒停止する。

 そして――

 

 

「またあの小娘かぁああああああ!」

 

 

 その日一番の絶叫が、ファルススの研究室内に響き渡った。

 

「モノはあるかね、見せてみたまえ!」

「は、はい! こちらに!」

 

 おそらく、メギストス錬金学院でシルルの名を知らないものはいない。

 曰く、“異才”。

 

「……やはり、完璧な三倍速の靴だ。錬金学院を卒業していない者が、これほどの精度の錬金。()()()()()()()()

 

 おそらく、この世界で唯一錬金術師に師事を受けず、錬金学院を卒業せずに錬金を行うことができる人間。

 ありえないことだ。

 

「教授、ここに来るまで何度か自分もこの三倍速の靴を観察したのですが」

「ふむ……人の荷物を覗き見するのは悪癖だが、その探究心は素晴らしい、所感を述べたまえ」

 

 荷物を持ってきた学生が、ファルススへと口を開く。

 気まずそうな、申し訳なさに満ちた顔。

 それでも、口に出さずにはいられなかった顔。

 ファルススはそれを、注意はしても咎めなかった。

 彼の探求心は正しいものだとファルススは知っているからだ。

 

「……正直、これほどの魔法具を齢15の少女が作り上げたことに、思うところがないわけではありません」

 

 それはそうだろう、とファルススは内心同意する。

 錬金術は非常に複雑な学問だ。

 一人の人間が錬金術師として一人前になるのは二十年から三十年の時間が必要になるといわれている。

 故に本来、シルルが今の年齢で錬金術を習得することは不可能。

 それに対する羨望は、学生にもファルススにもなくはない。

 ファルススの小娘という呼称も、それに由来する部分はある。

 だが、しかし。

 

「ですが――」

 

 ()()()()()()()()

 

 

「正直、高揚を抑えきれません!!」

 

 

 何故か。

 

「うむ、うむ、錬金術を志したものならば、あの小娘の作り出した魔法具に心躍らないものはいないだろう」

 

 この魔法具は、それほどまでに価値のあるものだからだ。

 故に、ファルススは肯定する。

 それもこれも、すべては錬金術とその発展の歴史を鑑みれば無理からぬことだった。

 

 錬金術。

 その始まりは、神の力とされた魔術を人の力として活用することを目的として始まった技術だ。

 神をその身に起こす「開放の儀」によって人は魔術の根源、魔力の存在を自覚する。

 ゆえに魔術師は特別であり、そうでない人間は特別ではない。

 この世界の常識だった。

 

 しかし、ある時誰かがこういった。

 この世界には、魔術などに頼らずとも神の神秘に触れる手段がある。

 魔法具だ。

 神の恩寵ともいわれるそれは、しかしその原理を解明することができた。

 人が自然現象の中で発火した炎を、いずれ自身の手で再現したように。

 人間は神の力を、魔法具を通して再現しようと考えた。

 これが、錬金術の始まり。

 

 だが、錬金術の習熟には非常に長い時間がかかる。

 ゆえに錬金術は繊細な技術であり、学問だ。

 

 錬金術師を志す者は最初、幼いころから錬金術師の元へ奉公に出る。

 そこで錬金術師の仕事を間近で見ながら、素質を認められると面倒を見ていた錬金術師の推薦で錬金学院に通うことができる。

 そうして錬金の基礎をしっかりと学び、卒業する。

 これが早ければ15歳、平均して20歳の頃。

 

 もちろんそれで錬金術師として一人前になれるわけではなく、どこかの錬金術師の工房に所属して、その技を学びながら実践を積み重ねていく。

 そうして、一人前と認められるほどに成長すれば、大体の人間は30をとうの昔にこえている。

 シルルのように、15で完璧な錬金をこなすことは、学習の制度から言っても不可能だ。

 

 しかし、もしもそれが可能ならば。

 可能になるとするならば。

 

「誰もが当たり前に、錬金で魔法具を生み出す……魔術が当たり前になる時代が来る」

 

 学生が、熱に浮かされたように言った。

 それは錬金術の始まり、だれもが魔術を当たり前に使える世界。

 その実現に近づくことができるかもしれない手がかりが、今ファルススと学生の前には存在しているのだ。

 

「……シルル殿はどのように、この三倍速の靴を作り上げたのでしょう」

「魔術によるものだ」

「……魔術!」

 

 やはり、と学生は思わず膝を叩きそうになった。

 森林都市カプリコの冒険者シルル、その正体が実は没落した貴族の令嬢だという話は有名だ。

 一応、公には認められていないのだが、半ば公然の秘密とされているそれを当然学生は耳にしていた。

 ゆえにシルルが錬金術以外の方法で錬金を行うなら、魔術しかないと思っていた。

 

 普通、魔術では錬金を行うことはできない。

 錬金の工程は魔術で再現するには複雑すぎるからだ。

 しかしシルルの場合は違う。

 シルルの天才的な魔力操作の才能は、魔術で錬金を再現することすら可能なほどだった。

 そして魔術で錬金が再現可能であるということはつまり、逆もまた。

 

「これが存在するという事実が、錬金と魔術を結びつける証明そのものだ。ゆえに、こいつの正体を解き明かすことは、錬金術の歴史をひっくり返すことにつながる」

「……はい、教授」

「そいつは専門の研究室に引き渡せ。……本来の目的に使用するには、あまりに価値が高すぎる。それに、ダメで元々だったのだ、実験は本来の予定通り行うとしよう」

「わ、わかりました!」

 

 学生の顔が緊張でこわばる。

 ただでさえここにくるまで、持っている靴に何かあればどうしようかと思っていたところだ。

 さらにもう一度これを別の研究室に持っていくとなると、気苦労は単純計算で二倍である。

 

 とはいえ、言い渡されてしまったものはしょうがない。

 すぐにでもこの大任を終え、一息つくほかない。

 そう考え、学生はファルススの研究室を後にしようとするのだが……

 

「そういえば、教授」

「なんだね?」

 

 ふいに、気になったので聞いてみることにした。

 

「シルル殿の錬金アイテムの解析……本人に協力を仰ぐことは不可能なのですか?」

「……………………それか」

 

 ただでさえ気苦労が多いことで知られるファルスス教授の顔が、その日一番大きくゆがんだ。

 学生は、自分が突っついてはいけない藪をつっついてしまったことを悟る。

 だが、もう遅い。

 大きく大きくため息をついて、それからファルススは苦々しい顔で言う。

 

「まず、そうはいっても、すでにあの娘の錬金した魔法具は学院内に相当数ある」

 

 だから、わざわざシルルに直接魔法具の作成を依頼する必要はない。

 しかし、

 

「でも、こういうのは運良く転がってくるととても興奮しますし……」

「そうだな、とても興奮するな」

 

 錬金術師は、ダンジョンから出土する魔法具に魅入られた者たち。

 故に、シルルが錬金代行で魔法具を送ってくること自体は喜ばしいことだ。

 それはそれとして、思うところもあるというだけで。

 そして、何より。

 

「あの娘には、致命的なものがない」

「致命的な……もの、ですか」

 

 ファルススとシルルは面識がある。

 たった一度、学術都市ライブラで、共通の知り合い(ミルフェリア・アラジアンタ)を介して顔を合わせた。

 その時、ファルススは見抜いた。

 長年錬金術に携わってきたファルススにとって、それはあまりにも衝撃的な事実だった。

 

 

「錬金術の才能が、ない」

 

 

 おそらく、ファルススの長い錬金術師人生において。

 あれほどまでに才能のない人間を、彼は初めて知ったのだ。




錬金術師はロマンを愛する生き物です。
シルルは惰眠を愛しています。


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