ホロライブ・ゾンビーズ (鉄の掟)
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プロローグ 崩壊
第一話 始まり


酔った勢いで書き上げてしまった作品です。
読者の皆さんに面白く読んでいただく為に頑張るゾイ。


 

 

 

 

 

 数日前……確か世界がおかしくなったのは、そのくらい前の事だったと思う。

 テレビやゲーム、アニメなんかでは死んだ人間が時間が経って生き返り、生きている人を襲う、所謂【ゾンビ】なんてものは珍しくも何ともないよくある設定だ。

 でも、そんな設定は、結局は映像や小説の中だけの架空のものであり、実際にゾンビが彷徨く街や世界が来るなんて、その時の俺や世界は夢にも思ってなかっただろう。

 

 そして、世界がおかしくなってしまったその日……春の季節だというのに妙に肌寒い日に、俺は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

「 ふふっ、可愛い寝顔…… 」

 

「……おい、何してんだ」

 

「あ、起きた? おはよう八一君」

 

 薄いタオルと毛布の中から可愛らしい声が聞こえる。

 朝の気怠さを更に助長する布団の中の少女を無視して、布団を出ると洗面所まで向かう。

 それに続くように足音が俺の後ろまで付いてくるが無視だ無視。

 ったく、毎朝俺の布団に潜り込みがって……大体俺も俺で何で気付かないんだろうな、

 

 水を出すと、まだ冬の冷たい水が手に流れ落ちる。

 お前までも俺の気持ちを下げるのか、水道管。

 心の中でそう思いながらも、水を掬い顔を洗うと、少しだけだが目が覚めて来た。

 一呼吸置いた俺は、後ろで綺麗な銀色の髪に一部分だけ黒色が入っている、俺がこれから通う学校の制服を着た少女に、話しかけた。

 

「……で、今日は何の用だ。

 俺はお前に布団への不法侵入の許可を出した覚えはないぞ、【沙花叉】」

 

「もー、いい加減クロヱって呼んでよっ! 

 ……今日は入学式でしょ? 八一君が寝坊しないようにこうして起こしに来てあげたのに、ひどーい」

 

「頼んだ覚えないんだが」

 

 沙花叉クロヱ。

 俺と同じ16歳の女の子で、どういう訳か中学の頃一緒のクラスになった時、何かと付き纏って来た、自称俺の友達だ。

 中学を卒業した時はやっとこいつと離れられると心底嬉しがってた俺に、こいつは笑顔で「高校からもよろしくねっ!」って言って来やがった。

 

 中学の頃はただただ学校でうざい奴という感じだったが、この数週間で誰から聞いたのか、俺の家にまで来るようになり、極め付けはこの一週間の間に妙に母さんと話し込んでるかと思えば、一昨日の朝、目が覚めるとこいつが布団の中に潜り込んでやがった。

 

 曰く、抗議の為に起きてすぐ沙花叉を退かし、リビングの母さんに怒鳴りつけた時の母さんから聞いた話では、「沙花叉ちゃんが遅刻しないように毎朝起こしに来てくれるって言ってくれたのよ〜、もうお母さん助かっちゃう!」……との事だった。

 ……母さん、生まれて初めて貴方が嫌いになりそうです。

 

 と、まぁそんなこんなでこいつ。

 沙花叉クロヱは俺の家に来るようになった。

 因みに何で布団の中に潜り込むのか聞いた所、鈍感な俺には教えないと顔を赤らめながら言ってきた。

 ……危ねぇ、こいつが男だったらぶん殴ってたぜマジで。

 

 

「はぁ、取り敢えず俺は着替えるから早く出てけ」

 

「えぇー、別に沙花叉は気にしないけど」

 

「いいから出てけ、不法侵入並びに変質者」

 

「酷い!?」

 

 全く朝から騒がしい奴だ。

 改めて大きな溜息を吐いた俺は、寝巻きを脱ぎ壁に掛けてある制服に手をかける。

 ……頼むから高校のクラスは別であってくれよ、ただでさえ何の悪戯か中学ではあいつとずっと同じクラスだったんだからな。

 周りの奴らから、「二人って付き合ってるの?」みたいな質問をされるのはマジで金輪際ごめんだ。

 

 

 

 

 

「それにしてもこんな可愛い女の子が起こしに来てくれるなんて、うちの子は幸せねぇ」

 

「やだもぉーお義母さん/// 沙花叉が世界一可愛いなんて//」

 

 ……リビングからそんな会話が聞こえてくる。

 会話を聞いた俺の中で無性に怒りが湧いてくるが、俺は我慢ができる男だ。

 それにこんな所で時間を潰していると入学式に遅れかねない。

 沙花叉はどうせ俺の後ろに着いてくるだろうし、そうなったら【入学式に遅れて来た男女】ということになる。

 ……字面だけでも寒気がしてくるのは流石だ、沙花叉。

 

「……母さん、行ってきます」

 

「あら八一、朝ご飯は?」

 

「今日はいいや、あんまり腹減ってないし」

 

「そう? それならいいけど……」

 

 母さんが心配そうな顔で俺を見つめる。

 さっきの会話を聞いた事によって生まれた怒りが一気に無くなっていく、何というか……母さんはこういう風に純粋に心配してくれるのは変わらない。

 昔からよく俺のことを気遣ってくれて、当たり前の事と母さんは言うが、そんな当たり前が子供は一番嬉しいのだ。

 

 特に俺の場合は父親が単身赴任が多く、中々家に帰って来ない。

 そんな俺からしたら、母さんは本当に大切な人なんだと心から思う。

 

「じゃあお義母さん、行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい、この子を宜しくね沙花叉ちゃん!」

 

「はいっ!!」

 

 ……母さん、やっぱりさっきの無しで。

 

 

 

 

 

 

 

 家を出て、歩き始めた俺の後ろを、当然のように沙花叉は着いてくる。

 まぁ、今更その事についてどうこう言ったりする訳じゃない。

 

 しかし……考えてみればこいつが他の奴らと遊んだり、出かけたりといったところを見た事ない気がする。

 授業の合間や昼休み、放課後も毎日俺に付き纏って来ていたこいつは、他に遊んだらする奴がいないんだろうか? 

 どうせ学校に着くまで暇だし、話してみるか。

 

「なぁ、お前って他に友達とかいないのか?」

 

「? いるよ? いっぱい」

 

「……? じゃあ何で俺とばっかり一緒にいるんだ? 友達がいるならそいつらと遊んだりすればいいだろ」

 

「……」ゲシッ

 

「痛っ、急に何すんだよ?」

 

「……鈍感」

 

 急に人の足を蹴っといてそれは無いだろ、沙花叉さん。

 お前は本当に女に生まれてよかったな、グーでいってたぞ、男ならグーで。

 

 その後は特別面白い話をするでもなく、俺と沙花叉は学校に着いた。

 学校の前では俺達と同じ入学する生徒達がスマホで記念写真を撮っていた、そういえば今年からあのウイルスのせいで親は遅れて入学式に来るんだっけか。

 まぁ後から来るなら変わらない気もするが、色々学校側も大変なんだろうな。

 

 俺と沙花叉は写真を撮る生徒達を横目に校門から学校に入って行った。

 おいおい……学校に入ったはいいが、あそこにいる奴とか凄いな、なんだあの角は? 頭の真ん中にカラスも乗ってるし。

 それに科学者みたいな奴や奇抜なサングラス掛けてるやつもいるし……あの刀持ってる奴とかまさか本物じゃ無いよな? いつからここは仮装大会の会場になったんだ。

 

「あっ! いたいた、おーい!」

 

「げっ、お前まさか……あれと知り合いなの?」

 

「あれとは失礼だな、人間」

 

 幼げを残した声が目の前から聞こえる。

 声がした方を見てみると、丁度紫色のカラスと目が合った。

 あ、お辞儀した、これはどうもご丁寧に……。

 

「おいっ! 吾輩はこっちだ!」

 

「うわっ!」

 

 目の前の紳士的な態度のカラスさんと目で会話してると、ぐいっと下から胸倉を掴まれ、下に引き寄せられる。

 見ると鼻が当たりそうな距離で小さな少女の顔がこちらを睨んでいた。

 何だこいつ……俺とカラスさんの時間を邪魔しやがって、こちとらやっと今日初めてまともなやり取りをしてたというのに。

 

「おい、人間。

 あんまり吾輩のことを馬鹿にすると痛い目に……」

 

【ラプちゃん?】

 

「な、なんだ? 吾輩はこの人間と話が……」

 

【それならそんな近づく必要ないよね?】

 

「で、でも……」

 

【い い か ら は な れ て ?】

 

「ヒッ……ま、また後で覚えてろよ、に、人間!」

 

 そう言い残すと、胸倉を掴んでたちびは学校の中に走り去っていった。

 ……あいつ、マジで16かよ、見た目だけなら12って言われても全然分からないな。

 というか、こんなドスの効いた声出せたのか沙花叉。

 そこら辺のチンピラより今のお前はよっぽど怖いぞ。

 

「あ、待つでこざる! ラプ殿ー!」

 

「もう、仕方ないわね、また後でね沙花叉。隣の貴方も」

 

「こ、こよを置いてかないで〜!」

 

「……何だったんだあいつらは」

 

 類は友を呼ぶ、昔の人は上手いことを言った。

 沙花叉の言う友達がどういう奴らなのか、これで分かった気がする。

 この非常識な奴と友達になる奴だ、少しは変でも驚かないと思ったが、まさかまともな会話も出来ないとは思わなかった。

 天晴れだ、沙花叉。

 

「! だから痛ぇよ!? 何ださっきから!」

 

「浮気した八一なんてもう知らない! 先に沙花叉行くから」

 

 さっきより数倍強い蹴りが足に飛んできた。

 こいつ女だからって何でもしていいと思うなよ……、流石に一言言おうとした俺を沙花叉は大声で怒鳴ると、鼻息荒く歩き去ってしまった。

 ……決めた、もうあんな奴知らん。

 というかあっちから知らないと言われたんだ、それなのに何で被害者の俺が何かしなきゃいけないんだ。

 

 あいつが謝るまでは絶対にこっちから話しかけてやるもんか。

 俺はそう決意すると、痛む右足を動かし生徒達で賑わう校舎の中に入っていった。

 

 

 

 




筆者は酔うとゾンビみたいになります。
この前一緒に飲んでた友達に、「お前はさんかれあか」って言われました。
因みに男です、いえーい。


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第二話 ホームルーム

わっはー、we're ゾンビゾンビ
ドッキドキがもう聞こえな〜い!

deco27さんのゾンビ、オススメです。


 

 

 

 

 

「……ふぅ、一先ず最悪は避けられたな」

 

 最悪、文字通り最も悪い状況や事柄のこと。

 今の俺はというと、沙花叉と同じクラスという、史上最悪の結果を見事切り抜けられていた。

 先ほど、校舎内で貰った紙を見た後、入って来たこの1年のクラスには何処を見渡しても沙花叉の姿は無い。

 それにあの沙花叉のお友達の姿もない、正に最高の状況だ。

 

 やっと俺は付き纏う沙花叉の呪縛から解放されたのだと思うと、これからの高校生活に胸が踊るのも無理はない。

 寧ろ今からが俺の本当の学園生活の始まりと言っても過言ではない。

 さて、まだ最初のホームルームまでは時間がある。

 高校でぼっちを避ける為にも、ここらで誰かに話しかけておくか……。

 

 そんな事を考えていた俺だったが、ふと後ろから背中を叩かれる感覚がして後ろを振り向いた。

 するとそこに居たのは……【カラス】だった。

 

 あ、どうも、先程ぶりですね。

 

「だから違ーう!! 吾輩はこっちだ!」

 

「げっ、お前さっきのちびか」

 

「ちびじゃねぇわ! 人間のくせに生意気だぞ!」

 

 やはり世の中というのはそれほど甘くはないらしい。

 まさか沙花叉の代わりにこいつが同じクラスだなんて……三年間沙花叉と一緒に居たことによって培われた俺の危険センサーは、目の前の少女にレッドアラートを鳴らし続けている。

 つまり、あれだ。

 関わらないが吉って事だな、うん。

 

「そうか、そうだな。

 俺が悪かった、じゃあそういう事で」

 

「お、おい! どこ行くんだ? まだ話は終わってないぞ!」

 

「はいはい、じゃあそういう事で」

 

「どういう事だ!?」

 

 席を立ち上がり、離れる俺の後ろから煩い声が聞こえてくるが、こういうのは気にしたら負けだ。

 それよりも、早いとこ普通の友達を見つけよう。

 沙花叉のように人の話を聞かない奴や、あのちびのように人にいちゃもん付けるような奴じゃない、ごく普通の友達を。

 

 クラスにいるとどうしてもあのちびが五月蠅かった為、俺はクラスを出るとぶらぶらと廊下を歩く事にした。

 後10分か20分もすればホームルームだが、一先ずあのクラスからは離れたかったし、それにこの学校の何処に何があるのかというのも知る事ができる良い機会だ。

 

 そうして自分のクラスから少しの間歩いていると、俺と同じように廊下を歩く生徒達の中に、一際目立つ【木刀】が見えた。

 腰に付いてる木刀から目を離し、よく見ると何処かで見たような見てないような女の子が居た。

 しかしあんなものぶら下げてよく先生達は何も言わないな、見てくれがまるで昭和のヤンキーだぞ。

 

 そして髪は金色だろうか? それに綺麗な水色のような色の目をしている。

 どう考えても日本人離れした目鼻立ちと髪の色、そして腰に差している木刀。

 この状況で大抵の人は俺と同じ言葉を溢すだろう。

 

 

「なんじゃあれ」

 

「なっ!? あれとは何でござるか、切るでござるよ!」

 

「え? あぁ悪い、つい」

 

 どうやら聞こえてしまったらしい。

 あぁやだ、こっち来るよ……俺は普通の友達を探しに来たっていうのに、どうしてこう変わり者しか見つからないんだこの学校は。

 

「ん? その顔……もしかして八一君でござるか?」

 

「? どうして俺の名前を?」

 

「どうしても何も、沙花叉から散々聞いてたでござる。

 それにさっき校門で会ったでござるよ」

 

「校門……あ、もしかしてあの時の刀持ってた人?」

 

「刀じゃなくて、チャキ丸でござる!」

 

 なんだその小学生が付けたみたいな名前は。

 っていうかこいつあの沙花叉と愉快な仲間達の一人かよ、どおりで何か見たことがあったような気がした訳だ。

 それにしても俺は友達を探してこうして廊下にいる訳だが、普通は自分のクラスにいる筈。

 それなのにこいつはここで何をしてるんだ? 

 

「でも丁度良かったでござる、八一君に会えて」

 

「? 俺に? それはどういう……」

 

「それは着いてからのお楽しみでござるな、取り敢えず一緒に来て欲しいでござる」

 

「まぁ……別に良いけど、もうホームルームまであまり時間がないぞ?」

 

「大丈夫でござる、すぐ済む用事だから」

 

 そう言い残すとこいつ……いや、いつまでもこいつやあいつ呼ばわりじゃ失礼か。

 この子は意外とまともそうだし、それに仲良くする気は無いが、沙花叉の友達なら名前ぐらいは知っておいてもいいかもしれない。

 あのちびは論外だが、あいつの頭に乗ってるカラスさんの名前は是非とも後で聞いておこう。

 

「なぁ、その前に名前を教えてくれないか?」

 

「え? あ、そうでごさるな、失礼したでござる。

 風真いろはでござる! これから宜しくでござる、八一君!」

 

「あぁ、風真」

 

「もぉー、いろはでいいでござるよっ!」

 

「そうか……?」

 

 何だこの感じ……何なんだろうこの感じは。

 この沙花叉と話してる時には感じない幸福感は。

 これだよこれ、聞いてるか沙花叉、これがお前に足りないものだぞ。

 こんなに性格良さそうな友達がいるのに、何故お前はあんなにもうざ絡みするような奴になってしまったんだ、色々チャンスはあった筈だろ? 

 それがどうして人の足を蹴り上げる奴になってしまったんだ、俺は悲しいぜ。

 

「じゃあ行くでござるよ、八一君!」

 

「あぁ、分かった、いろは」

 

 いろはは満足したように笑うと俺の前を歩き出した。

 そうして歩いてる間に色々と話をした所、どうやらいろはは小さい頃から剣道を父親の影響で習っていたらしく、その腕前はかなりのものらしい。

 中学では全国大会で一位も取っていて、高校生や大人相手でも歯が立たないらしく、剣道の世界ではかなりの有名人なんだそうだ。

 

 その事もあってか特例中の特例で中学の時や、この高校でも決して人を傷つけないのを条件に、木刀を持つことが許されているらしい。

 どうやら腰に刀を刺していないと落ち着かないんだそうだ、いや侍かよ。

 

「そう! 風真は侍なんでござる! 

 よく分かってるようで嬉しいでござるよ、八一君」

 

「もしかしてその喋り方も侍の真似か?」

 

「真似じゃなくて本物でござるっ!」

 

 本物の侍が本当に語尾にござるって言ってたのかは、甚だ疑問が残るが、そんなことこの自称サムライには関係ないんだろうな。

 

「本物の侍なら本物の刀を刺さなきゃダメだろ」

 

「……」

 

「……? いろは?」

 

 何気なく、本当に何気なく言った俺の言葉に、突然いろはの足が止まる。

 勿論本気で本物の、いわゆる日本刀を持てと言ったわけじゃ無い、侍だと豪語するいろはを少しからかいたくて言っただけだ。

 それなのにいろはは突然青ざめた顔をしてその場に立ち止まった。

 

 急にどうしたんだ、と聞く俺にいろはは何も答えなかった。

 いや、正しくは答えたくないように見えた、何か思い出したくないトラウマを隠すように。

 それが何なのかは分からないが、直ぐに調子を取り戻し笑いながら歩き出すいろはの後を、俺はただ着いていくしかなかった。

 いつかいろはが話してくれる日は来るのかと、そんな事を考えながら。

 

 

 



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第三話 違和感

 

 

 

 

 

 

 そうして若干俺の質問のせいで気まずくはなったが、運良く目的地はそんなに遠くはなく、いろはに着いていくままに歩いて来た俺はある教室の前に来ていた。

 しかし中から生徒の声が聞こえてくるわけでもなく、よく見ると教室の看板に何も書かれていないことから、ここは空き教室のようだ。

 

 こんな所に何の用があるのかは分からないが、取り敢えずそろそろホームルームも始まるし、ぱぱっと済まして自分の教室に帰るとしよう。

 ……いや、やっぱりあんま帰りたくないかもな。

 これから一年あのちびと同じクラスかと思うと、流石に気が滅入る。

 クラス変更とか出来たりするのか? もし出来るならお願いしたい。

 

 

 

「連れて来たでござるよー」

 

「ご苦労様、いろは」

 

「へー、この人が八一君?」

 

 先に教室に入ったいろはに、続いた俺に一人の女子が詰め寄って来た。

 流石に沙花叉の愉快な仲間達の一人のいろはが連れて来たこの場所に、居るこの二人の女子に見当が付かない俺じゃない。

 ジロジロと顔や体を見てくる目の前のこいつは、確か校門で科学者のような白衣を制服の上から着ていた奴だ。

 そして隣にいる背の高いこいつは、変なダサいサングラスを掛けていた奴だったか? 

 やったな、これでコンプリートだぜクソが。

 

 ジロジロと見てくる奴を無視して、教室にある椅子に腰を掛ける。

 教室の中を見渡す限り、少し古めの椅子や机、それに窓ガラスもあまり掃除されてるふうには見えない。

 察するにここは昔使われていた教室といった所だろう。

 それか問題児専用の教室だったりするのか? 正直言うとコイツらがいる時点でそっちの可能性の方が俺の中では優勢だ。

 

「ねぇねぇ、こよの事覚えてる〜?」

 

「……それで何の用なんだ? こんな所にまで連れて来たのは」

 

「無視っ!? ねぇ〜ねぇ〜!」

 

 急に抱き着いてくるな、暑苦しい。

 殆ど初対面の俺に馴れ馴れしすぎないか、この人。

 それに沙花叉と同じで無駄な肉が顔に当たって鬱陶しい。

 

「そうだね……簡単に言えば、沙花叉の事かな」

 

 背の高い奴は俺の前に座ると腕を組み、話し始めた。

 顔から察するに、少なくとも俺が嬉しくなるようなことではないだろう。

 

「……あいつがどうかしたのか」

 

「どうも何も、私達三人は沙花叉と同じクラスだったんだけど……あの子が見た事ないくらい怒ってるから、貴方が何かしたんだじゃないかと思ってね」

 

 ほら見ろ、全く嬉しくない話だ。

 大体俺は沙花叉の保護者でもなければ、ご機嫌取りをする役割でもない。

 あいつが勝手に怒って、俺を蹴り上げたくせに、それは俺のせいだと言いたいのか? なんて理不尽な奴だ、締め上げてやりたい。

 

「俺はあいつの保護者じゃない、あいつが勝手に怒ってる事を俺のせいにされても困る」

 

「そうは言っても沙花叉は何も話そうとしないし……私達じゃどうにも出来そうにないの。

 貴方だってあの子があんな調子で入学式を迎えるのは、望んでないでしょ?」

 

「知らん、勝手にすればいい」

 

「うわー、八一君ばっさりでござるなぁ」

 

「いろはちゃんがそれ言う?」

 

 全く本当に面倒な奴だ、自分勝手で我儘なあいつに何で俺がどうこうしないといけない。

 

 ……まぁ、俺もあいつが嬉しそうに高校生活を語る姿を何度も見ているし、少しだけ、ほんの少しだけ心が揺れ動かない事もないが、それでもあいつももう子供じゃない。

 いつまでも俺みたいにつまらない奴と一緒に居るんじゃなくて、こいつらや他の連中みたいに馬が合う奴と、楽しくやれば良い。

 

 それがあいつにとっても、俺にとっても一番マシな選択だと思う。

 目の前の背の高い奴……名前を聞くと【鷹嶺ルイ】と言うらしい。

 鷹嶺ルイと科学者みたいな格好の【博衣こより】の二人に俺はそう伝えた。

 それが本当に俺は正しいとこの時は思っていた。

 ……この時だけだが。

 

 

 

 

「……分かった、はぁ、沙花叉が更に怒るわね」

 

「悪いが、俺はそうする」

 

「時間を取らせてごめんなさい、もう用事は済んだから戻って良いわよ」

 

「あぁ、それじゃ」

 

 残念そうな顔で俺を見る鷹嶺に少しだけ罪悪感を感じながらも、俺は空き教室から廊下に出て、元来た廊下を歩き出す。

 博衣と風真は何を言うべきか分かってないような顔だった。

 あの三人が沙花叉から俺との関係をどう聞いてるのかは知らないが、俺と沙花叉はただ中学で3年間同じクラスメイトであっただけだ。

 

 あいつが俺をどう思ってるかは知らないが、少なくとも俺は……

 

 さっきまで生徒で賑わっていた廊下も、流石にホームルームが近くなり、各々の教室に戻っていったと分かる静かさの中。

 俺の耳は何故か廊下の端にいた二人の女子生徒の会話を聞いていた。

 

 

 

「ねぇ……これやばくなーい? 殺人事件だって」

 

「うっわ、何それやば……数十人死んでるって書いてあるじゃん」

 

「しかもこれ結構近くない? まだ犯人も捕まってないみたいだし」

 

「まぁどうせ警察が何とかするでしょ、それよりさー、帰りにマック行かない?」

 

「いいねそれ! いくいく!」

 

 

 

 ……? 数十人が死んでる殺人事件? 

 それがデマやフェイクじゃないのなら、流石にヤバくないか? 

 この日本でそんな人が死ぬ事件なんて滅多に起きないぞ。

 

 女子生徒の会話の内容に、妙な胸騒ぎを感じた俺は、ポケットにある自分のスマホを取り出すと、ニュースアプリを開き今日のニュース情報を片っ端から見ていった。

 すると、確かにこの学校の近所の路地や公園などで人が死んでいるというニュースがあり、だが被害者は推定10人程だと書いてあった。

 

 ……なんだ、驚かせやがって。

 10人死んでるのも結構ヤバい気はするが、この程度なら警察も問題なく犯人を捕まえられるだろう。

 何せ、その犯人の特徴は……

 

 

【まるでゾンビみたいに歩き回る男】なのだから。

 

 

 

 

「どうせ、アル中のおっさんがとち狂ってるだけだろ」

 

 数十人が死んでるなんてどんな事件かと思って見てみれば、所詮現実なんてこんなもんだ。

 フィクションや漫画、アニメやゲームみたいな事が本当に起こるわけがない。

 それに10人が死んだと言ってもどうやらその死体すら見つかっては居ないらしい、ニュースには血溜まりや鞄などが多数見つかったことから、被害者の数を予測していると書いてあった。

 期待外れにも似ている感情から俺は直ぐにスマホをポケットに仕舞い込んだ。

 

 そうこうしている内に、ホームルームのチャイムがスピーカーから聞こえて来た。

 ヤバい、予想以上にあいつらに時間を取られてた。

 廊下をダッシュで走り自分の教室にまで戻って来た俺だったが、案の定教室に居た担任に叱られ、入学早々遅刻魔のレッテルを貼られてしまった。

 俺のせいじゃねぇのに、クソっ。

 

 

 

「なぁ、お前急に出て行って何してたんだ?」

 

「あ? 強いて言えば、お前のお仲間の所だ」

 

「えっ、そんなの吾輩聞いてないぞ!」

 

「そこ! 先生がこれから話すので静かにしなさい!」

 

「は、はいすみません……」

 

「……はぁ」

 

 周りの奴らは今担任に怒られてしゅんとなってるちびと俺が、友達みたいな目線で見て来やがる。

 これじゃあ中学の頃、沙花叉と出会った時と全く同じじゃないか。

 高校こそは俺は普通の友達を作ろうと思っていたのに、入学早々こんな目に遭うなんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、今思うと

 

 この瞬間に俺が気付き動いていれば

 

 本当に最悪の事態は防げていたのかもしれない

 

 

 




さぁさぁ、きな臭くなってまいりました!


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第四話 何かがおかしい

 

 

 

 

 

「それでは、今からホームルームを始めます」

 

 担任の川島先生が教団の前に立ち、ホームルームを始めた。

 とは言っても入学初日という事で、この後入学式をやった後は、午前中に帰ってもいいらしい。

 教科書やその他諸々の学校生活に必要な物は明日配られるそうだ。

 

 そうして短めのホームルームを終えた川島先生は、入学式が始まったら呼びに来ると言い残すと、教室から色々な書類を持って出て行った。

 きっとこの後担任同士で打ち合わせやら何やらをやるんだろう、教員という職業も中々辛いもんだな。

 

 そういえば、ホームルームの最中に学校の外でやたらサイレンが鳴っていたな。

 今も何台ものパトカーがサイレンを鳴らしているんだろう、外は朝の静かさと打って変わって、少し騒がしい程に音が鳴り止まない。

 ……何か胸騒ぎがする、いや単純に初の高校生活に多少なりとも緊張しているだけか? 

 

「おい、人間! お前のせいで先生に怒られたじゃないか! ったくこれだから男は……」

 

「さっきから思ってたんだが、その人間とか吾輩とかの変な口調は何だ? 高校生にもなって恥ずかしいにも程があるぞ」

 

「な!? おおおお前にそんな事言われる筋合いは無いぞ!」

 

「まぁ、それはそうだが」

 

 次から次へと表情筋が飽きないやつだ。

 

 さて、川島先生はそう言ったものの入学式がいつ始まるかも分からない。

 その間、ただ机でボーっとしてるのも面白くないな。

 かと言って、誰か話す相手がいる訳でもないし、周りはすでに何個かグループが既に出来上がりつつある。

 

 というか、このままでは俺だけぼっちになる気がする。

 これはまずい、どうにかして話し相手ぐらいは見つけないと、俺の高校生活は期待していた青色から一転して、灰色の空模様一直線だ。

 

「おい、人間」

 

「あ? 何だよ、今お前に構ってる暇は……」

 

 そう言いながら、後ろを振り返ると、ちびすけは窓の方を向き何か説明し難い顔をしていた。

 その光景がやけに気になり、ちびと同じ目線を辿っていくと、そこには警察のパトカーが何台も止まっていた。

 それも警察はパトカーを道路の真ん中に壁を作るように駐車していて、まるでそこで銃撃戦でも繰り広げる気なのかと疑うくらい、拳銃を取り出し駐車したパトカーから、先の道路を見つめていた。

 その光景は嫌な曇り空も相まって、余計に不気味な光景だった。

 

 警察は一体何故あんな事をしてるんだ? 

 もしかしてさっきの殺人犯を捕まえようと……? いやそれにしてはやや警察の数が多すぎる。

 それにいくら何でもアメリカならまだしも、日本であそこまで犯人に対して警戒するだろうか。

 相手がライフルを持っているなら話は別だが、それなら無闇に大勢の警察が駆けつけることはしないだろう、先に近隣住民の保護と安全を優先する筈だ。

 それとも、まさか……人の命より優先しなければいけない事があるのか? 

 

「! おい、何処に行くちびすけ」

 

「離せ、人間、少し……様子を見てくるだけだ」

 

 俺が窓の外に夢中になっている時、ふと横にちびすけもカラスさんもいないことに気付いた。

 そして教室の扉の方を見ると、ちびすけが階段の方へ降りていくのが目に入る。

 

 何となく何を考えているのか理解できた俺は、ちびすけに急いで走って追いつくと、手を掴み行かせないようにする。

 様子を見に行くだと? この状況で外に行くバカは本当のバカだ。

 あれだけの警察が必要な何かしらがあの先で起こっているのに、バカ正直に向かって行ってもしもの事があったらどうする。

 俺は正直知ったこっちゃないが、こいつは沙花叉の友達だ、後であいつに怒鳴られるのは勘弁したい。

 

「状況を分かってるのか、あの警察の数を見たろ、お前死ぬぞ」

 

「……刮目せよ! 吾輩の名はラプラス・ダークネスだ!」

 

「……は?」

 

 急に何言ってんだこいつ、遂にイかれたか。

 

「吾輩はエデンの星を総べる者! そんな吾輩に恐れるものなんてないのだ! それじゃあそういう事で手を離してもろて……」

 

「いや、余計に離せるか」

 

 どうやら沙花叉はとんでもない厨二病こじらせ少女と交友関係を築いていたらしい。

 ラプラス・ダークネス? 最早ほぼ初対面の俺にここまで厨二病の設定を貫かれると、逆に清々しく思えてくるな。

 

 とはいえ、それなら余計に行かせるわけにはいかない。

 罷り間違って警察の隣でハリーポッターの呪文とか唱えてみろ、明日のニュースでコイツの厨二設定が全国に名を轟かせる事になってしまう。

 それだけは阻止しなければ、この痛々しい厨二少女の為にも。

 

「面白半分で行く気なら早く教室に戻れ、俺は本気だぞ」

 

 本名がわからないから仕方なくラプラスって呼ぶが、ラプラスは俺がそう言うと、ポケットから携帯を取り出し俺に見せて来た。

 そこには母上と書かれたスマホの電話画面が表示されているが、繋がっているにも関わらずスマホからは何の音も聞こえない。

 つまり、相手がスマホの電話に出ないという事だろう。

 

「母上はいつでも吾輩を気にかけてくれて、電話にも直ぐに出てくれるんだ……それなのに、さっきから……電話に出なくて……」

 

「……」

 

「お願いだ、離してくれ……八一」

 

 ……こいつ、こういう時に限って名前で呼びやがって。

 

 

「……分かった、お前が行きたきゃ行けばいい」

 

 そう言って、離すまいと握っていた手を離す。

 ラプラスは少し赤くなった手首を触ると、ジトっとした目を向けて来た。

 ……こいつ、人が心配してやってやった事なのに何だその目は。

 

「悪かったよ、強く握り過ぎた、それより早く行くぞ」

 

「え、な、どういう……ちょ、ちょっと!? おい!」

 

 先に階段を降りて行く俺に続いてラプラスも駆け足で階段を降りる。

 階段を降りている間、ラプラスは俺に色々一人で平気だの、俺には関係ないだのと言ってきたが、最終的には何やら納得した様子で口を閉じた。

 

 そりゃあそうだ、この状況で高校生……まぁ年齢は高校生の、女子が一人外に飛び出して、どうにか出来る訳がない。

 こいつは少し感情的に行動する所があるが、どうやら自分で物事を考えられる頭はあるみたいだな。

 俺が階段を降りている間、一言も話さなかったのも状況を理解するのに良いスパイスになっただろう、どうやら俺は沙花叉によると、黙ってると相当怖い顔をしているらしいからな。

 全く心外だ、こんなにも慈愛に満ちた性格の俺にそんな事言いやがって、男だったらコンクリート詰めにしてたぜ。

 

「八一……やっぱり良いやつなんだな」

 

「あ? どういう意味だ」

 

「え? あ、その…沙花叉からは、鈍感で女心の分からない唐変木って聞いてたから……」

 

「そうか、ありがとう教えてくれて」

 

「や、八一……? か、顔が怖いぞー……?」

 

 大丈夫だラプラス、生まれつきこの顔だ。

 少し頭の血管が切れそうだが、今はそれどころじゃない。

 今の話は後で沙花叉にしっかり自重聴取してやろう、楽しみだ。

 

 さて、案外すんなりと階段から校門まで辿り着いた俺達は、ラプラスの家の方角に向かって歩き出した。

 しかし、やはり町の雰囲気がどこか不気味だ。

 沙花叉と一緒に歩いていた朝には聞こえていた人の歩いている音や、車の音、店の中の話し声も、何故か今はぴたりと止んで聞こえて来ない。

 

 まるで世界に俺とラプラスしか居なくなったみたいに静かだ。

 それが異様なのはラプラスも感じているようで、さっきから俺の横にピッタリとくっついて来て歩きにくい。

 っていうか俺が付いてきたからいいものの、もし俺が付いてこなかったら、こいつはどうやって家まで行く気だったんだ? 

 今の俺は迷子の子どもを保護してる大人の気分だぜ。

 

「少しは自分の体くらい自分で支えてくれないか?」

 

「う、うるさいぞ……! 吾輩だってしたくてしてるわけじゃ」

 

「あっそ、なら俺はここまでだな」

 

「い、いやー? それは少し違うんじゃないかなってわ、吾輩は思うけどなー?」

 

 はぁ、高校の入学式の日に抜け出すというリスクを犯してやる事が、こいつのお守りとは。

 全くどいつもこいつもイかれてるぜ。

 

 その時、一発の銃声が俺とラプラスの耳を激しく裂いて遠ざかっていった。

 そして間髪入れずにまるで戦場のど真ん中にいるみたいに、俺とラプラスがいる道路より先、右に曲がった道から、銃声が止まる事なく鳴り響く。

 そしてそんな爆音の中に、人間の悲鳴が混ざっているのを俺は聞き逃さなかった。

 

「ラプラス! こっちだ、早く!」

 

「え、な、銃声……? 八一、一体何が……」

 

「考えるのは後だ、一先ずここを離れるぞ!」

 

 ラプラスの手を掴んで俺は走り出した。

 その手は小さく暖かくて、俺の心の内に、こいつを絶対に守るという決意を抱かせるには充分過ぎるほど、尊い感触だった。

 

 ……何処でもいい、兎に角ここを離れないとまずい。

 あれだけの銃声が聞こえたということは、きっと警察はとんでもないものに向かって、銃を発砲していた。

 人間相手にあそこまでする訳がない、でもだとしたら何だ? 何故警察はあんな死に物狂いみたいに……? 

 それに銃声の中で微かに悲鳴も聞こえた、さっきまであんなに静かだったんだだぞ、なのに何だって急に銃声が鳴り響くんだよ! クソっ! 

 

「取り敢えず、学校に戻るぞ、いいな?」

 

「で、でも八一、吾輩のお母さんが……」

 

「大丈夫だ、兎に角今はそう信じろ」

 

 幸いにも、銃声がした方角と俺達が向かっていたラプラスの家の方角は違う。

 だからといって安心は出来ないが、少なくともラプラスにとっては気休め程度にはなるだろう。

 

 そうして俺達は学校に戻る為に走っていた。

 動揺から非日常的な出来事からかラプラスは走るにも一苦労だったが、何とか俺が手を引き学校が目前に見える距離まで近づいていた。

 

 嫌な予感がする、どうしてさっきまであれだけの銃声が鳴ったにも関わらず、野次馬の一人も見かけないんだ? 

 それに遠くではまだ銃声が聞こえるが、その数は明らかにさっきより少ない。

 一体何に対してそんなに発砲しているんだ? ……妙な胸騒ぎがする……

 

 その時、遠くで人影のようなものが見えた。

 その人影はまるで酔っ払いのように右へ左へ揺れながら、俺たちの方へ歩いて来ていた。

 その人影を目にしたラプラスは安堵したのか、俺の手を握る力を抜いて深く溜息を吐いた。

 

「はああぁぁ、良かったな八一、人だぞ人」

 

「……ラプラス」

 

「一時は吾輩もどうなる事かと……」

 

「ラプラス」

 

「ん? ……八一? どうし」

 

「逃げるぞ……早く……早く!!」

 

 ラプラスの手を引いて、人影と逆方向に再び走り出す。

 訳が分からない様子でラプラスは俺に説明しろと叫ぶが、今はそんな事に構ってられない。

 

 俺もとてもこの世の事とは信じられない……しかし、自慢じゃないが俺は唯一目の良さだけは誰にも負けた事はない。

 子供の頃から大人によく褒められ続け、今では視力検査で間違えることなんて万が一にも無い程、俺の目は遠くの物も鮮明に写ってしまう。

 そんな俺はしっかりとこの目で見てしまった……

 

 あれが肉を噛みちぎり、口から血を滴らせながら、俺とラプラスを人とは思えない血走った目玉で見つめているのを。

 

 

 

 




仕事が忙しくてなかなか投稿が出来ず申し訳ありません。
次でプロローグは最後になると思います。


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第五話 Time Is Coming

投稿が遅くなって申し訳ありません。
全部仕事が悪いんです、僕は悪くないです。
という事で遅くなりましたが、お楽しみください。


 

 

 

 

 

 恐怖が全身を駆け巡る。

 何なんだ、一体何なんだあいつは!? 

 さっきの警察はあいつに向かって銃を撃っていたのか? いや、それにしては何もかもが不自然だ。

 聞こえた銃声の数は余りにも過剰すぎる、となると……あいつのような存在が複数いたという事か? 

 ……いや今はそんな事取り敢えず後だ、一先ずは何処か安全な場所まで、他の事はそのあと考えたら良い。

 

 学校まで辿り着けなかったのは最悪だった。

 あそこには沙花叉がいる、それに風真も鷹嶺も博衣もあそこにはいる、学校には先生達がいるし校門を閉める事だって出来る。

 だから大丈夫だとは思うが……あいつが学校の側にという事は銃を持った大勢の警官が、敵わなかったということだろう。

 くそっ、少しは体力をつけておくんだった……恐怖心と焦りからどうにも心臓の鼓動が早い。

 足も徐々に痛みが増し、息も喋る暇がない程上がってきた。

 それに、見ると隣で走るラプラスの方が俺より辛そうだ、流石にちびすけにはこんな状況で普通に走れっていう方が無理だろう。

 

 すると、遠くの方で何かの音が聞こえた。

 その方角はどうやら学校からのようで、2、3分は走っているラプラスと俺の位置からでも、かなりの大音量でスピーカーから少しのノイズが聞こえた後、中年の男の声が町中に響き渡った。

 

 

「えー、現在正体不明の暴徒化した集団が、町にて破壊活動及び傷害行動を行っています。

 近隣住民の方々は決して外には出ず、我々警察が事態を鎮静化するまで落ち着いて、家の中に居ますよう願います」

 

 

「はぁ、はぁ、ラプラス……一旦止まるぞ……」

 

 住宅街のコンクリートの壁を背にラプラスと共に尻もちを着いた。

 俺は何とかまだ走れるが、ラプラスは喋るのも出来ないほど小刻みに呼吸を繰り返し、顔は上気し赤くなっている。

 ……何かこの状況で警察に出会ったら、別の理由で俺逮捕されそうだな。

 

 まぁ、そんな冗談は兎も角、ラプラスはかなり辛そうだ。

 丁度近くに自販機があるしスポーツドリンクでも買ってきた方がいいだろう。

 どうやら学校の側で出くわしたあいつは見た所、追って来てないみたいだが、まだあいつと同じような奴が必ず居るはずだ。

 あまり不用意に彷徨きたくはないが、仕方ない。

 

「おいラプラス、俺は飲み物を買ってくる、すぐ戻ってくるからここで待ってろ」

 

「え……い、いやだ! 吾輩一人じゃ無理だ、八一も一緒にいてくれ……」

 

「はぁ、すぐ戻るって言っただろ」

 

「お、お願いだ……吾輩をひとりにしないで……」

 

 ……こいつはどうやら相当参っているらしい。

 無理もないか、男の俺でも遠目に見ただけで全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。

 きっと女のこいつじゃ余計に怖かっただろう、本当にこいつよくあの時一人で行こうとしてたな。

 エデンの星を総べるラプラス・ダークネスさんは、怖いもの無しじゃなかったのか? 今のお前は見た目相応の女の子にしか見えないぞ。

 

「じゃあ一緒に来い、もう歩けるだろ」

 

「う、うん……ありがとう八一」

 

 座っているラプラスの前に手を出すと、ラプラスは少し恥ずかしげに俺の手を握ると、勢いよく立ち上がった。

 さっきまで痛いぐらい手を握ってたのに、何を今更照れてるんだこいつ、ていうかどんだけ手熱いんだよ。

 ラプラスの手は風邪なんじゃないかと思うほど熱く手汗で湿っていた、子供の体温は高いらしいけど、こいつ本当に12歳とかじゃないよな……? 

 

「……あー、その大丈夫か?」

 

「わ、吾輩は大丈夫だ、ただ……あいつらは大丈夫かな……? 八一……」

 

「きっとな、きっと大丈夫だ」

 

 そう、きっとあいつらは心配いらない。

 学校には今、警察だっているだろう。

 だから心配なんて要らない、俺は自分の胸にそう何度も何度も言い聞かせながら、ラプラスと共に自販機まで歩いていった。

 

 町は依然として静寂が辺りを支配している。

 ガコンという音と共に落ちて来るスポーツドリンクを手に取り、勢いよく飲み干しながら、もしかしてあの化け物はもう居なくなったのだろうかと、そんな事を楽観的に考えていた。

 隣のラプラスは水を飲んで少しは落ち着いたのか、さっきの怯えた表情は少し和らぎ、何かを真剣に考えているような顔をしていた。

 大方、学校に戻る事を考えているのだろう、まぁどれだけ口で言っていても不安は消えないか。

 それでもこの状況で学校まで行くのは危険極まりないだろう、兎にも角にも今は何処かに身を隠すべきだ。

 

「……ん? 誰だこんな時に……」

 

 何処に身を隠そうか考え悩んでいた俺のポケットから、スマホが着信音を振動と共に鳴らした。

 不思議に思いながらもポケットからスマホを手に取り画面を見ると、そこにはただ一言「母さん」と書かれた文字が表示されていた。

 

 その瞬間、俺の脳裏に過ぎったのはとてもじゃないが考えたくもない事だ。

 こんな状況で電話をかけて来る母さんの身に何かあったのか、それともこの状況で空き巣にでもあったのか、それともあの化け物に……襲われているのか。

 しかし、その不安は電話に出た母さんの声色からさらに加速する事になった。

 

「や、八一!? 今何処にいるの!?」

 

「母さん? どうし……」

 

「あぁ良かった! 無事なのね八一!? 今、学校に居るの?」

 

「……うん、学校に居るよ」

 

 そう言った時、隣のラプラスから驚いた様な視線を感じる。

 まぁ確かにラプラスからは会話が聞こえないから、何故俺がこんな嘘を付いているのか、訳が分からないのも無理はない。

 ただ今の母さんは事情は分からないが少しパニックを起こしているのは、電話越しでも伝わる、ここで下手に不安にさせる事を言って家から出られたら敵わない。

 うちの母さんはマジでやりそうだからさらに敵わん。

 

「いい? 八一、今から母さんが言う事をちゃんと聞いてね?」

 

「うん、分かった」

 

 それから母さんはとてもにわかには信じられないが、今起こってる現実について話し始めた。

 

 今から丁度半年前、アメリカ、ロシア、中国、ドイツ、オーストラリア、イギリス、日本を除く他の主要な国で不特定多数の人間が毒ガステロにあったらしい。

 しかしそのテロで奇妙にも死人は一人も出なかった、勿論毒ガスを吸い込んだ筈の人達も、だ。

 その毒ガスを調べた警察も人に有毒な成分は入っていなかったと、後日発表したらしい。

 それから驚くべき速さで各国のテロを起こした犯人は全員捕まり、当然全員有罪判決の後、刑務所に入る事になった。

 

 数日もしないうちに犯人は全員捕まったみたいだが、それは犯人にはある特徴があったかららしい。

 その特徴は腕や足に、【Time Is Coming】というタトゥーが無数に入っていた事と、犯人達が終末論の熱狂的な信者だった事だそうだ。

 まぁ何はともあれ犯人は全員捕まり被害もほぼ無し、それ程大きなニュースにはならなかった、俺も今の今まで、そんなニュースもあったな、と忘れていたくらいだ。

 

 しかし、それから半年が経った今日……突如刑務所の囚人や看守がもがき苦しみ出したらしい。

 そして異常を察知し駆けつけた複数の警官に、よろよろと歩きながら近づいた一人の囚人が、突然警官の首に噛み付いた。

 当然他の警官は囚人に銃を発砲するが、信じられない事に囚人は何発もの弾を体に喰らいながら尚、警官の首の肉を噛みちぎりながら貪っていた。

 

 その直後、何百人もの同じような姿の囚人や看守が刑務所から飛び出してきた、その光景を最後に俺の見ていた某SNSの動画は終わった。

 そして見ていた動画に写っていた囚人や看守達は、さっき俺が見た奴と同じように、動画を撮っているであろう人をまるで飢えた獣の様に睨み付けていた。

 

 そしてこの動画の様に、人が人を襲っているというのは今、全世界で同時多発的に起こっている事らしく、日本でもこの町だけでなく、様々な場所でそれは起こっているらしい。

 それが母さんが電話越しに俺に伝えた事だった。

 

「今、警察の人が学校に居るのよね? 八一、とにかく今は学校にいて、母さんも落ち着いたら学校に行くから、それまで絶対に外に出ちゃダメ」

 

「……母さん」

 

「? どうしたの? ……八一?」

 

 あぁ、まずい。

 

「ごめんなさい、俺は親不孝の息子だよ」

 

 今ほど自分の事を殴りたいと思った事はない、今ほどさっき学校を離れたという事を後悔しないだろう。

 今ほど……母さんに会いたくて堪らない事なんてないぜ、畜生っ!! 

 

「八一? や」ブチッ

 

 勢いよくスマホの画面を指で叩きつけ、電話を切った俺はラプラスに急いで学校に戻ると伝える。

 それを聞いたラプラスが深く頷くのを見ると、俺は全力で疲れた足を動かし学校へ走り出した。

 

 警察なんて意味がない、動画に写ってたのは刑務所だ。

 人が逃げ出さないように作られた建物だ、それを奴らはいとも容易く抜け出していた。

 それに学校なんて安全じゃない、生徒や先生の中にあいつらに変わった奴が居るかもしれない。

 

 

「沙花叉……くそっ! 間に合ってくれ!!!」

 

 

 

 

 

 




もう少しだけプロローグは続きます。


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第六話、崩壊

お、お久しぶりです。
その言い訳をすると、今までもGW中も仕事で書く暇が無く…こんなに遅い更新になってしまいました。
なので作者の頭をぶち抜くのは勘弁して下さい。

それでは、どうぞ。


 

 

 

 静かな町を全速力で走り抜けてく。

 大丈夫、きっと間に合う筈だ、さっき学校から聞こえたスピーカーからもおかしな雰囲気は無かった。

 今頃、沙花叉はどうせ暇そうに机に突っ伏してるだろう、綺麗な目で時計を睨みながら、進まない時計の針にがっかりしてる筈だ。

 きっとそうに違いない……なぁそうだろ? 沙花叉……

 

「八一! あそこ!」

 

 隣で息を切らせながら走るラプラスが、前の方を指差しながら叫ぶ。

 その指の先には俺たちが目指す、沙花叉達がいるであろう学校が遠くに見えた。

 あの怪物から逃げてる時は遠く感じた距離だったが、やはり人は目的があると違うらしい、俺とラプラスは少しだけ立ち止まり、遠目に学校を見つめると、また体の疲れを無視して走り始めた。

 

「ラプラス! もう少しだ踏ん張れ!」

 

「わ、吾輩を舐めるなぁ!」

 

 そうして走って走って、俺たちは学校の手前まで来ていた。

 そこで俺は気づいてしまった。

 

 ……もう全てが遅かったということに。

 

 

 

 学校に繋がる道を走り、最後の曲がり角を曲がった俺とラプラスの目に飛び込んできた光景は、学校の門の前で警官の服を着た男が、さっき出くわした数人の怪物に、見るも無惨に喰われてる姿だった。

 

 一人は腕を食いちぎって、二の腕に噛み付いていて、また一人は腹から内臓を引き摺り出し、夥しい量の血が噴き出すそれを無我夢中で喰らっていた。

 そして俺たち目の前で警官を食っている怪物の一人は、この学校の制服を着ていて、その事実が俺を更に絶望へと突き落とした。

 

「あ……ああ……嘘だ、ろ? ……こんなの……」

 

 目の前の光景がまるで理解出来ない。

 なんでこんな事が俺の目の前で起きてるんだ? ついさっきまで普通に通行人が歩いていた道で、何で人が人を食って……。

 

 希望が目の前の光景にズタズタに引き裂かれていく。

 どうせ警察が何とかしてる、きっと戻れば全てが片付いていてこんな状況で外に出た俺を、沙花叉や母さんが叱ってくる。

 そして……その後は俺は謝って仲直りして……また明日にはこの学校に何事もなかったように……沙花叉と、笑って……。

 

「!! さ、沙花叉!」

 

 そうだ、沙花叉……あいつはどうなったんだ!? 

 いや、きっと大丈夫だ。 

 何だかんだ地頭は良いあいつの事だ、きっとすぐに状況を察知して逃げてるに決まってる。

 目の前の警官は、恐らく沙花叉が逃げる時間稼ぎでここに残ってくれたんだろう。

 それなら早く助けに行かないと……! 

 

「……っ! 何掴んでんだよ……離せラプラス!!」

 

 目の前の怪物を無視して走り出そうとする俺だったが、後ろから何かに強く腕を掴まれる。

 見ると、そこには俺の腕を離しまいと必死に小さな体に力を入れ、俺の腕に抱き着くラプラスがいた。

 

「行かせ……ないぞ! 絶対にっ!! 行かせない!」

 

「お前、ふざけんなよ!? 元はと言えばお前について行ったばかりに俺は!」

 

「今、八一が行って何になるんだ!? もう手遅れだ……全部手遅れなんだっ……」

 

 ラプラスの目から大粒の涙がポツリと零れ落ちる。

 それは沙花叉達が死んだと決めつけ、その死に対する涙だったのか、俺を外に連れてきてしまったことに対する後悔の涙だったのかは、俺には分からなかった。

 ただ、俺は……ラプラスの様に諦めたりはしない、沙花叉は生きてる。

 絶対に生き残っている筈だ。

 

「もう一度だけ言う、離せ」

 

「うぐっ……ひっぐ……いや……いやだ!」

 

「……っ! そうかよ!!」

 

 ラプラスは絶対に行かせないと言う言葉通り、力一杯俺を止めようとしていた。

 しかし、所詮は男と女、それにラプラスは体格的にもかなり小柄だ、力勝負なら圧倒的に俺の方が有利。

 そうして俺はラプラスを力尽くで引き剥がし、怪物のある方へと走って行った。

 

「うっああ……なん……でよ、八一……! 何で、行っちゃう……の……っ……!」

 

 後ろからラプラスの嗚咽混じりに俺を呼ぶ声が聞こえる。

 その声に俺の心は大きく揺さぶられるが、それでも俺はやはりあいつを放っておくわけには行かない。

 ……本当にお前は居ても居なくても俺を困らせる奴だぜ、沙花叉。

 

「っ邪魔なんだよ、退け!!」

 

 俺が走り出すと、警官に群がっていた怪物の一人が俺に向かってきた。

 しかしその動きは人間より遥かに遅く、しかもこちらに千鳥足で向かってくるだけで、何か喧嘩の様に殴ったり蹴ったりするような素振りすらない。

 ……多分本当にこの怪物はゾンビの様なものなんだろう、それなら弱点もきっと同じな筈だ。

 

 俺は学校の側に転がっていた拳程の石を拾い上げ握ると、歯を剥き出しにして向かってくる怪物の顔に向かって思いっきり殴りつけた。

 すると、怪物は後ろに倒れ込み体を痙攣させた。

 やはりコイツらはゾンビの様に頭が弱点らしい、なら人間の様に固い石で殴られれば脳震盪も起こるわけだ。

 

 そして脳震盪を起こしてる間は当然だが怪物は動かない、その隙に俺は怪物に跨ると、手に持った石を大きく上へと持ち上げる。

 その瞬間、目の前の怪物と目が合った。

 きっとこんな風になる前は優しい人だったのだろう、温和な印象を与えるその顔の口元には肉片がつき、血を滴らせながら俺を睨みつけるその目に、俺は勢いよく石を叩きつけた。

 

 

 

 

「……申し訳ないけど、使わせて貰います」

 

 数人の怪物を殴り飛ばし殺した俺は、さっきまで食われていた警官の近くまで行くと、警官が身につけているベルトを外し、そのまま自分の体へと取り付けた。

 ベルトには警棒や無線機があり、きっとこんな石よりは役に立つだろう。

 

 しかし何故か拳銃だけはベルトのケースの部分に無く、辺りを見渡すと少し離れた位置に落ちていた。

 落ちていた拳銃を拾い上げ、手に取り中身を確認すると、拳銃には不思議な事に球が全弾入っていた。

 しかしそんな事を気にしてる場合じゃない、拳銃には弾は五発、それにベルトには弾を入れるケースも付いていて、後二十発はあると思う。

 

 ……こんな事して、事態が収まったら確実に俺は捕まるな。

 まぁ既に殺人をしてる訳だし、気にするのも今更か……。

 

 

「! ラプラス、何してんだ」

 

 警官からの装備を身につけた後、学校の方へ向くとそこには学校の中を徘徊する怪物の姿が見えた。

 その姿に激しい怒りを覚え、拳銃を強く握り締めながら一歩を踏み出す俺を、またしてもラプラスが今度は前から抱き着き、止めてきた。

 

「ぜっだいに、いがぜないんだ!!」

 

 ラプラスの顔は涙でぐしゃぐしゃで、体は強く強張り震えていた。

 こうしている間にも沙花叉は危険に晒されている、もしかしたら本当にラプラスの言う様に手遅れになるかもしれない。

 

「お前いい加減に……!」

 

「わがはいは…っ…八一が昔から好きだ! ずっと昔から大好きだった!」

 

「……は?」

 

 こいつ、こんな一刻の猶予もない時に何言ってんだ。

 大体、こいつと会ったのは今日が初めてだった筈……。

 

「まだ吾輩が小学生の頃、八一は一人ぼっちだった吾輩とよく遊んでくれていたんだ! 嬉しかった、ずっと一緒に居たかった! でも八一は……どんどん吾輩から離れていって……勇気を出して声を掛けようとした時にはもう沙花叉が居て……それがすごく悔しくて……! 

 

 それで吾輩は名前も服装も全部変えて……そしたらまた一人ぼっちになったんだ……でも今の吾輩なら八一は昔みたいに一緒にいてくれると思った! だから頑張って沙花叉と友達になって関わりを作ったのに……八一は、気づいてもくれなかった……。

 

 でも、八一はやっぱり変わってなかったんだ……あの時一人で外に出ようとした吾輩に、着いてきてくれた! だから、だから吾輩は……!」

 

 ラプラスは叫ぶ様に、心の奥底に溜まっていただろう想いを吐き出した。

 そして最後には、消え入りそうな声で俺の胸の中で言葉を漏らした。

 

「八一に……死んでほしくない……!」

 

「……」

 

 

 ラプラスは俺の胸に抱きつき、泣きじゃくる。

 側から見れば妹が兄に泣きついている様にも見えるだろう、それ程までに小さな体で、小さな背中だ。

 だから俺は今度は優しくラプラスを引き剥がし、涙で潤んだラプラスの目をしっかりと見つめて伝えた。

 

「ごめんな、それでも俺は沙花叉を助けに行く」

 

 その時、車の音と共にパトカーが俺たちのすぐ側で止まった。

 そしてパトカーからは一人の女の警官が出て来て、俺たちに駆け寄って来た。

 

「貴方達、何をしてるの!? 早く乗りなさい!」

 

「すみません、俺はまだやる事があって、先にこいつをお願いします」

 

「!? お嬢ちゃん! 早くこっちに来て!」

 

 駆け寄って来た女の警官は、俺の付けているベルトの拳銃に目をやると、血相を変えてラプラスを車に連れて行った。

 まぁこんな状況で俺みたいな一般人が拳銃を持っていたら、どう考えても危険だし、車には乗せないよな。

 ただ今の俺には、これ以上有難いことはない。

 

「い、いやだ! 離して!!」

 

「あ、暴れないの! 早く逃げるわよ!」

 

「だ、だったら八一も! お願いします八一も助けて下さい!」

 

「いいから早く来なさい!」

 

 力任せに暴れるラプラスだが、流石に同じ女でも向こうは警察官だ、敵うはずなくラプラスはパトカーに乗せられ、警官は直ぐに運転席に行くと車を発進させた。

 これで一先ずラプラスは安全だろう。

 ……大丈夫だラプラス、俺はこんな事じゃ死なないさ。

 

「……沙花叉、今助けに行くからな」

 

 そうして俺は、先程のやり取りで学校から出て来た怪物達に向かって、拳銃を構えると、重い引き金を引き切った。

 

 

 

 




これで一応プロローグは終わりになります。
次からは第一章に入る予定です、お楽しみに。


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第一章 学校編
第一話 怪物


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、これじゃあ身動きが……」

 

 ラプラスと別れてから、俺は拳銃の弾が尽きる限り群がってくるゾンビ達を撃ち続けた。

 その中には、俺と同じ制服を着た男や女も居たが……もう誰の目から見ても手遅れなのは明らかだった。

 

 そうして慣れない拳銃を撃ち続けても尚、次から次へと何処からかやって来るゾンビ達から、俺は用済みの銃を投げ捨て校舎内のトイレに身を隠していた。

 しかし時間が経つにつれ、校舎内のゾンビ達の数はどんどん増しているように感じる。

 しかも増えているのはこの高校の制服を着た奴らばかりだ、という事は……恐らくは……

 

「俺みたいに隠れている奴ら……だった」

 

 正直……ラプラスの言う通り手遅れだと感じている自分がいる。

 果たしてこの地獄みたいな状況で沙花叉は生きているんだろうか? ……そんな事ばかりが頭の中で留まり続けている。

 俺はあいつがあんな風に変わり果てた姿なんて見たくない。

 

「……死んで欲しくない、か」

 

 さっきラプラスに言われた言葉。

 子供みたいに泣きじゃくって細い腕に力を入れ、一生懸命俺を抱きしめていたラプラス。

 そんなあいつに俺は……約束したはずだろ。

 沙花叉を助けに行くって。

 

「……よし、もう弱音は無しだ」

 

 拳を強く握り締め、そう決意する。

 助けるんだ、必ず何があっても……そう約束したもんな。

 

「よし! 行く」

【はぁはぁ……!! だ、誰か居ないでござるか!? 居たら開けて欲しいでござるっ!!」

 

 俺が扉に手をかけた瞬間、扉の向こうから聞き馴染みのある声が聞こえて来た。

 しかしその声色は怯えや恐怖が混じり、今この瞬間にも崩れ去ってしまいそうなほど必死だった。

 

「い、いろは!?」

 

 向こうにいるのがいろはだと気付いた俺は扉の鍵を素早く開けた、すると小柄な影が俺の隣を横切り、後ろに倒れ込む音が聞こえた。

 そして扉の向こうの廊下にはゾンビの群れが押し寄せており、俺は直ぐに扉を閉め鍵を掛けるのと同時に、扉には肉がちぎれ骨が浮き出た無数の腕が勢いよく音を立てて張り付いた。

 

「いろは、おい! 大丈夫か?」

 

「はぁはぁはぁ……! 八、八一……くん?」

 

「そうだ、一体何……がっ……」

 

 いろはの方に向き直った俺はその異様な姿に言葉が詰まってしまった。

 着ている制服やスカート、そして綺麗な金色の髪と手に握り締めている木刀には赤黒い血がべっとりと塗りたくられたように付着していて、水色の目と声だけが目の前にいるのが風真いろはなのだと教えてくれた。

 

「八一君……風真は……かざ……まはっ」

 

「落ち着け、大丈夫だ」

 

 何かを言おうとしたいろはを俺は抱き締める。

 生臭い鉄の香りと、ペンキのように粘り気のある血が着ている制服に染み込んで来るが、そんなのどうだって良い。

 いろははきっと戦ったんだ。

 あのゾンビ達から誰かを守る為に、自分の命よりも優先して立ち向かったのだろう。

 そうじゃなきゃ、ここまで血で染まる事なんてあり得ないはずだ。

 

「よくやった、もう大丈夫だ」

 

「うっぐ……ひっく、八一君……一体何が起こってるんでござるか?」

 

「俺にもよく分からないが取り敢えず無事で良かった」

 

「皆んな……皆んなおかしくなっちゃったでござる、風真も……あんな事したくなかったのに……っ……」

 

「落ち着け、一体何があったんだ?」

 

 風真は俺の質問に少し間を置いて答え始めた。

 扉に押し寄せるゾンビの呻き声が辺りを埋め尽くす中、俺は風真の話に耳を澄ませた。

 

「最初は何が起きたか分からなかったでござる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜数十分前、ラプラスを除く四人の教室にて〜

 

 

 

 

「もう本っ当にあり得ないっ! 八一のバカ! こんな可愛い沙花叉が隣にいるのにぃー!!」

 

「……あれ、どうするでござるか?」

 

「こよりが考えるにあのクロヱちゃんには近づかない方が賢明じゃないですかねぇ……」

 

「まぁ結局八一君からは何も原因が聞き出せなかったしね、はぁ……」

 

 八一君と別れた風真達は自分の教室に帰って来ていたでござる。

 風真の座る席は沙花叉の一個後ろの席なんでござるが……流石にあの状態の沙花叉には風真も近寄りたくはないので、こよちゃんとルイ姉がいる廊下側の席にお邪魔してるでござる。

 

「それにしてもあそこまで沙花叉が怒っているのを見たのは風真は初めてでござる、多分二人もそうだと思うのでござるが……」

 

「そうだね、お風呂に入る前はしょっちゅう機嫌が悪くなるけど、あそこまでのは私も初めて見たかな」

 

「やっぱり八一君絡みでござるか?」

 

「そうじゃない? 当の本人は無関心みたいだけど……」

 

「こよもあんまり人に興味が無い様に見えましたー、それともツンデレなだけですかね? 何だかんだクロちゃんとは長い付き合いみたいですし」

 

 うーん……こよちゃんの意見に少し疑問を感じる。

 風真と二人で話していた八一君は冷たい印象は受けなかったし、寧ろ優しく話し易い人だと感じたでござる。

 でもあの教室での八一君は確かに何処か無関心に見えた、でもそれは沙花叉を嫌っての物じゃなくて……寧ろ思春期の妹に手を焼くお兄ちゃん的な感じだったでごさる。

 まぁ八一君も少し言葉が刺々しかったでござるが……。

 

「はーい、ホームルーム始めますので席に着いてくださーい」

 

 黒板の前の席で作業していた先生が腕時計を確認すると、少し気怠げに教室内に居る生徒達にそう声を掛けた。

 それを聞いてこよちゃんとルイ姉は廊下側の席に座り……風真は沙花叉の一個後ろの席に腰を落としたでござる。

 ……廊下側の二人が同情した目で見てくるでござる。

 

「……いろはちゃん」

 

「な、何でござるか?」

 

「……後で木刀貸して」

 

「ダ、ダメでござるよ!? 木刀で何をする気でござるか!」

 

「……掃除?」

 

「木刀を使う掃除なんて聞いた事ないでごさるぅ!?」

 

「そこー、静かにしないと廊下に立たせちゃいますよー」

 

 先生のやる気ない注意に慌てて椅子を引いて勢いよく立ち頭を下げる。

 すると先生は、はいはい座って座って、と本当に教師なのか疑う程適当な事を言い、風真が座ると何事もなかった様にホームルームを始めた。

 

 ホームルームと言っても一言二言だけで適当に済ませた秋田先生は、風真達に入学式まで教室に居るように伝えると、そのまま教室から出て行ってしまった。

 そうして秋田先生が居なくなった教室はまた数分前と同じ様に仲良い人同士で話しているという、普通の何処にでもある教室の光景になったでござる。

 でも……話す内容はさっきとはまるで違うものだった。

 

「あれやばくない? 何台来てんの?」

 

 ホームルームが終わって、沙花叉の席に集まった風真達三人は隣の席の女の子が指差す窓の外を見つめていたでござる。

 普通なら携帯をいじるか、友達と話す様な空き時間。

 それなのに風真達の他にも教室内の殆どの生徒が窓の外をじっと見つめ、今また一台通り過ぎるパトカーを目で追っていたでござる。

 

「何かこの近くで殺人があったみたい、10人以上の死亡が確認されてるって書いてある」

 

「じゅ、10人!? 大変でござるじゃないでござるか!」

 

「落ち着いていろはちゃん!? ござるがおかしくなってる!」

 

「……八一、何してんのかな」

 

 あわあわと慌てる風真をこよちゃんも焦った様子でツッコむ。

 そんな風真達を他所に沙花叉は窓の外をただジッと見つめて、偶に八一君の名前を呼んでは溜息を吐いているでござる。

 ルイ姉はスマホで何かを調べてるみたいでござるが……あ、充電切れた。

 

「くっ……私とした事が」

 

「いやいつもそんな感じでござる」

 

「いろは辛辣ー……」

 

 そうして風真達が少しずつ外の光景を忘れて、いつもの様に他愛もない話をしていると……

 

 ガラガラっ! とそんな大きな音を立てて少しだけ汗をかいた秋田先生が、教室を見渡して驚く風真達を置き去りにこう言った。

 

「皆んな、全員いる!? 誰かトイレに行った人とか居ない?」

 

「え、えっと……多分いないでござる」

 

「そう、分かった。 悪いけど今は絶対に教室から出ないで」

 

「秋田先生っ!」

 

 教室のドアに手を付きながら話していた秋田先生の横から、女性の人が息を荒げながら秋田先生に話しかける。

 

「川島先生……? 何かありましたか?」

 

「うちの……うちのクラスの生徒が二人居ないんです……同じクラスの子の話だと、外に出たみたいで……」

 

「……取り敢えず警察の方々に今は任せましょう」

 

「で、でもっ! その子達に何かあったら……!」

 

「川島先生」

 

「っ! ……はい、分かりました……」

 

 教室のドアを閉じて廊下で話している二人の先生の声は完璧には聞こえないでござるが、それでも何となく話は分かってしまうものでござる。

 確かあの川島先生のクラスには八一君とラプちゃんが居た筈でござる、もしも……もしも外に出た二人というのがその二人なら……。

 

「沙花叉、八一君に電話」

 

 ルイ姉がいち早く沙花叉に声を掛ける。

 

「もうやってる…………ダメ、出ない」

 

「ラプちゃんの方はどうでこざるか?」

 

「…………」フルフル

 

「確定だね」

 

 そう、この時点で居なくなった二人が確定してしまった。

 もし八一君とラプちゃんが教室に今も居るなら電話に出ない訳がない、という事は……あの二人は外に出てるという事。

 

「……っばか八一!」

 

 沙花叉が音を立てて椅子から立ち上がる。

 そんな沙花叉を風真もこよちゃんもルイ姉も、それぞれが違う場所を掴んで足を止めさせる。

 

「離してっ!!」

 

「離せるわけないでござる」

 

「そうだよ、クロちゃん」

 

「ラプラスには八一君が付いてる、何が起きてるか分からないけど彼ならきっと大丈夫だよ」

 

「それでもっ……八一に何かあったら、沙花叉はっ……!」

 

 3人に止められて沙花叉は大人しく自分の席に座り直す。

 

「……二人が心配な気持ちは風真も同じ、でもここで沙花叉を行かせる訳にはいかないでござる」

 

「……」

 

「そんな事したらきっと後で八一君に怒られてしまうでこざるからなっ!」

 

「……ふっ、なにそれ」

 

「確かにあの顔で睨まれたらこよ……腰抜かしちゃうかも」

 

「どっかの総帥なら泣き出しちゃうかもね、私はそう推(そうすい)理するよ」

 

 ルイ姉……すべってるでござる。

 まぁでもルイ姉の寒いギャグもさっきまで怖い顔をしていた沙花叉が笑ってるのを見ると、偶には良いものだと思うでござるな。

 

 しかし、そんな風真達の笑い声を遮る様に廊下の奥から慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、窓の遠くから拳銃の発砲音が窓を突き抜け、教室の中に響き渡った。

 

 

 




「ふ、不定期投稿だからっ! 不定期投稿!」
そう言った作者は翌日、遺体となって発見された。

はい…ふざけてないで謝ります、投稿が遅くなりすみません。
因みに次回も投稿は未定となっています。
こんな作者の小説ですがもし宜しければ楽しんで頂けると嬉しいです。


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