邪眼の愛し子 (じょうじょうじ)
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二人の始まり

黒髪赤目のエルフは恐れられる。

他種族ではなく同じエルフから

その集落には黒髪赤目のエルフが生まれた。

そのエルフの親は彼の髪と眼を見るなり名前を付けるより先に村長に差し出した。

そうして彼はその村の共有財産になった。

村の隅に繋がれトラブルや盗みがあれば彼のせいとして罰する大事なスケープゴートになった。

 

「寒い…」

 

時刻は真夜中季節は冬ろくな衣服も身につけていない齢10歳の体を容赦なく蝕む

 

「ああでも今日は今年一番の星空だ」

 

枷を付けられた少年に出来ることは多くないせいぜい身体三つ分ほどの半径を移動する程度。何もできない、何もすることが許されない少年は空を見るのが好きだった。

 

「自由に空を飛んでみたいなぁ」

ポロッと願いが口から零れる。子供じみた夢を見る

「いつかあの星の向こうまで行ってみたいなぁ…」

「じゃあ行こうよ!今日!」

 

独り言のつもりが声が返ってくる。恥ずかしさを感じながら振り返ると同年代の金髪のエルフが立っていた。その手には鍵束が握りしめられていた。

 

「リオン?その鍵は?」

 

リュー・リオン、その少女は集落で唯一少年と親しく話す存在だった。少女は少年の境遇を悲しみ怒り、夜中抜け出しては少年と語らい外の世界の話や文字を教えてくれていた。

 

「盗んできた!一緒に外に逃げよう!そんなに自由になりたいんでしょ!?」

「…でもそんなことしたらお前ももうこの集落に、」

「知らない!知ってるけどいいんだ。あなたをこんな風に扱うこの集落にもエルフの掟や潔癖さも、もう私には耐えられない。私は自由になりたい。あなたを自由にしたいの()()()()

 

サウィル、名前のないことを知ったリューが付けた少年の名前。それは少年に与えられた最初のものであり財産だった。

 

言うやいなやリオンはサウィルの枷を外しにかかる

 

「ありがとう。…リオン」

 

「呼び捨てにするな!私の方が一歳年上ですからこれからはリュー姉さん、リオン姉さんと呼ぶように!」

 

「それだけは嫌だ」

 

「何で!?」

 

手枷と足枷、最後に首枷を解かれ少年は自由を手にした。

少年は立ち上がると二歩三歩と足は進め鎖の長さの外に踏み出した。

手を広げ空を仰ぐ

 

「サウィル?」

 

「これが自由か」

 

息を吸い込み吐く星空は変わらず照らしていた。

 

「リオン」

 

「なに?」

 

「森の外には何があると思う?」

 

「エルフ以外の人。そしてエルフだけじゃない街。サウィルがいじめられない場所!」

 

「それはいいな。とても楽しみだ」

 

そして少女と少年は駆け出した。自由への夢と期待に胸を膨らませて

 

「それで行く宛はあるのか?」

 

先を駆ける少女は振り替えり微笑んだ

 

「オラリオへ行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 



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自由の実感

夜が明けるまで走って朝、俺たちは近くの港町についた。

悲鳴を上げる体を引きずって港に向かう。オラリオ近郊の港町メレンまではこの街からの船でいけるらしい

 

「船に乗るのはお金がいるんじゃないか?」

 

「それは…どうしよう」

 

着の身着のまま逃げてきた俺たちには当然お金がなかった。しっかり者のリオンならもしやと思ったがリオンも思いいたっていなかったらしい

 

「よし」

 

「サウィル?」

 

「こっそり乗り込もう。密航というやつだ」

 

「サウィル!?」

 

「いけませんよ密航は犯罪です。バレたらただじゃすみません。お姉さんは許しませんよ。」

 

「誰がお姉さんだ誰が。いやでもしょうがないだろう。貨物に紛れればきっとバレない」

 

「しかし、うう…」

 

金がなくどうすることもできないのはリオンも理解しているようで渋々といった顔でうなずく

 

「わかりました。では船に潜り込むことにしましょう。」

 

その後俺たちは港で水夫たちの話を盗み聞きしオラリオに向かう船と出航時間を突き止めた

船は明日の明朝に出発するらしく前日の夜から行われる貨物の積み込みに合わせて潜り込むことにした

 

 

「よしサウィル、準備はいい?」

 

「いつでもいけるリオン」

 

俺たちは海へ潜り船へと近づいていく

そして船首の下へとたどり着くとリオンは手製の鉤縄を船首に投げて絡ませた。

リオンはよく分からないが大事な大樹を守る守り人の一族として様々な戦闘の訓練を受けていて鉤縄のような小道具にも覚えがあるようだ。空を見上げて呼吸ばかりしていた俺とは偉い違いだ。

絡まり具合を確かめたリオンがうなずくと暗闇に溶け込みやすい髪の俺が登り頭を出して周囲の人影がないことを確かめ乗り込む

合図を出すとリオンもスルスルと上がって来る。

そのまま貨物室の出入り口を発見し首尾よく潜り込むことに成功した。

そのまま貨物室の隅へ腰を下ろせばどちらともなく安堵のため息をつく。

心臓の音がかつてないほど響いている気がした。

思わず胸に手を当て握りしめる。眼を盗み忍び込む悪行への罪悪感とそれ故の高揚感を強く感じていた。

「リオン」

「サウィル?」

「俺は今、生きていて一番『自由』を感じている。」

リオンは何か言いたげだったが黙っていた。

その後しばらくすると貨物の積み込みが途絶え人の足音もしなくなった。

「うまくいったな」

小声でささやくとリオンも緩慢にうなずく

「そ…のようですね」

「どうした?リオン」

途切れ途切れの声を不審がりリオンの顔を覗き込めば顔色が普段にまして青白く唇の色も悪い

「リオン!?」

失念していた。真冬の海に潜ったら普通は凍えてしまう。俺は普段から寒空に野ざらしにされ冷水を頭から被らされることが日常茶飯事だったから鈍感になっていたがリオンは耐えられないかもしれない。

咄嗟に暖をとるため火をつけれるものを探したがここが船内で密航中のことを思い出す。

暖をとるための手段は限られる

「許せよリオン」

「?何を…!?」

俺は服を脱いでいた

そしてリオンに向かいあい腕を広げる

「ほら、お前も」

「私に脱げと!?」

そして抱きつけと!?

リオンは声を抑えるのも忘れて赤面する。

「濡れた服は体温を冷やす。このままだとお前の体は冷えきってしまうぞ」

「ぐ、う、でも…」

リオンもそれしか体を暖める方法がないと分かってはいるがまだ抵抗を感じているのか中々脱ごうとしない。

「やっぱりご高潔なエルフ様には難しかったかな?」

「何を!村のエルフと一緒にしないで!」

もう一押しと挑発してみればリオンぱっと顔をあげ睨みつけた。

そして意を決したかパッパッと服を脱いでいく。

そして体を寄せあった。

「顔を見ないように」

「こちらのセリフです!」

暗闇の中二人は互いの体温だけを感じて朝を迎えた

 



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想定外のエルフ

感想&小説評価していただきありがとうございます。
非常に励みになっています。


目覚めた時目の前に裸のリオンが寝ていた。

「わお!?」

思わず突き飛ばしてしまってから自分も裸であることに気付く

「あー・・・」

昨夜の出来事を思い出したが後の祭りだ。

「変わった起こし方をしますね?サウィル・・・!」

猛獣が拳を握りしめていた。

俺は深呼吸したのち腕を広げ向き直った

「顔は勘弁してください」

みぞおちだった

 

その後俺たちは乾いた服を着替えた後オラリオについた後について考えることにした。

「オラリオについたらまずは寝床と稼ぎ口が必要だな」

 

「やはり冒険者になるのがどちらも得られて良いですね。私は武器の扱い方は心得ていますし。サウィルも養えそうです。」

 

「え、俺無職?俺も冒険者になるつもりだったんだけど」

 

知らぬ間に無職前提にされていて思わず言い返すとリオンは心配そうな顔をする

 

「しかし冒険者は死と隣り合わせの危険な職業です。大聖樹の守り人として訓練を受けてきた私と違いサウィルは昨日までろくに動く機会もなかったでしょう。あまりに危険だ。」

 

「でも俺は頑丈さならリオンより丈夫な自信がある。リオンの足手まといにはならない。」

 

「しかし・・・」

 

なおも食い下がる様子のリオンに必殺技を使う

 

「頼むよ、リュー姉さん」

 

「ねっ…!」

 

日頃年上ぶってくるお子さまは姉と呼ばれることにかなり弱い。

今まで幾度となく窮地を救ってきた切り札は今回もその威力を発揮した。

リオンは表情を崩さないようにしているつもりだろうが薄く頬は紅潮し口許も弛みを隠せていない

 

「ま、まあいいでしょうとりあえずファミリアに入らなければ始まりませんしまずはそれぞれ入れるファミリアを探してから考えましょう。」

 

俺の勝ち。

 

「なんで顔を逸らすんですか?」

 

「ちょっと顔が抉れたから見ない方がいい」

 

「ふーん…」

 

勝ちったら勝ち

 

「そういえばオラリオにはいつごろ着くんだろう」

 

「…さあ?」

 

その後1日経っても着く様子がなく結局港町についたのは3日後のことだった。

しかもオラリオ近郊の港町ではなく中継地点として寄港しただけだったのだが世界の広さを全く知らなかった俺たちはやっとオラリオに着いたと思い込み脱け出し、どうやら違うと気付いた時には後の祭り。

船はとうに出航してしまい俺たちは途方にくれるのだった。

 

「金を稼ごう」

 

俺の言葉にリューは大きく頷いた。

リオンが長年貯めていたというお小遣いは宿代と食費二人分ですぐに使い果たしてしまうことが分かった以上他に選択肢はなかった。

 

 

金稼ぎの内容については二人別々の働き口を見つけることにした。

この街ではヒューマンが多くエルフであることを珍しがられはするが里のように排斥されるようなことはなかったのは幸いだった。

結局俺は容姿の珍しさを買われて酒場の呼び込みと接客で雇われることに成功した。

意気揚々と宿に帰るともうリオンが帰っていたのだが沈んだ表情をしていた。

多分働き口が見つからなかったんだろうな…

 

「そんな沈んだ顔してどうした?リオン。俺はもう働き口を見つけたがお前は?」

 

いつもならムキになるはずの挑発をしてみたがろくに反応もなくこっちを見ることすらなかった。

 

「…どうした?何かあったのか、酷いこと言われたりとかなら俺がそいつに一発」

 

「…逆だった」

 

「え?」

 

「皆優しくしてくれたんです。私たちが里から出た経緯も同情してくれたんです…なのに私は彼らの手を握れなかった。咄嗟に手を払ってしまったんです」

 

「リオン…でもそれは」

 

仕方のないことだろう。今までずっとエルフ以外の人間と出会ったことがなかったんだから

 

「私はエルフの高慢さと潔癖さを嫌って里を出て!自分はあいつらとは違うと思い込んでいただけだった!」

 

リオンは泣きながら叫んでいた。

 

「結局私は同じ穴の狢でしかなかった…同類だ、私とサウィルを忌避していたあいつらは…」

 

いつも太陽のように輝き俺を導いてくれたリオンのこんな弱々しい姿を見るのは初めてで、俺の中を何かが駆け巡った。

 

「私なんかがサウィルと一緒にいていいわけなかっ」

 

「違う!!!!」

 

俺は思わず叫んでリオンを抱き締めていた。

 

「サウィル…?」

 

俺が今まで出したことのないほどの大声と抱き締められた驚愕にリオンが顔を上げる

 

「俺はお前ぇゲホッゲホッゴホッ!!」

 

大事なところだというのに生まれてこのかた叫んだことのなかった俺の喉は早くも重体だ

俺だっせぇ…!

 

「サウィル!?」

 

ほらリオンもめちゃくちゃ心配してる

これはカッコ悪いな…

せめて言い切ろう

 

「ぉれは、お前のことをそんな風に考えたことなんて一度もない…」

 

「ぁ…」

 

「リオンは既にあいつらでは絶対にしない、できないことをしてきているからだ。」

 

「お前は俺に名前をくれた。文字も知識も優しさも絆も」

 

「サウィル…」

 

「何より『自由』を与えてくれた」

 

「リオンだけなんだ。あの里で世界で俺に何かを与えてくれたのは。」

 

「そんなリオンがあいつらと同じなんてことは絶対にない。」

 

「…」

 

「リューなら出来る。俺に話しかけて、手を取ってくれたように。」

 

リオンはしばらく黙って俺の胸に額を押し付けていた。俺も恥ずかしかったから黙っていた、しばらく静寂が続いたが俺がいまいち響いてなかったらどうしようと心配しはじめた頃、リオンは顔を上げて目元を腫らした顔で向かい合った。

 

「サウィル」

 

「は、はい」

 

「宿で大声を出さないように」

 

「は、はい、え?」

 

何故か叱られた

 

「だってリオンが泣いてたから思わず」

 

「泣いてない!」

 

「えぇ…」

 

「…でもありがと。元気でました」

 

ならいいか

その後リューはしばらくエルフ以外の人に馴れる訓練をしていくことに決まった。

明日は朝から酒場で仕事を覚えることになっているので早く寝るとしよう。

リオンと一人用のベッドに潜り込み眠る。

予定外のトラブルではあったが明日から始まる生活に少し心を踊らせて瞼を閉じた

 

 

 

 

 

 

「リュー」

 

「え?」

 

「リューって、呼びましたよね。これからはそう呼ぶように」

 

俺は少し考えた

 

「いや言ってないよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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オラリオの洗礼

俺が酒場で働いてオラリオに行くための金を稼ぎ終える頃にはこの街で生活を始めてから早半年が過ぎていた。

この街での生活は今までまともな社会活動をさせてもらえなかったサウィルにとってもエルフ以外の人間と関わりがなかったリオンにとっても予定外のことばかりで毎日のようにハプニングを起こしながら少しずつ街に馴染んでいった。

「お疲れリオン。首尾はどうだった?」

 

「うまくいきました。3日後オラリオに向かう予定のキャラバン隊に同乗させてもらえることになりました。」

 

リオンもこの半年の間に随分と他種族との関わり合いに慣れてきていた。今日は俺が酒場で働いている間オラリオを出るための足を探す為に交渉をしに行ってくれていた。

 

「この街ともあと数日でお別れですね」

 

「そうだな、店長もよくしてくれたし友人も出来たが寂しくなる。」

 

思えば生まれこそエルフの里だが人間らしく暮らしたのはこの街が初めてだ。

サウィルはこの街を故郷のように感じはじめていた。

そんな街を去るのは名残惜しくもある。

 

 

 

 

 

「この馬車とかいう拷問器具には二度と乗らない」

 

「気を強く持ってくださいサウィル。オラリオまではまだ道半ばです。」

 

俺は吐いていた。

 

この馬車とかいうものは確かに便利だが人を乗せるには向いてなくないか?

腹の中に溜まっていたものを全て吐き出した後これからの旅路を思って憂鬱になる。

 

「俺は冒険者になって馬車が必要ないくらい足が速くなってみせるよ」

 

「ふざけた言ってないで馬車に戻ってください」

 

「ぐええ」

 

結局リオンに馬車へ押し込められ地獄の責め苦から解放されたのは一週間後のことだった。

 

「着いた…着いたんだ…!!オラリオに!!」

 

行き交う人々から不審な目で見られるが気にしない

やっと地獄から解放されたことが何より嬉しかった。

 

 

「ここが…オラリオ…!」

 

 

リオンもエルフや人間、ドワーフや小人族など今までみたどの街よりも多様性に満ちた街に感慨も一潮といった様子だった。

 

「ではサウィル。予定通りここからは別行動です。」

 

「了解したリオン。では日没後バベルの前で会おう。吉報を期待していてくれ。」

 

「ええ。そちらも大船に乗ったつもりで」

 

サウィルとリューは旅路の中でオラリオについてからより早くファミリアに所属する為に別行動でファミリアを探すことを決めていた。

(狙うは大手の冒険者ファミリア)

 

(即ちロキファミリアかフレイヤファミリア!)

 

「うーん今は勧誘とかしてへんからなぁ…ごめんな!」

 

「立ち去るがいい。」

 

「俺が!ガネーシャだ!」

 

「なん…だと…」

 

全滅した。

 

正直ファミリアの一つや二つすぐ見つかるだろうと思っていた。

オラリオの雑踏の中で呆然と立ち尽くしながら自分たちの考えが甘かったことを痛感する。

こうなってはとれる手段は一つだけだろう。

 

 

「酒飲んで忘れよう!」

 

諦めて酒場で全て忘れよう

オラリオにくる前から働き先の酒場で大騒ぎする大人達が楽しそうで混ざってみたかったのだ。残念ながらお堅い店主は俺が混ざって酒を飲むことを頑として許さなかったがここはオラリオ。自由な冒険者の街なら許されるだろう

 

「ガキに出す酒はないよ」

 

「馬鹿な」

 

豊醸の女主人亭なる酒場でしっぽりいこうと試みたところ筋骨隆々といった様子の女店主にすげなく断られてしまった。

自由の街ではなかったのか?

 

「実はこう見えて俺は今年で50になるんだ。エルフ若く見えやすいから分からないかもしれないが」

 

「はっ!大人を騙せると思ったら大間違いだよ」

 

「そんな」

 

結局俺はジュースを飲みながら手頃な料理を食べるというお子さまのような醜態をさらすことになってしまった。

周りからの生暖かい、半分馬鹿にしたような視線が癪に障るがあいつらでさえどこかのファミリアに所属出来ていると思うと希望が湧いてくる

 

「よおエルフのぼっちゃん!もしかして最近オラリオにきた口か?」

 

大人しくジュースを飲んでいると声をかけてくるやつがいた。

 

「ぼっちゃんじゃない。けどオラリオには今日来たばかりだけど何か用か?」

 

おそらくベテランの冒険者といった雰囲気の中年の男は気のよさそうな笑顔を浮かべていた。

 

「俺の名前はアスラってんだ。しがない零細ファミリアも団長をやってんだが今は人手不足でね。新人を探してるってわけなんだ。」

 

「本当か!」

 

思わず身を乗り出して聞き返すとアスラは笑みを深めて首肯する。

 

「やっぱり冒険者志望か。察するに大手のファミリアを片っ端から当たって総スカン、とかだろう?」

 

「分かるのか!?」

 

「俺ほど長くこの街にいるとお前みたいなしょぼくれた顔をしてるやつはよく見るんだ。それに今は時期が悪くてね。」

 

「時期が?どういうことだ?」

 

「まあいいじゃないか、そんなことは。それよりどうだ?入る気になってくれたか?」

 

「ああ。けど一緒にオラリオにきたやつがいるんだ。相談してから決めたい。」

 

「ならその子と一緒に加入してくれたらいい!けどその前に今日のところは主神を紹介させてくれないか?ファミリアの本拠地まで案内しよう。」

 

 

 

 

 

 

 

アスラは俺の分までまとめて支払いを済ますと店を出た。その後ダイダロス通りにあるという本拠地へ案内してくれた。

本拠地に向かっている道中ふと空を見上げるといつの間にか日がほとんど沈んでいた。リオンはもう待ち合わせ場所で待っているかもしれない時間だ。

 

「アスラそろそろ相方が待ちくたびれているかもしれない。主神と会うのは明日にしないか?」

 

アスラは首を縦に振らなかった。

 

「もうすぐ着く!場所だけでも覚えて帰ってくれ」

 

アスラはそのまま路地裏に入る。俺もついていく。

 

「こんな路地裏にもファミリアがあるんだ、な?」

 

ふと腹に熱さを感じた。とっさに触ると生温かいぬるりとした感触

 

「え?」

 

「馬鹿なガキだ。ここまで世間を知らねえとはいっそ哀れだなぁ」

 

アスラが手に持った刃物には赤黒い血が垂れていた。

変わらず笑顔を浮かべてるはずが今はひどく邪悪なものにみえた。

 

膝から力が抜け崩れ落ちる。血がどくどくと止まらない。

 

「なん、で」

 

「なんでだぁ?ヒハハハハハ!楽しいからにきまってんだろぉ!特にお前みてぇなガキを殺すのは最高だぁ・・・」

 

アスラは哄笑した後サウィルの髪をつかんで顔を持ち上げる

 

「なんでファミリアが勧誘に及び腰なのか、だあ?そりゃ俺たちがいるからさ!」

 

「今オラリオは『暗黒期』!俺たち闇派閥の時代さ!今時ひよっこも面倒みようなんてお優しいファミリアはないのさ!ハハハハハ!」

 

「あばよガキ。自分の無力を恨みながら」

 

そう言い残してアスラが去るのを俺は薄れゆく意識のなかで見上げることしかできなかった。

 

(リオンは今頃待ちくたびれているのかな)

 

もう意識を保つのも限界だ。

 

「ごめんな・・・リュー・・」

 

五感が遠のいていく

 

「死にたくないな・・・」

 

「にょわ!?だ、大丈夫かお主!?」

 

意識を失う最後の瞬間そんな素っ頓狂な声が聞こえたきがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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邪眼の主

今まで寄り道しすぎたかもしれない


「ここは・・・?」

目を覚まして最初に目に入ったのは身覚えのない天井だった。

咄嗟に身を起こした刹那腹部の鋭い激痛で再びベッドに身を預ける。

そこで俺はアスラに刺されて路地裏で意識を失ったことを思い出した。

 

「あら、目が覚めたのね?おはようございます、サウィルさん。」

 

「・・・どこかで会いましたっけ?」

 

「いいえ?でも貴女のことは彼女から聞いてて・・あっごめんなさい自己紹介がまだだったわね。」

 

胡桃色の長髪が魅力的なその女性は優しそうな笑みを浮かべていた。

 

「私の名前はアストレア。ここアストレアファミリアの主神よ。」

 

「!神様でしたか、これは失礼した。助けていただきありがとうございました。」

 

俺が頭を下げるとアストレアはかぶりを振って答える。

 

「私はベッドを提供しただけよ?あなたを助けたのは「サウィル!?」」

 

 

ドアの方から聞き馴染みのある声が聞こえ振り向くとそこには俺が待ちくたびれさせたであろうエルフの少女が目を見開いて立っていた。

 

 

「リオン?どうして」

 

「もう起きて大丈夫なの!?血は止まってたけど酷い出血であと一歩で失血死だったんだから無理しないで!」

 

「・・・心配かけてすまない。それに酷く待たせた」

 

「本当に心配しました!反省して!けど、生きてて良かった…」

 

「・・・ごめん。また会えてよかった。」

 

そのまましばらく俺たちは黙って互いの存在を確認するように抱きしめあっていた。

 

「ごめんなさい、そろそろいいかしら?」

 

「「あ」」

 

どれだけの間そうしていたか分からないがアストレア様からおずおずと声をかけられてやっとこっ恥ずかしいことをしていたことに気付き俺たちはいそいそと離れた。

 

「ごめんなさいね。邪魔したくはなかったのだけれど賑やかな子がくる前に色々話したいことがあって」

 

「何ですか?」

 

「ええ実はリオンは昨日からアストレアファミリアに」

 

「エルフ!起きとるかー!?」

 

「ああ…遅かったわね」

 

大声が響きアストレアが頭を抱える

ドアをこれでもかと大きな音をたてて開けて突入してきたのはまごうとことなく━━幼女だった。

 

「お、起きとるー!!何で誰も教えてくれぬのだ!」

 

その幼女は金髪の長い髪をたなびかせせわしなく動き回っている。その様はまさしく子供といっていいが彼女が放つえもいわれぬ雰囲気と金色に妖しく輝く瞳、そして目元から広がる紋様が彼女がただ者ではないことを直感させた

 

「誰ですか?このちんちくりんは」

 

「ちんちくりんじゃと!?それはこの大邪神にむけての言葉か!」

 

「大邪神?」

 

このちんちくりんが?

 

訝しげな視線に気づくことなく自称大邪神は胸をはり得意げだ

 

「うむ!我が神名はバロール!邪眼の主にして恐怖の王!大邪神バロールとは我のことよ!」

 

「聞いたことないな」

 

「なんじゃと!」

 

ぐぬぬと歯を剥き出して威嚇めいたことをしてきていたたが急にニヤニヤと笑い始める

 

「そんな口を聞いてよいのか?妾はお主の命の恩人なんじゃがなぁ…」

 

「…その節は感謝の言葉もない。ありがとうございます」

 

非常に癪だがバロールが俺の命を救ったことに間違いはないようだ。確かに意識が途切れる間際のじゃのじゃうるさかった気もする。

 

「この借りは必ず返す。何かできることがあるならいつでも言ってほしい。甘いお菓子とかあげようか?」

 

「子供扱いしとるな!?…まあよい、それに借りなど作った覚えはない」

 

「お前…いや神バロール…」

 

本当に邪神なのか?

 

「ただ借金さえ返してくれればそれで…」

 

「は?借金?」

 

誰が?俺が?

 

思考を停止しているとアストレアが申し訳なさそうに口を挟む

 

「実は私は治療を終えたあなたを引き取っただけで治療したわけではないのよ」

 

「では誰が治療を?」

 

「ディアンケヒトファミリアじゃ!大邪神たる妾はかのおっさんと同郷のような仲でな!運び込んで治療させたのじゃ!」

 

ディアンケヒトファミリアの名は聞いたことがある。確かオラリオ最大手の医療系ファミリアだったはずだ。そこで治療したならばそれなりの治療代は請求されるだろう。

 

「分かった。それで治療費というのはどれほどの?」

 

「それが…」

 

「これじゃ!」

 

バンと見せつけられる請求書そこに並ぶ0は6個、7個、8個…

 

「値切りに値切って5億ヴァリスじゃ!」

 

ムンと鼻高々の様子のバロールと後ろで瞑目して眉間を揉んでいるアストレアを見て俺は否応なしに理解した

 

このガキ、昔馴染みにふっかけられてやがる…!

 

「神バロール」

 

「なんじゃ!」

 

「あなたは馬鹿だ」

 

「なんでじゃー!」

 

リオンの真っ当な指摘に憤慨するロリをよそにサウィルは思いを巡らす

 

「返すあてがない」

 

未だに冒険者にもなれていない住所不定無職の身には5億ヴァリスはあまりにも重かった。

いっそ夜逃げしてしまおうかと心中で腹を括っていた所でまたもや得意気な顔をしている幼女に気付く

 

「返すあてがないよー、って顔をしておるな?」

 

「…なにか手段でも?」

 

バロールは大きく頷いた

 

 

 

「サウィルよ、お主は妾のファミリアに入ればよい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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邪眼の愛し子

外見イメージ
サウィル 黒髪赤眼、ブレワイのリンクイメージ

バロール 金髪金眼 FGOの茨木童子イメージ



「サウィルよ、お主は妾のファミリアに入ればよい!」

 

「…は?」

 

「気の抜けた返事をするでない!はいか喜んで!じゃろ?冒険者志望ではないのか?」

 

 

「いや冒険者志望で間違いないんだが…」

 

自分のファミリアを持っていたのか、規模はどの程度なのか、頭の中に色々な疑問が浮かぶが口から出た疑問は一つだけだった

 

「いいのか?俺は5億の借金をしているんだぞ」

 

「構わぬ!そもそもディアンケヒトには妾のファミリアで働かせて得た金から返済すると言って治療させたからの!」

 

「そうだったのか!?」

 

「うむ!あやつが身元不明の素寒貧相手の治療を渋ったので勢いでな!」

 

そういって笑うバロールの笑顔はあまりにも輝いて見えてとても邪神には見えなかった。

 

俺はベッドから立ち上がりバロールの前で跪く。

 

「感謝する、神バロール。そして今までの非礼を深く侘びる。あなたは素晴らしい神格者だ」

 

「う、うむ///?苦しゅうない!」

 

バロールは急に礼を尽くした俺の行動に少し顔を赤らめ慌てていたがやがて得意げに鼻を鳴らした。

 

「それでファミリアには入るんじゃな!?」

 

「もちろん入らせてもらう。むしろこちらからお願いしたいくらいだ。これからよろしく頼む、主神様」

 

「…!!!うむ!うむ!よかろう!お主の魂、この邪眼の主がしかと拝領した!!」

 

「あのー二人共?少しいいかしら」

 

暫く二人の世界に入っていたところをアストレア様の声で我に返る。そういえばリオンが静かだと思い見ればショックを受けた顔で固まっていた。

冷静に考えればよそのファミリアでこのような話をするのは良くなかったかもしれない

 

「申し訳ない神アストレア、ベッドを占拠したあげく少々我を忘れていた。」

 

「いえ、それはいいのだけれど…その」

 

「ファミリアが決まった以上後の治療は本拠地で行います。この恩はいずれ必ず返します」

 

「いいのいいの!怪我人を見捨てるなんて出来なかっただけだから!けど」

 

「ではバロール様、本拠地はどちらに?」

 

俺がそのままバロールファミリアの本拠地へ行こうと尋ねるとバロールの肩がギクリと揺れる。なんならさっきからそっぽを向いて目も合わせてくれない

 

「バロール様?・・・バロール?」

 

「・・・らぬ」

 

「なんて?」

 

「・・・本拠地なんてもっておらぬ」

 

「は?じゃあ普段眷属たちはどこで寝泊まりしてるんだ?」

 

「・・・らぬ」

 

「・・なんて?」

 

「眷属などおらぬ!」

 

「はぁ!?」

 

「なんじゃ!恩神にむかって文句でもあるのか!?」

 

「じゃあファミリアじゃないだろ!」

 

「そうじゃ!まだファミリアはない!お主が一人目じゃ!文句いうでない!」

 

ギャーギャーと罵り合うサウィルとバロール。もはや先ほどまでのかしこまった雰囲気は完全に霧散していた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。つまりファミリアをまだ作っていないということですか?神バロール。ならばサウィルは私と共にアストレアファミリアに入ったほうがいいでしょう。いかがですか?アストレア様」

 

「でももう恩恵は授けたんじゃぞ。寝てる間に」

 

「はぁ!?」

 

「ちょっとバロール!恩恵は子供たちの同意を得てからってきつく言っておいたでしょう!」

 

「知った話ではないな!なぜなら妾大邪神じゃから!!まさに極悪!」

 

ハーハッハ!と高笑いするバロール

唖然とするリオンとサウィル

 

ため息をついたアストレアがバロールの首根っこをむんずと掴んだ

「バロール?ちょっと裏でお話しましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごべんにゃじゃい…!!」

 

数分後我々の目の前には泣きじゃくる大邪神の威厳ある姿が展開されていた

 

「だって勧誘とかやってられんかったんじゃ~!ヒッグ」

 

最低な事も口走っていた

 

「ごめんなさいね、サウィル。もし改宗したいのなら私のファミリアに」

 

「いや、俺はバロールファミリアに入るよ」

 

「サウィル!?」

 

「…理由を聞いてもいいかしら?」

 

「確かに無理矢理恩恵を授けられていたことに驚いたがバロールが俺の命の恩神だという事実は変わらない。俺はその恩を返したい。…それに俺には正義というものはまだよく分からないんだ。」

 

「…本当は?」

 

「自警団より変な神についてった方が愉快なことが多そうだ」

 

「サウィル…あなたという人は」

 

リオンはため息をついた後サウィルを見つめる

 

「正直言って私とサウィルは当然同じファミリアに入るものだと思っていました。まさか違うファミリアに入るなんて、寂しいです。」

 

「…悪い」

 

ばつが悪く感じて目を逸らす

 

「あら、そんなに寂しいのなら一緒に冒険をすればいいじゃない」

 

「!違うファミリアなのに出来るのか?」

 

「ええ、それにファミリアを作ったからといって本拠地の目処も立っていないのでしょう?暫くはあなたもバロールもここで暮らしなさいな」

 

「感謝する、神アストレア…バロール様も、ほら」

 

「ぐ、ありがとうなのじゃ」

 

「ふふふ、良くできました」

 

「子供扱いするでない!」

 

 

その後ギルドへの申請は明日行うことになり俺たちはバロールが居候していた部屋で二人きりになった

ステータスの確認を行うためだ

 

「うむ、書き写したぞ。伏して拝むがいい!我が与えた汝の【ステイタス】じゃ!」

 

サウィル

Lv.1

 力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

《スキル》

天呼地吸(マントラ)

理外の呼吸により肉体に影響を及ぼす権限を得る

 

妖精夜想(フェアリーノクターン)

暗闇の中でのみ精神力の回復速度が向上する

 

《魔法》

 

 

「おおスキルが二つも…」

 

「うむ!さすが妾の眷属じゃな!」

 

「…でもなんというか、どっちもいまいち要領を得ないスキルだな。権限?精神力?とか何を言ってるんだ?誤訳じゃないか?」

 

「舐めすぎじゃろ妾のこと!?精神力とは魔法を使う際に消費されるエネルギーのことじゃ。精神力がゼロになっても魔法を使おうとすると精神疲弊(マインドダウン)を起こし気絶してしまうのじゃ」

 

「ダンジョンで精神疲弊を起こしたらまず助からないな・・・じゃあこれはかなり強いスキルなんじゃないか?」

 

「ところがどっこい魔法を覚えておらぬ汝にはそもそも精神力を使う機会がないから現状使い道なさそうな死にスキルじゃ!」

 

「そんな馬鹿な」

 

崩れ落ちるサウィル。笑うバロール。

 

「まあそう気を落とすな。妾が見込んだ眷属なんじゃからそのうち魔法の一つや二つ覚えるじゃろ!」

 

「バロール・・!いやバロール様・・・!」

 

もしかしたら俺は最高の主神にめぐりあえたのかもしれない

 

「じゃあこのマントラの権限っていうのは一体?」

 

「知らんな!」

 

気のせいだったようだ

 

「ええいそんな目で見るでない。汝のスキルならば心当たりの一つや二つあるじゃろ!自分で考えるんじゃな!」

 

「そんなこと言われてもな・・・ああ」

 

「呼吸以外自分に許されていたことなんてなかったからな」

 

「サウィル、お主・・・」

 

鎖に繋がれ移動も食事も睡眠も許しがないと出来なかったあの頃には呼吸して空を眺めるくらいしか自由に出来ることはなかった

それがスキルとして現れたのかもしれない

それによく考えればおかしなこともあった

運動もまともに許されなかった俺がなぜリオンと同じペースで夜通し走れたのか。リオンが凍えていたあの夜なぜ俺が平気だったのか

(俺は無意識の内にこのスキルを行使していたのかもな)

 

「辛いことを思い出させってすまぬ、サウィル」

 

「いいんだバロール。あの日々も無意味ではなくて良かった」

 

そう言うとやっとバロールは安心した表情を浮かべて笑った。

 

「ではサウィル、お主はこれで正式に我が眷属となった。」

 

「ああ」

 

バロールが改まった顔で立ち上がりベッドに腰かけたサウィルと対面する。

 

一変し厳粛な神気を放つバロールを前にサウィルは無意識のうちに跪いていた。

 

「妾は大邪神、全ての邪眼の主にして悪徳を愛し善行を嗤う者だ。お主も眷属ならばその目的に命を尽くすことは当然だ。」

 

「ああ」

 

「此度の契りの見返りとして妾はお主に姓を与えよう」

 

バロールが俺の頭を抱くようにして耳元でささやいた。

 

「エスリン、『サウィル・エスリン』と名乗れ。末永く共にゆこうぞ、我が唯一人の愛し子よ。」

 

そう囁きながら無邪気にしかし艶然と笑む女神にサウィルは見惚れ、そして頭を垂れた。

 

「こちらこそよろしく頼む。我が唯一柱の神様よ。」

 

 

 

 






やっとステータス出せました
寄り道しすぎましたね


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第一歩

「頼もーう!」

 

「はい…?ああ神様でしたか。本日はどうのようなご要件でしょうか」

 

「ファミリアの登録に来たんじゃ!名はバロール・ファミリア!闇派閥じゃ!」

 

「はい…?神バロール少々お時間いただいても?お話したいことがございます」

 

「よかろう!」

 

「ではあちらの個室で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごべんなざい…!」

 

「分かればいいんです。ではファミリアとして登録します。」

 

「よろしく頼む」

 

役立たずの主神に変わり諸々の手続を済ませたサウィルはグズるバロールを連れてギルドを出た

 

「多分闇派閥のファミリアは一々ギルドに申請してないと思うぞ」

 

「ぐぬぬ…」

 

「じゃあ、先に帰っててくれ」

 

「どこに行くんじゃ?」

 

「俺は冒険者登録がまだだから残るよ。先に帰っているといい」

 

「ではそうさせてもらうとするかの」

 

「一人で大丈夫か?帰り道わかる?怪しい人にお菓子もらってもついいかないようにな?」

 

「馬鹿にしすぎじゃー!!!」

 

走り去るバロールに手を振りギルドに戻る

 

「冒険者登録をしにきました」

 

「はい冒険者登録ですね。こちらに所属ファミリアと名前をお書き下さい。私の名前はソフィ申します。・・・はい、サウィルさんですね。よろしくお願いします。こちらはギルドからお渡ししているショートソードです。」

 

 

「こちらこそよろしくお願いします。では失礼する」

 

このままギルドに帰ろうと踵をかえすが迷宮帰りと思しき集団を目にして足が止まる。

 

(一層だけなら少し覗いて帰ってもいいだろうか)

 

幸い武器を貰えた所だし使い心地とスキルの試用にいい機会かもしれない

 

いくらか悩んだのち、サウィルの足はダンジョンへと向かっていた

 

 

「気持ちのいい場所ではないな」

 

暗さと湿気に眉をひそめるながら進むと暗がりから人影が現れた

 

「あれが…ゴブリンか」

 

ゴブリンは初め警戒した様子でこちらを伺っていたが、俺の姿がはっきり見える距離まで近づいてくると勢いよく飛びかかってきた

 

「ッ!」

 

ギリギリまで引き付けて身をかわして背後を取ることに成功する

そして無防備な背中にショートソードで斬りつけるが刃が上手く通らずゴブリンを吹き飛ばすにとどまる

 

「クソ、やっぱ上手くいかないな…道具を使うのは」

 

サウィルには一つ自覚している欠点があった

それは道具の扱いが壊滅的に下手だということ

生まれてこのかた枷を付けられた腕では道具を持ったことがなくリオンと逃げ出してから始めてスプーンやフォークを持ったような有り様だった。つまり致命的に道具を使う経験に欠けていた

 

その打撃を背中に受けたゴブリンは前につんのめったもののすぐに振り返りざまに手にした棍棒で打ちかかってきた

飛び退きながら咄嗟に腕で体をかばうがメキリと嫌な音が体内から響く

距離を取って再度剣を構えるが腕に力を込めた瞬間激痛が走り剣を取り落としてしまう。見れば右手の肘あたりが青黒く腫れていた。

 

(利き手で扱えない剣を左手で上手く使えると思えない)

 

再度飛びかかってきたゴブリンを剣を拾わずにかわすサウィル

 

「仕方ない…こうなれば素手だ」

 

ゴブリンとにらみ合い深く呼吸する

すると痛みが収まり手に右手に力が込められるようになったのを感じる。サウィルはそのまま右手をだらんと垂らし左手だけ拳を構える

 

ゴブリンはサウィルの様子を見ると右側を狙って飛びかかってくる。

 

(賢い。想定通りの賢さだ。)

 

サウィルは右手に力をこめカウンターの拳を食らわせる。

ゴブリンは地面をバウンドし壁に激突、塵となった

 

「フー…」

 

戦闘は終わり深く息を吐く右手を開け閉めするが問題なく動く

 

「これが俺のスキルの力…」

 

マントラ、呼吸によって特別な力を得るそのスキルに俺は覚えがあった。

暴行を受けながら俺は無意識に気づけば痛みを感じなくなっていた。

いつのまにか傷の治りが早くなっていた。

数週間の間のまず食わずで生き長らえた。

俺は体が環境に適応していったおかげだと思っていた。

しかし俺は無意識に特殊な呼吸を体得していたのかもしれない

思えば、脱走した夜ろくに運動したことのない身で夜通し走り続けることが出来たこともおかしな話だ。

 

その後は剣は使わず素手で出会うゴブリンやコボルドを打ち倒していき複数体のゴブリン相手にも余裕を持って勝てるほどスキルとステイタスに慣れてきた。

 

「便利なスキルだな」

 

その結果呼吸のリズムと深さを意識的に変えることでマントラで得られる効果を使い分けることが出来るようになってきた

一つはサウィルが日常で無意識に使っていた疲労を抑え身体能力を向上させる呼吸。

二つ目は里でなぶられる時に意識的に使っていた痛みを感じにくくし回復を早める呼吸だ

この二つの呼吸を使い分けることで長時間戦闘を行うことが苦にならなくなってきた。

 

「む、これ以上は持ちきれないか」

 

もともと迷宮に潜る予定ではなかったので魔石を拾う袋すら持ってきていなかった

 

「…よし、帰るか」

 

まだそれほど時間は経っていないし換金して魔石を手放してしまえばバレることもないだろう

 

踵を返し歩き出そうとした刹那身体に走る悪寒に歩みを止め振り返る

振り向いた先には2層への入り口があった

そしてそこから目に止まらぬ速度で跳び出てきたのは、見覚えのない四足歩行の怪物

 

「!?」

 

嫌な汗が止まらない。その怪物は今日出会ったゴブリンやコボルドとは一線を画した雰囲気を纏っていた。とっさに拳を構えるが戦って勝てる気がまったくしない。

 

 

 

その怪物は獅子を思わせる白い鬣を蓄えた虎のような姿をしていた。

その名は《ライガーファング》

15階層━━中層にのみ生息するはずの怪物が1階層に現れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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危険を冒してこそ

ライガーファングの出現に心臓が早鐘を打つようにうるさく響く

迷宮のモンスターについて何も知らないサウィルでも明らかにわかったからだ

この怪物は本来ここにいていい存在ではない

 

(…どうするどうするどうする!)

 

頭を必死に回して取れる手段を模索する

 

(殺るか逃げるか!二つに一つだ)

 

しかし逃げようとして無事に逃げれる未来がサウィルには想像できなかった。ましてや戦って勝つなど夢のまた夢だ

詰み、迷宮の悪意に歯噛みする。

ライガーファングはそんな俺の苦悩など待つことなく襲いかかってくる。鋭い爪での攻撃を身をそらして辛うじて避けるが息つく暇なく繰り出された突進をまともにくらって吹き飛ばされる

浮遊感の後激しく地面に激突した。受け身も取れず肺から空気を吐き出す。

 

追撃を仕掛けようとするライガーファングにショートソードを投擲し牽制することで難をのがれる

 

(どちらも絶望的なら…回避に専念して時間を稼ぐ)

 

(戦いながら他の冒険者の助けを待つ…!)

 

マントラで身体能力を底上げしている状態ならば回避に専念すればなんとか攻撃を避け続けることが出来る。

人の往来が多い一層ならば他の冒険者と遭遇する可能性も高いだろう

 

希望が芽生えはじめたその時

 

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「は?」

 

迷宮で壁が自然とひび割れた

その後に起きる結果は一つだ

壁から十体前後のコボルドとゴブリンが産み落とされる。

あまりに唐突で絶望的な展開に思考と体の動きが鈍る。

ライガーファングの一撃を避けきれず肩から首にかけての肉を食いちぎられる。

左手の自由が利かなくなり半身が血で染まっていく。

心臓の音がうるさい。

 

「ははっ」

 

ライガーファングの急襲を身を伏せてかわす。棍棒で打ちかかってきたコボルドと組み合いライガーファングに投げることで追撃の機先を制する、が背後からゴブリンにナイフで太ももを突き刺される。痛みをこらえ振り向き様に拳を見舞わせ殺す。

危機的な状況だ。

 

「なのになんでこんなに心が沸き立つんだ!!」

 

この状況に笑みがこぼれる。絶望的な状況の筈なのに晴れやかで浮き立つような気持ちに心が踊る!

 

動かぬ肉体を心で鞭打ちライガーファングの突進を避け、コボルドの武器を奪い、ゴブリンを撲殺する。

俺はおかしくなってしまったのか?死を免れない状況に心が耐えきれず壊れてしまった?

 

ライガーファングの爪が脇腹を捉え切り裂く

 

しかしこの情動には覚えがある。

リオンと共に逃げたあの夜、貨物船に忍び込んで息を潜めたあの時間。俺は同じように心が沸き立った。

 

コボルドの首を蹴折りその体を盾にしてライガーファングへ突貫する。

 

共通点はある。

それは自分の意思で危険を冒していることだ。

つまるところ、『冒険』だ

「ははは…やっぱり天職じゃないか」

俺はバロールに恩恵を刻んで貰う前から、この迷宮都市にくる前からずっと冒険をしていた

あの夜星空の下でリオンの手を取ったあの日から俺はとっくに冒険者だった。

今だってそうだ。

俺は自分の意思で迷宮に踏み入り、自分の意思で逃げずに戦い続けている。

助けを待つなんて言ったが俺は本当に他の冒険者が偶然通りかかり、ご親切にも助太刀してくれるなんて信じているのだろうか。

 

否だ

 

反撃の爪はコボルドを切り裂いたものの俺の肩を半ばで止まった。

動きが止まった隙を突いてサウィルは渾身の拳を顔面に叩きこんだ。

ライガーファングはもんどりうって暗がりに転がる

 

「ハアッ!ハアッ…!!殺ったか…?」

 

意識を保つのもやっとの中でライガーファングの生死を探る

これでなお立つようなら本当に打つ手がない。

気づけばゴブリンやコボルドは全て魔石に変わっていた。

座り込んで止血と回復に専念しようとした刹那暗がりに一粒の光が浮かんだ。

 

「ハハハ…死んどけよ、化け物…」

 

その光はライガーファングの眼だった。

片目は潰れているものの残った隻眼からうかがえる殺意に翳りはない。

もはや立ち上がる気力もなくサウィルは迫る爪牙を前に目を閉じた

 

 

「━━何をっ、しているんですか!サウィル!!」

 

 

しかしライガーファングの爪は俺に届くことなくその体は真横に吹っ飛ばされていった。

代わりに人影が目の前に現れる

その人影を俺はよく知っている

 

「リオン…?どうして」

 

「あなたの帰りが遅いので嫌な予感がしたんです。まさか本当に迷宮に潜っているなんて!自分の命をなんだと思っているんですか!」

 

「ごめん、リュー姉さん」

 

「説教は後でします。だから死ぬことは許しません。」

 

「ああ」

 

ライガーファングの唸り声が迷宮にこだまする。

狩りに横槍を入れられ獲物が二人に増えた怒りが滲んでいた。

その毛皮が多少汚れているもののライガーファングさしたるダメージを受けていないようだ。

 

「サウィル、時間を稼ぐことは出来ますか」

 

「何か手があるのか?」

 

「私はアストレア様の恩恵を授かったことで魔法を得ました。それはライガーファングを倒すに足る。しかし…」

 

リオンが心配そうに見る。サウィルの体は無事なところを探すのが難しいほど傷だらけで立っているのが奇跡のように思える有り様だった

 

「問題ない。俺がお前の盾になって詠唱の時間を稼ごう」

 

「・・・信じています。」

 

「ああ」

 

リオンに助けられたことで熱くなって破滅的な思考に走っていいた心が戦意を残して冷静さを取り戻す。

呼吸を整えリオンとライガーファングの前に立ちはだかる

 

『今は遠き森の空』『無窮よ夜天にちりばむ無数の星々』

 

詠唱が始まる。朗々とはいかない。なぜなら彼女はまだ歌い慣れてなどいないから。しかし一節一節集中力を乱さずに唱えていく。

それをただ待っているライガーファングではない。魔力の高まりを察知しリオンへ躍りかかろうとする。

が、サウィルのタックルを食らい諸共に地面を転がる

 

「ここまで殺しあった仲だろう?今さら目移りするなんて寂しいじゃないか…!!」

笑みを浮かべ意地を張る

 

『愚かな我が声に応じ今一度星火の加護を。』『汝を見捨てし者に光の慈悲を。』

 

詠唱は乱れなく止まらない。

その信頼に胸を踊らせる。体に力が漲る。

ライガーファングの両前足を掴んで動きを止める。

深く息を吸い、止めて決して離さず自由にさせないよう全身に力を込める。

ライガーファングは今まで痛ぶっていた人間が急に振りほどけなくなったことに戸惑っていた。

背中を鉤爪で切り裂くが拘束は緩まない。

 

『来れ、さすらう風、流浪の旅人。』『空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ』

 

噛み付きを避けてのけぞり体勢を崩す。

拘束が弛み振りほどかれる。再度噛み付きに飛びかかってきたライガーファングを咄嗟に巴投げの要領で投げ上げる

 

「やれ!!リオン!!」

 

『——星屑の光を宿し敵を討て!!』

 

詠唱を終えた刹那リオンの周囲に3つの翠玉が現われ、暴風の光線が放たれた。

 

ライガーファングは空中で身をよじって一つを交わしたものの残りの2つが直撃し胴体と顔半分を消し飛ばされた。

 

怪物らうめき声をあげると着地と同時に崩れ落ちて、魔石へと変わった。

 

今までの激闘が嘘のような静寂

 

こうしてサウィルは冒険者としての一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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正義の愛し子達

ライガーファングを倒したその後死に体の俺はリオンが持ってきていたポーションを滝のように浴びせられ歩ける程度に回復することができた。

 

「助かったよリオン」

 

顔を背けられる

 

「それにしてもあの魔法は凄かったな、精神疲弊とか大丈夫なのか?」

 

無視される

 

「…なんか怒ってる?」

 

「怒ってないとでも!?」

 

「…ごめん姉さん。勝手に迷宮に行って死にかけて、心配かけた」

 

「一週間」

 

「え?」

 

「一週間なんでも言うことをきくこと!そうしなければ許してあげません!」

 

「優しいな、姉さんは」

 

「返事は!」

 

「仰せのままに」

 

 

 

 

 

 

 

「なあああああにやっとるんじゃ貴様あああああああ」

 

「うるさいな」

 

「態度!!!」

 

帰るなり飛びかかって耳元で叫ぶ邪神を引っぺがす。

 

「けどバロールは本当に心配してたのよ。まさか初日から無断で迷宮に挑むなんて…彼女の気持ちを汲んであげて?」

 

「神アストレア…すいませんでした。余りにも無謀なことをしてしまった。」

 

「態度!!主神は我!!」

 

「わかったよ、すいませんでしたバロール様。以降迷宮に挑む際は都度あなたの神意を窺うとしましょう。」

 

「う、うむ!苦しゅうないぞ!」

 

邪神と眷属の心温まるやりとりが一段落すると部屋の扉から複数の視線を感じる

みれば見覚えのない少女達が興味深げにこちらを盗み見ていた

 

「あれが神バロールの眷属…」

 

「エルフにしてはがっしりとしているな」

 

「あれがリオンのヒモか~」

 

 

「…知り合い?リオン」

 

「ファミリアのメンバーです。そして、ヒモではない…!」

 

「ああ、いいところに来てくれましたたね。ちょうど呼びにいこうと思っていたんです」

 

「お、怒られなくてよかった~、じゃあこれからよろしくね?サウィルくん」

 

「よろしく?」

 

「まだ聞いてない?リオンと君はしばらく私たちとパーティを組むことになったの」

 

「「え」」

 

「すっかり言うの忘れてたわね、うふふ」

 

「なんじゃとおおおおおおおお、って妾は聞いとったんじゃった」

 

「いいのかバロール様。邪神なんだろう、一応」

 

「一応とはなんじゃ!大邪神じゃぞ!今回もアストレアめがどうしてもというからしょうがなーーく力を貸してやってるだけじゃ」

 

「ふふふ」

 

ふいっと顔を背けるバロールにアストレアはにこやかな笑みを浮かべた

 

「さて、改めて紹介するわ。彼女たちが私の眷属」

 

「アリーゼ・ローヴェル!これからよろしくね、不良くん!」

 

「ゴジョウノ・輝夜と申します。以後よしなに」

 

「アタシはライラ、気楽にいこうぜ」

 

「俺は不良だった…?俺はサウィル、サウィル・ケスリンという。未熟者だがこれからよろしく頼む。」

 

深々と頭を下げる。

 

「ふむふむ礼儀正しいわね不良くん!更生物語が捗るわ!」

 

「は!大邪神の眷属に更生など必要なし!サウィルは一等のワルになると妾が決めておる!」

 

「不良ではないしワルにもならないが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お主はもう少し自分の命を大事にせい、早死にするぞ?」

 

「危険を冒してこそ冒険者でしょう」

 

「おー成り立てのくせにいっちょまえの事を言うのう」

 

その後次回からパーティで迷宮に挑むことを決め解散したサウィルはアストレア様から貸し与えられた自室で横になっていた

 

 

「ほーれ更新できたぞー」

 

 

背中から降りた邪神が投げてきた紙をキャッチする

 

 

サウィル・エスリン

 

Lv.1

 

力:I 0 → H 135

 

耐久:I 0 → G 206

 

器用:I 0 → I 42

 

敏捷:I 0 → H 179

 

魔力:I 0 → I 0

 

《魔法》

 

《スキル》

 

天呼地吸(マントラ)

 

妖精夜想(フェアリー・ノクターン)

 

闘争輪廻(バトル・フォー・バトル)

傷つく度に精神力を回復する

耐久に超高補正

 

 

 

 

なかなかの伸びじゃないか?それに

 

「スキルが増えてる?」

 

闘争輪廻

傷つく度に精神力を回復する、か

 

「バロール、精神力ってなんだ?」

 

「魔法使う時に消費する力じゃな。無くなると倒れる」

 

「…魔法使わないのに回復しても意味なくない?」

 

「その通り!お主のスキル半分死んでおる!!」

 

 

「なん…だと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔法と探索

「魔法が欲しい」

 

「そこになければないのう」

 

「神様なんだろう?神聖ななんかでパパっと習得させられないのか」

 

「神の力を地上では使えないように決められとるんじゃ。自分でなんとかせんか」

 

「投げやり…」

 

「魔導書を使えば誰でも魔法を覚えられるらしいが高くての。妾達では手を出せん」

 

「うーむ」

 

俺の脳裏によぎるのはリオンが魔法を使う姿

明らかにレベルを逸脱した火力のおかげで討伐することができた

 

今まで俺とリオンは同格の強さだと思っていたし実際そうだったと思う。

しかし魔法を得たリオンは明らかに俺より…

 

「ぐぬぬぬ」

 

「まあ長く続けていればそのうち使えるようになるじゃろ。もうはよう寝ようぞ」

 

俺が思い悩んでいる間にお子さまはあくびを噛み殺し目を擦っていた。

 

「そうだな…ん?」

 

そういえばこの部屋にベッドは一つしかないな

 

「お前はどこで寝るんだ?風邪ひくなよ」

 

「妾のベッドなんじゃが!?」

 

「ああ脆弱な人間のためにベッドを譲っていただけるなんてなんたるご神徳か、このご恩は子々孫々まで語り継ぎましょう…じゃ、お休み」

 

「まてえええええええ!」

 

そのまめ灯りを吹き消し寝ようとしたのにお子さまは飛びかかってきた!

 

「どけぇ!ここはもう俺のベッドだ!!ガキは床で寝てろ!!」

 

「主神を敬わんかあああああ!!」

 

「敬っております主神様!どうぞ床でおくつろぎ下さい!!」

 

「ふざけおってぇ!!」

 

どったんばったん

 

「くそ!もういい!」

 

「わかったのなら━━」

 

「おらぁ!」

 

「お、おお?」

 

布団にバロールを巻き込みベッドの半分に安置し俺も横になる

 

「お前くらいの図体ならそもそも邪魔にならないなじゃ、お休み主神様」

 

「う、うむ」

 

 

 

 

 

 

「あ~よく寝た。やっぱ寝るなら馬車よりベッドだな」

 

 

「むぅ~…」

 

「おはようバロール様。よく眠れましたか?」

 

「知らんわ!ボケナス!」

 

「子供は朝から元気一杯で羨ましいです(よく寝られたようでなによりです)」

 

あ、つい本心が

 

「そもそも言わなくても主神には嘘がわかるんじゃバカァ~!!」

 

バロールは半ベソをかきながら枕を投げつけると寝室から逃げ出していった。大方アストレア様にでも泣きつくのだろう

 

 

「びえええええアストレア~!!サウィルが一緒に寝たのに酷いこと言ってきおった~!!(一緒に寝るの)初めてじゃったのに!!」

 

「それは禁止技だろ…!!」

 

 

 

「じゃあ改めて今日からよろしく頼む」

 

「ヤリチンのくせに礼儀は正しいのね」

 

「冤罪なんだよな」

 

朝の一件からアストレアファミリアの人たちからの視線が厳しい

リオンなんか目を合わせてくれない

 

「オホン!それでこれから迷宮に潜っていくわけですが…」

 

そしてジロッと俺を見る

 

「なーんで君は丸腰なのかな~サウィルくん!」

 

「え…」

 

まわりもウンウンと頷く。

どうやら視線が厳しかったのは冤罪ではなく俺の装備由来らしい

 

「これが一番しっくりくるんだ」

 

「素手で言われてもねえ…」

 

どうすれば納得してくれるだろうか

 

「サウィルの言うことを信じてあげて欲しい。彼は女神を誑かしたヤリ…不貞者だが腕は立つ」

 

「ありがとうリオン。そして冤罪だ」

 

ライラが嘆息し首肯する

 

「わかったよ。一度一層でサウィル一人に戦ってもらう。それを見て判断しよう。それでいいだろ?」

 

「それで構わない」

 

 

 

 

「お、ゴブリン3匹」

 

話がまとまり迷宮一層を歩いているとちょうどいいゴブリンが迷宮の壁から生れ出た

 

「それじゃ、行ってくる」

 

【天呼地吸】で身体能力をあげるや一息の間に接近、最初の飛び蹴りで一体続けざまの裏拳で二体を葬る

そして残る一体が振り下ろす棍棒を無防備に腕で受ける

そのままに残る一体を殴り倒して戦闘終了

 

「どうだ?」

 

「「「おおー」」」

 

パチパチと拍手するアリーゼ達

どうやら納得していただけたらしい

 

「あなた本当に昨日冒険者になったばかりなの?やるじゃない!はいこれポーション」

 

「いやこれぐらいならすぐ治る」

 

【天呼地吸】を切り替え回復を促進させる

みるみるうちに癒えていく腕を見て目を丸くするアリーゼ

 

「わーお…それ魔法じゃないわよね?さっきの戦闘でも使ってたわよね」

 

「結構器用なスキルなんだ」

 

サウィルは棍棒を受けた腕をじっと見つめる

(あえて棍棒を受けた時確かに何かが体から涌き出るような感覚に襲われた)

あれが精神力なんだろうか?

しかしいくら精神力を生み出そうが使い道がなくては意味がない

 

「アリーゼは魔法とか使えるのか?」

 

「ふっふっふ!よくぞ聞いてくれました!今日は私の華麗な魔法を目に焼き付けてあげるわ!」

 

「使える、だと…!」

 

「エルフだけの専売特許ではないのだよ君!君の魔法も後で見せてね!」

 

「…ない」

 

「なんて?」

 

「覚えて、ない…!」

 

「フフン!」

 

見事なドヤ顔を見る羽目になってしまった

 

 

魔法、いいなぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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パーティ結成!

その後階層を順調に下り10層、中層一歩手前まであっという間にたどり着いた

 

「しばらくここで新入り二人との連携の習熟を図るわ!えいえい!」

 

「おー」

 

「返事が小さいわ!」

 

「いやモンスターが寄ってくるからあまり騒ぐんじゃない」

 

お調子者のノリに付き合ったら輝夜から注意を受けてしまった。

 

「じゃあフォーメーションを組むわよ。私とサウィルが前衛。輝夜とリューが遊撃、ライラはサポートと周辺警戒、以上!」

 

「わかりました」

 

「了解した」

 

そのまま探索を続けたが出てくるモンスターは散発的で大したモンスターも出なかった。

10階層から11階層への入り口まで非常にスムーズにたどり着くことができた

 

「もっと下に降りるつもりか?」

 

「ええ!今日は11階層を探索する予定よ!」

 

「ん?怖いのかなぁボクぅ?」

 

「ライラ、サウィルは私と同い年だから子供扱いされる年ではない」

 

 

「ビビビビビビってないけど」

 

「ビビりすぎでしょ」

 

正直ビビってる

頭によぎるのは昨日やっとのところで討伐したライガーファングだ。

どうやらあのモンスターは本来1階層よりずっと下にしかいないらしい

下にしかいないということはつまり下にはいるということだ

 

「あのー輝夜さん、つかぬことをお聞きしますが」

 

「いや急にかしこまられても困るんだが…何だ?」

 

「11層にはどんなモンスターがイルノカナ?ライガーファングとトカ、イルノカナ!?」

 

「不快な喋り方をやめろ!」

 

輝夜にはたかれる

 

「まったく、急にどうし…ははーん」

 

ニマニマと笑う輝夜

 

「お前、ライガーファングと戦うのが怖いんだろう?」

 

「そそそそそんなわけないが!」

 

図星だ

危険を冒してこその冒険者。

確かに俺はそう思ったよ。

けど今日再戦するのは気分じゃないっていうか…もう少し日を改めて、例えば、ステータスが上がったり、魔法を習得してから戦ってみたいというか…

ビビってるわけではないが!

 

「そうかそうか可愛いねえーサウィルくんは。安心しろ、11層にライガーファングはいないよ」

 

「さあ行こう皆!俺がいるからには誰にも怪我なんてさせない!」

 

 

「思ってたより酔狂なやつだな…」

 

ライラのぼやきが迷宮に響いた

 

 

 

「4時の方向からフロッグシューター3匹!」

 

「了解した!」

 

フロッグシューターの舌を体で受け止め捕まえ背負い投げの要領で後方にぶん投げる

 

「投げる時は一声かけんか!」

 

輝夜が俺への叱責と共に刀を一振すればフロッグシューターは真っ二つ

サウィルは残りの2匹に突貫していく

 

「おらあ!」

 

体当たりに合わせ突いた右こぶしがフロッグシューターの頭部にめり込み絶命させる

 

「残り一匹!」

 

ふりかえるとなんと言うことでしょう

四肢の腱を斬られたフロッグシューターにリューが止めを差していた

 

 

「終わったか」

 

「まだだ!さらにハードアーマード2体とパープルモス2体!」

 

「なっ」

 

ハードアーマードの回転突進を受け止めるが油断していたサウィルは【天呼地吸】を切っていた。

そのまま弾きとばされる

 

「ぐう!」

 

輝夜が入れ替わりハードアーマードを引き付ける

 

「すぐにまた【天呼地吸】を…」

 

再度【天呼地吸】でステータスを上げるべく呼吸を整えるが、咄嗟のことで時間がかかってしまう

その間リューがパープルモスを一体叩き落とす

 

「よし!これで…ぐっ!」

 

【天呼地吸】を発動し直しステータスの上昇を感じるが…すぐに今度は体が重くなり立っていられなくなる

 

「これは…毒か!」

 

みると紫いろの粉が舞っている

どうやらパープルモスの燐粉を吸いすぎてしまったらしい

 

「解毒の呼吸を…!」

 

囚われの身の頃食事に下剤を盛られ苦しんだ時のことを思いだしその時の呼吸を再現しようとする。

しかしそんな隙を見逃すほど迷宮は甘くない

2匹目のハードアーマードが回転して突進するのが見える

 

(くそ…)

 

背後から緋色の熱風が駆け抜けた

 

『炎華』(アルヴェリア)!」

 

 

アリーゼが突進しハードアーマードに剣を突き立てる

そして爆発

煙が晴れると無傷のアリーゼと倒れ伏すハードアーマードが見えた

 

「こっちも片付いたわ!」

 

正面ではオーク2匹をライラとアリーゼが片付け終えたところだった。

 

「こっちも終わった!」

 

リューと輝夜がパープルモスとハードアーマードを倒し終える

 

「ありがとう助かった」

毒が回復しきったサウィルは立ち上がる

ふとみるとアリーゼの四肢が燃えている

 

「お前燃えてるぞ!」

 

「え?ああうん」

 

心配する俺に首をかしげるアリーゼだったが得心する

 

「そういえば私の魔法を見せるのは初めてだったわね!これが私の魔法『アガリス・アルヴェンシス』よ!炎の付与魔法なの」

 

「付与魔法…そんなのもあるのか」

 

「ちなみにここで魔法を覚えてないのはサウィルだけね!」

 

「なん…だと…」

 

「アストレアファミリアは凄いでしょ!」

 

ドヤ顔のアリーゼの前に膝をつく

 

「どうしてもっていうなら師匠になって「弟子にしてください師匠!」お、思ったより食い付きがいいわね」

 

アリーゼの…師匠の手を取り頭を提げる

熱い

 

「あっつ!」

 

「あ、魔法切ってなかった」

 

「からかうのもその辺にしておけアリーゼ。そもそも魔法の覚え方なんぞ知らんだろうに」

 

「そんな…」

 

「魔法を教えるとはいってないわ!代わりにいいことを教えてあがる」

 

「なんだ?アリーゼ」

 

「え!?師匠は!?」

 

「魔法じゃないんだろう?じゃあやめだ」

 

「そんな…」

 

ちょっと落ち込むアリーゼ

 

「まあいいわ!それよりサウィル、さっきの戦闘ではスキルの発動に手間取ってたわよね?それを解決…できるかもしれないといったら?」

 

「む」

 

確かにそうだ。

もし【天呼地吸】を切っていないか、もしくはすぐに発動できていたらハードアーマードに弾きとばされることも解毒に手間取りピンチを迎えることはなかったはずだ

 

「教えてください」

 

「よろしい!これは神様…アストレア様じゃなくて神ロキに聞いた話しなんだけど、全力の一撃を放つ時に自分で考えた技名を叫ぶと威力が上がる…らしいの!だからサウィルも自分で考えた技名を叫べばすぐにスキルを発動できる…はずよ!」

 

「えらく不確かだな…」

 

「そんな手段が…!帰ったら早速考よう。ありがとうアリーゼ!」

 

「ふふふ!もっと感謝しなさいよね!」

 

「やれやれ」

 

呆れる輝夜をよそに初めての合同パーティ探索は大成功?に終わった

 

 

 



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やるべきこと

帰り際に気になっていたことを聞いてみた

 

「そういえば暗黒期って何か知っているか?」

 

ピタッとアストレアファミリアのメンバーが止まる。

 

「…暗黒期が何か知らないの?サウィル」

 

神妙な顔でアリーゼが聞いてくる

先ほどまで太陽の様な笑顔を浮かべていた顔には今までみたことのない陰が差していた

 

「俺をだまして殺そうとしてきたアスラってやつがそう言ってたのを思い出したんだ」

 

「アスラ…!そうやっぱりあいつらだったのね」

 

「ええ、暗黒期もアスラもね。まず暗黒期について教えて上げる」

 

 

「今のオラリオはかつてないほど不安定で、悪党が大手を振って歩いてるの。少し前まではそんなことなかったのに」

 

「原因はオラリオを代表する2大ファミリアの失墜よ。それからといぅもの闇派閥が勢いづいて治安が悪化し続けているのが現状なの」

 

「悪党を抑止していた重石がなくなってしまったって訳だな」

 

 

「けど!そんな時代は私たちが終わらせてみせるわ!なんたって私たちは正義の女神アストレア様の眷属だもの!だからサウィルは安心して借金返済に励むといいわ!」

 

いつもの明るい笑顔でサムズアップしてくる

思わず目をそらす

 

 

「そうか…立派だな、あんたらは」

 

大義に燃える瞳はあまりに眩しくてとても直視できなかった

 

 

「それで、アスラはどんなやつなんだ?」

 

話しを変えるとアリーゼは少し難しい顔をする。

 

 

「アスラは闇派閥の冒険者よ。けど名前だけじゃ個人を特定できないの。」

 

俺は思わず首をかしげる

 

「闇派閥の冒険者なのは分かるのに、個人は特定できない?どういうことだ?」

 

 

「アスラはアスラ・ファミリアの冒険者の名前なんだ。あそこの主神は変わり者で、恩恵を刻む条件として眷属の名字を捨てさせて自分の名前に統一させているの」

 

 

「なるほどな」

 

「ちなみにアスラ・ファミリア自体はそこまで大きいファミリアじゃないわ。恐喝、窃盗、非冒険者の殺人。刹那的なチンピラの集まりって感じね」

 

「じゃあすぐに潰されるんじゃないか?」

 

 

「いまギルドはより大きな闇派閥に目を光らせるので手一杯なのよ。だからアスラ・ファミリアみたいな中小ファミリアの蛮行は見過ごされてるのよ。」

 

「ごろつき集団に構ってる暇はない、というわけか」

 

「そ!だから私たちが強くなってそういう奴らは一掃しないといけないの!お腹減ったから帰りましょう!」

 

「了解した」

 

そのまままた歩きだしたアストレア・ファミリアの面々に続いて迷宮の出口へ歩きだした

 

「…ならいつか自分で落とし前はつけさせてもらう」

 

 

 

 

「帰ったぞバロール」

 

「うむ!よう帰った!」

 

貨幣がずっしりと入った革袋を投げ渡す

 

「はいこれが報酬」

 

「ぬおおお!これなら思ったより早く独立が叶いそうではないか!!誉めてつかわす!」

 

はしゃぐバロールから再度革袋を受け取りその中から2割ほどをテーブルにだす

 

「これはアストレア・ファミリアを間借りしてる分の家賃だ。」

 

「むむむむ仕方あるまい!許す!」

 

「お前が今まで穀潰ししてた分の食費も入ってるけど寛大な御心に感謝します、バロール様!」

 

「嫌味か貴様ッ!」

 

更に革袋から6割ほどを出しテーブルに置く

 

「これは俺の治療費だ」

 

「高い!!」

 

「聖女の治癒魔法を使ってもらったらしいからな。アストレア様に建て替えて貰えなかったら利子もついてたところだ」

 

革袋を投げ渡す

 

バロールが受け取った革袋は随分と━━痩せたようだ

 

愕然とするバロール

 

「な」

 

「なんじゃとおおおおおおおお!?」

 

「うるさいですよバロール様」

 

「ほとんど持ってかれたんじゃが!?」

 

「でも無くなった分返済はされてる訳だから堪えてくれ」

 

「ぐぬぬぬた、確かにこれで返し終わったのなら業腹だが」

 

そして、と前置きする

 

「これで治療費の50分の1を返済したことになるな」

 

「な」

 

耳をふさぐ

 

「なんじゃとあおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん」

 

アストレア・ファミリアとの合同パーティが結成されてから早3ヶ月がたった頃、サウィルは自室の床に寝転がりながら唸っていた

手にはバロールから渡された【ステイタス】の写しが

 

 

サウィル・エスリン

 

 

 

Lv.1

 

 

 

力:B 786 → B 795

 

 

耐久:A 816 → A 820

 

 

器用:D 566 → D 568

 

 

敏捷:B 755 → B 760

 

 

魔力:I 0

 

 

 

《魔法》

 

 

 

《スキル》

 

 

【天呼地吸マントラ】

 

 

【妖精夜想フェアリー・ノクターン】

 

 

【闘争輪廻バトル・フォー・バトル】

 

 

 

「伸び悩んでるな」

 

魔法が覚えられず魔力が伸びないのはいい。

いや、決して良くなどないが、まあいい

しかし他の数値の伸びが悪くなってきているのはゆゆしき問題だった

そして問題は他にもある

 

視線を移すとそこにはカーペットがわりに敷かれる『ライガーファングの毛皮』

そしてその奥にはいくつもの壊れた短剣と手甲が転がっていた

 

 

サウィルはポツリと呟いた

 

 

 

「そろそろちなんとした武器、欲しいなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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鍛冶師を尋ねて

迷宮の入口にそびえ立つバベル、その上層は神々が住まうVIPルームだが下階層には生産系ファミリアによる武器屋が営まれている

 

「うーん」

 

籠手を見ながら唸るサウィル

サウィルには物の良し悪しを見極める目はなかった

しかしそんな彼でも幾度となく買っては壊し買っては壊しを繰り返せばいい加減学習する

 

「今までの価格帯の籠手だとまた壊して、かえってお金がなくなってしまうな」

 

そもそも一般的な籠手は頻繁に怪物を殴り飛ばすことを想定していないのだから壊れやすいのは当然といえる

 

「ちょっと高いのも見てみるか」

 

普段は行かない上の階の武器屋も見に行く

 

上階の店では今までの樽の中にまとめて雑多に置かれていた店とは違い一品ずつ棚、もしくはショーケースに入っている

 

「お、良さそうな籠手だ」

 

陳列されている品の中で良さそうな籠手を見つける

アダマンタイトの輝きがその頑丈さを物語っている

 

「さていくらだ、ろ…」

 

 

 

 

一分後サウィルは雑多に置かれた籠手から少しでも丈夫そうなものを見繕っていた

 

「借金が2倍になるところだった」

 

先ほどからにらめっこをしている籠手たちを見て嘆息する

 

 

「さっきからため息ばかりついているけどどうしたの?この店の籠手がそんなに不満かしら」

 

急に声かけられ振り返る

そこには赤髪と眼帯が特徴的な女性がムスっとした顔で立っていた

 

「籠手を探してるんだが手の届く価格帯のものはすぐ壊れてしまうからどうしたものかと思案していたんだ」

 

「籠手がすぐ壊れる?どんな使い方してるのよ」

 

「主にモンスターを殴ったりするのに使っているな」

 

「モンスターを殴る?そりゃ壊れるわよ…」

 

今度は隻眼の女が嘆息していた

 

「ならこの店には、いえこのバベルにはお眼鏡にかなう籠手はないわよ。どの籠手も防具であって武具じゃないから」

 

「そうなのか、それは、ちょっと困った」

 

「でも武器を買う手段は店にある物を買うだけではなないでしょう?オーダーメイドなら武具としての籠手も手に入るわよ」

 

「オーダーメイド?しかしそんな金はないからここに来ているんだ」

 

「オーダーメイド専門の職人なら値は張るでしょうけど駆け出しの職人、ここで作品を売っているような職人に頼めばそこまで値は張らないわよ。例えばその籠手にも名前が書いてあるでしょう?店員にオーダーメイドを頼む旨を伝えればコンタクトをとってくれるわ」

 

 

手に持っている籠手に刻まれている名を読み取る

 

 

『椿・コルブランド』

 

「ならこの籠手を作った職人にオーダーメイドを頼みたい。コンタクトをお願いしてもいいか?」

 

「…なんで私に言うのよ」

 

「あなたに頼むのが一番早いと思ったからだが」

 

「私が誰か知っているの?」

 

「?腕利きの店員だろう?親切に説明してくれてありがとう」

 

隻眼の女は脱力する

 

「はぁ…まあいいわ。明日同じ時間にここに来なさい。椿には私が声をかけてあげるから。」

 

そういって隻眼の女性はバベルの上に去っていった

 

 

「…ん?ここの店員じゃかかったのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「サウィル・エスリンという。よろしく頼む」

 

「椿・コルブランドだ!聞いたぞ?籠手だけでモンスターに挑む酔狂な輩だとな!手前にそのための籠手を打ってほしいのだろう?」

 

すごい食いついてくる

 

「そうだ。頼めるだろうか?」

 

 

「良いぞ!ただし!条件をつけさせてもらおう」

 

「条件?」

 

「お前は懐が寂しいとしゅし…店のオーナーから聞いている。なら籠手に使う素材の一部、皮革の類いをお主の方で用立ててくれればその分だけさっ引こう。」

 

「それはありがたい話だ。ちょうど持っているドロップアイテムがあるんだ」

 

「そして二つめ、お主、手前と戦え」

 

 

「戦う?」

 

「うむ。好奇心に任せて様々な武器を鍛ったのはいいが使う機会もなく埃を被っている武器が山ほどあるのだ。それをお主で試させてほしい」

 

「構わないぞ」

 

 

「よし!それでは場所を変えよう!」

 

 

「あ、今から?」

 

 

 

「よし!いつでもいいぞ!」

 

空き地…どうやらヘファイストス・ファミリアの敷地らしいところで向かい合う

椿は身の丈ほどの剣を持っている

そして空き地には他にも槍や鎌、刀や斧などがあちこちに刺さっている

 

「ああ、始めよう」

 

言うやいなや駆け出すサウィル

 

あっという間に距離を詰めるが椿もそれに合わせて剣を振り下ろす

紙一重でかわし胴に拳を叩き込もうとするがひらりと身をかわされる

 

 

(鍛冶師なら戦闘は本職ではないはずなのに軽々と)

 

サウィルはこの試合を長引かせるつもりはなかった

しかし今の動きを見て評価を改める

 

 

「ははは!鍛冶師と侮ったな!」

 

笑う椿

 

そして次の瞬間蹴りが眼前にまで迫っていた

 

「なっ」

 

 

顔にモロに食らい吹き飛ばされる

起き上がるがまぶたから流血しているらしい。片目の視界が塞がってしまう

明らかに次元が違う速さと威力に瞠目する

 

「鍛冶師に吹き飛ばされるのが不思議か?」

 

得意気に大笑しながら槍を手にして突いてくる

その早さは反応するだけでやっとだ。とても反撃などできない

今度は腹に蹴りを食らって吹っ飛ぶ。えづきを堪えながら思案する

 

(この鍛冶師、もしや━━)

 

再び大剣を手にした椿の攻撃から身をかわす

 

 

「儂はレベル2だ。ひよっ子冒険者に負けるつもりなんぞない!実戦経験もステータスもこちらが上手だ」

 

レベル2、明確な格上であることを告げる椿にサウィルは笑った

 

 

「そうか。ありがとう椿」

 

首をかしげる椿

 

「なにを感謝することがある?」

 

 

「お前のような強者を相手にしてこそ」

 

深く息を吐く

 

「限界を超えられるからだ」

 

 

「ほう!」

 

黙って椿は俺にその大剣を振り下ろす

 

「【リグ】」

 

力が満ちる

 

刀身を蹴りで逸らしてアッパー

 

「がっ!?」

 

吹き飛ぶ椿に追撃はしない

 

「【サーマ】」

 

顔の傷が癒え視界が回復する

椿は吹き飛ばされた場所に刺さった斧を引き抜き片手で素振りする

 

「なんだ?急に動きが変わったな!傷も癒えている!どんな手品を使った!?」

 

一人でテンションが上がっていく椿を無視する

 

「【リグ】!」

 

再び活性

同時に飛び出した椿の斧と俺の拳が交錯する

 

「ぐはっ!?」

 

そして崩れ落ちたのは椿だった

振り下ろされた斧は左手の籠手を砕いたものの俺の腕を半ばまで切り裂いたところで止まっていた対して俺の拳は隙だらけだった椿の腹にクリーンヒットしている

 

「【サーマ】…俺の勝ちでいいよな?」

 

「あ、ああ…ゲホッそうだのう」

 

俺の手を借りて立ち上がる椿

パチパチパチと拍手が起きる

見るといつの間にやら隻眼の女性が観戦していた

 

「すごいわね、椿に勝つなんて。あなたまだレベル1でしょ?」

 

「それほどでもない。椿は慣れない武器だったしこっちは奥の手を使ったからな」

 

「急に動きが上がったり傷が治ったあれか?確かに面妖だったな!なにか唱えていたが魔法の類いか?」

 

「いやあれはスキルだ。技に名前をつけると強くなると聞いたから主神と考えた名前をああして唱えている。」

 

隻眼の女が頭を抱えている

 

「まあ、満足してるならいいわ」

 

「主神様、ポーション買ってきてくれんか?」

 

「それが主神に、対する態度?話を聞き付けた時にはこうなると思って持ってきてるわ」

 

 

 

 

「よし!じゃあお主の籠手について仔細を詰めようではないか!」

 

その後お互いポーションを飲んで治癒した後椿の薦めで『火蜂亭』にて話し合うことになった

 

「手前の奢りだ!好きなだけ飲め!」

 

「いいだろう!」

 

目の前の蜂蜜酒を思わず唾を飲む

 

俺は大人になるぞ!リオン!

 

「ええいままよ!」

 

気合いを入れて口をつけグビグビと飲んでいく

体が熱くなるのを感じる

 

「おお、おお!いい飲みっぷりだ!」

 

椿が何か言っているがいまいち要領を得ない

俺の記憶はそこで途絶えている

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…」

 

目が覚めて伸びをする

清々しい目覚めだ。小鳥のさえずりが心地いい

今日はいい日になりそうな予感がする

 

「ん?」

 

部屋の内装に違和感を覚える

というかいつもとは違う部屋だ

そしてなぜか裸だ

 

「うーむ…」

 

横から声が聞こえる

 

「む、サウィル。おはよう…昨日は楽しかったな」

 

そこには裸の椿が寝ていた

 

「き」

 

「き?」

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

朝のヘファイストス・ファミリアにいたいけな俺の叫び声が響き渡った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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鍛冶師を尋ねてⅡ

「わはは!すまんすまん!」

 

 

「クスン」

 

大笑する椿に涙を拭うサウィル

 

「ファミリアの奴らと飲んだ時に仕掛ける定番のドッキリだ!驚いただろう?」

 

「決めた。なにが起きても絶対にヘファイストス・ファミリアには入らない」

 

「それは残念だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでサウィル、昨夜の話はどこまで覚えておる?」

 

「全部覚えてない」

 

「ではこれを見てくれ」

 

椿が広げた紙には様々な角度から籠手が描かれていた

 

「おお…これが」

 

「うむ、お主に拵える籠手の図面だ」

 

しげしげと図面を見る

うん、わからん

 

「うん…いいんじゃない?」

 

「お主あんまり興味ないな!?」

 

「いやある!興味はある!けど図面だけ見ても全然分からないんだ! 」

 

「お主それでも冒険者か!?」

 

ため息をつくと図面を広げる椿。どうやら説明してくれるようで安心した

 

「籠手は主にライガーファングの毛皮製、やはり武具として実用に耐える金属製となると貴重な金属か【不壊属性】が不可欠で値が張りすぎるのでな!この籠手にはちょうど腕の部分を使っておる。さらに金属板を複数仕込むことで柔軟性を損なうことなく強度を底上げしたのだ!」

 

胸を張る椿。拍手する俺

 

「はい先生!」

 

「なんだねサウィルくん?」

 

「寸法とか計らずに図面書いて良かったのか?」

 

「お主が潰れてから身体の隅々まで計ったから問題ない!」

 

「アッハイ」

 

そういえば裸に剥かれてましたね

 

「どうした?遠い目をして」

 

「いや、穢れされちゃったなって…」

 

「冒険者がこれくらいで騒いでどうする」

 

椿はそれと、と続ける

 

「お主余った毛皮の使い道はあるのか?」

 

「いや、ないな」

 

「では余った毛皮を身に纏えるようまとめてなめしておいてやろう。ライガーファングの毛皮、特に鬣部分は耐刃、耐衝撃に優れているからそのまま腰簑にでも使うなりするといいぞ」

 

 

「ありがとう」

 

 

「これくらいどうということはない。では2日後に取りに来てくれ。それまでに籠手と毛皮は仕上げておいてやる」

 

「ああ、それで問題ない。感謝する」

 

「さてそれでその武具の値だが…」

 

俺は地に額を擦り付ける

 

「な、何をしている?」

 

「東方の呪術だ。これをすると何故か皆値段を負けてくれるとバロール様から教わった。」

 

「やらないほうがいいぞ」

 

「む、じゃあ止めよう」

 

おかしくなった空気を変えるように咳払いをする椿

 

「オホン…それで籠手の値段だが…タダでいい。」

 

「え!?」

 

「ただし!!!今後他の輩に籠手のメンテナンス、新調は頼まないように!それと手前の武器を試そうとした時手合わせを拒まないこと!」

 

 

「そんなこでといいのか?」

 

 

「重要なことだろう?つまりは条件を呑むということで構わぬか?」

 

「ああ構わない。これからよろしく頼む。椿・コルブランド」

 

手を差し出すサウィル

キョトンとした椿だったが間もなく笑みを浮かべ手を握り返す

 

「うむ。長い付き合いとなることを願うぞ、サウィル・エスリン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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