ブギーマンは世界を大いに嗤う (兵隊)
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序 章 何でも屋さん人気だと聞いたのに
プロローグ






 

 

 ――――脳の奥に、絶望するような、戦いの情景を見る――――。

 

 

 その世界は、確実に死に近付いていた。

 いずれ訪れる厄災。人間ではどうしようもない暗黒が空を覆い、立ち向かったものは屍山血河となり大地を潤すことだろう。強者も死に絶え、弱者も生きる事を許さない。この世界の行く末は、そんな未来と定まっていた。

 

 何もせず、座して待っていても未来を変える事はできない。

 何者かが災厄に立ち向かい、人々の道導となり、闇を照らす光とならなければならなかった。

 

 絶望は必ず訪れる。

 約束の刻は着実に迫ってくる。

 故に、何者かが立ち上がらなければならない。

 

 

 ――――この世界は、英雄を欲していた。

 

 

 だが誰もが、英雄となる資格を有していない。

 ただ強くても、ただ優しくても、ただ知識があっても、ただ才能があっても、英雄とはなりえない。

 

 覚悟が必要だ。

 誰をも救いたいという覚悟。

 敵を倒す力がなくても、それでも、と。天を睨み続ける者がこの世界には必要であり、それが英雄と言える。

 

 

 その資質を多く持っていたのが、二柱の眷族達。

 ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアであった。

 誰もが勝利を確信した。古より君臨していた勢力が手を組んでいるのだから敗北はないと。

 

 しかし結果は真逆。

 二つの勢力は壊滅し、討伐対象でもあった黒き終末は生きている。

 

 オラリオの抑止力となっていた二つの勢力の壊滅。

 これより続くは暗黒時代。己の欲望のまま力を振るい始める獣が必ず現れる。

 

 神々は失敗した――――それは認めよう。

 世界は混沌となる――――それも認めよう。

 誰かが行動を起こさなければならない――――その通りである。

 

 

 覚悟が必要だ。

 死者の山を作ろうが、冥界に魂が溢れさせようが、次代の踏み台となるための覚悟。

 例えこの身が邪神と蔑まれ――――この世の全ての悪となろうとも、時の針を進めなくてはならない。

 

 猶予はない。

 選択肢はこれしかない。

 手段など模索する時間もない。

 

 

「――――?」

 

 

 声が聞こえた。

 男を呼ぶ、子供の声。

 その名は男の名前であった。

 

 

「起こしたか?」

 

 

 膝枕で寝かしつけていたのを忘れるほど、男は熟考していた。 

 これからのことを、これからの未来を、これからの世界を。自分は一柱として、どう振舞えばいいか考えていた。

 

 子供は首を横に振る。

 

 

「別に起きてたから」

 

「だったら声をかけろよ」

 

「難しい事を考えているみたいだったから」

 

 

 子供に気を使わせた事実に、男は苦笑を浮かべる。

 

 天邪鬼な自分が拾った子供。

 出生も名前も、何がしたいのかも定まっていない。天邪鬼な自分がどうして拾ったかのかすらわからない。

 見た瞬間に惹かれて、運命を感じた。子供の癖に、何も知らない純粋無垢な存在の癖に。何者よりも黒く墨よりも黒いナニカが、心の奥で胎動していた。

 

 男が拾ったのは正義感からくるものじゃない。

 ただこの子供が何を為すのか、興味があったからと言う気まぐれに過ぎない。

 

 

「……なぁ、アルマ」

 

「なに?」

 

 

 身勝手な()()()()()事を考えている男を余所に、子供は首を傾げる。

 

 

「お前にとって世界って何だ?」

 

 

 質問に特別な意図などない。

 これから男は世界を絶望の淵に叩き落さなければならない。こうして自身が育ててきた子供と会話する事も、出来なくないかもしれない。

 

 だから聞いておきたかった。

 心に闇色のナニカを宿す者が、世界をどうみているのか。

 

 少しだけ考える――――素振りすら見せずに、子供は直ぐに答える。

 

 

「俺の物だ」

 

「――――は?」

 

 

 流石に面を食らったのか、男は眼を丸くして子供を見ている。

 あまりの言葉に絶句している育ての男を、子供は見上げながら。

 

 

「時々、俺は思うんだ。ひょっとしたらさ、この世界は俺が見ている夢なのかもしれないって」

 

「それは随分と、ぶっ飛んだ思考に至ったな」

 

「だってそうじゃないか? 俺がもし死んだら、誰がお前やアルフィア達を証明できる? 俺が見ている世界は、俺にしか見えてないし、俺が死んだらお前達の存在を証明する事ができない。そもそも俺は、自分が死ぬって事が想像が出来ない」

 

「なんて自信家に育っちゃったんだ。俺は悲しいよ」

 

「褒めてくれてるのか?」

 

「褒めてはいないかな」

 

 

 そうか、と面白くなさそうに拗ねる子供を見て、男は苦笑を浮かべて。

 

 

「それで何でそこから、世界は俺の物、なんてトンデモ理論に至ったんだ?」

 

「何でって、俺の見ている世界は俺にしか解らない。っていうことはだ、俺を中心に世界は回っているってことだろ? 俺が“出来る”と信じたらそれは絶対に出来るし、そうなると世界は俺の物ってことにならないか?」

 

 

 自分の見ている世界が中心なのだから、世界は自身を中心に回っており、その中心人物である自分の物、と子供は言う。

 

 何て子供らしい。

 身勝手でありながら、まだ世界という途方もない巨大な物を知らない言葉である。

 だが本気で言っているのだろう。男を見る眼が物語っている。黒い髪、そして墨よりも黒い双眸。それが真っ直ぐに、男を見る。その眼には絶対的な自信がある。

 

 なんて勝手な言い分なのだろう、と男は思うも直ぐに認識を改めた。

 何せ、自分と常に一緒に居たのだ。このような勝手な性格にもなる、と自嘲気味に笑みを零して。

 

 

「なぁ、アルマ――――」

         「――――英雄(りそう)になってみないか?」

 

 

 

 

 





>>男
 育ての親。気まぐれに拾う
 元引きこもり。
 

>>子供
 黒髪黒眼。
 世界は俺の物系男子。


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第1話 メイド服に妥協するな

 

 

 ――――なつかしい、夢を見た――――。

 

 

 むくり、と。

 黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハは身体を起こした。

 うたたねしていたのか、口元にはよだれが垂れており、着ていた服の裾で拭う。

 

 まだ寝ぼけている眼で辺りを見渡すも、そこは見慣れた風景。

 木造建築の家屋――――というには申し訳ないほどのあばら家。壁を見ても穴が開いており、空を見ても天井の隙間から()()()()()ほど穴だらけ。

 そうなると家財なんて上等な物はない。彼が突っ伏している机も、彼が座っている椅子も、全て自作の物。職人が作り上げて、どこかで購入した物ではなかった。

 

 迷宮都市オラリオ。

 その郊外に位置する、誰も住まなかったボロ家に住み始めてからどれほどたっただろうか、とぼんやりと考える。

 

 最低限の雨風をしのげる程度の住居。

 いい加減、別の場所に住んだ方がいいか、と考えていると。

 

 

「戻ったぞ」

 

 

 そういうと、ドアを開けて、踏み入れる女性が一人。

 手には布で出来た大き目の巾着があり、その中には食材が入っていた。どうやら買物帰りであるらしい。

 

 果たしてそれはドアの役割を果たしているのだろうか。

 外界を隔ててる物、と言う意味ではドアと表現して差し支えのないのかもしれない。

 

 にしても頼りない。

 女性が開けたと同時に、木造のドアは傾いていた。

 もちろん、特別力を込めているわけでも、女性が類まれなる膂力を持っているわけでもない。

 ただ単純にボロい、それだけだった。

 

 女性はため息を吐く。

 あまりの惨状と、今しがた傾いたドアを眼にして、彼女は億劫そうな口調で。

 

 

「貴様、こんな物を私に用意するくらいなら、この状況をどうにかした方が良いのではないか?」

 

 

 こんな物とはつまりは女性の着ている衣類。

 位の高い貴族などが、家事使用人をしている女性に着せる仕事着。黒と白を基調として、丈の長いスカートが特徴的な――――つまりはメイド服である。

 布の生地も頑丈なもので肌触りも良く、仕立てるのに決して安くはなかったろうに、と女性は冷静に分析する。

 

 自身にこんな奇天烈な格好をするように言うアルマへの苦情というよりも、理解が出来ない趣味に辟易しているといった方が正しいのかもしれない。

 対するアルマはそれを聞いて、

 

 

「ばっか。オマエはオレに仕えているんだから、メイド服を着せるだろう普通」

 

「普通とは」

 

 

 ため息が深まる。

 ふざけた男だと思っていたが、ここまでとは、と彼女は頭を抱えかける。

 優先順位がおかしい。どうして住居よりも、こんなものを用意する方を優先しているのか、彼女――――アルフィアは呆れた口調で。

 

 

「それで、客は来たのか?」

 

「ゼロだよ」

 

 

 アルマは自作した木造テーブルに肘を載せて頬杖を付きながら。

 

 

「おかしい。何でも屋だぞ何でも屋。文字通りの意味で何でもやる店だ。このご時勢、こっちは格安で何でもやるって言ってるんだぞ。もっと衆愚共は頼るべきだろオレを」

 

 

 仮にも顧客の事を衆愚とほざく傲慢さに、そういうところだぞ、と思いながら口にせずにアルフィアは事実だけを口にした。

 

 

「しょうがないだろう。私達の行なった事を考えると、誰も寄り付かん」

 

「私達じゃない。オマエ達のやった事だろう」

 

 

 それはおかしい、とアルフィアの言葉を否定して、不満気に彼は口を尖らせながらブーブー、と。

 

 

「オマエは解るよ? ()()()の口車に乗ってザルドと一緒に暴れてたし、掃いて捨てるほど怨まれてもしょうがないけどさ」

 

「…………」

 

 

 ぐさり、と。

 裏表のない言葉。事実だから、彼女は何も言い返せない。

 

 暴れた、なんて生易しいものではない。

 かつてはアルフィアも、ザルドという人物も、()()()の下へと集い、オラリオを滅ぼさんとするために行動していた一人だ。

 オラリオ史で最も多くの死者を出した最厄。それは三日間行なわれ、誰もが忘れることのない記憶として、永遠に語り継がれる事だろう。つまりは――――“大抗争”。

 

 多くを率いて、多くを扇動し、多くの絶望を生み出した。

 首魁となった男は死亡し、ザルドは行方不明。そしてもう一人の中心的人物であったアルフィアといえば――――メイド服という奇天烈な格好をさせられている。

 

 

 生き残るべきではない人物に変わりない。

 ()()()()()()()の願いを聞き、考えに賛同し、多くの者を傷つけた。斬首されても不思議ではないと彼女自身理解し、そうなって然るべきであると。

 

 しかし身勝手にも、彼女の目の前の黒髪黒眼の男がそれを許さなかった。

 

 

「オレは止めた方なんだが。オマエ達をぶっ飛ばした側なんだが。何で一緒になって、嫌われないとならないんだ?」

 

 

 本当にわからない、とアルマは首を捻って考える。

 

 彼の言葉には一つ誤りがあった。

 嫌われていると彼は自身のことを評したが、実際は嫌われているというよりも避けられているといった方が正しい。

 とはいえ、どちらにしても良く思われていないことは確かであるし、訂正するつもりもアルフィアにはなかった。むしろもっと考えてほしいと言う気持ちも込めて。

 

 

「なんだ、貴様は皆から英雄と称えられたいのか?」

 

「冗談だろ。英雄なんてなりたくない。オレは何でも出来るが、アレは別だ。英雄には絶対になりたくないね」

 

 

 ただ、と言葉を区切って。

 

 

「もっと褒められても良いだろうに」

 

「子供か貴様」

 

「馬鹿な。褒められて嬉しくならない男なんていないだろう。それに男はいくつになっても子供だ」

 

 

 それに、オレは年齢的にもまだまだ子供であっていい筈だ、とアルマは続けた。

 

 確かに二十代には見えないし、かといって、少年のような純粋というわけでもない。

 アルフィアは深く追求しなかった。むしろどうでもいいと言わんばかりに。

 

 

「それよりも由々しき事態だ」

 

「と言うと?」

 

「予算がない」

 

 

 今日買ったので使い切った、と無言で食材の入った巾着を指差す。

 アルマは天を見上げて、直ぐにアルフィアに視線を戻すと。

 

「マジで?」

 

「マジだ」

 

「何か売れるものは――――」

 

「あると思うか。こんなボロ小屋に」

 

 

 見渡しても物の見事に何もない。

 必要最低限の衣類と、何着もあるメイド服しかない。金目のものなどなく、宵越しの銭は持たないにも程がある。

 

 だがアルマの様子に焦りはない。

 それがアルフィアにとって不可解であった。

 呆れ返るほどの自信家で、世界は自分を中心に回っていると豪語する程の男だ。この反応も楽天的に考えてのことなのかもしれないが、今回は度が過ぎている。

 

 アルフィアは訝しむ表情を浮かべて。

 

 

「何を考えている?」

 

「何も。そろそろ鴨がネギを背負って来るかなーって思ってさ」

 

「……あぁ、そういうことか」

 

 

 何を言わんとしているか理解すると同時に、外から絶叫にも似た怒声が響き渡る。

 

 

『エーベルバッハァァァァ!!!』

「おっ、来たか」

 

 

 自身の名を呼ばれた彼は嬉々として立ち上がり、声の主が誰なのか考えて。

 

 

「ベート。ベート・ローガ」

 

「……あぁ、ロキのところの小僧か」

 

「アイツもガッツあるなぁ。何度もボコっている筈なんだが。迷宮(ダンジョン)に挑むのは冒険者の性ってやつなのか?」

 

「……貴様は人間だろう」

 

「それもそうだった。アレだ、喋る迷宮(ダンジョン)だと思ってくれ」

 

「下らないことを言ってないでさっさと行け。来客を待たせるな」

 

「それもそうだな。ちょっと行って来る」

 

 

 そういうと、アルマは足早に家屋から出て行った。

 

 アルフィアはそれには続かない。

 家の中から、外の景色を観察する。一言二言交わして、怒声と共に外で叫んでいた狼人(ウェアウルフ)の男性は飛び掛っていた。

 きっと、また余計な一言を言ったのだろう、とアルフィアは分析して、突然起こった二人の決闘を見守った。

 

 彼女に驚きも困惑もない。

 何せこれが初めてではない。

 “大抗争”が終わり、こうして彼が冒険者に挑まれるのは珍しい事ではなかった。

 戦犯の一人であるアルフィアを侍らしているのが許せないからなのか、狼人(ウェアウルフ)の男性のようにアルマを討ち取り、名を上げようとしたいのか、ただ単純に腕を磨くために挑んでいるのか。様々な理由で、彼はこうして挑まれていた。

 

 それが複数であったり、今のように単独であったり様々であるが、アルマが拒否した事は一度もない。

 むしろ嬉々として、遊び相手を見つけたような子供のような顔で、決闘に応じていた。

 

 

 ――彼奴にとって、戦いとは児戯のようなものなのだろう。

 ――何せ、私とザルドを同時に相手取り圧倒した男だ。

 ――今回も遊びのような認識でしかないのだろう。

 ――昔から、気に入らない男だ。

 

 

 口にするのも、考えるのも癪だが、確かにアイツならば何でも出来るし、世界をどうにか出来てしまいそうな力がある、とアルフィアは苦虫を噛み締めた顔で認める。

 そこでふと思い出す。

 

 

 ――()()()は最後まで教えてくれなかったな。

 ――アルマはアルマだ、と。

 ――()()()といい、コイツといい、気に入らんヤツらだ。

 

 

 そこまで考えて、うつ伏せに倒れている狼人(ウェアウルフ)の男性を物色しているアルマを眼にした。

 いつの間にか戦いは終わっており、狼人(ウェアウルフ)の男性が倒れている事から、今回もアルマが勝利した事がわかる。

 

 戦利品を物色しているのだろう。

 ヴァリスが底を付いたといってもさして慌てず、鴨がネギを背負ってやって来ると言ったのも、理由はそこにある。

 打ち負かした相手の物を戦利品として手にする事で、彼は食い扶持を稼いでいた。鼻歌交じりに漁っている事から悪意はなく、むしろ命を取らないだけありがたく思ってほしいと考えているのかもしれない。

 

 とはいえ、アルフィアも注意するつもりもない。

 敗者はただ勝者に従うしかない。文句があれば勝つしかないのが自然の摂理だ。

 あの男と戦うという事はそういうことだ。負けた人間は戦利品として、何かを差し出さねばならない。それが命か物かの違いでしかなかった。

 

 

「おい、アルフィア! ちょっと来てみろよ」

 

 

 当の本人は上機嫌に。

 

 

「宝石だろこれ。今日は良い物が食えるぞ」

 

 

 呼ばれたから足を運ぶのはプライドが許さなかったが、それを聞いたら別だ。

 アルフィアはメイド服のスカートを優雅に震わせて、家屋から外に出ると。

 

 

「私は今日、肉の気分だ」

 

 

 

 

 

 

 

 





>>アルマ・エーベルバッハ
 主人公。黒髪黒眼。
 例えヴァリスがなくてもメイド服に妥協しない。
 育ての親に何でも屋は人気だと聞いた。話しが違う。

>>アルフィア
 アルマの戦利品。病弱
 誰もいらないならオレが貰うね、で貰ってくる。
 昔からの知り合い。滅茶苦茶な事をいうアルマが嫌い。滅茶苦茶なところが嫌い、大嫌い。

>>メイド服。
 妥協するな byアルマ



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第2話 冒険者なんだから迷宮に挑め

 

 

 

 迷宮都市オラリオの北部。

 広大な土地に建てられた、強大な建造物。まるで城のような外観で、荘厳な印象を感じさせる。

 その中の大広間にて、威厳や優雅さとは似つかわしくもない、感情に身を任せたような怒号が響き渡っていた。

 

 

「ベートォォォ! またお前はアイツのところ行きよったなぁ!!!」

 

 

 その発信源は大広間。

 中で各々の時間を過ごしていた連中は、何事かと見物をしに大広間にて足を運んでくる。

 

 その中央には怒号の主たる女性の姿。

 スレンダーなボディライン。燃えるような赤い髪の毛が特徴的な一柱――――ロキの姿がそこにいた。

 

 ここは彼女のファミリアの拠点としている“黄昏の館”

 つまりはここがロキ・ファミリアのホームと言う事になる。

 

 ともすれば、ここにいる連中は全て彼女の眷属達。ロキの恩恵を授かっている子供達であった。

 

 彼もその一人。

 今も尚、ロキの目の前で正座させられている狼人(ウェアウルフ)の男性――――ベート・ローガの姿があった。

 彼は顔を俯かせて震えている。正座をするという行為が辛いのか、はたまたこんな衆目に晒されて羞恥より震えているのか。狼人(ウェアウルフ)特有の耳と顔が赤く染めている事から、理由が圧倒的後者であることは明確であった。

 

 とはいっても、見物に足を運んできた眷族達の反応は淡白な物。

 なんだ、またベートか、と見慣れた景色であるかのように、特に特別な反応を見せる事はなかった。

 

 ともくれば、怒られているベートにも、周りの人間も、どうして彼がロキに絞られているか解っていた。

 

 

「アイツは放っておけって、何度も言うとるやん」

 

「……今回は、行けっかもって思ったんだよ」

 

 

 ぼそぼそ、と小さい声で拗ねるような口調でベートは呟いた。

 

 アイツとはベートを返り討ちにした男――――アルマ・エーベルバッハのことであった。

 勝手気ままに振舞い、世界は自分の物であり、世界は自分を中心に回っていると言って憚らない規格外。

 どこのファミリアにも所属しておらず、神の恩恵(ファルナ)を授かっているわけでもなく、能力値(ステイタス)も一切不明。先の“大抗争”においては【静寂】と【暴喰】を単身で抑え込み、あろうことか撃退して見せた一般人。

 突如現れて、突然猛威を振るい、誰の許可もなくオラリオに住み始めた男。それがアルマ・エーベルバッハであった。

 

 ロキからすると。

 いいや、オラリオに住まう神々からしても、気安く触れるべき人間ではないことは解っていた。

 

 先の戦いにおいては、理由があった。

 決して肯定できないものの、“大抗争”に至るまでの理由が確かにあった。だからこそ、【静寂】や【暴喰】が暴威を振るい、同調した眷族達が勝手気ままに行動し、その()()()()()の扇動があった。

 

 しかし、アルマにはそれがない。

 彼がどうしてオラリオに現れたのかも不明であり、オラリオに住み始めたのかも不明のまま。何もわからないからこそ――――恐ろしいのだ。

 かといって、先の“大抗争”を引き起こした主犯格達のような怪しい素振りすら見せない。家なのかどうかすらわからないあばら家で、何でも屋を開業し、暇そうにボーっと過ごす毎日。

 

 故に、オラリオに住まう人々は、アルマ・エーベルバッハには干渉しない、という暗黙の了解があった。

 

 ロキも不満はない。

 むしろ、あんな厄介な物触れてなるものか――――と考えていたのだが。

 

 

「……あんな? 何度も言うてるやん」

 

 

 ため息が出る。

 あろうことか、自分の眷族が、大事な大事な子供が、あんな訳のわからない危険物にちょっかいをかけている。

 それも何度もだ。何度もベートはアレに挑み、こうして自分に折檻を受けている。

 

 

「アレは触れなくても何の問題のない危険物なんや。放っておけば害はあらへん」

 

 だからもう構うなや、とロキは屈んでベートの肩に手を置いた。

 しかしベートは納得してないのか、拗ねた調子で、ロキへの返事はない。

 

 ここで再びため息。

 どうすれば聞いてくれるか、と自身の得意とする話術を披露しようと考えるが。

 

 

「その辺にしてやれロキよ」

 

 

 ここで静観していた人物の一人。

 その人物は男性。背丈は常人より低い物の、衣服の上からでもその四肢が鍛え上げられているのがわかる。

 ヒゲを蓄えたドワーフの老兵(ロートル)――――ガレス・ランドロックは居丈高に笑いながら。

 

 

「ベートもここに来て日が浅い。結果を残したくて必死だったんじゃろう。大目に見てやらんか?」

 

「アホか、それとこれとは話しがちゃうねん。問題なのは――――」

 

「わかっとる、わかっとる。あやつに手を出したのが問題といいたいのじゃろう」

 

 

 ロキの言葉を遮るように、ガレスは言うと。

 

 

「なぁ、ベート。これで懲りたよな。反省したよな」

 

「……おう」

 

 

 嘘だ、と。

 ロキはすぐに分かる。ベートの眼は反省しているような沈んだ眼をしていない。むしろ、やり返そうと。直ぐにでも挑戦しようと燃えている眼をしている。

 

 何が反省だ。

 全く懲りてもいない。

 

 しかしガレスは違う。

 そうかそうか、と満足そうに笑いながら言うと。

 

 

「ならばよし!」

 

 

 そこまで言うと、ガレスはベートに顔を寄せる。

 それから極めて小さい声で、コソコソ、と男同士なにやら話しているのをロキは聞き逃さなかった。

 

 

「――――ところで、どうじゃった? 強かったか?」

「……あぁ、ムカつくが手も足もでねぇ」

「ほう、お主がそこまで言うか」

「本当にムカつくぜ。五分も持たなかった……!」

「むぅ、まるで相手になっておらんな」

「今だけだ。次は必ず勝つ……!」

「……儂も挑んでみるとするか」

「勝手にしろ。それと絶対に意識を失うなよ」

「なぜじゃ?」

「金目の物が盗られてる」

「誠か」

 

「そこの男共~、聞こえとるで~?」

 

 

 不味い、と弁明しようとするも遅かった。

 ロキの折檻は続く。今度は一人増えているのだから、小言も倍になっているというもの。

 

 

 

 

「ガレス、余計な事を……」

 

 

 はぁ、と深いため息を吐いて、その光景を呆れた目で見るのはハイエルフの女性――――リヴェリア・リヨス・アールヴであった。

 自身と長い付き合いであるガレスを見る眼は愚か者を見るそれだ。付き合いが長い、いいや、だからこそ下の手本とならなければならないのに、どうしてガレスまであんなことを言い出したのか、理解が出来ないのだろう。

 

 触れなくてもいい危険物。

 それはリヴェリアの認識も同じとするもの。

 件の危険物の噂はリヴェリアの耳にも入っている。その中には、()()()()との関係も仄めかされたものもあり、無視できない内容でもある。

 しかしリヴェリアは敢えて無視していた。ロキの見解と、彼女の見解は同じ。触らぬものに祟りなし。ありえない世界のバグのような規格外に触れるべきではないと彼女は考える。

 

 

「気持ちはわかるけどね」

 

 

 口を開いたのは彼女の隣で見守っていた小人族(パルゥム)の男性――――フィン・ディムナである。

 背丈は幼子のそれであるが、その言葉には深みがあり、その双眸は思量深い人間のそれだ。見た目に反して、落ち着いている男は、どこか心躍っているような、普段からは考えられない言葉の弾みがある。

 

 違和感。

 どこかいつものフィンの様子ではないものを感じ取り、リヴェリアは若干の驚きを含めてと問いを投げる。

 

 

「気持ちがわかる、だと?」

 

「二人は試したいんだよ。己の力がどこまで通用するか」

 

 

 そこまで言うと、フィンは困った笑みを浮かべて。

 

 

「“彼”は間違いなく、オラリオに現存する人間の頂点の一角といっても差し支えないだろう」

 

「それは私も理解している。だからロキも放って置けというのだろう。あのような規格外に手を出すなど、それこそどうかしている」

 

「それでもさ」

 

 

 フィンは片手を自分の視線まで持っていき、思いっきり握り拳を作り。

 

 

「ダンジョンに潜り、自分がどれほど強くなったのか。身近に自身の全力を出せる彼がいるんだ。冒険者たる者、試したくもなるだろう」

 

「まさか、お前も……」

 

「…………」

 

 

 沈黙を肯定と捉えたリヴェリアは呆れた目で、無言でフィンを半眼でにらみつけた。

 

 見てみたら、フィンだけではない。

 そわそわ、と。どこか落ち着きのない男連中。そしてそれを冷ややかに見ている女性達。

 男は皆そうなのか、と。強さ比べ大好きな、子供みたいなヤツらばかりなのか、と呆れる。

 

 そこで、ふと。

 リヴェリアの視線が止まった。

 そこにいるのは、幼い背丈の女児。長い金髪の髪を揺らして、ゆっくりと気配を消して、黄昏の館から出て行こうとしていた。

 

 そこまではいい。

 問題なのは彼女が持っているもの。

 アレは正しく剣といった類。しかも鍛錬用といったものではない。ダンジョン攻略の際には必ず装備している愛剣《デスペレート》を隠しながら持っていた。

 

 リヴェリアの声が通る。

 

 

「アイズ」

 

 

 幼い背丈の女の子――――アイズ・ヴァレンシュタインはびくっと肩を震わせて、直ぐに振り返る。

 

 

「なに?」

 

 

 表情はいつもと変わらない無表情のそれ。

 しかし、後ろに隠したデスペレートが見え隠れしている。

 

 時刻は夜。

 まさか、とリヴェリアは問い質す事にする。

 

 

「お前、どこに行くつもりだ」

 

「お散歩」

 

「武器を持ってか」

 

「持ってない。知らない」

 

「後ろに隠している物は?」

 

「隠してない。知らない」

 

 

 知らない、と首を横に振り、誤魔化そうと後ずさる。

 

 確信した。

 ベートの様子を見て、居ても立ってもいられず、件の規格外に挑戦する気である、と。

  

 それは許せない。許しては置かない。

 こんな夜更けに出歩くなど。ましてや、得体の知れない男の下へなんて行かせられない。

 

 リヴェリアは断固として、自身の持てる力を全て動員し、アイズの行く手を阻もうと考えていると。

 

 

「た、大変だ!!」

 

 

 バン、と。

 外界を隔てる黄昏の館の扉が開く。

 血相を掻いて、慌てた様子で、大量の汗を掻いた男性団員は。

 

 

「ふ、フレイヤの……! フレイヤ・ファミリアの、【猛者(おうじゃ)】オッタルが……! 【抑止力(ジョーカー)】と戦ってる!!」

 

 

「こうしちゃ居られねぇ! 見に行こうぜ!」

「今度はオッタルかー」

「ベートよりは持ちそう」

「誰だ今言った奴ァ!? ぶっ殺すぞ!」

「落ち着けベート。怒るな怒るな」

「コラァ! 絶対に手ぇ出すんやないで! 見るだけやからな!」

「……っ!」

「あっ、こら! アイズ待て!!」

 

 

 

 





>>ロキ
 何か急に現れたヤツに頭を悩ませている。
 フレイヤは何もせず、アストレアはまぁまぁと微妙な反応。
 これは、うちがしっかりせなあかんのか?
 柄にもないが割と頑張ってる。


>>ベート・ローガ
 急に現れたヤツに何度も挑む系男子。
 
 ガッツがある by変なヤツ
 馬鹿なだけだろう byメイド服を着た人


>>アイズ・ヴァレンシュタイン
 ロリっ子
 変なヤツへの印象は“強い人”。
 リヴェリアには、アイツには近付くな、と言われてるが無視してる。
 修行してもらっている、と思い込んでいるが、変なヤツは遊んであげてる程度の認識でしかない。


>>抑止力
 ジョーカーと読む。
 変なヤツのこと。



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第3話 美の神に雨水を出すのは間違っているか

 

 

 迷宮都市オラリオに南西に位置する第六区画。

 

 交易所も兼ねており、いつもはオラリオで一番の賑わいを見せる区画である。

 商人が売り出し、掘り出し物がないか冒険者が顔を出し、物珍しそうに旅人が物色する。様々な人種が行き交い、商いを行うのが、第六区画の主な日常といえる。

 

 だがどういうわけか、今ではその賑わいを見せる事はない。

 人が一人もおらず、いつもは大声で自身の商品がどれほど優れているか、どれほど珍しい物か、そしてどれほど素晴らしい物なのか、弁舌を繰り広げる商人達の姿がなく、ダンジョンに向かうための買出しに訪れる冒険者の姿も、記念に何か買おうとする旅人の姿もない。

 

 本当の意味で無人。

 物音一つせずに、人影すらもなく、ここだけ廃れている。

 そんな印象を感じさせられる。

 

 いいや、無人ではなかった。

 普段は賑わっている第六区画の西の位置にあるメインストリートを堂々とど真ん中を歩く人影。

 

 黒毛黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハは気だるげに歩いていた。

 格好もラフなもの。黒い衣服に、これまた黒いズボン。全身黒尽くめの出で立ちで歩くその片手には、羊皮紙の束が握られている。見てみると手書きで『何でも屋、開業中』と文字が書きなぐられている。

 

 宣伝のつもりで人に配る、もしくはどこかに貼るつもりなのだろう。

 どちらにしても、あまりにもセンスがない見出し。もう少し工夫をするべきなのは明らかである。

 

 だが本人はそんなこと思っていないのか、堂々と一仕事したといった様子で満足気に歩いて。

 

 

「くぁっ……」

 

 

 あくびを噛み殺し、目尻に浮かんだ涙を片手で拭う。

 

 眠い、と心の中で呟き、どうして眠いのか原因を探ることにし、それがどうしてか直ぐに突き止めることに成功した。

 

 

「オッタル、って言ったけ」

 

 

 ぼんやり、と。

 昨夜挑まれて相手をした者の名前。

 屈強な男で、いつものように一瞬で倒せなかったことを思い出す。

 

 

 ――初めてかもしれないな。

 ――今までのヤツらで、一番強かった。

 ――気絶させる事も出来なかったから、戦利品も取れなかったけど。

 ――まぁ、楽しかったかな。

 

 

 何はともあれ、一瞬で倒せないのは良いことである、とアルマはご機嫌な調子で断じた。

 

 

 ――そうでなくちゃ困る。

 ――うん、本当に困る。

 

 

 着実に、挑んでくる連中は強くなってきている、とアルマは判断を下した。

 ダンジョンに潜り、力量を上げて、どれほどのモノになったかアルマで確かめる。それが純粋な腕を磨くため、彼の振る舞いが気に入らないため、アルフィアを匿う様子が許せないため。理由はどうあれ、戦闘を挑まれる事に何の不満もなかった。

 

 むしろそのために、自分はここにいると言うかのように、望んでいる節すらある。

 

 

 ――全く、()()()も詰めが甘い。

 ――次代の英雄ってヤツを望んで、行動を起こした。

 ――そこまでは良いさ。

 ――だがその後の事については、何も考えていない。

 

 

 “大抗争”を経て、人間は強くなった。神々に頼る事をせず、人の時代を築くために。

 

 その証拠が今の状況だ。

 アルマを警戒し、誰もこの辺りに寄り付かなくなった。

 自身の身を守るために。何が起きても直ぐに対処できるように。アルマという謎の規格外を警戒しての現状であった。

 

 アルマに不満はない。平和ボケせずに、目に見える脅威に対応しようとしての行動なのだから。

 

 しかし、人間とは忘れる生き物だ。

 良くも悪くも、記憶は新しいものに塗り替えられ、過去の出来事を薄れさせる。

 

 故に、()()()()に詰めが甘いと下したのだが――――。

 

 

 ――いいや、違うか。

 ――()()()は信じたから、行動して、託して逝ったのか。

 

 

 空を見上げる。

 視界には青色で、どこまでも晴れ渡っていた。

 

 

 ――オレには解らない。

 ――世界はオレのモノだ。

 ――世界はオレを中心に回っている。

 ――だからこそ解らない。

 ――この世界は、()()()が命を懸けるほどのモノだったのか?

 

 

 アルマはそうではないと断じる。

 ()()は命を懸けた。次代に繋ぐために、停滞していた状況を打破するために、自身が巨悪になろうとも、間違いなく時代を動かした。

 

 アルマも解る。

 このままでは世界が滅ぶと。

 もはや猶予がなく、だからこそ()()は行動に移したのだろう。

 

 

 ――世界はオレの物だ。

 ――オレの物だから、断言できる。

 ――命を懸ける程のモノじゃない。

 ――この世界が、()()()一柱(ひとり)でどうにか出来る程度のモノなら。

 ――いっそのこと、滅んじまった方がいいだろうに。

 

 

 憎しみはなかった――――本人が望んだ事だ。

 怒りはなかった――――そうなって然るべき事だ。

 悲しみはなかった―――ー未練なく逝ったのだから。

 しかし、納得は出来なかった――――それほどの価値があったとは思えない。

 

 アルマ・エーベルバッハがオラリオに居座るのがそれが理由であった。

 自分が見切りをつけていた世界を、()()はどんな眼で見ていたのか知りたかった。

 あのお人好しが、果たして本当に、命を懸ける程の価値があったのか、アルマは確かめたかった。

 

 その為であれば、()()の後始末も引き受けよう。

 『必要悪』が消えた。これから求められるのは『絶対悪』。悪夢の“大抗争”を忘れさせないように、人々が己を鍛える事を怠らせないように、その為に自分はここに居る。新たな脅威として、君臨し続けると言わんばかりに笑みを浮かべて。

 

 

「まぁ、適当にやるけどな」

 

 

 へら、と腑抜けた笑みを携えて。

 

 

「第一に柄じゃない。やっぱり、良い事をして褒められたい訳だオレは。()()()の邪魔をしたのだって、止める事が良いことだと、思ったからだしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく歩き、辿り着いたオラリオ郊外。

 いつもの代わり映えのない、狭くも隙間風が酷い我が家へアルマは帰って来た。

 

 妙な光景。

 いつもは家の中に居て、出迎えもしないメイド服を着たアルフィアが家の外に立っている。

 

 はて、とアルマは少しだけ考えて、もしかしたらメイドとして主の帰りを待っているのかもしれない、という一抹の期待を込めて。

 

 

「ご苦労」

 

「何を勘違いしている」

 

 

 反応は冷たい。

 まるでアルマの考えていることを解っていたように、間髪いれずにアルフィアは応対してみせる。

 

 対するアルマの反応が薄い。

 そんな事をアルフィアが考えているわけがない、と思っていたからか特に気にすることもなく。

 

 

「それで何してんの?」

 

「客だ」

 

 

 アルマは考える。

 客と言う言葉の意味を考えて、吟味し、少しだけ間を空けて。

 

 

「マジで?」

 

「マジだ」

 

 

 何でも屋を開店して、初めての客であった。

 オラリオでは干され気味であり、まさか来るとは思ってもみなかったのか、アルマは興奮気味に。

 

 

「尚更何してんのオマエ! 客だぞ客。お(ティー)出せよ。そういうところで弊社の品格が問われるんだぞ?」

 

「弊社には雨水しかないが?」

 

「だったら、雨水出してやれよ」

 

「馬鹿か貴様は」

 

 

 アルフィアは呆れた口調で。

 

 

「貴様は何でも出来ると給う癖に、どうしてこうも甲斐性がないのだ」

 

「全てが思い通りになる人生とか退屈なだけだろ? 楽しめよアルフィア。儘ならないのが人生ってヤツだ」

 

「減らず口を」

 

 

 苛立ちを覚えるが、直ぐに冷静に戻る。

 今も昔も、アルフィアの前に立っている男が、まともであったことなどない。無茶苦茶な事を言うのがアルマ・エーベルバッハの常であった。

 ここで目くじらを立てたところでどうしようもなく、早々に本題に入るに限ると判断して。

 

 

「中を見てみろ」

 

 

 アルマは首をかしげながら、言葉に従い中を覗く。

 

 二人の男女の護衛がおり、守られるように女性がいた。

 ただの女性ではない。ありえないほどの美貌。そして、その格好は胸元が大きく開き、腹部辺りまで肌を露出している。

 

 まるで人間を超越したような美しさ。

 アルマの視線に気付いた女性は、笑みを浮かべて片手を優雅に振った。

 

 アルマもそれに応じるかのように手を振る。

 何やら妙な気配を感じたが、それを無視して覗くのを止めて、アルフィアの元まで戻ると。

 

 

「何だあのエロい女は。あんなの歓楽街でも見たことないぞ」

 

「……待て。歓楽街だと? 行ったのか?」

 

「おう」

 

「資金がないのにか?」

 

「おう。ないから借りて行った」

 

「クズめ」

 

 

 吐き捨てるように言い、アルフィアは続けて。

 

 

「アイツはフレイヤだ」

 

「聞いた事があるな。アイツがフレイヤか」

 

「誰から聞いた?」

 

()()()

 

「あぁ」

 

 

 誰から聞いたのかアルフィアは納得して。

 

 

「どうする? 先のオッタルの報復に来たのかもしれないぞ?」

 

「あんな綺麗な顔して? フレイヤってのは実はアグレッシブなのか?」

 

「さぁ? ないとも言い切れないだろう」

 

 

 嘘である。

 ありえない、とはアルフィアも解っている。

 フレイヤという神の性質上、お礼参りなどありえない。

 

 アルフィアの問いは単純にアルマを困らせたいからに過ぎない。

 現に彼女の顔には悪戯をする子供のような、意地の悪い笑みが張り付いていた。

 

 対してアルマは少しだけ考えて。

 

 

「だったら返り討ちにしてやるさ」

 

「それはまた、容赦がないな」

 

「当たり前だろう。――――オレの世界に、女尊男卑なんて言葉はない」

 

 

 

 

 

 



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第4話 美の女神を好みじゃないという勇気

 

 ――なぁ、アルマ――

 ――『なんだよ?』――

 ――お前さ、綺麗な女ってどう思う?――

 ――『どう思うって、良いに決まってないか?』――

 ――あぁ、良いとも。綺麗な女は良い。抱きたいよな?――

 ――『待てよ“――――”。俺はまだ子供なんだが?』――

 ――そう言う割に、意味が解ってるみたいじゃないか――

 ――『オマエと一緒に居ればね。抱くってのは、つまりセックスだろ?』――

 ――まぁ、そういうことだな。どうだ?――

 ――『好みだったら、抱くかな?』――

 ――正解だ。選り好みするのは間違ってない。大事だそれは凄く大事だ――

 ――『……嫌な思い出でもあるの?』――

 ――うん。フレイヤって女神なんだが、会ったら気をつけろ?――

 ――『悪い女神なのか?』――

 ――良いと思うよ。超美人だし、男からしてみたら超良い神さ――

 ――『というと?』――

 ――殆どの男性神と関係を持っていて、お眼鏡に叶ったら抱いてもらえる――

 ――『それはまた、凄まじいな』――

 ――だろ?――

 ――『でもそこまで突き抜けてると、逆に俺は好きだぞ』――

 ――マジ? やっぱりお前って変わってるね――

 ――『そういうオマエは? 殆どって事はさ、その中に含まれてるの?』――

 ――含まれてないさ――

 ――『え、どうして?』――

 ――引き篭ってたから、タイミングを逃した――

 ――『下界デビューかよ、“―――-”。ダッセェ』――

 ――そんな言い方ないだろう。神でも傷つくぞ?――

 ――『でも待ってくれ。オマエ、フレイヤと何もなかったんだよな?』――

 ――あぁ、そうだよ――

 ――『何で気をつけろって言ったんだ?』――

 ――お前がヤれて、俺がヤれないのって悔しいじゃないか――

 ――『……こんなのに育てられたのか俺』――

 ――そんな眼で見るなよ。ゼウスに言いつけるぞ?――

 ――『その前に、フレイヤに相手にされなかったって言いつけるが?』――

 -―ははは、やめろ。そんなことされた日には、俺はオラリオ中の笑いものだ――

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 そんなこともあったな、とアルマ・エーベルバッハは懐かしい過去を追憶して、テーブルを挟んで座っている美の女神と呼ばれる超越存在(デウスデア)――――フレイヤを視界に収めていた。

 なるほど、確かに、と。アルマは勝手に納得していた。顔が良いと言うレベルではない。美の女神と呼ばれるからには美しい事は予想はしていたし、超美人という前情報もある。ある程度、顔が整っていることは、アルマも解っていたが。

 

 

「何かしら?」

 

 

 涼しげに、フレイヤはアルマに微笑を浮かべる。

 まるで、アルマの考えている事が。いいや、男という生き物全員が何を考えて自分を見ているのか熟知しているというかのように、フレイヤは見透かしたような笑みを浮かべていた。

 

 扇情で情熱な笑み。

 普通の男であれば胸が高鳴るものであるが、アルマはどうやら違うようである。

 

 へら、と。

 どこか誇らしげに、気分が良さそうに笑みを浮かべて。

 

 

「いいや、オレの世界でアンタみたいな綺麗な女神がいると思ってなくてさ。世界は狭いと思っていたが、案外広いのかもな」

 

「……それは、褒められてるのよね?」

 

「勿論、良く来たなフレイヤ。オレは歓迎しよう」

 

 

 遠まわしで、どこか自分本位な言い分に、フレイヤは少しだけ困惑する。

 今まで自分を良く見せようとしてきた男は掃いて捨てるほど見てきた。だがこの男はそれとは違うようで、さも当然のように、世界が自身の所有物の一つであるように、言ってのける。

 

 フレイヤを褒めているわけではない。

 解りづらい言い回しであるが、彼は世界の広さに驚き感心していた。

 それを理解した、フレイヤの両脇に控えていた男女の眷族が殺気を込めて、アルマを睨みつける。

 

 上級冒険者すらも臆するほどの殺気を受けても尚、アルマは涼しい顔をして上機嫌に受け止めて、その後ろに控えていたアルフィアはため息を吐く。

 

 

 ――予想していたが、この男は本当に馬鹿か。

 ――相手はフレイヤとその眷族。

 ――フレイヤは兎も角、その眷族が受け流せるわけがない。

 ――彼奴には空気を読むという機構(システム)がないのか。

 

 

 そこまで考えて、アルフィアは首を横に振った。

 なかった。そんな便利なモノがあるのなら、自分はこうしてここに立っていない、と彼女は匙を投げる。

 ここで殺し合いになろうが、丸く収まろうが、どうとでもなる。心底気に入らないが、目の前にいる男はこの程度の難業、どうとでもなるとアルフィは確信していた

 

 だから彼女は口を挟まない。

 事の成り行きを見守る事に専心する事にしていた。

 

 

「それで、何をしに来たんだ? 何でも屋(オレ)への依頼、ってわけじゃないんだろ?」

 

「えぇ、そうね。私が困ったら、眷族(こども)達が何とかしてくれるもの」

 

「ふーん」

 

 

 いよいよをもって、アルマは興味がなくなったようだ。

 最初は始めての依頼人かもしれない、とテンションが上がっていたものの、違うと解った今となってはフレイヤはどうでも良く思ってしまっていた。

 むしろ、今日の晩御飯は何にするか、と明後日の方へと思考が移っている始末。

 

 対するフレイヤは。

 

 

「ふふっ」

 

 

 優雅に笑みを浮かべて。

 

 

「面白いわね、貴方」

 

 

 得物を見つめる肉食獣のような眼で、アルマを見つめていた。

 

 彼女にとって初めての体験だった。

 かの大神(ゼウス)にすらもここまで相手にされなかったことはない。むしろ大神(ゼウス)だからこそ、無視された事はなかったし、それは男神でも同じ事であり、相手が人間でもあっても自身の虜としてきた。

 しかし目の前の男は、そんな素振りすら見せない。靡かないどころか、眼中にすら入っていない。

 

 捉えようによっては、不快なモノであり、自分本位であるアルマに嫌気が差すことだろう。

 しかし、フレイヤの反応は全く異なるもの。ありえない状況過ぎて、逆に新鮮な気持ちでアルマを見つめていた。

 

 その表情は、美の女神としての彼女ではなく、一人の女性としてのフレイヤとしての顔が見え隠れしている。

 

 

「オッタルを倒した者がどれほどの子か気になって来て見たけど噂以上。無駄足じゃなかったみたいね」

 

「ん、もしかして褒めてくれるのか?」

 

「勿論。貴方に興味が湧いてきたわ」

 

「おっ、そうか。褒められるのは好きだぞオレ。いいぞ、もっとオレを賞賛してくれ」

 

 

 得意げに、両手を広げてフレンドリーに。

 挑発のつもりは欠片もなく言い放つアルマに、フレイヤの両脇に控えている男女の眷族は益々殺気を放っている。

 

 もはや抑えが効かない、っといった様子。

 今からでもフレイヤに不敬を働いているアルマに飛び掛らんとしているが、アルマ本人は涼しい顔。むしろそれすらも、自分を賛美している声の一つであると言わんばかりに笑みを深めて言った。

 

 

「オッタルってアンタの眷族なのか?」

 

「えぇ、そうよ。強かったでしょ?」

 

「骨があるやつだったな。オレが戦ってきたヤツらで15番目くらいには強い。1番は勿論オレだが」

 

 

 強いのかそうではないのかよく解らない順位に、フレイヤは苦笑を浮かべて。

 

 

「それって強いのかしら?」

 

「オレの二十本の指に入るんだぞ? 強いに決まってるだろう」

 

「基準が解らないわ……」

 

 

 ふふっ、と自然な調子でフレイヤは笑みを零し、口元を緩めていた。

 そこで、ふと。自分が笑みを零した事を意外そうに、緩めていた口元を押さえる。

 

 調子が狂う。

 純粋に笑ったのは何時ぶりだろうか、と。

 もしかしたら、下界に下りてきて初めてかもしれない。

 

 フレイヤの胸のうちは、新鮮な気持ちでいっぱいであった。

 ここに来て、初めて【抑止力(ジョーカー)】と呼ばれている規格外を前にして、短いやり取りであれど初めての連続。

 

 ――この子の魂。

 ――それは決して綺麗といえるものじゃない。

 ――黒く墨よりも黒く、何者にも染まらぬ黒。

 ――気高く、死ぬまで己を曲げずに、世界の頂点として君臨し続けるような色。

 

 

 全く好みじゃない。

 もっと綺麗な色のほうが惹かれる。

 透明で純粋で、素朴で透き通った色の方が、フレイヤは好みであった筈だ。

 

 しかしどういうわけか、フレイヤは目の前の男から眼が離せなかった。

 今まで見たことがない男。彼が何を思い、何を感じて、何を目指し、どこから来てどこへ行くのか。フレイヤは興味があった。

 

 今回、訪れたのは様子見。

 味見のつもりであったが、彼女は自然と口にしていた。

 

 思考が追いつかない。

 このまま誰かに取られてしまうくらいなら、自分の手元に置いておこうと、思ったら言葉はいつの間にか紡がれていた。

 

 

「貴方、私の眷族にならない――――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいのか?」

 

 

 口火を切ったのはアルフィアだ。

 家とも解らないあばら家にいるのはアルマとアルフィアのみ。

 

 フレイヤ達は先の言葉への返答を聞いた後、ここから既に去っている。

 

 アルフィアの問いの意図が読めないといった調子で、彼女に視線を合わせることなくアルマは天井を見上げながら。

 

 

「何がだ?」

 

「フレイヤの眷族の話しだ」

 

 

 そこまで言うと、アルフィアは続けて。

 

 

「何故断った?」

 

 

 アルマは断っていた。

 バッサリと。考える素振りすら見せずに、嫌だ、と。

 

 男性に断られるなど初めての体験だったのか、あんな顔をしたフレイヤは見た事がないとアルフィアは思い出しながら。

 

 

「癪であるが、本当に認めたくないが、貴様なら冒険者として大成するだろう」

 

「本当に嫌そうに言うなオマエ」

 

「私は貴様が嫌いだからな」

 

 

 事実だけを口にして、アルフィアは元冒険者としての立場から、俯瞰的な視線を持って告げる。

 

 

「今のような貧困に陥る事もなく、貴様は偉業をなし、万人から賞賛されることだろう。もしかしたら英雄にすらなれるかもしれない」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

「否定しないのか」

 

「応とも。オレはあらゆる難行を乗り越えて、偉大な冒険者になれるだろう。オレがなれると信じたのだから、それは絶対だ」

 

 

 アルフィアは苦虫を噛み締めた顔で表情を歪めるものの、否定はしなかった。

 この男が口にしたのは、大言壮語などではなく真実である事は、アルフィアは嫌って程理解している。口だけの男ではなく、本当に成し遂げてしまうほどの力を持っていることを知っているから。

 

 故に、アルフィアは否定をしない。

 口惜しくも、彼の言う言葉は真実であるから。

 

 

「オレは嫌だな。偉大なオレよりも、今のオレの方が何倍も良い」

 

「それは、何故だ?」

 

「別にオレは金がなくても良い。万人に賞賛されなくても良い、それこそ英雄になんてなりたくもない」

 

「褒められる事が大好きの癖にか?」

 

 

 意地の悪い口ぶりで問うアルフィアに、アルマは退屈そうな口調で。

 

 

「オレは気に入ったヤツから賞賛を受けたいのさ。何でも屋なんてやるのもそれが理由だ。オレは気に入ったヤツだけに手を貸したいんだ。英雄になんてなっちまったら、それこそ全員を救わないとならないだろ?」 

 

 

 アルマの脳裏に蘇るのは懐かしき問答。

 英雄(りそう)になる気はないか、と男は言った。

 

 冗談じゃない。

 オレはオレのままがいい。

 英雄になんてなりたくもないし、自身にはそんな資格がないと断じて。

 

 

「気に入らないヤツは気に入らないし、嫌なヤツは嫌なヤツ。英雄はもれなくそんなヤツらも助けないとならない。オレにはそれが耐えられない。英雄なんてのは、度が過ぎた善人が成るべき役割だ」

 

「随分と冷たい男だな貴様は」

 

「それがオレだ。オレが良いことをしたいのも、何でも屋をやるのも、趣味だからだ。気に入ったヤツに手を貸して感謝されて、オレが満足したいんだ。眷族になんてなっちまったらさ、趣味に没頭出来ないじゃないか」

 

 

 それに、と言葉を区切り。

 

 

「オレが行ったら、オマエは一人になっちゃうだろ?」

 

「――――――――」

 

 

 アルフィアは言葉を失った。

 アルマにとって、その言葉は特別なものではない筈だ。

 

 気取った調子でもなく、思いつめた様子もなく、その言葉はそう思ったから口にした。その程度のものでしかない。

 現にアルマの関心は既に他に移っている。この会話は、彼の中では既に終わった事であることが解る。

 

 アルフィアは違った。

 心は吹きすさぶ嵐の如く。

 何が一人になっちゃうだろうだ、と。

 今も昔も、こちらの調子を乱すアルマという男が気に入らない、といった調子で。

 

 

「私は貴様が嫌いだ」

「あぁ」

 

「無茶苦茶なところが嫌いだ」

「そうだな」

 

「昔から、貴様のそういうところが大嫌いだ」

「解ってるよ」

 

 

 でもそれよりも、と心の中で区切り。

 言葉とは裏腹に、口元を緩めて、頬を紅く染めて。

 

 

 ――――貴様の言葉を嬉々として受け止めている、私が大嫌いだ――――。

 

 

 

 

 

 





>>“――――”
 アルマを拾った天邪鬼の男で名付け親
 四文字。元引きこもり。下界デビュー。


>>フレイヤ
 エロい。
 何かおもしれー男がいると聞いて足を運んだ。
 予想よりもおもしれー男だった。靡かないとか本当?


>>フレイヤの眷族
 アルマ「アンタは綺麗だけど、好みじゃないんだ。褐色が良いんだオレ。ゴメン」
 
 こんな事を言われたらしい。
 そりゃフレイヤも見た事がない顔にもなる。告白もしてないのに、好みじゃないとフラれた。
 おもしれー男。フレイヤのやる気が上がった。




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第5話 イシュタルへ 避けるのやめてください


 知らないところでランキングに乗っていました。
 本当にありがとうございます! 楽しんでもらえるよう頑張ります!





 

 日も落ち、空が漆黒に染まった迷宮都市オラリオ。

 これから寝静まり、今日一日の疲れを癒そうと人々が過ごす中、その郊外にて、一人の男が鼻歌交じりに出掛ける準備をしていた。

 

 ご機嫌、あまりにもご機嫌。

 その男は、軽くステップでも刻みかねない軽快な足取りで、ラフな布製の衣服ではなく、黒いコートを羽織どこかお洒落にキメている。

 服に皺がないか、コートに埃はついていないか、靴に泥など付着していないか。念入りにチェックしては、再び繰り返す。

 

 それが不快に感じてしょうがないのか。

 メイド服の女性――――アルフィアは目を閉じながら眉間に皺を寄せて。

 

 

「おい、貴様」

 

 

 そこまで口を開き、いいや、と直ぐに訂正して。

 

 

「おい、クズ」

 

「何で言い直した?」

 

 

 ぴたり、と。

 ご機嫌な調子でいたが、あまりにも不機嫌な彼女に思うところがあるのか黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハは鼻歌を止めて、アルフィアの座っている方へと視線を向けた。

 

 アルフィアは優雅に足を組みなおし、腕を組んで苛立ちを隠さずに。

 

 

「それでは聞くが、何をしに行くつもりだ?」

 

「何って、遊びに行くんだよ」

 

「何処にだ?」

 

「そりゃオマエ、なぁ?」

 

 

 照れ臭そうに頬を掻くアルマに、苛立ちを更に募らせる。

 彼女自身、上手く説明ができない。どうして自分はこうして苛立っているのか、甲斐性がないくせに遊びに出歩く姿が気に入らないのか、それとも柄にもなく照れ臭そうにしている姿が気持ち悪く見えているのか、それとももっと別の理由なのか。

 

 どちらにしても、面白くない事は確かであった。

 嫌悪感に塗れた感情のまま、アルフィアは汚物に語りかけるような声色で。

 

 

「もう一度聞く。――――クズよ、どこに行く気だ?」

 

「歓楽街だよ」

 

 

 それはもう、気持ちが良いくらい、言い切って見せた。

 空気が読めない、わけでもない。この男はアルフィアは怒っているとわかっている上で、堂々と行き先を告げた。つまりは空気が読めないのではなく、空気を読まない。自分の調子を崩さずに、言ってのけてしまう。

 

 

「貴様……っ!」

 

「落ち着けよ、アルフィア。今回は仕方なくだ、仕方なく」

 

「仕方なく、だと?」

 

「誘われたんだよ」

 

 

 アルフィアは眉を潜める。

 今回は、という言葉も聞き捨てならない言葉ではあったが、あえて無視する事にした。それよりも気になったのは、誘われたから、という単語。

 

 アルマの交友関係は決して広いわけではない。

 むしろ狭く、言葉を交わす者など数少ない。自分や“豊饒の女主人”の面々、先の一件から遊びにくる事が多くなったフレイヤ。そして、偶にやってきては稽古をつけてもらっていると思っているアイズ・ヴァレンシュタイン。あとはベート・ローガといった挑戦者しかいない筈だ。

 

 アイズは勿論、フレイヤもベートもそこまで親しい間柄というわけでもない。

 ならば誰がこの男を誘うというのか。甲斐性がなく、我が道を行きすぎ、常人には理解が出来ない、クズ男を誰が誘うというのか、とアルフィアは考えていると。

 

 ばん、と勢いよくドアが開く。

 入ってくるのは男。それも超越存在たる神。柔和な笑みを張り付かせて、軽薄そうな神はご機嫌な調子で。

 

 

「何をしているアルマ。速く行こう直ぐに行こう。濃密で忘れられない愛が、オレ達を待っているぞっ!」 

 

 

 アルフィアは失念していた。

 もう一人いたのだ。アルマと交友を持つ者が――――ヘルメスが。

 

 何てことだ、と。

 ――――クズが手を組んだ、とアルフィアは頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮都市オラリオは様々な顔を持つ。

 例えば、第七区は冒険者通りと呼ばれており、ギルドや冒険者のみに客層を絞っている店まで存在する。

 例えば、第六区画は交易の拠点でありオラリオの主な物流を支えている。同じ区画内の南には歓楽街。そこにはオラリオで唯一、法が届かない場所である賭博場――――つまりはカジノや大劇場や娯楽施設が多数存在していた。

 

 そんな中、ここは昼間と夜では大きな違いがある景色が広がっている。

 昼間は廃れて街並みのそれ。店は全て閉まっており、昼間から営業している店は存在しないと断言して良いほど。

 しかし夜になると変わってくる。どこの店も開いており、人の行き来が激しい風景へと変貌を遂げる。

 

 無人であった昼間とは違い、夜にもなると薄着の女性が立ち、道歩く者が声をかけられる。

 愛想よく笑みを浮かべ、激しいボディタッチをし、猫なで声のような甘言で誘惑し、中には身体を絡めるように抱きつく女性すら存在する。

 正に欲望を吐き出すにはこれほど相応しい場所はなく、それを人は歓楽街と呼ぶ。

 

 

「しかし、良かったのか?」

 

「何がだ?」

 

 

 アルマとヘルメスは肩を並べて、歓楽街を散策していた。

 いつも避けられているアルマであるが、ここでは違うようで遊女達も分け隔てなくアルマに声をかける。とはいっても、得体の知れない恐ろしい男という認識は変わらないのか、若干であるが顔は引き攣っていた。

 それを見て、アルマは不快に思わずに、むしろ感心していた。

 

 何と言うプロ根性であるのか、と。

 うんうん、と満足そうに一際頷いているアルマを見て、ヘルメスは呆れた口調で。

 

 

「アルフィア、滅茶苦茶怒ってたろ?」

 

「まぁな」

 

「まぁな、って。実際どうなんだ?」

 

「どうとは?」

 

「お前達、付き合ってるの?」

 

「ナイナイ」

 

 

 アルマはケラケラ笑みを浮かべて、ヘルメスの言葉を否定して。

 

 

「アルフィアはあんな調子だ。オレのことを嫌いって言ってくるし、メイドらしいことを何一つやらない。おまけに、最近はゴミを見るような眼で見てくる」

 

「それはまたどうしてさ?」

 

「さぁな。歓楽街行ってたのバレたからかな?」

 

「それだけじゃないと思うけどなぁ~」

 

 

 ヘルメスは苦笑を浮かべる。

 

 それだけではない筈だ。

 アルフィアという人間性は理解している。

 プライドが高く、“才禍の怪物”と呼ばれるほど才能に恵まれており、とてもではないが他人の指示など聞くような人間ではない。辱めを受けるくらいなら、迷わず自死を選ぶくらいには誇りが高い女性である。

 そんな彼女が負けたとはいえ、戦利品として恥辱を甘んじて受けれて、あまつさえメイドをしているというのは、つまりはそういうことなのだろう、とヘルメスは何となく分析していた。

 

 しかし、当の本人であるアルマは理解していない。

 鈍感、というわけではないのだろう。彼は言葉通りに素直に受け止めているだけに過ぎない。アルフィアの言葉を疑わないのは、何があっても自分なら何とかできるという度が過ぎた自信から来る物なのだろう。故に、アルマは言葉通りに受け止めていた。嫌いというのなら嫌いであるし、アルフィアの態度を受け止めて受け入れていた。

 

 度し難い男だ、とヘルメスはため息を吐いて。

 

 

「お前はもう少し、女心を学んだ方がいいかもな」

 

「馬鹿な。オレほど熟知しているヤツはいないぞ」

 

「そうは見えないが」

 

「まぁ見てろ」

 

 

 何を、とヘルメスが口を開く前に、アルマは行動していた。

 

 歩を進めて、向かう先は遊女の下。

 一言二言会話して、最初は軽快にアルマも遊女も笑みを浮かべていたが、段々と雲行きが怪しくなってきた。笑みを浮かべるアルマに、眉間に皺を寄せて険しい顔に変わっていく遊女。

 

 ヘルメスは何が起きているのか分析を始めようと思った矢先。

 

 スパン!! と。

 気持ちの良いくらい小気味の良い音が辺りに木霊した。

 

 殴られたのだ。

 アルマは殴られたまま、笑顔で遊女へ一言言葉を投げてヘルメスの下まで戻ってきて。

 

 

「――――な?」

 

「いや、やり切った顔されてもな」

 

 

 アルマの頬には赤い紅葉。

 かなりの力で引っ叩かれたことが解るくらいには、赤い手形となり跡として残っていた。

 

 

「何を言ったんだ?」

 

「ほんとな。何がダメだったんだろうな。ケツのでかいところを褒めたのがいけなかったのか?」

 

「……絶対にそれだけじゃないだろう」

 

 

 ヘルメスはそう断言すると、先程までいたアルマを引っ叩いた遊女へと視線を向けるが、彼女は既にその場にいなかった。

 冷静になり我に返り、アルマからの報復を恐れて逃げてしまったらしい。

 

 相当怒っていた事を理解し、仕切り直す意味も込めてヘルメスはアルマに尋ねた。

 

 

「それでどうする?」

 

「ん?」

 

「今回も始めるのか?」

 

 

 ヘルメスの漠然とした問いに、アルマは意味を理解し頷いて。

 

 

「当然だ」

 

 

 彼らがここにいるのは、歓楽街を漫遊する事に非ず。

 全ては情報を集めるため。その情報というのが――――闇派閥(イヴィルス)と呼ばれる団体の情報に他ならなかった。

 

 先の“大抗争”にて()()()()に率いられ、弱体化させられた闇派閥(イヴィルス)であったが、再び動きを見せたと情報があり、ヘルメスとアルマは独自で調査を行なっていた。

 とはいっても、確証はなく、表立って行動するこが出来ない。そうなれば無駄に不安を煽るだけでもあったからだ。

 

 故に、ヘルメスは自身のファミリアを動かす事が出来ず、人手が足りなかったところに、共通の友人を持ち、昔からの知己であったアルマに声を掛けた。

 

 

「だけど、アルフィアに言わなくて良かったのか?」

 

「言う必要もないだろう」

 

 

 ヘルメスの懸念を、アルマは必要がないと断言する。

 

 

「これはオレの仕事だ。“アイツ”が取り零した不要な物を拾い上げる。“アイツ”の尻拭いは、このオレがやるべき事だろう」

 

 

 何よりも見過ごすことなど出来なかった。

 清も濁も併せて存在するのが世界であるとアルマも解っているが、どうしても闇派閥(イヴィルス)の存在だけは見過ごす事ができなかった。

 

 

 ――未だにオレは納得していない。

 ――“アイツ”が命を掛けた世界に、そこまで価値があるとは思えない。

 ――でも、それとこれとは話しが別だ。

 ――台無しにはさせない。

 ――“アイツ”の行動を無駄にはさせない。

 ――オレの世界で、勝手な真似をさせてたまるか。

 

 

「なぁ、ヘルメス」

 

「ん?」

 

「“アイツ”の最後はどんなだった?」

 

「……急だな」

 

「そういえば、聞いた事がないなって思ってさ。教えてくれよ。アイツはどんな顔で、どんなことを言って、どうやって逝ったんだ?」

 

「すまない、オレの口からは言えないんだ」

 

 

 それに、とヘルメスは言葉を区切り。

 

 

「オレが言うよりも、伝えるのに相応しい女神がいる。だから、もうちょっと待っていてほしい。彼女は絶対にお前の前に現れる。それまでどうか……」

 

「……いいよ、待つさ。楽しみはあるに越した事がないからな」

 

 

 そこまで言うと、アルマはある場所を注視していた。

 興味深そうに、へぇ、とアルマは呟くのを聞いたヘルメスは、

 

 

「どうしたんだ?」

 

「いいや、ちょっと気になるヤツが居てさ」

 

 

 視線の先には異様に背丈の小さく、華奢な人影。

 小汚いマントを羽織り、眼深くフードを被っている人影は、辛うじて小人族(パルゥム)であることがわかる。

 

 ぶつかり、謝り、再びぶつかり、謝るといったことを繰り返す小人族(パルゥム)を見てアルマは一言。

 

 

「あのやり方は、あまり良くないな」

 

 

 





>>ヘルメス
 昔からの知り合い。
 神友同士でもあったし、アルマのことも知ってるよね。
 アルマとは悪友。歓楽街に行く程度の仲。
 アルマへお金を貸している連中の一人。


>>クズ
 アルマのこと


>>歓楽街
 アルマとヘルメスのホーム
 目的はあるが、それはそれとして楽しんでいる(意味深)


>>「最近はゴミを見るような眼で見てくる」
 そりゃそうよ


>>アルマの好み
 アルマ「健康的な褐色の肌、ケツのでかい女がタイプです」



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第6話 リリは世界が嫌いです


 


 

 どうして世界は、リリに厳しいのだろうと思う。

 

 物心がつく頃から、一人だった。

 親はヴァリス欲しさのあまり分不相応な無茶をし、リリを残して死んでしまった。

 

 勝手だと思った。

 そこまであの“酒”がほしいのかと思った。

 子供よりも酒を選んだ両親に、リリだって最初は憤りがあった。どうして置いて行ったのか、と。勝手に産んで、勝手にこんな世界に置き去りにして、勝手に死ぬなんてあんまりだ。

 

 でも直ぐにどうでも良くなった。

 どれだけリリが恨もうが、涙を零して泣こうが、怒りを覚えようが、世界はリリを待ってなんてくれない。何の力を持っていない、小人族(パルゥム)一人ですら、許容できないと言わんばかりに進んで行く。

 

 生きるのに必死だった。

 冒険者にもなれないリリが出来る事といったら、彼ら彼女らの荷物運び――――サポーターくらいしか出来ない。

 サポーターの扱いは虫以下も同然。足並みを揃えることが出来なかったら殴られ、冒険者に着いて行こうと必死になっても蹴られる。運よく生き残ったとしてリリを待っているのは労いの言葉はなく罵倒ばかり。

 

 それでも彼ら彼女ら冒険者に従うのは生きるため。

 食べる物もなく――――草を口に入れたこともある。

 寝る場所もなく――――路地裏で夜を明かす事もあった。

 頼れる人もいない――――みんなリリを道具のように扱う。

 

 なんでリリばかり辛い目に合うのかと思った事がある。

 普通の暮らしがしたかった。両親に囲まれて、誕生日には祝ってもらい、眠れなかったら両親の間に挟まれ温もりを感じて目を閉じ、そしてまた次の日が訪れる。

 

 夢に何度も見た光景。

 今となっては両親の顔すらも覚えていなく、夢に出てくる二人の顔は、白く塗りつぶされたモノであるが、リリは何度も夢を見る。

 

 起きると直ぐに現実に引き戻されてしまう。

 

 

 リリはこの世界が嫌いです。

 リリをモノのように扱う冒険者が嫌いです。

 リリに暴力を振るう冒険者が嫌いです。

 リリを口汚く罵る冒険者が嫌いです。

 リリを助けてくれない人達も嫌いです。

 だからリリは――――この世界が大嫌いです。

 

 何で生きているのかもわからない。

 こんなに辛いのなら、こんなに苦しいのなら、生きていても何も良いことがないのなら、死んだ方がマシなのではないか。

 

 答えは出ない。

 生きる事に必死で、考えても考えても、時間が足りない。そんなことを考える暇があるなら、稼がないとこの世界では生きていけないから。

 

 歓楽街でスリをするのも日課となってしまった。

 ここでは一般人も冒険者も訪れており、誰もが酔いしれて油断をしているからやりやすかった。

 加えて、リリは小さく見た目どおり弱い存在だ。そんな存在を誰が警戒をするというのか。ぶつかり謝り、そして違う人間にぶつかっては謝るを繰り返し、ヴァリスをくすねる。

 

 常日頃、冒険者達に謝罪を口にしているから、慣れたものだった。

 そうしてリリは今夜も日課をこなす。いつかはバレて、袋叩きにあい、最悪死んでしまうだろうとぼんやり考えていると。

 

 

「なぁ、オマエ」

 

 

 そのいつかは、急に訪れる。

 

 振り返ると男の人がいた。

 黒髪黒眼で黒コートを羽織った、全身黒尽くめの男はこれまた不思議そうに首をかしげて。

 

 

「どうしてもっと効率よく稼がないんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 豊饒の女主人。

 それはオラリオに店を構えている、冒険者向けの酒場であった。

 とはいっても客層は様々。オラリオでは名の知れたファミリアが利用する事もあれば、あまり名の知られていない末端な冒険者、更にはどこのファミリアの眷族ともなっていない一般人すらも、豊饒の女主人を利用していた。

 

 それだけこの酒場が居心地が良く、その空気を作っている女主人――――ミア・グランドの人柄が好まれていることが、人気として直結している事がわかる。

 

 夜と言うこともあって、豊饒の女主人は活気に包まれていた。

 食事を楽しみに来た一般人、命を懸けて帰還を果たし英気を養うために飲み食いをする冒険者、ただただ日頃の愚痴を呟きに飲みに来た者と、十人十色な楽しみ方で、豊饒の女主人は賑わいを見せる。

 

 

 そこで二人の男女が来店した。

 一人は中肉中背の細身の人間の男。

 もう一人は痩せ細い小さな体つきの小人族(パルゥム)の女の子。

 

 仲良く来店、というわけではない。

 男に無理矢理連れてこられた、哀れな子羊、といった印象に近い。

 勝手気ままに歩を進める男に、必死に追いつこうと小走りになる女の子。

 

 その姿を見て女主人はため息を吐く。

 男を見るのは初めてではなく、どれだけ自分本位に事を進めているか、そしてどのような思考回路を有しているのか理解した上で女主人――――ミアは睨みつけて。

 

 

「アンタか」

 

「よう、ミア。今日もケツがでかいな!」

 

 

 良いことだ、と頷く自分勝手な男――――アルマ・エーベルバッハとその後を追いかけてきた女の子がカウンター席に座るのを見て、ミアは心底冷たい声と表情で。

 

 

「死にたいみたいだね」

 

「まてまて、褒めてるんだが?」

 

 

 どうしてそんなに怒る、と意味がわからなそうにアルマは首を傾げる。

 どういう思考回路を有しているのか定かではないが、アルマは本気で褒めていた。嫌味でもなく皮肉でもなく、本気で褒めている。

 

 長い付き合い、というわけではないが裏表のない性格であることはミアも解っているようで、呆れた口調で。

 

 

「アンタはもう少し女心ってヤツを学びな」

 

「ヘルメスにも言われたな。そんなにダメか?」

 

「ダメかダメじゃないかって言ったら、カスだね」

 

「第三勢力が出来たんだが?」

 

 

 それはそうと、とミアはアルマの横に座っている小人族(パルゥム)の女の子へと視線を向ける。

 酷く痩せており、とてもではないが健康的な顔つきをしていない。仕事柄、そして経験則からして、今の小人族(パルゥム)の女の子の状態は良くない状況であると判断して。

 

 

「アンタ、遂にやっちまったのかい」

 

「どういう意味だ?」

 

「誘拐してきたんだろ」

 

「超絶心外なんだが?」

 

「アンタも可哀想にねぇ。怖かっただろコイツ」

 

「よーしわかった。さてはアレだな。ミアは人の話を聞かないやつだって言われた事があるだろ。オマエ、ダメだぞ」

 

「アンタに言われたくないよ」

 

 

 自分のことを全力で棚にあげるアルマに、ミアはため息を吐いて。

 

 

「それで今日はどうするんだい? 言っておくが、前回と前々回のツケを払わないと食わせないよ」

 

「ふふ、安心しろ。今回は今までのツケも合わせて清算しに来た」

 

 

 得意気に笑みを零すアルマに、思わずミアはほう、と感心してしまった。

 そもそもツケで済ませてきたのがおかしかった。感心することでもないし、むしろ当然の事であるのだが、カウンター席に座っている男はそうではない。今までが今までなだけに、やっと真人間になったか、と。

 

 ミアの心境は、素行の悪い者が時折優しさを見せたときのそれだ。

 一時の情を見せたところで、今までの行いがチャラになるわけではないが、酷い部分しか見えていなかった分マシに思えてしまう。

 これでやっと、アルフィアの愚痴も減るのか、と思っていた矢先、ふとした疑問が。

 

 

「……待ちな」

 

「ん?」

 

「そのヴァリス、どこから出てきたんだい?」

 

 

 アルマが不敵な笑みを浮かべて、ピースサインを作り、ミアに示しながら答える。

 

 

「安心しろ――――フレイヤに借りてきた」

 

「――――は?」

 

 

 アルマの口からフレイヤの名が出た事に驚きはない。

 この酒場でも、先日アルマとフレイヤの両者の間に何があったか、噂で耳にした事があるし、ミアの立場からしても何が起きたか把握している。

 

 驚きはない。

 よりにもよってそこから借りてくるか、と眉間に手を当てて疲れた調子で。

 

 

「アンタ、アイツの眷族に刺されてもしらないよ」

 

「大丈夫、避けるから」

 

 

 そういうことではないのだが、指摘するのも馬鹿らしくなってきたのか、これ以上ミアから追求する事はない。

 

 何せ問題の男は上機嫌。

 メニューが書かれた羊皮紙を見て「ここからここまでくれ、あとこれをお土産にくれ」と食事を楽しむことを楽しんでいる。

 

 

「待ちな、土産ってアルフィアにかい?」

 

「おう。このまま手ぶらじゃ何を言われるかわからん」

 

「バカタレ。だったら食い物よりも、宝石とかにしな。そっちの方が喜ぶ」

 

「へぇ、そうか。そういうもんか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした? 食わないのかオマエ?」

 

「…………え?」

 

 

 それからカウンター席には料理の数々が運び込まれ、そのテーブルの隅には木製で出来た食器皿が山のように積まれていた。

 ほぼ食べているのはアルマ。運ばれた料理を片端から食し、食器皿を積み重ねていく。味わっていないわけではない。むしろ良く噛んで良く味わい、美味しすぎて手が止まらないといった調子で次から次へと、新たな料理に手を伸ばした結果といえる。

 厨房では「ひぃー! 手が回らないニャー!」「気合を入れな!! ここが踏ん張りどころだよ! はい、ふわっふわオムライス一丁!!」といった調子の悲鳴にもにた怒号が響き渡っている。

 

 もはや戦場である。

 酒場というか、食事処のような光景。

 それを見てアルマは活気があるなぁ、と呟き、小人族(パルゥム)の少女はギョッと信じられない者を見る眼でアルマを見る。この惨状は全てこの男のせいでもあるのだが、解っていないのか、と口を開きかけるが敢えて何も言わなかった。

 

 口を滑らせたら最後、どのような仕打ちが待っているか解らないからだ。

 

 小人族(パルゥム)の少女が運ばれてきた料理に手を出さないのもそれが理由。

 アルマの食べ方に圧倒されて、食欲がなくなったからではない。ただ単純に、何をされるかわからないから恐れているだけなのだ。

 

 

「どうしてリリをここに連れて来たんですか?」

 

「別に深い理由はないけど、何か可哀想だなって思ったからだが」

 

「可哀想って……同情、ですか」

 

 

 改めて小人族(パルゥム)の少女は自分の姿を見る。

 あまりにも見窄らしい。路地裏に捨ててあるボロ布が人の姿を為しているようであり、自分の事ながら滑稽に思い自嘲気味に笑みを零す。

 

 

「おう。スリもしていたみたいだし、そんなに食い扶ちに困っているのかなーって」

 

「……バレてたんですか」

 

「そりゃそうだ。だって見てたのがオレだぞ?」

 

「それでどうするんですか? リリを突き出すんですか?」

 

 

 もうそれでもいいかもしれない、と小人族(パルゥム)の少女はどうでもよく訪ねる。

 しかし返答がきたのは、全く違うモノであった。アルマは食事を楽しみながら、首を横に振って。

 

 

「いいや、別にそんなことしないよ。オレは正義の味方ってわけでもないし、そんなもの盗られた方が悪いだろ」

 

「だったら貴方はリリに何を求めてるんですか?」

 

「ちょっと気になってな。形振り構わないって調子だったし、どうしてそんなに余裕がないのかって聞きたかった」

 

 

 アルマの質問の答えは、小人族(パルゥム)の少女の根底にあるものであり、それは彼女の生い立ちから話さなければならない。

 勿論、彼女は話すつもりもなかった。見ず知らずの、ましてや自分を無理矢理この場所へ連れて来た輩だ。特に絆を深めているわけでもないし、話す理由など微塵もない。

 

 しかし話さないと帰してもらえないのも事実だろう。

 ましてや自分がスリをしていたことまでバレている、という弱みまで握られている。もう会うこともないだろうし、さっさと切り上げて、今日の寝所を確保しなければならない、と小人族(パルゥム)の少女はぽつりと話し始めた。

 

 

 

 彼女の生い立ち。

 両親の存在。

 自分が身を置く【ソーマ・ファミリア】の存在。

 周囲の自分への仕打ち。

 

 簡単に纏めて、アルマに話し、食事を終えていたアルマはポツリと。

 

 

「へぇ、それは大変そうだな」

 

「――――――――」

 

 

 それだけか、と。

 自分の人生はそれだけで纏められてしまうのか、と小人族(パルゥム)の少女は苛立ちを覚える。

 話してみろと言ったのはそっちの癖に。聞きたいといったのはそっちの癖に。自分をこんな所まで連れて来て言う言葉が、それだけか、と小人族(パルゥム)の少女は腸煮えくり返る気持ちになっていた。

 

 全身が震える、怒りで。

 眼から涙が毀れる、悲しみで。

 開いた口が塞がらない、自棄になっている。

 

 

「貴方はいいですよね」

 

 

 もはやどうでもよかった。

 正体不明の男に、どんな目に合わされても良いと思った。大変そう、で片付けられてしまう人生だ。どんな事をされても構わない、と自暴自棄になっていた小人族(パルゥム)の少女はどうでもよくなり、震える声で言い放つ。

 

 

「リリなんかよりも、貴方はさぞ恵まれているのでしょうね。リリの今までを“大変だった”で済ませてしまうのだから」

 

 

 アルマは、そうだな、と頷いて肯定し、

 

 

「まぁ、そうかもな。オレはオマエじゃない。オマエが見聞きしたことを想像出来るほど想像力が豊かってわけでもないから、大変そうとしかわからん」

 

 

  それに、とアルマは確信するような声色で。

 

 

「オレがオマエなら、絶対にオマエのようになっていないと思う」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「そのまんまの意味だ、オレは絶対に何とかしている。何せこの世界は、オレの都合の良いように出来ているからだ」

 

 

 小人族(パルゥム)の少女は呆気に取られて、直ぐに調子を取り戻す。

 何を言っているのか理解が出来ないといった顔で、言葉の端々に怒気を含ませて。

 

 

「おめでたい事を言いますね貴方。それじゃ何ですか、全部リリが悪いって言うんですか?」

 

「そうだろうな。オマエが悪いかもな」

 

 

 どうすればよかったのか、と小人族(パルゥム)の少女が叫ぶ前に、アルマは続けて。

 

 

「だってオマエさ、諦めてるだろ?」

 

「……え?」

 

 

 ぽかんと、目を見開く小人族(パルゥム)の少女に対して、当然のような口調でアルマは言う。

 

 

「オレは自分を信じた。世界はオレのモノであることを信じて疑わずに努力を続けた。結果として今のオレがある。世界はオレを中心に今も回り続けている。でもオマエは? 最初から諦めていないか? 自分を信じて疑わずに努力したか? オマエの世界はオマエのモノになったか?」

 

 

 アルマは続ける。

 難しい事ではなく簡単な事だ、と言った調子で。

 

 

「オレから見た世界はオレのモノであるし、オマエから見た世界はオマエのモノだ。なのに何だオマエ? オマエから見た世界はオマエのモノなのに、どうして支配者であるオマエが諦めている? 何で我を通さない? オレにはそれがわからない」

 

「我を通すなんて、リリにはそんな力ありません……」

 

「そうかもしれないけど、試してもいないだろ? 一回やってみろよ、スリとかする前にさ。オマエに辛く当たったヤツらにかましてみろよ。それでオマエも、世界を自分を中心に廻してみろって。オレは歓迎するぞ」

 

 

 その言葉は甘い蜜のように、諦めていた小人族(パルゥム)の少女の心に深く深く根付いてしまった。

 世界は自分を中心に回っているという認識。今まで冷遇してきた周囲への反抗。小人族(パルゥム)の少女は少しだけ考えて笑みを零す。

 

 どうせ終わっている人生だ。

 最後に何かをするのは悪くない、と――――。

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、とんでもないことをしたね」

 

 

 足早に出て行った小人族(パルゥム)の少女を見届けて、ミアは口を開いた。

 呆れた口調ではない。冷たく、アルマを睨みつけるように、先程のアルマの言葉が気に入らないといった様子で、吐き捨てるように言う。

 

 アルマも思うところがあるのか、珍しく後悔したような口調で。

 

 

「励ましたつもりだったんだが、なんかダメだったな」

 

「笑わせんじゃないよ」

 

 

 ハッ、と鼻で笑い小馬鹿にした調子でミアは言う。

 

 

「励ますつもりなら、もっと言葉を選びな。アンタのやったことは、背中を押しただけ。あの子の破滅を早めただけさね」

 

 

 今までの人生を踏まえて、ミアはこれから起こる事が手に取るように解っていた。

 絶対に、小人族(パルゥム)の少女はこれまでの報復をするつもりだ。冷遇され、ゴミのように扱ってきた連中を、余すことなく報復するつもりであると。

 その結末も見えている。小人族(パルゥム)の少女は筆舌に尽くし難く嬲られ甚振られ、最後には殺される事は目に見えていた。

 

 そしてそうなるように後押ししたのは、アルマ・エーベルバッハの言葉である。

 無責任にも言い放った言葉は、諦めていた小人族(パルゥム)の少女の心の起爆剤となってしまった。

 

 

「どうするつもりだい?」

 

「何とかするさ」

 

 

 アルマの口調は真剣なもの。

 ため息もなく、面倒臭いといった素振りもなく、ただその黒い双眸は小人族(パルゥム)の少女が出て行った出入り口を見つめて。

 

 

「今回はオレの落ち度だ。そんなつもりじゃなかった、何て言えない。言葉を間違えた。何もかも間違えた。だからオレが何とかするのが筋ってもんだろう」

 

「当たり前だよ」

 

 

 ハッ、とミアはアルマの言葉に満足したのか。

 

 

「さっさと行って解決してきな。何でも屋の腕の見せ所だよ」

 

「初仕事なんだが。オレの落ち度だし、アルフィアにバレたら何を言われるかわからんが、御託を並べてる場合じゃないな」

                 「――――確か、【ソーマ・ファミリア】だったか」

 

 

 

 

 





>>小人族の少女
 第五話の最後にちょっと登場した子。
 一体彼女は、なにルカ・アーデなんだ

>>ミア・グランド
 女主人
 本来ツケとかやってないけど、とある女神に大目に見てあげてとお願いされたから仕方なく。本当に仕方なく。
 アルフィアに同情している。アルマの愚痴とか聞いているから。

>>「今日もケツがでかいな!」
 アルマの褒め言葉の一つ。割とカスなことを言っている。

>>「アンタ、遂にやっちまったのかい」
 女主人はいつかやると証言しており。
 実は、アルフィア様も見ていた。クズがゴミになったと思ったと後日彼女は語る。

>>「安心しろ――――フレイヤに借りてきた」
 そこから借りてくるかシリーズ。
 もしかして:プロのヒモ



 


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幕 間 フレイヤ様が視ている

 

 

 迷宮都市オラリオの中心にはバベルと呼ばれる塔が立っている。

 ダンジョンの上に立つそれは、正に“蓋”の役割を担っている。深い地中の底にあるダンジョンからモンスターが這い出てこないように、聳え立つそれは正に人類を守るための楔。文明の発達により、建造物が高くなるのと同じように、オラリオという都市がどれほどの精強な都市なのか、バベルを一目見れば嫌が応にも理解できるというモノ。

 

 とはいっても、バベルは何も“蓋”としての役割だけではない。

 中は居住区画ともなっており、他にも様々な施設が備わっていた。

 例えば、バベル自体の点検、そしてダンジョンの監視と管理を目的としたギルド。

 例えば、ダンジョンへと挑戦する冒険者の為にある簡易食堂、治療施設、換金所などといった施設の存在。

 例えば、一部の階層などを貸し出し、そこでのモノの売買が認められている商業施設。

 

 様々、とはいっても主に冒険者を補助するための施設が、バベルには備わっていた。

 勿論、そこに住まう住人も存在する。

 

 その最上階にて、栄華を極めた者のみが住まえるバベルの最上階にて、オラリオの下界を見下ろす美女が居た。

 眼下に見るは、夜の迷宮都市オラリオ。人の営みから生じる街の文明の光が、夜景となり美女の視界に広がっている。正に絶景と言っても差し支えない景色を目にしても、美女の表情は変わらなかった。

 どこか退屈そうに。悩ましくため息を吐いて、物憂げな表情で見下ろす様子は、どこか色気すら感じざるを得ない。

 

 何をしていなくても、ただ立っているだけで他者を虜にする。

 それが彼女が持つ権能であるかのように、ただそこに存在するだけで美女は何者であろうが簡単に魅了してしまう事だろう。

 

 炎を模した扇情的なドレスを纏った美の神――――フレイヤは再び悩ましくため息を吐いた。

 

 退屈であると。

 折角の夜だというのに()()()相手もおらず退屈を極めていた。

 ヤル事もなく、あとは目を閉じ微睡みに落ちるだけなのだが、妙に冴えてしまっていた。

 

 気晴らしにオラリオの街を見下ろしても退屈は紛れる事はない。

 さてどうするか、と。珍しくぼんやりと考えていると、扉の前から気配。

 

 不思議と嫌な気配でもない。

 かといって、自身の眷族のモノでもない。

 誰のものか考えていると、フレイヤの思考など関係ないと言わんばかりに、ノックと同時に勝手に扉が開いた。

 

 

「よう、フレイヤ」

 

 

 お邪魔、と気軽に。フレイヤという女神に気を使うことなく、片手を上げて気安く声を掛ける黒髪黒眼の人間――――アルマ・エーベルバッハがそこにいた。

 何故居るのか、女性の部屋にノックと同時に入ってくるなどデリカシーに欠けているのではないか、そもそも何故居るのか、と様々な疑念がフレイヤの脳裏を過ぎる。すなわちパニックだ。底が知れない女神でも、予想もしていない事態に陥ると、思考が狂うというもの。

 

 フレイヤはなるほど、と。

 余裕そうな笑みを浮かべて、突然の来訪者に状況が整理出来ないまま応じる。

 

 

「貴方も大胆ね?」

 

「ん? と言うと?」

 

「夜這いに来たのでしょう? 丁度良かった、退屈していたの。今夜は存分に――――」

 

「いいや、違うが?」

 

「――――――――――――」

 

 

 ドレスに手を掛けて、艶やかな表情になるフレイヤがだったが、アルマの言葉にピタッと動きを止めて、狂った思考からいつもの冷静な彼女へと戻す。

  

 屈辱であった。

 美の女神である自分が、またもや袖にされた事実。それ以上に、全く相手にされていない現実を許せなかった彼女が取った行動は。

 

 

「いらっしゃい、アルマ。今日は何をしに来たのかしら?」

 

 

 やり直し。つまりはテイク2。

 余裕のある笑みを浮かべて、何事もなかったように。

 

 その姿を見た、少しでも人の心がある人間は、何事もなかったようにツッコミを入れることなく話しを進めていく事だろう。

 

 だが悲しいかな。

 彼女の相手にしている人間は普通ではない。

 アルマは首をかしげて、不思議そうに。

 

 

「怒ってる?」

 

「………………………別に」

 

 

 怒っていない。どちらかというと、面白くない。

 どうしてこの男は自身に靡かないのか、とフレイヤは彼女自身も説明が出来ない感情に支配されていく。

 

 対する、何一つ思い通りにならない男は、ならいいか、と話しを切り上げて部屋の中央に鎮座しているソファーに我が物顔で腰掛けて。

 

 

「オッタルはどうした?」

 

「……あの子ならダンジョンに行ってるわ」

 

 

 マイペースに事を進める来訪者を見て、フレイヤは調子を取り戻す。

 自身が抱いた感情は、とりあえず保留としておくことにしたようだ。説明が出来ないということは、理解が出来ないということ。そんなものに時間を割いているのなら、目の前の男の相手に思考を割いた方が有益であると、彼女は考える。

 

 フレイヤの思考を狂わせる張本人は、へぇ、と感心するように話しを進める。

 

 

「熱心だな」

 

「オッタルの可愛いところよ。余程、貴方に負けたのが悔しかったみたいね」

 

「可愛いか? どっちかと言うと、カッコいいだと思うが」

 

 

 納得できないのか首を傾げるも、まぁいいか、とアルマはご機嫌な口調で。

 

 

「頑張ってるみたいで良かった。ザルドが目を掛けていた事だけはある」 

 

「それは【暴喰】の?」

 

「当たり前だろ。他に居るのか?」

 

 

 今となっては耳にするのが珍しい、かつてオラリオに存在した冒険者の名であった。

 かつて【ゼウス・ファミリア】に所属していた冒険者。先の“大抗争”を経て姿を消した【暴喰】の二つ名を冠していた男。それがザルドという男であった。

 

 ()()()()の下へ参じ、行方不明となっていることをフレイヤは耳にしている。

 普通であれば、死んでいると断じるのだが亡骸もなく、何よりもアルフィアという例もある。もしかしたら、知っているかもしれないと興味本位でフレイヤは尋ねた。

 

 

「あの子、生きているの?」

 

「さぁ? どうだろうな」

 

 

 興味なさそうに、アルマは続ける。

 

 

「オレと戦った後は、まだ生きていたぞ」

 

「殺してないの?」

 

「おう。オレも割とギリギリだったしな。死にかけたのなんて、赤ん坊の頃以来だ。生き返れないと思ったね」

 

 

 平然と耳を疑う事を言いながら、アルマは言った。

 

 

「馬鹿の息子を見るまで死ねん、とか言ってたし、どっかで生きてるんじゃないのか?」

 

 

 アルフィアも顔向けできないとか言ってなくていいから会いに行けばいいのに、とアルマは心の中で呟き。

 

 

「そうそう、オマエに聞きたい事があったんだ」

 

「何かしら?」

 

「【ソーマ・ファミリア】って知ってるか?」

 

「ソーマ……?」

 

 

 どうして彼の口からソーマの名前が出たのか。

 もしかして、自分の眷族にならなかったくせに、あの男の眷族になるつもりなのか。

 あんなつまらない男に靡くというのか。

 

 恐るべき速度で思考するも、直ぐにそれは違うとフレイヤは否定した。

 そんなわけがなかった。何よりも、彼女は先にアルマが首を突っ込んでいた出来事を思い出して、優雅な笑みを浮かべて。

 

 

「貴方が焚き付けた、小人族(パルゥム)が所属しているファミリアね」

 

「……何で知ってるの?」

 

「視ていたからに決まっているでしょう?」

 

 

 艶やかに笑みを浮かべるフレイヤに、アルマは楽しげに笑みを浮かべて。

 

 

「顔面が良くて、良かったなオマエ。違うやつなら気持ち悪いぞストーカーみたいで」

 

「褒めてくれてありがとう」

 

「やっべ、コイツ無敵か?」

 

 

 言葉の内容とは裏腹に、楽しそうに笑みを交えて二人は会話する。

 

 

 そして件の【ソーマ・ファミリア】の内情。

 ソーマと言う男神がどのような神なのか。どうやってファミリアを運営しているのか、簡単にアルマは説明を受けた。

 

 アルマが興味が惹かれたことといえば。

 

 

「酒ねぇ」

 

 

 ポツリと呟き、興味津々と行った調子で。

 

 

「そんなに美味いのか?」

 

「えぇ。失敗作ですら、市場に出回ると高値でつく程度には美味しいわよ」

 

「――――――――ほう?」

 

 

 何か良からぬ事を思いついたのか、アルマは怪しく口元を歪める。

 兎にも角にも、ソーマよりも他の眷族をどうにかしないとならないようだ。そう判断したアルマは腰掛けていたソファーから立ち上がり、両手を組み背筋を伸ばす。

 

 方針は定まった。

 あとは行動するのみ、と長居は無用と判断したアルマは一言告げて出て行こうとするも。

 

 

「一ついいかしら」

 

「なんだ?」

 

「どうしてあの小人族(パルゥム)を気にかけるの?」

 

 

 改めて聞かれると明確な答えがない。

 アルマは少しだけ考えて、直ぐに口を開いた。

 元より特別な理由などない。至極簡単で、単純な答えを口にする。

 

 

「別に。ただ可哀想だと思ったからだが」

 

「放っておけばいいじゃない。あの小人族(パルゥム)が貴方の人生に影響を与えるとは思えないわ」

 

「まぁ、そうだろうけどさ」

 

 

 否定はしない。

 放っておいたところで問題はない。歓楽街にてスリをしていた小人族(パルゥム)の少女が、アルマと言う人間の人生に関わる事はない。断言した上で、アルマは言い切った。

 

 

「でも、あのまま放っておいても気分が悪いだろう?」

 

 

 自分本位。

 小人族(パルゥム)の少女の事など考えていない。ただ見ているだけじゃ気分が悪いから、というだけの感情に過ぎなかった。

 つまりは趣味だ。気まぐれに助けるのも、何とかしようと手を貸すのも、声を掛けるのも、彼の趣味でしかなかった。

 

 勝手に振る舞い、場を掻き乱し、飽きたら去っていく。

 それがアルマ・エーベルバッハの本質の一部である。

 フレイヤは目を細めて、本当に楽しそうに笑みを浮かべて。

 

 

「悪い人ね?」

 

「良い人ではないな」

 

「いつか後ろから刺されるかもしれないわよ?」

 

「そうだな、その通りだ。オレはいつか、誰かに倒されるべき人間だ」

 

 

 そこまで言うと、オラリオの夜景を見下ろす。

 アルマは綺麗だ、と思った。でも同時に、それが醜い何かを隠す上辺だけのモノであるようにも思えて、不快に感じながら淡々とした口調で。

 

 

「でもそれは、オレのような強いだけのヤツじゃダメだ。オレよりもアホで、バカで、マヌケなヤツじゃないと」

 

「例えば?」

 

 

 振り返る。

 フレイヤから視たアルマは、確かに笑っていた。

 だがいつもと、様子が違う。快活なそれではなく、どこか澱みが沈殿したような。アルマの魂の色のような、墨よりも黒い何かを孕んでいるような、影がある表情であった。

 

 アルマは告げる。

 

 

「純粋無垢で透明で、困っている人間がいたら放っておけない、バカみたいなお人好しで、困難を前にしてもそれでもと立ち上がれる――――それこそ、英雄みたいなヤツさ」

 

 

 そんなヤツに倒されて、()()()の願いは成就される、と心の中でアルマは呟く。

 

 フレイヤは試すような笑みを浮かべて、意地悪く表情を歪めて問いを投げる。

 

 

「そんな子、この世界にいるのかしら?」

 

「居るとも。絶対に居る。この世界に絶対にいる」

            「そいつが――――“オレの敵”だ」

 

 

 

 

 





>>バベルの最上階
 フレイヤの部屋。
 もちろん護衛は居る。でも黒いのはお構いなしに遊びに来る。
 正面から突破してくる。辛い。
 あまつさえ、ダメ出ししてくる。辛い。

>>夜這い
 違うそうじゃない。
 舞い上がってたんです。
 自分に靡かない男が遊びに来て、舞い上がったんです。
 フレイヤ様というか、ふれいや。カリスマカムバック。

>>馬鹿の息子
 紛れもなくあの子。

>>オレの敵
 アルマが待ち望んでいる者。
 いつ現れるかわからないが絶対に現れると信じている。
 オレの敵に倒されることで、()()()の願いが叶うと信じているから




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第7話 アルマは喜劇役者である


 ~前回のあらすじ~
ふれいや「私が毎日見守っているアルマがストーカーに遭ってるらしいわ」
オッタル「――――――(曖昧な表情で沈黙している)」


 

 

 第三区画にある広域住宅街ダイダロス通り。

 そこは、何度も何度も行なわれる増築の影響で、街並みの景観は入り組んだモノになってしまっており、一度踏み込み迷ってしまったが最後、簡単には出てこれない区画と成り果ててしまっている。

 そして誰が呼び始めたのか、その辺り一体を、迷宮街呼ばれるようになってしまった。

 

 ともなれば、ここいら一帯は人目に付かない領域。

 オラリオの表向きの顔が、神々から賜りし恩恵を行使する眷族達の冒険譚であるのなら、ダイダロス通りはオラリオの裏の顔。誰もが特別になれなかった人間達が集まる吹き溜まり。

 

 迷宮都市オラリオは華やかな顔ばかりではない。

 希望と等しく、絶望も確かに存在する。ダイダロス通りがその一つだ。住民の中には、一般人にすらなれなかった住人はもちろん、中には追放された元眷族の姿も存在する。

 過程は違えど、落ちぶれれば皆同じ。オラリオに夢見て冒険者を目指すモノも、この世に生を受けて誕生したモノも、末路は同じである。生気を失った眼、活気も何もない顔つき。ただただ人生を浪費する生きる屍と成り下がってしまう。

 

 

 そんな、陰鬱な区画を抜け、あるのはオラリオの共同墓地。

 そこには一般人は勿論、ダンジョンから逃げ延びたものの、治癒が間に合わずに息絶えた冒険者達も埋葬されている。

 

 

 時刻は朝。

 日が昇って間もないからか、辺りが朝霧に包まれ、視界が覆われ遠くまで把握できない。

 

 

 四人の人影。

 一人は小人族(パルゥム)の少女、もう一人は犬人(シアンスロープ)の大柄な男性。もう二人は細身の人間の男達がいた。

 

 墓参り、というわけではないようだ。

 墓石など眼もくれず、小人族(パルゥム)の少女は三人の男たちを見上げるように睨み付けており、男達もそれをニヤニヤと意地の悪い笑みで以て緊張感なく見下している。

 

 睨み合いは長く続かなかった。

 三人のリーダー各の犬人(シアンスロープ)の大柄な男――――カヌゥ・ベルウェイは口を開く。

 

 

「それで、どうしたんだアーデ。こんなところに呼び出して、そんなに睨んで~。怖くてチビッちゃうぜ~?」

 

 

 カヌゥの態度は小馬鹿にした人間のそれであった。

 ニヤケ面は消えることなく、他人をおちょくるように、大袈裟に怖がっているような演技。

 取り巻きの二人も、ギャハハ、と野卑な笑い声を上げる。

 

 明らかに見下した人間の表情。

 《パルゥム》の少女と同じファミリア――――【ソーマ・ファミリア】の眷族仲間とは思えない態度であった。

 

 

 対するアーデと呼ばれた《パルゥム》の少女――――リリルカ・アーデの表情は変わらない。

 

 いいや、多少の変化が見て取れた。

 睨み付けていることは変わらないが、その瞳には怯えがあった。

 

 今までの記憶。

 この男達に虐げられた記憶が、脳裏に過ぎってしまっているのだろう。

 人間の記憶とは都合の良いように作られていない。楽しかった思い出などは薄れていくものであるが、辛かった思い出ほど忘れたくても忘れられないもの。

 

 口が震えて、上手く言葉に出来ない。

 出来ればこのまま、踵を返して逃げたくもあった。

 だが同時に、脳裏に駆けるのは。

 

 ――――だってオマエさ、諦めてるだろ?――――

 

 何も事情を知らない、他人の気持ちに全く寄り添えない、恵まれている男の声。

 その言葉を思い出し、リリルカは怒りを心にくべて、滾らせ再燃させていく。

 

 

 ――諦めてない。

 ――リリは何も諦めてないっ!

 ――何も知らないくせにっ!

 ――リリだって、リリだって……!

 

 

 弱音を吐きそうな心を殺し、リリルカは小馬鹿にしている男三人を睨みつけて、最大限の勇気を振り絞って叫び声を上げる。

 

 

「ど、どうしてリリを虐めるんですかっ!」

 

「あぁ?」

 

 

 不快そうに顔を歪めて、カヌゥは冷めた調子で。

 

 

「テメェ、誰に口を聞いてんだ?」

 

 

 言いながら、リリルカの鳩尾に前蹴りを叩き込んだ。

 力任せのただの蹴り。脚力が特別あるわけでもなく、人体を最大限駆動し放った技術によるものでもない。ダンジョンに潜り、命懸けで過ごしている者とは思えない、不恰好の蹴りであった。

 

 とはいっても、リリルカよりも遥かに年上から繰り出される蹴り。

 年端も行かない少女に防げる道理はなく、冒険者でもない少女の鳩尾に簡単に突き込まれ、地面を転がされてしまった。

 

 

「ぅぁ……っ」

 

 

 リリルカは蹲る。

 腹部に重い鉛でも入れられたような感覚を覚えた。

 痛みよりも先に苦しみが先行する。息を吸えと身体が命令しているのに出来ず、脳内では苦しみに耐え切れずに視界の端々が明暗する。

 朝食でも取っていたものなら、全部出してしまっていた。

 

 

「ガキが。こっちがちょっと優しくしていれば、調子に乗りやがってよ」

 

 

 一体どこが優しいのか、と声を荒げて叫びたかったが、まだリリルカは回復出来ていないのか、満足に話すことも出来ない。

 無様に地面に這い蹲る少女を見て気を良くしたのか、カヌゥはゆっくりとした歩調でリリルカに近付いて。

 

 

「虐めてるなんて人聞き悪いぜ。これは教育だ。お前みたいな弱いヤツは、俺らのような強者に食われるだけの存在だってことを教育してやってるのさ」

 

 

 世間知らずの少女に教授するように、カヌゥは自分勝手な持論を上から押し付ける。

 それに同調するように、取り巻きの二人も口元をニヤつかせながら、笑みを浮かべている。

 

 それを視界に収めて、リリルカは顔を苦痛に歪めながら、心を冷えつかせていく。

 

 

 ――なんですか、この人達は。

 ――なんで、リリを痛めつけて喜んでいるんですか。

 ――なんで、リリはこんな目に合っているんですか。

 ――ただ生きているだけなのに。

 ――ただ、生きて、今日が明日より良い日になればいいと。

 ――ただそれだけしかお願いしてないのに。

 ――どうして、リリだけ、こんな……。

 

 

 リリルカはそう考えて俯き歯を食いしばる。

 悔しくて溜まらなかった。どうして虐めるのか、聞いただけなのに。聞くことすらも許されないのか、と少女は悔しく奥歯を噛み締める。

 

 状況は変わらない。

 絶対的強者でることを信じて疑わない男は、呆れた口調で続ける。

 

 

「随分と調子に乗っちまったみたいだな。これは再教育が必要かもしれねぇな?」

 

 

 再教育。つまりはこれからリリルカを痛めつけるという宣言。

 恐怖心はなかった。それよりも、少女の心中には憤りが、悔しさがあった。どうして自分だけと、と猛烈な吐き気を抑えながら立ち上がり、目の前にいる男に向かって声を荒げる。

 

 

「やめて、下さい……ッ!」

 

「……あぁ?」

 

 

 聞こえている筈だ。

 だが男は、リリルカ・アーデが自身に歯向かった事に対して傷ついた自尊心を癒すために、肩眉を上げて苛立ちを覚えながら再度問いを投げる。

 

 

「アーデ、今何ていった?」

 

「もう止めてください! リリを虐めないで下さい! リリからお金を巻き上げないで下さい!」

 

「……うぜぇ」

 

 

 カヌゥは近付く。

 もう一度痛めつけようと、今度は殴り飛ばそうと、握り拳を作る。

 教育と口にしていたが、要は鬱憤を晴らすためであった。ダンジョンに潜り、死線を抜けて、それでも主神でるソーマからの神酒を賜る事が出来ない事への鬱憤を晴らすため。弱いものを痛めつけて、何が悪いと、彼は小さな自尊心を満たすためだけに、リリルカを蔑んでいた。

 

 そして今回も。

 自分よりも弱い存在である彼女を痛めつけることに専心する。

 

 だがどういうわけか、カヌゥの足が止まった。

 最初は驚愕、次に愉悦があり、最後には目を細めて小馬鹿にするように笑みを浮かべる。

 げらげら、と大声で笑い、カヌゥは目じりに浮かんだ涙を拭い。

 

 

「おいおい、アーデ。まさかと思うが、俺と戦う気か?」

 

 

 リリルカは隠し持っていたナイフを両手に握り締める。

 持つ手は震えて、刃の剣先が頼りなく揺れる。刃物を持つのも初めてなのか、構えも不格好なものであった。

 

 カヌゥは変わらない調子で、笑みを益々深めて小馬鹿にした調子で。

 

 

「無駄にならなくて良かった」

 

 

 片手を上げる。

 それは茂みの中から、墓石の影から、大木の裏から、湧いて出るかのように現れる人影。

 その数は20人。全員が全員、男のみ。中にはリリルカを血走った目で見ている男も存在していた。

 

 

「アーデから呼び出しとか怖くてなぁ~。思わずファミリアの連中にも声を掛けちまった」

 

「……っ!?」

 

 

 リリルカは瞬時に、その言葉は虚言であると理解していた。

 これはただのショーである。自分を玩具として痛めつけて、泣いて許しを請う姿を見るための喜劇である。

 

 目の前の男は、自分と言う存在を全く脅威に見ていない。

 

 

「中にはイカレたヤツもいるが、些細な事だよな。何せ俺はお前に殺されそうになってるんだ。お前が嬲られ犯されようと、因果応報ってやつだよなっ!」

 

 

 笑みを浮かべるが、既にリリルカの耳には入ってきていなかった。

 この男だけでも、今までの侮蔑を何倍に返して、この男を終わらせる事しか、リリルカは考えていなかった。

 

 その後のことなど考えていない。

 得体の知れなかった男の言ったように、一度くらいは我を通す。その後のことなど、知った事ではなかった。世界を自分を中心に廻してみろ、と男は言った。馬鹿馬鹿しいと思ったが、最後くらいは。

 

 

 ――そう、最後くらいは。

 ――あの人が言ったように。

 ――自分がやりたい事をやって……。

 

 死ぬ、と行動しようとしたが、ぽん、と。

 右肩を優しく叩く感触を覚えて、リリルカは振り返る。

 

 

「――――自暴自棄は良くないな。本当に良くない。まぁ、焚き付けたのはオレな訳だが」

 

 

 いつの間に近付いてきたのか。

 黒髪黒眼の男。黒コートを羽織った、件の男がリリルカの背後に立っていた。

 

 どうして、ここにいるのか解らず、リリルカは目を見開いて見上げる。

 黒髪黒眼の男はニッコリと笑みを浮かべて。

 

 

「しかし行動力凄いなオマエ。昨日の今日でコイツを呼び出すとはやるじゃないか。見直したぞ」

「あっ、はい。ありがとう、ございます?」

 

 

 勝手に現れて馴れ馴れしく褒めてくる男に、リリルカはたどたどしく礼を口にした。

 男はうんうん、と満足そうに頷くと。

 

 

「ナイフの他にも隠し持ってるだろ。毒かそれ? そういうの知ってるぞ、備えあれば嬉しいなってヤツだろ。抜け目がないな」

 

「なんで、わかったんですか……?」

 

 

 微妙に間違っている言葉を無視して、リリルカは問いを投げる。

 ナイフは囮であった。殺しきれないための万全の準備として、隠し持っていた毒を散布して、自分もろとも皆殺しにする。それがリリルカの最後の手段であったのだが、黒髪黒眼の男は容易く看破してみせる。

 

 

「んー、何となく。昨日出て行ったとき、何が何でもヤッてやるって目してたしな。どう見てもオマエ強くないし、使うとしたら毒かなーって思ったんだ」

 

 

 当たった、流石オレ! と言わんばかりに意気揚々と答える男を見て、リリルカは目を奪われていた。見蕩れていたわけではない、疑問が浮かび、どうしてか彼女は気になっていた。

 

 

 ――どうしてこの人はこんなに楽しそうなんだろう。

 ――リリは解りません。

 ――この人は、リリから見た世界はリリのモノだって言ったけど。

 ――リリのモノだったら、こんなに辛いことばかりな筈がない。

 ――解りません。

 ――この人から見た世界って、どう見えているのだろう。

 

 

「お、おい、テメェ!!」

 

「ん?」

 

 

 忘れていた、と男は漸く意識を先程まで得意げになっていたカヌゥへと向けた。

 目に見えて焦っている。当然だ、いつの間にか得体の知れない男が現れて、ペースを乱されているのだ。しかもその存在は得体の知れない雰囲気を纏っている。只者ではないことが、一端の冒険者でもあるカヌゥでも理解できるほど。

 

 だがその正体が直ぐに解ることになった。

 

 

「カヌゥ! アイツ、【抑止力(ジョーカー)】だ!!」

 

 

 聞いた事があった。

 突然オラリオに現れて、先の“大抗争”にて【暴喰】と【静寂】を同時に相手取り、返り討ちにしてしまった怪物。現迷宮都市最強である【猛者(おうじゃ)】すらも敵わなかったと噂がある規格外。

 何の変哲もない、中肉中背の男。特別、武器を携えていない徒手空拳の、見ようによっては一般人。それがどうしてこんなところにいるのか、カヌゥは混乱していた。

 

 いいや、彼だけではない。

 動揺は目に見えて伝播し、辺りの連中をざわつかせる。

 統率の取れてない烏合の衆では、直ぐに綻び、致命的な穴となってしまうのは必然。

 

 だがカヌゥは混乱を飲み込み、苛立ちでもって拭い去る。

 ここで引くなどありえない。これではリリルカ・アーデのような弱者に負けたようなものであり、彼の小さな自尊心が傷ついしまうから。何よりも――――。

 

 

「馬鹿が、騙されてんじゃねぇよお前等!」

 

 

 大声を上げて、不安を脱ぐ去ろうと必死になりながら。

 

 

「コイツが【暴喰】と【静寂】に勝ってるところを見た事があるか!? 【猛者(おうじゃ)】と戦ってるところを見たやつは!? どうだ、いねぇだろ!」

 

 

 確かに、と周囲が賛同するように小さく声を上げる。

 誰も見た事がない。目の前の黒髪黒眼の男が戦っている姿など、周囲にいる連中は見た事がなかった。

 

 空気が変わる。

 動揺が怒りに。自分達を騙していた、と言いがかりとなり、憤怒が黒髪黒眼の男へと集中していく。

 

 カヌゥはそれを見逃さなかった。

 

 

「それに見てみろ。コイツ、冒険者じゃねぇ! 神の恩恵(ファルナ)もなければ、ファミリアにも所属してねぇぞ! ただの一般人だ!」

 

 

 瞬間、墓地に響き渡る怒号。

 各々好き勝手叫ぶ。邪魔した事への不満、リリルカを庇った事への憤り、そして自分達をペテンに嵌めたことへの怒り。その全てが、黒髪黒眼の男とリリルカへ集中していく。

 

 リリルカは思わず身を竦め震えるが、黒髪黒眼の男は涼しい顔で、更に言うと笑みを浮かべて。

 

 

「おっ、何だ。急にやる気出してきたぞ。忙しいヤツらだな」

 

「あ、あの。怖くないんですか?」

 

「誰が、誰を?」

 

「貴方が、あの人たちを」

 

 

 んー、と少しだけ考えて。

 

 

「オマエ、アレを怖がってるのか」

 

「えっ、普通に怖いですけど」

 

「なんと。可哀想――――はダメだ。慎ましいヤツなんだなオマエは」

 

 

 そこまで言うと、男はリリルカを守るように、暴徒と化した【ソーマ・ファミリア】の面々へと向き直る。

 盾となった男は振り返らずに、背中を向けて問いを投げる。

 

 

「オマエ、名前は何だっけ?」

 

「えっ?」

 

「名前だよ。聞いてなかったろ?」

 

 

 そういえば聞かれていなかったと、多少は心を落ち着かせて、男の背中を見て安心したリリルカは答える。

 

 

「リリは、リリルカ。リリルカ・アーデっていいます」

 

「リリルカ! うん、良い名前だ。覚えやすい名前だ。ベートの次に覚えやすい」

 

 

 褒められているのか解らない賛辞を言い放ち、黒髪黒眼の男は傲岸不遜に言い放つ。

 

 

「良い機会だ、リリルカに見せてやるよ。オレから見た世界の一端ってヤツを。大丈夫、退屈はさせないさ」

 

 

 そういうと、20人規模の暴徒達へ両手を広げる。

 歓迎するように、仰々しく、まるで冗談を口にする喜劇役者のような口調で、黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハは告げる。

 

 

「さぁ、開幕の鐘を鳴らせ。舞台の幕を上げろ! 端役(エキストラ)の紳士諸君、ようこそオレの世界へ――――!」

                「――――歓迎しよう。精々楽しんでいってくれ」

 

 

 





>>リリルカ・アーデ
 小人族の少女。
 無責任に焚き付けた黒いののせいで刺し違えてでも終わらせようと決起。
 ナイフでダメだったと気ように毒も隠し持っている。殺意100%。相手は死ぬ

>>カヌゥ・ベルウェイ
 リリを虐めてた犬人の人。
 原作でも虐めていた。牛君に殺された冒険者の人
 


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第8話 とりあえず身包み置いてけ


 もう10話投稿しているのに、まだダンジョン行ってないとか本当?


 

 【ソーマ・ファミリア】の眷族達のほとんどがLv.1で構成されている。

 Lv.2の冒険者など片手で数える程度でしかいない、言ってしまえば弱小ファミリアといっても過言ではない。

 

 それもそのはず。

 彼らに向上心と言うモノはなく、上を目指さぬのだから、ダンジョンに潜ろうとも死地を迎えることはない。

 自分の命が最優先。死線を潜る事もなく、生き残るためならば何でもする。例えそれが、同じファミリアに所属している眷族であろうとも、彼らは喜んで囮に差し出す事だろう。

 

 それが今までのリリルカ・アーデの役割。

 彼らよりも弱く、サポーターとしての役割すら満足にこなせない足手まといである小人族(パルゥム)の少女を連れてダンジョンに潜っていたのがそれが理由だった。

 いざと言うときの肉壁。前線に立つのはいつだって冒険者なのだから、それくらいの役に立て、とリリルカはダンジョンへと駆りだされていた。

 

 元より、少女に拒否権はない。

 無茶な冒険をして死んだ両親の借金の返済、自分の食い扶持を稼ぐために、小さな身体に鞭をうち潜りたくもないダンジョンへと足を運ばなければならない。

 

 少女に同情をする者など、ファミリアにはいない。

 むしろ弱いことが罪だ、と言わんばかりに冷遇し、上手く行かなかったときは罵倒し、ときには暴力まで振るわれる。

 その姿を見て咎めるものもいない。手を叩き喜び、ストレスの発散も兼ねて加わる者も存在し、見て見ぬ振りをするリリルカと同じ弱い者もいた。

 

 

 彼らに仲間意識などなかった。

 横の繋がりも、縦の繋がりも、【ソーマ・ファミリア】には存在しない。

 ただ彼らを繋いでいるのは“酒”。主神ソーマより賜る“酒”のみが彼らを共通としているモノであった。

 

 それがどういうわけか。どういう因果か。どういう運命なのか。

 【ソーマ・ファミリア】が集った烏合の衆。上級冒険者からしてみたら取るに足らない下級冒険者、総勢20名が団結して外敵を排除しようと敵意を向けている。

 

 もしかしたら、初めてかもしれない、とリリルカは思う。

 ダンジョンにて他のファミリアと共闘し連携して、モンスターを倒すことはある。だが【ソーマ・ファミリア】の眷族はそんな状況になることなどありえなかった。敵わないと知るや否や、脇目もくれずに逃走を選ぶ。他者との共闘などありえず、冒険などもっとありえない。

 自分の命が第一に行動をしている彼らが、命をかけるなどありえない。

 

 

 故に、保身に塗れた連中にとって、この状況は必然といえる。

 20人と対峙しているのは1人の黒髪黒眼の男。彼らがこうして、一人に敵意を向けているのは、勝利を確信しているからである。

 

 仕方ない。

 何せリリルカを守るように立っている黒髪黒眼の男は一般人。

 “大抗争”にて【暴喰】と【静寂】を打ち破ったと噂はあるものの、それを実際に見ていた者は彼らの中にはいない。【猛者(おうじゃ)】を打ち倒したというのも、本当かどうか怪しいもの。

 加えて、神の恩恵(ファルナ)すらも授かっていない冒険者でもない男だ。モンスターと戦うために心身を強化されている自分達とは違う、なんら恩恵もない一般人が自分達冒険者に敵うわけがないという打算もあり、【ソーマ・ファミリア】の連中は黒髪黒眼の一般時と対峙していた。

 

 彼らは、眼の前の一般人で鬱憤を晴らす事しか考えていなかった。

 精々楽しめ、と男とは言った。ならばその通りにしてやろうと、と。泣いて喚き、身包みを全部剝いて、有り金を全て奪う。その程度の考えしか、彼らは考えていなかった。

 

 

 リリルカも同じであった。

 このままではこの人が痛めつけられる、と。

 得体の知れない男であるが、どうやっても冒険者には敵わないと思っていた。

 

 

 

 だからこそ、だろう。

 今のリリルカは、自身の置かれた現状が信じられなかった――――。

 

 ちょっと揺れるが舌を噛むなよ、と黒髪黒眼の男は言うと、リリルカを軽々と左腕で小脇に抱える。

 そのまま逃げるのだろうか、と少女は思うが大きく裏切られる。なんと一般人の男は、リリルカという荷物を小脇に抱えたまま、逃げるでもなく黒髪黒眼の男は冒険者と対峙していた。

 

 リリルカは理解が出来ないと眼を丸くし、その姿を見た冒険者達は野卑な笑みを浮かべ、馬鹿が、と得物を持ち、余裕の表情を浮かべて黒髪黒眼の男に数人が近付いてくる。

 

 眼を覆いたくなる惨劇。

 その未来が待ち受けることを予想し、反射的にリリルカは眼を閉じる。

 だが――――。

 

 

「眼を開けろ」

 

 

 見上げる。

 件の、黒髪黒眼の男は笑って事もなく告げる。

 

 

「言ったろ。オレの世界の一端を見せてやるって。だから眼を開けろ。絶対に楽しいから――――」

 

 

 同時に、冒険者が片手に持った直剣を振り上げて、黒髪黒眼の男の脳天目掛けて振り下ろす。

 危ない、とリリルカが声を上げるよりも早くに、男は動いていた。

 

 剣が振り下ろされる――――紙一重で避ける。

 斧が追撃に薙いで来る――――それも皮一枚で避ける。

 ナイフが飛んでくる――――器用に指先で摘み受け止め捨てて。

 弓から放たれた矢が飛来する――――篦の辺りを片手で掴み折る。

 

 上体を逸らし、半歩引いて、腰を折り、首だけ動かし。

 皮一枚、紙一重。スリリングを楽しむかのように、わざと当たる直前で避けているかのように、余裕な態度で応戦する。

 

 それが5人、6人、7人と増えようと物の数じゃないと言わんばかりに。

 リリルカが()()()()()()()()()()()の速度に落としながら、彼は回避行動だけを取っていた。

 防ぐだけで精一杯、というわけではない。表情を見ても、必死さなど感じさせないくらい余裕綽々。あまつさえ――――。

 

 

「ははっ」

 

 

 ご機嫌に笑みを零す始末。

 これから鼻歌でも歌ってしまおうか、というくらいご機嫌な調子であった。とても20人規模の敵意を向けられている人間の振る舞いとは思えない。

 

 勿論、この攻防でリリルカが傷つく事はなかった。

 男に攻撃が通じないと判断した冒険者は、敢えて小脇に抱えられたリリルカを狙い、黒髪黒眼の男の動揺を誘おうとする者もいた。

 だがそんな搦め手すら通じないと言わんばかりに、黒髪黒眼の男の動きと判断力は常識を逸脱していた。

 

 自身に迫り来る凶刃をかわしながら、リリルカに迫る凶器にも対応する。

 少女を傷つけないように避けて、気分を悪くさせないように丁重に扱い、揺らすことなく細心の注意を払う。

 

 リリルカだけではない。

 自分が避けたら冒険者に当たるような攻撃すらも、男は刃ではない部分を殴り弾き、自分もリリルカも襲い掛かる冒険者すらも守るようにして立ち回っていた。

 

 全て支配しているのは自分だと誇示しているかのように。

 世界の中心は自分を基点に廻っていると言わんばかりに、何もかもを受け止め、何もかもを避けて、何もかもを守りながら、彼は暴徒と化した冒険者と相対していた。

 

 生かすも殺すも、全ては自分次第。

 黒髪黒眼の男は行動によって語る。

 

 

 目の前で繰り広げられている攻防――――というのも疑わしい状況を前にして、成り行きを見守っていた事の発端であるカヌゥ・ベルウェイは全身から冷や汗を滲ませていた。

 こんな筈ではなかった。イキって正義の味方面をした一般人を蹂躙して、見せしめにし、不相応に歯向かってきた奴隷に教育する。その程度で終わる筈だった。

 

 

 ――何だ、アレは……。

 ――たかが一般人の癖に。

 ――どうして冒険者(おれたち)が手も足も出ねぇ……!?

 

 

 理解が出来ない恐怖。

 カヌゥは一歩、後ろへと下がってしまう。

 このまま逃走しようか、と思った矢先。

 

 

「――――」

 

「あっ……」

 

 

 黒髪黒眼の男が攻撃を避けながらカヌゥを見た。

 

 視線は語る。

 逃げる事など許さない、と。

 カヌゥの考える事など手に取るように解っている、と言わんばかりに黒髪黒眼の怪物はカヌゥへと視線を向けていた。

 

 もう手段など選んでいるときではない。

 それは周囲の冒険者も思っていた事なのか、遠巻きに見ていた冒険者8人が詠唱を始める。

 

 接近戦で話にならないのなら遠距離。

 それも広範囲を攻撃する魔法であれば倒しきれるだろうと。

 例えその結果、同じファミリアである者達を巻き込んだ攻撃だとしても、目の前の黒髪黒眼の怪物を討伐する事が第一優先だと言わんばかりに、詠唱を始めて、それは躊躇もなく放たれた。

 

 接近戦を挑んでいた7人は、自分達を餌とし、もろとも殺そうとしていると気付くも遅い。

 手を止めて、振り返り、魔法によって生み出された雷を前に立ち尽くしてしまった。

 

 

「――――いいや、それはダメだろ」

 

 

 黒髪黒眼の怪物はそう呟き、7人の前に立つ姿はまるで守るよう。そのまま迫り来る雷の魔法を見据えて、空拳である右手の指を曲げて鳴らし、爪で引き裂くようにして薙ぐ。

 

 瞬間、バチッ、と雷は消えるが、怪物の手からは鮮血が飛び散った。

 決して軽傷ではない。右手は切り傷があり、血管が切れているのか、血液が流れ落ちる。それでも、リリルカに返り血はついていない。それが当然であると言わんばかりに確認することなく、黒髪黒眼の怪物は呆れた口調で、魔法を放った8人に向かって。

 

 

「それはダメだろ。仲間を犠牲にしても、そんなものでオレは死なないぞ」

 

 

 そのまま振り返り続ける。

 

 

「オマエ達もさ、オレと戦ってるつもりなら足を止めるな。もっと頑張れ。常に動き回れよ」

 

 

 化物。

 誰かがそう呟いた。

 近接戦闘を仕掛けていた連中は各々持っていた得物を下げ、詠唱を唱え放った者達もそれ以上紡がれる事はない。

 

 喜劇は終幕した。

 黒髪黒眼の怪物――――アルマ・エーベルバッハはそう判断すると、大きく地面を蹴り【ソーマ・ファミリア】の連中から距離を開ける。

 

 格付けは終わった。

 連中は折れて、アルマは超然と君臨する。

 これ以上の力の行使は無駄であり、それこそ弱いもの虐めになってしまうと、小脇に抱えていたリリルカをそっと下ろした。

 

 それにしても、とアルマは改めて連中の顔を見て。

 

 

「見てみろよ」

 

 

 目線をリリルカに合わせるように腰を落として、血が滴っている右手で先程まで対峙していた連中を指差して。

 

 

「酷い顔だ」

 

「……っ」

 

 

 見てみると、確かに。

 呼吸を荒げて呼吸をしている者もいれば、青い顔をしながらアルマを見る者も居る。脂汗が滲み出ており、とてもではないが平静を保っている人間などいなかった。

 それは先程まで、リリルカに横柄な態度を取っていたカヌゥも同じ。蛇に睨まれたカエルのように、彼は震えて一歩も動けない様子。

 

 呼吸一つ乱さず、衣服に汗一つ滲ませていない、アルマとは対照的な姿。

 

 それがあまりにも滑稽に見えて――――。

 

 

「――――ふふっ」

 

 

 リリルカは小さく笑みを零してしまった。

 数分前まで、自分に暴力を振るっていた男とは思えない姿。弱い者が強い者に食われるのは当然、と豪語していた人物とは思えない。しかも、カヌゥよりも強い化物は無闇に力を振るったわけではない。ただ攻撃が当たらないように立ち回っただけ。たったそれだけで、冒険者が一般人に解らされてしまっていた。

 

 心が晴れ、胸がすく思いであった。

 アレだけ怖かった冒険者が、リリルカの眼には、小さなモノに見える。

 

 

「おっ、いいぞ。やっと嗤ったな」

 

 

 視線をリリルカに合わせたまま満面の笑みで、ご機嫌な調子でアルマは続ける。

 

 

「これがオレの世界だ。自分が中心になって世界を廻すって意味が理解できたか?」

 

「はい。でも……」

 

 

 確かにこのような事が出来れば楽しいのだろう。

 我を通すための力があり、それだけの力があれば、男からして見たら物事は酷く簡単に見えるに違いない。それこそ世界がツマラナイものであるのかもしれない。

 

 だが生憎、リリルカはその心境には至れない。

 彼のように出鱈目な膂力があるわけでもないし、優れた判断力を有しているわけでもない。能力など平均的な子供よりも劣る。

 絶対に楽しい、と彼は言った。嘘偽りはなかった。きっと彼は手加減していたに違いない。加減して、リリルカに理解が及ぶ範囲で、楽しいと思える程度の速度に落とし、今までの攻撃に対して応対していたに違いない。

 今まで虐げてきたカヌゥの滑稽な姿も見た。確かに楽しかった。だがそれは――――。

 

 

「やっぱり、リリは貴方みたいに、リリから見た世界を自分のモノって言い切れません。世界を廻すとかもっと無理です。リリは貴方みたいになれません」

 

「ん、当たり前だろ。オマエはオレにはなれないよ。オレより弱いんだから」

 

 

 当たり前のことを当たり前のように告げて、アルマは続ける。

 

 

「というか、オレみたいになる必要なんてないだろう。オマエはオマエなりに、世界を廻せばいい」

 

「リリ、なりにですか?」

 

 

 男は、そうだ、と力強く頷いて。

 

 

「オレはオマエみたいに要領良く下準備なんて出来ないしな。ナイフで殺しきれないための毒とか、本当に良く思いついたな?」

 

「……リリは力がないので、道具に頼ろうと思ったんです」

 

「うん、それでいいと思うぞ」

 

 

 そういうと、アルマは立ち上がる。

 陰鬱な墓地とは思えないくらい清清しく、快活な調子で続けて。

 

 

「オマエはオマエのやり方で世界をモノにすればいい。言いたい事もわかる。ムカつくことばかりだし、こんな世界滅んじまった方がいいと思うときもある」

 

 

 リリルカの全ての憤りを肯定した上で、アルマは続ける。

 

 

「でも楽しかったろ? 実際、嗤えただろアイツら?」

 

「それは、はい。面白かったです」

 

 

 嘘ではない。

 笑ったのはいつ振りだったか思い出せないほど、久しぶりであったことをリリルカは思い出す。いいや、もしかしたら物心がついたときから、自分は笑えていたなかったのかもしれない。だって笑ったら、周りにいる連中は面白くないのか、暴力を振るってくるから。

 だから笑わなかった。笑えなかった。一生笑えないと思った。

 

 でも彼は、目の前の怪物のような一般人は。いとも簡単に、リリルカに笑い方を教えてみせた。

 

 

「だったら、嗤え。大いに嗤えよ、リリルカ・アーデ。つまらないモノばかりだからこそ、この世を面白くしてやれ。諦めて絶望するにはまだ早いぞ?」

 

「――――――――――」

 

 

 居丈高に、ウッハハハハ! と笑みを零す男を、リリルカは見上げる。

 

 痛くて辛くて苦しくて、痛いことばかり。

 楽しい事など一つもなかった。 ここが終着点だと思った。カヌゥに一矢報いて、ここで自分の人生は終わると少女は思っていた。

 だが事もなさげに。いとも簡単に。怪物のような一般人は、それは違うと、否定する。これからだ、と。むしろこれからが本当に楽しい事であると。これからもっともっともっと――――楽しい事がリリルカを待っていると。怪物のような一般人は言う。

 

 否定したかった。

 これ以上生きていても、辛い事しか待っていないと、リリルカは断じたかった。

 

 でも出来なかった。

 根拠もない自信を持つ、規格外なるアルマという男が、否定する事を許さなかった。

 

 

「よーし、いいぞ。わかった、証明してみせよう」

 

「――っ、何をするんですか?」

 

「決まってる。またオマエを嗤わせてやるのさ」

 

 

 そういうと、アルマは放置していた連中を、血だらけの右手で指差して。

 

 

「オマエ達、ソーマってやつのところに案内しろ――――」

                「――――あと、身包み全部置いてけ。パンツも脱げよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、状況はわかった」

 

 

 豊饒の女主人にて、そう呟いたのはメイド服を着た女性――――アルフィアであった。

 

 彼女がこうして豊饒の女主人に顔を出すのは珍しくもない。

 アルマと一緒に訪れて、食事を共するのは良くあることでもある。もちろん、会計は別。良く食べるアルマの面倒を見るわけがなく、彼女は彼女で会計を済ましている。

 

 アルフィアがここに訪れたのは食事をする為じゃない。

 もっと別の理由。それは昨夜、眼にした真相を確かめに来たわけだが。

 

 

「クズがゴミになってないようで何よりだ」

 

「本人から聞いた方が速かったろうに……」

 

 

 呆れた口調で呟いたのはミア・グランドだ。

 

 アルフィアが目にしたのは、年端もいかない少女を連れ回していた――――ように見えたアルマの姿。いかがわしいことをしていたものなら、全力を以て命を摘み取らせようとしていたのだが、アルマ達が最後に入ったのが豊饒の女主人。それから暫くすると、少女は飛び出して、アルマも後から出て“バベル”へと向かうのを見て、現在に至る。

 

 彼女がここに居るのは、昨夜何が起きたのか、ミアに聞く為だ。

 

 事のあらましも把握した。

 朝早くからアルマの姿が見えないということは、単身で向かったのだろう、とアルフィアは推理する。

 

 

「しかし、【ソーマ・ファミリア】か。良い話しを聞かないねぇ」

 

「木端な連中ばかりと聞いた事があるな」

 

 

 アルフィアも冒険者だった者だが、【ソーマ・ファミリア】の情報は詳しくは知らなかった。彼女からして見たら、取るに足らない者達ばかり。それこそ先程言ったように、木端程度としか認識していない。

 

 尊大な物言いであるが、ミアは否定はしない。

 苦笑を浮かべて、咎める事もなく口を開いた。

 

 

「まぁ、アルマなら大丈夫だろう。どうせ何とかするだろうさ」

 

「……それはどうかな」

 

「ん?」

 

 

 楽観的な態度でいるミアと違い、アルフィアは対照的な物言いであった。

 訝しむ表情で、ミアは問いを投げる。

 

 

「それはどういう意味だい?」

 

「アイツは阿呆だ」

 

「知ってるよ」

 

「そして馬鹿だ」

 

「うん、それも知ってる」

 

「…………」

 

「悪かったって、目を閉じながら睨むんじゃないよ。もう茶々入れないからさ」

 

 

 悪いと思ってるなら最初からするな、とアルフィアは言うと続ける。

 

 

「忌々しいが、アイツは強い。認めたくないが、生半可な冒険者が徒党を組もうと、アイツは一蹴することだろう」

 

「アンタとザルドでも勝てなかったんだろ?」

 

「一度は倒したさ。だが直ぐに生き返ってきた」

 

 

 ミアの耳に聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、敢えて無視することにする。

 ここで話しを折ったものなら、アルフィアは機嫌が悪くなり、へそを曲げられると思ったからだ。

 

 アルフィアは続けて言う。

 

 

「アイツは強い。だからこそ油断する。自分ならばどんな事をされても対応できるという過剰な自信が、致命的な弱点となる」

 

 

 きっとそれが、アルマ・エーベルバッハが自らに課した縛りと言うものなのだろう。

 少しでも自分が楽しめるように。蹂躙するだけじゃつまらないから、対等な勝負を演じたいが故に、意図的かそれとも無意識か。アルマは自分の力をセーブする悪癖がある。

 

 忌々しい、とアルフィアは舌打ちをすると。

 

 

「アイツがもし負けるとしたら、強い者ではない。自分よりも遥かに弱い者だ。玉砕覚悟の特攻に足元を掬われる可能性が高い」

 

「ってことは何かい。【ソーマ・ファミリア】の連中に負ける可能性があると?」

 

 

 然り、とアルフィアは頷く。

 ミアはその姿を見て、ため息を吐いて。

 

 

「なるほど、つまりアンタは心配していると」

 

「してない」

 

「少しは素直になったらどうだい?」

 

 

 要するに彼女は気に入らないのだ。

 自分を置いていき、一人で片をつけようとしているアルマが気に入らないのだ。

 

 一言あってもいいだろうに、と彼女は思うが口が裂けても言えない。むしろ少しは怪我でもしてくればいいのに、とさえ思う。

 

 と、ここで厨房から。

 

 

「ミャーそういうの知ってるニャ! ツンデレっていうのニャ」

 

「――――――――」

 

「ニャ――――――!?」

 

 

 無言で、何も言わずに、口を閉じ、目を閉じ。

 アルフィアは厨房を睨みつける。そこから悲鳴が聞こえるが知った事ではない。歴戦の元冒険者は、か弱い従業員にすら容赦がないのだ。

 

 

「余計な事を言ったうちの子も悪いけどね。アンタも殺気出すんじゃないよ大人気ない」

 

「…………」

 

 

 謝罪はない。

 わかりやすく拗ねるアルフィアにミアは笑みを零して。

 

 

「まぁ、直ぐに帰ってくるさ。そのときに文句の一つでも言ってやりな」

 

「ふん」

 

 

 へそを曲げてしまったアルフィアを見て、どうやって機嫌を直してもらおうか考えるミアの耳に楽しげな声が聞こえた。

 それは外から。男と少女の会話である。

 

 

「うっははははは! 大量大量! さすが冒険者。身包みを売っただけでも、金になるとは思わなかったな」

「はい。でもいいんですか? リリが全部貰っても……?」

「良いに決まってるだろう、子供の癖に遠慮するな。アイツらに虐められてたしなオマエ。オレはソーマから酒貰ったし。話せばわかるヤツだった」

「でも大丈夫なんですか? 【ソーマ・ファミリア】の名声、地に落ちましたよ?」

「全裸でオラリオ徘徊させたからな。アレは変態だな」

「やったの貴方ですけどね」

「でもスカっとしたろ?」

「はいっ!!」

「うおっ、ここに来て良い笑顔。オマエ実は腹黒い?」

「そんなわけないですよ。ししししっ」

「嗤い方汚っ」

 

 

 そうして、豊饒の女主人に入ってくる。

 楽しげな会話をしながら入ってくる男と少女。黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハはアルフィアの姿を見ると。

 

 

「なんだ、アルフィア。ここに居たのか」

 

「……なんだ?」

 

 

 不機嫌な彼女なんて知った事ではないと言わんばかりに、ご機嫌な笑みを浮かべてアルマは言う。

 

 

「従業員が増えたぞ、リリルカ・アーデだ。仲良くやれよ」

 

「――――――――は?」

 

 

 

 

 

 

 





 ▼従業員が増えた
 ▼ソーマと親しくなった
 ▼酒を貰った
 ▼アルフィアの苦労が増えた
 ▼ふれいや「従業員。その手があったのね」
 ▼オッタル「ダメです」




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第一章 アイツのタイプってこんな女神なんだ
第9話 リリルカ・アーデは働き者である



 第一章です。
 お気に入り登録、そして評価していただきありがとうございます!
 これからも頑張りますので、よろしくお願いします!


 

 

 迷宮都市オラリオが最も栄えている場所といえば、やはり中央地域だろう。

 なにせその場所には、ダンジョンがあり、それを蓋をするようにして、巨大なる“バベル”が聳え立っている。

 

 バベル内部はさることながら、その周辺も多く流通が行き交っている。

 それもその筈だ。ダンジョンがあるということは、冒険者が自然と足を運ぶのは必定であり、その装備や消耗品を買いに来るのもまた必定。

 

 冒険者も命を懸ける職業だ。

 遊び半分でダンジョンに潜る人間はいないし、命が掛かっているのだから準備も怠ることはない。

 多少の値が張ろうと、命には変えられないのだから、財布の紐も緩むというモノ。

 

 そう考えれば、商人も戦っていた。

 冒険者の眼に留まるように露天として店を構えるのもいい。

 通常の価格よりも値を吊り上げて、商売するのも生きるためだ仕方ない。

 だが、ただ値を高くすればいいというものじゃない。

 

 商人は見極め、そして戦っていた。

 他の露天は同じ商品をどの値段で売っているのか、安かったら下げるが、それもただ下げればいいと言うものじゃない。少ない出費で、それ以上の利益を生まなければならない。

 だが利益だけを求めていたら、冒険者の心は離れてしまう。どこで冒険者に飴を与えて、どこで鞭を与えればいいか。商人はそれを見極めなければならないのだ。

 

 商人達は命を掛けない。変わりに己が評判を掛ける。評判が良ければ後に続くモノがあるし、悪ければ今後の商人生活に大きく響いてくるというもの。

 

 そして今日も。

 オラリオの中心部では戦いが始まっている。

 冒険者は命を掛け、商人は己の評判を掛ける――――。

 

 

「リリルカは働き者だな」

 

 

 ――――とは、全く関係のないオラリオ郊外に位置するあばら家。

 

 家と呼べるのかどうか怪しい家屋の中でアルマ・エーベルバッハは満足気に頷いていた。

 彼の視線の先には、忙しなく動く小さなメイド服の少女――――リリルカ・アーデの姿があった。サイズもピッタリ。長いスカートの裾が優雅にまい、その頭にはレース付きのカチューシャ、通称ホワイトブリムが装着していた。

 どうやら少女のために、アルマが新調し用意したようだ。スカートの丈が短いものではなく、長いのは彼のこだわりの一つである事が伺い知れる。

 

 それを証拠にもう一人のメイド――――アルフィアも同じスカート丈である。

 彼女は呆れた口調で。

 

 

「貴様も見習え」

 

「オマエこそ見習え」

 

「手伝おうとはした」

 

「邪魔って言われた癖に」

 

「邪魔とは言われてない」

 

「気を使われて遠回しに言われたろ」

 

 

 そこまで言われて、アルフィアは押し黙ってしまった。

 

 確かに彼女の言うとおり、邪魔とまでは言われていない。

 ただやんわりと、困ったような顔をされて、申し訳なさそうに、見ていてほしいとお願いされて現在に至る。

 彼女は他者からは、“才能の権化”“才禍の怪物”と恐れられているが、それはそれこれはこれ。掃除などやったことがないし、経験したことがないモノを最初から完璧にこなせるものなどいないのだ。

 

 

「まぁ、気を落とすなよ。オマエなりに歩み寄ろうとしたんだってことは伝わったからさ」

 

「……何の話だ」

 

「仲良くやろうとしてたんだろ? 怖がられて、地味に傷ついてたもんなオマエ」

 

 

 最初に紹介した日。

 豊饒の女主人にて初の顔合わせをしたときのことをアルマは思い出す。

 

 オラリオに住む者にとって、アルフィアという女子は今だに恐怖の対象であった。

 それはリリルカのような幼子も同じ事である。恐慌状態とまではいかないが、泣きそうな顔で怯え、直ぐにアルマの後ろへと隠れてしまった。

 

 リリルカはアルフィアが【静寂】として猛威を振るっていた姿など見た事がない。

 しかし噂として聞いていたようで、アルフィアのことはそれはもう、物語に語られる怪獣を見るような眼で怯えていた。

 

 アルフィアにとっては、それが心底堪えたようで。

 

 

「でもさ、あの時のオマエ面白かったなー。泣きそうになるとか、子供の頃以来じゃないか? オマエのあんな姿――――」

 

福音拳骨(ゴスペル・パンチ)

 

「危なっ」

 

 

 正にその速度は神がかり。

 握り拳を作ったアルフィアは、数寸の狂いもなくアルマの死角から後頭部目掛けて打ち抜こうとするが、なんとかそれを紙一重で回避する。

 

 全く躊躇など感じさせない。

 そのまま後頭部を打ち抜き、全力で以て気絶させようとするも、口惜しい事にそれは失敗と終わってしまった。

 

 突然振るわれた拳に、アルマは憤りはなかった。

 むしろ余裕の笑みで持って、アルフィアの凶行を咎めることなく。

 

 

「惜しかったな?」

 

「貴様、後で、絶対に、殴る」

 

「めちゃくちゃ怒ってるじゃないか。っていうか、何だ今の技? 新技か?」

 

 

 超短文詠唱よりも速い拳骨ってどうなんだ、とアルフィアという才能の出鱈目さに辟易した調子で言うと。

 

 

「そもそも、主人をぶん殴ろうとするメイドってどうか?」

 

「これも教育だ、ご主人様」

 

「殺意が篭った教育とか聞いた事がないが?」

 

 

 アルマの言う事も最もであるが、どういうわけか彼に正論を吐かれるのは気持ちのいい事ではない、とアルフィアは理不尽ではあると自覚しているものの、そう思わざるを得なかった。

 

 これ以上、意識にすら入れたくないと、アルフィアはリリルカに意識を向けて。

 

 

「貴様、リリルカと初めてあったのが歓楽街だといったな?」

 

「おぉ、ヘルメスと出掛けたときだな」

 

「貴様が誰と交流を深めようと、どこで何をしていようが私には関係ない」

 

 

 だがな、と言葉を区切り。

 

 

「――――歓楽街などに行く、本当の目的はなんだ?」

 

「――――――――」

 

 

 一瞬だけ、アルマは黙ってしまった。

 そして直ぐに思考を一巡させる。

 

 歓楽街だけではない。

 夜な夜なアルマが出掛けるのは、闇派閥(イヴィルス)の残党の調査に他ならない。蛇の道は蛇という言葉があるように、オラリオの裏側の世界に向かえば、闇派閥(イヴィルス)の情報があると踏んでの行動であった。

 結果は空振り――――とまではいかないものの、本当かどうかも怪しいものばかり。最近は【ロキ・ファミリア】の団長フィン・ディムナが闇派閥(イヴィルス)の神々を天界に送還させたと、アルマは耳にしている。

 

 もしかしたらそれで最後かもしれないし、違うかもしれない。

 どちらにしても、連中は巧妙に姿を隠しており、オラリオに居るのかどうかすら解っていない。

 

 それをヘルメスと共に調査していたのだが。

 

 

 ――アイツ、チクったのか?

 

 

 脳裏に疑念が過ぎるが、直ぐにそれは否定する。

 であるのなら、アルフィアは問答無用で問い詰める決まっているとアルマは断じた。

 確証がなく、証拠もなく、アルマが何をやっているのかわからないから、彼女は問うてきたのだろう、とアルマは瞬時に判断すると。

 

 

「勿論、麗しのイシュタルに会う為だが?」

 

「嘘を言うな」

 

「嘘じゃないよ。褐色で綺麗って聞いてな、どうしても会いたいんだが、あっちはオレを避けているみたいだしな。会えずにいるわけだ」

 

 

 それに、と言葉を区切り。

 

 

「ヘルメスが言うには、フリュネって女がオレの好みに近いらしい。それはもう会いたくもなるだろう?」

 

「貴様、いい加減にしろ」

 

 

 遮るように、アルフィアは静かに問いを投げる。

 

 

「忌々しいが、本当に嫌だが、貴様とは長い付き合いだ。その意味がわからん貴様でもあるまい?」

 

「……何が言いたいんだアルフィア?」

 

「――――私に隠れて、ヘルメスと何を企んでいる?」

 

「――――――――」

 

 

 ヘルメスはかつてアルマに、アルフィアには言わなくていいのか、と口にした事がある。

 アルマはそのときは、必要がない、と断言した。そして今回も必要がない事であると、アルマは迷わずに言い切る。

 

 必要のない事だ。

 闇派閥(イヴィルス)の処理など自分一人で充分であるし、何よりも闇派閥(イヴィルス)を率いて好き勝手行動した()()の後始末など、自分がするべき仕事であると彼は思っている。

 

 確かに、()()の元へと集った彼女にも責任の一端があるのかもしれない。

 闇派閥(イヴィルス)の件を伝えたものなら、彼女も協力を惜しまないに違いない。ヘルメスはその点も踏まえて、アルフィアには言わなくていいのか、とアルマに問うたのだろう。少しでも戦力があるに越した事がない、何ともヘルメスらしい俯瞰した意見である。

 

 別に間違っていない。

 ヘルメスの言いたい事もアルマには解っている。

 真にオラリオを、世界の平和を望むのであれば、アルフィアにも話し協力を請うべきなのだろう。

 

 

 ――いいや、ありえない。

 ――オレ一人で何とかなる。

 ――何よりも、また魔法を使う事態になったら死んじまうかもしれない。

 

 

 もはやアルフィアは限界である、とアルマは判断を下す。

 先の“大抗争”にて、彼と彼女らは戦い勝利する事ができた。血反吐を吐き、それでもと歯を食いしばり、鬼気迫る表情で自身を睨みつけていた彼女の姿を思い出す。

 

 ()()といい、ザルドといい、そして彼女といい、どうしてそこまで必死になるのかアルマには未だに理解が出来ない。

 そこまでして守りたい世界でもない、というのがアルマが評価するこの世であり、それは今も変わらない。リリルカのような弱者を見捨て、少女を虐げていたカヌゥのような連中が存在を許される世界など、誰が素晴らしく思えること出来るだろうか。

 

 アルマが闇派閥(イヴィルス)の排除することを決定させたのが、単純に邪魔だったから。

 ()()が命を懸けた世界の行く末を見届けるのに、邪魔な存在だったから程度の認識でしかない。

 その程度の連中に、アルフィアを関わらせるのも、アルマは気が進まなかった。

 

 

 ――結局は、オレのワガママだな。

 ――もしコイツが無茶をして、死んじまったら嫌だから。

 ――オレの世界からコイツがいなくなるのが寂しいから。

 ――その程度の理由だ。

 

 

 彼らしい。

 自分本位で、アルフィアのことなど考えていない、傲岸な願いであった。

 それが変わることは、ないことをアルマという不遜な男は自覚する。

 

 もしかしたら、アルフィアは勘付いているのかもしれない。

 ()()と神友でもあったヘルメスが関わっているのだから、単純に意気が合ったから共に行動している訳ではないと、分析し推理した上での問いだったのかもしれない。

 

 それでもアルマは、彼女に真実を口にする事はない。

 いつもの笑みを浮かべて、軽薄そうな声色で、アルマという男は嗤い。

 

 

「んなことより、麗しのイシュタルにいつ会えると思う?」

 





 ▼アルマ「麗しのイシュタルに避けらて辛たん」
 ▼リリ「お二人とも、なんのお話をしてたんですか?」
 ▼アルフィア「……気にするな。掃除は終わったのか?」
 ▼リリ「……あっ、終わりました」
 ▼アルフィア「……」@ちょっと泣きそう
 ▼アルマ「wwwwww」
 ▼アルフィア「福音拳骨(ゴスペル・パンチ)
 ▼アルマ「はやっ、これは無理だ――――」
 ▼おーっと! アルマくんがぶっ飛ばされたー!
 ▼リリ「しゃ、社長ー!!?」


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第10話 何でも屋アーデです どうぞよろしくね

 

 とある日の午後。

 何でも屋を営むアルマ・エーベルバッハが住まうあばら家にて、絶叫が響き渡った。

 

 叫びというより、不満が爆発したような。

 怒鳴り声といよりも、悲痛なる現実に憤るような。

 兎にも角にも、状況に満足が出来ない少女の声が響き渡る。

 

 

「全っ然!! 駄目ですっ!!!」

 

 

 その声の主は小人族(パルゥム)の少女――――リリルカ・アーデである。

 

 むきーっと地団太を踏みかねないほどの声と態度で、小さな身体いっぱい使って自身の感情を表現する少女を見て、アルマの後ろで控えるアルフィアは何事か考えて、

 

 

「何事だ?」

 

「何事だ、じゃありませんよっ!!」

 

「えっ? あっ、う、うむ。すまん?」

 

 

 あまりのキレっぷり。

 思わず反射的に謝ったのはいいものの、どうして自分が謝らないとならないんだ、と首を傾げるアルフィアを余所に、椅子に腰掛けてテーブルに足を乗せたアルマは興味津々と言った調子でリリルカに問う。

 

 

「なんだ、なんだ? 随分と元気だな。何か良い事でもあったのか?」

 

「元気にでもなりますよっ!! 社長聞いてくださいっ!」

 

「おぉ、何でも聞くぞ。……いいや、待て」

 

 

 アルマは少しだけ考える。

 あごに手を当てて、テーブルから足を下ろし、いかにも思案するポーズを決めて、脳内でありとあらゆる計算を行い思考を超絶回転させていく。

 

 リリルカが元気な理由。

 それは良いことがあったからに違いない。

 しかしそれは何か。

 

 賭博で大勝ちした――――違う。何よりも連れて行こうとした瞬間アルフィアに止められたから。

 歓楽街に連れて行こうとした―ー――違う。これもアルフィアに止められた。

 豊饒の女主人にて食事を取った――――それは別に良い事でもない。

 

 ならば何が少女の身に起きたのか。

 少女の年齢、性別、性格、ありとあらゆる可能性を考慮し、思考速度を速めていく。

 

 そして、ハッ、と顔を上げた。

 なるほど、と。我、天啓を得たり、といったしたり顔でしみじみとした口調で。

 

 

「そういうことか」

 

「社長?」

 

「いいや、オレが悪かった。デリカシーってやつが足りなかったようだ」

 

 

 ばっ、と立ち上がり背後に立っているアルフィアに命じてアルマは続けて言う。

 

 

「出掛ける準備だ! 朝廷で聞いた事があるぞ。女の身にこういうことが起きたときは、お赤飯を食うのが文化なんだろう?」

 

「社長、何を言ってるんですか?」

 

「良い事あったんだろ? オマエくらいの歳の女で良い事があったて言うと、そういうことなんだろ? ゼウス(ジジイ)が言ってたがお祝いしなきゃなんだろ?」

 

「良い事があったなんて一言も言ってません。それよりも何故にお赤飯? お祝い?」

 

「落ち着けクズ」

 

 

 ぴしゃり、と冷たく言い放つアルフィアはアルマに向かって言う。

 

 

「私の見立てでは、リリルカは()()だ」

 

「なんと」

 

 

 そういうとアルマは着席する。

 それから、ふむ、と少しだけ考えて。

 

 

「それじゃ何でオマエはあんな元気だったの?」

 

「それを言おうとしてたんですけどねっ!!」

 

 

 リリルカは再び、むきー、っと身体いっぱいに不満を露にしていく。

 無理もない。何でも言えと言っておいて中途半端に遮られ、自身のわからない理由でお祝いだとはしゃがれ、違うと解ると理不尽に問いを投げられる。

 

 そんな無茶苦茶なことをされた従業員は怒ってもいいだろう。

 使われる立場といっても、戦わないとならない状況がある。それが今であると、リリルカは決意を胸に。

 

 

「社長は商売する気あるんですか!?」

 

「む?」

 

 

 何を言うかと思えば、とアルマは首傾げて。

 

 

「勿論、あるに決まってるだろう」

 

「それじゃ聞きますが!」

 

 

 ばん、と両手をテーブルに叩きつける。

 リリルカの小さな手から繰り出される衝撃といえど、アルマが自作したテーブルを揺らすには充分だったようで、グラグラと頼りなく振動していた。

 

 アルマは涼しい顔で受け止めているが、アルフィアは只事ではないと改めて認識をする。

 

 アルフィアから見たリリルカ・アーデという少女は歳相応とは言えないほど大人びている。このように感情を爆発させる事などあまりなく、大人であるアルフィアにすら気を使う程度には回りも見えている。

 この男がまた何かやったのか、と疑念をアルマに向けて、アルフィアは静観する事を決めて二人のやり取りを見守る事にした。

 

 

「先日の依頼内容を社長の口から言ってください! まさか忘れてませんよね?」 

 

「久しぶりだったしな、覚えてるぞ。確かばーさんの話し相手になるヤツだったよな?」

 

「そうです! 正確には()()()おばあさんの話し相手になるですがっ!」

 

「アレほど無駄話はなかったよなー。同じ事何度も話してくるの。それがどうした?」

 

「報酬はおいくらでしたか?」

 

「それは1ヴァリスだが」

 

「1! ヴァリス! 一日中話し相手になって! たったの1ヴァリスですよっ! 誰が報酬内容決めたんですか?」

 

「オレだが」

 

「それです! 一日中ですよ一日中! 1ヴァリスじゃ割に合わないでしょう!」

 

「いや、相手はばーさんだぞ? 流石に気が引けるんだが?」

 

「いいんですよ。リリが調べた限りでは、あのおばあさん蓄えてます」

 

「誠に?」

 

「はい。しかも悪どい商売をして稼いだ物です。間違いありません。ギルドの裏も取れてます」

 

「間違えたな。もっとボれば良かったか」

 

「そうです。もっと高額を吹っかけてやれば良かったんですよ」

 

「鬼かお前達」

 

 

 そこで漸く静観していたアルフィアが口を挟む。

 悪どい商売をして儲かったヴァリスを蓄えているとはいえ、相手は老婆である。しかも同じことを何度も話すといった耄碌しているであろう高年齢。そんな相手になんてことを言うのか、と柄にもなくアルフィアは思ってしまった。それくらい、今の二人は悪かった。

 

 しかしそんな終わった事よりも、アルマはリリルカに感心するように、一度頷いて。

 

 

「でも良く調べたな。オマエ、実は頭が良いのでは?」

 

「いいえ、そんなこと、ありませんよ?」

 

 

 過去の境遇から褒められ慣れてないのか、顔を赤くさせてチラチラっと視線を泳がせてアルマを見る。落ち着かないといった様子だ。指をモジモジと合わせて、出来る事ならもっと言ってほしいと態度で訴えているのが何度もいじらしい。

 

 アルマは満面の笑みで、そんなリリルカの頭を撫でる。

 良くやったと、優しくも力強く、リリルカの調査への労いと、自身が出来る精一杯の報酬として、リリルカの頭を撫でていた。

 

 少女は甘んじてそれを受け入れる。

 眼を細めて、生まれて初めての体験に酔いしれ、えへへと笑みを零す。

 そこで――――。

 

 

「おい」

 

 

 一声。

 リリルカはびくっ、と身体を震わせて、声のした方へと見上げる先はアルフィア。

 

 彼女の表情は読めない。

 目を閉じて、声は冷静な物。

 もしかしたら、余計な真似をするなと叱られるかもしれない、とリリルカは思うが。

 

 

「アルフィア、ヤバいぞ。コイツもしかしたら秀才かもしれない」

 

「たわけ。秀才なものか」

 

 

 アルフィアはそのまま続ける。

 冷静な声で、感情が読み取れない雰囲気を纏ったまま。大真面目な態度と口調で。

 

 

「――――天才だ」

 

「へ?」

 

 

 素っ頓狂な声を上げるリリルカを余所に、アルフィアとアルマは勝手に話を進める。

 

 

「貴様と違い、この子は天才だ。要領が良く、眼の付け所が違う。ふむ、天才だろうな」

 

「べた褒めだな。オマエって子供好きだっけ?」

 

「別に好きではない。私は事実を口にしただけに過ぎん」

 

「そうか?」

 

「そうだ」

 

 

 腑に落ちない、といった調子で首を傾げるアルマに対して、アルフィアは超然と立ち何事もなかったように応対してみせる。

 

 アルフィアの本心はどうであれ、リリルカは内心ホッとしていた。

 怒られると思ったのだが、褒められるとは思わなかった。

 

 

 ――アルフィアさんって、リリが思っているよりも良い人なのかもしれません。

 ――それに何だかんだ言っても、社長の後ろから離れません。

 ――優しい人、なのかも……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ、誤魔化されませんよ!?」

 

 

 撫でられている状況から脱するために、後ろへと飛び退いた。

 どこか名残惜しさも感じるが、リリルカはグッと堪える。それよりも解決しなければならない議題がある故に。

 

 もっと撫でてほしかったという欲求を胸にしまいこみ、深く息を吐いてリリルカは己の考えを口にしていた。

 

 

「商売とは、覚えてもらう事が大事です」

 

 

 依頼が来る来ない以前に、それが問題であった。

 アルマが営む何でも屋。それも文字通りの意味であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 オラリオ内では知名度が低い。

 それにはアルマという規格外な噂から、アルフィアという物騒な存在を抱えていることも原因の一つであるが、もっと致命的な理由がる。

 

 リリルカはアルマを指差して問いを投げる。

 

 

「社長、ここのお名前を聞いてもいいですか?」

 

「ん? “何でも屋さん”だが?」

 

「それです!!」

 

「お?」

 

 

 何がだ、といまいち要領の得ないアルマに対して、リリルカは持論を口にする。

 

 

「やはり名前を付けるべきです」

 

「別に必要ないだろう」

 

 

 なぁ、とアルフィアに話しを振るが、彼女の反応はアルマの求めていたモノではなかった。

 首を横に振る。つまりはアルマの言葉を否定し、リリルカの言い分を肯定するモノ。

 

 対するリリルカは、ありがとうとざいます、とアルフィアに感謝を述べて。

 

 

「名前は大事ですよ社長」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうものです。では聞きますが、社長は名前も知らない人間を信用できますか?」

 

「いいや、出来ないな」

 

 

 迷うことなく、アルマは断言する。

 周りの人間――――ではないが、むしろ神であるが胡散臭い男神が約一名いる。昔から知っていることもあって、辛うじて信用しているが、もし仮に彼の名前すら知らないものなら間違いなく信用していなかった筈だ。

 出し抜かれても自分ならどうにか出来るが、とぼんやりと考えながら、アルマの返答に満足した様子のリリルカは続けて言う。

 

 

「商売は信用されてやっと成り立つ商い。それは人も同じなのです。名前もない存在を信用なんて出来ますか?」

 

「確かに」

 

 

 そういう意味ではリリルカの言うとおり、名前は重要である事をアルマは認める。

 

 依頼されて、それを達成し、信用されて、また頼まれる。

 商売とはその連続だ。ともなれば名前とは重要である。名前すら知らない存在に頼むわけがなく、何よりも怪しさ抜群というもの。

 

 恐らく、リリルカはオラリオに点在する市場を観察し、勉強していたに違いない。

 どうすれば“何でも屋さん”を繁盛させる事ができるか、幼い身でありながら、学んでいたに違いない。過去の依頼と帳簿を見て、今一番必要な事を考えた末のモノが名前を付けることだったのだろう。

 

 

「やはり天才じゃないか? 撫でてやろうか?」

 

「いいえ、それは後でたくさん。いっぱいナデナデしてください」

 

 

 それよりも、と言葉を区切り。

 

 

「今は皆で名前を考えましょう」

 

 

 

 

 

 それから数十分後。

 うんうん、と頭を捻る三人の姿。

 このまま一日が過ぎる――――訳もなく。

 

 

「はい」

 

「はい」

 

 

 アルマとアルフィアは手を上げた。

 どうやら思いついたようである。

 

 リリルカはどこか満足気だ。

 自分の提案した事を真面目に考えている二人が嬉しいのだろう。

 少女は上機嫌な調子で、片手の掌を向けて、発言を促す。

 

 

「はい。それでは社長からお願いします」

 

「“何でも屋ライオン・ゴリラ・クジラ”」

 

「――――」

 

 

 絶句。

 冗談――――という訳ではないようだ。

 何よりもアルマにふざけた調子はない。むしろ大真面目に、採用されると信じて疑ってない視線をリリルカに向けている。

 

 こうなると頼みの綱はアルフィアだ。

 彼女であればまともな名前を出してくれると一抹の望みをかけて。

 

 

「アルフィアさんは……」

 

「“何でも屋死屍累々”」

 

「気は確かですか!?」

 

 

 深く深く、それはもうリリルカの幼い少女が吐き出すとは思えないため息を吐いた。

 

 この二人の感性はどうなっているのだろう、と思っているとリリルカが思っていると、二人は口を開く。

 

 

「貴様、何だその名前はふざけてるのか?」

 

「いいや、強そうでいいだろう。それよりもオマエこそなんだそれ? 物騒だろ。どこで育ってきたんだよ?」

 

「【ヘラ・ファミリア】だが?」

 

「……やっべ、納得したオレがいるぞ。そうだったな。オマエはアイツの眷族だった」

 

「どっちもどっちです」

 

 

 困った。

 この二人、思ったよりもセンスがない、とリリルカは天を仰いだ。

 しかしそれで少女に手を差し伸ばすほど、世界は甘くない。第一、そんなものリリルカが一番良く知っている。

 

 ならばどうするか。

 簡単である。自分の手で打開するしかない。自分なりのやり方で、世界を廻していくしかないことを、少女はアルマから学んでいる。

 

 視線を二人に戻して、リリルカは口を開く。

 

 

「名前って、シンプルの方がいいとリリは思います……」

 

「っていうと、“何でも屋ライオン”?」

 

「そうじゃないです」

 

「……“何でも屋骸”」

 

「アルフィアさんは物騒な発想から離れてください」

 

 

 呆れ気味に言うと、アルマは不満そうな口調で。

 

 

「それじゃリリルカは何かあるのか?」

 

「……フフフ、良くぞ聞いてくれました」

 

 

 実はその言葉を待っていた。

 二人のセンスが思ったよりも壊滅的で残念なモノであったから圧倒されていたが、リリルカはその言葉を待っていた。

 

 満を持して。

 リリルカは小さな身体をいっぱいに使い、両手を広げて自信満々に告げる。

 

 

「“何でも屋エーベルバッハ”! どうですか、これにしましょう社長!」

 

 

 ふふん、と胸を張るリリルカであった。

 

 エーベルバッハ。

 つまりはアルマ・エーベルバッハの名。

 リリルカの頭にはそれしか選択肢がなかった。自分を救った恩人。その名をオラリオ中に広げる。いつしかオラリオに住まう民も、果ては極東に住まう住民も、彼を頼り偉大な人物としてあがめる事だろう。

 その願いも込めて、リリルカは何でも屋の名前をエーベルバッハにしたかった。一見ダメ人間だが、いざとなれば頼りになる。そんな彼を皆に知ってもらうために。

 

 そんな願いとは裏腹に。

 どういうわけか、二人の反応は薄い。むしろ少しだけ考えて、アルマは口を開ける。

 

 

「長くないか?」

 

「えー……?」

 

 

 自分の名前なのに、まさかそこで難色を示されるとは予想していなかったリリルカは唖然と口を開く。

 

 そんな少女を余所に、アルマは別案を口にしていた。

 

 

「“何でも屋アルフィア”――――は、ダメだな。何か妖しい店に聞こえる」

 

「殺すぞ」

 

「もっと具体的に言うと、歓楽街にありそう」

 

「殺す」

 

 

 その一声と共に、アルフィアから死角より放たれた拳骨を、首だけ動かす最小限な動作だけで避けて。

 

 

「“何でも屋アーデ”でいいだろう。オマエの発案だし」

 

「へ?」

 

 

 唖然としていたリリルカに、妙な言葉が入ってきた。

 

 聞き間違いか、とリリルカは疑いも、アルフィアの言葉に現実である事が告げられる。

 

 

「異論はない。貴様の名前を使うよりも何倍もマシだ。いいや、比べるのすらリリルカに無礼か」

 

「決まりだな」

 

 

 苛立ちを募らせながら睨むアルフィアの視線を涼しげに受けて、アルマは満足そうに頷いた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 

 待った、と。

 このまま話しが進むのは良くないとリリルカは止めに入った。

 

 あまりにも予想外な話しの展開に困惑しながら、リリルカは慌てた調子で言う。

 

 

「リリの名前を使うよりも、社長のお名前を使った方がいいです! 社長の何でも屋なんですから!」

 

「それならオマエの名前でもいいだろう。うちの従業員でもあるんだし」

 

 

 それに、と言葉を区切り。

 

 

「想像してみろ。世界に見向きもされなかったオマエの名前が、オラリオ中に知れ渡るんだぞ? 助けてくれって、人が来るんだぞ? 面白くないか? いいや、面白いだろう。オレもそっちの方がやる気が出る」

 

「――――――――」

 

 

 言葉を失った。

 アルマが同じようなことを考えていたのもそうだが、何よりも自分の名を広げる事よりも、リリルカの名をオラリオ中に響き渡らせた方が良いと断言したのだ。

 自分の名声よりも、他人から称えられるよりも、そんなことよりもリリルカ・アーデという少女が有名になった方が痛快である、と。規格外の黒髪黒眼の怪物は事も簡単に断言してみせる。

 

 それが嬉しくて、大事にされているようで、何よりも――――必要とされているようで、少女は嬉しかった。

 リリルカは笑みを浮かべて。

 

 

「しししっ、そうですね。それは楽しそうですねっ」

 

「うおっ、嗤い方汚っ」

 

 

 何はともあれ、名前はここに決まった。

 “何でも屋アーデ”。名前すらなかった、アルマの趣味の産物でしかなかったモノがここで形を成す――――。

 

 

 

 

 

 

 

『エーベルバッハァァァァ!!!』

 

 

 ここで水を差す冒険者が一人。

 怒号にも似た絶叫が響く。

 

 リリルカはビクッと身を竦ませて、リリルカの反応を見たアルフィアはその冒険者に殺気を向けて、アルマは声の主が誰なのか理解した上で笑みを浮かべて。

 

 

「ベートか。良いタイミングで来たな」

 

 

 折角名前が決まったのだ。

 祝賀会がしたかったことだが、生憎ヴァリスがない。そんな中、鴨がネギを背負ってきた現状に、アルマは笑みを深めていく。

 考えるのは、金目のモノがあるか、場所は豊饒の女主人でいいか、折角だしソーマも呼ぶか、なんてことを考えて意気揚々と立ち上がると。

 

 

「おい」

 

「ん?」

 

 

 振り返る。

 アルフィアは近付き耳打ちするようにして、小さな声で。

 

 

()()()()はよせ」

 

 

 いつもの。

 つまりは気絶させて金目のモノを物色し、戦利品として奪っていくアレ。

 

 アルマは訝しむような表情を浮かべて、アルフィアと同じく小さな声で。

 

 

「何でよ? ベートに気を使ってるのか?」

 

「あんな小僧などどうでもいい」

 

 

 ただ、と言葉を区切り。

 

 

「教育に良くない。リリルカに悪影響を与えたら貴様どうするつもりだ」

 

「あー、なるほど……?」

 

 

 

 

 

 

 





 Q 何でリリはアルフィアを様付けしないの?
 A そういう処世術を身に着く前に黒いのに雇われたので。身内にはさん付け。客には様付けします。


>>何でも屋アーデ
 社長:アルマ・エーベルバッハ
 会計:リリルカ・アーデ
 教育係:アルフィア

 アットホームな職場です。
 給料もしっかり払われます。払われないと社長が怒られるので。
 仕事内容も社長が決めます。ムカつくヤツからの依頼とか普通に拒否する事があります。夜になると社長が歓楽街とかに連れて行ってくれます。アットホームな職場です。

 ▼アルフィア「いいか、リリルカ。身体に違和感を覚えたら直ぐに私に言うんだぞ」
 ▼リリルカ「は、はい。わかりました。お赤飯と関係があるんですか?」
 ▼アルマ「何だアイツお母さんか?」@気絶したベートを背負いながら
 ▼【ロキ・ファミリア】のところへベートを再配達
 ▼悪戯の神は悪感を覚えた。嫌な予感がするぞ。



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第11話 勇者と 友達になった 日

 

 今現在、迷宮都市オラリオには三つの勢力が君臨していた。

 

 一つは、【フレイヤ・ファミリア】。

 フレイヤを主神としたファミリア。その眷族の数は100名以上を超えており、Lv.7の【猛者(おうじゃ)】オッタルを始めLv.6の冒険者も在籍している事から、質が最も高いファミリアである。とはいえ、彼ら彼女らの団結力は薄い。すべてはフレイヤという女神によるカリスマによって纏めらており、横のつながりは皆無と言っても差し支えないだろう。

 それでも、【フレイヤ・ファミリア】はオラリオに君臨している三大勢力の一角として君臨している。馴れ合いなど必要ないと言わんばかりに、彼ら彼女らは常に己を向上させるために日夜鍛え続けている。だからこそ、頂点に座しているのだろう。

 

 

 もう一つは、【ロキ・ファミリア】。

 【フレイヤ・ファミリア】とは違い質では一枚劣るものの、彼ら彼女らには【フレイヤ・ファミリア】にはない団結力があった。

 眷族同士の絆は固く、数もオラリオに存在するファミリアで最多と評されている。【フレイヤ・ファミリア】には質は一枚劣るものの、それでも創設メンバーでもある【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ、【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロックの三名は【ロキ・ファミリア】内でも頭の一つ二つ抜きん出ており、オッタルという例外を除くが【フレイヤ・ファミリア】の上級冒険者にも劣らない実力を有している。

 

 正に質の【フレイヤ・ファミリア】、数の【ロキ・ファミリア】。

 【フレイヤ・ファミリア】がオッタルを頂点とした大樹のような集団であるのなら、【ロキ・ファミリア】は創設メンバー三人を中心とした芝生のような団体といえるのかもしれない。

 

 

 そんな中、【ロキ・ファミリア】が拠点としている、とある一室にて団長フィン・ディムナは思案していた。

 考えるのはもう一つの勢力。【フレイヤ・ファミリア】でもなければ、自身が率いている【ロキ・ファミリア】でもない。意識を向けているのは三つ目の勢力。

 

 それは突然現れた。

 どこの勢力にも所属していないソレは、いきなり現れて【静寂】と【暴喰】を単独で抑え込み、遂には撃退して見せた規格外。

 神の眷族というわけでもなく、ファミリアに所属しているわけでも、ましてや何者かに従っているわけでもない。冒険者ではなく一般人。ありとあらゆる因果の外に存在するかのような、急に湧いて来た異分子。

 今ではアルフィアを戦利品として扱い、何でも屋としてオラリオ郊外に住んでいるとフィンは耳にしている。

 

 今のところ、問題の彼に暴力性は見られない。

 気に入らないからといって人を殺めたり、不快だからという理由で傷つけたりしているわけでもない。

 個人が持つには過剰すぎる暴力を持っていながら、その振る舞いは穏かなモノ。故にロキは問題の彼を“放っておいても何の問題もない危険物”と言うのだろう。

 

 フィンもその意見には同意見であった。

 ロキ、そしてリヴェリアの言っていたとおり、こちらに敵意がないのなら放っておくべきであると。

 

 しかし無視できないのも事実。

 【ロキ・ファミリア】の団長として、何よりもフィン自身の目的のためにも、問題の彼が立ちはだかり障害となりえることになろうものなら、嫌が応にも対峙しなければならない。

 

 故に、フィンは思案していた。

 もし相対したものなら、問題の彼にどうやって闘えばいいか、と。

 結果だけで言えば、徒労に終わる事になる。実力差が違いすぎる。【静寂】と【暴喰】を同時に相手取れる輩にどうやって勝てばいいのか。

 

 ともなれば、強くなるしかない。

 ダンジョンを潜り、冒険を重ねて、心身ともに鍛えるしかないのだが――――。

 

 

「――――それこそ、愚かだ」

 

 

 口元を歪めて、フィンは自嘲気味に笑った。

 嘲っていると言っても良い。それは何者に対してか。無論、自分自身に対してだ。

 

 そんな愚行は、フィン・ディムナには容認出来なかった。

 強さだけを追い求め、餌を前にした獣のように、ただひたすらに前進する事など、フィンには文字通りの意味で出来なかった。

 

 全ては彼の目的――――衰退した小人族(パルゥム)の再興のためにも、そのような愚かな行動は取れない。

 常に民草、そして他の冒険者の羨望を集めるためにも、彼は()()()()()を取らなければならないのだ。

 

 いつからだろう――――冒険する事を愚かと断じるようになったのは。

 いつからだろう――――打算的に行動するようになったのは。

 いつからだろう――――この身が不自由であると思い始めたのは。

 いつからだろう――――自身が一番愚かだと感じるようになったのは。

 一体、いつからだろう、とフィンは自問自答をするが、答えは出なかった。

 

 きっと最初からなのだろう、とフィンは結論を出した。

 小人族(パルゥム)に希望を見出させるために歩みだした“勇者”としての道に不満はない。フィン自身、それは自身の誇りであり、為すべき義務であるのだから。

 だが同時に考えてしまう。もし、そんなことも考えずに自由に選択ができるのなら、何も考えずに日々を過ごす事が出来たのなら、それこそ急に現れた規格外たる――――問題の彼のように。

 

 

「……いいや、気の迷いだなこれは」

 

 

 首を横に振る。

 何を考えているのか、と。あまりにも自身と問題の彼との間にある実力差に、気でも触れたかとフィンは頭を振って忘れることにした。

 

 ロキやリヴェリアの意見が正しい、と。

 問題の彼のことは放っておいた方がいいと、フィンは結論付けるも。

 

 

「だ、団長!!」

 

 

 慌てて入ってきた、同じ【ロキ・ファミリア】の冒険者によって、その判断は見事に打ち砕かれる事となる。

 

 問題の彼。

 黒髪黒眼の男。

 神々には無視され、人民には【抑止力(ジョーカー)】と呼称される人間。

 ソレはいとも簡単に、フィンの事情など考えなしに、現れることとなる――――気絶したベート・ローガを片手で抱えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、悪いな。なんかご馳走してもらっちゃって」

 

 

 そう上機嫌に笑いながら言うのはアルマ・エーベルバッハだった。

 視線は彼の目の前。つまりテーブルであり、その上にある木皿に載せられた菓子に向けられていた。

 

 アルマとフィンがいるのは黄昏の館にある客室。

 突然現れたアルマに【ロキ・ファミリア】の面々は警戒を露にしたが、片手に抱えられていたベートを見て、瞬時に理解する。また返り討ちにあったのか、と。

 

 そこで冷静に対応したのが、団長のフィン・ディムナ。

 何事か直ぐに理解した彼は、気絶しているベートを他の団員に任せて、自身はアルマへ応対していた。他の主な面々は居ない。各々ダンジョンに行って居たり、買物を楽しんで居たり、主神のロキに至っては、今頃ヘルメスと会合を楽しんでいる筈だ。

 

 だが直にに帰ってくるだろう、とフィンは推察する。

 その前に、と。アルマ・エーベルバッハという人間がどのような存在なのか、ある程度把握しておく必要があるため現在に至る。

 

 これまた上機嫌に菓子を頬張るアルマを見て、油断なく更に自身も顔に笑みを張り付かせてフィンは応じた。

 

 

「構わないよ。うちのベートがお世話になってしまったようだし」

 

「そう言って貰えるとオレも遠慮しなくていいから助かる。というか、既に遠慮してないんだがいいよな?」

 

「勿論。ベートだけじゃない。アイズもお世話になっているからね」

 

「あいず?」

 

 

 はて、と頬張り噛み締めながら首を傾げる。

 誰の事を言っているのか考えているアルマに、フィンは特徴を伝えてやる事にした。

 

 

「ほら、僕くらいの背格好で金髪の人間の女の子だ。何度かそちらに出向いて、稽古付けてもらっていると聞いたけど」

 

「……あぁ、アイツか。別に稽古とかじゃないんだけどな」

 

「というと?」

 

「戯れているのかと」

 

「……剣を持って?」

 

「中にはそんな子供もいるだろう?」

 

 

 いや、絶対にいないが、と心の中でフィンは思うが、敢えて口にしなかった。アルマは本気でそんな子供もいると思っているし、何よりもこちらの常識が通じる相手ではないことはフィンも理解している。

 今度からは少し真面目に相手をしてやるか、と口にしたアルマは続けて。

 

 

「なぁ、ちょっといいか?」

 

「何かな?」

 

「この菓子、三人前持ち帰っていいか? ダメなら二人前でもいいんだが」

 

「別に構わないよ。帰るとき持たせよう」

 

「マジか、言ってみるもんだ。アンタ良いやつだな。助かる、アルフィア達が喜ぶ」

 

 

 そこでフィンはにこやかな笑みのまま、表情を固くした。

 彼が口にしたアルフィアという人物。つまりそれは、先の“大抗争”にて猛威を振るった【静寂】の名である。

 

 今では大人しく、彼に従順――――とまでは行かないが、“大抗争”の際に見せた圧倒的な力が行使されることはなかった。

 だがその気になれば、アルフィアは再び【静寂】へと立ち返ることなど安易であるとフィンは予想を経てる。

 

 だがそこで、同時に疑問が生まれた。

 【静寂】アルフィアは圧倒的だった。それは【暴喰】ザルドも同様だろう。

 そんな二名を、どうやってアルマは勝てたのか。

 

 

「ちょっと、いいかい?」

 

「何だ?」

 

 

 フィンの眼に映るのは、これまたご機嫌なアルマの姿。

 とても百戦錬磨の戦士のそれではなく、かといって神出鬼没な暗殺者といった物騒な姿でもない。ましてや千の呪文を扱うような魔法使いといった気配もない。

 神の恩恵(ファルナ)を授かった冒険者ではなく、特別な力を持たない一般人。それがフィンからみたアルマという規格外であった。

 

 だから聞いてみたかった。

 アルマの戦力分析もあるが、単純に一個人としての好奇心もある。

 

 

「君はどうやって、アルフィアとザルドに勝利したんだ?」

 

「どうやってって……」

 

 

 対するアルマは特に隠す事もない、といったような極めて軽い口調で事実だけを口にする。

 

 

「殴って蹴って、ひたすら暴れただけだが?」

 

「――――――――」

 

 

 フィンは言葉を失い、眼を丸くさせる。

 

 アルマという男は規格外だ。

 だがその規格外にもそれなりの理由がある筈とフィンは思っていた。

 例えばエルフのように、神の恩恵(ファルナ)がなくても魔法を行使する事が出来るといったように、彼にもこちらが把握していないだけで何か強力な手札を持っていると推理していたから。

 

 フィンが思い出すのは一つの光景。

 ザルドとアルフィア、両名と対峙していたアルマの姿。

 口から血反吐を吐きながら、黒い彼を睨みつける――――アルフィア。

 裂帛した気合と共に、黒い彼に突貫する――――ザルド。

 そして、相手の返り血なのか、自身の血なのかわからない程度に血まみれで、楽しそうに笑みを浮かべる――――アルマ。

 

 戦いの全容は把握していないが、フィンが最後に三名を見たのはそんな姿だ。

 地獄のような光景で、暴力の権化達が、暴れ回る姿は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 

 

「……というと、君は二人に肉弾戦だけで対抗していたという事かい?」

 

「そうなるな。昔から筋トレとか走り込みしていたし、力だけは凄いんだよオレ」

 

 

 うっはははは、と居丈高に笑うアルマを見て、フィンは笑みが崩れそうになる。

 

 そんなわけないだろう、と叫びたかったがグッと堪える。

 トレーニングをしていたというだけで、人は強くなれるわけがないし、【静寂】と【暴喰】に対抗できるわけがない。しかし現に、アルマという規格外は不可能を可能としてしまっている。

 

 嘘を言っているのではないか、とフィンは混乱しているのを余所に、アルマはマイペースに問いを投げた。

 

 

「そういえばさ、魔法ってどう使うんだ?」

 

「え、魔法?」

 

 

 今だに混乱しているフィンは、いまいち冷静になれないまま、簡単にアルマに魔法の原理を説明した。彼は本当に知らなかったようで、なるほど、と何度も頷いて感心するような口調で。

 

 

「それじゃ何か。魔法使える連中は詠唱を暗記しているってことか?」

 

「そうなる、かな?」

 

「意外と面倒なんだな。やっぱり近付いて殴った方が性に合ってる」

 

 

 己の適正を再認識しているアルマに、フィンは思わず口にした。

 

 

「アルフィアに教えてもらわないのかい?」

 

「教えるも何も、アイツ魔法使ったものなら多分死ぬからな」

 

 

 何気なく笑いながら口にするアルマに対して、フィンはますます混乱した。

 

 何故そんな重要なことを口にするのか、と。

 “大抗争”の主犯格の一人であるアルフィアの報復を求めている人間が存在するのは確かである。そんな連中が表立って行動しないのは、アルフィアの強さが健在であると思っているからに他ならない。

 だが本当に、アルマの口にした事が事実であれば、連中は行動を移すに違いない。それが解らないほど、アルマは愚者なのか、とフィンは思うが。

 

 

 ――いいや、違う。

 ――彼は単純に。

 ――そんな連中が来ても、自分だったら何とかできると思っている。

 ――地面のアリがいても警戒しないように、赤ん坊を敵と認めないように。

 ――彼にとって自分以外の人間は、警戒するに足る存在ではないのか。

 

 

 絶対的な自信。

 何が起きても何とかするという、傲岸不遜な思考回路。

 一見自惚れにも捉えられるが、彼にとっては絶対的であり、彼にとってハプニングとは驚くに値しない些事なのだろう。

 

 神の恩恵(ファルナ)がない一般人。

 神々は腫れ物を扱うように無視を決め込み、民草は彼を【抑止力(ジョーカー)】と評する。

 元々、彼には駆け引きなど必要がなかった。そんなもの、自分以外の人間達で化かし合えば良いと言わんばかりに、ただでさえ強い自分がそんなものに頼ってしまったものならそれでこそ卑怯と言うものと言わんばかりに、超然と彼は世界に君臨していた。

 

 同時にフィンは羨ましく思う。

 

 

 ――彼のように生きる事が出来れば。

 ――打算的に考えず、全てを救う事が出来るだろう。

 ――自由に生きて、小人族(パルゥム)の希望となり、勇者として生きることなど容易い。

 ――それこそ英雄に、神工(じんこう)の英雄にすら成れた。

 

 

 だからこそ、聞いてみたかった。

 彼から見たこの世界はどう見えているのか、フィンは興味があった。

 

 

「君はこの世界をどう見ている?」

 

「ん?」

 

 

 急な質問であったが、アルマは大した驚きもせずに考える間もなく即答してみせる。

 

 

「つまらないし、下らないモノだ」

 

「下らない?」

 

 

 つまらないのはある程度理解できる。

 彼ほどの強さがあれば、何事も簡単に事を片付けられるだろう。我を貫き通し、好き勝手生きる事が簡単である事は、安易に想像が出来る。

 

 しかい下らないとは、どういう意味なのかフィンは考えていると、直ぐにアルマは理由を口にしていた。

 

 

「そう、下らない。うちの従業員でさ、同じファミリアにいながら虐められていたヤツが居るんだよ。まだ子供だ。そんなヤツを虐めるとか、この世はどうなってんのかね?」

 

 

 それだけじゃない、とアルマは続けて。

 

 

「年老いたばあさんの下らない同じ話しを聞いてやるのに1ヴァリスだ。つまり、金を払わないと誰も聞いてやらないんだぞ? 下らない本当に下らない。この世界は、弱者に厳しすぎる」

 

 

 フィンにもそれは心当たりがあった。

 弱者に厳しすぎる。それを否定する事は出来ない。

 

 迷宮都市オラリオには数多くのファミリアが存在する。

 その全てのファミリアが善性に溢れているかと聞かれたらそうではないと首を横に振る事ができる。乱暴で弱者に狼藉を働く冒険者も数多く、それに繋がりオラリオ内の治安も良くはない。

 市民や冒険者の犯罪、もっと最悪なのがファミリア同士による抗争など、何度も起きている。

 ダイダロス通りには、まともに稼げない冒険者が溢れており、中には子供を捨てて、孤児となっている幼子も存在する。

 

 そういう意味では、アルマの言い分もフィンは理解が出来ていた。

 弱肉強食が世の常であるが、迷宮都市オラリオではそれが顕著に現れている。

 

 

「だがまぁ、そんな世界に命を掛けた()()がいたのも事実だし、それに付き合ってる“俺”も同じバカってことだ」

 

 

 雰囲気が変わった。

 表情は笑みを浮かべたままであるが、底知れぬナニかを黒い彼は秘めていた。

 

 先程までとは違う、全ての闇を暗い尽くしたかのような黒いナニか。

 悪魔が本性を表したような、そんな錯覚を覚えてフィンは問いを投げる。

 

 

「君は何に付き合ってるんだ?」

 

「大した事じゃない、見届けるのさ。()()が死ぬに値したモノなのかどうか、な」

 

「もし、値しないものだったら?」

 

 

 アルマは少しだけ考えて。

 

 

()()()も、ソレに付き合った“俺”もその程度の器。“俺”の物語を終わらせて、この世界を終わらせるさ」

 

「それはつまり――――世界を滅ぼすって意味かい?」

 

 

 ぞくり、と。

 フィンは己の背筋が凍りつき、肌に鳥肌が立つ感覚を覚える。

 

 この男ならば、目の前に座っている一般人ならば、それが可能であるとフィンの本能が訴える。

 オラリオに残存するファミリアを総動員させて、討ち取らなければならないと、フィンは考え警戒心を露にしていた。

 

 だが直ぐにそれは見当違いであることを思い知らされる。

 先程放っていた雰囲気はどこへやら。黒いナニかではなく、アルマに戻った彼は首を傾げて、どうしてそうなるのか、考えて不思議そうに口にした。

 

 

「何でそうなるんだ?」

 

「君は世界を終わらせるって口にしたじゃないか。そういうことじゃないのかい?」

 

「……あぁ、そうか。そう捉えられるのか」

 

 

 笑みを浮かべて、片手を振る。

 違う、と否定しながらアルマは笑みを浮かべて。

 

 

「滅ぼすとかナイナイ。自分の思い通りにならないからぶっ壊すとか、子供じゃあるまいしありえないだろう」

 

 

 馬鹿馬鹿しい、と口しながら否定してアルマはそう言えば、と思い出して。

 

 

「アンタ名前なんていうんだ? 見た感じオレよりも歳上だよな?」

 

「……よく解ったね」

 

「おっ、当たったか。流石オレ!」

 

 

 ひゃっほーう、とはしゃぐアルマを見て、フィンは思わず苦笑を浮かべる。

 今の子供のように喜ぶアルマ、そして先程見せた黒いナニかを宿した彼。一体どっちが本当の顔なのか、初対面のフィンには解らない。

 

 兎にも角にも、眼を離すことが出来ない存在である事を再認識する。

 ロキやリヴェリアのように放っておくなど出来ない、と片手を出して――――。

 

 

「フィン・ディムナ。君はアルマ・エーベルバッハだろ?」

              「――――これからよろしく頼むよ」

 

 

 

 





>>フィン・ディムナ
 まだアラサーの小人族。
 最初は黒いのを警戒していたけど、コイツ本音しか言わない、と警戒を解くのも束の間、やっぱりヤバイヤツ?と警戒することに。
 
 黒いの「がっつり歳上だが、オレの友達だ」
 フィン「え?」
 
 勇者曰くマジで?

>>第三勢力
 黒いのの事
 好き勝手するけど、暴れはしないよ。勇次郎よりはマシだよ。男の子を女の子にしないもん。

>>殴って蹴って、ひたすら暴れた
 ザルドとアルフィアに勝てた真実。
 つまりはフィジカルゴリラ。由緒正しき脳筋戦法。パパ黒とか勇次郎ちゃんとかと同じ怪異。
 やはりフィジカル。フィジカルが全てを解決する




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幕 間 悪戯の神って割に、悪戯してなくない?


 ご感想と身に余る評価。
 そして、誤字報告ありがとうございます。
 これからも頑張りますのでよろしくお願いします。

 
 追伸
 実はツイッターやっています。
 https://twitter.com/heitai5656




 

 迷宮都市オラリオにあるとあるオープンカフェにて、二柱の神々がテーブルを挟み、座して対面していた。

 

 一柱は女神。

 スポーティーな体躯で表情は不機嫌そのもの。

 テーブルに肘を立てて、その手で顔を支えている。いわゆる頬杖をついた姿で目の前の男神を面白くなさそうな顔で睨みつけている。

 

 対するは男神。

 優雅に足を組み、両手を組んで胡散臭い笑みを浮かべて、女神の敵意を受け止めていた。

 

 見様によっては余裕な態度。

 それが癪に障ったのか、チッ、と舌打ちをすると女神――――ロキは苛立ちを隠すことなく口を開く。

 

 

「何の用やー? うち、お前と違うて暇やないんやけどなー」

 

「随分と釣れないことを言うじゃないかロキ」

 

 

 ははは、と爽やかに笑みを浮かべて応じた男神――――ヘルメスは続けて言う。

 

 

「君のとこの【勇者(ブレイバー)】が大活躍と聞いてね。ちょっとばかり労いに来たのさ」

 

「ハッ、何様やお前」

 

「神様だが?」

 

 

 売り言葉に買い言葉。

 剣呑、というほど両者は緊迫した様子はなく、かといって仲良く談笑しているわけでもない。

 腹の探り合い、というべきなのだろう。二柱の間には油断が出来ない空気が漂っていた。

 

 ロキは軽く思案する。

 ヘルメスが何用で、しかも眷族を連れずに、自分の目の前に現れたのか。

 労いに来た――――訳がない。そこまで殊勝な男神であれば、もっと容易く簡単に、それこそ使い潰されるまでロキは利用する事が出来た。それが出来ないという事は、ヘルメスもロキと同じく油断ならない神であるという証左。

 

 つまりは、労いに来たというのは嘘。

 

 そう断言したロキは意地悪く笑みを浮かべて。

 

 

「何や。探りにでも来たんか?」

 

 

 探りとは闇派閥(イヴィルス)の件に他ならない。

 フィンが大活躍しているとは、勢力として名を上げている闇派閥(イヴィルス)に属するファミリアを幾度も壊滅に追いやっている偉業に他ならない。

 

 自身の眷族の活躍によりロキは上機嫌に、そして目の前の胡散臭い神が吠え面をかく姿が見たいがために、彼女は笑みを益々深めて挑発する。

 

 

「残念やな~? ()()()()()まで引っ張り出して、お前らも調査しとったみたいやけど、空振ってるみたいやん」

 

「全くだ。()がもう少しやる気を出してくれれば、オレももっと楽が出来たと思うんだけどね」

 

 

 結果としては効果はなかった。

 ヘルメスは気にすることなく、その通りだ、と両肩を竦めてロキの言い分を受け止める。

 

 面白くない。

 ロキは、ふん、と鼻を鳴らして。

 

 

「お前は知ってるんか?」

 

「何をだ?」

 

「とぼけんなやアホ」

 

 

 短く言うと、ロキはヘルメスに向き直る。

 欺瞞など許さないと言わんばかりにヘルメスへ見つめて、相手の出方を見ずに、単刀直入に尋ねた。

 

 

()()は何者や?」

 

 

 ロキが言うアレ。つまりは彼であり、オラリオに突然現れた規格外に他ならない。

 誰も手綱を握る事が出来ずに、好き勝手を振舞う、神々としても無視したいが、無視できないほどの力を有する一般人。それが黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハであった。

 

 目的が解らない以上、行動パターンすら読めずに計算に組み込めない。下手をすれば闇派閥(イヴィルス)よりも厄介な存在、というのがロキから見たアルマと言う人間であった。

 

 故に、ロキは問う。

 アレは何者なのか、と。アルマと言う人間に興味が湧いたから知りたい、という訳ではない。

 単純に、純粋に脅威であったから。彼が是とするものが何なのか知り、行動を予測し対策をする為に、アルマを知らねばならないと思ったからロキは問うたに過ぎない。

 

 あまりにも打算的な好奇心。

 ロキの好奇心を満たす答えをヘルメスは――――。

 

 

「オレも詳しくは知らないんだ」

 

「――――――は?」

 

 

 ――――持ち合わせていなかった。

 

 肩透かし。

 思わずロキは眼を大きく開き丸くする。

 

 それでは何か、と。

 何者か良く知らないのに、あんな訳のわからない怪物と共に行動していたというのか。

 

 あまりのクソ度胸。

 ロキはヘルメスを尊敬しかけるも、ありえないと首を横に振って、そんな感情を消し飛ばして。

 

 

「うちのこと騙しとるんか?」

 

「いやいや、ホントだって」

 

 

 慌てた様子も泣く、ただ事実を伝えてヘルメスは続ける。

 

 

「ゼウスやヘラなら知ってるんじゃないか?」

 

 

 あと一柱も知っているか、とヘルメスは続けて言い、ロキは眉を潜めて問う。

 

 

「もう一柱って誰や?」

 

「聞いても無駄だと思うけど」

 

「何でや?」

 

「そいつ、送還されてもうこの世界にはいないから」

 

 

 結果だけで言えば、アルマ・エーベルバッハの正体は誰も知らないということになる。

 

 正体不明の怪物。

 人語を解している化物。

 ロキから見たアルマはその程度の脅威でしかない。

 

 だからこそ理解が出来なかった。

 何者なのか解っていない癖に、大半の神々は無視を決め込んでいるのに、どうしてヘルメス達はアルマと言う怪物に関わろうとするのか。

 

 

「フレイヤといい、お前といい。アストレアは――――何か違う気するけど、お前らと同じや同じ。うちには理解できへんわ。あんな怪物、触らぬ物に祟りなしやろ」

 

「そうか? 実際話してみると面白い人間だと思うけど?」

 

「絶対いつか痛い目見るわ。知らんでホンマ」

 

 

 そこまで言うと、ロキは続けて。

 

 

「アイツの目的は何や?」

 

「……これは憶測だが」

 

 

 ヘルメスは空を見上げる。

 雲ひとつのない晴天。()()()が還った夜空とは似ても似つかない空だ、と感想を心の中で漏らしながら言う。

 

 

「納得したいんだと思う。()()()が命を賭ける値する世界であると、アルマは納得したいんだと思う」

 

()()()って、誰や?」

 

「それは――――」

 

 

 ヘルメスが口を開く前に、ロキの眷族が血相を変えて現れて、ヘルメスの言葉が紡がれることはなかった。

 

 その眷族の言葉に、ロキは頭を抱えて、ヘルメスは腹を抱えて笑い声を上げる。

 眷族はロキに言った――――抑止力(ジョーカー)がホームに遊びに来て、何故か団長と友達になってしまった、と。

 

 

 

 

 

 

 





 ▼ロキは頭を抱えた
 ▼リヴェリアは正気かと思った
 ▼ガレスは笑っている。
 ▼アイズは羨ましそうに見ている
 ▼ベートは気絶している
 ▼アルフィアはマジかって顔でアルマを見ている。
 ▼ソーマ「ロキに忘れられていた。辛い」
 ▼アルマ「引きこもってるオマエが悪いよ」



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第12話 炊き出しって食べ放題ってこと? ①


Q なんでアルマをフィジカルゴリラにしたの?

A 物理は全てを解決するからです(建前)
  原作っぽいスキルや魔法を考えれるほどの力量が私にはないから、こんな設定になってしまった(本音)


 

 ――――敵と識別するにはあまりにも強大で、化物と呼称するにはその言葉は陳腐すぎた――――。

 

 彼の者は初めから眼中になどいれていなかった。

 私など、道端に転がる石ころのように。何も警戒するに値しない羽虫のように、忌まわしき怨敵は私を戦力に認識していなかった。

 

 別に良い。

 それはそれで工夫のがいあるというもの。

 踏ん反り返って、慢心の上で胡坐を掻き、油断し切った顔に一太刀浴びせる。そして斬られるその瞬間、やっと自身の愚かさに気付くのだ。これほど滑稽な事はない。

 

 そのためなら私は何でもしよう。

 泥水を啜ってでも、地べたに這い蹲っても、侮蔑されようと構わない。

 私はあの女に――――【静寂】を殺すためなら何でもやる。

 

 そう意気込んでいたのだが――――。

 

 

『――――小娘、もう終わりか?』

 

 

 頭上からいけ好かない。

 阿婆擦れたる【静寂】の声が聞こえる。

 

 声を上げることすらできない。

 力を込めようとも立ち上がることが出来ず、私の愛刀すら握る事もできない。隣を見れば、仲間の小人族(パルゥム)が者を言わない姿で転がっている。かすかに息をしている事がわかるが、気にかけてやるほど私に余裕などなかった。

 

 全身に激痛が走る。まるで数十メドル上空から叩き落されたかのようだった。

 呼吸すら儘ならない状態で、僅かに顔を上げて、睨み付けることしか出来ない私はさぞ滑稽であっただろう。

 

 何せ、戦いにすらならない女が、怒りと憎悪だけは一丁前で、抵抗する事もできずに睨みつけているのだ。

 これを滑稽と言わずしてなんと居よう。

 

 しかし【静寂】は何も言わない。

 むしろ心地良い、と言わんばかりに、自身の振るった暴威によって静まり返った周囲を見渡し、音一つ聞こえない状況を楽しみながら。

 

 

『その憎悪が返答と受け取った。ならば襤褸屑となって死ぬがいい。金切り声など、間違えても上げてくれるなよ?』

 

 

 そういうと、静寂は口を開きかける。

 

 たったそれだけだ。

 一声紡ぐだけで、音となったそれは、対峙した邪魔者を蹂躙する。。

 それを証拠に、私は何も出来ずに潰れた蛙のような醜態を晒し、今でも睨み付けることしか出来ない。

 

 もはや戦いではなかった。

 必ず戦いになれば、どちらが優れているか、どちらが劣っているか、モノの優劣が生まれる。そこから駆け引きや、相手の思考を読み、創意工夫をし、戦いの勝敗が喫する。それが戦闘というものだ。

 

 しかしこれは違う。

 ヤツに工夫などする必要がなく、裂帛した気合もいらない。身を引き裂くような決断もなく、かと言って殺されるかもしれない、という恐怖すらない。もはや【静寂】に勝ち負けなど判りきっている、だからこそ緊張も疲労もない。

 

 あの女にとって、私など虫のようなもの。

 生かすも殺すも、生殺与奪の権を、全てあの女が握っている。

 

 なんという圧倒的な力なのだろう。

 一言呟くだけで、何もかもを消し飛ばし、思うが侭に力を行使するのは、さぞ気分が良いのだろう。

 

 

 ふざけるな。

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 そんな理不尽があってたまるものか。血液が沸騰する、腸が煮えくり返る。憤死するかと思った程だ。

 こんな化物に、何も出来ずに死んでたまるものか。コイツだけは絶対に殺す、何が何でも殺す。死んでも殺す。こんな屈辱を受けたまま死んでたまるものか――――。

 

 

『よう、アルフィア』

 

 

 それは背後から。

 

 私の心中に渦巻く憎悪とは裏腹に、極めて明るい口調で、朗々と【静寂】を呼ぶ声が聞こえる。

 その顔を見ることが私には出来ない。少しでも動くだけで、私の身体は激痛が走る。

 

 顔は見えない。

 その人物は恐らく男。

 歩みを進めてくる気配を感じて、ソレは私の目の前で、まるで守るかのように立ち塞がった。

 

 

『……貴様、何をしに来た?』

 

 

 男の背中越しに【静寂】が問う。

 【静寂】の姿は突然現れた男で隠れて見えないが、声色はどこか困惑しているかのようだ。

 

 

『オマエとザルド、あと“――――”が暴れてるって聞いてな』

 

『そうか、見ての通りだ。邪魔をするなら消えろ』

 

『随分な言い草だな』

 

 

 辛辣な言い分に、特に気にすることなく男は続けて。

 

 

『オマエさ、オレと長い付き合いだろ。オレがこれから何をするかなんて、解るだろ?』

 

『……何をするつもりだ?』

 

『決まってる、邪魔してやるんだよ』

 

 

 そこまで言うと、男の気配が変わった。

 まるで本性を表したかのように、朗々とした口調から、どす黒く人間味のない冷たい声色で。

 

 

『――――“俺”は少し怒っている。オマエらさ、“俺”の世界で何を勝手なことをしてるんだ?』

 

『――――――――っ!』

 

 

 【静寂】が息を呑むのを肌で感じた。

 黒髪の男が駆けて、【静寂】が口を開く。

 衝撃が奔り、空間が揺れる。生憎、私はそれ以上見ることが出来なかった。

 

 悔しいが安心してしまったのかもしれない。

 突然現れた男の背中があまりにも頼もしく――――英雄(ヒーロー)に見えてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、炊き出しよー!!」

 

 

 叫び声――――とまではいかないが、五月蝿いくらい大声を上げたのは【アストレア・ファミリア】の団長アリーゼ・ローヴェルであった。

 イエーイ、とご機嫌な調子ではしゃぎ小躍りする彼女。その姿は子供のそれ。ファミリアを率いる長の姿とは思えない浮かれっぷり。

 

 その姿を見た口元を隠している金色長髪のエルフ――――リュー・リオンはため息を吐いて。

 

 

「アリーゼ、少し落ち着いてください」

 

「あぁ、見苦しいったらないな」

 

 

 頷いてリューの言葉に同意するのは小人族(パルゥム)のライラであった。

 

 とはいっても、アリーゼが騒いでいるのはこれが初めてではない。むしろ毎日、年中無休で、偶にライラ達が理解が出来ない理屈を並べて、良く言えば和気藹々とアリーゼは騒いでいる。

 だが今日はどうも様子がおかしかった。まるで悪戯を企てる子供のように、これからの反応が楽しみで仕方ないと言わんばかりに、いつもの五割増で落ち着きがない。

 

 何やら嫌な予感がしたライラは、隣で立っている和服を着た黒い長髪の女性――――ゴジョウノ・輝夜へと話しを振る。

 

 

「輝夜はどう思う?」

 

「…………」

 

 

 返事はない。

 何事か、とライラは訝しむ様子で輝夜を見るも、どこか様子がおかしいことに気付いた。

 

 何やら、ぼーっと。

 心ここに非ずと言った調子で、アリーゼ達の喧騒を眺めていた。

 

 らしくない、とライラは思う。

 いつもの彼女であれば、猫を被りながらアリーゼに苦言の一つや二つ言っているところだ。

 

 だというのに何も言わない。

 むしろそれどころじゃないと言わんばかりに、考え事をし頬を赤らめて、幸せそうに何かを噛み締めている。

 

 ぶっちゃけ――――。

 

 

「気持ち悪っ」

 

 

 言葉に出てしまった。

 だが輝夜には聞こえてなかったようで、それが救いであったのかライラは改めて咳払いをして。

 

 

「――――輝夜?」

 

「ッ! ライラか。どうした?」

 

「どうしたも、こうしたも……」

 

 

 本当に様子が可笑しい。おかしいのではなく可笑しい。

 そんな可笑しい輝夜を見て、再度問いをライラは投げる。

 

 

「どうしたお前?」

 

「どうしたとは?」

 

「いや、様子が可笑しい。猫被りもしてないし」

 

「……そうでございましょうか?」

 

「そうでございますよ?」

 

 

 そこまで言うと、ライラは辺りを見渡した。

 

 

 彼女達が行なおうとしていたのは、アリーゼの言ったように炊き出しである。

 先の“大抗争”から月日は流れ、漸く落ち着きを取り戻しつつオラリオだが、その爪痕はまだ深く、今までの生活を取り戻すには時間がかかることだろう。

 

 だからこうして、ギルド主催で【デメテル・ファミリア】全面協力の下、冒険者達による炊き出しを定期的に行なわれている。

 こういった行事が行なわれるのは初めてではなく、彼女達【アストレア・ファミリア】が協力するのは当たり前と化しており、彼女達が居るのなら炊き出しにやって来る一般市民すら居るほどである。

 

 今回も彼女達は調理や配膳する為に、こうして集っていた。

 

 

「輝夜がどうしたの?」

 

 

 あらかた騒いで満足したのか、アリーゼはリューを連れてライラ達の下へとやってきた。

 ライラは端的に状況を団長へと伝える。

 

 

「輝夜がキモい」

 

「どういうこと?」

 

 

 ん、とライラが輝夜を指差す。

 対する輝夜は考え事をして、ライラの暴言など耳に入っていない様子である。

 

 ただ事じゃないと、リューは慄くように輝夜を見るが、アリーゼの反応は違うものだ。

 したり顔で、ニヤニヤ笑みを浮かべて。

 

 

「なるほどねー」

 

「えっ、解ったんですか?」

 

 

 リューは驚いた様子でアリーゼに問う。

 彼女は、もちろん、と頷いて。

 

 

「リオン、見なさい。アレが恋するメスの顔よっ!」

 

「だ、だだだだ誰が恋をしている、だ!」

 

 

 慌てた調子で輝夜は否定するも、顔を真っ赤にししている故にその姿に説得力がない。

 

 その姿を見たライラは薄ら寒そうに笑みを浮かべて。

 

 

「あー、なるほど」

 

「えっ、輝夜が? 誰にですか??」

 

 

 意外そうに眼を丸くして、リューは問いを投げるが誰も答えない。

 

 それよりも、とアリーゼは笑みを深めて輝夜の両肩を掴み。

 

 

「そんな輝夜に嬉しい嬉しいサプライズよ!」

 

「えっ?」

 

「今日の炊き出しに、スペシャルな助っ人を呼びました!」

 

 

 誰でしょう、とリューは首を傾げる。

 解るだろう、と呆れた目でリューを見るライラ。

 まさか、と、輝夜の顔は赤くなっていく。

 

 そんな中、アリーゼは笑みを益々深めて。それはもう、先程の騒がしい正体がこれだと言わんばかりに。サプライズが楽しみで、今まで我慢してきたがもう辛抱たまらない、とアリーゼは事実だけを口にした。

 

 

「今日は“何でも屋アーデ”さんと合同で炊き出しを開始します!」

 

 

 

 

 

 

 





 ▼アルマ「炊き出しってことは、タダって事だよな?」
 ▼アルフィア「阿呆か貴様。私達は食わせる側だ」
 ▼リリルカ「ここで名を売って、みんなに覚えてもらいましょうー!!」
 ▼アストレアは逃走した。
 ▼輝夜は慌てている
 ▼リューはいまいち解っていない
 ▼アリーゼ「愉悦」
 ▼ライラ「団長が一番悪い」



>>ゴジョウノ・輝夜
 静寂さんにボコボコにされてたのを黒いのに助けられる。
 背中が頼もしく見えた。ぶっちゃけ一目ぼれ。態度が思春期の男子みたいな感じになる。まともに喋れなくなる。
 ちなみに、黒いのは助けたとかそんな気はない。


>>アリーゼ・ローヴェル
 黒いのと気が合う赤いの。
 輝夜の恋路を応援する為に“何でも屋アーデ”に依頼した訳ではない。輝夜の見慣れない姿を見たいから依頼した。ぶっちゃけ愉快犯。一番悪い。
 むしろアストレア様の背中を押すために依頼したが逃げられる。



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第13話 炊き出しって食べ放題ってこと? ②

 

「【静寂】、まだ生きていたのか」

 

「そういうお前もな。吹けば飛ぶ紙屑なりに、丈夫であるらしい」

 

「ほう、これは意外だ。紙屑の顔を覚えていたか」

 

「覚えているとも。不恰好に地に伏すお前の姿は滑稽と言う他なかったからな。あんな姿を見せられては、嫌が応にも覚える」

 

「それはそれは、大変申し訳ない。ならばあの借りを、今ここで返してやろうか糞婆」

 

「訂正しろ。私はまだ26歳だ」

 

「とてもそうは見えなかった。しかし、26歳か。良くそんな格好で外を出歩けるな?」

 

「しょうがあるまい。あの()()が私のために、何せ“私のため”に誂えた一品物だ。それを着てやらねば女が廃るというモノだろう?」

 

「……似合わないな女王様」

 

「そうか? そうは思わんがな。それを証拠に、あの()()は大層気に入っているようだぞ? これしか着せて貰えないからな。()()は私を物のように、着る服すら私に自由はない。同情してくれよ、なぁ輝夜?」

 

「あぁ、同情しよう。そんなに嫌なら剝いてやろうか? ただし、真っ二つだがな」

 

「出来るのか、【大和竜胆】。Lv.もアレから上がってないようだが?」

 

「試してみるか、糞婆」

 

「やってみるがいい、小娘が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あんなムキになってるアルフィアさん、リリは初めて見ました……」

 

 

 どこか怯える様子で、遠巻きにみていたメイド服を着た小人族(パルゥム)の少女――――リリルカ・アーデは隠れるようにして観察していた。

 少女の視線の先には、自身と同じくメイド服を着たアルフィア。そして、長い黒髪に艶やかな着物が絵になっている人間の女性――――ゴジョウノ・輝夜の姿。

 

 二人はどういうわけか、睨み合っている。

 いいや、そんな生易しいものじゃない。殺気を容赦なくぶつけ合っている――――つまりは、メンチを切り合っているような状況。

 一触即発。寧ろ既に爆発した後というべきか、それとも表面張力によってギリギリ零れない状態を保っているというべきか。どちらにしても、些細なことで爆発し、二人は殺し合いを始めるような。そんな緊迫とした雰囲気を、彼女達は惜し気もなく、周囲に気を配る事もなく、嫌悪と言う嫌悪を振りまいていた。

 

 メイド服をプレゼントされている程度で驕るな年増が、と輝夜。

 悔しかったらまともに会話が出来るようになれ青二才、とアルフィア。

 やんのかコラ、上等だコラ、と両者一歩も譲らない。むしろ譲れない、そんな凄みが二人にはあった。

 

 

 リリルカにとって、そんなアルフィアを見るのは初めてであった。

 いつもは、何でも屋アーデの社長たるアルマ・エーベルバッハの思いつきのような無茶な物言いも、呆れながらも冷静に捌いている。その口調は理性が在り知性があり、何よりも余裕がある。大人の女性とは、アルフィアのことであるとリリルカは思っていた。

 

 だが今のアルフィアは、そんなリリルカにあった大人の女性であったアルフィア像とは程遠い。

 

 別に幻滅したわけではない。

 寧ろ意外な物を見たと。珍しい光景を見れたことで、若干気分が高揚していた。

 もしかして、アルフィアさんって面白い人? と、少しだけ失礼な事を考えてリリルカは観察を続ける。

 

 そんな少女に。

 

 

「あー、少し良いか?」

 

「はい?」

 

 

 リリルカは振り返る。

 そこには気まずそうに、頬を片手に人差し指で掻いている軽装な格好をした桃色の髪の小人族(パルゥム)――――ライラが立っていた。

 

 

 同族ということもあり、声をかけてみたはいいが、少女はライラよりも遥かに歳下であり、子供の相手など慣れていない彼女からしてみたら何て切り出せばいいか解らずにいた。

 これが団長(アリーゼ)や敬愛する主神アストレアであったらどうするか、と少しだけ考えてライラは言葉を選びながら口を開く。

 

 

「お前、アレだろ。【抑止力(ジョーカー)】のとこの小人族(パルゥム)でいいんだよな?」

 

「はい。リリは社長の従業員ですが……」

 

 

 どこか警戒するように、リリルカはライラの出方を見る。

 警戒心が強く、幼いながらもその行動には賢しさがあり、ライラはどこか自身と似た気配を感じる。

 

 ともあれ、一方的な親近感など迷惑なだけだと、ライラは今は警戒心を解くことに専心することにする。

 もっと言えば、慣れない愛想笑いを浮かべて、自分は無害である事を訴えながら。

 

 

「アタシはライラ。【アストレア・ファミリア】の――――」

 

 

 冒険者だ、と口にしかけるが遮るようにしてリリルカはライラに詰め寄り。

 

 

「――――冒険者さんですねっ!」

 

「お、おぉ!?」

 

 

 ライラは思わず、仰け反り一歩後ろに後退するも、それよりも早くリリルカは小人族(パルゥム)特有の小さな手で、ライラの両手を握る。

 

 先程の警戒心はどこへやら。

 リリルカはニコニコ満面の笑みで続けて言う。

 

 

「リリはリリルカ・アーデといいます! “何でも屋アーデ”の経理担当です。今後とも“何でも屋アーデ”をどうぞよろしくお願いします!」

 

「よ、よろしく――――って経理? お前が?」

 

「はいっ!」

 

 

 ライラは一度離れて、上から下まで。頭の天辺から、足のつま先まで観察する。

 小人族(パルゥム)の実年齢は解り辛い。成人したとしても身長は100セルチがあれば高身長の部類であり、自身もそれ以下である。だがどうみても、リリルカは幼子であり、ライラよりも遥かに歳下であった。

 そんな子供が経理担当。つまりは会社の財務を管理するという事に他ならない。

 

 

「……リリって言ったな。お前、歳は?」

 

「10歳になりました」

 

 

 マジか、と。

 今も尚、輝夜とメンチを切り合っているアルフィアに視線を向ける。

 

 何をやってるんだよ【静寂】、と呆れた表情で見るが、直ぐにライラは認識を改める。

 アルマという人間がどのような人間かいまいち把握できないが、アルフィアはある程度ではあるものの解っているつもりだ。

 あのプライドの高い女王様が、財務関係といった企業の急所を任せるのだ。それなりにリリルカという少女は優秀なのだろうとライラは推察する。

 

 おまけに愛嬌も良い。

 満面の笑みで今も尚、ライラを見つめるリリルカ。

 相手を不快にさせないように、幼子という最大限のアドバンテージを生かした振る舞いといえる。次に繋げるように、また雇ってもらえるように、少女は“何でも屋アーデ”がどれほど使えるのか、アピールしているのだろう。

 

 ライラは笑みを浮かべる。

 満面の笑みとは程遠い。口元を吊り上げるような、意地の悪い笑み。

 とはいえ、表情とは裏腹に悪い気はしなかった。【勇者(ブレイバー)】といい、自身といい、目の前の少女といい、同じく知恵を振り絞って生きる者。つまりは同じ穴の狢。どこか親近感をライラは抱いていた。

 

 

「悪くねぇ。だが、まだまだ。猫を被るなら徹底的にやりな」

 

「……どういう意味でしょうか?」

 

 

 ライラはクツクツと喉を鳴らすように笑みを浮かべて。

 

 

「動揺したら終わりだ」

 

「……」

 

 

 もはや演技は通じないと理解したリリルカは、直ぐに表情を変えた。

 どこか拗ねたような、歳相応の子供のような表情でリリルカは口を開く。

 

 

「……こんな直ぐに見破られるとは思ってませんでした」

 

「年季が違うんだよ年季が。しかもお前、冒険者嫌いだろ?」

 

「……はい」

 

 

 隠すことなく素直に肯定するリリルカに、悪い気をしていないのライラは更にご機嫌な調子で言う。

 

 

「アタシが【アストレア・ファミリア】の冒険者だと解って、私情を捨てたのは立派だが、ちょっとリアクションがオーバー過ぎたな。アレがなかったらアタシもまだ騙されてたかもしれねぇ」

 

 

 だが、と言葉を区切りライラは出来の悪い生徒を注意するかのように朗々と続けて。

 

 

「筋は悪くねぇ。荒削りだが素質もあるし、おまけに頭の回転も速い。リリって言ったっけ? 気に入ったぜ」

 

 

 いきなり褒められたリリルカは、いまいち要領の得ない表情。

 それが尚更面白かったのか、ライラは笑みを深めて

 

 

「小狡い小人族(パルゥム)同士、仲良くやろうや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うんうん! 皆仲良さそうで、私も嬉しいわ!」

 

「いいや、アリーゼ。この惨状を見て、どうしてそう思えるのですか?」

 

 

 居丈高に暢気に、長い赤髪を後頭部で一つにまとめて垂らした髪型の女性――――アリーゼ・ローヴェルは満足そうに何度も頷く。

 対して困ったように呆れたように、自身の所属しているファミリアの団長の感性に疑惑の眼差しを向けているのは金色の長髪で口元をマスクで隠しているエルフの女性――――リュー・リオンだ。

 

 リューは周囲に視線を向ける。

 今だにいがみ合っているアルフィアと輝夜。

 そして、そんなことに無関心を貫き、小さな身体を寄せ合って何やら良からぬ事をリリルカに吹き込んでいるライラ。

 

 統率など取れているわけがない。

 各々好き勝手に行動し、何だったらこれから殺し合いでも始めかねない者達が存在する。

 

 本当に、これから炊き出しなんて出来るのか、とリューが困惑し始めるのも無理はない。

 むしろ、想定される最悪。輝夜とアルフィアが殺し合いを始めたときのために、備えていたほうが良いのではないかとリューが考えていると。

 

 

「大丈夫だろ」

 

 

 リューの心を見透かしたように、アリーゼと同じく暢気な調子で見物していた黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハが続けて言う。

 

 

「いざとなったらオレがどうにかするし」

 

「……どうにか出来るのですか貴方に」

 

「応とも。その辺りは心配しなくて良い。何せオレだからな」

 

 

 根拠もない自信、と彼を知らない人間が聞けばそう思うが、リューはある程度アルマのことは解っている。

 とはいっても、こうして直接話すのは初めてであるし、彼の実力を知るのは噂程度でしかない。【静寂】と【暴喰】と同時に相手取り撃滅したと耳にしたが、本当かどうかも疑わしいもの。

 

 そんな疑惑が、表情として出ていたのか、アルマはリューの視線に気付いて。

 

 

「まぁ、信じろというのが無理だわな」

 

 

 アルマの表情は不快に歪んだモノではなかった。

 むしろ嬉しそうに、朗々とした口調で続けて。

 

 

「しかし、アンタは楽しくなさそうだな? 少しでも笑ったら可愛げあるのに勿体無い」

 

「…………」

 

 

 特に感情が乱れる事はない。

 初対面の異性に、そんなことを言うアルマになんて軽薄な人間なのだろう、と若干の軽蔑な視線を送っていると。

 

 

「なになに、【抑止力(ジョーカー)】君。うちのリオンをナンパしてるの?」

 

 

 面白そうに割り込んでくるアリーゼ。

 リューを助けた、という事ではない。ただ単純に、面白い展開になりそうだから口を挟んで来たという認識でしかない。

 

 アルマは、いいや、と首を横に振って。

 

 

「ケツも良い形だし、スタイルもいいんだが、ちょっとオレの好みから外れるからなぁ」

 

「――――――――――は?」

 

 

 苛ッ、と。リューは口を出した。

 別にこの男の好みじゃないことに苛立っているわけではない。だが何と言うか。ここまで無下にされるのはどうか、と。初対面であり、あまり良い印象を抱いていない男に、ここまで言われるのはそれはそれで、面白くないというリューの全うな乙女心。

 

 当の張本人であるアルマは、もはやリューなど気にしていなかった。

 アリーゼに気安い口調で。

 

 

「アリーゼって言ったよな。どうしてウチを使ったんだ?」

 

「どうしてって?」

 

「炊き出しだ。今までだって、アンタ達でも回せただろ? 人員不足ってわけでもないし、ヴァリスまで払ってまでどうしてウチを使ったのかなって思ってな」

 

「あぁ、なるほど」

 

 

 アルマの言わんとしている事を納得したアリーゼは極めて明るい口調で。

 

 

「輝夜へのサプライズ。あとはアストレア様の背中を押してあげようと思って」

 

「アストレア?」

 

「私達の主神よ」

 

 

 アリーゼはあまりにも堂々と、そして何かを企てている意地悪い笑みを浮かべて続けて言う。

 

 

「君の事を気にしてたみたいだから」

 

「待ってくださいアリーゼ、それは初耳だ。アストレア様がこんな男を気にしておられたとは、どういう意味ですか?」

 

 

 真剣な表情で詰め寄るリューに、アリーゼは若干気圧されながらも。

 

 

「ちょ、ちょっとリオン。落ち着きなさいって」

 

「いいや、落ち着いてなんていられない。アストレア様をこんな得体の知れない男からお守りするべきです」

 

「酷い言われようだな」

 

 

 対するアルマは特に気にする事もなく、むしろリューの反応が新鮮と言わんばかりに笑いながら。

 

 

「それでアストレアってのは何処に居るんだ?」

 

「それが直前で逃げちゃって。ここにはいないのよね」

 

 

 そうか、と呟いてアルマは納得するように。

 

 

「それは残念だ。オレもアストレアと話してみたかった-―――」

           「――――多分そいつが、ヘルメスの言ってた女神なんだろうからな」

 

 

 

 





>>リュー・リオン
 箱入りエルフ。
 黒いのが気に入らない。というか嫌い。デリカシーの欠けるところが。
 ツンツンリューさん。これからデレることはあるのだろうか。

>>ライラ
 腹黒さでいえば年季が違う。
 リリの演技を一発で見破る。流石ライラ姉さん。
 リリを気に入る。よくない知識を伝授するだろうことが予想される。
 ますますリリが悪い子になる。


>>メンチ
 負けられない女の戦い。
 輝夜としても、一目ぼれした男に付き慕うがいけ好かない女には負けられない。
 アルフィアさん、嫌いと言ってたのにどうしてムキになってるんです?

>>「ケツも良い形だし、スタイルもいいんだが、ちょっとオレの好みから外れるからなぁ」
 よろしい、ならば戦争だ

>>ヘルメスの言ってた女神
 第5話参照


 ▼アルフィアと輝夜が料理対決し始めた
 ▼リュー「何故?」
 ▼ライラとリリが意気投合している
 ▼リュー「何故??」
 ▼アルマとアリーゼが気が合っている。
 ▼アルマ「アリーゼは面白い女」
 ▼アリーゼ「アルマ君は愉快な男」
 ▼リュー「もしかして、私がしっかりしないと駄目ですか?」


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第14話 炊き出しって食べ放題ってこと? ③


 これにて炊き出しシリーズ(?)は終了です


 

 とある一室。

 埃一つもなく、汚れ一つもなく、潔白のような清潔感を保った一室。【アストレア・ファミリア】のホームである一室。木造で造られた温かみのある部屋の一室にて、主である彼女は憂い顔で部屋の中央に設置されたソファーに座り込んでいた。

 

 日差しが彼女の顔を照らす。

 その光景は絵画のよう。有り体に言えば、絵になるよう。

 白い肌、両肩が出るようなつくりの白いドレス。長い胡桃色の頭髪で、悩ましくため息を吐く彼女は人とは違う存在。つまりは超越存在(デウスデア)と称される女神であった。

 

 女神は窓の外へと眼を向ける。

 彼女の心の中とは裏腹に、空に雲一つもなく、青空が広がっていた。

 外からは賑やかな喧騒が聞こえてくる。活気がある声ばかり、何よりも子供たちの笑い声があるのが、女神にとっては一番喜ばしい物だった。

 

 二年前とは違う。

 オラリオが絶望に墜ちた日。

 忘れもしない、()()()()()が引き起こした“大抗争”。

 オラリオの街は破壊の限りを尽くされ、死体が瓦礫の下に埋もれ、怪我人が休まずに掘り起こす。凄惨に凄惨を重ね、悲劇に悲劇が積まれていた、正に地獄のような有様。

 

 それと比べたら平和そのもの。

 笑い声など上げるものはおらず、すすり泣く声が聞こえ、冒険者を非難する怒声が響き渡っていた日々に比べたら。いいや比べるべくもなく、今のオラリオは平和そのものであった。

 何よりも子供が笑える日々が、それが証拠であると女神は思う。

 

 オラリオに住まう人間。

 今の平和の光景は、何の力も持たない住民、神の恩恵(ファルナ)を授かっていた冒険者、神々も含め、皆が皆で助け合い手を取り合い勝ち取ったモノであった。

 

 しかし代償は大きかった。

 人によって価値観が違うように、物事の思考が違うように、人の数だけ悲劇があった。

 

 それは大きな力を持つ規格外――――アルマ・エーベルバッハもそうであった。

 そして、それをもたらしたのは女神――――アストレア本人。

 

 

 ――きっと、彼は私を恨んでいるに違いない。

 ――だって、()を終わらせたのは私だもの。

 

 

 アルマにとって、アストレアが彼と称した()は親であった。兄であったし、友であり、家族であった。

 アストレアは彼らが一緒に居る姿は見たことがなかった。だが想像は出来る。赤子であったアルマを拾い育て、多感な時期の少年時代でも共にあったくらいの仲だ。自分の知らない()をアルマがよく知っているは安易に想像が出来るし、そんな関係であった()を送還させた自分は恨まれるのが道理であると彼女は理解している。

 

 受け入れていると言っても良い。

 どのような罵詈雑言も浴びせられる覚悟があり、どのような仕打ちをされようとも構わなかった。

 だとしても――――怖かった。

 

 アルマという人間がではない。

 他人から恨まれるという事実が、アストレアは心の底から恐ろしかった。

 今までそんな経験したことがない。神々からもそんな眼で向けられた事はなく、ましてや人間からも差し向けられたことなどない。

 

 明確な憎悪。

 今まで生きてきて、正義と秩序を司る女神であるアストレアにとって、それは滑稽なほど無縁なものであった。

 しかしここに来て、無縁であった概念と向き合わなければならない。

 

 

「でも、そうよね。逃げてばかりいられないわ……」

 

 

 ぱん、と両頬をはたいて気合を入れる。

 普段の穏かな彼女とは思えない、勇ましい仕草。彼女の眷族達は炊き出しに赴いており、誰も何事かと疑問に思う人間はいなかった。

 

 

 ――怖いけど、凄く怖いけど。

 ――()()に頼まれたことだもの。

 ――私が彼と向き合わないと。

 

 

「あの子を頼む、ってお願いされたのは私だもの。だったら、ちゃんとしなくちゃ」

                      「そうよね、“――――”?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【デメテル・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の共同で行なわれている炊き出しも、終盤に差し掛かっていた。

 特に大きな事件が起きる事もなく平和そのもの。途中【大和竜胆】と【静寂】が殺し合いになりかけて、何故か始まってしまった料理対決が起きた以外に大きな事件もなかった。

 

 彼女達がどうして争っていたのかは、一般人は知らない。

 先の“大抗争”をある程度知っている冒険者であれば、彼女達の仲が険悪なのもある程度の理解があり。

 彼女達ともう一人の関係を知っている極限られた者達からしてみれば、そうなるな、と諦念するというもの。

 

 その中で、問題であったもう一人――――アルマ・エーベルバッハといえば。

 

 

「くぁ……」

 

 

 あくびをしながら、片手にナイフを持ちひたすら食材を切り刻んでいた。

 その手付きは驚く程慣れた手付き。食材と向き合い、何十年も下積みをしてきて、やっと自分の店を出し繁盛し始めたシェフのように、流麗に一つ一つの動作が理に適っているような手付きで、食材を切っていく。

 しかも全て同じ切り口ではない。

 ある野菜に対して短冊切りに、ある果実に対してくし形切りに、その料理の用途に合わせて食材の形をカットしていく。

 

 あまつさえ。

 

 

「金髪エルフ、それは輪切りじゃない。拍子木切りにしろって」

 

「えっ、ひょ、拍子木切り?」

 

 

 隣で同じように食材を切っていたリュー・リオンに対して指摘する程度には余裕がある。

 指摘された張本人は、えっ、と混乱しながらおずおずと。

 

 

「すみません、拍子木切りとは……?」

 

「ふっふっふ、私が教えてあげましょう」

 

 

 大きなかごを両手に抱えて持っていたアリーゼ・ローヴェルは地において、リューからナイフを借りると見事な形で食材を切断していく。

 

 

「す、凄いですアリーゼ」

 

「これくらい朝飯前よっ。ファミリアが出来て間もない頃なんて、私とアストレア様で変わりばんこで料理してたんだからね!」

 

 

 はっはっは、と居丈高に笑いながら、視線をアルマに向けて意外そうな口調で言う。

 

 

「意外なのはアルマくんよ。君って料理出来たのね?」

 

「ん? あぁ」

 

 

 いきなり話しを振られたアルマはナイフで食材を切りながら。

 

 

「オレの親代わりのヤツが何も出来ないヤツだったからな。努力して覚えた。っていうか、切ってるだけで良く料理が出来るって解ったな?」

 

「魚とか上手く三枚に下ろしてたし、手付きが料理できる人のそれだったから」

 

「……アリーゼってアレか。もしかして、周りのヤツの事を良く視れるヤツだったのか」

 

「勿論よっ! 何を隠そう、私は気遣いの達人! おまけに顔が良いなんて、天は二物を与えるとはこのことねっ!」

 

「ははーん、解ったぞ。自分で言うとかオマエ、実はヤバイ奴だろ? 駄目だぞ。そんな無駄に自信がある奴は禄でもないって相場が決まってる」

 

「貴方が言うなって奴ねっ!」

 

 

 うははは、と笑う自由人二人にリューは思わず頭を抱える。

 先程までアルマのことを【抑止力(ジョーカー)】君と呼んでいたにも関わらず、今ではアルマくん呼び。アルマもアリーゼと親しげに呼んでいる現状。

 

 リューも薄々勘付いていた。しかし、認めたくなかった。認めたら苦労が二割増しに増えるような錯覚を覚えていたから。極力気にしないように、意識しないようにしていた。

 だがここに来て、嫌が応にも理解してしまった。もしかして、いいや絶対に、この二人は――――波長が合っている、と。

 

 つまりは振り回す側。

 ボケ倒してくる無敵の存在。誰かがツッコミを入れないと、話しが進まない悪夢を見ることになるという現実。

 

 

 ――ライラ……は駄目だ。

 ――彼の従業員の小人族(パルゥム)に何やらよくないことを吹き込んでいる雰囲気だ。

 ――輝夜はもっと良くない。

 ――殺意を込めながら【静寂】と料理対決している。

 ――料理に込めるのは愛情って言われていた筈なのに。

 ――他の団員は……見てみぬフリをしている!?

 

 

 そっぽを向かれ、軽くショックを受けるリューだが手を差し伸べる者はいない。

 任せた、と言わんばかりに申し訳なく笑みを浮かべる者、こっちに面倒を押し付けるなと見て見ぬフリをする者。頑張ってリオン、と心の中で謝罪をしてひたすら配膳する者。

 反応は人それぞれ。千差万別のものであるが、共通として言えることはリューに全て押し付けるというもの。

 

 

「むむ、アレは……?」

 

 

 問題の赤いの。

 アリーゼは眼を細めて、遠くのモノを見るように身を乗り出し、それが何者なのか解ると花の咲いたような笑顔で。

 

 

「おじ様! ガレスのおじ様だわー!」

 

 

 やっほー! と、元気良く駆け出した。もちろん、片手にはナイフ。衝動的に駆られて【ロキ・ファミリア】の重鎮であるガレス・ランドロックに走り寄る。

 それに対してリューは慌てながら。

 

 

「【重傑(エルガルム)】をおじ様!? いや、その前に待ってくださいアリーゼ! せめて、ナイフ! ナイフを置いていきなさい!」

 

 

 律儀に、すみません、とアルマに一礼をすると、リューはその二つ名の如く疾く風のような速度でアリーゼに追随する。

 残されたアルマは特に呆気に取られる事もなく、片手を振って見送って一言。

 

 

「アイツも大変だなー」

 

「でもそれが、彼女の長所ともいえるね」

 

 

 入れ替わるように、柔和な笑みを浮かべてアルマに話しかける。

 その人物は小人族(パルゥム)。小さな体躯に似合わず、威厳と誠実さを兼ね揃っている雰囲気を纏っている。

 

 突如話しかけられたアルマは大した驚く様子もなく、よう、と気安い口調で。

 

 

「なんだフィン、オマエも来てたのか」

 

 

 やぁ、と一言呟きフィン・ディムナは笑みを浮かべたまま。

 

 

「警護も兼ねてね。【ロキ・ファミリア】も協力させて貰っているのさ」

 

「ベートは?」

 

「彼は今頃、迷宮(ダンジョン)だろう。君を倒すと燃えていたよ」

 

「やる気充分なのはいいが、顔が見れないのはちょっと残念だ。アイツ面白いから」

 

 

 本人が聞けば怒髪天を衝くのは目に見えているな、とフィンは苦笑を以て応じた。

 しかし同時に、嫌味ではなく、下に見えているわけもなく、アルマは本気でそう思っており、ベートに対して好印象なのは真実なのだろうと理解していた。

 

 アルマは首を傾げて不思議そうな口調で。

 

 

「オマエは迷宮(ダンジョン)行かなくていいのか?」

 

 

 あぁ、と言葉を区切りフィンは笑みを浮かべて。

 

 

「君が居ると聞いてね、こっちに来る事にしたんだ」

 

 

 それは建前であった。

 フィンがここに来た本音は違うところにある。

 

 いつも通り。

 建前と本心を使いこなして、人格者として勇者然としたフィン・ディムナの顔で応じる。

 

 対するアルマは。

 

 

「ふーん」

 

 

 と、呟いただけ。

 その声色からは何も読み取れない。不快感を覚えたとも、失望したともとれない、ただただ興味がないかのような気のない返事であった。

 

 

「……どうしたんだい?」

 

「別に」

 

 

 それだけ言うとアルマは続けて言う。

 

 

「大変そうだな、って」

 

「それはどういう――――」

 

 

 意味なのか、と問う前にアルマは口を開いた。

 

 

「そのままの意味だ。オレの前くらいでは楽にしろよ。疲れないかソレ?」

 

「―――――――っ」

 

 

 思わずフィンは言葉を失う。

 見抜かれた、と。眼を見開き、アルマを見上げる。

 

 アルマは特に怒ることもなく、不服に思っていることもなく、ただひたすらにフィンの身を案じているかのようであった。

 

 彼は暗に語っている。

 自分と話すときくらい、建前と本音を使い分けるのをやめろと。

 “勇者”という仮面を捨てて、ただの“フィン・ディムナ”に戻れと、アルマは語っていた。特に政略的な意図などない、ただ単純に常日頃から仮面被り続けるのは疲れるから、という単純な理由でしかなかった。

 

 アルマは朗々とした口調で続ける。

 

 

「オマエが何でそんな()()()()なのか知らないし、聞かないけどさ。友達(オレ)の前でくらいは普通にしてていいんじゃないか? オマエの本心がどんなでも、今更驚かないぞオレは」

 

 

 特殊性癖持っていたら面白いけどな、と笑みを浮かべて。

 

 

「オマエの弱みとか握ったところで、オレには必要がないし。必要がないくらい、オレは強いわけなんだが。まぁ、何だ。自分で言うのは若干照れるな?」

 

 

 な? と同意を求める姿があまりにも滑稽で、今更何を言っているのかとフィンは笑みが零れた。

 

 きっとこれが、他のファミリアの人間ならば、ありがとう、と返して態度が変わることはなかっただろう。

 しかしアルマは違う。彼は冒険者でもなければ、どこのファミリアにも所属しているわけでもない。かといって、フィンの本心を聞いたところで回りに言いふらすことなどしないだろう。

 

 する必要がない。

 余裕のある人間はそんなことする必要がないのだから。

 

 アルマ・エーベルバッハと言う人間は規格外の人間だ。

 同時に、その特異性故にどうしても眷族の物語(ファミリア・ミィス)に入り込めない部外者でもある。

 

 そんな人間に、仮面を被って勇者として接しても意味がなかった。

 仮面など、必要がなかった。

 

 

「まずは謝罪を」

 

 

 フィンは頭を下げて。

 

 

「君を見縊っていた。不誠実であったと事を詫びたい。友人となり監視し、僕の目的のためにあわよくば君を利用しようと考えていた」

 

「おぉ、ぶっちゃけたなー?」

 

 

 アルマは特に驚く様子もない。

 何となく察していたかのような声色で、ケラケラと面白おかしく笑い応じた。

 

 フィンは顔を上げて片手を出して。

 

 

「僕はそんな男だ。いつだって打算的に動いている。こんな僕だけど、友達になってくれるかい?」

 

「いいよ。オマエみたいな腹黒い奴とはそれなりに縁があるしなオレ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「知っての通り、君がいたから来たわけじゃない」

 

「いきなり本音か」

 

「楽にしろと言ったのは君じゃないか」

 

 

 もう容赦しないように、気を使う必要がなくなた友人に振舞うような声色で、フィンは続けて言う。

 

 

「【アストレア・ファミリア】と【ルドラ・ファミリア】の抗争が激しくなっていると聞いてね。様子を見に来たんだ」

 

「【ルドラ・ファミリア】ってアレか。闇派閥(イヴィルス)のヤツか」

 

 

 アルマが知っていることが意外そうに、フィンは不思議そうな口調で。

 

 

「知ってたのかい?」

 

「ヘルメスから聞いた。っていうか、なんで驚いてるんだ?」

 

「興味がないと思ってたんだよ」

 

 

 だが考えてみれば、アルマは闇派閥(イヴィルス)と癒着があると疑惑をかけられているファミリアの周辺で目撃される事が多かった。

 例えば、歓楽街を根城としている【イシュタル・ファミリア】に赴いていたり。例えば、従業員の小人族(パルゥム)が【ソーマ・ファミリア】であったりと、闇派閥(イヴィルス)に興味がないと思えない行動を取っていた。

 

 

「神ヘルメスから他に聞いていないかい?」

 

「さぁ? アイツも色々と考えてるみたいだぞ」

 

「色々って?」

 

「オレに嫌なことをさせようとしたりだ。神としてのアイツは嫌いだなオレ。性格は面白くて良い奴なんだが」

 

 

 うははは、と笑みを浮かべるアルマに対して、性格は良い奴だが神としては嫌い、と言うフィンは苦笑を持って応じる。

 フィンが知らないだけで、彼らの関係は気安い仲なのかもしれないが、もっと言い方があるだろうと考え直ぐに無駄であるとフィンは悟る。何せ相手はアルマ・エーベルバッハだ。選ぶ言葉など持ち合わせておらず、自分の思ったことをそのまま口にするだろうという謎の信頼感がある。

 歯に衣着せぬ。人によっては不快感を覚えるモノであるが、気持ちよく聞けるのはアルマだからだろう、とフィンは断じて。

 

 

「出来れば君も彼女達を気に掛けてくれないか? 僕一人じゃ限界はあるし、何か嫌な予感がする」

 

「いいぞ。フィンの予感ってヤツを信じるよ」

 

「助かる」

 

 

 そこまで言うと、そうだ、とフィンは思い出したように。

 

 

「ヴィトーという男に心当たりあるかい?」

 

「知らないな。誰だそれ?」

 

「“大抗争”で厄介だった冒険者さ。闇派閥(イヴィルス)を率いていた邪神の唯一の眷族だった。ずっと行方知れずだったが、君を聞いて回っているらしい」

 

「……その邪神の名前は?」

 

「邪神の名前は――――」

 

 

 

 

 

 






 ▼ガレス「儂、殺されると思ったぞ」
 ▼リュー「アリーゼが悪い」
 ▼【大和竜胆】と【静寂】の料理対決に盛り上がっている
 ▼アルマとフィンは何時飲みに行くか話している。
 ▼それを後から聞いたロキとリヴェリアが頭を抱える。



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第15話 頼もう byアイズたん


 ~ぶぎーまん小ネタ話~

アルマ「アルフィア、聞いてくれ。リリルカがやばくて、何ていうかめっちゃやばくて、やばさ加減がもうやばい。もうなんだろう、凄くヤバイ何だかヤバイ」
アルフィア「結論から言え馬鹿者」
アルマ「リリルカがプリキュアになった」
アルフィア「そうだな。途中過程も言え」


 

 【アストレア・ファミリア】と【デメテル・ファミリア】主催の炊き出しから数日後。

 “何でも屋アーデ”への依頼が僅かであるが増えていた。それもこれも地道な宣伝活動、そして先の炊き出しへの協力が功を為したのは明確であった。

 

 等級でいえばBランクであるものの、オラリオの中では【アストレア・ファミリア】は名の知れたファミリアである。

 そこからの依頼となれば、名が知れ渡るというもの。

 

 とはいえ、それでも劇的に変わるわけではない。

 依頼が全くなかったのが、一週間に数回に増えた程度。

 内容も規模の小さいもの。子供の面倒を見るといったモノであったり、手が離せなくなったから買物を頼まれたりと、主に雑務であった。決して、冒険者依頼(クエスト)のような規模の大きなモノではない。とても小さな、冒険者からして見たら些事とするような。極めて小さく、小さすぎて誰にも見向きされないような内容のモノであった。

 

 だからだろうか。

 報酬も格安。規模が小さい依頼故に、報酬も小さいこともあるが、原因はまだある。

 “何でも屋アーデ”の会計兼財務担当のリリルカ・アーデが少しでも利益を出そうと報酬を依頼主と交渉するも、

 

 

『それなら無料(タダ)でもいいんじゃないか?』

 

 

 と、邪魔をする男――――アルマ・エーベルバッハの存在であった。

 いいや、当人としては邪魔をする気など毛頭ない。そもそも、何でも屋なんてアルマが趣味で始めたモノだ。その辺り商売として考えてないからか、今だに利益第一に考えずに依頼を受けて、リリルカに叱られている。

 何度、少女が『社長はアホですか!?』と怒られたか解らない。それは現在進行形で――――。

 

 

「社長ー!!!」

 

 

 バン! と。

 あばら屋で今でも崩れそうな木造建築のドアを力いっぱい開けるリリルカ。

 揺れたな、とぼんやりと感想を心の中で呟き椅子に腰掛け、足を伸ばしていたアルマは何事かと問う。

 

 

「どうしたどうした?」

 

「またタダで依頼を受けたでしょー!!」

 

 

 何やってるんですかー! と、小さな身体を目一杯使って抗議するも、アルマはへらっと気の抜けた笑みを浮かべて。

 

 

「流石に子供からヴァリス受け取るのは、なぁ? カッコ悪くないか?」

 

「親からぶん取ればいいんですよー!! その為の親でしょう!!」

 

「――――オマエ、天才か?」

 

「いや、鬼かお前達」

 

 

 アルマの後ろに立って静観していたアルフィアが続けて言う。

 

 

「貴様が出掛けていたときに、シルという女が来ていたぞ」

 

「誰だそれ?」

 

「従業員として雇ってほしいとか言っていたな」

 

 

 アルフィアはどうするか聞かない。

 アルマの反応を見るように、様子を見守っていた。

 

 対するアルマは少しだけ考えて。

 

 

「んー、今は必要ないな」

 

「何故だ?」

 

「人数的に充分だし、嫌な予感がする」

 

「チッ、懸命だ」

 

「何で舌打ちした?」

 

 

 まぁいい、とアルフィアの不遜な態度を咎めることもなく、椅子に座ったまま天井を見上げて。

 

 

「あれ、もしかして今日って暇なのか?」

 

「そうなりますね」

 

 

 リリルカは懐から手のひらに収まるような小さな手帳を取り出し、予定を確認し始めた。

 カバーは牛皮。使い込めば使い込むだけ味が出るような、少女が持つには渋い代物であった。

 

 そこでアルマに疑問が過ぎる。

 今まで、リリルカは手帳を手にしていたのは記憶にある。だがいつからアレを使い始めていたのか、と。

 

 どうでもいいといえば、どうでもいい。

 だがあまりにも暇な状況故なのか、アルマは疑問をそのまま口にしていた。

 

 

「オマエ、そんなの使ってたっけ?」

 

「ライラさんに頂きました」

 

「ライラだと……?」

 

 

 反応したのはアルフィアだ。

 彼女はライラがリリルカに悪知恵を授けているのを知っている。それが面白くないのだろう。リリルカが悪い子になったらどうする――――と過保護を決めるつもりはないが、アルフィアとしても思うところがあるのか、あまり肯定するつもりもないようである。

 

 それを何となく理解しているアルマは敢えて無視することにした。

 リリルカが嫌でないのなら、交友し見識を広めるべきだと思った上で、そうか、と笑みを浮かべて。

 

 

「オマエとアイツは気が合いそうだしな。仲良くしろよ?」

 

「はい!」

 

 

 花の咲いたような満面の笑みを浮かべる。

 リリルカとしても、同じ小人族(パルゥム)であり、何よりも経験豊富なライラと話すのは楽しいのだろう。

  

 まるで見違えるようだ。

 少し前まで笑わず、世界に絶望し諦めていた少女と同一人物とは思えなかった。

 

 こうして人は成長する。

 自分と考えの違う人間に触れ、世界を見て、そして己を作り変えていくのだ。

 

 従業員の成長を嬉しく思ったアルマは立ち上がり、意気揚々とした口調で。

 

 

「いいぞ、リリルカ。何かオレもテンションが上がってくるな。参ったな、どうする。これから皆で遊びに行ってしまおうか?」

 

「仕事しろ阿呆」

 

 

 はぁ、と深くため息を吐いてアルフィアは入り口へ視線を向けて。

 

 

「その前に来客のようだ」

 

「ぬ?」

 

 

 言われてみれば確かに。

 何やら“気配”をアルマは感じた。

 

 頻繁に襲撃してくるベート・ローガでもなく、偶に襲撃してくるオッタルでもない。ましてや友人のフィン・ディムナでもなかった。

 初めてではない気配。はて、誰であろうか、とアルマは思い出していると、入り口のドアが開いた。

 

 

「お邪魔します」

 

 

 その人物は少女であった。

 十代前半の小さな体躯。長い黄金の頭髪に、黄金の双眸の少女――――アイズ・ヴァレンシュタインであった。

 

 アルフィアは眉を潜め、リリルカは意外な人物を目にしたように、アルマは別に驚いた様子はない。

 三者三様、の反応を見せる中。

 

 

「間違えた」

 

 

 それだけ言うと、アイズはドアを閉めて出て行く。

 

 謎の行動に、三人は顔を突き合わせて首を傾げる。

 それから間もなく。

 

 

「頼もう」

 

 

 と、やり直すように、アイズが再び入ってきた。

 いまいち要領の得ない状況に、リリルカはおずおず、と様子を伺うように。

 

 

「あの、どういうおつもりですか?」

 

「戦いを挑むのなら、正式な挨拶をするべきだってガレスが行ってたから」

 

「あぁ、頼もうってそういう――――って、うちは道場じゃないのですが!」

 

 

 うん、知ってる、とアイズはリリルカのツッコミに応対して、少女二人のやり取りが面白かったのか笑みを浮かべているアルマに向かって一言。

 

 

「私に稽古をつけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……社長とあの子ってお知り合いなんですか?」

 

 

 そう呟いたのはリリルカだ。

 少女とアルフィアがいるのはあばら屋の外。芝生の上に腰を下ろし座りながら観戦していた。

 

 視線の先にはアルマとアイズの姿。

 アイズが軽快な歩法で一瞬で距離を詰め手に持つ得物――――デスペレートでの刺突。まだまだ荒削りであるものの、精密無比なその一撃。並大抵の者であれば串刺しにされるソレを、アルマは右手に持つ何の変哲もない片手剣程の長さの()()()で苦もなく捌く。

 

 リリルカの眼では満足に追う事はできない。

 ただ、アルマが楽しそうであることだけは解る。

 それを証拠にアルマは、リリルカでは捉える事ができない必殺の刺突を全て捌き切り、アイズの首元に木の棒を当てて。

 

「おーっと、アルマ選手。11点目のリード!」と楽しそうにアルマが大人気なく告げて。

「……待って。まだ10点」と不貞腐れた様に言うアイズの姿。

 

 見ようによっては遊んでいるように見えるが、片方の持つモノは歴とした武器そのもの。人間の英知の結晶であり、人間を簡単に殺せるものだ。

 だというのに、アルマの持っているモノはどこにでもある木の棒のみ。それがアルマとアイズがいる空間を妙なものに変えている。

 

 少しでも手元が狂えば大怪我に繋がるというのに、何とも緊張感がなく、楽しそうに戯れているようにも見えて、どこかリリルカは不服そうに見つめていた。

 端的に言うのなら、少女に嫉妬していた。リリルカから見たらアイズはいきなり現れた歳の近い同性。そんな存在が、自分が慕っている男と楽しそうにしていたものなら、嫉妬もするというもの。

 

 

「知り合いといえば知り合いか?」

 

 

 リリルカの問いに答えたのはアルフィアだ。

 彼女の言葉はどこか曖昧なもの。少し前までアルマはアイズの名前すら知らずに、何か偶に来るベートのところの奴、程度の認識しかなかった。

 それを知り合いというなら、知り合いの定義は大きくなるというもの。

 

 

「社長、楽しそうですね……」

 

「……あの馬鹿者は、自身に挑んでくる者には大抵あのような対応だ」

 

 

 そういうとアルフィアは視線をリリルカからアルマに向ける。

 今度はアルマがアイズの得物を持ち、そして振るう。アイズに向けてではなく、虚空を突くように。アイズはそれを横で見ており、どうやらアルマはアイズに手本を見せているようだ。

 

 それからアイズに返してやってみるように促し、アイズは素直に頷き見様見真似でアルマと同じ動作をする。

 満足そうに頷き、アルマは木の棒を再び持ち、稽古が再開されるのを見て、リリルカへと視線を戻して。

 

 

「だから気にするな」

 

「別に気にしてません……」

 

「そうか?」

 

「そうです」

 

 

 ムスッと。

 面白くなさそうな不機嫌な口調で。

 

 

「あの子が来なければ、三人で遊びに行ってたのに……」

 

「……そうか」

 

 

 しっかりしていても、まだまだ遊び盛りの子供。

 アルマの遊びに行く発言を真に受けてしまう程度には、まだまだリリルカは純粋であった。

 

 不真面目、とアルフィアは断じるつもりはなかった。

 むしろこれが、子供としての純粋な反応であると思いながら。

 

 

「遊びに行くとして、リリルカはどこに行きたい?」

 

「リリは大賭博場(カジノ)に行って見たいです」

 

 

 訂正、不真面目どころじゃない。

 子供の概念が崩れかねないほどの場所をリリルカは口にしていた。

 誰が余計な知識を植えつけたのか。

 

 

「社長が楽しいところだと言っていたので」

 

 

 敵は身内にいた。

 あの戯けは何をリリルカに吹き込んでいるのか、とアルフィアは原因の男を思いっきり睨みつける。

 

 睨みつけられたアルマといえば、なぜ睨みつけられているのか解らず首をかしげながら、見学していた二人に近付き。

 

 

「リリルカ、ちょっとアイツに水でも渡してやってくんない?」

 

 

 アイツとはアイズの事を言っているのだろう。

 どうやら休憩のようで、肩で息をしながらアイズは座り込んでいる。片やアルマといえば、汗一つ掻いておらず涼しい顔。

 

 

「……どうしてリリがそんなことをしなければならないのですか?」

 

「おっ、どうした。何を怒ってるんだ?」

 

 

 もしかしてもう反抗期が来たか、と的外れな事を呟いてアルマは続ける。

 

 

「夜、楽しいところに連れて行ってやるからさ。頼むよ」

 

「……本当ですか?」

 

「本当本当。エーベルバッハ、嘘言わない」

 

「……約束ですよ。雨水で良いですよね」

 

「いいよ。弊社にはそれしかないし」

 

 

 渋々といった調子で、リリルカは重い腰を上げて早足であばら屋へ戻っていった。

 それを見送ったアルフィアはポツリと冷たい声色で。

 

 

「クズめ」

 

「何だいきなり。オマエも反抗期か」

 

「あの子に何を吹き込んだ」

 

「……困った。心当たりがありすぎるな」

 

 

 一体どれの事を言っているのか少しだけ考えるが、今に始まった事でもないと直ぐに話題を切り替えて、アルマはアルフィアの横に座り込み、飄々とした口調で。

 

 

「にしても、アイツ筋が良いな。フィンのところの奴だろ?」

 

「……ダンジョンの娘か」

 

 

 どこか忌々しげに呟くアルフィアに、アルマは問いを投げた。

 

 

「何だそれ?」

 

「興味があるのか?」

 

「いいや、実のところ全く。アイツが普通じゃない事は何となく解るけどな」

 

 

 それっきり、アルマから続く言葉はなかった。本当に興味がないのだろう。

 アルフィアもそれ以上口を開く事はない。アルマの性格を理解しているからだろうか、彼が本当に興味がないことはアルフィアも解っていた。

 

 それよりも二人は水を持っていくリリルカに視線を向ける。

 ぶっきらぼうに、リリルカは水を差し出し、アイズはそれを、ありがとう、と素直に礼を述べて受け取った。

 対するリリルカは、何やら妙な反応。ばつの悪そうな表情になりながら、自身のあまりな態度に謝罪の言葉を述べて、アイズの隣に座り対話を始めた。

 

 子供同士ということもあってか、仲良くなるのが大人の比じゃないな、とアルマはぼんやりと眺めていた。

 

 そこでアルフィアに視線を向ける。

 何やら神妙な顔立ち。何もかもが億劫そうないつもの表情ではなく、眼を細めて眩しいモノを見るような眼差しで、何者かと照らし合わせるかのように見ていた。

 

 

「会いに行けよ」

 

「何?」

 

 

 突然の言葉にアルフィアは二人へと向けていた視線を、アルマに移した。

 彼は呆れた目を向けて言う。

 

 

「ザルドも言ってたけど、馬鹿の息子ってアレだろ。メーテリアの子供の事だろ?」

 

「……そうだ」

 

「ソイツと、アイツらを、オマエはだぶらせて見ている、と」

 

 

 長い沈黙。

 風が吹き、両者の間を流れて凪いで。

 

 

「……………そうだ」

 

「そこまでソイツが気になるなら、会いに行けば良いだろう」

 

「……合わせる顔がない」

 

 

 アルフィアにしては珍しく弱々しい声。

 

 どの面を下げて、今更会いに行けば良いのか彼女にはわからなかった。

 時代に繋げるために、命を投げ捨てて、数多の人間を傷つけてきた。無様に生き残ってしまったこの身で、どのような顔で最愛の妹の息子に会えば良いのか解らなかった。

 

 そんな苦悩を、勝手に救った黒い男はケラケラと笑みを浮かべて、これまた勝手なことを口にする。

 

 

「馬鹿だなオマエ。簡単だろ。合わせる顔がないのなら作れよそんなもの」

 

「……馬鹿は貴様だ。そんなこと、出来るわけがないだろう」

 

「出来るさ」

 

 

 間髪いれずに、否定された言葉を更に否定して。

 

 

「歳が近いってだけで、ダブって見えちまうんだろ? それくらい大事に思っているって訳だ。だったら会いに行けよ、んでもって抱しめちまえば良い。簡単な話なんだよ」

 

 

 それに、と言葉を区切りアルマは続ける。

 

 

「別れってのは突然やって来る。あの時こうしておけば良かったとか、後悔は後からいくらでもやって来る。だから今からやれることは、今やっておくべきなんだよ」

 

「…………」

 

 

 それは誰に向けての言葉なのか。

 アルフィアに向けられたモノなのか、それとも自分に言い聞かせるモノなのか。

 

 問いを投げたところで、その者が還ってくるわけでもない。

 アルマにとってはそれは過ぎた過去であり、アルフィアにとってはこれから先の未来の話しなのだから。

 

 そこでふと、不自然なくらい会話が途切れる。

 アルフィアは意識と視線をアルマへと向けた。

 

 彼は明後日の方向へ視線を向けていた。

 向ける先はオラリオ中心部付近。視線を外さずに、照準を定めるように、思い出したかのように呟いた。

 

 

「へぇ、フィンが言ってた奴ってコイツか」

 

「なんだ?」

 

 

 アルフィアは問うが、いいや、とアルマは首を横に振るも視線を外す事はない。値踏みしながら睨め付けて。

 

 

「良い機会だ。オマエとリリルカでメーテリアの子供に会って来いよ」

 

「……貴様、何のつもりだ? 何を隠している?」

 

「何も。いいじゃないか。気分転換に旅行して来いよ――――」

            「――――社長命令だ。ちょっとオマエ達、オラリオから出ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 




>>「……ダンジョンの娘か」
>>「アイツが普通じゃない事は何となく解るけどな」
 もうお前等知っていること全部吐け


>>「ザルドも言ってたけど、馬鹿の息子ってアレだろ。メーテリアの子供の事だろ?」
 幕間 フレイヤ様が見ているを参照(ダイマ)

>>「へぇ、フィンが言ってた奴ってコイツか」
  第14話 炊き出しって食べ放題ってこと? ③参照(ダイマ)


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第16話 オタクに優しいギャル(だが男だ)


 お気に入り登録、評価を付けていただき、ありがとうございます!
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 ~ぶぎーまん 前回のあらすじ~
 
リヴェリア「あ、アイズは無事なんだな?」
アルマ「応とも」
アルフィア「騒がれるのも面倒だからな。少し大人しくさせている」
リヴェリア「な、なんだと!? まさか手荒な真似を――――」
アルマ「リリルカと一緒にカニを食べさせている」
リヴェリア「厚遇、だと?」




 

 夜といっても差し支えのない時刻。

 

 昼間では一般人が食事処として繁盛していた“豊饒の女主人”。夜になり客層も、迷宮(ダンジョン)帰りの冒険者へと変わり、また違う顔を見せていた。

 

 かんぱーい! とご機嫌に木製のジョッキをぶつけ合う一団もあれば、ご機嫌な調子で食事を楽しんでいる卓もあり、来店したばかりなのか店員に注文をしまくる者達もいる。

 つまりは酒場。一日の疲れを酒で癒すように、日頃の鬱憤を騒いで晴らすように、美味い物を食し次の日に備えるように、冒険者は各々好きに飲み食いしていた。

 

 

 そんな中、“豊饒の女主人”の片隅で、これまた妙な組み合わせの二人組が存在していた。

 

 一人は人間。

 黒髪黒眼の男はご機嫌に、次から次へと運ばれる食べ物に手を出し、余すことなく平らげていく。

 美味い。これも美味い。アレも美味い。そんなことを言いながら食べる姿は圧巻の一言。男の姿は中肉中背。どこにそんな量が収まっているのか、疑問が尽きない。

 

 対してそれを見ているのは一柱の男神であった。

 今となっては空になっている木製の木皿が山となっているのを見てか、それとも運ばれてくる食事を一定の速度で口に入れる男を見てか、はたまた食事の量を見てか。

 長い頭髪、眼を覆う前髪から見て、男神――――ソーマは圧倒されるように、木製のジョッキを両手で持ち、入っている酒を口に含み飲み込んで。

 

 

「相変わらず、よく食べる」

 

 

 感心するように、呆れるように、現状を正しく認識するように、ソーマは引き気味に口にしていた。

 向けられた言葉は黒髪黒眼の男――――アルマ・エーベルバッハであった。

 

 その言葉に対して、アルマは首を傾げてなんでもない口調で。

 

 

「まだ腹六分目だ」

 

「……食べすぎは身体に悪い」

 

「酒造りが趣味のオマエが言うのかそれ?」

 

 

 だが確かに、とアルマはソーマの言い分を認めて、一端食事をする手を止めて口を開く。

 

 

「オマエが飲んでるの酒?」

 

「そうだ」

 

「実際どうなんだ? 自分の造った酒と比べて。美味いもんなのか?」

 

 

 アルマも何度かソーマの酒を口にした事がある。

 失敗作でも高値で取引されるのも頷ける程度には美味であった。今まで飲んできたもので、アレ以上のものはないだろうと言い切れる。

 

 だが同時に、酒としてどうなのか、とアルマは苦言を口にしていた。

 酒とは、飲んで高揚し楽しむものであるとアルマは考えている。正気を失って、酔いしれるだけのもモノを、果たしてそれは酒と呼んで良いものなのだろうか。

 

 そういう意味では、失敗作の方がアルマとしては好ましい。

 

 

 ――それを伝えたときのソーマの顔っていったらもう。

 ――面白いリアクションだったから、腹を抱えて笑ったが、悪い事をしたかもしれないな。

 ――コイツにとって酒造りは、コイツそのものと言ってもいい。

 

 

 そこまで思い出し、アルマはふと思い出し口にする。

 

 

「アレ以降か。酒を造っては、オレに飲ませて感想を聞きに来るようになったのは……」

 

「何だ?」

 

「いいや、気にするな」

 

 

 それだけ言うとアルマは、木製のジョッキを片手に持ち、入っていた酒を飲み干した。

 胸の辺りが熱くなり、気持ちが昂ぶるような高揚感を覚えるものの、それに溺れることなくアルマは再びソーマに同じ内容を尋ねる。

 

 

「それで、美味いもんなのか?」

 

「無論だ。みんな違って、みんな良い」

 

「へぇ、そういうもんか」

 

「それに、俺が造ったモノとは全く別物であるからこそ、学ぶべき点がいくつもある」

 

 

 そういうと、ソーマは饒舌となっていく。

 普段は何もかもが億劫であるかのような陰険な口調であるが、酒ととなると話は別だ。若干早口になりながら、それでいてどこか弾むような口調で続ける。

 

 

「そもそも、酒は色々な種類がある。原材料が果実でありそれが発酵されると果実酒(ワイン)となり、葡萄であったり他の果実であったりすると果実酒(ワイン)の種類も豊富となる。原材料が穀物となれば麦酒にもなるし、蜂蜜を酵母等で発酵させれば蜂蜜酒となる。極東では原材料を口に含み噛み、唾液とともに吐き出し野生酵母で発酵させる口噛み酒などもある。酒になるモノの共通して言えることは、糖分や糖化できるモノが含まれているモノ。つまりそれらが含まれていれば、何でも酒になる。何でもだ。その意味が分かるかアルマ?」

 

「あー、それは――――」

 

「――――そうだ。極めてもキリがない。酒造りを専門としている俺でも、学ぶモノがまだまだあるということだ」

 

「いいや、オレ何も言ってないんだが?」

 

 

 ソーマが意気揚々とこちらの話を全く聞かずに力説し始めているのは、きっと酒造りの話題を振った自分の落ち度であるとアルマは半ば諦めることにした。

 それよりも聞きなれない酒がソーマの口から告げられた事を思い出す。

 

 果実酒(ワイン)

 あまり飲んだことがなかった、とアルマは果実酒(ワイン)の味を想像しながら、近場に居た豊饒の女主人のウェイトレスに新しい酒を注文して。

 

 

「しかし、果実酒(ワイン)か。あまり飲んだことないなオレ」

 

「……飲ませたことなかったか?」

 

「ないよ。確かオマエの他に、果実酒(ワイン)造りが上手い神が居たよな? そいつに頼んで――――」

 

「――――アルマ」

 

 

 遮るように。

 ソーマは先程饒舌になっていた様子とはまた違う、有無を言わせない雰囲気を纏っていた。

 

 もしかして地雷でも踏んだか、とアルマはぼんやり思っていると、ソーマは重々しく口を開く。

 

 

「俺の方が、上手く、造れる」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ。だから、俺が造った酒から飲め。俺が必ず満足させてやる」

 

「それはいいけど、オマエの情緒どうなってるんだ?」

 

 

 ソーマは答えない。

 何やら没頭し始めてしまい、ブツブツ、と呟き始める。どう上手く発酵できるか、果実は何を選ぶべきか、思考が口から漏れているのに気付かず。彼が持ち得る酒造りの技術の全てを用いて果実酒(ワイン)造りを臨もうとしていた。

 

 アルマは首を傾げて、そこまで他の神を引き合いに出されたのが気に入らなかったのか、と考えていた。

 つまりはそのとおりだ。ソーマにとってアルマは希少な人間。ある日、突然現れて、眷族やファミリアの内情に口を出し、酒造りを褒め、あまつさえ図々しく飲ませろと勝手な注文までしてきた。ソーマは趣味に没頭する神である。対神関係は疎く、それは人間に対してもそうだ。ソーマと言う男神は、他者とコミュニケーションをとることを苦手としている。

 

 そんな中、突然現れた妙な人間。

 酒を飲ませ美味いと称え、でも失敗作のほうが好きだ、と堂々と口にする。それは真実であった。臆面もなく言い切るアルマに、ソーマが興味を示すのはは時間の問題だったのかもしれない。

 

 そして興味は次第に、好感へと変わり、いつの間にか酒を造り、アルマに感想を聞くようになっていた。

 正気を保ち、褒める部分は絶賛し、口に合わなければ容赦なく駄目出しをする。そんな裏表のないアルマに、ソーマは好感を持っていた。

 

 そんなアルマが、他の神の酒を飲みたいというのだ。

 ソーマにとって、それは大変面白くない言葉であった。

 

 

 対するアルマはそんなソーマの心境に気付く事なく、美味い酒を飲ませてくれるならそれでいいと断じていた。

 深く考えれば、アルマも何となく察する事を、彼は思考を放棄する。何やらやる気になっているし、水を差すのも悪いだろう、という程度の理由でソーマを放置する事にしていた。

 

 そうしていると。

 

 

「はい、アルマさん。お待たせしましたー」

 

 

 愛想の良さそうな、可愛らしい声が耳に入る。

 咄嗟に、アルマはその声に応じた。

 

 

「悪いな、フレイ――――」

 

 

 そちらに目を向けると初対面の少女。

 薄鈍色の髪の人当たりの良さそうな笑みを浮かべる、豊饒の女主人のウェイトレス。見たことがない人間の少女がアルマに木製のジョッキを差し出していた。

 

 先程、注文した酒を届けに来てくれたのだろう。

 ウェイトレスとして、それは全うな接客である。

 愛想笑いを浮かべて、極めて明るい声。アルマの名前を知っているのも、彼がここでは“厄介な常連”として、名が知れ渡っており、彼女がアルマの名前を知っているのも納得がいく。

 

 それでも、アルマは腑に落ちない様子で、少女の顔をジッと見つめる。

 問題の少女は、頬を紅く染めて、モジモジとエプロンを握り締めて。

 

 

「あ、あの。そんなに見つめられると……」

 

「あぁ、ごめんな」

 

 

 アルマは素直に謝罪の言葉を述べて、木製のジョッキを受け取り。

 

 

「何か知り合いの女神に似ててさ。……んー、勘違いだよな。でも何だか、んー?」

 

「そんな、女神だなんて、照れちゃいますよ……」

 

「あー、そういう意味で言ったわけじゃないんだが」

 

 

 そこまで言うと、アルマは言い淀む。

 少女が女神と言うわけではない。知り合いの女神に良く似ていると言ったつもりなのだが、どうやら少女は違う意味で受け取ったようだ。

 

 ご機嫌な調子で、見る限り浮かれており、頬を紅潮させている。

 ここで思いっきり否定してもよかったのだが、気を良くしているのだから敢えて言うのも意地の悪い事だと、アルマはとりあえず放置する事にした。

 

 

「それよりも、アンタ名前は何ていうんだ?」

 

「あれ、アルフィアさんから聞いてませんか?」

 

 

 アルマは首をかしげながら、ジョッキの中に入っていた酒を飲む。

 ここでどうしてアルフィアの名前が出てくるのか、本当の意味で解らなかった。

 

 そんなアルマを、ジッと見て、嘆息をして。

 

 

「私、貴方のお店に面接に行ったのですが……」

 

「おぉ? 聞いたことがあるな」

 

 

 待て、と。

 自分の手のひらを少女に向けて、彼女の言葉を遮る。

 

 喉の奥辺りまで出掛けているのに思い出せない。

 アルフィアは忌々しげに、退屈そうに、不機嫌そうに、あの時なんと言っていたか。アルマは思い出しながら。

 

 

「シル。そうだった、シルって名前だったか。そうか、オマエがシルって奴か」

 

「はい! シル・フローヴァですっ!」

 

 

 少女――――シル・フローヴァはアルマに向かって花の咲いたような満面の笑みを向ける。

 名を思い出し、その名を呼んでもらう。それこそが至高の喜びと言うかのように、シルは浮かれていた。

 

 アルマとしては、どうして彼女がここまで喜んでいるのかいまいち理解が出来ない。

 それよりもどうして、自分はシルをフレイヤと間違えてしまったのか腑に落ちない表情で再度問うた。

 

 

「なぁ。オマエってフレイヤって奴と関係ある?」

 

「フレイヤ様と私がですか?」

 

 

 シルは困った笑みを浮かべて。

 

 

「あるわけがないですよ。しがない人間ですよ私は」

 

「んー、そうか。おかしいなぁ……」

 

「……どうして関係あると思ったんですか?」

 

「何でってアレだ。雰囲気かな?」

 

 

 それと、と言葉を区切りアルマは言葉を続ける。

 

 

「後は眼だな」

 

「眼、ですか……?」

 

「ん。目つきなんて全然違うんだけど、眼の奥がそっくりなんだよなぁ。何か、我が強くて強欲と言うか、でもしっかりオレを見ていて、綺麗な色でオレが好きな眼をしているんだ」

 

「――――――――――ッ!?」

 

 

 ぐるり、と。

 眼も止まらぬ速さで、シルはアルマに背を向けた。見てみれば、耳まで真っ赤に染まっていた。

 

 アルマは首を傾げる。

 まるで本気で照れているような、どうしてシルがそんな反応をするのか解らない。

 

 そこでアルマはソーマに話しを振る事にした。

 ブツブツ、と今だに自分の世界に浸っている彼にアルマは口を開く。

 

 

「なぁ、ソーマ。シルって似てるよな?」

 

「……誰とだ?」

 

「え、なに。オマエ全く話し聞いてなかったのか?」

 

「あぁ」

 

 

 あまりにもマイペース。

 もしかしたら、自分よりも上なのではないかとアルマは溜息を吐いて。

 

 

「シルとフレイヤだよ。似てないか?」

 

「似てるも何も、俺はフレイヤに会った事がない」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ」

 

「どうして」

 

「普段、出歩かないから」

 

「そういえば、オマエも()()()と同じだったな……」

 

 

 呆れた口調でソーマを見る。同じ、つまりは引きこもり。そんな男が他の神と交流がある筈もない。

 会った事がないのなら仕方ない。となれば確かめようがなく、この話しはこれでおしまい。アルマはそう勝手に切り上げて、再び木製のジョッキに入っていた酒を口に含む。

 

 どれだけ飲むのか、とソーマはアルマを観察しながら、ふと疑問が浮かび問う。

 

 

「こんなところで油を売ってていいのか?」

 

「というと?」

 

「お前のところの従業員が迎えに来るんじゃないか?」

 

「良くぞ聞いてくれたなソーマ」

 

 

 

 ふっふっふ、と含み笑いを浮かべて、アルマは居丈高に告げる。

 

 

「今、アイツらは旅行中だ。つまり、オレは今や自由。なんと清清しい。思う存分、羽を伸ばせるというもの!」

 

「いつも伸ばしているだろう」

 

「おーい、ミアー! おかわりくれよー!」

 

 

 ソーマの言葉など華麗に無視。

 アルマは上機嫌に豊饒の女主人の店主――――ミア・グランドに注文をする。

 

 だがミアの反応はない。

 むしろどこか剣呑で、客であるというのにアルマを睨みつけて、低い声で以て口を開く。

 

 

「アンタ、ヴァリスは持ち合わせてるんだろうね?」

 

「愚問だな。オレだぞ? 今日もツケで頼む」

 

「死にな」

 

 

 大きな舌打ち。それに伴い、右手の親指を下に向ける。

 憎悪増し増し、非難轟々、殺意熱々。とてもではないが、客に向けて良い感情ではない。だがそれも当然だ。金銭を払わないのだから、アルマはもはや客でもなければ人でもない。ただの畜生に人らしい感情など向けられる筈もない。

 

 ミアだけではない。豊饒の女主人の従業員全員がブーブーとブーイングをアルマに向けている。

 

 それを一身に浴びて、アルマはやれやれ、と首を横に振り。

 

 

「怒られちゃった」

 

「当然だろう」

 

 

 一連の流れを見て、ソーマは一言で済ませた。

 あまり外に出歩かず、一般常識が疎い身であると自覚している彼でも解る。今のはアルマが全面的に悪いと。

 

 それでもアルマは響かない。

 にんまりと破顔一笑に付して自信満々に言う。

 

 

「まぁ、待て。宛てはあるんだ」

 

「誰に借りるんだ?」

 

「仕事だよ仕事。これからでかい仕事があってな」

 

「これから? 今夜か?」

 

 

 そうだ、とアルマは頷いて、今だに顔を赤く染めて固まっているシルに向かって。

 

 

「おい、シル。そろそろ帰ってきて欲しいわけだが」

 

「は、はいっ!!」

 

 

 なんでしょうか、とシルは振り返り、アルマは彼女に二つに折った羊皮紙を手渡す。

 

 

「アルフィア達がここに来たら渡してほしいんだ」

 

「それはいいですけど……」

 

「気になるんなら見ても良いぞ」

 

 

 シルは頷いて、恐る恐る見る。

 羊皮紙に書かれてある内容を見て首を傾げて。

 

 

「何ですかこれ……」

 

「アレだ。リリルカに習って、念には念をって奴だ」

          「大事だろ、ほうれんそうってやつ」

 

 

 

 

 

 

 





>>ソーマ
 アルマの友達。
 自慢の酒を褒めて褒めて、駄目な部分を指摘をされる。
 要約すると、オタクに優しいギャルムーブをされて、アルマに懐く。
 なんでさ。

>>シル・フローヴァ
 豊饒の女主人の従業員。嘘を見抜く程度の能力をもっている。自称一般人。
 “何でも屋アーデ”に面接しに行ったら、アルフィアにお祈りメールを直接言われる。ある意味で、アルフィアに最も警戒されている人。
 アルマが関わると偶にポンコツになる。

>>ソーマの酒
 神すらも酔わせる代物。
 正気を保てないとか、飲んでてもつまらなくないか、とは黒いのの言葉。
 失敗作の方が美味い、というのも黒いのの言葉。

>>「俺の方が、上手く、造れる」
 割と重い感情を持ってるソーマ概念

>>「綺麗な色でオレが好きな眼をしているんだ」
 袖にして、好みじゃないとか言っておきながら、こんなことを本心で言うのだから情緒も滅茶苦茶にもなる。

>>「怒られちゃった」
 反省なんてするわけがない




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第17話 【顔無し】

 

 

 

 アレからソーマと別れ、“豊饒の女主人”を後にしたアルマは、オラリオ内にある木造建築の家屋の前に立っていた。

 外観は二階建てでレンガ屋根。オラリオではどこにでもありふれた一軒家。

 

 しかしどこか妙に感じたのか、アルマは腕を組み、首を傾げる。

 

 

 依頼があったので、ここまでやって来たのは良い。

 直接のやり取りではなく、手紙があばら屋に投函されていたのも良い。

 手紙に記載されていた場所と、目の前の家屋が一致しているのも良い。

 指定された時刻も、指定された場所も、何もかも間違いはなかった。

 だがどういうわけか――――目の前の家の中から人の気配が感じられない。

 

 不気味なほど静かで、不思議なほど物音せずに、不可解なほど家の中は暗闇に包まれている。

 

 しかしアルマに動揺はない。

 彼にとってこんなことは初めてではない。

 こうして手紙で依頼されて、悪戯だったのかすっぽかされたことなど数知れず、依頼主に会えても禄でもない依頼ばかり。

 今回もそうであろうと、どこか諦めた眼差しで、目の前の家屋に意識を向ける。

 

 

 ――前はアレだ。

 ――殺しの依頼だったな。

 ――もちろん、断ったが。

 ――面倒だったから、アルフィア達には黙ってたっけ。

 ――何でも屋って言っても限度がある。

 ――……いいや、待てよ。

 

 

 思い当たる節はあった。

 感じていた視線。監視されているような、見張られているような、観察されているような視線を、アルマは感じていた。

 それが顕著になっていたのは、数日前のこと。アルフィア達が旅行に発つ前、アイズ・ヴァレンシュタインが特訓に来たとき辺りだ。

 

 フィンが気をつけるように言っていた人物。

 アルマのことを聞いて回っていた人間。

 かつて()()の眷族であった冒険者。

 

 

「タイミング的にはバッチリだな」

 

 

 仕掛けるのならここだろう、とアルマは納得する。

 何せ今の彼は一人。アルマとは違う意味の怪物、“才禍の怪物”たるアルフィアは傍に居らず、知恵が回り盤上を俯瞰して視る事が出来るリリルカ・アーデもいない。 

 盤上の駒は彼一人。これほど扱いやすい状況はない。アルマ・エーベルバッハが如何に規格外といえど、彼一人では出来る事など限られている、と邪神の眷族だった男はそう判断したのだろう。

 

 つまりは、アルマは侮られていた。

 アルフィアがいては手を出せず、アルマ一人であればどうとでもなると、断じられていた事となる。

 

 屈辱、と言うつもりはない。

 侮辱、と憤るつもりもない。

 恥辱、と煮え滾る事もない。

 

 ただアルマは笑みを浮かべる。その笑みはまるで、新しい玩具を買ってもらった子供のよう。

 問題の眷族がどのような手で来るのか、どのような策を弄してくるのか、どのような手練手管で自分をどうにかするのか、アルマはそれだけにしか興味がなかった。

 

 

「鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 

 アルマとしては、どちらでも構わなかった。

 先の“大抗争”以来、軽い運動すらもしていない。これでは身体も錆付き、鈍るというモノ。偶には思いっきり身体を動かし、発散したいアルマとしては、どちらが出ても構わなかった。むしろ鬼と蛇、二つ一辺に出てもいいと考えながら。

 

 

 念のため、アルマは常識的な行動に移す。

 軽くノックするが、勿論と言うべきか返答はない。

 

 最低限の礼儀は払った。

 あとは非常識な手段を用いるのみである。

 

 

 

 

 

 

 

「開けゴマ」

 

 

 鍵はかかっていない。

 木製の扉は何の抵抗もなく、合言葉など必要ともせずに、開ける事ができた。

 

 ギィ、と軋みを上げてドアが開く。

 内装も変哲のないモノ。木製の壁、家具のない居間、明かりが灯っていない視界、そして――――床に転がっている一つの()()か。

 

 

「…………」

 

 

 ()()が何なのか。

 アルマは正しく認識するも、特に動揺はしなかった。

 ただ、久しぶりに視たと。どうして()()がここに転がっているのか、と。その意味が解らなかった。

 

 一瞥して、アルマは二階へと向かう。

 頼りなく軋みを上げる階段を上がる。二階には一つしか部屋がなかった。そして転がるのは一階にあった()()と同じ塊。その数は三つ。

 

 一つは、椅子に座りながら。

 一つは、床の上に転がり。

 一つは、窓の傍で。

 

 そのどれもが“終わって”いた。

 人間であった()()は何も言わぬ肉塊で、死体となりその辺りに転がっている。損傷はあれど、一階にあった()()と合わせて、共通して言えることは、鋭利なもので斬られた上での失血死。

 

 凶器はナイフか、それとも剣か、斧と言う可能性もある。

 

 

「…………」

 

 

 死体を見るのなんて、久しぶりであった。

 アルマは過去に殺人を犯した事実はないものの、以前に関わった事件、あるいは“大抗争”にて何度か死体を眼にしたことがある。

 

 動揺する事無く、物言わぬ死体を眼にし、噎せ返るほどの血臭を嗅ぎ分ける。

 

 

「流石に動揺しませんね」

 

 

 そこで声が聞こえた。

 いつの間にそこにいたのか、それとも最初からそこにいたのか。

 暗闇から人影が現れた。その声は男の声、姿も中肉中背の男の姿。胡散臭い笑みを浮かべた赤毛の男は続けて言う。

 

 

「もう少し取り乱した方が、可愛げがあると思うのですがね?」

 

「これをやったのはオマエか?」

 

 

 対するアルマは無視するように、床に転がっている一体の死体を指差して問いを投げる。

 赤毛の男はくつくつと喉を鳴らし、楽しくてたまらないといった調子で返す。

 

 

「そうだ、と言ったらどうしますか?」

 

「別に? オレは正義の味方ってわけでもないし、聖人でもないしな。オレの知り合いに手を出さない限り、見逃してやるさ」

 

 

 それに、と言葉を区切り。

 

 

「転がってるコイツらも冒険者だろ? もしオマエが殺ったとしたら、大したもんだ。複数を相手取って、圧倒しているんだからな」

 

 

 さも当然のように、アルマは口にする。

 

 確かに、アルマの言うとおり、今となっては物言わぬ連中の全員が冒険者であった。しかしそれは不可解だ。

 彼がここに足を踏み入れて間もない。現状を正確に知りもしない筈であるし、転がっている肉塊達とは初対面である。

 だというのに、彼は死体は冒険者であるとい切り、そして見事に当てて見せた。

 

 赤毛の男は息を呑む。

 出方を視るつもりが、まさか自分自身が動揺させられるとは思ってもみなかった。

 

 表情は薄ら笑いを張り付かせて、されど心情は乱れたまま、赤毛の男は口を開く。

 

 

「どうして、彼らが冒険者だと?」

 

「どうしてって、見ればわかるだろ」

 

 

 退屈そうな口調で、アルマは続けて。

 

 

「分厚くて、タコが出来ては潰れての繰り返したような手をしている。大小はあれど細かい傷が身体にあるし、筋肉のつき方も農夫のそれじゃない。まだあるが、まぁアレだ。どう考えても一般人じゃないだろコイツら」

 

「……こんな暗闇で良く見えますね」

 

 

 赤毛の男の言うとおり、明かりと言えば空から照らされる月明かりのみ。

 しかし、それも光源として機能しておらず、赤毛の男から見たらアルマの顔もぼんやりとしか見えない。それは目の前の黒髪黒眼の男も同じであると、先程までは思っていた。

 

 だが違った。自分達のような人間と、そもそも基本性能が違うかのような。神々とは違う、一段階上のような存在と相対しているような感覚。

 ぞくり、と。憂さ寒い怖気を感じる。初めて赤毛の男は、アルマ・エーベルバッハという存在の規格外さを身に染みる事となった。

 

 反してアルマは気楽な口調で。

 事も何気に、さも当然と言った調子で。

 

 

「それはオマエ、オレが視えるとオレを信じたからだ。知っての通り、オレは何でも出来るからな――――」

 

 

 それから言葉が続く事はなかった。

 

 誰がどう見ても、アルマは油断していた。

 それを見逃すほど、赤毛の男は悠長な性格ではなかったようだ。

 

 最短距離で、最高速度で、最適解で、いつの間にか手にしていた両刃の直剣を手にした赤毛の男は駆け出す。

 振りかぶる素振りはない。最小限の動きで対照を仕留める動き。つまりは刺突。脇に構え、そのまま突き出す形で、アルマの胸の真ん中――――心臓を目掛け突く。

 

 如何に計り知れない者でも、急所は同じである。

 心臓があるのなら、そこを止めてしまえば生命活動も止まるというもの。

 

 

「――――っ!?」

 

 

 だが――――寸前のところで、剣先が動かなくなった。

 身体に突き刺したからではない。アルマが止めていたからだ。それも片手の指先で、モノをつまむように軽く、赤毛の男の必殺の勢いで繰り出された刺突を、指の力だけで止めていた。

 

 

「それで、オマエは、何だ?」

 

 

 そのまま何もなかったように怪物は会話を続ける。

 引けども押せどもビクともしない。まるで万力に挟まれたように、一切ブレることなく動かなかった。

 

 突き出された凶器を指で挟み止める、といった妙な光景のままアルマは続ける。

 

 

「オマエがオレに手紙で依頼してきたのは解っている。オレを監視してたのも解っている。オレの事を聞いて回っていた事もオマエだってことも解っている」

 

「……っ」

 

 

 何もかもバレていた。

 もはや赤毛の男は笑みと言う仮面を被っていなかった。

 

 ただただ目の前の規格外に対して慄く。

 全てを見透かすような、眼で赤毛の男を視ている。全ての闇を暗い尽くすよう安黒色の眼。

 眼を合わせた者の魂を暗い尽くすかのような、まるで本性を表したような、黒いナニかは笑いながら。

 

 

「で、改めて聞くんだが――――()()()の元眷族がオレに何の用なんだ?」

 

「……私もまだまだのようです。そこまで把握されていましたか」

 

「気にするな。オレの友達に、凄い賢いヤツが居てな。オマエの事は全部教えてもらった。アイツがもう少しバカなら、“オレの敵”になったんだが」

 

 

 本当に惜しい、と言いながら指先から剣先を放した。

 あまりにもあっさり。自分を殺しうる凶器を開放してしまう。

 

 不思議と馬鹿にされているとは思えなかった。

 ここで再び奇襲をしかけようとも、簡単に防がれてしまう事は、先のやり取りで赤毛の男も理解している。

 

 納得せざるを得ない。

 これこそが強者の余裕であり、アルマ・エーベルバッハの絶対的な自信の根源であるのだと。

 

 

「なるほど、よく解りました。()()()()が後を託したのも納得致します」

 

「…………」

 

 

 そこまで呟くと、赤毛の男はアルマから一定の距離を開けた。

 一歩、また一歩と後ずさる。とはいっても、一息に詰められる距離。

 

 

「置いてかれた私、託された貴方。えぇ、良く解りましたとも。私と貴方ではモノが違う。欠陥品などよりも、完成品を寵愛するのも道理と言えましょう!」

 

「おいおい、どうした。嗤えよ元眷族。仮面剥がれてるぞ?」

 

 

 そういうアルマは笑みを浮かべているが、眼は全く笑っていなかった。

 彼の邪神、と赤毛の男が口に出した瞬間、感じ取れた攻撃性を敏感に察知する。赤毛の男が憤り、侮蔑しきり、嘲笑を交えて、彼の邪神を嘲っている事をアルマは読み取っていた。

 

 

「全く、()()()は面倒ばかり押し付ける。オマエみたいなヤツを処理するのがオレの仕事であるわけだが、後片付けする身にもなってほしいもんだ。な?」

 

「おや、見逃してもらえないので?」

 

「あぁ、オマエはここでおしまいだ。諦める方が楽だしオススメなんだが」

 

「それは困りました。これが絶体絶命と言うやつでしょうね」

 

 

 そうは言っても、赤毛の男の口調は仰々しいモノ。

 どういうわけか、先程よりも目に見えて余裕が出てきている。

 

 胸騒ぎがするが、アルマは特に焦る素振りはない。

 何故ならそれがアルマ・エーベルバッハだからだ。何が起きても、自分ならばどうとでも出来るという絶対的な自身を持つ故に常に余裕を保っている。

 しかし――――。

 

 

「対峙して理解しました、貴方はお強い。だからこそ、小細工など使わずに真正面からやって来てくれた。弱者の駆け引きすらも歯牙にかけず――――!」

 

「――――――――」

 

 

 気配があった。

 何者かが大慌てで、アルマと赤毛の男が居る家屋に侵入してくる。

 足取りは素人そのもの。冒険者や暗殺者といった戦闘に特化した者のそれではないことを、アルマは察知する。

 

 

「ずっと観察してきました貴方を。どうすればいいか、どうやればいいか、ずっと考えてきました。貴方が一人になるのを待ち、無駄に冒険者達を殺し、この惨劇を演出させて頂きました。実力行使が駄目なら二の矢にて。私、用心深い性質でして」

 

「と、いうと?」

 

「貴方はお強い。だからこそ――――油断し慢心する」

 

 

 アルマはどのような状況でも、どうとでもする。彼自身の特異なる実力故に、どうとでもしてしまう。

 だからこそ、直ぐに行動しなかった。赤毛の男の出方を視て、どのような行動をするのか、興味があったから彼は直ぐに手を出さなかった。

 それこそが、アルマの悪癖。アルマの致命的な弱点。強者故の心の隙。

 

 もう少しアルマが弱かったのなら、絶対的な力がなかったのなら、強いと言っても圧倒的なモノではなかったのなら、赤毛の男を直ぐに制圧していたのなら――――このような事態にはならなかっただろう。

 

 

「な、何やってるんだアンタら!?」

 

 

 アルマは振り返る。

 ヒゲを蓄えた中年の男性が叫んでいた。

 

 中年の男はアルマを見て、赤毛の男を見て、床に転がっている肉塊に眼を向けて、眼を見開き口を何度もパクつかせ。

 

 

 ――なるほど。

 ――しくじった。

 

 

 既に遅かった。

 赤毛の男はコレを待っていたと言わんばかりに笑みを深めて、悲痛な叫びを上げていた。

 

 

「た、助けてください! 襲われてるんです! お願いします、助けてください!!」

 

 

 ひぃ、と中年の男は小さく悲鳴を上げて、その場で腰を抜かしていた。

 狼狽している中年の男に何を伝えても無駄であるほど冷静ではない事が見て取れる。赤毛の男を見ても、部屋の隅で怯えている。

 

 これでは誰がどう見ても、この惨劇を起こしたのはアルマであった。

 この状況は偶然ではない。最初の刺突で駄目だったときの保険がこれなのだろう。つまり、アルマは赤毛の男にこれでもかと言うほど見事に嵌められたということになる。

 

 

「やられた」

 

 

 一言呟き、アルマは窓際まで歩き。

 部屋の隅で震えている演技を継続している赤毛の男に向かって。

 

 

「やるな、オマエ。正直ぐうの音も出ない」

 

「ひぃ!?」

 

「オマエの面、覚えたぞ。また会おうやヴィトー何某とやら。オマエの目的とかいまいちわかってないから、次に会ったとき聞くわ」

 

 

 鋭い破裂音が鳴り響き、窓のガラスが粉々に砕け散った。

 裏拳一発で砕かれた窓から、アルマは身を乗り出し、逃走を選んでいた。

 

 それを認めた赤毛の男――――ヴィトーはピタリと演技とを止めて立ち上がり。

 

 

「知恵が回るようですね。逆上して私を殺したものなら、それこそ貴方は終わりだったのですが」

 

 

 思い通りにならないものです、と呟きヴィトーは部屋を出た。残されたのは、腰を抜かし恐怖のあまり気絶している中年男性のみ。

 

 

 

 そして次の日――――男が迷宮都市オラリオにて指名手配されることとなる。

 容疑は冒険者4名の殺害。あまりにも異例な速度による手配。

 

 

 犯人の名前は――――アルマ・エーベルバッハ。

 

 

 



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幕 間 一方その頃のアルフィア


 お気に入り登録3000人突破しました! ありがとうございます!
 誤字報告や評価をしていただきありがとうございます!


 先の話しで、ダンまちの世界観的にこの展開はおかしくない、というご意見を頂きました。
 えぇ、言われても当然。確かに展開がおかしいかもしれません。
 思わず、削除して一から作り直そうと思いましたが――――やめました。
 
 \やめたのか/

 えぇ、やめました。
 これから面白くなりますから! いいや、本当! どうかこれからもよろしくお願いしますねっ!
 っと、隙を見せましたねえええ!!急急如律令!喰らえい!箸休めの幕間!!




 

 オラリオではないどこか。

 都市に比べて簡素すぎるような村落。人口も数十人程度の集落で、子供特有の声が響いていた。

 

 この集落では珍しい。

 というのも、子供自体の数が少なく、片手で数える程度の人数しか存在しないからだ。

 

 村民は何事だと声のした方へと視線を向けて、騒いでいる子供が何者なのか見ると、直ぐに笑顔を浮かべて直前までやっていた行動へと戻っていく。

 

 子供が騒ぐのは珍しいといったが、最近では見慣れたもの。

 それも村の中では有名な“好好爺”を訪ねてきた二人の旅人がやって来てから。

 

 

「いいですか、ベル!」

 

 

 ビシッ、と。

 身体が小さな少女。小人族(パルゥム)のリリルカ・アーデは勢い良く、目の前の男の子に指差した。

 

 男の子は正座している。

 自発的にではない。きっと、リリルカが座るように言ったのだろう。ここで正座を選ぶ辺り、男の子の性格が出ているというもの。

 謙虚、あまりにも謙虚。人が好いといってもいい男の子の名はベル・クラネル。雪のような白い髪、宝石のような赤い眼をした少年は、どこか緊張したような面持ちで。

 

 

「は、はい! リリさん!」

 

「それです」

 

「はい?」

 

 

 いまいち要領の得ないように首を傾げる。

 

 当然だ。

 ベル少年がわからないのも無理はない。

 何せリリルカは主語を言ってない。不満そうにしていることは、ベル少年でも辛うじてわかるものの、何に対して自分が怒られているのか、いまいち解っていなかった。

 

 対するリリルカは指を差したまま、堂々とした口調で。

 

 

「貴方は、アルフィアさんをお義母さんって言いましたね?」

 

「は、はい」

 

 

 だって呼ばないで叔母さんって言うと無言で睨むんだもん、という言葉を飲み込む。

 賢明だった。この辺りは“好好爺”の教育が行き届いているというもの。一言多い男はモテないと散々言われている故の配慮であった。

 

 そんなベル少年の必死な心境は知らずに、リリルカは頷いて。

 

 

「よろしい。では次に進みますね?」

 

「……はい」

 

「アルフィアさんをお義母さんっていうってことは、息子同然ということですよね?」

 

「そう、なるんですか?」

 

「そうなるんです。ベルはアルフィアさんの息子同然なのです」

 

 

 実のところ、悪い気はしなかった。

 アルフィアという女性は、幼いながらベルから見ても美人の部類である。件の“好好爺”も会話するたびにセクハラをし、目に見得ぬ打撃を叩き込まれているのをベル少年は目撃している。

 

 “好好爺”だけではない。

 村落に住まう老人、中年から青年に至るまで、アルフィアを一目見ようとベル少年達が住まう住居に押しかける程だ。

 そのような美人がお義母さんというのだから、ベル少年も誇らしくなるというもの。亡くなった母の姉であり、ベル少年の師でもあった人の同志だと聞いている。謎は深まるばかりだが、美人がお義母さんというのだからそれは嬉しいに決まっている。美人は正義だ。大人の女性はもっと正義なのだ。

 

 

「……なんかエッチなこと考えてませんか?」

 

「思ってません! マム!」

 

 

 

 思わず反射的に、背筋を伸ばしベル少年は必死に答えた。

 半眼で睨むリリルカに眼を合わせることが出来ない。合わせたら最後、直前まで抱いていた雑念を読まれそうだから。

 

 ジーっと見てリリルカは。

 

 

「まぁいいでしょう。話を戻します」

 

「は、はい!」

 

 

 助かった、と安堵するベル少年にリリルカは言う。

 

 

「アルフィアさんの息子と言うことは、リリの弟になります」

 

「え、どうして?」

 

「どうしてもなにもないです! リリの方がアルフィアさんに会ってます! ということはつまり、リリの方が先に娘なんです!」

 

「な、なるほど?」

 

 

 子供特有の力任せの謎理論。

 それを論破できるほど、今のベル少年は物の道理を解っていない。これがもう少し成長していれば、言い返せてただろうがまだまだ子供。

 だからこそ。

 

 

「それにリリの方が一歳上です!」

 

「な、なるほど!」

 

 

 丸め込まれるのは必定。

 わかりましたか、とリリは言うと腰に両手を当てて、あまりにも威風堂々とした様子で、胸を張ってベル少年に告げる。

 

 

「何度も、何度も言ってますが、これからはリリのことはリリお姉ちゃんと言うように。いいですか、ベル?」

 

「は、はい! リリお姉ちゃん!」

 

「よく言えました。ベルは偉いです。偉いので今日も遊んで上げましょう。着いて来て下さい!」

 

「急に走り出したら危ないと思います、リリお姉ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も儂の孫達が可愛い件について」

 

 

 その様子を、家の窓から見送る件の“好好爺”が見守っていた。

 顔はニコニコと、両肘を突いて、両手をあごに乗せて支え。これでもかというくらいニコニコと笑みを浮かべていた。

 

 

「狒々爺、ベルとリリルカを見るな。病気でも伝染ったらどうする」

 

 

 そんな“好好爺”に冷たい声が突き刺さる。

 見えない暴力。つまりは暴言。老人虐待をするのはアルフィアであった。

 彼女はオラリオで着ていたメイド服ではなく、どこにでもいるような村娘が着ているような質素な衣服に身を纏っている。

 

 “好好爺”は振り向いて、アルフィアに残念そうに眼を向けて。

 

 

「酷くない? 儂って病原菌か何かか?」

 

「誰彼構わず口説く程度には、頭が茹っているだろう。あと、いつからリリルカが貴様の孫になった?」

 

「リリちゃん理論で言えば、儂もお爺ちゃんってことになるじゃろう。儂は構わんぞ。リリちゃん、可愛いから」

 

「これ以上、あの子に悪影響を与える男はいらん」

 

 

 考える余地なく、明確な拒絶。

 “好好爺”は、ひどいっ! とハンカチでもあれば噛む勢いで悲しみ素振りを見せるが、アルフィアは無視。構えば付け上がると知っているからの放置であった。

 

 改めて彼女は家屋を見渡す。

 オラリオにあるあばら屋よりも立派な住居。人が住むには充分すぎる家財があり、家とはこういうものだと再認識させられる。

 中でも彼女が注目するのは寝台の数。その数は三つあった。アルフィアやリリルカが来る前から一つだけ多いベッド。それが誰のものなのか、ここに訪れて仔細をアルフィアは聞いて納得する。

 

 

「アイツが生きていたとはな」

 

 

 アイツ。

 それはかつての同志であり、次世代の踏み台になることを共に選び、()()の下へと集った男。

 ザルド。【暴喰】の二つ名を持つ冒険者の名前であった。

 

 いた、とはつまりは過去形。

 彼は既に亡くなっていたことを、訪れた日、つまりは数日前にアルフィアは聞いている。そして、亡くなる直前までベルの師として、鍛えていたと。

 

 

「何じゃ、あの黒いのから聞いとらんのか?」

 

「聞いてない」

 

「かぁー! 相変わらず駄目じゃなあの黒いの! 態度だけデカいんだもんなぁー!」

 

 

 いけ好かないと言わんばかりに“好好爺”は文句を言い始める。

 もはや内容は悪口に近い。慢心小僧やら、油断が過ぎるやら、いつか刺されろやら、態度がデカいのが気に入らないやら、黒髪の風上にもおけないやら、好き放題言いまくっていた。

 

 とはいえ、その口調は嫌悪しているそれではない。

 むしろどこか暖かく、悪友に向ける愚痴のようなものである。

 

 

「んで? 黒いのは元気でやっとるんか?」

 

「元気といえば元気だな」

 

「風邪でもひけばいいのに」

 

「ひかないだろう。阿呆だから」

 

 

 アルフィアもあんまりな事を言うと、そのまま続けて疑問に思っていることを口にした。

 

 

「何故、そこまで眼の敵にする?」

 

「だって、儂とアイツ、喧嘩別れしたし」

 

「初耳だ。何故喧嘩した?」

 

「性癖語り合ってたら、いつの間にか殴り合ってた。……あれ、儂らってどうして殴り合ってたんじゃ?」

 

「……知るか」

 

 

 思ったよりも下らなかった。

 アルフィアは思わず目頭を押さえて、謎の頭痛を覚える。聞いた私が馬鹿だった、と後悔して遅い。狒々爺と問題の黒い男に、まともな理由があるとは思えない。この男共はこういう男共であるとアルフィアは再認識し、“好好爺”の顔を見る。

 

 “好好爺”の表情はどこか晴れ晴れとした、満足したような表情。

 それはまるで、ベルを見つめる眼差しに近く、孫を見つめる翁のような顔でもあった。

 

 笑みを浮かべて“好好爺”は言う。

 

 

「元気そうで良かった良かった」

 

「……貴様、知っているのか」

 

「何がじゃ?」

 

「アイツが何者なのか、だ」

 

 

 アイツとは、“好好爺”がいう黒いの。態度がデカい規格外の彼のことだ。

 アルフィアが育ての親でもあった()()に尋ねても明確な答えが貰えなかった真実。

 それが先程の“好好爺”の反応で、知っていると確信を持つことになる。

 

 そして“好好爺”は考える素振りすら見せずに。

 

 

「知っとるよ?」

 

 

 それから試すような笑みを浮かべて。

 

 

「何じゃ、知りたいのか?」

 

「…………」

 

 

 知りたくないといえば嘘になる。

 黒い彼とは長い付き合いであるものの、何者なのかアルフィアは知らなかった。それは妹であるメーテリアも同じといえるだろう。

 

 いつの間にか現れて、世界のバグのような黒。それが彼だった。

 

 知りたいといえば知りたい。

 何一つ、知らない彼のことを知れば、もっと近づけるかもしれないとアルフィアは考える。

 だが。

 

 

「いらん」

 

 

 否、と。

 他人の口から聞いては意味がない。

 これは本人の口から、語られるべきものであるとアルフィアは断じる。

 

 それに何か負けた気がする。

 まるで黒い彼のことが気になって仕方ないような、まるで乙女のような自分に苛立ちをアルフィアは覚えていた。

 

 “好好爺”はそんな複雑な内面を視て、ニヤニヤと笑みを浮かべて。

 

 

「青春じゃのう~」

 

「殴るぞ」

 

「……もう殴られとる」

 

 

 目視不可の拳を、いつの間にか“好好爺”の顔面に叩き込まれていた。

 鼻血が滝のように出ているのはきっと気のせいではない。

 

 “好好爺”は何事もなかったように、鼻を押さえて。

 

 

「まぁ、黒いのは黒いので色々ある。勝手に産み出されて、勝手に捨てられた可哀想なヤツじゃからな」

 

「可哀想とは程遠い男だがな」

 

「確かに。もうちょっとばかり、謙虚になれないものか。ベルを見習えベルを」

 

 

 それは確かに、とアルフィアは頷く。

 我が甥ながら、アレはアレで人が好すぎるが、と考えながら。

 

 

「今夜発つ」

 

「ほう、もう行くのか? アレか、黒いのが気になって仕方ないのか?」

 

「殴るぞ」

 

「――――だからもう殴っとる」

 

 

 再び、“好好爺”の顔面へと拳を叩き込み、アルフィアは溜息をついて。

 

 

「どうせあの男は、私とリリルカがいないことを良いことにサボっているに違いない」

                      「業腹だが、私達が戻ってやらねばなるまい」

 

 

 

 

 





 ▼爺「というか、ザルドと二人掛りで黒いのに負けるってどうなの?」
 ▼アルフィアポイント加算
 ▼爺「もっとしっかりしてほしいわけ。黒いのに負けるとかナイワー。本当にナイワー」
 ▼アルフィアポイント加算
 ▼爺「ヘラがなんていうかなー?」
 ▼アルフィアポイント限界突破
 ▼アルフィアのこうげき!
 ▼いちげきひっさつ!
 ▼爺「あっ」



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第18話 考察するのは親指カムカム


 頭のいい人がいると話しがスムーズに進むな、って思った話です(なお表現出来ているとはいってない)


 

 迷宮都市オラリオの北部。

 広大な土地に建てられた、強大な建造物。まるで城のような外観で、荘厳な印象を感じさせる。

 

 そこに建つは、オラリオ内にて二大派閥と呼ばれる一翼、【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)である“黄昏の館”である。

 その中の一室、フィン・ディムナを筆頭とする三幹部が雁首を揃えていた。

 

 彼ら三人はソファーに座り、厳しい面持ちで。

 難しそうな顔でガレス、眼を瞑り思案するリヴェリア、そしてフィンといえば――――。

 

 

「駄目だ」

 

 

 有無を言わさない迫力。

 何があっても意見を曲げないような、【ロキ・ファミリア】の頂点たる威厳を見せながら、彼は一言だけ口にしていた。

 

 明確な否定。

 それを受けて、彼らに訴えるために訪れた二人の片方。狼人(ウェアウルフ)の男――――ベート・ローガが食い掛かる勢いで叫ぶ。

 

 

「何でだよッ!」

 

「どうしてもだ。ベート、方針を曲げる気はないよ」

 

 

 フィンはそういうと、端的に続けて。

 

 

「何度も言う。今回の件、アルマ・エーベルバッハに【ロキ・ファミリア】が介入する事は、断じて許さない」

 

 

 今から数時間前。

 深夜にてオラリオで死体が発見された。

 単純にして明快な事実が、オラリオが激震することとなる。“大抗争”をから2年が経ち、オラリオは平穏を取り戻しつつあった。そこで、よりにもよって、傷跡が癒えている最中にて、凄惨な事件が起き、オラリオは陰鬱な状況へと追い込まれていた。

 

 被害者は4人。

 二つ名などない、名も聞いた事がない冒険者であった。

 

 事件が起きた場所は住宅街。怪しい商売をしていたわけでもなく、問題とされていた闇派閥(イヴィルス)が根城としていたわけでもない。

 手紙で呼び出しを受けて、指定場所に赴いたものの差出人は現れず、出掛けていた住人が帰宅し、鍵を閉めたはずが開いていたため、急いで二階に上がると――――そこにいたのは二人の人影。

 暗かった事もあってか、二人が誰なのか住人には解らず、腰を抜かして気絶していたと住人は語っていた。

 

 そして一夜明けて、ギルドより指名手配されるは――――アルマ・エーベルバッハ。

 

 オラリオの住人は、やると思った、そんな事をする人には見えなかった、と二分していた。

 いうなれば、混乱していると言ってもいい。

 

 ファミリアでも彼に対する対応がバラバラであった。

 とりあえず話を聞こうとする者達、彼と言う武器を手にしようと囲おうとする者達、犯人だと決め付けて討伐しようとする者達と、対応も様々。

 

 そんな中で、【ロキ・ファミリア】の方針といえば――――放置であった。

 むしろ、自分達がアルマ・エーベルバッハに関わる事を禁じており、アルマが犯人であるという前提で話しを進めていた。

 

 

 

 そしてその方針に異議を唱えるのが、ベート・ローガともう一人であり、現在に至る。

 

 フィンは意見を曲げない。冷静な口調で、真偽は定かではなことに無闇に介入するべきではないと俯瞰的な視点で告げる。

 対するベートは青筋を立てながら、苛立ちを抑えきれずに。

 

 

「だから! あの野郎が、あんなつまらねぇマネするわけねぇだろ!」

 

「そこまで言うのなら、根拠はあるんだろうねベート」

 

「ねぇよ!」

 

 

 あまりにも感情論。

 清清しいほど気持ちよく答えるベートに、フィンはため息を吐いて。

 

 

「話にならないな。今のオラリオは混乱している。そこに僕達が介入してはどうなる? 悪戯に状況を掻き乱すだけだと、どうして解らない?」

 

「それは……」

 

「僕達はオラリオの二大派閥の一角だ。個人に介入する事など、愚かにも程がある。再三告げるが、【ロキ・ファミリア】は彼に介入する事は断じて許さない」

 

 

 フィンは暗に語る。

 これ以上は為す事はない、と。苦虫を噛み締めたような表情であるベートから視線を移し、抗議に来たもう一人の少女――――アイズ・ヴァレンシュタインに視線を向けて。

 

 

「アイズも彼がやってないと思っているのかい?」

 

「うん」

 

「根拠は?」

 

「ない、けど……」

 

「けど?」

 

 

 アイズは真っ直ぐにフィンを見つめて。

 

 

「黒い人が、リリルカを悲しませる事をしないと思うから」

 

「だから殺してないと?」

 

「うん」

 

 

 迷いなく、はっきりと、少女は頷いて見せた。

 ベートとは違った意味での感情論。根拠はなく、そうであったほしい、という願望でしかない。

 

 人の殺意など一時で簡単に変わる。

 我慢して我慢して急に牙を剝く事もあれば、我を忘れて支配される事だってある。その点だけ考えれば、アイズの口にしたモノは根拠にすら満たない。

 

 これ以上、フィンから言う言葉はない。

 しかしアイズは違うようで、おずおずとした様子で。

 

 

「フィンは、黒い人が犯人だと思ってるの? 友達じゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と、手厳しく言いおったのう?」

 

 

 ベートとアイズを下がらせて、今まで黙って静観していたガレスが口を開いた。

 非難する口調ではない。むしろ異議がないからこそ、今まで彼は静観に徹していたのだ。

 

 フィンはガレスの言葉を苦笑いで応じて。

 

 

「あぁでも言わないと、引き下がらなかったからね二人とも」

 

「だろうな。特にベートよ、いつから懐いておった?」

 

「懐くとは違うんじゃないかな。自分が認めた男が、そんなつまらないマネをしたら許さないといった感じだと思うけど」

 

 

 さて、とフィンは言葉を区切り。

 

 

「二人はこの件、どう思う?」

 

「妙だと思うが、どうじゃろうな。リヴェリア、お主はどう思う?」

 

「茶番、だろうな」

 

「茶番とな?」

 

 

 ガレスの訝しむ返す言葉に、リヴェリアは応対しない。

 むしろ何か難しそうに、心ここにあらずといった様子で、思案に耽っていた。

 

 フィンは疑問に思わない。

 リヴェリアが何を考えているか理解しており、彼女も苦労するな、と憐憫な感情を向けて。

 

 

「その前にガレス。今回の件で不可解なことが少なくとも3つある」

 

「ほう? 聞かせてもらおうか」

 

 

 フィンは頷き、人差し指を立てて、

 

 

「1つ目は、殺された冒険者がどこのファミリア所属なのか解らないということだ」

 

「そういえば、公表されておらんかった。まだ解らんのか?」

 

「あぁ。ギルドが言うには、遺体の損傷が激しく、どこのファミリアなのか判別がつかないといった理由であるらしい」

 

 

 そこで、と言葉を区切りフィンは人差し指の他に中指を伸ばして。

 

 

「2つ目だ。どうして殺された冒険者の主神は何も言わない?」

 

「確かに言われてみれば妙じゃな。自分の眷族が殺されたとあっては、神会(デナトゥス)でも開いて騒ぐ筈」

 

「だがそれがない。殺された冒険者が、誰の眷族なのか解らないのはおかしい」

 

「他の神が神会(デナトゥス)を開く気配は?」

 

「今のところなしだ。いずれは開かれるだろう。退屈を嫌う神々が、見逃すわけがない」

 

「ほう? フレイヤ辺りが開くと思っておったが、何もせんのか?」

 

 

 ガレスも何度か耳にしている。

 あの美の女神が、“何でも屋アーデ”に何度も足を運んでいると。

 それが事実であれば、明らか彼女はアルマに執着しているということになる。あの女神が、自ら足を運ぶなど異常過ぎる行動と言っても過言ではない。フレイヤの性格からして、男の方から来るように仕向ける筈である。だがそれがどういうわけか、健気にも彼女から足を運ぶという事実。

 フレイヤと言う女神がどのような神物か理解すればするほど、ありえない行動であった。

 

 だからこそ、ガレスは疑問に思う。

 あの執着対象が妙な事に巻き込まれているのだから、介入する筈であると。

 

 しかし予想に反して、フレイヤとその眷族達は、【ロキ・ファミリア】と同じく行動せずに今だに静観を保っている。

 

 

「僕もてっきり、彼女が最初に動くと思った。何もしないのなら、それでいいけどね」

 

 

 女神フレイヤが動くという事は、つまりそれはオラリオの二大派閥である【フレイヤ・ファミリア】も動くということに他ならない。

 混乱しているオラリオが更に混乱してしまうことは目に見えており、大人しくしてくれているのであれば、それ以上にありがたいことはないだろう。

 

 それだけ考えて、フィンは人差し指中指に続いて、親指を立てて。

 

 

「最後に三つ目だ。どうしてギルドは異例の速度で彼を犯人だと断定したのか」

 

 

 殺人が起きて、その数時間後の明朝には指名手配されていた。

 それは明らかに異例であり、まるで最初から彼を犯人に仕立て上げようとしていたとしか思えない。

 

 

 ――事件の現場を、満足に検分もしてないだろうに。

 ――第一、目撃者にも聞き込みもなしだ。

 ――焦っていた?

 ――彼を嵌めた人物と、指名手配した人物は同一人物か?

 ――同一人物にしては、拙策過ぎる。

 ――あまりにも雑すぎる。

 

 

 そこまで思案して、フィンは一つの可能性を考えて。

 

 

 ――いいや、これは口にするべきじゃない。

 ――何よりも証拠がない。

 ――しかしありえる事でもある。

 ――ギルドにアルマを処理したい勢力がまぎれている。

 ――つまりは、闇派閥(イヴィルス)

 

 

 闇派閥(イヴィルス)にとって、アルマ以上に厄介な存在いないに違いなかった。

 ファミリアに所属してないから団体で動く事もなく、一人で動けるからこそ隠密さに優れ、おまけに冒険者すらも歯が立たないほどの武力。そんな手合いに眼をつけられるなど、闇派閥(イヴィルス)にとっては悪夢でしかない。

 

 ならば何が何でも、排除しようとするに違いなく、だらこその今回の雑な策だったのだろう。

 そう考えれば、ギルドの思惑も見えてくるというもの。此度の件は、ギルド内部に蔓延っていた膿が原因となっている。それを考えれば、フィンはギルドが何をしたいのか、手に取るように読めてくる。

 

 フィンは難しそうな顔で思案しているリヴェリアに話しを振る。

 

 

「その点はギルド、いいや、ロイマンか。彼の思惑もあるのだろうけど、リヴェリアはどう思う?」

 

「だから言っているだろう、茶番だと」

 

 

 ため息を吐いて、リヴェリアは続けて言う。

 

 

「事の顛末によっては、私はアルマ・エーベルバッハに借りを作ることになる」

 

「それはご愁傷様というしかない」

 

「あー、なるほど。そういうことか。エルフの王族とやらも、大変じゃのう?」

 

 

 ガレスもフィンと同じ見解に至ったのか、哀れみの視線をリヴェリアに向ける。

 

 

「五月蝿い小僧共」

 

「なんじゃ、年増。儂ら当たっても仕方あるまい」

 

「しょうがないさガレス。ロイマンが悪い」

 

 

 さて、とフィンは立ち上がり。

 

 

「僕は散歩に出掛けようと思う」

 

 

 その意図を汲んだのはリヴェリアだ。

 この状況で散歩。混乱しているオラリオを練り歩く。迷宮(ダンジョン)に赴かずに、敢えてオラリオを散策するという事。それはつまり――――。

 

 

「……待て。お前先程、【ロキ・ファミリア】は介入しないと言わなかったか?」

 

「言ったさ。【ロキ・ファミリア】は介入しない」

 

 

 そのまま悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべて。

 

 

「個人が何をしようが、僕は関与しない。何をやっても自由だ」

 

 

 そこから続くのは大きな物音。そして続くのは二つの足音だった。歩幅もバラバラであり、足音も均等性のない二つの足音。バタバタと慌てて走るそれを耳いれて。

 

 

「――――聞かれてたみたいだね」

 

「何を白々しい。ワザとじゃろう」

 

 

 ガハハハ、と居丈高に笑うガレスと、頭を抱えるリヴェリア。

 対照的な二人を見て、軽く笑みを浮かべてフィンは言う。

 

 

「それじゃ行って来るよ。“豊饒の女主人”にでも行けば会えるかな」

 

「会うとはエーベルバッハか?」

 

「いいや、アルフィア達さ」

 

 

 リヴェリアの問いにフィンは答えて。

 

 

「彼ならきっと、ギルドに直接出向いてるんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ▼ベートは走っている
 ▼アイズは走っている
 ▼フィンは散歩している
 ▼リヴェリア「フィン、変わったか?」 
 ▼ガレス「解りやすくはなったのう」



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第19話 鬼ごっことか何年ぶりだろうか

 

「おい! 【抑止力(ジョーカー)】を指名手配したの誰だ!?」

 

「し、知りませんよ! いつの間にか勝手に!」

 

「そんなわけあるか! 今すぐ撤回しろ! さもないと【静寂】が黙ってないぞ!?」

 

「む、無理です! 既にファミリアが動いています!」

 

「ど、どこのファミリアだ!?」

 

「【アポロン・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】。そして【イシュタル・ファミリア】です! 」

 

「目的はもしかして討伐か……?」

 

「わかりませんよっ!」

 

「今からでも遅くない……! 誤報だったことを伝えて――――」

 

「だから無理ですって! オラリオ中に知れ渡ってます! 手配書も街中に貼られちゃってます!」

 

「ええい、こんなときにギルド長はどこで何をやってる!?」

 

「私が知るわけがないでしょー!!」

 

「【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】は……?」

 

「沈黙したままです」

 

「そうか……」

 

「安心してる場合じゃないでしょう! あぁ、他のファミリアも続々と動いてますよ!?」

 

「も、目的は!?」

 

「だから解りませんって!!」

 

 

 

 

 

 

 現在、数時間前に起きた殺人事件によって、オラリオ中が混沌と包まれていた。

 だがそれ以上に、右往左往と。バベルの内部、もっと厳密に言うと、ギルド内部はオラリオの混乱が非にならないほど、荒れに荒れていた。

 

 いつ、誰が、どうして、どのような理由で。

 何者かわからないが、何の了承もなく、事件を捜査することもなく、容疑をかけることもなく、何者かがアルマ・エーベルバッハを指名手配していた。

 

 ギルドとしても、寝耳に水であっただろう。

 何せ、殺人が発生し、どのように対処しようかと模索していたところに、いきなり告げられたのだ。

 しかもどういうわけか、ギルドが手配したという事になっている事実。

 

 正にそれは大義名分を得ていると言っても良い。

 ギルドからの正式な強制任務(ミッション)ではないにしても、ギルドが指名手配したということで、大手を振ってファミリアは行動に移せる。

 元々アルマが気に入らなかった勢力、まずは話しを聞くために保護を目的としている勢力、アルマという規格外を囲い武器として扱おうとする勢力、様々な思惑が交差し、各々の欲望のまま動いていた。

 

 そういう意味では、オラリオ中は混沌としており、ギルドとしても誰が勝手に指名手配したのか特定が出来ず、どこの勢力よりも混乱していた。

 

 ギルド職員は今だに忙しない。それ証拠に職員の一人は走り、一人は机の上にあった羊皮紙を床に落ちようとも拾う余裕もない、職員同士がぶつかってもそれよりも優先すべき事がある。

 誰もが懸命に、事の事態の究明及び、混乱の回復に尽力を尽くしているのだが、一向に改善される兆しはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 カッ……     カッ……      カッ……

 

 

 

 それは靴の音だった。

 薄暗く、深と静まり返った廊下より、響く靴を履いた者が、傲慢にも踵を鳴らし歩く音。

 混乱の極みとなっているギルドでは異質な、自分の調子を嫌でも崩す事を嫌うような、なんとも協調性のない足音。

 

 男の名はロイマン・マルディール。

 現在、どこにいるのか、と行方を探されているギルドの長である。

 でっぷりとした体躯、顔にも贅肉が身についており、まるで肉に呑まれたと錯覚してしまうほど双眸は小さく見えた。彼の姿は欲がその身に余す事無く取り込んだかのように。端正な容姿を持つ種族なのがエルフという種なのだが、そうとは思えないほどの有様を彼は恥じる事無く、その薄ら笑いを浮かべた憎々しい表情のまま、他人が見れば眉を潜めるほどの肉々しい身を堂々と晒していた。

 

 

 混乱を極めているギルド内部とは裏腹に、彼の態度はどこか余裕に満ちていた。

 重々しい足取りであるものの、その表情はゆとりがあり、混沌と満ちた状況を受け止めるほどの大らかな様子が見て取れる。

 

 実のところ、彼は現在の状況が誰の仕業なのか、見当が付いていた。

 

 

 ――彼奴ら、功を焦ったか。

 ――今まで姿を隠していた者共め。

 ――ここにきて、馬脚を露わすとは。

 ――愚かにも程がある。

 

 

 確かに彼は薄く笑みを浮かべている。

 だがどういうわけか――――眼は笑っていなかった。

 

 そうだ。

 彼は腸を煮え繰り返り、内心穏かなものではなく、怒りに満ちていた。器用にもロイマンは、笑いながら怒っていた。

 

 それは誰に対してか。

 決まっている。自分を欺き続けて、ギルド内部に蔓延っていた有象無象に対してである。

 “大抗争”よりも以前から、【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】が健在であった時期から、その予兆はあった。

 しかし、連中は軽快に、鮮やかなほど神妙に、気取ることができないほど慎重で、ロイマンを誤魔化し続けてきた。

 

 その連中こそが――――。

 

 

 ――闇派閥(イヴィルス)の蛆虫共め。

 ――そこまでに、あの人間が恐ろしいのか。

 ――そこまでして、あの人間を処理したかったのか。

 ――たかが人間に何故そこまでする?

 

 

 ギルド内部に巣くっていた蛆。つまりは、闇派閥(イヴィルス)に与する者達は、今回の件を絶好の機会だと認識していたようだ。

 オラリオ中に問題の人間を事件の犯人として扱い、全てのファミリアから狙われるよう仕向け、悩みの種を排除しようとしている。

 

 対してロイマンは、愚行と断じた。

 今まで懸命に、欺き続けてきたのに、一人の人間のために何もかもを失ったようなものだ。

 

 今回の件で、闇派閥(イヴィルス)の無茶な動きのせいもあり、誰が闇派閥(イヴィルス)に与する者なのか、ロイマンは粗方見当が付いていた。

 あとはその者達を再度洗い出し、連なる者はいないか調べ上げて、徹底的に糾弾し排除するのみであった。

 

 何とも楽な仕事だろうか、と。

 ロイマンとしては、今までつっかえていた異物が取り除かれたような心境であった。

 これでギルド内部に潜んでいた闇派閥(イヴィルス)のシンパ達は一掃される。何とも清々しい気持ちだろうかと。

 

 彼の中では、指名手配された人間など、眼中になかった。

 名誉の回復や、指名手配された人間の安否など、全く気にしてない。

 

 しかし、それはある意味で正しいといえる。

 このような、人間同士でつまらない争いをしている場合ではなかった。

 最強の派閥であった、【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】が“黒き終末”と呼ばれる黒竜の討伐に失敗した世界に後はない。

 

 であれば尚の事。

 オラリオの磐石を確かなものにし、より強固な物にしなければならない。

 そのためのギルドであり、内部の不穏分子を一掃するには、この状況はまたとない機会でもあった。

 

 故に、ロイマンは焦燥感に駆られる、無茶な動きを見せた闇派閥(イヴィルス)を愚かだと断じた。

 

 たかが一人の人間、強いといってもたかが一個の武に、何を必死になっているのか、と。

 

 

 とはいえ、ロイマンは間違っていなかった。

 彼の言うとおり、たかが一つの武力。そんなもの数で圧倒すればいい。

 一人が戦争に勝てないと同じく、個人が多勢に勝てる道理はない。囲まれ磨り潰されてお終いなのだから。

 

 同時に、ロイマンは間違っている。

 そのたかが一人が、どれほどの人間なのか、所詮役人であり机上でしか考えられないロイマンと言う男の限界である。

 ロイマンは知らないのだ――――。

 

 

「嵌められたのはオレであるし、オレの落ち度で間違いないが、アンタも遠慮ってモノがないよな?」

 

 

 たかが一人、所詮は一人、されど一人。

 一人が戦争に勝てないのが道理であるが――――ここに例外は存在していた。

 

 

「――――――」

 

 

 ロイマンは後頭部から、血の気が一斉に引くような感覚を覚えた。

 

 声をかけられた。

 それは背後から。

 あまりにも軽く。

 何気ない調子で。

 

 焦燥を気取られてはならないと、ロイマンは思考を巡らせ、その人物が誰なのか推察する。

 振り向けば答えがあるのに、どうしてもそれが出来ないロイマンは、前を見据えてかろうじて声を出した。

 

 

「……貴様が、アルマ・エーベルバッハか?」

 

「そういうオマエは、ロイマン・マルディールだな?」

 

 

 問いを問いで返される。

 何とも不躾な言葉なのか、とロイマンは憤る気持ちになれなかった。

 

 一歩も動けず、身動ぎも出来ず、息をするのも忘れるような錯覚。

 彼の背後にいる人物――――アルマ・エーベルバッハからは殺気や殺意、ましてや怒気も何も感じなかった。ただ純粋な“威圧感”。たかが個として考えるには、ありえないほどの異質なナニかを孕んでいた。

 それこそ、偏屈で、プライドの塊で、エルフの悪性を煮詰めて出来上がった男であるロイマンを、黙らせるほどのナニか。

 

 

 ――なんだ、この男は。

 ――たかが人間だと?

 ――ふざけるな。

 ――こんな人間が、この世界に存在していいものか。

 ――これではまるで……。

 

 

 そこまで考えて、ロイマンはふと。

 この男はどうやって、ここまで来たのかと疑問が過ぎる。

 

 現状、ギルド内部は混乱を極めている。

 だがそれでも、だとしても。今取っては誰よりも目立ち、何者よりも注目されている、指名手配されている男がどうやってギルド中枢へと侵入し、どうやって――――誰にも気取られる事なく自分の背後に立つことが出来るのか。

 

 

「そこは、ほら。オレは何でも出来るから」

 

 

 まるでロイマンの思考を読むように、何気ない口調でアルマは続けて。

 

 

「アンタがオレを利用して、闇派閥(イヴィルス)のスパイ? 協力者? パシリ? まぁ何でも良い。それを一掃しようとしているのは何となく解る」

 

「な――――」

 

「取り繕わなくていいぞ。アンタにもアンタなりの事情があるんだろ? オレも闇派閥(イヴィルス)にはうんざりしていたからな」

 

 

 心底面倒臭そうに言うと、アルマは問いを投げる。

 

 

「そこで敢えて聞くんだが――――オレはいつまで道化を演じていればいいんだ?」

 

 

 道化。

 つまりは茶番。

 つまるところ撤回せずに、指名手配のまま。

 要するに4人の冒険者を殺した凶悪犯のまま、オラリオに君臨するという事。

 

 そして、アルマは暗に語っていた。

 いつまで待てば、ギルドに蔓延っている闇派閥(イヴィルス)に与する連中を一掃出来るのかと。

 

 無駄な問答など必要ない。

 アルマの問いは、一切の妥協や欺瞞を許さない、といった強い意志が込められている。

 

 満足のいく答えではないと、何をされるか解らない。

 そんな錯覚を覚えながら、ロイマンは不本意ながら、焦燥する口調で。

 

 

「10日、いいや、7日あれば……!」

 

「よし、5日でやれ」

 

「い、5日だと!?」

 

 

 いちいち驚くロイマンが楽しいのか、背後で明るい口調で、さりとて有無を言わせない迫力を持ったまま。

 

 

「大体の目星はついてるんだろ?」

 

「――――っ」

 

 

 思わず図星をつかれて黙るロイマンの反応を見て、満足したアルマは意地の悪い声色で。

 

 

「愚図るなら、3日にしてやろうか?」

 

「解った、5日だ! 5日で充分だ!」

 

「おっ、よかった。優秀と聞いていたからな、アンタならやってくれると思ってた」

 

 

 半ば脅しともとれる威圧かを放っておいて、どの口が言うのかと、ロイマンは思わず毒付きそうになるがグッと堪える。

 何とか穏便に済みそうになっているのだ。踏まなくても良い虎の尾を踏んでなんとするというのか。

 

 対するアルマは尊大な空気を保ったまま。

 

 

「んじゃ、後は頼むわ。頑張れよロイマン」

 

「ま、待て!」

 

「ん?」

 

 

 思わず呼び止めてしまったことを後悔しながら、ロイマンは疑問を口にした。

 

 

「その後はどうするというのだ?」

 

「その後って?」

 

「貴様にかけられた容疑だ」

 

 

 普通であれば真っ先に、誤報によってかけられた容疑を、撤回するよう訴えるものだろう。

 しかし妙な事に、アルマの口から一切、自分にかけらた容疑をどうにかするようにという条件がなかった。

 どれほど待てば、ギルド内部に存在する異分子を排除できるのか、といった再確認することだけを目的として、ここまで訪れたようでもある。

 

 まるで、傷つけらた名誉など考えてない。

 現に、あぁ、とアルマは今思い出したように声を上げた。

 

 

「そこはアンタに任せるよ。撤回するなり継続するなり、好きにして良い」

 

「貴様は、自分の名誉を、名声を、どうとでも思っていないのか……?」

 

 

 ロイマンは理解が追いつかない。

 彼にとって、いいや誇り高いエルフという種族にとって名誉とは、重大な要素の一つでもあったから。

 

 しかし、アルマは簡単に、そんなもの取るに足りないと言わんばかりに。

 

 

「オレにとって、そんなものどうでもいい。名誉なんてモノに価値を見出すのは、アンタみたいな誇り高いヤツか、英雄を志す連中だけだろ」

 

 

 その言葉を最後に、アルマ・エーベルバッハという男はロイマンの背後から気配を消した。

 足音がないまま、気配すら感じさせないまま、不可視で規格外な男は消え、残されたのは今だに動けぬロイマンのみ。

 

 不規則な呼吸音はロイマンの物。

 生きた心地がしなかった。背後にいたのは人間だったのか、もっと違うナニかだったのか。真の意味で何者だったのか、振り向けば答えがあったのに、ロイマンは振り向けなかった。

 

 

「なるほど、理解した。業腹だが、闇派閥(イヴィルス)が排除しようと躍起になるのも頷ける」

 

 

 受け答えを一つでも間違っていれば、殺されていたかもしれない。

 背後にいた男が、どれほどの存在だったのか、我を通す力とはアレのことを差していたのか。

 その理不尽さ、そして恐ろしさを実感し、ロイマンは冷や汗を滲み出しながら。

 

 

「アレが、【抑止力(ジョーカー)】アルマ・エーベルバッハか……」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さて、これからどうするか。

 

 

 オラリオの中心部、『バベル』が聳え立つ目と鼻の先にある広場にて、立ち止まり思考していた。

 黒のコートを羽織、腕を組み、難しい顔でうんうん、と頭を捻る彼を遠巻きでオラリオの住民や、冒険者が観察しているが、彼は全く気にしていなかった。

 

 あまりにも隙だらけ。

 何とも暢気なものだ。今やオラリオ中から狙われているとは思えない。まるで緊迫感のない様子である。

 

 しかし、アルマが考えるのは、狙われている事態をどう立ち回るか。

 

 

 ――迎撃するのが一番手っ取り早いんだが。

 ――まぁ、ありえないわな。

 ――闇派閥(イヴィルス)はオレが排除される事を願っている。

 ――ヤツらにとって、オレが冒険者達と共倒れになれば言う事はないって状況だろ

 ――うん、ないな。

 ――迎撃はなしの方向で。

 ――ヤツらの思い通りに動くのも癪だし。

 ――逃げに徹する事にしよう。

 

 

 既に彼の中では、逃走してやり過ごす事が決定していた。

 そこに、もしかしたら倒されるかもしれない、というIFなどなかった。

 逃げると決めたのなら絶対に逃げ切れるし、自身がそう望んでいるのだからそれは絶対である、とアルマは信じて疑わない。

 

 何せ彼にとって世界とはそういうもの。

 アルマに都合が良く、世界の中心は己であると、傲岸不遜に断じるモノでしかない。

 傍目から見たら理不尽な目に合っているようにも見えるが、彼にとってはそうではなかった。ましてや試練などではない。これも退屈な人生を彩るイベントの一つ。要するに、アルマにとって、今置かれている状況は――――余興でしかなかった。

 

 よく言えば前向き。

 悪く言えば傍若無人。

 それがアルマ・エーベルバッハの本質の一部である。

 

 

「さて」

 

 

 方針は決まった。

 両手を組み空へと身体を伸ばし、膝を折り軽く屈伸する。

 隠れるなどといった選択はない。逃げるからには楽しく、人目が多いところで。そうした方が楽しいと言わんばかりに笑みを浮かべて。

 

 

「――――お楽しみは、これからだ」

 

 

 

 

 

 しかし――――。

 

 

「待った待った! ちょっと待ったー!!」

 

「ぬ?」

 

 

 強靭的な身体能力を用いて、正に“消える”ような速度で以て、逃走を開始しようとしたところに、停止を求める声がアルマの耳に入り、とりあえず応じる事にした。

 

 何よりもその声には聞き覚えがある。

 アルマに走り寄るのは二人であり、女性であった。一人は赤い髪の毛で快活な声でアルマを呼び、もう一人はその後ろを小走りに後を追いかけてくる。

 

 見覚えがある二人であった。

 その二人が誰なのか解るや否や、アルマは軽く片手を上げて。

 

 

「よう、アリーゼ。どうした?」

 

 

 赤い髪の女性――――アリーゼ・ローヴェルも片手を上げて応じながら。

 

 

「どうしたって言いたいのは私の方よっ! アルマ君、貴方なにやらかしたの?」

 

「んー、ぶっちゃけるとオレは何もしてないわけだが」

 

 

 居丈高に堂々とそう告げて、アリーゼの後ろで控えている女性にアルマは声をかけた。

 

 

「随分と警戒されているな?」

 

「当然だ」

 

 

 ぴしゃり、と。

 欺瞞など許さないといった鋭い視線を向けながら、アリーゼの後ろで控えていた女性――――リュー・リオンは続けて言う。

 

 

「私はアリーゼと違い、貴様のような得体の知れない人間を信じないと決めている」

 

「何だ、オマエ。騙された事でもあるのか? 確かに騙されやすそうではあるが」

 

「まぁ、騙してきたの神だったんだけどね……」

 

 

 ははは、と困ったような笑みを浮かべるアリーゼに、アルマはそれ以上追求する事はなかった。

 ふーん、と興味なさそうに相槌を打ち。

 

 

「それで何だよ。オレはこれから逃げるのに忙しいんだが?」

 

「その前に付き合ってほしいのよね」

 

 

 両手を合わせて、懇願するように、お願い、とアリーゼは言いながら。

 

 

「逃げる前にね、会ってほしいのよ」

 

「誰にだ?」

 

「私達の主神アストレア様。どうしても君に会いたいんだって」

 

 

 

 

 

 

 

 





>>ロイマン・マルディール
 ギルド長。エルフで有能なデブ。一食でも抜いたら多分死ぬ方。
 闇派閥が躍起になって、アルマを排除しようとしているのか理解出来なかった。
 アルマがザルドとアルフィアに勝利した事は聞いている。でも誇張表現だと思ってた人。だってアイツ冒険者じゃないんだもん。一般人が勝てるわけないじゃんって思ってた。
 なるほど、納得。頭おかしいわアイツと改める。
 ちなみにアルマはロイマンのことを気に入ってる。割と可哀想なエルフ。

>>アルマの指名手配
 全部、闇派閥の協力者の仕業。
 ヴィトー辺りは干与してない。むしろ何やってるの?と困惑してる方

>>声をかけられた。
 後ろからこんにちわ、黒いのです。
 這い寄る混沌ではありません。黒いのです。
 可哀想なロイマン。

>>「よし、5日でやれ」
 無茶振り極めている


 ▼物陰からフェルズが見ている
 ▼ウラノスからやっべ、ちょっと様子見てきてと頼まれたようだ
 ▼フェルズ(うわっ、マジでいるよ何なのアイツ?)
 ▼しかし まわりこまれた !
 ▼アルマ「……へぇ、こういうのもいるのか」
 ▼フェルズ「――――きゃああああっ!?」
 ▼乙女の金切り声!
 ▼フェルズは逃走した!



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第20話 この歳でママって呼ぶのはちょっと





 

 

 リュー・リオンは難しい顔をしながら、その場を行ったり来たりを繰り返していた。

 彼女がいるのは【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)である『星屑の庭』の入り口前。

 

 何とも穏かではない。

 何故なら彼女は武装している。まるでそのままダンジョンに赴きそうな出で立ちで、例え突如として闇派閥(イヴィルス)が現れて暴れているという報告を受けても、そのまま駆けつけて応戦する事も可能であるといっても過言ではない。

 正に戦闘態勢。先の“大抗争”のように、神経を張り巡らせて、些細な物音のにも反応してしまうほど、彼女は敏感に警戒していた。

 

 それを見ている【アストレア・ファミリア】団長であるアリーゼは対照的に、これまた暢気に笑いながら。

 

 

「リオン、ちょっと落ち着きなさいって」

 

「無理です」

 

 

 リューは食い気味に、アリーゼの言葉を遮るようにして。

 

 

「彼への疑いは晴れていない。アストレア様に何か合ったらどうするつもりですか?」

 

「大丈夫だと思うわ」

 

「根拠は?」

 

「そんなものは……ないっ! 私の勘よっ!」

 

 

 胸を張り堂々と。自分の言葉を信じて疑わないように、アリーゼは言い切ってみせる。

 

 深く深く、それはもう深く。リューは溜息を吐くが無理もないだろう。

 いつもは謎の安心感があり、そうかもしれない、という説得力があるアリーゼの自信満々な直感も、今となってはまったくそうは思えなかった。

 

 先の四人の冒険者が犠牲となった殺人事件。

 その容疑者が彼女達の主神であるアストレアと対面している。

 勿論、リューは反対した。得体の知れない輩、容疑も晴れてない容疑者を、どうして対面させることが出来るのか、と。

 

 何ともまともな反応である。第三者が聞いても、リューの反応は間違っていない。

 

 しかしアストレアは違うようで。

 首を横に振り、リューの進言を否定し困ったような笑みで言うのだ――――大丈夫だから、と。

 

 そう言われてしまっては、リューも口を閉ざすしかなかった。

 頼みの綱でも合ったアリーゼもアストレアの言葉に同意する現状。そうなってはリューもこうして完全武装で、本拠(ホーム)前で待機しているしかない。もし何があっても、対応できるように。

 得体の知れない男が相手であろうと、主神を守りきるという意志を、リューは宿したまま待機していた。

 

 

「もうちょっと力を抜きなさいって。リオンは考えすぎなのよ」

 

「どこがですか。何か合っては遅い。アリーゼは暢気すぎです」

 

「それじゃ聞くけど、リオンは彼が殺しとかする人だと思う?」

 

「それは……」

 

 

 押し黙り、リューは考える。

 

 思い出すのは問題の男の言動。

 笑えば可愛いのに、と軽薄な事を口にし。

 何か合ってもオレが何とかする、と無駄な自信を持ち。

 いつの間にかアリーゼと仲が良くなっていた社交性。

 何でも屋という商いをしほぼ無償ともよべる価格で、住民の助けをしている男。

 

 思えばそれくらいしか解らなかった。

 彼が何を思い、どのような性格で、何を行動理念としているのか、リューは全く解らない。

 だとしても――――。

 

 

「解りません。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……信じたい、とは思います」

 

 

 そう、信じたい。

 恩人の二人。アリーゼとアストレアが信じているのだ。ならば裏切ってほしくはない。彼女達の信用や信頼を無下にしてほしくない。それがリューの本音である。

 

 アリーゼは、そう、と満足そうに頷き。

 

 

「なら信じましょう。大丈夫大丈夫、何となくだけど」

 

「……根拠がない自信だ」

 

「それが私だもの」

 

「えぇ、それがアリーゼだ。でもそれはそれ、これはこれ。私は警戒し続けます」

 

「オーウ、現実主義(リアリスト)……」

 

 

 真面目なのがリオンだものね、とアリーゼはそういいながら笑みを浮かべた。

 対するリューも、当然です、と頷く。

 

 団長が楽天的なのだ。

 せめて自分だけでも警戒しなければならない、とリューは気を引き締める。

 そこへ――――。

 

 

「……何してるんだ?」

 

 

 現れたのは二人の女性。

 問いを投げた小人俗(パルゥム)のライラと【アストレア・ファミリア】副団長であるゴジョウノ・輝夜である。

 

 ライラは珍妙なモノを見るように完全武装をしたリューを見ている。

 先程の問いも、どうして街中で、武装をしているのかと言う意味なのだろう。

 

 アリーゼはそんな問いに答えることもなく、ライラに向かって手を振り。

 

 

「お帰り二人とも。街はどんな様子?」

 

「どんなもなにも、何でも屋の指名手配で話題で持ちきりだ。というか――――」

 

 

 ライラはそこで言葉を区切り、黙っている輝夜へ眼を細め睨みつけながら。

 

 

「この狂犬がキレだして禄に話しを聞けなかった」

 

「……反省している」

 

 

 ポツリと弱々しく、消え入りそうな声で、輝夜は口を開く。

 それに疑問を覚えるのはリューだった。首を傾げて、不思議そうに、輝夜に問いを投げた。

 

 

「何故、輝夜が怒り出したのですか?」

 

「……五月蝿い」

 

「今も怒ってますか?」

 

「黙れ、五月蝿い、馬鹿エルフ」

 

 

 何やら珍しい光景だった。

 二人が言い争いをしているのは日常的なものであるが、リューが攻める側に回っているのは見たことがない。いつもは輝夜の言動に言い返せずに、リューが言い負けるのがいつもの光景であるが、今は違うようだ。

 

 リューも悪気があるわけではなく、本当に疑問に思っているから聞いているだけということもあり、輝夜も強く出られないのだろう。

 

 アリーゼはニヤニヤと笑みを浮かべて。

 

 

「それは当然よ。何せ惚れている人が――――」

 

「団長――――!」

 

「ちょ、はやっ」

 

 

 それからアリーゼは口を開く事はなかった。

 何せ物理的に黙らされている。もっと厳密に言うと、視認できない速度でアリーゼに近寄り、そのまま片手でアイアンクロー。力がそこまであるわけでもないのに、片手で持ち上げている。恋する乙女は強いというのだろうか。

 

 いだだだだだ、ギブギブッ!! と悲鳴を上げるアリーゼであるが、輝夜は手を緩める気はないのか、そのまま顔を真っ赤にしながら。

 

 ライラはその光景を見て、呆れた口調で。

 

 

「それで、リオンは何でそんな格好してるんだ?」

 

「それよりも輝夜が怒った理由というのは?」

 

「お前にはまだ早ぇ」

 

「ライラ、それはどういう――――」

 

「いいから」

 

「????」

 

 

 腑に落ちないといった調子で、納得できないまま、釈然としない調子でリューはライラの問いに答えた。

 

 

「彼が、ここにいます」

 

「彼って、まさか」

 

「はい。アルマ・エーベルバッハがここにいます」

 

 

 それを聞いていた輝夜はギギギ、と油の差してないブリキ人形のようにぎこちなく、リューの方を見て一言。

 

 

「誠に……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お茶です」

 

「かたじけない」

 

 

 二人の男女がいるのは【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)である『星屑の庭』の談話室であった。

 長い机を中心とし、挟んで設置されたソファーに対面するように、二人は腰掛けている。

 

 女性が淹れたお茶を差し出され、男性はそれを受け取り一口飲んで。

 

 

「うまっ」

 

「お口に合って何よりだわ」

 

 

 女性はクスクスと笑みを浮かべて。

 

 

「確か玉露、って名前だったかしら」

 

「知ってるぞそれ。確か極東の飲み物だろ?」

 

「えぇ、輝夜が用意してくれたの」

 

「へぇ、いい趣味しているな。その輝夜ってヤツは」

 

 

 ズズッ、と音を立てて男性は飲む。

 対する女性――――女神アストレアはどこか腑に落ちない様子で首を傾げていた。

 

 まるで輝夜っという名を知らないように、初めて口にしたようにしている男性に、どこか違和感を覚えていた。

 

 アストレアは一つの疑念に辿り着き、恐る恐る口にする。

 

 

「貴方の助けた子なのだけど……」

 

「助けた? オレが? いつだ?」

 

 

 やっぱり知らなかった。

 うーん、と頭を捻り何とか思い出そうとしている男を見て、アストレアは苦笑を浮かべて。

 

 

「アルフィアと戦ってたときって言ってたわ」

 

「んー、覚えがないな。何だ、オレ助けたのか。そんなカッコいいことしてたのか」

 

「えぇ、本当にカッコよかったって言ってたわ。本当にありがとう。私の子を助けてくれて」

 

「別にいいよ。偶々だったしな」

 

 

 しかし、と言葉を区切り黒眼黒髪の男――――アルマ・エーベルバッハは呆れた口調で。

 

 

「アンタも無用心が過ぎないか?」

 

「えっ、何故?」

 

「何故って、オレは冒険者を四人殺した容疑者ってことになってるんだぞ。そんな男と二人っきりとか、ありえるか普通?」

 

 

 数十分前、ロイマンとの()()を終えたアルマに、アリーゼの要望通り彼女の主神アストレアと会うことにした。部屋に通され、アリーゼもリューも出て行き、まさか二人っきりになるとはアルマも思っておらず面を食らったのは記憶に新しい。

 アリーゼは兎も角、リューはその場に控えるつもりだと思ったのだが、どうやらそうではないよう。

 

 侮られている、という訳ではないのだろう。

 先程のアストレアの言葉通りならば、アルマがアルフィアと対峙しながら、彼女の眷族の一人を守りきったことは聞いている筈だ。

 ともなれば、アルマと言う人間がどれほどの武力を持っているかも把握しているはず。なのに理解している上で、神と言えど何の力も持ってない女神が、今や殺人の容疑をかけられているアルマとこうして対面している。

 

 アルマからして見たら無用心と言う他なかった。

 

 対するアストレアは笑みを浮かべている。

 馬鹿にした嘲笑ではない。本当に可笑しく堪えきれないように、可愛らしい笑みを浮かべて。

 

 

「だって、何もしてないのでしょう?」

 

「いや、まぁ、そうだが……」

 

 

 事実、何もしてない。

 アルマが殺人が起きた民家に足を踏み入れたときには、既に終わっていたし、真犯人であるヴィトーという男にもアルマは会っている。

 

 だとしても、それはアルマだけが知り得ている真実。

 他の人間は、ましてや神には解らない。神に嘘は通じないと言っても、対峙するまで見破れることはない。彼女は先の問答まで、アルマが何もしてない事を知らなかった。

 

 調子が狂う。

 全面的に信用されている事に、アルマは居心地が悪そうに、後頭部をぽりぽりと掻く。

 褒められてない子供が照れ隠しをするような仕草。

 

 アストレアは視線を落とし、どこか気まずそうにしながら。

 

 

()が信じた貴方が、そんなことしないと思ったから……」

 

「――――――」

 

 

 彼、つまりはアルマの言うところの()()()。アルマからして見たら今だに笑えるが、邪神と呼ばれた男だ。それが信じたから信じるとは、どれほど目の前の女神はお人好しだというのか、とアルマは思う。“大抗争”の引き金、当時の闇派閥(イヴィルス)の首魁となった男。それが()である。

 

 それを踏まえても、やはりアストレアという女神は無用心であり、底抜けのお人好しである。

 アルマと()()の関係を知っていて尚、こうして会おうとしているのだから。

 

 

「――――アンタが、ヘルメスの言ってた女神か」

 

「ヘルメスが?」

 

「あぁ。前に()()()の最後を聞いたんだが、アンタの口から聞いて欲しいって言われてさ」

 

 

 そう、と言葉を区切り、真っ直ぐにアストレアはアルマに視線を向ける。

 眼を逸らさずに、己の罪と向き合う罪人のように、罰を受け入れる受刑者のように、彼女は意を決して口を開く。

 

 

「私は貴方の親でもあり、友でもあり、兄でもあった彼を――――エレボスを送還しました」

 

「……そうか」

 

 

 ポツリと呟き、アルマは続けて言う。

 

 

「アイツ、何か言ってたか?」

 

「……後は頼む、と」

 

「やっぱりそうか」

 

 

 はぁ、とアルマは深く溜息を吐いた。

 予想はしていた。どうせ長い口上など垂れる事はないと思っていた。思っていた通りの言葉を、アルマに託していた。

 

 驚きはしない。

 顔を上げて天井を見上げて、ここにはいないエレボスと言う男の顔を思い浮かべ、睨みつけながら。

 

 

「面倒事は全部オレだ。昔からそうだ。あの元引き篭もりは」

 

「えっ、あの」

 

 

 困惑するのはアストレアである。

 てっきり恨み言、罵詈雑言、殺意や殺気を向けられると思っていた。

 何せアルマにとってエレボスは親同然である。彼が行なった行為は、褒められた事ではない。当然だ。どのような理由があろうと、彼が悪として為した事は覆りようがない事実。

 

 それでも、アルマがアストレアを恨まない理由にはならない。

 アストレアの行為が正義だとしても、エレボスの蹂躙が悪だとしても、残された者にとって――――アルマにはそんなものは関係ない。アストレアはそう思っていた。

 

 しかしアルマの反応は想像していたモノと違った。

 エレボスという神がどれほどだらしないか、まるで愚痴を零すように続けて言う。

 

 

「本当に後先考えないヤツなんだよアイツ。料理は出来ないし、獲物を捕まえる事もできないし、弱いくせに面倒事には首を突っ込むし、その癖行動力はバカみたいあるから始末に終えない」

 

「そ、それは大変ね……?」

 

「大変ってもんじゃないぞ。エレボスさ、意味深に笑うことなかったか?」

 

「あった、と思うけど」

 

「アレ、実は何も考えてないからな。それが本当ムカつく」

 

 

 まだまだあるぞ、とアルマはエレボスの愚痴を継続しようとする。

 もしかしたら、日が暮れるまで続くかもしれない。それほどまでに、アルマは思うところがあったのだろう。

 

 だがアストレアは口を挟むことにした。

 確認する為に、彼女は意を決して言う。

 

 

「ちょ、ちょっといい?」

 

「なんだ?」

 

「貴方は、その、私を恨んでないの?」

 

 

 その問いに対して、アルマは首を傾げて。

 

 

「別に何とも」

 

「ど、どうして?」

 

「アイツがやったことはどうしようもない事だ。アンタが手を下さずとも、違うヤツが罰していた。それにアイツとの別れは済ませていたしな。面倒事も丸投げされた訳だが」

 

 

 窓の外を見て言うアルマの横顔はどこか憂いいたモノ。内容とは裏腹に、彼にもどこか思うところあるのだろう。どこか物悲しげなものであったが、それも一瞬の事。

 直ぐにアルマはアストレアに向き直り、真っ直ぐな視線を向けて。

 

 

「アイツがオレに任せたのは、世界の行く末ってヤツなんだろ。アイツは見届けれないから、オレに任せたって事だ」

 

 

 だけど、と言うとアルマは己の心情を吐露する。

 

 

「オレにはそこまでの価値が、この世界にはないと思う」

 

「それは、どうして?」

 

「アンタも解るだろう」

 

 

 口にするのも億劫であるかのように、憂鬱気にアルマは口を開く。

 

 

「どいつもこいつも、力を合わせるって事を知らない。もっと真剣に、もっとちゃんとすれば、もっと世界はより良い物になるのに、今も昔もつまらないことで争っている」

 

 

 事実、その通りであった。

 現在のアルマへの対応も、先の“大抗争”も、それよりも以前、もっと昔でさえ、下界の人間達はつまらない争いを止めない。

 もっと早い段階で団結していれば、かの黒竜すらも打倒していたのかもしれない。

 

 だがそれは理想論であった。

 全ての人類が千差万別のように、団結する事などありえない。

 個人によって主義主張が違うのだから、争うのは必定といえる。

 

 それはアルマも理解している。

 だらこそ、彼はそれでも、と口にすると。

 

 

「失望はしている、でも嫌いになれないから困るよな」

 

「それは、何故?」

 

 

 敢えて、何となくアルマの考える事は理解した上で、問いを投げる。

 きっと彼は同じ答えに辿り着いていると信じながらアストレアは尋ね、アルマは笑みを浮かべて答えた。 

 

 

「決まっているさ。()()()()()()()()()()からだ。昨日よりも今日、今日よりも明日、明日よりもその先。皆、幸せになろうと頑張ってる。それが善性であれ、悪性であれ、それは根底にあるのは変わらない。幸せになりたいんだ。そう考えるとほら、嫌いになんてなれないだろ?」

 

「えぇ、そうね」

 

「まぁ、それはそれとして。気に入らないヤツは潰すし嫌いだけどなオレ。ムカつくものはムカつくし」

 

 

 うははは、と勝手なことを言って笑うアルマを見て、アストレアは鈴のような声で可愛らしい笑みを浮かべて。

 

 

「勝手な人ね。それに悪い人」

 

「当たり前だろ。エレボスが後を託す男だぞ? 悪くないわけがない。むしろオレは最終的に倒される側だ」

 

 

 黒よりも黒く、墨よりも黒い。

 邪神の後継者といっても差し支えのない魂の色を、アルマ・エーベルバッハは持っている。

 それは事実であり、曲げようのない真実であった。それでも確かに、その奥底で、微かであるが、温かいナニかをアストレアは感じる。

 

 それがある限り、アルマは道を間違える事はなく、それを絶やさない事が自身の使命なのだろうとアストレアは確信して。

 

 

「実はね、私もエレボスに託されたの」

 

「アンタも可哀想にな。どんな無茶振りされたんだ?」

 

「貴方をお願いされたわ」

 

「なんて……?」

 

 

 アルマの聞き返した言葉に、アストレアはどこか使命感に燃えるように、やる気充分な様子で告げる。

 

 

「託されたって事は、貴方が道を踏み間違えないように、貴方が非行に走らないように、貴方を見守ってほしいってこと」

 

「つまり?」

 

「そう、お母さんってことだと思うの」

 

「なんて?」

 

 

 そういうとアストレアはニッコリ満面の笑み。

 有無を言わせない迫力のまま一言。

 

 

「アルマ、私のことをこれからは――――義母(ママ)って呼んでね?」

 

 

 アルマは一言。

 彼には珍しく。

 不敵でもなければ、意地の悪い笑みでもなく、ましてや破顔一笑といったものではない。

 

 ただひたすらに困ったように、これでもかと苦笑を浮かべて一言。

 

 

「――――絶対に嫌だが?」

 

 

 

 

 

 





>>アストレア
 アルマの義母(自称)
 エレボスに託されたってことは、私がお母さんってことよねってなった。
 母は強し。黒いのも苦笑い。
 ママって呼ばれたい。本当に勘弁して欲しい、って黒いのが言ってた。
 黒いのが強く出れない人物の一人。女神だけど一人と数える。

>>エレボス
 やっと判明した黒いのの育ての親
 え、バレバレだった? そうですよね。

>>輝夜がキレた理由
 恋する乙女的なアレ。

>>後は頼む
 エレボスの無茶振り。
 アルマが見届けようとしていた理由。
 アルマ曰く、そんな事だろうと思った。

>>義母
 ママと読む。
 呼ばないと拗ねる。
 アストレア様可愛い。

 ▼ヘルメス「ちょっと待って欲しい。オレもアルマを託された。ってことはオレはアストレアの旦那ってことになるのか?」
 ▼アスフィ「何を急に言ってるんですか?」
 ▼アストレア「このままここにいた方が良いと思うの」
 ▼アルマ「えー、マジ……?」



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幕 間 顔無しの憂鬱


 更新が遅れて申し訳ありません。
 ハイラルを救っていました。最後なんて泣きながらやっていました。私の中のイマジナリー英傑とイマジナリーハイラル王が大変な事になっていました。
 我、勇者ぞ? ゼルダ様救う者ぞ? 


 

 

 ――――何事も思い通りにならないのが、世の常であると男は自覚している。

 

 

 何もかも思い通りになるのなら、人として欠陥を持つ自分のような人間は産まれていない。

 視る物全てが醜く視え、口にする物全てが形容しがたい異物として認識し、耳に入る声は全て雑音に聞こえる。人が美しいと思えるものを醜く思え、醜いものは醜い物でしかなかった。

 そう考えると世界は平等なのかもしれない。彼のような人間を平等に産み出し、不平等な人として欠落してはならないモノすらも平等に奪っていく。

 

 男は自身の欠陥を正しく認識していた。

 眼に見える何もかもが灰色に映り、美しいと感じたものは他者から流れ落ちる鮮血。自分から流れ落ちるものでは心は揺さぶられないのだから始末に終えない。

 それだけではない。ただ他人から流れ落ちる血を見ても何も感じない。血が流れ、他人が浮かべる表情が、嘆き、悲しみ、絶望に染まり、恐怖に慄いたモノではないと、彼は美しいと思えなかった。

 

 男は一人であった。

 欠陥を知りそれでも愛そう、と嘯いた邪神は既にいない。

 本当の意味で男は一人になった。 

 

 そういう意味では、男が自分のように置いてかれた“彼”に興味を持つのは必然といえるのかもしれない。

 もしかしたら、自分のような。どうしようもない欠陥を持っているかもしれない、という期待もあった。傷を舐め合いたかったもかもしれない、置いてかれた者同士で慰め合いたかったのかもしれない。

 真偽は男にしかわからず、男もおいそれと自身の本心を口にすることはないだろう。

 

 結論から言うと、男が期待していた者ではなかった。

 むしろ真逆。男とは対照的に、同じく置いてかれた“彼”は――――愛されていた。

 邪神が後を託す程度には完成されており、己の力に絶対的な自信を持ち、ブレることなく世界は己を中心に廻っていると豪語ほどの自我。

 

 使い捨てられ、捨てられた男とは違う。

 “彼”は誰がどう見ても、邪神に――――愛されていた。

 

 男から視えていた景色は灰色。

 何もかもが醜く視え、例えのようのない不快なモノをずっと視ている。

 他人から流れた負の感情を伴った鮮血こそが、男の心を脅される唯一なモノであった。

 

 しかしここで、男の世界に新たな色が産まれた。

 それはどうしようもないほどの黒色。

 墨よりも黒く、何よりも黒く、何者にも染まらぬ黒。

 世界が臨終を向かえ、何もかも消え去ってもそれだけはそこにあるような、そんな錯覚すらさせられる圧倒的な黒。

 

 醜い灰色とも、美しい絶望に染まった鮮血とも違う。

 一言では表せない“黒色の彼”が新たに、男の世界に産まれた。

 

 それが何を意味しているのか、今の男にも理解が出来ない。

 ただ一つ言えることは――――無視出来ないということだけ。

 その黒に背を向けることも、眼を逸らす事も出来ない。男の何もかもを賭けて、男の存在する世界まで、“黒色の彼”を堕とすと気が済まなかった。

 

 

 そのために男は行動に移した。

 相対し、手始めに、“黒色の彼”の出方を見るために、どのように行動し問題を解決するのか、その手段を探るために。

 だが――――。

 

 

「よう、【顔無し】」

 

 

 やはりというべきか、世界は思い通りに動いてくれない。

 現にこうして、目立つ事無く身を潜めていたかった男に声をかける人物が一人。

 

 【顔無し】とは男の二つ名。

 それを知り、敢えて呼ぶということは、男の素性が解っている人間に他ならない。

 

 男は声のした方へと顔を向ける。

 同業者の女だった。つまりは――――闇派閥(イヴィルス)の冒険者。

 

 ニタニタと、意地の悪い笑みを浮かべる女に向かって、【顔無し】と呼ばれた男――――ヴィトーは薄ら笑いを顔に張り付かせる。本心を悟らせないように、わざと驚いた調子で口を開いた。

 

 

「これはこれは、【殺帝(アラクニア)】殿。驚きましたよ、貴女は死んだと聞いていたのですが」

 

「残念、ピンピンしてるぜ。嬉しいだろ?」

 

 

 挑発的な笑みを浮かべて【殺帝(アラクニア)】――――ヴァレッタ・グレーデは嬉々として声を上げる。

 

 別に嬉しくもありませんが、と心の中で呟いてヴィトーは出方を探るように問いを投げた。

 

 

「しかし、妙な気持ちですね

 

「何がだ?」 

 

「往来の激しい道端で、日陰者である我々が顔を合わせるというのは」

 

「木を隠すなら森の中ってヤツだろう。それに、世間は私達のような木端なんてどうでもいいのさ」

 

「というと?」

 

「とぼけるなよ。性格が悪いぜ、ヴィトー。てめぇだろ、今回の騒動の火種を作ったのはよぉ?」

 

 

 ニヤニヤ、と。

 どこか粘着性のある笑みを浮かべてヴァレッタは言う。

 

 今回の騒動。

 つまりは“黒色の彼”――――アルマ・エーベルバッハの指名手配に他ならない。

 

 ギルド内部に忍ばせていた、闇派閥(イヴィルス)の協力者を使って、今回の騒動を巻き起こしたのだろう、とヴァレッタは暗に問う。

 

 しかしヴィトーはそれに対して、何を馬鹿な、と鼻で笑い一蹴する。

 

 陥れようと画策した。

 途中まではヴィトーの思い通りに事が進んでいた。

 望んでいたのは小さな噂。アルマは冒険者を殺したかもしれない、たったそれだけのモノをヴィトーは望んでいた。そしてその小さな噂は積もり、他の小さな噂を伴い大きく肥大し、数年後には無視できないモノにまで成長する。ヴィトーが思い描く策はそんなもの。長い目で、種から花を育てるように大事に、少しずつ小さな取るに足らない噂を流し、アルマを陥れるモノ。

 

 間違っても、今の現状のような。

 性急で繊細の欠けるモノでは断じてなかった。

 

 

 ヴァレッタの表情から察するに、今回の騒動の主犯はヴィトーではないことはわかっている。

 解った上で問いを投げているのだろう。自身の作戦を台無しにされた気分はどうだ、と喜悦を伴った眼でヴィトーに尋ねていた。

 

 ヴィトーはうんざりした口調で、溜息を吐いて。

 

 

「きっかけを作ったのは私ですが、ここまで大きくしたのは私ではありません」

 

「んじゃ、誰だ?」

 

「【ルドラ・ファミリア】ですよ」

 

 

 想像していなかった名前を口にされて、多少は面を食らったのはヴァレッタは興味深そうな口調で。

 

 

「へぇ、意外だな。何でアイツらが出張ってきたんだ?」

 

「知りません。大方、【アストレア・ファミリア】と事を起こすにあたり、“彼”が邪魔だと思ったのでしょう」

 

 

 とはいっても、ヴィトーは【ルドラ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】が争ったところで、アルマが介入してくるとは思わなかった。

 多少の親交はあるといえど、それはかなり薄いもの。炊き出しといった慈善活動をする際に、雇った程度の繋がりしかない。

 

 騒動が起きる前のアルマなら、間違いなく【アストレア・ファミリア】に何が起きても介入する事はなかっただろう。

 しかしそれも、騒動が起きる前の話。今となってはどうなるのか、ヴィトーすら予想がつかない。

 

 放っておくべきだったのだ。

 アルマ・エーベルバッハは埒外な行動に出る。

 邪魔だと思ったのなら、監視でもつけて放っておくべきだった。間違ってもどうにかしようと考えるべきではなかった。

 

 ヴァレッタも理解しているのか、クツクツと喉を鳴らすように笑みを浮かべて。

 

 

「悪手にも程があんだろ。ああいう手合いは、どう戦うかじゃねぇ、()()()()()()()、だ。どうこうしようと考えた時点で間違ってる」

 

「それに、忌々しい神々に欺瞞は通用しません。“彼”にかけられた容疑など簡単に覆る」

 

 

 深くため息を吐いて、浅はかな手段を用いた【ルドラ・ファミリア】の面々を呆れながらヴィトーは続ける。

 

 

「配役がなかった者に役柄を与え、上がらせなくてもよかった舞台に上がらせた。既に結果は見えています」

 

「てめぇはどうするんだ?」

 

「しばらくはオラリオを離れますよ。それに興味深い存在から声がかかっていましてね」

 

「誰だそれ?」

 

「――――エニュオ、といえば解りますか?」

 

 

 

 

 

 





>>ヴィトーの憂鬱
 ここまで大きくするつもりはなかったというのが真相。
 小さな噂を流して、また違う噂を流し、これまた違う噂を流し、ゆくゆくはオラリオ中の人間をアルマに対して疑心悪鬼にさせる、といった陰気な思惑だった。
 寝て覚めたらこんなことになってて、流石に苦笑を浮かべる。
 ルドラ・ファミリア、焦りすぎでは?
 闇派閥、統率取れてなさ過ぎ問題。これを率いてたエレボスのカリスマ凄くないってなる。

アルマ「アイツ、基本ダメ人間だぞ?」
アルフィア「確かに」
ザルド「残当」



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